シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
明らかに乱れたベッドの上に寝転がっている会長さん。身体に巻きつけたシーツの下はバスローブ1枚で、少し離れたソファで爆睡中のまりぃ先生もバスローブ。私たち5人が踏み込んでしまったのはどう見ても大人の世界でした。
「し、失礼した!」
キース君が叫び、我に返った私たちは真っ赤になって部屋を飛び出そうとしたのですが。
「失礼って、何が?…ぼくは昼寝をしてただけだよ。君たちの純情さには感動するね」
会長さんはゆっくりと起き上がり、バスローブを肩から滑らせました。透き通るように白い肌が覗いた…と思った次の瞬間、目に入ったのは見慣れた制服。きっちりと着込んだ会長さんには一分の隙もありませんでした。惜しげもなく晒されていた足もしっかりズボンと靴で隠れています。
「「「え?えぇぇっ!?」」」
何が起こったのか把握できない私たち。制服は床に落ちていた筈なのに…。
「ぶるぅがダンスパーティーでやって見せただろう?…一瞬で着替え。ぶるぅに出来ることがぼくに出来ないなんて思っていたんじゃないだろうね?」
そういえばそんなことがありましたっけ。でも、一瞬で着替えはともかく…乱れたベッドとバスローブの理由は?昼寝だけだなんて、絶対変です。まりぃ先生もバスローブしか…着てらっしゃらないみたいですもん。キース君は懸命に平静を装っていますが頬がピクピク引き攣ってますし、ジョミー君とマツカ君の頬は赤いまま。スウェナちゃんも真っ赤な顔をして両手で口を覆っています。
「…ああ、バスローブ、ね。まりぃ先生が用意してくれていたんだよ。ぼくを保健室に連れてくるよう、アルトさんとrさんに頼んでるのを知っていたから…A組に入ったついでに連行されてみたんだけど」
「じゃあ、気分が悪くて倒れたんじゃなくて…わざと?」
ジョミー君の問いに会長さんは悪びれもせず頷きました。
「うん。いい加減、退屈していたし…ちょうどハーレイ…いや、教頭先生の授業だったし。教頭先生はまりぃ先生と親しいからね、特別室の存在を知っていたんだ。ぼくを保健室に近づけまいと思っている教頭先生の前で倒れて保健室行きっていうのは楽しいじゃないか」
あ。それで教頭先生は早退させようとなさってたんですね。会長さんはその裏をかいて…。
「そう。教頭先生は授業が終わってから慌てて様子を見に来たんだけど、とっくに手遅れ。『おでかけ中』の札を見つけて呆然とした後、入りもせずに帰っていった。入ってみればよかったのに。…ぶるぅがベッドをトランポリンにして跳ね回っていた時だったから、華麗な技が見られた筈だよ。ムーンサルトとか」
「「「トランポリン!?」」」
「せっかくの大きなベッドだからね、少し遊ばせてやろうと思って。よく弾むから喜んでいたよ。放っておくといつまでも跳ねていて、ぼくの寝る暇が無さそうだったから…半時間ほどで追い返しちゃったけど」
ベッドの上で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がトランポリン。じゃあ、くしゃくしゃのシーツの原因は…。
「ぶるぅだよ。他にいったい何があると?」
「…何が、って…」
私たちはソファで寝ているまりぃ先生の方を見ました。バスローブ姿の会長さんと、まりぃ先生が特別室で二人きり。しかも大きなベッドつきで。
「あぁ、まりぃ先生の野望のことか。ぼくにシャワーを勧めてバスローブに着替えさせてから、先生もシャワー室に入って着替えてきたけどね…。ぼくは昼寝がしたかっただけで運動はしたくなかったんだ」
う…運動って…。会長さんがサラッと口にした言葉に、私たちの顔はボンッ!と真っ赤に。でも会長さんは全く気にしていませんでした。
「無理に運動するのは身体によくない。だから、まりぃ先生には夢を見てもらっているんだよ。目が覚めたら凄く満足してると思うな。…あ~んなことや、こ~んなことを楽しんだ後、シャワーを浴びてソファでぐっすり。理想だろう?」
