シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
春うららかな今日この頃。ソルジャー夫妻と「ぶるぅ」を交えてのお花見三昧も、シャングリラ学園の新年度の行事も一段落して、今日は平和な土曜日です。会長さんの家でのんびり、場合によっては何処かへ出掛けてお花見も、といった感じで朝からダラダラ。
桜を見るなら、もうかなり北の方へ行かないと無理ですが…。それでも瞬間移動があるだけに、行くとなったらパッとお出掛け。桜だ、おやつだ、と話に花が咲いている中で。
「…そういえば、また馬鹿が捕まってたな…」
まだいるんだな、とキース君。
「馬鹿って何だよ?」
俺は知らねえぜ、とサム君が訊くと。
「今朝の新聞にチラッと載ってただけだからなあ、気付かなかったかもしれないが…」
大昔に流行ったタイプのヤツで、と嘆かわしそうに。
「女子中生だか、女子高生だかの下着を買った馬鹿がお縄になった」
「「「あー…」」」
分かった、と頷く私たち。その手の犯罪で捕まる馬鹿がまだいたんですか。…って言うより、今の時代も下着を売ろうって人がいますか、なんだってそんなの売るんだか…。
「なんでって…。そりゃあ、手軽に儲かるからで」
それしかないだろ、と会長さん。
「バイトするより早いからねえ、おまけに稼ぎの方もボロイし」
「…そういうもの?」
下着だよ、とジョミー君が訝りましたが、会長さんは。
「君たちには多分、分からないね。もっとも、ぼくだって買おうって神経は謎だけどさ」
女性には不自由していないし…、と出ました、シャングリラ・ジゴロ・ブルーな発言。
「女子高生の下着だったら、買わなくっても…。ううん、ぼくが買うのは新品の方で!」
そして贈るのが生き甲斐なのだ、とアヤシイ発言。
「これを着けたらどんな感じかな、と選ぶ時の楽しさがまた格別でねえ…!」
「あんたは黙って捕まっていろ!」
キース君が突っ込みましたが、会長さんは意にも介さずに。
「捕まるわけないだろ、自分の恋人を通報する女性なんかは有り得ないしね!」
紳士的に扱っていさえすれば、と言われれば、そう。じゃあ、キース君が言う捕まった馬鹿は…。
「ん? ああいうのはねえ、モテない上に欲求不満も溜まってます、って大馬鹿者だよ」
下着を贈る相手もいなければ、着けて見せても貰えないのだ、と何処ぞの馬鹿をバッサリと。会長さんほどモテていたなら、モテない男性の気持ちなんぞは鼻で笑うようなモノなんでしょうね…。
「まあね。モテない方が悪いんだよ、うん」
そういう馬鹿なら心当たりが無いこともない、と会長さん。
「あの馬鹿者が未だに捕まらないのは、ターゲットが限定されてるからだね」
「「「は?」」」
何処の馬鹿だ、と首を傾げた私たちですが。
「分からないかな、あまりにも身近すぎるかな? 学校に行けばもれなく生息してるけど?」
「「「学校?」」」
「そう! シャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ!」
あれこそ究極の馬鹿というヤツで…、と会長さんは遠慮なく。
「まるでモテないくせに、諦めの方も悪くって…。ぼくを追い掛け続けて三百年以上、普通だったら何処かで捕まりそうだけど…」
「あんた、何度もそういう危機をお見舞いしてるだろうが!」
それこそ逮捕スレスレの…、とキース君から鋭い指摘。けれども、会長さんは「そうだったかなあ?」と涼しい顔で。
「少なくとも下着関連で通報したことはないよ、そもそも下着を売らないからね」
あんなヤツに売るような下着は持っていない、と冷たい台詞。
「ハーレイの方では勝手に買ったりしているけどさ…。ぼくに似合うかも、と買ってることもあるんだけどさ…」
普段は駄目だね、と一刀両断。
「モテ期に入れば買い漁ってることも珍しくない。そして一方的に贈って来るけど、普段はヘタレが先に立ってさ…。ガウンとかを買うのが限界だってね!」
それでも充分迷惑だけど…、とブツブツと。
「ぼくに似合うと思い込んだら、即、お買い上げ! コレクションは増える一方だしさ…」
「それを横から掠めて行くのが例の馬鹿だな」
誰とは言わんが、とキース君。
「そう、あの馬鹿! どういうわけだか、あの手のヤツが好きだからねえ…」
なんだかんだと貰うチャンスを狙っているね、と会長さん。
「相当な数をゲットしたんじゃないのかな? ガウンとかをさ」
「…だろうね、付き合い、長いもんね…」
それにしょっちゅうやって来るし、とジョミー君が大きな溜息。
「下着だってさ、チャンスがあったら貰うんだよ、きっと」
「貰うだろうねえ、ブルーならね」
どんな悪趣味な下着だろうが、と会長さんも同意でした。あの馬鹿、すなわち何処かのソルジャーのこと。教頭先生のコレクションから色々貰っていますよね?
