シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
マザー、副船長はとんでもなく恐ろしい職でした。今まで経験してきた中で最悪の目に遭ったかもしれません。シャングリラに救出されて日の浅い私が副船長に就任したのがそもそも間違いだったのかも?
その日、私はいつものように部屋を出てブリッジに向かっていました。キャプテンは長老方と同じエリアに立派なお部屋をお持ちですけど、私は副船長に任命された後も住み慣れた個室を使っています。ですからブリッジに行き着くまでには大多数のミュウたちが住む居住区を抜けて行くのですけど…。
「ちょっと、あなた」
いきなり後ろから呼びかけられて振り向いてみると、先輩格の女性が7人、立っていました。
「副船長になったっていうのはホント?…通達は来たけど、なんだか信じられないわ」
「…すみません。私にも事情が分からないんです」
「っていうことは…本当に副船長なわけ?」
「…はい…」
私の声は消え入りそうです。新参者の私が副船長という掟破りの人事が皆さんのお気に障ったのでしょうか?袋叩きにされるのかも、と怖い考えになってきました。
「ホントのホントに副船長ね?…もしかしてソルジャーにもお会いした?」
「…は、はい…就任挨拶の時に…」
「ラッキー!!!」
先輩たちは歓声を上げて飛び跳ねました。袋叩きではないみたいです。
「ね、ソルジャーにお会いした時の記憶を見せて?…名誉会員にしてあげるから!」
名誉会員?…ということは、この方たちは…「シャングリラで一年以上生活しないと入会資格が無い」と噂に高い『ソルジャー・ブルー様ファンクラブ』の会員さん?
「そうよ、私が会長、こっちが副会長。他の5人も会員ナンバー1桁なのよ」
会長と名乗った先輩は握手するように右手を差し出し、ニッコリ笑って言いました。
「ソルジャーにお会いした時の記憶を見せてほしいの。ね、差し支えのない部分だけでも」
他の先輩たちも先を争って手を出しました。接触テレパシーをお望みのようです。
「お願い、ソルジャーのお姿を見せてちょうだい!滅多にお姿を見られないの。じかにソルジャーにお会いしてお話できる立場の人って、こんなこと頼めない方ばかりなの~!!」
ファンクラブ会員さんたちは大騒ぎ。確かに長老方やリオさんがソルジャーと会った時の記憶を一般のミュウに見せるなんてことは無いでしょう。…じゃあ、私は?…副船長ですし、やっぱりダメかも?
「あっ、ダメかもって考えてる!」
「なんですって!?…だったら遮蔽されちゃう前に読んじゃいましょうよ」
次の瞬間、私はファンクラブ会員さんたちに取り囲まれて腕を掴まれ、動けなくなってしまいました。
「さぁ、ソルジャーの記憶を見せて!!!」
大変!私、遮蔽は下手なんです。もっと訓練しておけば…。すみません、ソルジャー…ああ、意識が…。
「なんなのよ、これは!」
ぼんやり意識が戻ってくると目の前に床がありました。廊下に倒れてしまったらしく、その原因の先輩たちは…。
「コタツにミカンに羊羹ですって!?…ソルジャーの記憶なんかじゃないわ!!」
「そうよ、こんなの「そるじゃぁ・ぶるぅ」よ!ソルジャーはコタツなんかお使いにならないわ!…この子、遮蔽が上手いのよ。ソルジャーの記憶の代わりにニセの情報を流したのよ!!」
全部本当なんですけれど…と思いましたが、流出させていい記憶ではなさそうですし、この勘違いは好都合かも。しかし先輩たちは「憧れのソルジャー」に泥を塗るような映像(?)を見せられたせいで怒り狂ってしまいました。
「とんでもないものを見せたわね。よくも私たちのソルジャーを!!!」
ヒステリーで増幅された怒りのサイオン、7人前。袋叩きより、ある意味、効くかも…。そういえば『ソルジャー・ブルー様ファンクラブ』の会員さんは過激だという噂がありましたっけ。…なんだか頭がクラクラします。先輩たちは立ち去りましたし、早くブリッジに行かなければ。でも目の前がチカチカして…。
「…大丈夫?」
不意に声がして顔を上げると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が覗き込んでいました。
「これ、あげる」
食べかけのアイスキャンデーを差し出し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はまた何処かへ。貰ったアイスはとても美味しく、おかげで無事にブリッジへ行くことが出来ました。あれはソルジャーのお使いだったのか、それとも単なる通りすがり?…仕事の後でお礼に手作りアイスを届け、どっちだったのか尋ねましたが答えは返ってきませんでした。
マザー、副船長は私には荷が重かったです。『ソルジャー・ブルー様ファンクラブ』の会員さんの怒りのサイオン放出でダウンし、ソルジャーから「よろしく頼む」とお願いされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」に助けられたのは一生の不覚。いったいどうして副船長なんていう職が回ってきたのでしょうね…?
