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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

(空を飛ぶ鯨…?)
 なあに、とブルーが眺めた写真。学校から帰って、おやつの時間に。
 新聞に載っている写真。空を飛ぶ鯨、見出しも同じで「空を飛ぶ鯨」と書いてある。
(本物なの?)
 まさかね、と見詰めた鯨の写真。向こうの空が透けて見えている不思議な鯨。
 けれど確かに空の上だし、かなりの大きさ。白いシャングリラほどではないけれど…。
(凄く大きいよ?)
 下に一緒に写った景色と比べてみても。家や木立がオモチャみたいに見えるから。
 立体映像か何かだろうか、昼間に撮られた写真だけれど。映像を投影するのだったら、夜の方が適しているのだけれど。邪魔な光が少ないから。
(これ、シャングリラの再現ってことはないよね?)
 白い鯨のようにも見えたシャングリラ。今の時代も人気を誇る宇宙船。本物はとうに時の流れに連れ去られたのに、遊園地の遊具などにもなって。
 そのシャングリラが飛んでゆく姿を空に投影するなら、忠実に再現するだろう。シャングリラの形そのものを描き出すだろう。
 写真にあるような、海に棲んでいる本物の鯨を描くよりは。ヒレや尾までも備えた鯨を、大空を泳ぐ鯨の姿を映し出すよりは。
 とても大きな映像だけれど、どうして鯨なのだろう。
 何かのイベントの呼び物だったか、鯨が好きな人がやったのだろうか、と記事を読んだら…。



(偶然なんだ…)
 鯨は自然の産物だった。多分、そう呼んでもいいだろう。
 ムクドリの群れが作った空を飛ぶ鯨。向こうが透けて見えるのも当然、小さなムクドリが何羽も集まった群れなのだから。よくよく見たら点の集まり、一つ一つが一羽のムクドリ。
 渡りの途中で、ある町の上で、偶然こういう形になった。鯨そっくりに見える群れに。
 この地域のムクドリは渡りをしないけれども、遠く離れた他の地域では渡りをするらしい。空を見上げた人が見付けた、空を飛ぶ鯨。ムクドリの群れ。
 たまたまカメラを持っていたから、写して新聞に写真が載った。「空を飛ぶ鯨」と。
(ホントに鯨そっくりだよ…)
 鯨の形で暫く飛んで行った後は、色々な形に変化したという。沢山のムクドリたちの群れ。点にしか見えない鳥たちが描いた、空を飛ぶ鯨。
(凄いよね…)
 これなら、きっと襲われない。天敵が来ても大丈夫。
 ムクドリの身体は小さいけれども、群れになったら巨大な鯨。白いシャングリラのような。
 大きな鯨を襲うものなど、空には飛んでいないのだから。
 空を飛ぶ鯨が目に入ったなら、大慌てて逃げてゆくだろうから。捕まってしまわないように。



 鳥って賢い、と感心しながら戻った二階の自分の部屋。
 一羽一羽は弱いけれども、群れになったら空を飛ぶ鯨を作り出す。何処にも敵などいない鯨を。
 小さな鳥たちを狙う天敵、彼らが近付けないように。怖がって逃げてゆくように。
(他の形も強いんだよ、きっと…)
 ムクドリの群れは、鯨の形から色々に変化したそうだから。新聞にそう書かれていたから。
 いったいどんな形だろうか、と想像してみる。鯨の後は何の形になったのだろう、と。
 一目で強いと分かるものだし、ライオンにもなったかもしれない。空飛ぶライオン。
 鯨以外の写真も見てみたかった、と考える内に聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり、早速話した。
「あのね、鳥って賢いね」
 凄く頭がいいみたい…。身体はあんなに小さいのに。
「はあ? 賢いって…」
 そりゃまあ、鳥にも色々いるが…。お前、どういう鳥に感心させられたんだ?
「ムクドリなんだけど…。此処からは遠い地域のムクドリ」
 其処だと、ムクドリは渡りをするんだって。その途中に、何処かの町で撮られた写真で…。
 群れの形が空を飛ぶ鯨だったんだよ。本当に本物の鯨みたいで、立体映像かと思っちゃった。
 大きな鯨の形をしてたら、天敵が来たって平気だよね。鯨の方が強いに決まっているもの。



 だから頭がいいと思う、と説明した。小さな鳥でも、集まったら天敵を寄せ付けないから。
 群れの形を変えていっても、鯨と同じくらいに強いんだよ、と。
「そっちの写真は、新聞に載っていなくって…。空を飛んでる鯨だけ…」
 鯨から形を変えていった、って書いてあったのに、ちょっぴり残念。他の形も見たかったよ。
 ライオンとかでも良さそうだけど…。
 ハーレイは何の形だと思う、ムクドリの群れが作ったのは?
「別に何でもいいだろうが。鯨だろうが、ただのデッカイ群れだろうが」
「駄目だよ、強い生き物でなくちゃ。でなきゃ、天敵に狙われちゃうよ?」
 普通の群れで飛んでいたなら、空は危険が一杯だよ。
「お前なあ…。鯨に感動したのは分かるが、落ち着いてよく考えてみろよ?」
 ムクドリの天敵は何なんだ、とハーレイに尋ねられたから。
「えっと…。鷹とか?」
 この地域の鷹とは違うだろうけど、鷹はあちこちに棲んでるものね。
「そんなトコだが、そいつらは鯨と戦うのか?」
「え?」
「鷹だ、鷹。たまに、自分よりデカイ魚と戦う鳥もいるようだが…」
 そいつはそういう羽目に陥っただけで、狙った魚の大きさを読み間違えた結果だってな。
 普通はしないし、自分の足で掴めるサイズの魚を狙いに行くもんだ。鷹だって。
 だから鯨が強いかどうかも、空を飛ぶ鳥たちは知らんだろうが。鷹も、ムクドリも。
 もちろんライオンが強いってことも、ヤツらは全く知らん筈だが?
「そうなのかも…。じゃあ、なんで鯨?」
 どうして空を飛ぶ鯨の形をしてたの、ムクドリの群れは?
「偶然だろうな、どう考えても」
 お蔭で新聞の記事にもなった、と。鯨が空を飛ぶんだから。
 群れってヤツはだ、要はデカけりゃ、それでいんだ。…どんな形でも。



 鳥の群れはそのためにあるんだから、と言うハーレイ。
 渡り鳥でなくても、沢山の鳥が集まっているのだと周りに知らせるために。
「デッカイ群れを作って飛んでりゃ、敵だってそうそうやっては来ない」
 逆に自分が襲われかねないってことなんだからな。殺されはしないが、つつかれるとか。
 小さな鳥でも、集まれば強い。いくら鷹でも、寄ってたかって攻撃されたら負けちまうぞ。目を狙われたらおしまいだからな、他の鳥の相手をしている内に。
 そうならないよう、天敵の方もデカイ群れには近付かない。来たとしたって、長居はしない。
 端っこをチョイと失敬するだけで逃げちまうさ。
「…端っこって?」
 失敬するって、どういうこと?
「群れの端っこを飛んでいる鳥を捕まえるんだ。一番狙いやすいから」
 他の鳥にも気付かれにくい場所だしな。来たってことが。
「群れの端っこ、危ないの…?」
 端っこの所を飛んでいる鳥は、群れになってても危ないわけ…?
「当然だろうが、盾になるヤツがいないんだから」
 中の方にいたなら、上にも下にも、前も後ろも、他の仲間が飛んでるわけで…。
 鷹が狙うのは、囲まれた中にいる鳥よりかは、周りの鳥ってことになるだろ?
 それがいないのが端を飛ぶ鳥で、それを素早くサッと掴んで、逃げて行くってな、鷹とかは。
 他の鳥たちに気付かれる前に、一羽貰えばいいんだから。



 天敵だって無駄な危険は冒さない、と言われてみればその通り。
 群れを作って飛んでいる鳥は、どれを捕まえても同じ種類の鳥なのだから。端っこでも、群れの真ん中でも。
 ならば、端っこの鳥を捕まえるのが賢いやり方。近付いてサッと掴んで逃げれば、他の鳥たちは攻撃して来ない。整然と飛び続けるだけで、追っては来ない。
 端を飛ぶ鳥を捕まえるのと同じ理屈で、群れを離れて遅れそうな鳥も狙われる。弱っている、と目を付けられたら、遅れるのを待って、攫われてしまう。鋭いクチバシで、鋭い爪で。
「そんな…。遅れちゃった鳥は仕方ないかもだけど…」
 端っこを飛んでいるだけの鳥は、其処にいるだけで危ないじゃない。…真ん中よりも。
「ちゃんと危険は承知だってな、そういう場所を飛ぶからには」
 隙を見せたらおしまいなんだし、頑張って飛んでゆくわけだ。自分を守るためにもな。
 飛んでゆく列から外れないよう、天敵に狙われないように。
「…鳥の世界にもクジ引きはある?」
 端っこの鳥は危ないのなら、と尋ねてみた。真ん中を飛ぶ鳥は安全だというのだから。
「クジ引きだと?」
「そう。本当にクジは引かないだろうけど、クジ引きみたいに」
 今日は此処を飛んで下さいね、って決めるためのクジ引き。端っこだとか、真ん中だとか。
 クジ引きじゃないなら、みんなで相談して決めるとか…。今日は此処、って。



 何かある筈、と考えた鳥たちが飛んでゆく場所。群れの中でも色々な場所があるのなら。危険な場所と安全な場所に分かれるのなら。
 クジ引きのように、公平に飛ぶよう決めてゆくとか、譲り合いとか、相談だとか。
 けれど、ハーレイは「無いな」と答えた。鳥の世界に、そういう仕組みは無いようだ、と。
「ありそうに見えるのが群れなんだが…。飛ぶためのルールというヤツが」
 しかし、そいつは存在しない。少なくとも、渡りをする時には。
 何処を飛ぶとか、そんなことは決めちゃいないんだ。
「…クジ引き、無いの?」
 それに相談したりもしないの、今の言い方だと、そういう風に聞こえるけれど…?
「うむ。家族単位で飛ぶ時だったら、別なんだろうが…」
 初めて空へと飛び立ったような子供連れなら、親が守ってやるからな。飛び方を教えて、天敵がいないか目を配って。
 渡りのためにと集まる時にも、鳥はそうしているかもしれん。初めての渡りをする子を連れて。
 だがな、渡りのための群れには、リーダーはいない。
 群れを纏めるヤツがいないなら、相談だってするわけがない。お前が言うようなクジ引きもな。
 渡りの時には、ルールは一つ。ただし、人間が考えるようなルールとは違う。
 他のヤツらにぶつからない、という規則だけで飛んでいるんだそうだ。
 一羽だけスピードを上げてしまったら、前のにぶつかる。隣の鳥との距離を取り過ぎても、逆に縮め過ぎても、やはりぶつかることになる。…他の鳥とな。
 ぶつかることを避けて飛ぶなら、他の仲間と同じ速度で、同じように飛んでいかんとな。
 そうやって飛べば、全体を見れば綺麗な群れが出来るってことで…。
 ルールはたったそれだけなんだし、其処へ天敵がやって来たなら、遅れたら終わり。運悪く端にいたって終わりだ。他の仲間は飛び続けるのに、一羽だけ捕まっちまってな。
 本当に運だけで決まっちまうのが鳥の世界だが、人間の世界はそうじゃないから…。
 お前じゃなくても、こういう仕組みだと考えがちだな、人というのは。



 よくある誤解というヤツだが、とハーレイが話してくれたこと。鳥たちの渡りを、人間の基準で考えてしまって、生まれた俗説。
 渡りを何度も経験している強い鳥たちは、先頭や端で仲間を纏めて飛び続けるもの。
 リーダーもその中にいそうだけれども、実は安全な場所を選んで飛んでいる。周りには盾になる他の鳥たち、けして天敵には攫われない場所。
 そういう所を飛んでいないと、リーダーを失って群れが崩れてしまうから。
 群れを纏める鳥たちに向けて、指揮をしながら飛んでゆける場所にいるのがリーダー。
「前の俺たちで言えば、俺が先頭や端っこを飛ぶ鳥になるっていうわけだな」
 皆を纏めていかなきゃならんし、何かあった時は最後まで船に残るのがキャプテンなんだから。
 天敵が襲って来た時にだって、俺が対処をすべきだろう。他の仲間を守るためにな。
 そしてお前は安全なトコだ、天敵に捕まらないように。
「…それ、逆じゃない?」
 前のハーレイとぼくは逆だと思うよ、危ない所を飛んでたのはぼく。
 みんなの命を守らなくちゃ、ってメギドに飛んで行ったんだから。…だから端っこ。
 ちゃんと鷹から守ったんだよ、他のみんなを。
 ぼくは捕まっちゃったけど…。鷹に捕まったから、メギドで死んでしまったけれど。
「そのメギドだが…。ジョミーがいなけりゃ、お前はどうした?」
「ジョミーって?」
「トォニィたちも入るだろうな。…お前が飛んで行っちまった時だ」
 あの時、お前の他にはタイプ・ブルーが一人もいなかったとしても、行ったのか?
 ジョミーもトォニィも、桁外れのサイオンを持っていないミュウなら、お前はどうしてたんだ?
「それは…。もしもジョミーやトォニィたちが…」
 タイプ・グリーンだとか、タイプ・イエローだったらどうするか、ってことだよね?
 ぼくが一人きりのタイプ・ブルーで、他には誰もいなかったなら…。



 どうしたのだろう、と考えたことさえ無かったこと。
 ジョミーは前の自分が選んだ後継者だったし、タイプ・ブルーだからこそ彼を選んだ。ミュウの未来を託すために。きっと自分の代わりになるから、皆を地球へと導くから。
 そのジョミーがいて、他にトォニィたちもいた。タイプ・ブルーの子供が七人も。
 ミュウの未来を、白いシャングリラを充分に任せられる者たち。ジョミーも、ナスカで生まれたトォニィたちも。
 だから彼らに後を託して、一人メギドへと飛んだけれども。それでいいのだと考えたけれど。
 もしもあの時、彼らが其処にいなかったなら。…タイプ・ブルーではなかったならば…。
「…前のぼく、行けていないかも…」
 ううん、行けない。…メギドにはとても行けないよ。
 タイプ・ブルーが一人もいないと、誰もみんなを守れないから。
 …死にそうなぼくでも、残っていたなら、誰もいないよりかはマシに決まっているんだから。
「ほら見ろ、お前は安全な所を飛ばなきゃいけなかったんだ」
 天敵が来たって大丈夫な場所で、リーダーとして飛んでいたってな。俺たちを指揮して。
 俺はお前の指示の通りに皆を纏めて、端っこを飛ぶ鳥だった。先頭だったかもしれないが…。
 お前は長いことリーダーの場所で飛び続けた後、ジョミーに後を譲ったってな。
 リーダーは安全に飛び続けてこそだ、どんな時でも。…群れを守ってゆくためには。



 前のお前が飛ぶべき場所は其処だった、というのがハーレイの考え方。
 危険な場所には飛び込んでゆかずに、他の仲間を盾にしてでも安全な場所を飛ぶリーダー。
 そうだったのかも、と納得しかけたけれども、メギドの他にもあった例。前の自分が飛び込んで行った危険な場所。…まるで群れの端を飛ぶ鳥のように。
「メギドの時はそうかもしれないけれど…。ハーレイが言う通りだけれど…」
 だけど、ジョミーを連れ戻すために出て行った時は…。
 アルテメシアの衛星軌道まで昇ってしまったジョミーは、ぼくが追い掛けて行ったんだよ?
 ジョミーを無事に連れ戻せたなら、ぼくの代わりになるんだし…。それに、あの時は…。
「お前しか行けるヤツがいなかったから、行くのも仕方ないってか?」
 安全な場所を離れるべきじゃない筈の、リーダーの鳥でも行くしかなかったと言うんだな?
 あれにしたって、どうだかなあ…。
「他に方法は無かったよ?」
 ぼくが行かなきゃ、誰もジョミーを連れ戻せないし…。あんな所からは。
「俺に言わせりゃ、お前が勝手に行っちまっただけだ」
 お待ち下さい、と止めただろうが。…お前が出ようとしていた時に。
 ジョミーを追うから、シャングリラを少し浮上させろと言われはしたが、俺は止めたぞ。
「止められたけど…。それは覚えているけれど…」
 でも…。誰もいなかったよ、前のぼくの他には。
 ジョミーを追い掛けて連れ戻すことが出来る人間、ぼくしかいなかったんだから…。



 どう考えても、他に方法は無かったと思う。前の自分が出て行く他には。
 ジョミーは人類軍の戦闘機に追われて飛び続けていたし、誰も危険を冒せはしない。あんな中で救助艇は出せない、ジョミーを迎えに行く船などは。
 けれど、ハーレイは「違うな」とゆっくり瞬きをした。
「そいつはお前の思い込みだ。…実際それで成功したから、余計に間違えちまうんだ」
 自分の選択は正しかった、と今でも思っているんだな。
 だが、実際はそうじゃない。あそこでお前が行かなかったら、俺が方法を考えた。
 そういう時こそキャプテンの出番だ。あらゆる知識を総動員して、何か手は無いかと検討する。
 小型艇を何機も発進させてだ、ジョミーの救出に向かうヤツ以外は、全部囮にするとかな。
 うん、なかなかにいい方法じゃないか。…たった今、思い付いたんだが。
「危ないよ、それ…!」
 囮だなんて危険すぎるよ、端っこを飛ぶ鳥と同じで捕まっちゃう…。
 人類軍の戦闘機の群れに追い掛けられて、一つ間違えたら、全部撃ち落とされてしまうよ。
「キャプテンだった俺を甘く見るなよ?」
 小型艇の遠隔操作は出来たぞ、囮に使う程度だったら。サイオンを使って援護させれば、小回りだって利くってな。本来の機体の性能以上に。
 ジョミーの救出に向かう船には、仲間が乗っていないと駄目だが…。囮の方には誰も要らない。
 それに囮は逃げ回るだけだ、どうとでも出来る。ただの陽動作戦なだけで。
 壊されちまっても、次々に出せば済むことだろうが。滅多に使わない船なんだから。
 あんな騒ぎの最中だからこそ、それに紛れて打つ手はあった。
 シャングリラも浮上させてただろうが、人類軍の注意を引き付けるために。
 あの要領でいけば、小型艇でもジョミーは充分、救出できた。
 …俺が打つ手を考える前に、お前が行ってしまっただけだ。
 リーダーが飛ぶべき安全な場所から抜け出しちまって、自分から危険に向かってな。



 メギドの時にしたってそうだ、と鳶色の瞳に見据えられた。「お前が無茶をしただけだ」と。
「今のお前に何度も言ったろ、あの時もワープは可能だったと」
 お前がメギドを止めに行かなくても、ナスカを完全に放棄するなら、間に合ったんだ。
 ジョミーはナスカをウロウロしてたし、その前にはリオも踏ん張っていた。
 その気になったら、シェルターに残っていた連中を強制的に連れ戻す方法はあった。俺が判断を下しさえすれば、そのための船を降下させたり、色々とな。
 ナスカに誰もいなくなったら、ワープして逃げればいいだけだろうが。メギドは放って。
 要はお前が命知らずになっちまっただけだ、ジョミーがあそこにいたばかりにな。
 ジョミーさえいれば後は大丈夫だ、と思ったからメギドに行ったんだろうが。
 上手い具合にトォニィたちもいたし、自分が欠けても問題は無い、と。
「…そうかも…。さっきもハーレイに訊かれたけれど…」
 タイプ・ブルーが前のぼくだけだったら、メギドに行ってはいないだろう、って。
 確かにそうだよ、それじゃ行けない。…ぼくしか仲間を守れないなら。
 アルテメシアで、ジョミーを追い掛けて飛び出して行った時だって…。
 ぼくがあそこで死んでしまっても、ジョミーがいるから大丈夫、って思ってた…。
 ジョミーに追い付いて、ぼくの気持ちを伝えさえすれば、後はジョミーがやってくれる、って。
 地球へ行くことも、ミュウの未来を守るのも…。



