シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年の学園祭も盛況だったサイオニック・ドリームが売りの喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』。初めて開催された年から同じ店名を使い続けて毎年人気を博しています。普段は入れない「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋と世界のあちこちへ旅するサイオニック・ドリーム、行列の出来る定番で。
「かみお~ん♪ 今年も凄かったね!」
お客様が一杯だったよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。学園祭が終わった翌日の放課後、すっかり元通りになった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋では会長さんが会計ノートをチェックしながら。
「うん、値上げの影響も全く無し! 来年はもっと上げてもいいかもね」
「あんた…。良心価格ってヤツはどうした!」
学園祭の出し物なんだぞ、とキース君が顔を顰めましたが、会長さんは。
「別にいいじゃないか、学校にはちゃんと届け出してるし…。この値段でもかまいません、と許可が下りたということはさ、それが適正価格なんだよ。良心どうこうは関係ない」
「しかしだな…!」
「そもそも最初に始めた年から観光地価格でぼったくりじゃないか。それでもクチコミで大評判! 今はサービスも向上してるし、より高くなるのは仕方ないよね」
オプショナルツアーもあるんだからさ、と涼しい顔の会長さん。いつの間にやらサイオニック・ドリームでの旅にはオプショナルツアーが出来ていました。割増料金でバージョンアップが出来るのです。普通なら景色を見物するだけですけど、遊覧飛行になっちゃったり。
「オプショナルツアーはサイオニック・ドリームを操る方にも技量が要る。特殊技能が必須の作業は工賃が高くなるのが相場だろ?」
「…あんたにとっては朝飯前の作業だったと思ったが?」
「まあね、ダテにソルジャーはやっていないさ。でも君たちには出来ない技だし…。ゼルたちだって分かってるから値段に文句は言えないんだよ」
お蔭で今年も儲かった、と会長さんは上機嫌です。お金に不自由はしていないくせに儲けたがるのが会長さん。教頭先生から毟り取る日々も続いていますし、言うだけ無駄というものでしょう。と、お部屋の中に携帯端末の着信音が。
「おっと…。誰かな?」
会長さんが端末を取り出し、着信メールを確認するなりサクッと削除。
「…ゴミだった」
「「「は?」」」
ビックリ仰天の私たち。会長さんの端末はソルジャー仕様になっています。セキュリティなどは完璧ですし、迷惑メールが来たなんてことは一度も無かった筈ですが…?
「たまには紛れて来ることもあるよ。君たちがいる時に来ないだけでさ」
なんだ、そういうものですか! ソルジャー仕様というだけで凄いモノだと思ってましたし、そんな会長さんのメールアドレスを知っている私たちも特別なんだと偉くなった気分だったのに…。
「えっ、君たちは特別だよ? 仲間全員にアドレスを教えちゃいないってば」
そんなことをしたら大変だ、と会長さん。お正月の「あけおめメール」で大惨事になる、と言われてみればそのとおり。恐らく全員が送るでしょうし…。
「というわけでね、ぼくのアドレスは一部の人しか知らないさ。いざとなったら思念波ってヤツがあるだろう? 発信源も一発で分かって安全、確実、しかも迅速!」
「あー、そっか!」
やっぱりアレが一番なんだね、とジョミー君。思念波は本当に便利です。私たちも電話やメールの代わりに使える程度には上達しました。でも、そこからの成長は全く見られないまま、今に至っているわけで。
「ブルーみたいな瞬間移動とか、いつ出来るようになるのかなぁ…。ぼくも一応、タイプ・ブルーなのに…」
「お前の場合は努力不足だ!」
キリキリ頑張って修行しろ、とジョミー君の肩をガシッと掴むキース君。
「ついでに仏道修行もどうだ? 来年度の専修コースなんだが、願書の締め切りはまだなんだよな。寮に入って仏の道を…」
「嫌だってば!」
絶対嫌だ、とジョミー君がギャーギャー喚く姿も今やすっかりお馴染みです。いつ諦めて専修コースに入学するかをシロエ君たちと密かに賭けているとは、口が裂けても言えませんねえ…。
学園祭が済むと季節は冬へと一直線。今年は寒くなるのが早くて、学園祭のフィナーレを飾った後夜祭から急激に冷え込んでしまいました。それから後は日々、寒くなる一方で。
「今日からホットココアもあるよ! 寒くなったし!」
温かいお菓子の季節だよね、と今日の放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた焼き立てのチーズスフレでティータイムです。遅れてやって来た柔道部三人組は熱々のラーメンをガッツリ掻き込んでからデザート感覚でスフレの時間。お菓子は別腹、いくらでも入るらしくって。
「これが出てくると冬だなあって思いますよね」
ラーメンもですけど、とシロエ君。暑い季節は柔道部三人組のために出される軽食は粉モノ中心になっていました。お好み焼きとかタコ焼きだとか、夏の屋台でも定番になるメニューです。
「確かに冬だな、週末は寒波が来るらしいぞ。俺が道場に出掛けた年も寒かったが…」
今年も寒い冬になりそうだ、とキース君が熱いコーヒーを啜った所で携帯端末の着信音が。会長さんが端末を取り出し、不愉快そうに操作して元のポケットに戻しています。
「またゴミか? あれから毎日来ているぞ」
キース君が尋ねれば、サム君が。
「それ、着信拒否とか出来ねえのかよ? もしかして無理とか?」
「うーん…。残念ながらソルジャー仕様なものだから…。迷惑だから、って拒否にしちゃうと万一の時に困るしねえ…」
「でもよ、まるで関係ねえヤツなんだろ?」
拒否しちまえよ、とサム君が言い募る横から、シロエ君が「でも…」と人差し指を顎に当てて。
「その機能自体が無いって仕様じゃないですか? ほら、会長は一応、ソルジャーですから…。仲間からのSOSなら無条件で駆け付けないとダメだとかっていうのがありそうですよ? こいつキライ、って理由で見捨てたりとかが出来ないように着信拒否は不可能だとか」
「…流石、シロエは鋭いね。キースをライバル視するだけあってさ。お察しの通りの事情だよ、うん。ゴミといえども着信拒否は出来ない仕様さ」
不愉快だけど毎回削除、と会長さん。そんな面倒な仕様でしたか、ソルジャー専用の端末は! 一度迷惑メール業者に引っ掛かったら当分は届くみたいです。…あれ? でも、その辺のセキュリティー対策は万全なんじゃあ…? キース君も其処に気付いたらしく。
「おい。ソルジャー専用ってヤツのセキュリティー仕様はザルなのか? その辺の業者が送り付けるメールを弾くサービスは俺たちのヤツにも有るわけなんだが…。あんた、まさか仲間からのメールをゴミだとか言っていないだろうな?」
「仕方ないだろう、ゴミなんだから!」
ゴミと言ったらゴミなんだ、と会長さんは主張しましたが、その翌日の放課後に再び着信音が鳴り、メールチェックをしようとした会長さんの手からキース君が素早く端末を。
「あっ!」
「うるさい、チェックするだけだ。…おい、何処がゴミだ!」
キース君が私たちにも見えるように掲げた端末の画面には未開封メールが1件というマークと差出人の名前が表示されていました。キャプテン・ハーレイ……。えっ、キャプテン・ハーレイって教頭先生どころかシャングリラ号のキャプテンの方じゃないですか!
「か、会長…。それって、思い切り緊急連絡なんじゃあ……」
シロエ君が口をパクパクとさせ、キース君が。
「いや、毎日削除していやがっただけに、緊急性は無いんだろうが……重要性はあると見た。あんた、会議でもサボるつもりか? それともシャングリラ号への乗船拒否か?」
「それなら別口で連絡が来るさ、ゼルとかからね。メールだなんて面倒な手段は通り越してさ、家に直接押し掛けてくるとか、この部屋にズカズカ踏み込むとかで」
だから削除してかまわないのだ、と会長さんは端末を取り返そうとしたのですけど。
「あんたの言う事は信用出来ん! ソルジャーが速やかに任務を遂行しないなら、気付いた仲間が報告するのが筋だよな? とりあえず用件をチェックさせてもらう」
操作手順は俺たちのと変わらない筈だ、とキース君は会長さんの端末を手早く操作しましたが。
「…な、なんだと……?」
「だから言ったろ、ゴミなんだって!」
「なになに、教頭先生、何って?」
ゴミって何さ、とジョミー君がキース君の手元を覗き込むなり、目を丸くして。
「えーっと…。これって何…?」
「そのまんまだよ、読んであげようか?」
貸して、とキース君から端末を奪い返した会長さんはスウッと息を吸い込むと。
「良かったら私の車で帰らないか? 家まで送ろう。最後にハートの絵文字つきだ」
「「「えぇっ!!?」」」
「来ちゃったらしいね、ハーレイのモテ期。いや、発情期と言うべきか…」
一方的にモテ期と思い込む時期が、と溜息をつく会長さん。教頭先生のモテ期って……なに? 発情期は文字通りでしょうけど、メールとどういう関係が…?
教頭先生のモテ期という言葉は初耳でした。モテ期とくれば「モテる時期」ですが、一方的に思い込んでのモテ期というのが分かりません。首を傾げる私たちに向かって、会長さんは。
「ハーレイは本来、どうしようもないヘタレだというのは知ってるよね? そのせいもあって未だに童貞なんだけど…。たまにスイッチが入るんだ。頑張ればいける、自分がモテない筈が無い…って思い込んじゃって熱烈にアタックしてくるわけ」
「…そうだったのか?」
普段とお変わりなく見えるのだが、とキース君が怪訝そうに言えば、会長さんは大袈裟に肩を竦めてみせて。
「普段のハーレイだったらともかく、モテ期の時には強気なんだよ。自分に絶大な自信があるから、
毎日メールを抹殺されても気にしない! 自信に溢れているわけだからね、心の方も至って平穏、周りの人間が不審に思うような態度は取らないさ」
そしてアタックを繰り返すのだ、と会長さん。
「覚えてないかな、君たちが普通の一年生だった時の夏休み! マツカの山の別荘に行った時にさ、持ち込んで見せたと思うけど? ハーレイにプレゼントされたベビードールを」
「「「あーーーっ!!!」」」
思い出した、と誰もが悲鳴。ジョミー君が「これを着たあなたを見てみたい」と書かれたカード付きで渡されて騙され、スケスケの青いベビードールを着てましたっけ。あまりにも昔のことで綺麗サッパリ忘れてましたが、教頭先生が会長さんに贈ったものだと聞かされたような…。
「やっと分かったみたいだね。いつものハーレイには絶対出来ないプレゼントだ。あれがモテ期の副産物! そして現在、ハーレイはモテ期の真っ最中。スイッチが入った理由は多分、寒ささ」
いきなり寒くなっちゃったから、と会長さんは早過ぎる冬の到来を恨んでいます。
「ぼくと一緒に住む日を夢見て家族持ち用の大きな家に住んでるからねえ…。寒さがひときわ身に沁みるんだよ、でもって一緒に住みたくなる、と。それが無理でもせめて一緒に帰りたい、と思う気持ちが例のメールだ。一人寂しく車で帰るのは侘しいらしい」
冬は日暮れも早いから、とモテ期到来に頭を痛める会長さんの家にはプレゼントも届いているのだそうです。朝一番で立派なフラワーアレンジメント、夕食の頃には真紅の薔薇の花束。もちろん会長さんに着て見せて欲しいガウンや夜着もドッカンと。
「…そのチョイスがまた信じられないセンスでさ…。こんなエロイのが何処にあったんだ、と目が点になるような下着とセットで届いたりするし、もう毎日が地獄の日々」
端から処分してるんだけど、と会長さんは疲れた顔で。
「一度モテ期に入ってしまうと、迂闊に手出しが出来ないんだよ。自分に都合のいい方向にしか解釈しないし、下手に怒れば火に油なわけ。照れてるんだと思われちゃってさ、更にアタックが熱烈に」
「「「………」」」
それはどうにもならないだろう、と言われなくても分かりました。モテ期とやらが過ぎ去るまでは毎日のように迷惑メールが来るのでしょう。差出人がキャプテンなだけに着信拒否は出来なくて…。
「そこなんだよねえ、困るのは…。ぼくの端末でも着信拒否の設定は一応、出来る。だけどハーレイの個人名なら拒否は出来てもキャプテンの方は無理なんだ。…シロエが言ってたような理由で」
「うっわー…。教頭先生、それを知っててキャプテンの方で出してくるわけ?」
ジョミー君がポカンと口を開け、マツカ君が。
「公私混同じゃないですか、それ…」
「そうなんだけどね、どうにもこうにも。…ゼルとかに通報するって手段もあるけど、それをやっちゃうと今後のオモチャが…」
「「「オモチャ?」」」
「うん。ハーレイは基本、ぼくの楽しいオモチャなんだと言ってるだろう? モテ期だからって通報しちゃうと厳しい処置が取られそうでさ。…ハーレイがぼくの半径数メートルとかに接近したら、ゼルの所でアラートが鳴るとか」
そんな仕様にされてしまったら遊べない、と会長さん。えーっと、教頭先生をオモチャにしたいから、今は耐えるというわけですか?
「まあね。…今回のモテ期がどのくらい続くか分からないけど、変に動いてストーカー禁止みたいな形にされたら困るだろう? オモチャにしたくても出来なくなるし、お金も毟り取れないし…。とにかく今は耐えるのみ!」
その内にモテ期も終わる筈、と会長さんがグッと拳を握った時です。
「…なるほど、モテ期だったんだ?」
「「「!!?」」」
あらぬ方から声が聞こえて、一斉に振り返る私たち。フワリと紫のマントが翻り、そこにソルジャーが立っていました。教頭先生のモテ期だけでも大概なのに、ソルジャーまで来ちゃったんですか! 今日は厄日と言うかもです。三隣亡で仏滅、おまけに十三日の金曜日とか…?
「言われてみれば金曜日だねえ、十三日じゃないけどさ。…ぼくが来ただけで厄日だって?」
そう思った人が大多数、と私たち全員を見回しながらソルジャーは空いていた場所にストンと腰を下ろしました。
「ぶるぅ、ぼくの分のおやつもある? スフレは時間がかかりそうだけど」
「えとえと…。20分くらい? 待ってる間に食べるんだったら栗のパウンドケーキがあるよ!」
お代わりに出そうと思ってたんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大皿を持ってきて手早く切り分け、ソルジャーは見事に居場所を確保。御注文のチーズスフレもオーブンに入ったみたいです。
「ありがとう、ぶるぅのお菓子は最高だしね。で、ハーレイのモテ期だけどさ…。最近、随分と大胆だなぁって感心してたら、一種の発作?」
「一言で言えば発作かな。迷惑この上ないけどね」
見ていたんなら分かるだろう、と会長さんはブツブツと。
「もっと症状が悪化してくると待ち伏せ攻撃が始まるんだよ。出待ち入り待ちってヤツじゃないけど、限りなくアレに近いかな。花束を持って家の玄関の前に立つわけ。…なにしろ相手がハーレイなだけに、管理人さんも入口のドアを開けちゃうからね」
「「「………」」」
それはストーカーに近いのでは、と私たちは目を白黒。ただし待ち伏せの段階まで来るとモテ期の終わりも近いのだそうで。
「花束攻撃を無視し続けると、最後は強引に押してくるんだ。私の気持ちを受け取ってくれ、って百本くらいの真紅の薔薇を抱えてさ。押し付けられたヤツをバシッと床に叩き落として、足でグシャグシャに踏み付けてやると涙目になる。そしてガックリ肩を落として正気に戻るという寸法」
あんまりやりたくないんだけれど、と会長さん。花を踏みにじる時に良心が咎めるらしいのです。
「花だって命があるだろう? 切ってしまったのは人間だしねえ、飾ってあげずに踏むというのは…。それに散華ってヤツもある。花を踏み潰すと散華を足蹴にしてるみたいで気分が良くない。…だけどハーレイを正気に返すためだし、後でひたすら南無阿弥陀仏さ」
懺悔の気持ちで五体投地、と語る会長さんは花束を踏み潰した後で南無阿弥陀仏と口にしながら罰礼百回。罰礼とは南無阿弥陀仏に合わせて五体投地を行うことで自分の罪を償うものだと聞いています。そっか、罰礼百回ですか…。会長さんにも良心ってヤツがあったのか、と驚きましたが。
「ふうん? ストーカーを撃退したのに自分に罰って、なんだか割に合わないねえ…」
何か間違っているような気がする、と呟くソルジャー。
「モテ期とやらを終わらせるために必要なのかもしれないけどさ、もうちょっと、こう…。ストーカーの撃退法って他にも何か無いのかい?」
「知らないよ! 経験則として知っているのが花束グシャリで、その他にはさ」
毎回それで終了するから、と会長さんは憮然とした表情。しかしソルジャーは納得がいかない様子で、パウンドケーキをモグモグと。やがてお待ちかねのチーズスフレも出来上がり…。
「かみお~ん♪ お待たせ! スフレ、出来たよ~!」
しぼまない内に食べちゃってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。スフレはふんわり膨らんだ熱々を食べてなんぼのお菓子です。ソルジャーはスプーンを握って美味しそうにパクパクと。ストーカーの件もスフレの前には吹っ飛んだのかな、と思ったのに。
「御馳走様~! 栄養補給って大切だよねえ、スフレで一気に頭が冴えた」
「「「???」」」
「ストーカーが攻めてくるなら、目には目を! 逆ストーカーをするっていうのはどうだろう?」
「「「逆ストーカー?」」」
なんじゃそりゃ、と訊き返した私たちに、ソルジャーは赤い瞳を煌めかせて。
「そのまんまだってば、逆ストーカー! ハーレイの方から逃げ出すように仕向けるんだよ、そうなる時点まで付き纏うわけ。車で帰ろうと誘われる前から乗り込んじゃってさ、強引に家まで」
「それは喜ばれるだけだろう!」
会長さんの怒声に、ソルジャーは。
「さあ、どうだか…。乗り込んでるのはストーカーだよ? ハーレイの一挙手一投足を舐めるように観察しまくり、付き纏い! お風呂に入ろうがトイレに行こうが、ただひたすらに追い続けてればどうなるだろうね?」
「……喜ぶだけだと思うけど……」
「うん、ストーカーが君一人ならね。…大量にいたらどうなるのかな?」
「「「は?」」」
思わず反応した私たち全員にソルジャーはパチンとウインクをして。
「逆ストーカーはブルーも含めて君たち全員! ブルーの大好きな『見えないギャラリー』ってヤツが表に出るんだ、堂々と!」
「そ、それは……。それはハーレイも流石に引くかも……」
考えるだに恐ろしい、と会長さんが視線を宙に泳がせ、ソルジャーが。
「いいアイデアだと思うけど? でもってアイデアの提供者として、ぼくも仲間に加わりたいな」
ちょうど週末で暇になるしね、とソルジャーはやる気満々でした。教頭先生に逆ストーカー、しかも面子はこのメンバー。モテ期とやらも凄いですけど、逆襲だなんて怖すぎとしか…。
会長さんに熱を上げる余りに、一人モテ期な教頭先生。今日もお誘いメールの返事が来ないというのに、ガッカリどころか「次があるさ」と余裕たっぷり。勤務を終えると教頭室の鍵を事務局に返して駐車場へとおいでになったわけですが。
「やあ、ハーレイ。今日も寒いね」
待ってる間に凍えちゃった、と愛車の隣に会長さんが立っていたから大変です。
「ブ、ブルー!? それならそうと言ってくれれば…!」
残業をせずに帰ったんだ、と大慌てで車のロックを開ける教頭先生。すかさず会長さんが助手席に乗り込むと同時に、後部座席のドアがバンッ! と左右に開かれて。
「かみお~ん♪ ぼく、いっちばぁ~ん!」
「ぶるぅはブルーの膝でいいだろ、助手席でさ」
乗り込みながらソルジャーが声を掛け、キース君が。
「待て、それは道交法ではどうなるんだ? あんたと俺と、ぶるぅが後ろで」
「細かい事は言いっこなし! ぶるぅが前ならもう一人いける。ジョミーでどうかな?」
「オッケー! 教頭先生、お邪魔しまぁーす!」
ドヤドヤドヤと後部座席に三人が座り、ドアがバタンと閉まってロック。助手席では会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を膝に抱えてシートベルトを装着中で。
「な、何なんだ、これは?」
教頭先生は軽くパニック状態でしたが、会長さんとソルジャーに「早く車を出せ」とせっつかれて仕方なく運転席へ。ドアが閉まると会長さんからの思念波が。
『みんなはタクシーでハーレイの車を追うんだよ? 校門前に誘導してあるからさ』
『『『はーい!!!』』』
暗くなった駐車場からは見えにくい位置で見守っていた私たちは校門へ走り、客待ち中の二台のタクシーに素早く分乗。ちょうどノロノロと門を出てきた教頭先生の車を指差し、追跡開始というヤツです。えっ、門衛の人たちですか? ソルジャーには気付いていませんとも!
