シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年の冬は寒さが厳しく、除夜の鐘も初詣も雪の中。何かといえば雪、雪、また雪。これは引きこもるしかないと意見が一致し、子供は風の子なんて言葉は何処へやら。この週末も会長さんの家に集まって一泊二日の鍋パーティーだと洒落込んだまではいいのですけど。
「…なんであんたが面子にいるんだ」
解せん、とキース君が睨む先にはソルジャーが。
「えっ、別にいいだろ、ぼくのシャングリラは暇なんだからさ。…ついでにハーレイ、今日は忙しいから夜になっても使えるかどうか」
「「「は?」」」
「夜はいわゆる夫婦の時間! お疲れ気味ではどうにもこうにも…。薬はあんまり使いたくないし、道具もハーレイはドン引きするしね」
「「「………」」」
またか、と溜息の私たち。大人の時間はサッパリですけど、要するにソルジャーは暇を持て余していて、運が悪いと泊まり込まれてしまうようです。それを避けるためにもキャプテンの仕事が早く終わることを祈るだけ。でも…。
「キース、仕事がサクサク進む御祈祷ってあるのかよ?」
サム君が尋ね、会長さんが。
「ウチの宗派は基本がお念仏だしねえ…。目的別の御祈祷は無いよ、残念ながら。お念仏とお経はいつものコースで、ちょこっとお願いを付け加えるくらいが限界かと」
総本山の璃慕恩院では、そのやり方で合格祈願などもするとかで。
「…この際、お念仏でも唱えますか?」
シロエ君の発案で、唱えようかということに。お仕事サクサク終了祈願は伝説の高僧、銀青様な会長さんにお任せコース。さて、と湿っぽく唱えようとしたら。
「ちょっと待ってー!」
先にテレビ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の大きな声が。
「「「テレビ?」」」
「うんっ! 今からスケート、ハイライトなの!」
ダイニングに置かれた大きなテレビの電源が入り、映し出されたスケートリンク。そういえば昨日だったか、フィギュアスケートの大会が何処かであったかな?
「御祈祷、これが済んでからでいい? どうせみんなもお食事中だし」
「あ、ああ…。それはまあ…」
確かに鍋の最中ではある、とキース君。寄せ鍋パーティーはまさに佳境で、グツグツ煮える鍋を囲んでのお念仏はあまり効かないかも…。お念仏、後でいいですよね?
御祈祷の前にテレビ観賞。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はフィギュアスケートが好きと言うより、華麗なジャンプや回転などの技が見たかったらしいです。
「わあっ、凄いや! 四回転~っ!」
まだまだ見るんだ、とテレビに釘付け、私たちも鍋を食べつつスケート観賞。サイオンを使えば回転数は増やせるだろうとか、ジャンプももっと飛べる筈だとか、スポーツマンシップから著しく外れた話に興じていたのですけど。
「…あれっ?」
時ならぬ声の主はソルジャー。綺麗な女性が滑っていますが、まさか好みのタイプだとか?
「えーっと…。うんうん、やっぱりそうか…」
「どうかした?」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「ちょっと質問してもいいかな、スケートのことで」
「どうぞ。…ぼくに分かるか謎だけれどね」
「今、滑ってる人の服なんだけど」
「「「服?」」」
何処か変わっているのだろうか、とテレビに注目。けれど火の鳥のイメージだという鮮やかな赤が華やかなだけで、後は羽根を何枚も重ねたように見える全体のデザインが目を引く程度。そう、まるで羽根で出来た服を着ているような。
「この服、直接着ているわけじゃないんだね」
「「「へ?」」」
直接も何も、服は普通に着るものです。特にスケートは着ぶくれたら負け、出来るだけ身体のラインに合わせたデザインになる筈ですが…?
「ごめん、訊き方が悪かったかな? この赤い服、凄く大胆なデザインだなぁ、と思ったんだけど…。肩は丸出し、裾も短くて足が丸見えだと思ったんだけど…。よくよく見たら肌の色と同じ色の服がくっついてるな、と」
「「「ああ!」」」
そういう意味か、と理解しました。スケート靴まで覆う肌色のタイツに、実は手首まである肌色の袖。胸元もガバッと開いているようで、その実、首の所まで肌色が覆っているわけで。
「なるほどねえ…。今頃になって気が付いた、と」
会長さんが確認をすれば、ソルジャーは「うん」と首をコックリ。
「今までに滑った人たちの服もこうだったのかい? ぼくが見落としてただけで」
「そうなるね。これはそういう決まりだから」
肌の露出は禁止事項だ、と会長さん。うん、こういう服って、そうですよね!
スラリと長い手足に加えて肩や胸元も大胆に見せる女性の衣装。ところがどっこい、その実態は肌色スーツとも言うべきものでしっかりガードで、見えるどころか完全武装。私たちには馴染み深くて常識でしたが、ソルジャーは全く知らなかったらしく。
「決まり事なんだ…。じゃあ、今、リンクに出て来たこの人の服も」
「片方の肩が丸見えっぽいけど、しっかりバッチリ隠されてるよ」
会長さんがワンショルダーっぽい衣装の女性を示すと、ソルジャーは「本当だ…」と呟いて。
「足もすっかり隠れてるんだね、今の今まで騙されてたな」
「そう見えるように作られてるしね? やっぱり魅力はアピールしないと」
「魅力?」
「女性ならではの身体のライン! だけどホントに見せてしまったらスケートの技術を評価どころか別物になってしまうしねえ…」
露出度の高さを競ってるわけじゃないんだから、と会長さんは言ったのですけど。
「でもさ、見えた方が嬉しい人が多いから、こういう服になるわけだろう?」
「身も蓋も無い言われようだけど、其処は完全には否定できない」
「うんうん、なるほど…」
面白い服もあるものだ、とソルジャーはすっかり衣装に夢中。スケートの技術も見てあげて、と言いたくなるほど服ばっかりを見ている有様。
「うわあ、これまた大胆だねえ…」
「そういう視点で眺める競技じゃないってば! 失礼だろう!」
「見てくれと言わんばかりの衣装で出る方が悪いと思うけどなあ…」
ひたすら「凄い」を連発しながらのソルジャーのスケート観賞は明らかに何処かがズレていました。私たちがジャンプや回転技に歓声を上げても声は上がらず、見ているものは服、服、服。次はどういうデザインなのか、と食い入るように眺め続けて、ようやっとテレビ放映が終わり…。
「うーん、本当に凄いものを見せて貰ったよ」
「そう言いつつも食いやがったな、俺の分まで!」
キース君が投入した具をソルジャーが横から掻っ攫ったとか、盗られただとか。不満たらたらのキース君を他所に、ソルジャーは。
「ところで、さっきの服なんだけど…。あれって作れる?」
「「「は?」」」
「作れるのかな、って訊いてるんだよ、ぼくもああいうのを着てみたい」
「「「えぇっ!?」」」
まさに青天の霹靂というヤツ。露出多めの女性向けフィギュアスケートの衣装。それを着たいとは、どういう趣味の持ち主なんだか…。
「…君の質問に答える前に、一つ訊くけど」
会長さんが切り出しました。
「君はスケートをやりたいわけ? それとも服を着てみたいだけ?」
「服の方だねえ…」
「なんでまた?」
「見た目に露出が多いから!」
そこがいいんだ、とソルジャー、キッパリ。
「ああいう格好でウロついてればね、ハーレイだってその気になるかと」
「何処をウロつくつもりなのさ!」
「決まってるじゃないか、ぼくのシャングリラのブリッジだよ!」
「最悪だってば!」
自分の威厳を地に落とす気か、と会長さんが責めたのですけど、ソルジャーの方は何処吹く風で。
「落とさないようにあの服なんだよ、分からないかな? 一見、露出はググンと多め。でも実際は手袋もバッチリ、ブーツだってキッチリ履いています、なソルジャーの衣装!」
「「「そ、ソルジャー?」」」
「そう! マントは身体を隠しちゃうから外しておくしかないかもだけれど、他はしっかり装着状態! だけど見た目は上着だけしか着ていません…って服は無理かな?」
作れないかな、とソルジャーの赤い瞳が「そるじゃぁ・ぶるぅ」をチラチラと。お裁縫も得意な「そるじゃぁ・ぶるぅ」なら縫える可能性は大いにあります。案の定、ソルジャーの意図を理解していない無邪気な子供はニコニコと。
「あのね、ソルジャーの服は色々と特別製だから…。宇宙空間とかも飛べないとダメだし、そういうのはぼくにはちょっと無理かなぁ? でも、普段着なら作れるよ?」
「普段着って普通に着られるんだよね、さっきのスケートの服みたいに?」
「うんっ! 手袋もブーツも見えないヤツを作ればいいの?」
「そう! 上着だけです、っていう服が欲しいな、いつものコレ」
ソルジャーは私服に着替える前に身に着けていた白い上着を空中にパッと取り出しました。
「これ一枚しか着てないように見えるのが理想かな。…それで、作れる?」
「えとえと…。頑張ってみるけど、いつ使うの?」
「出来上がったら即、着て歩く! 早い方がいいなあ、それこそ明日でもいいくらい!」
「んーと…。御飯の用意をしなくていいなら、明日の夜には出来るかな?」
型紙がどうとか、布がどうとか。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はとても真剣で…。
「明日の夜にはなんとかなりそう! …でも、御飯が…」
「そこは出前でいいと思うよ、ぼくの奢りで! ノルディにお小遣いを貰ったトコだし!」
お寿司でもピザでも遠慮なく頼んでくれたまえ、と言われましても。…ソルジャー、本気で「上着しか着ていないっぽい」トンデモな服を作る気ですか…?
お裁縫大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」をガッツリ巻き込み、ソルジャーは妙な衣装を作らせて着る気満々でした。しかもキャプテンの仕事が終わらなかったようで、お泊まりコース。
「…お念仏を忘れましたしね…」
シロエ君の痛恨の言葉にズズーン…と落ち込む私たち。キャプテンの仕事がサクサク進むよう、お念仏を唱えて御祈祷をする予定だったのに…。フィギュアスケートのお蔭ですっかり忘れて、災難までが降って来る始末。よりにもよって「上着だけ」に見えるソルジャーの衣装。
「…どう考えてもヤバイよねえ…。ぶるぅが奥で頑張ってるヤツ」
ジョミー君がぼやけば、キース君も。
「当たり前だろう。上着だけだぞ、他はまるっと肌色なんだぞ!」
「猥褻ですよね…」
シロエ君の台詞をソルジャーが聞き咎め、人差し指をチッチッと。
「猥褻だなんて、とんでもない! ぼくはキチンと服を着てるし、問題なんかは全く無い筈! さっきのスケートだってそうだろ、見えちゃ駄目だから肌色を着てるわけだろう?」
「…そうなんだけどね…」
会長さんが疲れ果てた声で。
「なんでそっちの方へ行くかな、ブリッジの士気が下がるだけだと思うけど? そんな格好でウロつかれたら」
「全体としてはそうなるだろうね。ゼルは血管が切れるかもだし、エラは頭痛で倒れそうだ。だけどブラウは楽しんでくれると思うんだよ、うん」
「その前にキャプテンが卒倒するんじゃないのかい?」
「こっちのハーレイみたいにヘタレてないから、ぼくを抱えてダッシュで逃げると踏んでいる。そしてそのまま青の間のベッドに傾れ込むのさ、勤務中だったことも忘れる勢い!」
「……いいけどね……」
好きにしてくれ、と会長さんは右手をヒラヒラ。
「君とハーレイとの仲はバレてるんだよね、ハーレイが気付いてないだけで?」
「そうだよ、だから上着一枚でウロウロしてたら「誘いに来たな」と思ってくれるさ、好意的に」
「……どうなんだか……」
会長さんが特大の溜息をついて、後は野となれ山となれ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は徹夜モードで衣装作りに燃えていますし、此処はソルジャーの奢りだという出前を注文しますかねえ?
「俺、ラーメンな!」
「ぼくは特上握りかなあ…」
てんでバラバラな注文ですけど、こんな深夜にラーメンにお寿司。開いてるお店があるのだろうか、と考えていたら「ホテル・アルテメシア!」と会長さん。本来はルームサービス用のメニューを使って家までお届け、それはとっても高そうですねえ?
夜食は出前で朝食も出前、お昼御飯ももちろん出前。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーの注文通りの服を縫うべく頑張りまくって、ついに夕方。
「かみお~ん♪ 出来たよ、お洋服!」
飛び跳ねて来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、ソルジャーは嬉々とした表情で。
「本当かい? 着てみてもいい?」
「うんっ! 試着しないとピッタリかどうか分からないしね、直すんだったら急がないと」
「ありがとう。それじゃ早速…」
いそいそとリビングを出て奥の方へと向かったソルジャー。やがて戻って来た時には…。
「「「………」」」
これは絶対アウトだろう! と全員が思ったに違いありません。教頭先生が何度かやらされた裸エプロンなども真っ青な凄まじさ。ソルジャー服の裸上着だなんて…。
「どうかな、コレ?」
私たちの感想を求めるソルジャー、裸上着で右へ左へ。いえ、本当は裸ではなく、ソルジャーの肌の色にピタリと合わせた布で覆われているわけですが…。
「どうと言われても、最悪としか」
会長さんがバッサリ切り捨てました。
「趣味が悪すぎだよ、何処から見ても立派な裸上着だし!」
「分かってないねえ、そこがいいんだ。それにさ、裸じゃないって直ぐに分かるし! 此処さえ見れば、もう一発で!」
あるべき所にあるものが無い、とソルジャーが指差す大事な部分。ソルジャー服の上着はお尻はすっかり隠れますけど、前の部分は開いたデザイン。つまりは肌色の布が無ければとんでもない場所が丸出しになって…。
「最低限のマナーだよ、それは!」
会長さんが怒鳴り付けました。
「君の世界はどうか知らないけど、ぼくたちの世界で其処が丸見えだったら犯罪だし!」
「露出狂という言葉もあるぞ」
キース君も横から割り込み、露出狂が逮捕される根拠の法律と罰則までもスラスラスラ。
「…というわけでな、あんたは警察に捕まるわけだが…。その部分に布が無ければな」
「ちゃんとあるじゃないか、問題なし!」
そしてシャングリラにその手の規則は無い、とソルジャーは高らかに宣言を。
「シャングリラではある意味、ぼくが法律! ぼくが白いと言った時にはカラスも白い!」
「……もう好きにしたら?」
ご自由にどうぞ、と会長さんが匙を投げ、私たちも全員、見事にお手上げ。ソルジャーは裸上着な衣装の試着を終えると、それを抱えてワクワク帰って行ったのでした…。
世にも恐ろしい裸上着風のソルジャーの衣装。どうなったのかも考えたくはなく、縫い上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけが評判を心待ちにする中、月曜日は何事も起こらずに過ぎて、やがて火曜日の放課後になって。
「…何も起こらねえな?」
今日も平常運転だよな、とサム君がホットココアを飲みつつ胡桃ケーキをモグモグと。もしかしたらソルジャーは例の衣装を着ていないのかもしれません。人類軍とやらの攻撃が来たなら裸上着で遊ぶどころか、本物のソルジャーの衣装で最前線で戦闘ですし…。
「ブルーには悪いと思うけれどさ、そっちの方が平和だよねえ…」
会長さんがそう言った途端、部屋の空気がユラリと揺れて。
「戦闘の何処が平和なのさ!」
紫のマントがフワリと翻り、キッチリ着込んだソルジャー登場。…裸上着は?
「ああ、アレね。そもそもブリッジで着ていないから!」
「「「え?」」」
やっぱり非常事態だったか、とSD体制でのソルジャーの苦労を垣間見た気がしたのですけど。
「そうじゃなくって! いきなりアレを着てブリッジに行って、ハーレイが卒倒したらマズイじゃないか。あれでも小鳥の心臓なんだよ、ぼくとの仲に限定だけどさ」
「「「………」」」
あのキャプテンに小鳥の心臓。似合わないこと夥しい、と突っ込みたいですが、ソルジャー限定ならばアリかも。そのキャプテンがどうしたんですって?
「だからさ、ウッカリ卒倒されてしまったら裸上着の魅力も何も…。そう思ったから、青の間で披露することにした。絶対、喜ぶと踏んでいたのに!」
「…ダメだったわけ?」
会長さんの問いに、ソルジャーは「うん」と頷いて。
「一瞬、嬉しかったらしいんだけどねえ、裸上着だと思い込んでさ。…それが仕掛けに気付いた途端に文句たらたら、これはダメだとか燃えないだとか」
「燃えないって…。そりゃまあ、服は着ているわけだしね?」
アレはあくまで視覚のサービス、と会長さんが返したら。
「違うってば、其処じゃないんだよ! ブリッジに着て行こうかと言ったら「恥をかくのはあなたですが?」なんて言い出しちゃってさ、もう本当に燃えないらしい」
「…なんで?」
「ハーレイ、好みは脱がす方だったんだよ! 「何の恥じらいもなく脱がれた所で、私は嬉しくありませんが?」だってさ、喜んだのは一瞬だけで!」
「「「………」」」
知ったことか、と言いたい気分を私たちはグッと飲み込みました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力作がパアになったらしい事実は分かりましたし、これで少しは反省するかと…。
キャプテンの好みは脱がれる方ならぬ脱がす方。ソルジャーご自慢の裸上着な衣装はお好みではなく、もちろん裸上着でブリッジをウロつかれたとしても燃え上がる筈もないわけで。
「…どうすりゃいいのさ、あのハーレイを!」
「脱がせて貰えば?」
ごくごく普通に、と会長さん。
「でもって二人で楽しむことだね、ぼくたちの世界を巻き込まないで!」
「脱がせるだけって芸が無いじゃないか!」
定番中の定番なんだし、とソルジャー、ブツブツ。
「そりゃあ、強引にレイプ風とか、バリエーションは幾つかあるけどねえ? だけど変わり映えはしないわけだし、こう、斬新な脱がせ方とか!」
「………ハサミ」
会長さんが意味不明な単語を口にしました。
「ハサミ? なんだい、それは」
「こう、縫い目に沿ってチョキチョキと切る! いい感じだと思うけど?」
「「「………」」」
何故に会長さんまでがアヤシイ発言を始めるのでしょう? ソルジャーは身を乗り出して「なかなかいいね」なんて言っていますし、ハサミは魅力的なのかも…。
「ハサミで少しずつ服を切るのか…。素敵だけれども、服が台無しになっちゃうねえ…」
「その辺は君が考えたまえ!」
アイデアは出した、と会長さんはプイとそっぽを。ソルジャーは「ハサミかあ…」とウットリし始めましたし、もうあの二人は放っておくのが良さそうです。
「下手に喋ると墓穴だしな」
キース君が小声でそう言い、私たちは飲み物と胡桃ケーキに専念することに。おかわりもしてのんびりまったり、ワイワイ騒いでいたのですけど。
「えーっと…」
ジュースの瓶って開けられる? と謎の台詞が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の口から飛び出しました。
「「「瓶?」」」
「そう! ハサミのお話を考えていたら思い出したの、開けられる?」
「そりゃまあ、普通は誰でも……なあ?」
サム君が答えて、シロエ君も。
「栓抜き無しだとキツイですけど、あったらポンと一発ですよ」
「えとえと…。やっぱり普通は栓抜き、要るよね?」
「要ると思うが?」
キース君の返事に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「そっかぁ…」とニッコリ。
「それじゃハーレイ、凄いんだ! ビールの瓶を口で開けたよ」
「「「えぇっ!?」」」
それはまさかの歯が栓抜きというアレですか? 教頭先生、凄すぎるかも…。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭の中で何がズレたか、歯で栓抜き。ビールの瓶を開けられるという教頭先生、流石は柔道十段です。そんな芸を持ってらっしゃったのか、と皆で感動していたら。
「…なになに、こっちのハーレイがどうしたって?」
ソルジャーが首を突っ込んできて。
「えっ…。ビールの瓶を歯で開けるって!?」
信じられない、と目を丸くするソルジャーに、会長さんが。
「それが出来るんだよ、一種の隠し芸かもしれない。学校絡みの宴会なんかでたまに披露するみたいだし…。ぼくはああいう野蛮な芸は」
「凄いじゃないか!」
会長さんの言葉が終わらない内にソルジャーが膝を乗り出して。
「そうか、ビールの瓶を歯でねえ…。その芸、応用出来そうだよ、うん」
「「「応用?」」」
「ハサミなんかよりずっと深いよ、口で脱がせればいいんだってば!」
これは燃える、とソルジャーはグッと拳を握りました。
「いいアイデアをありがとう! 今夜が楽しみ!」
口でじっくり脱がせて貰う、と叫ぶなりパッと消えたソルジャー。私たち、何かやりましたか?
「……口で脱がす、ね……」
上級者向け、と会長さんが深い溜息。
「一応、覚悟はしておきたまえ。無事に済まない可能性が高い」
「「「は?」」」
「ビール瓶だよ。このタイミングで持ち出さないで欲しかったな、と。…あ、ぶるぅは悪くないんだけどね。君たちが暇を持て余してなきゃ言わなかったと思うから」
「そこで俺たちのせいになるのか!?」
どういう理屈だ、というキース君の反論は無視されました。
「とにかく、ブルーがアヤシイ話を持ち込んで来たら自分自身を呪うんだね。…ぼくは君たちを思い切り呪いたい気分になるだろうけど」
「…なんで?」
ビール瓶の何処がマズかったわけ、とジョミー君。それは私も訊きたいですが…。
「分からないかな、ブルーが口だと言ってただろう? 歯で栓を抜くと聞いて閃いたんだよ、脱がすのが趣味なあっちのハーレイに口で脱がせて貰おうと!」
「「「!!!」」」
それはマズイ、とタラリ冷汗。キャプテンが無事にやり遂げたならば御礼と結果報告の猥談もどきで済むのでしょうけど、もしも失敗した時は…?