 指摘されたら、自分でも否定出来ないこと。
 安全な場所を飛ばねばならないリーダーだったのが前の自分で、群れを指揮して飛ぶのが仕事。天敵の餌食になってはならない。仲間を、群れを守りたければ。
 リーダーが鷹に攫われたならば、群れは散り散りになるのだから。群れが散ったら、もう天敵の思う壺。端を飛ぶ鳥を狙わなくても、どの鳥でも好きに捕まえられる。
 バラバラになってしまった鳥たち、それは襲って来ないから。自分が逃げることに必死で、他の仲間が襲われていても、助けようとして飛んで来たりはしないから。
(…前のぼくがいなくなっちゃったら…)
 消えてしまうのがミュウの未来で、仲間たちを守ることは出来ない。
 ジョミーがいないか、いたとしてもタイプ・ブルーではなかったらば…。
 ミュウの未来を彼に託して、飛び去ることは出来なかっただろう。命の焔が消える時まで、船に残って仲間たちを守ろうとしていた筈。メギドの劫火がナスカを燃やしてしまおうとも。
 前の自分はリーダーの役目をジョミーに譲ったからこそ、無茶な飛び方が出来ただろうか?
 天敵の餌食になると承知で、メギドに向かって飛んだのだろうか?
「…前のぼく、無茶をし過ぎちゃったの…?」
 安全な場所を飛んでいたのに、新しいリーダーが来てくれたから…。
 ジョミーが来たから、もう大丈夫、って端っこを飛ぶ鳥になっちゃった…?
 端っこの方で群れを纏めて飛んで行く鳥に。…鷹に捕まっちゃう場所を飛ぶ鳥に…。
「その通りだってな。お前、本当なら、安全な所を飛ぶべきなのに…」
 新しいリーダーが来たにしたって、側で補佐するべきなのに。こう飛ぶんだ、と。
 端っこを飛ぶのは俺に任せて、リーダーの側を離れないでな。
「それじゃ、ハーレイが危ないよ!」
 いつも端っこを飛んでるんでしょ、鷹とかが来たらどうするの?
 捕まっちゃうかもしれないんだよ、端っこを飛んでいる鳥は捕まえやすいなら…!
「なあに、俺なら大丈夫だ。体力自慢の鳥が飛ぶ場所なんだからな」
 先頭や端っこを飛んで行くのは、そういう鳥だ。渡りに慣れてて、体力にも自信たっぷりの鳥。
 でなきゃ群れなど纏められんぞ、沢山の仲間がいるんだから。
 現に地球まで飛んで行ったからな、前の俺は。シャングリラを運んで、地球までの道を。
 だからだ、…もしもお前が、無茶をしないで引退しただけの鳥だったなら…。



 リーダーの役目を譲っただけの鳥だったならば、守って飛んだ、と鳶色の瞳に見詰められた。
 「俺は、そうする」と。「前のリーダーだったお前を守る」と。
 群れの端を飛んで、新しいリーダーの指揮に従いながら。大勢の仲間を纏め上げながら。
 危険な場所を飛び続けながら、見詰める先には、いつも引退した前のリーダー。
 その鳥が弱って群れから遅れてしまわないよう、天敵に狩られてしまわないよう。
「お前が遅れそうになった時には、俺がお前の側を飛ぶんだ」
 遅れてるぞ、と注意してやって、何か来たなら追い払って。鷹でも、鷲でも。
「…そんなことが出来るの、ホントに? …ハーレイにとっても天敵だよ?」
 ぼくが遅れそうになっているなら、もう本当に群れの端っこ…。
 鷹や鷲の姿が見えた時には、手遅れのような気がするけれど…。後は捕まっちゃうだけで。
「心配は要らん。端を飛ぶ鳥ならではの頭の使いようだな」
 仲間たちを呼べばいいだけのことだ。攻撃じゃなくて、防御の方で。
 群れの形を変えてやるのさ、遅れそうなお前に天敵が近付けないように。
 周りを飛んでくれる仲間が来るよう、群れの形を変えてしまえば状況も変わる。
 遅れそうな鳥はもう見付からないから、鷹や鷲だって近付きにくい。
 無理をして端っこのを捕まえようとしたなら、群れの形がまた変わっちまって巻き込まれて…。
 大勢の鳥に嫌と言うほどつつかれちまって、ボロボロになるかもしれないんだぞ?
 そうなっちまう前に、向こうから逃げて行くってな。
 俺は群れの形を変えるだけだが、それで立派にお前を守れる。
 鯨の形に見える群れを作って飛んでいたなら、別の形になるように。逆ってこともあるだろう。
 遅れそうな鳥を守って飛ぶのに、最適な形に組み替えるんだな。群れの形を。



 そんな風に飛びたかったのに…、とハーレイは悔しそうだから。
 前の自分が無茶をする鳥でなかったならば、守って飛んで、群れの形まで変えたらしいから。
「…あの鯨、そういう鯨だったのかな…?」
 ムクドリの群れが作った鯨。あれも仲間を守るために鯨になっていたかな?
 それとも、その後に変わった形が、遅れそうな仲間を守るための形だったのかな…?
「有り得るかもなあ、前の俺たちの姿に当て嵌めてやるならな」
 俺がその群れにいたとしたなら、お前がリーダーをやってる間は、端っこを飛んでお前の指揮に従うわけだ。仲間たちにも気を配りながら。
 誰かが遅れてしまいそうだな、と判断したなら、群れの形を変えてやって守る。空を飛ぶ鯨や、他にも色々。…仲間を守って飛んでゆくのに、適した形を指示してな。
 そして、お前が引退した後は、お前を守って飛び続ける。
 前の俺たちなら、地球に着くまで。
 ムクドリの群れなら、渡ってゆく先に無事にみんなが辿り着くまで。
 そいつが俺の理想なんだが、しかしだな…。



 さっきも言ったろ、とハーレイが浮かべた苦笑い。「こいつは人間の考え方だ」と。
「俺たちは人間に生まれて来たから、こう考えてしまいがちなんだが…」
 鳥の世界にも、群れを指揮するリーダーがいたり、渡りに慣れた鳥が飛ぶ場所があったりすると考えちまうわけなんだが…。
 本物の鳥の渡りってヤツはそうじゃない。ルールは一つで、ぶつからないこと。
 それさえ守れば、リーダー無しでも、きちんと見事な群れを作って飛んでゆけるってな。
 実際、リーダーはいないんだ。慣れた鳥が先頭を飛ぶってことも無いらしい。
 お互いに疲れちまわないよう、順に入れ替わりながら飛んでゆく。前の方を飛ぶと、どうしても消耗しちまうし…。ほど良いタイミングで順番を変えて、目的地まで旅をするわけだ。
「…それって、なんだか寂しくない?」
 とっても長い旅をするのに…。広い海だって越えてゆくのに。
 リーダーは無しで、旅に慣れてる仲間が案内してもくれなくて、みんな揃って飛んでいるだけ。
 天敵が来ても、端っこの鳥が消えちゃうだけでおしまいなんでしょ?
 他の仲間が助けに来てくれるってこと、そんな群れだと難しそうだよ。
 せっかく大勢の仲間で飛ぶのに、寂しい感じ…。もっとみんなで助け合ったら幸せなのに。
「それはそうだが…。こいつはあくまで、渡りの時だ」
 長い旅をするために集まった群れだと、こうなるという話でだな…。
 家族の時には違うかもしれん、と言っただろうが。親鳥が子供を守って飛ぶとか。
 そんな家族も、渡りの時にはバラバラなのかもしれないが…。
 つがいの相手を一生変えない鳥だっているし、そういう場合はどうなるんだか…。
 渡りの間はバラバラに飛んでも、休憩の時には集まってるかもしれないぞ。眠る時にはつがいの相手を呼び寄せるだとか、家族がきちんと揃うだとかな。
「そっか…。そうかもしれないね」
 渡りの時でも、家族や恋人が一緒だといいな。…休憩する時くらいはね。
 だって、あんまり寂しすぎるもの。リーダーもいなくて、纏める仲間もいないだなんて…。



 ハーレイが前の自分たちに重ねた話をしてくれたから、鳥たちの群れに見てしまう夢。
 天敵から身を守るためにと、集まって海を越えてゆく鳥。遠い場所まで、長い渡りをして。
 長くて大変な旅だからこそ、助け合って飛んで欲しいのに。
 リーダーの鳥や、旅に慣れた鳥が群れを纏めているといいのに、鳥たちの旅は違うらしい。前の自分たちが地球を目指した旅路とは。
 皆を地球へと送り出すために、前の自分が犠牲になった白いシャングリラの旅路とは。
 まるで違う、と思ったけれども、不意に気付いた素敵なこと。旅をしてゆく鳥たちの群れは…。
「ねえ、ハーレイ。…鳥たちの群れにリーダーはいないらしいけど…」
 前のぼくたちとは違うけれども、あの鳥たちは最初から地球にいるんだね。
 空を飛ぶ鯨の形になってたムクドリの群れも、渡りをする他の鳥たちも。
 地球を目指して飛ばなくっても、地球の上を飛んでいるんだよ。どの鳥も、青い地球の空を。
「そういや、そうか…。前の俺たちとは、其処も違うな」
 頑張って地球を目指さなくても、最初から地球の上なのか…。卵から孵った時から、ずっと。
 そう考えると、前の俺たちよりも遥かに恵まれた旅をしているんだな。あの鳥たちは。
 ついでに、前の俺たちの頃は、渡り鳥ってヤツはいなかった。
 地球はもちろん、何処の星にも、渡ってゆく先が無かったってな。
 テラフォーミングされた星の上では、生きられる場所が限られてたし…。ノアでさえも、渡りは無理だった筈だ。あそこが一番、テラフォーミングが進んだ星だったが。
 それが今では、地球は立派に蘇っているし、他の星でも渡りをする鳥がいるからなあ…。季節に合わせて旅をする鳥、あちこちの星にいるらしいしな?



 今ならではの光景ってヤツだ、とハーレイが語る鳥たちの群れ。渡りの季節に空をゆく鳥。
 いつか渡り鳥の群れに出会ったならば、鳥のハーレイを探してみようか。
 あれがそうかも、と端っこを飛んでいる鳥を。群れの形を変える合図をしそうな鳥を。
「えっと…。この辺りだと、渡り鳥の群れを見るのは難しそうだけど…」
 見られそうな場所があるんだったら、いつかハーレイと行ってみたいな。
 鳥のハーレイを探したいから。…渡りに慣れた熟練の鳥で、群れを纏めて飛んでいる鳥。
 天敵が来ないか見張りをしていて、他の仲間を守って端っこを飛んでく鳥だよ。
「おいおい、鳥の世界にリーダーはいないと言っただろ」
 渡りの時には、リーダーの鳥はいないんだから。…普段の暮らしなら、いるらしいがな。群れで暮らしている鳥だったら、リーダー格の鳥ってヤツが。
 しかし、渡りの時にはいない。ぶつからない、というルールがあるだけだ。
 群れの端っこを飛んでいる鳥も、たまたま其処にいるだけだぞ。何の役目も持ってやしない。
「…分かってるけど、気分だけでも、鳥のハーレイを探してみたいよ」
 仲間を守って飛んで行く鳥、前のハーレイみたいだもの。
 シャングリラの舵をしっかり握って、仲間たちを地球まで運んだから…。
「お前の言いたいことは分かるが…。そういう鳥は何処にもいないんだ」
 渡り鳥の群れには、前の俺みたいな役目の鳥はいやしない。いくら探しても、見付からないぞ。
 いもしない鳥を探すよりかは、俺と一緒に飛んでゆかないか?
「ハーレイと飛ぶって…。どういう意味?」
 今のぼくは少しも飛べないのに…。ハーレイだって空は飛べないのに…。
「俺がお前を守ってやるということだ。…この地球の上で」
 今度こそお前を守ると何度も言った筈だぞ、俺が一生、お前を守って飛んでやるから。
 鳥の世界でも、きっと家族で飛ぶ時だったら、親鳥が子供を守るんだろうし…。
 一生相手を変えない鳥なら、つがいの相手と一緒の時には必ず守っているだろうからな。
 それと同じだ、俺がお前を守ってやる。前のお前を守り損ねた分まで、一生、俺が守るんだ。
 だから、前の俺みたいに見える鳥を探しに、一緒に出掛けてゆくよりはだな…。



 二人で幸せに飛んでゆこう、と言って貰えたから、鳥たちのように二人で飛ぼう。
 ハーレイと一緒に、この地球の上で、幸せに。
 空を飛ぶ力は持っていないから、本当は歩いてゆくのだけれど。
 広い空を一緒に飛んでゆく代わりに、手を繋ぎ合って未来へ歩くのだけれど。
 それでも飛んでゆける空。
 鳥のように空を舞う力が無くても、二人なら、きっと幸せだから。
 青い地球の上を、いつまでも、何処までも、ハーレイと飛んでゆけるのだから…。




              渡り鳥の群れ・了


※渡り鳥の群れと、前の自分たちを重ねて語ったハーレイ。ブルーは無茶をしすぎたのだと。
 確かに、その通りだったかもしれません。渡り鳥の群れには、リーダーはいないそうですが。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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(あっ、赤ちゃん…!)
 可愛い、とブルーが見詰めた親子連れ。学校からの帰りの路線バスで。
 母親に抱かれた赤ちゃんと、幼い娘を膝に座らせた父親と。街に出掛けた帰りなのだろう。良く見える場所に座っているから、つい見てしまう赤ちゃんの姿。
 まだ小さくて、一歳にもなっていないのだろうか。ニコニコ笑顔が可愛らしい。
(トォニィみたいな髪の毛だよ…)
 お揃いの色、と眺めた赤ちゃん。フワフワの巻き毛もトォニィのよう。
 名前はトォニィなんだろうか、と考えたけれど、違った名前。あやす母親が呼んだ名前は、全く違うものだった。トォニィとは似ても似つかない名前。
 けれど、何故だか良く似合う。「あの子はそういう名前なんだ」と。
(みんなトォニィとは限らないよね…)
 あの髪の色で、巻き毛の子供は。
 中にはトォニィもいるだろうけれど、誰もが名付けてしまったら…。トォニィだらけで、きっと困ってしまうと思う。将来、幼稚園に入った時とか、学校に行った時とかに。
(先生が名簿で呼ぶなら、大丈夫だけど…)
 そうでない時、大勢の子供の群れに向かって「トォニィ」と呼んだら、みんなが振り向く。あの髪の色の子たちが、一斉に。
 それは如何にも大変そうだし、トォニィでなくて正解だろう。赤ちゃんの名前。
 本当にトォニィを思わせるけれど。…前の自分が会ったトォニィ、あの子が赤ちゃんだった頃の姿はあんな具合、と。
(今のハーレイに見せて貰ったしね?)
 赤ん坊時代のトォニィの姿。だからそっくりだと思う。本物だったトォニィに。
 可愛いよね、と赤ちゃんを見詰めて、大満足。
 トォニィが赤ん坊だった頃には出会っていないけれども、きっとああいう風なんだよ、と。
 一人っ子で姉はいなかったけれど、両親と一緒で、可愛がられて。



 見惚れてしまっていた赤ちゃん。今は失われた赤いナスカが、平和だった時代を思いながら。
 その内に着いた、自分が降りるバス停。降りようとして席を立ったら、手を振って来た女の子。父親の膝に座った、赤ちゃんの姉。そういえば、その子はこちらを見ていた。何回も。
 挨拶しなきゃ、と「バイバイ」と手を振り返したら…。
「ソルジャー・ブルー!」
 バイバイ、と笑顔が弾けた女の子。「またね」と大きく振られた手。バスから降りても、懸命に手を振っていた。伸び上がって、こちらの方を見ながら。バスが動き出して、走り去るまで。
(…ソルジャー・ブルー…?)
 ぼくが、とポカンと見送ったバス。
 トォニィに似てる、と見ていた赤ちゃんの幼い姉には、ソルジャー・ブルーに見えていた自分。チビだけれども、確かにそっくりだから。銀色の髪も赤い瞳も、髪型だって。
(…それで何度も見てたんだ…)
 自分が弟の方を見ている間に、あの子はあの子で、「あんな所にソルジャー・ブルー」と。
 まだ幼稚園くらいの女の子なのに、「見付けちゃった」と目を丸くして。
 ほんの小さな女の子でも知っていた名前。ソルジャー・ブルーと呼ばれた前の自分の顔も。
(何処から見たって、幼稚園だよ?)
 学校に行くには小さすぎると思うんだけど、と女の子の顔を思い返したけれど。
 よく考えたら、今の自分も幼稚園の頃には知っていた。
 ソルジャー・ブルーという名前を。どういう顔をしていた人かも。
 今の自分の名前は、彼に因んだ名前。アルビノの子供に生まれて来たから、両親が付けた。遠い昔のミュウの英雄、ソルジャー・ブルーの名前を貰おうと。
 けれど、自分の名前が「ブルー」でなくても、さっきの女の子くらいの年なら、もう知っていたことだろう。ソルジャー・ブルーという人のことを。



 ミュウの時代の、青い地球の礎になった偉大なソルジャー・ブルー。
 歴史の授業では必ず習うし、学校に上がる前から何処かで聞く名前。今の時代に生まれたら。
(…大英雄だしね…)
 それにしたって有名過ぎだよ、と溜息をついて帰った家。自分の方では、赤ちゃんのトォニィにすっかり夢中だったというのに、赤ちゃんの姉が見ていたものは…。
(トォニィに似てる弟じゃなくて、ぼくの方…)
 しかもソルジャー・ブルーのつもりだったなんて、と考えてしまう、おやつの時間。母がお皿に載せてくれたケーキを食べながら。
 どうして前のぼくだけが、と。赤ちゃんのトォニィがいたというのに、と。
 トォニィそっくりの弟を自慢すればいいのに、ソルジャー・ブルーの方を見ていた女の子。赤い瞳に銀色の髪で、ただ似ているというだけのことで。
(トォニィだって、英雄だよ?)
 記念墓地にはトォニィの墓碑は無いのだけれども、ミュウの英雄には違いない。ジョミーの跡を継いだソルジャーだったし、ミュウの時代の基盤を築き上げたのだから。
 そのトォニィに似ていた弟、そっちは放ってチビの自分に夢中だった幼い女の子。
(…あの子に小さなお兄ちゃんがいて、その子がジョミーそっくりでも…)
 きっと注目を浴びたのは自分。ジョミーに似ている兄よりも、やっぱりソルジャー・ブルー。
 なんとも酷い、と思うけれども、そうなるのが目に見えている。
(トォニィじゃ駄目で、ジョミーでも駄目で…)
 キースだって、駄目に違いない。ジョミーと同じに英雄だけれど、小さなキースがお兄ちゃんで一緒にいたとしたって、女の子の目が向くのは自分。ソルジャー・ブルーにそっくりだから。
(注目されるの、前のぼくばかり…)
 後の二人のソルジャーの方も、もっと有名でいいと思うのに。
 ソルジャー・ブルーと同じくらいに、ジョミーも、それにトォニィだって。
(一応、人気はあるんだけどね…)
 写真集だって出ている二人。今の時代も人気のソルジャー、ジョミーとトォニィ。
 それなのに、なんで駄目なんだろう、と頬張ったケーキ。
 前のぼくばかり目立たなくてもいいのに、と。トォニィたちにも目を向けてよ、と。



 おやつを食べ終えて、戻った二階の自分の部屋。
 勉強机に頬杖をついて、さっきからの続きを考える。前の自分だけが目立っていること。
(校長先生の挨拶、「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」は定番だけど…)
 下の学校でも何度も聞いたし、今、通っている学校でも。入学式とか始業式の時の、お決まりの言葉。こうして学校で学ぶことが出来るのも、ソルジャー・ブルーのお蔭だから、と。
(…ミュウの時代にならなかったら、学校どころじゃないものね…)
 ミュウは人類に処分されるか、檻に入れられて実験動物にされてしまうか。学校に通うなど夢のまた夢、生きる権利さえも無かったのが前の自分たち。
 確かに前の自分は「始まりのソルジャー」だったのだろう。初代のミュウたちを乗せていた船、それを守って生きたから。守るために命も捨てたのだから。
 そうは言っても、目立ち過ぎだと思う。…こうして記憶が戻って来たら。
 前の自分の跡を継いだジョミーはとても頑張ったのだし、もっと評価をされるべき。ジョミーがしたこと、それは本当に大きくて凄いことだったから。
(SD体制を倒して、自然出産だって…)
 ジョミーが「命を作ろう」と言わなかったら、トォニィたちは生まれていない。赤いナスカで、ミュウの大地で生まれた子たち。
 彼らは揃ってタイプ・ブルーで、あの子供たちがいなかったなら…。
 ミュウが地球まで辿り着くには、長い時間がかかっただろう。ジョミーの代で行けたかどうか、それすらも分からないくらい。
 ナスカの子たちは、誰もがソルジャー級だったから。戦いを有利に進めることが出来たから。



 その子供たちが生まれた切っ掛け、「命を作ろう」というジョミーの宣言。
 完璧な管理出産の時代に、それを実行に移したジョミー。もう一度、自然出産を、と。
(トォニィだって凄いんだよ…)
 初めての自然出産児。もうそれだけで、前の自分よりも凄いと思う。
 母親の胎内で育った子供。SD体制が始まって以来、そんな子供は何処にもいなかったのに。
 そうやって子供が生まれることさえ、人間は忘れかけていたのに。
 生まれからして凄いトォニィ、誕生自体が歴史の節目。機械の時代の終焉の兆し。
(前のぼくだと、ミュウ因子を持っていただけの子供…)
 トォニィと同じタイプ・ブルーでも、全く違う。
 機械が組み合わせた交配で生まれた、偶然と言ってもいい産物。ジョミーも同じで、人工子宮で育てられた子供。あの時代は、それが普通だったけれど。
(でも、トォニィは本物の…)
 お母さんから生まれた子供なんだよ、と考えた所で気が付いた。
 帰りのバスでも「トォニィみたい」と、赤ちゃんを眺めていたけれど。その赤ちゃんより目立つ前の自分はどうなんだろう、と思ったけれど。
(…前のぼく、ちゃんと知っていたっけ…?)
 キースが人質に取ったトォニィ、あの日、格納庫で出会った時に。
 「人質を一人、解放しよう」とキースが無造作に投げた、幼いトォニィを受け止めた時に。
 トォニィがどういう子供なのか。
 どれほどの価値を持っているのか、どうやって生まれた子供なのかを、前の自分は…。



