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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv




入学式と新学年の春。私たちのシャングリラ学園生活は今年も入学式で始まりましたが、恒例の会長さんの思念波メッセージに応えた生徒はいなくって。お蔭様で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を溜まり場として確保することが出来ました。
「かみお~ん♪ 今年もよろしくね!」
入学式には桜のケーキ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいそいそと。クリームチーズと桜餡のレアチーズケーキはほんのりピンクで、デコレーションに桜の花の塩漬けが乗っかっています。切り分けて貰って紅茶やコーヒーも揃い…。
「「「いっただっきまーす!!」」」
今年も1年A組に乾杯! と威勢よく。グレイブ先生の入学式名物、恐怖の数学実力テストは今年も会長さんが乱入しました。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」の御利益パワーを引っ提げて、です。かくして1年A組への仲間入りを果たした会長さんの今後が恐ろしい所ですが…。
「春はやっぱり新入生だねえ…」
その会長さんが桜ケーキを食べながら。
「あっちもこっちも新入生で溢れているよ。小学生なんかは可愛いよねえ、ランドセルもピカピカ光っているしね」
「…光るだけなら俺の母校の新入生も光っているが?」
頭がな、とキース君。
「俺は絶対に御免だったが、入学を機会に剃って来るヤツも多かった。多分、今年もピカピカだろうさ。…それでサムとジョミーは来年こそは新入生か?」
「お断りだし!」
冗談じゃない、とジョミー君が両手で大きなバツ印。
「普通の大学だったらともかく、お坊さん専門コースなんて!」
「ほう…。それなら普通の大学に行くか? 俺が行った仏教学部は一般人も沢山いるぞ。おまけに卒業すれば専門コースよりも一段階上の坊主の位が貰えるわけだが」
「どう転んでも坊主じゃない!」
知ってるんだからね、とジョミー君はキース君を睨み付けました。
「途中で一回、道場に行って、その後でお坊さんになるための道場だよね。そんな大学、間違ったって行かないし!」
シャングリラ学園の入学式だけで充分なのだ、というジョミー君の主張はいつまで通用するのやら。その内に強制的にお坊さんコースへ送り込まれてしまいそうな気が…。



坊主だ、嫌だ、とエンドレスで言い争いのキース君とジョミー君。私たちはのんびりと桜のケーキのおかわりを食べて、飲み物の方も当然、おかわり。この争いも入学式の日の風物詩になりつつあるような、と笑い合っていたのですが。
「うん、春といえばコレが風物詩だよね、初めての学校とか、初めての坊主頭とか」
会長さんの台詞にジョミー君がキッと振り向いて。
「坊主頭は断るからね!」
「君には期待してないさ。…ぼくも初めてに挑戦しようかと思ってるだけで」
「「「は?」」」
「初めてだってば、春は初めて経験に相応しいしねえ?」
初めてのランドセルに坊主頭に…、と坊主頭を引き摺っている会長さんですけど、言っている意味がサッパリ不明。会長さんは一応、三年生です。新入生となったら大学へ行くしかありません。その大学はとっくの昔に今年の入試が終わってしまって、入学式も済んでいる筈で。
「…あんた、何処へ出掛けて行くつもりなんだ?」
キース君が突っ込みました。
「俺の大学の入学式なら終わったぞ? それにだ、あんた、大抵のことは経験済みかと」
「まあね」
「だったら何に挑戦するんだ!」
「初めてだよ」
話は見事に振り出しに戻り、首を捻るしかない私たちですが。
「分からないかな、ぼくが目指す先はハーレイの家!」
「「「えっ!?」」」
「あそこへ出掛けて頼み込むんだよ、ぼくの初めてを貰って欲しい、と!」
「「「初めて?」」」
なんのこっちゃ、と目を丸くした途端、背後でパチパチと拍手の音が。誰だ、と振り返るまでもなく拍手の主はスタスタと近付いてきて空いていたソファにストンと腰掛け。
「こんにちは。ぶるぅ、ぼくにも桜のケーキ!」
「かみお~ん♪ それと紅茶だね!」
飛び跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、ソファに座った会長さんのそっくりさんと。今日は私服じゃありませんから、あちらの世界から直接来たものと思われます。そのソルジャーが会長さんをまじまじと見て。
「おめでとう、ついに決心したって?」
素晴らしいよ、とベタ褒めですけど、いったい何が素晴らしいわけ…?



会長さん曰く、初めて経験に相応しい春。その春だからと教頭先生の家に出掛けて「初めて」とやらを貰って欲しい、と頼み込むのだと言われても。それが何かも分からない内にソルジャーが出て来て拍手喝采、いったい「初めて」って何のことなの?
「あれっ、みんなは分かってないわけ?」
絶賛モードだったソルジャー、桜のケーキを頬張りながらキョロキョロと。
「こんなに素晴らしい話が出たのに、みんな至って普通だねえ?」
「…そういうわけでもないんだが…。何の話だか分からんのではな」
手も足も出ない、とキース君。
「初めてが何かもサッパリ謎だし、教頭先生が出て来る理由はもっと謎だ」
「君たち、そこまで酷かったって!?」
ソルジャーは天井を仰ぎ、それから紅茶をゴクリと飲んで。
「…万年十八歳未満お断りはダテじゃなかったか…。ブルーが言うのはいわゆる「初めて」、大人の時間の初体験だよ。初体験の相手にハーレイを指名、っていう所かな」
「「「えぇっ!?」」」
あまりのことに誰もが目が点、いくら初めてが多い春でも凄すぎです。ソルジャーが拍手で現れた理由は分かりましたが、会長さんは正気でしょうか?
「あ、あんた、どういうつもりなんだ!」
キース君の叫びに、会長さんは。
「そのまんまだけど? せっかくの春を楽しく演出したいしねえ?」
「いいねえ、楽しくとまで考えた、と」
ぼくも大いに応援するよ、とソルジャーが。
「君は男性相手は初めて、こっちのハーレイは童貞一筋! そんな二人でも楽しめるように、協力を惜しみはしないから! ぼくの世界から最先端の潤滑剤とか、持ってこようか?」
「「「…潤滑剤?」」」
そんな物を何に使用するのか見当もつきませんでした。それを筆頭にソルジャーが挙げ始めたあれこれ、媚薬と精力剤という聞き慣れた二つのブツを除けば初めて聞くようなものばかりで。
「…キース先輩、意味、分かりますか?」
「俺の顔を見れば分かるだろうが!」
これが分かっている顔か、とシロエ君に返すキース君。
「あいつらの会話は異次元だ。理解出来たらそれこそ終わりだ」
「そうかもねえ…」
放っておこう、とジョミー君が言い、おやつの方に集中することになりました。桜のマカロンやサブレが登場、桜尽くしで食べまくろうっと!



会長さんとソルジャーを放置しておいてのティータイム。異次元な会話で盛り上がっている二人の手が伸びて来てはマカロンやサブレを持って行きますが、我関せずと食べ続けていれば。
「…というわけでね、ハーレイは見事に騙されるんだな」
「そうなるわけ!?」
なんで、とソルジャーの抗議の声が。
「これだけ協力すると言っているのに、騙すって、何さ!」
「騙すんだよ」
君だって見事に騙されたし、と会長さんがクスクスと。
「ぼくが本気でハーレイなんかと初めてなわけが無いだろう。いや、ノルディでもお断りだし、そもそもそっちの趣味は無いけど」
「ちょ、ちょっと待ってよ、それじゃ今までの話は全部…」
「大嘘だけど?」
君に付き合って暴走してみた、とケロリと答える会長さん。
「ぼくにだって知識はあるんだよ。でないとハーレイをからかえないし、君との付き合いも微妙になるし…。なんといっても君はそっちの人だしねえ?」
「君もこっちに来るんだとばかり思っていたよ!」
そしてハーレイと御成婚、とソルジャーはガックリ項垂れています。
「…カップルが二組で楽しくなると思っていたのに…。ダブルデートとか、色々と情報交換とかさ…。何処のホテルが良かっただとか、食事に行くならあそこがいい、とか」
「その手の情報はノルディがいるだろ、ノルディに訊くのが一番だってば」
「そりゃそうだけど…。君と違って百戦錬磨の達人だけどさ、そっくりのパートナーがいる知り合いからの口コミにも期待してたのに!」
なんでこうなる、とソルジャー、ブツブツ。
「単に担いで終わるわけ? 初めてを貰って欲しい、と言うだけ言って終わりなわけ?」
「いい冗談だと思ったんだけど…。ハーレイも嬉々として話に乗っかって来るし」
そして盛り上がった所でトンズラなのだ、と会長さん。
「いざベッドへ、という段になって実は大嘘でした、と笑い飛ばして、ついでにギャラリー登場ってね」
そこの連中、と指差された先に私たち。
「シールドで隠して連れて行ってさ、盛り上がりっぷりを見学させた後、ガックリきたハーレイに「実は見学者もこんなに居ました」って見せてドン底!」
そういう計画、という言葉で巻き込まれていたと分かりました。もしかしなくても連れて行かれてしまうんですか、私たち…?



ソルジャーと会長さんの会話だけでも異次元だった私たちなのに、教頭先生と会長さんの異次元会話の見学会になるらしく。どうなるんだ、と顔を見合わせて。
「…ヤバイですよ、教頭先生に失礼だなんて次元じゃないです」
「まったくだ。…しかしだ、あいつはやると言い出したら絶対にやるぞ」
シロエ君とキース君が青ざめ、サム君も。
「どういう話か分かんねえけど、教頭先生がドン底ってことはデリケートな会話なんだよなあ?」
「多分ね…」
ぼくにも分かんないけど、とジョミー君。
「騙すってトコしか分かってないしね、他の部分は意味不明だよ」
「だよなあ、シールドの中で欠伸するしかねえってか?」
「そうなるな…」
耐えろ、とキース君が深い溜息。
「とにかく修行だと思って耐えろ! 忍の一字で耐え抜くまでだ!」
「それはどうも」
感謝するよ、と会長さんが割り込んで来て。
「ついでに発想も転換したんだ、ドン底で終わりじゃ華が無いしね」
「「「華?」」」
「そう、春は花盛りの季節! お花見の春だし、騙すだけよりゴージャスに!」
「「「ごーじゃす…?」」」
まさか更に踏み込んで騙すとか…? ソルジャーも同じことを考えたらしく。
「ゴージャスとくれば、ベッドの中まで付き合うのかい?」
「それは絶対お断り! でもねえ、君がカップルだの御成婚だのと言い出したからさ、嘘に磨きをかけようかと…」
此処は結婚を匂わせるのだ、と意地の悪い笑み。
「ぼくの初めてを貰って欲しい、と言ったついでに手作りウェディングドレスだよ、うん」
「「「ウェディングドレス!?」」」
「そう。手作りのウェディングドレスを持ってくるから、ぼくの初めてを貰って欲しい、と言ったらハーレイはどうすると思う?」
「…普通に考えれば結婚式だね」
ソルジャーが答え、会長さんは満足そうに。
「其処だよ、結婚式までセットで騙す! でもって…」
コソコソ、ヒソヒソと会長さんが語った計画は悪辣すぎるものでした。これなら異次元会話で騙すだけの方が余程マシだと思うのですけど、既に手遅れってヤツですか…?



会長さんの極悪すぎる「初めて」計画。その発動は週末の土曜日と決まりました。それまでの間に新学期恒例の紅白縞トランクス五枚のお届けイベントなんかもあったわけですが…。
「失礼します」
教頭室の重厚なドアをノックする会長さん。後ろにゾロゾロと私たちを引き連れ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にトランクス入りの箱を持たせて。教頭先生の返事を待ってカチャリとドアを開け、中へ入るとニッコリと。
「はい、ハーレイ。新学期といえばコレだよね」
「ああ、すまん。…これを貰うと気が引き締まるな」
新学期だな、と嬉しそうに受け取る教頭先生。此処で悪戯が始まる時もあるのですけど、今日は普通に受け渡しが終わり…。
「そうだ、ハーレイ。…土曜日、暇かな?」
「土曜日?」
「うん、今週の土曜日だけど…。もしも暇だったら行ってもいい?」
「何処へだ?」
教頭先生の疑問はもっともでした。この流れで何処へ行くのか分かれと言う方が無理というもの。会長さんは「えーっと…」と口ごもってから。
「君の家だけど、かまわないかな?」
「お前がか?」
「そう。…ぼくが一人で出掛けてゆくのは禁止らしいし、仕方ないからオマケがゾロゾロつくんだけれど…。今日の面子と、あっちのブルーと」
「それはまた…。何の用事だ、そんなに連れて」
歓迎するが、と教頭先生。
「飯を食うなら用意しておこう。昼時か?」
「あ、長居する気は無いんだよ。お茶で充分」
「そうなのか? まあ、出前はいつでも頼めるしな」
遠慮なく来てくれ、と教頭先生は快諾しました。会長さんは「ありがとう」と御礼を言って。
「それじゃよろしく、今度の土曜日! 十時頃を目処にお邪魔するから」
「十時だな。何か知らんが、気を付けて来い」
「了解。じゃあ、土曜日に!」
軽く手を振る会長さんに、教頭先生が笑顔で大きく手を振っています。紅白縞のトランクスを五枚貰った上に、会長さんが家へ行くと言うのですから嬉しい気持ちは分かりますけど…。分かりますけど、その土曜日が実は問題アリアリなんです~!



運命の土曜日、私たちは会長さんの家へ朝の九時過ぎに集合しました。間もなくソルジャーが私服で登場、なんでも少し早めに出て来て桜見物をして来たのだとか。
「この辺りだと散り初めだけどさ、同じアルテメシアでも北の方だと満開だしねえ…。ぼくのハーレイとお花見デート! ブリッジに行く前にちょっと息抜き」
昨日の間に花見団子や桜餅を買っておいてのお出掛けだったらしいです。キャプテンとのんびり朝一番のデート、流石はソルジャー。さぞかしバカップルであったのだろう、と容易に想像がつきますけれど。
「ぼくはハーレイとデートだったのに、これから訪ねて行くハーレイはねえ…」
気の毒だねえ、とソルジャーは頭を振っています。
「ブルーが訪ねて来るって言うから、ウキウキお菓子も買っているのに」
「いいんだってば、今日の所は天国だから!」
地獄はまだ先、と会長さん。
「まずは天国まで連れてかないとね? 用意はいいかい?」
「「「はいっ!」」」
完了であります、と最敬礼で叫んだ人がいるほど、私たちは緊張しまくりでした。シールドに入ってのお出掛けどころか、表玄関から堂々と。会長さんと教頭先生の会話が異次元に突入したって欠伸は不可能、ひたすら聞かねばならないのです。
「じゃあ、出発! 行くよ、ぶるぅ!」
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
ソルジャーのサイオンも交えてタイプ・ブルーが三人分。迸る青いサイオンに包まれ、フワリと身体が浮かんだかと思うと、教頭先生の家の玄関先に到着で。
「さて、と…」
ピンポーン♪ と会長さんがチャイムを押しています。門扉と庭とをショートカットしての玄関前でのチャイムとなったら、それは瞬間移動で現れる会長さんしか出来ない芸当というヤツで。
「ああ、今、開ける!」
教頭先生の声が返って来ました。門扉ならともかく、玄関チャイム。宅配便とかは有り得ませんから、教頭先生、大急ぎでドアを開けに来て。
「すまん、待たせたか? 遠慮しないで入ってくれ」
「ありがとう。それじゃ、お邪魔するよ」
みんなも入って、と会長さんに促され、私たちも揃ってゾロゾロと、教頭先生は先に立ってリビングへと歩いてゆかれます。ソルジャーの話ではお菓子を買って下さったみたいですから、教頭先生のセンスに期待~。



「まあ、座れ。飲み物は紅茶でいいんだったな?」
教頭先生の問いに、会長さんは。
「ぼくとブルーは紅茶だね。ぶるぅはココアが好きなんだけど…。コーヒー党はキースかな」
「分かった。他に注文は無いか? せっかくみんなで来てくれたんだ、遠慮は要らんぞ」
そもそも会長さんは遠慮なんかしていない感じがするのですけど、ココアにコーヒーという選択肢が出て来た以上は乗っからねば、と考えた人が何人か。
「すみません、ぼくもコーヒーでお願いします」
シロエ君が一番手で言えば、スウェナちゃんが。
「先生、ココアでもいいですか?」
「かまわんぞ。他にココアは誰がいるんだ、コーヒーは誰だ?」
かくして三種類の飲み物が混在することになり、それと一緒にケーキのお皿が。なんと可愛い桜クリームのモンブラン! 天辺には桜の花の砂糖漬けが飾られています。
「…桜には少し遅いんだがな、今の季節しか無い菓子だしな」
「奮発したねえ、ホテル・アルテメシアのケーキだよね、これ」
ねえ、ぶるぅ? と会長さんが訊けば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「うんっ! 桜の間しか作らないんだよ、美味しいんだよね!」
ぼくも真似して作ったもん、と大喜び。そういえば桜クリームのモンブランは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の春のお菓子に入っていますが、なるほど、これが原型でしたか…。うん、美味しい!
ケーキを御馳走になって、飲み物も飲んで。和やかな会話に花が咲いた後、会長さんがおもむろに切り出しました。
「…それでさ、ぼくが今日来た理由なんだけど…」
「ああ、まだそれを聞いてなかったな。…なんだ?」
「……こんなに大勢ゾロゾロいるから、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
でも一人では来られないしね、と会長さんは頬をほんのりと染めて。
「ぼくの初めてって、貰ってくれる?」
「…初めて?」
「そう、初めて。…通じてないかな、ぼくの初めて体験ってヤツ」
どうかな? と上目遣いの会長さんは見事すぎる表情を作り上げていました。桜よりもピンクに染まった頬と、うるっと潤んだ赤い瞳と。これで見詰められて勘違いしない方がどうかしているというレベルにまで完成された恥じらい全開。
「…は、初めて……」
教頭先生の喉がゴクリと上下し、引っ掛かったことは一目瞭然。さて、この先は…?



会長さんの嘘発言に釣り上げられた教頭先生、私たちの方を気にしながら。
「…そ、そのう…。なんだ、は、初めてと言うのは…」
「初めてだってば、ぼくの初体験だよ。それを貰ってくれないかな、って…」
良かったらだけど、と会長さん。
「…君にも色々と都合や好みもあるとは思う。…だけど貰って欲しいんだけど…」
「そ、それは貰うが!」
喜んで貰わせて頂くのだが、と教頭先生、言葉が些か変になっています。
「し、し、しかしだな…、こ、こんなに大勢ゾロゾロとだな……」
「分かってるってば、此処でだなんて言わないよ。…ブルーの世界のハーレイだって人が見てるとダメらしいしね?」
「そうなんだよねえ、見られていると意気消沈でさ…。ぼくは見られてても平気なんだけど、ハーレイはねえ…。で、君も平気なタイプだったっけ?」
ソルジャーが話を振った相手は会長さんで。
「ううん、ぼくは君とは違うしね?」
人がいる場所は遠慮したい、と会長さんはもじもじと。
「だからさ、君さえかまわないなら、日を改めて貰って欲しいんだ。…ウェディングドレスでぼくの初体験」
「ウェディングドレス!?」
教頭先生の声は驚きで引っくり返らんばかりで。
「ウェディングドレスで来てくれるというのか、そ、そ、そのう…」
「初体験だよ、ウェディングドレス。…どうかな、そういうのは嫌いだった?」
「い、いや! 嫌いどころか!!」
嬉しすぎる、と舞い上がっておられる教頭先生。
「ウ、ウェディングドレスとなったら、披露宴が要るな? それに結婚式もだな!」
「それなんだけど…。結婚式を挙げるとなったら、ぼくが退学になっちゃうんだよ」
「退学?」
「教頭のくせに忘れちゃった? 在学中は婚約までって校則じゃないか。でも、ぼくは学校をやめたくないし…。せっかく沢山友達がいるのに、やめるだなんて…」
だから、と会長さんは小さな声で。
「…ごくごく内輪で、此処にいる面子くらいでダメかな、結婚式? ブルーとおんなじ人前式なら充分出来るし、何処か小さな会場を借りて…」
それこそガーデンウェディングとか、と頬を赤らめる会長さん。この先が一番悪辣な部分ですけど、教頭先生、どう出るか…。



「…人前式か…。お前がそれでいいなら、かまわんが」
籍はどうする、と教頭先生は一気に飛躍。
「結婚する以上は籍を入れたいが、そうなるとお前が困ることになる…か?」
「うん、多分。…どんなはずみで戸籍を見られるか分からないし…。君も、ぼくもね。戸籍からバレて退学なんていう不名誉な上に悲しいコースは御免だよ」
式だけで、と会長さんは強調しました。
「ちゃんとドレスは持ってくるから、ホントに内輪で挙式だけでさ。…それでも一応、けじめにはなるし、ぼくの初体験には相応しいかと…」
「よし! 内輪でガーデンウェディングだな!」
「それでいい? それなら何処かからバレてしまっても、お遊びなんです、と逃げられるから」
「そうだな、それが一番だろうな。…お前が退学になってしまったら大変だ」
後が無くなる、と教頭先生は大真面目。シャングリラ学園の校則では結婚している人は在籍不可能になっています。会長さんが教頭先生と結婚したことがバレて退学になった場合は、離婚して籍を抜かない限りは学校に戻る方法が無いわけで。
「お前と結婚は夢ではあるが…。この際、事実婚でもいいだろう」
「一緒に住んでもバレてしまうから、通い婚しか無いんだけどね…」
「それでかまわん!」
根性で通う、と教頭先生は言い切りました。会長さんが教頭先生の家に一人で行くことは禁止ですから、会長さんは通えません。その分、自分が通うのだそうで。
「誰かに見られたら個別指導だと言っておこう」
「ふうん? どういう個別指導やら…」
ソルジャーが混ぜっ返しに御登場。
「大人の時間のあれやらこれやら、手取り足取り個別指導かな?」
「…そ、それは…」
「いいって、いいって! ブルーも充分、承知してるよ。…そうだよね?」
「そうでなければ貰って欲しいなんて言い出さないよ」
でね…、と話は個別指導の中身へと。
「ブルーのお勧めはヌカロクなんだけど、初心者にはハードル高いらしくて」
「お前の希望なら頑張って腕を上げるまでだが、まずは初めて体験からだな、そこが肝心だ」
「ぼくの世界のお勧めアイテム、持ってこようか? 色々あるよ」
普段なら鼻血モードに突入の筈の教頭先生、今日はなんだか絶好調。未だに謎なヌカロクで始まったアヤシイ会話は途切れもせずにガンガン続いて、お昼前まで。教頭先生はお寿司の出前を取って下さり、私たちは有難く御馳走になったのでした。