あ~んなことや、こ~んなこと、って…。会長さんは耳まで赤くなった私たちを見てクスクスクスと笑いながら。
「この特別室、気に入ったよ。バスローブの肌触りもいいし、制服よりずっと昼寝向きだ。中間試験まで毎日、退屈だな…と思ってたけど。明日からここに来ることにしよう。好きな時に昼寝が出来るし、教頭先生を困らせて楽しむことも出来るしね」
「…そういえば、あんたの担任は…確か…」
キース君がハッと我に返って会長さんを見つめました。
「そのとおり。教頭先生はぼくだけを担当している担任だ。どこのクラスにも属さないとはいえ、担任もいないんじゃ学園生活に支障を来たす。…だから担任が必要らしいよ。教頭先生にはせいぜい心配してもらうさ」
そう言った会長さんは私たちを促し、まりぃ先生を残して保健室を後にしたのですが。翌日から中間試験前日までの間、会長さんの保健室通いは毎日のこと。そして、たまに見かけるまりぃ先生はとても充実した顔をしていて、色っぽさは普段の5割増でした。
ドキドキの中間試験は3日間。会長さんは約束どおりA組の全員にこっそり正解を教えてくれました。おかげでA組はぶっちぎりで学年1位をゲット。グレイブ先生も大満足です。
「諸君、私は君たちを誇りに思っている。この調子で球技大会も頑張ってくれたまえ!」
えっ、球技大会?…次はそんな催しが?
「そうだ、球技大会だ。A組が1位になるよう期待しているぞ。まあ、まだしばらく先のことだが…。その前に諸君には嬉しいお知らせがある。親睦ダンスパーティーの公式録画の発売日が明後日に決定した。希望する者は生徒会室で申込書を貰い、代金を添えて書記のリオに提出するように」
ワッ、と歓声が上がりました。スウェナちゃんと私も大喜びです。待ちに待ったワルツの録画、早速申し込まなくちゃ!…大騒ぎをしている間に、会長さんは机ごとA組から姿を消していました。A組の学年1位を確保した以上、もう私たちのクラスにいる必要はないですもんね。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に行ったのか、はたまた保健室なのか。…教頭先生を困らせたくて保健室かもしれません。まりぃ先生、今日も素敵な大人の夢を見ているのかな?
「試験試験…あぁ…」
数学の教科書を開いて見るまでは出来るようになった。
こうして昼休みも部室で特訓!を銘打たれて。イヤだったけど先輩たちもセルジュ君も、rちゃんも付き合うと言われてしまえば、当の私が逃げるわけにも行かず……。
でも読み始めると途端に目眩が。
「眠くなるという人はよくいるけど…」
セルジュ君が言えば、
「珍種だな」
笑いながらパスカル先輩が答える。
「珍しい動物みたいに言わないで下さい!」
「でもねえ…」
クスクスとパスカル先輩の笑い声は続く。
「でも、そんな状態で入学試験で1点も採れたのって、奇跡的だと思う」
rちゃんの鋭い指摘にぐうの音も出ない。
「たぶんね…」
急に真面目ぶったパスカル先輩が向き直り、
「選択式の回答欄があったろう?」
「あ!」
問題用紙は伏せたままだったけど、記号を書いた記憶があった。
「それだよ」
全部解凍を『a』にしたっけ。あれが一つ当たってたのかも。
「よかったね、0点じゃなくて」
「うん」
思い切り返事したけど、後から考えたらよかったのかどうかアヤシイ。
「ところでね」
rちゃんが思い出したように口を開き、
「クラスメイトが増えたの」
「へえ。入学直後に珍しい。可愛い女の子?」
「パスカル先輩は! 違う。生徒会長」
「え!?」
パスカル先輩とボナール先輩は驚きの声をあげた後、力の抜けた表情をしてみせた。
「先輩、どういうことなんですか?」
セルジュ君が一年代表で尋ねる。
「アルト、もう勉強しなくても大丈夫だよ。中間対策としては、だけど」
「え?」
「生徒会長がクラスメイトになったら、学年一位は間違いなしだ」
「嘘っ!?」
じゃあこれで一位は安泰だねってみゆちゃんたちが言っていたのは本当だったんだ!