(えーっと…?)
 遠い記憶を手繰ったけれども、まるで気付いていなかった自分。
 「子供が危ない」と守っただけ。満足に動けもしない身体で飛び出しただけ。
 トォニィを庇って床に叩き付けられて、思念波も紡げなかったほど。ナキネズミのレインの力が無ければ、ブリッジに連絡も出来なかったほどに。
 それでもトォニィを腕にしっかり抱えてはいた。「早く手当てをしなければ」と。
 トォニィは酷い怪我をしていて、仮死状態。早く手術を、と祈ったけれども、たったそれだけ。腕の中にいる幼い子供が、何者なのかは知らなかった。医療班が駆け付けて来るまで、ずっと。
(だったら、いつ…?)
 いつなのだろうか、ナスカの子たちの正体に気が付いたのは?
 医療班はトォニィと自分をメディカル・ルームに搬送しただけ、彼らから何も聞いてはいない。もちろんドクター・ノルディからも。
 何も聞かされた覚えは無いというのに…。
(フィシスに会いに行った時には…)
 もう知っていた。
 赤いナスカで、あの子供たちが生まれたことを。
 自然出産で生まれたのだと、トォニィの他にも、母の胎内から生まれた子たちがいるのだと。



 けれど、全く記憶に無い。
 フィシスに会った時には知っていた子たち、彼らに会った記憶が無い。トォニィにだって、その正体を知った後には…。
(…会っていないよ?)
 それなのに何故、前の自分は、トォニィたちのことを知っていたのだろう。誰からそれを聞いていたのか、まるで記憶に残っていない。
 どうしてだろう、と考え込んでいたら、仕事の帰りにハーレイが訪ねて来てくれた。チャイムを鳴らして、「よう」と笑顔で。
 きっとハーレイなら知っている筈、と早速、切り出したトォニィたちのこと。テーブルを挟んで向かい合わせで。
「ねえ、ハーレイ…」
「なんだ?」
「前のぼく、ナスカの子たちに会っていないよ」
 トォニィには格納庫で会ったけれども、他の子たちには。
「何を言うんだ、会っただろうが。…メギドの炎を防いだ時に」
 どの子も揃っていたじゃないか。それをジョミーに託してしまって、お前は一人きりでメギドに行っちまったんだ。
 …誰にも応援を頼みもしないで、たった一人で。
「その前だよ…!」
 まだシャングリラもナスカも無事だった頃だよ、逃げたキースが戻って来る前…。
 その時のぼくは、自然出産で生まれた子供たちのことは知っていたけど、会っていなくて…。
 SD体制始まって以来の、初めての自然出産児だなんて、とっても凄いことなのに…。
 会ってみたいと思う筈なのに、どうして会っていないんだろう?
 ぼくに話をしてくれた人は、あの子供たちに会わせようと思わなかったわけ…?
 会わせるつもりが無いんだったら、話す必要、無さそうなのに…。
「おいおい…。そんな酷いことを考える筈が無いだろう」
 本当だったら、前のお前に一番に知らせたいほどのニュースなんだぞ、トォニィのことは。
 お前が目覚めたら話したかったし、前の俺だってそのつもりで…。
 いや、待てよ…?



 そういやそうか、と翳ってしまったハーレイの顔。ほんの一瞬だったけれども。
 「結果的には、そうなっちまったのか…」と、小さな溜息を一つ零して。
「…前のお前には、報告しかしていなかったんだ。目覚めた後は」
「え?」
 目覚めた後って…。どういうこと?
「起きる前なら、話していたということさ。…眠り続けていたお前にな」
 お前の所を訪ねた時には、全部話した。カリナが身ごもった時から何度も、眠るお前の枕元で。
 ゆりかごの歌も歌ってやったろ、トォニィのための子守歌だったからな。
 …いつかお前が目覚めた時には、ゆっくり話そうと思っていた。俺がこの目で見たことを。
 もちろん、あの子供たちも紹介して。
 だが、前のお前が目覚めた時には、トォニィは重傷を負っていただろう。意識も無かった。他の子たちはナスカにいたし…。
 そんな時だったから、「実は、あの子たちは…」と報告がてら話しただけだ。
 前のお前を、ゼルたちと一緒に見舞った時に。
「…そうだったっけ…」
 ホントだ、ハーレイが言う通りだよ。
 前のぼくは自然出産のことも、子供たちのことも、聞かされただけ…。
 キースが船で起こした騒ぎや、脱出したキースを連れて逃げたミュウがいた話と一緒に…。
 それにカリナが死んじゃったことや、シャングリラの被害状況とかも…。



 すっかり忘れてしまっていた。前の自分がナスカの子たちの存在を知った時のこと。
 他の色々な報告と一緒に、自然出産の子供が七人、生まれたのだと聞いただけ。
 トォニィもそうだと知ったけれども、重傷だったから面会謝絶。会ったとしても話は出来ない。他の子供たちは、あの時には、まだナスカの自分の家にいたから…。
(ナスカ、船からでも見られる力は持っていたけど、使えなくて…)
 十五年もの長い眠りから覚めたばかりの弱った身体は、サイオンを自在に使いこなせなかった。船からナスカを見られるほどには。
 充分に回復していたのならば、どんな子たちか見られただろうに。…青の間から。
 けれど出来ずに、「そういう子たちが生まれたのだ」とだけ知った。
 SD体制始まって以来、初めての自然出産児。母の胎内から生まれた子供。ミュウという種族の未来を担う子。
(幸せに育って欲しい、って…)
 一番初めに考えたことは、それだった。
 記念すべき自然出産児の子供たちの未来に、幸多かれと。幸せな未来を掴んで欲しいと。
 会えたら彼らを祝福しようと、この目で見たいと強く願った。
 トォニィの怪我も跡形も無く治るようにと、目覚めたら話し掛けたいと。
 「はじめまして」と、「君がトォニィ?」と。
 自分に残された時間が少ないことは悟っていたのだけれども、ミュウの未来を生きる子だから。



 最初は本当にそうだった。…トォニィにも、他の子供たちにも、会って話をしたかった。
 そう思ったのに、次々と昏睡状態に陥った子たち。治療のためにと、ナスカからシャングリラに運び込まれて来た子供たち。
 それで気付いた異変の兆候。フィシスが恐れた不吉な風。…赤いナスカに死の風が吹く。
(変動の予兆なんだ、って…)
 眠り続ける子供たち。彼らの眠りが示しているのは、ナスカに訪れるだろう滅びの時。
 そう思ったから、子供たちを見舞いに出掛けなかった。
 彼らの誕生を知った時には、姿だけでも船から見たいと願ったのに。会って話したかったのに。
 今、出掛けたなら、眠る彼らを見られるのに。
(…だけど、あの子たちは…)
 次の時代を生きてゆく子たち。これから訪れる破滅を乗り越え、ミュウの未来へゆく子供たち。
 彼らはこれから生きてゆくのだ、と考えただけで竦んだ足。
 下手に会ったら、きっと泣き出すだろうから。…眠る子供たちを見ただけでも。
(ぼくの命は尽きるのに…)
 ナスカで尽きる予感がするのに、子供たちはミュウの未来を生きる。
 自分の旅は此処で終わって、青い地球へは行けないのに。青い星は夢で終わるのに。
 けれど、トォニィたちの命はこれから。
 ミュウの未来を生きて、生き抜いて、きっと地球まで行くのだろう。
 そんな彼らには、とても会えない。
 彼らの未来が羨ましすぎて、泣き出すことが分かっているから。
 その場では涙を堪えたとしても、青の間に一人、戻った途端に、涙は堰を切るだろうから。



 会えはしない、と思った子たち。自分は見られない、青い地球まで行く子供たち。
(あれって、嫉妬してたんだよね…)
 未来を生きる子供たちに。寿命が尽きる自分と違って、輝かしい未来を持つ子供たちに。
 今から思えば、我慢して会っておけば良かった。一人一人に祝福の言葉を贈るべきだった。前の自分が妬んだ子たちは、七人揃って地球には着けなかったから。
(…アルテラも、コブも、タージオンも…)
 地球を見ないで逝ってしまった。ミュウの未来を作るためにだけ、戦って暗い宇宙に散った。
 彼らにも夢があっただろうに。
 あんな時代に生まれなかったら、子供らしく生きて育ったろうに。
 今の自分が、こうして生きているように。両親に愛されて、幸せに育って来たように。
 なのに、未来が無かった彼ら。…前の自分が嫉妬した未来、それを持ってはいなかった子たち。
 ああなるのだったら、前の自分は、なんと酷いことをしたのだろう。
 「あの子供たちには未来があるから」と、嫉妬して会わなかっただなんて。
 会えば自分が辛くなるから、顔を出しさえしなかったなんて。
 本当だったら、誰よりも先に、言葉を贈るべきだったのに。
 前の自分が後継者にと選んだジョミー、彼が望んで生まれた子たち。ミュウの未来を担ってゆく七人の子供たち。
 ミュウの未来をよろしく頼むと、ジョミーと一緒にどうか地球へと、頼むべきだった子供たち。
 それをしないで、前の自分は殻の中に一人、籠っていた。
 自分は行けない地球を見る子たち、彼らには未来があるのだから、と。



 なんとも、みっともない話。…前の自分の、ソルジャー・ブルーとも思えない行動。
 どうしようかと迷ったけれども、抱えていても仕方ない。それに自分は生まれ変わりで、弱虫でチビの子供だから、と今のハーレイに打ち明けた。「ホントはね…」と。
「…前のぼく、トォニィやナスカの子たちに、会えるチャンスがあったのに…」
 話をするのは無理だったけれど、お見舞いだったら行けたのに…。
 だけど行かずに、放っておいてしまったんだよ。…あの子たちは地球に行くんだから、って。
 ぼくは見られない地球を見られる、幸せな子供たちだから、って…。
 みっともないよね、ホントに酷い…。自分のことしか考えてなくて、おまけに嫉妬…。
 あの子供たちは、揃って地球には行けなかったのに…。アルテラたちは死んじゃったのに…。
「みっともないって…。それが普通だろ?」
 人間としては、ごくごく普通の感情だ。自分よりも恵まれているヤツが、羨ましいと思うのは。
 この野郎、と思っちまうのも。
 相手が小さい子供だろうが、やっぱり考えちまうだろうが。「お前は幸せでいいよな」と。
 人間たるもの、そうでなくちゃな、いくらソルジャー・ブルーでも。
 ミュウの初代のソルジャーだろうが、人間には違いないんだから。
「…それが普通って…。本当に…?」
 今のぼくなら仕方ないけど、前のぼくはソルジャーだったんだよ?
「だからこそだな、普通な部分も持っていないと辛いじゃないか。お前自身が」
 お前も最後に人間らしく嫉妬してたか、と俺は嬉しく思っているぞ。
 何の未練も無かったみたいに、真っ直ぐに飛んでっちまったから…。
 もう戻れないと分かっていたのに、前の俺まで捨ててしまって、メギドへな。
「……ごめん……」
 ホントにごめんね、ハーレイを置いて行っちゃったこと…。独りぼっちにしちゃったこと。
 どんなに辛いか考えもせずに、ぼくの形見も残さないで…。
「謝るな。…とっくに終わったことなんだからな」
 それに、あの時は、あれが最善の道だと俺も思っていたんだし…。
 後からよくよく考えてみれば、道は他にも幾つもあった筈なんだがな。



 俺だって選択を誤ったんだ、とハーレイは優しく慰めてくれた。「お前だけじゃない」と。
 「前のお前の嫉妬の方が、選択ミスとしては、よっぽどマシだ」と。
「…お前は子供たちに言葉を贈り損なっただけで、嫉妬も人間にはありがちだが…」
 前の俺のミスは、それどころじゃない。…前のお前を失くしちまった。
 ナスカに残ろうとした仲間たちも大勢喪ったわけで、キャプテンの判断ミスの結果だ。あの時点ではベストを尽くしたつもりでいたって、今から思えば痛恨のミスというヤツなんだから。
 アレに比べりゃ、前のお前の嫉妬くらいは可愛いモンだな。
 そういや、お前…。
 あの子たちのことは、殆ど知らんか。…今のお前が知っているだけで。
「シャングリラでは会わないままだったけれど、ちゃんと会えたよ?」
 メギドの炎を受け止めた時に、ナスカの上空で。
 いきなり成長しちゃっていたから、トォニィ以外は小さかった頃を知らないけれど…。
 それでも一人残らず会えたし、気を失ってた子供以外は声も聞けたよ。
 …ペスタチオとツェーレンは、ジョミーが連れて帰る前には、ぼくが抱えていたんだから。
「だが、その程度しか知らんだろうが。…直接はな」
 お前が知ってる、あの子たちが生まれてからのこと。トォニィも、それにアルテラたちもだな。
 色々なことを知ってる筈だが、それは知識で記憶じゃない。
 今の俺が教えてやったこととか、歴史の授業で習ったことが殆どを占めているんじゃないか?
 お前が直接目にしたものは、ほんの少ししか混ざってなくて。
「…そうなのかも…」
 トォニィだって、会ったのは二回だけだったし…。他の子たちは一回きりだし…。
「もったいないなあ、歴史的な時に生きてたのにな」
 SD体制始まって以来の、初めての自然出産児だぞ?
 前のお前が起きてさえいれば、歴史的瞬間に立ち会えたのに…。
「そうだね…」
 生きていたけど、見損ねちゃったね。…人の歴史が変わる所を。
 人間が人工子宮からじゃなくって、お母さんのお腹から生まれる時代に戻ってゆくのを…。



 前の自分は同じ時代に生きていたのに、眠っていたから何も知らない。
 ジョミーが命を作ろうと決めて、それが実行に移されたことも。自然出産の子供たちがナスカで生まれたことも。
 最初に生まれたトォニィに会っても、その特別さに気付かなかった前の自分。どういう生まれか知っていたなら、もっと大切に抱き締めたろうに。…格納庫で救助を待つ間に。
 「この子が本物の子供なのか」と、「母親の胎内から生まれた子か」と。
 身動きも出来ないほどに弱っていたって、残った力で撫でたり、頬をすり寄せたりもして。
「…前のぼく、ホントに、もったいないことしちゃったね…」
 トォニィが生まれる前から起きていたなら、とてもワクワクしたんだろうに…。
「まったくだ。あの時の賑やかだった空気を知らないなんてな」
 ナスカに入植した時以上に、船も、地上もお祭り騒ぎという有様だ。子供が生まれるんだから。
 俺たちは日々、カリナの出産を心待ちにしていたわけでだな…。
 ん?
 駄目だな、お前は知らなかった方が良かったんだな。…眠ったままで正解だった。
「知らなかった方がいいって…。何を?」
 もったいないって先に言ったの、ハーレイじゃない。なのに、知らなくていいなんて…。
「知らない方がいいことも、世の中には色々あるからな」
 トォニィが生まれた時のことだ。そいつが大いに問題で…。あれは、お前じゃ耐えられないぞ。
「耐えられないって…。何に?」
「出産の痛みというヤツだ」
 凄かったんだ、とハーレイは顔を顰めるけれど。
「何、それ…?」
「だから痛みだ、出産の時の。…トォニィが生まれて来た時のな」
 歴史の授業じゃ、其処まで教えないからなあ…。医者になるための学校だったら別だろうが。
 トォニィを産む時にカリナが味わった痛み、それが俺たちを襲ったってな。
 実は、病室にノルディが張らせた、思念波シールドが破れちまって…。



 病人や怪我人の苦痛を外の人間が共有しないようにと、ノルディが開発した技術。それが思念波シールドだった。サイオンを持つミュウは、手を打たなければ苦痛も共有してしまうから。
 カリナの出産の時にも張られたけれども、不足していたシールドの強度。ノルディが読んだ古い医学書、それに基づいて設定された数値は弱すぎた。
 自然出産が普通だった時代の人間が書いた医学書なのだし、書き手の経験で記された中身。この程度だ、と書かれた内容、ノルディも「そういうものだ」と思った。シールドを設定する時に。
 けれど、違っていた現実。自然出産が消えた時代の人間には、予測不可能だったのが痛み。
 思念波シールドは破れてしまって、皆が痛みを共有した。
 それはとんでもない苦痛というのを、ハーレイもエラも、ゼルも、ジョミーたちも。
 トォニィが無事に生まれて来るまで。…元気が産声が上がった瞬間まで。



 あれは酷かった、とハーレイはフウと大きな溜息をついた。
「お前、寝ていて良かったな。…本当にな」
 もしも、お前が食らっていたなら、残り少なかった命の焔が消し飛びかねん。
 せっかくトォニィが生まれて来たって、俺たちはソルジャー・ブルーを喪うわけで…。
「前のぼくが痛みで死んじゃうだなんて…」
 そんなに凄い痛みだったの?
 前のぼくならソルジャーだったし、アルタミラでも酷い目に遭ったし、痛みに強そう…。
 だけど、駄目なの?
「それを言うなら、前の俺やゼルだって、アルタミラからの生き残りだぞ?」
 長い年月が経ってはいたが、普通よりかは痛みってヤツに強かったかと…。
 だが、アレは駄目だ。…痛みの質が違うってな。
 いかん、思い出したら、なんだか痛くなって来た。今の俺の記憶じゃないっていうのに。
「今のハーレイでも、やっぱり痛いの?」
 柔道だったら投げられたりもするから、今度も痛みに強そうなのに…。
「言っただろうが、痛みの質が違うんだと。…そういった類の痛さとはな」
 尋常じゃないぞ、あの痛みは。
 しかしだ、今は自然出産の時代なんだし…。
 俺のおふくろも、お前のお母さんも、同じ思いをしてくれたんだな…。俺たちのために。
 カリナがトォニィを産んだ時のと、同じ痛みを味わって産んでくれたってことだ。
「そうなるよね…。ぼくもハーレイも、今は本物のママなんだから…」
 だったら、ぼくも知りたいよ。
 前のハーレイたちが共有した痛み、どんなのか、ぼくも知りたいんだけど…!
「おい、お前、今は弱虫だろうが」
 ついでにチビだし、あんなのを食らったら気絶するぞ。…聖痕でも気絶してただろうが。
「あれも痛かったから、大丈夫だよ」
 少しくらいなら、きっと平気だと思うから…。
 ハーレイが今も覚えてるんなら、ちょっとだけ…。
 ほんのちょっぴりでかまわないから、ぼくにも記憶を見せて欲しいな。



 お願い、と頼み込んで、ハーレイに絡めて貰った褐色の手。
 フィシスの地球を見ていた時と同じ要領で、前のハーレイの記憶を送って貰ったけれど…。
「いたたた…!」
「ほら見ろ!」
 言わんこっちゃない、とパッと離されたハーレイの手。「痛かったろうが」と。
「…うん、痛かった…」
 お腹がとっても、と手を当てていたら、「これからだぞ?」と笑うハーレイ。
「今のは、ほんの序の口だってな」
「…まだ酷くなるの?」
「そういうことだな。生まれるまでは、もう酷くなる一方で…」
 どんどん痛くなっていくんだが、続き、見てみるか?
 今は俺から手を離したが、もっとしっかり握ってやるから。…お前が逃げられないように。
「…見てみたい気はするけれど…。でも…」
 気絶しちゃったら、ママが困るし…。病院にだって、連れて行かれるかもしれないし。
「賢明だな。…好奇心だけで見るというのも感心しないし」
 なにしろ、俺のおふくろや、お前のお母さんも味わった痛みなんだから。
 それにカリナは、あんな痛みに耐えてトォニィを産んだんだ。…本当の命を作るためにな。
 チビのお前は、今のヤツで充分だろうと思うが…。
 いつか、俺が気絶したお前の面倒を見てやれるようになったら、味わってみるか?
 痛いとはいえ、貴重な体験には違いない。トォニィ誕生の時の記憶だからな。
 俺以外には誰も知らんし、痛みは記録出来ないんだから。
「…考えとく…」
 さっきの、とっても痛かったから…。
 もうちょっとアレが酷くなったら、本当に気絶しそうだから…。