昼食が済むと、名残惜しげな教頭先生に会長さんが「またね」と告げて、瞬間移動でお別れで。会長さんの家のリビングに戻るなり、ソルジャーがプッと吹き出しました。
「引っ掛かったよ、いともアッサリ!」
「だから言ったろ、釣れるって! 君も見たよね、猥談だけでもあの勢い!」
「いつもの姿からは想像も出来ないノリだったねえ…」
確実に鼻血で即死レベルの話だったのに、とソルジャー、感動。
「本気で結婚を突き付けられたら頑張れるんだね、ヘタレのくせに」
「それはどうかな? なにしろ今がこの有様で」
会長さんの指がパチンと鳴らされ、教頭先生の姿が中継画面に映し出されると。
「「「…………」」」
両方の鼻の穴に詰められたティッシュ。あまつさえリビングのソファに仰向けに転がり、額の上には絞ったタオルが。
「…教頭先生、討ち死にですか?」
シロエ君が尋ねて、会長さんが「そう」と冷たい口調で。
「夢の結婚が懸かっていたから必死に話題について来たけど、今頃になってオーバーヒート! 頭からプシューッと煙ってヤツだよ、でなきゃ湯気かな? 鼻血もダラダラ」
「ヘタレは直っていないらしいねえ…」
やっぱりダメか、とソルジャーがフウと溜息を。
「だけど結婚する気は満々、君の「初めて」を貰う気満々、と…。どうする気なんだい、初めてのウェディングドレスとやらは?」
「一言抜けてる! 初めての手作りウェディングドレス!」
ウェディングドレスなら何回も着た、と会長さんは大威張り。
「仮装もしたし、ハーレイを騙して特注させたりもしたからねえ…。ただし自分で作ったドレスは一つも無い! 此処が大切!」
「らしいね、君がハーレイに貰って欲しいのは初体験ならぬ初めての手作りウェディングドレスってオチだしね」
「初体験だよ、ドレス作りも!」
ぶるぅに指導をお願いしなきゃ、と燃え上がっている会長さん。あの計画が練られていた時、ソルジャーが出て来て結婚云々と口にしたばかりに、より酷い方へと突っ走ってしまった会長さんの「初めて」を教頭先生が貰わされる話。
「ふふ、盛り上げておいて「大嘘でした」と突き落とすだけより手の込んだ悪戯になるってね」
おまけにガーデンウェディングで素敵な御馳走もつく、とニヤニヤニヤ。引っ掛かってしまった教頭先生、こんなこととは御存知ないまま鼻血の海にドップリです~。



会長さんの「初めて」の正体は手作りウェディングドレス。週明けの月曜日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を訪ねてみれば。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ。…どうかな、ハーレイの夢のウェディングドレスは?」
今、デザイン画を描いているんだ、と会長さんが指差すテーブルの上に絵が何枚も。
「ハーレイにウェディングドレスは手作りだよ、って言ったらホントに感激しちゃってねえ…」
「まあ、そうだろうな」
手作りウェディングドレスまで作って嫁に来てくれると言うんだしな、とキース君。
「そして本気でやる気なんだな、デザイン画を描いているってことは?」
「決まってるだろ、ドレスが無くっちゃ始まらないしね」
どれにしようか、と何枚もの絵を見比べている会長さん。ふんわり膨らんだドレスもあれば、シンプルなものやマーメイドラインなどなど、盛りだくさんです。
「これって全部、教頭先生の夢なわけ?」
ジョミー君がデザイン画を眺め回して質問すると、会長さんは。
「そうらしいねえ、ドレスのカタログを持って出掛けて「好みのはどれ?」と訊いたら選べないんだ、どのデザインも素敵で捨て難いとかで」
「そうだろうねえ…」
背後で聞こえた別の声。部屋の空間がユラリと揺れて、ソルジャーが姿を現しました。
「日頃から君との結婚を夢見て、かれこれ三百年だったっけ? あれも着せたい、これも着せたいと夢は膨らみまくりだよ、うん」
「そういうこと! ぼくに似合うか似合わないかより自分の好みが最優先! もっとも、ウェディングドレスを作る方としては腕の奮い甲斐があるけどね」
「君のイチオシはどれなんだい?」
「ぼくも決めかねてるんだよ…。一世一代の手作りドレスだ、うんとゴージャスに仕上げるべきか、はたまた夢のメルヘンチックか…。どう思う?」
「うーん…」
どうだろう、とソルジャーも首を捻りながら。
「少しでも似合うドレスにするのか、徹底的に笑いを取るか。…その辺で変わってくると思うよ、ドレスのデザイン」
「やっぱり、そういうことになるのか…」
君たちの意見はどんな感じ、とズラリ並んだデザイン画。其処に描かれたドレスはどれも教頭先生の好みを取り入れたものらしいですが、どれがいいのやら…。



少しでも似合うドレスにするのか、徹底的に笑いを取るか。これがデザインをチョイスするためのキーワードでした。えっ、何か間違っていないかって?
「…教頭先生は何も御存知ないからな…」
御存知だったらコレは有り得ん、とキース君が手に取ったデザイン画はフリルびらびら。
「だよねえ、こっちも無いと思うよ…」
似合わなさ過ぎ、とジョミー君が手にしたデザイン画は身体にフィットしたマーメイドライン。
「どれも絶対、似合わないわよ!」
似合う以前の問題だわ、と厳しい意見はスウェナちゃんで。
「大前提が間違っているんだもの。お笑いの線しか残らないわよ」
「そうですよね…」
そう思います、とマツカ君。サム君も「うん、うん」と頷いています。
「ブルーが着るんならどれも似合うと思うんだけどよ、教頭先生が着るんじゃなあ…」
「ハーレイはそれを知らないからね」
会長さんがパチンとウインク。
「ぼくがハーレイに貰って欲しいものは初めての手作りウェディングドレスであって、その中身だとは言ってない。…そもそも初めてイコール初体験だとは言ったけれども、何の体験かは一言も喋ってないんだからさ」
「…見事に騙されて引っ掛かったねえ…」
ソルジャーが呆れ顔で教頭室のある方角を眺めています。
「今もキッチリ騙されているよ、仕事の合間に式場探しだ。小ぢんまりとした式が挙げられて、料理の美味しいレストラン探し!」
「そっちも暴走すると思うよ、ぼくの好みを訊いてきたから山ほど注文つけたんだってば」
蔓バラのアーチは外せないとか、花いっぱいの会場がいいとか、思い付くままに並べ立てたという会長さん。当てはまりそうな会場は沢山あるそうですけど、どれももれなく…。
「ハーレイには似合わないだろうねえ、その会場…」
タキシードならともかくウェディングドレス、とソルジャー、遠い目。
「まあね。でも本人は当日まで何も知らないわけだし、幸せ一杯で探しまくるよ、夢の式場」
そして当日は自分がドレス、と会長さんはデザイン画を前に御満悦でした。
「ハーレイにドレスは何度も着せたよ? だけど手作りは初めてだしねえ、腕が鳴るったら」
「君って裁縫、得意だったっけ? ぼくは致命的に不器用だけどさ」
ソルジャーの問いに、会長さんは。
「悪戯のためなら努力あるのみ! ぶるぅが九割仕上げていたって、ちょこっと縫ったら手作りと呼んでもいいんだよ、うん」
自分ルールを振りかざしている会長さん。一針でも縫ったら手作りだそうで、ということは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がウェディングドレスを縫うんですね…?



教頭先生が御存知ない所でウェディングドレス作りは粛々と進み、裾にたっぷりとフリルをあしらった純白のマーメイドラインのドレスが完成する頃、教頭先生の夢の式場も日取りも決まって。
「今度の土曜日なんだってね?」
楽しみだねえ、とソルジャーが会長さんの家のリビングで招待状に目を通しています。
「ぼくのハーレイまで御招待だなんて太っ腹だよ、こっちのハーレイ」
「そりゃねえ? 内輪でしか披露出来ないとなったら一人でも増やそうと頑張るよ、うん」
なにしろぼくとの結婚式、と会長さんは高笑い。
「しかし実態は聞いて驚き、ぼくの手作りウェディングドレスの贈呈式とお披露目ってね」
「…あのハーレイが着るかな、コレ?」
ソルジャーが指差すウェディングドレス。教頭先生の体型に合わせて特注されたトルソーに着せてあるそれは肩がしっかりと見えるワンショルダーで…。
「着るしかないだろ、ハーレイはこれを選んだんだ。厳選されたデザイン画の中から選んだ一枚、着ないとは言わせないからね? おまけにぼくの手作りドレス!」
此処だけ縫った、と威張る会長さんはドレスの裾のフリルを一ヶ所、一針だけ縫った極悪人。他の部分は「そるじゃぁ・ぶるぅ」に全て丸投げ、綺麗なドレスが仕上がったわけで…。
「記念すべきぼくの初体験だよ、ウェディングドレス作りだよ? これを貰わずに逃げるだなんて男じゃないね。男だったら、即、着用!」
そしてポーズをキメるのだ、と暴言を吐く会長さん。
「ハーレイには記念撮影用にカメラマンも呼ぶよう言っておいたし、記念写真も撮り放題! もちろん主役はハーレイなんだよ、蔓バラのアーチや可愛い噴水の側でポーズを取らないと!」
ぼくの手作りウェディングドレスが引き立つように、と言いたい放題、主役は実は教頭先生じゃなくってドレスなんじゃあ…?
「そうとも言うねえ、一世一代の傑作だしね? このドレスは是非ハーレイに貰って欲しいわけだよ、ぼくの初体験を貰いたいと言った以上はね」
貰ったからには身に着けてなんぼ、とブチ上げている会長さんはウェディングドレスを見詰めて惚れぼれと。
「こうして仕上がったドレスを見るとさ、頑張ったなあ…、と思うわけだよ。初めてにしては素晴らしい出来で、ハーレイの身体にもきっとぴったりフィットする筈!」
「あんたは一針縫っただけだろうが!」
キース君が指摘しましたが、「それが?」と涼しい声が返って。
「オートクチュールのデザイナーだってそんなモンだよ。仕上げにちょこっと針を入れてさ、それで自分の作品なんだよ」
だから全く問題なし! と初めての手作りウェディングドレス自慢。教頭先生、いろんな意味で騙されまくりになりそうですけど、果たして夢の結婚式は…?



「…わ、わ、私にコレを着ろと…!?」
ガーデンウェディングが出来る素敵なレストランの控室に響き渡った野太い悲鳴。教頭先生はタキシード持参でいらっしゃったのに、貰える筈の会長さんの「初めて」は…。
「貰ってくれるって言っただろ? ぼくの初めて! 初体験!」
とても頑張って作ったのだ、とマーメイドラインのドレスをズズイと押し出す会長さん。
「真心のこもった初めてでさえも蹴るとなったら、君が妄想していたらしい初めての方はどうなるのやら…。永遠に要らないと言うんだったら、これとセットで取り下げるけど」
「ま、待ってくれ! これを着ればそっちのチャンスもあるのか!?」
「さあ、どうだか…。少なくとも取り下げの線は無いかな、着た場合はね」
「…そ、そうか…。着ればいいのか…」
私も男だ! という決意の雄叫び。ドレスを抱えて着替え用の部屋へと去ってゆかれる教頭先生は男の中の男なのかもしれません。会長さんの初めてとあれば手作りウェディングドレスであっても貰ってしまえる、あの凄さ。
「よーし、バッチリ! それじゃカメラマンを呼ぼうかな」
出て来た所でまず一枚! と会長さんがニッコリ笑って、ソルジャーが。
「…ぼくのハーレイでも着られるんだよね、あのドレス? サイズは全く同じだものね」
「着られるけど? …着せたいわけ?」
「ぼくへの愛を確かめたいかな、って気持ちが少しね。…愛があれば着られるようだから」
「ま、待って下さい、ブルー! 私にあの手の趣味は全く!」
無いのですが、と叫ぶキャプテンもまた、招待客から披露する側へと移行しそうな気がします。会長さんの初めて体験、貰ったが最後、お笑いなオチ。自業自得な教頭先生の笑える姿と、巻き込まれそうなキャプテンのウェディングドレス姿に万歳三唱~!




           初めての体験・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 色々と勘違いしてしまった教頭先生、生徒会長どころか自分がウェディングドレスです。
 それでも「着よう」という所がカッコいい…かもしれません。普通は逃げるかと。
 シャングリラ学園、昨日、4月2日で連載開始から9周年になりました。まさかの9周年…。
 アニテラは4月7日で放映開始から10周年、此処まで書き続けることになろうとは。
 4月は感謝の気持ちで月2更新、今回がオマケ更新です。
 次回は 「第3月曜」 4月17日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、4月は、入学式のシーズン。けれどシャン学メンバーの場合…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv

















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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





駆け足でやって来た今年の冬。十一月の末には初雪が積もるという有様で、始まったばかりの十二月なんかはどれくらい寒くなるんだか…。元老寺での除夜の鐘の寒さが思いやられる、と誰もがブツブツ。除夜の鐘自体は楽しいのですが、待ち時間が酷く寒いのです。
「あれってなんとかならないんですか?」
シロエ君がキース君に質問を。今日は土曜日、此処は会長さんの家のリビング。あれとはもちろん除夜の鐘で。
「待ってる間が寒いんですよ、今年なんか凍りそうな気がします」
「ぜんざいを用意してあるだろうが。あれで温まって帰って頂ければ問題無い」
「でもですね! おぜんざいは鐘を撞かないと貰えないわけで!」
「当然だろうが」
撞いて下さった方へのお接待だ、とキース君。
「撞きもしないでぜんざいだけというのは有り得ん。それにだ、並ぶのは自己責任だぞ」
除夜の鐘を撞きたいからこそ並ぶんだろうが、と正論が。
「煩悩を流して新しい年を、と真剣にお参りなさる方から、お祭り気分の若い連中までと動機は色々あるんだろうがな…。自分が撞きたくて並んでいるんだ、文句を言うな!」
並ぶ間も修行の内だ、と何やら抹香臭い理屈も。
「寒さに耐えつつキッチリ並んで古い年を締め括るんだぞ、修行だと思って頑張ることだな。そして煩悩を綺麗に洗い流して貰え」
「「「えー…」」」
整理券を出してくれとか、待ち時間も暖かいテントに入れる客人待遇でよろしく頼むとか、そういう方向に行きたかったのに、どうやら今年もダメみたい。不平不満は垂れ流すだけ無駄という気がしてきました。すると…。
「そうそう、洗い流すと言えばさ」
会長さんが横から割り込んで来て。
「今のでパッと閃いたんだよ、納めの悪戯」
「「「納めの悪戯?」」」
なんだそれは、と意味不明。悪戯とくればソルジャーの世界の「ぶるぅ」が悪戯大王ですけど、それを召喚するのでしょうか?



「…ぶるぅは正直、困るんだが…」
キース君が眉を寄せながら。
「あんなのを除夜の鐘に連れて来られたら真面目に困る。元老寺始まって以来の危機になるかもしれんし、いくらあんたでも許可しかねるぞ」
コッソリ連れて来るのも無しだ、と怖い顔。
「其処のぶるぅとそっくりだから、と入れ替えなんぞは御免だからな。あいつだったら鐘を一人でガンガン撞くとか、そのくらい平気でやりそうなんだ!」
「え? でも、元老寺って鐘撞き回数、無制限じゃあ…」
そうだったでしょ、とジョミー君。
「午前一時まで撞き放題が売りで人気だと思ったけどな」
「それはそうだが、それを一人で時間いっぱい撞きそうだろうが!」
「ありそうですね」
シロエ君が「うんうん」と。
「しかも真っ当な鐘だかどうだか…。気付けば三三七拍子とか」
「「「うわー…」」」
鐘で三三七拍子。ゴンゴンゴン、ゴンゴンゴンと撞くのでしょうか。確かに「ぶるぅ」ならやりかねませんし、呼ぶのは止めた方が良さそうです。納めの悪戯は他所でやってくれ、という感じ。出来れば私たちに火の粉がかからない場所で…。
「だよなあ、巻き込まれたくはねえしよ」
「煩悩を流すどころか、酷い目に遭いながら年越ししそうよ」
サム君とスウェナちゃんがブルブルと震え、マツカ君も。
「…納めの悪戯、どうしてもって言うんでしたら場所くらい用意しますから…」
ぶるぅはそっちへやって下さい、とペコリと頭を。
「必要だったら食事もつけます。豪華版で」
「それはとっても魅力的だけど…」
豪華版の食事も捨て難いけど、と会長さん。
「残念ながらぶるぅじゃないんだな、これが」
「「「はあ?」」」
納めの悪戯、「ぶるぅ」じゃないなら誰が何処で何をやらかすと…?



「悪戯とくれば、ぶるぅになるのは無理も無いけどね」
でもぼくだって大好きなんだ、と会長さんは紅茶をコクリと。午前中から集まってのティータイム、来る道中が寒かった愚痴から除夜の鐘が話題になっていたわけですけど。
「納めの悪戯はぼくがやるんだけど、何か意見は?」
「あんたがか!?」
キース君が叫べば、会長さんは「うん」と素直に。
「そしてアイデアは君の煩悩発言から! 洗い流して貰えと言ったろ、あれを使いたい」
「あんたがやらかしてどうする、あんたが!」
銀青様だろうが、とキース君は立ち上がらんばかりの勢いで。
「今年も除夜の鐘を頼もうと思っていたんだが…。そういう動機なら俺は断る! たとえ親父と喧嘩になろうが、大晦日にあんたに元老寺の敷居は跨がせん!」
「除夜の鐘とは言っていないよ、洗い流すとしか」
「煩悩を流すなら除夜の鐘だろうが!」
「ぼくは煩悩とも言わなかったけど?」
洗い流すのは別のモノだ、と会長さん。
「まあ、ある意味、煩悩の塊だとは言えるけれどさ…。ぼくとの結婚を夢見るハーレイの頭を綺麗サッパリ洗い流そうかと」
「「「えぇっ!?」」」
まさか記憶を綺麗サッパリ? いくらなんでも無茶苦茶では、と私たちは止めに入りました。
「それは酷いぜ、いくら教頭先生でもよ」
「そうです、あまりにお気の毒です! 実害があるわけじゃないですから!」
「たまにある気もするけどね…」
でも酷すぎる、と口々に。
「記憶消去は外道すぎるぞ、俺たちの世界でやるべきじゃない!」
あいつの世界だったらともかく、とキース君。此処で言う「あいつ」とはソルジャーのことで、SD体制とやらのせいで十四歳よりも前の記憶が消されてしまって無いと聞きます。しかし…。
「記憶だったらよく消してるだろ、都合が悪いのをチョイチョイとさ」
会長さんも負けてはおらず、そういう事例もあることは事実。
「でもさ、あれはさ、悪戯レベルの軽いヤツでさ!」
根本的な記憶は弄っていない筈だ、とジョミー君が言い、私たちも懸命に反論しました。教頭先生の煩悩とやらが如何に酷くても、それを消すのは如何なものか、と。会長さん一筋に片想い歴が三百年以上、あれは教頭先生の個性の一部で、立派に人格というヤツなのでは…。



あまりに酷すぎる会長さんの納めの悪戯とやら。悪戯の域をとっくに飛び出し、人権侵害と言いはしないかと止めまくっていたら、部屋の空間がユラリと揺れて。
「こんにちは。なんだか派手にやってるねえ…」
フワリと翻る紫のマント。噂をすれば影ですけれども、強い味方になりそうな感じもするソルジャー。記憶消去の長所も短所も、ソルジャーならばプロフェッショナル。
「あんた、来たのか! なら、丁度いい!」
こいつを止めろ、とキース君が会長さんをビシィッ! と指差し。
「教頭先生の記憶を綺麗サッパリ消すと言うんだ、こいつとの結婚に関する夢とか!」
「ああ、なるほど…。それは相当、物騒かもねえ…」
ぼくもお勧めしないけどな、とソルジャーは私たちの味方に回ってくれました。
「キースたちの意見が正しいね。君が洗い流したい煩悩とやらは、こっちのハーレイの根幹を成していると言ってもいい。無くても別に困りはしないよ? 記憶はそういうものではあるけど、消してしまえば影響も出る。…ハーレイの場合は人格が変わってしまうかもねえ…」
消した結果がどうなるのかは自分も正確に予測出来ない、とソルジャーは真顔。
「下手をすると人格が崩壊してしまうことだってある。そうなったらハーレイは病院行きだよ。幼児退行で済めばいいけど、もっと恐ろしい結果になるかも…」
やめておきたまえ、と止めるソルジャー。
「洗い流したい気持ちは分かる。…ぼくとしては理解不可能だけども、君はハーレイの愛が迷惑みたいだし…。でもね、だからと言って人格崩壊のリスクがあるような記憶操作は」
「記憶とは言ってないんだけれど?」
会長さんがフンと鼻を鳴らして。
「ぼくが洗い流したいのはハーレイの頭で、記憶じゃない」
「それを記憶と言うんだよ!」
ハーレイの頭、とソルジャーが指摘しましたが、会長さんは。
「違うね、頭と言ったら頭! しかも洗い流すのはハーレイ自身で、除夜の鐘で流す煩悩みたいに自分の頭を綺麗サッパリ!」
「「「……???」」」
会長さんが何を言っているのか、誰にも分かりませんでした。ソルジャーですらも頭上に『?』マークが見えます。ソルジャーの場合は心を読むという手もあるんですけど、その方法も思い付かないほど謎に飲まれているようですねえ?



