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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・本編」の記事一覧
「皆が集まるまで、お茶しながら遊んでいよう」
 強引に連れてきてしまった手前、一人だけサヨナラする訳にもゆかず、今はもうrちゃんの後ろで小さくなっている。
 でもお茶ならいいかもね!と強引に緊張をほぐせば、パスカル先輩は笑みを浮かべてお茶の用意を始めた。
 まさか、と思ったけれど。
 そんなベタな、と思ったけれど。
 ここは理科室で手近な湯沸かし装置と言えばアルコールランプとビーカー。
 ちっちゃいビーカーで紅茶を飲むとかになったら暴れちゃうよ!?
 傍らのrちゃんも不安そうな表情をしていて、やっぱり帰ればよかったと思っていそうだった。
 そんな心を見透かしているのか、ボナール先輩は出入り口付近に陣取っていて脱出は不可能そうだ。
 諦めが肝心と黙っていると、
「ボナール。冷蔵庫にさっき食堂からもらってきたものがあるから」
 パスカル先輩の言葉で隣の準備室へ移動したボナール先輩。耳を澄ませばガタガタと音がする。
 何が出てくるんだろうと、いつの間にか二人手を握り合っていたrちゃんと私は、準備室の出入り口を見つめていた。
「なんだ、これは!」
 驚きの声に心臓が飛び跳ねる。
「作りすぎたらしい」
 そう言って持ってきたのは、大皿に山と積まれたクレープだった。
「ぶるぅか」
 あの美味しいと噂のクレープ!?
 それなら食べたい!
「新作研究をしていたらしい」
 ……いや、やっぱり遠慮したいかも。
「さあどうぞ」
 目の前に現れたのは、濃い紺に金の縁取りが美しいティーカップだった。
 微かに甘い紅茶の香りが広がってゆく。
 でも理科室には似合わない。
 綺麗なティーカップも紅茶の香りもクレープも。
 促されて紅茶を飲めば美味しく、怖々食べたクレープも美味しい。
 今度こそホッとしてrちゃんと二人、ティータイムを楽しむことにしたが、
「で、1点だったんだって?」
「ぐっ」
 突然のアプローチにクレープが喉に詰まってしまった。
 rちゃんが背中を叩く。
 パスカル先輩もごめんと言いながら背中を叩き、それでも苦しんでいるとボナール先輩が背骨が折れる勢いで叩いてくれてようやく飲み込めた。
「なかなか取れない点だな」
「…そ、それって…馬鹿にしてませんか?」
「でも数学1点で合格したんだから、他の科目がすごいんじゃない?」
 rちゃんがフォローしてくれる。
 うう、ありがとう。
 まだ会ったばかりなのに。
 でもね……それはあり得ない。
「並、って聞いた」
「誰にですか?」
「グレイブ先生」
「ひどい。教えるなんて」
 でもその通りだ。
 他の科目が素晴らしく出来た、なんて考えられない。
「裏口か?」
「知り合い、いません!」
「じゃあ何故入学出来たんだろうね?」
 そんなの私が聞きたい。
「まあとにかく。入学許可は本当だし、これから頑張ればいいってことにして。はい」
 置かれたのは数学の問題用紙。
「遊び感覚でどうぞ」
 遊びってこれ……。
 ため息つきながらもrちゃんはペンを手に問題を読み始めた。
 仕方ない、私も…と思って問題を読み始めた瞬間、くるくると目が回り気分が悪くなってきた。
 ど…どうしよう……。
 思った時にはもう意識はなかった。





