シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
残暑が終わってようやく秋。よく言われるのが芸術の秋で、美術の特別授業で美術館へお出掛けというのもありました。外国の美術館から来た展示物をシャングリラ学園だけで貸し切り観賞。悪戯防止に担任以外にも付き添いの先生多数なイベントだったわけですが…。
「「「肖像画?!」」」
数日後の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で思わぬ言葉にビックリ仰天。リンゴと胡桃のパウンドケーキをフォークに刺したり、頬張ったままだったりで目を白黒な私たち。けれど会長さんは紅茶のカップを傾けながら。
「…らしいよ、けっこう本気で言ってるみたいで」
「しかしだな…!」
どうしてそうなる、とキース君。
「教頭先生は写真を山ほどお持ちだったと思うのだが…。いやその、隠し撮りがメインかどうかは知らないが」
「ぼくの写真なら掃いて捨てるほど持ってるよ。圧倒的に隠し撮りだけど」
「それなら肖像画は要らんだろう?」
「隠し撮りとは違うしねえ…。ぼくにモデルも頼まなきゃだし、ぼく公認? それに目線も自分の方に向けるとか注文できるし、こう、色々と美味しいらしい」
この間の美術鑑賞で思い付いたようだ、と会長さん。
「それでモデルを頼めないかと言って来たわけ。時給が高けりゃ行ってもいいけど、ハーレイの家で描くんだったら、ぼく一人ではマズイしね?」
「「「あー…」」」
会長さんが教頭先生の家に一人で出掛けて行くことは禁止されています。つまり私たちに一緒に来いと言われているのも同然で。
「あんたがモデル料を稼ぎに行くのに、俺たちの方はタダ働きか?」
「食事くらいは出ると思うよ、ハーレイの家で」
「だが、バイト料は出ないんだな?」
「無理だろうねえ…。ぼくへのモデル料と、画家さんに払う代金と…。けっこう高くつくだろうから、ハーレイの財布に余裕は無いかと」
腕のいい画家を頼むようだし、と会長さんは深い溜息。
「その辺、適当にケチッておけばいいのにねえ? 写真を元に仕上げます、っていう肖像画なら料金安いよ、そっち系のにしとけばいいのに」
安く上がってモデル料も写真を撮る時の一回だけ、と愚痴っているということは…。モデルとやらは一回こっきりで済まないんですか?
「モデルかい? …何回か行くことになるんじゃないかな」
画家によるけど、と会長さんはグチグチグチ。
「肖像画ってヤツはイメージが大事って、この間の授業で習ってないかい?」
「「「え?」」」
そんな記憶はありませんでした。沢山の絵だの彫刻だのを見て回っただけで、説明の方は解説文を読んだだけ。何点かの作品の前で美術の先生が喋った中身も主に作者のプロフィールです。
「…なるほど、適当に見ていただけ、と…。ぼくは参加はしてないからねえ」
「かみお~ん♪ ブルー、面倒って言ってたもんね!」
「面倒な上に、特に美味しいネタも無いしね」
せめてお弁当を持ってお出掛けだったら、と言う会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は美術館には行っていません。面白みのない学校行事は全てスル―が会長さんの基本です。
「…というわけで、ぼくは行ってないけど…。肖像画はねえ、モデルの見たままをそのまま描くのは二流、三流。芸術の域に達するためにはイメージが命になるんだよ」
「「「…イメージ?」」」
「そう。モデルが売りたいイメージだね。美人をアピールしたいと言われれば何割増しかで美人に描くっていうのが常識。実物よりも美人に描いてある肖像画の類は王道だよね」
「その手の話はよく聞きますね」
シロエ君が頷きました。
「お見合い写真代わりの肖像画を見て、美人の奥さんに決めたつもりが大ハズレだとか」
「うん。よくあったらしいトラブルだけどさ、美人に描くなんて序の口でねえ…。神話の人物に似せて描くとか、英雄風にとか、注文色々」
それを見事にこなした作品が芸術なのだ、と会長さん。
「こんな薄着と綺麗すぎる馬で険しい山が越えられるのか、って突っ込まれたら「無理!」としか言いようのない肖像画でもさ、イメージ戦略の一種なんだよ。コロコロに着ぶくれてロバに乗ってちゃ英雄なんかに見えないからね」
そういう芸術作品もある、と説明されて「ふうん」と納得。売りたいイメージで描くものでしたか、肖像画! それだと画家のプロ魂が凄くなるほどモデルも一度では済みそうになく…。
「そうなんだよねえ、顔はどうでもいいから全体の見た目をカッコ良く、なら一回こっきりで済むかもだけど…。どうせハーレイの注文だからさ、ぼくの魅力を最大限にとか言い出すんだよ。どうやったらそれが出来るのかなんて考えもせずに」
そして画家さんの仕事が増える、とブツブツブツ。確かにそういう注文をされても、画家さんの方だって困りますよねえ?
教頭先生が思い付いたらしい、会長さんの肖像画。それがどういう作品になるのか、全く予測不可能です。会長さんがイメージ云々と言い出す前には漠然と上半身を描いた絵くらいに思っていたのに、芸術作品となれば話は別で。
「やっぱアレかよ、あのソルジャーの衣装で描くのかよ?」
サム君が首を捻れば、キース君が。
「それだけは有り得ないんじゃないか? あれだと教頭先生のお好みから外れそうだぞ」
「だよねえ、英雄の方になるよね、あの服だとさ」
マント付きだし、とジョミー君。
「画家さん、ソルジャーなんて職業、知らないもんねえ…。王子様とかそっちの方で」
「そうよね、かっこいい絵が出来上がりそうね」
きっとポーズもそれなりよ、とスウェナちゃんが言い、マツカ君も。
「イメージが膨らんで小道具が付くかもしれません。剣とか、もしかしたら白馬なんかも」
「戴冠式まで行くかもしれんぞ」
キース君の意見に「おおっ!」と手を打つ私たち。そのイメージはありそうです。剣を片手にポーズもいいですが、戴冠式ってカッコイイかも…。
「だろう? そこまで行ったら教頭先生もダメ出しどころかゴーサインかもしれんがな」
「会長の顔さえ美人だったら、それなりにイイ絵になりそうですしね」
いけそうです、とシロエ君。
「会長もその方がいいんじゃないですか? 下手に美しさだけを追求した絵を描かれるよりは」
「…まあね。でもハーレイがどういう注文をするかだよ、うん」
ソルジャー服の線には期待していない、と会長さん。
「あれを着られれば画家さんがイメージを固める前にソルジャーの表情でビシッと決めてさ、凛々しい方向に持って行けるけど、ハーレイが用意しそうな服っていろんな意味で間違ってるしね…」
「まさかガウンは無いと思うが」
いくらお好みでも何かと物議を醸しそうだ、とキース君が応じれば、会長さんは。
「堂々と客間に飾ってあったらマズイだろうけど、寝室だったら基本は誰も見ないしねえ? ゼルとかが踏み込んで見たとしてもさ、ケッタクソに叱られて終わりだよ、うん」
「…そういうモンか…」
「ぼくが一人でモデルをしたなら問題だけどさ、付き添いは大勢いたんです、って言えば厳重注意で終わる。エロ教師とかの罵詈雑言はハーレイはとうに覚悟の上だし」
そしてその手の服で来そうだ、とめり込んでいる会長さん。注文主は絶対でしょうし、イメージが大切ってことになったらガウンだと何が描き上がるやら…。
ソルジャーの衣装ならカッコイイ絵が出来そうなのに、教頭先生が用意しそうな衣装はガウン。会長さんに似合うと決め付けて集めてらっしゃるレースたっぷり、フリルひらひらの色とりどりのガウンってヤツは今までに何度も見ています。
「ああいうガウンで描くとなったら、ブルーのイメージ、間違わねえか?」
サム君の問いに、シロエ君が。
「間違うでしょうけど、教頭先生のお好みにはピッタリ合いそうですよ」
「ぼくは断りたいんだけどねえ…」
そのイメージは、と会長さん。
「だけど画家さんは一般人だし、その前で派手に大ゲンカはねえ…。いっそ最初からソルジャーの服を着て行こうかとも思うんだけどさ、そしたら刷り込みでいけるかも、と」
「刷り込みか…」
いけるかもしれん、とキース君が腕組みしています。
「最初に颯爽と現れたなら、その後にどんな格好をしてもイメージってヤツは覆らないかもしれないな」
「そうですね…」
マツカ君も少し俯き加減で考え中。
「たとえガウンを着せられたとしても、描き上がった絵が女装と言うより男装の麗人風って言うんですか? 凛々しさが先に立つ絵が仕上がるかも…」
「ですね、上手く行ったらガウンが消滅するかもですよ」
レースたっぷりが何処へやら、とシロエ君。
「モデルのイメージではあっちの方が、とソルジャー服をゴリ押しするとか」
「いいじゃねえか、それ!」
ソルジャー服で出掛けようぜ、とサム君が膝を叩きました。
「どうせ瞬間移動で出掛けるんだろ、教頭先生の家までは? 着替えさせられる前に画家さんに顔を見せとけよ! ソルジャーの服で!」
「やっぱりそれが良さそうかい? そうしようかな…」
「俺も大いに賛成だな」
「ぼくも賛成!」
キース君にジョミー君、その他全員、ソルジャー服に清き一票。妙な肖像画が出来上がるまで付き合うよりかはカッコイイ絵が断然いいです。それにすべし、と方向性が決まった所で。
「…そうか、そういうモノなんだ?」
「「「!!?」」」
誰だ、と一斉に振り返った先に、只今噂のソルジャーの衣装。なんでこの人が来るんですかー!
いきなり現れたソルジャー服のお客様。紫のマントを翻して部屋を横切り、ソファにストンと腰掛けたソルジャーは、当然のようにパウンドケーキを要求しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶とセットで用意をすると、満足そうに。
「うん、美味しい! …それで肖像画を描くんだって?」
「描くんじゃなくって、描かれる方だよ!」
実に迷惑な話なのだ、と会長さんは文句たらたら。
「美術観賞に行ったくらいで感化されないで欲しいんだけど、思い付いちゃったものは仕方ない。どう切り抜けるかで相談中!」
「らしいね、この服でカッコ良さを演出するとか言ってたし…。で、カッコイイわけ?」
どう見える? と微笑むソルジャー、右手にティーカップ、左手にフォーク。フォークの先には齧りかけのパウンドケーキが刺さっています。
「「「………」」」
せめてカップかフォークかどっちかにしろ! と突っ込みを入れたい気分でした。ソルジャーの仕草は優雅ですけど、礼儀作法はイマイチどころか破壊的と言っていいレベル。ソルジャーに言わせれば「マナーなんぞを気にしていたら生き残れなかった」らしいんですけど…。
「その沈黙は何なのさ? カッコイイんだろ、ぼくの格好」
「ポーズが全くなってないから! 最悪だから!」
紅茶とケーキを同時に食べるな、と会長さんが怒鳴り付けました。
「両手に食べ物ってマナー違反だよ、それでカッコイイも何もないから!」
「えーっ? ナイフとフォークは両手じゃないか」
「そっちは元からセットものだし! 言ってるそばからやらなくてもいいっ!」
しかしソルジャー、ケーキをモグモグ、紅茶もズズッと。
「パウンドケーキに紅茶って合うよ、しかも胡桃と相性最高!」
ここは一緒に頬張るべき、と食べる姿はカッコ良さとは対極に位置する光景です。この人だけは肖像画のモデルをしに行く時には排除せねば、と互いに頷いていると。
「…カッコ悪いと思ってるだろ、ぼくは普通にしてるのに! でもねえ…。カッコイイとか悪いとかって、顔が同じで同じ格好でも変わるんだったら、人が違っても変わるよね?」
「「「は?」」」
「いや、イメージで描くって言ってたからさ…。同じブルーでもカッコ良かったり、美人だったりと変わるんだったら、カッコいいハーレイもアリかと思って」
「「「えぇっ?!」」」
それはどういう発想なのだ、と目を剥いてから気が付きました。ソルジャーはキャプテンと相思相愛、もしかしなくてもソルジャーの視点で見た場合には教頭先生だってカッコイイとか…?
会長さんがカッコイイならともかく、教頭先生がカッコイイ。それは絶対無いだろう、と反対したい所ですけど、相手は教頭先生そっくりのキャプテンとバカップル夫婦なソルジャーで。
「ハーレイもカッコイイと思うけどねえ、ぼくから見れば」
「それは君のパートナーのハーレイだろう!」
こっちのハーレイと一緒にするな、と会長さんは不機嫌MAX。
「同じ顔だろうが服装だろうが、ぼくはハーレイをカッコイイとは間違ったって思わないから!」
「そこをさ、カッコイイように見せるというのが肖像画ってヤツじゃないのかい?」
「絶対、無理っ!」
「…そうかなあ? でも、同じハーレイがお金を出すなら、君の肖像画よりもメリットが高いと思うけど? 君の肖像画でハーレイが惚れ直すとしても、元から君に惚れてるし…。その点、ハーレイの肖像画がカッコ良く仕上がって君が惚れたら素晴らしいよね」
ハーレイには断然、そっちをオススメ! とソルジャーは拳を握りました。
「高いお金を払った挙句に妄想の種を増やすよりはさ、此処は一発、勝負に出るべき! 自分をカッコ良く描いて貰って君のハートをガッチリ掴む!」
「うーん…。それで惚れるような安い人間ではないつもりだけど…」
でも、と思案する会長さん。
「ぼくがモデルで苦労するより、ハーレイを煽ててモデルをさせた方が面白いかな? どんな肖像画が出来上がるかにも興味があるし」
「教頭先生がアピールなさりたいポイントによって変わるんだろうな、絵の内容も」
俺も何だか気になってきた、とキース君が顎に手を当てました。
「やはり武道家としての凄さだろうか? 普段は謙遜なさって締めておられない赤帯を締めてポーズなさるとか、でなければ俺が投げられるとか…」
その一瞬を捉えた絵なら凄そうだ、と言われて頭に絵柄がポンッ! と。動きのある肖像画はカッコイイかもしれません。教頭先生のヘタレな面ばかり見て来てますけど、柔道の技は文句なし。キース君を投げた瞬間が絵になったならば、それは武道家の肖像画で…。
「「「…カッコイイかも…」」」
いいね! と頷き合う私たちの姿に、会長さんも「まあね」と肯定。
「その絵は確かにハーレイだとも思えないほどカッコイイ絵になるだろう。ぼくでも文句はつけられない。でもねえ…。面白いかと聞かれれば、ちょっと」
ぼくがハーレイに求めるものはタフさと同時に面白さ! と主張する会長さんにとって、教頭先生はオモチャ扱いです。面白みが無ければダメなんですか、そうですか…。
「だったらさ、その辺は後で考えるとして…。ハーレイの肖像画を描いて貰うって路線でどうだろう? ハーレイにとっては旨味があるし、君は頭痛の種が消えるし」
モデルをするのは嫌なんだよね、とソルジャーは会長さんに向かってパチンとウインク。
「ソルジャーの衣装で先手を打つとか、そういう努力をしなくて済むよ? 努力するのはあくまでハーレイ! 如何にカッコ良く描いて貰うか、君のアドバイスを参考にしつつ色々と!」
「…ぼくの肖像画を描かれるよりかはマシそうだねえ…」
それでいくか、と会長さんは壁の時計を眺めました。
「よし、夕食後にハーレイの家に押し掛けよう。モデルの返事は保留にしてたし、ブルーの意見で気が変わったということで…。ハーレイが描いて貰えばいい、って突撃あるのみ!」
「ちょっと待て! 俺たちもなのか?!」
キース君の叫びに「何か?」と返す会長さん。
「ぼくがハーレイの家に一人で行くのは禁止だよ? だからモデルをしに行く時にも頼む、って話だったよねえ? 当然、今夜も行って貰わないと」
「「「うわー…」」」
そんな、と不満を垂れ流しそうになった私たちですが。
「かみお~ん♪ みんなが来るなら御馳走しなくちゃーっ! 今から材料買うんだったらステーキもいいね♪」
マザー農場に行って美味しいお肉を分けて貰おうかなぁ? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。マザー農場の美味しいお肉って、高級店にしか卸さないという幻の肉じゃないですか! それのステーキが出るとなったら、会長さんの付き添いくらい…!
「「「喜んで!!」」」
何処かのチェーン店で聞いたような返事が景気良くハモり、ソルジャーもそれに乗っかりました。普段なら迷惑なソルジャーですけど、肖像画の件についてはキャプテンにベタ惚れのソルジャーが居た方が話が上手く進みそう。そもそもソルジャーが発案者ですし…。
「じゃあ、決まり! とりあえず、ぼくの家に移ってのんびりしようか」
ハーレイが家に帰るまでには時間があるし、と会長さんが言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「うんっ! お肉を分けて貰ってくる間、お菓子を食べて待っててねー!」
昨日、クッキーを沢山焼いたんだよ、と聞いて歓声、拍手喝采。ソルジャーも「それ、お土産に分けてくれるかい?」と尋ねています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のクッキーは絶品、おまけにステーキの夕食も。教頭先生のお家くらいは喜んでお供いたします~!
最高級のステーキ肉を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が好みの焼き加減に仕上げてくれて、大満足の夕食パーティー。気力体力もググンとアップで、教頭先生の家へいざ出陣! 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、ソルジャーの青いサイオンがパァァッと溢れて…。
「な、なんだ?!」
教頭先生がソファで仰け反っておられます。夕食後のひと時、リビングで寛いでいらっしゃったようですが…。
「御挨拶だねえ、肖像画の件で返事に来たのに」
会長さんの言葉に教頭先生の顔が輝きました。
「モデルになってくれるのか!?」
「…それなんだけど…。同じ肖像画を頼むんだったら、モデルは君の方がいいんじゃないか、ってブルーがね」
「…は?」
怪訝そうな表情の教頭先生に、会長さんは「実はさ…」と先ほどの芸術談議を。
「つまりね、イメージが肖像画の命だったら、そこを活用すべきというのがブルーの意見。ぼくを描かせても、ぼくに対する君のイメージが劇的に変わるわけじゃない。せいぜい惚れ直すくらいかな? でもさ、君の肖像画なら君のイメージを思い切り変えられるかもね?」
ヘタレ返上! と会長さんが微笑み、ソルジャーも。
「そうだよ、君は本当はカッコイイんだとブルーの考えが変わるかも…。ブルーの肖像画でデレデレするより君の魅力をアピールすべき! 君のセールスポイントは何?」
「私のセールスポイントですか…。自信を持って人に誇れるのは柔道ですが、ブルーは柔道に特に興味は無さそうですし…」
「なんかキースが言ってたよ? キースを投げ飛ばす瞬間とかだとカッコイイだとか、そういう話になってたけれど…。ブルーもそれには異論が無さそう」
「本当ですか?!」
教頭先生、一気に自信が出たようです。
「柔道自体に興味は無くても、技を出せば惚れて貰えそうですか…!」
「どうなんだろうね、その辺は肖像画のモデルになるまでに考えるだとか言ってたけども…。どうする、君の肖像画にする? それともブルーの肖像画にする?」
ソルジャーの問いに、教頭先生はキッパリと。
「私のにします!」
そしてブルーにアピールです、と決意も新たな教頭先生。画家さんは既に話をつけてあるそうで、この週末でもオッケーだとか。会長さん好みの肖像画にすべく、教頭先生は「来てくれるな?」と会長さんにお伺い中。言われなくっても絶対来ますよ、オモチャにしたいみたいですしね?
翌日から私たちはソルジャーも交えて作戦会議。放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋からサッサと会長さんの家に移動し、ティータイムから夕食までを楽しく過ごしつつアレコレと。
「ハーレイの売りって柔道以外に何があるかな、古式泳法も達人だけど…」
泳ぐ姿は絵にならない、と会長さん。
「肖像画っていうイメージじゃないし、かと言って褌一丁で立たれるのもねえ…」
「それは何かが間違ってますね」
肖像画ではないですよ、とシロエ君。
「肖像画って顔がポイントでしょう? 肉体美とは別の次元です」
「顔と決まったわけでもないけど…。前にもチョロッと言ったけれどさ、顔の仕上がりはどうでもいいから全体の見た目をカッコ良く、っていう肖像画だってあるんだよ。そっち系で描かせていた人なんかだと肖像画の数だけ顔があったりしちゃうしね」
「「「へ?」」」
「基本の目鼻立ちは押さえていてもさ、仕上がりがいい加減だから…。どれが本当の顔だったんだか、今となっては謎ってケースも」
なんと、そういう肖像画が! イメージ戦略恐るべしです。カッコ良さを売るなら顔が一番と思ってましたが、顔は二の次、三の次。そこまでして描くカッコ良さって…?
「えっ、どういうカッコ良さかって? 馬に跨ってポーズを決めたり、騎士風に剣を翳したり…。でもハーレイにはどれもイマイチ不向きと言うか、コスプレにしかならないと言うか…」
「似合わないよね…」
それは分かる、とジョミー君。会長さんなら白馬に乗ったら王子様ですし、剣を持ったら騎士でしょう。けれども教頭先生の場合、どちらも仮装かコスプレの世界。
「…売りは筋肉だと思わないでもないんだけどね?」
ソルジャーが口を挟みました。
「ブルーとシロエは却下したけど、ぼくは褌一丁の絵でも構わないかな。だってね、ハーレイの売りは逞しさだよ? ぼくとの体格の違いにグッとくるんだ、特にベッドじゃ」
「その先、禁止!」
会長さんがビシッと遮りましたが、ソルジャーは。
「そっちの方には行かないよ。とにかく、ぼくなら肉体美だけでも惚れ惚れするね。あの体格の良さと筋肉を売りにしないでどうすると? 此処は肉体美で攻めるべき!」
「……お勧めは褌一丁なのかい?」
「それも何だか芸が無いねえ…」
筋肉を売りにする方法は、と額を集める私たち。ボディービルダーとか、そっち系かな?