「…綺麗サッパリって…何さ?」
何を流すのさ、とソルジャーがようやく口を開きました。教頭先生の記憶とは関係無いと分かって余裕が出て来た部分もあるのか、赤い瞳がテーブルの上を抜け目なくチェック。
「そうだ、聞く前に、ぼくの分のおやつ!」
「かみお~ん♪ 今日のはリンゴのクリームチーズタルトだよ! それと紅茶でいい?」
「うん、お願い!」
「オッケー! すぐ持って来るねー!」
キッチンへと走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が間もなく戻って、ソルジャーはタルトにフォークを入れながら話題を再開。
「それで、君はハーレイの何を流すんだって? 記憶以外で頭って、何さ?」
「分からないかなあ?」
頭だけれど、と自分の頭を示してみせる会長さん。
「頭で洗い流すと言ったら、一つしか無いと思うけど?」
「「「…頭?」」」
何なのだろう、と会長さんの頭を眺めたものの、其処には銀色の髪の毛くらい。ソルジャーだったら今は私服じゃないので補聴器とやらをつけてますけど、会長さんの頭には何も無くて。
「すまんが、俺には見当がつかん」
キース君が白旗を上げて、ソルジャーも。
「ぼくも記憶しか思い付かない。…何があるわけ?」
次々に上がるギブアップの声。それに応えて、会長さんは。
「ズバリ、髪の毛!」
「「「髪の毛?」」」
髪の毛を洗い流すと言うのであれば、それはシャンプーのことでしょうか? 綺麗に洗って気分サッパリ、どの辺が納めの悪戯になると…?
「おいおい、洗ってサッパリは普通だろうが」
キース君が突っ込み、シロエ君も。
「教頭先生、普段から綺麗好きでらっしゃいますよ? 部活の後は必ずシャワーで、合宿中でも朝風呂を欠かしてらっしゃいませんが」
「……普通ならね」
普通なら洗って気分サッパリ、と会長さん。それじゃ普通じゃなかったら…?



会長さんの納めの悪戯は教頭先生の頭を綺麗サッパリ洗い流すこと。しかも教頭先生が自分で洗って綺麗サッパリ、洗う対象は髪の毛なのだという話。
「普通にシャンプーで洗った場合は気分サッパリ、髪も綺麗に! …でもさ、シャンプーじゃないもので洗った時にはどうなると思う?」
髪の毛を、と訊かれてキース君が即答で。
「言わせて貰えば、石鹸は駄目だ。…親父はあのとおりツルツルだからな、俺がシャンプーを切らして慌ててた時に「石鹸で洗え」と言いやがった! おふくろが「すぐ取って来る」と言ってくれていたのに、坊主の頭は石鹸でいい、と!」
「…どうなったわけ?」
ジョミー君が尋ね、キース君は。
「もうギシギシというヤツだ! 洗ってる間からギシギシするしな、俺は髪の毛が傷むかと…」
キース君は石鹸の怖さに震え上がって、迷わずリンスを使ったそうです。お風呂場に置いてあったイライザさんのリンスを掴んで、たっぷりと…。
「思い切り薔薇の香りがしたがな、そんなものはもうどうでも良かった。傷むよりかは薔薇の香りだ、下手に傷んだら親父がうるさい」
剃ってしまえと言われそうだ、との言葉に誰もが納得。アドス和尚は坊主頭を御推奨ですし、キース君の髪が見るも無残に傷んでいたなら「見苦しいから」と剃らせそうです。
「うんうん、石鹸でもそのザマだってね」
下手をすれば坊主頭な末路、と会長さんが満足そうに。
「…だったら、抜けるヤツでシャンプーしちゃった時は?」
「「「抜けるヤツ?」」」
「ズバリ、いわゆる脱毛剤! それでハーレイがシャンプーすれば!」
「「「えーーーっ!!?」」」
あまりと言えばあんまりに過ぎる、脱毛剤でのシャンプーとやら。そんなモノで頭を洗ったが最後、キース君みたいに「剃れ」と言われるまでもなく…。
「そう、ハーレイ自ら綺麗サッパリ! 髪の毛を洗い流すってね」
「「「そ、そ、それは…」」」
なんという酷い悪戯なのだ、と全員、ドン引き。これに比べたら「ぶるぅ」が除夜の鐘で三三七拍子をやらかす方が遙かにマシというものです。よりにもよって脱毛剤でシャンプーさせるとは惨すぎですって…。



「…いい悪戯だと思うんだけどねえ?」
一年の締めに相応しい、と言い出しっぺの会長さんはニヤニヤと。
「脱毛剤でシャンプーするのはハーレイなんだし、自己責任でお願いしたい。大事な髪の毛を綺麗サッパリ洗い流してしまう件もさ」
「酷すぎだろうが!」
記憶を消すのも大概だが、とキース君が憤然と。坊主頭に抵抗大だけに、義憤にかられているらしいです。
「全員が賛成したとしてもだ、俺だけは断固反対だ! 髪の毛が無いというのは恐怖だ、あんた、前にも教頭先生にやっただろうが!」
坊主頭のサイオニック・ドリーム、という叫びで思い出しました。あれは何年前だったでしょうか、会長さんが教頭先生を坊主頭にするサイオニック・ドリームをかけ、教頭先生ご自身も「本当に髪の毛を剃られてしまった」と騙された状態で数日間を…。
「そういえばあったね、教頭先生の坊主頭って」
思い出した、とジョミー君。他の面々も記憶が鮮やかに蘇ったようで。
「会長、せめて同じコースにしといて下さい!」
「そうだぜ、いくらなんでも脱毛剤っていうのはよ…」
マジで取り返しがつかねえぜ、とサム君も。
「どれくらい効くのか分からねえしよ、下手したら毛根、逝っちまうんじゃねえか?」
「どうかしら? そこまでの威力、まだ無いような…」
あるんだったら脱毛サロンが流行らないわ、とスウェナちゃん。
「何回かやれば生えなくなるかもしれないけれど…。一回だけでアウトってことはなさそうよ」
「そっか…。だったら洗い流すまではいかないかもね」
洗った時点じゃ二、三本が普通に抜ける程度で、とジョミー君がホッと息をつけば、スウェナちゃんが「それは甘いわ」と切り返し。
「抜ける量だけは半端じゃないわよ、綺麗サッパリも充分ありそう」
「うん、あると思う…」
私もスウェナちゃんに同意しました。脱毛経験は皆無ですけど、広告はよく目にします。塗って暫く待っているだけで綺麗にゴッソリはよくある話で。
「じゃ、じゃあ、やっぱり…」
「綺麗サッパリいっちゃう筈よ、気付かずにそれで洗っていたら」
すぐに流せばいいんだけれど、とスウェナちゃん。普通は脱毛剤でシャンプーをしたら気付きそうだと思いますけど、会長さんが絡んだ場合は気付かない恐れが充分に…。



「…ぼくも賛成しかねるけどねえ?」
ソルジャーが会長さんをギロリと睨んで、心強い味方が再び出現。
「サイオニック・ドリームならまだ許せる。それでもハーレイには恐怖だろうけど、本当にハゲるわけじゃない。…でもさ、脱毛剤でやってしまったら本気でハゲるよ?」
ぼくの世界のよりはマシだろうけど、とソルジャー、ブツブツ。
「ぼくの世界の脱毛剤だとシャレにならない。洗ってる間に抜け始めるかっていう勢いだよ」
「えっ、そんなのがあるのかい?」
それは凄いね、と会長さん。
「だったら、それをハーレイに是非!」
「頼まれたって持って来ないよ、ぼくは絶対反対だからね! ハーレイのために!」
こっちの世界のハーレイであってもハーレイなのだ、とソルジャーはキッパリ言い切りました。
「ぼくのハーレイとそっくりなんだし、ぼくは全力で庇わせてもらう。ぼくの世界にもハゲた場合のお助けアイテムは無いんだよ。あったらゼルはハゲていないね」
何が何でも脱毛剤シャンプーは断固阻止する、と真剣な顔をしているソルジャー。
「いざとなったら、君にサイオニック・ドリームもいいね。犯行に及ぶ前にパパッとかけてさ、こっちのハーレイがフィシスに見えるように仕立てて、君からキスをさせるとか……ね」
「ちょ、ちょっと!」
それは困る、と逃げ腰になった会長さんは両手を上げて。
「じょ、冗談だってば、脱毛の件! いや、半分は本当だけどさ、半分は嘘で!」
脱毛剤だと信じて洗うのはハーレイだけだ、という会長さんの台詞にビックリ仰天。
「「「…う、嘘……」」」
「ホントだってば、いくらぼくでも本物を使う無茶はやらかさないって!」
だけどブルーの世界の脱毛剤は素晴らしすぎる、と会長さん。
「それでウッカリ洗った場合はどうなるんだい?」
「…うーん…。直ぐに気付いて洗い流せば、安全なのかもしれないけどねえ…」
ついでに中和剤でもふり掛けておけば、と答えるソルジャー。
「でもね、持っては来ないからね! 君は信用できないから!」
「嘘だと言っているだろう! ハーレイにはちゃんと本物のシャンプーをプレゼントするさ、少しばかり早いクリスマス・プレゼントだからって前倒しで!」
そして使った所でネタバレなのだ、と会長さんの唇に笑みが。
「それの正体は脱毛剤だ、と思念をお届け! 今年いっぱい、きっと笑える!」
ハゲの恐怖に怯えるハーレイを眺めて納めの悪戯なのだ、と高笑いする会長さんは悪魔でした。そんな悪戯、あの「ぶるぅ」でも思い付きそうにないですけれど…?



「…マジでひでえな…」
「うん、酷い…」
あの「ぶるぅ」よりも悪質である、という結論に達した私たち。ソルジャーも「うん」と同意しました。「ぶるぅ」の場合は本当に脱毛剤を持ち出す可能性がゼロとは言えないそうですけれども、存在しない脱毛剤で延々と脅すような高度な技を持ってはいない、と。
「ぶるぅの悪戯は単純明快、所詮は子供さ。…でもね、君のは悪質だってば」
「騙すだけだよ? …日頃の暑苦しい愛に感謝をこめて大サービス!」
素敵なシャンプーを贈るだけだ、と主張している会長さん。悪質な悪戯だとは思ったものの、パニックに陥る教頭先生は面白いかもしれません。ちょっとだけ見てみたいかも…。
「…酷すぎるけど、笑えないとは言えないねえ…」
ソルジャーも見たい気持ちがあるようで。
「そのシャンプー。…なんならぼくが提供しようか、高級品を?」
持って来たら面子に混ぜてくれるのかい、とソルジャーは先刻までとは逆の方向へ走り出しました。脱毛剤が本物だったら断固阻止でも、嘘と分かれば一枚噛みたいらしいです。
「こっちの世界にもシャンプーは色々あるけどさ…。どうせだったら、ぼくの世界のシャンプーはどう? 強烈な脱毛剤はぼくの世界のだと騙すんだろ?」
嘘の中にも本物を! とブチ上げるソルジャー。
「シャングリラ特製のヤツでもいいけど、人類側の高級品をゲットしてくるよ。今の流行りは何処だったかなあ、アルテメシアからは遠い辺境の星で生産されてる自然素材のヤツなんだよね」
パッケージがとても凝っているのだ、とソルジャーは瞳を煌めかせています。
「SD体制よりも前の時代をイメージしました、ってコトでさ、こっちの世界のシャンプーのボトルにそっくり! だから君の目的にはピッタリだろうと思うんだけど?」
「なるほどねえ…。説明文とかはどうなってるわけ?」
「ん? それはもちろん、大丈夫! ちゃんとシャンプーと書いてあるしね」
幸か不幸か、ソルジャーの世界と私たちの世界の文字は共通でした。会長さんは「よし!」と大きく頷いて。
「その話、乗った! やるなら君の世界のヤツで!」
「了解。それで、やらかすのはいつになるんだい?」
「…楽しむためには早い方がね…」
もう今日にでも始めたいくらい、という会長さんの台詞に、ソルジャーは。
「分かった。ちょっと帰ってゲットしてくる!」
お昼は向こうで食べて来るけど、おやつと夕食はお願いするね、と一言残して姿がパッと消え失せました。会長さんの納めの悪戯、今日から発動しちゃうんですか…?



お昼御飯は豚骨ラーメン。食べる間も会長さんは悪事の話題を嬉々として振り、教頭先生が騙された後の悲劇のルートが描かれてゆきます。本当にハゲるわけではなくても、これは相当に痛いのでは、と思わずにいられない私たちですが。
「…あんた、本気でそれをやるのか?」
「だって、ブルーの世界のシャンプーならぬ脱毛剤だよ? ぼくたちの世界の常識だけでは測れないって部分もあるよね」
ガンガンやるべし、と会長さん。食べ終わってもなお続く話題の真っ最中に、ソルジャー帰還で。
「はい、シャンプー。…盛り上がってるみたいだねえ?」
「それはもう! 君の世界の脱毛剤だよ?」
協力してよね、と会長さんが披露した案にソルジャーがプッと吹き出して。
「う、うん…。か、かまわないけど、それで年末まで突っ走るわけ?」
「突っ走る!」
嘘は貫いてなんぼなのだ、と会長さんが拳を突き上げ、私たちは頭を抱えました。ソルジャーの協力が得られたからには、会長さんはやる気です。教頭先生はハゲの恐怖と戦うだけでなく、とんでもないことになりそうですが…。
「えっ、一年分の妄想の御礼に丁度いいだろ、このくらい!」
この一年もぼくをオカズにあれやらこれやら…、と会長さんは文句たらたら、ソルジャーの方は「それも愛だと思うけどねえ…」と自説を展開。やれ妄想だ、いや愛なのだ、と二人が派手に揉めている間に、ほどよい時間になったらしくて。
「おやつの前に行って来ようか、ハーレイの家までお届け物に」
ぼくからの愛のシャンプーを、と会長さんが手にしたボトルはソルジャーがゲットしてきたもの。ちゃんと男性用なのだそうで、香りもメンズ向けだとか。
「自然素材は貴重なんだよ、ぼくの世界じゃ。…本当はぼくのハーレイに渡したいくらい」
もちろん渡して来たんだけれど、とソルジャーは幸せそうな笑顔で。
「ブルーの言葉を借りておいたよ、前倒しのクリスマス・プレゼントだから、って。…凄く感激してくれちゃってさ、特別休暇を取ってくれるって」
楽しみだなあ、とソルジャーはウットリしています。
「特別休暇が待っている分、今は焦らなくてもいいってね。こっちのハーレイの末路とやらをじっくり観察させて貰うよ、ブルー渾身の納めの悪戯!」
「任せといてよ、ガンガンいくから!」
まずはお届け、と私たちまでが問答無用で青いサイオンに巻き込まれました。身体がフワリと浮く感覚は瞬間移動。行き先は教頭先生の家のリビングですかね、それとも玄関…?



瞬間移動で降り立った場所はリビングでした。仰け反っておられる教頭先生にかまわず、会長さんが極上の笑みで近付いていって。
「こんにちは、ハーレイ。…今年もクリスマスが近付いたよね」
「あ、ああ…。まあ、そうだが…」
体勢を立て直し、ソファから立って挨拶をした教頭先生に向かって差し出されたもの。それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が可愛らしくラッピングした例のシャンプーで。
「…なんだ、これは?」
怪訝そうな教頭先生に、会長さんは「プレゼントだよ」と綺麗な微笑み。
「クリスマスのパーティーはいつも馬鹿騒ぎになっちゃうからねえ、前倒しで届けに来たってわけ。ブルーに頼んでゲットして貰った、君の男を上げるアイテム」
「男を上げる?」
「うん。ブルーの世界で今、最高に人気のシャンプー! …なんだったっけ、ブルー?」
「辺境の星で栽培された自然素材が売りなんだよ、うん」
香りももちろん本物で、とソルジャーはシャンプーの解説を始めました。教頭先生は会長さんに促されてラッピングを解き、中のシャンプーのボトルを眺めて。
「ほほう…。これがそういうシャンプーですか…」
「そうだよ、髪の艶がグッと良くなるらしいね。ぼくのハーレイにもプレゼントしたんだ。ぼくのハーレイと、それから君と。どっちが先に男を上げるか、ぼくもとっても興味があって」
「ブルーが言うには、これ一本でグッと変わるっていう話だよ」
まずは一本、と会長さんはシャンプーのボトルを指差して。
「素敵な効果を実感出来たら、ブルーに頼めばまた手に入る。…そうだったよね?」
「気に入ったんならフォローするよ? 御礼はお菓子で充分だから!」
ケーキの一つでも買ってくれれば、と言うソルジャーに、教頭先生は大感激。
「あ、ありがとうございます! では、その際には、お好きなケーキを一個と仰らずに、是非ホールで! そのくらいはさせて頂きます」
「いいのかい? それじゃ遠慮なく御馳走になるよ。でも、まずは気に入るか、試してみてよね」
「はい! 早速今夜から使ってみます。ブルーに貰ったプレゼントですし」
クリスマスまでに男を上げてみせます、と燃えておられる教頭先生に、会長さんは。
「喜んで貰えて嬉しいよ。成果を楽しみにしているからね」
「もちろんだ! お前がアッと驚く男に!」
なってみせる、と拳を握っておられますけど。…ヘアスタイルを変えるならともかく、髪の毛の艶が増したくらいで「アッと驚く」いい男にはなれないような気がしますけどね?



シャンプーを届けて瞬間移動で教頭先生の家にサヨナラ、おやつを食べて日が暮れて。夕食は豪華寄せ鍋パーティー、それが終わればお泊まり会。ソルジャーも交えてワイワイガヤガヤ、賑やかに騒いで夜の十時を過ぎた頃…。
「かみお~ん♪ ハーレイ、お風呂みたい!」
観察していた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声を聞いた会長さんが。
「例のシャンプーは?」
「ちゃんと持ってるよ、それで、どうするの?」
「全力で騙す!」
まあ見ていろ、と会長さんの指がパチンと鳴らされ、中継画面が出現しました。教頭先生がウキウキと服を脱ぎ、お風呂へと。スウェナちゃんと私にはモザイクのサービス付きでの入浴中継、間もなくシャンプータイムに突入。
「…ふむ。これがブルーの世界のものか…」
そしてブルーからのプレゼントか、と嬉しそうにシャンプーのボトルを手にした教頭先生、適量を髪に。両手でガシガシとかき混ぜれば泡立ちは素晴らしいもので、流石は高級シャンプーですが。
『ハーレイ、泡は頭に行き渡ったかい?』
会長さんが思念波で尋ね、教頭先生からも思念で返事が。
『なんだ、見てるのか? なかなか使い心地のいいシャンプーだぞ?』
『それは良かった。…じゃあ、そのままで五分間ほど洗い流さずに!』
『………? そんな説明は書いてなかったが?』
『シャンプーのボトルだったしね?』
笑いが混じった会長さんの思念。
『実は中身は別物なんだよ、その泡を髪に行き渡らせてから五分ほど待つと…』
『……待つと、どうなるんだ?』
『綺麗サッパリ洗い流せるんだよ、髪の毛を! もう一本も残さずに!』
『なんだって?』
咄嗟に意味が掴めない様子の教頭先生に、会長さんはダメ押しとばかりに。
『髪の毛が綺麗に抜けるんだってば、それは脱毛剤だから!』
『だ、脱毛剤!?』
ぎゃあああああ! と凄まじい悲鳴が中継画面の向こうで聞こえて、教頭先生はシャワーのコックを捻ると必死に泡を洗い流し始めました。すっかり泡が流れ落ちてもジャージャーお湯を浴び、その後はバスタブに何度も頭まで潜るという騒ぎ。
「た、助けてくれ! 抜ける、髪が抜けるーーーっ!!」
それは普通に抜けるだろう、というレベルの抜け毛を見て絶叫。本当にお気の毒としか…。



「悪いね、ハーレイ。…騙された方がもっと悪いけどね」
会長さんがパジャマ姿の教頭先生を糾弾中。私たちは再び教頭先生の家にお邪魔し、高みの見物状態です。シャンプーの正体を脱毛剤だと信じ込んでいる教頭先生はまだ真っ青で。
「…ぬ、抜けるのか? この状態だと危ないのか?」
「どうだっけ、ブルー? 君の世界の脱毛剤って」
話を振られたソルジャーは「アレねえ…」と沈痛な面持ちです。
「君は大丈夫だったみたいだけどさ、本当だったら洗ってる間に抜け始めるかって勢いなんだよ。ブルーに頼まれて持っては来たけど、ぼくは反対だったんだ」
「…そ、そこまでの威力ですか…?」
「そう。…おまけに中和剤が無くてさ、やっちゃったらもう、民間療法レベルって感じ」
「民間療法?」
「心理的なモノが大きいらしくて、信じる者は救われる世界」
信じるかどうかは君の自由だ、とソルジャーは会長さんと軽く頷き合ってから。
「SD体制なんかがある世界でも迷信的なモノはあってね、この脱毛剤にはそれが効くんだと言われてる。実際、効果もゼロではないっていう話だけど…。どうする? 君も信じてみる?」
「ど、どういった方法なのです?」
「かぶるんだよ!」
ソルジャーがズバッと告げた言葉に、教頭先生は「カツラですか!?」と。
「かぶる以外に無いのですか、あれを? そこまで抜けてしまうのですか?」
「違うよ、カツラになってしまう前に食い止める道が民間療法! 信じてかぶる!」
「…何をです?」
「毛の生えたモノ!!」
ブッと吹き出しそうになるのを私たちは必死で堪えました。しかし焦りの極致の教頭先生、そんなことに気が付く筈もなく…。
「毛の生えたモノ…? 何ですか、それは?」
藁にも縋る境地の教頭先生に、ソルジャーは「生き物だよ」と回答を。
「何でもいいから毛の生えたモノをかぶっていれば、なんとか抜けずに済むらしい。一ヶ月くらいかぶり続ければ全快するって言われているねえ…」
「ど、どんなモノをかぶればいいのですか?」
「犬でも猫でもかまわないんだけど、一番効くのは…」
「一番効くのは……?」
ゴクリと唾を飲み込む教頭先生。ソルジャーは至極真面目な顔で…。
「毛ガニだってさ」
「毛ガニですか!?」
「うん、毛ガニ。…SD体制の世界だとレアものだからね、そのせいかもねえ……」



