シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2012.01.16 青の間警備員 第1話
- 2012.01.16 教育者補佐 第3話
- 2012.01.16 教育者補佐 第2話
- 2012.01.16 教育者補佐 第1話
- 2012.01.16 整備士補佐 第3話
マザー、青の間警備員になりました。仕事はソルジャー・ブルー様がいらっしゃるお部屋の警備です。以前、キャプテンのお供で一度だけ前まで行きましたけど、あの時は「まだ明確な場所は教えられない」と回り道を通りましたので…最短ルートで堂々と行ける日が来るとは夢にも思いませんでした。上司は長老の皆様ですが、職場には滅多においでにならないとか。とりあえず見習いの身ですし、先輩と一緒に初出勤です。
「勤務は三交代だが、見習いは午前9時から午後5時までの勤務になる。昼食を摂りに食堂へ行く時間は無いから弁当を忘れないように」
警備員だけに先輩は皆さん男性ばかり。基本的に2人一組です。食堂に行ってお弁当を貰い、何度か認証を受けて青の間の前に到着しました。えっと…ソルジャー・ブルー様にお会いできるんでしょうか?
「我々の上司は長老方だ。警備員見習いがソルジャーに就任の挨拶をする必要は無い」
ああ、やっぱり。せっかく扉の前まで来たのに、ただ立っているだけなんですか…。
「運が良ければ、たまにお姿を拝見できる機会もあるが…見習い中には難しいだろう」
ガックリしていると扉が開き、リオさんがワゴンを押して出てきました。空のお皿が幾つか乗せられています。どう見てもソルジャー・ブルー様のご朝食のお皿ですけど、何をお召し上がりになったのかまではちょっと分かりませんでした。だってリオさんときたら、『ご苦労様』と挨拶しながらサッサと行ってしまうんですもの。…でもお皿の形状からして、和食系ではなかったようです。トーストと卵料理でしょうか?クロワッサンにカフェオレとか?
「おい、見習い。…ファンクラブの追っかけみたいな顔をしてたんじゃ警備員は務まらないぞ」
着任早々、もう叱られてしまいました。ソルジャー・ブルー様のファンクラブがあるという噂は聞いてますけど、シャングリラで一年以上生活しないと入会資格は無いそうです。早く入会したいんですが…。
そんなこんなで、もうお昼。お弁当は小さな控え室で交代で食べる決まりでした。今日のお弁当はシャケ弁です。ソルジャー・ブルー様の所にはリオさんがワゴンで昼食をお届けするのだとか。毎食、リオさんがお届けとお給仕。リオさんがそんなに偉い人とは知りませんでした。私の知ってるリオさんといえば、キャプテンのお手伝いで「そるじゃぁ・ぶるぅ」用の土鍋を台車に乗っけて運んでいる人。そのリオさんがソルジャー・ブルー様のお食事を毎日届けてらっしゃったなんて…「そるじゃぁ・ぶるぅ」も実は特別な存在なのかも?
食事を終えるとまた警備。でもシャングリラの中でも「幻の部屋」と言われる青の間だけに、ここが襲撃されることは起こり得ない、と先輩は言いました。青の間が危険になるような事があればシャングリラ自体が危ないそうです。じゃあ、警備員ってお飾りみたいなものなんでしょうか?…そう思った時、空中に異物が出現しました。
「うわ、出た!」
先輩が叫ぶと同時にそれはフワリと床に落っこち、そのままじっと動きません。こんな時、どうすればいいんでしょう?布製品のように見えますけれど、まさか爆発したりとか…?先輩はそれに近づき、勇敢にも拾い上げました。
「………またか。もうクリスマスも近いしなぁ」
は?クリスマスと謎の物体にいったい何の関係が???
