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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・本編」の記事一覧

校内見学の次の行き先は食堂です。さすがプラネタリウムもあるシャングリラ学園、学食といえども広くて居心地がよさそうでした。私たちは8人用のテーブルに座り、壁に張り出してあるメニューとテーブルに備え付けのメニューを眺めましたが、ジョミー君がこだわる『クレープ冷麺』はありません。やっぱり冗談なんでしょうか?
「いらっしゃい。新入生さんね。テーブルは休み時間にはいつでも座っててくれて構わないけど、セルフサービスだから注文は取りに来ないわよ」
ママくらいの年に見える女性がそう言いながらも親切に水が入ったコップを7つ持ってきてくれました。
「ちょうどよかった。質問してもいいだろうか?…ジョミー、食券を貸してくれ」
素早く口を開いたのはキース君です。
「昨日、こんなものを貰ったそうだ。だが、メニューには無いようだな」
「え?…あら、本当に食券ね。ちょっと見せて」
女性はキース君が差し出した食券を受け取り、そこに書かれた文字を見ると悪戯っぽい笑みを浮かべて…。
「これは新入生歓迎用の隠しメニューよ。一食限定なんだけれども注文してみる?…お連れの人はクレープと冷麺、どっちかを無料で食べられるの」
「ふぅん…一食限定なんだ。じゃ、ぼくが頼めば他のみんなもクレープか冷麺をタダで食べられるわけなんだね?」
ジョミー君、既に頼む気満々のようです。
「ええ、そうよ。そしてあなたにはクレープ冷麺。ついでにセルフサービスじゃなくてテーブルまでのお届けになるわ」
「よ~し!じゃあ、ぼくは頼んでみるけど、みんなはどうする?クレープか冷麺ならタダで持ってきてくれるんだってさ」
無料サービス。これはまさしく魔法の言葉。私たちは全員、頷きました。せっかく無料で食べられるチャンスをフイにするのは愚の骨頂です。男の子は冷麺、私とスウェナちゃんがクレープに決めて注文が纏まると…。
「クレープ冷麺、入りまぁ~す!!」
女性は楽しそうな顔で食券を受け取り、厨房へ向かっていったのでした。

「隠しメニューだってさ。ぼくって、かなりラッキーかも」
ウキウキしているジョミー君。私たちもタダで食事ができるとあってワクワクするのを隠せません。そこへ…。
「かみお~ん♪…クレープ冷麺を頼んだの、誰?」
厨房の方から現れたのは割烹着を着込んで「おたま」を持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」だったのです。
「え?ええぇっ!?…ぼ…ぼくだけど…」
「そっか。すぐ出来るから待っててね~♪」
クルリと背を向けて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は厨房に消えていきました。も、もしかして『クレープ冷麺』を作るのは…?
「…昨日のクッキー、手作りだって言ってましたね…」
マツカ君が厨房の方を見ています。
「ああ。美味いクッキーだったが、あいつ、料理が趣味なのか?」
「どうでしょう。人は見かけによらないって言いますし」
キース君とシロエ君の言葉に私たちはコソコソと頭を寄せ合って不安と期待の入り混じった『クレープ冷麺』談義を始めました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作るんだとしたら、果たしてそれは美味なのでしょうか?悪戯好きだと聞いたような気が…。

「クレープ冷麺、お待たせ~!他の注文も出来てるよ。食堂で腕をふるうの、久しぶりで楽しかったぁ♪」
トコトコトコ。得意そうな顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお盆を持ってやって来ました。後ろには食堂係の人たちが私たちの分の料理を持ってついて来ています。
「はい、どうぞ。ぼく、クレープも冷麺も大好きなんだ」
ドンッ!とジョミー君の前に置かれたのはガラスの冷麺鉢でした。鉢一杯の冷麺の上に乗っかっているのはハムや卵やキュウリではなくて…イチゴと生クリームがたっぷり飾られたお菓子のクレープだったのです。そして冷麺はどう見ても普通の冷麺で…。
「な、なんだよ、これ!?」
「ぼくの好物をミックスした特製メニューだよ。…試食は一度もしていないけど、多分…きっと美味しいんじゃないかな♪」
そう言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」は割烹着を着たまま、1つだけ空いていた席にちょこんと座ってしまいました。
「えっとね、他のみんなの冷麺とクレープもぼくが頑張って作ったんだ。どっちも凄く美味しいって、さっきブルーが味見してった。ね、食べて、食べて!ぼく、お料理が趣味なんだ~」
ニコニコニコ。無邪気に笑う「そるじゃぁ・ぶるぅ」は手料理の評判を楽しみにしているようでした。確かに苺クレープはとっても綺麗で美味しそうですし、冷麺もゴマ油のいい匂いがしています。でも…。

「…サム…。それって普通の冷麺?ちょっと食べてみてよ」
ジョミー君の言葉にサム君が勢いよく備え付けの割り箸を割り、ズズッと冷麺を啜ってみて…。
「うん、美味い!美味いよ、ジョミー!」
「そうですね。すごく美味しいです」
「素人料理とは思えないな」
「プロ並みかも…」
サム君、マツカ君、キース君、そしてシロエ君。冷麺を食べたみんなは揃って「そるじゃぁ・ぶるぅ」を褒め始めました。私とスウェナちゃんの苺クレープも絶品です。と、いうことは…。
「…冷麺に苺クレープを乗っけただけ?」
「うん!」
ひきつった顔のジョミー君の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気よく答えました。
「ぼくの自信作、食べてくれるよね?…食べてくれないんなら…押しちゃうよ、手形」
突き出されたのは恐怖の左手でしたが、ジョミー君は負けていませんでした。
「その手形。ダメっていうだけの印だろ?…旅行券は無効になったけど、グレイブ先生は今もピンピンしてるじゃないか」
「グレイブはもう馴れてるもん。これを押された人は消えるまで災難続きになっちゃうんだ。こないだのグレイブは…学校でも色々あったけど、帰りに犬の糞を踏んで滑ってドブに落ちたよ。で、家でシャワーを浴びようとしたらそのシャワーが壊れてて…」
「…わかったよ…。そんな目に遭いたくなければ食べるしかないってことなんだ?」
「そう。あ、食べ方を教えるの忘れてた。クレープと冷麺をよく混ぜてから食べてね、ビビンバみたいに♪」
ジョミー君はウッと息を詰まらせ、クレープ冷麺の鉢を睨み付けていましたが。
「くっそ~!意地でも完食してやる!!」
好奇心は猫を殺す。謎の食券にこだわったばかりにゲテモノを食べる羽目になったジョミー君を見ないようにしながら、私たちは美味しい冷麺やクレープに集中しました。

