シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
マザー、お正月も休暇の無かったソルジャー補佐です。この職場、本当に年中無休のようですが…「青の間に詰めているだけでいい」みたいですし、なんとかなると思います。ソルジャーがお風邪を召された時はずいぶん心配しましたけれど、もうお元気になられましたから安心ですね。
「ブルー。…これ、まだ取れないよぅ」
悲しそうな顔をした「そるじゃぁ・ぶるぅ」が青の間にやって来たのは小正月…15日の日の朝でした。頭にはソルジャーが『新春麻雀大会で大負けさせた罰』として外れないようにサイオンでつけてしまわれたネズミの耳がくっついています。そういえばソルジャーは「小正月まで外れない」とおっしゃっておいででしたっけ。
「ぶるぅ、気が早すぎるんじゃないのかい?…ぼくは今日まで、と言ったんだよ。まだ朝じゃないか」
「もしかして夜まで外れない?」
「もちろん。いいじゃないか、今日までずっとくっついてたんだから。日付が変わるまでつけておいで」
「でも…みんな笑うんだ。それにブラウに捕まって、ゼルやハーレイと一緒に記念写真を撮られたんだよ!」
「…それは災難だったね、ぶるぅ」
お風邪が治られたソルジャーはコタツでクスクス笑っておられます。
「その写真、ぼくも見たかったな。…写真か…。ぼくは撮られなくてよかったよ」
「見たいなら見せてあげるよ、ブルー。…シャングリラ中にばらまかれちゃった!」
そう言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」が取り出したのはチラシのようなものでした。『シャングリラ新春麻雀大会・敗者の栄冠をかぶるのは誰だ!?』と派手な見出しが躍っています。本文は麻雀大会の顛末と…ソルジャーが長老方にお知らせになった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の初悪戯の記事。真ん中にはデカデカと『敗者の卓を囲んで』の解説付きでネズミ耳の「そるじゃぁ・ぶるぅ」を挟んで初笑いをなさっているキャプテンとゼル様のカラー写真が載っていました。
「こ、これは…かなり…厳しいね、ぶるぅ」
ソルジャーの肩が震えています。笑いをこらえておいでなのでしょう。写真の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は機嫌を取るために渡されたらしいアイスキャンデーに釣られた瞬間の笑顔を捉えられており、ゼル様は満面の笑みでピースサイン。キャプテンもにこやかな笑顔で「そるじゃぁ・ぶるぅ」の肩に手を回しておられました。
「笑わないでよ!みんなの部屋に配られちゃったし、食堂の壁にも貼られたんだから!」
あらあら。…私の部屋には届いていません。食堂にも縁が無いので知りませんでした。青の間に配達がないのはまだ分かりますが、私の部屋は?…うーん、新春だから…配達係も手抜きなのかも。
「…これじゃ、ぼくの立場がないよ。ひどいよ、ブルー!!」
「お前が悪戯したせいだろう?…ここに写ってるのはぼくだったかもしれないんだよ」
「…う…。それは…そうだけど…」
悪戯はしたものの、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーを皆の晒し者にしたかったわけではないみたいです。麻雀大会の参加者と、青の間に出入りするリオさんと私が見れば十分だったようですね、ソルジャーのネズミ耳姿。
「でもやっぱり…お正月からみんなに笑われちゃうなんて…」
悪戯をしこそすれ、されたことのない「そるじゃぁ・ぶるぅ」には相当ショックだったのでしょう。しかも笑いの元凶のネズミ耳は今も頭にくっついていて、行く先々で笑いを誘ってしまうとあれば…悪戯する気も失せるかも。
「ぼく、笑われてばかりだよ。…どうしたらいいと思う、ブルー?」
「…部屋から出なければいいんじゃないか?でなきゃシャングリラの外へ出かけるか」
「やっぱり、取れるの待つしかないんだ…」
がっくりと肩を落として「そるじゃぁ・ぶるぅ」は入っていたコタツから立ち上がりました。
「もう今日だけ我慢すればいいんだし…。出かけてくるね。明日になるまで帰らないかも…」
かわいそうなほど落ち込みながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青の間から何処かへ、テレポート。行き先はいつものラーメン店か、でなければデパ地下巡りでしょう。あの様子では新規開拓をやらかす元気はなさそうです。
「…ちょっとお灸がきつすぎたかな?明日になるまで帰らない、なんて」
「言ってみただけでしょう。きっと晩御飯を食べ終わったら帰ってきますよ」
ところが夜になっても、日付が変わっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青の間にやって来ませんでした。心配なさったソルジャーの仰せで部屋を見に行ってみれば『おでかけ』の札が下がったまま。戻って報告しようとするとソルジャーは深刻なお顔で何も無い空間を見つめておられました。
「…ぶるぅの居場所は分かったけれど、酔っ払っているようだ。…出かけてくる」
お姿がフッと消え、一瞬後には「そるじゃぁ・ぶるぅ」を抱えてお戻りになったのですが。
「…うぇっ…気持ち悪い…」
テレポートで酔ったらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」は完全に泥酔状態です。私は奥のバスルームから洗面器を抱えて走り、ソルジャーと一緒に介抱しました。ぐでんぐでんですけど…ヤケ酒でもしていたんでしょうか?
「ヤケ酒ではないと思うんだが。気持ち良さそうに道端で丸くなって寝ていたしね」
ベッドに寝かせた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を撫でながら、ソルジャーはサイオンを注いでおられます。額に冷たいタオルを乗せたりはしてありますけれど、サイオンで深酒の手当てができるなんて凄いですね。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭のネズミの耳は小正月が過ぎて何処かで外れてしまったらしく、影も形もありませんでした。
「ぶるぅが大事そうに抱えていたのがその袋だ。…何が入っているんだろう?」
ソルジャーが外から持ち帰られたのはピンク色の紙袋でした。中には何か包みが入っています。
「…お土産…でしょうか?お店の名前は無いようですね」
「うん。…何処へ行ってきたのかな」
そうおっしゃって「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭をそっと両手で包み込まれたソルジャーでしたが。
「……っ!!!」
赤い瞳を思い切り見開き、倒れそうな勢いで後ろへのけぞってしまわれました。
「ソルジャー!!」
慌ててお身体を支えた途端、私の頭に流れ込んできたものは…『メイド服を着てネコの耳と尻尾をつけた可愛い女性』のお給仕で次々に出されるケーキやお菓子と、『ウサギの耳と尻尾をつけた黒いレオタードの妖艶な女性』が差し出す色とりどりのグラスでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見たものらしいですけど、なんですか、これ!?
「…すまない…」
ソルジャーは頭を振ってお身体を起こされ、額を押さえておられます。
「…今の……見えてしまったかい…?」
「…は、はい…。いったいなんだかわかりませんけど」
「驚きすぎて咄嗟に遮蔽できなかった。…女性に見せるようなものじゃないのに…」
「気になります!」
私はキッパリ言ってしまいました。ソルジャーも仰天されるような「そるじゃぁ・ぶるぅ」の大冒険(?)の片鱗を見てしまった以上、その正体を知りたくないわけがありません。ましてや女性に見せるようなものでないと言われれば尚更です。…って、ちょっと…はしたなかったでしょうか?
「…君は好奇心が強いんだな。でも、ぼくも…知識だけでしか知らないことだよ」
「知識だけでいいんです!…あの変な映像が何だったのか、それが分かれば十分です!!」
「仕方ないな…」
つい熱くなってしまった私の姿にソルジャーは軽く溜息をつかれて。
「じゃあ、言葉でだけ教えよう。…ネコの耳をつけた女性がいたのは『メイド喫茶』だ。誰が行っても「ご主人様」と呼んで迎えてくれると聞くが、ぼくは入ったことはない」
「…はぁ…」
「ウサギ耳の女性の方は『バニーガール』といって、男性向けの飲食店でウェイトレスをしているそうだ。もちろん、ぼくは見たことはない。…今日のぶるぅは、ぼくの知らない世界をハシゴした挙句に酔ったようだな」
メイド喫茶にバニーガール。…そんなものは知りませんでした。っていうか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はかなり特殊な世界で遊んできたようですが、前から出入りしていたんでしょうか?
「…いや、ぶるぅも初めての経験だ。それくらいのことは簡単に分かる。でも、どうして…」
ソルジャーは複雑な表情をなさっておいででした。えっと…大人向けのお店ですよね、両方とも…?