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アイスキャンデーを食べてエネルギーを充填した私たちはクラブ見学を続けることにしましたが…スウェナちゃんの顔が暗いような?
「私、新聞部がいいかなぁって…ちょっと思ってたの。でも、新聞部に入ったら…そるじゃぁ・ぶるぅ同好会みたいに過激な取材をしなきゃいけない時もあるのよね」
「そんなことはないだろう。あいつらはまるでパパラッチだ」
見も蓋もないことを言い放ったのはキース君です。
「新聞部はもっと常識的な活動をするクラブだと思う。…だが、俺たち7人が怪しげな仲間とやらである以上、情報収集とネタが命の新聞部は勧められないな」
「…やっぱりそうよね…。みんなのことを取材してこいって言われたら、私、困るわ。だから入りたいクラブは無いって言ったの」
スウェナちゃんの新聞部への未練は『そるじゃぁ・ぶるぅ同好会』のおかげでどうやら断ち切れそうでした。
「じゃ、サッカー部を見にいこうよ!あっちのグランドで活動中ってチラシ貰ったし」
「ジョミーはサッカーが好きだもんなぁ。今度は出てこねぇだろうな、そるじゃぁ・ぶるぅ」
サム君が心配そうに呟くとマツカ君が真面目な顔で。
「大丈夫でしょう。スポーツと料理は無縁ですから」
そうですね。料理が趣味の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッカーに興味があるとは思えません。私たちはグランドに出かけることにしました。

「うわぁ…。やってる、やってる♪」
サッカー部はちょうど練習試合の最中でした。部員が大勢いるらしくって、試合をしているメンバー以外にもユニフォーム姿の生徒が沢山います。入部希望らしき新入生と話をしている部員の姿も…。
「ぼく、行ってくるね!みんなはどうする?」
「俺は柔道部に行きたいんだ。体育館で練習しているらしい」
キース君の主張にシロエ君が即座に頷き、マツカ君の手を掴みました。そういえば勧誘してましたっけ。
「僕も柔道部を見たいです!マツカ君にも見せてあげたいし、ここで一旦別れませんか?」
「そうだね。じゃ、サッカー部が一段落したらメールするから、また場所を決めて集まろうよ。…サムたちは?」
「ん~と…俺はサッカー部を見ていくかな。柔道ってよく分からないし」
「私もサッカーを見ようかしら。…あ、でも…日焼け止め持ってきてないわ。こんないい天気だと日焼けしちゃうわよね?」
「あっ!私も忘れてた。真っ赤になったら大変かも…」
オロオロと頬に手を当てる私とスウェナちゃんの姿にシロエ君がクスクスと笑いだしました。
「じゃあ、先輩たちも柔道部を見に来ませんか?体育館なら日焼けする心配はないですよ」
「そうね…。サッカーはまた今度にするわ。ジョミーは入部するに決まってるもの、絶対、試合に呼び出されるし」
私たちはジョミー君とサム君をグランドに残し、体育館に向かいました。

「とぉりゃぁぁぁ!!」
柔道部が練習している方から凄い掛け声が聞こえてきます。行ってみるとマットの上に柔道着を着た部員が次から次へと投げ飛ばされているところでした。投げているのは凄く体格のいい人ですが…って、えええっ!?もしかして、あの人は…。
「教頭のハーレイ先生だ」
キース君が淡々とした声で言いました。
「先生は最高位の十段をお持ちで、黒帯どころじゃない紅帯なんだぞ。だが決してそれを自慢なさらず、今も黒帯を締めておられる。俺は先生の指導が受けたくて、この学園に入学したんだ」
「…そうなんだぁ…」
私は部員に稽古をつけてらっしゃる教頭先生を尊敬の眼差しで見つめました。シロエ君も頬を紅潮させています。昨日、宇宙クジラの件で教頭先生のことを宇宙人の手先かも、なんて言っていたことは完全に忘れたようでした。
「先輩、早く声をかけに行きましょうよ!」
「そうだな。マツカも連れて行くか」
「あ、あの…。ぼく…」
「いいからついて来い!スタンガンに頼ってるようじゃ男じゃないぞ。ハーレイ先生に鍛えてもらえ!」
ずるずるずる。…マツカ君は引きずられるように連れて行かれてしまいました。スウェナちゃんと私は壁際に座って見物です。しばらくするとキース君とシロエ君が借り物らしい柔道着に着替えて教頭先生の前で礼をしたではありませんか!マツカ君が不安そうな顔でマットのそばに立っています。
「…もしかして試合する気かしら?」
「多分…。あの二人、柔道バカみたいだし」
ダッ、と飛び出したシロエ君が見事に投げ飛ばされました。
「くっそぉ…!まだまだ」
立ち上がろうとしたシロエ君ですが、教頭先生はそっちを見ようともせずにキース君に「かかってこい」と合図しています。キース君がサッと身を屈め、懐に飛び込んでいったものの…。
「どりゃぁぁぁ!」
教頭先生はキース君の腕を掴むなり、一本背負い。ドスン、とマットに落ちたキース君はしばらく立てませんでした。
「ふむ…。なかなか筋がいい」
キース君とシロエ君を交互に見ながら教頭先生は満足そうです。
「では、二人とも入部するんだな?…そっちの子は?」
「ぼ、ぼ、ぼく……柔道なんて…」
後ずさりするマツカ君をキース君がガシッと捕まえました。
「彼には強い心身が必要と見ました。ぼくとシロエがフォローしますので、よろしく御指導お願いします」
「よし!気に入った。では、あちらで入部手続きをしてきなさい。私は忙しい身だから、いつも指導ができるわけではないが…可能な日は全力で稽古をつけるというのが信条だ」