恐怖の隠しメニュー、『クレープ冷麺』。かき混ぜられてグチャグチャになったクレープと冷麺を凄い勢いで食べたジョミー君は、やおら冷麺鉢を持ち上げ、汁をズズーッと飲んでいます。とても不味いと思うんですけど、根性ですね。あと少しで飲み終わる、というその時です。
「やっぱりイヤだーーーっっっ!!!」
身体が青く発光したように見えたのは気のせいでしょうか?ジョミー君は冷麺鉢を持ったまま立ち上がって「そるじゃぁ・ぶるぅ」の席に駆け寄り、ガシッと左手で押さえつけると…。
「お前も飲めーーーっっっ!!!」
びっくりしてポカンと開いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の口にクレープ冷麺の残り汁を一気に流し込み、サッとキース君の後ろに隠れました。逆襲されたら投げ飛ばしてもらうつもりかも。しかし…。
「おえぇぇぇぇ!!!」
胃袋がひっくり返ったような悲鳴と共に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はボワンと消え失せ、それっきり戻ってきませんでした。とりあえず食堂に平和が戻ったみたいです。
「うぇぇ…。酷い目にあっちゃった。ウガイしてくる」
そう言ったジョミー君は洗面所に直行しましたけれど、帰ってきた途端「口直しに」と激辛カレーライスを注文。そしてパクパクと食べる姿に私たちは溜息をつき、心配して損した……とテーブルに突っ伏したのでした。


   ※クレープ冷麺は私の大学の学食に実在したメニューです。
   話の種に食べておけばよかったかな、と後悔してます…。



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     ※アルトちゃんレポートとは…
  シャングリラ学園連載当時、アルト様が「乱入」としてご好意で
  書いて下さった「お話」が幾つかあります。
  それを『アルトちゃんレポート』という形で掲載させて頂きます。
  乱入なだけに、私が書いた話と時間が前後することもあります。
  お祭り感覚ですので、ひとつよろしくお願いします。
 


「グレイブ先生!」
 苦虫を噛んだような表情で教室から出て行く背中に声をかけた。
「おや、君は……」
 眉間を人差し指でコンコンと叩き、何やら記憶を呼び覚ましているらしい。
(今度の試験の時にやってみようかな…)
 なんとなく思いながらもう一度呼ぶ。
「ああ、思い出した」
 本当に効果がありそうで、これは真剣に試してみる価値あり!だ。
「君は入学試験の数学が1点という史上最低の記録でパスしたアルトだな」
(ふわぁぁっ、やば)
 まさかそんなチェックが入っているとは思わず、声をかけたのを忘れて逃げ出そうとした。
「待て」
 手首を掴まれ逃走が阻まれる。
「待てません! 待ちません! それに手を掴むなんて、セクハラです!」
「あ~ら。生徒にセクハラなんて、聞き捨てなりません」
「ミシェル……いや、パイパー教諭」
 キリキリと強い表情で歩み寄ると、手首を掴む手をピシャリと叩いた。
「離しなさい」
「しかし。私は彼女の担任で、彼女は夢か幻かぶるぅの悪戯かと思えるあの点数の持ち主なんだ」
「それとこれと話が別。それに私が逃げさせません」
 反対の手首を掴まれてしまう。
「これはセクハラじゃないわよね、アルトさん」
「……は…はい…」
 そらならばとグレイブは手を離した。
「それで、セクハラの原因は何かしら?」
「セクハラではない」
 言い切ったグレイブをミシェルが正面から見上げれば、火花が散っていそうだ。
(こ、この先生たち……仲悪い…とか?)
「そもそもこの生徒の方から声をかけてきた」
「そうなの?」
「……は…はい」
「それで用件は何?」
「あの変なぶるぅっていう子のことを知りたくて……」
「そんなことなの」
 パッと手が離れる。
「教えてあげればいいのよ」
 大人の女の笑みが浮かべば、グレイブ先生にも大人の男の笑み…ではなくて、鬼教師の笑みが浮かんでいた。
「毎日補習の最後にテストを行う。その結果で少しずつ教えていってやろう」
「それってひどい!」
「一石二鳥だろう。成績が上がる、秘密を知ることが出来る」
 それを言われると誰だって弱い。
「1点から這い上がるのはそれほど難しいことではない。心配するな、きっちり仕込んでやる」
「謹んでお断りを……」
「寮生活だろう? 逃げ場はない」
 背筋に冷たいものが走った。
 もしかして1点で滑り込んだのは人生最大の間違いだったかもしれない……




学園生活も今日で3日目。教室に入ってきたグレイブ先生は思い切り不機嫌そうでした。
「今日は校内見学日だ。…ったく、いつになったら授業を始められるというのか…。この学園の気風とはいえ、私は未だに納得がいかん」
そりゃそうでしょうね。入学式の日に実力テストを始めるような先生です。授業もきっと厳しいだろうな…。
「だが、私の一存で変えられるような組織でもない。校長先生は絶対だ。校内見学、大いによし!と言っておこう。特にこれといった決まりはないから、各自、校内を自由に見学するように」
やったぁ!校内見学、楽しそうです。一緒に回るならやっぱりジョミー君たちですよね。昨日のカラオケも盛り上がりましたし。