マザー、副船長を拝命して初めてブリッジに出勤するのはとても勇気が必要でした。なにしろ「辞令を偽物だと思って初日から欠勤」という大失敗をやらかしています。ゼル様あたりに何を言われるかとビクビクしながら出かけましたが、長老方のお咎めは無し。副船長の肩書きも本当のようで、ブリッジクルーの皆さんに敬礼で迎えられました。…でも清掃員から副船長なんて、絶対、何かの冗談です。
着任挨拶の後はブリッジの様々なことを教わり、本当にここにいてもいいのかしらと一層不安になってきた頃…キャプテンが近づいてこられました。
「ブリッジはこのくらいにしておこう。ソルジャーが青の間で待っておられる」
「えっ?」
「副船長になったのだろう?…ソルジャーにも着任の挨拶をする必要がある」
えぇぇっ!?ソルジャーって…青の間って…ソルジャー・ブルー様の所へ、ですか!?今度こそ冗談だと思いましたが、歩き出されたキャプテンを追いかけていくと真っすぐ青の間の方向へ。これは夢ではありません。私はとりあえず本当に本物の副船長で、着任挨拶をしなければならないのです。
「あのぅ…キャプテン。私、ソルジャーにお会いしたこともないんですけど」
前を行かれるキャプテンに向かって一番の懸念を伝えました。
「なのにいきなり副船長だなんて、何かの間違いじゃないかと思うんですけど…」
「心配ない。ソルジャーは全てご存じだ」
キャプテンは振り返って「大丈夫」と軽く微笑んで下さいました。
「副船長に就任したのを信じなかったことも知っておられる。…そんなに緊張しなくてもいい」
あ。…ソルジャー・ブルー様に失敗談まで伝わっているみたいです。穴があったら入りたいかも…。
一昨日まで清掃員として通った青の間ですけど、ソルジャー・ブルー様はいつもお留守でした。その方が…憧れの方がおいでになると思うと、やはり緊張してしまいます。キャプテンと一緒にエレベーターに乗り、青い照明が灯る空間に出て、緩やかにカーブした通路を天蓋つきのベッドがある中心部へ…。
「…やっと来たね」
ベッドから立ち上がった人が優しい声で呼びかけてきました。銀色の髪、赤い瞳。映像で見たよりも遥かに美しく、この世のものとも思えない人。それがソルジャー・ブルー様でした。滅多にお姿をみることが出来ないと噂に高いミュウの長。幻の部屋とまで言われる青の間の主。本当にお会いできただなんて…!
「君に会うのは初めてか…。いきなり副船長とは大変だろうが」
「は、はいっ!副船長に就任しました。お会いできて感激です!!」
言ってしまってから気付きましたが、ここは「感激です」じゃなく「光栄です」と言うところでは…。ソルジャー・ブルー様にミーハーだと思われてしまったでしょうか?