こうしてキース君とシロエ君、マツカ君のクラブが決まりました。今頃はきっとジョミー君もサッカー部に…って、あれ?ジョミー君とサム君が走ってきます。
「…ダメだったんだよ、サッカー部!」
私たちの前に立つなりジョミー君が叫びました。
「ぼくたち、1年で卒業しちゃうことになってるっていうの、ホントだったんだ。サッカー部の顧問のシド先生がそう言ったんだよ!でさ、1年しか在籍しない生徒はレギュラーにできない決まりだからって…。レギュラーになれないサッカー部なんて意味ないし!」
「…ってわけ。それでも強引にねじ込んで、自主練習の時は遊びに来ていいって許可は取り付けたみたいだけどな」
「だってサッカーはしたいじゃないか!シド先生もいいって言ったし、特に部員にこだわらなくても…」
う~ん、ジョミー君は入部できなかったみたいです。もしかして私たち7人はかなり特殊な立場にいるんでしょうか。クラブ活動も自由に選べないなんて、私たちの身にいったい何が…?




 ものすご~くヤバい気配に、とにかくどこか暇そうな部に入ってしまおうか、と考えながらこっそり後ろのドアから教室を出た時だった。
「アルト君?」
 目の前に立ちはだかる二人が見知らぬ人、それも先輩だと分かると、
「違います!」
 反射的に答えてすり抜けようとした。
 だが「やっぱりそうか」ほんの少し微笑して腕を掴まれた。
「違うって言ってるじゃないですか!」
「これって何だ? 反比例の法則か?」
「いや。確率の問題だろう」
「いずれにせよ、百%であることに間違いはない」
 先輩に都合のいい会話を続ける二人の間で、必死に手を振りほどこうとする。
「だ…だれか!」
 だがクラスメートはほとんど見学に行ってしまっていて、残っているのは数人の女子だけだった。
「ご招待中だから、心配しないで」
 二人のうちちょっと疲れた優男風の先輩が言えば、納得したようなしないような雰囲気が流れた。
「ご招待遠慮します、しますから離して……って、あ~っっっ」
 完全に荷物状態で身体の大きな先輩に引きずられ始めれば、事情が分からないすれ違う女の子の手を掴み、
「お願い一緒に来て!」
 叫ぶと同時に先輩同様、がっつりと手首をロックした。