「でも、教科書が読める努力は続けないとね。」
「う……うん」
まぁそれでも討ち死に覚悟で頑張る必要もなくなったんだ。
でも本当かなぁ?
昼休みが終わって教室に戻ると、教頭先生が教室に。
慌てて席に着くと古典の授業が始まった。
こっちは眠くなるんだよな…。
―――生徒会長も眠そうだね
メモ書きしてrちゃんに投げる。
と、こっちを向いて、うんうんと頷いてくれた。
でも次の瞬間、ガタンと大きな音がした。
(えっ!?)
倒れたのは生徒会長だった。
教頭先生が走り寄ってきて腕を取っている。
こ、これは…まりぃ先生にご恩返しするチャンスかも!
グッと拳を握りしめてrちゃんを見る。
思いは同じ。
「保健室へ行った方がいいと思います」
「私とrちゃんで責任を持って保健室まで送りますから」
「早退した方がいいだろう。今、リオかフィシスを呼びにやるから」
えええっ。なんとか保健室に拉致する方法は……。
必死に考えていると、
「…保健室でいいよ、ハーレイ。…アルトさんとrさん…だったね。すまないけど、保健室まで連れて行ってくれるかな?」
「「はいっ!!」」
何という幸運!
私たちは意気揚々と生徒会長を保健室に連れて行った。
「まりぃ先生。お願いします」
「あらぁ~、可愛い仔猫ちゃんたち、どうしたのかしら?」
奥から出てきたまりぃ先生。今日も大人の色香が漂っていて素敵ですっ
「まぁ、倒れてしまったのかしら? ベッドに寝かせて差し上げて」
あ…あれ? 特別室じゃなくて、普通のベッドでいいんですか? まりぃ先生。
「はい」
辛そうな呼吸でベッドに横になると、生徒会長は襟を緩めた。
その色っぽいことったら!
顔だけじゃなくて全身真っ赤になりそうで慌てて保健室を飛び出した。
「に……任務完了」
rちゃんと声を揃えて言った。
あの後何があったかなんて、私たちには分からない。
でもまりぃ先生の色気が5割増しになったことは学校中の評判になった。
……原因、生徒会長?
rちゃんとこっそり話し合ったけど、結論は出なかった。
私たちのA組が学年1位を取れなかったら恐ろしいことになるという中間試験。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の赤い手形で満点を乱発してもらう他に…「生徒会長さんがA組の生徒になって中間試験を受ける」なんていう奥の手があるそうですが、それってどういう意味なんでしょう?
