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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv







それは春休み前のとある一日。三月に入ってまだ日も浅く、シロエ君は卒業式で披露する技の仕上げに余念がありません。毎年恒例、校長先生の銅像を変身させるイベントです。とはいえ外見はほぼ完成だとかで、後は目からビームなどの仕掛けや配線なんかで。
「ふう…。これで動けばいいんですけどね」
トントンと肩を叩いているシロエ君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッとコーヒーのカップを。
「かみお~ん♪ お休みなのにお疲れ様ぁ! はい、どうぞ」
ホイップクリームたっぷりだよ、と差し出すコーヒーを淹れている所は見ていました。オレンジリキュールを加えてホイップクリームをふんわり沢山、トッピングにカラフルなお砂糖を散らしていたのです。なんだかアレって美味しそうかも…。
「あれっ、みんなもコーヒー欲しいの?」
ハイ、ハイ、ハイッ! と手が挙がりまくり、淹れて貰えました、特製コーヒー。今日は土曜日、シャングリラ学園はお休みです。私たちは会長さんの家に遊びに来ているわけですが…。
「いいなあ、ぼくにもコーヒー淹れてよ」
「「「!!?」」」
バッと振り返った先で紫のマントがフワリと翻り、ソルジャーが姿を現しました。リビングのソファに腰を下ろすとニッコリと。
「コーヒーと、それにケーキもね」
「はぁーい!」
ちょっと待ってね、とキッチンに駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。間も無くコーヒーのカップとアプリコットのタルトがソルジャーの前のテーブルに…。
「ありがとう。ちょうどね、暇にしていたものだから…」
「こっちは暇じゃないんだけれど?」
特にシロエが、と会長さんはしかめっ面。けれどソルジャーが気にする筈もなく、クリームたっぷりのコーヒーに顔をほころばせて。
「いいね、これ。コーヒーって感じがあんまりしないや、リキュールが入っているのも嬉しい。…で、暇じゃないってどういうことさ? ああ、これか…」
今年も慰安旅行なんだね、とソルジャーの視線が捉えた先には旅行パンフレットが山積みでした。卒業式と同じく恒例になってしまった春の慰安旅行。元老寺で春のお彼岸のお手伝いをするジョミー君とサム君の慰労会です。
「只今、行き先を検討中って所かな? ぼくの意見を言ってもいい?」
「乗っ取り禁止!!」
話に入るな、と会長さんの厳しい声が飛び、ソルジャーは。
「うーん…。でもさ、毎年、お邪魔してるよ? だからたまにはぼくの意見も」
「乗っ取られるだけでも迷惑なんだよ、ジョミーたちの身にもなってみたまえ! 毎年々々、君たちに旅行を乗っ取られてさ…。慰安旅行は君たちのためにあるんじゃないんだから!」
黙ってタルトを食べていろ、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお代わりを用意させました。こっちに来るな、と顔に書いてあります。ソルジャーは大きく伸びをして。
「…分かったよ…。じゃあ、君たちだけでお好きにどうぞ」
もちろんお昼も出るんだよね、とソルジャーは居座るつもりです。来てしまったものは仕方ない、と私たちは無視する方向に。休日返上のシロエ君の作業が一段落したら、慰安旅行の相談ですよ~!



「暖かい所もいいんだけどさあ、温泉なんかもいいかもね」
ゆったり浸かって疲れを取って…、とジョミー君。
「お彼岸って正座地獄だし…。膝にくるから、露天風呂とかで温めたいな」
「若くねえなあ…。どうすんだよ、お前」
今からそれでは先がないぜ、とサム君は呆れ果てた顔。
「お彼岸くらいで地獄だったら締めの道場はどうなるんだよ? アレって相当キツイと聞くぜ。そうだよな、キース?」
「伝宗伝戒道場か? あれを終えないと住職の資格が取れないだけに、定年退職後に僧侶を目指すって人も何人か来ていたが…。正直、泣きの涙だったようだぞ、膝の問題は」
休憩時間にマッサージ、とキース君。
「正座もキツイが、五体投地を嫌と言うほどさせられるしな…。膝がヤバイという理由で下山した人は俺の年にはいなかったんだが、そういう人が出る年もある。ジョミーの外見で膝で下山だと、後々までの語り草だな」
「えーーー! げ、下山って、追い出されるって意味だっけ?」
「まあ、それに近い。お山を下りる…。つまり寺から出て行くという意味だが、膝で下山をしたいのか?」
恥さらしだぞ、とキース君は可笑しそうに笑っています。
「見た目年齢は高校一年生だしなぁ…。根性が足りないヤツと話題になるか、実年齢の方で評価されるか。何歳で道場に行くかにもよるが、四十代とかだと言われるぞ。これだからオッサンというヤツは…、とな」
「……お、オッサン……」
「オッサンでなければ中年ってトコか。道場のメインは大学三年生だってことを忘れるなよ? 四十代は立派な中年だ。下手をすれば三十代でも危ない」
オッサンが膝が辛くて下山していった、と津々浦々で語られるのだ、とキース君に言われたジョミー君は派手に打ちのめされています。
「そ、そんな…。オッサンだなんて……」
「嫌なら若い間に道場に行くか、正座を克服するかだな。ああ、正座だけでは足りないか…。五体投地もキッチリやって経験値ってヤツを上げとけよ」
「酷いや、お彼岸だけでも沢山なのに! それと棚経で充分なのに!」
「それで足りると思うんだったら、甘く見たまま道場に行け。そして落伍して見事にオッサン認定ってわけだ」
まあ頑張れ、とキース君はまるで他人事。そりゃそうでしょう、自分はとっくに道場を終えて今や立派な副住職です。ジョミー君が落伍したって法話のネタにしちゃうかも…。
「高校生なのにオッサン認定…。なんか物凄く傷ついたかも……」
傷を癒すにはやっぱり温泉、とジョミー君は温泉旅行のパンフレットを広げ始めました。この季節だとカニ料理がセットの温泉旅行が目立ちます。カニ料理なら食べるのに夢中で沈黙しがち。バカップル対策には最適かも、と私たちの気持ちも温泉ツアーに傾き始めていたのですが。
「…えーっと…。お取り込み中を悪いんだけど、ちょっといいかな?」
「「「???」」」
掛けられた声は存在をスル―していたソルジャー。あれ? あんなパンフレットあったかな? って言うか、ソルジャーに旅行のパンフレットは渡していなかったと思うのですが…?



「これ、これ! これが気になるんだけど…」
ソルジャーが私たちの前に置いたパンフレットには見覚えがありませんでした。『プリンセスになれる旅』と大きく書いてありますけれど、誰がこんなの持ってきたわけ…?
「「「プリンセスになれる旅…?」」」
私たちは顔を見合わせ、パンフレットを持ち込んだ犯人探しが始まりそうになったのですが。
「ごめん、ごめん。パンフレットは君たちが独占しちゃってたから、旅行代理店に置いてあるのを見てたわけ。ぼくならサイオンで見放題だし…。そしたら、こういうパンフレットが」
面白そうだから瞬間移動で貰っちゃった、とソルジャーはパンフレットを広げました。
「お姫様扱いしてくれるらしいよ、ホテルとかレストランとかで! 朝食はルームサービスでどうぞって書いてあるしさ、こういう旅も良さそうだなぁ…って」
「じゃあ、そっちに行けばいいだろう」
今年の春は別行動だ、と会長さん。
「そもそも春の慰安旅行に君たちが来るのが間違っている。君のハーレイと行ってきたまえ、素敵にお姫様気分になれるさ」
「……ハーレイと……?」
お姫様ってキャラじゃないんだけれど、とソルジャーはパンフレットを眺めながら。
「食事はともかく、エステにスパだよ? 何かが違うと思わないかい?」
「それを言うなら慰安旅行だって同じだよ! こんな面子でお姫様も何も…。そりゃあ、女子には夢の旅行だろうけど、ジョミーたちはね…」
「うん、要らない!」
それは要らない、とジョミー君は即答でした。
「キャプテンと行けばいいじゃない! キャプテンがキャラじゃないって言うんだったら、エステとかスパは一人で行ってさ…。ちゃんとお金を払いさえすれば断ってもいいと思うんだよね」
「俺もジョミーに賛成だ。あんたはそっちに行くんだな」
そして俺たちは温泉だ、とキース君が話題を元に戻した途端に、ソルジャーは。
「いいかもねえ…。お姫様気分でハーレイと旅行ね、そういうヤツにも憧れないってことはない。ぼくたちは新婚旅行をしていないしさ、この際、ハネムーンと洒落込もうかな?」
「はいはい、ハネムーンでも何でも好きにしたまえ」
その代わり費用は自分持ち、と会長さん。
「慰安旅行に同行されたら支払い義務も生じるけどねえ、別行動なら無関係! 今年の春はハーレイの財布に優しい春になりそうだ」
慰安旅行の費用は何故か教頭先生の負担になっていました。会長さんと旅が出来る代わりに全額負担が条件なのです。ソルジャーとキャプテン、それに「ぶるぅ」が割り込んでくると費用は馬鹿にならないわけで…。



「財布に優しく、目にも優しい旅ってね。君たちの熱々バカップルぶりを見せ付けられなくて済むんだからさ、もうハーレイは大喜びだよ」
「うーん…。だったら費用はノルディの負担ってコトになるのか…」
「別にいいだろ、しょっちゅうたかっているんだし…。そのパンフを持って行っておいでよ、きっと喜んで出してくれるさ。場合によってはノルディも参加するかもだけど」
「えっ、ノルディ?」
それは微妙、と呟くソルジャー。
「ハネムーンにノルディってお邪魔虫じゃないか! あれは二人の世界のものだろ?」
「そうと決まったものでもないよ? 昔はそういうツアーもあったし」
よく聞きたまえ、と会長さんは指を一本立てて。
「旅行が今ほどメジャーじゃなかった時代にはねえ、ハネムーン専門の団体旅行があったわけ。右も左も新婚カップル、移動の飛行機もバスの中でも他のカップルがついてくる。もちろん食事も隣のテーブルに同じツアーのカップルが…。二人の世界じゃないよね、それは」
それに比べればノルディくらい、と会長さん。
「他のカップルと自分たちとを比較して落ち込む必要もないし、ノルディを連れて行ってきたまえ。見せつけるのは大好きだろう?」
「…それはそうだけど……」
どうせなら何かもうちょっと、とソルジャーはパンフレットを見詰めて考え込んでいましたが。
「そうだ、他のカップルと一緒に旅行! 比較しながら幸せたっぷり!」
「「「は?」」」
「こっちのハーレイ、ブルーのためなら頑張るからねえ…。だけどブルーは突っぱねるしさ、喧嘩しそうなカップルを見ながらハネムーンというのも面白そうだよ」
そっちの線でノルディと相談、と意味不明な台詞を吐いたソルジャーはパッと姿を消しました。えーっと……。ソルジャー、なんて言いましたっけ?
「「「…ノルディと相談…?」」」
ソルジャーが何を言いたかったのか、理解出来る人はいませんでした。いえ、理解出来たら末期でしょう。とにかく今は慰安旅行のプランを練るべし、と再び話題は温泉ツアー。カニもいいですが、御当地グルメもそそられます。ジョミー君とサム君次第ですかねえ?



お昼も食べる、と言っていたくせにソルジャーは戻らず、私たちは有難く「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製の牛肉の赤ワイン煮込みの昼食を。デザートが出てもソルジャーはやはり戻って来ません。エロドクターとランチに出掛けたに違いなく…。
「これは間違いなくフルコースだねえ…」
そのまま向こうに帰ってしまえ、と会長さんが毒づき、シロエ君が。
「でも、お蔭で旅行のプランはほぼ決まったじゃないですか。それに今年は来ないようですよ」
「だよね、それだけでポイント高いってば!」
初めてのぼくだけの慰安旅行、とジョミー君はウットリと。
「これでお彼岸も頑張れるよ~。終わったら温泉と御当地グルメが待っているんだ~」
「おい、お前な…。親父の前で温泉気分を全開にするなよ、しごかれるぞ」
五体投地を百回とか、とキース君が脅した時です。
「…ごめん、ごめん。遅くなっちゃって。…あっ、サヴァランだ! ぼくの分は?」
シロップのラム酒がいいんだよね、と降って湧いたソルジャーにとってはデザートは別腹が基本です。エロドクターと豪華ランチをしてきたくせに、シロップたっぷりのサヴァランをペロリと平らげて…。
「慰安旅行の話だけどさ…。今年はうんと安く上がるよ、ノルディが出してくれるんだって」
「「「???」」」
「こっちのブルーとハーレイも連れてハネムーンツアーに行きたいんだけど、と言ったわけ。そしたら凄くウケちゃって…。こっちのハーレイがヘタレちゃったら自分の株が上がるかも、と大乗り気なんだ。ぜひカップルで別荘にどうぞ、って」
「「「別荘!?」」」
なんじゃそりゃ、と誰もが目が点。エロドクターは大金持ちだけに別荘だって持っています。もしかして私たちに別荘へ行けと? エロドクターの…?
「そう、別荘。ジョミーが温泉に行きたがってたし、その話もした。条件にピッタリの別荘があるんだってさ、温泉付きの」
其処をみんなで使い放題、とソルジャーはパチンとウインクを。
「場所がノルディの別荘だからね、瞬間移動でお出掛けしたって全然問題ないらしいよ。でもって使用人さんたちにも気軽に御用命下さい、だって」
「「「………」」」
どうしろと、と愕然とする私たちを他所にソルジャーは夢のハネムーンに燃えていました。
「ハネムーンなんだし、ぶるぅは留守番させようかな? ハーレイにお姫様扱いして貰うといいですよ、ってノルディも言ってくれたしね…。ブルーはどうする? こっちのハーレイに甘やかして貰って、お姫様気分で旅行する?」
「……勝手に決めてくれちゃって……。ジョミーたちの慰安旅行だよ?」
「ああ、そこは心配無用だってば! ホテルだと思って出掛ければいい。食事だって希望すれば時間をずらせるらしいから」
ついでに食事の内容も、と語るソルジャーに罪の意識は無いようです。ジョミー君たちの慰安旅行を乗っ取ったばかりか仕切り倒しているわけですけど、こうなってしまったら逆らえません。今年の春の慰安旅行はエロドクターの別荘へ。温泉付きっていう所だけが評価の高いポイントかも…。



こうして強引に決められてしまったジョミー君たちの慰安旅行。会長さんは教頭先生に内緒で出掛けるつもりでしたが、しっかりバレてしまったようで。
「…ハーレイから電話が掛かって来たんだよ…」
昨日の夜に、と落ち込んでいる会長さん。今日はシャングリラ学園の卒業式で、私たちは卒業してゆく三年生たち………かつての1年A組のクラスメイトたちを校門前で見送りました。シロエ君の力作の校長先生の銅像の変身は今年も好評、目からビームも打ち上げ花火も完璧な出来。なのに…。
「シロエの仕事はホントに最高だったんだけど…。昨日の夜の変身作業も上手く行ったし、気分良く寝られる筈だったんだけど…」
そこに電話が、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のソファに沈んで呻いています。
「第一声は「今、帰ったのか?」ってヤツで、今年の銅像も楽しみだな、って。…だから適当に流していたら、旅行の話が出てきたわけ。ブルーが報告に行ったんだってさ、ぼくが内緒にしてたから」
日程も行き先も全部バレバレ、と会長さんの声は投げやりで。
「ブルーときたら、ハネムーンツアーをカップル二組でやりたいんだってキッチリ説明したらしい。それでハーレイが燃え上がっちゃって、旅は任せろと妄想爆発。…思い切り甘やかしてやるから、お姫様になったつもりでいてくれ、って」
もうダメだ、と会長さんはお手上げ状態です。教頭先生の思い込みの激しさと妄想の凄さは誰もが認識している事実。バカップルなソルジャー夫妻と張り合うつもりで爆発されたら何が起こるか、想像するだに恐ろしく…。
「…気の毒だが、ここは潔く諦めるんだな」
俺たちは普通に温泉旅行だ、とキース君が言えば、サム君が。
「真面目に対応しようとするからいけねえんだよ。気分が悪いって部屋に引き籠もってればいいんでねえの?」
ハネムーンなんかじゃねえんだし、という説には一理ありました。ハネムーンで部屋に引き籠もってしまえば離婚まっしぐらのフラグです。その手を使って乗り越えるべし、と私たちが励まし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もニコニコと。
「かみお~ん♪ ブルーがお部屋から出ないんだったら、ぼく、ハーレイに遊んでもらう! 肩車とか鬼ごっことか、ハーレイ、とっても上手だもん!」
「ああ…。将を射んと欲すればまず馬を射よ、と言うからな」
そう呟いたキース君の頭上でパッシーン! と弾ける会長さんの青いサイオン。
「いたたた! 危ないじゃないか、何をしやがる!」
「余計な台詞を喋るからだよ、坊主頭にされたいわけ!?」
次に言ったら髪の毛を容赦なく吹っ飛ばす、と脅かされたキース君が大慌てで両手で髪をガードし、大爆笑の私たち。会長さんには悪いですけど、教頭先生が登場したって私たちには関係ありません。バカップルと同じでスル―あるのみ、慰安旅行を楽しむだけです~!



