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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

学園祭が終わって学校に落ち着きが戻ってきたある日のこと。登校してみるとA組の教室の一番後ろに、また机が1つ増えていました。期末試験にはまだ早いですし、こんな時期にいったい何が?例によってアルトちゃんとrちゃんにプレゼントをしようとしている会長さんに聞いてみると。
「グレイブが来たら分かることだよ」
軽く受け流されてしまいました。今日のプレゼントは会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に教えて貰って焼いたマドレーヌらしいです。嘘じゃないかと思うんですが、アルトちゃんとrちゃんは素直に信じて大喜び。…まぁ…オーブンのタイマーくらいはセットしたかもしれませんね。
「諸君、おはよう」
ガラリと教室の扉が開いてグレイブ先生が入ってきました。冊子のようなものを沢山持っていますが、なんでしょう?
「ブルーが来ているから、何か起こるのは承知だろう。今日は重大なお知らせがある。これを前から順に配るように」
配られてきた冊子の表紙には『修学旅行の栞』の文字が。教室はたちまち蜂の巣をつついたような大騒ぎです。1年生で修学旅行はいくらなんでも早すぎますし、冗談ではないのかという声も…。
「諸君、私は至って真面目だ。本当に修学旅行が行われる。いずれ知れることだから話しておくが、シャングリラ学園には1年で卒業してしまう特殊な生徒がたまにいるのだ。該当者があった年は、その生徒のために修学旅行が実施される」
「「「えぇぇぇぇっ!?」」」
誰だ、誰だ…という声があちらこちらで上がりましたが、グレイブ先生は無視して先を続けます。
「そういうわけで修学旅行に行くことになった。詳しいことは栞にも書かれているが、ナスカで4泊5日の旅になる。原則として自由行動だ。班などを組む必要は無い」
え?こういうのって普通は班単位で行動するものじゃないですか?しかも自由行動だなんて、野放しにするのと変わらないんじゃあ…。グレイブ先生はザワザワしている教室をジロリと眺め、咳払いをして。
「昔は班単位の行動だった時代もあったのだ。…だが、男女で組ませたら間違いが起こった年があった」
間違い…。男女が組んで間違いとくれば、バレたら退学というアレでしょう。なるほど、それは危険かも…。
「そこで男女別に班を組ませたが、結果は同じだったのだ。うかつに仕分けをしたばっかりに、示し合わせて更にろくでもないことをやらかしてくれた」
何があったのか知りませんけど、なかなか凄い過去があるようです。それとも勇気のある先輩が多かったのだと言うべきでしょうか。
「そういうわけで、下手に口出しをせずに良識に任せておくのが一番ということになったのだ。その代わり、夜間の見回りは非常に厳しい。羽目を外して遊ぶのもいいが、消灯時間くらいは守りたまえ」
夜中に検挙されたら廊下で1時間正座だからな、と付け加えてからグレイブ先生は朝のホームルームを終えて出て行きました。

思いがけない修学旅行とあって、休み時間は関連の話題でもちきりです。女子の一番の関心事は三百年以上在籍している会長さんのことでした。
「もしかして卒業しちゃうんですか?修学旅行に行くんですよね」
女子代表で質問したのはrちゃん。手が小刻みに震えているのは、会長さんがいなくなってしまうんじゃないかと心配しているからでしょう。
「まさか。…卒業なんかしないよ、魅力的な子がこんなに沢山いたりするのに」
会長さんがニッコリ笑うと黄色い悲鳴が上がりました。
「ぼくは年中行事が好きでね。…修学旅行は特に好きだな、学校のみんなと一緒に旅行できるし。4泊5日か…。よろしく頼むよ」
大歓声を上げる女の子たち。アルトちゃんとrちゃんは頬がほんのりピンク色です。修学旅行中にお守りを使おうとは思わないでしょうけど、一緒に旅行をするんですから期待は色々あるでしょうね。午前中の授業が終わる頃には会長さんは保健室に行ってしまって姿が見えませんでした。
「へえ…。会長さんも修学旅行に行くんですか」
シロエ君が食堂でスパゲッティーを食べながら「何もなければいいんですけど」と呟きます。
「栞には教頭先生も同行するって書いてありましたよ。また何かやらかそうとするんじゃないですか?」
「まさか…。いくらなんでも大丈夫じゃない?」
ジョミー君が言うと、キース君が。
「1年生全員が揃ってる所でからかったりはしないだろう。いや、俺たちさえ気をつけていれば…あいつの口車に乗せられなければ、ギャラリーがいないから諦める筈だ」
なるほど、それは一理あります。会長さんが赤の他人の生徒を巻き込んで騒ぎを起こすとは思えません。修学旅行中は会長さんの誘い文句に乗せられないことを私たちは固く誓いました。昼休みと午後の授業が終わって、あとは終礼という時です。
「諸君、これから1年生は体育館で修学旅行の練習をする」
「「「え?」」」
グレイブ先生の言葉にクラス全員が首を傾げました。修学旅行の練習って…なに?
「行ってみれば分かる。さっさと体育館へ行け。他のクラスに遅れるな!」
追い立てられるようにして体育館の一番大きな部屋に入ると、床に白いテープが貼られています。細長い長方形の形ですけど、コートにしては狭すぎるような…。そんな図形が全クラス分あり、私たちはその横に整列するよう言われました。一番前に現れたのはマイクを持った教頭先生。
「では、修学旅行に備えて大切なことを練習してもらう。諸君の横の床に描かれているのは実物大の電車の車両だ」
は?…電車?
「ナスカまでは電車に乗るが、乗り降りに無駄な時間がかかってしまうと他の乗客の迷惑になる。我が学園の恥にならないよう、毎日放課後、スムーズな乗降の練習を体育館で行うように」
よく見てみると長方形の図形には乗降位置と扉の幅が書かれていました。信じられない話ですけど、私たちは教頭先生のホイッスルに合わせて担任の先生に指図されながら乗車訓練をしたのです。電車も無い田舎の小学生なら分かりますけど、何が悲しくて高校生が…。

練習を終えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、保健室から戻ったらしい会長さんがソファに座っていました。手には修学旅行の栞。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が興味津々で覗き込んでいます。会長さんは電車に乗る練習に参加したりは…しないでしょうね。
「ああ、あれか。…昔はあんなの無かったんだよ」
会長さんがおかしそうに笑い出しました。
「もう十年くらい前になるかな。その時もぼくは参加してたけど、あるクラスが乗り込む時に生徒同士で喧嘩になって。原因は些細なことでも、ヒートアップしがちな年頃じゃないか。先生が止めようとすればするほど熱くなっちゃって、電車の発車が8分遅れた。おかげで後続の電車が更に遅れたり、運休したりしたんだよね」
それで学校に苦情が届き、新聞にも小さく書かれたりして…すっかり懲りた先生方が考えたのが乗車練習らしいのです。指導が厳しかった理由もこれで納得。これから毎日あれですか…。
「ねぇねぇ、ブルー」
乱入したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんの袖をツンツン引っ張り、目をキラキラと輝かせて。
「ぼくも修学旅行に行きたい!…今まではお留守番でもよかったけれど、今年は仲間が7人もいるし…夏もみんなで旅行してとても楽しかったし、行ってみたいよ」
「…ぶるぅの分の栞は貰っていないし、ダメなんじゃないかな」
ホテルや電車の手配があるしね、と会長さん。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は肩を落として悲しそうです。なんとか連れてってあげる方法が無いものでしょうか?
「…うーん…。ハーレイに頼めばなんとかなるかな…」
「そ、それ、…それはまずいって!」
すかさずジョミー君が突っ込みました。
「教頭先生に頼むのはまずいよ。…っていうより、悪いっていうか…」
「この間、ぼくの家に誘ってからかったから?」
ジョミー君の頬が赤くなり、私たちも思い出して顔が熱くなります。会長さんの家にお邪魔した時、会長さんが教頭先生を呼び出してオモチャにした事件から日は経ちましたが、あれ以来、会長さんは教頭先生を見て見ぬふり。声をかけられても通り一遍の挨拶だけで無視しまくっているのでした。
「だって、無視したくもなるだろう?あれだけぼくに惚れてたくせに…ギャラリーがいたっていうだけでアッサリ轟沈したんだからさ」
プライドが傷ついたんだ、と会長さん。身体を張った罠が空振りに終わったことで腹を立てているらしいのです。計画では教頭先生に夢を見させて一晩泊めて、翌朝、二人きりで朝食と偽って私たちが揃ったダイニングに連れて来てパニックに陥らせるつもりだったのだとか。
「ぼくってそんなに魅力が無いかな?…あれだけ気分が盛り上がってれば、ギャラリーがいたって押し倒すだろうと思ってたのに」
「…そいつは無理ってもんだろう…」
溜息をついたのはキース君です。
「あんた、いっつも言ってるじゃないか。教頭先生はヘタレだ、って。…あんたと二人きりだと思い込んでいたら、俺たちがゾロゾロいたんだぞ。ヘタレでなくても眩暈ものだ」
「そう?…じゃあ、お詫びを兼ねて修学旅行のことを頼みに行こうかな」
君たちもついておいで、と会長さんは腰を上げました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れ、教頭室へ直訴に出かけるみたいです。お詫びとお願いに行くだけならば特に心配はないでしょう。私たちは会長さんの後に続いて本館めざして出発しました。

