シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園、今日も平和に事もなし。梅雨入りしたものの、それはそれで楽しみようもあるというもので…。今日もホタル狩りに出掛けようかなんていう話をしながら会長さんのマンションへ。ええ、週末の土曜日です。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
雨は夜には上がるみたい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。
「雨が上がったらホタルさんを見に行くんだよね?」
「そのつもりだが…」
親父にはちゃんと断って来た、とキース君。夜のお勤めに出られないと言っておいたようです。週末は大抵サボッてるくせに、毎回、毎回、律儀に断るとは素晴らしいですが…。
「俺は一応、副住職だしな? 法事の入りやすい週末に遊び回るとなれば謝っておかんと」
「うんうん、それは坊主の基本だね」
会長さんが「頑張りたまえ」と激励を。
「そんなキースを力づけるためにも、今夜はホタル狩りと洒落込みたいねえ。でもまあ、お天気次第だし…。いつものようにのんびりいこうよ」
「あのね、おやつ、ブルーベリーチーズケーキだよ!」
食べて、食べて! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。飲み物も揃って、みんなで早速パクパクと。外は雨でも会長さんの家は居心地最高、ワイワイとやっていたのですけど。
「ちょっといいかな?」
「「「は?」」」
会長さんの声が背後から。でも目の前に会長さん。…あれ?
「今日はお願いがあるんだけれど…」
「「「!!?」」」
なんだ、と振り返った先に紫のマントのソルジャーが。早くもおやつを嗅ぎ付けて来たか、はたまた夜のホタル狩りの方がお目当てか。来たぞ、と身構える私たち。お願いが何か知りませんけど、どうせ却下は不可能ですよ…。
「悪いね、御馳走になっちゃって」
ソルジャーはさも当然のようにブルーベリーチーズケーキを頬張りつつも、なんだかいつもよりも腰が低めな感じ。これは相当に恐ろしい「お願い」が来るに違いない、と思ったのですが。
「「「ジャガイモ!?」」」
「そう、ジャガイモ」
植えられる場所は無いだろうか、と真顔のソルジャー。
「ぼくの世界のシャングリラでちょっと色々あってね…。今、ジャガイモが作れないんだ。だけどジャガイモはとても人気の食材で…。栄養価も高いし」
「そりゃそうだろうね、主食にしていた国だってあるし」
会長さんがそう応じると。
「分かってくれた? ジャガイモ無しのシャングリラなんて考えられないと言うか、ジャガイモが無ければ大変と言うか…。今はまだ貯蔵してある分があるんだけれども、もって二ヶ月」
そこでジャガイモが底を尽くのだ、とソルジャーは至極真面目な顔で。
「今すぐにこっちで栽培出来ればジャガイモを確保出来るんだよ。何処かに空いた畑は無いかな」
「いっそジャガイモを買い付けたら?」
それが早い、と会長さん。
「ジャガイモは収穫までに三ヶ月ほどはかかる筈だよ、二ヶ月じゃとても間に合わない。だけどこっちは春に植えたジャガイモが採れる時期だし、買い付けるんなら名前くらい貸すよ」
ただし代金は自分で払え、と会長さんは突き放しました。
「どれだけ要るのか分からないけど、ジャガイモの代金くらいはノルディが喜んで支払うさ。ぼくは絶対、払わないけどね。というわけで、はい、解決」
買いに行って来い、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に店の名前を確認中。新鮮な野菜を買うために時々出掛けて行っている卸売市場の野菜のお店らしいのですけど…。
「かみお~ん♪ えっとね、野菜を扱う市場が入っているのが此処で…」
御親切にも紙に地図を描き始めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。何棟もの大きな建物が並ぶ卸売市場の地図らしいですが、ソルジャーは。
「気持ちは有難いんだけど…。種イモが無駄になってしまうのはマズイ。畑さえ貸してくれればそれでいいんだよ。1ヘクタールくらい」
「「「1ヘクタール…」」」
百メートルかける百メートルで1ヘクタールで三千坪。咄嗟に想像つきませんけど、それだけの広さでジャガイモを作ると?
「どうしてもジャガイモでなきゃいけないのかい?」
ジャガイモが無ければサツマイモを食べればいいじゃない、と女言葉の会長さん。何処ぞの女王様だか王妃様だかが仰ったという名文句のパクリですけども…。
「ジャガイモでなければ駄目なんだよ!」
種イモもある、とソルジャー、真剣。
「それに成長促進用の肥料なんかもあるからね。二ヶ月あったら収穫可能! 種イモを無駄にしたくはないから、何処かに畑…」
「うーん…。異常な早さで成長するジャガイモを植えるとなると…」
その辺の畑は無理があるか、と会長さんは考え込んで。
「マツカ、畑をなんとか出来るかい? できれば人里離れた場所で1ヘクタール」
「…畑ですか?」
マツカ君は携帯端末を取り出し、執事さんと話し始めました。
「ええ、そう。人目につかない場所で1ヘクタール。…えっ、いつからって…」
いつからですか? とソルジャーに問い合わせ。
「使えるんなら直ぐにでも! 場所さえ分かれば一人でなんとか」
「直ぐ使いたいって…。はい、はい…。あ、じゃあ、そういう方向で手配をお願いします」
よろしく、と終わった執事さんとの電話。畑は確保出来たのでしょうか?
「あったようです、ちょうどいい畑。アルテメシアの北の山あいの方になりますが…。なんでもお茶を栽培するとかで整備したものの、栽培予定だった人が旅に出たそうで」
「「「旅?」」」
「お茶の視察の旅だそうです、茶畑は来年までお預けだとか」
マツカ君曰く、この国で最初にお茶の木を植えて栽培が始まったのがアルテメシアの北の山沿いのお寺。その後、お茶の栽培はアルテメシアの南の方へと移ってしまって、お茶といえば誰もが思い浮かべるほどの一大産地となっていますが…。
「北の方でのお茶栽培は廃れたんですよ。それを村おこしでやってみるか、という話になって、その辺りに生えていたお茶の木をDNA鑑定して貰ったら、この国の何処とも一致しなくて」
「「「ええっ!?」」」
「もしかすると最初に持ち込まれたお茶の木の子孫なのかも、ってコトなんです。そうなるとプレミアがつきますからねえ、お茶の本場で確認すべし、と」
栽培予定だった人はお茶の本場の中華な国へDNA鑑定用のサンプル集めに旅立ったとか。というわけで畑はそのまま置いてあるのだ、という結末。
「お茶の栽培となると色々とお金がかかりますしね、父が出資をしてるんですよ」
ゆえに放置中の畑もマツカ君のお父さんの土地。お茶の栽培が始まるまではどう使おうが勝手らしくて、蕎麦でも植えるかという話になっていたとのこと。
「空き地だったら蕎麦もいいですけれども、使いたいなら何でも適当に植えてくれれば、と言っていました。ヒマワリだろうがコスモスだろうが」
「いや、ぼくはジャガイモさえ植えられれば…。それじゃ借りてもいいんだね?」
「はい。まずは育苗用に1ヘクタールってことで切り開いたそうで、周りには人家も田畑も無いらしいですよ」
いずれは一面の茶畑にするのが目的の場所。元からの田畑を買収するよりも山林開拓、手始めに育苗用のスペースを1ヘクタール。あつらえたようにソルジャー向きの畑です。
「ありがとう、マツカ! これでシャングリラのジャガイモ事情が改善されるよ」
「お役に立てて何よりです。直ぐに使うと言っておきましたから、今日中に耕してくれるそうですよ。雨が降っていても農作業のプロはプロですからね」
元々が「蕎麦でも植えるか」だっただけに、軽く耕してはあったのだとか。ジャガイモ用に耕し直して、明日には使える畑が完成。ソルジャーは感激の面持ちで。
「言ってみるものだねえ、ジャガイモ畑! ところで明日の天気はどうかな」
「晴れそうだよ?」
今夜はホタルを見に行くんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「そっか、晴れならジャガイモを植えるにはピッタリだよね」
頑張るぞ! とソルジャーがグッと拳を握った所で気が付きました。まさかジャガイモの植え付けだとか、収穫だとか。私たち、手伝う羽目になるとか…?
「えっ、その点は別に迷惑をかける気は…。植えるくらいはサイオンでパパッと一瞬だしね? その後の世話とかもシャングリラ流でガンガンやるしさ」
促成栽培用の肥料を入れて、除草も農薬とはちょっと違った専用のものがあるとかで。
「こっちの世界の生態系に影響が出ないよう、きちんと気を付けてシールドするから! もちろん畑も収穫の後でしっかり後始末!」
御心配なく、との言葉でホッと安心。1ヘクタールもの畑でジャガイモの植え付けだなんて、楽しくもなんともないですしね?
「植えるのは楽しくないだろうけど、収穫の方もパスなのかい?」
ソルジャーの問いに、「うーん…」と悩んで、時期によってはやりたいかも、という結論に。夏休みの間の暇な日だったら、レジャーを兼ねてチョチョイと掘るとか、そういうの~。
その日の夜はソルジャーも一緒にホタル狩りへとお出掛けで。例の畑は夕方までにマツカ君の家の執事さんから「準備が出来ました」と連絡があって、ソルジャーを現地まで案内がてらの瞬間移動で見学して来ましたが…。
「ブルーがやってるジャガイモ畑は順調らしいね?」
今日も見て来た、と会長さん。夏休みが近付き、暑さもググンと増して夏真っ盛り。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋はクーラーも効いて快適ですけど、外はうだるような真夏日です。
「あの畑か…。あいつが真面目に農業とはな」
キース君の言葉に、ジョミー君が。
「なんかさあ…。あれでもホントにソルジャーなんだね、わざわざジャガイモ作りだなんて」
「普段の言動からは全く想像つきませんよね」
シロエ君も感動しています。
「食料事情の改善のためにソルジャー自らイモ作りですか…」
「ぼくも見習わなきゃいけないかも、って気がしてくるよ」
あのイモ畑を見る度に、と会長さん。
「いくらサイオンを使ったにせよ、1ヘクタールもの畑で種イモの植え付け! その後も真面目に世話をしてるし、今月の下旬辺りには収穫らしいよ」
「へえ…。ホントに二ヶ月で採れるのかよ?」
サム君が「すげえ」とカレンダーで日付を数えて確認。
「マジで二ヶ月切ってるよな、それ。人目につかねえ場所って注文、正しかったぜ」
「畑に人が近付かないよう、シールドもしているみたいだよ。いやもうホントに頭が下がるよ」
まさかあそこまで真面目だったとは、と会長さんもソルジャーを見直しているらしく。
「この際、収穫くらいは手伝うべきかな、って本気で思うね」
「だよねえ、サイオンで一発収穫OKなんじゃないかなって気もするけれど…」
ちょっと手伝ってあげたいよね、とジョミー君。キース君も大きく頷いています。
「今月の末なら夏休みのスケジュールさえ上手く組めばな…。俺も手伝いのためなら卒塔婆書きを頑張りまくって時間を作ろう」
「それじゃ、みんなで手伝うかい? ブルーもきっと喜ぶよ」
ハーレイも動員してしまおうか、と会長さんがニコニコと。
「ぼくと一緒にジャガイモ掘りだと言えば簡単に釣れるしね? 額に汗してジャガイモ掘りなら、あのガタイは充分役に立つ!」
よし! と会長さんの一声、ジャガイモ掘りを手伝うことになりました。教頭先生も引っ張り出しての農作業。今年の夏休みは一風変わったものになりそう…。
夏休みに突入すると柔道部の合宿とジョミー君とサム君の璃慕恩院での修行体験。それが済んだらマツカ君の山の別荘にお出掛けをして、戻って来て二日後がジャガイモ掘りの日となりました。暑さがマシで、快晴という頼もしい予報だったからです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
お弁当とか出来ているよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。私たちは会長さんのマンションに集合、其処から瞬間移動でジャガイモ畑へ出発予定。なにしろシールドで隠されている秘密のジャガイモ畑ですから、マイクロバスとかで移動はちょっと…。
「もうすぐハーレイも来ると思うよ、あっ、来たかな?」
会長さんの声が終わらない内にチャイムの音が。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が玄関へ跳ねてゆき、教頭先生と一緒に戻って来ました。
「おはよう、みんな揃っているな」
「そりゃねえ、お手伝いをするわけだしね? 時間厳守さ」
じきにブルーがやって来る筈、と会長さんが眺めた時計は午前八時ちょうど。空間がユラリと揺れて、「こんにちは」とソルジャー登場で。
「ぼくのハーレイも今日は手伝いに来てくれるんだ。一足先に畑に行って見回り中でね」
「なるほどねえ…。シャングリラのためのジャガイモだからだね」
「そう! キャプテンたるもの、食料の確保も仕事の内だし」
キャプテン、どんな作物がいつ採れるのかも把握しなくてはいけないそうです。同じキャプテンでも教頭先生の場合はクルーにお任せ、今、農場に何があるのかも知らないらしくて…。
「いかんな、こんなことではな…。私も真面目に報告書を上げさせるべきだろうか?」
「無理、無理! 却って現場の負担になるよ」
会長さんが即座に却下。
「君に提出するための報告書を作る時間があったら、農作業! 牛にブラシをかけてやるとか!」
そうして美味しい肉が出来る、という意見は至極正論。ソルジャーの世界と違って私たちの方のシャングリラ号は同じ自給自足でも楽しくリッチに、お肉も美味しく出来てなんぼで。
「現場のクルーは熟練だしねえ、君が迂闊に口を出すより放置が一番!」
「…そうか、そうかもしれないな…」
「というわけでね、その分、ブルーのシャングリラのために頑張りたまえ」
畑でジャガイモをガンガン掘るべし、と会長さん。教頭先生は「うむ」と頷き、ソルジャーも「それじゃ行こうか」と。そのソルジャーは何処で買ったかツナギの作業服、ホントに真面目にやってますねえ、ジャガイモ作り…。
会長さんとソルジャー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の青いサイオンで全員揃って瞬間移動。お弁当もしっかり一緒に移動した先は山林の中にパッと開けたジャガイモ畑。収穫期だけに葉っぱや茎は黄色っぽく枯れて、ちょうど良さそうな感じですけど。
「ブルー、どれも充分に掘れそうです!」
キャプテンが大きく手を振りながら、畑の奥からやって来ました。これまたツナギの青い作業服、農業にかける意気込みが分かるというものです。ソルジャーは「うん」と頷いて。
「それじゃジャガイモ掘りだけど…。ハーレイ、お手本をよろしく頼むよ」
「お任せ下さい!」
では、とキャプテンが畑の脇に置いてあった荷物の中から取り出したものは。
「「「???」」」
なんで野球の審判なのだ、と言いたくなるような顔をガードする審判用マスク。更に肩と胸をガードするチェストプロテクターと足用のレッグガードも装着。
「…な、何なんです、アレ?」
シロエ君が指差しましたが、答えられる人はいませんでした。ジャガイモ畑で野球をするとも思えないのですが、とにかくキャプテンは審判スタイル。
「それでは行ってまいります」
「うん、気を付けて」
キャプテンがジャガイモ掘り用のフォークみたいな農機具を持って畑へと。直ぐ側で掘るんだとばかり思っていたのに、ずんずん奥へと歩いて行って…。
「ブルー、この辺りでいいですかー!?」
「それで充分!」
「では、始めます!」
ザックとばかりにフォーク、そう、正式名称フォークとかいう農機具が畑にグッサリと刺され、土の中からジャガイモがゴロリ。てっきりスコップで掘るんだと思っていたんですけど、ああいう道具を使っていいなら楽そうです。
「梃子の原理というヤツか…」
面白いほどジャガイモが出るな、とキース君。ゴロンゴロンと掘り上がったジャガイモ、一株でかなりの数があります。キャプテンはそれを軍手をはめた手でヒョイヒョイと拾って袋へと。
「完了でーす!」
「うーん…。それじゃ見本になってないよね!?」
「なってませんねー!」
なんとも謎な会話が交わされ、キャプテン、隣のジャガイモの株をザックザックと。掘り方は分かったと思いますけど、まだ掘るんですか?
お手本としてはイマイチだったらしいジャガイモ掘り。キャプテンは別の株にチャレンジ、いとも簡単にザックと掘り上げ、袋の中へヒョイヒョイヒョイ。
「まだ駄目ですねー!?」
「もう一本だねー!」
またまた交わされる謎の会話と、次の株に挑むキャプテンと。いったい何をやってるんだか…。ザックザックでヒョイヒョイヒョイ…って、ええっ!?
「「「うわーっ!!!」」」
ドッゴーン!!! と響き渡った爆発音と、もうもうと上がる土煙。何が起こったのかと目を剥いていれば、衝撃で転がったらしいキャプテンがムクリと起き上がって。
「当たりでしたーーーっ!」
「ご苦労様ーーーっ!」
今度こそ謎としか言いようのない妙な会話で、キャプテンはフォークを右手に、左手にジャガイモ袋を持って私たちの所へ戻って来ました。
「ブルー、とりあえずこれだけ掘りましたが」
「上等、上等。やっぱりジャガイモにはまるで影響ないみたいだねえ?」
「同士討ちはしない仕様でしょう。種の存続に響きますから」
「そうなんだろうねえ…」
全部ドッカンだと滅びてしまうし、と言われましても。何がドッカンと爆発したのか、全然サッパリ謎なんですが…?
「ああ、あれかい? 爆発したのはジャガイモだけど」
「「「ジャガイモ!?」」」
なんでそんなモノが爆発するというのでしょう? 有り得ないですよ、ジャガイモですよ?
「なんでジャガイモが爆発するのさ!」
会長さんが即座に突っ込み、ソルジャーがケロリとした顔で。
「ジャガイモだから」
「「「はあ?」」」
それって答えになってませんから! もちろん会長さんも納得なんかするわけがなくて。
「どういうジャガイモ!?」
「こういうジャガイモ!」
畑一面、1ヘクタール! とソルジャー、得意げ。もしやこのジャガイモ、普通じゃないとか? 冗談抜きで爆発するとか、まさか、まさかね…。
「…そもそも最初は事故だったんだよ」
それでジャガイモを作れなくなってしまったのだ、とソルジャーは三千坪ものジャガイモ畑を眺めて溜息をつきました。
「ぶるぅが悪戯しちゃってねえ…。そうとも知らずに普通に育てて、収穫の時に爆発してさ。爆発自体が悪戯なんだと思った農作業係のクルーは作業続行、お蔭で怪我人続出ってわけ」
「もしかしなくても、本当にジャガイモが爆発するわけ?」
会長さんの問いに、ソルジャーは「うん」と。
「さっきハーレイがやって見せたように、ドッカンと派手に大爆発だよ。ハーレイは身体が頑丈な上に、プロテクターもつけてたしね? 尻餅程度で済むんだけれど…」
普通のミュウだとそうはいかない、と嘆くソルジャー。
「吹っ飛ばされた衝撃で全身打撲とか、失神だとか。すっかりトラウマになってしまってジャガイモは当分見たくないとか、爆発ジャガイモが駆逐されるまで畑では作業したくないとか…」
「当然だよ!!!」
そんな目に遭って誰が畑に出るものか、と会長さんは眉を吊り上げ。
「そのジャガイモを植えたわけだね、1ヘクタールも! どういうつもりで!」
「いや、君たちならレジャー感覚で掘ってくれるかと…。種イモだってもったいないし」
それに本当にジャガイモが底を尽きそうなのだ、とソルジャー、其処は本当らしく。
「種イモが爆発ジャガイモだと分かってるから誰も作業をしたがらない。普通のジャガイモと入れ替えるから、と言ってみたけど腰が引けてて、どうにもこうにも」
だから自分で作ることにした、とソルジャーは珍しく指導者の顔。
「ソルジャーのぼくが真面目に栽培したなら、現場を放棄して逃げたクルーは敵前逃亡、職務怠慢ということになる。しかも爆発ジャガイモだしねえ、ぼくが育てたジャガイモは!」
真っ当なジャガイモでも育てたくないなどとは言わせない、とソルジャーが言えば、キャプテンも隣で「そのとおりです」と肯定を。
「爆発ジャガイモは今回の分を食べてしまえばもう終わりですし、ぶるぅが持ち込もうにも種イモは廃棄処分の筈ですから」
二度と爆発しない筈です、と確信している様子のキャプテン。えーっと、爆発ジャガイモが「ぶるぅ」の悪戯で持ち込まれたことは分かりましたが、それって、何処から?
ドカンと爆発するという爆発ジャガイモ。そんな恐ろしい代物が何処にあったのだ、と私たちが口々に尋ねてみれば。
「…アルテメシアのサイオン研究所」
「「「研究所?」」」
何故にサイオン研究所で爆発ジャガイモ? それこそ謎な展開ですけど、ソルジャーは。
「そもそも生物兵器なんだよ、爆発ジャガイモ。対ミュウ用に開発されたジャガイモなわけ」
「…それにしては爆発が甘くないか?」
キース君の指摘に、ソルジャーは「まあね」と苦笑い。
「殺傷力って点では、とてもとても。でもねえ、そこまでの威力を持たせてしまうと被害甚大で意味が無いから」
「だけど生物兵器だろ? 被害甚大で皆殺しが基本じゃないのかい?」
会長さんが訊けば、ソルジャーが。
「理想は多分それだと思うよ。でもさ、そんな危険な爆発ジャガイモ、どうやってシャングリラに送り込むわけ? まず無理かと」
「ぶるぅが持ち込んだじゃないか!」
「ぶるぅの悪戯に期待するほど人類も間抜けじゃないからねえ…。爆発ジャガイモはミュウが増えないように使う兵器なんだな」
「「「へ?」」」
あんなジャガイモをどう使うのだ、と『?』マークの乱舞ですが。
「子供の間にミュウを発見、素早く駆逐! そういう目的で爆発ジャガイモ! ほら、こっちの世界でもやってるだろう? 幼稚園とかでイモ掘りにお出掛け」
「「「あー…」」」
ジャガイモ掘りもサツマイモ掘りも、幼稚園の行事の王道です。ソルジャーの世界でも幼児はイモ掘りに出掛けるらしく。
「このジャガイモはねえ、サイオンに反応して爆発するんだ。ミュウの因子を持った子供がイモ掘りをして掴んだ途端にドッカンとね」
大人でも失神するか全身打撲な爆発ですから、幼児の場合はもれなく気絶。他の子供には「病院へ連れて行くから」と言い訳しておいて秘かに処分を、という目的で開発された生物兵器が爆発ジャガイモ。世の中、本当にブッ飛んだモノがあるとしか…。
子供の間にミュウを発見して処分するための爆発ジャガイモ。ぶるぅが持ち出したのも大概ですけど、それ以前にコレ、廃棄処分とか言いませんでした?
