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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv







今年の梅雨は雨が少なく、どうやら空梅雨になりそうでした。遊びに出掛けるには素晴らしいことで、今日も放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で何処へ行こうかと相談中。先日の蛍見物も素敵でしたし、梅雨ならではの楽しいイベントって蛍の他にも無いんでしょうか?
「うーん…。楽しいというか、変わった行事なら週末にあるよ」
滅多に見られないモノなんだけど、と会長さん。グッと身を乗り出す私たちの前のお皿には薄紫色をしたブルーベリーのチーズケーキが載っていました。アジサイに見立てられたケーキには赤や紫の花弁をつけたゼリーの花が散らしてあります。会長さんはケーキを一口食べて。
「雨が多いとやらないんだよね、雨乞いだから。で、見に行く?」
「なんか、それって楽しくなさそう…」
神社だよね、とジョミー君が呟けば、会長さんが。
「憶測でものを言わないように! 雨乞いイコール神社だなんて、その発想が気に入らないな」
「ええっ? だけど雨乞いって神様じゃない!」
龍神を呼ばないと雨にならない、とジョミー君が食い下がる横から割り込んだのはキース君です。
「甘いぞ、ジョミー。坊主でも雨は呼べるんだ。ソレイド八十八ヶ所を開いたお大師様はな、ちゃんと祈祷して龍王を呼んだ」
「「「えぇっ!?」」」
それは私たちも初耳でした。龍を呼ぶなら神社だとばかり…。でなきゃ陰陽師とかいうヤツです。お坊さんでも呼べるんだったら、会長さんでも呼べるとか?
「挑戦したことは無いけどねえ…。やってやれないことはないかも」
「出来るのかよ!? やっぱりブルーはすげえよな!」
弟子入りして良かった、とサム君が感動しています。会長さんは「それほどでもないよ」と苦笑しながら。
「ところで雨乞いはどうするのかな? 出掛けるんなら山歩きの用意が要るけれど」
「「「山歩き?」」」
「うん、山奥の滝でやるんだよ」
「滝なんだ?」
ちょっとソレっぽい感じかも、とジョミー君は興味が出てきた様子。私たちもワクワクですけど、どんなイベントなのでしょう?



「そりゃもう、他所では見られないってば! 知っているかい? 雨乞いと言えばアルテメシアの北の神社のヤツが有名なんだよ、ずっと昔にハーレイが恋愛祈願の締めに詣でていた所」
「ああ、初詣で神社仏閣を回り倒しておられた時か…」
思い出したぞ、とキース君。私たちも未だにハッキリ思い出せます。会長さんとの恋愛成就を祈願しておられた教頭先生、アルテメシア中の御利益スポットを巡拝した末に縁結びに効くという神社にお参り。丑の刻参りの神社だとばかり思っていたのに、実は縁結びの神様だそうで。
「あの神社はねえ、縁結びだけじゃないんだな。元々が水の神様だから、今でも春に雨乞い祭がある。あ、ドカンと降らせるためじゃなくって、農業に適した雨が降りますように、という目的。でもって昔は本物の雨乞い祈祷をしていた」
「そうなんですか?」
やっぱり神社じゃないですか、とシロエ君が突っ込みましたが、会長さんは気にせずに。
「そっちの祈祷は降り過ぎた時にも効くんだよ。旱魃の時には黒い馬、雨がやまない時は白馬を捧げて祈願するわけ」
えぇっ、それって生贄ですか? 馬は相当大きいですから、思いっ切り血生臭いのでは…。
「生贄じゃないよ、お供えだってば! 神社に行けば神馬がいるだろ?」
言われてみれば、そういう神社もありました。生贄にするんじゃなかったんだ、とホッと一息ついた所で会長さんが。
「滝壺に馬の骨を投げ込むっていう雨乞いもあるから、あながち勘違いとも言えないけどねえ…。多分、馬を奉納する方法が間違って伝わった結果だろうけど」
アレは危ない、と言う会長さんによると、馬の骨を使う雨乞いは住処を穢された龍神の怒りで雨が降るらしく、洪水などの災害に繋がりかねない両刃の剣。褒められたものではないそうです。
「その点、見に行こうかって言ってるヤツは平和だよ? なにしろ龍神を創るんだし」
「「「は?」」」
龍神って創れるものなのですか? 人間の分際で神様を…?



お天気は意のままにならないもの。だからこそ雨乞いがあるわけですけど、その雨を降らせるのは龍神様だか龍王だか。お願いを聞いてもらうだけでも凄い努力が要りそうなのに、龍神を創るとなったら半端な技では無理でしょう。恐らく秘法の中の秘法で、非公開っぽい感じです。
「おい、俺たちが見ても大丈夫なのか?」
門前払いになるんじゃないか、とキース君が言い、マツカ君が。
「そうですよね…。精進潔斎するんでしょうから、穢れた人間はお断りかも…」
きっと立ち入り禁止ですよ、というマツカ君の意見は尤もでした。雨乞いの現場周辺は結界が張られていそうです。よく分からないものの、注連縄みたいなヤツだとか…。
「問題ない、ない。土足もオッケー!」
山道だから滑りにくい靴がお勧め、と会長さんはグッと親指を立ててますけど、本当に?
「平気だってば、シールドを張ってコッソリ行こうってわけでもないしね。見られちゃっても無問題どころか、新聞記者だって来てると思うよ」
「「「………」」」
新聞記者が来るというのは分かります。龍神を創り出すほどの秘法となれば取材したくもなるでしょう。でも野次馬と言うか、ただの見物人の高校生がゾロゾロいるのはマズイのでは…。
「えっ、人数は多ければ多いほどいいんじゃないかな、龍神がパワーアップしそうだからね。人が多いと力も高まる」
「…野次馬でもか?」
全く力になりそうもないが、とキース君が首を捻りましたが。
「でもさ、君たちだって期待を込めて見守るだろう? そういう期待を一身に集めてウナギが龍になるってわけさ」
「「「うなぎ!?」」」
う、ウナギって…かば焼きにするアレですか? 土用の丑に食べるウナギで、夜のお菓子なウナギですか…?
「そうだけど? 龍と見た目が似ているじゃないか」
どちらも長くてクネクネしてる、と会長さん。言われてみれば似てますけれども、どうすればウナギが龍神に…?
「お神酒を沢山振舞うんだよ。酒樽ってヤツがあるだろう? アレをお供えして、ウナギに中に入って頂く。そして上機嫌になって貰って天に昇って頂くわけさ」
「酒樽からか!?」
中で昇天させるのか、というキース君の予想はハズレでした。なんとウナギは酔っ払わせた後で山奥にある滝に投げ込むらしいのです。酔った勢いで滝を駆け昇り、天に昇って龍神に…という祈りをこめて。
「「「…それってスゴイ…」」」
「凄いだろう? オリジナリティーでは他の追随を許さないんじゃないかと思ってるんだ」
一見の価値は充分にある、と会長さん。雨乞いを行うのはアルテメシアに近い地域の鄙びた山村で、住民の数は減少傾向。賑やかしは大いに歓迎されそうだ、と会長さんは踏んでいます。
「だからさ、今度の週末は雨乞い見物! 龍神創りを見に行こうよ」
ウナギが龍になるんだよ、と念を押されなくても私たちの野次馬根性は既にMAXになっていました。好奇心旺盛なのが高校生というヤツです。この週末は山奥の滝にウナギを投げるのを見なくては!



次の日も雨が降る気配は全く無くて、ウナギの雨乞いは行われそうな感じです。地域の行事だけに降ってしまえば中止らしいですし、このまま降らずに週末を…、と農家の皆さんの御苦労も考えることなく登校してみれば。
「あれっ、キース、なんだか顔色悪くない?」
落ち込んでるみたいに見えるけど、とジョミー君が指摘するとおり、キース君の顔色が冴えません。
「あ、ああ…。ちょっと困ったことになった…かもしれん」
「週末、法事が入っちゃったとか?」
「そうではないが…。ウナギ見物にも影響するかも…」
詳しい説明は放課後だ、と言ったきり、キース君は口を噤んでしまいました。普段通りの雑談とかはするのですけど困り事とやらには触れずじまいで、私たちも気になるあまりにウナギ見物が頭から消えてしまいそうです。この際、流れちゃってもいいか、という気分になって迎えた放課後。
「「「丑の刻参り!?」」」
キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で紡いだ言葉はウナギも吹っ飛ぶ代物でした。元老寺の裏山に聳える大きな椎の木。その幹に立派な藁人形が打ち付けてあったらしいのです。
「…俺は寝ていて気付かなかったが、親父は夜中に音を聞いたそうだ。トイレに起きたら裏山の方からカコーン、カコーンと妙な音が何度も何度も繰り返し…な」
不審に思ったアドス和尚は夜が明けるなり裏山に登り、お焚き上げに使う焼却炉が壊されていないかチェックしてから更に上へと。特に異変も見られないため、休憩しようと立ち寄った椎の巨木で藁人形を発見したそうで。
「もちろん撤去してお焚き上げしたが、また来ないとも限らない。続くようなら銀青様にお願いしたい、と実は親父が」
「ふうん? 続いた場合は週末はウナギどころじゃないねえ…」
丑の刻参りと御対面か、と会長さん。え、なんで? ウナギと両立は無理なんですか? ウナギは丑の刻参りに比べたらインパクトは無いに等しいですけど、暇を持て余すのが特別生ライフ。どうせなら両方モノにしたい、と私たちは考えたのですが…。



「君たちの気持ちは分からないでもないけどさ。…ウナギと同じで丑の刻参りも期間限定イベントなんだよ」
「「「えっ?」」」
「もしかして分かっていないのかな? 丑の刻参りは七日間で成就するものだ。来週の土曜まで待っていたんじゃ呪いが発動してしまう。誰が呪われているのか分からないけど、雨乞い見物なんて遊びよりかは人命救助が最優先!」
頼まれた以上は土曜の夜は元老寺に泊まって張り込みだ、と会長さんは大真面目。ウナギの雨乞いは日曜日の朝に出発しないと間に合わないそうで、両立するのは難しいとか。
「丑の刻参りに出くわしちゃったら、精進潔斎の真逆だからね。お祓いするのは簡単だけどさ、地域の大切な雨乞い祭に野次馬参加は流石にマズイよ。だからウナギは諦めて欲しいな」
その代わり丑の刻参り見物で、と提案された方向転換に私たちは頷くしかありませんでした。本当だったら会長さんが単独で当たるべき丑の刻参り処理に同行出来ると言われてしまえば、そちらが遙かに魅力的。だって丑の刻参りですよ? そうそうお目にかかれませんよ?
「…お前たちは本当に気楽でいいな」
フウと溜息をつくキース君。
「その調子では、親父がブルーに一任したいと言い出す理由も知らんだろう? …いいか、丑の刻参りはな…。人に見られると失敗するんだ」
「そのくらいのこと、知ってるよ!」
だから見物するんじゃないか、とジョミー君が声を上げ、私たちも頷きましたが、キース君は。
「…やはり本当に知らんようだな…。丑の刻参りに失敗すると呪いは自分に降りかかる。それを避ける道は一つしか無い。…見た人間を殺すことだ」
「「「!!!」」」
そこまでは知りませんでした。見てしまったら殺されるなんて、そんな理不尽な…!
「いや、丑の刻参りをやる人間は真剣だ。精神状態も普通ではない。人を呪い殺したい勢いだからな、一人殺すも二人殺すも大して変わらんという心境になる」
逃げ切れなかったらおしまいだぞ、とキース君もまた真剣です。
「それほどのヤツを相手にするには俺と親父は力不足だ。呪いのパワーを一気に浄化しない限りは人が死ぬのは避けられん。…まぁ、そこまでの呪力を持ったヤツが丑の刻参りはしないと思うが、死ぬ所までは行かなくてもだ、怪我や病気は充分有り得る」
「そうなんだよねえ、丑の刻参りはそれなりに効くことがあるんだよ。余計な不幸を避けるためにもアドス和尚の依頼は受けなくちゃ」
丑の刻参りが定着したら元老寺の評価も下がっちゃうしね、という会長さんの言葉にキース君が「よろしく頼む」と深く一礼しています。宿坊もやってるお寺ですから、丑の刻参りの名所になったら客足に響きそうですものね。



ウナギの雨乞いか、丑の刻参りの見物か。私たちの週末の予定を決めるのは元老寺に出たという藁人形。次の日も椎の木には藁人形が打ち付けられて、続く金曜の朝も打ち付けてあって…。
「これでウナギは流れたね。明日はみんなで元老寺だ」
会長さんの鶴の一声、土曜日は元老寺の宿坊にお泊まりすることに。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」には迎えのタクシー、私たちは普通に路線バスで出掛けて山門前に集合です。
「銀青様、お呼び立てして誠に申し訳ございません」
アドス和尚が何度もお辞儀し、イライザさんもペコペコと。会長さんは「気にしてないよ」とニッコリ微笑み、宿坊の部屋に荷物を置いてから。
「今朝もあったと言っていたよね、ちゃんと残してくれている?」
「そ、それはもう…。銀青様の仰せですから」
指一本触れておりません、とアドス和尚が言うのは藁人形。昨日までのは見付ける度にお焚き上げしたそうですけれども、今日の未明に打ち付けられた分は椎の木に残してあるそうで。
「それじゃ早速、見に行ってくるよ。ついでに処分しとくから」
人目に立ったらマズイもんね、と片目を瞑ると会長さんは私たちを引き連れて裏山へと。椎の木はかなり上の方です。登る途中でシロエ君が。
「どうしてお寺なんでしょう? 丑の刻参りって神社でやるものじゃないんですか?」
「「「あ…」」」
そこは完全に盲点でした。お寺でやっても意味が無いんじゃあ、と安心しかけたのですが。
「甘いね、丑の刻参りの名所になってるお寺もあるよ」
アッサリと返す会長さん。
「要は人に見られずに打ち付けられればいいわけだから…。あそこは効く、と思われちゃったら一巻の終わり。こういう世界はクチコミでねえ、次から次へと志願者が来るさ。ね、キース?」
「そうならないよう、あんたに頼んでいるんだろうが!」
「有難いよねえ、依頼金! アドス和尚は気前がいい。成功報酬も貰えるそうだし頑張らなくちゃ」
「せめてお布施と言ってくれ…」
坊主ならな、と嘆くキース君。アドス和尚は会長さんが大喜びする金額を支払ったみたいです。解決すれば更なるお金が会長さんの懐に…。



「かみお~ん♪ 椎の木、見えてきたよ!」
ホントに何かくっついてるね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねて行こうとするのを会長さんは鋭く制止。心得の無い人が迂闊に触ると危ないそうで、幹に打ち付けられた藁人形を会長さんが検分するのを私たちは遠巻きに見守ることに。藁人形は間もなくサイオンの青い焔で燃やされて…。
「…どうだった? 何か分かったか?」
スタスタと戻ってきた会長さんにキース君が声を掛けると。
「うーん…。凄い一念は籠もってる。一撃必殺みたいな感じで呪い殺すとは叫んでるけど、それに負けない勢いでさ、…妙な叫びが聞こえてくるんだ。金儲け! 金儲け! って」
「「「金儲け!??」」」
なんじゃそりゃ、と頭上に飛び交う『?』マーク。会長さんにも意味がサッパリ掴めないらしく。
「仕事のライバルでも呪ってるのかなぁ、それとも遺産相続とかかな? どちらにしても呪い殺せばお金が入ってくるんだろう。あーあ、イヤなものを見ちゃったよ」
金の亡者とは見苦しい、と顔を顰める会長さん。その会長さんも教頭先生から毟り取る時は金の亡者も真っ青な事実を口に出来る勇者はいませんでした。それはともかく、正真正銘の丑の刻参りなら中止させないといけません。誰かが死ぬか、怪我か病気になるわけで…。
「そうなんだよねえ、そこそこ力はあると見た。ぼくからすれば指先一つで消せる程度の代物だけど、アドス和尚には荷が重いかな。お焚き上げでは対抗不可能。…相談してくれて良かったよ」
でなければマズイ評判が立っていたかも、と山を下り始める会長さんにキース君が。
「感謝する。今夜、なんとかしてくれるんだな?」
「もちろんさ。君も一緒に来るつもりだろ? みんな揃って見学ってね」
丑の刻参りは見ごたえがあるよ、と楽しげに笑う会長さんはワクワクしているようでした。高僧としての力を揮えるチャンスは珍しいだけに腕が鳴るというヤツでしょう。会長さんがいなかったなら、元老寺は丑の刻参りの名所と化したかもしれませんねえ…。



その夜、会長さんは御自慢の緋色の衣ではなく墨染の衣に輪袈裟なスタイル。曰く、緋色の衣は丑の刻参りの輩ごときに見せるものではないそうです。アドス和尚とイライザさんも交えて庫裏のお座敷で夜食のお寿司やお菓子を食べつつ待ち受けていると。
「…シッ! どうやら来たようですぞ」
開け放たれた窓の向こうからカコーン、カコーンと不気味な音が響いて来ました。間違いなく裏山の方角です。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が暗闇の奥に瞳を凝らして…。
「来たね、本物の本格派だ」
「うわぁぁん、怖いよ、鬼みたいだよぅ~!」
頭に蝋燭つけてるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブルブル震えて縮こまってしまい、アドス和尚とイライザさんに預けて行くしかありません。私たちは会長さんが張ったシールドで姿を隠して裏山へと。空梅雨とはいえ空は曇って星一つ見えず、真っ暗な中を会長さんのサイオン誘導で登り続けて…。
『『『…で、出たぁ…』』』
もうイヤだ、と走り出したい気分になったのは会長さんを除く全員だったと思います。椎の木の下でカコーン、カコーンと藁人形を打ち付けている白衣の男。丑の刻参りの絵図そのままに頭に五徳を載せて蝋燭を灯し、素足に履いた一本歯の高下駄。きっと胸には鏡をぶら下げ、櫛を咥えているのでしょう。
カコーン、カコーンと釘を打つ男は鬼としか見えず、震え上がるだけの私たちをシールドの中に残して会長さんが出て行きました。丑の刻参りが失敗するのは見られた時。会長さんなら無事に全てを解決出来ると分かってはいても、恐ろしく…。
「ちょっと、そこの君」
『『『は?』』』
会長さんが発した言葉は緊張感ゼロなものでした。釘を打つ音が止み、振り返った男は櫛を咥えてはいましたけれど、思いっ切りバツが悪そうで。
「丑の刻参りの現行犯で逮捕する。…元老寺の庫裏まで来て貰おうか」
「…す、すいません~っ!!!」
男の口からポロリと櫛が落ち、会長さんが取り出したロープでお縄になった犯人の声と容貌は大学生に毛が生えたようなもの。実年齢だと私たちとは大して変わりがなさそうで…。