「教頭先生、思い切りビビったみてえだぜ?」
サム君が可笑しそうに笑い、スウェナちゃんも。
「そりゃそうなると思うわよ? あれだけワラワラ沸いて出るとは思わないでしょ」
「だよな、これで終わると思いてえよなぁ、ストーカー!」
早いとこブルーを開放しなきゃ、と気勢を上げるサム君の言葉に運転手さんが。
「お客さん、前の車、警察に通報しましょうか? お友達が強引に連れ去られたとか?」
「え? えっと…。そこまでしなくていいんだけどさ…」
言い澱むサム君の代わりにスウェナちゃんが「大丈夫です」とキッパリと。
「ボディーガードも乗ってます! いざとなったら通報出来ます」
「ははぁ…。おとり捜査みたいなモンですか。こういうお客さんは初めてですねえ、頑張って追わせて頂きますよ」
信号無視も任せて下さい、とノリノリになった運転手さん。後ろのタクシーのシロエ君とマツカ君も似たような状態にいると思念波が届き、教頭先生の愛車は二台のタクシーに追跡されつつ自宅へと。
ワクワクしながら街を走って住宅街に入り、目的地に無事に到着して。
「お客さん、頑張って下さいよ~!」
困った時には警察ですよ、と念を押してからタクシーは走り去りました。その間にガレージの中では教頭先生がオタオタと。
「わ、私はだな、ブルー、お前を家まで送るつもりで…!」
「だから送って貰ったじゃないか、君の家まで。で、入ってもいいのかな? かまわないよねえ、来ちゃったんだしさ」
お邪魔するよ、と会長さんが門の方に回って来て鍵を開け、タクシー組も敷地内に乱入です。教頭先生が玄関の扉を開くと逆ストーカーを目指す面子がゾロゾロと中へ。おおっ、これがモテ期の教頭先生のお宅ですか! リビングに山と積まれたプレゼントの箱。これ全部、会長さん宛ですよね?
「す、すまん、あちこち散らかっていて…。今、コーヒーでも入れるから」
その辺に座って待っていてくれ、とキッチンに向かおうとした教頭先生でしたが。
「…なんだ、ブルー?」
「ちょっとね、君を追い掛けてみたくなっちゃって…。いつも花とかプレゼントとかを貰ってるから、ほんのお返し」
ニッコリ微笑む会長さんの隣では会長さんそっくりのソルジャーが。
「君の全てを知りたいらしいよ、ブルーはね。…どんな風に生活しているのかとか、こう、色々と」
「そ、そうなのですか?」
教頭先生、自分にいいように受け取ったらしく、頬っぺたを染めておられます。確かに聞き様によってはプロポーズっぽく思えないこともないですけれども、その実態は…。
「どうぞ、ハーレイ。ぼくに遠慮は無用だから」
「し、しかし…! わ、私はだな…」
トイレに行きたいわけなのだが、と教頭先生は大きな身体を縮めるようにしてモジモジと。人数分のコーヒーを入れに立ったつもりが、会長さんを先頭にしてソルジャーを含む全員がついてきたのです。トイレの前の廊下は鮨詰め状態、押すな押すなの大賑わいで。
「遠慮は要らないって言ってるだろう? ほら、気にせずに入りたまえ。…ドアはきちんと押さえておくから」
「そ、そうか? では…」
失礼して、と教頭先生はトイレに入りかけて。
「…お、おい、もしかしてドアを押さえておくというのは…」
「ん? こうして開けて押さえるんだよ、遠慮なくどうぞ、大でも小でも」
ぼくは全く気にしない、と会長さんは綺麗な笑み。私たちがひしめき合う廊下からはトイレが丸見え、こちら向けに据えられた便座も見えます。つまり教頭先生がトイレを使えば全てが見えるというわけで。
「ま、待ってくれ! わ、私は本当にトイレに用が…!」
「いいじゃないか。追い掛けたいと言った筈だよ、君をトイレの中までも…ね。でもスリッパは一人前しか無いみたいだし、ここで見てるさ」
会長さんがクスクスと笑えば、ソルジャーが。
「ブルーをお嫁に貰うんだろう? なのにトイレに入る姿も見せられないっていうのはねえ…。夫婦たるもの、下の世話まで頼んでなんぼだと思わないかい?」
ぼくは頼んだことも頼まれたことも無いけれど、と仁王立ちして言い放つソルジャー。
「将来のための予行演習だと思いたまえ。嫁の前でも出来ないようでは詰まってしまって死ぬかもよ? それともアレかな、別の目的でトイレかな? ズボンの前が窮屈だとか?」
だったら尚のことブルーの前で、とソルジャーはまさに立て板に水。
「それって燃えるシチュエーションだよ、パートナーの前で一人エッチというのはね。…若干余計なオマケがいるけど、そっちの方は気にしない! 女子にはモザイクのサービスもするし」
「……そ、そんな……」
本当にトイレに行きたいのですが、と教頭先生の声には泣きが入っているようでした。どうやら本気で切羽詰まっておられるみたいなんですけれど…。
「ほらほら、ハーレイ、遠慮しないで」
ぼくはどっちでもかまわないから、と会長さんがダメ押しを。
「ブルーが言ってる方だとしてもね、ぼくは全然気にしないから! 普段だったらキレるけれども、今は君からプレゼントとか花とかを貰って気分がいいし…。たまにはサービスで視線だけでも付き合うよ。いつも孤独にやってるもんねえ」
「ハーレイ、ブルーもこう言ってるよ? 君の大事な御令息をさ、披露しなくちゃ損だってば! ぼくも興味が出て来ちゃったなぁ、ぼくのハーレイとどっちが立派か」
「……あ、あのう……」
もう本当にそれどころでは、とズボンの前を両手で押さえる教頭先生。我慢の限界が近いのでしょう。しかし…。
「気にしなくっていいってば! 君が一人でやってる所を覗き見したことは何度もあるし、君だって承知してるだろう?」
「我慢のしすぎは身体に悪いよ? あんまり辛抱しすぎちゃうとさ、役立たずになるって話もあるんだ。何事もほどほどが一番なんだよ、イかせて貰えないのも素敵だけどさ」
「「「???」」」
ソルジャーの台詞の意味はイマイチ分かりませんでした。教頭先生は耳まで真っ赤で、今の台詞で煽られたのか、トイレの方がピンチなのかは判別不能。
「…た、頼む、もう……!」
もう一秒も持たないのだが、と教頭先生の哀れな悲鳴が開け放たれたトイレと廊下に木霊して…。
「オン クロウダノウ ウンジャク、オン シュリ マリ ママリ マリシュシュリ ソワカ」
会長さんが謎の呪文を朗々と唱え、キース君が合掌しています。やがて扉の閉まったトイレの中からジャーッと水の流れる音が聞こえたものの、教頭先生が出てこられる気配は全く無くて。
「なんだい、今のは?」
何の呪文? とソルジャーが尋ね、会長さんが溜息交じりに。
「烏枢沙摩明王の御真言だよ」
「「「ウスサマ…?」」」
「枢沙摩明王! 不浄を清める明王様でね、特にトイレの清めで有名。…こんな所で唱える羽目になるとはホントに夢にも思わなかったよ。なんでハーレイのためなんかに…!」
でも万一ってコトがあるから、と会長さんはトイレの扉を睨み付けて。
「それでハーレイ、間に合ったわけ!? トイレを汚してないだろうね! ズボンとかはどうでもいいんだけどさ!」
返事は帰って来ませんでした。教頭先生、まさか間に合わなかったとか…? 会長さんとソルジャーの二人がかりで限界突破の直前くらいまで引っ張りまくっていましたもんねえ…。
「なんとか間に合ったみたいだよ、うん」
ソルジャーがサイオンで中を覗き見したらしく、プッと小さく吹き出して。
「でもね、下ろす時に勢いが付きすぎちゃってさ、ズボンもベルトも紅白縞も床にバッサリ落ちちゃってるよ。あそこまで派手に落としてしまうと我に返ると情けないよね」
「…そうなんだ? どれどれ…」
会長さんがサイオンで覗くよりも早くソルジャーがトイレの扉をバァン! と開けてしまったからたまりません。私たちはズボンも紅白縞も床に落として便座に座った教頭先生と御対面で。
「「「!!!」」」
スウェナちゃんと私の視界にはモザイクがしっかり入りました。え、えーっと……パンツを下ろすどころか全開状態な教頭先生は今までに何度も見てますけれど…。
「「「わはははははは!!!」」」
遠慮なく笑い出す男の子たちと会長さんとソルジャーと。勿論「そるじゃぁ・ぶるぅ」もケタケタ笑い転げています。スウェナちゃんと私も堪え切れずに吹き出してしまい、教頭先生だけが便座に座って呆然自失。そりゃそうでしょう、こんな姿を会長さんに見られたら…。
「ふふ、ハーレイ。なかなかに凄い格好だねえ? 間に合わなかったよりかはマシだけれどさ」
間に合わなければ幼児並み、と会長さんが嘲笑う横からソルジャーが。
「ぶるぅ以下だよ、トイレには余裕を持って行くよう言ってある。遠慮しないで行けばいいってブルーが何度も言ったのに…。これじゃ百年の恋も冷めるってね」
現に冷めちゃったみたいだよ、とソルジャーはフフンと鼻を鳴らして。
「君のトイレまで拝みたいほど追っかけに燃えていたのにさ…。今やブルーも大笑いだし、リビングにあるプレゼントの山は用済みになってしまう予感がするね」
その時はぼくに引き取らせてよ、と艶やかな笑みを浮かべるソルジャー。
「ちょうど色々欲しかったんだよね、ぼくのハーレイとの夜の時間の盛り上げアイテム! いい感じにエロいのが揃ってるから、いつでも纏めて引き取りOK! 有効活用しなくっちゃ」
立ち直れるんなら初志貫徹でプレゼント、と言い残してソルジャーは姿を消しました。教頭先生は便座の上で今も放心しておられます。逆ストーカーは功を奏したと言えるのでしょうか?
「さあねえ…。とりあえず、花は暫く届くんじゃないかと思うんだ。お店に予約を入れてるだろうし…。週明けにメールが届かなかったら、モテ期はこれにて終了ってね」
その時はブルーが殊勲賞だ、と会長さん。私たちは教頭先生を放置して引き揚げ、週明けの放課後、会長さんの端末宛にメールは届きませんでした。ということは、今度のモテ期は…。
「終わったようだよ、妙なプレゼントも届かなかったし! ブルーもたまには役に立つよね」
次から逆ストーカーで攻めるに限る、と会長さんは大喜びでした。ソルジャーも会長さんが貰っていたら処分される運命だったプレゼントの山を引き取れることになりそうです。教頭先生と便座の映像は当分頭に残るでしょうけど、終わり良ければ全て良し。まずはめでたし、めでたしです~!
訪れたモテ期・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生のモテ期については、本編の方の「夏休み・第3話」にも書かれております。
青文字の部分からリンクしてあります、よろしかったら、そちらもご覧下さいです。
今月は月2更新でしたが、2月は月イチ更新です。
来月は 「第3月曜」 2月17日の更新となります、よろしくお願いいたします。
そしてハレブル別館の方に転生ネタな 『君の許へと』 をUPいたしました!
前回の 『聖痕』 と繋がるお話になっております、こちらもどうぞよろしくです。
ハレブル別館へは、TOPページに貼ってあるバナーからお入り下さいv
←こちらからも入れます。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、1月はソルジャーが姫はじめを頑張っておりますが…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
季節は行楽にピッタリの春。恋の季節とも言いますけれども、シャングリラ学園の特別生として高校一年生をやり続けている私たちには全く無縁の話です。ゆえに休日は揃ってお出掛け、ゴールデンウィークもシャングリラ号で過ごしていたりしたわけですが。
「今度の土日は何処がいいかなぁ?」
ジョミー君が振った話題にみんなが食い付き、放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は今日も賑やか。遠出しようとか近場でグルメとか、どんどん盛り上がって来た所へ。
「ぼくはグルメに一票かな?」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえて、優雅に翻る紫のマント。暫く見ないと思っていたのに、来ちゃいましたよ、またソルジャーが…。
「こんにちは。えーっと、今日のおやつは…」
「イチゴのロールケーキだよ! 生地もピンクで春らしいでしょ?」
自信作なんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャーのためにケーキを切り分け、ソファに腰掛けるお客様。グルメに一票とか言ってましたし、参加する気でいるのでしょう。会長さんが大きな溜息をついて。
「要するに君も来たいわけだね、食べ歩きに? でも好物とは限らないよ?」
「あ、その点なら大丈夫! 地球の食べ物って意外なモノでも美味しいってことが分かったからさ」
「「「は?」」」
意外なモノって、どんな食べ物? いえ、それ以前にソルジャーは何処でそういうモノを? こちらの世界でキャプテンとデートをしていることは確かですから、その時に?
「違う、違う、ハーレイは意外に保守的なんだ。食べる事に関してチャレンジ精神ってヤツは無いみたいだねえ、だから別口!」
「「「別口?」」」
ますます謎だ、と思った途端にソルジャーの口が解答を。
「分からないかな、ノルディだよ。美味しいと評判の店があるけど遠過ぎて、とドライブを兼ねて誘われたわけ。先週の土曜はノルディとデートさ」
「デートだって!?」
しかもドライブ、と会長さんの声が引っくり返っていますけれども、ソルジャーはまるで気にせずに。
「遠いって言うだけあってホントに思い切り遠かったね。お昼御飯を食べに行くだけで一日潰れてしまった感じ。アルテメシアに戻ってきたら夕方だったし、そのままホテルに誘われちゃったよ」
「き、君は…。まさかホテルに……」
「ついて行ったよ、当然だろう? でもって、楽しく」
お泊まりしたのか、と誰もが青ざめましたが、ソルジャーはクスクス可笑しそうに。
「やっぱり勘違いしちゃったんだ? 楽しくディナーを食べただけだよ、色々おしゃべりしながらね。お昼御飯のこととかさ…。美味しかったな、卵かけ御飯」
「「「卵かけ御飯!?」」」
そんなのを食べに遠い所までドライブを兼ねて行ったんですか! 呆れ顔の私たちを他所に、会長さんが。
「ああ、アレかぁ…。海の方だろ、ずっと北のさ」
「そう、それ、それ! 御飯に卵をかけるだけなんて、と思っちゃったし、正直、ガッカリしたんだよ。でも食べてみたら目から鱗で、何杯もお代わりしちゃったわけ」
「かみお~ん♪ あそこ、卵が違うんだよ! 放し飼いだし、地鶏だし! 刻み海苔もパリパリ、おネギも新鮮、お醤油も地元で造ってるしね」
こだわり卵かけ御飯なんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。もちろんお米も地元で採れた最高級品、炊き立ての味が素晴らしいそうで。
「ノルディと食べに行ったんだぁ…。なんだか食べたくなってきちゃった」
行きたいなぁ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が呟き、私たちも喉が思わずゴクリと。今度の週末は卵かけ御飯ツアーがいいかもしれません。日帰りせずに何処かで泊まって、海が近いなら海の幸とか。
「卵かけ御飯を食べに行こうよ、みんなでさ!」
ジョミー君の案に私たちはワッと飛び付いたのですが。
「却下!」
会長さんお得意の台詞をソルジャーが。
「ぼくは先週食べちゃったんだよ、それ以外のでお願いしたいな」
「「「………」」」
自分の都合で仕切るんじゃない! と叫べる勇者はいませんでした。卵かけ御飯はドロンと消えてそれっきり。食べたかったな、こだわりの味…。
夢だけ膨らませて瞬時に壊してくれたソルジャー。そのくせにグルメの線は変わらず、何を食べるかと意見を出し合う私たちの横から、ああだ、こうだと。
「うーん、なかなか決まらないねえ? まあ、その気持ちは分かるけどさ」
メニューを出されても悩むもんね、とソルジャーはニヤリと笑みを浮かべて。
「本日はどれに致しましょうか、って渡される時のワクワク感がまた嬉しいんだ。どんなメニューがあるのかなぁ? ってね」
「…君はそれが目当てでノルディとデートをしてるわけ!?」
「誰がノルディとデートって言った?」
「えっ? だって、メニューが出てくる場所って…」
レストランしか無いじゃないか、と会長さんが突っ込みを入れれば、ソルジャーは。
「甘いね、昨夜はすき焼き弁当! お持ち帰りにするかどうかで悩んだんだけど…。そういう機会は滅多にないから、そこは一発、お持ち帰りで!」
「お弁当は普通、持ち帰りだろう? 温めるかどうか訊かれるけどさ」
「うん、温めてもらったよ? もうたっぷりと、蕩けるほどに」
「危なすぎるし!」
耐熱容器にも限界はある、と眉を吊り上げる会長さん。ソルジャーの無茶な注文のせいでお弁当屋さんだかコンビニだかがレンジを掃除する羽目になった上、弁償となれば気の毒すぎです。しかし…。
「温めたのはハーレイだってば、メニューを作った責任がある。それに持ち帰りにしちゃったからねえ、いつもの場所と違うってだけで燃えるものだよ、煽らなくても」
「「「???」」」
何故にキャプテンがメニュー作りを? それも仕事の内なのか、とビックリ仰天の私たち。温める方はソルジャーの分を除いて厨房所属のクルーがやっているのでしょうけど。それにしたって、煽るって、なに? レンジは自動で温まりますし、燃えるとかっていうのも、どういうシステム?
「ふふ、ブルーにも意味が分からないんだ? すき焼きの意味は「好き」の好きだよ、「愛してます」って気持ちをこめて! お弁当の方は、いわゆる駅弁! ノルディに教えて貰ったんだけど、アレって男同士でも出来るものだね、新鮮だったよ」
「退場!!!」
今すぐ帰れ、と会長さんが投げたレッドカードをソルジャーはパシッと受け止めて。
「どうやら君には通じたらしい。そんな感じでメニューが出るのさ、最近の夜の定番なんだよ」
「「「………」」」
そういう意味か、と私たちもそれなりに理解しました。駅弁が何かは分かりませんけど、とにかく大人の時間の言葉。つまりキャプテンがソルジャーに出すというメニューの正体は…。
「ああ、君たちも分かってくれた? お持ち帰りは「ハーレイの部屋で」って意味なんだ。コース料理でお持ち帰りって有り得ないだろ、だから思い切って注文しちゃった」
駅弁にはちょっと狭すぎたかな、と意味不明な言葉を零しながらもソルジャーは満足そうでした。すき焼き弁当、お持ち帰りは素晴らしかったみたいです。
「ちなみに一昨日の夜はフグ尽くし御膳! なんでフグなのか気になって…。ハーレイの思考をちょっと読んでみたら、なかなか素敵なセンスだったよ。こう、口でする時って頬っぺたも含めてフグの顔みたいになる時があるよね、そこからフグでさ。フグ尽くしだけに何回も…」
「退場だってば!!!」
会長さんの怒声もソルジャーにかかれば馬耳東風。悠々とケーキのお代わりを頼み、紅茶も熱々を注いで貰って。
「メニューを出すって、いいアイデアだろ? どんなプレイが待っているのか分からないしね、頼む時からドキドキするわけ。普段と変わらないコースなんかでも「お値打ち! 春のカジュアルフレンチ」と書かれてしまうと盛り上がるしさ」
「…好きにすれば?」
ソルジャーに居座られてしまった会長さんが疲れた声で。
「その発想には脱帽するよ。それともノルディの入れ知恵なのかな…」
「半分はね。ノルディが熱く語っていたのはコースじゃなくて丼だったし」
「「「丼?」」」
なんだソレは、と思わず反応しちゃいましたが、これって墓穴じゃないでしょうね?