教頭室の重い扉をノックして会長さんが声をかけると、「どうぞ」と渋い声がして。
「こんにちは、ハーレイ。…ここで会うのは久しぶりだね」
「ブルーか。どうした?」
教頭先生は平静を装っていますが、声に嬉しさが滲み出るのは隠せません。呼びつけられた上にオモチャにされて、挙句の果てに無視されまくっても、会長さんを諦められなかったみたいです。三百年以上見ていただなんて言ってましたし、あの程度で砕け散るような恋心ではないというわけでしょう。会長さんは視線を床に落としました。
「…ちょっとね、謝りたいと思って…。この間のこと」
「なんだ、そんなことか」
教頭先生は豪快に笑い、私たちの顔を見回して。
「あの時は正直ビックリしたが、こいつらもパニックだったからな。お前の悪戯はいつものことだし、気にしていたら心臓が持たん」
ヘタレと呼ばれる先生ですが、立ち直りの早さは柔道十段の武道家に相応しいかもしれません。会長さんはもう一度謝り、思わせぶりな瞳を向けて。
「…でもね、ぼくだって少し傷ついたよ?もう少し強引に押してくるかと思っていたし」
「そ、それは…」
他の生徒の前で受け持ちの生徒をどうこうするのはマズイだろう、と教頭先生。ヘタレというより教師根性が頭をもたげたみたいです。三百年以上も担任として接していたら、腰が引けても仕方ないかも…。
「じゃあ、ぼくを軽んじたわけじゃないんだね?…てっきりそうだと思ってしまって…。無視ばかりしてごめん、ハーレイ」
「いや、悪いのは私の方だ。知らなかったとはいえ、お前を傷つけていたとはな」
教頭先生と会長さんの擦れ違いは無事に解決したみたい。お次は修学旅行の件です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて行ってやりたいんだ、という会長さんのおねだりは即座に許可が下りました。
「分かった。お前がぶるぅを大事にしているのは知っているんだが、修学旅行に連れて行ったことはないだろう?今回も留守番だと勝手に思い込んでいた。早速、電車とホテルの手配をしよう。修学旅行の栞も追加で作るが、1年A組でいいんだな」
「わーい♪ぼくも一緒に行けるんだね!」
大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんはスッと教頭先生の机に近づき、かがみ込んで。
「ありがとう、ハーレイ。…恩に着るよ」
耳元で囁かれた甘い声音に教頭先生は真っ赤です。そして会長さんは制服のポケットから手品のように書類袋を取り出しました。
「ぶるぅの修学旅行を許可してくれたから、そのお礼。…後でゆっくり開けてみて」
分厚い書類袋を渡すと、回れ右して教頭室を出てゆきます。私たちはまだ顔が赤い教頭先生にお辞儀をしてから会長さんを追いかけました。

「よかったね、ぶるぅ。明日から電車に乗る練習をみんなと一緒にするんだよ」
影の生徒会室に戻った後で会長さんが言うと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯で頷きます。1年A組の整列乗車は1人増えた分、スピードアップに努めなきゃ。ところで、教頭先生がお礼に貰った書類袋は何なのでしょう?
「…文字通りの出血大サービスだよ」
クスクスクス。会長さんが意味深な笑みを浮かべていました。
「もっとも、出血するのはハーレイの方。…保健室に通って内緒でコピーした、まりぃ先生の力作詰め合わせセットが入ってるんだ。ずっと機会を狙ってたけど、お礼に渡すなら最高だろう?」
ひえええ!スウェナちゃんと私は頭を抱え、記憶が薄れているジョミー君たちも呆然とした顔をしています。眠っていたせいで何も知らない「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけが無邪気な笑顔で。
「ブルー、お礼まで用意してくれてありがとう!ぼく、明日から頑張るよ。電車にきちんと乗れるようにね♪」
「ああ。みんなで楽しく旅をしよう。せっかくの修学旅行なんだし」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は盛り上がっていますが、教頭先生はどうなったでしょう?…書類袋は前に私が貰ったものより遥かに分厚いものでした。今頃は鼻血で大出血かもしれませんけど、会長さんのウェディング・ドレスの等身大写真を持っていた過去もありますし…お宝を貰って大喜びという可能性もゼロってわけでは…。
「さあね?…絵に描いた餅っていう言葉もあるよ。文字通り、あれは絵なんだからさ」
会長さんはクスクスと笑い、修学旅行の栞を開いて読み始めました。ナスカ4泊5日の旅へは、電車の乗降練習から。早く旅行に行きたいような、心配なような複雑な気分。…いい思い出になりますように、とお祈りするのが一番かな?




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学園祭を目前に控えた日の朝、1年A組はとある噂でもちきりでした。
「後夜祭で人気投票があるんだって?」
「それより学園祭では仮装していいって聞いたんだが…」
「だから、人気取りのための仮装だろ?まぁ、俺たちなんかが仮装したって票は入らないと思うけどさ」
男の子たちの視線の先には会長さんが座っていました。アルトちゃんとrちゃんを机に呼んで、また何かプレゼントを渡しているようです。やがてグレイブ先生が現れ、噂の真相が明らかに…。
「諸君、学園祭の日が迫ってきたが、当日は仮装が許可されている。ただし節度ある服装に限られるから、注意するように。特に女子!…露出度の高い仮装は警告の上、制服に着替えだ。それから、後夜祭の時に男女別の人気投票がある。男子は女子に、女子は男子に投票するのだ」
おぉっ、とクラスが湧き立ちましたが…。
「選ばれるのは男子1名、女子1名。もう長いことブルーとフィシスの独壇場になっている。我こそは、と思う者がいたら二人に挑戦してみたまえ」
たちまち諦めの空気が広がり、グレイブ先生は鼻で笑って。
「まぁ、所詮、諸君は1年生のヒヨコだからな。…無駄な戦いに挑んでいるより展示の方を頑張ることだ。そうそう、投票方法を教えておこう。後夜祭で全員に薔薇の造花が配られる。ネームプレートがついているから、そこに自分の名前を書いて好みの相手に渡せばいい。人気投票は貰った薔薇の数で結果が決まる」
なんと!堂々と名前を明かして告白できるチャンスらしいです。ならば1位を誰が独占していようとも、特に問題はないわけで…。現金なA組一同はワイワイと騒ぎ始めたのでした。

その日の昼休み、いつものようにジョミー君たちと食堂へ行こうとした時です。
「ちょっと…。時間、いいかな?」
数人の男子生徒が私たちを呼び止めました。会長さんは2時間目から保健室に行ってしまったので、ここにいるのはジョミー君とキース君、マツカ君にスウェナちゃんと私。
「手短に済ませて欲しいんだが」
キース君が言うと、男の子たちは「食事をおごるから付き合ってくれ」と食い下がります。
「…食堂に連れを待たせているんだ」
「サムとシロエの分もおごるよ。だから話を…」
7人分もの食事をおごると申し出られては断れません。きっと大事な話なのだろう、と私たちは揃って食堂へ向かいました。それぞれが好きなものを頼んで食べ始めると、男の子たちが真剣な顔で。
「…キース、お前に頼みがあるんだ」
「俺?」
「ああ。学園祭のことなんだけど、お前、仮装してくれないか?…人気投票で1位を取って欲しいんだ。もちろん俺たちも協力するし、他のクラスも上の学年も協力すると言っている。俺たちが貰った薔薇を全部お前に渡すんだよ」
ネームプレートは貰っとくけどね、と彼らは声をひそめました。
「俺たち、いつも生徒会長に助けてもらっているけどさ…。球技大会も水泳大会も、花形はいつも生徒会長ばかりじゃないか。たまにはA組一般生徒の実力ってヤツを見せておきたいと思ったんだ。で、先輩たちに相談したら、先輩たちも生徒会長が当たり前のように1位になるより面白いからって言ってくれたし」
「…それで上級生の分の薔薇まで集めてこようというわけか。確かにそれなら数は稼げるかもしれないが…俺が仮装しなきゃならない理由は無いな」
キース君の言い分はもっともでしたが、男の子たちはチッチッと指を左右に振って。
「お前に白羽の矢を立てた以上、できるだけの手は打たないと。…生徒会長は毎年、マントまで着けて仮装するんだ。これが王子様みたいだと女子に人気で、他の連中がいくら手の込んだ仮装をしても勝てないらしい。だから、お前もマントを着ければイイ線いくんじゃないかと思って」
「…マント?…俺が…?」
「うん。お前、自分じゃ気付いてないけど、上級生の女子にかなり人気があるんだぞ。頼むから、一緒に生徒会長を1位の座から蹴落とそうぜ。颯爽とマントを翻してくれよ」
ふと気がつくと、私たちのテーブルは大勢の男子生徒に取り囲まれてしまっていました。その中からズイと進み出たのは体格のいい上級生2人。
「キース。…柔道部の主将と副主将からの命令だ。学園祭で仮装しろ。そして必ず人気投票で1位を取れ!」
「…ええっ!?」
「ええっ、ではない。返事は「はい」だ!大きい声で返事をせんか!!」
体育会系の部活動では上級生は絶対です。キース君がウッと息を飲み、「はい」と答えると…。
「よぉしっ!当日はマント着用だ!」
「はいっ!!」
「衣装の選択権くらいは与えてやろう。これだ、と思う衣装とマントでキメてこい!」
「はいっ!!!」
よし、と頷く柔道部の主将と副主将。大勢の男子生徒が歓声を上げる中、キース君は深々と頭を下げたのでした。

