シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
一学期の期末試験も無事に終わって、夏休みが始まるのを待つばかり。とはいえ授業があと数日と、終業式と。期末試験の打ち上げパーティーは済んじゃいましたし、ここで土日が挟まるというのも中途半端な気分がします。というわけで…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
私たちは土曜日の朝から会長さんの家へ出掛けてゆきました。「遊びにおいでよ」と御招待を受けてますから遠慮も何もありません。学校へ行く日と同じ時間に家を出て午前9時前には揃って到着。お目当てはリッチな朝御飯です。
「えとえと、パンケーキ、すぐ焼けるからね!」
入って、入って! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が案内してくれたダイニングには会長さんが。
「やあ、来たね。ぶるぅも思い切り張り切っているよ、普段はサムしか来ないから」
好きなのをどうぞ、と焼き立てパンが籠に山盛り、種類も色々。ソーセージやチーズも用意されてますし、すぐにパンケーキがドッサリと。
「焼けたよ~! 卵料理は何にするの?」
「俺、オムレツ!」
「ぼくは目玉焼きがいいですね」
「スクランブルエッグ!」
バラバラな注文も「そるじゃぁ・ぶるぅ」は慣れたもの。幾つものフライパンを同時に火にかけ、チャチャッと仕上げて自分の分もお皿に盛って。
「出来上がり~! お代わりも作れるから沢山食べてね!」
ぼくのはチーズ入りだもん、と早速パクパク。ハーブも入ったチーズ入りオムレツは美味しそうです。アレをお代わりに注文すべきか、焼き立てパンを全種類制覇するべきか。どっちも非常に魅力的ですし、どうしようかな…とポタージュスープを飲みつつ悩み中。他のみんなも…。
「美味いな、朝から来た甲斐があった」
ウチの朝飯とは全然違う、とキース君が言えば、サム君が。
「やっぱりそうかよ…。今日はいつもより豪華だけどよ、朝のお勤めに来たら基本の朝飯はこうだよなぁ…。寺だと全然違うんだ?」
「当然だろう。御本尊様に御飯をお供えするから白米の飯は欠かせないわけで」
「パンって選択肢がねえのかよ?」
「無いこともないが…」
レアケースだな、との答えにジョミー君が「だから坊主は嫌なんだよ!」と脹れっ面。夏休みに入れば恒例の璃慕恩院の修行体験ツアーが待っていますし、そこでもきっとパンの朝食はないんでしょうねえ…。
思わぬ所から話題はお寺の朝食談議に。元老寺なんかはまだマシな方で璃慕恩院だと精進だとか、修行道場へ行けば精進に加えて麦飯だとか、色々と。最終的に、お肉や卵が食べ放題でパンやパンケーキも好きなだけ食べられる朝食万歳という結論になり。
「食った、食った! 美味かったぜ!」
サム君が褒めちぎり、私たちも「そるじゃぁ・ぶるぅ」と招待してくれた会長さんに感謝です。みんなでペコリと頭を下げると、二人は「どういたしまして」とニッコリ笑顔。
「腕を奮えて良かったね、ぶるぅ」
「うんっ! わざわざ朝御飯を食べに来てくれて嬉しいな♪ 紅茶にする? コーヒーにする?」
「俺、コーヒー!」
「ぼくは紅茶でお願いします」
またしても注文がバラバラな上に、アイスだホットだと夏ならではのリクエストも。それを難なくこなす「そるじゃぁ・ぶるぅ」は流石の腕前、アッと言う間に飲み物バッチリ。軽く摘めるクッキーも出て来て、このまま午前のティータイムが始まりそうですが…。
「あっ、君たちもコーヒーなんだ?」
「「「!!?」」」
誰だ、と振り返った先に会長さんのそっくりさんが立っていました。トレードマークの紫のマントではなく、まさかの私服。朝っぱらから何処へ出掛けて来たんだか…。それとも会長さんの家に来るために着替えてきたとか?
「ふうん…。リッチな朝食だったみたいだけれども、まだまだだねえ」
勝った、とソルジャーは得意そう。
「食後の締めも甘すぎるよ、うん」
「なんだって?! ぶるぅの料理にケチをつける気!?」
会長さんが憤然と食ってかかって、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「頑張ったつもりだったけど…。何か足りない? ブルーのシャングリラの方が凄いの?」
「ぼくのシャングリラ? あっちは普通に朝の定食! ぼくは豪華にノルディの家でね」
「「「えぇっ!!?」」」
何故にエロドクターの家で朝食? まさか泊まりに行ったとか? 会長さんも顔が真っ青です。
「ま、まさか…。君はノルディと…!」
「うん、最高のモーニングコーヒーを御馳走になってきたんだけどねえ?」
「…モ、モーニングコーヒー……」
会長さんの顔色が更に悪くなり、血の気が完全に引きました。モーニングコーヒーって何でしたっけか、今、キース君たちが飲んでいるのも朝のコーヒーだと思うんですけど?
「…き、き、君は……」
顔を引き攣らせてソルジャーを指差す会長さんの動揺っぷりは只事ではなく、部屋の温度も急降下。クーラーが効き過ぎたのかと錯覚しそうな体感気温の下がりようです。しかし…。
「何か?」
ソルジャーの方は何処吹く風と空いていた椅子にストンと腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぼくにもコーヒー!」
「んとんと…。何かオプションつけるの?」
ホイップクリームたっぷりだとか、リキュールとか、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。締めが甘いと言われただけに頑張ろうとしている姿勢が見えます。なのに…。
「普通に、そのまま! 砂糖とクリームも別に持って来て」
「え? ええっ? それでいいの?」
「違いを味わいたいからね」
最高のモーニングコーヒーとのね、と微笑むソルジャー、普段は紅茶がお好みです。たまにコーヒーな気分の時には最初からお砂糖とクリームたっぷりで淹れて貰って、更に追加で入れる甘い物好き。なのにストレートのコーヒーだとは、これ如何に?
「だから言ったろ、最高のヤツと味くらべ! ぶるぅのコーヒーも美味しいけどさ」
悪びれもなく言い放ったソルジャーに、会長さんがやっとのことで。
「ほ、本当に飲んできたわけ、ノルディの家で?」
「もちろんさ。…ぼくのためにと最高級品を用意してくれて、二人でね」
「なんだってモーニングコーヒーなんか!」
「え? 君たちが朝食パーティーだったし、ぼくも豪華にやりたくってさ」
豪華な食事ならノルディの出番、とソルジャーは片目を瞑りました。
「朝御飯を御馳走になりたいんだけど、と頼みに行ったら即、オッケー! お楽しみにって言われたからさ、今日の朝から出掛けて行って」
「へ?」
会長さんの間抜けな声が。
「あ、朝からって…。朝から出掛けて食事だけ?」
「他に何があると?」
たっぷり食べて帰って来たのだ、と胸を張るソルジャーに会長さんが口をポカンと。
「じゃ、じゃあ、モーニングコーヒーは…?」
「なるほどねえ…。派手に勘違いをしたってわけだ」
お疲れ様、とソルジャーがニヤニヤ笑っています。モーニングコーヒーって、いったい何?
「普通に言うなら文字通りだよ、うん。朝のコーヒー」
誰かさんは勘ぐりすぎだ、とソルジャーは湯気の立つコーヒーカップを前にして。
「ノルディも何度も念を押していたねえ、いつかは本物のモーニングコーヒーをぼくと二人で、って。いわゆる男のロマンってヤツかな、素敵な夜を過ごした後の一杯だってば」
「「「は?」」」
素敵な夜って……その後の一杯って、もしかしなくても大人の時間?
「そりゃもう、ベッドで過ごす時間さ! ノルディの積年の夢なんだよねえ、ブルーそっくりのぼくを食べるというのが。でもって美味しく食べた次の朝、二人でベッドでコーヒーを…ってね」
それがいわゆるモーニングコーヒー、と言われてようやく理解しました。会長さんが真っ青になるわけです。でもソルジャーはエロドクターとコーヒーを飲んできただけで…。
「そうなんだよねえ、ぼくのハーレイにも悪いしね? でもさ…」
これはどうかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が淹れたコーヒーを口にしたソルジャーは。
「やっぱり少し違うかな。ぼくはコーヒーには詳しくないけど、ちょっと味がね」
「えーーーっ!」
ドッカンと自信喪失の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。紅茶もコーヒーもプロ顔負けに淹れられるだけにショックが大きいみたいです。
「…大変、勉強しなくっちゃ! ノルディに淹れ方、習ってこよう!」
即、実行! とばかりに駆け出そうとした「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「待った!」とソルジャー。
「淹れ方は関係ないんじゃないかな? 多分、豆だよ」
「豆? ぼくも豆から淹れてるんだけど…」
きちんと挽いて淹れてるもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は手順を指折って確認し始めましたが。
「違うよ、ノルディが自慢してたし、豆が特別なヤツだと思う。なんだったっけか…」
凄く高くて珍しいヤツ、と記憶を遡りながらソルジャーはコーヒーのカップに砂糖を入れてクリームもたっぷり。しっかりかき混ぜて口に運ぶと…。
「うん、この方が断然美味しい! コーヒーは苦いと美味しくないしね」
「君にコーヒーの味がどうこうと語る資格は無さそうだけど!」
会長さんの怒り爆発。モーニングコーヒーに翻弄された分も加算されているに違いありません。
「コーヒーは苦味が命なんだよ、砂糖たっぷりクリームたっぷりで台無しにしてる君には味なんか分からないってば!」
「ううん、分かるよ。最初の一口はノルディに勧められて普通に飲んだし!」
それは素晴らしい味わいだった、と言われましても。苦いコーヒーは美味しくないと甘さを求めるソルジャーなんかに違いが分かるわけないのでは…?
エロドクターが出したモーニングコーヒーとやらが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のコーヒーよりも凄いらしい、という話。コーヒー党のキース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の肩をポンと叩いて。
「ぶるぅのコーヒーは本当に美味いと思うぞ、俺は。…他所で出て来るヤツより格段に美味い。みんなで食べに出掛ける高級店のにも引けを取らないと思うがな」
「…ホント?」
ホントに美味しい? と心配そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」にシロエ君たちも。
「美味しいですって! そうですよね?」
「うん、美味いぜ。マツカだってそう思うだろ?」
「ウチのシェフにも負けてませんね。…でも、豆で違いは場合によっては出るのかも…」
どんな豆です? とマツカ君はソルジャーに尋ねました。
「ぼくの家では父の好みでブレンドしてますし、ぼくもそれほど詳しくは…。でも有名どころは分かります。何処の豆でしたか?」
「…何処だろう? えーっと、ルアック? そうだ、ルアック・コーヒーだったよ」
「ルアックですか?」
それは違いが出てしまうかも、とマツカ君が頷き、会長さんも。
「そう来たか…。君に違いが分かるかどうかは置いておいても、確かに最高のコーヒーではある」
「「「…ル…アック…?」」」
なんですか、それ? 会長さんたちと食べ歩く内にコーヒーも多少は覚えましたが、まるで聞き覚えがありません。しかし、キース君は知っている風で。
「…ルアックか…。美味いとは聞くな」
「ルアックだったら負けちゃうかも…」
最高だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「それってホントに最高なわけ?」
ジョミー君の問いに、会長さんが。
「最高級品だと言われているねえ、ついでにレア度がピカイチなんだよ。もちろん値段もグンと高いし、何処の店でも売っているっていうわけじゃない。如何にもノルディの好みだよねえ」
ついでに自信を持って出しそう、と深い溜息。
「で、ブルー。…本当に美味しかったのかい?」
「それはもちろん! そんなにレアで凄いんだったらお土産に買って帰ろうかな? ハーレイはコーヒーが好きだからねえ」
「…なるほどね。それじゃ手作りルアック・コーヒーはどう?」
もうすぐ夏休みで遊び放題、と会長さん。なんと、最高級のコーヒー豆を手作りで? それってコーヒーの国へお出掛けするとか、超豪華版の夏休み?
ルアック・コーヒーとやらを手作りと聞いて私たちは歓声を上げました。コーヒー豆のことはサッパリですけど、コーヒーは南の国で採れるもの。この夏休みは外国かも、と思うだけでドキドキワクワクです。ソルジャーも手作りという響きに心躍らせているようで。
「手作りルアック・コーヒーかぁ…。ハーレイが感動してくれるかもね。でもって最高のモーニングコーヒーを飲めるとなったら励んでくれそう」
結婚記念日も近いことだし、と壁のカレンダーを眺めるソルジャー。
「その話、乗った! 夏休みだよね?」
「うん。柔道部の合宿とジョミーとサムの璃慕恩院行きが済んでからかな」
コーヒー豆もちょうどシーズン、と会長さん。
「最高のヤツが作れると思うよ、かなり努力が要るだろうけど」
「気にしないってば、ハーレイとモーニングコーヒーを飲むためならね」
「じゃあ、決まり。それでさ…」
会長さんがそこまで言った所で、横から「待った」が。
「ちょっと待て、俺たち抜きで話を進めるな!」
それともあんたたち二人で行くのか、とキース君。
「二人で行くなら止めはしないが、俺たちも行くとしか聞こえんぞ」
「当然だろう? 柔道部の合宿とかが終わった後でと言ったからには君たちもだよ」
「なんで俺たちまで巻き込むんだ!」
勝手に決めるな、とテーブルをダンッ! と叩くキース君に、ジョミー君が。
「えっ、面白いと思うけど? コーヒー豆を手作りだよ?」
「うんうん、豆を摘むとか重労働かもしれねえけどよ、なかなか出来ねえ体験だよな」
俺も賛成、とサム君が。シロエ君やスウェナちゃん、私もやる気満々なのですけれど。
「…いいんですか?」
遠慮がちな声はマツカ君でした。
「ルアック・コーヒーは普通の豆とは違うんですけど」
「それって木が思い切り高いとか? 木登りしなくちゃ届かないほど?」
それならそれで遣り甲斐が、とジョミー君が応じ、私たちもコクコクと。相手は最高のコーヒー豆ですし、おまけにレア物。木登りくらいは必要かもです。
「…木登りはすると思いますけど…」
「いいよ、そのくらい」
お安いご用、とジョミー君が親指を立て、スウェナちゃんと私は「任せた」とばかりに拍手喝采したのに、浮かない顔のマツカ君。キース君も眉間に皺が…?
たかが木登り、されど木登り。もしやコーヒーの木ってサルスベリのように登りにくかったりするのでしょうか? それとも何か特別な品種で一本の木から採れる豆の量が少なすぎるとか?
「…マツカ、ハッキリ言った方がいいぞ」
こいつらは思い切りド素人だ、とキース君が話を引き継ぎにかかりました。
「確かに木登りはする筈だ。でないと豆を食えないからな」
「「「???」」」
コーヒー豆はコーヒーになって飲むものですから、木登りしなくちゃ採れないのなら登って当然、木登り上等。そこは男の子たちに任せるとして…。
「…本当に分かっていないようだな、木登りするのはお前たちじゃない」
「「「えっ?」」」
「ルアックってヤツが登るんだ。そうだな、マツカ?」
確認するキース君に、マツカ君がおずおずと。
「え、ええ…。ルアック、いわゆるジャコウネコですよ」
「「「ジャコウネコ!?」」」
そんなモノが何故登るのだ、と派手に飛び交う『?』マーク。そんな中でシロエ君が何か閃いたらしく。
「アレですか、ヤシの実と同じ理屈ですか? サルを登らせてヤシの実を採るっていうのがありますよね。それと同じで、サルの代わりにジャコウネコとか…」
登りにくい木なら動物もアリです、との意見に「そうか」と納得。ジャコウネコに木登りを仕込むのが難しいためにレアなコーヒーになるのでしょう。よーし、調教、頑張らなくちゃ!
「違うな、ジャコウネコは勝手に登る」
そして食べる、とキース君。
「ヤツらはコーヒーの実が大好きだそうだ。しかも美味そうな実しか食わない。つまり最高の実を選んで食いまくるわけだ、ヤツらはな」
「その前に阻止して毟るんですか?」
獲物を横取りするわけですか、とシロエ君が言い、困難であろう作業に思わずクラッと。木に登ってコーヒーの実を食べる獣の先回り。そこまでして採ったコーヒーとくればレアで高価になるわけです。夏休みの一環で挑むだけの価値も充分に…。と、考えたのに。
「甘いな、それならまだマシだ。人間がヤツらの後を追うんだ、ヤツらはコーヒーの実は大好物だが、コーヒー豆は消化できないらしい。未消化の豆を集めて、洗って」
「ま、まさか、それって…」
糞ですか?! と叫んだシロエ君に「まあな」と頷くキース君。マツカ君も沈痛な顔をしています。よりにもよって糞と来ましたか、それを集めて洗うんですって…?
ジャコウネコが食べたコーヒーの実。グルメな彼らのお眼鏡に適った最高の実の中のコーヒー豆なら、間違いなく最高と思われます。だからと言って何もジャコウネコの身体の中を通過してきた豆を失敬しなくても…。
「…アレってそういうコーヒーなのかい?」
ビックリした、とソルジャーの赤い瞳がまん丸に。
「流石は地球だね、収穫までに生き物の知恵と身体を借りるんだ? 素晴らしいよ、それ」
「「「………」」」
これが価値観の違いというものでしょうか、糞と聞いてもソルジャーは動じませんでした。むしろ感動したらしくって、美味しいわけだと改めてベタ褒め。
「ますますハーレイに飲ませたくなったよ、野生の強さも取り込めそうだ。で、本当に作るわけ? 手作りっていうのは糞を集めて洗うトコかな?」
集めるのはいいけど洗うのは嫌かも、とソルジャーの視線が私たちに。
「ぼくがサイオンで集めて回って、洗う方は君たちにお任せしたいな。凄いコーヒーだとは思うんだけども、糞は糞だし」
「…え、遠慮します!」
シロエ君が必死に叫びましたが、それで勝てるような相手では…。ん?
「そういう役目は最適の人間が一人いるよね」
しかも喜んで引き受ける、と会長さん。
「ぼくと一緒に夏休みを過ごせて、あわよくば手作りモーニングコーヒー! これで釣れないわけがない」
「お、おい…! あんた、まさか…!」
キース君の声に、会長さんはニッコリと。
「もちろん釣るのはハーレイさ。ブルーが最高のモーニングコーヒーを作りたいらしいから手伝うんだ、と言えばホイホイ出て来るよ。ぼくと飲むんだと妄想爆発、一日中でも糞を洗うね」
ぼくたちの仕事はそれ以外、と会長さんは微笑みました。
「ジャコウネコを調達してきて放すトコから始めなくっちゃ。ルアック・コーヒーの本場じゃジャコウネコは普通に生息しているけれども、ぼくたちの国にはいないからねえ」
「「「え?」」」
この国って、コーヒー、採れましたっけ? そんな話は知りません。温室栽培でもしてるのでしょうか、それを横から盗む気ですか?
「人聞きの悪い…。その辺はぼくに任せておいてよ、それとマツカの手を借りなきゃね」
宿の確保だ、と会長さん。何処に行くのか謎ですけれども、お出掛けだけは出来そうです。外国じゃないのが残念とはいえ、山の別荘より楽しいかも?
