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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

シャングリラ学園新年恒例『かるた大会』は1年A組の圧倒的勝利で終わりました。輝く学園1位の座です。本年度最後の全学年での順位争いを制してプールから上がると表彰式。教頭先生から表彰状を受け取ったのは会長さんです。全校生徒が拍手を送ってくれましたけど…。あれ?これでおしまいなんでしょうか?…先生方や職員さんが会場の片付けを始めています。
「えっ…。もしかして、なんにもないの?」
ジョミー君の言葉はみんなの心の声でした。学園1位を獲得すれば絶対に何か美味しいイベントに巡り会えると思ったんですが…深読みのしすぎだったかも。期待したのに賞状だけか、とA組全員がちょっとガッカリしかかった時。
「さあ、みんな着替えを済ませて講堂に移動しておくれ」
ブラウ先生がマイクを手にして言いました。
「1年A組は好きな先生を一人だけ指名してくれるかい?…かるた大会では、学園1位を取ったクラスに指名された先生とクラス担任が寸劇を披露するのが伝統なんだ。希望の演目があった場合は御注文にも応じるよ」
なんと!…グレイブ先生が逃げ腰だった理由はこれですか。A組の生徒の瞳が一気に輝き始めました。グレイブ先生と誰かが寸劇を披露してくれるとは愉快です。私たちは歓声を上げ、視線は自然に会長さんの方向へ。指名権を欲しがることは分かってますし、会長さんならきっと素敵なことを考え出してくれるでしょう。
「…ぼくが選んでいいのかい?」
指名よろしくお願いします、とみんなに言われた会長さんは案の定、とても嬉しそうで。クラス一同が「はい」と頷くとスッと指差したのは他ならぬ教頭先生でした。
「1年A組は教頭先生を指名させて頂きます」
「了解。…ハーレイ、御指名だよ」
ブラウ先生が教頭先生の肩を叩いて「頑張りな」とウインクします。
「じゃあ、寸劇はグレイブとハーレイがするんだね。演目の指定はあるのかい?」
私たちはドキドキワクワク。会長さんは「待ってて」と言うとブラウ先生の所へ行って耳元で何か囁きました。ブラウ先生がプッと吹き出し、堪え切れないように笑い出して。
「去年もなかなか凄かったけど、今年の舞台も面白いことになりそうだ。さあさあ、みんな着替えた、着替えた。講堂の座席は1年A組が一番前だよ。大いに期待しておくれ!」
まだ笑っているブラウ先生が教頭先生とグレイブ先生の背中をバンバン叩いていますが、会長さんは何を言ったのでしょう?着替えを終えて講堂へ入る直前にA組の生徒は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を捕まえ、演目について質問しました。でも会長さんは「それは見てのお楽しみだよ」と微笑むばかり。
「それじゃ去年は何だったの?」
そう言ったのはジョミー君。
「ブラウ先生が凄かったって言っていたけど、もし見てたんなら教えてほしいな」
そうだそうだ、と好奇心を隠せない声が二重三重に重なります。会長さんは悪戯っぽい笑顔になって。
「…聞きたいかい?」
「「「もちろんです!!」」」
凄かったという去年の寸劇、いったいどんなものだったのか。ここで聞かなきゃ大損です。会長さんはクスクスと笑い、私たちの顔を見渡しました。
「去年、ぼくはカルタ大会には参加してない。ただのギャラリーだったんだけど、寸劇は見せてもらったよ。学園1位を取ったのは3年生のクラスで、担任はゼル先生だった」
ゼル先生…。私たちはゴクリと唾を飲みました。じゃあ、相方になった先生は誰?
「指名されたのは教頭先生。…演目は『ロミオとジュリエット』だった」
「「「!!!」」」
誰の趣味なんだ、と頭を抱える私たち。会長さんが関与しなくても教頭先生は貧乏くじを引かされてしまうことがあるようです。ゼル先生と教頭先生、どちらがロミオでジュリエットやら、考えただけでお腹の皮がよじれそう。
「演じてくれたのはバルコニーの場面だよ。配役はジャンケンで決めたみたいだね。…髪の毛が無いジュリエットというのは凄かったな。衣装も用意すべきじゃないかと思ったけれど、あれはあれでウケが良かったし」
3年生にとっても卒業前のいい思い出の1コマだった、と楽しげに語る会長さん。今年の演目も気になりますが、『ロミオとジュリエット』も見たかったなぁ…。

講堂に入って行くと、他のクラスは既に着席していました。1年A組は用意された特等席に陣取り、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も二人並んで座っています。舞台にはしっかり幕が下ろされ、中の様子は窺えません。時々ドスンと重たいものが落っこちる音や奇妙な足音が聞こえてきますが、いったい何をしてるんでしょう?しばらく待つとブラウ先生がマイクを持って出てきました。
「長いこと待たせてすまなかったね。リハーサルにちょっと手間取ったんだ。本番も上手くいくかどうかは分からないけど、なにしろ素人芝居だから。…まぁ、暖かい目で見てやっておくれ」
パチパチパチ…と拍手が鳴って、ブラウ先生は満足そうに。
「期待してくれて嬉しいねぇ。それじゃ演目と配役を発表しよう。今年は寸劇じゃなくてアッと驚く舞踊劇だ。バレエ『白鳥の湖』から王子とオデットのグラン・パ・ド・ドゥ…と言いたいところなんだが、そんな難しいのは出来なくってさ。…お馴染みのテーマ曲、『情景』に合わせて二人で派手に踊ってもらうよ」
げげっ!は、白鳥の湖ですって!?あの有名な曲でグレイブ先生と教頭先生が…バレエもどきを踊るんですか!これはスーツじゃ無理ですよね。ジャージで登場するのかな?
「踊りの方は適当だけど、見どころはたっぷりあるからね。配役は1年A組からの指名で王子がグレイブ、オデット姫がハーレイだ」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
演目が分かった時からザワついていた講堂の中は大混乱。ミスキャストだとか、それでこそだとか、ワイワイと凄い騒ぎです。えっと…配役も演目も会長さんが一人で勝手に決めたんですが、お笑いを目指したことは分かりました。グレイブ先生が王子で教頭先生がオデットだなんて、体格からして普通は逆だと思うんです。どんな踊りを見せてくれるのか、想像するのも怖いような…。
「みんな、今からビビッてたんじゃあ、本番はとても耐えられないよ?覚悟しときな」
ブラウ先生がサッと右手を高く差し上げて。
「…さあ、開幕だ。盛大に拍手しておくれ!」
割れんばかりの拍手と歓声、そして口笛が講堂を揺るがせ、静かに幕が上がりました。チャイコフスキーの不朽の名曲が大音量で鳴り響く中、舞台の上に立っていたのは王子の衣装とバレエタイツのグレイブ先生。ジャージ姿ではありません。
「おおっ、今年は衣装つきかよ!」
上級生の誰かが驚いています。そこへ舞台の袖からオデット姫が現れました。真っ白なチュチュに真っ白なタイツ、トウシューズまで履いた教頭先生の頭には羽飾りとティアラもくっついています。開幕前に聞いた奇妙な足音はトウシューズの靴音だったんですね。
「「「わはははははは!!!」」」
全校生徒が爆笑する中、舞台にスポットライトが当たってシャングリラ学園版『白鳥の湖』、いよいよ開演。舞台狭しと踊りまわる王子とオデット姫はとんでもなくダイナミックでした。私たちはこみ上げてくる笑いを押さえきれずに涙が出てくる始末です。二人の踊りはハチャメチャでしたが、リハーサルで誰かが指導をしたようで…。
「さ、三十二回転って黒鳥よね…?」
スウェナちゃんが笑いをこらえて話しかけてきます。今、教頭先生がやっているのは一ヶ所から動かないで回る連続回転、グラン・フェッテ・アン・トゥールナン。オデットじゃなくて黒鳥の…オディールの踊りだと思いますけど、細かいことを言っているより見て楽しければいいわけで…。多分、そういう発想で織り込まれた踊りなんでしょう。
グレイブ先生はヤケクソで高くジャンプしながら舞台の上を回ってますし。
「ブラボー!」
会長さんが叫び、教頭先生の回転に合わせて手拍子を打ち始めました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒にパチパチ。もう二十回くらい回転していた教頭先生はクラクラしているようでしたけど、広がってゆく手拍子に励まされて回り続けます。えっ、ちゃんと爪先で立ってるのか、って?…いくらなんでもそれは無理。三十、三十一…三十二!ドスドスと回り続けた体格のいいオデット姫はフラフラしつつも次の踊りへ。そして格調高い名曲をブチ壊しながら踊りまくったシャングリラ学園版『白鳥の湖』の締めくくりは…。
「「「おぉぉぉっ!!」」」
講堂中が湧き立ちました。グレイブ先生が根性で教頭先生を高々と差し上げ、見事なリフトを決めたのです。講堂に来た時、舞台の上から何度か聞こえたドスンという音は多分リフトの練習中の落下事故…。教頭先生はグレイブ先生にリフトされつつ、オデットらしく可憐なポーズでピタリと静止していました。名曲が終わるのと一緒に幕が下りてゆき、会場は拍手と爆笑の渦。
「アンコール!…アンコール!」
叫び声と拍手に合わせて幕が上がると、グレイブ先生と教頭先生がヘタクソながらもバレエのお辞儀を繰り返します。ブラウ先生が閉会を告げるまで、拍手は鳴り止みませんでした。

かるた大会1位の栄誉は最高のショー。終礼のために戻った教室は興奮さめやらぬクラスメイトの声と笑いで騒然としていました。
「あの衣装はあんたが用意したのか?」
キース君が会長さんに尋ねます。去年の『ロミオとジュリエット』を見た会長さんが「衣装も用意すべきじゃないか」と思った話を聞かされてますし、そうでなくてもクラス中が衣装の出処で盛り上がっている真っ最中。もしかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったのではないでしょうね?
「借りたんだよ」
みんなの疑問に会長さんはアッサリ答えてくれました。
「男ばかりのバレエ団があるのを知ってるだろう?…ほら、暮れからアルテメシア公園のホールに来ているヤツ」
「…エンディミオン・バレエ団か…」
キース君がポカンと口を開けています。私もポスターで知っていましたが、見に行ったことはありません。会長さんはそんな所にまでコネを持っているのでしょうか?そりゃあ、三百年以上も生きているのですし、どんな知り合いがいたって驚くことはないのですけど。
「ホールの支配人さんがシャングリラ学園の卒業生なんだ。だから頼みに行ってきた。衣装を貸して貰えませんか、って」
「…じゃあ、あの服は本物の…」
「うん、本物のバレエの衣装。ちゃんとグレイブ先生と教頭先生のサイズを言って昨日から借りてあったのさ。トウシューズもね」
後で返しに行かなくちゃ、とウインクしてみせる会長さん。グレイブ先生がやって来るまで、私たちは笑い続けていました。
「諸君、静粛に!」
スーツに着替えた先生を見ても、やっぱり笑いは止まりません。教頭先生を見たら笑い死にしてしまいそうですが、どうしましょう?…うーん、当分、教頭室には近づかないのが吉でしょうね。