 今のぼくは前より弱虫だもの、と肩を震わせたけれど、いつかハーレイと結婚したら。
 同じ家で二人で暮らし始めたら、その時は…。
 気絶しても面倒を見て貰えるなら、記憶の続きを見せてくれるように頼んでみようか。
 少しだけでも本当に酷く痛かったけれど、今の時代は、自然出産の時代だから。
 命はあれと全く同じに、紡がれて生まれて来るのだから。
 本来の出産の形だったのに、SD体制の時代は消えていたのが自然出産。
 カリナがそれを取り戻したから、出産は元の姿に戻った。人間が機械に統治される時代、それも自然出産児だったナスカの子たちの力のお蔭で崩壊した。
 あの子供たちがいなかったならば、出来ていないこと。ジョミーとキースの力だけでは。英雄と呼ばれる前の自分が、ソルジャー・ブルーがいただけでは。
 だからこそ、しっかり見ておきたいという気持ちがする。トォニィを産んだ時のカリナの痛み。前のハーレイたちが味わったという、苦痛の記憶を。



(本当の英雄、前のぼくじゃなくって、カリナかもね…)
 今も語られるソルジャー・ブルーなどではなくて、トォニィを生み出した母親のカリナ。
 其処から歴史が始まったから。…本当の意味でのミュウの歴史が。
 人工子宮から生まれた子供ではなくて、母親の胎内で育まれた子供。本物の子供。
 今の自分も、ハーレイもそうやって生まれて来たから、英雄はカリナかもしれない。
 人が人らしく生きてゆく世界、それを取り戻した切っ掛けの英雄。
(…英雄の座なら、いつでも譲ってあげるんだけど…)
 ジョミーやトォニィにも譲りたいけれど、カリナにだって。
 心からそう思うけれども、カリナが聞いたら断られそうな気がしないでもない。
 カリナにとっては、前の自分が、きっと英雄だろうから。
 赤いナスカへ皆を導いたソルジャー、ジョミーを連れて来た英雄。一番最初のミュウたちの長。
 そんな所だ、と思うから…。
(困っちゃう…)
 ホントに厄介、と竦めた肩。
 誰に英雄を譲ろうとしても、どうやら難しそうだから。
 けれども、今の自分は普通の子供なのだし、良かったと思う。
 ソルジャー・ブルーにそっくりなだけの、アルビノなだけの、ただのブルー。
 もう英雄でも何でもないから、ハーレイと二人で幸せに生きてゆけばいい。
 いつかハーレイと結婚式を挙げて、何処までも一緒。
 気絶したって、ハーレイが「大丈夫か?」と面倒を見てくれる、幸せな日々が来るのだから…。




             本物の子供・了


※前のブルーが格納庫でトォニィを受け止めた時は、知らなかった自然出産児だということ。
 そして報告を受けても、ナスカの子たちには会わなかったのです。彼らの未来に嫉妬をして。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









 

(最古のペット…)
 ふうん、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
 ペットは色々いるのだけれども、どの動物が一番昔から人間の側にいるか、という内容の記事。人間が地球しか知らなかった頃から、一緒に暮らしていた動物。
(猫と犬…)
 よく知られたのは、その二つ。絵や彫刻が見付かっていたのも猫と犬。今の時代も人気は高い。
 ペットとしての歴史の中では、猫に軍配が上がるという。愛玩動物だったから。ネズミの駆除もしたのだけれども、人間に可愛がられた動物。餌を貰って、家の中で人間と一緒に暮らして。
 犬は実用的な動物、元々は狩りのパートナー。獲物を追うのに便利だったし、家の番だってしてくれる。夜の間に恐ろしい動物がやって来たなら、激しく吠えて。人間に危険を知らせてくれて。
 猫か犬かのどちらかだろう、と思われがちな最古のペット。
 けれど…。
(ホラアナグマ…)
 石器時代の洞窟の中から、飼育跡が見付かったのがホラアナグマ。猫や犬よりずっと昔で、まだ人間が文字さえも持っていなかった頃に飼った動物。
 ただし、ホラアナグマは大きな動物だった。アナグマと違って、体長は三メートル近い。とうに絶滅していたらしくて、温厚だったか獰猛だったか、それは分からないそうだけれども。
 あまりにも大きいホラアナグマ。猫や犬とは比較にならない。
 だから飼育した跡があっても、ペットかどうかは分からなかった。牛や豚のように、食べようとして飼っていた可能性だって高いのだから。子供の頃から育てておいたら、沢山の肉が手に入る。
(結論は…)
 出ないままに地球が滅びておしまい。
 様々な研究をしに出掛けようにも、とても調査は出来なかった地球。
 大気は汚染され始めていたし、古い遺跡を調べたくても、調査には危険が伴ったから。



 そうやって地球は滅びてしまって、次にやって来た機械の時代。SD体制が敷かれた時代は…。
(管理社会…)
 出産さえも機械がコントロールしていたほどだし、ある意味、人間が機械のペット。
 機械が統治しやすいようにと多様な文化も消してしまって、記憶処理だって当たり前。何もかも機械の都合で決められ、人間はそれに従っただけ。機械が命令するままに生きて。
(ホントに機械のペットだよ…)
 一般社会で暮らす者たちも、軍人たちも。猫や犬とまるで変わらない。
 ネズミを駆除して生きる代わりに社会を守るか、猟犬や番犬がそうだったように、機械に反旗を翻す者を狩ったりすることを仕事にするか。…人間の姿をしていただけの猫や犬たち。
 SD体制の時代の人間たちは、そういう位置付け。彼らが気付いていなかっただけで。
 けれど機械は知っていたから、ペットの研究をされては困る。最古のペットでも、可愛がられる愛玩動物の方のペットでも。
 深く研究されてしまったら、人間も実はペットなのだと気付かれるから。
 何かのはずみで「我々もそうだ」と見破られたら、綻びが生じるSD体制。最初はほんの小さな切っ掛け、其処から穴が広がってゆく。蟻の穴から堤が崩れてゆくように。
(それで研究されないまま…)
 機械が良しとしない研究、そんなものを手掛ける学者はいない。教える学校もあるわけがない。
 ペットはペットで可愛がるだけ、深く考えたりせずに。猫でも犬でも、他の動物でも。
 そういう風に機械が仕向けていたから、途絶えてしまったペットの歴史を探る研究。技術は進歩していたのに。有毒な地球の大気の中でも、その気になったら発掘は可能だったのに。
 誰も研究しなかったせいで、最古のペットは分からないまま、地球は激しく燃え上がった。SD体制の崩壊と共に、地震と火山の噴火が起こって。
 遺跡も当然失われたから、もう不可能になった研究。何も残っていないのでは。



 分からなくなった最古のペット。猫だったのか犬か、それともホラアナグマだったのか。
 誰も答えを出せはしないし、研究だってもう出来ない。手掛かりは何処にも無いのだから。
 でも…。
(ナキネズミ?)
 思いがけない動物の名前が一番最後に載っていた。前の自分が馴染んだ動物、白いシャングリラではお馴染みだったナキネズミ。あの船の中でミュウが開発した動物。リスとネズミから。
 どうして名前が出て来るのだろう、と記事を読んだら、載せる理由は確かにあった。
 人類はともかく、ミュウの時代の最古のペットは、ナキネズミだと書かれた記事。今では人間は誰もがミュウだし、最古のペットではあるだろう。ミュウという種族が飼っていたペット。
 今は滅びた動物だけれど、遠く遥かな時の彼方で白いシャングリラで生きたナキネズミ。
 初代のミュウたちを乗せていた船で、ミュウの歴史の始まりの船で。
 そんなわけだから、ナキネズミだって最古のペットという扱いになるらしい。今の時代では。
 確かにあれが最初だったと、ミュウが飼い始めた一番古いペットだった、と。



(うーん…)
 間違ってはいないと思う、と戻った二階の自分の部屋。おやつを食べ終えて、新聞を閉じて。
 ナキネズミもペットだと言われてみれば、そうなのだろう。白いシャングリラに猫や犬などは、本物のペットはいなかったけれど。
 自給自足で生きてゆく船に、本物のペットを飼う余裕などは無かったから。
 船にネズミは出ないのだから、駆除するための猫は要らない。猟犬も番犬も、出番など無い。
 不要な生き物は乗せなかった船がシャングリラ。生き物を飼うには、様々な物が必要だから。
(幸せの青い鳥だって…)
 たった一羽の小鳥でさえも、飼えなかったのがシャングリラだった。誰も許しはしなかった。
 それがソルジャーの望みでも。前の自分の夢の小鳥で、地球への憧れを託す青い鳥でも。幸せを運ぶ鳥だというから、欲しかったのに。地球の青色を纏った鳥が。
(鳥など何の役にも立たんわ、って…)
 ゼルにバッサリと切り捨てられた青い鳥。
 同じ理屈で、蝶さえも飛んでいなかった船。花が咲いてもミツバチだけ。空を飛ぶのもミツバチだけで、鳥の影すらも無かった船。
 青い小鳥を飼えなかったから、せめてと選んだ青い毛皮のナキネズミ。
 何種類かの毛皮のナキネズミたちがいたのだけれども、「この血統を育ててゆこう」と青いのに決めた。前の自分が。
 青い小鳥は飼えないのだから、青い毛皮のナキネズミで我慢しておこう、と。



 そうやって生まれたナキネズミ。青い毛皮を持った血統のだけを繁殖させて。
 彼らは船の中を自由に歩いて、ミュウの仲間たちと思念で会話をしていたけれど。
(ナキネズミだって…)
 愛玩動物の方ではなくて、実用的なペットだろう。犬と同じで、仲間たちの役に立つペット。
 あれを開発した目的からして、そうだったから。思念波を上手く扱えない子供たちの思念を中継するよう、パートナーになって生きるようにと。
 ナキネズミは可愛らしかったけれど、撫でたりするためにいたのではない。思念波の中継をするために作り出されて、船で飼われていた動物。愛玩用ではなかったのだ、と考えたけれど。
 誰もナキネズミを愛玩用に飼ってはいなかったよね、と遠く遥かな時の彼方を思ったけれど…。
(違ったっけ…!)
 そうじゃなかった、と蘇って来た前の自分の記憶。シャングリラにいたナキネズミ。
 さっきの新聞にあった記事では、ミュウの最古のペットの動物。初代のミュウたちが飼っていたペット。愛玩動物ではなかったけれども、愛玩用のナキネズミもいた。
 ほんの初期だけ、ナキネズミという動物が生まれて間もない頃だけ。
(試作品ってわけじゃないけれど…)
 色々な色や模様の毛皮を持って生まれたナキネズミたち。交配していた血統によって、真っ白な毛皮や、黒や、ブチやら。
 飼育室のケージには何種類もいて、どれも性質は全く同じ。毛皮の色が違っただけ。前の自分が「これにしよう」と選んだ青い毛皮のとは。
 青い毛皮を持っていなかったナキネズミたちは、「青いのを育てる」と決まった時点で、飼育室から出ることになった。其処にいたって、意味が無いから。開発は終わったのだから。
 何匹もいた、青い毛皮の血統以外のナキネズミ。
 彼らは愛玩動物になった。思念波で会話が出来るペットで、希望者が部屋で飼える生き物。
 「飼いたい」と名乗りを上げたなら。「一匹欲しい」と声を上げたら。



 もう開発は終わったから、と飼育室から出されたナキネズミたち。白や茶色や、黒やブチやら、個性豊かな毛皮を纏っていた彼ら。
 どのナキネズミも、希望者が端から引き取って行ったのだけれど…。
(凄い人気で…)
 希望者がとても多かった。なんと言っても、ペットを飼うことが出来るのだから。
 おまけに、毛皮の色こそ様々だけれど、思念波で会話が出来る動物。猫や犬とは全く違って。
 きちんと世話さえしてやったならば、一緒に暮らせる小さな友達。まるで人間の友達みたいに、色々な話が出来る友達。…少し言葉がたどたどしくても。人間とは姿が違っていても。
 ナキネズミがどういう動物なのかは、とうに誰もが知っていた。開発中だった段階で。
 それを一匹貰えるのだから、大勢の仲間が「欲しい」と名乗り出たナキネズミ。配れる数より、遥かに多い人数が。ナキネズミの数を軽く上回るほどの仲間たちが。
(…あれって、クジ引きだったっけ…?)
 誰がナキネズミを貰うことにするか、決めるクジ引き。希望者たちは全員、クジを引く。それに当たれば一匹貰えて、ペットが飼えるという仕組み。
(白とか、茶色とかだって…)
 最初からクジに書いておいたら、恨みっこなし。どのナキネズミが当たっても。
 クジ引きと言えば、薔薇の花びらから作られたジャムもクジ引きだった。少しだけしか作れないジャム、全員にはとても行き渡らない。いつもクジ引き、ブリッジの仲間も引いていたクジ。
 ナキネズミが当たるクジ引きの方が、薔薇のジャムより先だったことは間違いないけれど。
(…シャングリラで何かを決めるんだものね?)
 投票で決めたわけでないなら、クジ引きをする方だろう。ナキネズミが欲しい仲間はクジ引き。
 そうだった筈、と思うけれども…。



(ナキネズミ希望の仲間のクジ引き…)
 きっと賑やかだっただろうに、そのクジ引きが記憶に無い。
 クジ引き会場の光景はもちろん、いつやったのかも、まるで全く。…ほんの小さな欠片さえも。
 当たったと喜ぶ仲間たちの顔も、貰ったナキネズミを抱いて帰ってゆく姿も。
(でも、ナキネズミ…)
 青い毛皮のナキネズミ以外は、仲間たちのペットになった筈。
 飼っていた仲間は確かにいた。白や茶色や、ブチの毛皮のナキネズミたちを。
 公園で遊ばせている姿をよく見掛けたし、肩に乗っけていた仲間だって。ずっと後にジョミーがそうしたように。「仲良しなんだ」と一目で分かる微笑ましさ。
 けれど、そうなる前の過程がスッポリ抜け落ちてしまった記憶。あのナキネズミたちの配り方。希望者たちでクジを引いたか、それとも他の方法だったか。
(ナキネズミ、どうやって配ったの?)
 大人数だった希望者たちは、様々な毛皮のナキネズミたちをどんな方法で分けたのだろう。皆で公平にクジ引きしたのか、もっといい方法があったのか。
 いくら考えても思い出せない。ナキネズミを分けた方法が。それをしていた会場さえも。



 ホントに忘れてしまったみたい、と遠い記憶を探っている間に、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、訊いてみようと考えた。
 前のハーレイはキャプテンなのだし、船のことには詳しい筈。ナキネズミを配った方法だって、きっと覚えているだろうから。
 まずナキネズミの話をしないと…、と持ち出した最古のペットの話題。
「あのね、ハーレイ…。一番古いペットは何か知ってる?」
 人間が最初に飼い始めたペット。…今はペットも色々いるけど。
「猫だろ、でなきゃ犬だよな。どっちも長い歴史があったと聞いてるし…」
 他にも「これじゃないか」と名前が挙がった動物はいたが、結局、結論は出なかった。
 研究が進んで答えが出るよりも前に、地球が滅びてしまったからな。
「そうなんだけど…。ハーレイが言ってる通りだけれど…」
 今日の新聞で読んだんだけどね、ナキネズミが一緒に載ってたよ。あれも最古のペットだって。
「はあ? ナキネズミが最古のペットって…」
 どうすりゃそういうことになるんだ、あれは新しい生き物だぞ?
 前の俺たちの船でリスとネズミから作ったわけで…。
 最新のペットだと言うなら分かるが、最古のペットと言われてもなあ…。
「ぼくもビックリしたけれど…。でも、本当に最古のペットだったよ」
 人間のペットとしては新しいけど、ミュウが飼い始めた最初のペット。だから一番古いんだよ。
 ミュウにとっては最古のペットで、それまではミュウがいないんだから。
「なるほどなあ…。一番最初のミュウが飼ってりゃ、そうなるな」
 あのナキネズミが最古のペットか、面白い話もあるもんだ。だが、違いないな、その説で。
 ミュウの最古のペットとなったら、ナキネズミということになるよな…。



 新しく作った動物でもな、と愉快そうに笑っているハーレイ。「あれが最古か」と。
 ナキネズミの記憶は充分に戻って来ただろうから、「それでね…」と疑問をぶつけてみた。
「あのナキネズミ、どうやって配ったんだっけ?」
「…配る?」
 なんのことだ、とハーレイは怪訝そうな顔。「あれは配っていたんじゃないが」と。
 思念波の扱いが下手な子供たちのパートナーとして、一匹ずつ渡す仕組みだったぞ、と。
「それは青い毛皮のナキネズミでしょ?」
 ジョミーに渡したレインと同じで、そのために育てていたナキネズミ。
 あれに決まる前に、色々なのがいたじゃない。…試作品って言っていいかは分かんないけど…。白や茶色や、ブチの毛皮のナキネズミたち。
 青い毛皮の血統を育てると決まった後には、あのナキネズミたちを配った筈だよ。
 欲しい仲間にあげようとしたら、希望者の方が多くって…。分けてあげられるナキネズミより。
 ナキネズミの数が足りなかったから、あれはクジ引きで分けたんだった?
 毛皮の色も一緒にクジに書いておいて、当たった人が貰って行った…?
「おいおい、相手はナキネズミだぞ?」
 動物とはいえ、思念波で会話が出来るんだ。薔薇のジャムとは違うってな。
 きちんと個性を持ってるんだし、自分で考えたりもする。それをクジ引きで分けるだなんて…。
 いくら公平でも、そいつは酷いというモンだ。…ナキネズミは物じゃないんだから。
「じゃあ、どうやったの?」
 クジ引きは駄目で、物じゃないって言うのなら。
 どうやって分けたの、ナキネズミの数より希望者の方がずっと多かったのに…。
「ん? 簡単なことだ、お見合いだ」
「お見合い…?」
 えーっと、それってどういう意味?
 お見合いって、いったい何をするわけ…?



 なあに、と首を傾げた言葉。「お見合い」そのものが分からない。初めて耳にしたのだから。
 今の自分は知らない言葉で、前の自分も恐らくは知らなかった筈。知っていたなら、お見合いでピンと来るだろうから。「そうやって配ったんだっけ」と。
 「お見合い」と口にしたハーレイの方も、「ありゃ?」と顎に手をやって…。
「…そうか、お見合い、古典の授業じゃ出て来ないよなあ…」
 もっと昔の話ならするが、お見合いの時代は話の肝ってわけじゃないしな、お見合いが。
 古典ってほどだし、昔のことだ。ずっと昔の日本にあった結婚のためのシステムだな。
 この人と結婚してみないか、という顔合わせが「お見合い」だったんだ。先に写真とかは貰っていたらしいがな。…どういう人かが分かるように。
 しかし会うのは初めてってわけで、「この人となら、やっていけそうだ」と考えたら、そういう返事をする。両方がそう思っていたなら、結婚に向けて話が進んで行くんだな。
 逆に断られてしまった時には、それっきりだ。相手に嫌だと言われちまったら駄目だろうが。
「…なんだか凄いね、恋をするかどうかを決めるために会うの?」
 そのためだけに会うわけなんでしょ、一目惚れでもしない限りは大恋愛は難しそう…。
 今みたいにミュウじゃない時代だから、ちょっと会っただけで本当のことは分からないのに…。
 第一印象が最悪の人でも、ホントは相性ピッタリってことも、ありそうなのに。
「そりゃあるだろうな、珍しいことじゃなかっただろう」
 断っちまった相手が実は最高の恋人ってケースは、きっと山ほどあっただろうさ。
 それでも、俺が授業で話したみたいに、手紙の交換だけで相手が決まった時代よりかはマシだ。
 ちゃんと顔を見て話が出来るし、どういう人かを自分の目で確かめられるんだから。
「それはそうだけど…。手紙の時代よりマシだけど…」
 だけど、やっぱり嬉しくないよ。そのやり方だと、運命の相手に出会うの、難しそうだから…。
 会えていたって、ウッカリ断っちゃいそうだから…。



 恋をするには向いてないよ、と思った「お見合い」。運命の相手に一目惚れとは限らないから。
 最初は派手に喧嘩をしたって、後で惹かれる恋だって多い筈だから。
 お見合いが何かは分かったけれども、問題はナキネズミの配り方。ナキネズミと結婚するような仲間はいなくて、ペットを欲しがっていただけで…。
「…ハーレイ、ナキネズミのお見合いって、なに?」
 ナキネズミと結婚するんじゃないのに、お見合いをしてどうするの?
 お見合いの意味が無さそうだけれど、あのナキネズミたち、そうやって配っていたんだよね…?
「そのままの意味だ、文字通りにお見合いというヤツだ」
 お互いの相性を確かめるってな、その人間とナキネズミが仲良く暮らしていけるかどうか。
 簡単なことだろ、ナキネズミは喋れるんだから。…思念波を使えば、誰とでもな。
 希望者は順に、ナキネズミたちと面会なんだ。毛皮の色にこだわらないなら、全部とでもな。
 そして選ぶのは人間ではなくて、ナキネズミたちの方だったんだぞ、と言われてみれば…。
「思い出した…!」
 ホントにお見合いだったっけ…。毛皮の色にこだわった仲間も、そうでない人も。
 ナキネズミが中で待っている部屋に入るんだっけね、ちょっぴり緊張している顔で…。