そうこうする内に春休みが来て、ジョミー君とサム君は春のお彼岸のお手伝いで元老寺へ。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシャングリラ号で春の定例航海です。シャングリラ号に乗せて貰えないシロエ君とマツカ君、スウェナちゃんと私は元老寺のお彼岸を冷やかしに…。
「来たな、お前たち」
路線バスを降りて山門前に辿り着くと、法衣のキース君が立っていました。
「見付けた以上は逃がさんぞ。まあ、入れ」
「え、遠慮しておきます、キース先輩!」
けっこうです、とシロエ君が叫びましたが、キース君には勝てません。発見されたのが運の尽き。私たちはキース君曰く、特等席な本堂の最前列に近い場所へと連行されて正座の刑で。
「今年は失敗しましたね…」
マツカ君が小声で囁けば、スウェナちゃんが。
「マツカは正座も平気じゃない! お茶かお花か知らないけれど」
「それはそうなんですけれど…。でも、お寺はぼくも範疇外です。今日は長丁場になりそうですよ」
「「「………」」」
特等席は途中退場不可能です。お彼岸の法要の冷やかしは毎年やっているんですけど、キース君に見付かった時は特等席。見付からなければ人を押しのけて退場可能な席に紛れるのがお約束。今日は退場不可能ですから、痺れる足を宥めつつ耐えるしかない地獄の法要フルコース…。
「…ぼくも慰安旅行が必要って気がしてきましたよ…」
足がヤバイです、とシロエ君の声に泣きが入る中、スウェナちゃんと私も心で同意。法衣のキース君やジョミー君、サム君たちは立ったり座ったりの五体投地もやっていますし、さぞかし膝に来ているでしょう。ああ……早く温泉に行きたいなぁ……。
「これって会長の祟りでしょうか?」
今頃はシャングリラ号で宇宙ですよね、とシロエ君が嘆くと、マツカ君が。
「…どうでしょう? 思い切り嫌がっていましたしねえ、新婚旅行…」
「違うわよ、マツカ。新婚じゃなくて慰安旅行よ、バレたら確実に殺されるわよ?」
今の失言は忘れましょ、とスウェナちゃんが肩を震わせています。私たちが行くのは慰安旅行で、新婚旅行ではありません。新婚旅行はソルジャー夫妻限定なのだ、と分かってはいるんですけれど…。
「「「……嫌な予感が……」」」
無事に済むという気がしない、と見事にハモッた私たちのぼやきにアドス和尚やキース君たちが唱えるお念仏の声が朗々と…。
「「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」」」
まさにそういう心境です。何が起こるか分かりませんけど、アンラッキーなのは今日だけで沢山。両足の痺れは耐え抜きますから、助けて下さい、南無阿弥陀仏…。



法要フルコースを食らったお彼岸のお中日の後も、ジョミー君とサム君は元老寺でせっせとお手伝い。お彼岸が明けるまでは檀家さんがお寺を訪れますから、お墓に供える卒塔婆を書いたりするのです。墓回向に忙しいアドス和尚とキース君の代理で受付なども頑張って…。
「やっと終わった―! 慰安旅行だぁー!」
温泉だぁ! と拳を突き上げているジョミー君。今日は慰安旅行の出発日でした。行き先がエロドクターの別荘ですから瞬間移動でお出掛けOK、集合場所は会長さんの家ということになっています。私たちはバス停で待ち合わせてから会長さんのマンションに行き、エレベーターに乗って…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
旅行だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が弾む足取りで先に立ってリビングへ。そこには会長さんと教頭先生、ついでにバカップルことソルジャー夫妻が…。
「こんにちは、今日からお世話になります」
「違うよ、ハーレイ。お世話になるのは向こうの二人さ」
他は単なる通りすがり、とソルジャーが指差す二人とは、会長さんと教頭先生で。
「ぼくはお世話なんかしないからね!」
「そう言うな、ブルー。私は大いにお前の世話をしようと思って来たんだからな」
「それが余計だと言うんだよ!」
お前なんか置き去りにして行ってやる、と叫んだ会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の青いサイオンがリビングに溢れ、私たちは空間を一瞬で飛び越えて…。
「「「うわぁ…」」」
スゴイ、と思わず息を飲む雪景色の中に立派な別荘。マツカ君の山の別荘にも負けていません。山間の保養地に建つエロドクターの別荘は広い庭と木立に囲まれた素晴らしいもので。
「えとえと…。お邪魔しまぁす、でいいのかなぁ?」
ピョンピョン跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」が玄関のチャイムをピンポーン♪ と押すと、ガチャリとドアが開きました。
「いらっしゃいませ」
ようこそお越し下さいました、と丁重にお辞儀する紳士の後ろにズラリと並んだ使用人さん。私たちの荷物をサッと持ってくれ、部屋へと案内してくれるのですが…。
「ブルー、荷物は私が持とう」
「なんで居るのさ! 置き去りにしたと思ったのに!」
教頭先生と会長さんが喧嘩を始めかけると、ソルジャーの声がのんびりと。
「ハネムーンの後で決裂するっていうなら分かるんだけどさ、最初から置き去りにするのはちょっと…。連れて来たのは勿論ぼくだよ、今からこれでは心配だよねえ…」
「本当に。…ブルー、私たちは上手くやりましょうね」
「決まってるじゃないか。期待してるよ、思いっ切り……ね」
甘い時間に大人の時間、とバカップルは玄関ホールで固く抱き合った上に誓いの熱いキス。あーあ、早速始まりましたよ、もう片方のカップルとやらは離婚以前の問題ですけど…。



エロドクターの別荘ライフはバカップルと会長さんさえ気にしなければ快適でした。暖炉が素敵な一階の広間に座っていれば、すぐに飲み物の注文を聞いて貰えます。ケーキなんかも好きに選べて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうにレシピを教わっていたり…。
「かみお~ん♪ カヌレみたいって思ったんだけど、揚げミルクだって! ホワイトソースにお砂糖、卵とレモン! 面白そう~♪」
これは帰ったらチャレンジしなきゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の好奇心をくすぐったお菓子は確かにカヌレに似た味わい。四角い形をしていましたから「あれ?」とは思いましたけど…。エロドクターが外国で食べて、レシピを持ち帰ったらしいです。
「此処ってけっこう当たりだよねえ、お昼御飯も美味しかったし」
ジョミー君が喜ぶ横では、キース君が。
「持ち主が誰なのかさえ考えなければ、大当たりだろう。…それと恐怖のバカップルとな」
「でもさ、二人とも籠もってるから関係ないよね」
お昼御飯もルームサービス、とジョミー君が親指を立てれば、サム君が。
「だよな、いつもの「あ~ん♪」は見なくて済んだよな!」
「そこなのよねえ…。教頭先生、ショックを受けてらっしゃったでしょ? 自分の配慮不足だとか、なんとか」
どうなるのかしら、とスウェナちゃん。教頭先生は昼食の席にソルジャー夫妻がいない理由を使用人さんから聞かされ、酷く落ち込んでらっしゃったのです。会長さんをお姫様扱いしようと意気込んでやって来たのに、その他大勢と一緒に食事をさせてしまったのですから。
「会長、激怒してましたからね…。調子に乗って遊び過ぎだと思うんですけど」
あれは絶対マズイですよ、とシロエ君。会長さんときたら、教頭先生の思慮の足りなさを詰りまくって、デリカシーに欠けると罵倒した挙句、部屋に籠もってしまったのでした。教頭先生は己の至らなさを恥じ、会長さんが好きそうなケーキと紅茶のセットを用意してせっせとアタック中で。
「あっ、ハーレイ! ブルー、出てきた?」
どうだった、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見詰める先にはトボトボと階段を下りてくる教頭先生。大きなトレイに載ったケーキは手つかずです。
「…ダメだ、うんともすんとも言わん。ドアには鍵が掛かっているし…。紅茶も冷めてしまったからな、新しいのを用意して貰う」
焼き立ての菓子があるようならそれもセットで、と教頭先生は重い足取りで厨房の方へと向かいました。後姿が見えなくなった途端、フワリと広間の空気が揺れて。
「やあ、お勧めは揚げミルクだって?」
「「「!!?」」」
瞬間移動で現れた会長さんの姿にビックリ仰天。えーっと…部屋にお籠りだったのでは?
「まさか。ハーレイが憐れな声を出してる間にキッチンに行って、アフタヌーンティーのセットを用意して貰ったよ。部屋でのんびり食べていたけど、こっちのお菓子も美味しそうだし」
鬼の居ぬ間に調達を、と会長さんは使用人さんを呼んで揚げミルクや他のお菓子をお皿に盛って貰っています。もちろん香り高い熱々の紅茶のポットとカップも忘れずに…。
「あっ、ハーレイが戻って来るかな? それじゃ、またね」
晩御飯の時間には出てくるから、と会長さんがパッとかき消えた後に重そうなトレイを手にした教頭先生が。
「…今度こそ食べてくれるといいのだが…。いくら昼食を食べたとはいえ、飲まず食わずではな…」
「「「うぷぷぷぷぷ…」」」
プハーッ! と堪らず吹き出した私たちですけど、何も知らない教頭先生は大真面目な顔で。
「お前たち! 笑いごとではないのだぞ? お茶を飲んでいる暇があったら、お前たちも思念でブルーに呼び掛けるとか…」
「「「は、は、はい~…」」」
そうですねえ、と同意しつつも、やっぱり笑いは止まりません。教頭先生には悪いですけど、所詮は他人事ですってば…。



結局、会長さんは夕食まで部屋に立て籠もりました。ようやっと出て来た会長さんに教頭先生が必死に声を掛けていますが、見事なまでにスル―されてしまい…。
「夕食だってね、メニューは何かな?」
楽しみだねえ、と広間に座っていた私たちにだけ微笑みかける会長さん。教頭先生はケーキと紅茶のトレイを厨房に返しに行き、その間に先に食堂に入ってみれば。
「こんばんは。ハーレイ、締め出しを食らってたんだって?」
「お気の毒です、本当に…」
同情しますよ、とバカップルが席に着いているではありませんか。な、なんで…? 食事はルームサービスなんじゃあ…?
「幸せ気分を満喫するには、他人の不幸が最高なんだよ。…ああ、来た、来た」
こんばんは、とソルジャーは教頭先生に向かってニッコリと。
「ブルーに籠られちゃったらしいね、夜には突破出来そうかな?」
「…そ、それは……。出来れば突破したいと思うのですが……」
教頭先生がそこまで言った瞬間、会長さんの地を這うような冷たい声が。
「夜だって? 昼間でも絶対開かない扉が夜に開くと思うわけ? 思い上がりも甚だしいね」
水でも被って頭を冷やせ、と会長さんは隣の席に座ろうとした教頭先生をゲシッと蹴ると。
「夜這いをしようと思ってるヤツをぼくが隣に座らせるとでも? 君は末席に行けばいいだろ、この席は空席にしとけばいいよ」
一番端にセッティングを…、という会長さんの指示でテーブルの端っこに教頭先生の席が作られました。密着バカップルとは正反対な離れっぷりの中、オードブルのお皿が運ばれてきて…。
「はい、ハーレイ。あ~ん♪」
「あなたもどうぞ、ブルー。あ~ん♪」
例によって始まる食べさせ合い。他人の不幸が最高だと言っていたソルジャー、教頭先生をチラチラ横目で眺めながら。
「そうそう、ハーレイ。…君が締め出されていた間だけどさ、ぼくたちは何をしてたと思う? 気持ち良かったなぁ、カップルエステ」
「「「カップルエステ!?」」」
私たちの声が揃って裏返り、ソルジャーは。
「うん。ハネムーンっぽくやりたいんだけど、とノルディに頼んでおいたんだ。ぼくのハーレイは嫌がるかなぁ、って心配したけど、取り越し苦労! 二人でエステを受けた後はさ、フラワーバスに一緒に入って…。そこまでやったら、もう盛り上がるしかないもんね」
お風呂から出たらベッドに直行、と輝くような笑顔のソルジャーと、恥ずかしそうなキャプテンと。二人ともお肌ツヤツヤです。
「どう、ハーレイ? 君も滞在中に是非、ブルーと二人でカップルエステを」
「却下!」
「……カ、カップルエステ……」
バッサリ切り捨てる会長さんと、妄想の域に入ってしまった教頭先生。ダメ押しのようにソルジャーが私たちにはサッパリ謎な大人の時間の濃さと中身を語りまくったから大変です。教頭先生、耳まで真っ赤になってしまって鼻血がツツーッと流れ落ちて…。



「ふうん…。一日目にして轟沈ってね」
失神して倒れた教頭先生が担架で運ばれてゆくのを見送るソルジャー。
「ハネムーンツアーは二泊三日だけど、これってリタイヤも有りだっけ?」
「…意地でもリタイヤしないと思うよ、ハーレイだから」
諦めだけは悪いんだ、と会長さんが深い溜息。
「明日はカップルエステに行こうと誘いに来るかな、部屋の前まで。妄想たっぷりに生きてる割に、ヘタレでどうにもならないくせにね」
「それはノルディが喜びそうだ。君がハーレイに愛想を尽かせば自分の出番だと思ってるから」
早く愛想を尽かすように、と煽るソルジャーに、会長さんは。
「ノルディはもっと却下だってば、あっちはシャレにならないよ! それくらいならハーレイに頑張って粘りまくって貰うさ、場合によってはカップルエステもやぶさかではない」
後はハーレイの運次第、という会長さんの素晴らしい台詞を教頭先生は聞き損ねました。あわよくば会長さんを射止めようとの下心を持ったドクター・ノルディも報われることは無さそうです。
「うーん…。まあ、こっちのハーレイには頑張れとだけ言っておこうかな、残り二日間」
「そうですね…。私たちだけが幸せというのは、私には、ちょっと」
出来れば幸せになって頂きたいものです、と熱く語っていたキャプテンは…。
「「「……スゴイ……」」」
「ふふ、これでこそハネムーンってね。じゃあ、おやすみ~♪」
「それでは、私たちは失礼します」
一礼したキャプテン、なんとソルジャーをお姫様抱っこして食堂から出てゆきました。居心地のいい別荘で食事も美味しく、温泉を引いたお風呂もあるんですけど…。
「…これが続くの? あと二日も?」
ぼくの慰安旅行はどうなっちゃうわけ、とジョミー君が叫び、キース君が。
「嫌ならお前は下山しろ! …いや、俺だって下山したいような気もするが……飯は美味いし、部屋もいい。文句を言ったら罰が当たるぞ」
「なるほど、下山ねえ…。半分修行で半分遊びか…。ハーレイには修行三昧っぽいけど」
楽しめる分は楽しもう、と会長さんまでが開き直りの境地です。ソルジャー夫妻のハネムーンツアーに付き合わされるのも修行でしょうか? 下山しちゃったら別荘ライフにサヨナラです。ここは一発、修行半分、お遊び半分、別荘ライフを満喫するのが正解ですよねえ…?




          差がつく新婚・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 最近ハレブル別館の更新が増えておりますが、あちらとシャン学はキッパリ別物。
 執筆スタイルからして違いますから、きちんと共存&住み分け。
 足の引っ張り合いとか共倒れとかは有り得ませんです、書いてる人間が同じなだけ~。
 来月は 「第3月曜」 6月16日の更新になります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、5月は季節外れのキノコで騒ぎになっているようで…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv







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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。季節は秋で収穫祭も済み、お次は恒例の学園祭の準備ですけれど。学園祭と言えばサイオニック・ドリームでお馴染みになった喫茶、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』です。お部屋の準備は業者さんにお任せ、私たちは当日の接客だけで。
「今年も観光地プライスは外せないねえ」
ぼったくらなくちゃ、と会長さん。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まった私たちはメニューと値段を検討している真っ最中。
「まあな…。もう名物になっているしな、高く払えば美味しい思いが、と」
変な常識が根付いたものだ、とキース君が嘆いています。
「もっと出すから時間延長は無いんですかと訊かれたぞ、今日も」
「あー…。それは無理だと毎年しつこく言ってるのにねえ…」
周知徹底されないねえ、と会長さんはぼやきますけど、時間延長の要望は毎年必ず出るのでした。その度に「そるじゃぁ・ぶるぅが疲れてしまうからダメ」と却下するのも私たちの仕事の一つです。そう、サイオニック・ドリームは今も「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーで通っているわけで。
「とにかく、時間は徹底統一! そこは絶対、動かせないよ。ぶるぅじゃなくって、ぼくが疲れる」
「ソルジャーのくせに弱いな、あんた。…本当はもっと出来るんじゃないか?」
限界とはとても思えないが、と突っ込むキース君に、会長さんは。
「やれば出来ると、ぼくも思うよ。だけど学園祭はお遊びだしさ。限界に挑む必要は無し! もっと気楽にやらなくちゃ」
それよりも値段、と会長さんの関心はお値段の方。
「安上がりのメニューで観光地価格、今年こそ缶ジュースで勝負したいね」
「それは気の毒すぎますよ…」
ぼくの良心が痛みます、とシロエ君。最初の年にウッカリ観光地価格を口にしたばかりに定着してしまったのがシロエ君の悩み。余計な事さえ言わなければ、と反省しきりな私たちの良心です。
「缶ジュースだけは却下です! あっ、お茶で統一もダメですよ? グラスで提供と各種飲み物は最低ラインなんですからね!」
「分かってるってば…。ペットボトルも却下したよね、その理屈でさ」
うるさいんだから、と会長さんはブツブツと。そう言いつつも外国産の飲み物を取り入れようかとか、考える所はあるようで。
「キッチン担当は君たちなんだし、輸入モノでも責任を持って扱えるよね? 御当地産の飲み物でトリップするのも楽しいよ、うん」
たとえばサボテンジュースとか、と例が挙がるなりテーブルにピンクの飲み物が。
「かみお~ん♪ ブルーに言われて用意したもんね!」
ゼリーとアイスも作ってみたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は鮮やかなルビー色のゼリーが盛られたパフェの器を運んで来ました。早速食べれば、うん、美味しい! ちょっと甘酸っぱくてラズベリーみたいな味わいです。えーっと、サボテンジュースだと何処に行けるの?
「ん? このサボテンさえ生えているならOKだけど?」
いわゆるドラゴンフルーツだしね、と親指を立てる会長さん。こういうチョイスもいいかもです。サボテンジュースの他にも何か…、と熱を帯びてゆく検討会。うん、これでこそ学園祭! みんなで意見を出し合ってこその催し物というヤツですよ~。



喫茶店で出すメニューもトリップの行き先も決まり、チラシなんかの印刷が済めば後は当日を待つばかり。クラス展示をする1年A組のクラスメイトや催しをする有志団体、クラブなんかが大忙しの中、暇になるのが私たち。柔道部三人組も今は現場を離れて指導だけです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! お疲れ様ぁ~!」
焼きそばの特訓、大変だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が柔道部三人組に声を掛けながら飲み物の用意。私たちは一足お先にカボチャムースたっぷりのタルトを頬張り始めていました。キース君たちは柔道部名物の屋台メニューを毎日指導しているわけで。
「くっそぉ、ぶるぅの秘伝の焼きそばレシピを教えてやったばっかりに…」
今年のヤツらは覚えが悪い、とキース君。
「それとアレだな、最初に教えた年の主将も悪かった。門外不出のレシピにするから、と口伝オンリーにしやがって…。お蔭で俺たちは毎年、新入生の焼きそば作りを指導する羽目に…」
「仕方ないですよ、キース先輩。部活が終わった後の一日一回の焼きそば作りで覚えろって方が無理があります、一度じゃ絶対無理ですって!」
最低でも三度は必要ですよ、とシロエ君が力説するとおり、秘伝の焼きそばレシピの命はソースの配合などにあります。一つ間違えれば味は別物、柔道部名物になりません。
「それは分かっているんだが…。部活で疲れたというのも分かるが、もっと熱意を持ってだな…」
「頑張りましょう、キース。あと一歩ですよ」
焼き加減の方は上手くなりましたし、とマツカ君が後輩の腕を褒め、シロエ君も。
「そうです、手際の良さは例年以上じゃないですか? 下ごしらえは文句なしなんですから」
「しかし、味が別物では文句が出るぞ。秘伝と掲げているんだからな」
あれは名物屋台なんだ、とキース君が主張するとおり、柔道部の焼きそば屋台は売り切れ御免の超絶人気。「完売しました」と札を出しても「仕入れはまだか」と並び続ける人がいるので有名です。もちろん仕入れ部隊は出ていますから、後夜祭が始まるギリギリまで売られるという名物焼きそば。
「今年も大勢買う筈なんだ。味が違うというのはマズイ」
「年に一度のお楽しみですしね…」
ぶるぅの味は、とシロエ君も真剣な顔。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作る焼きそばだのタコ焼きだのを毎日のように食べてますけど、一般生徒は食べられる機会が全く無し。学食の特別生向け隠しメニューと同じレベルで憧れの味になっています。



「まあ、根性で指導するしかないな。俺たちの役目はそこまでだしな」
「屋台は全部お任せですしね」
ぼくたちは喫茶がありますし、とシロエ君が指を折りながら焼きそばソースの配合を確認し始めました。
「中濃ソースがこれだけで…。醤油これだけ、オイスターソースに…」
「あーーーっ!!!」
突然の大声は「そるじゃぁ・ぶるぅ」。シロエ君の指がピタリと止まって。
「な、何か間違えていましたか!? 醤油とか?」
「…え? お醤油って?」
何のお話? とキョトンとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手にはアルテメシアの観光案内パンフレット。大判でページ数多めの読み応えのある代物です。そういえば会長さんが広げていたのを見ましたっけ…。
「ぼく、グルメの記事はまだ見てないよ? お醤油って何?」
「いえ、それは焼きそば屋台の話で…。じゃあ、さっき叫んでいたヤツは?」
何なんです、とシロエ君が訊くと「そるじゃあ・ぶるぅ」は。
「えっとね…。これ、これ! 秋のライトアップ!」
「「「………???」」」
叫ぶほどのライトアップとは、と覗き込んでみれば記事の写真に見覚えが。この山門は…、と確認すると記憶のとおりに璃慕恩院です。へえ…。プロジェクション・マッピングなんかをやらかすんですか、紅葉に合わせて…。
「見に行きたいわけ?」
ジョミー君の直球に首を左右に振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ううん、どうせ今年もブルーと一緒に行くんだもん。招待状が届くから」
「え? だったら何も叫ばなくても…」
「今年もライブをやるって書いてあるから、聞いてないよって思っちゃって…」
ここ、ここ、と小さな指が示す箇所には有名歌手のライブの告知が。本堂をステージに見立てて歌うという趣向らしいです。でも…「そるじゃぁ・ぶるぅ」って、この人のファンでしたっけ? そうだったとしても招待状が届くんだったら間違いなくライブに行けるのでは…?
「……うーん……」
バレちゃったか、と苦笑している会長さん。もしかして、転売しちゃったとかですか、招待状を? この歌手、人気ありますしね…。



