シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2012.01.16 航海士補佐 第1話
- 2012.01.16 通信士補佐 第3話
- 2012.01.16 通信士補佐 第2話
- 2012.01.16 通信士補佐 第1話
- 2012.01.16 戦闘員 第3話
マザー、今度は航海士補佐になりました。とはいえ航海士のライセンスなんか持ってませんし、航宙学の心得もありません。いったい何をすればいいのかドキドキしながらブラウ様…もとい、航海長にご挨拶です。
「本日、航海士補佐に着任しました。…ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
お部屋に伺い、緊張しきって敬礼するとブラウ様はプッと吹き出されました。
「あははは、なんて顔をしてるんだい。取って食ったりしやしないよ」
「でも…。私、ライセンス無いんです。船はペダルボートが精一杯で、ゴムボートだって漕げないんです!」
「なるほどねえ。…ついでに方向オンチかい?」
「はい!家にいた頃、ドライブのナビは任せられないって両親にキッパリ言われました」
私の答えにブラウ様は大笑いです。
「そりゃ凄い。ライセンスに関しちゃ、この船の航海士はあたしも含めて無免許みたいなもんだけどね、正式な試験は受けてないから。シャングリラ独自の資格試験はあるけどさ」
そうでした。人類側の資格認定試験を受けに行けないミュウにはライセンスなんか無意味です。でもシャングリラなりの資格試験があるってことは、頑張らないとダメなんでしょうか?
「…う~ん、とりあえず雑用からだね」
そういう訳で、まずは下積み。手が離せない航海士の皆さんの注文を聞いて「お茶くみ」に走り、空いたカップや湯飲みを回収して専用の棚に片付け、頃合を見て「おやつ」も配らなければなりません。今日のおやつは「どらやき」でした。片手で食べられるから便利だそうです。
「どらやきか…。最近、五平餅が出ないんだよな」
これはシドさんの言葉でした。厨房に伝えておくべきでしょうか?そこへキャプテンが休憩から戻ってこられました。
「配属になった新人か。ブラウ、彼女の適性は?」
「操縦可能な船はペダルボートのみで、方向オンチ。今のところは雑用係さ」
「なるほど。…ならばちょうどいい。ぶるぅが外出してしまったのだ。私の代わりに扉の前で待ってもらおう」
「そりゃいいや。今日は4度目の外出だっけか?いい加減、あんたも疲れる頃だ」
マザー、三等航海士の任務の中には衛生管理と雑用が含まれているそうです。航海士補佐だとそれがメインでも当然ですが、「キャプテンの疲労回復のため」に「そるじゃぁ・ぶるぅ番」を命じられるとは思いもよりませんでした。『おでかけ』と札の下がった扉の前でひたすら待たされ、やっと戻ってきたと思えばアイス片手にまた外出。もしかしたら「キャプテンの胃粘膜を守る」というのが仕事になるかもしれません、マザー…。
マザー、通信士補佐の最後の仕事も番組の編集作業でした。今日は一般向けの番組。「そのまま流す」が基本とはいえ、CMチェックが必要なのでニュース以外は一日遅れの配信です。昔、「大好きだったバンドのコンサートにどうしても行きたい」とファンが徒党を組んで長老方に直訴する事件があったらしくて…それ以来、CMは要注意。
「通販は削除、アルテメシア内のツアーも削除、他惑星行きのツアーは夢があるから残しておく、と…」
さくさくCMを削除していると宝くじのCMが入りました。
「♪当たれば人生デラ~ックス~♪」
景気のいい歌でお馴染み、恒例のジャンボ宝くじです。
「先輩、お聞きしたいのですが」
私はマニュアルをもう一度見直してから隣で作業中の先輩に声をかけました。
「宝くじ、買いに行くのは禁止ですよね」
「決まってるじゃない!…っていうか、どうやって買いに行けるのよ?」
「そうですね…」
成人検査脱落からシャングリラに救助されるまでの恐怖を思うと、ちょっと抜け出して宝くじを…なんて考えられません。『コンサートに行きたい直訴』事件が本当にあったことだとしたら、当事者の皆さんを尊敬します。命がけで見たいコンサートなんて、どんな伝説のバンドでしょうか?…それはともかく。
「宝くじ、買いに行けませんよね。買えて当たったとしても交換に行くのが命がけ…」
「そうよ。私たちには夢のまた夢」
「あ!夢っていうことですか!」
手元のマニュアルの削除対象外CMのリストに、宝くじが載っているのです。それが不思議で聞いたのですが…。
「当たれば人生デラックス。…考えてみればすごい夢ですよね」
シャングリラの日常にお金は出番がありませんけど、「シャングリラの外で生きていける日」はミュウの悲願。「山ほどのお金を使い放題」な夢のCMは希望の種として必要かも。「お金」は外でしか通用しません。
「分かりました。じゃ、これは残しておきますね」
デラックスな夢のCMを感動しながら眺めていると…。
「これはあくまで噂だけどね」
先輩が声をひそめて囁きました。
「…ソルジャーがお買いになるって話よ」
は?…ソルジャーが何をお買い上げに?…この流れでは、まさか宝くじ…。
「そのまさかよ。だからCMも削除しない、って噂はけっこう有名。シャングリラの資金の一部は宝くじの当選金だって聞いてるわ。ソルジャーなら買いに行くのも当たりくじを交換するのも、大したことではないわよねぇ」