ヒソヒソ、コソコソ、コソコソ、ヒソヒソ。ああだこうだと相談しまくり、ついに纏まった筋肉を売りにするポーズ。それを引っ提げ、私たちは週末の土曜日、教頭先生のお宅にお邪魔しました。
「「「おはようございまーっす!!」」」
ソルジャーもセットで瞬間移動。会長さんの家で遅めの朝食をたっぷり食べて元気一杯、声だって元気一杯です。
「おお、来たか。画家さんはもうすぐ来るのだが…。どうだろう、これでキマッているか?」
教頭先生は柔道着を着て赤帯を締めておられました。髪の毛の方もビシッと撫で付け、何処にも隙がありません。この格好でポーズをつけたら、キース君を投げなくってもカッコいい絵が仕上がりそうです。でも…。
「ダメダメ、それじゃイマイチどころか全然ダメだね」
会長さんが派手にダメ出しを。
「君の売りは其処じゃないだろう? ブルーが言うんだ、肉体美だ、って。鍛え上げられた筋肉を纏った身体を描かずして何を描く、ってね」
「うーむ…。もう少し胸元を開けた方がいいか?」
「そうじゃなくって! 下はそのまま履いてていいけど、上は脱ぐべき!」
でないと見えない、と会長さんに言われ、教頭先生はアタフタと。
「ぬ、脱ぐだと…? 肖像画だぞ!?」
「イメージが肖像画の命なんだって言わなかった? 君のイメージを売るんだよ! ぼくにはサッパリ分からないけど、ブルーが肉体美だと言ってる以上は筋肉なんだよ!」
出し惜しみせずにアピールしろ、と会長さん。
「でもって、ポーズは上半身の筋肉を見せつけるためにゴリラのポーズ!」
「……ゴリラ?」
「そう、ゴリラ! よく見かけるだろ、胸をボコボコ叩いてるヤツ!」
とにかく脱いでやってみろ、と会長さんは容赦しませんでした。そう、これこそが作戦会議で決まったポーズ。上半身裸で胸をボコボコ、いわゆるゴリラの決めポーズで…。
「……こ、こんな感じでいいのだろうか?」
上半身の道着を脱いだ教頭先生、両手の拳で胸をボコボコ。しかし…。
「それじゃゴリラになってない! もっと胸を張る!」
「こ、こうか?」
こうだろうか、とボコボコしてみる教頭先生の姿に、ソルジャーが。
「…いいねえ…。なんだかドキドキしてきたよ。筋肉の凄さをアピールするには最高かもね」
「そうですか? そう言われると嬉しいですね」
ボコボコ、ボコボコ、ゴリラのポーズ。やがて訪れた画家さんも、教頭先生の筋肉アピールにインスピレーションを受けたらしくて…。
「うんうん、凄くいい絵が出来たね。思った以上のカッコ良さだよ、ねえ、ブルー?」
会長さんが手放しで褒める教頭先生の肖像画。画家さんが何度も通って仕上げたソレは教頭先生の家のリビングに飾られ、今日は土曜日でお披露目の会にお邪魔しています。肖像画の言い出しっぺだったソルジャーも私服で参加していますけれど。
「……この背景は何なんだい?」
この家じゃないよね、と指差すソルジャーに、教頭先生が「ああ、それは…」と解説を。
「より雄々しさを高めるためにと、わざわざ描いて下さいまして…。これを描くのに植物園なども回って下さったらしいです。写真だけでは雰囲気が掴めませんからね」
「「「………」」」
そこまでするか、と画家魂に恐れ入る私たち。ただのジャングルだと思ってましたが、写実性の高さはプロならではの技らしいです。…そう、教頭先生の肖像画の背景は鬱蒼と茂ったジャングルでした。ゴリラのポーズを引き立たせるため、ゴリラが出そうな風景で。
「なるほどねえ…。おまけに岩の上で裸足なんだね?」
「ええ、裸足の逞しさを活かして描くにはゴツゴツした岩が良いとかで」
床や地面ではダメだそうです、と語る教頭先生は肖像画の出来に大満足の様子でした。会長さんにも褒めて貰えましたし、何より会長さん指定のゴリラのポーズ。それに相応しく岩とジャングルまで描いて貰って、後はアピールするだけで…。
「どうだろう、ブルー? これで私に惚れてくれたか?」
「…君にかい? …この絵は凄いし、カッコイイとも思うんだけど…」
実物がねえ、と会長さんは溜息を一つつきました。
「君がこの絵のとおりだったら、逞しくてワイルドな魅力ってヤツだ。…でもさ、本当にこの通りかい? こういうポーズを取らなくっても筋肉をアピール出来そうかい?」
「…そ、それは…。柔道部の部活を見に来てくれれば…」
「柔道部じゃ道着を着てるよねえ? この絵よりかは何割減だろ、それにジャングルも岩も無い。その状態で此処までの魅力は多分、出ないと思うんだけど…。この絵は本当にいいんだけどね」
筋肉の美しさに惚れ惚れしそう、と会長さんがホウと溜息。さっきの溜息一つとは違って熱い溜息というヤツです。
「肖像画どおりの君だったらねえ…。ブルーが惚れるのも少しくらいは分からないでもないかな、うん。でも肖像画ってヤツは芸術だからさ、何割増しかで描いてあるのが常識だしね」
「……つまりアピールは出来たんだな? この絵の私なら惚れるんだな?」
「うん、本当に素敵な絵だしね」
「よし、分かった!」
私も男だ、と教頭先生、肖像画のポーズとは違った意味で胸を叩いておられます。何が「分かった」で、どう男なのか、サッパリ見当がつかないんですが…。
「「「えぇっ?!」」」
あの肖像画で全て終わったんじゃなかったのか、と唖然呆然の私たち。教頭先生は会長さんに自分の長所をアピールなさって、それで満足なさったのでは…?
「違うね、ぼくも絵だけを褒めて終わった気でいたのにさ…」
「かみお~ん♪ ハーレイ、頑張ってるの! あの絵みたいになるんだってー!」
筋肉モリモリでムキムキなんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がポージング。小さな身体でポーズを取っても可愛いだけで、ムキムキも何も無いのですけど…。
「あのね、あのね! なんか色々と体操してるし、筋肉がつくお薬もー!」
ぼくもお手伝いしてるもん! と胸を張る「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、教頭先生が「筋肉づくりにいいらしい」と調べて来た食材の調理方法などを指導しているらしいです。
「せっかく栄養つけるんだもん、食事もバランス良くしなきゃ! お肉ばっかり摂ってもダメだし、お野菜も果物も大切なんだよ!」
スポーツ栄養学って言うの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意そう。教頭先生も柔道部を指導してらっしゃるだけに詳しいそうですが、今以上にパワーアップとなると孤独な戦いを続けるよりも、会長さんと一緒に暮らす「そるじゃぁ・ぶるぅ」とタッグを組みたいらしくって…。
「それでね、ブルーもお手伝い頑張ってるのー!」
「「「は?」」」
何故に会長さんが頑張るのだ、と会長さんの顔を見詰めれば。
「違う、違うってば、ぼくじゃなくって!」
「……呼んだかい?」
ヒョイと姿を現したソルジャー、小さな箱を抱えています。もしやブルーもお手伝いって…?
「ぼくだけど?」
ソルジャーはアッサリ答えてくれました。
「あの肖像画を目指すと言われちゃ、ぼくだって期待が高まるよ。運動の方は無理だとしてもさ、食事と薬でパワーアップが可能だったら是非とも応用しなくちゃね。ハーレイの肉体美に惚れたのは、ぼく! ぼくのハーレイがパワーアップしたら嬉しいし!」
これも大切な薬なのだ、とソルジャーが箱を開けると、中身は小さな瓶に入った液体だとか、いろんな種類の錠剤だとか。
「ぼくの世界で開発された筋肉増強用の薬を色々と…ね。ぼくのハーレイにも使ってみたけど、どうも効果がイマイチで…。こっちの薬と飲み合わせたら劇的な効果が出るのかな、って!」
「「「うわー…」」」
それは人体実験では、と言いたい言葉を必死でゴクンと飲み込みました。教頭先生が御自分の意志でガンガン試してらっしゃる以上は、実験じゃなくて試飲と呼ぶべき状態ですしね?
会長さんに褒められた筋肉をアピールな肖像画。そういう姿になりさえすれば会長さんが惚れてくれる、と頭から信じた教頭先生、運動に食事に筋肉増強用の薬に、と努力を重ねて頑張って。
「えっ、なんて?」
とある土曜日の午後、会長さんの家に教頭先生から電話がかかって来ました。
「まだまだダメだと思うんだけど…。そ、そう…。それじゃ今から行けばいいのかな、幸か不幸か、みんなもいるしね」
受話器を置いた会長さんは「あーあ…」と情けない声を。
「ハーレイが披露したいんだってさ、筋肉を! 是非来てくれと言ってきたから行くしかないね。こういう時に限ってブルーが居ないのが腹が立つけど!」
「…呼ぶ方がリスクが高いと思うぞ」
キース君が言えば、会長さんも。
「分かってる。週末に姿が見えないってことは特別休暇か何かなんだよ、よくあるパターンだ」
「そういうわけでもないんだけれど?」
「「「で、で、で…」」」
出たーっ! と響き渡った悲鳴。ソルジャーがニヤニヤしています。
「特別休暇は今日の夜から! どんなプレイを頼もうかなぁ、って朝から考えていただけで」
「それなら帰って考えたまえ!」
さっさと帰る! と会長さんが指を突き付けても、ソルジャーはフンと鼻で笑って。
「もう来ちゃったし! ハーレイの筋肉自慢だってね、どうせ暇だから見ておきたい。それにさ、ぼくが居ないと腹が立つんだろ?」
「…どっちでもいいよ、ぼくは思いっ切り疲れたし! せめて瞬間移動は手伝ってよね」
「それはもちろん。じゃあ、行くよ?」
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
タイプ・ブルーのサイオン、三人前。身体がフワッと浮いたかと思うと教頭先生の家に到着です。リビングで待ちかねておられた教頭先生、肖像画を前に自信たっぷり。
「見てくれ、あの絵に近付いたのだ!」
「…どの辺が?」
「見た目は大して変わらないのだが、パワーだな。昨夜、風呂場で気が付いたんだ。今の私はこう、筋肉に力を入れると!」
ワイシャツ姿の教頭先生がグッと胸を反らし、拳を握ってグググググ…と。おおっ、筋肉がシャツ越しに見ても盛り上がってますよ、それでこれから…?
「筋肉だけでシャツのボタンが弾け飛ぶのだーっ!!」
なんと、そこまで行かれましたか! 見に来た価値はあったかもです、シャツのボタンが…!
ブチブチブチッ! と音がし、弾け飛んでゆくワイシャツのボタン。アンダーシャツもベリベリと裂け、自慢の筋肉が現れました。肖像画並みとまではいかなくっても、これは凄すぎ。
「どうだ、ブルー! 私の本気を見てくれたか?」
「う、うん…。と、とりあえず…」
凄いね、と会長さんが告げたお愛想に気を良くなさった教頭先生、フンッ! と両足を踏ん張り、更に力を籠められた……のですけれど。
「「「え?」」」
ビリビリビリッ! と布が裂ける音。いったい何が、と思う暇もなく視界にかかったモザイクの場所は教頭先生のズボンの前で。
「何するのさーーーっ!」
会長さんが絶叫し、ソルジャーは目がまん丸に。
「ちょ、ハーレイ! これって何?!」
「し、失礼を…! す、すみません、私にも何がなんだか…!」
こんな所を鍛えた覚えは、と大慌ての教頭先生の前にソルジャーがストンとしゃがみ込むと…。
「副作用かな? それとも相乗効果かな? ズボンも下着も引き裂くようなパワーだなんて、これは研究しなくっちゃ。えーっと、気になる感度の方は、と…」
ちょっと失礼、とソルジャーの手にもモザイクがかかった次の瞬間、教頭先生は噴水のような鼻血を噴いて仰向けに倒れてゆかれました。ドッターン! と床と家とが揺れて…。
「…あーあ、これだけのパワーがあるのに、秘密が解明出来ないなんて…」
此処だけはビンビンのガンガンなのに、とモザイクのかかった辺りを眺めるソルジャーは心底、残念そう。教頭先生のズボンと下着を破ったモノとは、いわゆる大事な部分です。
「頭の打ちどころが悪かったのかな、それともパニックで消し飛んだかな? ハーレイが飲んだ薬とか食事の記憶が綺麗サッパリ無いんだけれど…。その記憶さえ残っていれば…!」
「君のハーレイで試せばいいだろ、適当に!」
このハーレイも持って帰れ、と会長さんが教頭先生をゲシッと蹴れば、ソルジャーは。
「嫌だね、ぼくのハーレイで実験する気は無いんだよ。こっちのハーレイで継続をお願いしたいんだけれど、してもいい?」
「却下!!」
こんな実験をされてたまるか、と会長さんは怒り心頭。
「ハーレイの記憶は消去するから、肖像画ごと! でないと迷惑なだけだから!」
「ええっ、芸術は残すべきだよ、こんなに素敵な肖像画だし!」
「君の眼にしかそう映らない!」
とにかく消す、と喚き立てている会長さんと、断固阻止を叫ぶソルジャー。私たちとしては肖像画も筋肉増強の妙な薬もこれっきりにして欲しいのですけど、どうなるでしょう? 筋肉とセットでオトナな部分がパワーアップって、二度と勘弁願いたいです~!
魅惑の肖像画・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生の肖像画、素晴らしいのが出来たようですけど…。後が大いに迷惑なオチ。
ちなみに「画家の数だけ顔がある」というのは実話。昔の肖像画は嘘八百が基本だとか。
今月は月2更新ですから、今回がオマケ更新です。
次回は 「第3月曜」 9月19日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、9月は、秋のお彼岸の季節。はてさて今年はどうなりますやら。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
そろそろ夏休みの声が聞こえて来そうな七月の初め。近付いてくる期末試験対策など完全に無視が1年A組、それに輪をかけて何もしないのが私たち七人グループです。今日も今日とて、土曜日とあって会長さんの家に遊びに来ていたり…。
「かみお~ん♪ お昼御飯はグリーンカレー! トムヤムクンも作ってみたよ!」
夏はやっぱりスパイシー! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が呼びに来てくれ、ダラダラしていた広いリビングからダイニングの方へと大移動。席に座って…。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
「ちょっと待ったぁ!」
ぼくの分が、と余計な声が。いつの間に湧いたか、会長さんのそっくりさんが紛れてテーブルに着いています。当然ながらカレーのお皿もトムヤムクンもその前には無く。
「ぶるぅ、ぼくの分のカレーもあるよね?」
「うんっ! ちょっと待っててねー!」
お客様だぁ~! と飛び跳ねていった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は直ぐにソルジャーの分のお皿を運んで来ました。そこで改めて「いただきます」となったわけですが。
「…君はいったい何しに来たわけ?」
会長さんの険しい目つきに、ソルジャーはトムヤムクンをスプーンで掬いながら。
「何って…。お昼御飯だけれど? 今日の食事はイマイチだったし」
断然こっちの方がいい、と言うソルジャーの世界のシャングリラ号も昼食はカレーだったらしいです。けれどいわゆる普通のカレーで、スープも定番のものだったとかで。
「同じカレーなら素敵な方を食べたいじゃないか。…というわけで、こっちで昼食」
「………。それだけかい?」
「それだけだけど?」
まだ何か、と返すソルジャー。
「ハーレイとの仲は至極円満だし、夜の生活にも不満は無いし…。何か理由が欲しいんだったら、作ろうか?」
「い、要らない! ゆっくり食べてってくれればいいから!」
お代わりも遠慮なく食べてくれ、と顔色を変える会長さん。ソルジャーが来るとロクな展開にならない事例が多数なだけに、警戒する気持ちは分かります。とはいえ、何も起こらない時の方が割合としては大きいですから、今日も平穏な日なのでしょう。
「ぶるぅのカレーは美味しいねえ…。来て良かったよ」
トムヤムクンも絶品だし、とソルジャーは食欲旺盛です。私たちの方もホッと一息、ソルジャーも交えてお喋りタイム~。
話題は昼食前と同じであちらこちらと飛びまくり。今年の夏も暑そうだとか、夏といえばそろそろお盆だとか。中身も無ければ脈絡も無い会話に花が咲きまくりな中。
「…そうだ、馬って高かったんだねえ…」
ジョミー君の唐突な台詞に、誰もが「はぁ?」と。
「馬ってアレかよ、乗って走るヤツ?」
サム君が訊くと「うん」という答え。
「マツカの山の別荘に行ったら乗ってるからさ、あんなに高いとは思わなくって」
「…何が高いんだ? 馬の背丈か?」
馬の種類によるだろう、とキース君が返しましたが。
「違うよ、馬の値段だよ! 家より高いとは思わなかったな」
「そっちも色々ありますよ」
マツカ君が控えめな声で。
「血統とかで決まるんです。いい馬だったら凄い値段がつきますけれども、そういう馬でもレースで結果が出せなかったら値が下がることもありますしね」
「そうだったわけ? だったら、ぼくたちが乗ってる馬は?」
「あそこの馬も色々ですね。競走馬だった馬もいますし、ごく普通のも。…乗馬クラブですから、元競走馬と言ってもそこそこですけど…」
いい成績を出していた馬は繁殖用に回されますし、とマツカ君が説明した所で。
「そう、それ、それ! なんかそういう牧場だった!」
「「「は?」」」
またしても『?』マークの乱舞ですけど、ジョミー君は。
「何処だったかなぁ、外国のニュースだったんだけど…。レース用の馬を育ててる牧場で事故があってさ、下手すると凄い損害らしいよ」
「「「事故?」」」
「うん。なんか世界でも指折りの血統の親から生まれた馬をさ、預かって育ててたみたいなんだ。とっくの昔に買い手がついてて、持ち主はオイルダラーだったかな? そういう馬が蜘蛛に噛まれて重体だって」
「「「蜘蛛?」」」
なんじゃそりゃ、と誰もが思いましたが、蜘蛛は蜘蛛でも毒蜘蛛らしく。
「きちんと治れば問題無いけど、死んじゃったりしたら大損害、ってそういうニュース」
「…そりゃそうだろうねえ…」
大損害だ、と会長さん。ジョミー君曰く、重体の馬は豪邸が楽々買えるお値段だそうで、牧場の人も馬の持ち主も、これはもう御愁傷様としか…。
一噛みで高額の損害を与えそうだという毒蜘蛛。とんでもないモノがいるものだ、と話題は馬から毒蜘蛛の方へ。
「この国に居なくてよかったよなぁ、そういうヤツがよ」
平和で良かった! とサム君が言えば、シロエ君が。
「一撃必殺まではいかないですけど、最近、いるじゃないですか。外国から入って来たとかで」
「いたな、そういう物騒なのも」
寺にとっては悩みの種で、とキース君。
「側溝とかによく居るらしくて、暖かい地方の寺なんかだと墓地の掃除に来た檀家さんが見付けて大騒ぎってこともあるそうだ。駆除するのは寺の仕事になるから大変なんだぞ」
「それ、元老寺にもいるのかしら?」
スウェナちゃんの問いに、キース君は即答で。
「居られてたまるか! アルテメシアでも出たというニュースは聞いているしな、業者さんに定期的に調べて貰っているんだが…。その分、管理費が少々高めに」
「でも馬よりは安いよねえ?」
その管理費、とジョミー君。
「当然だ! そんな巨額の出費になったら赤字どころか倒産だ!」
「良かったですねえ、キース先輩。とんでもない毒蜘蛛の居る国じゃなくて」
「まったくだ。そんな毒蜘蛛に檀家さんが噛まれたとなれば大惨事だしな。…まあ、この国にも毒蛇なんかはいるわけだが」
「南の島のは強烈ですよね」
キース君とシロエ君が毒蛇談議に突入しました。南の島の蛇はヤバイとか、この辺りでも普通に棲んでるヤマカガシが実はヤバイとか。危険視されているマムシなんかよりヤバイらしいのがヤマカガシで。
「ヤマカガシの本気は怖いそうですよ、普通に噛まれても毒は出さないらしいんですけど…。本気を出すと人間も殺せるレベルの毒を繰り出すみたいで」
「「「えーっ…」」」
本気と普通を使い分けるな、と言いたいです。そのせいで長い間、毒の無い蛇だと思われていたという豆知識が更に恐ろしく。
「…そういうのって勘弁して欲しいよね」
毒があるなら最初からそれっぽくしておいてよ、というジョミー君の意見に、私たちは全面的に賛成でした。毒が無いように見えて実は有毒ってヤツ、キノコなんかにありがちですけど、キノコは噛んだりしませんものね。
有毒の生き物は毒を持っている件について申告すべし。そうあるべき、と私たちはブチ上げました。毒蜘蛛なんかは見るからにヤバイ外見です。ジョミー君が見たニュースの馬は不幸な事故に遭ったようですが、私たちならまず触ったりはしないかと…。
「…そうかなあ?」
会長さんが首を捻って。
「ヤマカガシってヤツは置いといてもさ、毒のある生き物は侮れないよ?」
「あ、分かる、分かる! ぼくも色々試されちゃったし」
人体実験時代にね、とソルジャーが割って入りました。
「生物由来の毒ってヤツはけっこうキツイよ。…でもねえ、ぼくの世界は地球自体が一度滅亡しかけてるだけに、自然といえども人工的に作られたヤツで…。わざわざ人間に害のある生き物を放しはしないし、遭遇することはまずないね」
「そういう意味では安全な世界なんですね?」
SD体制と聞けば物騒ですけど、とシロエ君。
「まあね。それにSD体制ってヤツも、ミュウでなければ安全で安心な世界じゃないかな。ちょっと色々歪んでるけどさ」
「ぼくたちもミュウには違いないから、SD体制は願い下げだね」
そんな世界には絶対しない! と会長さんが決意表明しましたけれども、それで話が高尚な方へ行くかと思えばさに非ず。
「…ところで、無人島に流れ着いたら何を選ぶ?」
「「「はぁ?」」」
なんでいきなり無人島? SD体制に放り込まれた時の脱出用のシナリオか何か?