そして放課後、影の生徒会室には柔道部三人組の姿もありました。キース君の仮装用の衣装を調達する時間が必要だろうと部活は免除らしいのです。シロエ君とマツカ君も手伝うように言われたとか。
「先輩は学園祭のタコ焼き屋台も免除だそうです。…マントを着けてタコ焼きを焼いていたんじゃ、せっかくの仮装がブチ壊しですしね」
お笑いにしかなりませんよ、とシロエ君。そっか、柔道部はタコ焼き屋台なんだ。
「でも…マントつきの衣装って、どんなのにしたらいいんでしょう。どんなデザインにするのか決まらないと注文しようがありませんよ。それともキースのイメージでデザイン画を描いてもらいましょうか?」
御曹司のマツカ君は出入りの仕立て屋さんに発注しようとしているようです。プロの技ならかっこいいのが出来そうですし、キース君を連れてってデザイン画から起こしてもらうのも素敵かも。
「マントは赤がいいと思うな!ヒーローっぽいと思わない?」
いきなり決めてかかったのはジョミー君。
「…俺には赤は似合わないような気がするんだが…」
「そうかぁ?…キースって赤も似合いそうだぜ」
サム君の言葉にシロエ君とマツカ君が「そうかな?」という顔をしています。うーん、黒いマントでドラキュラみたいなのがカッコいいかな、とか思ってましたが、墨染めの衣のイメージが頭に残りすぎているのかなぁ…。そこへパチパチと拍手の音がして、会長さんが入ってきました。
「遅くなってごめん。フィシスと話をしてたんでね。キースがぼくに挑戦か…。いいんじゃないかな、楽しそうで。赤いマントは似合うと思うよ。将来は緋の衣を着るつもりなんだろう?赤いマントも着こなせないんじゃ、緋の衣なんて夢のまた夢としか言いようがないね」
「緋の衣と赤いマントを同レベルで語るな!」
キース君が叫びましたが、会長さんは涼しい顔で。
「ぼくは緋の衣だからいいんだよ。…せっかくだから、ぼくと色違いにしてみるかい?仮装用の衣装」
「は?」
「知らないかな?ぼくの衣装は毎年同じデザインなんだ。ぼくと直接対決を狙っているなら、同じデザインの色違いだと盛り上がりそうに思うんだけど。…ぼくのデザインのイメージが銀だし、君のは金っていうのもいいね」
どう思う?と言いつつ、会長さんの頭の中では既に決定していそうです。赤いマントでイメージが金。かなり派手そうな感じですけど…。
「今からなら十分、間に合うよ。じゃ、赤いマントと金のイメージの衣装ってことで」
「それは、こいつが作るのか?」
キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を指差しました。前にベビードールを2着も作ってましたし、そうなのかも。
「いや。ぶるぅじゃなくて、ちゃんと専門の所が作るんだけど…。事情があってキースを連れては行けないんだ。ぶるぅ、採寸だけしてくれるかな?」
「オッケー!…データを送ればいいんだね」
メジャーを取り出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「キースの写真も添えるように」と会長さんが指示しています。キース君を連れて行けないというのは気難しいデザイナーさんのお店だとか?…機嫌を損ねたら注文を受けてくれない職人さんがいるって話はよく聞きますし。そんなわけでキース君の仮装は会長さんと対ということになりました。学園祭当日が楽しみです。

シャングリラ学園の学園祭は2日間。1日目の朝、A組の集合場所に現れた会長さんは銀の飾りが入った白い上着と紫の長いマントを着けていました。黒のアンダーが上着とマントを引きたて、銀の髪が映えてまさしく銀そのもののイメージです。うわぁ、と女子の目がハートになる中、続いて入ってきたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ん?…もしかして会長さんの衣装は「そるじゃぁ・ぶるぅ」とお揃いなのでは…。着る人が違うと同じ衣装でも全く別物になるんですねぇ、誰も気付いてないようですけど。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はトコトコトコ…と歩いていって。
「キースの服、出来てきたからね。これなんだけど、すぐに着替える?」
差し出されたものは風呂敷包み。キース君が答える前に青い光がパァッと光り、制服は消えてしまっていました。おぉぉっ、と教室中がどよめきます。白い上着に金の飾り、黒のアンダー、赤いマント。上着の裾のデザインが少し違うのを除けば、キース君と会長さんの衣装は色違いの瓜二つでした。
「…すっごく派手…」
ジョミー君が呟きましたが、似合ってないわけではありません。これなら男子の計画通り、順調に票が集まるかも。グレイブ先生が点呼を取って、前夜祭が幕を開けました。その後はクラス展示の当番をしたり、演劇発表や催し物を見て回ったり…。会長さんは『シャングリラ・ジゴロ・ブルー』の名前どおりにナンパをしまくっています。女子は仮装している人がかなりいますが、男子はキース君と会長さんしか仮装していませんでした。キース君に注目を集めるために仮装を控えたのでしょう。
「キースはナンパしないのかな?」
「先輩は硬派ですからね。でも、そこがいいんだっていう女子も多いらしいですし、馴れないことはしない方が…」
ジョミー君とシロエ君の会話が物語るとおり、キース君はナンパと無縁でした。クラス展示と柔道部のタコ焼き屋台の様子見に行く他は、暇そうに中庭で読書です。A組の教室は『そるじゃぁ・ぶるぅの生活』のクラス展示に使っていますし、居場所が無い…というわけでしょう。そんなこんなで1日目が過ぎ、2日目も賑やかに過ぎていって。後夜祭を前に生徒以外の一般参加者が帰ってゆきます。全校生徒は校庭に集められました。
「それでは、今から薔薇を配る。誰にも渡さなくてもいい、と思う者は記念に持って帰るように」
教頭先生が合図をすると、薔薇の造花が配られてきました。深紅の薔薇にネームプレートがくっついています。えっと…本当は会長さんに渡したいんですけど、男子の計画を聞いた以上はキース君にあげるべきかな?スウェナちゃんに相談すると「キース君しかないでしょ」と。そうですよね…義理人情は重んじなくてはなりません。私はプレートに名前を書き込み、次の合図を待ちました。
「二日間、存分に楽しんでくれたことと思う。後夜祭はダンスパーティーだ。今日だけは男女で踊ることを許可する。その間に各自、薔薇を届けに行きたまえ」
ワッと歓声が上がり、校庭は興奮の坩堝と化してダンスパーティーに突入です。その中で数人の男子生徒がコソコソと薔薇を集めて回り、校庭の端に立ったキース君の所に次から次へと…。スウェナちゃんと私は先生方から借りた大きな籠にそれを入れていました。
「…大丈夫かしら?会長さん、かなり集めてるわよ」
「うん。…女子はやっぱりフィシスさんかぁ…」
フィシスさんは可愛いピンクのドレス。ブラウ先生に薔薇が沢山詰まった籠を預けて、次々にパートナーチェンジをしつつ踊っています。会長さんの薔薇の籠は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が番をしていて、恐れ入ったことに会長さん自身に配られた薔薇は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の髪に飾ってありました。つまり誰にも渡さなかった、ということです。さすが『シャングリラ・ジゴロ・ブルー』。「誰も選べなかった」と実に罪作りなアピールを…。ああ、またパートナーチェンジしてますし!

