シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
クリスマスの飾り付けがされたリビングで聞かされた大事な話。フィシスさんが会長さんの故郷の記憶を持っていることにも驚きましたが、一番の驚きは私たちが会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と似たような特質を持った人間であるという事実です。窓の外は早くも暮れてきていました。
「…俺たちはこれからどうなるんだ?」
キース君が空になったコーヒーカップを所在なげに弄っています。
「1年で卒業するというのは特殊な人間だから…だろう?長い寿命があると言われてもピンとこないし、卒業した後、どうすればいいのかも分からない。あんたみたいに卒業せずにいられるわけでもなさそうだしな」
それは私も思っていました。年をとるのもゆっくりだって言われましたし、会長さんや教頭先生という仲間が揃ったシャングリラ学園を卒業した後はどうなるのかって。
「それなら心配いらないよ」
会長さんは穏やかな笑顔で私たちを順に見回しながら。
「けじめとして卒業はして貰うけど、学校に残りたいんなら…そのまま在籍してていいんだ。授業料とかも免除になるよ。ただし1年生ばかり繰り返すことになるけれど。そうだな…多分、百年くらいは」
2年生を最後までやってもおかしくないほどに成長したら1学年上に上がれるよ、と言われて私たちはビックリ仰天。そんなにゆっくりとしか成長しないというのでしょうか?
「うん。でも個人差があるから、もっと早く育っていって卒業しちゃう可能性もある。その時はまたフォローするよ。グレイブみたいにシャングリラ学園の教師になるって手もあるし」
「「「えぇぇっ!?」」」
グレイブ先生も仲間なんですか!?…もしかして、春になったら結婚すると言ってたミシェル先生も?
「そうだよ。グレイブとミシェルは在学中に出会ったんだけど、グレイブの方が少し年上だね。グレイブが卒業する時、ミシェルも一緒に卒業してった。二人で教師の資格を取って、また学校に戻ってきたんだ」
昔から仲が良かったんだよ、と会長さんはウインクしました。
「…グレイブ先生も仲間だというなら…」
口ごもりながら質問したのはキース君。
「シャングリラ学園の先生は全員が俺たちの仲間なのか?…エラ先生やブラウ先生も?」
「全員ってわけじゃないけど、ほぼ全員…かな。来年あたりには全員そうなっているだろうね」
「…例外がいる、ということか?」
「そう。保健室のまりぃ先生だけが例外だ。まだ覚醒していないんだよ」
あの年齢まで因子が目覚めないのは珍しいね、と言われても…私たちにはサッパリです。
「普通はシャングリラ学園に来れば因子が目覚めるものなんだ。理事長の親戚だから強い因子を持っているのに、どうしたわけか目覚めなくって。3年間でアッサリ卒業して行っちゃった。養護教諭になりたい気持ちが強すぎたのかな?…なんでそこまで、と思ってたけど、なんとなく分かったような気がする」
「…あんたがお目当てだったわけか…」
キース君が溜息をつき、私たちも脱力です。まりぃ先生、凄すぎるかも。
「特別室まで用意してくるとは思わなかったな。理事長の親戚だから好き放題できるのは確かだけどね」
クスクスと笑う会長さんにジョミー君が尋ねました。
「…ひょっとして、保健室ばっかり行っていたのは…サボッてたんじゃなかったわけ?」
「サボリだよ?…趣味と実益を兼ねていたのさ。ぼくが通えば、まりぃ先生の因子に直接働きかけられる。でも特別室で昼寝するのも気に入ってるし…年上の女性に可愛がられるのも嫌いじゃないし」
どこが年上だ!!と叫びたいのを、私たちはグッと我慢するしかありませんでした。なにしろシャングリラ・ジゴロ・ブルーです。まりぃ先生を手玉に取るのが楽しくて仕方ないんでしょう。
シャングリラ学園の先生方が仲間だと分かって、気分が少し落ち着きました。どうなるのかと心配でしたが、なんとかなりそうな感じです。だって先生方はごくごく普通に見えるんですし、言われなければ気付きません。会長さんは更に続けて。
「仲間は先生だけじゃないんだ。生徒の中にも混ざってる。…覚えてるかな、親睦ダンスパーティーでワルツを踊った数学同好会のメンバーがいただろう?彼らも百年近く在籍しているよ。アルトさんとrさんは数学同好会に勧誘されて入部したから、この際、仲間にしようと思ってね」
ごく僅かだけど因子もあるし、と聞かされて私たちは納得しました。アルトちゃんとrちゃんへの熱心なアタックの陰にはちゃんと理由があったのです。
「それだけじゃないよ?…女の子の相手をするのは好きだし、二人とも可愛くていい子じゃないか」
本当に食べちゃいたいくらいなんだ、と言う会長さんに軽い頭痛を覚えます。今までいったい何人の女性と遊んできたのか、考えたくもありません。会長さんはおかしそうに笑い、フッと真面目な口調になって。
「とにかく、今後のことは心配しなくていいんだよ。ぼくたちが長く生きていることは知られてるけど、特に問題は起こっていない。長い人生を楽しみたまえ。…あ、キースは卒業した方がいいかもしれないね。緋の衣を目指して頑張るんなら、専門の学校に入学するのが早道だろうし」
「…とてつもなく長生きで老けない住職になれというのか?…そりゃ…出来るなら寺を継ぎたいけども」
「大丈夫、大丈夫。きっと有難がられるよ。修行を積んだおかげで老けないんだ、ってね。そんな特別な住職だったら髪の毛もそのままでいいんじゃないかな」
ぼくみたいに、と銀の髪を指差す会長さん。会長さんはお寺での修行時代は他のお坊さんに暗示をかけて、一度も髪を剃らずに済ませたそうです。ずるいというか、なんというか…。
「だって、もったいないだろう?この髪はポイント高いんだよ。女の子を口説くには外見だって大切なんだ」
そう力説する会長さんには何を言っても無駄でしょう。こんな調子で語られていると、将来のことを心配するのがバカバカしいような気がしてきました。どうせなるようにしかならないんです。流されるまま、気の向くままに生きていくのが良策かも。
「そうだよ、悩む必要なんか無いんだ。ぼくを見てれば分かるだろう?」
会長さんがそう言った時、玄関のチャイムが鳴りました。黙って座っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョコンと立ち上がり、走っていって…。
「ブルー、フィシスが遊びに来たよ!」
嬉しそうな声が聞こえてきます。会長さんがニッコリ微笑みました。
「ぼくの話は今日はここまで。さあ、パーティーを始めようか」
私たちは空になっていた飲み物の器を洗って片付け、その間にフィシスさんがパーティー会場になるダイニングに案内されて…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が料理のお皿を次々に用意していきます。詰め物をした七面鳥をメインに、オードブルの盛り合わせや何種類もの美味しそうな魚料理に肉料理。もちろんスープもたっぷりあって…。
「「「メリー・クリスマス!!!」」」
ちょっと背伸びして大人用のシャンパンを開け、乾杯してからパーティー開始。さっきまでの深刻な空気は消し飛び、ワイワイおしゃべりしながら沢山食べて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」十八番の『かみほー♪』をジョミー君と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大熱唱。盛り上がったところでクリスマス・ケーキの登場です。
「頑張って作ってみたんだよ。大きなオーブンがあって良かったぁ♪」
小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んできたケーキはかなり大きいものでした。生クリームと真っ赤なイチゴで華やかに飾られた素敵なケーキに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がナイフを入れて十等分。お皿に盛り付けられたケーキを私たちは早速食べ始めましたが…。
「ん?…なんだ、これは」
怪訝そうな顔のキース君がつまみ上げたのは指先サイズのとても小さなサンタクロース。陶器で出来てるみたいですけど、ケーキの中から出てきたのかな?
「あ、それ…」
会長さんが小さなサンタを指差しました。
「大当たり。サンタ役はキースに決まりだね」
「「「サンタ!?」」」
キース君と私たちが声を上げると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコして。
「ケーキの中に1個だけ入れておいたんだ♪…当たった人にサンタになってもらって、プレゼントを配ってもらうんだよ。ね、ブルー?」
「うん。じゃあ、そういう訳で。食べ終わったらサンタの役を頼むよ、キース。ちゃんと衣装も用意したから」
会長さんの無敵の笑みにキース君は頷くしかなく、ケーキを食べ終えると「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れて行かれてしまいます。その間に私たちはお皿を綺麗に洗って片付け、リビングの方に移動して…。クリスマス・ツリーを眺めながら騒いでいるとガチャリとドアが開きました。
「メリー・クリスマス!」
パァン、とクラッカーを鳴らして入ってきたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。後ろから真っ赤な衣装と白い髭をつけた細身のサンタが白い大きな袋を担いで恥ずかしそうに入ってきます。会長さんがクスッと笑って。
「赤い衣の感想はどう?…緋の衣を着る予行演習には最適だよね」
「なにが予行演習だ!畜生、なんで俺がサンタクロースに…」
「気にしない、気にしない。それより早くプレゼントを配ってよ。ハーレイに貰ったお金の残りで買ったんだから、みんな遠慮なく受け取って」
「…うう…」
「ほら、サンタはもっとにこやかに!笑顔がサンタの命だよ。スマイル、スマイル♪」
会長さんに促されたキース君は馴れない『満面の笑顔』を作ってプレゼントを配ってくれました。未来の夢は高僧というサンタさんから貰ったものはリボンがかかった二十五センチくらいの細長い箱。なんだかズシリと重いです。
「シュトーレンだよ。ドライフルーツがたっぷり入ったクリスマスのお菓子」
デパートで買った本場モノさ、と会長さん。
「クリスマスに食べるお菓子だけれど、食べずに置いておくと味が馴染んで美味しくなるんだ。賞味期限ギリギリの頃が食べ頃かな。…ぼくとぶるぅは新しいシュトーレンが売り出される頃まで取っておいて食べることもある。凄く美味しくなってるよ。君たちも騙されたと思って試してみるかい?」
とんでもない!!…三百年以上も生きている人たちの丈夫な胃腸と勝負するには、私たちはまだまだヒヨコです。それからキース君のサンタクロースを囲んで、みんなで記念写真を撮って。ツリーやリースに囲まれたクリスマス・パーティーの夜は賑やかに更けていったのでした。
午前2時を過ぎてからゲストルームに引き上げた私たち。フィシスさんも泊っていたようですが、どの部屋なのか分かりません。うっかり寝すぎてお昼前に起きていったら、フィシスさんと会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒にリビングで和やかに紅茶を飲んでいました。会長さんが気付いて声をかけてくれます。
「おはよう。みんな、よく寝ていたね」
私たちは寝過ごしたことを謝りましたが、気にしないでいいと言われてホッと安心。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日パーティーはケータリングを頼んであるのだ、と会長さんが言いました。
「ぶるぅの誕生日パーティーなのに、ぶるぅが料理を作るというのは変だろう?…美味しいイタリアンのお店を見つけた、と言ってたからそこに注文したんだ」
間もなく豪華なパーティー料理が届いて、ダイニングの大きなテーブルの上は一杯に。ケータリングとは思えないほど色々なお料理が盛られています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。
「二日も続けてパーティーだなんて嬉しいな。ぼく、クリスマスに生まれてよかったぁ♪」
「あくまで今の誕生日だけどね」
会長さんが混ぜっ返しました。
「一昨年に卵から孵ったのがクリスマスだっただけじゃないか。その前の誕生日は全然違う日だったよ」
「でも、クリスマス生まれだっていうのは本当だもん」
卵に戻ってやり直す度に誕生日が違ってくるらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今日で2歳になる筈です。子供用のシャンパンを開け、ハッピーバースデーの歌をみんなで歌って、お祝いして。ケーキ屋さんに頼んだというバースデーケーキも出てきましたが、蝋燭は1本しかついていません。会長さんが注文を間違えたんでしょうか?