「あ、違う、違う! そうじゃなくって毒の続きで…。遭難して無人島に着いたとするだろ? 食べ物を調達しなきゃいけないけど、有毒だったら一巻の終わり!」
「そうだろうな」
解毒剤も病院も無いからな、とキース君が答えれば、会長さんは。
「そこでコレなら安全、っていう動物性のタンパク質を選ぶんだったらどれにする? 海では魚が獲り放題で、陸にはトカゲとか大きな蛇とか。ついでに警戒心が皆無の鳥もいるんだけれど」
「「「うーん…」」」
どれだろう、と考え込んで、それから顔を見合わせて皆で意見交換。ソルジャーも交えて討論の末に出した結論は…。
「「「鳥!」」」
これっきゃないでしょ、魚はフグとか色々いますし、蛇もトカゲもヤバイですってば…。
自信満々で鳥を選んだ私たち。しかし会長さんは両手で大きくバツ印を。
「はい、死亡」
「「「えぇっ!?」」」
なんで鳥なんかで死ぬ羽目に? まさか寄生虫? 毒が無くてもそっちはアリかも…。
「違うね、実は世界で三番目に強い猛毒の生き物は鳥なんだよねえ…」
「「「へ?」」」
そんな話は初耳でした。鳥が毒だなんて、怪獣とかじゃあるまいし…。
「この国には棲んでいないんだけどね、南の島にズグロモリモズってヤツがいる。毒があるのは皮膚と羽根でさ、バトラコトキシンっていう神経毒。地元じゃ鳥から抽出した毒で毒矢を作っていたらしい」
「ど、毒矢って…」
死ぬじゃないですか! とシロエ君が叫び、私たちもブルブルです。それにしたって猛毒の鳥とは凄すぎ、他にも色々いるのでしょうか?
「いや、レアケースらしいけど? 少なくとも猛毒ってヤツはこれだけだしね」
「物騒だな…」
南無阿弥陀仏、とキース君がお念仏を。
「分かった、南の島に流れ着いても鳥は食わないことにする。しかしだ、掟破りな鳥だな」
「まあね。どうやら餌によるんじゃないかって話らしいよ、猛毒の元は」
フグと同じで、と会長さん。
「養殖のフグには毒が無いっていう話があるだろ、あれと同じさ。ジャングルの中で食べている餌に毒の成分があるんじゃないかと言われているね。羽根と皮膚だから触るとアウトさ、なんとも危険な鳥なんだってば」
「…触るとアウトって、死ぬのかい?」
ソルジャーが尋ね、会長さんが。
「そこまでは行かないんじゃないのかな? 酷くかぶれるとか、腫れるとか…。触ってる時間が長かったり、手に傷があったりしたら死ぬかもだけど」
「なるほどねえ…。触るとアウトで、一見して毒とは思えないモノか」
面白い、とソルジャーの唇が笑みの形に。
「しかも毒性は餌由来だって? これって使いようによっては凄いのが出来そう」
「……まさか生物兵器とか?」
会長さんが怖々といった風情で口を開けば、ソルジャーは。
「そんなトコかな。お昼御飯を食べに出掛けて来た甲斐があったよ、うん」
「「「…………」」」
南無阿弥陀仏、と最初に唱えたのが誰だったのかは分かりません。SD体制の世界で命を懸けて戦うソルジャー、生物兵器を開発しますか、そうですか…。
お昼御飯を美味しく食べたソルジャーはウキウキと帰ってゆきました。午後のおやつに予定されていたレモンババロアのケーキをお土産に詰めて貰って、御礼を言って。
「えーっと…。ぼくが振った話、マズかったかな?」
毒蜘蛛事件、とジョミー君が首を傾げれば、キース君が。
「いや、それを言うならブルーだろう。猛毒の鳥の話はあいつだぞ」
「…その前にヤマカガシを出したの、ぼくです」
悪いことをしたでしょうか、とシロエ君も反省しきり。
「まさか生物兵器に繋がるなんて…。大丈夫でしょうか、あっちの世界」
「その大丈夫は難しいよ」
ブルーたちの方か人類側か、と会長さん。
「ブルーが生物兵器を開発したことで犠牲が出るのは人類側だ。だけど人類側ってヤツはさ、ブルーたちの仲間を見付け次第抹殺するみたいだし…。生物兵器でブルーが勝利したなら、それはそれで平和になる……かもしれない」
「…ほどほどにしておいてくれるといいんだが…」
キース君が左手首の数珠レットの球を数えながら南無阿弥陀仏を何回か。
「無益な殺生は良くないからな。…生物兵器を送り込むにしても、要人だけに留めておくとか、良識ってヤツに期待をしたい。無差別攻撃は惨すぎる。いくら相手がそうだとしてもな」
「そうだよねえ…」
会長さんも合掌しています。
「女子供はやめて欲しいよ、ついでに大量殺人もね。…ブルーにしてみれば恨みは山ほどあるんだろうけど」
「「「………」」」
惑星ごと抹殺されかけたというアルタミラ事変の話はソルジャーから何度も聞いていました。その時の仕返しとばかりにシャングリラ号が潜んでいる惑星、アルテメシアを生物兵器で攻撃とかは酷すぎです。しかも元ネタは私たちが振った話となると…。
「ど、どうしよう…。ぼくも地獄に落ちたりして…」
ジョミー君が青ざめ、キース君が。
「そういう時にはお念仏だ! 南無阿弥陀仏で救われるんだ、その一言でお浄土だぞ!」
「そ、それで地獄は大丈夫なわけ?」
「南無阿弥陀仏と唱えれば阿弥陀様が来て下さるんだ!」
「…そ、そうなんだ? じゃ、じゃあ…。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」
地獄は勘弁して下さい、と懸命にお念仏を唱えるジョミー君。日頃あれほど嫌がっている南無阿弥陀仏を自分からとは、よほど反省してるんですねえ、自分が言い出した毒蜘蛛の件…。
ソルジャーが開発に取り掛かりそうな生物兵器。私たちがネタ元だけに、どんな結果が待っているかは考えたくもありませんでした。大量虐殺になったりしたら悲惨です。その時は会長さんとキース君に頼んで供養のための法要を、ということに決めて忘れておこうと決心したのに。
「どうかな、コレ?」
可愛いだろう、とソルジャーが写真を見せてくれたのは夏休みに入ったとある日のこと。恒例の柔道部の合宿とサム君とジョミー君の璃慕恩院行きが終わり、今日からマツカ君の山の別荘。ソルジャーは参加していないくせに、夜に大広間で遊んでいたら突然フラリと現れて。
「こっちの世界には居ないよね、コレは」
「…いないね」
君の世界にしかいないだろう、と会長さん。
「ナキネズミだっけ? 確か思念波を使えるとか」
「そうなんだよ! 意思の疎通が出来るってトコがポイント高いし、おまけに見た目も可愛いし…。これなら誰でも油断するかと」
「「「油断?」」」
「そう! コレがトコトコ近付いてきても、誰も絶対、警戒しない!」
そして撫でたい気持ちになる、と言われて思い出しました。例の生物兵器です。鳥に毒があるとは思わなかった私たち。まさかソルジャー、この生き物を使う気では…?
「あっ、分かった? あれから色々考えたんだけど、これがいいかな、と思ってね」
「…まさか開発中ですか?」
それともこれから? と尋ねたシロエ君に、ソルジャーは。
「只今、絶賛開発中! 餌に色々と混ぜ込んで…。最初の間は大変だったよ、これマズイとか美味しくないとか、拒否られちゃってさ。幸い、いいモノが見付かって」
コレに混ぜれば大喜びで、とソルジャーが取り出したものはパイ菓子でした。何処かで似たようなモノを見た気がします。えーっと、この手のヤツは色々と…。
「うなぎパイだよ、夜のお菓子で有名だよね。いつも思うけど、凄いネーミング」
そのものズバリ、とソルジャーがニヤリ。
「食べると気分が盛り上がるしねえ、夜のおやつの定番なんだ。時々買いに来ているんだけど、それをコイツが盗み食い! しょっちゅう盗られるし、もしかして…、とコレに混ぜたら大喜びで」
「「「………」」」
生物兵器の開発に着手されていたことも衝撃でしたが、うなぎパイもダメージ大でした。物騒なモノを作り出すために夜のお菓子を使うだなんて…。せめてもうちょっとマシなチョイスを、と言いたいですけど、好物だったら仕方ないかな…。
うなぎパイに恐ろしい毒を混ぜ込み、ナキネズミに食べさせているというソルジャー。パイ菓子にどうやって練り込むのだろう、と思ったのですが、表面に塗って乾かすだけでOKらしく。
「流石は夜のお菓子だねえ…。毒をもって毒を制すというか、木の葉を隠すなら森の中というか。似たような効果のある代物を混ぜてやっても味は落ちないみたいだよ」
「「「は?」」」
似たような効果って、うなぎパイですか? うなぎパイはあくまで夜のお菓子で、生物兵器とは似ても似つかぬ効果を誇る食べ物かと…。
「だから生物兵器だってば、対ハーレイとか、そういう系の!」
「「「えっ!?」」」
思考が一瞬、停止しました。今、対ハーレイとか聞こえましたか? 生物兵器が?
「そう! ハーレイに使おうと思ってるけど、自分に使うのもアリかもね。撫でるだけで催淫作用があるんだ、このナキネズミ。皮膚と毛皮にそういう成分、蓄積中!」
触るとジンとくるんだよ、とソルジャーは片目をパッチンと。
「何度も撫でるとジワジワくるねえ、もうハーレイとヤるしかないって気分になるよ。ぼくは薬には耐性が高い方なんだけれど、それでもジワジワ! それをハーレイが撫でたら気分は獣さ、もう最高の生物兵器!」
いずれは夜のベッドのお供に、とソルジャーはニコニコしています。
「人懐っこいから、人間がいればスリスリと寄って来るんだよ。ベッドの上に放しておけばさ、ぼくかハーレイかに擦り寄るし…。そうすれば媚薬成分バッチリ、もう何発でも」
「退場!!」
会長さんが叫びましたが、ソルジャーに効き目がある筈もなく。
「もちろん催淫作用だけでなく、精力剤の方も仕込んであるよ。ナキネズミに触ればパワー充填、猛毒ならぬ絶倫作用! そういう成分を皮膚と毛皮にたっぷりと」
まだハーレイには試してないけど、と語るソルジャー。
「せっかくだからね、使い始めは結婚記念日! 夫婦円満のための生物兵器の使い初めにはピッタリの日だと思うんだよね」
マツカの海の別荘行き、と聞いて仰天、唖然呆然。海の別荘はソルジャーとキャプテンが結婚した場所だけに、毎年、結婚記念日と重ねてお出掛けすることに決まっています。そこへ怪しげな毒性を持ったナキネズミとやらを持ち込むと…?
「別にいいだろ、検疫はキチンとしてあるし! こっちの世界に居ない生き物でも、ぼくは上手に誤魔化せるしね」
猫が居るとでも思わせとくさ、と言われましても。そのナキネズミ、アヤシイ作用があると聞いたら何だかとっても心配です~!
ソルジャーが着手していた生物兵器はナキネズミ。私たちの世界にはいない生き物で、耳が大きくてリスみたいな感じの可愛さですけど…。
「…大丈夫なのか、あのネズミは?」
ソルジャーが広間のおやつを大量にゲットして帰って行った後、キース君がボソリ。
「うーん…。検疫は大丈夫みたいだけどねえ?」
会長さんの答えに、キース君は。
「そっちじゃなくてだ、アヤシイ効果が気になるんだが…。まさか逃げたりしないだろうな?」
「「「…え?」」」
「逃げないだろうな、と言っているんだ。アイツは自分たちで使うつもりで連れて来る気だが、なにしろ相手は生き物だ。逃げないという保証は無いぞ」
「あー…」
それは確かに、と会長さん。
「でもさ、ブルーはサイオンのエキスパートだし! 脱走したってすぐにお縄だよ、でもってブルーの部屋にガッチリ監禁!」
そして本来の目的のために使用される、と会長さんは断言しました。
「何と言っても、ブルーのアヤシイ目的のために開発しているみたいだし…。まして大切な結婚記念日に使い初めをすると言っているんだ、逃走させるわけがない」
「なるほどな…。逃がしたらアイツが損をするだけか」
「そうだと思うよ、肝心の時に使えないだけ! そして生物兵器としての怖さは既に分かっているんだし…。万一、逃走中に出会っても触らなければ大丈夫!」
そしてブルーに通報すべし、と会長さん。
「きっと慌てて引き取りに来るよ、自分たちのためのナキネズミだし! まだまだパワーアップさせる予定とも言ってたんだし、大事なネズミが逃げたままなんて有り得ないってば」
「…それもそうだな、慌てず騒がず通報なんだな」
決して触らず、とキース君が重々しく付け加え、私たちは揃って頷きました。アヤシイ効き目だか毒性だかを帯びている上、今よりも更にパワーアップするというナキネズミ。可愛い見た目に騙されたが最後、何が起こるか分かりません。
「…ハーレイにも言っておかないとねえ…」
海の別荘には来るからね、と会長さんが溜息をついて。
「ぶるぅ、お前もアレには触っちゃダメだよ、可愛いけれど」
「うんっ! 毒があるんなら触らないよ!」
怖いもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は良い子の返事。ナキネズミが本物の猛毒でなかったことは嬉しいですけど、海の別荘、大丈夫かな…。
山の別荘から戻ってくれば、キース君が忙殺される恒例のお盆。ジョミー君とサム君も棚経のお手伝いに出掛けて汗だく、キース君は他にも墓回向やら施餓鬼法要やらと走り回って…。
「「「海だーっ!!!」」」
今年も来たぞ! と男の子たちが拳を突き上げ、スウェナちゃんと私もワクワクです。教頭先生にソルジャー夫妻、「ぶるぅ」なんかも一緒とはいえ、海の別荘はやっぱり格別。海で泳いで、美味しい料理を御馳走になって…。
「ハーレイ、地球の海は何度見てもいいねえ…」
いつか必ず地球に行こうね、とソルジャー夫妻は別荘に入る前から熱いキス。そのソルジャーの足元にはペット用のキャリーケースが置かれ、「ぶるぅ」が中を覗いています。ケースの中身は言わずと知れたナキネズミで。
「あっ、ぶるぅ! 開けちゃダメだよ、そのケースは!」
キスを終えたソルジャーが珍しく注意。普段なら「ぶるぅ」が何をしていようと放置のくせに、ナキネズミのケースに触る前からこの調子ならば、恐らくは…。
「…大丈夫だよね?」
ジョミー君が見回し、シロエ君が。
「大丈夫でしょう!」
私たちのやり取りに気付いたソルジャーも。
「ああ、コレかい? コイツは大事なナキネズミだし、ぼくがキチンと管理するってば!」
餌もこんなに持って来たんだ、と開けた旅行用バッグの中にはギッシリと…。
「ブルー、奮発しましたねえ…。こんなに買ってやったのですか?」
うなぎパイを、と覗き込むキャプテンに、ソルジャーは。
「それはもう! ほら、言っただろ? コイツに頑張って貰わなきゃ、って!」
「パワーアップ用だと伺いましたね、楽しみです」
どんな効果があるのでしょうか、と頬を赤らめるキャプテンはナキネズミの正体を一応は把握しているようです。教頭先生もキャリーケースが気になる様子で。
「…おい、ブルー。あの生き物は怖いと聞いたが」
「そうだよ、ウッカリ触ると最悪! ブルーたちには素敵な生き物らしいんだけどさ、他の人間には迷惑なだけの生物兵器ってヤツだからね」
命が惜しければ触るんじゃない、と会長さんが真顔で告げて、教頭先生も「うむ」と真面目に。
「別の世界の生き物らしいし、私も重々気を付ける。お前も注意するんだぞ?」
「勿論さ。ぼくも命は惜しいから」
あんなので命を落としたくない、と震えてみせる会長さんが教頭先生にナキネズミの正体を何処まで明かしたのかは謎ですねえ…。
こうして私たちの世界に連れて来られた生物兵器のナキネズミ。海の別荘での初日がソルジャー夫妻の結婚記念日に重ねてあったため、その夜は盛大なお祝いでした。御馳走にケーキと盛りだくさんで、宴会が終わるとソルジャー夫妻は二人きりで部屋に引き揚げて…。
「かみお~ん♪ ぶるぅ、今日からよろしくー!」
「うんっ! ぼくと一緒のお部屋で寝ようね!」
悪戯小僧の「ぶるぅ」が良い子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」とガッチリ握手。「ぶるぅ」は遊び相手がいれば悪戯しないのが基本ですから、海の別荘は毎年、極めて平和。今年は怪しげなナキネズミが持ち込まれていますけれども、アレだって…。
「ぶるぅ、あのナキネズミを勝手に出しちゃダメだよ?」
会長さんが念を押すと、「ぶるぅ」は「触らないよ」と良い子な返事。
「なんかブルーが大事にしてるし、色々食べさせているみたいだし…。前は遊ばせてくれていたのに、この頃、全然ダメだしね。ウッカリ触ったら危ないから、って…。もう遊んだり出来ないのかなぁ、とっても残念」
振り回すのが好きだったのに、と肩を落としている「ぶるぅ」。
「…振り回すって?」
会長さんの問いに、「ぶるぅ」は「尻尾!」と答えました。
「あのね、尻尾を掴んでグルグル回すの! こんな感じでブンブンと!」
「「「………」」」
それはイジメと言うのでは、と腕を目いっぱい振り回している「ぶるぅ」を眺める私たち。尻尾を掴んで振り回されるのがナキネズミの日常だったとしたら、「ぶるぅ」がケースを開けたとしても出て来る心配は無いでしょう。出て来たが最後、尻尾を掴まれてグルングルンですし…。
「…ぶるぅの悪戯も心配することは無さそうですね?」
安心しました、とシロエ君が言い、マツカ君も。
「そうですね。別荘の人たちにも触らないように言っておきましたし、万一の時には責任を持って捕まえて貰えばいいと思いますよ」
「そういうこと! アレを持ち込んだのはブルーだしね」
逃げ出さないとは思うけど、と会長さん。ソルジャー夫妻の夜の生活を盛り上げるために開発されたナキネズミだけに、バカップルの部屋から一歩も出ないで過ごすんでしょうね…。
次の日、太陽が高く昇ってから起き出して来たソルジャー夫妻は御機嫌でした。結婚記念日の夜を熱く過ごしたとかで大満足で、ビーチでも熱々バカップル。ナキネズミの効果は抜群だったに違いありません。その日の夜も凄かったらしく、翌日はビーチでイチャイチャ、ベタベタ。
「…目の毒だな…」
キース君が呻き、サム君が。
「仕方ねえだろ、毎年こうだし…。今年はちょーっと割増だけどな」
「ちょっとどころじゃないですよ! 五割どころか十割増しです、二十割かも!」
何かもアレのせいですよ、とシロエ君が浜辺で絶叫してから時は過ぎ去り、夜も更けた頃。
「「「えーーーっ?!」」」
なんてこった、と私たちは天井を仰ぎました。夕食をとっくに済ませて二階の広間で騒いでいたら、ソルジャーが顔を出したのです。
「…本当にごめん。悪いけど、どうにもならなくて…」
まさかサイオンに引っ掛からないとは思わなかった、とソルジャーは深く頭を下げました。
「与えた餌が悪かったのかな、いわゆる透明ナキネズミ? 目には見えるけどサイオン透視に引っ掛からない状態なんだ。ぼくも今まで知らなかったんだよ、知っていたなら閉じ込めてたよ」
部屋にガッチリ鍵を掛けて…、と平謝りのソルジャー夫妻が夕食後に部屋でイチャついている間にナキネズミが脱走したのです。幸い、建物から出るなという暗示は与えてあったのだそうで、別荘内の何処かに居ることは確か。けれど居場所は全く謎で。
「とにかく、見付けたら教えて欲しい。でもねえ…。回収することも難しくって」
「「「は?」」」
「餌のせいだと思うんだけどね、サイオンがまるで効かない状態。手で掴むしかないんだよ。でもって掴んだら例の成分をもれなく食らうし、どうやってケースに戻そうかと…」
触ったが最後、ヤリたい気分しか残らないのだ、と聞かされた私たちは顔面蒼白。そこまで強烈な生物兵器になっていたとは…。
「それじゃ君はどうやってアレを連れて来たのさ!」
何か方法があるんだろう、と詰め寄る会長さんに、ソルジャーは。
「…連れて来た時には、まだサイオンが効いたんだ。だから建物から出るなと暗示もかけられた。それが昨日の夜辺りから怪しくなって、今日の分のうなぎパイを与えたらサッパリ駄目に」
「「「うわーーー…」」」
どうしろと、と誰もが頭を抱えましたが、餌の効き目が切れるのを待つか、脱走中のを取り押さえるか。しかし捕まえようと触ればもれなく…。
「……放置しかないね……」
でもってブルーに通報だ、と会長さん。本当にそれしか道は無いですし、こうなった以上、出会わないことを祈るしか…。
何処へ消えたか、ナキネズミ。サイオンに引っ掛からないとなれば目視あるのみ、ソルジャー夫妻が懸命に捜すかと思ったのですが、其処は流石のバカップル。ナキネズミ無しでも夜は大人の時間とばかりに籠もってしまって出ても来ず…。
「仕方ないねえ、部屋の鍵はキッチリかけるんだよ? あ、その前に。部屋の何処かに隠れていないか、各自、キッチリ点検すること!」
会長さんの訓示を受けて解散となった丑三つ時。海で元気に遊ぶためには睡眠時間も大切です。ナキネズミの行方は気になりますけど、たっぷり眠って疲れも取って…。
「バスルームにはいないみたいよ?」
「うん、こっちの部屋も大丈夫みたい」
スウェナちゃんと手分けして部屋をチェックし、パジャマに着替えようとした時のこと。
『で、で、出たぁーーーっ!!!』
会長さんの思念波が部屋を貫き、私たちは一斉に廊下に飛び出しました。ジョミー君たちも走ってゆきます。会長さんは一人部屋。以前は「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒でしたが、ソルジャー夫妻の結婚以来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「ぶるぅ」と二人で別の部屋になることも多くなり…。
「おい、大丈夫か!?」
キース君がバアン! と開け放った扉の向こう側、ベッドの上で会長さんがガタガタと震え上がっています。そのすぐ側にはナキネズミが居て、キュウキュウと人懐っこく鳴いていて。