「ああ、それはねえ…。散々実験を重ねたらしいけど、不発弾が多すぎるんだよ、これは」
ねえ? とソルジャーがキャプテンに視線を向けて、キャプテンが。
「先ほど、ジャガイモ掘りのお手本をお見せしましたが…。この畑のジャガイモは全て爆発ジャガイモです。しかし御覧になったとおりに、三株目でようやく爆発といった次第で」
「そうなんだよねえ、割合的には九割以上が不発弾だと言ってもいい。爆発ジャガイモの案は良かったし、研究費が出ていたようだけど…。不発弾の割合が下がらなくって予算打ち切り」
ついでに今までに開発した爆発ジャガイモも廃棄処分、とソルジャー、ニッコリ。
「研究室ごと閉鎖らしいよ。そのタイミングでぶるぅが盗み出して来たっていうのが最高! そうでなければ、多分、一生、ぼくも知らずに終わっていたかと」
「なんでそういう物騒なものを盗むんだ!」
キース君の怒声に返った答えは「ぶるぅだから」という単純明快なもの。
「サイオン研究所に忍び込んだら爆発ジャガイモがゴロゴロと…ね。まだ栽培もしていた頃でさ、悪戯とばかりに引っこ抜いていたらドッカンと! それで大喜びで持って帰って」
「そうとも知らない農場担当の者が植えたというわけです」
キャプテンとソルジャー、二人がかりでの説明によると、爆発ジャガイモは掘り上げてしまえば爆発しないらしいのです。地面から掘り出して収穫する時に手に取る一瞬が勝負の瞬間。其処でサイオンを検知した場合はドカンと一発、検知しなければ普通のジャガイモとして終わるらしくて。
「次にドカンとやらかす時はさ、種イモとして植えられて新しいジャガイモが出来た時でさ」
「さっきのようにドカンと爆発する仕組みですが、大部分が不発弾ですから…」
どれが当たりかは掘ってみないと分からないのです、と話すキャプテン。
「とにかく今回の収穫分は種イモに回さず、全て食用にする予定です」
「つまりさ、これが最後の爆発ジャガイモの畑なんだよ」
凄いレアもの、とソルジャーは畑を指差しました。
「二度とはお目にかかれない上に、収穫してくれればシャングリラの皆が感謝する。ソルジャーであるぼくの株だってググンと上がる。…もっとも、別の世界で育ててるとは言ってないけどね」
アルテメシアのとある所に植えておいた、と言ったらしいです。そういえばジャガイモ、元々は荒れ地で育つ類のモノだったような…。何処に植えても特に問題無さそうですねえ?
掘り上げて手に取った人間にサイオンがあれば、ドカンと爆発するらしい爆発ジャガイモ。生物兵器としては価値なしと判断されて研究打ち切り、廃棄処分な二度と出会えないレアものを植えたと言われても…。
「…ぼくたちって一応、サイオン、あるよね?」
ジョミー君の声が震えて、シロエ君が。
「思念波を使えるからにはサイオンが無いとは言えないでしょうね…」
「それじゃ俺たちでもドカンじゃねえかよ!」
サム君の叫びに、マツカ君も。
「爆発すると思います。…さっき見たようなああいう感じで」
「「「…………」」」
1ヘクタールものジャガイモ畑。三千坪のジャガイモ畑。いくら九割が不発弾でも、単純に面積から計算していけば…。
「千平方メートル分は爆発すると考えて間違いないんだろうな」
キース君の計算をスウェナちゃんが別の言い方で。
「三百坪は爆発するってわけね…」
「ちょ、広すぎるし!」
三百坪ってどれだけなのさ、とジョミー君の悲鳴が上がりました。千平方メートルと言われても全くピンと来ませんでしたが、三百坪なら分かります。それを人数分で割ったら…。
「えーっと、ぶるぅも数えて十一人だし…一人頭で二十七坪?」
ジョミー君が指を折る横からスウェナちゃんの声が。
「つまりは五十四畳なのね?」
「「「えーーーっ!!」」」
どの辺がどう不発弾なのだ、と全員が総毛立つ恐ろしい数字。運が良ければ一発も当たらないかもですけど、こういうモノって得てして公平に当たりがち。イモ畑に入ってザックザックでヒョイヒョイヒョイでドッカンとなる確率がお一人様に五十四畳分…。
「ねえ、プロテクターって一人分だけ!?」
ジョミー君がソルジャーに縋るような目を向けましたが、答えは聞くだけ無駄なもので。
「無いねえ、ハーレイの見本用に一式用意しただけで」
それじゃ掘ろうか、とフォークを掴んでソルジャーはジャガイモ畑へと。あのう……サイオンは使わないんですか? そしたら一気に掘れそうですけど…。
「ダメダメ、いくら同士討ちはしない仕様のイモでも、大爆発となったら傷むかもだし!」
丁寧に手で掘り上げるべし、とフォークを土にザックリと。ソルジャーの称号がダテでないことは分かりました。ドカンと行こうがザックザックでヒョイヒョイ拾うわけですね?
恐ろしすぎる爆発ジャガイモ。お一人様につき五十四畳分は爆発するらしい不発弾がビッシリ埋まったジャガイモ畑。それを植え付けたソルジャーは作業服で鼻歌交じりにザックザックと掘り始めていて、その直ぐ後ろに審判スタイルのキャプテンが。あれっ、フォークは?
「…フォーク持ってないね?」
なんで、とジョミー君が口にした途端にキャプテンの存在意義が分かりました。ソルジャーが掘り上げたジャガイモをキャプテンがヒョイヒョイ拾っています。バカップルだけに見事に息の合った二人三脚ならぬイモ掘りコンビ。
「それで一人だけプロテクターかよ!」
俺たちはどうしてくれるんだよ、というサム君の絶叫にドカンと被さる爆発音。キャプテンが畑に尻餅をついて、ソルジャーが「ごめん、ごめん」と謝りながら引っ張り起こして。
「さあ、頑張って掘って行こうか! 其処の君たちもどうぞよろしくーーーっ!」
「どうぞよろしくお願いしますーーーっ!」
声を揃えて叫ばれましても、プロテクターも無しでドカンな爆発ジャガイモ。殺傷力は無いと聞いても全身打撲だの失神だのと怖い事実も耳にしましたし…。
「おい、シロエ。俺たちは安全に掘れると思うか?」
「ど、どうでしょう…。火薬とかなら計算式も作れますけど、ジャガイモですから…」
どういう仕組みで爆発するのか分かりません、とシロエ君もお手上げ状態。爆発の仕組みが分かっているなら、ジャガイモのサイズや個々人の体重などから危険性を割り出せるようですが…。
「ぼくが現状で言えることはですね、キャプテンの体格とプロテクターがあれば尻餅程度で済むということと、爆発現場の直ぐ側に居ても起爆させた人間以外は問題無いということだけです」
あのとおりソルジャーは無傷なんです、と言われてみれば、そうでした。キャプテンが尻餅をつくような爆発が起こっているのに、直ぐ側に立っていてもよろけもしなくて…。
「…サイオンと何か関係あるのかな?」
ジョミー君が首を傾げて、スウェナちゃんが。
「サイオンはどうだか分からないけど、幼稚園児のイモ掘り用でしょ? サイオンを持った子供が掘り起こして爆発はかまわないとして、子供って大抵、集まってるのに危なくない?」
「そうだな、起爆させた人間限定で被害を出すような仕組みかもしれん」
キース君の仮説と目の前の現実。ソルジャーが掘り上げたジャガイモを拾ったキャプテンだけが吹っ飛び、ソルジャーは平然としている事実。と、いうことは…。
「掘るだけだったら安全なんだ?」
拾わなければセーフなんだ、というジョミー君の意見は恐らく当たっているのでしょう。そうか、掘るだけお手伝い…!
お一人様につき五十四畳分は爆発するらしい恐怖のジャガイモ畑。普通のジャガイモ掘りだと思ってお弁当まで用意してやって来たのに、エライことになったと震えてましたが…。
「かみお~ん♪ 掘るだけだったら爆発しないの?」
「らしいよ、ぶるぅ」
ぼくもそう見た、と会長さんの頼もしい言葉が聞こえました。
「それならブルーを手伝える。ぼくたちはジャガイモを掘ればいいんだ、其処のフォークで」
会長さんが示す先には人数分のジャガイモ掘り用のフォークな農機具。それを握ってザックザックとやらかす分には爆発ジャガイモの危険は無くって、ただの楽しいイモ掘りなわけで…。
「拾うのはキャプテンに任せるんだね?」
ジョミー君が明るい顔で言ったのですけど、会長さんが返した答えは。
「ちゃんと居るだろ、イモ拾い要員」
「「「は?」」」
「プロテクター無しだし全身打撲と失神の恐れがゼロではないけど、ブルー専用のイモ拾い係に匹敵する立派な体格の持ち主!」
君だ、と会長さんは教頭先生をビシィと指名しました。
「君のぼくへの愛を見込んで、イモ拾い係に任命しよう。ぼくとぶるぅと、ぼくの大切な友達のために身体を張ってくれたまえ」
「…わ、私がか?」
「平気だってば、不発弾が九割らしいしね? 人数的にはブルーがバンバン爆発させれば残りの部分は絶対安全! いいかい、全部で十一人だろ? そして一人がイモ拾い専用だから…」
イモ掘り要員は十人なのだ、と会長さん。
「君がイモ拾い要員に徹せず、自分でも掘れば全部で十人。九割が不発なら九人は無傷! 爆発はブルーの担当分だけ!」
「な、なるほどな…。そういう計算だと言われれば合うな…」
納得しておられる教頭先生。確率の問題からしてそういう計算にはならないだろう、と全員が気付いていたのですけど、此処はヨイショをするのが吉。
「そうです、その計算で合っていますよ!」
シロエ君が「流石は会長、冴えてますよね」と褒めれば、キース君も。
「実に正しい読みだな、それは。…そうか、爆発はあいつらだけか」
俺たちは完全に安全圏か、と会長さんの尻馬に乗って言い出し、私たちも声を揃えて安全性の高さを主張しました。教頭先生はコロッと騙され、フォーク片手に私たちと一緒にジャガイモ畑へ。そして…。
「いやあ、頑張ってくれたねえ、こっちのハーレイ」
残るは向こうの畝だけだよ、とソルジャーが御機嫌で焼きそばパンを頬張っています。お弁当はとっくの昔に食べ終え、その後もせっせとジャガイモを掘って、おやつの時間。こういう時には市販の調理パンが美味しく、他にもサンドイッチやジャムパン、クリームパンなど。
「君が計算したんだって? こっちの面子は安全圏だ、って」
「その手の計算は得意なんだよ。でもって、ぼくのプライドにかけて! 計算ミスなんて有り得ないから!」
たまにドカンと爆発するのは不幸な事故だ、と会長さんは主張しました。なにしろ相手は自然の産物、計算通りにいかない部分も多々あるという持論を展開、教頭先生を煙に巻き…。
「いいんでしょうか、不幸な事故が多すぎるような気がするんですけど…」
シロエ君の呟きに「問題ない、ない」とヒラヒラと手を振る会長さん。
「ハーレイの頭の中で計算が合えばいいんだよ。ぼくが計算した美しすぎる答えなんだよ、ミスの介在する余地は無いって!」
おやつが済んだら向こうの畝を十人がかりで一気に片付けよう! と会長さんがブチ上げ、ソルジャーが。
「オッケー、爆発する危険性がある一割は全部引き受けるから!」
「頼もしいねえ、よろしく頼むよ。…ハーレイ、今度もぼくたちは不発弾の担当だってさ!」
頑張ろうね、と励ます会長さんの声に、おやつのパンも食べずに討ち死に中の教頭先生が「うむ」と返事を。
「…お前のためなら頑張れる。不発弾といえども危険はやはり伴うからな…」
そのために不発弾処理というのがあるんだからな、と教頭先生は何処までも騙されてらっしゃいました。そんな教頭先生を爆発でボロボロにしたジャガイモ畑は綺麗サッパリ掘り上げられて、夕方までに袋に詰められて。
「ありがとう、これでぼくのシャングリラのジャガイモ不足も解消するよ」
「皆さんには感謝しております。爆発ジャガイモは全て、きちんと食用に回しますから」
二度と爆発しないでしょう、とキャプテンが深々と頭を下げ、ソルジャーは大量のジャガイモを詰めた袋に大満足。私たちもスリリングなジャガイモ掘りを楽しめましたが、教頭先生はどうなんでしょう? 当分ジャガイモは見たくないかな、ひょっとしたら一生食べられないかも~?
内緒のイモ畑・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーが珍しく「ソルジャーらしい仕事」に挑戦したわけですけど…。
よりにもよって爆発ジャガイモ、掘らされる方は大迷惑。ジャガイモは大切ですけどね。
シャングリラ学園、来月は第3月曜までに間が空くので、オマケ更新の筈なんですが…。
windows10 とサイトの相性が最悪、UPするだけの作業に1時間半かかるのが今の状態です。
この問題が解決するまで、オマケ更新は「なし」とさせて頂きます。スミマセン…。
次回は 「第3月曜」 8月21日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、7月は、お盆を控えたキース君が卒塔婆書きの季節ですけど…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
季節は春、ゴールデンウィークはシャングリラ号で過ごした私たち。今年は特に会長さんの悪戯も無くて、宇宙の旅を堪能出来ました。地球からは見ることの出来ない瞬かない星が煌めく宇宙空間は貴重な眺め。夜空とはやっぱり違うわけで…。
「真っ暗なんだよなあ、宇宙ってヤツはよ」
太陽も星も無かったらよ、と放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でサム君が。
「それなのにワープ中には緑だよなあ、なんでだろうな?」
「宇宙じゃなくって時空間だからじゃないですか?」
シロエ君が「時間も空間も飛び越えますしね」と見解を述べれば、会長さんが「うんうん」と。
「それで合ってる。ブルーの世界へ飛ぶ時なんかも似た感じだよ」
「「「へ?」」」
「あっちのブルー! ぼくは案内無しでは出掛けられないし、数えるほどしか飛び越えたことはないけれど…。途中で通る空間はワープ空間と似ているかな、うん」
一瞬だけどね、という断りつきでしたが、そういえばソルジャーの世界から私たちの世界へ来るには空間移動が必要です。幸か不幸か時間の流れ方が全く同じなせいで何とも思っていなかったものの、時間も飛び越えているかもで…。
「時間かい? 飛び越えて移動するんだと思うよ、科学技術が違いすぎ! おまけにあっちは既に西暦が終わってしまっているしね」
会長さんの言葉に「あー…」と誰もが納得。ソルジャーの世界は地球が汚染されて滅びてしまった後に制定されたSD体制時代の暦です。西暦で三千何百年だったか、そのくらい経ってから始まったのがSD体制。ということは、空間だけじゃなくて時間も飛び越えるんですか…。
「俺の感覚ではなんとなく暗闇だったんだが…」
キース君がボソリと口を挟みました。
「いや、完全な闇ではないな。向こうに光が見える感じで、そこへ向かって飛んで行けば俺たちの世界に出て来られたり、あいつの世界へ行けるというか…」
「漠然と目標を定めずに飛ぶなら、それもアリかもしれないけどねえ…」
それは嫌だ、と会長さん。
「ぼくはきちんと出掛けて行って、元の世界に戻りたいしね? いい加減に飛ぶのは御免だよ」
「そういうものか?」
「そんなものだよ!」
いい加減に飛びたがるのは「ぶるぅ」くらいだ、とソルジャーの世界の悪戯小僧の名前が出ました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんの「ぶるぅ」。そういえば、私たちの世界に一番最初にやって来たのって、「ぶるぅ」でしたよね?
「思い出したぞ、俺が持って来た掛軸の中から出やがったんだ!」
キース君が「あれが全ての始まりだったか…」と頭を抱えて。
「適当に空間を飛んでる最中に引き寄せられたとか言いやがったな、あの野郎」
「そうなんだよねえ…。でもって、此処が地球だったのが運の尽きだよ」
ブルーにしっかり目を付けられた、と会長さんも額を押さえています。
「自分そっくりなぼくが居る上に、ブルーの憧れの青い地球! あれ以来、此処を目指して一直線に飛んで来るからねえ…。たまには他所にも行けばいいのに」
「無駄なんじゃない?」
言うだけ無駄、とジョミー君。
「完全にリピーターになっちゃってるもの、別の所は行きそうにないよ」
「「「リピーター…」」」
なんという絶望的な響きでしょうか。私たちはこれまでも、これから先もソルジャーとソルジャーのパートナーなキャプテン、プラス「ぶるぅ」に振り回されるしかないようです。「ぶるぅ」の方も新境地開拓はすっかりサボッているようですし…。
「たまーに、変なシャングリラに落ちるらしいね?」
忘れた頃に、というジョミー君の言葉に、シロエ君が。
「それこそ何年かに一度あるか無いかの突発事故みたいなモノですよねえ…。そして其処には地球もグルメも無かったとかで、二度と出掛けて行かないんですよ」
「俺たちの世界で間に合っているというわけか…」
すまん、とキース君が頭を深々と。
「あの時、俺が掛軸を持ち込まなかったら…。そしたら平和が続いた筈だ」
「どうでしょう?」
その前から充分に波乱でした、とシロエ君。
「会長だけしかいない時代でも色々あったと思うんですけど、ぼくの勘違いですか?」
「「「…うーん…」」」
会長さんしかいなかった時代。今となっては遠い昔ですが、私たちが普通の高校一年生だった時代です。入学式の日に全員が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に呼ばれて、それから後は…。
「言われてみれば既に色々あったか、俺が元老寺の跡取りだったのもバレたんだった」
「教頭先生もとっくにオモチャだったよ」
キース君とジョミー君の台詞に続いて思い出話がズラズラと。なんだ、会長さんしかいなかった頃からメチャクチャだったんじゃないですか! ソルジャーたちが現れなくても、どうせドタバタで波乱ですってば…。
「…随分と失礼な言い草だねえ? 歩く迷惑と言えばブルーだろ?」
ぼくは違うよ、と会長さんに主張されても「さあ?」としか答えられない私たち。この人も充分迷惑です。ソルジャーが絡めば更に破壊力が増しますけれども、単独でも大概な破壊兵器で。
「あんたが歩く迷惑でないなら、座る迷惑と言ったところか」
キース君が斬新な表現を。
「あいつはアクティブに動き回るが、あんたは自分から空間を超えては行かんし、坊主は座ることが多い職業だしな? 座る迷惑でいいだろう、うん」
「なにさ、それ!」
「座っているだけで迷惑なんだ、と言っている。俺たちの通路にドッカリ座って、道を譲りもしないんだ。最悪、闇夜の石かもしれん」
真っ暗な中を歩いて行けばゴッツンなのだ、とキース君。
「落ちている石のデカさにもよるが、小さな石でも躓けば転ぶ。あんたの場合は等身大で、狭い道幅を塞ぐ勢いで座っているんだ、もれなくゴツンだ」
そして迷惑なことになる、とキース君は滔々と。
「ぶつかっただけなら「はい、すみません」で終わりだろう。相手が石なら「痛かった」と呻いて済む話だがな、あんたは違う。自分で道に座り込んでおいて文句たらたら、因縁をつけて、ああだのこうだの!」
ヌリカベどころの騒ぎではない、と妖怪の名前まで飛び出しました。
「俺たちは毎回、あんたに巻き込まれてはババを引くんだ。これが座る迷惑でなければ、いったい何だと!」
「なるほど、座る迷惑ですか…」
分かる気がします、とシロエ君が相槌を。
「歩く迷惑な人ほどの破壊力は無いにしたって、会長単独でも相当ですしね」
「そうだろう? 俺はこいつも迷惑の内に認定するぞ」
でもって闇夜の石なのだ、とキース君は勢いに乗って一気に決め付け。
「しっかりドッカリ道を塞いで、俺たちがぶつかるのを黙って待っていやがるんだ。ぶつかったら最後、悪戯だの何だのと片棒を担がされるんだ!」
「…酷い言われようだと思うんだけど?」
会長さんが不服を申し立てても、キース君は「どの辺がだ!」と突っぱねて。
「まだ闇夜の牛糞だと言われないだけマシだと思え!」
「「「牛糞?」」」
そんな諺だか故事成語だかがありましたっけ? 牛糞と言えば牛糞ですよね?
「…牛糞だって?」
聞き捨てならぬ、と会長さんが眉を吊り上げましたが、キース君は「やかましい!」と一喝。
「あんただって無駄に年を食ってはいない筈だと思うがな? 聞いたことはないか、何処とは言わんがアルテメシアに近い教区で牛糞と言えば…」
「…もしかしてアレかい?」
アレとは酷い、と二人だけで成立しそうな話。置き去りにされてはたまらないとばかりに、シロエ君が話の端を捉えて。
「それで牛糞がどうしたんです、キース先輩?」
「牛糞か? …俺たちの周りにも出身者がいるとマズイからなあ、地名は伏せるが」
「「「地名?」」」
「いわゆるアレだ、お国柄と言うか、その地域の人の気質を指すと言うべきか…」
今の若い者は知らんと思うが、と副住職ならではの渋いお言葉。アドス和尚から聞いて来たのか、はたまた御高齢の檀家さんから聞いたのか。ともあれ牛糞、何なのでしょう?
「こう、そこの地域の人を指して言う言葉が入ってだ、「どこそこの人と牛の糞」と」
「「「牛の糞?」」」
ますますもって意味が分かりません。会長さんが酷いと言うからには酷いのでしょうが、牛糞だけでも酷いわけですし…。そもそも牛糞に何の意味があると?