「…ぶるぅが1歳でいたい、と言ったんだ。だから1本」
どうせ6歳になる直前まで全く成長しないんだしね、と会長さんはニッコリ笑って。
「ぶるぅ、1歳のお誕生日おめでとう。さあ、蝋燭を消して」
「うん!」
1本だけの蝋燭をフゥッと吹き消して「そるじゃぁ・ぶるぅ」は満足そう。ケーキはフィシスさんが切り分け、お料理とケーキでお腹いっぱいになったらプレゼントを渡す時間です。私たちが贈ったアヒルのアップリケがついたエプロンはとても喜んで貰えました。
「アヒルさんと一緒だと、お料理するのが今よりもっと楽しくなりそう!今日のお料理も覚えておいて再現したいな♪」
エプロンを着けてみて大はしゃぎの「そるじゃぁ・ぶるぅ」にフィシスさんが贈ったものは小さな柔らかいクッションでした。これは毎年プレゼントされるフィシスさんの手作り品で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻って孵化するまでの間に籠の中に敷かれるものだそうです。
「…土鍋の中じゃないんですんか?」
マツカ君が首を傾げると、会長さんは「ぼくの枕元に置くには土鍋は大きすぎるんだよ」と。
「ぶるぅは寂しがり屋なんだ。卵に戻っている間は、ぼくの気配がしないと心細いらしい。だから小さな籠の中に入れて、寝る時は枕元に置く。…つきっきりではいられないからね、このクッションが役に立つんだ」
フィシスさんから貰ったクッションに会長さんの思念を注いでおいて卵の下に敷いてあげると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんの気配を感じていられるのだとか。そんなクッションが5枚ほど溜まった頃に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青い卵になるらしいです。
「フィシスの前は、エラが作ってくれていたんだ。買ってきたクッションよりも仲間が作ったクッションの方が思念が残りやすいんだよ」
ね、ぶるぅ?と微笑む会長さんがプレゼントしたのは渋い雰囲気の湯飲みでした。
「抹茶ジェラートが似合う湯飲みが欲しい、って言ってただろう?これはどうかな」
「凄いや!ぼくが欲しかったの、こんなのだよ。抹茶ジェラート作って入れてみようっと♪」
湯飲みの中に抹茶ジェラート。2歳児…じゃなくて1歳児の発想はよく分かりません。でも喜んでいるからいいのかな?…あ。プレゼントで思い出しました。アルトちゃんとrちゃんが会長さんから貰ってた指輪、どうなったでしょう。確か「クリスマスの朝に開けてみて」って言ってましたよね、会長さん。
「指輪ならサイズぴったりだったよ」
「「「えっ!?」」」
みんなが驚いた声を上げました。そういえば指輪のことは私しか知らなかったかも…。
「アルトさんとrさんにクリスマス・プレゼントをあげたんだ。二人ともぼくと約束したのを守って、今朝、箱を開けた。今は自分の家で指輪を嵌めて幸せそうな顔をしてるよ」
「ゆ、指輪って…」
キース君が険しい顔つきになって。
「あんた、あの二人に指輪を贈ったのか!?…誤解してしまうぞ、二人とも!!」
「心配しなくても大丈夫だよ、渡す時にちゃんと言ったから。…左手の薬指はフィシスの場所だから譲れない、ってね。そうだろう?…フィシス」
頬を染めるフィシスさんの左手に会長さんが口付けを落とし、私たちは深い溜息。会長さんの故郷の記憶を持つというフィシスさんは本当に特別みたいです。もう完全に二人の世界に入ってますよ…。いいのかなぁ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日なのに。
「いいんだよ。ブルーが幸せだったら、ぼくも幸せ♪」
アヒルのアップリケつきのエプロンを着けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「後片付けはやっておくから、帰ってくれていいと思うな。きっとブルーはアルタミラの記憶を見るんだろうし」
二人の邪魔をしないであげてね、と無邪気な笑顔で頼まれてしまうと断るのは悪いような気が。結局、お誕生日を迎えた当人にパーティーの後片付けを任せて、会長さんの家を後にしました。昨日貰ったシュトーレンの箱はバッグの中。一応、帰る前に挨拶しましたけれど、会長さんとフィシスさんは手を絡めて目を閉じたまま頷いただけで。
「…やっぱりそういう関係なのかな…」
ジョミー君がバス停への道で呟きます。そういう関係、っていうのは深い関係のことですよね。
「二人とも子供じゃないんだから、そうであっても不思議はないが…」
キース君が返しましたが、本当の所は分かりません。今回のお泊りでは謎が色々と解けましたけど、私たちの未来も含めて分からないことが山積みです。考えすぎて冬休みの間に知恵熱が出たらどうしましょう?…会長さんがフォローしてくれるのかな…。
クリスマスイブの日、私たち7人グループはお泊り用の荷物を持って会長さんのマンションに行きました。あくる日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日パーティーですから、昨日はプレゼント選びをしていたのです。会長さんは「手ぶらでおいで」と言っていましたが、バースデープレゼントはあげたいですもの。
「本当にエプロンでよかったのかな?」
バス停からマンションまで歩く途中でジョミー君が言うと、キース君が。
「散々考えた結果なんだし、いいだろう。料理が趣味なのは確かだからな」
本当の1歳児が喜びそうなものを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が欲しがるわけがありません。あれこれ探して悩みまくった結果が子供用のエプロンでした。アヒルの便器やお風呂オモチャを持っていますから、アヒルのアップリケがついた水色にしてみましたが…喜んでもらえるかな?プレゼントはキース君のボストンバッグに入れてあります。
「クリスマスプレゼントは要らないんだよな?」
サム君が確認し、みんなで「うん」と頷き合ってからマンションに入り、エレベーターで最上階の十階へ。フロア全部を使って住んでいる会長さんの家のチャイムを鳴らすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出てきました。
「かみお~ん♪お昼ごはん、出来てるよ。入って、入って♪」
夜はパーティーだから軽めにしたんだ、と案内されたダイニングには大きなクリスマスツリーが置かれ、何種類ものサンドイッチが盛られた大皿が。確かに軽めには違いないですけど、ずいぶん手間がかかっていそう…。
「たいしたことないよ。スープ温めてくるね」
トコトコとキッチンに向かう「そるじゃぁ・ぶるぅ」を手伝ってスープを運び、サンドイッチを美味しく食べて、きちんと後片付けも済ませたところで会長さんが。
「パーティーまでに大事な話を済ませておこう。リビングに来てくれるかな?」
私たちは好みの飲み物を持ってリビングの方に移動しました。大事な話というのは…この前の謎解きの続きですよね。リビングもクリスマスツリーやリースで綺麗に飾り付けられています。ポインセチアの鉢まであって、クリスマス気分満点でした。
「…今日は君たちのことを話しておくよ。卒業も近いし、年が明けてからよりは今の方がいいと思うんだ」
「「「えっ?」」」
私たちのことですって!?予想外の展開に驚きましたが、会長さんはとても真面目な顔でした。
「この前、ぼくとぶるぅやシャングリラ学園の話を聞かせただろう?それで気付いてくれれば…と願っていたけど、誰も気付いていないんだよね。…無理もないかな」
「気付くって…何に?」
キース君が尋ねると。
「…初めて君たちに会った時から何回となく言った筈だよ。ぼくたちは仲間だ、って」
仲間。…そういえばよく言われました。『友達』のような感覚で聞いてましたけど、もしかして…友達だとか仲良しだとか、そんな単純な意味ではなくって…『仲間』?三百年以上も生きてきたという会長さんと私たちが…仲間!?