「ど、ど、どうしよう…。ぼ、ぼ、ぼくをブルーと…」
「間違えてるってか?!」
「そ、そうみたいで…。ひいっ!」
来るなぁーっ! と会長さんは後ずさりましたが、ナキネズミはその分、ズズイと前へ。
「部屋中を捜したつもりだったけど、見落としちゃってたらしいんだ…! 布団の上に何か乗ったな、と明かりを点けたらベッドの上に…!」
「落ち付け、騒ぐと懐かれるぞ! ブルーを呼ぶんだ!」
「そ、それが…。お取り込み中か何か知らないけど、返事が無くて…!」
誰か助けてーっ! と会長さんの顔は真っ青、身体は小刻みに震えています。なにしろ相手はナキネズミ、いえ、触ったが最後エライことになるエロネズミ。懐かれてペロリと舐められでもしたら大惨事ですし、かといって…。
「俺たちも触るとヤバイんだよな?」
「う、うん、多分……」
「ゴム手袋とかは効くんでしょうか? 重ねてはめれば大丈夫かも…」
「それは推測の域を出ないぞ」
俺は嫌だ、とキース君の腰が引け、他の男子もお手上げ状態。その間にもナキネズミは会長さんの布団の上を攀じ登り、手か顔を舐めるべく接近中で…。
もうダメだ、と私たちは目を瞑り、あるいは両目を手で覆いました。会長さんがナキネズミの毒だかエロだかを食らう、と思った瞬間。
「ブルーーーっ!!!」
ダッと一陣の風が駆け抜け、教頭先生が凄い勢いで飛び込んで来たではありませんか! 髪はビショ濡れでパジャマもビショビショ。会長さんの悲鳴を聞いた時にはお風呂に入っておられたのでしょう。褐色の手が伸び、会長さんをまさに舐めようとしたナキネズミの尻尾を引っ掴み…。
「…た、助かった……」
危なかった、と荒い息をつく会長さんのベッドの脇に、教頭先生が仰向けに倒れて鼻血を噴いてらっしゃいました。意識はとうに失くした状態、しかし両手はナキネズミをガッシリ掴んだまま。モロに食らったエロ成分が強すぎたらしく、立ち往生の一種です。
「…どうするんです、コレ…」
シロエ君が呟いた所へ「ごめん、ごめん」と声がして。
「あ、捕まえてくれたんだ? ご覧よ、ハーレイ、有難いねえ」
「この状態なら、こちらの私ごと運べますね」
部屋に運んで、それから外して楽しみましょう、と現れたソルジャーとキャプテンと。二人ともバスローブだけを纏って、如何にも大人の時間の合間っぽくて。
「それじゃハーレイを貰って行ってもいいかな、ナキネズミごと」
「…好きにしていいけど、二度と逃げないようにしてよね、迷惑だから!」
ぼくは死ぬかと思ったんだ、と文句を垂れる会長さんは、身を呈して自分を守って戦死した教頭先生にチラリと冷たい一瞥を。
「ハーレイはぼくを守れて本望だろうし、そのナキネズミを剥がした後は適当に部屋に返しておいてよ」
「オッケー! それじゃ、そっちはぶるぅに任せる」
ぼくはナキネズミに触ったが最後、理性の箍が外れちゃうから、とニッコリ笑ったソルジャーはキャプテンと共に教頭先生をサイオンで担ぎ上げて運んで行ってしまいました。瞬間移動だとナキネズミを取りこぼす心配があるからです。そしてその夜も二人の部屋では盛大に…。
「二度と御免だよ、エロネズミは!」
次の日、会長さんがソルジャーにギャーギャーと苦情を述べている頃、教頭先生はエロ成分が抜けずに朦朧としてベッドでうなされ中。妄想ダダ漏れのうわ言が凄いらしくて、それも会長さんの頭痛の種で。
「次から絶対連れて来ないでよ、出入り禁止にするからね!」
「…言われなくっても二度としないよ、危険だからさ」
未練はたっぷりあるんだけどね、とソルジャーが。
「サイオンがまるで効かないとなると、ぼくのシャングリラがどうなるか…。エロ成分をブリッジなんかで撒き散らされたら航行不能に陥るどころか、人類軍に墜とされかねないし」
「私もブルーと同意見です。実に貴重な存在ですが…」
素晴らしい生き物なのですが、と惜しがりつつもキャプテンもエロネズミは排除の方向でした。二度と作られない幻の生き物、エロネズミ。その成分が抜け切るまでは毛皮と皮膚からエロを放って何処までも…。
「でも、ハーレイ。とりあえず、此処に滞在している間は楽しめそうだね?」
「そうですね。せっかく作ったナキネズミですし、残る期間を有効に活用いたしましょう」
ビーチどころではありませんね、とキャプテンがソルジャーの肩を引き寄せ、思いっ切りのディープキス。バカップルはそのまま部屋へと引き揚げてゆき…。
「…あの二人には似合いだけどねえ、エロネズミ…」
ハーレイにはキツすぎたみたいだよね、と会長さんが額を押さえています。教頭先生に注ぎ込まれたエロ成分を中和する方法は無い模様。滞在中に抜けなかったら別荘に捨てて帰るのだそうで…。
「気の毒だよねえ…」
「身体を張って頑張ったのになあ…」
南無阿弥陀仏、とサム君が唱え、ジョミー君も。お念仏でエロ成分は抜けるのでしょうか、だったら私もお念仏。此処はみんなでお唱えしましょう、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。
危ない生き物・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
猛毒な鳥のお話は嘘じゃないです、気になる方は「ズグロモリモズ」で検索を。
うなぎパイは管理人も好物、夜のお菓子というネーミングは困りますけど。
来月は第3月曜更新ですと、今回の更新から1ヶ月以上経ってしまいます。
よってオマケ更新が入ることになります、9月は月2更新です。
次回は 「第1月曜」 9月5日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、8月は、お盆の棚経が問題。スッポンタケの卒塔婆はどうなる?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
うららかな春の日の放課後。お花見が終わって新学年もスタート、またまた1年A組での学校ライフの始まりです。とはいえ、私たち特別生七人グループの頭の中身はゴールデンウィーク。シャングリラ号に乗せて貰うべきか、はたまた地球で何処かへ行くか…。
「やっぱり何処も混みますしねえ…」
シロエ君が桜カスタードのエクレアを口に運びながら。
「穴場もなかなか無さそうですし、シャングリラ号が一番かと」
「しかしだ、確かに居心地はいいが、かなりの高確率でエライ展開が待ってるんだが」
キース君が割って入りました。
「何事も無く終わる年も無いことはない。だがな、大抵の場合は悲惨だぞ?」
「何処が悲惨だって? ぼくはソルジャーとして色々と気配りしているのにさ」
心外だ、と会長さんが唇を尖らせています。
「快適な部屋に美味しい食事に、楽しいイベント! これだけ揃って悲惨ってことはないだろう」
「そのイベントが問題なんだ! あんたの発想は斜め上だろうが!」
「斜め上? ぼくはこれでも高僧なんだよ、普通の人とは発想が違って当たり前! 君も緋色の衣になったら悟りの境地が分かると思うな」
「い、いや…。俺は謹んで遠慮しておく」
元老寺をしっかり守らなければ、と返したキース君に会長さんが「失礼な!」と噛み付き、お坊さん同士のバトルが始まってしまいました。お経がどうとか鳴り物がどうとか、門外漢には意味不明です。触らぬ神に祟りなしだ、と私たちは二人を無視してティータイム続行。
「終わりませんねえ…。まだまだネタは尽きないんでしょうか」
シロエ君が呟き、サム君が。
「俺たちの宗派でも八百年を超えているんだぜ? 仏教となったら千年どころじゃねえからなあ…。一晩中やってもネタは絶対尽きねえって」
「「「うわー…」」」
まだまだ抹香臭いバトルが続くんですか…。それは勘弁、と思っていると。
「あっちとは関係ないんだけどさ」
ジョミー君が会長さんたちをスル―しつつも横目でチラリ。
「今どき、女の人は入っちゃダメです、って言ってるお寺があるんだね」
「「「へ?」」」
なんですか、その失礼なお寺ってヤツは? 女の人は入っちゃダメって、スウェナちゃんと私は入れないわけ?
ジョミー君が振ってきた腹の立つ話。お寺に入って尼さんに、と思うわけではありませんけど、入門禁止とは時代錯誤も甚だしいです。宗教ならば男女平等に門戸を開け、と言いたいですし、スウェナちゃんも元ジャーナリスト志望の見地からムカついたらしく。
「何よ、それ! 女性の入門お断りって最低でしょ! そういう偉そうなお寺に限って拝観料がバカ高いとか、要予約だとか、観光客相手に儲けてるくせに!」
「…えーっと…。拝観料はどうなのかなあ? 観光バスとか行けそうにないよ」
山の上だし、とジョミー君。
「それに入門お断りってだけじゃなくてさ、そもそも入れないみたいなんだけど」
「「「え?」」」
「昨日、テレビでチラッと見たんだ。この先、女性は入れません、ってリポーターが木の門の前で喋ってたけど」
「「「えぇぇっ!?」」」
入門お断りどころか入れないだなんて、どういうこと? スウェナちゃんと私もビックリですけど、シロエ君やサム君も「嘘だろ?」なんて目をパチクリ。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」もエクレアをフォークに突き刺したままでキョロキョロと。
「知らないよ? ぼく、そんなお寺、知らないけど…。えとえと、ブルー?」
「なに? ぼくはキースとバトル中で!」
忙しいんだ、と会長さんは突っぱねましたが、そこは子供の無邪気さで。
「あのね、一つだけ教えて欲しいの! 女の人は入っちゃダメです、って言ってるお寺があるってホント?」
「「は?」」
坊主バトルの最中にお寺な質問なだけに、会長さんどころかキース君までが休戦モード。二人揃って注目する中、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はエクレアを口一杯に頬張って。
「んーとね…。ジョミーがテレビで見たって言うの! 女の人は入っちゃダメってお寺があって、門で通せんぼをしているらしいの! そんなお寺って本当にある?」
「…女人禁制とかいうヤツか?」
俺は知らんぞ、とキース君が首を傾げて、会長さんも。
「お寺ねえ…。待てよ、門とか言ったっけ? ジョミー、それって山門かい?」
「山門ってキースの家にあるアレ? そんなのじゃないよ、木で出来た凄く簡単なヤツで、鳥居の親戚みたいな感じ」
でもって観光名所らしい、とジョミー君。ちょっと待ってよ、観光名所? それで女性はお断りだなんて、観光名所の名が泣きますよ!
観光名所と銘打ちながら女性は来るなとは、これ如何に。無礼千万なお寺の態度にスウェナちゃんはもう怒りMAX。
「何なのよ、そこ! 観光だったら拝観料をキッチリ取るでしょ、お金だけ取って「この先、立ち入り禁止です」とか言ってくるわけ? 何処よ、それ!」
「何処だったっけ…。なんか世界遺産で」
ジョミー君の答えで私もプツンと切れました。よりにもよって世界遺産。観光でガッツリ毟っておいて女性排除とは失礼どころの話ではなく、殴り込んでもお釣りが来そうなレベルです。スウェナちゃんと二人して「有り得ない!」と叫んだのですけれど。
「あー、あそこか…」
分かったよ、と会長さんがノホホンと。
「ほら、キース。君も言われたら知ってる筈だよ、修験道のさ」
「あの山か…。そう言えば女人禁制だったな、しかしあそこは寺だったか?」
「忘れがちだけどお寺だよ、アレ。山伏が修行に出掛ける場所だし、山伏の所属はお寺だってば」
だから山頂にお寺もある、と会長さん。
「宿坊も幾つかあった筈だよ、ぼくもまだ出掛けたことはないけれど…。確か五月の三日が戸開け式とかで、それからが修行のシーズンなんだよ」
「世界遺産なのに女性はダメって酷いわよ! 拝観料とかも要るんでしょ?」
スウェナちゃんの怒りは収まりませんが、会長さんは。
「拝観料? うーん、修行をするのに料金と言うか、先達さんを頼む費用は要る筈だけど…。原則、タダじゃないのかな? 観光と言うより修行の場所だし」
「だったら、どうして世界遺産になってるのよ?」
「その山だけってわけじゃないのさ、霊場と参詣道とのセットで登録。山地に神社に、その他諸々。そうそう、メインの神社は君たちも前に行った筈だよ」
あっちのブルーに嫌がらせをする目的でお出掛けしたんだけれど、と言われて思い出しました。ソルジャーとキャプテンの結婚証明書の裏に貼られたブラウロニア誓紙を貰いに行った神社です。そっか、あそことセットで世界遺産かぁ…。でも…。
「セットものでも入れない場所があるっていうのはどうかと思うわ!」
なんかムカつく、とスウェナちゃん。
「修行か何か知らないけれど、今どき何かが間違ってるでしょ!」
「…それはまあ…。たまにモメるね、入れろとか絶対お断りだとか、激しいバトルが」
でも、と会長さんは指を一本立てました。
「実の所はとっくの昔に入っちゃった人がいるらしいけど? 腹が立つなら行ってみるかい、今度のゴールデンウィークに?」
会長さん発のカッ飛んだ提案、ゴールデンウィークはシャングリラ号ならぬ女人禁制の山に突入。それはそれで悪くないかもしれません。今年は五月の六日までお休みですから、戸開け式とやらが終わった後で出掛けて行けばスウェナちゃんと私も見咎められずに行けるかも…。
「そこはサイオンでフォローはバッチリ! 高校生の男子と見間違えるように細工は出来るし、女人禁制を謳う聖地に突入したって仏罰の方も何とでも……ね」
ぼくはこれでも銀青だから、と会長さんは自信満々。
「ただ、山道がけっこうキツイと聞くんだよねえ…。いざとなったら瞬間移動で切り抜けるとしても、荷物を軽めにしておきたいし…。どうかな、荷物を背負う係でハーレイつき!」
「かみお~ん♪ ハーレイが来るならお弁当も沢山持って行けるね!」
そうしようよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちにも否はありませんでした。教頭先生なら重い荷物も任せて安心、美味しいお弁当を期待出来そうです。
「じゃあ、決まり! 荷物係はハーレイだ。そして交通が不便な上に素敵なホテルや旅館も無いから日帰りコース! 朝一番にぼくの家に集合、そこから瞬間移動で登山口まで」
やったあ、なんだか面白いことになりそうです。登山する日は五月五日と決まりました。そこまでのゴールデンウィークは混雑を避けて会長さんの家をメインにお出掛けにグルメ。
「よーし、登山も頑張るぞー!」
ジョミー君が拳を突き上げた時。
「それって、ぼくも行ってもいいかな?」
「「「!!?」」」
あらぬ方から声が聞こえて、振り返った先に紫のマントのソルジャーが。
「ぼくの結婚証明書とセットものの場所に行くんだってね?」
「セットなだけで関係ないから!」
其処に行っても御利益の類は何も無いから、と会長さんが牽制したのですけれど。
「御利益は別にいいんだよ、うん。…女人禁制だったっけ? 掟破りに挑戦するって聞いてしまうと興味がね…。ぼくの世界じゃミュウは生きているだけで掟破りだけど、こっちの世界にも理不尽な掟ってヤツがあるとはねえ…。それを破りに行くんだったら、是非行きたい!」
おまけに美味しいお弁当つき、とソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと用意したエクレアにフォークを入れながら。
「その上、ぼくの結婚証明書とセットの場所だというのも素敵だ。女子のサポートは手伝うからさ、ぼくも連れて行って欲しいんだけど」
「…君だけだろうね? 流石にイチャイチャするのは絶対アウトだと思うんだけど」
修行の妨げ、と会長さんが睨みましたが、ソルジャーの興味は掟破りの方らしく…。
「ハーレイなんかは連れて来ないよ、ぶるぅもね。それならいいだろ?」
ぼくは掟破りの片棒を担いでみたいだけ、と押し切られてしまい、面子が一名増えました。平穏無事に行けるのかどうか、ちょっと心配になってきたかも…。
こうして決まった女人禁制の結界破り。穏やかな春の日々は順調に過ぎてゆき、ゴールデンウィークが始まりました。予定通りに会長さんの家を拠点に食べ歩きだとか、穴場を探してお出掛けだとか。そうこうする内に五月五日が到来、私たちは朝一番のバスで会長さんのマンションへと。
「かみお~ん♪ ハーレイもブルーも来てるよ!」
「おはよう、今日はよろしくね」
私服のソルジャーの背中には小さなリュック。教頭先生は登山用と一目で分かる大きなリュックを背負っておいでで、にこやかに。
「おはよう。今日は弁当係なのだが、他の荷物も重いようなら引き受けるからな」
「「「ありがとうございまーす!」」」
いざとなったらお任せします、と私たち。けれど私たちのリュックの中身は主にお菓子で、重量軽め。教頭先生の荷物の方もお弁当を食べれば軽くなりますし、登山はきっと楽勝でしょう。
「それじゃ準備はオッケーかな?」
会長さんの声を合図にソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンも合わせて発動。パアァッと青い光が溢れて、フワリと身体が浮いたかと思うと…。
「「「……山だあ……」」」
思いっ切り山の中だ、としか言葉が出て来ませんでした。鬱蒼と茂る木々は植林されたものではなくて原生林。石碑がズラリと並んだ先に木を縦横に組み上げただけの門というよりゲートがあって、横に渡された木に『女人結界門』の文字が黒々と記され、あまつさえ…。
「イヤね、看板まであるの?」
スウェナちゃんが不快そうに睨む大きな立て看板には女人禁制の文字だけではなく「この霊山の掟は宗教的伝統に従って女性がこの門より向こうへ登ることを禁止します」とデカデカと。門の脇に建つ背丈の二倍ほどもありそうな石碑にも『従是女人結界』とムカつく文字が。
「ふうん…。これが噂の掟ってヤツかぁ…」
掟は破るために存在するモノ、とソルジャーが物騒な台詞を口にした途端に背後でブオォーッ、と響いた凄い音。すわ何事、と振り向いてみれば山伏の一行がホラ貝を吹きながらやって来ます。ブオォーッ、ブオォーッ、とホラ貝を鳴らす御一行様はスウェナちゃんと私に見向きもせずに。
「…行っちゃった…」
「何も注意されなかったわよね?」
大丈夫なのかしら、と結界の門をくぐって行ってしまった山伏たちを見ていると。
「二人とも男だと思ってるんだよ、さあ行こうか」
会長さんが先頭に立ってスタスタと門を通過し、ソルジャーも。よーし、結界、破ります!
意気揚々と女人結界とやらを破って登山を開始。道はきちんと整備されていますし、ぬかるむ場所には木道なんかも作ってはあるのですけれど。
「…なんかキツイよ、この山、シャレにならないよ~…」
ギブアップしそう、とジョミー君。修行の場所だと言うだけあって山道は険しく、ハイキング気分も吹っ飛びそうです。でもソルジャーも会長さんも涼しい顔で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も元気一杯。教頭先生と柔道部三人組は言わずもがなで。
「うへえ、まだまだ続くのかよ…」
「頑張って下さい、サム先輩。ジョミー先輩もギブアップにはまだ早いですよ」
もう少し行けば休めそうです、とシロエ君が道沿いの木に括り付けられた小さな看板を指差しました。この先に茶店があるようです。きっと観光地価格だか山価格だかで高いでしょうけど、ジュースとかがあるに違いない、と期待して山道を登ってゆけば。
「「「……なにアレ……」」」
道のド真ん中に建物がある、と私たちの目がまん丸に。正確に言えば建物の中を道が通ると言うべきでしょうか、そこそこ大きな茶店の中央が吹きっ晒しの通路で山道。道の両脇に床几が並んで、山伏さんたちが休憩中です。
「此処じゃ茶店は全部こうらしいよ、嫌でも目に入る仕組みらしいね」
何か飲んでく? と会長さん。せっかくだから、と床几に座ると店員さんが出て来ました。当然ながら女性ではなく、「おや、学校のクラブ活動ですか?」と。教頭先生が引率係に見えるのでしょう。
「学生さんなら安くしますよ、熱いうどんなど如何です?」
ジュースもコーヒーもありますよ、と告げられた値段は予想よりも安い良心価格。一休みして再び登りつつ、値段の安さに感激の言葉を交わしていると。
「そりゃそうさ。スポンサーがついているからね」
会長さんの言葉に『?』マークが乱舞。こんな山の中でスポンサーって…?
「此処の茶店は山を信仰している団体様が経営してるわけ。自分たちの仲間も登るし、他の茶店でお世話にもなる。ぼったくるより「お互い様」の精神なんだよ、頂上の宿坊も安いらしいよ」
二食付きでこのお値段、と聞いてビックリ、お風呂もあると聞かされ二度ビックリ。下界の民宿並みの値段でその仕様ですか! こんな険しい山の上まで物資を運ぶだけでも大変そうなのに…。
「そこが信仰の山たる所以さ、普通の山とは違うんだよ」
「そうだったの…。結界を破って悪いことをしたような気がしてきたわ」
スウェナちゃんが漏らした言葉に私もコクリと頷きましたが、会長さんは片目を瞑って。
「気にしない、気にしない! 理不尽な掟には違いないしね」
さあ、行こう! と足取りも軽く先に行かれると、殊勝な気持ちも何処へやら。女性はお断りだか知りませんけど、とっくに登って来ちゃってますし~!