「俺も実際に体験したわけじゃないからな…。親父も経験は無いそうなんだが、牛の糞というヤツは犬だの猫だのの糞と違ってしつこいらしい」
「「「しつこい?」」」
「踏んだら最後、そう簡単には取れないというか…。その辺を絡めて、なんだかんだと絡んでくる迷惑な気質を指してだ、牛の糞だと」
「「「へえ…」」」
うんうん、分かった気がします。それが牛糞なら、闇夜の牛糞は更に迷惑。ただでも見えない闇に落ちていて、踏んづけたら延々と絡まれるわけで。会長さんの場合は闇夜の石より牛糞の方が相応しいかもしれません。
「ぼくが闇夜の牛糞だって!?」
会長さんの怒声に私は首を竦めましたが、見れば全員が似たようなポーズ。考えることは同じなのか、とホッとしていたら。
「…闇夜の石で牛糞な上に、座る迷惑なんだって?」
よくも言ったな、と地を這うような低い声。腕組みをして足を組み直している会長さんは充分すぎるほど怖すぎでした。よからぬ考えを練っている時のお決まりの仕種に似ていますけれど、まさか、まさか……ね……。
会長さんの長い沈黙にガクガクブルブル、話が変な方向へと行きませんように、と祈るような気持ちの私たち。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飲み物のおかわりを淹れてくれ、ロイヤルミルクティー風味のシフォンケーキもおかわりがお皿に乗っかりましたが…。
「よし、決めた!」
決めた、とコーティングの生クリームもロイヤルミルクティー味のシフォンケーキをフォークで切って口へと運ぶ会長さん。おかわりの紅茶はとっくにカップに入ってますから、飲み物のおかわりを決めたわけではなさそうです。これは思い切りヤバイかも…。
「闇夜の石で牛糞とまで言われちゃうとねえ、そこは活用しないとね?」
おまけに座る迷惑らしいし、と会長さんはシフォンケーキをモグモグと。
「こうなった以上、闇と迷惑を最大限に! それでチャレンジ!」
「……オバケ屋敷か?」
キース君が言い出しっぺの責任を取って確認しましたが、会長さんは「ううん」と首を左右に。
「別に怖いってわけじゃないしね? 単に暗いだけで」
「「「暗いだけ?」」」
「そう、中が真っ暗というだけで!」
だけど此処だとちょっと狭すぎ、と周りをキョロキョロ。
「やっぱりアレかな、やるならぼくの家でかな?」
「「「家?」」」
何をする気だ、と突っ込みたくても怖くて訊けませんでした。家だか部屋だかを真っ暗にするのに、オバケ屋敷ではないらしいモノ。ついでに迷惑を最大限に、って…。
「一時期、流行ったんだよねえ…。暗闇体験」
知らないかな、と尋ねられても私にとっては謎のそれ。けれどキース君とシロエ君は知っていたらしく。
「あれか、ダイアログ・イン・ザ・ダークとかいうヤツか?」
「確かグループを組んで入るんですよね、真っ暗な中に」
「へえ? そういうイベントがあるのかよ?」
知らねえなあ、とサム君が言えば、スウェナちゃんが。
「…そういえば昔、チラッと新聞で読んだわね。完全に真っ暗な中で助け合って過ごして、食事とかもして、知らない人同士でも昔からの知り合いみたいに仲良くなるとか」
「ああ、ありましたね」
思い出しました、とマツカ君も。真っ暗闇の家やスペースに入って、助け合わないと何も出来ないのだとか。会長さん、それをどうするつもり…?
ワイワイガヤガヤ、暗闇体験とやらについての知識が披露された後、会長さんはスッと右手の人差し指を立てて。
「だいたい分かってくれたかな? その暗闇でうんと迷惑をかけてみようかと」
「「「ひいぃっ!!!」」」
死んだ、と悲鳴や嘆く声やら。私も泣きたい気持ちです。キース君が座る迷惑だの闇夜の石だの、挙句の果てに牛糞とまで言ったばかりにこの始末。闇の中で食事とくればシャングリラ学園名物の闇鍋イベントも真っ青じゃないかと思うのですが…! しかし。
「誰が君たち相手にやるって言った?」
「じゃ、じゃあ、まさか…」
ジョミー君の声が震えて、キース君が。
「頼む、それだけはやめてくれ! 歩く迷惑にそれだけは!」
「そうです、絶対に返り討ちですよ! もう確実に殺されますって!」
ソルジャー相手はやめて下さい、とシロエ君が叫び、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の中は阿鼻叫喚の地獄と化しました。いくら会長さんが「座る迷惑」でも、「歩く迷惑」と称されるソルジャーなんかに太刀打ち出来る筈がありません。かけた迷惑は倍返しどころか…。
「百倍返しでも済まないよ!」
ぼくたちだって殺されちゃうよ、と泣きの涙のジョミー君。
「頼むから考え直してよ! まだ死にたくはないんだってば!」
「俺もお浄土を目指してはいるが、それとこれとは別件だ! まだまだ副住職として寺を盛り立てんといかんのだ! まだ死ねん!」
死んでたまるか、とキース君。
「座る迷惑の件は謝る! 闇夜の石も牛糞の件も全て謝るから、この通りだ!」
あいつをターゲットに据えるのだけはやめてくれ、とガバッと土下座。私たちも土下座まではしなかったものの、頭をペコペコ必死に下げたり、縋る瞳で訴えたり。ソルジャー相手に迷惑だなんて、命知らずでは済みません。命は確実に無くなるでしょうし、極楽どころか地獄行きで。
「「「お願いします!」」」
もう本当によろしくなんです、とキース君の土下座に合わせてペコペコ、懇願、嘆願。このままでは間違いなく死ぬと分かっているのですから、恥も外聞も宇宙に捨てる覚悟でないと…。
「…うーん、お願いされてもねえ…」
あんなものは最初から想定してはいない、と会長さんがのんびりと。
「「「へ?」」」
「論外なんだよ、ブルーなんかは」
え。うんと迷惑をかけたい相手って、ソルジャーじゃなかったんですか?
どうやらソルジャーではなかったらしいターゲット。では誰が、と顔を見合わせれば。
「ブルーだとねえ、暗闇なんかは意味が無いしね?」
あれは暗闇のプロフェッショナルだ、と会長さん。
「ぼくもサイオンで周囲を探れるけれども、ブルーの能力はそれよりも高い。暗闇体験をさせるためにはサイオンを封じないと無理なんだけどさ、封じられると思うかい?」
「…それはまあ…」
無理だろうな、とキース君。土下座から立ち直ってソファに座り直して、コーヒーをコクリ。
「だったら誰を相手にするんだ、あいつでないなら」
「普通に考えて一人だけだと思うけど?」
ぼくが迷惑をかけたい相手、と会長さんはフフンと鼻を鳴らして。
「減るもんじゃないから喋っちゃうとさ、シャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ」
「「「教頭先生!?」」」
直球すぎて浮かばなかったその名前。てっきりソルジャー狙いだとばかり思ってましたが、冷静になって考えてみれば一番狙われそうな人です。何かといえば会長さんのオモチャにされる教頭先生、迷惑をかけてみたいとなったらターゲットになって当然で…。
「それしかないだろ、迷惑をかけて楽しい相手! ハーレイだったらサイオンも簡単に封じられるし、そういう遊びだと言ってやれば素直に引っ掛かるし……ね」
「引っ掛けるだと?」
キース君が聞き咎めると、「うん」と即答。
「暗闇体験はグループで共有するのが売りなんだよ。そして協力し合うわけ! ハーレイも多分、知ってると思う。だけど暗闇を共有する筈の仲間が非協力的だったら…?」
「「「非協力的?」」」
「そう、ミスリードと言ってもいい。一緒に暗闇に入る仲間は暗闇の中には居ないんだよ。ちゃんとサイオンで周りが見えてて、間違った方向にリードするんだな」
実に面白いと思わないかい、と言われるまでもなく「面白そうだ」とピンと来ました。教頭先生にとっては真の暗闇で何も見えてはいないのでしょうが、仲間とやらはどう考えても私たち。その私たちにはバッチリ見えてて、教頭先生に嘘八百を…。
「いいじゃねえか、それ」
ぶつかるんだな、とサム君が親指を立てて、シロエ君が。
「文字通り、闇夜の石なわけですね? いえ、牛糞と言うべきでしょうか、ミスリードなら」
「牛糞な勢いで頑張ってほしいね、ハーレイに絡んでなんぼだしね?」
是非やってくれ、と会長さん。なんと暗闇に教頭先生を放り込みますか! それを嘲笑って遊べるだなんて、面白くもあり、意地悪くもあり…。
「実にいいねえ…」
パチパチパチ、と拍手の音が。誰だ、とバッと振り返った先に歩く迷惑、ソルジャー登場。紫のマントを優雅に翻して部屋を横切り、空いていたソファにストンと座って。
「ぶるぅ、ぼくにもシフォンケーキ! 紅茶はロイヤルミルクティーがいいな」
「オッケー! ちょっと待っててねー!」
いそいそと飛び跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。直ぐにシフォンケーキを載せたお皿とロイヤルミルクティーが出て来ました。ソルジャーは紅茶の香り高いシフォンケーキを頬張り、ロイヤルミルクティーのカップを傾けながら。
「なんだか派手に揉めていたねえ、ぼくを狙うと後が無いとか」
「誰も狙っていないから!」
会長さんが即座に反論。
「ぼくはそこまで間抜けじゃないから、君なんか絶対、狙わないし!」
「それが正解。返り討ち程度で済めばいいけど、場合によってはぼくのシャングリラに御招待だよ。そして当分監禁ってね」
闇の世界に、とニコニコニコ。
「君はぼくのサイオンを封じられないみたいだけれども、ぼくなら君を真っ暗闇に閉じ込めるくらいのことは出来るよ? たかが青の間でも真っ暗になると困るだろうねえ…」
スロープから足を踏み外したが最後、ドボンだから、と笑顔のソルジャー。
「ドボンした後も、まるで光が見えないとなると…。どうやって水から上がるんだろうね、上も下も無い世界だからねえ? まあ、その内に勝手に浮くだろうけど」
浮いても上がれる場所が見えない、と恐ろしげな台詞がズラズラと。
「もちろん瞬間移動で脱出なんかは出来ないし? うんと楽しんでいってよ、青の間」
「お断りだから! そんな体験、要らないから!」
ぼくが陥れたいのはハーレイなのだ、と会長さんは必死の形相。
「だから君には関係ないだろ、そもそも君を狙ってないから!」
「そうらしいねえ? 命が惜しいというのは分かる。もしも狙われたら青の間に閉じ込めておくのもいいな、と思ってたのに…。でもまあ、ものは考えようだよ」
君を閉じ込めるよりもこっちのハーレイ! と、ソルジャーはいとも楽しげに。
「ハーレイだけ暗闇に放り込んでおいて、周りのみんなでミスリードだって? そっちの方が面白そうだし、ぼくも面子に加えて欲しいな」
サイオン封じならドンとお任せ! と胸を叩いていますけれども、座る迷惑ならぬ歩く迷惑。面子に加えて大丈夫でしょうか、その前に申し出を断れるかどうかが謎ですが…。
教頭先生だけを暗闇に閉じ込め、暗闇の中で助け合うふりをしてミスリード。会長さんのそんな計画を聞き付けたソルジャー、やりたくて仕方ない様子。下手に断ると会長さんがソルジャーの世界に拉致されてしまい、暗闇と化した青の間に監禁されそうな勢いで。
「やりたいんだってば、ぼくも一緒に! 絶対、迷惑はかけないから!」
「迷惑をかけてなんぼなんだよ、この計画は!」
ただし相手はハーレイだから、と会長さん。
「ハーレイを真っ暗闇の中で困らせてなんぼ、間違った方向に行かせてなんぼ! でもねえ、君の場合は迷惑が何か間違っていそうで」
「えっ? 君だと思わせておいて色々とやったらいけないのかい?」
お触りだとか、と首を傾げるソルジャー。
「いくらハーレイでも闇の中では君とぼくとの区別はつかないと思うんだ。それで君だと勘違いさせて、あちこち触ってあげるとかね」
「ど、何処を…?」
会長さんの顔が青ざめ、ソルジャーは。
「それはもう! デリケートな場所とか、あのガッシリしたお尻とか!」
「そういうのは痴漢行為だから!」
「別にいいだろ、痴漢は夜に出るものなんだろ?」
ぼくの世界には出ないけどさ、と語るソルジャー。
「なにしろSD体制だしねえ? マザー・システムってヤツはミュウはもちろん、犯罪者にだって優しくない。痴漢をするなら命懸けだし、そこまでする馬鹿は何処にもいないよ」
その点、こっちの世界は合格! と言うのですけど、痴漢が居ればどう合格なんだか…。
「えっ、痴漢? そりゃあやっぱり、スリリングだしね? こっちのノルディもお触りは好きで上手だけれどさ、思いもかけない所で全く知らない人から触ってこられたら素敵かと…」
「そう考えるのは君だけだから!」
「君はトコトン、ノーマルだしねえ? 痴漢の良さも分からないなんて…」
「その考えが分かるようなら、痴漢は犯罪にならないから!」
なんとも不毛な言い争い。ともあれ、ソルジャーが痴漢に遭ってみたいことと、教頭先生に痴漢行為を働きたいことは分かりました。暗闇で石にゴッツンどころか、ソルジャーという名の痴漢が出そうな暗闇体験。会長さんはどうするのだろう、と固唾を飲んで見守りましたが…、
「……分かった。君はどうあっても痴漢をしたい、と」
「せっかくだしね? 断るんなら、ぼくの青の間に御招待して…」
「もういいから!」
君を面子に加えるから、と決断を下した会長さん。ソルジャーつきでの暗闇体験、教頭先生はどうなるのやら…。
こうしてトントン拍子に決まってしまった、教頭先生に暗闇体験をさせる計画。当の教頭先生には会長さんから招待状が送られました。「一時期流行った暗闇体験をみんなでやろう」というコンセプト。すっかり信じた教頭先生、開催予定日の土曜日の朝に会長さんのマンションへ…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日はお外でお出迎え、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちとソルジャー、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんの家がある最上階のエレベーターホールで教頭先生をお出迎えです。なにしろ会長さんの家の中は真っ暗闇で…。
「ハーレイ、おはよう。ご覧の通り、ぼくの家は全部が会場なんでね」
「そうらしいな。…それで、全員で入るのか?」
「そうだよ、みんなで助け合わないとどうにもならない。もちろんサイオンはしっかり封じてある状態だし、ぼくもブルーも闇しか見えない」
君も頑張ってくれたまえ、と会長さんは教頭先生に激励を。
「聞いた話じゃ、付き合っている男性が信頼に値するかどうかを暗闇体験で試す女性もいたそうだ。君がどれだけ株を上げるか、ぼくも楽しみにしてるから」
「そ、そうか…。お前をきちんとリード出来れば株が上がるのだな?」
「リードもそうだし、間違っても暗いからといって痴漢行為をしないことだね」
「ち、痴漢……」
教頭先生、それは全く考えてらっしゃらなかったみたいです。逆に意識してしまったらしくて、会長さんの身体をチラチラ、頬がほんのり赤いですけど。
「ふうん? その顔つきだと触る気かな?」
「い、いや、私は!」
「知らずに触ってしまう分にはいいんだよ、うん」
それは不幸な事故だから、と涼しい顔の会長さん。
「だけど故意だと認定した時は、遠慮なく叫ばせて貰うから! 痴漢です、って!」
でもって逮捕、とニヤニヤと。
「もっとも暗闇の中だしねえ? 痴漢の君を逮捕するつもりで間違えてキースを逮捕したとか、その手のミスも起こり得る。流石にガッチリ縛り上げたら体格の違いで分かるだろうけど、捕まえる段階では取り違えも充分ありそうだしね?」
運が良ければ逃げおおせることも可能かもねえ、と煽っているんだか、いないんだか。ともあれ、暗闇体験は闇の中での食事も含めてお昼まで。会長さんとソルジャーが教頭先生のサイオンをガッチリ封じて準備オッケー、いよいよ真っ暗闇な世界へ出発です~!
会長さんの家の玄関ドアの周囲には光を遮るための黒くて分厚いシートが。それを順にくぐって会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「入って、入って」と促されるままに家の中へと。私たちはサイオンを封じられていませんが、それでもしっかり暗いです。
「ふう…。これでは見えんな…」
キース君が「何も見えん」とお芝居をしながら靴を脱いで暗い家に上がり込み、私たちも次々と。靴は端の方へと順に揃えて、それぞれ壁に張り付いて待てば。
「はい、ハーレイ。最後はぼくたちってことになるから」
「かみお~ん♪ お昼御飯まで頑張ろうね!」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーが教頭先生を取り囲むようにして入って来て玄関ドアがパタンと閉まって…。教頭先生はこれで完全に暗闇に閉じ込められた筈。案の定、動けないようです。その手を会長さんが掴んでクイと引っ張って。
「とりあえず、此処に玄関の段差。あ、靴は適当に脱いでいいけど、他の人のを踏まないように」
「あ、ああ…。しかし、他のは…」
何処だ、と屈み込む教頭先生。本当に見えていないみたいです。手探りで他の人の靴を探す間に、先に玄関に上がっていた会長さんの足首をウッカリ触ってしまって…。
「ちょ、ハーレイ! それ、ぼくの足!」
「す、すまん…!」
「今の、故意とは違うんだろうね? 撫でられたような気がしたけれど?」
「いや、違う! 断じて違う!」
間違えたのだ、と冷汗ダラダラの教頭先生は気の毒なほどに竦んでおられましたが、知ったことではありません。私たちの任務はミスリード。教頭先生が失敗すればするほど作戦成功、どんな失敗でも大歓迎で。
「教頭先生、とりあえずリビングに移動しますか?」
この暗闇では遠そうですが、とキース君。
「そ、そうだな、皆で移動しようか。…リビングに行けば何があるのだ?」
「お茶くらいは飲めるようですよ。もっとも紅茶もコーヒーも淹れるのが難しそうですが…」
手探りですし、と溜息をついているキース君には紅茶の缶もコーヒー豆もお見通し。私たちにとっては常夜灯が灯った程度の暗さですけど、教頭先生は漆黒の闇にお住まいですから、さぞかし心細いかと…。とはいえ、会長さんにいい所を見せねばとも思っておられるわけで。
「よし、行くか。ブルー、この廊下を真っ直ぐ行くんだったな」
頑張ろう、と先頭に立たれた教頭先生は手探り、足探りでの前進だけに屁っ放り腰。会長さんとソルジャーが懸命に笑いを堪えています。これだけでも暗闇体験の価値はあるかも~!
そろりそろりと廊下を歩いた教頭先生がリビングに着かれるまでには、普段の倍以上の時間がかかりました。やっとのことでドアノブを探り当て、「先に入れ」と言って下さったため、私たちは見えないふりをして我先に。そして…。
「教頭先生、あと少しでソファがありますから」
多分、とシロエ君の声。一番最後に入って来た教頭先生への心遣いですけれど、ソファに着く前にゴツンと鈍い音が響いて「うっ!」と蹲る教頭先生。
「す、すみません、テーブルがありましたか!?」
「…い、いや、ちゃんと探って歩くべきだった…」
大丈夫だ、と呻く教頭先生の足には恐らく青アザが出来たことでしょう。なんとか立ち上がって「皆は何処だ?」と訊かれたものですから。
「ソファに座ってまーす!」
ジョミー君が元気よく答え、サム君も。
「テーブルを回り込んだらソファがありますよ、教頭先生!」
「うんうん、ハーレイ、気を付けて」
そう、その辺り…、という会長さんの指図を信じて教頭先生が腰を下ろした場所にはソファなどありませんでした。会長さんが誘導した場所はソファの直ぐ脇、絨毯のみ。ドスンとお尻から絨毯に落ちた教頭先生、尾てい骨を強打なさった模様。これは相当、痛いですってば…。
「う、うう…」
「ごめん、ハーレイ。大丈夫かい?」
会長さんが手を差し伸べて。
「やっぱりきちんと誘導しないと駄目なようだね、はい、此処。ぼくの隣にどうぞ」
「す、すまん…」
教頭先生をソファで隣に座らせておきながら、「その手!」と会長さんの怒りの声が。
「ぼくの太ももに触ってるんだよ、知っててやってる!?」
「ち、違う…! さっき打った腰を擦りたくて、だな…」
「ああ、腰ねえ…。重傷かい?」
「分からんが…。まあ、痛むのは確かだな」
ソファに座っていても痛い、という教頭先生の台詞を受けてソルジャーが。
「早めの手当てが要るんじゃないかな、腰は男の命だよ?」
「真っ暗闇の中でかい? 湿布薬を貼るのも無理じゃないかと思うけど…」
無理そうだけど、と会長さん。実際の所は見えていますけど、真の暗闇にいるふりをするなら湿布薬は無理。薬の置き場所を探し出せても、どれが湿布か分かりませんよ…。
「ああ、そうか…。湿布は無理か」
でも冷やさなきゃ、とソルジャーの声。
「この際、普通に水で絞ったおしぼりでも無いよりマシじゃないかと」
「おしぼりねえ…」
それをハーレイのお尻に乗せるのか、と会長さんは乗り気ではなさそうでしたが、ソルジャーは冷やすべきだと主張。教頭先生のお尻は痛んでいるようですし…。
「仕方ない、暗いからみっともないお尻は見えないし…。冷やすことにしようか」
「あ、有難い。実に痛くて…」
よろしく頼む、と教頭先生の声に安堵の色が滲んでいます。しかしリビングでお尻におしぼりとは凄い話で、せめて教頭先生だけゲストルームに放り込むとか…。どうなるんだろう、と暗がりで視線を交差させていると。
「ハーレイ、お尻を冷やすんだったら、此処ではちょっと…ね」
会長さんが言葉を濁して、ソルジャーが。
「女の子もいるのに、真っ暗闇の中でお尻を露出というのはねえ…。流石にマズイね」
「や、やはりそうか…。しかし…」
何処へ行けばいいのだ、と困惑する教頭先生に向かって、会長さんが。
「ゲストルームとか、ぼくの寝室とか…。ベッドのある部屋は幾つもあるけど、どれがいい?」
「選べるのなら、お前の部屋だ!」
教頭先生、見事な即答。会長さんは怒り狂うかと思ったのですけど、「了解」と。
「ぼくの寝室のベッドね、了解。…だったら行こうか、立てるかな?」
「…ほ、本当にかまわないのか?」
「暗闇の中では助け合わないとね? 君のお尻の手当てもしないと」
さあ行こう、と教頭先生を支えて立ち上がらせている会長さん。まさか本気で寝室へ案内する気では…、と焦る私たちに、会長さんがパチンとウインク。
「じゃあ、行ってくるね。君たちはお茶を楽しんでいてよ」
「かみお~ん♪ 紅茶の缶がこれかな、こっちがポット~!」
頑張るもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えていますが、手探りどころかスイスイスイ。暗いとはいえ見えているのですから至極当然、ティーカップの用意も任せて安心。えっ、コーヒーも淹れますか? まあ、見えてるんだし、なんでもいいかな…。
教頭先生にはソルジャーも付き添って出掛けました。お触りがどうの、痴漢がどうのと言っていた人だけに、どうなったやら…。
「ごめん、ごめん。ぼくも紅茶を貰えるかな?」
かなり経ってから会長さんだけが戻って来たからビックリです。教頭先生はベッドで寝ているとしても、ソルジャーは?