教頭先生のビール瓶開けの芸が、思わぬことから別の世界へ飛び火した模様。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の口からその芸を聞いた時には「凄い」の一言だったというのに、同じ「凄い」がソルジャーにかかると別方向へと大暴走で。
「……どうなったと思う?」
ジョミー君が小声でコソコソと。あれから日は経ち、今日は金曜日の放課後です。しかも普通の金曜ではなく、十三日の金曜日。キース君によると更に仏滅、あまつさえ三隣亡とかいう大凶としか言いようのない強烈な日で。
「…日が悪いからな…」
嫌な予感しかしないんだが、とキース君。
「しかしだ、今の段階であいつが来ないということは、だ」
「無事に終わるかもしれないですよね、もうすぐ五時半になりますし」
シャングリラ学園、日暮れが早い冬の間は五時半が完全下校の時刻。一部のクラブ活動を除いて生徒は下校と決まっています。ただし特別生は例外、学校の廊下で野宿しようが無問題。でも、私たちに野宿の趣味はありませんから、完全下校のチャイムが鳴ったら大抵、解散しているわけで。
「この調子だと来ないわよね?」
スウェナちゃんがマツカ君に振り、マツカ君も。
「来ないだろうと思いたいです」
「マツカ先輩、そこは強気に行くべきです! 来ないと断言すべきです!」
昔から言霊と言いますし、とシロエ君が強調した時、キンコーン♪ と完全下校のチャイムが。
「「「やった!!」」」
来なかった、と私たちは急いで帰り支度を始めました。キャプテンはきっとソルジャーの注文に見事に応えたのでしょう。そうに違いない、と鞄を確認、さて、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を後にするべく立ち上がったら。
「間に合ったーっ!」
「「「!!?」」」
ダッシュならぬ空間移動で滑り込んで来たお客様。紫のマントのいわゆるソルジャー。
「ごめん、ごめん! 思い切り手間取っちゃってさ、用意するのに」
「「「…用意?」」」
「ここじゃアレだから、続きはブルーの家でいいかな」
「ちょ、ちょっと、君は何を勝手に!」
一人で決めるな、と会長さんが叫ぶよりも前にパアァッと溢れた青いサイオン。ソルジャー、一人で全員を連れて飛びますか! 誰も行くとは言ってないのに、殺生なーっ!
瞬間移動でフワリ、ドッスン。会長さんの家のリビングに放り出されて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が明かりをパチンと。部屋は明るくなりましたけれど、私たちの気分は既にドン底。
「…なんでこういうことになるんだ…」
キース君が呻くと、ソルジャーは。
「急いでたんだよ、全員揃っていた方がいいし! ぼく一人では頼みにくいし!」
「「「は?」」」
「こっちのハーレイ! どうしてもお願いしたかったんだよ、例の芸をさ」
「「「芸?」」」
ビール瓶開けのことでしょうか? そんなの、ビール瓶さえ用意して行けばソルジャー単独でも簡単にお願い出来そうですが?
「ビール瓶開けだけならね」
ぼくがお願いしたいのは指導、とソルジャーの答えは斜め上。いったい何の指導を頼むと?
「ぼくのハーレイに芸を仕込んで欲しいんだ。ビール瓶を開ける芸を持った口でさ、如何にしてぼくの服を脱がせるか、そういった点をビシバシと!」
「そ、それは…。それは些か無理があるかと…」
会長さんが必死に言葉を紡ぎました。
「君のハーレイが口で脱がせられなかったということは分かった。だけど、こっちのハーレイにその手の芸当が出来るかどうかはまた別物で!」
「やってみなけりゃ分からないだろう!」
物は試しと昔から言う、とソルジャー、負けずに切り返し。
「もしも上手に出来るようなら、その技を是非、ぼくのハーレイに! ダメで元々、ここは一発、チャレンジだけでも!」
そのための道具を用意していて遅くなった、とソルジャーが指をパチンと鳴らすと。
「「「えぇっ!?」」」
リビングのド真ん中にソルジャーそっくりの人影が二つ。よくよく見れば人形らしくて、それにソルジャーの衣装が着せつけてあって。
「いい感じだろ? 材料はすぐに揃ったんだけど、作るのに手間がかかってねえ…」
「自作したわけ?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは「ううん」とアッサリ否定。
「ぼくのシャングリラには色々な技を持ったクルーが揃っているんだよ。空き時間にコッソリ作って貰った。あ、もちろん記憶は消去してきたよ?」
こんなモノを作らせたことがバレたら大惨事だし、と笑うソルジャー。たかが自分にそっくりの人形、作ったとバレたら何故大惨事に?
「え、大惨事になる理由かい?」
ソルジャーは得意げに人形の片方を指先でチョン、と。
「あんっ!」
「「「???」」」
なに、今の声? ソルジャーそっくりの声でしたけど…?
「ちなみに、こっちも」
もう一体の人形をソルジャーがつつくと「あんっ!」と鼻にかかった甘い声。もしや人形が鳴きましたか? そういう仕掛けになってるんですか?
「ご名答! ぼくが感じる部分と同じ所を刺激すると声が出る仕掛け。流石のぼくもそういう部分を大々的に公開する趣味は無いからねえ…。人形を作った記憶ごと消去」
「「「………」」」
恥じらいが無いと評判のソルジャーですけど、少しくらいはあったようです、恥じらい属性。それで、この人形をどうすると?
「こっちのハーレイに一つ、ぼくのハーレイに一つ! ぼくの服を口で脱がせる作業を人形相手に実地で指導で勉強会!」
ゲッと仰け反っても時すでに遅し。ビール瓶を歯で開けられる教頭先生の話を持ち出した時点で墓穴を掘っていたのです。深い墓穴が十三日の金曜日に「さあ入れ」と言ってきただけで、穴はとっくに出来ていたらしく。
「それでね、是非ハーレイの所へ一緒に行って、ご指導ご鞭撻をよろしくと…」
人生終わった。そう思ったのは私だけではないでしょう。下手に触ると「あんっ!」と声を上げる人形相手に、口を使ってソルジャーの衣装を脱がせるための勉強会。その人形の姿形はソルジャーそっくり、つまりは会長さんにも瓜二つで…。
「まさか嫌とは言わないよねえ? 日頃からSD体制の下で苦労しているぼくの頼みを…」
「もう分かった! 分かったから!」
会長さんが頭を抱えて、墓穴が口をパックリと。もう入るしかありません。虎穴に入らずんば虎児を得ず、とは聞きますけれども、お墓は全く要りませんから「入らない」というチョイスは無いんですか、そうですか…。
こうして不幸にも決まってしまった勉強会。まさかそういうモノだとも言えず、ソルジャーの瞬間移動で教頭先生の家へ夕食後に強制連行された私たちは「ビール瓶を歯で開けられる芸」についてだけ教えを請う方向で頼み込みました。
「ビール瓶か…。あれは素人には難しすぎると思うのだが…」
下手をすると歯をやられるぞ、と難しい顔の教頭先生にソルジャーがパチンとウインク。
「その点は心配無用だってば、ぼくのハーレイには念のために歯科検診を受けさせたから! 虫歯も無いし歯茎もしっかり、後は適切な指導さえあれば!」
「…そこまで仰るのでしたら、引き受けさせて頂きますが…。そちらのシャングリラでも宴会芸の出番があるのでしょうか?」
「それはもちろん! 春になったら公園の桜が咲くからね。夜桜を貸し切りで長老たちとの大宴会が待っているんだ、歯でビール瓶を開ければ絶対にウケる!」
真っ赤な嘘が立て板に水。ソルジャーの世界にビールの瓶はあるそうですけど、それを歯で開ける宴会芸などソルジャーはどうでもいいのです。宴会芸よりも服の脱がせ方、そのためにマネキンならぬ特製の人形まで用意していて…。
「練習はブルーの家でやるんだ。もう夕食が済んでいるなら、今すぐにでも!」
「分かりました。片付けも終わりましたし、大丈夫ですが」
「じゃあ、決まり!」
さあ行こう、とソルジャーが声を掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「かみお~ん♪」と御機嫌で力を合わせて瞬間移動。戻った先のリビングには例の人形が在って。
「な、何なのだ、これは!?」
目を見開いた教頭先生ですけど、ソルジャーは。
「ああ、それ? 実はね、ビール瓶を開けられる口を見込んでお願いがね…。ちょっと待ってよ、ぼくのハーレイも直ぐに呼ぶから」
次の瞬間、キャプテンの制服を纏った教頭先生のそっくりさんがリビングに。
「こんばんは、ご無沙汰しております。本日は御指導を頂けるそうで…」
「いえいえ、お役に立てますかどうか」
「私よりは上でいらっしゃるかと…。なにしろ私はファスナーすらも全く下ろせない有様ですし」
「……ファスナー?」
首を捻った教頭先生に、キャプテンは「これですよ、これ」と人形の襟元を指差しました。
「まずはコレだと思うのですが…。其処まで行きつく以前にですね、マントの留金が全く外れないんです。歯が立たないとでも申しましょうか…」
「…は、歯……」
教頭先生、唖然呆然。ビール瓶の栓を開けるどころか、ソルジャー服の留金を歯で。しかも人形は下手に触ると鳴くんですけど、どうなさいます…?
それから後に起こった惨事は予想どおりのものでした。教頭先生には退路など無く、前進あるのみ。先達の技を習おうと待ち構えているキャプテンがいる以上、まずは留金外しからで。
「…マントの理屈は分かっておいでかと思うのですが…」
「はいっ!」
「此処ですね、此処の襟の所からこう…。ビールの栓を抜く要領でグッと!」
日頃の妄想人生はダテではなかったらしくて、教頭先生は留金をパチンと口で。しかしキャプテンは上手くいかなくて、もたついた末に。
「…すみません、もう一度お願い出来ますでしょうか?」
「いいですが…」
留金外しをもう一度実演するとなったら、外したものを戻さなければいけません。教頭先生が留金をはめるべく人形の襟元を掴んだ拍子に。
「あんっ!」
「は?」
「あ、その人形!」
ソルジャーが声を上げました。
「ぼくのイイ所に当たると鳴く仕掛けなんだ、ちょっといいだろ?」
「…い、いい所……」
「そう! ブルーと同じかどうかは分からないけれど、気分が出るように細工をね。…ハーレイ、実演してあげてくれる?」
名指しされたハーレイはもちろんキャプテン。心得たとばかりにスッと手を上げ。
「ブルーが特に弱い所となりますと…。この辺りかと」
「あんっ!」
「当たりでしたね、他には此処とか、この辺りもですね」
「あんっ! あんっ!」
教頭先生、ツツーッと鼻血。けれどキャプテンの指導を引き受けたからには逃亡不可能。やむなく人形にマントを着せ直し、口でパチンと留金を。
「…い、如何でしょうか?」
「は、はあ…。私にはどうも今一つ…」
ですが、とキャプテンは留金外しに四苦八苦しながら続けました。
「人形を脱がし終えるまで修行しろ、とブルーに言われておりまして…。この先もよろしくお願いします」
「こ、この先…?」
「はい! 上着もアンダーも、その下もです!」
「…そ、その下……」
ツツツツツーッと伝った真っ赤な鼻血。ドッターン! と仰向けに倒れて意識を失くした教頭先生はお約束というヤツでしょう。
「うーん…。師匠なしでの修行になっちゃったか…」
でも人形は二つあるしね? と、ソルジャー、ニヤリ。
「二つとも脱がし終える頃には腕もググンと上がっているさ。留金外しの要領は二度も見せてくれたし、その応用で頑張って!」
「は、はいっ!」
「いやもう、この人形は本当によく出来ているから…。頑張れば下着を脱がす頃には」
「その先、禁止!!」
さっさと帰れ、と会長さんの怒りが爆発。ソルジャーは人形を二つとキャプテンを連れてそそくさと逃げ去り、床に倒れた教頭先生だけが残されました。でも…。
「あの人形、まだ何か仕掛けがあるわけ?」
ジョミー君が尋ね、キース君が。
「俺が知るか!」
「ああ、あれねえ…」
本当に実に仕掛けが猥褻、と会長さんが超特大の溜息を。
「あえて何処とは言わないけれどね、変化するらしいよ、形と体積」
「「「は?」」」
「分からないくらいが丁度いい。ぼくも人形にモザイクをかけずに済んだし、ホッと一息」
うーん、と伸びをする会長さん。人形相手にモザイクだなんて、何なのでしょう? 形と体積が変化でモザイク、ついでに仕掛けがとても猥褻。
「…何だろうねえ?」
「さあな?」
とにかく二度目が無いことを祈る、というキース君の意見に誰もが賛成。今度こそしっかり御祈祷すべし、とお念仏を唱え、会長さんが祈願の一言。
「ブルー退散!!!」
伝説の高僧、銀青様の有難い御祈祷でソルジャーを封じられますように。猥褻な仕掛けの人形とやらが二度とこっちに出て来ませんよう、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。
脱いだら最高・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生が「歯でビール瓶を開けられる」ばかりに、エライことになってしまうお話。
ああいう人形でなかったんなら、きっと上手に脱がせられたかと思いますです。
2016年最後の更新がコレって、なんともはや。ちなみに「ユーリ」は観てません。
来年も懲りずに続けますので、どうぞよろしく。それでは皆様、良いお年を。
次回は 「第3月曜」 1月16日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、12月は、除夜の鐘で流れる煩悩を巡ってエライことに…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
もうすぐ衣替えという九月の末のとある日の朝。いつものように登校した私たちはキース君の姿を見るなり目を剥きました。怪我をしたのか、はたまた火傷か。どちらにしても朝も早くから元老寺の本堂の中は大惨事だったに違いありません。
「き、キース…。どうしたの、それ」
ジョミー君がキース君の腕を指差し、サム君も。
「どうしたんだよ、蝋燭の火が袖に燃え移ったとか?」
「「「うわー…」」」
危なすぎだ、と誰もが絶句。お坊さんの衣は化学繊維じゃないでしょうから、この程度で済んでいるものの…。私たちの普段着だったら火だるまになって大火傷とかもありそうです。まあ、まだ半袖な残暑の時期だけに、袖に火が点きはしませんけども。
「坊主ってリスク高かったんだな、俺もいずれは気を付けねえと」
サム君が怖そうに言えば、シロエ君が。
「そうですよねえ…。ぼくたちだったら今の季節は半袖ですから直接肌に火傷くらいで」
「それも相当痛そうだけどな」
「誰が火傷だと言ってる、誰が!!」
これは違う、と怒鳴るキース君の右手は手のひらから袖に隠れる肩まで白い包帯がグルグル巻き。だから火傷だと思ったのですが、火傷でないなら怪我しかなくて。
「…御本尊様の下敷きかよ?」
サム君の問いに、キース君は憤然と。
「倒れて来たなら身を張って守るのが坊主の使命だが、これは違う!」
「じゃあ、何だよ?」
「事故だ!」
「「「事故?!」」」
自転車登校の生徒だったら転んで怪我はよくあること。でもキース君はバス登校です。まさか山門の石段を上から下まで転げ落ちたとか、そういう系?
「石段から落ちたわけでもないっ!」
勝手に決めるな、とキース君は肩で息をしながら。
「これはだな! 名誉の負傷というヤツで!」
「「「はあ?」」」
「俺は命を守ったんだ!!!」」」
え、誰の? 事故で名誉の負傷だなんて、飛び出した子供でも庇いましたか?
朝っぱらから名誉の負傷、それも事故とは驚きです。よくぞ無事で、と心の底から思いました。正義感の強いキース君ならでは、ひょっとして表彰状を貰ったり新聞に載ったりするのでしょうか? だったら一種の有名人だ、とワクワク期待したのですけど。
「…生憎と新聞も表彰もないな」
「誰も見ていなかったとか?」
それは寂しい、とジョミー君は残念そうで、マツカ君は。
「でも助けた相手がいるわけでしょう? その人から御礼の言葉はあったんですよね?」
「いや、それも無いな」
「小さい子供なら泣いてるだけかもしれないわねえ…」
スウェナちゃんの言葉にシロエ君が余計なひと言を。
「泣くだけだったらまだいいですよ、「おじちゃん、ありがとう」とか言われそうです」
「「「おじちゃん…」」」
そこは「お兄ちゃん」ではなかろうか、と思いたいものの、幼稚園に入るか入らないかの年の子から見ればキース君でも「おじちゃん」呼ばわりは有り得る話。してみれば此処に居る全員が「おじちゃん」もしくは「おばちゃん」の危機で。
「……嬉しくねえ……」
サム君が我が身に置き換えて呻き、他のみんなも。命懸けで助けて「おじちゃん」「おばちゃん」。報われないにもほどがあり過ぎ、と盛り下がっていたら。
「おじちゃんも何も、ギャーと言われてバリバリバリだ!」
「「「は?」」」
どんな子供だ、と全員、目が点。ギャーは泣き声で納得ですけど、バリバリバリって?
「引っかかれたんだ、思いっ切り!」
「助けたのに?」
なんと理不尽な話でしょうか。知らない人と話してはダメ、と躾けられる子が多いとはいえ、身体を張って庇ってくれたキース君を思い切り引っ掻くだなんて酷すぎで…。
「助けられた自覚があるかどうかだ、それすら無いかもしれないな」
「…お前、不幸過ぎ…」
強く生きろな、とサム君がキース君の肩をポンと叩いて、それ以上は気の毒で事情を聞けないままに朝の予鈴がキンコーン♪ と。間もなく本鈴、グレイブ先生の御登場。グレイブ先生もキース君の腕の包帯に目を留めましたが、私たちは。
「先生、訊かないであげて下さい」
「名誉の負傷で事故らしいんです、なのに報われなかったとかで」
口々に言えば、グレイブ先生も「うむ」と眼鏡を押し上げて。
「子供を庇って怪我をしたとは勇気があるが…。自分の命も忘れないよう気を付けたまえ」
かくしてキース君は一躍クラスの英雄に。右腕の包帯は勇者の勲章、素晴らしいです、キース君!
勇者キースの名誉の負傷は噂となって校内を駆け巡り、終礼の時間を迎える頃には知らない人などありませんでした。表彰どころか新聞記事にもならないとあって美談の凄さはググンとアップ。多くの生徒の尊敬の視線を浴びるキース君はまた私たちの誇りでもあったのですけど。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、ソファに座った会長さんが。
「やあ。今日はキースは災難だったねえ…」
まあ座りたまえ、とソファを勧めて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいそいそとチョコミントのシフォンケーキを運んで来ました。クールな緑で見た目も涼しげ、香りもとても爽やかです。
「はい、どうぞ! …それで猫ちゃん、どうなっちゃったの?」
「「「猫?」」」
なんだそれは、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の台詞にビックリ。何処から猫が湧いて出るのかサッパリ謎なんですけれど…。
「お洗濯されちゃった猫ちゃんだよう! ねえねえ、キース、猫ちゃんは?」
「……おふくろが乾かした筈だがな……」
「「「へ?」」」
猫が洗濯でイライザさんが乾かすって…。なに? みんなで顔を見合わせていたら、会長さんがプッと吹き出して。
「キースの腕だよ、腕の包帯!」
「「「え?」」」
「すっかり美談になったようだけど、包帯の下は猫の爪跡が満載なわけ」
「「「えーーーっ!!?」」」
助けた命は子供じゃなくって猫でしたか! それならギャーでバリバリバリでも当然とはいえ、何故に洗濯で命の危機に? お風呂嫌いの猫は標準的ですけども…。
「それがお風呂じゃないんだな。そうだよね、キース?」
会長さんの問いに、キース君は仏頂面で。
「ああ。朝っぱらからウロついた挙句に洗濯機の中に落ちたんだ。おふくろが蓋を開けていたらしい、入れ忘れたタオルを取りに行ってて」
イライザさんがタオルを持って戻る途中にギャーと激しい悲鳴が聞こえて、同じ悲鳴が食事をしていたキース君とアドス和尚の耳にも。アドス和尚に「お前、見て来い」と言われたキース君は裏口に走り、キャーキャーと騒ぐイライザさんとグルングルンと回っている猫を見たわけで。
「…後から思えば洗濯機を止めれば良かったんだ。しかしだ、頭だけを出して回転中の猫を見てしまったら冷静さなぞは吹っ飛ぶからな」
猫が溺れる、と即断即決。腕を突っ込んで掴み出したキース君の救助に対する猫の恩返しが、爪を立ててのバリバリバリな腕登りとなってしまったのでした…。
てっきり幼児を助けたものと思っていれば、どっこい、猫で。しかも元老寺の宿坊で出る残飯を貰って生活している猫の中の一匹らしいです。
「日頃から可愛げのないヤツなんだ、これが。白猫のくせに薄汚れててな、いつも灰色で目つきも悪い。あんなヤツを助けてコレかと思うと…」
包帯の上から腕を擦っているキース君。元老寺で番を張っているという猫の爪は鋭く、手の甲から肩まで駆け登られた後はスプラッタ。野良猫だけに雑菌が怖い、とアドス和尚に浴びせられた焼酎と消毒薬も激しくしみて痛かったとかで。
「俺を散々引っ掻いた後は、魂が抜けていたようだがな…。グッタリしたのを「乾かさなくちゃ」とおふくろが風呂場に持って行ったが、無事であることを祈るのみだ」
「「「………」」」
キース君が言う無事が猫ではなくてイライザさんを指すことは明明白白。ドライヤーの温風を浴びている内に突如復活、バリバリバリは如何にもありそう。
「…お母さん、無事だといいですね…」
シロエ君が心配そうに言えば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぼく、猫ちゃんも心配だよう…。ねえねえ、ブルー、猫ちゃんは?」
「さあねえ、ぼくはキースの心を読み取っただけで猫まではねえ…」
ノータッチなんだ、と会長さん。どうやらキース君の包帯騒ぎで野次馬根性、このお部屋からコッソリとキース君の心を覗いて真相を知ったみたいです。
「ぶるぅが猫を心配するから、一応、元老寺の方もチェックしたけど」
「おふくろは元気にしていたか?」
「其処はバッチリ、心配無用さ。イライザさんなら怪我一つ無いよ、安心したまえ。でもねえ…」
「何かあるのか?」
顔色を変えたキース君に、会長さんは「ううん」と返して。
「問題の猫が見当たらないんだ、灰色だよね?」
「ああ。いつも汚れて灰色で…って、いや、待てよ…。洗濯機の中は泡まみれだったし、アイツも思い切り泡だらけだった。汚れが落ちて白いかもしれん」
「その線はぼくも考えた。それで白い猫は見付かったんだけど、君の言うのと別物でさ」
「別物?」
どういう意味だ、とキース君。
「子猫だったとか、そういう意味か?」
「そうじゃなくって、目つきとかかな。とても可愛い白い猫なら裏口にいたよ」
「……そいつは違うな……」
新顔だな、とキース君は断言しました。洗濯された猫はボス猫、可愛いどころか真逆だそうです。またも一匹猫が増えたなら、洗濯は気を付けなきゃですねえ…。
勘違いから人命救助の英雄になってしまったキース君。実は猫だと言える筈もなく、引っ掻き傷が綺麗に治るまで包帯は巻きっ放しでした。途中で衣替えになりましたからキッチリ長袖を着てましたけども、手の甲の包帯は見えていたわけで…。
「あー、やっと包帯、取れたんだ?」
良かったねえ、とジョミー君が言うまでに十日くらいはかかったでしょうか。ボス猫の爪跡恐るべし、とその日の放課後の話題になっていたのですけど。
「えとえと、それで猫ちゃんは?」
おかわりのケーキを切り分けながらも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は心配そうで。
「ねえねえ、キース、やっぱりあのまま?」
「…あのままだな…」
「マジかよ、そんなの有り得るのかよ?」
サム君が尋ね、シロエ君が。
「キース先輩を引っ掻いた時までは正気だったんですよね、ボス猫」
「どうだかな…。既に別物だったかもしれん。パニック状態で異常行動を取るのはよくある話だ」
「それじゃ、その段階でもうおかしかった、と」
「そうかもしれんし、グッタリした時に切り替わったのかもしれん。とにかく、おふくろがドライヤーで乾かした時には別物だったという話だ」
乾かす間も喉をゴロゴロ、乾かし終えたらスリスリスリだ、とキース君。例のボス猫は会長さんが元老寺を覗き見して見付けた「とても可愛い白い猫」だったのです。帰宅したキース君ですら新顔だと思った人懐っこい白い猫。それがかつての目つきの悪い灰色ボス猫だっただなんて…。
「いったい何があったんでしょうねえ、ボス猫の中で」
「俺にも分からん。しかしだ、ヤツは生まれ変わったように生きてやがるぞ、今朝だって俺の足にすり寄って喉を鳴らしていたからな」
「「「…うーん…」」」
ボス猫転じて人懐っこい猫。いつも薄汚れて灰色だったらしい毛皮も毎日ツヤツヤ、まるで洗ったばかりのように白くフワフワしているそうで。
「……洗濯がよっぽど効いたんだろうねえ、すっかり別物の猫になるほど」
ショック療法と言うんだろうか、と会長さん。
「最悪の性格が洗って綺麗に直るんだったら、洗いたい気持ちにならないかい?」
「「「え?」」」
「分からないかな、性格最悪」
ぼくはアレを是非洗ってみたい、と会長さんは紅茶のカップを傾けました。えーっと、会長さんが洗いたいモノって何ですかねえ?
