シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2012.01.17 三学期始業式・第3話
- 2012.01.17 三学期始業式・第2話
- 2012.01.17 三学期始業式・第1話
- 2012.01.17 冬休み・第3話
- 2012.01.17 冬休み・第2話
始業式の翌日は何故か健康診断でした。体操服を持って登校すると、教室の一番後ろに会長さんの机があります。会長さんはアルトちゃんとrちゃんに話しかけていて、机の上には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が…。
「諸君、おはよう。やはりブルーとぶるぅが来ているな」
グレイブ先生は二人が来ることを予測していたようでした。
「今日の健康診断は来週行われる『かるた大会』に備えるものだ。体力勝負の大会だけに、健康診断が実施される」
かるた大会が体力勝負?なんだか意外な気がしますけど、この学校なら何でもアリかも。みんなも同じことを思ったらしく、教室はちょっとザワついただけですぐに静かになりました。いつものように体操服に着替え、会長さんの方を見てみると…今日も水色の検査服です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は体操服で女子に混ざって保健室へ。
「ぼく、今日も『せくはら』してもらうんだ♪」
この前の時、まりぃ先生にセクハラされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。特別室の奥のお風呂で身体中を念入りに洗われちゃったわけですけれど、それが気に入ったみたいですね。スウェナちゃんと私の間に並んで順番待ちをしている間もウキウキしているのが分かります。
「お待たせ~。あらあら、今度はぶるぅちゃんなのね♪」
まりぃ先生はスウェナちゃんと私も一緒に呼び込み、テキパキと身長や体重を測って問診をして…。
「二人とも、ちょっと熱があるわよ」
「「えぇっ!?」」
そんなことないです、と答えた途端、まりぃ先生は体温計を2つ取り出し、洗面台の蛇口を捻りました。給湯器から流れ出すお湯に体温計を浸け、ピピッと鳴らして。
「ほら、微熱。頭も痛いんじゃないかしら?」
頭の上にボテッと落ちてきたのはゴマフアザラシのゴマちゃんでした。天井に貼り付いていたんでしょうか?
「ごめんなさいねぇ、最近、忍者ごっこが好きで。…ねっ、二人ともコブができたでしょ?」
うーん、コブは大丈夫だと思うんですけど、頭がちょっとズキズキします。
「微熱に頭痛。休んでいった方が良さそうね」
まりぃ先生は廊下に続く扉を開けると、順番待ち中のクラスメイトに…。
「スウェナちゃんたち、頭が痛くてお熱なの。私が付き添うことにするから、代わりの先生が来るまで待っててちょうだい。…そうそう、ブルー君は今日もA組かしら?」
誰かが「そうです」と答えると、まりぃ先生は。
「じゃあ、ブルー君には私が復帰してから来るようにって言っておいて。あの子は虚弱体質で特別だから、私が診なくちゃいけないの。それじゃ、よろしく~♪」
パタン、と扉を閉めたまりぃ先生は内線でヒルマン先生を呼び、健康診断の代理をお願いしています。了解を得ると
「そるじゃぁ・ぶるぅ」の身長や体重を測り、問診を済ませてしまいました。決まり文句の「男の子は上半身を脱いでもらうことに…」がありません。どうなったのかな?
「ぶるぅちゃん、センセ、今日もみっちりセクハラをしてあげたいわ。奥のお部屋へいらっしゃい」
「ほんと!?」
飛び上がって喜ぶ「そるじゃぁ・ぶるぅ」。まりぃ先生は私たちを特別室に入れて鍵をかけ、大はしゃぎの「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れてバスルームに消えていきました。
「行っちゃった…」
「でも、お風呂だって分かってるんだもの、気が楽よね」
とはいえ、特別室は会長さんがまりぃ先生に「あ~んなことや、こ~んなこと」をしている夢を見せる場所です。ソファやベッドを眺めているのは落ち着きません。バスルームに続く扉にしたって同じことです。私たちは保健室と繋がる扉の前に立ち、部屋に背を向けて扉を見ながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」を待ちました。
やがてバスルームの扉が開く音がして、まりぃ先生の弾んだ声が。
「はい、今日のセクハラはこれでおしまい。気持ちよかった?」
「うん!!」
ちゃんと白衣を着たまりぃ先生と体操服の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が上気した顔で出てきます。前回はバスローブ姿とフルヌードでしたから、服を見ただけでホッとしますね。
「ぶるぅちゃんったら可愛いのよ~。一生懸命洗ってあげるとキャッキャッ言って喜ぶんだから♪」
「だって、くすぐったいんだもん。まりぃ先生、いっぱい触るし」
いったい何処を触られたのかは聞かない方がいいでしょう。幸か不幸か「そるじゃぁ・ぶるぅ」はセクハラという言葉の意味も分かっていない子供ですから。
「じゃあ、ぶるぅちゃんとお遊びするのはここまでね。センセ、お仕事に戻らなきゃ。…みゆちゃんとスウェナちゃんもお熱が下がって良かったわ。ぶるぅちゃんと一緒に帰りなさいね♪」
のぼせた顔が元に戻ると、まりぃ先生は保健室への扉を開けてくれました。これで自由の身に戻れます。保健室ではヒルマン先生がC組女子の健康診断中でした。
「おお、もう具合はいいのかね?…まりぃ先生も復帰できそうかな?」
ヒルマン先生が気遣ってくれ、少し心が痛みます。温厚な先生に嘘はつきたくありませんけど、こればかりは仕方ないですよね。…ん?もう一人、男の先生が…。白衣を着て問診をしている後姿に、まりぃ先生が呼びかけました。
「あらぁ、ドクター!お久しぶりですぅ」
ドクターと呼ばれて振り返ったのは天然パーマの髪と特徴的な鼻を持った人。初めて目にする顔でした。こんな先生、いましたっけ?
「まりぃか。…希望通り養護教師になれたようだが、ちゃんと責任は果たしているか?」
「あ、あは、あはは…。えっと、そこそこ頑張ってます」
「よし。ヒルマン先生の所に行ったら、保健室だと言われてね…健康診断を手伝っていたんだ。君の仕事ぶりも見ておきたいし、このまま続けてみたいと思う。ヒルマン先生、よろしいですか?」
「そうじゃな…」
ヒルマン先生は白い髭を撫で、「いいだろう」と頷きました。
「私は仕事があるから戻るが、よろしく頼むよ、ドクター・ノルディ」
ドクター・ノルディ。名前を聞くのも初めてです。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は顔馴染みらしく、頭を撫でて貰ってニコニコ顔。私たちは首を傾げながら保健室を後にしました。
「ぶるぅ、あの人、いったい誰なの?」
教室へと歩く途中でスウェナちゃんが尋ねると…。
「お医者さんだよ。滅多に会わないけど、ブルーの主治医をしてるんだ。ブルーは虚弱体質だもん」
そっか…。本物のお医者さんなのか。
「うん。それに、ぼくたちの仲間だよ。二百年以上は生きてたと思う」
そんな話をしている内に1年A組の教室に着くと、会長さんが待ちかねたように立ち上がりました。
「やっとぼくの番が来たみたいだね。行ってくるよ」
殆どのクラスメイトが制服に着替えを終えた中、水色の検査服の会長さんは保健室へ向かったのですが…。終礼の時間になっても会長さんは戻らないまま。助っ人が現れたせいで、まりぃ先生、張り切ってるとか?それとも会長さんがまりぃ先生に特別サービス?
「ブルー、ぼくのお部屋に帰ったみたい」
会長さんの椅子に腰かけていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が終礼の後で言いました。
「元気がないけど、どうしたのかな?…ちょっと心配」
えっ、あの会長さんが…元気がない?それは確かに心配です。ジョミー君やキース君たちも鬼の霍乱だと言いつつ、不安そうな顔。私たちは会長さんのカバンを抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」に先導されて影の生徒会室へ向かいました。今日の柔道部は朝練だけで、放課後の部活は無いんです。
壁を通り抜けて入った部屋の中では、会長さんがソファに寝転んで暗い顔。あまつさえ「そるじゃぁ・ぶるぅ」まで「眠くなっちゃった」と土鍋に入って寝てしまったではありませんか。えっと…私たち、どうしたら…?
「…ぶるぅはぼくが寝かせたんだ…」
会長さんが億劫そうに身体を起こしてソファの背もたれに寄りかかりました。
「聞かせたくない話なんだよ、子供にはね。…これを見て」
制服のワイシャツのボタンを外した会長さんの白い胸元に赤い花が1つ咲いていました。まりぃ先生、またキスマークですか!私たちの顔はみるみる真っ赤に…。
「…違うんだ。まりぃ先生は騒いでただけ。…ノルディのヤツにしてやられたよ」
「「「ノルディ?」」」
ジョミー君たちは怪訝そうです。スウェナちゃんと私は今ひとつ話が飲み込めません。
「ああ、ごめん。君たちは知らなかったんだっけ。…こんな男さ」
会長さんが思念でドクター・ノルディの姿を伝えてきました。
「ぼくの主治医をしてくれている。でも…ちょっと困った性癖があって、あまり診察されたくないんだ。ハーレイはぼく一筋の片想いだけど、ノルディは本物なんだよね」
「「「本物?」」」
何が本物なんでしょう?それに教頭先生の名前が出てくるわけは?
「…君たちも知っているだろう?ハーレイがぼくをどうしたいのか。…なのにヘタレで何もできないから楽しいんだ。だけどノルディはそっちの道では百戦錬磨のテクニシャン。…そのノルディに前から迫られてるんだよね…。抱かせてくれ、って」
ひぇぇぇ!!!私たちは度肝を抜かれました。教頭先生の他にも会長さんを欲しがってる人がいたなんて。でも、会長さんなら夢を見せて逃げれば済む話では…?