「ようこそ数学同好会へ」
 連れてこられたのは校舎の端の理科室。
 その真ん中に用意された椅子に座っていた。
「グレイブ先生から聞いてるはずだが」
「聞きましたけど、お断りしました。今もその気持ちは変わりませんから! ね!」
 巻き込まれた女子生徒も勢いのまま頷く。
「あれ、そうなの? 話が違うな」
「間違えたのか? 同名の生徒がいるとか?」
「いや、こんな妙な名前の人間が二人もいるはずがない」
「確かに」
 反論したいけれど、出来そうな雰囲気は……ない。
「僕はパスカル。こっちはボナール。数学同好会の会長と副会長だ」
「そうですか~。お断りしたから帰っていいですよね?」
「他にも部員がいるが……全員に会ってみないか?」
「結構です」
「会いたいです」
 へっ?
 隣に座っている女の子を見る。
 突然の出来事にも関わらず落ち着いている風だ。
「全員に会ってから決めてもいいと思います」
「おお、君は話が分かるね。名前は? もしかして君が本当のアルト君?」
「私はrです」
「rか! 何と数学的な名前だ。是非とも入部してもらいたい。……まぁ同好会だが」
 パスカル先輩は嬉しそうだと分かる笑みを浮かべた。



   ※rちゃんって…?
   「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿を描いて下さった方です。
   リンドウノ様です…ってバラしちゃってもいいのかな?




学園生活は早くも4日目。グレイブ先生が晴れ晴れとした顔で教室に入ってきました。
「今日はクラブ見学日だ。お祭り騒ぎもいよいよ今日で終わりかと思うと実に嬉しい。やっと明日から授業ができる。…それはともかく、今日はあちこちでクラブ勧誘と実際の活動をやっているから、チラシだけでなく自分の目で見て判断するのがいいだろう」
先生は眼鏡を押し上げ、咳払いをして。
「ちなみに私は数学同好会の顧問で指導教員も兼ねている。だが、年々部員が減って存亡の危機だ。このクラスから入部希望者が殺到するのを期待しているぞ。…で、アルト君」
「え?…ええっ?」
突然指差された女の子がビクンと顔を上げました。
「入部してくれるかね?…君が一番の有望株だが」
「あの、その…謹んでお断りを……」
「そうか。残念だな。まぁ、学園生活はこれからだ。気が変わるのを楽しみにしている」
アルトさん、なんで目を付けられたんでしょう?もしかして凄く数学の成績がいいのかも。初日の実力テストでヤバイ目に遭った私としては羨ましい限りです。…数学同好会だけは御免ですとも!

さて、どこから見学しましょうか。廊下に出るなり、また集まってしまった7人組の意見はサッパリ纏まりませんでした。ジョミー君はサッカー部が見たいそうですし、キース君とシロエ君は柔道部です。そして私も含めた残り4人は特に希望がありませんでした。
「やっぱ最初はサッカー部だって!」
「いや、柔道部だ。…そうだ、マツカ。お前も柔道部に入らないか?スタンガンだの催涙スプレーだのを持ち歩かなくてもいい実力が身につくと思うが」
「あ、ああ…。そうでしょうか…?でも、ぼく…運動はからっきしで…」
「大丈夫ですよ!ぼくと先輩がちゃんと基礎から教えてあげますって」
なんだか身内で勧誘が始まっているようですが…まぁいいか。サッカー部に行くか、柔道部に行くかで揉めながら校内を歩いている間もあちこちから声がかかります。
「華道部です!フラワーアレンジメントも始めました。男性部員、強化中です。よろしくお願いしま~す!」
「演劇部で~す!新人公演、準備してます。舞台に立ってみませんか?ホールで舞台衣装の着装体験やってまぁ~す♪」
なんとも賑やかな勧誘と無差別チラシ攻撃に巻き込まれながら進んでいると…。
「そるじゃぁ・ぶるぅ研究会です!」
いきなりカラー印刷のチラシを渡されました。アイスキャンデーを手にして満面の笑みの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の写真が刷られています。でも…視線がこっちを向いてませんし、もしかして隠し撮りでしょうか?
「我が部が誇る最高の写真です。シャングリラ学園のマスコット、そるじゃぁ・ぶるぅは滅多に姿を見せません。これは先々代の部長が夏休みに登校したとき、運よく撮影できたものです」
なるほど。研究会ができているほど「そるじゃぁ・ぶるぅ」は神秘の存在みたいですね。
「どうですか、ぼくたちと一緒に謎を追いかけてみませんか?充実した学園生活になりますよ!」
「…必要ない」
キース君がチラシをつき返しました。
「もう思い切り、間に合っている。他を当たってくれ」
「……間に合っている……?」
研究会の人は二人組の男の子でしたが、互いに顔を見合わせ、それから私たちをじっと眺めて。
「あーーーっっっ!!!」
ものすごい声で叫んでジョミー君を指差しました。
「7人グループで、金髪に緑の瞳の男子学生って聞いたっけ!男5人に女2人の新入生。見つけた、クレープ冷麺だぞ!」