 お見合いという言葉が相応しかった、ペットのナキネズミの配り方。一緒に暮らす相手を選んでいたのは、実はナキネズミの方だった。数が少なくて、希望者の方が多かったから。
 お見合い用の部屋で待つナキネズミが一匹、其処へ一人ずつ入って行った仲間たち。
 部屋の中では記録係も待っていた。ナキネズミの飼育を担当していた仲間で、彼らが点数を記録する。お見合いを終えた仲間が出て行った後で、その仲間につけられた点数を。
 ナキネズミが決めていた点数。入って来た仲間と思念で話して、今の人間はこの点数、と。
「誰がナキネズミをペットに貰うか、あの点数で決まったんだっけ…?」
 一番点数が高かった人が、ナキネズミを貰えたんだっけ…?
「いや。…それだと本物のお見合いと同じで、失敗しちまうこともあるだろ?」
 さっき、お前も言っただろうが。第一印象が最悪のヤツが、相性ピッタリってこともあるしな。
 ナキネズミのお見合いだって同じだ、一度だけで決めてしまうよりかは、ゆっくりと…。
 時間はたっぷりあったわけだし、点数の高いヤツらを集めて、お試し期間だ。
 ナキネズミは順番に泊まり歩いていたのさ、候補になった仲間たちの部屋を幾つもな。
 何回も回って決めるヤツもいれば、一回目で決めたナキネズミもいた。
 この人間が気に入ったから、一緒に暮らしてゆくんだとな。
「そうだっけね…」
 一生、人間と暮らしてゆくんだものね。相性のいい人が、断然いいに決まっているし…。
 みんないい人ばかりの船でも、性格とか好みは色々だから…。
「うむ。俺とゼルだと全く違うし、ヒルマンとでも違ってくるんだし…」
 ナキネズミに一人選べと言ったら、ヤツらの好みが出るんだろう。俺は断られてゼルだとか。
 その辺はきちんとしてやらないとな、ナキネズミたちが幸せに生きていけるように。
 交配のリストから外れたヤツらで、カップルも作れないんだから。



 青い毛皮のナキネズミ以外は、増やさない。白いシャングリラで決まった方針。青い毛皮を持つ血統を育ててゆこう、と前の自分が言った時から。
 他の血統はもう不要なのだし、繁殖させても無駄になるだけ。餌や飼育の手間がかかるだけ。
 子孫を増やす必要は無い、と教えられていたから、ナキネズミたちは素直に従った。
 自分とは違う毛皮を持つ仲間同士より、人間と一緒に生きてゆく道。それを行こうと。
 そうやって青い毛皮以外のナキネズミたちは、いつしか消えていったのだけれど…。
「ナキネズミ…。ちょっと可哀相だったかな…」
 可哀相なことをしちゃったのかな、前のぼく…。
「何故だ?」
 あいつらは充分に幸せだったぞ、自分好みの飼い主を見付けて、一緒に暮らして。
「でも…。カップルも作れないんだよ?」
 子供が生まれちゃうから駄目、って教えられちゃって。
 いくら幸せでも、同じナキネズミと恋も出来ずに、人間と暮らしていくだけなんて…。
「それはそうだが、ヤツらにその気があったなら…」
 カップルを作ろうと思っていたなら、俺たちが止めても無駄だぞ、無駄。
 恋はそういうモンだろうが。周りが止めても、どんなに障害だらけの恋でも、突っ走るってな。
「そう…なのかな?」
「分かっちゃいないな、恋ってヤツが」
 ナキネズミのことだと思っているから、そういう間抜けなことを言うんだ。
 お前自身で考えてみろ。
 もしもお前がナキネズミだったら、どういう風になっちまうかを。



 ちょっと置き換えてみるんだな、とハーレイが指差した自分の顔。「お前もだが」と。
「よく聞けよ? …前の俺がナキネズミだったとしよう。色は茶色でも何でもいいが」
 そしてお前もナキネズミなんだ、俺が茶色なら、お前は白ってトコかもな。
 カップルになるのは駄目だ、と教えられていたって、公園とかで俺に会ったらどうする?
 白い毛皮のナキネズミのお前が、茶色い毛皮のナキネズミの俺に会っちまったら。
「決まってるじゃない、恋をするよ…!」
 会った途端に大好きになるし、ハーレイで胸が一杯になるよ。人間じゃなくてナキネズミでも。
「ほらな、俺だって全く同じだ。ナキネズミのお前に一目惚れだな」
 惚れちまったら、お前に会いたくなるじゃないか。
 公園に行けば会えるんだろうし、飼い主に何かと理由を付けては、公園に行こうと考える。
 きっとお前が来るだろうしな、何度も公園に通っていたら。
「ぼくも…!」
 同じだよ、ぼくも公園に行くよ。…飼い主に頼んでハーレイに会いに。
 その内に時間が分かって来るから、おんなじ時間に散歩して貰って、ハーレイとデート。
 飼い主同士が話している間に、ハーレイと遊んで、お喋りをして…。
「分かったか?」
 そうやって仲良くなっちまってみろ、どんどん一緒にいたくなるもんだ。
 公園で会うだけじゃ物足りなくなって、もっと他にも会えるチャンスを作りたくなるぞ。
「そうなっちゃうかも…」
 頑張っちゃうかも、ハーレイに会いに行きたくなって。
 飼い主の人と一緒でなくても、船の中は自由に歩けるもんね…?
 ナキネズミは勝手に歩いちゃ駄目、って決まりは何処にも無かったんだし…。
 部屋からも好きに出られた筈で、と思い出したナキネズミの知能。ボタンを押せば扉は開く。
 自分で扉を開けられるのなら、きっと部屋だって抜け出すだろう。
 散歩の時間以外の時でも、ハーレイに会おうとするのだろう。
 一緒に過ごして、ハーレイとカップルになりたくて。
 ハーレイからもプロポーズされて、きっと幸せ一杯で…。



 そうなったならば、もう言い付けには従えない。いくら決められていたことでも。
 人間と一緒に生きるペットになった時点で、そうするようにと教え込まれていても。
「ぼく、ハーレイに恋をしちゃったら、決まりがあっても守れないよ…!」
 カップルは駄目、って言われていたって、我慢出来っこないんだから…!
 オス同士だから子供は絶対生まれないけど、でも、カップルは駄目なんだろうし…。
「駄目だろうなあ、カップル希望の他のヤツらの手前もあるから」
 許して貰えそうにはなくても、俺だって、とても我慢は出来ん。…お前に恋をしちまったら。
 お前もそうだろ、決まりがあっても俺とカップルになりたくなる。
 だからこそ例に出したんだ。…俺たちの立場で考えてみろ、と。
 これが本物のナキネズミにしても同じだ、同じ。恋をしたならカップルはいたな。
 どんなに人間が禁止したって、あいつらの恋は止められん。
 なまじ思念波が使えるだけに、ソルジャーに直訴するだとか…。
 青の間に二匹でコッソリ入って、「どうしても結婚したいんです」と訴えるとかな。
「…そんなのが来たら、前のぼく、その恋、許してしまいそうだよ…」
 まだハーレイとは恋人同士じゃなかったけれども、真剣なのは分かるもの。
 ヒルマンやエラと喧嘩になっても、「許してあげて」って頼みそうだよ。
「ほら見ろ、お前が許可を出したら、めでたくカップル成立ってな」
 充分に恋は出来たってわけだ、ソルジャーも味方をしてくれるんだし…。
 それでもカップルがいなかったのは、ヤツらにその気が無かったというだけのことだな。
「どうしてなのかな?」
 恋をしようと思っていたなら、出来たのに…。なんでカップル、いなかったのかな?
「きっと満足だったんだろう。人間と暮らしてゆくのがな」
 自分で選んだパートナーの人間なんだし、最高に気の合う相手ではある。…人間なだけで。
 その人間から餌を貰って、おやつも貰って、ついでに仕事は何も無いってな。
 青い毛皮に生まれていたなら、子供たちのサポートをするって役目があるんだが…。
「…仕事は何もしなくて良くって、御飯とおやつを貰って暮らして…」
 後は遊んでいればいいって、本当にペットそのものだね。愛玩動物の方のペットだよ、それ。
「そのようだなあ…」
 最古のペットはダテじゃないなあ、ナキネズミ。…愛玩用のも立派にいたわけだな。



 恋をしようと考えたならば、カップルにもなれたナキネズミ。青い毛皮を持っていなくても。
 白や茶色やブチの毛皮で、自分とは全く違う毛皮の持ち主とでも。
 けれども、恋をしなかった彼ら。パートナーの人間と一緒に暮らして、いつの間にやら、船から消えたナキネズミ。真っ白なのも、茶色のも。ブチも、真っ黒な毛皮のも。
 それでもきっと、彼らは幸せだったのだろう。
 恋をしてカップルを作らなくても、一匹の子孫も残さずに消えてしまっても。
「ねえ、ハーレイ…。あのナキネズミたち、きっと幸せだったよね?」
 生きてた印は何も残らなかったけど…。
 ナキネズミは青い毛皮なんだ、って誰もが思い込んじゃったけれど。
 白とか茶色だったナキネズミの子供、一匹も生まれないままになっちゃったから…。
「なあに、恋をしようって方もそうだが、子孫の方にもこだわる必要は無いからな」
 欲しいと思えば作っただろうし、思わなければ要らないってことだ。
 ついでに、俺とお前が恋をしたって子孫は出来ん。…お前、子供は産めないんだから。
「そうだね…。ぼく、男だから、子供は無理…」
 欲しいと思うことも無いけど、でも、恋人は絶対、欲しいよ。
 ハーレイがいない人生だなんて、寂しすぎて考えられないもの。
「其処の所が、あのナキネズミたちとの大きな違いだな」
 恋人を欲しがるという所。カップルで生きたいと思う所だ。
 だが、あいつらが恋をしていたら…。前のお前が、恋を許してやっていたなら…。
「ナキネズミ、青い毛皮のだけじゃなかったね…」
 仕事をしているナキネズミは青い毛皮だろうけど、そうじゃないのも何匹もいたよ。
 白とかブチとか、茶色だとか。
 好きに恋してカップルになって、生まれる子供も毛皮の色は色々だもの。



 様々な色や模様の毛皮のナキネズミたちが住んでいる船。ナキネズミのカップルが何組も住んでいるだろう船。
 白いシャングリラは、そういう船でも良かったかもしれない。前の自分は、きっとナキネズミの恋を許していただろうから。けして「駄目だ」とは言わなかったと思うから。
 そうやって増えたナキネズミたちの餌が要るなら、必要な分を作らせて。
 元は自分たちが開発していた生き物なのだし、冷たく見捨てはしなかっただろう。二度と子供が生まれないよう、手術をさせろと言いもしないで。
 けれど、色々な毛皮のナキネズミたちは恋をしなくて、それっきり。
 彼らの子孫は生まれないまま、ナキネズミは青い毛皮になった。青い毛皮の血統だけが、子孫を増やしていったから。飼育係が育てていたのは、青い毛皮のものだけだから。
「…ぼくなら絶対、ハーレイに恋をするけれど…」
 ハーレイがいなくちゃ寂しくて生きていけないけれども、ナキネズミ…。
 どうして恋をしなかったんだろ、ペットになってたナキネズミたちは?
 人間と暮らして満足してても、何処かで恋に落ちそうなのに…。
「そいつも説明は出来るってな。俺とお前がナキネズミなら、というヤツで」
 お前がナキネズミで、人間と一緒に暮らしてて…。
 公園に行けば他のナキネズミにも会えるわけだが、そのナキネズミの中にだな…。
 俺がいなかったら、お前はどうする?
 ナキネズミは何匹もいるというのに、俺とは違うナキネズミしかいなかったとしたら…?
 それでも、お前は恋をするのか?
 俺は何処にもいないわけだが、お前、どうする…?
「…ハーレイがいないなら、恋はしないよ」
 恋をする必要、無いんだもの。…だって、ハーレイはいないんだから。
「俺の方でもそうだってな。お前というナキネズミがいないなら、恋はしないんだ」
 そしてシャングリラのナキネズミどもは、そうだったのさ。
 恋をしたいと思うナキネズミが何処にもいなくて、恋はしないで終わっちまった、と。



 運命の相手に出会わなかったから、恋も無しだ、と言われたから納得した理由。
 白や茶色やブチのナキネズミたちが、船から消えてしまった理由。
 運命の相手がいなかったのなら、恋だってきっと生まれない。カップルも、彼らの子孫たちも。
 そういうことなら、前の自分も今の自分も、最高に幸せなのだろう。
 ナキネズミ同士でも恋に落ちるほど、駄目だと教えられていたってカップルになるだろう二人。
 ハーレイという運命の相手と出会って、二人で生まれ変わって、また巡り会えて、恋人同士。
 前の自分たちの恋の続きを、これからも一緒に生きてゆくから。
 青い地球の上で、いつまでも幸せに生きるのだから。
 ハーレイと二人で、手を繋ぎ合って。
 今度こそ決して手を離さないで、結婚して、何処までも幸せな道を…。




            最古のペット・了


※ミュウの時代の最古のペットは、ナキネズミ。そして実際、ペットだったのもいたのです。
 けれども、恋をしないで終わった彼ら。運命の相手がいないのだったら、恋はしませんよね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








(ペンギンのカップル…)
 雛もいるね、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
 ダイニングのテーブルで広げた新聞、可愛らしいペンギンが並んでいた。此処からは遠い地域の動物園にいる、名物ペンギン。人気者で子育て上手なカップル。
 仲良く寄り添う二羽の足元、よちよち歩きだろう雛。なんとも微笑ましい写真。
(ふうん…?)
 ペンギンのことは良く知らないけれど、というのが正直な所。姿は分かりやすいけれども、生態などには詳しくない。ペンギンだよね、と思うだけ。
(寒い所に住んでるペンギンばかりじゃ…)
 ないらしい、と父に教わった程度。「氷の国だと思っていたら、大間違いだぞ?」と。
 ペンギンの中には、サボテンの生える所で暮らす種類もいるのだと聞いた。氷ではなくて、熱い砂地が大好きなのが。
 そういう所のペンギンだったら、飼育するのに特別な部屋は全く要らない。この地域の動物園で飼おうというなら、屋根さえあれば屋外だって。
(氷の国から、サボテンの生える所までって…)
 極端すぎるよ、と言えばいいのか、逞しいのか。ペンギンという名前の種族。
 このペンギンはどちらなのかも分からない。写真に氷は写っていないし、屋外なのだと見分けがつくような物も景色も何も無いから。
 氷の国のペンギンなのか、暖かい場所のペンギンなのか。
 そのくらいは書いて欲しいよね、と改めて見詰めたペンギンのカップル。可愛い雛つき。
 ヒゲペンギンだなんて言われても…、と捻った首。いったい何処のペンギンだろう、と。



 生息地が分からないペンギン。氷の国のペンギンだろうか、ヒゲペンギンは?
(ゼルにヒルマン…)
 ヒゲと言ったら、あの二人だよ、と遥かな時の彼方を思う。前の自分の仲間たち。髭を生やしていた二人。今でも直ぐに浮かぶくらいに。
 けれど、ヒゲペンギンというのは種類なのだし、髭とついてもメスだっている。ヒゲペンギンが全部オスだったならば、たちまち絶滅するのだから。
 髭のあるメスのペンギンも…、と記事を読み進めて驚いた。
(え!?)
 ニールとロイ。
 そういう名前のペンギンのカップル、名物ペンギンと書かれた二羽。左がロイで、右にいるのがニールだと解説してあった。「とても仲のいいカップルです」と。
(男みたいな名前だけど…)
 ニールもロイも、男性の名前だと思う。普通に聞いたら、そういう感じ。
 だから、どちらかは男っぽい名前のメスだろうか、と考えた。ニールか、もしかしたら、ロイ。鳥には雌雄の区別がつきにくい種類も多いものだ、と聞いているから。
 馴染みの深い鶏だって、ヒヨコの間はオスかメスかが分かりにくいもの。ヒゲペンギンの場合も同じで、オスのつもりでロイと名付けたら、メスだったとか。オスのニールがメスだったとか。
(猫で間違えた友達もいたし…)
 生まれた子猫たちに名前を付けて大失敗。男の子なのに、女の子だった失敗談。
 ニールとロイもきっとそうだ、と考えたのに。
 ペンギンのプロの飼育係も、間違えて名前を付けたのだろうと、クスッと小さく笑ったのに。



(……嘘……)
 間違えたんじゃなかったんだ、とポカンと眺めた新聞記事。もう一度、写真を確かめたほどに。
 驚いたことに、ニールとロイはオス同士。正真正銘、どちらもオス。
 けれども、二羽で暮らしている所に、他のメスたちを入れてやっても、知らん顔。そんな鳥などいないかのように、お互いしか目に入らない。ニールも、ロイも。
 いつも一緒に仲良く巣作り、とはいえオスだから生まれない卵。それを承知で、他のカップルがやって来る。オスとメスとのカップルだけれど、子育てする気が無いペンギンが。
 そういうカップルが置いて行った卵、ニールとロイは大喜び。預かった卵でも、自分たちの卵。温めてやれば雛が孵るし、子供を育てられるのだから。
 巣作りをした甲斐があった、と交代で温める卵。雛が孵ったら、きちんと世話する。餌を運んで食べさせてやって、一人前の大人になるまで。
 だから人気者のニールとロイ。動物園でも一番の子育て上手なカップル。
 オス同士でも、メスには見向きもしない二羽でも。
(…ペンギンだよ…?)
 人間同士ならばともかく、相手はペンギン。自然の中で生きてゆく動物。子孫を増やして。
 動物園で暮らすペンギンなのだし、自然界とは違うのだろうか?
 ニールとロイはそれでいいの、と読み進めた記事には「色々あります」と記されていた。
 実は多いらしい、オス同士でカップルになってしまう鳥。ヒゲペンギン以外の種類の鳥だって。動物園ではなくて、自然の中で暮らす鳥たちでも。
 一生、添い遂げる鳥だった時は、後からメスを加えてやってもオス同士のまま。もうカップルは決まっているから、生涯、二羽で生きるのだから。
 たまたまオスが多かった年に生まれた鳥なら、そうなるらしい。翌年にメスが余っていたって、取り替えないらしい自分の相手。
 オス同士では雛が生まれなくても。巣作りをしても、意味が無くても。



 ビックリした、と丸くなった目。ニールとロイは特別なペンギンなどではなかった。
 たまたま動物園にいたから、注目を浴びているというだけ。もしも自然の中にいたなら、普通に生活してゆくのだろう。やっぱり同じに、他のカップルの卵を預かって孵してやって。
(うーん…)
 鳥の世界にもオス同士のカップルがいるなんて、と戻った二階の自分の部屋。
 勉強机の上に頬杖をついて、思い返した新聞記事。ペンギンでなくても、オス同士でカップルになることが多いらしい鳥。種類は様々、一生、添い遂げる鳥だって。
 どういう鳥で起こり得るのか、あの記事には書かれていなかったけれど…。
(鶴は…?)
 丹頂鶴はどうなんだろう、と頭に浮かんだ美しい鳥。この地域のずっと北の方に棲む丹頂鶴。
 あれも一生、添い遂げる鳥。湿原の神という意味の名前を持っている鳥、サルルンカムイ。遠い昔のアイヌの言葉で。
 前に新聞で読んで、悲しくなった。つがいの丹頂鶴の愛の深さに、前の自分たちが重なって。
(パートナーの鶴が死んじゃっても…)
 その側を離れずにいるという鶴。死骸を狙うキツネやカラスを追い払いながら。
 すっかり骨になってしまっても、まだ離れないで守り続ける。雨で流されたり、雪の下に隠れて見えなくなってしまうまで。相手の身体が消える時まで。
 そうなってから、やっと何処かへ飛んでゆくという丹頂鶴。新しいパートナーを探して。
(…前のぼくの身体、メギドで無くなっちゃったから…)
 シャングリラに戻りはしなかった身体。漆黒の宇宙に消えてしまって。
 もしも身体が残っていたなら、ハーレイはそれを守れたのに。魂は飛び去ってしまっていても。語り掛けても、声が返りはしなくても。
 そう思ったから、悲しかった鶴。
 前のハーレイには、守りたくても守る身体が無かったから。きっと守りたかっただろうに、と。
 それをハーレイに尋ねてみたら、本当にその通りだった。地球に着くまで守っただろう、と。
 もう動かなくなった身体を、保存するための柩に入れて。青の間に置いて、何度も通って。