洗濯されたら生まれ変わってしまったボス猫。そんな風になるよう会長さんも性格最悪の何かを洗ってみたいらしくって。もしや教頭先生だろうか、とも思いましたが、会長さんに惚れているだけで性格最悪と言うのかどうか…。
「あんた、いったい何を洗濯したいんだ?」
キース君がズバリ切り込んでみれば。
「ブルーだよ、ブルー!」
返った答えは誰もがストンと腑に落ちるモノ。ブルーと言えばいわゆるソルジャー、別の世界から押し掛けて来る会長さんのそっくりさんです。
「ボス猫が可愛くて人懐っこい猫になるんだ、おまけに毛皮の手入れもバッチリ! ブルーがそんな風になったら色々とメリット大きいよねえ?」
「確かにな…」
キース君が深く頷きました。
「あのトラブルメーカーが大人しくなったら、俺たちの日々も劇的に平和なものになるだろう。…もっとも可愛くなったアイツは俺には想像もつかんがな」
「ぼくにも無理だよ。でもさ、真逆に変わってしまった例もあるんだし、ついつい夢を見てしまうよねえ…。純粋無垢になってくれたらどんなに素敵か」
「素晴らしすぎだ」
キース君は即答、私たちも揃って「うん、うん」と。会長さんは更に続けて。
「ぼくたちだって平和になるしさ、あっちの世界もうんと平和になるよ? それに毛皮の手入れもバッチリな前例からして、片付けも好きになるかもね」
「「「おおっ!!」」」
思わず叫んでしまいました。ソルジャーの掃除嫌いは有名な話で、あちらの世界の青の間は常に足の踏み場も無いと聞きます。正確に言えば通り道だけが確保してあって他はメチャクチャ、お掃除部隊が突入するまで片付かないと噂の部屋で。
「綺麗好きですか…」
それはとっても素敵ですね? とシロエ君が指を一本立てて、サム君も。
「だよなあ、凄く喜ばれると思うぜ」
「そうだろう? あっちのハーレイも感動モノだよ、部屋は綺麗でブルーは純粋無垢なんだから」
確か初々しいのが好み、と口にしてから「失言だった」と会長さん。
「とにかく色々メリット有り過ぎ、ぼくは洗ってみたいんだけどな…」
「俺も賛成だが、普通に洗っても無駄だと思うぞ?」
洗濯機だったからこそ猫は変わった、とキース君。確かに普通に洗ってやっても生まれ変わりはしなかったかも…。
ボス猫が可愛い猫になるほどのスペシャルな洗い方は洗濯機。首だけを出してグルングルンと回転させられた洗濯機こそがショック療法の決め手みたいです。そうなるとソルジャーを洗って別物にするとなったら、そこはやっぱり洗濯機…?
「うーん…。その程度でスペシャルと言えるのかどうか…」
相手はブルーだ、と会長さんがブツブツと。
「ぼくも詳しくは聞いてないけど、アルタミラとやらの実験施設で相当酷い目に遭ってるしね? たかが洗濯機に落ちたくらいで生まれ変わりそうな感じはあまり…」
「じゃあ、どうやって洗うんです?」
洗濯板でも使うんですか、とシロエ君。
「使いようによっては拷問器具にもなりそうですしね、人体実験を体験済みでもいけるかもです」
「洗濯の方法は色々あるしな、棒で叩くとか」
キース君が例を挙げれば、マツカ君も。
「足踏み洗濯もありますよ? ただ、そういった方法が効くのかどうか…」
「所詮は夢だと分かっちゃいるけど、洗いたいねえ…」
そして劇的に性格をチェンジ! と会長さんがブチ上げた時。
「…いいねえ、洗ってくれるんだって?」
「「「!!?」」」
背後で聞こえた噂の張本人の声。揃ってバッと振り返った先にフワリと紫のマントが翻り、ソルジャーがスタスタと歩いて来るではありませんか。
「ぶるぅ、ぼくにもケーキと紅茶!」
「かみお~ん♪ ちょっと待っててねー!」
すぐ用意するね、とキッチンに駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんが洗いたいと言ったソルジャーが湧いて出るとは、ツイているのかいないのか…。
今日のケーキは甘柿とほうじ茶のロールケーキ。ほうじ茶のスポンジと柿クリームが美味しいそれを頬張りながら、ソルジャーは至極ご機嫌で。
「ぼくを洗ってくれようだなんて、もう嬉しくて嬉しくて…。凄くスペシャルなんだろう?」
楽しみだよね、と紅茶もゴクリ。
「おまけに生まれ変わったようになるって凄すぎだってば、前から体験したかったんだよ」
「「「は?」」」
洗濯機で洗われてみたかったんでしょうか、ソルジャーは? それとも洗濯板で洗うとか、棒で叩くとか、足で踏まれるとか…。
「ノルディに聞いてはいたんだよねえ、そういうサービスがあるって話は」
「「「…サービス?」」」
エロドクターと聞いて嫌な予感がヒシヒシと。何かといえばエロドクターとランチやディナーに繰り出しているのがソルジャーです。美味しい物を御馳走になってお小遣いまでたっぷり貰えるエロドクターとのデート、話題は大抵ロクなものではないわけで…。
「んーと、ブルーとキースは知ってるかもね?」
「何をさ?」
「どうして其処で俺の名が出る?」
「一応、大学に行っていたから」
たしなみだってね? と微笑むソルジャー。
「万年十八歳未満お断りだし、キースは行ってはいないだろうけど周りの人が」
「何処へ行くんだ?」
「ソープランド!」
ソルジャーの答えは斜め上といえば斜め上であり、直球といえば直球でした。
「「「………」」」
アルテメシアの花街、パルテノンの裏手の路地裏に多数存在すると噂の大人のための店、ソープランド。ソープと呼ぶだけに石鹸がセットで、恐らく洗う場所なのでしょう。何をどう洗うのかも私たちには謎な世界のソープランドにソルジャーは行ってみたいんですか?
「…普通のソープじゃダメなんだよね」
ソルジャーの言葉に私たちは首を傾げました。普通の石鹸ではダメって意味?
「あ、ごめん、ごめん! ソープっていうのはソープランドを指してるんだよ、ノルディなんかはソープと呼んでいるしね」
でもって普通のソープランドでは意味が無いんだ、と言うソルジャー。
「そういう店では女性が接客するからねえ…。ぼくが出掛けても楽しくはないし、行くならマニア向けの店でないとさ。……ノルディが言うにはあるらしいんだよ、ゲイ向けのソープ」
「「「!!!」」」
話が明後日の方向へ向かいつつあることを悟りましたが、時すでに遅し。ソルジャーはそれは嬉しそうにニコニコと。
「なんかね、店に入れば個室の中にお風呂があってさ、そこで身体を洗って貰うのがソープの真髄らしいんだけど…。普通は女性がやるサービスを男がするんだってさ、ゲイ向けのソープ」
「……行きたいわけ?」
間違ってると思うんだけど、と会長さん。
「ソープは受け身のように見えてね、実態はお客がヤる方だから! 君が行っても無駄だから!」
「ヤリたいだなんて言っていないよ、ぼくは洗われたい方で!」
「だから洗う方がいわゆる受けなんだってば、あの手の店は!」
ギャーギャーと言い争いを始めた会長さんとソルジャーの会話はとっくの昔に異次元でした。意味がサッパリ分からない上、たまに分かる単語があったと思っても前後が繋がらない有様。
「絶対一度はやってみたいよ、泡踊り!」
「だからそれはお客がやるモノじゃなくて!」
「分かってるけど洗われたいって思うじゃないか!」
阿波踊りがどうの、ローションがどうのと叫び立てられても何が何だか意味不明。どうするべきか、と悩みましたが、普段だったらレッドカードを突き付ける筈の会長さんまでがレッドカードな発言中だという事実。
「……出しますか、コレ?」
シロエ君が恐る恐る鞄の中から引っ張り出したものはレッドカードならぬ暗記に使う赤い板。特別生な私たちには無用の道具ではありますけれども、高校生気分を演出するために持っていたものと思われます。
「…いつものヤツは何処にあるのか分からんからな…」
それでいいか、とキース君が決断を下し、私たちはシロエ君が会長さんとソルジャーの間に赤い板をスッと出すのに合わせて声を揃えて叫びました。
「「「退場!!!」」」
効くか効かぬか、暗記に使う赤い板。祈るような気持ちで叫んだ言葉に反応したのは会長さんで。
「…退場だってさ、サッサと帰れば?」
「なんで退場ってコトになるわけ、ぼくを洗うって話じゃないか!」
美味しい話の途中で誰が帰るか、とソルジャーはソファにドッカリと。
「ぼくは洗って欲しいんだってば、いわゆる泡踊りのローションサービス!」
「君は食べるの専門だろう!」
「だから自分が食べる方だろ、泡踊りは!」
洗って貰っていい気持ちになって美味しく食べる、とソルジャーは言い放ちました。
「でもって、誰が洗ってくれるわけ? ぼくが美味しく食べるためにはハーレイじゃないと困るんだけど…。百歩譲ってノルディもいいかも…」
ウットリ気分らしいソルジャー。どうやら阿波踊りというのは私たちが考えている阿波踊りではないようです。何だろう、と顔を見合わせつつ深い溜息。レッドカードは効かないどころか逆にソルジャーに居座られただけで…。やっぱり暗記用の板じゃダメだったのかな?
「あ、泡踊りは知らないかな?」
ここで解説! とソルジャーの赤い瞳が煌めき、会長さんが。
「やめたまえ!」
「えっ、別に問題は特に無いだろ、解説だけだし! 泡踊りっていうのは洗うことでさ」
「「「???」」」
「スポンジの代わりに身体を使って洗うわけ! だからローション!」
えーっと…。身体はスポンジで洗うものですが、代わりに身体を使って洗う? それって手に石鹸とかボディーソープを乗っけて、ですか? でも…。
「身体と言ったら身体なんだよ、もう全身で! そして石鹸だと頑張りすぎたら肌とかが傷むし、ローションで代用するわけで」
「「「………」」」
ますますもって謎な展開。肌が傷むまで洗わなくてもいいと思いますし、ローションなんかで洗っても身体を洗う意味が無いような…。
「分かってないねえ、身体を使って洗う相手も身体なんだよ」
「それは普通だろう!」
身体以外の何を洗うか、とキース君が叫べば、ソルジャーがニヤリ。
「相手と言ったよ、ちゃんと相手がいるんだよ! ぼくが受けたいサービスはねえ、ハーレイとかノルディの身体を使って洗って貰うサービスだってば!」
これぞソープの真骨頂! と言われましても。…身体を使って洗うんですって?
身体を使って身体を洗う。それはどういうサービスなのだ、と頭上に飛び交う『?』マーク。しかしソルジャーは得々としてその説明を始めました。
「洗うからには、もちろん裸が大前提! そして自分の身体をスポンジ代わりに擦り付けてせっせと洗うわけだよ、これでいい気分にならなきゃ嘘だね」
もう最高に素晴らしい、と実に楽しげに語るソルジャー。
「ぼくも裸で、ハーレイも裸。あ、ノルディでもいいんだけどさ。…そして相手の身体と肌とを全身で感じながらの洗われる時間! もうその後は食べるしかないよ、洗ってくれた相手をさ!」
一度は受けたい夢のサービス、とソルジャーの瞳がキラキラと。
「それで、ぼくを洗いたいと言ってくれるからには君が洗ってくれるのかな? ぼくは君でも気にしないどころか、大いに歓迎なんだけどねえ?」
そう言ったソルジャーの視線の先には言い出しっぺの会長さん。ソルジャーはパチンと片目を瞑ると、会長さんに投げキッス。
「同じ身体とヤるというのも興味があるしね、君が洗ってくれるんだったら喜んでお世話になるんだけれど…。今からどう?」
君の家で、という誘い文句が何を指すのか、私たちにも辛うじて理解出来ました。会長さんの家のお風呂で会長さんがソルジャーを泡踊りとかいうサービスで洗い、その後は大人の時間はどうか、という意味です。そんな誘いに会長さんが乗るわけがなくて。
「なんでぼくが!」
「洗いたいって言ってたくせに!」
「そういうコトを言い出さないようにキッチリ洗いたかったんだってば!」
純粋無垢に生まれ変われ、と会長さんの怒りの叫びが。
「洗濯されたボス猫みたいに別物になってしまえと言いたいわけで!」
「……ぼくが純粋無垢だって?」
「そうだよ、猫は洗われて真逆になっちゃったからね!」
猫を見習って別物になれ、と怒鳴り付けられてしまったソルジャー、言い返すかと思えばさに非ず。何を思ったのか腕組みをして「うーん…」と真剣に考え中で。
「…もしもし?」
会長さんが声を掛けると「シッ!」と制止され、更なる熟考。もしや別物に生まれ変わる決意をするのだろうか、という気がしないでもありません。でもでも、相手はソルジャーですし…。
「純粋無垢ねえ…」
ちょっといいかも、とソルジャーが腕組みを解きました。
「よし、それでいこう! そっちの線で洗って貰う!」
「「「えぇっ!?」」」
本気で洗濯を御希望だとは、これ如何に。しかも純粋無垢に生まれ変われる方向で…?
出て来ただけで洗濯さえも猥談に変えてしまったソルジャー。そのソルジャーを元老寺のボス猫よろしくお洗濯して、純粋無垢な性格になるよう洗い上げるなんて至難の業っぽいですが…。
「…た、確かに君を洗ってそうなればいいとは思ったよ?」
でもね、と焦る会長さん。
「それはあくまで夢の話で、本当にそれが可能かどうか…。おまけにぼくが君を洗っても、そうなる保証は何処にも無いから! 遠慮するから!」
そりゃそうだろう、と私たちだって思いました。あのソルジャーが「純粋無垢に生まれ変わりたいから洗って欲しい」と会長さんに頼むにしたって、洗い方はどうせ泡踊り。その泡踊りをしたいがための口実と取るのが普通です。なのに…。
「君に洗えとは言っていないよ」
ソルジャーはサラリと答えて、涼しい顔で。
「純粋無垢なぼくが好みの人間がこの世に約一名! いや、別の世界だし「この世」というのは違うかな? ぼくのハーレイの好みだってば、純粋無垢なぼくってヤツがね」
初々しさと恥じらい属性とがハーレイの永遠の憧れなのだ、と話すソルジャー。
「ぼくを洗えばそうなるかも、ってコトになったら頑張ると思う。しかもスペシャルな洗い方でないとダメなんだ、って説明すれば絶対、頑張って洗うって!」
「「「………」」」
よりにもよってキャプテンを指名、それもスペシャルな洗い方。どう考えても泡踊りの他には有り得ないわけで、ソルジャー憧れのソープランドだかソープなわけで。
「…というわけでね、バスルームを貸して欲しいんだけど」
「「「は?」」」
「バスルームだってば、ブルーの家の! こういうのには非日常ってヤツが大切だから!」
いつもの青の間では気分が出ない、と言うソルジャー。
「ノルディも言ったよ、ソープならではの特別な椅子とかマットとか…。そういうヤツが揃ってるのが雰囲気があっていいんだってねえ、グッズはぼくが揃えるからさ」
ノルディに頼めば揃えてくれる、とソルジャーはやる気満々でした。
「君の家のバスルームは最初だけ貸してくれればいいんだよ。要はハーレイを上手く騙して泡踊りの良さに目覚めて貰えばいいわけで…。次からはちゃんと青の間でやるから」
グッズも全部回収するから、と強請られましても、そんなアヤシイ目的のために会長さんが自分の家のバスルームなどをソルジャーに貸し出す筈も無く…。
「却下!!」
ソープごっこは他所でやれ、とブチ切れました、会長さん。そりゃそうですって、当然です…。
「ドケチ!!」
ぼくの憧れのソープなのに、と譲らないのもまたソルジャー。貸すのが嫌なら洗ってくれとか言い出したから大変です。会長さんにはソルジャー相手に泡踊りという趣味などは無くて、さりとてソルジャーとキャプテンのためにバスルームをソープランド用に貸す気も無くて。
「どっちも嫌だと言ってるだろう!」
「ぼくはSD体制で苦労してるのに、それを労う気も無いと!?」
出ました、SD体制攻撃。ソルジャーの最終兵器と呼ばれるSD体制を口実にしたゴリ押しの技。これを出されたら断ることは出来ず、会長さんは万事休すで。
「ぼくを洗うか、バスルームを貸すか。…どっちも嫌とは言わせないからね」
「…う、うう……」
会長さんの額に浮かぶ脂汗。これはバスルームを貸す方だな、と誰もが思って、会長さんの弟分で同居人である「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「かみお~ん♪ ウチのバスルームを貸すんだね! えとえと、ゲストルームのもあるし、ブルーとぼくとが使ってるのもあるんだけれど…。どっちもちょっと…」
「何か問題があるのかい?」
散らかっていても無問題! と言うソルジャーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「ううん、お掃除はきちんとしてあるよ? でも、ハーレイのにはちょっと負けるかなあ、って」
「「「は?」」」
ソルジャーばかりか私たちまで聞き返す羽目に。教頭先生がどうかしましたか?
「んとんと、バスルームの凄さはハーレイの家に負けてるの…。ぼくたちの家だとあそこまで色々揃っていないの、ボディーソープの種類とか…」
石鹸がとても大事なんでしょ? とソルジャーに尋ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」は泡踊りはおろかソープの意味すら全く分かっていませんでした。ソープすなわち本物の石鹸。会長さんがいつ訪ねて来てもいいように、とアメニティグッズを揃えまくりの教頭先生を連想するのも当然で…。
「それでね、石鹸が大事だったらハーレイのお家がいいと思うよ?」
「ぶるぅ、それだ!」
よく言った、と会長さんが銀色の小さな頭をクシャリと撫でて。
「うん、ハーレイの家が断然オススメ! あそこのバスルームもなかなかだよ、うん」
「…それは確かにそうなんだけど…。ぼくも入ったことはあるしね」
でもぼくたちに貸してくれるかなあ? と悩むソルジャーに、会長さんは。
「平気だってば、ハーレイだったら絶対に貸す! ぼくも一緒に頼んであげるよ」
「本当かい? それはとっても心強いかも!」
要はソープごっこが出来ればいいし、とソルジャー、ニッコリ。教頭先生の家のバスルームを借りてソープごっこって、この先、いったいどうなるのでしょう…?