終礼の後「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、テーブルの上にシュークリームが山盛り出てきました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は紅茶とコーヒーを淹れると忙しそうに奥のお部屋へ。
「ごめんね、みんな好きに食べてて。ハーレイたちの服を返しに行かなきゃいけないから…お洗濯しておかないと」
えっ、あんな特殊なモノを自分で洗濯するんですか?
「ぶるぅに任せておけば安心だよ」
会長さんがシュークリームをお皿に取って。
「シュークリームも色々あると言ってたっけ。カスタードの他にラムレーズンとかキャラメルとか。…ぼくが見たってどれが何なのか分からないけど」
サイオンを使えば別だけれども、と言いながらフォークを入れた会長さんは「外しちゃった」と苦笑しています。
「…絶対マロンだと思ったのに…。こういうのはフィシスが得意なんだ」
会長さんのシュークリームはマロンではなくショコラでした。常にサイオンを使っているわけではないというのが嬉しいです。だって私たち、サイオンなんて使えませんし。
「サイオンは必要が無ければ使わずにいていいんだよ。…その方が普通の人間との差が無くていい」
「…そうか、それなら安心だ」
ホッとした顔のキース君。今日はカルタ大会で体力を消耗した人が大多数なので柔道部の部活はお休みなんです。
「俺も一応、坊主だし…柔道も長くやってるし。だから精神統一には自信があったが、一度も人の心が読めない。あんたが冬休みに誘導してくれて以来、ずっと練習しているんだがな…」
ひゃああ!キース君ってやっぱり努力家です。私なんかやってみようと思ったこともありません。
「自主練習は頼もしいけど、今はやっても無駄だと思うよ」
会長さんが2個目のシュークリームを取り、フォークで刺して「またハズレだ」と呟きます。
「卒業するまでは普通の生徒としての時間を大事にするよう言っただろう?…だから君たちのサイオン能力が表に出ないよう、ぼくの力で押さえてるんだ。…もっともキース以外に練習した人はいなかったから、対象者はキース限定だけど」
「…そうだったのか…」
無駄な努力をしてしまった、と言っているくせにキース君は嬉しそうです。天才肌のキース君には「サイオンを使いこなせない」自分が許せなかったのかもしれません。でも「使えないようにされている」のなら話は別。会長さんもちゃんと教えてあげればいいのに、黙ってるなんて意地悪かも…。
「サイオンは使わなくてもいいんだけれど、上手く使えば便利でもある。たとえば…」
「シュークリームの中身が分かれば便利だよな」
サム君が4個目を頬張りながら言いました。
「俺、ラムレーズンが食いたいんだけど、まだ1個も当たってねえんだよ」
「そういう使い方は基本中の基本だね」
会長さんはクスクスと笑い、「はい」とシュークリームを1個手に取って差し出しました。
「サムのお望みのラムレーズン。4個も食べて当たらないっていうのは気の毒だし」
「おおっ、サンキュ!」
早速かぶりついたサム君は「ラムレーズンだぁ!」と大喜びです。なるほど、確かに便利かも。
「…シュークリームの中身当てより、もっと面白いことが出来るんだよ。そう、『白鳥の湖』とか」
「「「白鳥の湖!?」」」
「うん。…今日のバレエの踊りのこと。ド素人のグレイブとハーレイがメチャメチャであってもバレエらしきものを踊れた秘密はサイオンなのさ」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
私たちはビックリ仰天です。言われてみれば、それなりに指導が入ったような踊りに見えたのは確かですが…もしかして指導が入ったのではなく、あの踊りは実力だったとか?
「そう。二人の踊りにはちゃんと裏づけがあったんだ。…サイオンは一人が得た知識を一瞬で相手にコピーできる。身体能力の問題もあるから、踊りとかだと完璧にとはいかないけれど、知識として叩き込むことは可能なんだよ。今日の演目をバレエにしたいとブラウに頼んで、バレエをやってる仲間を調達してきて貰ったのさ」
教頭先生とグレイブ先生にバレエの知識をコピーしたのはシャングリラ学園の職員さんでした。普段からパートナーを組んで踊っている仲のいいカップルらしいです。
「そ、それじゃ教頭先生たちは…本当にバレエを踊れるんですか!?」
シロエ君がひっくり返った声で尋ねました。
「そうなるね。…グレイブは王子のパートを全部踊れるし、ハーレイはオデットも黒鳥もこなせる筈だ。ただし身体がついていけば、の話だけれど。…ハーレイはまだ爪先で立てなかったから、もっと頑張って練習しないと」
練習用のレオタードをプレゼントするのもいいかもね、と会長さんは笑っています。
「柔道十段の上に古式泳法の名手なんだし、身体能力は十分にあると思うんだ。毎日欠かさずレッスンすれば、エンディミオン・バレエ団に入団するのも夢じゃないかも…。衣装を返しに行ったついでに入団テストの申し込みをしてきてあげようかな」
「「「!!!」」」
教頭先生が入団テスト!?いくらなんでもそれだけは…。
「あはは、心配しなくてもやらないよ」
会長さんはシュークリームを手に取り「はい、キャラメル味」とサム君に。
「すげえ!…俺、キャラメルも食いたかったんだ。サンキューな!」
「どういたしまして」
嬉しそうに食べるサム君を見ながら会長さんはニッコリ微笑んで。
「やっぱり人に喜んでもらえることをしたいよね。ハーレイに入団テストはまだ早すぎる。でも、いつか上手に踊れるようになったらデビューをさせてあげたいし…。今、喜んでもらえそうなのはレオタードとバレエシューズかな?トウシューズも添えた方がいいかも」
バレエ団に衣装を返しに行ったら団員に相談してみよう、と会長さんは真顔でした。そのプレゼントは喜ばれないと思うんですが…きっと言っても無駄でしょうね。こんな人に三百年以上も片想いなんて、教頭先生、マゾなのかな?




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明日はシャングリラ学園恒例の『かるた大会』。健康診断が必要な体力勝負ということは…グランド中を走り回って大きな取り札を奪い合うとか?我が1年A組には会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」という助っ人が来る筈ですが、今日は普通の授業の日なので二人の姿はありません。
「諸君、おはよう」
カツカツと靴の踵を鳴らしてグレイブ先生がやって来ました。
「明日は『かるた大会』だ。全員、水着を持参するように」
「「「水着!?」」」
思わぬ言葉にクラス中が大騒ぎです。カルタ大会に何故、水着が?
「静粛に!…我が学園で行われるのは水中かるた大会なのだ。温水プールが会場になる」
そういえば温水プールがあったのでした。水泳の授業は夏の間しかありませんでしたが、水泳大会の会場にもなったシャングリラ学園自慢の大きな屋内プールは冬の間も現役です。水泳部が使ってるんでしたっけ。
「もちろん今度も順位を競う。…学園1位になれとは言わんが、学年1位は取ってくれたまえ」
グレイブ先生は1位が何よりお好きです。学園1位を取れ、と言わない辺りがなんだか怪しい感じでした。案の定、先生が出て行った後のクラスの話題はそれで持ちきり。
「なぁ、学園1位を取ると何かやらせてくれるんだよな?」
「あの言い方だとそうだよなぁ。…グレイブ先生は絶対に何かやらされると見た」
今までにそんなことが2回ありました。クラス担任が連帯責任で貧乏クジを引かされてしまう、学園1位のクラスを対象とした御褒美イベント。1回目は球技大会の『お礼参り』でドッジボールの的にされてましたし、2回目はつい先日の闇鍋です。今度はいったいどんな行事が…?
「上の学年に聞いてみたいけど、秘密だって言うだろうなあ」
「先輩たち、口が堅いからなぁ…。まぁ、学園1位になったら分かることだけどな」
グレイブ先生が何をすることになるのか楽しみだ、とみんなワクワクしています。競技ルールも大会の全容も知らない内からこれなんですから、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」への期待は嫌でも高まりますよね。