「分からないかな?これ、ソルジャーへのプレゼントだぜ。贈り主は送った自覚ないだろうけど」
それは恐ろしく手の込んだ『キルトの膝掛け』だったのです。先輩が言うには「思いをこめて作ったあまりに、自分のサイオン能力を超えて」プレゼントを無意識の内にソルジャー・ブルー様の所へテレポートさせてしまう人があるのだとか。さすがに青の間までは送り込めなくて扉の前に出てきてしまう心のこもったプレゼント。ソルジャー・ブルー様のお誕生日前とバレンタインデー、クリスマスあたりにしばしば見られるらしいです。
「後でエラ様に渡しておこう。ソルジャーは個人的な贈り物は受け取らないとおっしゃってるから」
あらら。無意識にテレポートさせてしまうほど心をこめて作った物でもダメなんですか。お立場上、難しいってことは分かりますけど、私だったら、返されてきたら泣いちゃうかも…。
「大丈夫。エラ様は贈り主を捜し当てたら、ソルジャー直筆の「嬉しいけれど受け取れない」っていうメッセージを印刷したカードを添えてお返しになる。カードを貰った贈り主は凄く喜ぶみたいだ」
えっ、そんなカードがシャングリラに存在するんですか!これはぜひゲットしたいかも。でも、その前に…私、とっても不器用ですから贈り物を作る以前の段階で失格ですね。
マザー、ソルジャー・ブルー様のお食事ワゴンを目撃できたのと、レアなカードの存在を知ったこととで、今夜の私は興奮気味です。青の間警備員になれて幸運でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」との腐れ縁もどうやら切れたようですし!あとは在任中にソルジャー・ブルー様にお会いできると嬉しいのですが…。
マザー、教育者補佐の最後の仕事も「そるじゃぁ・ぶるぅ」の教育でした。「悪戯したら罰を下す」が長老会の決定でしたが、悪戯は「ウガイ手洗い」や「噛む」と違って明確なカウントが難しいので「仏の顔も3度まで」の例外ということになりました。悪戯を全くしない日もありますし(そんな日は外でグルメ三昧)。
「いいかね、悪戯は警告しても逆効果だ。一回で思い知らせる必要がある。一度かぎりの真剣勝負だ」
「分かりました。じゃあ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を追跡する必要がありますね」
「そうなるな。…もちろん船の外までは追わなくていいが」
ヒルマン教授に3枚目のお札を貰って「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に直行。ちょうど『おでかけ』の札をドアに下げようとしているところでした。いい悪戯を思いついたらしく、楽しそうにスキップしていきます。廊下を右へ曲がって…あれ?今、ここにいたはずなのに…?と、思う間もなく何かに足が引っかかり…ドスン!思い切り転んでしまいました。
「いたたたた…」
うめきながら起き上がると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がケタケタ笑っています。私は廊下に張られた紐に引っかかってしまったのでした。なんという不覚。しかし…しかし、これは大チャンスですよ!?自分でも信じれない速さで飛び起き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」めがけて突進。そしてタックル!
「今日は悪戯注意の日!」
床に転がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背中に『南無阿弥陀仏』のお札をビシっと貼り付けました。
「けじめ、つけさせていただきます。…月にかわっておしおきよ!!!」
決まった!…「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアラベスクのポーズで廊下の彫像と化しました。脳内にはソルジャー・ブルー様のお説教の思念がダイレクトに送られているのでしょう。そこへ…。
「あっ、キャプテン!?」
『おでかけ』の札の前においでとばかり思っていたキャプテンがこっちへ走ってらっしゃいました。
「物音がしたので来てみたのだが…なんだ、これは?」
ポーズを決めたまま動かない「そるじゃぁ・ぶるぅ」をまじまじと見つめ、更にチョンチョンと突っついてみて。
「あの札を使ったらこうなるとは…。なんとも間抜けな姿だな」
「15分間、このままです。…お札は最後の1枚ですし、この格好も見納めですが」
「面白いものを見てしまった。今はソルジャーのお説教中か…。ぶるぅが懲りるのも無理はない」
「キャプテン、このポーズには何かの意味があるんでしょうか?…これってバレエのアラベスクですよね。もしかして、ソルジャーはバレエがお好きですか?」
ソルジャー・ブルー様、と人前では言えませんから、今回はソルジャーとお呼びしてみました。えへ。
「いや、そんな話は聞かないが…。もちろん知識はご存知の筈だし、ぶるぅはいつも丸まってばかりいるから、この機会に少しでも姿勢よく…というお気持ちではないだろうか」
「なるほど、姿勢よく…ですか。バレエ・エクササイズみたいなものなのかも」