その夜、会長さんの家で賑やかにお好み焼きパーティーを繰り広げた後で、私たちとソルジャーは瞬間移動で教頭先生の家にお邪魔しました。毎度のリビング直撃コースで、教頭先生はまたも仰け反っておられましたが…。
「…なるほど、キースの家でそんな事件が…。それであなたも生まれ変わりたい、と」
「うん。そういう口実でぼくのハーレイを誘い出すから、バスルームを貸して欲しいんだよね」
「は?」
怪訝そうな教頭先生に向かって、ソルジャーは。
「ソープごっこをしたいわけ! ぼくのハーレイに洗って貰って泡踊りとかで!」
「…あ、泡踊り……?」
「知らないかなあ? ゲイの人向けの店もありますよ、ってノルディが言っていたんだけれど」
ちなみにこんなの、とソルジャーは教頭先生の右手をグイと掴んで思念で伝達した模様。教頭先生、ウッと呻いて鼻血決壊、慌ててティッシュを詰めておられるのに。
「それでね、他にも専用の椅子とかが色々あるって話だからさ…。それをノルディに揃えて貰って持ち込みたいんだ、かまわないかな?」
「…せ、専用の椅子…?」
「なんだったかなあ、身体ごと乗れる人型の椅子と、それから座って洗って貰う椅子と…。そうそう、座る方は確かスケベ椅子! 種類も幾つかあるらしくって」
こんな感じ、と手を握られた教頭先生は詰めたティッシュも役立ちそうにない鼻血状態、けれどソルジャーは気にも留めずに。
「ぼくはソープごっこを楽しみたいし、ぼくのハーレイも燃えてくれるといいんだけれど…。良かったら君も混ざってみる? ソープじゃ二人がかりのコースもあるらしくってさ、確か二輪車だったかな?」
気が向けば是非、と誘われた教頭先生、「いえ、私は…」と答えたものの。
「えっ、そう? ブルーひと筋って言いたい気持ちは分かるけれどさ、洗うくらいはいいんじゃないかな?」
エステとあんまり変わらないよ、とソルジャーに上手く丸め込まれて「そうですね…」と。
「あ、洗うだけなら……かまわない……でしょうか?」
「それはもう! 是非とも体験しておくべき!」
「…で、では…。それではよろしくお願いします」
御来訪をお待ちしております、と深々と頭を下げる教頭先生は会長さんの氷の視線と「スケベ」という蔑みの声にまるで気付いていませんでした。こうして決まったソープごっこは…。
「あれって結局、どうなったわけ?」
ジョミー君が怖々といった風情で問い掛けてくる日曜日の朝。私たちは昨日から会長さんの家に来ていました。昨夜はソルジャーとキャプテンも交えての焼肉パーティーで、その後、ソルジャー夫妻は教頭先生の家へとお出掛けで。
「…どうだかな…。あいつが純粋無垢に洗い上がらなかったことだけは絶対間違いないと思うが」
キース君が朝食のオムレツを頬張り、サム君も。
「お前んちのボス猫みたいなわけにはいかねえよなあ…」
「むしろ拍車がかかった方だと思うよ、荒みっぷりに」
どうせそうだ、と会長さん。
「ぼくも一応、気にはなったし、朝一番でサイオンで気配だけを探ったんだけど…」
「ど、どうだったの?」
ジョミー君の声が震えて、私たちも聞きたいような聞きたくないような。会長さんはフウと溜息をついて。
「…結論から言えば、あのバカップルは居なかった。盛り上がった末に続きは馴染んだいつもの部屋で、ってトコじゃないかな、グッズも放置で」
「「「…グッズ?」」」
「ご、ごめん、今のは失言だから! 忘れといてよ!」
ぼくもこの目で見たわけじゃない、と騒ぎながらも会長さんは慌てたらしくて失言の嵐。その失言を分かる範囲で皆で考え合わせた結果、教頭先生の家のバスルームにはマットや椅子などの何に使うのか謎なグッズが置きっ放しになっているらしく。
「…ついでにシャワーも出っぱなしなんだよね?」
「らしいな、今月のガス代と水道代とが気になる所だ…」
いつから出しっ放しなんだか、とキース君が唸るシャワーの脇には教頭先生が一糸纏わず倒れているとか、いないとか。会長さんがソルジャーを洗ってみたいと思ったばかりにこの始末。ソープに化けるとはビックリ仰天、ソープごっこは当分、ソルジャーのお気に入りかな…?
綺麗に洗って・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
猫を救って怪我をしたキース君はともかく、性格が変わったボス猫が問題だったお話。
あのソルジャーを洗ってみたって、劇的な効果が得られるどころか、どうにもこうにも…。
シャングリラ学園番外編、去る11月8日に連載開始から8周年を迎えました。
9年目に入ってしまいましたよ、何処まで続けるつもりなんだか。
今月は8周年記念の御挨拶を兼ねての月2更新でしたが、来月は普通に月イチです。
次回は 「第3月曜」 12月19日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、11月は、スッポンタケに混入していた虫を巡って問題が…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園はもうすぐ夏休み。期末試験は昨日で終了、私たちの1年A組は例によって会長さんを迎えて誰もが百点満点の筈で、他のクラスの生徒も「とにかく終わった!」と打ち上げへ。もちろん私たちも教頭先生から費用を毟ってお出掛けで…。
「うーん、昨日は食った、食った!」
サム君が大きく伸びをし、ジョミー君も。
「美味しかったよねえ、いつもの焼肉! 次も絶対あそこがいいって!」
「俺たちもすっかり馴染みだしな。テストの打ち上げくらいでしか行けないが」
高いからな、とキース君。そう、それが残念な所です。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はたまに出掛けているようですけど、高校生にはお値段高すぎ。実年齢はともかく高校一年生ばかりを繰り返している私たちのお小遣いの額は普通の高校生並みで…。
「キース先輩、たまには奢って下さいよ。一応、社会人ですよね?」
シロエ君のナイスな突っ込みに早速ジョミー君が飛び付きました。
「そうだっけ! キースは大学、出てたんだっけ!」
「ついでに元老寺の副住職もやってんだよなあ、金はあるよな?」
奢ってくれよ、とサム君までが。
「坊主の道だと俺もジョミーも後輩なんだし、たまにはいいだろ」
「俺は給料は貰ってないっ! あの親父が小遣い以外に金をくれると思うのか!」
大学の学費でチャラだそうだ、とブツブツと零すキース君。
「おまけに「今も小遣いをやってるだろう」と来たもんだ。俺は一生、タダ働きの副住職だ」
「先輩、そこまで悲惨な懐事情だったんですか?」
「寺の関係で出掛ける時には費用を出してくれるんだが…。坊主だらけのツアーの費用と小遣いを貰っても嬉しくはないな」
もっと普通の人生がいい、とキース君が嘆く夏の放課後。授業は今日も含めて数日間あり、それが終わると夏休みです。夏休みといえばマツカ君の海の別荘に山の別荘、お盆で忙しいお坊さん組を除けば楽しさ満載のシーズンで…。
「キース、今年も卒塔婆を書いてるわけ?」
「もちろんだ。早くお前も手伝えるようになってくれ」
「お断りだよ!」
お坊さんだけは絶対嫌だ、とジョミー君。でも夏休みは璃慕恩院での修行体験ツアーとお盆の棚経がもれなくセットになってます。何かと抹香臭くなるのも今や夏休みの風物詩でした。その夏休みがもうすぐだ、とワクワクしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
ピョーンと飛び跳ねた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「見て、見て!」とホップ、ステップ、ジャンプで部屋を一周。ピョンピョンと跳ねて歩いた後には…。
「「「わわっ?!」」」
小さな足が踏んだ場所からポンッ! と可愛いガーベラの花。赤、黄、白など色とりどりの花が足跡のようにパパパパパッ…と咲いていくではありませんか。
「な、なにこれ!?」
花が、とジョミー君が叫べば、マツカ君も。
「花ですね…。本物ですか?」
「えっへへ~! お花、凄いでしょ?」
「うん、スゲエ」
本物かよ? とサム君が手を伸ばして触ると花はパッと消え失せてしまいました。
「あれ? 消えた…」
「すぐに咲くも~ん!」
ピョンッ! と跳ねればガーベラの花。しかし触ると花は端から消えてしまって、どうやら本物の花ではない様子。
「何ですか、これ?」
シロエ君の問いに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はエッヘンと。
「歩いた場所にお花が咲く靴~♪」
「「「靴!?」」」
「うんっ!」
魔法の靴なの、と再びピョンピョン。今度はチューリップやカーネーションなど花の種類も様々なもので、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねた後に次から次へと…。何なんですか、あの靴は?
「ぶるぅの靴かい?」
分からないかな、と会長さんがソファから立ってやって来ました。
「一種のサイオニック・ドリームだよ。童話で読んだ靴が気に入ったとかで」
「だって素敵だもん! 歩いたらお花が咲くんだもん!」
「というわけでね、使えないかと実験中! どうせなら派手にやりたいし」
「「「は?」」」
派手に…って、何を?
「ぶるぅの魔法の靴をだよ! 夏休み前のお楽しみ!」
学校中で披露したいし、と会長さん。えーっと、お花の咲く靴を…ですか?
夏休み前の最後の行事は終業式の日に行われます。式が終わった後、繰り広げられる宿題免除のアイテム探し。校内のあちこちに隠されたアイテムを発見すれば夏休みの全ての宿題免除で、全校生徒が血眼になって探す姿が恒例で…。
「今年もアイテムを売ろうと思うんだけどさ」
その他に、と瞳を煌めかせる会長さんは例年アイテムを探し出しては生徒に販売。ぼったくり価格がつくのですけど、これがまさしく需要と供給のなせる所で文句どころか完売御礼。今年も売る気か、と溜息をつく私たちですが…。
「なんで溜息をついてるわけ? アイテム販売は頼りにしている人もいるしね」
「それはそうだが…。しかしだな、もう少し何とかならんのか?」
値を下げるとか、というキース君の提案を会長さんはバッサリ却下。
「ダメダメ、それじゃ有難味がない。汗水たらして自分で探すか、高い値段を支払うか…。その二択だから値打ちがあるんだ、宿題免除のアイテムは。…でもね」
たまには出血大サービス! と人差し指を立てる会長さん。
「ぶるぅは魔法の靴を披露したいし、ちょうど夏休みが目の前だから…。ぶるぅが歩いた後に咲いた花を頑張って摘めばアイテムへの道が開くとか」
「「「え???」」」
「サイオニック・ドリームだと言った筈だよ、花とセットでサイオニック・ドリームの核を撒くわけ。さっきの花は触ったら消えてしまったけれども、こんな感じで。ぶるぅ、やってみて」
「かみお~ん♪ みんなでお花、摘んでね!」
ピョンピョン跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」の足が触れるとお花がポンッ! 次々に咲く花を摘もうとしたら、花はドロンと消えてしまって……あらっ?
「キャンデーだ…」
「ぼくのは御煎餅ですよ?」
「俺はハズレか? ふりかけなんだが」
こんなヤツだ、とキース君が掲げた一人前サイズのふりかけの袋に大爆笑。飴やクッキー、チョコレートなどのお菓子三昧な中で七味ふりかけは浮いています。
「それがハズレでもないんだな」
むしろ当たり、と会長さん。
「当たりクジの方がレアというのは常識だろう? 今みたいな調子で当たりを仕込めば誰もがぶるぅを追いかける。魔法の靴で歩き放題、跳ね放題で大人気ってね」
「えとえと、ぼくの手形を入れるの! それとアイテムの引換券も!」
なんと、何でも満点になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形と宿題免除アイテムの引換券! これは大人気は間違いなしかも…。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が読んだ童話に出て来たという魔法の靴。歩いた場所に花が咲くとかで、その可愛さがお気に入り。自分でもやってみたくなってしまい、そこへ会長さんの思惑が重なった結果、終業式の前日に披露が決まりました。
「例の靴って今日だよな?」
サム君が確認をすれば、キース君が。
「その筈だが…。ブルーも来ないし、どういう形で披露する気だ?」
「さあ…」
どうなるのかしら、とスウェナちゃん。私たちは会長さんが1年A組に来ているものだと思っていたのに、登校してみたら教室の一番後ろが定位置である机は増えていませんでした。授業が始まっても会長さんは来ず、昼休みも済んで午後の授業も終わってしまって…。
「諸君!」
ガラリと教室の扉が開いてグレイブ先生が入って来ました。
「授業は今日で終わったわけだが、我が校は終業式の日にも重きを置いている。この日にサボると後悔するぞ。…私は未だに賛成する気になれないのだが、宿題免除の制度が存在するのだ」
「「「知ってまーす!!」」」
クラスメイトたちも既に噂で知っているだけに元気一杯の返事が返り、グレイブ先生はツイと眼鏡を押し上げて。
「…よろしい。不本意ながら、明日はそのアイテムが出現する。我こそは、と思う者は頑張って捜したまえ。見付け出したら…」
グレイブ先生がそこまで話した時、校舎の外からワッと歓声が。
「なんだ、あれ!?」
「花だ、花が次々咲いてるぞ!」
騒ぐ声に釣られて窓際の生徒が下を見下ろし、「わあっ!」と声を。
「下、下! 下に、そるじゃぁ・ぶるぅが!」
「えっ、なに、なに?!」
グレイブ先生が止める暇もなくクラスメイトは窓辺に殺到。私たちもドサクサに紛れて一緒に見下ろし、校舎と校舎の間を跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」を発見しました。
「ぶるぅだ…」
「ぶるぅですね? おまけに例の靴ですよ」
ほら、とシロエ君に言われなくても下の騒ぎで分かります。ピョンピョン跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、その後ろに咲く幾つもの花と。どうなるのだろう、と思っていたら…。
ピンポンパンポーン♪ と校内放送のチャイムが鳴り響きました。続いて嫌というほど聞き覚えのある声がスピーカーから。
「全校生の諸君、ぼくはシャングリラ学園生徒会長のブルー。今からみんなにお知らせがある」
「こらっ、ブルー!」
乗っ取るな、とスピーカーの向こうで怒鳴る声はゼル先生のものですけれど。
「別にいいだろ、放送予定は無いんだからさ」
「だからといって私物化することは許されんわい!」
「そうかなあ? 生徒会長からの放送ってヤツは公共性があると思うんだけど」
「黙らんかいっ!」
ブツン、と切れたマイクのスイッチはアッと言う間に再びオンに。
「ごめん、ごめん、聞き苦しいことになっちゃって…。ゼルは放置でお願いするよ。それでね、校舎の外をぶるぅが歩いているんだけれど」
歩いてるよな、という声があちこちから。他のクラスも窓の外を眺めているようです。
「ぶるぅが履いている靴は魔法の靴でね、歩いた場所に花が咲くんだ。しかも普通の花じゃない。魔法の花でさ、摘むとお菓子やキャンデーになる」
「「「へえ…」」」
なるほど、と納得の生徒たちですが、魔法の靴の真の値打ちはこれからで…。
「でもね、お菓子やキャンデーはハズレ! 当たりを摘んだら宿題免除アイテムの無料引換券になる…かもしれない」
「「「えぇっ?!」」」
「他にもテストが一回満点になると噂のぶるぅの手形が何枚か! 当たりはランダムに入っているから、どの花がそれかはお楽しみ! 欲しい人はぶるぅを追いかけて花を摘んでみてよね」
それじゃ、とマイクのスイッチが切られ、放送終了のピンポンパンポーン♪ のチャイム。聞き終えたクラスメイトたちは血相を変えて立ち上がりました。
「聞いたか、ぶるぅの後を追うんだ!」
「他のヤツらに取られる前に貰うが勝ちだな!」
宿題免除アイテム、貰ったあ! という叫びが上がってダッと駆け出すクラス中の生徒。気付けば教室には私たち七人グループとアルトちゃん、rちゃんの特別生しか残っておらず。
「……諸君。あの騒ぎはいったい何なのだね!?」
キレそうな顔のグレイブ先生を相手にシロエ君が必死のフォロー。
「知りません! でも終礼は九人もいれば出来る筈です!」
「むむっ…。いつも何かと騒がせてくれるお前たちが今日は模範生だというわけか…」
止むを得ん、とグレイブ先生は終礼続行。起立、礼をしてお見送りした後は私たちも外へとレッツゴーですよ~!
校舎の外は上を下への大騒ぎ。気まぐれに跳ね歩く「そるじゃぁ・ぶるぅ」を全校生徒が追い掛けています。
「かみお~ん♪ 魔法の靴でお花いっぱい、楽しいな~!」
ピョンピョン、ピョピョン。小さな足が地面につく度、ポポンッ! と開く色とりどりの花。形も種類も様々な花を生徒の群れが血相を変えて摘むわけで。
「くっそ~、今度もキャンデーだった!」
「あらっ、このクッキー、手作りみたいよ?」
もしかして、という女生徒の声に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぼくが作ったお菓子も混じっているからね! 食べてみてね~♪」
「マジかよ、あいつ、料理が上手いんだよな?」
「ハズレでも価値があるってことか!」
目指せ手作り! と全校生徒は更にヒートアップ。手作り菓子ゲットで一休みとばかりに食べた生徒の「美味しい~!」な感想で拍車がかかって、魔法の靴は大人気です。
「…すげえな、宿題免除のアイテムじゃなくても欲しいらしいな?」
菓子でもかまわねえみたいだぜ、とサム君が首を竦めてみせると、ジョミー君が。
「人気があるならいいんじゃない? ぶるぅも嬉しいみたいだし」
「そうね、ぶるぅは靴の自慢をしたいだけだものね」
他はどうでもいいんだわ、とスウェナちゃん。
「お花が咲くのを見せたいんでしょ? アイテムとかお菓子は後付けだもの」
「うんうん、子供ってそんなんだよな」
分かる、分かる、とサム君も。
「おっ? なんか当たりが出たみたいだぜ!」
「本当ですね! 宿題免除アイテムの無料引換券なら一等ですよ!」
シロエ君の言葉通りにそれこそが今日の一等賞。当たりクジは何枚でしたっけ?
「え? 聞いてないよ?」
ジョミー君が首を傾げて、キース君が。
「聞いていないな…。つまりはアレか、ぶるぅが花を咲かせて回る間は当たりの可能性があるってことか」
「どうなんだろうね? ブルーだしねえ…」
でもいいか、とジョミー君。たとえ一等賞が一枚だけでも他にも手形や手作りお菓子。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の魔法の靴は熱狂する生徒の群れを引き連れ、学校中に花を咲かせて回るんでしょうねえ…。
学校中が大騒ぎだった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の魔法の靴。一等賞は三枚でしたが、テストの満点を呼べる手形の方は五十枚。手作りお菓子はもっと多くて、ハズレでも市販のお菓子だっただけに誰もが納得、大満足なお楽しみイベントとなりました。
翌日の終業式の日にもまだまだ話題で、宿題免除のアイテム探しが終わった後にもまだ話題。来年もやってくれたらいいな、とか、学園祭のイベントにどうか、などなど賑やかで…。
「良かったね、ぶるぅ。魔法の靴が大評判で」
またやろうか? と会長さん。此処は生徒が下校した後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。外は夏真っ盛りの日射しが眩しく、暑さの方も厳しいですけど、クーラーが効いたお部屋は天国。
「かみお~ん♪ 楽しかったし、またやりたいな!」
でも暫くは出来ないね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は残念そう。
「明日から夏休みになっちゃうし…。みんな学校に来ないんだもん」
「部活のヤツらしかいないな、確かに」
その部活の方も夏休みとなれば合宿で、とキース君。
「俺たちももれなく合宿だしな? 俺とシロエとマツカが柔道部、サムとジョミーは璃慕恩院だ」
「あれは合宿なんかじゃないし!」
拷問だよ、とジョミー君が苦情を申し立てました。
「毎年参加しているせいでバッチリ目を付けられてるし…。他の参加者は二泊三日なのに、ぼくとサムだけ延長戦だし!」
「お前、有難いと思わんか! 璃慕恩院で特別扱いなんだぞ、ブルーのお蔭で」
「要らないってば!」
アレの免除のアイテムが欲しい、と無茶を言い出したジョミー君。
「ぶるぅの魔法の靴で出ないかな、璃慕恩院へ行かずに済むチケットとか」
「出るわけねえだろ、元からそんなのねえんだし!」
サム君がジョミー君の背中をどやしつけ、私たちだって「うん、うん」と。
「存在するモノしか出せませんよね、そもそも魔法じゃないですから」
無理でしょうね、とシロエ君が笑えば、マツカ君も。
「作って貰えば別でしょうけど、無理そうですよね」
「有り得ねえよな、ブルーかぶるぅが「うん」と言わなきゃ出ねえって!」
諦めろよ、と諭すサム君。
「無い袖は振れねえって昔からよく言うじゃねえかよ、無いモノねだりは見苦しいぜ」
「…でもさあ……」
魔法なのに、と諦めの悪いジョミー君。本物の魔法だって魔法使いが望んだことしか起こらない気がするんですけど、気持ちは分からないでもないかな…。
魔法の靴で夢や憧れのアイテムをゲット。それが出来たら素敵かも、という点については私たちも異論はありませんでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお昼御飯にと作ってくれたピラフのパイナップル詰めを食べつつ、そんな話題が賑やかに。
「ジョミーが璃慕恩院から逃げたいと言うんだったら、俺はお盆がなくなるアイテム希望だ」
「ちょ、キースがそれ言ってとうするよ!」
副住職だろ、とサム君が呆れ顔で。
「俺、住職の資格が貰えるアイテムって言おうと思っていたのによ」
「サム先輩が住職希望なら、ぼくはキース先輩から一本取れる魔法でしょうか…」
未だに全く勝てませんし、とシロエ君。
「マツカ先輩は何かありますか? 希望のアイテム」
「そうですね…。柔道が強くなるアイテムだったら欲しいです」
「私は特にコレっていうのは無いけど…。貰うなら美味しいものかしらね?」
スウェナちゃんの意見に私も賛成。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお料理もお菓子も美味しいですけど、もっと美味しいものって無いかな?
「うーん…。ぶるぅの腕前はプロ級だしね」
一度食べれば再現可能、と会長さん。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「うんっ!」とコックリ。
「美味しいものを食べたら作ってみたいと思うし、後は材料の問題かなあ…」
「そうだよね、ぶるぅ? 魔法の靴だって出来ちゃったしね」
「お料理じゃないけど、出来ちゃったもんね♪」
盛り上がっている会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。美味しいものなら魔法でなくても出てきそうですが、キース君やシロエ君たちの夢のアイテムは無理そうです。
「…夢はやっぱり夢ってことだな」
現実的に前を見るか、とキース君が溜息をついた所へ。
「それはどうかな?」
「「「!!?」」」
あらぬ方から声が聞こえて、フワリと翻る紫のマント。
「こんにちは。面白そうな話をしているねえ? ぶるぅ、ぼくにもピラフはあるかな?」
「ちょっと待ってね、ピラフは多めに炊いてあったし、パイナップルも半分残ってるから!」
作ってくるねー! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンに駆けてゆき、ソルジャーが空いていたソファに腰を下ろすと。
「魔法の靴で夢のアイテムをゲットだってね、楽しいじゃないか」
胸がときめく思い付きだ、と微笑むソルジャー。ソルジャーの夢って何なのでしょう?