こうしてルアック・コーヒー手作りプロジェクトがスタートしました。夏休みに入って男の子たちが合宿などに旅立った後は、代わりとばかりにソルジャーがウロウロ。暇を見てはフラリと現れるらしく、会長さんと話が弾んでいます。
「それでさ、ジャコウネコの確保だけどさ…」
「やっぱり瞬間移動でパパッと! 逃げる隙とか与えちゃダメだよ」
見付け出したら即、捕獲! と会長さん。
「とにかく数を捕まえないとね。本当は思い切り違法だけども…。検疫している時間が無いし」
「そこは何とかなるってば。ぼくのシャングリラで検疫に引っ掛かった動物に使う方法、こっちの世界でも有効だよ、きっと」
閉ざされた船の中の方が遙かに危険が多いんだから、とソルジャーはニヤリ。
「検疫部門の情報操作はしておいた。ジャコウネコの十匹や二十匹、三日もあればなんとかなる。今夜、捕まえに行くんだよね?」
「君の方の用意が出来たんならね」
「かみお~ん♪ ぼくも手伝う!」
良からぬ話が進んでいるような気がしましたけど、ルアック・コーヒーを作るためにはジャコウネコの存在が欠かせません。何処の国で捕まえて来て、何処でコーヒーの実を食べさせるのか…。
「ん? 捕まえに行くのは本場の国だよ」
「らしいよ、ブルーが案内してくれるってさ」
ジャコウネコを捕まえた後は現地で名物料理なんだ、とソルジャーは至極ご機嫌でした。自分の世界のシャングリラ号の検疫部門をモーニングコーヒーのために働かせておいて、自分はちゃっかりグルメ三昧。如何にもと言うか、らしいと言うか…。
「え、だって。普段は行かない国なんだしさ…。せっかくの地球を満喫しないと」
「そして君のハーレイにもお土産だっけね?」
「うん! とりあえず本場のルアック・コーヒー!」
きっと感激するだろう、とソルジャーの瞳が輝いています。
「地球ならではのコーヒーだしねえ? でもって、それと同じタイプのコーヒーを手作りするために出掛けて来る、と言えば感動もひとしおだよ。楽しみだなぁ、手作りルアック・コーヒー!」
そしてハーレイと二人でモーニングコーヒー、と陶酔し切っているソルジャー。結婚記念日が間近に控えているだけに、大人の時間に拍車がかかること間違いなし。とはいえ、自分たちの世界で飲むんだったら好きになさって下さいです…。
「「「……スゴイ……」」」
男の子たちが戻って来てから数日後。私たちは南の島に来ていました。同じ国とも思えない植物、それに澄み切った青い空と海。けれど何より驚いたものが目の前の木です。
「…コーヒーの木って大きくなるんだ…」
信じられない、とジョミー君。目の前の木は高さ十メートル以上あるでしょう。それが森となって茂った景色は「凄い」としか言いようのないもので。
「剪定しないと育っちゃうんだよ、コーヒーはね」
こんな風に、と会長さんが指差す広大な森は昔は農園だったのだそうです。
「この国じゃ採算が採れないから、と放置されてから長く経つわけ。野生化しちゃったコーヒーの木は此処の他にもあるんだけども…。宿の関係でこの島にした」
悪いね、マツカ、と会長さんが声をかけるとマツカ君は。
「いえ、ちょうど別荘のある場所で良かったです。ホテルよりも自由に動けますから」
「そうなんだよねえ、今回は目的がアレだしね」
ハーレイの仕事が凄すぎるし、と笑う会長さんの視線の先には教頭先生。ソルジャーとキャプテンのために最高のモーニングコーヒーを作りに行く、と聞かされて見事に釣り上げられたという話です。
その教頭先生、「任せておけ」と頼もしい笑顔。
「糞を洗えばいいのだったな? そしてコーヒー豆を糞の中から選り分ける、と」
「うん。そのコーヒー豆もキッチリ綺麗に洗ってよ?」
「もちろんだ! いずれは口に入るものだし、それに、そのぅ……」
「ぼくも飲むかもしれないしね? 君と一緒にベッドの上で…ね」
モーニングコーヒーはやっぱりベッドで! と餌をちらつかされた教頭先生、鼻血の危機。ウッと息を飲み、鼻の付け根を強く押さえておられますけど…。
「ふふ、味見は先にぼくのハーレイとぼくの二人で! 最高のコーヒーを期待してるよ」
結婚記念日ももうすぐだしね、とソルジャーの極上の笑みが。
「君も頑張れば結婚出来るさ、ブルーとね。そしたら毎日モーニングコーヒー!」
「は、はいっ! 頑張ります!」
目指せ結婚! と決意漲る教頭先生の声に会長さんが「まずは糞から!」と被せていたのを私たちはハッキリ耳にしました。教頭先生は結婚に向けて頑張る所存でらっしゃいますけど、会長さんが期待するものは糞洗い。両者の距離は隔たり過ぎてて、重なりそうもないですってば…。
野生化してしまったコーヒーの木の森。ルアック・コーヒーを作るためには木に実っている赤い実をジャコウネコに食べて貰わなければいけないのですけど。
「「「…夜行性?」」」
「そうだけど?」
生憎と昼間はこの通りで、と会長さんとソルジャーが瞬間移動させてきた大きな檻。中ではハクビシンに似た生き物が丸くなって熟睡しています。その数、一匹、二匹どころではなくて…。
「全部で二十匹、確保した。ブルーのシャングリラの検疫部門で薬を飲ませたり消毒したりしてあるからねえ、生態系とかに影響は無い筈だ。本当は勝手に持ち込んで放すのは違法だけどさ」
「用が済んだら返すんだから問題ないだろ、元の国まで」
しかし帰国までは役立って貰う、とソルジャーが。
「目を覚ましたらコーヒーの実をガンガン食べて貰わなきゃ! そりゃ虫とかも食べていいけど、基本はコーヒー!」
森ごとまるっとシールドしてやる、と闘志に溢れているソルジャー。会長さんも負けじと檻を背にして私たちに発破を。
「いいかい、ジャコウネコは夜になったら森に放して自由にさせる。だけどブルーも言っているとおり、コーヒーの実を食べてなんぼなんだよ、そこが大事なポイントだから! 君たちの役目は森の監視で、ジャコウネコが下をうろついていたら木に登らせる!」
「「「えぇっ?!」」」
そんな無茶な、と悲鳴を上げたのに配られてくる鞭ならぬハタキ。ストレスを与えないよう周りの地面や草をパタパタはたいて木に追い上げろとはハードそうな…。
「もちろん、ぼくとブルーも発見したら追い上げるように努力はするさ。ぶるぅも追いかけて走ると言ってる。でもねえ、ルアック・コーヒー作りはジャコウネコを木に登らせてこそ!」
それが出来ないなら糞を洗え、と出ました、恐怖の選択肢。
「糞洗いは主に昼間の仕事になる筈だ。夜の間は糞も見えにくい。拾い逃がしを見付けた時には拾っておくけど、そうならないよう昼間の間にキリキリ努力をして貰いたい」
というわけで、と会長さんは教頭先生にビシィッと指を突き付けて。
「君の出番は昼間なんだよ、ぼくたちとは逆のシフトだね。ぼくたちが寝てる間に糞を拾って洗って、出て来た豆を乾かしておく! 分かったかい?」
「…で、では、お前と顔を合わせられるのは…」
「今日はこのまま徹夜で行くけど、明日からはしっかり寝なきゃだし…。次に会うのは帰る日になるかな、頑張って」
「……そ、そんな……」
会えないのか、と泣きの涙の教頭先生。ジャコウネコ追いから脱落したら教頭先生と同じシフトにさせられた上に糞洗いなわけで、これは絶対、避けないと~!
夜行性のジャコウネコが動き始めるまで、マツカ君の別荘でのんびり待機。クーラーの効いた部屋でゲームをしたり、お菓子を食べたりと平和な時間が流れましたが、教頭先生は会長さんとの別れを惜しんでしんみりと。
「…ブルー、本当に最終日まで会えないのか?」
「そうなるねえ…。でもさ、ぼくたちは一応、共同作業なんだよ? 夜の間にぼくたちがジャコウネコを追う。そのジャコウネコが落とした糞をさ、君が集めて洗うわけでさ」
どちらが欠けてもルアック・コーヒーは出来ないのだ、と会長さんは教頭先生の褐色の手をギュッと握って。
「この手の働きに期待してるよ、ブルーのモーニングコーヒーのためにもね。…そしていつかは君と二人でモーニングコーヒーを飲めるといいねえ」
「そ、そうだったな! 私には夢があるのだったな」
お前とモーニングコーヒーだ! と燃え上がっておられる教頭先生は、会長さんがペロリと舌を出したことに全く気付いていませんでした。おめでたいとしか言えませんけど、それでこそ教頭先生なのですし…。
「ブルーのために頑張るぞーっ!」
「はいはい、間違えないように。あくまであっちのブルーだから!」
ぼくとは運が良かったらの話、という会長さんの言葉も耳に入ってはいないようです。そんな教頭先生ですから、糞洗いが文字通りのババなことにも気付かないわけで。
「ブルーと共同作業なのだな、こう、初めての共同作業と言えば…」
ウェディングケーキに入刀だとか、キャンドルライトサービスだとか…、と心は一気に会長さんとの結婚式まで飛んでいる模様。糞洗いで此処まで夢を見られる妄想体質、大いにババならぬ糞を洗って下さいとしか…。
日が暮れる前に早めの夕食を終えた私たちは教頭先生を別荘に残し、コーヒーの木が茂る森へと出発しました。ジャコウネコの檻は森の入口に置いてあり、部外者に見られないようシールドつき。
「かみお~ん♪ みんな目が覚めたみたい!」
動いてるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちの方も一応はサイオンで夜目が効きますし、夜の森でも大丈夫です。気になる虫や蛇の類は会長さんたちがシールドを。
「それじゃ放すよ、頑張って木に追い上げて」
開けるからね、と会長さんが。
「「「はーい!!」」」
ガチャリと檻の鍵と扉が開けられ、お腹をすかせたジャコウネコたちが次々と飛び出しました。流石はルアック・コーヒーの生産を担うだけあって、一目散にコーヒーの木へ。絡まった蔦や蔓を頼りにスルスルスル…と。
「よーし、登った! 後はそのまま登っててくれれば…」
そして食べまくれ、とソルジャーは御満悦でしたが、そこは生き物。一時間と経たない内に他の味を求めて下りてくるヤツも何匹かいます。
「そっち、行ったぜー!」
「おい、登れと言っているだろうが! 早く登らんか!」
でないと念仏を唱えるからな、と妙な台詞を言い出す人やら、ひたすらハタキを振り回す人やら。スウェナちゃんと私は女子なこともあって…。
「かみお~ん♪ ぼくもお手伝い!」
こっちはダメーッ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンの壁を作って助けてくれます。後は追い込めば木に登りますし、これってけっこう楽勝かも…。
「何処が楽勝なのさ、大変だってばー!」
「ジョミー先輩、また逃げてます!」
反対側から下りられました、と暗い森の中でドタドタ、バタバタ。肝心の糞がどうなったのかは誰も全く考えておらず、その内に白々と夜が明けて来て…。
「あ、下りてきた…」
「檻に帰って行くみたいですね?」
家だと分かっているんでしょうか、とマツカ君が首を傾げると。
「躾けておかないと困るじゃないか。ブルーと一緒に頑張ったんだよ」
これが家だと教えてあるよ、と会長さん。ん? 糞は…?
「さあねえ…? 檻の中でする分は楽に拾えるだろうけど、他はさぞかし大変だろうね」
範囲はしっかり区切ってあるから頑張って拾え、と会長さんはソルジャーと顔を見合わせてニヤリ。
糞洗い担当の教頭先生、踏み荒らされた森の中でひたすら糞探しですか…。
夜な夜なコーヒーの森でジャコウネコを追い、夜明けと共に疲れて爆睡。目を覚まして朝食ならぬ夕食を食べ始める頃、一日のノルマを終えた教頭先生が戻って来る日々。教頭先生は戦果を報告しようと会長さんに声を掛けるのですが…。
「明日にしてくれる? 今はそういう気分じゃないんだ、食事中だよ!」
デリカシーの無い、と一喝されて会話終了、肩を落としてスゴスゴ退場。けれど教頭先生の仕事の成果は毎朝チェックされていました。
「うん、いい感じに増えてるよ。今夜の分でまた増えるだろうねえ」
会長さんが朝日の中で豆の置き場を覗き込み、ソルジャーも。
「有難いねえ…。これだけあれば当分の間、ハーレイと二人で最高のモーニングコーヒーを楽しめそうだ。こっちのハーレイに感謝しなくちゃ、糞探しに糞拾い、糞洗いだし」
誰もが嫌がる仕事だよね、と感慨深げに言うソルジャー。
「ぼくは綺麗に洗い上がった豆を持って帰って焙煎させるだけだけれどさ、君たちの分はどうするんだい? ぶるぅが煎るわけ?」
「まさか! 謹んで進呈させて貰うよ、あるだけ全部」
ケチつくつもりは毛頭ない、と会長さんは太っ腹ですが、それじゃ私たちはタダ働き…。殺生な、と嘆く気持ちが伝わったらしく。
「なんだ、ルアック・コーヒー作り体験では満足出来なかったんだ? だったら幾らか分けて貰ってコーヒーを飲むとか、お菓子にするとか」
「かみお~ん♪ コーヒーゼリーとか美味しいよ! ケーキとかにも使えるし!」
「…そ、そうだな……」
美味いだろうな、とキース君が呟いたものの、相手はルアック・コーヒーです。たった今、檻に戻ったばかりのジャコウネコたち。彼らが夜っぴて食べたコーヒーの実がお腹を通って…。
「……要らないかも……」
欲しくないかも、とジョミー君がボソリと零して、サム君が。
「…あいつらのケツから出るんだもんなぁ…」
それはちょっと、と誰もが思った所へ、教頭先生が起きて来ました。
「おお、おはよう。みんな揃って元気そうだな、今日も頑張って糞を洗うぞ!」
「「「……ふ、糞……」」」
絶句する私たちの横から会長さんが声を張り上げて。
「デリカシーが無いって言ったろ、君は一人で糞にまみれてればいいんだよ! 運がつくから!」
「そうか、運がつくか! お前とモーニングコーヒーなのだな、糞にまみれるのも最高だな!」
フンフンフン…と鼻歌を歌いながら糞拾いに去ってゆかれる教頭先生は妄想MAXでらっしゃいました。ルアック・コーヒーでモーニングコーヒーはソルジャー夫妻限定じゃないかと思いますけど、お幸せならいいのでしょうか? フンフンフン…糞、糞、糞…と多分幸せ、きっと幸せ…。
コーヒー騒動・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ルアック・コーヒーの話は嘘じゃないです、知る人ぞ知る名物コーヒー。
愛飲している方がいらっしゃったらゴメンナサイです、ネタにしちゃって…。
来月は第3月曜更新ですと、今回の更新から1ヶ月以上経ってしまいます。
よってオマケ更新が入ることになります、6月は月2更新です。
次回は 「第1月曜」 6月6日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、5月は、キース君が持っている住職の資格が災難を呼ぶとか。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
ポカポカと暖かく、穏やかな春。桜は八重桜へと移りましたが、今年の春はゆったりとお花見を楽しむことが出来ました。今日は土曜日、せっかくだからと八重桜が多い公園へお出掛け。ソルジャーとキャプテン、「ぶるぅ」も一緒にお弁当を食べてお花見をして…。
「やっぱりいいねえ、地球の桜は。夜桜が無いのが残念だけど」
そっちがあったら夜の部も…、とソルジャーは八重桜に未練たっぷり。公園はライトアップをしていないため、日が傾いてきた頃にお花見の方はお開きで。
「仕方ないだろ、やってないものは。それに君のハーレイは仕事をサボッて来てたんだよね?」
会長さんが指摘したとおり、キャプテンは休暇を取っていませんでした。普通の桜でお花見した時に特別休暇を取りましたから、続けて取ることは難しいらしく。
「そこなんだよねえ…。それさえ無ければ晩御飯も一緒に食べられたのに」
そっちも残念、とソルジャーが焼肉をつついています。キャプテンは仮病を使ってブリッジから逃げ、こちらの世界に来ていた次第。お花見が終わると「ぶるぅ」の力でシャングリラに帰ってしまいました。「ぶるぅ」は再び戻ってくるかと思ったのですが…。
「ぶるぅかい? 戻って来たけど他へ行ったよ」
「「「え?」」」
いったい何処へ行ったのだ、と尋ねてみれば。
「お花見をしていた間に目をつけた店があったらしくて…。今はお好み焼きを山ほど食べてる」
「それって、お金はどうなるのさ!」
会長さんが突っ込み、シロエ君たちも。
「まさか食い逃げするんじゃないでしょうね!」
「それしかねえだろ、あいつ財布は持ってねえだろうし」
「こっちのぶるぅと間違われることはないと思うが…。いや、待て!」
ツケにされて払う羽目になるとか、とキース君。それはマズイ、と顔を見合わせていると。
「無い無い、それは絶対無いってば!」
保証するよ、とソルジャーが太鼓判。
「ぼくに思念波で訊いてきたんだ、財布を持って行ってもいいか、って。貸してもいいけど、それだとお金が減るだろう? だから「こっちのノルディに貰っておいで」と」
「「「…エ、エロドクター…」」」
「何か問題でも? ノルディは大喜びで札束を渡していたようだけどねえ? あなたのブルーにどうぞよろしく、と」
袖の下か、と私たちは揃ってドッと脱力。エロドクターときたら、ソルジャーとの楽しいデートのためなら「ぶるぅ」の胃袋も買収しますか、そうですか…。
二ヶ所に分かれた夜の部の宴会。私たちは焼肉パーティー、「ぶるぅ」はお好み焼きの店。大食漢の「ぶるぅ」も交えての焼肉となれば戦場ですけど、そうでなければ至って平和で。
「んとんと…。昼間の公園、映ってるかなぁ?」
テレビカメラが来ていたもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテレビの電源を。おおっ、ちょうどローカルニュースの終盤、八重桜が満開の公園が映っています。
「すっごーい! 桜いっぱい!」
ぼくたちも映っていないかなぁ? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はテレビの前に張り付きましたが、映像は私たちのレジャーシートの端を掠めて桜のアップになってしまいました。これってシールドしていたと言うか、サイオンで撮影お断りの結果とか?
「……映ってなかった……」
録画しようと思ってたのに、とガックリしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。あれっ、だったら映る可能性もあったってこと? ソルジャーやキャプテン、「ぶるぅ」がいても?
「そりゃあ、映る時には映るよねえ…」
その辺はドンと任せておいて、とソルジャーが。
「こっちの世界にもすっかり慣れたし、テレビカメラくらいは平気だよ。たとえ隠し撮りをされていようと映像はバッチリ誤魔化せるしね。…ぶるぅ、残念だったね、映ってなくて」
「…残念だよう…。お花見弁当も映ってるかと思ったのにー!」
自信作のお弁当だったのに、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が肩を落とす間にニュースは終わって次の番組が。『生き物ふしぎ発見』のタイトルが映り、そこでテレビは消されるものかと思ったら。
「わぁっ、可愛い! ネズミさんだぁ!」
これも見るー! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の落ち込み気分が一気に浮上。さっきのガックリを見ているだけに、可愛いネズミで和むんだったらテレビはつけておくべきでしょう。
「ぶるぅ、焼肉はどうするんだい?」
会長さんが訊くと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ笑顔で。
「焼けてる音と匂いで分かるよ、焼き加減! ぼくの分はちゃんと自分で焼くから!」
これと、これと…、とお肉や野菜をホットプレートにヒョイヒョイと乗せて、視線はテレビの画面へと。本当に可愛いネズミです。それに…。
「ぶるぅが好きなら見せておいてやろう。いつも御馳走になっているしな」
キース君の言葉に頷く私たち。凝ったお料理だと困りますけど、焼肉くらいなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」に任せなくても大丈夫。たまには食べながらテレビ観賞するのもいいですよね!
焼肉パーティーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の指南抜きでも何とかなるもの。ソルジャーの分のお肉や野菜が焼け焦げる事故は多発しましたが、知ったことではありません。自分の面倒は自分で見ろ、と横目で流して自分の分をジュウジュウと…。
「ちょ、ちょっと!」
いきなりソルジャーが声を上げても、「また焦がしたか」と華麗にスル―。
「大変だってば、これは物凄いニュースだってば!」
「…何が?」
特上の肉を焦がしたのかい、と会長さん。今夜はマザー農場の幻の肉と名高いお肉もたっぷり。それを焦がすとは許し難い、と私たちも睨み付けましたが。
「違うよ、テレビの方なんだよ!」
「ニュースの時間は終わっただろう!」
嘘をつくな、と会長さんが怒鳴り、ソルジャーがそれに負けない声で。
「本当に凄いニュースだってば! ぶるぅも見てたし!」
「…ぶるぅ、テロップでも流れたのかい?」
ニュース速報、と訊いた会長さんに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキョトンとした顔。
「やってなかったよ? ネズミさんが走り回ってただけだもん」
「ほらね、やっぱり大嘘じゃないか」
白々しい、と会長さんは一刀両断。けれどソルジャーは怯みもせずに。
「走り回るネズミがニュースなんだよ! ぶるぅが分かってないだけで!」
「「「…ネズミ?」」」
そんなモノがどうニュースなのだ、とテレビに視線を向けてみると。
「「「???」」」
コロンと横たわる小さなネズミ。そして男性の声で流れるナレーション。
「…こうしてキアシアンテキヌスの雄は、その生涯を終えるのである」
え? ネズミが死んだらニュースだなんて、何か変です。それだけでも充分『?』マークなのに、更に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悲鳴が。
「ああっ、ネズミさん、死んじゃったぁー!」
ソルジャーの方も呆然として。
「…嘘だろう? 何もそこまで頑張らなくても…」
死んでしまったら元も子も、と妙な台詞が出て来た所でテロップが。『十二時間』って、なに? いったい何が十二時間で、ネズミの死骸は何なんですか~!
サッパリ意味が不明のテレビ番組。今度はお母さんネズミと沢山の子ネズミ。ナレーションは「この子供たちの中の雄もまた、その父親と同じ生涯を送る」と流れています。…あれっ? テレビのネズミのファミリー、お父さんネズミが欠けているような…?
「…うーん…。これはこれで何とかなるんだろうか…」
しかし死ぬまで頑張らなくても、とソルジャーが再び謎の台詞を。
「でもまあ、ぼくは子供を産むわけじゃなし…。死ぬ前に止めればいいんだよね、多分」
「「「は?」」」
日頃から「ぶるぅ」のママの座をキャプテンと押し付け合っているソルジャー。子供を産むという言葉は禁句の筈ですけれども、いったい何が言いたいんでしょう?
「いや、ちょっと…。このネズミの雄は凄いな、と思ったんだけど、まさか死ぬとは」
「どう凄くって、なんで死ぬのさ?」
分からないよ、と会長さんが首を捻って、テレビの方にはエンディング曲が流れてスタッフ名がズラズラと。これは再放送でも見ない限りは理解不能かもしれません。それとも録画?