「そうだ。だから分からない。子供のぶるぅが、何故そんな店に…」
まさかネズミ耳の件でぐれちゃった、とか?そういえば明日になるまで帰らないかも、とか言ってましたっけ。ソルジャーも同じようなことを考えておられるらしく、だんだん悲しそうなお顔になってゆかれます。その時、ベッドの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がゴソゴソと身動きした後、ぽっかりと目を覚ましました。
「…あれ、ブルー?…ここ、どこ…?」
「シャングリラだよ。ぼくの部屋だ」
「…なんだか頭が痛い…」
「飲み過ぎだ、ぶるぅ。酔っ払って道端で寝てしまっていたから、ぼくが連れて帰ってきた」
ソルジャーはベッドに寝ている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の額にそっと手を置いておっしゃいました。
「変な店に行ってきたようだけど、いったい何があったんだい?…よかったら教えてくれないか」
「うん。…歩いてたら、ネコの耳をつけた人がいて。ぼくの耳はミュウは無理でも人類には見えなくできるから隠してるのに、その人はなぜ耳をつけてるのか不思議だったから聞いてみた。でも子供には教えない、って。だからブルーそっくりの姿に見えるように暗示をかけたら、そんな格好の人が何人もいるお店に連れてってくれた」
ニコッと笑った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は子供そのものの顔でした。
「あのね、ぼくのこと『ご主人様』って呼んでたよ。ケーキとか食べて話をしたんだ。ネコの耳のこと、知りたかったから。…そしたらウサギの耳をつけた人がいるお店もあるって教えてくれて、そっちにも行ってみたんだけど」
「…ぼくそっくりの姿で、か?…その店で酒を飲みすぎたんだな」
「ううん、お酒じゃなかったよ。最初に出たのはお酒だったけど、全然美味しくなかったから…そう言ったらジュースに変えてくれたんだ。すごく綺麗な色のジュースが沢山出てきて美味しかった」
「…それはカクテルというんだ、ぶるぅ。梅酒なんかよりずっと強い」
「あれ、お酒だったんだ。それで酔っ払っちゃったのか、ぼく…。ブルーが連れて帰ってくれたんだね」
ソルジャーの手に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は気持ち良さそうに頬をすり寄せました。
「ブルーが撫でてくれると、頭が痛くなくなってくる。…眠くなってきた…」
そう言ったかと思うと、すぅ、と寝息を立てて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は眠りの中へ。どうやら『大人の世界で冒険』してきたというのが真相だったみたいです。しかもソルジャーのお姿を借りて。
(きっと、とってもモテたんだろうなぁ。…だって外見がソルジャーだもの)
どういうお店だったかなんて、全く分かっていないのでしょう。ソルジャーは事情が分かって安心なさると「今夜はぶるぅと一緒に休む」とベッドに横になられました。…ぐれたのでなくて良かったですね。
翌日、私が出勤すると「そるじゃぁ・ぶるぅ」はもう青の間にはいませんでした。
「ネズミの耳も取れたからね。張り切って何処かへ出かけて行ったよ」
ソルジャーはいつものようにコタツでくつろいでいらっしゃいます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が昨日やらかした冒険のことは、触れない方がいいでしょうね。私はソルジャー専用の湯飲みに昆布茶を注ぎ、ゆっくり漫画を読み始めました。キャプテンにお借りしてきた『スケバン刑事』という少女マンガです。そこへ…。
『ソルジャー、入ってもよろしいでしょうか?』
キャプテンの思念が届きました。続いてゼル様からも。…何か急ぎの御用でしょうか?
『かまわないよ』
ソルジャーが返事をされるとエレベーターが動き、お二人が入ってこられましたが。
「…………。ハーレイ、今日は仮装大会なのかい?」
キャプテンの頭に焦茶色のネコ耳つきカチューシャがくっついていました。ゼル様の頭には白いウサギ耳のカチューシャがくっついています。私は思わず吹き出してしまい、慌てて口を押さえました。
「仮装大会ではありません。…やられました」
大真面目な顔でキャプテンがおっしゃいましたが、大きなネコ耳つきでは真面目さは8割減か9割減です。
「やられたって、何を?」
「この耳です!!」
「この耳じゃ!!」
ネコ耳キャプテンとウサギ耳ゼル様の叫びが青の間の水面に響き渡りました。…ネコ耳にウサギ耳。メイド喫茶とバニーガール。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持っていたという謎のピンクの紙袋。そういえば紙袋は何処にもありません。もしかして、もしかすると…あの紙袋に入っていたのは…。ソルジャーが首を傾げて微笑まれました。
「…ぶるぅ、かい?」
「「ソルジャー!!!」」
笑い事ではありません、と叫んでおられるキャプテンとゼル様を前に、ソルジャーはクックッと笑いをかみ殺しておられます。ご自分のネズミ耳を散々眺められた過去がおありなだけに、爆笑なさってもいいと思いますが…流石にそれはなさいません。おかげで私は笑いを堪えるためにコタツの中で膝を抓って耐えるしか…。
キャプテンとゼル様のお話によると、ネコ耳とウサギ耳はお二人が休憩室へ向かわれる途中に、背後から飛びかかってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」にくっつけられたということです。
「よくもぼくの写真をばらまいたな、と捨てゼリフを残していきました」
「逆恨みじゃ!…誰が聞いても逆恨みじゃ!!」
「…でもね…。ぶるぅもそれを手に入れるために頑張ったんだよ」
現場に転がっていたというピンクの紙袋を手に取って眺めながらソルジャーはクスッとお笑いになりました。
「ネコの耳とウサギの耳。…ぶるぅはとても頑張ったんだ。努力を認めてもらえないかな?」
「これが外れるのなら、認めますが」
キャプテンは苦虫を噛み潰したようなお顔でした。
「…取れないのです、ソルジャー。あなたがぶるぅになさったことと同じサイオンの使い方をしたらしい」
「そうなのか…。それは困ったね」
「じゃから!あなたに取って頂きたいと思って二人でここに来たんじゃ、ソルジャー!!」
ゼル様がグイ、とウサギ耳つきの頭をソルジャーの前に突き出されました。
「わしらがこの姿ではブリッジの威厳を保つことが出来ん。…取って下さらんとどうにもならん」
「そうかい?」
ソルジャーはウサギ耳に手をおかけになり、それからちょっと首をひねって。
「…取れないことはないけれど…。ゼルのを外したら、ハーレイの分まで手が回らない」
「「なんですと!!」」
ゼル様とキャプテンの声が完全に重なりました。
「…ぼくも一応、病み上がりなんだ。元気一杯のぶるぅのサイオンに対抗するには力が足りない。どちらか一人なら外すことは出来る。二人は無理だ。…二人揃って外したいなら、2日間ほど我慢して貰わないと…」
「「2日間!?」」
「そうだ。一人だけ外すのなら、残った一人は1週間ほどそのままかな。…気の毒だけど」
恐るべし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ネコ耳とウサギ耳は「1週間は外れない」仕掛けと共にくっつけられたみたいです。キャプテンとゼル様はガックリしたお顔でコタツに入られ、長いこと悩んでおいででしたが…結局、「二人揃って同時に外れるまで2日間ほど耐える」選択をなさいました。ソルジャーがネコ耳とウサギ耳に青いサイオンを注がれましたけれども、効果が現れて耳が外れるのは2日ほど先になりそうです。
「…ソルジャー、本当に外せなかったんですか?」
ネコ耳キャプテンとウサギ耳ゼル様がお帰りになった後、私は熱い昆布茶を注ぎながら尋ねました。
「ああ。…普段のぼくなら出来ただろうが、風邪で体力が落ちた後だからね…サイオンにも影響する。ぶるぅがあそこまで強いサイオンと応用力を持っていたとは驚きだった」
「そうなんですか。…キャプテンとゼル様、お気の毒ですね…」
「笑いをこらえなくちゃならないシャングリラのみんなも大変だと思うけど」
そんな話をしている所へ「かみお~ん♪」の歌声と共に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやって来ました。
「ブルー、見てくれた?…ネコとウサギの耳、くっつけてみたよ」
「…写真を撮られた仕返しかい?」
「うん!!…ブルーが外に出かけてこいって言ってくれたおかげだね。あれ、ちゃんとお店で分けてもらってきたんだよ。そのピンクの袋はネコの耳をつけてた人がくれたんだ」
ニコニコと笑う「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本当に嬉しそうでした。大冒険して、酔っ払ってまでゲットしてきたネコの耳とウサギの耳。仕返しできて満足でしょうが、キャプテンとゼル様のお気持ちを思うと複雑です。でもソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の肩を持っておられるような気がしないでもありません。もしかしたら、ご自分がネズミ耳をつけておられた間、見世物扱いされたことを根に持って…いらっしゃるとか…?