間もなく出来てきたソルジャー御注文の品。スパイシーなピラフのパイナップル詰めはお気に召したらしく、ソルジャーは御機嫌で頬張りながら。
「夢はやっぱり夢だとキースは言ったけれどさ、叶えば嬉しいものだしねえ? ぼくが魔法に頼るんだったら自力じゃどうにもならないことかな、今すぐに地球へ行けるとか」
ぼくの世界の本物の地球、と付け加えるのをソルジャーは忘れませんでした。
「でなきゃミュウと人類との和解かな。…どっちもいつかはと思っているけど、直ぐには叶いそうもない。そして魔法も全くアテにはならないし…。叶う夢しか叶わないなら」
「あんた、それはどうかな、とか言わなかったか?」
そう聞こえたぞ、とキース君が指摘し、私たちも頷きましたが、ソルジャーの方は。
「ぼくやキースの夢に関してはそうなんだけどさ。この世の中には叶う可能性があるのに夢だと思っている人もいるわけで…。ああ、夢だとは思っていないのかな?」
「何の話だ?」
「こっちのハーレイ」
「「「!!!」」」
その先は言われなくても分かったような気がします。けれど素敵なことを思い付いたら最後、もう喋らずにはいられないのがソルジャーで…。
「いつかはブルーと結婚したい、と目一杯に夢を見てるだろ? あの夢が叶うチケットを出したら喜ぶと思うよ、ゲットすればブルーと結婚なんだし」
「却下!!」
そんなチケットを誰が出すか、と睨み付けている会長さん。
「なんでハーレイの妄想なんかを叶えなくっちゃいけないのさ! 悉くハズレで行くならともかく、当たりクジなんて絶対嫌だし!」
「だから其処だよ、当たりとハズレの配分だってば。…当たりが出ないクジっていうのもあるんだってね、こっちの世界は」
お祭りの屋台なんかのクジ引き、とソルジャー、ニヤニヤ。
「あれってお約束だろう? 実は当たりは無いんです、ってヤツ」
「まあね。たまに訴えられてるけれど……って、当たり無しのクジを作れって?」
「当たりを引いたらぼくと、っていうクジなら作ってもいいよ?」
結婚は無理だけど一夜のお相手くらいなら、とソルジャーはパチンとウインクを。
「ぼくはノルディでも気にしないほどに心が広いし、こっちのハーレイくらいはねえ? どうかな、そういう魔法の靴! どうせだったら君が履くとか!」
余計にハーレイがときめく筈! とソルジャーは力説しています。歩けば花が咲く魔法の靴を会長さんが履いて、当たりが出たら結婚だなんて、教頭先生は間違いなく喜んで飛び付きますよ…。
「当たりクジ無しでハーレイをねえ…」
面白いかも、と会長さんは自分の足先を眺めました。
「おまけに魔法の靴をぼくが履くって? 歩けば花が咲く靴を?」
「君が履くのが絶対オススメ! その方が味わい深いと思うよ、ぶるぅじゃ可愛いだけだしさ」
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とか言ったかな…」
文字通り花を咲かせてやるか、と会長さんの唇に笑みが。
「歩いた所に綺麗な花が咲いていく上に、それを摘んだらクジなんだね」
「当たり無しの……ね。でもって、ぼくの当たりクジも混ぜるんだったら、こういうヤツはどうだろう? 夏休みは海の別荘に行くし、そこで一夜のアバンチュールを!」
「……君のハーレイはどうなるわけ? 海の別荘は結婚記念日じゃないか」
「あ、そうだっけ…」
忘れてた、とペロリと舌を出すソルジャー。毎年必ず結婚記念日に重ねてくれと注文をつけてくるくせに、この有様では先が思いやられます。多分、ソルジャーの方も教頭先生と過ごすつもりは無いのでしょうが…。
「えっ、普段だったら過ごしてもいいよ? ただねえ…。結婚記念日の辺りはマズイか」
「当たり前だよ、君は結婚しているんだろ!」
結婚記念日とセットの旅行で踏み外すな、と会長さんが叱り付ければ、ソルジャーは。
「…うーん…。踏み外さないようにハーレイに止めて貰おうかな?」
「「「は?」」」
「ぼくのハーレイだよ、当たりのクジをこっちのハーレイに渡さないよう全力で戦って貰うとか! 咲いた花を必死に奪い合うんだ、ぼくのためにね。…それもいいねえ…」
ウットリとして呟くソルジャー。
「そうだ、ぼくも一緒に魔法の靴で歩いてみようかな? 二人分の花なら集める手間も二人分! ハーレイ同士で奪い合うにも熱が入るよ、どっちの靴から当たりが出るのか謎だしさ!」
「君もやるわけ?」
ポカンとしている会長さんですが、ソルジャーはやる気満々で。
「サイオニック・ドリームの応用だろう? 面白そうだし、ぼくもやりたい! 歩く姿は百合の花だっけ、ぶるぅよりもゴージャスな花を次から次へと!」
二人でやろう、とソルジャーの手が会長さんの手をガシッと握りました。
「君とぼくとで魔法の靴! 君はこっちのハーレイをからかえばいいし、ぼくはハーレイの全力の愛を確かめられるし…。これは素敵なイベントだってば、やる価値ありだよ、絶対に!」
会長さんとソルジャーが二人揃って魔法の靴。歩けば開く魔法の花を教頭先生とキャプテンが必死に奪い合いですか、そうですか…。
こうして歩いた場所に花が咲く魔法の靴は妙な方向へと突っ走って行ってしまいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が得意げに跳ね回っていたのとは全く別物、当たりクジ無しの阿漕なイベント。いえ、正確には当たりクジはあるのですけれど…。
「当たりが出たらブルーと、だしねえ? ハーレイ的にはハズレかもねえ…」
ぼくじゃないから、とクスクスと笑う会長さん。
「だけど海の別荘でのアバンチュールなら話は別かな? 毎年、涎が出そうな顔でバカップルを眺めているのは事実なんだし、ブルー相手でもオッケーかもね」
「あんた、本当にそれでいいのか? いつも困ると言ってるだろうが!」
キース君の突っ込みに、会長さんは涼しい顔で。
「本当にブルーとアバンチュールってコトになったら困るけどさ。…あっちのハーレイが止めに入るだろ、チケットを奪い取ってでも!だから全然心配してない」
「…それで本気でやらかすんだな?」
「そのつもりだけど? …そうだよね、ブルー?」
「もちろんさ! 君さえその気になってくれたら、こんなイベントを逃す手は無い。でもって、イベントの開催はいつ?」
スケジュールを空けておかないと、と壁のカレンダーに目をやるソルジャー。
「確か噂の合宿が……明後日からだっけ?」
「うん。キースたちもジョミーたちも留守になるから、その後かな。山の別荘行きが済んだらキースはお盆でいつも以上に忙しくなるし、それまでの何処かで…。んーと…。ここは?」
合宿が終わった直後の土曜日を会長さんが指差しました。
「君のシャングリラは基本、土日は暇なんだろう?」
「現時点では何も聞いていないね。じゃあ、其処にしよう」
それまでに色々と打ち合わせを、と赤い瞳を輝かせるソルジャーに会長さんが頷き返しています。クジの内容だの開催場所だの、相談は山ほどあるようで…。
「ハーレイにも話を通しておくよ。ウッカリ予定を入れられちゃったら大変だ」
「ぼくも同じさ。でもさ、こっちのハーレイ、君のためなら予定の十や二十くらいは放り出すんじゃないのかい? ましてや結婚のチャンスとなるとさ」
「結婚のクジは最初から入っていないんだけどね?」
「違いないねえ、でもそのクジで釣って、ぼくとの一夜のアバンチュールでダメ押しだろ?」
悪辣だねえ、とソルジャーは笑っていますけれども、それを言うならどっちもどっち。結婚記念日合わせの旅行に別の人とのアバンチュールを織り込もうだなんて…。しかもそれをネタにキャプテンの本気を試そうだなんて、ソルジャーも同じく悪辣だとしか……。
キース君たちが合宿や璃慕恩院へと出掛けた間に、会長さんとソルジャーは魔法の靴なイベントについて相談を重ねていたようです。昼間はスウェナちゃんと私、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にフィシスさんも交えてプールに行ったりしましたけれども、夜はコソコソ打ち合わせ。
「…ふふ、元ネタが童話というのはいいねえ…」
ある日、ポロッと会長さんが漏らした台詞をスウェナちゃんと私は問い詰めたものの。
「内緒だってば、ブルーと二人で相談していて閃いちゃって」
「かみお~ん♪ お伽話のなんだったっけ…?」
「王道だよ、ぶるぅ。はい、ここまで~」
この先は秘密! と言われてしまって謎がもう一つ増えただけ。携帯端末も没収されているサム君とジョミー君は連絡が全くつかないのですが、キース君たちからは毎晩定時連絡が来ます。その日の夜も「そっちはどうだ?」と送られて来たため…。
「元ネタが童話で、お伽話の王道だって。…何だと思う?」とスウェナちゃんと相談の上で返信してみたら「知るか!」と一言。やっぱりキース君たちでも見当がつかないみたいです。
「…どうなるのかしら?」
「さあ……?」
確かなことは魔法の靴と、当たりクジは無いらしい事実だけ。ソルジャーが出すアバンチュールなクジも込みなら当たりは出ますが、それはキャプテンが全力で奪いに来るんですよね?
謎が謎を呼び、何が何だか分からない内に精悍な顔つきになった柔道部三人組と、お疲れ気味のジョミー君とサム君が帰って来ました。お疲れ休みを一日挟んだだけでイベント当日となり、私たちは朝から会長さんのマンションへと。
「…そもそもイベントの開催場所は何処になったんだ?」
キース君の問いに「知らない」と首を左右に振るスウェナちゃんと私。
「お伽話の王道ってヤツも謎のまま?」
ジョミー君に訊かれても答えられない留守番部隊は無能でした。ソルジャーが会長さんを訪ねて来る時に居合わせなかったことが敗因です。本当は居ても良かったのですが、教頭先生に話をつけに行くのに同行するなら居てもいい、と言われたら普通は逃げませんか?
「あー…。そいつは痛いよなあ…」
仕方ねえよな、とサム君が言ってくれ、シロエ君も。
「そういう条件なら、ぼくでも逃げます。先輩たちに罪は無いかと」
「まったくだ。…あいつら、つくづく腹黒いんだな」
でもって今日はどうなるんだか、と呻くキース君を先頭に立ててエレベーターに乗り、最上階へ。玄関横のチャイムを鳴らすとガチャリと扉が開けられて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! みんな来てるよ!」
ピョンピョン跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ついてゆくと広いリビングに着いて、会長さんと教頭先生、私服姿のソルジャー夫妻が揃っています。
「こんにちは。一足お先にお邪魔してるよ」
ソルジャーが微笑み、教頭先生やキャプテンとも挨拶を交わして、さて、この先は…?
「会場はぼくの家を全部ってトコかな」
会長さんがニッコリ笑いました。
「ぼくもブルーも魔法の靴を履いて歩くから、放っておいたら家じゅうが花で一杯になる。それもいいけど、花を摘んだら当たりが出るかもしれないわけで」
「ブルーと結婚出来るってヤツが一等賞! ぼくのハーレイが当てた場合はこっちのハーレイに譲るってさ。そして二等がぼくとの一夜のアバンチュール! 海の別荘で一晩、楽しく! …ハーレイ、お前が当てたらこっちのハーレイに気持ちよく…」
「お断りいたします!」
その件は何度も申し上げました、とキャプテンの眉間に深い皺が。
「それを全力で阻止するために私も参加するのです。奪われないよう、努力あるのみです」
「…らしいよ、欲しけりゃ根性で自分でゲットしてよね」
頑張って、とソルジャーに見詰められた教頭先生、耳まで赤くなりつつも。
「いえ、あくまで私は一等賞を狙っておりまして…」
「遠慮はダメだよ、二等賞だってゲットしなくちゃ! 当てたらぼくが手取り足取り」
「…は、はあ…」
教頭先生、鼻の付け根を押さえておられます。早くも鼻血の危機らしいですが、こんな調子で当たりを引いても無駄なんじゃあ? 一等賞は無いとは聞いていますけど…。会長さんがクッと喉を鳴らして。
「二等賞を争う方が熾烈らしいね、面白い。…それじゃ今から歩くから! あ、その前に道具を渡しておかないと…。ぶるぅ!」
「かみお~ん♪ はい、どうぞ! これを持ってね!」
「「……???」」
教頭先生とキャプテンに小型のケージが渡されました。猫とか小型犬とかを運ぶアレです。会長さんが軽く咳払いをして。
「ハズレはぶるぅの時と同じでお菓子なんだけど、大ハズレの時はヒキガエルなんだ」
「「「ヒキガエル!?」」」
「そんなモノが家の中を跳ね回るのはとても困るしねえ? カエルになったらケージに入れてよ」
「「「………」」」
よりにもよってヒキガエル。自分でも困るような代物をクジに入れるな、と言いたいですけど、ソルジャーと相談を続ける間に何処かで悪ノリしたのでしょう。花にお菓子にヒキガエル。当たりなんかは二等賞でも出ないような気がしてきましたよ…。
会長さんとソルジャー、普段は家の中では履かない靴を履き、スタンバイ。反対方向へ歩き出すのかと思っていれば、さに非ず。歩幅や互いの距離を変えつつ、同じ方へと軽く優雅に。床に綺麗な薔薇が咲いたり、瑞々しい百合が花開いたり。
「「「…流石…」」」
可愛い花より美しい花。狙っているのが分かります。教頭先生とキャプテン、暫く見惚れていたものの…。
「い、いかん! 花を摘まねば!」
「二等賞のクジは渡しませんから!」
ダッと飛び出す大柄な身体。会長さんたちが軽やかに咲かせて回る花を摘み、舌打ちしてはクッキーやキャンデーがポイと捨てられ、私たちがそれを有難く拾い…。お菓子も貰っておけばいいのに、と笑い合いつつ、広い家の中をあちらへ、こちらへ。そして間もなく…。
「うわぁぁっ!!」
ピョーン! と飛び出すヒキガエル。教頭先生が引っ掴んでケージに押し込み、次のヒキガエルはキャプテンが。そうやって花はお菓子やヒキガエルに変わりまくって、どのくらい歩き回ったでしょうか。
「はい、おしまーい!」
「「「…は?」」」
会長さんが明るく宣言しましたけれども、当たりクジはともかく二等賞は…? 教頭先生がキャプテンに胡乱な視線を向けて。
「…一等賞をお取りになったら譲って下さる筈だったのでは?」
「あなたこそ、二等賞を何処に隠したんです! ブルーを取らないで頂きたい!」
バチバチバチッと火花が飛び散り、一触即発。教頭先生、二等賞を隠すような度胸があったのでしょうか? ソルジャーと一夜のアバンチュールを目指して隠蔽なさったとか…? お互いに掴みかからんばかりのそっくりさん二人をハラハラしながら見守っていると。
「ああ、一等賞と二等賞なら、君たちの愛が試されるからーっ!」
会長さんが声を張り上げ、ソルジャーが。
「カエルの王子様だっけー? ヒキガエルのどれかが当たりなんだよ、キスすればクジに戻るからーっ!」
「「…ひ、ヒキガエル…?」」
これにキスか、と絶句する褐色の肌のお二人様。…そういえば会長さんは何て言いましたっけ? お伽話の王道だとか言っていたヤツはヒキガエル…!
「…ど、どうぞ、あなたから御遠慮なく」
「い、いえ…。そのぅ、当たりが出た時に私に譲って頂ければ…」
キャプテンと教頭先生、先ほどまでの喧嘩騒ぎは何処へやら。清く美しい譲り合いとばかりに、二つのケージに満杯になったヒキガエルを押し付け合っておられます。
「わ、私が順に渡してですね、ハズレのカエルはきちんと管理いたしますから」
「いえいえ、そんな御迷惑はとても…。日頃から何かとお世話になっておりますし」
どうぞ、どうも、とは全くいかずに「どうぞ」「どうぞ」な平行線。ヒキガエルはゲコゲコ鳴きまくってますが、あの中のどれが二等賞…?
「……此処まで醜く押し付け合われると二等賞のカエルも消したくなるねえ…」
「君への愛は絶対だったんじゃないのかい? 二等賞は渡さないって言ってたじゃないか」
「それを言うならこっちのハーレイも同じだろう? 一等賞のためならキスくらい…」
お安い御用だと思ったけどな、とソルジャーが深い溜息を。
「もしかしてアレかな、ヒキガエルが君に変わるんでなくっちゃダメなのかなあ…」
「それでもダメかと思うけどねえ? そう簡単にクリアされたんじゃ、お伽話が成立しない」
魔法の靴には魔法なオチが相応しいんだよ、と会長さん。押し付け合いを続けておられる教頭先生とキャプテンの前のヒキガエルから二等賞のが消えるかどうかはソルジャー次第らしいです。この調子では消えそうですけど……って、消したんですって!?
「うん、呆れたから。…ぼくへの愛の無さはよく分かったし」
ヒキガエルにキスして償ってよね、と冷たく笑うソルジャーの視線の先では、キャプテンと教頭先生がキスへの決意を固めた模様。もはや当たりは無いんですけど、それでもカエルにキスですか! 二つのケージに満杯のヒキガエル相手にブッチューだとは、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。
歩けば花盛り・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
歩くと花が咲く「そるじゃぁ・ぶるぅ」の魔法の靴なら、とても可愛いですけれど。
同じ花でも、ヒキガエルが出る靴はどうかと思います。普通はこういう結末になるかと。
そして、シャングリラ学園番外編、11月8日に連載開始から8周年を迎えます。
よくも此処まで書いたもんだ、と自分でも呆れる内に9年目へと…。
8周年記念の御挨拶を兼ねまして、11月はオマケ更新つき。月に2回の更新です。
次回は 「第3月曜」 11月21日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、11月は、先月のスッポンタケ狩りが尾を引いているようで…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
新学年が始まって間もない、うららかで穏やかな春の土曜日。今年も1年A組な私たちは会長さんの家に集っていました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた桜のエンゼルケーキをお供にワイワイ賑やか、話題は春のお出掛けで。
「やっぱり狙い目は平日ですよね」
シロエ君が旅行のパンフレットと壁のカレンダーとを見比べながら。
「土日は料金が高くなりますし、平日の方がお得そうです」
「しかしだ、催行されない危険があるぞ」
此処だ、と指差すキース君。
「どのツアーも催行確定の日は土日で固めているからな…。下手に平日を狙うと人数不足で」
「あー、そっかあ…」
ジョミー君がひいふうみい、と頭数を数えて「うん、足りない」と。
「どれ見ても十五人になってるもんねえ、最少催行人数ってヤツ…。ぶるぅも一人で数えてみても九人にしかならないかあ…」
「あら、こっちのパンフは十二人からいけるみたいよ」
ほら、とスウェナちゃんがテーブルの真ん中に出して来たパンフレットは日帰りグルメツアーばかりを集めたもの。確かにどれも十二人からと書いてあります。でも…。
「俺たち全員で九人だぜ? まだ足りねえよ」
サム君の指摘どおりに三名分の人数不足。それくらいなら誰か他の人が申し込んでいそうな気もしますけれど…。
「九人いればいけるんじゃないの?」
残りは三人、とジョミー君。
「こういうのってさ、日が近くなっても集まりが悪い時には一箇所に集めると聞いてるよ」
「そのシステムも確かにあるな」
間違いない、とキース君。
「こっちの日でなら出発します、と連絡を入れて日にちを変更させるようだな。俺たちは九人もいるわけなんだし、他の三人を何処か別の日からかき集めてくれれば行ける可能性も…」
「そうですね! 九人といえば大人数です」
ぼくたちの希望が通りそうです、とシロエ君が「何処にします?」とカレンダーに目をやる横から会長さんが「待った!」と一声。
「九人いたって十一人の団体がいたら勝てないよ? そっちの方に寄せられてしまう。それにね、日にちの変更を言って来るのはギリギリも多いらしくって」
選択の余地がもはや無いのだ、と言われましても。とりあえず行ければオッケーなんじゃあ?
人数不足で催行直前に日程変更。普通なら困るケースですけど、私たちは出席義務のない特別生。サボる予定の日が変わるだけで問題は特に無さそうです。ん? 待てよ…。
「キース先輩がヤバイかもしれませんね?」
シロエ君が首を捻りました。
「月参りがあるんでしたっけ…。バッティングしたらアウトですよね」
「いや、今回は大丈夫だ。親父に貸しがあるんでな」
「「「え?」」」
キース君がアドス和尚に「貸し」。それは非常にレアなケースで、逆はあっても貸した話は滅多に耳に入りません。いったい何を貸したんでしょう? 他のみんなも興味津々。
「先輩、どういう貸しですか? 月参りって言えばかなりの回数、先輩が代わりに行かされる羽目になっていたかと思うんですが…。借りの作り過ぎで」
「まあな。しかし今回の貸しはデカイし、二回くらいは俺の予定が優先される。…なにしろ親父が香炉の灰を」
「「「香炉?」」」
「アレだ、御本尊様の前に置いてある大きな線香立てだ」
えーっと…。小型サイズの火鉢くらいあるアレのことですか? 法要の時に長いお線香がブスッと刺してあって全然短くなってくれない恨みがましいヤツのこと?
「そうだ、そいつだ。朝のお勤めの前に線香を立てるが、基本は俺がその係でな…。親父は最近、やっていなかった。それをだ、俺に貸しを作ろうと思ったらしくて朝一番に立てに行ってだ、日頃のサボリがモロに出たんだ」
「「「サボリ?」」」
「普段やらないことをやるとだ、こう、色々とヘマをする。親父は衣の袖を蓮に引っ掛けてよろけた挙句に香炉の縁を掴んだわけで」
御本尊様の前に飾られた金属製のキンキラキンの蓮の花。セットものの花瓶ごとだと一メートルはあろうかというソレは重量級で、アドス和尚の袖くらいでは揺らがなかったらしいです。代わりにアドス和尚のバランスが崩れて香炉の縁を掴んだものの、香炉よりはアドス和尚が重くて。
「……朝っぱらからデカイ香炉を落とされてみろ。俺が入った時にはブチまけられた灰がまだもうもうと舞っていたな。その片付けを引き受けた分の貸しが俺にはある!」
だからいつでも出掛けられる、と聞けば気分は大船。たとえ前日になってから「三日後にして下さい」と言われようとも問題なし、と思ったのですが。
「…まだまだ甘いね」
甘すぎる、と会長さんが首を左右に。何処かの詰めが甘かったですか?