 ハーレイと二人、鶴の姿に重ねた前の自分たち。
 前のハーレイを置いて行った自分と、置き去りにされたハーレイと。身体だけでも、ハーレイの許に残っていたなら、幾らかは救いになった筈。
 魂はもう戻らなくても、死んだ身体でも、寄り添うことは出来るのだから。
 手を握ることも、そっと口付けをすることも。
 パートナーを失くした丹頂鶴が、いつまでも側を離れないように。骨になっても、離れずに守り続けるように。
(きっとオス同士のカップルでも…)
 かまわないのだろう、と今になって思う丹頂鶴。湿原の神、サルルンカムイ。
 あの話をハーレイとしていた時には、其処まで思っていなかったけれど。鳥の世界では、オスとメスとがカップルなのだと考えていたし、鶴たちの愛の深さについて二人で語り合っただけ。
 鶴のように共に生きてゆこうと、今度こそ二人、離れはしないと。
(…鶴の舞…)
 雪解けの前に、鶴たちは雪原で舞うという。
 一生を共に生きる相手を見付け出すために、翼を広げて、鳴き交わして。
 とうに相手がいる鶴たちは、愛の絆を確かめるように。
 パートナーを探して舞う鶴たちは、若い鶴ばかり。これから共に生きる相手を求めて、初めての舞を舞う若い鶴たち。
 その中に混じって、パートナーを失くした鶴も舞うらしい。相手を失くして、たった一羽で。
 共に生きようと誓った相手は、もういないから。…身体さえも消えてしまったから。
 そういう悲しい鶴が舞う舞。
 愛を確かめ合うカップルたちの中で、新しい世代の鶴たちの中で、寂しく舞を舞い続ける。もう戻ってはこない相手を求めるように。本当だったら二羽で舞う筈の舞を、たった一羽で。
(…ぼくとハーレイも、離れちゃったら、そういう鶴になっちゃうよ…)
 独りぼっちで、悲しい舞を舞う鶴に。共に舞う相手は、もういないから。
 けれど、今度はハーレイと共に生きてゆく。死ぬ時も二人、何処までも一緒。
 そう約束を交わしているから、残されて一羽で舞わなくてもいい。
 お互い、悲しい舞は舞わない、という話で終わってしまったけれど。丹頂鶴よりもずっと、強い絆を育んでゆこうと、見詰め合って終わりだったのだけれど…。



 丹頂鶴も同じかどうかはともかく、オス同士でつがいになるという鳥。カップルになって、共に生きるオスたちは珍しくない。
 新聞に載っていたヒゲペンギンのニールとロイが、子供まで育てているように。
(ハーレイも、ぼくも…)
 人間の世界では珍しいけれど、鳥の世界なら、普通のカップル。周りの鳥たちも気にしない。
 そういうものだと考えているし、平気で卵も預けてゆく。「お願いします」と、産み落として。自分たちは子育てに向いていないから、孵して育ててやって下さい、と。
(巣作りも無駄にはならないんだよね…)
 自分たちの子供は生まれなくても、誰かが卵を置いてゆくから。きちんと温めて孵してやって、一人前になるまで育てる雛。餌を運んで、面倒を見て。
 おまけに、生きる場所によっては人気者。ニールとロイみたいに、新聞にも載って。
 きっとSD体制の時代だった頃も、人気者の鳥になれただろう。オス同士でも、子育てが上手い仲良しカップル。動物園で巣作りをして、他のカップルの卵を孵して。
(…前のぼくたち、鳥に生まれた方が良かった?)
 ミュウに生まれて酷い目に遭うより、ハーレイと二人。
 鳥なのだから二羽だけれども、頑張って二人でせっせと巣作り。オス同士でも、鳥の仲間たちは全く変だと思いはしない。鳥の世界では珍しくないことだから。
 そうやって巣が出来上がったら、誰かが卵を預けに来ないか、二人で待つ。巣はあるのだから、次は卵、と。早く卵を温めたいと、雛が孵ったら育ててやろうと。
 その内に預かる誰かの卵。子育てに向かないカップルの卵。
 ハーレイと交代で温めてやって、きちんと孵して、二人で育てて…。



(うんと幸せだったかも…)
 ミュウになるより、動物園で人気者の鳥。オス同士でも子育て上手だから。
 SD体制の時代でもきっと、幸せに生きられただろうカップル。そっちの方が良かったかな、と考えていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、問い掛けた。
 お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「あのね、ヒゲペンギンって知ってる?」
 ペンギンの仲間なんだけど…。そういう名前の種類のペンギン。
「はあ?」
 なんだ、そいつは有名なのか?
 ヒゲペンギンというのは初めて聞いたが、何か変わったことでもするのか、そのペンギンは?
「やっぱり知らない?」
「すまん、ペンギンには詳しくないしな」
 この地域に棲んでる鳥じゃないから、そうそうお目にかかれんし…。どうも馴染みが薄いんだ。
 しかし髭とは、まるでゼルだか、ヒルマンなんだか…。そのヒゲペンギン。
「ニールとロイだよ」
 ゼルやヒルマンじゃなくって、ニール。…それからロイ。
「なんだそりゃ?」
 そういう名前がついているのか、何処のペンギンかは知らないが…。ニールとロイだと?
「うん、ペンギンの名物カップル」
 此処じゃなくって、遠い地域の動物園にいるんだけれど…。
 ニールとロイって名前なんだよ、オス同士のカップルなんだって。だけど、子育て上手で人気。
 ちゃんと巣を作って、他のカップルの卵を孵して、雛を育てているんだよ。



 でも珍しいことじゃないんだって、と話して聞かせた新聞記事。オス同士のカップルは普通だという鳥たちの世界。動物園でなくても、自然界でも。
 一生、添い遂げる鳥でも同じ、と言ったら「うーむ…」と唸っているハーレイ。鳥の世界では、そうだったのかと。
「…後からメスを入れてやっても、オス同士のカップルは壊れないんだな?」
 とうに相手は決まっているから、そのままでいいということか…。
 オス同士だと子孫は生まれないのに、他のカップルの卵を孵して育てたりもする、と。
「それ、ハーレイも知らなかった?」
 今のぼくより年上なのに…。色々なことを知っているのに。
「おいおい、何でも知ってるんだと思うなよ?」
 サッパリ分からんことも多いぞ、畑違いというヤツだ。そういう分野も多いんだから。
「そうかもだけど…。ハーレイ、鳥には詳しいから…」
 青い鳥が窓にぶつかった時も、オオルリだって直ぐに教えてくれたし…。
 ツバメが海を渡る時には、群れじゃなくって一羽ずつで飛ぶのも知っていたでしょ?
「それとこれとは、話が全く違うってな。オオルリやツバメはどうか知らんが…」
 鳥の世界じゃ、オス同士のカップルが普通だってか?
 しかも一生、同じカップルで暮らす鳥でも、一度オス同士でカップルになっちまったら、後からメスがやって来たって、見向きもしないと来たもんだ。
 比翼の鳥って言葉があるほどなんだし、夫婦なんだと思っていたが…。
 オスとメスとのカップルばかりで、オス同士のカップルがいたとしたって、珍しいのかと…。
「比翼の鳥は比翼の鳥だよ、いつも一緒に飛ぶんでしょ?」
 オス同士でも、一生、添い遂げるんだから。…メスが来たって、そっちの方には行かないで。
 前にハーレイと鶴の話をしたじゃない。一生、相手を変えないっていう丹頂鶴。
 パートナーの鶴が死んじゃった時も、死体がすっかり消えてしまうまで側を離れない鳥。
 あの鶴にだって、オス同士のカップル、いそうな感じ…。記事には書いてなかったけれど。
「いるかもなあ…」
 オス同士のカップルが壊れないなら、丹頂鶴の世界にもいるかもしれん。
 よくよく観察してみたら驚くかもなあ、「あのカップルはオス同士だぞ」とな。



 丹頂鶴の生態に詳しい人なら、きっと答えも知ってるだろうが、とハーレイは顎に手を当てた。
 「俺たちからすれば意外なんだが、普通なのかもしれないな」と。
 なにしろ鳥の世界の中では、珍しくないのがオス同士のカップル。一生、添い遂げるのが普通の鳥でも。丹頂鶴も、そのタイプの鳥。
「なんとも不思議な感じだなあ…。前にお前と話してた時は、まるで思いもしなかった」
 前の俺たちに鶴を重ねてはいたが、オス同士のカップルは俺たちくらいなモンだろうと…。
 きっと他にはいないだろうと思っていたのに、実は珍しくもなかったってか。
 丹頂鶴がそういう鳥とは限らないがな。
「でしょ? 鳥の世界では普通なんだよ、オス同士でカップルになってても」
 だからね…。前のぼくたちも、鳥同士だったら、とても幸せだったかな、って…。
「鳥同士?」
 前の俺たちって、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイがか?
「そうだよ、名前は全然違っていたかもだけど」
 鳥なんだもの、ソルジャーとかキャプテンって呼ばれることは無いものね。
 ブルーとハーレイって名前でもなくて、それこそニールとロイだとか…。
 あっ、あそこ…。鳩!



 飛んで来たよ、と見付けた鳩。窓の向こうに、つがいの鳩。
 庭の木の枝に並んで止まって、仲が良さそうなカップルだけれど…。
「あれもオス同士かもしれないよ?」
 だって鳥だし、鳩の世界でもオス同士のカップル、普通なのかもしれないもの。
「鳩は見た目じゃ分からんからなあ、どれがオスだか、メスなんだか」
 オス同士が普通の世界だったら、そういうカップルかもしれん。巣を作っていても、卵を温めていても、まるで区別がつかんだろう。…他のカップルの卵だなんて、誰も夢にも思わないしな。
 しかし、どうして前の俺たちの話になるんだ?
 鶴の話をしていたからか、ああいう風に生きたかったのか…?
「そうじゃなくって…。あの時代だと、鶴だって、きっと動物園にいただろうしね」
 今みたいに自由に飛んではいなくて、保護して貰って、安全に生きていたと思うよ。動物園で。
 その動物園、決められたスペースはあるだろうけど、同じ檻でもミュウより立派。
 あんな狭苦しい檻じゃなくって、運動するための場所だってあるよ。
 鶴でも、他の色々な鳥でも、オス同士のカップルは人気者だよ、動物園なら。子育てが上手で、仲良しカップル。…ヒゲペンギンのニールとロイみたいに。
 動物園の鳥でなくても、オス同士のカップル、鳥の世界では普通でしょ?
 恋人同士だってことを隠さなくても平気なんだよ、何処で暮らしていたとしたって。
 シャングリラの中では、誰にも言えなかったけど…。
 最後まで秘密にするしかなくって、「さよなら」のキスも出来ないままで…。
「其処か、前の俺たちが鳥同士だったら、と考えた理由…」
 誰にも隠す必要は無くて、動物園なら人気者にもなれていて…。
 ミュウじゃないから追われもしないし、酷い人体実験なんかも一切無いっていうことか…。



 確かに幸せだったかもな、とハーレイも見ている鳩のカップル。枝に止まった、つがいの鳩。
 羽繕いをしてやったりもして、仲睦まじくて、本当に微笑ましいカップル。一休みしたら、また何処かへと飛んでゆくのだろう。離れないで、二羽で。
「きっと幸せだったと思うよ、前のぼくたち…」
 ミュウじゃなくて、鳥に生まれていたら。動物園の鳥でも、外で暮らしている鳥でも。
 今の地球みたいに沢山の自然は無いだろうけど、動物園でなくても、きっと安全。
 天敵がいたって、ミュウに生まれるより、ずっと安全な時代だったよ。
 ミュウだと、ホントに殺されるしかなかったから。…檻に入れられて酷い実験だとか。
 でもね、鳥だと、追い掛けられても頑張って逃げればいいんだし…。
 人間だって、鳥が追われていることに気が付いた時は、助けようとしてくれるでしょ?
「まあな…。人類も基本は、優しい生き物ってヤツには違いなかった」
 平和に暮らして、友達を作って、助け合って生きていたからな。
 ミュウの子供を通報していた養父母にしても、そういう子供じゃなかったら…。ごくごく普通の子供だったら、きちんと世話して可愛がってた。機械が教えた通りにな。
 キースみたいな軍人でなけりゃ、殺すことなんて考えやしない。人間はもちろん、動物だって。
 鳥が天敵に追われていたなら、皆、助けようとしただろう。それこそ大勢、集まって来て。
「ほらね、鳥の方がミュウより安全な時代だったんだよ」
 ミュウは見付かったら撃ち殺されておしまいだけれど、鳥を撃つ人は誰もいないよ?
 追い掛けられてる鳥を助けようとして、オモチャの銃を撃つ子供とかはいるんだろうけれど…。
 前のぼくたちが生きてた時代は、そういう時代。
 だから、前のハーレイとぼくも、鳥に生まれていたら幸せ。
 人類に殺されかけたりすることはないし、狭い檻に閉じ込められもしないし…。



 きっと幸せに生きてゆけたよ、と見詰めた恋人の鳶色の瞳。前の生から愛したハーレイ。
 けれど、恋人同士だったことは、誰にも言えはしなかった。最後の別れを告げる時さえ、キスも出来ずに終わった二人。…ミュウに生まれてしまったから。鳥には生まれ損なったから。
「鳥のハーレイと二人だったら、絶対、幸せだった筈だよ」
 二人じゃなくて、二羽だけど…。それでも鳥の目から見たなら、二人でしょ?
 おんなじ姿の鳥同士だから、やっぱり二人。…オス同士でも、鳥の世界だったら普通。
 一生、一緒に生きてゆく鳥で、ハーレイとカップルになるんだよ。一目で好きになっちゃって。
 いつもハーレイと二人で暮らして、巣だって頑張って一緒に作って…。
 そういうの、素敵だと思わない?
 あそこにいる鳩も、本当にオス同士かも…。幸せそうだよ、ああいう風に暮らせていたら。
 前のぼくたちが、ミュウじゃなくて鳥に生まれていたら…。
「それはそうかもしれないが…。幸せに生きてゆけたんだろうが…」
 お前、本当にそれで良かったのか?
 前のお前と前の俺とが、ミュウじゃなくて鳥のカップルだったら…。
 オス同士のカップルが普通の世界で、俺もお前も一目惚れして、一緒に生きてゆけたなら。



 幸せなのは間違いないだろう、とハーレイも認めた鳥たちの世界。SD体制の時代でも。
 ミュウのように追われて狩られはしないし、人類だって守ってくれる。天敵に襲われそうな姿を見たなら、大人も子供も助けようとしてくれる筈。「鳥が危ない」と大騒ぎして。
 そういう平和な世界で暮らして、場合によっては人気者。動物園で脚光を浴びる名物カップル、「オス同士なのに、子育て上手な鳥たちがいる」と。
 二人一緒に巣作りをして、他のカップルの卵を孵したりもして生きてゆく日々。寿命の長い鳥もいるから、人類と変わらない年月だって共に生きられるのだけれど…。
「いいか、幸せ一杯の人生だったとしても…。鳥なんだが、此処は人生ってことにしておこう」
 前のお前も、前の俺だって、大満足の人生を生きて、死ぬ時も一緒だったとしても…。
 心臓が同時に止まるくらいに、仲のいいカップルだったとしても。
 その時限りのカップルってことになっていたかもしれないぞ?
 うんと幸せに生きて死んでいっても、それっきりでな。
「…それっきりって?」
 その時限りのカップルだなんて、どういうことなの…?
「俺たちみたいに、生まれ変わりはしないってことだ。…こんな風には」
 前とそっくり同じ姿に生まれもしないし、前の自分が誰だったのかも思い出さない。
 記憶を持ってはいないわけだな、今の俺たちとは全く違って。
 それじゃ、会っても分からんだろうが。俺もお前も、お互いに何一つ覚えていないんだから。
「なんで…?」
 どうしてそういうことになってしまうの、鳥でも、ぼくとハーレイだよ?
 運命の恋人同士なんだし、生まれ変わっても、きっと分かるよ。…ハーレイも、ぼくも。
「お前なあ…。忘れちまったのか、お前の聖痕を…?」
 今のお前が持っているヤツだ。俺は一度しか見てはいないが…。
 そいつがお前に現れるまで、俺もお前も、前の自分が誰だったのかを全く知らなかったんだぞ?
 俺は散々、「キャプテン・ハーレイの生まれ変わりか?」と訊かれたモンだが、笑ってた。
 他人の空似だと思い込んでいたし、前のお前の写真を見たって、何も思いはしなかった。
 こういう顔の人がいたなら好きになるとか、そんなことさえ、一度も考えなかったってな。



 あの聖痕が現れなければ、俺もお前も記憶は戻っていない筈だ、という指摘。
 それまでは前世のことなど忘れて、全く違う人生を生きていた二人。ハーレイは今のハーレイの人生だけしか見てはいなくて、ソルジャー・ブルーだったチビの自分も。
「俺が思うに、きっと聖痕に意味があったんだろう」
 あの傷がお前に現れたこと。…お前が聖痕を持っていたこと。
 前のお前がメギドで撃たれた時の傷だろ、あの聖痕は。…傷そのものは何も残っちゃいないが、同じ場所から血が噴き出した。前のお前が撃たれた通りに。
 そういう傷を負ったお前の生まれ変わりだ、と分かる印が聖痕なんだ。
 だから、お前も俺も気付いた。今のお前は誰なのか。…それを知っている自分は誰か、と。
 そして記憶が戻ったわけだな、自分が誰かが分かったから。
「そうだけど…。聖痕が無ければ、ぼくたちの記憶は戻っていないの?」
 ハーレイに会っても何も思い出せないままなの、あの聖痕が無かったら…?
「多分な。現に、聖痕が俺たちの記憶を戻してくれたんだから」
 その聖痕を、誰がお前に刻んだのかが問題だ。…今のお前の身体にな。
 前のお前は、命と引き換えに未来を作った。シャングリラを守って、ミュウの未来を。
 お前がメギドを沈めなかったら、今の平和なミュウの時代も、青い地球もありはしないんだ。
 いつかは出来ていたとしたって、きっと遥かに長い時間がかかっただろう。…実際の歴史より、ずっと長くて気の遠くなるような時間がな。
 そいつを短縮したのがお前で、だからこそ今も英雄なんだ。…ソルジャー・ブルーは。
 お前だからこそ、俺と一緒に此処まで来られた。聖痕を持って、生まれ変わって。
 俺はそうだと思ってる。神様が奇跡を起こしたんだと、それがお前の聖痕なんだと。
 お前も聖痕は奇跡だと思っているだろう?
 だがな…。



 ただの鳥だと、そんな奇跡は起こりやしない、と真っ直ぐに見詰めてくる鳶色の瞳。
 どんなに人気者の鳥のカップルでも、SD体制の時代に注目を浴びていた鳥だとしても、と。
「…鳥は鳥だというだけに過ぎん。未来を変える力などは持っていないんだからな」
 だから、前の俺たちが鳥のカップルに生まれていたなら、その時限りの仲ってことだ。
 鳥のお前は、聖痕を貰えやしないだろうが。
 世界の役に立ってはいないし、神様が奇跡を起こす理由が無いからな。…ただの鳥では。
 聖痕が無けりゃ、俺もお前も、前の俺たちの記憶を思い出すことは無い。
 鳥として幸せに生きて死んだら、次に巡り会うことがあっても、もう覚えてはいないんだ。同じお前に出会えたとしても、もう一度恋に落ちたとしても。
「そんな…。ハーレイもぼくも、忘れてしまうの?」
 二人で一緒に生きていたのに、とても幸せだったのに…。
 オス同士でも二人で巣作りをして、他のカップルの卵を温めて孵して、雛を育てて…。
「酷なようだが、そうなるだろうが」
 鳥だった時は、俺たちに奇跡は起こらない。…聖痕が現れる前の俺たちと同じ状態だ。
 お互いに何も覚えていなくて、出会っても何も思い出さない。
 恋に落ちても、今のお前と今の俺とがいるだけだ。…ただの教師と教え子のな。
 前と同じに幸せに生きてはゆけるんだろうが、巣作りしたことも、卵を温めていたことも…。
 一緒に孵した雛のことさえ、思い出すことはないわけだな。
 神様が奇跡を起こさなかったら、記憶は戻りはしないんだから。



 それでも鳥が良かったのか、と訊かれたら、否。鳥が良かったとは、とても言えない。
 ハーレイと一緒に生まれ変わっても、恋に落ちても、それがハーレイだと気付かないなら。
 新しい人生を二人で幸せに生きてゆけても、前の生のことを忘れてしまっているのなら。
 鳥のカップルに生まれていたなら、聖痕を貰うことは出来ない。前の記憶は戻りはしない。どう頑張っても、鳥は鳥だから。…世界を、未来を変える力を持たないから。
「…鳥に生まれてたら、うんと幸せだっただろうと思うけど…」
 ハーレイと幸せに生きて行けたと思うけど…。
 だけど、やっぱり人間でいい。…ミュウに生まれた前のぼくでいいよ。
 生きてゆくのが辛い人生でも、アルタミラで酷い目に遭わされても。…何度も何度も死にそうになって、死んだほうがマシだと思ったくらいの地獄でも。
 やっと逃げ出しても、幸せになれても、ハーレイとは秘密の恋人同士で…。
 さよならのキスも出来ずに別れて、独りぼっちで死んじゃっても。
 それでも、こうしてハーレイに会える人生が断然いいよ。…どんな目に遭っても、辛くっても。
 鳥に生まれてたら、もっと幸せに生きていられたとしても。
「俺も全く同感だ。前のお前を失くしちまって、辛かったが…」
 魂は死んでしまったような気持ちで、地球までの道を生きたわけだが…。
 それでも頑張って生きただけあって、もう一度、お前と青い地球で巡り会えたしな?
 お前の辛さには敵いやしないが、俺だって苦労はしてたんだ。鳥に生まれてれば楽だったのに。本当に鳥のカップルだったら、ずいぶんと楽な人生で…。
 ありゃ…?