「ぶるぅ、今のは録画してた?」
ソルジャーの問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は首を左右に。
「してないよ?」
「そうなんだ…。名前はバッチリ覚えてるから、まあいいかな」
フクロネズミ、と呟くソルジャー。今のってフクロネズミでしたか! 舌を噛みそうな長ったらしい名前だったと思いましたが…。
「キアシアンテキヌスだったらさっきのネズミ! フクロネズミの一種らしいよ。他にも何種類か似たようなヤツがいるらしくって」
実にパワフルなネズミなのだ、とソルジャーが肉を焼きながら。
「ぶるぅが言ったろ、走り回っていただけだ、って。その時間が実に十二時間! 早回しで流してたからチョコマカチョコマカ、場合によっては十四時間も」
「…走り続けるわけ?」
ジョミー君が疑問をぶっつけ、キース君が。
「それは死んでも不思議ではないな…。マラソン選手じゃあるまいし」
「甘いね、走ってるだけじゃないんだってば! もう飛びっきりのビッグニュース!」
こんな生き物が地球に居たとは、とソルジャーは感動の面持ちで。
「走る目的はひたすらセックス!!!」
「「「えぇっ?!」」」
なんじゃそりゃ、と私たちはポカンと口を開けました。も、もしかしてネズミながらも大人の時間を十二時間? 挙句の果てにコロリと死ぬとか、まさか、まさかね……。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「可愛い!」と見始めた小さなネズミを撮った番組。フクロネズミと言うからには有袋類ってヤツでしょうけど、走りまくって十二時間だか十四時間だか。走るだけでも驚きなのに、その目的が大人の時間って…。
「本当だってば、本当にヤッていたんだってば!」
ぶるぅは分かってないかもだけど、と言うソルジャー。
「発情期が来たら、一度に沢山の雌と十二時間から十四時間も交尾をしまくるらしいんだよ。実際、映像が流れてた。パワフルだなぁ、とビックリしたからビッグニュースだと言ったんだけど」
そんなパワーはハーレイにも無い、とグッと拳を握るソルジャー。
「もう絶倫としか言いようがないし、薬か何かに使えないかと思ってさ…。叫んだ時にはそのつもりだった。だけど死んじゃう理由を聞いたら、考えがちょっと変わったんだよ」
「やめとこうって?」
それが吉だね、と会長さん。
「何も死ぬまでやらなくていいし、そんな生き物を薬に使ったらロクな結果になりそうもない。君も困るだろ、ハーレイが死んでしまったら?」
「そこなんだよねえ…。死ぬ所まで行かない程度に留めておけばいいのかなぁ…って」
「やっぱり薬にする気じゃないか!」
どう考えが変わったというのだ、と会長さんは非難の視線。私たちも呆れ果てたのですけど。
「そうじゃなくって! どうして死ぬのか、君たちは聞いていなかっただろう?」
「聞いていないね。そもそも君が騒いでいたから」
テレビのナレーションどころでは、とバッサリ切り捨てる会長さん。
「それにネズミに興味も無いしさ、ヤリ過ぎで死んでも痛くも痒くも」
「そう、ヤリ過ぎ! まさにヤリ過ぎで死ぬらしいんだよ」
まあ聞きたまえ、とソルジャーが座り直した時には焼肉パーティーも終盤で。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が刻んだニンニクなどを炒めてガーリックライスを作っています。小さな子供の頭の中から可愛いネズミは消えたようですが、ソルジャーの方はネズミに夢中。
「あのネズミはねえ、交尾に没頭しすぎるあまりにテストステロンという男性ホルモンのレベルが高くなる。これが引き金になってストレスホルモンが増加しまくり、カスケード効果とやらで体内組織が破壊された上、免疫系が崩壊するわけ」
「「「………???」」」
ソルジャーの語りは専門的すぎて全くピンと来ませんでした。ホルモンはともかくカスケード効果と言われましても、カスタードクリームとは違うんですよね?
「あーあ、全然通じてないし…」
何処がカスタードクリームなのだ、とソルジャーは天井を仰いで深い溜息。その間にガーリックライスがお皿に盛られて紅茶やコーヒーも登場です。お好み焼きを食べに出掛けた「ぶるぅ」はどうなったかな?
「えっ、ぶるぅ? 先に帰ったよ、お持ち帰り用のお好み焼きを山ほど抱えて」
食べたら後は寝るだけだろうし、後はぼくとハーレイとでゆっくりと…、と微笑むソルジャー。
「ネズミの話も伝えなくっちゃね。筋力と体内組織の限りを尽くして持てるエネルギーを使い切るまで交尾三昧!」
ああ、なるほど。その言い方なら分かります。ヤリ過ぎで死ぬってそういう意味かぁ…。
「自分の子孫を確実に残すために死に物狂いで交尾するよう、進化を遂げたらしいんだよね。素晴らしいじゃないか、子育てなんかは我関せずとセックスに特化した進化! お蔭でぼくの考え方も変わったんだよ、そっちの方へと」
「「「は?」」」
今度こそ意味が掴めません。ソルジャーの考えがどう変わったと?
「薬に使うのもいいかもしれない。でも、そういうのに頼る前にさ、ハーレイを進化させちゃった方が確実なんじゃないかってね」
「「「…進化?」」」
進化って……そんな簡単なことですか? 何世代もかけて変わるんじゃあ?
「うん。本物の進化だったら時間もかかるし、とてもじゃないけど間に合わない。ぼくが言うのはハーレイの気持ちの進化かな? 今のハーレイは仕事が優先、ぼくとの時間は二の次だ。そこをセックス優先に!」
ゲッ、と息を飲む私たち。それっていったい…?
「分からないかな、一にセックス、二にセックス! とにかく仕事よりセックス優先、ブリッジにいようが会議中だろうが、ぼくに会ったらセックスあるのみ!」
「…そ、それは……」
どう考えても無理だろう、と会長さんが掠れた声を絞り出しました。
「君のハーレイ、究極のヘタレじゃなかったっけ? 人目がある場所じゃ無理とか何とか」
「見られていると意気消沈って話かい? それも含めてセックスに特化! ブリッジとかでは無理だと言うなら青の間専用に進化させるさ」
この際、キャプテンの職は他の誰かに譲るとか…、とソルジャーの口から恐ろしい言葉が。
「青の間でハーレイを飼うのもいいねえ、ぼくのお相手専用に! それこそ究極の進化だよ。薬に頼るより進化させるのが最高だってば!」
努力あるのみ! とソルジャーの赤い瞳が爛々と。キャプテンはどうなってしまうのでしょう? でもまあ、ソルジャーの世界で進化させるなら私たちには無関係ですよね?
ヤリまくった果てに死んでしまうらしいフクロネズミ。可愛い姿が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の気を引いたばかりに焼肉パーティーのバックグラウンドに凄すぎる番組が流れたようです。その内容に感化されてしまったソルジャー、勢い込んで自分の世界に帰りましたが…。
「…あの後、結局、どうなったわけ?」
もうすぐ一週間になるんだけれど、とジョミー君。今日は金曜、あの日が土曜日でしたっけ…。
「どうなったのかな? ぼくも知らない」
あれからブルーの姿を見ない、と会長さん。
「あっちの世界を覗くつもりにもなれないし…。なにしろブルーの目的がアレだ」
「ロクな結果になりそうにないな」
知りたくもない、とキース君がぼやいて、マツカ君が。
「…大丈夫なんでしょうか、そのぅ…」
「あっちの世界のハーレイかい?」
それは心配なんだけどね、と会長さんも顔を曇らせています。
「最悪、キャプテンを解任されて幽閉されているかもねえ…。ブルーはやると言ったらやるから」
「ですよね、ぼくも心配です」
あちらの世界のシャングリラ号も、とシロエ君がフウと吐息をついた所へ。
「ヤると言ってもヤれない時にはヤれないんだよ!」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が響いてユラリと揺れる背後の空間。紫のマントがフワリと翻り、其処にソルジャーが立っていました。
「ぶるぅ、ぼくのおやつもあるのかな?」
「かみお~ん♪ 今日はイチゴたっぷりのチーズケーキだよ!」
チーズケーキの上にイチゴがドッサリ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」御自慢のケーキがソルジャーの分まで。紅茶も淹れられ、ソルジャーはソファにゆったりと。
「うん、美味しい! 煮詰まってる時には甘いものがいいね」
「えとえと…。ジャムでも作ってるの?」
煮詰める時には火加減が大切、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアドバイス。ソルジャーは頷いていますけれども、ジャム作りの趣味なんてありましたっけ?
「んー…。煮詰まってるのはぼくの頭で、どうしようかと悩んでたけど、火加減ねえ…。そこは確かに大切かもだよ、遠ざけすぎてもダメなんだよね」
「「「???」」」
本当にジャムを煮てたとか? お鍋を火から遠ざけすぎてもジャムは上手に出来ませんしね?
遠ざけすぎてもダメな火加減。キャプテンを進化させる話は放置でジャム作りに凝っていたのでしょうか? ソルジャーの行動は読めないだけにジャムもアリか、と思いましたが。
「…ジャムはジャムでもミルクジャムかな、いい感じに出来たら美味しいよね」
「退場!!」
レッドカードを突き付けている会長さん。どうしてミルクジャムの話なんかで退場に?
「ああ、それはね…。原材料のミルクの方だよ、牛じゃなくってぼくの」
「退場だってば!」
サッサと出て行け、と会長さんが怒鳴り付けても、ソルジャーの方は何処吹く風で。
「ぼくのハーレイから採れるアレがね、ミルクに似てないこともないな、と」
「「「………」」」
来たか、と身構える私たち。ソルジャーの日頃の猥談三昧のせいで「アレ」と言われれば嫌な予感がビビッと走るというわけです。あまつさえキャプテンの名前が出たとあっては、もう間違いなく猥談で…。
「とにかく問題はミルクなんだよ。ジャムを作ろうにもミルクが無いとね…。火加減の大切さは流石に身にしみて分かってきたかな」
「「「火加減?」」」
本気でジャムで火加減なのか、と頭の中で『?』マークが乱舞。猥談だったと思うのですけど、その一方ではジャム作りですか?
「…ジャムを作るにはミルクと言ったと思うけど? どうやら火から遠ざけすぎたらしくて、肝心のミルクが失速気味でさ」
「君はいったい何をしたわけ?」
レッドカードをちらつかせながらの会長さんの問いに、ソルジャーは。
「…セックスに特化するよう進化しろ、とハーレイに発破をかけたんだけど…。ブリッジどころか公園でもダメ、サッパリ話にならなくて…。青の間に引っ張り込んでから今日で三日目」
なのにミルクを出さなくなっちゃってねえ、とソルジャーは困ったように首を振りました。
「こんな所でヤッてる場合じゃないとか何とか…。ハーレイもセックスは嫌いじゃないとは思うんだけど…。ブリッジから引き離しちゃったのがマズかったかも」
仕事が気になって勃たないのだろう、とソルジャー、溜息。
「ぶるぅに言われて気が付いた。遠ざけちゃったらダメなんだよ。ハーレイの居場所はブリッジだからさ、戻せばきっとパワフルに! でもねえ…」
それだと別の理由で勃たなくなるし、と悩みは相当に深いようです。しかしソルジャー、キャプテンを青の間に閉じ込めていたとは恐るべし。進化のためなら手段を選ばず即実行。この調子ではキャプテンが進化を遂げる時まで、あの手この手で頑張るのでは…。
キャプテンを青の間に幽閉してまで進化させようとしたソルジャー。進化と言えば聞こえが良くても、その実態はフクロネズミの雄に倣えというもので。
「セックスに特化した人生を送りたくないとは思えないんだよねえ、ハーレイも…。だってヤッてればいいだけだよ? シャングリラならぼくが守るし、どうしてもと言うなら新しいキャプテンを任命するって手もアリだ」
ソルジャーときたら、さっき火加減どうこうでキャプテンはブリッジに置いておかねばと言っていたくせに、この始末。キャプテンをクビにしてまで青の間に…ですか?
「だってさ、仕方ないだろう? ブリッジだと人目があるんだよ。ぼくが姿を見せたとしても、ヤるとなったら色々と…。そこで周囲をキッパリ無視してヤれるトコまで進化できたら最高だけども、あのハーレイには無理そうだしねえ…」
ブリッジでヤれるキャラならキャプテンを解任しなくても済むんだけれど、と言うソルジャー。けれどキャプテンには無理な話で、クビにして青の間に閉じ込める以外、フクロネズミの雄並みの生き方は期待できないとか。
「それは失敗したんだろう? 火から遠ざけすぎたとかでさ」
さっき聞いた、と会長さんが鋭い指摘。
「どっちにしたって無理なんだよ。閉じ込めてもダメ、君が出向いて行ってもダメ。…現状維持で我慢したまえ、君のハーレイはフクロネズミじゃないんだから!」
「だけど諦め切れないんだよ! あんな小さいネズミなんかが十二時間だか十四時間だか! ヤリすぎて死ねとは言わないけれども、死に物狂いには憧れるんだよ!」
そこまでの勢いでヤらせたい、とソルジャーも負けていませんでした。
「ハーレイだって仕事があるからセーブするんだし、人目があるから勃たないんだし…。そういう要素を取っ払ったら一直線! それを思うと諦め切れない!」
なんとしてでもセックスに特化したハーレイを、とソルジャーの夢は果てしなく。
「そういうハーレイが実現したらね、ぼくのサイオンも今よりもグッと高まるかも…。するとシャングリラの防御力が上がる。攻撃の方は言わずもがなさ」
「それなら君のシャングリラで相談したら? そういう方向で検討したいからキャプテンの代理を探して欲しい、とか」
こっちじゃ対応しかねるからね、と会長さん。
「そりゃあ、ハーレイはこっちにも居るよ? でもね、ぼくが君の代わりにソルジャーを引き受けてもシャングリラが危険になるのと同じで、ハーレイも君のハーレイの代わりは不可能!」
君のシャングリラが危ないだけ、と冷たく言い放った会長さんに私たちは思わず拍手喝采。その調子で論破して下さいです、ソルジャーのアヤシイ進化論!
「……こっちのハーレイを代理にねえ…」
その発想は無かったな、とソルジャーが呟き、背筋に悪寒が走りました。ジョミー君たちも顔が引き攣ってますし、会長さんなどはもう真っ青で。
「…い、今のはホントに正論だからね! ハーレイに代理は務まらないよ!」
連れて行くだけ無理、無茶、無駄! と会長さんが叫ぶと、ソルジャーも首をコックリと。
「それはぼくにも分かってる。ぼくと君とで経験値が違い過ぎるのと同じで、ハーレイ同士でも差があり過ぎる。…こっちのハーレイを連れて帰って代理をさせようとは思わないさ」
それくらいなら「ぶるぅ」の方が、と返すソルジャー。えっ、「ぶるぅ」? まさか「ぶるぅ」がキャプテンの代理をしてるんですか?
「代理と言うより影武者かな? ぶるぅはパワー全開だと三分間しか持たないけれど、それ以外ならタイプ・ブルー並みのサイオンを自由自在に使えるからねえ…。おやつを増やそうと提案したら簡単に釣れて、キャプテンのシートに座っているさ」
「「「…か、影武者…」」」
「そう! サイオニック・ドリームでハーレイそのものの外見を保ち、命令とかもそれなりに! たまに思念波で「どうやるの?」と訊いてくるけど、今の所は問題なし!」
操舵の方もサイオンで可能、と不敵な笑みを浮かべるソルジャー。
「というわけでね、ハーレイの代理は今は充分間に合っている。…お蔭でこっちのハーレイという貴重な存在を忘れ果ててた」
もしかしなくても使えそうだ、とソルジャーの唇に微笑みが。
「ハーレイをブリッジに戻すしかないかと思ってたけど、ブリッジじゃハーレイは全く勃たない。それじゃ使えないし、青の間に閉じ込めておいても勃たないし…。どうすればいいか煮詰まってたわけ。そうだ、こっちのハーレイだよ!」
ちょっと借りてもいいだろうか、とソルジャーは赤い瞳を煌めかせて。
「ぼくのハーレイがブリッジだとか公園だとかでヤれない理由は周囲の視線! ヤッてます、という姿を見られたが最後、意気消沈で萎えちゃうんだよ。ぶるぅの覗きもダメなんだけれど、気付いていない間はヤれる。ここが肝心!」
周囲に気付かれなければいいのだ、とカッ飛んだ案が飛び出しました。
「ぼくとハーレイがヤッていてもさ、誰も気付かなきゃいいわけだろう? ぼくはシールドで姿を消せる。ぼくさえ見えなきゃハーレイがせっせとヤッていたって無問題!」
誰も好奇の視線を向けない、とソルジャーは自信満々です。
「ただね、ハーレイのアレの辺りをどう誤魔化すか…。ぼくのシールドでカバー出来ると言ったところでハーレイはイマイチ信用しないし、心許ない気分だろうし…」
その辺をこっちの世界でキチンと検討しておきたい、と言われましても、いったい何を…?
ブリッジで大人の時間をやらかすために教頭先生を借りたいソルジャー。どうする気なのか分かりませんけど、思い付いたら一直線なのがソルジャーで。
「ハーレイ、明日は土曜日だから休みだよね? 少々鼻血を噴いたくらいじゃ死なないだろうし、ちょっと貸してよ」
「何をするかによるんだけれど!」
ロクでもないコトなら貸さないからね、と会長さん。貸すも貸さないも、教頭先生は会長さんの所有物ではないわけですが……って言うだけ無駄かな? キース君たちも遠い目つきになっていますし、貸し出されるのも最早時間の問題かもです。
「何をって…。強いて言うならモデルかなぁ?」
「「「モデル?」」」
「そう、モデル。ぼくとヤッているのがバレないように船長服を調整したい」
「「「は?」」」
ソルジャーの発想は斜め上というヤツでした。鼻血がどうこうと言ってましたし、そもそもブリッジで大人の時間を過ごすために借りたいという話でしたし、てっきりもっとアヤシイ事かと…。
「鼻血は噴くと思うんだよねえ、こっちのハーレイ、童貞だから。…ぼくにピッタリ密着されてさ、アレを取り出せとか言われちゃったら確実に噴くと」
「船長服を調整するって言ったじゃないか!」
話が違う、と声を荒げる会長さんに向かって、ソルジャーは。
「だから調整するんだよ。ぼくの腰がこの位置だったらアレはどの辺で、船長服はどんな風に捲れて皺が寄るかとかそういう部分を」
服の仕立て具合を微調整とか、バレないように素材を少し変えるとか…、と熱弁を奮うソルジャーですけど。
「…君って裁縫は出来たんだっけ?」
会長さんの問いにソルジャーはウッと息を詰まらせ、目を白黒と。
「そ、そうか…。服を改造するとなったら必然的に裁縫も…」
「出来ないんだったら貸し出せないねえ、ハーレイは」
諦めたまえ、と会長さんが勝ち誇った顔で高笑いしそうになった時。
「えっと、えっとね…。ぼく、お裁縫は得意だよ?」
何を縫うの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の無邪気な瞳がキラキラと。ソルジャーは歓声を上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」を強く抱き締め、会長さんは思い切りテーブルにめり込みました。
「やったね、今夜は船長服の改造だ!」
君の家でやらせて貰っていいよね、というソルジャーの喜びに溢れた声がやたら遠くに聞こえます。私たちの人生、終わったでしょうか? ついでに教頭先生も…。
ヤリまくって死ぬフクロネズミの番組を見たのと同じダイニングで夕食会。お裁縫の時間が控えているから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製ハヤシオムライスでお手軽に。私たちは強引にお泊まり会へと巻き込まれてしまい、今夜は家に帰れません。
「…まあ、その方がいいかもしれんな…」
この先の展開を思えばな、とキース君が嘆き、私たちの気分もドン底です。お手軽夕食でもスープや
サラダやデザートなんかでお腹一杯、そちらは文句は無いのですけど…。
「そろそろですよね…」
シロエ君が壁の時計を眺めると同時にピンポーン♪ と玄関チャイムの音が。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよ!」
お出迎えに行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が弾む足取りで教頭先生を案内してきて、私たちは揃ってリビングへ。そこにはソルジャーが自分の世界から空間を超えて運んだ船長服が何着も。
「…なんだ、これは? 言ってくれたら持って来たのに」
わざわざ運んでくれなくても、と教頭先生が言うと、ソルジャーが。
「あっ、それね…。君のじゃないんだ、ぼくのハーレイのクローゼットから失敬してきた」
「は?」
怪訝そうな教頭先生にソルジャーは極上の笑みを浮かべてみせて。
「ちょっとね、君に協力して欲しいんだよ。実はとある生き物に触発されてね、ぼくのハーレイを進化させようと頑張っている最中なんだ」
「…生き物…ですか?」
「うん。キアシアンテキヌスって言ったかな? フクロネズミの一種なんだけど、それの雄がね、もうヤるためにだけ生まれて来たような素晴らしさでさ」
「…何をです?」
教頭先生の疑問はもっともでした。あの番組を見ていなければ普通はこういう反応かと…。
「何って、男のロマンだよ! そのネズミ、こーんなに小さいのにさ」
ソルジャーは自分の手のひらにスッポリ収まりそうなフクロネズミのサイズを示してニッコリと。
「なんと! 十二時間だか十四時間だか、死に物狂いで交尾しまくった挙句にポックリと…ね。まさにセックスするためだけに生まれてくるわけ!」
「……セ、セックス……」
童貞人生まっしぐらの教頭先生は既に鼻血の危機でした。そこへソルジャーが船長服を指差して。
「ぼくのハーレイにもセックスに特化した進化ってヤツを遂げて欲しくて、そのために服を改造しようと思ってるんだ。改造にあたって君の協力が欲しい」
まずは船長服に着替えて、と頼まれた教頭先生がブッ倒れずに済んだ理由は、事態が飲み込めていなかったからだと思われます。素直に着替えて、まずはソファへと促されて。
「此処に座ってくれるかな? そう、シャングリラのキャプテンのシートのつもりで」
「…こうでしょうか?」
「うん、上出来!」
さて、とソルジャーが教頭先生にチラリと視線を。
「ぼくはブリッジでもヤリたいんだけど、ぼくのハーレイ、見られているとダメなタイプだからねえ…。ぼくはシールドで姿を隠してヤることになる。ハーレイのアソコもシールドでカバー! でもねえ、心許ない気分だろうから、船長服にも工夫をね」
ちょっと失礼、とソルジャーの手が教頭先生の股間へと。
「んーと…。ぼくが座るとしたら、こうかな」
ひと撫でした後、ソルジャーは教頭先生の膝の上にストンと腰を下ろして、私たちに。
「どう? 本番だとこれでハーレイのファスナー全開! 上着とかでカバー出来そうかな?」
「「「………」」」
知ったことか、と沈黙を守る私たち。しかし良い子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大人の時間が分からない上に根っから本物のお子様で。
「えとえと…。上着が変になると思うの、ズボンの前が開くんでしょ?」
「全開だねえ、こんな感じで」
ソルジャーがクルリと身体の向きを変え、教頭先生と向き合う形で膝の方へと少し後退。足の上にしっかり跨ったままでズボンのファスナーをツツーッと開けたからたまりません。
「…うっ…!」
教頭先生が派手に鼻血を噴き、キース君が素早くティッシュの箱を。
「す、すまん…」
ティッシュを鼻に詰めておられる間にソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方は。
「これが全開状態だけどさ、上着、ダメかな?」
「上着のファスナー、下から開かなくなってるし…。この辺とかが引っ張れちゃうよ」
「それじゃ、どうすれば自然に見えるわけ?」
「下からも開くように改造しとけば、勝手に開くから皺は寄らないと思うんだけど…」
大真面目なお裁縫の話が繰り広げられる股間前。教頭先生は必死に鼻血を堪えて試練に耐え抜き、お次は操舵中を想定するとかでリビングの真ん中に立たされて。
「今度はハーレイにも少し協力して貰わないと…。いいかい、ぼくは此処に立つから、こう、後ろからグッと抱き寄せて突っ込むつもりで!」
思いっ切り、とソルジャーが付け足す前に鼻血の噴水MAX、ティッシュは吹っ飛び、ブワッと鼻血が噴き出して……。
「…使えないじゃないか、こっちのハーレイ!」
全然ダメだ、と罵倒されても教頭先生の意識は遠い世界へと旅立ったまま。それでも服の改造を諦めないのがソルジャーの凄い所です。
「仕方ないなぁ…。そこの柔道部三人組! ハーレイを立たせて動かしてくれる?」
腰の辺りはぼくがサイオンで操るから、と顎で使われ、キース君たちは操舵中とやらのキャプテンの立ち位置などを再現する羽目に陥りました。
「そうそう、そんな感じでね。そこでストップ! ぶるぅ、服の皺とかはどうなってるかな?」
「座ってる時ほど変じゃないけど、やっぱり上着のファスナーかなぁ…」
そこの改造は絶対要るよ、という「そるじゃぁ・ぶるぅ」の意見が通って、キャプテンの船長服はソルジャーが持ち込んだ全ての上着に改造が施されました。下からも上からも開くファスナー、それも滑らかな滑りが売りで。
「うんっ、これで綺麗に見えると思うの♪」
試してみる? という「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声で教頭先生は気を失ったまま、またもモデルにさせられて…。ソファに座って合格マークで、立った姿勢でもOKが。
「ありがとう! みんなの協力で服は完璧、後は本人の根性あるのみ!」
青の間に閉じ込められて暮らすのが嫌ならブリッジで! とブチ上げて帰って行ったソルジャー、キャプテンの進化に壮大な夢を抱いてますけど…。
「…大丈夫なわけ?」
ジョミー君の疑問に、会長さんが。
「さあねえ…。死に物狂いがどうなるかはともかく、ブリッジはねえ…。船長服を改造したって動きでバレると思うんだ。それくらいなら青の間で幽閉生活を選びそうだよ、あっちのハーレイ」
「「「そ、それじゃあ…」」」
シャングリラは当分キャプテン無しでの航行が続くみたいです。ソルジャーが飽きて放り出すまでキャプテンは青の間でフクロネズミの雄並みの努力を重ねつつ、ブリッジの心配もして胃がキリキリと痛みそう。…ほ、本当に大丈夫かなぁ…。
「このハーレイほどヘタレてないから強く生きるよ、死なない程度に」
こっちのハーレイはヤリもしないで死んでるし、と失神している教頭先生をゲシッと蹴飛ばす会長さん。ヤリまくって死ぬか、ヤらずに死ぬか。フクロネズミの雄だった場合、どちらが本望なのでしょう? キャプテンと教頭先生のどちらが幸せな人生なのか、ネズミに訊いてみたいかも…?
