シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
マザー、肩書きばかり立派で中身が伴っていないソルジャー補佐です。シャングリラにもクリスマス・イブがやってきました。子供たちが劇場でキャロルを歌い降誕劇を演じます。いい子の部屋には夜にサンタクロースが訪れるとあって、この日ばかりは「そるじゃぁ・ぶるぅ」も悪戯をせずにいましたが…。
「あっ、ソルジャーだ!」
えっ?…子供たちの声に、公園にいた私とキャプテンは驚いて辺りを見回しました。公園には大きなツリーが飾られ、ソルジャーもお見えになるはずですが予定の時間には早すぎます。お供のリオさんが時間を間違えたのでしょうか?
「なんだ、ぶるぅじゃないか。…悪戯できないので散歩中だな。ああして見るとまるで似てないこともない」
キャプテンがおっしゃるとおり「そるじゃぁ・ぶるぅ」がのんびり散歩をしていました。
「ぶるぅも明日で1歳か。誕生日のプレゼントはクリスマスと一緒にされるわけだな」
「明日が誕生日だったんですか?」
「なんだ、知らなかったのか。…ソルジャーから聞いているものと思っていたが」
「いいえ、全然。何か用意しないとまずいでしょうか?」
「ぶるぅにはアイスがあれば十分だ。その気があるなら手作りアイスでも贈るといい」
そんな会話をしている所へソルジャーがおいでになったのですが…子供たちはビックリ仰天。
「えっ、ソルジャー!?…ソルジャーが二人!!?」
「…君たちに会うのは初めてかな?…ぼくと、あっちと。どっちが本物のソルジャーだろうね」
ソルジャー、もしかして楽しんでらっしゃいますか?子供たちはソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を交互に見比べ、やがてソルジャーの方を指差しました。
「こっちだと思う。…あっちのソルジャーとは何度も一緒に悪戯したけど、いつも後から叱られたから。ソルジャーがそんなことなさるわけがないでしょう、って」
「そうだったね。ぶるぅと遊んでやってくれてありがとう。…また一緒に遊んでやってくれると嬉しいな」
「はい、ソルジャー!!」
子供たちは元気一杯です。いいんですか、ソルジャー?シャングリラ、めちゃめちゃにされちゃいますよ?
ソルジャーは公園、ブリッジ、劇場、食堂…とシャングリラ中を回り、会う人ごとに言葉を交わしていかれました。全員と話し終える頃にはすっかりお疲れになっておられましたが、そんな気配は微塵もお見せになりません。この後はパーティーもあるので皆がソルジャーと会場へ行こうと待っているのが分かります。
「みんな、ソルジャーを少し休ませて差し上げてくれ。…会場へは後でおいでになるから」
キャプテンが馴れた様子で割って入るとリオさんと私に「ソルジャーをお部屋へ」と指示されます。私たちは急いでソルジャーを青の間にお連れし、ベッドに横になっていただきました。
「…情けないな…。皆が楽しみに待っているのに」
『ソルジャーのお身体の方が大切なのは、皆、承知していますから』
パーティーの時間になってもソルジャーは横になられたままで、リオさんが会場へ欠席を伝えに行きました。
「ぶるぅは?…あれから姿を見ていない」
「お出かけしたんじゃないでしょうか?悪戯するとサンタさんが来ないと思ってますから、退屈して外へ」
「じゃあ、その内に戻ってくるな。…早く寝ないとサンタは来ない、とも言っておいたし」
ソルジャーはベッドの下に隠したプレゼントの包みを出してくれるように、とおっしゃいました。
「子供たちのサンタの役目はヒルマンなんだが、ぶるぅの分はハーレイに頼んだ。…パーティーが終わったら、これをハーレイに届けてくれ。ぶるぅが悪戯好きでなければ、あらかじめ預けておけたんだけどね」
そういうわけで私はパーティーが終わって少し経った頃、キャプテンのお部屋に行ったのですが。
「キャプテン!?…本当にサンタさんなんですか!?!」
キャプテンは赤いサンタの衣装を身につけ、付け髭までしてらっしゃいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯で長老方が白いファーつきの赤いマントというクリスマスっぽい衣装を着せられた時、キャプテンだけはご無事だったので(補聴器にトナカイの角をくっつけてらっしゃいましたが)、船長服以外のお姿を拝見したのは初めてです。