「…クレープ冷麺…?」
昨日のゲテモノを思い出して顔をしかめたジョミー君は『そるじゃぁ・ぶるぅ研究会』の二人にガッチリ脇を固められています。
「写真、いいかな?会報に載せたいんだ」
一人が素早くカメラを取り出し、もう一人はメモ帳を出しました。いつでもどこでも取材体制は万全っていうことですね。…でなきゃ『そるじゃぁ・ぶるぅ研究会』なんてやってはいられないでしょう。なんたって「幻の存在」ですから。
「クレープ冷麺の感想を一言!そるじゃぁ・ぶるぅも不味さのあまり逃げ出すモノを完食したって聞いているけど」
「えっと…完食はしてないよ。残った汁はそるじゃぁ・ぶるぅに飲ませちゃったし。不味かったのは確かだけどね」
「なんと!そるじゃぁ・ぶるぅに無理やり飲ませたという話も本当だった、と…。君、才能があるんじゃないかな。あ、それから…」
メモを取っていた人がスウェナちゃんと私の方を振り向き、見比べてから言いました。
「みゆっていうのはどっちなのかな?」
「えっと…私です」
「そるじゃぁ・ぶるぅと文通してるんだって?キッカケは?どんなやりとりをしてるのかな?…そるじゃぁ・ぶるぅの手紙を持っているなら会誌に掲載させてほしいんだけど」
え。ど、どうしましょう…。
「たった7人のグループの中に、そるじゃぁ・ぶるぅと既に関係のある者が2人。これは驚くべき数字だよ。君たちが入会してくれれば、ぼくたちの研究は飛躍的に前進するだろう。他の部には絶対に渡さないぞ!」

研究会員さんはケータイで仲間を呼び出したらしく、私たちは包囲されていました。こんなに大勢いるなんて…。キース君とシロエ君の腕だけで包囲網を突破するのは難しそうです。ジョミー君とサム君は喧嘩なら負けていないでしょうけど、相手にケガをさせずに投げ飛ばすなんて無理っぽいですし。
「おい、まずいな…。シロエ、なんとかなりそうか?」
「無茶ですよ、先輩!ぼくたちだけなら逃げられますけど、女の子が2人もいるんですから」
「やばいよ、これ。もしかしてクレープ冷麺のせいで研究会にまで入れられちゃうとか?不味かっただけでは終わらないわけ!?」
ジョミー君がクレープ冷麺の調理人を罵ろうとした時、ヒュン!と何かが飛んできて研究会員さんの頭に当たりました。
「痛っ!」
ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!続けさまに飛んできて研究会員さんたちを直撃したのは1個ずつラッピングされたマドレーヌ。そして…。
「かみお~ん♪」
忘れようもない雄叫びと共に、校舎の屋上に小さな影がスックと立っていたのです。逆光で顔は見えませんけど、背格好といい、風になびいているマントといい…。
「「「そるじゃぁ・ぶるぅだ!!」」」
研究会員さんたちが屋上を指差すのと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がマドレーヌを投げて寄越したのは同時でした。
「最後の1個~!…ぐずぐずしてると回収しちゃうよ?ぼくの手作りマドレーヌ、食べたかったら急いでね!」
「なんだと!手作りマドレーヌだとぉ!?」
ワッ、と地面に屈んでマドレーヌの袋を拾い上げ、検分する研究会員さんたち。もう他のことは眼中にないようです。
「急げ、今の間に逃げるんだ!!!」
キース君がダッと駆け出し、私たちも続いて走りました。囲みは難なく突破でき、追ってくる様子もありません。よかった、危機一髪でした。『そるじゃぁ・ぶるぅ研究会』なんかに入会させられちゃったら、私たち、きっとモルモット扱いです。だって…全員「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出入り自由なんですもの。

