シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。…そんな感じの毎日ですけど、季節は秋です。学園祭の話題で華やぐ校内、1年A組はグレイブ先生の意向でお堅いクラス展示なオチでも。私たち七人グループは毎度お馴染み別行動で…。
「かみお~ん♪ 授業、お疲れ様ーっ!」
今日のおやつは洋梨のキャラメルムースなの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれる放課後の溜まり場。ソファに腰掛け、飲み物の注文なんかも取られて、ムースケーキを食べ始めたら。
「…コレをどう思う?」
会長さんがテーブルにコトリと置いた物。それは…。
「ちょ、本物!?」
ジョミー君が叫んで、キース君が。
「何処のヤクザから拝借したんだ、こんな物を!」
「か、会長だったらヤクザもお友達かもしれませんけど、流石にこれは…!」
銃刀法違反で捕まりますよ、とシロエ君も大慌て。
「早く返して来て下さい! お友達に!」
「…借りたってわけじゃないんだけどね?」
「それなら余計にヤバイだろうが!」
何処で買った、とキース君がテーブルをダンッ! と。
「今どき、レトロなタイプではあるが…。ヤクザ向けではないかもしれんが…!」
「まあねえ、ヤクザはオートマだよね?」
あっちの方が何かとお手軽、と会長さんが手に取った物。それは拳銃、いわゆるピストル。でも、オートマって何のことかな?
「あっ、知らないかな? これはリボルバーで、此処が弾倉。回転式になってるんだよ。オートマはオートマチックの略でさ、弾倉が入れ替え式なわけ」
握りの部分の内側が弾倉、という説明。西部劇とかでお馴染みなのがリボルバーの方で、ヤクザの皆さんは「弾倉さえ入れ替えれば楽々連射」なオートマチックらしいです。
それについては分かりましたけど、拳銃はどれでもマズイですよ!
この国で拳銃を堂々と持てる法律は無かったように思います。一般人は。なのに拳銃、「どう思う?」も何も無いもんだ、と私たちは大騒ぎになったんですけど。
「ふふ、引っ掛かった。…これは一応、偽物なんだよ」
とても良く出来たモデルガン、と会長さんが銃口を天井に向けて引き金を。パアン! と音はしましたけれども、あれっ、クラッカー…?
「そうだよ、ちょっとカスタマイズを…。普通の弾よりこっちの方が面白いから」
「あんたな…。それならそうだと先に言え!」
キース君が噛み付くと、会長さんは涼しい顔で。
「種明かしは後って、相場が決まっているけれど? 本物そっくりに見えるだろう?」
重さの方も本物と同じ、と会長さんがキース君に渡し、そこから順に回って来た拳銃。けっこう重さがありますです。材料を工夫してあるそうで…。
「リアリティーを追求してみたんだよ。殺傷力は無いけどね」
クラッカーな弾がパアン! と出るだけ、と会長さん。
「これをさ、学園祭で使ってみようと思ってさ…。作ってみたってことなんだけど」
「「「作った!?」」」
会長さんがモデルガンをですか?
「か、会長…。こんなの作れたんですか!?」
シロエ君が口をパクパクさせてます。シロエ君の趣味は機械いじりですし、シロエ君が作ったと言うんだったら分かるんですけど…。
「ぼくが作っちゃいけないかい? 人間、芸域は広い方がね」
何かとお得、と拳銃を手にした会長さん。
「学園祭の売り物に付加価値をつけるのもいいんじゃないかと…」
「「「付加価値?」」」
「サイオニック・ドリームのスペシャルの方だよ、お値段高めの」
あれの売り方にひと工夫、という話。学園祭での私たちの売り物はサイオニック・ドリームを使ったバーチャル・トリップ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーと銘打って販売、ドリンクなどを飲んでいる間に旅が出来るという仕様。
スペシャルを買えば、よりリアリティー溢れるトリップですけど、どう付加価値を…?
学園祭の出し物、サイオニック・ドリーム喫茶な『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』。毎年、商売繁盛です。スペシャルはお値段高めになるのに、絶大な人気。
けれど、バーチャル・トリップと拳銃、どの辺で結び付くんでしょう?
「おい、今年のスペシャルは西部劇か?」
ガンマン限定の旅になるのか、とキース君。
「それでは女子を逃すと思うが…。男子には売れるかもしれないが」
「西部劇じゃないよ? ラインナップは今年も豊富!」
でもね、と会長さんが例の拳銃をいじりながら。
「普通にお金を出して買うより、そこに博打な要素をね…。運が悪いと買えないという!」
「「「は?」」」
「ロシアン・ルーレットって聞いたことないかな、こんなヤツで」
まずは弾倉から弾を抜いて…、とクラッカー弾を取り出してゆく会長さん。一個、二個…、とテーブルに置いて、それから弾倉を指差して。
「ほら、一発だけ残っているだろう? 此処に」
でもって、コレを…、と弾倉を元に戻してからジャジャッと何度か回転させて…。
「さっきの弾が何処に行ったか、これで全く分からないってね」
サイオンで透視しない限りは…、と言い終えると「はい」と拳銃をキース君に。
「一番、どう? 頭に向けてパアンと一発!」
「や、やっぱりソレか! ロシアン・ルーレットと言っていたのは!」
「そうだけど? どうせ当たってもクラッカーだよ、勇気を出して運試し!」
引き金をどうぞ、という台詞。ロシアン・ルーレットって、もしかしなくても…。
「うん、当たっちゃったら死ぬってヤツだよ、元々は」
だけどクラッカーの弾だから、と押し付けられた運試し。リアリティー溢れる拳銃なだけに、キース君の顔色は良くありませんが…。
「くそっ、当たっても所詮はクラッカーだ! 南無阿弥陀仏…」
どうか御加護を、と左手首の数珠レットを繰って、頭にピタリと当てた銃口。引き金を引いたらカチッという音、当たらなかったみたいですねえ…?
ホッと息をついたキース君の次はジョミー君でした。やっぱりハズレで、次がサム君。音はカチッと鳴っただけ。マツカ君も同じで、スウェナちゃんも、それに私も。次は…。
「ま、待って下さい! ぼく、確実に当たるんじゃあ…!?」
誰も当たっていないんですから、とシロエ君。
「そうだと思うぜ? でもよ、シロエの番なんだからよ」
ちゃんとやれよ、とサム君がギロリ。
「他の誰かに当たるだろう、って最後まで名乗らなかったくせによ」
「ぼ、ぼくは確率の問題ってヤツを計算していた内にですね…!」
「どんどん確率が上がり始めて最後になったというだけだろうが!」
いい加減にしろよ、とキース君が凄みました。
「スウェナたちだってやったんだ! 次は貴様だ!」
「…は、はい…」
死んで来ます、とシロエ君が頭に向けた銃口。引き金を引くとパアン! という音、シロエ君はクラッカーの色とりどりのテープや紙片まみれに。
「…やっぱ、最後は当たるのかよ…」
例外はねえのな、とサム君が頷き、会長さんが。
「そりゃまあ、そういう仕様だからね? …七発入りなら最後は当たるよ」
学園祭では六発入りの標準タイプ、と言ってますけど、標準タイプって…?
「リボルバーは基本が六発なわけ。これは君たち用にカスタマイズで、実は八発」
「「「八発!?」」」
「そう! …シロエの運の悪さも大概だよねえ、運が良ければ当たらなかったのに」
「「「うーん…」」」
弾倉に何発入るかまでは、誰も確認していませんでした。そっか、八発入りだったんだ?
「そういうことだね。シロエもカチッて音で済んでた可能性もある」
でも、学園祭だと誰かが確実に当たる、と会長さん。
「スペシャルな夢を買いたい人は、まずはロシアン・ルーレット! 買わない人もね!」
一つのテーブルに今年は六人、と会長さんの思い付き。テーブルに着いたら六人でロシアン・ルーレット開始、弾に当たればスペシャルな夢は買えない仕組み。
「他の買わない人の権利は、決して譲って貰えないんだよ!」
また並び直して下さいという方向で…、との案らしいです。それは確かに博打ですねえ?
面白いじゃないか、と誰もが思ったロシアン・ルーレットな販売方法。高い夢を買うぞ、と勇んでテーブルに着いたとしたって、弾に当たれば買えません。残念な目に遭う人を見たなら、買うつもりが無かった他の人たちが…。
「買う可能性が高くなりますね!」
自分は運がいいわけですから、と弾に当たったシロエ君。
「運が良かった、とハイテンションになっていたなら、財布の紐も緩みますよ!」
「ぼくの狙いは其処だってね! ついでに、当たった人も必死で並び直すし!」
いつもの年なら一度で満足の所を二回来るから、と会長さんの悪辣な読み。
「商売繁盛間違い無しだよ、この方法は!」
「ええ、やりましょう!」
ぼくも拳銃を作りたいです、とシロエ君が手を上げました。会長さんは「頼もしいねえ…」と大喜びで、早速、瞬間移動でモデルガンのキットの箱を何箱も。
「それじゃ頼むよ、テーブルの数がこれだけだから…。予備も含めて、全部でこれだけ」
改造方法はこっちの紙に書いてあるから、と明らかに押し付けモードですけど。
「分かりました! えーっと、グリップがこうで、重しを入れて、と…」
コーティングがこうで…、とシロエ君が読み込んでいる会長さんの改造方法。
「大丈夫です、今週中には完成しますよ」
「本当かい? それじゃ、クラッカー弾も頼めるかな?」
クラッカーの装填がちょっと面倒なものだから…、と会長さんがまたも押し付け、シロエ君は。
「任せて下さい! 細かい作業は得意ですから!」
やり甲斐があります、と快諾しているクラッカー弾作り。
「…あいつ、上手いこと使われてねえか?」
サム君がヒソヒソと声をひそめて、ジョミー君が。
「ほら、さっき弾に当たっちゃったし…。ナチュラルハイじゃないの?」
「その可能性は大いにあるな。だが、やりたいなら任せておこう」
俺たちがババを引くわけじゃなし、とキース君。うん、シロエ君が喜んでやるんだったら、何も言うことはないですよね…!
シロエ君が作った拳銃とクラッカー弾は、学園祭で大好評でした。今年のテーブルは一つに六人、席に着いたら始まるロシアン・ルーレット。最初に誰が引き金を引くかはジャンケンで。
順に回して、弾に当たればスペシャルな夢は買えません。クラッカーまみれになるだけに嘘は絶対つけない仕様で、並び直すしか無かったオチ。
「会長の計算、当たりましたねえ…!」
例年以上に大入り満員になりましたよ、とシロエ君がベタ褒めの打ち上げパーティー。私たちは会長さんの家に来ていて、お好み焼きパーティーの真っ最中です。
「ぼくが思った以上に売れたね、スペシャルな夢も。…運がいいと思うと買うんだねえ…」
去年より高めの値段にしたのに、と会長さんが言う通り。ぼったくり価格がついていたのに、飛ぶように売れたスペシャルな夢。
ロシアン・ルーレットのせいで買い損なった人も並び直してまた来てましたし、商売繁盛だったんです。中にはとびきり運の悪い人も…。
「最悪だったヤツ、三度目の正直って引いた時にも当たってたよなあ…」
それも一発目で、とサム君が。
「うんうん、ジャンケンには勝っていたのにね…」
そのジャンケンで運が尽きちゃったよね、とジョミー君。気の毒すぎる男子生徒がそれでした。今度こそは、と勇んで引いた引き金でパアン! と。
「…四度目でようやくゲットだからな…」
普通は「四」は避けるものだが、とキース君が合掌を。
「死に通じると嫌われる数字で、しかも四人目…。あれで当たらなかったのは強運と言える」
「そうね、四回目の四人目なら、四が二つで死に番だわねえ…」
人の運というのも分からないわ、とスウェナちゃん。でもでも、学園祭は大賑わいでボロ儲けでしたし、ロシアン・ルーレットの効果は絶大だったと言えますよね…!
評判だったロシアン・ルーレット。せっかくだから、と私たちも再チャレンジをすることに。午後のおやつのアップルパイで、当たってしまえばおかわりは無しという約束。
「えーっと、面子が九人だから…」
八発用のだと足りないか、と会長さんが奥の部屋へと。
「「「……???」」」
まさか九人用も作ったんでしょうか、会長さんならやりかねませんが…。待っている所へ、部屋の空気がフワリと揺れて。
「こんにちはーっ!!」
楽しそうなことをやっているよね、と翻った紫のマント。別の世界から来たソルジャーです。
「あんた、何しに現れたんだ!」
キース君が叫ぶと、ソルジャーは。
「そりゃあ、もちろん…。ぼくもロシアン・ルーレットを!」
運の強さには自信があって、と威張るソルジャー。
「ダテにSD体制の世界で生きていないよ、だからやりたい!」
「…弾数に無理がありそうですけど?」
シロエ君が突っ込むと、ソルジャーは会長さんが消えた方を眺めて。
「その点は心配要らないってね! ブルーが十発入りのを持ってくるから!」
「「「十発!?」」」
「ぼくが来るかも、って計算していたみたいだよ? それにさ、数の関係で…」
奇数よりかは偶数の方がいいらしい、と言われた装弾出来る弾数。それじゃ、ホントに十発入りの登場ですかね…?
「はい、お待たせ…って、やっぱり来たんだ?」
拳銃を持って戻った会長さんが呆れ、ソルジャーが。
「ぼくが来ない筈がないだろう! 学園祭の間は遠慮したけど!」
今日は混ぜてよ、と拳銃を見詰めて、「十発だよね?」と。
「ちゃんと十発入るだろ、それ? ぼくの分まで!」
「…入るけど…。ぼくの分って、当たりたいわけ?」
「ううん、全然!」
当たったらアップルパイのおかわりが無いし、と食い意地が張っているソルジャー。運には自信があるそうですから、おかわりゲットのつもりですね?
ソルジャーも混ざることになったロシアン・ルーレット。会長さん自慢の十発入りの拳銃が登場、弾倉には十発入っていたようです。クラッカー弾が。
「空の所に一個入れるより、抜いていく方がスリルがねえ…」
学園祭では時間の関係で出来なかったけど、と弾を抜いてゆく会長さん。
「これも一種の演出ってヤツだよ。…よし、これで残りは一発だけ、と」
ジャジャッと回転させた弾倉、会長さんはソルジャーをジロリと睨んで。
「あのね…。これはサイオン禁止だから! 今、透視したよ!」
「ご、ごめん、つい…!」
「ぼくは君より経験値が低いわけだけど…。その程度のことは分かるから! サイオン禁止!」
改めて…、と回転させられた弾倉。そして順番決めのジャンケン、念押しに弾倉をもう一度回転、一番手のシロエ君が銃口を頭に向けて引き金を。…カチッ、と音がしただけで…。
「良かったあ…。今日は当たりませんでした!」
「おめでとう、シロエ。次はサムだね」
順番にどうぞ、と会長さん。サム君も外れ、キース君も、マツカ君も。
「ふうん…? それでぼくまで回って来た、と…」
ソルジャーがマツカ君の次で、拳銃の銃口を頭にピタリ。
「ちょっとドキドキするものだね。…オモチャなんだとは分かっていてもさ」
ぼくは本物を突き付けられたこともあるものだから…、とハイなソルジャー。初めてサイオンが目覚めた時には、問答無用で撃たれまくったらしいです。子供だったのに。
「全部サイオンで受け止めたからさ、死ななかったけど…。今日はどうかな?」
「運には自信があるんだろ?」
会長さんが「どうぞ」と促し、ソルジャーは引き金を引いたんですけど…。
「「「うわー…」」」
パアン! という音で派手に弾けたクラッカー弾。…まさかのソルジャーに当たりです。クラッカー弾の中身にまみれたソルジャーは…。
「当たっちゃったよ…。ぼくのアップルパイのおかわりは…?」
「無いねえ、そういう約束だからね!」
弾は出たから、今回、此処まで! と会長さんが仕切って、おやつの時間に。「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製アップルパイのおかわり、ソルジャーの分だけが今日は無しです。悪いですけど、そういうルール。私たちで美味しく頂きますね~!
残念無念な結果に終わった、ソルジャーの初のロシアン・ルーレット。本当にサイオンを使っていなかったんだ、という点だけは評価出来たので、特別に、とアップルパイのおかわりが少し。他のみんなより小さいですけど。
「うーん…。あそこで当たらなかったら、もっと大きなアップルパイが…」
運には自信があったのに、と私たちのお皿を見ているソルジャー。
「だけど、スリルはあったかな。…パアンと当たった瞬間にね!」
ソルジャー、「死んだ」と思ったそうです。日頃、修羅場を渡り歩いているだけに。
「…人類軍が相手だったら、死ぬってわけにはいかないし…。オモチャだからこそ!」
ドキドキ感を味わえた、と楽しそうな所が凄すぎるかも。
「こっちの世界には、素敵な遊びがあるものだねえ…。気に入ったよ!」
絶賛するソルジャーに、会長さんが。
「あのねえ…。ぼくが遊びに変えたってだけで、元は命が懸かってるんだよ?」
「本当かい!?」
「今でもやる人がいるかどうかはともかくとして…。出来た当時は度胸試しで命懸け!」
本物の弾だし、当たれば終わり、という会長さんの解説。ソルジャーは「へえ…」と。
「ますますいいねえ、真剣勝負! これって癖になりそうだよ!」
「…毎回、これで遊びたいと?」
「機会があればね!」
サイオン抜きでロシアン・ルーレット。当たれば終わりというスリルの世界は、ソルジャーを魅了したようです。寄せ鍋だった夕食の席までに、何度もロシアン・ルーレット。誰かがクラッカー弾を食らう度にパアン! という音が。
夕食の後も、好みの飲み物を出して貰えるかどうかでロシアン・ルーレットを。キース君が弾に当たってしまって、コーヒーは貰えず、水をチビチビ。
「…くっそお…。ツイていないな」
コーヒーが飲みたい、というキース君のぼやき、ソルジャーは拳銃を振り回して遊びながら。
「そうだ、これって他にもあるんだよね? シロエが沢山作っていたから」
「あるけど? だけど、あれは六発入りだよ。…この人数では使えないよ」
会長さんの指摘に、ソルジャーが。
「ううん、六発あれば充分! ぼくの世界でも遊んでみたくて…」
一つ頂戴、とソルジャーは六発入りを貰ってウキウキ帰って行きました。クラッカー弾も箱一杯に貰っていたんですけど、どう遊ぶんだか…。
ロシアン・ルーレットにハマッたソルジャーが拳銃を貰って帰って、一週間。私たちも放課後に何度か遊んでいました。十発入りとか、八発入りで。
今日は土曜日、会長さんのマンションにお邪魔してるんですけど…。
「こんにちはーっ! 遊びに来たよーっ!!」
この間はどうも、と降って湧いたソルジャー。おやつの栗のタルトを頬張り、ニコニコと。
「いいねえ、ロシアン・ルーレット! あれで毎日、楽しんでるよ!」
「…君のシャングリラを巻き込んだのかい?」
その辺の面子を何人か、と会長さん。
「六発だしねえ…。ぼくの読みだと、君のハーレイの他に長老の四人?」
ゼルにヒルマン、エラとブラウ、と会長さんが挙げた名前に、ソルジャーは「ううん」と。
「最初はそれも考えないではなかったんだけど…。六発だからね」
丁度六人になるものだから…、と指を折るソルジャー。
「会議って言ったら、その六人だし…。其処で遊ぼうと思ったんだけどさ。でも…」
実際に弾を入れている内に気が変わったのだ、という話。
「こう、弾倉に一発ずつ入れていくだろう? クラッカー弾を」
「まあね、演出の内だしね? 装弾したのを抜いていくのは」
会長さんの相槌に、ソルジャーは「うん」と頷いて。
「そう思ったから、弾を入れてて…。六発だな、と」
「六発だねえ?」
「その六発で何か閃かないかい? もしも弾倉から抜かなかったら?」
「「「…へ???」」」
全部が当たりでロシアン・ルーレットどころじゃないですよ、その拳銃?
「ロシアン・ルーレットとしては駄目なんだけど…。六発というトコが大切なわけで!」
しかも抜かない! とソルジャーは強調しています。
「抜かないんだよ、六発の弾を! これが本当の抜かず六発!」
「やめたまえ!!!」
会長さんが怒鳴り、ソルジャーが。
「抜かず六発と言えばヌカロク、もうそのための拳銃だよ、あれは!」
「「「…はあ???」」」
ヌカロクって何か謎なんですけど、確か大人の時間の言葉。そういう拳銃なんですか、あれ?
シロエ君が学園祭用にと作った拳銃。標準タイプだという六発装弾出来るタイプで、たったそれだけ、クラッカー弾が六発入るだけ。どう転がったら大人の時間に…、と首を捻りましたが。
「分からないかな、弾を抜かないなら抜かず六発! とにかく素敵な拳銃で!」
これは有難く使わないと、とソルジャーは思ったらしいです。
「そんなわけだから、ゼルだのヒルマンだのと遊んでいるより、ハーレイと!」
「「「…二人?」」」
それは面子が足りなさすぎです。六人揃ってこそのロシアン・ルーレットでは…?
「細かいことはいいんだよ! 交互にやればいいんだから!」
ぼくとハーレイとで三回ずつ! と言うソルジャー。三かける二だと、六ですけど…。
「ほらね、ちゃんと合わせて六回! ハーレイとやろう、って思ったわけで!」
そして毎晩遊んでいるのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「もちろんサイオンは抜きで引き金! ぼくも、ハーレイも!」
弾は一発を残して抜いて…、とロシアン・ルーレットの基本は変わらない模様。
「ぼくの番でパアン! と鳴ったら、御奉仕なんだよ!」
「「「御奉仕?」」」
「もう、ハーレイの望み通りに! しゃぶるのも、口で受け止めるのも!」
「退場!!!」
会長さんがレッドカードを叩き付けても、ソルジャーは帰りませんでした。
「ハーレイの番でパアン! と鳴ったら、そこはヌカロク! 抜かず六発!」
ガンガンとヤッてヤリまくるのみ! とヌカロクの登場、やっぱり意味が分かりません。御奉仕の方も謎ですけれど。
「そんな調子で、毎晩、ロシアン・ルーレット! 大人の時間を素敵に演出!」
最高の夜が続いているよ、とソルジャーは実に嬉しそうです。
「あの拳銃に感謝だね! ぼくのハーレイも喜んでるし!」
ただの御奉仕よりも嬉しいらしい、と感極まっているソルジャー。
「なにしろ、六発もあるものだから…。どっちに当たるか、それも謎だから!」
キャプテンが三発ともを無事にクリア出来たら、ソルジャーの御奉仕とやらが出てくるロシアン・ルーレット。そこまで長く待たされなくても、ソルジャーが一発目でパアン! と当たることだってあって、スリルが凄いらしいのです。役に立ってるなら、まあいいかな…。
どういう風に使われているのか、イマイチ謎が残る拳銃。けれどソルジャー夫妻にとっては、大人の時間を楽しめるアイテムに化けたらしくって。
「もう毎日が最高だからさ、この幸せをお裾分けしてあげたいと思ってね!」
「要らないから!」
会長さんが即答したのに、ソルジャーは。
「誰が君にお裾分けをするって言った? 可哀相なこっちのハーレイ向けだよ!」
ただし、ロシアン・ルーレットで、とソルジャーはニヤリ。
「…あのクラッカー弾ってヤツだけど…。中身、ハズレにも出来るよね?」
「「「ハズレ?」」」
ハズレも何も、クラッカー弾がパアン! と鳴ること自体がハズレの証拠ですけれど?
「それはそうだと思うけど…。これもやっぱり演出ってヤツで」
音だけ鳴って空クジというヤツ、とソルジャーも知っていた空クジなるもの。
「それを一発装弾したなら、余計に面白くなるのかな、とね!」
一人ロシアン・ルーレットだから、と言うソルジャー。
「「「…一人?」」」
「そう! 一人ロシアン・ルーレット! 引き金を引けるのは一日一回だけ!」
六発入りでもたったの一回、とソルジャーは指を一本立てました。
「弾倉に弾を一発残して、それからハズレの弾を追加で…。合計二発!」
それをこっちのハーレイが自分の頭に向けて引き金を引く、という説明。
「ロシアン・ルーレットはパアン! と鳴ったらハズレなんだけど、そこを逆にして!」
「…弾に当たれば当たりなのか?」
キース君の問いに、ソルジャーは「うん」と。
「だからハズレの弾を一発! ぬか喜び用に!」
「なるほどな…。しかし、当たったらどうなるんだ?」
「当たりかい? 幸せのお裾分けだしねえ…!」
ぼくからの御奉仕をサービスだよ、とソルジャーは笑顔で、会長さんが。
「それも要らないから!!」
「何を言うかな、選ぶのはこっちのハーレイだから!」
君の出番は全く無い! とキッパリと。…御奉仕って大人の時間ですよね、ロクでもない方へと話が向かっていませんか…?
キャプテンとロシアン・ルーレットで大人の時間を楽しむソルジャー、教頭先生にもお裾分けをと計画を。会長さんが「帰れ」と怒っているのに、シロエ君に。
「クラッカー弾、君が量産してたよね? ハズレ弾だって作れるのかい?」
「えーっと…。音だけっていうのは出来ますけれど…」
要は中身を入れないだけですから、とシロエ君。
「ぼくがわざわざ作らなくても、クラッカー弾の中身を抜けば完成する筈ですよ?」
サイオンで抜けるんじゃないですか、とシロエ君は真面目に答えたのに。
「縁起でもないよ、抜けるだなんて! 抜かず六発、抜くなんて駄目だね!」
作って欲しい、とソルジャーはズイと詰め寄りました。
「必要だったら、手間賃だって払うから! 希望の額を!」
「…そうですか…。それじゃ、一発分で、こんな所で」
これだけ下さい、とシロエ君が出した数字は暴利でした。けれどソルジャーは瞬間移動か、空間移動で財布を取り出し、気前良く「はい」と。
「とりあえず、百発分ほどね!」
「「「百発!?」」」
「こっちのハーレイ、運の悪さはピカイチじゃないか。だから百発!」
多めに仕入れておいて丁度いいくらい、とソルジャーはハズレ弾を発注しました。
「で、いつまでに作れるんだい?」
「材料さえあれば、今から作って…。そうですね、今日の夕方までに充分」
「素晴らしいよ! それじゃ、よろしく!」
ぼくと一緒に材料の仕入れに…、とソルジャーはシロエ君の首根っこを捕まえ、瞬間移動で消え失せました。間もなく帰って来たシロエ君はゲストルームにこもってハズレ弾作り、夕方には百発が完成したようで。
「出来たよ、ハズレ弾! 後はクラッカー弾と拳銃よろしく!」
貸して、と会長さんに強請るソルジャー。
「貸してくれないなら、サイオンで強引に貰って行くけど? 君の家から!」
「わ、分かったよ…!」
どうぞ、と会長さんが持って来た拳銃と、クラッカー弾が詰まった箱。ソルジャーはハズレ弾を詰めた箱を持っていますし、どうやら準備は完了ですね…?
ソルジャーがハマッたロシアン・ルーレット。教頭先生にも幸せをお裾分けとやらで、会長さんがギャーギャー怒っているのに、馬耳東風。
豪華ちゃんこ鍋だった夕食が済むと、私たちまで強引に連れて教頭先生の家へ瞬間移動。青いサイオンがパアアッと溢れて、フワリと身体が浮き上がって…。
「な、なんだ!?」
仰天しておられる教頭先生、食後のコーヒーをリビングで飲んでらっしゃった所。ソルジャーは愛想のいい笑みを浮かべると。
「こんばんは。…最近、ぼくはとても幸せなものだから…。君にも少しお裾分けをね」
「お裾分け…ですか?」
「そうだよ、御奉仕! 悪くないだろうと思うんだけどね?」
ぼくが御奉仕するだけだから、と一歩前へと。
「舐めて、しゃぶって、素敵に御奉仕! 本当は一発やらせてあげてもいいんだけれど…」
初めての相手はブルーと決めているそうだしね、と残念そうに。
「でも、御奉仕なら問題は無いし…。どうかな、御奉仕?」
「是非!!」
即答してから、教頭先生はアッと慌てて口を押さえて。
「す、すまん…! ブルー、い、今のはだな…!」
「君の本音だろう? …スケベ」
好きにすれば、と会長さんは冷たい瞳。
「それにね、君の運の問題でもあるようだから…。どうなるんだか、御奉仕の方」
「…運?」
はて、と怪訝そうな教頭先生に向かって、ソルジャーが。
「御奉仕の前に、まずはロシアン・ルーレット! そういう決まりなんだな、これが!」
「…ロシアン・ルーレット?」
「知らないかなあ? こういう遊びで…」
これが必須、とソルジャーは拳銃を取り出しました。
「これを頭に向けて引き金を…ね」
「はあ…。では、あなたの番の時に弾が飛び出したら、して頂けると…?」
教頭先生、頬が赤いです。…ロシアン・ルーレット、やっぱり御存知なんですね?
ロシアン・ルーレットが何かは御存知らしい教頭先生。ソルジャーは「うーん…」と拳銃を眺め、「それをやってるのは、ぼくのハーレイ!」と。
「ぼくのハーレイとは、そういう決まりでやってるけれど…。お裾分けだから…」
引き金を引くのは君だけだねえ、と教頭先生に銃口を。
「それも一日に一回限り! 弾に当たれば、ぼくが御奉仕!」
「…私が当たる方ですか!?」
「当たりクジとも言うからね! 当たるとクラッカーが飛び散る仕掛けで…」
そういうクラッカー弾が中に六発、と弾倉を示すソルジャー。
「この六発をさ、一発を残して抜いちゃうんだけど…。六発と言えば!」
「ヌカロクですか!」
「流石に君は分かっているねえ! うん、それでこそ!」
じゃあ、抜きまーす! とソルジャーは弾を抜き始めました。一個、二個と。五個抜き取ると、教頭先生に。
「はい、これで残りは一発だけど…。此処でハズレを仕込みます、ってね」
これは音だけのハズレ弾! と込められたシロエ君が作ったハズレ弾。
「音は鳴っても、クラッカーじゃないから…。ぬか喜びって弾なんだけどね」
「ええ、ぬかですね! ヌカロクを連想してしまいますね…」
教頭先生は舞い上がっておられ、ソルジャーは弾倉をジャジャッと回転させてから。
「はい、どうぞ。今日の一発、運試しに!」
「ええ!!」
教頭先生は自分の頭に銃口を向けて、何のためらいもなく引き金を。…本物の銃だったらどうしようとか、そういう考えさえも無いようです。引き金を引いた結果の方は…。
「残念でしたー! ハズレ弾さえ出ませんでした、ってね!」
カチッと音がしただけだよね、とソルジャーが拳銃を取り上げ、自分の頭に向けて引き金。今度もカチッと音がしただけ、「はい」と渡されたキース君がやってもカチッと。
「残り三発…。ハズレと当たりと、カチッていうのと…」
ソルジャーが言うなり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ ぼくもーっ!」
パアン! と飛び散ったクラッカー。教頭先生は「やはり当たりはあったのか…」と唖然呆然。なるほど、当たりの存在を知らせるパフォーマンスでしたか、今のヤツ…。
ソルジャー提供のロシアン・ルーレット、当たりが入っていることは確実。教頭先生はクラッカーまみれの「そるじゃぁ・ぶるぅ」をまじまじと見て…。
「…外れましたか、残念です…。私には運が無かったようです」
「そうみたいだねえ…。でもさ、君にも救いはあるよ」
これだけ出してくれれば、一日に一回チャンスをあげる、とソルジャーが示した暴利な金額。豪華ホテルのディナーコースが余裕で食べられて、おつりが来そうな数字ですけど…。
「分かりました! では、もう一回…!」
財布を出そうとする教頭先生に、ソルジャーは「駄目」と。
「一日一回! ロシアン・ルーレットの値打ちが下がるよ、何回もやれば!」
「そ、そうですね…。では、明日ですか?」
「そうなるねえ…」
今日は此処まで、とソルジャーが宣言、教頭先生は泣く泣く「では、お茶でも…」と私たちにも買い置きのクッキーを御馳走して下さいました。なかなか美味しいクッキーでしたし…。
「かみお~ん♪ クッキー、美味しかったね!」
瞬間移動で会長さんの家に帰ると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョンピョンと。
「明日の夜にもお出掛けなんでしょ、ハズレだったらケーキだよね!」
「用意するって言ってたからねえ…。ハーレイとしては、是非とも当てたいトコだろうけど…」
運が悪い自覚はあるらしい、とソルジャー、腕組み。
「みんなも食べたいお菓子があったら、明日からリクエストしておくといいよ」
「おい、明日からって!?」
あんた、いつまで通うつもりだ、と訊いたキース君に、ソルジャーは。
「それはもう! ハーレイが諦めるか、見事に当たりを引き当てるまで!」
毎晩、ロシアン・ルーレット! って、平日もですか?
「平日もだけど? そうだ、御飯を御馳走になって、それからロシアン・ルーレットもいいね」
そっちのパターンも考えよう! と、ソルジャーは暴利ばかりか食事も貪るつもりです。私たちもお供させられてしまうようですし…。
「キース先輩、何かリクエストしたい料理はありますか?」
ぼくは豪華ならラーメンでもいいんですけれど、とシロエ君。キース君は…。
「そうだな、俺は何を食うかな…」
ジョミー君たちも相談をし始めてますし、教頭先生、もう完全にカモですねえ…。
翌日から、教頭先生はロシアン・ルーレットに挑み続ける日々になりました。私たちも付き添いという名目で、ハゲタカのように教頭先生の家で食べ放題。夕食を御馳走になった後には…。
「御馳走様でしたーっ! はい、今日も始めようか」
当たるといいねえ…、とソルジャーが弾を抜いてゆく拳銃の弾倉。一発残して抜いた後には、ハズレ弾の方も一発装弾。弾倉をジャジャッと回してから「どうぞ」と。
「当たりますように…。どうかな?」
「頑張ります!」
ロシアン・ルーレットで頑張るも何も無いのですけど、教頭先生、そう仰るのがお約束。頭に銃口を当てて引き金、今夜もカチッと空しい音が。
「駄目だったねえ…。今日は誰がやる?」
「あっ、ぼく、三発目を希望です!」
シロエ君が手を上げ、キース君が「俺は最初で」と。ジョミー君は四発目を予約、二発目はスウェナちゃんが名乗って…。
「うん、今日はシロエが大当たりってね!」
おめでとう! とソルジャーが渡す金一封。いつの間にやら、そういうルールが出来ました。教頭先生がお支払いになる、ロシアン・ルーレットへの挑戦代。そこから少々、ソルジャーが分ける金一封。クラッカー弾が当たった人が貰える仕組み。
「いいよな、シロエ…。お前、めちゃめちゃツイてるじゃねえかよ」
金一封、これで何度目だよ? とサム君が言う通り、バカヅキなのがシロエ君。本人によると、ただの勘なのだそうで。
「…一番最初に当たってしまったからでしょうか? なんだか相性、いいみたいです」
「らしいよねえ…。シロエ、羨ましすぎ…」
また当たるなんて、とジョミー君も指をくわえて見ています。でもでも、きっと教頭先生の方が遥かに羨ましいと思っておいででしょう。来る日も来る日もハズレですから。
「…私は、ハズレ弾さえ当たったことがないのだが…」
なんとか加減をして貰えないだろうか、と教頭先生が取り出した財布。
「…倍ほどお支払いさせて頂きますから、一日にせめて二回ほど…」
「駄目だね、これはそういうルールだからね!」
ソルジャーが断り、賄賂も通じず。…こんな調子で、どうなるんだか…。
街にジングルベルが流れ始めるクリスマス・シーズン、それでも当たらないのが教頭先生のロシアン・ルーレット。私たちは年を越すかどうかの賭けまで始めましたが…。
「あくまでぼくの勘ですよ? …此処ですね」
この日に賭けます、とバカヅキと噂のシロエ君が印を書いたクリスマス・イブの二日前。
「強気だねえ…。みんな年越しコースなのに…」
会長さんが呆れてますけど、シロエ君曰く、その日付を見たら嫌な予感がするのだそうで。
「…ぼくにとっての嫌な日ってヤツは、金一封を貰えない日ですから…」
きっと、この日を境に貰えなくなるって意味ですよ、と自信たっぷり。教頭先生がその日に当たりを引いてしまって、ロシアン・ルーレットも終了なのだと。
そして運命のシロエ君が賭けた日がやって来て…。
「さて、ハーレイ。今日は当たるとシロエが予言をしてたわけでね」
あのバカヅキのシロエなんだよ、とソルジャーが拳銃を教頭先生に手渡しました。夕食の後で。
「シロエの予言は当たるのかどうか、楽しみだねえ…」
「そうですか、シロエが…。では!」
教頭先生が拳銃を頭に当てて、引き金を引いて…。
「「「うわぁ!!!」」」
当たった! と誰もがビックリ、パアン! と弾けたクラッカー弾。色とりどりの紙テープが舞い、小さな紙片もヒラヒラと…。
「おめでとう! それじゃ早速、御奉仕を…!」
長かったねえ、とソルジャーが教頭先生の前に跪き、ズボンのベルトに手をかけた途端…。
「あれっ、ハーレイ?」
「…………」
教頭先生は仰向けに倒れてゆかれました。鼻血を噴いて、バッタリと。今日まで妄想逞しくなさったツケが回って来たのでしょうか?
「…それっぽいねえ…。うーん、この調子だと、頭がショートで寝込みクリスマスかも…」
ロシアン・ルーレットは怖かったんだねえ、とソルジャーが拳銃を見詰めています。当たったら死んだみたいだけれど、と。
「シロエの勘は当たったんだけど、これではねえ…」
まあ、存分に儲けたから、とロシアン・ルーレットは今日で終わりになるらしいです。ということは、私たちは賭けに負け、シロエ君が最後まで一人勝ち。これって拳銃との相性なんですか、私、山ほど賭けたんです。他のみんなも泣いてますです、あんまりです~!
運の良し悪し・了
※長らくシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございました。
生徒会長が自作した、ロシアン・ルーレット専用の拳銃。学園祭でも、その後も大活躍。
弾に当たりたい教頭先生、クリスマス前まで頑張り続けて、やっと当たりが出たんですが…。
結果は最後まで「お約束通り」、シャングリラ学園番外編は、こういうお話ですからね。
さて、シャングリラ学園番外編は、今月限りで連載終了。14周年を迎えた後のお別れです。
とはいえ、実は完結している、このシリーズ。誰も覚えていないでしょうけど(笑)
そして場外編、シャングリラ学園生徒会室の方は、今後も毎日更新です。
番外編も、気が向いた時に、何か書くかもしれません。
皆様、これからも、シャングリラ学園生徒会室とハレブル、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、12月は恒例のクリスマス。今年はサンタが大活躍…?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。…そんな感じの毎日ですけど、季節は秋です。学園祭の話題で華やぐ校内、1年A組はグレイブ先生の意向でお堅いクラス展示なオチでも。私たち七人グループは毎度お馴染み別行動で…。
「かみお~ん♪ 授業、お疲れ様ーっ!」
今日のおやつは洋梨のキャラメルムースなの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれる放課後の溜まり場。ソファに腰掛け、飲み物の注文なんかも取られて、ムースケーキを食べ始めたら。
「…コレをどう思う?」
会長さんがテーブルにコトリと置いた物。それは…。
「ちょ、本物!?」
ジョミー君が叫んで、キース君が。
「何処のヤクザから拝借したんだ、こんな物を!」
「か、会長だったらヤクザもお友達かもしれませんけど、流石にこれは…!」
銃刀法違反で捕まりますよ、とシロエ君も大慌て。
「早く返して来て下さい! お友達に!」
「…借りたってわけじゃないんだけどね?」
「それなら余計にヤバイだろうが!」
何処で買った、とキース君がテーブルをダンッ! と。
「今どき、レトロなタイプではあるが…。ヤクザ向けではないかもしれんが…!」
「まあねえ、ヤクザはオートマだよね?」
あっちの方が何かとお手軽、と会長さんが手に取った物。それは拳銃、いわゆるピストル。でも、オートマって何のことかな?
「あっ、知らないかな? これはリボルバーで、此処が弾倉。回転式になってるんだよ。オートマはオートマチックの略でさ、弾倉が入れ替え式なわけ」
握りの部分の内側が弾倉、という説明。西部劇とかでお馴染みなのがリボルバーの方で、ヤクザの皆さんは「弾倉さえ入れ替えれば楽々連射」なオートマチックらしいです。
それについては分かりましたけど、拳銃はどれでもマズイですよ!
この国で拳銃を堂々と持てる法律は無かったように思います。一般人は。なのに拳銃、「どう思う?」も何も無いもんだ、と私たちは大騒ぎになったんですけど。
「ふふ、引っ掛かった。…これは一応、偽物なんだよ」
とても良く出来たモデルガン、と会長さんが銃口を天井に向けて引き金を。パアン! と音はしましたけれども、あれっ、クラッカー…?
「そうだよ、ちょっとカスタマイズを…。普通の弾よりこっちの方が面白いから」
「あんたな…。それならそうだと先に言え!」
キース君が噛み付くと、会長さんは涼しい顔で。
「種明かしは後って、相場が決まっているけれど? 本物そっくりに見えるだろう?」
重さの方も本物と同じ、と会長さんがキース君に渡し、そこから順に回って来た拳銃。けっこう重さがありますです。材料を工夫してあるそうで…。
「リアリティーを追求してみたんだよ。殺傷力は無いけどね」
クラッカーな弾がパアン! と出るだけ、と会長さん。
「これをさ、学園祭で使ってみようと思ってさ…。作ってみたってことなんだけど」
「「「作った!?」」」
会長さんがモデルガンをですか?
「か、会長…。こんなの作れたんですか!?」
シロエ君が口をパクパクさせてます。シロエ君の趣味は機械いじりですし、シロエ君が作ったと言うんだったら分かるんですけど…。
「ぼくが作っちゃいけないかい? 人間、芸域は広い方がね」
何かとお得、と拳銃を手にした会長さん。
「学園祭の売り物に付加価値をつけるのもいいんじゃないかと…」
「「「付加価値?」」」
「サイオニック・ドリームのスペシャルの方だよ、お値段高めの」
あれの売り方にひと工夫、という話。学園祭での私たちの売り物はサイオニック・ドリームを使ったバーチャル・トリップ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーと銘打って販売、ドリンクなどを飲んでいる間に旅が出来るという仕様。
スペシャルを買えば、よりリアリティー溢れるトリップですけど、どう付加価値を…?
学園祭の出し物、サイオニック・ドリーム喫茶な『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』。毎年、商売繁盛です。スペシャルはお値段高めになるのに、絶大な人気。
けれど、バーチャル・トリップと拳銃、どの辺で結び付くんでしょう?
「おい、今年のスペシャルは西部劇か?」
ガンマン限定の旅になるのか、とキース君。
「それでは女子を逃すと思うが…。男子には売れるかもしれないが」
「西部劇じゃないよ? ラインナップは今年も豊富!」
でもね、と会長さんが例の拳銃をいじりながら。
「普通にお金を出して買うより、そこに博打な要素をね…。運が悪いと買えないという!」
「「「は?」」」
「ロシアン・ルーレットって聞いたことないかな、こんなヤツで」
まずは弾倉から弾を抜いて…、とクラッカー弾を取り出してゆく会長さん。一個、二個…、とテーブルに置いて、それから弾倉を指差して。
「ほら、一発だけ残っているだろう? 此処に」
でもって、コレを…、と弾倉を元に戻してからジャジャッと何度か回転させて…。
「さっきの弾が何処に行ったか、これで全く分からないってね」
サイオンで透視しない限りは…、と言い終えると「はい」と拳銃をキース君に。
「一番、どう? 頭に向けてパアンと一発!」
「や、やっぱりソレか! ロシアン・ルーレットと言っていたのは!」
「そうだけど? どうせ当たってもクラッカーだよ、勇気を出して運試し!」
引き金をどうぞ、という台詞。ロシアン・ルーレットって、もしかしなくても…。
「うん、当たっちゃったら死ぬってヤツだよ、元々は」
だけどクラッカーの弾だから、と押し付けられた運試し。リアリティー溢れる拳銃なだけに、キース君の顔色は良くありませんが…。
「くそっ、当たっても所詮はクラッカーだ! 南無阿弥陀仏…」
どうか御加護を、と左手首の数珠レットを繰って、頭にピタリと当てた銃口。引き金を引いたらカチッという音、当たらなかったみたいですねえ…?
ホッと息をついたキース君の次はジョミー君でした。やっぱりハズレで、次がサム君。音はカチッと鳴っただけ。マツカ君も同じで、スウェナちゃんも、それに私も。次は…。
「ま、待って下さい! ぼく、確実に当たるんじゃあ…!?」
誰も当たっていないんですから、とシロエ君。
「そうだと思うぜ? でもよ、シロエの番なんだからよ」
ちゃんとやれよ、とサム君がギロリ。
「他の誰かに当たるだろう、って最後まで名乗らなかったくせによ」
「ぼ、ぼくは確率の問題ってヤツを計算していた内にですね…!」
「どんどん確率が上がり始めて最後になったというだけだろうが!」
いい加減にしろよ、とキース君が凄みました。
「スウェナたちだってやったんだ! 次は貴様だ!」
「…は、はい…」
死んで来ます、とシロエ君が頭に向けた銃口。引き金を引くとパアン! という音、シロエ君はクラッカーの色とりどりのテープや紙片まみれに。
「…やっぱ、最後は当たるのかよ…」
例外はねえのな、とサム君が頷き、会長さんが。
「そりゃまあ、そういう仕様だからね? …七発入りなら最後は当たるよ」
学園祭では六発入りの標準タイプ、と言ってますけど、標準タイプって…?
「リボルバーは基本が六発なわけ。これは君たち用にカスタマイズで、実は八発」
「「「八発!?」」」
「そう! …シロエの運の悪さも大概だよねえ、運が良ければ当たらなかったのに」
「「「うーん…」」」
弾倉に何発入るかまでは、誰も確認していませんでした。そっか、八発入りだったんだ?