「すみません、本当にすみません~!」
警察は勘弁して下さい、とアドス和尚の前で土下座した男は泣きの涙でベラベラと喋り始めました。中学時代からオカルトに凝り、独学と自己流の修行を重ねて一応の呪力を身につけたらしく。
「「「丑の刻参り代行業?」」」
「は、はい…。クチコミで評判が広がりまして、ネットでの依頼も受け付けています」
七日間ならこのお値段で、と尋ねていないことまで喋った男に会長さんが額を押さえながら。
「…それで打ち付ける度に「金儲け!」と心で叫んでいたのか…。修行不足だよ、君」
「そ、そうですか? でもですね、この商売、けっこうボロイんですよ」
「性根を入れ替えて修行することを心の底からお勧めするね。君の力なら相当上まで行けるだろう。千日回峰行をこなして大阿闍梨と呼ばれてみたくないかい? まるっきり坊主というのが嫌なら山伏なんかも向いてると思う」
お日様の下で正々堂々と法力で勝負の人生はどうか、と説いた会長さんは幾つかの宗派の長老とやらに宛てて紹介状を書き、白衣の男に手渡しました。
「君なら何処がどういう宗派か分かるだろう。好きな所を選んで入門したまえ、でないといずれ身を滅ぼすよ? 代行業は儲かるだろうけど、少しずつ負のパワーが溜まっていくから今のままだと君の来世は…」
「や、やめます、代行業は今日で廃業します! お客さんには全額返金しますんで!」
「それがいいだろうね。…ところで、肝心なことを君に訊くのを忘れてた。どうして元老寺を選んだんだい、実行場所に」
「え、えーっとですね、お客さんとの兼ね合いというか…。最高に効くスポットってヤツを毎回検討するんです。お客さんの家からは鬼門に当たって、ウチの会社からは吉方位の神社仏閣を選んで代行するのが商売の秘訣ってヤツなんですよ」
元老寺が丑の刻参りの舞台に選ばれてしまった理由は商売繁盛だったのです。アドス和尚とキース君が呻き声を上げ、イライザさんは「あらあらあら…」と困惑顔。なんとも素晴らしすぎるチョイスに会長さんも「うーん…」としか声が出ませんでした。丑の刻参り代行業者、恐るべし…。



こうして元老寺から丑の刻参りの藁人形は消えましたけれど、代行業者とはいえ呪力は本物。穢れに触れてしまった以上は朝一番でのウナギの雨乞い見物はダメ、と会長さんに止められてしまった私たちは不満たらたらで。
「あーあ、丑の刻参りは偽物だったし、ウナギは見そびれちゃったしさあ…」
不幸な週末だったよね、とジョミー君が嘆く隣でシロエ君が。
「ホントですよね、業者さんだっただなんて最低ですよ。…あ、消えてる」
「「「何が?」」」
一斉にシロエ君の手元の端末を覗き込む私たち。今日は月曜日の放課後、いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でマンゴームースとオレンジムースを三層に重ねたケーキを食べつつ談笑中です。シロエ君の端末には表示エラーのメッセージが。
「あの業者さんのサイトですよ。昨日の夜には近日閉鎖って書いてありました。顧客の人と連絡がついて返金作業が済んだんでしょうね、消えたってことは」
仕事が早い、と褒めるシロエ君によると業者さんが契約中だった顧客だけでも百人以上だったとか。これまでに受けてきた仕事の数も驚くほどの凄い数字で。
「それ、どうやって調べたんだよ?」
サム君の素朴な疑問にシロエ君はニコッと笑うと。
「ハッキング以外に無いでしょう? 住所と電話番号なんかも分かりましたけど、要りますか?」
「「「い、要らない!!!」」」
ウナギが流れてしまっただけでも大迷惑だった丑の刻参り代行業者。住所と電話番号なんかを手に入れたって得をする筈も無いわけで…。
「おや、そうかい?」
そうでもないよ、と会長さん。
「彼は近々、とあるお寺に入門を願い出るようだ。いずれ高僧として名を上げたなら、一文字書いて貰っただけでもドカンと値打ちが出るんだけども」
「「「!!!」」」
そういうことなら話は別です。私たちはシロエ君がゲットした住所や電話番号などの個人情報を紙に書き付け、キース君に保管をお願いしました。蛇の道は蛇ですし、彼が成功した暁にはキース君から連絡を取って貰って墨跡とかをゲットしなくては…!
「でもさぁ、そこまでが長いよねえ…」
出世払いの値打ち物より見逃したウナギ、とジョミー君が話を振り出しに戻し、私たちは再びブツブツと。丑の刻参りが業者さんだと気付くよりも前に味わった恐怖は喉元過ぎればなんとやらです。
「ホントにウナギが見たかったですね、あっちは由緒正しい本物ですから」
代行業者なんかじゃなくて、とシロエ君が溜息をついた時。



「はい、ウナギ」
「「「!!?」」」
背後からニュッと伸びてきた手に振り返ってみれば、紫のマントのソルジャーが。
「ウナギ、ウナギと嘆いてるから買ってあげたよ、ウナギのかば焼き」
そこの商店街のヤツ、とテーブルに置かれた袋の中身は本物のウナギのかば焼きでした。けれど私たちが欲しかったモノはウナギと言っても食べるヤツじゃなくて、龍神に化けるというヤツで…。
「ああ、アレねえ…。別に普通のウナギだったよ、酔っ払ってたみたいだけれど」
滝壺に放り込まれた後は寝てたようだよ、と話すソルジャーは覗き見していたらしいです。会長さんの話で興味を持ってしまい、新聞社の動きから場所を特定、そして見物。
「でもさ、しっかり雨が降ったね。地域限定にわか雨! ウナギが龍になっちゃったのか、参加した人たちの一念なのかは謎だけどさ」
どっちかと言えば後者かな、とソルジャーはソファに腰掛けて。
「ミュウでなくても人間のパワーは凄いんだね。丑の刻参りの代行業者にはビックリしたけど、ホントに力が半端じゃなかった。…もしもブルーが止めなかったら呪われてたんだろ、依頼人の恋人」
「「「恋人?」」」
「なんだ、そこまでは知らなかったのか…。そういえば喋っていなかったかな? 依頼人の件は守秘義務だとかで」
ぼくには筒抜けだったけど、と得意げに胸を張るソルジャーによれば、元老寺で行われていた丑の刻参りは恋人の呪殺を依頼してきた若い女性のためのもの。浮気を繰り返されるよりかは殺して自分一人のものに、という恐ろしい妄執に基づいたもので。
「その発想が凄すぎるよね。自分だけの物にならないのなら殺してしまえって所がさ。…文字通り身を焦がす恋ってヤツだ」
ロマンだよねえ、とウットリするソルジャーは丑の刻参りに深い感銘を受けたようです。そこまでの恋をしてみたいだとか、そのくらい想われてみたいものだとか、既婚者のくせに妙な寝言を。別の世界の人ならではのズレた感覚なのでしょう。とりあえずウナギは食べときますか…。



「「「バラ撒いた!?」」」
私たちの悲鳴が響き渡ったのは、ソルジャーのお土産のウナギのかば焼きを美味しく食べた後のこと。量が少なかったため細切りにして、細ネギと刻み海苔、それにワサビを一緒に御飯に乗っけて混ぜてから食べてみたのです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」お勧めの『ひつまぶし』風は美味でしたが…。
「き、君はいったい、何を考えて…!」
会長さんが口をパクパクさせるのを見て、ソルジャーは。
「えっ、呪い殺したい程の勢いで想われてみるのも素敵だよね、って思ったんだけど?」
「それがどうしてこうなるのさ!」
信じられない、と叫ぶ会長さんとコクコク頷く私たち。テーブルの上には封筒が置かれ、それの中身は会長さんがマッハの速さで元通りに突っ込んだソルジャーの写真の詰め合わせです。なんでも「ぶるぅ」に撮らせたとかで、色っぽいどころの騒ぎではない全裸の写真が何枚も…。
「いいのが撮れたと思うんだけどなぁ、こう、いわゆる恥ずかしい写真というヤツ? バラ撒かれたくなければ言うことを聞け、って時に使われるのはああいうヤツかと」
「その通りだよ、そういう写真を撮った理由が知りたいんだけど!」
聞いたら後悔しそうだけども、と拳を震わせる会長さんに、ソルジャーはしれっとした顔で。
「深く想われてみたかったんだよ、ハーレイに……さ。ぼくがハーレイ以外の誰かと親密な仲で、あんな写真を撮らせるほどに心も身体も許していたならどうなるかなぁ、って」
「…君のハーレイなら自分の及ばなさを悔みまくるとしか思えないけど? 間違っても君を呪い殺したい方向なんかへ行くようなキャラじゃなさそうだよね」
黙って身を引くタイプと見た、と会長さんが言えばソルジャーはパチンとウインクをして。
「だからバラ撒いたと言ってるんだよ、シャングリラ中に! ぼくの恥ずかしい写真をバラ撒いたのは何処の誰だか、ハーレイはぼくの名誉のためにも追及せざるを得ないじゃないか」
もはやブリッジどころではない、と瞳を輝かせているソルジャー。
「キャプテンとしての任務も威厳も消し飛んでるねえ、男のクルーを端から捕まえて訊きまくっているよ、お前なのか、と。いやもう、胸倉を掴んで凄い勢い」
「……それで犯人が見つかるわけ? 君とぶるぅの共作なのに?」
まさかシャングリラを巻き込むとは、と会長さんはキャプテンとソルジャーの世界のシャングリラ号のクルーに同情しています。妙な写真を一方的に押し付けられてバラ撒かれた上、いる筈もない間男探しにキャプテンが奔走しているだなんて…。



「犯人ならいずれ見つかるよ。いずれ出頭してお縄になるんだ、でもって、お仕置きされるんだよ。恥ずかしい写真をバラ撒くだなんて、あなたはいけない人ですね…って、嫉妬に狂ったハーレイにさ」
どんなプレイをされるんだろう、とソルジャーは視線を宙に彷徨わせ、頬を薔薇色に染めていました。バラ撒いた写真は回収して処分し、見た人の記憶も綺麗に処理して、嫉妬に狂って駆け回っているというキャプテンの長い一日に関する記憶もデータも全て消すのだそうですが…。
「ふふ、残るのはねえ、ハーレイが手荒く扱ったぼくの身体に残った痕だけ。それを示してこう言うんだよ。「昨日は何があったんだい? 君は普通じゃなかったよね」って。もちろんハーレイに記憶は無いから、ひたすら謝るだけだと思う。それがまたいい」
そのネタを使って当分楽しむ、とソルジャーは夢見心地でした。ソルジャーとの仲をひた隠しに隠しているキャプテンがそれを忘れて犯人探しと怒りに燃えている姿が嬉しいらしく。
「…いいねえ、ここまで深く想われてるとは分かってたけど、形にされるとグッとくる。あんなハーレイを見られるだなんて、丑の刻参りに大感謝だよね」
出頭するまでお世話になるよ、と座り直したソルジャーが帰るのは夜でしょう。それまでの間、どんな猥談が飛び出してくるか分かりません。恥ずかしい写真とやらがある上、キャプテンだって走り回っているわけで…。
元老寺に出た丑の刻参りは、斜め上どころか宇宙の果てまでワープしそうな波乱を呼んでくれました。まさかソルジャーの世界のシャングリラ号に騒ぎを起こしてしまうとは…。代行業者の人は立身出世を遂げそうです。異世界にまで余波が及ぶ人物、きっと大物になれますよ~!




              見世物は呪法・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 丑の刻参りがメインのお話でしたが、ウナギの雨乞いも本当に存在するんですよね…。
 そして来月11月でシャングリラ学園番外編は連載開始から5周年を迎えます。
 5周年のお祝いに来月も 「第1月曜」 にオマケ更新をして月2更新にさせて頂きす。
 次回は 「第1月曜」 11月4日の更新となります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、10月は教頭先生の修行を巡ってロクでもないことに…?
 ←シャングリラ学園生徒会室へは、こちらからv






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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






シャングリラ学園、今日も平和に事もなし。学園祭も無事に終わって続く行事は期末試験ですが、私たちには特に関係ありません。試験勉強は必要ないですし、要は会長さんが1年A組に押し掛けてきて試験を受けるというだけのことで。
「打ち上げはやっぱり焼き肉だよね!」
いつものお店、とジョミー君。試験が終わるとパルテノンの高級焼き肉店でパーティーというのがお約束です。教頭先生から資金を毟って食べ放題でドンチャン騒ぎ。試験の楽しみはこれに尽きる、と誰もが思っているのですけど。
「うーん…。別に焼き肉でもいいんだけどさ」
ちょっとマンネリ気味だよね、と会長さんが口を挟みました。
「試験の度に焼き肉だろう? たまには違うコースもいいかな、と」
「かみお~ん♪ 昨日、広告が入っていたの!」
はい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が新聞の折り込み広告をテーブルに。カラフルな旅行広告の目玉は「カニ&フグ食べ放題」と書かれた温泉ツアーみたいです。
「これを見たらさ、カニもいいよねって気になって…。フグというのも捨て難い」
「どっちも美味しいシーズンだもんね!」
食べたくない? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸をときめかせている様子。その気になれば会長さんと食べに出掛けられる筈なんですけど、みんなでワイワイ食べたいらしくて。
「ねえねえ、カニでもフグでもいいから食べに行こうよ!」
せっかくだもん、とキラキラする瞳に、キース君が。
「打ち上げの代わりにツアーに行くのか? 日帰りプランのようではあるが」
「ううん、ツアーじゃダメなんだよ」
「「「は?」」」
サッパリ意味が分かりません。カニ&フグの食べ放題とか言い出したくせに、どうしてツアーはダメなんでしょう? 首を傾げる私たちに向かって、会長さんが。
「ツアーの値段を見てみたかい? これじゃ美味しいのは食べられないさ」
「「「え?」」」
「こんな値段で出掛けて行ったらカニは冷凍モノなんだ。もちろんフグも鮮度が落ちる。…本当に本場モノの獲れたてだとねえ、カニだけで値段が五倍になるかな」
旅行費抜きで、と会長さん。美味しいカニは本場で食べても思い切り高く、アルテメシアに運ばれてくると更に値段が跳ね上がるとか。



「ぼくが食べたいのはそういうカニさ。ハーレイの財布に与えられるダメージも半端じゃないし、味の方だって保証付き! ただ、カニだと会話が途切れがちなのが残念ポイント」
「そっか、黙々と食べちゃうもんね」
殻があるから、とジョミー君が相槌を打ち、私たちも何度か出掛けたカニ料理なんかを思い返して納得です。お刺身などでは話が弾んでも、焼きガニや鍋では沈黙しがち。打ち上げにはイマイチ向いていないかもしれません。
「カニとフグではお店も違ってくるんだよ。…どっちに行きたい?」
そう尋ねてくる会長さんの頭の中では焼き肉店は選択肢から既に外されているようでした。沈黙のカニか、それともフグか。賑やかな打ち上げをしたいんだったらフグでしょうけど、あっさり上品なフグを食べるよりかは焼き肉の方が楽しいような…。
「フグって上品すぎねえか?」
サム君が投げ掛けた疑問は至極当然、キース君たちが続きます。
「そうだな、俺たちは酒が飲めないし…。今一つ盛り上がりに欠けると思うが」
「フグは普通に食べに行こうよ、打ち上げじゃなくて!」
そうしよう、とジョミー君が言い出した所へ。
「ぼくは打ち上げはフグに一票」
「「「!!?」」」
バッと振り返った先に立っていたのは紫のマントのソルジャーでした。今は試験の打ち上げについて話をしている真っ最中で、生徒ではないソルジャーは全く無関係なのに、来ちゃいましたか、そうですか…。



「どうして君が出てくるのさ! 試験なんか受けないくせに!」
会長さんが怒鳴り付けても、ソルジャーは何処吹く風とばかりにソファにゆったり腰掛けて。
「ぶるぅ、ぼくのおやつは残ってる?」
「ちょっと待ってね、取ってくるから!」
パタパタパタ…と駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアップルポテトパイのお皿を持って戻って来ました。アップルパイの上にスイートポテトを裏漉ししたクリームをたっぷりと載せた特製パイにソルジャーは早速フォークを入れています。熱々の紅茶もセットで登場。
「クリームが甘くて美味しいね、これ。食べに来た甲斐があったよ、ホント」
「さっさと食べて帰りたまえ! お代わりはお土産につけるから!」
君とは関係ない話だから、と会長さんは追い出しにかかったのですけれど。
「…ぼくもフグを食べたい気分なんだよ。ぼくの世界じゃ食べられないしね」
シャングリラでフグは養殖していない、とソルジャーお得意のSD体制攻撃が始まり、私たちはすっかり諦めモード。試験の打ち上げは焼き肉どころかソルジャーつきでフグ料理です。楽しくワイワイ騒ぐどころか、下手をすれば騒ぎになりそうな…。
「えっ、なんで? ぼくが混ざったら、どうして騒ぎになるんだい?」
「日頃の行いについて、よくよく考えてみるんだね。普通に食べて帰るだけって日も多いけれどさ、イベントの時に乱入されたら大抵ロクな結果にならない」
会長さんの鋭い指摘にソルジャーは「うーん…」と考え込んで。
「そうかなぁ? ぼくはフグ料理が食べたいだけだし、食べたら帰ると思うけど? ロクな結果にならないだなんて、たとえばフグにあたるとか?」
「「「えぇっ!?」」」
それは勘弁願いたい、と真っ青になる私たち。ソルジャーに引っかき回されるのも大概ですけど、フグ中毒の方が物騒です。
「あ、あれって解毒剤が無いんですよね?」
シロエ君が顔を強張らせる横から、キース君が。
「ああ、マムシとかハブのようにはいかないようだな。血清を打てばそれでOKという類の毒ではないそうだ。運が悪ければ今でも命を落とすらしいし」
「決め手は人工呼吸器らしいよ」
そう聞いている、と会長さん。
「フグにあたると筋肉が麻痺して、呼吸困難で死ぬんだってさ。そうなる前に人工呼吸器で強制的に酸素を送り込めたら助かるってわけ。怖いらしいね、フグ毒ってヤツは」
「それはもう!」
頷いたのはソルジャーでした。



「アレって一番苦しいかもねえ…。死ぬ瞬間まで意識は明瞭って言うだけあって、痺れ始めても息が出来なくなってきてもさ、苦しいだけでどうにもこうにも」
「…あたったわけ?」
もしかして、と尋ねた会長さんに、ソルジャーは。
「あたったんなら諦めもつくよ、美味しく食べた後のことだしね。自業自得とか言うだろう? だけど、ぼくのはそうじゃない。…単なる人体実験の結果」
「「「人体実験!?」」」
「そう、ミュウに対する毒物実験! フグの毒ってテトロドトキシンだよねえ、致死量は僅か1~2ミリグラムという猛毒。青酸カリの千倍の毒性とくれば、研究者たちが試してみないわけがない」
容赦なく投与されたのだ、と不敵に笑ってみせるソルジャー。
「いやもう、死ぬかと思ったけどさ…。そこは腐ってもサイオンなのかな、気付いたら呼吸が楽になってた。どういう理屈か、ぼくにも未だによく分からない。ぼくの世界のノルディの説では、毒物に対する免疫力に似たようなモノをサイオンで作り出せるとか…」
だから今ではフグでも平気、とソルジャーは自信満々でした。
「実験は一度じゃないからね。増量されたりしている内にさ、免疫力もアップしたわけ。フグにあたった程度の量では多分痺れもしないと思うよ。ぼくのハーレイもそこは同じだ。防御力に優れたタイプ・グリーンな分、ぼくより順応が早かったかも…」
「そこまでの目に遭っているのにフグを食べたいと言うのかい?」
恐々といった風情の会長さんに対するソルジャーの答えは。
「食べたいに決まっているだろう? 毒だけにあたった回数を思えば、食べ放題でも足りないよ。フグ尽くしで思い切り食べまくりたいね、もちろん猛毒の卵巣や肝臓とかってヤツも」
「ちょ、それは条例で禁止されてて、お店に思い切り迷惑が…!」
絶対にダメだ、と会長さん。お客さんの注文で提供しても、万一の事故が発生すると営業停止処分になるのだそうで、フグ料理店に迷惑を掛けるわけにはいかないとか。
「そうなんだ? だったら、ぶるぅに頼もうかなぁ?」
「「「えぇっ!?」」」
食べたいんだよ、とフグに執着し始めたソルジャー。フグを料理するには免許が必要だったと思うのですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は資格を持っているのでしょうか?