「…ぶるぅにプレゼントを届けるんだぞ?私だとバレては可哀相だ。最初のクリスマスくらいサンタを信じたままでいさせてやろう、と長老全員の意見が合った。皆、プレゼントも用意してきたし」
机の上に置かれた白い袋には長老方から「そるじゃぁ・ぶるぅ」へのプレゼントが詰められているようです。キャプテンはソルジャーが用意なさった湯飲みの箱をその中に加え、夜中になったら届けに行くとおっしゃいました。…夜更けのシャングリラでサンタクロースをなさるキャプテン。ちょっと見てみたい気がします。
「ソルジャー、プレゼントをキャプテンにお渡ししておきました。夜中に届けて下さるそうです」
青の間に戻って報告するとソルジャーはベッドの上で笑みを浮かべて頷かれました。
「ぶるぅは部屋で眠ったよ。ちゃんと大きな靴下も用意したようだ。…でも、靴下で間に合うかな」
長老方が用意なさったプレゼントのことをご存知のようです。私も用意すればよかったかも。あっ、プレゼントといえば明日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日だとキャプテンが…。本当に手作りアイスでいいんでしょうか?
「…かまわないよ。ぶるぅはアイスが大好きだから、作ってくれれば喜ぶと思う。でも…」
ソルジャーは瞳を閉じて深い溜息をつかれました。
「もしかしたら。…明日になったら、ぶるぅはいなくなっているかもしれない」
え?「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいなくなる?
「初めてのクリスマス・プレゼントを用意したけど、それを喜んでくれるぶるぅは…いないかもしれないんだ」
なんですって!?…なぜですか?どうしていなくなるなんておっしゃるのですか、ソルジャー!?
「…君はソルジャー補佐、だったな。…話しておいた方がいいかもしれない。ぼくも…まだ眠れそうにない」
マザー、青の間に出勤するようになって以来、勤務時間はとても規則正しいものでした。ソルジャーのお身体のこともあって、退勤時間は予定より早くなることもけして珍しくはなかったのですが…。この日、私は初の残業になりました。クリスマス・イブに残業といえば世間では「惨め」の代名詞になっているようですけれど、ソルジャーのお役に立てるのならば惨めだなんて言い出すミュウはきっといないと思います、マザー。
マザー、役立たずのソルジャー補佐はクビにならずに出勤してます。クリスマスを目前にして青の間にクリスマスツリーが出現しました。全体が青く輝く綺麗なツリーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が何処かで見つけてきたものです。
サンタに「ブルーと一緒に地球へ行きたい」と頼めば実現すると考えていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、ソルジャーに「サンタは大人にはプレゼントをくれないから、ぼくも一緒にというのは無理だ」と聞かされ、諦めた様子でした。あの時、ソルジャーを慰めようと阿波踊りまで踊った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。普段の行動からは想像もつかないほど「そるじゃぁ・ぶるう」はソルジャーを大切に思っているようです。
「…ぶるぅが諦めてくれてよかった。クリスマスツリーも送ってきたし、頭の中はもうクリスマスで一杯かな」
ソルジャーはコタツでお茶を飲みながらツリーを眺めておられました。
「一緒に地球へ行くんだ、と言い出した時はどうなることかと思ったけれど」
「よほどソルジャーのことが好きなんですね。サンタさんへのお願いのこととか、阿波踊りを踊ってみせたこととか」
そう言った拍子に、つまらないことを思い出しました。劇場で会った阿波踊り勝手連の代表さんが「ソルジャーは阿波踊りが上手いらしい」と言ってましたっけ。
「…あのぅ、ソルジャー…。ひとつお尋ねしてよろしいですか?」
「なんだい?」
「前に噂を聞いたのですけど、ソルジャーも阿波踊りをなさるというのは本当でしょうか」
「そういえばもう何十年も踊ってないか…。見たことのない者が殆どになってしまったかもしれないな」
えぇぇっ!あの噂は真実だったんですか!?