「文字通りさ。ぼくが君たちのクラスの生徒になるってこと」
「それって、会長さんが1年A組に編入するって意味ですか?」
「うん。変かな?」
変かな、って…。会長さんは3年生なのに、どうやって1年A組に?さっぱり意味が分からず、ジョミー君たちと騒いでいると部活を終えたキース君たちがやって来ました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシフォンケーキを配る間に会長さんが騒ぎの原因を簡単に説明して。
「キースなら知っているんじゃないかな?…ぼくのクラスは何組だろうね」
ふふ、と笑った会長さんをキース君は大真面目な顔で見つめています。
「…言っていいのか?どうやら皆は知らないようだが」
「構わないよ。そろそろ知ってもいい時期だし」
キース君はスゥッと息を吸い込み、私たちの方に向き直りました。
「…会長はどこのクラスにも属してないんだ。3年生だと言われているが、どのクラスにも籍が無い。…三百年以上も在籍してる、と言われて以来、俺が独自に調べた結果だ」
「「「えぇぇぇっ!??」」」
私たちはビックリ仰天です。会長さんは…どのクラスにも属していない?言われてみれば何組なのか、聞いたことは一度もありませんでした。3年生とだけ思っていたんですけど…。
「キースが言ったことは本当だよ。ぼくには決まったクラスは無い。授業も試験も気が向いたら受けたりするけどね…そういう時は何処かのクラスに適当に入れてもらうのさ」
「な…なんで…」
「三百年も学校にいると授業に出ても退屈だし、テストだって楽勝だし。…ぼくなら全科目、満点を取れる。そのぼくが君たちのクラスに入って中間試験を受けると、クラス全員に正解を教えることができるんだよ。前に『心の声』を聞いたことがあるだろう?あの要領でクラスのみんなの頭の中に問題の答えを直接、流す。…もちろん頭痛や耳鳴りを起こさないよう、意識の下にこっそり流し込むんだけどね」
「じゃ、じゃあ…会長さんが来て下さったらA組は?」
「ぶるぅの手形を使わなくても、全員、百点満点だ。皆が自分で書いた答案が全て正解なんだから」
ゴクリ。…私たちの喉が鳴りました。そして次の瞬間、キース君を除くA組の生徒…ジョミー君、マツカ君、スウェナちゃんと私は、会長さんにA組で試験を受けてくれるよう、土下座してしまっていたのでした。
翌日の朝、登校するとA組の一番後ろに机が1つ増えていて…。
「おはよう。今日から中間試験までお世話になるよ」
にこやかな笑顔の会長さんが入ってきて増えた机に着席するなり、クラス中が大騒ぎになりました。女の子は頬を真っ赤に染めて会長さんを見つめています。そして始業のチャイムと共に現れたグレイブ先生は…。
「諸君、おはよ…ぅ?!…なんだ、ブルー!なぜ、お前が私のクラスにいる!?」
「心外だな。学年1位を誇りたいんじゃなかったのかい、グレイブ?」
わぁ…。先生にタメ口ですよ!でも先生は怒る代わりに眉間に皺を寄せただけでした。
「…来てしまったものは仕方ない、か…。いいか、その代わり!必ずこのA組が学年1位だ!」
「分かっているよ。早く行きたまえ、1時間目は数学じゃないだろう?」
「ああ、残念ながらそうだったな!…お前こそ居眠りしないよう努力することだ」
カッカッカッ…と靴音を響かせてグレイブ先生は出て行き、1時間目はエラ先生の歴史の授業。私は会長さんが気になって何度か後ろを向いてみましたが、教科書とノートこそ広げてあるものの、頬杖をついて前を見ているだけみたいです。テストは楽勝とおっしゃってましたし、何もしなくてもいいんでしょうね。そうこうする間に午前中の授業が終わって昼休み。私たちはいつものようにサム君たちと合流し、会長さんも一緒に8人で食堂に行きました。
「食堂のランチも久しぶりだな。いつもはぶるぅが作ってくれるからね」
ランチセットを食べている会長さんはとても楽しそうです。
「ぶるぅって…。もしかして会長さんはぶるぅのお部屋で一緒に暮らしてるんですか?」
「だいたい当たっているかな、それで。中間試験が終わるまで、ぶるぅは一人で昼ご飯なんだ。きっと今頃、とんでもない量のおかずを作っていると思うよ」