大会当日、二人の助っ人は当然のようにやって来ました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はちゃんと女子用スクール水着。会場の温水プールの周りにクラス別に座り、まずは校長先生の挨拶から。新年を寿いで…とか難しいことを言ってますけど、要するにお正月だからカルタ大会というわけです。校長先生は挨拶だけで引っ込んでしまい、この後は教頭先生が最高責任者になるみたい。
「諸君、今日のカルタ大会は本年度最後の全学年で順位を競う行事だ。学年1位というのもいいが、ここは志高く学園1位を目指してほしい。では、ブラウ先生からルールを説明してもらう」
教頭先生がブラウ先生にマイクを引き継ぎました。
「みんな、新年かるた大会が水中かるた大会だっていうのは知ってるね?」
「「「はーい!!!」」」
「よし!いい返事だ。…カルタ大会には違いないけど、実際に使うのは百人一首だ。取り札は百枚ということになるよ」
おおぉっ、と声が上がります。水中でカルタと聞いて移動に体力が要りそうだとは思ってましたが、取り札が百枚となると確かに体力勝負かも。健康診断があった理由が素直に納得できました。
「勝負はクラスごとの総当り戦。男女別じゃなくてクラス丸ごとでの対戦だから、男子は紳士として振舞うこと。女子に不埒な真似を働いたら承知しないよ。もちろん逆も、だ」
ドッと広がる笑い声。さすがに逆は無いでしょう。
「競技はクラス同士の対戦方式。プール中に散らばった取り札を1枚でも多く取ったクラスの勝ちになる。さて、ここからが肝心だ。取り札は必ずプールサイドの所定の位置まで届けること。取り札は水に浮くから、それを押しながら歩いていくか、泳いで行くか。もしも途中で手を離したら、相手クラスに札を取られても文句は言えないルールだよ」
えぇっ!?一度取った札は責任を持ってプールサイドまで届けろ、ですって?
「取り札を運んでいる途中のあからさまな妨害行為は禁止。ただし、水をかけることは許可されるから、水をかけられた者が取り札から手を離しても妨害行為にはならないからね。取り札を自分で運べないと判断した場合は1回だけバトンタッチが許される」
んーと…。1回だけならバトンタッチがオッケーですか。じゃあ、リレー方式で運べば問題ないのでは、と思ったのですが。
「取り札1枚につき、搬送人員は相手チームも含めて合計4名。それ以上の人数が関与した場合、お手つきとして無効になるよ。その札は後で改めて読み直しの上、奪い合うことになっているから要注意だ」
リレー方式は無理らしいです。じゃあ、札を取ったら頑張って運ぶか、1回限りのバトンタッチか。あんまり遠い距離は運びたくないという気がしてきました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はどんな形で力を貸してくれるんでしょう?
「試合は1年生のクラスから。担任による厳正な抽選の結果、第一試合はB組とE組。ミーティングが終わり次第、プールサイドに集合のこと!」
よかった。第一試合じゃないようです。どんな感じかも分からない内に勝負というのは避けたいですし…。B組とE組の生徒がプールサイドに並ぶと、取り札が運び出されてきました。畳の半分くらいの大きさがある白い発泡スチロールです。それを水着のシド先生たちがプール全体にまんべんなく浮かべ、次に生徒がプールに入って…。
「いいかい、B組が取った札はこっち側の端。E組はあっちの端に運ぶんだよ」
五十メートルプールの両端が札の置き場所に指定されました。最初から札に手を触れている生徒もいます。その札が読まれたら運ぼうという作戦でしょう。札の読み手は教頭先生。百人一首を読むのですから、古典の先生が係になるのは当然といえば当然です。
「はじめっ!」
ブラウ先生の合図で教頭先生が立ち上がりました。マイクを前にして渋い声が朗々と…。
「わたの原~…」
「はいっ!」
わっ、早い!取り札を掲げた男の子が名乗りを上げて、札をプールに戻すと押しながら泳ぎ始めます。たちまち起こる水かけ攻撃。起こった波で他の札が揺れ、それを避けて泳ぐのは難しそう。諦めた男の子が歩き始めると水かけは更に激しくなって…とうとう札が手を離れました。すかさず対戦相手のクラスの男子が札を奪って反対の方向へ…。
「思ったよりハードそうだね、これ」
ジョミー君が呟き、キース君が。
「ああ、運ぶ距離によってはかなりの負担を強いられそうだ」
「…あっ、また札を取られましたよ」
マツカ君が言うとおり、取り札はまた別の男の子の手に渡っています。これで3人目。最初に取った子のクラスに札が戻ったわけですが…今度札が手を離れたら、関与できるのは一人だけ。更に激しくなる水かけ攻撃の中、札は4人目の手に渡ってしまって、その子のクラスのものになるのかと思いきや…。
「わっ、ここまできても攻撃するんだ!」
ジョミー君が驚くのも不思議ではありませんでした。4人目の生徒をゴールさせまい、と相手クラスの子たちが揃って水かけ攻撃に出ています。一斉に攻撃されると札を押し続けるのは困難で…。
「そこまで!」
ブラウ先生の声が響きました。
「4人目の手を離れたね。今の札は保留になる。後で読み直されるまで、そのままだよ」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
激しいブーイングの中、教頭先生は次の読み札を手に取って。
「みかの原~…」
「はいっ!!」
再び起こる水かけ合戦。百枚の取り札が全てプールサイドに置かれる頃には、B組もE組も男女を問わずヘトヘトになってしまったのでした。恐るべし、水中かるた大会。私たちの試合はこの次です。

「対戦相手はC組か…。サムとシロエのクラスだな」
キース君が言い終えない内に合図がされて、ミーティング開始。A組の男女が集まる中で会長さんがスッと右手を上げました。
「さっきの試合を見ていたろう?…普通に札を運んでも無駄だ。体力は消耗するし、ゴールできるという保証も無い。…だが、水かけ攻撃の影響を受けない者が一人だけいる」
「「「一人?」」」
「…ぶるぅだよ。ぶるぅなら五十メートルが百メートルでも、浮上せずに潜ったままで札を運んで行けるんだ。発泡スチロールの札を持って潜ることだってわけはない。そうだね、ぶるぅ?」
「うん!ぼくに札をくれればゴールまでちゃんと運んで行くよ♪」
取り札を「そるじゃぁ・ぶるぅ」にバトンタッチ。それならとても簡単そうです。でも…どうやって「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連絡を?呼んでいる間に他のクラスに札を取られてしまうのでは…。
「大丈夫。君たちは見つけた札をキープするだけでいいんだよ。自分のそばにある札が何かを考えていれば十分だ。ぶるぅはぼくの指示で飛び出す」
試合を始めてみれば分かるよ、と会長さんは笑っています。ミーティング時間終了の合図と共に私たちはプールサイドに行き、ゴールを指定されました。またシド先生たちが取り札をばらまき、それが終わるとプールの中へ。温水プールの中いっぱいに広がってゆく途中でシロエ君とすれ違ったら…。
「A組なんかに負けませんよ。キース先輩にそう言っといて下さい」
ニッと笑ったシロエ君は見るからに闘志満々でした。私が居場所に決めた所はプールの真ん中あたりです。たまたま浮いていた取り札がお気に入りの一首だったんですが…。
「小野小町が好きなのかい?」
いきなり会長さんの声が聞こえて私は飛び上がってしまいました。
「花の色は うつりにけりな いたずらに 我が身世にふる ながめせし間に…か。ぼくには意味が無い歌だよね」
そこから後は思念波の声。
『小町には悪いと思うけど…実際、年を取らないんだから仕方ないや。君やスウェナやジョミーも似たようなことになると思うよ』
えっ、と声を上げそうになったところへ今度は声が。
「で、どうして小野小町が好きなんだい?」
「えっ…。えっと、それは…小野小町の札が…着物がすごく好きだったんで…。あの、あの…坊主めくりをやってた時に…」
「ああ、坊主めくりか。女性の絵札は綺麗だよね」
うーん、呆れられちゃったかもしれません。歌より絵柄がお気に入りなんて。
「そんなことないさ。綺麗なものを綺麗だと思う気持ちは、とても大事だと思うけど?…女の子なら尚更だよ。綺麗なものを知れば知るほど、人は綺麗になるからね」
サラッと言われた殺し文句に私が頬を染めたところへ泳いできたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あれ?みゆ、どうしたの?…ほっぺたが真っ赤」
「う…ううん、全然平気。ぶるぅもここで待つのかな?」
「うん!ブルーの合図があったらいつでも飛び出せるようにしておかなくちゃ」
スクール水着の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さいですから、プールに立つと首から上しか見えません。こんな身体で取り札を運ぼうというのですから驚きです。やがてブラウ先生がマイクを持って…。
「みんな準備はいいようだね。…それじゃ、はじめっ!」
教頭先生が読み札を手にしました。
「花の色は~」
「は、はいっ!!」
まさか一首目で来るなんて!私は目の前に浮いていた札をガシッと掴んで差し上げます。会長さんがすかさず「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「頼んだよ、ぶるぅ。みゆ、取り札をぶるぅに渡して」
小野小町の下の句が書かれた札を渡すと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプクッと潜ってしまいました。小さな影が凄い勢いでプールの底すれすれに泳いでいきます。会長さんが言っていたとおり、水かけ攻撃が不可能な場所に行ってしまったわけでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は上手に人を避け、一度も息継ぎをせずにアッという間にゴールに浮上。
「はい。これ、A組の分」
待機していたグレイブ先生の前に取り札を置き、悠々と泳いで戻ってくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」にC組の生徒は歯噛みするばかり。「泳いできたら踏んでやろうか」と言った誰かにブラウ先生が「妨害行為は反則だよ!」とすかさず警告を飛ばしました。教頭先生は次の読み札を取り、大きな声で。
「小倉山~」
「はいっ!」
頭上に札を掲げたのはアルトちゃんでした。かなり離れた所にいます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は泳いでいくものとばかり思いましたが…。
「ぶるぅ!」
会長さんがサッと両手を差し出し、水中から躍り出た「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんの手をジャンプ台にして飛び上がりました。
「かみお~ん!!」
雄叫びと共にピョーンとみんなの頭上を飛び越え、アルトちゃんのそばで水飛沫が。そして札を受け取った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は水中に潜り、誰もがポカンとしている間にグレイブ先生が待つゴールに辿り着いたのでした。これで早くも2枚です。でも、C組の生徒が取り札を取ってしまったら…?
「そうはならない」
会長さんが泳いでくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」に手を振りながら余裕の笑みを浮べています。
「ミーティングの時に言ったろう?自分のそばにある札が何かを考えていれば十分だ、って。どの取り札がどこにあるのか、ぼくには見えているんだよ。だから取るべき札に一番近い子の意識の下に呼びかけるんだ。そこにある札を取るようにって」
その後の展開は会長さんの言葉通りになりました。取り札はA組の手にしか渡らず、配達係は「そるじゃぁ・ぶるぅ」。C組は水かけ攻撃を繰り出す暇もないまま惨敗です。プールの中で奔走したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」一人だけ。飛び出すためのジャンプ台を務めた会長さんは「ちょっと疲れたから」と、まりぃ先生が待つ救護所へ行ってしまいましたが、単に昼寝がしたいだけかも…。