「シャングリラに阿波踊りを持ち込んで広めた、と言っただろう。ぼく自身が踊れなくてどうする」
ひゃぁぁ!…それじゃ、やっぱり揃いの法被で勇壮な男踊りとか、それとも粋でしなやかな女踊りとか…。
「ぼくは両方踊れるが?…でなければ皆に教えることができないだろう」
それは…かなり見てみたいかも。「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですら見事に踊っていたのですから。
「…いつかそういう機会があれば」
そうおっしゃってソルジャーはコタツからお出になりました。ベッドへ行かれるのだと思ったのですが。
「少しだけ外へ出かけてくる。…誰かが来たら、すぐに戻ると言っておいてくれ」
青の間からテレポートされたソルジャーがお帰りになったのは30分ほど経った頃でした。アタラクシアにある有名な和食器店の名前が書かれた紙袋を提げていらっしゃいます。
「…すぐに戻ってくるつもりだったが…こういう店にはクリスマス用のいい包装紙が無いのだな」
「は?」
「子供向けの包装紙は置いていないと言って、ラッピングしてくれる店を教えてくれた。そこで包み直してもらってきたんだ。思ったより時間がかかってしまった。…留守の間に誰か来たかい?」
「いいえ、どなたもおいでになっていません」
「それはよかった。…皆、ぼくが外へ出かけるのを危険だと言って嫌がるから。でも、どうしても行きたかった」
ソルジャーは紙袋から小さな包みを取り出されました。クリスマスらしい包装紙に可愛くリボンがかかっています。
「ぶるぅが「クリスマスに新しい湯飲みが欲しい」と思っているんだ。それが分かった時から時々あちこちの店をここから眺めて捜していた。この店の湯飲みが一番ぶるぅの好みに合いそうでね」
クリスマスまで隠しておかなくては、とベッドの下に紙袋ごと大切そうにしまわれました。
「喜んでくれるといいんだが。…ぶるぅが初めてサンタから貰うプレゼントだし」
えっ、ソルジャーがプレゼントなさるんじゃなくてサンタさんですか?
「サンタを信じている子供だよ、ぶるぅは。眠っている間に誰かに届けてもらわなくては…。ぼくが行くとサンタじゃないと分かってしまう。ぶるぅはぼくのサイオンに敏感だ」
ああ、それでこの前、ソルジャーが沈んでいらしたのが分かったんですね…「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「こんなに楽しい気分でクリスマスのプレゼントを捜したことはない。……ぶるぅは貰ってくれるだろうか」
「欲しがっているものなんでしょう?大丈夫ですよ」
「ああ、そうか。…そうだったな」
ましてサンタさんからのプレゼントだと信じているんだし大丈夫、と思った私はソルジャーのご様子が少しおかしかったことに全く気付きませんでした。
「ところで、ソルジャー。さっきから気になっていたんですけど、そのお姿で行かれたんですか?」
瀟洒な白と銀の上着に薄紫のマント。目立つなどというレベルではありません。
「ああ。…大丈夫、人間にはこの服装には見えていない。もちろん髪も、この瞳もだ」
そういえば服装以前の問題でした。ソルジャーの赤い瞳に驚かない人間は多分いないでしょう。
「普通の人間だと思い込ませるようにサイオンを使っているんだよ。…ぶるぅにも同じ力がある。だから自由に出歩いてるし、食べ歩きだってできるわけだ。ぶるぅの服もぼくのとあまり変わらないだろう?」
言われてみればそのとおりです。気にしたこともなかったですけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーとよく似た服で…とても目立つ服でウロウロ外出してましたっけ。あんな格好のお客さんが来たら、普通の店なら大騒ぎです。今まで気付いていなかったなんて、私も相当な間抜けなのかもしれませんね。
マザー、今日はソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の特別な力を知りました。自分の外見をごまかすなんて、並みのミュウには出来ません。一時的な目くらましなら、私でも頑張ればなんとかなるかもしれませんけど、長時間、しかも不特定多数が相手となると難しそうです。ソルジャーがお出来になるのは納得ですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にもそんな力があったとは。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいったい何者なんでしょうか、マザー…?