フグは食いたし、命は惜しし。広く知られた言葉ですけど、そんな事態が降りかかってこようとは夢にも思っていませんでした。試験の打ち上げをどうしようか、と相談していただけなのに…。
「店がダメなら素人料理でいいだろう? フグを仕入れればいいだけなんだし、費用もうんと安く上がるよ」
「…アルテメシアじゃ素人には売ってくれないよ、フグは!」
フグ取扱者の免許が必要、と会長さんが声を荒げても、ソルジャーは全く気にせずに。
「アルテメシアじゃあダメってことはさ、売ってくれる場所があるってことだね? 条例で禁止と言ってただろう? 法律だったらアウトだけども、条例だと素人オッケーな場所が」
えっと、そういうことなんですか? 本当に? 私たちの視線を一身に集めた会長さんは額を押さえて。
「………。その調子だと、君はダメだと言ってもフグを買い付けてくるんだろうねえ…。結論から言うと、条例の無い場所はある。そこで素人がフグを調理しても問題はない。ただし、買ってきてアルテメシアで調理を始めたらアウトなんだよ」
「そうなのかい? それじゃコッソリ買ってくるから、バレないように君の家で派手にパーティーしようよ、フグ食べ放題!」
「待て、俺たちまで巻き添えなのか!?」
キース君は顔面蒼白、私たちも震え上がりました。素人料理でフグ食べ放題のパーティーだなんて、どう考えても危険です。あたらないというソルジャーはともかく、他の面々は誰があたるか分かりません。ソルジャーが助けてくれるにしたって、麻痺だの呼吸困難だのは…。
「巻き添えだなんて人聞きの悪い…。パーティーだってば、みんなで楽しく! あたった時には任せてくれればサイオンで補助してあげるから」
マッハの速さで回復するさ、とソルジャーがニッコリ笑っています。会長さんでも勝てないソルジャーなだけに、私たちは覚悟を決めるしかなかったのですが。



「かみお~ん♪ フグの免許なら持ってるよ!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が今日ほど頼もしく思えたことはありません。でも、そんな資格をいつの間に…?
「えっとね、講習会に出るだけで取れちゃうの! 先生のお話を聴きに行くのが1回とね、捌き方を習うのが1回なの! 捌き方を習った後に試験があるんだよ♪」
簡単なんだ、と話す「そるじゃぁ・ぶるぅ」によると、講義の方はフグの種類や毒、条例などについての難しい話もあったそうです。しかし捌き方の後の試験では先生方が助け舟を出して下さるらしく、フグを捌ける腕さえあれば誰でも合格可能なもので。
「難しい問題は分かんなかったけど、ちゃんと合格出来ちゃった! だからフグ食べ放題のパーティーは出来るんだけど…。ブルー、ホントに卵も食べるの?」
絶対に食べちゃダメなんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は心配そうにソルジャーの顔を見詰めましたが。
「あたらないって言っただろう? 美味しいらしいし、是非食べたい。試験の打ち上げはフグ食べ放題、楽しみに待っているからね!」
今日は御馳走様、と微笑んだソルジャーはアップルポテトパイの残りをお土産に貰って意気揚々と帰ってゆきました。カニかフグかで会長さんが悩んだばかりに、試験の打ち上げは御禁制の部位を提供するというフグパーティー。えらい事態になりましたけれど、もうどうしようもないですよね…?



そうこうする内に期末試験の期間が訪れ、今日はいよいよ最終日。試験終了後に会長さんは教頭室へと出掛けて行って。
「貰って来たよ、今日のパーティー費用! フグを食べるから増額してよ、って頼んだら財布の中身を全部くれたさ」
「「「………」」」
教頭先生、相変わらず気前がいいようです。何かと物入りな年末年始が控えているのに、会長さんにおねだりされたらポンと財布の中身を全部…。
「あんた、家でやるんだというのを言わなかったな?」
焼き肉よりも安上がりの筈だ、というキース君の指摘を会長さんはサラリと流して。
「どうだったかなぁ? ぶるぅが市場に仕入れに行ったし、領収書とかは見ていないんだよ」
「えとえと…。フグは沢山買ってきたけど、焼き肉屋さんより安かったよ!」
そのお金でもう一回パーティーやってもお釣りがくるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんは鼻歌交じりに毟ってきたお金を数えています。この人に何を言っても無駄だ、と私たちが溜息をついた所へ。
「こんにちは。フグ食べ放題、お相伴しに来たんだけれど」
「…君が主賓の間違いだろう? ぼくたちの方がお相伴だよ、大いにあたってくれたまえ」
卵巣も肝臓も食べ放題、とソルジャーに毒づく会長さん。打ち上げパーティーの会場は会長さんの家のダイニングです。会長さんとソルジャー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンに包まれて瞬間移動した先は…。
「うわぁ、凄いね!」
ジョミー君が歓声を上げるだけあって、テーブルの上には薄く切られたフグのお刺身を盛ったお皿が何枚も。鍋にするための身も山ほどあります。免許を持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意した以上、ソルジャーが食べたい危険な部位はきちんと分けられている筈で。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
まずはお刺身、と食べ始めると、これが絶品。朝一番に新鮮な活けフグを仕入れてきたそうで、料亭の味に全く引けを取りません。ゆびきに唐揚げ、焼きフグなんかも美味しいですし、流石は「そるじゃぁ・ぶるぅ」です。
「食べ放題ってのが嬉しいよな!」
サム君が唐揚げを頬張り、マツカ君も。
「フグ専門の高級店だと食べ放題コースは無いですからね。此処でしか出来ない贅沢かも…」
お代わりし放題なのが凄いです、と褒められるだけあってフグはいくらでもありました。お刺身も唐揚げも次から次へと追加のお皿が出て来ます。毒のことなんかすっかり忘れて食べまくっていると。



「そうそう、こんなのも買ってみたんだけれど」
食べてみる? と会長さんがキッチンからお皿を運んで来ました。えーっと、これって何ですか? 白っぽい皮に茶色の中身、何かのスライスみたいです。スライスしたレモンも添えてあるのが二皿分。同じものでは無さそうな…。
「ブルーだけしか食べられないんじゃつまらないかと思ってさ。フグの子の粕漬けと糠漬けだけど」
「「「!!!」」」
椅子が無かったら、思い切り後ろに飛びすざっていたと思います。キース君が引き攣った顔で。
「ふ、フグの子というのは卵巣か? 猛毒だろうが、それをどうしろと!」
「卵巣だけど…。これって毒はとっくに抜けてるんだよ、フグの子を食べたい人向けのヤツで」
「へえ、そんなのがあるのかい?」
知らなかったよ、とソルジャーが一切れ摘み上げるなりモグモグと。
「ふうん、ビールに合いそうな感じだね。でもって、こっちが糠漬けだって? お酒が欲しくなる味だよね、うん」
「…おい、本当に毒は抜けているのか?」
こいつの感覚はアテにならん、とキース君がソルジャーを指差せば、会長さんは。
「大丈夫、そこは保証する。ブルーが言うとおり、お酒のおつまみ向きなんだけど…。君たちも食べたかったらどうぞ」
「かみお~ん♪ ホントに毒は無いんだよ! あのね、お塩の中に漬け込んで水分を取るの! それを半年だったかなぁ? その間に毒が抜けるんだって! 糠漬はそこから一年漬けてね、粕漬けは糠漬けを二カ月漬けるの!」
「……そこまでやるのか……」
気が長すぎる、と呻きながらもキース君は糠漬けを一切れ齧ってみて。
「これが卵巣というヤツなんだな、まあ、美味い…と言えんこともない。あたらなければ、だが」
「痺れるくらいが丁度いい、って言う食通もいるんだけどねえ?」
会長さんが混ぜっ返して、私たちは思わずブルッ。それでも糠漬けと粕漬けとやらを味見してみて、こういうのよりは唐揚げや焼きフグが美味しいよね、という結論に。
「なるほど、君たちはお酒を飲まないしね…。これもけっこういけるんだけどな」
会長さんの前にはしっかりお酒が置かれています。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒に飲みながら粕漬け、糠漬け。とある地方の特産品で、そこでしか製造許可は下りないそうです。まさかフグの卵巣を食べることになるとは思いませんでしたよ、世の中、ホントに広いとしか…。



それからが本日のメイン・イベント。この日のために「そるじゃぁ・ぶるぅ」がフグ取扱者免許をフル活用した猛毒の肝臓と卵巣を載せたお皿がソルジャーの前に。
「はい、どうぞ! でも本当に大丈夫なの?」
「平気だって言っているだろう? で、どうやって食べるんだい?」
興味津々のソルジャーに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「生でもいけるし、お鍋に入れても美味しいんだって! あとね、焼くのと天麩羅があるよ」
白子と同じ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えています。白子の天麩羅なら私たちもさっき食べました。サクサクとろりと美味しかったですが、卵巣も同じ食べ方ですか…。
「おや、君たちも食べたくなった? チャレンジするなら面倒みるよ?」
あたった時はぼくにお任せ、とソルジャーにウインクされましたけど、そんな度胸はありません。痺れるくらいが丁度いいとは思いませんから、此処は見物に徹するまでです。
「なんだ、チャレンジしないんだ? じゃあ、ぼく一人で頂いちゃおうかな。まずはお刺身、と」
ソルジャーは卵巣をお箸でつまんで薬味たっぷりのポン酢の中へ。そして頬張り、満足そうに。
「いいねえ、白子とは風味が違うよ。糠漬けと粕漬けも良かったけれど、フグはやっぱり鮮度が命! こう、トロッとして、舌がとろける味わいだよね」
「それが猛毒なんだけど?」
まさか本気で食べるとは、と呆れ顔の会長さんを横目にソルジャーはお刺身を次から次へと。一人用の鍋も用意して貰い、鍋の味の方も満喫中で。
「ホントのホントに美味しいよ? 君も試してみればいいんだ、もしかしたら最初から平気かも…。だって実験中じゃないしね、それに腐ってもタイプ・ブルーだ」
あたらない可能性もゼロではない、と会長さんを煽るソルジャー。その一方で「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んで焼くのと天麩羅も味わって…。



「こんなに美味しいとは思わなかったなぁ、実験で酷い目に遭った時はさ。…だけど御蔭で美味しいモノに出会えたわけだし、結果オーライって所かな? またやりたいねえ、フグ食べ放題! 君たちがドカンと食べてくれれば、卵巣と肝臓が沢山余るし」
クセになりそう、と言うソルジャーは私たちが食べ続けている無毒の部分にはもはや興味が無さそうでした。自分専用とばかりに盛り付けられた禁断の部位に夢中です。
「…ブルーがあそこまで言ってるからには、多分、ホントに美味しいんだろうな…」
どう思う? と私たちに訊いたのは会長さん。キース君がたちまち顔色を変えて。
「チャレンジする気か!? やめとけ、あたってからでは遅いんだぞ!」
「でもねえ…。フグは食いたし、命は惜ししとは言うんだけどさ、フグをカンバと呼ぶ地方もあって」
「「「は?」」」
「カンバは棺桶の方言らしい。棺桶を置いてでもフグを食べるからカンバなんだよ。棺桶まで用意して食べたいほどの味となったら、やっぱり一度は食べたいよね」
イチかバチかだ、と会長さんはソルジャーが繰り広げる禁断の宴を眺めています。
「フグ中毒は早ければ二十分ほどで発症するらしい。その二十分はとっくに過ぎたし、ブルーも大丈夫かもと言ってたし…。ここは運試しに食べてみようかと」
「落ち着け、あんた、酔ってるだろう!?」
「酔ってないってば、至って正気で至って本気」
禁断のグルメを止めないでくれ、と会長さんは本気でした。ソルジャーの一人鍋の隣に移動してきた会長さんを見て、ソルジャーが。
「あっ、食べる気になったんだ? それじゃ早速、景気づけに一杯」
フグはやっぱりひれ酒だよね、とソルジャーが注いだ土瓶のお酒を会長さんはクイッと飲み干して…。どうなることか、と気が気ではない私たちを他所に卵巣のお刺身をポン酢に浸すとポイッと口に入れたのでした。



「信じたぼくが馬鹿だったよ!」
こんな規格外の人間を、と会長さんが激怒する隣でソルジャーは悠然と一人鍋。肝臓と卵巣はかなり減ってしまい、それを補おうと普通の部分も煮ています。
「規格外とは失礼だねえ? すぐに助けてあげただろう? 軽く痺れただけのくせにさ」
痺れるくらいが丁度いいのがフグだよね、と同意を求められても困惑するしかありません。フグ毒にあたった会長さんは唇が痺れただけらしいですが、ソルジャーがサイオンで補助しなかったら救急車のお世話になっていたかもしれないわけで…。
「ぼくが救急搬送されてしまったら、大変なことになるんだよ! ぶるぅはフグ取扱者の免許を取り上げられてしまうかもだし、その辺をどう思っているわけ!?」
「そうならないって分かってるから食べてるんだよ、今でもね。他の子たちがあたったとしても、ぼくなら素早く対処できるさ。…ついでに君はもう免疫が出来ちゃってるから、これから先はもう大丈夫」
フグ千匹でも問題なし、とソルジャーは笑みを浮かべています。実験体時代の経験を基に会長さんのサイオンの流れを誘導したとかで、フグ毒に対する免疫はバッチリらしいのですけど…。
「そんなのが何の役に立つのさ、ぼくは君みたいに毒を食べる趣味は無いんだよ! なんでわざわざフグなんか!」
「でも、美味しいって大喜びで食べてたじゃないか。刺身も鍋も天麩羅もさ」
「そ、それは…。確かに美味しかったけど……」
命懸けで食べるほどのものでは、とモラルの問題を口にする会長さん。
「ぼくも一応、高僧だしね…。命ってヤツを粗末にするのはどうかと思うし、美味しい、食べたい、と思う気持ちも煩悩の内だ。そういう欲望を心から消すのも大切な修行の一つなんだよ」
「煩悩だか欲望だかはともかく、命は粗末にならないよ? もう免疫が出来てるんだし」
大いにフグを食べるべき、と食い下がるソルジャーは禁断の美味にすっかり魅せられてしまっていました。会長さんが教頭先生から毟った予算は半分以上も余っています。そのお金でもう一度フグ食べ放題パーティーを、とソルジャーは心底、切望していて。



「明日もやろうよ、フグパーティー! 土曜日だから!」
「そ、それは…。君の世界の都合の方は?」
シャングリラにも色々あるだろう、と会長さんが切り返すと。
「明日ならハーレイも来られるんだよ、午後から休暇の予定だったし! ハーレイもフグ毒の実験をされているから、その敵討ちにハーレイにもコレを食べさせたいんだ」
ダメならお土産に今日の残りを…、と言うソルジャー。キャプテンも人体実験でフグ毒を試されたとは聞きましたけれど、これはソルジャーお得意のSD体制攻撃です。お断りすれば良心が痛んでどうしようもなくなる反則技で…。
「…分かったよ、もう一度やればいいんだね? 君のハーレイもゲストにして…。ん? ハーレイ? 待てよ、これは使えないこともないかも…」
ブツブツと呟き始めた会長さん。何か思い付いたというのでしょうか?
「そうだ、ハーレイを呼べばいいんだ! でもって派手に禁断のヤツを食べれば楽しい事になる…かもしれない」
「こっちのハーレイにも食べさせるのかい?」
ソルジャーの瞳が楽しげに輝き、会長さんが頷いて。
「そういうこと! ぼくだけがフグにあたったというのも腹が立つ。ハーレイだったら巻き添えにされても本望だろうし、ここは一発、御招待!」
「お、おい! あんた、命を粗末にするのはどうかと思うと言わなかったか?」
キース君が止めに入りましたが、会長さんが聞く耳を持つ筈が無く。
「えっ、別に粗末にはならないだろう? ぼくにはやり方が分からないけど、ブルーは確実な救命方法を知ってるわけだし、無問題! 解毒の時間は御愛嬌ってことで」
「「「御愛嬌?」」」
それはどういう意味なのだ、と誰もが一斉に突っ込んだものの、答えは得られませんでした。明日は再び会長さんの家でフグ食べ放題の大宴会。キャプテンと教頭先生も交えてのパーティー、無事に終わればいいんですけど…。