私たちの試合を見ていた人たちは、取り札は潜って運べばいいと思ったようです。ところが次の試合でそうしようとしたクラスは早々に挫折しました。畳半分サイズの発泡スチロールの浮力はどうも半端じゃないみたい。それじゃ、小さな身体で軽々と沈めて運んでいった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は?
「ぶるぅの力は知ってるだろう?取り札が浮かないようにしてしまうくらい、わけはないのさ」
会長さんがジュース片手に笑っていました。救護所から戻ってきたようですけど、ハンバーガーまで持っています。えっと…今は飲食できる時間じゃないのでは?
「まりぃ先生におねだりしたんだよ。ほら、ぼくは身体が弱いから…。腹が減っては戦ができぬ、って昔の人も言っているしね」
ドクター・ノルディという主治医がいるほどですし、虚弱体質だというのは本当でしょう。でも日常生活に支障が出るレベルではない筈です。どちらかといえば虚弱体質を売りにして肉体労働をサボッているのが実態なのでは…。体操服も持ってなかったくらいですから。会長さんの顔を窺うと不意に思念が届きました。
『用も無いのに走らされたり、泳がされたり…って面倒じゃないか。それに年寄りの冷や水って言うし』
ね?と微笑む会長さん。どこが年寄りだ!と思いましたが、他の人には今の言葉は聞こえてなかったわけですし…グッと我慢の二文字です。会長さんはハンバーガーをぱくつきながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」にフライドポテトを持たせていました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がつまみ食いをしていましたけれど、A組生徒が先生方に通報するわけありません。なんといっても大恩人です。
「食べるんだったら俺たちの後ろに隠れとけよ」
何人かの男子が盾になるのを見た会長さんは、「じゃあ、ぶるぅの分も貰っちゃおうかな」と救護所へ出かけていきました。貰ってきたのはホットドッグ。さすがに短時間でハンバーガーは無理なんですね…っていうか、わざわざ買いに行かせていたと分かってまたビックリ。買いに走ったのはシド先生だよ、と事も無げに言う会長さんに私たちは唖然とするばかりでした。
「だって、体力を消耗しちゃって倒れたら学校の責任問題じゃないか。栄養補給は大切なんだ」
平然としている会長さんは次の試合が終わった後も救護所に直行してしまいました。総当り戦の結果、1年生の勝者はA組。会長さんは何度も救護所へ行ってサボリと栄養補給をしながら、2年、3年の1位が決まってからの学園1位決定戦でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」とタッグを組んで勝利を掴んでくれたのでした。
「やったぁ、俺たち1位だぜ!」
男の子たちが叫んでいます。本年度最後の全学年で順位を競うイベントも1年A組が貰いました。まさに無敵の1年A組。さぁ、とうとう学園1位です。お楽しみイベント、今度は何かな?




始業式の翌日は何故か健康診断でした。体操服を持って登校すると、教室の一番後ろに会長さんの机があります。会長さんはアルトちゃんとrちゃんに話しかけていて、机の上には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が…。
「諸君、おはよう。やはりブルーとぶるぅが来ているな」
グレイブ先生は二人が来ることを予測していたようでした。
「今日の健康診断は来週行われる『かるた大会』に備えるものだ。体力勝負の大会だけに、健康診断が実施される」
かるた大会が体力勝負?なんだか意外な気がしますけど、この学校なら何でもアリかも。みんなも同じことを思ったらしく、教室はちょっとザワついただけですぐに静かになりました。いつものように体操服に着替え、会長さんの方を見てみると…今日も水色の検査服です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は体操服で女子に混ざって保健室へ。
「ぼく、今日も『せくはら』してもらうんだ♪」
この前の時、まりぃ先生にセクハラされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。特別室の奥のお風呂で身体中を念入りに洗われちゃったわけですけれど、それが気に入ったみたいですね。スウェナちゃんと私の間に並んで順番待ちをしている間もウキウキしているのが分かります。
「お待たせ~。あらあら、今度はぶるぅちゃんなのね♪」
まりぃ先生はスウェナちゃんと私も一緒に呼び込み、テキパキと身長や体重を測って問診をして…。
「二人とも、ちょっと熱があるわよ」
「「えぇっ!?」」
そんなことないです、と答えた途端、まりぃ先生は体温計を2つ取り出し、洗面台の蛇口を捻りました。給湯器から流れ出すお湯に体温計を浸け、ピピッと鳴らして。
「ほら、微熱。頭も痛いんじゃないかしら?」
頭の上にボテッと落ちてきたのはゴマフアザラシのゴマちゃんでした。天井に貼り付いていたんでしょうか?
「ごめんなさいねぇ、最近、忍者ごっこが好きで。…ねっ、二人ともコブができたでしょ?」
うーん、コブは大丈夫だと思うんですけど、頭がちょっとズキズキします。
「微熱に頭痛。休んでいった方が良さそうね」
まりぃ先生は廊下に続く扉を開けると、順番待ち中のクラスメイトに…。
「スウェナちゃんたち、頭が痛くてお熱なの。私が付き添うことにするから、代わりの先生が来るまで待っててちょうだい。…そうそう、ブルー君は今日もA組かしら?」
誰かが「そうです」と答えると、まりぃ先生は。
「じゃあ、ブルー君には私が復帰してから来るようにって言っておいて。あの子は虚弱体質で特別だから、私が診なくちゃいけないの。それじゃ、よろしく~♪」
パタン、と扉を閉めたまりぃ先生は内線でヒルマン先生を呼び、健康診断の代理をお願いしています。了解を得ると
「そるじゃぁ・ぶるぅ」の身長や体重を測り、問診を済ませてしまいました。決まり文句の「男の子は上半身を脱いでもらうことに…」がありません。どうなったのかな?
「ぶるぅちゃん、センセ、今日もみっちりセクハラをしてあげたいわ。奥のお部屋へいらっしゃい」
「ほんと!?」
飛び上がって喜ぶ「そるじゃぁ・ぶるぅ」。まりぃ先生は私たちを特別室に入れて鍵をかけ、大はしゃぎの「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れてバスルームに消えていきました。
「行っちゃった…」
「でも、お風呂だって分かってるんだもの、気が楽よね」
とはいえ、特別室は会長さんがまりぃ先生に「あ~んなことや、こ~んなこと」をしている夢を見せる場所です。ソファやベッドを眺めているのは落ち着きません。バスルームに続く扉にしたって同じことです。私たちは保健室と繋がる扉の前に立ち、部屋に背を向けて扉を見ながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」を待ちました。

やがてバスルームの扉が開く音がして、まりぃ先生の弾んだ声が。
「はい、今日のセクハラはこれでおしまい。気持ちよかった?」
「うん!!」
ちゃんと白衣を着たまりぃ先生と体操服の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が上気した顔で出てきます。前回はバスローブ姿とフルヌードでしたから、服を見ただけでホッとしますね。
「ぶるぅちゃんったら可愛いのよ~。一生懸命洗ってあげるとキャッキャッ言って喜ぶんだから♪」
「だって、くすぐったいんだもん。まりぃ先生、いっぱい触るし」
いったい何処を触られたのかは聞かない方がいいでしょう。幸か不幸か「そるじゃぁ・ぶるぅ」はセクハラという言葉の意味も分かっていない子供ですから。
「じゃあ、ぶるぅちゃんとお遊びするのはここまでね。センセ、お仕事に戻らなきゃ。…みゆちゃんとスウェナちゃんもお熱が下がって良かったわ。ぶるぅちゃんと一緒に帰りなさいね♪」
のぼせた顔が元に戻ると、まりぃ先生は保健室への扉を開けてくれました。これで自由の身に戻れます。保健室ではヒルマン先生がC組女子の健康診断中でした。
「おお、もう具合はいいのかね?…まりぃ先生も復帰できそうかな?」
ヒルマン先生が気遣ってくれ、少し心が痛みます。温厚な先生に嘘はつきたくありませんけど、こればかりは仕方ないですよね。…ん?もう一人、男の先生が…。白衣を着て問診をしている後姿に、まりぃ先生が呼びかけました。
「あらぁ、ドクター!お久しぶりですぅ」
ドクターと呼ばれて振り返ったのは天然パーマの髪と特徴的な鼻を持った人。初めて目にする顔でした。こんな先生、いましたっけ?
「まりぃか。…希望通り養護教師になれたようだが、ちゃんと責任は果たしているか?」
「あ、あは、あはは…。えっと、そこそこ頑張ってます」
「よし。ヒルマン先生の所に行ったら、保健室だと言われてね…健康診断を手伝っていたんだ。君の仕事ぶりも見ておきたいし、このまま続けてみたいと思う。ヒルマン先生、よろしいですか?」
「そうじゃな…」
ヒルマン先生は白い髭を撫で、「いいだろう」と頷きました。
「私は仕事があるから戻るが、よろしく頼むよ、ドクター・ノルディ」
ドクター・ノルディ。名前を聞くのも初めてです。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は顔馴染みらしく、頭を撫でて貰ってニコニコ顔。私たちは首を傾げながら保健室を後にしました。
「ぶるぅ、あの人、いったい誰なの?」
教室へと歩く途中でスウェナちゃんが尋ねると…。
「お医者さんだよ。滅多に会わないけど、ブルーの主治医をしてるんだ。ブルーは虚弱体質だもん」
そっか…。本物のお医者さんなのか。
「うん。それに、ぼくたちの仲間だよ。二百年以上は生きてたと思う」
そんな話をしている内に1年A組の教室に着くと、会長さんが待ちかねたように立ち上がりました。
「やっとぼくの番が来たみたいだね。行ってくるよ」
殆どのクラスメイトが制服に着替えを終えた中、水色の検査服の会長さんは保健室へ向かったのですが…。終礼の時間になっても会長さんは戻らないまま。助っ人が現れたせいで、まりぃ先生、張り切ってるとか?それとも会長さんがまりぃ先生に特別サービス?
「ブルー、ぼくのお部屋に帰ったみたい」
会長さんの椅子に腰かけていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が終礼の後で言いました。
「元気がないけど、どうしたのかな?…ちょっと心配」
えっ、あの会長さんが…元気がない?それは確かに心配です。ジョミー君やキース君たちも鬼の霍乱だと言いつつ、不安そうな顔。私たちは会長さんのカバンを抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」に先導されて影の生徒会室へ向かいました。今日の柔道部は朝練だけで、放課後の部活は無いんです。