「…ま、まさか…」
みんな不安そうな顔をしています。私も血の気が引いてゆくのが分かりました。
「やっと気付いたみたいだね。…そう、君たちもぼくやハーレイたちと同じものだ。ゆっくりとしか年を取らない。何百年もの寿命があって、思念波を操ることができる。普通の人間とは違うんだよ」
「……………」
誰も言葉が出ませんでした。思念波なんて使ったこともありません。なのに普通の人間じゃない、って言われても…。
「思念波は覚えがある筈だ。ぼくがシールドしていなければ何が起こるか、体験したろう?」
あ。…入学してすぐの頃…クラブ見学をしていた頃に、いきなりみんなの心の声が聞こえて驚いたことがありましたっけ。あの時「他の人の心の声を聞く力を持っている」と言われましたけど、いつの間にかすっかり忘れて普通に暮らしていたんです。じゃあ…私たちは本当に…?
「うん。ぼくたちは毎年、入学式で仲間に呼びかけるんだ。因子があればメッセージを受け取ることができる。今年、呼びかけに応えたのは4人。ジョミー、マツカ、みゆとシロエ。…その4人についてきたのがサムとスウェナとキースだった。だから、ぶるぅが力を分けて…呼びかけを聞かなかった3人も一緒に仲間にしたんだよ」
「…あの時の…手形…?」
キース君が言い、サム君とスウェナちゃんも自分の手のひらを見つめました。入学式の日に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が赤い手形を押していた手です。
「そう。ぶるぅの力はぼくとは少し違っていてね。…同じタイプ・ブルーでも、ぼくに手形を押す力は無い。卵から生まれてきただけあって、ぶるぅの力は特別なんだ。まぁ、タイプ・ブルーにも色々あるのかもしれないけれど」
二人しかいないから分からないね、と会長さんは微笑みました。
「君たちがいつも溜まり場にしている、生徒会室の奥のぶるぅの部屋に入るための壁の紋章。あれが見えるのも仲間だけだ。普通の生徒には見えていない」
どおりで誰も入ってこない筈です。フィシスさんとリオさん以外は。でも…会長さんや教頭先生と同じなんだと言われても全然ピンと来ませんでした。それに思念波という心の声。会長さんが自在に操ることは知ってますけど、教頭先生やゼル先生は?お二人も思念波が使えるのなら、教頭先生が会長さんに振り回されることは無いような気が…。
「ああ、思念波の使い方か」
会長さんが私の疑問をみんなに言葉で伝え、それからおもむろに口を開いて。
「ハーレイたちは普段は力を使わない。普通の人間と変わらないように生きていたいんだよ、ぼくたちは。だから相手の心を読んだりしないし、読まないように気を付けている。仲間同士でも同じことさ。ぼくだって常に君たちの心の中を覗いてるわけじゃないんだしね」
だからハーレイは振り回されてばかりなんだ、と会長さんは笑いました。
「実はね…。君たちが他の人の心を読まないようにシールドする力は、徐々に弱めていたんだよ。今では殆どシールドしてない。君たちは自分の意思で人の心を読まないようにコントロールをしているわけだ。そうなるように意識の下に働きかけてきたんだけれど」
「「「えぇぇっ!?」」」
それじゃ、私たちは…思念波とかいうモノを無意識にコントロールしてるのでしょうか。あまりにも急な話で頭がついていきません。
「信じられないなら試してごらん。…ぼくの心を読んでみるんだ。今夜のパーティーにゲストを一人呼んであるんだけど、それが誰だか当てるといい。意識を集中して、ぼくの目を見て」
会長さんの赤い瞳が私たちをじっと見つめます。えっと…目を見て、意識を集中して…。本当にそんなこと、できるのかな?えっと…えっと…。
『パーティーにはフィシスが来るんだよ』
頭の中に響いた声に、私たちはハッとしました。
『ぼくの女神、ぼくのフィシス。…フィシスのことも話そうか?』
「…聞いておきたいな」
キース君が答えた瞬間、会長さんはとても綺麗に微笑んで。
「上出来だ。…みんな合格だよ。今、ぼくからは思念波を送っていなかった。それでもぼくの声が聞こえた。…そうだろう?」
「「「………!!!」」」
会長さんの心を読んでいたらしい私たち。ここまで来たらもう信じるしかないようです。私たちは会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」や教頭先生と同じ種類の人間である、ということを。
呆然としている私たちの前にアップルパイが置かれました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が切り分けてお皿に入れてくれます。
「みんな大丈夫?…甘いものを食べると元気が出るよ。自信作なんだ」
飲み物も新しいのを用意するね、と小さな手で一生懸命おもてなしをしてくれるのが、いつも以上に嬉しくて。子供なりに私たちを気遣ってくれているのでしょう。アップルパイはとても美味しく、パイ生地もサックリしています。会長さんは私たちが食べ終えるのを待って、静かに話し始めました。
「…フィシスはね…五十年ほど前にシャングリラ学園に来たんだよ。ガニメデの小さな町にいたのを、ぼくが見つけて連れてきた。…正確にはシャングリラ学園に来たくなるよう、意識の下に働きかけたわけなんだけど」
「…なんでそんなに遠い場所から…?」
ジョミー君の疑問はもっともです。この街とガニメデ地方はかなり離れていて、受験に来るのも大変そう。
「どうしても仲間になって欲しかったから。そしてフィシスはシャングリラ学園に来て、寮で暮らすことになったんだ。…その後のことは知ってるだろう?」
「あんたが誘惑したんだったな」
キース君の遠慮の無い言葉に会長さんはクスッと笑って。
「酷いね、キース。…せめて口説き落としたと言ってほしいな」
「どっちでも同じことだろうが」
「それはそうだけど。でも、ぼくがフィシスを欲しがったのは決して軽い気持ちじゃなくて…。いつも女神と言ってるだろう?本当にフィシスはぼくの女神なんだよ」
「ああ、ついでにアルトやrもな」
「それとは違う」
恐ろしく真剣な声がキース君を遮りました。
「アルトさんとrさんも仲間にしたいと思っているけど、フィシスの時とは違うんだ。フィシスはとても特別で…他の人にフィシスの代わりは務まらない。誤解がないよう言っておこう。…フィシスはアルタミラの記憶を持っているんだよ」
「「「ええぇぇっ!?」」」
そんなことってあるのでしょうか?三百年以上も昔に海に沈んだ島の記憶をフィシスさんが持っているなんて。五十年前にシャングリラ学園に来たのだったら、全く計算が合いません。それとも入学したのが五十年前なだけでフィシスさんも三百年以上生きているのかな…。
「いや。ぼくがフィシスを見つけた時には、十歳になったばかりだった。フィシスの先祖はアルタミラから来たらしい。その人の記憶を受け継いでいるのがフィシスなんだ。どうしてなのかは分からない。ただ、フィシスの家系には時々そんな人が出る。…その噂を聞いて出かけてみたらフィシスがいた」
「噂は本当だったんですね」
シロエ君が言いました。
「でも、記憶を見ることってできるんでしょうか?…心を読むのとは違うんじゃないかと思うんですけど」
「似たようなものだよ。記憶は見ることも見せることもできる。ほら、修学旅行でやったじゃないか。まりぃ先生の目から見た男湯の映像を、みんなの夢に一斉に…」
露天風呂で会長さんが教頭先生をからかっているのを夢で見たことを思い出し、頭を抱える私たち。真面目な話をしている時に引き合いに出すなら、もう少しマシな例にしてくれた方が…。
「ごめん、ごめん。でも、一番分かり易いんじゃないかと思ってね。あれは、まりぃ先生の記憶そのものをみんなに見せていたわけだから。…ぼくの視点じゃ面白くないし」
シリアスな雰囲気をブチ壊しながら会長さんは続けました。
「フィシスの記憶も同じことだよ。…見たいと思えば誰でも見られる。ただし、そういう力があれば…ね。思念波が操れないとフィシスの記憶は見られない。だからフィシスの家系に現れたというアルタミラの記憶を持った人たちは、自分の記憶が本物なのか、夢に見ただけの景色なのかも判別できずに終わったようだ」
アルタミラを描いた絵を見て「そっくりだ」と思い、そういう話を周囲に語るだけだったフィシスさんの一族の人。会長さんは噂を知って、確かめたくなったらしいです。そりゃあ…自分が生まれ育った場所の記憶なら気になりますよね。
「ぼくが行った時、記憶を持つ人は二人いた。フィシスと、フィシスの曾祖母さんと。二人の記憶を見せて貰って確信したよ、本物だ…ってね。ぼくは運が良かったらしい。いくらアルタミラの記憶だからって…お婆さんをガールフレンドにするのはキツイじゃないか。フィシスがいてくれて嬉しかったよ」
「あんたの方が年寄りだろうが!」
キース君が突っ込みましたが、会長さんは聞こえないフリ。
「フィシスに会って、思ったんだ。…いつかこの子をそばに置きたい、と。でもそんなこと言えないじゃないか。十歳の女の子の親に向かって言えるかい?…お嬢さんをぼくに下さい、って」
「…そういうの、ロリコンって言うんだよな」
サム君が言い、みんな素直に頷きます。いくら会長さんの見た目が若いと言っても、十歳の女の子の将来を予約するのはあんまりでしょう。
「だから黙って帰ってきたさ。それから色々考えた末に、学校へ連れて来ようと決めた。…フィシスは因子を持たなかったら、ぶるぅに頼んで赤い手形を押して貰って。だけど不思議なことって、あるものだね。ぶるぅが手形を押しに行った後、フィシスは予知能力に目覚めたんだ。ぼくもぶるぅも、予知は殆ど出来ないのに」
シャングリラ学園に入学した時、フィシスさんは既にタロット占いに長けていたそうです。幼い頃に会長さんに会った記憶も僅かに残っていたのだとか。
「フィシスは小さかった頃に出会ったぼくを王子様かと思ったらしい。…それを聞かされて決意したんだ。フィシスの王子様になろう、ってね」
「…プレゼント攻撃にデート三昧だったっけ?」
呆れたような声のジョミー君。
「ああ。フィシスはすぐに打ち解けてくれたけれども、ずっとぼくのそばに居てほしかったら努力するしかないじゃないか」
「…だが、今はシャングリラ・ジゴロ・ブルーなんだな?」
キース君が意地悪く言うと会長さんは余裕の笑みで。
「今?…フィシスに出会うずっと前から呼ばれていたよ、そんな名前で」
だって女の子って可愛いじゃないか、と楽しそうに語る会長さん。とことん女好きなんでしょうが、フィシスさんだけは別格ですか…。
「そうなるね。ぼくの故郷の記憶を持っていることが特別なんだ。…だからフィシスはぼくの女神。存在自体が奇跡なんだよ」