キャプテンとお話している間に15分はアッという間に経ちました。そして硬直とお説教から解放された「そるじゃぁ・ぶるぅ」はヘタヘタと床に座りこみましたが…。
「…見たな、ハーレイ…」
恨みがましい声がしました。
「…面白い、と思っていただろう。…ぼくが酷い目に遭っていたのに…」
お説教を食らったはずの「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全然懲りていませんでした。っていうか、これは個人的報復で悪戯じゃないのかもしれませんけど、キャプテンを睨んでこう言ったのです。
「身体中が痛くてとても立てない。ハーレイ、ぼくを部屋へ運んでくれたまえ」
その後のキャプテンは災難でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は痛い、痛いと大騒ぎ。挙句の果てに「自分でお風呂に入れないから入れてくれ」とまで増長しました。そういえば「キャプテンと一緒にお風呂に入りたい」あまり「痒い」を連発しているヤツです。キャプテン、そんなの放っておけば…。
「仕方ないな」
え。
「当分の間、悪戯しないと約束するなら入れてやる」
えぇぇ、キャプテン、それじゃお札を使った意味が無いんですけど~!!でもキャプテンは結局「そるじゃぁ・ぶるぅ」に甘いんです。一緒にお風呂に入るから、とおっしゃるキャプテンを残して私はヒルマン教授に御報告に…行くわけがありません。そっと引き返し、バスルームの扉の方へそろそろと…。だって気になるじゃありませんか!お風呂。
「…もっと…」
シャワーの音に混じって「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声が微かに聞こえてきました。
「…もっと…。もっと下だ、ハーレイ…」
あ。このシチュエーションは、もしかしなくても禁断の女性向一直線!戻ってきた甲斐がありました。…どおりで「一緒にお風呂」にこだわる筈です、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。中が覗けるといいんだけども、と探索しようとした時です。
「いい加減にしないか、ぶるぅ!…もうマッサージは十分だろう。あとは自分で揉んでおけ!!」
「お~ん…」
「嫌なら好きなだけ茹だっていろ。私はブリッジに戻るからな!」
ひゃあ!キャプテンが来る前に逃げなければ~!!私は大慌てで部屋を飛び出しました。
マザー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」教育プロジェクト第三弾は効果のほどが疑問です。悪戯はダメだと叱られた直後にキャプテンに甘え…いえ、迷惑をかけていたことから推測するに、「悪戯をする」というのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の本能というか天性というか…。とにかく「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「迷惑行為」は切り離せない関係にあると思われます。ソルジャー・ブルー様のお説教も私の努力も、今回ばかりは無駄だった…ような…?
マザー、教育補佐として「そるじゃぁ・ぶるぅ」を教育するよう特命を受けてしまいました。『愛と正義の美少女戦士セーラームーン』になった覚えはないのですけど、教育的指導を発動させるのに必要とあらばポーズくらいは…。
「お札の効力はあったようだね」
ソルジャー直々にお説教をくらった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は外から帰ったらウガイ手洗いをするようになりました。ヒルマン教授にご報告すると嬉しそうです。
「では、今日は噛み癖を直していこう。幸い…といってはなんだが、ぶるぅは誰彼かまわず噛むから、日に8回は確実に誰かを噛んでいる。仏の顔も3度まで。…そういうわけで2枚目のお札だ」
私はソルジャー直筆の『南無阿弥陀仏』のお札を受け取り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に向かいました。
「ぼくのアヒルちゃんに触れるなぁぁぁ!!!」
扉を開けるなり目に入ったのは、お掃除隊の男性が噛まれる姿でした。お掃除隊は主に女性ですけど、男性だって何人かいます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は凶暴なので、ここの掃除は男性の仕事。
「噛んじゃいけませんっ!!」
プイッ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は知らんぷりです。男性は「馴れているから大丈夫だ」と救急キットで手当てを済ませてトイレ掃除を始めました。『アヒルちゃん』はオモチャじゃなかったんですね。
「…入ろうかな、と思った時にぼくが掃除に来ちゃったみたいで。よくあるんです」