洗っている間に髪が抜け始めるという勢いの脱毛剤。中和剤は無く、治すためには民間療法レベルの治療。頭に毛の生えたモノをかぶって一ヶ月ほど、とソルジャーが教えた話は大嘘でした。会長さんが練り上げたネタを披露しただけで、そんな治療法など無いのですが。
「…毛ガニをかぶれば治る……のですか?」
教頭先生は見事に騙され、ソルジャーに縋り付かんばかりの表情。そしてソルジャーも「うん」と重々しく答えました。
「毛ガニが豊富に手に入る世界じゃ、嘘っぽく聞こえるのかもしれないけれど…。ぼくの世界だと毛ガニはレアでね、大金を払ってもコネが無くっちゃ手に入らない。よほどのお偉方しかゲット不可能、それを頭にかぶるとなったら大変だよね」
新鮮な毛ガニを毎日毎日、一ヶ月間も…、と語るソルジャー。
「そんなことが出来る人種は限られた特権階級だけだ。その人たちが毛ガニと言うんだ、多分、毛ガニが一番効くね。…色々試して毛ガニなんだよ、ぼくが思うに」
信じるも信じないも君の勝手だ、とソルジャーは教頭先生の顔を見詰めて。
「毛ガニが嫌なら、その辺の猫でもかぶっておきたまえ。…何もかぶらずにハゲるのもいい。運が良ければハゲずに済むかもしれないからね」
「…で、でも、大抵はハゲるのですね?」
「そう聞くねえ…。だからブルーを止めにかかったのに、毛ガニがあるからかまわないってさ。…ついでにハゲたら縁を切るとか」
「縁を切る!?」
教頭先生の声が引っくり返って、会長さんが冷たい口調で。
「…坊主頭は清々しいけど、ハゲは好みじゃないんだよ。これを機会にキッパリ剃るなら、それもいい。だけど日に日にハゲていくのは最悪だしねえ、近付かないでくれるかな?」
それが嫌なら毛ガニをかぶれ、と会長さんは言い放ちました。
「ぼくへの愛があるんだったら、毛ガニくらいはかぶれるだろう? ハゲないためには努力あるのみ、でなきゃキッパリ綺麗に剃る! ぼくが好きなら選ぶんだね。二つに一つだ」
丸坊主に剃るか、一ヶ月間、毛ガニをかぶるか。
そのどちらかを選ばなければ綺麗さっぱりサヨウナラだ、と会長さんは踵を返して。
「明日以降の君に期待してるよ、ぼくとの関係を維持したければ坊主か毛ガニだ。…一応、毛ガニは二日分だけ置いて行く。その後は自分で考えたまえ」
シーズンだから何処でも売ってるだろう、と宙から取り出したトロ箱を残し、会長さんと私たちは瞬間移動でトンズラしました。トロ箱の中身はもちろん毛ガニ。活けの毛ガニというヤツで…。



「…まさか本気でかぶるとはねえ…」
恐れ入った、とソルジャーが爆笑しています。あれから既に数日が経って、ソルジャーは特別休暇明け。キャプテンにプレゼントしたシャンプーのお蔭でそれは充実した休暇を過ごしたらしいのですけど、その間の教頭先生はといえば…。
「君があれだけ脅したんだし、かぶらない方がどうかしてるよ」
ご協力どうもありがとう、と会長さんは御機嫌でした。教頭先生の頭の上には毎日、毛ガニが乗っかっています。落ちないように手拭いで縛られ、息絶えないよう水をかけられながら。とはいえ、毛ガニの寿命は短く、長持ちしても一日一匹が限界のようで。
「こっちの世界でも毛ガニは安くはないんだよね?」
「ズワイガニよりはかなり安いけど、野菜とかのようにはいかないよねえ…」
そこそこの散財になるであろう、と会長さん。
「大晦日まではかぶらせるんだよ、クリスマス・パーティーも毛ガニ同伴!」
「それはいいねえ、生で拝めて毛ガニに水もかけられるんだ?」
「かみお~ん♪ 毛ガニさん、カッパみたいでしょ?」
ぼくもお水をかけてあげたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ笑顔。教頭先生の頭の毛ガニに水をかけたがる先生方や生徒は多くて、けれど何ゆえに毛ガニなのかを語ることが出来ない教頭先生。ソルジャーの世界の存在は極秘、ましてや其処の脱毛剤の治療法など…。
「こっちのハーレイも苦労するねえ、あれって一種のキャラ作りだって?」
「本人がそれを言えなかったら入れ知恵しようと思ってたけど、そこそこ頭は回るようだよ、毛ガニ男だか毛ガニマンだか」
ああいうキャラで大晦日までを突っ走れ! と会長さんが発破をかけるまでもなく、教頭先生は毛ガニをトレードマークにかぶって今日も笑顔でいらっしゃいます。誰が呼んだか、毛ガニマン。頭に毛ガニはけっこうお似合い、会長さんの納めの悪戯、毛ガニ男で大成功です~!




         死守する頭髪・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 脱毛剤だと偽って「シャンプーさせる」生徒会長も酷いですけど、その後がもっと…。
 「頭に毛ガニを被る」だなんて、効くと思う方がどうかしているんじゃあ…?
 それはともかく、シャングリラ学園、4月2日で連載開始から9周年でございます。
 よくも9年「書き続けた」モンだ、と自分で自分が信じられないキモチかも…。
 アニテラ放映開始から4月7日で10周年。覚えている人の方が少ないだろ、と!
 というわけで、4月は感謝の気持ちで月2更新でございます。
 次回は 「第1月曜」 4月3日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、3月は、春のお彼岸。スッポンタケの法要がどうのこうのと…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv









※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv




今年も秋がやって来ました。学園祭の準備なども始まっていますが、私たち七人グループが何をやるかはお約束。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を使ってのサイオニック・ドリームによるバーチャル旅行で、その名も『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』。毎年恒例だけに準備要らずで。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でダラダラ、これが毎日の過ごし方。柔道部三人組は部活と、たまに学園祭で出す焼きそばの指導。柔道部の名物焼きそば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製と銘打つだけに作り方は口伝だという念の入れよう。
「ねえねえ、今日は焼きそば指導?」
尋ねられたキース君が「ああ」と些か疲れた口調で。
「…今年の一年生はどうも覚えが悪くてな。あいつらだけに店を任せるのは無理そうだ」
「そんなに酷いの? ぼくの焼きそば、簡単だよ?」
「いや、お前は料理が上手だしな? 合宿でしか料理をしないようなヤツらとは全然違う」
あいつらの腕は絶望的だ、と苦い顔をするキース君の隣でシロエ君も。
「野菜を切るのも危なっかしい手つきですからねえ…。しっかりしごけと言っておきましたが、どうなることやら…」
「俺たちは一応、大先輩だしな? ここぞという所でしか口出ししない方向でないと委縮されても困るしなあ…」
猛特訓は二年生と三年生に任せるそうです。キース君たちは一年生ではありますけれども、特別生。本当はとっくに卒業している筈の大先輩ですから、顧問の教頭先生の次に偉いというポジションらしくて。
「柔道部は特に上下関係に厳しいからな、俺たちへの敬意も半端じゃないんだ」
「ぼくたちへの挨拶の声が小さいと怒鳴られてますしね、一年生…。三年生とかに」
「そ、そうなんだ…」
ジョミー君が驚き、言われてみれば…、と思い返してみる日々の光景。昼休みなんかにキース君たちと歩いている時、やたら大きな声で挨拶している生徒がいるなと思ってましたが、そういう裏があったんですか…。
「まあな。焼きそば指導も苦労するぜ」
「お疲れ様ぁ~! はい、どうぞ!」
焼きそばにするつもりだったんだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出してきたものは焼きそば入りのお好み焼き。キース君たちの心の傷への配慮らしいです、うん、美味しい!



お好み焼きを食べつつ、話題は学園祭の方へと。私たちが何をやるかは決まっていますし、部屋の準備は業者さん任せ。気になるサイオニック・ドリームの中身や販売用のメニューなんかは直前で充分間に合いますから、そういう話では全くなくて。
「今年も後夜祭の人気投票、ブルーとフィシスさんで独占だよね?」
ジョミー君が言えば、サム君が。
「他にねえだろ、男子の一番人気はブルーで女子はフィシスさんで決まりじゃねえかよ」
「ですよね、もう毎年の定番ですよ」
番狂わせは有り得ません、とシロエ君。
「何処から見ても会長がダントツで美形なんですし、フィシスさんだって…」
「そうなのよねえ、同じ女子でもフィシスさんって憧れなのよ」
スウェナちゃんの言葉は本当です。そんなフィシスさんと超絶美形の会長さんがステージに並び立つ後夜祭のフィナーレは学園祭の花で、誰もが認める美男美女。今年も溜息の出るような光景だろうな、と考えていたら…。
「問題は美女と野獣なんだよ」
「「「は?」」」
当の会長さんの斜め上な台詞に派手に飛び交う『?』マーク。美女はともかく、会長さんが野獣だなんて誰が言ったの?
「ああ、ごめん、ごめん。そこの野獣はぼくじゃなくって、美女がぼくでさ」
「どういう意味だ?」
キース君の突っ込みに、会長さんは。
「そのまんまだってば、ぼくが美女だと野獣が誰なのか分からない?」
「「「…野獣?」」」
「簡単だろうと思うけどねえ? ぼくに惚れてて、おまけに見かけが野獣とくれば」
そんな人物は二人といない、と言われましても。もしや、それって…」
「…教頭先生のことだったりする?」
ジョミー君が恐る恐る口にしてみて、会長さんが「うん」と即答。
「何処から見たって野獣ってね。体格もそうなら御面相も…ね」
「そいつは誰が言ったんだ?」
ついでにどうして問題なんだ、とキース君。うんうん、其処が知りたいです。美女と野獣だなんてカッ飛んだ発言、教頭先生が会長さんにベタ惚れなことを知ってる人しか言いはしないと思うんですが…?



会長さんに片想い一筋、三百年以上な教頭先生。とはいえ一般生徒は知らない筈で、美女と野獣にたとえようにも発想自体が無い筈です。いったい誰が、と訊きたい気持ちは誰もが同じ。会長さんは「それはねえ…」と重々しく。
「ゼルだよ、そういうことを言うのは」
「ゼル先生か…。確かに如何にも仰いそうだが、その発言の何処が問題なんだ?」
キース君の問いに、「ハーレイだよ」と答える会長さん。
「火のない所に煙は立たないって言葉があるだろう? 美女と野獣だなんて言われるってことは何かやらかしたっていうわけでさ」
「教頭先生が…か?」
「そう。ゼルと飲みに行った席でついついウッカリ、妄想を…ね」
「「「妄想?」」」
それはいつものことなのでは、と思ったのですが、さにあらず。教頭先生とゼル先生の会話、時期が時期だけに学園祭が絡んだようで。
「ハーレイときたら、ぼくとステージに立てればいいのに、と言い出したんだよ」
「「「…ステージ?」」」
「後夜祭のステージだってば、ぼくとフィシスの定位置の…ね」
「「「えぇっ!?」」」
あれって先生でもいけましたっけ? あくまで生徒のイベントでは…?
「当然、生徒のものだよ、あれは。教師は絶対立てないけれども、妄想するのは勝手だしねえ…。そしてゼルに同意を求めたわけだよ、教師でさえなければ立てるのに、とね」
「………無理すぎなんじゃあ?」
正直な意見はジョミー君。
「人気投票で一位を取らなきゃ立てないよ、あそこ。…男子の一位はブルーなんだし、教頭先生が一位になったらブルーは一位から転落だよ」
「うんうん、でもってフィシスさんと一緒に立つことになるんじゃねえのか、教頭先生」
サム君の意見ももっともでしたが、会長さんは。
「其処がハーレイの妄想なんだよ。男子の一位は自分のものでさ、ぼくは女子の方の一位ってことになるらしい」
「フィシスさんの立場はどうなるんですか、それ」
シロエ君が尋ねましたが、会長さんの返事は「さあ?」と一言。
「フィシスのことは綺麗サッパリ忘れてるんだよ、あの馬鹿は。ぼくの女神を忘れるなんてね、なんとも許し難いんだけど」
実に許し難い、と不快そうな顔。…問題って其処のことですか?



後夜祭で会長さんと同じステージに立ちたい教頭先生。妄想とはいえ、人気投票で一位を勝ち取り、会長さんと並びたいとは凄すぎです。そりゃあ何処から見たって美女と野獣で、ゼル先生が仰ることも嫌というほど分かりますけど…。
「ハーレイの妄想、ゼルは「いやはや、美女と野獣としか言えん光景じゃわ」と笑っておしまいだったんだけどさ…」
でもその後のハーレイが、と会長さんは深い溜息。
「なまじ自分の夢を語ったから、もう毎日がドリームってね。「一度でいいからブルーとあそこに立ちたいものだ」と事あるごとに独り言だよ、そして喝采を浴びる自分を妄想」
その独り言を会長さんが盗み聞いてしまい、何事なのかと背景を探ったらしいです。妄想の方は一万歩ほど譲って流してもいいそうですけど、許せないのがフィシスさんの立場が無いらしいこと。ステージで会長さんの隣に立てないとしても、フィシスさんは一位でなければならず。
「ハーレイの隣にフィシスなら許す。…だけど何処にもいないのはねえ…」
「しかし想像は勝手だろうが」
まさか実現するわけでなし、とキース君。
「人気投票はあくまで生徒のものだし、その光景は決して有り得ん」
「そうなんだけどね…。でも本当に腹が立つんだよ、どうしてくれようと思うわけでさ」
会長さんの瞳に不穏な光が。まさか因縁をつける気ですか?
「因縁だって? それじゃ甘いね」
「「「甘い?」」」
「そう、甘い。ハーレイが自分で言い出した以上、ステージに立たせてなんぼなんだよ」
「「「えぇっ!?」」」
ステージって、あの人気投票のステージに? 生徒しか立てない筈ですが…?
「それはもちろん。だから人気投票とは別ってことでステージに立て、と!」
その方向で煽るのだ、と会長さんはグッと拳を。人気投票で使うステージ、学園祭の間はグラウンドに常設ですけど、其処に教頭先生を…?



「キーワードは美女と野獣なんだよ」
ぼくと釣り合わない所が問題、と会長さんは指を一本立てました。
「人気投票で一位を取れるほどの美形でないとね、ステージにも立てない上にぼくと全く釣り合わないし! 美女と野獣だし!」
「…そうなのかな?」
お似合いだろうと思うけども、とズレた意見が何処からか。誰が寝言を言っているのだ、と声がした方を睨み付ければ。
「こんにちは」
会長さんのそっくりさんがソルジャーの正装で立っていました。
「今日はお好み焼きだって? たまにはそういうモノもいいねえ…」
ぼくにもそれ、と部屋を横切り、空いていたソファにストンと腰掛け…。
「かみお~ん♪ お好み焼きの追加一丁~!」
飛び跳ねて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がホカホカのお好み焼きを運んで来ました。おかわり用にと沢山焼いてあったのです。私たちも此処で一息とばかりに追加注文、暫くの間はマヨネーズだの青海苔だの鰹節だのとトッピングを巡って賑やかでしたが…。
「ところで、さっきの件なんだけどね」
ソルジャーがお好み焼きを頬張りながら。
「美女と野獣は酷いと思うな、そりゃあ確かに獣なハーレイは好きだけれども」
「退場!!」
会長さんがレッドカードを突き付けました。
「その先は喋らなくてもいいから!」
「えっ、獣なハーレイはパワフルでとてもいいんだけどねえ? あれぞ野獣というヤツなんだよ、ぼくは翻弄されっぱなしで」
「さっさと帰る!」
「ダメダメ、話が済んでないから!」
ハーレイがステージに立つんだってねえ…、とソルジャー、ニッコリ。
「さっきから覗き見してたんだけどさ、ぼくにとってはハーレイはカッコイイんだよ。だけど君はそうではないと言う。でもって君と釣り合う美形に仕立て上げようってプロジェクトだろ?」
大いに興味が、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「野獣な今でもカッコイイのに、更に美形になると聞くとさ…。場合によってはぼくのハーレイにも適用したいと思うじゃないか。今よりも更にカッコ良く!」
是非プロジェクトに混ぜてくれ、と瞳を輝かせるソルジャーですけど、これってそういう話でしたか…?



「…ハーレイをカッコ良くとは言ってないけど?」
会長さんの言葉に、ソルジャーは。
「じゃあ、笑い物な方向なのかい? だけどステージに立つんだろう?」
「本人にはそう思い込ませる。でなきゃ頑張ってくれないしねえ?」
「「「頑張る?」」」
何を頑張れと言うのでしょう? 美形になれるよう努力するとか?
「うん、まあ…。そういう感じかな?」
美形になるには努力あるのみ、と会長さん。
「日々の努力で、ぼくと釣り合う美形になるべし! こう、颯爽と、視線を集める素晴らしいキャラに!」
「それってカッコイイって意味なんじゃあ…?」
そうとしか聞こえないけれど、とソルジャーが首を捻っています。私たちにも会長さんの真意が掴めず、ソルジャーの意見に同意ですが。
「…世間で言うならカッコイイかもね。なにしろトップスターだからさ」
「「「トップスター!?」」」
ますますもって意味不明。スターとくればテレビや映画で大活躍の男性ですけど、教頭先生をトップスターの座に押し上げるとか?
「…そういえばトップスターが超絶美形とは限らんな…」
キース君が呟き、サム君も。
「いろんなタイプがあるもんなあ…。教頭先生でもOKなのかもしれねえなあ…」
「だよね、カッコイイって言うより渋いとかさあ、色々あるよね」
ジョミー君の言う通り、スターは色々。誰もが認める二枚目もいれば個性派もあり、輝いていればそれがスターで…。
「そう、ハーレイに必要なものは輝き! それでこそスター!」
会長さんの宣言に、ソルジャーが。
「えっ、輝きまでつくのかい? それは是非ともぼくのハーレイにも欲しいよね、うん」
今のハーレイに輝きオーラがプラス、とソルジャー、ウットリ。
「立っているだけで輝いてるとか、そういうのって素晴らしいよね」
「そりゃまあ…。そういうハーレイを目指すんだけどさ、あまりお勧め出来ないなあ…」
トップスターがちょっと違うし、と会長さん。
「ハーレイが目指すのは男の中の男と言うかさ、男を超えたスターなんだよ。もう現実には絶対いない、っていう勢いの」
輝く男、という話ですが、だったら余計にソルジャーの理想にピッタリなのでは?



「…なんでお勧め出来ないのさ、それ」
案の定、ソルジャーは不満そうに唇を尖らせました。
「男の中の男な上にさ、男を超えたスターだろ? 現実にはいないほどの勢いとなれば、ぼくのハーレイにも見習わせたい! こっちのハーレイだけがスターだなんて!」
それとも何か、と据わった目線。
「君はハーレイには興味ないくせに、凄いハーレイを作り上げて見せびらかそうっていう魂胆? こんなハーレイでも足蹴にします、って優越感に浸りたいとか?」
「…なんでそういうことになるかな…」
深読みするにもほどがあるよ、と会長さんは呆れ顔で。
「ぼくにそういう趣味は無いから! ハーレイを足蹴にするのはともかく」
「だったら、なんで! ぼくのハーレイも男の中の男ってヤツに!」
「…いいのかい? ハーレイが目指すの、男役のトップスターだけども」
「「「男役!?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちの声が引っくり返りました。教頭先生、男性だけに男に決まっているというのに、何処から何故に男役と…?
「知らないかなあ、男役」
「男役も何も、教頭先生は最初から男でいらっしゃる!」
キース君が叫びましたが、会長さんはフフンと鼻で笑って。
「ぶるぅ、テレビをつけてくれる? このチャンネルで」
「うんっ!」
大画面のテレビのスイッチが入り、映し出された煌びやかなステージ。もしや、これって…。
「歌劇ってヤツだよ。此処に居るのは全員、女性だ」
会長さんがソルジャーに解説スタート。
「此処のスーツの男性もねえ、実はキッチリ女性なわけ! これが女性に大人気でさ」
「…歌劇ってヤツが?」
「違う、違う、歌劇の男役! 一部のコアな女性にとっては男性以上の男性ってね。女形は知っているだろう? アレは男が極めた女。こっちは女が極めた男。…女形は本物の女性以上に女らしい、と言うんだけどねえ、男役にもソレが当てはまるという話があるわけ」
男のカッコイイ部分を追求した上で極めてるから、と会長さん。
「本物の男じゃ此処まで出来ないキザなポーズとか、色々と…ね。指の先までキマッてるんだ」
「うーん…。確かにちょっと真似たい感じはするね」
この立ち方とか…、と画面に見入っているソルジャー。会長さんと同じ超絶美形なソルジャーだったら男役を真似てもキマるでしょうけど、教頭先生で男役って絵になりますか…?



ソルジャーが興味津々で画面を見守る内に、華やかにレビューが始まりました。実際の歌劇は長いらしいですし、これはダイジェストってヤツなのでしょう。キザな男性を演じていた人が軽やかに踊っていますけれども、それがなんとも格好良くて。
「ね? こんな踊りでもピシャリとキマる。本物の男じゃこうはいかない」
何処かで油断が出て来るから、と会長さん。
「男役のトップスターともなれば、舞台を下りても凄いらしいよ? 歩き方からして颯爽と男、日常生活までが絵になるそうでね」
「それは凄いね…。ぼくだと気合を入れていないと地が出ちゃうから、よくハーレイに文句を言われる。ソルジャーがそれでは困ります、とか」
「そうだろう? ぼくはハーレイに男役の凄さを叩き込もうと思ってるわけ」
それでこそ男の中の男でぼくと釣り合う、とニンマリと。
「元がああいうビジュアルな上に、男らしさのベクトルってヤツがキザとは真逆なハーレイだしねえ? 美形なぼくと並んで立つなら、こういうキマッたポーズが欲しい、と」
指の先まで神経を張り詰め、歩く姿も格好良く! と会長さん。
「ハーレイが男役のトップスター並みにキザが絵になる男になったら、ステージにも立っていいだろうしさ。…学園祭のね」
「あんた、立たせるつもりなのか!?」
キース君の声が裏返りましたが、会長さんは涼しい顔で。
「ステージを目指すと言った筈だよ、ハーレイがぼくと釣り合いたいなら目指して貰う。…男役の花はコレだからねえ、もちろんコレで!」
ビシィッ! と会長さんが指差すテレビ画面はレビューのフィナーレ。男役のトップスターだという女性が…って、見た目は立派に男性ですけど、大きな羽根飾りを背中に背負って大階段を下りてゆきます。足元も見ずに、客席の方に笑顔を向けて。
「この階段がね、難しいらしい。…普通の階段よりも幅が狭い上に傾斜も急だ。そこを足元を一切見ないで格好良く! これでこそスター!」
「…サイオンは?」
ソルジャーの問いに、私たちは声を揃えて。
「「「あるわけないし!!!」」」
「…そ、そうなんだ…」
それじゃぼくにも出来やしない、とソルジャー、感動。男役のトップスターの凄さは分かったようですけれども、これを教頭先生が…?