「ブルーかい? ぼくのふりをしてハーレイにしっかり付き添うらしいよ」
おしぼりを絞って腰を冷やして…、と会長さん。
「ハーレイもつくづく間抜けと言うか、馬鹿だと言うか…。案内する途中で何度か方向転換しただけで騙されちゃってね、今はダイニングにいるんだけれど」
「「「ダイニング!?」」」
「シッ、声が高い! ゲストルームからベッドを瞬間移動で運んで据えてある。ぼくの部屋だと信じているから気分は極楽、付き添いはぼくだと思い込んでるから更に天国」
痴漢に遭っても本望であろう、と悪魔の微笑み。
「ブルーは喋らないつもりらしいしねえ? 照れているぼくを演出するとか」
「あんたはそれでかまわないのか?」
とんでもないことになりそうなんだが、とキース君が指摘しましたが。
「大丈夫! その辺はブルーも心得ているよ、お触りタイムはお昼前からなんだ」
「「「お昼前?」」」
「そう、お昼前。昼食はダイニングで食べる予定でテーブルに用意が整っている。冷めても美味しく食べられるように、ぶるぅが豪華サンドイッチとかを作って覆いがしてある」
「そ、それは…」
教頭先生にダイニングだとバレないのか、とキース君が唸って、シロエ君が。
「バレますよ、普通! これだけの人数が食べに行ったら!」
「分かってないねえ、其処が狙い目! ブルーのお触りでいい気分になりかかった所へドヤドヤと大勢入って来るんだ。そして心配になってもお触りは続く」
「「「………」」」
続くんですか! と心で突っ込み。けれど会長さんは全く気にせず。
「暗闇体験は昼食が終わるまでなんだ。其処で明かりがパパッと点いてね、暗闇を共にした仲間と親睦を深める趣向と言った筈だけど?」
「「「…じゃ、じゃあ…」」」
教頭先生がお尻丸出し、痴漢行為を働くソルジャーに付き添われて横たわるベッド。それがダイニングにあるということは、昼食を終えた瞬間、何もかもが明るい光の中へと…。
会長さんの部屋だと信じてダイニングでお尻を冷やすことになった教頭先生。お茶とお喋りを楽しんだ私たちがダイニングに行くと、端の方にベッドが置かれていました。手探りのふりをしながら一人ずつ入った私たちですが、もちろん気配はするわけで。
「…ブルー、大勢入って来たようなのだが…」
教頭先生の声が「ああ、こら!」と中断されて。
「き、気持ちは分かるが、そ、そのう…。人の気配が気になって…。そ、そうか…」
お前は気にしないのか、と納得している教頭先生、痴漢に絶賛遭遇中。一言も発しないソルジャーは自分の気配を殺しているらしく、教頭先生は会長さんだと頭から信じて疑っておらず。
「ブルー、昼飯の匂いがするのだが…。お前は食いに行かなくていいのか? それより私か」
光栄だな、と教頭先生は痴漢行為を働いているソルジャーに感謝の言葉を。会長さんは顔を顰めつつも耐え抜き、その分、昼食をガツガツと食べて…。
「「「ごちそうさまでしたー!!!」」」
みんな揃って叫んだ瞬間、パパパッと点いたダイニングの明かり。教頭先生の丸出しのお尻も、痴漢行為で耳まで真っ赤に染まった顔も、せっせと触りまくったソルジャーの姿も煌々と灯った明かりに鮮やかに照らし出されて…。
「ハーレイ、君って最低だから!!」
よくもダイニングでお尻なんかを丸出しに…、と会長さんが喚き、ソルジャーが。
「まあいいじゃないか、ぼくはたっぷり楽しんだしねえ? どう、ハーレイ? 暗闇だったらブルーかぼくかの区別もつかないみたいだし…。ぼくの青の間で暗闇体験、一発ツアー!」
文字通り一発、いや、二発! とソルジャーは拳を突き上げました。
「よかったらヌカロクも夢じゃないほど指導するから二人でやろうよ、真っ暗闇で!」
「いいかもねえ…。持って帰ってくれてもいいから、其処のハーレイ!」
会長さんが冷たい笑みを浮かべて、教頭先生は顔面蒼白。
「ち、違うのだ! わ、私はお前だと思い込んだだけでだ、暗ければいいというわけでは…!」
私には一生お前だけだ、という教頭先生の決まり文句が今日ほど白々しく聞こえたことは未だかつてありませんでした。暗闇だったらソルジャーの痴漢行為も極楽、天国。いっそソルジャーに拉致されて青の間で暗闇、如何ですか? 監禁されての極楽体験、お勧めさせて頂きます~!
一寸先は暗闇・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生が体験なさった暗闇イベント、一時期、流行ったみたいですけど。
親睦がグッと深まる代わりに、とんでもない結末になりました。お気の毒としか…。
シャングリラ学園、来月は普通に更新です。いわゆる月イチ。
次回は 「第3月曜」 7月17日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、6月は、キース君をスッポンタケの御用達にするべく…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
除夜の鐘と初詣も済み、冬休みも残り数日ですが。とは言うものの、お正月の方は実は三日目、いわゆる三が日というヤツです。今年の冬は寒さ厳しめになりそうだ、などと話しつつ皆でゾロゾロ会長さんのマンションへと。昨日は初詣で屋台グルメでしたし、今日は普通に…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
おせち沢山揃っているよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。ワイワイ上がり込めば和洋中と素晴らしいおせちがドッサリ、これは食べねば!
「キースにはすっげえ悪いけどよお、やっぱ、おせちはこうでなくっちゃっな!」
サム君が取り皿にドッサリ取り分け、キース君が。
「ウチでも和洋中と揃えたんだが…」
「いや、だから悪いって言ったじゃねえかよ。味とか種類とかじゃなくてよ、おせちは普通に食いてえからなあ…」
衣抜きで、とサム君、パクパク。衣とは天麩羅の衣ではなく、いわゆる法衣。除夜の鐘の後、元老寺で迎えるお正月はサム君とジョミー君も墨染の衣で初詣のお手伝いコースです。豪華おせちが食べられるとはいえ、衣つき。抹香臭いのは御免蒙る、という意味で。
「ぼくも衣は御免だよ! なんで毎年!」
ジョミー君がぼやけば、会長さんが。
「一年の計は元旦にあり、と言うだろう? お正月からビシッと墨染、それでこそ坊主への覚悟も出来るというもので…。君もサムも今年も断ったしねえ、専修コース」
「そりゃそうだけど…」
そうなんだけど、とジョミー君がブツブツ、サム君はボソボソ。
「やっぱ覚悟が決まらねえよ…。全寮制だろ、しかも二年で。一年コースはまだなのかよ?」
「もうすぐだったと思ったが?」
キース君が指折り数えて。
「学寮の建設場所はもう決まったし、土地も買ったと聞いている。あと数年で出来ると思うが、そしたら入学するわけか?」
「えっ、数年? ちょ、ちょっとそいつは早すぎだって!」
せめて十年考えさせろ、とサム君が慌てて、ジョミー君も。
「ぼくは二十年ほど欲しいってば! ううん、三十年でもいいかも!」
行かないからね、と二人揃ってお断り中の専修コースとは、キース君の母校の大学に併設された僧侶養成コースです。ひたすらお坊さんの勉強のみで他の学問はしなくていいため、二年で卒業。それを更に濃縮した一年コースも出来ると噂で、サム君とジョミー君に坊主な未来が着々と…。
「とにかく絶対、行かないからね!」
ジョミー君が喚いた所でいきなり鳴り響く電話の呼び出し音。会長さんはソルジャーなだけに、たまに電話もかかります。三が日でも忙しいのだな、と思っていれば。
「かみお~ん♪ えっ? うん、あけましておめでとうございまぁーす!」
電話を取った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気に年賀の御挨拶。やはり仲間の誰かでしょう。ん?
「えとえと、えとね…。おせちはみんなで食べてるんだけど…。うん、うん…」
はて、おせちとは面妖な話題。誰と話しているのでしょう?
「えーっと…。分かった、ブルーに代わるね。…ブルー、ハーレイから電話!」
「切っといて!」
会長さんは見事な脊髄反射でしたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「でもでも、ハーレイ、おせち用意して待ってるって…」
「いつものことだろ、勝手に一人で空回り! 孤独に食べろって返事しといて!」
「うんっ! あのね、ハーレイ、ブルーがね…。あ、聞こえてた?」
うんうん、それで? と切れない電話。どうなるのだろう、と皆が注目していれば…。
「はぁーい、了解! 待ってるねーっ!」
チンッ! と受話器が置かれたクラシックスタイルのレトロな電話。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がクルリとこちらに向き直って。
「あのね、ハーレイがおせちを届けに来てくれるって!」
「「「えぇっ!?」」」
「みんなの分も買ってあるから無駄にしないで是非食べてくれって、出前でお届け!」
豪華版らしいよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はウキウキと。
「和洋中だけど、どれも専門のお店に頼んだヤツなんだって! 今年は特に気合を入れたから、他の人たちに御馳走するのは勿体ないって!」
「「「他の人?」」」
「なんか毎年、三が日が済んだらお客さん呼んでたみたいだね、うん」
教頭先生が私たちの年始回りに備えてドッサリ買うと聞いていたおせち。教頭先生が冷凍でもして孤独にコツコツ食べているのかと思っていれば、さに非ず。シャングリラ号での部下たちを招き、三が日明けにドカンと振舞っていたようです。
「それって、賞味期限はどうなんでしょう?」
シロエ君が心配そうですが、会長さんは平然として。
「問題無いだろ、三が日のラストにぼくたちが来るかもって想定しているわけだしね? 絶対、長めにしているさ。四日か五日まで楽勝だよ、うん」
それが来るのか、と教頭先生の家の方角を見ている会長さん。おせちのお届け、もうすぐかな?
やがてピンポーン♪ と玄関チャイムの音が。キャプテンである教頭先生、このマンションは顔パスです。管理人さんからの問い合わせもなく、直接入って来られるわけで…。
「わぁーい、おせちー!」
玄関へ飛び跳ねて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻って来ると、その後ろには大量の重箱が詰まったらしい荷物を背負った教頭先生。
「あけましておめでとう。どうやら全員揃っているな」
「残念ながらね」
それでおせちは、と会長さんがツンケンと。
「置いたらサッサと回れ右する! 君を呼んではいないから!」
「し、しかしだな…、これは私の愛なわけで!」
荷物を降ろした教頭先生、あれこれと説明しながら重箱を並べ始めました。
「和風はパルテノンでも評判の店に注文したんだ。洋風はお前とぶるぅも気に入りのレストランに発注したし、中華もそういう専門店に頼んでおいたのだが…」
どれも気に入ると思うのだが、とズラリ重箱。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が蓋を取るなり大歓声。
「うっわー、すっごーい! ホントに豪華!」
「…無駄に豪華としか言いようがないね」
会長さんはあくまで素っ気なく。
「ぼくへの愛だか何か知らないけど、愛があるなら耐え忍べば? こんな風に嫌味たらしく……未練たらしくと言った方がいいかな、押し付けがましく持ってくるよりは自分で食べる!」
「いや、それは…。それはあまりに勿体ないから、お前たちが来なかった年は…」
「知ってるよ、キャプテンの立場で大盤振る舞い! 人気らしいね、君の家のおせち」
今年もそうすれば良かったのに、と会長さん。
「でなきゃアレだね、君が一人で完食するとか…。耐えてこそだよ、愛というのは」
「…そうなのだろうか?」
「うん。幾歳月もの風雪を耐えて忍べばいつか花咲く時もある……かもしれない。だけど今年は持って来ちゃったし、耐えてる内にはカウントされない」
おせちは皆で美味しく頂く、とニッコリと。
「というわけでね、君の用事は済んだってね。はい、回れ右!」
「…ま、回れ右して帰れば耐えたとカウントして貰えそうなのだろうか?」
「は?」
「幾歳月を耐えろと言うなら耐えてみせるから、カウントしてくれ!」
耐えた内に、と教頭先生、頼み込み。えーっと、耐えても全く無駄だと思いますけどね?
耐えればいずれは会長さんの愛が、と妙な勘違いスイッチが入ったらしい教頭先生。おせちのお届けをしてしまったことで今年は耐えたことにはならないと言われてしまって、なんとかカウントして貰おうと懇願中。
「おせちを届けたことは謝る! しかし皆で食ってくれれば無駄にはならんし、私としてもその方が…。いやいや、それで耐えたと数えて貰えないなら、いっそ背負って帰るから!」
「あー、それはお断り」
もう貰った、と会長さん。
「ぼくの目と舌を喜ばせてくれそうなのも多いしね? 今更持って帰られてもさ」
「しかし、私は耐えたいわけで!」
耐えて愛の花を咲かせたいのだ、と妄想スイッチもオンらしき模様。
「幾歳月が何年先だか分からないのだが、耐えれば花が咲くのだろう? 耐えさせてくれ!」
頼む、と早くも土下座モードで、絨毯に額を擦り付け、耐えたいとの仰せ。
「…うーん…。たかがおせちで耐えられてもねえ?」
「だったら何に耐えればいいのだ、私は耐えて耐え抜きたいのだ!」
土下座ペコペコ、傍から見ればバッタかカエルか。こんな姿で会長さんに頼みごとをしたら墓穴じゃないかという気もしますが、相手はたかがおせちのお届け。大したことにはならないだろう、と私たちは踏んでいました。せいぜい座禅か、三日間ほど肉料理抜きか。しかし…。
「君はそんなに耐えたいわけ?」
「もちろんだ!」
「ぼくへの愛で耐えるんだね?」
「当然だろう! 何か思い付いてくれたんだな!?」
是非言ってくれ、と教頭先生の顔が輝いたものの。
「……じゃあ、八耐」
「…はちたい?」
「知らないかなあ、バイクの八時間耐久レース」
略して八耐、と会長さんは指を一本立てました。
「二人一組で八時間バイクを走らせるんだよ、その間にコースを何周したかで勝者が決まる。君の場合は組む人もいないし、一人で走らせることになるかな?」
それともゼルと組んで走るか、とズズイと迫る会長さん。
「耐えると言ったら八耐が花だね、本物に出ろとは言ってない。ただ八時間を走り抜くだけ! ぼくへの愛があるんだったら孤独な走りも楽勝だろう?」
八時間ほど走ってこい、と言ってますけど、八耐って…。あの有名なバイクレースを教頭先生がたった一人で…?
会長さん曰く、「愛があるなら八耐くらい」。その八耐は夏のものだったと記憶しています。おまけに場所はサーキット。冬の最中に孤独に八耐、ゼル先生と組むにしたって一組だけでサーキットなんて借りられるのでしょうか?
「え、八耐のサーキットかい? この時期、空いてると思うんだけどな」
どう? と会長さんの視線がマツカ君に。
「今ですか? レースに不向きなシーズンですから空いてますけど、使うんですか?」
「「「え?」」」
「あのサーキットは父の会社が持ってるんです」
「「「さ、サーキット…」」」
そんなモノまで持っていたのか、という衝撃の事実。マツカ君も何処まで奥が深いのでしょうか、自家用ジェットだの外国にお城だのと聞いてましたが、サーキット…。
「マツカのお父さんの持ち物だしねえ、八耐用のサーキット。今の時期だと積雪だとか凍結だとかと悪条件が揃ってるけど、どうかな、ハーレイ?」
ぼくへの愛で走ってみる? と会長さんはニコニコと。
「何周できたかは無関係なんだよ、要は八時間を耐えて走ったかどうかでさ…。君がやるならマツカに頼んでサーキットを借りる。さあ、決めたまえ。八耐をやるか、やるなら一人かゼルと組むのか。八耐をやれば耐えた度数はググンとアップする……かもしれない」
「…は、八耐…」
バイクレースか、と青ざめてらっしゃる教頭先生。そういえばスピードが苦手でらっしゃったんでしたっけ。バイク野郎で『過激なる爆撃手』の異名を取っているゼル先生のサイドカーに乗せられての爆走の末に気絶なさったこともあったかと…。
「ん? バイクレースは無理そうだって?」
自分で走らせてもスピードは無理? と尋ねる会長さん。
「君はママチャリが限界だったかもしれないねえ…。二輪車の類」
「…そ、そうなのだ……」
実は原付もキツイものが、と教頭先生、涙の告白。
「八耐は非常に魅力的だが……。体力的には一人八耐も充分いけるという気がするのだが、如何せん、バイクのスピードが…」
無理だ、と泣き顔の教頭先生。
「サーキットまで提供しようと言ってくれるお前の愛は嬉しい。嬉しいのだが、私には…」
「応える術が無いってわけだね、よく分かった」
じゃあ回れ右、と言うのだろうと私たちは疑いもしませんでした。ところが会長さんの口から飛び出した次の言葉は。
「だったら、人力八耐でいこう!」
「「「ジンリキハチタイ?」」」
なんですか、それは? ジンリキハチタイって、何ものですか…?
「人力車で走るレースがあるんだよ、うん」
会長さんは得意げに知識を披露しました。人力車と言っても観光地で走っているアレではなくって、三輪車だとか自作の二輪車とか。二歳から参加可能なレースで、基本は二人で一チーム。正式名称、人力車レース。
「一応、八耐と同じく世界選手権って形になってる。より正式な名前でいくとね、ワールド・エコロジカルカー・チャンピオンシップ、五時間耐久人力車世界選手権!」
「「「じ、人力車世界選手権…」」」
そんなレースが存在したのか、と唖然呆然。けれど会長さんが立ち上げた端末でアクセスした先に公式サイトがしっかりとあって、八耐と並ぶ有名なサーキットが会場で…。
「ね? このとおり人力車レースは存在する。八時間じゃなくて五時間だけど…。これを参考に五時間の所を八時間! マツカのお父さんのサーキットで!」
愛があるなら人力車で走れ、と会長さんはブチ上げました。
「君の自慢のママチャリもいいし、大人には乗りにくい三輪車でもいい。孤独に八時間走り抜いたら、愛の花の蕾が少しくらいは膨らむかもね?」
「…じ、人力八耐……」
教頭先生はグッと拳を握り締めて。
「よし! 私も男だ、やってみせよう!」
「「「おおっ!?」」」
凄い、と息を飲んだ途端に背後でパチパチと拍手の音が。誰だ、と一斉に振り返れば。
「こんにちは。…いや、あけましておめでとうだね、お正月だしね?」
フワリと翻る紫のマント。会長さんのそっくりさんがにこやかな顔で立っています。
「凄いね、豪華おせちが沢山! ぼくのシャングリラのニューイヤーパーティーも今日までだけどさ、流石に三日目ともなると食べ飽きちゃってねえ…」
たまには地球のおせちがいいのだ、と招かれざる客はスタスタと部屋を横切って空いていた席にドッカリ座ってしまいました。
「おまけに何だか楽しそうな話をしてるじゃないか。人力車でサーキットを走るんだって?」
「いや、人力車じゃなくて、エコカーってヤツで…。要は人力で走る車で」
人力車であって人力車じゃない、と会長さんは勘違いをしていそうなソルジャーに解説を。
「君が考えてる人力車は観光客を乗せて走っているヤツだろう? アレじゃなくてね」
「その人力車でいいじゃないか」
そっちの方が絶対にいい、とソルジャーは会長さんに向かって得々と。
「だって、あの人力車なら乗れるんだよ? 君を乗せた車を引っ張って八時間走り抜いてこその愛じゃないかな、耐えるんならね」
どう? と笑顔で言われましても。それの答えは会長さんの心次第では…?
「ホントに本物の人力車かあ…」
ちょっといいかも、と会長さんの心が動いた様子。
「ハーレイが孤独に走るママチャリも良さそうだけれど、負荷をかけるのも楽しそうだね」
「そうだろう? しかも座席に乗っかるのは君! ハーレイの愛を確かめながらね」
ぼくも乗りたくなってきたかも、とソルジャーの思考がズレ始めて。
「ハーレイが引っ張る人力車もいいね、それに乗っかってサーキットをねえ…。でもって、こっちのハーレイと勝負! どっちがより深くパートナーのことを愛しているか!」
「ちょ、ちょっと…! ぼくはハーレイのパートナーじゃないし!」
「ああ、ごめん。予定だったね、君の場合は」
「予定でもないっ!」
そんな予定は全然無い、と会長さんは不快そうですが、レースには興味があるようで。
「君のハーレイも人力車で八耐にチャレンジするのかい?」
「それもいいな、と思ってね。…だけどさ、最初からぼくが乗っていたんじゃハーレイに負荷がかかりすぎだし、ぶるぅを代わりに乗せようかと」
「ぶるぅって…。あの悪戯小僧の大食漢の」
「人力車に乗れるなら大人しいと思うよ、それ自体が悪戯みたいなものだし」
乗っかっているだけでハーレイに負荷が、とソルジャーは「ぶるぅ」の悪戯心をお見通し。
「汗水たらして人力車を引くハーレイを高みの見物だしねえ、きっと喜んで乗ってくれるさ」
「なるほどねえ…。ぶるぅが乗るのか…」
それも良さそう、と会長さんの心は既に人力車へと傾いています。エコカーならぬお客を乗せて走る人力車。教頭先生の負担が余計に増えそうですけど…。
「えっ、そこがポイント高いんだよ! 同じ八耐なら耐えてなんぼで、ただ走るよりは余計な負荷だね。ぶるぅもいいけど、ぼくが乗るのも良さそうだ」
「あっ、君もハーレイへの愛に目覚めた?」
「そうじゃなくって、ぼくの方がぶるぅより重いしね?」
でもハーレイは喜びそうだ、と悪魔の微笑み。
「こういう趣向はどうだろう? 八耐だとマシンの調整だの乗員交代だのでピットインする。これは人力車レースでも同じ。ましてや一人八耐ともなればトイレ休憩や食事が必須で、ピットインしないわけがない」
「それで?」
「ピットインした時にとある条件をクリアしたなら、ぶるぅの代わりにぼくが乗る!」
そして次のピットインまで乗ってゆくのだ、という話ですが。とある条件ってどんなのですか?