山道は上に進むにつれてハードになりつつありました。茶店を幾つか通り過ぎた後はついに修行の本場とやらで、鎖を頼りに登る場所やら、とんでもない崖のすぐ側を這うようにして通る場所やら。それでもどうにか広い場所に出て、お弁当タイムになったのですが。
「…何か聞こえた?」
ジョミー君が聞き耳を立て、キース君が。
「悲鳴のようにも聞こえたが…」
何だろう、と顔を見合わせた途端、ギャーッ! と凄まじい悲鳴が木霊。もしかして誰か事故ったとか? それなら大変、と慌てて腰を上げかけると。
「放っておいても大丈夫だよ。あれはそういうヤツだから」
「「「は?」」」
会長さんの妙な台詞に首を傾げる私たち。ソルジャーは悲鳴が聞こえた方を見詰めて。
「なんだい、あれは?」
「ん? いわゆる覗きというヤツだけど」
「「「覗き?」」」
なんじゃそりゃ、と間抜けな声が出てしまいました。覗きと言えば痴漢行為の一種ですけど、こんな山の中で何を覗くと言うのでしょう? 第一、女人禁制とやらで女性はいない筈ですが?
「そういう名前の修行の場所さ。西の覗きと呼ばれていてねえ…。こう、崖から落とされそうな姿勢で修行するわけ。さっきの悲鳴はその結果」
もう少し登れば現場に着くよ、と会長さんが教えてくれました。
「この一帯は表の行場で、一般人でもなんとかこなせるレベルの修行が出来る場所。西の覗きは最難関って所かな。でもねえ、裏の行場ともなると命綱も無しで崖を登ったりする凄い修行が…。そっちは先達の案内がないと立ち入りすらも禁止らしいよ、危なすぎてさ」
「「「………」」」
どんな山だ! と心で突っ込みを入れたくなるほど、表の行場も凄すぎました。女人禁制でも納得と言うか、女じゃ無理な山だと言うか…。会長さんたちの助けが無ければ登ってこられなかったでしょう。なのに裏の行場とやらはこの上を行くと?
「行くねえ、ぼくでもサイオン無しではクリアするのは無理だと思う。…でもさ、それより凄い点はさ、その裏の行場に行くための案内料がさ…」
「「「えーーーっ!!!」」」
なんという良心価格なのだ、と心の底から尊敬しました。お値段、たったのコイン三枚。それも大きなコインではなく、ほんの少し足せば缶ジュースを1本買えるコインが三枚です。信仰だけで持っている山、恐るべし…。
お弁当を食べて元気とエネルギー充填、険しい山道を登ってゆくと『西の覗き』と書かれた道標。これがさっきの悲鳴の場所か、とドキドキしながら歩いていけば。
「「「……スゴイ……」」」
それしか言葉が出ませんでした。目もくらみそうな崖から上半身を突き出した人と、その人を命綱で引っ張る人たちと。ギャーッ! と派手な悲鳴が上がって、それが修行のクライマックス。何人かの団体で来ているらしくて、一人終わればまた一人。仕切っている人は山伏さんです。
「あれってメチャクチャ怖そうだよねえ…」
命綱が切れたら終わりだよね、とジョミー君。上半身を突き出した人の背中を山伏さんがグイッと押しながら何か叫んで、突き出された人は「ハイッ!」を繰り返し、最後がギャーッ! で。
「…俺は間違ってもやりたくないぞ」
キース君が言い、シロエ君が。
「ぼくもです。ああいう趣味は無いですってば」
「だよねえ、ぼくにも無いんだよね。ブルーはやりたい?」
会長さんの言葉に、ソルジャーですらも首を左右に振りました。
「やる方ならともかく、やられる方は勘弁だよ。サイオンも無いのによくやるねえ…」
落ちたら確実に死ぬじゃないか、とソルジャーまでが逃げ腰な修行。けれど山伏さん以外は普通の服装の男性ですから、一般人だと思われます。ホントによくやる、と眺めていると。
「おーい、そこのデカイの!」
山伏さんが大きな声を張り上げました。私たちの方を見て手を振っています。
「お前も一緒にやってやるから、こっちに来ーい!」
「「「???」」」
「聞こえなかったか、デカイあんただよ、あんた、先生か何かだろー! 早く来ーい!」
「…わ、私のことを言っているのか?」
まさかな、と教頭先生が青い顔で周囲を見回しましたが、私たちの他には誰もいません。山伏さんはブンブンと手を振り、早く来るようにと叫んでいます。
「ハーレイ。…せっかくだから体験してみたら?」
会長さんが教頭先生の背中をトンッ! と押しました。
「多分アレだよ、この辺りの通過儀礼だよ。あれをやらなきゃ一人前の男じゃない、って言われる地域があるんだってさ。やれば男になれるかも!」
「そうだね、ブルーに認めて貰える立派な男を目指してみれば?」
応援するよ、というソルジャーの台詞が教頭先生の闘志に火を点けたらしく。
「よし! 私も男だ、やってみるか!」
拳を握って宣言なさった教頭先生。私たちは盛大な拍手を送って、山伏さんの方へみんな揃ってゾロゾロと。教頭先生が一人前の男になれる修行とやらを見届けようではありませんか!
「よしよし、来たか。あんた、学校の先生か?」
山伏さんが綱引きに使うような太い縄を教頭先生の方へと差し出しながら。
「ほれ、ここに両腕を通して肩に掛けるんだ。リュックを背負うみたいな感じでな」
綱の先っぽには輪っかが二つ。教頭先生は綱を背中に背負う形になり、その綱を山伏さんと他の人たちとが引っ張ることになるようです。
「そこの岩に腹ばいになって、ゆっくり前へ。もっと前へと行かんかい! 生徒が見てるぞ!」
教頭先生、おっかなびっくりズルリ、ズルリと腹ばいで前へ。崖の下が見えて来たのかスピードが緩むと山伏さんが「遅い!」と足を蹴飛ばし、とうとう鳩尾あたりまで崖から突き出す羽目に。
「ハーレイもなかなか頑張るじゃないか」
ソルジャーが感心していますけど、会長さんは。
「まだまだ。修行はこれからだしねえ、最後は絶対ギャーッ! と悲鳴が」
間違いない、と会長さんの唇が笑みの形に吊り上がった所で山伏さんが呪文を唱え始めました。サッパリ意味が分かりませんけど、キース君によると真言だそうで。
「確かに寺だな、神社じゃコレは言わんしな…。しかしだ、この先、どうなるんだ?」
キース君の言葉が終わらない内に、山伏さんが教頭先生の足首をグッと掴んで両足を持ち上げ…。
「仕事しっかりやるかっ!」
グイッ! 山伏さんは教頭先生の巨体を3センチほど崖の方へと。すっごーい、力持ちなんだ…。押し出された教頭先生の方は「ハイッ!」と叫んだものの声がすっかり裏返っています。行者さんは更にグイッと押して。
「奥さん大事にするかっ!」
「は、はいっ!」
「「「……奥さん?」」」
いないよねえ、と顔を見合わせる私たち。教頭先生、「はい」と叫んでいましたけれども、奥さんがいるわけありません。会長さんに片想い一筋三百年以上、どうして「いいえ」と正直に答えないのだろう、と思いましたが、その次は。
「浮気したらいかんぞ!」
「は、はいっ!」
まあ、これは間違ってはいないでしょう。浮気以前に本命すらもいないんだけど、などと笑い始めた私たちは見物モードに入っていました。教頭先生、どんな質問にもひたすら「はい」のみ。あの状況で「いいえ」と答える度胸は無いのかも…。あっ、山伏さんが教頭先生を引き上げています。
「よーっ…」
なんだ、つまらない。悲鳴も上げずに終了なんだ、と思った途端。
「しゃーーーっ!!!」
よっしゃ、の「しゃー!」に合わせて山伏さんは教頭先生を押し、両手を離したのでした。
ギャーーーーーッ!! と響き渡る野太い悲鳴。教頭先生、真っ逆さまに落ちてゆくかと思われましたが、そこで出ました、命綱。ピーン! と張り切った綱が教頭先生の落下を食い止め、岩の上へとズルズルズル。
「…………」
引き上げられた教頭先生は完全にへたり込み、どうやら腰が抜けている模様。けれど山伏さんは笑顔で教頭先生の肩をポンポン叩くと。
「良かったな。…これであんたも男になったぞ」
「……そ、そう…でしょうか……」
辛うじてそう答えるのが精一杯な教頭先生に、山伏さんは。
「ああ、一人前の立派な男だ。これからは何でも死んだ気でやれよ!」
じゃあな、と手を振り、山伏さんと御一行様はホラ貝をブオォーッ、ブオォーッと吹き鳴らしながら山頂目指して去ってゆきました。さて私たちも、とリュックを背負い直したものの。
「…本気で腰が抜けたって?」
会長さんが呆れ果てた顔で教頭先生を見下ろしています。
「まだこの先は長いんだけど! どうせなら山頂まで行きたいんだけど!」
「…す、すまん、私は置いて行ってくれ。帰りにも此処を通るのだろう?」
とても立てん、と泣きの涙の教頭先生。
「…一人前の男にはなれたらしいが、どうにも腰が立たんのだ…」
「腰は男の命じゃなかったっけ? まあいいけどねえ、好きにすれば?」
それじゃサヨナラ、と冷たく言い放った会長さんはスタスタと山伏さんたちが去った方向へ。教頭先生を放置してゆくのは気が引けますけど、女人禁制の山へ遊びに来ることなんて二度と無いかもしれません。いえ、あったとしたってこの山道を再体験したいとは思いませんし…。
「行くか、迷子になる前に」
キース君が歩き出し、サム君も。
「一本道だとは思うんだけどよ、鎖場とかだと迂回路ついてることもあるしな…」
「そうです、はぐれたらおしまいですよ!」
遭難コースまっしぐらです、とシロエ君。私たちは教頭先生が背負っていた荷物から必要なペットボトルなどを取り出し、ご本人は見捨てることにしました。懸命に手を振ってらっしゃいますけど、どうせ帰りに拾うんですから今は前だけ見てれば充分!
山の頂上まで頑張って登って、立派な宿坊で一休み。スウェナちゃんも私も女とはバレず、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「こんなに小さいのによく登れたな」と褒められてアイスキャンデーを貰って御機嫌。私たちも良心価格の狐うどんを食べ、それから下山で…。
「いた、いた! ハーレイ、腰は治った?」
「あ、ああ…。まあ、なんとかなったな」
西の覗きの断崖の傍で涙の再会とはいきませんでした。会長さんは教頭先生を「荷物持ちを放棄して居残った腰抜け」と罵倒しまくり、ソルジャーが「男になったんだから許してあげれば?」と言っても聞く耳を持たず…。
「ふん、バカバカしい! あの程度で腰が抜けるなんてね、男が聞いて呆れるし!」
男なら根性で覗きに耐えろ、と下りの道をズンズンと。
「覗きってヤツはやり遂げてなんぼで、それでこそ男と言えるんだよ! 腰を抜かして歩けません、なんか男の内には入らないっ!」
女人結界にでも引っ掛かってろ、と言いたい放題、罵り放題。
「あーあ…。こっちのハーレイ、結果的には男を下げたねえ…」
気の毒に、とソルジャーが首を振りつつ溜息。
「掟破りの楽しい登山に同行させて貰った御礼に、ハーレイを助けてあげたいけれど…。覗きにはやっぱり覗きだろうか?」
「「「は?」」」
「覗きかなぁ、って言ってるんだよ。覗きで潰れたハーレイのメンツってヤツを取り戻すんなら覗きじゃないかと思うんだけどね?」
「ダメダメ、それじゃ恥の上塗り!」
二度目をやっても結果は同じ、と会長さんには取りつく島もありません。
「最後にドーンと突き落とされる、と分かっていたって腰は抜けるかもしれないし? そうなったら恥の上塗りな上にぼくの愛想も今度こそ尽きる」
今はまだ荷物持ちを続けさせる程度には残っているんだけどね、と会長さん。教頭先生の大きなリュックには私たち全員のリュックが器用に縛り付けられていました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で紐を運んで頑張ったのです。
「全員分の荷物を背負って登山口まで! そこまで下りたら腰を抜かした分は帳消し、愛想もいつかは復活するさ。そのつもりでガンガン歩くんだね。分かった、ハーレイ?」
「…わ、分かっている…。不甲斐ない男で本当にすまん」
ションボリとした教頭先生を最後尾に据え、私たちの女人結界突破の登山は無事に終了。帰りは瞬間移動で楽々、会長さんの家まででしたが…。
「「「え?」」」
登山が楽しい思い出になった一週間後の放課後のこと。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で味噌餡シフォンケーキに舌鼓を打っていた私たちの目が見事に点に。
「だからさ、ハーレイの名誉挽回のための計画だよ!」
これでも色々考えたのだ、と熱弁を奮う別の世界からのお客様。ソルジャーは味噌餡シフォンを美味しそうに食べ、紅茶もしっかり味わいながら。
「…覚えてないかい、山を下る時に言ってただろう? 覗きにはやっぱり覗きかなぁ、って」
「その案は却下した筈だけど? ハーレイに二度目のチャンスを与えようって気持ちも無ければ、二度目のチャンスで挽回できる可能性も殆ど無いってね」
今度も却下! と会長さんは即座に切り捨てましたけれども。
「ダメダメ、人の話は最後まで聞く! 誰もあそこで覗きをしろとは言っていないし!」
「「「は?」」」
ソルジャー、教頭先生に覗き修行をもう一度、とか言いませんでした? あそこでなければ何処に覗き修行があるのでしょう? ん…? もしかして、その覗きって…。
「おい。もしかしなくても裏なのか?」
キース君が私が思ったのと同じ考えを口にしました。
「確かあそこは表の行場で、裏の行場もあるんだったな? そっちに覗きがあると言うのか?」
「ああ、うん…。裏には違いないねえ」
「先達無しでは行けないとブルーが言っただろうが! 宿坊にもそう書いてあったぞ!」
うんうん、と頷く私たち。休憩した山頂の宿坊の受付に張り紙があったのを覚えています。「裏の行場、先達案内のお申し込みはこちら」の文字と、良心価格にもほどがあるコイン三枚分の料金。お値段は確かに安いですけど、またあそこまで行くんですか?
「そう、先達は必要だよ。…でないと絶対、遭難するしね」
「あんたな…。教頭先生を何だと思っているんだ、表の行場でもあの有様だぞ? 裏ともなれば更にハードな修行らしいし、どうなるか結果は目に見えている!」
俺は絶対反対だ! とキース君が拳でテーブルを叩き、会長さんも。
「ぼくも無駄だと思うけどねえ? それに付き合い登山も嫌だ。君が証拠に動画を撮ってくるなら一万歩譲って許すけど…。でも、腰が抜けたら名誉挽回どころか汚名の方を挽回だよ?」
それで良ければ、と会長さんが渋々言えば、ソルジャーは。
「動画かい? 任せといてよ、しっかり撮るから! ぶるぅはあんまり器用じゃないから手ぶれするかもしれないけどね」
「「「へ?」」」
どうして其処で「そるじゃぁ・ぶるぅ」? それに器用だと思うんですけど?
お料理上手で家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は良い子で器用。動画撮影の腕前はさておき、器用じゃないと断言するとは如何なものか。私たちが口々に文句をつけると、ソルジャーは。
「誰がこっちのぶるぅって言った? ぼくの世界のぶるぅは不器用!」
「なんでそっちが出て来るのさ?」
会長さんの問いはもっともでした。裏の行場へ出掛けてゆくのに「ぶるぅ」は不向きと思われます。先日の登山に来ていませんから地理不案内な上、大食漢で悪戯好き。先達さんや教頭先生に悪戯をしたらそれこそ事故が…。
「事故は想定しているよ。流血沙汰も覚悟の上だし、その辺は特に問題無いけど?」
「大ありだってば!」
ニュースになったらどうしてくれる、と会長さん。
「あそこじゃ時々事故があるんだ! 表の行場の方でもね。西の覗きも死亡事故が二件ほどあったって聞くし、本当にシャレにならないから! 下手したらぼくの責任になるし!」
なにしろ君にソックリだから、と会長さんはソルジャーを睨み付けましたが。
「ソックリな所がポイント高いと思うんだけどねえ、覗き修行は…。君そっくりのぼくと、ハーレイそっくりのぼくのハーレイ! それをキッチリ覗き見してこそ男が上がると!」
「「「は?」」」
ま、まさか覗きって…覗き見ですか? 修行じゃなくて?
「違うよ、立派な修行だってば! こっちのハーレイ、ずっと昔にヘタレ直しの修行をするって覗き見しに来ていただろう? あれと同じでヘタレ直し! 最後まで見られたらヘタレ返上!」
それでこそ男、と拳を握り締めるソルジャーが推奨していた覗きは、よりにもよって大人の時間の覗き見でした。ソルジャーとキャプテンのベッドを覗き見するのだそうで…。
「ほら、青の間のベッドは上に天蓋があるだろう? あそこに登って腹ばいになれば縁から覗き込めるんだ。この間の西の覗きみたいに命綱をつければ気絶したって大丈夫!」
無様に落っこちることはない、とソルジャー、力説。
「無事に最後まで見届けられたら男も上がるし、ブルーとの結婚生活に向けての希望ってヤツも出て来るさ。今のヘタレじゃ童貞返上も難しそうだし、ここは一発、覗き修行で!」
「「「………」」」
誰もが口をパクパクさせる中、会長さんが声を震わせて。
「そ、それじゃ先達って言っていたのは…」
「ぶるぅだけど? 覗き見一筋、そっちの道ではもはや達人! ぼくのハーレイにバレないように覗き見するのも得意になったし、こっちのハーレイの修行の手伝いにピッタリかと!」
命綱の長さも「ぶるぅ」にお任せ、とソルジャーはすっかりその気になっていました。そして…。
「分かってたんだよ、こうなるってことは」
この前の修行を超える恥の上塗り、と冷笑している会長さん。私たちは会長さんの家のリビングでソルジャーが「ぶるぅ」に撮らせた動画とやらを再生中。
「…やっぱりダメダメ認定かい?」
覗きはハードルが高すぎただろうか、とソルジャーは大きな溜息を一つ。
「本人はやる気満々だったんだけどね…。ぶるぅもベストなポジションを見付けて命綱つきで案内したのに、ふと見たら失神してたらしくて」
「君が自分で言ったんじゃないか、流血の惨事も有り得ると!」
そして動かぬ証拠が此処に、と画面を指差す会長さん。
「うつぶせのままでピクリともしないし、何処から見ても鼻血だろ? でもって絶賛失神中! 何処をプリントアウトしようか、ハーレイを脅す道具としてね」
「「「脅す?」」」
「そう! ぼくへの妄想をこじらせた挙句に覗きに出掛けてバレました、の図! これをネタにとことん毟り取る! 慰謝料代わりに!」
よくもノコノコ覗きなんかに…、と吐き捨てるように言う会長さんは深く静かに怒っていました。教頭先生、本物の修行の覗きで腰を抜かしてしまったばかりに裏ビデオならぬ裏の世界な大人の時間の覗きの修行。挙句の果てに会長さんに弱みを握られ、搾取される末路になろうとは…。
「「…覗きってコワイ…」」」
「本物も偽物も怖いようだな」
南無阿弥陀仏、と合掌しているキース君。そういえば本物の覗き修行はお寺のある山、気の毒すぎる教頭先生に仏様の御加護がありますように~!
覗きで修行を・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生がやる羽目になった覗きな修行と、今どき女人禁制なお寺はモデルあります。
山伏さんの修行で有名、熊野古道にある大峰山。チャレンジしたい方はどうぞです。
シャングリラ学園、来月は普通に更新です。いわゆる月イチ。
次回は 「第3月曜」 8月15日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、7月は、お盆を控えて卒塔婆書きに忙しいキース君と…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
賑やかだった学園祭が終わると晩秋、冬の気配が忍び寄って来ます。日も目に見えて短くなって夕暮れが早く、人恋しい季節と言うのでしょうか。とはいえ、高校一年生ばかりを繰り返しているシャングリラ学園特別生の私たち七人グループはそんな気持ちとは無関係で…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
授業お疲れ様ぁ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれる放課後タイム。居心地のいいお部屋でワイワイやるのが日課です。
「今日のおやつはフルーツケーキ! 栗とナッツがたっぷりだよ!」
もちろんドライフルーツも、と切り分けられたケーキが配られ、飲み物も。学校がある日はこんな感じで、お休みの日は遊びに行ったり、会長さんの家にお邪魔してみたり。人恋しいなんて思う暇もなく、来る日も来る日も人だらけですが。
「…そうじゃない人がいる筈なんだけど」
「「「は?」」」
会長さんが口にした脈絡のない台詞。何が「そうじゃない」で、誰のこと?
「ああ、ごめん、ごめん。…人恋しい季節だよね、って考えが零れてきてさ。昔からそういう話はあるなぁ、と追い続けてたら、人だらけだからそう思う暇も無いってさ」
「間違いないな」
キース君が応じました。
「俺の家の方だと夜には鹿が鳴くんだが…。百人一首にもあるだろう。声聞く時ぞ秋は悲しき、とな。ピィーッ! という笛に似た声を聞いたら物悲しいような気持ちになるが、此処だとそういう気分も吹っ飛ぶ」
「うんうん、それは間違いねえよな、いつもワイワイ賑やかだしな!」
人恋しいとか言ってられるかよ、とサム君も。しかし…。
「…そうじゃない人が絶対にいると思うんだけどな…」
まだ言っている会長さん。この中に誰か落ち込み気味の人でも混じっているのでしょうか? ジョミー君もシロエ君も元気そうですし、マツカ君とスウェナちゃんも平常運転。サム君とキース君は言わずもがなですし、そうなると……誰? みんなもキョロキョロしています。
「…誰のことだよ?」
「ぼくにもサッパリ分かりません」
サム君とシロエ君の言葉に全員が首をコクリと縦に。ということは、誰も該当しませんが…?