壁を通り抜けて入った部屋の中では、会長さんがソファに寝転んで暗い顔。あまつさえ「そるじゃぁ・ぶるぅ」まで「眠くなっちゃった」と土鍋に入って寝てしまったではありませんか。えっと…私たち、どうしたら…?
「…ぶるぅはぼくが寝かせたんだ…」
会長さんが億劫そうに身体を起こしてソファの背もたれに寄りかかりました。
「聞かせたくない話なんだよ、子供にはね。…これを見て」
制服のワイシャツのボタンを外した会長さんの白い胸元に赤い花が1つ咲いていました。まりぃ先生、またキスマークですか!私たちの顔はみるみる真っ赤に…。
「…違うんだ。まりぃ先生は騒いでただけ。…ノルディのヤツにしてやられたよ」
「「「ノルディ?」」」
ジョミー君たちは怪訝そうです。スウェナちゃんと私は今ひとつ話が飲み込めません。
「ああ、ごめん。君たちは知らなかったんだっけ。…こんな男さ」
会長さんが思念でドクター・ノルディの姿を伝えてきました。
「ぼくの主治医をしてくれている。でも…ちょっと困った性癖があって、あまり診察されたくないんだ。ハーレイはぼく一筋の片想いだけど、ノルディは本物なんだよね」
「「「本物?」」」
何が本物なんでしょう?それに教頭先生の名前が出てくるわけは?
「…君たちも知っているだろう?ハーレイがぼくをどうしたいのか。…なのにヘタレで何もできないから楽しいんだ。だけどノルディはそっちの道では百戦錬磨のテクニシャン。…そのノルディに前から迫られてるんだよね…。抱かせてくれ、って」
ひぇぇぇ!!!私たちは度肝を抜かれました。教頭先生の他にも会長さんを欲しがってる人がいたなんて。でも、会長さんなら夢を見せて逃げれば済む話では…?
「それが…ノルディには通用しないんだ。夢で誤魔化そうとしたらバレちゃって…。まさかバレると思わなかったし、腹立ち紛れについ、うっかりと…」
余計なことを言っちゃったんだ、と会長さんは項垂れます。
「ぼくを抱きたいだなんて百年早い。もしもキスマークをつけることが出来たら抱かせてやるから、顔を洗って出直して来い、って。それから長いこと、上手に逃げてきたんだけれど…」
「…じゃ、…じゃあ…」
ジョミー君が唇を震わせました。会長さんの肌に赤い痕があるということは…。
「そう。ノルディが口説きながら顔を近づけたんで、まりぃ先生がキャーキャー騒いじゃって。…そっちに意識が行った途端にやられたんだ。ぼくはどうしたらいいと思う?…ノルディが思念で伝えてきた。今夜あなたの家に行きます、って」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
こ、今夜ですって!?…会長さんの夢攻撃が通用しない人が相手だと、会長さんの身が危険です。タイプ・ブルーの力にモノを言わせて撃退するとか、居留守を使って逃げるとか…。
「ダメなんだ。ノルディは居留守くらいで諦めるようなタイプじゃないし、仲間を攻撃するのも避けたい。…なんとか穏便に済ませたいけど…」
会長さんは思い詰めた顔をしていましたが、白い左の手をじっと見据えて。
「…やっぱり、ハーレイのものになるしかないかな」
昨日のルビーの指輪が宙に現れ、会長さんはそれを左手の薬指に。
「今、ノルディは教頭室にいる。みんな、証人になってくれるよね?…ぼくはハーレイと婚約してる、って。後はハーレイ次第だけれど」
ハーレイの所に行くよ、と立ち上がった会長さん。いったいどうする気なんでしょうか?

見慣れた扉を会長さんがルビーの指輪を嵌めた手でノックし、「どうぞ」という声が聞こえてきます。
「…こんにちは、ハーレイ」
教頭室に入った会長さんは、応接セットのソファに腰を下ろしたドクター・ノルディの姿を見るなり小さく悲鳴を上げました。テーブルを挟んで座った教頭先生が驚いた顔で。
「どうした、ブルー?…来客中だと気付かなかったか?いつもの連中もいるようだな」
「…ハーレイ…」
次の瞬間、会長さんは教頭先生に飛びつくようにしがみついて。
「ハーレイ、ぼくたち婚約したよね?…ぼく、ハーレイと一緒に暮らすんだよね…?」
「…ブルー…?」
戸惑う教頭先生の肩に顔を埋めて会長さんが訴えます。
「ぼく…。ぼく、ハーレイと婚約したのに…。ノルディが今夜、ぼくを抱くって。家に行くって脅すんだ。嫌だよ、ハーレイ…!昨日婚約したばかりなのに…」
「…なんだと…?」
教頭先生の目が険しくなり、眉間に皺が寄せられました。向かいに座ったドクターを睨み、会長さんを強く抱きかかえて。
「ノルディ…。ブルーが言っていることは本当なのか?」
「…本当ですよ」
ドクターは不敵に笑いました。
「以前からの約束だったのです。ある条件をクリアできたら抱かせてもらえる筈でした。今日、やっと条件を満たしたのですが…手遅れだったというわけですか。いくら私でも、婚約者がいるのに無理強いしたりはしませんよ。…本当に婚約しているのなら」
嘘も方便と言いますし…、と会長さんの指輪を見つめるドクター。
「婚約指輪は認めましょう。ですが、そんなものは何とでもなる。今まで歯牙にもかけなかった相手と急に婚約だなんて、不自然だとは思いませんか?…他に証拠があるならともかく」
「…証人が…。証人になってくれる子たちが…そこに…」
教頭先生の腕の中から、会長さんが指差したのは私たち。ドクターの鋭い視線にたじろぎながらも、私たちは震える声で、会長さんの婚約に立ち会ったのだと証言しました。これが認めて貰えなかったら、会長さんは…。
「なるほど。…ですが、教頭。あなたからは何も聞いていません。婚約なさったのなら、そうおっしゃれば…。お祝いの都合もありますしね」
「…校内で話すことではないと判断した」
威厳に満ちた声でピシャリと言って、教頭先生は会長さんを抱き締めます。
「ブルーは私の婚約者だ。…ある条件を満たしたら…、と言っていたな。ブルーに何かしたというなら、黙って見過ごすわけにはいかない。ブルーは私が全力で守る」
ヘタレな教頭先生とは思えないほどの気迫でした。ドクターはフッと笑って、楽しそうに。
「では、キスをしていただきましょうか。…婚約も済ませてらっしゃるのですし、それくらい問題ないでしょう」
「……!!」
教頭先生はウッと息を詰まらせ、私たちも息を飲みました。ドクターが言っているキスは唇を重ねるキスでしょう。けれど教頭先生と会長さんは全然そんな仲ではなくて、それどころか教頭先生ときたら会長さんの額にキスする度胸も持ってなさそうなヘタレです。…ヤバイなんてものじゃありません。
「…いいよ、ハーレイ…。ぼくにキスして?」
会長さんが細い声で言い、教頭先生を見上げます。赤い瞳が誘うように揺れていましたが、教頭先生は金縛り。もうダメです。…百戦錬磨だというドクター相手に嘘をつき通せるわけが…。
「…そんなにブルーが大事ですか?」
ドクターがクッと笑いました。
「あなたは昔からブルーに甘い。知っていますよ、散々オモチャにされてらっしゃることは。それでも大切に想い続けて、未だにキスひとつ出来ないままで…。よくも我慢ができるものです。指輪は本物みたいですがね」
どうせ受け取って貰えなかったのでしょう、と図星を突いて。
「…あなたの我慢強さと三百年の忍耐に免じて、ブルーは見逃してあげますよ。ただし今回限りですが…。お楽しみはまた次の機会に」
そしてドクターはソファから立つと、教頭室を出て行ったのでした。

「…ハーレイ…」
会長さんが身じろぎをして、教頭先生の腕から抜け出します。
「ノルディが家に来るって言った時には、おしまいだって思ったよ。ドジを踏んだのはぼくなのに…昨日、指輪を騙し取ったのに、ぼくを助けてくれたんだ…?」
「……当たり前だろう」
教頭先生は頬を赤らめて視線を逸らし、静かな声で言いました。
「三百年以上、お前のことを見てきたんだぞ?…ノルディに何をしたのか知らんが、二度と馬鹿な真似はしないようにな。お前の悪戯が通用するのは、私だけだと思っておけ」
「…うん…。確かにノルディには通じなかったね…」
今回の騒ぎの発端は、会長さんが言い出した約束でした。教頭先生をからかって遊ぶのに馴れてしまって、からかったら危険な相手に同じようなことをしたわけで…。もしもドクターが引き下がってくれなかったら、会長さんは食べられてしまう所だったんです。
「ハーレイ。…この指輪、返しておくよ。これが無かったら、ノルディは諦めていないと思う。ぼくを助けてくれたプレゼントなのに、フィシスにあげてしまうのは…いくらなんでもあんまりだろう?」
会長さんはルビーの指輪を抜き取り、教頭先生の手に乗せました。
「今日のお礼に預かっておいて。…いつか本当に貰いたくなったら、改めてプレゼントしてもらうから」
「…ブルー…。希望を持ってもいいのか?」
「いいと思うよ。それじゃ、またね。…ありがとう、ハーレイ」
指輪を手にして感激している教頭先生。ドクター・ノルディの魔手から逃れた会長さんも本当に嬉しそうでした。教頭室を出た会長さんは、すっかりいつもどおりです。…会長さんを襲った未曾有の危機とドクター・ノルディの魔手を退けたのは教頭先生。三百年越しの片想いが実るとはとても思えませんが、ルビーの指輪が手許に戻っただけでも、きっと気分は最高でしょう。
「うん。それに希望もあげたしね」
会長さんが極上の笑みを浮べました。
「人生、希望を持たなくちゃ。そういう意味で言ったんだけど、ハーレイは誤解しちゃったかな」
あぁぁ、また教頭先生をからかって楽しんでいるようです。それでこそ会長さんですけれど、教頭先生、ご愁傷様…。




闇鍋の後は教室に戻って終礼でした。グレイブ先生は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を不快そうに睨みつつも、声は極めて冷静です。
「諸君、学園1位を取ってくれたことには礼を言っておこう。お雑煮食べ比べ大会とはいえ、順位があったのは確かだからな。私は諸君を誇りに思う。三学期もしっかり頑張るように」
闇鍋の恨み節が出なかったのは流石でした。一口で逃げ出すくらいの不味い代物を食べさせられても、1位なら許せるらしいです。これこそまさに教師の鑑。1位のためなら高所恐怖症でもバンジージャンプ、1位を取ったら闇鍋も黙って一口食べる。グレイブ先生って、けっこう漢ですよね。…終礼が済むと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は影の生徒会室へ向かいます。もちろん私たちも一緒でした。
「覚えてるかい?…二学期の始業式のこと」
会長さんに問い掛けられて首を傾げる私たち。頭のいいキース君やシロエ君にも心当たりは無いようでした。今日は部活がお休みなので、柔道部三人組もちゃんと揃っているんです。
「始業式って言うから分からないのかな?…ぼくの新学期の恒例行事なんだけど」
「「「あっ!!」」」
瞬時に思い出したのは紅白縞のトランクス。会長さんは新学期の度に教頭先生に5枚ずつプレゼントしてるんでしたっけ。
「思い出したみたいだね。今日は届けに行く日だよ。もう熨斗袋も必要ないし、ただ持っていくだけだけど」
会長さんは部屋の奥からリボンがかかった箱を取ってきました。青月印の紅白縞のトランクスが5枚だよ、と楽しそうに言う会長さんは私たちを連れて行く気です。断ったって引っ張って行かれそうですし、ここは大人しくついて行くしかないでしょう。今度こそ何もありませんように…。