エロドクターが熱く語ったという丼。卵かけ御飯なドライブから戻ってホテルで夕食の時に話題に上ったらしいです。エロドクターの夢のメニューだなんて、お金持ちのくせに不思議なような。それとも高級食材を使った珍品でしょうか、一日一食限定とかの…。
「ううん、普通に丼だよ? 親子丼とか他人丼とか。いとこ丼っていうのもあるんだってね」
「いとこ丼に明確な定義は無いよ? そうだよね、ぶるぅ?」
会長さんに訊かれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は料理上手だけに張り切って。
「えっとね、いとこ丼で一番有名なヤツは鴨のお肉なの! 鴨を卵でとじてるんだし、他人丼と全然変わらないよね? 他にもサーモンとイクラを乗っけてあるのとか…。これだと親子丼でしょ?」
イクラはサーモンの卵だもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。親子丼は鶏と鶏卵ですから、サーモンとイクラじゃ親子丼です。他人丼も鶏以外のお肉と鶏卵ですし、鴨と鶏卵でいとこ丼は無理っぽいと言うか、こじつけと言うか。
「…なるほど、いとこ丼には決まりが無い、と。それでノルディはいとこ丼でもいいんですが、と言ってたわけか…」
「「「???」」」
エロドクターが食べたいのなら、フォアグラとキャビアでいとこ丼? いやいや、ここはトリュフとツバメの巣だとか、それを言うならフカヒレとツバメの巣だとか、意見が飛び交ったのですけれど。
「どれも見事に大ハズレってね。…ノルディの希望は他人丼か、いとこ丼! 親子丼は親子セットでポピュラーだけど、ぼくとブルーは親子ではないし、血縁関係も無いからねえ…」
「退場!!!」
今度こそ本当に出て行ってくれ、と怒鳴る会長さんは怒り心頭。でも、他人丼だの、いとこ丼だのの、何処が悪いの?
「やっぱり知らない? ぼくも初めて聞いたんだけどさ、親子をセットで食べちゃうことを親子丼って言うらしいんだよ。つまり、お母さんと娘を一人で美味しく頂くって意味」
「「「!!!」」」
そこまで聞いたら分かりました。大人の時間の世界です。そんな世界に親子丼なる隠語があろうとは…。ということは、エロドクターが食べたがっている他人丼だか、いとこ丼だかは…。
「そうだよ、ぼくとブルーを一度に食べるのが夢らしいんだ。文字通り二人揃えて一つのベッドで三人で…ってね。これがホントの他人丼、もしくはいとこ丼だってさ」
「……き、君は……。そういう話題で盛り上がったわけ、ノルディなんかと!?」
「別にいいだろ、盛り上がるくらい! でもってノルディは他人丼だとヤバイかもだから、いとこ丼にしておきましょうか……とも話してたねえ」
「どっちにしたって、おんなじだよ!」
どう転んでも他人でしかない、という会長さんの指摘に、ソルジャーは。
「そこは実際、そうなんだけどさ…。ウッカリ他人と定義しちゃうと、余計な誰かとセットになるかもしれませんしね、と笑っていたよ。ぼくとハーレイなら夫婦ってことで他人じゃないけど、こっちのハーレイはブルーともぼくとも赤の他人だ」
「「「………」」」
それはスゴイ、と誰もが絶句。エロドクターが会長さんとソルジャーを食べたがるのは分かりますけど、そこに教頭先生が紛れ込んだら食中毒を起こしそうです。安全なのはいとこ丼かな、と思ってしまった自分にショック。丼、やっぱり墓穴でしたよ…。
「というわけでね、ノルディが語った丼の世界は深かったわけ」
それをヒントに夜のメニューを思い付いた、とソルジャーは得意そうでした。キャプテンに親子丼やエロドクターの夢のいとこ丼を語って聞かせて、二人で感動しまくった末に出来たのが夜のメニューなのです。
「ハーレイが書いてくるメニューを見ながら質問するのも楽しいよ? 料理長おすすめとか、シェフの気まぐれとか、そういうヤツもあるからね。今日はどういうシチュエーションだい? って訊く瞬間からドキドキだってば!」
癖になりそう、とメニュー効果を喋りまくっているソルジャーは当分の間、キャプテンを自分専属の夜のシェフにするみたいです。大人の時間でも「ぼくは食べる方」と主張するのがソルジャーですけど、これじゃ料理されて食べられる方になっているのでは…?
「そう、君たちの思考は正しい」
会長さんの凛とした声がソルジャーの喋りを遮って。
「万年十八歳未満お断りでも矛盾に気付いたみたいだよ? 君は普段と同じ調子で君のハーレイを食べてるつもりで、実は食べられている方だ…ってね。ぶるぅのママの座は君のものかな?」
「ちょ、ちょっと…! ぶるぅのママはハーレイだし!」
「その辺は揉めるから譲歩してもいい。でも、食べられているのは事実だ。君のハーレイは君を料理して食べるためのメニューを書いてるんだよ、毎日ね」
「えーーーっ???」
そうなるわけ? と混乱しつつも、ソルジャーは夜のメニューを撤廃する気は無いようです。せっかく見付けた素敵な夜のセレモニー。食べ飽きるまでは食べてなんぼ、と開き直ったらしくって。
「いいんだってば、ハーレイを食べるのはぼくだから! 食べられてる方じゃないわけだから!」
「そうかなぁ? 駅弁といい、フグ尽くしといい、どう考えても食べられてるけど?」
君のハーレイのお好みで、とヤケクソ気味の会長さん。猥談の域に入りつつある会話を自分から振り、火に油という状態です。もはや本物のグルメの話は消し飛び、私たちは溜息をつくだけで。
「ああ、たった今、そういう話を思い出したよ」
会長さんがソルジャーをビシッと指差して。
「食べるつもりが食べられていた、っていう君にそっくりの話をね。正確に言えば食べられる前に気付くんだけどさ、その直前まで食べる気満々で飛び込んで行った馬鹿のお話」
「「「???」」」
そんなお話、ありましたっけ? 首を傾げる私たち七人組とソルジャーの前で会長さんが宙に取り出したものは絵本でした。タイトルは『注文の多い料理店』。ああ、この童話なら知ってます! 確かに食べるつもりで食べられる話、未遂で終わっていますけど…。
「これが?」
「君みたいな馬鹿の話だってば、すぐに読めるから読んでみたら?」
どうぞ、と渡された絵本を紅茶をお供に開いたソルジャー。パラリ、パラリとページをめくって最後まで読み、また最初から読み直しています。もしかして意味が分からないとか? 別の世界に住む人ですから、そういう事態も有り得るかも…。えっ、またしても最初から? そんなに難解な本でしたかねえ、『注文の多い料理店』…。
ソルジャーが読み終えて本を閉じるまでには半時間以上かかっていたかもしれません。難しすぎたか、などとコソコソ囁き合っていたのも耳に入ってなかったかもです。
「…短いけれども、面白いね、コレ」
顔を上げたソルジャーは絵本の表紙を撫でながら。
「まさに天啓というヤツかな? 食べたい気分になってくるよね」
「「「………」」」
何を、と訊き返す勇気は誰も持ち合わせていませんでした。心の中でタラリ冷汗、会長さんも顔が引き攣っています。これがホントの藪蛇でしょうか、ソルジャーが食べたい気分なのは…。
「知らない間に食材ポジションにされていたのは悔しいし…。そりゃ食材でも満足させては貰ってるから、今のままでも充分だけどさ…。やっぱり食べなきゃ損だよねえ? ぼくだけのために思い切り美味しく調えられたハーレイを!」
うわぁ、という悲鳴は誰が発したものだったのか。会長さんは頭を抱え、私たちはパニック状態です。あれ? でも、ソルジャーがキャプテンを食べるとしても別に被害は無いわけですし…。それって普段と変わりませんよ?
「そうか、そう言えばそうだった…」
ぼくとしたことが、と立ち直りをみせた会長さんと、座り直した私たちと。延々と猥談を聞かされたせいで勘が鈍っていたようです。ソルジャーが自分の世界で何をしようと対岸の火事どころか彼岸の火事。早く帰ってキャプテンを美味しく食べてくれ、と誰もが祈っていたのですが。
「この本に出会ったのも何かの縁だと思うんだよね。ノルディから丼についての講義も受けたし、いとこ丼を食べるのもいいんじゃないかと…。ハーレイは二人いるんだからさ」
「「「えぇっ!!?」」」
とんでもない台詞を口にしたソルジャーはウキウキと。
「憧れてたんだよ、三人でってヤツ! だけどハーレイと結婚してから、憑き物が落ちたように忘れちゃってて…。この機会に是非、チャレンジしたいね。ただ、ぼくのハーレイはぼくを二人でシェアすると分かると萎えちゃうだろうし…。こっちのハーレイもブルーじゃないと萎えちゃうし…」
そこでこの本の出番なのだ、とソルジャーはニッコリ悪魔の微笑み。
「ぼくのハーレイとこっちのハーレイ、二人揃って来てもらう。ぼくのハーレイが食べるのはぼくで、こっちのハーレイが食べるのはブルー! それなら萎えずに辿り着けるし!」
そこで美味しく頂くのだ、と燃え上がってしまったソルジャーの瞳は絵本の挿絵でギラギラと光る山猫の目玉のようでした。キャプテンどころか教頭先生まで食べてしまおうとは、恐ろしすぎる展開です。あまつさえ、食い意地が張ったソルジャーは…。
「同じ食べるなら味付けを変えてみるのもいいかもね? 逞しく男らしさに満ちたハーレイと、とろけるように甘いハーレイ! うん、どっちも食欲をそそってくれるよ」
この本みたいにやってみたい、と言い出したソルジャーが挙げたプランは絵本さながらの味付けと風味。何度も何度も読み返していたのはアイデアを練るためだったのか、と気付いても既に後の祭りで。
「それじゃ、ぼくのハーレイには、ぼくから話を通しておくから! 君はこっちのハーレイに招待状を出すのを忘れないでよ、君の名前で愛をこめて…ね。週末を楽しみにしているよ。さてと、今夜のメニューは何かな?」
今夜もハーレイに食べられてくる、とウインクをしてソルジャーは帰ってゆきました。春の恵みだか、シェフの饗宴だか、はたまた料理長美食スペシャルだか。何が飛び出しても不思議ではないキャプテン作のメニューですけど、ソルジャーが企画した料理店の方が何百枚も上手ですってば…。
ソルジャーがキャプテンと教頭先生を平らげるための計画、注文の多い料理店。会長さんの家が舞台に選ばれ、土曜日の朝早くから招集された私たち七人組と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーとで開店準備を頑張って。
「……レストラン、タイプ・ブルー……」
教頭先生が玄関の扉に取り付けられた看板に頬を染める姿を、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン中継で家の中から見ていました。会長さんが教頭先生に出した招待状に書いた言葉はソルジャーの指示で決まった『ぼくを食べに来てよ』の殺し文句です。
「素晴らしいシチュエーションでしょう?」
最近これに凝ってましてね、とキャプテンが教頭先生の肩をポンと叩いて。
「毎晩、メニューを作るんですよ。今夜はこんな料理が出来ます、とブルーに渡すと非常に喜んでくれましてねえ…。たまにはお返しに御馳走したい、と考えてくれたのがこの企画です」
「そうでしたか。なかなかに味わいのあるものですねえ……」
男心をそそられます、と返す教頭先生、日頃のヘタレは何処へやら。いえ、自分の家では妄想まみれで夜を過ごしてらっしゃるのですし、会長さんの視線が無ければヘタレないのかもしれません。
「では、入りますか」
「入りましょう!」
キャプテンと教頭先生は頷き合って扉を開き、中へと足を踏み入れました。玄関ホールから奥へと続く通路の手前には私たちが設置した扉。教頭先生は首を傾げて。
「…此処に扉は無かったように思うのですが…」
「おや、張り紙がありますよ? 先にシャワーを浴びて下さい、と」
「なるほど、それは当然のマナーでしたね」
ブルーに嫌われる所でした、と教頭先生が張り紙に感謝し、二人は壁に張られた矢印に従ってバスルームへ。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で二人の服を隠してしまい、代わりに置かれたのはバスローブです。
「おや? 服が見当たらないようですが…」
「バスローブが置いてありますよ。ブルーも待ち切れないようで…」
せっかちですね、とニヤニヤしながらキャプテンがバスローブを纏い、教頭先生も同様に。二人とも気分が高揚してきたらしく、ズンズンと元の廊下を進みましたが。
「また扉ですか?」
「待って下さい、此処にも張り紙が。…ほほう、どちらになさいます?」
バターかオリーブオイルだそうですよ、と楽しげなキャプテンの視線の先には小さなテーブル。壺が二つ置かれ、「バターの方と、オイルの方と、各一名様でお願いします」のダメ押しの文字が。
「どうしてバターなのでしょう? オリーブオイルも気になりますが…」
首を捻っている教頭先生に、キャプテンが「さあ?」と考え込んで。
「全身に塗れ、と書いてありますしね…。ボディーローションの代わりなのでは?」
「言われてみればそうですね。エステティシャンらしからぬ失言でした、忘れて下さい。無塩バターとオリーブオイルには美肌効果があるんですよ」
「では、私はバターにしてみましょうか。ブルーはお菓子が大好きですし」
「それなら、私はオリーブオイルで。男らしさをアピール出来そうな気がします。御存知ですかね、その昔、オリンピックという名の競技会では全裸で競い合ったんです。オリーブオイルだけを塗りましてね」
選手になった気分ですよ、とオリーブオイルを全身に塗りたくる教頭先生。その隣ではキャプテンが無塩バターを塗り込んでいます。バスローブとは此処でサヨナラ、二人は奥へズンズンと。
「…また扉ですか…」
「例によって張り紙がありますよ? 今度はハーブと蜂蜜だそうです。これも全身にまぶすようですね。おや、あなたにピッタリのハーブなのでは?」
勇気の象徴のタイムだそうです、とテーブルに乗った壺に添えられたメモを示すキャプテン。教頭先生は嬉々としてタイムの香りのアロマオイルを全身に振り掛け、キャプテンの方は蜂蜜を。
「…蜂蜜とは妙じゃないですか?」
教頭先生の疑問に、キャプテンはケロリとした顔で。
「蜂蜜プレイがしたいのでしょう。無塩バターを選んでおいて正解でした。あなたがいきなり蜂蜜プレイは、失礼ながらハードルが少し高すぎるかと…」
「そ、そうですね…」
ウッと呻いて鼻の付け根を押さえる教頭先生。辛うじて鼻血は出なかったらしく、勇気の香りのタイムを纏ってキャプテンと並んでズンズンズンと。いよいよ最後の扉です。私たちはシールドで隠れて扉の前に潜んでいるため、もう中継は要らないのですが…。
「この奥がブルーの寝室ですよ」
緊張しますね、と頬を紅潮させている教頭先生の大事な部分にはしっかりモザイク。キャプテンもモザイク、どちらも会長さんのサイオンの力によるもので。
『来ちゃったよ…。この勢いだとブルー相手でもヤッちゃうかもね』
会長さんの嘆きも知らず、教頭先生の大事な部分は臨戦態勢らしいです。キャプテンも同じらしいですけど、扉の張り紙を見詰めながら。
「蜂蜜とハーブをよく塗りましたか、肝心の部分にも塗りましたか…、だそうです。蜂蜜プレイで決まりですね。私としたことがウッカリしておりましたよ、此処が一番大切ですのに」
肝心の場所に塗り忘れました、とテーブルに置かれた壺の中身を塗り塗り塗り。教頭先生も忘れていたようで、慌ててアロマオイルを振り掛けて…。
「うっ…!」
「どうなさいました?」
「い、いえ、先に行って下さい! わ、私は少々…」
「おやおや、我慢し切れませんか…。しかし、ブルーが焦れてしまいますよ?」
もう少し辛抱出来ませんか、とキャプテンが声を掛けた時です。
「待ち切れないってば、本当に!」
扉の向こうで待ち構えていたソルジャーの声が響きました。
「早く食べたくて待ってるんだよ、そのまま真っ直ぐ突っ込んで来てよ!」
「「………」」
素っ裸の二人は顔を見合わせ、扉の向こうを伺いながら。
「……ブルー……ですか?」
「…ブルー…ですね……」
まさか一人しかいないのでは、と青ざめる二人。
「わ、私は一生、ブルーだけと決めておりまして…。この展開は…ちょっと……」
「わ、私も私の大事なブルーをあなたとシェアしたいとは思いませんが…」
きっともう一人いるのですよ、と互いに勇気を奮い立たせて扉を開けようとした所で。
「かみお~ん♪ 凄いや、絵本そっくり!」
「シッ、ぶるぅ!」
会長さんが大慌てで「そるじゃぁ・ぶるぅ」の口を両手で塞ぎましたが、二人分の声はシールドを突き抜け、キャプテンと教頭先生の耳に。
「い、今の声は…?」
「…ぶるぅのようです。そしてブルーの声もこちらで」
「ということは、やはり扉の向こうには…」
一人だけしかいませんね、と二人の腰は引け気味になり、我慢がどうのと限界だった教頭先生も一気に萎えてしまったようで。
「そ、そういえば…。絵本そっくりで思い出しましたが、今の私たちに瓜二つの話がありまして…」
「どんな話です?」
「レストランに入ると次々に注文をつけられるんです。クリームを塗れとか、塩を揉み込めとか」
「クリームと塩…。それは身体にいいのでしょうか?」
美肌効果があるのですか、と怪訝そうなキャプテンに教頭先生は声を潜めて。
「そういうオチならいいのですがね、この話の最後で待っているのは山猫なんです。クリームと塩とで味付けをした人間をペロリと食べてしまうべく、ナイフとフォークを…」
「で、では、その話そっくりということは…」
「恐らく食べられる運命かと…。食べに来たつもりが、ブルーにペロリと」
それもあなたのブルーにです、と震え上がった教頭先生、一目散に元来た道を玄関へと。
「ブルー、私が悪かった! これは決して浮気ではーっ!!!」
騙されたんだ、と素っ裸で逃げ出した教頭先生のパニックぶりはキャプテンにも伝染したらしく。
「す、すみません、ブルー、シェアする気は…! 決してあなたをシェアしようとは…!」
本当にすみませんでした、とオタオタしながら逃げるキャプテンの背後で扉が開いて。
「なんで逃げるのさ、ハーレイのヘタレ!!!」
待ちぼうけを食らったぼくの立場は、とバスローブ一枚で叫ぶソルジャー。教頭先生とキャプテンの逃げ足は更に速くなり、ダッシュで玄関の扉を開けて飛び出して行ってしまいました。最上階のフロアが会長さんの家だけで良かったです。でないと通報モノですってば…。
「えと、えと…。ぼくって、失敗しちゃった?」
シールドを張ってたと思うんだけど、とガックリ項垂れる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。目の前で展開される絵本の世界にワクワクしすぎてシールドが緩んだらしいのです。小さな子供にはありがちなだけに、責めても可哀想というもので。
「いいんだよ、ぶるぅ。どっちかと言えば殊勲賞だし!」
ブルーの野望を間一髪で食い止められた、と会長さんが銀色の頭をクシャリと撫でれば、ソルジャーが唇を尖らせて。
「…食べ損ねちゃったぼくはどうなるのさ! 男らしいハーレイと甘いハーレイ、二人揃えて前も後ろもって思ってたのに! どっちを前にしようかなぁ、って悩みながら待っていたのにさ!」
二度とこういうチャンスは無さそう、と脹れっ面のソルジャーですが、私たちの方はホッと一息。
「よくやった、ぶるぅ。お蔭で俺たちは命拾いだ」
「そうですよ。ぼくたちじゃ、とても叫ぶ勇気はありませんしね」
キース君とシロエ君に褒められ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気が出てきたみたいです。
「よかったぁ! えっとね、もうすぐお昼だし…。何か食べたいものはある?」
「俺、ラーメン!」
サム君が元気よく手を挙げ、マツカ君が。
「レストランっぽくない料理がいいですね。コロッケなんかどうでしょう?」
「いいわね、キャベツをたっぷり添えて!」
レストランのショックは忘れるべきよ、というスウェナちゃんの意見にソルジャー以外は全員賛成。今日のお昼はシャングリラ学園の学食っぽくなりそうです。
「…そうか、学食…」
それもハーレイに教えなくっちゃ、とソルジャーは悔しそうにブツブツと。
「レストラン計画は壊れちゃったし、残るは毎晩のメニューだけ…。バリエーションを増やすためにも学食メニューを取り入れよう。あそこって何があったかな?」
「ゼル特製とエラ秘蔵だよ」
会長さんは即答でした。ソルジャーが目を丸くして。
「そ、それは確かに知ってるけどさ! そんなメニューをどうしろと!?」
「そのまま使えばいいだろう? シャングリラ学園の食堂自慢の隠しメニューはゼル特製とエラ秘蔵! これをメニューに取り入れられたら、それでこそ一流のシェフってね」
君の専属シェフなんだろう、と会長さんはニッコリと。
「ぼくは猥談は好みじゃないし、この子たちも万年十八歳未満お断りだからレッドカードを出している。だけど、ゼル特製とエラ秘蔵だけは除外にしよう。君のハーレイが編み出した時は是非、詳細な報告をお願いするよ」
謹んで五つ星を贈呈するね、と会長さんに鼻で笑われ、ソルジャーは奥歯をギリギリギリ。
「…ゼル特製とエラ秘蔵……。ハーレイの頭を坊主に剃ったらゼル特製でいけるかも…。ああ、でも、そんなの笑えるだけだし! 旨味が全く無いプレイだし!」
ましてエラ秘蔵なんてどうしろと、と呻くソルジャーのメニューごっこは当分続きそうでした。それは全く構いませんけど、気の毒なのは今日の犠牲者二名です。えーっと、そろそろ入れてあげたら? まだ真っ裸で玄関の外って、あまりにも悲惨すぎますよ~!