手早く掃除を終えた男性が「できましたよ」と声をかけて帰っていくと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそそくさとトイレに入って戸を閉めました。またろくでもない悪戯を考えているのでしょう。
「ヒルマン教授のご命令を伝えます。今日は「噛まない練習」の日!…今のは数に入れませんけど、これ以後は全部カウントします。誰も噛まないのが一番ですが、絶対無理だと思うので…仏の顔も3度まで。3人目まで目をつぶりましょう。でも4人目に噛み付いた時は、教育的指導をいたしますっ!!」
「……努力しよう……」
先日のでよほど懲りているのか、しおらしい答えが返ってきました。ええ、ぜひ努力して下さい。
これで少しは噛まなくなるかと思ったのですが、癖というのはそう簡単に直るものでもないらしく。ベッド代わりの土鍋を洗うために回収に来た厨房の男性2人が、ちょうど眠気をもよおしていたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」の機嫌を損ねて噛まれました。一気に被害者2名です。
「噛むなって言ったはずですよね!?…2人も一度に噛むなんて!」
「…寝床がなくなると思ったんだ…」
「いつも洗って下さるでしょう!…その間くらいよそで寝なさい!ちゃんとベッドがあるんですからっ!!」
プイッ。…「そるじゃぁ・ぶるぅ」はベッドに入って昼寝を始めてしまいました。この調子ではじきに3人目が…。
「噛まれたーっ!!!」
こだました悲鳴はシャングリラに来てまだ日の浅いミュウでした。現在ミュウについて教育中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」に興味があるのか、しばしば遊びに来ているようです。今もベッドで昼寝中のところを撫でようとしてガブリとやられてしまいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「しまった」という顔をしたものの、またゴソゴソとベッドの中に。
「今のは数えますからね!…これで3人!次に噛み付いたら許しませんから!!!」
噛まれたミュウ(かわいそうに女性ですよ?)の手当てをしながら叫びましたが、どうなることやら。
やがて土鍋が厨房から適温に温められて返ってきました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はベッドから土鍋に移動し、中に入ってまるくなります。そこへさっき噛まれた女性が「今日のカリキュラムは終わったので」とやって来ました。
「あっ!かわいい~っ!!」
そうでしょう、そうでしょう。『ぶるぅ鍋』を提案した私も嬉しいです…って、あ、今、うかつに触っては…!
「噛まれたーーーっっっ!!!」
寝起きの悪さは天下一品の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。移動したてだったので尚更です。女性は悲鳴を上げて飛び出していき、噛み付いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方も「やってしまった」と後悔しているようですが。
「…噛まない練習、って言いましたよね。仏の顔も3度まで…」
ちょっと可哀相かな、と思いましたけど、「噛み癖を直していこう」がヒルマン教授のご命令です。『南無阿弥陀仏』のお札を取り出し、ビシィと背中に貼り付けました。
「月に代わっておしおきよ!!!」
私がセリフを決めると同時に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋の中に片足で立ち、もう片方の足を真っすぐ後ろに伸ばした姿で硬直しました。両腕の位置も申し分ない、とても見事なアラベスク。そう、バレエのポーズのアラベスクです。昨日も同じ格好でしたが、ソルジャー・ブルー様のご趣味でしょうか?…そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭の中にはソルジャー・ブルー様のお説教の思念が今日も15分間、流れたようです。
マザー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」教育プロジェクトは第二弾も無事に終了しました。少しは懲りるといいのですけど。それにしても、お札を発動させる決めゼリフとポーズはいったい誰の発案でしょう?…気になってヒルマン教授にお尋ねしたら、意外にもブラウ様でした。子供の頃にセーラームーンがお好きだったということです。キャプテンなのかと思ってました、と口にしたところ興味深い答えをいただいたのでお伝えします。
「ハーレイの蔵書は素晴らしい。セーラームーンのアニメコミックまで揃っているのを見かけたからね」
マザー、教育者補佐になりました。上司はヒルマン教授です。ミュウの教育にあたるセクションですが、見習いですから教授のお手伝いが主な仕事でしょうか。今日も資料室にいると、教授のお呼びがかかりました。
「…君に、教育者補佐として頼みたいことがあるのだがね」
お部屋にお伺いすると、穏やかなお顔ながらも真剣なご様子が窺えました。頼み事って何でしょう?