「いいかい、ツアーの人数を寄せる時ってヤツはさ…」
これを見たまえ、と会長さんは日帰りグルメツアーのパンフレットをトントンと叩き。
「こっちが普通の食べ放題で、こっちは同じ食べ放題でも行き先不明のミステリーツアー。まるで行き先が違うようだけど、同じ食べ放題だろう? こういう二つを寄せたりするんだ」
「「「えぇっ!?」」」
「目的か行き先か、どっちかが合えば寄せるケースはあるんだよ。旅行会社も駄目で元々、ツアーを出せればオッケーって感じで必死だからね」
海外旅行でも寄せたりする、と聞いてしまうと人数不足は危険だという気がしてきました。ここは地道に催行確定の土日にしておくか、寄せられた時は諦めるか。
「うーん…。寄せられてもいいから平日かなあ」
空いている方が絶対にいい、とジョミー君が言い、マツカ君が。
「土日は道路も混みますしね。…悩む所です」
「混んだら予定が狂うものね」
せっかく行っても食事の時間がズレたら悲惨よ、とスウェナちゃんも。グルメツアーで食事の時間が狂うと辛いかもしれません。お昼御飯を食べに行くのに何時間も遅れたりしたら…。
「それ以前に何を食べたいわけ?」
会長さんの質問に私たちは顔を見合わせました。まずは日程と考えていたせいで、食事は二の次、三の次。とにかくグルメ、と思っただけで何という目的があったわけでは…。
「えーっと…。何でもいいから美味しい物かな?」
ジョミー君が答え、シロエ君も。
「特にコレって決めてたわけでは…。食べたい人が多い料理でかまいませんよ」
「そういうことなら狙いコレだね」
会長さんが示したコースには「踊り食い」の文字が。
「この時期ならではのグルメだよ、これ。シロウオの踊り食いは春の風物詩! それとアワビの残酷焼きがセットものだし、このコースだったら行きたい人も多い筈!」
「「「…踊り食い…」」」
生きたまま食べるアレのことか、と理解は出来ましたが未知の味覚の世界です。残酷焼きもよく聞きますけど、どういう料理でしたっけ?
「残酷焼きはそのまんまだよ。生きたアワビを網に乗っけてジュウジュウ焼くのさ」
「かみお~ん♪ アワビの残酷焼き、美味しいよ! 踊り食いも!」
「「「………」」」
残酷焼きはともかく、踊り食い。生きたままで食べても美味しいのかな?
なんだか少し恐ろしそうな春の風物詩の踊り食い。けれど人数が集まりそうなツアーだと聞くと、この際チャレンジという気もします。美味しくなくても他にも料理はあるのでしょうし…。
「…踊り食いにする?」
ジョミー君がグルリと見回し、キース君が。
「坊主の俺が踊り食いか…。まあ、後でお念仏を唱えればいいか」
「そういや思い切り殺生の罪になるよなあ、踊り食い…」
坊主にはちょっとヤバイだろうか、とサム君もお念仏がとうこうと。なんだか抹香臭い感じになってきたぞ、と思ったものの、言い出しっぺの会長さんだって伝説の高僧なのですし…。
「オッケーなんじゃないですか? 会長だってお坊さんです」
それも伝説の銀青様です、とシロエ君が太鼓判を押した所で、後ろから。
「踊り食いだって?」
美味しいのかな、と聞こえた声にバッと振り返って見てみれば。
「こんにちは。ぼくにも桜のエンゼルケーキ!」
中身がピンク色というのがいいね、と出ました、紫のマントの会長さんのそっくりさん。降ってわいたソルジャーは空いていたソファにストンと腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッとケーキと紅茶を用意して…。
「うん、美味しい! …でもって、踊り食いってヤツも美味しい?」
「それはまあ…。改めて美味しいのかと聞かれると…」
どうだろう? と会長さんが考え込んで。
「いわゆる料理とは少し違うし、素材の味っていうのでもないし…。ゲテモノの部類に分類した方が君には分かりやすいかも…。生きた魚を丸飲みだからね」
「……凄いね、それ……」
その発想はぼくの世界には無い、とソルジャーの赤い瞳がパチクリと。
「踊りながら食べるってわけじゃないのか、食材の方が踊るんだ?」
「正確に言えば暴れるんだよ、なにしろ生きたまま飲まれるわけだし」
「ふうん…。生きた食材を丸飲みねえ……」
それは魚よりもハーレイがいいな、と妙な台詞が飛び出しました。まさかキャプテンが踊るんですか? でもってそれを丸飲みすると? あんな大きなキャプテンの身体をとうやって?
「あっ、勘違いされちゃった?」
ごめん、ごめん、と笑うソルジャー。
「ぼくが飲みたいのはハーレイが出す新鮮な」
「退場!!!」
会長さんがビシッと指を突き付けています。キャプテンの新鮮な何を飲むわけ…?
喋ると退場になってしまうらしい、キャプテンが出す新鮮な飲み物とやら。いったい何のことなのだろう、と首を捻っているとソルジャーが。
「分からないかなあ、その程度の知識はある筈だよ? ぼくは飲んでも大丈夫だけど、女性だったら子供が出来るかも…」
「「「!!!」」」
アレか、と息を飲む私たち。もうその先は結構です、と真剣に退場をお願いしたくなりましたが。
「どうせだったら踊って貰うのも悪くないかも…。ストリップとか、ちょっとドキドキするかも」
「そういう話は君の世界でやりたまえ!」
さっさと帰れ、と会長さんも怒り心頭。
「此処の連中には理解不能だし、ぼくにもそういう趣味は無いから!」
「えーーーっ? 美味しそうだと思うけどねえ、新鮮なハーレイの踊り食い」
見えそうで見えない感じで踊ってくれれば更にときめく、とソルジャーの勢いはノンストップ。
「君だって実際に見たらときめくかもだよ、おまけに活きがいいんだよ?」
「ときめかないし!」
「……そうかなあ? でもさ、一見の価値は絶対あるって!」
踊り食いならハーレイで、とソルジャーの話はグルメツアーから遠ざかりつつあるようです。私たちはグルメツアーの行き先と日にちを相談しようと集まっただけで、キャプテンの魅力がどうであろうと知ったことではないんですけど…。
「えっ、ハーレイの魅力かい? ぼくから見れば素敵だけどねえ、身体もいいしパワーたっぷり! こっちのハーレイもヘタレが直れば凄いと思うよ、そのためにも踊り食いが絶対オススメ!」
「「「…は?」」」
なんでそういうことになるのだ、と突っ込みどころが満載な台詞。けれどソルジャーは滔々と。
「とりあえず目で見て楽しむトコから始めてみればいいんじゃないかな、ハーレイの魅力! ストリップもいいけど最初から裸で踊るというのも刺激的かも…」
素っ裸でも見えそうで見えない感じで焦らす、とソルジャーの瞳はまるで肉食獣のよう。
「見えない所が更に食欲をそそると思うよ、早く食べたいって気持ちになるよね」
「それは君限定の話だから!」
「うーん…。どうやら君とは致命的に話が合わないらしいね、だけど試してみたくないかい? ハーレイが裸で踊るんだよ? そういうイベント、君は好きかと」
「好きじゃないから!」
誰がハーレイの裸踊りなんかを見たいものか、と怒鳴り付けてからピタリと黙った会長さん。顎に手を当てて考え込む姿に不吉な予感がヒシヒシと…。もしかして何か閃きました…?
「……裸踊りかあ……」
悪くないかも、と会長さんがボソリと呟くまでの間に沈黙の時間が五分か、あるいは十分か。やたらと長く感じられた割には、実際は一分間も無かったのかもしれません。嫌な予感は大当たり。裸踊りって何なんですか、踊り食いは何処へ行ったんですか~!
「踊り食い? それはまた別の話ってことで」
まずは裸踊りを見てからにしよう、と会長さんはニヤニヤニヤ。
「あのハーレイが真っ裸になって踊るんだよ? ぼくに魅力をアピールと言えば喜んで脱ぐと踏んだけど? でもって実際はアピールどころか大恥ってね」
「「「大恥?」」」
「そう! 上手く踊らないとアピールどころか丸見えコースで赤っ恥! 女子にはモザイクをサービスするから、此処は是非とも踊って貰おう」
「…それってどういう踊りなのさ?」
ソルジャーが怪訝そうな顔。
「見えそうで見えない所がいいとは言ったけれどさ、それと関係してるわけ?」
「大いに関係しているね。実はこっちの世界の宴会芸には裸踊りというのがあって」
「裸踊り?」
「うん。素っ裸になって踊るんだけれど、大事な部分はお盆で隠して見えないようにするんだよ。両手に持ったお盆を如何に素早く上手に動かし、見られないように踊るかが腕の見せどころでさ」
それをハーレイにやらせてみよう、という恐ろしい言葉に私たちはドン引きでしたが、会長さんが何かを思い付いた時には逆らうだけ無駄で逃亡不可能。グルメツアーで踊り食いの予定は遠くに消え去り、裸踊りなんかを拝んだ後には踊り食いを食べたい気持ちも多分残っていないでしょう。
「…エライことになってきたような気が…」
シロエ君が遠い目になり、キース君が。
「諦めろ。…あいつが横から出て来た時点でヤバいフラグは立っていたんだ」
ツアーに同行されるよりかはマシだと思え、と言われてみればその通り。踊り食いに興味を示したソルジャーがキャプテンと一緒に来ると言い出したら断れません。
「ついでにツアーの最少催行人数ってヤツを考えてみろ。俺たちだけでは九人しかいないが、あいつらがぶるぅを連れて来やがったら十二人になって出発可能だ」
「「「うわー…」」」
その面子で下手にツアーに出掛けてロクでもない目に遭わされるよりは、今の展開の方がまだマシです。ツアーは潔く諦めるべし、と私たちは涙を飲みました。それだけで済めばいいんですけど、問題は裸踊りの方。教頭先生が裸でお盆だけを持って踊るんですか、そうですか…。
教頭先生がお盆だけを持っての裸踊り。そんな宴会芸をお持ちだとはとても思えませんから、大惨事になることは見えていました。上手く隠せないで丸見えになってモザイクなコースまっしぐら。それでも教頭先生が会長さんに言いくるめられて踊るであろうことも確実で。
「…ツアーで赤っ恥もアレですけれど…」
こっちも大概な話ですよね、とシロエ君がボソボソと。
「恥をかくのは教頭先生お一人ですけど、もう目に見えるようですよ。赤くなったり青くなったりでお気の毒な図が」
「うんうん、赤くなるだけじゃ済まねえかもな」
場合によっては真っ青だよな、とサム君も。
「上手く隠して踊れりゃいいけど、しくじったら顔色ねえかもなあ…」
「運動神経の良さと踊りが関係するかが謎だしな…」
どうなるんだか、とキース君。
「バレエのレッスンは続けておられるが、踊りがまるで別物となればヤバそうだ」
「なるほど、運動神経ねえ…」
それは使える、と会長さんがニンマリと。
「普通に裸踊りをさせるだけより面白そうだし、赤とか青とか聞いちゃったらねえ…」
「「「は?」」」
「旗揚げゲームを知らないかい? アレを応用しようかと」
「「「えぇっ?!」」」
旗揚げゲームって赤と白の旗を持つヤツですよね? 赤上げて、白上げて…って…。
「なんだい、それは?」
ソルジャーが身体を乗り出しています。そっか、ソルジャーの世界には旗揚げゲームは無いんだ?
「なんか赤とか白とかって…。それって、どういうゲームなわけ?」
「ああ、それはね…。赤と白には限らないけど、とにかく両手に旗を持つわけ。そして号令に合わせて動く。赤上げて、と言われれば赤で、白上げて、だったら白の旗を」
「…ふうん? それで裸踊りがどう面白くなると?」
別の世界の住人なソルジャーは旗揚げゲームの真髄を理解していませんでした。会長さんが「百聞は一見に如かずと言ってね」と画用紙をチョキチョキと切って割り箸をつけて旗の出来上がり。
「はい、これを持って」
「……???」
目をパチクリとさせながらもソルジャーは素直に赤と白の旗を持ちました。ソルジャーは最前線で戦闘をこなす本物の戦士だと聞いてますけど、旗揚げゲームはどうなるでしょうね?
両手に旗なソルジャーがリビングの中央に立って、私たちは俄かギャラリーに。会長さんが「それじゃいくよ」と声を掛けてから。
「赤上げて!」
「うん」
ヒョイとソルジャーが赤の旗を上げ、次に飛んだ指示は「白上げて」。これも見事にクリアです。
「赤下げないで、白下げて!」
「えっ?」
ソルジャーの赤い旗は下がりましたが、白の旗はグンと更に高く上がってしまって。
「白下げて、と言ったけど?」
「う、うん…。ぼくとしたことが、ついミスった」
次はやる! とソルジャーが白の旗も下げ、会長さんが「続き!」と叫んで。
「赤下げて、白上げて!」
今度は指示のとおりに上手く動いたソルジャーですけど、その次は。
「白上げて! 赤下げて!」
「……あっ……」
ミスった、と舌打ちするソルジャー。白の旗と一緒に赤の旗も上に上がっていました。
「な、何なわけ、このゲーム? 戦闘だったら死んでそうだけど…」
「そりゃ確実に死ぬだろうねえ? 君ですらこういう状態となれば、ハーレイは上手く出来ると思うかい? 柔道も古式泳法もこなすとはいえ、使う神経が別物だしね?」
「………。つまり君はコレを」
「お盆でやる!」
赤と白のお盆を買いに行かなきゃ、と会長さんの唇に浮かぶ笑み。
「見えそうで見えないどころじゃないよ? 見せないつもりが自分で全開。しかもこっちが出している指示に従っていればモロ出しは無くて、しっかり隠れる筈なのにねえ?」
「…そ、それは……。思った以上に凄そうだねえ……」
「普通に裸踊りをしろと言っても踊れないだろうし、踊る代わりに旗揚げゲーム! 踊るよりかは楽な筈だよ、お盆の使い方を親切に教えてあげるんだからさ」
「「「………」」」
どの辺がどう親切なのだ、と突っ込みを入れたい気分でしたが、そんな勇気を持っている人は誰一人として居ませんでした。教頭先生の裸踊りは赤と白のお盆を持っての旗揚げならぬお盆揚げゲーム。モロ出しになることはまず避けられず、晒し者へと一直線です~!
こうして教頭先生の全裸でお盆揚げゲームが決定しました。しかも…。
「「「今夜!?」」」
明日とかじゃなくて、と口をパクパクさせる私たち。まさかそんなに早いとは…。
「思い立ったが吉日なんだよ、幸い、お盆も買えそうだから」
ちょうどデパートにそういう品が、と会長さんはニッコリと。
「ぶるぅ、食器売り場のこのコーナーの…。分かるかい?」
サイオンで場所を伝達中らしい会長さんに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「うんっ!」と返事を。
「あそこのお盆を一つずつだね、赤いのと白と!」
「そう。それでね、ハーレイにプレゼントするからそういう包みにして貰ってよ」
「オッケー! えとえと、お盆だけど…。プレゼント包装だったらリボンがいいかなぁ?」
「水引に熨斗よりリボンだろうねえ、その方がハーレイもときめくしね?」
おまけに中身が紅白セット、と会長さんはパチンとウインク。
「旗揚げゲームを思い付いた時はそこまで連想しなかったけれど、ハーレイの大事な部分を包むトランクスは紅白縞! お盆が紅白なのも何かの縁だよ、アソコを隠すには最高のチョイス!」
「なるほどねえ…。確かに言われてみればそうだね」
紅白縞かぁ…、とソルジャーがしみじみ頷いています。
「トランクスの次はお盆をプレゼントして隠して貰う、と。けっこう感動的な展開」
「そうなんだよねえ、此処は是非とも強調したい。ハーレイのアソコには紅白なんだ、と」
「せっかくだから食べてあげればいいのに…。踊り食いは食べてなんぼだと思う」
「嫌だってば!」
熨斗をつけて君に進呈する、と吐き捨てるように言う会長さん。
「ぼくは君とは違うから! ハーレイなんかにときめかないから!」
「…じゃあさ、貰って食べてもいいかな? 踊り食いをしたい気分になったら…、だけど」
「面倒なことになるじゃないか! ぼくそっくりの顔でそういうのは!」
「さあ、どうだか…」
相手はぼくのハーレイじゃないし、と返すソルジャー。
「ぼくのハーレイなら踊り食いとくればもれなくオッケー、大歓迎だと思うけどねえ…。こっちのハーレイはどうだろう? ぼくが食べる前に鼻血で倒れてそれっきりとか、ありそうだけど?」
「それがあったか…」
食べる所までいかないのか、と会長さんは暫し考えてから。
「ぶるぅ、買い物に追加でお願い! 一つ上の階の…」
「分かった、水引コーナーだね!」
季節外れだけど訊いてみる! と叫んで「そるじゃぁ・ぶるぅ」は瞬間移動でお出掛けで…。
「ただいまぁー! 買ってきたよー♪」
紅白のお盆と屠蘇飾り! と弾む足取りの「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻って来ました。リボンがかかった包みが一個と、何やら小さな紙袋と。
「お盆はセットで包んでくれたよ、この中に二つとも入ってるから!」
「ありがとう。屠蘇飾りも売っていたんだね?」
「うん! ブルーがお目出度そうなのがいいって言っていたから松竹梅なの!」
「「「???」」」
屠蘇飾りとは何だろう、と思っていれば会長さんが紙袋を開け、中から「はい」と。紅白の和紙を三角形に折って更に襞を畳み、金銀の水引と松竹梅の造花がド真ん中についた飾りです。
「お正月のお屠蘇の器につけるヤツだよ、見たことないかい?」
「「「あー…」」」
注ぎ口の側の取っ手に結んであった…かもしれません。お屠蘇なんて適当にしか見てませんでしたし、イマイチ自信が無いですけれど。
「そのイメージで合ってるよ。ブルーには分からないだろうから付けてみるけど」
会長さんが瞬間移動で取り出した漆塗りのお屠蘇の器。注ぎ口の方の取っ手に飾りを結んでソルジャーに「こう」と示してみせて。
「どうせだったら紅白尽くし! それに君はハーレイを食べたいと言うし、熨斗の代わりにコレをつけようかと」
「…何処に?」
問い返しつつもソルジャーの瞳がキラキラと。ロクでもないことを考えている時の表情ですけど、会長さんは案の定…。
「決まってるだろう、アソコだよ! 自分で装着して貰うけどさ、モザイクをかける範囲が少し減る……かもしれない」
「嬉しいねえ…。こんなにお目出度い飾りが付く、と」
「踊り食いしたいらしいしね?」
松竹梅と水引つきでプレゼントする、と得意げな顔の会長さん。
「裸ってだけじゃ芸も無いしねえ、飾りをつければ笑いが取れる。ハーレイにはそうは言わないけどさ。君かぼくかが美味しく頂くための飾りなんだ、と言えば感激!」
「うんうん、注ぎ口の上に付くわけだしね!」
趣味がいいねえ、とソルジャー、ベタ褒め。でも本当に趣味がいいのでしょうか? 素っ裸な上に大事な部分に松竹梅の屠蘇飾りなんて、かなり悪趣味とか言いませんか…?
トントン拍子に決まった上に準備も整った踊り食いならぬ裸踊り。見てしまった後では食欲が失せてしまうかも、と私たちは夕食の焼肉を胃袋にたらふく詰め込みました。これで当分、食べられなくてもバテることだけは無いでしょう。
「「「御馳走様でしたー!」」」
美味しかったぁ! とは言い合ったものの、これから先が問題です。いそいそとお片付けをしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」が役目を終えたら、強制的に連行で…。
「かみお~ん♪ そろそろお出掛けする?」
「そうだね、お盆と屠蘇飾りと…。うん、準備オッケー!」
会長さんが持ち物を指差し確認、ソルジャーも移動しやすい場所に移ったかと思うとサイオンの青い光がパァァッと溢れて、アッと言う間に。
「こんばんは、ハーレイ」
「うわぁっ!?」
リビングのソファで寛いでいらした教頭先生、滑り落ちそうになっておられます。それでも懸命に体勢を立て直し、座り直して。
「何の用だ? 今日も人数が多いようだが…」
「ブルーのことかな? そのブルーが色々と提案してくれて…。実は君の踊り食いってヤツをしてみたくって」
「は?」
ポカンと口を開ける教頭先生。いきなり踊り食いと言われた所でピンとくる筈が無いですし…。
「ほら、春の風物詩と言えばシロウオの踊り食いだろう? あれを食べに行こうかって話をしていた所にブルーが来ちゃって、同じ活きのいいのを食べるならハーレイだよ、って」
「………」
教頭先生の指が鼻の付け根を押さえました。早速鼻血の危機ですか! 会長さんもクスクスと。
「その様子だと、分かってくれたみたいだねえ? ブルーは君の大事な所を踊り食いで食べてもいいかと言っているわけ。ぼくにもオススメの食材らしくて、是非食べてみろと」
「そ、それは…。いや、しかし私はお前だけだと…」
ソルジャーの方をチラチラ見ながら、教頭先生は耳まで真っ赤。会長さんがクッと喉を鳴らして。
「味見くらいは許してあげたら? ぼくがそれを見て食べたくなるって可能性もあるし」
「…う、うむ…。そ、そうだな、味見くらいなら…」
「じゃあ、決まり! それでね、踊り食いのために君にプレゼントを買ってきたんだよ。踊り食いには裸でないといけないからねえ、大事な所はコレで隠す、と」
トランクスの色に合わせてみたよ、と会長さんが差し出した包みの中は言わずと知れたお盆のセット。リボンを解いて包装紙を剥がした教頭先生、ウッと仰け反っておられましたが…。
「よし! 私も男だ、裸踊りだかお盆揚げだか、踊り食いのためならやってみせよう」
教頭先生の決意表明に会長さんとソルジャーがパチパチと拍手し、私たちも促されて拍手喝采。裸踊りの覚悟を決めた教頭先生、まずはシャワーを浴びて来ることに。
「やはりマナーは大切だしな? ボディーソープの香りに好みはあるのか?」
「ぼくは特に」
適当にどうぞ、と会長さんが言えば、ソルジャーが。
「普段使いのヤツで充分! 本音を言えばさ、シャワー抜きでお願いしたいかも…。君の味が薄れてしまうからねえ…」
「…は、はあ…」
またまた鼻血の危機な教頭先生、鼻の付け根を指でググッと。けれどソルジャーは気にせずに。
「ぼくとしてはナマの君の味を楽しみたいんだけれども、ブルーの方は初心者だしね? 万一、味見をしたくなった時にシャワー抜きだとキツイしねえ…。とりあえず綺麗に洗って来てよ」
「…わ、分かりました…」
行って来ます、とバスルームに向かおうとした教頭先生に会長さんが。
「いけない、コレを忘れてた! 君の一番男らしい部分に結んで飾って欲しいんだけど」
「…これは?」
「屠蘇飾り! 注ぎ口はお目出度く飾りたいしね?」
「そ、注ぎ口…」
ますます鼻血な教頭先生、片手で鼻の付け根を押さえながらも空いた手で屠蘇飾りを受け取って…。其処へソルジャーが艶やかな笑みを湛えつつ。
「そう、上手く行ったら文字通り注ぎ口ってね! 君が大好きなブルーの中にさ、活きのいい君の熱いヤツをさ、もうたっぷりと注ぎ込んで…、って、鼻血かい?」
「…す、すびばせん……」
失礼します、は「ひつれいひまふ」としか聞こえませんでした。私たちに背中を向けた教頭先生、屠蘇飾りを手にして大股でリビングを出てゆき、バスルームへ。踊る前から鼻血決壊、あんな調子で裸踊りが出来るんでしょうか…?