献立はお任せ・了
※新年あけましておめでとうございます。
シャングリラ学園番外編、本年もよろしくお願い申し上げます。
このお話はオマケ更新ですので、今月の更新はもう一度あります。
次回は 「第3月曜」 1月20日の更新となります、よろしくお願いいたします。
そしてハレブル別館の方に転生ネタな 『聖痕』 をUPいたしました!
こちらもどうぞよろしくです。
ハレブル別館へは、TOPページに貼ってあるバナーからお入り下さいv
←こちらからは直接 『聖痕』 に飛べます。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、1月はソルジャーが姫はじめを頑張っているようですが…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
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シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年も夏休みがやって来ました。柔道部三人組の合宿も無事に終わって数日が過ぎ、今日からマツカ君の山の別荘へみんな揃ってお出掛けです。お弁当を買って貸し切りの車両に乗り込み、最初はワイワイ騒いでましたが…。
「あれっ、キースは寝ちゃったわけ?」
声がしないと思ったら、と言うジョミー君の後ろのシートでキース君はぐっすり眠ってしまっていました。封を開けたポテトチップスの袋を落とさないよう握っているのが流石です。
「寝かせてあげればいいと思うよ、きっと疲れているんだろう」
なにしろお盆が近いから、と会長さん。ジョミー君とサム君は棚経にお供しますけれども、最初のような地獄の自転車修行とかは最近ありません。直前に師僧の会長さんが作法や読経の特訓をして元老寺へと送り込むのが定番です。
「あー、お盆かぁ…。あれって準備が大変だしなぁ」
寝かせとこうぜ、とサム君が応じ、そろそろお弁当でも食べようか、ということになった所でキース君の声が響き渡りました。
「くっそぉ、卒塔婆五十本!!!」
「「「!!?」」」
起きたのか、と振り向いてみればキース君は変わらず爆睡中。ただ、叫ぶと同時に振り回したらしくポテトチップスが床に飛び散っています。
「…なんとも派手な寝言だったねえ…」
会長さんが苦笑し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あーあ、空っぽになっちゃってる…。もったいないけど落ちちゃったしね」
お掃除しなきゃ、とポテトチップスを拾ってゴミ袋に入れ、キース君の手には空の袋だけが残りました。後でネタにして笑ってやろう、とジョミー君たちと話していると、会長さんがそれを制して。
「電車の中でサラッと流すのは勿体ない。別荘に着いてから尋問したまえ、夕食の後がお勧めだね」
「「「えっ?」」」
「君たちには察知出来なかっただろうけど、寝言を叫んだ瞬間にさ…。キースの心が零れたわけ。面白いからゆっくり話を聞くといい」
今はポテチの袋と寝かせておこう、と微笑む会長さんは優しいんだか怖いんだか。卒塔婆五十本は気になりますけど、そういうことなら話は別です。私たちは和やかに駅弁を食べ、やがて目覚めたキース君は空のポテチを不思議そうに眺めたものの、食べられてしまったと思ったらしく。
「…すまん、眠ってしまったようだ。申し訳ない。……だが、俺のをポテチを食っていいとは言っていないぞ」
「寝た方が悪いね、食べ盛りの高校生に仁義は無いよ」
それこそあっちの世界の「ぶるぅ」並み、と会長さんがピシャリと切り捨て、ポテチの件はそれでおしまい。ソルジャーの世界の「ぶるぅ」だったらキース君の駅弁も消えていたでしょう。キース君、駅弁が残っていただけ良かったと思わなきゃですねえ…。
こうして電車は順調に走り、山の別荘地の最寄り駅へ。そこから迎えのマイクロバスに乗り、マツカ君の別荘に到着です。出迎えてくれる執事さんの姿は出会った頃と殆ど変わり無し。独身人生だった執事さんはシャングリラ・プロジェクトに参加を申し出、今や私たちのお仲間でした。
「いらっしゃいませ。いつものお部屋を御用意いたしました」
「「「お世話になりまーす!!!」」」
元気に返事し、勝手知ったるゲストルームへ。荷物を置いたら旅での運動不足解消を兼ねて軽く散歩し、それからシェフ特製のレモンシャーベットやレモンパイなどを食べつつ明日の相談。乗馬だ、ボートだ、トレッキングだと騒いでいる内に日は暮れて…。
「かみお~ん♪ 御飯が済んだら尋問だよね?」
そうだったよね、と夕食のテーブルで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気に聞くまで忘れていました、例の件。豪華な食事は既に終わって紅茶とコーヒーが出ています。
「ああ、卒塔婆!」
そう叫んだのは誰だったのか。ワクワク気分の私たちの中で、キース君だけが怪訝そうに。
「何の話だ?」
「忘れたのかい? 君が電車で叫んだんだよ」
ぼくはバッチリ覚えている、と会長さんがニッコリと。
「君が寝ている間に消えたポテチは盗み食いされたわけじゃない。君が寝呆けて振り回したんだ。床に飛び散って誰の胃袋にも収まることなくゴミ箱行きさ。…食べ物を粗末にしてしまったお詫びに、まずは罰礼十回だね」
そっちの床で、と指差した先は絨毯の無い板敷きの部分でした。罰礼は南無阿弥陀仏に合わせて五体投地をするモノだ、と私たちも学習しています。気の毒に板敷きで十回ですか…。
「く、くっそぉ…。だが、本当なら仕方がないか…。阿弥陀様、申し訳ありませんでした」
南無阿弥陀仏、と頭を垂れたキース君は椅子から立って行って罰礼十回。まあ、本職のお坊さんですし、アドス和尚に千回とかもやらされてますし、十回くらいは軽いでしょう。罰礼を終えたキース君は再び席に着き、コーヒーを一口飲んでから。
「で、俺が卒塔婆と叫んだのか? ポテチの袋を振り回して?」
「うん。ぼくの記憶に間違いなければ、「くっそぉ、卒塔婆五十本!!!」とね」
会長さんが同意を求めてテーブルを見回し、一斉に頷く私たち。さあ、尋問タイムの始まりです。
「卒塔婆五十本でキレるようでは副住職は務まらないと思うけど? この時期、お寺と卒塔婆は切っても切れない関係だよねえ。元老寺ほどの規模になったら何本なんだか」
「やかましい! 俺だってちゃんと計画的に書いているんだ、卒塔婆をな!」
来る日も来る日も卒塔婆書き、と呻くキース君。お盆といえばお墓参りで、お墓に欠かせないのが卒塔婆。お盆の法要で檀家さんが納める卒塔婆を供養し、お墓に供えて貰うのですが…。大前提としてキース君とアドス和尚が大量の卒塔婆を用意することになるわけです。
「親父と俺とで分業なんだが、お互いのノルマは決まっている。それなのに親父が昨日、押し付けてきやがったんだ! 自分の分を五十本も!」
「五十本ねえ…。遊びに行くならやっとけって?」
如何にもありそうな話だよね、と会長さんが相槌を打てば。
「そうじゃない! ミスッた現場を見られちまって、「明日から遊びで弛んでいるな」と五十本なんだ、クソ親父め!」
「それなら自業自得じゃないか」
文句を言えた筋合いではない、と会長さんは冷たく流しましたが、キース君も負けてはいません。
「本当に弛んでたんならな! そうじゃないんだ、俺はだな…」
「俺は?」
「こう、延々と卒塔婆を書いているとだ、無我の境地に入ることもあるが、他のヤツらはどうしてるだろう、と雑念が入ることもある」
何処の寺でも今頃は卒塔婆、とキース君は前置きをして。
「昨日は雑念が浮かぶパターンで、先輩の顔が浮かんでな。そこから色々と芋蔓で…。まだ着られないのに紫の衣を着やがったヤツがいたっけな、と」
「「「紫?」」」
「そうだ、紫だ。俺の歳ではまだ着られん。ついでに着られる資格も無い。どう頑張っても四十歳までは着られないんだが、最近、手伝いに行った法要で……俺の同期が堂々と!」
ド田舎寺だと思いやがって、とキース君は拳を握り締めています。えーっと、ド田舎寺って、何が?
「そうか、お前たちは知らないか…。アルテメシアは璃慕恩院があるし、絶対に有り得ないんだが…。地方へ行くと本山の睨みが効かなくなる分、決まりを守らないヤツが出る。俺の同期もそのパターンなんだ。俺が突っ込んだら、「俺の地元ではこれが普通だ、習慣だ」と!」
アレは絶対に嘘八百だ、とキース君はブツブツと。
「習慣で紫が着られる地域は確かにある。だが、そういうのは老僧だ。年を重ねた熟練の人なら資格だけ持った若造などより素晴らしい方もおられるからな…。資格が無くても紫というのは理解出来る。しかし俺と同期で紫は無い!」
ただの自慢で見せびらかしだ、とキース君。
「おまけに相当いいのを仕立てたらしい。すげえだろ、と俺たちの前で衣の袖をヒラヒラとな…。アレを思い出してブチッとキレたら、卒塔婆の上に墨がボタッと」
「「「………」」」
「マズイと思って使った道具も悪かった。レトロにやったらバレなかったかもな…」
失敗した、と嘆くキース君が使った道具は卒塔婆文字削り機。なんでもケーキ作りとかに使うハンディミキサーそっくりなモノで、泡立て器の代わりに円盤型のヤスリが付いているのだとか。スイッチを入れれば泡立て器ならぬヤスリが回転、間違った部分だけ綺麗に削れる仕組みで。
「電動式だけに音が出るんだ、地道に俺の手で削ればよかった…」
キース君は運悪く廊下を通りかかったアドス和尚に音を聞かれてミスをしたのがバレたのです。一ヶ所を削る手間を惜しんだばかりに卒塔婆五十本。文字通り「急がば回れ」というヤツで。
「くっそぉ、余分に五十本も! 親父も憎いが紫が憎い!」
俺も着られる歳になったら最高級のを仕立ててやる、とキース君はマジ切れでした。法衣なんてどれも同じかと思ってましたが、同じ色でもピンからキリまであるようです…。
山の別荘ライフの間にキース君の寝言と卒塔婆五十本は何度も話題に上りました。帰ったら卒塔婆五十本だぜ、とからかわれる度にキース君が黄昏れるため、ついつい言ってしまうのです。そんな楽しい別荘ライフも今夜で終わり、という夜のこと。
「紫かぁ…」
会長さんがボソッと呟きました。とっくの昔に夕食は済み、一番広い会長さんの部屋に皆で集まっていた時です。
「ぼくも紫は着られるんだよねえ、せっかくだから作ろうかな? キースのとセットで最高級のを」
「おい、それは俺へのあてつけか!? 俺は紫はまだ無理なんだぞ!」
「だからさ、いつか着られる身になった時に自慢するのにピッタリのヤツを」
君は自慢するタイプじゃないけど、と会長さんは断ってから。
「最高級の紫を着るのに相応しい器になるよう努力するのさ、言わば目の前のニンジンだね。そういう法衣を持っていたなら頑張れるだろう?」
「………。あんたがプレゼントしてくれるのか?」
高いんだよな、とキース君が尋ねれば、会長さんは。
「うーん、そもそも販売してないと思う。最高級のは紫根染めだろ?」
「よく分からんが、天然染料のヤツらしいな」
アレは高い、とキース君。首を傾げる私たちに会長さんが説明してくれましたが、紫根染めは紫草という植物の根っこを使って染めるそうです。化学染料より手間がかかる分、お値段もグンと跳ね上がるわけで。
「紫草を育てる所から始まるしねえ…。でもさ、それどころじゃない紫がある。王様しか着られませんでした、ってくらいに高級なのがね。キース、君なら知っていそうだけれど?」
「…貝紫か?」
「そう、それそれ!」
「「「カイムラサキ?」」」
なんのこっちゃ、とオウム返しな私たち。会長さんはニッコリ笑って。
「貝から採れる染料なんだよ、ストールを一枚染めるだけでも二十キロ以上の貝が必要。これで法衣を染めるとなったら百キロじゃとても足りないね。貝紫の着物は売られてるけど、法衣は無いかと」
「あんた、法衣を注文する気か?」
「それじゃ全然面白くない。染めちゃうんだよ、ぼくたちでね」
「「「は?」」」
会長さん、なんて言いました?
「染めるんだってば、法衣用の生地を二人分! 海の別荘行きがあるだろ、その時にさ。染めたら仕立てはプロにお任せ、かかる費用は生地代と仕立て代だけってね」
格安コースで最高級の貝紫! と会長さんはブチ上げましたが、キース君が。
「…それは殺生と言わないか? 紫草なら植物だがな、貝紫となったら貝を思い切り殺しまくりで、法衣に相応しくないような…」
「それを言うかな、坊主の君が? この夏だって誂えてただろ、正絹の法衣! 絹ってヤツはね、繭の中の蚕が死んじゃっていたら規格外。生きたまんまで熱乾燥するか、釜茹でだよ? 法衣一枚に蚕が何匹必要なのかな?」
既に殺生しまくりだよね、と指摘されてしまいグウの音も出ないキース君。そこへ会長さんがダメ押しの如く。
「ぼくの知り合いが体験しちゃった実話だけどさ。檀家さんの家で法事があって、紫の衣を着て行ったわけ。お布施の額が多い檀家さんだし、もちろん最高級の絹をね。家での法事だと、読経の間に香炉を回してお焼香だろ?」
それは会長さんの家の和室で何度か体験済みでした。一番最初は会長さんの留守中にキース君が仕切った仏道修行体験だったっけ、と懐かしく思い返していると。
「そうやって香炉を回していくと、最後はお仏壇の前に戻るよね? でもって、法事の締めは法話だ。ぼくの知り合いも法話をしていた。すると何処からか匂いがするわけ」
お線香だろ、と誰もが思ったのですが、さに非ず。漂う匂いは動物性の、なんとも臭い代物で。
「妙な匂いがしているな、と気になりつつも法話をしてたら、檀家さんが「和尚さん、衣が焦げてます!」と…。香炉の上に袖が乗ってたんだね、それがブスブス焦げてたってさ。衣は焦げたら臭いんだよ。動物性だという証拠だよね」
草木を燃やしても臭くはならない、と法衣のための殺生の正当性を主張してのけた会長さんはウキウキとして。
「というわけで、海の別荘で貝紫! 素敵な生地が出来ると思うよ、それに使う貝は美味しく食べられるんだ」
無駄な殺生というわけではない、と聞かされて納得の私たち。今年の海の別荘ライフも楽しいことになりそうです。染める生地はマツカ君が用意してくれることに決まって、いざ、貝紫とやらにチャレンジですよ~!