「…ソルジャーでいい」
思念が漏れたのか、労せずともお読みになれるのか。ソルジャー・ブルー様…もといソルジャーは微笑を浮かべ、「青の間の雰囲気ブチ壊し」であるコタツの方に向かわれました。
「座りたまえ。シャングリラのこと、ミュウたちのこと…。話しておくことが沢山ある」
リオさんが運んできた渋茶と羊羹、それに山盛りのミカンが置かれたコタツに座って、私はソルジャーとキャプテンから様々なお話を伺いました。もちろん思念による情報伝達も。それにしてもソルジャーがコタツに馴染んでおられたのには驚きです。一通りの話が済んでソルジャーにミカンを勧められた時、私の目はもう真ん丸でした。冗談抜きにコタツでミカンなのですね…。ソルジャーはクスッと笑っておっしゃいました。
「ぶるぅが持ってきた時は驚いたけれど、使ってみると便利なものだ。来客の時にちょうどいい。…ベッドだけではお茶を出すのにもワゴンが要るし、椅子も無い。それでは長居しづらいだろう?」
そのとおりかもしれません。ここにコタツが持ち込まれてから、お客様の滞在時間が増えたかも?「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言っていたとおり麻雀だって出来ますし。
「さぁ、麻雀はどうだろうね。ご想像にお任せするよ。…そうだろう、ハーレイ?」
ソルジャーはどこか楽しげです。キャプテンの名が出たことといい、麻雀もなさっているような気が…。あ、いけない。大切なことをお聞きするのを忘れていました。
「ソルジャー。…色々お話を伺いましたが、副船長の主な仕事は何ですか?」
キャプテンはソルジャーの右腕であると知らされた今、そんな重要な方を補佐する役目が私なんかに務まるものとは思えません。一昨日までの私は『青の間清掃員』だったのに…。
「…ハーレイを助けてやってくれ。彼の苦労はいつも目にしているだろう?…たとえば…」
ソルジャーはコタツに片手を差し入れ、中を探っておられました。コタツの中にいったい何が?と思っていると、やがてゴソゴソ出てきたものは眠そうな顔をした「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぶるぅのせいで胃薬の量がずいぶん増えているようだ。ハーレイになついているから仕方ないのだが、ハーレイが疲れていそうな時は代わりに相手をしてやってほしい」
「分かりました。私でお役に立てるのでしたら」
ソルジャー直々の仰せとあらば「そるじゃぁ・ぶるぅ」に噛まれようとも頑張れます。ええ、頑張ってみせますとも!たとえ「そるじゃぁ・ぶるぅ」の下僕になれ、とのご命令でも。
「ありがとう。…ハーレイとぶるぅをよろしく頼む」
リオさんが包んでくれた羊羹の残りとミカンを幾つかお土産に貰ってキャプテンと私は青の間を出ました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は再びコタツにもぐってしまい、ソルジャーはベッドに行かれたようです。
マザー、今日はとっても素敵な日でした。本物のソルジャーにお会いできた上、長時間お話できたのですから。ソルジャーがお疲れになっていないことを祈ります。お土産に頂いた羊羹とミカンは少しでも日持ちするよう冷蔵庫に入れてあるのですけど、今日の記念に永久保存するいい方法はありませんか…?