フィシスさんだけが持つアルタミラの記憶。それを見るのは至福の時だ、と会長さんは言いました。故郷の記憶とフィシスさんと。…どちらが会長さんを魅了したのかは分かりませんが、ベタ惚れなのは確かみたいです。なのにシャングリラ・ジゴロ・ブルーと呼ばれるくらいにナンパしまくって生きているとは、ある意味、凄いツワモノかも…。
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が海に沈んだアルタミラの生き残りだと教えられてから一夜が明けて。朝食は卵料理にソーセージ、サラダなどが並ぶゴージャスなものでした。しっかり食べてお皿を片付けようとキッチンに行くと、昨日の食器がテーブルの上に山積みです。昨日のお鍋や朝食の用意に使ったらしいフライパンなどもそのままですし、今度こそ洗い物を…と思いましたが。
「洗わなくていいよ。お皿はテーブルの上に…って、もう一杯か」
所狭しと積み上げられた食器を眺めて会長さんが言いました。
「じゃあ、シンクの中に入れておいて。後片付けより、昨日の続き」
私たちは運んできたお皿やカップをシンクの中に重ねて入れると、リビングに移動。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶を淹れてくれ、会長さんが優雅にカップを傾けながら。
「ぼくとぶるぅが何処から来たかは話したよね。信じてくれたと思うけれども、何か聞きたいことはあるかい?」
「…つまらないことなんだが…」
口を開いたのはキース君。
「あんた、緋の衣を持ってたよな?ぶるぅと旅をしていて校長先生とかと出会って、シャングリラ学園を創ったという話と合わないような気がするが…。緋の衣は簡単に貰えるものじゃない。十年やそこらでは無理な筈だ。それとも旅をしている間に寺に住んでたことがあるのか?」
「ああ、あれね。…さすが未来の住職は言うことが違う」
会長さんはおかしそうに笑い、説明をしてくれました。
「お寺で修行をし始めたのはシャングリラ学園に入った後だよ。休学扱いにして貰って何度も何度も修行に行った。ぶるぅも連れて行ったんだ。ぼくの他に身寄りがいないから、ってね」
修行の動機は教えて貰えませんでした。アルタミラと一緒に亡くしてしまった家族や住民の供養のためか、とキース君が尋ねましたけど、「なんとなく面白そうだったから」という答えが返ってきただけです。会長さんがお寺で修行をしている間、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さな子供の特権で偉いお坊さんたちに甘やかされていたのだとか。
「色々な悪戯をしていたけれど、誰もぶるぅを叱らなかったな。子供っていうのは得だと思うよ。ぼくは厳しくしごかれたのに」
お蔭で緋の衣が着られる高僧になれたけどね、と会長さんが思い出話をしている最中に玄関のチャイムが鳴りました。お客様が来たみたいです。フィシスさんでしょうか?
「来た、来た。…ちょっと待っていて」
会長さんがパタパタと出て行き、ガチャ、と扉を開ける音が。そして…。
「おはよう、ブルー」
聞こえてきた声はフィシスさんの柔らかな声と違って、渋くて低い声でした。あ、あの声は…。
「「「教頭先生!?」」」
ビックリ仰天する私たちの前に会長さんと一緒に現れたのはスーツ姿の教頭先生。
「ふむ、7人か。予定通りの人数だな」
えっ、7人って?…予定通りって、何のことでしょう?
「例のお歳暮さ」
会長さんがシャツのポケットから白いチケットを取り出しました。
「はい、お手伝い券。…ハーレイ、今日は一日よろしく頼むよ」
「分かった。では、ここにサインをするように」
教頭先生が指差した欄に会長さんがサインし、教頭先生が日付と自分の名前を記入して。
「お手伝い券、確かに受け取った。古典の集中講義をしようと思うが、他の教科でも疑問点があれば言ってくれ。担当の先生と連絡を取ってフォローしよう」
ひえぇぇ!そんなの聞いてませんよう…!
リビングのソファに腰を下ろした教頭先生はカバンから分厚いファイルとノートを取り出しました。
「それでは集中講義を始める。メインの生徒はブルーでいいな?」
「あ、ちょっと待って」
会長さんが教頭先生の言葉を遮ります。私たち、何も勉強道具を持って来てませんし、その件かな?
「洗濯物が溜まってるんだ。…終業式の日から来客の用意で忙しかったし、今日も洗濯できていないし」
「そうなのか。先に洗ってきていいぞ。洗濯物を溜め込むのは気分のいいものじゃないからな」
清潔なのが一番だ、と言う教頭先生に会長さんが返した言葉は…。
「洗ってくれ、って言ってるんだよ」
「なに!?」
「だ・か・ら。…洗濯物を洗ってくれ、って。お手伝い券を渡したじゃないか」
「なんだって!?」
教頭先生は目を見開いて会長さんを見つめました。
「お手伝い券はそういう目的で発行されたものじゃないぞ。あくまで生徒の勉学のために…」
「分かってるさ、そのくらい。…チケットの注意書きにも書いてあったし」
「だったら…」
「ぼくはお手伝いをして欲しいんだよ」
赤い瞳が楽しそうにキラキラ輝いています。会長さんは教頭先生にズイと近づき、隣にストンと腰を下ろして。
「嫌だっていうなら考えがある。ぼくが襲われたとしか思えない写真をでっち上げるくらい、簡単だしね」
シャツのボタンに手をかけながら、クスッと笑う会長さん。
「みんな、ケータイを用意して。じきに決定的瞬間が撮れる」
「ブルー!!」
教頭先生は慌ててソファから立ち上がろうとしましたが…。
「ダメ」
会長さんの手がしっかりとスーツの袖を掴んでいました。
「ぼくを襲う現場を撮影されて学校に通報されるのがいいか、一日ぼくの手伝いをするか。…十、数える間に決めたまえ。いいかい?…十、九、八……」
わざとゆっくり数える会長さんに袖を掴まれたまま、教頭先生は脂汗を浮べています。
「六…五…四……三……」
「わ、分かった!…降参だ…」
カウントダウンが終わらない内に白旗を上げた教頭先生。
「お手伝い券の使い道はお前に一任することにする。洗濯をすればいいんだな?」
「そうだよ。洗濯物の場所はぶるぅに教えてもらうといい。…そうそう、その前に…その服じゃ動きにくいだろうから、これに着替えて」
いつの間にか「そるじゃぁ・ぶるぅ」がきちんと畳んだ白い割烹着を持っていました。
「ちゃんと特大サイズを用意しといた。スーツはそこのハンガーにかけていいから」
何を言われても教頭先生は逆らえません。スーツの上着を脱いで割烹着に着替え、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に案内されて廊下の方へと出てゆきます。洗濯物の量は知りませんけど、なんだか気の毒になってきました。
「いいんだよ。ハーレイにはちゃんと役得もあるし」
役得?…怪訝な顔の私たちを他所に、会長さんが声を張り上げました。
「下着は下洗いしてから洗濯機に入れてくれないと怒るからね!…白黒縞じゃなくて普通のだけど」
ひぃぃぃ!それが役得ですか!お揃いのトランクスで鼻血を出してた教頭先生に自分の下着を洗わせるなんて、会長さんの神経はいったいどうなっているんでしょう。気持ち悪いと思わないのかな…。
「平気だよ。本当に履いたヤツじゃないしね」
それはぶるぅが洗ってくれた、と笑みを浮べる会長さん。ダミーの下着を洗わせるつもりらしいです。
「いいじゃないか、シャツとかは本当にぼくが着ていたヤツなんだから。今頃、感激しながら洗っているさ」
そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がトコトコトコ…と戻ってきて。
「ねえ、ブルー…。ハーレイって洗濯好きなんだね。ぼく、下洗いは下着だけでいいよって言ってあげたのに、シャツとかも頑張って下洗いしてる」
うーん、会長さんもさることながら、教頭先生も凄いかも。大好きな人の洗濯物を丁寧に洗おうという心意気には恐れ入ります。会長さんが洗濯物を溜め込んだのは、計画的な犯行でしょうね。
「ブルー、洗濯機は回してきたぞ。洗い上がるまで古典の講義を…」
戻ってきた教頭先生の提案は即座に却下されました。
「洗濯が終わるまでに掃除を頼むよ。昨日から掃除機かけてないんだ。ゲストルームとかはいいから、リビングとダイニングと廊下をキッチリ」
なんと!昨夜スナック菓子を食べ散らかしたせいでリビングの絨毯は汚れたままになっていましたが、それも計算の内だったようです。教頭先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んできた掃除機を手にしてガーガーと掃除し始めました。私たちは邪魔にならないよう移動しながら、堪えきれずについ笑い声が…。
「ぼくが貰ったお手伝い券を持ってったのは、この為だったの?」
ジョミー君の言葉に会長さんは軽くウインクしてみせました。
「当然じゃないか。…ブラウもゼルも、全く気付いていなかったけどね」
掃除機をかけ終えた教頭先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にダメ出しされながら洗濯物を干してきたようです。今度こそ、と古典のノートを開こうとすると。
「悪いけど、キッチンに洗い物が山積みになっていて…。それも片付けてくれないかな」
ひゃああ!昨日から洗い物をさせなかった真の理由が分かりました。綺麗好きな筈の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がフライパンも洗わずにキッチンに放置していた訳も。あの大量のお皿とお鍋の山を洗って片付けるのはかなり時間がかかるでしょう。お昼前になってしまうのは確実です。
「君たちは何も手伝わなくていいからね。…ぶるぅ、そろそろお茶にしようか」
更に洗い物を増やそうとする会長さん。キッチンで孤独にお皿やお鍋を洗う教頭先生の耳には、お菓子を食べながら賑やかに騒ぐ私たちの声が届いていたと思います。それでも、やっとのことでお皿を片付け終わったらしく。
「終わったぞ、ブルー。まだ昼までには少しあるから、勉強しよう」
「…お昼はドリアが食べたいんだ。ホタテと海老のヤツがいいな」
ご飯は炊飯器に入ってるから、と会長さんが言い放ちました。
「私がドリアを作るのか?」
「他に誰がいるのさ。…たまにはぶるぅをゆっくりさせてやりたいじゃないか」
教頭先生はスゴスゴとキッチンに入って行ったのですが、すぐにリビングにやって来て。
「冷蔵庫に海老はあったがホタテは無いぞ。…海老ドリアでも構わんだろう?」
「ぼくはホタテと海老のドリアが食べたいんだよ」
会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に買い物籠を持ってこさせて、教頭先生に渡しました。
「無いんなら買ってくれば済むことだろう?…ついでに買ってもらう物あったかな、ぶるぅ?」