「だから助けに来たんだよ」
逃げ延びて裏庭に座り込んでいた私たちの前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れました。抱えていたクーラーボックスから取り出したのはアイスキャンデー。
「いっぱい走って汗だくでしょ?…いろいろ買ってきたから好きなの食べてね。今日もぼくのお部屋に遊びに来てくれると嬉しいな♪」
アイスキャンデーを配り終えると「そるじゃぁ・ぶるぅ」はフッと消え失せてしまいました。クラブ見学もなかなか楽ではないようです…。




食堂で『クレープ冷麺』を食べさせられたジョミー君は激辛カレーで見事に復活しました。私たちは校内をあちこち見て回った後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に行ってみることに。スウェナちゃんが宇宙クジラの件を知りたがっていたからです。生徒会室の壁の紋章を使って入った部屋では、会長さんが待っていました。
「やあ、やっと来たね。今日はスフレをご馳走するつもりだったんだけど…ぶるぅが…」
視線を追ってゆくと床に大きな土鍋があって、その中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が丸くなっています。どうやら寝ているみたいですね。
「うん、そうなんだ。クレープ冷麺がよほど不味かったらしい。お昼も食べずに寝込んでいるよ。スフレを作るんだって張り切っていたのにね」
「どうして土鍋で寝ているの?あそこにちゃんとベッドがあるのに」
そう言ったのはスウェナちゃんです。
「あれは昼寝用のベッドなんだよ。ぶるぅの本当の寝床は土鍋。一番くつろいで寝られるらしい」
「ふぅん、ねこ鍋みたいなものかな?…自分も寝込むような料理を食べさせるなんて迷惑なヤツ!凄く不味かったよ、クレープ冷麺」
プゥッと頬をふくらませたジョミー君の手に会長さんが食券のようなものを握らせました。
「すまない、ぶるぅは悪戯好きなんだ。これで許してやってくれないか?…教職員用ステーキランチの食券だ」
「えっ!先生用のメニューなの?そんなの生徒が食べちゃっていいの!?」
「ああ。…ぼくは特別だからいくらでも手に入る」
ニッコリ笑った会長さん。三百年間在籍しているという話は本当なのかもしれません。ジョミー君はクレープ冷麺の恨みも忘れて、狂喜しながら食券を財布にしまいました。

「さて。ぶるぅが寝込んでるから、買い置きのポテトチップスしか無いんだけども…宇宙クジラの何が知りたい?」
会長さんが徳用ポテトチップスの大袋を開けながら言いましたけど、私たち、宇宙クジラの話なんか此処でしてましたっけ?
「いいや。でも宇宙クジラのことで来たんだろう?それくらい分からないようじゃ、生徒会長なんかやっていないさ」
「…面妖な…。あんた、俺たちの心が読めるのか?」
キース君の不審そうな問いに会長さんは満面の笑みで頷きました。
「その通り。君は実に理解が早いね。ぶるぅの手形で仲間になったとは思えないくらい優秀だ」
「なんだと…?」
「ああ、まだあまり多くを語る時期ではないんだよ。君も仲間だということだけを心に留めておいてほしいな。今日は宇宙クジラについて少し話をしておこう」
胡散臭そうに見つめるキース君を片手で制して、会長さんは紅茶を淹れ始めます。サム君とシロエ君はもうポテトチップスに手を伸ばしていました。