耐久レースに欠かせないピットイン。其処で条件をクリア出来たら、人力車のお客が「そるじゃぁ・ぶるぅ」から会長さんに交代になるらしいですけど…。
「どういう条件を出すつもりなわけ?」
ソルジャーの問いに、会長さんは。
「ズバリ、キスだね」
「「「キス!?」」」
「ただし、手の甲! ハードな人力車耐久レースで身体がガタガタになってくる中、いわゆる騎士のキスってヤツかな、あれをビシッと決められた時はぼくが乗っかる!」
おおっ、と広がるどよめきの中、教頭先生が嬉しそうに。
「お、お前が乗ってくれるのか? 人力車に?」
「ちゃんと映画のワンシーンみたいに手の甲にキスを決められたら……ね」
「努力しよう! 帰ったら早速練習だ!」
それでレースはいつになるのだ、と教頭先生、やる気満々。
「私は明日でも明後日でもいいぞ? 冬休みはまだあるからな」
「ふうん? だったら君と一緒にレースをしてくれそうな人の都合を訊かないとねえ?」
「ぼくのハーレイ? ニューイヤーのパーティーの後は比較的平和な日が続くからさ、七日まで休暇を取ってあるんだ。だからいつでもかまわないけど?」
それこそ明日でも明後日でも、とソルジャーがドンと請け合い、会長さんが。
「えーっと、サーキットの手配と人力車と…。マツカ、明日でもいけそうかい?」
「明日ですか? 訊いてみますね」
マツカ君が携帯端末を取り出し、お父さんに電話しています。いつもは執事さん相手が多いんですけど、お父さんもお正月で暇なのかな?
「そう、明日…。かまわない? えっ、人力車も? じゃあ、お願い」
電話を終えたマツカ君は「大丈夫です」と柔らかな笑顔。
「サーキットは好きに使っていいそうです。人力車も用意しておくと言ってましたね、サーキットまでの移動はどうしますか? 父がバスの手配もしておこうかと訊いてましたが…」
「そっちはいいよ、瞬間移動でパパッと行こう」
少し遠いし、と会長さん。
「車だと二時間ではとても着かない。その点、瞬間移動なら直ぐ!」
「分かりました。あっ、サーキット自体は閉まってますけど、設備などは使えるようにしておくそうです。トイレもシャワーもOKですよ」
「ありがとう、マツカ。それじゃ、明日は人力車で八耐レースってことで」
ここは一発、壮行会! と会長さんが拳を突き上げ、ソルジャーの世界からキャプテンと「ぶるぅ」も招いての大宴会が始まりました。教頭先生の豪華おせちは無駄になるどころかゲストを迎えて大いに役立ち、私たちも美味しく頂きましたよ~!
そして翌日。会長さんのマンションへの集合時刻はなんと早朝、六時半。家を出る頃はまだ暗いという有様でしたが、なにしろ相手は八耐です。スタートから八時間走らなくてはいけないのですし、冬の日暮れの早さを思えば八時に始めるのがいいであろう、と会長さんが。
「うう、眠い…」
まだ眠い、とジョミー君が眠い目を擦り、キース君が。
「やかましい! 俺なんかはもっと早起きだったぞ、家を出る前に朝のお勤めがあるんだからな」
早く出掛けると言ったらサボれるかと思ったらしいのですが。アドス和尚に「なら、先にやれ」と命令された上、「俺の分までやっておけ」だったそうで、普段以上にキツかったとか。
「…いつもだったら俺が本堂の掃除をしてだな、お勤めのメインは親父なのに…。なんで一人で全部やらねばならんのだ!」
「でもよ、住職が一人の寺なら普通だぜ、それ」
サム君の指摘はもっともなもので、グウの音も出ないキース君。そんなやり取りをしながら辿り着いた会長さんのマンションでは…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
みんな来てるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。案内されたリビングには教頭先生にソルジャー、キャプテン、「ぶるぅ」が勢ぞろいしています。
「やあ、来たね。じゃあ、サーキットへ出発しようか」
「そうだね、早い方がコースの下見も出来るしね」
行こう、と会長さんの言葉にソルジャーが応じ、パアアッと迸る青いサイオン。「ぶるぅ」も入って今日はタイプ・ブルーが四人前での瞬間移動で、身体がフワリと浮き上がって…。
「「「うわあ…」」」
広い、としか言葉が出ませんでした。朝日に照らされたサーキット。木立に囲まれていますけれども、F1レースにも使われる其処は本格的なコースが広がり、観客席だって凄いのが…。
「えとえと、此処がスタートする場所?」
一段と幅の広い直線コースのド真ん中。私たちが降り立った場所がスタート地点らしいです。やたら広いと思ったのも当然、この直線コースだけで八百メートルあるのだとか。
「「「は、八百メートル…」」」
その距離は体育の授業の持久走で走らされる距離に二百メートル足りないだけ。学校だとグラウンドを何周も走って叩き出す距離ですが、それに近い距離を直線だとは…。
「この程度で驚いていてはいけないよ? コースの下見はやめといた方がいいかもねえ?」
なにしろ五千八百メートル、と聞かされて絶句。そんな下見は結構ですとも、走る人だけで行って下さいです~!
マツカ君のお父さんが用意してくれた人力車。何処の観光人力車かという立派なものが二台、交換用のタイヤなどもピットに揃っています。八時間も走ればタイヤ交換も必要かもで、そのための工具も置いてあり…。
「教頭先生、人力車の整備なんかが出来るわけ?」
ジョミー君が首を捻って、「さあ?」と同様の私たち。教頭先生はキャプテンと一緒にコースの下見に出掛けていました。会長さんとソルジャー、人力車に乗る「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」も一緒に出掛けましたし、いやはや、皆さん健脚としか…。
「下見だけでも疲れそうだよな?」
サム君がだだっ広いサーキットを眺め、マツカ君が。
「コースは傾斜もありますしね…。ぼくやキースは柔道部で鍛えてますから、走れない距離ではないんですけど」
「マジかよ、こんなの走れるのかよ!?」
「合宿の時は十キロくらいは走ってますよ」
「「「…十キロ…」」」
想像のつかない距離でした。マツカ君でも十キロ走れると言うんだったら、五千八百メートルくらい、と一瞬、考えかけたのですけど。教頭先生とキャプテンが走るコースにゴールは存在しないのでした。レースが終わる八時間後まで同じコースをひたすらグルグル。
「…八時間あったら、どのくらい走れるんだろう?」
ジョミー君の素朴な疑問に答えを返せる人材は皆無。市民マラソンとかなら既定のコースを八時間かかって走り切る人もいるでしょうけど、人力車を引いてのレースだなんて…。
「周回距離を競うんでしたっけ? 教頭先生とキャプテンとで」
シロエ君が確認し、みんなで「うん」と。
「八時間の間に何周出来たか、多かった方が愛が深いとか言ってましたね…」
「うん、言ってた」
確かに言った、とジョミー君。その台詞を吐いていた人は会長さんではなくてソルジャー。昨日の壮行会でキャプテンにそう言って発破をかけてましたっけ…。
「もしもキャプテンが教頭先生に敗北したらさ、どうなるんだろ?」
「怖いこと言うなよ!」
死ぬぜ、とサム君がジョミー君を窘めました。
「俺もよ、体力的には教頭先生の勝ちじゃないかと思うんだけどよ…。有り得ねえだろ、それだけはよ」
バカップルだけに何か秘策がある筈だ、という鋭い読み。あのソルジャーが愛の深さで負けたがるとは思えません。レースに参加を言い出した以上、勝ちに来るかと…。
「ということはさ、教頭先生、負けるんだ?」
「「「うーん…」」」
それこそ会長さんの狙い通りの結末ですけど。ジョミー君の予言は当たるのかな?
私たちがピットで騒いでいる間に下見を終えた教頭先生たちが戻って来ました。人力車レースを始める前にまずは着替えということで。
「…これを着るのか?」
「そして、この笠を被るのですか?」
教頭先生とキャプテンの姿は何処から見ても見事なコスプレ。人力車夫というヤツです。足元だって靴ではなくて地下足袋。慣れない衣装に途惑いながらも人力車がスタート地点に引き出され、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」が乗車。冬ですから二人とも分厚い膝かけ。
「用意はいいかい? ピットイン出来るのは其処だけだからね、それ以外の場所でクラッシュした時は自力で戻って来られなかったらリタイヤだから!」
会長さんが声を張り上げ、ソルジャーも。
「ハーレイ、期待してるよ、ピットイン! 華麗なキスで決めてよね」
「ええ。あなたを乗せて走れるように頑張ります!」
キャプテン、大いに意気盛ん。乗客としては「ぶるぅ」の方が軽くて遙かにマシな筈なのに、ソルジャーを乗せて走る気です。もちろん教頭先生も…。
「ブルー、私がキスをキメたら、お前が乗ってくれるのだな?」
「そうだよ、次のピットインまで乗って行くから!」
ついでにピットインでもう一度キスを決めたら次もそのまま乗ってるから、と会長さんの艶やかな笑み。教頭先生は頬を赤らめ、「是非乗ってくれ」と照れておられて…。
「はい、二人とも並んで、並んで!」
会長さんが二台の人力車の位置を確かめ、午前八時ちょうどにレース開始の号砲が。八時間後にレース終了のチェッカーフラッグが振られるまでの耐久レースがスタートです。
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
「うわぁーい、しゅっぱぁ~つ!」
乗客二人の声が重なり、二台の人力車はエッホエッホと掛け声こそはかからないものの、直線コースを軽快に走ってぐんぐん遠ざかってゆき…。間もなく最初のコーナーを曲がり、私たちの視界からすっかり消えてしまったのですが。
「…なんだか、意外に速くない?」
キャプテンが、とスウェナちゃん。
「教頭先生が速いというのは分かるわよ? でも、キャプテンは運動は…」
「だよね、あんなに飛ばして行っちゃって大丈夫かな?」
一周だけで五千八百メートルだけど、とジョミー君が呟く側から、妙な言葉が。
「狙い目は第二コーナーとS字カーブで、ヘアピンカーブも充分いける。ストレートは誤魔化しが効かないからダメだね、補助が限界」
「「「は?」」」
怪しい台詞の主はソルジャーでした。私たち全員の注目を浴びたソルジャーは。
「うん? 今の台詞の意味かい? ぼくのハーレイが距離を稼げそうな場所を羅列しただけ」
今は第一コーナーに居る、と微笑むソルジャー。
「こっちのハーレイとの距離は順調に開いているから、第二コーナーで一回目の瞬間移動かな。それで稼いで、何処まで飛ばすか…。やりすぎるとバレるし、ヘアピンカーブを抜けたトコかな」
「「「え?」」」
「だから瞬間移動だってば、人力車ごとコースの先に飛ばすわけ。こっちのハーレイを余裕で引き離すことが出来るんだけれど、速過ぎてもズルがバレるしねえ?」
そこそこの距離を保って飛ばす、とソルジャーは一周目にして既に勝負に出ていました。
「ついでにぼくのハーレイが速く走れる理由もサイオンだから! ぶるぅは重石のつもりで乗っかってるけど、ハーレイに負荷はかかっていない。人力車の重みもゼロなんだよね」
引いて走るポーズが少々負担になる程度だ、ということは…。キャプテンは普通にジョギングしているような感じで、教頭先生だけが人力車つきの走行ですか?
「そんなトコだね、こっちのハーレイに勝てさえすれば余裕だしねえ?」
一周走って戻って来る度にピットインだ、とソルジャー、ニヤニヤ。
「ゆっくり休んで、こっちのハーレイの姿が見えたらピットアウト! そして直線コースを抜けたら、第一コーナーから瞬間移動で飛ばすのもいいねえ…」
思い切り最終コーナーまで、と恐ろしい言葉が飛び出しました。其処で休憩、教頭先生が見えなくなったら走り始めてピットイン。つまりキャプテン、走り出した最初の一周目だけは何キロか走るかもしれませんけど、それ以降は殆ど走らない…とか?
「決まってるじゃないか! ぼくを乗せての愛の走行も瞬間移動でガンガン稼ぐよ、こっちのハーレイと並走している間を除けば、もうガンガンと!」
「「「………」」」
教頭先生に勝ち目ゼロなのが見え見えなレース。あっ、キャプテンが戻って来ました、早々にピットインですか~!
足取りも軽く人力車を引き、ピットインしてきた余裕のキャプテン。所定の位置に人力車を停めると、出迎えのソルジャーの手の甲に恭しくキスをして…。
「ブルー。これで次はあなたを乗せられますね?」
「もちろんだよ。寒風吹きすさぶサーキットを二人で熱く走ろう」
固く抱き合い、情熱のキスなバカップル。寒風も何も、実はシールドしてるんじゃないか、と疑いの目を向けた私たちに。
「えっ、シールド? 基本の中の基本だろ、それ」
ソルジャーが答え、会長さんが。
「こっちのハーレイはシールドどころじゃないけどねえ? もう汗だくで走っているし…。おっと、そろそろ帰って来るかな」
どれ、と眺めれば最終コーナーを曲がって来る人力車が見えました。ピットインせずにもう一周はキツそうな感じの走りです。ソルジャーはニンマリ、会長さんはニンマリニヤニヤ。
「さてと、こっちのハーレイがピットインしたら出発だよ?」
「ええ、ブルー。愛の人力車で出発ですね!」
どうぞ、とキャプテンが「ぶるぅ」が降りた後の人力車にソルジャーを乗せて膝かけを。バカップルがイチャイチャ語り合う間に教頭先生が必死の形相で走り込んで来て、入れ替わりに出てゆくソルジャーを乗せた人力車。
「…お、遅れを取ってしまったか…!」
だが頑張る、と教頭先生、人力車を停めて会長さんに駆け寄り、片膝をついて白い手の甲に恭しくキスを。
「ブルー、人力車に乗ってくれるな?」
「いいけど…。君の愛はイマイチ足りないようだね、まさかこんなに遅いだなんてね?」
「いや、頑張って取り返す!」
こうしてはいられん、と特製ドリンクをグイと飲み干し、会長さんが乗り込んで一周目よりも重量を増した人力車を引き出す教頭先生。ソルジャー夫妻の人力車はとっくの昔に見えません。恐らくソルジャーが言っていたとおり、直線コースを抜けるなり瞬間移動でズルを…。
「行くぞ、ブルー! あいつらに追い付け、追い越せだ!」
「頼もしいねえ、頑張ってね?」
行って来るね、と軽く手を振って会長さんは人力車に乗って走り去りました。
「かみお~ん♪ 行ってらっしゃ~い!」
遠ざかってゆく人力車。さて、と振り返れば最終コーナーにソルジャー夫妻の人力車が。もはやズルなんてレベルではなく、インチキだとか言いませんか?
ソルジャー夫妻のズルい工作に気付きもしない教頭先生は頑張りました。キャプテンが引く人力車に滅多に「ぶるぅ」が乗っていないせいで、負けていられないと更に闘志に火が点いて…。
「ブルー、の、乗ってくれるな、今度も続けて!」
「遅い人力車は嫌いなんだけど、約束だしねえ…」
キスをされたら仕方ないか、とピットインの度に会長さんが乗り込むのですから、人力車の重さは常にMAX。それを「うおおお~っ!」と引いて突っ走る教頭先生、身体にガタが来ないわけがなく、次第次第に屁っ放り腰に…。
「ハーレイ、そろそろヤバくないかい?」
「いや、まだまだ!」
腰を庇いながらタイヤ交換をしている教頭先生に会長さんが話しかけたものの、レースを放棄する気は無いようです。手許が覚束ないタイヤ交換、腰がヤバイとなかなか上手くいかなくて…。
「こんにちは~!」
「おや、ついに周回遅れでらっしゃいますか?」
ソルジャー夫妻がピットイン。タイヤ交換でモタついている教頭先生を他所にイチャイチャベタベタ、食料と愛の栄養補給を済ませて「お先~!」と出て行ってしまい。
「…に、二周遅れなど…。断じて二周遅れなどは…!」
取り戻す! と立ち上がった教頭先生の腰の辺りでグキリという音。「うぐぅっ!」という呻き声と額の脂汗とで、何が起こったかは誰の目にも一目瞭然でしたが。
「…あ、あと残り三時間なのだ…!」
こんな所で倒れてはおれん、と教頭先生は必死の形相で人力車を。
「い、行くぞ、ブルー! 私は八時間走るのだ! 耐え抜いて愛を咲かせるのだ…!」
「はいはい、分かった。寒いけど付き合ってあげるよ、だだっ広いコース」
恩着せがましく言う会長さんが寒風避けにシールドを張っていることも、貼るカイロ多数装備なことも私たちは知っていましたが…。
「…八耐だし、これでいいんだよね?」
ノロノロと去ってゆく人力車をジョミー君が見送り、キース君が。
「どうだかな…。伝説のレッドフラッグを俺たちが振る羽目になるかもな?」
「「「レッドフラッグ?」」」
何ですか、それ?
「知らんのか? 昔、本物の八耐の日に台風が来たと聞いている。それでもレースはスタートしたんだが、六時間の時点で打ち切りになった。しかし勝者は其処で決まった。その時にチェッカーフラッグの代わりに振られた旗がレッドフラッグだったんだ」
一応、用意はしてあるようだぞ、とキース君が指差す先にクルクルと丸められた旗。チェッカーフラッグだとばかり思ってましたが、ホントだ、赤いのも置いてあるんだ…。
「…どうするんだい、レッドフラッグ」
振るのかい? とソルジャーがキャプテンとイチャつきながら尋ねて来ました。
「こっちのハーレイ、どう見ても腰が思い切り終わっているけどねえ?」
「先ほど追い越す時に見て来たのですが、相当に悪化しているようですよ」
心配です、とキャプテンも。
「私の愛はブルーに充分に確かめて貰って満足ですし…。レッドフラッグを振って下さっても」
「うん、ぼくたちは全然かまわないんだけど、こっちのハーレイのプライドがねえ…」
「いえ、腰は男の命です! プライドよりも腰が大切です!」
「こっちのハーレイ、その腰の出番が無いからねえ…」
レッドフラッグでレース打ち切りより、壊れてもいいから八耐だろう、と言うソルジャー。私たちもそれが分かってますから、レッドフラッグを振れないわけで…。
「どうしよう…。今度、教頭先生の人力車が来たら振ることにする?」
「俺は御免だ、恨まれたくない」
「ぼくも嫌ですよ!」
そんな調子でレッドフラッグを振れないままに、教頭先生はクラッシュしました。人力車が壊れたわけではなくて、教頭先生の腰がクラッシュ。一歩も動けなくなったらしい教頭先生をコースに置き去りにして会長さんが瞬間移動で戻って来ると。
「八耐どころかクラッシュねえ…。ぼくのハーレイへの愛もクラッシュってね」
「そんなもの、最初から無いんだろうが!」
噛み付くキース君に、会長さんは悠然と。
「ううん、たっぷりと人力車に乗ってあげたしねえ? 寒風の中でサーキットコースに二人きり! あれが愛でなければ何だと!」
だけどゴールも出来なかった上に、バカップルに負けたからには愛もクラッシュ、と冷たい笑みが。ところで教頭先生は何処でクラッシュなさったんですか? 救護班を出さなきゃですから、それだけは教えて下さいです~!
人力車で走れ・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生がクラッシュなさった、人力車レース。なんともハードなレースでしたけど…。
伝説のレッドフラッグの話は本当です。振るべきでしたかね、レッドフラッグ?
今月は月2更新ですから、今回がオマケ更新です。
次回は 「第3月曜」 6月19日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、6月は、キース君を御用達にするという話が持ち上がり…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園の秋とくればマザー牧場での収穫祭。搾りたてミルクだのジンギスカンだのをたっぷり食べて栄養補給で、次に来るのが学園祭です。もっとも、学園祭の準備は二学期に入ると間もなく始まり、クラス展示だの演劇だのと賑やかになるんですけれど…。
「かみお~ん♪ 今年も空飛ぶ絨毯だよね!」
放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でキャイキャイと飛び跳ねるお部屋の持ち主。いえ、持ち主と言っていいのかどうかは謎が残るところ、とはいえ名称は「そるじゃぁ・ぶるぅのお部屋」。生徒会室の奥の壁にある紋章に触った人だけが入れる憩いの空間です。
壁の紋章はシャングリラ学園のシンボルマーク。サイオンを持った人にしか見られないそうで、それに触れれば瞬間移動で壁をすり抜け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと。
日頃はそういう仕掛けになっている部屋を学園祭の時だけ壁にドアをつけて一般公開、それが私たちの誇る催し物、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』という名の喫茶店。好みのドリンクを注文すれば、飲んでいる間にサイオニック・ドリームがかけられ、あちこちの観光名所へバーチャルトリップ。
サイオニック・ドリームは会長さんがやっていますが、一般生徒には「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーと説明してあります。その喫茶店で売られるドリンク、行き先が観光地だけにお値段は観光地プライス、ぼったくり価格というヤツで…。
「…今年も観光地プライスですか?」
シロエ君がおずおずと口を開きました。
「いい加減、ぼくの良心が痛むんですけど…。なにしろ発案者がぼくということに」
「観光地価格は高いですよね、と君が確かに言ったんじゃないか」
あれでパパッと閃いたのだ、と会長さん。
「サイオニック・ドリームで世界の旅だよ、あらゆる所に行けるんだよ? バーチャルトリップでも臨場感の方はバッチリ、本当に其処まで出掛けるよりかは安いって!」
ジュースの値段じゃ空港までのバス代も出ない、と自説を展開。
「おまけにオプショナル・ツアーの方だって大人気! 眺めるだけよりクルーズ気分とか、遊覧飛行は人気があるよね。追加料金を払うお客さんが毎年大勢いるんだ、問題なし!」
今年もうんとぼったくるべし、という会長さんの号令で私たちはバーチャルトリップの行き先選定に取り掛かりました。定番の場所もありますけれども、新しい場所も入れたいです。何処にするか、と意見を出し合っていた中、飛び出した案が溶岩湖。
「「「溶岩湖!?」」」
なんだそれは、と発案者のジョミー君へと視線が集中。溶岩湖って…なに?