ダンスパーティーが終わり、後夜祭を締めくくる人気投票の時間がやって来ました。籠に入れなければいけないほどの薔薇を貰った生徒が壇上に上り、その数を競うわけですが…。
「おやおや、今年は番狂わせがあるかもね」
司会のブラウ先生が楽しそうに言いました。壇上にいるのはマントを着けた会長さんとキース君。女子はフィシスさんしか籠一杯に集められなかったので、フィシスさんの不戦勝です。フィシスさんはブラウ先生と一緒に、会長さんたちの薔薇を数えることになりました。空の籠が用意され、ブラウ先生がキース君の、フィシスさんが会長さんの薔薇をそれぞれ移していくのです。
「1、2、3…」
カウントするのは教頭先生。百を少し超えたところで会長さんの籠が空になり、キース君の籠にはまだ薔薇が…。
「1位。1年A組、キース・アニアン!」
わぁぁっ、と男子生徒が拳を振り上げ、大勢の女子が悲鳴を上げる中、会長さんは壇を下りました。キース君とフィシスさんは…。あれ?二人とも壇の後ろの幕の陰へと入ってゆきます。まだ何かイベントがあるのでしょうか。
「お色直し、というヤツだけど」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいつの間にかそばに来ていました。
「長いこと、ぼくとフィシスが1位の年が続いたからね。面白みに欠けると思って二人で考え出したんだ。人気投票の後は二人セットで別の仮装をするんだよ」
去年は『坊ちゃん』と『マドンナ』だったんだ、と会長さん。そ、それは…ちょっと見てみたかったかも…って、もしかして今年も会長さんとフィシスさんは二人揃って仮装する気で…!?
「そうなんだよね」
会長さんは困った顔で呟きました。
「せっかく二人で相談したのに、キースが1位になるなんて…。イメージ狂わなきゃいいんだけれど」
「いったい何の仮装なんですか!?」
「シッ!…フィシスが出てくる」
幕の陰から現れたのは長い金髪をカールさせたフィシスさんでした。純白の華やかな軍服に勲章をつけ、腰には赤いサッシュと剣。あ、あの格好はタカラヅカでは…。オスカル様だわ、という女子の声があちこちで上がっています。ということは…キース君は…。
「おおっと、今年は『ベルサイユのばら』の登場だ!」
ブラウ先生がマイクを握り、幕の方へと振り返って。
「男装の麗人、オスカルに続いて…フランス王妃、マリー・アントワネット!!」
目がくらみそうに豪華なピンクのドレスを纏ったキース君は、金髪を結い上げたカツラと立派なティアラを着けていました。もうヤケクソになったのでしょう、ドレスの端を両手でつまんで優雅な仕草でお辞儀をすると…。
「フランス王妃万歳!!」
叫んだのは会長さんでした。釣られた女子が続いて叫び、声は次第に広がっていって。
「「「フランス王妃バンザーイ!!!」」」
校庭中に歓声がこだまする中、暮れてきた空に花火が打ち上げられました。キース君とフィシスさんは何度もお辞儀をしています。後夜祭の最後を飾るに相応しい仮装ではありますけれど、会長さんったら今年は女装する気だったんですねえ…。
「違うよ」
紫のマントを着けた会長さんがクスッと笑って言いました。
「キースを1位にしようという陰謀を知っていたからね。フィシスと打ち合わせて『ベルサイユのばら』に決めたんだ。キースのドレスをよく見てごらんよ、ぼくとサイズが違うはずなのにピッタリだろう?」
あ。言われてみればドレスはジャストサイズでした。
「ぶるぅに測らせたキースのサイズ。…ドレス選びにも役に立ったさ。薔薇の数も調整したんだよ?ぶるぅに頼んでかなりの数をキースの籠に転送させた。せっかくなんだし、みんなで記念写真を撮っておこうね」
クスクスクス。おかしそうに笑う会長さんはとても満足そうでした。次々に上がる花火を見上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃいでいます。小さな頭には深紅の薔薇。ユニークな記念写真が撮れそうですけど、キース君、きっと嫌がるだろうな。真相を楽しそうに暴露する会長さんの姿も容易に想像がつきました。…学園祭はそろそろフィナーレ。シャングリラ学園、バンザーイ!




1年A組は学園祭で『そるじゃぁ・ぶるぅの生活』というテーマでクラス展示をすることになりました。A組に在籍している影の生徒会メンバー5人は、展示内容の充実のため「そるじゃぁ・ぶるぅ」の生活に二十四時間密着しようと土日を利用して泊り込み取材の真っ最中。美味しい昼食と午後のおやつを食べさせて貰って大満足なのは普段と全く変わりませんが、スウェナちゃんが写真を撮ったり、キース君がメモを取ったりしています。
「えっと、レシピも取材するの?隠し味は秘密にしておいてね」
などと言いつつ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全面的に協力してくれ、アッという間に夕方に。そろそろ晩御飯の支度にかかるのかな、と思っていたら会長さんがソファからゆっくり立ち上がりました。
「そろそろ家に帰らなきゃね」
え?家って…帰るって、私たち、お泊りで取材をしたいんですけど~!
「違うよ。帰れと言ってるわけじゃなくって、ぼくとぶるぅの家に帰らなきゃっていう意味なんだけど」
「「「家!??」」」
私たちはビックリ仰天。今夜は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で雑魚寝だと思っていたのです。此処は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の家ではなかったんですか?
「まさか。ぶるぅはシャングリラ学園のマスコットだけど、だからといって学校に住んでるわけじゃない。夜はちゃんと家に帰って寝るんだよ。誰も来そうにない週末とか、長期休暇の時は一日中家で過ごすこともあるし」
「…そうだったんだ…」
ジョミー君が呟く横でキース君がメモを書いています。これは確かに特筆すべき事実でしょう。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と二人がかりで家まで私たち全員を瞬間移動させるから、荷物を持って部屋の真ん中に集まるようにと指示しました。ドキドキしながら肩を寄せ合って立ち、フワッと浮き上がる感覚がして。
「ようこそ、ぼくとぶるぅの家へ」
移動した先は広いリビングルームでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋とよく似ています。違うのは大きな窓があって、外の景色が見えること。どうやらマンションの一室みたいです。
「あっ、あそこ…。もしかしてアルテメシア公園じゃない?」
スウェナちゃんが指差す先に見えていたのはアルテメシア公園と後ろに続く山並み。この見え方だと、ここは十階くらいでしょうか?
「うん。ぼくたちの部屋が最上階なんだ。小さなマンションだから、ぼくとぶるぅはフロア全部を使ってる。下の階はもう少し戸数があって、シャングリラ学園の関係者ばかりが住んでるんだけどね」
それから会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は家の中を案内してくれました。立派なキッチンやバスルームや…ゲストルームも幾つかあります。私たちはそこに泊めてもらえるのだとか。一番最後に案内されたのは会長さんの寝室でした。青で統一され、照明もかなり暗めの落ち着いた部屋に、立派なベッド。会長さんの普段の言動が『シャングリラ・ジゴロ・ブルー』なだけに、ちょっぴり顔が熱くなります。慌ててベッドから視線を移した先にあったのは…。
「…ここにも土鍋が置いてあるのか」
呆れたような声を出したのはキース君。青い照明のせいで海の中にいるような感じの部屋に不似合いな大きな土鍋が床の上にドンと置かれていました。
「だって。ぼくの寝床だもん。…土鍋が一番落ち着くんだよ」
「そうかな?ぼくのベッドにもぐり込んでる時もあるじゃないか」
会長さんの笑いを含んだ言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプゥッと頬っぺたを膨らませて。
「いつもは一人で寝られるもん!…怖いテレビとか見ちゃった時だけ、一人で寝るのが怖いんだもん!」
「…なるほど。怖い話が苦手なようだな」
キース君のメモにまた新しい事実が加わりました。家の案内はこれで最後で、リビングに戻ってジュースとかを出してもらったんですけども…。フィシスさんの部屋ってあったかな?会長さんがいつか「フィシスの部屋はぜひ見て欲しい」みたいなことを言ってましたが。
「フィシスは別のフロアに住んでるんだよ。ぼくの家にもよく来るけれど、どの部屋を使っているかは今はまだ教えられないな」
うーん…。ゲストルームのどれかでしょうか?ともかく一緒に住んでるわけではないみたいです。安心したような、気が抜けたような…。
「だって、結婚してるわけじゃないしね。校則は守っておかないと。…男女の深い交際がバレたら退学ってことは知ってるだろう?」
意味深なことを言う会長さんに私たちは頭を抱えました。じゃあ、やっぱりさっき見てきた部屋のどれかがフィシスさんのための部屋なんです。ゲストルームの内装は全部違いましたし、きっとあの中にその部屋が…。そして会長さんの寝室か、ゲストルームのベッドかのどちらかで…ひょっとしたら両方ともで会長さんとフィシスさんが…。
「詮索したくなる気持ちは分かるけど。…君たち、何か忘れてないかい?取材するのはぶるぅだろう?」
会長さんに言われて目的を思い出した時には「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいませんでした。大失態、というヤツです。
「ぶるぅはキッチンに行ってるよ。晩御飯の仕上げをしている筈さ」
私たちは慌ててキッチンに走り、大きなお鍋でカレーを煮込んでいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を捕まえました。カレーは昨日から仕込んでいたらしいので、自慢のスパイスの配合などを聞き出している間に炊飯器のご飯が炊き上がります。冷蔵庫からサラダも出てきて、ダイニングの大きなテーブルでみんな揃って晩御飯…だと思ったのですが。
「ブルーは後で食べるんだよね?」
お皿にカレーライスを盛りつけながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が尋ねました。
「うん。…みんなは先に食べていて」
急な来客があるのだそうで、会長さんはお客様と夕食を食べるらしいです。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製カレーライスに舌鼓を打ち、もちろん写真も何枚か撮って…テーブルの上を片付けて。お皿洗いなどは全部「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテキパキとやってしまうので、家事のコツなども頑張って取材しました。外はすっかり真っ暗になり、時計を見ると8時前。こんな時間からお客様が…?
「そろそろかな。…ぶるぅ、悪いけどみんなと一緒に奥に行ってて」
「うん!カレーは温めるだけでいいからね」
元気に返事した「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられ、私たちはダイニングを後にしました。