特化する進化・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
フクロネズミのキアシアンテキヌスは、捏造じゃないです、本当にいる動物です。
交尾のために走るオスの話も、まるっと真実。進化の世界は神秘ですねえ…。
シャングリラ学園、来月は普通に更新です。いわゆる月イチ。
次回は 「第3月曜」 5月16日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、4月は、ソルジャー夫妻をキース君に丸投げしようという方向。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
まだ十一月の末だというのに本格的な寒波がやって来ました。中旬あたりから「今年は寒いね」と言い交わしていたら、いきなりドカンと真冬並み。初霜だの初氷だのと冬は駆け足、ついに初雪な上に積もったという始末です。
「う~、寒い~!」
風が冷たい、とジョミー君が校舎を出るなり手に息を吐きかけ、私たちも。終礼を終えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ向かうまでの間、校舎の間をビル風とまでは行かないまでも強い寒風が吹き付けてきます。
「寒いよなあ、耳がちぎれそうだぜ」
サム君も背中を丸めていますが、キース君は。
「この程度で文句を言ってどうする! 璃慕恩院はもっとキツイぞ」
「え? なんで璃慕恩院が出て来るんだよ」
「お前とジョミー限定だ。いずれは住職の資格を取るんだろうが」
そろそろ伝宗伝戒道場のシーズンだぜ、とニヤリと笑うキース君。
「俺が行った年も寒波だったが、お前たちの時はどうなるだろうな? 未だに暖房は無いそうだぞ。寝泊まりする部屋から障子一枚隔てた外はだ、寒風吹きすさぶ外なわけだが」
廊下に戸なんか無いんだからな、と言うキース君の言葉は実体験に基づくもの。道場に行った時、キース君は酷い霜焼けになって後遺症に苦しんでましたっけ…。
「そ、そうか…。だったら覚悟をした方がいいよな、なあ、ジョミー?」
この寒さにも慣れようぜ、とサム君が声をかけるなり。
「なんでぼくが!」
坊主なんかはお断りだし、とジョミー君は脹れっ面。
「行きたきゃサムだけ行けばいいだろ、ぼくは絶対行かないからね!」
「その考えは甘いと思うが」
キース君が即座に否定し、サム君も。
「うんうん、ブルーの弟子だしなぁ…。いつかは道場行きだぜ、お前も」
「ぼくも全く同感です。会長の魔手から逃れられたら誰も苦労はしませんってば」
坊主だけでなく何もかもです、と首を振り振り、シロエ君。
「現に今年の学園祭だって、会長が思い切り仕切ってましたし…。例年以上にぼったくるんだ、と言い出したのは会長ですよ」
「そうよね、オプションを何種類もつけて儲けてたわよねえ…」
逆らえる人はいないのよ、とスウェナちゃんが。学園祭での売り物はサイオニック・ドリームを使った喫茶、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』です。居ながらにして世界のあちこちへ飛べる体験に上乗せ価格でオプショナルツアー。ぼったくり価格でも千客万来、お客様が納得だったらいいのかな?
寒波だ、坊主だと言い合いながら生徒会室に入り、奥の壁をすり抜けて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと。よく効いた暖房が嬉しいです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ。今日も冷えるね」
でもって坊主がどうしたって? と会長さん。
「な、なんでもないし!」
ジョミー君が逃げを打ちましたが、会長さんは地獄耳。
「君たちが何を話してたかは知ってるよ。キースが行った年の璃慕恩院は寒かったねえ」
「ぼくには関係ないってば!」
「おや、そうかい? まあいいけどね、時間はたっぷりあるんだからさ。でも、せっかくの寒波と坊主の話題なんだし、あやかろうかな」
「「「は?」」」
何の話だ、と首を傾げる私たち。話がサッパリ見えません。
「たまには和風もいいだろう、っていう話。そうだよね、ぶるぅ?」
「うんっ! でも…。ブルーが思い付いたの、ついさっきだし…」
作ってる時間が無かったの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。作るって……何を?
「えとえと…。見れば分かるよ、持ってくるね~!」
待っててね、とキッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はワゴンを押して戻って来ました。ホカホカと湯気の立つ大きなヤカンと、最中の山と缶ジュース…?
「「「…もなか?」」」
なんでまた、と目を見開けば、会長さんが人差し指をチッチッと。
「見た目だけなら最中だけどねえ、その横の缶で分からないかい?」
私たちは缶を注視し、そこに書かれた文字に仰天。『しるこドリンク』と書かれています。
「おい」
キース君が会長さんをまじまじと見て。
「しるこドリンクとセットだったら、そいつは懐中しるこだな?」
「大当たり! 流石は元老寺の副住職だよ、和のおやつにも詳しいってね」
「…まあな。月参りに行って出てくる菓子は圧倒的に和菓子だし…。冷え込む冬場は、しるこもアリだ。そして正直有難いんだが、何故しるこなんだ」
「あやかろうって言っただろ? 厳しい寒さで坊主とくれば、やっぱりおしるこ! 時間があったらおぜんざいだけどね、時間が無い時はコレが一番!」
というわけで、どっちがいい? と各自に任された好みのチョイス。しるこドリンクか懐中しるこか、私はどっちにしようかなあ…。
少し悩んで、懐中しるこ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパキッと割ってお椀に入れてくれ、ヤカンのお湯をたっぷりと。しるこドリンクを選んだ人は熱々のお湯を満たした器で熱燗の如く温めて貰い、その間に緑茶が淹れられて…。
「「「いっただっきまーす!」」」
たまにはこんなティータイムもいいね、と懐中しるこ組はお椀を手にして、しるこドリンク派は缶を開けて直接ゴックンと。短い距離でも寒風の中を歩いただけに、熱さと甘さが有難く…。
「なかなかいけるな。正直、期待していなかったんだが」
キース君がしるこドリンクの缶を見詰めると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ブルーのイチオシのメーカーだしね! 璃慕恩院の老師のお勧めだって!」
「えーーーっ?!」
それは困る、とジョミー君が缶を片手に青い顔。
「先に聞いてたら選ばなかったよ、なんか坊主に近付いた気がする…」
「それは結構。御仏縁かもしれないね、ジョミー」
会長さんがからかい、ジョミー君はオタオタと。
「ぜ、絶対関係ないんだから! 偶然だから!」
「どうだかねえ…。そもそも御仏縁というのは、いろんな所にあるものだしさ」
大いに御縁を結びたまえ、と会長さんの法話もどきが始まりそうになった時です。
「ぼくも、おしるこ!」
「「「??!」」」
誰だ、と振り返った先で優雅に翻る紫のマント。いつものソルジャー登場ですけど、御仏縁とは思い切り縁が遠そうな…。会長さんもそう思ったらしく。
「…君がおしるこ? なんで?」
「なんか面白そうだから!」
カップ麺みたいな食べ物だねえ、とソルジャーはソファに腰掛けました。
「おやつは手間がかかるものだと思ってたけど、お湯を注ぐか温めるかだけで出来るんだ?」
「そうだけど…。で、君はどっち?」
「もちろん、両方!」
おしるこだから甘いんだろう、と甘いものには目が無いソルジャー。まずは懐中しるこを味わい、お次はしるこドリンクで。
「…いいねえ、どっちも美味しいよ。思い付いた時にパパッと出来て、熱々っていうのがまたいいよね」
もう一個! と、お代わりを希望。私たちも二杯目や二本目に突入していますけども、後から来たくせに三個目ですか…。
しるこドリンクと懐中しるこを合計四個も食べたソルジャー。気に入ったらしく、自分の世界でも夜食に食べると言い出したまでは良かったのですが。
「悪いね、沢山貰ってしまって。早速今夜から頂くよ。…それでさ、ちょこっと思い付いたんだけどさ…」
「何を?」
胡乱な目をする会長さん。会長さんもさることながら、ソルジャーの思い付きもロクな結果にならないことが多いのです。とはいえ、今日の会長さんのアイデアは美味しいおしるこになったんですから、ソルジャーの方もグルメ絡みかもしれません。
「お湯を注ぐか、温めるだけで直ぐに食べられるなんて最高だよね。この発想を生かせないかと思うんだけど」
「…君のシャングリラで?」
「そう!」
良さそうだろ、と言うソルジャー。なんだ、やっぱりグルメ絡みじゃないですか! ああ良かった、とホッとしたのも束の間で。
「こんな調子で作れないかな、いつでも何処でも美味しいハーレイ!」
「「「はぁ?!」」」
何ですか、それは! 懐中しるこならぬ懐中キャプテン? しかも食べるって…?
「分からない? 思い付いた時に即、食べられるハーレイって素敵だと思うんだよ。ブリッジだとか公園だとか、ヤりたくなったらその場で食べる!」
「退場!!!」
会長さんがレッドカードを突き付け、私たちも遅まきながら理解しました。同じ「食べる」でもソルジャーの「食べる」は全く別物、要するに大人の時間です。そんなモノを即席しること同じ感覚で実行されたら、ソルジャーが住むシャングリラの人たちは大迷惑というものでしょう。しかし…。
「いいアイデアだと思うんだけどねえ? ハーレイは未だにヘタレな部分があるから、ぼくが今すぐって要求したってダメなケースが多くてさ…。青の間でだって、執務時間中だとアウトで」
どうやらその気になれないらしい、と語るソルジャー。
「ぼくに報告に来た時なんかにヤりたくなっても、「後で出直して参りますから」って帰っちゃうんだよ! ブリッジと公園は無理だとしても、せめて青の間では即、食べたい!」
お湯を注いで少し待つとか、ちょっと温めるだけだとか…、とソルジャーはブッ飛んだ主張を始めました。
「そりゃあ、ぼくが御奉仕ってヤツをしちゃえばいいんだけども…。それじゃイマイチ、気分がねえ…。ぼくがハーレイを襲ってるような気がしちゃう時もあるわけで」
自発的にヤッて欲しいのだ、と言われましても、なんでそういう方向に~!
しるこドリンクと懐中しるこは猥談の危機に陥りました。どういう発想の持ち主なのだ、とソルジャーのセンスを嘆いてみても今となっては手遅れです。お坊さんと寒さから来た美味しいおやつがアヤシイ話になるなんて…。
「どう思う? 何かこう、素敵なアイデアってヤツは?」
ソルジャーの赤い瞳は期待に溢れて煌めいています。
「考えてみれば色々あるよね、缶詰とかカップ麺だとか…。そんな感覚でいつでも何処でも!」
「……唐揚げにすれば?」
会長さんがフウと溜息を。えっと、唐揚げって…即席ですか? 確か「揚げずに唐揚げ」ってありましたよねえ、それなのかな? ソルジャーも「唐揚げ?」と首を捻って。
「それ、簡単に作れるのかい? ついでに美味しい?」
「どうだろう? だけど威勢はいいみたいだよ」
「「「???」」」
威勢のいい唐揚げって、どういう意味? 活きがいいなら分からないでもないですが…。でもでも、相手は魚とかじゃなくって唐揚げです。揚げたての味を指すのでしょうか? 疑問だらけの私たちを他所に、料理とはまるで無縁のソルジャーは。
「威勢がいいなら大歓迎かな。ヌカロクを軽く越えられそうとか?」
「聞いた話じゃ、暴れっぷりが凄いらしいね」
「凄いじゃないか! で、どうやるって?」
「唐揚げにするだけだけど」
滾った油に放り込むだけ、と会長さんは答えました。
「油って…。それはどういう例えなんだい? 潤滑剤を多めに使えばいいのかな?」
油だけに、とソルジャーが尋ね、私たちの頭も『?』マークで一杯です。潤滑剤って何に使うの?
「え、潤滑剤っていうのはねえ…。男同士の大人の時間をより円満に」
「その先、禁止!」
会長さんが眉を吊り上げ、ソルジャーは渋々といった様子で。
「分かったよ…。だからさ、早く唐揚げの話!」
「了解。元ネタは猫の唐揚げなんだよ、生きたまま油に放り込むわけ。すると暴れて」
「待ってよ、それって猫はどうなってしまうわけ?」
「もちろん昇天するんだな。…でも、それまでは派手に暴れるっていう話だから丁度いいだろ」
暴れまくって御昇天、と会長さんはニッコリと。
「昇天するまで暴れる辺りが君の好みにピッタリだろうと思うけどねえ?」
「ちょ、死んじゃったらシャレにならないし!」
昇天はヤッた挙句の昇天に限る、と叫ぶソルジャー。なんだ、唐揚げって正真正銘の唐揚げでしたか…って、会長さんったら何処で猫の唐揚げなんていう恐ろしいネタを…。
誰もが青ざめた猫の唐揚げ。本当に聞いた話なのか、と疑っている人もいるようです。とはいえ、会長さんは腐っても伝説の高僧、銀青様。殺生をするとは思えませんが…。
「…もしかして実行したかと思われてる? それは違うよ、璃慕恩院で聞いた話さ。老師にね」
世の中には酷い人間がいるものだねえ、と会長さん。
「実はそういうことをしました、と懺悔に来た人がいたらしい。そして璃慕恩院で頭を丸めて、猫の菩提を弔ったとか…。だからね、ブルー。…君もつまらないことばかり考えてないで、この際、キッパリ縁を切るのがお勧めだよ」
今日のテーマは御仏縁! と会長さんはブチ上げました。
「しるこドリンクも懐中しるこも坊主絡みのネタだったんだし、妙な方向に突っ走るよりも精進潔斎で清く正しく! 君のハーレイと二人仲良く念仏三昧、いずれは極楽往生ってね」
「同じ極楽だか天国だったら、ヤりまくった果てに天国だってば!」
あくまで戻って来られる天国、とソルジャーの方も譲りません。
「気持ち良くって昇天してもね、ぐっすり眠れば元通り! 目が覚めたら食事してパワー充填、いつでも何処でもヤりまくり!」
そっちに限る、とグッと拳を握るソルジャー。
「暴れまくって昇天するのは理想だけれども、君の言う唐揚げは頂けない。…本当の意味での昇天なんかは求めていないよ、ぼくの希望はこの世で昇天! そして望んだ時に、即!」
せめて青の間では昼夜を問わず、とソルジャーの夢は果てしなく。
「それとハーレイがデスクワークで缶詰になって御無沙汰になった後とかさ…。たまにあるんだ、仕事が何日も続いてしまって夜は疲れて寝るだけってヤツ。缶詰が終わっても直ぐには回復しなくって…。お湯を注げば即、復活とか、そういう仕掛けがあればいいのに」
待ちくたびれずに食べたいなぁ…、とキャプテンのお疲れを歯牙にもかけないソルジャーの台詞に涙が出そうになりましたが。
「…そうか、缶詰!」
唐突に声を張り上げたソルジャーの瞳がキラキラと。
「うん、缶詰だよ、しるこドリンクは缶詰じゃないか!」
どうして今まで全く閃かなかったんだろう、とソルジャーの顔は輝いています。しるこドリンクの空缶を手にして御満悦ですけど、いったい何が閃いたのやら…。
ソルジャーは空缶を仔細に検分しながら一人で何やら「うん、うん」と。更には「よしっ!」とポンと両手を打ち合わせて。
「いいアイデアが閃いたんだよ、しるこドリンクに感謝しなくちゃ!」
「はいはい、分かった」
だからサッサと帰りたまえ、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、お客様のお帰りだ。しるこドリンクと懐中しるこ、この部屋にある分はブルーにプレゼントしたけど、家には残っていなかったっけ?」
「んとんと…。こないだ買った分なら今日のに足したよ、もう無いと思う」
「だってさ、ブルー。悪いけど、譲れる分はそれだけらしいね」
丈夫な手提げの紙袋に詰められたお土産を指差す会長さん。
「もしもハマッて足りなくなったら、懐中しるこはデパ地下で! しるこドリンクはスーパーで買うか、自販機だったら…」
「ああ、そこまでしては要らないよ。それにさ、今は同じ缶詰でも気になる缶詰が出来ちゃったからさ」
「「「???」」」
どんな缶詰のことでしょう? しるこドリンクの他に缶詰は置いてありません。それに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は缶詰を使うくらいなら手間がかかってもフレッシュなものを、というスタンスです。料理なんかは絶対にしないソルジャーが缶詰に詳しいとは思えませんが…。
「ん? ぼくの気になる缶詰かい? ズバリ、ハーレイの缶詰だけど」
「「「は?」」」
よりにもよって唐揚げどころか缶詰だなんて、それじゃキャプテンの運命は…。
「ブルー、君のハーレイをどうする気なのさ!」
まさか料理はしないだろうね、と詰め寄る会長さんに、ソルジャーは。
「うーん…。広い意味では料理かな? 唐揚げってわけじゃないけれど」
「当たり前だよ、唐揚げは君が却下しただろ!」
「死なれちゃ元も子も無いからね。…死なない程度に料理しようかと」
そして缶詰にしておくのだ、と言うソルジャー。
「ただねえ、ぶっつけ本番はちょっと…。失敗したら恨まれちゃうか、はたまた萎えて当分、御無沙汰になるか。どっちも困るし、実験したいな」
「「「実験?」」」
「そう、実験。こっちの世界にもハーレイは居るし」
拝借してもいいだろうか、と私たちに訊かれても困ります。教頭先生は立派な大人で、私たちの所有物ではありませんってば…。
教頭先生をウッカリ貸し出してしまわないよう、私たちは口にチャックを。ところが此処に困った人がいるわけで。
「…それって、どういう実験なんだい?」
会長さんが興味津々、ソルジャーの話に食い付きました。そういえば会長さんは教頭先生を日頃からオモチャと呼んで憚らない上、実際、オモチャにする人です。ソルジャーの方も我が意を得たりと微笑んで。
「気になるかい?」
「それはもう! モノによっては喜んで貸すよ、ハーレイを」
「ちょっと待て!」
キース君が横から割って入ると。
「教頭先生はあんたのものじゃないんだぞ! 貸すヤツがあるか!」
「ぼくのものだと思うけどねえ? 少なくとも、そう言えばハーレイは喜ぶ」
あるいは感涙に咽ぶかも、と会長さんは涼しい顔。
「本人が喜んで貸し出されるならいいんだよ。ブルー、実験の内容は?」
「ハーレイにとっても悪くはないと思うんだ。缶詰にされるだけだからねえ、文字通り」
こんな感じで、とソルジャーはしるこドリンクの空缶をテーブルにコトンと置いて。
「これは小さすぎて入れないけど、ハーレイのサイズで特注するわけ」
「…えっ…。そ、それは……。そんなのを被せてどうすると?」
「被せる?」
今度はソルジャーが訊き返す番でした。
「被せるって、何処に?」
「…違うわけ? て、てっきりそうだと…。ご、ごめん、今のは聞かなかったことに…!」
会長さんが耳の先まで真っ赤になって、ソルジャーが派手に吹き出して。
「なるほど、ハーレイの息子の缶詰なんだ? それもいいかも」
「違うってば! そうじゃなくって!」
そんな意味ではなかったのだ、と会長さんは必死に否定しましたが、赤くなってしまった後ではもはや手遅れ。教頭先生の大事なアソコに缶を被せるとは斬新な…。ソルジャーもお腹を抱えて笑っています。
「確かに文字通り缶詰だけどさ…。それも思い切り美味しそうだけど、そんなのを装着した状態で臨戦態勢に入られてもねえ? ぼくは笑うしかないじゃないか」
股間に輝くしるこドリンク、とモロに口にされて、しるこドリンクを楽しんだ面々がテーブルにめり込んでいます。私、懐中しるこにしといて良かった~!