そして翌日。私たちは昼前に会長さんの家に集まり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が山のようなフグを捌いてゆくのを見学しました。猛毒の卵巣と肝臓は脇に除けられ、残りが切り身や薄くスライスされたお刺身などに…。骨は出汁や骨せんべいになり、捨てる部分はありません。
「…ホントは捨てなきゃダメなんだけど…。食べても大丈夫な人がいるしね」
ブルーも大丈夫になったらしいし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうに盛り付けしています。やがてソルジャーとキャプテンが現れ、間もなく玄関のチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ ハーレイも来たよ!」
「やあ、ハーレイ。いらっしゃい」
にこやかに迎えた会長さんに、教頭先生は戸惑いながら。
「いいのか? 私が混ざっても…?」
「もちろんさ。君がくれた予算が余ったからねえ、パーティーなんだと言っただろう? フグ食べ放題だよ、楽しくやってよ。店じゃ食べられない禁断の味も用意したんだ」
「禁断の味?」
「そう! 猛毒だからって禁止されてる卵巣に肝臓、サイオンがあれば食べても平気らしいんだ」
ブルーが教えてくれたんだよ、と笑顔で話す会長さんに教頭先生はコロッと騙されて。
「ほほう…。これが卵巣というヤツか」
初めて見るな、とお箸で摘んでいる教頭先生に、ソルジャーが。
「ポン酢で食べるのが一番かな? トロリとした味わいが生きるしね」
「それを言うなら天麩羅もだよ、サクサクの衣と熱々の中身がなんとも言えない」
あれが最高、と会長さん。キャプテンはソルジャーに促されるまま、お刺身に鍋にと禁断の味を堪能しています。もちろんソルジャーと会長さんもパクパク食べているわけで…。
「ハーレイ、フグは鮮度が命! 眺めていないで早く食べたら?」
「う、うむ…。サイオンさえあれば全く問題ないのだな?」
「問題ない、ない! ぼくだって食べているだろう?」
男は度胸も大切だよね、と会長さんに微笑みかけられた教頭先生は周りが見えていませんでした。きちんと注意を払っていたなら、私たち七人組と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は禁断の部位に手出しをせずに食べているのだと分かったでしょうに…。
「よし、私も男だ、ひとつ食べてみるか。…ん? なかなかに美味いな、これは」
酒も進みそうだ、と危ない道に足を踏み入れた教頭先生が唇の痺れを訴え始めたのは鍋や天麩羅まで味わった後。会長さんたちは平気であれこれ食べ続けています。
「す、少し痺れる気がするのだが…」
「ああ、それかい? フグは少し痺れるくらいが丁度いいって言うんだよ」
それも味わいの内だよね、と会長さん。教頭先生はまたしてもコロッと騙され、やめればいいのに箸を進めてしまった果てに…。



「えーっと…。本当にこれでいいのかい?」
見たこともない方法だけど、と首を捻ったソルジャーの前には巨大な桶がありました。漬物用だとかいう大きなもので、会長さんの背丈くらいの高さがあって。
「フグ中毒には昔からコレって言われてるんだよ」
人工呼吸器が出来る前まではお約束、と返す会長さん。桶にはたっぷりと砂が詰められ、漬物ならぬ教頭先生が首まで埋められている状況で。
「フグ毒は呼吸が麻痺するだろう? あれは筋肉が麻痺するからさ。こうやって砂に埋めておくとね、胸郭が動かなくなるらしい。そして横隔膜だけの動きで細々と肺が膨らむらしくて、なんとか呼吸が出来るってわけ」
究極の民間療法なんだよ、と得意げに語る会長さんですが、私たちの頭の中には教頭先生の思念波が延々と響き続けています。
『それは違うと思うのだが…! 頼む、普通に救急車を…!』
「ダメだね、ぶるぅがフグ取扱者の免許を召し上げられてもいいのかい? 第一、あたったのは君一人だけだ。ぼくもブルーも、あっちのハーレイも平気だし!」
フグ中毒は自己責任だ、と会長さんは冷たく切って捨てました。
「そこで当分、埋まっていたまえ。フグ毒は死ぬ瞬間まで意識明瞭なのが売りだし、本当に危ないと思った時には思念でノルディを呼ぶんだね」
そうすれば万事円満解決、と会長さんは桶にクルリと背中を向けて。
「さあ、宴会を続けようか。…思わぬ邪魔が入ったけれども、フグにあたるような無粋な馬鹿は放っておくのが一番だ、ってね」
『ま、待ってくれ、ブルー! 私は、私は本当にだな…!』
「本当に痺れてるんだって? いい話じゃないか、ぼくに痺れてメロメロなんだろ? 大切なぼくをノルディの餌食にしたくなければ、解毒するまで黙って耐える!」
それまで桶で頑張って、と鼻先で笑う会長さんと、思念で必死に危機を訴える教頭先生と。ようやっとソルジャーが教頭先生のサイオンを調整してあげたのは宴会が終わった後でした。しかし助かった教頭先生、ホッと一息つく暇も無く。
「ハーレイ、今日はせっかくの宴をブチ壊してくれてありがとう。桶からは自力で這い出すことだね、そこまで面倒見ないから!」
瞬間移動で桶ごと自宅に届けられてしまった教頭先生はフグ中毒で疲れ果てた上、砂がサイオンでガッツリ固められていたせいで…。



「ハーレイが無断欠勤じゃと?」
「いえ、思念で連絡はあったのですけど…。どうにも動きが取れないのだとか」
ゼル先生たちの職員室での様子を「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン中継で見ながら、私たちと会長さんとソルジャーは笑い転げていました。今は月曜日の放課後です。桶一杯の砂に首まで埋まった教頭先生、明日には出勤出来るでしょうか?
フグは食いたし、命は惜しし。教頭先生、無断欠勤で済んだ分だけ、マシだと思って下さいね~!




                 恐るべき珍味・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 禁断のグルメ、フグの卵巣の粕漬けと糠漬けは実在します。通販でも買えるようですよ!
 このお話はオマケ更新ですので、今月の更新はもう一度あります。
 次回は 「第3月曜」 10月21日の更新となります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、10月は教頭先生の修行で始まるようです。どんな修行を…?
 ←『シャングリラ学園生徒会室』へは、こちらからv











※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






シャングリラ学園は新年を迎えて様々な行事が目白押し。新春恒例のお雑煮大食い大会に闇鍋、水中かるた大会と寸劇などなど、騒ぎまくって気付けば一月後半です。会長さんが入試で売り歩く合格グッズも着々と揃い…。
「ふふ、今年もチョロイものだったよねえ」
これでバッチリ、と会長さんが試験問題のコピーをチェックしています。場所はもちろん、毎度の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。教頭先生の耳掃除をする代わりに問題ゲットというイベントに付き合わされるのも何度目でしょう? その隣には今年も見物しに現れたソルジャーが。
「相変わらずだよね、こっちの世界のハーレイは…。年に一度の耳かきサービスで満足だなんて、ホントに信じられないよ。おまけにシールドに入った見物人がゾロゾロいるのにも気が付かないし」
「気付くようならハーレイじゃないさ。柔道なんかをやってる割には鈍いんだ。…さて、これで入試の準備はオッケー! ここから先は丸投げってね」
会長さんは壁をすり抜けて生徒会室の方へ出てゆき、暫くしてから戻って来ました。書記のリオさんを呼んで試験問題のコピーを頼んだみたいです。ここまで来れば会長さんの仕事は入試当日の売り子のみ。私たちは未だに売り子にもなれないわけですが…。
「えっ、君たちに売り子かい? ダメダメ、まだまだ迫力不足。見た目がソレだし、これで絶対合格出来ますって保証できない感じなんだよ」
ただの一年生だろう、と言われてみればそのとおり。いくら特別生の生活が長いとはいえ、見た目には高校一年生です。受験生と1学年しか変わらないヒヨコな生徒に「合格しますよ」と囁かれても心は動かないでしょう。ましてやシロエ君なんかは、受験生と同学年な外見で…。



「そっかぁ、やっぱり無理があるよね…」
残念そうなジョミー君ですけど、会長さんは。
「実は一人だけ、使えそうな人材が混じってるんだ。ただ、扱いが難しくって」
「もしかして、ぼく?」
唯一のタイプ・ブルーだもんね、と顔を輝かせるジョミー君に「まさか」と返す会長さん。
「力に目覚めているならともかく、他に芸でもあるのかい? 朝のお勤めには全く来ないし、お経は忘れてばかりだし…。ここまで言ったら分かるかな? 使えそうなのはキースだよ」
「「「あー…」」」
それはそうかも、と納得してしまった私たち。元老寺の副住職でもあるキース君はシャングリラ学園の生徒をやりつつ、お葬式や法事をこなしています。檀家さんとのお付き合いもあり、人生経験が豊富なわけで。
「分かったかい? キースだけは少し毛色が違っているから、使えないこともない…かもしれない。でもね、本人が学園生活と坊主生活とにキッチリ線引きしている所が問題なんだ。シャングリラ学園の制服に袖を通したら、たちまち普通の高校生」
副住職としての迫力が出ない、と会長さんは零しました。
「だからと言って法衣を着せたら、托鉢か宗教の勧誘だしねえ…。とてもじゃないけど売り上げは期待出来ないさ」
「それは確かに逃げられますね…」
近寄りたくはないですよ、とシロエ君が苦笑しています。そういうわけで合格グッズ販売とは御縁が無いまま、私たちは過ごしてゆくことに…。
「ほらほら、そんなにガッカリしない! 入試が済んだら今年もアレだよ」
美味しいバレンタインデー、と会長さんが指を一本立てて。
「ハーレイの腕も随分上がった。ゼルの味にも負けないってね」
「うんうん、アレが楽しみなんだよ」
ぼくにもお裾分けをよろしく、とソルジャーがすかさず予約したのは教頭先生から会長さんへのバレンタインデーの贈り物でした。いえ、貢物だと言うべきか。ダメで元々、あわよくば。ホワイトデーのお返しを夢見る教頭先生、毎年、せっせと贈ってるんです…。



そんなこんなで入試も終わり、学校を挙げてのバレンタインデーが。チョコの贈答をしない生徒は礼法室で説教の上、反省文を提出という規則は今も変わりません。ジョミー君たちは友チョコ保険に毎年入っていますけれども、年々、人気は上昇中。貰えるチョコの数も増え…。
「今年もけっこう貰っちまったな…」
ぶるぅには全く敵わないが、とキース君。学園祭でサイオニック・ドリームを売るようになって以来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーは注目の的になっていました。「個人的に化かされたい」生徒がメッセージを添えてチョコをプレゼントするのです。
「かみお~ん♪ いつかブルーに勝っちゃうかもね!」
「…まさに強敵現る、だよ。ぶるぅに負けたらシャングリラ・ジゴロ・ブルーも形無しだ」
もっと女性にアピールしないと、と危機感を募らせる会長さんの背後で空間がユラリと揺れて。
「負けたらハーレイに貰ってもらえば?」
こんにちは、と現れたソルジャーに、会長さんは。
「ハーレイにあげる義理は無い! ぼくが貰ったチョコなんだから! それにハーレイはチョコを貰っても困るだけだし!」
甘い物なんか食べないし、と眉を吊り上げる会長さんですが、ソルジャーはチッチッと指を左右に振ると。
「誰がチョコレートをあげろと言った? 貰ってもらえばいいと言ったのは君のこと! 女性に相手にされなくなったらハーレイに嫁げばいいじゃないか。結婚生活は素晴らしいよ。今日もね、バレンタインデーだからチョコを贈り合う約束で…」
「その先、禁止!」
アヤシイ話を口にするな、と即、釘を刺す会長さん。
「でないと遠慮なく追い出すからね? アレが届く前に」
「それは困るよ、予約したのに!」
アレを食べないとバレンタインデーが来た気がしない、とソルジャーにとっても年中行事な教頭先生からの贈り物。届くのは会長さんの自宅で、帰宅した頃合いを見計らって宅配便が来るのです。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でワイワイ騒いでから、会長さんの家へと瞬間移動。



「えーっと…。そろそろ届く頃かな?」
会長さんがリビングの時計に視線をやると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「今日のメインはデザートだもんね! お料理は手抜きしていないけど、みんなデザートが楽しみでしょ?」
今日の夕食はポルチーニ茸のスープと白トリュフのパスタだよ、と告げられた所でチャイムの音が。玄関へ駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えてきた荷物はリボンが掛かった箱でした。
「来たよ、ハーレイのザッハトルテ!」
たちまち上がる大歓声。最初は教頭先生から会長さんへのホワイトデーのお返しだったザッハトルテは、いつの間にやらバレンタインデーの貢物として定着していました。今やプロ級の仕上がりとなった品をみんなで食べるのがバレンタインデーの夕食の席で。
「はい、お待たせ~!」
ホイップクリームの準備完了、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がケーキ皿と飲み物などを載せたワゴンを押してくると、会長さんがザッハトルテ入りの箱を開け…。
「「「うわぁ…」」」
スゴイ、と誰もが見詰めています。教頭先生の手作りだとは思えないようなザッハトルテ。表面のチョコはツヤツヤで滑らか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が切り分けるために銀のケーキプレートに移動させると更に見栄えが良くなって。
「うん、美味しい!」
来た甲斐があった、とソルジャーは御機嫌、私たちも重厚なチョコレートケーキとホイップクリームの絶妙なハーモニーに夢中になっていたのですけど。
「…貰ってばかりじゃ芸が無いかな、やっぱりさ」
「「「は?」」」
会長さんの言葉で顔を上げると、そこには悪戯を思い付いた時の楽しそうな笑みがありました。
「ハーレイも何かを期待しながら贈ってくるんだ、ここは素敵なお返しをしたい」
「あんた、返していないだろうが!」
毎年、貰いっぱなしだぞ、と指摘したキース君に、会長さんは肩を竦めて。
「そうなんだよねえ、これは単なる貢物だし…。チョコならお返しが必須だけどさ、ハーレイが要らないと言うから返していない」
「返されたら困るからでしょう?」
シロエ君の的を射た突っ込みに私たちはコクコク頷き、ソルジャーが。
「うんうん、ロクなお返しを貰えそうにないしね、君からは。…それでも贈ってくるのがハーレイだ。で、いいアイデアを思い付いたわけ? 是非、聞きたいな」
「…明日は土曜日だから、日を改める。今の君に話すと悲惨なことになりそうだから」
「ふうん?」
いかがわしいモノを贈るのかな、と興味津津なソルジャーでしたが、改めて明日に仕切り直しと言い切られると無理に食い下がりはしませんでした。キャプテンと過ごすバレンタインデーの夜が待っていますし、素直に帰って行きまして…。
「要は俺たちにも出直してこいと言うんだな?」
嫌な予感がするんだが、というキース君の言葉に、会長さんは微笑んだだけ。明日が思いっ切り怖いんですけど、断れる立場じゃないですよね…。



そして翌日。再び会長さんの家に集まり、熱々のボルシチの昼食を御馳走になっている間、延々と聞かされたのはソルジャーの猥談スレスレの惚気。バレンタインデーだっただけにキャプテンが頑張ったみたいです。会長さんが何度レッドカードを叩き付けても効果はゼロで。
「…日を改めて正解だったよ、普通にこういう調子じゃねえ…」
ドッと疲れた、と食後の紅茶を飲みながら嘆く会長さんに、ソルジャーが。
「ぼくが聞いたら悲惨な結果になるモノって何さ? 夜のグッズは贈るだけ無駄だろ、こっちのハーレイには使える機会も根性も無いし…。それともアレかな、贈って鼻血を出させるのかな?」
「鼻血と言うより笑い物かな」
「えっ? 笑い物ネタでぼくにどうしろと?」
そんなのでハーレイと盛り上がれるわけがない、とソルジャーは唇を尖らせましたが。
「話は最後まで聞きたまえ。…ぼくが贈ろうと思ったのは、これ」
カップを置いた会長さんがスッと両手を宙に差し出し、そこに広げて見せたのは…。
「「「!!?」」」
「大丈夫、これは新品だから」
ぶるぅが買いに行ってきた、と説明しつつテーブルの上に下ろされたソレは紅白縞のトランクス。新学期を迎える度に会長さんが教頭先生にプレゼントしている例のヤツです。
「それがどうして笑いのネタになるんだい? 下着をプレゼントするっていうのは、確かに燃えるシチュエーションだとは思うけれどさ」
だけど君の場合は年中行事、とソルジャーはガッカリした様子。こんなことなら特別休暇でハーレイと過ごすべきだったとか、ブツブツ言っていますけど…。
「気に入らないなら帰ったら? これからハーレイと採寸に行こうと思ってるのに」
「「「は?」」」
「聞こえなかった? オーダーメイドの下着をプレゼントするんだよ! キッチリ測ってぴったりフィットの紅白縞!」
げげっ。ぴったりフィットの紅白縞って、それじゃ採寸する箇所は…。
「そうさ、うんとデリケートな場所を色々、採寸することになるだろうねえ? でもって、こっちのハーレイで測ったデータは応用が効く。ブルーがその気になりさえすれば、オーダーメイドの下着ってヤツを」
「その話、乗った!」
オーダーメイドの下着とやらを是非作りたい、とソルジャーは拳を握り締めて。
「下着のサイズってヤツは大切なんだろ? なんと言っても大事な場所を保護するわけだし、ぴったりフィットの下着を着ければパワーアップも夢じゃないかも…。今でも充分満足だけれど、パワーアップしたら嬉しいよね」
「だろう? だから最後まで聞けって言ったのに」
「…でもさ、それの何処が笑い物なわけ? ぼくには美談としか思えないけど」
「あのハーレイが採寸に連れて行かれるんだよ? 採寸される過程を眺めて楽しむわけ。君たちはシールドで隠れていたまえ、指揮を取るのはぼくだしね」
それじゃ行こうか、と立ち上がった会長さんの姿に私たちは震え上がりましたが、もはや逃亡は不可能でした。女子にはモザイクをサービスだとか言ってますけど、なんでこういう展開に~!