当たれば人生デラックス。…ソルジャー・ブルー様ほどの能力ならば、お買いになった宝くじが毎回1等の当たりくじでも当然という気がします。ミュウが買ったとバレないように細工もお出来になるでしょう。もしかして私たち、人類に生活資金の一部を負担させているのかも?…ちょっと愉快な気がします、マザー。
マザー、引き続き「子供向け番組」の編集作業をしています。これが通信士補佐の主な仕事だと先輩が教えてくれました。一般向けは「基本的にそのまま流す」方針になっているそうです。「子供向け番組」は懐かしい番組が多く、つい私情を挟みたくなって困ります。でも「私的な録画は職権乱用になるからダメよ」と先輩に釘を刺されました。『ベルばら』最新版をダビングさせてらっしゃるキャプテンがとても羨ましいです。
「えっ、打ち切りにするんですか!?」
今日も楽しくチェックしていると、先輩からの指示が入りました。モニターにはアニメ番組『うる星やつら』が流れています。これもSD体制前のアニメのリメイク版で、何度も放映されているためチェック対象外でした。
「これは毎週この時間で…子供たちにも人気があって。第一、問題ないってことに」
マニュアルを見直しましたが「問題なし」と分類されています。それを打ち切りとは何事でしょう?
「編集会議の決定なのよ。…今日の放送分は続き物?」
「えっと…1話完結モノみたいです」
「それじゃ次回予告を削って、『今回でおしまい』みたいなテロップつけて。ああ、来週からは差し替えの番組を入れるけど、そっちの方は決まり次第また連絡します、って」
釈然としないまま言われた作業を開始しました。先日の最新版『ベルサイユのばら』でも明らかになっていることですが、子供向け番組は厳重なチェックを重ねて放送するので「差し替え」はあっても「打ち切り」という事態は本来ありえない筈です。しかも以前に「問題なし」とされているものを打ち切りにするとは余程のことが?
「以前は問題なかったのよ」
先輩が溜息まじりに言いました。
「…『うる星やつら』は子供も喜んで見てるんだけどね…。いかんせん、悪戯のシーンが多くて」
え。以前なら問題なくて、今は問題で…悪戯シーンが多いから…???
「もしかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のせいですか?」
「…そうだって。悪戯のネタを仕込まれないよう、本日限りで放送打ち切り」
「それは…。子供たちがちょっと可哀相ですね」
「一緒に悪戯してることも多いけどね。…あれをソルジャーだと思い込んで」
偽ソルジャーのせいで番組打ち切り。子供たちが知ったらショックでしょうねぇ。
マザー、『うる星やつら』は本日付で放送中止になりました。来週からは『アルプスの少女ハイジ』だそうです。世界名作劇場と差し替えるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」対策でしょう。つまらない、と退屈そうに呟く姿が目に浮かびます。退屈のあまり「テレビを見るより悪戯しよう」にならないことを祈ります、マザー…。
マザー、通信士補佐になりました。シャングリラには小型艇が色々ありますが、出動することは滅多にないので業務はもっぱら人類側の通信傍受。補佐は皆さんの役に立つ地道な作業。人類側のテレビ番組を受信料も払わず受信してまして…それの選別作業です。各種のテレビ番組まではシャングリラ内では作れませんから。
最初の仕事は「子供向けチャンネル」の番組の選別でした。人類側の子供向け番組をそのまま流すと、感受性が鋭くおとなしいミュウには…特に子供にはよくありません。先輩に教わったマニュアルを元に削除をしたり差し替えたりして、それから船内に配信します。リアルタイム放送でなくても子供は別に気にしませんし。
「えっと…ここのオモチャのCMは削って、代わりに別のを入れるんですね」
「そうね、時間的には『もったいないオバケ』くらいでいいと思うわ」
こんな感じで作業してます。オモチャやイベントのCMは削除。教訓的なCMは残す。番組の方は暴力的なシーンの多いものなら削除するのが基本です。子供向け番組は好戦的なものが多くて、なかなか苦労するんですけど。
「…あっ、懐かしい!これ、『宇宙戦艦ヤマト』じゃないですか~」
オリジナルはSD体制以前だというアニメ番組がモニター画面に流れています。勇壮なテーマソングは製作当時そのままだとか。「荒廃した地球を救うために旅立つ宇宙船」のお話は、SD体制時代の今も子供たちに大人気。SD体制は地球再生プロジェクトですから、当然といえば当然ですね。
「…先輩、これは削除対象になりますか?…戦闘シーン多いですけど、感動的なお話ですよ」
「駄目よ、戦闘シーン多すぎ。前に流したらパニックを起こした子がいたの。救助される時に戦闘機に追われたのが心の傷になったみたいで…。削除、削除!」
う~ん、残念。もう一度、全話とおして見たかったのに…。心の中で呟いて削除します。次にモニターに現れたのは今日から放送開始のアニメ『ベルサイユのばら』、最新リメイク版でした。
「これは録画して後でチェックですね」
リメイク前の『ベルばら』は削除対象外なのですが、最新版は情報がありません。先が読めない続き物は「録画しながらチェックしていき、最終回まで問題なければ後日まとめて放送」という規定ですから、さっそく録画開始です。
「あ、それは録画できたら今日中にダビング。後でキャプテンのお部屋にお届けするの」
「は?」
先輩の指示を聞いた私は目が点だったと思います。キャプテン…『ベルばら』ご覧になるのですか!?