どうやら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は放っておくと凄い量を食べてしまうみたいです。そういえばバケツプリンを食べてたことがありましたっけ。ワイワイと賑やかな昼休みの後は、教頭先生の古典の授業。ところが授業が始まってしばらく経った時、後ろでガタン!という音が響きました。
「ブルーっ!!?」
教頭先生の叫び声で振り返ってみると会長さんが床に倒れています。貧血?それとも何かの発作?教頭先生が駆け寄って脈を取っておられますが、大丈夫でしょうか?教室中がザワザワする中、アルトちゃんとrちゃんが立ち上がって教頭先生の所へ行きました。
「保健室へ行った方がいいと思います」
「私とrちゃんで責任を持って保健室まで送りますから」
あ、そうか…。こんな時には保健室!でも教頭先生は会長さんを抱え起こして。
「早退した方がいいだろう。今、リオかフィシスを呼びにやるから」
「…保健室でいいよ、ハーレイ」
教頭先生を呼び捨てにした会長さんが弱々しい笑みを浮かべました。
「…アルトさんとrさん…だったね。すまないけど、保健室まで連れて行ってくれるかな?」
「「はいっ!!」」
アルトちゃんとrちゃんは会長さんを両脇から支えるようにして教室をゆっくりと出てゆきます。女の子たちの羨望の溜息が聞こえ、教頭先生は複雑な顔をしておいでですが…保健室なら心配することないですよね。アルトちゃんたちが戻ってくるのを待って授業再開。そして会長さんは終礼の時間になっても教室に戻ってきませんでした。
「…サボリってことないと思うんだけど」
グレイブ先生が終礼を終えて出て行った後、口を開いたのはジョミー君です。
「本当に具合悪そうだったものね。…見に行った方がいいと思うわ」
「ぼくもそう思いますけど…行きますか?試験前で部活はお休みですし」
「そうだな、とりあえず行ってみるか。とっくにトンズラしてしまっているかもしれないが」
スウェナちゃん、マツカ君、キース君たちも意見がまとまり、私たちは5人で保健室へ行ってみました。ところが保健室の扉には『おでかけ中』の札が下がっていて「御用の人は保健体育のヒルマン先生の所へ行ってね(はぁと)」と書かれた紙が貼られています。まりぃ先生、いないのかな?…じゃあ、会長さんはとっくに帰ってしまったとか?
「教室にカバンを残したままでトンズラか。確かに似合いの展開ではある」
そう言ったのはキース君。保健室のドアノブに手をかけて回してみたのはジョミー君。
「あれ?…ここ、鍵はかかってないみたい。もしかしたら奥で寝てるかも…」
ゾロゾロと入ってみた保健室の中に人影はなく、ベッドも全部空っぽです。やっぱり会長さんはコッソリ早退?
「…いや、待て。ここにドアがある。まだ新しいもののようだが…この向こうから人の気配が…」
キース君が指差したのは、最近改装したばかりのように見える新品の扉でした。物音ひとつしませんけれど、人の気配を感じるなんて…さすが柔道一直線。神経が研ぎ澄まされているんですね。
「開けてみようと思うが、いいか?…まりぃ先生に叱られた時はみんなで連帯責任ってことで」
私たちは一斉に頷き、キース君が扉を開いてみると。
「「「!!!?」」」
「……見られちゃったか……」
大きなベッドの縁に座っていた会長さんが銀の髪をけだるそうにかき上げました。学生服は床に放り出されていて、纏っているのはバスローブ。白い足はもちろん裸足です。
「ま、ま、……まりぃ先生は!?」
パニクッっているジョミー君の叫びに、会長さんは艶っぽい笑みを浮かべて。
「…ほら、あそこ」
視線の先には立派なソファがあり、まりぃ先生がそこに寝ていました。もしかして、もしかしなくても…まりぃ先生もバスローブしか着ていないのでは…。
「ぼくのために作った特別室だと言っていたよ。とても寝心地のいいベッドなんだ」
クスクスクス。会長さんはコロンとベッドに転がり、くしゃくしゃのシーツを身体に巻きつけて私たちを見上げました。ど、どうしましょう…。とんでもない所に来ちゃったかも!??