リビングで休日の午後を満喫していた教頭先生。いきなり瞬間移動で現れた会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にビックリ仰天、読んでいた本を落としてワタワタと。
「ど、どうした、ブルー? 何か用か?」
「昨日はザッハトルテをどうも。…いつも貰ってばかりじゃ悪いし、たまにはお返ししたくって」
「い、いや…。そういうつもりで贈ったわけでは…」
「だけど少しは期待しただろ?」
ねえ? と会長さんに手を握られて教頭先生は耳まで真っ赤に。会長さんはクスクスと笑い、その耳に唇を近付けて。
「…ぼくの御礼はオーダーメイドの紅白縞! 採寸に行くから付き合ってよ」
「さ、採寸…?」
「うん。君のサイズが分からないんじゃオーダーしようがないからね」
大事な所の正確なサイズを知りたいんだ、と囁かれた教頭先生が鼻血の危機に陥ったのは当然の結果と言えるでしょう。ソルジャーのシールドで姿を隠した私たちは必死に笑いを堪え、ソルジャーは遠慮なく笑っています。会長さんは私たちにこっそりウインクすると。
「今から鼻血じゃ、どうなるんだか…。ぼくも採寸を見学しようと思ってるのにさ。気合で鼻血を止めててよ? でないと立派な笑い物だ。行き先は君も知ってる店だし」
「…何処だ?」
「ほら、コスプレ用の衣装とかを注文してる店! あそこのオートクチュール部門」
「「「!!!」」」
とんでもない店が出て来ました。仲間が経営しているのですが、コスプレ衣装を作っている方の店はともかく、オートクチュール部門は高級店です。そんな所で紅白縞のオーダーだなんて…。
「驚いた? だけどソルジャー直々の注文だしねえ、断るわけがないってば」
予約もバッチリ、と笑みを浮かべる会長さんの赤い瞳に捉えられた教頭先生は夢見心地というヤツでした。好きでたまらない会長さんからオーダーメイドの紅白縞。それも高級店でのオーダー、会長さんの付き添いつき。これを断るわけがなく…。



「そ、そうか、お前のプレゼントか…。正直、少し照れるのだが…」
「ん? いつかは測ったパンツの中身にお世話になるかもしれないしねえ…」
夫候補のサイズくらいは見ておかなくちゃ、とトドメのセリフを吐かれてしまった教頭先生の鼻血はアッサリ決壊しました。とりあえず鼻血が止まるのを待ち、それから教頭先生は軽くシャワーを。下着を脱いで採寸ですから、これは当然のマナーです。
「じゃあ、行くよ? 鼻血厳禁!」
「うむ、お前に恥はかかせられないしな」
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
青いサイオンが迸り、教頭先生は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」と共に瞬間移動。私たちもソルジャーに連れられてパパッと移動した先は厚い絨毯が敷かれた立派な部屋で。
「いらっしゃいませ。お待ちいたしておりました」
店長さんと思しき紳士やスタッフの人がソルジャーの肩書を持つ会長さんをお出迎え。教頭先生もキャプテンなだけに、丁重な挨拶を受けまして…。
「本日は下着のオーダーだそうで…。どうぞ、こちらで採寸させて頂きます」
ズボンなどは脱いで下さい、とスタッフたちは大真面目。教頭先生が脱いだズボンやステテコは皺にならないようハンガーに掛けられ、紅白縞も同様に。それだけでも笑える光景なのに…。
「普段はこんな感じですね? ですが、このサイズですと窮屈ですので」
「やはり万一の時もございますから、少し余裕が必要でしょう」
スウェナちゃんと私の視界にはしっかりモザイク。笑い転げるソルジャーとジョミー君たちの具合からするに、教頭先生は大事な部分を採寸されているようです。万一だとか余裕だとかが何のことかは保健体育の授業の範囲で分かりますから、私たちだって…。
「「「うぷぷぷぷぷ…」」」
どうせシールドで聞こえませんから、笑っちゃうしかないでしょう。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もニコニコ笑顔で見守ってますけど、教頭先生は緊張のあまり鼻血どころではないようです…。



こうして無事に採寸が済み、教頭先生を瞬間移動で家まで送り届けて、私たちも会長さんの家に戻ってティータイム。教頭先生の鼻血と採寸風景は格好のネタで、ソルジャーも笑いが止まらなくて。
「こっちのハーレイには申し訳ないとは思うけどさ…。だけど貴重なデータが取れたし、出来上がるのが楽しみだよ。きっと素敵な履き心地だよね?」
「…その件だけどさ。そっちの分まで紅白縞ってわけにはいかないだろう?」
君の趣味ではないと思う、と会長さんに言われたソルジャーは絶句。
「そ、そういえば…。任せて安心と思ってたけど、こっちのハーレイに合わせるんなら紅白縞しか出来ないんだっけ…」
それはマズイ、と呻くソルジャー。
「別料金になるかもしれないけどさ、普通のヤツでお願いしたいな。代金はノルディに頼めばいけるし、色とかはハーレイと相談するから」
「デザインも好きにしていいよ? あのデータを使うってだけだからね」
「…デザイン? ああ、トランクスでなくてもいけるんだ?」
それもハーレイと相談しよう、とソルジャーは大いに乗り気です。キャプテン好みの色と形のオーダーメイドの下着が出来るのは時間の問題のようでした。肝心のデータを採寸された教頭先生の方は選択の余地も無いというのに、この差はいったい…。って、あれ? 会長さん?
「ぼくもデザインで悩んでるんだよ」
なにしろ素人なものだから、と会長さんが出してきたのは出掛ける前に見た紅白縞。デザインも何も、それをどうしろと? トランクスではダメなんですか?
「ううん、そういうわけじゃなくてさ。実は笑いはここからなんだ」
「「「は?」」」
「これをね、どう畳むのかが問題で…」
会長さんは紅白縞をテーブルに広げ、端からクルクル巻いてみて。



「うーん、形にならないなぁ…。やっぱり縞の幅がポイントなのかな、それとカットと」
「巻くことに何か意味があるのか?」
キース君の問いに、大きく頷く会長さん。
「巻いて収納が基本なんだよ。かなり昔の話だけれど、女性用下着のメーカーがヒットを飛ばした商品があった。ブラジャーとショーツを一緒に巻くとね、薔薇の花の形で収納できる」
「………。あんた、買ったな?」
「うん、フィシスに。開発のニュースを聞いて、全色」
喜ばれたよ、と悪びれもしない会長さんは薔薇の下着を当然、何度も組み立てた経験アリで。
「アレを参考にしたいんだけどね、ぼくじゃどうにもならなくて…。ぶるぅに頼むしかなさそうだ。
ぶるぅ、トランクスを巻いてコレにするなら、どんなデザイン?」
参考品、と会長さんがテーブルに置いたのは造花でした。精巧なヤツというわけではなく、和紙で作られた素朴な椿。紅白縞を連想させる紅と白との花弁が交互にくっついています。なるほど、紅白縞をこの形に…って、キース君?
「…おい」
地を這うような声を出したキース君は。
「罰当たりにも程があるだろうが! これを何処から持ってきた!?」
「え、単なる参考品だけど? ぼくの手作り」
「嘘を言うな、嘘を!」
「誓って何もしていないってば、これでも一応、高僧なんだし!」
形を参考にしただけだ、と主張している会長さんと、それでも罰当たりだと怒鳴るキース君と。結局、似たような形の椿の花の匂い袋を見せた会長さんが逃げ切りましたが。
「「「仏事用!?」」」
「違う、仏事じゃなくて法要! キースが勘違いしたのは観音様に供える椿の造花さ」
なんでも春を迎える行事として有名なお寺の法要で造花を使うらしいのです。二週間も続く法要の間、本物の花だと落ちてしまうため、椿の枝にこういう造花を挿すのだそうで。
「紅白になった花だろう? そこを紅白縞でデザインしたいと…。出来るかい、ぶるぅ?」
「んーと…。縞の幅はもっと広くしないとダメだと思うよ、それと花びらに見せるんだったら裾をそういうカットにしなきゃ」
薔薇の下着もそうだったでしょ、とニッコリ笑う「そるじゃぁ・ぶるぅ」はフィシスさんの下着を何度も洗濯済みでした。早い話がそれだけの回数、フィシスさんが泊まったということです。いやもう、ホントに御馳走様としか…。



丸めて畳むと椿の花になる紅白縞とやらは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチャレンジすることになりました。完成品が出来たらデザインなどを例のお店に持ち込み、教頭先生のサイズに基づいた下着が出来上がる勘定です。お裁縫も得意な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頑張って…。
「ねえねえ、こんなの出来ちゃった!」
ちゃんと椿に見えるでしょ、とクルリと丸まった紅白縞が披露されたのは一週間後の日曜日。かなり幅広になった紅白縞のトランクスを何度か折り畳んでからクルクル巻いてあるのだとか。広げて見せられた紅白縞は裾の部分が花びらのように波型にカットされていて。
「凄いね、ホントに椿だよ!」
ジョミー君が叫ぶと、キース君が。
「俺には未だに罰当たりとしか思えんが……椿だな……」
「君たちにも椿に見えるんだったら、パーフェクトだね。これで作って貰ってくるよ」
「し、しかし…。教頭先生にそのデザインは……」
「無理があるって? そこが笑いのツボなんだってば」
ひらひらカットの紅白縞、と会長さんはケラケラと。
「あのハーレイが畳むと椿な下着だよ? おまけに履いたら裾が花びらカットってね。似合わないのは決定だけどさ、是非とも履いて貰わなきゃ! 本人は自慢したくて堪らないだろうし、エライことになるのは間違いないんだ」
「「「???」」」
「三月の末にね、長老たちで慰安旅行に行くらしい。ぼくに一方的に入れ上げてることを日頃からバカにされてるからねえ、ここぞとばかりにオーダーメイドの下着を履いてお出掛けだよ」
履き替え用のも作らなくっちゃ、と会長さんは燃えていました。そこへ本日も、お客様が。



「…なるほど、ハーレイがバカにされるまでの過程も含めて笑いの集大成だったのか…」
笑いは乙女チックな椿の花を贈るという所までかと思っていたよ、と現れたソルジャーはオーダーメイドの下着についてのキャプテンの注文を聞いてきたらしいのですが。
「スタンダードな下着もいいけど、ぶっ飛んだセンスも素敵かもね。…椿の花には全く興味が無かったんだけど…。ぶるぅ、これって蓮の花でも作れるかい?」
「蓮の花? もっとビラビラになっちゃいそうだし、花びらを足さないと無理じゃないかなぁ」
こんな風に、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が描いたデザイン画は花びらを重ねたスカートにしか見えないような代物でした。中身はしっかりトランクスですが花びらを貼り付けてあるのだそうです。
「あのね、ブルーが言ってた薔薇の下着はブラジャーが花びら付きだったの! トランクスも同じように作れば蓮の花になると思うけど…。作ってみる?」
「いいのかい? だったらお願いしようかな。色はね、ハーレイの肌の色が映えるヤツで」
ソルジャーがそこまで言った時です。
「ちょっと待て! あんた、さっきから蓮だ蓮だと言っていたのは…!」
血相を変えたキース君に向かって、ソルジャーは。
「決まっているだろ、極楽の蓮だよ。ぼくとハーレイが御世話になろうと思ってる蓮を象った下着って面白そうだし」
「極楽の蓮を下着にするなぁ!」
「えっ、ブルーの椿も似たようなものだろ、罰当たり度は」
極楽と法要は紙一重だよね、と自信満々で胸を張ったソルジャーは仏教の世界をロクに理解していませんでした。キース君が蓮の有難さを懸命に説き、仏典に蓮はあっても椿なぞは無く、ゆえに同じ下着なら椿の方がまだマシだ、と声を嗄らしても無駄というもので。
「それじゃ、蓮の花の下着もお願いするね。色は何色にしようかなぁ…。ああ、でも、ぼくのハーレイが花びら下着を履いた姿は勘弁して欲しいし、普通に白かピンクにしとこう」
飾って眺めて極楽を思い描くんだ、というソルジャーの希望が通ってしまったのは無理もなく。良い子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がデザインした畳むと蓮の花になるトランクスと椿になる紅白縞、それにキャプテンのための普通の下着が発注されたのは三日後のことで、出来上がったのは翌週で…。



「お待たせ、ハーレイ。やっと下着が出来てきたんだ」
会長さんが瞬間移動で教頭先生の家へお届け物に行ったのは週末の土曜日。教頭先生の家に一人で行ってはいけないという決まりを守って「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお伴しており、私たちは見物に来たソルジャーと一緒にシールドの中です。
「わざわざ届けに来てくれたのか。ありがとう、ブルー」
教頭先生は箱を押し頂いて大感激で、会長さんが。
「せっかくのオーダーメイドだからさ、デザインにもこだわって貰ったんだけど…。開けてみてよ」
「ほう? こだわりのデザインというのは気になるな」
いつものヤツとは違うのか、と包装を解いて箱を開いた教頭先生が固まったのは自然な流れと言えるでしょう。トランクス入りにしては妙に厚みのある箱の中には紅白の花弁を纏った椿。それがコロコロと六つも入っていた日には…。
「な、なんだ、これは!?」
「ぼくがデザインした紅白縞だよ、丸めて畳むと椿になるんだ。畳み方にもコツがあってね、説明書を一緒に入れてある。世界に二つと無いデザインだし、大事にしてくれると嬉しいな」
「…そうか、お前のデザインなのか…。世界にこれしか無いのだな?」
「うん、その六枚しか無いってわけ。ただ、そのぅ…。デザインにちょっと凝りすぎちゃって、形がいつもの紅白縞とは微妙に違ってしまうんだけど…」
言い訳している会長さんの後ろで「何処が微妙だ、どの辺が!」と私たちは口々に突っ込みましたが、教頭先生には聞こえません。ついでに元から会長さんしか目に入らない人だけに…。
「微妙だろうが大きく違おうが、お前がデザインしてくれただけで別格だ。これは大切にしないといかんな、うんと特別な日に履かないと…」
「それなら、長老だけで出掛けるっていう慰安旅行がデビューにピッタリなんじゃないかな? ぼくにプレゼントされた下着です、って自慢してみたらゼルたちの君を見る目が変わるかも…。ぼくにひたすら片想いってだけじゃないんだな、ってね」
ぼくがデザインしたオーダーメイドの下着だよ、と甘い声音で唆された教頭先生は頬を赤らめておられます。これはもう、履いて旅行にお出掛けになりそうなことは確定で。
「そうだな、それは絶好のチャンスだな。最高のデビューになるだろう。…採寸の時は恥ずかしかったが、素晴らしい下着をありがとう、ブルー」
旅行に行く日が待ち遠しいな、と幸せ一杯の教頭先生、その日は一日、椿の形の紅白縞を広げてみたり畳んだり。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が中継してくれる映像を見ては吹き出し、裾が花びらカットのトランクスを自慢しようと考えているセンスをけなして笑いまくり…。
「こっちのハーレイはやっぱり凄いや、君への愛が半端じゃないよね。あれは盲目の域に入ってる。あんな花びらカットのトランクス、誰が見たって爆笑だってば」
ぼくのハーレイには履かせられない、と呆れ返っているソルジャーの前にはピンクと白の蓮の花トランクスが五枚ずつ。使いもしないのに沢山作ってどうするのかと思っていれば。
「これはね、ベッドに散らして雰囲気を出そうと思ってさ…。極楽の蓮にはまだ遠いけれど、あやかりたいって思うじゃないか」
「この罰当たりがぁ!!!」
キース君の怒声に首を竦めたソルジャーはトランクスの箱を抱えて消え失せました。蓮の他にもエロドクターのお金で作らせたスタンダードな下着を色々注文していただけに、当分の間はキャプテンと楽しんでいそうです。一方、教頭先生の方は…。



「やったね、作戦大成功!」
みんなで乾杯しなくっちゃ、と会長さんが大喜びで眺める壁には中継画面。ソルジャーも押し掛けてきて皆でワクワク見詰めていたのは、長老の先生方の温泉旅行の光景でした。ゼル先生、ヒルマン先生と出掛けた大浴場で自信たっぷりに脱いだ教頭先生、花びらカットの紅白縞を笑われて。
「それがブルーのプレゼントじゃと? オーダーメイドの下着じゃと?」
「…私にはお笑いにしか見えないのだがね…。自分で鏡を見てみたかね?」
いやはやまったく、と二人の長老の先生方が会長さんの悪戯であると指摘したのに、教頭先生は違うと主張したのです。挙句の果てに部屋へ戻っての宴会タイムに、畳んで荷物に入れてきていた替えの下着を披露して。
「あんたね、バカじゃないのかい? そりゃ悪戯だよ、どう見てもさ」
「そういえば前に流行ったわよねえ、畳むと薔薇の花になるって下着が…」
あっちは女性用だけど、とブラウ先生とエラ先生にまで馬鹿にされても教頭先生はめげません。会長さんとの愛の絆を守り抜くべく、一所懸命に弁明を…。
「違うのだ、これは本当にブルーがだな…。採寸の時から付き合ってくれて、自分でデザインしてくれて…! 何故笑うのだ、ブルーが聞いたら心の底から悲しむぞ!」
頼むから笑わないでくれ、と懇願している教頭先生を肴に会長さんとソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は最高級のシャンパンで乾杯、私たちはジュースで乾杯。さて、これからは宴会です。教頭先生、大いに笑いを提供し続けて下さいね。椿のトランクス、お似合いですよ~!