「酷いや、ブルー! ライブだって!」
書いてあるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんに詰め寄り、キース君が。
「ライブなら俺も知ってるぞ。宗報に載っていたからな。…あんた、チケットを売っ払ったのか?」
「まさか。…そりゃあ、売ったらボロイなんてもんじゃないけど……関係者席のド真ん中だよ、一般人にはキツすぎるってば」
前後左右がもれなく坊主、と会長さん。
「関係者席を知り合いに譲る人もいるけど、受けは良くないみたいだねえ…。坊主だらけの席っていうのは、プラチナチケットの有難味も吹っ飛ぶインパクトらしい」
「それ、ぼくには凄く分かるってば!」
ジョミー君が拳を握り締めて。
「抹香臭いし、ライトで頭が光るだろうし…。坊主だらけって絶対、最悪!」
「お前も一応、僧籍だったと思ったが?」
キース君の冷静な指摘にも耳を貸さないジョミー君。お坊さんの大群の怖さを滔々と語っていますけれども、ライブの話は何処へ行ったの?
「あ、そうだっけ…。チケットを売ったわけじゃないなら、なんでぶるぅに内緒なわけ?」
どうせバレるよ、とジョミー君が言えば、会長さんは。
「…まさか恒例になるとは思わなくってさ…。最初の年にぶるぅが凄く感激しちゃって、こんなステージで歌ってみたいって言い出したから、続くようなら頼んであげるって言っちゃったんだ」
「……なるほどな……」
それは確かに難関だ、とキース君が腕組みをして。
「有名歌手ならギャラを出しても呼びたいだろうが、ぶるぅじゃな…。いくらあんたが銀青様でも、費用は全額負担しますと申し出たって璃慕恩院の許可は下りそうにない」
「そうだろう? ぼくにも銀青としての体面ってヤツが…。本堂を思い切り私物化しました、なんて前例を作っちゃったら示しがつかない」
「だったら妙な口約束をするな!」
「うん、そこは充分に分かってるってば」
だからね…、と言葉を切った会長さんは、キース君の方に向き直ると。
「君が居合わせた場所でバレたのも御仏縁というヤツだろう。…実は、ぶるぅにはこう言ったんだ。璃慕恩院のライブが普通になったら、キースに頼んであげようね、って」
「……は?」
なんで俺だ、と目を丸くするキース君。
「俺はしがない副住職だぞ? 璃慕恩院でのお役目も無いし、これといったコネも無いんだが…?」
「違うよ、これは舞台の問題。同じお寺なら璃慕恩院でなくてもね…。ぶるぅはプロジェクション・マッピングされた舞台で歌って踊りたいだけだし、元老寺の本堂を借して貰えるかな?」
「……な、な、な……」
「君がダメならアドス和尚に頼んでみるよ。ちょっと一晩借りられませんか、って」
簡単だよね、と電話に手を伸ばす会長さんに、キース君が必死の形相で。
「ま、待ってくれ! 親父はあんたに頭が上がらん、電話されたら即オッケーだが…。しかしだな、もう一度きちんと考えてくれ! ぶるぅが本堂で歌って踊って何になる? それはお念仏に結び付くのか?」
「…頭が固いね、人が呼べればいいだろう? 夜の元老寺なんて、除夜の鐘くらいしか大勢の人は来ない筈だよ。ぶるぅの歌と踊りはともかく、プロジェクション・マッピングとなれば近所の人が見物に来る。来た人は一応、お参りするし!」
お参りとくればお念仏、と会長さんは得々と。
「普段だったら人の来ない時期にお念仏だよ、璃慕恩院のライブに比べれば微々たる規模でも立派に宗教イベントだ。お念仏こそが一番大切、と宗祖様も説いておられるよねえ? で、君の返事はどうなのかな? ぶるぅのライブに本堂を…」
「分かった、貸せばいいんだろう! 要は歌って踊るわけだな、親父ともよく相談しておく。だが、親父には、あんたから話を通してくれると有難い」
「それはもちろん。じゃあ、後は日取りと手配だけだね。良かったね、ぶるぅ、出来るってさ」
「わぁーい! ライブだ、ぼくのライブだぁー!!!」
歌って踊って『かみほー♪』だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。今年の秋は賑やかなことになりそうです。元老寺の本堂を舞台にプロジェクション・マッピングだなんて、これは見ごたえありそうな…。



こうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の元老寺ライブが決定しました。アドス和尚は璃慕恩院のライトアップやライブなんかに憧れていたそうで、二つ返事でOKだったらしいです。ライブの開催は学園祭が終わった後になりますけれど、それまでに準備が必要で。
「かみお~ん♪ 璃慕恩院に負けないようなヤツって作れる?」
「投影する範囲の問題ですしね、多分、なんとか」
やってみますよ、とシロエ君がプロジェクション・マッピングに取り組んでいます。プロにお任せという方法もありますし、サイオンを持つ仲間がやってる会社もあるのに、やりたくなってしまったシロエ君。機材だけを借りて自力で投影するつもり。
「璃慕恩院の投影の動画は会長が借りて来てくれましたし、あれを参考にアレンジして…と。曲は本当に『かみほー♪』だけでいいんですか?」
「うん! あれが好きだし、三回歌うの! だから三回分、違う映像が出せるといいなあ…って」
気持ち良く歌って踊れるといいな、と御機嫌の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は振り付けに余念がありません。三通りの踊りを披露するのだと燃えまくっていて、暇さえあればステップを。今日の放課後も宙返りしたりバク転したりと『かみほー♪』を歌いつつ踊っています。
「うん、いいねえ」
パチパチパチ…とあらぬ方から突然、拍手が。ま、まさか…。
「こんにちは。ぶるぅ、ライブをやるんだって?」
「「「!!!」」」
優雅に翻る紫のマント。ソルジャーはスタスタと部屋を横切り、ストンとソファに腰掛けて。
「えーっと…。ぼくのおやつもあるかな?」
「いらっしゃい! ちょっと待ってねー!」
キッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパンプキンプディングに生クリームを添えて運んで来ました。ライブの準備で踊っていても、お菓子や料理に手抜きは無しです。
「はい、どうぞ。沢山あるから、お土産も持って帰ってね♪」
「それなんだけど…。ぶるぅも踊りたいらしいんだ。こないだから覗き見していて、ぼくも一緒に踊りたいなぁ…って言っててさ」
「「「ぶるぅ!?」」」
よりにもよって悪戯小僧の「ぶるぅ」が…ですか? いえ、それ以前に、アドス和尚は「ぶるぅ」に会ったことがありません。勝手に面子を増やそうだなんて、そんなこと…。
「………。ぶるぅがねえ……」
どうするかな、と会長さんは暫く考えていましたが。



「まあ、いいか。賑やかになるし」
「お、おい! 親父はぶるぅを知らないんだぞ、分身しましたとでも言うつもりか!?」
別の世界があるとは言えん、とキース君が噛み付けば。
「そこは何とでもなるんだよねえ、永住しますってわけではないし…。ほら、夏のマツカの別荘なんかは既に顔パスの世界だろう? 似てますね、ってレベルで済むわけ」
「そ、そういえば…。別荘もそうだし、旅行も一緒に行ってるな…」
「そうだろう? そっくりさんが踊っていれば見栄えもするしさ、ここは歓迎ということで」
でも練習は必須だよ、と会長さんがしっかり釘を。元老寺ライブは既に檀家さんに案内状が出されています。失敗しましたでは済みませんから、いくら「ぶるぅ」が悪戯好きでもキッチリ務めて貰わねば…。
「ああ、その点は大丈夫! ぶるぅは踊りたくって仕方ないから、自主練習をしてるんだ。ぶるぅが考えた振り付けを真似して青の間とか公園で踊っているよ」
「本当かい? それじゃ次から連れておいでよ、此処じゃ狭いし場所を借りよう。ほら、前に行ってたフィットネスクラブ。…あそこ、ぼくは今でも会員だからさ」
体操教室をやってるフロアを貸して貰おう、と会長さん。フィットネスクラブといえば、プールを借りていた所です。人魚泳法の練習をするとか言って貸し切るためにVIP会員になった会長さんですけど、未だに会員やってましたか…。
「え、だって。あそこ、仲間がやってるんだし…。ソルジャーともなれば永久VIP会員だよね」
「あったね、そういうフィットネスクラブ!」
懐かしいなぁ、とソルジャーも記憶を遡っているようでしたが。
「…そうだ、ぶるぅズとハーレイズ!」
ポンと手を打ったソルジャーの台詞で鮮やかに蘇った人魚の競演。…人魚泳法って所で記憶にストップがかかっていたのに、外れちゃいました、あっけなく。ぶるぅズが銀色の尻尾の人魚で、ハーレイズの尻尾はショッキングピンク…。
「うん、ライブでぶるぅズ再結成なら、この際、ハーレイズも再結成!」
それが最高、とソルジャーが拳を突き上げて。
「ぼくのハーレイを呼んでくるから、こっちのハーレイを動員してよ。でもって『かみほー♪』で踊らせるんだよ、ぶるぅズのバックダンサーで!」
「「「…………」」」
えらいことになった、と誰もが顔面蒼白でしたが、言い出したら最後、後に引かないのがソルジャーで。元老寺ライブは「そるじゃぁ・ぶるぅ」オンステージからグレードアップしそうです。教頭先生とキャプテンがバックダンサーだなんて、それってインパクト強すぎですって…。



何の因果か、ぶるぅズ&ハーレイズ。ソルジャーのゴリ押しで元老寺の本堂を背景に踊る面子は四人に増えてしまいました。キース君がアドス和尚に恐々お伺いを立てに行ったものの、「賑やかなのは大いによろしい」と呵々大笑で通ったそうで。
「…親父には説明したんだが…。教頭先生も踊るのですが、と」
「アッサリ通ってしまったんだろ、ぶるぅのライブが通るんだからさ」
ストッパーを期待するだけ無駄だ、と会長さんはとっくにお手上げ。ソルジャーが出てきた段階で会長さんの負けは決まっていたのです。教頭先生を動員する件にしたって従うしかなく、週末の今日が初めての練習日。フィットネスクラブの貸し切りフロアに朝イチで集合していると。
「すまん、遅くなった」
教頭先生が体操教室の扉を開けて現れました。
「…ダンスを踊れという話だったな? バレエではなくて」
「そっちは君しか踊れないしね」
シンクロ率が大切なんだ、と会長さん。
「ぶるぅの踊りに合わせて踊る! それが君たちの仕事なんだよ、ぶるぅズがステージの主役なんだし」
「かみお~ん♪ ハーレイ、よろしくね!」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が挨拶した所でソルジャーと「ぶるぅ」、それにキャプテンが空間移動で御到着です。これで面子は揃いましたが…。
「その服でダンスは無理ですよ」
教頭先生がキャプテンの制服を指差して。
「ブルーに言われて二人分のジャージを持って来ました。ロッカールームはあちらです」
「すみません。有難くお借りさせて頂きます」
肩を並べて出て行った二人が着替えてくるなり音楽スタート。大音量の『かみほー♪』に合わせて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が軽やかに踊り、「ぶるぅ」もピッタリ息が合っています。自主練習をしていたと聞くだけあって流石ですけど、このダンスは…。
「わ、私たちがアレを…」
「そっくりに踊れというわけですか…?」
ジャンプはともかく宙返りにバク転、小さな身体のぶるぅズには無理なくこなせる技でも教頭先生たちにとっては大技で。
「む、無理です、私にはとても…!」
キャプテンが尻込みするのをソルジャーが肩をガシッと押さえて。
「お前には無理かもしれないけどねえ、こっちのハーレイは武道のプロだ。そこそこ練習を積めばモノになるんじゃないかと思う。その段階で技をサイオンでコピーして貰えば…。出来るよね、ハーレイ?」
視線を向けられた教頭先生、ウッと息を飲み、ぶるぅズのダンスを見ていましたが。



「…私も男です、やってみましょう。その上で技をコピーするのは構わないのですが、まるで基礎が無いと身体に負担がかかりますので…。基本の運動やストレッチなどは必須ですね」
「だってさ、ハーレイ。お前、日頃から運動不足だしねえ…。この際、柔道なんかも覚えてみたら? あ、こっちのハーレイはダンスの練習で忙しいから、そこの子たちに弟子入りで」
「「「えぇっ!?」」」
話を振られた柔道部三人組、まさに晴天の霹靂です。けれど基礎が無いキャプテンに宙返りだのバク転だのが危険なことは間違い無くて。
「…とりあえず、準備運動から始めてみるか?」
キース君が他の二人に確認を取り、シロエ君が。
「ハーレイズから時間が経ってますしね…。あの時はプールがクッションでしたし、サイオンで宙返りとかの反則行為も出来ましたけど、今回は水じゃないですし…。受け身の練習も要りそうです」
「柔軟体操も要ると思いますよ」
とにかく筋肉を柔らかく、とマツカ君。キャプテンは端の方に連れて行かれて準備運動、ストレッチ。柔軟体操が始まると痛そうな悲鳴が上がりましたが、教頭先生の方はそれどころではなく。
「ぶ、ぶるぅ、本当にここで二回連続でバク転なのか?」
「でないと曲と合わないんだもん!」
「かみお~ん♪ ハーレイ、お疲れ気味なの? あのね、ぼくの方のハーレイは昨夜もね…」
ヌカロクで凄かったんだから、と「ぶるぅ」が説明してくれますけど、ヌカロクって意味不明のままなんですよね…。それって疲れるモノなんでしょうか、だったらキャプテン、災難かも…。
「いたたたたたた! む、無理です、これ以上、曲がりません~!」
「押すんだ、シロエ! マツカは膝をきっちり押さえろ!」
「ひぃぃぃぃ~っ!!!」
もうダメです、と絶叫するキャプテンの柔軟体操は容赦ないレベル。お疲れの身体にはキツそうですけど、ソルジャーは。
「柔軟体操もいいかもねえ…。身体がうんと柔らかくなれば、バリエーションが増えそうだ。これは思わぬ副産物! そこの三人組、もっと激しくしごいてくれていいからね!」
その一方で教頭先生は、会長さんに怒鳴られながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が踊るダンスをコピー中。ああ、またバク転、失敗です。柔道やバレエとは使う筋肉、違うんでしょうねえ…。



来る日も来る日もフィットネスクラブに通い続けて、ダンスに受け身に体操に。教頭先生がやっとのことで三通りのダンスをモノにした頃、キャプテンの柔軟体操や受け身もそこそこのレベルに到達しました。その間、練習が休みだったのは学園祭の前後だけで。
「や、やっとダンスを覚えましたよ、あなたにお伝え出来そうです」
頑張りました、と教頭先生がキャプテンに右手を差し出し、その手をキャプテンが強く握ってサイオンで技のコピーです。これで二人は見事ぶるぅズのバックダンサーとなったわけですが…。
「「「……うーん……」」」
何かが違う、と踊りまくる四人の『かみほー♪』を見ながら首を捻っている私たち。前列で可愛く飛び跳ねている二人は文句無しなのですけど、後ろの二人がいけません。踊りはキッチリ揃っていますし、何がいけないと言うのでしょう…?
「…目立ち過ぎかな、後ろの二人が」
しかもデカイし、と会長さんが呟けば、ソルジャーが。
「ああ、それ、ぼくも思ってた! だけどハーレイズは外したくないし、バックダンサーも欲しいしねえ…。何かこう……。目立たない方法って無いものかなぁ?」
「後ろに下がるというのは無しだぞ」
本堂の中では踊らせん、とキース君。ぶるぅズ&ハーレイズは元老寺の本堂前のスペースで踊るということに決まっていました。プロジェクション・マッピングもそれを前提としての投影です。教頭先生とキャプテンを後退させるとなったら本堂の方向へ下がるしか無く…。
「親父が本堂の中を許しても、俺が許さん! 妙な前例を作られてしまったら何が起こるか分からんからな」
「…君を論破するのは簡単だけどさ、それじゃイマイチなんだよねえ…。バックダンサーが本堂というのは本末転倒、踊るなら主役が踊るべき!」
つまり、ぶるぅズ! と会長さんは言い切ったものの、ぶるぅズが本堂でバックダンサーのハーレイズが前に出るのも許せないらしく。
「確かにいるのに目立たず控えめ、それが理想のバックダンサー! だけどハーレイのあの身体じゃねえ…。何を着せても目立つだろうし……。ん…?」
これがあったか、とパチンと指を鳴らす会長さん。
「そうだ、衣装が大切なんだよ! 隠れてます、って感じで忍者スタイル、これなら目立っても背景扱い!」
「忍者…? いいね、それ! 黒ずくめだから背景に自然に溶け込むし」
時代劇も大好きなソルジャーが賛成しましたけれど、会長さんはチッチッと指を左右に振って。
「ダメダメ、黒だと消えたも同然! 確かにいますってアピールしないとバックダンサーにならないよ。プロジェクション・マッピングは光で勝負だし、光を捉えて目立つためにも衣装は銀色のスパンコールで!」
「「「スパンコール!?」」」
何処の世界にそんな忍者が、と唖然としたのに、会長さんとソルジャーは乗り気。バックダンサーを従えて踊る「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」も乗り気。あまつさえ、ぶるぅズな二人は金色スパンコールの忍者スタイルで前で踊ると言い出しました。なんだか思い切り派手なのでは…?



そして、ぶるぅズ&ハーレイズの忍者な舞台衣装が出来上がり、シロエ君が頑張ったプロジェクション・マッピングの試験投影も無事に終わって、いよいよ当日。ソルジャーとキャプテン、それに「ぶるぅ」も揃って出掛けて行った元老寺では…。
「皆さん、本日はようこそお越し下さいました」
アドス和尚が、とっぷりと暮れた境内を埋める檀家さんたちにマイクで厳かに。
「元老寺プロジェクション・マッピングを始めます前に、まずは御本尊様にお念仏をお唱えいたしましょう。同称十念~。南無阿弥陀仏」
「「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」」」
十回唱えるのが基本だと聞くお念仏ですけど、抹香臭いイベントはパス。会長さんとサム君はともかくジョミー君は無視していますし、一般人は無視でいいでしょう。ソルジャーだってまるっと無視です。そもそも此処へ来ている理由は、ぶるぅズ&ハーレイズのライブを見るためで…。
「…南無阿弥陀仏。それでは皆さん、大いにお楽しみになって下さい!」
いざ開幕! と告げるアドス和尚はキャプテンや「ぶるぅ」の正体に全く気付いていませんでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のステージを盛り上げるために教頭先生と同じく動員された誰かなのだと思っています。ステージ弁当を用意してくれたイライザさんも同様で…。
「「かみお~ん♪」」
金色の忍者な「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」が本堂の正面に登場した瞬間、本堂は巨大なスクリーンに。シロエ君が頑張っていた映像です。後光のように光り輝く線の中心に、ぶるぅズが。光が広がり、銀色の忍者なバックダンサー、ハーレイズが後ろに現れました。
「「「……スゴイ……」」」
練習で見ていた時より遙かに凄い、と私たちまでが大感動。あんなに渋っていたキース君でさえも墨染の衣でステージと映像に見惚れていたり…。歌って踊って『かみほー♪』三昧、四人の忍者が宙返りやらバク転やら。小さなぶるぅズ、金色の衣装が映えまくってますから完全に主役。
「忍者の衣装は正解だったね、君の提案に感謝だよ」
ハーレイズがちゃんとバックダンサー、とソルジャーが感心すれば、会長さんは。
「ぼくの方こそ、感謝かな。ぶるぅのライブを此処まで派手に演出できたのは君のお蔭さ、ホントなら一人で歌って踊っておしまいなだけのステージだったし…」
ありがとう、とソルジャーに頭を下げる会長さん。元老寺ライブは檀家さんの他にも噂を聞き付けた近所の人たちで大入り満員、シロエ君の力作のプロジェクション・マッピングを撮影している人も大勢います。ソルジャーが最初に現れた時はエライことになったと思いましたけど…。
「大成功よね、このライブ」
スウェナちゃんも撮影に燃えていました。元ジャーナリスト志望だっただけに、素敵な記録が撮れそうです。シロエ君も自前のカメラをあちこちに据えて録画していますし、これはダビングして貰わなくっちゃ~!