スウェナちゃんと私が見そびれてしまった親睦ダンスパーティーのワルツ。生徒会から録画が売り出されるのを待っているのに、なかなか発売されません。色々ありましたから、高い値がついても完売は必至。それだけに「待てば待つほど値が上がる」と生徒会長さんが呟いた…という噂もあります。ワルツ会場で何があったのか、早く知りたいんですけどね…。でもそれをジョミー君たちの前で嘆くと、必ず言われちゃうんです。
「ぼくたちが一生懸命踊ってる間、そるじゃぁ・ぶるぅの部屋でオヤツを食べていたくせに」
って。ウェディング・ドレスのカタログを見に行っていたなんて口が裂けても言えない私たちは、あの後、嘘をついたのでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に誘われて断りきれずにお茶をしていた、と。あーあ、ワルツの全貌の録画、早く発売されないかなぁ…。
そうこうしている間に日は過ぎて。今日もグレイブ先生がムッツリした顔で教室に姿を現しました。
「諸君、おはよう。親睦ダンスパーティー以降、地に足がついていない者も多いようだが…学生の本分は勉強だ。その成果が試される時が来た。来週、中間試験がある。入学式の日に言ったことを覚えているか?私が受け持ちのクラスに望むことはひとつ。常に我がクラスが1位であることだ!」
うひゃあ、とかヒィッという悲鳴があちこちで上がっています。中間試験。そういえば…もうそんな時期になるんでしたっけ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」手作りの美味しいお菓子でのんびり、まったりしてばかりいて、勉強なんか授業と宿題の他は全くしていませんでした。やばい…。果てしなくヤバイかも…。
「いいか、我がクラスの平均点が学年1位でなかった場合は…足を引っ張った点数の持ち主は放課後、徹底的に補習とする。各科目の先生方には既にお願いしてあることだが、先生方の出番がないことを祈っているぞ」
補習!…とんでもないことになりました。補習なんてことになったら放課後の自由時間はないでしょう。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りおやつや、生徒会長さんたちとの楽しいティータイムともお別れです。もしかしたら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が『パーフェクトの印の赤い手形』を押しに来てくれるかもしれませんけど。そう、私には実力でいい点数を取れる自信が全く無かったのでした。
「かみお~ん♪…あれ、みゆ、どうしたの?元気がないね」
その日の放課後、私は一番に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に行きました。スウェナちゃんとジョミー君は掃除当番、キース君とマツカ君は柔道部があるからです。
「あのね…来週、中間試験があるんだって。グレイブ先生がうちのクラスを学年1位にするんだ、って張り切っていて…酷い点数を取った人は放課後に補習してもらう、って」
「補習?…補習になったら、みゆ、ぼくのお部屋にこられなくなる?」
「うーん…来られるかもしれないけれど、うんと遅くなりそう。キース君たちよりずっと遅い時間になるんじゃないかな」
「そっか。じゃあ、みゆのテストに手形を押しちゃう?満点だったら大丈夫だよね♪」
待っていました、「そるじゃぁ・ぶるぅ」!これでテスト勉強なんかしなくたって安心です。
「あ、みゆ、ずるーい!…私も手形を押して欲しいな」
「ぼくも!ぼくにも手形を希望!」
スウェナちゃんとジョミー君が飛び込んできて、手形の約束を取り付けました。次にやって来たサム君も「赤点防止に」と手形を頼み込み、OKの返事を貰っています。そこへ…。
「おやおや。みんな手形を頼んでるんだ?」
現れたのは生徒会長さんでした。そういえば今日は姿が見えませんでしたっけ。もしも生徒会長さんがいらっしゃったら、恥も外聞もなく手形を頼むなんてことは出来なかったかもしれません。
「それは…その…。自信ないですし…。ほっとくと補習になっちゃいますし」
「なるほど。確かにそうかもしれないね」
ああぁぁぁ。会長さんには私のオツムのレベルはきっとバレバレなんでしょう。