暫く経ってバスローブ姿で戻ってこられた教頭先生は、股間の辺りを見下ろして。
「…そのぅ、些か……。間抜けな感じがするのだが……」
「何が?」
何処が、と会長さん。教頭先生は言いにくそうに。
「…お前がくれた屠蘇飾りだ。言われたとおりに結んではみたが、風呂場の鏡に映してみたら…」
「間抜けだって? 歴史ってヤツと深く関わる古典の教師の言葉とも思えないけどねえ…。屠蘇飾りは伝統と由緒あるお目出度い縁起物だよ? お正月もハズしたこの時期、君の注ぎ口を飾るためにだけ探して買うのはとっても大変だったんだけど…?」
「…す、すまん…! お前の心遣いを間抜けだなどと…」
本当にすまん、と謝りまくる教頭先生は屠蘇飾りが普通にデパートで買えたことなど御存知ないに違いありません。会長さんが苦労して買ったと思い込んだ先には感激あるのみ。
「お前が私のアレに敬意を表してくれたからには、その心意気に応えねばならんな」
「そうだよ。ぼくはともかく、ブルーがお目出度い気持ちで味見出来るよう、心をこめて選んだ屠蘇飾りだしね。松竹梅も付いているだろ、裸踊りは梅なんかよりも松でお願いしたいな」
「うむ! 松の上があるならそれを目指して頑張るとするか」
「上等、上等! それじゃ張り切っていってみよう! まずは脱いでよ」
会長さんに促された教頭先生はすっかりその気。バッとバスローブを脱ぎ捨てた下は見事なまでの真っ裸でしたが、股間に輝く屠蘇飾り。モザイクでサッパリ分からないものの、大切な部分に結び付けて飾ってあるものと思われます。でも…。
(((うぷぷぷぷぷ…)))
思念波にこそ乗らないものの、誰もが心で笑っているのが分かりました。褐色の肌と筋肉の隆起が逞しい立派な身体に取ってつけたように屠蘇飾り。おまけに松竹梅つきで…。
「おっと、ハーレイ! 最初から全開というのはマズイよ、それじゃチラリズムにならないし!」
「そ、そうだな、コレで隠すのだったな」
申し訳ない、と慌てて二枚のお盆で前を隠した教頭先生、俄かに羞恥心が戻ったらしく。
「………。お前とブルーはともかく、其処の連中も踊りを見るのか?」
「そうだけど? 今更赤くなってもねえ…。鈍いんじゃないの?」
思い切り全開にしていたくせに、と鼻先で笑う会長さん。しかし教頭先生の恥じらい精神、戻ったが最後、居座るようで。
「…こ、こんなに大勢いる所でだな、……ウッカリ見えてしまったら……」
「そのためにお盆が二枚もあるし! 指示のとおりに動いていればね、もう絶対に見えないから! たまに見えたらチラリズムってことで、ブルーは最高にときめくそうだし」
頑張っていこう! と乗せられた教頭先生、頬を染めつつお盆を持ってスタンバイ。いよいよ踊り食いという名の裸踊りの始まり、始まり~!
「赤、上げて! 白下げて!」
会長さんの号令に合わせて赤と白とのお盆が上下。私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーは手拍子を打って盛り上げ役です。
「白下げて、白下げて、白上げないで赤上げて!」
「「「!!!」」」
教頭先生、赤と白のお盆を高々と掲げて万歳のポーズ。白は上げない筈ですが…?
「す、すまん…!」
大慌てで白のお盆で股間を隠す教頭先生ですけど、会長さんは。
「どういたしまして。ミスった時だけチラリと見えるのがいいってね。…そうだよね、ブルー?」
「それはもう! 実に美味しそうな感じを受けたよ、屠蘇飾り付きの注ぎ口!」
「…は、はあ…。どうも、お褒めにあずかりまして…」
恐縮です、と照れる教頭先生は嬉しそう。失敗すれば恥はかいてもチラリズムですし…。
「ふふ、チラリズムも塵と同じで積もれば山になるってね」
さあ、頑張ってブルーにアピール! と会長さんはブチ上げました。
「積もり積もって山にするのも一興だよ、うん」
「そうだよねえ…。ついでに文字通り山になるよう期待してるよ、ググンと育って食べ頃に!」
それでこそ味見のし甲斐がある、とソルジャーの舌が自分の唇をペロリ。
「ぼくが育ててあげてもいいけど、そこのブルーのハートを射抜くなら自分で育ててなんぼだよ」
「まあね。…ブルーを押しのけて食べたい気分になるかどうかは君次第!」
チラリズムを極めて努力あるのみ! と会長さん。
「どんどん言うから張り切って! 白上げないで赤下げて、赤下げて、赤下げないで白上げて!」
「うわぁ!」
またしても万歳をして股間全開の教頭先生、それから先も何回も…。そして。
「赤上げないで白上げて、白下げて、赤上げて、赤上げないで白上げて!」
赤上げないで白上げて。この状態でどう捉えるかが勝負ですけど、股間全開を防ぐためには赤のお盆は下げるもの。もちろん教頭先生は赤を上げたまま白のお盆も上げてしまって…。
「も、申し訳ない!」
バッとお盆を下げるよりも早くソルジャーがサッと前に出ました。
「ブルー、そろそろ味見していい? ハッキリ言ってぼくが限界! もう食べたい!」
そう叫ぶなり屠蘇飾りの辺りを鷲掴み。モザイクのせいで何が起こったかサッパリ分かりませんでしたけれど……。
「……結局、踊り食いも失敗したって?」
分かり切ってたことじゃないか、と勝ち誇っている会長さん。屠蘇飾りだけを纏った教頭先生が床に仰向けに倒れておられて、その脇でソルジャーがブツブツと。
「あの勢いならいけると思った! ハーレイだってノリノリだったし!」
「あくまで旗揚げゲームの方だろ、注ぎ口の方はどうだったんだか…」
「絶対いけてた! あの感じだったら食べられた!」
なのにどうしてこうなったのか、とソルジャーは深い溜息を。
「…なにも失神しなくても…。せっかくの味見のチャンスがパアに……」
こんな状態になっちゃってはねえ…、と嘆きまくっているソルジャーによると、教頭先生の大事な部分は屠蘇飾りが「もったいなさすぎる」姿と化しているのだとか。
「なんだっけ、松竹梅だっけ? コレを付けるとお目出度いんだよねえ、注ぎ口」
「あくまでお屠蘇の話だけれど?」
誰もハーレイの話はしていない、と会長さんが言いましたけれど、ソルジャーは。
「その辺はどうでもいいんだよ。お目出度い飾りなら貰っていいかな、ぼくのハーレイ用に一つ欲しいし」
「「「は?」」」
「注ぎ口をお目出度く演出するための飾りだろう? まさに異文化、たまには違うシチュエーションで楽しむ時間も悪くないしね」
是非欲しい、と真顔のソルジャーが屠蘇飾りをどう使う気なのかは怖くて訊けませんでした。会長さんの許可を貰っていそいそと外し、大喜びで消えてしまいましたが…。
「…なあ、あの飾りって…。何か効果があるのかよ?」
貰って帰っちまったぜ、とサム君が首を捻って、会長さんが。
「ブルーも趣味が悪いとしか…。踊り食いとか言い出すほどだし、最初から趣味は悪いけど」
ついでにハーレイも最低最悪、と会長さんは屠蘇飾りすらも失くしてしまった教頭先生をゲシッと蹴飛ばしました。
「何処の世界に惚れた相手に裸踊りを披露する馬鹿がいるんだか…。チラリズムどころか露出狂だろ、どう考えても普通に変だろ!」
「「「………」」」
誰が最初に言い出したんだ、と突っ込みたくても命が惜しい私たち。会長さんもソルジャーも、口車に乗せられた教頭先生も大いに変だと思います。グルメツアーが何処で化けたか、裸踊りで踊り食い。当分グルメは結構ですから、二度と騒ぎに巻き込まないで下さいです~!
愛の踊り食い・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生がする羽目になった、お盆を持っての裸踊り。しかも旗揚げゲーム風に。
大興奮のソルジャーでしたけど、結末は…。そうそう上手くはいきませんよね、お約束。
そしてシャングリラ学園番外編は来月、11月8日に連載開始から8周年を迎えます。
7周年記念の御挨拶を兼ねまして、11月は月に2回の更新です。
次回は 「第1月曜」 11月7日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、10月は、キノコ狩りのシーズン。山に出掛けてスッポンタケ探し?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
冷え込みがグンと厳しくなって、街にクリスマスのイルミネーションが輝き始める十二月。まだ始まったばかりですけど、今年のクリスマスパーティーはどうしようかと心が弾む季節です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」のお誕生日もクリスマスですし…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、なんだかフンワリいい香り。スパイシーなコレは、もしかして…。
「あのね、今日はね、うんと寒いからグリュ―ワインにしてみたの!」
赤か白かどっちがいい? と訊かれてワッと大歓声。グリュ―ワインはクリスマス用品を売るマーケットの名物だとかで、この季節にたまに出て来ます。え、学校でお酒なんか飲んでもいいのかって? 特別生でもそこは当然、禁止ですけど…。
「ぼく、赤で!」
「俺は白で頼む」
ジョミー君とキース君が早速注文、他のみんなも次々と。私は赤にしてみました。すぐにマグカップに注がれたホカホカのグリュ―ワインがテーブルに。
「ちゃんとアルコールは飛ばしたからね! 先生が来ても平気だよ♪」
「いや、それ以前に俺たちは一応、未成年だが…」
まあ俺は酒も経験済みではあるが、と言うキース君は大学を卒業しています。在学中も今も同期の人や先輩たちと飲むようですけど、お酒好きではありません。しかし…。
「ぶるぅ、ぼくのは煮すぎないでよ?」
ついでに赤で、と会長さんがニコニコと。
「ぼくも一応、未成年だけど三百年以上生きてるからねえ、ぶるぅと同じで」
「うんっ! ぼくの分と一緒に作ってくるねー!」
元気に返事する「そるじゃぁ・ぶるぅ」は六歳になる前に卵に戻ってしまいますから立派な子供。そのくせにチューハイなんかも大好き、年だけが二十歳を超えた私たちとは大違い。凄いなぁとは思いますけど、そのお蔭でお料理上手なのかも…。子供舌だと味見は難しい気がします。
「あのね、みんなのプディングもすぐに出来るよ♪」
グリュ―ワインにはクリスマスプディング! と飛び跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですが。
「ちょっと待ったぁ! ぼくにも赤で!」
でもってアルコールは飛ばさないで、と嫌というほど馴染んだ声が。紫のマントがフワリと翻り、会長さんのそっくりさんがしっかり湧いて出ましたってば…。
「うん、クリスマス前はやっぱりコレだね」
身体も心も温まるよ、とソルジャーは御機嫌で大きなマグカップを傾けています。私たちもアルコール抜きのを飲みつつ、出来たてのクリスマスプディングをフォークで切って…。
「プディングもいいけど、なんだったっけ…。ほら、アレ」
白い粉のヤツ、というジョミー君の言葉にマツカ君が。
「シュトーレンですね、あれも美味しいですよね」
「今年もちゃんと作ったよ! もう少し待てば美味しくなるし♪」
味が馴染むと美味しいもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。こんな調子でクリスマスのお菓子や御馳走だのの話になって、パーティーの料理の注文なんかも派手に飛び交っていたのですけど。
「…そうそう、パーティーと言えば、こっちのハーレイなんだけど」
ソルジャーの台詞に会長さんが「何?」と胡乱な視線。
「パーティーにはちゃんと招待するけど、正直、今は近付きたくない」
「あー、やっぱり……。そうじゃないかと思ってさ」
人肌恋しい季節だしねえ、とソルジャーは手袋を外した手をホットワインのカップで温めながら。
「なんか毎晩、寂しいキモチを噛み締めているみたいじゃないか」
「自業自得だよ、独り寝が寂しいと愚痴るんだったらサッサと結婚しとけばいいんだ」
「…嫁に行く気になったわけ?」
「まさか!」
ぼくを外せば候補は大勢、と会長さんは吐き捨てるように。
「ハーレイが気付いていないだけでさ、いろんな意味でハーレイの嫁の座は美味しいんだよ。あのガタイだから筋肉好きには憧れな上に、柔道と水泳の評価も高い。ついでにシャングリラ学園の教頭となれば嫁に行って損は無いってね」
その気になれば嫁は来る筈なのだ、と会長さん。
「ハーレイにその気が全く無いから誰も紹介しないだけ! ずっと昔にゼルとヒルマンがお見合いを仕組んだことがあったろ? あの時だってちゃんとお相手が見付かったしさ」
「ああ、アレね! 君たちが派手にブチ壊したヤツ!」
ソルジャーはお見合い騒動の一部始終を知っていました。当時から既に出入りしてましたし、根掘り葉掘り聞いていたのです。
「結局アレだろ、君もハーレイが結婚するのはイヤなくせにさ。つくづく歪んだ愛だよねえ…」
「愛なんか無いっ! ぼくはオモチャを失くしたくないだけ!」
結婚されたらオモチャに出来ない、と唇を尖らせる会長さんですが、それは歪んだ愛なんじゃあ?
歪んだ愛だの愛は無いだのと会長さんとソルジャーの舌戦を他所に私たちはグリュ―ワインのおかわりを。先の注文とは違う色にしたり、同じだったりとバラエティー豊か。
「美味しいですねえ…」
本当に気持ちがホッとしますよ、とシロエ君がコクリと飲めば、サム君も。
「美味いよなあ! なんかあっちは喧嘩だけどよ」
「酔っ払ってはいないよねえ?」
あの程度でさ、とジョミー君がチラリと目をやり、キース君が。
「あいつらはハッキリ言ってザルだぞ、樽で飲んでも酔わんと思うが」
「うわー、そこまでかよ! 樽で飲むのかよ」
なんか姿が目に浮かんだぜ、と呻くサム君。
「今年のクリスマスパーティー、樽が出そうな気がしねえでも…」
「かみお~ん♪ ワイン、樽で買っとく?」
「いや、それだけはやめておいてくれ!」
飲んだくれが揃うと何が起こるか、とキース君が大袈裟にブルブルと。
「あいつらに加えて教頭先生と向こうの世界のそっくりさんと…。その四人は確実に飲むからな。誰かが潰れないという保証は無いんだ、騒ぎは勘弁願いたい」
「そうですね…。樽はとっても危険そうです」
やめときましょう、とシロエ君が相槌を打った時。
「何が危険でやめときたいって?」
奇遇だねえ、とソルジャーが割って入って来ました。
「こっちもそういう話なんだよ、やっぱり危険でなんぼじゃないかと」
「「「は?」」」
「だからさ、人肌恋しい季節! 独りで寂しいこっちのハーレイに心温まるプレゼントを」
「しなくていいっ!」
会長さんの怒声が響き渡って、「おっと」と首を竦めるソルジャー。
「いい話だと思うんだけどねえ、危険なんかは全く無いし」
「ありすぎだってば!」
まかり間違って乱入したらどうしてくれる、と会長さんは眉を吊り上げていますけれども、何の話かサッパリです。何が危険で何が乱入…?
互いに別の話をしていただけに、「危険」と「やめておきたい」というキーワード以外は共通点が見付からないという状態。ソルジャーが何を話しているのか謎としか言えない私たちですが。
「えーっと…。もしかしなくても分かってないねえ、ぼくたちの話」
ソルジャーの問いに、キース君が。
「俺たちは聞いていなかったからな。それにあんたの心は読めん」
「了解、それじゃ手短に! 要はさ、こっちのハーレイに見学させてあげようかと…。ぼくのハーレイとぼくとの熱い夜をさ」
「「「!!!」」」
あまりのことに私たちは声も出ませんでした。それをいいことにソルジャーは…。
「あ、君たちも感動した? ホント、この季節は心も寂しくなるから、せめて妄想のお手伝い! ぼくの世界のぶるぅに任せればシールドの方もバッチリだしね」
ベッドごと見学会に参加はどうか、とニコニコニコ。
「盛り上がってくれば自分のベッドで色々出来るし、いい思い出になると思うよ」
「危険すぎるし!」
絶対反対、と会長さん。
「ハーレイはヘタレが基本だけれども、馴染んだベッドごとの移動となったら妙なスイッチが入るかも…。勢いづいて乱入しちゃったら大惨事だよ!」
「そうかなぁ…? ぼくは全然かまわないけど」
むしろ歓迎、と笑顔のソルジャー。
「ハーレイが二人って憧れなんだよ、ぼくのハーレイは後で文句を言いそうだけど…。ぼくを誰かとシェアする趣味は無いらしいしね。でもさ、その場では絶対、燃える筈!」
「君のハーレイがどうこう以前に、ぼくが怒るし!」
ハーレイは万年童貞でこそ、と会長さんは自説をブチ上げました。
「オモチャ扱いしていられるのはヘタレだからで、ヘタレっぷりを維持するためには童貞が必須! 君を相手にヤッちゃったら最後、ぼく相手でもヤリかねないし!」
「それも素敵だと思うけどねえ、君だってきっと新たな世界が見えてくる筈で」
「ぼくは根っから女好き! 女性専門!」
ハーレイとは趣味が合うわけがない、とバッサリ切り捨てる会長さん。
「というわけでね、君がプレゼントしたいと言っても見学会はお断りだから!」
「…そこの決定権、君じゃなくてハーレイにあると思うんだけど」
どうだろう? というソルジャーの台詞に会長さんどころか私たちもサーッと青ざめました。言われてみれば、その通り。会長さんがお断りでも教頭先生がオッケーしたら済む話では…?
なんとも凄すぎる落とし穴。私たちは完全に声を失い、会長さんもオロオロと。
「…そ、それは……。確かに君の言うとおりだけど、流石にそれは……」
「ハーレイがオッケーしないって? 有り得ないねえ」
むしろ喜ぶ、と指を一本立てるソルジャー。
「日頃あれこれと妄想している世界が形になるんだよ? おまけに人肌恋しい季節! これ以上のプレゼントは何処を探しても見付からないかと!」
「で、でも…。そ、そうだ、君のハーレイは見られていたらダメだったんじゃあ…」
「ああ、それかい? そこはシールドでバッチリだってば、乱入してきた時はその時!」
その場で大いに楽しめばいい、と言われましても危険どころか大惨事。せめて乱入不可な状態で覗きに行くとか、テレビ画面越しの生中継とか、そういう形で安全性を高めて欲しいものですが…。
「えっ、中継?」
ソルジャーの声にハッとしましたけど、ジョミー君たちもキョロキョロと。考えは同じだったみたいです。うん、中継なら絶対安心、間違えたって乱入不可能!
「うーん…。中継もいいけど、臨場感がイマイチだしねえ…」
「それで良しとしておきたまえ!」
ヘタレなハーレイにはそれで充分、と会長さん。
「覗き見気分で充分なんだよ、それ以上を望むのは贅沢ってヤツ!」
「…本物の覗きなら臨場感もタップリなんだけどねえ…。世界が別だと中継をしても…」
なんかイマイチ、とソルジャーはとても不満そう。
「覗きってヤツは壁一枚を隔ててとかが味わい深いんじゃないのかい? 前にノルディがそういう話をしていたけどねえ?」
「ノルディの話は聞きたくないっ!」
「そう言わずにさ。…一人エッチを目の前で観賞するのもいいけど、隣の部屋からコッソリ覗くのも美味しいものだとノルディが言ったよ? ぼくは見るよりヤる方がいいし、覗かないけど」
そういえば…、とソルジャーの赤い瞳が会長さんをハッタと見据えて。
「君って、こっちのハーレイを覗き見するのが好きだったっけね、一人エッチの観賞会とか?」
「な、な、な………!」
会長さんは口をパクパク、私たちの方は目が点です。一人エッチって何のことかと疑問でしたが、教頭先生の妄想タイムがソレですか…。
「そう、それ、それ! ブルーは大好きみたいだねえ?」
「そういう視点で見てるんじゃないっ!」
またしても始まる同じ顔同士の大喧嘩。意味の不明な専門用語も飛び交ってますし、ここは無視しておくのが一番!
我関せずとグリュ―ワインを味わい、クリスマスプディングのおかわりも。会長さんとソルジャーの不毛な喧嘩など知ったことか、と放置を決め込んでどのくらいの時間が経ったでしょうか。
「オッケー、それじゃそういうことで!」
会長さんがソルジャーと和やかに握手しています。
「ぼくの方こそ、前代未聞のチャレンジだからワクワクするよ。こっちのハーレイ、乗ってくれるといいんだけれど…」
「まず間違いなく乗ると思うよ、居ながらにして覗きが出来るんだから!」
「「「は?」」」
どういう話になっていたのだ、と頭に『?』マークが乱舞。いつの間に喧嘩が終わったんだか…。
「喧嘩ならとっくに終わったよ。落とし所が見付かったからね」
会長さんはとても楽しげな顔で、ソルジャーが。
「覗き穴を作ろうって話で決定したんだよ。ぼくの世界とこっちの世界を繋ぐんだ」
「「「えぇっ?!」」」
そんな方法があるんですか? ソルジャーと「ぶるぅ」はサイオンを使って空間を超えて来ますけれども、世界を繋ぐなんていうのも可能?