「…えっと…。勝手に入っていいんですか?」
心配そうな顔のマツカ君。私たちが案内されたのは、よりにもよって会長さんの寝室でした。
「ブルーがここにいてくれって言ってたよ?ぼくの取材に来たんでしょ。せっかくだから土鍋の説明をしてあげるね」
素材と形にこだわったという「そるじゃぁ・ぶるぅ」専用の土鍋。寝心地の良さの秘密は身体にフィットするカーブにあるとか、冬は暖かくて夏は冷たいらしい土鍋の素材に関する薀蓄とかに耳を傾けていると、チャイムの音が鳴りました。
「あ、来たみたい。…ちょっと待ってね」
壁際に行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が端末を操作しています。見る間に壁がスクリーンに変わり、映し出されたのは玄関先。そこには会長さんと教頭先生が立っていました。お客様って教頭先生だったんですか!
「ようこそ、ハーレイ。よく来てくれたね」
スピーカーから会長さんの声が聞こえてきます。教頭先生は会長さんに手土産らしいケーキの箱を渡して、やや緊張した面持ちで。
「ぶるぅの姿が見えないな。あいつなら十個は軽いと思ってケーキを多めに買ってきたぞ」
「ぶるぅは食べ歩きに出かけたよ。遠出するから明日の朝まで帰ってこないと言ったんだ。…一人で夕食って味気ないしね、来てくれてとても嬉しいな。なんだか家庭訪問みたいだけれど」
ええっ!?「そるじゃぁ・ぶるぅ」はここにいますし、私たちだってお邪魔してるのに、会長さんはどうして嘘を?なんだか嫌な予感がしてきたような…。
「なるほど、家庭訪問か。夜に来るのは初めてだから緊張したが、家庭訪問だと思えば気が楽になるな」
「じゃあ、家庭訪問ってことでゆっくりしてよ」
会長さんは教頭先生をダイニングのテーブルに案内し、カレーライスとサラダを2人分並べました。
「ハーレイに食べてもらいたくって、手料理に挑戦してみたんだ。…これが精一杯だったけど」
手料理という言葉を聞いた教頭先生は感激しているようでした。散々な目に遭わされてきても、会長さんに御執心なのは今も変わってないわけです。その会長さんの手料理となれば天にも昇る心地でしょうが、本当は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったと知ったら心底ガッカリしてしまうかも…。
「これは美味いな。ブルー、なかなか才能があるぞ」
「よかった。…じゃあ、いつでもお嫁に行けるかな?」
会長さんがニッコリ笑い、教頭先生の手がスプーンを握ったまま硬直しました。
「よ、嫁って…。まさか…」
「行かないよ。でも、ハーレイを呼んだこととは関係あるんだ。…この間、ぼくにプロポーズしてくれたよね。婚約する、って騙した時」
マツカ君の家の執事さんとの婚約騒動は私たちもハッキリ覚えています。教頭先生は真っ赤になってしまいました。想いをこめて会長さんにプロポーズしたのに、からかわれただけだったんですから。
「…あれから、ぼくも考えたんだよ。ハーレイが本気だったのはよく分かったし、もしかしたら…ぼくを一番大切にしてくれる人はハーレイなのかもしれない、って」
「…ブルー…?」
「女の子とは今まで色々と付き合ってきたし、フィシスもいる。だから男なんて眼中になかったんだけど…ハーレイのプロポーズを聞いて思ったんだ。…食わず嫌いってよくないよね。…ハーレイがその気になってくれたら、だけど…。…その……」
会長さんは口ごもりながら教頭先生に揺れる瞳を向けて。
「……泊っていってくれないかなぁ、って…」
「………!!」
どう聞いても誘っているとしか思えない言葉に教頭先生は息を飲み、私たちは「またか」と溜息です。会長さんが本気だなんて有り得ませんし、教頭先生は騙されてるに決まっているのに…これが惚れた弱みというものでしょうか。すっかりその気になってしまって、長い時間をかけて会長さんの意思を確かめて。
「…本当にいいのか、ブルー?」
「うん。…ハーレイがかまわないのなら」
会長さんが教頭先生の首に腕を回すと、教頭先生の逞しい腕が会長さんを軽々と抱き上げました。そしてダイニングを出て、会長さんの小さな声が促すままに歩き始めたその先は…。
「ちょっ…。ヤバイよ、これ!」
ジョミー君が叫び、私たちは逃げようとしたのですが…ドアから出れば教頭先生と鉢合わせしてしまいます。何処か…何処か、隠れる場所は!?右往左往していた時間はとんでもなく長く感じられたものの、実際は1分も無かったでしょう。ガチャ、と音がしてドアが開いて、サッと光が差し込みました。
「「「きゃーっっっ!!!」」」

会長さんを両手で抱いた教頭先生が目にしたものは、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と無様に逃げ惑う5人の生徒。スクリーンの映像は消され、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が寝室の真ん中に立っていました。私たちの方は壁に張り付いていたり、床に伏せたり、ベッドの下に頭だけを突っ込んでいたり。誰がどれかは語りたいとも思いません。私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のマントの中に隠れようとして身体がはみ出た状態でした。
「………!!!」
固まってしまった教頭先生の腕をほどいて、会長さんが床に滑り降ります。
「…泊っていってくれるよね、ハーレイ?…ちょっとギャラリーが多いけれども」
ねえ?と背伸びした会長さんの手が教頭先生の首に絡みつき、誘惑するように顔を上向けて。
「…かまわない、って言ったじゃないか。それとも…これじゃ気が散ってどうにもならない?」
教頭先生は気の毒なほど青ざめて硬直していました。石像と化してしまったように指一本すら動かせません。会長さんがクスクスと笑い、青い閃光が走った次の瞬間、教頭先生の姿はかき消すように見えなくなって。
「ふふ。…おやすみ、ハーレイ」
自宅のベッドに送ったよ、と会長さんが笑っています。
「ヘタレのわりには、よく頑張ったと思わないかい?…ギャラリーさえ気にならなければ、ぼくをモノにすることができたのに…まだまだだね」
「…あ…あんたというヤツは…」
隠れ場所から出たキース君が震える声で言いました。
「心にもないことをサラッと言うな!…ギャラリーどころか子供まで揃えて、最初っから出鼻をくじく気だったんだろうが!!」
「…そうでもないよ?ギャラリーを気にしないんなら、夢くらいは…ね」
見せてあげてもよかったんだ、と会長さん。その横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が残念そうな顔をしています。
「ねぇねぇ、ハーレイ、お家に帰しちゃったの?…お泊りするかも、って言ってたのに」
「もしかしたら、って言っただろう?…多分ダメだと思っていたさ」
「そっか…。まぁいいや、今日はお客様、沢山いるしね♪」
それから私たちは気を取り直して「そるじゃぁ・ぶるぅ」の取材を再開。会長さんが後で教えてくれたのですが、教頭先生の家はマンションではなく、シャングリラ学園の教員ばかりが住んでいる住宅地の中にあるそうです。