討ち死にした面子の復活を待って、ソルジャーは早速、話の続きを。曰く、ハーレイのサイズの缶とは教頭先生の体格に合わせた巨大な缶だそうでして。
「立って入れるだけじゃなくてね、中には座れるスペースも欲しい。ぼくのハーレイが仕事で缶詰になっちゃう時って、もれなくデスクワークだし…。椅子と机も入るサイズで」
「相当大きな缶になるよ?」
どうするつもり? と会長さん。
「費用も高くつきそうだよねえ、それはノルディに頼むのかい?」
「ハーレイが自分で払うと思うよ、こっちのハーレイ、君に甘いし」
あわよくば美味しい思いも出来るわけだし、とソルジャーは自分の計画を得々と。
「缶の中には快適な環境を整えて、缶詰の間も気持ち良く! そう、いろんな意味でね。疲れたな、とモニターのスイッチを入れれば、君の笑顔が映し出されて「お疲れ様」とメッセージが流れてくるとかさ」
「ふうん? そのモニターとやら、嫌な予感しかしないんだけれど?」
「いいカンしてるね、流石はソルジャー。君の場合はソルジャーの称号で呼ばれてるだけに過ぎないけれど、一応、タイプ・ブルーだし?」
そのくらいは分かって当然か、と唇に笑みを浮かべるソルジャー。
「息抜き専用のモニターなんだよ、「お疲れ様」と再生を繰り返す内にグレードアップをしていく仕組み! 最初は制服でも、ソルジャーの正装でもかまわない。それが一枚ずつ減っていくのはどうだろう?」
「ストリップしろと?!」
このぼくに、と会長さんの顔が引き攣り、ソルジャーが。
「君にやれとは言っていないさ。ぼくのハーレイが使うためのを作るわけだし、モデルはぼくが自分でやるよ。一枚ずつ減らす間の繋ぎに悩殺ポーズも忘れずに!」
「…の、悩殺…」
「色々あるだろ、誘うポーズとか、淫らだとか? でもって最後は一糸纏わず! これで気分が盛り上がらないなんて男じゃないね」
こっちのハーレイの場合は盛り上がる前に鼻血で倒れて終わりかもだけど、と言うソルジャー。
「とにかく、そういう仕掛けをつけた缶詰の缶を作るのさ。デスクワークが終わって蓋を開けたら、即、ベッドイン! 今までだったら「疲れていますから」とバタンキューだったとは思えないほどの漲るパワー!」
これをやらずに何とする、とソルジャーの身体から立ち昇る決意のオーラ。…しるこドリンクと懐中しるこが今日のおやつに出てきたばかりに、話はドえらい展開に…。
ソルジャーを追い出すことは既に不可能になっていました。しるこドリンクの忌まわしい缶を処分し、ソルジャーがお土産の分を自分の世界に送った後も延々と缶詰計画が。下校時間が過ぎてしまうと会長さんの家に瞬間移動で連れてゆかれて…。
「さてと、みんなが食べ終わったらハーレイの家に行かなくっちゃね」
今日は冷えるから、と始めた寄せ鍋をソルジャーが仕切り倒しています。食材も鍋の出汁も「そるじゃぁ・ぶるぅ」に丸投げのくせに「早く食べろ」とせっつかれ。
「ハーレイから缶の制作費を毟り取るのと、実験への協力ゲットだよ。そこはブルーの腕次第だよね、上手くいったら相手をしようと言うとかさ」
「………。どうせ鼻血で轟沈だしねえ、君のストリップは気に食わないけど」
またハーレイの妄想爆発、とブツブツ言いつつ、会長さんも教頭先生をオモチャに出来るチャンス到来に心が揺れてはいるようで。
「きちんと口説き倒しはするから、仕掛けとやらは頑張ってよ?」
「もちろんさ。ぼくのハーレイが缶詰な期間を楽しく待つためのアイテム作りだし、手抜きする気は無いってば」
任せておけ、とソルジャーはやる気満々です。間もなく鍋に締めのラーメンが投入されて、食べ終えてテーブルの片付けが済むと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気一杯に。
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
青いサイオンがパァァッと溢れて、私たちは教頭先生の家のリビングに立っていました。一人侘しく一人鍋中だった教頭先生、目がまん丸になっていますよ…。
「こんばんは、ハーレイ。急にお邪魔して悪いんだけど…」
会長さんが口を開くと、教頭先生は「気にするな」と穏やかな笑み。
「一人で晩酌も飽きていた所だ、一杯やるか?」
「お断りだよ!」
間に合っている、と会長さんが突っぱねた横からソルジャーが。
「頂こうかな、せっかくだから」
「嬉しいですねえ、では、お付き合い頂いて…。どうぞ」
教頭先生、食器棚からいそいそと盃を持って来ました。熱燗を注いで貰ったソルジャー、一息にクイッと飲み干して。
「ありがとう。寒い季節は熱燗に限るね、お酒も、しるこドリンクも」
「…しるこドリンク? それは私は飲めないのですが…」
甘すぎますし、と予防線を張る教頭先生。甘いものが苦手でらっしゃいますから、しるこドリンクな攻撃をかましにやって来たと思われたみたいです。
「ごめん、しるこドリンクとは違うんだ。…いや、しるこドリンクな部分もあるけど」
「……はぁ???」
怪訝そうな顔をする教頭先生に、会長さんが。
「しるこドリンクをブルーに御馳走したんだよ。そしたら直ぐに飲めるって所が気に入ったらしくて、缶を開けたら直ぐに食べられるハーレイを希望」
「…缶だと?」
「そうなんだ。あっちのハーレイ、仕事で缶詰がよくあるらしい。その缶詰の専用缶を作りたいっていうプロジェクト。上手くいくかどうか、君でテストをしたいらしくて…。成功したら缶を開けたら臨戦態勢、いつでも準備オッケーが売り」
そこから先をソルジャーが引き継ぎ、滔々と。
「もうビンビンのガンガンってわけだよ、ぼくを押し倒して即、一発! ベッドに運んで更に一発、疲れ知らずで抜かず六発!」
ヌカズロッパツ。これも未だに意味が不明の言葉です。教頭先生が頬を赤らめてらっしゃいますから、大人の時間な単語でしょうが…。
「それでね、君には缶詰のテストと缶の制作費用を出してほしくて…。運が良ければテスト成功の後にブルーとヤれるかもしれないし?」
「やりましょう!」
費用もドンとお任せ下さい、と胸を叩いた教頭先生が鼻息も荒く答えた「やりましょう」。会長さんがチッと舌打ちしていましたから、大人の時間なニュアンスが混じっていたのかも…?
こうしてキャプテンの缶詰を作るプロジェクトがスタートしました。教頭先生の懐をアテにビッグサイズの缶を特注。それも「急ぎで」という注文ですから費用はグンと高くつきます。その代わり納品は一週間後の土曜日とのこと、ソルジャーはもう御機嫌で。
「嬉しいな。お蔭様でクリスマスまでに缶詰ハーレイを味わえそうだよ。だってクリスマスはぼくのシャングリラでパーティーした後、こっちに来るし…。そのための休暇を捻出するために絶対、缶詰な期間があるんだ」
いつもは苛々するんだけども、とソルジャーは缶詰がとても楽しみらしく。
「バストイレ付きの缶を作ったら、もっと気分が出るかもねえ…。今のサイズだと、その時間は外に出なきゃだし」
「そういうのは君の世界で作りたまえ!」
今回の缶が上手く行ったら、と会長さんはツンケンと。
「君のシャングリラにも技術はあるだろ、こういう缶を作れる程度の!」
「もちろんさ。それに備えて、この前に貰って帰った缶を残してあるんだ。参考用にね」
作るなら当然、しるこドリンク! と親指を立てているソルジャー。缶詰にも色々種類があるというのに、最初の出会いが大切だとかで譲れないポイントらしいです。缶が出来るのを待つ間には、自分の世界で撮影を頑張っているそうで。
「こっちの世界で買ったカメラでぶるぅに撮らせているんだよ。君の制服を借りようかとも思ったけれど、テストはともかく、実際に使うのはぼくの世界のハーレイだしねえ…。ソルジャーの正装でないとイマイチかと思って、そっちでやってる」
「……ストリップね……」
好きにしてくれ、と投げやりな口調の会長さん。制服だろうがソルジャーの正装だろうが、教頭先生はどちらでも狂喜なさるでしょう。キャプテンだって、ソルジャーと結婚している身ではあっても仕事で缶詰の真っ最中に「お疲れ様」とストリップをされたら恐らくは…。
「そりゃあ、ビンビンのガンガンだってば!」
間違いなし! と自信に満ちているソルジャー。特製しるこドリンクの缶が出来上がる時が今から怖くてたまりませんよ…。
十二月に入り、街がクリスマスらしく華やいで来た土曜日のこと。しるこドリンクの特大缶が無事に完成、会長さんとソルジャーが引き取りに出掛けて行きまして…。
「かみお~ん♪ すっごく大きいね!」
会長さんの家のリビングに瞬間移動で送り込まれた特大缶はバカでかいという点を除けば立派なしるこドリンク缶。
「凄いだろう? ハーレイを呼んであるから、もうすぐ実験開始だよ」
「こっちのハーレイ、やっぱり鼻血で失血死かな?」
でないと缶は失敗作だ、とソルジャーが缶の中に仕込んだモニターと映像をサイオンでチェックしています。机と椅子も缶の中に置かれ、教頭先生が到着なさったら入って頂く準備万端。やがてピンポーンと玄関のチャイムが鳴って、教頭先生がリビングへと。
「…ほう、この中に入るのか…」
「うん。梯子をかけてさ、缶の上から入るんだ。蓋が閉まったら缶詰の時間。…ちゃんと仕事は持って来た?」
会長さんの問いに、教頭先生は抱えた鞄をポンと叩いて。
「当然だ。冬休みまでに終わらせればいい仕事なんだが、缶詰と聞けば終わらせないとな」
「上出来、上出来。そういう時こそ缶詰ってね」
凄い速さで終わるといいね、と会長さんがウインクすれば、ソルジャーが。
「疲れて来たな、と思った時にはモニターの前のリモコンを…ね。残念ながらブルーじゃないけど、ぼくの映像つきで「お疲れ様」の労いメッセージが流れるからさ」
「そうなのですか。…そういう癒しがあるのでしたら、缶詰明けが楽しみでしょうね。それでブルーが欲しくなったら、一発ヤってもかまわないと…」
「うん。ただしブルーがその気にならなきゃ無理なんだけどね」
健闘を祈る、とソルジャーが教頭先生の背中を叩いて励まし、会長さんは。
「ぼくがその気になる勢いで頑張ってみれば? 君はあくまで実験台だし、そこの所を忘れないようにね」
「もちろんだ! 私も男というヤツだからな」
頑張ろう、と教頭先生は梯子を登ってゆかれました。缶の中にもあるという梯子を伝って下りられた後は蓋が閉められ、外の私たちは見守りモードで…。
「ふふ、気が散って仕方ないみたいだねえ?」
缶詰で仕事どころじゃなさそう、と会長さんが指差す特大しるこドリンク缶。サイオン中継の一種らしくて缶の一部が透けて見えます。机に向かった教頭先生、備え付けの明かりで書類のチェックをしておられますが、何度も視線がリモコンに。
「こっちのハーレイ、君から癒しを貰うどころかオモチャにされる日々だしねえ…。ぼくのハーレイなら、そっちの方は大丈夫! 本当に疲れた時くらいしかモニターのスイッチは入れないよ」
「…それを見習って欲しいんだけどねえ…」
せめて半時間は仕事しろ、と会長さんが缶の外で呆れているとも知らない教頭先生、好奇心に負けて十五分足らずでスイッチを。モニター画面で会長さんそっくりのソルジャーがとびきりの笑顔、さらには「お疲れ様」と普段よりも甘い声音のメッセージ。
『こ、これは…。素晴らしいな…』
いい仕掛けだ、という教頭先生の声も中継で流れ、今のメッセージにハートを直撃されたらしい教頭先生はリピートボタンを押しました。すると…。
『な、なんだ?!』
ムードたっぷりの音楽が流れ、ソルジャーが肩からマントをスルリと落として「お疲れ様」。
『…ま、まさか…。いや、そんなことが…』
どうなんだ、と再度リピートボタン。音楽と共に画面のソルジャーが妖艶なポーズで時間をかけて白と銀のソルジャーの衣装の上着を脱いでゆき、アンダーウェアになって「お疲れ様」の声。
『…な、なんと…! では、この次は…』
教頭先生、再びリピート。ソルジャーが焦らすような視線を向けつつ、アンダーウェアのファスナーを下ろしてゆっくりと…。音楽は妖しくゆったりと流れ続けています。
『も、もしかしたら…。こ、これを最後まで見てゆけば…』
カチカチとせわしなくリピートボタンを押してらっしゃる教頭先生。
「あーあ…。連打したって無駄なんだけどねえ、1カット終わらない間はさ…」
だけど効き目は出て来てるよね、と缶の外のソルジャーは満足そうに。
「あの調子だと、下着一枚までも持たないだろうね? ホントに最後まで撮ったんだけど」
「き、君は何処まで悪ノリしたら…!」
何をするのだ、と会長さんが怒鳴りつけても、ソルジャーはと言えば何処吹く風。
「だってさ、元々がぼくのハーレイ用だし? 最後まで脱がなきゃ珍しくもなんとも…。あっ」
「「「あーーーっ!!!」」」
アンダーの上を脱いでしまったソルジャーの手がズボンにかかり、ファスナーを下ろそうとしかかった所で教頭先生の鼻血がブワッと。そのままドサリと仰向けに倒れ、まだ映像は流れているのに視界が暗転したようです…。
しるこドリンク特製缶は見事な効果を発揮しました。缶詰になって「お疲れ様」な画像を拝めば鼻血MAX、キャプテンの場合は缶詰が終わった途端にソルジャーを食べたくなること間違いなし。
「いいアイテムが出来て嬉しいよ。…ハーレイ、明後日から缶詰の予定で」
もう缶詰明けが楽しみで、とソルジャーはドキドキワクワクです。
「どんな素晴らしい結果になったか、必ず報告するからね!」
「要らないってば!」
会長さんが即座に跳ね付け、私たちも首を左右に振りました。
「えっ、そうかい? こっちでヒントを貰った上に、作った場所もこっちだし…。詳細に報告をさせて貰うのが正しい道だと思うんだけど」
「それは絶対、間違ってるよ! 黙っているのが正しい道!」
その缶を持って早く帰れ、と会長さんが急かすと、ソルジャーは。
「…じゃあ、バストイレ付きの缶を開発した時に纏めて報告ってことでいいかな、年明けにも缶詰シーズンがあるから間に合うように作りたいんだ」
「そっちの報告も要らないよ!」
「うーん…。でも、実験台になってくれたハーレイには報告すべきじゃないのかと…」
でないとぼくの気が済まない、と言い募るソルジャーの視線の先には教頭先生が倒れていました。缶の中から運び出されて、転がされていると言うべきか…。
「好きにすれば? 何かと言えば鼻血なハーレイが報告を聞けると思うのならね」
会長さんの言葉にソルジャーは「それもそうか」と頷いて。
「なら、レポートを書いてプレゼントするよ。しるこドリンクがどう効いたのか、缶詰効果の凄さをさ! ぼくも是非とも聞いて欲しいし、微に入り細に渡った記録を図解付きでね」
「「「……図解……」」」
それは発禁モノなのでは、と思いましたが、しるこドリンク缶を空間を超えて運搬するべくサイオン発動中のソルジャーには言うだけ無駄というものでしょう。教頭先生が更なる鼻血を噴いて失神なさる日は年内に来るか、年明けか。しるこドリンク、当分は遠慮したいです~!
手軽な食べ物・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
缶詰になって「しるこドリンク」、本当に効果はあるんでしょうかね、キャプテンで。
謎ですけれども、思い立ったが吉日な人がソルジャーですから…。
シャングリラ学園、去る4月2日で連載開始から8周年になりました。8年って…。
よくもそれだけ書いたモンだと思いますです、まだ書きますけど。
4月は感謝の気持ちで月2更新、今回がオマケ更新です。
次回は 「第3月曜」 4月18日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、4月は、シャングリラ学園も新年度。やっぱり1年A組で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年も秋のお彼岸の季節がやって来ました。お彼岸の法要で最大のものは、お中日。お中日は秋分の日だけにもれなく休日、ゆえに嬉しくないお誘いなんかもあるわけで。
「おい、お前たちも今年は来てみないか?」
キース君に声を掛けられ、ピキンと固まる私たち。ジョミー君とサム君は見習いを兼ねたお手伝いで駆り出されることも多いですけど、お坊さんの世界とは無関係な私たちまで勧誘されても…。
「謹んでお断りさせて頂きます」
シロエ君がズバッと言い切りました。
「ぼくたちが出ても全くお役に立たないどころか、邪魔になってしまうだけですし? それに余計なお手間を取らせちゃいます、法要の後の食事とか」
「いや、そっちは全然構わないんだ。それよりも若い参加者が多い方が俺は嬉しいんだが」
年寄りばかりでは張り合いが、と言われましても、法要だけに仕方ないでしょう。そもそもお寺はお年寄りと御縁が深いものですし、副住職たる者、頑張るべしと思ったのですが。
「そうだねえ…。行ってもいいかな」
どうしようかな、と会長さん。そう、此処は放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。
「どうせ暇だし、銀青じゃなくて普通の高校生として参加するのも悪くないかも…。もちろん食事は出るんだよね?」
「あんたが来るなら親父とおふくろも張り切るだろう。一般参加でも大歓迎だ」
なにしろ銀青様なんだからな、とキース君は指で丸印を作っています。
「お忍びで参加して貰えるなら食事のグレードも上がると思うぞ」
「…そういうことなら、喜んで。一般席から弟子のチェックをさせて貰うよ」
「えーーーっ!」
ヒドイ、とジョミー君が叫びました。
「で、弟子のチェックって、それって出ろって意味じゃない! お彼岸に!」
「当然だろう? それともサボる気だったのかい?」
不出来な弟子は困るんだけど、と会長さんは冷たい視線。
「どうせ祝日で休みなんだから、文句を言わずにお手伝いする! そうだよね、サム?」
「あ、ああ…。勉強にもなるし有難いけど、ジョミーはなぁ…」
思い切り足を引っ張りそうな、と実に遠慮のない意見。ジョミー君もここぞとばかりに反論したものの、会長さんに加えてキース君まで出て来ると…。
「……なんでこういうことになるのさ……」
「諦めて下さい、ジョミー先輩。ぼくたちも一蓮托生ですし」
お彼岸の法要、頑張りましょう、とシロエ君。そう、出席にされちゃったのです、私たち。お忍び参加な会長さんだけで充分だろうと思うのに~!
逃げ切れなかった秋のお彼岸。暑さ寒さも彼岸までとは言葉ばかりで朝から暑くて、嬉しくない気持ちは五割増し。ジョミー君とサム君は朝一番からお手伝いですし、法要が始まる少し前に元老寺の山門から近いバス停に降り立った面子は四人だけ。
「…あーあ、とうとう来ちゃいましたよ…」
気分が滅入って来そうです、とシロエ君がぼやけば、スウェナちゃんも。
「椅子席、絶対、貰えないわよね…」
「貰えないだろうと思います」
お年寄りが優先ですから、とマツカ君。また長時間の正座になるのか、と溜息をついて山門の方へと歩いていくと黒塗りのタクシーが私たちを追い越し、山門前に停車。運転手さんが丁重にドアを開け、嫌というほど馴染んだ声が。
「今、来たのかい? 今日は御苦労さま」
「かみお~ん♪ みんな、バスなの?」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、お忍び参加でもタクシーですか?!
「え、当然だろ? ぼくが行くって分かってるんだし、アドス和尚は気が利くよね」
今日はのんびり一般参加、と私服姿の会長さん。それなのにタクシーなんて反則だ、と文句を垂れつつ本堂へ行けば、イライザさんがサッと出て来てお辞儀して。
「ようこそお越し下さいました。お席は用意しておりますので」
「ありがとう。でも、普通の席で良かったんだけどね?」
「そういうわけには…。どうぞ、こちらへ」
ご案内します、とイライザさんが先に立って入り、続いて入った私たちは…。
「「「………」」」
ああ、なんということでしょう! 正座どころか最前列が空けられています。これでは足を崩すどころか、ヒソヒソ話も出来ません。会長さんを一番奥に据え、順に座って泣きそうな気持ちになっていると。
『なんのために思念波があるんだい?』
こういう時に使うためだろ、と会長さんのお茶目な思念。
『正座の痛みは耐えるしかないけど、お喋りまでは我慢しなくていいってば! せっかく最前列に来たんだ、大いに見物するべきだよね』
法要も慣れると見どころがね、と会長さんは楽しげですけど、門外漢には無縁の話。何をやってるかも分からないのに、見どころなんて掴めませんよ!
本堂はクーラーが効いているため、暑さは感じずに済みました。その代わり、足が痛いです。法要が始まるまでの待ち時間で既に痺れ始めてジンジンと…。
「皆さん、本日はようこそお参り下さいました」
やっとのことでアドス和尚の挨拶が。
「法要の前に、少し法話をさせて頂きたいと思います。えー、本日は…」
うわー…。アドス和尚の法話って長いんだよな、と肩を落とした私たちですが。
「「「えっ?」」」
キース君が大きな袱紗包みのようなモノを持って奥から現れました。何なの、何が始まるの?
「若輩者ですが、法話をさせて頂きます。皆様、こちらをご覧下さい」
今日の法話はキース君ですか! えーっと、何か書いた紙が袱紗包みの中から…?