『かみほー♪』が三回も踊られたライブは大歓声の間に無事に終わって、締めはアドス和尚の先導でまた十回のお念仏。短いながらも素晴らしかった舞台を務め上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と教頭先生たちの慰労のために、と庫裏のお座敷にイライザさんが御馳走を準備してくれていて。
「じゃあ、ぶるぅズとハーレイズの健闘を讃えて……。乾杯!」
会長さんの音頭で私たちはジュースのグラスを掲げました。忍者の衣装から私服に着替えた教頭先生とキャプテンはビール、会長さんとソルジャーのグラスにもビール。
「「「かんぱーい!!!」」」
賑やかにグラスが触れ合うお座敷にアドス和尚とイライザさんの姿はありません。キース君は法衣のままですけれど、私たちだけの気楽な宴席ということで…。
「お疲れ様でした、教頭先生」
キース君が教頭先生にビールを注げば、ソルジャーも負けじとキャプテンに。
「どうぞ、ハーレイ。今日でステージも無事に終わったし、後は今後に生かすだけだね」
「「「???」」」
なんのこっちゃ、とビールを注ぐソルジャーに注目の私たち。このステージを今後に生かすって、キャプテン、あちらの世界で「ぶるぅ」と『かみほー♪』を踊るとか…?
「あ、違う、違う! どっちかと言えば、ぶるぅはお邪魔」
「かみお~ん♪ 大人の時間は、ぼくは土鍋の中だもん! ハーレイ、今夜から頑張るんだもん!」
もう疲れても大丈夫だからヌカロクだもんね、と「ぶるぅ」はニコニコ、ソルジャーは。
「そういうこと! 体力もついたし、身体もすっかり柔らかくなったみたいだし…。どのくらいグレードアップしたのか、もう、楽しみで、楽しみで」
「ちょ、ちょっと…。その先、禁止!」
言わないように、と会長さんがストップをかければ、ソルジャーは「そう?」と微笑んで。
「それじゃ話を切り替えて…、と。今日のステージ、お念仏だと何回くらいに相当するわけ?」
「さ、さあ…。大勢の人がお念仏を唱える切っ掛けになったわけだし、どのくらいだろう? 阿弥陀様がどう評価なさるかは分からないけど、とにかく、沢山」
多いことだけは間違いない、という会長さんの答えに、ソルジャーはとても満足そうに。
「それは良かった。…ハーレイ、お念仏を凄く稼げたらしいよ、努力した甲斐があったよね。これで極楽にお世話になる時、いい蓮が貰えるといいんだけれど」
でも阿弥陀様からは遠いのがいいな、とウットリしているソルジャーが何を夢見ているのか、嫌と言うほど分かりました。キャプテンと二人で過ごすための蓮で、確か色にも指定があって…。
「ハーレイの肌の色が映える蓮の色ってどんなだろうねえ、シロエが投影していた中にも蓮は色々あったけど…。ピンクなのかな、それとも白かな? 青の間のイメージで青っていうのもいいかもねえ? どう思う、ブルー?」
高僧としての君の意見を、と訊かれた会長さんがブチ切れるのとキース君の怒声は同時でした。
「余計なことを考える前に、君もお念仏に精進したまえ!」
「貴様ぁ! よくもそういう穢れた気持ちで御本尊様の前でライブなんぞを!」
許さんぞ、と怒鳴り付けるキース君にソルジャーはヒラヒラと右手を振ってみせて。
「ライブはぶるぅとハーレイだってば、そっちは純粋に踊ってただけ! お念仏パワーで理想の蓮をゲットなんだよ、君も祈ってくれるんだろう? ぼくが贈った桜の数珠でね」
だから今夜もハーレイと二人で極楽へ…、と語るソルジャーが言う極楽とは、多分、天国のことでしょう。ヌカロクってそんなにいいんですかねえ、ぬかるみみたいに聞こえますけど…。足を踏み入れたら逃れられない中毒性でもあるのかな? ともあれライブは大成功ですし、ヌカロクに乾杯しときます~!



           踊って元老寺・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ぶるぅズ&ハーレイズを覚えてらっしゃった方はおいででしょうか?
 人魚ショーなお話は特別生ライフ二年目の 『特訓に燃えろ』 でした。
 ご興味のある方は覗いて下さいv → 『特訓に燃えろ
 次回は 「第3月曜」 5月19日の更新となります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、4月は恒例のお花見なのですが…。またもソルジャー夫妻乱入?
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらv








※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





シャングリラ学園は今日から楽しい夏休み。今年の夏は何をしようかと相談するため、私たちは会長さんの家にお邪魔していました。大体の予定は既に立っています。柔道部の合宿が終わるのを待ってマツカ君の山の別荘にお出掛けするか、はたまた別の所へ旅行に行くか。
「海の別荘行きはもう確定になっちゃってるしねえ…」
会長さんが苦笑しながらアイスティーを一口飲んで。
「ブルーの結婚記念日と何処かで必ず重なるように、と日付指定までついてるしさ。自由になるのは其処以外! 山の別荘? それとも旅行?」
「んーと…。キースの予定は?」
どうなってるの、とジョミー君。夏休みに一番自由が無いのは副住職なキース君です。お盆を控えて卒塔婆書きやら、他にも色々。
「俺か? 俺はお前と違うからな…。卒塔婆はきちんと計画的に書いている。葬式の二つや三つくらいは乱入したって問題無い。親父の分を押し付けられてもイチ徹くらいで多分、なんとか」
「だったら旅行も大丈夫なわけ?」
「そのつもりで準備しているぞ。親父も俺が遊びに行くのは仕方が無いと思っているしな、高校生活をやっている以上」
だから全く問題ない、とキース君は余裕たっぷりでした。そうなると何処へ行くかは選び放題、好き放題。山の別荘もいいんですけど…。



「南の島でリゾートなんかも良さそうですよ」
シロエ君がパンフレットを広げました。旅行会社の国内旅行のを端から掴んで来たようです。
「水牛が引く車で海を渡るって楽しそうだと思うんですけど」
「かみお~ん♪ それ、行きたい!」
楽しいんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は水牛車の写真に見入っています。
「あのね、これってゆっくり動くんだけど、暴走しちゃったら凄いんだから!」
「「「暴走!?」」」
「うん! 牛さんがビックリしたらガタガタガタって走り出すの! 放り出されそうなくらい揺れて楽しいの!」
絶叫マシーンとは違う楽しさ、と言われましても。それは危険と言うのでは…。
「ぶるぅ、それって怖くねえか?」
サム君の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はケロリとして。
「んーと…。お尻がちょびっと痛いだけだよ、だけど泣いてた人もいたかなぁ?」
「「「………」」」
そう言えば「そるじゃぁ・ぶるぅ」も会長さんと同じくタイプ・ブルーです。第一宇宙速度とやらを突破して飛べる能力を持っていましたっけ。暴走水牛車のスピードなんかはスローモーションみたいなもので。
「…す、水牛の車はやめといた方が良さそうですね…」
他のにしましょう、とシロエ君。スキューバダイビングの体験だとか、もっと手軽に海中散歩をしたい人のためのシーウォークとか。南の島は遊べるもので一杯です。
「俺は外国でもかまわないぞ?」
非日常に惹かれるんだ、とキース君が割り込みました。
「南の島でもお盆はついてくるからな…。この際、一切、忘れてパァーッと」
「ふうん? 副住職の台詞とも思えないねえ…」
アドス和尚が聞いたら何と言うやら、と会長さんに皮肉られてもキース君はフンと鼻を鳴らしただけで。
「俺は早々に副住職になっちまったが、同期はまだまだ遊んでいるぞ。自転車で世界中を旅してるヤツもいるんだからな。あれはあれで修行になるらしい。それに檀家さんと世間話をするには旅は格好のネタなんだ」
国外を推すぜ、とキース君はパンフレットを取り出しました。えーっと、B級グルメツアーですか? いろんな国で三泊四日くらいのコースが組まれているみたいですが、こんなのあるんだ…?



南の島か、国外ツアーでB級グルメか。B級グルメツアーの方は、いわゆる豪華なエスニック料理を食べ歩く旅とは違うようです。下町の食堂や屋台がメインで、地元民御用達の現地料理を味わう趣向。間にちょこっと観光もあって。
「かみお~ん♪ これも楽しそう!」
お料理のお勉強も出来ちゃいそう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が釣れました。今日の昼食はトムヤムクンと白身魚のカレー炒めだと聞いていますが、現地で食べればバリエーションも豊富そうです。私たちの胃袋のためにはB級グルメツアーがいいかも?
「ぶるぅのレパートリーが増えそうなのは南の島より国外だよなあ…」
俺もそっち、とサム君が挙手。ジョミー君も手を挙げ、スウェナちゃんも。えーっと、どっちにしましょうか? 南の島も捨て難いですけど…。
「ぼくは南の島に一票」
「「「!!?」」」
いきなり余計な声が聞こえて、バッと振り返った先にはソルジャーが。紫のマントを優雅に翻し、ソファにストンと腰を下ろすと。
「ぶるぅ、ぼくにもアイスティーとケーキ」
「オッケー!」
ちょっと待ってね、とキッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が注文の品を運んで来ました。今日のケーキはバニラムースを涼やかなミントグリーンのメロンムースで包んだ一品。真ん中には赤肉メロンムースも入っているという凝りようで。
「うん、美味しい! ホテルのデザートも素敵だけれどね、やっぱりこっちが落ち着くかなぁ…」
大きく伸びをするソルジャー。
「これってマナー違反なんだってね、食事中に身体を伸ばすってヤツ。だからノルディはいつも個室を予約してくれてるんだよ、ぼくが自由に振る舞えるように」
「「「は?」」」
「え? ああ、ノルディね。昨日もちょっとデートをしてきたものだから…。ミュージカルを観に連れてくれてさ、その後でマナーの話題になって。…なんだったっけ、マイ・フェア・レディだったかな?」
「なるほどね…。マナーの話になるわけだ」
うんうん、と頷く会長さん。『マイ・フェア・レディ』と言えば下町の花売り娘にレディ教育を施すお話。エロドクターはソルジャーをレディに仕立て上げたい下心でもあるんでしょうか?
「え、そこの所は諦めてるって言ってたけれど? 「ブルーのようにはいきませんねえ…」って溜息つきつつ、ちょっぴり未練はあるってトコかな」
それで『マイ・フェア・レディ』なんだろ、と笑うソルジャー。



「どう考えても無理だよねえ? ぼくはマナーを仕込まれるどころか実験動物だったんだしさ。アルタミラから脱出した後も、生きるの優先でマナーどころじゃあ…。だけどノルディが残念そうに言ってた話じゃ、持って生まれた立ち居振る舞いだけは優雅らしいねえ?」
「「「あー…」」」
それは分かる、とソルジャーを見詰める私たち。空間を越えて現れる時に翻るマントはなんとも優雅な動きです。歩き方も決してガサツではなく、滑るようなと評してもいいほど。なのに食事の最中に伸びをするとか、気に入ったものは夢中でガツガツ食べまくるとか、こう、残念な部分も多く…。
「その点、ブルーは完璧なのに…ってノルディがブツブツ呟いてたよ。デートの相手が君の方なら、多分、文句は無いんだろうなぁ」
「ぼくが文句をつけるから! なんでノルディとデートなんか!」
御免こうむる、と仏頂面の会長さんに、ソルジャーは。
「えーっと…。君のマナーは何処で身についたんだろう? やっぱり、お寺で修行した時?」
「どうしてお寺が出てくるわけ?」
「ノルディが「高僧ともなれば色々と心得があるでしょうしね」と話してたから」
お茶にお花に…、と記憶を辿るソルジャー。
「でもって、そこまでの心得があれば相手への注文もうるさくなるって…。それこそマイ・フェア・レディの世界で」
「何さ、それ?」
「ん? ハーレイよりかは自分の方に分が有るだろうって言っていたけど? 君に釣り合う結婚相手」
「お断りだし!」
そういう以前の問題だから、と会長さんは眉を吊り上げています。いくらエロドクターが紳士であると主張したって、会長さんが結婚なんかするわけないじゃないですか…。



「お断りねえ…」
もったいない、とソルジャーはケーキを頬張りながら。
「結婚以前の問題だから、って君は言うけど、ハーレイが理想のタイプだったら? 結婚したいと思ったりして」
「思わないっ!」
「さあ、どうだか…」
喋りながらもケーキを口に入れるのですから、これまたマナー違反です。会長さんなら一口サイズにカットして食べて、頬張ったままでは決して話さないような…。そういう細かい部分を除けばソルジャーの仕草は優雅なもので。
「君の理想は高そうだっていうノルディの意見にぼくも賛成。もしかしてハーレイを理想のタイプに教育出来たらロマンスが芽生えたりしないかい? マイ・フェア・レディみたいにさ」
「有り得ないし、それ!」
結婚するなら絶対に女性、と会長さんは顔を顰めて。
「フィシスという女神がいるっていうのに、なんで男と結婚なんか! フィシスはぼくの理想の女神で、もう何もかもが最高で…。……ん……?」
ちょっと待てよ、と言葉を切った会長さん。
「マイ・フェア・レディか……。旅行するよりいいかもしれない」
「「「は?」」」
「夏休みはハーレイも暇にしてるし、マイ・フェア・ハーレイはどうだろう? 旅行の代わりにハーレイを仕込む!」
「いいねえ、やっぱりヌカロクとか?」
相槌を打ったソルジャーに会長さんの鉄拳ならぬサイオンが飛び、パシーン! と派手な音がしました。シールドに跳ね返されたのです。でも、ヌカロクって未だに意味が不明ですよね…。
「危ないじゃないか、いきなり攻撃するなんて!」
「君は余裕で避けられるだろう、今みたいにさ! ハーレイだってタイプ・グリーンだ、サイオン攻撃は通用しない。だから言葉でネチネチと! その程度のことも出来ないのか、といびり倒して遊ぶわけだよ。それがマイ・フェア・ハーレイ計画!」
面白くなるに違いない、と会長さんの赤い瞳が煌めいています。
「ぼくがハーレイの家に一人で行くのは禁止だけれど、ハーレイがぼくの家に来るっていうのは特に禁止はされてない。ハーレイをこの家に住み込ませてさ、理想の男とやらに教育」
「ヌカロクは外せないだろう?」
懲りずに口にしたソルジャーの頭に会長さんの拳がゴツン。直接攻撃は想定していなかったらしいソルジャー、頭を押さえて呻く羽目に。



「いたたたたた…。暴力反対!」
「それなら黙っているんだね。そっち方面の教育を施すつもりは無いんだ、あくまで日頃の生活態度! 高僧としての視点から見た、非の打ちどころのない仏弟子ってヤツさ」
「「「仏弟子!?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちは目をむき、キース君が。
「お、おい…! 俺はお盆を忘れたいんだと言った筈だが…」
「君も協力するんだよ! 後輩いびりは道場の華だ。殴る蹴るは指導員の愛だと噂の鉄拳道場、今も存在してるよね。あそこの教師になったつもりで日頃の憂さを晴らしたまえ」
お盆の前には道場も地獄、と会長さんはニヤニヤと。
「毎日の修行だけでも大変な所へ本山のお手伝いが入るからねえ、愛の鞭も自然と多くなる。君もお盆を忘れる勢いでハーレイをビシバシ殴ればいいさ」
「い、いや、俺はそこまでは…!」
「じゃあ、柔道部の合宿で受けた厳しい指導を返すつもりでビシビシと! いいかい、マイ・フェア・ハーレイ計画だ。ぼくの予定に変更は無い。君たち全員、泊まり込みでハーレイを指導するように!」
教育方針はぼくが決める、とブチ上げている会長さん。教頭先生には『理想の花婿養成道場』と銘打った案内を出すのだそうで…。
「ぼくの家に泊まれるというだけでハーレイが釣れるのは間違いない。旅行がオシャカになった恨みはハーレイへの鉄拳に変えるんだね」
「「「て、鉄拳…」」」
そんなの無理です、と言いかけた横からソルジャーが。
「君たちに無理なら、ぼくがやってもいいんだけれど? あ、それだと逆に喜んじゃうかな?」
「ハーレイにマゾっ気は無いと思うけど…。って、君も来るわけ!?」
なんでまた、と会長さんが口をパクパクさせればソルジャーは。
「南の島に一票と言ったよ、旅行に行こうと思ってたんだよ! ハーレイと二人じゃ出られないけど、ぼく一人なら四日くらいは…。それでマイ・フェア・ハーレイ計画は何日からかな?」
予定を空けておかなくちゃ、とソルジャーは既にノリノリでした。この人がミュージカルを観に行かなかったら南の島か外国に旅行だったのに…。エロドクターもお怨み申し上げます、なんでマイ・フェア・レディなんか観にソルジャーを誘ったんですか…!



山の別荘か旅行だという夏休みの予定は見事に砕け散りました。会長さん曰く、マイ・フェア・ハーレイ。理想の花婿養成道場と称して教頭先生をいびり倒す計画です。そんな事とは夢にも知らない教頭先生、大喜びで参加を表明なさったそうで…。
「えーっと…。本気でやるわけ、マイ・フェア・ハーレイ?」
おずおずと尋ねるジョミー君。柔道部の合宿は一昨日で終わり、休養期間を経て今日から養成道場が始まる予定。キース君が行きたかったB級グルメツアーに因んで日程は三泊四日です。
「本気でやらずにどうするんだい?」
もうハーレイを呼んだんだから、と会長さんがニッコリと。
「君も今日から指導員だよ、璃慕恩院での経験を大いに生かしたまえ。柔道部の合宿期間中は君とサムは璃慕恩院で修行体験! 毎年のことだし、もう慣れただろ?」
「そりゃそうだけど…。なんか年々、厳しくなってる気がするけれど…。でも鉄拳は飛ばないよ?」
「子供相手の修行体験だし、鉄拳は無いさ。だけど指導員は怖いだろう? 廊下に立てとか、正座してろとか」
「う、うん…。今年も派手にやられちゃった…」
毎年失敗するんだよね、とジョミー君は肩を落としています。一緒に行くサム君の方は順調に修行を積んでいるのに、それとは真逆のジョミー君。今年もお念仏の声が小さいと怒鳴られ、境内で発声練習の刑を食らったとか。
「その恨みを全部ハーレイにぶつけるんだよ、仏弟子修行に来るわけだしね。本人は花婿養成道場だと信じてるけど、そこは上手に誤魔化すからさ」
「…どうする気さ?」
ソルジャーが疑問をぶつけました。
「花婿と仏弟子じゃ似ても似つかないよ、マイ・フェア・ハーレイにならないけれど?」
「分かってないねえ、ハーレイが来たらすぐに解けるよ、その辺の謎! 君も指導員をやるんだろう? ちゃんとマニュアルをチェックする! 他のみんなも!」
「「「はーい…」」」
会長さんが作ったマニュアルはプリント数枚。教頭先生の行動と会長さんの指導方針を照らし合わせた上で鉄拳だとか報告だとか、実に細かく書かれています。覚えられるわけがない、と思ったのですが、そこはサイオンでの反則技。会長さんに叩き込まれてサラッと頭に入ってしまい。
「歩幅までチェックが入るんですねえ…」
厳しいですね、とシロエ君が肩を竦めれば、キース君が。
「いや、坊主の世界では歩幅は基本だ。茶道もそうだが、美しい所作をしようと思えば必須になる。教頭先生のお身体ではキツイ幅だと思うがな…」
「畳を三歩ですからねえ…。教頭先生なら長い方でも三歩だっていう気がしてきましたよ」
大股で行けば、とシロエ君。畳の狭い方の幅を三歩で歩くというのがマイ・フェア・ハーレイの鉄則でした。長い方なら六歩です。これを叩き込むために廊下に目印が付けられ、私たちが監視する仕組み。畳敷きの和室では会長さんとキース君、マツカ君が監視するそうで。
「大丈夫なのかよ、教頭先生…」
ヤバそうだぜ、とサム君が頭を振り振りマニュアルをチェック。鬼の指導員にはなれそうもないとか言ってますけど、会長さんの愛弟子で公認カップルを名乗るのがサム君。いざとなったら凄かったりして…、と期待しないでもありません。教頭先生、頑張ってクリア出来るといいんですけど…。