マザー、青の間でソルジャーにお仕えする補佐になりましたけど…憧れだったソルジャーと「青の間の雰囲気ブチ壊し」なコタツで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が届けてきたラーメンを一緒に食べたりもしましたけれど。やはりソルジャーは手の届かない方なのだ、と思い知らされる時はあるものです。
クリスマスを間近に控えたある日、フィシス様がいらっしゃいました。いつものようにコタツにソルジャーと二人でお座りになり、手を絡めて地球を見せておられます。私は離れた所でそれを眺めているだけでした。コタツの上のミカンも湯飲みも、何もかも消えてゆくようで…ソルジャーとフィシス様の他には、誰も存在していないようで。そんな時間を過ごされた後、フィシス様がお帰りになると、ソルジャーは吐息をついてベッドに横になられました。
「…地球は遠い…」
きっとお疲れなのでしょう。夕食にはまだ早いのですが、お休みになるのならリオさんに連絡しなくては。
「…大丈夫だ…。いつもより長く見ていたから…降下していくままに地球へ降りたいと…。降り立つことは出来ないと分かっていても、弾かれてしまうまで見ていたくなる…」
フィシス様の地球を私は見たことがありません。地球へ降りてゆく映像があるとは初耳でした。
「いつも決まって同じ場所だ。…地球の中枢があるのかと思ったりもしたが、分からない…」
水をくれないか、とおっしゃったので湯飲みではなくグラスに入れてお渡ししました。ソルジャーはベッドに半身を起こされ、ゆっくりと水を喉の奥へと滑らせて。
「あの場所が何処なのか、何度も調べた。だが分かったのは…古い記録だけだ。SD体制よりも遥か昔の、まだ国境があった時代の…小さな島国の小さな島の一部分。なぜかとても懐かしく思えて、そこにあったと伝えられている踊りをシャングリラに持ち込んで広めたりもした」
あ。その踊りが、劇場支配人時代に見聞きしたシャングリラの夏の名物、阿波踊り…?
「ああ…。そして、その徳島の出身という人の名を、ぼくは確かに知っているのに…いくら調べても分からない。竹宮恵子とは誰だろう?長老たちも他のミュウも、皆、この名前を知っている。…君の記憶にもある筈だ」
竹宮恵子。その名は確かに知っています。でもソルジャーがおっしゃるとおり、誰なのか思い出せません。
「…徳島…それに竹宮恵子。…全ての答えは遠い地球にしか無いのだろうか…」
ソルジャーの瞳があまりにも悲しそうだったので、私はそっと背を向けることしかできませんでした。そこへ…。
「かみお~ん♪」
能天気かつ調子っぱずれな歌声がして「そるじゃぁ・ぶるぅ」が青の間に入ってきました。マイクは握っていないようですが、コタツ以上に「雰囲気ブチ壊し」な存在です。でもソルジャーの気分転換には最適なヤツかもしれません。私の心を知ってか知らずか「そるじゃぁ・ぶるぅ」は珍しく踊り始めました。エレベーターからベッドの方へと軽快な足取りで進んできますが、この踊りは…阿波踊り勝手連の皆さんが練習していた男踊りではありませんか。
「♪えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々…」
ヘタクソな歌を歌って踊りつつ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやってきます。踊りの方は歌に似合わず見事でした。いつの間にかソルジャーの赤い瞳が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に向けられていて、やがて静かで優しい声が…。
「ぶるぅ…。すまない、ぼくの沈んだ心が伝わったのか…」
プイッ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそっぽを向き、踊るのをやめてベッドのそばに来ました。
「ブルーが謝ることなんかない。…謝られたって嬉しくない」
そう言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は横たわっておられるソルジャーのお顔をじっと見ています。
「そんなに悲しくなるんだったら、地球なんかもう見なきゃいいのに。…でなきゃサンタに頼めばいいのに」
は?…サンタ…?