「えっとね…。タマネギとジャガイモがそろそろ切れそう。あと、マッシュルームと牛の薄切り。今夜はハヤシライスにしたいし」
ブルーとぼくだけだから量はそんなに要らないけどね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出した買い物メモを手に、教頭先生はスーパーへ。よほど脱力しているのでしょう、割烹着のまま行っちゃいましたよ。道中やスーパーで笑われないといいんですけど…。
「気にしなくていいよ、自業自得だし。…あ、今、スーパーの入り口のガラスに映った自分の姿にビックリしてる」
クスクスクス。会長さんは教頭先生の買い物風景を眺めて楽しんでいるようです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も同じものを見てワクワクしているみたいですから、きっと似合っていないんでしょう。
買い物から帰ってきた教頭先生は、休む暇もなくドリアを作らされました。しかも私たちや自分の分も含めて十人前。オーブンから熱々のお皿をトレーに乗せてダイニングに運ぶ教頭先生に向かって会長さんが言った言葉は…。
「ハーレイ、君が食べる場所はキッチンだからね。テーブルがちゃんとあっただろう?お手伝いさんは御主人やお客様と一緒にテーブルを囲むものではないんだよ」
そして私たちはダイニングでホタテと海老のドリアを美味しく頂き、教頭先生はキッチンのテーブルで寂しく食事。教頭先生の手作りドリアは、けっこういける味でした。一人暮らしが長いので、お料理は得意らしいんです。後片付けも教頭先生が一人でやって、私たちはのんびりおしゃべりタイム。
「…ブルー、やっと片付いたぞ。一休みさせて貰ってから、古典の授業を始めるからな」
割烹着を脱いだ教頭先生は一人掛けのソファに腰かけ、ぐったりと沈み込みました。しばらく経って聞こえてきたのは大きなイビキ。そりゃあ…あれだけ酷使されたら疲れますよねぇ。
「まだまだ。…目を覚ましたらマッサージをして貰うんだ」
「「「マッサージ!?」」」
私たちは思わず叫んでしまいました。マッサージって…教頭先生が会長さんを…?それって、とっても危ないのでは。教頭先生は会長さんが好きなのですし、マッサージをして貰うだなんて、いくらなんでもヤバすぎます。だって、会長さんの身体を触り放題…。
「大丈夫。やらせるのは足つぼマッサージだから」
それならいいか、と胸を撫で下ろした私たち。教頭先生は1時間ほどグッスリ眠って、すっきりと目を覚ましました。
「うーむ、よく寝た。疲れも取れたし、授業をするか」
「その前に…マッサージをして欲しいんだけど。最近、疲れ気味なんだよね」
「…マッサージ?」
ゴクリと唾を飲み込んだ教頭先生。ああ、やっぱり…。でも会長さんは平気な顔で。
「うん、足つぼマッサージをして欲しいんだ。素人でも大丈夫だよ、ちゃんと図解した絵があるから。ぶるぅ、持ってきて」
「了解~♪」
運ばれてきたのは両足の裏にあるツボと効能が書かれた足裏の絵でした。会長さんは裸足になって一人掛けのソファに腰かけ、教頭先生に視線を向けます。
「この絵があれば出来るだろう?…ツボを押してくれるだけで十分なんだ。ハーレイは力が強いからね」
有無を言わさぬ口調に教頭先生は絨毯に座り、言われるままに足つぼマッサージを始めたのですが…。
「あっ…」
ビクン、と会長さんの身体が反り返りました。唇から漏れた声は、少し甘くて。
「もっと…。もっとだ、ハーレイ」
手を止めた教頭先生を顎で促し、会長さんは白い素足を差し出します。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が足ツボの図解を指差し、これと、これ…と説明するのに合わせて足つぼマッサージは続きました。
「…っつ!…そ、そこ…。もっと…」
会長さんは苦痛と快感が入り混じったような悲鳴を上げて身体を反らせ、その度に教頭先生がビクッとするのが分かります。頭の中に危ない妄想が浮かんでくるのか、教頭先生の息は荒くなり、赤くなった顔にはビッシリと汗が。
「…あ、ああっ…!」
ひときわ高い会長さんの声が響き渡った次の瞬間、教頭先生は凄い勢いでリビングを飛び出して行きました。バタン!とドアが閉まる音がして「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ハーレイ、我慢してたのかなぁ?…トイレって早めに言えばいいのに」
ちょっと我慢が違うだろう、と私たちは思いましたが、1歳児には言えません。会長さんがクスクスと笑いながら身体を起こして廊下の方を眺めました。
「…言えなかったんだろう、小さな子供じゃないからね。ふふ、少し時間がかかるかな?…足つぼマッサージをやらせたのは我ながらナイスアイデアだったよ」
教頭先生がトイレから戻ってきたのは、かなり時間が経ってからでした。心身を落ち着かせるのに苦労したものと思われます。疲れた足取りでリビングを横切り、ハンガーにかけてあったスーツを着ると…。
「すまない、ブルー。お手伝い券を受け取っておいて申し訳ないが…」
「帰りたい?」
会長さんの問いに教頭先生は素直に頷き、許しを得るとカバンを持って私たちに頭を下げました。
「諸君、まことに心苦しいのだが…職務を全うできないようだ。この埋め合わせはいずれ改めて…」
そこへ会長さんが割り込んで。
「いいよ、ハーレイ。もう存分に働いて貰ったし…お手伝い券は使い切ったことにしておいて。帰ってゆっくり休んでよね」
バイバイ、と手を振る会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に見送られて教頭先生は帰って行ったのでした。
会長さんが教頭先生を弄んでいる内に、時間は午後の3時を過ぎていて。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれたホットケーキを美味しく食べてから会長さんの家とお別れです。
「今度はクリスマスパーティーだよ。また連絡するから遊びにおいで」
もう変なゲストは呼ばないから、と会長さんは微笑みました。
「クリスマスはぶるぅの誕生日なんだ。だからイブと当日と、連続パーティー。泊る用意は必須だからね」
うわぁ、なんだか素敵かも!昨日は会長さんの過去が明かされ、今日は教頭先生の登場でおかしなことになりましたけど、クリスマスは楽しく過ごせるといいなぁ…。みんなも同じ気持ちみたいです。でも、今回のお泊りは有意義なものではありました。まだ残っている沢山の謎が全部解けるのはいつなんでしょうね…?
先生方からの有難くないお歳暮、お手伝い券。終礼の後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に集まった私たちは会長さんを心底尊敬していました。授業をサボッてばかりいるのに百点満点が当たり前の上、更に勉強しようだなんて。
「それほどでもないよ。それより、せっかくの冬休みだし明日は泊りに来ないかい?」
クリスマスにはまだ早いけど、と会長さんが微笑みます。
「うちの学校は休みに入るのが早めだからね、クリスマスパーティーまで会えないというのも寂しいだろう?もちろん、ぶるぅの部屋へ来るっていう手もあるけど、みんな揃って泊りにおいでよ」
「いいんですか?」
マツカ君が遠慮がちに言いました。
「うん。ぶるぅもお客様は好きだよね?」
「大好き!みんなが来てくれるんなら御馳走するよ。クリスマスパーティーもやるつもりだけど、お泊り会も楽しいもんね」
学園祭の取材で私たちが泊まり込んで以来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はまた泊りがけで来てくれないものかと心待ちにしてたみたいです。お誘いを受けて嬉しくないわけがありません。冬休み最初の日は会長さんの家でお泊りに決定しました。ただし移動は自分の足と公共交通機関を使用。便利な瞬間移動はしないそうです。
「たまには自力で来てみたまえ。そんなに遠い場所でもないし」
バス停からも近いんだよ、と会長さんは地図を渡してくれました。近くにスーパーや輸入食品のお店があるようです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお買い物に行くんだろうな、と思うと…ちょっと見てみたい気が。ちっちゃな身体で買い物カートを一生懸命押すのでしょうか。
「買出しはぼくも行くんだよ。ぶるぅだけでは持ちきれないこともあるからね。…いくらなんでも普通の人が大勢いる場所で買った荷物を瞬間移動させられないし」
ああ、なるほど。じゃあ、きっと二人でのんびり歩いて、スーパーや食料品店の棚をあちこち覗いて…。会長さんが買い物してたら、凄く人目を引きそうです。超絶美形で優雅な物腰。みんながボーッと見とれている間に、お買い得品を山ほど籠に入れてたりして。
「ああ、タイムセールの時は便利だよ?…すみません、って遠慮がちに言えばササッと道を開けてくれるし」
ねぇ?と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に笑いかける会長さん。
「うん。買おうと思ってたものを買い逃したこと、ないもんね。今日もお買い物に行かなくちゃ」
私たちのお泊りに備えての買出しでしょう。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお買い物風景、ホントに一度見に行きたいなぁ。たとえスーパーの袋を抱えていても、会長さんはかっこいいんでしょうね。
翌日、私たちは荷物を持って校門前に集合しました。路線バスに乗って、教えて貰ったバス停で降りて、徒歩3分。シャングリラ学園の関係者ばかりが住んでいるというマンションの玄関に到着です。暗証番号でドアを開け、エレベーターに乗って…最上階の十階で降りて。チャイムを鳴らすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がすぐに出迎えてくれました。
「かみお~ん♪待ってたよ!…今度は取材しなくていいから、ゆっくり遊んでいけるんだよね?」
美味しそうな匂いが漂ってきます。ゲストルームに荷物を置いて、早速少し早めの昼ご飯。大きなパエリア鍋にワタリガニがメインの海の幸たっぷりのパエリアがたっぷりと…。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
パエリアにサラダ、デザートにスペイン風クリームブリュレ。クレマ・カタラーナと言うらしいです。ワイワイ賑やかに食べて騒いで、後片付け。みんなでパエリア鍋やお皿をキッチンに運んで行ったのですが…。
「あ、そこのテーブルに積んでおいてくれればいいから」
会長さんが言いました。え?洗わなくていいんですか?