マザー、シャングリラ中を笑いの渦に巻き込んだキャプテンのネコ耳とゼル様のウサギ耳は、装着されてから3日目の朝に外れたそうです。写真禁止の通達が出されたと聞いていますが、守られたかどうかは分かりません。ネコ耳とウサギ耳がくっついている間、ソルジャーはお二人を何度か呼び出しては笑いをこらえておられました。あの耳、本当にソルジャーのお力でも「すぐ外せない」ものだったんでしょうか?…ちょっと嘘っぽい気がします。
それから、ソルジャーを通して流れ込んできた「ネコ耳メイドさんのいるメイド喫茶」と「バニーガールのいる店」の景色。あの中に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が創り出して見せていたというソルジャーのお姿を置いてみたいと…つまり人類が見たであろう夢の光景を見たいと思うのは罪ですか、マザー?
マザー、年中無休のソルジャー補佐です。お正月といえども休暇なし。元日から青の間に出勤しなくてはなりません。でも新年早々、ソルジャーにお会いできるのは役得ですね。シャングリラの全員に新年の挨拶をするためにブリッジに行かれるソルジャーのお供をするのです。うふ。
「ソルジャー、あけましておめでとうございます」
青の間のエレベーターを降り、深々とお辞儀をして部屋の中心部へ向かおうとした私ですが。
「…ソルジャー!?」
「ああ、おめでとう。…この格好はやっぱり変かな」
なんとソルジャーは羽織袴で正装なさっておいででした。足袋と草履も履いておられます。いつもの、あの神々しいソルジャー服はいったい何処へ消えたんでしょう?
「ぶるぅが…お正月にはこれがいい、と暮れに買ってきてくれたんだが」
「ブルー、とっても似合ってる。…似合わないと思うヤツがいたら、片っ端から噛んでやるから!」
コタツに座った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がジト目で私を見ていました。いえ、ソルジャー、とてもお似合いでいらっしゃいます。ただ、ちょっとビックリしただけで…。意外だったものですから…。
「そうか。変でないなら構わないんだ。じゃあ、ブリッジに行こうか。…ぶるぅはどうする?」
「…ぼく、ブリッジは…ちょっと…。ここで待ってる」
そうでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブリッジが苦手だったんでしたっけ。
「ぶるぅ、お雑煮はぼくが戻ってからだから。お腹が空いたらミカンでも食べて待っておいで」
「ううん。年越し蕎麦を沢山食べたし、大丈夫だよ」
青の間のコタツで爆睡したまま年を越してしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、ソルジャーが羽織袴に着替えをなさる間に部屋に戻ってお風呂と歯磨きを済ませてきたようです。こっちは羽織袴は着ていませんが。…私はミュウの制服姿でソルジャーとブリッジに向かいました。あぁぁ、振袖でお供したかったなぁ…。
ブリッジに着くとソルジャーは中央にお立ちになり、スクリーンに向かって新年の挨拶をなさいました。羽織袴の映像がシャングリラ中に中継されているので、あちこちで歓喜の思念が上がっています。長老方のお言葉によると、ソルジャーが和服をお召しになるのは数十年前の夏の阿波踊り以来だそうです。
「ぶるぅが羽織袴を、ねぇ…。なんだってそんなもの思いついたんだか」
「七五三の子供でも見たのかもしれない」
「わしは年末のテレビCMのせいじゃと思うぞ」
「…結婚式かもしれませんわ」
こそこそと話し合っておられる長老方でしたが、真相は「そるじゃぁ・ぶるぅ」しか知りませんし…きっと教えてはくれないでしょう。でもソルジャーは絶対ご存知で、お召しになった理由はもしかして…遊び心?
「…ぼくの挨拶は終わったよ。ハーレイ、後はよろしく頼む。…みんなが来るのを待っているから」
年頭の挨拶を終えられたソルジャーは長老方に「おせちを一緒に」と声をかけてブリッジを出てゆかれます。お雑煮はご一緒なさるわけではないようですね。
「ああ、お雑煮はみんな、それぞれの好みがあるから。…一応、標準メニューはあるんだけれど」
そうなんですか?でも私、お雑煮の好みを聞かれた覚えがないんですけど。
「君の家には定番がなかったんだろう?だからぼくと同じにしておいたんだが…いけなかったかな」
あ。そういえば私の思考はソルジャーに筒抜けでしたっけ。ソルジャーと同じお雑煮なら光栄です!
「それはよかった。じゃあ、ぶるぅも一緒に食べることにしよう」
リオさんが青の間のコタツに運んできた三人前のお雑煮は、立派な漆のお碗に入っていました。
「ぼくはお雑煮は徳島風と決めている。理由は分かっているだろう?」
「はい、阿波踊りと同じですね。徳島県は特別なんですよね」
「そのとおりだ。白味噌仕立てで焼き丸餅と大根、サトイモ、人参に青菜。これだけは外せない」
おっかなびっくり食べてみた徳島風のお雑煮は意外に美味しいものでした。私が育った家ではお雑煮の定番はなくて、毎年、ママが雑誌の特集を眺めては「今年はこれ!」と勝手に決めていたんです。白味噌の年もありましたけど、お餅は焼いてなかったような。…ソルジャーはもう長いこと徳島風のお雑煮なんでしょうね。
「おかわり!」
私の感慨をブチ壊したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声でした。リオさんが簡易キッチンに消え、おかわりを入れたお碗を持って戻ってきます。ブリッジに行っている間に、お鍋などが運び込まれていたのでしょう。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が散々おかわりをしている間にソルジャーは隠し部屋でソルジャー服に着替えてしまわれました。
「着慣れないものは肩が凝る。…この後、麻雀大会もあるし」
「でも…お似合いでしたのに…」
「特に誰が見るわけでもない」
いいえ、私が見たいんです~!…という心の叫びはソルジャーにしっかり無視されました。同じお雑煮を食べられただけでもラッキーと思うしかないみたいですね。
「ああ、徳島風ならまだ普通だよ。…シャングリラの皆のお雑煮はバラエティーに富んでいるからね」
え。いったいどんなのがあるんでしょうか?
「たとえばゼルは餡餅雑煮だ。…ハーレイが振舞われて苦しんだ年があったっけ」
甘いものが苦手なキャプテンに餡餅雑煮。ゼル様も無茶をなさるようです。…そんなお話を伺っている間に、フィシス様がいらっしゃいました。続いて長老方。お雑煮は片付けられ、おせちが二つのコタツの上に並びます。
「ぶるぅが買って来てくれた『地球に一番近い店』のおせちだ。皆、堪能してくれたまえ」
お屠蘇もそこそこに、豪華なおせちが次々と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の胃袋に…消えたりはしませんでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーにおせちを楽しんで欲しかったみたいです。遠慮がちに少しずつ取り分けている「そるじゃぁ・ぶるぅ」はとても可愛く見えました。本当にソルジャーのことが好きなんですね。 コタツに入りきれなかった私もお相伴にあずかり、座布団に座って頂戴しました。美味しかったです、限定おせち!
さて。おせちの後は休憩を挟んで、いよいよ麻雀大会です。ブラウ様がまず出されたものは。
「どうだい、このネズミ耳!…エラが頑張って作ったんだ。可愛いだろう、白ネズミだよ」
白いカチューシャに大きな丸いネズミ耳が二つ。白いフワフワの生地で出来ていて、耳の内側はピンクのフェルトになっています。バランスもよく、子供が着けたらよく似合いそう。でも…。
「…本当に負けた者がこれを着けるのか?3日間も?」
「そうだよ。なんか文句あるかい、ハーレイ?…どうせなら凄いものを賭けなきゃね」
「…ううむ…」
「誰に当たっても似合うように白い耳にしたんだよ?…ドブネズミの方が好みだったなら謝るけどさ」
カチューシャを披露し終わったブラウ様は麻雀パイが入った箱をポン、と叩いておっしゃいました。
「それじゃ面子を決めようか。まずは2卓に分かれて半荘だ。その後、順位決定戦で更に半荘。いいね?」
私はサイオンを使ってズルをする人が出ないよう、ギャラリーを兼ねて見回りをする役目だそうです。どなたがネズミ耳を着ける羽目になるのでしょうか。…やっぱりソルジャーで見てみたいかも?