校内見学は新入生全員の行事ですから、廊下に出るとすぐにサム君やシロエ君とも合流することができました。これからずっと7人グループってことで決まりでしょうか。まずは何処から見ていこうかな?
「食堂は何時からだっけ。まだ開いていないのかな」
「おいおい、ジョミー…。いきなり食堂って、腹が減ったのか?」
サム君が呆れた顔をし、私も食いしん坊だなぁ…と思ったんですけども。
「違うよ。昨日のエッグ・ハントで貰った食券に変なのがあってさ…本当にメニューにあるのかと思って」
「どんな料理だよ?」
「……クレープ冷麺」
「「「クレープ冷麺!!?」」」
私たちは思わず叫んでいました。そんなもの聞いたこともありません。
「嘘じゃないよ、ほら」
ジョミー君が財布から取り出した食券には確かに『クレープ冷麺』と書いてありました。え、えっと…間違いなく食券は存在しますね。
「俺は初耳だ。シロエ、お前は聞いたことがあるか?」
「ありませんよ。…でも食堂はまだ開いてませんよね」
キース君とシロエ君も興味がでてきたようですが…食堂は多分、お昼前にならないと開かないでしょう。クレープ冷麺は気になりますけど、まずは時間を潰さなくっちゃ。
「ジョミー、食堂の前にプラネタリウムに行ってみない?」
スウェナちゃんが言いました。
「私、プラネタリウム大好きなの。学校に小さなのがあるって聞いてずっと楽しみにしてたのよ」
「ああ、もしかしたら上映会をやっているかもしれませんね」
マツカ君の言葉が決め手になって、最初の見学先はプラネタリウムに決まりました。一番奥の校舎の最上階に天文教室があって、プラネタリウムはその隣です。エレベーターもありましたけど、柔道一直線のキース君は…。
「大した階段じゃないんだ、歩け、歩け!でないと筋力が衰えるぞ。そうだな、シロエ?」
「ええ。階段の上り下りはいい運動になるんですよ!」
そういうわけで5階まで階段で上ることになりました。あ~ん、いきなり運動ですよぉ…。

プラネタリウムに辿り着いてみると、見学者は誰もいませんでした。いきなり一番奥の最上階から回ろうという生徒は珍しいのかも。でもちゃんと担当の先生が待っていて下さり、照明を落として色々と解説しながら上映をして下さいました。
「プラネタリウムの機械は高価なので、生徒の皆さんに勝手に触っていただくことはできないのですが…天文教室の各種設備は授業などでも使いますから、見学していくといいですよ」
貸切状態でプラネタリウムを堪能した後、私たちは言われたとおり天文教室に入ってあちこち眺めていたのですが…。
「あら?…このモニター、勝手に電源が入ったわ!」
スウェナちゃんが指差したのは教卓の隣の机に置かれた先生用(多分)の大きなモニター画面でした。

「星だな…。いや、宇宙空間が映っているのか?」
キース君が言うとおり、真っ暗な空間に瞬かない星が散らばっています。天文学の教材でしょうか?
「先輩、ここに何かいますよ」
シロエ君が指差す場所に白い点がボウッと映っています。その物体に近づくようにモニターの星が流れていって、ぼんやりと形を取り始めると。
「…宇宙クジラ…?」
スウェナちゃんが呟きました。白いそれは輪郭がぼやけていますが確かにクジラのように見えます。
「マジかよ!宇宙クジラなんて嘘っぱちだろ?」
「ああ、UFOだとか言われてはいるが実在してはいないだろう。この映像は悪戯だな」
サム君とキース君が言いましたけど、スウェナちゃんは真剣に画面を見つめていました。
「でも、本物かもしれないわよ。本物だったらラッキーだわ。宇宙にクジラが泳いでるなんて、とても素敵だと思わない?」
「ちぇっ。スウェナはロマンチストだもんな」
ジョミー君が舌打ちをした時です。
「…スウェナが正しい。その映像は宇宙クジラだ」
背後からの声に振り返ってみると生徒会長さんが立っていました。いつの間に入ってきたのか全く気付きませんでしたけど。
「君たちにこれが見えたことにも意味がある。勝手に電源が入っただろう?…おや、他の生徒たちが来てしまったか…」
ガヤガヤと見学中の新入生グループが入ってきました。あっ、と思う間もなくモニターの電源が切れ、宇宙クジラの映像もそれきり消えてしまったのです。
「宇宙クジラもいなくなったことだし、ぼくは行くよ。君たちは校内見学を続けたまえ。気が向いたらぶるぅの部屋に来ていいからね」
生徒会長さんはキャーキャーと騒ぐ女子生徒たちをかき分けながら教室を出て行ってしまいました。凄い美形ですもん、騒がれるのも無理はありません。

「…会長さん、何が言いたかったんでしょう?」
マツカ君が首を傾げましたが、誰にも分かりませんでした。天文教室は混んできましたし、話すなら廊下に出なくては…。
「宇宙クジラだって言ってたわよね。会長さんは何か知ってるんだわ。生徒会室に行けば会えるかしら?」
「それもいいけど、そろそろ食堂が開くんじゃないかな」
「ジョミー、お前、食堂の話ばっかりだぞ」
「だって!気になるじゃないか、クレープ冷麺」
ジョミー君とサム君、スウェナちゃんが揉め始めたのを収めたのはキース君でした。
「そろそろ昼飯の時間ではある。…宇宙クジラの追求もいいが、まずは腹ごしらえだろう。腹が減っては戦はできぬ、と言うしな」
「さぁっすがぁ!キース、話が早いや」
「じゃ、次は食堂で決まりですね、キース先輩」
私たちはジョミー君の食券の謎を解き明かすべく食堂へ向かうことになりました。宇宙クジラとクレープ冷麺、どっちも気になる存在です…。