それから間もなく、リビングにいた私たちの耳にチャイムの音が聞こえて来ました。教頭先生の御到着です。すかさず玄関へと駆け出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声が元気良く…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「すまないな、ぶるぅ。今日から暫く世話になるが…」
ボストンバッグを提げた教頭先生が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に案内されてリビングへ。花婿養成道場ですから緊張しておられるのが分かります。
「やあ、ハーレイ。よく来てくれたね」
「い、いや、こちらこそ、よろしく頼む」
深々と一礼なさった教頭先生に、会長さんがソファを勧めて。
「どうぞ、座って。…まずは道場の心構えについて話しておこうと思うんだ」
「う、うむ…。花婿養成道場と聞いたが、そのぅ……」
頬を赤らめる教頭先生。誰の花婿かは一目瞭然、赤くならない方が変でしょう。会長さんはクスクスと笑い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が淹れた紅茶を一口飲むと。
「ハーレイ、君も道場の前に紅茶で一服しておきたまえ。道場が始まった後に自由は無いよ?」
「分かっている。お前に相応しい男を目指すんだったな」
「うん。道場のサブタイトルも見てくれたよね? マイ・フェア・ハーレイ」
「あ、ああ…。本当なのか?」
何やら恥ずかしいのだが、と教頭先生が頬を染めれば、会長さんは艶やかな笑み。
「あれはね、ブルーが観てきたっていうミュージカルから拝借したわけ。君も知ってるよね、マイ・フェア・レディは?」
「もちろんだ。…つまり私ではお前の花婿にはまだ不足だと…」
「そういうこと。君はキャプテンだし、シャングリラ学園の教頭でもある。それなりの地位はあるわけだけど、ぼくのパートナーとしてはどうだろう? ソルジャーや生徒会長としてのぼくなら充分に釣り合っているんだけれども、ぼくにはもう一つの顔がある」
普段は表に出さないけれど、と会長さん。
「…銀青としての顔というのも大切なんだよ、ぼくにはね。その銀青はもはや伝説の域だ。いつか自坊を…自分のお寺を構えるとなったら、君は釣り合うと言えるのかい?」
「……そ、それは……」
ウッと息を飲む教頭先生。なるほど、花婿と仏弟子はこうやって結び付きますか! ソルジャーが小さく吹き出していますが、教頭先生は気付いていません。



「こ、高僧としてのお前とは……釣り合わないかもしれないな……」
「一応、自覚はあるんだね? 坊主の世界は上下関係に厳しいんだよ。お坊さん同士で結婚した場合、生まれたお寺の格が違えば結婚生活に差し障る。花嫁が住職を務めるお寺に格下のお寺から婿入りするとね、法要にも出して貰えなかったりしちゃうわけ」
これは本当のことだから、と会長さんがキース君に確認をすれば、キース君は。
「…そういう事実もあるようです。そして花嫁が住職でしたらまだマシです。住職になる気は無い女性が住職にする婿を探した場合、婿入りした後にいびられるケースも多々あります」
「そ、そうか…。で、では、私がブルーを嫁にするなら…」
「思い切り日蔭の立場になるかと…。だからと言って一切表に出ないわけにもいきません。法要を営む場合は裏方が必須になりますので」
俺の家だと母がそうです、とキース君。
「自分は表だって動かないとしても、法要に出て下さる人に失礼が無いか、色々と気配りが必要です。細やかな心遣いをするには、お寺というものを知っていないと難しいかと思いますが」
「て、寺か…? 私には縁が無いのだが…」
教頭先生の額に汗が噴き出し、会長さんが嫣然と。
「それでマイ・フェア・ハーレイなんだよ。あれに倣って君を厳しく指導しようと思ってる。三泊四日でモノになったら、ぼくの花婿候補の資格有り。ダメな場合は顔を洗って出直して来いってことになるけど、トライしてみる?」
「もちろんだ! 銀青としてのお前と釣り合うためには何が要るのか分からんが…。私も男だ、申し込んでおいて回れ右するような真似はせん!」
「いい覚悟だねえ、大いに結構。それじゃ頑張って貰おうか。三泊四日、形だけでも僧侶の世界を体験しながら身につけてもらう。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
トトトトト…と走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えて来た物は法衣一式。白い着物と墨染の紗のセットものです。それと輪袈裟と。
「まずは形から入ることだね、出家しろとは言わないからさ。銀青を嫁に貰った男ともなれば、誰もが出家を期待する。そうなった時に慌てないよう、今から修行を」
「…しゅ、出家…?」
「嫌ならやめていいんだよ? 花婿の資格が無くなるだけだし…。ぼくも銀青の名を名乗る以上、パートナーが在家というのは外聞が……ね。あ、出家は結婚してから、いずれ折を見て」
「わ、分かった、覚悟はしておこう…」
今すぐ出家では無いのだしな、と教頭先生は腹をくくったみたいです。いきなり法衣はビックリでしょうが、ジョミー君だって棚経のお供で着てますしねえ?



形からと言われた教頭先生。並べられた法衣一式を前に腕組みをして…。
「…ブルー、これはどうやって着ればいいのだ? 普通の着物と同じなのか?」
「さあねえ、仮装で着せられたことがあっただろう? 覚えてないかな、とにかく自力で着てみることだね」
指導員はそこに大勢いるから、と指差されたのは私たち。副住職なキース君と僧籍のサム君、ジョミー君の三人は朱扇と呼ばれる骨の部分が朱色に塗られたお坊さん仕様の扇子を右手に持っていました。教頭先生がミスをした時、それでバシッと叩くのです。
「じ、自力でか…。ふうむ……」
とにかく脱ぐか、と教頭先生は着てきたワイシャツを脱ぎ捨てましたが、そこでパシッと朱扇の音が。キース君が床を打った音です。
「教頭先生、お脱ぎになった服はきちんと畳んで頂きます。後で纏めてというのではなく、順番に」
「す、すまん…!」
迂闊だった、と平謝りの教頭先生。会長さんの声がのんびりと…。
「坊主たる者、いかなる時でも他人様の目があると思っていないとねえ…。人に見られて困る姿はしないことだよ、畳んでない服って、みっともないだろ?」
「あ、ああ…。これからは気を付ける」
教頭先生はズボンを脱いでキッチリと畳み、続いて脱いだ夏物のステテコを畳もうとしたのですけれど。パシッと鳴らされたキース君の朱扇。
「…な、なんだ!?」
「畳むようにとは申し上げましたが、パンツ一丁というのは如何なものかと…。先に襦袢を着けて下さい」
TPOが大切です、とキース君。確かに紅白縞だけの姿で人に見られるのと、襦袢姿を見られるのとでは恥ずかしさの度合いが違います。教頭先生はオタオタしながら襦袢を身に着け、ステテコを畳み…。そこで会長さんの声が再び。
「ステテコは履いてても良かったんだよ、多少暑いかもしれないけどね。ステテコを脱いだ以上は腰巻が要るよ、頑張りたまえ」
「こ、腰巻…」
どうするんだ、と一枚布な腰巻を広げた教頭先生にキース君の朱扇が炸裂。
「そんな巻き方では歩けません。法衣もそうですが、動けないと話になりませんので」
此処と此処、と教頭先生の身体をパシパシと朱扇で打つキース君はマイ・フェア・ハーレイのマニュアルを忠実に実行中です。殴る蹴るとは行かないまでも朱扇攻撃は打たれる方には精神的なダメージが大。ジョミー君が小声でボソボソと。
「怖いんだよねえ、朱扇ってさ…。アレをパシッと鳴らされるだけで軽くパニックになったりするんだ、修行体験ツアーのトラウマってヤツ」
「そうなんですか? ジョミー先輩でもパニックだったら教頭先生は…」
初体験だけにショックですよね、とシロエ君。
「かなり萎縮してらっしゃいますけど、キース先輩、容赦ないですし…。あ、またやってる」
パッシーン! と響く朱扇の音。教頭先生が法衣を着け終わるまでの間に朱扇は何度も鋭い音を響かせ、恐ろしいアイテムとしての地位を確立しました。ジョミー君が面白半分に自分の手のひらを朱扇でパシンと一発叩いただけで、教頭先生は直立不動。
「い、今のは何かマズかったか!? 遠慮しないで言ってくれ…!」
「いえ、あのぅ…。ちょっと鳴らしただけなんですけど…」
ごめんなさい、とペコリと頭を下げるジョミー君と、大爆笑の私たちと。もはやパブロフの犬状態の教頭先生、三泊四日のマイ・フェア・ハーレイ、無事に乗り切れるでしょうか…?



こうして始まった会長さんの花婿養成道場の華は歩幅とお掃除タイムでした。畳の幅の狭い方を三歩、長い方なら必ず六歩。歩幅の大きい教頭先生、これがどうにもなりません。
「かみお~ん♪ ここで畳はおしまいだもんね! 歩きすぎ!」
ブルーがやれって言ったんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がハリセンで教頭先生の頭をパァン! 同時に気付いた他の誰かが朱扇でパシンと音を立てたり、ソルジャーが足を引っ掛けたり。足を取られた教頭先生が派手に転べば「静かに歩け」と朱扇と声とで警告が。
「た、畳がこんなに難しいとは…」
泣きの涙の教頭先生、何度やっても歩幅は直らず。しかし会長さんは冷たい声で。
「困ったよねえ、お寺と畳はセットものだし…。これじゃ恥ずかしくて人前に出すなんて出来やしないし、結婚式だって挙げられやしない。言っておくけど仏前式だよ、銀青としての結婚式はね」
畳敷きの本堂で挙げるものだ、とキツイ言葉を投げかけられても直らないのが歩幅です。けれど直さないとマイ・フェア・ハーレイな花婿養成道場の意味が無く、結婚式も挙げられず…。更に地獄なのがお掃除タイムで。
「教頭先生、掃除は本堂も対象ですので、歩幅は守って頂きます」
キース君の朱扇がパシパシ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のハリセンがパコーン! おまけに掃除の練習に協力すると称してソルジャーがスナック菓子の袋をあちこちで広げ、お菓子の欠片がポロポロと。
「あっ、零れた! ハーレイ、こっちも綺麗にしてよね」
「ま、またですか……」
疲れ果てた声の教頭先生を背後からキース君が朱扇でパッシーン!
「また一歩半のオーバーです。お急ぎになるのは分かるのですが、ガサツな動きはNGです」
それでは寺で暮らせません、と鉄拳ならぬ朱扇攻撃。お寺の修行は一に読経で二に掃除だとかで、掃除の時間が道場のスケジュールの大半を占めていたから大変です。教頭先生は朱扇に怯え、歩幅で萎縮し、あと一日という三日目の夜にはヨレヨレで。
「…す、すまん…。今夜は休んでいいだろうか?」
まだ明日が残っているのだから、と英気を養うべく就寝時間を迎えた途端に会長さんに申し出ましたが…。
「ふうん? 今日まで三日もあったんだけどさ、何処か向上してたっけ?」
何一つクリアしていないよね、と会長さんの冷ややかな笑み。
「お寺に必須の掃除もダメなら、歩く姿も人前に出せるものじゃない。明日があるって言っているけど、それで出来ると思ってる? 余裕があり過ぎて涙が出るよ。なんかアレだね、夏休みはまだ一日あるって言ってさ、宿題を全くやらずに全部残してる小学生とか思い出すよね」
「…そ、そんなつもりは…! 明日こそ必ず…!」
「徹夜してでもクリアしようとは思わないんだ? ぼくは徹夜でも付き合うつもりでいたんだけれどさ、練習に」
なのに寝るなんて最低だよね、と呆れられた教頭先生は。
「や、やる! お前が付き合うと言ってくれるなら、私は徹夜で」
「ヤリまくるって?」
「もちろんだ!」
決意を固めた教頭先生、相の手を入れてきたのが誰だったのかも確認せずに勢いよく返事したのが運の尽き。これぞ地獄の一丁目で…。



「…だってさ。ヤリまくるらしいよ、今夜は徹夜で」
凄いよねえ、と目を丸くして感心しているソルジャー。
「徹夜となったら一気にヌカロク、それとも四十八手を全部かな? どっちにしてもハードルの高さは半端じゃないけど、挑もうという心意気だけでも拍手モノだね」
パチパチパチ…とソルジャーは笑顔で拍手喝采。
「だけど、ブルーは花婿養成道場なんて言ってる段階だけに君の相手になりっこないし…。ヤリまくる相手は必然的にぼくだよねえ?」
「「「………」」」
話の趣旨がズレていることに私たちはようやく気が付きました。そして教頭先生も耳まで真っ赤になってしまって、オロオロと。
「…わ、私はそんなつもりでは…! や、やると言うのは練習でして…!」
「だから練習するんだろ? 花婿養成道場なんだし、そっちの稽古も必須だよ、うん」
でないとブルーに怪我をさせるし、とソルジャーは唇に笑みを湛えて。
「ぼくは経験多数だからねえ、相手が下手でも大丈夫! 手取り足取り教えてあげるさ、花婿の大事な心得ってヤツを。まずは何から練習したい? お望みだったらキスからでも…」
初歩の初歩でも奥が深いし、と唇をペロリと舐めるソルジャーに教頭先生の喉がゴクリと。ソルジャーは赤い瞳を悪戯っぽく煌めかせて。
「あ、ぼくを食べたくなってきた? それじゃ花婿養成道場らしく、最後の夜は実地で練習! ぼくを満足させられるレベルに到達してこそ真のマイ・フェア・ハーレイってね。ベッドがいい? それとも和室の方がいいかな、お寺なら畳に布団かなぁ? まずは二人で布団を敷こうか」
そして仲良くお床入り…、とソルジャーが教頭先生の手をギュッと握った途端。



「……お、お床入り……」
ツツーッと教頭先生の鼻から赤い筋が垂れ、大きな身体が仰向けにドッターン! と倒れて、それっきり。養成道場の制服である法衣を着たまま憐れ失神、鼻血の海に轟沈で…。
「ブルー? 君のせいだよ、この結末はね」
どうしてくれる、と会長さんが怒れば、ソルジャーは。
「えっ? 明日の朝までには起きるだろ? レクチャーをし損なっちゃったけれど、君のお望みは歩幅とか見た目だけだしねえ? そっちが残り一日で無理なんだったら特に問題ないと思うな」
でも歩幅よりも夜が問題、と譲らないのがソルジャーで。
「本気でマイ・フェア・ハーレイだったら夜も絶対大切だってば、君の理想に近づくためには避けて通れないトコなんだよ! そっちの方で自信がついたら男の魅力がグッと増すって!」
いつかはそっちも指導しなくちゃ、と燃えるソルジャーと、歩幅を理由に教頭先生を蹴り飛ばしたい会長さんとの言い争いは平行線。えーっと、今回の花婿養成道場とやらは遊びですから失敗したっていいんですよね? どうなんですか、会長さん…?
「失敗しちゃってなんぼなんだよ、今回は! マイ・フェア・ハーレイは最初から冗談、誰も本気じゃないってば!」
「でもさ、本物のマイ・フェア・ハーレイが出来上がるかもしれないよ? 今回はダメでも次回とか! 二回、三回と重ねて行こうよ、このイベントを!」
全面的に協力するから、と叫ぶソルジャーが心の底から夢見るものは会長さんと教頭先生の結婚生活に違いありません。自分の尺度で測っている以上、それが素敵なハッピーエンド。ですが、会長さんにはその結末は…。きっと合わないと思いますから、マイ・フェア・ハーレイは二度と勘弁です~!




                   相応しき伴侶・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 シャングリラ学園シリーズ、4月2日が本編の連載開始から6周年の記念日でした。
 完結後も書き続けて6周年を迎えられました、来て下さる皆様に感謝です。
 シャングリラ学園番外編はまだ続きます、しつこく続いてまいります。
 6周年記念の御挨拶を兼ねまして、今月は月に2回の更新です。
 次回は 「第3月曜」 4月21日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 ハレブル別館の方で始まりました転生ネタは、全て短編となっております。
 14歳の可愛いブルーと、大人で紳士なハーレイ先生のラブラブほのぼのストーリー。
 よろしかったらお立ち寄り下さいv
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 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。

毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、4月は恒例のお花見に出かけようとしておりますが…。
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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





風薫る五月、青葉の季節。ゴールデンウィークは終わりましたが、定期試験なぞ何処吹く風の特別生には迫る日程など無関係。今日も放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けて皆でのんびり、まったりです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日はエルダ―フラワーのケーキだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見た目も爽やかなババロア風のケーキを運んで来ました。ケーキの上にはクラッシュゼリー。これはなんとも美味しそう! ソファに腰掛け、紅茶にコーヒー。エルダーフラワーのシロップの炭酸割りも頼めます。
「あっ、ぼく、それにしようかな?」
ジョミー君が注文するとスウェナちゃんが続き、結局みんなが同じもの。しかし…。
「いいねえ、君たちはお気楽でさ」
ブスッとした声の持ち主は他ならぬ会長さんでした。
「一人くらいは訊いてくれるかと思っていたのに、誰一人として気が付かないし! ぼくはこんなに悩んでいるのに」
「あんたがか?」
冗談だろう、とキース君。
「そんな風には見えなかったぞ、いつもと何処が違うんだ? 大体だな、俺たちが来た段階では優雅に紅茶を飲んでたじゃないか」
「そりゃね…。飲まず食わずではいられないしさ、お昼もしっかり食べたけど…。このケーキだって食べるんだけど」
「だったら問題無いだろう? 悩みと言ってもせいぜいアレか、中間試験のことくらいだな。…ん? もしかして出られなくなったのか?」
それはマズイ、とキース君が青ざめ、私たちの手もピタリと静止。1年A組の定期試験に会長さんが登場するのはお約束です。クラスメイト全員の意識の下に正解を送り込んで満点を取らせるためで、一位が大好きなグレイブ先生も公認の行事。
「お、おい…。入学式の日の抜き打ちテスト以来、クラス中が期待しているぞ? 何もしなくても定期テストは満点だから、と予習復習は手抜きが横行、試験勉強なぞとは無縁の筈だが」
「そうだよ、ヤバイよ! ブルーが来られなくなったら大惨事だよ!」
どうするのさ、とジョミー君も大慌てですが、会長さんは。
「…誰が試験に出ないと言った? それにね、仮に何かで出られなくなっても打つ手はいくらでもあるってね。入試と同じで事前に問題は出来てるわけだし、それを失敬して正解を先に仕込んでおけばいいことなんだよ」
意識の下に、と会長さん。一種の暗示みたいなもので、試験問題を目にした途端に正解が浮かぶ仕掛けだそうです。そんな裏技があったとは…。
「やり方は他にも何通りもある。君たちの内の誰かを通して問題を見ながら正解を送るとか、事情に応じて何とでも…ね。そのくらい出来なきゃソルジャーはやってられないよ」
「なるほどな。…だったら何を悩んでいるんだ、シャングリラ号でトラブルか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「そっちだったら留守にしてるさ、現場に急行しなくちゃいけない。ついでにハーレイも出張扱いで学校にいないね、柔道部の方に居ただろう?」
「あ、ああ…。おいでだったな、ならトラブルというのも無いか…」
「ハーレイが学校に居るっていうのが問題なんだよ、そこが悩みの種なんだけど」
「「「は?」」」
教頭先生が学校にいらっしゃるのは常識です。昨日もその前もおいででしたし、授業や部活で教頭室が留守であっても、校内の何処かにおいでになるのが基本なのでは…?