「そういうことだね。シロエもカチッて音で済んでた可能性もある」
でも、学園祭だと誰かが確実に当たる、と会長さん。
「スペシャルな夢を買いたい人は、まずはロシアン・ルーレット! 買わない人もね!」
一つのテーブルに今年は六人、と会長さんの思い付き。テーブルに着いたら六人でロシアン・ルーレット開始、弾に当たればスペシャルな夢は買えない仕組み。
「他の買わない人の権利は、決して譲って貰えないんだよ!」
また並び直して下さいという方向で…、との案らしいです。それは確かに博打ですねえ?
面白いじゃないか、と誰もが思ったロシアン・ルーレットな販売方法。高い夢を買うぞ、と勇んでテーブルに着いたとしたって、弾に当たれば買えません。残念な目に遭う人を見たなら、買うつもりが無かった他の人たちが…。
「買う可能性が高くなりますね!」
自分は運がいいわけですから、と弾に当たったシロエ君。
「運が良かった、とハイテンションになっていたなら、財布の紐も緩みますよ!」
「ぼくの狙いは其処だってね! ついでに、当たった人も必死で並び直すし!」
いつもの年なら一度で満足の所を二回来るから、と会長さんの悪辣な読み。
「商売繁盛間違い無しだよ、この方法は!」
「ええ、やりましょう!」
ぼくも拳銃を作りたいです、とシロエ君が手を上げました。会長さんは「頼もしいねえ…」と大喜びで、早速、瞬間移動でモデルガンのキットの箱を何箱も。
「それじゃ頼むよ、テーブルの数がこれだけだから…。予備も含めて、全部でこれだけ」
改造方法はこっちの紙に書いてあるから、と明らかに押し付けモードですけど。
「分かりました! えーっと、グリップがこうで、重しを入れて、と…」
コーティングがこうで…、とシロエ君が読み込んでいる会長さんの改造方法。
「大丈夫です、今週中には完成しますよ」
「本当かい? それじゃ、クラッカー弾も頼めるかな?」
クラッカーの装填がちょっと面倒なものだから…、と会長さんがまたも押し付け、シロエ君は。
「任せて下さい! 細かい作業は得意ですから!」
やり甲斐があります、と快諾しているクラッカー弾作り。
「…あいつ、上手いこと使われてねえか?」
サム君がヒソヒソと声をひそめて、ジョミー君が。
「ほら、さっき弾に当たっちゃったし…。ナチュラルハイじゃないの?」
「その可能性は大いにあるな。だが、やりたいなら任せておこう」
俺たちがババを引くわけじゃなし、とキース君。うん、シロエ君が喜んでやるんだったら、何も言うことはないですよね…!
シロエ君が作った拳銃とクラッカー弾は、学園祭で大好評でした。今年のテーブルは一つに六人、席に着いたら始まるロシアン・ルーレット。最初に誰が引き金を引くかはジャンケンで。
順に回して、弾に当たればスペシャルな夢は買えません。クラッカーまみれになるだけに嘘は絶対つけない仕様で、並び直すしか無かったオチ。
「会長の計算、当たりましたねえ…!」
例年以上に大入り満員になりましたよ、とシロエ君がベタ褒めの打ち上げパーティー。私たちは会長さんの家に来ていて、お好み焼きパーティーの真っ最中です。
「ぼくが思った以上に売れたね、スペシャルな夢も。…運がいいと思うと買うんだねえ…」
去年より高めの値段にしたのに、と会長さんが言う通り。ぼったくり価格がついていたのに、飛ぶように売れたスペシャルな夢。
ロシアン・ルーレットのせいで買い損なった人も並び直してまた来てましたし、商売繁盛だったんです。中にはとびきり運の悪い人も…。
「最悪だったヤツ、三度目の正直って引いた時にも当たってたよなあ…」
それも一発目で、とサム君が。
「うんうん、ジャンケンには勝っていたのにね…」
そのジャンケンで運が尽きちゃったよね、とジョミー君。気の毒すぎる男子生徒がそれでした。今度こそは、と勇んで引いた引き金でパアン! と。
「…四度目でようやくゲットだからな…」
普通は「四」は避けるものだが、とキース君が合掌を。
「死に通じると嫌われる数字で、しかも四人目…。あれで当たらなかったのは強運と言える」
「そうね、四回目の四人目なら、四が二つで死に番だわねえ…」
人の運というのも分からないわ、とスウェナちゃん。でもでも、学園祭は大賑わいでボロ儲けでしたし、ロシアン・ルーレットの効果は絶大だったと言えますよね…!
評判だったロシアン・ルーレット。せっかくだから、と私たちも再チャレンジをすることに。午後のおやつのアップルパイで、当たってしまえばおかわりは無しという約束。
「えーっと、面子が九人だから…」
八発用のだと足りないか、と会長さんが奥の部屋へと。
「「「……???」」」
まさか九人用も作ったんでしょうか、会長さんならやりかねませんが…。待っている所へ、部屋の空気がフワリと揺れて。
「こんにちはーっ!!」
楽しそうなことをやっているよね、と翻った紫のマント。別の世界から来たソルジャーです。
「あんた、何しに現れたんだ!」
キース君が叫ぶと、ソルジャーは。
「そりゃあ、もちろん…。ぼくもロシアン・ルーレットを!」
運の強さには自信があって、と威張るソルジャー。
「ダテにSD体制の世界で生きていないよ、だからやりたい!」
「…弾数に無理がありそうですけど?」
シロエ君が突っ込むと、ソルジャーは会長さんが消えた方を眺めて。
「その点は心配要らないってね! ブルーが十発入りのを持ってくるから!」
「「「十発!?」」」
「ぼくが来るかも、って計算していたみたいだよ? それにさ、数の関係で…」
奇数よりかは偶数の方がいいらしい、と言われた装弾出来る弾数。それじゃ、ホントに十発入りの登場ですかね…?
「はい、お待たせ…って、やっぱり来たんだ?」
拳銃を持って戻った会長さんが呆れ、ソルジャーが。
「ぼくが来ない筈がないだろう! 学園祭の間は遠慮したけど!」
今日は混ぜてよ、と拳銃を見詰めて、「十発だよね?」と。
「ちゃんと十発入るだろ、それ? ぼくの分まで!」
「…入るけど…。ぼくの分って、当たりたいわけ?」
「ううん、全然!」
当たったらアップルパイのおかわりが無いし、と食い意地が張っているソルジャー。運には自信があるそうですから、おかわりゲットのつもりですね?
ソルジャーも混ざることになったロシアン・ルーレット。会長さん自慢の十発入りの拳銃が登場、弾倉には十発入っていたようです。クラッカー弾が。
「空の所に一個入れるより、抜いていく方がスリルがねえ…」
学園祭では時間の関係で出来なかったけど、と弾を抜いてゆく会長さん。
「これも一種の演出ってヤツだよ。…よし、これで残りは一発だけ、と」
ジャジャッと回転させた弾倉、会長さんはソルジャーをジロリと睨んで。
「あのね…。これはサイオン禁止だから! 今、透視したよ!」
「ご、ごめん、つい…!」
「ぼくは君より経験値が低いわけだけど…。その程度のことは分かるから! サイオン禁止!」
改めて…、と回転させられた弾倉。そして順番決めのジャンケン、念押しに弾倉をもう一度回転、一番手のシロエ君が銃口を頭に向けて引き金を。…カチッ、と音がしただけで…。
「良かったあ…。今日は当たりませんでした!」
「おめでとう、シロエ。次はサムだね」
順番にどうぞ、と会長さん。サム君も外れ、キース君も、マツカ君も。
「ふうん…? それでぼくまで回って来た、と…」
ソルジャーがマツカ君の次で、拳銃の銃口を頭にピタリ。
「ちょっとドキドキするものだね。…オモチャなんだとは分かっていてもさ」
ぼくは本物を突き付けられたこともあるものだから…、とハイなソルジャー。初めてサイオンが目覚めた時には、問答無用で撃たれまくったらしいです。子供だったのに。
「全部サイオンで受け止めたからさ、死ななかったけど…。今日はどうかな?」
「運には自信があるんだろ?」
会長さんが「どうぞ」と促し、ソルジャーは引き金を引いたんですけど…。
「「「うわー…」」」
パアン! という音で派手に弾けたクラッカー弾。…まさかのソルジャーに当たりです。クラッカー弾の中身にまみれたソルジャーは…。
「当たっちゃったよ…。ぼくのアップルパイのおかわりは…?」
「無いねえ、そういう約束だからね!」
弾は出たから、今回、此処まで! と会長さんが仕切って、おやつの時間に。「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製アップルパイのおかわり、ソルジャーの分だけが今日は無しです。悪いですけど、そういうルール。私たちで美味しく頂きますね~!
残念無念な結果に終わった、ソルジャーの初のロシアン・ルーレット。本当にサイオンを使っていなかったんだ、という点だけは評価出来たので、特別に、とアップルパイのおかわりが少し。他のみんなより小さいですけど。
「うーん…。あそこで当たらなかったら、もっと大きなアップルパイが…」
運には自信があったのに、と私たちのお皿を見ているソルジャー。
「だけど、スリルはあったかな。…パアンと当たった瞬間にね!」
ソルジャー、「死んだ」と思ったそうです。日頃、修羅場を渡り歩いているだけに。
「…人類軍が相手だったら、死ぬってわけにはいかないし…。オモチャだからこそ!」
ドキドキ感を味わえた、と楽しそうな所が凄すぎるかも。
「こっちの世界には、素敵な遊びがあるものだねえ…。気に入ったよ!」
絶賛するソルジャーに、会長さんが。
「あのねえ…。ぼくが遊びに変えたってだけで、元は命が懸かってるんだよ?」
「本当かい!?」
「今でもやる人がいるかどうかはともかくとして…。出来た当時は度胸試しで命懸け!」
本物の弾だし、当たれば終わり、という会長さんの解説。ソルジャーは「へえ…」と。
「ますますいいねえ、真剣勝負! これって癖になりそうだよ!」
「…毎回、これで遊びたいと?」
「機会があればね!」
サイオン抜きでロシアン・ルーレット。当たれば終わりというスリルの世界は、ソルジャーを魅了したようです。寄せ鍋だった夕食の席までに、何度もロシアン・ルーレット。誰かがクラッカー弾を食らう度にパアン! という音が。
夕食の後も、好みの飲み物を出して貰えるかどうかでロシアン・ルーレットを。キース君が弾に当たってしまって、コーヒーは貰えず、水をチビチビ。
「…くっそお…。ツイていないな」
コーヒーが飲みたい、というキース君のぼやき、ソルジャーは拳銃を振り回して遊びながら。
「そうだ、これって他にもあるんだよね? シロエが沢山作っていたから」
「あるけど? だけど、あれは六発入りだよ。…この人数では使えないよ」
会長さんの指摘に、ソルジャーが。
「ううん、六発あれば充分! ぼくの世界でも遊んでみたくて…」
一つ頂戴、とソルジャーは六発入りを貰ってウキウキ帰って行きました。クラッカー弾も箱一杯に貰っていたんですけど、どう遊ぶんだか…。
ロシアン・ルーレットにハマッたソルジャーが拳銃を貰って帰って、一週間。私たちも放課後に何度か遊んでいました。十発入りとか、八発入りで。
今日は土曜日、会長さんのマンションにお邪魔してるんですけど…。
「こんにちはーっ! 遊びに来たよーっ!!」
この間はどうも、と降って湧いたソルジャー。おやつの栗のタルトを頬張り、ニコニコと。
「いいねえ、ロシアン・ルーレット! あれで毎日、楽しんでるよ!」
「…君のシャングリラを巻き込んだのかい?」
その辺の面子を何人か、と会長さん。
「六発だしねえ…。ぼくの読みだと、君のハーレイの他に長老の四人?」
ゼルにヒルマン、エラとブラウ、と会長さんが挙げた名前に、ソルジャーは「ううん」と。
「最初はそれも考えないではなかったんだけど…。六発だからね」
丁度六人になるものだから…、と指を折るソルジャー。
「会議って言ったら、その六人だし…。其処で遊ぼうと思ったんだけどさ。でも…」
実際に弾を入れている内に気が変わったのだ、という話。
「こう、弾倉に一発ずつ入れていくだろう? クラッカー弾を」
「まあね、演出の内だしね? 装弾したのを抜いていくのは」
会長さんの相槌に、ソルジャーは「うん」と頷いて。
「そう思ったから、弾を入れてて…。六発だな、と」
「六発だねえ?」
「その六発で何か閃かないかい? もしも弾倉から抜かなかったら?」
「「「…へ???」」」
全部が当たりでロシアン・ルーレットどころじゃないですよ、その拳銃?
「ロシアン・ルーレットとしては駄目なんだけど…。六発というトコが大切なわけで!」
しかも抜かない! とソルジャーは強調しています。
「抜かないんだよ、六発の弾を! これが本当の抜かず六発!」
「やめたまえ!!!」
会長さんが怒鳴り、ソルジャーが。
「抜かず六発と言えばヌカロク、もうそのための拳銃だよ、あれは!」
「「「…はあ???」」」
ヌカロクって何か謎なんですけど、確か大人の時間の言葉。そういう拳銃なんですか、あれ?
シロエ君が学園祭用にと作った拳銃。標準タイプだという六発装弾出来るタイプで、たったそれだけ、クラッカー弾が六発入るだけ。どう転がったら大人の時間に…、と首を捻りましたが。
「分からないかな、弾を抜かないなら抜かず六発! とにかく素敵な拳銃で!」
これは有難く使わないと、とソルジャーは思ったらしいです。
「そんなわけだから、ゼルだのヒルマンだのと遊んでいるより、ハーレイと!」
「「「…二人?」」」
それは面子が足りなさすぎです。六人揃ってこそのロシアン・ルーレットでは…?
「細かいことはいいんだよ! 交互にやればいいんだから!」
ぼくとハーレイとで三回ずつ! と言うソルジャー。三かける二だと、六ですけど…。
「ほらね、ちゃんと合わせて六回! ハーレイとやろう、って思ったわけで!」
そして毎晩遊んでいるのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「もちろんサイオンは抜きで引き金! ぼくも、ハーレイも!」
弾は一発を残して抜いて…、とロシアン・ルーレットの基本は変わらない模様。
「ぼくの番でパアン! と鳴ったら、御奉仕なんだよ!」
「「「御奉仕?」」」
「もう、ハーレイの望み通りに! しゃぶるのも、口で受け止めるのも!」
「退場!!!」
会長さんがレッドカードを叩き付けても、ソルジャーは帰りませんでした。
「ハーレイの番でパアン! と鳴ったら、そこはヌカロク! 抜かず六発!」
ガンガンとヤッてヤリまくるのみ! とヌカロクの登場、やっぱり意味が分かりません。御奉仕の方も謎ですけれど。
「そんな調子で、毎晩、ロシアン・ルーレット! 大人の時間を素敵に演出!」
最高の夜が続いているよ、とソルジャーは実に嬉しそうです。
「あの拳銃に感謝だね! ぼくのハーレイも喜んでるし!」
ただの御奉仕よりも嬉しいらしい、と感極まっているソルジャー。
「なにしろ、六発もあるものだから…。どっちに当たるか、それも謎だから!」
キャプテンが三発ともを無事にクリア出来たら、ソルジャーの御奉仕とやらが出てくるロシアン・ルーレット。そこまで長く待たされなくても、ソルジャーが一発目でパアン! と当たることだってあって、スリルが凄いらしいのです。役に立ってるなら、まあいいかな…。
どういう風に使われているのか、イマイチ謎が残る拳銃。けれどソルジャー夫妻にとっては、大人の時間を楽しめるアイテムに化けたらしくって。
「もう毎日が最高だからさ、この幸せをお裾分けしてあげたいと思ってね!」
「要らないから!」
会長さんが即答したのに、ソルジャーは。
「誰が君にお裾分けをするって言った? 可哀相なこっちのハーレイ向けだよ!」
ただし、ロシアン・ルーレットで、とソルジャーはニヤリ。
「…あのクラッカー弾ってヤツだけど…。中身、ハズレにも出来るよね?」
「「「ハズレ?」」」
ハズレも何も、クラッカー弾がパアン! と鳴ること自体がハズレの証拠ですけれど?
「それはそうだと思うけど…。これもやっぱり演出ってヤツで」
音だけ鳴って空クジというヤツ、とソルジャーも知っていた空クジなるもの。
「それを一発装弾したなら、余計に面白くなるのかな、とね!」
一人ロシアン・ルーレットだから、と言うソルジャー。
「「「…一人?」」」
「そう! 一人ロシアン・ルーレット! 引き金を引けるのは一日一回だけ!」
六発入りでもたったの一回、とソルジャーは指を一本立てました。
「弾倉に弾を一発残して、それからハズレの弾を追加で…。合計二発!」
それをこっちのハーレイが自分の頭に向けて引き金を引く、という説明。
「ロシアン・ルーレットはパアン! と鳴ったらハズレなんだけど、そこを逆にして!」
「…弾に当たれば当たりなのか?」
キース君の問いに、ソルジャーは「うん」と。
「だからハズレの弾を一発! ぬか喜び用に!」
「なるほどな…。しかし、当たったらどうなるんだ?」
「当たりかい? 幸せのお裾分けだしねえ…!」
ぼくからの御奉仕をサービスだよ、とソルジャーは笑顔で、会長さんが。
「それも要らないから!!」
「何を言うかな、選ぶのはこっちのハーレイだから!」
君の出番は全く無い! とキッパリと。…御奉仕って大人の時間ですよね、ロクでもない方へと話が向かっていませんか…?
キャプテンとロシアン・ルーレットで大人の時間を楽しむソルジャー、教頭先生にもお裾分けをと計画を。会長さんが「帰れ」と怒っているのに、シロエ君に。
「クラッカー弾、君が量産してたよね? ハズレ弾だって作れるのかい?」
「えーっと…。音だけっていうのは出来ますけれど…」
要は中身を入れないだけですから、とシロエ君。
「ぼくがわざわざ作らなくても、クラッカー弾の中身を抜けば完成する筈ですよ?」
サイオンで抜けるんじゃないですか、とシロエ君は真面目に答えたのに。
「縁起でもないよ、抜けるだなんて! 抜かず六発、抜くなんて駄目だね!」
作って欲しい、とソルジャーはズイと詰め寄りました。
「必要だったら、手間賃だって払うから! 希望の額を!」
「…そうですか…。それじゃ、一発分で、こんな所で」
これだけ下さい、とシロエ君が出した数字は暴利でした。けれどソルジャーは瞬間移動か、空間移動で財布を取り出し、気前良く「はい」と。
「とりあえず、百発分ほどね!」
「「「百発!?」」」
「こっちのハーレイ、運の悪さはピカイチじゃないか。だから百発!」
多めに仕入れておいて丁度いいくらい、とソルジャーはハズレ弾を発注しました。
「で、いつまでに作れるんだい?」
「材料さえあれば、今から作って…。そうですね、今日の夕方までに充分」
「素晴らしいよ! それじゃ、よろしく!」
ぼくと一緒に材料の仕入れに…、とソルジャーはシロエ君の首根っこを捕まえ、瞬間移動で消え失せました。間もなく帰って来たシロエ君はゲストルームにこもってハズレ弾作り、夕方には百発が完成したようで。
「出来たよ、ハズレ弾! 後はクラッカー弾と拳銃よろしく!」
貸して、と会長さんに強請るソルジャー。
「貸してくれないなら、サイオンで強引に貰って行くけど? 君の家から!」
「わ、分かったよ…!」
どうぞ、と会長さんが持って来た拳銃と、クラッカー弾が詰まった箱。ソルジャーはハズレ弾を詰めた箱を持っていますし、どうやら準備は完了ですね…?
ソルジャーがハマッたロシアン・ルーレット。教頭先生にも幸せをお裾分けとやらで、会長さんがギャーギャー怒っているのに、馬耳東風。
豪華ちゃんこ鍋だった夕食が済むと、私たちまで強引に連れて教頭先生の家へ瞬間移動。青いサイオンがパアアッと溢れて、フワリと身体が浮き上がって…。
「な、なんだ!?」
仰天しておられる教頭先生、食後のコーヒーをリビングで飲んでらっしゃった所。ソルジャーは愛想のいい笑みを浮かべると。
「こんばんは。…最近、ぼくはとても幸せなものだから…。君にも少しお裾分けをね」
「お裾分け…ですか?」
「そうだよ、御奉仕! 悪くないだろうと思うんだけどね?」
ぼくが御奉仕するだけだから、と一歩前へと。
「舐めて、しゃぶって、素敵に御奉仕! 本当は一発やらせてあげてもいいんだけれど…」
初めての相手はブルーと決めているそうだしね、と残念そうに。
「でも、御奉仕なら問題は無いし…。どうかな、御奉仕?」
「是非!!」
即答してから、教頭先生はアッと慌てて口を押さえて。
「す、すまん…! ブルー、い、今のはだな…!」
「君の本音だろう? …スケベ」
好きにすれば、と会長さんは冷たい瞳。
「それにね、君の運の問題でもあるようだから…。どうなるんだか、御奉仕の方」
「…運?」
はて、と怪訝そうな教頭先生に向かって、ソルジャーが。
「御奉仕の前に、まずはロシアン・ルーレット! そういう決まりなんだな、これが!」
「…ロシアン・ルーレット?」
「知らないかなあ? こういう遊びで…」
これが必須、とソルジャーは拳銃を取り出しました。
「これを頭に向けて引き金を…ね」
「はあ…。では、あなたの番の時に弾が飛び出したら、して頂けると…?」
教頭先生、頬が赤いです。…ロシアン・ルーレット、やっぱり御存知なんですね?
ロシアン・ルーレットが何かは御存知らしい教頭先生。ソルジャーは「うーん…」と拳銃を眺め、「それをやってるのは、ぼくのハーレイ!」と。
「ぼくのハーレイとは、そういう決まりでやってるけれど…。お裾分けだから…」
引き金を引くのは君だけだねえ、と教頭先生に銃口を。
「それも一日に一回限り! 弾に当たれば、ぼくが御奉仕!」
「…私が当たる方ですか!?」
「当たりクジとも言うからね! 当たるとクラッカーが飛び散る仕掛けで…」
そういうクラッカー弾が中に六発、と弾倉を示すソルジャー。
「この六発をさ、一発を残して抜いちゃうんだけど…。六発と言えば!」
「ヌカロクですか!」
「流石に君は分かっているねえ! うん、それでこそ!」
じゃあ、抜きまーす! とソルジャーは弾を抜き始めました。一個、二個と。五個抜き取ると、教頭先生に。
「はい、これで残りは一発だけど…。此処でハズレを仕込みます、ってね」
これは音だけのハズレ弾! と込められたシロエ君が作ったハズレ弾。
「音は鳴っても、クラッカーじゃないから…。ぬか喜びって弾なんだけどね」
「ええ、ぬかですね! ヌカロクを連想してしまいますね…」
教頭先生は舞い上がっておられ、ソルジャーは弾倉をジャジャッと回転させてから。
「はい、どうぞ。今日の一発、運試しに!」
「ええ!!」
教頭先生は自分の頭に銃口を向けて、何のためらいもなく引き金を。…本物の銃だったらどうしようとか、そういう考えさえも無いようです。引き金を引いた結果の方は…。
「残念でしたー! ハズレ弾さえ出ませんでした、ってね!」
カチッと音がしただけだよね、とソルジャーが拳銃を取り上げ、自分の頭に向けて引き金。今度もカチッと音がしただけ、「はい」と渡されたキース君がやってもカチッと。
「残り三発…。ハズレと当たりと、カチッていうのと…」
ソルジャーが言うなり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ ぼくもーっ!」
パアン! と飛び散ったクラッカー。教頭先生は「やはり当たりはあったのか…」と唖然呆然。なるほど、当たりの存在を知らせるパフォーマンスでしたか、今のヤツ…。
ソルジャー提供のロシアン・ルーレット、当たりが入っていることは確実。教頭先生はクラッカーまみれの「そるじゃぁ・ぶるぅ」をまじまじと見て…。
「…外れましたか、残念です…。私には運が無かったようです」
「そうみたいだねえ…。でもさ、君にも救いはあるよ」
これだけ出してくれれば、一日に一回チャンスをあげる、とソルジャーが示した暴利な金額。豪華ホテルのディナーコースが余裕で食べられて、おつりが来そうな数字ですけど…。
「分かりました! では、もう一回…!」
財布を出そうとする教頭先生に、ソルジャーは「駄目」と。
「一日一回! ロシアン・ルーレットの値打ちが下がるよ、何回もやれば!」
「そ、そうですね…。では、明日ですか?」
「そうなるねえ…」
今日は此処まで、とソルジャーが宣言、教頭先生は泣く泣く「では、お茶でも…」と私たちにも買い置きのクッキーを御馳走して下さいました。なかなか美味しいクッキーでしたし…。
「かみお~ん♪ クッキー、美味しかったね!」
瞬間移動で会長さんの家に帰ると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョンピョンと。
「明日の夜にもお出掛けなんでしょ、ハズレだったらケーキだよね!」
「用意するって言ってたからねえ…。ハーレイとしては、是非とも当てたいトコだろうけど…」
運が悪い自覚はあるらしい、とソルジャー、腕組み。
「みんなも食べたいお菓子があったら、明日からリクエストしておくといいよ」
「おい、明日からって!?」
あんた、いつまで通うつもりだ、と訊いたキース君に、ソルジャーは。
「それはもう! ハーレイが諦めるか、見事に当たりを引き当てるまで!」
毎晩、ロシアン・ルーレット! って、平日もですか?
「平日もだけど? そうだ、御飯を御馳走になって、それからロシアン・ルーレットもいいね」
そっちのパターンも考えよう! と、ソルジャーは暴利ばかりか食事も貪るつもりです。私たちもお供させられてしまうようですし…。
「キース先輩、何かリクエストしたい料理はありますか?」
ぼくは豪華ならラーメンでもいいんですけれど、とシロエ君。キース君は…。
「そうだな、俺は何を食うかな…」
ジョミー君たちも相談をし始めてますし、教頭先生、もう完全にカモですねえ…。
翌日から、教頭先生はロシアン・ルーレットに挑み続ける日々になりました。私たちも付き添いという名目で、ハゲタカのように教頭先生の家で食べ放題。夕食を御馳走になった後には…。
「御馳走様でしたーっ! はい、今日も始めようか」
当たるといいねえ…、とソルジャーが弾を抜いてゆく拳銃の弾倉。一発残して抜いた後には、ハズレ弾の方も一発装弾。弾倉をジャジャッと回してから「どうぞ」と。
「当たりますように…。どうかな?」
「頑張ります!」
ロシアン・ルーレットで頑張るも何も無いのですけど、教頭先生、そう仰るのがお約束。頭に銃口を当てて引き金、今夜もカチッと空しい音が。
「駄目だったねえ…。今日は誰がやる?」
「あっ、ぼく、三発目を希望です!」
シロエ君が手を上げ、キース君が「俺は最初で」と。ジョミー君は四発目を予約、二発目はスウェナちゃんが名乗って…。
「うん、今日はシロエが大当たりってね!」
おめでとう! とソルジャーが渡す金一封。いつの間にやら、そういうルールが出来ました。教頭先生がお支払いになる、ロシアン・ルーレットへの挑戦代。そこから少々、ソルジャーが分ける金一封。クラッカー弾が当たった人が貰える仕組み。
「いいよな、シロエ…。お前、めちゃめちゃツイてるじゃねえかよ」
金一封、これで何度目だよ? とサム君が言う通り、バカヅキなのがシロエ君。本人によると、ただの勘なのだそうで。
「…一番最初に当たってしまったからでしょうか? なんだか相性、いいみたいです」
「らしいよねえ…。シロエ、羨ましすぎ…」
また当たるなんて、とジョミー君も指をくわえて見ています。でもでも、きっと教頭先生の方が遥かに羨ましいと思っておいででしょう。来る日も来る日もハズレですから。
「…私は、ハズレ弾さえ当たったことがないのだが…」
なんとか加減をして貰えないだろうか、と教頭先生が取り出した財布。
「…倍ほどお支払いさせて頂きますから、一日にせめて二回ほど…」
「駄目だね、これはそういうルールだからね!」
ソルジャーが断り、賄賂も通じず。…こんな調子で、どうなるんだか…。
街にジングルベルが流れ始めるクリスマス・シーズン、それでも当たらないのが教頭先生のロシアン・ルーレット。私たちは年を越すかどうかの賭けまで始めましたが…。
「あくまでぼくの勘ですよ? …此処ですね」
この日に賭けます、とバカヅキと噂のシロエ君が印を書いたクリスマス・イブの二日前。
「強気だねえ…。みんな年越しコースなのに…」
会長さんが呆れてますけど、シロエ君曰く、その日付を見たら嫌な予感がするのだそうで。
「…ぼくにとっての嫌な日ってヤツは、金一封を貰えない日ですから…」
きっと、この日を境に貰えなくなるって意味ですよ、と自信たっぷり。教頭先生がその日に当たりを引いてしまって、ロシアン・ルーレットも終了なのだと。
そして運命のシロエ君が賭けた日がやって来て…。
「さて、ハーレイ。今日は当たるとシロエが予言をしてたわけでね」
あのバカヅキのシロエなんだよ、とソルジャーが拳銃を教頭先生に手渡しました。夕食の後で。
「シロエの予言は当たるのかどうか、楽しみだねえ…」
「そうですか、シロエが…。では!」
教頭先生が拳銃を頭に当てて、引き金を引いて…。
「「「うわぁ!!!」」」
当たった! と誰もがビックリ、パアン! と弾けたクラッカー弾。色とりどりの紙テープが舞い、小さな紙片もヒラヒラと…。
「おめでとう! それじゃ早速、御奉仕を…!」
長かったねえ、とソルジャーが教頭先生の前に跪き、ズボンのベルトに手をかけた途端…。
「あれっ、ハーレイ?」
「…………」
教頭先生は仰向けに倒れてゆかれました。鼻血を噴いて、バッタリと。今日まで妄想逞しくなさったツケが回って来たのでしょうか?
「…それっぽいねえ…。うーん、この調子だと、頭がショートで寝込みクリスマスかも…」
ロシアン・ルーレットは怖かったんだねえ、とソルジャーが拳銃を見詰めています。当たったら死んだみたいだけれど、と。
「シロエの勘は当たったんだけど、これではねえ…」
まあ、存分に儲けたから、とロシアン・ルーレットは今日で終わりになるらしいです。ということは、私たちは賭けに負け、シロエ君が最後まで一人勝ち。これって拳銃との相性なんですか、私、山ほど賭けたんです。他のみんなも泣いてますです、あんまりです~!
運の良し悪し・了
※長らくシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございました。
生徒会長が自作した、ロシアン・ルーレット専用の拳銃。学園祭でも、その後も大活躍。
弾に当たりたい教頭先生、クリスマス前まで頑張り続けて、やっと当たりが出たんですが…。
結果は最後まで「お約束通り」、シャングリラ学園番外編は、こういうお話ですからね。
さて、シャングリラ学園番外編は、今月限りで連載終了。14周年を迎えた後のお別れです。
とはいえ、実は完結している、このシリーズ。誰も覚えていないでしょうけど(笑)
そして場外編、シャングリラ学園生徒会室の方は、今後も毎日更新です。
番外編も、気が向いた時に、何か書くかもしれません。
皆様、これからも、シャングリラ学園生徒会室とハレブル、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、12月は恒例のクリスマス。今年はサンタが大活躍…?
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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
夏、真っ盛り。楽しい夏休みも真っ盛りです。今年もマツカ君の山の別荘ライフを楽しみ、お次は海の別荘ですけど。それまでの間に挟まるお盆が問題、キース君にとっては地獄な季節。暑さの方もさることながら、お盆と言えば…。
「くっそお…。あの親父めが!」
まただ、とキース君が唸る会長さんの家のリビング。アドス和尚がどうかしたんですか?
「この時期に「またか」で親父だったら、およそ想像がつくだろうが!」
「あー…。また卒塔婆かよ?」
押し付けられてしまったのかよ、とサム君が訊くと。
「それ以外の何があると言うんだ! ドカンと束で来やがったんだ!」
山の別荘から帰って来たら、俺の部屋の前に積んであった、とキース君。卒塔婆が五十本入りだとかいう梱包された包み、それが部屋の表の廊下に三つ。
「「「三つ!?」」」
五十かける三で百五十になるのでは、と聞き間違いかと思いましたが、それで正解。
「親父め、今年はやたらとのんびりしていやがると思ったら…。俺にノルマを!」
遊んで来たんだから頑張るがいい、と積み上げてあったそうです、卒塔婆。
「…キース先輩、こんな所で遊んでいてもいいんですか?」
百五十本ですよ、とシロエ君。
「急いで帰って書いた方がいいと思いますが…」
「俺のやる気が家出したんだ、今日はサボリだ!」
「でもですね…。お盆が近付いて来てますよ?」
間に合わないんじゃあ、と正論が。
「あそこのカレンダーを見て下さい。今日のツケは確実に反映される筈です」
「…俺も分かってはいるんだが!」
あんな親父がいる家で努力したくはない、とブツブツと。そう言えば、クーラー禁止でしたか?
「そうなんだ! 暑いし、セミはうるさいし…!」
卒塔婆プリンターなら楽なのに、と手抜き用な機械の名前までが。いっそポケットマネーで買えばいいかと思いますけど、家に置いたらバレるのかな…?
「なんだと? 卒塔婆プリンター?」
バレるに決まっているだろうが、と顔を顰めるキース君。
「あれはけっこう場所を取るんだ、卒塔婆自体がデカイからな!」
だから無理だ、と悔しそう。
「いつかは買いたいと思っていてもだ、親父が健在な間は無理だな」
「それじゃ、一生、無理なんじゃない?」
アドス和尚も年を取らないし、とジョミー君。
「キースも年を取らないけどさ…。アドス和尚もあのままなんだし」
「…キツイ真実を言わないでくれ…」
そして俺には百五十本の余計な卒塔婆が、と項垂れるしかないようです。
「一日のノルマを計算しながら書いて来たのに、ここでいきなり計算が…。もうリーチなのに!」
お盆は其処だ、と嘆くキース君に、会長さんが。
「サボるよりかは、前向きの方が良くないかい? 此処で書くとか」
「…なんだって?」
「ぼくの家だよ、和室はクーラーが入るからね」
あそこで書いたらどうだろうか、という提案。
「アドス和尚は君が出掛けたと知ってるんだし、卒塔婆のチェックはしないと思うよ」
此処へ運んで書いて行けば、と会長さん。
「心配だったら、運んだ分の卒塔婆はサイオニック・ドリームでダミーをね…」
減っていないように見せるくらいは朝飯前で、という申し出にキース君は飛び付きました。早速、会長さんが瞬間移動で卒塔婆や書くための道具を運んで…。
「かみお~ん♪ キース、お部屋の用意が出来たよ!」
「…有難い。クーラーだけでも違うからな」
「お茶とお菓子も置いてあるから、休憩しながら頑張ってね!」
行ってらっしゃぁ~い! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に送り出されて、キース君は和室に向かいました。愛用の硯箱とかも運んで貰って、環境はバッチリらしいです。きっと元老寺よりはかどりますよね、頑張って~!
キース君は卒塔婆書きに集中、私たちは邪魔をしないようリビングの方でワイワイと。防音はしっかりしてありますから、大笑いしたって大丈夫です。その内にお昼御飯の時間で…。
「今日のお昼は夏野菜カレー! スパイシーだよ!」
暑い季節はスパイシー! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意してくれ、冷たいラッシーも出て来ました。キース君は少し遅れてダイニングの方にやって来て…。
「美味そうだな。…いただきます」
合掌して食べ始めたキース君に、サム君が。
「どんな具合だよ、はかどってんのか?」
「ああ、家で書くより早く書けるな。やはり環境は大切だ」
涼しいだけでもかなり違う、と嬉しそう。
「ブルーのお蔭で助かった。夕方までやれば、家で書く分の三日分はクリア出来るだろう」
「キース先輩、良かったですね! いっそこのまま徹夜とか!」
「いや、徹夜はしないと決めている。…卒塔婆書きは集中力が命だからな」
よほどリーチにならない限りは徹夜はしない方が効率的だ、という話。書き損じた時の手間が余計にかかってしまう分、徹夜でボケた頭で書いたら駄目だとか。
「そうなんですか…。じゃあ、夕方までが勝負ですね」
「そうなるな。飯を食ったらまた籠らせて貰う」
急いで食って卒塔婆書きだ、と食べ終えたキース君は和室に戻って行きました。お茶やお菓子を差し入れて貰って、書いて書きまくって、夕方になって…。
「どうだった、キース? 卒塔婆のノルマ」
ジョミー君の問いに、ニッと笑ったキース君。
「家で書く分の四日分は書いた。…なんとか光が見えて来たぞ」
今日は此処まででやめておこう、と肩をコキコキ。やっぱり肩が凝りますか?
「当たり前だろう、書き仕事だぞ?」
それも一発勝負なんだ、というのが卒塔婆。キース君、お疲れ様でした~!
晩御飯はキース君のためにスタミナを、と焼肉パーティー。マザー農場の美味しいお肉や野菜がたっぷり、みんなでジュウジュウ焼き始めたら…。
「こんばんはーっ!」
遊びに来たよ、と飛び込んで来た私服のソルジャー。夜に私服って、今日はこれから花火大会にでもお出掛けですか?
「えっ、花火? それは別の日で、今はデートの帰りだけれど?」
「「「デート?」」」
「ノルディとドライブに行って来てねえ、海辺で美味しい食事をね!」
海の幸! と焼肉の席に混ざったソルジャー、自分の肉を焼き始めながら。
「焼肉もいいけど、今日の食事は素敵だったよ! 鮮度が一番!」
「…お刺身なわけ?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは「焼いたんだけど?」という返事。
「海老もアワビも生きてるんだよ、それをジュウジュウ!」
海老は飛び跳ねないようにシェフが押さえて…、とニコニコと。
「ついさっきまで生きてました、っていうのを美味しく食べて来たんだよ!」
「「「あー…」」」
あるな、と思ったそういう料理。ちょっと可哀相な気もしますけれど、お味の方は絶品です。ソルジャーは海辺のレストランで食べた料理を絶賛しつつ…。
「残酷焼きって言うんだってね、ノルディの話じゃ」
メニューにはそうは書かれていなかったけど、という話。残酷焼きって、可哀相だから?
「…そうじゃないかな、ぼくだってアルタミラでは焼かれちゃったしね!」
実験の一環で丸焼きだって、と怖い話が。…焼かれたんですか?
「うん。どのくらいの火で火傷するのか、試したかったらしくてねえ…」
「「「うわー…」」」
それ、食欲が失せちゃいますから、続きは後にしてくれませんか?
「駄目かな、残酷焼きの話は?」
「君の体験が生々しすぎるんだよ!」
焼肉が終わるまで待ちたまえ、と会長さん。せっかくのお肉、美味しく食べたいですからね…。
ソルジャーも交えての焼肉パーティー、終わった後は食後の紅茶やコーヒーが。キース君もエネルギーをチャージ出来たそうで、明日も元気に卒塔婆を書くんだそうです。
「此処で書かせて貰えると有難いんだが…。追加で来た分が片付くまでは」
いいだろうか、という質問に、会長さんは「どうぞ」と快諾。
「君の苦労は分かっているしね、たまには力になってあげるよ」
「感謝する! そうだ、家でも幾らか書いておきたいし…。道具を運んで貰えるか?」
「それはもちろん。ぶるぅ、キースの部屋に和室の硯とかをね…」
「オッケー、運んでおくんだね!」
はい、出来たぁ! とリビングから一歩も動きもしないで、瞬間移動させたみたいです。流石、と驚くタイプ・ブルーのサイオンですけど…。
「えーっと…。さっきの続きを話していいかな?」
残酷焼き、とソルジャーが。
「あの美味しさが忘れられなくて…。此処でも御馳走になりたいなあ、って!」
生きた海老やらアワビをジュウジュウ、と唇をペロリ。
「ぶるぅだったら美味しく焼けるに決まってるんだし、明日のお昼とか!」
「あのねえ…。君が言ったんだよ、残酷だからメニューにそうは書かないのかも、って」
あれは残酷焼きなんだけど、と会長さん。
「それを此処でって、今をいつだと思ってるんだい?」
「夏だけど?」
「ただの夏っていうわけじゃなくて、今はお盆の直前なんだよ!」
だからキースも卒塔婆がリーチ、と会長さんが指差す和室の方向。
「明日もキースは卒塔婆書きだし、そんな時期に残酷焼きはお断りだね!」
何処から見たって殺生だから、と会長さんはキッパリと。
「お盆が済むまで待ちたまえ。海の別荘なら、元から似たようなことをやってるんだし」
「そうですね。サザエもアワビも獲れ立てですし…」
それをそのままバーベキューです、とシロエ君。そっか、考えてみれば、あれも残酷焼きでした。海老だって焼いてることもあります、立派に残酷焼きですねえ…。
残酷焼きは海の別荘までお預けだから、というのが会長さんの論。少なくとも、会長さんの家でやる気は無いようです。
「ぼくの家では絶対、禁止! 食べたいんだったら、自分で行く!」
本家本元の残酷焼きに行くのもいいし、と会長さん。
「…本家本元? それって、もっと凄いのかい?」
残酷の程度が違うんだろうか、とソルジャーが訊いて、私たちだって興味津々。物凄く残酷な焼き方をするのが本家でしょうか?
「…まさか。それこそお客さんの食欲が失せるよ、君の体験談を聞くのと同じで!」
「ふうん? 其処だと、もっと美味しいとか?」
「どうだろう? あれは登録商標だから…」
「「「はあ?」」」
何が登録商標なんだ、と首を傾げた私たちですが。
「残酷焼きだよ、その名前で登録したのが本家本元!」
それが売りの旅館なんだから、と会長さんが教えてくれた大人の事情。海の幸が自慢の温泉旅館が「残酷焼き」を登録商標にしているそうで、他の所では使えないとか。
「だからブルーが食べた店でも、その名前になっていなかったわけ!」
「なんだ、そういうオチだったんだ…。残酷焼きって書いたら可哀相っていうんじゃなくて」
商売絡みだったのか、と少し残念そうなソルジャー。
「名前くらい、どうでもいいのにねえ…。それにあの名前がピッタリなのに…」
生きたままで焼くから美味しいのに、と残酷焼きに魅せられた模様。
「でも、今の時期は駄目なんだよね? ぶるぅに焼いて貰うのは?」
「お盆の季節は、本来、殺生禁止なんだよ!」
坊主でなくても慎むものだ、と会長さん。
「昔だったら、お盆の間は漁だって禁止だったんだから!」
「「「え?」」」
「漁船だよ! お盆は海に出なかったんだよ、何処の海でも!」
そういう時期が控えているのに残酷焼きなど言語道断、と会長さんは断りました。そうでなくてもキース君が卒塔婆書きをしている真っ最中です、会長さんの家。…そんな所で残酷焼きって、いくらなんでもあんまりですよね?
こうして終わった、残酷焼きの話。ソルジャーは「分かった、残酷焼きは海の別荘まで待つよ」と帰って行って、次の日も会長さんの家でキース君が卒塔婆書き。
「…キース、頑張るよなあ…」
全く出ても来ねえんだから、とサム君が感心するほど、キース君は和室に籠っています。お昼御飯を食べに出て来た以外は、もう本当に籠りっ放し。夕方になって、ようやく出て来て。
「…やっと終わった。まさか二日で書き上がるとは…」
百五十本も、と感慨深げなキース君。
「あの部屋を貸して貰えて良かった。…家でやってたら、まだまだだったな」
「それは良かった。後は元からのノルマだけだね」
会長さんの言葉に、キース君は「ああ」と頷いて。
「此処へ来て遊んでいたって、充分書ける。…そうだ、ジョミーも練習しておけよ」
棚経の本番が迫っているぞ、とニヤニヤと。
「当日になってから「出来ません」では済まないんだしな?」
「分かってるってば、ぼくは今年も口パクだよ!」
どうせお経は忘れるんだし、と最初からやる気ゼロらしいです。これも毎年の風景だよな、と眺めていたら…。
「こんばんはーっ!」
またもソルジャーがやって来ました、今日は私服じゃないですけれど。
「…何しに来たわけ?」
会長さんの迷惑そうな視線に、ソルジャーは。
「食事とお喋り! こっちの世界の食事は何でも美味しいから!」
「かみお~ん♪ 今日はパエリアとタコのスープと…。スタミナたっぷり!」
キースに栄養つけて貰わなくっちゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ダイニングのテーブルに魚介類ドッサリのパエリアに、タコが入ったガーリックスープ。これは栄養がつきそうです。ソルジャーも早速、頬張りながら。
「残酷焼きでなくても美味しいねえ…。地球の海の幸!」
「ぶるぅの腕がいいからだよ!」
それに仕入れも自分で行くし、と会長さん。料理上手な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、新鮮な食材をあれこれ買いに行くのも好きですもんね!
またしてもソルジャーが出て来てしまった夕食の席。お喋りとも言っていましたけれども、早い話が暇なのでしょう。なんでもいいから暇つぶしだな、と思っていたら…。
「そうそう、昨日の残酷焼きのことなんだけど…」
「海の別荘まで待てと言ったよ、君も納得していただろう?」
お盆の前には無益な殺生は慎むものだ、と会長さん。
「こんな風にパエリアとかなら、生きたまま料理をするわけじゃないし…。間違えないように!」
「分かってるってば、そのくらいはね!」
ぼくの話は別件なのだ、と妙な台詞が。
「「「別件?」」」
「そう、別件! 残酷焼きの楽しみ方の!」
「どっちにしたって、お盆前だから!」
慎みたまえ、と会長さんが眉を吊り上げました。
「何を焼きたいのか知らないけどねえ、お盆が終わってからにしたまえ!」
「…うーん…。半殺しなのを本殺しにしようってコトなんだけど?」
「それを殺生と言うんだよ!」
本殺しだなんて…、と会長さんはソルジャーをギロリと睨み付けて。
「半殺しっていうのも大概だけどさ、まだ殺してはいないしね? それで、君は…」
何を半殺しにしたと言うのさ、と尋問モード。
「まさか人間じゃないだろうね? 君の敵は人類らしいから」
「…まるでハズレってこともないかな、人間ってトコは」
「なんだって!?」
本当に人間を半殺しなのか、と会長さんが驚き、私たちだってビックリ仰天。ソルジャー、人類軍とかいうヤツの兵士を捕えてシャングリラで拷問してるとか…?