                   花咲く特注品・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生と言えば紅白縞のトランクス。たまには変わり種で、と書いてみました。
 来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
 ですから 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
 次回は 「第1月曜」 10月7日の更新となります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv

 そして、ちょこっとお知らせをば。
 6月に発表しました、アルト様のハレブル無料配布本から生まれたお話、『情熱の木の実』。
 元ネタのお話を「アルト様からの頂き物」のコーナーに掲載させて頂きましたv
 アルト様の御好意に感謝、感謝です!
 元ネタになったお話は、こちら→『情熱の果実


※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、9月は敬老の日となっております。教頭先生を招待するようで…。
 
 生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
 1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv






 

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






シャングリラ学園は今年も平和。私たちは毎度の1年A組、担任はグレイブ先生で……例によって会長さんが乱入してきて、ドタバタと。そうこうする内にゴールデンウィーク、運よくシャングリラ号で過ごせましたから満足したのに、人間は欲が深いもの。
「退屈だよねえ…。校外学習の発表、まだかな?」
ジョミー君が漏らした言葉は私たちの気分そのものです。特別生の生活は判で押したように毎年殆ど変わりません。目に見えて変わる可能性があるのが校外学習などの行事で…。
「まだだろうねえ、その前に中間試験もあるし」
会長さんの返事に私たちは全員ガックリ項垂れ、代わりに元気一杯の声が。
「かみお~ん♪ 退屈だったら遊びに行く? 学校サボッてドリームワールドとか!」
平日は空いてて楽しいよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。放課後の溜まり場が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋というのも相変わらずです。今日も美味しい抹茶ティラミスのタルトがテーブルに。
「そっか、サボリもいいかもね?」
何処へ行こうか、とジョミー君が飛び付き、たちまち盛り上がるサボリ計画。出席義務の無い特別生だけに、サボリは問題ありません。
「日帰りツアーも楽しそうですよ」
前日まで予約OKなのがありますから、とシロエ君が端末で情報を表示してくれ、ズラリ並んだグルメツアーや日帰り観光。行き先不明のミステリーツアー・コースがいいかな、と意見が纏まり、いざ申し込みという段になって。



「…すまん、水曜と木曜は外してくれるか?」
キース君が口を挟みました。
「えっ、キース先輩、月参りですか?」
だったら明日か金曜ですね、とシロエ君。私たちは再び額を集め、それから天気予報を調べてみて。
「んーと…。金曜日も天気は良さそうだよね」
そこにしようか、とジョミー君がカレンダーを見れば、サム君が。
「待てよ、ミステリーツアーだぜ? アルテメシアの天気予報はあんまり意味がねえと思うぞ」
「あー、そっか…。だったら明日かな、急だけどさ」
明日なら全国的に晴れの予報です。ミステリーツアーの出発時間は朝の7時半と早めですけど、さっさと帰って夜更かしせずにベッドに入れば大丈夫かな?
「じゃあ、明日で予約を入れますよ」
シロエ君が端末を操作しようとした所へ、キース君が横から割り込んで。
「待て、そういうのは焦らなくても…。ミステリーツアーってヤツはだな、それなりに情報が出ているものだ。メインが名物の鍋だろう? 特産の果物をお持ち帰りで、露天風呂の宿でゆったり昼食。それと岬からの眺望をお楽しみとなると…」
表示されている写真を手がかりに検索を始めるキース君。目にも止まらない速さで画像を調べまくり、「此処だ!」と示された場所はズバリそのものの宿と食事でした。
「すげえや、キース! たったこれだけで分かるのかよ?」
サム君の感動の声に、キース君は。
「まあな。日頃の情報収集の賜物だ。檀家さんと話をするには旅の情報も必須なんだ」
旅行ネタは会話の潤滑材になるらしいです。月参りに行ってお茶とお菓子を頂く間にあれこれ話をするそうで…。
「というわけで、行き先が此処なら金曜の天気も大丈夫だが」
「それなら金曜が良さそうですね」
慌てなくてもいいですし、とシロエ君が予約フォームを呼び出しています。私たちと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」で合計九人、空きは充分ありました。
「代表者は誰にしましょうか? やっぱり会長の名前でしょうか」
どうします? と会長さんにお伺いを立てるシロエ君に。
「ぼくの名前で構わないけど、その前に」
「…は?」
「ミステリーツアーとかより楽しめそうな行き先があるよ」
「何処ですか? だったら、そっちにした方が…。早めに言って下さいよ」
どれですか、と日帰りツアーの一覧に戻した端末を示された会長さんは。
「狙い目は水曜と木曜なんだ」
「「「えぇっ!?」」」
そこはキース君が参加できない曜日では? 確かに其処しか開催されないツアーは幾つかありますけれども、キース君を捨てるのは気の毒なのでは…。



キース君を放って日帰りツアーに出掛けようと言い出した会長さん。それは流石にあんまりだ、と誰もが反対し始めましたが、キース君は。
「いや、俺は…。副住職を務める以上は坊主の方が優先だ。俺の分まで楽しんできてくれ」
「なんか悪いなぁ…。まあ、確かに寺の仕事が最優先だし、土産を買ってくることにしようぜ。で、行き先は何処なんだよ?」
サム君が端末を覗き込み、私たちも頭を切り替えて端末に視線を。グルメツアーか、観光か。はたまた体験型の楽しいツアーか…。
「どれも違うね、行き先はアルテメシアだよ」
「「「アルテメシア?」」」
それじゃコレですか、非公開の寺院を回ってパルテノンの高級料亭で食事? それとも芸舞妓さんと楽しむお茶屋遊びの体験コース? どちらも馴染みの薄いものではありますが…。
「ま、まさか…。お寺巡りに出掛けるわけ?」
あんまりだよ、とジョミー君が嘆けば、シロエ君が。
「お茶屋遊びじゃないですか? いくらなんでもお寺はちょっと」
「そうかい? お寺も楽しい所だけどねえ?」
会長さんがニヤニヤしています。あぁぁ、お寺巡りよりミステリーツアーの方がいいですってば、絶対に! しかも今更アルテメシアのお寺だなんて、非公開でも面白いとは思えません。とはいえ、会長さんに逆らえる猛者がいるわけもなく。
「…分かりましたよ、非公開寺院のヤツですね。水曜ですか、木曜ですか?」
曜日も勝手に決めて下さい、と投げやりなシロエ君に会長さんは。
「誰がツアーに行くって言った? 水曜と木曜が狙い目で行き先がアルテメシアとしか言ってない。付け加えるなら、お寺も楽しい所だ、ってくらい」
「「「???」」」
サッパリ意味が分からなくなった私たち。会長さんはシロエ君に端末を閉じさせ、キース君の顔を見据えながら。



「…たかが月参りで楽しい旅行をパスだって? いくら日帰りツアーと言っても充分遠くへ行けるんだ。檀家さんとの会話の糸口にもなる。アドス和尚も君の旅行を優先してくれそうな気がするけどね?」
「いや、それは…」
「だったらズバリと言っちゃおうか? 水曜と木曜、君は欠席。月参りなら欠席とまではいかない筈だ。いつも終わり次第、学校に来てる。…休まなくてはならない理由は?」
「えっ、キース先輩、欠席ですか? お葬式ですか!?」
それもデカイの、とシロエ君。お葬式でキース君が欠席することは無いのですけど、大規模なヤツなら丸二日間の拘束というのもアリかもです。ひょっとして璃慕恩院とかの偉いお坊さんが亡くなったとか?
「違う、葬式というわけではなくて……そのぅ……」
妙に歯切れの悪いキース君の態度に、会長さんがクスクスと。
「隠しても無駄だよ、ぼくにはバレバレ。…アドス和尚とイライザさんは水曜日から一泊二日の旅に出る。木曜日は友引、お葬式が入る心配は無い。副住職のキースに元老寺を任せてのんびりと…ね。宿坊の方は休業だ。…違うかい?」
「……そのとおりだが……」
「だからさ、あの広い寺で留守番をする君を手伝ってあげようかと…。境内と墓地は掃除する人が来るようだけど、本堂と庫裏は君一人だろ?」
これだけいれば掃除も楽勝、と指差されたのは私たちでした。
「宿坊を開けて貰わなくても庫裏で充分寝泊まり出来るし、用心棒も兼ねて行ってあげよう。君の一存では決められないならアドス和尚に電話をかけて…」
「そ、そんな…。親父はあんたの言う事だったら二つ返事に決まっているのに……」
「じゃあ、決まり。水曜と木曜は元老寺! 心配しなくてもアドス和尚に余計な気遣いをさせないために顔を合わせない方向で行くさ」
「それが困ると言っているんだ、無事に済むわけがないだろう!」
こんな面子が押し掛けてきて、とキース君は顔面蒼白ですが。
「ふうん? なんだか楽しそうな話だねえ?」
「「「!!?」」」
バッと全員が振り返った先には紫のマントのソルジャーが笑顔で立っていました。
「ミステリーツアーとか言っていたから、都合でお邪魔しようかなあ…って思ってたんだ。ちょうどシャングリラが暇な時期でさ、退屈しかけていた所。…ぼくも仲間に入れて欲しいな、キースの家にも興味があるしね」
いつも祈って貰っているし、とソルジャーが言うのはミュウの供養のことでしょう。私たちのサボリ計画は思ってもいなかった方に向かって爆走しつつあるようでした。元老寺に泊まってお留守番。そこへソルジャーまで加わるだなんて、キース君でなくても心配ですよ~!



サボリどころか元老寺へ行ってお留守番。とんでもない提案をした会長さんもソルジャーが来るという可能性までは読み切れなかったみたいです。けれどソルジャーは興味津々、来るなと言っても聞く筈もなく…。
「ワクワクするねえ、初めての場所って」
私服のソルジャーは私たちと一緒に元老寺へ行く路線バスの中。今日から二日間、キース君が一人で留守番している元老寺にお邪魔するのです。ソルジャーがキャプテンを連れてこなかったのは不幸中の幸いと言うべきか…。
「え、だって。仕方ないだろ、ソルジャーは暇でもキャプテンの方は色々と仕事があるんだよ。二人揃って休もうとすると特別休暇を取るしかないし、せっかくの休暇を無駄にするのはつまらない」
「その先、禁止!」
バスは公共の交通機関、と会長さんが注意をすれば、ソルジャーは。
「ぼくたちしか乗っていないじゃないか。問題ないと思うけど?」
「運転手さんもいるんだよ! とにかく禁止!」
「あ、そう。…命拾いをしたかな、君たち」
意味深な笑みを浮かべるソルジャー。バスの中からこの調子では先々が思いやられます。キース君が副住職としてビシバシ厳しく締めてかかれば大丈夫なのかもしれませんけど、そうなった時は私たちも漏れなく厳しいお寺ライフなわけで。
「あれっ、お寺ライフって楽しくないわけ?」
それは困るな、と呟くソルジャーに会長さんが。
「帰るんだったら今の内だよ、バスから消えるのは許さないけど降りてからなら人目に付かない。それとも途中でギブアップ? お寺ライフは厳しさが売りだ」
「うーん…。だけどキースの困りっぷりは凄かったし? 厳しさが楽しさに化けない保証は何処にも無いよね、この面子だしさ」
楽しくなるに決まっている、とソルジャーは思い切り前向き思考。そうこうする内にバスは元老寺の最寄りの停留所に着き、私たちは会長さんを先頭にゾロゾロと…。初めて来たソルジャーは山門や境内をキョロキョロ見回し、心浮き立つ様子です。



「へえ…。ノルディの家も大きいけれど、キースの家も大きいねえ」
「あんなのと比べないでくれるかな? お寺が穢れる」
会長さんが口を尖らせましたが、ソルジャーはまるで気にしていません。そもそもお寺という概念を正しく理解しているかどうか、その辺からして怪しいです。ミュウの供養を頼むのとセットで極楽の蓮の花をゲットしてくれと頼んでいるのはソルジャーですし…。
「ああ、あれね。極楽の蓮はゲットしなくちゃ! なんと言っても…」
「そこまで!」
会長さんがビシッと遮り、庫裏の玄関脇のチャイムを押すと暫くしてからパタパタと走る足音が。やがて玄関の戸がガラリと開いて。
「…なんだ、お前たちか」
墨染の衣に輪袈裟を着けたキース君が私たちを招き入れてくれました。
「物凄く悩んだんだがな…。結局、親父に白状したんだ。ブルーが留守番を申し出てくれたらオマケがゾロゾロついてきた、と。そしたら感激していたぞ。でもって、銀青様に気に掛けて頂けるとは有難い、この機会にお前も精進しろと」
「それはそれは。じゃあ、遠慮なく泊めて貰っていいんだね?」
「余計なヤツが一人いるのは黙っておいたが、誤差の範囲だと思っておく。そして精進しろと言われたからには規律正しく厳しくいくぞ」
俺が元老寺の法律だ、と告げたキース君はソルジャーにサラッと無視されて。
「法律はブルーじゃないのかい? ブルーの方が偉いんだしさ。ブルーそっくりな姿形のぼくもブルーと似たような立場だよね?」
「似ていないっ!」
あんたは普通の一般人だ、と言い返したキース君にソルジャーが。
「えーっと…。SD体制の下で苦労しているのに一般人? もう少し丁重に扱って欲しいな、確かに坊主じゃないけどさ」
「…分かった、客人として遇しよう。しかし、それにも限度はあるぞ」
寺の規律は守って貰う、とキース君は副住職の威厳を守るべく頑張っています。しかし会長さんだけでも頭が上がらないのに、そこへソルジャー。アドス和尚とイライザさんの代わりに留守番、無事に最後まで務まるんでしょうか…?



宿坊が休業中だというので少し心配していたのですが、広い庫裏には寝泊まりするための部屋が充分にありました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」とソルジャーには床の間つきの立派なお座敷。偉い人が泊まる部屋だそうです。そして私たちには…。
「この辺を好きに使ってくれ。風呂と洗面所はそっちにある」
「これってキースも使う部屋なの?」
部屋が多いね、とジョミー君が尋ねると。
「…いや、俺たちは使わんな。それに最近は使うこともない」
「「「は?」」」
「昔は寺で葬式をする人が多かったそうだ。俺が子供の頃にも数回あったか…。寺で葬式となると通夜も寺だし、仏様を寺に置く事になる。当然、家族や親族が泊まる。そのための部屋だな、この辺りのは。風呂と洗面所も檀家さん用だ」
「「「…うわぁ…」」」
お葬式用のスペースでしたか、この区画! いえ、お葬式ではないですけれども、関連というか、何と言うか。とりあえず家に仏様が出た人が使うスペースというわけで…。
「安心しろ、出たという話は聞いていない。畳や襖も取り換えているし、葬式の名残は無い筈だ」
そうは言われても複雑なもの。ジョミー君が余計なことさえ訊かなかったら知らずにいられたと思うんですけど…。キース君が立ち去った後、私たちはサム君を拝み倒しました。霊感があるサム君だったらヤバイ部屋があれば分かる筈です。
「えーっと…。この部屋は何もいないぜ、大丈夫だな。こっちは…。うーん、ちょっと電気が暗く見えるし、ひょっとしたら何か…。ああ、あの隅っこに染みがあるよな」
「「「ひぃぃぃっ!!!」」」
「え、別に問題ないんだぜ? ほら、裏山に墓地があるだろ? あそこから霊道が延びてるんだな、お盆とかにこの部屋を通ってお帰りになるだけで……って、ダメなのかよ?」
そんなのダメに決まってる、と両手で大きな×印を作る私たち。サム君は会長さんの弟子として朝のお勤めをやってますから平気なのかもしれませんけど、一般人には仏様が通る道というのはアウトでした。同じ仏様でも阿弥陀様とかお釈迦様なら良かったんですが…。



「キース先輩、酷いですよね。霊道を避けたら二つしか無いじゃないですか、部屋が」
「女の子に一つ渡さなきゃだし、ぼくたち、ギュウギュウ詰めだよね…」
ジョミー君たちは六畳の部屋に四人で泊まる羽目に陥りました。サム君が霊道のある部屋に一人で行こうかと言ったのですけど、必死に引き止めた結果です。なんでもウッカリ何かが出てきた時に、少しでもお経が読めるサム君が部屋にいないと困るとか…。
「おやおや、男子は鮨詰めなのかい?」
みっともないね、と廊下の向こうから登場したのは会長さん。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もくっついています。
「霊道がどうとかと騒いでるのは見えていたから、通られたって問題ないように祈祷しようかと思ったのにさ。…お経が読めるサムを御守りにして女子を放置は頂けない。せいぜい鮨詰めになっていたまえ、ご祈祷は女子の部屋だけだ」
「「「えーーー!!!」」」
それはヒドイ、と騒ぐ男子には目もくれないで、会長さんはスウェナちゃんと私が泊まる事になった部屋でお経を唱えてくれました。緋色の衣は着ていなくても、伝説の高僧、銀青様のお経です。これで今夜は大丈夫、とホッと安心、鮨詰め男子は羨ましそうで。
「心配しなくても出やしないってば、霊道のある部屋の方でもね。アドス和尚とキースが日頃しっかり守っているから、悪いものは何もいないんだよ」
みんな成仏してるんだ、とアドス和尚たちを褒める会長さんにソルジャーが。
「それを聞いたら嬉しくなったよ。キースは頑張ってくれるだろうし、ミュウも成仏出来るだろう。ぼくとハーレイも極楽に行けるに違いないから、素敵な蓮をゲットしなくちゃ」
「蓮をゲットとか言い出す前にね、こうしてお寺に来たんだからさ、君もしっかりお念仏を」
「そっちはパス! ぼくはキースにお願いしたんだ。ソルジャーの仕事にお念仏は含まれていないんだよ」
ミュウの救出やら戦闘やらで手いっぱい、と逃げを打つソルジャーが元老寺までやって来たのは明らかに物見遊山でした。会長さんの家ともエロドクターの豪邸とも違い、マツカ君の別荘とも違う建物が並ぶ元老寺。普段と違う生活ってヤツをしてみたくって飛び込んできたみたいです…。



「…えっ、これだけ?」
物見遊山で来たソルジャーが目を丸くしたのは昼食の席。元老寺に着いた時間が遅かった上に部屋割などで揉めていたため、アッと言う間にお昼の時間に。キース君に呼ばれて庫裏のお座敷に出掛けてみれば、机の上には丼鉢がドカンと置かれていたのですけれど。
「俺の料理に文句があるのか?」
ギロリと睨むキース君。丼鉢の中にはたっぷりの出汁と太いウドンに油揚げ。いわゆるキツネうどんです。たったそれだけ、他には無し。この昼食は酷すぎる、と私たちも思ったのですが…。
「お前たちまで文句を言う気か? 寺の昼飯はこんなものだぞ、宿坊の方とは違うんだ。さっさと食べて午後の仕事に備える、それが坊主の基本だが?」
座禅の宗派よりはマシな食事だ、とキース君。あちらは朝、昼、夜とお粥に漬物、おかずがついても胡麻豆腐とかの精進料理が一品、二品と言われても…。
「それは確かに基本だけどねえ…。あっちの世界も裏技があるって言っただろうに」
大きな声では決して言えないすき焼きパーティー、と切り返した会長さんにキース君は。
「前にあんたが言ってたっけな。だが、お接待の時の話だろう? 普段の食事は厳しいものだと聞いている」
「本当に君は頭が固いね。そんな粗食じゃ肉体労働出来ないよ。あそこは薪割りだって修行なんだし、そのためのエネルギーが要る。あれでなかなかバラエティー豊かな食事だってば」
表舞台に出てこないだけ、と会長さんが挙げた中にはカレーライスまでありました。匂いが強いため、元老寺でも滅多に作らないのがカレーライスだと聞いています。そんな食事を羅列されるとキツネうどんは粗食としか…。
「すまん、手抜きは認めよう。…せめてチャーハンにするべきだった」
「分かればいいんだ、夕食はマシなのを期待してるよ」
「うんうん、ぼくが来て良かったと思えるような豪華なヤツをドッカンと!」
ひとつよろしく、というソルジャーの希望はアッサリ却下されました。キース君はご本尊様に供える御膳も作らなくてはならない上に、夕方のお勤めがあるのです。手の込んだ夕食を作る暇は無く、大鍋で煮込むポトフくらいが限界だそうで。
「うーん…。お寺の食生活って悲惨なんだねえ…」
同情するよ、とソルジャーに言われてしまったキース君は。
「普段、おふくろ任せだからな…。坊主も裏方も兼任となると手が回らん」
「かみお~ん♪ ぼくが作ってあげようか?」
ご本尊様の御膳もオッケー、と挙手した「そるじゃぁ・ぶるぅ」を伏し拝んだのはキース君とソルジャーだけではありませんでした。いくら留守番生活とはいえ、食事は豪華にいきたいものです。これで夕食はバッチリですし、お寺ライフも悪くはないかも?