トランクスの箱を持った会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にくっついて本館に入り、教頭室の扉の前で立ち止まります。厚い扉を会長さんがノックして。
「失礼します」
ガチャリ、と扉を開けると、書き物をしていた教頭先生が顔を上げました。
「ブルー?」
嬉しそうな声でしたけど、会長さんの後ろに続いた私たちを見るなり深い溜息。
「…またゾロゾロと連れてきたのか…」
「いけないかい?せっかくプレゼントを届けに来たのに、もっと喜んでくれないかな」
でないと持って帰ってしまうよ、と会長さん。教頭先生は慌てて謝り、トランクスの箱を受け取りました。
「いつもすまんな。もう熨斗袋はやめにしたのか?」
「うん。やっと気付いて貰えたからね、紅白と白黒のセットの意味。…あの時、ぼくはこれから青と白の縞にするよって言ったんだけど、謝らなくちゃ。あんまり長いこと白黒縞でお揃いにしてたせいなのかな…。白黒縞でないと落ち着かないんだ。だから今でも白黒なんだよ。ごめんね、ハーレイ」
「…なんでお前が謝るんだ?」
「だって。不祝儀でおめでたくない柄をぼくに履かせてるなんてデリカシーが無いって、ジョミーたちにも言っちゃったんだ。ハーレイも謝ってくれていたのに、白黒縞のままっていうのは…やっぱり申し訳ないじゃないか」
いつになくしおらしい会長さんに教頭先生は「気にするな」と言って笑いました。
「お前が気に入ってるんならいいじゃないか。嫌々履いているというなら問題だがな」
「ありがとう、ハーレイ」
会長さんはホッと吐息をついたのですが、次の瞬間、悪戯小僧の笑みを浮べて。
「…それじゃ今日もその目で確かめてみる?お礼代わりに、ぼくの白黒縞」
「い、いい…!」
ベルトに手をかけた会長さんに、教頭先生は大慌てです。
「いい?…そうか、そんなに見たいんだ」
「ち、違う!いいと言ったんじゃなくて、け、け…けっ…」
「…結構ってこと?ふぅん、目の保養になるって言いたいのかな?」
「違う!!…い、…要らない…と…」
「なんだ、残念。褒めてるのかと思ったのに…。いい、とか結構っていう言葉は使いどころが難しいよね」
クスクスクス。会長さんは楽しそうですが、教頭先生はドッと疲れたようでした。
「…あまり教師をからかうな…。私の専門は古典なんだぞ」
「それは失礼。言葉遣いに詳しいんだっけ」
椅子の背に凭れている教頭先生を会長さんはまじまじと眺め、心配そうに。
「…もしかして、まだ闇鍋が堪えてる?くさやとドリアンはやめといた方がよかったかな…」
「いや。くさやに限ってはそうでもないな」
くさやは私が食べたんだ、と教頭先生は苦笑いして言いました。
「お前が入れているのを見たから、どうせならアレを食いたいと思っていた。だが、目隠しをされるだろう?まず無理だろうと諦めていたが、私のお碗に入っていたんだ」
「そうなんだ。…運命の赤い糸っていうのは、あるのかもね」
えっ、運命の赤い糸?くさやの干物が赤い糸ですか?…会長さんったら、また心にもないことを…。教頭先生と赤い糸で結び付けられたって、会長さんなら鋏でチョキンと切るだろう…と、私たちにだって分かります。分かってないのは教頭先生だけでしょう。トランクスがお揃いだと信じて今日も感激してるんですから。
「ハーレイ。運命の赤い糸がぼくに繋がっていたみたいだし…引き出しの中の包みも出してみたら?」
会長さんが意味深な笑みを浮べて、教頭先生を見つめました。
「ぼくに渡そうと思って買ったんだろう。ちょっとギャラリーが多いけれども、証人ってことでいいじゃないか」
「「「証人!?」」」
いきなり話を振られて驚く私たちに構わず、会長さんは続けます。
「…今日を逃したら新学期まで保留になると思うんだよね。トランクスを届けに来たら渡すつもりで決心した、ってハーレイの顔に書いてあるよ。男らしくビシッと決めて欲しいな、せっかくだから。運命の赤い糸を切るつもりならかまわないけど」
えっと…私たちが証人になれる贈り物って何でしょう?みんなで顔を見合わせましたが、見当もつきませんでした。

壁の時計がコチコチと時を刻んでいきます。教頭先生は複雑な顔で会長さんを見ていました。どうやら私たちがいると渡しにくい物らしいです。まぁ、見なくても困るものではないんですから、別にどうでもいいですが。
「ハーレイ。…出さないんなら帰るからね。新年度になるまで後生大事に持ってるといい」
トランクスの箱をポンと叩いて、会長さんが踵を返します。私たちも続こうとしたら…。
「待ってくれ、ブルー!」
教頭先生が引き出しを開け、リボンがかかった小さな箱を出しました。
「お前のために選んだものだ。…本当は…」
渋い声が少し寂しそうに。
「…本当は、お前と二人きりの時に渡したいと思っていたんだがな…」
「ふふ。いいじゃないか、ぼくはかまわないよ」
会長さんはニッコリ微笑み、小鳥のように首を傾げて。
「それで、渡したい物っていうのは何?」
「…知っているくせに、それを聞くのか…?」
「当然。ちゃんとけじめはつけて欲しいし」
教頭先生は小箱を手に持ったまま硬直しました。言いにくいものが入っているのでしょう。居並ぶ私たちを見渡し、会長さんを縋るような目で見て、視線を手の中の箱に落として…。うーん、よっぽど凄いか、とんでもないか、そのどちらかと思われます。
「ハーレイ、みんなが誤解しかかってるよ。変な贈り物じゃないのか、って。どうしても言いたくないなら、ぼくは帰らせてもらうけど。せっかく証人までいてくれるのに」
赤い瞳に射すくめられて、教頭先生は掠れた声で。
「……私の給料の三ヶ月分だ……」
「ん?…ちょっと聞こえにくかった。もう一度言って」
「…私の給料の三ヶ月分だ。そう言えば分かる筈だろう、ブルー」
必死に言葉を絞り出した教頭先生は頬を真っ赤に染めています。
「給料の三ヶ月分がどうしたって?…そんな言い方じゃ分からないよ」
先を促す会長さん。教頭先生の額にはビッシリと汗が浮いていました。
「…三ヶ月分が相場なのだと聞いている。お、お前に……お前にプロポーズしようと思って…」
え。お給料の三ヶ月分でプロポーズっていうと、もしかして…。
「気に入るかどうか心配なんだが…ダイヤモンドではありきたりだから、お前の瞳と同じ色の石を…」
ひゃぁぁ!教頭先生が会長さんに贈りたいものは婚約指輪だったのです。確かにプロポーズなら証人がいても問題ないかもしれません。ただし、婚約成立ならば…ですが。
「…ブルー、お前がいいというのなら…これを…」
受け取ってほしい、と差し出された箱を会長さんは冷ややかに見つめ、プイとそっぽを向きました。
「そういうのって、ぼくが受け取って嵌めてみるものじゃないだろう?…分かってないね。受け取れないよ」
嵌めてくれるというなら別だけれども、と付け加えて言う会長さん。呆然としている私たちの前で教頭先生は震える指でリボンをほどき、指輪の箱を取り出して…机に置いて蓋を開けました。入っていたのはルビーがついた綺麗な指輪。
「嵌めて」
会長さんが白い左手をスッと差し伸べ、教頭先生の無骨な両手がその手を押し頂くようにして…会長さんの薬指に赤いルビーが光ったのですが。
「……ゆるい……」
不機嫌な声で呟いたのは他ならぬ会長さんでした。薬指に嵌った指輪を右手の指でクルクル回していたかと思うと、柳眉を吊り上げて怒り出します。
「ハーレイ。どこが婚約指輪だって!?…サイズが全然違うじゃないか。本気じゃないってよく分かったよ。ぼくは騙されないからね。今までぼくを口説いてたのも、何もかも遊びだったんだ!」
「…ご、誤解だ!私は本当にお前のことが…」
「嘘つき!!」
会長さんは指輪を薬指から抜き取り、ルビーと同じ色の瞳を激しく燃え上がらせました。
「ぼくは何度も女の子に指輪を贈ってきたんだ。サイズを間違えたことは一度も無いよ。…普通のプレゼントでもそうなのに…プロポーズなんて大事な場面でサイズ違いの指輪を持って来るのは有り得ないだろ!?」
そしてスタスタと私たちの方へ近づいてきて、いきなり掴んだのはキース君の左手。
「このサイズなら、キースだと思う。…あくまでぼくの勘だけど」
「えっ!?」
驚いて叫ぶキース君。慌てて左手を引っ込める前に、薬指にルビーの指輪が押し込まれてしまったのでした。