「いいんだ。…今日は大事な話があるから、お皿くらいは後回しでいい」
大事な話ってなんでしょう。首を傾げる私たちを、会長さんはリビングに連れて行きました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飲み物を用意してくれ、みんなでソファに腰をかけると…。
「今日、君たちを此処へ呼んだのは遊ぶためだけじゃないんだよ。…ずうっと前に言ったことを覚えているかい?教えるには時期がまだ早い、と」
会長さんがいつになく真剣な表情で言い、私たちはビクッとしました。それは今まで何度か耳にした言葉。ただのお泊りだと思って気軽にやって来ましたけれど、これから全ての謎が明かされる…とか?
「残念ながら全部ではない。でも、そろそろ教えておいた方がいい時期になっているかな」
「…俺たちの卒業が近づいていることと関係があるのか?」
キース君が尋ねます。会長さんは「うん」と頷き、「その時までには全てを話す」と約束しました。
「卒業後に君たちの身に起こる出来事は…あらかじめ知っておいて貰った方がいいと思うから。今日から折を見て少しずつ教えていこうと思う。…何が知りたい?」
私たちは顔を見合わせました。知りたいことは山のようにあるんですけど、いったい何から聞けばいいのか…。しばらくあれこれ相談してから、代表で質問したのはキース君。
「…あんた、いったい何者なんだ。校長や教頭先生もだが、普通の人間が三百年以上も平然と生きていられるか?しかも、あんたの姿は俺たちとさほど変わらない」
「そうだね。…でも本当に三百年以上、生きているんだよ。ぼくの外見はこれからも…死ぬまでこのままの姿だと思うけれど」
「…今、死ぬまで、と言ったな?」
「うん。いつ死ぬのかは、正直、ぼくにも分からない。…だけど永遠に生きられるわけじゃないだろう」
多分ね、と会長さんが見せた微笑みはいつもと違って儚げでした。
「なるほど。…人魚の肉でも食ったのか?」
「いや。人魚なんかは見たこともないし、もちろん食べたこともない。ついでに言えば、人の生き血を吸って生きているわけでもない。十字架もニンニクも平気だしね」
そういえば、さっきのパエリアはニンニクたっぷりでしたっけ。人魚の肉を食べたわけでもなく、吸血鬼でもない会長さん。どうやって三百年以上も私たちとあまり変わらない姿のままで…?
「個人差はあると思うんだよね。同じように生きてきたのに、ぼくとハーレイでは見た目の年が違うだろう?ゼルなんかは年を取りすぎだ」
「「「えぇぇっ!?」」」
ゼル先生までが三百歳を超えていたとは驚きです。シャングリラ学園って、いったい何?
「…そういう人種が集まって作った学校なのさ。ぼくは最初の生徒だった。…その時からずっと、ぼくの担任はハーレイなんだよ。ハーレイもゼルも、シャングリラ学園が開校した頃はもっと若かったなぁ」
会長さんは懐かしむように窓の外を見て呟きました。
「ぼくはあの頃と変わらない。…なんでだろうね?タイプ・ブルーの宿命なのかな」
「タイプ・ブルーか。それについても聞いておきたい」
キース君が言い、私たちも頷きました。しかし…。
「タイプ・ブルーが何であるかは、教えるには時期尚早だ。…1つだけ言うなら、タイプ・ブルーはぼくの他には…ぶるぅしかいない」
「「「えっ?」」」
このちっぽけな「そるじゃぁ・ぶるぅ」が…「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけが、会長さんと同じ種族だというのでしょうか。確かに少し似てますけれど、瓜二つには程遠いです。
「ぼくとぶるぅのことを話しておこう。2人きりのタイプ・ブルーがどこからやって来たのかを…ね」
会長さんはそこで話を一旦切って、おやつタイムにしてくれました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」手作りの何種類ものケーキやパイが食べ放題で、飲み物も色々ありましたけど…会長さんから聞いた話や、この後に始まる話のことで頭の中が一杯です。
「すごいお泊り会になっちゃったよね」
ジョミー君がパイをつっつき、マツカ君が落ち着かない風でコーヒーカップを弄りながら。
「…そうですね…。三百年だなんて全然ピンときませんでしたけど、改めて聞くと…ちょっと怖いです」
「吸血鬼ではないと言ってるんだから、怖がらなくてもいいと思うが」
キース君がそう言いましたが、説得力はありませんでした。だって、左手首にはめた数珠レットの玉を1つずつ数えているんですもの。お坊さんは数珠の玉を数えながらお経を読む、と何処かで聞いたことがあります。とりあえず、何か恐ろしいことが起きたらキース君の法力に頼ればいいかな?…えっ、逃げ出せばいいじゃないか、って?…不思議なことに逃げようという発想だけは全く無かった私たちです。
予想外の展開に驚いていても、お腹の方は正直でした。食べ盛りの男の子が5人に、スゥィーツに目が無い女の子が2人。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も加わって、山のようにあったケーキもパイも影も形もありません。空になったお皿をキッチンへ運ぶと、会長さんは今度もテーブルの上に置いておくように言いました。
「えっ、でも…」
シロエ君が自分のティーカップをテーブルに乗せて。
「お昼の分もそのままですし、洗った方がいいんじゃないでしょうか」
「そうよね。パパッと洗っちゃいましょ」
スウェナちゃんが腕まくりをし、サム君が洗剤に手を伸ばしました。私たちも手伝おうとしたのですが…。
「そのままにしておきたまえ」
会長さんは後片付けよりも話の方が大切だ、と言って一歩も譲りません。
「ぶるぅも片付けなくていいと言っている。いざとなったら、ぶるぅ1人でこれくらいアッという間に洗えるさ。なんといってもタイプ・ブルーだ」
ああ、またしてもタイプ・ブルーです。つまり話の続きを聞け、ということですね。私たちはリビングに戻り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が新しいグラスを棚から出してジュースを注いでくれました。会長さんがジュースを一口飲んで。
「ぼくはアルタミラという場所で生まれた。…アルタミラのことは知っているかい?」
「一夜にして海に沈んだというアルタミラか?」
キース君の言葉に会長さんが頷きました。その地名なら知っています。ガニメデ地方の沖合いにあった豊かな島で、今から三百年ほど前に火山の大噴火と共に海中に消えた話は有名でした。会長さんがそこの出身だなんて本当でしょうか?…三百年以上生きているそうですし、嘘だとも言えませんけれど…。
「疑う気持ちは分かるけどね」
会長さんはクスッと笑ってテーブルのクッキーをつまみました。
「でも本当の話なんだよ。そこで生まれて…普通に大きくなったんだけど。十四歳の誕生日の夜、自分の力に気がついた。バースデーケーキの蝋燭を吹き消そうと思った途端に、蝋燭が勝手に消えちゃったのさ。家族はぼくが消したと思っていたし、ぼくも気のせいだと思うことにした」
「でも気のせいじゃなかったんだね?」
ジョミー君が言うと会長さんは「そうだよ」と答え、日毎に強くなっていく力を知られないように隠して暮らしていたことを他人事のように淡々と告げて。
「自分の力を隠すのは別に構わなかった。でも、何故ぼく一人しかいないんだろう…と思うようになって。一度そう思ってしまうと、無性にそれが気になるんだ。もう1人いてくれれば…と、どのくらい願っていたんだろう?ある朝、目を覚ましたら枕元に青い卵があったんだよ」
「…ぶるぅの卵…」
スウェナちゃんが呟き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコッと笑って会長さんの膝に乗っかります。
「青い卵が何なのか、ぼくもすぐには分からなかった。不思議に思って手に取ってみたら、中から声が…思念波が呼びかけてきて、待っててね、と言ったんだ」
会長さんは、ぶるぅの卵を大切にして、毎日のように思念で短い言葉を交わして…1年ほど経ったある朝、卵が孵って生まれたのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「びっくりしたよ、あんな小さな卵から生まれてきたんだからね。今でも、ぶるぅは6歳になる前に卵に戻って0歳からやり直して暮らしてるけど、卵は孵化する寸前になっても君たちが知っているあの大きさのままなんだ」
へえ…と私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を眺めました。幼児体型の子供とはいえ、ニワトリの卵と変わらないサイズの卵の中から生まれてくるとは驚きです。