「失礼な…! そういうのは人類の得意技だよ、ぼくたちミュウは控えめだよ!」
捕まえたとしても心理探査くらいなものだろうか、という返事。それじゃ、半殺しは…?
「人類じゃないし、ミュウでもない…かな? ミュウは登録商標かもだし」
「「「はあ?」」」
「ミュウって言葉! こっちの世界には無いんだろう?」
人類が登録商標にしているのかも、という笑えないジョーク。そもそも、ソルジャーの世界に登録商標なんかがあるのか疑問ですってば…。
登録商標の有無はともかく、私たちの世界に「ミュウ」という言葉はありません。ソルジャーの世界だと、サイオンを持っている人間はミュウということになるらしいですけど。
「そうなんだよねえ、ぼくの世界だとミュウなんだけど…。こっちだとねえ…」
言葉自体が無いものだから、とソルジャーの視線が私たちに。
「君たちもミュウの筈なんだけどね、ミュウじゃないんだよね?」
「…その筈だが?」
ミュウと呼ばれたことは無いな、とキース君が返して、会長さんが。
「ぼくも使ったことが無いねえ、その言葉は。…単に「仲間」と呼んでいるだけで」
「やっぱりねえ…。だから、ミュウでもないのかな、って」
ぼくが言ってる半殺しの人、ということは…。それって、私たちの世界の誰かをソルジャーが半殺しにしてるって意味?
「今はやっていないよ、現在進行形っていう意味ではね!」
でも何回も半殺しにしたし、と不穏な言葉が。いったい誰を半殺しに…?
「君たちもよく知ってる人だよ、こっちの世界のハーレイだけど?」
「「「ええっ!?」」」
まさかソルジャー、教頭先生を拉致して苛めていましたか?
「違う、違う! 君たちも共犯と言えば共犯なんだよ、特にブルーは!」
「…ぼく?」
どうしてぼくが共犯なんかに…、と会長さんはキョトンとした顔、私たちだって同じです。教頭先生を半殺しになんか、したことは無いと思いますけど…?
「…ううん、何度もやってるね。半殺しにするのはぼくだけれどさ、その片棒を!」
「「「片棒?」」」
「そのままだってば、こっちのハーレイを陥れるってヤツ!」
そのネタは主に大人の時間で…、とソルジャーの唇に浮かんだ笑み。
「ぼくがハーレイに御奉仕するとか、覗きにお誘いするだとか…。鼻血体質のハーレイを!」
そして毎回、半殺し! と言われてみれば、そうなるのかもしれません。会長さんの悪戯心とソルジャーの思惑が一致する度、教頭先生、鼻血で失神ですものねえ…?
「分かってくれた? それが半殺しというヤツで!」
ぼくが目指すのは本殺し、とソルジャーはクスクス笑っています。
「失神しちゃうと半殺しで終わってしまうから…。失神させずに本殺しを目指したいんだよ!」
その過程で残酷焼きになるのだ、とソルジャーはニヤリ。
「失神したくても出来ないハーレイ! 本殺しになるまでジュウジュウと!」
生きたまま炙られて残酷焼きだ、と言ってますけど、それって、どんなの…?
「えっ、簡単なことなんだけど? 要は鼻血を止めさえすればね!」
失神出来なくなるであろう、というソルジャーの読み。
「ムラムラしたまま最後まで! どう頑張っても天国にだけは行けないままで!」
「「「へ?」」」
「混ざりたくても混ざれないんだよ! 羨ましくて涎を垂らすだけ!」
それが残酷! とソルジャーはグッと拳を握りました。
「本当だったら、鼻血さえ出なければ乱入出来るんだろうけど…。ハーレイだからね!」
そんな根性があるわけがない、と完全に馬鹿にしているソルジャー。
「羨ましくても、混ざりたくても、最後の一歩が踏み出せない! 見ているだけ!」
ムラムラしながら炙られ続けて、とうとう力尽きるのだ、ということは…。教頭先生が見せられるものって、もしかして…?
「そうだけど? ズバリ、ぼくとハーレイの大人の時間!」
是非ともじっくり見て貰いたい、と赤い瞳が爛々と。
「ぼくがサイオンで細工するから! 鼻血で失神出来ないように!」
「ちょ、ちょっと…!」
会長さんが滔々と続くソルジャーの喋りを遮って。
「君のハーレイ、今はそれどころじゃないだろう! 海の別荘行きを控えて!」
特別休暇を取るんだから、と会長さん。
「その前にやるべき仕事が山積み、キースの卒塔婆書きと同じでリーチなんだと思うけど!」
「…まあね、ご無沙汰気味ではあるよ」
だからノルディとデートに行った、と頷くソルジャー。
「でもね、その分、休暇に入れば凄いから! パワフルだから!」
海の別荘では毎年そうだ、と力説してます。それは間違いないですけどねえ、部屋に籠って食事までルームサービスだとか…。
毎年、毎年、ソルジャー夫妻に振り回されるのが海の別荘。実害が無い年も、日程だけはソルジャーが決めてしまいます。結婚した思い出の場所というわけで、日程はいつもソルジャー夫妻の結婚記念日に合わせられるオチ。
ご他聞に漏れず、今年もそう。…その別荘で教頭先生を残酷焼きにしたいんですか?
「…だって、ブルーも言ったじゃないか! 残酷焼きは海の別荘まで待てと!」
それで待とうと考えていたら残酷焼きを思い付いた、と言うソルジャー。
「普通の残酷焼きは元からやっているしね、もっと楽しく、残酷に!」
「ぼくは普通ので充分だから!」
サザエやアワビで間に合っている、と会長さん。
「伊勢海老を焼いてる年だってあるし、残酷焼きはそれで充分だよ!」
「でもねえ…。せっかく新しい言葉を覚えたんだし、焼く物の方も新鮮にしたい!」
ハーレイの残酷焼きがいい、とソルジャーの方も譲りません。
「あの大物をジュウジュウ焼きたい! ぼくとハーレイとの夫婦の時間を見せ付けて!」
お盆は終わっているんだから、とソルジャーは揚げ足を取りにかかりました。
「お盆がまだなら、無益な殺生と言われちゃうかもしれないけれど…。終わってるしね?」
海の別荘に行く頃には、と重箱の隅をつつくソルジャー。
「それに本殺しと言いはしてもね、本当に殺すわけでもないし…」
「迷惑だから!」
手伝わされるのは御免だから、と会長さんが叩いたテーブル。
「君は楽しいかもしれないけどねえ、ぼくたちは楽しいどころじゃないから!」
「そうですよ! いつも酷い目に遭うだけです!」
ぼくも反対です、とシロエ君。
「残酷焼きはバーベキューだけで充分ですよ!」
「まったくだ。…いくらお盆が終わっていてもだ、殺生は慎むのが筋だ」
それが坊主というもので…、とキース君が繰る左手首の数珠レット。
「ブルーはもちろん、サムもジョミーも僧籍なんだし…。あんたを手伝うことは出来んな」
「…手伝いは別に要らないんだけど?」
素人さんには難しいから、とソルジャーはフウと溜息を。えーっと、それって、ソルジャーが勝手に残酷焼きをやるんですかね、私たちとは無関係に?
巻き込まれるのがお約束のような、ソルジャーが立てる迷惑企画。教頭先生絡みの場合は、巻き込まれ率は百パーセントと言ってもいいと思います。
それだけに残酷焼きな企画も巻き添えを食らうと思ってましたが、「素人さんには難しい」上に、「手伝いは別に要らない」ってことは、ソルジャーの一人企画でしょうか?
「一人ってわけでもないけれど…。ぼくのハーレイは欠かせないしね」
夫婦の時間を披露するんだし、と言うソルジャー。
「それと、ぶるぅの協力が必須! ぼくの世界の方のぶるぅの!」
「「「ぶるぅ!?」」」
あの悪戯小僧の大食漢か、と思わず絶句。「ぶるぅ」の協力で何をすると?
「もちろん、覗きのお手伝いをして貰うんだよ! こっちのハーレイを御案内!」
最高のスポットで覗けるように、とニッコリと。
「鼻血を止める細工の方もさ、ぶるぅがいればより完璧に!」
ぼくがウッカリ忘れちゃってもフォローは完璧、と自信たっぷり。
「そんな感じで残酷焼きだし、君たちは何もしなくてもいいと思うんだけど?」
高みの見物コースでどうぞ、とパチンとウインクしたソルジャー。
「「「…高み?」」」
「そうだよ、被害の無い場所で! ゆっくり見物!」
中継の方も「ぶるぅ」にお任せ、と聞かされて震え上がった私たち。それってギャラリーをしろって意味になってませんか…?
「それで合ってるけど? 見なけりゃ損だと思わないかい?」
「「「思いません!!!」」」
見なくていいです、と絶叫したのに、ソルジャーは聞いていませんでした。
「うんうん、やっぱり見たいよねえ? こっちのハーレイの残酷焼き!」
海の別荘では絶対コレ! と決めてしまったらしいソルジャー。私たちの運命はどうなるんでしょうか、それに教頭先生は…?
海の別荘では教頭先生の残酷焼きだ、と決めたソルジャー。最初からそういう魂胆だったに決まっています。溜息をつこうが、文句を言おうが、まるで取り合う気配無し。夕食が済んだ後にも居座り、残酷焼きを喋り倒して帰って行って…。
「…おい、俺たちはどうなるんだ?」
このまま行ったら確実に後が無さそうだが、と途方に暮れているキース君。お盆が済んだら海の別荘、其処で待つのが教頭先生の残酷焼きで。
「…忘れるべきじゃないでしょうか?」
覚えていたって、いいことは何もありません、とシロエ君が真顔で言い切りました。
「どうなるんだろう、と心配し過ぎて心の病になるのがオチです!」
「確かにそうかもしれねえなあ…。人生、笑ってなんぼだしよ」
忘れた方が良さそうだぜ、とサム君も。
「俺やキースはお盆もあるしよ、そっちに集中した方がいいぜ」
「…ぼくも今年は真面目に棚経やろうかなあ…」
そしたら忘れられそうだし、とジョミー君もお盆に逃げるようです。
「お盆はいいかもしれないわねえ…。私も今年は何かしようかしら?」
お盆の行事、というスウェナちゃんの言葉に、会長さんが。
「やりたいんだったら、ぼくの家でやってもいいけれど? …それっぽいのを」
迎え火から始めてフルコースで、という案にスウェナちゃんが縋り付きました。シロエ君もマツカ君も食い付きましたし、私だって。
「会長、よろしくお願いします!」
今年のお盆は頑張ります! とシロエ君が決意表明、抹香臭い日々が始まるようです。でもでも、ソルジャーが立てた迷惑企画を忘れられるのなら、お盆の行事も大歓迎。
迎え火だろうが、棚経だろうが、会長さんの指導で頑張りますよ~!
そんなこんなで、迎えたお盆。遠い昔に火山の噴火で海に沈んだ会長さんの故郷、アルタミラを供養するというコンセプトで私たちは毎日法要三昧。
キース君はサム君とジョミー君もセットの棚経でハードな日々が始まり、フィナーレは無事に書き上げた卒塔婆を供養して檀家さんに渡すという法要。
それだけやったら頭の中はお盆一色、終わった後には誰もが完全燃焼で白く燃え尽きていたと思います。雑念なんかは入る余地も無くて、煩悩の方も消し飛んで…。
「かみお~ん♪ 今年も海が真っ青ーっ!」
「いっぱい泳がなくっちゃねーっ!」
海だあ! と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」のコンビ。海の別荘ライフの始まり、荷物を置いたら揃ってビーチへ。
「わぁーい、バーベキュー!」
ちゃんと用意が出来てるよ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで、教頭先生がキース君たちに「行くか」と声を掛けました。
「食材も用意してあるようだが…。やはり獲れ立てが一番だからな」
「そうですね。俺たちも何か獲って来ましょう」
狙いはアワビにサザエですね、とキース君が大きく頷き、男の子たちは獲物を求めて素潜りに。漁が済んだら、ビーチで始まるバーベキュー。ジュウジュウと焼けるサザエやアワビは、生きているのを網に乗っけるわけですが…。
「あっ、始まったね、残酷焼き!」
待ってましたあ! と覗きに来たのがビーチでイチャついていたバカップル。ソルジャー夫妻とも言いますけれど。
「ええ、獲れ立てですから美味しいですよ。どうぞ幾つでも」
お好きなだけ取って食べて下さい、と教頭先生が気前良く。…ん? 残酷焼き…?
「ありがとう! 好きなだけ食べていいんだね、どれも?」
「もちろんです。サザエでもアワビでも、ご遠慮なく」
どんどん獲って来ますから、と教頭先生は笑顔ですけど。…何か引っ掛かる気がします。残酷焼きって、それに教頭先生って…?
綺麗サッパリ、残酷焼きを忘れ果てていた私たち。ビーチでは全く思い出せなくて、何か引っ掛かるという程度。教頭先生とか、ジュウジュウ焼かれるアワビやサザエが。
別荘ライフの初日の昼間はビーチで終わって、夕食も大満足の味。それぞれお風呂に入った後には、広間に集まって賑やかに騒いでいたんですけど。
「そうそう、ハーレイ。…君に話があるんだけどね?」
こっちのハーレイ、とソルジャーが指差した教頭先生。キャプテンと一緒に部屋に籠ったんじゃなかったでしょうか、夕食の後は?
「あっ、ぼくかい? …話があるから出て来ただけで、済んだら失礼する予定」
夫婦の時間を楽しまなくちゃ、と艶やかな笑みが。
「それでね…。ハーレイ、君さえ良かったら…。昼間の残酷焼きの御礼をしようと思って」
「はあ…」
残酷焼きですか、と教頭先生は怪訝そうな顔。その瞬間に私たちは思い出しました。ソルジャーが立てていた迷惑企画を。
(((き、来た…)))
忘れていたヤツがやって来た、と顔を見合わせても今更どうにもなりません。ソルジャーは教頭先生に愛想よく微笑み掛けながら。
「君の残酷焼きってヤツはどうかな、いつもは半殺しだからねえ…。鼻血が出ちゃって」
失神してそれでおしまいだよね、と教頭先生にズイと近付くソルジャー。
「その鼻血をぼくのサイオンで止める! 失神しないで覗きが出来るよ?」
ぼくたちの熱い夫婦の時間を…、というお誘いが。
「覗くって所までだけど…。混ざって貰うとぼくも困るけど、その心配は無さそうだしね?」
今までの例から考えてみると…、とソルジャーは笑顔。
「普段だったら混ざってくれてもいいんだけどねえ、結婚記念日の旅行だからさ」
「分かっております。…が、本当に覗いてもいいのですか?」
残酷焼きの御礼と仰いましたが、と鼻息も荒い教頭先生。
「もちろんだよ! 心ゆくまで覗いて欲しいね、ぼくからのサービスなんだから!」
ちょっぴり残酷なんだけどね、というソルジャーの誘いに、教頭先生はフラフラと。
「ざ、残酷でもかまいません! …残酷焼きは好物でして!」
私が焼かれる方になっても満足です、と釣られてしまった教頭先生。ソルジャーは「決まりだね」と教頭先生の手を引いて去ってゆきました。「こっちだから」と。
教頭先生とソルジャーが消え失せた後の大広間。呆然と残された私たちは…。
「…どうしよう…。もう完全に忘れてたよ、アレ…」
ぼくとしたことが、と会長さんが頭を抱えて、シロエ君も。
「言い出したぼくも忘れていました、「忘れましょう」と言ったことまで全部…」
ヤバイですよ、と呻いた所で後の祭りというヤツです。でも…。
「待って下さい、望みはあります」
ぼくたちだけしかいませんから、とマツカ君が広間を見回しました。
「この状態だと、何が起こっても分かりませんよ。…部屋の外のことは」
「そうでした! マツカ先輩、冷静ですね」
「いえ、何度も来ている別荘ですから…。此処から出なければ大丈夫だと思います」
朝まで息を潜めていれば…、とマツカ君。
「食べ物も飲み物もありますし…。トイレも其処にありますからね」
「よし! 俺たちは今夜は此処だな」
布団が無いのは我慢しよう、とキース君が言えば、サム君が。
「そこは徹夜でいいんでねえの? 寝なくてもよ」
「いや、それは駄目だ。寝ないで海に入るのはマズイ」
「「「あー…」」」
溺れるリスクが上がるんだっけ、と理解しました。適当な所で横になるしかないようです。安全地帯にいたければ…、って、あれ?
「なんだよ、コレ!?」
シャボン玉かよ、とサム君がつついた透明な玉。それは途端にポンと弾けて…。
「かみお~ん♪ ぶるぅだあ!」
ぶるぅのサイオン! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねて、出現したのがサイオン中継で使われる画面。これって、もしかしなくても…。
「ぶ、ぶるぅって言いましたか?」
シロエ君の声が震えて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「うんっ!」と元気良く。
「ぶるぅが中継してくれるんだって、残酷焼き!」
「「「うわー…」」」
そんな、と叫んでも消えない画面。ついでに部屋から逃げ出そうにも、外から鍵がかかったようです。絶体絶命、見るしかないっていうわけなんですね、教頭先生の残酷焼きを…?
中継画面の向こう側では、教頭先生が食い入るように覗いておられました。ソルジャー夫妻の部屋に置かれたベッドの上を。
ベッドの方はソルジャーの配慮か、モザイクがかかって見えません。声も聞こえて来ないんですけど、教頭先生は大興奮で。
「おおっ…! こ、これは…!」
凄い、と歓声、けれど押さえていらっしゃる鼻。…鼻血が出そうなのでしょう。通常ならば。
「…鼻血、出ないね?」
いつもだったら、こういう時にはブワッと鼻血、とジョミー君。
「…そういうタイミングには間違いないな…。残酷焼きだと言ってやがったが…」
どうなるんだ、とキース君にも読めない展開、会長さんだって。
「ハーレイがスケベなことは分かるけど…。鼻血さえ出なけりゃ、覗いていられるらしいけど…」
なんだか苦しそうでもある、と顎に手を。
「眉間の皺が深くなって来てるよ、限界が来ない分、キツイのかも…」
「それは大いに有り得ますねえ…」
精神的にはギリギリだとか、とシロエ君。
「お身体の方も、キツイ状態かもしれません。…なにしろ残酷焼きですから」
最終的には命が無いのが残酷焼きです、と肩をブルッと。
「死ぬことは無いと思いますけど、普段の鼻血より酷い結果になるんじゃあ…?」
「本殺しだって言ってたぜ、あいつ…」
ヤバイんでねえの、とサム君も恐れた教頭先生の末路。私たちの末路も怖いんだけど、と消えてくれない中継画面を見守るしかないまま、どのくらい経った頃でしょうか。
「「「えっ!?」」」
画面がいきなりブラックアウトで、そのままパッと消えちゃいました。中継、終わったんですか?
「…消えましたね?」
終わりでしょうか、とシロエ君が言い終わらない内に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の泣き声が。
「うわぁぁぁん、ぶるぅが気絶しちゃったぁー!」
「「「気絶!?」」」
「ハーレイ、酷いよ、ショートするなら一人でやってーっ!!!」
ぶるぅを巻き込まないで欲しかったよう、と泣き叫んでいる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。残酷焼きにされた教頭先生、限界突破で頭が爆発したみたいですね…?
次の日の朝、教頭先生は食堂においでになりませんでした。それに「ぶるぅ」も。ソルジャー夫妻はルームサービスですから、現れるわけが無いんですけど…。あれっ、ソルジャー?
「…おはよう。…昨夜はとんでもない目に遭っちゃって…」
ソルジャーの目の下にはクマが出来ていました。何があったと言うんでしょう?
「…残酷焼きだよ、あのせいで巻き添え食らったんだよ!」
こっちのハーレイが派手に爆発、とソルジャーは椅子に座って朝食の注文。キャプテンは…?
「…ハーレイなら意識不明だよ。こっちのハーレイとセットでね」
まさか頭が爆発したらああなるとは、とブツクサ、ブツクサ。…どうなったと?
「サイオン・バーストとは違うんだけどね、凄い波動が出ちゃってさ…」
ぶるぅも、ぼくのハーレイも意識を手放す羽目に…、と嘆くソルジャー。
「でもって、ハーレイは真っ最中だったものだから…。抜けなくってさ!」
「その先、禁止!」
言わなくていい、と会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーは文句を言い続けました。貫かれるのは好きだけれども、入ったままで抜けないというのは最悪だとか、最低だとか。
お蔭で腰がとても辛いとか、トイレも行けない有様だとか。
「「「…???」」」
「いいんだよ、君たちが分かってくれるとも思ってないから!」
残酷焼きは二度と御免だ、とソルジャーは懲りているようです。海産物でしかやりたくないと。
「…いったい何があったんでしょう?」
「俺が知るか! 無益な殺生をしようとするからだ!」
二度とやらないなら、仏様も許して下さるであろう、とキース君。何が起こったか謎だとはいえ、もうやらないならいいでしょう。教頭先生、記憶もすっかり飛んでしまったそうですし…。
残酷焼きって怖いんですねえ、ソルジャーまでが残酷な目に遭ってしまったみたいです。海産物でやるに限りますよね、やっぱりアワビやサザエですよね…!
残酷に焼いて・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーが思い付いた、教頭先生の残酷焼き。海産物の残酷焼きと違って迷惑な企画。
途中までは楽しめたらしいですけど、とても悲惨な結末に。懲りてくれればいいんですが…。
さて、シャングリラ学園、11月8日で番外編の連載開始から、14周年を迎えました。
「目覚めの日」を迎える14歳と同じ年月、書き続けて来たという勘定です。
昨年に予告していた通りに、今年限りで連載終了。更新は来月が最後になります。
湿っぽいお別れはしたくないので、来月も笑って読んで頂けると嬉しいですね。
次回は 「第3月曜」 12月19日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、11月といえば紅葉の季節。豪華旅行の話も出たのに…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
夏、真っ盛り。楽しい夏休みも真っ盛りです。今年もマツカ君の山の別荘ライフを楽しみ、お次は海の別荘ですけど。それまでの間に挟まるお盆が問題、キース君にとっては地獄な季節。暑さの方もさることながら、お盆と言えば…。
「くっそお…。あの親父めが!」
まただ、とキース君が唸る会長さんの家のリビング。アドス和尚がどうかしたんですか?
「この時期に「またか」で親父だったら、およそ想像がつくだろうが!」
「あー…。また卒塔婆かよ?」
押し付けられてしまったのかよ、とサム君が訊くと。
「それ以外の何があると言うんだ! ドカンと束で来やがったんだ!」
山の別荘から帰って来たら、俺の部屋の前に積んであった、とキース君。卒塔婆が五十本入りだとかいう梱包された包み、それが部屋の表の廊下に三つ。
「「「三つ!?」」」
五十かける三で百五十になるのでは、と聞き間違いかと思いましたが、それで正解。
「親父め、今年はやたらとのんびりしていやがると思ったら…。俺にノルマを!」
遊んで来たんだから頑張るがいい、と積み上げてあったそうです、卒塔婆。
「…キース先輩、こんな所で遊んでいてもいいんですか?」
百五十本ですよ、とシロエ君。
「急いで帰って書いた方がいいと思いますが…」
「俺のやる気が家出したんだ、今日はサボリだ!」
「でもですね…。お盆が近付いて来てますよ?」
間に合わないんじゃあ、と正論が。
「あそこのカレンダーを見て下さい。今日のツケは確実に反映される筈です」
「…俺も分かってはいるんだが!」
あんな親父がいる家で努力したくはない、とブツブツと。そう言えば、クーラー禁止でしたか?
「そうなんだ! 暑いし、セミはうるさいし…!」
卒塔婆プリンターなら楽なのに、と手抜き用な機械の名前までが。いっそポケットマネーで買えばいいかと思いますけど、家に置いたらバレるのかな…?
「なんだと? 卒塔婆プリンター?」
バレるに決まっているだろうが、と顔を顰めるキース君。
「あれはけっこう場所を取るんだ、卒塔婆自体がデカイからな!」
だから無理だ、と悔しそう。
「いつかは買いたいと思っていてもだ、親父が健在な間は無理だな」
「それじゃ、一生、無理なんじゃない?」
アドス和尚も年を取らないし、とジョミー君。
「キースも年を取らないけどさ…。アドス和尚もあのままなんだし」
「…キツイ真実を言わないでくれ…」
そして俺には百五十本の余計な卒塔婆が、と項垂れるしかないようです。
「一日のノルマを計算しながら書いて来たのに、ここでいきなり計算が…。もうリーチなのに!」
お盆は其処だ、と嘆くキース君に、会長さんが。
「サボるよりかは、前向きの方が良くないかい? 此処で書くとか」
「…なんだって?」
「ぼくの家だよ、和室はクーラーが入るからね」
あそこで書いたらどうだろうか、という提案。
「アドス和尚は君が出掛けたと知ってるんだし、卒塔婆のチェックはしないと思うよ」
此処へ運んで書いて行けば、と会長さん。
「心配だったら、運んだ分の卒塔婆はサイオニック・ドリームでダミーをね…」
減っていないように見せるくらいは朝飯前で、という申し出にキース君は飛び付きました。早速、会長さんが瞬間移動で卒塔婆や書くための道具を運んで…。
「かみお~ん♪ キース、お部屋の用意が出来たよ!」
「…有難い。クーラーだけでも違うからな」
「お茶とお菓子も置いてあるから、休憩しながら頑張ってね!」
行ってらっしゃぁ~い! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に送り出されて、キース君は和室に向かいました。愛用の硯箱とかも運んで貰って、環境はバッチリらしいです。きっと元老寺よりはかどりますよね、頑張って~!
キース君は卒塔婆書きに集中、私たちは邪魔をしないようリビングの方でワイワイと。防音はしっかりしてありますから、大笑いしたって大丈夫です。その内にお昼御飯の時間で…。
「今日のお昼は夏野菜カレー! スパイシーだよ!」
暑い季節はスパイシー! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意してくれ、冷たいラッシーも出て来ました。キース君は少し遅れてダイニングの方にやって来て…。
「美味そうだな。…いただきます」
合掌して食べ始めたキース君に、サム君が。
「どんな具合だよ、はかどってんのか?」
「ああ、家で書くより早く書けるな。やはり環境は大切だ」
涼しいだけでもかなり違う、と嬉しそう。
「ブルーのお蔭で助かった。夕方までやれば、家で書く分の三日分はクリア出来るだろう」
「キース先輩、良かったですね! いっそこのまま徹夜とか!」
「いや、徹夜はしないと決めている。…卒塔婆書きは集中力が命だからな」
よほどリーチにならない限りは徹夜はしない方が効率的だ、という話。書き損じた時の手間が余計にかかってしまう分、徹夜でボケた頭で書いたら駄目だとか。
「そうなんですか…。じゃあ、夕方までが勝負ですね」
「そうなるな。飯を食ったらまた籠らせて貰う」
急いで食って卒塔婆書きだ、と食べ終えたキース君は和室に戻って行きました。お茶やお菓子を差し入れて貰って、書いて書きまくって、夕方になって…。
「どうだった、キース? 卒塔婆のノルマ」
ジョミー君の問いに、ニッと笑ったキース君。
「家で書く分の四日分は書いた。…なんとか光が見えて来たぞ」
今日は此処まででやめておこう、と肩をコキコキ。やっぱり肩が凝りますか?
「当たり前だろう、書き仕事だぞ?」
それも一発勝負なんだ、というのが卒塔婆。キース君、お疲れ様でした~!
晩御飯はキース君のためにスタミナを、と焼肉パーティー。マザー農場の美味しいお肉や野菜がたっぷり、みんなでジュウジュウ焼き始めたら…。
「こんばんはーっ!」
遊びに来たよ、と飛び込んで来た私服のソルジャー。夜に私服って、今日はこれから花火大会にでもお出掛けですか?
「えっ、花火? それは別の日で、今はデートの帰りだけれど?」
「「「デート?」」」
「ノルディとドライブに行って来てねえ、海辺で美味しい食事をね!」
海の幸! と焼肉の席に混ざったソルジャー、自分の肉を焼き始めながら。
「焼肉もいいけど、今日の食事は素敵だったよ! 鮮度が一番!」
「…お刺身なわけ?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは「焼いたんだけど?」という返事。
「海老もアワビも生きてるんだよ、それをジュウジュウ!」
海老は飛び跳ねないようにシェフが押さえて…、とニコニコと。
「ついさっきまで生きてました、っていうのを美味しく食べて来たんだよ!」
「「「あー…」」」
あるな、と思ったそういう料理。ちょっと可哀相な気もしますけれど、お味の方は絶品です。ソルジャーは海辺のレストランで食べた料理を絶賛しつつ…。
「残酷焼きって言うんだってね、ノルディの話じゃ」
メニューにはそうは書かれていなかったけど、という話。残酷焼きって、可哀相だから?
「…そうじゃないかな、ぼくだってアルタミラでは焼かれちゃったしね!」
実験の一環で丸焼きだって、と怖い話が。…焼かれたんですか?
「うん。どのくらいの火で火傷するのか、試したかったらしくてねえ…」
「「「うわー…」」」
それ、食欲が失せちゃいますから、続きは後にしてくれませんか?
「駄目かな、残酷焼きの話は?」
「君の体験が生々しすぎるんだよ!」
焼肉が終わるまで待ちたまえ、と会長さん。せっかくのお肉、美味しく食べたいですからね…。
ソルジャーも交えての焼肉パーティー、終わった後は食後の紅茶やコーヒーが。キース君もエネルギーをチャージ出来たそうで、明日も元気に卒塔婆を書くんだそうです。
「此処で書かせて貰えると有難いんだが…。追加で来た分が片付くまでは」
いいだろうか、という質問に、会長さんは「どうぞ」と快諾。
「君の苦労は分かっているしね、たまには力になってあげるよ」
「感謝する! そうだ、家でも幾らか書いておきたいし…。道具を運んで貰えるか?」
「それはもちろん。ぶるぅ、キースの部屋に和室の硯とかをね…」
「オッケー、運んでおくんだね!」
はい、出来たぁ! とリビングから一歩も動きもしないで、瞬間移動させたみたいです。流石、と驚くタイプ・ブルーのサイオンですけど…。
「えーっと…。さっきの続きを話していいかな?」
残酷焼き、とソルジャーが。
「あの美味しさが忘れられなくて…。此処でも御馳走になりたいなあ、って!」
生きた海老やらアワビをジュウジュウ、と唇をペロリ。
「ぶるぅだったら美味しく焼けるに決まってるんだし、明日のお昼とか!」
「あのねえ…。君が言ったんだよ、残酷だからメニューにそうは書かないのかも、って」
あれは残酷焼きなんだけど、と会長さん。
「それを此処でって、今をいつだと思ってるんだい?」
「夏だけど?」
「ただの夏っていうわけじゃなくて、今はお盆の直前なんだよ!」
だからキースも卒塔婆がリーチ、と会長さんが指差す和室の方向。
「明日もキースは卒塔婆書きだし、そんな時期に残酷焼きはお断りだね!」
何処から見たって殺生だから、と会長さんはキッパリと。
「お盆が済むまで待ちたまえ。海の別荘なら、元から似たようなことをやってるんだし」
「そうですね。サザエもアワビも獲れ立てですし…」
それをそのままバーベキューです、とシロエ君。そっか、考えてみれば、あれも残酷焼きでした。海老だって焼いてることもあります、立派に残酷焼きですねえ…。
残酷焼きは海の別荘までお預けだから、というのが会長さんの論。少なくとも、会長さんの家でやる気は無いようです。
「ぼくの家では絶対、禁止! 食べたいんだったら、自分で行く!」
本家本元の残酷焼きに行くのもいいし、と会長さん。
「…本家本元? それって、もっと凄いのかい?」
残酷の程度が違うんだろうか、とソルジャーが訊いて、私たちだって興味津々。物凄く残酷な焼き方をするのが本家でしょうか?
「…まさか。それこそお客さんの食欲が失せるよ、君の体験談を聞くのと同じで!」
「ふうん? 其処だと、もっと美味しいとか?」
「どうだろう? あれは登録商標だから…」
「「「はあ?」」」
何が登録商標なんだ、と首を傾げた私たちですが。
「残酷焼きだよ、その名前で登録したのが本家本元!」
それが売りの旅館なんだから、と会長さんが教えてくれた大人の事情。海の幸が自慢の温泉旅館が「残酷焼き」を登録商標にしているそうで、他の所では使えないとか。
「だからブルーが食べた店でも、その名前になっていなかったわけ!」
「なんだ、そういうオチだったんだ…。残酷焼きって書いたら可哀相っていうんじゃなくて」
商売絡みだったのか、と少し残念そうなソルジャー。
「名前くらい、どうでもいいのにねえ…。それにあの名前がピッタリなのに…」
生きたままで焼くから美味しいのに、と残酷焼きに魅せられた模様。
「でも、今の時期は駄目なんだよね? ぶるぅに焼いて貰うのは?」
「お盆の季節は、本来、殺生禁止なんだよ!」
坊主でなくても慎むものだ、と会長さん。
「昔だったら、お盆の間は漁だって禁止だったんだから!」
「「「え?」」」
「漁船だよ! お盆は海に出なかったんだよ、何処の海でも!」
そういう時期が控えているのに残酷焼きなど言語道断、と会長さんは断りました。そうでなくてもキース君が卒塔婆書きをしている真っ最中です、会長さんの家。…そんな所で残酷焼きって、いくらなんでもあんまりですよね?
こうして終わった、残酷焼きの話。ソルジャーは「分かった、残酷焼きは海の別荘まで待つよ」と帰って行って、次の日も会長さんの家でキース君が卒塔婆書き。
「…キース、頑張るよなあ…」
全く出ても来ねえんだから、とサム君が感心するほど、キース君は和室に籠っています。お昼御飯を食べに出て来た以外は、もう本当に籠りっ放し。夕方になって、ようやく出て来て。
「…やっと終わった。まさか二日で書き上がるとは…」
百五十本も、と感慨深げなキース君。
「あの部屋を貸して貰えて良かった。…家でやってたら、まだまだだったな」
「それは良かった。後は元からのノルマだけだね」
会長さんの言葉に、キース君は「ああ」と頷いて。
「此処へ来て遊んでいたって、充分書ける。…そうだ、ジョミーも練習しておけよ」
棚経の本番が迫っているぞ、とニヤニヤと。
「当日になってから「出来ません」では済まないんだしな?」
「分かってるってば、ぼくは今年も口パクだよ!」
どうせお経は忘れるんだし、と最初からやる気ゼロらしいです。これも毎年の風景だよな、と眺めていたら…。
「こんばんはーっ!」
またもソルジャーがやって来ました、今日は私服じゃないですけれど。
「…何しに来たわけ?」
会長さんの迷惑そうな視線に、ソルジャーは。
「食事とお喋り! こっちの世界の食事は何でも美味しいから!」
「かみお~ん♪ 今日はパエリアとタコのスープと…。スタミナたっぷり!」
キースに栄養つけて貰わなくっちゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ダイニングのテーブルに魚介類ドッサリのパエリアに、タコが入ったガーリックスープ。これは栄養がつきそうです。ソルジャーも早速、頬張りながら。
「残酷焼きでなくても美味しいねえ…。地球の海の幸!」
「ぶるぅの腕がいいからだよ!」
それに仕入れも自分で行くし、と会長さん。料理上手な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、新鮮な食材をあれこれ買いに行くのも好きですもんね!
またしてもソルジャーが出て来てしまった夕食の席。お喋りとも言っていましたけれども、早い話が暇なのでしょう。なんでもいいから暇つぶしだな、と思っていたら…。
「そうそう、昨日の残酷焼きのことなんだけど…」
「海の別荘まで待てと言ったよ、君も納得していただろう?」
お盆の前には無益な殺生は慎むものだ、と会長さん。
「こんな風にパエリアとかなら、生きたまま料理をするわけじゃないし…。間違えないように!」
「分かってるってば、そのくらいはね!」
ぼくの話は別件なのだ、と妙な台詞が。
「「「別件?」」」
「そう、別件! 残酷焼きの楽しみ方の!」
「どっちにしたって、お盆前だから!」
慎みたまえ、と会長さんが眉を吊り上げました。
「何を焼きたいのか知らないけどねえ、お盆が終わってからにしたまえ!」
「…うーん…。半殺しなのを本殺しにしようってコトなんだけど?」
「それを殺生と言うんだよ!」
本殺しだなんて…、と会長さんはソルジャーをギロリと睨み付けて。
「半殺しっていうのも大概だけどさ、まだ殺してはいないしね? それで、君は…」
何を半殺しにしたと言うのさ、と尋問モード。
「まさか人間じゃないだろうね? 君の敵は人類らしいから」
「…まるでハズレってこともないかな、人間ってトコは」
「なんだって!?」
本当に人間を半殺しなのか、と会長さんが驚き、私たちだってビックリ仰天。ソルジャー、人類軍とかいうヤツの兵士を捕えてシャングリラで拷問してるとか…?
「失礼な…! そういうのは人類の得意技だよ、ぼくたちミュウは控えめだよ!」
捕まえたとしても心理探査くらいなものだろうか、という返事。それじゃ、半殺しは…?
「人類じゃないし、ミュウでもない…かな? ミュウは登録商標かもだし」
「「「はあ?」」」
「ミュウって言葉! こっちの世界には無いんだろう?」
人類が登録商標にしているのかも、という笑えないジョーク。そもそも、ソルジャーの世界に登録商標なんかがあるのか疑問ですってば…。
登録商標の有無はともかく、私たちの世界に「ミュウ」という言葉はありません。ソルジャーの世界だと、サイオンを持っている人間はミュウということになるらしいですけど。
「そうなんだよねえ、ぼくの世界だとミュウなんだけど…。こっちだとねえ…」
言葉自体が無いものだから、とソルジャーの視線が私たちに。
「君たちもミュウの筈なんだけどね、ミュウじゃないんだよね?」
「…その筈だが?」
ミュウと呼ばれたことは無いな、とキース君が返して、会長さんが。
「ぼくも使ったことが無いねえ、その言葉は。…単に「仲間」と呼んでいるだけで」
「やっぱりねえ…。だから、ミュウでもないのかな、って」
ぼくが言ってる半殺しの人、ということは…。それって、私たちの世界の誰かをソルジャーが半殺しにしてるって意味?
「今はやっていないよ、現在進行形っていう意味ではね!」
でも何回も半殺しにしたし、と不穏な言葉が。いったい誰を半殺しに…?
「君たちもよく知ってる人だよ、こっちの世界のハーレイだけど?」
「「「ええっ!?」」」
まさかソルジャー、教頭先生を拉致して苛めていましたか?
「違う、違う! 君たちも共犯と言えば共犯なんだよ、特にブルーは!」
「…ぼく?」
どうしてぼくが共犯なんかに…、と会長さんはキョトンとした顔、私たちだって同じです。教頭先生を半殺しになんか、したことは無いと思いますけど…?
「…ううん、何度もやってるね。半殺しにするのはぼくだけれどさ、その片棒を!」
「「「片棒?」」」
「そのままだってば、こっちのハーレイを陥れるってヤツ!」
そのネタは主に大人の時間で…、とソルジャーの唇に浮かんだ笑み。
「ぼくがハーレイに御奉仕するとか、覗きにお誘いするだとか…。鼻血体質のハーレイを!」
そして毎回、半殺し! と言われてみれば、そうなるのかもしれません。会長さんの悪戯心とソルジャーの思惑が一致する度、教頭先生、鼻血で失神ですものねえ…?
「分かってくれた? それが半殺しというヤツで!」
ぼくが目指すのは本殺し、とソルジャーはクスクス笑っています。
「失神しちゃうと半殺しで終わってしまうから…。失神させずに本殺しを目指したいんだよ!」
その過程で残酷焼きになるのだ、とソルジャーはニヤリ。
「失神したくても出来ないハーレイ! 本殺しになるまでジュウジュウと!」
生きたまま炙られて残酷焼きだ、と言ってますけど、それって、どんなの…?
「えっ、簡単なことなんだけど? 要は鼻血を止めさえすればね!」
失神出来なくなるであろう、というソルジャーの読み。
「ムラムラしたまま最後まで! どう頑張っても天国にだけは行けないままで!」
「「「へ?」」」
「混ざりたくても混ざれないんだよ! 羨ましくて涎を垂らすだけ!」
それが残酷! とソルジャーはグッと拳を握りました。
「本当だったら、鼻血さえ出なければ乱入出来るんだろうけど…。ハーレイだからね!」
そんな根性があるわけがない、と完全に馬鹿にしているソルジャー。
「羨ましくても、混ざりたくても、最後の一歩が踏み出せない! 見ているだけ!」
ムラムラしながら炙られ続けて、とうとう力尽きるのだ、ということは…。教頭先生が見せられるものって、もしかして…?
「そうだけど? ズバリ、ぼくとハーレイの大人の時間!」
是非ともじっくり見て貰いたい、と赤い瞳が爛々と。
「ぼくがサイオンで細工するから! 鼻血で失神出来ないように!」
「ちょ、ちょっと…!」
会長さんが滔々と続くソルジャーの喋りを遮って。
「君のハーレイ、今はそれどころじゃないだろう! 海の別荘行きを控えて!」
特別休暇を取るんだから、と会長さん。
「その前にやるべき仕事が山積み、キースの卒塔婆書きと同じでリーチなんだと思うけど!」
「…まあね、ご無沙汰気味ではあるよ」
だからノルディとデートに行った、と頷くソルジャー。
「でもね、その分、休暇に入れば凄いから! パワフルだから!」
海の別荘では毎年そうだ、と力説してます。それは間違いないですけどねえ、部屋に籠って食事までルームサービスだとか…。
毎年、毎年、ソルジャー夫妻に振り回されるのが海の別荘。実害が無い年も、日程だけはソルジャーが決めてしまいます。結婚した思い出の場所というわけで、日程はいつもソルジャー夫妻の結婚記念日に合わせられるオチ。
ご他聞に漏れず、今年もそう。…その別荘で教頭先生を残酷焼きにしたいんですか?
「…だって、ブルーも言ったじゃないか! 残酷焼きは海の別荘まで待てと!」
それで待とうと考えていたら残酷焼きを思い付いた、と言うソルジャー。
「普通の残酷焼きは元からやっているしね、もっと楽しく、残酷に!」
「ぼくは普通ので充分だから!」
サザエやアワビで間に合っている、と会長さん。
「伊勢海老を焼いてる年だってあるし、残酷焼きはそれで充分だよ!」
「でもねえ…。せっかく新しい言葉を覚えたんだし、焼く物の方も新鮮にしたい!」
ハーレイの残酷焼きがいい、とソルジャーの方も譲りません。
「あの大物をジュウジュウ焼きたい! ぼくとハーレイとの夫婦の時間を見せ付けて!」
お盆は終わっているんだから、とソルジャーは揚げ足を取りにかかりました。
「お盆がまだなら、無益な殺生と言われちゃうかもしれないけれど…。終わってるしね?」
海の別荘に行く頃には、と重箱の隅をつつくソルジャー。
「それに本殺しと言いはしてもね、本当に殺すわけでもないし…」
「迷惑だから!」
手伝わされるのは御免だから、と会長さんが叩いたテーブル。
「君は楽しいかもしれないけどねえ、ぼくたちは楽しいどころじゃないから!」
「そうですよ! いつも酷い目に遭うだけです!」
ぼくも反対です、とシロエ君。
「残酷焼きはバーベキューだけで充分ですよ!」
「まったくだ。…いくらお盆が終わっていてもだ、殺生は慎むのが筋だ」
それが坊主というもので…、とキース君が繰る左手首の数珠レット。
「ブルーはもちろん、サムもジョミーも僧籍なんだし…。あんたを手伝うことは出来んな」
「…手伝いは別に要らないんだけど?」
素人さんには難しいから、とソルジャーはフウと溜息を。えーっと、それって、ソルジャーが勝手に残酷焼きをやるんですかね、私たちとは無関係に?
巻き込まれるのがお約束のような、ソルジャーが立てる迷惑企画。教頭先生絡みの場合は、巻き込まれ率は百パーセントと言ってもいいと思います。
それだけに残酷焼きな企画も巻き添えを食らうと思ってましたが、「素人さんには難しい」上に、「手伝いは別に要らない」ってことは、ソルジャーの一人企画でしょうか?
「一人ってわけでもないけれど…。ぼくのハーレイは欠かせないしね」
夫婦の時間を披露するんだし、と言うソルジャー。
「それと、ぶるぅの協力が必須! ぼくの世界の方のぶるぅの!」
「「「ぶるぅ!?」」」
あの悪戯小僧の大食漢か、と思わず絶句。「ぶるぅ」の協力で何をすると?
「もちろん、覗きのお手伝いをして貰うんだよ! こっちのハーレイを御案内!」
最高のスポットで覗けるように、とニッコリと。
「鼻血を止める細工の方もさ、ぶるぅがいればより完璧に!」
ぼくがウッカリ忘れちゃってもフォローは完璧、と自信たっぷり。
「そんな感じで残酷焼きだし、君たちは何もしなくてもいいと思うんだけど?」
高みの見物コースでどうぞ、とパチンとウインクしたソルジャー。
「「「…高み?」」」
「そうだよ、被害の無い場所で! ゆっくり見物!」
中継の方も「ぶるぅ」にお任せ、と聞かされて震え上がった私たち。それってギャラリーをしろって意味になってませんか…?