思いも寄らないハプニングこそありましたけど、二十四時間密着取材はなんとか無事に終りました。マンションのお部屋には翌日のお昼御飯まで居て、瞬間移動でシャングリラ学園の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻って…。
「…レポートにはどこまで書いたらいいんだろう…」
ポツリと呟いたのはジョミー君。教頭先生誘惑事件は発禁モノですし、瞬間移動のことも書けません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の家が別の所にあるのはいいとして、所在地を書くのはまずいかも…。
「メシと風呂と寝る時間。…あとはトイレとレシピくらいか。家事のコツはウケるかどうか分からないし」
キース君がメモを見ながら言いました。なんだか中身が無いようですけど、絵日記よりかはマシでしょうか?
「大丈夫!…レポートの仕上げはぼくに任せて♪」
突き出されたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の右手でした。
「赤い手形はパーフェクト!…これでいいかな、っていうのが出来たら手形を押してあげるから」
おおっ!その手がありましたっけ。私たちのレポートはほんの1日で出来上がりました。赤い手形が押されたそれを見て、グレイブ先生もクラスメイトも大満足。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の写真も順調に揃い、学園祭の準備はバッチリです。そうそう、会長さんの家を訪問し損ねたサム君とシロエ君は、私たちが行った翌日の放課後に連れて行ってもらって夕食を御馳走になり、ゲストルームに泊ったとか。
「…教頭先生は来なかったか?」
キース君の問いに二人は首を横に振り、怪訝そうな顔をしていました。どうやら平穏無事なお宅訪問をしてきたようです。私たちが見てしまったモノをどうするべきか、と思っていたら…。
「「ひぃぃぃっ!!」」
サム君とシロエ君が額を押さえ、会長さんが悪戯っぽい笑みを浮かべています。
「…君たちの記憶を共有させたよ。せっかくの仲間なんだし、公平なのが一番だよね」
こうして教頭先生の夜の家庭訪問事件は影の生徒会室メンバー全てに知れ渡ってしまったのでした。あれだけ弄ばれても教頭先生は諦めないで会長さんを追うのでしょうか?…今回ばかりは立ち直れないかもしれませんけど、逆に燃え上がっていたりして…。教頭先生が報われる日は多分こないと思うんですが。




学園祭が近づいてきました。お祭り騒ぎが楽しみなのははもちろんですが、クラスごとにテーマを決めて展示をするか、劇をするかを選択しないといけません。提出期限の日の朝、A組の一番後ろにはまた会長さんの机が増えていました。会長さんはアルトちゃんとrちゃんに声をかけ、何か話をしています。そこへガラリと扉が開いて。
「諸君、おはよう。…またブルーが来ているのか」
グレイブ先生は溜息をつき、学園祭で何をするかを決定するためのホームルームを始めました。
「いいか、展示か演劇か…だ。順位がつけられるわけではないから、私の意見は特に無い。ついでに言うと、諸君にはあまり期待はしていないのだ。…このクラスはブルーに頼りっぱなしで遊び惚けているからな」
誰も反論しませんでした。テストも球技大会も水泳大会も、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に助けてもらって1位を取ってきたA組です。楽をすることに馴れきっていて、自分たちの力で何かをしようなんて思ったこともないんですから。
「とにかく今日が提出期限だ。展示をするのか劇をしたいのか、それくらいは決断してくれないとな」
多数決で決めることになり、無記名投票をやった結果は…。グレイブ先生が黒板に「正」の字を書いていったのですが、全く同じ数の票が入って意見は割れてしまいました。でも…。あれ?会長さんの机が増えてるってことは、同数になることは有り得ませんが…。
「誰だ、投票しなかったヤツは?」
グレイブ先生の瞳が眼鏡の奥でキラッと鋭く光ります。みんなはブンブンと首を横に振り、自分ではないと必死にアピール。私だってちゃんと投票しました。第一、教卓の前に置かれた投票箱に席の順番に一人ずつ入れに行ったんですから、白紙投票ということはあっても棄権は絶対不可能です。
「…しらばっくれるな。さっさと自首して、演劇か展示か意見を述べろ。それで決着がつくんだからな」
5分経っても誰も名乗り出ず、グレイブ先生はイライラしながらチョークで黒板を叩きました。
「いい加減にしろ!」
カッ、と音がして白いチョークの破片が飛び散ります。欠けたチョークで「正」の字を上から順にカツカツと数え、声を張り上げて。
「名乗り出ないのなら、私にも考えがある。…怠慢なA組諸君に勤勉に働いて貰おうか。学園祭は展示と演劇、両方を希望ということにしよう。早速、展示のテーマと劇の演目を決めねばならん」
「「「えぇぇぇぇっ!?」」」
悲鳴と怒号が飛び交いました。両方だなんて無理に決まっています。
「これは連帯責任だ。誰かが投票しなかったせいで両方することになったわけだが、それでも名乗り出る気はないのかね…投票しなかった誰かさんは?君が手を上げて自分の意見を述べれば、片方だけで済むのだぞ」
戦犯、という言葉が頭に浮かびました。でなきゃスケープゴートです。とにかく誰かが名乗り出れば…。疑心暗鬼に陥った教室の一番後ろで会長さんがスッと手を上げました。
「ブルー、お前か!」
グレイブ先生が勝ち誇った笑みを浮かべた時。
「ぼくじゃない。…それより、グレイブ。君は数学担当だったと思ったが…」
「そうとも、私は数学教師だ。数学同好会の顧問でもある。それがいったい何だというのだ」
「…計算が出来ないみたいだから」
「なんだと!?」
目を吊り上げたグレイブ先生に向かって、会長さんは静かな口調で。
「怒ると血圧が上がってしまうよ。それより票の数を落ち着いて計算した方がいい。…今、教室には何人いる?」
グレイブ先生は「正」の字の数を数え、振り返って生徒の数を数えて。
「………。余計に投票したヤツは誰だ!?」
あらら。会長さんが指摘したとおり、票は1票余計でした。誰かが余分に入れた票のせいで同数になっているだけです。1票多く投じるチャンスは誰にでもあったわけなんですから、先生の目を盗んだ誰かを探して余計な票を取り下げさせれば問題は簡単に解決します。でも、誰が…?教室中がザワザワする中、会長さんが立ち上がって。
「いつまでも隠れていないで出ておいで。…かくれんぼの時間は終わりだよ、ぶるぅ」
投票箱がガタガタと揺れ、蓋が勢いよく吹っ飛びました。
「かみお~ん!!!」
あんな箱にどうやって入っていたのか、クルンと宙返りして降り立ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぼく、劇がいい!!」
騒然となった教室に無邪気な声が響きました。
「あのね、あのね…。ぼく、劇に出てみたかったんだ。だから1票入れたんだよ」
記入した紙を持って箱に入って、箱を開けて票を取り出す間はロッカーの中に隠れてたんだ…と得意そうです。
「……。無効だな。私が配った投票用紙と違うものに書かれた意見は無効だ」
グレイブ先生が淡々と告げ、黒板に書かれた「正」の字の中から1画分をササッと消して。
「1年A組はクラス展示をすることになった。テーマの決定は諸君に任せる」
そしてホームルームはテーマを決めるための臨時会議となったのでした。