マザー、とんでもない職を拝命しました。副船長です。青の間とはいえ清掃員から副船長に転任なんてありえません。掃除から戻ると封書があって、宛名も本文も全て手書きで「副船長に任命する」と…。色々転属しましたけれど、手書き文書で転任の連絡が来たのは初めてです。夢か悪戯に決まっている、と早々にベッドに入りました。青の間清掃員の仕事はその日で終わりでしたし、次の仕事は改めて指示があると思ったのです。
「…お仕事がない…」
翌朝、私には何の連絡も来ませんでした。朝食を食べに食堂へ行っても「今日からよろしく」と声をかけてくる人がありません。昨夜の封書が頭をかすめましたが、副船長なんて絶対ないです。もしかして私、リストラですか?…いえ、このシャングリラで『働けるのに無職』なんてことは無いはずです。これは悪い夢に違いありません。思い切り頬を抓ってみました。でも状況は全く同じ。食堂を出てフラフラとあてもなく歩いていると…。
「かみお~ん♪」
上機嫌な声が聞こえてきました。そういえば「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「人を化かせる」んでしたっけ。おまけに悪戯大好きです。無職な上に副船長という妙な現象は、ひょっとして…。早速「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋へ直行です。
「…また君か」
カラオケを中断された「そるじゃぁ・ぶるぅ」はジト目で睨みつけました。
「また、じゃなくて!…私に何かしたでしょう。お仕事が無くなっちゃったんです!おまけに『副船長に任命する』なんていう変な手紙は届くし、もうどうしたらいいんだか…。化かされてるのか悪戯なのか知りませんけど、さっさと元に戻して下さい!…アイス作ってあげますから!」
「…何もしてない。アイスは欲しいけど、何もしてないから何も出来ない」
それだけ言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はマイクを握り直してカラオケの続き。ああ、どうしたらいいんでしょう。やっぱり悪い夢を見ているようです。抓っても目は覚めませんでしたし、噛まれたら目が覚めるかも?…恐る恐る「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背中を撫でました。カラオケ中に触られるのは嫌いな筈です。しかし…。
「あと30分…」
気持ち良さそうに言った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は噛み付くどころか笑顔でした。ますますもって悪夢です。何度撫でても、「もっと愛情込めて撫でてほしいな…」とそっぽを向く程度で噛まれることはありません。本格的にまずい事態になってます。それにいつも外出ばかりの「そるじゃぁ・ぶるぅ」が今日は一切、お出かけ無し。カラオケ、昼寝、窓の外を眺めてみたり、トイレに1時間も入ってみたり。何もかも変なことばかりです。
オロオロしている間に時間はどんどん過ぎました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアイスを食べたりカップ麺を食べたりしていましたが、私はお腹が空いたのかどうかも分かりません。時計はもうすぐ午前0時。そういえば「午前0時を過ぎると魔法が解ける」有名な童話がありましたっけ。掃除ばかりさせられて灰まみれの女の子が魔法でドレスを着せてもらって舞踏会に行く話。清掃員から副船長、という今の私と似ていないこともありません。
「…日付が変わればいいのかな?…元に戻って普通の仕事が貰えるようになるのかも…」
土鍋で丸くなって寝ている「そるじゃぁ・ぶるぅ」を撫で、やはり噛まれないことを確認してから壁の時計を眺めました。あと5分で午前0時です。3分、1分、30秒…。その時、ドアが外から開けられました。
「いた!こんなところに籠もっていたのか!!」
えっ、キャプテン!?
「シャングリラ中、捜したんだぞ。何処に行ったかと思ったら…」
「キャプテン、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一度も外には出ていませんよ」
午前0時の魔法の話をすっかり忘れて、私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の今日の生活を報告しました。
「朝からカラオケ、それから昼寝…あとは窓の外を見て、トイレに行って」
「違う、捜していたのはぶるぅじゃない」
キャプテンは私を見つめておっしゃいました。
「辞令が届かなかったのか?…ブリッジに来るよう書いておいたのに」
マザー、副船長に任ぜられたのは本当でした。そういえばキャプテンは手書きにこだわる方でしたっけ。辞令がレトロな封書だったのも納得です。清掃員から副船長に転職だとは、シンデレラも真っ青の大出世。とんでもないオチが待ってなければいいのですけど。…夢でないことを確認した私は驚きのあまり倒れそうでした。今も頭の中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋で見たクリスマスツリーがグルグル回って見えてます、マザー…。
マザー、青の間清掃員は思い出に残る職場でした。初日に拾った「ソルジャー・ブルー様の髪」は私の大切な宝物。ロケットに入れて持ち歩きたいくらいです。そして清掃員として最後に目にしたものは…。
青の間のお掃除は塵や汚れが殆ど無いこともあって、そんなに時間はかかりません。ですから「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運び込んだコタツという珍妙な家具が増えても特に困りはしませんでした。こたつテーブルを外してコタツ布団(掛け布団と敷布団が揃っています)をパタパタとはたき、布団乾燥機を軽くかける程度。先輩いわく「青の間の雰囲気ブチ壊し」ですが、ソルジャー・ブルー様のお気に入りなら…。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の我儘が勝っただけでは、というのが清掃員の全員一致の見解です。だってやっぱり似合いませんもの。
さて。その日も青の間とコタツを掃除しようと皆で揃って出かけていくと…。
「あら?「そるじゃぁ・ぶるぅ」があんな所に」
先輩が指差したのはコタツではなく、ソルジャー・ブルー様の天蓋つきベッドの方でした。コタツ大好きの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がコタツから出て、ベッドを取り巻くように巡らされている溝の縁にいます。
「…ねえ、溝の中に足を突っ込んでない?」
「あ、本当だ…」
ブーツを脱いで両足を溝に突っ込み、のんびり座っているようです。溝には水が循環していて常に流れがあるのですけど、足を突っ込んで楽しいでしょうか。まさか金魚でも放したとか…?