「だからさ、火山の火口だってば!」
ブルーだったら知っているよね、とジョミー君は解説を始めました。私たちの国には無いらしいですが、火山の火口に湖よろしく溶岩が溜まっているのだとか。溶岩だけにもちろんドロドロ、ただし表面は外気に触れているため、赤くはないという話。
「だけど溶岩が一杯なんだし、その上を飛ぶとかスリリングだよね」
「「「あー…」」」
溶岩湖の上をバーチャル遊覧飛行ですか! それは人気が出たりするかも、と思っていたら。
「いいねえ、溶岩湖は素敵に面白そうだよ」
会長さんがパチパチと拍手。
「見物に行ったことはあるから、火口の眺めは提供できる。…遊覧飛行をするとなったらオプショナルかな、その映像は行ってこないと手に入らないし」
「そだね~」
無いね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぼくもブルーも「凄いね」って縁から見てただけだし、上を飛ぶなら見に行かないと…」
「そういうわけだよ、新たにお出掛けが必要になるから別料金はガッツリ頂く!」
会長さんが本領発揮。地球上なら何処でも一瞬で往復可能なサイオンがあるくせに、こういう時には出し惜しみならぬ有難味の押し出し。今更だから、と私たちは何も言いませんけど…。
「あっ、そうだ!」
どうせ行くなら、と会長さんはポンと手を打って。
「遊覧飛行はスリリングに! 溶岩湖で燃えるゴミ袋だよ!」
「「「ゴミ袋?」」」
「うん。実験した人があったんだ。表面は黒っぽく固まって見えるし、其処に人が落っこちたとしたらどうなるか、っていう話が発端」
まさか本当に人を落とすわけにはいかないから、と選ばれたものがゴミ袋。四十キロだか五十キロだか、中身を詰め込んで溶岩湖に投下実験をした学者さんたちがいたのだそうで…。
「そ、そのゴミ袋はどうなったわけ…?」
ジョミー君の問いに、会長さんは。
「表面の黒い部分をズボッと突き抜け、中で爆発炎上だってさ」
溶岩湖の表面は固まってはおらず、件のゴミ袋は下で滾っていた溶岩の中へ。高温ですから瞬時に炎上、溶岩湖の表面もゴミ袋よりも大きめサイズでドッカン爆発。ゴミ袋が燃える煙が一瞬だけ出て、爆発の後は元通りの黒い溶岩湖に…。
スゴイ、と私たちは驚きました。ゴミ袋の投下実験もさることながら、その実験の結論なるものが「人が溶岩湖に落ちた場合は表面を突き抜け、爆発炎上するであろう」という凄さ。投げ込んだモノはゴミ袋でも、人が転落した時の展開を予想するとは学者魂、恐るべし…。
「…何も人にまで結び付けなくてもねえ?」
怖すぎるんだよ、とジョミー君。
「ゴミ袋だけでいいじゃない! そんなに人を投げ込みたいかなあ…」
「どうなんだか…。まあ、学者というのは研究バカだし?」
探究心は半端では無い、と会長さんが口にしてから。
「待てよ、爆発して燃えるゴミ袋…。これを組み込んだら更にスリリングな体験になるね」
「投げ込むつもりか!?」
キース君がすかさず突っ込みました。
「四十キロだか五十キロだか、ゴミ袋を投げ込みに出掛けるつもりか!」
「それはもう! …どうせだったらゴミ袋よりも人間だよね」
「「「ええっ!?」」」
に、人間って、それは殺人になるのでは? それとも何処かの医学部とかから解剖用のをせしめてくるとか、そっち方面なら無罪だとか…?
「違うね、リアルに出来た人形! 今から作れば間に合うかと」
「…マネキンか…」
ならいいか、とキース君以下、ホッと安堵の溜息ですけど。
「うんとリアルな特製だよ? でもってコンセプトは堕天使なんだ」
「「「堕天使?」」」
会長さんの目指す所がサッパリ分かりませんでした。しかし…。
「ぶるぅ、こないだ買ったリュックは?」
「えとえと、天使のリュックのこと?」
「そう! みんなに見せてあげてよ、アレを」
「オッケー!」
何も無い空間からヒョイと出て来た黄色いリュック。小さなお子様サイズですけど、白い布で出来た翼が両脇にくっついています。ずっと前にも背負ってたかな、このリュック…。
「可愛いでしょ、これ? ブルーに買って貰ったんだよ!」
ねーっ? とリュックを背中に背負って飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。とても無邪気で上機嫌。天使のリュックは分かりましたが、これと堕天使との関係は…?
黄色いリュックに天使の翼。それを見ていた私たちの耳に、会長さんの笑いを含んだ声が届いて。
「ぶるぅの空飛ぶ絨毯だよ? 溶岩湖の上を飛んで行くなら、ぶるぅがお似合い!」
その更に上をぼくが飛ぶんだ、と会長さんはニコニコと。
「ぶるぅの不思議パワーについては、詳しい内容は知られてないしね? 自分が空を飛んでいるのを上から撮影可能なんだと思われるだけで解決だよ、うん」
「…それで?」
堕天使の件はどうなったんだ、とキース君が冷静に。
「察する所、ぶるぅがマネキンを落としに飛んで出掛けるようだが…」
「もちろんさ。落っこちたマネキンが堕天使なんだよ、溶岩湖に沈んで当然だよね」
ただし、と会長さんはニヤニヤ。
「落っこちて爆発炎上の前にすり替えるだけで、最初は本物の人間だってば」
「「「本物!?」」」
「いわゆるスタントマンっていう感じかな? 天使の翼をつけて貰って、ぶるぅが抱えて飛んで行く。そして堕天使に相応しく!」
燃える溶岩湖に沈むのだ、と会長さんはブチ上げました。
「天使の翼は片方だけにするのがいいかな、もう片方は悪魔の翼! そうすれば一目で堕天しそうな天使と分かるし、すり替えるマネキンは両方の翼を悪魔のヤツにしておけば…」
「ちょっと待て!」
そんな危険を誰が冒すか、とキース君の顔は真っ青で。
「俺は断らせて貰うからな! 坊主は天使などとは無縁だ、そんなコスプレは教義に反する。…いいか、怖くて言っているんじゃないからな!」
「怖がってるとしか思えないけど?」
まあいいけどね、と会長さん。
「その理屈だとサムとジョミーも坊主で却下で、残ってるのは…」
「ぼくたちですか!?」
シロエ君がマツカ君と顔を見合わせてブルブルと。会長さんのサイオンがいくら凄くて心配無用と言われた所で、溶岩湖の上を「そるじゃぁ・ぶるぅ」に抱えられて飛行した上、真っ逆様に落っことされるとあっては誰だって嫌というものです。
「女の子は除外に決まってるしねえ…」
会長さんの台詞に、シロエ君とマツカ君は顔が真っ白になったのですけど。
「…誰が仲間内から選ぶと言った? こういうのは適材適所なんだよ」
喜んで落っこちそうなバカが、と会長さんはニンマリと。落っこちそうなバカって、誰…?
落っこちたら最後、爆発炎上、地獄まがいの溶岩湖。そこに落とされるスタントマンが出来そうな人がいると言われても、まるで見当がつきません。誰なんだろう、と言い合っていたら。
「バカと言ったら一人だけだろ、考えるまでもなさそうだけど?」
「「「バカ?」」」
「ぼくにベタ惚れのバカだってば! シャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ!」
ゲッ、としか声が出ませんでした。きょ、教頭先生を溶岩湖に…?
「いいじゃないか、学園祭の催し物に使う映像だよ? 教師たるもの、協力しなくちゃ!」
そして撮影は一発勝負、と会長さん。
「ぼくのサイオンにミスは無いしね? それにハーレイはタイプ・グリーンだ。防御能力はタイプ・ブルーに匹敵する。万一の時にも大丈夫!」
「「「………」」」
その万一とは何を指すのか、言われなくても明明白白。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大失敗をして溶岩湖の中に転落する羽目になった場合も生き残れるという意味です。
「だからね、まずはハーレイのマネキン作り! いつものコスプレ専門店の子会社がマネキンを扱ってるから、ハーレイの体格と体重に合わせたリアルなヤツを作って貰おう」
天使じゃなくて堕天使バージョン、と会長さんはニコニコと。
「堕天使の翼はやっぱりアレだね、コウモリだよね」
「それはまあ…」
そうなんだが、とキース君が浮かない顔で。
「あんた本気か、本気で教頭先生を?」
「だって、ピッタリの人材だよ? 学園祭の催し物だよ、ハーレイが落下するとなったら人気は絶大、お客がひっきりなしに来るかと」
もちろん価格は超のつくスペシャル観光地価格、と儲け第一、他は二の次、三の次。
「しかし、教頭先生の同意を得てない段階でだな…」
「同意するってば、ぼくも一緒に飛ぶんだからね。ぶるぅの上を飛ぶと言っても、同時に飛ぶのは間違いない。ハーレイにとっては貴重な体験、落下シーンが待っていようと絶対にやる!」
会長さんは自信満々で。
「堕天使バージョンの翼をくっつけたマネキンと一緒に、コスプレの方も注文しなきゃ。天使の翼と堕天使の翼、それを片方ずつハーレイにつけて、と…」
「凄いね、なんだかカッコ良さそう」
「「「は?」」」
カッコ良さそうって、いったい何が? そもそも今の台詞って、誰?
何処かがズレた奇妙な台詞。誰の口から飛び出したのだ、と見回してみれば。
「こんにちは」
紫のマントがフワリと翻り、会長さんのそっくりさんのソルジャーが姿を現しました。
「ハーレイにコウモリの翼だって? …マネキンでもさ」
「本人の翼も片方、コウモリだけど?」
会長さんがツンケンと。
「それの何処がカッコいいってことになるのか、ぼくにはサッパリ分からないけど」
「そうかなあ? コウモリと言えば吸血鬼だろ?」
かっこいいじゃないか、とソルジャーはウットリした顔で。
「黒いタキシードでバッチリとキメて、背中にコウモリの翼だよ。でもって美女の生き血を吸うんだ。ハーレイの場合は君の生き血かな、それとも生き血よりもずっと素敵な…」
「「「素敵な?」」」
「男のアレだよ、絶頂の時に迸るヤツ!」
「退場!!!」
今すぐ出て行け、と会長さんがレッドカードを投げ付けましたが、効き目なし。
「そういうのを啜る吸血鬼っていうのもいい感じだよね? でなきゃアレかな、吸ケツ鬼かな?」
「「「???」」」
吸血鬼と言えば吸血鬼でしょう。他にどういう意味があるのだ、と思ったのですが。
「ケツが違うんだよ、お尻の方だよ! お尻はとっても大切だから!」
吸うよりは舐める方なんだけど、と言われましても、お尻を…ですか?」
「あっ、もしかして君たちは分からない? 男同士でヤるとなったらお尻に入れるのは知ってるだろう? その前に充分ほぐさないとね。舌を入れるのも王道ってヤツで」
「退場だってば!!」
会長さんがレッドカードを何度投げても、ソルジャー、全くお帰りにならず。
「いいねえ、ハーレイが吸血鬼かあ…。何を吸うにしても燃えると思うよ、その役、絶対に引き受けると見たね。ぼくも口添えしてあげるから!」
ハーレイが吸えそうなブツについて、と極上の笑み。
「それだけの特典がついてきそうなコスプレなんだ。たとえ溶岩湖が待っていようと、ハーレイは笑顔で承諾だね」
「…き、き、君は…!」
来なくていいっ! と会長さんは叫びましたが、時すでに遅し。ソルジャーに聞かれてしまった以上は、どう断っても来るでしょう。プロジェクト中止もきっと不可能、なんで溶岩湖にゴミ袋を投げ込む話が吸血鬼に……。
こうして強引に仲間入りを果たしたソルジャー。思い立ったが吉日だとか言い出した末に、その日の夜には教頭先生の家へ行くことがサックリ決まってしまいました。
「…学園祭の話だったのに…」
どうしてこうなる、と会長さんがブツブツと。完全下校のチャイムを合図に私たちは瞬間移動で会長さんの家に移動し、ジュウジュウと焼けるステーキの夕食。溶岩湖の話が発端なだけに、ソルジャーが希望したのです。一人前ずつ鉄板を仕込んだお皿に乗っかった熱々ステーキ。
「ふふ、溶岩となったら鉄板どころの熱さじゃないよね」
でもハーレイは頑張るだろうね、とソルジャーはステーキを頬張っています。
「タイプ・グリーンのプライドにかけて挑んでくると思うよ、きっと。君と一緒に飛べるだけでも食い付きそうなのに、吸血鬼! これで釣れなきゃ男じゃない、と!」
「吸血鬼の話は要らないってば!」
「ダメダメ、そこが肝心要! こっちのハーレイ、何かと腰が引け気味だしね? 無事に撮影終了したらさ、ぼくが手引きして吸血鬼への道を」
「なんだって!?」
会長さんの顔色が変わりましたが、ソルジャーの方は平然と。
「手引きだってば、吸血鬼の! 何を吸うにしても、ターゲットは君!」
そして目出度く結婚なのだ、と信じられない言葉がポポーン! と。
「吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼になるらしいしねえ? 君も吸血鬼の仲間入りだよ、ハーレイと仲良く吸ったり、吸われたり!」
「なんでハーレイのお尻なんかを!」
「お尻とは言ってないってば!」
言っていない、とソルジャーは人差し指を左右にチッチッと。
「お尻からは何も吸えないじゃないか、舌を突っ込むくらいでさ。吸うと言ったら男のシンボル! 二人仲良く一緒に吸うならシックスナイン!」
「「「…しっくすないん?」」」
何が何やら、もはや理解の範疇外。分かるもんか、と私たちはステーキに集中ですけど、会長さんはさに非ず。頭から湯気が出そうな勢い、ソルジャーを激しく詰りまくり。
「君の頭はとっくの昔に論外だから! 腐れまくって爛れてるから!」
「こっちのハーレイだってそうだろ、毎日妄想三昧だしさ! そんなハーレイに是非ともオススメ、吸血鬼! 絶対に「うん」と言わせてみせるよ、学園祭での催しのために!」
「催しだけでいいんだってば、他の話は要らないんだよ!」
黙っていろ、と怒鳴り付けている会長さんですが、相手はソルジャー。教頭先生の家にお邪魔した後、何が起こるか考えたくもないですってば…。
夕食が済んで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が片付けを終えて。その頃には教頭先生もとうに御帰宅、食事を済ませてリビングで寛ぎのコーヒーと新聞の時間だそうです。
「そろそろいいかな。…ブルー、君は余計なことを言わない!」
「そう言わずにさ。移動用のサイオンは惜しまないから」
ねえ? とソルジャーが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に声を掛け…。
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
三人分の青いサイオンがパアッと迸り、私たちは教頭先生の家のリビングへと突入しました。予告なしの電撃訪問に教頭先生が仰け反られる姿も毎度お馴染み、会長さんが挨拶を。
「こんばんは、ハーレイ。今日は学園祭のことで相談があって…」
「学園祭?」
なんだそれは、と教頭先生。それはそうでしょう、過去のパターンからして瞬間移動での訪問はロクでもない目的が圧倒的多数。学園祭などと真っ当なものを持ち出された方が驚きなわけで。
「学園祭がどうかしたのか、お前たちは今年もアレだろう?」
アレとは『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』。喫茶として届け出が済んでいますし、ドアを取り付ける工事が必要なだけに業者さんを手配して貰うための届けも必須。教頭先生がそうしたことを御存知ないわけがありません。
「うん、例によって喫茶なんだけど…。其処のメニューに新しいのを出したくってね」
会長さんはズバリ本題を持ち出しました。
「その件で君に相談したくて」
「新メニューだと? それは勝手に決めてるだろうが、相談が必要とも思えないが? …待てよ、サイオンの特殊な使い方でも追加するのか? それなら長老会議だな」
教頭先生が仰る通り、存在自体が極秘なサイオンは長老会議こと長老の先生方全員の賛同を得ないと校内で新しい使い方を実行することは出来ません。そうした相談に現れたものと教頭先生はお思いになったようですが…。
「ううん、長老会議じゃなくて…。君個人の協力が必要なんだな」
「は?」
「ぼくと一緒に空を飛んでいる映像が欲しい。…それが今年のスペシャルメニュー」
「お前とか!?」
教頭先生の顔が輝き、釣り針にがっぷり食い付かれたのが分かりました。さて、この先がどうなるか…。釣り上げられるか、逃げられるか。なにしろ相手は溶岩湖ですしね?
「…正確に言うと、君はぶるぅと飛ぶんだよ。でも、その真上をぼくが飛ぶわけ」
そうやって映像をゲットするのだ、と会長さんは教頭先生に説明しました。
「ぶるぅが君を抱えて飛ぶ。その姿をぼくが記憶しておいて、サイオニック・ドリームとしてメニューに出す。…どうかな、ぼくたちと一緒に飛んでくれる?」
「もちろんだ!」
教頭先生、考えもせずに見事な即答。流石は日頃の夢が会長さんとの結婚だけのことはあります。会長さんをお嫁に貰って「そるじゃぁ・ぶるぅ」を養子にしたいと、何回耳にしたことか…。
「飛んでくれるんだね? ありがとう。それじゃマネキンが出来てきたらさ、早速撮影に出掛けようかと…」
「…マネキン? 飛ぶのは私のマネキンなのか? 私ではなくて?」
傍目にもガッカリなさった教頭先生ですけれど。
「違う、違う! マネキンはいわゆるスタントマンかな、君の代わりに爆発炎上」
「爆発炎上!?」
不穏な言葉に教頭先生の目が見開かれて。
「スタントマンだの爆発だのと、どうも穏やかには聞こえんのだが…」
「だろうね、目指す所はスリリングな遊覧飛行だから! それでこそウケが取れるってもので」
「スリリング…?」
「溶岩湖の上を飛ぶんだよ。溶岩湖はもちろん知っているよね、こう、溶岩がグツグツと」
煮え滾っているというか、表面だけが黒く固まったように見えるというか…、と会長さん。
「其処にゴミ袋を放り込むとさ、爆発炎上するらしい。人間でも同じ結果が得られそうだと学者が言ってる。だからね、君のマネキンを投げ入れようかと」
「…わ、私の…?」
「そう。そして、それだけでは面白くない。テーマは堕天使の墜落なんだ。堕天した天使は地獄行き! 溶岩湖はまさに地獄の風景!」
其処でマネキンが爆発炎上してこそなのだ、と会長さんは滔々と。
「でもねえ、最初からマネキンを抱えていたんじゃつまらない。まずは本物の君を抱えて遊覧飛行! 頃合いを見てぶるぅが手を放す。真っ逆様に落ちてゆく君をマネキンと入れ替えて溶岩湖の中でドッカン爆発、実にスリリングな見世物だよ、うん」
「…つ、つまり私が落ちるのか? 溶岩湖に?」
「途中まではね」
震え始めた教頭先生に、「平気だってば」と太鼓判を押す会長さん。
「ぼくのサイオン能力の高さは知ってるだろう? ちゃんとキッチリ入れ替えるさ」
心配無用、と微笑まれても。教頭先生、顔が凍ってますってば…。
「…よ、溶岩湖…。真っ逆様に……」
死ねる、と青ざめる教頭先生。けれど会長さんは「心配ない、ない」と教頭先生の背中をバンッ! と強く叩いて。
「君は防御力ではぼくに匹敵するタイプ・ブルー! 万一の時にもシールドを張れば死にはしないし、火傷もしないで無事に生還! これが出来るのは君しかいない!」
ゼルやヒルマンでは駄目なのだ、と拳を握ってタイプ・グリーンの力を強調。
「ぼくが見込んだ人材なんだし、ここは是非とも協力を…ね? 一度はやると言ったじゃないか」
「…し、しかし……」
「マネキンだとホントにつまらないんだよ、堕天使の君が落っこちてこそ! 堕天使なんです、と見ている人によく分かるように翼もつけるし」
「翼?」
怪訝な顔の教頭先生。会長さんは「翼だってば」と教頭先生の肩を指差し…。
「片方の肩に天使の翼で、もう片方には悪魔の翼! 善と悪とのせめぎ合いです、って雰囲気を作り出さなくちゃ。溶岩湖に落ちるマネキンは両方とも悪魔の翼なんだよ」
悪魔になってしまったからこそ地獄行きだ、と会長さん。
「その前段階として天使と悪魔の両方の翼の君が必要! まさに地獄な溶岩湖の上で改心するかどうかを問われて、改心しないままに地獄落ちっていうシチュエーションだよ!」
ドラマティック、と会長さんは自分のアイデアに酔っている顔。
「落ちたマネキンは爆発炎上、溶岩湖の底力を見たお客さんは大いに満足ってね。シャングリラ学園の教頭である君が落ちるから見世物としての魅力も上がるし」
「…ほ、本当に大丈夫なのか? そ、そのう……溶岩湖に落ちたとしても」
「自分の力は知ってるだろう? ゼルとかだったら危ないけどさ」
君なら出来る、と会長さんが発破をかけた所で。
「悪魔の翼がとってもポイント高いんだよ?」
ソルジャーが割って入りました。
「悪魔の翼だと思っているから間違ってくる。…ブルー的には悪魔の翼のつもりだろうけど、現物はコウモリみたいな翼になるって話でねえ…。コウモリで何か思い出さない?」
「…コウモリですか?」
傘でしょうか、と間抜けな答え。コウモリ傘は実在しますし、教頭先生だってお持ちなのですが。こういう流れでコウモリ傘とは、ズレるにもほどがあるのでは…?
「…いや、そこはコウモリ傘じゃなくって…」
もう少し頭を捻ってみたまえ、とソルジャーが溜息をつきながら。
「いいかい、コウモリの翼だよ? 悪魔に極めて近いモノでさ、コウモリとくれば吸血鬼だし!」
「ああ…! 言われてみればそうですねえ…」
吸血鬼にはコウモリが付きものでした、と教頭先生。実際に居るかどうかはともかく、吸血鬼はコウモリに変身すると言われています。納得なさった教頭先生に、ソルジャーは。
「君がコウモリの翼をつけるからには吸血鬼だ、と、ぼくはブルーに言ったわけ。そして吸血鬼の狙いは美女だと決まっているけど、君の場合はブルーだよね?」
「そ、それは…。もし吸血鬼になってしまっても、私にはブルーしか見えませんが!」
いくら美女でも目に入りません、と教頭先生はグッと拳を。それを聞いたソルジャー、満足そうな笑みを浮かべて。
「ほらね、ブルー? 君しか見えていないらしいよ、この吸血鬼」
そうして君を襲うんだ、とニヤリニヤニヤ。
「でね、ハーレイ? 君の場合は吸血鬼と言っても偽物なんだし、所詮はコスプレ! 本当に血なんか吸わないだろう? だから代わりに別のものを…ね」
「別のもの?」
「吸血鬼という響きに相応しく、ブルーのお尻…。いわゆるケツを吸ってみるとか、ブルーの大事なアソコが吐き出す白い液体を吸ってみるとか!」
「…うっ……」
教頭先生は鼻の付け根を押さえて鼻血の危機。しかしソルジャーが止まる筈もなく、吸血鬼を目指せと更なる煽りが。
「君が溶岩湖でのロケだか何だか知らないけれども、それを見事にやり遂げたなら! 君を立派な吸血鬼と見なして、このぼくが手伝ってあげるから!」
「…手伝い…ですか?」
「吸血鬼の君がブルーの家へと忍び込むための手伝いだよ! ブルーのお尻を吸いまくるも良し、アソコを吸って飲み干すのも良し!」
「の、飲み干す……」
ツツーッと教頭先生の鼻から流れる赤い筋。両方の鼻から垂れた鼻血に、教頭先生はティッシュで拭くやら鼻に詰めるやら、大騒ぎですが。それにかまわず、ソルジャー、トドメの一言を。
「吸血鬼に吸われてしまった人はさ、吸血鬼になるっていう話だよね? ブルーも吸血鬼になってしまうかも…。二人仲良く吸血鬼! 大事な部分をお互いに吸ってシックスナイン!」
「…し、シックスナイン…」
ブワッと鼻からティッシュが吹っ飛ぶ勢い、鼻血の噴水。教頭先生、終わりでしょうか?