狐につままれたような顔の私たち。教頭先生が学校にいらっしゃったら何がダメだと言うのでしょう? 会長さんはエルダ―フラワーのジュースをストローで一気に吸い上げ、炭酸で派手に咽せ込んでいます。よほど腹の立つことでもあったか、と戦々恐々で見守っていると。
「…うう、一気飲みなんてするんじゃなかった…。ぶるぅ、水」
「はぁ~い!」
どうぞ、と小さな手が差し出したグラスから再び一気飲み。相当に機嫌が悪いようです。これはコワイ、と腰が引け気味の私たちを他所に会長さんは紅茶を頼み、エルダ―フラワーのケーキを口に運ぶと。
「…分かってくれた? どのくらい悩んでいるのかは」
「ま、まあな…」
何があったんだ、とキース君の語尾も微妙に震えていたり…。会長さんはケーキを黙々と食べ、紅茶で喉を潤してから一枚の紙を取り出しました。
「…これ」
「「「???」」」
折り畳まれた紙はかなり大きめのもの。書類にしては何処か変だな、と思っていれば広げられたそれがテーブルの空きスペースに押し込まれて。
「昨日、帰ったら郵便で家に届いていたわけ。差出人はハーレイでさ、良かったら意見を聞かせてくれって」
「「「…何の?」」」
意図せずしてハモッた全員の台詞。大きな紙は設計図のように見えますけれど、シャングリラ号やシャトルなんかのものでは無くて、どちらかと言えば不動産広告のチラシで見かける見取り図っぽい感じですが…?
「見て分からないかな、設計図だよ! ハーレイが近々新築予定の自宅のね」
「「「はぁ?」」」
教頭先生、家を新築なさるんですか? 今のお宅はまだまだ使えると思うんですけど…。
「それが普通の反応だよねえ、ぼくだってポカンとしちゃったさ。ハーレイの家はこのマンションが出来たのと同時期に注文建築で建てた家だし、百年は余裕でいける設計。リフォームならともかく建て替えだなんて、正気の沙汰とも思えないんだ」
「…ひょっとして貯金が貯まったとか?」
ジョミー君が恐々といった様子で。
「なんだっけ、ブルーと結婚するために貯め続けているヤツだっけ? あれが充分な額になったんで家を建てる気になったんじゃあ…?」



「……ある意味、正解」
会長さんは超特大の溜息をフウと吐き出して。
「ハーレイの夢の結婚資金は順調に貯まり続けてる。家の二軒や三軒くらいは余裕で建てても余るほどにね。だけど貯金はいくらあっても充分ということはない。ぼくとぶるぅを贅沢三昧で養わなくっちゃいけないし…」
「それなのに家を新築ですか?」
結婚できるアテも無いのに、と辛辣なシロエ君に「そこなんだよね」と返す会長さん。
「ハーレイなりのプロポーズってヤツらしいんだ、これは。新しく建てる家に関してぼくの意見を取り入れる。でもって目出度く家が出来たら、ぼくのために建てた家だから一緒に住もう、と言ってくるわけ」
「「「…プロポーズ…?」」」
えらくまた回りくどいことを、と思わずにはいられませんでした。家を建ててからプロポーズって、それで振られたらどうするんでしょう?
「さあ…。そこまでは考えてないんじゃないかな、先達は成功例だから」
「「「先達?」」」
「そう。…なんでいきなり家を新築で設計図なんだ、と気になったから失礼して心を読ませてもらった。あ、ハーレイの家には行っていないよ? 離れていたってそのくらいはね」
ハーレイの夕食中にコッソリ、と教えてくれる会長さん。教頭先生、昨夜は例の設計図が会長さんの手許に無事に届いているかとドキドキしながら夕食を食べていたそうです。
「そのハーレイの頭の中にさ、他の学校の先生方との宴会の記憶があったんだ。馬が合って二次会に繰り出した時に聞いた話が設計図のルーツ。ある先生のお祖父さんの実話ってヤツでね、意中の女性に新しく建てる家の図面を渡したわけ」
何十年も前の話だよね、と会長さん。その頃は恋愛結婚よりもお見合いがメインだった時代なのだそうで。
「そんな時代に図面を渡して、家を建てたいから女性の意見も聞いておきたい、と言われたら普通は頼まれ事だと思うだろう? もちろん、女性はそう考えた。だから女性ならではの視点で色々と案を出し、「こんな感じで如何でしょうか」と答えを返しておいたんだけど…」
「それで?」
どうなったんだ、とキース君。私たちも膝を乗り出しています。
「男性からは御礼の品が届いて、女性は役に立てて良かったと喜んだ。そしてすっかり忘れていた頃、家が出来たので改めて御礼をしたい、と高級料亭に招かれるんだよ。新築祝いの席か何かだと思って出掛けたらお客は自分しかいなかった」
ゴクリと唾を飲む私たち。話はいよいよクライマックス。
「でね、立派な料理が運ばれてくる中、その男性は言ったんだ。「あの家は実はあなたのために建てたんです。よろしかったら、一緒に住んで頂けませんか」とね」
「「「!!!」」」
どっひゃあぁぁ、凄い話もあったものです。花束とか指輪はよく聞きますけど、家ですか!
「凄いだろ? 女性の方は家の設計を考えてあげるほどだし、もちろん男性を嫌ってはいない。というわけでプロポーズは成立。…後日、改めて両家で顔合わせってね」
ハーレイはそれに感化されたんだ、と話す会長さんの頭を悩ませている教頭先生の家の設計図。もしもウッカリ返事をしたなら、その通りの家が建つのでしょうか…?



「ふうん? …世間は広いね、そんなプロポーズもアリなんだ?」
ぼくの世界じゃちょっと無理かな、と優雅に翻る紫のマント。現れましたよ、ソルジャーが!
「SD体制下では家は基本的に割り当てられるものだしねえ…。自分好みに建てられるとしても、それは結婚してからのことだ。家を建ててからプロポーズなんて、とてもとても」
でも憧れないことはない、とソファにストンと腰掛けるソルジャー。
「ぼくは結婚しちゃったけれど、ハーレイと地球で暮らす時には一戸建てに住もうと思ってる。どんな家にするかは二人で決めていくんだろうねえ…。そうして出来た理想の家がさ、もしも結婚よりも先に出来ててハーレイが「あなたのための家ですよ」って言ってくれたら幸せだろうな」
もう起こり得ない話だけれど、と語る既婚者。キャプテンと結婚してしまっただけに、もうプロポーズは有り得ません。そこが残念、とソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が素早く用意したエルダ―フラワーのケーキを食べながら。
「で、この設計図はどうするわけ? 君なりの意見を添えて返送?」
「まさか! こうして晒しものにはしたけど、これは抹殺するつもり。ただ、ハーレイは思い込みの激しいタイプだからねえ、暫くは悩まされそうだ……と思ってさ。あの設計図は見てくれたか、とか、何処を直せばいいと思う、とか、手紙に電話にメール攻撃」
数日中に始まるだろう、と会長さんは思い切りドン底でした。教頭先生はシャングリラ号のキャプテンですから、ソルジャーである会長さんが完全に無視するわけにはいかないのです。電話がかかれば取らねばならず、メールも手紙もチェックしなければなりません。
「どうすりゃいいのさ、この展開…。いっそ婚約指輪だったら叩き返しておしまいなのに…」
「活用すれば?」
「「「は?」」」
斜め上な返事をかました人は会長さんそっくりの赤い瞳を煌めかせて。
「新築するって言っているんだ、便乗して遊べばいいだろう? ただ、どうやって遊べばいいのか、ちょっと見当がつかないけれど…。ぼくは家なんか新築したことが無いからねえ…」
この世界のシステムも分からないし、とぼやくソルジャー。
「家を建てるにはどうするんだい? 今ある家は壊すのかな? そうなると何処に住むんだろう? 庭にテントを建てるにしたって、工事中だと埃っぽいよね。それに家具とか、どうなるのかな?」
テントが幾つ要るんだろう、と考え込んでいるソルジャーは本当に家を建てる仕組みがまるで分かっていませんでした。その理屈だと庭の無い家は建て替え不可能になっちゃいますよ?
「あんた、全く分かってないな。別の場所に家を借りるんだ」
一戸建てでなくてもマンションとか、とキース君。
「その家に入り切らない家具があるなら、それ専門の業者がある。新しい家が完成するまで責任を持って預かる仕組みだ」
「へえ…。だったらハーレイは困らないんだ? 建てさせちゃおうよ、その家とやら」
でもってプロポーズを蹴飛ばしてやれ、とソルジャーは無責任に言い放ちました。
「ブルー好みっていうことにしてさ、あれこれ設計図に手を加えるわけ。ハーレイが一人で住むには恥ずかしいほどメルヘンチックな家にするとか、色々あるよね。それで完成してから蹴られてごらんよ、ダメージはもう半端じゃないかと」
「「「………」」」
それは悪質過ぎないか、と顔を見合わせる私たち。面白そうではありますけれど…。
「その話、乗った!」
えっ、本気ですか、会長さん? 教頭先生には似合っていない家を建てさせて、プロポーズを蹴って笑いものに…?



さっきまで悩んでいたのが嘘だったように、会長さんは生き生きとして設計図をテーブルに広げ直しました。ケーキのお皿などを移動させてスペースを空け、鉛筆を片手にウキウキと。
「えーっと…。ぶるぅ専用の子供部屋はあるみたいだけど、夫婦用の寝室は多分これかな? 此処に土鍋を置く場所が欲しい。ぶるぅはやっぱり土鍋でないとね」
「かみお~ん♪ 土鍋、大好き!」
「それと、土鍋に飽きた時のために子供用のベッドも必要だ。メインの寝室はもっと広く、と」
「あんた、本気か!?」
本気なのか、とキース君が声を荒げて。
「家を新築するとなったら半端な金では無理なんだぞ! それを住む気もないくせに!」
「別にいいだろ、君の家とは違うんだ。本堂を新築するんだったら檀家さんから寄付を集めて建てることになるし、色々と制約もあるだろうけど…。ハーレイの場合は自分のお金さ」
「しかし、無駄遣いにも程がある! あんた、腐っても坊主だろうが!」
お金をドブに捨てさせるのは仏様の教えに反する、と拳を震わせるキース君に、会長さんは。
「うん。だから、この家は建てさせないよ?」
「「「は?」」」
だったら図面は何なのだ、と突っ込みまくる私たちを他所に書き込みを続ける会長さん。
「外観はやっぱりブルーの意見を入れるべきかな、メルヘンだっけ?」
「そうそう、可愛い家がいいよね。真っ白な家はどうだろう? 絵本に出てくる家みたいにさ」
「了解。フリルひらひらのレースのカーテンが似合う感じね」
ロマンチックでメルヘンチック、と設計図の空白に可愛すぎる家が描かれました。とても住めない恥ずかしさですが、建てさせないならいいのかな? でも……。図面はあるのに建てさせないって?
「ふふっ、それはねえ…。すぐに分かるさ、今日の内にね」
「どうするんだい?」
ぼくも興味があるんだけれど、とソルジャーが会長さんに尋ねれば。
「君の台詞が大いに参考になったわけ。家を建てるなら仮住まい! そこを逆手に取らせて貰う」
仕上げは今夜、ハーレイの家で…、と会長さんは嬉々として設計図に手を入れ続けています。教頭先生の妄想に満ちた図面はバスルームが妙に大きかったり、どう見ても寝室重視だったり。
「馬鹿だよねえ、ホント…。ぼくとヤリまくることしか考えてないのがバレバレだってば、一日中それじゃ干からびちゃうし! 食べるのも寝るのも必要なんだよ、それと一人でゆっくりする時間!」
個室は絶対必要だよね、と主張しながら図面に加筆する会長さんをソルジャーが熱心に見詰めていました。憧れの地球に辿り着いたら、キャプテンと一戸建ての家で暮らすのがソルジャーの夢。その日に備えて参考にしようというのでしょう。
「ぼくは個室は要らないけどなぁ…。ハーレイとなら四六時中、一緒でいいんだけれど」
「今は別々に暮らしてるからそう思うだけ! 二十四時間、青の間でベッタリ一緒だったら疲れてくるよ」
「特別休暇を取った時なら二十四時間どころか四十八時間は一緒だけれど?」
「………。君に言ったぼくが馬鹿だった……」
バカップルめ、と毒づいた会長さんは好みの図面を作成中。これが日の目を見ないだなんて、どんな計画なのでしょう? 仮住まいを逆手に取るとか聞きましたけれど、それってどういう意味なのかな?



会長さんの家へ瞬間移動してからの夕食は鶏肉とキノコのフリカッセ。ソースたっぷりのお料理にバターライスが良く合います。食べる間に例の図面が席から席へと手渡しで回され、それを肴にワイワイと。
「会長、とことんこだわりましたね…」
外観に、とシロエ君が溜息をつけば、サム君が。
「よく見たのかよ、庭とセットになってんだぜ? 花壇って書いてあったじゃねえかよ」
「そうでした! 玄関には蔓薔薇のアーチですよね、四季咲きの」
花の色の指定もあったんでした、とシロエ君。会長さんがこだわった家は何処までも乙女チックでメルヘンチック。スウェナちゃんと私ですらも「恥ずかしいかも」と思ってしまう出来栄えで。
「そこがいいんだよ、女の子でさえも躊躇してしまう家でもハーレイはストンと納得するわけ。今回の計画がパアになっても記憶に残るし、ますます妄想に磨きがかかるさ」
そして恥ずかしげもなくリネンや備品を買いに行くのだ、と嘲笑している会長さん。教頭先生が会長さんのために買い揃えているガウンや下着類はフリルひらひら、レースたっぷりの乙女チックな品ばかり。ボディーシャンプーも花の香りで、その他の品も推して知るべし。
「なるほどねえ…。更に重症化したら凄いだろうねえ、ぼくのハーレイにその趣味が無くて良かったよ。自分でそういうのを着るのはいいけど、押し付けは好きじゃなくってさ」
「君のハーレイはゴリ押ししないし、その点は評価出来るかな…」
妄想男は迷惑なだけ、と切って捨てた会長さんは夕食が済むと私たちをリビングに集めてスタンバイ。教頭先生は既に夕食を終えて寛いでおられるそうで。
「いいかい、君たちは普通にしていればいい。話が自分に振られた時は臨機応変、その場のノリで」
「「「臨機応変?」」」
「行けば分かるさ、ハーレイが設計図を受け取ったらね。…行くよ、ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、ソルジャーの青いサイオンの光が溢れたかと思うと、そこは教頭先生の家。リビングのド真ん中に沸いて出た私たちの姿に、教頭先生がソファの上で腰を抜かしかけています。
「こんばんは、ハーレイ。…昨日は手紙をありがとう」
「あ、ああ…。見てくれたのか?」
なんとか立ち直った教頭先生の目は会長さんの手元に釘付けに。会長さんはニッコリと笑い、例の設計図を広げてみせて。
「ぼくの意見を聞きたいんだって? もしかして、ぼくと一緒に住みたい家かと思ったんだけど…。間違ってる?」
教頭先生はたちまち耳まで真っ赤になりました。意図を隠してプロポーズへと持ち込むつもりが、会長さんの方で先取りをしてくれたのです。嬉しくない筈がありません。
「…そ、それは…。た、確かに……実は、そういうつもりで……」
「本当かい? それなら良かった。そうなのかなぁ、って思っちゃってさ、色々と書き込んでしまったんだけど、君が一人で住む家だったら迷惑すぎる話だし…」
「それは無い! 私はお前と住めたらいいな、と密かに夢見ていたのだが…。そうか、それならお前の好みの図面に仕上げてくれたのだな?」
「うん。…こんな感じになったんだけど」
会長さんが差し出した図面を教頭先生は大喜びで受け取り、喜色満面で覗き込んでいます。書き込みに一々頷いてみたり、「うむ」と呟いたり、否定する気持ちはまるで無し。蔓薔薇のアーチが似合うメルヘンチックな真っ白い家を新築しますか、そうですか…。



「…素晴らしい家だ。これに私と住んでくれると…?」
設計図を検分し終えた教頭先生が頬を染めながら改めて念を押し、会長さんはコクリと首を縦に。教頭先生は大感激です。
「そうか、一緒に住んでくれるか。…つまり嫁に来てくれるのだな?」
「…その家が無事に出来たらね」
この言葉に裏の意味があることを私たちは知っていましたが、教頭先生は知る由も無く。
「家が出来たら、か。もちろん全力を尽くして建てよう。結婚式も挙げねばならんし、家は急いで建てた方がいいな。我々の仲間に発注するから工期は何とでもなるだろう」
「そうだね、融通は利くと思うな。で、建て替えとなったら、その間、この家は住めないか…」
「うむ。何処かに部屋を借りるしかないが、お前が気軽に来られるように一戸建てでも借りようか?」
その方がいいな、と微笑む教頭先生。
「二人で現場を見に行くことも多いだろうし、その後、良ければ、そのう…」
「泊まって行けって?」
会長さんの瞳が俄かに険しくなって。
「婚前交渉ってヤツは、ぼくは好みじゃないんだけれど? そこはキッチリして貰いたいね、そういう件は結婚してから!」
「す、すまん…。しかしだな、お前とぶるぅが寄ったりするなら、一戸建てがいいと思うのだが…」
「ダメダメ、無用の出費は避ける!」
家にお金がかかるんだから、と会長さんは人差し指をチッチッと左右に振りました。
「君が沢山貯めているのは知っているけど、結婚したら贅沢させてくれるんだよね? それに備えて今は耐乏生活! 自分は不自由することになっても妻には贅沢させてみせます、って姿勢を示して欲しいんだけど」
「………? よく分からんが、質素倹約ということか?」
「そうだよ、余計な所にお金をかけない! 君のストイックな生活ぶりを実地で見せて貰えるチャンスだ、工事の間はつましく暮らす!」
まずは家賃の節約からだ、と会長さんは嫣然と。
「君一人なら一畳半もあれば充分。修行僧なんかはそうだよね? だけど賃貸でも一畳半なんて物件は扱ってないし、ここは一発、コネってヤツで…。キース!」
「は?」
「君の家は宿坊をやってるだろう? ついでに庫裏にも空き部屋が多い。一番狭い部屋でいいから、ハーレイに貸してくれないかな?」
「あ、ああ…。まあ、それは…。俺の一存では決められないが、親父もおふくろも特に反対はしないと思う」
「じゃあ、決まり。いいかい、一番狭い部屋だよ? 余計なスペースは要らないからね」
耐乏生活をするんだから、と話を進める会長さん。
「庫裏の一番狭い部屋に住んで、お風呂は宿坊にあるヤツを借りる。食事も宿坊のヤツでいいけど、家賃代わりに境内の掃除とか、宿坊の方の手伝いを…。ついでに朝晩のお勤めは必須」
「きょ、教頭先生にそんなことは…!」
「下宿人だと思えばいい。そうだよね、ハーレイ?」
「う、うむ…。世話になる、キース」
深々と頭を下げられてしまったキース君は断ることは不可能でした。アドス和尚とイライザさんも銀青様こと会長さんには絶対服従の立場です。教頭先生は工事期間中、元老寺でのお寺ライフと教頭職との二足の草鞋で突っ走るしかなさそうな…?