海の別荘へ出掛けるまでの間に、キース君は自分のノルマの卒塔婆に加えてアドス和尚に押し付けられた分を五十本。それが済んだらジョミー君とサム君も巻き込んで猛暑の中を棚経に回り、お盆の法要などと大忙しで。やっと終わった、と海の別荘行きの貸し切り車両に乗り込んでみれば。
「凄い紫を染めるんだって?」
ぼくも欲しいな、と赤い瞳を輝かせる人物が約一名。そう、私たちは綺麗サッパリ忘れ去ってしまっていたのです。例年、自分たちの結婚記念日に合わせて海の別荘行きの日程を仕切り倒しているソルジャーを。
「あっ、ぼくが欲しいのは法衣じゃないよ? ぼくのマントも紫だからさ、一緒に染めて貰おうかなぁ…って。色が薄めだから貝はそんなに沢山要らないと思うんだ、うん」
「ブルーの分も是非、お願いします。地球の海の貝で染めた紫はさぞ美しいかと…」
ブルーに着せたらきっと映えます、とキャプテンが力説しています。バカップルだけにソルジャーを着飾らせたい気持ちは分かりますけど、でも、マントですよ? 普段と全く変わりませんよ? それでも別にいいのかな、などと考えていると、会長さんが。
「マントは無理だね、生地が特殊すぎる。…貝紫で染められるようなものじゃない」
「えーーっ? だったら似たような生地だけでも…。実用じゃなくて御洒落着で!」
シャングリラの中だけで着ることにするから、と食い下がるソルジャー。王様くらいしか着られなかったという高級品に惹かれまくっているようです。おまけに憧れの地球の海に棲む貝を使って染める辺りがツボらしく。
「頼むよ、ぼくのマントの分も! 生地だけでいいから!」
欲しいんだよ、と駅弁の蓋も開けずにソルジャーは拝み倒しています。会長さんがフウと溜息をついて。
「…その生地、どうするつもりだい? 君も、君のハーレイも裁縫が得意なタイプじゃないよね? かといって、君のシャングリラの服飾部に生地を回せば大変なことになりそうだけど?」
「えっ? あっ、そうか…。持ち込みだから耐久性とかをテストするよね、その段階で燃えるか溶けるか…。テストするのはサンプルだけど、布本体も適性無しとしてお蔵入りかぁ…」
ぼくのマントは作れないね、とガックリ肩を落とすソルジャー。よほど貝紫のマントが欲しかったのか、もう本当に残念そうで。
「おい、ぶるぅで何とか出来ないのか?」
キース君の声に「ぶるぅ」がブンブン首を横に振って。
「無理、無理、無理! ぼく、お裁縫なんか出来ないもん!」
「お前じゃないっ! こっちのぶるぅに決まってるだろう! どうなんだ、ぶるぅ?」
「え? えーっとね、本物は無理! だけど見た目にソックリなヤツってだけなら縫えそうだけど…。仕上げにサイオンでコーティングしたら丈夫になるし、御洒落着だったら大丈夫かも…」
だけど外には着て行かないでよ、と念を押した「そるじゃぁ・ぶるぅ」にソルジャーは大感激でした。本物の地球でも最高級の紫、しかも海から採れる色。それをマントに出来るというのが嬉しくてたまらないようで。
「ありがとう、ぶるぅ! 絶対に外には着て行かないよ、大切にする。シャングリラの中だけで大事に着るね」
だからよろしく、とペコリと頭を下げるソルジャー。キャプテンも深々とお辞儀しています。マツカ君が執事さんに早速連絡を入れ、布地の追加が決定しました。マントの質感に近い素材を調達するため、大量のサンプルが別荘に先回りしていそうです…。
海の別荘に到着するなり、私たちは二階の広間に案内されてソルジャーのために生地選び。会長さんとキース君の法衣用の生地は納入済みで今日からだって染められますけど、ソルジャーの分を早く決めないと時間が無駄になっちゃいますから。
「こちらの生地など、どうでしょう?」
質感がよく似ていますよ、と真っ白い生地の海から教頭先生が一枚選び出しました。ソルジャーはそれを肩に掛けてみて。
「うーん、なんというか、もうちょっと…。でも、今までで一番近いかな? ぼくのハーレイが選んだヤツも、ブルーが選んだヤツもイマイチ感がもっと」
「ありがとうございます。…では、もう少し探してみましょうか」
似たようなので…、と探しまくっている教頭先生。会長さんとキャプテン、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も頑張っていますが、私たちはソルジャー服自体に馴染みが薄いので見ているだけ。最終的にソルジャーがOKを出した生地は教頭先生が選んだものでした。
「凄いね、君は。ぼくのハーレイでもロクに分かってないのにさ」
毎晩脱がせているくせに、とソルジャーが笑い、教頭先生は耳まで真っ赤に。言われてみれば教頭先生、会長さんのマントなんかに馴染みがあるとは思えませんけど…。まさか密かに脱がせてるとか、着せているとかはない…ですよねえ…?
「失礼な! なんだってぼくがハーレイなんかに!」
会長さんの怒声に首を竦めたのは私だけではなく、殆ど全員。会長さんは唇を尖らせながら。
「…ハーレイがプロのエステティシャンなのは知ってるだろう? 指先の感覚が優れてるわけ。ついでにシャングリラ号に乗ってる時にエステを頼めばマントに触る機会もあるしね、似たような生地を選べて当然!」
別に不思議でも何でもない、と言い切る会長さんに、ソルジャーが。
「そうかなぁ? それだけじゃなくて、やっぱり愛かと…。ねえ、ハーレイ?」
尋ねられたキャプテンも頷いて。
「私も愛だと思いますが…。職人技というだけでは無理でしょう。やはり、こちらのブルーを深く愛しておられるのが大きいですよ」
「……いえ、私はブルーに着せるならどれかと思って選んだだけで……」
教頭先生が頬を赤く染め、会長さんが。
「違う、違う、違うーーーっ!!! ハーレイのヤツは職人技!」
愛なんかあってたまるものか、と怒鳴り散らしている会長さん。生地選びからして揉めてますけど、こんなので上手く染められるかな…?
その日は海で軽く泳いで夕食、翌日からの作業に備えて早寝。ソルジャー夫妻は早寝どころか熱々だったかもしれません。海の別荘は二人が結婚した場所で、初日が結婚記念日です。もちろん夕食も二人のために豪華料理でお祝いのケーキもついていましたが、毎年のことだけに慣れてしまって。
「かみお~ん♪ みんな、早いね!」
「おう! あいつらのことは知らないけどな」
まだ寝てるかもしれねえぜ、とサム君が上を指差す朝の食堂。ソルジャー夫妻と「ぶるぅ」以外は貝紫染めに挑戦するべく早々と起き出して来たのです。そもそも「貝で染める」としか聞いていませんし、どんな作業になるんだか…。楽しみだね、などと言いつつ食べ終える頃に。
「おはよう、もうすぐ出掛けるのかい?」
「おはようございます」
ソルジャー夫妻が入って来ました。後ろから「ぶるぅ」が眠そうな顔で。
「かみお~ん♪ ぶるぅのお部屋に泊めて貰った方が良かったかも…」
大人の時間が凄すぎて、と朝っぱらから爆弾発言。うるさくて眠れなかったわけではなく、興味津々で見ていた結果、寝不足になったらしいです。ああでこうで、と難解な専門用語の嵐に私たちは悩むばかりで、教頭先生は派手に鼻血を。会長さんは頭を抱えて呻いてますし…。
「うう…。ぶるぅ、その辺でやめてくれるかな? ハーレイが倒れたら困るんだよ」
「えっ、なんで? こっちのハーレイ、ブルーと大人の時間なの?」
そういう関係になっちゃってたの、と目を丸くする「ぶるぅ」と、テーブルに突っ伏す会長さん。なんとも前途多難です。やっとのことで立ち直った会長さんはオレンジジュースを一気飲みして。
「いいかい、ぶるぅ。こっちのハーレイはただの戦力! 夜はしっかり眠って貰って昼間はガンガン働いて貰う。ブルーのマントを染めるためには貝を沢山採らないとね」
「ああ、そっか! いつもサザエとか採ってくれるもんね!」
サザエにアワビ、と歓声を上げる「ぶるぅ」の頭の中は美味しいもので一杯になり、アヤシイ発言は収まりました。私たちがオタオタしていた間にソルジャー夫妻は朝食をすっかり食べ終えていて。
「これで一緒に出掛けられるね、水着に着替えて出発だよね?」
「痕をつけないよう気を付けましたし、ブルーも泳ぎに行けますから」
「かみお~ん♪ ハーレイ、頑張ったもんね!」
「「「………」」」
トドメの一撃を食らったような気がしましたが、メゲたら負けというもので。私たちは水着に着替えてプライベート・ビーチに出掛けてゆきました。いつものパラソルと椅子やバーベキュー用の竈なんかが揃っています。その他に特設テントがあって、会長さんが。
「貝紫染めの作業用に頼んだんだよ、あのテント。でも、その前に…。まずは貝紫染めの実演からだね。ちょっと反則技だけど、こう」
ザブザブと海に入って行った会長さんが海中に突っ込んだ右手を上げると、握り拳ほどのサイズの巻貝が。全体的に赤っぽい色をしています。会長さんは浜辺に戻って来て。
「これはアカニシ貝と言うんだ。潮干狩りの時期だと今みたいに浅瀬で採れるんだけど、この季節はもっと深い場所にいる。ハーレイやキースたちの出番だね。海の中の砂地で探してみてよ」
頑張って潜ってひたすら採るべし、と会長さん。手に持った貝は瞬間移動で沖から採ってきたそうです。
「この貝の身を、こう出して…と。肝の所を切って出てくるコレが貝紫の素のパープル腺!」
「「「???」」」
パープル腺の何処が紫? なんか黄色い色ですよ? 会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に白いハンカチを広げさせ、パープル腺から搾った黄色い液で可愛い魚の絵を描きました。やっぱり黄色い魚です。紫色には見えませんけど…。
「まあ、待って。これをお日様の光に当てて…、と。お昼頃には綺麗な紫の魚になる筈! 貝紫染めはそういう仕組みさ。さあ、貝集めを頑張ろうか。法衣二着とマントが一枚、貝はどれだけあっても問題なし!」
レッツゴー! という会長さんの合図で教頭先生と男の子たちが海に飛び込んで行きました。ソルジャー夫妻はソルジャーの反則技に頼るつもりらしく、パラソルの下でイチャイチャと。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」は…。
「ねぇねぇ、どうやって食べるの、これ?」
「かみお~ん♪ 基本はサザエとおんなじだよ!」
壺焼きも出来るし炊き込み御飯も作れちゃうんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんがパープル腺を取ってしまったアカニシ貝を刻んでいます。どうするのかな、と眺めていると刻んだものを殻に詰め込み、お醤油を注いでバーベキュー用の焼き網の上に。間もなく美味しそうな磯の香りが…。
「はい、壺焼き! 味見してね♪」
つまようじに刺して渡された切り身は絶品でした。ソルジャー夫妻も「ぶるぅ」もスウェナちゃんも大喜びで、会長さんはニコニコと。
「これから沢山採れ始めるしね、壺焼きに飽きたらガーリック炒めも試してみようよ。そうそう、観光地なんかのサザエの壺焼き。殻だけサザエで中身はアカニシっていう酷いお店もあるんだってさ」
値段がグンと安いから、と教えて貰ってビックリ仰天。まさかサザエの偽物だなんて…。おまけにアカニシ貝の方が身が柔らかくて美味しいらしい、と聞かされ二度ビックリ。これは食べ比べてみなくては…! 教頭先生、サザエもよろしくお願いします~!
会長さんがハンカチに描いた可愛い魚は少しずつ色が濃くなってゆき、昼食の頃には見事な赤紫色に変色しました。なるほど、これが貝紫…。
「おい、法衣の紫よりも赤が濃すぎる気がするんだが…」
大丈夫なのか、と心配そうなキース君の問いに、会長さんは。
「その辺は染める過程で調整可能さ、ブルーのマントの色にしてもね。資料はバッチリ揃えてあるから大丈夫! 君たちは染料集めに専念したまえ、ぼくたちは浜辺で加工と調理担当」
まだまだ全然足りないよ、とクーラーボックスを指差す会長さん。教頭先生と男の子たちが採って来た貝は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手際よく捌き、パープル腺の中身をボウルに集めています。変質しないようクーラーボックスに入れて保管し、最後に纏めて染めるのだとか。
「ふうむ…。確かにサザエより美味い気がするな」
教頭先生が壺焼きの食べ比べに挑み、私たちも昼食のお供に一個ずつ。うん、美味しいかも、アカニシ貝! ガーリック炒めも食べてみたいな、炊き込みご飯も美味しそう…。
「ハーレイ、あ~ん♪」
ああ、またしてもバカップル。つまようじ片手の壺焼きであっても「あ~ん♪」なのか、と泣きたい気持ちの私たちを他所に、結婚記念日合わせの旅行のソルジャー夫妻は熱々です。ソルジャーが瞬間移動でアカニシ貝を採ってる以外は二人の世界で過ごしてますけど、バカップルは放置の方向で~。
来る日も来る日もプライベートビーチを拠点にアカニシ貝を採り、パープル腺を取って残りを調理して。例年とは違ったパターンの日々を過ごした別荘ライフは順調に過ぎ、染料が充分に集まった五日目の昼前に染色作業が始まりました。
「各自、ボウルは持ったよね?」
会長さんが全員に配って回った黄色い染料入りのボウルとすり潰すための棒。直射日光の下で染料をひたすらすり潰し、太陽に当てながら練るよう指示されました。
「全体が濃い紫になるまで根性で混ぜる! 分業だから早い筈!」
作業開始! の合図で悪戯小僧の「ぶるぅ」も練り練り。こういう遊びは嫌いではないみたいです。バカップルも会長さんも、私たち全員も練って練りまくって、真夏の強い日差しのお蔭で思ったよりも短い時間でボウルの中身は紫色に。
「さてと…。それじゃ、こっちの大鍋に入れてよ、零さないようにね」
特設テントには竈が築かれ、大鍋で煮えているのは会長さんが資料を元に調整したという染色用の溶剤でした。透明ですけど、これが綺麗な紫色になるんだろうな、とボウルの中身を入れてみれば。
「「「…黄色くなった…?」」」
元の木阿弥、と呆然とする私たち。会長さん、何か間違えたりしませんでしたか? 皆の視線を一身に浴びた会長さんは。
「これでいいんだってば! ぶるぅ、布を」
「かみお~ん♪ 法衣用のが先だね!」
よいしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来た法衣用の布が二枚、大鍋にドボンと浸けられました。続いてソルジャーのマント用がドボン。会長さんはパチンとウインクをして。
「この先が大変らしいんだけどね、サイオンを使えば簡単なんだな。均等に染まるよう調整するのは楽勝だから! 手で混ぜるんだと一苦労だよ」
後は引き上げるタイミングだけ、と会長さんが教頭先生と男の子たちに干場を設置させています。やがて黄色く染まったソルジャーのマント用の布が物干しに干され、暫く後に濃い黄色になった法衣用の布が二枚加わり…。
「日射しが強くて日が長いしねえ、もう夕方にはバッチリさ。作業完了、後はのんびり遊ぶだけ!」
泳いでこよう、と会長さんが海に入ってゆき、私たちも先を争ってバシャバシャと。バカップルはゴムボートで沖に出るようです。どうせ沖でもイチャイチャでしょうねえ…。
別荘ライフの大半を費やした貝紫染めは夕方に立派に出来上がりました。キース君に卒塔婆五十本の墓穴を掘らせた紫の法衣も霞むであろう素晴らしい紫の布が二枚と、ソルジャーのマントにそっくりの紫が一枚です。ソルジャーは嬉しそうに布を触っていましたが…。
「ねえ、ぶるぅ。これってマントにするのに時間がかかる?」
「んーと…。御洒落用だよね、それなら普通に仕立てるだけだし、すぐ作れるよ?」
「本当かい? 明後日に帰る予定だけども、明日には出来る?」
「うん! 着てみたいんなら頑張って作る!」
お洋服ってすぐに着てみたいよね、と元気に返事した「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんのマント用のパーツを使って夕食後すぐに縫製を開始。私たちがワイワイやっている広間にミシンを持ち込み、お喋りしながらダダダダダ…と縫いまくって。
「わーい、完成! はい、どうぞ!」
「ありがとう、ぶるぅ。早速サイオンでコーティング…とね」
キラリと青い光が走って貝紫のマントに吸い込まれます。これでマントは丈夫で長持ち、汚れもしないことでしょう。ソルジャーは憧れのマントを肩に羽織ってみて満足そうで、キャプテンがその肩を抱き寄せ、熱いキス。翌朝、バカップルが朝食に来なかったのは至極当然の成り行きです。
「…あいつのマントまで作らされたのは誤算だったが、まあ、いい衣が出来そうだよな」
有難い、とキース君がトーストを頬張り、会長さんが。
「仕立てられる日は遠いけれどね。ぼくもそれまで大事に仕舞っておこうかと…」
特注品より凄い布だし、と会長さんもキース君も貝紫の法衣を着る日を心待ちにしているようでした。教頭先生やジョミー君たちも達成感に溢れています。そこへ「ぶるぅ」がトコトコと。
「かみお~ん♪ 凄いね、あのマント!」
「「「は?」」」
貝紫の価値が悪戯小僧に分かるのでしょうか?
「すっごくブルーに似合っていたの! ハーレイも凄い勢いだったの!」
「「「???」」」
「二人とも凄く喜んでいたよ、普段のマントじゃ絶対に思い付かなかったって! 御洒落用だから出来たよね、って! えーっと、なんだっけ……。そう、裸マント!」
「「「裸マント!!?」」」
バカップルの部屋で何が起こったのか、万年十八歳未満お断りでも一部は想像出来ました。教頭先生は鼻血を噴いて倒れてしまい、会長さんとキース君は疲れ果てた声で。
「…キース、どうする、法衣用の布?」
「………多分、一生、出番は無いかと………」
みんなには申し訳ないが、とテーブルにめり込むキース君。ソルジャーだけが大満足した貝紫染め、法衣用の二枚は後日、璃慕恩院に寄進されたと聞きました。総本山でお役に立つなら何より、キース君の立身出世の助けになれば幸いです、はい~。
染めたい貝紫・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
1月に完結しましたシャングリラ学園番外編、お蔭様で年内最後の更新を迎えられました。
来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
ですから 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
次回は 「第1月曜」 1月6日の更新となります、よろしくお願いいたします。
今年もお付き合い下さってありがとうございました。来年もどうぞ御贔屓のほどを。
皆様、良いお年をお迎え下さいませ~v
そして、本家ぶるぅこと悪戯っ子な 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、今年のクリスマスに
満7歳のお誕生日を迎えます。一足お先にお誕生日記念創作をUPいたしました!
記念創作は 『クリスマスの土鍋』 でございます。
TOPページに貼ってある 「ぶるぅ絵」 のバナーからお入り下さいv
←こちらからは直接入れます!
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、12月はソルジャーがお正月の準備に燃えているようですv
←シャングリラ学園生徒会室へは、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
暑い、暑いと愚痴りたくなる残暑が去って、ようやく秋が訪れました。シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でゆったりのんびり、話題もあちこち飛びまくりです。
「サボッて旅行に行っちゃおうか?」
平日はグンと安くなるしね、とジョミー君が言い出せば、誰かがグルメだと混ぜ返して。
「ですね、食欲の秋ですよ」
シロエ君が俄然乗り気で、会長さんも。
「マザー農場に行くのもいいねえ、ぼくたちは入場料も要らないし…。ジンギスカンの食べ放題とか、バーベキューも特別割引だしね」
「かみお~ん♪ 楽しそう! サボらなくても土曜日とか!」
行きたいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は秋の食材を挙げ始めました。サツマイモにニンジン、ブロッコリーにカリフラワー…。果物だったら葡萄に梨に、リンゴなんかも。どんな料理が作れるかなども楽しそうに話してくれます。
「ぶるぅなら貰い放題だよな、それ全部?」
サム君は涎が垂れそうな顔。私たちと違って会長さんの家での朝のお勤めに出ていますから、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作る朝食も食べられる立場がサム君です。新鮮な食材で朝から御馳走、食べたいに違いありません。
「なあ、マザー農場、行ってみねえか? 土曜か日曜」
サム君の提案に私たちは一斉に頷きました。旅行もいいですが、急に思い立って出掛けるんなら断然、近場。まずはマザー農場で食べ放題の採り放題から始めよう、ということになったのですけど。
「…すまん、俺は今回、無理そうだ」
「「「えっ?」」」
そういえばキース君は首を縦には振らなかったかも。法事が入っているのでしょうか?
「あ、ああ…。まあ、そういうことだし、みんなで思い切り楽しんできてくれ」
「なんか悪いなぁ、あそこじゃ土産も特にねえしな」
食べたら無くなるものばかり、と申し訳なさそうなサム君に、会長さんが。
「大丈夫。貰って来た食材は美味しいお菓子に化けるしね。食材の方もその内にパーティーすればいいわけだけどさ、その前に…。キース」
「なんだ?」
「土曜日の法事は元老寺かい、それとも檀家さんの家?」
「あ、いや…」
即答を避けたキース君。普段だったらサラッと返事が来るような…?