「…ったく、超絶どスケベが…」
あれで倒れないなんてどうかしている、と会長さんは怒り心頭。ソルジャーが持ち出した吸血鬼なアイデアは教頭先生のハートをガッツリと掴み、鼻血の海で契約完了したのでした。教頭先生は天使と悪魔の翼を片方ずつ肩につけ、溶岩湖の上を飛行する予定。しかも…。
「失敗したって恨まないだって!? ハーレイとマネキンの入れ替え作業!」
吸血鬼めが、と怒鳴り散らしている会長さん。ソルジャーはとっくに帰ってしまって、私たちも会長さんの家のリビングに戻っています。会長さんが吸血鬼という言葉を口にする度に、脳内で吸ケツ鬼と誤変換を繰り返しながら。
「…吸ケツ鬼だしよ、基本はスケベに決まってるよなあ?」
サム君の言葉に、誰もが「うん」と。あんな吸ケツ鬼を抱えて飛ぶ羽目になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」が可哀相になってきそうですけど、そこは小さなお子様だけに。
「わぁーい、ハーレイを抱えて飛ぶんだ! 天使のリュックで飛ぶんだよ!」
とっても楽しみ! と跳ね回ってますし、コスプレ衣装の専門店に発注する翼やマネキンのデザインもやりたいらしく。
「ねえねえ、天使の翼とコウモリの翼、どっちが右側でどっちが左?」
「…さあな? コウモリが左でいいんじゃないのか」
投げやりな口調はキース君。
「左手は不浄だと言われる国も多いしな? 逆は聞かんし、左が悪魔の側だろう」
「そっか、左がコウモリなんだね! 右が天使で…、と…。この辺はカタログで選べるよね」
それとハーレイの服をどうしよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は首を傾げて。
「やっぱり天使は白い服かな? うんと長くてズルズルしたヤツ」
「それでいいんじゃない?」
ジョミー君が答えて、シロエ君が。
「悪魔の服をどうするかですよ…。堕天した時って服は変わるんでしたっけ?」
「うーん、どうだろ…」
分かんないね、と顔を見合わせる私たちは明らかに知識不足でしたが。
「そのままでいいよ、吸ケツ鬼なんて!」
会長さんが声を張り上げました。
「いちいち服のデザインを替えるなんていう面倒なことは必要無い。要はスリリングな見世物なんだよ、溶岩湖に真っ逆様で爆発炎上!」
見どころは其処であって衣装ではない、と言われてみればそんな気も…。学園祭用のスペシャル映像、作成はマネキンが出来上がり次第。私たちはロケに行けませんけど、どんな映像が出来て来るのか楽しみです~!
学園祭の準備が進んでゆく中、ついにマネキンが出来て来ました。会長さんのマンションで拝んだそのマネキンは教頭先生に瓜二つ。体重も同じになっているそうで、着せられた服は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のデザインで作られた純白のローブ、天使の衣装。
「凄いね、ソックリ!」
悪魔の翼がついていなければ教頭先生そのものだ、と言いながらジョミー君が触ってみて。
「うわっ、なんか肌までリアルに出来てる!」
「えっ、どれどれ?」
ワイワイ騒いでタッチしてみて。まるで人間の皮膚のような手触り、職人さんのこだわりだとか。
「会長、これが溶岩湖でドッカンですか? もったいない気がしますけど…」
シロエ君が残念がっても、このマネキンはそのためのもの。教頭先生に着せるローブと天使の翼と悪魔の翼も揃っています。悪魔の翼はコウモリで黒。
「さて、ハーレイの家に出掛けようかな? 時差があるから本番は夜中になるけれど…」
「かみお~ん♪ 練習はやっぱりしなくちゃね!」
行って来るね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手を振り、会長さんと一緒に消え失せました。現場を見られない私たちは家でお留守番。お泊まりしながらの留守番ですから、夕食は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作っておいてくれたシチューなどを食べ、夜更けも騒いでいたのですけど。
「…あれっ?」
唐突な声はジョミー君。なになに、何か変なものでも?
「……あれ、あそこ……」
なんでアレが、と指差した先に大きな人影。いえ、あの妙な影は人ではなくて…。
「「「マネキン!?」」」
廊下の隅っこに悪魔の翼を生やしたマネキンが直立不動。ついさっきまでは無かった筈です。時計を見れば、例のロケをすると会長さんが言っていた時間がとっくに過ぎているような…?
「おいおい、ロケはどうなったんだよ?」
中止かよ、とサム君が教頭先生マネキンを見詰め、キース君が。
「いや、中止だったらまだいいが…。これは不要と戻して来たんじゃないだろうな?」
「「「不要?」」」
「つまりだ、ロケは決行されたが、こいつの出番は無かったとかだ」
「そ、それって、まさか…」
まさか、とジョミー君が顔面蒼白、私たちも震え上がりました。このマネキンの出番が無い時。それはすなわち、スタント無し。教頭先生、溶岩湖へと真っ逆様で爆発炎上…?
ガクガクブルブル、震えが止まらない私たち。教頭先生はどうなったのだ、と噂するのも憚られる中、「かみお~ん♪」と元気な声がして。
「ただいまあー! 凄くいいのが撮れたらしいよ、ブルーの映像!」
「みんな、留守番、ご苦労様。まあ、見てよ」
ぼくの渾身の作の出来栄え、と満面の笑顔の会長さん。私たちは無言でマネキンの方を示して、ブルブル震えていたのですけど。
「遠慮しなくていいってば! どうかな、スペシャル! こんな感じで!」
会長さんが強引に思念で伝えて来た映像では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛んでいました。背中に黄色いリュックを背負って、それについた白い翼を羽ばたかせて。小さな腕を精一杯に広げて引っ掴んでいるのが教頭先生の背中です。純白のローブをしっかりと握り…。
「…飛んでるな?」
「飛んでいますね…」
キース君とシロエ君が囁き交わす中、教頭先生の右の肩には天使の翼。左の肩には悪魔の翼。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に吊り下げられて飛んでゆく先に恐怖の溶岩湖。グツグツとまではいかないものの、不穏に滾るその上空で教頭先生の身体が何度かグラグラ揺さぶられて。
「「「あーーーっ!!!」」」
パッと手を放した「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生は手足をバタつかせながら真っ逆様。そう、バタバタと暴れまくりながら…。
「素敵だろう? マネキンは暴れないってことにリハーサルの時に気が付いちゃってね…」
会長さんの声が酷く遠くに聞こえました。じゃ、じゃあ、これって…。
「「「教頭先生!?」」」
全員の悲鳴が響き渡る中、教頭先生は冷えて黒く見える溶岩湖の表面を突き抜けて落ちてゆかれました。ドッパーン! と真っ赤な溶岩が噴き出し、大爆発と黒煙が。それじゃ教頭先生は…。
「…吸ケツ鬼だったら、気絶して自分の家のベッドに転がってるけど?」
会長さんが冷たく言い放ち、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えとえと、ブルー? 棺桶って何処で売ってるの?」
「多分、その辺の葬祭センター!」
一番安いのでかまわないから、と答えながら会長さんはマネキンを眺めています。えっと、棺桶って何のこと? それにマネキンがどうしたと?
「これかい? 学園祭で客寄せにしようかと思ってさ。溶岩湖に落ちて燃えたマネキンのそっくりさんです、よく出来てます、って。これが瞬時に燃えるんだよ? きっと大勢のお客さんが!」
燃える瞬間見たさにスペシャルなサイオニック・ドリームを買うであろう、と嬉しそう。で、でも、本当に爆発炎上させられたのは教頭先生なんですけど~!
「そんなの絶対バレやしないよ、元々が夢の販売だしねえ? 落ちる瞬間まで暴れているのも演出なんだと思ってくれるさ、これで大ウケ間違いなし!」
「それじゃ棺桶は何なんだ! なんで買うんだ!」
キース君が噛み付きましたが、会長さんは涼しい顔で。
「…ブルー対策」
「「「ブルー対策?」」」
「あっちのブルーさ。ハーレイが見事に溶岩湖に突入を遂げた以上は、吸ケツ鬼とやらを煽りに出て来る。でもねえ、いくらブルーでも棺桶を開けてまで煽りはしないさ」
ついでに棺桶に十字架とニンニクをたっぷり詰める、と会長さん。
「どっちも伝統の吸血鬼除け! ぼくは吸血鬼も吸ケツ鬼の方もお断りです、とハーレイにもアピールしておかないとね」
でないと勘違いして吸ケツ鬼になってしまいかねない、と言い切った会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が棺桶をゲットして戻って来るなり、気絶している教頭先生を棺桶に入れて…。
「…本当にあれで良かったのかよ?」
「坊主としては十字架とニンニクが引っ掛かるんだが、あいつがいいならいいんだろう」
銀青様は伝説の高僧だしな、とサム君に答えるキース君。十字架が効いたかニンニクが効いたか、はたまた棺桶も効いたのか。教頭先生は吸血鬼にも吸ケツ鬼にもならず、お元気で過ごしておられます。蓋が釘付けされた棺桶からの大脱出には苦労なさったようですが…。
えっ、溶岩湖なサイオニック・ドリームですか?
あれはもちろん、学園祭での一番人気。ぼったくり価格の高額商品、最高の稼ぎ頭でしたよ~!
燃え上がる湖・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生が落下なさった「溶岩湖」は実在しますです。爆発炎上するのも本当。
気になる方は、検索してみて下さいね。ドッカンする動画もあるんです。
来月は第3月曜更新ですと、今回の更新から1ヶ月以上経ってしまいます。
よってオマケ更新が入ることになります、6月は月2更新です。
次回は 「第1月曜」 6月5日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、5月は、スッポンタケとの縁を切ろうという企画が進行中。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
夏休みといえば、柔道部の合宿で始まるもの。その間、ジョミー君とサム君が璃慕恩院へ修行体験ツアーに行くのも毎度お馴染みのコースです。男の子たちが全員いなくなりますから、その間、スウェナちゃんと私は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、フィシスさんと遊んで暮らして。
「かみお~ん♪ 今日のプールも楽しかったね!」
会長さんの家で女性多めの夕食会。フィシスさんが来ているから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が口当たり軽めのコース料理を作ってくれて、美味しく食べた後はデザート。イチゴのスープ仕立てですけど、こうした日々も今日までで…。
「明日はみんなが帰って来るのね…」
残念なような楽しみなような、とスウェナちゃん。
「賑やかなのは嬉しいけれど、のんびりとは程遠いわねえ…」
「うん、多分…」
明日はジョミー君の愚痴祭りから始まるでしょう。璃慕恩院で如何に酷い目に遭ったかを語り、二度と御免だと言うわけですけど、夏休みが来る度に璃慕恩院送りになっています。会長さんが勝手に申し込み、強制的に行かせてしまうお約束。
「気にしない、気にしない!」
賑やかにいこう、と会長さんは明るい笑顔。
「みんなが戻って三日もすればマツカの山の別荘だしね? きっと今年も素敵だよ、うん」
「わぁーい、別荘! 馬に乗りたぁーい!」
今年も乗るんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。馬と言ってもポニーなのですが、乗馬クラブで乗せて貰うのがお気に入りです。ハイキングに湖でのボート遊びと盛りだくさんな山の別荘。今年は何をして遊ぼうか、と男の子たちの行動にも思いを馳せていたら。
「…山の別荘なのだけれど…」
フィシスさんが少し心配そうに。
「何だか荒れそうな予感がするのよ、予感だけれど」
「荒れそうだって?」
どんな風に、と会長さん。
「空模様なら気を付けないと…。ハイキングでも遭難する時はするし、ボートも怖いし」
「どうなのかしら? 勘だけでは、ちょっと…」
「じゃあ、占ってくれるかい?」
「…ええ。詳しく分かればいいのだけど…」
フィシスさんは奥の部屋からタロットカードを持って来ました。会長さんの家にも置きカード。流石は会長さんの恋人、そんなものまでキッチリ揃っているんですってば…。
「結局、分からなかったわねえ?」
翌日、スウェナちゃんと私は待ち合わせ場所のバス停で顔を合わせてフウと溜息。もうすぐジョミー君やキース君たちも来る筈ですけど、まだ私たちしかいなかったために昨日の続き。
「荒れはするけど、別荘はちゃんと行けるんだっけ?」
「そうそう。だけど、その別荘で波乱がどうとか」
なんだろう? と顔を見合わせてみても分かるわけがなく、フィシスさんから貰った言葉は「気を付けて」ではなくて「楽しんできてね」。占った結果、荒れはしても結果オーライというか、別荘ライフは楽しめそうだという結論が出たのです。
「どう荒れるのかしら、やっぱりお天気?」
「そっちは無いって言ってなかった?」
そういうカードは出なかった筈。会長さんも「開き直って楽しめってことかな?」と念を押してましたし、フィシスさんの答えは「ええ」。だから何とかなるのであろう、と前向き思考。
「あっ、あのバス!」
「ジョミーが来るわね、それにサムとか」
バス停に滑り込んで来たバスから疲れた顔のジョミー君が降り、続いてサム君。愚痴祭りは会長さんのマンションに着くまで始まりませんし、まずは「お久しぶり」と挨拶から。そこへキース君たちのバスも到着して全員集合、みんなで歩き始めたのですが。
「えっ、荒れる?」
なんで、と不思議そうなジョミー君。
「山の別荘って大抵、平和だと思ったけどなあ…」
「お前のお蔭で心霊スポットに行っちまった年もあったがな?」
迷惑だった、とキース君がしかめっ面。
「フィシスさんの予言が出ている以上は自重しろ。今年はお前の意見は聞かん」
「意見も何も、特に無いけど…」
とりあえず馬に乗りたいだけ、とジョミー君が言い、サム君も。
「行動パターンは決まってるよなあ? それによ、あっちは俺たちだけで出掛けるんだしよ」
「ですね、余計な人は来ません」
シロエ君が大きく頷きました。
「荒れると言っても、きっと海の別荘よりマシですよ。あっちは毎年、大荒れです」
「…大荒れと言うか、迷惑と言うか…」
バカップルだな、とキース君。結婚記念日合わせで海の別荘に押し掛けて来るソルジャー夫妻は毎年迷惑、あれに比べればバカップル抜きの山の別荘は荒れてもたかが知れているかも…。
会長さんの家に着いた後は、予想通りにジョミー君の愚痴祭りという名の独演会。今年の璃慕恩院は如何にハードで厳しかったかを滔々と語るわけですけれども、そこは全員、慣れたもの。「分かった、分かった」とスル―しながらティータイムで。
「ところで、だ」
キース君が会長さんに切り出しました。
「ジョミーの愚痴は放置するとして、予言があったと聞いているが」
「フィシスのかい? あれはぼくにも分からなくてねえ…。今年の山の別荘ってヤツは荒れるけれども楽しめるらしい。命の危険は無いと言うから、開き直れという意味かな、と」
会長さんの答えに、キース君は。
「あんた自身はどう思うんだ? 俺としてはだ、余計な阿呆が来ない分だけマシと踏んだが」
「ブルーたちだろ? ブルーは山の別荘にも突発的に湧いてくれるけど、おやつ目当てで来るだけだしねえ…。貰う物を貰ったら消えてくれるし、荒れる要素はブルーではないと思うんだ」
「俺も同意だが、荒れても楽しめると言われるとな…」
サッパリ意味が掴めんのだが、とキース君が考え込むと。
「荒れても毎年、楽しんでるじゃない!」
ジョミー君が食ってかかりました。
「ぼくがあんなに苦労したのに、みんな笑って聞いてるだけだし! 今年なんか罰礼やらされたんだよ、もういい加減慣れただろう、って!」
罰礼、すなわち五体投地。南無阿弥陀仏に合わせてやるため、スクワットに匹敵するとも聞かされています。キース君がアドス和尚に食らう時には百回だったりするのですけど、ジョミー君は三十回コースで食らったそうで。
「他の子たちはやってないんだ、ぼくだけなんだよ! おまけに姿勢がなってないって叱られちゃったし、来年までに覚えてこいって!」
「そりゃ良かったな。毎日練習するのが吉だぞ、身体で覚えろ」
さあ頑張れ、とキース君。
「とりあえず其処でやってみろ。姿勢は遠慮なく指導させて貰う」
「ほら、遊んでるし! ぼくにとっては悲劇だったのに、楽しんでるし!」
山の別荘もそんな調子だ、とジョミー君はギャーギャーと。
「もしかしなくても、ぼくのことじゃないの? 罰礼の回数が段階的に増やされるとか!」
「それでお前が脱走するのか? 楽しめそうだな」
山狩りだな、というキース君の台詞に大爆笑。ジョミー君が大脱走で皆で追うなら大荒れです。なおかつ充分に楽しめそうですし、フィシスさんの予言ってこれのことかな?
荒れても楽しめるらしい山の別荘。どう荒れるのかを予想し合って賭けるという案も出て来ましたが、ジョミー君の大脱走で意見の一致を見てしまったため、それでは賭けになりません。蓋を開けてのお楽しみとなり、翌日も会長さんの家に遊びに来たのですけど。
「…あれっ?」
お客様かな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ピンポーンと玄関チャイムの音が。
「ブルー、聞いてた? お客様?」
「いや、ぼくは…。嫌な予感しかしないんだけど…」
開けなくていい、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出ようとするのを止めました。
「フィシスが来るとは聞いていないし、もちろん他にも予定は無い。このマンションに入って来られる人は限られているし、宅配便なら管理人さんが受け取るしね?」
「そだね、連絡、来るもんね!」
サイオンを持った仲間だけしかいないマンション。最上階の会長さんの部屋はソルジャー仕様で、二十光年の彼方を航行中のシャングリラ号との連絡設備を備えたものです。それだけに部外者は管理人さんが入口で止めて、中へ連絡してくる仕組み。宅配便だって例外では無く…。
「…また鳴ってますよ?」
シロエ君が玄関の方へ目をやる間もチャイムの連打。会長さんは「間違いない」と苦い顔つき。
「このしつこさといい、心当たりは一人しか無い。ぼくは留守だよ」
「えとえと、お留守?」
なんだったっけ、と尋ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「居留守!」と一言。
「この部屋には今は誰もいないし、出るわけがない。出入りの記録が無かったとしても、ぼくはドアなんか使わずに出掛けられるしね?」
「かみお~ん♪ 瞬間移動でお出掛けだもんね!」
で、誰なの? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「お留守にしておくお客様って、誰?」
「この手の馬鹿は一人しかいないさ、ハーレイだよ」
「「「あー…」」」
なるほど、と私たちは納得しました。会長さん一筋、片想い歴が三百年以上の教頭先生。夏休みだけに電撃訪問も大いにありそう、管理人さんにも顔パスですし…。
「花束つきでしょうか?」
シロエ君の読みに、サム君が。
「菓子とかもついているんじゃねえか? ついでに何かプレゼントな」
うんうん、実にそれっぽいです。チャイムはガンガン鳴ってますけど、ここで扉を開けてしまったら負けですよねえ?
チャイムは無視して留守のふりだ、と知らん顔をする私たち。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飲み物のおかわりの注文を取り始めましたが。
『馬鹿野郎!』
俺だ、と部屋に響いた思念波。
「「「えっ!?」」」
この思念波って……キース君?
『誰と間違えてやがるんだ! いいからさっさと中に入れてくれ!』
「…き、キース?」
今日は卒塔婆じゃあ、とジョミー君が玄関の方を窺いながら。
「確か山の別荘に出掛けるまでは卒塔婆書きだよね、お盆の準備で」
「そう聞いてますが…。でも、この思念波は先輩ですね」
教頭先生では有り得ませんよ、とシロエ君も玄関の方を見ています。
「会長、玄関にいるのはキース先輩じゃないですか?」
「…う、うん…。ハーレイだとばかり思ってたけど…」
違ったらしい、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「居留守、撤回! 開けて入れてあげて」
「オッケー!」
飛び跳ねて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、直ぐにキース君を連れて戻って来ました。キース君は不機嫌MAX、機嫌の悪さが顔にしっかり出ています。
「よくもサックリ無視してくれたな、みんな揃って!」
「ごめん、ごめん。つい、ハーレイかと思ってしまって…」
まあ座って、と会長さんがソファを勧めながら。
「ぶるぅ、キースのレモンパイは大きめに切ってあげてよ、居留守のお詫び」
「うんっ! セットでアイスコーヒーだね!」
キッチンへ駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですが、キース君は。
「あんたな…。落ち着いている場合じゃないと思うぞ」
「えっ、どうして?」
「俺に居留守を使ってくれたが、俺と間違えたという教頭先生の最新の消息、知らんようだな」
「知らないけど?」
知る必要も無いことだしね、と涼しい顔の会長さん。
「そのハーレイがどうかしたのかい?」
「どうかしたも何も!」
ダンッ! とテーブルを叩くキース君。教頭先生、何かなさっておられるんですか?
会長さん一筋な教頭先生、積極的なアタックに出られることもありがちです。夏休みともなれば開放的な気分になって当たって砕けろもありそうですけど、何故にキース君が教頭先生の消息なんかに詳しいと…?
「シロエ、お前は聞いてないのか?」
キース君の問いに、シロエ君は。
「何をです?」
「だから、事件だ!」
「「「事件?」」」
何事なのか、と目を見開いた私たち。教頭先生の最新の消息って、事件性のあるものだとか?
「キース先輩、事件というのは教頭先生絡みですか?」
「当然だろうが! マツカ、お前も聞いてないのか、誰からも?」
「…えーっと…。キース、それは柔道部からの情報でしょうか?」
マツカ君が携帯端末を取り出し、チェックしてみて。
「ぼくには何も…」
「ぼくもですね」
何も無いです、とシロエ君。
「キース先輩には誰かが何かを?」
「…くっそお、俺が坊主だからか? だから来たのか?」
「「「はあ?」」」
事件で、おまけにお坊さん。何のことやら謎ですけれども、もしかしなくても…。
「キース、まさかの枕経とか…?」
ジョミー君が声を震わせて。
「教頭先生、事件に巻き込まれてお亡くなりとか…? それでキースが枕経?」
「「「ええっ!?」」」
まさか、と仰け反る私たち。枕経は人が亡くなった時に最初に唱えられるお経で、お坊さんが出掛けてゆくものです。教頭先生に枕経なんて事態だったら、そりゃキース君も慌てますが…。
「なんで其処まで飛躍するんだ、事件と坊主で!」
「違うわけ?」
「当たり前だ!!」
もうちょっと考えて物を言え、とキース君は握った拳をブルブルと。
「まだ其処までは行っていないと思いたい。…思いたいんだが!」
実にヤバイ、と顔色が良くないキース君。枕経では無いようですけど、限りなくそれに近いとか?