「クリスマスにお願いすれば、サンタが連れてってくれるかも…。地球に」
えぇっ、サンタクロースに頼んで地球へ!?…でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本気で言ってるみたいです。考えてみれば、まだ生まれてから1年も経っていないと聞いたような気も…。
「…ぶるぅなら行けるかもしれないな」
ソルジャーは透き通るような笑みを浮かべて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭をそっとお撫でになりました。
「いつか…地球へ行けたとしたら。ぼくにも見せてくれると嬉しい…。ぶるぅ、お前なら…きっと行ける」
「ブルーは?…ぼくなら行ける、って…ブルーは?」
ソルジャーは黙って首を静かに横に振られました。まさか…それまでお身体がもう持たない、と?私が思わず息を飲むのと同時に「そるじゃぁ・ぶるぅ」もビクンと震え、ソルジャーを睨むように見ていましたが…。
「ブルーが行かないなら、ぼくも行かない。…一緒でなきゃ嫌だってサンタにお願いするんだから!」
そう叫ぶなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青の間から走り去りました。
「…嫌われてしまったかな…。慰めに来てくれたんだろうに。サイオンは強くてもまだまだ子供だ…」
溜息をついてソルジャーは瞳を閉じられ、そのままお休みになったのでした。
マザー、補佐の肩書きを頂いていても、私は全くソルジャーのお役に立てないようです。フィシス様やリオさんの方がよほどソルジャー補佐に相応しいかと…。いっそ「そるじゃぁ・ぶるぅ」のようにサンタクロースにお願いすればいいのでしょうか?「ソルジャーのお役に立てるような能力を下さい」って。この際、神頼みも重要だという気がしてきました。ところで、マザー。サンタクロースは神様の中に含まれますか…?
マザー、青の間にソルジャー補佐として出勤する身になりました。副船長の就任挨拶で初めてソルジャーにお会いしたような私が大役を頂いた理由は「ミュウらしからぬ図太い神経」らしいです。夢見る乙女のつもりでしたが、何処で道を踏み誤ったのでしょう。でも、そのお蔭でソルジャー補佐になれたのですし、まぁ…いいかな、と。
非の打ち所のないミュウの長、ソルジャーはベッドで眠ってらっしゃらない時はコタツに座って過ごされます。『ソルジャー・ブルー様ファンクラブ』の会員さん達が御覧になったら、ショックのあまりサイオン・バーストを起こしかねない光景かも。今日もコタツの上には山盛りのミカンとソルジャー専用の湯飲み、そしてオヤツの塩煎餅が…。
「…君は味噌とトンコツ、どっちが好きだい?」
「は?」
いきなりソルジャーに問われた私は、キャプテンにお借りした少女マンガ『エロイカより愛をこめて』を閉じました。サボッていたわけではありません。「自分一人がコタツに座る」のはソルジャーのお気に召さないらしく、たまにリオさんも座っていきます。私は特に用の無い時はコタツで本を読むことにしていました。
「味噌とトンコツ、どっちが好きかと聞いたんだが」
「…どちらかといえば味噌でしょうか」
「分かった」
そうおっしゃってから10分くらい経った頃。コタツの上に突然ラーメン鉢が2個、現れました。中身は出来立ての味噌ラーメンとトンコツラーメン。レンゲと割り箸も添えてあります。もしかしてこれは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が?
「食べたまえ。味噌は君の分だ」
ソルジャーはトンコツラーメンを前に馴れた手つきで割り箸を割っていらっしゃいます。
「ぶるぅが送ると言ってきたから、君の分も送ってもらった。一人で食べてもつまらないだろう」
「えっ、でも…私、お弁当が届きますし」
「リオは来ないよ」
青の間に出勤中の私の食事はお弁当。リオさんがソルジャーのお食事と一緒に届けて下さっています。
「ぶるぅが何か送ってくるのは分かっていたから、今日の昼食は断っておいた。…君の分もね」
ソルジャーは予知もお出来になるのでしたっけ?…「そるじゃぁ・ぶるぅ」お気に入りらしいラーメン店の味噌ラーメンはとても美味しいものでした。
空になったラーメン鉢とレンゲを洗って戻ってくると、ソルジャーが何処からかお金を取り出して鉢にお入れになりました。次の瞬間、鉢とレンゲはフッと消え失せ、お店に返却されたようです。
「本当に出前だったんですね…」
「器ごと送ってきた時はちゃんと支払うようにしている。…それ以外の時は、ぶるぅが払っている筈だ」
「お金を持っていたんですか!?」
「当然だろう。無銭飲食や万引きを覚えたのではたまらない。毎月、お小遣いを取りに来るよう言ってある」
以前、キャプテンにはぐらかされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の買い物の謎はアッサリと解けてしまいました。ソルジャーがお金を与えておられるのでは、一般のミュウには教えられなくて当然です。では、ソルジャーのお金の出処は?…通信士補佐の頃に耳にした「宝くじ」ではないでしょうね?