「…やっぱり。キースの指にピッタリじゃないか」
氷のように冷たい会長さんの声が教頭室の気温を一気に降下させました。暖房は効いている筈ですが、部屋の中に霜が降りそうです。キース君の左手に光る指輪は確かにジャストサイズでした。
「…ハーレイ…」
縮み上がっている教頭先生を睨む会長さんは怒り心頭。
「キースのサイズと間違えるなんて、なんて言えばいいのか分からないよ。柔道部で目をかけてたのは知ってたけれど、キースも口説いていたんだね?…もしかして、とっくにいい仲なのかな。指輪を贈るくらいにね」
「違う!その指輪は…ブルー、お前のために…」
「だけどサイズを間違えたんだろ?…買ってくる時にキースのことを考えてたのが丸分かりだよ!」
ええっ、キース君って教頭先生とそんな仲?…そういえば柔道部だと合宿とかもありますし…。
「ちょっと待て!!」
取り残されていたキース君が会長さんを遮りました。
「俺はそっちの趣味なんか無いぞ!…教頭先生の名誉のために言わせてもらうが、俺たちは師匠と弟子でしかない」
「そ、そうだ、キースの言うとおりだ。私は…ブルー、お前のことしか…」
教頭先生も必死です。会長さんの顔から怒りの表情がフッと消え失せ、クッと笑って…。
「…引っかかった」
「「え?」」
キース君と教頭先生の声が重なりました。
「引っかかった、って言ったんだよ。…ハーレイにぼくしか見えてないことくらい知ってるさ。だけど、あんまり詰めが甘いから、からかってみたくなったんだ。サイズの合わない指輪をプレゼントしてプロポーズなんて、振られる元だと思うんだけど」
「…そ、それは…」
「分かってる。ぼくのサイズなんか教えてないし、聞きに来るような甲斐性があれば、ぼくに振り回されたりしないだろうし。…無理して背伸びしようとするから、おかしなことになるんだよ」
会長さんは脂汗を流している教頭先生の眉間の皺を指で弾くと、キース君の左手に嵌ったままのルビーの指輪を抜こうとして。
「あ。…抜けない」
「「抜けない!?」」
キース君と教頭先生が叫びます。
「うん。…ピッタリすぎて抜けないんだよ」
どうする?と会長さんが言い、キース君は自力で指輪を外そうと格闘し始めましたが、指が赤くなってゆくだけです。スウェナちゃんが「石鹸水で抜けると思う」と知恵を出し、キース君は仮眠室の奥のバスルームへ。それでもルビーの指輪は抜けず、キース君はげんなりした顔で戻ってきました。
「ダメだ…。抜こうとすればするほど、食い込んでくるような気がするんだが」
「消防署へ行けば切ってくれるって聞いたことあるわ」
スウェナちゃんが言いましたけど、キース君がルビーの指輪を左手の薬指に嵌めて消防署へ…?
「…俺にはそんな度胸はないぞ」
ガックリと項垂れているキース君。マツカ君が「うちでなんとかしましょうか?」と尋ねましたが、それも抵抗があるようで…。こうなったらダイエットして自然に抜けるのを待つしかないかな?とりあえず指には包帯を巻いて…。

そういう話になってきた時、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がトコトコトコとやって来ました。
「指輪、見せてくれる?…うわぁ、とっても綺麗だね!」
キラキラしてる、と眺めて、触って…。
「これ、絶対に抜けないよ。切って外すのも無理みたい。そうじゃないかと思ったんだけど」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
私たちはビックリ仰天。抜けないだなんて、どうしたら…。
「ブルーに頼むしかないと思う。ブルーの力でくっついてるから」
「「「!!?」」」
「…バレちゃったか…」
会長さんはクスクスと笑い、教頭先生に向き直りました。
「あの指輪。…ぼくが貰っていいんだったら、キースの指から外してあげるよ。貰えないならそのままだね。ついでにハーレイとキースが婚約した、って学校に届けを出してくるけど」
「…貰う…?」
ゴクリと唾を飲み込む教頭先生。そりゃそうでしょう。会長さんが指輪を貰うってことは、念願叶って晴れて婚約。地獄から一気に天国です。
「分かった。ブルー、指輪はお前のものだ。…本当に貰ってくれるんだな?」
「うん。ありがとう、ハーレイ。大好きだよ」
会長さんの手が触れた途端に、キース君の指からルビーの指輪が抜けました。会長さんはそれを光にかざして嬉しそうに眺め、机の上に置きっぱなしだった箱に戻すと静かに蓋を。あれ?嵌めるんじゃないんですか?…そっか、サイズが合わないんだっけ。
「じゃあ、サイズ直しに出しに行くね。…ぼくの力でも直せるけれど、こういうのは本職が一番だし」
「ああ、その方がいいだろう。保証書はこれだ。店の電話も書いてあるから」
教頭先生が頬を緩めて引き出しから保証書を出し、会長さんに渡します。シャングリラ・ジゴロ・ブルーと呼ばれ、女好きだと公言していた会長さんが…教頭先生とついに婚約…。あまりにも急な展開すぎて、私たちはついていけません。会長さん、今度こそ本当にお嫁に行っちゃうんですね。式はやっぱり卒業式が済んでからかな…とか、頭の中がグルグルします。そこへ会長さんの明るい声が…。
「さあ、帰ろうか。…フィシスに素敵なお土産もできたし」
え。フィシスさんにお土産?…教頭先生もギョッとして息を飲みました。
「この指輪、フィシスに似合いそうだろう?…ふふ、サイズ直しが出来てくるのが楽しみだな」
保証書に書かれたお店の名前を確認しながら、会長さんは満足そう。貰ったばかりのルビーの指輪をフィシスさんにプレゼントしようだなんて、教頭先生の立場はいったい…。
「ぼくにくれるって言ったじゃないか。後はどうしようとぼくの勝手さ。そうだろう?…ハーレイ」
「……………」
教頭先生はショックで石像と化していました。お給料の三ヶ月分をはたいた指輪が台無しになってしまったんですから。えっと、えっと…気の毒ですけど、慰めの言葉も見つかりません。
「いいんだよ。ハーレイにはぼくとお揃いのトランクスを5枚もプレゼントしたんだからね」
これからも新学期ごとに贈るつもりだし、と言って会長さんは指輪の箱と保証書をしっかり掴んでいます。
「じゃあね、ハーレイ。指輪は有難くもらっておくよ」
軽くウインクして教頭室を出てゆく会長さん。私たちもその後に続きました。扉が閉まる前に振り返ってみると、教頭先生はまだ石像になったまま。机の上にはトランクスの箱が置かれています。お給料三ヶ月分のトランクスってことになるのでしょうか?1枚あたりのお値段がいくらになるのか、ちょっと計算してみたいかも…。




冬休みが終わる前の日、学校から卒業のお知らせが届きました。「例外として今年度をもって卒業とする」と書いてあります。それと理由を書いたお手紙。パパとママはビックリですが、会長さんが言っていたとおり特に気にする風もなく…。「校長先生も三百年以上生きてるんだし、そういうこともあるだろう」なんて言われてしまうと拍子抜けです。ジョミー君たちの家にも同じ通知が配達されたようでした。
「1年生のみんなと一緒に遊べるのは三学期だけでおしまいなのかなぁ…」
ベッドに転がって呟いていると、会長さんの思念波が。
『明日から学校が始まるけれど、普段どおりでいいんだよ。気にしない、気にしない』
頭が混乱してしまわないよう、ちゃんとフォローもしてきたし…と優しい気配がフワリと身体を包み込みます。そういえば毎晩、こんな暖かさを感じていたかも。心配事が薄れていくのは慣れてしまったからではなくて、会長さんのおかげだったんですね。私はその夜もぐっすり眠り、翌朝、元気に登校しました。1年A組の教室に行くと…。
「かみお~ん♪ぼく、今日は1年A組なんだ」
教室の後ろに増えた机に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が座っていました。机の主の会長さんはアルトちゃんとrちゃんに小さな包みを渡しています。
「素敵な年賀状をありがとう。…ぼくのクリスマス・カードと年賀状も無事に届いたみたいだね」
なんと!私たちに謎解きをしていた間も、アルトちゃんたちへの気配りを忘れなかったみたいです。今、渡したのは何でしょう?アルトちゃんとrちゃんも包みを眺めて不思議そう。
「…銀専用のお手入れグッズ。拭くだけで曇りが取れる布だよ」
贈った指輪は銀だったしね、と会長さんは言いました。
「錆びないようにロジューム加工がしてある銀も多いけれども、君たちにあげた指輪は違うんだ。…知ってるかい?愛されてる銀は錆びない、って」
「「え?」」
アルトちゃんたちが首を傾げます。
「いつも身に着けていると銀はあんまり錆びないんだよ。ロジューム加工してない指輪をプレゼントしたのは、愛される銀になって欲しかったから。でも、学校も寮もアクセサリーは禁止だし…着けたままではいられないよね。だからお手入れグッズなんだ。ぼくたちの仲が曇らないよう、磨いてくれると嬉しいな」
極上の笑みの会長さん。アルトちゃんとrちゃんは真っ赤です。
「あ、ありがとうございます…」
rちゃんがお礼を言うと、会長さんは更に重ねて。
「そうそう、二人とも、指輪のサイズは合っていた?…ピッタリだったと思うんだけど」
アルトちゃんたちはコクリと頷き、rちゃんが尋ねました。
「あの…。どうしてサイズが分かったんですか?私たち、言わなかったのに…」
「ああ、そんなことくらい簡単だよ。…一度こうして手を取れば……」
会長さんの手がrちゃんの右手を捕まえ、キュッと握って。
「分かっちゃうんだよね、この手ならどのくらいのサイズかって。指を握らせて貰えば、もう完璧」
rちゃんの薬指の付け根に会長さんの指が軽く巻き付き、次はアルトちゃんの右手に触れて。
「何度も触れている指なんだから間違えないさ。…指輪、大切にしてくれるかな?」
アルトちゃんとrちゃんは大感激です。シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前はダテではありませんでした。握っただけで指のサイズが分かっちゃうなんて凄すぎます。それとも心を読んで知ったのでしょうか?なんにしても最高の殺し文句だ、と呆れながらも感心していると、教室の扉がガラリと開いて…。
「諸君、おはよう。そして、あけましておめでとう」
グレイブ先生の登場です。
「やはりブルーが来ていたか。…ぶるぅもいるとは最悪だな」
新年早々、苦虫を噛み潰したような顔でグレイブ先生が言いました。
「…仕方ないか…。男は諦めが肝心だ。さあ、始業式会場について来たまえ」
そういえば会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何をするために来たんでしょう?机が置いてあるということは1年A組に在籍中、という意味です。始業式の日に在籍したって、何もないように思うんですが…。もしかして、アレと関係あるのかな?一昨日、学校からメールが来たんです。そこにはこう書いてありました。
「始業式の日に持参するもの。これだ、と思う食品を1つ。加工の有無は特に問わない」
なんとも妙なお知らせですよね。