「違う、違う! 君たちじゃなくて」
もっと他に、と会長さんが挙げた名前に私たちは目が点になりました。その名前だけは掠めもしませんでしたってば…。
「なんで教頭先生の名前が出るわけ?」
ぼくたちとは全く無関係だよ、とジョミー君がケーキを頬張りながら。
「それにさ、いつも普通にしてるじゃない。…どっちかと言えば機嫌がいいかな、古典の宿題、特に出ないし」
「柔道部でも普通でらっしゃいますよ」
特にお変わりありませんね、とシロエ君も。
「熱心に稽古をつけていらっしゃいますし、ぼくやキース先輩たちにも色々と指導して下さいますけど」
「…その程度なら誤差の範囲内かな」
あれでも一応、教師なんだし…、と会長さん。
「でもねえ、ぼくに会ったら笑顔なんだよ! それって変だと思わないかい?」
「思わないが?」
キース君は即答でした。
「あんたが会うのは校内だろう? わざわざ家まで出掛けて行くとも思えんし…。それともアレか、買い物に出掛けた朝市とかか?」
「出先では最近、会ってない。だから学校の中庭くらいってトコロかな」
「だったら笑顔で当然だろうが!」
学校でしか会えないんだぞ、とキース君は半ば呆れた口調。
「教頭先生があんたに惚れていらっしゃるのは間違いのない事実だし…。学校の中でも笑顔くらいは出るだろう。あんたに揚げ足を取られて大惨事な過去が多数でもな。あんた、前科は何犯だ?」
「別に数えてはいないけど…。一度や二度では無いだろうねえ」
「分かってるんなら何をブツブツ言っているんだ、ごくごく普通の反応だ!」
「……普段ならね」
だけどもうすぐ冬なんだ、と会長さんはフルーツケーキを口の中へと。
「朝晩は寒いと言ってもいいほど冷えるし、日も目に見えて短くなるし…。すぐそこに冬って感じがするのに、あのハーレイがニコニコしてるって有り得るかい?」
「「「ニコニコ?」」」
それは確かに変と言えるかもしれません。教頭先生は眉間の皺がトレードマーク。生徒には穏やかに接してらっしゃいますから笑顔も出ますが、ニコニコとなれば相当なレベル。ましてや会長さんを相手にニコニコとなると、下心アリか、勘違いか。
「…ね? 君たちも変だと思うだろ? だけどホントにニコニコなんだ」
ホントのホント、と重ねて念を押す会長さん。…教頭先生が会長さんに会うとニコニコって、会長さんの錯覚でなければ何やら裏がありそうな…?
ただでも人恋しい季節。会長さん一筋に片想い歴を更新中の教頭先生が溜息に埋もれていらっしゃるなら分かりますけど、ニコニコ笑顔は不思議すぎです。それも惚れた相手の会長さんにバッタリ出くわしてニコニコだなんて、なんだか余裕がありすぎなのでは…。
「そこなんだよねえ、もう余裕なんていうレベルじゃなくて!」
そうだよねえ? と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に同意を求めました。
「うんっ! ハーレイ、とっても機嫌がいいの! いい子だな、って褒めてくれたよ♪」
頭も撫でて貰ったの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうです。私たちが授業に出ていた間に会長さんと二人で散歩していて、教頭先生に会ったのだとか。
「今日がそんなで、この前も…。ぶるぅにまで笑顔全開だなんて不気味すぎだよ、何か妄想してなきゃいいけど」
「「「あー…」」」
それは大いに有り得るかも、と私たちは天井を仰ぎました。教頭先生の夢は会長さんとの結婚生活です。会長さんをお嫁さんにして、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を養子に迎えて、家族三人、水入らずの日々。そっち系の妄想スイッチが入ってしまった可能性大。
「ほらね、そういうわけで普通じゃないって言ってるんだよ。人恋しいを通り過ぎちゃって人肌恋しいとか考える内に、自分一人に都合のいい方へ勘違いして爆走中とか!」
でなきゃイヤラシイ下心だ、と会長さんは断言しました。
「笑顔でぼくを油断させておいて、ぶるぅの方も懐柔してさ。…でもって家へ上がり込もうとか、引っ張り込もうとか、良からぬことを企むとかね」
「…それは考えすぎだと思うが…」
キース君が反論を。
「教頭先生は礼儀作法に重きを置いていらっしゃる。勘違いならあるかもしれんが、陰謀の線は無いだろう」
「さあ、どうだか…。なにしろ相手はハーレイだけに、何があっても驚かないけど」
あんな変態、と会長さんは一刀両断。
「ある日突然、玄関チャイムがピンポーン♪ と鳴って、花束抱えて夜這いに来たって納得だよ、うん。そのくらいにイッちゃってる顔だと思うね、アレは」
脳内妄想がMAXの世界、と見も蓋も無い言いようですけど、否定出来ないのも確かです。…ところで夜這いって何でしたっけ?
「ああ、それはね…。って、教えても良かったんだっけ?」
「「「!!?」」」
いきなり背後から他人様の声。バッと振り返った私たちの視線の先には会長さんのそっくりさんが私服姿で立っていました。エロドクターとデート帰りか、はたまたこれからお出掛けか。どちらにしても困ったものです、それで、夜這いって何なんですか?
「ふふ、夜這いって言うのはねえ…。あ、その前に、ケーキ!」
美味しそうだ、とソルジャーは空いていたソファにストンと腰掛けてケーキと紅茶を注文。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと用意し、ドライフルーツとナッツたっぷりのケーキにソルジャーは御機嫌で舌鼓。
「いいねえ、この味! 地球の秋って感じがするよ。秋の夜長は夜這いにもいいね」
「「「???」」」
「夜が短い夏でも夜這いはアリだろうけど、それだと何かと慌ただしい。粘ってせいぜい夜明けまで? 夜がすっかり明けてからだと夜這いにならない」
なんのことだか、と首を傾げる私たちに向かって、ソルジャーは。
「ハーレイの担当は古典だってね、そっちの授業で出て来ないかい? 夜の間に好きな女性の家を訪ねて大人の時間を」
「その先、禁止!!」
会長さんの鋭い制止が。
「説明はそこで終わりにしてよね、ぼくが教えてもそこで終わりだし!」
「…そうなのかい? 君が自分で夜這いと言ったし、もっと具体的に言ってもいいかと…」
「基礎知識だけで充分なんだよ!」
それでも明日には忘れてそうだ、と私たちを見渡す会長さん。
「ブルーが喋ったとおりの意味なんだけどね、女性の立場がぼくなわけ。ハーレイがそんな目的で来たら丁重にお断りするだけだけどさ」
「「「………」」」
そりゃそうだろう、と思ったのですが、割り込んだのがソルジャーで。
「…ハーレイ、そこは重々、承知の上だと思うけど?」
「「「は?」」」
なんでソルジャーがそんなことを断言出来るのでしょう? 別の世界の住人な上に、あちらの世界に住む教頭先生のそっくりさんのキャプテンと熱々バカップルな夫婦のくせに…。会長さんだってキョトンとした顔でソルジャーの方を見詰めています。
「どうして君が知っているわけ?」
「え? …だって、そういう契約だしね?」
「「「契約?」」」
ソルジャーの答えは斜め上というヤツでした。何故に契約、何処から契約?
意味不明どころか謎の契約。何を指すのかまるで分からず、会長さんも目を白黒と。
「……契約って…。誰が、どういう契約?」
会長さんの問いに、ソルジャーは紅茶を一口飲んで。
「誰が、と訊かれたら、こっちの世界のハーレイだねえ」
「「「え?」」」
教頭先生、いったい誰と契約を? まさか悪魔と契約したとか? まさか、まさか…ね…。
「なるほど、悪魔というのもアリか…。魂を売ってブルーをゲットとか、ロマンだねえ? でもさ、ハーレイは基本がヘタレだし、悪魔召喚は無理じゃないかな。あれってなかなか難しそうだよ」
生贄とかも必要だから、と言われてみれば…。ヘタレはともかく、教頭先生が魔法陣だの生贄だのって、キャラではないって気がします。似合わないと言うか、絵にならないと言うべきか…。
「うん、絵にならないってトコは賛成! あんなガタイじゃ雰囲気がねえ…」
ブチ壊しだよ、とソルジャーも。
「それに比べて、こっちのハーレイが交わした契約は平和! ハーレイはお金を払うだけだし」
「誰に? それから何の契約?」
ハッキリ言え、と会長さんが促すと…。
「支払う相手はぼくなんだよ。でもって君が心配するようなサービスは一切しない約束!」
ここが大切、とソルジャーは親指を立てました。
「人恋しい季節にピッタリのサービス、名付けてお友達代行業! あくまで友達の範囲限定のサービスのみだし、キスも契約違反になるね」
「「「………!!!」」」
どんな仕事を始めたのだ、とビックリ仰天。けれどソルジャーは得々として。
「ノルディが勧めてくれたんだよねえ、お暇だったらピッタリの仕事がありますよ、って。…ぼくのハーレイはキャプテンだから毎日忙しいんだけど、ソルジャー業は基本、暇なんだ」
戦闘以外は出番がなくて、と改めて説明されるまでもなく、暇だというのはよく分かります。何かと言えば「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に来てはティータイム。会長さんの家への出現頻度もかなりのものですし、恐らく相当に暇なのでしょう。
「それでね、ノルディとデートするのもいいけど、こっちのハーレイと遊んでみたらどうですか、と言われたわけ。あ、遊ぶと言っても変な意味じゃないよ? 一緒に仲良く食事をしたり、お喋りしたりと友達限定! ハーレイはブルーそっくりのぼくで癒されるし、心も満ち足りて幸せ一杯!」
そんな稼業をしているのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「今日も食事の約束なんだよ、だから私服で来てるわけ。まずは二人で買い出しから!」
本当に健全な友達付き合いなのだ、と言われましても。えっ、スーパーの前で待ち合わせ? うーん、ホントに健全かもです、いったいどういう仕事なんだか…。
フルーツケーキのお代わりまで食べたソルジャーは『お友達代行業』とやらについて、あれこれ喋っていきました。キャプテンが残業の日は教頭先生の夕食にお付き合い。教頭先生がお休みの日にキャプテンの仕事が入っていれば、教頭先生の車でドライブなどなど。
「支払いの方は時給制でね、会ってからサヨナラするまでの時間に応じて払って貰うという契約! 待ち合わせの場合は決めた時間からスタートだね」
「…まさか、ハーレイが妙に機嫌がいい理由って…」
会長さんの疑問に、ソルジャーはパチンとウインクをして。
「それは幸せ一杯だからだよ、電話するだけでいいんだし! ぼくが暇なら友達ゲット!」
「…何か勘違いをしてないだろうね?」
「してない、してない! 友達限定っていう約束だし、デート感覚で依頼しててもキスさえ出来ないわけだしねえ? 多少の妄想は入るかもだけど、実行不可能な仕組みだってば!」
だから夜這いなんぞは論外、と指を一本立てるソルジャー。
「そういうドキドキ気分になっても、あくまで友達限定だよ? どうにもこうにも進みようがないし、いい雰囲気だけを味わって貰ってサヨナラなんだよ」
そこはしっかり分かっている筈、とソルジャーは笑ってみせました。
「契約しているぼくが相手でもそうなんだからね、無関係な君に夜這いをかけても無駄だってことは知ってる筈さ。だけど心はポカポカのホカホカ、人恋しい季節も何のその…ってね」
余裕を持って振舞えるのだ、と自信に溢れているソルジャー。
「現にハーレイ、下心アリと疑われるほどに笑顔全開なんだろう? これからますます寒くなるしさ、お友達稼業も忙しくなってくると思うな」
「…妙なサービスは一切抜きだね?」
本当にやっていないだろうね、と心配そうな会長さんですが。
「それはやらない! 第一、これは人助けだよ? ノルディも言ったさ、一種のボランティアだと言えますね、って! 気分が沈みがちなシーズン、友達がいれば人生バラ色!」
「ボランティアって…。それは何かが違うと思う。ボランティアならタダでやりたまえ!」
「ダメダメ、そこを無料でやってしまうと話が違ってくるからね。ハーレイに気があるのかとか思われそうだし、お金はキッチリ頂くよ、うん」
あくまでビジネスということで、とソルジャーのスタンスは「友達」ではなく「友達代行」。友達ですらないというのが強烈ですけど、教頭先生が満足ならそれでいいのかな?
「ハーレイかい? 充分満足してると思うよ、気になるんなら覗き見すれば?」
これから行くのは確かだからね、と覗き見推奨な辺りからして、健全なサービスのみだという説明は間違いなさそうです。覗き見すべきか、せざるべきか。…どうなんですか、会長さん?
ボランティアでも料金を取るという強気の友達代行業。結局、覗き見することになって、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋から瞬間移動で会長さんのマンションへ。急な夕食パーティーですけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。
「かみお~ん♪ ゆっくりしていってね! 覗き見するならガツンと食べなきゃ!」
この季節にはお鍋だよね、と卓上コンロが出て来て味噌仕立てのお出汁がグツグツと。魚介類もお肉も野菜も沢山、好きなだけ入れて食べ放題ですが。
「…いいなぁ、こっちは鍋なんだ?」
ぼくとハーレイも鍋にしようかな、と見ているソルジャー。教頭先生との待ち合わせ時間までの暇を潰すべく、此処までくっついて来たわけで…。
「好きにすれば?」
会長さんが素っ気なく。
「友達代行業なんだろう? 夕食の買い出しから付き合うんだから、鍋をやろうと言うんだね。ハーレイは普段は一人鍋だし、鍋は喜ぶと思うけど?」
「…うーん…。鍋はねえ、微妙なんだよねえ…。まあ、君がいいなら遠慮なく鍋で! …おっと、そろそろ約束の時間!」
それじゃ、とパッと姿が消えましたけど。
「…鍋が微妙って、どういう意味だろ?」
首を傾げる会長さん。
「おまけに、ぼくがいいなら…って、何だと思う?」
「「「さあ…?」」」
そうとしか答えられません。どうして教頭先生と鍋をやるのに会長さんの許可が要るんだか。それに微妙と言っていた割に「鍋にしようか」という発言も。鍋はとっくに経験済みかと…。
「だよねえ、経験済みだよねえ? それなのに何が微妙なんだか…」
「覗き見してれば分かるんじゃないか?」
キース君が鍋にお肉を投入しながら。
「そのために始めた鍋パーティーだろう? 早くしないと見逃すぞ」
「あっ、いけない!」
忘れかけてた、と会長さんの指がパチンと鳴って、出ました、サイオン中継の画面。ダイニングの壁をスクリーン代わりに、ソルジャーの姿が映っています。教頭先生の家から車ですぐのスーパーの入口の前に居るようですが…。
「おーい、ブルー!」
大きく手を振り、教頭先生の御登場。なんとも幸せそうな笑顔でソルジャーに歩み寄り、二人仲良くスーパーの中へ。さて、この先はどうなるのでしょう?
「…ちょ、それは友達じゃないと思うけど!」
友達同士じゃやらないよね、と私たちを見回す会長さん。
「俺はやらんな」
「ぼくもです」
キース君とシロエ君以下、男の子たちは全員が否定しましたけれど。
「…どうかしら?」
「重たかったらアリだと思う…」
スウェナちゃんと私は考えた末に肯定派。教頭先生とソルジャーは一つの買い物カゴを二人で提げていたのです。
「普通、カートを借りるだろ!」
会長さんが突っ込みましたが、スウェナちゃんと私で買い物に行ってカゴしか持っていなかった場合、重くなってきたら二人で提げて歩くかも…。カートを取りに入口まで戻るというのも面倒な話ですもんねえ?
「…でもさ、ブルーとハーレイだし! って言うか、ハーレイが一人で持てば済む話だし!」
力は人並み以上なんだし、という会長さんの説にも一理あります。でもソルジャーと教頭先生は二人で一つの買い物カゴに白菜とかの鍋材料を次々と。…んん?
「重いだろう、ブルー。ここから先は私が持とう」
教頭先生が買い物カゴをヒョイと持ち上げ、それから後のソルジャーは全くの手ぶら。ということは、友達同士で重さを分かち合っていたわけではなくて、二人一緒に持っていたことが重要だったというわけで…。
「やっぱり友達とは違うじゃないか!」
何かが違う、と柳眉を吊り上げる会長さんに、キース君が。
「しかしだな…。あれを健全ではないと糾弾するのは無理があるぞ? 最初は二人で持っていたのを「重すぎるから」と力自慢の教頭先生が引き受けたというだけだしな」
不健全とは言い難い、との意見に、シロエ君も。
「そうですね…。小さな子供同士で来たなら絶対に無いとは言い切れません。キース先輩にもそういう覚えは無いですか?」
「あったな、ガキの頃に友達と買い出しに行って「俺が持つ!」とレジに運んだな…。最初は一緒に買い物カゴを提げていたような気がするぞ」
確かにやった、とキース君。男の子たちに覚えがあるなら、ソルジャーと教頭先生の買い物スタイルを一概に不健全だとは断定できず、限りなく黒に近い灰色と言わざるを得ないでしょう。恐るべし、お友達代行業。仲良しカップルさながらのスタイルでお買い物ですか、そうですか…。
グレーゾーンな買い物を終えた教頭先生とソルジャーの荷物は教頭先生が全部持ちました。前段階として袋詰めがあり、何でも適当に突っ込もうとするソルジャーに教頭先生が手取り足取り、懇切丁寧に指導しながら手伝ったという…。
「もう傍目にはイチャイチャしてるとしか見えないし!」
ブチ切れそうな会長さんですが、これまたグレーゾーンとしか…。教頭先生が会長さんに惚れているとか、ソルジャーがキャプテンと夫婦であるとか、そういう背景を知っているからヤバイのであって、知らなかったら「いい加減な弟子を指導する師匠」な光景ですし…。
「断定は難しいと思うぞ、残念ながら」
キース君の意見は私たちの総意でもありました。イチャつきながら詰めたのだったら明らかにアウトですけれど…。
「…そうなるわけ? じゃあ、あれは?」
会長さんが指差す中継画面では教頭先生が車を車庫入れ中。助手席にはソルジャーが座ってますけど、会長さん曰く、友達だったら先に降りて荷物を運んでおくべきだそうで。
「うーん、俺ならウッカリ乗ったままかもしれねえなあ…」
サム君が呟き、マツカ君が。
「そこで気を利かせて先に降りた方が却ってアウトじゃないでしょうか」
「だよなあ、友達なら揃って降りるよなあ?」
「判定に悩む所だな…」
何とも言えん、とキース君も。そうこうする内に教頭先生とソルジャーは家に入って明かりを点けて、まずは二人でコーヒータイム。会話が弾んでいるようです。会長さんはアウトだと叫びまくってますけど、日頃のソルジャーの行いからすれば…。
「教頭先生が鼻血も出さずに会話が続いている段階で…」
「友達だよねえ?」
ねえ? と頷き合う私たち。ソルジャーの友達代行業は現段階ではセーフです。会話の内容も教頭先生の仕事の愚痴やら、今日の些細な出来事やら。ソルジャーを口説くわけでもなければ、ソルジャーが誘いをかけるでもなく、ごくごく普通に友達同士で通る会話で。
「グレーゾーンですらなさそうだな、これは」
「どう考えてもセーフですよ」
立派に友達関係です、とキース君とシロエ君が判定を下した所で教頭先生が席を立ちました。食器棚から土鍋を引っ張り出しています。おおっ、いよいよ鍋タイムですか! ソルジャーが微妙と言っていた理由、これで明らかになるのでしょうか?
教頭先生とソルジャーはキッチンに移り、鍋の準備は教頭先生が。ソルジャーは料理など出来ませんから、賢明な選択と言えるでしょう。…あれ? ということは…。
「この辺りからして微妙だよ、既に!」
会長さんが不愉快そうに。
「ハーレイが上機嫌だったわけだよ、ぼくにそっくりのブルーが手料理を食べてくれるんだしね? ハーレイの本音はぼくの手料理を食べたい方だし、その辺は少し違うけど…。でも手料理には間違いない! しかもブルーと二人きりで!」
不健全だ、と会長さんは決め付けましたが、これまたグレーゾーンです。友達の家に遊びに行って得意料理を御馳走になったらアウトでしょうか? それで行くと今、会長さんの家にお邪魔して鍋をやっている私たちもアウトということに…。
「それはいいんだよ、大勢だし! 第一、ぶるぅは子供だし!」
アウトじゃない、と叫んだ会長さんにジョミー君が。
「えーっと…。ぼく、中学生の時にサムの家に泊まりに行ってさ、チャーハン作って貰ったんだけど、アウトになるわけ? あの時はサムと一対一だよ」
「そういや俺が作ったよなあ、チャーハン得意だったしな! …で、アウトなのかよ? だったら正直、複雑だけど…。俺、ブルーは好きだけどジョミーはどうでも…」
「わ、分かったよ、サム! 君はアウトじゃないってば!」
ジョミーもセーフ、と慌てふためく会長さんはサム君と公認カップルです。ソルジャーがやっているグレーゾーンな友達代行業より遙かに健全な仲ですけれども、サム君が会長さんに惚れていることは確たる事実。会長さんとしてはサム君のハートに傷を付けたくはないわけで…。
「…ブルーの友達代行業ってヤツは、どうも色眼鏡で見ちゃうらしくて…。そうか、友達に手作り料理は不健全と決まったわけでもないか…」
「まあ、あいつだしな? そうなる気持ちは分からんでもない」
普段の言動が悪すぎる、とキース君が相槌を。
「しかし、現時点ではグレーゾーンとしか言えないぞ。万人が認める不健全さには程遠いからな」
「…やっぱりかい? 微妙だと言ってた鍋も微妙になるのかな?」
「グレーゾーンだと思っておいた方がいいんじゃないか?」
アウトを取るのは難しいだろう、とのキース君の言葉に会長さんがフウと溜息。グレーゾーンな友達代行業が精神的に堪えるのでしょう。中継画面の向こうでは鍋タイムが始まろうとしています。テーブルに卓上コンロが据えられ、教頭先生が土鍋を乗っけて。
「…では、始めましょうか」
「ハーレイ、言葉!」
「「「!!!」」」
その時、ようやく気が付きました。教頭先生、ソルジャー相手に敬語は今のが始めてですよ!