「それが…ノルディには通用しないんだ。夢で誤魔化そうとしたらバレちゃって…。まさかバレると思わなかったし、腹立ち紛れについ、うっかりと…」
余計なことを言っちゃったんだ、と会長さんは項垂れます。
「ぼくを抱きたいだなんて百年早い。もしもキスマークをつけることが出来たら抱かせてやるから、顔を洗って出直して来い、って。それから長いこと、上手に逃げてきたんだけれど…」
「…じゃ、…じゃあ…」
ジョミー君が唇を震わせました。会長さんの肌に赤い痕があるということは…。
「そう。ノルディが口説きながら顔を近づけたんで、まりぃ先生がキャーキャー騒いじゃって。…そっちに意識が行った途端にやられたんだ。ぼくはどうしたらいいと思う?…ノルディが思念で伝えてきた。今夜あなたの家に行きます、って」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
こ、今夜ですって!?…会長さんの夢攻撃が通用しない人が相手だと、会長さんの身が危険です。タイプ・ブルーの力にモノを言わせて撃退するとか、居留守を使って逃げるとか…。
「ダメなんだ。ノルディは居留守くらいで諦めるようなタイプじゃないし、仲間を攻撃するのも避けたい。…なんとか穏便に済ませたいけど…」
会長さんは思い詰めた顔をしていましたが、白い左の手をじっと見据えて。
「…やっぱり、ハーレイのものになるしかないかな」
昨日のルビーの指輪が宙に現れ、会長さんはそれを左手の薬指に。
「今、ノルディは教頭室にいる。みんな、証人になってくれるよね?…ぼくはハーレイと婚約してる、って。後はハーレイ次第だけれど」
ハーレイの所に行くよ、と立ち上がった会長さん。いったいどうする気なんでしょうか?
見慣れた扉を会長さんがルビーの指輪を嵌めた手でノックし、「どうぞ」という声が聞こえてきます。
「…こんにちは、ハーレイ」
教頭室に入った会長さんは、応接セットのソファに腰を下ろしたドクター・ノルディの姿を見るなり小さく悲鳴を上げました。テーブルを挟んで座った教頭先生が驚いた顔で。
「どうした、ブルー?…来客中だと気付かなかったか?いつもの連中もいるようだな」
「…ハーレイ…」
次の瞬間、会長さんは教頭先生に飛びつくようにしがみついて。
「ハーレイ、ぼくたち婚約したよね?…ぼく、ハーレイと一緒に暮らすんだよね…?」
「…ブルー…?」
戸惑う教頭先生の肩に顔を埋めて会長さんが訴えます。
「ぼく…。ぼく、ハーレイと婚約したのに…。ノルディが今夜、ぼくを抱くって。家に行くって脅すんだ。嫌だよ、ハーレイ…!昨日婚約したばかりなのに…」
「…なんだと…?」
教頭先生の目が険しくなり、眉間に皺が寄せられました。向かいに座ったドクターを睨み、会長さんを強く抱きかかえて。
「ノルディ…。ブルーが言っていることは本当なのか?」
「…本当ですよ」
ドクターは不敵に笑いました。
「以前からの約束だったのです。ある条件をクリアできたら抱かせてもらえる筈でした。今日、やっと条件を満たしたのですが…手遅れだったというわけですか。いくら私でも、婚約者がいるのに無理強いしたりはしませんよ。…本当に婚約しているのなら」
嘘も方便と言いますし…、と会長さんの指輪を見つめるドクター。
「婚約指輪は認めましょう。ですが、そんなものは何とでもなる。今まで歯牙にもかけなかった相手と急に婚約だなんて、不自然だとは思いませんか?…他に証拠があるならともかく」
「…証人が…。証人になってくれる子たちが…そこに…」
教頭先生の腕の中から、会長さんが指差したのは私たち。ドクターの鋭い視線にたじろぎながらも、私たちは震える声で、会長さんの婚約に立ち会ったのだと証言しました。これが認めて貰えなかったら、会長さんは…。
「なるほど。…ですが、教頭。あなたからは何も聞いていません。婚約なさったのなら、そうおっしゃれば…。お祝いの都合もありますしね」
「…校内で話すことではないと判断した」
威厳に満ちた声でピシャリと言って、教頭先生は会長さんを抱き締めます。
「ブルーは私の婚約者だ。…ある条件を満たしたら…、と言っていたな。ブルーに何かしたというなら、黙って見過ごすわけにはいかない。ブルーは私が全力で守る」
ヘタレな教頭先生とは思えないほどの気迫でした。ドクターはフッと笑って、楽しそうに。
「では、キスをしていただきましょうか。…婚約も済ませてらっしゃるのですし、それくらい問題ないでしょう」
「……!!」
教頭先生はウッと息を詰まらせ、私たちも息を飲みました。ドクターが言っているキスは唇を重ねるキスでしょう。けれど教頭先生と会長さんは全然そんな仲ではなくて、それどころか教頭先生ときたら会長さんの額にキスする度胸も持ってなさそうなヘタレです。…ヤバイなんてものじゃありません。
「…いいよ、ハーレイ…。ぼくにキスして?」
会長さんが細い声で言い、教頭先生を見上げます。赤い瞳が誘うように揺れていましたが、教頭先生は金縛り。もうダメです。…百戦錬磨だというドクター相手に嘘をつき通せるわけが…。
「…そんなにブルーが大事ですか?」
ドクターがクッと笑いました。
「あなたは昔からブルーに甘い。知っていますよ、散々オモチャにされてらっしゃることは。それでも大切に想い続けて、未だにキスひとつ出来ないままで…。よくも我慢ができるものです。指輪は本物みたいですがね」
どうせ受け取って貰えなかったのでしょう、と図星を突いて。
「…あなたの我慢強さと三百年の忍耐に免じて、ブルーは見逃してあげますよ。ただし今回限りですが…。お楽しみはまた次の機会に」
そしてドクターはソファから立つと、教頭室を出て行ったのでした。
「…ハーレイ…」
会長さんが身じろぎをして、教頭先生の腕から抜け出します。
「ノルディが家に来るって言った時には、おしまいだって思ったよ。ドジを踏んだのはぼくなのに…昨日、指輪を騙し取ったのに、ぼくを助けてくれたんだ…?」
「……当たり前だろう」
教頭先生は頬を赤らめて視線を逸らし、静かな声で言いました。
「三百年以上、お前のことを見てきたんだぞ?…ノルディに何をしたのか知らんが、二度と馬鹿な真似はしないようにな。お前の悪戯が通用するのは、私だけだと思っておけ」
「…うん…。確かにノルディには通じなかったね…」
今回の騒ぎの発端は、会長さんが言い出した約束でした。教頭先生をからかって遊ぶのに馴れてしまって、からかったら危険な相手に同じようなことをしたわけで…。もしもドクターが引き下がってくれなかったら、会長さんは食べられてしまう所だったんです。
「ハーレイ。…この指輪、返しておくよ。これが無かったら、ノルディは諦めていないと思う。ぼくを助けてくれたプレゼントなのに、フィシスにあげてしまうのは…いくらなんでもあんまりだろう?」
会長さんはルビーの指輪を抜き取り、教頭先生の手に乗せました。
「今日のお礼に預かっておいて。…いつか本当に貰いたくなったら、改めてプレゼントしてもらうから」
「…ブルー…。希望を持ってもいいのか?」
「いいと思うよ。それじゃ、またね。…ありがとう、ハーレイ」
指輪を手にして感激している教頭先生。ドクター・ノルディの魔手から逃れた会長さんも本当に嬉しそうでした。教頭室を出た会長さんは、すっかりいつもどおりです。…会長さんを襲った未曾有の危機とドクター・ノルディの魔手を退けたのは教頭先生。三百年越しの片想いが実るとはとても思えませんが、ルビーの指輪が手許に戻っただけでも、きっと気分は最高でしょう。
「うん。それに希望もあげたしね」
会長さんが極上の笑みを浮べました。
「人生、希望を持たなくちゃ。そういう意味で言ったんだけど、ハーレイは誤解しちゃったかな」
あぁぁ、また教頭先生をからかって楽しんでいるようです。それでこそ会長さんですけれど、教頭先生、ご愁傷様…。
闇鍋の後は教室に戻って終礼でした。グレイブ先生は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を不快そうに睨みつつも、声は極めて冷静です。
「諸君、学園1位を取ってくれたことには礼を言っておこう。お雑煮食べ比べ大会とはいえ、順位があったのは確かだからな。私は諸君を誇りに思う。三学期もしっかり頑張るように」
闇鍋の恨み節が出なかったのは流石でした。一口で逃げ出すくらいの不味い代物を食べさせられても、1位なら許せるらしいです。これこそまさに教師の鑑。1位のためなら高所恐怖症でもバンジージャンプ、1位を取ったら闇鍋も黙って一口食べる。グレイブ先生って、けっこう漢ですよね。…終礼が済むと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は影の生徒会室へ向かいます。もちろん私たちも一緒でした。
「覚えてるかい?…二学期の始業式のこと」
会長さんに問い掛けられて首を傾げる私たち。頭のいいキース君やシロエ君にも心当たりは無いようでした。今日は部活がお休みなので、柔道部三人組もちゃんと揃っているんです。
「始業式って言うから分からないのかな?…ぼくの新学期の恒例行事なんだけど」
「「「あっ!!」」」
瞬時に思い出したのは紅白縞のトランクス。会長さんは新学期の度に教頭先生に5枚ずつプレゼントしてるんでしたっけ。
「思い出したみたいだね。今日は届けに行く日だよ。もう熨斗袋も必要ないし、ただ持っていくだけだけど」
会長さんは部屋の奥からリボンがかかった箱を取ってきました。青月印の紅白縞のトランクスが5枚だよ、と楽しそうに言う会長さんは私たちを連れて行く気です。断ったって引っ張って行かれそうですし、ここは大人しくついて行くしかないでしょう。今度こそ何もありませんように…。
トランクスの箱を持った会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にくっついて本館に入り、教頭室の扉の前で立ち止まります。厚い扉を会長さんがノックして。
「失礼します」
ガチャリ、と扉を開けると、書き物をしていた教頭先生が顔を上げました。
「ブルー?」
嬉しそうな声でしたけど、会長さんの後ろに続いた私たちを見るなり深い溜息。
「…またゾロゾロと連れてきたのか…」
「いけないかい?せっかくプレゼントを届けに来たのに、もっと喜んでくれないかな」