「金魚?!…それはマズイわよ」
「ですよね、すぐに回収しないと」
網なんか持って来ていませんが、とりあえず確認しなくては。金魚どころかウナギってこともありますし。
私たちが慌てて走っていくと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はおかしそうに笑いました。
「金魚もウナギも入れてないよ」
心を読まれたらしいです。いっそスッポンと思えばよかった…。
「スッポンは困る。だって噛まれたら大変だろう」
自分だって噛み付くくせに、大変も何もないものです。私たちは溝を覗いて、思わずアッと叫びました。これは…金魚もウナギも、スッポンすらも放流できそうにありません。絶えず循環していた綺麗な水は白く濁って、ほのかに湯気が昇っています。更に、そこはかとなく漂う匂いは…。
「知らないかな、足湯」
温泉特有の匂いがする溝に両足を浸けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、足先でゆっくりと水…いえ、お湯をかき回しました。
「源泉からお湯を運んでみたけど、いい湯加減だ」
コタツの次は足湯ですか。…次から次へといったい何を…。
「昨日、突然ひらめいたんだ。…ここなら足湯が作れるって」
そう言った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は完全に悪戯っ子の顔つきでした。こんなことしていいんでしょうか?
「でもブルー、この匂いは好きじゃないかもしれない」
そりゃあ硫黄の匂いですから。…ソルジャー・ブルー様が相手でも悪戯しますか、そうですか…。
「やっぱり別のにしようかなぁ」
フッと硫黄の匂いが消えて、お湯が透明になりました。瞬時に入れ替えてしまったようです。
「虚弱体質に効く塩類泉。…よく温まるし、ブルーに合うのはこっちかな…」
パシャパシャとお湯を足でかき混ぜながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は勝手に納得しています。青の間がますます怪しいことになってきましたが、清掃員の身では何を言っても無駄という気が…。先輩たちも呆れて無言。
「ああ、この溝は清掃員の管轄じゃないだろう?…放っておいてくれたまえ」
プイッ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそっぽを向きました。確かに溝の掃除は清掃員の仕事じゃありません。私たちは「何も見なかった」「何も見ていない」と呟きながら掃除を終えて帰りました。そして翌日、青の間に行くと溝はすっかり元通り。ただ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がコタツに入って温泉ガイドを読んでいたのが気になります。
マザー、青の間に突然現れた足湯、ソルジャー・ブルー様はお試しになったでしょうか?もしもお気に召したとしたら、今日も青の間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製足湯がオープン中かもしれません…。
マザー、青の間清掃員はとても素敵な職場です。ソルジャー・ブルー様にはお会いできませんが、髪の毛をいただいてしまいました。…正確には「拾った」んですけれど。初日に拾えたので「また拾えるかも」と目を皿のようにして捜しているのに、あれから二度と見つかりません。よほどラッキーだったんですね。
今日も私は先輩たちと青の間の掃除に向かいました。静謐な青の間の掃除は何度行っても緊張します。ところが今日はなんだか空気が違うような…?