「…柔道部の主将から電話が来たんだ、俺の所へ」
キース君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来たアイスコーヒーを一口飲んで。
「夏休み中は朝練をやっているだろう? 俺たちは見事にサボッているが」
「そうですねえ…。サボリと言うか、実力が違いすぎるせいで自主欠席と言うか」
自主トレだけで充分ですし、とシロエ君。柔道部三人組は元から凄かったキース君とシロエ君に加えて、マツカ君も今や実力者。頼まれない限り、休み中の朝練などは欠席です。
「その朝練。…教頭先生も顔を出されることが多いが、昨日はお休みなさったらしい」
「別にいいんじゃないですか?」
「俺もそう言ったんだが、合宿の総括をする予定だったと言われてみれば…な」
何かが変だ、とキース君。
「俺たちは合宿は参加するだけだし、その後のことまでは知らないが…。総括となれば報告もあるし、教頭先生が御欠席というのは有り得んぞ」
「急な研修が入ったとかもありますよ」
シロエ君の発言に、会長さんも「うん」と頷きました。
「その線もあるし、シャングリラ号の方かもしれない。夏休み中は大規模な人員交代があるからねえ…。ハーレイはあれでもキャプテンなんだし、呼び出しがかかる時だってあるさ」
「それなら連絡なさると思う。…ところが全く連絡無しでの無断欠席、携帯端末も繋がらなかったらしくてな」
あれは宇宙でも繋がる筈だ、と言われてみればその通り。会長さんや先生方の携帯端末は特別仕様で、ワープ中でない限り二十光年の彼方にいようが連絡は取れる仕組みです。
「…繋がらないって?」
逃げたかな、と会長さんが人差し指を顎に当て…。
「自由な夏休みを満喫するべく、携帯端末も放ってトンズラ! いつだったかグレイブがやらなかったっけ? ミシェルとセットで南の島でのリゾートライフ」
「俺は知らんが、あったのか?」
「あったんだよねえ…。いけない、一般の仲間には秘密だったかな? あの二人のサボリ」
喋っちゃった、とペロリと舌を。
「忘れといてよ、今の件はさ。…ハーレイもそういうヤツじゃないかな、小心者だから近場の温泉くらいだろうけど」
「…書き置きが置いてあってもか?」
「「「書き置き!?」」」
それってアレですか、捜さないで下さいとか、そういう書き置き? 教頭先生、家出したとか?
「書き置きだって? それはまた…」
ゴージャスだねえ、と会長さんは感心したような口調でのんびり。
「何処へ消えたかな、やっぱり温泉? それとも南の島のリゾート…」
「あんた、どういうつもりなんだ! それでも俺たちのソルジャーなのか!?」
キース君が憤然と。
「教頭先生が行方不明なんだぞ、書き置きを置いて! 柔道部の主将に行方を聞かれたゼル先生が見に行ってだな、「捜さないで下さい」と書いたヤツを書斎で見付けたとかで!」
「うーん…。でもねえ、ぼくは聞いていないし」
緊急性は皆無であろう、と会長さんは断言しました。
「今までお世話になりました、と書いてあったなら多少はマズイ。場合によっては枕経の出番もあるだろう。…だけど「捜さないで下さい」だけだと、温泉か南の島くらいかと」
北の大地でグルメもアリか、と会長さん。
「ゼルから連絡が無いってことはさ、ソルジャーのぼくに知らせる必要は無いっていう意味。それどころか知らせない方がいいと判断したんじゃないかな、ゼルたちは」
行方不明なら長老に連絡が回る筈だ、というのが会長さんの見解でした。連絡網とでも呼ぶのでしょうか、教頭先生を含めた五人の長老の先生方のネットワークがあるのだそうです。其処で協議してソルジャーである会長さんに知らせるかどうかを決めるとか。
「ぼくが思うに、捜さないで下さいっていうのは形だけだね。実際の所はその逆かと」
「「「逆?」」」
「捜して下さい、ってパフォーマンスさ。ぼくに心配してくれっていうメッセージ」
そうに決まっている、と手厳しい読み。
「恐らく、ゼルたちはその辺の事情に気付いたんだと思うわけ。…ぼくは書き置きを見ていないけれど、残留思念で真意が読めることもある。でなきゃ何らかの動かぬ証拠が在ったとか…。ハーレイの場合はやってそうだよ、リゾートホテルの予約を取った形跡とかね」
「…なるほどな…」
慌てた俺が馬鹿だったろうか、とキース君。
「緊急事態だと思い込んだから、卒塔婆書きを放って飛び出してきたが…。分かった、帰って真面目に続きを書こう」
「そうしたまえ」
会長さんが「ぶるぅ、レモンパイをお土産にあげて」と促し、キース君の卒塔婆書きのお供に二切れほどが箱詰めされて。
「頑張って卒塔婆を書くんだね。山の別荘も近いんだしね」
あと一日半、と送り出されるキース君を私たちも笑顔で見送りました。ご苦労様です、キース君!
キース君が元老寺へと帰って行った後、会長さんが腕組みをして。
「さてと…。これかな、フィシスが言ってた件は」
「「「え?」」」
「山の別荘は荒れるってヤツだよ、まさかハーレイが消えるとはねえ…。山の別荘には呼んでないけど、その辺も関係しているかもね?」
ぼくと憧れのリゾートライフ! と妙な台詞が飛び出したからビックリです。会長さんとのリゾートライフが何ですって?
「例の書き置きだよ、捜して欲しいって言わんばかりに消えちゃって…。ゼルから連絡が無いのが怪しい。だけどキースやシロエたちがいるし、柔道部の方からいずれは知れる」
ハーレイの狙いは多分そこだ、と会長さん。
「ぼくに捜して欲しいわけだよ、ついでに心配して欲しいわけ。捜したんだよ、と迎えに来たぼくを引っ張り込んでさ、そのまま夢のリゾートライフを」
「「「リゾートライフ?」」」
「海だか山だか知らないけどねえ、ぼくと満喫しようと思って何処かに隠れていそうだけれど? 捜し出したが運の尽きってヤツで、ぼくも付き合わされるんだ」
その線で絶対に間違いは無い、と会長さんは教頭先生の家がある方を睨んで。
「ハーレイが隠れた場所によるけど、山の別荘は行き先変更になるかもしれない。…ぼくが捜すのを待っているなら、是非とも行ってあげないと…。でもって夢をブチ壊す!」
「…壊すのかい?」
いきなり後ろから聞こえた声に、私たちがバッと振り返ると。
「こんにちは」
紫のマントがフワリと翻り、ソルジャーが姿を現しました。
「ハーレイが消えたって言うから覗き見してたら、ブルーが追い掛けて行くんだって? それなのに愛の告白じゃなくて、ハーレイの夢を壊すだなんて…」
酷すぎないかい、とソルジャー、溜息。
「捜してくれって言わんばかりに消えたんだろう? だったら捜して愛の告白! そういうのを期待してると思うな、こっちのハーレイ」
「それっぽいから壊すんじゃないか、迷惑極まりない夢を!」
山の別荘に行こうと言うのに用事を増やしてくれちゃって、と会長さんは不愉快そうに。
「ぼくは楽しみにしてたんだってば、マツカの山の別荘行き! それなのにハーレイ捜しだよ?」
「だからと言って壊さなくても…」
楽しめばいいと思うけどねえ、とソルジャーは大きく伸びをすると。
「ハーレイも山の別荘だよ? ただし自前じゃないけどね」
「「「山の別荘!?」」」
何ですか、それは? ソルジャー、教頭先生の行き先をしっかり掴んでますか?
降ってわいたソルジャーのお目当ては昼食タイム。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意していたスパイスたっぷりエビ入り焼きそばとガーリック風味のスパイシーなお粥、どちらも好きなだけ食べ放題。早く食べたいと騒いだ挙句に、ダイニングのテーブルに陣取っています。
「いいねえ、夏はこういうのが美味しいってね」
お粥もいいし焼きそばもいい、と食べていますが、会長さんは。
「昼御飯は出したし、例の情報! ハーレイは何処に隠れてるって?」
「目と鼻の先って言うのかなあ? けっこう近いよ」
あっちの方向に車なら多分二時間ほど、とソルジャーはスプーンでお粥を掬って。
「君もソルジャーなら分からないかな、ハーレイの居場所」
「積極的には知りたくないし! 楽をして分かるならそれで充分だし!」
「やれやれ、ハーレイも報われないねえ…。君が推測していた通りに予約した形跡を残しているし、こっちのゼルたちも調べがついてるようだけど…」
肝心の君が捜してあげないなんて、と深い溜息。
「まあ、いいけどね? 教えたら捜しに出掛けるだろうし、それから愛を育んでくれれば…」
「育まないっ!」
会長さんは即答でした。
「そんな予定は何処にも無いし、これからも無い! それで何処なのさ、隠れてるのは」
「言っただろう? 山の別荘だってば!」
とても素敵な別荘なのだ、と微笑むソルジャー。
「マツカの別荘には敵わないけど、丸ごと一軒借りられるタイプ。近くに綺麗な川もあるしさ、庭ではバーベキューも出来るという場所!」
「…そんな所に隠れたわけ?」
「君が来るのを今か今かと待ち焦がれてるよ、寝室もしっかりあるものだから」
こういう所、とソルジャーがパチンと指を鳴らすと宙からヒラリとリーフレットが。
「ハーレイの書斎に突っ込んであったよ、こっちのゼルたちは気付かなかったみたいだけれど」
「「「…貸し別荘…」」」
アルテメシアからそう遠くない山あいの村の貸し別荘。教頭先生が書き置きを残して向かった先は、何棟かの二階建ての貸し別荘が点在する緑豊かな谷間でした。川遊びに魚釣りなど自然を満喫できる場所。貸し別荘は家族やグループ用で、収容人数も多くって。
「うーん…。十人超えでもいけるって? そこに一人で隠れるとはねえ…」
無駄に広すぎ、と会長さんが呆れた口調で言えば、ソルジャーが。
「ハーレイのお目当てはコレだと思うよ、夫婦用の部屋も備えてます、って」
ダブルベッド! と指差す箇所にそういう部屋がありました。教頭先生、先走り過ぎ…。
会長さんに捜して貰って引っ張り込むべく、ダブルベッドの部屋を備えた貸し別荘に隠れた教頭先生。ソルジャーに呆気なくバレた理由は、ダダ漏れの思念という話。
「隠れたと言うから軽く捜してみようかと…。ちょっと思念を研ぎ澄ましてみたら引っ掛かったよ、ハーレイの思念! 君の到着をワクワク待ってる」
「…馬鹿じゃないかと思うけどねえ?」
捕まえた、と冷たい笑みの会長さんも教頭先生の居場所を掴んだようです。
「ぼくが捜しに来たら歓迎しようと準備万端整えてるよ。ジビエが自慢のレストランまで連れて行こうか、それとも出張料理を頼む方か、と決めかねてる部分もあるようだけど…」
「ジビエはいいよね、ぼくも御馳走になりたいな」
ソルジャーが自分の唇をペロリと。
「君のふりをして出掛けようかな、捜しに来たよ、って。…君じゃないって直ぐにバレるとは思うんだけどさ、ぼくの場合は色々と美味しいオマケが付くからねえ…」
「付けなくていいっ!」
「そうかなあ? あんなに期待して隠れてるのに?」
「要らないってば!」
どうせなら燻し出してやる、と会長さん。
「出て来るしかないように仕向けてやるとか…。通報するのもいいかもねえ?」
「「「通報?」」」
「何とでも言えるさ、襲われそうになりましたとか! 一度踏み込まれてみればいいんだよ、警察に!」
「…そ、それはマズイんじゃないですか?」
シロエ君が止めに入りました。
「仮にも教頭先生ですし、警察は…。それに悪戯通報を誰がしたのかも調べられますよ」
「バレない自信はあるんだけれど? たかが警察の捜査くらいは!」
警察が怖くてソルジャーが出来るか、と会長さんの過激な理論。そりゃあ確かにシャングリラ号どころか専用空港さえもバレないシャングリラ学園、警察くらいは軽くかわせるのでしょうが…。
「やっぱり警察はどうかと思うよ」
ジョミー君も止める方向で。
「もっと平和な方法にしようよ、教頭先生に何かするなら」
「平和な方法? 相手はぼくを引っ張り込もうと目論んでいるハーレイなのに?」
「だからさ、ぼくが代わりに行くって!」
そしてジビエを食べるのだ、とソルジャーが割って入りました。食い気が第一、ついでに色気。あわよくば教頭先生を味見しようとしている態度が顔に出てますが…?
教頭先生を燻し出すとか通報するとか、とにかく苛めたい会長さん。ソルジャーの方は自分が会長さんの代わりに出掛けて美味しい思いを、と企んでいるため、二人の会話は平行線で。
「なんでハーレイに素敵な思いをさせる方向に行くのかな、君は!」
「君の方こそロクな発想にならないし! もっと別荘を楽しまなくちゃ!」
山の別荘より断然こっち、とソルジャーは教頭先生が隠れた貸し別荘のリーフレットを指し示しました。
「どうせなら君が乗っ取れば? 君用の寝室もあるみたいだしさ、ダブルベッドの!」
「乗っ取る…?」
「山の別荘は荒れるという予言もあったんだろう? これだって山の別荘なんだよ」
こっちに行くべし、とソルジャーの主張。
「君はこっちで別荘ライフを満喫するのがいいと思うよ、ハーレイの愛人扱いが嫌なら寝室に一人で立て籠るとか…。そうやっておいて美味しいトコだけ持って行く!」
「…ジビエとか?」
「そう! そして君がハーレイの方に行くなら、ぼくが代わりにマツカの山の別荘へ!」
君の代わりにグルメ三昧、と言い出したソルジャー、けっこう本気。マツカ君を捕まえて「ぼくでも待遇はブルー並みだよね?」と念を押したり、私たちに「よろしく」とウインクしたり。
「ぼくのシャングリラはハーレイがいれば大丈夫だから、山の別荘を楽しみたいな。ハイキングに乗馬にボート遊び!」
「ちょ、ちょっと待った! ぼくの代わりは勘弁してよ!」
会長さんが悲鳴を上げて。
「君はマナーの類が最悪なんだよ、ぼくの評判が地に落ちるってば!」
「じゃあ、ぼくも一緒にハーレイの山の別荘は?」
一緒にジビエを食べに行こう! とソルジャーはアッサリ方向転換。
「どっちの別荘でもかまわないんだよ、地球で過ごす休日には代わりないしね? 十人以上も泊まれるんだし、全員で押し掛けてバーベキューとか川遊びというのも面白そうだ」
「「「全員!?」」」
ゲッと仰け反った私たちですが、会長さんは「いいね」とコックリ。
「考えないでもなかったよ、それ。…ぼく一人だとハーレイの相手がうっとおしいから御免だけれども、君が来るならハーレイは君に丸投げってことで」
「本当かい!? だったら是非ともお邪魔したいな」
大勢いれば遊び放題! とソルジャーがブチ上げ、会長さんも。
「了解。山の別荘は行き先変更、ハーレイの隠れ家を目指すってことで!」
早速キースに連絡しよう、と携帯端末を取り出しています。山の別荘、荒れるどころか行き先が別の山の別荘。こんな展開、誰も想像しませんでしたよ~!
本来、マツカ君の山の別荘へと出掛ける筈だった二日後の朝。卒塔婆書きのノルマを終えたキース君が来るのを待って、マツカ君が手配してくれたマイクロバスでいざ出発。ソルジャーも私服で乗っていますし、お泊まり用の荷物もしっかり。
「かみお~ん♪ あの山の向こうだね!」
とっても楽しみ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生の書き置きの件は未だ全く問題にならず、柔道部の方にはゼル先生から「心配無い」との連絡があったという話。
「キース先輩、それじゃ教頭先生は旅行中っていう扱いですか?」
「主将の話じゃそうらしい。御旅行でした、と笑っていたな」
それで話が通っている、とキース君は超特大の溜息を。
「…振り回された俺がババを引いたというオチのようだ。ブルーの家では居留守を使われ、心配したのも俺一人だし…。書き置きと聞いたら非常事態かと普通は思うが…」
「職業病だよ、副住職」
会長さんがサラリと言ってのけました。
「書き置きくらいで枕経まで心配するとは、君はハーレイを分かっていない。ついでに副住職として人生相談もやったりするから解釈暗めで、大袈裟な方に行くんだな」
「…それはそうかもしれないが…」
「心配した分までハーレイから大いに毟りたまえ。ジビエ料理は食べなきゃ損だし、バーベキューもコースが色々あるみたいだしね? 一日一食、バーベキュー! それとジビエ料理!」
食べなきゃ損々、と会長さんが発破をかければ、ソルジャーも。
「そうだよ、滞在型の別荘だからさ、美味しい店が近所に沢山あるらしい。石窯で焼いたピザの店とか、評判のステーキハウスとか!」
ソルジャーはバッチリ下調べをして来たようです。山あいの村と言ってもアルテメシアからほんの二時間、近くには他にも市街地が。ドライブがてら食事という人に人気の都市部から気軽に行けるリゾート、飲食店も経営が成り立つらしくって…。
「こっちのハーレイ、下心があって隠れてますってバレバレだよねえ…。本当に心配して欲しいんなら、何も無さそうな場所がお勧めだけどね?」
ソルジャーの指摘に、会長さんも。
「うん、分かる。…書き置きを残して山奥のお寺の宿坊にでも泊まっていればね、世を儚んで引っ込んでいるとゼルたちだって多少は心配していたかもだよ」
そしてぼくにも一報が…、と会長さん。
「そっちの方なら、燻し出すだけで終わってたのに…。こんなに大勢で毟り取りには行かないんだけどね? 今となっては手遅れってね」
行け行けゴーゴー! と目指すは山あいの別荘地。間もなくマイクロバスは山を越え…。
教頭先生が隠れているという別荘は直ぐに分かりました。周りを緑の木々に囲まれ、お洒落な二階建ての立派な家が。私たちを降ろしたマイクロバスは最終日に迎えに来てくれますけど、それまでは此処で別荘ライフで…。
「ふふ、ハーレイは気付いてないねえ…」
会長さんがクスクスと。
「君たちは庭に隠れていたまえ、ブルーもね。…ぼくが話をつけてくるから」
返事をする代わりに私たちはサッと四方に散って、別荘の庭にコソコソと。それを確認した会長さんが玄関の呼び鈴を鳴らし、教頭先生が中から出て来て…。
「ブルー!? ど、どうして此処が…?」
「ハーレイ…。元気そうで良かった、心配したんだ。…何があったわけ?」
あんな書き置きを残すなんて、と会長さんは見事な役者っぷり。教頭先生は見事に騙され、「そのう…」と頭を掻きながら。
「すまん。お前は今年も山の別荘かと思うと、どうにもやり切れない気分になって…。いっそお前が側に居るつもりで別荘ライフを過ごそうかと…」
「それで書き置き? 言ってくれれば良かったのに…」
そしたら君と一緒に来たのに、と会長さんは別荘の建物を振り仰いで。
「…今からでもまだ間に合うかな? 君と一緒の別荘ライフ…。良かったら、だけど…」
「き、来てくれるのか? お前用の部屋もあるにはあるが…」
「部屋があるなら喜んで。…もっと大勢泊まれそうだけど」
「ああ、此処か? 寝室は沢山あるんだぞ。まあ、入ってくれ」
遠慮するな、と教頭先生が会長さんの肩を抱くのと、会長さんが庭を振り向くのは同時でした。
「聞いたかい!? 寝室は沢山あるってさ! 入ってくれって!!」
「「「はーいっ!!!」」」
返事は大きく、元気よく。ダッと飛び出した私たちは「お邪魔します」と教頭先生の脇をすり抜け、別荘の中へ。わあっ、幾つも部屋があります。どれにしようかな?
「かみお~ん♪ ぼく、此処がいいな!」
「キース先輩、この部屋、どうです? 凄く眺めがいいですよ!」
あっちだ、こっちだ、と好きに駆け回って部屋を確保し、教頭先生の下心満載のダブルベッドのお部屋には…。
「素晴らしいねえ、気に入ったよ、此処」
今夜はうんとサービスするね、とソルジャーがちゃっかり入り込んでしまってニコニコと。教頭先生は唖然呆然、会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と同じ部屋に行ってしまいましたし…。
「…す、すまん…。書き置きの件は悪かった!」
このとおりだ、と土下座する教頭先生の立場は既に最悪。会長さんは聞く耳を持たず、別荘の管理人さんに豪華バーベキューのコースを注文中。その一方ではソルジャーがジビエ料理の予約を人数分でブチ込んでますし、今日の食費だけでも凄そうで…。
「頼む、明日以降はなんとか自炊にならないだろうか…」
「ならないねえ?」
ぼく一人なら御馳走してくれる筈だったんだろ、と会長さん。
「それにキースは君の枕経まで心配していたんだよ? 枕経を頼めばそれなりに…ね」
「らしいね、お布施は高いんだってね?」
ソルジャーが横から口添えを。
「お盆の卒塔婆書きだっけ? それを中断して走ったキースの分のお布施もよろしく!」
ついでに美味しい思いをしたければこっちにも、と自分を指差し…。
「滞在中はダブルベッドで待ってるから! いつでもOK!」
「き、君は…! 余計なことはしなくていいっ!」
「君の代わりにサービスだってば、御馳走して貰えばいくらでも…ってね」
書き置きをして家出な度胸で、ぼくと一発! と妖艶な笑みを浮かべるソルジャーに、教頭先生、一気に鼻血。今年の山の別荘は荒れると聞いてましたが、どうなるのでしょう。教頭先生の財布が空になるのか、はたまた鼻血で失血死か。
「荒れるからには失血死だね」
枕経なら任せておけ、と会長さんが伝説の高僧、銀青モードに入っています。お盆も近いですし、此処はやっぱり枕経? 教頭先生のご冥福を祈って、お唱えしましょう、南無阿弥陀仏…。
真夏の失踪劇・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
生徒会長に捜して欲しくて、書き置きまでして隠れた教頭先生だったんですけど…。
思い通りにはいかない世の中、何もかもがパアという悲惨な結末。ある意味、お約束?
シャングリラ学園、来月は普通に更新です。いわゆる月イチ。
次回は 「第3月曜」 5月15日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、4月は、まだ出てもいないスッポンタケに追われる羽目に…?
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