こうして家を新築している間の教頭先生の仮住まい先が決まりました。住人の行き場が決まれば次は家具などの備品です。会長さんはリビングをぐるっと見渡して。
「うーん…。余計な物が沢山あるよね、こういうのは…、と…」
「家具はトランクルームしか無いと思うが…」
教頭先生がおずおずと言うと、会長さんの顔が厳しくなって。
「君の仮住まいが格安どころか限り無くタダに近いんだよ!? 家具に家賃を支払うだなんて!」
「し、しかしだな…、それこそ本当に置き場所が…」
「ぼくの家に置けばいいじゃないか」
サラッと告げられた言葉に、教頭先生の表情はみるみる薔薇色。
「お前が預かってくれるのか? 本当に?」
「それこそ部屋は余っているからね。ただし預かる荷物は厳密に仕分けをさせて貰うから」
「…仕分け?」
「そう、仕分け」
聞こえなかった? と会長さんはニヤリと笑うと、私たちの方を振り返り。
「仕分け要員なら大勢いるんだ、ここに山ほど! この子たちだけなら心もとないけど、幸か不幸かブルーもいるから大人なアイテムも任せて安心!」
「「「は?」」」
「必要なものと、そうでないものとに仕分けするんだよ、ハーレイの家にあるものを! 必要なものは全部預かるし、不要なものは処分する。新婚生活のスタートに向けて欠かせない作業を先取りってね」
とりあえず家具は絶対必要、と会長さん。
「食器棚とかクローゼットは新しい家に合わなかったら処分ってことで、今は預かる。だけど中身はチェックした上で要らないものは即、処分! たとえば、そこの夫婦茶碗とか」
会長さんがビシッと指差した先には教頭先生が大切にしている夫婦茶碗がありました。片方を真っ二つに割られた状態で会長さんに押し付けられた代物です。教頭先生は金継ぎとかいう方法で割れた茶碗を修理して貰い、食器棚に飾っているわけで。
「…しょ、処分…。夫婦茶碗をか…? あ、あれはだな…」
オロオロしている教頭先生に会長さんは冷たい口調で。
「別に要らないだろ、君の一方的な思い込みだし! 夫婦茶碗なら二人で買いに行けばいい。結婚してから新居にピッタリのヤツを」
「そ、そうか…。そういう理屈なら確かにあれは…」
「不要だろう? 他のアイテムもこんな具合で仕分けだね。山ほど買い込んだ妙なガウンや下着も要らない。新しく買えばいいんだからさ。それにオカズも、もう要らないよね」
「「「おかず?」」」
食料品の備蓄だろうか、と私たちは思ったのですが。
「要らないだろうねえ…」
のんびりとした声はソルジャーでした。
「お寺住まいじゃ夜のお楽しみは無理だよねえ? 工事期間がどのくらいかは知らないけれど、しばらく禁欲生活だ。その分、新居で大いに楽しめばいい。ブルーと結婚するんだったらオカズは不要! なにしろ本家本元が同じ屋根の下にいるんだからさ」
処分あるのみ、とソルジャーは赤い瞳をキラキラさせてニコニコと。
「おかずの処分はぼくにお任せ! そこの子たちには分からなくても、ぼくなら分かる。その子たちだと仕分け処分は例の抱き枕が限界だしね」
「「「!!!」」」
おかずとやらが何を指すのか、ほんの欠片だけが分かりました。教頭先生の夜の時間のお楽しみ用アイテムです。会長さんの写真がプリントされた抱き枕は処分対象になるようですねえ…。



教頭先生の夢の新築計画の前には仕分け作業が必要不可欠。夫婦茶碗や会長さんの抱き枕やら、処分すべき品物は多そうです。教頭先生が会長さんに似合うと信じて集めまくったガウンも下着も処分の対象。つまり、会長さんの意に染まないものは全て処分というわけですが。
「…ブルー…。そ、そのう、お前が写った写真なんかは…」
どうなるんだ、と訊いた教頭先生に、会長さんはにべも無く。
「決まってるだろ、処分だよ。自分の写真が飾られた部屋も嫌いじゃないけど、君が持ってるのは隠し撮りとかが多いしねえ? この際、纏めて処分だってば! 大丈夫、新しいのを飾ればいいから」
「ほ、本当に新しいのをちゃんと飾らせてくれるんだろうな?」
「家が建てばね」
会長さんはニッコリと。
「この家にあるガラクタの類を仕分けしてから家を空にして、君は元老寺へお引越し! それから今の家を壊して、新しい家に建て替えて…。無事に完成するまでの間、ぼくの機嫌も取るんだよ? ウッカリ機嫌を損ねてしまえば家は建っても、その家に嫁は来ないかも…」
「な、なんだって!?」
「まずは気前よく、未来の嫁のお願いどおりに仕分けだね。それも受け入れられないような男の嫁になるのは流石にちょっと…」
遠慮したいな、と艶やかな笑みを浮かべる会長さん。
「そんな調子でぼくの機嫌を取り続けてれば、いずれ立派な家が建つ。その時にぼくがOKしたなら結婚式を挙げて嫁入りするさ。つまり賭けだよ、一種のね。…君は最初から賭けのつもりで設計図を寄越した筈なんだ。いや、賭けとは思っていなかったのかな、成功例しか知らないんだっけ」
「な、何故それを…!」
驚愕する教頭先生に向かって、会長さんは。
「君の心を読んだのさ。タイプ・ブルーを舐めないで欲しいね、設計図なんかを送り付けられたら気になって知りたくなるだろう? 君が感化されてしまった話はプロポーズの形としては最高にスマートな部類だけどさ、プロポーズな以上は断られるっていうのもアリだよねえ?」
「で、では、私は……」
「やるだけやってみればいい。未来の嫁の理想通りに家を建ててみて、お前のために建てた家だから嫁に来てくれとプロポーズ! それが出来てこそ立派な男だ。まずは新築に備えて仕分けから!」
「ハーレイ、心配しなくてもガウンとかは無駄にならないよ? 使えそうなものは貰って帰るし、ぼくのハーレイが大いに喜ぶ」
他にも色々持っているよね、と仕分け処分品のおこぼれを狙うソルジャーはまるでハイエナのようでした。仕分け作業を始める時には特大の箱を持参で来るのだそうで。
「楽しみだなぁ、みんなで寄ってたかって仕分け! これは何だろう、って声が聞こえたら出番なんだよね、ぼくが貰って箱に入れる…、と。この家、宝の山だから」
「…ちょ、ちょっと…。そんなに色々あるのかい? もしかしてぼくが知らない物も?」
覗き見は滅多にしないから、とキョロキョロ見回す会長さんに、ソルジャーは。
「あると思うよ。ハーレイはタイプ・グリーンだからねえ、本当にヤバイと思ってる物は無意識にシールドしている筈だ。シールド能力はタイプ・ブルーに匹敵するだけに、アヤシイお宝もコッソリ、ザクザク」
「うわぁ…。それはサッサと仕分けしないと…。で、ハーレイ、家の新築工事はいつから?」
始めるなら早い方がいいよね、と問い掛ける会長さんの前では教頭先生が顔面蒼白。
「……し、仕分け……。き、嫌われたら家を建てても独身……」
「ん? ハーレイ、どうかした?」
「す、すまん、考えさせてくれ! 新築の件は、いずれ改めて連絡するから、今日の所は…!」
帰ってくれ、と土下座しまくる教頭先生は憐れとしか言いようがありませんでした。これじゃ仕分けも新築工事も夢のまた夢ですってば…。



「というわけで、あの家は決して実現しないってね」
建てさせないって言っただろう、と会長さんは満足そう。私たちは泣きの涙の教頭先生の家から瞬間移動で会長さんの家に帰って来ました。教頭先生は会長さんが残した夢の設計図を涙ながらに見詰め続けているそうです。
「君も鬼だねえ、ハーレイ、一気に天国から地獄じゃないか」
夢を捨て切れないらしい、とソルジャーが教頭先生の家の方角を見れば、会長さんは。
「捨て切れないなら実行あるのみ! キースの家で御世話になって、家財道具は仕分けってね。君もその方がいいんだろう?」
「うーん…。棚から牡丹餅で色々ゲットは出来るけど…。本音を言えば君にはハーレイと幸せになって欲しいし、そういう意味での賛成だよね。結婚したまえ、夢の新居で」
「それは絶対、嫌だってば!」
なんだってハーレイの嫁なんかに、と会長さんはバッサリと。新居を建ててプロポーズという教頭先生の一世一代の賭けは始まる前に終わりそうです。いっそ勝手に建てちゃってからプロポーズした方が良かったのでは、とも思いましたが。
「それ、アウトだし!」
勝手に建てたらプロポーズにならない、と会長さんのチェックが入りました。
「相手の意見を取り入れて建てた家だからこそ、そこでプロポーズが出来るわけ。「家ならあります、嫁に来て下さい」っていうのもダメじゃないけど、それだと金持ち自慢だろ?」
ああ、そっか…。どんな家でもOKってわけじゃないんですよね、相手に合わせて建てたって所がポイント高いんでしたっけ…。
「さて、ハーレイは建てるかな? 建てないかな? …建てられない方に賭ける人!」
サッと挙がった全員の手に大爆笑。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな手までが挙がっています。教頭先生、ここは一発、大穴で新築に挑みませんか? 仕分けだったら頑張ります! ソルジャーも協力してくれますし、元老寺の庫裏も空いてます! 教頭先生、如何ですかぁ~?




             新居を描いて・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生の夢の新居は建つか、建たないか。いやはや、お気の毒としか…。
 シャングリラ学園シリーズは4月2日に本編の連載開始から6周年を迎えます。
 6周年記念の御挨拶を兼ねまして、4月は月に2回の更新です。
 次回は 「第1月曜」 4月7日の更新となります、よろしくお願いいたします。 

 最近ハレブル別館の更新が増えておりますが、シャングリラ学園は今までどおり続きます。
 月イチ、もしくは月2更新、それは崩しませんからご安心をv
 ハレブル別館で扱っているのは転生ネタです、なんとブルーが14歳です、可愛いです。
 先生なハーレイは大人ですけど、エロは全くございません。
 ほのぼの、のんびりテイストですので、よろしかったらお立ち寄り下さいv
  ←ハレブル別館は、こちらからv
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。


※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、3月は謎の国際宅急便の中身で波乱となっておりますが…。
 ←『シャングリラ学園生徒会室』 はこちらからv






※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





元老寺の除夜の鐘で古い年を送り、お正月は三が日の内にアルテメシア大神宮へ初詣。学校が始まれば新年恒例の闇鍋に水中かるた大会などなど、今年も行事が目白押し。賑やかなイベントが一段落してもお祭り気分は相変わらずで。
「かみお~ん♪ ゆっくりしてってね!」
週末の土曜日、私たちは会長さんのマンションにお邪魔していました。鍋パーティーということで味噌に醤油にキムチ鍋など様々な出汁を満たした鍋と具材の山が並んでいます。要するに鍋バイキング。好みの鍋で好みの具を、というコンセプト。
「えとえと、反則もアリだから! 合わないんじゃないかな~、って思う具でもね、入れると美味しいこともあるから!」
お好きにどうぞ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。よーし、食べるぞー! 押し掛けてきているバカップルことソルジャー夫妻がいますけれども、見なければ害は無いですし…。
「ほら、ハーレイ。こっちで君のを煮ておくからね」
「ありがとうございます。あなたはどれになさいますか?」
どの鍋も美味しそうですよ、と世話を焼きたがるキャプテンと、スタミナ優先とばかりに肉を煮ているソルジャーと。じきに「あ~ん♪」とやり始めるに決まっています。いえ、それどころか…。
「……目の毒だな……」
いつものことだが、とキース君。バカップルは煮えた具にフウフウ息を吹きかけて冷まし、食べさせ合ってはついでにキスまで。ジョミー君が呆れたように。
「それより味とか混ざりそうだよ、いいのかなぁ?」
「口移しで鍋バイキングってことだろうさ」
食ってしまえばおんなじだ、というキース君の意見に妙に納得。なるほど、胃袋で混ざるか口の中か…。私たちだって鍋を移る時に口を漱いだりはしていませんし、かまわないのかもしれません。気にしたら負けだ、と目にしないようにバクバク食べて、締めは鍋に合わせてラーメンに雑炊、うどんなど。
「「「御馳走様でした―!!!」」」
食事の後はリビングで飲み物とお菓子でまったり。家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアッと言う間に片付けを済ませ、ウキウキと。
「見て、見て、こんなになっちゃった~!」
「「「!!?」」」



凄いでしょ、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えて来たものはパンパンに膨らんだお菓子の大袋。柿の種にポテチ、他にも色々。まさかの賞味期限切れ…?
「おい、ぶるぅ。…お徳用のタイムサービス品か?」
賞味期限が切れたのか、とキース君が訊けば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで。
「わーい、キースも分からないんだ! 買いたてだもんね!」
賞味期限はずっと先だよ、と小さな指が示す日付は数カ月後のものばかり。じゃあ、どうして袋がパンパンに…?
「えっとね、飛行機で機内持ち込みしなかった時もこうなるよ? えとえと、どういう仕組みだっけ…」
「気圧が下がると膨らむんだよ」
でも品質に影響は無し、と会長さんが引き継ぎました。
「ちょっとシャングリラ号に用があってね、ぶるぅと行って来たんだけれど…。ぶるぅが買い物をしてから行くって言い出して」
「だって、差し入れしたかったもん! スナック菓子はウケるんだもん!」
だから山ほど買ったのだ、と話す「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシャトルに乗る時にお菓子の山を貨物室に入れてしまったのだそうです。会長さんもウッカリしていて気が付かないまま、シャトルは離陸して遙か上空のシャングリラ号へ…。
「貨物室も与圧はしてあるけどねえ、所詮は旅客機レベルだからさ…。着いた時にはこういう結果に」
「へえ…。ぼくの世界じゃ無いパターンかな?」
ソルジャーが興味津々でお菓子の袋に手を伸ばすと。
「日常的に宇宙船が飛んでいるしね、惑星間での食糧輸送も多いから…。たかがスナック菓子といえども品質管理は万全なんだよ。ぼくが個人的に運ぶ時にも気を付けてるし」
やっぱり美味しく食べたいじゃないか、と口にしつつもソルジャーは。
「でもパンパンになった袋というのも楽しいねえ。量も増えるといいんだけども」
袋いっぱいに中身の方も、と袋を開けにかかったソルジャー。しかし意外に手ごわいようで。
「待ってて、ハサミを取って来るから!」
ちょっと待ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が走ろうとしたのを止めるソルジャー。
「いいって、いいって! こんなのは少し力を入れれば…」
「「「あーーーっ!!!」」」
パァン! と大きな音が響いて部屋中に飛び散る柿の種。だからハサミって言ったのに…。



会長さん御自慢の毛足の長いリビングの絨毯。四方八方に飛んだ柿の種とピーナツは好き勝手に転がり、凄い有様。どうするんだ、と眺めていれば、ヒョイと屈んだソルジャーが柿の種をつまんでポイと口の中へ。
「…ん、確かに味に変わりはないよね」
「「「………」」」
「どうかした?」
「あんた、拾って即、食うのか!?」
詫びはどうした、とキース君が怒鳴りましたが、ソルジャーの方は涼しい顔で。
「それが何か? 食べられるんだし問題ないよ」
「そうじゃなくてだな、散らかしてしまってすみませんとか、そういう詫びはどうなったんだ!」
「えっ? 別に綺麗な部屋じゃないか。そもそも土足厳禁だしさ」
拾って食べれば無問題、とピーナツを拾ってまた口へ。罪の意識は皆無です。
「君たちも拾えばいいだろう? 大袋でもさ、みんなで食べたらすぐ無くなるって!」
「確かに食い物を粗末には出来ん。俺も拾うが、しかしだな…。細かい粉も飛び散ったんだぞ? そっちの方は掃除するしかないだろうが!」
ぶるぅとブルーに謝っておけ、とキース君。けれどソルジャーは不思議そうに。
「なんで? 掃除なんかは要らない筈だよ、これなら余裕で」
「「「は?」」」
「物も落ちてないし、片付いてるし…。なんで掃除が必要なわけ?」
「あんたが思い切り汚したんだ!」
すぐでなくても掃除機をかけておかないと、とキース君が怒鳴り付けても、ソルジャーはキョトンとするばかり。
「思い切りって…。飛び散っただけだよ、そりゃあ範囲は広いけど…。食べればきちんと片付くじゃないか、掃除しなくてもさ」
「あんた、どういう発想なんだ! 絨毯だから見えにくいかもしれないが…。こんなのを一晩放って置いてみろ、エライことに!」
「かみお~ん♪ ゴキブリは心配要らないよ! いつも綺麗にしてるもん!」
だけど掃除機はかけなくっちゃね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。でも、その前に柿の種とピーナツを拾わなくてはなりません。私たちはお菓子用の器に拾って回り、責任を取れとばかりに全部ソルジャーに押し付けました。ソルジャーは半分をキャプテンに渡し、もう半分は。
「ぶるぅ、チョコレートがけのヤツって作れる? あれ、美味しいよね」
「柿の種だね! すぐに出来るよ♪」
レンジでチンして混ぜるだけ、と鼻歌交じりにキッチンに行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は三分ほどで戻って来ると。



「冷ます間にお掃除するから、みんな廊下で待っててね~!」
簡単、簡単、と掃除機を持ち出し、部屋の隅までキッチリお掃除。終わるとチョコレートがけの柿の種のお皿がポンと出、ソルジャーは御機嫌でポリポリポリ。キャプテンは普通の柿の種。えーっと、謝罪は無いようですねえ…。キース君が諦めの表情で。
「ぶるぅは掃除をやったわけだが、それでも詫びるつもりは無い、と…」
「うん。掃除はぶるぅの趣味だろう? いつ来ても部屋が片付いてるしね」
出来たてのチョコレートがけ柿の種を頬張るソルジャーの隣で、キャプテンが。
「…すみません、ブルーは掃除嫌いなものですから…。いえ、嫌いと言うより苦手なのかもしれません。何でも床に放っておくのがブルーの流儀というヤツでして…。限界を超えると掃除部隊が突入することになっております」
「「「掃除部隊?」」」
「はい、青の間専用に結成される部隊です。掃除は元より、整理分別も得意としているエキスパートで構成されます。行方不明の重要書類が発掘されることも多いですから」
「「「重要書類!?」」」
いったいどんな状態なのだ、と誰もが仰天。けれどキャプテンは淡々と。
「今日も掃除をしている筈です、青の間を留守にしておりますし…。クリスマスからニューイヤーにかけてはイベントも多く、普段以上の散らかりようで」
「そうなんだよねえ、足の踏み場も無いっていうか…。あ、ちゃんと歩くルートは確保してるよ、でないとハーレイがぼくのベッドに来られないから」
「「「………」」」
ソルジャーの青の間は凄まじい状況にあるようです。それに比べれば柿の種くらい、大したことではないのかも…。



掃除嫌いなソルジャーが散らかしまくった年末年始。鍋パーティーの間に作業している掃除部隊は、ソルジャーはキャプテンの部屋で休暇中だと聞かされているとのことでした。他の世界へお出掛けだなんて間違っても言えはしませんし…。
「一応、ぶるぅがお留守番がてら監視中! 万一ってこともあるからさ」
お菓子を与えて頼んでおいた、と言うソルジャー。非常時に備えて待機させたのかと思っていれば、さに非ず。
「どんな所に何があるかも謎だしねえ…。基本、道具も薬も使わないから、大丈夫だとは思うんだけど…」
「「「は?」」」
「夜だよ、夜のお楽しみ! ぼくは全く気にしないけれど、ハーレイが凄く気にしてて…。恥ずかしいモノが紛れていたらどうしようって心配するから、そこをぶるぅがカバーするわけ! 大人の時間には慣れっこだろう? どれがヤバイかもよく知ってるよ」
「そんなモノくらい片付けたまえ!」
会長さんがブチ切れましたが、そんなモノとはどういうモノかイマイチ分かりませんでした。ソルジャーがたまに買っているらしい精力剤は恐らく該当するのでしょうけど。そしてソルジャーの方は悠然と。
「問題ない、ない! ヤバけりゃぶるぅが回収するしさ、後で記憶を操作しとけば…。でもねえ、ハーレイはそれもキツイみたいで、昨夜は必死に探し物をね。…ねえ、ハーレイ?」
「…流石にブルー宛のカードはちょっと…。サンタクロースからのプレゼントの代わりに熱烈なのを書いてくれ、と頼まれて頑張って書いたのですが…」
それも埋もれてしまいまして、とキャプテンは泣きの涙でした。掃除部隊に見付けられたら一生の恥、と散らかった床に這いつくばって上を下への大騒ぎ。結局、カードはベッド周りのカーテンの下から見付かったそうで。
「…ブルーには早い段階で所在が分かっていたらしいです。私の残留思念で見付け出したようで、いつ気付くかと待っている内に焦れてしまったと機嫌を損ねて、宥めるのに苦労いたしました」
「いいじゃないか、夫婦生活の理想の形だろ? 怒っていたことを忘れさせるまで頑張りまくるのも甲斐性だしさ、夫婦円満の秘訣ってね」
「それは確かにそうなのですが…。日頃から部屋が片付いていれば…」
「お前の手抜きが悪いんだ。掃除はお前の仕事だろう?」
キャプテンと兼務でも努力しろ、とソルジャーは無茶な注文を。青の間の掃除はキャプテンの仕事らしいのですけど、青の間に行けば夫婦の時間が最優先。それでは片付く筈もなく…。
「ブルーに掃除をさせようとしても難しいのは分かっています。せめて整理整頓だとか、散らかさないよう気を付けるとか、その辺の心配りを身につけてくれたら、と思わないでもないのですが…」
無理でしょうか、とキャプテンは弱気。ソルジャーの性格や習慣などが劇的に変わるとは思えません。きっと一生、青の間は足の踏み場も無いほど散らかりまくったままなのでは…。



「……うーん……」
会長さんが腕組みをして。
「掃除部隊が入ったのなら、今夜は綺麗になってるわけだ。そのまま現状維持が出来れば散らからないってことだよねえ?」
「そうなのです。ブルーには何度もそう言いましたが、全く聞いて貰えません」
「え、だって。掃除はハーレイの仕事なんだよ、毎日きちんと掃除してれば問題無いって!」
ハーレイの怠慢が悪いのだ、とソルジャーは自分の所業を見事に棚上げ。掃除部隊がお片付けした青の間とやらは再び元の木阿弥でしょう。せめてソルジャーに掃除の習慣があったなら…。
「…この際、君は性根を入れ替えるべきかもしれないねえ…」
腕組みしたまま会長さんの視線がソルジャーに。
「一事が万事と言うだろう? 散らかりまくった部屋ってヤツをね、恥ずかしげもなく赤の他人に掃除させるという神経がね…。その恥じらいの無さっていうのが日頃の行いに出てると思う。バカップルな態度はともかく、レッドカードものの発言とかさ」
「失礼な! ぼくはハーレイとの愛の日々をさ…」
「それを他人に喋りまくるのが問題なんだよ、秘めておこうとは思わないわけ? 君のハーレイだって秘密にしておいて欲しいことは多々ありそうだ」
「えーーーっ? そこは自慢する所だろう! 現に昨夜も待たせたお詫びにヌカ…」
もごっ、とソルジャーの声が途切れて、口を覆った褐色の手。
『何するのさ! ヌカロクは大いに自慢すべき!』
思念で続きを言い放ったソルジャーでしたが、キャプテンは空いた方の手で額を押さえて。
「…ブルー、それは夫婦のプライバシーというヤツです。喋りたい気持ちは分かるのですが、そういった事も含めて恥じらって頂ければ……と思わないでもありません」
『恥じらいだって? そんなの今更、身に付かないし!』
無理だ、とキャプテンの手を口から外したソルジャーはプハーッと大きな深呼吸。
「ぼくの性格は元からこうだし、恥じらいも掃除も範疇外! …だけどお前は恥じらった方が好みなわけだね、どうやって演技するべきか…」
そもそも全く基礎が無い、と考え込んだソルジャーに会長さんが。
「整理整頓、片付けくらいなら教えてあげてもいいけれど? 身の周りがきちんと片付いてればね、立ち居振る舞いも自然と落ち着く」
「本当かい?」
それはいいかも、とソルジャーの瞳がキラキラと。何か根本的な所で間違っているような気がしないわけでもないですけれど、整理整頓を心がけるのはいいことです。キャプテンも笑顔で頷いてますし、ここは一発、お片付け修業といきますか~!