最初の面子はキャプテン、フィシス様、ヒルマン教授、「そるじゃぁ・ぶるぅ」で1卓。ソルジャーとブラウ様、ゼル様、エラ様で1卓。場所決めの後、ガラガラと麻雀パイがコタツの上でかき混ぜられて、勝負開始。私、麻雀はよく分からないのですが…「チー」とか「ポン」とか「カン」の掛け声と共に熱い戦いになっているようです。
「あ、それ。…ロン!」
誰かがアガる度に点棒が右へ左へと移動していき、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が座っている卓ではフィシス様の点棒が飛びぬけて多く、ソルジャーの卓ではブラウ様が優位。そうこうする内に半荘が終了し、点数を集計してみると…。
「おやおや。こいつはかなり凄いことになるかもねえ…」
1位はフィシス様、最下位は…なんとソルジャーでした。順位決定戦は今の卓の1、2位同士と3、4位同士を集め、その中で1~4位、5~8位を決めるというのですから…ソルジャーが最下位になってしまわれるかもしれません。最下位を競う(?)卓の面子はキャプテンとゼル様、それにソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「…ソルジャー…。一人勝ちして申し訳ありません…」
「なぜそう思う、フィシス。いいパイだけを選べる麻雀などありはしないさ」
フィシス様が消え入りそうな声でおっしゃいましたが、ソルジャーはまだまだ余裕です。ブラウ様、エラ様、ヒルマン教授と卓を囲むことになったフィシス様に「大丈夫」と優しく微笑んでらっしゃいますが、本当に大丈夫なんでしょうか?
「ソルジャー。わしは遠慮はせんぞ」
ガラガラとパイをかき混ぜながら、ゼル様は真剣そのものでした。
「ネズミ耳なぞ着けてたまるか。あんなのは髪の毛が無いと似合わんのじゃ!!」
「私だってごめんです。…このいかつい顔に似合うとでも?」
キャプテンも額の皺を更に深くしてパイをかき混ぜておられました。お二人とも熱くなっておいでですけど、そのおっしゃりようではネズミ耳の行き先として妥当な人物は、この卓では残り二人しか…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はともかく、ソルジャーにネズミ耳。普段のお二人なら間違ってもソルジャーにネズミ耳を押し付けたりなさらないでしょう。でも今日はお正月気分で非日常モード全開です。ソルジャー、頑張って下さいませ~!…でも見たいかも、ネズミ耳。
「…とうとう南3局になってしもうたか。ソルジャー、わしは絶対負けんぞ!」
「どうかな。ぼくだってまだチャンスは十分にあるからね」
勝負はソルジャーとゼル様の最下位争いになっていました。一発逆転を狙っておられるソルジャーは凄い点数が入る役満なるものを目指されるしかないそうです。なのに南3局でもソルジャーにツキはありませんでした。残り1局。今度こそ、とソルジャーが焦っておられるのが分かります。ギャラリーの特権で後ろからソルジャーのパイを覗いていると、ソルジャーは『西』と書かれたパイをお捨てになりました。その瞬間。
「ロン!!!」
ソルジャーは『国士無双十三面待ち』とかいうダブル役満を狙っておられたゼル様に思い切り振り込んでしまわれたのです。えっと…それって、どうなるんですか…???
「…ソルジャー、お気の毒ですが…どうやらあなたが最下位のようです」
キャプテンが宣告なさいました。が、ソルジャーは赤い瞳でキッと睨みつけて。
「まだ12時になってない。…シャングリラでは午前0時までにオーラスすれば西入は確実…」
「何年前のルールですか、それは」
「あなたがおっしゃったのですぞ!…もう年だから一荘はキツい、と!それを今更!!」
何がなんだか分かりませんが、ソルジャーは延長試合をしようとなさったみたいです。で、キャプテンに呆れられ、ゼル様に叱られておられる、と。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコしながらネズミ耳を持ってきました。
「ブルー、これ。…着けるんだよね。補聴器と一緒に着ける?それとも補聴器、外しておく?」
「…そ…それは…。ちょ、ちょっと待ってくれ、ぶるぅ…!」
ソルジャーがひきつった顔でコタツから逃げようとなさった時。
「おや、そっちの勝負も終わったのかい。…ネズミの耳は誰に決まった?」
ブラウ様の楽しげな声が聞こえました。ブラウ様、優勝されたみたいです。
「…ソルジャーです」
「ソルジャーじゃ!!」
キャプテンとゼル様の声が同時に上がり、ブラウ様がサッと走っておいでになりました。
「なるほど。で、逃げようとなさってたわけだ。…あたしが優勝したからには逃がさないよ、ソルジャー!ぶるぅ、さっさとつけちまいな。どうせ青の間から出ないんだから、構わないだろ!!」
それから3日間、ソルジャーの頭には白いネズミの耳がくっついていました。ブラウ様に後押しされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」にくっつけられた時は補聴器をしておいででしたが、その後、鏡を御覧になったソルジャーは「似合わない」ことに気付かれたらしく。翌日、私が青の間に出勤すると補聴器はなくて白いネズミ耳だけでした。
「…まったく…。なんでこんなことに…」
「自信がおありになったんですか?」
「もちろんだ。どうしてあんなに負けたのか分からない。…まるでパイを読まれているようだった」
3日の間、青の間には長老方が何度もおいでになりました。用事もないのにコタツに座って、お茶を飲んでいかれます。視線の先には決まってソルジャーの頭上の…ネズミ耳。補聴器がなくてもソルジャーは会話にはお困りにならないようで、思念で話す必要はありません。もしかしたら思念を拾っておられるのかも。
「パイを読まれる…って、サイオン禁止でしたよね」
「ああ。だから読まれる筈がないんだが、読まれたとしか…。でも、ぼくのパイを読むには相当なサイオンが…」
そこへ。
「かみお~ん♪」
ご機嫌な歌声と共に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやって来ました。そういえば、あの日の麻雀大会には…。
「ブルー、ほんとに似合うね、それ」
「…ぶるぅ…」
ソルジャーの瞳が「そるじゃぁ・ぶるぅ」をピタリと捉え、声ではなく思念が響きました。
『ぶるぅ、お前の心を見せろ』
「ブルー!?」
『…そうか、やはりお前の仕業か…!』
次の瞬間、ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を両手でガシッと捕まえ、私に命令なさったのです。
「この耳を外して、ぶるぅに付けろ。ぼくの手牌を対戦相手の意識の下に流していたんだ」
「ええっ!?」
「意識してない情報だから、みんな実力で勝ったと思ってる。ぶるぅが別の卓にいた時から、延々とやっていたらしい。ぼくが気付かなかっただなんて…。ぶるぅのサイオンを甘く見ていた。さあ、耳を」
「は、はいっ!…そういうことなら…!」
私はソルジャーの頭のネズミ耳を外し、暴れている「そるじゃぁ・ぶるぅ」にくっつけました。同時にキン、と青いサイオンの光が走って「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭のネズミ耳を包んだかと思うと。
「…ぶるぅ。それ、小正月まで外れないようにしたからね。小正月…つまり15日だ」
「えぇぇっ!!ひどいよ、ブルー!」
「…当然の罰だ」
そういうわけで「そるじゃぁ・ぶるぅ」は15日までネズミ耳の刑になりました。ソルジャーが大負けなさるように仕向けたのですから当然ですが、新年早々、凄い悪戯をしたものです。ソルジャーにネズミ耳、3日間。おかげで素敵なソルジャーが見られましたけど…ソルジャーのお怒りはもっともですよね。
そして数日後。ソルジャーは風邪で寝込んでしまわれました。青の間にウイルスを持ち込んだ犯人は外出が趣味の「そるじゃぁ・ぶるぅ」しかないのですけど、ソルジャーは「ぼくの身体が弱いせいだ」とおっしゃっただけで、ドクターが「冬の間は出入り禁止になさった方が」と進言されても、お聞き入れにはなりませんでした。
「…ぼくが寝ている間に、ぶるぅが来ても…叱ってはいけないよ」
お熱が一向に下がらないのに、ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を庇ってばかりおられます。でも。ソルジャーにネズミ耳を着けさせた挙句(見られたのは嬉しいですけど)、風邪まで持ってきたんですから…ソルジャーがお休みになってらっしゃる間に来たら、文句の一つも言ってやらないと、と思っていると。
「ブルー!!」
ああぁ、早速来ましたよ。ソルジャーが寝込んでらっしゃるというのに、もう少し静かにできないんでしょうか?