「君たちは宇宙クジラについてどんな話を聞いている?」
「そりゃ…未確認飛行物体だろ?」
会長さんの問いに間髪を入れずに答えたのはジョミー君でした。
「おう、UFOってヤツだよな」
「たまに雑誌に載りますよね…ちょっとマニア向けの」
サム君とマツカ君もさすが男の子、好奇心一杯の目をしています。
「ぼくは信じていませんけども。錯覚ですよね、キース先輩」
「でなければ偶然の産物だな。小惑星などがそう見えたとか」
対照的に夢もロマンも無いのが柔道一直線コンビ。
「私はUFOじゃなくて宇宙で生きてるクジラだって説を信じるわ。真空でも息ができて、広い宇宙をどこまでも泳いでいくの。淋しそうに見えるけど、きっとどこかに仲間がいるのよ」
ロマンチストなのはスウェナちゃん。えっと…私はUFO派かな?
「なるほど。模範的な答えが揃ったな」
会長さんが満足そうに頷き、テーブルの上にスッと1枚の紙を差し出しました。ビッシリと何かが書かれています。
「これは過去数年間の宇宙クジラの目撃情報と、ある情報を重ね合わせた統計だ。この部分を見てくれたまえ。…宇宙クジラが頻繁に目撃される時期と、我がシャングリラ学園の教頭・ハーレイ先生の長期出張の時期は見事にピタリと重なるんだ」
「「「えぇぇっ!!?」」」
私たちは思わず叫んでいました。教頭先生と宇宙クジラにいったいどんな関連性が???
「もしかして教頭先生は宇宙人に人体実験されてるとか!?」
「げげっ、そうかも!ジョミー、恐ろしいことサラッと言うなよ」
「おいおい、それはないだろう。UFOなんて嘘っぱちだ」
「でも…統計が出てるんですよね…。ぼく、心配になってきました」
「きっと何かの陰謀ですよ!教頭先生は宇宙人の手先なのかもしれません。そう思いませんか、先輩たちは?」
「え…。私、そんなの怖いわ。宇宙クジラは神様のお使いかも、って思ってたのに…」
みんなワイワイ騒いでいます。私も頭の中が混乱しそうになっていました。教頭先生が実験体で、宇宙人の手先に改造されて、この星を密かに侵略中!?

「あははは、みんな想像力が豊かで実に嬉しいよ」
会長さんが愉快そうに笑い、ティーカップを優雅に傾けて。
「今、教えられることはここまでなんだ。想像を膨らませるも良し、忘れるも良し。…とにかく宇宙クジラは存在する。君たちが映像を見たことにもまた意味がある。…校内見学の時間はそろそろ終わりだ。また気が向いたら遊びにおいで。ね、ぶるぅ?」
土鍋の中からいつの間にか「そるじゃぁ・ぶるぅ」が覗いていました。ジョミー君を警戒しているようです。
「ごめん、ごめん。…さっきは悪かったよ」
ジョミー君は土鍋のそばに座ってポケットから棒付きキャンデーを取り出しました。
「これ、昨日のエッグ・ハントで貰ったんだ。まさか寝込むなんて思わなくって…。早く元気になっておくれよ」
「かみお~ん♪」
キャンデーを貰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうに叫び、早速ペロペロ舐め始めます。すっかり仲直りしたようですね、ジョミー君と。私たちは宇宙クジラの半端な謎を抱え込んだまま「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋から生徒会室に戻りました。そして教室に行って、終礼をして…。

「結局、なんだったんだろう、宇宙クジラって」
校門でまた集まった私たち7人は教頭室のある校舎の方をしばらくの間、眺めていました。教頭のウィリアム・ハーレイ先生と宇宙クジラの間にどんな関係があるのか、分かる日はまだまだ遠そうです…。




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