でないと持って帰ってしまうよ、と会長さん。教頭先生は慌てて謝り、トランクスの箱を受け取りました。
「いつもすまんな。もう熨斗袋はやめにしたのか?」
「うん。やっと気付いて貰えたからね、紅白と白黒のセットの意味。…あの時、ぼくはこれから青と白の縞にするよって言ったんだけど、謝らなくちゃ。あんまり長いこと白黒縞でお揃いにしてたせいなのかな…。白黒縞でないと落ち着かないんだ。だから今でも白黒なんだよ。ごめんね、ハーレイ」
「…なんでお前が謝るんだ?」
「だって。不祝儀でおめでたくない柄をぼくに履かせてるなんてデリカシーが無いって、ジョミーたちにも言っちゃったんだ。ハーレイも謝ってくれていたのに、白黒縞のままっていうのは…やっぱり申し訳ないじゃないか」
いつになくしおらしい会長さんに教頭先生は「気にするな」と言って笑いました。
「お前が気に入ってるんならいいじゃないか。嫌々履いているというなら問題だがな」
「ありがとう、ハーレイ」
会長さんはホッと吐息をついたのですが、次の瞬間、悪戯小僧の笑みを浮べて。
「…それじゃ今日もその目で確かめてみる?お礼代わりに、ぼくの白黒縞」
「い、いい…!」
ベルトに手をかけた会長さんに、教頭先生は大慌てです。
「いい?…そうか、そんなに見たいんだ」
「ち、違う!いいと言ったんじゃなくて、け、け…けっ…」
「…結構ってこと?ふぅん、目の保養になるって言いたいのかな?」
「違う!!…い、…要らない…と…」
「なんだ、残念。褒めてるのかと思ったのに…。いい、とか結構っていう言葉は使いどころが難しいよね」
クスクスクス。会長さんは楽しそうですが、教頭先生はドッと疲れたようでした。
「…あまり教師をからかうな…。私の専門は古典なんだぞ」
「それは失礼。言葉遣いに詳しいんだっけ」
椅子の背に凭れている教頭先生を会長さんはまじまじと眺め、心配そうに。
「…もしかして、まだ闇鍋が堪えてる?くさやとドリアンはやめといた方がよかったかな…」
「いや。くさやに限ってはそうでもないな」
くさやは私が食べたんだ、と教頭先生は苦笑いして言いました。
「お前が入れているのを見たから、どうせならアレを食いたいと思っていた。だが、目隠しをされるだろう?まず無理だろうと諦めていたが、私のお碗に入っていたんだ」
「そうなんだ。…運命の赤い糸っていうのは、あるのかもね」
えっ、運命の赤い糸?くさやの干物が赤い糸ですか?…会長さんったら、また心にもないことを…。教頭先生と赤い糸で結び付けられたって、会長さんなら鋏でチョキンと切るだろう…と、私たちにだって分かります。分かってないのは教頭先生だけでしょう。トランクスがお揃いだと信じて今日も感激してるんですから。
「ハーレイ。運命の赤い糸がぼくに繋がっていたみたいだし…引き出しの中の包みも出してみたら?」
会長さんが意味深な笑みを浮べて、教頭先生を見つめました。
「ぼくに渡そうと思って買ったんだろう。ちょっとギャラリーが多いけれども、証人ってことでいいじゃないか」
「「「証人!?」」」
いきなり話を振られて驚く私たちに構わず、会長さんは続けます。
「…今日を逃したら新学期まで保留になると思うんだよね。トランクスを届けに来たら渡すつもりで決心した、ってハーレイの顔に書いてあるよ。男らしくビシッと決めて欲しいな、せっかくだから。運命の赤い糸を切るつもりならかまわないけど」
えっと…私たちが証人になれる贈り物って何でしょう?みんなで顔を見合わせましたが、見当もつきませんでした。
壁の時計がコチコチと時を刻んでいきます。教頭先生は複雑な顔で会長さんを見ていました。どうやら私たちがいると渡しにくい物らしいです。まぁ、見なくても困るものではないんですから、別にどうでもいいですが。
「ハーレイ。…出さないんなら帰るからね。新年度になるまで後生大事に持ってるといい」
トランクスの箱をポンと叩いて、会長さんが踵を返します。私たちも続こうとしたら…。
「待ってくれ、ブルー!」
教頭先生が引き出しを開け、リボンがかかった小さな箱を出しました。
「お前のために選んだものだ。…本当は…」
渋い声が少し寂しそうに。
「…本当は、お前と二人きりの時に渡したいと思っていたんだがな…」
「ふふ。いいじゃないか、ぼくはかまわないよ」
会長さんはニッコリ微笑み、小鳥のように首を傾げて。
「それで、渡したい物っていうのは何?」
「…知っているくせに、それを聞くのか…?」
「当然。ちゃんとけじめはつけて欲しいし」
教頭先生は小箱を手に持ったまま硬直しました。言いにくいものが入っているのでしょう。居並ぶ私たちを見渡し、会長さんを縋るような目で見て、視線を手の中の箱に落として…。うーん、よっぽど凄いか、とんでもないか、そのどちらかと思われます。
「ハーレイ、みんなが誤解しかかってるよ。変な贈り物じゃないのか、って。どうしても言いたくないなら、ぼくは帰らせてもらうけど。せっかく証人までいてくれるのに」
赤い瞳に射すくめられて、教頭先生は掠れた声で。
「……私の給料の三ヶ月分だ……」
「ん?…ちょっと聞こえにくかった。もう一度言って」
「…私の給料の三ヶ月分だ。そう言えば分かる筈だろう、ブルー」
必死に言葉を絞り出した教頭先生は頬を真っ赤に染めています。
「給料の三ヶ月分がどうしたって?…そんな言い方じゃ分からないよ」
先を促す会長さん。教頭先生の額にはビッシリと汗が浮いていました。
「…三ヶ月分が相場なのだと聞いている。お、お前に……お前にプロポーズしようと思って…」
え。お給料の三ヶ月分でプロポーズっていうと、もしかして…。
「気に入るかどうか心配なんだが…ダイヤモンドではありきたりだから、お前の瞳と同じ色の石を…」
ひゃぁぁ!教頭先生が会長さんに贈りたいものは婚約指輪だったのです。確かにプロポーズなら証人がいても問題ないかもしれません。ただし、婚約成立ならば…ですが。
「…ブルー、お前がいいというのなら…これを…」
受け取ってほしい、と差し出された箱を会長さんは冷ややかに見つめ、プイとそっぽを向きました。
「そういうのって、ぼくが受け取って嵌めてみるものじゃないだろう?…分かってないね。受け取れないよ」
嵌めてくれるというなら別だけれども、と付け加えて言う会長さん。呆然としている私たちの前で教頭先生は震える指でリボンをほどき、指輪の箱を取り出して…机に置いて蓋を開けました。入っていたのはルビーがついた綺麗な指輪。
「嵌めて」
会長さんが白い左手をスッと差し伸べ、教頭先生の無骨な両手がその手を押し頂くようにして…会長さんの薬指に赤いルビーが光ったのですが。
「……ゆるい……」
不機嫌な声で呟いたのは他ならぬ会長さんでした。薬指に嵌った指輪を右手の指でクルクル回していたかと思うと、柳眉を吊り上げて怒り出します。
「ハーレイ。どこが婚約指輪だって!?…サイズが全然違うじゃないか。本気じゃないってよく分かったよ。ぼくは騙されないからね。今までぼくを口説いてたのも、何もかも遊びだったんだ!」
「…ご、誤解だ!私は本当にお前のことが…」
「嘘つき!!」
会長さんは指輪を薬指から抜き取り、ルビーと同じ色の瞳を激しく燃え上がらせました。
「ぼくは何度も女の子に指輪を贈ってきたんだ。サイズを間違えたことは一度も無いよ。…普通のプレゼントでもそうなのに…プロポーズなんて大事な場面でサイズ違いの指輪を持って来るのは有り得ないだろ!?」
そしてスタスタと私たちの方へ近づいてきて、いきなり掴んだのはキース君の左手。
「このサイズなら、キースだと思う。…あくまでぼくの勘だけど」
「えっ!?」
驚いて叫ぶキース君。慌てて左手を引っ込める前に、薬指にルビーの指輪が押し込まれてしまったのでした。
「…やっぱり。キースの指にピッタリじゃないか」
氷のように冷たい会長さんの声が教頭室の気温を一気に降下させました。暖房は効いている筈ですが、部屋の中に霜が降りそうです。キース君の左手に光る指輪は確かにジャストサイズでした。
「…ハーレイ…」
縮み上がっている教頭先生を睨む会長さんは怒り心頭。
「キースのサイズと間違えるなんて、なんて言えばいいのか分からないよ。柔道部で目をかけてたのは知ってたけれど、キースも口説いていたんだね?…もしかして、とっくにいい仲なのかな。指輪を贈るくらいにね」
「違う!その指輪は…ブルー、お前のために…」
「だけどサイズを間違えたんだろ?…買ってくる時にキースのことを考えてたのが丸分かりだよ!」
ええっ、キース君って教頭先生とそんな仲?…そういえば柔道部だと合宿とかもありますし…。
「ちょっと待て!!」
取り残されていたキース君が会長さんを遮りました。
「俺はそっちの趣味なんか無いぞ!…教頭先生の名誉のために言わせてもらうが、俺たちは師匠と弟子でしかない」
「そ、そうだ、キースの言うとおりだ。私は…ブルー、お前のことしか…」
教頭先生も必死です。会長さんの顔から怒りの表情がフッと消え失せ、クッと笑って…。
「…引っかかった」
「「え?」」
キース君と教頭先生の声が重なりました。
「引っかかった、って言ったんだよ。…ハーレイにぼくしか見えてないことくらい知ってるさ。だけど、あんまり詰めが甘いから、からかってみたくなったんだ。サイズの合わない指輪をプレゼントしてプロポーズなんて、振られる元だと思うんだけど」
「…そ、それは…」
「分かってる。ぼくのサイズなんか教えてないし、聞きに来るような甲斐性があれば、ぼくに振り回されたりしないだろうし。…無理して背伸びしようとするから、おかしなことになるんだよ」
会長さんは脂汗を流している教頭先生の眉間の皺を指で弾くと、キース君の左手に嵌ったままのルビーの指輪を抜こうとして。
「あ。…抜けない」
「「抜けない!?」」
キース君と教頭先生が叫びます。
「うん。…ピッタリすぎて抜けないんだよ」
どうする?と会長さんが言い、キース君は自力で指輪を外そうと格闘し始めましたが、指が赤くなってゆくだけです。スウェナちゃんが「石鹸水で抜けると思う」と知恵を出し、キース君は仮眠室の奥のバスルームへ。それでもルビーの指輪は抜けず、キース君はげんなりした顔で戻ってきました。
「ダメだ…。抜こうとすればするほど、食い込んでくるような気がするんだが」
「消防署へ行けば切ってくれるって聞いたことあるわ」
スウェナちゃんが言いましたけど、キース君がルビーの指輪を左手の薬指に嵌めて消防署へ…?