「ブルー、風邪だって?…大丈夫!?」
頭に白いネズミ耳をくっつけたままの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパタパタとベッドに向かって走ってきました。例によって外出帰りらしく、コンビニの袋を提げています。ああ、またしても風邪のウイルスが…。
「ぶるぅ…。平気だよ、少し熱っぽいだけだから」
「ほんと?これ、お見舞いに買って来たよ。風邪にはプリン!!」
ネズミ耳の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニッコリ笑って差し出したのはコンビニ・デザートのプリンでした。他にも袋の中に一杯、色々な種類のプリンが入っているようです。壷プリンとかプッチン・プリンとか…。
「ありがとう、ぶるぅ。…じゃあ、1個食べてみようかな。プリンくらいなら食べられそうだ」
朝から何もお召し上がりになってらっしゃらなかったソルジャーでしたが、プリンはお食べになりました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は他のプリンを簡易キッチンの冷蔵庫に入れ、のんびりコタツに座っています。
「ぶるぅ、とっても美味しかったよ。…ぼくは眠るけど、ゆっくりしておいで」
そうおっしゃってお休みになったソルジャーは、さっきまでより楽そうな寝息をたてておいででした。プリンが効いたのかもしれません。一日も早く全快なさいますように…。
マザー、質問です。ネズミ耳の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が自信たっぷりに言った「風邪にはプリン!」という言葉ですけど、プリンは風邪に効くのでしょうか。だったらソルジャーには当分の間、毎食、プリンを召し上がっていただかないといけません。…厨房に連絡するだけの価値はありますか、マザー?
『私を目覚めさせる者。お前は…誰だ』
あの日、長い眠りから目覚めた時。ブルーには全てが分かっていた。自分の行く手に何があるのか。どんな運命が待ち受け、何が起ころうとしているのか。けれど後継者たるジョミーにすら告げることなく、ただ…思った。
(地球を…見たかった)
天体の間でフィシスと語らった後、一人、向かった場所は。
「…ぶるぅ?」
シャングリラの一角にひっそりとある部屋。アルテメシアにいた頃は騒ぎの絶えなかった場所であったが、今は住人と共に忘れられたように静まり返っているらしい。そしてブルーが聞かされたとおり。
「ぶるぅ。ぼくだよ。…起きてくれないのかい?」
部屋の主の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大好きだった土鍋の中で丸くなって眠っていた。ブルーが眠りにつくのと時を同じくして眠りにつき、一度も目覚めていないという。最初の頃はソルジャー補佐だった女性がたまに来ていたらしいが、ブルーも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も共に眠ったままだったので彼女は何処かへ転属になった。それ以来、ここに来る者は世話係と清掃係くらいなもので、ナスカ到着後は更に忘れ去られていたようだ。
「…ぶるぅ…」
ブルーは「もう一人の自分」とも思っていた者を優しく撫でた。地球を見ることが叶わないように…この愛すべき存在とも近い未来に離れ、二度と会うことはかなわない。だから、もう一度、話したかった。別れだと悟られないように…他愛ないことでも悪戯でもいい、二人で時を過ごしたかった。
「でも…起きてくれないんだね、ぶるぅ。それとも…」
土鍋の中で眠る者を愛しげに撫でながら、赤い瞳が揺れた。
「お前が行ってくれるのかな?…ぼくの代わりに…地球へ。あの青い星に着くまでの眠りなら…邪魔はしないよ」
もしも、そうであれば…自分も地球を見られるだろうか?
「…ぶるぅ、お前が地球に着いたら。ぼくにも見せてくれないか?…ああ、でも…その時には、ぼくはもう…」
夢物語だ、と頭を振ってブルーは静かに立ち上がった。
その後、時はめまぐるしく過ぎていって。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋を再び訪れることもないまま、変動の予兆は現実となる。フィシスに補聴器を託した直後にナスカを襲ったメギドの劫火。抑えきれないと思ったそれをジョミー、そしてナスカで生まれた子供達の力を借りて防いだブルーは、皆を守るべく…ただ一人、彼方へと飛んだ。
「眠れる獅子たちよ。…百億の光越え、生きろ、仲間たち」
ナスカから、シャングリラから遙か離れた惑星の裏側。そこにメギドは在った。敵艦の砲火を避け、蒼い光を引いて…圧倒的な質量を誇る惑星破壊兵器の上に降り立ち、サイオンで破壊しながら制御室を目指す。第二弾が発射体制に入ったことを告げる音声が繰り返される中、ただひたすらに。背後から銃撃され、倒れ伏してもなお…ブルーは立ち上がり、その先へと歩いた。もう足取りすらおぼつかないものになっていたが、止まることはしない。
「やはりお前か、ソルジャー・ブルー!」
聞き覚えのある声。振り返ると、あのメンバーズの男がいた。銃を向け、化け物となじりながら。
「残念だが、メギドはもう止められない!!」
右肩に弾が撃ち込まれ、左脇腹、そして左肩。凄まじい痛みを受け、膝を突き、シールドを張ったけれども。
「反撃してみせろ!…亀のようにうずくまっているだけではメギドは止められんぞ!」
男の言うとおりメギドは発射まで1分を切っていた。どうせなら。あの男を道連れに。…ギリギリまで引き付けて。
「少佐、ここは危険です!」
人類側の誰かが駆け込んで来たようだったが、それも。…巻き添えにするまでのこと。
「…これで終わりだ!!」
撃ち込まれた銃弾がシールドを貫くのが見え、右目に激痛が走った瞬間、ブルーは渾身の力を込めてサイオンを床に叩き付けた。蒼い閃光が周囲を包み、全てが光の中に飲まれてゆく。
「キース!!」
さっき飛び込んできた誰かが、メンバーズの男を抱えてテレポートして消えた。ミュウだったのか、と一瞬思いはしたが。ブルーにとって今、ミュウといえばシャングリラの仲間たちのこと。
『ジョミー…みんなを、頼む…!』
遠いナスカにいるジョミーに最後の力を振り絞るように思念を送った。多分、届かないであろう言葉を。…メギドの中枢が爆発する光と衝撃がブルーに迫り、膨れ上がる。その時。
「ブルー!!!」
自分を呼ぶ声を聞いた。そして背後から抱え込むように引っ張られ、空間が歪む。
(ああ…)
幻だ、と思った。さっき見た、メンバーズの男を連れてテレポートしたミュウ。その姿にあまりにも驚いたから…最期の瞬間までこんな幻覚を見ているのだ、と。自分が誰かに抱えられ、何処かへ救い出される夢。
(…ぼくは…そんなにも生きたかったのかな…)
未練など無いはずなのに、と自嘲の笑みが浮かぶ。何もかも、覚悟の上だったのに。
「ブルー!!」
また誰かが呼んだ。いや、耳元で叫んでいた。
「ブルー!…行かないで、ブルー!!!」
(……?……)
右の目が痛い。肩も、脇腹も。皆を救いたいという思いの前に忘れかけていた傷の痛みがはっきりと分かる。何故。…死んだ後までも痛みは残るというのだろうか。全て無に帰るのではなく、永遠に…?
「ブルー!!!」
叫び声と共に暖かいものが身体をふわりと包み、覆うのを感じた。サイオンに…似ている…?
(…なんて…都合のいい夢なんだろう…)
死ぬ瞬間というのは思い通りの夢が見られるらしい。救い出されてみたり、痛いと訴えれば痛みが少しずつ癒えていったり。…左右の肩も、脇腹も…もうあまり痛まない。そして焼けるようだった右の瞳さえ、徐々に痛みが薄らいでゆく。もしかしたら…瞼だって開くのかもしれない。失くした視力を取り戻すことさえ。
「ブルー!」
もう一度、あの声が聞こえた。誰かが叫ぶようにブルーの名を呼んでる。いや…泣いて…いる…?
「ブルー、目を開けて!…お願いだよ、ブルー!!」
泣きじゃくる声と共に誰かに抱きしめられた。その感覚は夢というにはあまりにも確かすぎて。
(……?)