「ふうん? 珍しいねえ、ホテルとか? そういうのも最近、多いよね」
「…まあな」
「で、土曜日は大安吉日、と。披露宴の隣の広間で法事ってケース、ある意味、キツイね」
「………。あんた、何か言いたい事でもあるっていうのか?」
胡乱な目をするキース君に、会長さんは涼しい顔で。
「ううん、披露宴と法事が隣合わせっていうのはホテルのセンスを疑うなぁ、と思ってさ。いくら入退場の時間をズラして対応したって、どうしても分かってしまうじゃないか。何々家御席と書いただけではバレなくっても服装で即バレ」
片や晴れ着でもう一方は喪服の集団、と溜息をつく会長さん。つい最近も「そるじゃぁ・ぶるぅ」と出掛けたホテルで両者の組み合わせを見たのだそうで。
「ロビーラウンジでコーヒーを飲んでいたらね、引き出物を提げて賑やかなお客さんたちが入って来たんだ。ぶるぅと見ながら結婚式だね、と言ってる所へ今度は喪服の団体様が」
「「「………」」」
それは嬉しくなさそうです。引き出物な人たちは思いっ切り沈黙、喪服の人たちもバツが悪そうだと思ったのですが。
「甘いね、引き出物組の方はともかく、法事組は遠慮してないよ。ドカドカッと座って注文してさ、後は賑やかに笑いも交えてお喋りってね」
「「「ええっ?」」」
喪服で笑いはあんまりでは、と誰かが言えば、割り込んで来たのはキース君。
「分かっていないな、お前たちは。通夜とか葬式の後の席でも賑やかに飲み食いするものだ。まして法事の後となったら、もう完全に宴会だぞ? その流れでラウンジに突入するのは二次会感覚というヤツだな」
「まさにキースの言うとおり! ほろ酔い気分で御機嫌だから、晴れ着の団体様への気遣いも遠慮も吹っ飛んでるよ」
だからフロアを分けるべき、というのが会長さんの見解です。二次会の席がぶつからないよう完璧にあれこれ調整してこそ本物のサービスというものだとか。
「…それで、キースは今度の土曜日、何処のホテルへ?」
「ホテルじゃないっ!!!」
ダンッ! とキース君がテーブルを叩き、お皿の上のフォークやカップがガチャンと音を立てました。な、なんでそこまで怒るわけ? 檀家さんの家か元老寺の本堂で法事なだけでしょ?
「なんだ、ホテルじゃなかったんだ? てっきりそうかと」
何事も無かったかのように会長さんが紅茶を啜れば、キース君は。
「やかましい! まだそこまでも行ってないのに、横からベラベラ言いやがって!」
「「「は?」」」
今度こそ話が見えません。法事の会場が決まらなくって揉めてるのでしょうか、家でやるのか、お寺か、ホテルか。大安吉日のホテルだったら早めに押さえておかなきゃですし、場所は確保してあるんでしょうけど…。
「これはデリケートな問題なんだ! いいか、結婚というヤツは」
「「「結婚!?」」」
そっか、法事じゃなくって婚礼でしたか。大学の先輩とか同期とかのに呼ばれたのかな、と納得しかけた私たちですが、そこへすかさず会長さんが。
「言葉を間違えちゃいけないねえ。…結婚式じゃないだろう?」
「悪かったな! そうだ、俺は土曜日は婚活だ!!」
「「「こ、婚活…???」」」
あまりにも予想外な単語に誰もがポカンとしています。婚活って……それ、キース君が?
「おいおい、マジかよ、お前が婚活?」
どうする気なんだ、と最初に立ち直ったサム君が声をかければ、キース君は憮然として。
「頼まれたものは仕方ないだろう! 先輩の人生と村おこしまでが懸かっているんだ、ここで逃げたら男がすたる」
「「「…村おこし?」」」
さっき婚活と耳にしたような、と頻りに首を捻っていると。
「キース、説明は丁寧にね? でないと助っ人が呼べないよ」
ぼくたちも力になれそうだけど、とニッコリ笑う会長さん。キース君は苦虫を噛み潰したような顔でコーヒーが半分入ったカップをじっと睨み付けていましたが…。
「……この際、背に腹は代えられんか…。こいつらが来れば一気に八人……」
よし、と何かを決意したらしいキース君が鞄の中から取り出したものはチラシでした。『大自然の中で遊びませんか?』の文字が躍っています。えーっと、これのどの辺が婚活ですか? どう見てもファミリー向けですよ?
「お前たちに渡すならチラシはコレだ。…で、こっちがだな…」
巷でバラ撒いているヤツだ、と差し出されたチラシに書かれた文字は『村コン開催!』。何かのコンテストみたいですけど、いわゆる合コンとかと同義語だそうで。
「一時期、流行った街コンってヤツを知ってるか? 街の活性化と婚活を組み合わせたヤツで、グループ単位で参加して貰って飲食店とかを回って貰う」
「知らないよ?」
そういうイベントは範疇外、とジョミー君が答え、私たちも同じ。合コンだったら知ってますけど…。いえ、誰も出た事はないんですけどね。
「やっぱり知らんか…。そっち方面は俺もサッパリなんだが、先輩はよく知ってるようでな。出会いの場ってヤツを気軽に作れて、街の飲食店なども潤うってことで流行った時代があるらしい。それに目を付けて村おこしとセットで婚活なんだ」
「それ、どっちかに絞ればいいんじゃないの?」
ジョミー君の意見はもっともでしたが、どうやらそうではないらしく。
「ド田舎だからな、まずはとにかく村おこし! 更に婚活も出来れば一石二鳥、というスタンスだ。家族で遊びに来た人たちには週末別荘などから始めて、あわよくばいずれ移住も…とな」
「とにかく賑わえばいいわけなんだよ」
会長さんがチラシを手に取り、検分しながら。
「キースも賑やかしで招集されたのさ。お寺も会場になるからねえ…。境内や本堂を休憩場所に開放する上に餅つきとバウムクーヘン作りらしいよ」
ほらね、と指差された箇所にはお寺の場所を示すマップと「みんなでおやつ」という文字が。そこそこ若いお坊さんの顔写真も載っています。
「この人がキースの先輩で村コンの発案者。…そして切実に花嫁募集中、と」
「「「はぁ?」」」
公私混同とか言いませんか、それ? 主催者側が婚活中っていうのは…。けれどキース君は「違う」と一言キッパリと。
「寺の後継者問題というのは田舎では非常に重要なんだ。今の住職がいなくなっても、本山から新しい住職を派遣する。この寺は檀家さんの数も多いし、希望者は大勢いるだろう。しかし檀家さんの考えは違う。…代々御世話になってきた住職の直系の跡取りを是非、と願うわけだ」
「そうなんだよね。いくらいい人でも地域に縁もゆかりもない人が来るより、先祖代々ここで住職をしております、という人の方がいいだろう?」
田舎はそういう気持ちが強い、と会長さん。キース君の先輩のお寺もその例に漏れないらしくって。
「だからさ、副住職のお嫁さんを募集ついでに村おこしとなれば大いに協力してくれるんだよ。たとえ今回いい人が見つからなくても、二回目、三回目とやるんじゃないかな」
「ああ、既に話は出ているようだ。檀家さんの方でも村コンは大歓迎らしい。嫁さんや入り婿募集ってケースが多いようだぞ」
ついでに移住組も欲しいんだよな、とキース君。ド田舎だけに過疎化するより活性化ということらしいです…。
村おこしも村コンも人数を集められてこそ。現時点でも参加者はそこそこあるそうですけど、コネもバンバン使ってなんぼ。キース君と一緒に招集されたお坊さん仲間は人集めも頑張っていたらしく。
「…未婚の檀家さんを連れて行きますとか、色々と…な。だが、俺はその手の人脈が無くて…」
なにしろ自分がコレだから、と自分の顔を指差すキース君。
「俺と似たような年の独身の檀家さんは大勢いるが、この顔で声を掛けてもなぁ…。ポストにチラシを入れに行っても嫌味なのかと思われかねん。俺は婚活とは明らかに無縁だ」
「「「あー…」」」
それは分かる、と同情しきりな私たち。実年齢よりも遙かに若過ぎる上に現役で高校一年生をやり続けているキース君が村コンのチラシを配りに行ったら怒鳴られそうです。下手をすると次に月参りでお邪魔した時、お茶もお菓子も出てこないかも…。
「だろう? 仕方ないから村おこしバージョンのチラシを軒並み配ったんだが、当然のように申し込みは直接あっちに行くからな。俺の顔で集めました、と胸を張っては言えないんだ。他の連中はグループ参加で何人です、とか報告を上げてきてるのに…。こうなったら俺もコネで行く!」
お前たちだ、とキース君はファミリー向けのチラシを私たちに向かって突き付けて。
「いいな、村おこし活動に参加しろ! どうせブルーはそのつもりと見た」
「察しがいいねえ、マザー農場はいつでも行けるしね? 参加費用はどうしようかな…」
「あっ、良かったらぼくが出しますよ」
マツカ君が名乗り出た時です。
「プラス二人で。…でもって、費用は喜んで出しそうな人がいるけど?」
「「「!!?」」」
いきなり聞こえた嫌というほど馴染んだ声。バッと振り返った先で翻ったのは紫色のマントでした。
「ぼくとハーレイも参加したいな、その村コン! 夫婦者でも歓迎なんだろ?」
「…そ、それは……。週末別荘とか移住を検討している場合で…!」
あんたのケースは当てはまらない、と青ざめるキース君。しかしソルジャーは村おこしバージョンのチラシをチェックし、その文言は何処にも無いと指摘して。
「週末別荘にしても移住にしても、村を気に入って貰わないとねえ? 一度で即決するわけがないし、ひやかしも歓迎ぽいっけど? 参加費用さえ払ってくれれば」
「う、うう……。それは……まあ……」
「じゃあ、プラス二人。いや、三人だね、スポンサーも入れて」
「エロドクターか!?」
あいつは呼ぶな、とキース君が絶叫しましたが、ソルジャーは。
「誰がノルディを呼ぶって言った? 婚活だったら畑違いだよ、そっちはお似合いの人がいるだろ」
「「「???」」」
誰のことだか分かりません。ソルジャーのお財布係はドクター・ノルディの筈ですが…?
「分かってないねえ、ハーレイだってば、こっちのハーレイ! ブルーが婚活に出掛けると聞けば黙っていないと思うけど?」
「ぼくが行くのは村コンじゃなくて村おこし!!」
「でもさ、現地でやることは基本、おんなじだよね? 婚活を意識しないで田舎ライフって書いてある。その中で運良く出会いがあったらお楽しみ、って」
ソルジャーが言うとおり、チラシにはそう書かれていました。村でのイベントはグループ単位であればどれでも参加OKです。餅つきもバウムクーヘン作りもファミリーでも良し、独身も良し。もちろん私たちみたいな高校生の団体だって。
「というわけで、参加費用も大人と中学生以下とで違うだけだ。君たちが村おこし感覚で参加してても、ブルーに目を付ける村コン組がゼロとは言えない」
「え、えっと…。そういうのは多分、無い…んじゃないかな……」
婚活だけに、と会長さんは返しましたが、ソルジャーは。
「そこは謎だよ、村の人との出会いだとしても婿候補とかさ。でなきゃ普通に女性目当てで参加した人がフラフラッと君に惹かれたり…とかね。リスクは完全にゼロではないかと」
論より証拠、とソルジャーが思念に切り替えて。
『ハーレイ? 今ね、ぶるぅの部屋に遊びに来てるんだけど…。ブルーが婚活に行くらしいよ?』
『なんですって!?』
教頭先生は即レスでした。ソルジャーが中継してくれた画面には教頭室が映っています。教頭先生、チェックしていたらしい書類を床に派手にぶちまけ、わたわたと。
『こ、婚活とは……いったい何処へ?』
『村コンだってさ、ちなみにチラシはこんなのだけど』
瞬間移動で教頭先生の手に渡された村コンのチラシ。教頭先生は完全にパニック状態で。
『な、何故ブルーが…! 婚活するとは、私の立場は…!!!』
『さあねえ、君も参加してブルーのハートを射止めてみれば? 目の前で他の男に掻っ攫われるリスクも高いけどさ』
『さ、参加します! 情報ありがとうございます!!』
土下座せんばかりの教頭先生はチラシの隅っこにクッキリ書かれた「同時開催、村おこしイベント多数」の文字を綺麗に見落としてしまっている模様。ソルジャーはクスクス笑いながら。
『それでね、ぼくとぼくのハーレイも賑やかしで参加したいわけ。他にもゾロゾロ参加するから、情報提供料ってことで参加費用を負担してくれると嬉しいなぁ…って。君を入れたら十一人かな?』
全部でこれだけ、と告げられた金額を教頭先生は検算もせずに。
『分かりました、当日、持っていきます! それで集合場所などは…?』
「だってさ、ブルー。何処にする?」
教頭先生を釣り上げたソルジャーの笑みに会長さんは額を押さえていましたが…。
「ぼくのマンションの駐車場でいいよ。マツカ、マイクロバスの手配を頼んでいいかい?」
「もちろんです! キースも乗って行きますか?」
「そうだな、俺のコネでこれだけ集めました、とアピール出来るし有難い」
話はトントン拍子に纏まり、ソルジャーが思念で集合時間と場所を教頭先生に伝えて中継終了。さて、教頭先生はイベントの正体に気付くでしょうか?
「…無理じゃないかな、当日までさ」
会長さんが溜息を吐き出し、ソルジャーが。
「当日になって気が付いてもね、婚活気分で君にせっせとアタックする方に賭けておくよ。ぼくとハーレイが参加する以上、夢の結婚後の姿ってヤツを嫌でも目撃するからねえ…」
「ちょ、ブルー! 健全な村コンでいつもの調子でやるのはマズイよ、いくらなんでも!」
会長さんの声が裏返り、キース君も顔面蒼白になりましたが。
「大丈夫だってば、バカップル程度に留めるからさ。その程度なら潤滑剤! 相手さえいればああいうことが、とカップル成立に大いに貢献出来ると思うな」
村コンを楽しみにしているからね、とニコニコ顔のソルジャーはソファにしっかり腰を下ろして紅茶とケーキを要求しました。今日も居座るらしいです。話題はきっと村コンでしょうねえ…。
こうして迎えた土曜日の朝。高く澄み渡った秋晴れの空の下、私たちは会長さんのマンションの駐車場に集合しました。私服のソルジャーとキャプテンも来ています。間もなく現れた教頭先生、やや緊張の面持ちで、ソルジャーに。
「おはようございます。先日は情報提供をして下さってありがとうございました」
「どういたしまして。婚活、全力で頑張ってよね」
「もちろんです!」
ブルーの心を射止めて見せます、と燃え上がっている教頭先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が混ざっていることも、万年十八歳未満お断りの団体様の私たちが参加していることも不審に思っていませんでした。どう見ても婚活とは無縁なのですが…。
『……つくづく馬鹿じゃないかと思うよ……』
分かってたけどさ、と会長さんの嘆きの思念が。私たちはマツカ君が手配してくれたマイクロバスに乗り込み、ソルジャーとキャプテンは隣同士でイチャイチャと。その二人さえ気にしなければ車内は快適、バスは村コンが行われるド田舎へ向かって野越え山越え走ってゆきます。
「かみお~ん♪ ブルー、まだまだ遠いの?」
「そうだね、峠をもう一つくらいかな?」
それで着くよ、と言われたものの、峠が半端じゃありません。此処は本当に同じアルテメシア市内に含まれるのか、と疑いたくなるほどの距離を走って着いた所は別天地。たわわに実った稲穂が黄金色に光り、赤く熟れた柿の実があちこちに…。
「うっわー、凄いね、茅葺の家が沢山あるよ」
チラシのイメージ写真だけかと思ってた、とジョミー君が声を上げ、私たちも長閑な風景に感動中。キース君の先輩が副住職を務めるお寺は山沿いにあって、マイクロバスは山門前の駐車場に滑り込みました。村コン&村おこしイベント会場と書かれた看板とテントが目立っています。
「先輩、遅くなりました!」
なんとかこれだけ集まりました、と私たちを指差すキース君。普通に私服姿ですけど、先輩と呼ばれた男性は墨染の法衣に輪袈裟です。
「よくやった、キース! おっと、そちらの美人さんは?」
お前も隅に置けないな、とキース君を肘で突っつく先輩の視線の先にいたのは会長さんで。
「ああ、学校の…。って、先輩、ああいうのがタイプですか!?」
やめた方が、とキース君は焦ってますけど、会長さんは。
「はじめまして、ブルーと言います。今日は色々お世話になります」
「い、いえ…。楽しんで頂けましたら光栄です! あ、あのですね、ウチの寺では餅つきと手作りバウムクーヘンをやることになっておりまして…。よろしかったら、あちらに御席を」
「「「………」」」
先輩さんが求める出会いは後継者を確保するためにも女性なのでは、と呆れ返ってから気が付きました。長年、一緒に居すぎたせいで頭からスコーンと抜けてましたが、超絶美形な会長さんは女性のようにも見えるのです。あまつさえ会長さんは先輩さんの勘違いを楽しんでいる模様。
『や、ヤバイんじゃない…?』
ジョミー君が思念で囁き、サム君が。
『俺だってもう泣きたいぜ! なんで違うって言ってくれねえんだよ、ブルーはさ!』
『どうなるんでしょう、これ…。キース先輩も何も言えないみたいですよね…』
ピンチかもです、とシロエ君。私たちが思念でヒソヒソ話す間もキース君の先輩さんは会長さんに自己紹介をし、お寺の由緒なんかも説明してます。このまま話が進んで行ったら会長さんは…?
「それでですね、あのぅ…。ブルーさんさえ良かったらですが…。一緒に餅をつきませんか?」
「「「!!!」」」
出ました、先輩さんの熱いアタック! 二人で一緒に餅つきだなんて、どう考えても婚活フラグが立ちまくりです。息が合ったら意気投合して次は二人で昼食にとか、そういう流れは明らかで…。
「ま、待って下さい!」
ちょっと待った、と割って入った声は教頭先生。
「餅つきは私も得意としております。御住職、お手伝いなら私も是非」
「…ふうん? じゃあ、手伝ってあげたら、ハーレイ」
力仕事は好きじゃないし、と会長さんが教頭先生を先輩さんの方に押し出して。
「ごめんね、ぼくはこれでも一応、男。君の好意は嬉しいけれどさ、お寺の嫁は務まらないよ。後継ぎを産んであげられないから」
「……お、男……ですか? それ、マジで……?」
愕然とする先輩さんに、会長さんは。
「そこはキースが保証してくれる。期待させちゃってすまないね。お詫びにハーレイを置いていくから、大いに使ってくれるといい。バウムクーヘンを焼くなら薪が要るよね? 薪割りなんかも任せて安心、他にも色々」
ぼくたちはイベントを回ってみるよ、と笑みを浮かべる会長さんとガックリしている先輩さんと。キース君は先輩さんに必死に詫びていましたが…。
「いいって、いいって、気にするなよ。美人さんに会えて幸先もいいし、多分これから出会いがあるさ。…お前はグループ行動だよな? なんかカップル混ざってるけど」
思い切り仲の良さそうな、と先輩さんが視線をやった先ではソルジャーがキャプテンと腕を組んでベッタリ密着中。テント前に張り出されたイベント会場マップをチェックしながらイチャイチャと…。
「す、すみません…。多分、いわゆるファミリー参加に分類可能な人種じゃないかと」
目の毒だったらスル―して下さい、と平謝りのキース君に、先輩さんは。
「いやもう、そこは気にするなって! 美人さんに熱々カップルと来れば幸先良すぎと言うべきか…。下手に独身者をズラリと並べて来られるよりもさ、希望が持てるって気がしてきたぜ。うん、ガッついたら負けだよな。御本尊様にドンとお任せ、いい嫁さんが来るといいな~、って!」
前向きな気分になってきた、と先輩さんは一気に浮上。餅つきとバウムクーヘン作りを通して出会いがある予感がするそうです。会長さんとかバカップルでもヒーリング効果はあるってことかな?