「それで合ってるけど? 見なけりゃ損だと思わないかい?」
「「「思いません!!!」」」
見なくていいです、と絶叫したのに、ソルジャーは聞いていませんでした。
「うんうん、やっぱり見たいよねえ? こっちのハーレイの残酷焼き!」
海の別荘では絶対コレ! と決めてしまったらしいソルジャー。私たちの運命はどうなるんでしょうか、それに教頭先生は…?
海の別荘では教頭先生の残酷焼きだ、と決めたソルジャー。最初からそういう魂胆だったに決まっています。溜息をつこうが、文句を言おうが、まるで取り合う気配無し。夕食が済んだ後にも居座り、残酷焼きを喋り倒して帰って行って…。
「…おい、俺たちはどうなるんだ?」
このまま行ったら確実に後が無さそうだが、と途方に暮れているキース君。お盆が済んだら海の別荘、其処で待つのが教頭先生の残酷焼きで。
「…忘れるべきじゃないでしょうか?」
覚えていたって、いいことは何もありません、とシロエ君が真顔で言い切りました。
「どうなるんだろう、と心配し過ぎて心の病になるのがオチです!」
「確かにそうかもしれねえなあ…。人生、笑ってなんぼだしよ」
忘れた方が良さそうだぜ、とサム君も。
「俺やキースはお盆もあるしよ、そっちに集中した方がいいぜ」
「…ぼくも今年は真面目に棚経やろうかなあ…」
そしたら忘れられそうだし、とジョミー君もお盆に逃げるようです。
「お盆はいいかもしれないわねえ…。私も今年は何かしようかしら?」
お盆の行事、というスウェナちゃんの言葉に、会長さんが。
「やりたいんだったら、ぼくの家でやってもいいけれど? …それっぽいのを」
迎え火から始めてフルコースで、という案にスウェナちゃんが縋り付きました。シロエ君もマツカ君も食い付きましたし、私だって。
「会長、よろしくお願いします!」
今年のお盆は頑張ります! とシロエ君が決意表明、抹香臭い日々が始まるようです。でもでも、ソルジャーが立てた迷惑企画を忘れられるのなら、お盆の行事も大歓迎。
迎え火だろうが、棚経だろうが、会長さんの指導で頑張りますよ~!
そんなこんなで、迎えたお盆。遠い昔に火山の噴火で海に沈んだ会長さんの故郷、アルタミラを供養するというコンセプトで私たちは毎日法要三昧。
キース君はサム君とジョミー君もセットの棚経でハードな日々が始まり、フィナーレは無事に書き上げた卒塔婆を供養して檀家さんに渡すという法要。
それだけやったら頭の中はお盆一色、終わった後には誰もが完全燃焼で白く燃え尽きていたと思います。雑念なんかは入る余地も無くて、煩悩の方も消し飛んで…。
「かみお~ん♪ 今年も海が真っ青ーっ!」
「いっぱい泳がなくっちゃねーっ!」
海だあ! と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」のコンビ。海の別荘ライフの始まり、荷物を置いたら揃ってビーチへ。
「わぁーい、バーベキュー!」
ちゃんと用意が出来てるよ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで、教頭先生がキース君たちに「行くか」と声を掛けました。
「食材も用意してあるようだが…。やはり獲れ立てが一番だからな」
「そうですね。俺たちも何か獲って来ましょう」
狙いはアワビにサザエですね、とキース君が大きく頷き、男の子たちは獲物を求めて素潜りに。漁が済んだら、ビーチで始まるバーベキュー。ジュウジュウと焼けるサザエやアワビは、生きているのを網に乗っけるわけですが…。
「あっ、始まったね、残酷焼き!」
待ってましたあ! と覗きに来たのがビーチでイチャついていたバカップル。ソルジャー夫妻とも言いますけれど。
「ええ、獲れ立てですから美味しいですよ。どうぞ幾つでも」
お好きなだけ取って食べて下さい、と教頭先生が気前良く。…ん? 残酷焼き…?
「ありがとう! 好きなだけ食べていいんだね、どれも?」
「もちろんです。サザエでもアワビでも、ご遠慮なく」
どんどん獲って来ますから、と教頭先生は笑顔ですけど。…何か引っ掛かる気がします。残酷焼きって、それに教頭先生って…?
綺麗サッパリ、残酷焼きを忘れ果てていた私たち。ビーチでは全く思い出せなくて、何か引っ掛かるという程度。教頭先生とか、ジュウジュウ焼かれるアワビやサザエが。
別荘ライフの初日の昼間はビーチで終わって、夕食も大満足の味。それぞれお風呂に入った後には、広間に集まって賑やかに騒いでいたんですけど。
「そうそう、ハーレイ。…君に話があるんだけどね?」
こっちのハーレイ、とソルジャーが指差した教頭先生。キャプテンと一緒に部屋に籠ったんじゃなかったでしょうか、夕食の後は?
「あっ、ぼくかい? …話があるから出て来ただけで、済んだら失礼する予定」
夫婦の時間を楽しまなくちゃ、と艶やかな笑みが。
「それでね…。ハーレイ、君さえ良かったら…。昼間の残酷焼きの御礼をしようと思って」
「はあ…」
残酷焼きですか、と教頭先生は怪訝そうな顔。その瞬間に私たちは思い出しました。ソルジャーが立てていた迷惑企画を。
(((き、来た…)))
忘れていたヤツがやって来た、と顔を見合わせても今更どうにもなりません。ソルジャーは教頭先生に愛想よく微笑み掛けながら。
「君の残酷焼きってヤツはどうかな、いつもは半殺しだからねえ…。鼻血が出ちゃって」
失神してそれでおしまいだよね、と教頭先生にズイと近付くソルジャー。
「その鼻血をぼくのサイオンで止める! 失神しないで覗きが出来るよ?」
ぼくたちの熱い夫婦の時間を…、というお誘いが。
「覗くって所までだけど…。混ざって貰うとぼくも困るけど、その心配は無さそうだしね?」
今までの例から考えてみると…、とソルジャーは笑顔。
「普段だったら混ざってくれてもいいんだけどねえ、結婚記念日の旅行だからさ」
「分かっております。…が、本当に覗いてもいいのですか?」
残酷焼きの御礼と仰いましたが、と鼻息も荒い教頭先生。
「もちろんだよ! 心ゆくまで覗いて欲しいね、ぼくからのサービスなんだから!」
ちょっぴり残酷なんだけどね、というソルジャーの誘いに、教頭先生はフラフラと。
「ざ、残酷でもかまいません! …残酷焼きは好物でして!」
私が焼かれる方になっても満足です、と釣られてしまった教頭先生。ソルジャーは「決まりだね」と教頭先生の手を引いて去ってゆきました。「こっちだから」と。
教頭先生とソルジャーが消え失せた後の大広間。呆然と残された私たちは…。
「…どうしよう…。もう完全に忘れてたよ、アレ…」
ぼくとしたことが、と会長さんが頭を抱えて、シロエ君も。
「言い出したぼくも忘れていました、「忘れましょう」と言ったことまで全部…」
ヤバイですよ、と呻いた所で後の祭りというヤツです。でも…。
「待って下さい、望みはあります」
ぼくたちだけしかいませんから、とマツカ君が広間を見回しました。
「この状態だと、何が起こっても分かりませんよ。…部屋の外のことは」
「そうでした! マツカ先輩、冷静ですね」
「いえ、何度も来ている別荘ですから…。此処から出なければ大丈夫だと思います」
朝まで息を潜めていれば…、とマツカ君。
「食べ物も飲み物もありますし…。トイレも其処にありますからね」
「よし! 俺たちは今夜は此処だな」
布団が無いのは我慢しよう、とキース君が言えば、サム君が。
「そこは徹夜でいいんでねえの? 寝なくてもよ」
「いや、それは駄目だ。寝ないで海に入るのはマズイ」
「「「あー…」」」
溺れるリスクが上がるんだっけ、と理解しました。適当な所で横になるしかないようです。安全地帯にいたければ…、って、あれ?
「なんだよ、コレ!?」
シャボン玉かよ、とサム君がつついた透明な玉。それは途端にポンと弾けて…。
「かみお~ん♪ ぶるぅだあ!」
ぶるぅのサイオン! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねて、出現したのがサイオン中継で使われる画面。これって、もしかしなくても…。
「ぶ、ぶるぅって言いましたか?」
シロエ君の声が震えて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「うんっ!」と元気良く。
「ぶるぅが中継してくれるんだって、残酷焼き!」
「「「うわー…」」」
そんな、と叫んでも消えない画面。ついでに部屋から逃げ出そうにも、外から鍵がかかったようです。絶体絶命、見るしかないっていうわけなんですね、教頭先生の残酷焼きを…?
中継画面の向こう側では、教頭先生が食い入るように覗いておられました。ソルジャー夫妻の部屋に置かれたベッドの上を。
ベッドの方はソルジャーの配慮か、モザイクがかかって見えません。声も聞こえて来ないんですけど、教頭先生は大興奮で。
「おおっ…! こ、これは…!」
凄い、と歓声、けれど押さえていらっしゃる鼻。…鼻血が出そうなのでしょう。通常ならば。
「…鼻血、出ないね?」
いつもだったら、こういう時にはブワッと鼻血、とジョミー君。
「…そういうタイミングには間違いないな…。残酷焼きだと言ってやがったが…」
どうなるんだ、とキース君にも読めない展開、会長さんだって。
「ハーレイがスケベなことは分かるけど…。鼻血さえ出なけりゃ、覗いていられるらしいけど…」
なんだか苦しそうでもある、と顎に手を。
「眉間の皺が深くなって来てるよ、限界が来ない分、キツイのかも…」
「それは大いに有り得ますねえ…」
精神的にはギリギリだとか、とシロエ君。
「お身体の方も、キツイ状態かもしれません。…なにしろ残酷焼きですから」
最終的には命が無いのが残酷焼きです、と肩をブルッと。
「死ぬことは無いと思いますけど、普段の鼻血より酷い結果になるんじゃあ…?」
「本殺しだって言ってたぜ、あいつ…」
ヤバイんでねえの、とサム君も恐れた教頭先生の末路。私たちの末路も怖いんだけど、と消えてくれない中継画面を見守るしかないまま、どのくらい経った頃でしょうか。
「「「えっ!?」」」
画面がいきなりブラックアウトで、そのままパッと消えちゃいました。中継、終わったんですか?
「…消えましたね?」
終わりでしょうか、とシロエ君が言い終わらない内に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の泣き声が。
「うわぁぁぁん、ぶるぅが気絶しちゃったぁー!」
「「「気絶!?」」」
「ハーレイ、酷いよ、ショートするなら一人でやってーっ!!!」
ぶるぅを巻き込まないで欲しかったよう、と泣き叫んでいる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。残酷焼きにされた教頭先生、限界突破で頭が爆発したみたいですね…?
次の日の朝、教頭先生は食堂においでになりませんでした。それに「ぶるぅ」も。ソルジャー夫妻はルームサービスですから、現れるわけが無いんですけど…。あれっ、ソルジャー?
「…おはよう。…昨夜はとんでもない目に遭っちゃって…」
ソルジャーの目の下にはクマが出来ていました。何があったと言うんでしょう?
「…残酷焼きだよ、あのせいで巻き添え食らったんだよ!」
こっちのハーレイが派手に爆発、とソルジャーは椅子に座って朝食の注文。キャプテンは…?
「…ハーレイなら意識不明だよ。こっちのハーレイとセットでね」
まさか頭が爆発したらああなるとは、とブツクサ、ブツクサ。…どうなったと?
「サイオン・バーストとは違うんだけどね、凄い波動が出ちゃってさ…」
ぶるぅも、ぼくのハーレイも意識を手放す羽目に…、と嘆くソルジャー。
「でもって、ハーレイは真っ最中だったものだから…。抜けなくってさ!」
「その先、禁止!」
言わなくていい、と会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーは文句を言い続けました。貫かれるのは好きだけれども、入ったままで抜けないというのは最悪だとか、最低だとか。
お蔭で腰がとても辛いとか、トイレも行けない有様だとか。
「「「…???」」」
「いいんだよ、君たちが分かってくれるとも思ってないから!」
残酷焼きは二度と御免だ、とソルジャーは懲りているようです。海産物でしかやりたくないと。
「…いったい何があったんでしょう?」
「俺が知るか! 無益な殺生をしようとするからだ!」
二度とやらないなら、仏様も許して下さるであろう、とキース君。何が起こったか謎だとはいえ、もうやらないならいいでしょう。教頭先生、記憶もすっかり飛んでしまったそうですし…。
残酷焼きって怖いんですねえ、ソルジャーまでが残酷な目に遭ってしまったみたいです。海産物でやるに限りますよね、やっぱりアワビやサザエですよね…!
残酷に焼いて・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーが思い付いた、教頭先生の残酷焼き。海産物の残酷焼きと違って迷惑な企画。
途中までは楽しめたらしいですけど、とても悲惨な結末に。懲りてくれればいいんですが…。
さて、シャングリラ学園、11月8日で番外編の連載開始から、14周年を迎えました。
「目覚めの日」を迎える14歳と同じ年月、書き続けて来たという勘定です。
昨年に予告していた通りに、今年限りで連載終了。更新は来月が最後になります。
湿っぽいお別れはしたくないので、来月も笑って読んで頂けると嬉しいですね。
次回は 「第3月曜」 12月19日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、11月といえば紅葉の季節。豪華旅行の話も出たのに…。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園に今年も春がやって来ました。入学式にはもちろん参加で、今年もやっぱり1年A組だった私たち。担任は不動のグレイブ先生、どう考えてもブラックリストで札付きなのが分かります。グレイブ先生は入学式の日の実力テストで会長さんと熱いバトルで…。
「今年もこういう季節ですねえ…」
バタバタもそろそろ一段落でしょうか、とシロエ君。今日は土曜日、みんなで会長さんのマンションに遊びに来ています。お花見シーズンは終わりましたから、普通にダラダラ。
「だよなあ、校内見学もクラブ見学も終わったしよ…。新入生歓迎パーティーも」
週明けからは授業が始まるし、とサム君が相槌、シャングリラ学園の年度初めは毎年ドタバタ。いろんな行事がてんこ盛りだけに、授業はなかなか始まりません。
「新入生歓迎パーティーってさあ…。ぼくたちは今年も出てないけどさ」
とっくに資格が無さそうだし、とジョミー君。
「当たり前だろう、俺たちが何回、入学式に出たと思っているんだ!」
厚かましいぞ、とキース君が顔を顰めて。
「裏方に回って当然だ! 一度は卒業した身というのを忘れるなよ?」
「覚えてるけど…。だから今年もエッグハントの手伝いで卵を隠してたけど…」
どうして卵なんだろう、と言われましても。新入生歓迎パーティーの花はエッグハントで、校内のあちこちに隠された卵を新入生が探すイベント。見付けた卵は貰ってオッケー、目玉商品は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が化けた青い卵です。それを見付ければ豪華賞品ゲットな卵。
「どうして卵って…。エッグハントですよ、ジョミー先輩?」
文字通りに卵じゃないですか、とシロエ君が返して、マツカ君が。
「イースターのエッグハントの真似だったように思うんですけど…」
「そうよ、それよ! 宗教は関係ありません、ってリオさんが説明してるじゃないの」
毎年その筈、とスウェナちゃんも。
「イースターにはエッグハントで、卵を探して回るものでしょ?」
「うん、スウェナが言うので間違いないね」
イースターのをパクッたんだよ、と会長さんが証言しました。
「ウチの学校、お祭り騒ぎが大好きだしねえ…。それに、ぶるぅがいるものだから」
卵にドロンと化ける達人、と舞台裏を聞いて納得です。卵から生まれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は卵に化けるのが大得意。使わない手はありませんよね!
会長さんと同じく三百歳を軽く超えている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。でもでも、実年齢はともかく中身は子供で、六歳になる前に卵に戻ってリセットだという不思議な生き方。自分の意志でも卵に変身可能ですから、豪華賞品を預けておくにはピッタリです。
「えっと…。ぼくが言ってるのは、そっちの卵で…」
エッグハントの方なら分かる、とジョミー君の話は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の生き方よろしく、出だしにリセット。
「ぶるぅがいるからエッグハントだっていうのも分かるんだけど…。そのぶるぅだよ」
「「「ぶるぅ?」」」
「うん。…なんで、ぶるぅは卵なわけ?」
人間だよね、とジョミー君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」をまじまじと。
「かみお~ん♪ ぼくはもちろん、人間だよ!」
オバケじゃないもん、と元気な返事で、ジョミー君は更に。
「そうだよねえ…。でもさ、どうして卵から生まれて来ちゃったわけ?」
それに六歳になる前に卵に戻ってまた孵化するし、という質問をされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は真ん丸な目で。
「…なんでって…。ぼくは卵で…。子供のままでいるのがいいから、卵に戻って…」
「やり直しだよね、それも知ってる。だけど、卵な理由は何?」
「えーっ!? そんな難しいことを訊かれても…」
分かんないよう! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんに助けを求めました。
「ねえねえ、ブルー、ぼくって、どうして卵なの?」
「うーん…。それが分かれば、ぼくだって苦労はしないんだけどね?」
卵の仕組みは未だに謎だし、と会長さんまでが腕組みする有様。
「…本当に卵に戻った時には、いつ孵化するかも読めないわけで…。ぼくにも色々と制約が…」
「あんた、適当に放って遊んでいるだろうが!」
温めているとは聞かないぞ、とキース君の鋭いツッコミが。
「特製クッションに乗せておいたらオッケーだとかで、放って遊び歩きやがって!」
「んとんと…。それは仕方がないと思うの!」
ブルーも色々、忙しいもん! と会長さんの肩を持つ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は絵に描いたように立派な良い子。とはいえ、どうして卵から生まれて来るんでしょうねえ…?
卵に戻って孵化してみたり、卵に化けたりするのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」。それを生かして新入生歓迎パーティーのエッグハントまでがあるというのに、どうして卵なのかは謎みたいです。卵から生まれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」本人にも、一緒に暮らしている会長さんにも。
「…分かってないんだ、卵の理由…」
ジョミー君は残念そうで、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は顔を見合わせて。
「…最初から卵だったしねえ?」
「そだよ、気が付いたら卵の中だったよ、ぼく!」
その前のことは分からないもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。遠い昔に火山の噴火で海に沈んだアルタミラという島が二人の出身地ですけど、その島に住んでいた会長さんの枕元にコロンと転がっていたのが二人の出会い。片方は卵なんですけれど。
「ぶるぅの卵があった理由も謎だしねえ…。誰も教えてくれなかったし」
「ぼくも誰にも聞いてないもん…」
ブルーの声が殻の向こうから聞こえてただけ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も言ってますから、本当に理由は謎なのでしょう。何故、卵なのか。
「…謎なのかよ…」
ホントに分かっていなかったのな、とサム君が頭を振った所へ。
「お互い様だよ、ぶるぅの卵は謎だらけだよ!」
「「「!!?」」」
誰だ、と一斉に振り向いた先にフワリと翻った紫のマント。別世界からのお客様です。
「ぶるぅ、ぼくにもケーキと紅茶!」
「オッケー! 今日はイチゴたっぷりミルフィーユだよ!」
はい、どうぞ! とサッと出て来たミルフィーユと紅茶。ソルジャーは早速、ミルフィーユにフォークを入れながら。
「ぶるぅが卵から生まれる理由は、ぼくにも分かってないってば!」
「あのとんでもない悪戯小僧か?」
大食漢の、とキース君が訊くと、「他に誰がいると?」と返したソルジャー。
「ぶるぅの方がもっと謎だよ、卵以前の問題だから!」
そもそも卵ですらもなかった、とソルジャーに言われてみれば…。「ぶるぅ」の場合は、卵になる前に石ころの時期があったんでしたっけ…。
ソルジャーの世界のシャングリラに住む「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんが「ぶるぅ」。悪戯と大食いが生き甲斐、趣味は大人の時間の覗きだという迷惑な子供。ソルジャーとキャプテンが温めた卵から生まれたのだと聞いてます。でも。その前は…。
「ぶるぅは最初は石だったんだよ? こんなに小さな!」
ソルジャーが示す指先くらいのサイズ。しかも真っ白で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のような青い卵ではなかったとか。クリスマスの後に青の間で拾って、サイオンで探ろうとしたら青い卵に変身、仕方ないので温めたという展開で…。
「あれに比べれば、こっちのぶるぅは普通だよ! 最初から卵なんだから!」
「「「うーん…」」」
そうかもしれない、と妙に説得力があるのがソルジャーの話。石が卵に育つよりかは、最初から卵だった方が遥かに普通で、まだマシなのかもしれません。
「えーっと…。その石ころって、サンタクロースのプレゼントなわけ?」
クリスマスなら、とジョミー君。
「なんでぶるぅを貰えるのかは謎だけど…。サンタクロースしかいないよね?」
「多分ね、不法侵入だけどね!」
ぼくのシャングリラの防御システムは完璧なのに、とソルジャーはフウと溜息を。
「ぼくのサイオンにも引っ掛からずに入り込んだ上に、青の間まで来たというのがね!」
あんなに目立つ姿のくせに、とソルジャーの思考はズレていました。
「真っ赤な服とか、担いだ大きな袋とか…。太っている上にお爺さんだし、逃げ足も遅いと思うんだけど…。このぼくが遅れを取るなんて!」
ソルジャーのメンツが丸潰れだよ、とサンタクロースの侵入を許した自分が情けないとか。
「おまけに、くれたプレゼントがぶるぅなんだよ? あんまりだってば!」
「もっと他のが欲しかったわけ?」
会長さんが尋ねると、「決まってるじゃないか!」とソルジャー、即答。
「悪戯小僧で無芸大食、サイオンだけが無駄に強くて、趣味が覗きって最悪だよ!」
「…それってさあ…。ホントに別のだったら良かった?」
サンタクロースのプレゼント、とジョミー君がソルジャーに。
「同じ卵でも、もっと別のとか」
「「「卵?」」」
ジョミー君の頭は卵から逃れられないのでしょうか、他にどういう卵があると?
「そるじゃぁ・ぶるぅ」も悪戯小僧の「ぶるぅ」も、青い卵から生まれた子供。ジョミー君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵から生まれる理由を知りたかったみたいですけど、理由は謎。「ぶるぅ」の方だと更に謎だらけ、ジョミー君の頭の中は卵一色らしいです。
「別の卵って…。どういう意味だい?」
お得用の卵パックだろうか、とソルジャーの言葉も斜め上でした。
「確かに、そういう卵だったら食べてしまえば良かったわけだし…。プレゼントに貰うには丁度いいかもね、美味しいケーキが出来そうだから!」
卵料理は御免だけれど、と言うソルジャーは偏食家。こっちの世界だと「地球の食べ物は何でも美味しい」とグルメ三昧しているくせに、自分の世界では「お菓子があれば充分」な人。食事をするなど面倒だから、と栄養剤を希望、キャプテンが苦労しているようです。
「ケーキを作って貰えるんなら、卵も美味しいのがいいねえ…。お得用のパックよりかは、断然、平飼いの卵だね! …ぼくの世界にあるかどうかは謎だけど!」
「そういう卵じゃなくってさ…。ハーレイの卵だったら、どう?」
「「「ハーレイの卵!?」」」
「うん。…はぁれぃって言うべきなのかもしれないけどね」
ちょっと呼びにくいけど、とジョミー君。
「サンタクロースのプレゼントなんだし、そっちだったらいいのかと思って」
「はぁれぃの卵って…。なんだい、それは?」
ソルジャーがポカンとしていますけれど、ジョミー君は。
「ぶるぅの卵か、はぁれぃの卵か、どっちかだったら、はぁれぃかなあ、と」
孵化したら「ぶるぅ」の代わりに「はぁれぃ」、とジョミー君の発想もぶっ飛んでいます。
「はぁれぃの方が嬉しいかな、って。…結婚するくらいに好きみたいだから」
「…はぁれぃねえ…」
それは考えたことも無かった、と唸るソルジャー。
「つまりアレかい、ぶるぅみたいにミニサイズのハーレイが生まれて来ると?」
「そうだけど…。そっちの方が良かったかな、と」
だって一応、ハーレイだしね、とジョミー君は言ってますけれど。はぁれぃの卵とやらを貰った方が良かったんですかね、ソルジャーは…?
「はぁれぃかあ…。ビジュアル的には悪くないけど…」
ぶるぅみたいにチビのハーレイ、とソルジャーは顎に手を当てて。
「でもねえ…。それもやっぱり悪戯小僧で、凄い大食いなんだろうねえ?」
おまけに覗きが大好きで、と歓迎出来ない様子ですけど。
「それはどうだか分からないよ?」
元ネタが全く別物だから、と会長さんが指摘しました。
「ジョミーがそこまで考えてたかは知らないけれどね、はぁれぃの卵を貰った場合は、ぶるぅとはまるで違った子供が孵化してたかも…」
「何か根拠があるとでも?」
ぶるぅが卵から生まれる理由も分からないくせに、とソルジャーが言うと、会長さんは。
「あくまで、ぼくの推測だけど…。こっちのぶるぅには当てはまらないけど、君のぶるぅを考えてみると、はぁれぃだと別になりそうで…」
「どんな具合に?」
「君のハーレイを強烈にデフォルメしたような感じ!」
ぼくにもイメージ掴めないけど、と会長さん。
「デフォルメだって?」
「そう! 君の世界のぶるぅだけれどね、君を強烈にデフォルメしたって感じでねえ…」
まずは大食い、と会長さんは指を一本立てて。
「君は大食漢ってわけじゃないしね、自分の世界じゃ殆ど食べないって話だけれど…。でも、食べること自体は好きと見た! お菓子限定で!」
「…それは否定はしないけど…。お菓子だったらいくらでも食べるし、三食全部おやつだったら大歓迎だよ、ハーレイが許してくれないけどさ」
ぼくの世界のノルディもうるさく文句を言うし、とソルジャーは不満そうな顔。
「お菓子だけで食べていける世界が夢なんだけどねえ、ぼくの世界なら」
「ほらね、好物なら食べるんだよ、君は! こっちの世界じゃグルメ三昧だし!」
ぶるぅの大食いは君に生き写しで、もっと強烈になったケース、と会長さん。
「お菓子じゃなくてもオッケーなだけで、丸ごと君に似たんだよ! 強烈にデフォルメされちゃってるから、凄い大食いになったんだってば!」
ご意見は? という会長さんの問いに、ソルジャーは反論出来ませんでした。好物だったら好きなだけ食べるという点は間違っていないんですから。
悪戯小僧な「ぶるぅ」の大食いはソルジャーの食生活をデフォルメしたもの。言われてみれば頷ける説で、会長さんは二本目の指をピッと立てると。
「でもって、悪戯! これも君の性格と無関係だとは思えないけどね?」
ぼくたちが日頃、蒙っている色々な迷惑から考えても…、と会長さん。
「君に自覚は全く無くても、ぼくたちからすれば立派なトラブルメーカーなんだよ! ぶるぅには負けるというだけで!」
「…そうなのかい?」
ぼくは迷惑なんだろうか、とソルジャーがグルリと見回しましたが、首を縦に振った人はゼロ。横に振った人もゼロですけれど。
「ご覧よ、誰も否定をしないってトコが証拠だよ! ぶるぅと同じで悪戯小僧!」
その性格をもっと極端にしたら「ぶるぅ」が出来る、と会長さんが立てた三本目の指。
「それから、ぶるぅのおませな所! 胎教だとばかり思っていたけど…」
卵をベッドで温めてた間もお盛んだったようだし、と会長さんはフウと溜息。
「そのせいなんだと思い込んでいたけど、それも違うね! 君のせいだね!」
「…ぼくは覗きはしないけど?」
「君が覗いてどうするのさ! 覗くよりかは覗かれる方が好きなんだろう!」
「…覗かれていても燃えないからねえ、好きってことはないんだけどね?」
覗かれていても平気なだけだ、とソルジャーが答えて、会長さんが。
「そのふてぶてしい性格だよ! ぶるぅはそれを貰ってるんだよ、強烈にデフォルメした形で!」
だから叱られても覗きをやめない、と会長さん。
「ついでに君の恥じらいの無さとか、やたら貪欲な所も絡んでくるものだから…。大人の時間を覗き見するのが大好きな上に、おませなんだよ!」
これだけ揃えば立派な「ぶるぅ」の出来上がり、という会長さんの説に誰からともなく上がった拍手がパチパチ。なるほど、「ぶるぅ」はソルジャーそのもの、小さい代わりに性格が強烈になったんですねえ、デフォルメされて…。
会長さん曰く、悪戯小僧で大食漢で、おませな「ぶるぅ」はソルジャーの性格を丸ごとパクッて、強烈にデフォルメしてある存在。ソルジャーを子供にしたような姿ですから、元ネタはソルジャーらしいです。
「だからね、モノがはぁれぃの卵だった場合は、別物になると思うんだけど!」
元がハーレイなんだから、と会長さん。
「君のハーレイの性格を強烈にデフォルメしたようなのが出来るかと…」
はぁれぃだったらそうなる筈、という推理には頷けるものがあります。キャプテンを小さくしたような姿で生まれて来るのが「はぁれぃ」、性格の方も元ネタをパクッていて当然。
「なるほどねえ…。はぁれぃの卵を貰っていたなら、今頃は別のがいたわけだ?」
姿も中身も…、とソルジャーも理解したようで。
「どんな性格になるんだろうねえ、そのはぁれぃは?」
「…引っ込み思案ってトコじゃないな」
ヘタレを強烈にデフォルメなんだし、と会長さんが言い、キース君も。
「そんなヤツかもしれないな…。自己紹介もマトモに出来ないようなヘタレなんだな?」
「ぼくはそうだと思うけど?」
ヘタレは確実に出るであろう、と会長さん。
「それからクソがつくほど真面目で、とことん丁寧な言葉遣いで!」
「「「あー…」」」
キャプテンの性格をデフォルメするならそうなるな、と思うしかない真面目な「はぁれぃ」。言葉遣いもきっと丁寧、舌足らずながらも頑張って喋る「ですます」口調。
「…ぶるぅとはまるでイメージ違うんだけど?」
本当にそうなるんだろうか、とソルジャーが尋ねて、会長さんが。
「ぼくにもイメージは掴めないと言ったよ、こうじゃないかと思う程度で!」
生まれてみないと分からないよね、と会長さん。
「でもねえ、ぼくの推理が当たっていたなら、はぁれぃは全く別物だよ! ぶるぅとは!」
「…そうなるわけか…。どっちの方がマシなんだろう?」
もう手遅れって気もするけれど、と言うソルジャー。サンタクロースは「ぶるぅ」の卵を寄越したわけで、プレゼントはもう貰っちゃったし、と。多分、返品も交換も無理だよねえ、と。
「返品ねえ…。それに交換…」
手遅れだろうね、と会長さんも。
「ぶるぅが来てから年単位で時間が経っちゃってるから、どっちも無理だと思うけど…」
クーリングオフの期間もとっくに過ぎたであろう、という見解。
「もっとも、ぶるぅは買った品物ではないんだし…。クーリングオフは無さそうだけど」
「クーリングオフかあ…。それも出来なくて、返品も交換もとっくに無理、と」
ぶるぅで諦めるしかないってことか、とソルジャーは深い溜息を。
「…はぁれぃの方が良かったような気がするんだけどねえ…」
「あっ、やっぱり? 選べるんなら、はぁれぃなんだ?」
ジョミー君が訊くと、ソルジャーは「うん」と。
「そっちの方が素敵だよ、うん。悪戯はしないし、大食いでもないし、真面目だし…」
「同じ卵でも、ぶるぅとは月とスッポンですからね」
ぼくたちも「はぁれぃ」の方が良かったです、とシロエ君。
「次の機会がありそうだったら、是非、はぁれぃを貰って下さい!」
「えっ、次って…。まだ増えるのかい?」
ぶるぅだけでも大変なのに、はぁれぃまでが、とソルジャーは赤い瞳を見開いて。
「それは御免だよ、返品か交換なら歓迎だけど!」
「…ぶるぅは捨てると?」
はぁれぃを貰えるんなら捨てるのかい、と会長さんが顔を顰めましたが。
「別にいいじゃないか、同じ貰うなら素敵な卵の方がいいしね!」
サンタクロースが相談に乗ってくれないだろうか、とソルジャーが言い出した酷すぎる考え。いくら「ぶるぅ」に手を焼いていても、今更、返品だの交換だのって…。
「あんた、自分に正直すぎるぞ!」
キース君が怒鳴って、ジョミー君も。
「ぼくが言ったのは、もしも、ってコトで…。ぶるぅが来ちゃった段階で、はぁれぃはもう貰えないとか、そんな感じで…」
「そうですよ! ぶるぅが可哀相じゃないですか!」
間違っても本人にそんな話はしちゃ駄目ですよ、とシロエ君。私たちだってそう思いますです、可哀相すぎますよ、どんなに「ぶるぅ」が悪戯小僧でも子供には違いないんですから。
「ぶるぅ」には絶対に聞かせちゃ駄目だ、とソルジャーに何度も釘を刺しておいた「はぁれぃ」の卵という話。けれども、ネタとしては笑える代物なだけに、ソルジャーが夕食を食べて帰ってゆくまでの間に何度も話題に上りました。「ぶるぅ」の代わりに「はぁれぃ」だったら、と。
そしてケタケタ笑い転げて、それっきり忘れた「はぁれぃ」の卵。翌日の日曜日はソルジャーも来なくて極めて平和で、週が明けても平和な日々で。やがて迎えた土曜日のこと。
「ちょっといいかな!?」
ソルジャーが空間移動で飛び込んで来た会長さんの家のリビング。おやつ目当てでやって来たな、と直ぐに分かるだけに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がベリーのタルトを用意しましたが…。
「あっ、ありがとう! 腹が減っては戦が出来ぬと言うからねえ…!」
これは有難く頂いておいて、とガツガツと食べているソルジャー。何か急ぎの用でもあるのか、凄い速さで食べ終わると。
「これを見てくれるかな、こんなのだけど!」
見た目にはただの石なんだけど、とテーブルに置かれた白い石ころ。指先くらいの大きさです。
「…この石がどうかしたのかい?」
ただの石にしか見えないけれど、と会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「そこが問題なんだってば! ただの石にしか見えないってトコが!」
「…石だろう?」
「あるべき所にあったんだったら、確かにただの石なんだけど!」
公園に落ちていたんだったら何も問題無いんだけれど、と謎の台詞が。
「…メイン・エンジンとかワープドライブの辺りかい?」
それは確かに問題かもね、と会長さん。
「ああいう機関に異物は禁物、おまけに石があったとなると…。子供が出入りをしてるわけだし、厳重に注意しておかないと」
色々な意味で危険すぎる、と会長さんもソルジャーだけのことはあります。
「監視カメラはついてるんだろう? 直ちに映像を解析すべきで、持ち込んだ子供を特定出来たら厳しく叱っておくべきだね!」
「…そっちの方がよっぽどマシだよ!」
これはハーレイの部屋で見付かったのだ、とソルジャーは石を指差しました。キャプテンの部屋の床にコロンと転がっていたらしいんですけど、その場所に何か問題が…?
キャプテンの部屋にあったという石。白い小さな石で、何処から見たって普通の石で。
「…君のハーレイの部屋だと何がいけないんだい?」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「ハーレイの部屋で石ってトコだよ、これが青の間なら、ぶるぅなんだよ!」
「「「は?」」」
「ぶるぅだってば、ぶるぅの卵も最初はこういう白い石で!」
サイオンで探ったら青い卵に変わったのだ、とソルジャーの顔に焦りの色が。
「ハーレイの部屋にあったってことは、これは、はぁれぃの卵じゃないかと…!」
「はぁれぃって…。それはいくらなんでも…」
考えすぎじゃないのかい、と会長さん。
「第一、今はクリスマスでもないからね? サンタクロースが来るわけがないし!」
「それはそうだけど、でも、ハーレイは石なんかを部屋に持って行ってはいないと…!」
なのにベッドから転がり落ちた所が問題、と言うソルジャー。床に転がっていたと言いませんでしたか、ベッドから床に落ちたんですか?
「うん、多分…。ベッドに入る前には落ちてはいなかったからね」
ハーレイとベッドで楽しく過ごして、起きたら床に転がっていた、という証言。
「だからベッドから落ちたんじゃないかと…。でも、ハーレイは石なんか部屋に持っては来なかったらしいし、危険すぎるんだよ! はぁれぃの卵の可能性大!」
「…それで?」
ぼくたちに何をどうしろと、と会長さん。
「季節外れのプレゼントを貰ってしまったと言うなら、それは君の世界の問題だろう?」
「そうなんだけど…。ぶるぅだけでもう手一杯だよ!」
この上、はぁれぃまでは要らない、とソルジャーは身勝手すぎました。キャプテンの部屋に「はぁれぃ」が住み着いてしまえば、夫婦の時間にも悪影響が…、などと言うのがソルジャー。
「はぁれぃはクソ真面目だから覗きはしない、と言うだけ無駄だよ、ぼくのハーレイには!」
部屋に余計な住人がいるだけでヘタレには脅威になるのだそうで。
「現にハーレイ、これがはぁれぃの卵だったら、もうハーレイの部屋では嫌だと言ってたし…」
あの部屋で大人の時間を過ごせなくなる、とソルジャーが恐れる「はぁれぃ」の卵。ただの石にしか見えないんですし、考えすぎじゃないですか…?
ソルジャーが一人で大騒ぎしている白い石。「はぁれぃ」の卵だと慌ててますけど、ただの石ころっていう線もありますよ?
「そ、そうなのかな…? ハーレイに覚えが無いってだけで…?」
何かのはずみに紛れ込んだかな、とソルジャーは首を捻っています。リネン類とかを運ぶ台車があるかはどうかは知りませんけど、運搬中に子供が突っ込んだかも…。
「子供ねえ…。まるで無いとは言い切れないねえ、それでそのままハーレイの部屋に?」
「そういうオチかもしれないよ? 上手い具合にくっついてたかも」
ベッドメイキングの係がサイオンを使っていたら、と会長さん。
「大きなベッドを相手にするなら、補助のサイオンは欲しいトコだし…。シーツとかをバッと広げて被せようって時に、石もそのまま運んじゃったとかね」
「そうだね、その可能性もゼロではないか…。ホッとしたけど、念のため…」
確認だけはしておこう、とソルジャーが右手で石を握って、その手がボウッと青い光に包まれています。サイオンで探っているわけですね、ただの石かどうか。
「やっぱり心配になるからね! うん、大丈夫かな、反応しないし」
心配して損をしちゃったよ、とソルジャーが石をテーブルにコトンと置いた途端に。
「「「えっ?」」」
今度は石がボウッと光って、一瞬の内にピンク色の卵に変わっていました。鶏の卵くらいのサイズで、つまりは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が化ける卵と同じ大きさ、ただし色違い。
「…卵になった!?」
ジョミー君が顔を引き攣らせて、キース君が。
「まさか、はぁれぃの卵なのか、これは!?」
「…ぼ、ぼくも信じたくないけれど…。で、でも…!」
ハーレイの部屋にあった以上は「はぁれぃ」の卵なのだろう、とソルジャーは再び大慌て。
「こういうことだよ、はぁれぃの卵なんだよ、これは!」
「持って帰って温めたまえ!」
君の世界の卵なんだし、と会長さんが扉の方を指差しましたが、ソルジャーの方は。
「そうはいかないって言ったじゃないか! ぼくもハーレイも困るんだよ!」
はぁれぃまで育てる余裕はとても…、と話は振り出しに戻っています。要らないだなんて言う方が無茶で、育てるべきだと思うんですけど…?
ソルジャーが持ち込んだ白い石ころ、転じてピンク色をした卵。「ぶるぅ」が生まれるまでの状況と似てはいるものの、発見された場所はキャプテンの部屋。ゆえに「はぁれぃ」の卵であろう、とソルジャーでなくても考えるわけで…。
「はぁれぃの卵なら、君たちできちんと温めるべきだよ!」
育児放棄をしてどうするのだ、と会長さんは眉を吊り上げました。
「こうして卵になったからには、育てる責任は君たちにあるから!」
「でも、ハーレイが反対なんだよ! ぼくもだけど!」
はぁれぃの卵は孵化するまでにも一年かかる、と騒ぐソルジャー。
「その間、ぼくたちのベッドにドンと卵が居座るわけだし、おまけに中身は、はぁれぃだし…!」
「はぁれぃの方で良かったじゃないか、ぼくの推理が当たっていたならクソ真面目だから!」
どんな胎教を食らったとしても真面目な子供になるであろう、と会長さん。
「いつか卵が孵った時には、実にいい子になるかもねえ…。何かと言えば特別休暇に励む君たちに説教をかましてくれるような!」
「せ、説教って…?」
「こんな所で励んでいないで仕事をしたら、と横で注意をしてくれるんだよ!」
それは覗きとは言わないから、と会長さんはピッシャリと。
「大人の時間にうつつを抜かしている弛んだ君たちにお説教! 仕事に行け、と!」
君の方は暇でもハーレイには仕事があるんだから、と会長さん。
「はぁれぃは頼もしい子になってくれるよ、胎教が酷ければ酷いほど!」
「そ、そんな…! ハーレイがますますヘタレるじゃないか!」
ぶるぅの覗きよりも酷い展開、とソルジャーは焦りまくっています。
「覗きだけでも、ハーレイは萎えてしまうのに…! 堂々と出て来てお説教なんて…!」
「いいと思うよ、そういう真面目な子供も君たちには必要だよ!」
君のシャングリラの未来のためにも、「はぁれぃ」は希望の光になるね、と会長さんが挙げる「はぁれぃ」という子供の素晴らしさ。特別休暇と称してサボッてばかりのソルジャー夫妻にお説教をかまし、日頃の夫婦の時間も翌日に備えて早めに切り上げるように監視モードで…。
「はぁれぃは絶対、育てるべきだね! 君のシャングリラで!」
「そういう子供は困るんだってば!」
ぼくの士気にも関わるから、とか言ってますけど、見られていたって平気というのがソルジャーですから、説得力はゼロですねえ…?
私たちは「はぁれぃ」の卵を温めるように、と口々にソルジャーに言ったのですけれど。なにしろ相手は自分勝手で、「ぶるぅ」を返品して「はぁれぃ」と交換出来たらいいのに、と言い放ったような思考の持ち主。旗色が悪い、と考えたらしいソルジャーは逃げて帰ってしまって…。
「…会長、この卵、どうするんですか?」
親がいなくなってしまいましたが、とシロエ君が見ているピンク色の卵。テーブルの上に放っておかれて、それは寂しそうな感じに見えます。
「うーん…。ぶるぅの卵と同じ仕組みなら、温めなくてもいいんだけれど…。あっちのぶるぅは温めないと駄目だったようでもあるからねえ…」
「俺たちで温めるしかねえのかよ?」
このままだと駄目になっちまうよな、とサム君が卵をつつくと、キース君が。
「孵卵器は使えないんだろうか? あれが使えるなら便利なんだが…」
時々、卵の向きを変えてやるだけで良かった筈だ、と挙がった孵卵器。でも…。
「それは駄目だね、あっちのぶるぅの卵は大きく育つんだから」
「「「あー…」」」
そうだったっけ、と思い出しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵の殻は成長しませんけれども、「ぶるぅ」の卵は育ったのだと聞いています。最終的には抱えるほどの大きさに。
「…仕方ない、親が逃げた以上は里親だよね」
でも、ぼくたちも余計な時間は取られたくないし、と会長さんの指がパチンと鳴って。
「な、なんだ!?」
瞬間移動で教頭先生が呼び出されました。家で寛いでらっしゃったのに違いありません。
「悪いね、君に頼みたいことが出来ちゃって…」
子供を育てて欲しいんだけど、と会長さん。
「子供だと?」
「そう。…ブルーが捨てて行っちゃったんだよ、この卵を!」
一年間ほど温めてやると「はぁれぃ」という子供が孵化する筈で…、と会長さんは説明を。
「ミニサイズの君みたいなのが生まれる予定の卵で、温めてくれそうな人が他にいなくて…」
「し、しかし…。私にも仕事というものが…!」
「そこは適当でいいんだよ! 温められる時だけで充分だから!」
多分…、と会長さんは卵を眺めて、それから「駄目かな?」とお願い目線。会長さんに惚れている教頭先生はハートを射抜かれてしまい、卵を引き受けてしまわれました。二つ返事で。
こうして里親が無事に決まった「はぁれぃ」の卵。ソルジャー夫妻よりも真面目に温めたのが良かったらしくて、二週間ほどでグンと大きくなったようです。抱えるくらいに育った卵を私たちも見学に出掛けました。会長さんの家から瞬間移動で。
「うわあ、大きく育ちましたねえ…!」
もうすぐ孵りそうですよ、とシロエ君が卵を撫でると、キース君も卵に触ってみて。
「そうだな、今日にでも孵るかもしれん。…だが、あの馬鹿は一度も来ないし…」
「こっちで育てるしかないのかしら?」
性格は問題無さそうだけど、とスウェナちゃん。
「真面目な子供なら、お留守番だって出来そうだけど…。でも、家が無いわね」
「ぼくの家はぶるぅがいるからねえ…。キース、元老寺で引き取れないかい?」
将来はお坊さんになる見習いってことで、と会長さんが凄い提案を。
「真面目なんだし、お経も早く覚えると思う。月参りの時に連れて行ったら評判もいいよ?」
「…そうかもしれんな、小坊主は人気が高いものだし…。親父に相談してみるか」
大食いも悪戯もしない子供なら大丈夫だろう、とキース君。
「それは良かった。じゃあ、暫くはハーレイの家で預かって貰って、話がついたら元老寺に…」
「その話、待った!」
私が育てることにしよう、と教頭先生が名乗り出ました。ベッドで卵を抱えたままで。
「えーっと…。ハーレイ、情が移ったとか?」
「いや、そのぅ…。お前に頼まれて温めたのだし、気分はお前と私の子供で…」
「ふうん? だったら、そういうことで」
いいんじゃないかな、とニンマリと笑う会長さん。これが狙いで元老寺を持ち出したのに違いありません。「はぁれぃ」を育てることになったら、教頭先生の自由時間は激減しますし…。
「そうだよ、おまけにコブ付きなんだよ! もう結婚の資格は無いね!」
ぼくはコブ付きはお断りで…、という会長さんの言葉に教頭先生は顔面蒼白。けれど今更、育てる話を撤回したら更に軽蔑されることは必定、ピンチとしか言いようがない状況で…。
「あっ、生まれるかな?」
ピシッと卵にヒビが入ったのをジョミー君が見付けて、私たちは固唾を飲んで見守ることに。教頭先生がコブ付きになると噂の「はぁれぃ」、どんな姿をしているのでしょう?