「…ぼくが買って当てた宝くじの一部を貰って使っている。ぶるぅが来るまでは使うことなどなかったのだが」
ソルジャーはおかしそうにお笑いになりました。
「ぶるぅと言えば…カードを用意しておかなければ。明日は劇場で新曲発表会だと張り切っていた。さっきのラーメンは『発表会の応援をよろしく』とアピールするための出前なんだよ」
えっ、劇場で新曲発表会?…劇場支配人だった時にキャプテンと出かけたアレでしょうか。「応援よろしく」とアピールがあったからには、明日はソルジャーがお出かけに?
「いや、ぼくは劇場には出かけられない。…行ってやりたいが、滅多にここから出ないぼくが…ぶるぅの応援のために出かけたりしたら、シャングリラの皆の気持ちはどうなると思う?」
そうでした。ソルジャーはお身体が弱っておられるのを隠すためなのか、青の間からお出になりません。でも…シャングリラの皆さんの気持ちの前に、ソルジャーご自身のお気持ちはどうなるのですか?
「…ぼくの個人的な感情はいい。ソルジャーとは…そういうものだ」
ふと寂しそうな笑みを見たと思ったのは気のせいでしょうか。ソルジャーはすぐに明るいお顔に戻られました。
「ぶるぅに渡してもらう花束の用意をハーレイに頼んできてくれたまえ。その間にカードを書いておくから」
ブリッジでキャプテンに伝言をお伝えして戻ると、ちょうどカードを封筒に入れておられるところでした。花束とカードの取り合わせには覚えがあります。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の新曲発表会の時、私が手渡した花束にカードが添えてありましたっけ。キャプテンは「長老全員で演じる架空の人物」からの贈り物だとおっしゃいましたが…。
「紫の薔薇が50本と、カード。ぼくが本当の贈り主だと、ぶるぅはちゃんと気付いているよ。自分で渡してやりたいけれど、それはできないことだから…ハーレイたちに頼んだんだ」
そう言って見せて下さった封筒には『紫のバラの人より』という綺麗な文字が書かれていました。
マザー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の新曲発表会にはキャプテンが出席なさったようです。当日、紫の薔薇の花束を抱えてカードを取りにこられましたから。ソルジャーは「今日は早めに眠る」とお休みになられましたが、青の間のベッドで横たわりながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」を『視て』おられたのでは…という気がします。そんなソルジャーが『ガラスの仮面』をお読みになったことがあるのか、知りたいと思うのは罪でしょうか…。
マザー、副船長の重責からやっと解放されました。が、今度はソルジャー補佐だそうです。『ソルジャー・ブルー様ファンクラブ』の皆さんの恐ろしさを身をもって思い知った直後の人事だったので喜びよりも恐怖がこみ上げてきます。こんなことなら「そるじゃぁ補佐」の方がよほどマシかも、などと考えながら部屋を出ました。ええ、まだシャングリラに来た時の個室のままでお引越ししていないんです。無事に青の間まで行けるでしょうか…。
闇討ちに遭うかもしれないと覚悟していましたが、居住区域を抜けていく間、何事も起こりませんでした。後日、噂で聞いた話では『ソルジャー・ブルー様ファンクラブ』には「ソルジャー付きの人には手出し厳禁」という鉄則があるそうです。さて、青の間に着いたのはいいですけれど…ソルジャー補佐って今度こそ何かの間違いでは?副船長の就任挨拶の時と違って同行してくれる人もいないので、青の間に入る勇気が出てきません。扉の前で固まっていると…。
『…入りたまえ』
ソルジャーの思念が届きました。本当に入ってもいいんでしょうか?でもソルジャーのお言葉だし、と思い切って青の間に入りました。エレベーターに乗っている時間がお掃除に来ていた時の何十倍も長く感じられた気がします。
「…君は清掃員の方が気に入っていたのかい?」
笑いを含んだ声がしました。ソルジャーがベッドの縁に腰掛けていらっしゃいます。
「ソルジャー補佐では不満だろうか」
「い、いえ…そんなことは…。ただ、どうしてこんなお役を頂けるのかが分からなくて…」
「今度はぶるぅの部屋に閉じこもらなかったようだね。ぶるぅを信じてくれたのかな」
「…思いつきもしませんでした。私、化かされているんでしょうか?」
「まさか。…君の仕事は今日から正式にソルジャー補佐だ」
銀色の髪に赤い瞳。溜息が出そうなほど美しい整った顔立ちに、ミュウを率いる長の威厳。この方の補佐を務めるなんて、副船長どころの騒ぎではありません。シャングリラに来て日の浅い私なんかが何故こんな…?