新入生歓迎会 ・第1話


入学式翌日。実力テストの結果に怯えながら登校した私でしたが、教室に入ってきたグレイブ先生は仏頂面で教卓の前に立たれました。
「諸君、おはよう。昨日のテストだが、5割を切った者が一人もいなかったことを誇りに思う。一年間、初心を忘れず努力するように。今日は新入生歓迎会だ。存分に楽しむように、と校長先生のお言葉を頂いている。では行くぞ」
手形のご利益は本物でした。グレイブ先生に引率されて会場の体育館に入ると美味しそうな匂いがしてきます。沢山のテーブルが用意されていて、壁際には食べ物を満載した机が並び…。うわぁ、立食パーティーだぁ!
「新入生の諸君、シャングリラ学園へようこそ。ぼくは生徒会長のブルー。今日はぼくたち上級生と先生方がホスト役だ。こき使うも良し、無礼講も良し。まずは乾杯!」
美形の生徒会長さんの合図で子供用シャンパンのグラスが配られ、全員で乾杯した後はパーティーです。私はジョミー君とスウェナちゃんに誘われ、早速お料理を取りに出かけましたが…いつの間にやら昨日の面子が同じテーブルに寄っていました。サム君、キース君、マツカ君とシロエ君です。おとなしく見えたマツカ君も意外にすんなり溶け込んでいて、みんなで自分のオススメ料理やデザートを持ち寄りながら昨日の話で盛り上がっていました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に化かされたのではないか、と。
「そうだよなぁ。手形押されたけど、なんともないし」
サム君が手のひらを眺めて呟き、キース君とスウェナちゃんも頷いています。そうですよね…きっと悪戯だったんですよね。

みんながお腹一杯になった頃、生徒会長さんが額に紐を巻いたおとなしそうな先輩にマイクを持つよう促しました。
「新入生の皆さん、はじめまして。書記のリオです。これから食後の運動を兼ねて、恒例のエッグ・ハント大会を開催したいと思います。エッグ・ハントはご存じですか?…イースターという行事の時に行われるゲームですが、我が学園は特に宗教はありませんので、お遊びだと思って下さいね」
先生と先輩方が新入生にバスケットを配って回り、リオさんがルールを説明します。
「皆さんには卵を探してもらいます。校舎や建物を除いた学園の敷地内に沢山隠してありますので、見つけたらバスケットに入れればいいんです。バスケットに入れた卵は自分のものになります」
なるほど。宝探しゲームみたいなものですね。
「卵といっても色々ですよ。チョコレートの卵やお菓子入りの卵、学食の割引券入りの卵もあります。どんなテストでも1回だけ満点にできる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形券が入った卵は探すだけの価値があるでしょう。そして本日の目玉は十万円の旅行券入りの卵です!」
おおっ、と会場がどよめきました。十万円の旅行券とは!そして闘志に燃えた新入生の群れがバスケットを抱えて学校中に散っていったのでした。

「ん~と…卵、卵、と…。う~ん、なかなか見つからないなぁ…」
私がチョコレートの卵を2つとラムネ菓子入りのプラスチックの卵をバスケットに入れて歩いていると、キース君に出会いました。なんとバスケットは一杯でポケットにも卵が入っています。
「ん?…まだ3個しか持ってないのか。探せばいくらでも見つかるのに」
ヒョイ、と屈んだキース君の手にはまた新しい卵が増えていました。陶器製で中身が期待できそうな卵。
「もう持てないな。俺の代わりに貰っておくか?中身は多分、食堂のランチ券だ」
私はコクコクと頷き、それから後はキース君の卵探しについて歩いておこぼれにあずかっていたのですが…。あれ?向こうに固まっているのはジョミー君たちではありませんか。
「あっ、みゆ、キース!…ちょうどよかった」
ジョミー君が手招きしています。行ってみるとスウェナちゃんが卵を持っていて、サム君とシロエ君、マツカ君が覗き込んでいました。
「変なんだよ、この卵。バスケットに入れようか、どうしようかって悩んでたんだ。君たちはどう思う?」
スウェナちゃんの手には青い卵が乗っていました。ツルッとして綺麗な卵です。この卵のどこがおかしいんでしょうね?


 


新入生歓迎会 ・第2話


キース君と私はスウェナちゃんが持っている青い卵をじっと眺めました。特に変わったところはないようですが…。
「何処がおかしいんだ?石で出来ているようだが、そんな卵なら俺も幾つか拾ったぞ。よくある飾り物の卵じゃないか」
キース君がバスケットから取り出したのは緑に黒の縞模様が入った卵でした。
「これは孔雀石で出来た卵だ。中身は何も入っていないがチョコレートの卵よりかは値打ちがある」
「うん、石の卵ならぼくも拾った。でもスウェナが拾った卵は違うんだ」
ジョミー君の言葉にサム君たちが頷いています。
「君たちもこれを見れば分かるよ。スウェナ、やってみて」
促されたスウェナちゃんが卵を撫でると、青かった卵がほんのりピンクに変わりました。え?確かに変な卵かも。
「温度で色が変わるんだろう。いろんな石があるからな」
「キース先輩もそう思うでしょ?でも、温度じゃないみたいです」
シロエ君が卵をジョミー君に渡し、ジョミー君が悪戯っぽい笑みを浮かべて…。
「とても可愛いくて不思議なんだよ!…ね?」
チュッ!とキスすると卵はボンッと真っ赤になってしまったのです。もしかして照れてるとか?
「確かに妙だな。…もしかして妖怪の卵なのか?」
キース君が卵を手に取ると、色は元に戻りました。撫でてもキスしても頬ずりしても卵の色は変わりません。
「…俺だと何も起こらないようだ。お前はどうだ?」
手渡されたマツカ君が恐る恐る撫でると、卵はフワッとピンク色に…。
「人を見て反応を変えてくるとは怪しすぎる。…電流でも流してみれば正体を現すかもしれないが、実験室は開いていないだろうし…」
「電流ならなんでもいいんですか?…スタンガンなら、ぼく持ってます」
キース君の呟きに反応したのはマツカ君でした。