 消えちまったな、とハーレイが眺めた窓の外。
鳩のカップルはもういなかった。
 いつの間に姿を消していたのか、止まっていた枝さえ揺れてはいない。きっと二人で話していた間に、何処かへ飛んで行ったのだろう。二羽で仲良く翼を広げて。
「…鳩のカップル、行っちゃったね…」
 たっぷり休んで満足したから、次の所へ行っちゃったかな。…公園だとか、でなきゃ自分の巣に戻ったとか。
「そうなんだろうな、あそこじゃ餌も多くはないし…」
 もっと沢山食える場所を目指して行っちまったか、巣に帰ったか。
 二羽で揃って来ていたんだし、巣には卵は無いだろうがな。卵があるなら、片方は残って温めてやらんと駄目なんだから。
「卵…。あの鳩、やっぱりオス同士かな?」
 巣は作ったから、誰か卵を産んでおいてね、って二人で遊びに出てたとか…?
 「お願いします」って言いにくい鳩のカップルでも、留守の時なら勝手に卵を置いて行けるし。
 帰ったら卵があるといいね、って言いながら帰って行くのかな…?
「さてなあ…?」
 その辺の事情は俺にも分からん、どうやって卵を預かるのかは。
 第一、あれがオス同士のカップルだったのかどうか、それも分からなかったんだが…?
「んーと…。オス同士だったら、ヒルマンとゼル?」
 さっきのカップル、ずっと昔はヒルマンとゼルって名前だったとか…?
「…それだけは無いだろ、ヒルマンたちだぞ?」
 あいつらが恋人同士だったとは、俺は全く聞いたことすら無いんだが…?
「そうだよね…」
 ヒルマンとゼルなら、隠す必要は無いんだし…。堂々と恋人宣言したよね、恋をしてたら。
 みんなの前でキスなんかもして、手だって繋いで歩いてるよね…。



 鳩のカップルがオス同士でも、ヒルマンとゼルのわけがないよね、と目をやった外。
 ハーレイも「当たり前だろうが」と笑って見ている、鳩のカップルがいた辺りの木の枝。
 きっとヒゲペンギンの名物カップル、ニールとロイも、ヒルマンとゼルではないだろう。彼らが鳥に生まれ変わって、カップルになってはいない筈。
 白いシャングリラでは多分、前の自分たちだけだった。男同士のカップルは。
 だから隠すしかなかったけれど。…鳥の世界では当たり前でも、人の世界では普通ではなかった男同士のカップルで恋をしていたから。
 その上、ソルジャーとキャプテンだった二人。
 シャングリラの命運を左右しかねない二人だったから、余計に隠し通したけれど。
 今度は恋を隠さなくても済む世界だから、二人、幸せに生きてゆく。
 鳥に生まれた方が良かったかも、とは少しも考えないで。
 いつか結婚出来る時が来たなら、ハーレイと同じ家で暮らして。
 前の生からの恋の続きを、前よりもずっと幸せな生を。
 いつまでも、何処までも、手を繋ぎ合って、生まれ変わって来た、この地球の上で…。




          つがいの鳥・了


※鳥の世界では珍しくない、雄同士のカップル。SD体制の時代でも、鳥だったなら安全。
 ミュウよりも幸せに暮らせそうですけど、前の生の記憶がある、今の人生を貰える方が幸せ。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv







※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




シャングリラ学園、また新年を迎えました。恒例のお雑煮大食い大会で教頭先生たちに闇鍋を食べさせたり、水中かるた大会で優勝したりと1年A組は新年早々絶好調です。水中かるた大会優勝の副賞は先生方による寸劇だったんですけれど…。
「かみお~ん♪ 昨日の寸劇、最高だったね!」
みんなとっても喜んでたし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今日は土曜日、朝から会長さんの家にお邪魔しています。
「リクエストが沢山あったからねえ、やっぱりやらなきゃ駄目だろうと」
お応えした甲斐があった、と会長さんも。
「ハーレイのバレエは伝説だしさ、たまには披露しておかないと」
「かなり普通じゃなかったがな…」
ただのバレエじゃなかったろうが、とキース君が突っ込むと。
「そりゃまあ…。一応、寸劇ってことになってるし…。先生が二人は必要なんだし」
「あんたが最初にやらかした時は、グレイブ先生も踊っていたと思ったが?」
白鳥の湖の王子役で、とキース君。
「なのに今回は踊りは無しだったぞ、グレイブ先生は」
「演目が赤い靴だしねえ? 踊らなくてもいいんだよ、グレイブは」
最後にハーレイの足を切り落とす役さえ演じてくれれば、と会長さんの返事。昨日のグレイブ先生は一人で何役もこなした挙句に、踊り続ける足を切り落とす首切り役人で…。
「教頭先生の足に一撃、あれは本気がこもってましたよ」
多分、とシロエ君が呟き、サム君も。
「グレイブ先生、一年間、ババを引かされまくっているもんなあ…」
「誰かさんのせいでね…」
誰かが1年A組に来るせいで、とジョミー君。
「本気だって出るよ、足に一撃」
「ぼくのせいだと言うのかい?」
会長さんが訊いて、私たちは揃って首を縦に。会長さんは「心外だなあ…」と頭を振ると。
「グレイブにも娯楽を提供しているつもりだけどねえ? 毎年、毎年」
「娯楽どころか、地獄だろうが!」
娯楽はあんたの勘違いだ、とキース君。その認識で間違ってないと思いますです、グレイブ先生、毎年、毎年、会長さんがやって来るだけで地獄ですってば…。



それはともかく、昨日の寸劇。赤い靴の元ネタはもちろん童話で、靴を履いている限りは踊り続ける呪いがかかった女性のお話。同じタイトルのバレエ映画があるのだそうで、会長さんは童話とバレエを混ぜたのです。
教頭先生は白鳥の湖みたいな白いチュチュに赤いトウシューズで登場、ひたすら色々な踊りを披露し続け、グレイブ先生は赤い靴の童話の靴屋の女将さんとか老婦人とかをこなしまくって、最後が首切り役人なオチ。
グレイブ先生の斧の一撃、教頭先生の踊りが止まっておしまいでしたが…。赤いトウシューズだけが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーということで、勝手に脱げて踊りながら去ってゆくという拍手喝采の寸劇でしたが…。
「何度も訊くがな、なんでグレイブ先生は踊りは無しになっていたんだ!」
踊れる筈だぞ、とキース君。
「バレエの技はサイオンで叩き込まれた筈だし、今だって!」
「分かってないねえ、何年経ったと思っているのさ」
その技を叩き込まれた時から…、と会長さんがフウと溜息。
「グレイブはあれっきりバレエの方は放置なんだよ、誰かと違って」
「「「あー…」」」
教頭先生は今もバレエ教室に足を運んでおられますけど、グレイブ先生については噂も聞いていません。やっぱり習っていなかったんだ…。
「普通は習わないと思うよ、バレエなんかは。ハーレイの方が例外なんだよ」
そして技術がどんどん上がる、と会長さん。
「昨日のバレエも凄かっただろう、回転したって軸足は少しもブレなかったし」
「それはまあ…。技術の凄さは認めるが…」
認めるんだが、とキース君はまだブツブツと。
「教頭先生だけに絞って笑い物にするというのはだな…」
「いいんだってば、グレイブの下手な踊りも一緒に披露するより、あっちの方が!」
そのための題材なんだから、と会長さんは『赤い靴』の利点を挙げました。
「履いてる間は踊りまくるのが赤い靴だよ、自分の意志とは関係無く!」
「それはそうだが…」
「バレエの技術をもれなく披露! ついでにグレイブは斧で一撃、そしてスカッと!」
あれ以上のネタはそうはあるまい、と会長さんは自画自賛。教頭先生のバレエを披露で大ウケでしたし、グレイブ先生が踊ってなくても拍手はとっても大きかったですよね…。



ともあれ、教頭先生のバレエの技が光った昨日の寸劇。実に上達なさったものだ、とワイワイ賑やかに騒いでいたら…。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、とフワリと翻った紫のマント。別の世界からのお客様の登場です。
「ぶるぅ、ぼくにも紅茶とケーキ!」
「オッケー、ちょっと待っててねーっ!」
今日は柚子のベイクドチーズケーキなの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと用意を。ソルジャー好みの紅茶の方も。
「ありがとう! うん、美味しい!」
それでね…、とソルジャーは柚子のケーキを頬張りながら。
「昨日のハーレイの寸劇だけどさ、あれはなんだい? ぼくにはイマイチ分からなくてさ」
「「「は?」」」
「覗き見していたけど、意味が今一つ…。あの靴が問題だったのかな?」
赤いトウシューズ、とお尋ねが。
「履いてる限りは踊り続けるとか何とか言ったし、グレイブが斧で切り付けた後は、あの靴だけが踊りながら去って行っちゃったし…」
「赤い靴の話、知らないのかい?」
もしかして、と会長さん。
「有名な童話なんだけどねえ、君は読んではいないとか?」
「うん、知らない。どういう童話だったんだい?」
まるで知らない、と言うソルジャーのために、私たちは口々に説明していたのですが。
「かみお~ん♪ これで分かると思うの!」
ちゃんと絵本になっているから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出した本。赤い靴の絵本、持っていたんだ…。
「ああ、あれかい? 寸劇に備えての参考資料に買ったんだけど?」
会長さんが答えて、ソルジャーは「ふうん…」と絵本をパラパラめくっていって。
「分かった、赤い靴というのが大切なんだね、主人公はやたらこだわってるけど」
「靴も買えないような子供が初めて貰った靴なんだよ?」
心に残って当然だろう、と会長さん。そのせいで赤い靴が大好きになっちゃうんですよね、あのお話の主人公…。



ソルジャーは絵本がよほど気に入ったのか、何度も読み返してからパタンと閉じて。
「足を切り落とすまで踊り続ける赤い靴かあ…。なんだか凄いね」
切り落とした後まで足だけが踊って行っちゃうなんて、とソルジャーが言うと、会長さんが。
「神様の罰ってことになっているけど、元ネタはそういう病気らしいね」
「「「病気?」」」
なんですか、それは? 踊りまくる病気が存在すると?
「ハンチントン病っていうヤツで…。それじゃないかと言われているよ」
元々は舞踏病と言ったくらいだから、と聞いてビックリ、赤い靴は元ネタがありましたか!
「裏付けってヤツは無いけれど…。その辺から来てるんじゃないかって話」
「ふうん…。踊り続ける病気なのかい?」
そんな病気が、と驚くソルジャー。
「ぼくの世界じゃ聞かないねえ…。舞踏病の方も、ハンチントン病も」
「君の世界だと、根絶済みだと思うよ、それ」
遺伝する病気らしいから、と会長さんが返すと、「なるほどね!」と頷くソルジャー。
「そうなのかもねえ、ぼくの世界は遺伝子治療は基本だからね」
そういう因子は除去するだろう、と流石は未来の医学です。遺伝病くらいは簡単に治せてしまうんだろうな、と皆で感心していたら…。
「でもねえ、赤い靴はとっても使えそうだよ、パワフルだから!」
「「「はあ?」」」
何に使うと言うんでしょうか、赤い靴なんか? ソルジャーの正装は白いブーツですけど、それを赤いブーツにしたいとか?
「うーん…。それも悪くはないんだけれど…。履いている間はサイオン全開っていうのもね」
そして人類軍の船を端から沈める、と怖い台詞が。その船、人が乗ってますよね?
「そりゃ、乗ってるよ! でもねえ、相手は人類だから!」
向こうが殺しにやって来るんだし、こっちから逆に殺したって全く問題無し! とソルジャーならではの見解が。
「赤いブーツでパワフルに殺しまくるのもいいけれど…。どうせだったら、もっと有意義に!」
「何をしたいわけ?」
赤いブーツで、と会長さんが尋ねて、私たちも知りたいような知りたくないような。あれだけ絵本を読んでいたんですし、何か思い付いたことは確かですよね?



赤い靴はパワフルで使えそうだ、と言い出したソルジャー。赤いブーツを履いて人類を殺しまくるという話も出ましたが、それよりも有意義な使い方となると…。
「もちろん、夫婦の時間だよ! パワフルとなれば!」
ハーレイとパワフルにヤリまくるのだ、とソルジャーの口から斜め上な言葉が。
「赤い靴を履くのは、ぼくじゃなくって、ぼくのハーレイ!」
「「「え?」」」
赤い靴はキャプテンの方が履くって、それを履いたらどうなるんですか?
「決まってるじゃないか、夫婦の時間と言った筈だよ! ヤリまくるんだよ!」
赤い靴を履いている限りはガンガンと、とグッと拳を握るソルジャー。
「赤という色は特別なんだろ、こっちの世界じゃ! だから赤い靴!」
ノルディに聞いた、とソルジャーは知識を披露し始めました。
「赤は性欲が高まる色だとかで、赤い下着が流行るって言うし…。健康のために赤いパンツを履く人もいるし、赤は特別な色なんだよ! そこが大事で!」
「…赤い靴の童話は無関係だと思うけど?」
神様がお怒りになった理由はそこじゃない、と会長さん。
「今はともかく、あの童話の時代は教会は厳しかったから…。赤い靴で教会は論外なんだよ」
そしてお葬式の時に赤い靴が駄目なのは今でも同じ、とキッパリと。
「決まりを破った上に、自分を育ててくれた人のお世話もしないで舞踏会に行ってしまうから…。そんなに踊りが好きなんだったら踊り続けろ、という罰だってば!」
「細かいことはいいんだよ! ぼくのハーレイは気にしないから!」
赤い靴の童話はサラッと聞かせるだけだから、と言うソルジャー。
「要はそういう童話があってさ、それに因んだ赤い靴っていうことで!」
性欲も高まる色なんだから、とソルジャーは笑顔。
「この靴を履いてる間はヤリまくれる、と暗示をかければオッケーってね!」
「「「暗示?」」」
「そう! ハーレイは疲れ知らずでヤリまくれるだけのパワーを秘めているからねえ…」
漢方薬のお蔭でね! とソルジャー、得意げ。
「ただねえ、元がヘタレだからねえ…。ぼくへの遠慮があったりするから…」
ぼくが壊れるほどヤリまくれと言っても腰が引けちゃって…、と零すソルジャー。つまりは赤い靴を履かせて、キャプテンの心のタガをふっ飛ばそうというわけですか…?



ソルジャーが魅せられた赤い靴。狙いはどうやら、私の考えで合っていたようで。
「ピンポーン! 赤い靴を履くというのが大切!」
脱がない限りはヤリまくるってことで、とソルジャーは頬を紅潮させて。
「もう最高の暗示なんだよ、赤い靴を履いたらヤるしかないと!」
「なるほどねえ…。赤い靴とは、いいアイデアかもしないけれど…」
靴だけに少々難アリかもね、と会長さん。
「えっ、難アリって…。どの辺が?」
ぼくのアイデアは完璧な筈、と怪訝そうなソルジャー。
「赤い靴はただの靴だけどねえ、暗示をかけるのはぼくなんだよ? ぼくが暗示を解かない限りは、ハーレイはヤッてヤリまくるんだよ!」
「…その暗示。靴を履いてる間だけだろ?」
「そうだけど? だからこその赤い靴なんだよ! 早速何処かでゲットしないと!」
こっちの世界で適当なヤツを買って帰ろう、と言うソルジャーですが。
「買って帰るんだ? …無粋な靴を」
「無粋だって!?」
失礼な! とソルジャーは柳眉を吊り上げました。
「赤い靴の何処が無粋だと? ロマンだってば、赤い靴の話と同じでさ!」
もう永遠にヤリ続ける仕様の赤い靴、と夢とロマンが炸裂しているみたいですけど、会長さんは。
「どうなんだか…。靴を履いてコトに及ぶと言うのはねえ…」
君が気にしないなら、そこはどうでもいいんだけれど、と一呼吸置いて。
「ただねえ、ヤリまくっても脱げない靴を買うとなったら、デザインがねえ…」
下手な靴だと脱げるであろう、と会長さん。
「君の目的は激しい運動を伴うんだよ? それでも脱げない靴となると…」
スニーカーとか、ブーツだとか…、と会長さんは例を挙げました。
「そういう無粋な靴になるけど、君はその手の靴を買うわけ?」
「…そ、そういえば…。ハーレイが普段に履いている靴…」
脱げにくい仕様の靴ではあるけど、運動したら脱げるかも、とソルジャーは「うーん…」と。
「ああいう靴を買おうと思っていたけど、脱げちゃうんだ?」
「多分ね、だからスニーカーとかの無粋な靴だね!」
ロマンも何も無さそうな靴、と会長さん。ソルジャーの野望はこれでアッサリおしまいですかね、赤い靴は脱げてしまうんですしね?



ソルジャーが夢見る赤い靴。履いている限りはキャプテンと大人の時間なのだ、と野望を抱いたみたいですけど、靴はアッサリ脱げるというのが会長さんの指摘。脱げてしまったら靴の呪いならぬ暗示の方も解けちゃいますから…。
「…赤い靴というのは無理があったか…」
ソルジャーが腕組みをして、会長さんが。
「そもそも、靴はそういう時には脱ぐものだしね? 履いたままなんて誰も考えないよ」
路上で襲い掛かる類の暴漢くらいなものであろう、とクスクスと。
「君の暗示がかかっていたなら、暴漢並みの勢いってことも有り得るけれど…。肝心の靴が脱げてしまっちゃ、話にも何もならないってね!」
「…じゃあ、靴下で!」
「「「靴下!?」」」
いったい何を言い出すのだ、と目を剥いた私たちですけれども、ソルジャーの方は本気でした。
「うん、靴下! 靴下だったら脱げないしね!」
それに限る、と頭の中身を切り替えたらしく。
「赤い靴の代わりに赤い靴下! これで完璧!」
「…もう好きにしたら?」
その辺で買って帰ったら、と会長さんが投げやりに。
「今は冬だし、靴下も沢山ある筈だよ。分厚いヤツから普通のヤツまで、選び放題で」
「分かった、買いに行ってくる!」
直ぐ帰るから、と立ち上がったソルジャーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「んとんと…。お昼御飯は食べないの? もう帰っちゃうの?」
「え、直ぐに帰ると言ったけど?」
「うん、だから…。帰っちゃうんでしょ、靴下を買って」
ちょっと残念、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お客様大好きだけにガッカリしているみたいです。
「お昼、寒いからビーフシチューにするんだけれど…。朝から沢山仕込んだんだけど…」
「もちろん食べるよ、直ぐに帰るから!」
ちゃんとこっちに帰って来るから、と言われてビックリ、帰るって…こっちに帰るんですか?
「そうだけど? ぼくにも色々と都合があるしね」
じゃあ、行ってくる! とソルジャーは会長さんの家に置いてある私服にパパッと着替えてパッと姿を消しました。赤い靴下を買いにお出掛けですけど、まさかこっちに戻るだなんて…。



赤い靴の童話から、良からぬアイデアに目覚めたソルジャー。履いている限りはヤリまくる靴をキャプテンに履かせるつもりで、それが駄目なら赤い靴下。暗示をかけるらしいですから、靴下を買ったら真っ直ぐ帰ると思っていたのに…。
「ただいまーっ!」
買って来たよ、とソルジャーが紙袋を提げて戻って来ました。会長さんもよく行くデパートの。
「ホントにこの時期、色々あるねえ、赤い靴下! もう迷っちゃって!」
でもシンプルなのが一番だよね、と中から出て来た赤い靴下。キャプテン用だけに大きいです。
「靴下だったら、靴と違ってそう簡単には脱げないし…。これでバッチリ!」
「はいはい、分かった」
それ以上はもう言わなくていい、と会長さん。
「何しに戻って来たかはともかく、そろそろお昼時だから!」
「かみお~ん♪ ビーフシチュー、マザー農場で貰ったお肉なんだよ!」
それをトロトロに煮込んだから、と聞いて大歓声。料理上手な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の腕に、マザー農場の美味しいお肉は最高の組み合わせというヤツです。ダイニングに向かってゾロゾロと移動、ビーフシチューに舌鼓。ソルジャーもシチューを口に運びながら。
「これも赤だね、考えようによってはね!」
濃い赤色、と指差すシチュー。
「やっぱり赤にはパワーがあるんだよ、シチューも赤いし、肉だってね!」
生の肉は赤いものなんだし…、とニコニコと。
「赤はパワフルな色で間違いなし! だからね、赤い靴下だって!」
「君の好きにすればいいだろう!」
食事中にまで余計な話を持ち出すな、と会長さんが睨み付けましたが。
「何を言うかな、食事が済んだら忙しくなるし!」
「「「え?」」」
忙しいって…何が?
「赤い靴下だよ、ぼくが暗示をかけるんだから!」
「なんだ、帰るって意味だったのか…。だったら、別に」
今の間に好き放題に喋るがいい、と会長さん。食事が済んだら消えるんだったら、私たちも別に気にしません。赤い靴下だろうが、独演会だろうが、好きにすれば、と思ったんですが…。



「「「教頭先生!?」」」
昼食を食べ終えた私たちを待っていたものは、予想もしていなかった展開でした。食後のコーヒーや紅茶を手にして戻ったリビング、ソルジャーも紅茶を飲んだらお帰りになるものだと信じていたのに、さにあらずで。
「そうだよ、こっちのハーレイなんだよ!」
まずは試してみないとね、と買って来た赤い靴下を手にしたソルジャー。
「履いている限りは解けない暗示をかけられるかどうか、一応、実験しておかないと!」
「迷惑だから!」
そんな実験にハーレイを使うな、と会長さんが怒鳴り付けました。
「ヤリまくるだなんて、困るんだよ! 第一、ハーレイは鼻血体質だから!」
暗示をかけてもヤリまくる前に倒れるから、という意見は正しいだろうと思います。ソルジャーや会長さんが悪戯する度に鼻血で失神、そういうのを何度も見て来ましたし…。
「いきなりそっちはやらないよ! 赤い靴の通りにするんだけれど!」
「「「へ?」」」
「踊る方だよ、踊り続けるかどうかを試すんだよ!」
それならいいだろ、とソルジャーが広げてみせる赤い靴下。
「これはバレエの靴とは違うし、爪先で立って踊るっていうのは無理かもだけど…。とにかく踊り続けるように、という暗示をね!」
「…踊る方かあ…」
そっちだったら害は無いか、と会長さん。
「そういうことなら、好きにしたら? バレエだろうが、フラメンコだろうが」
「フラメンコなんかも踊れるんだ? こっちのハーレイ」
「バレエと同じで隠し芸だよ、バレエほどには上手くないけど」
「分かった、他にも色々な踊りが出来そうだねえ!」
こっちの世界は踊りが多いし、とソルジャー、ニッコリ。
「盆踊りだけでもバラエティー豊かにあるみたいだし…。バレエに飽きたら、それもいいねえ!」
「飽きたらって…。どれだけ踊らせるつもりなのさ?」
「赤い靴下を履いてる限り!」
夜も昼も踊り続けるんだろう、とソルジャーは赤い靴の絵本をしっかり覚えていました。こんなソルジャーに目を付けられてしまった教頭先生、踊りまくる羽目に陥るんですか…?