「ぶるぅはぼくと同じ力を持っていた。家族には港で迷子になっていた子を連れてきたんだ、と言い訳したよ。ぶるぅの家族を探したって見つかるわけがないし、見つからなかった。だから、ぼくの家で育てよう…って決まって、ぶるぅとぼくは兄弟みたいにアルタミラの家で暮らしてたんだ。…あの夜までは」
大噴火は何の前兆も無く起こったのだ、と会長さんは言いました。島が吹き飛んだほどの噴火ですから、凄まじい爆発だったのでしょう。眠っていた会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は遠くへ飛ぶことしか思いつかなくて、二人で瞬間移動して。
「…夜が明けてから我に返って、島があった場所へ戻ってみたら…一面の海になっていた。ぼくとぶるぅは二人きりになっちゃったんだよ」
家族も家も失ったことをサラッと話す会長さん。…三百年も経ったら辛くなくなるのか、そういうふりをしているだけか…心の中までは分かりません。しんみりとしてしまった私たちに会長さんは明るく笑いかけました。
「そんな深刻な顔をされると困るな。話を続けられないじゃないか」
それから教えてもらった事は、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が旅をする内に校長先生や教頭先生、ゼル先生たちに会ってシャングリラ学園を創ったという、シャングリラ学園創立秘話。最初は生徒や先生の数も少なく、ごくごく小さな学校だったのがいつの間にか大きくなって今のシャングリラ学園があるのだそうです。
「はい、ぼくの話はこれでおしまい。今日はここまでにしておこうね」
会長さんがそう言った時、窓の外はすっかり真っ暗でした。冬の日暮れは早いとはいえ、時計を見ればもう6時過ぎ。おやつを食べてお腹いっぱいになった筈なのに、そろそろ晩御飯かな…なんて思ったり。
「晩御飯は煮込みハンバーグだよ。ぶるぅが朝から作ったんだ。話が長くなるのは分かっていたし、すぐ食べられるものにしよう、って。…気分を切り替えて、いつもどおり元気に騒いでくれないと…もう何も話さないことにするから」
「「「は、はいっ!!」」」
私たちが声を揃えると会長さんは満足そうに微笑んで。
「うん、その調子で明るくいこう。…ぶるぅ、食事の用意を頼むよ」
「オッケー♪」
キッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が煮込みハンバーグの鍋を温め、マリネやサラダを出してきます。すぐ食べられるもの、と言われた割に豪華なメニューで、お皿も沢山必要で…。私たちは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の笑顔と素敵な晩御飯を前にして暗い気分も吹き飛びました。会長さんに聞いたお話はとても大事なことですけれど、三百年以上経っているんですもの…。
「そう、三百年以上前の昔話さ。ぼくは過去を振り返るつもりはないし」
今が楽しければいいんだよ、と会長さんがウインクします。その言葉に釣られるように他愛ない話題が次々飛び出し、夕食はとても盛り上がって。…片付けなきゃ、と立ち上がったのは9時になる少し前でした。大量のお皿やグラス、カップをキッチンへ運んでいくと、会長さんがまたテーブルを指差して。
「置いておけばいいよ。洗うのは明日になってからでいい」
「…でも…」
昼食から後、一度も洗い物をしていません。空のお鍋とかもそのままですし、明日までというのは流石にちょっと…。
「いいんだ。…ここはぼくの家だし、キッチンの主はぶるぅだし」
会長さんが言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もニコニコ顔。
「うん、そのままにしといてよ。大丈夫、いつも綺麗に掃除してるからゴキブリなんかいないしね」
そんなものかな、と思いながらも私たちは後片付けを放置しました。それからリビングでスナック菓子を食べながらワイワイ騒いで、片付けもしないでゲストルームに引き上げて…。
「…ビックリしたわね、会長さんの話」
「うん。アルタミラの生き残りだなんて思わなかった」
スウェナちゃんと私はそんな会話を交わしながらも、少しずつ瞼が重くなります。明日もまた謎解きがあるのでしょうか?後片付けをしなくていい、って言われたんですし、きっと、そう。会長さんの過去は分かりましたけど、謎はまだまだありますものね…。
初雪が降り、街はクリスマス前で浮かれています。今日は2学期の終業式。1学期の終業式の日は学校中が信楽焼の狸に埋め尽くされていましたけれど、今回は何もありません。1年A組の教室には会長さんが遊びに来ていました。机は無くて本人だけです。アルトちゃんとrちゃんに何か渡しているみたい。
「冬休みはもちろん家に帰るんだよね?…しばらく会えなくなってしまうし、これ、クリスマス・プレゼント。もしもサイズが合わなかったら直して貰うよ。ピッタリのを選んだつもりだけれど、きちんと測ったわけでもないし…教えて貰ってもいないし、ね」
プレゼントの箱はとても小さなものでした。ちゃんとリボンがかかっています。いったい何を贈ったのでしょう?アルトちゃんとrちゃんも箱を手にして怪訝そうな顔。
「大丈夫、怪しいモノじゃないから。クリスマスの朝に開けてみて?…気に入ってくれたら、次にお守りを使う時に着けててくれると嬉しいな。あ、左手じゃなくて右手に、ね。…左手の薬指はぼくの女神のものなんだ」
フィシスの場所だけは譲れなくって…と会長さんは微笑みました。左手に右手、薬指。おまけにサイズと揃ってくれば箱の中身は明白です。アルトちゃんとrちゃんは感激のあまり声も出ません。
「石はついてないし、銀だけど…アルトさんとrさんのイメージに合わせて選んできたんだよ。あ、学校ではアクセサリーは婚約指輪しか許されないし、うっかり着けてこないようにね。没収されたら大変だから」
やっぱり中身は指輪でした。アルトちゃんたち、クリスマスの朝までドキドキでしょうね。会長さんが「じゃあね」と姿を消すと、入れ替わりにグレイブ先生が…。
「諸君、おはよう。2学期も今日でおしまいだ。冬休みの宿題は何も無い。出してもやってこないに決まっているし、用意するだけ労力の無駄というものだからな」
やったぁ!どおりで信楽焼の狸みたいな変なモノが置かれてないわけです。あれは宿題免除の特典用に並べ立てられていたんですから。私たちはグレイブ先生の後に続いて終業式の会場へ行き、校長先生の退屈なお話を聞いて、教頭先生から冬休みに関する注意を聞いて…。
「諸君、冬休み中にはクリスマスと正月という行事がある。羽目を外して学校の恥になるようなことを起こさないよう、くれぐれも気をつけるように」
はーい、と元気のいい声が上がります。教頭先生は「うむ」と頷いて続けました。
「終業式はこれで終わりだが、生徒会から提案があって、今年は諸君にお歳暮を贈ることになった」
えっ、お歳暮?生徒会から提案ですって?…毎日のように影の生徒会室に通っていながら、何も聞いてはいませんでした。生徒会の実務は副会長のフィシスさんと書記のリオさんがやっているので、私たち7人グループは会議はおろか資料作りすら経験してはいないのです。私たちでもそうなのですから、他の生徒は大騒ぎ。教頭先生は咳払いをし、会場が静かになったところで。
「誤解がないよう説明しておく。お歳暮は生徒会が贈るのではなく、私たち教師一同からだ。そして全員が貰えるわけでもない。幸運な1名だけが対象なのだが、その1名が希望した場合、友人もその対象になる。ただし上限は十名まで。先生方からのお歳暮を手に入れたい、という物好きは手を上げるように」
歓声と共に全校生徒が挙手します。もちろん私も、その一人でした。
お歳暮の件の詳しい話は生徒会から聞いてくれ、と教頭先生がマイクを譲ったのは書記のリオさん。サボッてばかりの会長さんと違ってとても真面目な先輩です。
「教頭先生がおっしゃったとおり、今回、先生方からお歳暮を頂けることになりました。ただし1名限りになります。その方がお友だちとお歳暮を分かち合いたいと思った場合は、9人まで恩恵を蒙ることができますが…取り分は人数に応じて減りますよ。よく考えて下さいね」
そりゃそうだ、とあちこちで囁く生徒たち。うーん、私がゲットできたら、どうしましょう?やっぱり分けないといけないかなぁ…。私の他に9人ならばジョミー君たちにも行き渡りますし。
「では、お歳暮の入手方法を説明します。まず、協力者の紹介ですが…我がシャングリラ学園のマスコットである、そるじゃぁ・ぶるぅに盛大な拍手を!」
リオさんが右手を高く差し上げ、壇上に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がトコトコと姿を現しました。紫色のマントを靡かせ、全校生徒の拍手を浴びる姿はいつにも増して得意そうです。
「かみお~ん♪みんな、よろしくね!」
ニコニコ笑って手を振っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。協力って何をするのかな?