「ぶるぅの教育をして欲しい。もうすぐ1歳になろうというのに誰彼かまわず噛み付く癖も、悪戯好きも直らない。そこでソルジャーがこれを作って下さった」
教授が封筒から取り出されたものは『南無阿弥陀仏』と筆で書かれた「お札」でした。
「これをぶるぅの身体に貼ると、ソルジャー直々に教育的指導が行われる。ただしソルジャーのお身体のこともあるから、お札は全部で3枚だ。長老会で審議した結果、1枚目で札の効力を教え、2枚目は噛み癖、3枚目は悪戯の罰に使うことになった。使うタイミングは「仏の顔も3度まで」。分かるかね?」
「えっと…。3度注意されても聞かなかったら実力行使ってことですか?」
「そのとおりだ。初めは我々が使うつもりだったが、普通の…しかも見習い中のミュウでも油断できないと分かった方がぶるぅの為だと思ってね。もしかしたら今後、自重するかもしれないし」
「はぁ…。それで私ということですか」
「うむ。教育的指導であると明確にするため、決めゼリフとポーズも考えた。台詞が決まるとソルジャーのお説教が思念でぶるぅに流れる仕組みだ。ソルジャーもご理解下さっている」
スクリーンに流れた映像は…。
「これを見ながら練習したまえ。完璧にマスターできたら、まずは1枚目のお札を使おう。教育的指導、第一弾。『外から帰ったらウガイ手洗い』。3度言っても聞かなかったらこれの出番だ」
教授に指示された決めゼリフとポーズをモノにするのに1時間半かかりました。その後『南無阿弥陀仏』のお札を1枚渡され、ポケットに入れて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋へ出発です。『南無阿弥陀仏』の文字はソルジャー・ブルー様の直筆と聞きネコババしたい気持ちになりましたけど、我慢我慢。筆もお使いになれるだなんて、ソルジャー・ブルー様は本当になんでもお出来になるのですね。『南無阿弥陀仏』というセンスについては恋する乙女は盲目です。
「あ、キャプテン。…「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお出かけ中ですか…」
目的地には『おでかけ』の札が下がっていました。キャプテンが表で待っておいでです。
「もうすぐ戻ってくるだろう。ヒルマンから話は聞いている。まずはウガイと手洗いらしいな」
「はい。あ、戻ってきたようですね」
コンビニの袋を提げてご機嫌の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「外から帰ったらウガイ手洗い」と言ったのですが馬の耳に念仏でした。次の外出から戻った時も口を酸っぱくして注意したのに聞きません。
「ヒルマン教授がおっしゃってます、外から帰ったらウガイ手洗い!…次も聞かなかったら3回目ですよ。仏の顔も3度まで。4回目は許しませんからね。私、教育補佐なんですから!」
「…きみに何が出来る」
プイッ。あ、完全になめられてます。…そして3度目の外出から帰った時もウガイ手洗いは無視されました。
「今、しておかなきゃ後悔すると思うんですけど!次はもうレッドカードですけど!!」
「…好きにしたまえ」
鼻で笑って「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアイスを舐め舐め、いそいそ出かけてしまいました。
「…いよいよ4度目、というわけか。何が起こるか見たい気がするが「普通のミュウでも油断できない」ことを印象づけるには私はいない方がいい、とヒルマンに言われているからな…」
キャプテンはそう言ってお帰りになり、扉の前で一人で待ち受けていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソフトクリームを食べながらスタスタと…。どこまでもアイスが好きなようです。
「外から帰ったらウガイ手洗い!食べ終わったら、すぐにするっ!!」
プイッ。ソフトクリームを食べ終えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はカラオケの練習を始めました。
「かみお~ん♪」
「…レッドカードって言いましたよね。ただの教育補佐ではありますけれど…」
私は『南無阿弥陀仏』のお札を「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背中にビシッと貼り付け、練習してきたポーズを決めて…。
「月に代わっておしおきよ!!!」
マザー、「お札の効力を教える」という第一段階は無事クリアしました。お札を貼られた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は15分間動けなくなり、脳内にはソルジャー・ブルー様のお説教が流れていたようです。次の任務は「噛み癖を直す」。たった3回で直るものだとは思えませんが、何もしないよりマシでしょう…。
マザー、整備士補佐の職場は上司のゼル機関長に出向させられたまま終了しました。「役立たずのバカ者」なのは分かっていますが、一度くらいは整備士の皆さんと親しくお話したかったです。ゼル機関長の「皆の士気が下がる」とのお言葉で会えなかったのが残念でした。出向先で最後に起こった出来事は…。
「ハーレイ。また、ぶるぅに噛まれてきたのかい?」
「ああ。…やはり熊手で掻くべきだった。だが、かわいそうな気がしてな」
相変わらず「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「痒い」を連発する日々です。私は熊手に布を巻いたもので掻いていますが(これだと痛くないですから嫌われません)、キャプテンは「熊手で掻く」のは可哀相だと素手で掻いては、たまに噛まれてお帰りに…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は掻いてもらうよりキャプテンに撫でてほしいのかもしれません。
「キャプテンのあんたがそのザマではねえ。…ぶるぅの方が偉いみたいに思えてくるよ」
あ、そうかも。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は外出の度にキャプテンを待たせ、気に入らなければガブリガブリ。悪戯だって止められませんし、シャングリラでソルジャー・ブルー様の次に偉いのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」?