それから間もなく、ソルジャーが「さて…」とソファから立ち上がったので、出掛けるんだと誰もが思ったんですけれど。
「もうハーレイを呼んでもいいかな?」
「「「え?」」」
呼ぶって、教頭先生を? 此処へですか?
「そうだけど…。踊らせるんなら、家は広いほどいいからねえ!」
ハーレイの家は此処より狭いし、とソルジャーが言う通り、会長さんの家は広いです。マンションの最上階のフロアを丸ごと使っているんですから。
「ハーレイを此処に呼ぶだって!?」
冗談じゃない、と会長さんが言い終えない内にキラリと光った青いサイオン。ソルジャーがサイオンを使ったらしくて、教頭先生がリビングの真ん中にパッと。
「…な、なんだ!?」
何事なのだ、と周りを見回した教頭先生に、ソルジャーが。
「こんにちは。見ての通りに、此処はブルーの家なんだけど…。ちょっと協力して欲しくてねえ、ぼくの大事な実験に!」
「…実験……ですか?」
「そう! 一種の人体実験だけれど、薬を使うわけじゃないから!」
身体に害は無い筈だから、とソルジャーは笑顔全開で。
「害があるとしたら、筋肉痛になるくらいかな? だけど、君は普段から鍛えているし…。そっちの方も平気じゃないかと」
「筋肉痛とは…。それはどういう実験ですか?」
「赤い靴だよ。昨日の寸劇、凄かったねえ!」
君の踊りはぼくも覗き見させて貰ったよ、と踊りの凄さを褒めるソルジャー。
「あれほどの踊りをモノにするには、ずいぶん練習したんだろうねえ?」
「ええ、教室にはずっと通っていますから…」
「頼もしいよ! それなら踊り続けていたって大丈夫だよね?」
「…踊りですか?」
それはどういう…、と尋ねた教頭先生に、ソルジャーが「これ!」と突き付けた赤い靴下。
「この靴下を履いてくれるかな? そしたら分かるよ!」
君が履いてる靴下を脱いで…、と言ってますけど。教頭先生、素直に履き替えるんですかねえ?



「…赤い靴下…」
もしやそれは、と靴下を見詰める教頭先生。
「普通の靴下のように見えますが、赤い靴の話が出て来るからには、履いたら最後、踊り続けるしかない靴下でしょうか…?」
「大正解だよ! 実はね、ぼくが本当に目指す所は踊りじゃなくって…」
「やめたまえ!」
言わなくていい、と会長さんが止めに入りましたが、ソルジャーは。
「誰かが言うなと喚いてるけど、きちんと説明しておかないとね? ぼくが目指すのは、夫婦の時間を盛り上げるための靴下で!」
「…はあ?」
怪訝そうな顔の教頭先生。それはそうでしょう、赤い靴の話とソルジャーの発想が結び付くわけがありません。ソルジャーは「分からないかなあ?」と頭を振って。
「履いてる間はヤリまくる靴下を作りたいんだよ! もうガンガンと!」
自分の意志とは関係なしに無制限に…、と言われた教頭先生はみるみる耳まで真っ赤になって。
「そ、その靴下を作るための実験台ですか…?」
「話が早くて助かるよ! ぼくのハーレイに履かせたくってね、その前に君の協力を…」
お願い出来る? と訊かれた教頭先生、鼻息も荒く「はい!」と返事を。
「喜んでやらせて頂きます! …それで、そのぅ…。私の相手は…」
ヤリまくる相手は誰になるのでしょう、という疑問は尤もなもの。ソルジャーは「えーっと…」と首を捻って。
「ぼくだと嬉しくないんだろうし…。ブルーの方がいいんだよね?」
「もちろんです!」
「ブルーなら、其処にいるからさ…。頑張ってみれば?」
「はいっ!」
この靴下を履けばいいのですね、とソルジャーから赤い靴下を受け取る教頭先生。ソルジャーが先に言っていた踊りの話や筋肉痛の件は頭から抜け落ちてしまったようです。会長さんも気付いたみたいで、怒る代わりにニヤニヤと。
「聞いたかい、ハーレイ? 人体実験、頑張るんだね」
「うむ。…これに履き替えればいいのだな」
赤い靴ならぬ赤い靴下とは面白い、と履いていた靴下を脱いでおられる教頭先生。鼻血体質のくせにやる気満々、赤い靴下を履けばヘタレも直ると思ってたりして…?



教頭先生が脱いだ靴下は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が片付けようとしたんですけど、会長さんが「待った!」と一声。
「そんな靴下、置いておかなくてもかまわないから! 臭いだけだから!」
「…く、臭い…?」
そうだろうか、と衝撃を受けてらっしゃる教頭先生。会長さんはフンと鼻を鳴らして。
「自分じゃ分からないものなんだよ、この手の悪臭というヤツは! ぶるぅ、ハーレイの家に送っておいて!」
「オッケー、洗濯物のトコだね!」
消えてしまった教頭先生の靴下、ご自分の家の洗濯物の籠へと瞬間移動で放り込まれたようです。まだ呆然と裸足で立っておられる教頭先生に、ソルジャーが。
「気にしない、気にしない! ブルーも照れているんだよ!」
「…そ、そうでしょうか…?」
「そりゃあ照れるよ、ヤリまくろうって言うんだよ? さあ、気を取り直して!」
赤い靴下を履いてみようか! と促すソルジャー。教頭先生も「そうですね!」と。
「では、早速…。どちらの足から履いてもいいのですか?」
「特にそういう決まりは無いねえ、履くということが大切だからね!」
「分かりました。それでは、失礼いたしまして…」
よいしょ、と右足を上げて立ったままでの靴下装着。続いて左足にも装着で…。
「「「………」」」
どうなるのだろう、と固唾を飲んで見守っていた私たち。両足に赤い靴下を履いた教頭先生の左足が床に下ろされ、初めて両足で立った途端に。
「「「!!?」」」
バッ! と高く上がった教頭先生の右足、頭の上までといった勢いで。バレエでああいうポーズがあるな、と思う間もなく…。
「「「わあっ!」」」
私たちの声と重なった野太い声。教頭先生が上げた驚きの声で、その声の主は凄い速さでクルクルと回転中でした。左足を軸に、さっき上げていた右足を曲げたり伸ばしたりしながらクルクル、いわゆるバレエの回転技で。
「「「うわー…」」」
本当に踊る靴下だったか、と見ている間もクルクル回転、バレエの技術はダテではなかったようです。トウシューズが無くても回れるんですねえ、それなりに…。



いきなり始まった、教頭先生の大回転。グランフェッテと言うんでしたか、バレエの連続回転技は三十二回転がお約束。グルングルンと回り続けた教頭先生、回り終えたら深々とお辞儀、これまたバレエでやるお辞儀。
「あれ、止まってない?」
お辞儀してるけど、とジョミー君が言い終わる前に、教頭先生の片足がまたバッと上がって、今度は両足でクルクル回転しながら移動してゆきます。あれもバレエの技でしたよね?
「うん。…その内にジャンプも出るんじゃないかな、何を踊るつもりかは知らないけれど」
足任せってトコか、と会長さんが無責任に言った所へ、教頭先生の声が重なって。
「なんなのだ、これは! あ、足が勝手に…!」
「ブルーの説明を聞いていただろ、赤い靴だって!」
それに昨日の寸劇も…、と会長さん。
「赤い靴の代わりに靴下なんだよ、履いてる間は踊り続けるしかないってね!」
「わ、私はそうは聞かなかったが…!」
「ヤリまくれると思ったのかい? ブルーは筋肉痛になるとも言ってたけどねえ!」
まずは踊りで実験なんだよ、と会長さんは声を張り上げました。
「ブルーがかけてる暗示らしいよ、その靴下を履いてる限りは踊り続けろって!」
「そ、そんな…!」
これではただの間抜けでしか…、と叫ぶ間も止まらない足、お得意のバレエの華麗な技が次々と。ソルジャーが「素晴らしいよ!」と拍手して。
「フラメンコとかも出来るんだってね? 次はそっちで!」
「ふ、フラメンコ…!?」
教頭先生にはその気は無かったと思います。けれども、赤い靴下なだけに…。
「「「わわっ!?」」」
優雅なバレエの足さばきから変わったステップ、これは明らかにフラメンコ。会長さんが手拍子を打って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手にはカスタネットが。
「「「オ・レ!」」」
さあ踊れ! と私たちも手拍子、フラメンコの次は誰が言ったか盆踊り。外の寒さも吹き飛ぶ熱気がリビングに溢れて、教頭先生は次から次へと踊りまくって、踊り狂いながら。
「ま、まだ踊るのか? 止まらないのか…!」
どうして靴下でこんなことに、と叫ぶだけ無駄な止まらない足、赤い靴下で踊る両足。このまま踊るだけなんですかね、あの靴下…。



履いたらヤッてヤリまくれると教頭先生が信じた、赤い靴下。教頭先生の足は休むことなく踊り続けて、たまにお辞儀やポーズなんかで一瞬止まって、また踊るという有様で。
「悪くないねえ、こういうのもさ」
君がハーレイを呼ぶと言い出した時には焦ったけれど、と会長さん。
「ハーレイの家で踊らせておけ、と思ったけれども、これもなかなかオツなものだよ」
「そうだろう? 高みの見物に限るからねえ、他人を見世物にする時はさ」
君の家だからこそ、美味しいおやつを食べながら見られるというもので…、とソルジャーも。
「ハーレイの家で見るんだったら、お菓子とかは持ち込みになっちゃうからね」
「かみお~ん♪ ここなら作って食べられるもんね!」
ハーレイがちょっと邪魔だけど、とヒョイとよけながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来てくれるお菓子や飲み物。踊り続けている教頭先生は全くの飲まず食わずですけど。
「…おい、いい加減、止めたらどうだ」
何時間踊らせているんだ、あんた…、とキース君が。
「もうすぐ晩飯になるんだが…。ずっと踊っておられるんだが!」
「ああ、そうか…。晩御飯ねえ、ぼくも食べたら帰って本番が待ってたっけね!」
赤い靴下の本物でハーレイと楽しむんだった、とソルジャー、ようやく気が付いたらしく。
「踊り続けられるってことは分かったし、本番の方も実験しないと…!」
「ちょ、ちょっと…!」
本番って何さ、と会長さんが言うよりも早く、キラリと光った青いサイオン。教頭先生の踊りが止まって、もうヘトヘトといった足取りながらもフラフラと…。
「え、ちょっと…!」
何を、と後ずさりした会長さんの両肩にガシッと置かれた教頭先生の両手。そのまま会長さんを床へ押し倒し、のしかかったからたまりません。
「「「ひいいっ!!」」」
会長さんも私たちも悲鳴で、シロエ君が。
「と、止めないと…! ヤバイですよ、これ!」
「よし!」
行くぞ、と駆け出したキース君たち柔道部三人組でしたけど。
「「「………」」」
まるで必要なかった救助。教頭先生は踊り続けて血行が良くなりすぎていたのか、鼻血の海に轟沈なさっておられました。赤い靴下、効いたみたいですけど、意味は全く無かったですねえ…。



こうして赤い靴下の効果が証明されて、ウキウキと帰って行ったソルジャー。失神してしまった教頭先生を瞬間移動で家へと送り返して、まだ何足も袋に入っていた赤い靴下をしっかり持って。
教頭先生に襲われかかった会長さんはプリプリ怒っていましたけれども、あれは未遂で実害は無かったわけですし…。
「いいけどね…。あの程度だったら、よくあるからね」
ブルーが何かと焚き付けるせいで、とブツブツと。それでも頭に来ているらしくて、憂さ晴らしだとかで、夜は大宴会。ちゃんこ鍋パーティーの後はお泊まりと決まり、夜食も食べて騒ぎまくって、眠くなった人からゲストルームに引き揚げて…。
「…来なかったな?」
あの馬鹿は、とキース君が尋ねた次の日の朝。ダイニングに揃って朝食の時です。
「来てないと思うよ、ぼくは知らない」
最後まで起きていたのはシロエだっけ、とジョミー君が言うと。
「そうですけど…。ぶるぅと一緒にお皿とかをキッチンに運びましたけど、見ていませんね」
「来るわけねえだろ、ウキウキ帰って行ったんだしよ」
あっちの世界で過ごしてるんだぜ、とサム君が。
「赤い靴下、どうなったのかは知らねえけどよ…。基本、夜には来ねえよな」
「そうよね、夜中は来ないわねえ…」
キャプテンが忙しい日は別だけど、とスウェナちゃん。確かに、そういう時しか夜には現れないのがソルジャーです。夫婦の時間とやらの方が優先、こっちの世界に来るわけがなくて。
「…すると、危ないのは今日の昼間か…」
赤い靴下の自慢に来るかもしれん、とキース君が呟き、会長さんが。
「レッドカードだね、もう間違いなく!」
あんな靴下の自慢をされてたまるものか、という姿勢。私たちだって御免ですけど、レッドカードが効かない相手がソルジャーです。意味不明な話を延々と聞かされる覚悟はしておこう、とトーストや卵料理やソーセージなんかを頬張っていたら。
「えとえと…。赤い靴の絵本、誰か見なかった?」
リビングから消えていたんだけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。朝一番に片付けに行ったら無かったのだそうで、誰かが持って行ったのかと思ったらしいのですが。
「「「えーっと…?」」」
心当たりのある人はいませんでした。ソルジャーが持って行ったんでしょうかね、キャプテンに赤い靴の話を説明するにはピッタリですしね…?



赤い靴の絵本は出て来ないままで、ソルジャーの方も来ないまま。平和に午前中が終わって、お昼御飯は煮込みハンバーグ。美味しく食べて、リビングに移って紅茶やコーヒーを飲んでいたら。
『誰か助けてーーーっ!!!』
「「「???」」」
誰だ、と顔を見合わせましたが、欠けている面子は一人もいません。気のせいだったか、と紅茶にコーヒー、それぞれのカップを傾けようとした所へ。
『助けてってば、誰でもいいからーーーっ!!!』
「…何か聞こえたな?」
あの馬鹿の声に似ているようだが、とキース君。
「似てるけど…。なんで、ぼくたちに救助要請?」
シャングリラの危機ってわけでもなさそうだけど、とジョミー君が言い、マツカ君が。
「誰でもいいなら、違いますよね?」
「ブルーを名指しじゃねえからなあ…?」
俺たちじゃシャングリラは助けられねえし、とサム君がリビングをキョロキョロと。
「けどよ、助けは要るんじゃねえのか? 何か知らねえけど」
「状況が全く分かりませんしね、どう助けるのかも謎ですよねえ…」
きっと何かの冗談でしょう、とシロエ君が纏めかけたのですが。
『赤い靴下だよ、赤い靴下が脱げないんだよーーーっ!!!』
昨夜からずっとヤられっぱなしで、とソルジャーの悲鳴。
『いくらぼくでも、このままだと本気で壊れるから! もう本当に壊れちゃうから…!』
腰が立たないくらいじゃ済まない、という思念には泣きが入っています。赤い靴下で壊れそうだということは…。
「自分で何とかすればいいだろ、君が暗示をかけたんだから!」
靴下くらいは脱がせたまえ! と会長さんが思念を投げ付けると。
『それが出来たら困らないってば、本当に赤い靴なんだってばーーーっ!!!』
脱げなくなってしまったのだ、とソルジャーの思念は涙混じりで、おまけに何度も乱れがちで。
『今だってヤられまくってるんだよ、もう死にそうだよ…!』
「思念を送ってこられるんなら、脱がせられるだろ!」
君の力なら充分に、と会長さんが言うのも納得です。ソルジャーのサイオンは会長さんとは比較にならないレベルなんですし、赤い靴下を脱がせるくらいは楽勝だと思ったんですけれど。



『ぶるぅだってば、ぶるぅが赤い靴下を…!!!』
赤い靴の絵本を読んだらしい、と泣き叫んでいるソルジャーの思念。キャプテン用にと持って帰った絵本を悪戯小僧の「ぶるぅ」までが読んで、赤い靴下に悪戯したようで…。
『脱げないようにしちゃったんだよ、もう本当に脱げないんだよ…!!』
ぼくもハーレイも努力はしたのだ、という絶叫。
『でも、ハーレイは元々脱げないように暗示をかけてあったし、ぼくはヤられてる最中なだけに、集中するにも限度があるし…。ああっ!』
ダメ、と乱れている思念波。キャプテンにヤられまくっている最中だけに無理もないですが。
『こ、こんな調子じゃ、ぶるぅにも敵わないんだよ…! お願い、誰かーーーっ!!』
ハーレイの赤い靴下を脱がせてくれ、と頼まれたって困ります。救助に行くにはソルジャーの世界へ空間移動が必要な上に、私たちの力で「ぶるぅ」なんかに勝てるかどうか…。
「…まず無理だな?」
俺たちで勝てるわけがないな、とキース君が腕組みをして、会長さんが。
「ぼくとぶるぅでも、二人がかりで勝てるかどうかは謎だしねえ…」
『そう言わないで! 誰か助けてーーーっ!!!』
もう本当に壊れてしまう、と叫ぶ思念に、会長さんは。
「赤い靴の絵本を読んだからには、脱げなくなったら、どうするかは分かっているだろう?」
『ま、まさか…』
「足を切り落とせばいいってね! それが嫌なら、そのままで!」
ヤられておけ! と会長さんが張った思念波を遮断するシールド。普段だったら、ソルジャー相手に効果は全く無いんですけど、今回は…。
「…静かになった?」
もう聞こえない、とジョミー君が耳を澄ませて、シロエ君が。
「どうせ何日か経ったら来ますよ、恨み言を言いに」
「だろうね、助けてくれなかったと文句を言うんだろうけど、自業自得と言うものだし…」
それまで平和を楽しんでおこう、と会長さんが紅茶をコクリと。ソルジャーが持って帰った赤い靴下、エライ結末になったようですけど、赤い靴の話は本来、そういう話。壊れるのが嫌なら足を切り落とせばいいんですから、放っておくのが一番ですよね~!




           赤い靴の呪い・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 赤い靴のお話からソルジャーが思い付いたのが、赤い靴下。履いている間は、ノンストップ。
 教頭先生で実験も済ませて自信満々、けれど、ぶるぅの悪戯で赤い靴のお話そのもの…。
 次回は 「第3月曜」 10月18日の更新となります、よろしくです~!

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 こちらでの場外編、9月は秋のお彼岸なシーズン。今年はサボるという方向で…。
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