シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
マザー、今日もシミュレーションをしました。成績は70%、だいぶ上達しています。そして戦闘員という部署の苦労も分かってきました。キャプテンからの通信が入るとロクなことにはなりません。
「すまないが、ぶるぅがそっちへ行った。よろしく頼む」
初めてこの通信が来た時、私は首をかしげました。ここでできるのはシミュレーションしかありません。ゲームに似てはいますけれども、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はゲーセンだと思っているのでしょうか?…しかし現れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシミュレーションをしませんでした。いえ、「させてもらえなかった」が正しいでしょう。今から思えば「うっかりやらせて本物のサイオキャノンを撃ちたい気分になられたら困る」のが理由ですね。とにかく先輩方は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の気をそらそうとあの手この手で必死でした。そして今日も…。
「ぶるぅが部屋を出て行った。行き先は不明だが、知らせておく」
訓練を終えてくつろいでいるとキャプテンから通信が入りました。先輩方の顔がひきつっています。
「落ち着け、まだここへ来るとは決まってないぞ」
「そうだな…考えたら負けって話もあるしな」
そこへ扉がシュッと開いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れました。今日はマイクを持っていません。それに気付いた先輩の一人が素早く駆け寄り、精一杯の笑顔を作って尋ねました。
「アイスにしますか、それともジュース?」
「上手だね…」
プイッと横を向かれ、先輩、撃沈。別の先輩が近づいていって頭を撫でると「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコです。
「もっと、もっと、もっと~っ」
「…はじめからこうすりゃ良かったんだよ」
戦闘員全員に撫でられた後、満足して丸くなった「そるじゃぁ・ぶるぅ」を眺めて最初に撫でた先輩が言いました。
「でもさ、噛まれることも多いし」
「ケガが怖くて戦闘員がつとまるか!…いや、できれば俺も噛まれたくないけど」
「…寝てる間にキャプテン呼ぼうぜ。寝起きが最悪だったら困る」
間もなくキャプテンが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を迎えに来ました。リオさんが押す台車には大きな土鍋が乗っています。
「起こさないよう、そっと入れてくれ。中は適温になっているはずだ」
リオさんが土鍋の蓋を開け、先輩方が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を抱えて土鍋の中に…。幻の画像と噂に高い『ぶるぅ鍋』をしばしば目にできるのは戦闘員の特権です。キャプテンが土鍋の蓋を持ち、リオさんが台車を押して「招かれざる客」は熟睡したまま部屋に帰っていきました。
マザー、どうやら戦闘員は「そるじゃぁ・ぶるぅ」専用の託児所を兼ねているようです。確かに保育部の手には余るでしょうけど、戦闘員が託児所というのは何か間違っていないでしょうか…?
マザー、戦闘員に配属されました。思えば遠くへ来たものです。最初はお皿を洗っていたのに…。今度の職場は「今まで本格的な戦闘はしたことがない」というだけあって訓練メイン。万一に備えて迎撃システムのシミュレーションをしています。演習も実習もありません。シャングリラは「人類に発見されない」ことが重要なので実地訓練はないそうです。
「よし、本日の訓練終わり!…新人、だいぶ上手になったな」
えへ。モニターの敵を60%くらいは落とせるようになってきました。
「この調子なら100%も夢じゃない。本格的に戦闘員をやってみないか?」
ミュウはおとなしい気質が戦闘に向かず、この職場は重要な割に人員不足。私もゲーム感覚のシミュレーションなら大丈夫ですが、実戦となったら訓練どおりにこなす自信はありません。
「…だよな、やっぱり」
先輩は残念そうに溜息をついて言いました。
「俺だって自信ないんだよ。…戦闘員が向いてるヤツって、あいつくらいなものだしな…」
「シッ!…そんなことを言ってると来るぞ」
別の先輩が注意し、声をひそめてキョロキョロと辺りを見回します。戦闘員の皆さんが恐れるものとは…。
「かみお~ん!」
「うわぁ、本当に来やがった~!!」
招かれざる客「そるじゃぁ・ぶるぅ」が突然姿を現しました。テレポートはマスターして…いませんよね?ドアから入ったと思いたいです。カラオケマイクを握ってますから、ここはとりあえず…