ふっ、と瞼を上げてみた。失った筈の右の瞳が自然に開き、両の瞳で捉えたものは…サイオンの青い光に包まれ、ブルーの身体を抱きかかえている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿だった。
「……ぶるぅ……?」
「…ブルー…。よかった、ブルー…死んじゃうかと思った…」
ぽろぽろと涙を零しながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブルーの顔を見つめた。サイオンの光は消え、青い空が見える。ブルーは地面に横たえられ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が寄り添うように座っていた。身体に受けた銃弾の傷はもう痛まない。右の瞳にも痛みは無く、なにより自分が生きているらしいのが不思議だった。
「ぶるぅ…。ぼくは、いったい…。メギドは…どうなった…?」
「メギド、壊れたよ。…シャングリラは…どこかへワープしてった」
そう言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブルーの右目をそっと瞼の上から撫でた。その手に乾いた血が付く。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分のマントの端を宙に取り出した水の塊で湿らせ、ブルーの顔の汚れを拭いた。
「ブルー。…みんな元通りだね。…あんな無茶をするから。…全部は治せないかと思った…」
「まさか、ぶるぅ…。お前が、ぼくを?」
「うん。ブルーが一人で行っちゃったのが分かったから、目を覚ましたんだ。すぐ追っかけたけど…間に合わなかった。間に合ってたら、あいつに噛み付いてやったのに」
「あいつって…」
「キース・アニアン。噛み付いてやりたかったけど、ブルーを助けなきゃいけなかったから。いつか絶対、噛み付いてやる。ブルーを殺そうとしたんだもの。ぼくの力、ほとんど全部使って…それでも助けるのがやっとだったんだもの。ブルーのためにだけ…ずっと眠って守ってきた力、もうあんまり残ってないみたい」
まだ涙を浮かべたまま、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は二人の周囲を見回した。
「ここが何処かも分からないし、シャングリラに戻る力もないよ。でも、見て。…あんなのがあるんだ」
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が指差した先には、緑の山並みの向こうに墓標のように聳え立つメギドが…白く風化したメギドがあった。辺りは緑の木々に覆われ、鳥のさえずりが聞こえる。ブルーが横たわっているすぐそばでは、かつてシャングリラでも栽培していた桃色の花が風に揺れていた。
「…メギド…なのか?…ずいぶん古いもののようだが」
「ブルーが壊したのとは別のヤツみたいだね。でも、ここ…すごく綺麗だ。あっちの方に海も見えるよ」
「そうか」
ブルーはゆっくりと起き上がり、自分がいる場所を両の瞳で…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が治した赤い瞳で眺めた。さっき顔の血を拭き取られたし、服にも血の痕が残っているから夢でないことは間違いない。自分は生きていて…どこか分からないが、とても美しい星に落ちてきたらしい。アルテメシアでもナスカでもなく、もちろんアルタミラでもなく…見たこともない星。似ているものがあるとしたら、フィシスに見せてもらった地球だろうか。
「…地球に…似ているな…」
「そうだね」
フィシスの地球は「そるじゃぁ・ぶるぅ」も知っている。ただ、フィシスの映像では地上までは降りることが出来ないから…本物の地球の大地がこんなものかどうかは、あまり自信が無いのだけれども。
それから二人で海辺まで行ってみた。ブルーの体調はナスカで目覚めた時よりも良く、撃たれた傷も全て完全に塞がっていた。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は長い眠りの間にかなりの力を蓄えていたのだろう。
「ブルー、これからどうする?…ぼく、シャングリラにはもう飛べないよ」
「ぶるぅに出来ないことは…今のぼくにも出来ないさ」
「…ここ、アイスなんかは無いだろうね。お店も無さそうだし、人も住んでないような気がする」
「それは…ぶるぅにはとても困った状況かな?」
海でパシャン、と魚が跳ねた。多分、なんとか食べていくことは出来るだろうが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の大好きなアイスやグルメとは無縁の生活を強いられそうだ。
「…うん…。……ううん、ブルーが一緒だから我慢する。アイスは一生、食べなくていいよ」
「ラーメンも中華饅頭も無いと思うが」
「毎日、魚と果物でいいよ」
「…すまない、ぶるぅ…。ぼくを助けようとしなければ…」
「ブルーがいなくなったら、ぼく、生きてても仕方ない。ほんとにアイスなんか要らないんだから!」
プイッ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がそっぽを向きつつ、野生の生活に適応すべく胃袋の説得にかかった時。
「あ!…ブルー、あそこ!何か来る」
青い空の彼方にキラリと光るものが現れた。最初は小さな点だったそれは次第に白くなり、更に大きくなって。
「…シャングリラだ…」
ブルーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は信じられないものを見るような目でその船を見上げた。ナスカから何処かへワープしていったシャングリラが其処にある。だが、しかし。ブルーは首を傾げた。何か受ける感じが違うような…。そう思う間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシャングリラに思念を飛ばしたようだ。
「ブルー、フィシスに届いたよ!」
『…ぶるぅと……ブルー!?…本当に…あなたたちなのですか!?』
フィシスの思念がシャングリラから送られてきた。
『フィシス…。ぼくだ。心配をかけてすまなかった。ぶるぅが…助けてくれたんだ』
『…まさか…そんなことが…。すぐに行きます。待っていて下さい、ブルー』
それから間もなく、シャングリラからシャトルが降りてきた。乗っていたのはフィシスと、ブルーの物だった補聴器を着けたオレンジの髪の青年。ソルジャーの衣装と緑のマントの彼がトォニィと名乗ったことでブルーは仰天したが、彼を知らない「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキョトンとしていた。しかしトォニィからこの星が地球だと聞かされ、二人はただ呆然とするばかり。自分たちが時空を越えてしまったらしいことはともかく、人類の聖地である筈の地球にミュウの船…シャングリラが来ているとは、いったいどうなっているのだろう?
二人はシャトルに乗り、シャングリラに収容されて地球を巡る衛星軌道上に運ばれた。眼下には…青い星。
「ブルー、ぼく、本当にブルーを地球に連れて来ちゃったんだね。…そうしたいとは思ってたけど」
「ああ。でも…ジョミーも、ハーレイも…みんな……」
ブルーは昔のままに残されていた青の間に戻った。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋は倉庫代わりになってしまっていたが、土鍋は残っていたので青の間のベッドのそばにある。ナスカが燃えた日は遠い昔になり、荒廃した星だったという地球は青い星に再生した。だが、ブルーが全てを託したジョミーはもういない。ハーレイや長老たちも。
「ブルー…。ぼく、悪いことをしてしまった?…ブルー、泣いてる…」
「…ぶるぅ…。ぶるぅは悪くないよ。ぼくのために…頑張ってくれたんだろう?」
そっと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて、ブルーは優しく微笑んだ。
「今はまだ、とても悲しくて寂しいけれど。…でもフィシスもトォニィも…ミュウのみんなもいる。ぼくは大丈夫だ。それに、誰よりも。…ぼくを助けて地球に連れて来てくれた、お前がいるしね」
「そっか。…ぼく、ブルーが一緒だし、部屋なくなっちゃったけど土鍋があるし。それにアイスも食べられるから帰ってこられて嬉しいよ。フィシス、覚えててくれたんだ…ぼくがアイスが好きだってこと」
シャングリラに戻って最初の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のおやつは大好きなアイスキャンデーだった。再びアイス三昧の日々が始まりそうだが、悪戯の方は分からない。青の間が悪戯の拠点になるのか、伝説の初代ソルジャーの私室として以前にも増して神秘性を増した部屋になるのか、それもまた…分からない。
「ねえ、ぶるぅ。…ぼくたち、浦島太郎のようだね」
「なにそれ?ぼく、知らないよ」
「…地球の…遠い遠い昔のお伽話さ」
ふぅん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が呟いて土鍋の中に入っていった。ごそごそ、と丸くなるのを見ながらブルーもベッドに横になる。メギドに向かって飛んでから、ブルーの感覚ではまだ1日も経っていなかった。色々なことがありすぎて、今は頭が一杯だけれど。目が覚めれば、明日も…すぐそこに青い地球がある。
「…いつか、ジョミーやハーレイたちに会ったら…きっととても驚くだろうね。ぼくが生きて…時を越えて、みんなが見られなかった青い地球を見てきただなんて」
ブルーはベッドのそばの土鍋で寝ようとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」に語りかけた。