ワクワクと見ている間にピシッ、ピシッとヒビが広がっていって…。
「かみお~ん♪ はじめまして、パパ、ママ!」
「「「ええっ!?」」」
現れた子供は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にそっくりの見た目、「はぁれぃ」じゃなかったんですか?
「わあっ、ぶるぅだ!」
ずっと卵に化けていたの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の歓声が。すると、目の前に素っ裸で立っている小さな子供は…。
「「「ぶるぅ!?」」」
「そだよ、ブルーに連絡してくれる? はぁれぃの卵が孵りました、って!」
二週間も放っておかれたんだから! とニヤニヤと笑う「ぶるぅ」は悪戯小僧の顔でした。まさかソルジャー夫妻は「ぶるぅ」の不在に気付かず、「はぁれぃ」の卵だと思い込んだままで…。
「多分ね、ぼくのパパとママだから! はぁれぃと交換したかった、なんて言ってたから!」
「「「うわー…」」」
その瞬間に私たちは悟りました。ソルジャー夫妻が「ぶるぅ」に超ド級の借りを作ったことを。
「…あ、あいつら、これからどうなるんだ…?」
恐ろしくて考えたくもないんだが、とキース君が左手首の数珠レットを繰り、会長さんが。
「だからぶるぅには聞かせちゃ駄目だと言ったのに…。話しちゃったんだ、はぁれぃの卵…」
「うんっ! 何をして貰ったらいいかな、ぼく? 二週間も放っておかれたもんね!」
一緒に悪戯を考えてくれる? という「ぶるぅ」の誘いに、背筋が寒くなりましたけれど。
「…こんなチャンスは二度と無いからな、俺たちに最強の味方が出来たぞ!」
今までの借りを返そうじゃないか、とキース君が拳を握って、会長さんも。
「そうだね、ハーレイ、君も話に入りたまえ! 卵を温めた功労者だから!」
「い、いや、私はだな…」
「遠慮している場合じゃないだろ、何回コケにされたんだい?」
さあ! という会長さんの悪魔の囁き、教頭先生もお仲間です。ソルジャー夫妻に復讐出来るチャンス到来、「ぶるぅ」が味方につきました。二週間も放置されてた間に悪戯も山ほど考えたでしょう。その悪戯、私たちも大いにアイデア出します、ソルジャー夫妻に天誅ですよ~!
はぁれぃの卵・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
卵から生まれる「ぶるぅ」たちですけど、「はぁれぃ」の方がいいと言ったソルジャー。
そして来てしまった「はぁれぃ」の卵、里子に出したのが運の尽き。正体がアレではねえ…。
このシャングリラ学園番外編、来月で連載開始から14周年。今年で連載終了です。
更新は残り2回ですけど、最後まで笑って読んで頂けると嬉しいな、と思っています。
次回は 「第3月曜」 11月21日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、10月はソルジャーがマグロ漁船に乗ると言い出しまして…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園に今年も春がやって来ました。入学式にはもちろん参加で、今年もやっぱり1年A組だった私たち。担任は不動のグレイブ先生、どう考えてもブラックリストで札付きなのが分かります。グレイブ先生は入学式の日の実力テストで会長さんと熱いバトルで…。
「今年もこういう季節ですねえ…」
バタバタもそろそろ一段落でしょうか、とシロエ君。今日は土曜日、みんなで会長さんのマンションに遊びに来ています。お花見シーズンは終わりましたから、普通にダラダラ。
「だよなあ、校内見学もクラブ見学も終わったしよ…。新入生歓迎パーティーも」
週明けからは授業が始まるし、とサム君が相槌、シャングリラ学園の年度初めは毎年ドタバタ。いろんな行事がてんこ盛りだけに、授業はなかなか始まりません。
「新入生歓迎パーティーってさあ…。ぼくたちは今年も出てないけどさ」
とっくに資格が無さそうだし、とジョミー君。
「当たり前だろう、俺たちが何回、入学式に出たと思っているんだ!」
厚かましいぞ、とキース君が顔を顰めて。
「裏方に回って当然だ! 一度は卒業した身というのを忘れるなよ?」
「覚えてるけど…。だから今年もエッグハントの手伝いで卵を隠してたけど…」
どうして卵なんだろう、と言われましても。新入生歓迎パーティーの花はエッグハントで、校内のあちこちに隠された卵を新入生が探すイベント。見付けた卵は貰ってオッケー、目玉商品は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が化けた青い卵です。それを見付ければ豪華賞品ゲットな卵。
「どうして卵って…。エッグハントですよ、ジョミー先輩?」
文字通りに卵じゃないですか、とシロエ君が返して、マツカ君が。
「イースターのエッグハントの真似だったように思うんですけど…」
「そうよ、それよ! 宗教は関係ありません、ってリオさんが説明してるじゃないの」
毎年その筈、とスウェナちゃんも。
「イースターにはエッグハントで、卵を探して回るものでしょ?」
「うん、スウェナが言うので間違いないね」
イースターのをパクッたんだよ、と会長さんが証言しました。
「ウチの学校、お祭り騒ぎが大好きだしねえ…。それに、ぶるぅがいるものだから」
卵にドロンと化ける達人、と舞台裏を聞いて納得です。卵から生まれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は卵に化けるのが大得意。使わない手はありませんよね!
会長さんと同じく三百歳を軽く超えている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。でもでも、実年齢はともかく中身は子供で、六歳になる前に卵に戻ってリセットだという不思議な生き方。自分の意志でも卵に変身可能ですから、豪華賞品を預けておくにはピッタリです。
「えっと…。ぼくが言ってるのは、そっちの卵で…」
エッグハントの方なら分かる、とジョミー君の話は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の生き方よろしく、出だしにリセット。
「ぶるぅがいるからエッグハントだっていうのも分かるんだけど…。そのぶるぅだよ」
「「「ぶるぅ?」」」
「うん。…なんで、ぶるぅは卵なわけ?」
人間だよね、とジョミー君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」をまじまじと。
「かみお~ん♪ ぼくはもちろん、人間だよ!」
オバケじゃないもん、と元気な返事で、ジョミー君は更に。
「そうだよねえ…。でもさ、どうして卵から生まれて来ちゃったわけ?」
それに六歳になる前に卵に戻ってまた孵化するし、という質問をされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は真ん丸な目で。
「…なんでって…。ぼくは卵で…。子供のままでいるのがいいから、卵に戻って…」
「やり直しだよね、それも知ってる。だけど、卵な理由は何?」
「えーっ!? そんな難しいことを訊かれても…」
分かんないよう! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんに助けを求めました。
「ねえねえ、ブルー、ぼくって、どうして卵なの?」
「うーん…。それが分かれば、ぼくだって苦労はしないんだけどね?」
卵の仕組みは未だに謎だし、と会長さんまでが腕組みする有様。
「…本当に卵に戻った時には、いつ孵化するかも読めないわけで…。ぼくにも色々と制約が…」
「あんた、適当に放って遊んでいるだろうが!」
温めているとは聞かないぞ、とキース君の鋭いツッコミが。
「特製クッションに乗せておいたらオッケーだとかで、放って遊び歩きやがって!」
「んとんと…。それは仕方がないと思うの!」
ブルーも色々、忙しいもん! と会長さんの肩を持つ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は絵に描いたように立派な良い子。とはいえ、どうして卵から生まれて来るんでしょうねえ…?
卵に戻って孵化してみたり、卵に化けたりするのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」。それを生かして新入生歓迎パーティーのエッグハントまでがあるというのに、どうして卵なのかは謎みたいです。卵から生まれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」本人にも、一緒に暮らしている会長さんにも。
「…分かってないんだ、卵の理由…」
ジョミー君は残念そうで、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は顔を見合わせて。
「…最初から卵だったしねえ?」
「そだよ、気が付いたら卵の中だったよ、ぼく!」
その前のことは分からないもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。遠い昔に火山の噴火で海に沈んだアルタミラという島が二人の出身地ですけど、その島に住んでいた会長さんの枕元にコロンと転がっていたのが二人の出会い。片方は卵なんですけれど。
「ぶるぅの卵があった理由も謎だしねえ…。誰も教えてくれなかったし」
「ぼくも誰にも聞いてないもん…」
ブルーの声が殻の向こうから聞こえてただけ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も言ってますから、本当に理由は謎なのでしょう。何故、卵なのか。
「…謎なのかよ…」
ホントに分かっていなかったのな、とサム君が頭を振った所へ。
「お互い様だよ、ぶるぅの卵は謎だらけだよ!」
「「「!!?」」」
誰だ、と一斉に振り向いた先にフワリと翻った紫のマント。別世界からのお客様です。
「ぶるぅ、ぼくにもケーキと紅茶!」
「オッケー! 今日はイチゴたっぷりミルフィーユだよ!」
はい、どうぞ! とサッと出て来たミルフィーユと紅茶。ソルジャーは早速、ミルフィーユにフォークを入れながら。
「ぶるぅが卵から生まれる理由は、ぼくにも分かってないってば!」
「あのとんでもない悪戯小僧か?」
大食漢の、とキース君が訊くと、「他に誰がいると?」と返したソルジャー。
「ぶるぅの方がもっと謎だよ、卵以前の問題だから!」
そもそも卵ですらもなかった、とソルジャーに言われてみれば…。「ぶるぅ」の場合は、卵になる前に石ころの時期があったんでしたっけ…。
ソルジャーの世界のシャングリラに住む「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんが「ぶるぅ」。悪戯と大食いが生き甲斐、趣味は大人の時間の覗きだという迷惑な子供。ソルジャーとキャプテンが温めた卵から生まれたのだと聞いてます。でも。その前は…。
「ぶるぅは最初は石だったんだよ? こんなに小さな!」
ソルジャーが示す指先くらいのサイズ。しかも真っ白で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のような青い卵ではなかったとか。クリスマスの後に青の間で拾って、サイオンで探ろうとしたら青い卵に変身、仕方ないので温めたという展開で…。
「あれに比べれば、こっちのぶるぅは普通だよ! 最初から卵なんだから!」
「「「うーん…」」」
そうかもしれない、と妙に説得力があるのがソルジャーの話。石が卵に育つよりかは、最初から卵だった方が遥かに普通で、まだマシなのかもしれません。
「えーっと…。その石ころって、サンタクロースのプレゼントなわけ?」
クリスマスなら、とジョミー君。
「なんでぶるぅを貰えるのかは謎だけど…。サンタクロースしかいないよね?」
「多分ね、不法侵入だけどね!」
ぼくのシャングリラの防御システムは完璧なのに、とソルジャーはフウと溜息を。
「ぼくのサイオンにも引っ掛からずに入り込んだ上に、青の間まで来たというのがね!」
あんなに目立つ姿のくせに、とソルジャーの思考はズレていました。
「真っ赤な服とか、担いだ大きな袋とか…。太っている上にお爺さんだし、逃げ足も遅いと思うんだけど…。このぼくが遅れを取るなんて!」
ソルジャーのメンツが丸潰れだよ、とサンタクロースの侵入を許した自分が情けないとか。
「おまけに、くれたプレゼントがぶるぅなんだよ? あんまりだってば!」
「もっと他のが欲しかったわけ?」
会長さんが尋ねると、「決まってるじゃないか!」とソルジャー、即答。
「悪戯小僧で無芸大食、サイオンだけが無駄に強くて、趣味が覗きって最悪だよ!」
「…それってさあ…。ホントに別のだったら良かった?」
サンタクロースのプレゼント、とジョミー君がソルジャーに。
「同じ卵でも、もっと別のとか」
「「「卵?」」」
ジョミー君の頭は卵から逃れられないのでしょうか、他にどういう卵があると?
「そるじゃぁ・ぶるぅ」も悪戯小僧の「ぶるぅ」も、青い卵から生まれた子供。ジョミー君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵から生まれる理由を知りたかったみたいですけど、理由は謎。「ぶるぅ」の方だと更に謎だらけ、ジョミー君の頭の中は卵一色らしいです。
「別の卵って…。どういう意味だい?」
お得用の卵パックだろうか、とソルジャーの言葉も斜め上でした。
「確かに、そういう卵だったら食べてしまえば良かったわけだし…。プレゼントに貰うには丁度いいかもね、美味しいケーキが出来そうだから!」
卵料理は御免だけれど、と言うソルジャーは偏食家。こっちの世界だと「地球の食べ物は何でも美味しい」とグルメ三昧しているくせに、自分の世界では「お菓子があれば充分」な人。食事をするなど面倒だから、と栄養剤を希望、キャプテンが苦労しているようです。
「ケーキを作って貰えるんなら、卵も美味しいのがいいねえ…。お得用のパックよりかは、断然、平飼いの卵だね! …ぼくの世界にあるかどうかは謎だけど!」
「そういう卵じゃなくってさ…。ハーレイの卵だったら、どう?」
「「「ハーレイの卵!?」」」
「うん。…はぁれぃって言うべきなのかもしれないけどね」
ちょっと呼びにくいけど、とジョミー君。
「サンタクロースのプレゼントなんだし、そっちだったらいいのかと思って」
「はぁれぃの卵って…。なんだい、それは?」
ソルジャーがポカンとしていますけれど、ジョミー君は。
「ぶるぅの卵か、はぁれぃの卵か、どっちかだったら、はぁれぃかなあ、と」
孵化したら「ぶるぅ」の代わりに「はぁれぃ」、とジョミー君の発想もぶっ飛んでいます。
「はぁれぃの方が嬉しいかな、って。…結婚するくらいに好きみたいだから」
「…はぁれぃねえ…」
それは考えたことも無かった、と唸るソルジャー。
「つまりアレかい、ぶるぅみたいにミニサイズのハーレイが生まれて来ると?」
「そうだけど…。そっちの方が良かったかな、と」
だって一応、ハーレイだしね、とジョミー君は言ってますけれど。はぁれぃの卵とやらを貰った方が良かったんですかね、ソルジャーは…?
「はぁれぃかあ…。ビジュアル的には悪くないけど…」
ぶるぅみたいにチビのハーレイ、とソルジャーは顎に手を当てて。
「でもねえ…。それもやっぱり悪戯小僧で、凄い大食いなんだろうねえ?」
おまけに覗きが大好きで、と歓迎出来ない様子ですけど。
「それはどうだか分からないよ?」
元ネタが全く別物だから、と会長さんが指摘しました。
「ジョミーがそこまで考えてたかは知らないけれどね、はぁれぃの卵を貰った場合は、ぶるぅとはまるで違った子供が孵化してたかも…」
「何か根拠があるとでも?」
ぶるぅが卵から生まれる理由も分からないくせに、とソルジャーが言うと、会長さんは。
「あくまで、ぼくの推測だけど…。こっちのぶるぅには当てはまらないけど、君のぶるぅを考えてみると、はぁれぃだと別になりそうで…」
「どんな具合に?」
「君のハーレイを強烈にデフォルメしたような感じ!」
ぼくにもイメージ掴めないけど、と会長さん。
「デフォルメだって?」
「そう! 君の世界のぶるぅだけれどね、君を強烈にデフォルメしたって感じでねえ…」
まずは大食い、と会長さんは指を一本立てて。
「君は大食漢ってわけじゃないしね、自分の世界じゃ殆ど食べないって話だけれど…。でも、食べること自体は好きと見た! お菓子限定で!」
「…それは否定はしないけど…。お菓子だったらいくらでも食べるし、三食全部おやつだったら大歓迎だよ、ハーレイが許してくれないけどさ」
ぼくの世界のノルディもうるさく文句を言うし、とソルジャーは不満そうな顔。
「お菓子だけで食べていける世界が夢なんだけどねえ、ぼくの世界なら」
「ほらね、好物なら食べるんだよ、君は! こっちの世界じゃグルメ三昧だし!」
ぶるぅの大食いは君に生き写しで、もっと強烈になったケース、と会長さん。
「お菓子じゃなくてもオッケーなだけで、丸ごと君に似たんだよ! 強烈にデフォルメされちゃってるから、凄い大食いになったんだってば!」
ご意見は? という会長さんの問いに、ソルジャーは反論出来ませんでした。好物だったら好きなだけ食べるという点は間違っていないんですから。
悪戯小僧な「ぶるぅ」の大食いはソルジャーの食生活をデフォルメしたもの。言われてみれば頷ける説で、会長さんは二本目の指をピッと立てると。
「でもって、悪戯! これも君の性格と無関係だとは思えないけどね?」
ぼくたちが日頃、蒙っている色々な迷惑から考えても…、と会長さん。
「君に自覚は全く無くても、ぼくたちからすれば立派なトラブルメーカーなんだよ! ぶるぅには負けるというだけで!」
「…そうなのかい?」
ぼくは迷惑なんだろうか、とソルジャーがグルリと見回しましたが、首を縦に振った人はゼロ。横に振った人もゼロですけれど。
「ご覧よ、誰も否定をしないってトコが証拠だよ! ぶるぅと同じで悪戯小僧!」
その性格をもっと極端にしたら「ぶるぅ」が出来る、と会長さんが立てた三本目の指。
「それから、ぶるぅのおませな所! 胎教だとばかり思っていたけど…」
卵をベッドで温めてた間もお盛んだったようだし、と会長さんはフウと溜息。
「そのせいなんだと思い込んでいたけど、それも違うね! 君のせいだね!」
「…ぼくは覗きはしないけど?」
「君が覗いてどうするのさ! 覗くよりかは覗かれる方が好きなんだろう!」
「…覗かれていても燃えないからねえ、好きってことはないんだけどね?」
覗かれていても平気なだけだ、とソルジャーが答えて、会長さんが。
「そのふてぶてしい性格だよ! ぶるぅはそれを貰ってるんだよ、強烈にデフォルメした形で!」
だから叱られても覗きをやめない、と会長さん。
「ついでに君の恥じらいの無さとか、やたら貪欲な所も絡んでくるものだから…。大人の時間を覗き見するのが大好きな上に、おませなんだよ!」
これだけ揃えば立派な「ぶるぅ」の出来上がり、という会長さんの説に誰からともなく上がった拍手がパチパチ。なるほど、「ぶるぅ」はソルジャーそのもの、小さい代わりに性格が強烈になったんですねえ、デフォルメされて…。
会長さん曰く、悪戯小僧で大食漢で、おませな「ぶるぅ」はソルジャーの性格を丸ごとパクッて、強烈にデフォルメしてある存在。ソルジャーを子供にしたような姿ですから、元ネタはソルジャーらしいです。
「だからね、モノがはぁれぃの卵だった場合は、別物になると思うんだけど!」
元がハーレイなんだから、と会長さん。
「君のハーレイの性格を強烈にデフォルメしたようなのが出来るかと…」
はぁれぃだったらそうなる筈、という推理には頷けるものがあります。キャプテンを小さくしたような姿で生まれて来るのが「はぁれぃ」、性格の方も元ネタをパクッていて当然。
「なるほどねえ…。はぁれぃの卵を貰っていたなら、今頃は別のがいたわけだ?」
姿も中身も…、とソルジャーも理解したようで。
「どんな性格になるんだろうねえ、そのはぁれぃは?」
「…引っ込み思案ってトコじゃないな」
ヘタレを強烈にデフォルメなんだし、と会長さんが言い、キース君も。
「そんなヤツかもしれないな…。自己紹介もマトモに出来ないようなヘタレなんだな?」
「ぼくはそうだと思うけど?」
ヘタレは確実に出るであろう、と会長さん。
「それからクソがつくほど真面目で、とことん丁寧な言葉遣いで!」
「「「あー…」」」
キャプテンの性格をデフォルメするならそうなるな、と思うしかない真面目な「はぁれぃ」。言葉遣いもきっと丁寧、舌足らずながらも頑張って喋る「ですます」口調。
「…ぶるぅとはまるでイメージ違うんだけど?」
本当にそうなるんだろうか、とソルジャーが尋ねて、会長さんが。
「ぼくにもイメージは掴めないと言ったよ、こうじゃないかと思う程度で!」
生まれてみないと分からないよね、と会長さん。
「でもねえ、ぼくの推理が当たっていたなら、はぁれぃは全く別物だよ! ぶるぅとは!」
「…そうなるわけか…。どっちの方がマシなんだろう?」
もう手遅れって気もするけれど、と言うソルジャー。サンタクロースは「ぶるぅ」の卵を寄越したわけで、プレゼントはもう貰っちゃったし、と。多分、返品も交換も無理だよねえ、と。
「返品ねえ…。それに交換…」
手遅れだろうね、と会長さんも。
「ぶるぅが来てから年単位で時間が経っちゃってるから、どっちも無理だと思うけど…」
クーリングオフの期間もとっくに過ぎたであろう、という見解。
「もっとも、ぶるぅは買った品物ではないんだし…。クーリングオフは無さそうだけど」
「クーリングオフかあ…。それも出来なくて、返品も交換もとっくに無理、と」
ぶるぅで諦めるしかないってことか、とソルジャーは深い溜息を。
「…はぁれぃの方が良かったような気がするんだけどねえ…」
「あっ、やっぱり? 選べるんなら、はぁれぃなんだ?」
ジョミー君が訊くと、ソルジャーは「うん」と。
「そっちの方が素敵だよ、うん。悪戯はしないし、大食いでもないし、真面目だし…」
「同じ卵でも、ぶるぅとは月とスッポンですからね」
ぼくたちも「はぁれぃ」の方が良かったです、とシロエ君。
「次の機会がありそうだったら、是非、はぁれぃを貰って下さい!」
「えっ、次って…。まだ増えるのかい?」
ぶるぅだけでも大変なのに、はぁれぃまでが、とソルジャーは赤い瞳を見開いて。
「それは御免だよ、返品か交換なら歓迎だけど!」
「…ぶるぅは捨てると?」
はぁれぃを貰えるんなら捨てるのかい、と会長さんが顔を顰めましたが。
「別にいいじゃないか、同じ貰うなら素敵な卵の方がいいしね!」
サンタクロースが相談に乗ってくれないだろうか、とソルジャーが言い出した酷すぎる考え。いくら「ぶるぅ」に手を焼いていても、今更、返品だの交換だのって…。
「あんた、自分に正直すぎるぞ!」
キース君が怒鳴って、ジョミー君も。
「ぼくが言ったのは、もしも、ってコトで…。ぶるぅが来ちゃった段階で、はぁれぃはもう貰えないとか、そんな感じで…」
「そうですよ! ぶるぅが可哀相じゃないですか!」
間違っても本人にそんな話はしちゃ駄目ですよ、とシロエ君。私たちだってそう思いますです、可哀相すぎますよ、どんなに「ぶるぅ」が悪戯小僧でも子供には違いないんですから。
「ぶるぅ」には絶対に聞かせちゃ駄目だ、とソルジャーに何度も釘を刺しておいた「はぁれぃ」の卵という話。けれども、ネタとしては笑える代物なだけに、ソルジャーが夕食を食べて帰ってゆくまでの間に何度も話題に上りました。「ぶるぅ」の代わりに「はぁれぃ」だったら、と。
そしてケタケタ笑い転げて、それっきり忘れた「はぁれぃ」の卵。翌日の日曜日はソルジャーも来なくて極めて平和で、週が明けても平和な日々で。やがて迎えた土曜日のこと。
「ちょっといいかな!?」
ソルジャーが空間移動で飛び込んで来た会長さんの家のリビング。おやつ目当てでやって来たな、と直ぐに分かるだけに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がベリーのタルトを用意しましたが…。
「あっ、ありがとう! 腹が減っては戦が出来ぬと言うからねえ…!」
これは有難く頂いておいて、とガツガツと食べているソルジャー。何か急ぎの用でもあるのか、凄い速さで食べ終わると。
「これを見てくれるかな、こんなのだけど!」
見た目にはただの石なんだけど、とテーブルに置かれた白い石ころ。指先くらいの大きさです。
「…この石がどうかしたのかい?」
ただの石にしか見えないけれど、と会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「そこが問題なんだってば! ただの石にしか見えないってトコが!」
「…石だろう?」
「あるべき所にあったんだったら、確かにただの石なんだけど!」
公園に落ちていたんだったら何も問題無いんだけれど、と謎の台詞が。
「…メイン・エンジンとかワープドライブの辺りかい?」
それは確かに問題かもね、と会長さん。
「ああいう機関に異物は禁物、おまけに石があったとなると…。子供が出入りをしてるわけだし、厳重に注意しておかないと」
色々な意味で危険すぎる、と会長さんもソルジャーだけのことはあります。
「監視カメラはついてるんだろう? 直ちに映像を解析すべきで、持ち込んだ子供を特定出来たら厳しく叱っておくべきだね!」
「…そっちの方がよっぽどマシだよ!」
これはハーレイの部屋で見付かったのだ、とソルジャーは石を指差しました。キャプテンの部屋の床にコロンと転がっていたらしいんですけど、その場所に何か問題が…?
キャプテンの部屋にあったという石。白い小さな石で、何処から見たって普通の石で。
「…君のハーレイの部屋だと何がいけないんだい?」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「ハーレイの部屋で石ってトコだよ、これが青の間なら、ぶるぅなんだよ!」
「「「は?」」」
「ぶるぅだってば、ぶるぅの卵も最初はこういう白い石で!」
サイオンで探ったら青い卵に変わったのだ、とソルジャーの顔に焦りの色が。
「ハーレイの部屋にあったってことは、これは、はぁれぃの卵じゃないかと…!」
「はぁれぃって…。それはいくらなんでも…」
考えすぎじゃないのかい、と会長さん。
「第一、今はクリスマスでもないからね? サンタクロースが来るわけがないし!」
「それはそうだけど、でも、ハーレイは石なんかを部屋に持って行ってはいないと…!」
なのにベッドから転がり落ちた所が問題、と言うソルジャー。床に転がっていたと言いませんでしたか、ベッドから床に落ちたんですか?
「うん、多分…。ベッドに入る前には落ちてはいなかったからね」
ハーレイとベッドで楽しく過ごして、起きたら床に転がっていた、という証言。
「だからベッドから落ちたんじゃないかと…。でも、ハーレイは石なんか部屋に持っては来なかったらしいし、危険すぎるんだよ! はぁれぃの卵の可能性大!」
「…それで?」
ぼくたちに何をどうしろと、と会長さん。
「季節外れのプレゼントを貰ってしまったと言うなら、それは君の世界の問題だろう?」
「そうなんだけど…。ぶるぅだけでもう手一杯だよ!」
この上、はぁれぃまでは要らない、とソルジャーは身勝手すぎました。キャプテンの部屋に「はぁれぃ」が住み着いてしまえば、夫婦の時間にも悪影響が…、などと言うのがソルジャー。
「はぁれぃはクソ真面目だから覗きはしない、と言うだけ無駄だよ、ぼくのハーレイには!」
部屋に余計な住人がいるだけでヘタレには脅威になるのだそうで。
「現にハーレイ、これがはぁれぃの卵だったら、もうハーレイの部屋では嫌だと言ってたし…」
あの部屋で大人の時間を過ごせなくなる、とソルジャーが恐れる「はぁれぃ」の卵。ただの石にしか見えないんですし、考えすぎじゃないですか…?
ソルジャーが一人で大騒ぎしている白い石。「はぁれぃ」の卵だと慌ててますけど、ただの石ころっていう線もありますよ?
「そ、そうなのかな…? ハーレイに覚えが無いってだけで…?」
何かのはずみに紛れ込んだかな、とソルジャーは首を捻っています。リネン類とかを運ぶ台車があるかはどうかは知りませんけど、運搬中に子供が突っ込んだかも…。
「子供ねえ…。まるで無いとは言い切れないねえ、それでそのままハーレイの部屋に?」
「そういうオチかもしれないよ? 上手い具合にくっついてたかも」
ベッドメイキングの係がサイオンを使っていたら、と会長さん。
「大きなベッドを相手にするなら、補助のサイオンは欲しいトコだし…。シーツとかをバッと広げて被せようって時に、石もそのまま運んじゃったとかね」
「そうだね、その可能性もゼロではないか…。ホッとしたけど、念のため…」
確認だけはしておこう、とソルジャーが右手で石を握って、その手がボウッと青い光に包まれています。サイオンで探っているわけですね、ただの石かどうか。
「やっぱり心配になるからね! うん、大丈夫かな、反応しないし」
心配して損をしちゃったよ、とソルジャーが石をテーブルにコトンと置いた途端に。
「「「えっ?」」」
今度は石がボウッと光って、一瞬の内にピンク色の卵に変わっていました。鶏の卵くらいのサイズで、つまりは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が化ける卵と同じ大きさ、ただし色違い。
「…卵になった!?」
ジョミー君が顔を引き攣らせて、キース君が。
「まさか、はぁれぃの卵なのか、これは!?」
「…ぼ、ぼくも信じたくないけれど…。で、でも…!」
ハーレイの部屋にあった以上は「はぁれぃ」の卵なのだろう、とソルジャーは再び大慌て。
「こういうことだよ、はぁれぃの卵なんだよ、これは!」
「持って帰って温めたまえ!」
君の世界の卵なんだし、と会長さんが扉の方を指差しましたが、ソルジャーの方は。
「そうはいかないって言ったじゃないか! ぼくもハーレイも困るんだよ!」
はぁれぃまで育てる余裕はとても…、と話は振り出しに戻っています。要らないだなんて言う方が無茶で、育てるべきだと思うんですけど…?
ソルジャーが持ち込んだ白い石ころ、転じてピンク色をした卵。「ぶるぅ」が生まれるまでの状況と似てはいるものの、発見された場所はキャプテンの部屋。ゆえに「はぁれぃ」の卵であろう、とソルジャーでなくても考えるわけで…。
「はぁれぃの卵なら、君たちできちんと温めるべきだよ!」
育児放棄をしてどうするのだ、と会長さんは眉を吊り上げました。
「こうして卵になったからには、育てる責任は君たちにあるから!」
「でも、ハーレイが反対なんだよ! ぼくもだけど!」
はぁれぃの卵は孵化するまでにも一年かかる、と騒ぐソルジャー。
「その間、ぼくたちのベッドにドンと卵が居座るわけだし、おまけに中身は、はぁれぃだし…!」
「はぁれぃの方で良かったじゃないか、ぼくの推理が当たっていたならクソ真面目だから!」
どんな胎教を食らったとしても真面目な子供になるであろう、と会長さん。
「いつか卵が孵った時には、実にいい子になるかもねえ…。何かと言えば特別休暇に励む君たちに説教をかましてくれるような!」
「せ、説教って…?」
「こんな所で励んでいないで仕事をしたら、と横で注意をしてくれるんだよ!」
それは覗きとは言わないから、と会長さんはピッシャリと。
「大人の時間にうつつを抜かしている弛んだ君たちにお説教! 仕事に行け、と!」
君の方は暇でもハーレイには仕事があるんだから、と会長さん。
「はぁれぃは頼もしい子になってくれるよ、胎教が酷ければ酷いほど!」
「そ、そんな…! ハーレイがますますヘタレるじゃないか!」
ぶるぅの覗きよりも酷い展開、とソルジャーは焦りまくっています。
「覗きだけでも、ハーレイは萎えてしまうのに…! 堂々と出て来てお説教なんて…!」
「いいと思うよ、そういう真面目な子供も君たちには必要だよ!」
君のシャングリラの未来のためにも、「はぁれぃ」は希望の光になるね、と会長さんが挙げる「はぁれぃ」という子供の素晴らしさ。特別休暇と称してサボッてばかりのソルジャー夫妻にお説教をかまし、日頃の夫婦の時間も翌日に備えて早めに切り上げるように監視モードで…。
「はぁれぃは絶対、育てるべきだね! 君のシャングリラで!」
「そういう子供は困るんだってば!」
ぼくの士気にも関わるから、とか言ってますけど、見られていたって平気というのがソルジャーですから、説得力はゼロですねえ…?
私たちは「はぁれぃ」の卵を温めるように、と口々にソルジャーに言ったのですけれど。なにしろ相手は自分勝手で、「ぶるぅ」を返品して「はぁれぃ」と交換出来たらいいのに、と言い放ったような思考の持ち主。旗色が悪い、と考えたらしいソルジャーは逃げて帰ってしまって…。
「…会長、この卵、どうするんですか?」
親がいなくなってしまいましたが、とシロエ君が見ているピンク色の卵。テーブルの上に放っておかれて、それは寂しそうな感じに見えます。
「うーん…。ぶるぅの卵と同じ仕組みなら、温めなくてもいいんだけれど…。あっちのぶるぅは温めないと駄目だったようでもあるからねえ…」
「俺たちで温めるしかねえのかよ?」
このままだと駄目になっちまうよな、とサム君が卵をつつくと、キース君が。
「孵卵器は使えないんだろうか? あれが使えるなら便利なんだが…」
時々、卵の向きを変えてやるだけで良かった筈だ、と挙がった孵卵器。でも…。
「それは駄目だね、あっちのぶるぅの卵は大きく育つんだから」
「「「あー…」」」
そうだったっけ、と思い出しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵の殻は成長しませんけれども、「ぶるぅ」の卵は育ったのだと聞いています。最終的には抱えるほどの大きさに。
「…仕方ない、親が逃げた以上は里親だよね」
でも、ぼくたちも余計な時間は取られたくないし、と会長さんの指がパチンと鳴って。
「な、なんだ!?」
瞬間移動で教頭先生が呼び出されました。家で寛いでらっしゃったのに違いありません。
「悪いね、君に頼みたいことが出来ちゃって…」
子供を育てて欲しいんだけど、と会長さん。
「子供だと?」
「そう。…ブルーが捨てて行っちゃったんだよ、この卵を!」
一年間ほど温めてやると「はぁれぃ」という子供が孵化する筈で…、と会長さんは説明を。
「ミニサイズの君みたいなのが生まれる予定の卵で、温めてくれそうな人が他にいなくて…」
「し、しかし…。私にも仕事というものが…!」
「そこは適当でいいんだよ! 温められる時だけで充分だから!」
多分…、と会長さんは卵を眺めて、それから「駄目かな?」とお願い目線。会長さんに惚れている教頭先生はハートを射抜かれてしまい、卵を引き受けてしまわれました。二つ返事で。
こうして里親が無事に決まった「はぁれぃ」の卵。ソルジャー夫妻よりも真面目に温めたのが良かったらしくて、二週間ほどでグンと大きくなったようです。抱えるくらいに育った卵を私たちも見学に出掛けました。会長さんの家から瞬間移動で。
「うわあ、大きく育ちましたねえ…!」
もうすぐ孵りそうですよ、とシロエ君が卵を撫でると、キース君も卵に触ってみて。
「そうだな、今日にでも孵るかもしれん。…だが、あの馬鹿は一度も来ないし…」
「こっちで育てるしかないのかしら?」
性格は問題無さそうだけど、とスウェナちゃん。
「真面目な子供なら、お留守番だって出来そうだけど…。でも、家が無いわね」
「ぼくの家はぶるぅがいるからねえ…。キース、元老寺で引き取れないかい?」
将来はお坊さんになる見習いってことで、と会長さんが凄い提案を。
「真面目なんだし、お経も早く覚えると思う。月参りの時に連れて行ったら評判もいいよ?」
「…そうかもしれんな、小坊主は人気が高いものだし…。親父に相談してみるか」
大食いも悪戯もしない子供なら大丈夫だろう、とキース君。
「それは良かった。じゃあ、暫くはハーレイの家で預かって貰って、話がついたら元老寺に…」
「その話、待った!」
私が育てることにしよう、と教頭先生が名乗り出ました。ベッドで卵を抱えたままで。
「えーっと…。ハーレイ、情が移ったとか?」
「いや、そのぅ…。お前に頼まれて温めたのだし、気分はお前と私の子供で…」
「ふうん? だったら、そういうことで」
いいんじゃないかな、とニンマリと笑う会長さん。これが狙いで元老寺を持ち出したのに違いありません。「はぁれぃ」を育てることになったら、教頭先生の自由時間は激減しますし…。
「そうだよ、おまけにコブ付きなんだよ! もう結婚の資格は無いね!」
ぼくはコブ付きはお断りで…、という会長さんの言葉に教頭先生は顔面蒼白。けれど今更、育てる話を撤回したら更に軽蔑されることは必定、ピンチとしか言いようがない状況で…。
「あっ、生まれるかな?」
ピシッと卵にヒビが入ったのをジョミー君が見付けて、私たちは固唾を飲んで見守ることに。教頭先生がコブ付きになると噂の「はぁれぃ」、どんな姿をしているのでしょう?
ワクワクと見ている間にピシッ、ピシッとヒビが広がっていって…。
「かみお~ん♪ はじめまして、パパ、ママ!」
「「「ええっ!?」」」
現れた子供は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にそっくりの見た目、「はぁれぃ」じゃなかったんですか?
「わあっ、ぶるぅだ!」
ずっと卵に化けていたの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の歓声が。すると、目の前に素っ裸で立っている小さな子供は…。
「「「ぶるぅ!?」」」
「そだよ、ブルーに連絡してくれる? はぁれぃの卵が孵りました、って!」
二週間も放っておかれたんだから! とニヤニヤと笑う「ぶるぅ」は悪戯小僧の顔でした。まさかソルジャー夫妻は「ぶるぅ」の不在に気付かず、「はぁれぃ」の卵だと思い込んだままで…。
「多分ね、ぼくのパパとママだから! はぁれぃと交換したかった、なんて言ってたから!」
「「「うわー…」」」
その瞬間に私たちは悟りました。ソルジャー夫妻が「ぶるぅ」に超ド級の借りを作ったことを。
「…あ、あいつら、これからどうなるんだ…?」
恐ろしくて考えたくもないんだが、とキース君が左手首の数珠レットを繰り、会長さんが。
「だからぶるぅには聞かせちゃ駄目だと言ったのに…。話しちゃったんだ、はぁれぃの卵…」
「うんっ! 何をして貰ったらいいかな、ぼく? 二週間も放っておかれたもんね!」
一緒に悪戯を考えてくれる? という「ぶるぅ」の誘いに、背筋が寒くなりましたけれど。
「…こんなチャンスは二度と無いからな、俺たちに最強の味方が出来たぞ!」
今までの借りを返そうじゃないか、とキース君が拳を握って、会長さんも。
「そうだね、ハーレイ、君も話に入りたまえ! 卵を温めた功労者だから!」
「い、いや、私はだな…」
「遠慮している場合じゃないだろ、何回コケにされたんだい?」
さあ! という会長さんの悪魔の囁き、教頭先生もお仲間です。ソルジャー夫妻に復讐出来るチャンス到来、「ぶるぅ」が味方につきました。二週間も放置されてた間に悪戯も山ほど考えたでしょう。その悪戯、私たちも大いにアイデア出します、ソルジャー夫妻に天誅ですよ~!
はぁれぃの卵・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
卵から生まれる「ぶるぅ」たちですけど、「はぁれぃ」の方がいいと言ったソルジャー。
そして来てしまった「はぁれぃ」の卵、里子に出したのが運の尽き。正体がアレではねえ…。
このシャングリラ学園番外編、来月で連載開始から14周年。今年で連載終了です。
更新は残り2回ですけど、最後まで笑って読んで頂けると嬉しいな、と思っています。
次回は 「第3月曜」 11月21日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、10月はソルジャーがマグロ漁船に乗ると言い出しまして…。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
元老寺の除夜の鐘で古い年を送って迎えた新年。初詣と冬休みが済んだら三学期スタート、シャングリラ学園はイベントが幾つもあります。お雑煮大食い大会に水中かるた大会、それが終われば入試前の下見シーズンやら、バレンタインデーに向けてのカウントダウンやら。
何かと賑やか、外の寒さも吹っ飛びそうな勢いですけど、その学校も土日はお休み。今日は朝から会長さんのマンションにお邪魔してるんですけれど…。
「…いよいよ暑苦しくなってきた…」
会長さんの呟きに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「暑すぎた?」とエアコンのリモコンを。
「みんな寒い中を歩いて来たから、これくらいでいいかと思ったんだけど…」
「すまんな、俺たちが寒い、寒いと連発したから…」
少し下げてくれ、とキース君が。
「もう充分に暖かくなったし、俺たちの方は大丈夫だ」
「ですよね、来た時には震えていましたけどね…」
今日は北風が強かったですし、とシロエ君も。
「バス停から此処まで歩く間に冷えちゃいましたけど、今はポカポカですから」
「分かった! えーっと…」
2℃ほど下げればいいのかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が設定を変えようとした所へ。
「いいんだよ、部屋はこのままで。…暑苦しいのは別件だから」
「「「は?」」」
「暑いと思っているのは、ぼくだけってこと!」
ぼく一人だけ、と自分を指差す会長さんに、キース君が呆れた顔つきで。
「あんた…。無精していないで着替えれば済む問題だろう! そのセーターとか!」
「ホントだよ…。サイオンを使えば一瞬じゃないの?」
何処かの誰かがいつもやってる、とジョミー君だって。私も全く同感です。暑苦しいなんて言うほどだったら、着替えればいいと思いますけど…?
「会長、今日の服には何かこだわりでもあるんですか?」
それで着替えたくないんでしょうか、とシロエ君。そっちだったら分かりますよね、今日はコレだと思った服なら、気合で着ようってこともありますから…。
暑苦しいと漏らした会長さん。その実態はシャングリラ・ジゴロ・ブルーと呼ばれるくらいの女たらしで、モテるのが自慢の超絶美形というヤツです。ファッションセンスにも自信アリでしょうし、モテるためなら暑い真夏でも毛皮のコートを着そうなタイプ。
とはいえ、今は自分の家にいるわけで、周りは私たち七人だけ。あっ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もいますけど。つまりは身内も同然な面子、カッコよくキメる意味は何処にもありません。フィシスさんでも来るというなら別なんですが…。
「フィシスは来ないよ、今日はお出掛けしちゃったからね」
ブラウたちと一泊二日で旅行、と会長さんはフィシスさんの予定もしっかり把握。今がシーズンのカニと温泉の旅だそうです、豪華なホテルにお泊まりして。
「カニですか…。それはとっても羨ましいんですが…って、だったら、なんでその服なんです?」
ぼくたちにモテても意味が無いですよ、とシロエ君。
「サム先輩は会長にぞっこんですけど、わざわざ服までキメなくっても…。サム先輩なら、会長がジャージを着ていたとしても幻滅しないと思いますが」
「当然だぜ! 俺はブルーに惚れてるんだし、服じゃねえから!」
勢いよく答えたサム君ですけど、会長さんは「そうじゃなくって…」とフウと溜息。
「ぼくが暑苦しいって言ってる方もさ、ジャージだろうが、ツナギだろうが気にしないってね」
「…ツナギですか…」
それはまた凄いツワモノですね、とシロエ君。
「それって、コスプレとかではなくって、いわゆる現場なツナギですよね?」
「うん。油だらけでも、泥だらけでも、現場の匂いがしみついていようと無関係!」
どんな服でも気にしないであろう、と言うんだったら、なおのこと着替えれば済む話では…って、ちょっと待って下さい、会長さんの服装とモテが関連してるってことは…。
「おい、誰か来るのか、これから此処に?」
ツナギでも気にしない誰かが来るのか、とキース君。
「そしてだ、そいつ用にとキメているのが今の服だという勘定か?」
「…まさか。君の理論は破綻してるよ」
どんな服でも気にしない相手が来るなら、それこそ服はどうでもいい、と会長さん。だったら、暑苦しいと言っていないで着替えればいいと思うんですけど…?
会長さんの「暑苦しい」発言、でも着替えるという選択肢は無し。ついでにツナギも気にしないという凄い女性とお付き合いしているらしいです。ウチの学校の生徒でしょうか?
「うーん…。当たらずとも遠からずってトコかな、それは」
会長さんの台詞に、ジョミー君が。
「生徒じゃないなら、職員さんとか? …先生ってことはないもんね」
「ブラウ先生は旅行中だと言うからな…」
ツワモノと言ったらブラウ先生くらいだろう、とキース君。
「それに、ブルーが付き合っているという話も聞かんし、職員さんだな。…あんた、誰を毒牙にかけたんだ!」
「失礼な! ぼくは被害者の方だから!」
毒牙にかかってしまった方だ、と会長さんがまさかの被害者。
「会長がハメられたんですか!?」
シロエ君の声が裏返って、キース君も。
「…甘い台詞でたらし込んだつもりが、逆に捕まったというオチか? それはマズイぞ」
ちゃんと清算しておけよ、と大学を卒業したキース君ならではのアドバイスが。
「後でモメるぞ、放っておくと」
「もう充分にモメてるってば、三百年以上」
「「「三百年!?」」」
その数字でピンと来た人物。もしや、会長さんが暑苦しいと言ってる相手は教頭先生?
「そうだけど? 他にどういう人間がいると!」
ぼくは女で失敗はしない、と自信に溢れた会長さんの言葉。
「でもねえ、男の方だと何かと勝手が違うものだから…。ハーレイだとか、ノルディだとか」
「「「あー…」」」
教頭先生とエロドクターは会長さんを狙う双璧、現時点では実害があるような無いような…。
「そのハーレイがさ、暑苦しくて…。どんどん暑苦しさを増しつつあって!」
冬は人肌恋しい季節だから、と会長さんは、またまた溜息。
「電話はかかるし、バッタリ会ったら熱い視線で見詰められるし…」
なんとかならないものだろうか、とブツブツと。いつものことだと思いますけど、今年は寒さが厳しいだけに余計に癇に障りますかねえ…?