『法話と言うより説法かな? 法話専門の人のやり方だよ、これ』
会長さんが思念で伝えて来ました。仏教の専門用語を紙に書き出し、分かりやすく解説するのだそうです。
『このタイプの法話は時間厳守が命でね。制限時間をキチッと守ってなんぼなんだな』
『だったら早めに終わりますか?』
シロエ君が尋ね、会長さんが『うん』と即答。それならアドス和尚よりマシか、と期待したとおりにキース君の法話は十五分ほどで終わり、お次は法要。
『キース先輩、法話を見せたくて呼んだんでしょうか?』
『そうだと思うよ、晴れ舞台だしね』
話は頭に入ったかい? と会長さんに訊かれて愕然。何のお話でしたっけ…?
『やれやれ、誰も聞いてはいなかった、と…。そんなトコだろうけど』
サムはともかくジョミーもアヤシイ、と思念で笑う会長さん。サム君とジョミー君は末席で読経をしていました。もっともジョミー君は完全に口パクらしいですけど…。そうこうする内にクライマックス、お墓にお供えするための卒塔婆の供養が始まって。
『これが終わったら終了なのよね?』
スウェナちゃんが囁き、マツカ君が。
『確かそうです、思い切り長いですけどね…』
檀家さんが頼んだ分の卒塔婆を全て読み上げて供養するわけですから、そう簡単には終わりません。おまけに供養した卒塔婆は檀家さんに手渡す仕組み。ここから先が長いんだよなぁ、と私たちは足の痺れに耐えつつ、深い溜息。
『思いっ切りの単純作業ですもんねえ…』
面白くも何ともありませんよ、とシロエ君。あーあ、これってどれだけ続くの…? つまらない、と嘆く私たちに御本尊様がサービスをして下さったのか、違うのか。私たちは最前列でしっかり目撃したのでした。アドス和尚が手を滑らせて、小型の卒塔婆を落っことしたのを…。
「うーん、アレって凄かったよねえ?」
ぼくがやったらアウトだよね、とジョミー君。そんな話が出来る所は元老寺ではありません。翌日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でです。
「お前どころか、俺でもアウトだ。罰礼を千回は食らうだろうな」
親父だったからこそスル―なんだ、とキース君。罰礼は南無阿弥陀仏に合わせて五体投地の礼拝を繰り返すことで、それが千回レベルですか、アレ…。
「そりゃそうさ。思い切り空を飛んじゃったしねえ…。おまけに畳に落っことしたし」
宙で受け止めていればいくらかはマシ、と会長さん。
「あの後、香炉の煙にくぐらせてただろう? つまり清めが必要ってコト。地面じゃないけど足で踏む所に落としたんだから」
「…親父もショックだったみたいだぞ。あんたの目の前でやっちまったしな」
「だろうね、何度も「未熟者で」って言ってたし」
あの手のトラブルは滅多に無い、と会長さんは可笑しそうに。
「気を抜かない限り、まず無いしね。そろそろ終わりだ、もう終わりだ…って気が緩んできて、そこに慣れてるがゆえの油断かな? 文字通り流れ作業になってました、と言わんばかりの恥ずかしいミス! お塔婆を心をこめて扱っていたら絶対に無いよ、空を舞うなんて」
「ホントにヒラッと飛んじゃったもんね…」
アレって飛ぶんだ、とジョミー君がしみじみと。
「薄い木の板でうんと軽いし、大きな卒塔婆とは全然違うなぁ…って、いつも書きながら思ってたけど…。まさか飛ぶとは思わなかったよ」
「飛ぶ時は飛ぶさ、それだけに目立つ。…お蔭でお酒は美味しかったなぁ、口止め料だろ?」
アドス和尚の秘蔵の大吟醸、と会長さんは御機嫌です。法要の後の食事の席で御馳走になったお酒が絶品だったらしく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「かみお~ん♪ あれって最高! ちょびっと舐めただけだけど!」
美味しかったぁ、と笑顔全開。
「飛んでっただけで美味しいお酒が出てくるって魔法みたいだね♪」
「「「………」」」
口止め料と魔法は違うだろう、と思いましたが、言われてみれば空飛ぶ卒塔婆の魔法かも。食事も一品増えたそうですし、そんな魔法なら嬉しいかもです。また飛ばないかな、小型の卒塔婆…。
「こら、お前ら! 期待するな!」
飛ばした方は大恥なんだぞ、とキース君が叫んだ時。
「…いいかもねえ…」
空飛ぶ卒塔婆か、と会長さん。もしかして次から飛ばすつもりですか、アドス和尚のミスじゃなくって反則技のサイオンで…?
とんでもない台詞を口にした会長さんにキース君は真っ青、私たちも絶句。空飛ぶ卒塔婆は私たちには美味しい結果をもたらしましたが、アドス和尚には大恥ですし、卒塔婆を飛ばされた檀家さんだっていい気分ではないでしょう。偶然ならともかく、わざとやるのは…。
「お、おい…! あんた、本気か? それなら二度とお断りだぞ!」
もう来るな、とキース君が怒鳴りつけると、会長さんは「えっ?」と首を傾げて。
「誰が元老寺でやるって言った?」
「他所でやる気か!? ま、まさか璃慕恩院とかじゃないだろうな!」
飛ばされたくなければ御馳走しろと脅迫するのか、と焦りまくりのキース君。その線は大いにありそうです。サイオンとは言わず法力でしょうが、法要を台無しにされたくなければ御馳走を、と老師あたりに言いに行くとか…。
「…人聞きの悪い…。ぼくはこれでも高僧だよ? 卒塔婆を飛ばしてどうするのさ」
「しかしだな! さっき自分で言っただろうが、いいかもねえ、と!」
「言ったけど?」
「だったら、やっぱり…!」
やる気じゃないか、とキース君が噛み付きましたが、会長さんは平然と。
「空飛ぶ卒塔婆と言っただけだよ、飛ばすとは誰も言ってない。このシーズンで思い出さないかな、空飛ぶ卒塔婆と似たようなモノを」
「「「………???」」」
なんですか、それは? 私たちは顔を見合わせたものの、心当たりはありません。空飛ぶ卒塔婆は全員目撃しましたけれども、似たようなモノって……あの形とか?
「あれに似たヤツってありましたっけ?」
知りませんよ、とシロエ君が言い、サム君も。
「形だと心当たりがねえなあ…。材質だったら駅弁とかのよ、底板が似てるかもしれねえけどよ」
「お饅頭の裏に張り付いてる板も似てるわよね?」
ペラッとした板、とスウェナちゃん。駅弁の底板にお饅頭の板とくれば、食欲の秋? このシーズンですし、そういう方向? でも…。
「食欲の秋と空飛ぶ卒塔婆って繋がるわけ?」
ジョミー君の疑問を待つまでもなく、違うような気はしています。けれど他には何ひとつ…。
「そうかなぁ? 秋だよ、でもって空飛ぶ卒塔婆!」
もう少し頭を使いたまえ、と会長さん。
「秋のイベントには何がある? もう少し涼しくなってきたらさ、収穫祭とか色々と…ね」
「「「あっ!」」」
ピンといきなり閃いたモノ。私たちは期せずして声を揃えて叫んでいました。
「「「分かった、ぶるぅの空飛ぶ絨毯!」」」
空飛ぶ卒塔婆ならぬ空飛ぶ絨毯。それは学園祭で大人気となっている「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で行う催しです。サイオニック・ドリームで「居ながらにして世界のあちこちに飛べる」仮想体験が売りで、ぼったくり価格をつけても来客は途切れることがなく…。
「ふふ、思い出した? いいかもねえ、と言っていたのは絨毯の方さ」
ぶるぅの空飛ぶ絨毯だよね、と人差し指を立てる会長さん。
「空飛ぶ卒塔婆と魔法って言葉で閃いたんだよ、本当にやってみたいと思わないかい? ぶるぅの空飛ぶ絨毯を!」
「…やってるだろうが」
既に毎年、とキース君。私たちも首をコクコクと。
「そうじゃなくって! ホントに本物の空飛ぶ絨毯!」
「「「は?」」」
「だから飛ぶんだよ、絨毯で! サイオンを使ってアルテメシア一周遊覧飛行とか!」
「「「えぇっ?!」」」
その発想は無かったです。会長さんなら楽勝でしょうが、絨毯で空を飛ぶなんて!
「ぼくも今まで思い付かなかった。…と言うより、飛ぶという発想が無かったかな? 普段は瞬間移動してるし、わざわざ空を飛ぼうとまでは…。姿もシールドしなきゃ駄目だし」
目撃されるとマズイからね、と会長さん。
「でもさ、ぼくやぶるぅが単独で飛ぼうとするからつまらないんで、みんなで楽しく飛ぶならね? シールドしててもお釣りが来るしさ、空飛ぶ絨毯の上でティータイムとかお弁当とか!」
絨毯に乗って空の旅。お弁当とかティータイムつきって、いいかもです。みんなも夢が膨らんだようで、誰からともなく。
「それ、いい!」
「やろうぜ、本物の空飛ぶ絨毯!」
飛ばなきゃ損だ、とワイワイと声が広がって…。
「ぼくもやりたい!」
一際大きな賛同の声が背後から。
「「「??!」」」
振り返った先でフワリと翻る紫のマント。別の世界から来た会長さんのそっくりさんがパチパチと拍手しながら近付いて来ます。
「本物の空飛ぶ絨毯だって? ぼくも協力させて貰うから、そのイベントに混ぜて欲しいな」
アルテメシア一周、遊覧飛行! とパチンとウインクするソルジャー。これは歓迎すべきなのでしょうか、サイオンの使い手が増えますしねえ?
割り込んで来たソルジャーは空いていたソファに腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が切り分けたカボチャプリンのタルトにフォークを入れながら。
「絨毯で空を飛ぶって発想はぼくにも無かった。ぶるぅとぼくしか飛べないからねえ、必要な時だけ飛ぶって感じ? ハーレイを連れて飛んでみたことはあるけど、ぼくが抱えて飛んだだけだし…。何かに乗っかって飛ぶなんてこと、まるで思いもつかなかったよ」
絨毯ならハーレイも楽しめそうだ、と話すソルジャー。
「ぼくが抱えて飛んだ時はねえ、楽しむ余裕は無かったらしい。楽しかったです、とは言っていたけど「またお願いします」じゃなかったし…。多分、あまりのスピードと高さに驚いてる間に体験終了しちゃったんだろうね」
その点、絨毯は大丈夫そう、とソルジャーは大きく頷いています。
「身体の下がすぐ空っていうわけじゃないから、落ちるかもとか考えなくって済むからねえ? ハーレイも是非、一緒に乗せてあげたいんだけど…。駄目かな、ぼくとハーレイの参加?」
「…駄目と言っても来るつもりだろう?」
会長さんの問いに、ソルジャーの答えはもちろん「うん」で。
「聞いた以上は参加しなくちゃ! その代わり、サイオンは絶対ケチらない。ぶるぅは悪戯すると困るから置いてくる。それだけ約束すればいいだろ?」
「ぶるぅがいないのは有難いね。何をしでかすか分からないし…。そしてサイオンの協力は大いに歓迎だ。ぼくとぶるぅでも楽勝だけども、もっと楽に空を飛べそうだから」
「そうだろう? ぼくは君よりも遙かに場数を踏んでいるから、熟睡してても絨毯くらいは支えられるよ。乗ってる面子が知れているしね」
その気になればシャングリラだって一人で浮かせられるのだ、とソルジャーは自信満々です。
「で、どの絨毯を飛ばすわけ? これ?」
指差した先は床の絨毯。毛足が長いフカフカの絨毯はテーブルやソファを乗っけてなお余りある余裕のサイズ。空の旅にはもってこいです。
「これでもいいけど…」
どうだろう? と眺める会長さんにソルジャーが。
「それとも君の家にあるヤツ? リビングもダイニングも大きいヤツを敷いているよね」
「そうなんだけど…。どうせだったら新品のヤツで飛びたいかなぁ、せっかく魔法の絨毯を飛ばすんだから」
うんとそれっぽい模様のとか…、と考え込んでいた会長さんがポンと手を打って。
「よし、ハーレイに買わせよう! 君のハーレイが来るんだったら、こっちのハーレイもついでってヤツだ。遊覧飛行に来てもいいよ、と言えば喜んで出してくれるさ、絨毯代!」
でもってリッチに空の旅! と会長さんはブチ上げました。なんと絨毯を買う所から始まりますか、とってもゴージャス企画かも~!
話はトントン拍子に決まって、空飛ぶ絨毯は来週の土曜日に開催の運び。お天気も会長さんがフィシスさんに占って貰ってバッチリです。肝心要の絨毯の方は…。
「なんだと、空飛ぶ絨毯を買う?」
なんだそれは、と怪訝そうな顔の教頭先生。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で話を纏めた私たちは会長さんの家に移って夕食を食べ、それから瞬間移動で教頭先生の家のリビングへ。
「だから絨毯だよ、空を飛ぶための!」
分からないかなぁ、と会長さんが人差し指をチッチッと。
「君もけっこう頭が固いね、ぼくたちが毎年やっているのに…。ぶるぅの空飛ぶ絨毯があるだろ、あれを実現しようってわけ! 本当に本物の空飛ぶ絨毯!」
「ぼくとブルーと、こっちのぶるぅのサイオンを使って飛ぶんだよ」
アルテメシア一周遊覧飛行! とソルジャーも。
「ぼくのハーレイも乗せて貰うことになっているんだ。君も一緒にどうかと思って」
「そ、それは…。それは、是非とも!」
お願いします、と頭を下げる教頭先生に会長さんが。
「じゃあ、決定! でもって飛ぶには絨毯が…ね。ぶるぅの部屋とかウチにあるヤツで飛んでもいいけど、新品の絨毯で飛びたいなぁ…って思うわけ。でも絨毯って高いしねえ…。スポンサーがいたら最高のヤツが買えるんだけど」
「なるほど、それで絨毯を買うと言ったのか。私で良ければ…」
「本当かい? ありがとう、ハーレイ! これで素敵な絨毯が買えるよ」
それっぽく見える模様の絨毯、と会長さんは教頭先生の手をギュッと握って。
「土曜日にショールームを見に行くんだ。…うんと高いのを買ってもいいよね?」
「お前が喜んでくれるなら、私は文句は一切言わんぞ。おまけに乗せて貰えるそうだしな、その空を飛ぶ絨毯とやらに」
「スポンサーを乗せないとは言わないさ。じゃあ、絨毯の代金をよろしく」
「私こそ、空飛ぶ絨毯をよろしく頼む」
お前と一緒に空の旅だな、と教頭先生の顔が輝いています。会長さんだけでなく私たちやソルジャー夫妻も乗るんですけど、そこは構わないらしくって。
「来週の土曜日は予定を入れずに待っていよう。…ふむ、お前とアルテメシア一周遊覧飛行か…」
悪くないな、とウットリ呟く教頭先生。気分は二人っきりでの遊覧飛行なのでしょう。
「それじゃハーレイ、来週の土曜に!」
「うむ、楽しみにしているぞ」
いい絨毯が買えるといいな、と笑みを浮かべる教頭先生に会長さんが軽く手を振り、私たちは瞬間移動でサヨウナラ。うん、今度の週末は絨毯を買いにショールームですね!
そして週末、絨毯を買う日。朝から会長さんのマンションに出掛けてゆくと、もうソルジャーが来ていました。私服でキメてお出掛けの準備バッチリです。
「かみお~ん♪ 絨毯屋さんに予約してあるよ!」
開店時間よりも早くに開けてくれるって、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。確実にお買い上げと決まっているのですから、そういうサービスもアリでしょう。タクシーに分乗して行っても良かったのですが、ここは速さを優先で。反則技の瞬間移動で絨毯屋さんのショールーム前にみんなでパッと。
「ごめんくださぁーい! 絨毯、ちょうだい!」
元気いっぱいの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョンピョン飛び跳ねて一番に入り、私たちも続いてゾロゾロと。会長さんが予め連絡していたらしく、広いショールームには大きいサイズの絨毯が何枚も並べられています。
「いらっしゃいませ。お求めのサイズでしたら、このようなものからございますが」
如何でしょう? と示された絨毯を、会長さんは即座に却下。
「ダメダメ、これじゃ話にならない。上等のヤツをと言った筈だよ」
「た、大変失礼いたしました! これも良い品ではございますので…」
ではあちらを、と慌てて別の絨毯を並べた一角へ向かう店長さん。今の絨毯も大概な値段だったと思うのですけど、あれじゃダメですか、そうですか…。
「こちら、最高級のお品になります。絨毯と言えばもう、この地方の品が最高で」
「そうだねえ…。もうひとつピンとこないかな? 模様はもっと凝ったヤツがいい」
これはイマイチ、と再び却下。お値段はさっきのよりもグンと跳ね上がっているのですけど…。
「では、こちらなど…。自信を持ってお勧めさせて頂きます」
「うーん…。繊細さに少し欠ける気がする…。イメージとしてはね、空を飛んでも不思議じゃないような絨毯なんだよ。これだとリビングに敷くって感じ」
また却下ですか! どうなるのだ、と私たちは思念でヒソヒソと。絨毯の値段はもはや国産高級車並みの価格帯に突入しています。なのに…。
「それでしたら、このようなお品がございますが…。織り上げるまでに十年かかったと聞いております。ただ、あまりにもお高すぎるため、先代が仕入れたものの売れず終いで」
新品には違いないですが、と出て来た絨毯は今までの品とは段違い。素人目にも凄いと分かる模様の細かさ、手触りの良さ。会長さんはニッコリ笑って、満足そうに。
「いいねえ、まさにイメージぴったり! 頂くよ、これ」
「ありがとうございます!
本日中にお届けを、と店長さんがペコペコとお辞儀。気になるお値段の方は世界最高峰の高級車が買えそうな代物ですけど、教頭先生も乗るんですから、まあいいか…。
文字通り目の玉が飛び出しそうな値段の空飛ぶ絨毯のお代金。教頭先生は請求書を見て気絶しかけたと聞いていますが、そこは腐ってもシャングリラ号のキャプテンです。会長さんとの結婚を夢見て貯め続けているお給料の口座からサラッと支払い、ウキウキと。
「ブルー、約束の日は今日だったな?」
私も乗せて貰えるのだな、と会長さんの家へ御登場。私たちは既に集合済みで、ソルジャー夫妻も来ています。
「こんにちは、ハーレイ。君のお蔭で素敵な絨毯が手に入ったよ」
最高の気分で飛べそうだ、と艶やかに微笑む会長さん。
「かみお~ん♪ ホントに魔法の絨毯みたいな模様なの! 飛ぶのが楽しみ~!」
お弁当とかも乗せて飛ぶんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」もワクワクで。
「えっと、えっとね、屋上に用意してあるの! そこから飛ぶの!」
「というわけでね、みんなで屋上まで行こうってね。ハーレイ、君は荷物をよろしく」
お弁当だから気をつけて、と大荷物を背負わされる教頭先生。どうせ嫌がらせに決まっています。ティーセットとかを瞬間移動で運んでいるのを見たんですから、お弁当だって…ねえ?
『当たり前だろ、バカはこき使ってやらなくちゃ!』
会長さんの思念に「やっぱりか…」と誰もが心の底で納得、けれど顔には全く出さず。
「アルテメシア遊覧飛行かよ! すげえんだろうなぁ…」
「だよね、おまけにお弁当もつくし!」
楽しみだよね、と屋上に上がれば例の絨毯がスタンバイ。ティーセットにお菓子、お弁当などを上に乗っけて私たちが座っても余裕の広さで。
「それじゃ出発しようか、ブルー?」
会長さんがソルジャーに声を掛け、ソルジャーが指をパチンと鳴らして。
「準備オッケー! 行こう」
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
パァァッと青いサイオンが溢れたと思った次の瞬間、絨毯はフワリと舞い上がりました。空飛ぶ卒塔婆が飛んだ距離よりも高く持ち上がり、滑るようにスウッと屋上のフェンスを飛び越えて…。
「「「スゴイ…」」」
ホントに飛んでる、と私たちの目はまん丸です。会長さんのマンションが見る間に遠くなり、グングン上昇してゆく絨毯。なのに揺れもせず、風も全く吹き付けて来ず、ようやく秋らしくなってきた青空を目指してスイスイと…。
「もっと昇るよ、アルテメシア一周遊覧飛行!」
まずは市内を一望だ、と会長さんが楽しげに。あっ、学校が見えますよ! 向こうの山の方に見えているお寺が元老寺ですね、その奥の山に見えている建物が璃慕恩院かぁ…。
アルテメシアが写真一枚に収まりそうな高さまで昇ってティータイム。絨毯は市街地のド真ん中の遙か上に静止していますが、何処からも見えないらしいです。
「そこはシールドでバッチリと…ね。ついでに鳥とかもぶつからないから! 風も全然無いだろう? 本当はこの高さだと凄いよ、風が」
だけど魔法の絨毯だから、とティーカップを傾ける会長さん。ソルジャーも栗のミルフィーユを食べながら周囲を見回して。
「そうだね、これも一種の魔法だねえ…。シールドを解いたらティーセットくらいは一瞬で吹っ飛んじゃうかもね?」
うひゃあ、そこまで風が強いんですか! それを感じさせないって凄いです。絨毯一枚で浮いているのに、安定感だってドッシリと…。
「それはもう! ぼくとブルーとぶるぅにかかれば楽勝!」
ほんの少ししかサイオンを使っていないんだ、と片目を瞑ってみせるソルジャー。
「なんなら証拠を見せようか? ハーレイ、ちょっと」
ソルジャーは隣に座ったキャプテンの首に両腕を回して…。
「ん~…」
「「「!!!」」」
思いっ切りのディープキスを目の前でかまされ、私たちの目が点に。けれど相手はバカップル。たちまち二人の世界に入ってしまって、放っておいたら大変なことになりそうで…。
「ちょ、ちょっと! ブルー!」
やめたまえ、と会長さんが止めにかかりました。
「キスしていたってサイオンのバランスが崩れないことは分かったから! その辺で!」
「………そうかい?」
せっかくいい気分だったのに、とキャプテンから離れたソルジャーがブツブツ。
「ここまで視界が開けた所でキス出来るチャンスはそうは無いしね? シャングリラの船体の上でキスしたことはあるんだけどさ、あの時は周りが雲海だったし…。ねえ、ハーレイ?」
「そうですね…。私たちの船は常に雲海の中ですから」
どっちを見ても真っ白です、と応じるキャプテン。
「あなたの力で空を飛んだ時はキスどころでは無かったですし…。貴重な体験をさせて頂きました、ありがとうございます」
魔法の絨毯に感謝です、と笑顔のキャプテン。その絨毯を買った教頭先生はと言えば、ソルジャーとキャプテンのキスシーンを自分と会長さんに頭の中で変換したらしく、これまた涎の垂れそうな顔。バカップルつきの空の旅でも幸せ気分でいらっしゃるとは天晴れな…。
ティータイムが終わると遊覧飛行。高度を下げてアルテメシア全体をグルリと見て回り、お次は名所旧跡を空から見物。璃慕恩院やら恵須出井寺やら、アルテメシア大神宮やらと盛りだくさんに観光気分で、お弁当も開けて頬張って…。
「凄いや、飛行機じゃこれは無理だし!」
窓からだけしか見えないもんね、とジョミー君が言えばキース君が。
「床の下が見られるヘリコプターもあるとは聞くが…。それでもヘリの中だしな」
「絨毯一枚で空を飛ぶのには敵いませんよね」
絶景です、とマツカ君。私たちは空飛ぶ絨毯がすっかり気に入り、男の子たちはシールドがあるのをいいことにして身体を乗り出す度胸試しを始めたり。
「キース、もうちょっと行けるんじゃないの?」
「馬鹿野郎、これが限界だ! ここで落ちたら…」
ジョミー君とキース君の言い争いに、サム君がプッと吹き出して。
「御本尊様の前に真っ逆さまってか、本堂の屋根、突き破って?」
「ああ、そうだ! そして親父に怒鳴られるんだ!」
「…それ以前に死ぬかも、とかは全然思ってないわけね…」
この高さなのに、とスウェナちゃん。元老寺が手に取るように見えてますけど、今、絨毯が浮かんでいる高さは高層ビルだのタワーだのの比ではない筈。普通は落ちたら死にますよ?