「その日まで、ぼくと一緒にいてくれるんだろう?…ずっと、ぼくのそばに」
「うん…」
土鍋の中から照れたように小さな声が返ってきた。
「ブルーを助けた時、ぼくの命の半分をブルーにあげちゃったから。…だから、同じ間だけ…生きられるよ」
「ぶるぅ…。すまない。お前の命を縮めてしまって」
「ブルーが謝ることなんてない」
プイッ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は丸まったまま、そっぽを向いた。
「ブルーは、ずっと誰かのために生きてきたけど。…もうブルーの命はぼくのだから。これからはブルーの好きなことして、自分のために生きて。でなきゃ生きてる意味がないよ」
「……そうなのか……」
自分のためだけに、好きなように生きる。それは…遠い昔にブルーがたった一度だけ願ったこと。そして願いが叶う代わりに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がブルーのもとにやって来た。その「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言うのなら…そんな生き方もいいのかもしれない。だが、具体的な望みも何も…全く思い浮かばなかった。
「自分のため、か…。考えたこともなかったな…」
青の間の静けさの中、ブルーは小さな溜息をついた。ブルーと、ぶるぅ。二人で分けてしまった命がどのくらいあるのか分からないけれど、生きていれば答えは見つかるのだろうか?…ふと、思い付いたのは小さな願い。
「ぶるぅ。…土鍋でないと眠れないかい?」
「…ここしかないよ、ぼくの寝床」
「昔は違ったろう?お前が生まれてすぐ…まだここで一緒に暮らしていた頃」
ブルーはベッドの上に半身を起こし、赤い瞳を土鍋へ向けた。
「お前が構わないのなら、あの頃みたいにここへおいで。…ぼくの今の望みはそれかな。ずっと一人で眠ってきたけど、今夜はお前が隣にいてくれると嬉しい。生きてるんだ、と思えるから」
「いいの、ブルー?…ぼく、土鍋がないと寝相悪いよ」
「かまわないさ。好きなことをしていいのなら…ぼくはお前と一緒に寝たいな」
そして差し出した両手の中に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嬉しそうな顔で飛び込んできた。
「ブルーと寝るの、大好きだった。でも蹴飛ばしちゃったらごめんね、ブルー」
それから少しの間、話をして。ブルーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は寄り添いながら瞳を閉じた。
「…ありがとう、ぶるぅ…。お前がいてくれて本当によかった…」
「ぼくもブルーを助けられてよかった。明日はみんなで地球に行こうね。…お弁当持って…」
青い地球が見える白い船で、二人は眠りに落ちていった。
ジョミーたちが命を落とした後、長い歳月をかけて蘇った地球。人の手をほとんど加えることなく自然にまかせてある青い星…かつてミュウたちが目指した星をシャングリラはたまに訪れる。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がブルーを連れて地球に着いた日は、ちょうどその時に当たっていた。二人にフィシスが告げた言葉は…。
「明日、皆で地球に降りることになっていました。ジョミーたちに花を持って行くのですけど、子供たちはいつも遠足のように楽しみにしています。…ぶるぅにはちょうど良さそうですね」
お弁当がありますよ、と言われて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の顔が輝いた。ジョミーやハーレイ、長老達が地球で亡くなり、その墓参だと分かってはいるのだが…基本はまだまだ子供なのだ。いや、永遠に子供なのかもしれない。ブルーは隣で眠る「そるじゃぁ・ぶるぅ」を夢の中でも抱きしめていた。
(ぶるぅ…。お前がいてくれるから、寂しくないよ。…いつか一緒にジョミーやハーレイたちの所に行こう)
その日まで、ぶるぅに貰った命を…大切に生きる。明日、みんなに花を渡す時に言ってこなければ。
『そっちに行く時まで、自分のために生きてみるよ。ぼくに命をくれた、ぶるぅと一緒にね』
いったい何をやらかす気です、と騒ぐハーレイたちの夢を見ながら、ブルーは幸せそうな笑みを浮かべた。
マザー、役に立たないソルジャー補佐です。シャングリラの年末恒例餅つき大会は大騒ぎでした。ソルジャーの代理で出席しましたが、そこで目撃した光景は…。つきあがったお餅が臼から飛び出し、丸めようと待ち構えていた人たちの頭上を旋回したり、打ち粉をした板の上で転げまわったり。やっとのことで捕まえてみても、柔らかいお餅は伸び縮みして暴れます。その様子はまるで謎の生命体で、とてもお餅には見えません。
「…これはぶるぅの仕業だね」
そうおっしゃったブラウ様の案で「取り押さえたお餅をちぎっては、丸めて餡を詰める」ことに。餡餅作りです。やがてお餅は暴れるのをやめ、出来上がった餡餅が次々に消え始めました。ブラウ様はニヤリと笑って…。
「さぁ、餡の中にコレを混ぜるんだ。たっぷりと入れておくんだよ」
取り出されたものはコチュジャンでした。いわゆる真っ赤な唐辛子味噌。これをたっぷり混ぜた餡餅が出来、お皿の上に置かれると…。コチュジャン餅はフッと消え失せ、ほんの少しの間があって。
「お~ん!!!」
ものすごい悲鳴と共に何かが走り去る音がしました。その後、お餅は逃げも暴れもせず、無事に餅つき大会終了。ソルジャーへのご報告をしに青の間に戻ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が涙目になってコタツの上で丸まっており、口から棒が突き出しています。アイスキャンデーの棒に似ていますけど…。
「棒つきキャンデーだよ。火を噴きそうだって言ったから」
ソルジャーが笑いながらおっしゃいました。
「悪戯が過ぎたみたいだね。口の中どころか身体中が熱くてコタツにも入れないそうだ。…盗み食いなんかするからだよ。大丈夫かい、ぶるぅ?」
ソルジャーに撫でてもらいながらも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は涙をポロポロ零しています。当分、お餅が嫌いになるかもしれません。『雪見大福』のマイブームまで去ってしまったら可哀相かも。
そしていよいよ大晦日。ソルジャーは今日もコタツにおいでです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青の間に顔を出して専用湯飲みで一服した後、上機嫌で「かみお~ん♪」と歌いながら何処かへ出かけてしまいました。相変わらずあの歌が大好きですが、調子っぱずれなのは直りませんね。
「オルゴールに合わせて歌っていれば直るかもしれない。せっかくサンタに貰ったんだし」
ソルジャーがおっしゃるオルゴールとは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサンタさん(実は長老方)から貰ったプレゼントの1つ。お気に入りの『かみほー♪』が流れるもので、私はエラ様の贈り物じゃないかと思っています。
「あの歌、本当に好きですね」
「ぶるぅが最初に覚えた歌だ。生まれてから一ヶ月ほど、ぼくと一緒に暮らしてて…その間にね」
え。もしかして『かみほー♪』はソルジャーもお気に入りですか?
「地球へ帰ろうという歌詞だろう。SD体制前の歌だが、ぼくは好きだ。最近カバーされたのは知っているかい?」
「教えてもらいました…「そるじゃぁ・ぶるぅ」に」
「ジョミー・マーキス・シンという歌手が歌っているんだよ。芸名だけど、ぼくはこの名も気に入っている。…この名前がいつかミュウに希望をもたらしてくれる…。そう思うんだ」
予知ですか、と聞こうとして私はやめました。ソルジャーの瞳に揺れている何か…希望のような、見果てぬ夢のようなもの。大切な想いなのでしょう。…ジョミー・マーキス・シン……ちょっと素敵な名前かも。
「あのぅ、ソルジャー…。名前で思い出したのですが」
しばらくしてから尋ねてみたのは、ある人物のことでした。
「女神ちゃん、って誰なのでしょう?「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお友達の」
フィシス様によく似た『女神ちゃん』ですが、フィシス様ご本人とは思えません。もしかしてフィシス様にも「そるじゃぁ・ぶるぅ」みたいな分身(?)が存在するのでしょうか。
「ああ、フィシスとは関係ないよ。かといって無関係でもない。…ぶるぅがフィシスの姿を真似てあの姿を創り出している。核になっているのは友達のレインだ」
「は?」
「ナキネズミのレインだよ。ぶるぅの部屋にいただろう?…ぶるぅはぼくがフィシスと過ごすのを見ているうちに、フィシスのような友達が欲しくなったらしい。レインではつまらなくなったんだ。いつの間にかサイオンでレインにフィシスの姿を映して一緒に遊ぶようになっていた。…あれがレインだと見抜くミュウはまずいないだろうね」
なんということでしょう!女神ちゃんの正体は…ナキネズミのレイン?!
「長老たちには伝えたけれど、彼らにもレインには見えないらしい。「箸で何かを食べさせてもらっているのを目撃した」という報告も聞いた。…本当はプカルの実をもらって食べていただけなんだが」
女神ちゃんがナキネズミ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン能力はやはり桁外れらしいです。
そんなお話を伺っていると、突然、青の間にコタツがもう1つ増えました。今あるものと同じ4人用です。そして間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」が荷物を持って帰ってきたではありませんか。大きな風呂敷包みが…2つ?