「しかし…グレイブ先生のクラスか…。キースはトップクラスの成績を取れそうだけど、マツカは中の上くらいかな。みゆとスウェナとジョミーが満点を取ったとしても、あのクラスが学年1位を取るのは難しいかも…」
考え込む生徒会長さん。でも、学年1位が取れなくたって!私たちさえ補習でなければ…。
「それは甘いな。グレイブ先生はプライドが高い上、キレ易いんだよ」
「「「え?」」」
ギョッとして顔を見合わせる私たち。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製シフォンケーキのお皿を受け取りながら複雑な表情を見せました。
「今までに様々な前例がある。学年1位を取れなかったばかりにクラス全員で毎朝グランド十周だとか、早朝から登校して体育館で座禅を1時間とか、教職員用も含めて学校中のトイレを全員が素手で掃除するとか…」
「そ…それって、八つ当たりなんじゃ…」
ジョミー君が口をパクパクさせると会長さんは頷いて。
「そう。立派な八つ当たりだ。でも、それを指摘した生徒は更に可愛がられることになったんだよ」
「可愛がるって…」
スウェナちゃんがブルッと震えました。
「君が想像したとおりだ。グレイブ先生の愛車を昼休みにピカピカに磨かされたり、色々と…ね」
とんでもない事実を聞かされた私たちは呆然とするしかありませんでした。自分さえ酷い点数を取らなかったら安心だとばかり思っていたのに、クラスぐるみで連帯責任。しかも会長さんの読みでは、私たちのA組は1位を取れそうにないのです。いくら放課後のお楽しみを確保できても、グランド十周とかトイレ掃除とかは涙ものかも。
「さっき職員室に行って調べてきた感じでは、君たちのクラスは学年1位を取れないだろう。ぶるぅの手形とキースの天才的な頭脳があってもね。…だが、学年1位を取る方法がないこともない。ひとつは…」
「ぼくが手形を押しまくること!任せてくれれば頑張るよ?」
右手の拳を突き上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃいでいます。赤い手形はパーフェクト。確かにこれなら無敵そうです。会長さんはクスッと笑って。
「無敵の方法はもう1つある。…ぼくがA組の生徒になって中間試験を受けるんだよ」
「「「ええぇぇぇっ!!?」」」
なんですって?会長さんは今、なんて!?…私たちはポカンと口を開けたまま、会長さんを見つめていたのでした…。
ワルツの音楽が始まると血の気が引くのが分かった。
先生方がまず踊り始める。
軽やかなステップ。
中でも目を引くのが教頭先生とまりぃ先生のペアだ。
全体を見ていてもいつの間にか二人に目が吸い寄せられてしまう。
「まりぃ先生、秘密特訓してたって話だけど、どうなんだろう?」
「特訓?」
パスカル先輩の話にセルジュ君とボナール先輩がズズと近寄る。
「特訓の成果があれなんじゃないのか?」
「そう思ったんだけど、この前保健室で会った印象から、違うような気がして」
確かに頷ける。
ううん、でも、バトンタッチしてくれるのまりぃ先生だし。って…あぁ、とにかく踊らなくちゃならないのをうっかり思い出しちゃった。
「大丈夫。アルト」
一気に不安になったのを感じたのか、最初にパスカル先輩と踊るrちゃんが励ましてくれた。
「倒れたら、あたしも一緒に倒れるから!」
心強い。すごく。
「あ、じゃあ僕も一緒に」
セルジュ君も。
「セルジュ、そういう時は黙って立ち上がらせるのが紳士だ」
「ああ、そうか。そうだよね」
パスカル先輩の言葉も最もだけど。
……ふと見れば、私の四人前、最前列に立っている生徒会長が肩越しにこちらをみて笑ってる…ような気がした。
面白がられてるよね、絶対。
曲が終わり今度は生徒の番。
心臓が口から飛び出るってこういうことを言うんだと実感していると、セルジュ君が手を差し出してきた。
「大丈夫だから」
うん、と答えて歩き出したけど、気がついたら隣に生徒会長がいた。
「え?」
え、え、え?
記憶が…どうしちゃったんだろ?
今はrちゃんが光沢のあるシャンパンベージュのふわりとしたドレスを揺らして、夢見心地で生徒会長と踊っている。
「リードが格別上手いからな。伊達に三百年生徒会長をやってないってことか。ほんとかどうかは分からないが」
ボナール先輩が踊りながら教えてくれる。
うん、ほんとに素敵にrちゃん踊ってる。
録画お願いします!ってクラスメイトに頼んでいたけど、正解だよ。
ああ、そうしたら、私だって何とかなるかもしれない!