何かと言えば教頭先生が集めたガウンとかを横取りしたがるのがソルジャー。貰うの専門、売る方では決してありません。ソルジャーが教頭先生に売り付けるものは、もっと怪しさ満載のもの。妙な写真だとか、もっとアヤシイものだとか…。
「そうだね、ブルーは下着は売りそうにないね」
もっと直接的に毟るね、と会長さんが頷いた所でユラリと部屋の空気が揺れて。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、と紫のマントのソルジャーが。
「ぶるぅ、ぼくにもおやつはあるかな?」
「かみお~ん♪ 今日は春の爽やかフルーツタルト! イチゴたっぷりだよ!」
待っててねー! と走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は直ぐにタルトを切って来ました。それにソルジャー好みの紅茶も。
「はい、どうぞ! ゆっくりしていってね!」
「ありがとう! もちろん、ゆっくりさせて貰うよ」
なんだか楽しそうな話だから…、とソルジャーはタルトにフォークを入れながら。
「えっと、下着を売るんだって? それってどういう商売なのかな?」
「…君はどの辺から聞いていたわけ?」
会長さんの嫌そうな顔に、ソルジャーは「最初から!」と悪びれもせずに。
「下着を買った馬鹿が捕まった、って所からだよ、ちょうど退屈してたから…。ぼくのハーレイ、今日も朝からブリッジだしね」
年中無休の職場だから、と毎度の愚痴が。
「土日くらいはゆっくり休めればいいんだけどねえ…。なかなかそうもいかないし…」
「特別休暇を取らせてるだろ、頻繁に!」
「そうでもしないと、ぼくがストレス溜まるんだよ!」
なにしろヤリたい盛りの新婚だしね、とか言ってますけど、新婚どころか結婚してから何年経っているんですか、というのが現実。バカップルだけに未だに熱々、充分、新婚で通りますが…。
「そうなんだよねえ、ぼくとしてはね、もう毎日がハネムーンでもいいくらいで!」
「君のシャングリラはどうなるんだい!?」
「…其処が問題なんだよねえ…」
みんなの命を預かってるだけに放置するわけにもいかなくて、と深い溜息。
「仕方ないから息抜きなんだよ、こっちの世界を覗き見とかね!」
でもって、こっちのハーレイにもちょっかいを…、とニコニコニコ。
「それで、どういう商売なわけ?」
その下着売り、と興味津々、もしかして売ろうとしてますか、下着?
「うーん…。売るかどうかは、どういうものかを聞いてからで…」
ぼくの魂に響くようなら売ってもいい、と言い出したからたまりません。
「売るだって!? 君の下着をハーレイに!?」
「そうだよ、ハーレイが喜んでくれるんならね! ボロ儲け出来る商売なんだろ?」
「お小遣いならノルディが山ほどくれてるだろう!」
「たまには自分で稼ぎたいじゃないか、お小遣いだって!」
シャングリラの基本は自給自足で…、とソルジャーは演説をブチかましました。最初の頃こそ海賊船のお世話になったり、人類側から奪いまくったりしたそうですけど、今では一部のものを除いて船の中だけで賄えるとか。
ゆえに自分のお小遣いなるものも自給自足で稼ぎたい、と理論が飛躍。楽して稼げてボロ儲けならばやってみたいと、楽しめるのなら是非やりたいと。
「ソルジャーたるもの、お小遣いを貰ってばかりではねえ…。稼げる時には自分で稼ぐ!」
「…真っ当な商売じゃないんだけどね?」
下着売りは…、と会長さん。警察のお世話になることも多いと、売った方にも買った方にもそれなりのペナルティーが来るものなのだ、と。
「いいかい、売ったとバレたら売り手は補導で、買った方も捕まっちゃうんだけどねえ?」
「それは通報する人がいるからだ、と君が自分で言ったじゃないか!」
こっちのハーレイはそういうケースに該当しない筈なんだけど、と会長さんの台詞を逆手に取られた格好です。会長さんは「うーん…」と唸って。
「確かに君なら補導されるなんてことは絶対に無いし、ハーレイが逮捕される方にも行かないだろうけど…。でも、下着だよ?」
それを売ることになるんだけれど、と会長さん。
「気味悪くないかい、ハーレイが君の下着を買って行くなんて!」
「…気味悪いって…。こっちのハーレイだって、ハーレイには違いないからね!」
下着を売るどころか脱がされたって問題無し! とソルジャーは胸を張りました。
「たとえ下着に手を突っ込まれようが、中身を触りまくられようが、いつでもオッケー!」
大歓迎だよ、とソルジャーならではの台詞が炸裂。
「そのままコトに及ぶのも良し、そうなったら、もうガンガンと!」
こっちのハーレイを味わうまでだ、と言ったのですけど、会長さんは。
「…それは下着を売ろうってヤツとはちょっと違うね」
「えっ?」
「下着だけを売って儲ける所が真髄なんだよ、あの商売のね」
それよりも先はついていないのがお約束だ、という話。あれってそういうものですか…?