「…すまん、すまん。…どうも鍋だと……」
「地が出ちゃうって?」
君もつくづく小心者だねえ、とソルジャーが鍋をつついています。
「アレだろ、この鍋がマズイんだろう?」
「…そうです、ブルーと結婚した時のためにと思って買った土鍋ですし…」
「ほら、また! 戻っちゃってる!」
せっかく料金を払ってるのに、と教頭先生に注意を促すソルジャー。
「ブルーを相手にしている気分で幸せになって貰おうというのがコンセプトだよ? それに鍋なら大丈夫! ブルーがいいって言っていたしさ」
「は?」
「君は普段は一人鍋だし、喜ぶと思うと言ったんだよね」
「そ、そうか…。ブルーが私に…。そこまで気遣って貰えたのなら本望かも…」
ならば遠慮なく、と教頭先生は開き直ったらしく。
「…このサービス、酒はかまわなかったか?」
「不埒な振舞いに及ばないなら無問題だよ、一杯やるかい?」
「そうだな、その方が鍋が美味いしな。…話も無理なく続けられるかと」
「敬語に戻っちゃ意味が無いしね、楽しくやろうよ」
ソルジャーの同意を取り付けた教頭先生、早速いそいそとキッチンへ。取っておきらしい大吟醸を取り出し、熱燗にしてソルジャーと二人で差しつ差されつ。
「…美味いな、お前と鍋を食って酒が飲めるとは…」
「もう最高のサービスだろう? ぼくも気分は最高かもねえ、地球で飲み食べ放題だしね」
ぼくのハーレイは今日も残業、とソルジャー、ブツブツ。
「明日も忙しいらしいんだ。暇だったら是非、呼んでほしいな」
「かまわないのか? それなら明日も一緒に晩飯を食おう」
「期待してるよ、また呼んでよね」
二人仲良く鍋を囲んで語り合ったソルジャーと教頭先生、締めの雑炊が終わると緑茶でほっこり。取りとめもない会話をしながら半時間ほどのんびりしていましたが…。
「あ。今日はそろそろ終わりかな? ハーレイの仕事が終わりそうだ。でね、今日は…」
料金これだけ、とソルジャーが告げた代金は安いものではありませんでした。なのに教頭先生は笑顔で支払い、ソルジャーの姿が消えた後も名残惜しげに手を振っています。結局、鍋の何処が微妙だったのかがイマイチどころか、全然分かりませんってば~!
今の鍋はアウトかセーフか、グレーゾーンか。どうなんだろう、と中継画面が消えた後の壁を眺めて悩んでいると…。
「何さ、アレ! ぼくでもないのにデレデレと!」
会長さんがブチ切れ、握った拳でテーブルをダンッ! と。雑炊が終わった後でなければ零れていたかもしれない勢い。
「しかもあんなに払っちゃってさ、ぼくに貢げばいいだろう!!」
「お、おい…! 落ち着け、あいつはサービスの対価としてだな、あの金をだな…」
キース君が止めに入ると、会長さんは。
「それは分かっているってば! でもさ、納得いかないんだよ! 鍋は微妙と言ってたくせにさ、単なるハーレイの口調の問題! それもサクッと解決しちゃって、腹が立つったら!」
あのまま敬語で喋っていれば、と怒り狂っている会長さん。そっか、微妙な鍋って教頭先生がソルジャー相手の地に戻っちゃってサービスを充分に提供出来ないって意味だったんだ?
「そういうことだよ、鍋なんか勧めてやらなきゃ良かった!」
なんでブルーが稼いでいるのだ、と会長さんの論点はズレ始めました。
「もっと際どいサービスとかなら納得するけど、普通じゃないか! ハーレイと二人で買い物をして食べるだけだって? それで稼ぎがあれだけだって!?」
許せない、と不穏な光を瞳に宿す会長さん。
「ブルー相手にデレデレしているハーレイってヤツもどうかと思うよ、おまけにブルーに貢いでるんだよ?! あのお金、ホントならぼくが貰える筈なのに!」
「………。あんた、サービスを提供したのか?」
無茶を言うな、とキース君が宥めにかかったのですが。
「サービスの対価が何だって!? あれであんなに稼げるんなら自分で稼ぐさ、要は友達代行業をすればいいんだろう!」
「「「えっ?」」」
「ハーレイがぼくで妄想するから腹が立つんだ、友達だったら無問題! ブルーがやってるサービスってヤツをぼくがやる! ブルーが暇潰しに始めた遊びで荒稼ぎだなんてムカつくし!」
ブルーをのさばらせてたまるものか、と会長さんは怒り心頭ですけど、アレってソルジャーだからこそ出来るんじゃあ? 会長さんがノコノコ出掛けて行ったらサービスだけでは済まないのでは?
「そこでブルーが言ってた契約! アレがあるから大丈夫!」
キス以上のことはしないのだ、と会長さんはブチ上げました。
「ブルーの代わりにぼくが行く! でもって、明日から小遣い稼ぎ!」
ハーレイから大いに毟り取る、と闘志を燃やす会長さん。ソルジャーが始めた商売を横から掻っ攫った上に儲けようだなんて、果たして上手く行くんでしょうか?
翌日、私たちは戦々恐々で登校しました。教頭先生とソルジャーがどうやって連絡を取り合っているのか知りませんけど、電話一本とか聞きましたっけ? それを会長さんが横取り、自ら友達代行業に打って出ようと言うのですから、放課後になるのが恐ろしく…。
「どうなるんでしょう、アレ…」
考えたくもないんですけど、とシロエ君。ついに迎えてしまった放課後、私たちは重い足を引き摺るようにして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと。
「かみお~ん♪ みんな、どうしたの?」
元気ないね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「今日はブルーがお出掛けするから、晩御飯を食べに来て欲しいのに…」
「そうだよ、ぶるぅ特製ビーフシチュー! デザートとかも期待しててよ」
会長さんが極上の笑みを浮かべています。
「今日はドカンと稼ぐからねえ、みんなにも御馳走しなくっちゃ。今日からのぼくは一味違うよ、ハーレイに貢がせるのもいいけど、毟り取るのも最高ってね!」
貢がせるだけが能じゃない、と会長さんはやる気でした。例の友達代行業を。でも…。
「あんた、教頭先生と連絡は取れたのか?」
キース君が訊くと、会長さんは「まあね」と微笑。
「先手必勝って言うだろう? ハーレイがブルーに連絡してからじゃ手遅れだからさ、朝イチで電話をかけたんだ。ぼくで良ければブルーの代わりに付き合うけれど、って」
今夜はスーパーの前で待ち合わせ、とウキウキしている会長さんを止められる人はいませんでした。商売を横取りされたソルジャーが怒鳴り込んでくるかと思いましたけど、おやつのアップルパイを狙って現れたソルジャーは。
「商売敵の登場かぁ…。別にいいけど、ぼくも夕食、こっちで御馳走になってもいいかな?」
ハーレイは残業なんだよね、と愚痴るソルジャーに会長さんは鷹揚に。
「暇なんだったら食べて帰れば? 君の商売はぼくが貰うよ、なんと言っても本家本元、ブルーと言ったらぼくなんだからね」
「あの商売が君に務まるならね。なかなかキツイと思うけど…。友達代行業と銘打つ以上はしっかり友達、嫌な顔は絶対出来ないんだし」
「あくまで友達代行業だろ? 友達だったら上手くやるまで!」
ダテに長生きはしていない、と自信溢れる会長さん。やがて日が暮れ、瞬間移動で会長さんの家へ移動し、私たちとソルジャーは特製ビーフシチューの夕食、会長さんは荒稼ぎするために待ち合わせ場所へ。ソルジャーが出してくれた中継画面で会長さんを追っていましたが…。
「そうか、それでお前がブルーの代わりに電話をかけて来たわけか」
実に嬉しい、と微笑んでいる教頭先生。二人は仲良くスーパーで買い物をして教頭先生の家へ。会長さんが現れたことで舞い上がっている教頭先生は特上ステーキ肉を奮発、会長さんの好みに焼いて、スープやサラダなんかも手作り。
「ガーリック抜きだが、美味い肉だぞ。普段はとても買えんがな」
遠慮なく食べてくれ、と照れる教頭先生に、会長さんが。
「ぼくはガーリックも好きなんだけど…」
「そうだったのか? しかしだな、そのぅ…。後のことを考えると遠慮がな…」
「明日は土曜だし学校は無いよ? 何に遠慮をしてるわけ?」
ドカンと入れれば良かったのに、と会長さんはステーキ肉を切り分けて口へ。
「遠慮なんて君の柄じゃないだろ、おまけに有料サービス中! 遠慮してたら損するよ?」
「そ、それはそうかもしれないが…。で、オプションの方の話なのだが」
「…オプション?」
何さ、それ? と怪訝そうな会長さんに、教頭先生がモゴモゴと。
「いや、オプションと言っていいのかどうか…。私も今日まで知らなかったし」
「何を?」
「友達代行業の詳しいシステムだ。実はブルーから電話があってな、友達代行業の契約としてはキス以上のことは一切ダメだが、個人的にはOKだそうだな」
「「「えっ!?」」」
画面の向こうの会長さんと私たちの声とがハモりました。こ、個人的にって、いったい何が? 会長さんもそう問い返し、教頭先生が頬を赤く染めて。
「…そのぅ、キスとか、その先だとか…。料金の方はグンと高くなるそうだが、どの辺りまで頼んでいいのだろうか? 私としては是非、最後まで頼んでみたいと」
「ちょ、そんなのは聞いていないし!」
絶対やらない! と悲鳴を上げた会長さんの隣にパッとソルジャーが瞬間移動。中継は「そるじゃぁ・ぶるぅ」と交代しちゃったみたいです。
「やらないだって? 友達代行業を廃業するならぼくが代わりに引き受けるけどさ、廃業しないなら責任を持って最後まで! この商売、信用だけで持ってるんだし!」
でね…、とソルジャーが教頭先生に一枚の紙を差し出しました。
「はい、料金表とサービスメニュー! ブルーに頼むか、ぼくに頼むか…って、ハーレイ?」
もしもし? とソルジャーの声が終わらない内に教頭先生は鼻血の噴水、仰向けにドッターン! と倒れてそれっきりでした。メニューの中身が刺激的すぎたらしくって…。
「ちょっと、ハーレイ! ぼくへの料金の支払いは? 今日の分は!?」
払って貰ってないんだけれど、と絶叫している会長さん。怪しいメニューが登場してきた友達代行業とかいうヤツ、今後も継続可能でしょうか? 思いっ切り無理な気がします。人恋しい季節の教頭先生、明日から孤独な日々再びってヤツでしょうねえ、心からお悔やみ申し上げます~!
友達やります・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーが始めた、友達代行業なるもの。教頭先生も御機嫌だったんですけど。
商売を横取りしたくなった生徒会長のせいで、気の毒なことに。あーあ…。
シャングリラ学園、来月は普通に更新です。いわゆる月イチ。
次回は 「第3月曜」 7月18日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、6月は、ソルジャーが兄貴の集うバーに突撃するのだとか。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
二学期がスタートして九月の中旬。厳しい残暑は去りつつありますが、制服が半袖なだけに夏休み気分を引きずったまま。特別生は成績も出席も無関係ですし、なおのことです。そんな中、キース君が用事があるとかで一日欠席。そういう日があったのも忘れるほどにお気楽な日々で…。
「あれっ、その紙袋、何なのさ?」
ある朝、ジョミー君が校門前でキース君に声を掛けました。バスの路線が違いますから、同じ時間に登校してきて面子が揃ったのが門の前。なるほど、キース君が大きな紙袋を提げています。
「あら、それ、デパートの紙袋よね? 柔道部の後輩に差し入れなの?」
スウェナちゃんが尋ねると、キース君は「いや」と即座に否定。
「欲しいんだったら、誰でも貰ってくれればいいが」
「なんだよ、それ。なんか思いっ切り怪しいじゃねえか」
燃えないゴミか? とサム君が袋を覗き込んで。
「…普通にプレゼントみたいだな?」
「そうなんだが…。サムにやろうか?」
「えーっと…。特にプレゼントが欲しいってわけじゃねえしな」
他のみんなは? と視線を向けられたものの、挙手する人はいませんでした。
「キース先輩、それは一つしかないんですよね?」
シロエ君の問いに「ああ」と頷くキース君。
「だったら放課後でいいですよ。ぶるぅの部屋でジャンケンしましょう」
「いいね、それ! 負けた時には恨みっこなしで!」
何が入っているんだろう、とジョミー君はワクワクしている様子。私もちょっとドキドキです。この前、欠席していた時に日帰り旅行に出掛けたのかもしれません。そのお土産なら期待大。
「そうか、土産って線があったよな!」
食い物だといいな、とサム君も。紙袋の中身は綺麗にラッピングされた袋でリボンなんかもかかっていますし、食べ物だとしたら焼き菓子詰め合わせセットとか…。
「お菓子が沢山入ってるんなら貰った人はお裾分けだよね!」
そういうコトにしとこうよ、というジョミー君の意見に誰もが賛成。放課後が楽しみになってきました。お菓子だったらジャンケンに負けても一個くらいは貰えそうですし、そうでないならジャンケン勝負に勝つまでです、うん!
ドキドキ、ワクワク、紙袋の中身。授業中もキース君の方をチラチラ見ながら放課後を待って、待ち続けて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日はキャロットプディングなんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ニンジンたっぷりのふんわりしっとりらしいです。切り分けられて出て来たプディングは見た目は普通にケーキみたいで。
「「「いっただっきまーす!」」」
好みの飲み物も淹れて貰って、一切れ目はアッと言う間に食べてしまいました。プディングだけにお味はプリン。お次はお代わり、と二切れ目をお皿に載せて貰った所で、会長さんが。
「キース、あそこの紙袋は?」
「…すまん、存在を忘れていた。一名様限定でプレゼントなんだ」
「ふうん? で、誰が貰えるわけ?」
「ジャンケンです!」
勝った人です、とシロエ君が声を上げましたが。
「…それは面白くないんじゃないかな、ぼくとぶるぅはサイオンで誰が何を出すか分かるしね? ここは王道でどうだろう? プレゼント交換でよくやるヤツで順番に回す!」
「あー、音楽が鳴り終わった時に持ってたヤツを貰えるアレかよ」
あったっけな、とサム君が相槌。それもなかなか面白そうです。ジャンケンだと会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」に掻っ攫われる可能性が大きいですし…。
「じゃあ、音楽に合わせて回すことにしよう。BGMは、と…」
「かみほー!」
アレがいいな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の鶴ならぬ子供の一声。キース君が持って来たプレゼントの袋は『かみほー♪』が一曲鳴り終わるまで順送りに回すと決定です。回しやすいように座り直して、キース君がラッピングされた袋を手に持って…。
「かみお~ん♪ 音楽、スタート!」
賑やかに鳴り響く『かみほー♪』に合わせてプレゼントの袋は手から手へと。私の所も何度も通過して行きましたけれど、何が入っているのか謎です。重さからして、やっぱりお菓子? 何なんだろう、と想像しながらどんどん回している内に…。
「♪ 美しいその名は、地球~、テ~ラ~~~♪」
ジャンッ! と音楽が終わり、さて、肝心のプレゼントは、と…。
「「「あーーーっ!!!」」」
ズルイ、と皆の妬みの目線が集中。リボンつきの袋は会長さんの手の中にあったのでした。
「違うよ、わざとじゃないってば! いくらぼくでもこういう時にはズルは無理だよ!」
BGMの速さを変えるとかも絶対してない、と言われても日頃の行いが全て。プレゼント欲しさにジャンケンよりも公正と見せかけて掻っ攫ったに違いない、とブーイングの嵐。
「狙ったみたいにブルーのトコだし!」
絶対ズルイ、とジョミー君が頬を膨らませ、私たちも文句三昧なのに。
「…悪いね、ホントに偶然なんだよ。というわけで、コレは貰った!」
お菓子だったら分けてあげるよ、と会長さんはリボンを解いて袋を覗き込んだのですけど。
「………。何さ、これ?」
袋の中に突っ込まれた手が掴み出したモノに、私たちの目がまん丸に。それ、腹巻とか言いませんか? しかもなんだか手編みっぽい…?
「…見てのとおりだ」
キース君がフンと鼻を鳴らして、袋の中身がテーブルの上に次々と。貼るカイロやら手袋、襟巻。あまつさえ最後に明らかに子供が描いたと分かる絵と「げんきでながいきしてください」の文字。
「「「………」」」
何なのだ、と言いたい気分はプレゼントを貰った会長さんも、私たち全員も同じだったと思います。どんなプレゼントですか、その袋!
「…キース、もしかして喧嘩を売っているのかい?」
だったら喜んで買うんだけれど、と会長さんのドスの利いた声。
「ち、違う! まさかあんたに当たるとは思っていなかったんだ! あんただとシャレにならないだろう!」
他のヤツなら笑われておしまいだったんだ、とキース君は顔面蒼白。会長さんの方はといえば。
「…シャレにならないってコトは、いわゆる敬老グッズってわけ? この前、済んだばかりだものねえ…。敬老の日が」
「…す、すまん…。それはだ、お達者袋と言って」
「「「お達者袋?」」」
なんじゃそりゃ、とハモる私たちに、キース君が額にビッシリ汗を浮かべて。
「…こないだ、休んでいただろう? 先輩のお寺が経営している幼稚園の手伝いに駆り出されたんだ、こいつを詰めてラッピングしに…」
御近所のお年寄りとか老人ホームに配るのだ、という説明を聞いておおよそは理解出来ました。敬老の日の慰問グッズが『お達者袋』とかいうヤツです。でも、なんでまたキース君がそれをお持ち帰りに…?
「………。敬老の日に配り終わったら一個余っていたとかで…。手伝いの御礼に、と先輩が昨日届けに来てくれたんだ」
菓子とセットで、と口を滑らせたキース君の頭の上でパンッ! と弾ける青いサイオン。会長さんが眉を吊り上げて睨んでいます。
「それでお菓子は家に残して、お達者袋を持って来たと!?」
「お、俺のせいじゃない、菓子はおふくろの好物だったんだ! 御馳走様、と箱ごと部屋に持っていかれてそれっきりなんだ!」
「それじゃ、お達者袋は何なのさ!」
家に置いとけばいいだろう、と激しく詰る会長さんに、キース君は「そ、それが…」と逃げ腰で。
「実は親父に怒鳴られたんだ。わしはまだまだ現役じゃぞ、と…」
「「「…贈ったわけ?」」」
見事に重なった私たちの声。よりにもよってアドス和尚に敬老グッズとは大胆な…。
「俺が贈るわけないだろう! あれは不幸な事故だったんだ!」
止めに入る間も無かったんだ、と泣きの涙のキース君。先輩さんがお菓子とお達者袋を届けに来た時、アドス和尚は在宅だったらしいです。「お客さんか?」と出て来た所でお菓子の箱をゲットしたイライザさんに会い、ならば自分も、とラッピングされた袋をキース君から奪ったとか。
「意地汚い親父が悪いんだ! いそいそと部屋で開けた挙句に、俺を呼び付けて怒鳴りやがって! 馬鹿にしてるのかと罵倒する前に、自分の行動を思い出せ、と!」
理不尽すぎる、と嘆くキース君は「師僧を侮辱した罪は重い」と叱られ、御本尊様の前で五体投地を三百回。挙句の果てに「これは要らん!」と、お達者袋を返された次第。
「…そういうわけで、誰かに押し付けて憂さ晴らしをしようと思ったんだ。返品不可とか偉そうに言って、恩着せがましく貰わせようと!」
「……ひでえな、お前。そんなんだからブルーに当たっちまうんだぜ」
まさに仏罰、というサム君の台詞の正しさは間違いなし。会長さんにボコられてしまえ、と心の中で毒づいていると。
「…いいねえ、お達者袋って」
「「「!!?」」」
振り返った先でニッコリと笑う会長さんのそっくりさん。敬老グッズが欲しいのでしょうか、まさか、まさか…ね……。
とんでもない騒ぎの真っ最中に降ってわいた別の世界から来たお客様。ソルジャーは空いたソファにストンと腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にキャロットプディングと紅茶を注文してから。
「せっかく素敵なプレゼントなのに、ブルーが拒否してるんだって?」
「何処が素敵なのさ!」
思い切りコケにされたのに、と叫んだ会長さんに、ソルジャーは指をチッチッと。
「分かってないねえ、生涯現役を目指したい人たちのためのグッズだろ?」
「「「…は?」」」
お達者袋で生涯現役って、グラウンドゴルフとかゲートボールとか、そういうシニアのスポーツですか? 確かに足腰が達者でないと生涯現役は無理そうですが…。身体を冷やすといけませんから腹巻に手袋、襟巻なんかも納得のチョイス。貼るカイロだって冬場は絶対欠かせません。
「えっ、スポーツ? まあ、スポーツと言えばスポーツかもねえ…」
アレもけっこう消耗するし、と頷くソルジャー。
「でもって冷えるのも良くなさそうだ。腹巻とかを装着したままだと興醒めだけどさ、全裸で待機しているよりかは直前まで保温するのもいいと思うし」
「「「???」」」
「でもねえ、ぼくがシャワーから出て来た時には脱いでて欲しいな、腹巻は! もちろん手袋と襟巻もだよ。でないと百年の恋も冷めちゃう」
ソルジャーが何を言っているのかサッパリ分かりませんでした。けれど会長さんは握った拳をブルブルと震わせ、テーブルをダンッ! と殴り付けて。
「退場!!!」
えっ、今の話って猥談でしたか? どの辺が、と顔を見合わせているとソルジャーが。
「なんだ、君たちも分かってないんだ? ハーレイとの大人の時間の話さ。青の間は室温をきちんと調整してるけれども、冷えすぎて風邪を引かれたら困る。二人でシャワーに行くならともかく、ハーレイが先に入った時には腹巻で保温するのもいいな、と」
裸腹巻! とブチ上げられて、ゲッと仰け反る私たち。もしや生涯現役とは…。
「決まってるだろう、夫婦の時間! こっちの世界じゃお年寄りにも激励グッズを配るくらいに奨励されているんだねえ…。実に素晴らしい話だよ」
「そうじゃないから!」
間違ってるから、と会長さんが突っ込みましたが、ソルジャーは聞いていませんでした。
「元気で長生きして下さい、かぁ…。小さな子供に書かせるんなら妥当な言葉と言えるよね。本音を言えばさ、元気で長持ちして下さい、ってハッキリと書いて欲しいけど…。あ、でも女性にも公平に配ってるんなら長生きの方が自然かな?」
元気で長生き、生涯現役! と派手に勘違いをしているらしいソルジャー。この際、キース君のお達者袋はソルジャーに譲るべきなのでは?