会長さん一筋、三百年以上な教頭先生。けれど会長さんは女性一筋、まるで噛み合わない二人の嗜好。気の毒な教頭先生は片想いの日々、それを逆手に取られてしまって会長さんのオモチャにされている人生です。
教頭先生で遊ぶ時にはきわどい悪戯もやっているくせに、邪魔な時には電話だけでも気に障るタイプが会長さんで…。
「あんた、またしても悪い癖が出たな。教頭先生には普通のことだと思うが」
モテ期が来たなら話は別だが、とキース君。
教頭先生のモテ期なるもの、世間で言われるモテ期とは中身が別物です。自分はモテると何かのはずみに思い込んでしまい、会長さんにプレゼントやラブレターを贈りまくるという一種の発作。それが来たなら、暑苦しいのも分かりますけど…。
「違うね、モテ期じゃないんだけれど…。いつものパターンだと分かっちゃいるけど…」
暑苦しくて、と会長さんはぼやいています。
「これが服なら、脱いで着替えれば済むんだけどさ…。生憎とハーレイは服じゃないから」
「違いますねえ、教頭先生は人間ですから」
脱いだり着替えたりは出来ませんね、とシロエ君。
「教頭先生の服が見た目に暑苦しいと言うんだったら、着替えて貰えばいいんですけど…」
「そうだな、服ならそれでいけるが…」
中身の方ではどうにもならんな、とキース君も。
「諦めて我慢するんだな。…でなければ、あんたが薄着するかだ」
冬の最中に半袖を着れば暑苦しさも減るであろう、とキース君からのアドバイス。
「身体が冷えれば頭も冷える。…そうやってクールダウンするのが俺のお勧めコースだが」
「冗談じゃないよ、修行中なら真冬に滝行もアリだけど!」
なんでハーレイのために寒い思いを、と会長さんの文句が炸裂。
「ハーレイが滝に打たれに行くなら分かるけどねえ、なんでぼくが!」
「俺は滝行とまでは言っていないが?」
「似たようなモノだよ、真冬の半袖!」
そしてハーレイの方は真冬に半袖でも平気なタイプ、と顔を顰める会長さん。柔道で鍛えていらっしゃる上に、古式泳法の名手でもある教頭先生、氷が張る日に半袖を着ていても平気らしいです。そう聞いちゃったら、会長さんの方が薄着するなんて理不尽ですよね…。
教頭先生が暑苦しくても、薄着はしない会長さん。教頭先生の方は冬の寒さで人肌恋しく、会長さんに電話で熱い視線と来たものです。頭を冷やしてどうなるものでもなさそうですし…。
「そこなんだよねえ、滝行をしろと放り出しても、ぼくの命令ってだけで喜ぶ相手だし!」
大喜びで滝に打たれる姿が見えるようだ、と会長さんの嘆き。
「滝行と言えば、煩悩や穢れを洗い流しに行くと相場が決まっているのに…」
「そう聞くな。俺たちの宗派は滝行は無しだが、あんたの場合は…」
「恵須出井寺の方だとアリだったからね」
サイオンでシールドしていたけれども経験はある、と会長さん。
「あんな具合にハーレイの煩悩も綺麗サッパリ洗い流せるなら、滝行だって…。ん…?」
待てよ、と会長さんは顎に手をやって。
「暑苦しいなら服を着替えで、服というのは洗うものだし…」
「かみお~ん♪ お洋服を着替えて片付ける前には、お洗濯だよ!」
でないと服が傷んじゃうもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「放っておいたら駄目になるから、きちんと洗って片付けないと!」
「そう、それ! …ハーレイも洗って片付けられればいいんだけどねえ…」
「「「はあ?」」」
「クリーニングだよ、ぼくの家ではクリーニングに出したら返って来るけれど…」
洗い終わったら届くんだけど、と会長さんが視線を窓にチラリと。
「保管しておくスペースが足りない家の場合は、お預かりサービスっていうのがあるよね?」
「らしいね、ぼくの家でも頼んでないけど…。毛布とかだっけ?」
使うシーズンまで預けておくんだっけ、とジョミー君が言うと、スウェナちゃんが。
「そうらしいわよ? 毛布だけじゃなくて、服もオッケーだったと思うわ」
「ええ、クローゼット代わりにしている人もあるみたいですね」
たまにトラブルになっていますよ、とシロエ君。預けておいたクリーニング屋さんが知らない間に閉店しちゃって、服とかが消えてしまうトラブル。連絡先を言わない方が悪いんですけど。
「そのシステムが魅力的だと思えてねえ…。今のぼくには」
誰かハーレイの煩悩を洗い流して、ついでに預かってくれないだろうか、と会長さん。
「クリーニングに出しても、落ちない汚れはありがちだから…。綺麗に洗う方は無理でも…」
せめてお預かりサービスの方を、と無茶な発言。服ならともかく、相手は教頭先生です。人間を洗ってお預かりする洗濯屋さんなんか、存在しないと思いますけど…?
暑苦しく感じる教頭先生をクリーニングに出したいと言う会長さん。あまりにも凄すぎる発想な上に、お目当てはお預かりサービスの方。洗うだけなら、エステサロンとかで文字通りツルツルにしてくれますけど、お預かりサービスは有り得ませんよ…?
「それは分かっちゃいるんだけれど…。冬だっていうのに暑苦しいから…」
ちょっと預けてしまいたい気分、と会長さんが零した所へ。
「こんにちはーっ!」
ぼくに御用は? とフワリと翻った紫のマント。別の世界からのお客様です。ソルジャーは空いていたソファにストンと座ると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、ぼくにもおやつをお願い! それと紅茶も!」
「オッケー! 今日はね、オレンジのキャラメルケーキなの!」
はい、どうぞ! とサッと出て来たケーキと熱い紅茶と。ソルジャーはケーキを頬張りながら。
「ハーレイをクリーニングに出したいんだって?」
「…聞いていたわけ?」
「暇だったからね!」
本当は会議中だったけど、とソルジャーはサボッていた様子。多分、適当に返事しながら座っていたというだけでしょう。こっちの世界を覗き見しながら。
「そうだよ、議題が退屈すぎてさ…。救出作戦の計画だったら楽しいけれども、メンテナンスの日程なんかは別にどうでもいいんだよ!」
ハーレイが聞いておけば充分! と流石の無責任ぶり。もっとも、ソルジャーがメンテナンスについて聞いても、何の役にも立たないんでしょうけど。
「その通り! 下手に弄れば壊すだけだし、ぼくは現場はノータッチ!」
「はいはい、分かった。…それで悪趣味にも盗み聞きを、と」
ぼくたちが此処で喋っていたことを…、と会長さんが軽く睨むと。
「失礼だねえ! ぼくが話を聞いていたから、君にとっても悪くない話を持って来たのに!」
「…どんな話を?」
「クリーニングだよ、こっちのハーレイの!」
洗ってもいいし、お預かりサービスも出来るんだけど、とソルジャーは胸を張りました。ソルジャーの世界はSD体制とやらで、全くの別世界だと聞いています。私たちの世界では考えられない人間相手のクリーニング屋さん、もしかして存在してますか…?
会長さんが希望していた教頭先生のクリーニングとお預かりサービス。どう考えても無理だとばかり思っていたのに、ソルジャー曰く、どちらも可能。SD体制の世界だったら、当たり前のようにあるのが人間相手のクリーニングですか?
「うーん…。クリーニングだけなら、当たり前だね! ぼくの世界じゃ!」
店があるわけじゃないんだけれど、と言うソルジャー。
「だけど、ブルーの望み通りのクリーニングってヤツではあるかな、うん」
「暑苦しいのを洗ってくれるのかい?」
そのクリーニング、と会長さんが尋ねると。
「他にも色々、綺麗サッパリ! 機械にお任せ、どんな危険な思考でも!」
たまにトラブルが起こるんだけど、とソルジャーは自分の顔に向かって人差し指を。
「洗い損なったら、こんな風にミュウになっちゃうから! もう大失敗!」
捕獲するとか、処分するとか、どちらにしたって大騒ぎだから、ということは…。そのクリーニングって、ソルジャーがたまに喋っている成人検査ってヤツですか?
「成人検査が一番有名だけどね、その時々で記憶を処理していくのがマザー・システムだね!」
ちょっと呼び出して記憶を綺麗にクリーニング、と怖い話が。
「別にお店に行かなくっても、人類の家は何処でも監視用の端末ってヤツがあるからねえ…。それの前に呼ばれて光がチカチカ、アッと言う間に洗い上がるよ!」
不都合な記憶くらいなら、と恐ろしすぎる世界が語られました。SD体制を批判するような危険な思考を持っていた場合は、専門の車がやって来るとか。車の中には頭の中身を調べて記憶を書き換える装置、それで駄目なら施設に送られてクリーニングで。
「大抵は上手くいくみたいだけど、失敗しちゃうと、ぼくみたいになるか、発狂するか…」
「「「うわー…」」」
怖いどころのレベルではありませんでした。教頭先生がいくら暑苦しい思考の持ち主なのかは知りませんけど、そこまでして洗って貰わなくっても…!
会長さんもそう考えたようで、慌てて断りにかかりました。
「そのクリーニングは要らないから! ぼくはそこまで求めてないから!」
「誰が機械に頼むと言った? 第一、ミュウが頼みに行っても、機械の方が断るから!」
ミュウはマザー・システムと相性最悪、と言われてみれば、その通り。ソルジャーはマザー・システムを相手に戦う日々なんですから、クリーニングは頼めませんねえ…。
会長さんの希望通りのクリーニングが出来るシステムはあっても、ミュウの場合は使えないらしいソルジャーの世界。なのに、ソルジャーは「洗ってもいいし、お預かりも」と提案して来た辺りが謎です。機械に頼らず、独自の方法でも編み出しましたか、クリーニングの?
「それはまあ…。ぼくはミュウだし、ミュウならではの方法だったら幾らでも!」
記憶をチョチョイと弄ってるヤツがクリーニング、とソルジャーが言う記憶の操作。それなら何度も見ています。ソルジャーの存在自体を誤魔化してこっちで遊び歩いたり、ソルジャーにとっては都合の悪い記憶を自分の世界で消したり。…時間外労働をさせた仲間の記憶とかを。
「…ハーレイにそれを応用すると?」
そして暑苦しさを消してくれると、と会長さんが質問すると、ソルジャーは。
「それは駄目だね、ぼくはハーレイと君との結婚を目標にしているから!」
暑苦しさはキープしないと、とソルジャーに教頭先生の記憶をクリーニングする気は無い様子。それなら何を洗うんですか?
「文字通りだよ、ぼくが背中を流すとか! もっとデリケートな場所だって!」
「却下!」
そんなクリーニングは必要無い、と会長さんは眉を吊り上げました。
「ますます暑苦しくなっちゃうじゃないか、君がハーレイを洗ったら!」
「うーん…。だったら、洗う方はセルフでお願いするとか、でなきゃ、ぶるぅかハーレイに洗って貰うか…」
とにかく洗ってお預かり、とソルジャーは指を一本立てて。
「君が求めるサービスってヤツはそれなんだろう? 暑苦しいハーレイをお預かり!」
「…そうだけど…。そう言ってたけど、君が預かってくれるとか?」
「喜んで! ぼくの青の間はスペースが余っているからね!」
ハーレイの二人や三人くらいはお安い御用、とソルジャー、ニコニコ。
「預かってる間は、ハーレイは自由に過ごしてくれれば…。寝ていてもいいし、覗いてもいいし」
「覗く?」
「青の間に来たら、覗かない手は無いってね! ぶるぅも覗きは大好きなんだし!」
ぼくとハーレイの熱い時間を是非! と言ってますけど。それって、ソルジャーとキャプテンの大人の時間の覗きですよね、教頭先生、余計に暑苦しい人間になってしまいませんか…?
ソルジャーが持ち出した、覗きとセットの教頭先生お預かりサービス。会長さんが求めるものとは正反対な結果になりそうですから、これは駄目だと思いましたが。
「…そのサービス。ハーレイが鼻血でダウンした時はどうなるんだい?」
フォローの方は、と会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「放置に決まっているじゃないか! ぼくもハーレイも忙しいんだから!」
途中で手当てに行くわけがない、とキッパリと。
「それにね、ダウンしていることにも気付くかどうか…。真っ最中だけに!」
「なるほどね…。それじゃ、ぶるぅが手当てをしない限りは…」
「もう間違いなく、朝まで倒れているしかないね!」
それに、ぶるぅは手当てをしない、とソルジャー、断言。
「なにしろ、ぶるぅの頭の中には、食べ物のことと悪戯だけしか詰まってないし…。手当てをしようと思うよりも先に悪戯だろうね!」
身ぐるみ剥いで落書きするとか、ハーレイの苦手な甘い物を口に詰め込むだとか、と「ぶるぅ」のやりそうな悪戯がズラズラ羅列されて。
「悪戯は駄目だと言っておいたら、やらないだろうと思うけど…。手当てをするってことだけは無いね、ぼくも頼もうとは思わないから!」
ぶるぅに何かを頼む時には食べ物で釣るしかないものだから、と言うソルジャー。
「こっちのハーレイを預かるだけだし、余計な手間は御免だよ。鼻血でダウンしてても放置!」
「ふうん…。それなら預けてみようかな?」
いい感じに頭が冷えそうだから、と会長さんはニヤニヤと。
「夢と現実は違うものだ、と痛感する羽目になりそうだしねえ? …隣の芝生は青いと言うけど、どんなに涎を垂らしていたって、何も起こりはしないんだよね?」
「うん、今回のお預かりサービスに関してはね!」
ぼくのベッドに誘いはしない、とソルジャーが挙げた大事なポイント。教頭先生は覗きをしてもいいというだけ、美味しい思いはそれで全部で。
「鼻血を噴いてダウンするまでは、好きなだけ覗いてくれていいけど…。他には一切、サービスなんかは付かないってね!」
あくまでお預かりサービスだから、とソルジャーは会長さんに約束しました。クリーニング屋さんが預かり中の服を勝手に着たら駄目なのと同じで、お預かりサービスで預かった教頭先生に手出しは一切しない、と。
ソルジャーにしては珍しい申し出もあったものだ、と誰もが思いましたが、ソルジャーが言うには商売だとか。会長さんから毟れるチャンスで、たまには自力で稼ぎたいそうで。
「お小遣いなら、ノルディがたっぷりくれるんだけど…。たまには自分でアルバイト!」
今はアルバイトのチャンスが無くて、と頭を振っているソルジャー。
「こっちの世界でアルバイトしたことは無いんだけどさ…。ぼくの世界だと、時々ね」
「「「え?」」」
「何度も言ったと思うけど? 人類がやってる研究所とかに潜り込むんだよ!」
研究者のふりをして入った以上は、当然、給料も出るものだから、というのがソルジャーがやったアルバイト。貰ったお給料で外食をしたりしていたそうです。
「…ぼくの世界じゃ、それほど食べたい物もないしね…。お菓子ばっかり食べていたけど!」
「「「うーん…」」」
確かにそういう人だった、と溜息しか出ないソルジャー好みの食生活。私たちの世界に来ている時には、「地球の食事は何でも美味しい」とグルメ三昧していますけれど、自分の世界だとお菓子以外は食べるのが面倒なんでしたっけ…。
「そうだよ、栄養剤で充分だって言っているのにさ…。ぼくの世界のノルディが文句を言うんだよねえ、それにハーレイも」
「それが普通だと思うけど?」
食事くらいは食べたまえ、と会長さん。
「こっちの世界で食べてもいいから、とにかく普通に食事をね! お菓子だけじゃなくて!」
「言われなくても、こっちだったら食べるけど…。先立つものが必要だから、アルバイト!」
今はアルバイトをしたい気分、と言うソルジャーには、自分の世界でアルバイトするチャンスが無いのだそうです。そういったわけで趣味と実益を兼ねて、こっちの世界でお小遣い稼ぎ。教頭先生のお預かりサービスを始めて儲けたいとかで…。
「…こんな所でどうかな、料金。ハーレイには仕事もあるってことだし、土日は一日預かるってことで、このお値段で…。平日は夜だけ、その分、値段はお得になるよ」
ソルジャーがサラサラと紙に書き付けた値段は強烈なものでした。会長さんが御布施と称して踏んだくる金額と張り合える価格、それだけに…。
「とりあえず、お試しってことで、今日から預かって明日の夜に返すコースだと…」
このお値段! と破格に安い金額が書かれ、会長さんは「乗った!」と即答で。ソルジャーはウキウキと瞬間移動で消えてしまいました、早速お預かりサービスですか…!
寒い季節だけに、お昼は豪華にフカヒレラーメン。会長さんはもう暑苦しいとは言っていなくて、熱々のラーメンに舌鼓。そこへソルジャーがヒョイと戻って来て…。
「ぶるぅ、ぼくにもフカヒレラーメン!」
「えとえと…。ラーメンはいいけど、ハーレイは?」
どうなっちゃったの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が急いで作って来たフカヒレラーメン。教頭先生の行方は私たちも気になる所です。お預かり中か、それともこっちの世界にいらっしゃるのか。
「ハーレイかい? お昼御飯を食べてる筈だよ、青の間で!」
ちゃんとコンビニ弁当を渡して来たから、というソルジャーの答え。お預かりサービス、もう始まっているわけですね?
「お試しでどうぞ、と言ったからには迅速に! それにハーレイも納得してるし!」
もちろん、こっちのハーレイだよ、という補足。
「ぼくのハーレイにも言っておいたし、明日の夜までお預かり! 青の間には誰も訪ねて来ないのが基本だからねえ、ハーレイが増えてもバレやしないって!」
お掃除部隊が突入するまでは余裕が充分、と威張るソルジャー。片付けるのが苦手なソルジャーの青の間は足の踏み場も無くなるくらいに散らかるのが常で、酷くなったらお掃除部隊の出番です。でも、ニューイヤーのパーティーが終わった直後に突入されてしまったそうで…。
「次に来るまで、一ヶ月くらいは大丈夫! 来るとしたって、土日さえ避けて貰えれば!」
ハーレイを夜しか預からない日は問題無し! という話。ソルジャーがお小遣いを稼ぎたい間は、教頭先生は預かられたままになるようです。食事はコンビニ弁当ですね?
「一応、希望は聞くけどね…。コンビニ弁当か、カップ麺がいいか、その程度には!」
預かった以上は多少の責任というものが…、と言ってますけど、コンビニ弁当かカップ麺かを選べる程度の生活ですか、教頭先生…。
「その生活に何か問題でも? ハーレイは喜んでたけどねえ?」
夜の生活、覗き放題! と満面の笑顔。教頭先生、お預かりサービスと聞くなり嬉々として荷造りなさったそうです、ソルジャーの世界へ旅立つために。
「ボディーソープとかは好きに使っていいよ、と言ってあげたら、感激してたねえ…」
「…そうだろうねえ…」
青の間のバスルームを使えるだけでもハーレイにはポイント高いだろうから、と会長さん。そこへソルジャーと同じボディーソープとかを使えるとなれば、大満足の御滞在かな…?
こうして預かられてしまった教頭先生は、翌日の夜に戻って来ました。私たちは会ってはいませんけれど。会長さんの家でやった寄せ鍋、それを食べに来たソルジャーから話を聞いただけ。
「ちょっと早いけど、返しておいても問題ないかと…。明日も寝込んでいるだろうから」
学校の方は休みじゃないかな、と寄せ鍋の席に混ざったソルジャー。
「「「休み?」」」
「うん。…あれも知恵熱って言うのかな? それともオーバーヒートの方かな…?」
熱を出しちゃって寝込んでいるからベッドにお届け、という報告。会長さんは「ふうん?」とサイオンで教頭先生の家を覗き見してから。
「…脳味噌がパンクしたって感じだねえ? うわ言の中身が下品だからね」
「「「下品?」」」
「君たちが聞いても意味が不明で、ぼくやブルーにしか分からない中身!」
もう最高に下品だから、と会長さんは吐き捨てるように。
「まったく、どれだけ欲張ったんだか…。昨日の夜の覗きの時間!」
「欲張るも何も、一瞬で沈んだらしいけど?」
ぶるぅが証言してたから、とソルジャーは大きな溜息を。
「ほら、せっかくのお客様だしね? ぶるぅも張り切って案内したわけ、よく見える場所に!」
「「「………」」」
おませな悪戯小僧の「ぶるぅ」。大人の時間の覗きが大好き、そのせいでキャプテンがヘタレる話は有名です。「ぶるぅがあそこで…」とソルジャーに泣き付くとか、そういうの。言わば覗きのプロが「ぶるぅ」で、覗きに適したスポットにも詳しいことでしょう。
「それはもちろん! でもって、ぼくのハーレイに気付かれないよう、シールドもきちんと張ったんだけど…。ハーレイの分も、しっかりと!」
そして覗きのプロならではの解説もしようとしたのだそうです。プロ野球とかの解説よろしく、ソルジャー夫妻の大人の時間を実況中継。けれど、相手はヘタレな教頭先生だっただけに…。
「なんだったかなあ、「ハーレイ、構えました! これは大きい!」って言ったんだっけか、そこでブワッと鼻血だったとかで…」
「「「…???」」」
「おおっと、入った! ハーレイ、頑張れ、頑張れ、もっと奥まで! って解説しながら横を見た時は既に意識が無かったらしいね」
そのまま朝まで轟沈で…、と言われても謎な、その状況。大人の時間は謎だらけです…。
お預かりサービスで覗きのプロな「ぶるぅ」に出会った教頭先生、鼻血なコースを走ってダウン。会長さんに言わせれば脳味噌がパンク、下品なうわ言を連発しながら寝込んでしまって…。
「お試しコースはこういう感じ! どうする、明日からも続けて預かる?」
平日は夜だけ、土日は丸ごと、というソルジャーの申し出に、会長さんは飛び付きました。冬の最中でも暑苦しいらしい教頭先生のお預かりサービス、どうやらとても美味しいらしく…。
「それで頼むよ、あの調子だったら、当分、平和になりそうだから!」
清々しい毎日を過ごせそうだし、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持って来させた札束。現金払いがお得な所も多いらしくて、金庫に入れてあるのだそうです。
「お試しコースの分と、一週間分と…。これで次の土日までいけるよね?」
とりあえず一週間でよろしく、と札束を差し出した会長さんに、ソルジャーは。
「一週間でもいいんだけれど…。当分の間、預かるんなら、お得なコースも用意したけど?」
クリーニング屋のお預かりサービスだと、次に使う時まで預かるそうだし…、とソルジャーが出した料金表。一ヶ月コースだとこのお値段で、二ヶ月だと…、という説明。教頭先生の暑苦しさが倍増するだろう夏も含めたコースになったら、割引はドカンと三割だとかで。
「断然、こっちがお勧めだけどね? 一年コースだと五割引きっていうのもね!」
三割引きは大きいよ、と会長さんの顔を見詰めるソルジャー。
「元の値段が高いからねえ、三割引きで浮く金額がこれだけで…。五割引きだと、もっとお得で」
「五割引きねえ…。魅力的ではあるかな、それは」
「いいと思うけどね? 気が変わった時は解約できるし、長期コースがぼくのお勧め」
三割引きとか、五割引きとか…、とソルジャーは長期コースを勧めて、会長さんも。
「悪くないねえ、これだけ値引きをして貰えるなら…」
やっぱり五割引きだろうか、と大きく頷き、「一年コースで!」と札束をドンと。
「これで一年分だよね? お預かりサービス」
「五割引きだから、合ってるね。…君は賢い選択をしたよ、一ヶ月ずつ払っていたんじゃ、この倍になってしまうんだからね!」
お預かりサービス、一年コースで引き受けるから、とソルジャーが手にした札束の数に、私たちは唖然とするばかり。あれだけの現金が会長さんの家にあったというのも驚きですけど、あの金額なら家が一軒買えそうです。それも庭付き、立派な注文住宅が…。
会長さんが大金を支払った、教頭先生のお預かりサービスは順調でした。ソルジャーは約束通りに毎晩、教頭先生を回収して行き、朝に戻すという毎日。週末は終日お預かりですし、会長さんの口から「暑苦しい」という苦情はもう聞かなくて済みそうです。
「大金を払った甲斐があったよ、ハーレイが暑苦しかった頃が嘘のようだよ」
電話もかかって来ないから、と会長さんは至極ご機嫌。それはそうでしょう、夜になったら回収ですから、教頭先生はソルジャーの世界へ移動です。電話なんかは出来ません。
「あんたも思い切った選択をしたな、まさかあれだけの金を出すとは…」
そうそう出来んぞ、とキース君が言い、ジョミー君も。
「普段はケチケチしてるのに…。出す時にはドンと出すんだね、ブルー」
「快適な生活のためとなったら、あれくらいはね!」
またハーレイから毟ってやったら取り返せるし、と凄すぎる台詞。預けてあるほど暑苦しいのに、毟るためなら接近すると…?
「当然じゃないか、毟ってなんぼ! でも、その前に入試があるから」
「「「は?」」」
「シャングリラ学園の入試だってば、試験問題をハーレイから毟って来ないとね!」
「「「あー…」」」
アレか、と思い出しました。教頭先生にベッドの上で耳掃除のサービス、それをする代わりに試験問題のコピーを横流しして貰うヤツ。そんな面倒なことをしなくても、試験問題は瞬間移動で盗み放題なのが会長さんなのに。
「ぼくの娯楽の一つだしねえ、まずはアレから!」
それが済んだら、ブルーに支払ったお預かりサービスの代金を何回かに分けて毟ることにする、と会長さんは鬼でした。教頭先生をソルジャーの世界に捨てているくせに、捨てるために払った代金を捨てられた人から毟ろうだなんて…。
「いいんだってば、ハーレイの生き甲斐は貢ぐことだから!」
このぼくに、と自信たっぷりな会長さんだったのですけれど…。
「…違約金?」
そんなのは聞いていないんだけど、と青ざめている会長さん。その向かい側では、ソルジャーが。
「言わなかったかな、長期コースは割引率が大きくなる分、ぼくだって損をするわけで…」
だから途中で解約するなら、倍の値段を支払って貰わないと、と言うソルジャー。
「ぼくはきちんと仕事をしたのに、君の都合で解約なんだよ? しかも一ヶ月も経たないのに!」
支払わないなら、お預かりサービスを継続するから、とキッチリと釘が刺されました。
「君にどういうリスクがあろうと、ぼくは仕事をするだけだってね!」
「ちょ、ちょっと…! これを一年も続けられたら…!」
ハーレイがもっとエライことに、と会長さんはアタフタと。
「君も覗き見してたんだろう? 試験問題を貰いに行ったぼくが、どうなったかは!」
「見てたけど? 耳掃除の後は熱い抱擁、いつものハーレイと同じだけどねえ?」
毎年、毎年、それでおしまい、と言うソルジャーですけど。
「今年は違っていたんだってば、ぼくはお尻を撫でられたんだよ! サワサワと!」
「…いいじゃないか、別に減るものじゃないし」
「ううん、ぼくは身の危険を感じたわけで! このままハーレイを放っておいたら大惨事だと!」
覗きで耐性がついて来たのに違いない、と会長さんは震え上がったのでした。教頭先生に限ってそれは無さそうだと誰もが思っているわけですけど、会長さんはとうに冷静さを失っていて…。
「だから、解約! お預かりサービスは今日限りで!」
もうハーレイを預からないでくれ、と大パニックな会長さんには、後ろめたさでもあったのでしょうか。教頭先生を別の世界へ放り出してしまった例のサービス。暑苦しいとは言っていたものの、三百年以上も片想いされているわけですし…。
「それだけは無い! 後ろめたいなんて思ってないけど!」
でも、本当に怖かったんだ、と会長さんは解約をするつもりでいて、ソルジャーの方は。
「じゃあ、違約金。…払わない間は、ぼくは仕事を続けるだけ!」
「暴利だってば、せめて半額に負けてくれるとか!」
「どうせハーレイから毟る気なんだろ、もっと貰ってもいいくらいだよ、違約金!」
「そのハーレイから毟れないんだよ、今の状態だとリスクが高くて…!」
毟りに行ったら押し倒されそう、と会長さんは怯えまくりで、違約金の値引きに必死です。身から出た錆だと思いますけど、自分が蒔いた種なんですから…。
「…キース先輩、こういう場合は会長が払うしかないんですよね?」
違約金を、とシロエ君が訊いて、キース君が。
「契約書があったら、文句の言いようもあるんだろうが…。口約束だからな…」
「でも、口約束には法律上の効果は無かったように思うわよ?」
払わなくても良さそうだけど、とスウェナちゃんが言っていますけど。
「甘いな、あいつに法律なんぞが通用すると思うのか? 別の世界から来てやがるんだぞ」
裁判所に訴えることも出来ないんだが、とキース君がサラッと告げた現実。
「それじゃ、ブルーは払うしかないわけ?」
あのとんでもない値段の倍も、とジョミー君が呆然、サム君も。
「…払えなかったら、例のサービスがこれからも続くっていうのかよ?」
「そうなるな。…ブルーが諦めて払う気にならない限りはな」
だが、支払った金を教頭先生から毟るコースは無理そうだし…、と合掌しているキース君。教頭先生が覗きの日々で鍛えられたと思い込んでいる会長さんには、毟りに行くことが出来ませんから、物凄い額の違約金を払うか、一年コースを継続するか。
「…タダほど高いものはねえ、って言うけどよ…」
高く出してもああなるのかよ、とサム君が呻いて、シロエ君が。
「相手が悪すぎたんですよ。美味い話には罠がある、とも言いますからね…」
「「「うわー…」」」
会長さんとソルジャーは、まだギャーギャーと騒いでいます。けれど勝てない相手がソルジャー、会長さんは凄い金額を違約金として支払う羽目になるのでしょう。払ったお金を教頭先生から毟り取れる日は遠そうです。教頭先生をカモにし続けた罰が、とうとう当たっちゃったかな…?
預けて爽やか・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生をソルジャーの世界で預かって貰って、大満足な日々を過ごしていた生徒会長。
ところが身の危険を感じたわけで、解約しようと思ったら…。美味い話には気を付けないと。
次回は 「第3月曜」 10月17日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、9月のイベントと言えばお彼岸。今年は23日がお中日で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
元老寺の除夜の鐘で古い年を送って迎えた新年。初詣と冬休みが済んだら三学期スタート、シャングリラ学園はイベントが幾つもあります。お雑煮大食い大会に水中かるた大会、それが終われば入試前の下見シーズンやら、バレンタインデーに向けてのカウントダウンやら。
何かと賑やか、外の寒さも吹っ飛びそうな勢いですけど、その学校も土日はお休み。今日は朝から会長さんのマンションにお邪魔してるんですけれど…。
「…いよいよ暑苦しくなってきた…」
会長さんの呟きに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「暑すぎた?」とエアコンのリモコンを。
「みんな寒い中を歩いて来たから、これくらいでいいかと思ったんだけど…」
「すまんな、俺たちが寒い、寒いと連発したから…」
少し下げてくれ、とキース君が。
「もう充分に暖かくなったし、俺たちの方は大丈夫だ」
「ですよね、来た時には震えていましたけどね…」
今日は北風が強かったですし、とシロエ君も。
「バス停から此処まで歩く間に冷えちゃいましたけど、今はポカポカですから」
「分かった! えーっと…」
2℃ほど下げればいいのかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が設定を変えようとした所へ。
「いいんだよ、部屋はこのままで。…暑苦しいのは別件だから」
「「「は?」」」
「暑いと思っているのは、ぼくだけってこと!」
ぼく一人だけ、と自分を指差す会長さんに、キース君が呆れた顔つきで。
「あんた…。無精していないで着替えれば済む問題だろう! そのセーターとか!」
「ホントだよ…。サイオンを使えば一瞬じゃないの?」
何処かの誰かがいつもやってる、とジョミー君だって。私も全く同感です。暑苦しいなんて言うほどだったら、着替えればいいと思いますけど…?
「会長、今日の服には何かこだわりでもあるんですか?」
それで着替えたくないんでしょうか、とシロエ君。そっちだったら分かりますよね、今日はコレだと思った服なら、気合で着ようってこともありますから…。
暑苦しいと漏らした会長さん。その実態はシャングリラ・ジゴロ・ブルーと呼ばれるくらいの女たらしで、モテるのが自慢の超絶美形というヤツです。ファッションセンスにも自信アリでしょうし、モテるためなら暑い真夏でも毛皮のコートを着そうなタイプ。
とはいえ、今は自分の家にいるわけで、周りは私たち七人だけ。あっ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もいますけど。つまりは身内も同然な面子、カッコよくキメる意味は何処にもありません。フィシスさんでも来るというなら別なんですが…。
「フィシスは来ないよ、今日はお出掛けしちゃったからね」
ブラウたちと一泊二日で旅行、と会長さんはフィシスさんの予定もしっかり把握。今がシーズンのカニと温泉の旅だそうです、豪華なホテルにお泊まりして。
「カニですか…。それはとっても羨ましいんですが…って、だったら、なんでその服なんです?」
ぼくたちにモテても意味が無いですよ、とシロエ君。
「サム先輩は会長にぞっこんですけど、わざわざ服までキメなくっても…。サム先輩なら、会長がジャージを着ていたとしても幻滅しないと思いますが」
「当然だぜ! 俺はブルーに惚れてるんだし、服じゃねえから!」
勢いよく答えたサム君ですけど、会長さんは「そうじゃなくって…」とフウと溜息。
「ぼくが暑苦しいって言ってる方もさ、ジャージだろうが、ツナギだろうが気にしないってね」
「…ツナギですか…」
それはまた凄いツワモノですね、とシロエ君。
「それって、コスプレとかではなくって、いわゆる現場なツナギですよね?」
「うん。油だらけでも、泥だらけでも、現場の匂いがしみついていようと無関係!」
どんな服でも気にしないであろう、と言うんだったら、なおのこと着替えれば済む話では…って、ちょっと待って下さい、会長さんの服装とモテが関連してるってことは…。
「おい、誰か来るのか、これから此処に?」
ツナギでも気にしない誰かが来るのか、とキース君。
「そしてだ、そいつ用にとキメているのが今の服だという勘定か?」
「…まさか。君の理論は破綻してるよ」
どんな服でも気にしない相手が来るなら、それこそ服はどうでもいい、と会長さん。だったら、暑苦しいと言っていないで着替えればいいと思うんですけど…?
会長さんの「暑苦しい」発言、でも着替えるという選択肢は無し。ついでにツナギも気にしないという凄い女性とお付き合いしているらしいです。ウチの学校の生徒でしょうか?
「うーん…。当たらずとも遠からずってトコかな、それは」
会長さんの台詞に、ジョミー君が。
「生徒じゃないなら、職員さんとか? …先生ってことはないもんね」
「ブラウ先生は旅行中だと言うからな…」
ツワモノと言ったらブラウ先生くらいだろう、とキース君。
「それに、ブルーが付き合っているという話も聞かんし、職員さんだな。…あんた、誰を毒牙にかけたんだ!」
「失礼な! ぼくは被害者の方だから!」
毒牙にかかってしまった方だ、と会長さんがまさかの被害者。
「会長がハメられたんですか!?」
シロエ君の声が裏返って、キース君も。
「…甘い台詞でたらし込んだつもりが、逆に捕まったというオチか? それはマズイぞ」
ちゃんと清算しておけよ、と大学を卒業したキース君ならではのアドバイスが。
「後でモメるぞ、放っておくと」
「もう充分にモメてるってば、三百年以上」
「「「三百年!?」」」
その数字でピンと来た人物。もしや、会長さんが暑苦しいと言ってる相手は教頭先生?
「そうだけど? 他にどういう人間がいると!」
ぼくは女で失敗はしない、と自信に溢れた会長さんの言葉。
「でもねえ、男の方だと何かと勝手が違うものだから…。ハーレイだとか、ノルディだとか」
「「「あー…」」」
教頭先生とエロドクターは会長さんを狙う双璧、現時点では実害があるような無いような…。
「そのハーレイがさ、暑苦しくて…。どんどん暑苦しさを増しつつあって!」
冬は人肌恋しい季節だから、と会長さんは、またまた溜息。
「電話はかかるし、バッタリ会ったら熱い視線で見詰められるし…」
なんとかならないものだろうか、とブツブツと。いつものことだと思いますけど、今年は寒さが厳しいだけに余計に癇に障りますかねえ…?
会長さん一筋、三百年以上な教頭先生。けれど会長さんは女性一筋、まるで噛み合わない二人の嗜好。気の毒な教頭先生は片想いの日々、それを逆手に取られてしまって会長さんのオモチャにされている人生です。
教頭先生で遊ぶ時にはきわどい悪戯もやっているくせに、邪魔な時には電話だけでも気に障るタイプが会長さんで…。
「あんた、またしても悪い癖が出たな。教頭先生には普通のことだと思うが」
モテ期が来たなら話は別だが、とキース君。
教頭先生のモテ期なるもの、世間で言われるモテ期とは中身が別物です。自分はモテると何かのはずみに思い込んでしまい、会長さんにプレゼントやラブレターを贈りまくるという一種の発作。それが来たなら、暑苦しいのも分かりますけど…。
「違うね、モテ期じゃないんだけれど…。いつものパターンだと分かっちゃいるけど…」
暑苦しくて、と会長さんはぼやいています。
「これが服なら、脱いで着替えれば済むんだけどさ…。生憎とハーレイは服じゃないから」
「違いますねえ、教頭先生は人間ですから」
脱いだり着替えたりは出来ませんね、とシロエ君。
「教頭先生の服が見た目に暑苦しいと言うんだったら、着替えて貰えばいいんですけど…」
「そうだな、服ならそれでいけるが…」
中身の方ではどうにもならんな、とキース君も。
「諦めて我慢するんだな。…でなければ、あんたが薄着するかだ」
冬の最中に半袖を着れば暑苦しさも減るであろう、とキース君からのアドバイス。
「身体が冷えれば頭も冷える。…そうやってクールダウンするのが俺のお勧めコースだが」
「冗談じゃないよ、修行中なら真冬に滝行もアリだけど!」
なんでハーレイのために寒い思いを、と会長さんの文句が炸裂。
「ハーレイが滝に打たれに行くなら分かるけどねえ、なんでぼくが!」
「俺は滝行とまでは言っていないが?」
「似たようなモノだよ、真冬の半袖!」
そしてハーレイの方は真冬に半袖でも平気なタイプ、と顔を顰める会長さん。柔道で鍛えていらっしゃる上に、古式泳法の名手でもある教頭先生、氷が張る日に半袖を着ていても平気らしいです。そう聞いちゃったら、会長さんの方が薄着するなんて理不尽ですよね…。
教頭先生が暑苦しくても、薄着はしない会長さん。教頭先生の方は冬の寒さで人肌恋しく、会長さんに電話で熱い視線と来たものです。頭を冷やしてどうなるものでもなさそうですし…。
「そこなんだよねえ、滝行をしろと放り出しても、ぼくの命令ってだけで喜ぶ相手だし!」
大喜びで滝に打たれる姿が見えるようだ、と会長さんの嘆き。
「滝行と言えば、煩悩や穢れを洗い流しに行くと相場が決まっているのに…」
「そう聞くな。俺たちの宗派は滝行は無しだが、あんたの場合は…」
「恵須出井寺の方だとアリだったからね」
サイオンでシールドしていたけれども経験はある、と会長さん。
「あんな具合にハーレイの煩悩も綺麗サッパリ洗い流せるなら、滝行だって…。ん…?」
待てよ、と会長さんは顎に手をやって。
「暑苦しいなら服を着替えで、服というのは洗うものだし…」
「かみお~ん♪ お洋服を着替えて片付ける前には、お洗濯だよ!」
でないと服が傷んじゃうもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「放っておいたら駄目になるから、きちんと洗って片付けないと!」
「そう、それ! …ハーレイも洗って片付けられればいいんだけどねえ…」
「「「はあ?」」」
「クリーニングだよ、ぼくの家ではクリーニングに出したら返って来るけれど…」
洗い終わったら届くんだけど、と会長さんが視線を窓にチラリと。
「保管しておくスペースが足りない家の場合は、お預かりサービスっていうのがあるよね?」
「らしいね、ぼくの家でも頼んでないけど…。毛布とかだっけ?」
使うシーズンまで預けておくんだっけ、とジョミー君が言うと、スウェナちゃんが。
「そうらしいわよ? 毛布だけじゃなくて、服もオッケーだったと思うわ」
「ええ、クローゼット代わりにしている人もあるみたいですね」
たまにトラブルになっていますよ、とシロエ君。預けておいたクリーニング屋さんが知らない間に閉店しちゃって、服とかが消えてしまうトラブル。連絡先を言わない方が悪いんですけど。
「そのシステムが魅力的だと思えてねえ…。今のぼくには」
誰かハーレイの煩悩を洗い流して、ついでに預かってくれないだろうか、と会長さん。
「クリーニングに出しても、落ちない汚れはありがちだから…。綺麗に洗う方は無理でも…」
せめてお預かりサービスの方を、と無茶な発言。服ならともかく、相手は教頭先生です。人間を洗ってお預かりする洗濯屋さんなんか、存在しないと思いますけど…?
暑苦しく感じる教頭先生をクリーニングに出したいと言う会長さん。あまりにも凄すぎる発想な上に、お目当てはお預かりサービスの方。洗うだけなら、エステサロンとかで文字通りツルツルにしてくれますけど、お預かりサービスは有り得ませんよ…?
「それは分かっちゃいるんだけれど…。冬だっていうのに暑苦しいから…」
ちょっと預けてしまいたい気分、と会長さんが零した所へ。
「こんにちはーっ!」
ぼくに御用は? とフワリと翻った紫のマント。別の世界からのお客様です。ソルジャーは空いていたソファにストンと座ると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、ぼくにもおやつをお願い! それと紅茶も!」
「オッケー! 今日はね、オレンジのキャラメルケーキなの!」
はい、どうぞ! とサッと出て来たケーキと熱い紅茶と。ソルジャーはケーキを頬張りながら。
「ハーレイをクリーニングに出したいんだって?」
「…聞いていたわけ?」
「暇だったからね!」
本当は会議中だったけど、とソルジャーはサボッていた様子。多分、適当に返事しながら座っていたというだけでしょう。こっちの世界を覗き見しながら。
「そうだよ、議題が退屈すぎてさ…。救出作戦の計画だったら楽しいけれども、メンテナンスの日程なんかは別にどうでもいいんだよ!」
ハーレイが聞いておけば充分! と流石の無責任ぶり。もっとも、ソルジャーがメンテナンスについて聞いても、何の役にも立たないんでしょうけど。
「その通り! 下手に弄れば壊すだけだし、ぼくは現場はノータッチ!」
「はいはい、分かった。…それで悪趣味にも盗み聞きを、と」
ぼくたちが此処で喋っていたことを…、と会長さんが軽く睨むと。
「失礼だねえ! ぼくが話を聞いていたから、君にとっても悪くない話を持って来たのに!」
「…どんな話を?」
「クリーニングだよ、こっちのハーレイの!」
洗ってもいいし、お預かりサービスも出来るんだけど、とソルジャーは胸を張りました。ソルジャーの世界はSD体制とやらで、全くの別世界だと聞いています。私たちの世界では考えられない人間相手のクリーニング屋さん、もしかして存在してますか…?
会長さんが希望していた教頭先生のクリーニングとお預かりサービス。どう考えても無理だとばかり思っていたのに、ソルジャー曰く、どちらも可能。SD体制の世界だったら、当たり前のようにあるのが人間相手のクリーニングですか?
「うーん…。クリーニングだけなら、当たり前だね! ぼくの世界じゃ!」
店があるわけじゃないんだけれど、と言うソルジャー。
「だけど、ブルーの望み通りのクリーニングってヤツではあるかな、うん」
「暑苦しいのを洗ってくれるのかい?」
そのクリーニング、と会長さんが尋ねると。
「他にも色々、綺麗サッパリ! 機械にお任せ、どんな危険な思考でも!」
たまにトラブルが起こるんだけど、とソルジャーは自分の顔に向かって人差し指を。
「洗い損なったら、こんな風にミュウになっちゃうから! もう大失敗!」
捕獲するとか、処分するとか、どちらにしたって大騒ぎだから、ということは…。そのクリーニングって、ソルジャーがたまに喋っている成人検査ってヤツですか?
「成人検査が一番有名だけどね、その時々で記憶を処理していくのがマザー・システムだね!」
ちょっと呼び出して記憶を綺麗にクリーニング、と怖い話が。
「別にお店に行かなくっても、人類の家は何処でも監視用の端末ってヤツがあるからねえ…。それの前に呼ばれて光がチカチカ、アッと言う間に洗い上がるよ!」
不都合な記憶くらいなら、と恐ろしすぎる世界が語られました。SD体制を批判するような危険な思考を持っていた場合は、専門の車がやって来るとか。車の中には頭の中身を調べて記憶を書き換える装置、それで駄目なら施設に送られてクリーニングで。
「大抵は上手くいくみたいだけど、失敗しちゃうと、ぼくみたいになるか、発狂するか…」
「「「うわー…」」」
怖いどころのレベルではありませんでした。教頭先生がいくら暑苦しい思考の持ち主なのかは知りませんけど、そこまでして洗って貰わなくっても…!
会長さんもそう考えたようで、慌てて断りにかかりました。
「そのクリーニングは要らないから! ぼくはそこまで求めてないから!」
「誰が機械に頼むと言った? 第一、ミュウが頼みに行っても、機械の方が断るから!」
ミュウはマザー・システムと相性最悪、と言われてみれば、その通り。ソルジャーはマザー・システムを相手に戦う日々なんですから、クリーニングは頼めませんねえ…。
会長さんの希望通りのクリーニングが出来るシステムはあっても、ミュウの場合は使えないらしいソルジャーの世界。なのに、ソルジャーは「洗ってもいいし、お預かりも」と提案して来た辺りが謎です。機械に頼らず、独自の方法でも編み出しましたか、クリーニングの?