「じゃあ、キース。お前も村おこしイベント楽しんでってくれよ!」
寺のイベントにも顔を出せよな、と餅つきとバウムクーヘン作りの開催時間を書いた紙をキース君の手に握らせた先輩さんの隣には教頭先生の姿がありました。消え入りそうな声でボソボソと…。
「…ブルー、本当に私は此処で手伝いなのか?」
置き去りにされそうな子犬さながらの目をした教頭先生に、会長さんはアッサリと。
「決まってるだろ、キースの先輩に失礼なことをしちゃったからねえ…。ぼくの代わりにお詫びしといて、本望だろう? 後で頑張りをチェックしに来るから」
男らしさをアピールするならチャンスだよ、とウインクされた教頭先生は派手に勘違いをしたようです。しっかり働けば会長さんの心象アップで婚活イベントの本懐達成、と頭の中で答えが出たらしく。
「御住職、餅つき会場はどちらですか? お手伝いさせて頂きます!」
裏方も全てお任せ下さい、と胸を叩いている教頭先生。本当にこれでいいのかという気はしますけれども、本人がそれでいいようですから、この場に捨てて行きますか…。
教頭先生をお寺に一人残して私たちは村おこしイベントへと旅立ちました。キース君が持っていたチラシで読んだとおり、色々な行事が盛りだくさんです。川へ行ったらアマゴ釣りが楽しめますし、釣ったアマゴはその場で焼いて食べ放題。
「はい、ハーレイ。あ~ん♪」
「こちらも焼けて来ましたよ。どうぞ、ブルー…」
バカップルは串焼きアマゴでも食べさせ合いをやらかすのか、と頭痛を覚える私たちを他所に、釣り体験中の若い男女たちには出会いが生まれてゆきました。最初は男女のグループ別で釣っていたのが合同に変わり、みんなで焚き火を囲むようになり…。
「ほらね、ぼくたちが来て正解だったし!」
次の場所でも縁結び、とソルジャーは得意満面です。村コンという目的を達成するにはバカップルは効くのかもしれません。教頭先生が汗を流していた餅つき会場を覗いてみれば、つきたての餅でバカップルが「あ~ん♪」を始めて、会場内の男女グループが見交わす視線が一気に熱く…。
「美味しいですね、ブルー」
「うん、こっちのハーレイの愛がこもっているからね♪」
ブルーにアピールするために、とソルジャーに改めて言われなくても教頭先生の努力は伝わってきます。ペッタン、ペッタンと餅つき体験をする人たちは今一つ力が足りません。それを補助するのが教頭先生、途切れなく杵に手を添え、ペッタン、ペッタン。
「あれって地味に腰にくる…かな?」
ソルジャーの問いに、会長さんは冷たい口調で。
「多分、明日にはズシンとくるね。だけど、ぼくには関係ないし!」
「そうだろうねえ、ぼくのハーレイだと大変だけどさ」
腰は男の命だものね、とソルジャーは意味深にクスクスと。そういえば教頭先生がギックリ腰になった時にも似たような台詞を言っていたかな、とは思いますけど、今一つ意味が分かりません。大人の時間のこと…なのかな?
「うん、まあね。この会場に来てる人たちにも、いずれ切実な問題に…」
「その先、禁止!」
会長さんのストップが入るってことは、そうなのでしょう。えーっと、次のイベント会場は…。
「バウムクーヘン作りは見たいし、それまでの時間にお昼だね。あちこち食べて回ろうか」
すき焼きにお鍋、と会長さんがマップを広げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大歓声。地鶏や鹿など山里ならではのグルメが満載、これは食べるしかありません。バカップル効果は行く先々で広がり続け、バウムクーヘン作りを見ようとお寺に戻る頃にはカップル多数で。
「おーい、キース!」
先輩さんが声を掛けて来ました。
「お前、今回の功労者だぜ。でもって俺もさ、ほら、このとおり」
「「「えぇっ!?」」」
紹介されたのは素敵な女性で、スタッフでもないのに割烹着。先輩さんがお手伝いの婦人部から借りて来たのだそうです。
「俺のこと、ちょっとタイプかもと思ってくれたらしいんだ。でも坊主だしさ、寺の嫁ってキツイかも、と腰が引けてたらブルーさん登場で持って行かれてガッカリしながら出て行ったんだと!」
しばらく後で戻ってきたらフリーな俺がいたわけよ、と先輩さん。逃がした魚は大きいと言いますが、会長さんに持って行かれかけたことで「黙っていてはダメだ」と女性は決意したらしく…。
「というわけで、もう纏まるしかないって感じ! 優しくて気の利く人だしさ…。田舎暮らしも気にしないってよ」
「そ、そうですか…。良かったですね、先輩」
「おう! そっちのお二人さんにも感謝の声が多数だぜ。背中を押されたとか、勇気が出たとか」
後でお礼をしなくちゃな、と先輩さんはバカップルに深々と頭を下げました。
「何かこう、御希望の品とか、ありますか? 見てのとおりの田舎ですから農産物しか無いですけども…。後は肉ですね、いわゆるジビエで」
「へえ、どんなのがあるんだい?」
鹿ならさっき食べてきたよ、とソルジャーは興味をそそられた様子。名物の鹿肉はステーキやシチュー、串焼きなどなどバリエーション豊かだったのです。ジビエ料理は「そるじゃぁ・ぶるぅ」も得意ですけど、それとは違って野趣溢れると言いますか…。
「お二人でしたら…」
先輩さんは声を潜めると、割烹着の女性に「もうすぐバウムクーヘンを焼くから」と婦人部への伝言を頼んで、その背を見送ってから。
「………熊の肉なんか如何です? 私は坊主な上に未婚ですので、自信を持ってお勧めしますとは申せませんが……聞いた話では素晴らしく精がつくそうでして」
「本当かい? 熊っていうのは食べたことが無いなぁ…」
「それでしたら是非、お土産に! この季節の熊は美味いんですよ。冬眠に備えてドングリとかをしこたま食べますからねえ、脂が乗って霜降り状態です。すき焼きが特にお勧めですね」
どうぞお二人でお召し上がりを、と語る先輩さんはバカップルの本性を知っているのか、いないのか。精力がつくと聞いたソルジャーの赤い瞳は期待に輝き、キャプテンの方も頬がほんのり染まっています。これ以上、精力をつけてどうするんだか…、と考えるだけ無駄というものでしょう。
「聞いたかい、ハーレイ? 熊肉だってさ」
「嬉しいですね、参加した甲斐がありましたよ」
すき焼きはこちらのぶるぅに調理をお願い致しましょう、とキャプテンが言えば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気一杯に。
「かみお~ん♪ すき焼き、任せておいて! 熊のお肉って美味しいんだよ!」
手のひらは高級食材なんだ、と話す「そるじゃぁ・ぶるぅ」の楽しそうな姿に、先輩さんは私たちの分も熊肉をお土産に用意しようと太っ腹なお申し出。会長さんのお蔭で自分の御縁もゲットしましたし、お礼の気持ちなのだそうです。
「わぁーい! クマさん、右手の方が美味しいっていうの、ホントかなぁ?」
蜂蜜を舐めるのは右手だから右手の方が甘いらしいよ、と疑問をぶつけた無邪気な子供は熊の手のひらも貰えることになりました。今夜の夕食は熊のすき焼き、手のひらは下ごしらえなども要るので日を改めての宴会決定。村コンは大いに実りあるものとなりましたが…。
「おーい、ブルー! バウムクーヘンを焼くぞ、お前も生地を塗ってみないか?」
この竹筒に巻き付けるんだ、と教頭先生が焚き火の側で叫んでいます。手作りバウムクーヘン作りは生地をひと巻きしては焼き上げ、また生地を巻いての繰り返し。その作業を会長さんと共に体験するべく、教頭先生、必死のアピール。
「んーと…。どうしようかなぁ、面倒そうだし…。焼き上がったら食べようかな?」
「そうか、だったら待っていろ! うんと美味しく仕上げるからな」
私の愛を食べてくれ、と盛り上がっている教頭先生は焚き火の炎で汗びっしょりです。懸命に頑張る姿は称賛に値しますけれども、会長さんは。
「…ハーレイは何の役にも立ってないよね、村コンではさ」
「いや、働きづめでらっしゃると思うが」
充分に役に立っておられる、というキース君の発言は会長さんにバッサリ却下されました。
「ううん、ダメだよ、全然ダメ! カップル成立に役立たないなら、意味は全く無いってね。ハーレイに熊肉は食べさせない! 御褒美の対象じゃないんだからさ」
置いて帰らないだけマシだと思え、と言い放った会長さんに、ソルジャーが。
「精をつけても無駄だしねえ? 腰も壊れる予定のようだし、その分、ぼくたちが楽しんでおくよ」
村コン万歳! とソルジャーは熊肉への期待をこめて万歳三唱。バカップルと会長さんが大活躍した縁結びイベントは大盛会に終わりそうです。精がつくかの真偽はともかく、熊肉という珍味も食べられますし…。参加費用を出して下さった教頭先生、心から御礼申し上げます~!
田舎で縁結び・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
シャングリラ学園番外編は去る11月8日で連載開始から5周年を迎えることが出来ました。
月1更新にペースダウンを致しましたが、これから先もお付き合い頂けると嬉しいです。
シャングリラ学園番外編はまだまだ続いてゆきますので!
10月、11月と月2更新が続きましたが、12月は月イチ更新です。
来月は 「第3月曜」 12月16日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、11月はソルジャー夫妻と「ぶるぅ」も一緒に七五三ですv
←シャングリラ学園生徒会室へは、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年の冬は寒さが厳しく、積もる、凍るの日が多め。そんな中、土曜の昼前にお邪魔してみた元老寺の辺りもやはり寒さの真っただ中です。日蔭には融け残った雪がありますし、まだ空からはチラチラと白いものが舞い…。こんな所で外にいるのは間違いなく無茶というヤツで。
「寒すぎだってば! 頼んで中に入ろうよ!」
山門前に集合だなんて、とジョミー君が言い出しましたが、待ち合わせ場所は山門前。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が来ていない以上、先に入るのはマズそうです。路線バスで来た私たちと違って、あちらはタクシーのお迎えですけど…。
「でも寒いですよ、本当に風邪を引きそうです」
大袈裟に震えて見せるシロエ君に、サム君が。
「シロエは柔道部で鍛えてる分、マシじゃねえかよ。寒稽古だと思っておけよ」
「ぼくたちの部にはありません! 教頭先生の方針でですね、真冬の川に入るような鍛錬よりかは練習あるのみって御指導ですから!」
ひたすら技を磨くんです、とシロエ君が反論を始めた所で黒塗りのタクシーが御到着。降りてきた会長さんはコートに手袋、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もマフラーまで巻いてバッチリ防寒スタイルです。
「やあ。今日も冷えるね」
「かみお~ん♪ キース、遅れるみたいだよ?」
時間どおりに着かないみたい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そ、そんな…。そんな殺生な…! 元老寺の山門前に居並ぶ面子は一人欠員が出ています。姿が無いのは元老寺の副住職であるキース君。数日前から学校を休んで本山の行事でお出掛けなのを出迎えに来たわけですが…。
「お、遅れるってどのくらいだよ?」
サム君の問いに、会長さんは。
「さあ…。璃慕恩院での法要と解散式は予定通りに終わったんだけど、熱意溢れる青年会の面々だからさ、市内を回ってくるようだ。果たして帰りは何時になるやら…。下手をすると夕方になっちゃうかもね」
「それまでに俺たちが凍るじゃねえかよ!」
寒すぎだって、というサム君の悲鳴は誇張なんかではありません。今日の予報は最高気温が4℃ですから、山沿いの元老寺だと更に低めの2℃前後。風もあるだけに体感気温はマイナスの世界で、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」並みに着込んでいたって効果のほどは甚だ疑問で。
「うーん…。だけどキースは頑張ってるしね、この寒い中を」
「修行なんかと一緒にしないで下さいよ!」
ぼくたち一般人なんです、とシロエ君が叫べば、会長さんは。
「念仏行脚は修行じゃないよ? 宗祖様の遺徳を偲んで、世界平和を祈念しながらお念仏の声を世に届けるという行事。今年で何回目になるんだっけか、キースは初の参加だけどさ」
それも終盤の辺りだけ、と聞けばキース君がズルをしているように響きますけど、念仏行脚は一ヶ月近くかけて六百キロを踏破するもの。初参加で全行程を歩くというのは無茶なのだそうで。
「まあ、キースは頑張って歩いたよ、うん。オマケの市内行脚について行けるのも日頃の鍛錬の賜物だろうね」
「で、でもですね、ぼくたちは突っ立っているだけですから寒いんですよ!」
「じゃあ、その辺を走ってきたまえ。一気に身体が温まるから」
「マツカ先輩とぼくはともかく、他の皆さんが風邪を引きます!」
キース先輩はいつ戻るんですか、と詰め寄るシロエ君と会長さんが揉めかけていると。
「銀青様、お出迎えが遅れて誠に申し訳ございません。この寒い中でお待たせするとは、いや、大変な失礼を…」
どうぞ皆さんも庫裏の方へ、とアドス和尚が現れました。やったぁ、暖房の効いたお部屋が待っていますよ、もしかしたら食事もついているかも?
「せがれがメールを寄越しましてな、まだ遅くなると…。それならそうと早めに電話を入れればいいものを」
メールなんぞは気付きませんわい、とアドス和尚。本堂で昼前のお勤めをしていたそうで、イライザさんの方も宿坊の昼食時間でパタパタと。その間に入ったメールがスル―されても至極当然な状況です。もっとも、そのせいで私たちは山門前で無駄に凍えたわけですけども。
「ごめんなさいね、寒かったでしょう? キースが戻って来ていませんから、御馳走は後になりますけれど…。温かいものでも召し上がれ」
イライザさんが作ってくれた鍋焼きウドンに私たちは大歓声。まだグツグツと煮えている出汁から立ち昇る湯気が嬉しいです。寒風の中を念仏行脚なキース君には悪い気もしますが、一足お先に頂きまーす!
「おっと、その前にお念仏だよ。はい、みんなで声を揃えて十回」
まずは合掌、と会長さんに言われてしまって、食事の前にお念仏を。キース君も今頃は…。
「そうさ、ひたすら南無阿弥陀仏。念仏行脚はキツイんだよねえ、自然な呼吸が出来ないから」
「「「は?」」」
「南無阿弥陀仏と唱えてごらんよ、息継ぎに適していそうかい?」
えーっと…。ナムアミダブツ、いえ、ナムアミダブ? 息は出てゆく一方です。
「じゃあ、連続で大きな声で南無阿弥陀仏。何処まで息が続くだろうね?」
「「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」」」
あぁぁ、息継ぎポイントが無い!? サム君は上手く続けたものの、私たちは七回目くらいでギブアップ。南無阿弥陀仏の大合唱はブツッと途切れてハァーッと息を吸い込む音が。
「ほらね、論より証拠ってね。座禅の宗派が托鉢する時はさ、途切れなく大声を出しているけど唱える中身が大違い! あっちは『法』って繰り返すだけだし、自然に息を継げるんだ。でも念仏行脚はそうはいかない」
南無阿弥陀仏を繰り返しながら歩き続けるのは苦行なのだ、と会長さんは教えてくれました。他の宗派のお坊さんが趣旨に賛同して参加したりするとビックリすることも多いのだそうで。
「ぼくたちの宗派は修行が楽だと言われてるから、他から参加しても楽勝だろうと思うようだよ。ところがどっこい、南無阿弥陀仏を唱える内に彼岸が見えそうになるらしい。…それほど厳しいヤツだからねえ、キースのお出迎えに来たってわけさ」
「先輩、帰って来ませんよ? 延長戦に出てるんですよね?」
大丈夫でしょうか、と心配そうなシロエ君。お先に温まってしまっていても良かったのかな、と後ろめたい気持ちになってきましたが…。
「問題ない、ない! 念仏行脚でバテてるようでは副住職は務まらないよ。ランナーズハイに近いかな? 達成感に燃えつつ元老寺まで南無阿弥陀仏で歩いて戻って来るつもり」
ゆっくり待とう、と会長さんが予言したとおり、キース君の帰りは数時間後になりました。そろそろ戻って来るというので庫裏から出たのに、今度は御町内一周の念仏行脚に行ってしまったらしく。
「おっせえなぁ…。今、どの辺だよ?」
サム君が両手に息を吐きかけ、会長さんが。
「向こうに見えてる木の辺りだね。最後に裏山の墓地を一周しようと決めたようだし、そっちの方で待っていようか。お堂で風を凌げるよ」
「あそこも暖房、無いけどね…」
壁があるだけマシだけどさ、とジョミー君。私たちは墓地の入口に近いお堂を目指して歩き始めましたが、妙な音が聞こえてくるような…。ガーガー、ガチャガチャ、ガコン、ガコン。音は次第に近くなってきて、道の脇にある竹藪の奥からガコン、ガコンと。
「…工事中かよ?」
シャベルカーだぜ、とサム君が指差す先ではシャベルカーが竹藪の土を掬っていました。ガーガー、ガチャガチャ、ガコン、ガコン。クルンクルンと回転しては土を掬って、ドシャーッと捨てて…。掬って捨ててって、どんな工事?
「ああ、そうか…。シーズンだっけね」
会長さんには作業の意味がしっかり掴めているようでした。もしやアレって整地なのかな、あの辺にお堂を増築するとか?
「それで張り付いて見ていたのか…」
何が起こったのかと思ったぜ、と墨染の衣のキース君が笑っています。朋輩と別れた後も一人で念仏行脚を続けて、最終目的地の墓地へ向かう途中で私たちを発見したわけで。しかし念仏行脚を中断するのは意に反する、と墓地を回ってからもお念仏を唱えながら元老寺に入り、御本尊様に御報告を。庫裏に戻っていた私たちと合流したのはその後です。
「だってさ、あんなの知らなかったし!」
初めて見たんだ、とジョミー君。
「タケノコってさぁ、放っておいても採れそうだから…。春に山へ行けば生えてるしさ」
「ウチのは貸しているからなぁ…」
出荷するなら手入れは必須、とキース君が返したとおり、竹藪で作業していたシャベルカーはタケノコ農家の持ち物でした。正確に言えば専業農家が扱う品物の一つがタケノコ。元老寺の辺りは特に土の質が良いらしくって、美味しいタケノコが採れるとか。
「ああやって土を被せておくとだ、より柔らかいヤツになる。作業はけっこう大変だがな」
「ぼくも説明しておいたんだよ、シャベルカーが出回るまでは鍬を使っていたんだからね、って」
便利な時代になったよね、と会長さん。それでも竹藪の土を掘り起こしては被せる作業は大変な上に、鍬の時代には無かった危険が伴うようになったのだそうで。
「大量の土が要るっていうのは君たちも見ていて分かっただろう? 竹藪の中に小規模な崖が出来ちゃうほどにさ」
「ええ、二メートル近くありましたよね」
シロエ君が頷き、私たちも作業現場を思い返して頷きました。土を掬っては被せる作業を年々繰り返してゆく間に竹藪に段差が出来るのです。会長さん曰く、作業に夢中になっている内に後方不注意でシャベルカーごと段差から転落という事故が、ごくたまに。
「あれくらいの段差、身一つだったら落っこちたって大した怪我はしないんだ。打ちどころが悪かった場合は別だけど…。でもね、シャベルカーごと落ちてしまうと下敷きになって死亡事故とか」
「「「………」」」
それは怖い、と背筋にサーッと冷たいものが。タケノコ農家は命懸けか、と思わず尊敬しそうです。注意していれば平気とはいえ、人間、やっぱりウッカリ失敗するわけで。
「そういった事故で命を落とした人も含めて、誰もがお浄土に行けますようにと俺はお念仏をお唱えしてきたんだが…。流石にキツイな」
全行程はとても無理だ、とキース君は呻いていますが、本音はそうではないでしょう。年々参加区間を延ばして最終的には六百キロを踏破する日が訪れるんじゃあ?