「「スタンガン!?」」
私も皆も驚きました。マツカ君にそんな物騒なモノが似合うようには見えません。
「えっと…前に誘拐されかけたことがあって、護身用に持たされているんです。教室に置いてきましたけれど、要るんなら取ってきましょうか?」
「誘拐って…お前、大金持ちの御曹司とか?」
サム君の問いにマツカ君はもじもじとして。
「いえ、大したことありません。…スタンガン、どうします?催涙スプレーも持ってますけど」
「面白い。ぜひ両方とも持ってきてくれ」
キース君が言うとマツカ君は教室へ走っていき、カバンを抱えて戻ってきました。中からスタンガンと催涙スプレーが出てきます。
「わぁ、本当に持ってるんだ!初めて見たよ」
興味津々のジョミー君。キース君は催涙スプレーを手に取り、卵を地面に置くとみんなに離れるようにと指示して、自分もハンカチで顔をガードしながら卵にシューッと吹き付けました。卵はみるみる真っ赤になって、しばらく経っても赤いままです。
「…これだけではまだ足りないか…」
スタンガンを持ったキース君が卵に近づき、押し付けるようにしてスイッチ・オン!…した、次の瞬間。
「ばかやろーーーっっっ!!!」
聞き覚えのある叫び声と共に卵がボワンと消え失せ、そこには顔を真っ赤にした「そるじゃぁ・ぶるぅ」が怒りに燃えて立っているではありませんか!

「我慢してたのに!一生懸命、卵のふりをしてたのに~っ!」
ガブリ!…キース君の肩に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の健康優良児な歯が食い込みました。ガブリ、ガブリ、ガブリ…続けさまに噛み付く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはオロオロしながら見ているしかありませんでした。だって噛まれたくないですし…。
「おやおや。…ぶるぅ、仲間に噛み付いたりしちゃダメじゃないか」
ガブリ。…「そるじゃぁ・ぶるぅ」の動きが止まり、生徒会長さんが穏やかな微笑を浮かべて現れました。
「ぶるぅの卵を拾ったのは君たちなんだね。おめでとう、一等賞の十万円の旅行券はぶるぅが持っているんだよ」
わあ!じゃあ、全員で日帰りバスツアーくらい行けるかも。さっそく親睦旅行でしょうか?みんなの顔がパァッと輝き、キース君も一気に立ち直りましたが。
「やだ!」
そう言ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。何処からか取り出した旅行券を地面に置くなり、突き出された手は左手で…。
「わぁぁぁ!!」
「ダメぇぇぇ!!!」
ぺったん!…私たちの悲鳴も空しく、旅行券には真っ黒な手形がしっかり押されてしまいました。黒い手形は「ダメ」って印。生徒会長さんがクックッとおかしそうに笑っています。
「無効になっちゃったのか、旅行券。催涙スプレーにスタンガンじゃあ、ぶるぅが怒るのも無理ないよ。いくら知らなかったにしてもね」
「ぼく、毎年、卵の役をやってるけれど。こんな目に遭ったことないよ!撫でてもらったりして気持ちよくなったら賞品を渡すつもりだったのに…」
生徒会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は連れ立って去ってゆきました。それから間もなく合図のチャイムが鳴ってエッグ・ハントは終了です。私たちは無効にされてしまった旅行券を押し付け合いながら、体育館へ帰っていったのでした。


 


新入生歓迎会 ・第3話


拾った卵とバスケットをお土産に貰って新入生歓迎会はお開きになりました。みんなが帰り始める中、生徒会長さんが私たちの方へやって来ます。
「やあ、さっきは大変だったね。ぶるぅは気まぐれな上、噛み癖があるから気をつけないと。…旅行券は残念なことになっちゃったけど、昨日の約束を覚えてるかな?続きは明日、って」
私たちは一斉に頷きました。何処へ行けばいいのか分からなかったので体育館に残っていたんですから。
「じゃあ、ぼくについてきて。案内するよ」
連れて行かれた先は生徒会室でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋だと思っていたんですけど…。あれ?生徒会室にはバレンタインデーに入りましたが、あんなモノ、壁にありましたっけ?白い壁の…ちょうど私の肩の高さに紋章が見えます。金色の羽根みたいな模様と赤い楕円形の石を組み合わせた形の、片手サイズのシャングリラ学園の校章。飾りにしては不自然な位置ですし、第一、校章をモチーフにした立派な盾が飾り棚に入っているではありませんか。
「君たち。…これが見えるかい?」
生徒会長さんが壁の紋章を指差し、私たちは顔を見合わせました。見えるも見えないも、そこにあるのに何故?
「ならばいい。順番にこれに手を当ててくれれば扉が開く」
「へえ、扉?…何か仕掛けがしてあるのかな」
ジョミー君が紋章に触った…と思う間もなく、ジョミー君の姿は消えていました。スウェナちゃんと私の悲鳴が響きましたが、キース君がスッと進み出て…。
「昨日の瞬間移動みたいなものか。どれ」
恐れる風もなく紋章に触れ、キース君もフッと消え失せます。
「よ、ようし…俺も男だ!ジョミー、今行くぜ!」
サム君が消え、負けてたまるかとシロエ君も消え…。
「…ぼくたちも行くしかないみたいですね…」
マツカ君が不安を拭いきれない顔で言い、スウェナちゃんと私はマツカ君と一緒に指先を紋章にくっつけました。途端にスウッと身体が吸い込まれるような感覚があって、それが消えると。