キツネうどんの昼食の後、キース君は部屋に籠って事務をしながら電話番。御布施とかもキッチリ帳簿をつけておかないと大変なことになるのだとか。お寺に税務署がやって来るなんて初耳です。その合間には檀家さんが世間話をしに来たりして、副住職って大変そう…。
「そりゃね、お寺を預かるとなると色々と…ね。ぼくがフリーなのはその辺かな?」
住職まではやってられない、と会長さん。ソルジャーも帳簿と聞いて思い切り顔を顰めてますから、そういうのは嫌いなのでしょう。副住職を頑張っているキース君を他所に私たちは庫裏でスナック菓子を食べたりしながら遊び呆けている内に…。
「御膳、出来たよ!」
夕食を作ってくると出掛けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻って来ました。
「えっと、えっとね、キースが本堂に来て下さいって! 御膳を供えてお勤めするからって!」
「「「………」」」
ついに来たか、と私たちは足の痺れを覚悟しながら本堂へ。ソルジャーもついて来ましたけれども、第一声が。
「そこの椅子って、座っていいよね?」
「貴様ぁ!」
声を荒げたキース君に、会長さんが唇に人差し指を当てて。
「シーッ! ブルーは正座に慣れてないんだ、途中でゴソゴソされるよりかは椅子席の方が」
「くっそぉ…。おい、他の連中は正座だぞ? 例外はあいつだけだからな!」
あーあ、やっぱりダメでしたか…。ソルジャーが椅子席OKだったら私たちも、と一瞬だけ夢を見てたのに…。ソルジャーは悠々と椅子に陣取り、私たちは畳に並んで正座。キース君が厳かに鐘を鳴らして読経が始まり、会長さんとサム君が唱和して。
「「「…南無阿弥陀仏」」」
キース君たちが深く頭を下げ、夕方のお勤め終了です。明日の朝にもお勤めしなくちゃダメなのでしょうが、これで半分過ぎたのですから上々かと…。ん…? ソルジャーがスタスタと内陣に入って行きますが…?



「なんだ、あんたは?」
用があるのか、と訊くキース君に、ソルジャーは。
「これが阿弥陀様ってヤツだよねえ?」
「指を指すな、指を! 失礼だろうが! …ご本尊様に何か用か?」
「んーと…。蓮かな、って思ってさ」
「蓮以外の何に見えると言うんだ!」
何処から見ても蓮だろうが、とイラついているキース君。阿弥陀様の前にはキンキラキンの一対の蓮が飾られています。立体的、かつ写実的な出来の蓮の花と葉は見間違えようがありません。
「それが蓮だと言うのは分かるよ。そうじゃなくって、阿弥陀様の下にあるヤツのこと。蓮の花びらみたいに見えるんだけど…」
「なんだ、そっちか。そいつは蓮台と呼ばれている。あんたの言うとおり蓮の花だが、よく気付いたな。そもそも蓮台というヤツは…」
解説を始めようとしたキース君でしたが、ソルジャーは。
「やっぱり蓮の花だったんだ? でもって頭がポコポコしてるのってさ、髪の毛なのかな? ちょっとノルディに似てるよね」
「あんな野郎を引き合いに出すな! 髪の毛なのは認めるが…。いいか、あの髪は螺髪と言って」
「エロイのかな?」
「偉いに決まっているだろうが!」
阿弥陀様だぞ、とキース君は畳に座り直して。
「…これも御仏縁というものだろう。阿弥陀様がどういう御方か、この機会に聞いておくといい」
「いいよ、聞かなくても分かったからさ。理想の極楽を体現しているらしいってことは」
「「「えぇぇっ!?」」」
まさかソルジャー、夕方のお勤めに一度出ただけで見事に悟りを開きましたか? あまりの展開にキース君も会長さんもポカンと口を開けてますけど…。



「エロイんだよ、うん、阿弥陀様は」
お寺ならではの大きくて立派な阿弥陀様の立像をしみじみと見上げ、ソルジャーは感慨深そうに。
「ぼくがキースにお願いしたのは極楽往生だったよね? ハーレイと同じ蓮の花の上に生まれられますように、って代わりに祈って貰ってる。ハーレイの肌が映える色の蓮でお願いします、って」
「…おい、それ以上を口にするなよ? ご本尊様の前なんだぞ」
やんわりと注意したキース君に、ソルジャーは「なんで?」と首を傾げて。
「別に問題無いだろう? それに阿弥陀様から遠い蓮がいいってお願いしたけど、その必要はなさそうだ。阿弥陀様は理解がありそうだしさ」
「何の話だ?」
「えっ、ハーレイと同じ蓮の上に生まれた後だけど? エネルギー切れを気にせずヤリまくるには阿弥陀様から遠い所、と思ってたけど大丈夫そうだね、エロイ人なら」
「…すまん、もう一度言ってくれるか? エロイ人とか聞こえたんだが」
俺の聞き間違いだよな、とキース君が尋ね、私たちもハッと息を飲みました。ソルジャーは「エライ人」と言っているのだと思い込んでいましたけれど、まさか、もしかして「エロイ人」って…?
「エロイ人って言ってるよ? 君も「エロイに決まっている」と答えたじゃないか」
こっちのノルディに似たヘアスタイルでピンと来たのだ、とソルジャーは得意そうに胸を張って。
「あの髪形ならエロも好きかな、と思ってさ。君に訊いたらそうだと言うし、おまけに蓮の花に乗ってるし…。極楽って本当にエネルギー切れせずにヤリまくれるんだね、期待してるよ。あっ、でも……やっぱり阿弥陀様から離れた蓮がいいのかな? ハーレイは見られているとダメなんだっけ…」
どっちの蓮がいいと思う? と訊くソルジャーは阿弥陀様という存在を完全に誤解していたのでした。偉いのではなくてエロイ人。ソルジャーの理想の蓮の花の上での極楽ライフを肯定するのに都合がいい方向に勘違いされた阿弥陀如来像に、私たちは声も言葉も無くて。
「……バカヤロー!!!」
キース君の怒声が本堂に響き渡るまでの間にソルジャーはウットリと阿弥陀様を見詰め、妄想の世界にドップリと。一度間違えて覚え込んだ事を忘れさせるのは大変です。それもタイプ・ブルーな上に会長さんよりも経験値の高いソルジャーともなれば難しすぎで。



「元老寺に来て良かったよ。お念仏を唱える気にはなれないけれど、極楽往生はしないとね」
阿弥陀様という素晴らしい御手本もあることだし、と熱い口調で語りまくるソルジャーは夜が更けてからも勘違いをしたままでした。会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に泊まる立派なお座敷に私たちを呼び、蓮の花の位置をどうするべきかを真面目に検討し続けています。
「…ハーレイのヘタレっぷりから考えるとねえ、阿弥陀様から遠い方がいいと思うんだ。だけど阿弥陀様はエロイ人だし、近いとパワーが凄いかも…。ハーレイのヘタレも治りそうだけど、どう思う? ブルー、専門家としての君の意見は?」
「…いい加減、寝たら? 明日の朝にはキースがお勤めの後で有難い法話をしてくれるってさ」
それを聞いてから考えろ、と会長さん。
「阿弥陀様と極楽について色々と話すそうだから…。ここでグルグル考えてるより、すっきり目覚めた朝の頭で答えを出すのがいいと思うよ」
「ああ、そういうのもいいかもね! 冴えた頭が一番だよね」
ついでに寝る前にハーレイと思念で相談しよう、とソルジャーが布団に潜り込むのを見届けてから私たちは部屋に戻ってゆきました。出る部屋だとか霊道だとかは疲れ果てた頭にあるわけもなく。
「…なあ、明日の法話ってどうなるんだよ?」
キースだよな、とサム君が眉を寄せ、シロエ君が。
「会長がなんとかするんでしょう。キース先輩の法話に集中している間に意識をチョチョイと修正するとか…」
きっとその方法で直りますよ、と力説しているシロエ君。廊下から真っ暗な庭を覗くと、キース君の部屋の窓から今も明かりが漏れていました。ソルジャーの勘違いを訂正するべく、明日の法話の原稿や内容をせっせと練っているのでしょう。
「…エロイ人ねえ…」
ぼくでも其処まで間違えないよ、とジョミー君が溜息をつき、私たちは自然と本堂の方に向かって両手を合わせてお念仏。偉くて立派な阿弥陀如来様、ソルジャーをよろしくお願いします。ぶっ飛びすぎた勘違いですけど、正してあげて下さいです。そして仏罰が当たりませんよう、南無阿弥陀仏…。



                 副住職の受難・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 元老寺の副住職になったキース君の苦労の一端、少し感じて頂けたでしょうか?
 7月、8月と月2更新が続きましたが、9月は月イチ更新です。
 来月は 「第3月曜」 9月16日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 そして去る7月28日に 『ハレブル別館』 に短編をUPいたしました。
 ブルー生存ネタな 『奇跡の狭間で』 、読んで頂けると嬉しいです。
 ←ハレブル別館は、こちらからv


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、8月はハーレイの日でございます。今年も中継をするようですが…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv

 生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
 1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv
 ソルジャー夫妻と一緒に心霊スポットへお出掛けな7月分もUPしました!
 ←過去ログ置き場へは、こちらからv








※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






ゆったり、ゆっくりと流れる特別生の時間。誰もが年を取らない上に進級も進学も無いのですから、毎日のんびりまったりです。ただし周りの季節と暦は確実に進んでゆくわけで…。収穫祭だの学園祭だのと盛りだくさんな二学期を過ごしている内に気付けば今年も残り僅か。
「かみお~ん♪ 今日は朝から璃慕恩院に行ってきたんだよ!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が放課後のお部屋で取り出したのは、璃慕恩院御用達の特製お饅頭でした。璃慕恩院へ行けば買えるというものではなく、特別な参拝客やお客様にしか出さないというレアものです。会長さんのお伴で出掛ける時には食べられますけど。
「そっか、これが来る季節なんだっけ」
遠慮の欠片も無いジョミー君が早速手を伸ばし、キース君も。
「…俺が貰えるようになる日は、まだまだ遠いな…。確かに美味い饅頭なんだが」
「ブツブツ言わずに頑張りたまえ。君も緋色の衣になったら顔を出しただけで食べられるから」
発破をかける会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に璃慕恩院に行ってきたのです。璃慕恩院で一番偉い老師様は代々、会長さんと顔馴染みな上にお友達。お喋りがてら盆暮れの挨拶に訪問するのが会長さんの年中行事で、今日は御歳暮をお届けに…。



「キースとサムとジョミーによろしく、と老師が仰っておられたよ。でもってサムとジョミーは本格的に仏道修行に入るのか、って」
「ちょ、ちょっと! 誰もそんなの言っていないし!」
そんな予定も全く無いし、とジョミー君が青ざめ、キース君とサム君が吹き出しています。ジョミー君も璃慕恩院の特製お饅頭は大好きなくせに、自力でゲット出来る立場にはなりたくないらしく…。
「お饅頭は遠慮なく貰っておくけど、それと修行は別物だから! ブルーに貰って食べられるだけで充分だから! …あ、キースも貰って来てくれるんなら嬉しいけどさ」
「お前が努力すればいいだろう! さっさと覚悟を決めて修行した方がいいぞ、年々ハードルが上がるんだからな」
それも心のハードルが、と厳しく指摘するキース君。世間はどんどん技術が進歩していて、情報が溢れ返る日々が当たり前です。けれど、お坊さんの世界は今も昔も変わっていません。住職の資格を取るための道場入りでは一切の通信手段が断たれ、ニュースも全く入らないとか。しかも…。
「ちゃんと分かっているのか、ジョミー? 俺が大学に行っていた頃は専門コースの寮にもパソコンを使える部屋だけはあった。携帯を使うのも許されていたが、今は禁止の方向に動いてるんだぞ? 通信端末は舎監の了解を得て、目の届く範囲で使えという時代になるかもな」
「何、それ…。プライバシーとかはどうなるわけ?」
「そんな贅沢なものが存在すると思うのか? カナリアさんの修練道場は元々そういう所なんだし、俺たちの大学も合わせるべきだと唱える人が増えているのが実情だ」
そうなる前に専門コースで修行すべきだ、というキース君の主張に会長さんも頷いて。
「カナリアさんと同じ期間で済む一年コースも出来ちゃったんだ、厳しい指導をしようという方向へ行くのは分かる。大体、坊主にプライバシーはあって無いようなものだからねえ…」
「そもそも自分の家が無いしな。寺は総本山からの借り物に過ぎん」



一昨日の夜中にも檀家さんがやって来た、と話すキース君は昨夜はお通夜で読経する羽目に。アドス和尚が風邪で喉を傷めていたため、代理を務めに出たのです。幸い、今日のお葬式の方はアドス和尚が復活したので、キース君は普段通りに学校へ。
「…檀家さんが来たのが夜中の二時だぞ? 枕経をお願いします、と訪ねて来られたら断れん。向こうも其処が狙いなんだし」
「面と向かって頼みごとをされたら追い返すわけにはいかないしねえ…」
御苦労様、とお饅頭を差し出す会長さん。一昨日の夜は寒波の襲来で厳しい寒さと強風でした。そんな中、叩き起こされて枕経をあげに出掛けたアドス和尚が風邪を引いたのは無理もなく…。キース君は二つ目の璃慕恩院の特製お饅頭を頬張りながら。
「しかしアレだな、通信手段が年々便利になるというのも考えものだな…。二人使いが復活するとは思わなかったぜ、アルテメシアで」
「「「ふたりづかい?」」」
「お前たちだって知らないだろう? 誰それが亡くなりまして、と知らせて回る使いのことだ。二人組だから二人使いと呼ばれるんだが、電話の普及で廃れてしまって地方にしか残っていなかった。…それがだ、最近はたまに来るから恐ろしい」
夜中に坊主を引っ張り出せるのがメリットなんだ、とキース君は肩を竦めてみせました。当然、お坊さんへのお布施は相場より高くなるらしいんですけど、故人を大切に思っていますというアピールだとか。
「こんな具合に坊主も世につれ、人につれ…だ。修行の中身は変わらなくても環境は変わる。より悲惨な目に遭いたくなければ早めに修行を済ませておけよ。この先の時代、何がどうなるか分からんぞ」
逃げて回るのも大概にしておけ、と滾々と説くキース君。璃慕恩院の特製お饅頭は美味しいですけど、抹香臭い話題を呼び易いのが難点と言えば難点かも…。



修行の話からプライバシー問題、果ては最近のお寺事情とお坊さん絡みの会話を続けつつ、お饅頭を二つ、三つと次々に食べる私たち。会長さんへの御歳暮を兼ねた璃慕恩院からの贈り物だけに数は充分あるのです。そこへユラリと空間が揺れて。
「こんにちは」
例によって押し掛けてきた異世界からのお客様。ソルジャーはストンとソファに座るなり特製お饅頭を手に取っています。
「今年も来たねえ、美味しい御歳暮! この味はやっぱり格別だよ」
「…今日は来ないかと思ったんだけどな…」
迷惑な、と会長さんが呟いても全く気にしないのがソルジャーで。
「来られる時は食べに来るのが基本じゃないか。でも素晴らしい習慣だよねえ、御歳暮ってさ。君は沢山貰えそうなのに、断ってるというのが勿体無いよ」
「…だって、貰っても面倒じゃないか。食べ物なんかは重なると困るし、他の物だって好みに合わなきゃ使えない。そりゃ寄付したりバザーに出すのも手ではあるけど、それもなんだか悪い気がして」
せっかく贈ってくれたのに…、と返す会長さんは御歳暮を受け取らないタイプ。なまじソルジャーなだけに貰うとなればドカンと凄い数が来るのは確実、断りたくもなるというもので…。
「…そんなものかな? 君に贈りたくてウズウズしている人もいるようだけど?」
あっちの方に、とソルジャーが指差したのは教頭室の方角でした。
「ついでに君からも欲しいらしいね、御歳暮が。…何か贈ってあげればいいのに」
「嫌だよ、なんでハーレイなんかに!」
世話になってもいないんだから、と会長さんは顔を顰めましたが、ソルジャーは。
「えっ、いつも色々貢いでいるだろ、君のためにさ。試験の打ち上げのパーティー費用とかを毟った分をお返ししようとは思わないわけ? せっかく美しい習慣なのに」
「そんな必要、無いってば! ハーレイは貢ぐのが生甲斐なんだ」
「ふうん? ぼくはハーレイに贈ったけどねえ、御歳暮を」
「「「えぇっ!?」」」
思わぬ言葉に私たちの声が引っくり返り、ソルジャーは赤い瞳を丸くしてから可笑しそうにクスクス笑い出して。



「違う、違う、こっちのハーレイに贈ったんじゃなくて、ぼくのハーレイ! ハーレイからも御歳暮が来たし、ぼくは大いに幸せなんだよ」
あらら、ソルジャーが御歳暮を贈った相手はキャプテンでしたか! それにしても夫婦で御歳暮を贈り合うとは、律儀というか何と言うか…。きっとキャプテンはソルジャー好みのお菓子を贈って、ソルジャーからは形ばかりの品でしょう。石鹸とか、サラダオイルとか。
「…なんでそういうイメージになるかな、石鹸にタオルにサラダオイルって?」
ハーレイが喜ぶと思うのかい、とソルジャーがフウと溜息をつき、慌てて自分の口を押さえたのは私だけではありませんでした。それで思念の零れを防げるわけではないのですけど、つい反射的に…。でもタオルって誰が考えたのかな? 他のみんなも似たことを思っていたらしく。
「ん? 石鹸はそこの端から五人目まで。タオルはスウェナとキースだね。…サラダオイルはブルーとぶるぅも含めて全員。サラダオイルって御歳暮の王道なのかい?」
「かみお~ん♪ サラダオイルは定番だよ!」
値段の割に箱が大きくて重いしね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニッコリ笑えば、ソルジャーは。
「なるほど、見栄えが大切なんだ? だったら正しいチョイスだったね、ぼくとハーレイが贈り合った物は。…何を貰って何を贈ったか、気にならない?」
「ぼくは知りたいとは思わないけど?」
会長さんのすげない口調をソルジャーの方はサラリと無視して。
「君の意見は聞いていないよ、知りたい面子が大多数! だけど喋っていいのかなぁ? でも今更って気もするし…」



今更だよね、と微笑むソルジャーに背中にタラリと嫌な汗が。この流れは非常にマズイのでは、と思う間もなくソルジャーは得意げに指を一本立てて。
「ぼくがハーレイから貰った御歳暮はハーレイなんだよ。勿論、ぼくも自分を贈った。…御歳暮として贈った以上は思う存分ヤリ放題! ハーレイは自分が満足するまでヤリまくったし、ぼくの方も…ね。いやもう、贈り合った次の日は腰が立たなくて…」
「「「………」」」
そう来たか、と私たちはテーブルに突っ伏し、会長さんは額を押さえました。大人の話が理解できない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は感動しているようですが…。
「凄い、凄いや! 喜んで貰える御歳暮を選ぶのって難しいんだよ、コレっていうのが決まってる人だといいんだけれど…。璃慕恩院に持っていくヤツは、いつもブルーが老師の心の中を少しだけ覗いて決めてるの! 好きな食べ物だって変わったりするしね」
同じ御漬物でも好みが変わるし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が褒めちぎる声が遙か遠くで聞こえます。よりにもよって自分自身を贈り合うとは、バカップル夫妻、恐るべし…。