なんて思ってたらパートナーチェンジの時間。
ひ~っ
rちゃんは綺麗にお辞儀して次のパートナーへ。
私は…緊張してお辞儀も出来ずに焦って言葉で「ありがとうございました」ってボナール先輩に言って差し出された手を取った。
「本番に強いタイプ?」
ブンブンと首を振る。
ああ、全然ワルツに合ってない…。
「2点には思えなかったけど」
「い、今から実感するかと」
「楽しみだな」
そう言って卒倒しそうな微笑を浮かべてる。
もしかして転ぶのを期待してるのかもしれない。
「うん。アクシデント歓迎」
「え?」
私、今喋った?
「足、逆」
「えっ?」
「また、逆」
そう言われても何とかなっているのはやっぱりリードがいいからかな?
チラとボナール先輩を見れば頷いてる。
俺が相手だったら派手に転んでるな。
クルリと回転して近づいたときそう囁かれた。
……やっぱり。
すみませんっ
心の中で謝ると、
「転んでみるのも楽しいけど」
今度の微笑は……何だか恐い。
背筋がゾゾゾっとしてきた。
視線でまりぃ先生を捜して目で訴える。
(代わって! もう代わって下さい!)
私一人が倒れるならまだしも、生徒会長まで倒れたら、私、明日から針のむしろになりそうだし。
何とかもちこたえている間に終わりにしたい。
そんな思いが通じたのか、まりぃ先生が滑るように優雅に歩み寄ってきてくれた。
「あ、ありがとうございましたっ!」
振り切るようにまりぃ先生とチェンジ。
あぁ、まりぃ先生と知り合っておけてよかった。
だって二つ返事で交代をOKしてくれたんだもん。
ドレス姿だから会場の端の一般生徒のいない場所から見る。
副会長と踊っていた時とは雰囲気の違うワルツに会場は一段と沸く。
ボナール先輩ってば、もう少し早くパートナーチェンジして欲しかったな、なんて思ってそう。
まりぃ先生、首筋からの線がとっても綺麗で女子だってうっとりしちゃう。
あんなに素敵に踊れたらいいな。
そうしたらあんなに恐い思いしなくて済んだのに。
でもアクシデント歓迎なんて、変わった生徒会長だな。あんまり歓迎されるべきものじゃないよね、アクシデントって。
なんて思いながらを見る。
rちゃんはクラスメイトのキース君とかジョミー君と踊り、何だかとっても楽しそう。会話してるみたいだから、あとでどんなこと喋っていたか聞いてみようっと。
そしてパートナーが元に戻ってワルツは終了。
これでダンスパーティーも終わりかと思ったら、教頭先生が中央に、そしてまりぃ先生が登場。
ワルツ用のふわりとしたドレスに手をかけると、一瞬で変身したかのように、身体にぴったりしたフラメンコ風のドレスに替わった。
流れてきたのはタンゴ。
キリキリと男と女の闘いのようなダンスが繰り広げられる。
「大人の踊りよね」
いつの間にか戻ってきたrちゃんが呟くと私は大きく頷いた。
「格好いい!」
「あんな風に踊れたら素敵よね」
「うん」
「なぁに言ってるんだ、2点が」
うっ……それ…辛い……。
「まずワルツで合格点がとれてからだな」
それって何年後のことだろう?
一生無理かも?
ちょっと気が遠くなっているうちにタンゴも終わり、先生方がフロアに出てきてご挨拶。
私も呼ばれたけれど途中棄権だったからフロアには出なかった。
そして教頭先生がパーティー終了の言葉を口にした時、
「かみお~ん♪…パーティー最後の贈り物だよ!」
クラッカーの音。
青い閃光。
続いたのはあの背筋がゾゾゾとする生徒会長の声だった。
「……ぶるぅ……」
その後のことは……他の人に聞いて。
一生忘れられないダンスパーティーになったことは間違いなくて。
でもそのお陰で私の2点ダンスも皆の記憶から消去されたみたい。
それだけは「ぶるぅ」にありがとうって言いたいな。