「かみほー♪1曲お願いします!」
皆さんの拍手に乗った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は1時間余り歌いまくって満足そうに出て行きました。
「よ、よかった…。さっさと帰ってくれて」
先輩方は汗びっしょりです。私もシールドを長時間張った疲れで今にもへたり込みそうでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の歌の破壊力は確実にパワーアップ中です。
「なんたってアイツだけだからなぁ、サイオキャノンを撃ちたがるのは」
「本物を撃ってみたいってのは子供の発想の基本だけど、な」
口々に語る先輩方の手には怪しいエモノが握られていました。麻酔銃に吹き矢、特殊警棒。以前「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオキャノンを撃ちたいと暴れて以来、常備されているのだそうです。ステルスデバイスがいくら優秀でも、サイオキャノンが発射されれば人類に見つかってしまいますから。
マザー、戦闘員の非常時における任務の第一番は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の拘束です。何をやらかすか分からないので、とにかく部屋から出さないこと。…「ただし戦闘員が使い物にならなくなった時はこの限りにあらず」ともマニュアルにはしっかり書かれています。シミュレーションをやったら100%敵を落とすという「そるじゃぁ・ぶるぅ」。心臓に毛が生えていそうな彼なら実戦も平気かもしれませんけど…出番が来ないことを祈ります、マザー…。
マザー、救助班最後の仕事は…とても劇的な現場でした。「天体の間で火災発生、フィシス様とも連絡取れず!」との知らせにシャングリラ中が大騒ぎになり、出動していく私たちへのエールの思念も凄かったです。
「フィシス様、アルフレート様!ご無事ですか!?」
火災のせいかロックされてしまった扉を破壊して飛び込んで行くと、煙と一緒に香ばしい匂いがしてきました。そしてアルフレート様が凄いお顔で私たちのことを睨んでいます。
「いったいなんの騒ぎですか。…フィシス様に無礼は許しませんよ」
「火災報知機が鳴ったんです。連絡は途絶、扉にはロック……飛び込むのが普通だと思いますが」
「…ああ…煙センサーを忘れていました。しかし、私たちはシールドもロックもしておりません」
アルフレート様と押し問答になりそうな所へ、フィシス様が奥から出てこられました。
「ごめんなさい…迷惑をかけてしまったようですね。シールドとロックは、多分あの子がやったのでしょう」
あの子って、誰!?…フィシス様のお顔が向けられた方を見ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が座っていました。後姿なので状況はよく分かりませんが、そばの床から煙がもくもく上がっています。
「焼芋を焼いてくれるのだそうです」
フィシス様はにこやかな笑顔でおっしゃいました。
「私の地球を見たいと言って来たものですから、さきほど見せてあげました。思った以上に喜んでくれて…お礼に焼芋を作ってあげる、と。『女性は甘いものが好きだろう?』なんて言葉、どこで覚えてきたのでしょうね」
ニコニコと無邪気に笑ってらっしゃるフィシス様。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はフィシス様を独占しようとシールドを?…だんだんませてきたようです。って、感心している場合じゃなくて!…床が、床が焦げます、フィシス様~!!!
消火器を抱えて走りましたが、煙の元は床に置かれたドラム缶でした。燃えてるのは落ち葉みたいです。
「…邪魔をしないでくれたまえ」
振り向いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が偉そうな声で言いました。
「せっかく芋が焼けてきたのに。…それに、ぼくの女神に気軽に声をかけないでくれないか?」
え。『ぼくの女神』って?…まさか、まさかフィシス様があの『女神ちゃん』!?口をぱくぱくさせていますと、フィシス様が近づいてらして無敵の笑顔で微笑まれました。
「皆さん、ぶるぅもこう言っています。…お騒がせしておいて悪いのですけど、どうかお引取り下さいませ」
こう言われては勝てません。私たちは扉を壊したことを詫びながら退出するしかありませんでした。フィシス様と『女神ちゃん』の関係も謎のままです。…それにつけても、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。毎回毎回、よくもあれだけ…。
マザー、救助班は報われることが実に少ない職場です。皆さんの信頼は厚いのですが、やたら貧乏くじを引かされている気がするのは私の未熟さゆえでしょうか…?