「それはまあ…。ぼくはミュウだし、ミュウならではの方法だったら幾らでも!」
記憶をチョチョイと弄ってるヤツがクリーニング、とソルジャーが言う記憶の操作。それなら何度も見ています。ソルジャーの存在自体を誤魔化してこっちで遊び歩いたり、ソルジャーにとっては都合の悪い記憶を自分の世界で消したり。…時間外労働をさせた仲間の記憶とかを。
「…ハーレイにそれを応用すると?」
そして暑苦しさを消してくれると、と会長さんが質問すると、ソルジャーは。
「それは駄目だね、ぼくはハーレイと君との結婚を目標にしているから!」
暑苦しさはキープしないと、とソルジャーに教頭先生の記憶をクリーニングする気は無い様子。それなら何を洗うんですか?
「文字通りだよ、ぼくが背中を流すとか! もっとデリケートな場所だって!」
「却下!」
そんなクリーニングは必要無い、と会長さんは眉を吊り上げました。
「ますます暑苦しくなっちゃうじゃないか、君がハーレイを洗ったら!」
「うーん…。だったら、洗う方はセルフでお願いするとか、でなきゃ、ぶるぅかハーレイに洗って貰うか…」
とにかく洗ってお預かり、とソルジャーは指を一本立てて。
「君が求めるサービスってヤツはそれなんだろう? 暑苦しいハーレイをお預かり!」
「…そうだけど…。そう言ってたけど、君が預かってくれるとか?」
「喜んで! ぼくの青の間はスペースが余っているからね!」
ハーレイの二人や三人くらいはお安い御用、とソルジャー、ニコニコ。
「預かってる間は、ハーレイは自由に過ごしてくれれば…。寝ていてもいいし、覗いてもいいし」
「覗く?」
「青の間に来たら、覗かない手は無いってね! ぶるぅも覗きは大好きなんだし!」
ぼくとハーレイの熱い時間を是非! と言ってますけど。それって、ソルジャーとキャプテンの大人の時間の覗きですよね、教頭先生、余計に暑苦しい人間になってしまいませんか…?
ソルジャーが持ち出した、覗きとセットの教頭先生お預かりサービス。会長さんが求めるものとは正反対な結果になりそうですから、これは駄目だと思いましたが。
「…そのサービス。ハーレイが鼻血でダウンした時はどうなるんだい?」
フォローの方は、と会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「放置に決まっているじゃないか! ぼくもハーレイも忙しいんだから!」
途中で手当てに行くわけがない、とキッパリと。
「それにね、ダウンしていることにも気付くかどうか…。真っ最中だけに!」
「なるほどね…。それじゃ、ぶるぅが手当てをしない限りは…」
「もう間違いなく、朝まで倒れているしかないね!」
それに、ぶるぅは手当てをしない、とソルジャー、断言。
「なにしろ、ぶるぅの頭の中には、食べ物のことと悪戯だけしか詰まってないし…。手当てをしようと思うよりも先に悪戯だろうね!」
身ぐるみ剥いで落書きするとか、ハーレイの苦手な甘い物を口に詰め込むだとか、と「ぶるぅ」のやりそうな悪戯がズラズラ羅列されて。
「悪戯は駄目だと言っておいたら、やらないだろうと思うけど…。手当てをするってことだけは無いね、ぼくも頼もうとは思わないから!」
ぶるぅに何かを頼む時には食べ物で釣るしかないものだから、と言うソルジャー。
「こっちのハーレイを預かるだけだし、余計な手間は御免だよ。鼻血でダウンしてても放置!」
「ふうん…。それなら預けてみようかな?」
いい感じに頭が冷えそうだから、と会長さんはニヤニヤと。
「夢と現実は違うものだ、と痛感する羽目になりそうだしねえ? …隣の芝生は青いと言うけど、どんなに涎を垂らしていたって、何も起こりはしないんだよね?」
「うん、今回のお預かりサービスに関してはね!」
ぼくのベッドに誘いはしない、とソルジャーが挙げた大事なポイント。教頭先生は覗きをしてもいいというだけ、美味しい思いはそれで全部で。
「鼻血を噴いてダウンするまでは、好きなだけ覗いてくれていいけど…。他には一切、サービスなんかは付かないってね!」
あくまでお預かりサービスだから、とソルジャーは会長さんに約束しました。クリーニング屋さんが預かり中の服を勝手に着たら駄目なのと同じで、お預かりサービスで預かった教頭先生に手出しは一切しない、と。
ソルジャーにしては珍しい申し出もあったものだ、と誰もが思いましたが、ソルジャーが言うには商売だとか。会長さんから毟れるチャンスで、たまには自力で稼ぎたいそうで。
「お小遣いなら、ノルディがたっぷりくれるんだけど…。たまには自分でアルバイト!」
今はアルバイトのチャンスが無くて、と頭を振っているソルジャー。
「こっちの世界でアルバイトしたことは無いんだけどさ…。ぼくの世界だと、時々ね」
「「「え?」」」
「何度も言ったと思うけど? 人類がやってる研究所とかに潜り込むんだよ!」
研究者のふりをして入った以上は、当然、給料も出るものだから、というのがソルジャーがやったアルバイト。貰ったお給料で外食をしたりしていたそうです。
「…ぼくの世界じゃ、それほど食べたい物もないしね…。お菓子ばっかり食べていたけど!」
「「「うーん…」」」
確かにそういう人だった、と溜息しか出ないソルジャー好みの食生活。私たちの世界に来ている時には、「地球の食事は何でも美味しい」とグルメ三昧していますけれど、自分の世界だとお菓子以外は食べるのが面倒なんでしたっけ…。
「そうだよ、栄養剤で充分だって言っているのにさ…。ぼくの世界のノルディが文句を言うんだよねえ、それにハーレイも」
「それが普通だと思うけど?」
食事くらいは食べたまえ、と会長さん。
「こっちの世界で食べてもいいから、とにかく普通に食事をね! お菓子だけじゃなくて!」
「言われなくても、こっちだったら食べるけど…。先立つものが必要だから、アルバイト!」
今はアルバイトをしたい気分、と言うソルジャーには、自分の世界でアルバイトするチャンスが無いのだそうです。そういったわけで趣味と実益を兼ねて、こっちの世界でお小遣い稼ぎ。教頭先生のお預かりサービスを始めて儲けたいとかで…。
「…こんな所でどうかな、料金。ハーレイには仕事もあるってことだし、土日は一日預かるってことで、このお値段で…。平日は夜だけ、その分、値段はお得になるよ」
ソルジャーがサラサラと紙に書き付けた値段は強烈なものでした。会長さんが御布施と称して踏んだくる金額と張り合える価格、それだけに…。
「とりあえず、お試しってことで、今日から預かって明日の夜に返すコースだと…」
このお値段! と破格に安い金額が書かれ、会長さんは「乗った!」と即答で。ソルジャーはウキウキと瞬間移動で消えてしまいました、早速お預かりサービスですか…!
寒い季節だけに、お昼は豪華にフカヒレラーメン。会長さんはもう暑苦しいとは言っていなくて、熱々のラーメンに舌鼓。そこへソルジャーがヒョイと戻って来て…。
「ぶるぅ、ぼくにもフカヒレラーメン!」
「えとえと…。ラーメンはいいけど、ハーレイは?」
どうなっちゃったの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が急いで作って来たフカヒレラーメン。教頭先生の行方は私たちも気になる所です。お預かり中か、それともこっちの世界にいらっしゃるのか。
「ハーレイかい? お昼御飯を食べてる筈だよ、青の間で!」
ちゃんとコンビニ弁当を渡して来たから、というソルジャーの答え。お預かりサービス、もう始まっているわけですね?
「お試しでどうぞ、と言ったからには迅速に! それにハーレイも納得してるし!」
もちろん、こっちのハーレイだよ、という補足。
「ぼくのハーレイにも言っておいたし、明日の夜までお預かり! 青の間には誰も訪ねて来ないのが基本だからねえ、ハーレイが増えてもバレやしないって!」
お掃除部隊が突入するまでは余裕が充分、と威張るソルジャー。片付けるのが苦手なソルジャーの青の間は足の踏み場も無くなるくらいに散らかるのが常で、酷くなったらお掃除部隊の出番です。でも、ニューイヤーのパーティーが終わった直後に突入されてしまったそうで…。
「次に来るまで、一ヶ月くらいは大丈夫! 来るとしたって、土日さえ避けて貰えれば!」
ハーレイを夜しか預からない日は問題無し! という話。ソルジャーがお小遣いを稼ぎたい間は、教頭先生は預かられたままになるようです。食事はコンビニ弁当ですね?
「一応、希望は聞くけどね…。コンビニ弁当か、カップ麺がいいか、その程度には!」
預かった以上は多少の責任というものが…、と言ってますけど、コンビニ弁当かカップ麺かを選べる程度の生活ですか、教頭先生…。
「その生活に何か問題でも? ハーレイは喜んでたけどねえ?」
夜の生活、覗き放題! と満面の笑顔。教頭先生、お預かりサービスと聞くなり嬉々として荷造りなさったそうです、ソルジャーの世界へ旅立つために。
「ボディーソープとかは好きに使っていいよ、と言ってあげたら、感激してたねえ…」
「…そうだろうねえ…」
青の間のバスルームを使えるだけでもハーレイにはポイント高いだろうから、と会長さん。そこへソルジャーと同じボディーソープとかを使えるとなれば、大満足の御滞在かな…?
こうして預かられてしまった教頭先生は、翌日の夜に戻って来ました。私たちは会ってはいませんけれど。会長さんの家でやった寄せ鍋、それを食べに来たソルジャーから話を聞いただけ。
「ちょっと早いけど、返しておいても問題ないかと…。明日も寝込んでいるだろうから」
学校の方は休みじゃないかな、と寄せ鍋の席に混ざったソルジャー。
「「「休み?」」」
「うん。…あれも知恵熱って言うのかな? それともオーバーヒートの方かな…?」
熱を出しちゃって寝込んでいるからベッドにお届け、という報告。会長さんは「ふうん?」とサイオンで教頭先生の家を覗き見してから。
「…脳味噌がパンクしたって感じだねえ? うわ言の中身が下品だからね」
「「「下品?」」」
「君たちが聞いても意味が不明で、ぼくやブルーにしか分からない中身!」
もう最高に下品だから、と会長さんは吐き捨てるように。
「まったく、どれだけ欲張ったんだか…。昨日の夜の覗きの時間!」
「欲張るも何も、一瞬で沈んだらしいけど?」
ぶるぅが証言してたから、とソルジャーは大きな溜息を。
「ほら、せっかくのお客様だしね? ぶるぅも張り切って案内したわけ、よく見える場所に!」
「「「………」」」
おませな悪戯小僧の「ぶるぅ」。大人の時間の覗きが大好き、そのせいでキャプテンがヘタレる話は有名です。「ぶるぅがあそこで…」とソルジャーに泣き付くとか、そういうの。言わば覗きのプロが「ぶるぅ」で、覗きに適したスポットにも詳しいことでしょう。
「それはもちろん! でもって、ぼくのハーレイに気付かれないよう、シールドもきちんと張ったんだけど…。ハーレイの分も、しっかりと!」
そして覗きのプロならではの解説もしようとしたのだそうです。プロ野球とかの解説よろしく、ソルジャー夫妻の大人の時間を実況中継。けれど、相手はヘタレな教頭先生だっただけに…。
「なんだったかなあ、「ハーレイ、構えました! これは大きい!」って言ったんだっけか、そこでブワッと鼻血だったとかで…」
「「「…???」」」
「おおっと、入った! ハーレイ、頑張れ、頑張れ、もっと奥まで! って解説しながら横を見た時は既に意識が無かったらしいね」
そのまま朝まで轟沈で…、と言われても謎な、その状況。大人の時間は謎だらけです…。
お預かりサービスで覗きのプロな「ぶるぅ」に出会った教頭先生、鼻血なコースを走ってダウン。会長さんに言わせれば脳味噌がパンク、下品なうわ言を連発しながら寝込んでしまって…。
「お試しコースはこういう感じ! どうする、明日からも続けて預かる?」
平日は夜だけ、土日は丸ごと、というソルジャーの申し出に、会長さんは飛び付きました。冬の最中でも暑苦しいらしい教頭先生のお預かりサービス、どうやらとても美味しいらしく…。
「それで頼むよ、あの調子だったら、当分、平和になりそうだから!」
清々しい毎日を過ごせそうだし、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持って来させた札束。現金払いがお得な所も多いらしくて、金庫に入れてあるのだそうです。
「お試しコースの分と、一週間分と…。これで次の土日までいけるよね?」
とりあえず一週間でよろしく、と札束を差し出した会長さんに、ソルジャーは。
「一週間でもいいんだけれど…。当分の間、預かるんなら、お得なコースも用意したけど?」
クリーニング屋のお預かりサービスだと、次に使う時まで預かるそうだし…、とソルジャーが出した料金表。一ヶ月コースだとこのお値段で、二ヶ月だと…、という説明。教頭先生の暑苦しさが倍増するだろう夏も含めたコースになったら、割引はドカンと三割だとかで。
「断然、こっちがお勧めだけどね? 一年コースだと五割引きっていうのもね!」
三割引きは大きいよ、と会長さんの顔を見詰めるソルジャー。
「元の値段が高いからねえ、三割引きで浮く金額がこれだけで…。五割引きだと、もっとお得で」
「五割引きねえ…。魅力的ではあるかな、それは」
「いいと思うけどね? 気が変わった時は解約できるし、長期コースがぼくのお勧め」
三割引きとか、五割引きとか…、とソルジャーは長期コースを勧めて、会長さんも。
「悪くないねえ、これだけ値引きをして貰えるなら…」
やっぱり五割引きだろうか、と大きく頷き、「一年コースで!」と札束をドンと。
「これで一年分だよね? お預かりサービス」
「五割引きだから、合ってるね。…君は賢い選択をしたよ、一ヶ月ずつ払っていたんじゃ、この倍になってしまうんだからね!」
お預かりサービス、一年コースで引き受けるから、とソルジャーが手にした札束の数に、私たちは唖然とするばかり。あれだけの現金が会長さんの家にあったというのも驚きですけど、あの金額なら家が一軒買えそうです。それも庭付き、立派な注文住宅が…。
会長さんが大金を支払った、教頭先生のお預かりサービスは順調でした。ソルジャーは約束通りに毎晩、教頭先生を回収して行き、朝に戻すという毎日。週末は終日お預かりですし、会長さんの口から「暑苦しい」という苦情はもう聞かなくて済みそうです。
「大金を払った甲斐があったよ、ハーレイが暑苦しかった頃が嘘のようだよ」
電話もかかって来ないから、と会長さんは至極ご機嫌。それはそうでしょう、夜になったら回収ですから、教頭先生はソルジャーの世界へ移動です。電話なんかは出来ません。
「あんたも思い切った選択をしたな、まさかあれだけの金を出すとは…」
そうそう出来んぞ、とキース君が言い、ジョミー君も。
「普段はケチケチしてるのに…。出す時にはドンと出すんだね、ブルー」
「快適な生活のためとなったら、あれくらいはね!」
またハーレイから毟ってやったら取り返せるし、と凄すぎる台詞。預けてあるほど暑苦しいのに、毟るためなら接近すると…?
「当然じゃないか、毟ってなんぼ! でも、その前に入試があるから」
「「「は?」」」
「シャングリラ学園の入試だってば、試験問題をハーレイから毟って来ないとね!」
「「「あー…」」」
アレか、と思い出しました。教頭先生にベッドの上で耳掃除のサービス、それをする代わりに試験問題のコピーを横流しして貰うヤツ。そんな面倒なことをしなくても、試験問題は瞬間移動で盗み放題なのが会長さんなのに。
「ぼくの娯楽の一つだしねえ、まずはアレから!」
それが済んだら、ブルーに支払ったお預かりサービスの代金を何回かに分けて毟ることにする、と会長さんは鬼でした。教頭先生をソルジャーの世界に捨てているくせに、捨てるために払った代金を捨てられた人から毟ろうだなんて…。
「いいんだってば、ハーレイの生き甲斐は貢ぐことだから!」
このぼくに、と自信たっぷりな会長さんだったのですけれど…。
「…違約金?」
そんなのは聞いていないんだけど、と青ざめている会長さん。その向かい側では、ソルジャーが。
「言わなかったかな、長期コースは割引率が大きくなる分、ぼくだって損をするわけで…」
だから途中で解約するなら、倍の値段を支払って貰わないと、と言うソルジャー。
「ぼくはきちんと仕事をしたのに、君の都合で解約なんだよ? しかも一ヶ月も経たないのに!」
支払わないなら、お預かりサービスを継続するから、とキッチリと釘が刺されました。
「君にどういうリスクがあろうと、ぼくは仕事をするだけだってね!」
「ちょ、ちょっと…! これを一年も続けられたら…!」
ハーレイがもっとエライことに、と会長さんはアタフタと。
「君も覗き見してたんだろう? 試験問題を貰いに行ったぼくが、どうなったかは!」
「見てたけど? 耳掃除の後は熱い抱擁、いつものハーレイと同じだけどねえ?」
毎年、毎年、それでおしまい、と言うソルジャーですけど。
「今年は違っていたんだってば、ぼくはお尻を撫でられたんだよ! サワサワと!」
「…いいじゃないか、別に減るものじゃないし」
「ううん、ぼくは身の危険を感じたわけで! このままハーレイを放っておいたら大惨事だと!」
覗きで耐性がついて来たのに違いない、と会長さんは震え上がったのでした。教頭先生に限ってそれは無さそうだと誰もが思っているわけですけど、会長さんはとうに冷静さを失っていて…。
「だから、解約! お預かりサービスは今日限りで!」
もうハーレイを預からないでくれ、と大パニックな会長さんには、後ろめたさでもあったのでしょうか。教頭先生を別の世界へ放り出してしまった例のサービス。暑苦しいとは言っていたものの、三百年以上も片想いされているわけですし…。
「それだけは無い! 後ろめたいなんて思ってないけど!」
でも、本当に怖かったんだ、と会長さんは解約をするつもりでいて、ソルジャーの方は。
「じゃあ、違約金。…払わない間は、ぼくは仕事を続けるだけ!」
「暴利だってば、せめて半額に負けてくれるとか!」
「どうせハーレイから毟る気なんだろ、もっと貰ってもいいくらいだよ、違約金!」
「そのハーレイから毟れないんだよ、今の状態だとリスクが高くて…!」
毟りに行ったら押し倒されそう、と会長さんは怯えまくりで、違約金の値引きに必死です。身から出た錆だと思いますけど、自分が蒔いた種なんですから…。
「…キース先輩、こういう場合は会長が払うしかないんですよね?」
違約金を、とシロエ君が訊いて、キース君が。
「契約書があったら、文句の言いようもあるんだろうが…。口約束だからな…」
「でも、口約束には法律上の効果は無かったように思うわよ?」
払わなくても良さそうだけど、とスウェナちゃんが言っていますけど。
「甘いな、あいつに法律なんぞが通用すると思うのか? 別の世界から来てやがるんだぞ」
裁判所に訴えることも出来ないんだが、とキース君がサラッと告げた現実。
「それじゃ、ブルーは払うしかないわけ?」
あのとんでもない値段の倍も、とジョミー君が呆然、サム君も。
「…払えなかったら、例のサービスがこれからも続くっていうのかよ?」
「そうなるな。…ブルーが諦めて払う気にならない限りはな」
だが、支払った金を教頭先生から毟るコースは無理そうだし…、と合掌しているキース君。教頭先生が覗きの日々で鍛えられたと思い込んでいる会長さんには、毟りに行くことが出来ませんから、物凄い額の違約金を払うか、一年コースを継続するか。
「…タダほど高いものはねえ、って言うけどよ…」
高く出してもああなるのかよ、とサム君が呻いて、シロエ君が。
「相手が悪すぎたんですよ。美味い話には罠がある、とも言いますからね…」
「「「うわー…」」」
会長さんとソルジャーは、まだギャーギャーと騒いでいます。けれど勝てない相手がソルジャー、会長さんは凄い金額を違約金として支払う羽目になるのでしょう。払ったお金を教頭先生から毟り取れる日は遠そうです。教頭先生をカモにし続けた罰が、とうとう当たっちゃったかな…?
預けて爽やか・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生をソルジャーの世界で預かって貰って、大満足な日々を過ごしていた生徒会長。
ところが身の危険を感じたわけで、解約しようと思ったら…。美味い話には気を付けないと。
次回は 「第3月曜」 10月17日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、9月のイベントと言えばお彼岸。今年は23日がお中日で…。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。学園祭の話題が出始める頃で、何かと賑やかではありますが…。でもでも、特別生な上に学園祭で何をするかは決まっているのが私たち。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を公開しての喫茶店です。
サイオニック・ドリームで世界の観光名所なんかを体験できるのが売りの、その名も『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』。サイオニック・ドリームは会長さんがやってますけど、表向きは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーという謳い文句。サイオンは明らかに出来ませんしね!
1年A組のクラスメイトや、他のクラスは学園祭に関心大ですけれども、私たち七人グループはといえば…。
「…キース来ねえな、法事だっけか?」
聞いてねえけど、とお昼休みにサム君が。ランチを食べに来た食堂です。
「月参りの方じゃないですか? 法事じゃなくて」
法事だったら欠席ですよ、とシロエ君。
「あれは一日潰れますしね、欠席届を出す筈です。でも、朝のホームルームで欠席だとは…」
「言ってなかったね、グレイブ先生…」
確かにそうだ、とジョミー君も。
「後から来るってことだよね? だったら、やっぱり月参りかな」
「そうね、午後から来るってことね」
たまにあるもの、とスウェナちゃんが言う通り。元老寺の副住職を務めるキース君には、月参りという仕事があります。その日は檀家さんの家に行ってから学校なわけで…。
「大変ですよね、キース先輩も。…制服で月参りには行けませんしね」
「だよなあ、坊主は衣を着ていなくっちゃな」
この後は学校がありますから、とは言えねえしよ、とサム君が頭を振っています。
「此処からだったら学校の方が近そうだ、と思ったってよ、着替えに戻るしかねえんだよなあ…」
「学校の方も、制服で来ることに決まってますしね…」
お坊さんの衣も私服扱いになるんでしょうね、とシロエ君もフウと溜息を。法衣と袈裟はお坊さんの制服ですけど、学校の制服とは別物です。そのままで来たらコスプレ扱い、校則違反になること間違いなし。キース君は月参りの度に着替えに帰って出直しなわけで、本当にご苦労様としか…。
シロエ君の読みが正解だったらしく、キース君は午後の授業が始まって直ぐに現れました。「すみません、月参りで遅れました」と教室の後ろの扉から。
特別生には出席義務さえ無い学校だけに、授業をしていたエラ先生も気にしていません。普通の生徒が遅刻して来たら、その場でお説教ですが。
キース君は何も無かったような顔で自分の席に着いて、授業の方も粛々と。次の時間も淡々と終わって、終礼だってグレイブ先生は普段と何の変わりもなくて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
授業、お疲れ様ぁ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれた放課後の溜まり場。秋とは言っても残暑を引き摺った季節なだけに、梨のクレープが出て来ました。甘く煮込んだ梨を挟んでリキュールで仕上げて、バニラアイスが添えてあります。
「有難い…。これは疲れが取れそうだ」
頂きます、と合掌しているキース君。月参り、そんなに疲れましたか?
「当たり前だろうが! クーラーの効いた教室にいたら分からんだろうが、暑かったぞ!」
暑さ寒さも彼岸までとか言うくせに…、と仏頂面。秋のお彼岸は終わりましたけど、今年はしつこく暑いんです。真夏並みではないですけれど。
「しかもだ、今日の月参りは自転車で回るコースだったんだ!」
「「「あー…」」」
それはキツイ、と誰もが納得。暑い季節はお坊さんの衣もスケスケとはいえ、全く涼しくないというう話は嫌と言うほど聞かされています。スケスケの下に着ている白い着物が暑いんだそうで、重ね着状態になってますから。
「今日は自転車だったのかよ…」
そりゃ疲れるわ、とサム君がキース君の肩をポンポンと。
「俺もジョミーも棚経の時は自転車だしなあ、辛さは充分、分かるぜ、うん」
「棚経に比べればマシなんだが…。それでもキツイものはキツイな」
ついでに他の寺の坊主と出くわしたから余計に気が滅入った、と言ってますけど。月参りに行くお坊さんって必ず決まってますよね、ダブルブッキングは有り得ませんよね…?
門前の小僧習わぬ経を読むという言葉通りに、キース君のお蔭でお寺事情に嫌でも詳しい私たち。何処の家でも、月参りを頼むお寺は一ヶ所だけの筈です。元老寺だったら元老寺だけで、他のお寺からは来ない筈。アドス和尚かキース君かと、お寺の事情で行くお坊さんは変わっても。
「…先輩、まさかのダブルブッキングが起きたんですか?」
行ったら他のお坊さんがお経を上げてましたか、とシロエ君が訊くと。
「いくらなんでも、それだけは無いと思うんだが? …いや、たまにあるかもしれないが…」
このご時世だし、とキース君。
「引越して来たから菩提寺が家の近所に無いのは、よくあるケースだ。そうなってくると葬儀屋に頼んで紹介して貰うことになるから…」
丸投げしたら手違いが起こらないとは言い切れないな、と凄い話が。丸投げって…?
「坊さんの紹介を頼んだ以上は、月参りもその坊さんなんだが…。会館専門の坊主もいるしな、忙しすぎて月参りに行けなくて代理を頼んで、そこでミスったら…」
ウッカリ二人に頼んだ場合は起こり得るな、というのが月参りのダブルブッキング。でも、元老寺だと有り得ないってことは、どうして他のお寺のお坊さんに遭遇しちゃったんですか?
「間違えるなよ、檀家さんの家で会ったというわけじゃない」
月参りの途中で出くわしたんだ、と溜息をつくキース君。
「…暑い最中にすれ違ったというだけなんだが、向こうは車だったんだ!」
「「「車?」」」
「軽自動車だったが立派に車だ、エアコンを効かせてそれは涼しそうに!」
俺は自転車で走っているのに、と聞かされたら分かったキース君の気分。きっと心の底から羨ましいと思ったんでしょう、車で走る月参り。
「楽して回っていやがるな、とは思ったんだが、これも修行の内だと気持ちを切り替えてだな…。檀家さんの家で月参りを済ませて、次の家へと急いでいたら…」
「また車ですか?」
シロエ君の問いに、キース君は。
「車だったら、もう耐性は出来ていた! 今度はスクーターが来やがったんだ!」
あれこそ坊主の必需品だ、という言葉で思い出しました。アドス和尚も棚経の時はスクーターだと聞いています。それにスクーターで走るお坊さん、けっこう見掛けるものですしね?
棚経の季節でなくても、月参りで走るのがお坊さん。アドス和尚も檀家さんの家が遠い時には車で行ったりするそうですけど、スクーターも愛用しています。
ところが、キース君にはスクーターの許可が未だに下りないのでした。副住職になった時点で駄目だったからには、この先も当分、許可は出そうにありません。
「…スクーターでしたか…。それは羨ましいですね…」
先輩の場合は車以上に、とシロエ君の顔に同情の色がありありと。
「キース先輩、スクーターには乗れませんしね…」
「親父のせいでな! 普段だったら、スクーターのヤツに会っても滅入りはしないが…」
先に車に出会った分だけ、羨ましいと思う心が増えていたのに違いない、と左手首に嵌めた数珠レットの珠を繰っています。心でお念仏を唱えている証拠。
「…俺としたことが、まだまだ修行が足りないらしい」
「仕方ないですよ、暑い中を自転車なんですから」
「…しかもチラリと見られたような気がして、余計にな…」
なんで自転車で走っているのだ、と思われた気がするらしいです。いつもだったら月参りの途中に出会ったお坊さんは誰もが戦友、「頑張れよ」と心でエール交換なのに。
「やっぱり暑さが悪いんだろうな、そんな気持ちになるってことは」
心頭滅却すれば火もまた涼し、と言った坊主もいたというのに…、と再び繰られる数珠レット。
「俺の修行がいつまで続くか分からんが…。早くスクーターに乗れないものか…」
「直訴しかないと思うけど?」
アドス和尚に、と会長さんが口を開きました。
「待っていたんじゃ、スクーターに乗れるチャンスは四十歳だね」
「「「四十歳?」」」
どういう根拠でその数字が、と私たちは驚いたんですけれども、キース君は。
「そうか、あんたもそう思うのか…。紫の衣になるまでは無理、と」
「アドス和尚は厳しいからねえ…。君は全く年を取らないわけだし、自転車でいいと思っていそうだよ? 相応しい人物になるまではね」
それの目安が紫の衣、と会長さん。今のキース君は萌黄色、いわゆる黄緑色なんですけど、お坊さんとしての階級が上がれば松襲という色になるとか。紫っぽくも見える青色、その上になったら紫の衣。紫の上は緋色しか無いそうですから、紫は偉い色なんでしょうね。
会長さん曰く、紫色の法衣を着られる年齢の下限が四十歳。そこまではいくら修行を積んでも着られない色で、大抵のお坊さんは紫色で終わりだそうで。
「緋色は七十歳になってから、というのも大きい問題だけれど、許可の方もね…」
簡単には下りないものなのだ、と会長さん。
「だから普通は、紫になれば偉いお坊さんという認識かな。その偉い人を自転車で走らせているとなったら、アドス和尚の評価が下がりそうだし」
「「「あー…」」」
そういう理由で渋々許可を出すわけか、と理解しました。対外的な圧力と言うか、周囲の視線に負けると言うか。アドス和尚としては、四十歳でも自転車でいいと思っていそうですけど。
「四十歳かよ…。今から何年かかるんだよ?」
お前、それまで待てるのかよ、とサム君が。
「ずっと自転車で走り続けるのかよ、クソ真面目に? 先は長いぜ」
「…分かってるんだが、あの親父が許可を出すわけが…」
ブルーが一筆書いてくれたら別なんだが、とキース君の視線が会長さんに。
「銀青様の仰せとなったら、親父は無条件降伏だからな」
「生憎と、ぼくにそういう趣味は無くてね」
これでも修行をダブルで積んでいるわけで…、と会長さん。
「璃慕恩院で修行した後は、恵須出井寺にも行ってたと言った筈だけど? あそこはキツイよ」
「…俺の修行など、たかが知れていると言いたいわけだな?」
「悪いけど、ぼくから見れば、ぬるま湯。…スクーターは自力で勝ち取りたまえ」
直訴しろと背中は押してあげたし、と銀青様は助けてあげないようです。
「思い立ったが吉日と言うしね、これも何かの御縁だろう。駄目で元々!」
「分かった、親父に掛け合ってみる」
それもまた修行というものだろう、とキース君は決意を固めました。
「妙な問答を吹っ掛けられても、努力はしないと…。スクーターのために」
「頑張るんだね、副住職。…駄目だった時は残念パーティーをしてあげるから」
「かみお~ん♪ 明日は土曜日だもんね!」
お祝いのパーティーが出来るといいね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねています。明日は会長さんの家で昼間から焼肉パーティー、お祝いの方か、残念な方か、どっちでしょうね?
次の日、私たちは朝からワクワクと会長さんの家に出掛けてゆきました。会長さんの家から近いバス停に集合ですけど、キース君は抜き。今日のパーティーの主役ですから、満を持しての登場がいいと会長さんが言っていたからです。
「キース先輩、今日は重役出勤ですしね…。お祝いだったらいいんですけど」
会長さんの家まで歩く途中も、話題はひたすらスクーターで。
「どうなんだろうなあ、俺は危ない気がするんだけどよ」
なんたってアドス和尚だぜ、とサム君が。
「棚経の時に自転車でお供する年もあるけどよ…。容赦なくスクーターで飛ばしていくしよ」
全力で漕ぐしかねえんだぜ、と体験者ならではの重い言葉が。
「ジョミーも何回もやられた筈だぜ、あのシゴキ」
「…うん、朦朧としてくるよね…。スピード、落としてくれないもんね」
前はキースがアレをやられていたんだよね、とジョミー君も。
「住職の資格を取るよりも前は、お父さんのお供で走ってたんだし…」
「そうですよ? ジョミー先輩たちと会うよりも前にもやってた筈です」
シロエ君は事情通でした。私たちよりも付き合いが長いですから、キース君がお寺を継ぐのを拒否するよりも前の話も知っているわけで。
「跡継ぎがいます、って披露しなくちゃいけませんしね。小学生の時からやっていたんだと思いますよ。棚経のお供」
「…子供でも容赦なく飛ばしてたのかよ?」
スクーターで、とサム君が震え上がりましたが、シロエ君は。
「いえ、そこまでは聞いてませんから、加減していたんじゃないですか?」
「だよねえ、子供じゃついてけないよ」
いくらキースでも絶対に無理! とジョミー君。よっぽど飛ばして行くんでしょうけど、そのスクーターがキース君の望みで希望。許可が下りてるといいですよねえ…。
スクーターに乗る許可は出たのか、駄目だったのか。会長さんの家に着くなり尋ねましたが、会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も口を揃えて。
「さあねえ…? これに関してはサプライズを希望で、見ていないんだよ」
「ぼくも見てない! キースから直接聞きたいもんね!」
それがいいと思うの! と答えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、バースデーケーキを彷彿とさせる立派なケーキを用意していました。ベリーと生クリームで華やかに飾って、真ん中にホワイトチョコレートらしきプレートが。でも、真っ白。
「これはキースが来てから書くの! お祝いなのか、残念なのかが分からないから!」
どっちかなあ? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を傾げた所へチャイムの音がピンポーンと。いよいよ主役の登場です。出迎えに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に現れたキース君を、私たちは盛大な拍手で迎えたのですが…。
「…悪い、その拍手は無駄になったようだ」
親父は許してくれなかった、と肩を落としたキース君。「馬鹿が!」と一喝されて終わってしまったそうです、スクーターの許可を巡る話は。
「…問答さえも無かったのかよ?」
「まさに問答無用だったな」
聞く耳さえも持たなかった、と項垂れている副住職。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がケーキのプレートに「残念でした、お疲れ様」とチョコレートで書き入れ、キース君が入刀を。
「クソ親父めが!」
バアン! とケーキナイフでザックリ切られたケーキですけど、キース君の役目はそこまでです。綺麗に切れるわけがないですから、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と交代で…。
「…残念ケーキか…」
そして昼飯は残念パーティーになるわけなのか、とケーキを食べるキース君が背中に背負った哀愁の二文字。気の毒ですけど、スクーターはやっぱり…。
「四十歳まで無理なんだろうな、俺の衣が紫に変わる日まではな!」
残念すぎる、とケーキをパクパク、ヤケ食いと言うかもしれません。お相伴する私たちの方は、残念ケーキでも、お祝いケーキでも、美味しければ充分ですけどね…。
お昼御飯は焼肉パーティー、祝賀会ならぬ残念パーティー。さて、と焼肉を始めた所で、シロエ君が突然、思い付いたように。
「そうだ、キース先輩、準備だけでもしておきませんか?」
「準備?」
「スクーターに乗る準備ですよ! 免許が無いと乗れませんからね、スクーターには」
免許だけでも取りませんか、と前向きな提案。ちょっと気分が上向くのでは、と。
「それはそうかもしれないが…。俺が免許を取ったとバレたら、親父が何と言い出すか…」
コッソリ乗ってはいないだろうな、と勘繰りそうだ、と言われてみればヤバいかもです。運転免許を持っているなら、誰かの家に隠しておいたスクーターに乗って走ることが可能になりますし…。
「バレちゃうのかな、運転免許を取ってたら?」
ジョミー君の問いに、会長さんが。
「バレるんだろうねえ、免許の交付はお役所だからね」
キースが家族と暮らしている以上は何処かでバレる、とキッパリと。
「一人暮らしなら安全だけどね、キースの場合は確実にバレてしまうだろうねえ…」
「…俺もそう思う。免許を取ったら、確かに気持ちは上向きそうだが…」
現実問題として無理なんだ、とキース君が零した途端に。
「こんにちはーっ!」
部屋の空気がユラリと揺れて、紫のマントが翻りました。
「キースの残念パーティーだって? 美味しそうだよね、焼肉パーティー!」
ぼくも食べる、と一瞬にして着替えてしまった私服。会長さんの家に置いてある服です。ソルジャーは空いていた椅子に腰掛け、ちゃっかり面子に混ざってしまって。
「昨日から様子は見てたんだけどさ、駄目だったんだ? スクーター」
「キッチリとな! 俺は四十歳まで乗れないんだ!」
紫の衣になるまでは自転車で走るしかないんだ、とキース君。
「気分だけでも運転免許が欲しい所だが、それさえ取れない身の上なんだ!」
色々な意味で残念パーティーなんだ、とジュウジュウと肉を焼くキース君ですが…。
「その免許って、無いと駄目なのかい?」
無免許の人もいるようだけど、と言うソルジャー。とんでもないことをサラッと口にしてくれましたけれど、無免許運転は駄目ですってば…。
意外に多いのが無免許運転。スクーターとかバイクはもとより、普通の車や軽トラックでも。一度も自動車学校に通ったことが無いのが自慢の人も存在すると聞きます。けれど普通は免許無しで乗ったら警察のお世話になるわけですから…。
「あんたは俺を前科一犯にしたいのか!」
無免許でスクーターに乗ったと警察にバレたら捕まるんだが、とキース君。
「そうなったら親父がどう出るか…。殴る蹴るくらいで済めばいいがな、来る日も来る日も罰礼を三千回とか言われそうだぞ、間違いなく!」
「罰礼って、どんなのだったっけ?」
「南無阿弥陀仏に合わせて五体投地だ、スクワット並みにキツイんだ!」
百回も続ければ膝が笑う、と肩をブルッと。
「修行中なら一日に三千回もアリだが、毎日とまでは言われないぞ!」
「ふうん…? でもね、無免許運転の人もけっこういるからねえ…」
君が知ってる所で言うならハーレイだろうか、と何故か教頭先生の名前が。車を運転してらっしゃいますけど、まさか免許を持ってないとか?
「ちょっと、ハーレイって…。あれでもゴールド免許だよ?」
無免許どころか模範的ドライバーの内なんだけど、と会長さん。
「妙な話を吹き込まないで欲しいね、シャングリラ学園の教頭が無免許だなんて!」
「えっ、でもさ…。無免許じゃないかと思うんだけど?」
ぼくのハーレイと同じ理屈で、と謎な台詞が。キャプテンは確かに無免許でしょうが、それは別の世界の人間だからじゃないでしょうか。運転免許を取りたくっても、必要な書類が揃うとはとても思えませんし…。
「違うよ、車の話じゃなくって! もっと大きな!」
「…大型特殊免許かい?」
会長さんが訊くと、「その一種かも…」とソルジャーは顎に手を当てて。
「ぼくの世界じゃなんて呼ぶのか詳しくなくてね、興味が無いから」
「「「は?」」」
「だってそうだろ、人類が決めたルールなんかはミュウには意味が無いってね!」
だから免許の名前も知らない、とソルジャーは言っていますけど。教頭先生がソルジャーの世界で必要な種類の免許なんかを取る理由が無いと思うんですが…?
教頭先生は無免許なのだ、というソルジャーの主張。しかもソルジャーの世界で言う所の免許、そんな代物はこっちの世界じゃ誰も必要としていません。車やバイクを運転できれば充分、よくて飛行機といった感じじゃないんでしょうか。あれっ、飛行機…?
まさか、と頭に閃いたもの。飛行機よりも遥かに大きくて、空を飛ぶもの。
「そう、それだよ! シャングリラだよ!」
こっちの世界じゃシャングリラ号と呼ぶんだっけか、と笑顔のソルジャー。
「あれの免許は持っていないと思うんだけど! こっちのハーレイ!」
ぼくのハーレイも無免許だから、とソルジャーは威張り返りました。
「なにしろ、ぶっつけ本番だったし…。アルタミラではずっと檻の中だし、免許も何も!」
とにかく宇宙に飛び出しただけだ、と凄すぎる話。宙航とやらに一隻だけあった宇宙船に乗って飛び立ったとかで、免許などは持っているわけがなくて。
「もうその後は、飛びさえすればいいってね! それで充分!」
そして無免許で今に至る、と得意顔。
「人類の世界で免許を取りに出掛けたとしたら、一発で合格するんだろうけど…。そんなつもりも予定も無いしね、無免許人生まっしぐらってね!」
今日もシャングリラは無免許運転で飛んでいる筈だ、と言われて知った無免許な事実。キャプテンが無免許運転だったとは知りませんでした。すると、教頭先生も…?
「そうじゃないかと思うんだけどさ、どうなってるわけ?」
ソルジャーに訊かれた会長さんは、苦々しい顔で。
「…そっちの方なら無免許だねえ…。免許があるならゴールド免許の筈だけど!」
違反はともかく無事故だから、ということは…。
「会長、もしかしてシャングリラ号は免許無しでも操縦できるんですか!?」
ぼくでも動かしていいんでしょうか、とシロエ君が訊き、ジョミー君も。
「ぼくでも操縦できちゃうわけ? あの大きいのを?」
「うーん…。ハーレイは無免許なんだけど…。その他は、ちょっと…」
「「「え?」」」
「一応の基準はあるんだよねえ、あれを動かす以上はね!」
ハーレイが乗っていない時には他の仲間が動かしてるし、と会長さん。そっか、全員が無免許運転ってわけじゃないんですね、シャングリラ号は…?
会長さんが話してくれた所によると、シャングリラ号を操縦するにはシミュレーターを使った練習なんかも要るようです。その上、練習を始めるためには…。
「「「運転免許?」」」
「そうなんだよねえ、誰が決めたか謎なんだけどさ…」
最低でも原付バイクの免許が必要、と会長さん。
「つまり、君たちではスタートラインに立てないわけだよ。シャングリラ号を動かすにはね!」
「…あんた、免許を持っていたのか?」
聞いたこともないが、とキース君が突っ込みを。
「それともソルジャーも無免許とやらでかまわないのか、シャングリラ号は?」
「そもそも、操縦しないしねえ…。わざわざ操縦するくらいだったら、丸ごと運ぶよ」
サイオンで運んだ方が早い、と天晴れな返事。
「それにね、ぼくが操縦するとしたって免許は要らない。ハーレイと同じで特例ってね」
現場で経験を積んだからいい、と例外扱いになるのだとか。教頭先生も現場での経験豊富だからという理由で無免許、他にも無免許組がいるそうですけど…。
「…今からとなると、試験みたいなのがあるんだよ。実技と、筆記と」
受験資格は原付免許くらいはあるということ、と私たちの前に聳えたハードル。私は別に動かしたいとも思いませんけど、男の子たちはそうではなかったようで。
「…原付かよ…」
「つまりは俺にも無理なわけだな、スクーターの免許が取れない以上は…」
原付免許が欲しくなった、とキース君が言えば、シロエ君も。
「ぼくもです。それさえあったら、シャングリラ号に乗った時には実技の練習、出来ますよね?」
どうなんですか、と訊かれた会長さんは。
「そりゃまあ、駄目とは言わないだろうね、係の方も」
シミュレーターは使わせて貰えるだろう、という返事。
「今の君たちでも出来るんだけどね、シミュレーターで遊ぶくらいのことは。だけど遊びは練習にカウントされないし…」
実技試験を受けるために必要な時間をカウントして欲しいのなら、原付免許、という話。持っています、と届け出ておけば、シミュレーターを使った時間が公式練習扱いになるのだそうです。所定の時間をクリアした時は、実技試験への道が開けるわけですか…。
シャングリラ号を動かすためのスタートラインは原付免許。それを知った男の子たちは、俄然、色めき立ちました。原付免許さえ持っていたなら、シャングリラ号に乗った時にはシミュレーターを使って練習。塵も積もれば山となる、ですし…。
「いつかは動かせるかもしれないんですね、シャングリラ号を!」
やってみたいです、とシロエ君が声を上げ、ジョミー君だって。
「ぼくもだよ! やっぱり憧れだよね、面舵いっぱーい!」
「俺もやりてえ…。カッコいいよな、宇宙船だもんな」
サム君もウズウズしている様子で、マツカ君までが。
「一度くらいは動かしたいですね、あんな大きな宇宙船ですし…」
「俺もやりたいのは山々だが…。原付免許が…」
あの親父が立ちはだかっている間はとても無理だ、とキース君だけがぶつかった壁。えっ、シャングリラ学園の校則の方はどうなんだ、って? そっか、校則…。
「原付バイクは禁止だったと思うわよ?」
校則で、とスウェナちゃんも私と同じ考えに至ったようです。
「学校に乗ってくるのはもちろん、免許を取るのも駄目だった筈よ」
「「「あー…」」」
そうだった、と残念そうな声が漏れたのですけど、会長さんが。
「免許についても、特別生は除外だったと思うけど? 親の許可さえ貰っていればね」
「本当ですか!」
だったら取れるわけですね、とシロエ君が躍り上がって、他のみんなも。キース君以外は。
「…また俺だけが駄目なのか…」
親父が許可を出すわけがない、とキース君にだけアドス和尚という分厚い壁が。原付免許を取ったとバレたら激怒しそうなアドス和尚がいるわけですから、シャングリラ号の操縦も無理。
「…なんか、お前ってツイてねえよな…」
スクーターも駄目で、シャングリラ号も駄目なのかよ、とサム君が。
「分かった、俺も付き合ってやるから。…原付免許は四十歳まで待つことにするぜ」
その頃には俺も住職の資格を持ってるかもな、とサム君ならではの人の好さ。これはなかなか真似出来ませんよね、シロエ君とかジョミー君とかは原付免許を取りに出掛けそうですよ?
スクーターに乗っての月参りも駄目で、シャングリラ号の操縦資格も手に入れられないキース君。四十歳になったらスクーターの許可は下りそうですけど、それまでは原付免許がお預け、シャングリラ号の操縦資格も貰えない始末。サム君は付き合って四十歳まで待つそうですが…。
「ごめんね、ぼくはお先に取らせて貰うから!」
原付免許も、シャングリラ号の操縦資格も…、とジョミー君。
「ついでに住職の資格の方はさ、もう永久に取らないってことで!」
「おい、貴様! 原付免許の件はともかく、坊主の方は銀青様の直弟子だろうが!」
なんという罰当たりなことを言うのだ、とキース君が怒鳴っても、馬耳東風で。
「それとこれとは関係無いし? シロエとマツカも一緒に取るよね、原付免許?」
「そうですね。ジョミー先輩たちと一緒に行くのが良さそうですね」
「ぼくもそっちを希望です。確か一日で取れるんですよね」
筆記試験とかと講習だったでしょうか、とマツカ君。あれって、そんなに簡単なんだ?