クラス単位の展示と言われても、案は簡単に出てきません。喫茶店とかお化け屋敷はダメなんですか、という提案はグレイブ先生に一言の下にはねつけられてしまいまいした。
「そういうのは催し物というのだ。展示の他に手がけるクラスもあるが、展示内容が手抜きにならないように努力している。諸君に両立は出来ないだろう」
写真でもパネル展示でもなんでもいいから発表することが大切なのだ、と言われても…。悩みまくる私たちの机の間を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がトコトコ歩き回っています。劇の方に決まっていたら張り切って騒いでいたのでしょうが、展示ということになりましたから、退屈そうに欠伸をしては。
「…まだ決まらないの?やっぱり劇の方にしようよ」
ねえねえ、と未練たっぷりですけど、不正行為はいけませんよね。それにしても展示のテーマ、何にも思いつかないんですけれど…。退屈しきった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何処からかアイスキャンデーを取り出し、美味しそうに舐め始めました。影の生徒会室に通うメンバーのにとっては、ごくありふれた風景です。ところが、この姿を見てピンときたクラスメイトが一人。
「そうだ、チラシで見た顔だ!」
男の子の一人が立ち上がって大声で叫びました。
「そるじゃぁ・ぶるぅ研究会っていうのがあるじゃないか。あそこのチラシに刷ってあったの、アイスキャンデーを食べてる写真で…。お宝写真だとか言って自慢してるのを確かに聞いたぜ」
そういえば、そんな事件もありました。クラブ見学に回ってた時、チラシを持った研究会の人たちに取り囲まれて危機一髪で。親睦ダンスパーティーの時も『そるじゃぁ・ぶるぅ研究会』は現れましたが、その後は平穏無事だったのですっかり忘れていたんです。
「研究会まで出来てるヤツが俺たちのクラスに来てるんだから、こいつの写真を飾っておけば凄い展示になるんじゃないか?みんなが撮った写真を寄せ集めたら枚数もかなり稼げるだろうし」
「いいかも!…入学式の時に校長先生が言ってたものね。滅多に姿を見せないって」
とても楽そうな上に人気の出そうな展示です。A組の展示テーマはアッという間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」に決定しました。これでオッケー、とグレイブ先生に申し出ると…。
「写真だけとは感心せんな。せめて観察日記くらいは欲しい。A組の展示のテーマは『そるじゃぁ・ぶるぅの生活』と書いて提出しておく。頑張って生態をレポートしておけ」
一方的に展示テーマと中身に口出しをして、グレイブ先生は提出用の書類に記入し、届出に…。私たちは思いも寄らない仕事が増えてガックリです。写真は一杯ありましたから、それを引き伸ばして貼っておくだけだったら楽勝なのに…。
「いっそ自分で書かせろよ。この際、絵日記でも十分だろう。…っていうか、自筆なら凄く値打ちがある」
誰かが言い出し、ナイスアイデアだと拍手喝采していると。
「イヤだよ。絵日記なんか書かないもんね、面倒だもん」
肝心要の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に即座に却下されました。
「でも、ぼくの生活を知りたいんなら歓迎するよ?…お客様って楽しいしね」
泊まりに来てよ、と言っていますが、みんなは及び腰でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は先生でさえ簡単には辿り着けないと言われています。そこに毎日たむろしている私たちはともかく、一般の生徒は「うかつについて行ったら最後、二度と帰って来られないかも」と恐れを抱いているようで…。
「と、泊まりになんて…行けないよな?」
「ああ。…何が起こるか分からないもんな」
男子も女子も「そるじゃぁ・ぶるぅ」から離れた所にギュウギュウ集まって何か相談しています。私たちと会長さんはまるでお呼びじゃないみたい。もしかして、みんなが話しているのは…。
「お待たせ。決まったぜ」
伝言役に選ばれたらしい男子が私たちの方にやって来ました。
「そるじゃぁ・ぶるぅの生活レポはプロに任せるのが一番だろう?俺たちが写真を展示するから、そっちは二十四時間密着レポを担当してくれ。いつも一緒に遊んでるんだし、扱いにかけてはプロだよな?」
ひえええ!私たちが調べるんですか?「そるじゃぁ・ぶるぅ」の一日を…?
「そっか、みんなでお泊りだね?」
話を聞いていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嬉しそうな顔で言いました。
「ブルー、お客様だって!ぼく、頑張っておもてなししなきゃ」
でも、クラスのみんなは「普段どおりに生活して欲しい」と頼み込み、私たちも「普通がいいよ」と言ったので…お泊りはごくごく平凡なものになりそうです。本音を言えば精一杯のおもてなしとやらで歓待して欲しいんですけれど、それはまた別のチャンスに期待しておきましょう。

そして週末。影の生徒会室メンバーの中でA組所属の私とスウェナちゃん、ジョミー君、キース君とマツカ君の5人はお泊り用の荷物を持って「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を訪問しました。
「かみお~ん♪いらっしゃい!好きなだけ、ぼくを観察してね」
私たちが泊るのは初めてですから「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。美味しそうなお菓子が並べられ、スウェナちゃんが写真を撮っています。会長さんが「普段はすぐに食べちゃうのにね」とからかいましたが、今日の私たちは取材をするのがお仕事ですし、遊んでばかりじゃダメですよね。
「なるほど。…じゃあ、アヒルちゃんの写真も撮るのかな?」
「えっ?え、えっと…それは…」
口ごもっているスウェナちゃん。『アヒルちゃん』というのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」愛用の洋式便器で、アヒルの形をしているのです。
「ぶるぅは規則正しくトイレに行くようしつけてあるから、アヒルちゃんタイムはきちんと記録した方がいい」
会長さんが大真面目に言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も頷いています。
「ぶるぅの生活を調べに来たなら、ついでにぼくの生活も調べてみる?」
クスクスクス。会長さんはスウェナちゃんのカメラに視線を向けて微笑みました。
「ぼくは全然かまわないよ。…あ、でも…展示するのはぼくの生活じゃなかったね」
そう言いながらも会長さんはニッコリ笑って立ち上がって。
「ぶるぅの生活を調べていけば、ぼくの生活と切り離せないのが分かってくるさ。どこまで書くかは任せるけれど、ぼくの名誉は守って欲しいな」
え。会長さんの名誉ってなんでしょう?首を傾げる私たちを見て、会長さんは楽しそう。
「食事の用意も後片付けも、掃除洗濯も…全部ぶるぅがしてくれてるんだ。そのとおりにレポートを書かれてしまうと、ぼくが無能に見えてこないかい?」
確かにそれはまずいかも。ちょっとくらいは脚色なんかも入れておいた方が良さそうです。でも、これを聞いていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は…。
「ううん、ブルーは頭がいいし、ぼくのこと大事にしてくれるし。…ぼくが子供のままでいられるのって、ブルーがいてくれるからなんだよ。無能だなんて書かないでね。ちゃんと調べて本当のことを書いてくれなきゃ、ぼく、思い切り噛み付いちゃうから!」
げげっ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の生活調べは前途多難かもしれません。とにかく、土日を利用した二十四時間、学園祭での展示に向けて全力で取材しなくては。せっかくお部屋に泊まるんですし、成果があがるといいんですけど…。




三日間に渡る中間試験が始まりました。試験期間中は放課後の居残りは禁止。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にたむろするわけにはいきません。ちょっと顔を出してお菓子を食べて、すぐ下校です。そんな試験の初日のこと。私たちが帰ろうとすると、マツカ君が「ちょっと会長さんに用があるので」と言いました。待っていようと思ったのですが、会長さんは。
「とても大事な話なんだ。…あまり聞かれたくないんだけれど」
マツカ君も真剣な顔で頷いています。何なんだろう、と首を傾げつつ私たちは影の生徒会室を後にしました。マツカ君は翌日も一人だけ後に残って会長さんとお話です。そして三日目、試験終了。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に勢揃いした私たちは試験の打ち上げパーティーに行こう、ということになって…。
「やっぱり焼肉が盛り上がるよね」
ジョミー君の提案に皆が頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒に一学期と同じ高級焼肉店で食べまくることに決定です。そして会長さんが先頭に立って影の生徒会室を出たと思ったら、校門ではなく教頭室のある本館へ向かわされました。またまた嫌な予感がします。焼肉パーティーに使うお金をねだりに…というかカツアゲするために教頭先生の財布の中身を狙っているに違いありません。