「落ちてもシールドの中で止まるとブルーが言ったぞ」
キース君が返せば、シロエ君も。
「そうです、仮に止まらなくっても会長とぶるぅがついてますしね? 本堂の屋根を突き破る方はやりそうですけど、先輩は無傷ですってば!」
でもって罰礼一万回です、という素晴らしすぎる台詞に誰もが爆笑。罰礼一万回って何時間くらいで終わるんでしょうねえ、下手すれば一日潰れそうです。
「まあ、一日って所だろうな…。途中で討ち死にしなければな」
だが御免だ、とキース君。そう言いつつも男の子たちの度胸試しは終わるわけでなく、元老寺の上空で競った後もジョミー君の家の上でやり、シャングリラ学園の上でやり…。
「行け行け、もっと行けー!」
「やだよ、グラウンドにいるの、絶対ゼル先生だと思うし!」
落ちたら別の意味で死ぬ、とジョミー君。そりゃあ、長老の中でも怖い部類のゼル先生。ジョミー君が空から落っこちて来たら、こってり絞られることでしょう。空を飛んでいた件はともかく、一般生徒もいるような場所に何故落ちて来た、と。
「飛んでた方はさ、ぶるぅの不思議パワーで済んでもさ…。落ちたってことはドジ踏んだのがぼくってことがバレバレだしね?」
もう絶対に殺される、というジョミー君の意見に私たちは全面的に賛成でした。命の危険は伴わないのに、別の意味で命が危ういという空飛ぶ絨毯。度胸試しも楽しいでしょうね!
「…なるほど、落ちるのもスリリングかもね?」
会長さんの言葉に男の子たちがバッと絨毯の真ん中に移動。突き落とされる、と危険を感じたみたいです。しかし…。
「違う、違う! 君たちを落とすつもりは無いよ。ただ、昔話を思い出してね」
「「「昔話?」」」
「そう! 飛行の術を心得ていた仙人がさ、飛んでいる途中に見かけた女性に欲情しちゃって落っこちた話、知らないかい?」
「「「あー…」」」
そういえば聞いたことがあるかも、と思った所でソルジャーが。
「へえ…。そんな話があったんだ? もしかしてぼくを落っことすつもり? 魔法の絨毯の運航に協力してるのに?」
「君じゃない。ぼくが言うのはこっちのハーレイ!」
さっきからニヤニヤデレデレと、と会長さんは教頭先生をビシィと指差し。
「ブルーとハーレイが空中デートをしてるからって、ぼくに欲情されてもねえ…。第一、ブルーとハーレイはまだキス止まりで、その先には行っていないんだけど?」
「い、いや…! 私はだな、ただ、空飛ぶベッドもいいものだな、と…!」
「「「空飛ぶベッド?!」
私たちの声が引っくり返って、会長さんが。
「…ハーレイ、語るに落ちてるねえ? 何が空飛ぶベッドだって?」
「そ、そ、それは…!」
「退場!!!」
普段はソルジャー相手にしか響かない台詞が教頭先生に向かって炸裂。そして…。
「うわぁぁぁぁぁぁーーーっ!!!」
死ぬーーーっ! という声を残して教頭先生は真っ逆さまに下へと落ちてゆかれました。あのぅ、この下って何処ですか? えぇっ?!
「「「…ろ、露天風呂…」」」
「何か? スーパー銭湯の自慢の女湯!」
この後はもはや通報あるのみ、と高笑いしている会長さん。水飛沫ならぬお湯飛沫を上げて落下なさった教頭先生、塀に登って覗きをしていた痴漢扱いだそうでして…。
「やるねえ、君も…。魔法の絨毯のスポンサーなのに」
ソルジャーが首を振り振り、会長さんの仕打ちを嘆いています。
「余計な妄想をしてるからだよ、ぼくと二人で空飛ぶベッドで空中散歩だの何だのと!」
何処をどうやったらそうなるのだ、と会長さんは文句たらたら。
「飛んでいるのは絨毯なんだよ、間違ったってベッドじゃないし!」
「まあ、ベッドではないだろうねえ…」
寝心地の方は良さそうだけど、と絨毯の表面を撫でるソルジャー。
「約一名、犠牲者が出たみたいだから、妄想だけで終わらせてあげちゃ悪いかな? ハーレイとヤるのも悪くないねえ、空の上でさ」
「「「えっ?」」」
「どうせシャングリラは普段から空に浮かんでるんだし、絨毯の上でも似たようなモノ! どうだい、ハーレイ、ここで一発!」
グイと腕を掴んで引かれたキャプテン、アタフタと。
「む、無理です、ブルー! ま、真昼間ですし、第一、人がこんなに大勢…!」
「人はシールドしておけば見えないといつも言ってるだろう? ああ、昼間だから駄目なのか…。だったら夜まで飛び続けてさ、夜景を見ながらヤることにしよう。ロマンティックな夜景が見えるホテルも気に入っていたと思ったけど?」
「そ、それはホテルの窓越しだからで、絨毯一枚で空の上では…!」
とても無理です、と絶叫するキャプテンと、やる気満々のソルジャーと。でもその前に、この絨毯が飛び続けていないと夜景は無理なんじゃないですか?
「そっちかい? ぼく一人の力では飛べないとでも? じゃあさ、夕方になったら君たちを下ろして、後はハーレイと二人で夜間飛行!」
「ちょっと待った! そういう目的で絨毯を買ったわけじゃないから!」
強奪するな、と会長さんが喚けば、ソルジャーが。
「ぼくが買い取ればいいんだろう! ノルディに頼めば買ってくれるさ、このくらい!」
「空飛ぶ絨毯は登録商標になってるから! ぶるぅの空飛ぶ絨毯で!」
「「「………」」」
本当か? と言いたい気持ちの私たち。空飛ぶ絨毯、登録商標でしたっけ? なにやら派手に揉めてますけど、夕方までに無事に帰れます? 通報されて痴漢扱いの教頭先生と、空に浮かんでいる私たちと。どっちが先に家に帰れるのか、傷が浅いのか、誰か教えて下さいです~!
空を飛ぶ絨毯・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
卒塔婆が空を飛ぶ事故は本当にあります、見てみたい方はお寺の法要へどうぞ。
絨毯の値段が半端ないのも本当、「マジですか?」っていう世界です。
そしてシャングリラ学園、4月2日で連載開始から8周年です、8年です。
あの頃の自分に「8年後のアンタはサイト持ってますよ」と言っても信じないかと…。
それに「フル稼働している唯一のサイトですよ、アニテラでは」と言ってもね!
というわけで、4月は感謝の気持ちで月2更新でございます。
次回は 「第1月曜」 4月4日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、3月は、ソルジャーの希望でスッポンタケのお彼岸の法要。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
連日の曇りと雨模様。いわゆる梅雨の真っ最中です。せっかくの土曜日だと言うのに外には遊びに行けそうもなく、夜までに雨が上がれば出掛ける予定だったホタル狩りもお流れになりそうでした。私たち七人グループは会長さんの家に来ていますけれど、ジョミー君がブツブツと。
「…止みそうにないね、今日の夜までに」
「当分雨だって言ってたぜ。今朝の予報で」
諦めろよ、と分厚い雨雲を眺めるサム君。
「思いっ切りの梅雨前線だしなぁ、こりゃ仕方ねえぜ」
「あーあ、晴れてた間に行きたかったなぁ、ホタル見物…」
木曜日まではそこそこ晴れ間もあったのに、とジョミー君がぼやけば、会長さんが。
「仕方ないだろう、面子が足りなかったんだから…。それともアレかい、キースを放ってホタル狩りかい? 仕事で出掛けていたのにさ」
それじゃあんまり可哀相だ、と会長さん。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も頷いています。
「キース、お仕事だったんだもん! 待ってあげるのがお友達でしょ?」
お出掛け出来ない分はお家で楽しまなくちゃ、と出ました、紫陽花の花の形のカップケーキが。定番のゼリーのお花ではなく、紫芋のクリームを絞った花びらが素敵です。マジパンで作ったカタツムリもくっついていて、なんとも可愛い出来上がり。
「えっとね、下はシフォンケーキになってるの! 口当たりが軽いし一人何個でもいけると思うよ、好きなだけ食べてね!」
夜は焼肉パーティーしようか、と提案されて大歓声。ホタル狩りに出掛けた場合は料理旅館で夕食の予定だったのです。お目当ては鮎の塩焼き食べ放題のプランでしたから、家でやるなら焼肉ですよね。鮎の塩焼き、食べ放題な勢いで焼くって無理そうですし…。
「えっ、出来るよ? …雨が降ってなかったら、だけど」
お部屋が煙だらけになっちゃうから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「屋上を使えば簡単、簡単! バーベキューみたいに竈を置いてね、鮎を並べるだけでいけるし」
いつかやろうね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は楽しそう。鮎の塩焼きパーティー、いいかも…。
「そうだね、次に晴れたらパァーッとやろうか、いっそ鮎から釣りに行くとか」
会長さんも乗り気です。
「鮎釣りもなかなか楽しいよ? 慣れない間は難しいけど、天然モノは美味しいからね」
「そうだな、確かにアレは美味いな」
こないだ食ったのも美味かった、とキース君。
「…鮎は本当に美味かったんだが、その前がな……」
あれさえなければもっと美味さを味わえたのに、とハアと溜息。お仕事で何かありました?
梅雨の晴れ間だった数日の間、キース君はお仕事とやらで欠席でした。欠席理由は法務というヤツ、お坊さんとしてのお仕事です。大きな法事か、総本山の璃慕恩院でのお手伝いかと特に追及しませんでしたが、打ち上げで食べたのであろう鮎がイマイチと聞けば知りたくなるもの。
「何だったんだよ、鮎の美味さが減点になっちまうような法務ってよ?」
璃慕恩院で叱られたのかよ、と尋ねるサム君。
「なんか先輩が怖いって聞くよな、法要の間にドジを踏んだら打ち上げの席でネチネチ言われるみたいだし…。それにアレだろ、ネチネチついでに偉い人の耳にも入っちまうんだろ?」
同じ宴席に居るんだもんなぁ、というサム君の言葉に背筋がゾクッと。それって上司も来ている宴会で吊るし上げを食らうようなモノですか? そうなれば鮎の味どころじゃないでしょう。自分の今後の評価を思うと生きた心地も…って、キース君がドジを踏みますかねえ?
「で、どういうドジをやらかしたんだよ? 鳴り物のタイミングをミスッたとか?」
「俺の評価を勝手に下げるな、俺は完璧にやってきたんだ!」
求められる以上の働きをした、とキース君はカップケーキを一口食べてコーヒーをズズッ。
「それに璃慕恩院に行ってたわけじゃない。俺の同期の寺の落慶法要だ」
「「「は?」」」
「そうか、素人には分からんか…。落慶法要というヤツはだな、寺の建物を新築した時とかにやる法要なんだが、修理や建て替え完成でもやる。今回は本堂の建て替えだった。それはいい。…それは目出度いんだし、そこはいいんだが…!」
目出度いからってアレは無いだろう、とキース君は顔を顰めました。
「派手にお披露目したいから、と招待状が届いたんだ。…法要の格は出席した坊主の位と人数で決まると言ってもいい。俺たちは大した位ではないが、数が揃えば見栄えするしな。同窓会を兼ねて一席設ける、と言われれば遠い寺でも喜んで、だ」
同窓会がてら祝い金を持って電車を乗り継ぎ、遠くまで行って来たらしいキース君。そこで大学の同期の仲間と旧交を温め、落慶法要に出席したまではいいんですけど…。
「なんでアイツだけ紫なんだ! 落慶法要でも有り得んだろうが!」
紫だぞ、と何度も繰り返し言われましても、何のことやらサッパリです。紫だったら目の前のカップケーキも紫芋のクリームの紫陽花ですよ?
「そうじゃない! 坊主の紫は特別なんだ! ブルーの緋色の下の位になるんだぞ!」
「「「…え?」」」
「紫色の衣の上には緋色しか無い。それくらいの地位に居ないと着られないのが紫だ!」
それをアイツが着やがったんだ、と拳を握り締めるキース君。それって同期生の誰かが紫だったってコトですか? キース君は確か萌黄とかいう緑ですよね?
真面目に有り得ん、と愚痴るキース君の話によると、紫の法衣を着ていた人は落慶法要をしたお寺の住職の息子さんで副住職。キース君の同期生です。居並ぶ同期生たちが緑の法衣を纏っている中、自分のお父さんと同じ紫の法衣で法要を務めたらしく…。
「みんなポカンと口を開けたが、法要の最中に文句は言えんしな…。同期会を兼ねた打ち上げの宴会で追求したら、「法要に箔をつけたかった」ときやがった! そりゃまあ箔はついただろうさ、紫が一人増えてれば! しかしだ、紫はそんな理由で着ていいモノじゃないんだぞ!」
修行を積んで位を上げないと着られないからこそ箔がつく、とキース君はグチグチグチ。
「俺の同期たちもずるい、ずるいと言ってやがったし、いっそチクるかという話も出たが…。チクッたら最後、あいつの人生、終わりになるしな。それは出来んという結論で、後はひたすら愚痴祭りだった」
お蔭でせっかくの鮎が不味くて、と鮎の塩焼きまでようやく辿り着きました。けれど、チクッたら人生終わりって、どういう意味? どうしてチクッちゃいけないんですか?
「ああ、それはねえ…。チクられたら本当に終わりなんだよ。ねえ、キース?」
会長さんが横から割り込んで来て。
「…で、本当に璃慕恩院に密告しないんだ? 持つべきものは友情に厚い同期生ってね」
「当たり前だろう! いくら紫が羨ましくても、友人を地獄に落とせるか?」
俺たちはそこまで薄情じゃない、とキース君は力説しています。えーっと、友情はいいんですけど、なんで密告で人生終了?
「お坊さんとして終わりなんだよ」
会長さんが重々しい口調で告げました。
「僧階……お坊さんの位のことなんだけどね、法衣の色はそれに応じて決まっている。この位ならこの色で、という風に。…自分の位よりも下の位の色を着るのはかまわない。ぼくが紫を着ても叱られないし、キースが墨染を着たりするのもそういう関係」
それは全く問題無い、と会長さん。
「でもね、僧階以上の色を着た時は僧籍剥奪になるんだな。お坊さんとしての資格を失う。住職の資格どころか墨染すらも二度と着られません、という死刑同然の刑になるわけ」
「そういうことだ。一度僧籍を剥奪されたら、復帰するのはまず無理だ。…他の宗派に行くなら別だが、二度と坊主に戻ることは出来ん。ブルーが言う通り、坊主には死刑宣告だな」
いくら紫を着たからと言って同期生を死刑に出来るか、と言われて納得。確かに人生終わりです。二度とお坊さんになれないだなんて、お寺に生まれた人にとっては最悪の刑罰ですってば…。
なんという恐ろしい決まりがあるのだ、と驚かされた法衣の規定。会長さんが緋色の衣を自慢するのも無理はない、と私たちは頭を振り振り、キース君の落慶法要での愚痴を聞き…。夕食はウサ晴らしとばかりに焼肉パーティー、大いに盛り上がった次の日も雨。
「今日もホタルは無理そうよねえ…」
スウェナちゃんが会長さんの家のダイニングの窓から雨雲を眺め、私たちも止みそうにない雨に不満を漏らしつつ、海の幸たっぷりのクリームパスタの昼食を。やっぱりキース君に遠慮してないでホタル狩りに行くべきだったでしょうか? 向こう一週間、ものの見事に雨予報ですし…。
「うん、遠慮してたら負けだと思うな」
絶対に負け、とジョミー君がパスタをフォークに絡めて口へと。
「だからさ、ぼくも遠慮はしないってことに決めたんだよ、うん」
「「「は?」」」
ジョミー君ったら、一人でホタル狩りに行く気だとか? 雨でもホタルは飛んでいますし、もしかしたら家に帰ってパパやママと車で出掛けてホタル見物?
「そんな話じゃないってば! もっと人生、前向きに!」
ぼくの前途は大いに明るい、とジョミー君は至極御機嫌です。何かいいことあったんですか?
「うん、あった! この先、二度と悩まなくても済むんだよ。ぼくの人生、これからなんだ!」
もう嬉しくて嬉しくて、と喜びを抑え切れないらしいジョミー君。そんなに素敵なことがあるなら、ここは是非ともお裾分け! 私たちだってあやかりたいです、何かおごってくれるとか…。
「お裾分け? 何かおごるのは別にいいけど、キースとサムはどうだろう…」
「俺は好き嫌いは決して言わんぞ、おごりならな」
「あっ、俺も! おごってもらって文句をつけるほど心は狭くねえってば!」
どんなモノでも是非おごってくれ、とキース君とサム君が身体を乗り出したのですけれど。
「………。ホントにいいわけ? 人生、終わるよ?」
「「「えっ?」」」
いったい何をおごる気なのだ、と私たちまでがドン引きしました。人生が終わるお裾分けって、それ、怖すぎじゃないですか! キース君とサム君で終わりそうなら、私たちだって…。
「ジョミー先輩、ぼくは遠慮させて頂きます」
おごるなら他の皆さんにどうぞ、とシロエ君が逃げ、マツカ君も。
「ぼくもいいです…。ぼくの分は他の皆さんでどうぞ」
「私もいいわよ、みんなで分けて」
スウェナちゃんまで逃げますか! これは私も逃げねばです。おごってもらえば人生終了、デンジャラスすぎるお裾分け。そんなの絶対お断りです~!
上機嫌でパスタを頬張るジョミー君におごらせる話は頓挫しました。とはいえ、デンジャラスなお裾分けとやらが何だったのかも気になる所。みんなで顔を見合わせたものの、訊いたら強引におごられそうで出来ません。うーん、とっても知りたいんですが…。
「こんにちは」
「「「???」」」
誰だ、と振り返った先でフワリと翻る紫のマント。ソルジャーが笑顔で立っています。
「ぶるぅ、パスタは残ってる? 地球はやっぱり海の幸だよね」
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
ちょっと待ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャーの分のパスタを手際よく用意。空いていた席に座ったソルジャー、早速フォークでパクパクと…。
「うん、美味しい! 来て良かったよ。でもって、ぼくは自分の未来に自信あり! ハーレイとも結婚出来たんだからさ、地球にもきっと行けるよね」
地球に着いたら海の見える場所に一戸建ての家を建てるんだ、とソルジャーは聞き飽きるほど聞かされてきた夢の未来を語り始めました。
「ハーレイと二人で暮らす家だよ、ぶるぅの部屋もあるけどね。そして庭には桜の木! 春が来る度にお花見するんだ、桜を一人占めしてさ。…ああ、ハーレイと二人占めかな? ぶるぅは放って夫婦でゆっくり! そんな未来が待ってるんだし、ぼくの人生は終わらない」
だからね、とソルジャーはジョミー君に視線を向けました。
「今日はとっても機嫌がいいけど、お裾分けってヤツを貰っていいかな?」
「いいよ、何にする? お小遣いを貰ったトコだし、ハンバーガーでも買いに行く?」
変わり種が出来たんだってさ、とジョミー君が挙げたお店はアルテメシアの南の端っこに近い神社の近く。お稲荷さんで有名な門前町の中らしいです。
「へえ…。そんな所でハンバーガーかい?」
「らしいよ、パパが仕事で前を通って見付けてきたんだ。仕事中だし、買って帰ってくれなくってさ…。ブルーだったら瞬間移動で一瞬だよね、雨でもさ」
「いいねえ、どんなハンバーガー?」
「お狐バーガー!」
だけど狐の肉じゃないから、とニッコリ笑うジョミー君。えっ、ちょっと待って、人生終わるって言いませんでした? なんでお狐バーガーで?