「…俺にはそんな度胸はないぞ」
ガックリと項垂れているキース君。マツカ君が「うちでなんとかしましょうか?」と尋ねましたが、それも抵抗があるようで…。こうなったらダイエットして自然に抜けるのを待つしかないかな?とりあえず指には包帯を巻いて…。
そういう話になってきた時、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がトコトコトコとやって来ました。
「指輪、見せてくれる?…うわぁ、とっても綺麗だね!」
キラキラしてる、と眺めて、触って…。
「これ、絶対に抜けないよ。切って外すのも無理みたい。そうじゃないかと思ったんだけど」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
私たちはビックリ仰天。抜けないだなんて、どうしたら…。
「ブルーに頼むしかないと思う。ブルーの力でくっついてるから」
「「「!!?」」」
「…バレちゃったか…」
会長さんはクスクスと笑い、教頭先生に向き直りました。
「あの指輪。…ぼくが貰っていいんだったら、キースの指から外してあげるよ。貰えないならそのままだね。ついでにハーレイとキースが婚約した、って学校に届けを出してくるけど」
「…貰う…?」
ゴクリと唾を飲み込む教頭先生。そりゃそうでしょう。会長さんが指輪を貰うってことは、念願叶って晴れて婚約。地獄から一気に天国です。
「分かった。ブルー、指輪はお前のものだ。…本当に貰ってくれるんだな?」
「うん。ありがとう、ハーレイ。大好きだよ」
会長さんの手が触れた途端に、キース君の指からルビーの指輪が抜けました。会長さんはそれを光にかざして嬉しそうに眺め、机の上に置きっぱなしだった箱に戻すと静かに蓋を。あれ?嵌めるんじゃないんですか?…そっか、サイズが合わないんだっけ。
「じゃあ、サイズ直しに出しに行くね。…ぼくの力でも直せるけれど、こういうのは本職が一番だし」
「ああ、その方がいいだろう。保証書はこれだ。店の電話も書いてあるから」
教頭先生が頬を緩めて引き出しから保証書を出し、会長さんに渡します。シャングリラ・ジゴロ・ブルーと呼ばれ、女好きだと公言していた会長さんが…教頭先生とついに婚約…。あまりにも急な展開すぎて、私たちはついていけません。会長さん、今度こそ本当にお嫁に行っちゃうんですね。式はやっぱり卒業式が済んでからかな…とか、頭の中がグルグルします。そこへ会長さんの明るい声が…。
「さあ、帰ろうか。…フィシスに素敵なお土産もできたし」
え。フィシスさんにお土産?…教頭先生もギョッとして息を飲みました。
「この指輪、フィシスに似合いそうだろう?…ふふ、サイズ直しが出来てくるのが楽しみだな」
保証書に書かれたお店の名前を確認しながら、会長さんは満足そう。貰ったばかりのルビーの指輪をフィシスさんにプレゼントしようだなんて、教頭先生の立場はいったい…。
「ぼくにくれるって言ったじゃないか。後はどうしようとぼくの勝手さ。そうだろう?…ハーレイ」
「……………」
教頭先生はショックで石像と化していました。お給料の三ヶ月分をはたいた指輪が台無しになってしまったんですから。えっと、えっと…気の毒ですけど、慰めの言葉も見つかりません。
「いいんだよ。ハーレイにはぼくとお揃いのトランクスを5枚もプレゼントしたんだからね」
これからも新学期ごとに贈るつもりだし、と言って会長さんは指輪の箱と保証書をしっかり掴んでいます。
「じゃあね、ハーレイ。指輪は有難くもらっておくよ」
軽くウインクして教頭室を出てゆく会長さん。私たちもその後に続きました。扉が閉まる前に振り返ってみると、教頭先生はまだ石像になったまま。机の上にはトランクスの箱が置かれています。お給料三ヶ月分のトランクスってことになるのでしょうか?1枚あたりのお値段がいくらになるのか、ちょっと計算してみたいかも…。
冬休みが終わる前の日、学校から卒業のお知らせが届きました。「例外として今年度をもって卒業とする」と書いてあります。それと理由を書いたお手紙。パパとママはビックリですが、会長さんが言っていたとおり特に気にする風もなく…。「校長先生も三百年以上生きてるんだし、そういうこともあるだろう」なんて言われてしまうと拍子抜けです。ジョミー君たちの家にも同じ通知が配達されたようでした。
「1年生のみんなと一緒に遊べるのは三学期だけでおしまいなのかなぁ…」
ベッドに転がって呟いていると、会長さんの思念波が。
『明日から学校が始まるけれど、普段どおりでいいんだよ。気にしない、気にしない』
頭が混乱してしまわないよう、ちゃんとフォローもしてきたし…と優しい気配がフワリと身体を包み込みます。そういえば毎晩、こんな暖かさを感じていたかも。心配事が薄れていくのは慣れてしまったからではなくて、会長さんのおかげだったんですね。私はその夜もぐっすり眠り、翌朝、元気に登校しました。1年A組の教室に行くと…。
「かみお~ん♪ぼく、今日は1年A組なんだ」
教室の後ろに増えた机に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が座っていました。机の主の会長さんはアルトちゃんとrちゃんに小さな包みを渡しています。
「素敵な年賀状をありがとう。…ぼくのクリスマス・カードと年賀状も無事に届いたみたいだね」
なんと!私たちに謎解きをしていた間も、アルトちゃんたちへの気配りを忘れなかったみたいです。今、渡したのは何でしょう?アルトちゃんとrちゃんも包みを眺めて不思議そう。
「…銀専用のお手入れグッズ。拭くだけで曇りが取れる布だよ」
贈った指輪は銀だったしね、と会長さんは言いました。
「錆びないようにロジューム加工がしてある銀も多いけれども、君たちにあげた指輪は違うんだ。…知ってるかい?愛されてる銀は錆びない、って」
「「え?」」
アルトちゃんたちが首を傾げます。
「いつも身に着けていると銀はあんまり錆びないんだよ。ロジューム加工してない指輪をプレゼントしたのは、愛される銀になって欲しかったから。でも、学校も寮もアクセサリーは禁止だし…着けたままではいられないよね。だからお手入れグッズなんだ。ぼくたちの仲が曇らないよう、磨いてくれると嬉しいな」
極上の笑みの会長さん。アルトちゃんとrちゃんは真っ赤です。
「あ、ありがとうございます…」
rちゃんがお礼を言うと、会長さんは更に重ねて。
「そうそう、二人とも、指輪のサイズは合っていた?…ピッタリだったと思うんだけど」
アルトちゃんたちはコクリと頷き、rちゃんが尋ねました。
「あの…。どうしてサイズが分かったんですか?私たち、言わなかったのに…」
「ああ、そんなことくらい簡単だよ。…一度こうして手を取れば……」
会長さんの手がrちゃんの右手を捕まえ、キュッと握って。
「分かっちゃうんだよね、この手ならどのくらいのサイズかって。指を握らせて貰えば、もう完璧」
rちゃんの薬指の付け根に会長さんの指が軽く巻き付き、次はアルトちゃんの右手に触れて。
「何度も触れている指なんだから間違えないさ。…指輪、大切にしてくれるかな?」
アルトちゃんとrちゃんは大感激です。シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前はダテではありませんでした。握っただけで指のサイズが分かっちゃうなんて凄すぎます。それとも心を読んで知ったのでしょうか?なんにしても最高の殺し文句だ、と呆れながらも感心していると、教室の扉がガラリと開いて…。
「諸君、おはよう。そして、あけましておめでとう」
グレイブ先生の登場です。
「やはりブルーが来ていたか。…ぶるぅもいるとは最悪だな」
新年早々、苦虫を噛み潰したような顔でグレイブ先生が言いました。
「…仕方ないか…。男は諦めが肝心だ。さあ、始業式会場について来たまえ」
そういえば会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何をするために来たんでしょう?机が置いてあるということは1年A組に在籍中、という意味です。始業式の日に在籍したって、何もないように思うんですが…。もしかして、アレと関係あるのかな?一昨日、学校からメールが来たんです。そこにはこう書いてありました。
「始業式の日に持参するもの。これだ、と思う食品を1つ。加工の有無は特に問わない」
なんとも妙なお知らせですよね。
始業式は校長先生の退屈なお話と、卒業を控えた3年生への訓示でした。私たち特例卒業組には意味の無さそうな訓示です。だって大学に行くわけじゃないし、進路も全然決まってないし…。まぁいいか、と欠伸をしている内に始業式は終了でした。あれ?教室に戻るんじゃないのかな?…教頭先生がマイクを持っています。
「諸君、これから新年恒例、クラス対抗お雑煮食べ比べ大会を開催する」
「「「えぇぇっ!?」」」
お雑煮食べ比べ大会ですって!?…クラス対抗と言われた瞬間、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が来ていた理由が分かりました。1年A組を学年1位にしようと現れたのに違いありません。教頭先生は咳払いをして大会の説明を始めます。
「クラス対抗と言ったが、最終的には全学年の中から男女別に1位を選ぶことになる。そして1位を取ったクラスにはちょっとしたお楽しみがあるというわけだ。お雑煮食べ比べ大会だからな、一番沢山食べた生徒が在籍しているクラスに1位の栄誉が与えられる」
おぉぉっ、と会場がどよめきました。食べ比べ大会の会場は体育館だというので全学年でゾロゾロと移動。広いフロアに湯気がたちこめ、白味噌の甘い匂いが漂っています。テーブルが沢山並べられていて、ブラウ先生が司会役でした。
「じゃあ、大会のルールを説明しよう。全員が一度に食べるわけにはいかないからね、1学年ごとに食べ比べだ。すまし汁だと量が入りやすくて面白くないし、白味噌でトロッと甘めに仕立ててある。お餅も焼餅じゃなくて茹でて柔らかくしてあるよ。ちょっとヘビーなお雑煮なのさ」
う~ん、確かに重たそうです。白味噌仕立てのお雑煮は一度食べたことがありますけれど、何杯もお代わりするには不向きなシロモノだったような…。
「いいかい、制限時間は二十分。その間に何杯食べたかで競うんだ。教頭先生も言ってたように、一番沢山食べた生徒が所属するクラスが1位になる。さあ、1年生から始めるよ。クラス別にテーブルに行っとくれ」
私たちは指定されたテーブルの横に立ちました。椅子は無いので立ち食いです。A組の男子には会長さん、女子のテーブルには「そるじゃぁ・ぶるぅ」が混じっていますが、大丈夫かな?「そるじゃぁ・ぶるぅ」の胃袋は桁外れですから平気でしょうけど、会長さんは人並みの量しか食べられないような気がします。テーブルの間には大きな鍋とお碗を詰め込んだ大きな籠が置かれ、割烹着を着た職員さんがおたまを手にしてスタンバイ。
「みんな、お碗とお箸は行き渡ったかい?…準備はいいね。それじゃ、はじめっ!!」
最初の1杯はテーブルに用意されていました。柔らかいお餅が1個とたっぷりの甘い白味噌汁。1杯で十分に満腹感が広がります。でも、頑張って食べなくちゃ!お碗が空になった途端に、職員さんが新しいお碗にお雑煮を入れてくれるんですもの。2杯、3杯…と空のお碗を自分の前に積み上げたものの、さすがに苦しくなってきた頃、ブラウ先生がマイク片手に。
「ペースが落ちてきているねぇ。ギブアップするなら、お碗に蓋をすればいい。蓋はテーブルの真ん中にあるよ」
なるほど。テーブルの中央に置かれた籠にお碗の蓋が入っていました。何に使うのかと見てましたけど、ギブアップの合図にするんですね。…もうダメ、蓋をしちゃおうっと。あっちこっちで蓋をしている人がいます。まだ食べ続けている人もいますが、お碗の数は十個に届いてないみたい。そんな中で山のように空のお碗を積み上げていたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さん。
「す、凄い…」
「いったい何杯食ってるんだ?」
A組だけでなく他のクラスや学年の人まで二人に注目していました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大きな口を開けて流し込むように食べていますし、会長さんはごく上品な物腰ながら…凄い勢いで食べてゆきます。会長さん、お腹が苦しくならないのかな?