マザー、今日の任務は寒かったです。雪景色は心ときめきますが「過ぎたるは及ばざるが如し」でした。この季節、雪遊びしたい子供たちのために展望室に人工雪が降ります。デートスポットとしても人気だそうです。
「展望室で吹雪発生!…休憩中の男性4人が取り残された。救助班、至急、救助に向かえ!」
ブリッジの指示で出動すると、ドアを開けるなり凄い吹雪に見舞われました。防寒用の上着と手袋、ゴム長靴という装備は甘かったらしく、雪はたっぷり降り積もっていて背の高さを優に超えています。
「動揺するな、降雪装置が壊れただけだ!…早くしないと中のヤツらが凍死するぞ!」
リーダーの号令で突入したものの雪に足を取られ、視界は吹雪でホワイトアウト。人が取り残されているという臨時の東屋は全く見えませんでした。そんな中、ヘタクソながらも楽しそうな歌声が…。
「ゆ~きやこんこん、あ~られやこんこん♪」
「…くそっ、やっぱり「そるじゃぁ・ぶるぅ」か!」
リーダーがキッと声の方を睨んだ瞬間、救助班の心は団結しました。集めたサイオンの一撃をぶつけ、手ごたえありと思う間もなく…ドカン!飛んできた巨大な雪玉の下敷きに。必死の思いで這い出した時は雪は止んでいて、展望室の奥の一角に人の姿が見えました。取り残された4人でしたが、なんだかミノムシみたいです。
「遅くなってすまん!…助けに来たぞ!」
リーダーの声で振り返った4人は絵本で読んだ『日本昔話』の登場人物そのものでした。頭上に菅笠、体に蓑。履いているのは「かんじき」でしょうか?しかも全身、雪まみれです。
「おお、手伝ってくれるのか!!…あと一息で完成なんだ」
は?…救助を待っていた筈の4人は寒そうでもなく、その上、妙に嬉しそうです。寒さで真っ赤な手に子供用のスコップを握り、せっせと「かまくら」を製作中。猛吹雪の中、ずっと作業をしてたのでしょうか。
「…これが出来たら雪だるま10個」
そう語る熱い口調と瞳は明らかに…どこかへトリップしていました。化かされたに違いありません。日本昔話の狸ではなく、悪戯好きの「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。かんじきと蓑笠姿も犯人の趣味と思われます。
「かまくら作って、雪だるま10個。全部できたら甘酒飲んで、かまくらの中で餅を焼くんだ~!!!」
子供のようにはしゃぐ4人は正気に戻らず、リーダーの「ノルマを果たせばきっと暗示が解けるだろう」との言葉を励みに救助班一同、かまくら作りをいたしました。それと雪だるま10個です。
寒い寒い、と震えながらも「かまくら」と雪だるま10個が完成した時、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れました。両手で大きな餅網を抱え、サイオンで宙に浮かせた火鉢と大量の餅、湯気が立っている甘酒の鍋を伴って。凍えかけていた私たちには地獄で仏の姿でしたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプイッと横を向いたのです。
「…呼んでない」
え。
「…かまくらには4人しか呼んでない。その他のヤツは中に入るな~っ!!!」
バシッ!…凄まじいサイオンに救助班は吹き飛ばされて、廊下に叩き出されました。展望室に戻ろうとしてもシールドが張られ、中に入ることはできません。「かみお~ん♪」の歌声と拍手の音が聞こえます。甘酒と餅で盛り上がっている4人の救出は断念せざるを得ませんでした。…助けても感謝されないでしょうし。ブリッジの判断も同じでした。
マザー、今日の救助作戦は失敗です。展望室から出てきた4人は化かされた記憶を失くしていた上、「ソルジャー・ブルーと酒盛りをする夢を見た」とあちこちで語りまくっていました。雪の上に捨てられていた「かんじき」と蓑笠は何処から来たのか分からないままヒルマン教授が「古民具のコレクションに」と引き取っていかれ、私たち救助班一同は…甘酒と餅の接待の代わりにどうやら風邪を貰ったようです。マスク姿ですみません、マザー…。