歌劇観賞が終わってテレビが消され、会長さんは至極真面目な顔で。
「ハーレイがぼくの隣に立ちたいと言うなら、このレベル! 此処まで極めればステージに立てる。その勢いで頑張らせないと…。ハーレイはぼくの女神をコケにしたんだ」
「いや、それはそういう意図ではないと思うが…!」
キース君が擁護に出ましたけれど、会長さんはけんもほろろに。
「意図があったとか無いとかじゃなくて! ぼくはフィシスとセットものなのに、そのフィシスを他所に放り出して自分が前に出たいというのが厚かましい。其処まで言うなら、ぼくと釣り合うレベルの男を目指すまで!」
目標はあくまでトップスター! とブチ上げている会長さん。
「もうね、今日から特訓あるのみ! それが嫌なら妄想を捨てる!」
「と、特訓って…」
どういう特訓? とジョミー君。
「さっきの歌劇みたいに歌って踊って、それでもキザにキメるわけ?」
「当たり前だろ。あの階段を下りるトコまでやって貰うよ、ハーレイにはね。…だから、ブルーの世界のハーレイの方にはお勧めしない、と言ったんだ。…どう、こんなのでもやらせたい?」
「…こ、ここまでは要らないかな…」
ハーレイとは何かが違う気がする、と流石のソルジャーも腰が引け気味。
「どっちかと言えば、これが似合うのはぼくの方かも…。決めポーズだとか、こう、色々と」
「うん、常識で考えた場合、ハーレイよりかはぼくだと思う。…だけど相手はハーレイだしねえ? 思い込んだら一直線だし、自分のキャラに合うかどうかは考えないさ」
だからいける、と会長さんは自信満々。
「そして万が一、やらないようなら話はそこまで! ぼくのフィシスをコケにするような妄想を二度と描けないよう、コテンパンにけなして終わりだから!」
「「「………」」」
それはコワイ、と誰もがブルブル。会長さんの毒舌にかかれば教頭先生の楽しい妄想は木端微塵で、下手をすれば絶望のドン底送り。そうならなかった場合には…。
「…教頭先生が男役か…」
致命的に似合わないと思うのだが、というキース君の指摘は間違いではないと思います。ソルジャーでさえ「何かが違う」と感じたのですし、無理があるなんていうものではなくて…。でも。
「似合わないからこそ、やらせてなんぼ! そしてぼくたちは笑ってなんぼ!」
男役を目指すハーレイを! と会長さん。もはや止められる段階は過ぎてしまって前進あるのみらしいですけど、教頭先生はお断りになるか、はたまたオッケーなさるのか…?



男性以上に男性らしく、目指せ男役のトップスター。そんな恐ろしい提案を教頭先生に持ち掛けるべく、会長さんは私たちを引き連れて行くつもりでした。ソルジャーも面白くなると考えたらしくて同行を希望、お蔭様で夕食は会長さんの家で食べることに。
「かみお~ん♪ お肉、沢山あるからねー!」
どんどん食べてね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。おもてなし好きのお客様好き、ホットプレートを沢山並べての焼肉パーティーのお世話もバッチリです。オニオングラタンスープまで作ってくれて至れり尽くせり、大満足の夕食の後は…。
「そろそろいいかな、ハーレイもリビングで寛いでるし」
おまけに頭は妄想モード、と会長さんが舌打ちを。
「ぼくと並んでステージに立って拍手喝采を浴びてるよ、うん。どうすればああいうバカバカしい夢が見られるんだか…。ぼくのフィシスをコケにしてるさ、いや、本当に」
それは言い掛かりというのでは、とは怖くて言えませんでした。会長さんにとってはフィシスさんが女神、ソルジャー夫妻のようなバカップルではありませんけれどお似合いです。そのフィシスさんの立場が無いような妄想は言語道断なのでしょう。
「それじゃ行こうか、ぶるぅ、用意は?」
「いつでもオッケー! ハーレイの家だね!」
お馴染みの「かみお~ん♪」の声を合図に迸る青いサイオン、三人前。野次馬のソルジャーも協力を惜しまず、私たちは瞬間移動で教頭先生の家のリビングへ。
「な、なんだ!?」
仰け反っておられる教頭先生、ソファから半分ずり落ち状態。持っておられた新聞は床に落っこちてますが…。
「こんばんは、ハーレイ」
会長さんがにこやかに挨拶しました。
「聞いたよ、ゼルに酷い悪口を言われたってね? 美女と野獣だとか」
「…あ、ああ…。ゼルはお前にまで言いに行ったのか?」
「そうじゃないけど、地獄耳かな。それで君の意見はどうなわけ? 美女と野獣は悪口だよね?」
それとも認めているのかな、と一歩進み出る会長さん。
「ぼくとは全く釣り合わないと分かってるのか、分かってないか。…其処の所を訊きたくてさ」
「…そ、それは……。私としては自信があるのだが……」
周りから見るとどうだろうか、と教頭先生、あまり自信が無い様子。
「…ゼルの言い分はあのとおりだし、美形だと褒められたこともないしな…」
駄目だろうか、と弱気な台詞。なるほど、妄想全開とはいえ、自分を分かっておられるようで…。



「…やっぱり自信は無いわけなんだ?」
てっきりあるのかと思っていたよ、と会長さんはクスクスと。
「ぼくと結婚が夢らしいから、釣り合うつもりでいるんだとばかり…。そういうことなら、この機会に努力してみないかい?」
「努力?」
「ぼくと釣り合う男になるよう、努力だよ! 美女と野獣なんてもう言わせない、って勢いで!」
自信を持つのだ、と発破をかける会長さん。
「男の中の男を目指して頑張りたまえ。どんな男よりも男らしく!」
「……柔道か?」
「違うってば! それじゃぼくとは釣り合わないだろ、今とおんなじなんだから! 君が目指すのはトップスター!」
「らしいよ、ハーレイ。ぼくも見ていて惚れ惚れしたねえ…」
あれは凄い、とソルジャーが艶やかに微笑みました。
「いやもう、あんなにカッコイイ男がいたら凄いだろうな、と見惚れるしか…。でも現実にはいないんだ。もしも居たなら凄すぎだってば、そんな男を目指さないか、とブルーは言うわけ」
「…現実にはいない男……ですか?」
「うん。男のカッコイイ部分を極めて体現してると言うべきか…。ぼくでさえ真似たくなるほどの凄さ! あんなポーズをキメてみたいと!」
ソルジャーでさえも見惚れる上に、真似をしたくなる男役。男役とは一言も言っていませんけれども、教頭先生がググッと心を惹かれるには充分な言葉であって。
「…あなたでも見惚れたと仰るのですか…」
「そう! おまけに真似たいと思ってしまうね、あのキザさ! あのカッコ良さ!」
「それほどの男を私に目指せと…。出来るのでしょうか?」
「さあねえ、細かい所はブルーに訊けば?」
とにかく本当に凄かった、と称賛しまくっているソルジャー。教頭先生は会長さんの方に向き直り、
「どうなのだ?」と質問を。
「ブルー、私でもそういう男になれるのだろうか? …そのう、現実にはいないとか…」
「いないね、女形の反対だから」
会長さんはサラリと言い放ちました。
「ぼくたちが言うのは男役! 知っているだろ、女性ばかりの歌劇団の!」
「か、歌劇団!?」
アレか、と息を飲む教頭先生。御覧になったことがあるのかどうかは知りませんけど、男役とは何であるかは御存知だったようですねえ…。



よりにもよって歌劇団の男役トップスター。いくら見た目にカッコ良くても、男性よりも男らしいと言っても、教頭先生のキャラとは真逆。会長さんと釣り合う男を目指すためでも承知なさる筈が無いだろう、と思ったのに。
「……あの男役をお手本にすれば、お前と釣り合う男になるのか?」
教頭先生はやる気でした。会長さんが「うん」と大きく頷いて。
「ぼくは美形が売りだしねえ? そのぼくとまるで釣り合わないから、美女と野獣と言われるわけだ。だったら君も美形を目指す! カッコ良さで男の中の男を!」
「…そ、そうか…。具体的にはどうすればいいのだ、男役だなどと言われても…」
教室か何かがあるのだろうか、と教頭先生は大真面目。
「それとも歌劇を見に通うのか? …スターの技は見て盗めと?」
「まずは形から入るのがいいと思うんだけどね、学園祭で」
会長さんはニッコリと。
「ぼくと立ちたい夢のステージだったっけ? 其処で大喝采を浴びられるレベルに仕上げて、上手くいったら日常にもそれを取り入れる! 歩き方まで颯爽とキザに!」
「……ステージだと?」
「そうだけど? トップスターが真価を発揮するのは舞台の上だし、学園祭の特設ステージでスタートを切って自信を持つことをお勧めするね」
それから少しずつ仕上げて行こう、と会長さん。
「もちろん、ぼくも手伝うよ。…ただしステージが成功したら…ね。ああ、ステージの指導はちゃんとするから安心して」
「なるほど、お前と二人三脚でのスタートなのだな、最初の一歩はステージから、と」
「そのとおり! ぼくの指導で真面目にやるなら協力を惜しむつもりはないよ」
頑張ってスターの輝きを目指そう、と会長さんは教頭先生を焚き付けました。
「歩いても良し、立つ姿も良し! そんな素晴らしい男になったら、ぼくともピッタリ釣り合うよ。ねえ、ブルーだってそう思うだろう?」
「まあね。ぼくは元々、ぼくのハーレイと釣り合ってないとは思ってないけど…」
ソルジャーの言葉に真実の欠片が隠れていたのに。釣り合うかどうかは考え次第で、会長さんにその気さえあれば今のままでも釣り合うのだと気付く切っ掛けにはなったというのに、教頭先生は気付かないままで終わってしまいました。そして…。
「よし、やろう! お前に相応しい男を目指して頑張るまでだ!」
指導を頼む、と深々と頭を下げる教頭先生。男役トップスターを華麗に演じるステージとやらへ全力で飛び込んでしまわれましたよ…。



その翌日から教頭先生を待っていたのは地獄の特訓の日々でした。仕事が終わって家へ帰って食事が済んだら、会長さんの家へ瞬間移動で呼び出されて直ぐにレッスン開始。
「ダメダメ、そこはもっと高々と右手を上げて!」
会長さんがシャツとズボンでステップを踏む教頭先生にダメ出しを。
「それと笑顔だね、にこやかに、キザに!」
君の表情はキザとは程遠い、と厳しい指摘が。
「ぶるぅ、鏡を持って来て!」
「かみお~ん♪ テーブルに置くんだっけ?」
「そう、其処でいいよ。ハーレイ、ダンスの前に表情の方の特訓だ」
座って、と椅子を指差し、教頭先生が腰掛けた前には一枚の鏡。それを覗いての表情作りも大切な稽古、基本はキザで、なおかつ男の色気も重要。
「笑って、笑って! そうじゃなくって、こう、カッコよく! うーん…」
「こうじゃないかな、こんな感じで」
教頭先生の背後に私服のソルジャーが立って、褐色の頬を両手でムニュッと。笑顔全開だった教頭先生の顔に渋さが加わり、心なしかキザな味わいも…。
「うん、いいね! ハーレイ、今の表情をキープ! 十秒間!」
「…う、ううう……」
「唸らない! ほらほら、眉間に皺が寄ったし! ブルー、よろしく」
「オッケー! ハーレイ、皺は伸ばして!」
こう、ギュッと! とソルジャー、教頭先生の眉間の皺を広げて、頬なども弄って表情作り。出来上がったそれをキープするべく頑張っている教頭先生の横では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がストップウォッチを眺めています。
「五、四、三…。あーーーっ、ダメだよう~!」
戻っちゃった、と悲鳴が上がって表情作りは再び一から。教頭先生の頬が勝手にピクピクするほど顔の筋肉が疲れ果てたら、今度はダンスの指導に戻って…。
「右足はもっと高く上げてよ、あっ、爪先はそんな風には伸ばさない!」
バレエじゃないから、と会長さんの指導がビシバシ。
「革靴を履いたダンスが映えなきゃダメだし、第一、君は女じゃないだろ? バレエのレッスンは女のパートかもしれないけどねえ、こっちは男の踊りなんだよ」
そして色気とキザなポーズを忘れずに! と注文が飛んで、細かい仕種まで直される始末。会長さんったら、何処でそれだけの知識をゲットしたのだろう、と思っていたら…。
「えっ、本職の演出家だけど? ちょっと失礼してサイオンで…ね」
これでバッチリ! と親指を立てていますけれども、男役の技を教頭先生にコピーすることは反則だからしないんですか、そうですか…。



表情を作って、ポーズもキメて。教頭先生はひたすら努力で頑張りまくって、学園祭も近付いてきた頃、ようやく会長さんから「こんなものかな」という言葉が。
「どうかな、ブルー? 君から見てもキザかな、ハーレイ?」
「…そうだね、あんな風にキメてこられたらドキッとするかな、踊りはともかく」
そっちはお笑い、とクスッとソルジャーが零した本音は教頭先生には聞こえておらず、懸命にダンスをしておられます。たまにピタリと止まるポーズがソルジャーの言う「ドキッとする」ものであって、確かに普段よりかはカッコイイかも…。
「ハーレイ、けっこういけてるってさ!」
会長さんが声を張り上げ、教頭先生が振り返って。
「そうなのか?」
するとソルジャーがパチンとウインク。
「いいねえ、今の振り返ったポーズとその表情! ぼくもドキンとしちゃったよ」
「あ、ありがとうございます!」
「…今のお辞儀は地が出ちゃってたね、そっちもキマると良かったんだけど…」
「は、はい…。まだまだ未熟者でして…」
努力します、と頭を下げる教頭先生、今度はポーズがキマりました。もしかしなくても、こんな調子でステージデビューになるのでしょうか? それが見事に成功したなら…。
「…ヤバイんじゃないの?」
ジョミー君が小声で囁き、シロエ君が。
「なんだかサマになってますよね、このまま行ったら充分ステージに立てるんじゃあ…」
「あいつ、どうするつもりなんだ? 二人三脚で男役とやらを極めさせたりは…」
そんなことになったら話が間違う、とキース君。会長さんは教頭先生がフィシスさんをコケにしたから仇討ちとばかりに男役スターへと進ませた筈で、本当のスターに仕上げるつもりは最初から全く無かったのでは…?
「でもよ、もうすぐ学園祭だぜ?」
「そうよね、劇的に引っくり返せるどころかステージで披露するしかないわよ…」
何処で話がズレたのだろう、と私たちは焦っていたのですけど。
「な、なんだって!?」
教頭先生の慌てたような声が響いて、「かみお~ん♪」の叫びと青いサイオン。ちょ、ちょっと待って、瞬間移動な心の準備は全く出来ていないんですけど~!



一瞬の後に、私たちは会長さんが住むマンションの屋上に立っていました。其処には立派な階段が一つ。そう、階段。いつか見たテレビで男役のトップスターが足元も見ずに颯爽と下りた、あの階段を思わせるヤツがドドーンと設置されていて…。
「さあ、ハーレイ。これが最後の特訓なんだよ」
会長さんが煌々と屋上を照らす照明の中で嫣然と。
「男役のトップスターたるもの、この階段を笑顔で下りられてなんぼなんだよ。足元なんて見ちゃいけないよ? 観客だけを真っ直ぐに見る!」
学園祭のステージにもコレを運んで設置するから、とニコニコニッコリ。
「当日は背中に羽根飾りもつく。これがなかなか重くってさ…。そうだよね、ぶるぅ?」
「うんっ! 何キロあるのか計ってないけど、すっごく重いの!」
こんなのだよ、と宙に取り出された羽根飾り。一本の羽根が一メートル近くあるでしょうか。それが何枚も太陽の輝きのように組み上げられて、スターの背中を飾る仕組みで。
「とりあえず今日は羽根はつけずにやってみようか、まず階段の上に登って!」
会長さんが階段を指差し、教頭先生は「そ、それは…」と肩を震わせながら。
「階段の幅が狭いと言わなかったか? ふ、普通よりも…」
「狭いね、とにかく登ってみれば? 自分の足でさ」
「…う、うう……」
無理だ、と悲鳴を上げる教頭先生。一番下の段に乗っけた足はかなりの部分がはみ出しています。
「こ、こんなのを登るのはともかく、下りるのは…! しかも足元を見ないなど…!」
「出来ないんだったらデビューは無しだね、せっかく此処まで来たのにさ」
ついでにぼくとも釣り合わない、と会長さんは悪魔の微笑み。
「学園祭まで頑張ってみるか、此処でアッサリ諦めるか。…今までの努力が水の泡だけど」
「もったいないと思うよ、ぼくは」
ソルジャーが口を出しました。
「転げ落ちたら確実に腰を傷めちゃうけど、その腰、まだまだ出番は無いだろ? ぼくのハーレイが腰を傷めたら困るけれどさ、君は直ぐには困らないんだし、頑張りたまえ」
「そうだよ、なんならクッション代わりに羽根飾りもつけて! デビューあるのみ!」
張り切っていこう! と会長さんとソルジャーがタッグを組んで教頭先生を階段の上へとサイオンで運んだのですけれど…。
「む、無理だぁーーーっ!!!」
絶叫と共に反対側へと飛び降りた教頭先生、後をも見ずに非常階段を駆け下りて脱兎の如く…。会長さん、最初からこれを狙ってましたか?
「…正直、此処まで頑張るとは思わなかったけど…。この階段は流石にねえ?」
無理、無茶、無駄! と笑い合っている会長さんとソルジャーと。男役トップスターを極められなかった教頭先生、どうやら未来は無さそうです。出番が消えた羽根飾りは学園祭の人気投票で会長さんが背負うと言ってますけど、大階段も下りるのでしょうか、楽しみ、楽しみ~!




         輝けるスター・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生が特訓を重ねる羽目に陥った「スター」は、もちろん宝塚がモデルであります。
 大階段も大変らしいですけど、羽根飾りの重さも半端ないとか。プロって凄い。
 シャングリラ学園、来月は普通に更新です。いわゆる月イチ。
 次回は 「第3月曜」 3月20日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、2月は、恒例の「七福神めぐり」。やはりエライことに…?
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv









※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv




今年も夏休みがやって来ました。初日の今日は会長さんのマンションに集まって毎年恒例の打ち合わせです。柔道部の合宿とジョミー君とサム君の璃慕恩院での修行体験ツアーは重ねてあるのがお約束ですから、それ以降の分を組むわけですけど…。
「さーて、ジョミーは明日から璃慕恩院と…。ぼくの顔に泥を塗らないように!」
会長さんがウキウキと。
「サムは毎年覚えがいいけど、ジョミーはねえ…。いいかい、老師にも報告は行っているんだ、無駄なあがきはしないで欲しいね」
「そうだぜ、ジョミー。お前、毎年、逆らいすぎだって!」
サム君も会長さんの肩を持っています。
「麦飯は嫌だとか、パンが食いてえとか…。いい加減無駄だと分かってるだろ!」
「言うくらいいいだろ、ストレス解消なんだから!」
知るもんか、と脹れっ面のジョミー君。これも毎年の光景なだけに、放置とばかりにキース君が。
「それでだ、俺たちの合宿と璃慕恩院とが此処で終わってだ、山の別荘に行くんだったな?」
「そうです、そうです」
シロエ君がマツカ君の方を見ながら。
「マツカ先輩、いつでもOKでしたっけ?」
「ええ。電車の手配も任せて下さい」
「やったね!」
躍り上がっているジョミー君。このためだけに修行体験ツアーを耐え抜くと言っても過言ではなく、みんなが苦笑しています。さて、お楽しみの山の別荘は…。
「間は三日も開ければいいな。毎年そうだし」
「キース先輩次第ですよ。お盆の卒塔婆書きがありますからね」
「今年は前倒しで頑張っている。間は二日でも大丈夫だぞ」
俺は計画的にやる、と親指を立てるキース君の姿は実に頼もしく、山の別荘行きの日取りも決まりました。海の別荘の方は夏休み前にソルジャーが押し掛けて来て決めてしまいましたし、予定の方は大体これで大丈夫かな?
「あ、山の別荘に行くまでの間にちょっといいかな?」
会長さんがカレンダーを覗き込みました。
「三日あるから、真ん中でいいか…。良かったら付き合って欲しいんだけど」
「「「は?」」」
「ワケありでねえ…」
うん、と頷いている会長さん。ワケありって何か予定でも?



「何さ、それ! 変なモノならお断りだし!」
特にお寺と坊主関係、とジョミー君が声を上げました。
「ただでもお盆が近いんだから! イヤな予感しかしてこないっ!」
「うんうん、ジョミーもお坊さんらしくなってきたねえ、嬉しいよ」
直ぐにお盆と出て来るあたり、と会長さんがニッコリと。
「それでこそぼくの弟子なんだけれど、お寺ってだけで却下しないで欲しいな。他のみんなも」
「お寺ですか?」
それはちょっと、とシロエ君が。
「抹香臭いお付き合いは、あまり…。お断りします」
「私もあんまり…」
スウェナちゃんが言い、私も乗っかり、他のみんなも次々と。しかし…。
「お寺はお寺でも君たちに行けと言ってはいない。もちろんぼくが行くわけでもない」
「「「へ?」」」
「ついでに、この家からは一歩も動かない予定なんだよ。向こうからやって来るからね」
「お寺がですか!?」
どういう意味です、とシロエ君が目を剥き、キース君が。
「出開帳か? あんた、そういうのを頼んだのか!?」
「ううん、全然。…来るのはハーレイ」
「「「教頭先生!?」」」
何処がお寺だ、と顔を見合わせる私たちですが。
「ハーレイから相談に乗って欲しいと言われてねえ…。お寺関係で」
「ま、まさか、教頭先生、世を儚んで出家とかではないでしょうね?」
会長が冷たくあしらうせいで、とシロエ君。
「それに付け込んでお寺へ送り出すっていう企画だったら断固止めます!」
「だよなあ、それは俺だって気が咎めるぜ」
止めに来よう、とサム君も。けれど会長さんは「うーん…」と腕組み。
「そっちだったら喜ばしいけど、むしろその逆?」
「「「逆?」」」
「ぼくとの仲を深めたいから、この際、神仏に縋りたいらしい。それで相談、いわゆる願掛け」
「「「願掛け!?」」」
それについては嫌と言うほど酷い思い出がありました。一年の計は元旦にあり、と教頭先生が神社仏閣を回りまくって会長さんとの結婚祈願をした年が…。あのお正月は大変でしたが、そのイベントの再来ですか?