その翌日。私たちは再び朝から会長さんの家に集合しました。今日からソルジャーがお片付け修業に来るのです。あちらの世界は落ち着いているようで、何かあった時は「ぶるぅ」が連絡してくる仕組み。さて、ソルジャーは定刻通りに来るのでしょうか? うーん、来ませんねえ…。
「ごめん、ごめん。遅くなっちゃって」
半時間遅れで現れたソルジャーは悪びれもせずに。
「青の間が綺麗になってたからさ…。サッパリした部屋も悪くないね、ってハーレイと二人で盛り上がっちゃって! あんな状態をキープ出来たらハーレイも喜んでくれるかなぁ…。昨夜もホントに凄かったんだよ、もう何回も」
「ストーップ!!!」
やめたまえ、と会長さんが柳眉を吊り上げています。
「そういう態度を改めてくれ、というのも君のハーレイの願いの内かと…。まあいい、まずは落ち着きってヤツを学ぶことだね、ちょっとやそっとじゃ興奮しない!」
「えっ、そんな…。不感症になれって言うのかい?」
「「「不干渉?」」」
なんのこっちゃ、と一瞬悩みましたが、キャプテンにやたらと干渉しないのも落ち着きの内かもしれません。しかし、会長さんが返した言葉は。
「そういう意味じゃないってば! そっちの方まで抑制しろとは言ってない。…場所を弁えずに無駄にはしゃぐなと言っているだけ」
「「「???」」」
「ああ、君たちには通じなかったか…。まあ、この辺は流しておいてよ、大事なのはブルーの修業だからね。整理整頓第一弾! まずはいつものティータイムから」
さあどうぞ、と案内された先はリビングです。ティータイムが何の修業になるのだ、と首を傾げつつソファに腰掛けてみれば。
「かみお~ん♪ お茶はブルーにお任せ! 別に難しくないからね~」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が押してきたワゴンの上には一人前のサイズに焼かれたタルトタタンを盛り付けたお皿。フォークを添えて配ってゆくのがソルジャーの最初のお仕事で。
「フォークは適当に置くんじゃないっ! ちゃんと正しく、この位置に!」
会長さんがビシビシ指導し、ソルジャーは面倒そうにブツブツと。
「食べられればいいと思うんだけどなぁ…。ぼくはフォークが刺さっていたって気にしないけど?」
「その精神が問題アリだよ、見た目に美しくキッチリと!」
茶道じゃないだけマシと思え、と会長さんが毒づき、キース君が。
「まったくだ。坊主は茶道の心得も要るからな…。そっちの方だと更にキツイぞ」
「そうだったの!?」
知らなかった、とジョミー君の目が丸くなり、サム君がフウと情けなそうに。
「お前、ホントに何も調べていねえのな…。専修コースじゃ茶道の授業が必須だぜ? 週に二時間はあると思っておけよ」
「えーーー!!!」
殺生な、と叫ぶジョミー君のお坊さんへの道は遠そうです。私たちが爆笑している間にソルジャーはお皿を配り終えたものの、すぐに次なる関門が。今度は紅茶とコーヒーが入ったポットとカップとソーサーを乗せたワゴンで。



「お菓子の次はお茶なんだよ。紅茶かコーヒーかをきちんと尋ねて淹れたまえ」
これは面白い、と私たちは一斉に紅茶だのコーヒーだのと先を争うように手を挙げ、ソルジャーはそれだけで軽くパニック。なのに会長さんは容赦もせずに。
「違う、コーヒーはそのカップじゃない! 零さないようゆっくりと! 零れちゃった分は綺麗に拭く!」
「なんでカップが違うのさ! 飲んだらどれでも同じだし!」
「それがダメだと言っているんだ、整理整頓! 紅茶と言われたらこのカップ! コーヒーだったらこっちのカップで、添えるスプーンも違うから!」
慣れれば自然に手が動く、と会長さんはビシバシと。部屋さえ片付けられないソルジャーにティータイムの用意はハードだったようです。ようやっと自分用の紅茶を淹れてテーブルに置き、ワゴンを片付けた後はヘトヘトで。
「…もうダメ…。頭が沸騰しそうな気がする…」
「足を組まない!」
それは思い切りマナー違反だ、と会長さんの厳しい指導が入りました。そっか、足を組むのはダメだったんだ、と私たちの方も大慌てです。そんなことまで気にしていたらティータイムが楽しくないじゃないか、と思うのですけど。
「だよねえ、楽しくやりたいよねえ、君たちも?」
気疲れしちゃうよ、とソルジャーが紅茶のカップを持ち上げた途端。
「ハンドルに指を通さない!」
「「「えっ?」」」
誰もが自分の手元を覗き込む中、会長さんは優雅な手つきで自分のティーカップを傾けながら。
「ティーカップのハンドル……そう、取っ手には指を通さないのが正式なんだよ、こう、ハンドルを摘むように! それが本当の本場のマナー」
「「「………」」」
そんな無茶な、と考えたのはソルジャーだけでは無かった筈です。落っことすじゃないか、と会長さんの手を見てみれば指はハンドルを摘んでいるだけ。根性で真似してやってみたものの…。
「む、無理だって、これ…」
落としそうだよ、とジョミー君が音を上げ、シロエ君が。
「ぼくも無理です。あ、でも…。マツカ先輩、パーフェクトですね」
「あ、ぼくは…。外国の方とお茶をすることもありますから…」
控えめに答えるマツカ君。ということは、会長さんが言ったマナーは正しいのです。スウェナちゃんと顔を見合わせ、改めてハンドルを摘んでみて。
「…難しいわよね?」
「ちょっと滑ったらガッシャーン…よねえ?」
西洋茶道、恐るべし。その後、ソルジャーが派手にガッシャーン! とカップを落とし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の指導の元に床を掃除する羽目に陥ったのは至極当然の流れでしょう…。



気にしたこともなかったティータイムの作法。私たちはお茶とお菓子を頂くだけで済みましたけど、ソルジャーを待っていたのはお片付けでした。カップやお皿をキッチンに下げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が監督する中、洗って拭いて棚に仕舞って。
「…どうだった、ぶるぅ? ブルーの腕は?」
「んーと…。いっぺんにシンクに突っ込もうとするし、洗い上げる時も適当だし…。お皿はお皿で纏めてよね、って何度言っても聞かないし!」
割れなかっただけまだマシかも、と嘆く「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーが気の向くままに洗い上げては積み上げてゆくカップやお皿をせっせと直していたようです。しかしソルジャーに言わせると…。
「効率的にやったつもりだよ、カップとお皿はセットじゃないか。洗う時にもセットにしとけば片付ける時が楽だよね」
「そういう構造になってないだろ、あの籠は! 楽をしようと思っているから掃除もしなくなるんだよ!」
「そうかなぁ? 効率ってヤツも大切だけどね、それと最短距離の動線! 人類軍とやり合う時には最小限の力で最大の効果を上げるというのがポイントでさ」
部屋は使えれば充分なんだよ、と嘯くソルジャーの青の間の床がベッドまでの道を除いて埋もれてしまう理由とやらも最小限での最大効果を狙った末かもしれません。こりゃダメだ、という気がしますけれども、ここで投げては会長さんの男がすたるというもので。
「…君の青の間が片付かないのは大雑把すぎる性格と、やり方のせいだと思うんだ。ティータイムの作法をマスターしろとは言わないけれど、こんなマナーがあったっけ、と気に掛けるだけでも違ってくるよ」
「ふうん? それで片付けが上手くなるって?」
「気配り上手は片付け上手の第一歩! 気持ち良く過ごして貰いたい、と思う気持ちが整理整頓、片付け上手に繋がるわけさ」
会長さんの言葉は至言でした。会長さんの家や「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は普段から綺麗に片付いています。もしも雑然と散らかっていたら、きっと居心地も悪いでしょう。なのに同じ話を聞いたソルジャーときたら。



「気持ち良く? それなら青の間は合格だよねえ、ハーレイはいつも満足してるし! ぼくとベッドさえあれば天国、おもてなしはそれで充分じゃないか」
「間違ってるし! 気配りって点で不合格だし!」
君のハーレイもそう言っていた、と会長さん。
「せめて現状維持が出来れば、と嘆いてたけど、本音は別にある筈だ。掃除部隊が突入する度、とんでもないモノが落ちてやしないかとハラハラするのは御免だってね。君のハーレイに余計な心配を掛けるようでは、気配り上手とはとても言えない」
そうならないよう整理整頓を頑張りたまえ、と会長さんが発破をかけて、ソルジャーは今度は昼食の支度。お料理なんかはまず無理ですから「そるじゃぁ・ぶるぅ」が盛り付けた海老とアサリのスープパスタとサラダを配膳したのですが…。
「カトラリーはきちんと揃えて置く! 器を置くのも向きを考えてキッチリと!」
どうして向きがバラバラなのだ、と会長さんはソルジャーのアバウトさに脱力中。楕円形の深皿は幅が広い方を正面にしてセッティングするのが常識ですけど、狭い方が正面だったり、斜めだったりがソルジャー流で。
「そんなの、どうしても気になるのなら食べる時に直せばいいだろう! 食べる人がさ」
「その考えがアウトなんだよ、君はおもてなし失格だってば! 大切なのは気配りだって言っただろう! 器を直させるなんて気配り以前の問題だし!」
気持ち良く食べて貰いたまえ、と会長さんが文句を言えばソルジャーは。
「うーん…。気持ち良く食べて貰っていると思うけどなぁ? あ、ぼくは食べる方のつもりだけれど、ハーレイ的にはそうじゃない。ぼくを食べるって姿勢のようだし、向きも全く気にしてないよね」
気に入らなければ直すだけだし、と胸を張るソルジャー。えっと…キャプテンに手料理を作ることなんてあるのでしょうか? 自分では食べる方のつもりなんだとか言ってますから、お菓子かな? それをキャプテンにお裾分けなら、気配りなのかもしれません。…って、あれ? 会長さん?
「どうしてそういう方へ行くかな、君って人は!」
「そりゃあ…。そもそも修業に来た目的がさ、演技の仕方の練習だったし!」
ん? なんだか話が謎っぽいです。お菓子の話じゃなかった…んでしょうか、会長さんの顔が険しいですが…?



「演技の仕方の練習って何さ!?」
ぼくに分かるように説明しろ、とソルジャーを睨み付ける会長さん。ソルジャーは適当に並べて怒りを買ったスープパスタの器の向きを整え、自分の席に腰掛けてから。
「もしかして分かっていなかった…とか? 片付けるのが上手になったら恥じらいってヤツも身に付くんだろう? ハーレイは恥じらった方が好みらしいし、そういう演技をしてみようかと」
「なんだって!?」
会長さんは瞬時に目が点、私たちだってビックリです。恥じらいの演技の練習だなんて、それ、お片付け修業で出来ますか? そりゃあ……マナー違反な行動なんかを教えられたら、今までの自分をちょこっと反省しますけど…。
「だからね、ハーレイのために片付け上手を目指してるわけ! でも上達なんかするわけないから、上達したふりでいいんだよ。きっと恥じらいの演技も分かってくるって!」
どんな感じになるんだろう、とソルジャーは夢多き色の瞳で。
「…向きを気にしろと言っていたよね、気持ち良く食べて貰うには? それってどうすればいいのかな? 今日はコレだと思う体位はハーレイにもあると思うんだ。さっきの紅茶とコーヒーみたいに直接訊くのが一番かい?」
「「「???」」」
ますます分からん、と途方に暮れる私たちを他所に会長さんが。
「それを訊くのはTPOってヤツだろう! 訊いていいのか、訊かずに察して動くべきかが気配りなんだよ、分かってないし!」
「そうなんだ? じゃあ、ハーレイの思考を読ませて貰って好みの向きになるべきだって?」
「恥じらい以前の問題だよ、それ! 恥じらいは限りなくゼロに近いね、そういう思考を持つようではね!」
意味不明な方向に突っ走り始めた会長さんたちの会話でしたが、そこはソルジャーも同じだったようで。
「それじゃ、どうすれば恥じらい込みで好みの向きに出来るわけ? 模範演技とか無いのかな? こっちのハーレイを相手にやれとは言わないからさ、台詞だけでも」
「「「!!!」」」
やっと話のパズルがピタリと頭の空間に収まりました。万年十八歳未満お断りだけに誤差は相当あるのでしょうけど、ソルジャーが会長さんから習いたい事は大人の時間の演技について。
「頼むよ、恥じらいの台詞を教えてくれれば午後の練習も頑張るからさ! 明日以降のお片付け修業にもキチンと通うし、一つだけでも!」
知りたいんだよ、と懇願するソルジャーの希望の品は大人の時間の決め台詞。恥じらい込みで好みの向きを、と言われましても………何の向き? そもそも会長さんに答えが分かるのか、フィシスさんとの時間の応用でいけるのか…?



「……ようこそいらっしゃいました……」
「「「は?」」」
会長さんが喉の奥から絞り出した台詞は斜め上というヤツでした。それって普通にウェルカムメッセージとか言いませんか? ソルジャーもポカンとしていますけれど、会長さんは腹を括ったらしく。
「本日はこういうお茶を御用意しておりますが、どれになさいますか? …これがティーパーティーを始める時のお約束! お茶が決まったら濃さの好みと、ミルクと砂糖の好みを尋ねる。これで気配り万全ってね」
「…なるほどねえ…。まずはハーレイに歓迎の意を表する、と。それから体位を色々と挙げて、どれにするかを決めて貰って、濃いめか軽めかの好みを訊くんだ? 言われてみれば理に適ってるかも…。一度も気にしたことが無いしね、ハーレイの好み」
これは使える、とソルジャーは何度も頷いています。
「恥じらい込みで好みの体位を訊くにはウェルカムの気持ちが大切なんだ? 気配り上手は片付け上手だったっけ? そういう心でウェルカムなんだね、よし、覚えた!」
今夜から早速実践あるのみ、と至極ご機嫌な様子のソルジャー。私たちには意味が掴めない単語も多数ありましたけれど、納得してくれる台詞を捻り出した会長さんは流石というもので。
「覚えたんなら片付けの方もキリキリと! お皿洗いも真面目にね」
「うん、勿論! 身に付くとはとても思えないけど、修業すればスキルアップを図れるんだし…」
目指せ、完璧な恥じらい演技! とソルジャーはやる気満々でした。お昼御飯の片付けを頑張り、午後のティータイムは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に教わりながら練習を。
「ようこそいらっしゃいました。…えーっと、本日のお茶は……と…」
危ない手つきでソルジャーが淹れてくれた紅茶はまずまずの出来。コーヒー党のキース君まで強引に紅茶にされてしまった点は気の毒でしたが、他人様の修業に付き合うというのも仏道修行の一環ですよね?



こうして夕食の片付けまでを懸命にこなして帰ったソルジャー。どうなったのか、と戦々恐々で明くる日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を訪ねてみれば。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「こんにちは。一足お先にお邪魔してるよ」
今日の紅茶はどれにする? とティーセットを前にしたソルジャーが。
「昨夜はホントに凄かったんだよ、恥じらい効果はもうバッチリ! ハーレイときたら耳まで真っ赤になってくれてさ、その後はもう大喜びで…」
「その先、禁止!」
イエローカードを突き付けている会長さんにソルジャーはまるで見向きもせずに。
「好みを訊くって大切なんだね、それだけで違ってくるなんて…。修業に出掛けた甲斐があった、ってハーレイは感激していたよ。ついでに片付けの方もよろしく、と言っていたけど、演技だけで舞い上がってくれるんだったら要らないよねえ?」
片付けなんて、とパチンとウインクするソルジャー。何か間違っているのでは、と首を捻りまくる私たちのために熱々の紅茶が注がれ、今日の修業も絶好調です。会長さんの教えどおりにカップの取っ手を優雅に摘んだソルジャーは…。
「このマナーをハーレイに早く教えたくってさ、今朝は二人でモーニングティーを飲んだわけ。ゆっくり紅茶を楽しんでからハーレイはブリッジに出掛けて行ったよ、満足してね。…それで急いでブルーの家まで報告に来てさ、優雅に地球での朝御飯!」
「…そうなんだよねえ、朝っぱらから押し掛けてきちゃって迷惑な…。あ、カップは洗って片付けてから来たんだろうね?」
訊き忘れてた、と会長さんが尋ねれば。
「え、カップ? 夜にハーレイが洗ってくれるよ、いつも基本はそうだから」
昼間に時間が取れた時には洗いに来ることもあるんだけれど、とソルジャーは片付け修業の一歩目から既に躓いてしまっているようです。青の間が壊滅的な姿になる日も近そうですけど、夫婦円満ならいいのかな? キャプテン、どうか恥ずかしい失せ物の件は諦めてやって下さいね~!



               片付かない人・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ソルジャーの恥じらいの無さは毎度お馴染み、一生モノです。直る見込みはありません。
 来月は 「第3月曜」 3月17日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 最近ハレブル別館の更新が増えておりますが、シャングリラ学園は今までどおり続きます。
 月イチ、もしくは月2更新、それは崩しませんからご安心をv
 ハレブル別館で扱っているのは転生ネタです、なんとブルーが14歳です、可愛いです。
 先生なハーレイは大人ですけど、エロは全くございません。
 ほのぼの、のんびりテイストですので、よろしかったらお立ち寄り下さいv
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