『平気だよ』
笑いを含んだ会長さんの声が頭の中に響きました。
『食べてるように見えるだろうけど、サイオニック・ドリームの応用。本当はぶるぅのお碗に転送してる。ぶるぅはぼくの分まで食べてるんだよ』
恐るべし、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。二人は制限時間いっぱい食べまくった挙句、凄い量のお碗を積み上げました。1年A組は男子も女子も文句なしの学年1位です。二人の記録は上の学年にも破ることが出来ず、私たちのクラスは男女とも学園1位の座を見事に射止めたのでした。1位のクラスには「ちょっとしたお楽しみがある」って教頭先生が言ってましたけど、何なのでしょうね?あ、ブラウ先生が出てきました。
「学園1位は1年A組で決まりだね。これから会場はグランドに移る。みんなそっちに移動だけども、1年A組の生徒は一度教室に戻って、学校から指示されていた食べ物を取って来ておくれ」
え?…今日持ってきたアレですか?私たちは顔を見合わせながら校舎の方へ向かいました。
「スウェナは何を持ってきたのさ?」
尋ねているのは激辛ポテトチップスの袋を持ったジョミー君。スウェナちゃんの手には何かの瓶。
「イカの塩辛。…お歳暮で貰ったんだけど、うちでは誰も食べないから…」
ああ、そういうモノってありますよねぇ。私は平凡にお饅頭です。
「俺もお歳暮の残りなんだ」
キース君は辛子明太子を持っていました。マツカ君は白トリュフ。「今が旬なんです」と世界三大珍味の黒トリュフの上を行く高級食材を生で丸ごと持って来るあたり、「ぼっちゃま」は格が違います。
「でも、こんなもの、何にするのかしら?」
スウェナちゃんの視線の先では会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が怪しげなモノを手にしていました。『くさや』の文字が躍った真空パックは明らかに『くさやの干物』でしたし、トゲトゲがいっぱいついているのは『悪魔の果物』ドリアンでは…。どちらも悪臭で名前を知られた食品です。嫌な予感がするのを押さえてグランドに行くと、ブラウ先生が待ちかねたように。
「さあ、A組のお出ましだよ!…男子と女子と、それぞれ1人ずつ先生を指名しておくれ。お楽しみイベントに必須だからね」
あ。こんなの、前にありました。球技大会で学園1位を勝ち取った時、会長さんが教頭先生を指名して…。もしかしなくても、今回も?…恐る恐る会長さんを見ると、赤い瞳が悪戯っぽく煌いています。
「指名権、ぼくとぶるぅにくれるかな?」
A組一同に否はありません。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお雑煮を食べまくってくれなかったら、学園1位は不可能でしたし。会長さんはニッコリと笑い、教頭先生を指差しました。
「…A組男子は教頭先生を指名させて頂くよ。…ぶるぅは?」
「ゼル!…ぼくはゼルがいいな♪」
大はしゃぎで指名する「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ブラウ先生がククッと笑って。
「オッケー、ハーレイとゼルに決まりだね。あとは…1年A組の担任か。グレイブ、覚悟はできてんだろ?あんた、1位が大好きだしね」
え。覚悟?…球技大会でグレイブ先生と教頭先生を『お礼参り』と称するドッジボールでボコボコにした1年A組ですが、また恐ろしいイベントが待っているとか?…でも…お雑煮食べ比べ大会だったんですし…。グランドの中央に据えられた大きなお鍋が気になりますけど、まさか釜茹でにはしませんよねぇ?
「それじゃ1年A組の健闘を讃えて…」
ブラウ先生が声を張り上げました。
「新年恒例、闇鍋開始!…1年A組の生徒は、持ってきた食べ物をお鍋の中に入れるんだよ。食べるのはグレイブとハーレイ、それにゼルだ。三人ともがギブアップしたら、1年A組の生徒全員にお年玉として食堂の無料パスを1週間分あげちゃおう!!」
ひえぇぇ!…や、闇鍋って…しかも先生が食べるですって!?会長さんがドリアンとくさやを用意したわけが分かりました。教頭先生を指名したのも納得です。ゼル先生は…巻き添えかな?
『違うよ。ゼルはハーレイの飲み友達だから敬意を表しただけなんだけど』
思念波で私にそう返事して、会長さんはくさやの干物をお鍋に入れに行きました。続いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」がドリアンを丸ごとドボンと入れて…。二人に触発されたA組のみんながお鍋に次々と食べ物を投げ込み、私たちもお饅頭をお鍋の中へ。お味噌の匂いをさせていたお鍋は異様なものになってしまって、グランド中に漂う悪臭は半端ではありませんでした。
「闇鍋はお碗に1杯ずつ食べて貰うからね。食べ切れなければギブアップだ。…ただし、一口も食べずにギブアップは認められないよ?それがシャングリラ学園の闇鍋ルールだ。最低、3口。ここは教師の意地を見せなくちゃ。もしも誰かが3口も食べずに逃げ出したなら、その分は残った者が責任を持って食べること。覚悟はいいかい?」
ブラウ先生の声に追い立てられるように、三人の先生方がお鍋の周りに座ります。目隠しをされておたまを持たされ、自分で闇鍋を掬わされて…お碗の中へ。何を掬うかは自己責任ってわけですね。ブラウ先生の合図で目隠しを取ったグレイブ先生たちの顔は真っ青。お碗の中身はさぞかし凄いものなのでしょう。教頭先生がお碗に口をつけ、果敢に挑戦しましたが…。
「うぅっ…!!」
たった一口含んだだけで、教頭先生は口を押さえて校舎の方へ走り出します。会長さんがサッと飛び出して行く手を塞ぎ、赤い瞳を燃え上がらせて。
「最低3口。…あと2口も残ってる。一口だけで逃げ出すなんて…最低だね。武道家のプライドは無いのかい、ハーレイ」
努力しない男は嫌いだよ、と冷たい言葉を投げつけられた教頭先生は逃げ場を失くし、お鍋の所に戻りました。その間にグレイブ先生とゼル先生が一口だけで逃げて行ったのですけど、そっちは誰も制止しません。教頭先生は逃げた二人のノルマも含めて、闇鍋を残り6口分も食べる羽目に…。
教頭先生は自分のお碗から2口食べて、グレイブ先生とゼル先生が残して逃げたお碗からも2口ずつ飲むと、まりぃ先生が差し出したペットボトルの水をガブ飲みしてから、その場にへたり込みました。1杯分も食べきるなんて不可能だ、と片手を上げてギブアップです。1年A組、お年玉ゲット!他の生徒たちも歓声を上げて騒いでますけど、初めて目にした闇鍋の凄さにちょっと心が痛むような…。お饅頭じゃなくて普通のお餅にすべきでした。
「いいじゃないか。毎年とても盛り上がるんだよ」
そう言ったのは会長さん。
「一度参加してみたかったんだ。でも始業式の行事だからね、馴染みのクラスが無いと難しいから諦めてた。ほら、ぼくには決まったクラスが無いんだし。1年A組のみんなのお蔭で初めて闇鍋が出来て感激だな。…みんな、三学期も宜しくね」
もちろんです!と叫ぶ1年A組生徒一同。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、二人がいれば1年A組は無敵です。先生方からのお年玉も貰いましたし、三学期も幸先よさそうですよ。しかし、闇鍋をやってみたかったという会長さん。くさやとドリアンは明らかに教頭先生だけを狙った食品テロというヤツでしょう。あの二つさえ入ってなければ、匂いは少しはマシだったかも…。
私たちは特別なんだ、と告げられてからアッという間に大晦日が来て、除夜の鐘が鳴って、もうお正月。ジョミー君たちとメールや電話でやり取りしながら過ごしている内に、気持ちもだいぶ落ち着きました。なるようにしかならないんですし、悩んでも仕方ありません。元日はパパやママと初詣に出かけ、お年玉を貰ってのんびり部屋で寛いでいると会長さんからのお誘いメールが…。
「明日、泊りに来て欲しいな。大事な話が残っているし」
大事な話と言うのは謎解きの続きなのでしょう。早速「行きます」と返信してから、今度は何かな…と不安と期待が入り混じった気分。しばらくすると会長さんから「全員来ることに決まったよ」と訪問時間の指定があって、その後すぐにジョミー君から「校門前で待ち合わせしよう」と電話がかかって来たのでした。そして翌日、私たち7人グループはお泊り用の荷物を持って会長さんのマンションへ。
「かみお~ん♪あけましておめでとう!」
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出迎えてくれ、玄関先には門松と注連飾り。リビングの壁際にはおめでたい掛軸と鏡餅が飾られています。
「みんな、あけましておめでとう。…まずは御屠蘇とお雑煮だね」
ダイニングに案内されて御屠蘇を頂き、立派な漆塗りのお碗でお雑煮を食べて、次に出てきたのは蒔絵の重箱。豪華絢爛なおせち料理がたっぷり詰まった五段重ねの大きなものです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が得意そうに言いました。
「和・洋・中と入っているんだよ。ぼく、頑張って作ったんだ。ストックは冷蔵庫に入れてあるから、遠慮しないで沢山食べてね」
取り皿を渡された私たちは美味しいおせち料理をお腹いっぱいになるまで食べたのですが、重箱の中身は次々に補充されていくので空にはなりませんでした。
「晩御飯はパスタとピザにしようと思ってるんだ。おせちは明日も食べられるものばかりだし」
ちゃんと考えて作ったからね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が重箱をキッチンに運んで行きます。私たちはお碗やお皿を洗うのを手伝い、会長さんに招かれるままにリビングのソファに腰かけました。飲み物はお正月らしく昆布茶です。
「この前、話をしてから1週間ほど経ったよね。だいぶ頭の整理ができた?」
会長さんの質問に私たちはおずおずと頷き、赤い瞳を見つめます。今日はどんな話が出てくるのでしょう?