「あっ、あそこ!」
先輩が指差したのは天蓋つきのベッドが置かれた青の間の中心。天蓋の外、円形になった部屋の空きスペースに「とんでもないもの」が鎮座しています。青の間におよそ似合わないそれは、何処から見てもコタツでした。4人が入って麻雀をするのにちょうど良さそうなサイズのコタツ。そこにぬくぬくと入っているのは…。
「そるじゃぁ・ぶるぅ!?」
「…掃除係か。これは撤去しないでくれたまえ。まだブルーに見せていないんだ」
コタツに入ったまま、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「捜すのはとても大変だった。この部屋に合っているだろう?」
得意そうな顔ですけれど、青の間にコタツはミスマッチです。アイボリーの「こたつテーブル」に柔らかな青色のコタツ布団という組み合わせだけは色彩的に許せますが…。でも何故コタツなのでしょう?
「…ブルーは何も欲しがらないから」
こたつテーブルの上にミカンを盛った籠が現れ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は1つ掴んで剥き始めました。
「ブルーは何も欲しがらない。ベッドしかない部屋でいつも一人だ。…だからコタツがいいと思って」
剥いたミカンを丸ごと口に入れ、2、3度噛んでからゴクリと飲んで。
「ブルーの他に3人座れる。フィシスとぼくと…それからハーレイ。…みんな一緒ならきっと楽しい。面子が揃えば麻雀だって始められるし」
そう言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコタツにもぐってしまいました。きっとネコのように丸くなるのでしょう。勝手に置かれたコタツと山盛りのミカン。どうしたものか、と先輩たちは悩んでいます。
「ソルジャーに断りもなく勝手に持ってきたんでしょう?…私は撤去すべきだと思うわ」
「だいたい、まるで似合ってないし。青の間の雰囲気ブチ壊しよ」
「でも…言われてみればベッドしか無いっていうのは寂しいかも。横になってらっしゃる時間がほとんどだとは聞いているけど、ベッドだけでは病室みたい…」
私も少ない脳味噌で考えました。ベッドしか無いのはソルジャー・ブルー様のご意思だとしても、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のコタツ持ち込みはどうも悪戯ではなさそうです。青の間にこっそり「贈り物」を送っているうちに「楽しい生活」をプレゼントしたいと思ったのかもしれません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいつも楽しく生きてますから。
「…先輩。判断はソルジャーにお任せしませんか?」
「ソルジャーに?」
「はい。…これはソルジャーへの贈り物ですし、私たちが処分するのはどうかと思ったのですけれど」
「うーん、確かにそうかもね…。留守の間に自分宛のプレゼントを誰かに勝手に捨てられちゃったら、つまらないものでも腹が立つかも。じゃあ、このままにしときましょう」
先輩は「そるじゃぁ・ぶるぅ」がもぐり込んでいるコタツを眺め、パンパンと手を叩きました。
「さぁさぁ、みんな、お掃除開始!…定刻までに終わらなかったら、ソルジャーにご迷惑がかかるわよ!」
私たちが掃除を終えると「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコタツから這い出し、ゴソゴソと座り直しました。
「ブルーがコタツを気に入るようなら、明日からはコタツ掃除もしてくれたまえ」
えっ、コタツ掃除もするんですか?
「ブルーのベッドは係がいるけど、ベッド以外は清掃員の仕事だろう」
プイッとそっぽを向いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコタツに自信があるようでした。もしかしたら、もしかするのかも?ソルジャー・ブルー様のお部屋にコタツ。映像でしか存じ上げない憧れの方がコタツでミカン、おまけにフィシス様やキャプテンも入って麻雀大会?…まるで想像できません。第一、青の間に似合ってません!
マザー、今夜はちょっと頭痛がします。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持ち込んだコタツが青の間に定着してしまったらどうしましょう。…明日、青の間に伺った時、コタツが消えているよう祈ります、マザー…。