マザー、救助班補佐から正式に救助班所属になりました。とはいえ、見習いですから「ミュウの救出」に役立つ「サイオンで警備システムを誤作動させる方法」の実習などをしています。次の部門に転属するまで、シャングリラが平和だといいのですが。
「貯蔵タンクで転落事故発生!…救助班、食糧貯蔵庫に急行せよ!」
緊急指令が飛び込んだのはカップ麺にお湯を注いだ時でした。3分間待っては…くれませんよね。私たちはダッシュで飛び出しました。貯蔵タンクに落ちたとなれば救助は一刻を争いますし。
「こっちだ、早く手を貸してくれ!」
叫び声が聞こえ、ぷぅん、と漂うお酒の香り。タンクに渡した足場の上で全身ずぶ濡れの作業員さんがロープを握って叫んでいました。梯子を伝って登ってみると、溺れかけている人が3人います。浮き輪を投げ込み、命綱をつけて飛び込んで…無事に救出完了しました。なぜサイオンを使わないかって?…サイオンに頼りすぎると肉体の機能が衰えますから。
作業員さん達は、お酒のタンクに落っこちたせいでしたたかに酔ってらっしゃいました。タンクの中身は梅酒のようです。
「いくら好物でも、タンクを開けた隙を狙うとはふてえ野郎だ」
「まったくだ。俺達が移し替えてやらなきゃ瓶には入らねえんだぜ?…湯飲みでちびちびやってるくせによ」
酔ってらっしゃるせいでしょうか、言葉遣いが乱暴ですね。救助のお礼もおっしゃいません。
「しかし執念のサイオンだよなぁ。飛ばされるとは思わなかった」
「あ、褒めて、褒めて!…俺、巻き添えをくわせてやった。マント掴んでやったんだ~。俺と一緒に仲良くダイブ!なんかガボガボ騒いでたけど、今はどこまで逃げたやら~♪」
えっ、マント?…ダイブさせたっていったい誰を!?
「誰の梅酒と聞かれたら~、「そるじゃぁ・ぶるぅ」御用達、ほれ、御用達っと♪」
なんですって!?…またしても「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですか!…その時です。
「…おい、ガボガボと騒いでたのか!?…大変だ、ついてこい!」
リーダーが血相を変えてタンクに走り、私たちも急いで登ると…タンクの底に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が沈んでいました。頼もしいリーダーはタンクに飛び込み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を抱えてきたのでロープを投げて即座に引き上げたのですが…。
「なんだ、これ?」
リーダーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に水球の中に入っていました。正確に言うと水ではなくて、球形に閉じた空間に梅酒が満ちているのです。直径3メートルくらいでしょうか?ゴボッ、とリーダーがそこから抜け出し、ゲホゲホと激しく咳き込みました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は梅酒玉の中で気持ちよさそうに眠っています。ネコ科だとばかり思ってましたが、実は両生類ですか?
「…呼吸は問題ないみたいですね。でも、この水球、破れませんよ?」
叩いても蹴っても、棒で殴っても梅酒玉は割れませんでした。そこへ登場したのは我らがキャプテン。
「報告が来ないから見てくるように、とブラウに言われた。…梅酒タンクで閃いたらしい。やはりぶるぅの仕業だったか」
「キャプテン、それはそうなんですけど。…どうしてもここから出せなくって…」
梅酒玉を指して口々に言うと、キャプテンは梅酒玉に腕を突っ込み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を揺さぶりました。
「起きろ!…起きてさっさとそこから出ないと、二度とカラオケをさせてやらんぞ!!」
パチン!!梅酒玉は見事に壊れ、私たちは大量の梅酒をかぶりました。マザー、こんな日はカラオケがいいですねぇ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」とキャプテンも誘って歌いまくりたい気分です、ひっく…。