「違う、違うわ、キャプテンじゃなくて!…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見るんですって」
私の点目に、先輩の訂正が入りました。
「『ベルばら』のコミックが大好きだから見せてやりたいっておっしゃってたわ。退屈しやすいって評判だものね」
マザー、最新版『ベルサイユのばら』は先輩がダビングしてキャプテンにお届けしたようです。でも本当に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は『ベルばら』大好きなんでしょうか?好きだったとしても、そのコミックの出処は?…実は見たいのはキャプテンでは、と気になって仕方ありません。夜中にこっそり『ベルばら』を御覧になるキャプテンのお姿を想像すると和みます。私の思考は危険ですか、マザー?
マザー、戦闘員の職場もいろいろありましたが…最終日は先輩の一人が入手した地球の画像をモニターに映して皆で鑑賞していました。すると何の予告もなくドアが開いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が来たのです。
「アイスにしますか、それとも梅酒?」
「上手だね…」
愛想よく声をかけた先輩は今回もあっさり無視されました。撫でようとした先輩もそっぽを向かれ、かくなる上は遊ぶしかないと覚悟を決めてお気に入りのアヒルやラッコのオモチャを棚から出そうとした時です。
「…地球が見たい」
そう呟いた声が聞こえました。あ、地球ですか…どうぞどうぞ。モニターの前に椅子を置きましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は不機嫌な顔をしています。
「ぼくが見たいのはフィシスの地球だ」
えぇぇぇぇ!!…それはちょっと、私たち戦闘員からは非常に頼みにくいんですけど~!!
「…ぼくが行く」
あぁぁぁぁ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はスタスタと部屋を出て行きます。行き先が行き先だけに、託児所…もとい戦闘員として放置するわけにはいきません。先輩たちと顔を見合わせ、私を含む3人が付き添うことになりました。
天体の間までは特に問題も起きずに到着。ところが…。
「お通しできません」
アルフレート様が厳しいお顔で「そるじゃぁ・ぶるぅ」を止めたのです。あのぅ、取次ぎもなしですか?
「…今はソルジャーがおいでです」
えっ、あのソルジャー・ブルー様が!?…じゃあ、ここで待ってたらお顔を拝めたりしちゃいますか~!??…多分、私の周りには「はぁと」の思念がキラキラ浮かんでいたでしょう。先輩方も姿勢を正して嬉しそうな顔をしています。ソルジャー・ブルー様にお会いできる機会は滅多に無いと評判ですから。なのに、なのに、なのに!
「お~ん!!」
いきなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」が吠えました。文字通り「吠えた」のです。
「お~ん、お~ん、お~ん!!!」
「静かになさい!フィシス様はソルジャーに地球を」
見せておられるのですよ、と言おうとしたらしい気の毒なアルフレート様。言い終える前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」にガブリと噛まれてしまわれました。しかも攻撃は一度で終わらず、ガブリガブリと…って、止めなければ~!!
先輩が麻酔薬入りの吹き矢を飛ばして…「そるじゃぁ・ぶるぅ」はゆっくりと床に倒れました。
「…地球を…見たかった…」
なんとか眠ってくれたようです。可哀相ですが、ソルジャー・ブルー様にご迷惑はかけられません。看護師を呼んでアルフレート様を医務室に運び、リオさんに土鍋の手配をお願いしました。土鍋を温めるのに少し時間がかかるそうですが、構いません。ここにいればソルジャー・ブルー様がお通りに…。うふふふふふ。
マザー、出待ちは失敗でした。ソルジャー・ブルー様は青の間に直接お帰りになった、とフィシス様が出てこられた時、私たちはまだ土鍋の到着待ちだったのです。吠えるほど地球を見たかった「そるじゃぁ・ぶるぅ」をフィシス様が撫でておられましたが、地球の夢を見せて貰えたのかどうかは今もって謎のままです、マザー…。