「ほら、この子だって今、そう思った。ちょっとまずいんじゃないのかい?」
すみません、キャプテン。思念が漏れていたようです。
「そりゃ、ぶるぅのサイオンはケタ外れだけどねえ…秩序ってヤツは重要だ。あんたがしっかりしてくれないと、シャングリラの士気に関わるよ。…とはいえ、いったいどうしたもんだか」
腕組みをして考え込まれるブラウ様。エラ様とゼル機関長も話に入ってこられました。
「…私も気になっていたのです。けれど、ぶるぅはまだ子供ですし…」
「じゃが、とんでもない悪ガキじゃ!…ハーレイ、ここはガツンと一発」
機関長がおっしゃりたかった言葉は「叱ってやれ」だと思います。ですが、その前に私はうっかり…。
「かますべきですね」
とんでもない言葉を言ってしまいました。
「なんじゃと!?…ガツンと一発かますべき、とはどういう意味じゃ」
直属の上司に大声で聞かれ、私は縮み上がりました。ごまかせそうにはない雰囲気です。
「あ、あの…。子供の時に読んだ昔のマンガにあったんです。飼い犬の秋田犬とリーダーの座を争って…大ケガをしてまで「自分がボスだ」と納得させた人の話が」
「ああ、知ってるわ。『動物のお医者さん』でしょう?」
「さすがエラ殿。思い出すのが早いわい。…その話ならわしも知っとる」
「言われてみればあったねえ。…ハーレイ、あんたも当然、知ってるだろう」
「…うむ…」
あらら。長老方は全員『動物のお医者さん』をご存知でした。もしや爆弾発言をしてしまったのでは…。
「役立たずだと思っておったが、なかなかいいことを言うではないか。見直したわい」
「ぶるぅにガツンと一発、か。…ボス争いってのは悪くないね」
ああぁ、ゼル機関長、それにブラウ様まで!お二人ともまさかキャプテンに…。
「やるんじゃ、ハーレイ。誰が偉いのか分からせるのじゃ!」
「あたしも賛成させてもらうよ。熊手でも平手でも、とにかく一発殴っちまいな!」
エラ様は保留なさいましたが、ゼル機関長とブラウ様はこうと決めたらお譲りにならず。…キャプテンは「そるじゃぁ・ぶるぅ」とボスの座をかけて争うことになってしまいました。あまつさえ、いつの間に誰が連絡したのか「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋はソルジャー・ブルー様のお力で「サイオンが使えない空間」にされたようです。
「うまい具合に寝ておるわい。叩き起こしてガツンと一発!」
ゼル機関長に背中を押され、キャプテンは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入った土鍋に向かいました。熊手は持っておられません。素手で勝負をなさるようです。サイオンが使えない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は体格からしてキャプテンに勝てっこないでしょう。いよいよシャングリラのボスの座をかけた大勝負が…。その時です。
「…自分を信じることから道は開ける…」
土鍋の中の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が不意に寝言を言いました。
「…ことの善し悪しは全てが終わってみなければ分からないさ……むにゃむにゃ…」
マザー、キャプテンはご自分を信じることになさったそうです。シャングリラの艦長は自分なのだからボスの座を争う必要は無い、と。ゼル機関長とブラウ様も納得なさいましたが、あのタイミングのいい寝言。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不戦勝に思えないこともありません。だとしたら…恐るべし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私の不用意な発言のせいで起こりそうになったボス争いが回避されたのは嬉しいですが…。