「かみお~ん♪ようこそ、影の生徒会室へ!」
目の前にあったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋でした。生徒会長さんが私たちに続いて部屋に現れ、ニッコリ笑って。
「ここは影の生徒会室。あの紋章が見える者しか直接入ってはこられない。昨日言った仲間というのがそうなんだよ」
「仲間じゃなかった人も手形を押しちゃったから仲間だし。7人も仲間が増えるなんて嬉しいよね、ブルー」
テーブルの上には美味しそうなクッキーがありました。そして紅茶を運んできてくれたのは…。
「ようこそ。副会長のフィシスですわ。皆さんの歓迎会をいたしましょうね。クッキーはぶるぅの手作りですのよ」
「書記のリオです。これからよろしく」
何がなんだか分からないままに歓迎会が始まりました。キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に催涙スプレーとスタンガンの件を謝っていましたが、根に持ってはいないようですね。副会長のフィシスさんは目を閉じたままなので盲目なのかと思ったら…なんと「目を閉じていても見える」のだそうです。閉じているのは「その方が神秘的だから」ですって。影の生徒会室には不思議なことが一杯かも。
「…ぼくのメッセージを聞いた者だけが集まったんなら、問題なかったんだけど…。意外なことになっちゃったから、説明は徐々にした方がいいね」
生徒会長さんが紅茶を飲みながら言いました。
「まず頭に入れておいて欲しいのは、君たちは他の生徒とは違う立場にいるっていうこと。…シャングリラ学園は卒業までに3年かかるけど、君たちは1年で卒業することになるんだよ」

「「えぇっ!?」」
私たち全員の叫びに生徒会長さんは全く動じませんでした。
「それと、ぼくが三百年以上この学園で生徒会長をしていることを信じて欲しい。…校長先生もぼくと同じで、三百年以上、ずっと校長先生だ。ぶるぅも三百年以上ここで暮らしている」
「でたらめを言うな!!!」
怒鳴ったのはキース君でした。
「校長先生のことが本当だというのは認めよう。入学前に調べたからな。だが、生徒会長…あんたは怪しい。三百年も生きているのは校長先生だけの筈だ。それに!」
ビシィ、とキース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を指差しました。
「こいつが三百年以上生きているというのは大嘘だ。そこのモニターに出てるじゃないか。そるじゃぁ・ぶるぅ、性別:オス。年齢:生後四百七十三日って。こいつは1歳4ヶ月弱だ!」
「大当たり~♪」
ピョンピョンと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねています。
「ぼく、一昨年のクリスマスに生まれたんだよ!クリスマスはぼくの誕生日。プレゼントをくれるの、忘れないでね♪」
「ぶるぅ!…前の誕生日は違ったじゃないか。その前も全く別の日だったな」
生徒会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭をコツンと小突きました。
「ぶるぅは一度も6歳の誕生日を迎えたことがないんだよ。その前に卵に入ってしまって、また0歳からやり直し。姿形は0歳でも5歳でも今と全く変わりはないし、記憶もちゃんと引き継いでいる」
「卵!!?」
「そう、卵。だから卵に化けるくらい、ぶるぅにとっては簡単なんだ。6歳以上にならない理由は…子供でいたいからなんだよね、ぶるぅ?」
「うん!悪戯いっぱいできなくなるし、子供の方がずっといいもん」
ニコニコと笑う「そるじゃぁ・ぶるぅ」と生徒会長さんを私たちは呆然と見つめていました。この二人が三百歳を超えているなんて本当でしょうか?
「…急には信じられないと思う。だからゆっくりとでいい、ぼくやぶるぅやフィシス、そしてリオたちのことを理解していって欲しいんだ。それが仲間の第一条件」
「なんの仲間?…何をするの?」
聞いたのはジョミー君でした。
「まだ、それを知るのは早すぎる。まずは此処へ何度も通ってお茶を飲んだり、話をしたり…そんなことから始めよう。今日はこの辺で解散かな。フィシス、お菓子の残りを包んであげて」
えっ?…信じられない話を聞かされただけで、もう解散?
「ああ。あまり一度に話すことでもないからね。ぶるぅ、みんなを送ってあげてくれるかな?」
「おっけぇ~♪」
フワッと空気が渦巻き、私たちは校門のそばに立っていました。手にはクッキーが詰まったピンクの袋。何がどうなっているんでしょうか…。もやもやとした沈黙を破ったのはジョミー君の明るい声でした。
「悩んでたって仕方ないよ!答えが出てくるわけじゃないしさ、カラオケに寄って帰らないかい?歌えば気分も変わるって!」
「そうだな…。あまり持ち歌は無いが」
キース君が頷き、サム君とシロエ君が大賛成して…カラオケに行くことになりました。せっかくの仲間ですもんね。歌って親睦を深めるのも有意義に違いないですよ!