再起不能なまでに打ちのめされた私たちを他所に、ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」相手に御歳暮の効能と素晴らしさを称え、会長さんも教頭先生に贈るべきだと大演説。我に返った会長さんが慌てて止めにかかった時には既にとっくに手遅れで。
「ブルーも御歳暮してあげようよ」
ハーレイに喜んで欲しいもん、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生が大好きです。自分のパパになってくれたらいいな、と思っていたりする程ですから、会長さん自身を御歳暮としてお届けするのは素敵な案だと瞳がキラキラ。
「ねえねえ、ブルーを贈ろうよ! きっとハーレイも喜ぶもん!」
「…ぶるぅ…。ぼくはそういうのは……」
「えーっ、どうして? ブルーを一日贈るだけだよ、一日がダメなら半日とか!」
贈っちゃおうよ、と燃え上っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、会長さんを御歳暮にすることに伴う危険にまるで気付いていませんでした。あまつさえソルジャーが横から煽るものですから、火を消すどころか延焼しまくり、飛び火しまくり、もはや御歳暮を贈らないという選択肢は無く…。
「………。分かったよ、ぼくが御歳暮になればいいんだろう!」
憮然として言い放った会長さんに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は歓声を上げ、ソルジャーが拍手しています。えーっと……大丈夫ですか、会長さん? 教頭先生に自分を御歳暮として贈るだなんて…。



「ただし! ぼくをハーレイへの御歳暮にするに当たって、条件が一つ」
これは絶対に譲れない、と拳を握る会長さん。
「ぶるぅもブルーも、そこのみんなも知っているとおり、長老たちとの約束がある。…ぼくがハーレイの家に一人で行くことは禁止されているし、許されていない。御歳暮にぼくを贈る時にも付き添いが必要になるわけだ。ぶるぅは小さな子供だから数に入らないし、そこの七人に頼むしかないね」
「「「えぇっ!?」」」
「何をビックリしてるのさ? ハーレイがアヤシイ気分になったりしたら大変だろう? ぶるぅが全く使えないのは御歳暮発言で分かった筈だ。…というわけだから、付き添い、よろしく」
今度の土曜日でいいだろう、と会長さんはカレンダーに印を付けて。
「さて、ブルー? ぶるぅを上手に丸め込んでくれた君も一緒に来るのかい? ぼくがハーレイへの御歳暮として身体を張るのを見届けに?」
「うーん…。何か間違ってる気がしないでもないけれど…」
でもいいか、とソルジャーはコクリと頷きました。
「了解。土曜日は君がこっちのハーレイのために御歳暮になる、と…。ハーレイが大感激する姿が見えるようだよ、ぼくも大いに期待しておこう」
二人の絆が深まるといいね、とウインクするソルジャーが目指しているのは会長さんと教頭先生の結婚なのは明々白々。けれど、そんな結果にならないことは間違いないのも事実です。御歳暮になる覚悟を決めた会長さんがどう出るのかは分かりませんけど、結婚だけは絶対に無理~。



そして運命の土曜日の朝、私たちは会長さんのマンションの前に集合しました。今日も朝から寒いです。間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんが現れ、その後ろには私服のソルジャー。
「やあ、おはよう。今日は付き添い、よろしく頼むよ」
「かみお~ん♪ それじゃ、しゅっぱぁ~つ!」
会長さんたちの青いサイオンの光が迸り、アッと言う間に移動した先は教頭先生の家の門の前。もちろん周囲の人に見咎められないよう、きちんとシールドが張られています。会長さんがチャイムを鳴らすと教頭先生が玄関を開けて飛び出してきて…。
「どうした、ブルー? 朝早くから大人数で?」
「えーっと…。暮れの御挨拶ってことになるのかな? いわゆる御歳暮」
「御歳暮? 私にか?」
顔を輝かせる教頭先生に、会長さんは。
「ただの御歳暮じゃないんだよ。…ブルーの案でね、御歳暮の品はぼくなんだ」
「………は?」
「聞こえなかった? ぼくが御歳暮だと言ったんだけど…。早く入れてよ、せっかくの御歳暮が風邪を引いてもいいのかい?」
「…す、すまん…」
入ってくれ、と教頭先生がドアを大きく開くと会長さんは先頭に立って家に上がり込み、続いて私たちがゾロゾロと。教頭先生は事情が把握出来ていないらしく、私たちをリビングに案内して。
「さっき暖房を入れたばかりで、充分に暖まっていないのだが…。コーヒーでいいか?」
紅茶の人は手を挙げてくれ、と言った教頭先生を手で制したのは会長さん。
「ちょっと待った! ぼくの役目を取らないで欲しいな」
「…どういう意味だ?」
「言ったじゃないか、御歳暮だって。今日は一日、君の手足として働くんだよ。君の代わりに掃除洗濯、お客様のおもてなしも引き受けます…ってね」
任せといてよ、と会長さんは飲み物の注文を取るとキッチンの方に消え、教頭先生が呆然と。
「……これはいったい……」
「御歳暮らしいね、ブルーからの」
ちょっと趣向がズレてるけども、と説明を始めたのはソルジャーです。



「この前、こっちに遊びに来たんだ。ブルーが璃慕恩院に御歳暮を届けに行った日でねえ…。でもって、ぼくも御歳暮を贈り合ったって話をしていた結果がコレ。ぼくはね、ぼくのハーレイに自分を御歳暮にしたんだよ。だからブルーにもお勧めしたのさ、君宛の御歳暮になるべきだ…って」
「お、御歳暮……ですか?」
「そう、御歳暮。貰ったからには煮ようが焼こうが君の自由だ。…ちなみに、ぼくの場合は御歳暮になった翌朝は腰が立たなくて大変だったよ」
「……こ、腰……」
耳まで真っ赤になってしまった教頭先生に、ソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「ふふ、据え膳食わぬは男の恥…って言うだろう? 君も頑張ってブルーをモノにするといい。なにしろ相手は御歳暮だから、好きな時間に好きな所で」
「…………」
教頭先生の鼻からツツーッと赤い筋が垂れ、大慌てでティッシュを詰めた所へ会長さんが戻って来ました。コーヒーと紅茶のカップを大きなお盆に乗っけています。鼻血の件には触れようともせず、教頭先生の前にはコーヒーのカップ。私たちが注文した飲み物も手早くパパッと並べ終わると。
「…ブルー? お前の分はどうした?」
カップの数が足りないようだが、と振り返った教頭先生の背後が会長さんの立ち位置でした。そう、文字通り立っているのです。空になったお盆を手にして背筋を伸ばし、姿勢よく。
「ブルー? そんな所で何をして…」
「おかまいなく」
会長さんの唇が続けて紡いだ言葉は。
「今日のぼくは君の代わりに働きます、って言った筈だよ。…使用人は御主人様の前では飲食しないし、御主人様の目にも入らない。空気みたいに無視してくれればいいんだってば。ついでに用事も命じられる前に片付けてゆくのが理想の使用人の姿ってね。以上!」
それっきり会長さんは口を閉じてしまい、教頭先生が代わりに口をパクパク。確かに自分を贈ったには違いないでしょうが、ソルジャーが解説していたモノとは月とスッポン、似ても似つかぬ存在です。会長さんを空気みたいに無視するなんてこと、教頭先生に出来るのでしょうか…?



教頭先生の後ろに控えた会長さんをチラチラと盗み見しながらのティータイムは、些か居心地の悪いものでした。しかし会長さんの方は誰かのカップが空になる度にキッチンに走り、熱いお代わりを運んできます。暫く姿が見えないな、と思っていた間には昼食の支度をしていたらしく。
「どうぞ、ピラフとオニオンスープ。…買い出しに行ける時間が無いから夜はクリームシチューでいいよね、後は冷蔵庫の中身で適当に」
「…お前が作ってくれたのか?」
感激の面持ちの教頭先生に会長さんは一切答えず、空になっていたカップを下げて代わりに昼食のお皿を並べてゆきます。熱いスープと炊きたてのピラフは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に引けを取らない出来栄えとあって、教頭先生は大喜びでらっしゃるのですが…。
「美味いぞ、ブルー。お前も一緒に食べないか?」
冷めない内に、と教頭先生が何度誘っても会長さんは御給仕に徹して無言のまま。ソルジャーは面白そうに笑っていますし、私たちも賑やかにお喋りをしているだけに、会長さんの沈黙っぷりが強調されるというわけで…。
「「「御馳走様でしたー!」」」
食べ終えた私たちが声を揃えると、会長さんはお皿を片付けてテーブルを拭き、また飲み物の注文取り。それを全員に配った後は廊下へと消えて行きましたけれど。
「へえ…。今度は掃除の時間なんだね」
手際がいいや、とソルジャーが感心したように言えば、教頭先生がハッとして。
「掃除ですって?」
「うん。午前中は洗濯もしていたようだよ」
「せ、洗濯!?」
「…そうだけど? 何か不都合なことでもあった?」
二階のベランダに干してあるけど、とソルジャーが上を指差し、教頭先生は顔面蒼白。



「ゆ、昨夜は疲れていたもので…。し、下洗いをせずに洗濯籠に適当に…。よ、よりにもよってアレをブルーに…」
「そうだったのかい? それっていつもの紅白縞?」
「……は、はい……」
穴があったら入りたいです、と教頭先生は半泣きでした。キース君たちの証言によると、教頭先生は昨日は柔道部の指導に燃えておられて汗びっしょり。学校で洗い物はなさいませんから、汗だくになった紅白縞はお持ち帰りというわけで。
「汗臭い紅白縞をブルーがねえ…。サイオンを使って扱ってたのはそのせいなのかな、じかに触りたくなかったとかさ」
「うわ、サイテー…」
ジョミー君が最低と口にした対象は汗臭い紅白縞を放置していた教頭先生なのか、サイオンで扱った会長さんか。恐らく後者だと思うのですけど、教頭先生は前者と受け取ったみたいです。ズシーンと落ち込み、どんより澱んで鬱々と…。
「そうだな、やはり最低最悪だな…。だらしない男だと思われただろう、どう考えても…」
もう駄目だ、と呻く教頭先生にソルジャーが。
「お取り込み中に申し訳ないんだけれど…。ブルーが君の寝室の前に立ってる。掃除を始めるみたいだよ? 紅白縞の二の舞になりそうなモノが置いてあったらマズイんじゃないかと」
「寝室ですって!?」
マズイ、と立ち上がった教頭先生が凄い勢いで飛び出してゆくのを私たちはポカンと見送りました。あの部屋、色々とヤバイんですよねえ、会長さんの写真がプリントされた抱き枕とか、抱き枕とか、抱き枕とか…。



「…なんか飛び出して行っちゃったけど…」
あの部屋はやっぱりマズイんだねえ、とソルジャーはまるで他人事。
「あんたがオーダーしたヤツだろうが、抱き枕は!」
猛然と噛み付いたキース君にもソルジャーは動じず、寝室の方角へ瞳を凝らしてニヤニヤと。
「やってる、やってる。ブルーが淡々と掃除をしている横から、ハーレイが必死に言い訳を…。だけどアレだね、ブルーはプロだね。これは直接見に行くだけの価値がある」
行こう、とソルジャーに誘われた私たちは好奇心を抑え切れずに階段を上り、二階の一番奥にある寝室へ。扉が全開になった部屋の中では会長さんがベッドメイキングの真っ最中です。
「そ、そこまで頑張ってくれなくても…! ベッドは私が自分でやる!」
やめてくれ、と悲鳴を上げる教頭先生。会長さんは手際よくベッドに新しいシーツを広げてキチンと折り込み、床に置いてあった抱き枕を抱えてパンパン叩いて空気を含ませ、ベッドの上に。それから上掛けを抱き枕に掛け、教頭先生が使っているらしい枕の下には…。
「「「………」」」
会長さんが枕の下に突っ込んだ物を見てしまった私たちは目が点でした。それはラミネート加工を施した会長さんのカラー写真。教頭先生、あんな写真を枕の下に入れてましたか! 抱き枕といい、枕の下の生写真といい、会長さんには見られたくなかったに決まっています。
「…ブルー、其処も掃除はしなくていい!!」
教頭先生が絶叫したのはベッドサイドのテーブルの上。会長さんは手にしたハタキでパタパタとはたき、山と積まれた本の類を一冊ずつ脇に動かしてはパタパタパタと。
「なるほどねえ…。ブルーの生写真を隠した本とか、生写真だらけのアルバムとか…。要するに夜のオカズが満載ってわけだ、あのテーブルには」
「「「…おかず?」」」
なんですか、それは? レシピの本もあるのでしょうか? 会長さんの写真だけではなくて? だったらそんなに焦らなくても、とソルジャーを見れば必死に笑いを堪えていて。
「…おかずの本って何かマズイわけ?」
ジョミー君が首を傾げれば、シロエ君が。
「アレじゃないですか、寂しい独身生活がバレバレになるって意味なんじゃあ?」
「あー、そうかも! 夜のおかずも自分で作るしかないもんね」
それは恥ずかしい、と教頭先生に背を向けて笑う私たちの脇ではソルジャーが笑い死にしそうな勢いです。うん、見物に来た甲斐はありました。教頭先生の夜のオカズに、会長さんの抱き枕に…。あっ、今度は書き物机の上を掃除する件で揉めていますよ、あそこにもレシピ本があるんでしょうね。



そんなこんなで会長さんのお掃除タイムは、家のあちこちで波風が。教頭先生はお風呂の更衣室にまでレシピ本を置いていたらしいのです。ソルジャーが会長さんに思念波で確認した所では、プロの使用人たるもの、掃除の前と後とで寸分たがわぬ位置に物を戻してこそなのだそうで。
「ハーレイ、疲れているようだけど?」
ソルジャーに尋ねられた教頭先生はグッタリとリビングのソファに凭れていました。
「…そうですね…。やはり色々と落ち着かなくて…」
使用人がいる生活は向かないようです、と泣き言を漏らす教頭先生には私たちだって同情しきり。いきなり家に上がり込まれてプライバシーを暴かれまくりはキツイでしょう。しかも恩着せがましく御歳暮だと言われ、断ることも出来ないだなんて…。
「悪いね、ハーレイ。ぼくが余計な提案をしたばっかりに色々こじれてしまったかな?」
「い、いえ…。元は私が悪いのです。隠れてコソコソしていなければ、今日も堂々とブルーに任せていられたわけで…。これも修行だと思っておきます。もしもブルーと結婚したなら、隠し事など出来ませんしね」
「それはそうかも…。ブルーは怖いよ、なんと言ってもタイプ・ブルーだ。うっかり浮気でもしようものなら命は無いと思った方がいいんじゃないかな、君は浮気はしないだろうけど」
その調子で修行を頑張りたまえ、とソルジャーが教頭先生の背中を押した所へ、会長さんが静かに入って来て。
「お風呂の支度が出来たんだけど、夕食前に入るかい?」
「…う、うむ…。それは正直、有難いな」
少しリラックスしたかったんだ、とソファから起き上った教頭先生に、会長さんは。
「じゃあ、着替えを揃えて持って行くから。…紅白縞は分かってるけど、とっておきの方がいいのかな? 普段使いの方がいい?」
「い、いや、着替えは私が自分で…!」
「ダメだよ、何のために使用人を置いているのさ? 君は指図をするだけでいい。もちろん、お風呂もぼくが手伝う。服を脱ぐのも、身体を洗うのも全部ぼくが……って、ハーレイ?」
ツツツツツーッと教頭先生の鼻の穴から赤い血が伝い、ドッターン! と派手な音が響き渡って、その後は…。



「うーん…。このハーレイをどうすべきか…。こんな所で失神されても困るんだけどな」
寝室に運ぶのも大変じゃないか、と会長さんが文句を言えばソルジャーが。
「いっそ、お風呂で洗ってみるとか? 気絶してる間に洗われちゃったとなればショックは二倍じゃ済まないね。紅白縞まで脱がされたって気付くわけだし」
「ああ、そうか。だったら洗う…って、ぼくが洗うわけ? ハーレイを? そこまでサービスする気は無いんだ、敵前逃亡するに決まってると踏んでいたから」
「どうして君は気が付かないかな、敵前逃亡よりも高確率で鼻血でダウンするかもってトコに!」
こっちのハーレイはヘタレなんだし、と呆れた顔をするソルジャーにも教頭先生を洗うなどという親切心はありませんでした。曰く、自分の世界のキャプテンだったら心をこめて隅々まで洗うそうですが…。
「君も洗う気が無いんだったら、このまま放置で終わりかな? それもイマイチ…。そうだ、そこの柔道部三人組! 君たちが責任を持って丸洗いしたまえ、ついでに着替えもよろしくね」
洗った事実は口外厳禁、と釘を刺した会長さんの命令が下り、キース君たちが教頭先生をバスルームに運んで行きました。その間に会長さんがメモ用紙にサラサラと書き置きを…。
『ハーレイへ。シチューは温め直して食べるように。君の身体を一人で洗うのは骨が折れたよ、ぼくは心底、疲れ果てたから帰らせてもらうね。ブルーより。』
嘘八百を書く会長さんを止める人は誰もいませんでした。更にソルジャーが『ブルーが君とお風呂に入って洗う所は見届けたよ。ぼくより手際がいいかもしれない。多分、御奉仕に向いてると思うな、頑張ってモノにするんだね』などと大嘘を書いてサインしていたり…。
「さて、キースたちが戻ってきたらシチューを食べて帰ろうか。食器は洗わずに置いて帰るのが礼儀だよねえ、疲れ果てたぼくには洗えないから」
「そこまでやるって言うのかい? まあ、それでこそ君らしいか…」
御歳暮の意味を間違えてるよ、とソルジャーが溜息をつきつつ苦笑しています。とんだ御歳暮に上がり込まれて酷い目に遭った教頭先生、二度と御歳暮は御免でしょうか? それとも懲りずに二度目、三度目と貰い続けることになるのか、今後がちょっぴり楽しみかも…?




                  素敵なお歳暮・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 季節外れなネタですみません。少しは暑さがまぎれているといいんですけど…。
 このお話はオマケ更新ですので、今月の更新はもう一度あります。
 次回は 「第3月曜」 8月19日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 そして去る7月28日に 『ハレブル別館』 に短編をUPいたしました。
 ブルー生存ネタな 『奇跡の狭間で』 、読んで頂けると嬉しいです。
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