教頭先生が数年前の元日にやらかした迷惑な願掛け。効果が出る前に消して回る、と会長さんが騒いでいたのに、今回は願掛けの相談に乗ると?
「そうなんだよねえ、ハーレイはぼくの許可を取るべきだと判断したんだ。勝手にやったらぼくが怒るし、願掛けの効果も消して回られておしまいなんだ、と学習したと言うべきか…。それで今回は公認を目指す!」
「あんた公認で願掛けなのか? 結婚祈願で?」
キース君が呆れた顔で。
「それの相談に乗るのか、あんたは」
「え、だって。思い切り面白そうだしねえ…」
腕が鳴るよ、と会長さん。
「ぼくは助言を惜しまない。そしてハーレイは大いに頑張る! これが面白くなければ何だと!」
「あんた、正気か!? 願掛けが成功したらどうする!」
「そりゃあ、その時は結婚するさ。成功すれば…ね」
会長さんの唇に意味深な笑みが。もしや願掛け、成功しない自信があるとか?
「決まってるだろう、でも成功率の高さにかけてはピカイチっていうのを紹介するさ」
「「「ピカイチ?」」」
「そう。どんな無理難題も叶うと噂の願掛け方法!」
「何処の寺だ?」
その手の寺は色々あるが、とキース君。
「あんたが紹介するほどの寺だ、是非とも聞いておきたいが」
「知りたかったら、ハーレイが来る日に君も来たまえ。ぼくとぶるぅじゃ心許ないし、大勢いた方がぼくは安心。なにしろ相手はハーレイだから」
「………。分かった、そういうことなら来よう」
卒塔婆書きを頑張って片付けるまでだ、とキース君が決意し、私たちも野次馬根性全開で。
「ぼくも来ますよ、キース先輩!」
「俺も興味が出て来たぜ! なあ、ジョミー?」
「…ぼくが直接関係ないなら、お寺の話でも別にいいかも…」
はい、はい、はいっ! と参加表明。山の別荘へのお出掛け前には会長さんの家で教頭先生の願掛け相談見学会だと決まりました。教頭先生、夏休みに願掛けをするのでしょうか? ただでも暑い夏に結婚祈願で願掛け三昧って、暑苦しそう…。



柔道部の合宿と璃慕恩院の修行体験ツアーの間は男の子たちは全員、お留守。スウェナちゃんと私は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにフィシスさんも一緒にプールに出掛けたり、会長さんの家でのんびりしたり。アッと言う間に日は過ぎて…。
「ただいま~…」
今年も死んだ、とゲッソリした顔のジョミー君。お坊さんに一歩近づいたサム君、それに柔道部で鍛えてきた三人組も揃って、慰労会をした翌日が会長さんと教頭先生との約束の日です。教頭先生は午後からおいでになると聞いていますし、まずは集まってお昼御飯から。
「かみお~ん♪ 夏はやっぱり夏野菜カレー!」
スパイシーだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が盛り付けてくれて、昨日の焼肉パーティーとは違う味わいに舌鼓。いろんな味のラッシーもあって至れり尽くせり、美味しく食べたその後は…。
「もうすぐハーレイが来るからさ。リビングの方に移動しようか」
「「「はーい!」」」
元気に返事し、勝手知ったる他人の家とばかりにワイワイと移動したのですけど。
「「「!!?」」」
リビングのドアをガチャリと開けた先頭組がピタリと止まって硬直中。何事なのか、と肩越しに顔を突っ込んだ私たちの目に嫌というほど見慣れた姿が。
「こんにちは。お邪魔してるよ」
夏野菜カレーは食べ損ねたけど、と私服姿のソルジャーがソファに腰掛けています。
「急いで来ようと思ったんだけど、ちょっとハーレイと盛り上がっちゃって…」
「真昼間にか!?」
キース君が怒鳴れば、ソルジャーは。
「出ようとしてた所へ報告に来たから、ちょっと息抜きしていかないか、って誘ったら乗って来たんだよ、うん」
「「「………」」」
「あっ、ぼくとハーレイとの昼御飯なら大丈夫! こういった時に備えて栄養剤も常備してるし、栄養補給はバッチリってね! 心も身体もエネルギー充填、午後の時間も溌剌と!」
「分かったから!」
その先は言うな、と会長さんが苦々しい顔で。
「それで、君は何しに来てるわけ?」
「もちろん見学! こっちのハーレイが結婚祈願の願掛けの件で来るんだろう?」
どんなアドバイスをするのか興味あるんだ、と笑顔全開。会長さんは深い溜息をつきましたけれど、来てしまったものは仕方なく…。かくして野次馬が一人増殖、教頭先生を待つのみです。



間もなく玄関のチャイムがピンポーン♪ と。出迎えに行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が足取りも軽く飛び跳ねて来て。
「かみお~ん♪ ハーレイ、来たよ!」
「すまないな、邪魔をして…。なんだか人数が多いようだが」
玄関の靴の数で気付いていたらしい教頭先生、照れておられるみたいです。それでも相談せずに帰る気は無いようで。
「ブルー、この間から頼んでいた件だが…」
「ああ、それね。モノがぼくとの結婚だけにさ、ぶるぅと二人っきりではちょっと…。それで付き添いをお願いしたらこの人数に」
「そ、そうか…。では、真面目に相談に乗ってくれるのだな?」
「うん、その点はぼくも心得てるよ」
相談されたのは銀青だから、と会長さん。
「君も頭を使ったねえ…。ぼくに相談されたら却下だ。でも銀青への相談となると、伝説の高僧の面子にかけて断れないし」
そう言いつつも何故か右手がスッと前へと。
「地獄の沙汰も金次第。…坊主の場合は分かっているね?」
「もちろんだ。言われたとおりに用意してきた」
教頭先生、袱紗包みを取り出し、中から分厚い熨斗袋を。
「お納め下さい、銀青様」
「悪いね、ハーレイ。…坊主はこれがお約束ってね。ぶるぅ、向こうに片付けておいて」
「はぁーい!」
タタタ…と駆けていく「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで行った包みの中身は半端な額ではないでしょう。これが目的だったのか、と唖然呆然、そして納得。お金をドカンと貰えるのなら妙な相談でも引き受けそうなのが会長さんで。
「ブルー、熨斗袋、片付けてきたよ!」
「御苦労さま。中身は確認してくれたよね?」
「うんっ! お金、キッチリ入ってた!」
「よし。相談料も貰ったことだし、それじゃ相談に乗るとしようか」
まあ座って、と会長さんが教頭先生に向かい側のソファを勧めました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が人数分のアイスティーを用意し、ついでにマンゴーのムースケーキも。教頭先生の願掛け相談、どんな中身になるのでしょうね?



「ハーレイ。最初に聞いておきたいんだけど…」
会長さんが切り出しました。
「願掛けをしたいって話だったね、ぼくとの結婚祈願で良かった?」
「そのとおりだ。前は勝手にやってしまって悪かった。…それで今回はお前の許可を貰った上で、効果的な方法を教わりたいと」
よろしく頼む、と深々と頭を下げる教頭先生。会長さんは「分かった」と真面目な顔で。
「その願掛け。叶う可能性が限りなく低いってことは分かっているよね?」
「承知している。だからこそ銀青であるお前の知恵を是非借りたい、と」
お百度でも何でもする覚悟だ、と教頭先生は拳を握り締めました。
「夏休みの間なら祈願に集中できるし、どんな苦行も厭わない。相談に応じてくれたからには何かいい手があるのだろう?」
「あるんだけどねえ…。正直、素人さんにはお勧めしかねる代物でさ。その代わり、効果は抜群だよ? どんな無理難題でも聞いて下さる、そういう仏様がおいでなわけ」
「紹介してくれ!」
教頭先生はガバッと絨毯に頭を擦り付けて。
「そういう有難い仏様なら、是非頼む!」
「でもねえ…。本当に難しいと言うか、何と言うか…」
「難しいことは覚悟の上だ! 何処のお寺に行けばいいんだ!」
「お寺もあるけど、其処だと他の信者さんも多数。願掛けとなれば費用の方も高くつく。個人的にお祭りするなら格安コースで、ご利益バッチリ!」
どっちにする? と会長さんは尋ねました。
「お寺に出掛けてお坊さんに頼むか、個人的にお祭りして自分で頼むか。…ただしリスクは高くなるねえ、自前のコース。その代わりご利益一人占めってね」
「一人占めか…」
それは美味しい、と呟く教頭先生。
「個人的にお祭りと言うと、アレか、仏壇みたいなものか?」
「そうなるね。その仏様の好物を供えてお祭りすればいいわけだけど…。ご利益を貰うにはリスクがつきものって仏様でさ、ドジを踏んだら祟られるんだ。そういう仏様でも良ければ」
「ドジを踏まなきゃいいんだろう? お前を嫁に貰うためなら頑張れる!」
「了解。覚悟があるなら直ぐに渡してあげられるけど?」
用意はあるんだ、と会長さんは教頭先生を真顔で見詰めました。
「その仏様を受け取ったら君は頑張るしかない。自信が無いならお返ししておく。失礼にならない間にね」



お祭りするのにドジを踏んだら祟ると言われる仏様。会長さんは用意したそうですが、教頭先生はどうなさるのか…。唾を飲み込む私たちの前で、教頭先生は決然と。
「お祭りさせて頂く! 持って帰って今日から直ぐに!」
「なるほどねえ…。それじゃ後悔しないようにね」
はい、と空中に何処からか取り出された両手で持てるほどの小さな御厨子。会長さんはサイオンで宙に浮かせたままで、受け取るようにと促しました。教頭先生がそれを手に取って押し頂くと、会長さんが重々しい声で。
「これで御縁は結ばれた…ってね。あまり祟りが酷いようなら、ぼくに返さずにペセトラに行ってくれるかな?」
「ペセトラ?」
「そう、ペセトラ。あそこの郊外の山に有名なお寺があってさ、其処でお祭りされているのがその仏様。個人的にお祭りをして失敗した人は其処に預けに出掛けるようだよ」
「お、おい…」
声を上げたのはキース君でした。
「今、ペセトラとか言ってたな? そいつはもしかして聖天様か?」
「おや、知ってた?」
「坊主なら一応、知ってるだろう! 俺たちの宗派とは無縁だが!」
「それはそれは。ハーレイ、この通り有名な仏様だから」
キースでも一発で分かるくらいに、と会長さんは綺麗な笑みを。
「聖天様はね、もうご利益が絶大なんだ。君も聞いたことはあるだろう?」
「うむ。象の頭の仏様だな」
「それだけじゃないよ。象の頭の仏様が二体、抱き合っておられるのが本当の形! でなきゃ象の頭の仏様と観音様とが抱き合う像だね、その名も歓喜天ってね」
夫婦和合にも御利益が…、と会長さんが言った途端にソルジャーが。
「それ、ぼくも欲しい!」
「「「は?」」」
「夫婦和合に効くんだったら欲しいんだけど! ご利益バッチリなんだろう?」
キラキラと輝く赤い瞳は教頭先生が持った御厨子に注がれ、横取りしかねない勢いですが。
「…素人さんにはお勧めしないと言っただろう」
だからダメだ、と会長さん。
「ハッキリ言うけど、この後、ハーレイはエライ目に遭う。今となっては手遅れだけどね、思い切り受け取ってしまったからね」
「「「………」」」
もはや手遅れとはこれ如何に。御利益絶大と聞いてましたが、どうなると?



「…た、祟るのか、これは?」
教頭先生が震える声を絞り出しました。
「いや、確かに祟ると聞いてはいたが…! しかしだ、きちんとお祭りすれば…!」
「そうなんだけどねえ、君の場合はお願い事が問題なんだよ」
ぼくとの結婚祈願だから、と会長さん。
「ブルーの場合はお祭りの仕方が適当すぎて祟られそうだから止めたけれども、君はきちんとお祭りしてても危ないわけ。なにしろお願い事がお願い事だし」
「結婚祈願が問題なのか?」
顔色が悪い教頭先生に、会長さんは。
「普通の結婚祈願だったら特に問題ないんだよ。でもさ、ぼくとの結婚祈願は普通なら絶対に叶わないヤツで、そういう場合は願掛けになる。その願掛けにはお約束が一つ!」
「約束?」
「いわゆる断ち物。好物を断って願を掛けるって、よく聞くだろう?」
「ああ、あるな…」
酒とかだな、と教頭先生。
「お前との結婚が叶うんだったら酒くらい…。もちろん肉でも魚でも断つぞ」
「甘いね、聖天様の場合はそうはいかない。一番の好物を断たなきゃ駄目でさ、君の場合はぼくになるかと」
「…お前だと!?」
「そう、このぼくだよね」
好物だろう? と会長さんは自分の顔を指差して。
「ぼくが今のを口にしなけりゃ、あるいはお酒でもいけたかも…。だけど聖天様の耳には入った。君の一番の好物はぼくで、願掛けするならそれを断つんだ、と!」
「…そ、そんな…。そういうことになってしまったのか?」
「だから最初に言っただろう? リスクが高いけどそれでもいいか、と。いやもう、祟りが楽しみだねえ…」
「ちょっと待て!」
キース君が割って入りました。
「あんた、最初からその勘定で相談に乗ったんじゃないだろうな!?」
「そうだけど?」
会長さんの唇に浮かぶ悪魔の微笑み。
「せっかく楽しい夏休みなんだ。娯楽は増やしてなんぼなんだよ、君も大いに楽しみたまえ」



会長さんが教頭先生に授与した御厨子の中身は聖天様。祟りが凄いらしいのですけど、会長さんは教頭先生が祟られる方向を目指したそうで。
「いいかい、ハーレイ? ぼくとの結婚祈願を頼む以上は、ぼくを断つ! ちょうど夏休みだし、会わずに済むよね、学校で」
「そうなるのか? お前を断つとは会わないことか?」
「はい、自分で宣言したってね。言わなかったら、ぼくを押し倒したりしない限りは大丈夫だった筈なんだけど…。女断ちとかをする場合にはさ、女性とよろしくやらなかったら無問題だし」
ただし、と会長さんは御厨子をビシィッと指差して。
「君がお祭りする聖天様はお聞きになってしまわれたわけ! ぼくと会わずに願を掛けます、と君は約束したわけだ。ぼくの家から出て行った後は会わないようにするしかないねえ…」
「お前と結婚するまでか!?」
「それは流石に無理だろうから、ぼくが結婚を承知すればいい」
そこで願い事が成就するし、と会長さんはニコニコと。
「ぼくからの電話か、あるいは手紙か。それとも思念か謎だけれどさ、何らかの手段で君と結婚してもいいよ、と連絡があるまで頑張るんだね」
「まさかお前の声を聞くのも駄目なのか!?」
「あーあ、またまた自分で言ってるし…。はい、声を聞くのもアウトだよね、これで」
全部聞こえているからねえ、と御厨子を眺める会長さん。
「断ち物の約束を破ると派手に祟るよ、聖天様は。ぼくから結婚の連絡があるまで根性で頑張っていくしかないかと」
「お、お前の写真を眺めるくらいは許されるんだな?」
「さあ、どうだか…。自分で危ないと思うんだったらやめておけば? ついでに、ぼくをオカズにして楽しむのもヤバイと思うよ、それじゃ断ち物になってないから」
そこで会長さんは大きく声を張り上げて。
「お聞きになっておられますかー!? こういうルールで頑張るそうです!」
「ちょ、待ってくれ! ブルー、今のは!?」
「君の代わりにガッツリ約束! これでバッチリ!」
銀青がお願いしてあげたから、と会長さんは笑顔ですけど、教頭先生、徹底的に追い込まれた上にドツボにはまっておられませんか…?



約束を破ると祟ると噂の仏様。その恐ろしい聖天様を相手に会長さんが教頭先生の代理とばかりにガンガン約束、それも断ち物というエゲツなさ。
「というわけでね、君は聖天様に約束したのさ、ブルー断ちをね」
「…ブ、ブルー断ち……」
無理だ、と呻いた教頭先生の後ろで「あーっ!」という悲鳴。アイスティーのおかわりを注ぐべく、ポットを持って歩いていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお盆がグラリと傾き。
「「「!!!」」」
懸命にポットを押さえた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の努力も空しく、教頭先生の頭にバシャッと冷たい紅茶がかかりました。
「ご、ごめんなさいっ! でもでも、なんで…」
タオルを持って来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生に手渡しながら泣きそうな顔。
「ぼく、ちゃんとお盆を持ってたのに…。ハーレイ、ホントにごめんなさい…」
「いや、そんなに濡れてはいないしな」
大丈夫だ、と教頭先生、タオルで頭をガシガシと。
「それにだ、私が床に座っていたのも悪い。きちんと椅子に座っていればポットよりも頭の方が高かったからな」
教頭先生は会長さんに頭を下げた時のままで床に座っておられました。柔道は基本が正座ですから、長時間でも苦にならないのが強みです。そういうやり取りを見ながら、会長さんが。
「あーあ、早速お叱りが来たね」
「お叱り?」
「さっき無理だと言っただろう? ブルー断ちがさ」
「い、言ったが、それが…?」
どうかしたのか、と返す教頭先生に、会長さんは「その前に!」と厳しい声を。
「ハーレイ、御厨子!」
「は?」
「床にじか置き! 大事な御厨子が!」
「床?」
ああ、と教頭先生の手が絨毯の上に置かれた御厨子の方へ。さっきまで手に持っておられたのですが、頭を拭くためのタオルと引き換えに床に置かれてしまっていました。それを取ろうと屈み込まれた教頭先生の足に濡れタオルを持って来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」が躓いて…。
「キャーッ!」
ベシャッ! という音と共に、アイスティーで濡れた頭用だった濡れタオルは教頭先生の背中にヒットしました。水分多めに絞ってあっただけにシャツの背中がグッショリと。これってまさかの祟りでしょうか? 教頭先生に水難の相が?



「ごめんなさい、ハーレイ、ごめんなさいーっ!」
わざとじゃないよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は半泣きでしたが、会長さんが「うん」と教頭先生の代わりに返事し。
「ぶるぅは何も悪くない。悪いのは全てハーレイってね」
早く御厨子を手に持つべし、と教頭先生に命令を。
「背中も頭も濡れたままでいいよ、それがお叱りというヤツだ。聖天様からの有難い御指導」
「指導?」
水難がか、と困惑顔の教頭先生に、会長さんは。
「今回は水難の形で出たけど、お叱りは色々あるらしいよ? こうすべし、と叱って下さるわけだよ、道を誤らないように! 最初のお叱りは「無理だ」と言ったことに対するお叱り。しっかりやれ、と言っておられる。二度目のは床にじか置きのお叱り」
会長さん曰く、聖天様は穢れを嫌う仏様だそうで、御厨子を床に置くことなどは言語道断。お祭りする場所は清潔に保ち、お供え物も絶やしてはならず。
「いいかい、ハーレイ。家に帰ってお祭りしたらね、大根を供えるのを忘れずに!」
「大根だと?」
「聖天様の好物なんだよ、何が無くても大根は必須! それも左右に一本ずつ!」
「わ、分かった…。大根なのだな」
教頭先生は真剣でした。御利益を頂くどころか早々に水難、それが祟りではなく御指導とくれば、祟りがどれほどのレベルなのかは想像に難くありません。お祭りを失敗して祟りが来たら大変だという気持ちが表情に出ています。
「と、ところで、ブルー…。祟られた時はどうするんだった?」
「もう忘れた? ペセトラのお寺に持って行くんだよ、ペセトラの聖天様で検索すればすぐ分かる。でもねえ、初日からお返しすることを考えていては御利益も何も」
「そ、そうだな、まずは御利益だったな。お前との結婚をお願いするんだ、少々のリスクは覚悟しないといけないな」
「その調子! それじゃ今日から頑張って。ブルー断ちはもう絶対なんだし、用が済んだら帰った方がいいと思うよ」
会長さんがリビングのドアを示しましたが、教頭先生は「待ってくれ」と。
「そっちのブルーはどうなるんだ? もう一人いるが、あちらもブルーに含まれるのか?」
「ああ、そういえば其処にいたねえ、ぼくそっくりのが…。でもって君には学習能力が皆無のようだね、これで墓穴は幾つ目かな?」
ニンマリと笑う会長さん。
「君が「含まれるのか」と訊いた時点で聖天様にカウントされてるよ。あれもブルーの内である、とね」
ゲッと仰け反る教頭先生、見事な墓穴。ブルー断ちの対象がまた増えましたか、そうですか…。



聖天様に願を掛けるには断ち物が要るという話。一番の好物を断たねばならず、普通だったらお酒や食べ物で済むというのに教頭先生の場合はブルー断ち。会長さんに誘導される形で墓穴を掘りまくり、ソルジャーまでもがブルー断ちとやらの対象となって。
「…ハーレイ、君も大変だねえ…。自分で選んだ道だとはいえ、ぼくも感動」
「ほ、本当にこれでお前と結婚出来るのだろうな?」
「それはもちろん。…ただし、途中で放り出したら命が無いから」
「「「命?」」」
教頭先生どころか私たちまでも訊き返した中、キース君が沈痛な面持ちで。
「…聖天様は本気で怖いんだ。専門に祈願する行者で天寿を全うした者は無いとまで聞く」
「せ、専門家でもヤバイのかよ?」
サム君がうろたえ、シロエ君が。
「じょ、冗談ですよね、キース先輩? まさかそこまで…」
「いや、本当だ。…普通の祈願ならお叱り程度の祟りで済むが、願い事が難しくなればお叱りも大きくなっていくんだ。行者は代理でそういう祈願を引き受けるだけにリスクが高い」
聖天様はハイリスク、ハイリターンの仏様だ、とキース君は御厨子から目を逸らすように。
「そもそも御厨子に入っておられる時点でヤバイ。行者は開けて直接拝むが、その分、リスクも高くなる。普通は秘仏の扱いだからな」
「「「秘仏…」」」
「そうだ。住職でさえも御厨子の前では目を伏せる。そして決して扉を開けない」
開けたら思い切り終わりなのだ、と言われましても。それって祟りが来るという意味?
「祟りに決まっているだろう! しかしだ、開けずに拝むだけでも願掛けの途中で投げるのはヤバイ。たとえ何年かかろうともだ、願い事が叶うまで信仰しないと祟ると聞くぞ」
「そ、それじゃ教頭先生は…」
ジョミー君の声が引き攣り、教頭先生も真っ青な顔で。
「わ、私はブルーと結婚出来るまでブルー断ちだということか? どちらのブルーに会ってもアウトで、声を聞いたりするのもアウトで、写真を飾ったりすることも…」
「…そうなります…」
キース君の言葉は教頭先生には死刑宣告のように聞こえたでしょう。ウッカリ願を掛けたばかりに、会長さんとの結婚が叶う時までブルー断ち。しかも途中で放り出したら祟られる上に、命の危機かもしれないわけで。
「ほ、放り出したら命が無いというのも本当なのか?」
「…そういう噂も確かにあります。少なくとも口から出まかせの嘘ではないかと」
この俺が止めるべきでした、とキース君が言っても時すでに遅し。教頭先生は聖天様に願を掛けた上、断ち物も誓ってしまいましたってば…。