クラス発表 ・第1話


入学式の会場を出て廊下に行くと、クラス別の名簿が張り出してありました。全部で5クラスあるみたいです。まずはA組から見てみましょうか。えっと、えっと…。あった、ありました、私の名前!他に知ってる名前はあるかな?あ、ジョミー君が一緒です。マツカ君の名前もあります。そしてキース君といえば、会場前で見かけた人ですね。女の子は、と…。わぁ、スウェナちゃんの名前だ!
「ぼくたち、A組だね。サムだけ別になっちゃったけど、スウェナもいるし、楽しいクラスになるといいなあ」
振り向くとジョミー君が笑顔で立っていました。
「早く教室に行ってみようよ。担任の先生は誰なのかな?」
クラス発表の名簿の横に『担任は見てのお楽しみ』と書いてあります。どんな先生が来るのでしょうか。男の人?女の人?…優しい先生だと嬉しいなあ。

教室に入ると黒板に座席表が張り出してありました。ジョミー君やスウェナちゃんの近くに座れるといいな、と思ったんですけれど…残念、ちょっと離れちゃってます。私の席は…。
「君が隣か。キース・アニアンだ。よろしく頼む」
キース君と挨拶した瞬間、合格発表の日の出来事を思い出しました。確か柔道一直線の…。でもなんだか頭も良さそうな感じ。キース君の後ろの席にはマツカ君が座っています。よしよし、後で入学式で聞いた謎のメッセージについて尋ねてみようっと!クラスの生徒は40人。ワイワイ、ザワザワと声がしてますが…。
「諸君、静粛に!」
ガラッと扉が開いて男の先生が入ってきました。眼鏡で長身、気難しそうな顔の先生です。うわぁ…これはハズレかも…。先生はツカツカと教卓に向かい、靴の踵をカッと鳴らして立ち止まりました。
「…なんとも騒々しいクラスだな。嘆かわしいことだ。私はA組の担任のグレイブ・マードック。グレイブ先生と呼びたまえ」
教室は水を打ったように静まり返り、空気の温度も下がったような…。
「私が受け持ちのクラスに望むことは1つ。他のクラスに遅れを取るな。勉学はもちろん、学校生活の全てにおいて我がクラスが常に1位をキープするのだ!」
えぇぇっ!?そ、そんな無茶な!あちこちで悲鳴が上がっています。

「他のクラスはホームルームをしているようだが、A組では実力テストをしてもらう。私の担当は数学だ。今から配るプリントに全力で取り組んでくれたまえ」
前から順番にプリントが回ってきました。裏返しのまま机に置いて筆記用具を出しましたけど…なんだか凄く嫌な予感が…。
「合図をしたら始めてもらう。言い忘れたが、5割以下の点しか取れなかった者は……そんな馬鹿はまずいないと思うが……当分の間、放課後に居残りで補習だ。クラスの足を引っ張るようなクズがいたのでは迷惑だからな」
私の顔からサーッと血の気が引きました。数学は苦手なんてものじゃないんです。ど、どうしましょう…。とんでもないことになっちゃった…。
「はじめっ!」
合図と共にめくったプリントには暗号にしか見えない謎の数式と文章題がビッシリ書かれてありました。あああああ、終わった、私の人生…。


 


クラス発表 ・第2話


突然の実力テストは私には難しすぎました。計算問題が少し解ける程度で文章題はお手上げです。5割どころか3割も取れないのは確実。コツコツと足音を立てて回ってきたグレイブ先生が私の白紙に近い答案を見て「フッ」と笑ったのが聞こえ、それから間もなく…。
「よし、終わりっ!後ろから答案用紙を前に送るように。採点結果は明日、発表する。5割以下の点数の者は補習だからな」
どう見ても私は補習組でした。キース君を見ると余裕の笑みを浮かべています。やっぱり頭がいいんですね。補習、一人だけだったらどうしよう。元々、補欠合格ですし、それも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のおかげだという話もあります。実力が無いのは当然かも。答案用紙の回収が始まる音が聞こえてきました。もうダメ~!と心で叫んだ、その時です。

「かみお~ん♪」
調子っぱずれな歌声と共に教室の扉がガラッと開き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入ってきました。グレイブ先生があっけに取られた顔で見ている前でスタスタと教室を横切り、私の机がある通路をこっちへ歩いてきます。幻の存在が何故こんな所に…?「シャングリラ学園のマスコット」はトコトコと私の机に近づき、答案用紙をチラリと見るなり私に笑いかけました。
「大丈夫。はい、押してあげるね」
ペタン!…「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな右手が答案用紙に押し付けられ、その後には真っ赤な手形がついていたではありませんか!しかも、どんな手をしているんだか…手形の中には白抜きで「そるじゃぁ・ぶるぅ」の文字とネコの足型のような落款らしきものが入っています。いったい何のおまじないでしょう?

「……手形ですか。さっき入学式が終わったばかりですが」
グレイブ先生が不機嫌そうに眼鏡を押し上げています。
「あなたの気まぐれは存じていますが、入学したての新入生なぞにホイホイと手形を出されては困りますな。これは実力テストです。どんな生徒かも分からない内に手形を押したら、あなたも後悔するのでは?」
ネチネチとした口調で言ったグレイブ先生に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気な笑顔を見せました。
「ぼく、みゆがどんな生徒か知ってるよ。試験があった日からずうっと文通してたんだ。…だから手形を押したんだけど、ダメって言うなら…」
トコトコトコと教卓の前に進んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は左手を突き出し、ニヤッと笑って。
「届かないから、ちょっと屈んで。はい、押してあげる」
「う、うわぁぁぁ!勘弁してくれ!」
ピョン、と飛び上がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の左手がグレイブ先生の右の頬に真っ黒な手形をつけました。私の答案の手形と同じ文字と落款が入っているようです。

「えへ。押しちゃった♪」
頬を押さえて呆然としているグレイブ先生の横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教卓に飛び乗り、ふんぞり返って立っていました。
「説明しとくね。シャングリラ学園では、ぼくが赤い手形を押したらパーフェクトっていう印だよ。黒い手形はダメって印。…んーと…グレイブは顔に押してあるから、ダメ人間ってことになるかな?明日の朝まで何をやっても消えないし」
そう言った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はバイバイ、と元気に手を振って。
「それじゃ、またね~!」
ガラリと戸を開け、サッサと出て行ってしまったのでした。グレイブ先生は我に返って答案を集めましたが、意気消沈しておいでのようです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の言葉が本当だったら、もしかして私の答案は…5割どころか百点満点!?
(まさかね…。でも、先生、すごく落ち込んでるし…)
右の頬に真っ黒な手形をつけたグレイブ先生に登場した時の迫力はありませんでした。真っ赤な手形と真っ黒な手形、学園のマスコット「そるじゃぁ・ぶるぅ」。シャングリラ学園は奥が深そうです…。