「やってみないと分からないけど、覗き見の応用みたいなものかな。ぼくがこっちの世界を覗き見してるのは知ってるだろう? ブルーも集中すればぼくの世界が見えるらしいし」
「…君のシャングリラの中だけだけどね」
「シャングリラだけ見えれば充分だってば! なにしろ覗きは青の間限定、それもベッドに限定だしさ」
其処に向かって穴を開ける! とソルジャーは拳を握りました。
「大切なのは「見よう」って気持ちと集中力だよ、それさえあれば穴は開けられると思うんだ。…固定できるかは分からないけど、やるだけやって損は無いかと」
「まあねえ…。穴を覗くのはハーレイだしね?」
失敗したって問題なし、と会長さん。
「穴がきちんと開かなくってもガッカリするのはハーレイだけ! それを肴に一杯やるのもオツなものだと思うしさ」
「ぼくとしては開けてあげたいけどねえ…。それで、いつ?」
「別に今日でもいいんじゃないかな、覗くだけだし」
週末まで待ってやらずとも…、と言う会長さんは思い立ったが吉日なタイプ。こうして覗き穴を開ける話はトントン拍子に実行へ向けて走り出したのでした。
完全下校の時間を待たずに瞬間移動で会長さんの家へ。寄せ鍋の夕食を囲む間に教頭先生も仕事を終えて帰宅で、夕食も済んだみたいです。会長さんの合図で私たちとソルジャー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生の家のリビングへと瞬間移動で飛び込んで…。
「うわっ! な、なんだ?!」
ソファで仰け反る教頭先生に、会長さんが艶やかな笑みを。
「御挨拶だねえ、とびっきりの美味しい話を持って来てあげたっていうのにさ。…こんばんは、今夜も寂しい独り寝だって?」
「…ま、まさかお前が来てくれるのか?」
教頭先生の喉がゴクリと。この流れでは会長さんが泊まりに来てくれるものと勘違いなさるのも無理はなく…。
「そういうことなら大歓迎だが、もう少し早く言ってくれたら…」
「何か準備があったわけ?」
「いや、そのぅ…。お前と二人で過ごすわけだし、こう、美味い物を買っておくとか」
そして最高の夜にするのだ、と教頭先生は既に妄想の域に片足を突っ込んでらっしゃる様子です。けれど会長さんは人差し指をチッチッと左右に振って。
「残念だけれど、そこまでする気は無いんだな。…でもねえ、ブルーが君の境遇を憐れんでてさ。せめて覗き見はどうだろうか、と君には美味しい申し出をね」
「…覗き見?」
「そう、覗き見! 君の家からブルーの青の間まで穴を開けてさ、其処を覗けばブルーとあっちのハーレイが過ごすベッドを覗き放題っていう凄い仕掛けで」
「な、なんだって…?!」
教頭先生は覗き穴にマッハの速さで食い付きました。
「の、覗き放題とは本当なのか!?」
「うん、穴掘りが上手くいけばの話だけれど…。君が欲しいならブルーがチャレンジするらしい。こっちの世界とブルーの世界を繋げるかどうか、イチかバチかで。そうだよね、ブルー?」
「ぼくも初めてのチャレンジだしねえ、上手く行くかは謎だけど…。出来るかどうか此処は一発、思い切って穴を開けてみる?」
「是非!!」
光の速さで返った即答。教頭先生、自分が覗きを出来るかどうかのヘタレ具合も考慮していないに違いありません。覗くだけでも鼻血じゃないかと思うんですけど、覗き放題と聞けばガップリ食い付くこの凄さ。ベッドごと移動なコースだったら踊り上がって喜んでたかも…?
「…えーっと、何処に開けようか…」
やっぱり寝室? と教頭先生に尋ねるソルジャー。
「気分が盛り上がってきたらベッドに行けるし、その場でゴソゴソするとしてもさ、落ち着くのは多分、寝室だろうし」
「そ、そうですね…。リビングなどでは落ち着きませんし」
コーヒー片手に寛ぐ場所にはいいのですが、と教頭先生は慌てて付け加えました。そりゃそうでしょう、普段からのんびりしていらっしゃる場所がリビングです。其処が落ち着かないと言おうものなら会長さんにどう揚げ足を取られるか…。
「ふうん…。君はリビングでは落ち着かない、と」
案の定、会長さんが鋭い突っ込みを入れました。
「だったらリビングがいいんじゃないかな、少し正気を保てる場所が断然オススメ! 君は何かと言えば鼻血で、すぐに失神コースだし? せっかくの覗きを楽しみたいなら浸れない場所が良さそうだけどね?」
「…そ、それはそうかもしれないが…。こんなに広いとどうも気分が…」
「乗らないって? じゃあ仕方ないね、寝室コースで。ブルー、寝室の方で頼むよ」
「了解。二階の一番奥だね」
勝手知ったる他人の家。ソルジャーはスタスタと先頭に立ってリビングを出てゆき、階段を上って二階へと。後ろにゾロゾロと私たちが続き、教頭先生はもじもじしながら最後尾で。
「さーて、っと…」
バアン! と寝室の扉を開け放ったソルジャーは部屋中をグルリと見回しました。
「覗き穴の定番は壁だと聞くけど、此処じゃ隣の部屋が何かはハーレイは熟知しているし…。部屋じゃない方だと廊下か庭だし、壁じゃ気分が出そうにないね」
「ぼくもその辺は考えたんだけど、床じゃないかな」
床を指差す会長さん。
「…床? この下って何があったっけ? …って、普通に部屋だよ?」
サイオンで透視したらしいソルジャーが首を捻って。
「壁と同じで思い切り日常が見えそうだけど?」
「まあね。…でもさ、立って覗くより床に屈んで覗く方がドキドキしないかい? 君のベッドを上から覗く形でさ」
「なるほど! 壁だと横からの視点になるしさ、何処に繋ごうかと思っていたけど、上から覗くなら天蓋に繋げばバッチリだねえ!」
繋ぐ目標が決まっている分、穴を開けるのが楽らしいです。そうか、そういうモノなんだ?
教頭先生の寝室の床と、ソルジャーのベッドの天蓋と。繋ぐ対象を決めたソルジャーは教頭先生のベッドのすぐ脇の床に指先でクルッと輪を描きました。サイオンを乗せていたのでしょう。床に敷かれた絨毯の上に仄かに青く輝く線が…。
「こんなトコかな、ハーレイ、ちょっと」
ソルジャーは教頭先生に手招きをして、穴の縁へと屈ませてみて。
「…うーん、もう一回り大きめの方がいいみたいだね」
「いえ、これで充分、頭は入ると思うのですが」
「ダメダメ、どうせだったら上半身を突っ込めるほどの広さがいいよ。文字通りアレさ、身を乗り出してベッドを覗けるってもので」
「そ、それはいいかもしれませんねえ…!」
私たちという大勢のギャラリーの存在も忘れて、教頭先生は穴にすっかり夢中。ソルジャーが新たに描いてみせた円に身体を合わせて満足そうに。
「このくらいあれば良さそうです。肩も楽々、通りそうですし」
「オッケー! それじゃ試しに穴を開けてみるね」
ソルジャーの指が青い線の上をスーッと滑って、円を一周し終えた途端に床からパァッと青い光が立ち昇りました。一瞬、部屋中が青白い光に包まれ、思わず目を閉じてしまいましたが…。
「よーし、成功! これでどうかな?」
「す、凄いです…。これがあなたの世界の青の間ですか!」
おっかなびっくり穴を覗いた教頭先生、感無量。ソルジャーは得意げに胸を張り…。
「正確に言うとぼくのベッドの真上ってね。こっちからは穴が開いているけど、ベッドの天蓋は透視の形になっているから穴は無し! ぼくのハーレイもこれで安心!」
なにしろ見られていると意気消沈なタイプだから…、とソルジャーは深い溜息を。
「ぼくは見られていても平気で、ハーレイが意気消沈型だろ? 見られていることで熱く盛り上がるには程遠いんだよ、残念ながら」
せっかく穴を開けたのに…、と残念そうなソルジャーですけど、教頭先生は大感激で。
「いえ、もうこれだけで充分です! そして今夜から見せて頂けると!」
「穴を維持出来ればの話だけどね。ぼくも初めてのチャレンジだからさ、どのくらいの間この穴が開いているかが分からない。維持に必要なものは見当がつくけど、ぼくも忙しい身だからねえ…」
「必要なものとは何ですか?」
「精神力だよ、穴を繋いでおきたいという強い意志があれば開けっ放しにしておけるけど…」
正直、ぼくはそこまで穴に未練は無いし、と言うソルジャー。そりゃそうでしょう、覗かれていると盛り上がるんなら根性でキープするでしょうけど、無関係ならどうでも良さそう…。
覗き穴の維持に必要なものは精神力。穴を繋いでおきたいという思いさえあれば開けっ放しに出来るようですが、ソルジャーにそこまでする気は無くて。
「今日の所は開けた義理もあるし、ぼくの理性が続く間は穴のキープを約束すると言えれば格好いいんだけれど…。それも少々、自信が無くてね」
「そ、そうなのですか?」
さっきまで狂喜していた教頭先生、俄かに心配そうな顔。
「では、せっかくの穴が閉じてしまうかもしれないと…?」
「その可能性は大いにある。実際に穴を開ける前には楽勝かも、とか思ったけどねえ…。これが意外に集中力が要るんだな。今も心の一部で穴を意識していないとヤバイ状態」
思った以上に難しいらしい、とソルジャーは両手を広げて見せました。
「というわけでさ、君に覗きをサービスするなら急いだ方が良さそうだ。今日の所は失礼をして、ぼくのハーレイとベッドインってね」
それなら辛うじて間に合うだろう、とパチンとウインクするソルジャー。
「ハーレイはまだブリッジだけどさ、緊急事態だって思念を送ってサボらせる。その辺は多少の融通が利くし、ぼくがベッドで待機していれば直ぐに大人の時間ってわけ」
「…は、はあ……」
「急いで帰って、まずはシャワーだ。シャワーを浴びたら君へのサービスに裸でベッドへ」
「やめたまえ!」
せめてバスローブを着ておいてくれ、と会長さんが待ったをかけに。
「君の身体はぼくそっくりだし、その手のサービスはしなくていいっ!」
「え? でもさ、こっちのハーレイは鼻血体質で」
「ぼくの裸を見た程度では倒れないんだってば、腹が立つけど!」
無駄に美味しい思いをさせてたまるか、と拳を握る会長さんは教頭先生で遊ぶ気満々。穴からの覗きで失神させて笑い物にするのが目標だろうと思われます。それだけに余計なサービスは不要、自分そっくりのソルジャーのヌードは披露しなくてもいいらしく…。
「そうなのかい? …それじゃ裸は申し訳ないけど無しってことで」
「……そうですか…。私もブルーに嫌われることは避けたいですから仕方ありません」
肩を落とす教頭先生に、ソルジャーは「少しの我慢!」と親指を立ててみせました。
「ぼくのハーレイが来たら直ぐに脱ぐしね、でなきゃ脱がされるか、どっちかで裸! その後はもう、お待ちかねの覗き見タイム到来、穴が持つように祈っていてよ」
グッドラック! と教頭先生にエールを送ってソルジャーはパッと姿を消しました。自分の世界へ帰ったようです。つまりこれからシャワーを浴びて、ベッドに行くってことですか~!
ソルジャーが帰ってしまったことで我に返るかと思われた教頭先生、さに非ず。私たちがズラリ揃っているのに、いきなり穴にガバッと頭を。
「おおっ…! 本当に向こうが見えている…!」
素晴らしい、と独り言を漏らした教頭先生、心はすっかりソルジャーの世界。穴に頭を突っ込んだ以上、私たちの姿はもう見えません。
「…いいのかよ、これで?」
サム君が誰にともなく声を上げれば、キース君が。
「最初からそういう話だったし、こういうことでいいんだろう。で、俺たちは帰るんだよな?」
会長さんに向けての質問でしたが、それに返った答えはといえば。
「……まさか」
「「「は?」」」
まさかって、帰らずにこのままですか? 此処にぼんやり突っ立っていろと?
「此処で帰ってどうするつもりさ、これからが面白くなりそうなのに」
「し、しかしだな…!」
「どの段階で鼻血を噴くのか、それを見届けずに帰るだなんて…。どうせハーレイはぼくたちなんか見えていないし、その分、余計に楽しめるってば」
穴の向こうはぼくにお任せ! と会長さんの指がパチンと。教頭先生が覗き込んでいる穴のすぐ横に中継画面が出現しました。今の所は無人のベッドが映し出されているだけですが…。
「この景色だってレアものなんだよ。ぼくの力ではブルーのシャングリラを覗き見するのが精一杯だし、君たちに見せてあげることなんて絶対不可能。ブルーが穴を開けていったお蔭でこうして映せる。せっかくだからしっかり見る!」
「「「………」」」
言われてみれば超レアものの景色です。ソルジャーが住む世界についてはソルジャーが思念で伝えてくれるイメージくらいしか未だ見たことが無いですし…。それにしても青の間のベッドとやらは私たちの世界のものにソックリ、まさか此処まで似ているとは!
「青の間かい? シャングリラの設計図はブルーの世界から貰ったらしい、と何度も言っているだろう? だから青の間の構造も同じ、ベッドもそっくり同じってわけさ」
住んでいる人間が違うだけ、と会長さんが言った所へ人影が。シャワーを浴びて来たソルジャーがバスローブを纏って現れ、ベッドに腰掛けて手を振っています。
「あれってさあ…」
教頭先生にだよね? と、ジョミー君。私たちが頷き、教頭先生はグイと身体を乗り出しました。バスローブ姿のソルジャーを拝むだけでもそこまでしますか、そうですか…。
身を乗り出した教頭先生ですが、穴の広さにはまだ余裕が。上半身を突っ込めるサイズになっていますし、まだまだいけそう、と私たちがクスクス笑い合っていると。
「…い、いかん…! 穴が閉じそうになっているのか?」
教頭先生が慌て始めて、中継画面も少し画像がぼやけたような…。其処へキャプテンの姿が映ってソルジャーといきなり熱いキスを。もしかして画像がボケたのは…。
「ブルーの注意が穴から逸れたってことなんだろうね」
会長さんが腕組みをして。
「あの穴は本当に集中力が要るらしい。普段のブルーは、たとえヤってる最中だろうがシャングリラ中に張り巡らせた自分の思念を途切れさせないらしいけど…。そのブルーでもハーレイの姿を目にした途端に穴のキープがヤバイとなったら、この先は…」
「閉じちゃうわけ?」
ジョミー君の言葉を待つまでもなく、覗き穴の向こうの景色はどんどん薄れ始めてゆきます。何より穴の形の中継画面の縁が不安定に揺らぐ状態ですから、これはもう…。
「ま、待ってくれ! まだこれからだと思うのだが…!」
教頭先生が穴に頭を突っ込んだままで叫びましたが、ソルジャーに声は届かない模様。こちらからは穴が開いてますけど、ソルジャーのベッドの天蓋には穴なんか無いんでしたっけ…。そうする間にもキャプテンが船長の服を脱ぎ捨て、ソルジャーはバスローブを脱がされてしまい。
「…とりあえず君たちには此処までかな」
この先はちょっと、と会長さんが中継画面を消した途端に教頭先生の叫び声が。
「な、何故いい所で切れそうに…! 頼む、切れないでくれ、頼むから…!」
どうやら穴の向こうの景色も消えそうになっているらしいです。けれどソルジャーが頼りにならない以上は、此処まで覗き見出来ただけでも良しとしておいて頂くしか…。あれ? 会長さん?
「頑張ればキープ出来る筈!」
行け! と会長さんが教頭先生のお尻を蹴り飛ばしました。
「穴の維持には精神力! ブルーがアテにならない以上は自分でやればいいだろう!」
「む、無理だ、私にはそこまでは…!」
あら。教頭先生、ちゃんと話が通じてますよ? そっか、会長さんだからかな、覗き見したいソルジャーだって会長さんそっくりだからですし…。そんな教頭先生のお尻を会長さんはゲシゲシと。
「その穴、君の身体のサイズに合わせてあったんだよねえ? まずは身体で目一杯!」
身体を張って穴をキープだ、と蹴りまくられた教頭先生、身体を穴へグイグイと。上半身を全て突っ込んだ所で穴に余裕は無くなりました。…これでキープは出来るのでしょうか?
「どう、ハーレイ? ちゃんと見えてる?」
会長さんに訊かれた教頭先生のお尻が僅かに動いて。
「…う、うむ……。さっきよりはクリアになってきたようだ。おおっ!」
「ブルーとハーレイがヤッてるって?」
「いや、その段階にはまだ遠そうなのだが…。これはなかなか…」
「それは結構」
努力あるのみ、と会長さんが唇に笑みを湛えています。
「君の「見たい」という根性が穴の維持に大いに役に立つ。まだまだ見るぞ、もっと見るぞと燃えれば燃えるほど画面はクリアになる筈だ」
「…ほ、本当だ! す、素晴らしい…。ブルー、感謝する!」
「どういたしまして」
そう言いつつも会長さんの微笑みは冷たく、何やら良からぬ気配がヒシヒシ。穴に蹴り落とそうと思っているとか、そういう系の企みをしている顔ですけれど…。
「えっ、蹴り落としたりはしないよ、それはマズイし」
落ちたら最後、どうなるのやら…、と会長さんは顎に手を当てて。
「こっちの世界とブルーの世界の間に幾つの空間が存在するのか、ぼくにも全く分からない。この穴だって直通のように見えているけど、そうじゃないかもしれないんだよ」
「…あいつの世界に落ちるとは限らんというわけか…」
キース君の言葉に「そう」と頷く会長さん。
「他所に落ちてもブルーなら捜しに行けるだろうけど、ぼくには無理だ。ハーレイ絡みで借りを作るのは絶対嫌だし、落とすつもりはないけれど…。でもね」
「「「でも?」」」
いったい何が、と訊き返すのと、教頭先生の歓喜の声とは同時でした。
「よしっ、いよいよこれからか…!」
「ハーレイ、ブルーたちは何処までいった?」
「シッ! これからがいい所なんだ!」
「じゃあ頑張って見てることだね、気を失ったらおしまいだから」
クスッと笑う会長さん。
「その穴は君の身体と精神力とで持っている。ブルーの力はもう感じないし、君はいわゆる人柱! 君が失神してしまった時に何が起こるか楽しみだよね」
「な、なんだって…!?」
それは困る、と仰った教頭先生でしたけれども、その瞬間に穴の向こうで素敵な何かが起こったらしくて、そちらに魂を持ってゆかれてしまわれて……。
「……抜けないよ、これ」
「無理なようだな…」
ジョミー君とキース君とがギブアップをして、他の男子もお手上げ状態。教頭先生の上半身は絨毯に深く埋まったままで、お尻と両足が床に投げ出されています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生の足の裏をチョンチョンとつつき、それから軽く擽ってみて。
「んとんと…。ハーレイ、ホントに気絶してるね」
「だから身体が抜けねえんだろ?」
どーすんだコレ、と嘆くサム君。
「教頭先生の上半身ってヤツは何処だよ、下の部屋から上を見たけど無かったぜ?」
「真面目に言うなら穴の中だよ、人柱としてキープ中!」
会長さんがニヤニヤと。
「たとえ身体は気絶してもね、サイオンはゼロじゃないわけで…。そのサイオンと身体の嵩とで例の穴をハーレイが維持してるわけ! だからハーレイの意識が戻れば、ハーレイには穴の向こうが見える。ブルーとハーレイがコトを終えてグッスリ寝てればいいけど…」
続きをしている真っ最中だと再び鼻血で失神コースなのだ、と会長さんは嘲笑いました。
「失神する前に身体を引っこ抜いたら人柱ではなくなるけどねえ、なんと言ってもハーレイだし? 素晴らしいモノが見られるとなれば後ろへ引くなんて絶対ない、ない!」
「「「………」」」
ソルジャーが覗き見用にとプレゼントした穴は、維持するために人柱が要る穴でした。そうとも知らない教頭先生、上半身を突っ込んだままで只今、絶賛失神中。意識が戻るのはいつか分からず、戻ったとしても穴の向こうでソルジャー夫妻が大人の時間をやらかしていたら…。
「…教頭先生、このままにしておいていいんですか?」
シロエ君の問いに、会長さんはニンマリと。
「世の中、穴の向こうに夢中になって詰まってしまうバカはいるものでねえ…。ぶるぅ、確かこういう熊がいたよね、穴に詰まってお尻が部屋に」
「かみお~ん♪ クマのプーさんだね! ハーレイ、プーさんごっこをしてるの?」
「本人に自覚は無いみたいだけど、どう見てもソレしか浮かばないかと」
せっかくだから飾ってしまえ! という会長さんの号令一下、私たちは家のあちこちから板だのテーブルクロスだのをかき集めて来て教頭先生の下半身を思い切り飾り立てました。それだけで済めばマシだったのに…。
「うん、いい感じに仕上がったねえ…。こんな芸術、壊しちゃったらもったいないよ」
壊す前にブルーに披露しなくちゃ、と会長さんは教頭先生が這い出せないよう下半身をサイオンでガッチリ固定。テーブルに仕立て上げられた下半身の上には大きな花器も乗っかっていて、会長さんが「少し早いけど」と生け込んだ葉ボタンや松などが。
「クリスマスが済んだらお正月だし、お目出度い感じで素敵だろう? ハーレイの家にこの手の花器があるとは思わなかったな、貰い物かな? ぼくの腕を披露出来て良かった、良かった」
坊主は華道も必須でねえ…、と自画自賛する会長さんはプーさんと化した教頭先生の現状をソルジャーに披露するまで救助する気は無いようです。
「…おい。明日は普通に学校がある日だと思ったが?」
キース君の言葉に、会長さんは「そうかもねえ?」と笑っただけ。
「ブルーは今夜は来ないだろうしさ、明日は無断欠勤ってコトで問題無いだろ。ひょっとしたらゼルかヒルマンあたりが様子を見に来るかもだけど…。見に来た時にはコレってね」
そして大いに笑われるのだ、と言い放った会長さんとプーさんごっこだと信じ込んでいる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の二人だけしか教頭先生を助けられる人はありません。覗き穴にはまった教頭先生、ソルジャーに生け花などを披露するまで詰まっているしかないようです。
「…やっぱり明日は欠勤かなあ?」
「欠勤でしょうね…」
確定ですね、とジョミー君に返すシロエ君。私たちは会長さんの会心の作の生け花をお尻に乗せた教頭先生に心で合掌、瞬間移動でサヨウナラ。人を呪わば穴二つとは言いますけれども、穴が一つでもイケナイ心で覗き込んだらヤバイってことでよろしいですか?
穴の向こうは・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
人を呪わば穴二つ。けれど一つでも危険すぎたのが、ソルジャーが作った覗き穴。
プーさんになってしまった教頭先生、いつまで覗きをするんでしょうねえ…?
シャングリラ学園、来月は普通に更新です。いわゆる月イチ。
次回は 「第3月曜」 10月17日の更新となります、よろしくです~!
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