「…ああ、いつかはと思ってはいるが…。一ヶ月も学校を休むというのが引っ掛かる。そうだな、サムとジョミーが修行に入ったら考えるか」
二人とも一年は欠席だしな、と僧侶養成コースへの入学をチラつかされてジョミー君がササーッと壁際に退避。いいんですかねえ、お鍋が煮えてきましたが…。
「ジョミー先輩、棄権ですか?」
「戻ってこねえと俺たちで全部食っちまうぜ?」
シロエ君とサム君にからかわれたジョミー君、大慌てで席に戻って来たため「坊主より食い気」と嘲り笑われてしまっても。
「食欲ってヤツも煩悩だよね? ぼくは坊主に向かないっていう証明だもんね!」
好きなだけ食べて食べまくる、と具材をたっぷり掬ってガツガツ。逃げを打つための言い訳に『煩悩』なんて言葉が出てくる辺りが抹香臭い気もするんですけど……お坊さんに近付いている気がするんですけど、黙っておいてあげるのが友情でしょうね。
大いに盛り上がったキース君の念仏行脚の慰労会。歩き始めた日は酷い疲労に悩まされたというキース君もランナーズハイが去った後の疲れは寝込む程でもないらしく。
「この調子だと一晩寝ればスッキリしそうだ。…流石に今は眠いがな」
「かみお~ん♪ だったら明日は遊びに行こうよ、雪遊びしたくなっちゃった!」
うんと大きなカマクラを作って遊びたいな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。それは楽しいかもしれません。この冬は雪が多いですから、山奥に行けば雪がたっぷりある筈で…。
「それならいい場所がありますよ」
笑みを浮かべたのはマツカ君。
「アルテメシア市営の山の家っていうのがあるでしょう? あれの近くに父の土地があるんです。雪の無い季節は近所の乗馬クラブに貸してますけど、冬の間は雪だらけですよ」
行くならマイクロバスも手配します、という提案に私たちは大賛成で「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大喜び。よーし、明日は早起きして雪遊びをしにお出掛けです。念仏行脚の御帰還待ちで凍えた不満は何処へやら。待たされるのと遊びに行くのとは月とスッポン、寒さなんかは気にしませんって!
そして翌朝、アルテメシアは雪模様。この冬何度目の積雪なんだか、五センチほどは積もっています。マツカ君の家の土地がある辺りは豪雪地帯らしいですから窓の外を眺めてドキドキワクワク。早く迎えのマイクロバスが来ないかな、とエンジン音に耳を澄ましていると。
『……ごめん……』
会長さんの思念が届きました。えっ、今日のお出掛け、ドタキャンですか? 山の家の方へ向かう道路が通行止めになったとか? ジョミー君たちのガックリ思念も感じましたが。
『…中止じゃなくって、ぼくの力不足。…ごめん、面子が二人ほど増える…』
『『『!!!』』』
ゲゲッ、という思念が誰からともなく上がり、やがて家の前に止まったマイクロバスの中にはダウンジャケットを着込んだソルジャー夫妻が座っています。どうしてこういう展開に~!
「…ごめん、ホントにどうにもならなくってさ…」
出掛けようとしたら来ちゃったんだ、と謝りまくる会長さん。最後に回った元老寺でキース君を乗せ、バスは一路山奥へと向かってゆきます。
「ブルーは言い出したら聞かないタイプだし、情報操作はお手の物だし…。このバスの運転手さんも君たちの御両親たちも、まるで疑っていないだろ?」
それは確かにそうでした。パパもママも「行ってらっしゃい」と手を振っただけで、運転手さんだって何も気にしていません。ソルジャーとキャプテンはアッサリ溶け込んでいるわけで。
「いいじゃないか、別に。…雪遊びくらい、混ぜてくれても」
カマクラ作りは初めてなんだ、とソルジャーは期待に満ち溢れていて、キャプテンも腕が鳴るそうです。あちらの世界のシャングリラ号が今の姿になるよりも前、アルタミラ脱出直後の時代は立派な体格にモノを言わせて力仕事をしていたのだとか。
「雪はけっこう重いですから、力仕事ならお前の出番だとブルーに呼ばれたのですよ。日曜は会議も無いですし」
「この図体は活かさなくっちゃね、ベッドの中だけじゃ勿体ないよ」
「その先、禁止!!」
窓から放り出されたいのか、と会長さんに叩き付けられたイエローカードをソルジャーはパシッと受け止めて。
「運転手さんに聞こえちゃうから夜の時間の話はしないさ、ハーレイがヘタレちゃったら困るしね。力仕事が待ってるんだよ、パワー全開でいて貰わなきゃ」
夜のパワーはカマクラが出来た後でたっぷり充電、と言われましても…。どうやって充電するつもりだか、と胡乱な目でソルジャーを見てみれば。
「ん? 自家発電とかを想像してる? そんな不毛なことはしないよ、それくらいなら御奉仕あるのみ! だからね、食べて美味しいものは…」
「退場!!!」
今すぐバスの中から出て行け、と会長さんはレッドカードをソルジャーに投げ付けたのですが。
「残念だけど、退場するのは君の方かな? 誰がハーレイのを食べると言った? 食べて美味しい今日の昼食、牡丹鍋で充電バッチリってね」
「「「牡丹鍋?」」」
「あれっ、君たちは聞いていなかったんだ? 昼御飯はカマクラの中で牡丹鍋だよ、車の後ろに積み込んである」
ほら、とソルジャーが示したものはクーラーボックス。隣の段ボールには野菜がたっぷり詰め込まれていて、お鍋やコンロも乗っているとか。
「牡丹鍋は精力がつくらしいんだよ、カマクラ作りで消耗したって充電した上にパワーアップも出来そうだろう? もう食べるのが楽しみでさ」
思い切り遊んで熱い夜、と熱弁を振るうソルジャーが乱入してきた真の目的は牡丹鍋かもしれません。カマクラ作りはきっとついでだ、と誰もが溜息を禁じ得ないままバスは雪深い山奥へ。凄いカマクラは作れそうですが、複雑な気分がしてきましたよ…。
マツカ君が提供してくれた土地は乗馬クラブに貸すだけあって素晴らしい広さで一面の雪。小さな獣や鳥の足跡の他に踏み跡は無く、雪遊びには持ってこいです。
「よーし、カマクラ、頑張るぞ!」
鍋をやっても融けないヤツ、とジョミー君が先頭に立って飛び出してゆき、私たちも続いて雪の中へと。でも、カマクラってどう作るのかな?
「ダメダメ、それじゃ融けるよりも前に壊れるってば」
「えっ?」
会長さんに声を掛けられたジョミー君は雪のブロックを製作中。それを積み上げていけば出来上がりそうに思えますけど、違うんでしょうか?
「そのやり方でも頑丈なのは作れるけどねえ、君のブロックは小さすぎ! 鍋をやるなら壁の厚さは三十センチは欲しいんだよ」
「「「三十センチ?」」」
なんという厚み、と驚きましたが目標は五十センチだそうです。そんなモノ、いったいどうすれば…。
「まずは中心を決めないと。でもって円形をこう描いて…。はい、円内の雪を踏み固める!」
全員で踏めば楽勝だ、と指示されて雪を踏み、しっかり圧雪。カマクラ作りは此処からが本番だとかで、全員がシャベルを持たされて。
「いいかい、カマボコ状に雪を積むんだよ。フワフワの雪だと崩れちゃうから、積む度にしっかり圧雪すること! 充分な高さに積み上がったら、入口を決めて中を刳り抜けば完成ってわけ」
「「「………」」」
会長さんが描いた円は半端なサイズではありませんでした。十一人が揃って入って鍋をやるためのカマクラですから巨大カマクラというヤツです。これだけの範囲に雪を積み上げ、しかもガッチリ固めろだなんて…。
「…会長、高さは一メートルくらいでいいんですか?」
シロエ君がおずおずと訊けば、会長さんは。
「壁の厚みはいくら欲しいと言ったっけ? 一メートルだと中で鍋どころじゃないと思うよ、最低でも二メートルくらいは要るだろうねえ」
「「「に、二メートル…」」」
死ねる、と思ったのは私だけではなさそうです。キャプテンに頑張って貰ったとしても人力だけでは絶対に無理。ここはソルジャーのサイオンという反則技に頼るしかない、と縋るような視線で毎度トラブルメーカーな人を皆で見詰めてみたのですけど。
「…うーん…。力加減が掴めないんだよ、雪遊びなんてこっちの世界に来た時にしかしないしねえ…。三十センチ、ううん、五十センチほど地道に積み上げてみたら後は何とか出来るかも…」
力加減が大切なのだ、と話すソルジャーはサボリ精神で言っているわけではないらしく。
「失敗しちゃったら一気に融けるとか、思いっ切り透明な氷になるとか…。それじゃカマクラにならないだろう? とにかく頑張って積んでみようよ、ぼくが加減を掴むまでさ」
「そうですね。及ばずながら私も努力しましょう」
キャプテンがシャベルを握ってザックザックと雪を積み上げ、シャベルで叩いて更に踏み固めて。雪はアッという間にペシャンコになり、先行きの長さを思わせます。でも二メートルまで雪を積み上げないとカマクラは出来ず、牡丹鍋だって食べられず…。
「ほら、君たちも手伝って! 途中からはぼくが何とかするから」
「「「…はーい…」」」
エライことになった、と後悔したって今更どうにもなりません。一人用のカマクラに逃亡しようにも、作る過程を考えてみれば共同作業で巨大カマクラの方が楽というもの。ザックザックと雪を積んでは踏んで固めて、踏んでは固めて。
「おい、加減ってヤツはまだ掴めないのか?」
疲れて来たぞ、と念仏行脚明けのキース君が尋ねましたが、ソルジャーの答えは否でした。そりゃそうでしょう、雪の高さはまだ十センチそこそこです。カマクラ作りのプロフェッショナルっぽい会長さんなら力加減も分かるのでしょうが……って、そうだ、ソレですよ!
「本当だ…。ぼくとしたことがウッカリしてた」
ブルーにまんまと騙されてたよ、とソルジャーが呻き、私たちは会長さんを睨み付けようとしたのですけど。
「「「あれっ?」」」
天に昇ったか地に潜ったか、会長さんの姿は何処にも見えません。カマクラ作りの言い出しっぺの「そるじゃぁ・ぶるぅ」もいないのです。
「…逃げられたとか?」
ジョミー君がキョロキョロと見回し、スウェナちゃんが。
「マイクロバスの中かしら? 乗馬クラブの駐車場に行っちゃったのよね、見えないけれど」
「ぶるぅが食材を運んでいたのは見たんですけど…」
そこから後は知りません、とマツカ君。牡丹鍋用の食材は鍋などと一緒にシートを掛けられ、道路脇に。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はマイクロバスで逃げたのでしょうか? 美味しい所だけ持っていく気か、と思わず殺意が芽生えた時。
「「「!!?」」」
ドルルルン、と背後で響いた重低音。振り返った先にはルルルルルル…とエンジンの回転数を徐々に上げてゆくシャベルカーというヤツが在ったのでした。
ドルルルルル……と唸りを上げて近付いてくるシャベルカーは何処から見てもプロ仕様。二人乗りの座席に座って銀色の髪を靡かせている会長さんと、黄色いヘルメットの「そるじゃぁ・ぶるぅ」と。
「な、何なのさ、アレ…」
口をパクパクとさせているソルジャーに、キース君が。
「シャベルカーだな、こう来たか…」
ウチの竹藪で見ていた時からその気だったか、と額を押さえるキース君や私たちの目の前でシャベルカーは大量の雪をシャベルに掬い上げながらやって来ます。
「どいて、どいてーっ!」
「総員、退避ーーーっ!!!」
ハンドルを握る「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「どいて」と叫ばれ、会長さんに退避と念を押されるまでもなく四方八方に逃げた私たち。シャベルカーが運んで来た雪がドスンと放り出され、巨大シャベルの一撃と重量でガッツリ圧雪されました。
「「「………」」」
声も出せない私たちを他所にシャベルカーはルルルルル…と雪面をバックし、他の場所から雪を運んでドッサリと。ドルルル、ガッチャン、ガッコン、ガッコン。みるみる雪の山が出来てゆきます。一メートルを軽く超え、二メートルを超え、充分すぎる高さに積み上がると。
「かみお~ん♪」
ズゴッと雪山に突っ込まれたシャベルが雪を刳り抜き、ルルルルル…と下がってシャベルの雪を脇へとポイッ。ガコンと抉ってポイポイ捨てて。
「わぁーい、カマクラ、出来ちゃったー!!!」
「お疲れさま、ぶるぅ」
思った以上に早く出来たね、と笑顔で高い運転席からヒョイと飛び下りる会長さん。黄色いヘルメットの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシャベルカーでルルルルル…と遠ざかってゆきます。なんとも凄すぎるカマクラ作りでしたけど……って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」って無免許なのでは!?
「あ、あんた…! ぶるぅに何をやらせているんだ、無免許だろうが!」
キース君に怒鳴り付けられた会長さんは。
「私有地内で走る分には大特は要らない筈だけど?」
「「「…ダイトク?」」」
「大型特殊免許だよ。通称、大特。…私有地内では不要だからねえ、子供向けの遊戯施設もあったりするんだ。シャベルカーを運転できますよ、というのが売りの」
「嘘をつくな、嘘を!!!」
キース君の叫びは私たちの思いと同じでしたが、そこへヒョコリと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ブルー、シャベルカー、返しておいたよ!」
「「「えぇっ!?」」」
まさか公道を走ってきたのか、とビックリ仰天の私たち。いくらなんでもマズ過ぎでは…、と会長さんをジト目で見れば。
「違うよ、ぶるぅが返した先はマザー農場の車庫だってば! ぼくと一緒に借りてきたけど、返す時には挨拶なんかは必要無いって言ってたからねえ、瞬間移動でヒョイッとさ」
後の整備も農場の皆さんにお任せだ、とニッコリ微笑む会長さんの隣では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張っています。ヘルメットもちゃんとマザー農場に返したそうで。
「楽しかったぁ~! シャベルカーランドより面白かったよ、あそこ、カマクラ作れないしね」
「「「…シャベルカーランド!?」」」
会長さんが口にしていた遊戯施設は実在しました。アルテメシアの南の方のタケノコ農家が兼業でやっているのです。二歳以上から受け入れ可能でシャベルカーの操作を習う事が出来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も何度か遊びに行ったとか…。
「それでね、こないだテレビで見たの! シャベルカーでカマクラ作ってたの! 楽しそうだなぁって思っていたら、昨日、竹藪で見ちゃったから…」
ぼくも作りたくなったんだ、と得意げな「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシャベルカー魂に火を点けたのは元老寺で見かけた竹藪を手入れする光景でした。会長さんは危険と背中合わせの作業だと教えてくれましたけれど、シャベルカーランドもタケノコ農家がやっているなら真相は…?
「基本はやっぱり危ない乗り物なんだと思うよ、シャベルカーは」
小さな頃から馴染んでいても、と牡丹鍋をつつく会長さん。人力で作っていたなら完成不可能だったかもしれない巨大カマクラは立派に出来上がり、中はポカポカしています。
「その一瞬が命取りとか言うだろう? 油断してたらミスをする。崖から落ちて下敷きとかの事故は自分の力で防がないとね」
「かみお~ん♪ シャベルカーランドでも他所見してたら叱られるもんね!」
注意一秒怪我一生、と口を揃える会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。子供がシャベルカーでカマクラ作りという有り得ない光景を見てしまいましたが、今日は平和に終わりそうです。あのソルジャーですらも流石に度肝を抜かれたらしくて、何もやらかさずに今に至っているわけですし…。
「なるほど、注意一秒怪我一生ねえ…。ぼくの場合は怪我じゃ済まない世界だけどね」
注意していても襲ってくるのが人類側、と言われてみればそうでした。ソルジャーやキャプテンがいくら努力してもSD体制とやらが存在する限り、常に危険が伴うのです。
「シャベルカーはさ、危ない道具でも遊びに使って問題なし! その点、人類側の兵器ときたら…。こっちの世界とは危険のレベルが違いすぎるんだよ、ぼくとハーレイの世界はね。…だから日々、思い残しの無いように! 遊べる時にはしっかり遊ぶ!」
でもってガッツリ大人の時間、とソルジャーは牡丹鍋に自分のお箸を突っ込んで。
「はい、ハーレイ。あ~ん♪」
「あ、ありがとうございます…」
美味しいですね、とイノシシのお肉を噛み締めるキャプテンに次から次へと食べさせるソルジャー。こ、この流れはもしかしなくても…。
「ん? 決まってるだろう、牡丹鍋でしっかりパワー充填、目指せヌカロク! カマクラはシャベルカーが作ってくれたし、さほど消耗してない筈だよ。ねえ、ハーレイ?」
「ええ。…今夜も満足させてみせます」
「そうこなくっちゃ! シャベルカー並みの馬力で来てよね、ズッコン、ズッコン、バコバコバコ…とさ」
「「「???」」」
ソルジャーが何を言っているのかサッパリ分かりませんでした。ヌカロクは昔から謎ですけれども、ズッコン、ズッコン、バコバコバコって…? 私たちは顔を見合わせ、会長さんが。
「そういう作業は君たちの世界でやりたまえ! 燃料供給もそっちでやる!!」
「分かってないねえ、大きな車は燃費が良くないのがお約束だろ? ハーレイのこの図体だよ? フルパワーを目指すなら精力増強、補給し放題のこっちの世界が最高だってば」
牡丹鍋を沢山食べさせなくちゃ、とソルジャーはカマクラにドッカリ腰を据えてしまって、用意されていたイノシシ肉のかなりの量がキャプテンの胃袋に消えました。ソルジャー曰く、キャプテンは素晴らしいパワーを秘めたシャベルカーに変身しそうだとのことで。
「今夜は壊れちゃうかもね、ぼくは。…ハーレイ、それでもいいから頑張って」
「…よろしいのですか? 明日は朝から会議の予定が」
「壊れちゃったと言っておいてよ、ゼルたちにはさ。運転ミスで崖から落ちまして…ってね」
ハーレイ印のシャベルカーを運転していて事故りました、とソルジャーは可笑しそうに笑っています。キャプテンは「それはちょっと…」と真っ赤になりつつ、まんざらでもない表情で。
「では、あなたを下敷きにしてしまわないよう、慎重に動かせて頂きますよ」
「ゆっくり焦らしてくれるのかい? それもいいねえ、ぼくだけ何度もイカされちゃうのも素敵かも…。ズコズコバッコンも燃えるけれども、エンジンの唸りを感じる時間も味わい深いし」
ドルルルルンでルルルルル…、とシャベルカーのエンジン音を真似るソルジャーがキャプテンに求めているのは何でしょう? ズッコンバコバコがシャベルカーを動かす音だとすると…。
「ふふ、君たちには分からないかな? ズッコンバコバコするためにはねえ、まずはハーレイの大切な」
「退場!!!」
もう充分に食べただろう、と会長さんの怒声がカマクラに響き、「まだ足りない」と言い返すソルジャー。ハーレイ印のシャベルカーとやらは燃費が悪いみたいです。私たちの分のお肉も譲った方がいいのでしょうか? とはいえ、パワーの出過ぎでソルジャーが壊れちゃっても大変ですし…。
「かまわないってば、ああいう車はパワーが命! 君たちの分の肉もよろしく」
今夜は青の間でシャベルカーと一緒に突貫工事、とブチ上げるソルジャーと照れるキャプテン。そっか、突貫工事だったら燃料は多めでいかないと…。キャプテン、お肉は差し上げますからフルパワーで頑張って下さいね。イノシシのお肉でパワー全開、ズッコンズッコンバコバコですよ~!
雪舞う季節に・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
今回のお話に出て来た 「2歳から遊べるシャベルカーランド」 は実在している施設です。
そして来たる11月8日でシャングリラ学園番外編は連載開始からなんと5周年!
ここまで来られたのも皆様のお蔭です、感謝の気持ちで今月は2回更新にさせて頂きます。
次回は 「第3月曜」 11月18日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
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こちらでの場外編、11月は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の七五三だそうですが…。
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