「らしいですよ? ですから誰でも乗ってるんですよ」
難しいなら、もっと少ない筈ですよ、と聞いて納得。一日で取れるような免許でシャングリラ号を動かす資格のスタートラインって美味しすぎです。男の子たちがキース君を捨てても取りたがるわけで、私もちょっぴり欲しいような気が…。
「ジョミーたちが行くなら、私も一緒に行こうかしら?」
それさえあったらシャングリラ号を動かしたくなった時に便利だし、とスウェナちゃんも乗り気になったようです。よし、私も、と思ったんですけど…。
「ちょっと待ってよ? 一応、確認しておくから」
嘘を言ってたら大変だしね、と会長さんが電話をかけています。教頭先生にかけてるんだな、と思ったのに…。
「ああ、ゼル? シャングリラ号のことで訊きたいんだけど…」
「「「………」」」
キャプテンじゃなくて機関長の方に質問するとは、教頭先生の家に電話するのが嫌なんですね?
「…普通はキャプテンに訊くと思うが…」
キース君が呆れて、ソルジャーも。
「こっちのハーレイ、嫌われてるねえ…。真っ当な質問もして貰えないなんてね!」
なんてことだろう、と深い溜息を。私たちだってそう思いますです、質問くらいはしてあげたって減りはしないのに、避けるんですか…。
ゼル先生の家に電話している会長さん。シャングリラ号の操縦資格を取るために必要なものは原付免許で良かったよね、と確認中で。
「うん、そう。…原付免許があったら誰でもシミュレーターの公式練習が…。えっ?」
なんだって、と訊き返して。
「それは聞いてはいないんだけど…。いつ決まったわけ?」
「「「???」」」
何か雲行きが怪しいようです。原付免許から普通免許に変わっていたとか、そういう感じ?
「ぼくは承認した記憶なんか…。適当に決めろと言ったって?」
じゃあ仕方ない、と会長さんは電話を切って。
「…ごめん、規則が変わってた。原付免許があればオッケーなのは間違いないけど…」
「年齢制限でも出来たのか?」
キース君の問いに返った答えは…。
「高校卒業以上だってさ、シャングリラ学園の場合は在学中は無理だって」
「在学中って…。ぼくたち、一度、卒業したけど?」
特別生になる前に、とジョミー君が言ったのですけど、会長さんは。
「それはカウントされないらしいよ、シャングリラ学園は普通じゃないから…。特別生は特殊な立場になるしね、一度目の卒業はノーカウントだって」
だから君たちには最初から資格が無いらしい、と申し訳なさそうな会長さん。
「ぼくが適当に決めろと言った会議の議題に入っていたらしいね、この話。つまり、君たちが原付免許を取って来たって…」
「シャングリラ号の操縦資格は得られないわけか。なら、安心だ」
俺も心安らかに四十歳まで待てるらしい、とキース君はホッとしているようです。
「サムを巻き込んでしまったからなあ、申し訳なくて…」
「俺はいいんだぜ、気にしなくっても。…でもよ、誰も資格を取れねえってのは嬉しいかもな」
出遅れねえってことなんだし、とサム君も。
「特別生をやってる間はジョミーもシロエも無理ってわけだろ、原付免許があってもよ」
「そうなるねえ…。一度決まった規則を変えるのは大変だからね」
ソルジャーの権限で変えようとしても何かと面倒、と会長さんは規則を元に戻すつもりは無いらしいです。シャングリラ号の操縦資格が一気に遠のきましたね、原付免許だけって話から…。
こうして夢に終わってしまったシャングリラ号の操縦資格。原付免許を取ろうとしていたジョミー君たちは残念そうで、キース君のスクーターの許可の残念パーティーは全員分の残念パーティーになりつつあったわけですけれど。
「えーっと…。原付免許だけでもオッケーなように出来ないこともないけれど?」
会長さんならぬソルジャーの言葉に誰もがビックリ。会長さんの替え玉になって会議に出掛けて、規則を変えようというのでしょうか?
「それはしないよ、面倒だからね! ぼくのシャングリラの会議でも充分、面倒なのにさ!」
なんでこっちに来てまで会議、と顔を顰めてみせるソルジャー。
「要はアレだよ、ぼくの得意なサイオンだってば! ちょっと細工をすればオッケー!」
例外規定を意識の下に書き込むだけだ、とニッコリと。
「こっちの世界でシャングリラ号に関わってる人、そんなに多くはいないから…。ぼくにかかれば五分もあればね、充分に出来るわけだけど!」
君たち七人を例外として認めるという新しい規則、とのアイデアにジョミー君たちは飛び付きました。たったの五分で例外扱い、貰えない筈のシャングリラ号の操縦資格への扉が開くと言うのですから。後は原付免許さえ取れば、シミュレーターでの練習が出来て…。
「それ、お願い! この際、キースはどうでもいいから!」
ジョミー君が頼んで、シロエ君も。
「キース先輩には悪いですけど、サム先輩も一緒ですしね。ぼくからもよろしくお願いします!」
「…俺には止める資格が無いしな…。物分かりの悪い親父を持ったのが運の尽きだった」
他のヤツらをよろしく頼む、とキース君は副住職ならではの潔さ。
「俺とサムもいずれは原付免許を取ることになるし、それまでは待ちの姿勢だな」
「オッケー! それじゃ、君たち七人分ってことで細工するけど…」
その前に、とソルジャーは私たちの方へと向き直りました。
「君たちはシャングリラ号の操縦への道が開けるわけなんだし…。代わりと言ってはアレなんだけれど、運転の練習をちょっと手伝ってくれるかな?」
「「「は?」」」
「大したことじゃないんだよ、うん。君たちの手さえ貸してくれれば」
運転の練習をするのは君たちじゃないし、と妙な依頼が。ソルジャーが運転免許を取ろうというわけでしょうか、こっちの世界で使えるヤツを…?
是非とも欲しいのがシャングリラ号の操縦資格を得るための道。特別生をやってる間は無理な所をソルジャーが例外にしてくれるそうで、そのためだったら手伝いくらい、と考えるわけで。
「何を手伝えばいいんですか?」
シロエ君の質問に、ソルジャーは。
「話が早くて助かるよ。…ブルーときたら、さっきもゼルに電話をするくらいでねえ…」
そういうブルーを変える手伝い、とパチンとウインク。
「つまりさ、こっちのハーレイがブルーを上手く乗りこなせるよう、お手伝いを!」
「「「乗りこなす?」」」
「そのままの意味だよ、まずはデートから始めようかと!」
そしていずれは本当の意味で乗れるように、と極上の笑みが。
「ベッドの上でね、ブルーに乗っかって腰を振るわけ! 大人の時間の醍醐味ってね!」
「退場!!!」
会長さんがレッドカードを叩き付けて怒鳴り、私たちも。
「「「そ、それは…」」」
そんな恐ろしいことを手伝える猛者がいるわけありません。具体的な内容を聞かなくっても、手伝ったら最後、会長さんに殺されることは確実で…。
「…せ、せっかくのお話ですけど、お断りさせて頂きます!」
ぼくは死にたくないですから、とシロエ君が逃げ、ジョミー君だって。
「ぼくも嫌だよ、それ、絶対に殺されるから!」
「間違いないな。…俺も断る、ただでも恩恵を蒙れる日までが長いわけだし」
シャングリラ号の操縦資格は永遠に手に入らなくてもかまわない、とキース君も断り、サム君も、私たちも首をコクコクと。引き換えにするものが大きすぎます、命あっての物種ですから…!
こうして原付免許を取ろうという話は立ち消えになって、シャングリラ号の操縦資格への道も閉ざされてしまいましたが、誰も後悔しませんでした。ソルジャーだけを除いては。
「…まだ気が変わったとは思わないのかい?」
ぼくにはお安い御用だけれど、と今日も押し掛けて来たソルジャー。
「ぼくの手伝いをしてくれるだけで、シャングリラ号の操縦資格が手に入るけどね?」
「要らないと何度も言ってます!」
押し売りはお断りなんです、とシロエ君が手で追い払う仕草、ジョミー君も。
「キースのスクーターの許可と同じでさあ…。待ったらオッケーになるって可能性もあるし」
「そうだぜ、四十歳になった頃には規則が変わるってこともあるしよ」
気長に待つぜ、とサム君が返して、キース君が。
「待てば海路の日和あり、という言葉もある。…俺は危ない橋は渡らん」
自転車で月参りに走る度に肝に命じている、と断固お断りだという姿勢。事の起こりはスクーターでしたし、キース君が自転車で走り続ける間は誰の決意も固そうです。
「…ぼくはお得だと思うんだけどなあ、たったの五分で作業完了!」
「その五分で、ぼくたちの命が思いっ切り危うくなるんですよ!」
会長に本気で殺されますから、とシロエ君がブルブル、会長さんは冷たい笑みで。
「ほらね、この通り、みんな分かっているから! セールスに来るだけ無駄だから!」
「うーん…。でもねえ、みんなの協力があれば、君とハーレイとの仲だって…」
きっと前進する筈なんだよ、と諦めないのがソルジャーです。当分は押し売りに来そうですけど、甘い誘いに乗ったら命がありません。自転車で走るキース君と同じに修行のつもりでシャングリラ号の操縦資格は諦めるのが吉でしょう。原付免許で乗れるというのが美味しすぎました。
「何度来て貰っても、断りますから!」
お帰り下さい、とシロエ君が手を振り、私たちも両手で大きくバツ印。原付免許で乗れると噂のシャングリラ号は美味しいですけど、やっぱり命が大切です~!
取れない免許・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
キース君が免許を取る話から、シャングリラ号の免許の取り方が判明したんですけれど。
原付免許でいけると聞いていたのに、変わった規則。ソルジャーに頼むしか、って残念すぎ。
次回は 「第3月曜」 9月19日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、8月と言えば来るのがお盆。卒塔婆書きに始まり、棚経で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。学園祭の話題が出始める頃で、何かと賑やかではありますが…。でもでも、特別生な上に学園祭で何をするかは決まっているのが私たち。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を公開しての喫茶店です。
サイオニック・ドリームで世界の観光名所なんかを体験できるのが売りの、その名も『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』。サイオニック・ドリームは会長さんがやってますけど、表向きは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーという謳い文句。サイオンは明らかに出来ませんしね!
1年A組のクラスメイトや、他のクラスは学園祭に関心大ですけれども、私たち七人グループはといえば…。
「…キース来ねえな、法事だっけか?」
聞いてねえけど、とお昼休みにサム君が。ランチを食べに来た食堂です。
「月参りの方じゃないですか? 法事じゃなくて」
法事だったら欠席ですよ、とシロエ君。
「あれは一日潰れますしね、欠席届を出す筈です。でも、朝のホームルームで欠席だとは…」
「言ってなかったね、グレイブ先生…」
確かにそうだ、とジョミー君も。
「後から来るってことだよね? だったら、やっぱり月参りかな」
「そうね、午後から来るってことね」
たまにあるもの、とスウェナちゃんが言う通り。元老寺の副住職を務めるキース君には、月参りという仕事があります。その日は檀家さんの家に行ってから学校なわけで…。
「大変ですよね、キース先輩も。…制服で月参りには行けませんしね」
「だよなあ、坊主は衣を着ていなくっちゃな」
この後は学校がありますから、とは言えねえしよ、とサム君が頭を振っています。
「此処からだったら学校の方が近そうだ、と思ったってよ、着替えに戻るしかねえんだよなあ…」
「学校の方も、制服で来ることに決まってますしね…」
お坊さんの衣も私服扱いになるんでしょうね、とシロエ君もフウと溜息を。法衣と袈裟はお坊さんの制服ですけど、学校の制服とは別物です。そのままで来たらコスプレ扱い、校則違反になること間違いなし。キース君は月参りの度に着替えに帰って出直しなわけで、本当にご苦労様としか…。
シロエ君の読みが正解だったらしく、キース君は午後の授業が始まって直ぐに現れました。「すみません、月参りで遅れました」と教室の後ろの扉から。
特別生には出席義務さえ無い学校だけに、授業をしていたエラ先生も気にしていません。普通の生徒が遅刻して来たら、その場でお説教ですが。
キース君は何も無かったような顔で自分の席に着いて、授業の方も粛々と。次の時間も淡々と終わって、終礼だってグレイブ先生は普段と何の変わりもなくて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
授業、お疲れ様ぁ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれた放課後の溜まり場。秋とは言っても残暑を引き摺った季節なだけに、梨のクレープが出て来ました。甘く煮込んだ梨を挟んでリキュールで仕上げて、バニラアイスが添えてあります。
「有難い…。これは疲れが取れそうだ」
頂きます、と合掌しているキース君。月参り、そんなに疲れましたか?
「当たり前だろうが! クーラーの効いた教室にいたら分からんだろうが、暑かったぞ!」
暑さ寒さも彼岸までとか言うくせに…、と仏頂面。秋のお彼岸は終わりましたけど、今年はしつこく暑いんです。真夏並みではないですけれど。
「しかもだ、今日の月参りは自転車で回るコースだったんだ!」
「「「あー…」」」
それはキツイ、と誰もが納得。暑い季節はお坊さんの衣もスケスケとはいえ、全く涼しくないというう話は嫌と言うほど聞かされています。スケスケの下に着ている白い着物が暑いんだそうで、重ね着状態になってますから。
「今日は自転車だったのかよ…」
そりゃ疲れるわ、とサム君がキース君の肩をポンポンと。
「俺もジョミーも棚経の時は自転車だしなあ、辛さは充分、分かるぜ、うん」
「棚経に比べればマシなんだが…。それでもキツイものはキツイな」
ついでに他の寺の坊主と出くわしたから余計に気が滅入った、と言ってますけど。月参りに行くお坊さんって必ず決まってますよね、ダブルブッキングは有り得ませんよね…?
門前の小僧習わぬ経を読むという言葉通りに、キース君のお蔭でお寺事情に嫌でも詳しい私たち。何処の家でも、月参りを頼むお寺は一ヶ所だけの筈です。元老寺だったら元老寺だけで、他のお寺からは来ない筈。アドス和尚かキース君かと、お寺の事情で行くお坊さんは変わっても。
「…先輩、まさかのダブルブッキングが起きたんですか?」
行ったら他のお坊さんがお経を上げてましたか、とシロエ君が訊くと。
「いくらなんでも、それだけは無いと思うんだが? …いや、たまにあるかもしれないが…」
このご時世だし、とキース君。
「引越して来たから菩提寺が家の近所に無いのは、よくあるケースだ。そうなってくると葬儀屋に頼んで紹介して貰うことになるから…」
丸投げしたら手違いが起こらないとは言い切れないな、と凄い話が。丸投げって…?
「坊さんの紹介を頼んだ以上は、月参りもその坊さんなんだが…。会館専門の坊主もいるしな、忙しすぎて月参りに行けなくて代理を頼んで、そこでミスったら…」
ウッカリ二人に頼んだ場合は起こり得るな、というのが月参りのダブルブッキング。でも、元老寺だと有り得ないってことは、どうして他のお寺のお坊さんに遭遇しちゃったんですか?
「間違えるなよ、檀家さんの家で会ったというわけじゃない」
月参りの途中で出くわしたんだ、と溜息をつくキース君。
「…暑い最中にすれ違ったというだけなんだが、向こうは車だったんだ!」
「「「車?」」」
「軽自動車だったが立派に車だ、エアコンを効かせてそれは涼しそうに!」
俺は自転車で走っているのに、と聞かされたら分かったキース君の気分。きっと心の底から羨ましいと思ったんでしょう、車で走る月参り。
「楽して回っていやがるな、とは思ったんだが、これも修行の内だと気持ちを切り替えてだな…。檀家さんの家で月参りを済ませて、次の家へと急いでいたら…」
「また車ですか?」
シロエ君の問いに、キース君は。
「車だったら、もう耐性は出来ていた! 今度はスクーターが来やがったんだ!」
あれこそ坊主の必需品だ、という言葉で思い出しました。アドス和尚も棚経の時はスクーターだと聞いています。それにスクーターで走るお坊さん、けっこう見掛けるものですしね?
棚経の季節でなくても、月参りで走るのがお坊さん。アドス和尚も檀家さんの家が遠い時には車で行ったりするそうですけど、スクーターも愛用しています。
ところが、キース君にはスクーターの許可が未だに下りないのでした。副住職になった時点で駄目だったからには、この先も当分、許可は出そうにありません。
「…スクーターでしたか…。それは羨ましいですね…」
先輩の場合は車以上に、とシロエ君の顔に同情の色がありありと。
「キース先輩、スクーターには乗れませんしね…」
「親父のせいでな! 普段だったら、スクーターのヤツに会っても滅入りはしないが…」
先に車に出会った分だけ、羨ましいと思う心が増えていたのに違いない、と左手首に嵌めた数珠レットの珠を繰っています。心でお念仏を唱えている証拠。
「…俺としたことが、まだまだ修行が足りないらしい」
「仕方ないですよ、暑い中を自転車なんですから」
「…しかもチラリと見られたような気がして、余計にな…」
なんで自転車で走っているのだ、と思われた気がするらしいです。いつもだったら月参りの途中に出会ったお坊さんは誰もが戦友、「頑張れよ」と心でエール交換なのに。
「やっぱり暑さが悪いんだろうな、そんな気持ちになるってことは」
心頭滅却すれば火もまた涼し、と言った坊主もいたというのに…、と再び繰られる数珠レット。
「俺の修行がいつまで続くか分からんが…。早くスクーターに乗れないものか…」
「直訴しかないと思うけど?」
アドス和尚に、と会長さんが口を開きました。
「待っていたんじゃ、スクーターに乗れるチャンスは四十歳だね」
「「「四十歳?」」」
どういう根拠でその数字が、と私たちは驚いたんですけれども、キース君は。
「そうか、あんたもそう思うのか…。紫の衣になるまでは無理、と」
「アドス和尚は厳しいからねえ…。君は全く年を取らないわけだし、自転車でいいと思っていそうだよ? 相応しい人物になるまではね」
それの目安が紫の衣、と会長さん。今のキース君は萌黄色、いわゆる黄緑色なんですけど、お坊さんとしての階級が上がれば松襲という色になるとか。紫っぽくも見える青色、その上になったら紫の衣。紫の上は緋色しか無いそうですから、紫は偉い色なんでしょうね。
会長さん曰く、紫色の法衣を着られる年齢の下限が四十歳。そこまではいくら修行を積んでも着られない色で、大抵のお坊さんは紫色で終わりだそうで。
「緋色は七十歳になってから、というのも大きい問題だけれど、許可の方もね…」
簡単には下りないものなのだ、と会長さん。
「だから普通は、紫になれば偉いお坊さんという認識かな。その偉い人を自転車で走らせているとなったら、アドス和尚の評価が下がりそうだし」
「「「あー…」」」
そういう理由で渋々許可を出すわけか、と理解しました。対外的な圧力と言うか、周囲の視線に負けると言うか。アドス和尚としては、四十歳でも自転車でいいと思っていそうですけど。
「四十歳かよ…。今から何年かかるんだよ?」
お前、それまで待てるのかよ、とサム君が。
「ずっと自転車で走り続けるのかよ、クソ真面目に? 先は長いぜ」
「…分かってるんだが、あの親父が許可を出すわけが…」
ブルーが一筆書いてくれたら別なんだが、とキース君の視線が会長さんに。
「銀青様の仰せとなったら、親父は無条件降伏だからな」
「生憎と、ぼくにそういう趣味は無くてね」
これでも修行をダブルで積んでいるわけで…、と会長さん。
「璃慕恩院で修行した後は、恵須出井寺にも行ってたと言った筈だけど? あそこはキツイよ」
「…俺の修行など、たかが知れていると言いたいわけだな?」
「悪いけど、ぼくから見れば、ぬるま湯。…スクーターは自力で勝ち取りたまえ」
直訴しろと背中は押してあげたし、と銀青様は助けてあげないようです。
「思い立ったが吉日と言うしね、これも何かの御縁だろう。駄目で元々!」
「分かった、親父に掛け合ってみる」
それもまた修行というものだろう、とキース君は決意を固めました。
「妙な問答を吹っ掛けられても、努力はしないと…。スクーターのために」
「頑張るんだね、副住職。…駄目だった時は残念パーティーをしてあげるから」
「かみお~ん♪ 明日は土曜日だもんね!」
お祝いのパーティーが出来るといいね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねています。明日は会長さんの家で昼間から焼肉パーティー、お祝いの方か、残念な方か、どっちでしょうね?
次の日、私たちは朝からワクワクと会長さんの家に出掛けてゆきました。会長さんの家から近いバス停に集合ですけど、キース君は抜き。今日のパーティーの主役ですから、満を持しての登場がいいと会長さんが言っていたからです。
「キース先輩、今日は重役出勤ですしね…。お祝いだったらいいんですけど」
会長さんの家まで歩く途中も、話題はひたすらスクーターで。
「どうなんだろうなあ、俺は危ない気がするんだけどよ」
なんたってアドス和尚だぜ、とサム君が。
「棚経の時に自転車でお供する年もあるけどよ…。容赦なくスクーターで飛ばしていくしよ」
全力で漕ぐしかねえんだぜ、と体験者ならではの重い言葉が。
「ジョミーも何回もやられた筈だぜ、あのシゴキ」
「…うん、朦朧としてくるよね…。スピード、落としてくれないもんね」
前はキースがアレをやられていたんだよね、とジョミー君も。
「住職の資格を取るよりも前は、お父さんのお供で走ってたんだし…」
「そうですよ? ジョミー先輩たちと会うよりも前にもやってた筈です」
シロエ君は事情通でした。私たちよりも付き合いが長いですから、キース君がお寺を継ぐのを拒否するよりも前の話も知っているわけで。
「跡継ぎがいます、って披露しなくちゃいけませんしね。小学生の時からやっていたんだと思いますよ。棚経のお供」
「…子供でも容赦なく飛ばしてたのかよ?」
スクーターで、とサム君が震え上がりましたが、シロエ君は。
「いえ、そこまでは聞いてませんから、加減していたんじゃないですか?」
「だよねえ、子供じゃついてけないよ」
いくらキースでも絶対に無理! とジョミー君。よっぽど飛ばして行くんでしょうけど、そのスクーターがキース君の望みで希望。許可が下りてるといいですよねえ…。
スクーターに乗る許可は出たのか、駄目だったのか。会長さんの家に着くなり尋ねましたが、会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も口を揃えて。
「さあねえ…? これに関してはサプライズを希望で、見ていないんだよ」
「ぼくも見てない! キースから直接聞きたいもんね!」
それがいいと思うの! と答えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、バースデーケーキを彷彿とさせる立派なケーキを用意していました。ベリーと生クリームで華やかに飾って、真ん中にホワイトチョコレートらしきプレートが。でも、真っ白。
「これはキースが来てから書くの! お祝いなのか、残念なのかが分からないから!」
どっちかなあ? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を傾げた所へチャイムの音がピンポーンと。いよいよ主役の登場です。出迎えに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に現れたキース君を、私たちは盛大な拍手で迎えたのですが…。
「…悪い、その拍手は無駄になったようだ」
親父は許してくれなかった、と肩を落としたキース君。「馬鹿が!」と一喝されて終わってしまったそうです、スクーターの許可を巡る話は。
「…問答さえも無かったのかよ?」
「まさに問答無用だったな」
聞く耳さえも持たなかった、と項垂れている副住職。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がケーキのプレートに「残念でした、お疲れ様」とチョコレートで書き入れ、キース君が入刀を。
「クソ親父めが!」
バアン! とケーキナイフでザックリ切られたケーキですけど、キース君の役目はそこまでです。綺麗に切れるわけがないですから、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と交代で…。
「…残念ケーキか…」
そして昼飯は残念パーティーになるわけなのか、とケーキを食べるキース君が背中に背負った哀愁の二文字。気の毒ですけど、スクーターはやっぱり…。
「四十歳まで無理なんだろうな、俺の衣が紫に変わる日まではな!」
残念すぎる、とケーキをパクパク、ヤケ食いと言うかもしれません。お相伴する私たちの方は、残念ケーキでも、お祝いケーキでも、美味しければ充分ですけどね…。
お昼御飯は焼肉パーティー、祝賀会ならぬ残念パーティー。さて、と焼肉を始めた所で、シロエ君が突然、思い付いたように。
「そうだ、キース先輩、準備だけでもしておきませんか?」
「準備?」
「スクーターに乗る準備ですよ! 免許が無いと乗れませんからね、スクーターには」
免許だけでも取りませんか、と前向きな提案。ちょっと気分が上向くのでは、と。
「それはそうかもしれないが…。俺が免許を取ったとバレたら、親父が何と言い出すか…」
コッソリ乗ってはいないだろうな、と勘繰りそうだ、と言われてみればヤバいかもです。運転免許を持っているなら、誰かの家に隠しておいたスクーターに乗って走ることが可能になりますし…。
「バレちゃうのかな、運転免許を取ってたら?」
ジョミー君の問いに、会長さんが。
「バレるんだろうねえ、免許の交付はお役所だからね」
キースが家族と暮らしている以上は何処かでバレる、とキッパリと。
「一人暮らしなら安全だけどね、キースの場合は確実にバレてしまうだろうねえ…」
「…俺もそう思う。免許を取ったら、確かに気持ちは上向きそうだが…」
現実問題として無理なんだ、とキース君が零した途端に。
「こんにちはーっ!」
部屋の空気がユラリと揺れて、紫のマントが翻りました。
「キースの残念パーティーだって? 美味しそうだよね、焼肉パーティー!」
ぼくも食べる、と一瞬にして着替えてしまった私服。会長さんの家に置いてある服です。ソルジャーは空いていた椅子に腰掛け、ちゃっかり面子に混ざってしまって。
「昨日から様子は見てたんだけどさ、駄目だったんだ? スクーター」
「キッチリとな! 俺は四十歳まで乗れないんだ!」
紫の衣になるまでは自転車で走るしかないんだ、とキース君。
「気分だけでも運転免許が欲しい所だが、それさえ取れない身の上なんだ!」
色々な意味で残念パーティーなんだ、とジュウジュウと肉を焼くキース君ですが…。
「その免許って、無いと駄目なのかい?」
無免許の人もいるようだけど、と言うソルジャー。とんでもないことをサラッと口にしてくれましたけれど、無免許運転は駄目ですってば…。
意外に多いのが無免許運転。スクーターとかバイクはもとより、普通の車や軽トラックでも。一度も自動車学校に通ったことが無いのが自慢の人も存在すると聞きます。けれど普通は免許無しで乗ったら警察のお世話になるわけですから…。
「あんたは俺を前科一犯にしたいのか!」
無免許でスクーターに乗ったと警察にバレたら捕まるんだが、とキース君。
「そうなったら親父がどう出るか…。殴る蹴るくらいで済めばいいがな、来る日も来る日も罰礼を三千回とか言われそうだぞ、間違いなく!」
「罰礼って、どんなのだったっけ?」
「南無阿弥陀仏に合わせて五体投地だ、スクワット並みにキツイんだ!」
百回も続ければ膝が笑う、と肩をブルッと。
「修行中なら一日に三千回もアリだが、毎日とまでは言われないぞ!」
「ふうん…? でもね、無免許運転の人もけっこういるからねえ…」
君が知ってる所で言うならハーレイだろうか、と何故か教頭先生の名前が。車を運転してらっしゃいますけど、まさか免許を持ってないとか?
「ちょっと、ハーレイって…。あれでもゴールド免許だよ?」
無免許どころか模範的ドライバーの内なんだけど、と会長さん。
「妙な話を吹き込まないで欲しいね、シャングリラ学園の教頭が無免許だなんて!」
「えっ、でもさ…。無免許じゃないかと思うんだけど?」
ぼくのハーレイと同じ理屈で、と謎な台詞が。キャプテンは確かに無免許でしょうが、それは別の世界の人間だからじゃないでしょうか。運転免許を取りたくっても、必要な書類が揃うとはとても思えませんし…。
「違うよ、車の話じゃなくって! もっと大きな!」
「…大型特殊免許かい?」
会長さんが訊くと、「その一種かも…」とソルジャーは顎に手を当てて。
「ぼくの世界じゃなんて呼ぶのか詳しくなくてね、興味が無いから」
「「「は?」」」
「だってそうだろ、人類が決めたルールなんかはミュウには意味が無いってね!」
だから免許の名前も知らない、とソルジャーは言っていますけど。教頭先生がソルジャーの世界で必要な種類の免許なんかを取る理由が無いと思うんですが…?
教頭先生は無免許なのだ、というソルジャーの主張。しかもソルジャーの世界で言う所の免許、そんな代物はこっちの世界じゃ誰も必要としていません。車やバイクを運転できれば充分、よくて飛行機といった感じじゃないんでしょうか。あれっ、飛行機…?
まさか、と頭に閃いたもの。飛行機よりも遥かに大きくて、空を飛ぶもの。
「そう、それだよ! シャングリラだよ!」
こっちの世界じゃシャングリラ号と呼ぶんだっけか、と笑顔のソルジャー。
「あれの免許は持っていないと思うんだけど! こっちのハーレイ!」
ぼくのハーレイも無免許だから、とソルジャーは威張り返りました。
「なにしろ、ぶっつけ本番だったし…。アルタミラではずっと檻の中だし、免許も何も!」
とにかく宇宙に飛び出しただけだ、と凄すぎる話。宙航とやらに一隻だけあった宇宙船に乗って飛び立ったとかで、免許などは持っているわけがなくて。
「もうその後は、飛びさえすればいいってね! それで充分!」
そして無免許で今に至る、と得意顔。
「人類の世界で免許を取りに出掛けたとしたら、一発で合格するんだろうけど…。そんなつもりも予定も無いしね、無免許人生まっしぐらってね!」
今日もシャングリラは無免許運転で飛んでいる筈だ、と言われて知った無免許な事実。キャプテンが無免許運転だったとは知りませんでした。すると、教頭先生も…?
「そうじゃないかと思うんだけどさ、どうなってるわけ?」
ソルジャーに訊かれた会長さんは、苦々しい顔で。
「…そっちの方なら無免許だねえ…。免許があるならゴールド免許の筈だけど!」
違反はともかく無事故だから、ということは…。
「会長、もしかしてシャングリラ号は免許無しでも操縦できるんですか!?」
ぼくでも動かしていいんでしょうか、とシロエ君が訊き、ジョミー君も。
「ぼくでも操縦できちゃうわけ? あの大きいのを?」
「うーん…。ハーレイは無免許なんだけど…。その他は、ちょっと…」
「「「え?」」」
「一応の基準はあるんだよねえ、あれを動かす以上はね!」
ハーレイが乗っていない時には他の仲間が動かしてるし、と会長さん。そっか、全員が無免許運転ってわけじゃないんですね、シャングリラ号は…?
会長さんが話してくれた所によると、シャングリラ号を操縦するにはシミュレーターを使った練習なんかも要るようです。その上、練習を始めるためには…。
「「「運転免許?」」」
「そうなんだよねえ、誰が決めたか謎なんだけどさ…」
最低でも原付バイクの免許が必要、と会長さん。
「つまり、君たちではスタートラインに立てないわけだよ。シャングリラ号を動かすにはね!」
「…あんた、免許を持っていたのか?」
聞いたこともないが、とキース君が突っ込みを。
「それともソルジャーも無免許とやらでかまわないのか、シャングリラ号は?」
「そもそも、操縦しないしねえ…。わざわざ操縦するくらいだったら、丸ごと運ぶよ」
サイオンで運んだ方が早い、と天晴れな返事。
「それにね、ぼくが操縦するとしたって免許は要らない。ハーレイと同じで特例ってね」
現場で経験を積んだからいい、と例外扱いになるのだとか。教頭先生も現場での経験豊富だからという理由で無免許、他にも無免許組がいるそうですけど…。
「…今からとなると、試験みたいなのがあるんだよ。実技と、筆記と」
受験資格は原付免許くらいはあるということ、と私たちの前に聳えたハードル。私は別に動かしたいとも思いませんけど、男の子たちはそうではなかったようで。
「…原付かよ…」
「つまりは俺にも無理なわけだな、スクーターの免許が取れない以上は…」
原付免許が欲しくなった、とキース君が言えば、シロエ君も。
「ぼくもです。それさえあったら、シャングリラ号に乗った時には実技の練習、出来ますよね?」
どうなんですか、と訊かれた会長さんは。
「そりゃまあ、駄目とは言わないだろうね、係の方も」
シミュレーターは使わせて貰えるだろう、という返事。
「今の君たちでも出来るんだけどね、シミュレーターで遊ぶくらいのことは。だけど遊びは練習にカウントされないし…」
実技試験を受けるために必要な時間をカウントして欲しいのなら、原付免許、という話。持っています、と届け出ておけば、シミュレーターを使った時間が公式練習扱いになるのだそうです。所定の時間をクリアした時は、実技試験への道が開けるわけですか…。
シャングリラ号を動かすためのスタートラインは原付免許。それを知った男の子たちは、俄然、色めき立ちました。原付免許さえ持っていたなら、シャングリラ号に乗った時にはシミュレーターを使って練習。塵も積もれば山となる、ですし…。
「いつかは動かせるかもしれないんですね、シャングリラ号を!」
やってみたいです、とシロエ君が声を上げ、ジョミー君だって。
「ぼくもだよ! やっぱり憧れだよね、面舵いっぱーい!」
「俺もやりてえ…。カッコいいよな、宇宙船だもんな」
サム君もウズウズしている様子で、マツカ君までが。
「一度くらいは動かしたいですね、あんな大きな宇宙船ですし…」
「俺もやりたいのは山々だが…。原付免許が…」
あの親父が立ちはだかっている間はとても無理だ、とキース君だけがぶつかった壁。えっ、シャングリラ学園の校則の方はどうなんだ、って? そっか、校則…。
「原付バイクは禁止だったと思うわよ?」
校則で、とスウェナちゃんも私と同じ考えに至ったようです。
「学校に乗ってくるのはもちろん、免許を取るのも駄目だった筈よ」
「「「あー…」」」
そうだった、と残念そうな声が漏れたのですけど、会長さんが。
「免許についても、特別生は除外だったと思うけど? 親の許可さえ貰っていればね」
「本当ですか!」
だったら取れるわけですね、とシロエ君が躍り上がって、他のみんなも。キース君以外は。
「…また俺だけが駄目なのか…」
親父が許可を出すわけがない、とキース君にだけアドス和尚という分厚い壁が。原付免許を取ったとバレたら激怒しそうなアドス和尚がいるわけですから、シャングリラ号の操縦も無理。
「…なんか、お前ってツイてねえよな…」
スクーターも駄目で、シャングリラ号も駄目なのかよ、とサム君が。
「分かった、俺も付き合ってやるから。…原付免許は四十歳まで待つことにするぜ」
その頃には俺も住職の資格を持ってるかもな、とサム君ならではの人の好さ。これはなかなか真似出来ませんよね、シロエ君とかジョミー君とかは原付免許を取りに出掛けそうですよ?
スクーターに乗っての月参りも駄目で、シャングリラ号の操縦資格も手に入れられないキース君。四十歳になったらスクーターの許可は下りそうですけど、それまでは原付免許がお預け、シャングリラ号の操縦資格も貰えない始末。サム君は付き合って四十歳まで待つそうですが…。
「ごめんね、ぼくはお先に取らせて貰うから!」
原付免許も、シャングリラ号の操縦資格も…、とジョミー君。
「ついでに住職の資格の方はさ、もう永久に取らないってことで!」
「おい、貴様! 原付免許の件はともかく、坊主の方は銀青様の直弟子だろうが!」
なんという罰当たりなことを言うのだ、とキース君が怒鳴っても、馬耳東風で。
「それとこれとは関係無いし? シロエとマツカも一緒に取るよね、原付免許?」
「そうですね。ジョミー先輩たちと一緒に行くのが良さそうですね」
「ぼくもそっちを希望です。確か一日で取れるんですよね」
筆記試験とかと講習だったでしょうか、とマツカ君。あれって、そんなに簡単なんだ?
「らしいですよ? ですから誰でも乗ってるんですよ」
難しいなら、もっと少ない筈ですよ、と聞いて納得。一日で取れるような免許でシャングリラ号を動かす資格のスタートラインって美味しすぎです。男の子たちがキース君を捨てても取りたがるわけで、私もちょっぴり欲しいような気が…。
「ジョミーたちが行くなら、私も一緒に行こうかしら?」
それさえあったらシャングリラ号を動かしたくなった時に便利だし、とスウェナちゃんも乗り気になったようです。よし、私も、と思ったんですけど…。
「ちょっと待ってよ? 一応、確認しておくから」
嘘を言ってたら大変だしね、と会長さんが電話をかけています。教頭先生にかけてるんだな、と思ったのに…。
「ああ、ゼル? シャングリラ号のことで訊きたいんだけど…」
「「「………」」」
キャプテンじゃなくて機関長の方に質問するとは、教頭先生の家に電話するのが嫌なんですね?
「…普通はキャプテンに訊くと思うが…」
キース君が呆れて、ソルジャーも。
「こっちのハーレイ、嫌われてるねえ…。真っ当な質問もして貰えないなんてね!」
なんてことだろう、と深い溜息を。私たちだってそう思いますです、質問くらいはしてあげたって減りはしないのに、避けるんですか…。
ゼル先生の家に電話している会長さん。シャングリラ号の操縦資格を取るために必要なものは原付免許で良かったよね、と確認中で。
「うん、そう。…原付免許があったら誰でもシミュレーターの公式練習が…。えっ?」
なんだって、と訊き返して。
「それは聞いてはいないんだけど…。いつ決まったわけ?」
「「「???」」」
何か雲行きが怪しいようです。原付免許から普通免許に変わっていたとか、そういう感じ?
「ぼくは承認した記憶なんか…。適当に決めろと言ったって?」
じゃあ仕方ない、と会長さんは電話を切って。
「…ごめん、規則が変わってた。原付免許があればオッケーなのは間違いないけど…」
「年齢制限でも出来たのか?」
キース君の問いに返った答えは…。
「高校卒業以上だってさ、シャングリラ学園の場合は在学中は無理だって」
「在学中って…。ぼくたち、一度、卒業したけど?」
特別生になる前に、とジョミー君が言ったのですけど、会長さんは。
「それはカウントされないらしいよ、シャングリラ学園は普通じゃないから…。特別生は特殊な立場になるしね、一度目の卒業はノーカウントだって」
だから君たちには最初から資格が無いらしい、と申し訳なさそうな会長さん。
「ぼくが適当に決めろと言った会議の議題に入っていたらしいね、この話。つまり、君たちが原付免許を取って来たって…」
「シャングリラ号の操縦資格は得られないわけか。なら、安心だ」
俺も心安らかに四十歳まで待てるらしい、とキース君はホッとしているようです。
「サムを巻き込んでしまったからなあ、申し訳なくて…」
「俺はいいんだぜ、気にしなくっても。…でもよ、誰も資格を取れねえってのは嬉しいかもな」
出遅れねえってことなんだし、とサム君も。
「特別生をやってる間はジョミーもシロエも無理ってわけだろ、原付免許があってもよ」
「そうなるねえ…。一度決まった規則を変えるのは大変だからね」
ソルジャーの権限で変えようとしても何かと面倒、と会長さんは規則を元に戻すつもりは無いらしいです。シャングリラ号の操縦資格が一気に遠のきましたね、原付免許だけって話から…。
こうして夢に終わってしまったシャングリラ号の操縦資格。原付免許を取ろうとしていたジョミー君たちは残念そうで、キース君のスクーターの許可の残念パーティーは全員分の残念パーティーになりつつあったわけですけれど。
「えーっと…。原付免許だけでもオッケーなように出来ないこともないけれど?」
会長さんならぬソルジャーの言葉に誰もがビックリ。会長さんの替え玉になって会議に出掛けて、規則を変えようというのでしょうか?
「それはしないよ、面倒だからね! ぼくのシャングリラの会議でも充分、面倒なのにさ!」
なんでこっちに来てまで会議、と顔を顰めてみせるソルジャー。
「要はアレだよ、ぼくの得意なサイオンだってば! ちょっと細工をすればオッケー!」
例外規定を意識の下に書き込むだけだ、とニッコリと。
「こっちの世界でシャングリラ号に関わってる人、そんなに多くはいないから…。ぼくにかかれば五分もあればね、充分に出来るわけだけど!」
君たち七人を例外として認めるという新しい規則、とのアイデアにジョミー君たちは飛び付きました。たったの五分で例外扱い、貰えない筈のシャングリラ号の操縦資格への扉が開くと言うのですから。後は原付免許さえ取れば、シミュレーターでの練習が出来て…。
「それ、お願い! この際、キースはどうでもいいから!」
ジョミー君が頼んで、シロエ君も。
「キース先輩には悪いですけど、サム先輩も一緒ですしね。ぼくからもよろしくお願いします!」
「…俺には止める資格が無いしな…。物分かりの悪い親父を持ったのが運の尽きだった」
他のヤツらをよろしく頼む、とキース君は副住職ならではの潔さ。
「俺とサムもいずれは原付免許を取ることになるし、それまでは待ちの姿勢だな」
「オッケー! それじゃ、君たち七人分ってことで細工するけど…」
その前に、とソルジャーは私たちの方へと向き直りました。
「君たちはシャングリラ号の操縦への道が開けるわけなんだし…。代わりと言ってはアレなんだけれど、運転の練習をちょっと手伝ってくれるかな?」
「「「は?」」」
「大したことじゃないんだよ、うん。君たちの手さえ貸してくれれば」
運転の練習をするのは君たちじゃないし、と妙な依頼が。ソルジャーが運転免許を取ろうというわけでしょうか、こっちの世界で使えるヤツを…?
是非とも欲しいのがシャングリラ号の操縦資格を得るための道。特別生をやってる間は無理な所をソルジャーが例外にしてくれるそうで、そのためだったら手伝いくらい、と考えるわけで。
「何を手伝えばいいんですか?」
シロエ君の質問に、ソルジャーは。
「話が早くて助かるよ。…ブルーときたら、さっきもゼルに電話をするくらいでねえ…」
そういうブルーを変える手伝い、とパチンとウインク。
「つまりさ、こっちのハーレイがブルーを上手く乗りこなせるよう、お手伝いを!」
「「「乗りこなす?」」」
「そのままの意味だよ、まずはデートから始めようかと!」
そしていずれは本当の意味で乗れるように、と極上の笑みが。
「ベッドの上でね、ブルーに乗っかって腰を振るわけ! 大人の時間の醍醐味ってね!」
「退場!!!」
会長さんがレッドカードを叩き付けて怒鳴り、私たちも。
「「「そ、それは…」」」
そんな恐ろしいことを手伝える猛者がいるわけありません。具体的な内容を聞かなくっても、手伝ったら最後、会長さんに殺されることは確実で…。
「…せ、せっかくのお話ですけど、お断りさせて頂きます!」
ぼくは死にたくないですから、とシロエ君が逃げ、ジョミー君だって。
「ぼくも嫌だよ、それ、絶対に殺されるから!」
「間違いないな。…俺も断る、ただでも恩恵を蒙れる日までが長いわけだし」
シャングリラ号の操縦資格は永遠に手に入らなくてもかまわない、とキース君も断り、サム君も、私たちも首をコクコクと。引き換えにするものが大きすぎます、命あっての物種ですから…!
こうして原付免許を取ろうという話は立ち消えになって、シャングリラ号の操縦資格への道も閉ざされてしまいましたが、誰も後悔しませんでした。ソルジャーだけを除いては。
「…まだ気が変わったとは思わないのかい?」
ぼくにはお安い御用だけれど、と今日も押し掛けて来たソルジャー。
「ぼくの手伝いをしてくれるだけで、シャングリラ号の操縦資格が手に入るけどね?」
「要らないと何度も言ってます!」
押し売りはお断りなんです、とシロエ君が手で追い払う仕草、ジョミー君も。
「キースのスクーターの許可と同じでさあ…。待ったらオッケーになるって可能性もあるし」
「そうだぜ、四十歳になった頃には規則が変わるってこともあるしよ」
気長に待つぜ、とサム君が返して、キース君が。
「待てば海路の日和あり、という言葉もある。…俺は危ない橋は渡らん」
自転車で月参りに走る度に肝に命じている、と断固お断りだという姿勢。事の起こりはスクーターでしたし、キース君が自転車で走り続ける間は誰の決意も固そうです。
「…ぼくはお得だと思うんだけどなあ、たったの五分で作業完了!」
「その五分で、ぼくたちの命が思いっ切り危うくなるんですよ!」
会長に本気で殺されますから、とシロエ君がブルブル、会長さんは冷たい笑みで。
「ほらね、この通り、みんな分かっているから! セールスに来るだけ無駄だから!」
「うーん…。でもねえ、みんなの協力があれば、君とハーレイとの仲だって…」
きっと前進する筈なんだよ、と諦めないのがソルジャーです。当分は押し売りに来そうですけど、甘い誘いに乗ったら命がありません。自転車で走るキース君と同じに修行のつもりでシャングリラ号の操縦資格は諦めるのが吉でしょう。原付免許で乗れるというのが美味しすぎました。
「何度来て貰っても、断りますから!」
お帰り下さい、とシロエ君が手を振り、私たちも両手で大きくバツ印。原付免許で乗れると噂のシャングリラ号は美味しいですけど、やっぱり命が大切です~!
取れない免許・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
キース君が免許を取る話から、シャングリラ号の免許の取り方が判明したんですけれど。
原付免許でいけると聞いていたのに、変わった規則。ソルジャーに頼むしか、って残念すぎ。
次回は 「第3月曜」 9月19日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、8月と言えば来るのがお盆。卒塔婆書きに始まり、棚経で…。