その御利益が絶大な分、祟りも凄い聖天様。祟りだかお叱りだかの一端は教頭先生の水難で証明済み。たったあれだけで水難とくれば、願掛けの途中でやめてしまったら命が無いのも本当っぽく。
「…わ、私にブルー断ちで一生行けと…」
ガクガクと震え始めた教頭先生、それでも御厨子を離すわけにはいきません。床に落としたら祟られますし、放置して逃げたら命の危機。どうあっても有難く拝むしかなく、それが嫌なら遙かペセトラまで返しに行くという道があるのみ。
「嫌ならやめていいんだよ?」
お好きにどうぞ、と会長さん。
「君が願掛けをしたいというから相談に乗った。リスクが高くても拝むと言うから、御厨子も渡してあげたんだ。…どうしても命が惜しいと言うなら、やめる助けはしてあげるけど?」
「…で、出来るのか?」
「ぼくは専門の行者じゃないけど、此処からペセトラまで瞬間移動で御厨子を運ぶくらいはね。元々、御厨子も失礼のないよう保管してたし、その程度なら」
お安いご用、と微笑みつつも、会長さんは。
「でもねえ…。君の願掛けって、ブルー断ちも出来なきゃ命の危機も避けたいだなんて、もう呆れるしかないってね。おまけに結婚したい相手のぼくにさ、聖天様の始末をしろって?」
「そ、それは…!」
「ぼくでも細心の注意を払って運ぶ必要があるんだよ、それ。…せめて自分で返しに行くとか」
それも出来ないようではねえ…、と会長さんの声は氷点下。
「もっとも、その前に拝んで欲しいと思うけどね? 夏休み中にお百度を踏んでもいいと思っていたんだったら、夏休み中くらい拝んでみたら? 駄目で元々!」
「…だ、駄目で元々…」
「そう! ひょっとしたら叶うかもしれないと思わないわけ? 聖天様は御利益を疑うことも御嫌いになる。こうしている間も君はお叱りの種を貯めているわけで」
「お、お叱り…」
教頭先生が言い終わらない内に「あっ!」とソルジャーの声が上がって。
「「「わぁっ!!」」」
高みの見物とばかりにアイスティーのグラスを弄んでいたソルジャーの手からグラスが離れて宙を飛び…。グラスは辛うじて割れなかったものの、教頭先生、またも頭からビショ濡れです。
「…ご、ごめん、ハーレイ、手が滑った…」
申し訳ない、と謝るソルジャーと、顔面蒼白の教頭先生と。
「…ま、またしてもお叱りなのか…。ご、御利益を疑ったからか、そうなのか…?」
なんという、と御厨子を捧げ持って教頭先生、平謝り。もはや拝むしか無さそうな気が…。



こうして教頭先生は御利益と祟りが背中合わせな聖天様の御厨子を持って家に帰る羽目になってしまわれました。夏休みの間くらいは拝んでみろ、と言われてしまえば他に選択肢はありません。ついでにキッパリ、ブルー断ちで。
「いいねえ、今年の夏休みは実に爽やかになりそうだ」
ハーレイの影が皆無なひと夏、と会長さんが大きく伸びを。あれから私たちは山の別荘ライフを堪能した後、アルテメシアに戻って夏休みを存分に楽しんでいます。キース君の卒塔婆書きも無事に終わって、今日は朝からプールに出掛けて、さっき帰って来たところ。
「かみお~ん♪ フルーツパフェとチョコレートパフェ、とっちにする?」
「俺、フルーツパフェ!」
「ぼくはチョコレートパフェでお願いします!」
お昼御飯はプールの帰りに食べましたから、会長さんの家でおやつタイム。フルーツだ、チョコだ、と賑やかな注文が飛び交う中で。
「チョコレートパフェの大盛り、リキュール多めで!」
フワリと翻る紫のマント。優雅に姿を現したソルジャーがストンとリビングのソファに腰掛けて。
「いやあ、ハーレイ、頑張ってるねえ…。ブルー断ちとか」
「そりゃまあ、ぼくとの結婚と自分の命が懸かってるしねえ?」
お蔭でアヤシイ電話も来ないし静かでいい、と会長さん。
「あれから祟りに遭ってない分、もうすぐ願いが叶いそうだと燃えているんじゃないのかな」
「祟りなら、さっき祟られてたけど?」
ソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「此処に来る前に寄って来たんだ、陣中見舞いに。ぼくが姿を見せた途端に満面の笑みさ、ブルー断ちに入って長いから…。それで「お茶でも如何ですか」と言った瞬間、運の尽きだよ」
教頭先生、冷蔵庫から出した緑茶のボトルを引っくり返してズボンがビショ濡れ、床の絨毯も悲惨なことになったのだそうで。
「…嘘だろ、なんでそうなるわけ!?」
会長さんが叫んで、ソルジャーが。
「ブルー、尻尾が出てるけど? お叱りじゃなかったのかい、水難ってヤツは」
「で、でも…!」
「聖天様は存在しないって?」
「「「えぇっ!?」」」
どういう意味だ、と私たちは顔を見合わせたのですけれど。



「空っぽなんだよ、あの御厨子はね」
ソルジャーがチョコレートパフェにスプーンを突っ込みながらパチンとウインク。
「何も入っていやしない。…ハーレイの水難はブルーがサイオンで細工していたのさ、ぶるぅも気付かない高度なレベルで! ぼくにはバレバレだったけどね」
「じゃ、じゃあ、最後のアイスティーは…?」
ジョミー君が言うアイスティーとはソルジャーが手を滑らせた分。ソルジャーは「あれね」とニッコリ笑って。
「その場のノリって大切じゃないか。ぼくも一緒に遊んだだけだよ、ブルーは知ってる」
「うん、絶妙のタイミングでやってくれたよね」
「あの時は綺麗に合わせて来たのに、此処で尻尾を出すなんて…。ぼくが祟られてたと言った以上は祟り認定しなくっちゃ!」
「し、失敗した…」
ぼくとしたことが、と悔しそうな顔の会長さん。ということは、ソルジャーが教頭先生の家で見て来た祟りというのもソルジャーが? あの御厨子は本当に空っぽだと?
「空っぽに決まっているじゃないか。ブルーはリスクは冒さないと見た」
「そういうわけでもないけれど…。ぼくも一応、高僧だしね。仏様で遊びはしないよ」
まして聖天様ともなれば…、と会長さんは肩をブルッと。
「聖天様は本気でシャレにならない。ぼくが言ったこともキースの話も、この世界ではよく知られた話さ。…ついでにハーレイ、自分でもあれこれ調べたようだよ」
教頭先生、聖天様の祟りは本当かどうかを独自に調査。調べた結果は会長さんとキース君の話を裏付けた上に、更なる恐怖を与えたらしく…。
「いやもう、失礼があったら命が無いって震え上がったみたいだね。でも御利益の凄さも分かってしまって、諦め切れずに拝む日々ってね」
「うんうん、見た、見た! ハーレイの家のリビングに祭壇があって、大根を差した大きな花瓶がドッカンと!」
実にシュールだ、と笑うソルジャー。
「それで、これからどうするわけ? 空っぽの御厨子」
「夏休みが明けてもブルー断ちとはいかないからねえ…。折を見てストップをかけようかと」
「ふうん? 結婚を承諾するとか?」
「まさか! ハーレイが音を上げるしかない祟りの連続」
それしかないだろ、と会長さんはニヤニヤニヤ。
「ペセトラのお寺に納めに行くしかないって形でエンドマークさ。そこでもう一度巻き上げる!」
お寺まで運ぶのを引き受けてドカンと大儲けなのだ、と会長さんが挙げた金額は目の玉が飛び出るようなものでした。空の御厨子を授けて儲けて、引き取り料で更なる大儲け。



「…おまけにブルー断ちで安泰な夏休みかあ…」
君も鬼だね、とソルジャーは呟きましたけれども、派手な祟りをやらかす時には一枚噛むとか言い出して。
「どうかな、海の別荘行きの辺りでこう、色々と」
「いいねえ、あそこは君の結婚記念日合わせで日を組んでるし」
「だろ? 今年は祝いに来てくれないのか、と声を掛けに行くから、そのタイミングで!」
是非やるべし! と持ち掛けるソルジャーと、その気になった会長さんとの悪辣な打ち合わせは夕食の席でも続いていました。教頭先生を見舞う不幸は空恐ろしいものばかりで。
「…キース先輩、どうなんです、アレ…」
「聖天様ならどれもアリだが、御厨子が空というのがな…」
「教頭先生、最初から最後まで騙されたままでおしまいなんだ?」
南無阿弥陀仏、とジョミー君が合掌しています。イワシの頭も信心からとは言いますけれども、空の御厨子を拝みまくって祟られる場合は何と言うんだか…。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花?」
「饅頭怖い?」
「それは全然違うと思う…」
何なんだろう、と首を傾げる私たちを他所に、まだ続いている祟りの相談。そうとも知らずに教頭先生、今も絶賛ブルー断ち。会長さんとの結婚のために命を懸けての願掛けですけど、御厨子の中には空気だけ。お気の毒としか言えない展開、心からお悔やみ申し上げます~!




            祟りと願掛け・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生が「エライ目に遭われた」聖天様。実際、御利益と祟りが半端ないそうで…。
 管理人の家の近所にも「いらっしゃる」んですけど、絵馬を書く勇気はナッシングです。
 今月は月2更新ですから、今回がオマケ更新です。
 次回は 「第3月曜」 2月20日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、2月は、恒例の「七福神めぐり」。無事にお寺に行けますかねえ…?
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv










※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv




春はやっぱり桜が一番。今年は週末にバッチリ見頃になりました。会長さんのサイオン裏技で場所取り完璧、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の特製お花見弁当で食事も豪華に。その勢いで夜桜ライトアップまで粘って、打ち上げとばかりに会長さんのマンションへやって来たのですが。
「かみお~ん♪ コーヒーの人は手を挙げてーっ!」
「「「はいっ!」」」
パパッと上がった手を数えたら、お次は紅茶の注文取り。ホットココアなんかもあって至れり尽くせり、その中で…。
「ホットココアに砂糖多めで、ホイップクリーム山盛りで!」
「「「………」」」
どう考えてもソレは合わないんじゃなかろうか、と注文主に視線が集中。
「ん? 美味しいよ、豪華お好み焼き! それと焼きそば」
どっちも非常に捨て難い、と屋台グルメならぬ帰り道の店で買い込んで来た持ち帰り用の器をキープする人、その名も会長さんのそっくりさんのソルジャーです。私服でキメて来ていますけども、すれ違う人が思わず振り返る超絶美形がお好み焼きにホットココアって…。しかも激甘。
「もうちょっとマシなチョイスにしたまえ、飲み物くらい!」
会長さんが怒鳴り付けても何処吹く風。
「いいじゃないか、飲むのはぼくなんだしね? 美味しく食べて美味しく飲む!」
「はいはい、分かった。ぶるぅ、激甘ココアだそうだ」
「了解~♪」
キッチンへ跳ねて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、間もなく全員分の飲み物を持って戻って来ました。ソルジャーの他にも面子は大勢、広いリビングは実に賑やか。
「はいどうぞ!」
「ありがとうございます」
コーヒーを受け取る私服のキャプテン。
「どういたしまして~! ゆっくりお泊まりしていってね!」
「お世話になります、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げたキャプテン、今夜は私たちと一緒にお泊まり。大食漢の「ぶるぅ」も来ています。更には教頭先生までがお泊まり組で、これだけ聞けば大荒れしそうな感じですけど、何故か滅多に荒れないお花見。満開の桜は場の雰囲気も癒すのかも…。
「「「カンパーイ!!!」」」
紅茶やコーヒーで乾杯も何もないですって? いいじゃないですか、宴会、宴会!



夜桜の後も会長さんの家でワイワイガヤガヤ。ピザだ、うどんだ、いやラーメンだ、と夜食もお菓子もどんどん食べて騒いでいると。
「んーと…。ぼくね、この前、凄いもの見たの!」
唐突に叫んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」ならぬ悪戯小僧の「ぶるぅ」の方。ガツガツとピザを頬張りながらの台詞です。
「「「凄いもの?」」」
「うんっ! すっごく美人の!」
「「「美人?」」」
なんじゃそりゃ、と皆でオウム返しに返したら。
「凄い美人のブルーだったのーっ!!!」
「「「は?」」」
視線はもれなくソルジャーの方に。確かに美形は美形ですけど、見慣れた今ではどうと言うことも…。「ぶるぅ」はもっと見慣れている筈で、凄いも何も無さそうですが?
「…美人?」
ぼくが? と自分を指差すソルジャー。
「すっごく美人って、いつのことかな? それは是非とも参考に聞いておかないと!」
「えとえと、ブルーのことじゃなくって!」
「「「へ?」」」
今度は皆で会長さんの顔を眺めました。凄く美人って、会長さんが? けれど「ぶるぅ」は。
「そっちも違うーーーっ!!」
「「「ええっ!?」」」
ソルジャーでも無し、会長さんでも無し、されども凄く美人のブルー。そんなブルーが何処に居るのか、と暫し悩んでいたところ。
「察するに、それは夢オチだな?」
キース君がズバリと指摘しました。
「凄い美人のブルーが出て来る夢を見たってオチだろう?」
「違うよ、ホントに見たんだもん!」
「何処でですか?」
シロエ君の問いに、「ぶるぅ」はエヘンと胸を張り。
「シャングリラ!」
「「「シャングリラ?」」」
なんだ、やっぱり夢オチってヤツじゃないですか! シャングリラ号とソルジャーや会長さんはセットもの。夢と現実を混同するって、小さな子供にありがちですよね?



夢オチだったか、と回れ右とばかりに宴会モードに戻ろうとした私たち。しかし「ぶるぅ」は「ホントなんだもん!」と脹れっ面で、放置した場合は大惨事っぽい予感がヒシヒシ。なにしろ悪戯小僧です。御機嫌を損ねたらどうなるか…。
「分かったよ。…何処で見たわけ?」
会長さんが尋ねました。宴会場かつお泊まり場所の提供者としては惨事を回避したいのでしょう。
「シャングリラだよ、何処のか分かんないけど!」
「「「え???」」」
「適当に飛んだら落っこちたの!」
きちんと目標を定めずに空間移動をしようとした「ぶるぅ」は、こちらの世界に飛び込む代わりに謎のシャングリラに落ちたのだそうで。
「こっちの世界にもシャングリラはあるって聞いていたから、それかと思って…。だったら見学しとこうかな、って歩いてたんだよ、船の中を」
「それで?」
会長さんが先を促し、ソルジャーが。
「其処に居たわけ? 凄い美人のブルーというのが」
「うんっ! こっちのシャングリラだったら青の間は誰もいないよね、って瞬間移動したら人がいたからビックリしてシールドで隠れたんだけど」
ふむふむ。誰もが興味津々です。別の世界とはまた面白いネタで。
「でね、シールドの中から覗いてみたらブルーがいたの! 用事があって来てたのかな、って思って見てみたんだけど、なんか違うし…」
「美人だったわけ?」
このぼくよりも、と会長さん、些か不満そう。自分の美貌に絶大な自信を持っているだけに、同じ顔形で「凄い美人」と称される別の世界のブルーとやらに対抗心を燃やしているのでしょう。
「んとんと、ブルーよりも、ブルーよりも美人だったあ!」
「「………」」
ブルーの沈黙、二人前。会長さんとソルジャー、憮然とした顔をしています。
「なんでぼくより!」
「ぼくより美人って有り得ないだろ!」
同じ顔だ、とハモった声に、「ぶるぅ」は「でも…」と二人を交互に眺めてから。
「あっちのブルーが美人だった! すっごい美人!」
「「ちょっと!!」」
許すまじ、とばかりに「ぶるぅ」を睨み付けるブルーが二人。お気持ちはよく分かりますけど、凄い美人も気になりますよね?



自分の顔には自信満々の会長さんとソルジャーよりも美人だという何処ぞのブルー。青の間に居たということは間違いなく別の世界のブルーだったわけで、凄い美人だとはこれ如何に。
「ぶるぅ。…ちょっと訊くけど」
ソルジャーが「ぶるぅ」をジト目で見ながら。
「実はこっちのブルーだったってオチじゃないだろうね、特殊メイクの」
「特殊メイクって何さ! ぼくは素顔で勝負だってば!」
会長さんが喚き、「ぶるぅ」の方も。
「…特殊メイクはどうか知らないけど、こっちのブルーじゃなかったよ?」
「なんだ、特殊メイクかもしれないんだ?」
ホッと安堵の吐息のソルジャー。
「それなら美人でも分かるかも…。ぼくもブルーもメイクはしないし」
「えとえと、特殊メイクって、お化粧?」
「化粧の内に入るだろうねえ、塗るものが普通と違うだけでさ」
「…だったら特殊メイクじゃないかも…」
塗ってなかったし、と考え込んでいる「ぶるぅ」。
「頬っぺたとか唇とか綺麗だったけど、お化粧って感じじゃなかったもん!」
「…頬っぺた?」
「唇?」
ソルジャーと会長さんが顔を見合わせ、相手の顔のパーツをガン見してから声を揃えて。
「「なんかムカつく!!」」
「でもでも、美人だったんだもん! こんなのだもん!」
通じないことに業を煮やしたか、「ぶるぅ」が宙に噂のブルーの映像を。こ、これは確かに凄いかもです。会長さんたちと全く同じ顔形なのに、更に美しく透き通るような肌、ほんのり紅をさしているのかと勘違いしそうな桜の唇。それほどなのに、どう見てもすっぴん、ノーメイクで。
「「「……スゴイ……」」」
度肝を抜かれた私たちの横で別の反応が二通り。
「素晴らしすぎる…」
「ええ、本当に…」
凄いブルーです、とキャプテンと教頭先生が熱い溜息、その一方で。
「同じブルーで、なんで此処まで!」
「差がつくわけ!?」
許せねえ、と言わんばかりのブルーが二人。会長さんとソルジャーは映像の中の美人なブルーに牙を剥いてますが、そりゃまあ、こんなに差がついたら……ねえ?



凄い美人なブルーの証拠を示した「ぶるぅ」は映像をパッと消しましたけれど、収まらないのが二人のブルー。特にソルジャーは自分の伴侶なキャプテンが「凄い」発言をして教頭先生と共に見惚れていたのがショックだったらしく。
「…何か秘訣があるんだろうか?」
どう思う? と話を振った先は会長さんで。
「秘訣だなんて言われても…。美肌には規則正しい生活と栄養バランス…」
「その辺、ぼくはガタガタだよ! それでも君との差はついてないし!」
「…其処なんだよねえ、ぼくにもサッパリ謎なんだけど…」
他に何か、と会長さんの視線が私たちに。
「誰か知らない? 美肌の秘訣」
「あんたにだけは訊かれたくないが」
キース君が切り返しました。
「顔には自信アリなんだろうが! 俺たちに訊くな、俺たちに!」
「そうなんだけどさ、この際、何でも意見があればと」
「……サプリでしょうか?」
シロエ君がおずおずと。
「色々あると聞いてますから、あの世界には凄いのがあるかもしれません」
「なるほど、サプリか…」
「それはあるかも…」
至極真面目なブルーが二人。劇的に差がつくアイテムとなればサプリか、はたまた基礎化粧品か。でも、どちらにしても…。
「…あの世界にしか無いわけだよね?」
「無いんだよねえ?」
せめてサンプルの一つでもあれば、と超特大の溜息が二つ。サンプルさえあればソルジャーの世界で分析するとか、エロドクターに分析させるとか…。けれど「ぶるぅ」の空間移動は適当すぎて、件の美人が居たシャングリラには二度と辿り着けそうもないらしくって。
「…サンプルは無理か…」
「せめて盗み出しておいて欲しかった…」
どうして其処で悪戯小僧の本領を発揮しなかったのだ、と残念MAXな二人のブルー。
「他所のシャングリラだからと遠慮しなくても、派手にやらかしてくれればねえ…」
「いや、本当に…」
「えとえと、サンプル?」
サンプルって? と「ぶるぅ」が首を傾げました。
「なんか不思議なお薬だったら、勝手に貰って来ちゃったんだけど…?」



ちょろまかして来たという不思議な薬。それこそが美貌の秘訣なのでは、と私たちは考え、渦中の人な二人のブルーも当然のように思い至ったわけで。
「「それだ、ぶるぅ!」」
重なったブルー二人分の声に、「ぶるぅ」はキョトンと。
「サプリって、お薬のことだったの?」
「薬と言うのか、何と言うか…。とにかく飲んだらいろんな効果が!」
「そうそう、肌が綺麗になるとか!」
サプリは何処だ、と二人が詰め寄り、「ぶるぅ」は「えーっと…」と後ずさりながら。
「怒らない? …悪戯したって怒らない?」
「「怒らない!!」」
むしろ褒める、と二人がタッグ。何としてでもその薬を、と狙っているのが丸分かり。「ぶるぅ」は「分かった」と頷いてから「はい」と空間移動で大きな瓶を取り出しました。中には真珠のような色と形の錠剤がビッチリ、分析するには充分すぎる量があります。
「…こんなデカイのを盗って来たわけ?」
ジャムの徳用瓶もかくやな大きさの瓶。もっと小さい瓶は無かったのか、と突っ込みたい気持ちは分からないでもないのですけど、「ぶるぅ」は「うんっ!」と澄ました顔で。
「悪戯するならスケールはドカンと大きくだもん! あっちのハーレイ、凄く大事そうに持っていたから、小瓶を盗るより大瓶だもん!」
「「「…ハーレイ?」」」
凄い美人なブルー用の薬じゃなかったんですか、この大瓶。ハーレイと言えばもれなく船長、そんな人用の薬を盗っても何の役にも立たないんじゃあ?
「…ハーレイ用の薬だったか…」
「意味が無いねえ…」
バカバカしい、と二人のブルーが言った途端に。
「違うもん!」
ブルー用だもん、と「ぶるぅ」が敢然と反論しました。
「ハーレイがコレを飲ませてたんだよ、美人のブルーに! はいどうぞ、って!」
「「「は?」」」
何処のシャングリラかは分からないものの、船長が美人なブルーにお薬。それはサプリの一種であっても、どちらかと言えば栄養剤では…?