「ご存じの方は少ないでしょうが、そるじゃぁ・ぶるぅは卵に化けることができるのです」
リオさんが言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がクルンと空中で一回転して消えました。後に残ったのは青い卵。それをリオさんが壇上で掲げ、「見えますか?」と声を張り上げます。
「これがぶるぅの卵です。皆さんにはこれを探して頂くことになります」
ボワンと青い卵が消え失せ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に戻りました。
「ぶるぅは今から校内の何処かに隠れるのですが、もちろん卵の形です。それを探しに行って下さい。首尾よく卵を見つけられた人は、本館前においでのブラウ先生とゼル先生に提出すればいいんです。お歳暮を貰う権利はぶるぅの卵を見つけた人に与えられます」
新入生歓迎会のエッグハントを思い出しました。あの時はあちこちにいろんな卵がありましたけど、ひょっとして今度もそうなのでしょうか。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵そっくりの偽物が隠されていたりして…。
「それでは今から、そるじゃぁ・ぶるぅに隠れに行って貰います。皆さんは百、数えて下さい」
「みんな、頑張って捜しに来てね!隠れたらヒントを教えるよ♪」
言うなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会場を飛び出して行き、私たちは声を揃えてカウントダウン。百を数え終わったところでリオさんが大きな声で…。
「もういいか~い?」
『ま~だだよ~』
頭の中に響いた声は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のものでした。私やジョミー君たちは馴れていますが、他の生徒は驚いてキョロキョロしています。リオさんがすかさず解説しました。
「そるじゃぁ・ぶるぅの力です。離れた場所から皆さんの心に直接、呼びかけています。テレパシーという言葉はご存じですよね?シャングリラ学園では思念波と呼ばれているものです」
ザワザワという声が広がり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議な力にみんなは興味津々ですが…リオさんはそれ以上のことは語らず、再度マイクで呼びかけます。
「もういいか~い?」
『もういいよ~♪』
子供らしい声がして、その後、すぐに。
『ヒントを言うからよく聞いてね。1回だけしか言わないよ。…いい?…白とクリスマス。愛情こめて捜して欲しいな。ぼく、楽しみに待ってるからね~』
それっきり声は聞こえなくなり、リオさんが壇上で微笑みました。
「聞こえましたか?もう1度、ぼくがヒントを言います。白とクリスマス、これだけです。頑張って探して下さいね。制限時間は正午まで。今から2時間以上ありますし、皆さんの健闘を祈ります」
さあ大変。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵は1個限りです。急がなくっちゃ!
終業式会場を出た全校生徒が学校中に散らばりました。先生方からのお歳暮とくれば内容も期待できそうです。ヒントは白とクリスマス。えっと…確か温室の噴水が白で、横にクリスマスツリーがあったような。大急ぎで行くと既に先客が何人かいて、噴水の中を覗いていました。
「ありそうか?」
「…いや、水盤の中には無さそうだ」
チームを組んでいるらしい男子生徒が話しています。クリスマスツリーの方もチームを組んだ女子や男子が飾りをチェックしていました。オーナメントに紛れていないか、枝の間に隠れてないか…と梯子まで持ち出す騒ぎです。単独行で卵探しは難しいかもしれません。私も誰かと組むべきかも…。スウェナちゃんのケータイにメールしてみると、すぐに「一緒に探そう」と返事が来ました。本館前で待ち合わせです。そこには机と椅子が置かれて、ブラウ先生とゼル先生が…。
「おや、もう見つけてきたのかい?」
ブラウ先生が声をかけたのは私ではなくて二人連れの男子。片方の子の手に青い卵が乗っかっています。そんなぁ…。お歳暮、アッサリ持ってかれちゃった…。ちょうど歩いてきたスウェナちゃんも青い卵に気付いてガッカリ。男の子たちが差し出す卵をブラウ先生が受け取りました。
「うん、上出来だ。…あんたたち、名前と学年は?」
二人は三年生でした。ゼル先生が紙に名前を記入し、ブラウ先生は卵を持って。
「いいねぇ、これは新鮮だ。殻がザラザラしてるじゃないか。ああ、でも…割ってみなけりゃ分からないかねぇ?」
「ふむ。器を持ってくるとしよう」
えっ。ゼル先生が本館に入り、ガラスの器を取ってきました。ブラウ先生が卵を机の角にコンコンぶつけています。だ、ダメぇっ!そ、その卵の中には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が…!!
「やめてーっ!!」
叫んだ瞬間、クシャッと音がして卵にヒビが入りました。悲鳴を上げた私の前で卵が割れて、器の中にポテッと落下したものは…。
「ほら、ゼル…。黄身がこんなに盛り上がってる。ザラザラは絵の具のせいじゃなかったようだ」
「そのようじゃな。目玉焼きにしたら美味かろうて」
青い卵に入っていたのはニワトリが産んだ卵でした。男の子たちは真っ青になり、脱兎のごとく逃げてゆきます。ブラウ先生は私にウインクをしてみせました。
「ぶるぅを心配してくれたんだ?…大丈夫、ぶるぅの卵なら割りやしないさ。もっとも、割ろうったって机の角じゃ傷もつかないだろうけどね」
「…そういえば…」
呟いたのはスウェナちゃん。
「エッグハントで拾った時には石の卵だと思ってたわ。ズシリと重かったんだもの」
「なるほど、あんたが拾ったんだね」
ブラウ先生が「今度も頑張って探してごらん」とスウェナちゃんを励まし、私たちは二人で校内巡り開始です。途中でジョミー君やキース君が次々に合流してきて、いつの間にか7人グループに。
「結局、いつものメンバーだよな」
サム君が言い、マツカ君が。
「でも、見つかりませんよね…ぶるぅの卵。どこに隠れているんでしょう?」
「白とクリスマスが揃ってる場所は全部探した筈なんだがな」
キース君が溜息をつき、ジョミー君は疲れた声で。
「偽物を作るヤツらの気持ちが分かってきたよ。石みたいに重いって噂が広がる前はけっこういたよね…」
「今もやってる人がいますよ?」
シロエ君が声を潜めました。
「卵の中身を抜き取ってから、色々詰めて細工してます。…すぐにバレると思うんですけど」
赤くなったりしませんしね、と言われてエッグハントのことを思い出し、吹き出してしまう私たち。催涙スプレーとスタンガンで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が化けた卵を攻撃しちゃったんでしたっけ。
「あの時の恨みを晴らそうとして、意地でも出てこないつもりなのかな?」
ジョミー君はそう言いますけれど、今頃になって復讐するとは思えません。私たちの目が節穴なのか、よほど上手に隠れたのか。…残り時間は三十分。お歳暮ゲットは無理でしょうか?
「ずいぶん苦労しているようだね」
いきなり声がして会長さんが私たちの後ろに立ちました。瞬間移動してきたのかも。
「ぶるぅの卵、どこにあるのか知りたいかい?」
「知ってるのか!?」
キース君が叫ぶと会長さんは涼しい顔で。
「ぶるぅの居場所も分からないんじゃ、保護者失格だと思うんだけど。…で、知りたい?」
「知りたい!!」
ジョミー君が即答しました。会長さんはニッコリ笑って「ついておいで」と促します。私たちが散々探した場所を次々に無視して横を通り過ぎ、辿り着いたのは本館の前。まさか今回も教頭先生を脅すのでは…。
「やらないよ。教頭室には用が無いんだ」
会長さんは先に立って本館に入り、1階中央の広いスペースで立ち止まりました。中央にクリスマスツリーがありますけれど、そこはとっくに大勢の生徒が探した後で今は閑散としています。私たちだって探しました。けれど卵は何処にも無くて…。
「ヒントは白とクリスマス。…愛情をこめて探さなければ、見つかるものも見つからないさ」
会長さんが指差したのはクリスマスツリーが植わっている大きな鉢の中でした。ツリーが映えるようにと敷き詰められた白い石が沢山入っています。それの何処に青い卵が…?
「ぶるぅの卵が青いだなんて、いったい誰が決め付けたんだい?確かに本当の色は青だけど、赤やピンクに色を変えるのを君たちも知っているだろう。…だからヒントは白だったんだよ」
「あっ、そうか!!」
ジョミー君が鉢に駆け寄り、白い石を選り分け始めました。出遅れたキース君や私たちが駆けつける前に歓声が上がり、ジョミー君の手に白から青へと変わりつつある卵形の石が…。
「やったぁ、お歳暮!…みんなにも分けてあげるね、せっかくだから」
意気揚々と本館を出て、ブラウ先生に卵を渡したジョミー君がゼル先生から貰ったものは。
「……お手伝い券……?」
「そうじゃ。この学園の教師を1人指名し、手伝いをさせるためのチケットじゃぞ。ただし間違いがあってはいかんから同性に限る。君の場合は男性教師というわけじゃ」
ゼル先生は咳払いをして言いました。
「冬休み中、仕事納めから正月三が日を除く全ての期間が対象でな…。指名された教師が丸々一日、勉学の手伝いをしてくれる。友達を呼んで勉強会をするのも大いに良かろう。専門外の科目であっても、他の教師と連絡を取ってとことんフォローするのが売りじゃ!」
ここに名前を、とブラウ先生がペンと書類を差し出します。ジョミー君の顔から血の気が失せて、お手伝い券が手から落ちました。宿題も無い冬休み中に何が悲しくて丸々一日、先生に付き添われて勉強しなくちゃならないんですか!ジョミー君が受けたショックは半端なものではないでしょう
「…い、いやだ…。こ、こんなチケット…」
欲しくないよ、と泣きそうな声のジョミー君。ゼル先生とブラウ先生が「やれやれ」と顔を見合わせています。そこへスッと会長さんが割り込んで…。
「ジョミーが要らないのなら、ぼくが貰うよ。…かまわないかい?」
そうだねぇ、とブラウ先生。
「無駄になるよりはいいかもね。でも、あんたじゃ意味がなさそうじゃないか。今更勉強しなくたって…」
「たまには真面目に勉強するのもいいか、と思ったんだ」
会長さんは書類にサインし、ジョミー君が落とした『お手伝い券』を拾ってポケットに入れました。そして机の上に置かれた青い卵を優しく撫でて。
「ぶるぅ、お疲れさま。もういいよ」
「わーい!!」
疲れちゃったぁ、と叫んで元に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大きく伸びをしています。それに気付いて集まってきた生徒のみんなは、お歳暮の正体を知って仰天したり呆れたり。無駄な労力を使ってしまった、と嘆いていますが、自分がゲットせずに済んだ幸運を噛み締めているのは明らかでした。そんな代物をあえて貰おうという会長さんには恐れ入るしかありません。三百年以上も生きている人の考えることって、理解不能かも…。