「ブルー、予約しといたの貰ってきたよ!『地球に一番近い店』のおせち!!」
え?それって毎年発売と同時に完売と噂の、「地球に一番近い惑星」首都圏星ノアの高級料亭が作る限定おせち!?それを2セットも予約できたとは、「そるじゃぁ・ぶるぅ」、凄すぎです。
「せっかくだからコタツも買った。お正月にみんな座れるように」
青の間に新年のご挨拶にいらっしゃる方々は、長老方とフィシス様だと聞いています。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の他に6名様。コタツの定員ちょうどですね。では、皆様で限定おせちを囲んでお正月ですか。
「ぶるぅ。…どうせなら年越し蕎麦も皆で食べようか?」
「えっ、ぼくの分…なくなっちゃうよ、そんなに呼んだら!」
「大丈夫。ぶるぅの分は好きなだけ食べられるようにしてあげるから」
そんなやり取りの後、私はソルジャーのご命令を受けました。
「ハーレイたちとフィシスに伝えてくれ。今夜は年越し蕎麦を食べにここへ来るように、と」
その夜、青の間は賑やかでした。長老方全員とフィシス様がお見えになって、コタツで年越し蕎麦をお召し上がりになったのです。リオさんが厨房から8人前の年越し蕎麦をワゴンで運んできましたが…。
「おかわり!」
「はい、只今すぐ!」
私は隠し部屋にある簡易キッチンでひたすら蕎麦を茹でていました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「わんこそば」のような勢いで年越し蕎麦を食べまくっているのです。私、自分の分の年越し蕎麦を食べられない内に大晦日が終わってしまうかも。いったい何杯食べるのでしょう。あ、また「おかわり」?
「ソルジャー、増えたコタツはどうなさるんじゃ」
「そうだね…。明日は皆でおせちを食べるとして、その後はどうしよう?欲しいっていうならゼルにあげるよ」
「ふむ。休憩室にあると具合がいいかもしれんのう」
そんな会話を遮るように割って入ったのはブラウ様でした。
「コタツの行き場は後でいいじゃないか。それより、三が日は成人検査も正月休みだ。緊急事態はほぼ無いだろうし、おせちの後は麻雀大会にしないかい?もちろんサイオン使用禁止で」
「いいかもしれんな。…で、何か賭けるのか?」
冷静な言葉はキャプテンです。…っていうか、麻雀大会で決定ですか。
「そうだねえ。ネズミ年だし、負けたヤツは3日間、ネズミ耳のカチューシャをつけて過ごすとか」
「そ、それは…」
キャプテンが恐ろしそうにブラウ様を見ておられます。キャプテンにネズミ耳はキツイですよねぇ。…そこへ。
「ぼくはネズミ耳で構わないよ。…みんな、頑張ってくれたまえ。とりあえず、ぼくは負ける気はない」
あぁぁぁ。やる気でらっしゃいますか、ソルジャー!…あえて止める気はございませんが…ご健闘をお祈りします。
マザー、私は午前0時になる寸前にやっと年越し蕎麦にありつきました。長老方とフィシス様は明日の「おせち」と麻雀大会に備えてお部屋に戻られ、ソルジャーはベッドに。そしてコタツではお腹一杯になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が幸せそうな顔で爆睡中です。今夜は土鍋は要りませんね。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が地球に焦がれておいでのソルジャーのために買ったらしい『地球に一番近い店のおせち』がどんなものなのか楽しみですが、麻雀大会の行方も気になります。ネズミ耳はソルジャーになるといいなぁ…なんて夢を見るのはダメでしょうか?あ、今、年が変わりました。あけましておめでとうございます、マザー。
マザー、クビになる気配のないソルジャー補佐です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が誕生日プレゼントに欲しがった「四人用コタツの上に辛うじて乗っかるサイズの巨大クリスマスケーキ」。食いしん坊の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお腹一杯で動けなくなるまで詰め込み、ソルジャーが頑張ってケーキ皿3杯分を召し上がっても、まだまだ余ってしまいました。結局、残りは切り分けて希望者に配ることになったのですけど。
「………想定外………」
「ソルジャーが食べ残されたケーキ」という噂が思念でシャングリラ中に広まってしまい、ケーキの数を大幅に上回る女性が食堂に詰めかけ、くじ引きだのアミダだのと争って奪い合う始末でした。おかげで「そるじゃぁ・ぶるぅ」の人気が少し上がったみたいです。ソルジャーが召し上がったのと同じケーキなんて、まずあり得ないことですから。
1歳になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は相変わらずの悪戯好きで、アイス好き。今は誕生日の翌日にショップ調査に出かけて初めて食べた『雪見大福』がマイブームです。前はアイスキャンデーばかりだったのに、見た目がアイスに見えない雪見大福に手を出したのは「成長した」ということでしょうか。そしてソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がクリスマスの朝になっても消えずにいてくれたので、とても喜んでおられます。
「ぶるぅはもうすぐ帰ってくるかな」
今日も「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお出かけ中ですが、青の間のコタツの上には「そるじゃぁ・ぶるぅ」専用の湯飲みが置いてありました。ソルジャーがこっそりお買いになった「サンタさんからのプレゼント」です。
「夕食を何か送ると言ってきたから、ここで食べていくつもりだろう。…何が届くのかな」
「ソルジャーなら、お分かりになるんじゃないのですか?」
「その気になればね。でも分からない方が楽しいと思わないかい?」
そうおっしゃった途端、コタツに座ってらっしゃるソルジャーの前に大きなお皿が現れました。
「…カニか…」
「カニですね…」
山盛りのズワイガニが乗ったお皿に続いて野菜が沢山入ったお皿、出汁が入った大きな土鍋、そして取り皿が4人分。コタツでカニすきをするつもりのようです。
「これはハーレイの出番だな。卓上コンロを持って夕食を食べにくるよう伝えてくれ」
そういえば青の間の警備員をしていた頃に、キャプテンが『ちゃんこ鍋』用に卓上コンロを持っておいでになりましたっけ。フィシス様もお呼びしなくてはいけませんね。
「…フィシスはカニはダメなんだ」
「は?」
「蟹アレルギーらしい。ぶるぅは忘れてしまったようだが」
前の冬に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が届けたカニを召し上がったフィシス様がアレルギーを起こされたらしいのですけど、生後2ヶ月くらいの頃だったためか記憶から抜けたみたいです。
「せっかくだから君が食べたまえ。…苦手だというならリオを呼ぼう」
とんでもない!カニは子供の頃から好きなんです。そういうわけで、ソルジャーにキャプテン、帰ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒にコタツでカニすきを頂くことになりました。
キャプテンが運んでこられた卓上コンロの上で土鍋が湯気を立て、野菜を入れてカニを入れて…。
「ハーレイ、ぼくの分はよろしく頼むよ」
「承知しております」
ソルジャーが指差されたカニをキャプテンが鍋から引き上げ、よく詰まった身を器用に外していかれます。もしかしてキャプテンをご指名になったのは…。
「カニはハーレイに限るんだ。ゼルとヒルマンは自分の分を食べるのが精一杯らしくてね。…ハーレイはぼくの分を用意しながらでもちゃんと食べることが出来るのに」
なるほど。ソルジャーの取り皿にカニの身を入れ終えたキャプテンは、もう別のカニを引き上げておいででした。私は自分のカニと戦っている最中です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はといえば、カニを殻ごとバリバリ噛み砕き、取り皿に殻だけを吐き出していました。実に逞しい食べっぷりですが、正反対にカニの身を外す作業をキャプテンに丸投げなさるソルジャーは…?
「…カニは好きだが、上手く身を外せないものだから。ハーレイは上手なんだし、いいだろう?」
そうおっしゃったソルジャーの悪戯っぽい笑顔が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に似ているかも、と思ってしまったのは内緒です。もっとも私の思考はソルジャーにはすぐに分かってしまうので…あまり自信はありませんけど。
マザー、もうすぐシャングリラに新しい年がやって来ます。年末恒例の餅つき大会で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が何をやらかすか、賭けを始めた人たちが沢山いるとかいないとか…。もしも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が悪戯するなら、お餅の中身がアイスに化けそうな気がします。マイブームは雪見大福ですから。…来年もソルジャーがお元気でお過ごしになれますように。私たちミュウが少しでも地球に近づけますように。…これで報告を終わります、マザー。