「買いに行くんだったらぼくも欲しいな」
会長さんが手を挙げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も右手をサッと。
「ぼくも! ぼくにもお狐バーガー!」
えっ、えっ、会長さんたちも人生を賭ける気なんですか? あらら、ジョミー君とソルジャー、瞬間移動で消えちゃった…。
「お、おい…。あんた、本気で貰う気か?」
あんな物騒なお裾分けを、とキース君が会長さんに確認すれば、クスッと笑いが。
「ぼくも人生には自信ありでね。ぶるぅも別に問題ないだろ、六年ごとに人生振り出し!」
「かみお~ん♪ 六歳になる前に卵だも~ん!」
お狐バーガー、とっても楽しみ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は浮かれています。人生が終わると噂のお狐バーガー、どんなモノかと思いきや…。
「ただいまぁ~! 瞬間移動ってホントに楽勝! 雨でも全然平気だね!」
「どういたしまして。はい、ブルー。ぶるぅにもお狐バーガー、ジョミーのおごり」
出来たてだよ、とソルジャーが紙にくるんだバーガーを渡し、自分の包みを開けています。ジョミー君も鼻歌交じりに紙包みを開け、中からお狐バーガーとやらが。
「「「…油揚げ…」」」
パンの代わりに分厚い油揚げ、挟んである具は豚カツとレタスで。
「うわぁ、油揚げがパリパリだよ! カツはサクサク! 買いに行けて良かったぁ~!」
みんなにおごっても充分お釣りが来る味だ、とジョミー君は夢中でパクパク。ソルジャーも美味しそうに齧りついていますし、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「美味しいね、ぶるぅ。そうか、アルテメシアにも出来ていたのか、お狐バーガー」
「お稲荷さんの本家本元だしね♪」
出来ていたって不思議じゃないね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。どうやら他所のお稲荷さんの門前町で人気の品だったみたいです。本当に美味しそうなんですけど、でもでも、食べたら人生終わりなデンジャラスなバーガーなんですよ……ねえ……?
「えっ、お狐バーガーが危ないだなんて一度も言っていないよ、ぼく」
ジョミー君が油揚げと豚カツのハーモニーを味わいながら。
「キースとサムにはお裾分け自体がヤバイんじゃないの、って言いたかっただけで…。お狐バーガーじゃなくて稲荷寿司でもヤバイと思うし、普通のハンバーガーでも人生終わるよ」
「どういう意味だ?」
分からんぞ、とキース君が突っ込み、サム君も。
「そうだぜ、なんで俺とキースが終わるんだよ! 他のヤツらは平気なのかよ?」
「…全然平気だと思うけど? なんか勘違いをしてくれちゃったし、ぼくの財布には嬉しいよね」
ブルーが一人増えた分をカバーしたって大丈夫、とジョミー君は御満悦。ひょっとしなくても、私たち、食べ損ないました? 油揚げの匂いが食欲をそそるホカホカのお狐バーガーを…?
ジョミー君の幸せのお裾分け。キース君とサム君以外は、貰っても人生が終わるわけではなかったようです。おごって貰うチャンスとお狐バーガーを逃したショックは大きいですけど、その前に。
「…ジョミー先輩、どうしてキース先輩とサム先輩に限定なんです? 人生終了」
理由を教えて貰えませんか、とシロエ君が切り込み隊長。ジョミー君は「ん?」と最後の油揚げを口に押し込み、モグモグしてから。
「だってさぁ…。坊主終了のお裾分けだよ、キースとサムにはヤバすぎだってば!」
「「「へ?」」」
何ですか、それは? 坊主終了のお裾分けって、何のこと?
「だからさ、ぼくが坊主をやめるわけ! ブルーに無理やり坊主にされてさ、いつかは住職の資格を取れって言われてきたけど、もう終わりだし!」
目出度く坊主を卒業なのだ、とジョミー君は宣言しました。
「ブルーがどんなに頑張ったって、二度と坊主になれなくなったら手が出せないよね? なんだったっけか、僧籍剥奪? その判決を受けるんだってば、死刑宣告!」
「「「えぇっ!?」」」
どうやって、と目を剥く私たちに向かって、ジョミー君は得々と。
「紫の衣だったっけ? それでもいいし、ブルーみたいな緋色でもいいし…。そういうのを着たらアウトで死刑になるんだよねえ? そんな楽勝な手があったなんて、もう嬉しくて」
永遠に坊主の道とはサヨウナラ、と幸せに酔うジョミー君。…そっか、その手があったんだ! キース君の僧籍剥奪ネタから閃きましたか、そりゃあソルジャーにまでお狐バーガーをおごるくらいに心が浮き立つことでしょう。まさに人生バラ色ってヤツで…。
「ま、マジかよ、お前?」
サム君が声を震わせ、キース君も。
「そ、それは…。確かにそういうお裾分けなら欲しくもないが、本気で本気か?」
「もちろんさ! 紫がいいかな、それともパァーッと豪華に緋色かな? 同じやるなら緋色の方かな、最高のヤツを着て僧籍剥奪!」
頑張るぞ! とジョミー君は燃えていました。身体から立ち昇る幸せオーラが見えるようです。パチパチパチ…と拍手が聞こえて、お狐バーガーを食べ終えたソルジャーが祝福を。
「なるほど、それで人生終了なんだ? だったらぼくには無関係! 素晴らしいアイデアが見付かったことを心の底からお祝いするよ。おめでとう」
「ありがとう! お狐バーガー、気に入ってくれた?」
「君のおごりだと思うと美味しさ倍増! 何かあったら遠慮なく言ってよ、今日の御礼に手伝うからさ」
御馳走様~! と軽く手を振り、ソルジャーは姿を消しました。うーん、私たちもお狐バーガー、おごって貰うべきだったかも…。
大盤振舞いをやらかすほどに舞い上がっているジョミー君。その幸せのお裾分けがキース君とサム君限定でヤバイ理由も判明しましたが、お坊さんという点では会長さんも変わらないような…? そこをシロエ君が問い質すと、ジョミー君は明快に。
「えっ、ブルーは緋色の上が無いんだし、人生終了にならないよ。自分よりも上の位のヤツを着るのが重要なポイントになるんだからさ」
「…そうですか…。で、本当にやる気なんですか、ジョミー先輩?」
「決まってるじゃないか! もう明日にでも着たいくらいだよ」
一日でも早く坊主にサヨナラ、と期待に胸を膨らませているジョミー君ですが。
「……いいけどね……」
会長さんが口を開きました。
「紫だろうが緋色だろうが、着たければ好きにすればいい。ちゃんと衣が手に入るならね」
「え?」
怪訝そうな顔をするジョミー君に、会長さんは。
「君は法衣を注文したことが無いだろう? 何処で紫を仕立てるんだい、緋色にしてもさ。法衣は普通の着物とは違う。自作なんかはまず無理だ」
ぶるぅ並みの裁縫の腕が無いとね、と鼻で笑われ、ジョミー君は憤然と。
「通販するし!」
「…ふうん? まあ、今どきはネット通販も出来るけど…。予算はちゃんとあるんだろうねえ、法衣は高いよ?」
「人生のためなら前借りもするよ!」
お小遣いを十年単位で前借りしたって後々を思えば安いものだ、とジョミー君は言い切りました。おおっ、十年単位で前借りですか! お狐バーガーをおごった件といい、お坊さんの道と縁が切れるなら金銭問題は些細なことに過ぎないようです。
「前借りねえ…。借金取りに追われないよう、頑張って返済するんだね。君のパパとママは優しそうだけど、大金を貸したら流石に黙っちゃいないと思うな」
月々の返済計画表を作られたりして、と会長さんはニヤニヤニヤ。
「昔から言うよね、ご利用は計画的に、ってね。返済が滞ったってビタ一文貸してはあげないよ? ぼくが導いてあげた仏の道をチャラにしようと言うんだからさ」
借金で火の車ならぬ火だるまになっても放置あるのみ、と会長さんが冷笑を浮かべ、キース君とサム君も冷たい声で。
「罰当たりめが…。銀青様のお導きを足蹴にするなど、地獄に落ちても文句は言えんな」
「だよな、お念仏さえ唱えていれば極楽に行けるってぇのによ…。信じられねえや」
南無阿弥陀仏、と二人は声を揃えてお念仏。ジョミー君の未来は前借り借金地獄ですかねえ?
そんなこんなで迎えた週明け。最初の間こそ浮かれまくっていたジョミー君ですが、早々に壁にブチ当たったらしく、水曜日にはすっかり意気消沈。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でレモンクリームが挟まれたライチのムースのお皿を前に項垂れています。
「どうしたんだい、君の元気は何処かへ旅に出たのかな?」
会長さんのからかう口調に、ジョミー君はションボリと。
「…捜さないで下さいって気分だよ…」
「それはそれは。だったら是非とも捜さないとね、最後に目撃されたのは何処?」
「………多分、月曜日の夜くらい………」
それから後は行方不明、と嘆くジョミー君が失くした元気はネットの海から旅立って行って帰って来る見込みも立たないのだとか。キース君がフフンと鼻で笑って。
「前借り以前の問題なんだな?」
「……途中までは注文出来たのに……」
注文用のフォームは出たのに、と泣きの涙のジョミー君。
「何さ、あれって酷すぎだよ! 所属する宗派の名前はともかく、なんで番号とかが要るわけ? 思いっ切りの個人情報じゃないか!」
「「「…番号?」」」
それは必須の条件だろう、と私たちは呆れ果てました。お小遣いの前借りが十年単位で必要なほどの高額商品を買おうと言うのです。注文主の電話番号も入力せずに済ませられるわけがありません。個人情報という代物について最初から学び直した方がいいのでは…。
「電話番号くらい入れるよ! でなきゃ連絡つかないし!」
「だったら何の番号なんです?」
シロエ君の問いに、ジョミー君は「知るもんか!」と投げやりな答え。
「番号かもだし、記号かも…。ぼくにも謎な自分の番号!」
「「「はぁ?」」」
ますます分からん、と首を捻りまくる私たちの耳に、会長さんののんびりした声が。
「…知らないだろうね、坊主の道にサヨナラだなんて言い出すようなジョミーじゃねえ…。聞きに来ないんだから知りようもない」
「「「……???」」」
「ジョミーが言うのは僧籍の登録番号だってば、ぼくが総本山に届け出た時についた番号。キースとサムは自分のヤツを知っているけど、ジョミーはねえ…。そもそも番号じゃないかもしれない。ジョミーが言う通り記号かもだし、数字かもねえ?」
それが無くては何も出来ない、と会長さんは高笑い。それって暗証番号ですか?
「…暗証番号とはちょっと違うね。平たく言えば個人識別情報かな?」
そんなところ、と会長さんは教えてくれました。
「なにしろ法衣の色ってヤツはさ、決まりを破れば僧籍剥奪に繋がるくらいの大事なモノだよ? それを素人さんがネットでポンと注文出来ると思うのかい? この人は本当にお坊さんなのか、と店も確認くらいはするさ。そのために番号が必要なんだよ」
本当に総本山に問い合わせたりはしないけど、と会長さん。
「それっぽい情報を書き込んでおけば注文フォームの方はOK、店は即座に制作に入る。だけど相手が番号も知らない素人さんだとうるさいよ? 使用目的は何か、身元はキチンとしているか…。それは色々と聞かれるだろうね、衣の色が凄くなるほど根掘り葉掘りの勢いで」
「「「………」」」
ジョミー君の元気が行方不明になるわけだ、と私たちは顔を見合わせました。この調子では僧籍剥奪云々以前に色つきの法衣ゲットが無理そうです。あんなにバラ色だった未来が今や灰色、それどころか暗黒かドドメ色かも…。
「…そうか、そういうシステムなんだ?」
それは大変、と会長さんそっくりの声が聞こえて優雅に揺れる紫のマント。空間を越えて来たソルジャーはスタスタと部屋を横切り、ソファにストンと腰掛けると。
「ぶるぅ、ぼくにもライチのムース!」
「オッケー! それとレモンティーだね!」
ソルジャーの好みを把握している「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと用意し、嬉々としてムースにフォークを入れるソルジャー。
「通販で壁にぶつかったのかぁ…。お狐バーガーをおごってくれたし、あの時の恩を返そうか、ジョミー? ぼくで良ければ」
「えっ、ホント!?」
ソルジャーの提案にジョミー君の顔が輝き、旅に出た筈の元気がマッハの速さで帰還した模様。
「番号とか突破出来るんだ? そうだね、ブルーは凄いんだもんね!」
SD体制だったっけ、と感心しているジョミー君。
「この世界よりも凄い世界で情報操作をしているんだから、通販くらい楽勝かぁ…。それじゃお願いしようかな? 此処まではぼくでも行けるんだよ、うん」
後をお願い、とジョミー君が部屋に備え付けの端末で法衣専門店のサイトを呼び出し、紫色の法衣のページを開いて注文フォームを。
「緋色は受注生産らしいし、これが限界だったんだ。やるなら緋色でやりたかったけど、早くオサラバしたいから…。もう紫で構わないかな、って」
「了解。この程度ならこうパスを打って…。ん? …あれ? なんで?」
通らない、とキーを叩きまくっているソルジャー。もしや法衣専門店だけに結界が張ってあったりしますか、まさか、まさか…ね……。
別の世界から来た助っ人はプロフェッショナルの筈でした。私たちの世界よりも高度に情報化された世界でセキュリティシステムとかを難なく潜り抜けているソルジャー。そのソルジャーをしてギブアップせしめる法衣店の通販サイト、恐るべし…。
「何なのさ、これは!」
信じられない、とソルジャーは画面を睨み付けました。
「認証は通っている筈なんだよ、なのにどうしてダメなわけ? 自信を喪失しそうなんだけど!」
「喪失してれば?」
この道はぼくの方が上、と会長さんが得意満面で。
「法力ってヤツが最先端の機械にも効くとは夢にも思っていなかったけどね。…正直、君が出て来た時には終わったと思ったんだけど…。買えないんだったら勝ったわけだよ、君の力に」
諦めたまえ、と会長さんは勝ち誇った笑みを浮かべています。
「君とジョミーがタッグを組んでも紫の法衣は注文不可能! 直接出掛けて買うとなったらハードルは今よりもっと上がるよ? ぼくも全力で妨害するから」
そう簡単に弟子を失いたくはないからねえ、と声高に笑う会長さんにはジョミー君の末路が最初から見えていたのでしょう。僧籍剥奪を目指して緋色や紫の法衣を着ようとチャレンジしても、肝心の法衣を手に入れられずにズッコケて終わる惨めな最後が…。
「どうする、ジョミー? お狐バーガーの御恩返しも不発に終わったようだけど…。そろそろ真面目に性根を入れ替えて仏弟子としての自覚を新たに」
「やらないし!」
せっかく道が開けたのに、とジョミー君も負けていませんでした。
「これで終わりって悲惨すぎるよ、地獄の沙汰だって金次第だよね?! お小遣い前借りの覚悟をしたんだ、意地でも紫を着て坊主にオサラバ!」
きっと何処かに道はある筈、と往生際の悪すぎるジョミー君が喚く姿をソルジャーが腕組みをして見詰めています。会長さんに負けたソルジャーの心の中もまた、複雑なものに違いなくて。
「…ジョミー。君が諦めないと言うなら、協力しよう」
ぼくにも意地が、とソルジャーの赤い瞳が会長さんの瞳を覗き込み、バチバチッと火花が散った気がします。「駄目か…」と短く呟いたソルジャー、次はキース君をまじっと見据えて。
「よし、完了。ジョミー、何日か待ってくれるかな? お望みの品を手に入れて来るよ」
お楽しみに、という声を残してソルジャーの姿は消え失せました。えっと、今のって意味があったんですか? 会長さんがダメでキース君なら「よし」って、何が…?
「…正攻法で敗れ去ったら偽物ねえ…」
素人さんには分からないか、と会長さんがクスクスと。ソルジャー、偽物を作る気ですか?
その週末。またしても雨に降り籠められて会長さんの家に集まっていた私たちの前に、ソルジャーが私服で姿を現しました。何やら荷物を抱えています。ラッピングされた箱などではなく風呂敷包みで、それもかなりの大きさが…。
「お待たせ、ジョミー。御注文の品はこれでいいかな?」
どうぞ、と手渡された風呂敷包みを解いたジョミー君は万歳三唱。なんと中身は紫の法衣、会長さんが口にしていた偽物じゃないかとは思いますけど…。
「ぼくの世界で作らせたんだよ、キースの頭に入っていた情報を参考にしてね。糸も布地もぼくの世界で手に入れたヤツだし、もう完全なメイド・イン・シャングリラだけどさ…。アレだろ、見た目にそっくりだったらいいんだろ?」
着ただけで僧籍とやらを剥奪だもんね、と言うソルジャー。
「素材とか手触りまでいちいち確認しないだろうから、これで充分いけると思う。ああ、代金は要らないよ? そこは出血大サービス! ぼくのプライドもかかってたんだし、お狐バーガーで支払い済みってことにしておく」
「ホント!? お狐バーガーだけで坊主にサヨナラ出来るんだ?」
「お伽話みたいな流れだろ? ぼくは鶴とかお地蔵様ではないけどね」
その手の恩返しって多いよね、と語るソルジャーは自分の善行に酔っていました。自分の羽根で織ったわけじゃなし、笠の御礼ならぬお狐バーガーなんですけれども、まあいいか…。ジョミー君ったら、大喜びで服の上から袖を通していますしねえ?
「やったあ、これで坊主にサヨナラ!」
見て、見て! とジョミー君は鼻高々で。
「キースでもまだ着られない色を着ちゃったんだし、これで人生終わりだよね? で、僧籍剥奪って家に通知が届くわけ?」
「…君の家とぼくの家とかな? 師僧にも通達する筈だから」
溜息交じりの会長さんに、ジョミー君がワクワクと。
「そっか、ブルーの家にも届くんだ! それって何日くらいで届くのかなぁ…。まだ六月だし、うんと遅れても棚経までには間に合うよね?」
ついにお盆の苦行にサヨナラ、とジョミー君は喜色満面、お手伝いをしたソルジャーも通販サイトにコケにされた雪辱戦に勝利とばかりにVサインを出していたのですけど。
「…まったく、これだから素人さんは…」
何も分かっていやしない、と会長さんが部屋中を見回しました。
「僧階以上の色衣を着たら僧籍剥奪、それは厳然たる事実。…ジョミーは確かに着てるわけだけど、誰が通報したのかな? まず通報が必要なんだよ」
キースたちは同期生を見逃したよね、と鋭い指摘。そうか、最初に通報ありき…!
メイド・イン・シャングリラの紫の法衣を服の上から華麗に纏って坊主にサヨナラ宣言をしたジョミー君。これで僧籍が剥奪されると狂喜したのに、自分の登録番号だか記号だかすらも知らないジョミー君の登録を抹消するには通報が必要だったのです。
「残念だったね、散々苦労したのにさ。…衣の色で僧籍剥奪は一撃必殺の刑だけどねえ、それだけに適用するまでの審査が厳密なんだな。動かしようがない証拠を提出されない限りは証拠不全でお咎めなしだよ、だから紫がまかり通るわけ」
キースの同期生もその口だ、と会長さんはスラスラと。
「璃慕恩院の目が届かない地方へ行くとね、年功序列みたいな感じでお年寄りのお坊さんが紫を着るのが習慣になってるケースもあるよ。…そんな世界だから、本気で僧籍剥奪を目指すなら証拠の提出! それを着て元老寺の法要に出まくっていたら、いずれ誰かが通報するかも」
「…そいつはいいな」
面白そうだ、とキース君が唇の端を吊り上げました。
「せっかく俺でも着られない紫を仕立てたんだし、俺の家で住み込みで働かないか? そろそろ今年のお盆に備えて卒塔婆書きを始めるシーズンだ。デカイ卒塔婆は住職の資格が無いと書けんし、お前が書いたら法衣とセットでお咎めの対象になると思うぞ」
「そ、そんな…! ぼく、卒塔婆なんて書けないし!」
「書けないだろうな、俺も書かせるつもりはない。…檀家さんに対して失礼になるし、御本尊様にも申し訳が立たん。だから! お前の仕事は俺と親父のサポートだ! 墨を磨れ!」
その有難い紫を着て墨を磨りまくれ、と腰に手を当て、鬼監督の形相で言い放つキース君。
「ブルー、構わないな? こいつを借りるぞ」
「どうぞ、どうぞ。…僧籍剥奪を目指す弟子だし、通報されるまでみっちりと! お盆だけと言わず、秋のお彼岸も年末年始も、来年の春のお彼岸も! 目出度く僧籍を剥奪されるまで遠慮なく顎で使ってやってよ」
アドス和尚にもどうぞ宜しく、と会長さんはペコリとお辞儀を。キース君は「よし!」と頷いて。
「喜べ、師僧のお許しも出たぞ。…俺も同期の紫の法衣でムカついていたし、紫の衣のヤツをいびれるチャンス到来だ。今日から早速! 俺と一緒に帰るよな?」
元老寺にな、とキース君がジョミー君の肩をポンポンと叩き、会長さんが「不肖の弟子を預けるのだから」と一筆書こうとしています。紫の法衣の偽物を作ったソルジャーはコソコソと逃亡するべく「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお菓子を包んで貰っていたり…。
「元老寺なんて冗談じゃないよ、ぼくは坊主にサヨナラだってば!」
お願いだから誰か通報してー! と絶叫しているジョミー君には気の毒ですけど、通報用の窓口とかが分かりません。紫の衣も似合ってますから、これを機会に本物目指して修行がいいと思います。それで全ては円満解決、会長さんもきっと喜びますよ~!
さらば坊主よ・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ジョミー君が御馳走していた「お狐バーガー」は某所に実在してます、本当です。
お稲荷さんの本家本元でも売っているかどうかは知りませんけど。
今月は月2更新ですから、今回がオマケ更新です。
次回は 「第3月曜」 3月21日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、3月は、ソルジャーがスッポンタケのお彼岸の法要を希望で…。
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