「…タイプ・ブルー。…ぼくとぶるぅがそう呼ばれる理由から説明した方がいいだろうね」
そう言って会長さんは右手をスッと私たちの前に差し出しました。
「ほら、見てて。…これがぼくの持つ力の色」
手のひらの上に青い光の玉が生まれてフワッと浮き上がり、消滅します。そういえば会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」が力を使う時、青い光を見ましたっけ。
「ぼくたちが持つ力のことを、ぼくらはサイオンと呼んでいる。サイオンには色々なパターンがあって、力の種類に応じて発現する色が分かれるんだ。…青の他には黄色と緑、赤がある。ぼくとぶるぅは青い色だからタイプ・ブルーというわけさ。そしてサイオンの力はタイプ・ブルーが飛びぬけて強い」
だから仲間を探すことができたんだ…と会長さん。
「アルタミラが消えてしまった後、ぼくたちは二人きりだった。でも食べていかなきゃならないから、宿屋に住み込んで働いたよ。食事も寝床も手に入ったし、たまにチップも貰えたんだ。…そしたら、ある晩、お客の部屋に行くように…って宿の主人に言われてさ。晩御飯の後片付けをした後で眠かったけど、注文されたお酒を持って出かけていった」
小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」は先に眠っていたのだそうです。お酒を注文したのはその日到着した髭面の大男で、どう見てもヤクザ者だったとか。
「お酒をテーブルに置いて帰ろうとしたら、いきなり後ろから抱きつかれて、主人にはお金を払ってある、って迫られて…。要するに売られちゃったんだよ、ぼくは」
ひゃああ!う、売られたって…髭面の大男って、もうヤバイなんてものじゃなくて…。
「うん。とんでもないことになっているのは分かったけれど、逃げたら宿にいられなくなる。せっかく住む場所ができたのに…どうしよう、ってパニックになって。ふと気がついたら男が床に倒れてた。…無意識に力を使ったらしい。人に向かって力を使ったのは初めてだったし、怖くなって男の心を覗いてみたら…幸せな夢の中だったのさ」
幸せな夢が何だったのか、言われなくても分かりました。それからも会長さんは何度も売られてしまったらしいのですが、その度に上手く切り抜けて…宿の主人が受け取ったお金とは別にチップを貰ってお金を貯めて。十分な旅費を手に入れてから、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と旅に出たのです。
「最初は気ままな旅だったんだ。でも、ぼくたちの他にも同じような力を持った人がいるんじゃないかと思い付いてからは、宿に泊まる度に思念波を送るようになった。ぼくの声が聞こえたら来て欲しい、ってね」
そうやって集めた仲間が校長先生や教頭先生。シャングリラ学園を創るための資金はお金持ちの家に生まれた校長先生が出してくれたんだ、と会長さんは微笑みました。
「一番最初に出会った仲間はハーレイだった。しばらく三人で旅をしていたよ。その間にもよく宿で男に声を掛けられたから、お金を持っていそうだと判断したら小遣い稼ぎに部屋へ行ってた。もちろん夢を見せてたんだけど、ハーレイにはそれを隠してたんだ。…敵を欺くにはまず味方から。ハーレイは嘘をつくのが下手だし」
クスクスと笑う会長さん。
「実は夢を見せてたんだよ、とずっと後になって教えたら…ハーレイったら、良かった…って涙を流すんだ。ぼくに一目惚れしちゃってたから、そんな手段で稼いで欲しくなかったらしい。お金はあるんだからやめておけって、ぼくを叱れば済むことなのに馬鹿だよねぇ。…そう、昔からハーレイはヘタレだったんだ」
今も全然変わってないし、と会長さんは楽しそうです。教頭先生をからかって遊ぶのはシャングリラ学園創立前から延々と続く娯楽なのかもしれません。それにしても…なんで男ばかり相手にしてたんでしょう?
「三百年も前の話だよ。…一人で旅をしてるのは圧倒的に男だったんだ。たまに女性も旅してたけど、ぼくを買おうって勇気は無いし。ぼくは女の子の方が好きなのにさ」
ひょっとして、その時の反動でシャングリラ・ジゴロ・ブルーになっちゃったとか?
「さあね?…女の子は可愛いし、柔らかいからとても好きだな」
ハーレイなんかは硬くてゴツイから趣味じゃないね、と冷たい言葉が飛び出します。教頭先生、柔道をやめて筋肉を落とさない限り相手にしては貰えないかも…って、ダメダメ!この発想は、まりぃ先生の危険な妄想世界。知らない間にしっかり影響されてたみたい。考えないようにしなくっちゃ…。
おかしな方向に行った話を元の軌道に引き戻したのは、脱線させた当の本人でした。
「…ハーレイの名前が出てきた所で、次の話に移ろうか。校内見学の時に天文教室で見た宇宙クジラの映像を覚えているかい?」
「あ。モニターの電源が勝手に入って…」
スウェナちゃんが呟き、私たちも思い出しました。宇宙空間に浮かんでいた白いクジラのようなもの。たまに目撃される未確認飛行物体のことを世間では『宇宙クジラ』と呼んでいます。
「あの時、ぼくは言ったよね。宇宙クジラは実在する、って。…そして宇宙クジラが頻繁に目撃される時期と、ハーレイの長期出張の時期は見事にピタリと重なるんだ…とも」
そうでした。確かにそんな話を聞いて、教頭先生は宇宙人と関係があるのだろうか、と皆で騒いだ覚えがあります。すっかり忘れていましたけども。
「宇宙クジラはハーレイを迎えに来るんだよ。そしてハーレイは宇宙クジラで出張に行く」
「「「ええぇっ!?」」」
じゃ、じゃあ、やっぱり…教頭先生は宇宙人と!?
「残念ながらそうじゃない。…宇宙クジラに乗っているのは宇宙人とは違うのさ」
会長さんが立ち上がって壁際の端末を操作すると、窓ガラスが大きなスクリーンに変わりました。そこに映し出されたものは星が散らばる宇宙空間と…巨大な白い身体のクジラ。いえ、クジラのように見えますけれど、生き物ではなくて人工物です。こんな鮮明な宇宙クジラの画像を見たのは初めてでした。
「この映像は今現在の宇宙クジラ。二十光年ほど離れた所を航行中だ」
静かな声がスクリーンの映像に重なりました。
「宇宙クジラという名前は勝手につけられたものなんだよ。本当の名前はシャングリラ。学校の名前と同じだろう?…ぼくたちが造った宇宙船だ」
「「「宇宙船!?」」」
ぼ、ぼくたちが造ったって…そんな馬鹿な!今の科学では小さな宇宙ステーションが限度です。月に行くのさえ難しいのに、二十光年の彼方まで行ける宇宙船なんて…。
「嘘じゃない。シャングリラはワープすることができる」
「……う……嘘……」
掠れた声が誰のものだったか分かりません。私自身の声だったかも。
「仲間に嘘はつかないよ。シャングリラ学園を三百年以上かけて大きくしたのと同じで、シャングリラも長い年月をかけて造り上げた。建造するのに普通の人間の手は借りたけど、設計したのは仲間たちだ。建造に関わった人間たちの記憶は消したよ。…もっとも、その人たちはとっくの昔に死んでしまっているんだけどね」
シャングリラは百年ほど前に造られたのだ、と会長さんは語りました。
「ぼくたちは長い寿命とサイオンを持つ。今は普通の人間の間で暮らしてるけど、いつか迫害される時が来ないとは限らない。そうなった時、逃げ場所になるように…箱舟として役立つように建造したのがシャングリラだ。最悪の場合は新しい星を探して旅立つことも考えて」
とてつもない話に私たちはただ呆然とするばかり。ワープなんてSFの世界だと思ってたのに。
「…シャングリラはぼくたちの大切な船。君たちが知っている科学の限界を超え、ぼくたちの未来のためにと造ったけれど…出番は全く来そうにないね」
思った以上に普通の人たちは寛容だった、と会長さんは柔らかい笑みを浮べました。
「永遠に役目が無いままの方がいいんだよ。この地球で仲良く暮らしていけるのが一番だ。だからシャングリラは地球から遠い所を航行してる」
会長さんの言っていることは分かります。けれど何故、教頭先生がシャングリラに乗って出張に…?
「…ハーレイはシャングリラのキャプテンだから」
「「「は?」」」
キャプテン?…キャプテンって、どういう意味?
「そのまんまだよ。船長のこと」
会長さんはクスッと笑って続けました。
「いつもヘタレな所ばかりを見てるんだから、信じられないのも無理はないけど…。あれでもハーレイは重鎮なんだ。船長として船を見て回るための出張なのさ」
今度こそポカンと口を開けてしまった私たち。宇宙クジラがシャングリラという宇宙船で…教頭先生が船長ですって!?じゃ、じゃあ…教頭先生をからかって遊ぶ会長さんはいったい何者?