「…健康維持のための薬か…」
「それっぽいねえ…」
こりゃ駄目だ、と匙を投げてしまったブルーが二人。ところが「ぶるぅ」は「そうじゃないし!」と叫んで、真珠の粒が沢山詰まった大きな瓶をリビングのテーブルにドカンと置くと。
「栄養剤なんか盗らないもん! 不思議なお薬だから盗ったんだもん!」
「…不思議な薬?」
そういえばそういう話だったか、とソルジャーが首を捻りつつ。
「その薬はどう不思議なわけ?」
「えっとね、ハーレイがコレをブルーに飲ませるとねえ…」
「「うんうん」」
聞き入っている二人のブルー。ただでも美人な例のブルーが更に美人とか、そういう薬?
「もっと美人になっちゃうの!」
「なんだって!?」
「あれ以上まだ!?」
それはスゴイ、と食らいつく二人。サンプルは「ぶるぅ」が徳用瓶サイズでガッツリ盗み出しましたから、後は分析あるのみでしょうか。
「もっと美人になる薬ときたよ…」
「普段からそれを飲んでいるなら、あのレベルでも納得かも…」
是非飲むべし、と意見が一致するブルーが二名いるのですけど、「ぶるぅ」が「うーん…」と。
「ホントに飲むの?」
「「飲む!!!」」
「…飲んでもいいけど、胸がおっきくなっちゃうよ?」
「「「胸?」」」
二人のブルーに私たちの声も加わりました。胸が大きくと聞こえましたが?
「うん、胸が大きくなるお薬なの!」
「「「はあ?」」」
「だからね、ブルーの胸がうんと大きくなるの! そしたらハーレイが服を脱がせて」
「ちょ、ちょっと待った!」
会長さんが「ぶるぅ」を制止してから。
「そ、それはもしかして女性並み? あのブルーはまさか女になるとか?」
「うんっ!」
元気よく返事した「ぶるぅ」の声に全員、ドン引き。まさかまさかの性転換薬、それが目の前の徳用瓶だと…?



よりにもよって女性になる薬。美人になるのも納得です。日頃からそんなアヤシイ薬を飲んでいたなら、効き目が切れている時にだって美人要素を引き摺るでしょう。男性と女性、どちらがお肌がしっとりツヤツヤ、唇の色も美しいかは考えるまでもないことで…。
「……お、女……」
会長さんの声が震えて、ソルジャーが。
「ぶ、ぶるぅ…。そのハーレイは、まさか女のぼくを…」
「なんか大人の時間だったよ、すっごく胸のおっきなブルーと!」
「「「うわー…」」」
ひでえ、と誰が言ったのか。教頭先生とキャプテンも眉間の皺を深くしながら。
「…それは立派な変態ですね…」
「まったくです。わざわざブルーに薬を飲ませて女にするなど、変態でしか有り得ませんよ」
そりゃそうだろう、と私たちも頷いたのですけれど。
「………ん?」
一番最初に矛盾に気付いたのが会長さんで。
「薬を飲ませて男を女に、というのは確かに変態だけどさ…。ぼくもドン引きしちゃったけれども、それって結果は普通じゃないかな?」
「「「普通?」」」
「うん。…男同士の方が変だよ、男と女なら普通だってば!」
「「「あー…」」」
それはそうかも、と目から鱗がポロリンと。凄い美人の男なブルーと大人の時間をやらかすよりかは、女なブルーとやっている方が普通かもです。してみれば、例の薬を美人なブルーに飲ませる船長、至って普通な趣味の持ち主なのかもで…。
「…変態ってわけじゃなかったんだ?」
ジョミー君が言い、サム君が。
「言われてみればそうかもなあ…。いやまあ、俺は男のブルーの方が好みだけどよ」
「サム先輩もそっちの人ですしねえ…。でも、普通だったら其処は女ですよ」
シロエ君の指摘に、マツカ君も。
「…性別を変える件はともかく、普通は女性が相手ですよね?」
「真っ当な趣味をしているのかしら、ぶるぅが見てきた別の世界のハーレイって人は?」
スウェナちゃんの意見は至極正論、性転換の件さえなければその船長はいわゆるノーマル。教頭先生やキャプテンなどより正常な人になるわけで…。
「変態どころか正常ねえ…」
だけど理解の範疇外だ、と会長さん。それはどういう意味合いで…?



「えっ? まず一番はハーレイとやろうって辺りだよ、うん」
会長さんは凄い美人なブルーの嗜好を真正面から否定しました。
「ハーレイなんかが趣味っていうのが理解出来ない。しかもハーレイがノーマルだからって、自分の性別まで変えるなんてねえ…。いやもう、変態はブルーの方かと」
「その点は同意」
深く頷いているソルジャー。
「この身体でヤッてなんぼなんだよ、なんでわざわざ女になるわけ? おまけにハーレイの好みで女になってるわけだろう? ぼくは受け身はお断りだってば!」
自分の意志で女になるならともかく、とソルジャー、ブツブツ。
「凄い美人は羨ましいけど、女はねえ…」
「ぼくも美貌は羨ましいけど、そこまでしてねえ…」
リスク高すぎ、と二人のブルーの意見が一致。ところが人数がこれだけいれば、ズレている人もいるわけでして。
「…私も同じ意見だな。お前は断然、男でないと」
教頭先生が会長さんの肩をガッシリと掴み、真剣な愛の告白を。
「女になってくれとは言わない。…確かにあれほどの美人は捨て難いのだが、女となったら興醒めだしな。お前は今のままがいいんだ、俺は男のお前が好きだ」
「ちょ、ちょっと…!」
「だからだ、あそこの薬を飲まなくてもいい。お前は今のままで充分、美人だ。女なお前より断然、男だ。…是非とも嫁に来て欲しいのだが」
「お断りだし!」
この変態が! と会長さんは教頭先生の腕を振りほどくと。
「君の場合はその変態を治すべきだね、その方がいい」
「女になってくれるのか?」
「なんでそういうことになるのさ!」
都合のいいように解釈するな、と柳眉を吊り上げる会長さん。
「ぼくが女に変化するより、最初から女性を探したまえ! 君に釣り合う女性ってヤツを!」
「私にはお前しか考えられん。だからだな、お前が女になるというなら私もこの際」
「……この際?」
「女なお前を相手に出来るよう、自分をキッチリ鍛えるまでだ!」
教頭先生の思考は斜め上というヤツでした。まずは会長さんありき。会長さんが男だったら最高であって、万一、女になってしまったなら、自分の好みを変えるんですか、そうですか…。



「うーん…。ある意味、天晴れだよねえ」
ソルジャーがしみじみ呟きました。会長さんは教頭先生の発言のズレっぷりに頭を抱えて呻いていますが、ソルジャーにとっては違ったようで。
「ハーレイ、今のを聞いたかい? ブルーが男であるのが一番、それがダメなら自分もそっちに合わせるそうだ。…お前の場合はどうなんだろうね、ぼくが女になってしまったら?」
「努力します!」
キャプテンは即答、ソルジャーはそれは満足そうに。
「なるほど、お前も努力をする、と。…ぼくも大いに愛されてるねえ」
「もちろんです! 一刻も早く元に戻るよう、あらゆる努力を惜しみません!」
「…元に戻る?」
「そうです、早く男に戻って頂きませんと!」
グッと拳を握るキャプテン。その表情は先ほどの愛の告白な教頭先生と同様、とても真剣なのですけれど。
「…ぼくに男に戻れって?」
「はい! でないと大いに楽しめませんし!」
「…ちょっと待って。それって、お前が楽しめないっていう意味なんじゃあ?」
「あなたもです! 萎えたままでは如何なものかと!」
ヌカロクどころではありませんし、と謎の単語を発したキャプテンに向かって、ソルジャーが氷点下に冷えた瞳で。
「…萎えたまま? つまり、女のぼくでは欲情しない、と」
「当然でしょう! 男のあなたが最高なんです、女では気分が乗りません!」
男が最高、と讃える所まではキャプテンも教頭先生と同じ。ただ、その先が違いました。女だったらそれに合わせて自分を変える、と言ってのけたのが教頭先生、元に戻す努力をすると答えた方がキャプテンで…。
「分かった。…要するに、お前は自分の好みが優先である、と」
良く分かった、とソルジャーの声は絶対零度な氷の響き。
「お前の好みに合わせるために、ぼくの性別を変化させるというわけだな?」
「い、いえ、そうではなく…! あなたは本来、男ですから、元に戻すと…!」
「いや、違う。女になったぼくに合わせるつもりは毛頭無くて、自分自身が萎えないようにと女のぼくを男にするんだ。…それは凄い美人なぼくを作ったという変態と同じレベルだけど?」
ぼくの身体を自分好みにカスタマイズ、とソルジャーはキャプテンに指を突き付けました。
「ぼくの身体より自分が優先、もう最低な変態だってば!」



女になった相手に合わせて自分を変えるか、相手の身体を元に戻すか。どっちの方が変態なのかと尋ねられても困ります。世間一般には男と女で、自分を変えても女相手が正しい選択。しかし元から男同士のカップルの場合、元に戻して男にしないと変態じみたことになるかも…。
「とにかくお前が変態なんだよ、間違いない!」
それは絶対、と主張するソルジャーが正論なのか、はたまた女になった会長さん相手でも努力あるのみと言い切った教頭先生が変態なのか。教頭先生とキャプテン、どちらが真の変態なのかは判定が難しすぎました。でも…。
「変態と言ったら変態なんだよ、お前の方が!」
ギャーギャーと喚くソルジャーはキャプテンを変態と決め付け、夫婦の危機というヤツです。此処はキャプテンの肩を持たないとヤバイのかも、と思えてきました。
「…どうすりゃいいんだ、この状況を」
キース君がヒソヒソ声で尋ね、シロエ君が。
「いっそ飲ませたらどうでしょう? 例の薬を」
「「「えぇっ!?」」」
「シーッ! 聞こえたら命が無いですよ?」
お静かに、とシロエ君が声をひそめてヒソヒソヒソ。
「今は机上の空論ですから、マズイ方向にしか行かないわけで…。実際、薬を飲んでしまったら分かるでしょう。そのままの状態で夜を過ごすか、何が何でも元に戻すか」
「しかしだ、元に戻す薬は無いんだぞ?」
其処をどうする、とキース君。
「あいつがそのまま女だったら、俺たちの命は確実に無い」
「その内、勝手に元に戻りますよ。ぶるぅが盗ってきた薬の量の多さからして、効果があるのは長い時間ではない筈です。せいぜい一粒で一晩かと。…それと飲むのはお任せコースで」
「「「お任せコース?」」」
「ぼくたちが飲ませたら殺されますよ? 自分で飲んで頂きましょう」
ちょっと煽って、とシロエ君は恐ろしいことを言い出しました。
「どのくらい愛されているのか試してみれば、と横から煽れば飲みますよ」
「…し、しかし…」
あいつが女に、と腰が引けているキース君。私たちだって同様でしたが、そんな状態がソルジャーにバレない筈がなく。
「……面白そうな相談だねえ?」
赤い瞳が私たちをひたと見据えました。もしかして人生、終わりましたか…?



「ふうん…。実際に飲んでみて愛を試す、と」
面白い、と真珠そっくりの粒が詰まった瓶を手に取るソルジャー。
「女になっても愛せるかどうか、そこの所を確かめるんだね?」
「…ま、まあ…。そういうトコです……」
間違ってません、とシロエ君。ビッシリと汗をかいてますけど、ソルジャーの方は涼しい顔で。
「そうだってさ。はい、ブルー」
どうぞ、と瓶を差し出した先には会長さんが。
「とりあえず君が飲んでみたまえ、君なら問題ないだろう? こっちのハーレイは究極のヘタレ! 君が女に変わった所で急にコトには及べない。女になった君を相手に熱烈な言葉を吐けるかどうか、そこだけ分かれば充分だよ、うん」
「な、なんでそういうことになるわけ!?」
「君だと実害ゼロだから! こっちのハーレイが熱い台詞を吐いていようが、女の君を押し倒したりは出来ないし…。君もハーレイも変な趣味に目覚める心配は全く無いよね」
其処の所を是非確かめたい、とソルジャーは会長さんに詰め寄りました。
「でもって君のハーレイの愛が実証されたら、ぼくのハーレイは愛情不足! 男のぼくしかダメというのはよろしくない。結婚までした夫婦だよ? 許されないとは思わないかい?」
「だ、だったら君も飲むんだろうね? 許されないなら!」
「なんで?」
これ以上夫婦の危機を深めてどうする、というのがソルジャーの意見。
「ただでも夫婦の危機なんだよ? これで女になったぼくを相手にヤれないとなったら最低最悪、もう別れるしかないんじゃないかと!」
「じゃ、じゃあ、ぼくにだけ飲ませてどうするつもりさ!」
「えっ? そりゃもう、あの愛の深さを見習えと! 冷え切った夫婦の仲を燃え上がらせるべく今夜は励めと!」
ねえ? とソルジャーはキャプテンに視線を向けました。
「こっちのハーレイに愛の深さで負けたとなったら、お前には後が無いわけだしねえ? もうヌカロクは基本中の基本、今夜は徹夜で励むしかないと思うけど?」
「は、はいっ! 頑張らせて頂きますっ!」
「うんうん、その勢いで男のぼくを相手に、ね。…というわけで、ブルー、よろしく」
夫婦の危機を回避するための着火剤になれ、とソルジャーは瓶を会長さんに突き付けました。
「一錠、飲んでみてくれる? 美人になれるのは間違いないしね」



飲めば美人になる薬。凄い美人が出来上がるものの、もれなく胸がついてくるとか。それも立派な女性の胸で、どうやら男が女になってしまうという薬。いくら実害ナッシングでも、会長さんが女になりがたるわけがなく…。
「嫌だってば! ぼくは飲まない!」
「凄い美人になるんだよ? 君も見ただろ、あの美人を! 羨ましいって言ったじゃないか!」
「言ったけれども、それとこれとは話が別で!」
飲む、飲まないで押し問答になりつつある中、ソルジャーがキラリと目を光らせて。
「嫌なら口に突っ込むまでか…。サイオン勝負なら、ぼくに分がある」
「ちょ、ちょっと!」
「自発的に飲むか、飲まされるかの違いだってば! どっちがいい?」
「どっちも嫌だーーーっ!!」
必死に逃げを打つ会長さんと、瓶を片手に「さあ飲め」と迫るソルジャーと。サイオン勝負なる言葉が出た以上、会長さんの負けは見えていました。サイオンで口を開けさせられて薬を一錠放り込まれるか、口の中にポイと瞬間移動か。
「…ま、マズイですよ、このままだと…!」
「シロエ、お前が言い出したんだぞ!」
「そんなことを言ってる場合じゃないですってば、キース先輩!」
なんとかしないと、と叫ぶシロエ君を筆頭に焦りまくりの私たち。このまま行けば会長さんは凄い美人で女なコースへまっしぐらです。それが分かっているのか否か、女でもそれに合わせると言い切っただけに気にしていないのか、動かないのが教頭先生。
「ブルーへの愛はどうなったのさ!」
助けに来れば、とジョミー君が毒づく声すら聞こえているのかサッパリ謎。腕組みをして見ているだけで、止めるわけでもなさそうで…。
「誰か助けてーーーっ! ぶるぅーーーっ!!」
会長さんの悲鳴に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が動きかけると、ソルジャーが。
「ぶるぅ、これは美人になる薬! ブルーも欲しいと言っていただろ、そういうサプリ!」
「え? でもでも、ブルー、嫌がってるよ?」
「それは副作用があるからで! 知っているだろ、副作用を恐れちゃ薬は飲めない」
「そっかあ! 風邪薬とかで眠くなるよね♪」
分かったぁー! とアッサリ丸め込まれて、タイプ・ブルーな援軍、轟沈。ソルジャーはウキウキと瓶の蓋を開けにかかりました。もうダメだ、と私たちが目を瞑りかけた時。



「ブルーーーっ!!!」
マッハの速さでソルジャーにタックルをかました人影。よろけたソルジャーの手から瓶を奪い取り、キュキュッと蓋を開けるその人は…。
「「「教頭先生!?」」」
「ブルーが危ないのはよく分かった。嫌がっているのも分かったのだが、どうするべきかで悩んでな…。この薬さえ無かったならば!」
「「「…無かったならば?」」」
読めない教頭先生の行動。ソルジャーもポカンと眺めるだけで、瓶を取り返しには行かないようです。教頭先生は蓋を開けると、会長さんにニッコリ微笑みかけました。
「これさえ無ければブルーの身体が危機に陥ることはない。私が全部消し去ってやる」
「…ど、どうやって?」
会長さんの疑問はもっともなもの。教頭先生に瞬間移動の技は無い上、あの錠剤を燃やしたりする能力も皆無の筈ですが…?
「分かり切っている、こうするまでだ! 飲んでしまえば何も残らん!」
「「「えぇぇっ!?」」」
ザラザラザラ…ッと瓶から溢れた真珠の粒が、教頭先生が大きく開けた口の中へと。まさかまさかの教頭先生が凄い美人で、おまけに胸までドッカンですか? しかも徳用瓶じみた大きな瓶に一杯分だと、効き目はいつまで続くのやら…。
「つまんなーーーいっ!!!」
真っ白な灰になりかかっていた私たちの耳に届いた「ぶるぅ」の叫び。パアァァァッ! と青いサイオンが迸り、部屋が一瞬ユラリと揺れて。
「「「…い、今のは…?」」」
そして教頭先生は、と目をやった先に先刻までと寸分違わぬ大きな姿。美人でもなく大きな胸も無く、何処から見ても立派な男性。ただ、違っている点が一つだけ…。
「あれっ、薬は?」
ジョミー君がキョロキョロ、教頭先生も自分の手をじっと見詰めて「どうなったのだ?」と。薬の瓶がありません。真珠の粒がビッチリ詰まった徳用瓶が影も形も…。
「飛ばしちゃったもん!」
なんか面白くないんだもん、と「ぶるぅ」がプウッと頬っぺたを膨らませて。
「ブルーが美人になる薬なのに、ハーレイが美人じゃつまんないし! もっと面白くなりそうな所に飛ばしたんだもん、美人になれます、って!」
「「「………」」」
それは何処だ、と訊きたい台詞を全員がグッと飲み込みました。なにしろ相手は災難を運んでくる薬。何処かへ消えたなら万々歳で、触らぬ神に祟りなしです…。



こうして迷惑な薬は消え失せ、お花見の夜は更けて無事にお開き。ソルジャー夫妻は自分たちのゲストルームに引っ込み、「ぶるぅ」は「そるじゃぁ・ぶるぅ」と土鍋を並べてお泊まりで。
「…ハーレイ、一応、御礼は言っとく」
助かった、と会長さんが教頭先生に差し出したものは花見団子の残りを盛ったお皿でした。
「これ、ぼくの気持ち。…夜食に食べてよ、これくらいしか無くってごめん」
「い、いや…。お前が無事ならいいんだ、うん」
「ありがとう。これも綺麗に食べてくれると嬉しいな。明日になったら乾いてしまって味が落ちるし、美味しい間に…。此処のはホントに美味しいんだよ」
遠慮しないで、と極上の笑みの会長さん。教頭先生は恐縮しつつも御礼を言っておられますけど、心の中では泣いておられることでしょう。甘いものが苦手な教頭先生、花見団子は一つも食べておられません。それなのにお皿に山盛りだなんて…。
「ハーレイ、ホントにありがとう! 朝になったら御礼に緑茶を運んであげるね、その時にお皿を下げるから!」
「「「………」」」
鬼だ、と私たちは顔を見合わせました。会長さん手ずから目覚めの一服は嬉しいでしょうが、それまでに花見団子を完食の刑。身体を張って会長さんを救おうとしたのに、この始末。これでは例の薬を本当に飲んで女性化してても、ロクなことにはならなかったような…。



何処かのシャングリラから「ぶるぅ」が盗んだ、凄い美人なブルーとやらが出来上がる薬。何処へ消えたかも大騒ぎすらも遠いものとなった数日後の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にソルジャーがフラリと現れました。
「こんにちは。…この前の薬、覚えてる? ほら、凄い美人なぼくが出来ると噂のアレ」
「ああ、アレな」
見付かったのか? とキース君が訊けば、ソルジャーは「まあね」と頷いて。
「ぶるぅの人選は見事だったよ、お蔭でぼくのシャングリラは笑いの渦だ」
「「「は?」」」
「特にブリッジと機関部が酷い。なにしろゼルがフサッてるから」
「「「へ?」」」
なんのこっちゃ、と首を傾げた私たちですが。
「分からないかな、ゼルがフサフサなんだってば! ゼルの頭にフサフサと毛が!」
「「「えぇっ!?」」」
「ぶるぅはゼルが美人になったら笑えるだろうと単純に考えただけらしいんだけど…。モノが女になる薬だけに、女性ホルモン爆発なのかな? もうアフロかっていう勢いでフサフサなんだよ」
こんな感じ、とソルジャーが見せてくれた映像の中には頭がモコモコの羊状態なゼル先生ならぬゼル機関長が立っていました。髭は直毛、ソルジャーの記憶では若い頃には癖毛じゃなかった筈のゼル機関長が真っ白なアフロヘアーでモコモコ、フワフワ。あまつさえ…。
「本人、この薬のせいで生えてきたって分かってるからガンガン飲むしね? すっかり美人になってしまって、どうしようかと…」
「……これは酷いね……」
会長さんが打った相槌のとおり、ゼル機関長は美老人と化していました。
「ね、君だってそう思うだろ? でもねえ、ゼルはまずは髪の毛らしいんだ。それであちこちで言ってるんだよ、「フサりたいけど女はキツイのよ~」って! 「キツイのう」ですらない状態」
「「「うわー…」」」
御愁傷様としか言いようのない事態になったようです。ソルジャーは懸命に「ぶるぅの悪戯だから」と火消しをしているらしいですけど、最悪の場合はシャングリラ中の記憶消去しかない模様。
「……最悪ですね?」
シロエ君が呟き、キース君が。
「いや待て、ブルーが女よりかはこっちの方が…。いや、しかし…」
変態カップル登場がマシか、美老人なゼル機関長か。どちらも記憶を消去するしか後始末が出来そうにありません。「ぶるぅ」が盗んだ妙な薬と、凄い美人なブルーが住むというシャングリラ。二度と遭遇しませんようにと祈るより他は無いような…。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。




            飲んで美人に・了

※新年あけましておめでとうございます。
 シャングリラ学園、本年もよろしくお願いいたします。
 新年早々、強烈な話でスミマセンです、でも、こういうのがシャン学というヤツですから!
 「女体化の危機か」と思われた方もあるかもですけど、「その趣味は、ねえ!」と。
 来月は第3月曜更新ですと、今回の更新から1ヶ月以上経ってしまいます。
 よってオマケ更新が入ることになります、2月は月2更新です。
 次回は 「第1月曜」 2月6日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、1月は、除夜の鐘の存在意義と「ありよう」を巡って論争中…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv








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