「強いて言うなら、ぶるぅかな」
ソルジャーはとんでもない名前を口にされました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がなんですって?
「ぶるぅを通してずっと見ていた。何度噛まれてもへこたれないし、ぶるぅと関わる内に、ぼくのこともずいぶん知ったと思うが。…そんなミュウはあまり多くない。長老たちとフィシス、リオを除けば皆無と言っていいだろう」
え。私が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に振り回される間に知ったことといえば、青の間に妙な出前が届くこととか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のグルメ日記をキャプテンが本に纏めてソルジャーに届けてらっしゃることとか、ソルジャー直筆の『南無阿弥陀仏』のお仕置き札とか…およそ役に立たないことばかりですが?
「普通のミュウはそういった事実に耐えられない。君もこの間、知ったはずだ。ぼくと会った時の記憶を見たミュウたちは信じようとはしなかっただろう?…ミュウたちが求めているのはソルジャー・ブルーで、ぼくじゃない」
だから、とソルジャーはおっしゃいました。
「だから君を選んだ。ぼく自身を知っても驚かないミュウをここに呼ぶには何か役目が必要だろう?」
これは…もしかしなくても大ラッキー!?感謝しちゃいます、「そるじゃぁ・ぶるぅ」!!回数も覚えてないほど噛まれましたし、散々な目にも遭わされましたが、全部チャラにして伏し拝みたいくらいです。
「ならば早速、拝んでみたまえ。…もうすぐ、ぶるぅがここに来る。君はまたひとつ、普通のミュウなら耐えられないものを見てしまうことになるだろうな」
あぁぁぁぁ。本当に拝みたいなんて言っていません。っていうか、私の思念はバレバレですか、ソルジャー…。
間もなくリオさんが台車を押して現れました。もちろん土鍋に入った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が寝たふりをして乗っかっています。リオさんは私にニッコリ笑いかけてくれました。
『ようこそ。…ソルジャー補佐になられたんですね』
「リオさんもソルジャー補佐なんですか?」
『いいえ、ぼくは特に肩書きは無いんですけど…ソルジャーのお世話が仕事のひとつなのは本当です』
リオさんが土鍋をよいしょ、と降ろすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がゴソゴソ這い出しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」入りの土鍋を一人で動かせるなんて、リオさん、実は力持ちかも。
『ソルジャー、今日は含鉄泉だと言っていますが…どうも癖のある温泉のようです』
「癖がある、か。…どんなものなのか興味深いな。ぶるぅ、何処から運ぶつもりだ?」
「…エネルゲイア」
あ。この流れはもしかして…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はベッドを取り巻く溝に近づき、ブーツを脱いで両足を浸けました。澄んだ流れがアッという間に赤褐色に濁り、ほかほかと湯気が。
「…貧血に胃腸、筋・関節痛。湯加減はちょうどいいと思うな。気に入ったら後でバスタブにも入れてあげるよ」
マザー、今度の職場は青の間です。シャングリラ中のミュウが尊敬している神秘的な長、ソルジャー・ブルー。そのソルジャーが、私が補佐を拝命した日にいきなり足湯に入られ、更に奥のバスルーム(清掃員の時は見つけられなかったのに、確かに青の間に存在しました)で温泉浴を楽しまれるとは…。これは確かに並みのミュウなら卒倒するかもしれません。ミュウは本来、とても繊細だと聞いてます、マザー…。