「ぼく?…ただのシャングリラ学園の生徒会長」
宇宙船の方のシャングリラのことは管轄外だ、と答えた会長さんがスクリーンを消し、窓に景色が戻りました。
マンションの最上階から見える空の色はもう夕方。月がほんのり光っています。
「シャングリラの乗組員は時々交代するんだよ。シャングリラ学園の職員を兼ねてる人も多いんだ。学園を休職してシャングリラに乗り、戻ってきたら復帰する。…夏休みにあった納涼お化け大会、怖かっただろう?あれの仕掛けにはサイオンを使ったものが多いけれども、シャングリラでの勤務から戻った人が何故か進んでやりたがるね」
納涼お化け大会。…無数の白い手が地面の底に引き込もうと襲ってきたのは、サイオンによるものでしたか…。
「サイオニック・ドリーム。…サイオンによる幻覚だ。ぶるぅが怖がって青い光を放出したら仕掛けが消えて無くなったろう?…最強のタイプ・ブルーの力の前に圧倒されてしまったのさ」
会長さんはおかしそうに笑い、あの時に墓地に潜んでいた仲間は丸一日間寝込んだのだと言いました。全員、シャングリラから地球に戻ったばかりの学園の職員だったそうです。
「宇宙暮らしは刺激がなくて退屈だからね。普通の人にサイオンで堂々と悪戯できる、あのイベントは人気なんだ」
毎年、夏休みの間に乗員の大きな交代があり、他にも折を見て順番に入れ替えをしているのだとか。
「君たちも、いずれシャングリラを見ることになるだろう。仲間である以上、一度はその目で見ておいて欲しい」
そう言われても、まだ実感が湧きません。冬休みに入ってから立て続けにあれこれ教えられましたけど、なんだか他人事みたい。みんなも狐につままれたような顔をしています。
「信じられないのも無理ないさ。…でもシャングリラは君たちを迎えに来る。まだ先のことになるけどね」
それまでは学校生活を楽しめばいい、と会長さんはウインクしました。
「君たちの家族には学校からきちんと説明がいく。…正確に言うと、もう説明は済んでいるんだ。君たちが入学した直後から、ぼくが家族の人の意識の下にずっと働きかけてきた。だから学校からの通知が来ても、そう驚いたりはしない筈だよ。君たちは何も心配しないで、卒業まで元気に暮らせばいいのさ」
ぼくの話はこれでおしまい、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に夕食の用意を頼んでいます。夕食はパスタとピザでしたっけ。今までどおりでいいそうですし、開き直って食べまくっちゃおう!
夕食から後は特に重大な話もなくて、会長さんのマンションでのお泊り会は平穏無事に終わりました。ゲストルームでぐっすり眠って、お雑煮と豪華おせちの朝食を食べて。それから冬休みに入って知った数々の謎を復習しつつ他愛ない話も沢山交わして、お昼ご飯は「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製オムライス。その頃にはもう、いつものノリで大騒ぎです。あれ?今、窓の外に白いものが…。
「あ!ブルー、雪が降ってきたよ」
窓の外を指差す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。チラホラと雪が舞い落ちてきます。
「ねぇ、積もるかな?…雪だるま、いっぱい作れるといいな」
無邪気にはしゃぐ「そるじゃぁ・ぶるぅ」はどう見ても小さな子供でした。三百年以上生きている上に最強の力を持つタイプ・ブルーとは思えません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」でもそうなんですもの、私たちなんか悩むほどのことはないのかも。うん、そういう気がしてきました。
「その調子。悩んでたっていいことなんかありはしないよ」
会長さんがニッコリ笑って。
「三学期は君たちが普通の学生でいられる残り少ない時間なんだ。思う存分、楽しまなきゃね」
ぼくとぶるぅも協力するよ、という有難い言葉を額面どおりに受け取るべきか、謹んで遠慮しておくべきか。そんな話題で盛り上がりながら、私たちは会長さんの家にお別れしました。雪が落ちてくる空を仰いでみても宇宙クジラは見えません。本当にクジラの形をした白い宇宙船が二十光年の彼方にあるのでしょうか?…まぁ、いいや。まだ三学期があるんですもの、まずは学園生活ですよ!
クリスマスの飾り付けがされたリビングで聞かされた大事な話。フィシスさんが会長さんの故郷の記憶を持っていることにも驚きましたが、一番の驚きは私たちが会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と似たような特質を持った人間であるという事実です。窓の外は早くも暮れてきていました。
「…俺たちはこれからどうなるんだ?」
キース君が空になったコーヒーカップを所在なげに弄っています。
「1年で卒業するというのは特殊な人間だから…だろう?長い寿命があると言われてもピンとこないし、卒業した後、どうすればいいのかも分からない。あんたみたいに卒業せずにいられるわけでもなさそうだしな」
それは私も思っていました。年をとるのもゆっくりだって言われましたし、会長さんや教頭先生という仲間が揃ったシャングリラ学園を卒業した後はどうなるのかって。
「それなら心配いらないよ」
会長さんは穏やかな笑顔で私たちを順に見回しながら。
「けじめとして卒業はして貰うけど、学校に残りたいんなら…そのまま在籍してていいんだ。授業料とかも免除になるよ。ただし1年生ばかり繰り返すことになるけれど。そうだな…多分、百年くらいは」
2年生を最後までやってもおかしくないほどに成長したら1学年上に上がれるよ、と言われて私たちはビックリ仰天。そんなにゆっくりとしか成長しないというのでしょうか?
「うん。でも個人差があるから、もっと早く育っていって卒業しちゃう可能性もある。その時はまたフォローするよ。グレイブみたいにシャングリラ学園の教師になるって手もあるし」
「「「えぇぇっ!?」」」
グレイブ先生も仲間なんですか!?…もしかして、春になったら結婚すると言ってたミシェル先生も?
「そうだよ。グレイブとミシェルは在学中に出会ったんだけど、グレイブの方が少し年上だね。グレイブが卒業する時、ミシェルも一緒に卒業してった。二人で教師の資格を取って、また学校に戻ってきたんだ」
昔から仲が良かったんだよ、と会長さんはウインクしました。
「…グレイブ先生も仲間だというなら…」
口ごもりながら質問したのはキース君。
「シャングリラ学園の先生は全員が俺たちの仲間なのか?…エラ先生やブラウ先生も?」
「全員ってわけじゃないけど、ほぼ全員…かな。来年あたりには全員そうなっているだろうね」
「…例外がいる、ということか?」
「そう。保健室のまりぃ先生だけが例外だ。まだ覚醒していないんだよ」
あの年齢まで因子が目覚めないのは珍しいね、と言われても…私たちにはサッパリです。
「普通はシャングリラ学園に来れば因子が目覚めるものなんだ。理事長の親戚だから強い因子を持っているのに、どうしたわけか目覚めなくって。3年間でアッサリ卒業して行っちゃった。養護教諭になりたい気持ちが強すぎたのかな?…なんでそこまで、と思ってたけど、なんとなく分かったような気がする」
「…あんたがお目当てだったわけか…」
キース君が溜息をつき、私たちも脱力です。まりぃ先生、凄すぎるかも。
「特別室まで用意してくるとは思わなかったな。理事長の親戚だから好き放題できるのは確かだけどね」
クスクスと笑う会長さんにジョミー君が尋ねました。
「…ひょっとして、保健室ばっかり行っていたのは…サボッてたんじゃなかったわけ?」
「サボリだよ?…趣味と実益を兼ねていたのさ。ぼくが通えば、まりぃ先生の因子に直接働きかけられる。でも特別室で昼寝するのも気に入ってるし…年上の女性に可愛がられるのも嫌いじゃないし」
どこが年上だ!!と叫びたいのを、私たちはグッと我慢するしかありませんでした。なにしろシャングリラ・ジゴロ・ブルーです。まりぃ先生を手玉に取るのが楽しくて仕方ないんでしょう。
シャングリラ学園の先生方が仲間だと分かって、気分が少し落ち着きました。どうなるのかと心配でしたが、なんとかなりそうな感じです。だって先生方はごくごく普通に見えるんですし、言われなければ気付きません。会長さんは更に続けて。
「仲間は先生だけじゃないんだ。生徒の中にも混ざってる。…覚えてるかな、親睦ダンスパーティーでワルツを踊った数学同好会のメンバーがいただろう?彼らも百年近く在籍しているよ。アルトさんとrさんは数学同好会に勧誘されて入部したから、この際、仲間にしようと思ってね」
ごく僅かだけど因子もあるし、と聞かされて私たちは納得しました。アルトちゃんとrちゃんへの熱心なアタックの陰にはちゃんと理由があったのです。
「それだけじゃないよ?…女の子の相手をするのは好きだし、二人とも可愛くていい子じゃないか」
本当に食べちゃいたいくらいなんだ、と言う会長さんに軽い頭痛を覚えます。今までいったい何人の女性と遊んできたのか、考えたくもありません。会長さんはおかしそうに笑い、フッと真面目な口調になって。
「とにかく、今後のことは心配しなくていいんだよ。ぼくたちが長く生きていることは知られてるけど、特に問題は起こっていない。長い人生を楽しみたまえ。…あ、キースは卒業した方がいいかもしれないね。緋の衣を目指して頑張るんなら、専門の学校に入学するのが早道だろうし」
「…とてつもなく長生きで老けない住職になれというのか?…そりゃ…出来るなら寺を継ぎたいけども」
「大丈夫、大丈夫。きっと有難がられるよ。修行を積んだおかげで老けないんだ、ってね。そんな特別な住職だったら髪の毛もそのままでいいんじゃないかな」
ぼくみたいに、と銀の髪を指差す会長さん。会長さんはお寺での修行時代は他のお坊さんに暗示をかけて、一度も髪を剃らずに済ませたそうです。ずるいというか、なんというか…。
「だって、もったいないだろう?この髪はポイント高いんだよ。女の子を口説くには外見だって大切なんだ」
そう力説する会長さんには何を言っても無駄でしょう。こんな調子で語られていると、将来のことを心配するのがバカバカしいような気がしてきました。どうせなるようにしかならないんです。流されるまま、気の向くままに生きていくのが良策かも。
「そうだよ、悩む必要なんか無いんだ。ぼくを見てれば分かるだろう?」
会長さんがそう言った時、玄関のチャイムが鳴りました。黙って座っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョコンと立ち上がり、走っていって…。
「ブルー、フィシスが遊びに来たよ!」
嬉しそうな声が聞こえてきます。会長さんがニッコリ微笑みました。
「ぼくの話は今日はここまで。さあ、パーティーを始めようか」
私たちは空になっていた飲み物の器を洗って片付け、その間にフィシスさんがパーティー会場になるダイニングに案内されて…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が料理のお皿を次々に用意していきます。詰め物をした七面鳥をメインに、オードブルの盛り合わせや何種類もの美味しそうな魚料理に肉料理。もちろんスープもたっぷりあって…。
「「「メリー・クリスマス!!!」」」
ちょっと背伸びして大人用のシャンパンを開け、乾杯してからパーティー開始。さっきまでの深刻な空気は消し飛び、ワイワイおしゃべりしながら沢山食べて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」十八番の『かみほー♪』をジョミー君と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大熱唱。盛り上がったところでクリスマス・ケーキの登場です。
「頑張って作ってみたんだよ。大きなオーブンがあって良かったぁ♪」
小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んできたケーキはかなり大きいものでした。生クリームと真っ赤なイチゴで華やかに飾られた素敵なケーキに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がナイフを入れて十等分。お皿に盛り付けられたケーキを私たちは早速食べ始めましたが…。
「ん?…なんだ、これは」
怪訝そうな顔のキース君がつまみ上げたのは指先サイズのとても小さなサンタクロース。陶器で出来てるみたいですけど、ケーキの中から出てきたのかな?