 



クラス発表 ・第3話


頬っぺたに真っ黒な「そるじゃぁ・ぶるぅ」印のダメ手形を押されてしまったグレイブ先生。よほどプライドが傷ついたのか、答案用紙を回収した後は学園生活の心得などを訓示し、「本日はこれで解散とする」と言うなり出て行ってしまわれました。途端にワッと私の周りに人が沢山集まってきて…。
「凄いや!そるじゃぁ・ぶるぅを呼べるなんて」
「あの手形、使えるぞ!全員の答案に押してもらえるようになったら、グレイブ先生なんか怖くないぜ」
ワイワイと大騒ぎになっている中、マツカ君が静かに立ち上がりました。あ、そういえば…誰かに呼ばれてたんでしたっけ。
「ごめんなさい!私、ちょっと今から用事があって。そるじゃぁ・ぶるぅのことは今度詳しく話すから!」
大急ぎで廊下に飛び出し、マツカ君を呼び止めたところへジョミー君が走ってきました。
「待って!…もしかして君たちも呼ばれてる?」
「「え?」」
マツカ君と私が振り返るとスウェナちゃんも追いかけてきています。
「ジョミー!…それに、みゆちゃんも!誰かが呼んでた、って私はなんにも聞いてないわよ。どこ行くの?!…もしかしてあなたも?」
「あ…。ぼく、ジョナ・マツカです。…誰かが確かに…呼んでいるのを聞いたんですけど…」
「ほらね、スウェナ。ちゃんと二人も聞いたって人がいるじゃないか。心配なら一緒に来てみたら?」
「…そうね…」
スウェナちゃんが渋々頷き、揃って構内を歩いていると…。

「シロエ、俺には何も聞こえなかったぞ!母さんたちが校門で待っているのに寄り道なんかしてる場合か!」
「ぼくは確かに聞いたんです。じゃ、先輩が先に行って母さんたちに待っててくれって言っといてくれればいいじゃないですか!」
後ろからキース君と、キース君の後輩で今度から同級生になったシロエ君が言い争いながらやって来ました。なんとサム君も…。
「なぁ、シロエ。俺だって何も聞いていないぜ。お前が変なこと言うから気になってついてきたけどさぁ…って、ジョミー?それにスウェナとみゆじゃないか。何処へ行くんだ?」
「呼ばれたんだよ、クラス分けが終わったら来い、って。でもスウェナは聞いてないらしいんだ」
ジョミー君が首を傾げてサム君を見ています。
「えっと…声を聞いたのは、ぼくとみゆとマツカ君と…」
「セキ・レイ・シロエです。シロエと呼んで下さい」
「じゃ、シロエ君。…この4人かな、今のところは」
「おい…。思いっきり、怪しいじゃないか」
サム君が顔をしかめました。
「俺もスウェナも呼ばれてないぜ。妖怪だったらどうするんだ」
「そうだな。俺もそう思う」
冷静に相槌を打ったのはキース君です。
「シロエ、お前とサムのクラスには来なかったようだが、俺のクラスにはそるじゃぁ・ぶるぅが現れたぞ。あんな奇妙なモノが住んでいるんだ、魑魅魍魎が跋扈していてもおかしくはない」
私たちが行く、行かないで揉め始めた時。
『ブルー!ぼく、もう待ちくたびれちゃった。みんな纏めてご招待~!』
いきなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声が頭の中に響いて、桜の花びらがパアッと舞い散ったように見えたかと思うと…。

ドスン!…私たちは立派なソファに落っことされるようにして座っていました。この部屋、なんだか見覚えがあるような…。
「かみお~ん♪…ぼくのお部屋へようこそ!」
あ、やっぱり。そこは試験の時に迷い込んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋でした。テーブルを挟んで「そるじゃぁ・ぶるぅ」と…忘れようもない美形の生徒会長さんが座っています。
「ぶるぅの部屋へようこそ。ぼくの名はブルー。君たちをここへ呼んだのは、ぼくだ。…君たちを呼んだ理由と詳しい説明をしようと思っていたが、それどころではないようだな」
「そだね~♪」
ニコニコと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が笑っています。
「ブルー、話は明日にしようよ。呼ばれなかった人まで呼んじゃったけど、人数が多いほど楽しいし。声を聞いてないよ~、って人は手を上げて!」
「お、おう!」
勢いよく挙手したサム君に釣られるようにスウェナちゃんとキース君が手を上げると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテーブルにピョンと飛び乗り、3人の手のひらに自分の右手をパン、パン、パンッ!と押し付けました。
「はい、手形。これで全員、仲間だよ!…新入生歓迎会の後でまた来てね。ね、ブルー?」
「そうだな。どうせ歓迎会をする予定だったし、続きは明日」
生徒会長さんの言葉が終わった途端、私たちはまた桜吹雪に巻かれたかと思うと…もう校庭に立っていました。

「なんだ、なんだ?手形って…」
サム君が右手を見ています。そこには真っ赤な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の名前と落款入り手形。スウェナちゃんとキース君の手にも同じ手形がついていましたが、見ている内に皮膚に吸い込まれるように消えてしまって影も形もなくなりました。
「消えちゃったわ!なんだったの?仲間って、何?」
「…赤い手形はパーフェクト…だったか?俺たちはいったい…」
スウェナちゃんとキース君もじっと手のひらを見つめています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と生徒会長さん、そして「仲間」という言葉。何がなんだか分からないまま、私たちは桜の花びらが舞う校庭にポカンと立ち尽くしていたのでした…。




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