教頭室の扉を会長さんがノックし、返事を待ってガチャリと開けて。
「こんにちは、ハーレイ」
「ブルーか。…今日で試験はおしまいだったな。今日はこれから打ち上げか?」
教頭先生は穏やかな笑みを浮かべて机の引き出しを開け、紅白の水引がかかった熨斗袋を取り出して言いました。
「持って行きなさい。私の気持ちだ」
なんと!熨斗袋の中身はかなり入っていそうです。教頭先生、先制攻撃に出ましたか…。私たちはホッと胸を撫で下ろし、会長さんは遠慮もせずに熨斗袋に手を伸ばします。
「ありがとう。…もうお祝いをくれるんだ?まだジョミーたちにも話してないのに、早耳だね」
「は?」
教頭先生は怪訝な顔。私たちも顔を見合わせました。会長さんが言っているのは試験終了のお祝いなのか、学年1位のお祝いなのか。でも、私たちにも話してない…って、いったいどういう意味でしょう?会長さんはクスッと笑って熨斗袋の表書きを眺めながら。
「なんだ、ただのお祝いだったのか。ちょっと残念」
「残念って…。祝うようなことがあったのか?…私は何も聞いていないが」
何かで賞でも取ったのか、と教頭先生。会長さんはニッコリ笑って「違うよ」と首を振りました。
「もうちょっと先になってから言おうと思ってたけど、このまま帰ったら何のことかと気になるだろうし…。実は、ぼく…婚約することになったんだ」
「「「婚約!!?」」」
教頭先生と私たちの声が重なりました。会長さんが婚約だなんて寝耳に水の話です。
「こ、婚約って……誰と…」
うろたえている教頭先生。私たちが縋るような目で見る中、会長さんはカバンを開けて。
「えっと…写真は持ってきたんだ。みんなには今日、発表しようと思ってたから」
台紙つきの大きめの写真が、教頭先生の机の上に置かれました。表紙があるので中は全く見えません。
「せっかくだからハーレイに最初に見てもらおうかな。なんといっても担任だものね」
「…いいのか…?」
教頭先生の指が震えています。会長さんに御執心なだけに、複雑な気分なのでしょう。本来なら祝うべきなのですけど、婚約ってことは結婚しちゃって、教頭先生の手の届かない所に行ってしまうってことなんですから。
「遠慮しないで見てくれていいよ。とても素敵な人なんだ」
あ。ひょっとしてフィシスさんの写真かな?ついに入籍を決意したとか、そういうこともありそうです。表紙をめくる教頭先生の手許に私たちの視線が集まりました。うん、フィシスさんしかないですよね!しかも台紙つきの立派な写真。振袖かな?ドレスかな?…パラリ、と表紙がめくられ、内表紙の薄紙がめくられて…。
「「「!!!!!」」」
私たちは思い切りのけぞりました。現れたのは華やかな衣装に包まれたフィシスさんの姿ではなく、仕立ての良いスーツを着たロマンスグレーの渋い『おじさま』。
「どう?…みんな覚えているだろう。ハーレイも一度会っているよね」
写真の主はマツカ君を「ぼっちゃま」と呼んでいた執事さんでした。会長さんはマツカ君を見つめて嬉しそうに。
「マツカがぼくたちのキューピッドなんだ。別荘に呼んで貰わなかったら、ぼくたち、出会っていないものね」
「…いえ…。大したことはしてないです…」
控えめに答えるマツカ君の頬はほんのり赤くなっています。そりゃ…自分の家の執事さんと会長さんが婚約となると、やっぱり照れてしまいますよねえ。この間から二人だけで話してたのは、こういう理由だったんですか!
「…ブルー…」
ようやく我に返った教頭先生が青ざめた顔で言いました。
「この写真、私には男に見えるのだが」
「男だよ?…マツカの別荘で会っただろう。とても素敵な紳士なんだ」
「…マツカの家の執事だということは分かる。だが、婚約者の写真だと言わなかったか?」
「言ったけど。…婚約者が男じゃいけないのかい?」
え。言われてみれば、雰囲気に飲まれてすっかり失念してましたけど…会長さんは男の人で、婚約するという執事さんだって男性で。これって物凄く変なのでは?…もしかしなくても、まりぃ先生が趣味で描いてる妄想イラストの世界です。
教頭先生は額に汗を滲ませ、グッと拳を握り締めて。
「…ブルー、どっちが言い出したんだ。婚約だなんて、そんなこと…」
「プロポーズされたのは、つい最近。でも夏休みから付き合ってたよ?…ぼくに一目惚れしたんだってさ。ずっと独身だったんだけど、やっと見つけた理想のタイプなんだって」
ひえええ!…私たちはマツカ君に「本当?」と尋ねましたが、「本当です」と返されてしまい。会長さんが執事さんと近日中に婚約するのは、どうやら間違いないようです。

教頭先生は頭を抱え、かなり長いこと唸っていました。私たちも顔を見合わせるだけで、まるで言葉が出てきません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけがニコニコとして会長さんの隣に立っています。きっと会長さんが結婚したら一緒について行くのでしょう。とてつもなく長く感じる時間が過ぎて、口を開いたのは教頭先生。
「…ブルー、学校はどうするつもりだ」
「卒業するよ」
会長さんはいとも簡単に答え、私たち7人を見渡しました。
「ぼくの後を継いでくれそうな仲間も沢山見つけたし。…三百年と何年だっけ?長い間、ぼくの担任でいてくれてありがとう。とっても楽しかったよ、ハーレイ」
「…本気なのか…」
「うん。婚約はするけど、結婚するのは卒業してから…って決めたんだ。だから三月までは学校にいる。卒業となると忙しくなるし、色々手伝ってくれるよね?」
会長さんは幸せそうに微笑んでいます。まりぃ先生の妄想イラストの世界であっても、会長さんがそれでいいなら祝福するしかありません。けれど教頭先生は…。
「本当に分かっているのか、ブルー?結婚しても同じ時間は生きられないぞ。…いつかお前が置いていかれる」
そうでした。会長さんは三百年以上生きていますし、教頭先生も同じくらい生きてきたみたい。でも、マツカ君の家の執事さんは…多分、普通に年を重ねてきた人で。教頭先生の言葉からして、会長さんより先に寿命が尽きてしまうのは確実です。そしたら会長さんは…こんな言い方するのかどうかは知りませんけど、未亡人として残されて…。
「…分かってる。でも、その時はその時だから。ぶるぅもいるし、一人ぼっちになるわけじゃない」
「だが…。どうして今になって結婚なんだ。学校が嫌になったのか?」
「…そういうわけじゃないけれど…。ぼくを必要だって言ってくれたのは、あの人が初めてだったんだよ。そんなこと言われたことが無かった。とても嬉しくなったんだ。…必ず幸せにするから、って」
のろけ話を聞かされた私たちの頬が赤くなりましたが、そのすぐ後に起こったことは…。
「ブルー!!」
教頭先生が会長さんの肩を両手で捕まえ、赤い瞳を覗き込みます。
「お前が必要だと…そう言われて嬉しかったから結婚するのか?…置いていかれると分かっていても?」
無言で頷いた会長さんを、教頭先生が抱きすくめました。
「ダメだ。…ブルー、行くんじゃない。必要だと言って欲しいのならば、私が何度でも言ってやる。三百年以上、ずっと見てきた。私にはお前が必要なんだ」
「……ハーレイ…?」
「行くな、ブルー。卒業したいならしてもいいから、ずっと私のそばにいてくれ」
ひゃああ!これってプロポーズですよね?執事さんの次は教頭先生!?…いえ、教頭先生の方が遥か昔から会長さんに御執心なわけですが…。呆然とする私たちを他所に、会長さんが抱きすくめられたまま小さな声で言いました。
「…じゃあ…ぼくと結婚してくれる?…それなら婚約の話、断ったっていいんだけれど…」
「もちろんだ」
教頭先生は会長さんをギュッと抱き締め、私たちを完全に忘れ去って。
「一緒に婚約指輪を買いに行こう。お前が卒業したらすぐに式を挙げて、ずっと二人で暮らすんだ」
「…本当に?」
「ああ。嘘なんてつくものか。三百年以上、お前だけを見てきたんだから」
二人の世界に入ってしまった教頭先生が会長さんを上向かせ、キスをしようとしています。まりぃ先生の妄想世界が今まさに実現しようとした…その瞬間。
「はい、そこまで」
会長さんの明るい声がしたかと思うと、教頭先生の腕からスルリと抜け出し、執事さんの写真を手に取って。
「マツカ、この写真、返しておくよ。色々と無理を言って悪かったね」
「いえ…。ぼく、ちゃんとお役に立てたんでしょうか?」
「もちろん。…みんな見事に引っかかったし」
クスクスクス。会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて教頭先生を見つめました。
「ハーレイ、コロッと騙されたね。婚約なんて嘘に決まってるだろ?…でも、プロポーズしてくれてありがとう。頑張ればちゃんと言えるじゃないか、口説き文句」
「……………」
唖然としている教頭先生に更に追い討ちをかけるように。
「そうそう、ぼくが本当に結婚するなら相手はフィシスか、他の女の子だ。男と結婚なんて選択肢だけは絶対に無いから覚えておいて」
教頭先生はガックリと床に膝をつき、前のめりに倒れてしまったのでした。

それから私たちは教頭先生がくれた熨斗袋を持って焼肉店へ。美味しい焼肉で盛り上がる中、さっきの写真が回されてきます。ロマンスグレーの執事さんが写った台紙つき写真。
「結局、これってマツカが用意したわけ?」
ジョミー君が尋ねると、マツカ君が微笑んで頷きました。
「ええ、会長さんに頼まれたんです。…一昨日の朝、放課後に一人で残ってくれるようにと声をかけられて…皆さんが帰った後で、この計画を知らされて。昨日の放課後は写真を届けて、今日の打ち合わせをしていました」
マツカ君だけが居残った陰には恐ろしい陰謀があったのです。会長さんは教頭先生が打ち上げパーティー対策の熨斗袋を用意したことを見越していたか、婚約ネタで陥れた末にパーティー費用を脅し取ろうと企んだか…。どっちにしても教頭先生は弄ばれる運命だったというわけで。
「…あんた、どこまで教頭先生を苛めるつもりだ」
キース君の問いに会長さんは艶やかに微笑んで答えました。
「苛め甲斐がなくなる日まで」
焼肉パーティーはまだまだこれから。教頭先生、今日も遠慮なくご馳走になっておきますね~!




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