「あ、それ…」
会長さんが小さなサンタを指差しました。
「大当たり。サンタ役はキースに決まりだね」
「「「サンタ!?」」」
キース君と私たちが声を上げると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコして。
「ケーキの中に1個だけ入れておいたんだ♪…当たった人にサンタになってもらって、プレゼントを配ってもらうんだよ。ね、ブルー?」
「うん。じゃあ、そういう訳で。食べ終わったらサンタの役を頼むよ、キース。ちゃんと衣装も用意したから」
会長さんの無敵の笑みにキース君は頷くしかなく、ケーキを食べ終えると「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れて行かれてしまいます。その間に私たちはお皿を綺麗に洗って片付け、リビングの方に移動して…。クリスマス・ツリーを眺めながら騒いでいるとガチャリとドアが開きました。
「メリー・クリスマス!」
パァン、とクラッカーを鳴らして入ってきたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。後ろから真っ赤な衣装と白い髭をつけた細身のサンタが白い大きな袋を担いで恥ずかしそうに入ってきます。会長さんがクスッと笑って。
「赤い衣の感想はどう?…緋の衣を着る予行演習には最適だよね」
「なにが予行演習だ!畜生、なんで俺がサンタクロースに…」
「気にしない、気にしない。それより早くプレゼントを配ってよ。ハーレイに貰ったお金の残りで買ったんだから、みんな遠慮なく受け取って」
「…うう…」
「ほら、サンタはもっとにこやかに!笑顔がサンタの命だよ。スマイル、スマイル♪」
会長さんに促されたキース君は馴れない『満面の笑顔』を作ってプレゼントを配ってくれました。未来の夢は高僧というサンタさんから貰ったものはリボンがかかった二十五センチくらいの細長い箱。なんだかズシリと重いです。
「シュトーレンだよ。ドライフルーツがたっぷり入ったクリスマスのお菓子」
デパートで買った本場モノさ、と会長さん。
「クリスマスに食べるお菓子だけれど、食べずに置いておくと味が馴染んで美味しくなるんだ。賞味期限ギリギリの頃が食べ頃かな。…ぼくとぶるぅは新しいシュトーレンが売り出される頃まで取っておいて食べることもある。凄く美味しくなってるよ。君たちも騙されたと思って試してみるかい?」
とんでもない!!…三百年以上も生きている人たちの丈夫な胃腸と勝負するには、私たちはまだまだヒヨコです。それからキース君のサンタクロースを囲んで、みんなで記念写真を撮って。ツリーやリースに囲まれたクリスマス・パーティーの夜は賑やかに更けていったのでした。
午前2時を過ぎてからゲストルームに引き上げた私たち。フィシスさんも泊っていたようですが、どの部屋なのか分かりません。うっかり寝すぎてお昼前に起きていったら、フィシスさんと会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒にリビングで和やかに紅茶を飲んでいました。会長さんが気付いて声をかけてくれます。
「おはよう。みんな、よく寝ていたね」
私たちは寝過ごしたことを謝りましたが、気にしないでいいと言われてホッと安心。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日パーティーはケータリングを頼んであるのだ、と会長さんが言いました。
「ぶるぅの誕生日パーティーなのに、ぶるぅが料理を作るというのは変だろう?…美味しいイタリアンのお店を見つけた、と言ってたからそこに注文したんだ」
間もなく豪華なパーティー料理が届いて、ダイニングの大きなテーブルの上は一杯に。ケータリングとは思えないほど色々なお料理が盛られています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。
「二日も続けてパーティーだなんて嬉しいな。ぼく、クリスマスに生まれてよかったぁ♪」
「あくまで今の誕生日だけどね」
会長さんが混ぜっ返しました。
「一昨年に卵から孵ったのがクリスマスだっただけじゃないか。その前の誕生日は全然違う日だったよ」
「でも、クリスマス生まれだっていうのは本当だもん」
卵に戻ってやり直す度に誕生日が違ってくるらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今日で2歳になる筈です。子供用のシャンパンを開け、ハッピーバースデーの歌をみんなで歌って、お祝いして。ケーキ屋さんに頼んだというバースデーケーキも出てきましたが、蝋燭は1本しかついていません。会長さんが注文を間違えたんでしょうか?
「…ぶるぅが1歳でいたい、と言ったんだ。だから1本」
どうせ6歳になる直前まで全く成長しないんだしね、と会長さんはニッコリ笑って。
「ぶるぅ、1歳のお誕生日おめでとう。さあ、蝋燭を消して」
「うん!」
1本だけの蝋燭をフゥッと吹き消して「そるじゃぁ・ぶるぅ」は満足そう。ケーキはフィシスさんが切り分け、お料理とケーキでお腹いっぱいになったらプレゼントを渡す時間です。私たちが贈ったアヒルのアップリケがついたエプロンはとても喜んで貰えました。
「アヒルさんと一緒だと、お料理するのが今よりもっと楽しくなりそう!今日のお料理も覚えておいて再現したいな♪」
エプロンを着けてみて大はしゃぎの「そるじゃぁ・ぶるぅ」にフィシスさんが贈ったものは小さな柔らかいクッションでした。これは毎年プレゼントされるフィシスさんの手作り品で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻って孵化するまでの間に籠の中に敷かれるものだそうです。
「…土鍋の中じゃないんですんか?」
マツカ君が首を傾げると、会長さんは「ぼくの枕元に置くには土鍋は大きすぎるんだよ」と。
「ぶるぅは寂しがり屋なんだ。卵に戻っている間は、ぼくの気配がしないと心細いらしい。だから小さな籠の中に入れて、寝る時は枕元に置く。…つきっきりではいられないからね、このクッションが役に立つんだ」
フィシスさんから貰ったクッションに会長さんの思念を注いでおいて卵の下に敷いてあげると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんの気配を感じていられるのだとか。そんなクッションが5枚ほど溜まった頃に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青い卵になるらしいです。
「フィシスの前は、エラが作ってくれていたんだ。買ってきたクッションよりも仲間が作ったクッションの方が思念が残りやすいんだよ」
ね、ぶるぅ?と微笑む会長さんがプレゼントしたのは渋い雰囲気の湯飲みでした。
「抹茶ジェラートが似合う湯飲みが欲しい、って言ってただろう?これはどうかな」
「凄いや!ぼくが欲しかったの、こんなのだよ。抹茶ジェラート作って入れてみようっと♪」
湯飲みの中に抹茶ジェラート。2歳児…じゃなくて1歳児の発想はよく分かりません。でも喜んでいるからいいのかな?…あ。プレゼントで思い出しました。アルトちゃんとrちゃんが会長さんから貰ってた指輪、どうなったでしょう。確か「クリスマスの朝に開けてみて」って言ってましたよね、会長さん。
「指輪ならサイズぴったりだったよ」
「「「えっ!?」」」
みんなが驚いた声を上げました。そういえば指輪のことは私しか知らなかったかも…。
「アルトさんとrさんにクリスマス・プレゼントをあげたんだ。二人ともぼくと約束したのを守って、今朝、箱を開けた。今は自分の家で指輪を嵌めて幸せそうな顔をしてるよ」
「ゆ、指輪って…」
キース君が険しい顔つきになって。
「あんた、あの二人に指輪を贈ったのか!?…誤解してしまうぞ、二人とも!!」
「心配しなくても大丈夫だよ、渡す時にちゃんと言ったから。…左手の薬指はフィシスの場所だから譲れない、ってね。そうだろう?…フィシス」
頬を染めるフィシスさんの左手に会長さんが口付けを落とし、私たちは深い溜息。会長さんの故郷の記憶を持つというフィシスさんは本当に特別みたいです。もう完全に二人の世界に入ってますよ…。いいのかなぁ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日なのに。
「いいんだよ。ブルーが幸せだったら、ぼくも幸せ♪」
アヒルのアップリケつきのエプロンを着けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「後片付けはやっておくから、帰ってくれていいと思うな。きっとブルーはアルタミラの記憶を見るんだろうし」
二人の邪魔をしないであげてね、と無邪気な笑顔で頼まれてしまうと断るのは悪いような気が。結局、お誕生日を迎えた当人にパーティーの後片付けを任せて、会長さんの家を後にしました。昨日貰ったシュトーレンの箱はバッグの中。一応、帰る前に挨拶しましたけれど、会長さんとフィシスさんは手を絡めて目を閉じたまま頷いただけで。
「…やっぱりそういう関係なのかな…」
ジョミー君がバス停への道で呟きます。そういう関係、っていうのは深い関係のことですよね。
「二人とも子供じゃないんだから、そうであっても不思議はないが…」
キース君が返しましたが、本当の所は分かりません。今回のお泊りでは謎が色々と解けましたけど、私たちの未来も含めて分からないことが山積みです。考えすぎて冬休みの間に知恵熱が出たらどうしましょう?…会長さんがフォローしてくれるのかな…。