敬老グッズで壮大な誤解をしたソルジャーは、キャロットプディングを食べる間もお達者袋を褒めて褒めまくって、素晴らしいだの凄いだの。アドス和尚も会長さんも侮辱されたと受け取ったのに、どう間違えたら素敵なグッズになるんだか…。
「ホントに凄いよ、こっちの世界! 生涯現役で頑張って下さい、って励ましの手紙までつけてグッズを配布かぁ…」
思った以上に大胆な世界、とソルジャーの勘違いは止まりません。
「今はまだ残暑も残ってるけど、じきに秋が来て冷え込むもんねえ…。お風呂上がりは腹巻とかでしっかり保温! そして本番でいい汗をかいて、身体の方も鍛えましょうって方針なんだね」
「「「………」」」
この人に何を言っても無駄だ、と私たちは学習済みでした。思い込んだら一直線なソルジャーですから、訂正したって馬耳東風。馬の耳に念仏どころかソルジャーの耳に真実という感じ。放っておくしか方法は無く、しかも今回はそれがベストなチョイスなわけで。
「それでさ、お達者袋だけどさ」
要らないんなら貰っていい? と、出ました、究極の勘違い! やった、と心で快哉を叫んだ人はキース君と会長さんの二人だけではなかったでしょう。敬老グッズを押し付けられても困るだけですし、持って帰れば家で爆笑されますし…。
「本当にコレが欲しいわけ?」
中身はコレだよ、と会長さんが念を押してもソルジャーは嬉々とした表情で。
「腹巻に手袋、襟巻だろ? 貼るカイロだって暖かいしね、ハーレイが喜んで使うと思う。ぼくがお風呂に入ってる間、これで保温をしておいて、って言えば絶対、大感激だよ」
ただし、と言葉を一旦切ってから。
「ぼくがバスルームから出て来る時にはきちんと脱ぐように言っとかないと…。幸い、ぼくたちはミュウだしねえ? 気配ってヤツに敏感だ。ハーレイの裸腹巻とか裸襟巻は拝まないで済むと思うな、愛さえあれば」
裸手袋も絶対に嫌だ、と我儘だけは言いたい放題。
「しっかり保温した身体でもって温めて欲しいね、ぼくの身体を! 貼るカイロはバスローブに貼っておくのもアリかな、コトが終わった後でほんのり暖かいのを着せて貰ったら嬉しいかも…」
もう本当に素晴らしすぎ、とお達者袋への惚れ込みようは半端ではありませんでした。幼い子供が頑張って描いた絵と「げんきでながいきしてください」のメッセージもキャプテンへの激励に使うのだそうで。
「こんな小さな子供が励ましてくれるんだから、と言えば元気で長持ち!」
お達者袋は貰っていくね、とプディングを食べ終えたソルジャーは大喜びで帰ってゆきました。所変われば品変わるとでも申しましょうか、お達者袋が大人の時間の激励グッズになるなんて…。
キース君がアドス和尚と会長さんの怒りを買った敬老グッズはソルジャーの世界で有効活用されたようです。えっ、どうしてそれが分かるのかって? それは……。
「でね、ハーレイが凄く感激しててさ…。あれは限定品ですか、って」
数日後の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に現れたソルジャーは御機嫌でお達者袋のその後を教えてくれました。お達者袋を開けたキャプテン、最初は途惑ったらしいのですけど、腹巻などの使い方を知って深く感動したのだそうです。
「なんだったっけ…。敬老の日って言うんだっけか? その日しか出ないグッズですか、と訊かれたんだけど、それで合ってる?」
「…その筈だけど? そうだよね、キース?」
どうなんだい、と会長さんに問われたキース君が「間違いないな」とキッパリと。
「俺が手伝いに行った幼稚園では年に一度しか作らない。…日頃から地域のお年寄りだの老人ホームだのと付き合いの深い幼稚園なら、月イチくらいで作っているかもしれないが」
「…多かったとしても月イチなんだ?」
ソルジャーの言葉に、会長さんが。
「月イチくらいが限界だろうね、中に入れるグッズも揃えなくっちゃいけないし! 作るにしたって買うにしたって、そんなに何度もやってられないよ、幼稚園にも都合ってヤツが!」
「俺もブルーと同意見だな。それに幼稚園にも行事は沢山あるし、敬老グッズ作りが最優先だと保護者から苦情が来るだろう」
そうそう何度も作れはしない、とキース君。
「あんたの世界のキャプテンに言っとけ、年に一度の限定品で今年限りのレアものだ、とな」
「…今年限り!?」
来年は、と目を丸くするソルジャーですけど、キース君はけんもほろろに。
「来年も貰う気だったのか? 無理だな、俺が手伝いに呼ばれるかどうかも分からない上に、余らなければ貰えないしな」
「えーーーっ! あんなに素敵なグッズだったのに、一回きり?」
「レアものだからこそ値打ちが高い。来年の俺に期待はするな」
「…そ、そんな……」
酷い、とソルジャーは会長さんの方へと向き変わって。
「何処か他にも貰える所はないのかい? 君のコネとか、そういうヤツで!」
「無いね。限定品がゴロゴロ幾つも転がっていたら、有難みも何も無いってものさ」
諦めたまえ、と会長さんはスッパリと。お達者袋は敬老の日の限定品。そうそう何度も作って配られたら、私たちだって迷惑です。もれなくソルジャーが来そうですから、年に一度で充分ですよ!
お達者袋は年に一回、敬老の日にしか出ないと聞かされてショックを受けたらしいソルジャー。しかも来年も貰える可能性は限りなく低く、この前に貰って帰った分が最初で最後かもしれないわけで…。なまじキャプテンが喜んだだけに、どうやら諦め切れないらしく。
「…本当にもう何処にも無いわけ?」
「敬老の日が済んだトコだし、無いってば! あれは真心のこもった贈り物で!」
量産品とは違うのだ、と会長さん。
「手紙は子供たちが願いをこめて書いたものだし、絵だってそうだ。中のグッズも手編みの分は保護者の人が編んだと思うよ。元気で長生きして下さい、って気持ちを伝えるための物!」
「…要は気持ちを伝えるための物なんだ? 手紙とグッズで」
「そうだよ、デパートとかのギフトセットと同列に考えないように!」
あくまで伝える気持ちが大切、と会長さんは説いたのですけど。
「…そうか、気持ちとグッズなんだ…。それがあったら作れるんだね、お達者袋」
「「「えっ?」」」
それってどういう発想ですか? まさか私たちに作ってこいとか…?
「ううん、君たちに作れとは言わないよ。相手はぼくのハーレイなんだし、ぼくからの愛と想いとをこめてお達者袋をプレゼント!」
これしかない、とソルジャーはグッと拳を握りました。
「そうと決まれば早速、買い出し! それと後から部屋を貸してね」
「「「部屋?」」」
「此処だよ、此処で詰めるんだってば、お達者袋に入れるグッズと手紙!」
「ちょ、ちょっと…!」
ちょっと待った! という会長さんの叫びも聞かずにソルジャーはパッと瞬間移動。何処へ消えたか姿は見えず、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もキョロキョロと。
「…ぶるぅ、ブルーはどっちに消えた?」
「えとえと…。あっちの方じゃないのかなぁ? デパートに行ったと思うんだけど…」
前に一緒に下着売り場に行ったから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あっちのハーレイに褌を買うって言ってた時に行ったデパート!」
「…ああ、あそこ…。あ、いた、いた」
何を買いに出掛けたんだろう? と首を捻った会長さんは間もなくテーブルに突っ伏しました。
「………。そうじゃないかとは思ってたけど…」
「どうした、あいつが何をしたんだ?」
買い物か、と尋ねたキース君への答えは「いずれ分かるよ…」と蚊の鳴くような声。そういえばグッズを詰めに戻って来るんでしたっけ…。ソルジャー、何を買ったんでしょう?
いそいそと買い出しに出掛けたソルジャーは一時間後に戻って来ました。デパートの大きな紙袋を両手に提げて鼻歌交じりの上機嫌。
「地球のデパートは品揃えが充実していていいねえ、お達者袋の作り甲斐があるよ」
まずはコレ、と紙袋から取り出した包みをバリバリと破り、レースたっぷりのネグリジェ登場。
「「「………」」」
そんなネグリジェをキャプテンに着せてどうするのだ、と思いましたが、さに非ず。
「ハーレイに着せると思ったんだろ? 違うよ、これはぼくが着るヤツ! 今日のお達者袋の中身はコレだよね、うん」
きっとハーレイも燃えてくれるさ、とソルジャーはキース君が持っていたお達者袋そっくりの袋にネグリジェをギュウギュウ詰め込んで。
「次は手紙、と。…なんて書こうかな、やっぱり「元気で長持ちして下さい」がストレートに伝わって素敵かな?」
「…好きにすれば?」
知ったことか、と言い捨てた会長さんの台詞にソルジャーの瞳がキラリーン! と。
「いいね、それ! 最高だってば、その案、貰った!」
「は?」
何が、と問い返した会長さんに向かって、ソルジャーは。
「好きにすれば、と言っただろう? それだよ、その台詞の頭に「ぼくを」って付けて、「ぼくを好きにすれば?」って書けばいいかと」
なにしろぼくが着るのはネグリジェ、とパチンとウインクするソルジャー。
「時間をかけて脱がせるのも良し、ボタンが弾け飛ぶ勢いで引っぺがすも良し! 着たままでヤるっていうのもいいよね、ハーレイの好みのシチュエーションってどれだと思う?」
「退場!!!」
さっさと帰れ、と会長さんが怒鳴りつけてもソルジャーは我関せずとソファに陣取り、これまたデパートで仕入れたらしい花模様のカードにデカデカと『ぼくを好きにすれば?』の文字を書き、ハートマークを幾つも散らしています。
「…これで良し、っと。今日のお達者袋は出来たし、これで帰るね。あ、他のグッズは預かっといてくれるかな? 奥の小部屋に突っ込んどくから」
万年十八歳未満お断りが大勢いるからシールドの無料サービスつき、などと足取りも軽く運んで行ったグッズ入り紙袋の中身が何かは知りたくもありませんでした。片付けを終えたソルジャーの姿がフッと消え失せ、私たちの方は脱力MAX。
「…ぼくたち、明日からどうなるわけ?」
ジョミー君の質問に全員が深い溜息を。純粋なお子様の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「わぁ~い、明日もお客様だぁ!」と跳ねてますけど、そのお客様が大いに問題なんですってば…。
生涯現役を目指す大人のためのアイテム、お達者袋。元々が敬老の日のグッズだったとは誰に言っても信じて貰えそうにない毎日が続き、会長さんは頭痛を堪える日々。幸か不幸か、私たち七人グループは知識不足で真の恐ろしさが全く分かっていないのだそうで…。
「さっきブルーが詰めてったヤツも大概なんだよ」
いわゆるアダルトグッズというヤツ、と口にしてから「ごめん」と謝る会長さん。
「君たちには理解不可能だっけ…。実際のところ、ぼくにも理解は出来てるかどうか怪しいけどね。なにしろ未知の世界なだけに」
足を踏み入れたくもないけど、と会長さんはブツブツと。
「ああいうのはノルディが詳しいらしい。ブルーがあれこれ相談するから調子に乗って次々と…。でもって、この部屋の奥に怪しいグッズがてんこ盛りに!」
部屋が穢れる、と会長さんが絶叫しても止まらないのがソルジャーのこだわり、お達者袋。毎日、空間を超えて現れ、グッズの買い出しやらグッズ詰めやら、本日の殺し文句やら。殺し文句も日替わりメニューで同じ言葉は二度と使いたくないらしく…。
「だからと言ってね、ネタ本までも買ってこなくていいんだよ!」
あんなエロ本そのものなヤツ、と会長さんが泣きそうになるネタ本とやらは私たちには読めない本です。ソルジャーがテーブルにババーン! と広げて悩んでいても、本全体がモザイクだという天晴れぶり。いったい何処から仕入れたんだか…。
「えっ、アレかい? ブルー本人が言っていただろ、通販限定!」
しかも御法度、と会長さんは肩をブルッと。
「出版したとバレたら法的にアウトになるヤツなんだよ、コッソリと地下で売られてる。…あ、地下と言っても地面じゃないから! 趣味の人たちがコソコソ隠れて買う類だね」
「じゃ、じゃあ、アレがこの部屋にあるとバレたら逮捕ですか?」
シロエ君の疑問に会長さんがマッハの速さで。
「即、補導! とりあえず見た目は高校生だし、まずは補導でそれから逮捕になるのかな? 年齢的には充分に逮捕される年だし」
「…罰金刑か?」
知りたくもないが、とキース君が言えば、返った答えは。
「下手をやったら懲役食らうよ、二年間ほど」
「「「二年!!?」」」
「売る目的で持っていました、っていう時だけれどね。売ろうと思ってはいませんでした、って逃げを打とうにも、今日びはネットで個人で普通に販売出来るし」
「「「………」」」
それは困る、と思いはしても、逃げ場が無いのが今の状態。罰金刑とか懲役だとか、それって退学になっちゃうのでは…。
ソルジャー御用達のお達者袋用の参考書のせいで懲役の危機。しかも二年と聞いてしまうと目の前が真っ暗というヤツです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にいる限り、サイオンを持った仲間以外は入れませんから安全ですけど、外に出た時が…。
「…そこなんだよねえ…。実はさ、ぼくの家にも例の参考書が」
「「「えぇっ!?」」」
会長さんの思いがけない言葉に仰け反りましたが、なんでネタ本が会長さんの家にまで?
「ほら、土日はぼくの家でグッズ詰めとかをしてるだろ? グッズはこの部屋から気の向いたヤツをお取り寄せだけど、本は確実に使うからって二冊目を買ってぼくの家に…ね」
「それってメチャクチャやばいじゃねえかよ!」
一般人も入れねえことはねえんだよな、とサム君が叫び、マツカ君が。
「管理人さんはいますけど…。警察だったら断ったりは出来ませんよね…」
「そう、出来ない。そして最悪、君たちどころかぼくも補導でソルジャーが逮捕な悲劇なんだよ」
ぼくも一応ソルジャーだから、と会長さんはフウと特大の溜息を。
「何処からも足はつきそうにない、と高をくくっていたんだけどねえ…。ブルーのお達者袋の中身がグレードアップするのに正比例して危険もどんどん高くなるんだな」
ダイレクトに通販をし始めるのも時間の問題、という会長さんにスウェナちゃんが。
「でも…。ネタ本も通販限定なんでしょ? とっくに通販してるわよ?」
「あれはノルディに買わせたんだよ、その頃はまだ大人しかったさ。今はノルディに借りたカタログを見ながら思案中なわけ! ノルディを通さずに直に買ったら特典がつくし」
「「「特典?」」」
「お得意様にだけコッソリ御案内、っていうレアなグッズがあるらしいんだ。ノルディもあれでスキモノだからさ、レアなグッズは自分で使ってしまうらしくて」
ブルーの手には入らないんだよね、と会長さん。
「そのレアグッズをゲットするためにぼくの住所を使う気なんだよ! そうなるとぼくの居場所がバレるし、警察が踏み込む危険性も……ね」
「おい。ソルジャー逮捕はシャレにならんぞ」
どうする気だ、と詰め寄るキース君に、会長さんは「うーん…」と額を押さえながら。
「誰かが人柱になってもいいなら、止める方法は無いこともない」
「「「人柱!?」」」
「そう。逮捕で懲役二年を食らうか、人柱か。ぼくには無理な方法だから、君たちの中から誰か勇者を選ぶしかない」
誰か潔く死んでこい! と言われましても。…それってどういう方法ですか?
その翌日。いつものように放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にウキウキ現れたソルジャーは
「えっ?」と赤い瞳を見開きました。
「…ヘタレ袋?」
「うん。お達者袋の真逆をいくヤツ」
それを作ろうと思うんだけど、と会長さんはニヤニヤと。
「君が毎日お達者袋を作ってるのを見ている間に閃いたんだ。こっちのハーレイに是非贈りたい」
「…あんまり感心しないけど…。ハーレイは君にぞっこんなんだし」
「だからこそだよ、貰っちゃった時の衝撃の大きさは半端じゃないよね。…そのドン底から這い上がってくるほどの根性があれば、ぼくも少しは見直してもいい」
「なるほどねえ……」
タフさを見極めたいわけか、と考え込んでいたソルジャーですが。
「…ハーレイを見る目が変わるかも、と言うんだったら止める理由は特に無いかな。それで、ヘタレ袋とやらを作るのに知恵を借りたい、と」
「ぼくは経験値が足りないどころかゼロだから! これを贈れば確実に萎える、という凄いアイテムでもあればいいなぁ…って」
理想は一撃必殺なのだ、と持ち掛けた会長さんに、ソルジャーは「分かった」と頷きました。そして会長さんの耳にだけ聞こえるようにヒソヒソと…。
「ふうん…。そうか、そういうのを詰めるのか…。でもさ……」
それは無理かも、とズーン…と落ち込んでいる会長さん。
「ぼくもシャングリラ・ジゴロ・ブルーだからねえ、場数は数々踏んでるけれど…。そっち専門の人の店には入る度胸が全く無いんだよ。せっかく教えて貰ったけれども、買うのはちょっと…」
「…君も大概ヘタレだねえ…。だけどハーレイとの距離を見直してもいい、と言い出した点は褒めてあげるよ。方法は全く褒められないけど、そういうことなら一肌脱ぐさ」
文字通りストリップをしてもいいくらいだ、とソルジャーは片目を瞑ってみせました。
「任せといてよ、ちょうど買い出しに行きたかったし、それもついでに買ってくる。…あ、袋には君が詰めるんだよ? もちろん手紙もきちんと付けて」
「分かってる。…それで、手紙の文章の方も先達の知恵を借りたいな。これで一発でヘタレるという凄い文章を教えて欲しい。…それと、君に買って来てもらうグッズだけども…。ぼくはこれでも小心者だし、分からないように包んで貰って」
「オッケー! ちゃんと専用の包装があるよ、健康食品とか選び放題!」
買ってくるからその間に手紙を書くといい、とソルジャーはまたもコソコソ耳打ち。会長さんが大きく頷き、ソルジャーは買い出しに出掛けて行って…。
「お待たせー! 注文のヤツを買って来たよ!」
はい、とソルジャーが会長さんに渡した包みは乙女チックに可愛くラッピングされていました。
「こっちのハーレイ、君に関しては乙女フィルターがかかってるしね? 君から貰う理想的なプレゼントってヤツを演出してみた。ぼくのハーレイもこういうのは特に嫌いじゃないし」
「ありがとう! 恩に着るよ」
「どういたしまして。…ぼくも今日は新作を仕入れて来たんだよねえ、もう最高に燃える筈!」
ソルジャーは毎度お馴染みのお達者袋に何やら詰め込み、ネタ本を引っ張り出して手紙も書いて袋の中へ。後はおやつのお代わりをして帰るだけというコースですけど。
「かみお~ん♪ クレープシュゼット、もう一回~!」
ワゴンを押して「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやって来ました。クレープシュゼットはオレンジの果汁にグラン・マニエルを入れてのフランベが見どころのお菓子です。大歓声と共に明かりが消されて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手際よく…。
「これはいつ見ても綺麗だねえ…」
おまけにとっても美味しいし、と青い炎に見惚れるソルジャー。食いしん坊のソルジャーは全く気付いていませんでした。フランベを見守る面子の中からキース君がコッソリ姿を消したことに…。
「はい、出来上がり~!」
パッと明かりが灯った時にはキース君は元の位置にちゃっかり戻って、その前に熱々のクレープシュゼットを載せたお皿が。みんなでワイワイ楽しく食べて、ソルジャーは「御馳走様~!」と手を振って帰ってゆきました。お達者袋をしっかりと持って…。
「………。俺はやったぞ。お達者袋を最初に持ち込んだ責任を取って」
しかし、とキース君はガバッと土下座。
「阿弥陀様、申し訳ございませんでした! なりゆきとはいえ、いかがわしい物を手に取ったことはお詫びいたします! このキース、罰礼を此処に百回させて頂きます!」
南無阿弥陀仏、と唱えながらの五体投地が始まりました。それを横目に、会長さんが自作のヘタレ袋とやらの中身を覗いてニンマリと…。
「やったね、すり替え大成功! ぼくが動いたらブルーは直ぐに気が付くけれども、ヒヨコな君たちはノーマークってね! 渾身の作のヘタレ袋を自分で作って持って帰ったよ、これで安心!」
あちらのハーレイは立ち直れないほどにヘタレるであろう、という会長さんの予言は成就し、キャプテンは一週間ほど御無沙汰だったと聞いています。ソルジャーがお達者袋を作ることも二度と無かったわけですけども…。
「何だったんでしょう、キース先輩が取り替えたグッズ」
「さあなぁ? 俺らに分かるレベルだったらヘタレねえだろ」
多分一生分かんねえよ、とサム君が言い、すり替えたキース君もモノが何かは全く見当がつかないそうです。お達者袋がヘタレ袋な作戦成功、逮捕や懲役の危険もなくなり、なべてこの世は事も無し。一週間ほど怒鳴り込み続けたソルジャーの大人の時間も無事に戻って、めでたしめでたし~。
元気で達者に・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
恐ろしすぎる、ソルジャー作の「お達者袋」。いったい何が入っていたんだか。
ヘタレ袋の中身ともども、ご自由に想像なさって頂ければ…。
今月は月2更新ですから、今回がオマケ更新です。
次回は 「第3月曜」 6月20日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、6月は、お坊さんの世界と兄貴な世界が近いお話…?
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