始業式は校長先生の退屈なお話と、卒業を控えた3年生への訓示でした。私たち特例卒業組には意味の無さそうな訓示です。だって大学に行くわけじゃないし、進路も全然決まってないし…。まぁいいか、と欠伸をしている内に始業式は終了でした。あれ?教室に戻るんじゃないのかな?…教頭先生がマイクを持っています。
「諸君、これから新年恒例、クラス対抗お雑煮食べ比べ大会を開催する」
「「「えぇぇっ!?」」」
お雑煮食べ比べ大会ですって!?…クラス対抗と言われた瞬間、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が来ていた理由が分かりました。1年A組を学年1位にしようと現れたのに違いありません。教頭先生は咳払いをして大会の説明を始めます。
「クラス対抗と言ったが、最終的には全学年の中から男女別に1位を選ぶことになる。そして1位を取ったクラスにはちょっとしたお楽しみがあるというわけだ。お雑煮食べ比べ大会だからな、一番沢山食べた生徒が在籍しているクラスに1位の栄誉が与えられる」
おぉぉっ、と会場がどよめきました。食べ比べ大会の会場は体育館だというので全学年でゾロゾロと移動。広いフロアに湯気がたちこめ、白味噌の甘い匂いが漂っています。テーブルが沢山並べられていて、ブラウ先生が司会役でした。
「じゃあ、大会のルールを説明しよう。全員が一度に食べるわけにはいかないからね、1学年ごとに食べ比べだ。すまし汁だと量が入りやすくて面白くないし、白味噌でトロッと甘めに仕立ててある。お餅も焼餅じゃなくて茹でて柔らかくしてあるよ。ちょっとヘビーなお雑煮なのさ」
う~ん、確かに重たそうです。白味噌仕立てのお雑煮は一度食べたことがありますけれど、何杯もお代わりするには不向きなシロモノだったような…。
「いいかい、制限時間は二十分。その間に何杯食べたかで競うんだ。教頭先生も言ってたように、一番沢山食べた生徒が所属するクラスが1位になる。さあ、1年生から始めるよ。クラス別にテーブルに行っとくれ」
私たちは指定されたテーブルの横に立ちました。椅子は無いので立ち食いです。A組の男子には会長さん、女子のテーブルには「そるじゃぁ・ぶるぅ」が混じっていますが、大丈夫かな?「そるじゃぁ・ぶるぅ」の胃袋は桁外れですから平気でしょうけど、会長さんは人並みの量しか食べられないような気がします。テーブルの間には大きな鍋とお碗を詰め込んだ大きな籠が置かれ、割烹着を着た職員さんがおたまを手にしてスタンバイ。
「みんな、お碗とお箸は行き渡ったかい?…準備はいいね。それじゃ、はじめっ!!」
最初の1杯はテーブルに用意されていました。柔らかいお餅が1個とたっぷりの甘い白味噌汁。1杯で十分に満腹感が広がります。でも、頑張って食べなくちゃ!お碗が空になった途端に、職員さんが新しいお碗にお雑煮を入れてくれるんですもの。2杯、3杯…と空のお碗を自分の前に積み上げたものの、さすがに苦しくなってきた頃、ブラウ先生がマイク片手に。
「ペースが落ちてきているねぇ。ギブアップするなら、お碗に蓋をすればいい。蓋はテーブルの真ん中にあるよ」
なるほど。テーブルの中央に置かれた籠にお碗の蓋が入っていました。何に使うのかと見てましたけど、ギブアップの合図にするんですね。…もうダメ、蓋をしちゃおうっと。あっちこっちで蓋をしている人がいます。まだ食べ続けている人もいますが、お碗の数は十個に届いてないみたい。そんな中で山のように空のお碗を積み上げていたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さん。
「す、凄い…」
「いったい何杯食ってるんだ?」
A組だけでなく他のクラスや学年の人まで二人に注目していました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大きな口を開けて流し込むように食べていますし、会長さんはごく上品な物腰ながら…凄い勢いで食べてゆきます。会長さん、お腹が苦しくならないのかな?
『平気だよ』
笑いを含んだ会長さんの声が頭の中に響きました。
『食べてるように見えるだろうけど、サイオニック・ドリームの応用。本当はぶるぅのお碗に転送してる。ぶるぅはぼくの分まで食べてるんだよ』
恐るべし、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。二人は制限時間いっぱい食べまくった挙句、凄い量のお碗を積み上げました。1年A組は男子も女子も文句なしの学年1位です。二人の記録は上の学年にも破ることが出来ず、私たちのクラスは男女とも学園1位の座を見事に射止めたのでした。1位のクラスには「ちょっとしたお楽しみがある」って教頭先生が言ってましたけど、何なのでしょうね?あ、ブラウ先生が出てきました。
「学園1位は1年A組で決まりだね。これから会場はグランドに移る。みんなそっちに移動だけども、1年A組の生徒は一度教室に戻って、学校から指示されていた食べ物を取って来ておくれ」
え?…今日持ってきたアレですか?私たちは顔を見合わせながら校舎の方へ向かいました。

「スウェナは何を持ってきたのさ?」
尋ねているのは激辛ポテトチップスの袋を持ったジョミー君。スウェナちゃんの手には何かの瓶。
「イカの塩辛。…お歳暮で貰ったんだけど、うちでは誰も食べないから…」
ああ、そういうモノってありますよねぇ。私は平凡にお饅頭です。
「俺もお歳暮の残りなんだ」
キース君は辛子明太子を持っていました。マツカ君は白トリュフ。「今が旬なんです」と世界三大珍味の黒トリュフの上を行く高級食材を生で丸ごと持って来るあたり、「ぼっちゃま」は格が違います。
「でも、こんなもの、何にするのかしら?」
スウェナちゃんの視線の先では会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が怪しげなモノを手にしていました。『くさや』の文字が躍った真空パックは明らかに『くさやの干物』でしたし、トゲトゲがいっぱいついているのは『悪魔の果物』ドリアンでは…。どちらも悪臭で名前を知られた食品です。嫌な予感がするのを押さえてグランドに行くと、ブラウ先生が待ちかねたように。
「さあ、A組のお出ましだよ!…男子と女子と、それぞれ1人ずつ先生を指名しておくれ。お楽しみイベントに必須だからね」
あ。こんなの、前にありました。球技大会で学園1位を勝ち取った時、会長さんが教頭先生を指名して…。もしかしなくても、今回も?…恐る恐る会長さんを見ると、赤い瞳が悪戯っぽく煌いています。
「指名権、ぼくとぶるぅにくれるかな?」
A組一同に否はありません。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお雑煮を食べまくってくれなかったら、学園1位は不可能でしたし。会長さんはニッコリと笑い、教頭先生を指差しました。
「…A組男子は教頭先生を指名させて頂くよ。…ぶるぅは?」
「ゼル!…ぼくはゼルがいいな♪」
大はしゃぎで指名する「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ブラウ先生がククッと笑って。
「オッケー、ハーレイとゼルに決まりだね。あとは…1年A組の担任か。グレイブ、覚悟はできてんだろ?あんた、1位が大好きだしね」
え。覚悟?…球技大会でグレイブ先生と教頭先生を『お礼参り』と称するドッジボールでボコボコにした1年A組ですが、また恐ろしいイベントが待っているとか?…でも…お雑煮食べ比べ大会だったんですし…。グランドの中央に据えられた大きなお鍋が気になりますけど、まさか釜茹でにはしませんよねぇ?
「それじゃ1年A組の健闘を讃えて…」
ブラウ先生が声を張り上げました。
「新年恒例、闇鍋開始!…1年A組の生徒は、持ってきた食べ物をお鍋の中に入れるんだよ。食べるのはグレイブとハーレイ、それにゼルだ。三人ともがギブアップしたら、1年A組の生徒全員にお年玉として食堂の無料パスを1週間分あげちゃおう!!」
ひえぇぇ!…や、闇鍋って…しかも先生が食べるですって!?会長さんがドリアンとくさやを用意したわけが分かりました。教頭先生を指名したのも納得です。ゼル先生は…巻き添えかな?
『違うよ。ゼルはハーレイの飲み友達だから敬意を表しただけなんだけど』
思念波で私にそう返事して、会長さんはくさやの干物をお鍋に入れに行きました。続いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」がドリアンを丸ごとドボンと入れて…。二人に触発されたA組のみんながお鍋に次々と食べ物を投げ込み、私たちもお饅頭をお鍋の中へ。お味噌の匂いをさせていたお鍋は異様なものになってしまって、グランド中に漂う悪臭は半端ではありませんでした。
「闇鍋はお碗に1杯ずつ食べて貰うからね。食べ切れなければギブアップだ。…ただし、一口も食べずにギブアップは認められないよ?それがシャングリラ学園の闇鍋ルールだ。最低、3口。ここは教師の意地を見せなくちゃ。もしも誰かが3口も食べずに逃げ出したなら、その分は残った者が責任を持って食べること。覚悟はいいかい?」
ブラウ先生の声に追い立てられるように、三人の先生方がお鍋の周りに座ります。目隠しをされておたまを持たされ、自分で闇鍋を掬わされて…お碗の中へ。何を掬うかは自己責任ってわけですね。ブラウ先生の合図で目隠しを取ったグレイブ先生たちの顔は真っ青。お碗の中身はさぞかし凄いものなのでしょう。教頭先生がお碗に口をつけ、果敢に挑戦しましたが…。
「うぅっ…!!」
たった一口含んだだけで、教頭先生は口を押さえて校舎の方へ走り出します。会長さんがサッと飛び出して行く手を塞ぎ、赤い瞳を燃え上がらせて。
「最低3口。…あと2口も残ってる。一口だけで逃げ出すなんて…最低だね。武道家のプライドは無いのかい、ハーレイ」
努力しない男は嫌いだよ、と冷たい言葉を投げつけられた教頭先生は逃げ場を失くし、お鍋の所に戻りました。その間にグレイブ先生とゼル先生が一口だけで逃げて行ったのですけど、そっちは誰も制止しません。教頭先生は逃げた二人のノルマも含めて、闇鍋を残り6口分も食べる羽目に…。

教頭先生は自分のお碗から2口食べて、グレイブ先生とゼル先生が残して逃げたお碗からも2口ずつ飲むと、まりぃ先生が差し出したペットボトルの水をガブ飲みしてから、その場にへたり込みました。1杯分も食べきるなんて不可能だ、と片手を上げてギブアップです。1年A組、お年玉ゲット!他の生徒たちも歓声を上げて騒いでますけど、初めて目にした闇鍋の凄さにちょっと心が痛むような…。お饅頭じゃなくて普通のお餅にすべきでした。
「いいじゃないか。毎年とても盛り上がるんだよ」
そう言ったのは会長さん。
「一度参加してみたかったんだ。でも始業式の行事だからね、馴染みのクラスが無いと難しいから諦めてた。ほら、ぼくには決まったクラスが無いんだし。1年A組のみんなのお蔭で初めて闇鍋が出来て感激だな。…みんな、三学期も宜しくね」
もちろんです!と叫ぶ1年A組生徒一同。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、二人がいれば1年A組は無敵です。先生方からのお年玉も貰いましたし、三学期も幸先よさそうですよ。しかし、闇鍋をやってみたかったという会長さん。くさやとドリアンは明らかに教頭先生だけを狙った食品テロというヤツでしょう。あの二つさえ入ってなければ、匂いは少しはマシだったかも…。




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