未だに絶えない、女子中高生が下着を売るという商売。会長さんが言うには売り物は下着、その先はついていないのだそうで。
「そっちも売ろうという場合だったら別料金! ぼったくり価格! でもねえ…」
普通は下着を売って終わりだ、と会長さん。
「その場で脱いで売りますというのもあったけどねえ、それもそこまでなんだしねえ…」
「…その場で脱いで売るだって!?」
「うん。もちろん普通に売るよりも高いよ、そういうのはね」
「楽しいじゃないか!」
これはやってみる価値がある、とソルジャーは拳を握りました。
「最初は普通に下着を売るってトコから始めてエスカレート! 値段もグングン!」
「「「…え?」」」
「ハーレイに下着を売るんだよ! ぼくの下着を!」
そしてお小遣いをバンバン稼ごう! と、その気になってしまったソルジャー。
「…で、最初はどうやって売りに行くんだい?」
「その手の店を通さないなら、ハーレイと直接交渉かなあ…」
「買ってくれる? と行けばいいのかい?」
「そうじゃなくって、最初は買うかどうかの交渉からだね」
会わずに値段の交渉をするものなのだ、と会長さんも面白がっているようで。
「まずはハーレイに連絡だね。こういう下着を買いませんか、と写真をつけて」
「ぼくの写真も?」
「顔写真つきは値打ちが高いね、どんな人のか分かるからね」
「じゃあ、そうするよ!」
早速ハーレイに連絡しよう、とソルジャーが取り出した携帯端末。エロドクターに買って貰ったとかで、こっちの世界での待ち合わせなどに便利に使っているようです。
「えーっと、ハーレイのアドレスは…、と…」
サクサクと文面を打ち込んでますが、肝心の下着の写真の方は?
「ああ、それね! そっちは後からでいいんだよ!」
食い付いて来たら送るってコトで…、とソルジャーは送信してしまいました。「ぼくだけど」という凄い出だしで、「ぼくの下着を買わないかい?」と。
「これで良し、っと…!」
「…君のアドレス、ハーレイは知ってたんだっけ?」
「たまに送っているからね!」
言われてみれば、そうでした。ソルジャーが携帯端末をゲットして以来、たまに送っていましたっけね、とんでもない中身が詰まったのを…。
アヤシイ文章が発信されて、暫く経って。「来た!」とソルジャーが携帯端末を。
「よし、釣れた! 買うってさ!」
ほらね、と見せられた文面には「喜んで!」の文字。値段も品物も分からないのに、教頭先生、即決ですか…。
「そりゃあ、これを見て買わなかったらハーレイじゃないと思うけど? えーっと…」
今度は写真が要るんだっけね、とソルジャーは周りを見回して。
「…脱いでもいいかな?」
「私服に着替えるだけなら許すけれども、下着だったらお断りだよ!」
そういう着替えはゲストルームでやってくれ、と会長さん。
「迷惑なんだよ、君の下着の撮影会なんて!」
「…下着と言っても、種類は色々あるからねえ…」
これも下着で、とソルジャーが袖を指差しました。ソルジャーの正装の袖の部分を。
「「「は?」」」
それって服とは言いませんかね、どう見ても服だと思うんですけど…。
「ううん、立派に下着ってね! ぼくの場合に限定だけど!」
それにぼくのハーレイもそのクチかな、と黒い衣装を示すソルジャー。
「キャプテンの制服の下にはコレを着てるってコト、知ってるだろう? ぼくも同じで!」
上着とマントを着けない間は下着と同じ扱いなのだ、と身体にフィットした黒いアンダーウェアをソルジャーは下着扱いで。
「売るんだったら、まずはコレから! 最初はコレだよ!」
「…それって詐欺と言わないかい?」
会長さんが訊きましたけれど。
「平気だってば、ちゃんと写真はつけるから! ついでに次のお誘いも!」
「「「お誘い?」」」
「また買ってくれますか、って書いておくんだよ!」
そうすればアンダーウェアでも売れるであろう、と悪辣な考え。いずれは本物の下着が買えると食い付いてくると、ハーレイならばそうなる筈だ、と。
「だからね、アンダーウェアを脱いで写真を撮りたいんだけど…」
「今、着てるソレを売り飛ばすわけ?」
「まさか! 安売りはしないよ、そこまではね」
渡す商品は新品のアンダーウェアなのだ、とソルジャーは威張り返りました。脱いだヤツの写真を撮って送って、現物は違うものなんだ、と。
ひでえ、と声を上げた人は誰だったのか。ソルジャーはサイオンで一瞬の内に私服に着替えて、ウキウキとアンダーウェアを絨毯の上に広げました。
「うん、どう見たって脱ぎたてだっていう感じだよね!」
袖を通す前のとは一味違う、と携帯端末で写真を撮影、それから「ちょっとお願い」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んで自分の顔写真も。
「商売道具は揃った、と…。はい、送信!」
こんな値段を付けてみたよ、と見せられた文面のゼロの数は強烈なものでした。アンダーウェアをその値段で売るのか、と絶句しましたが、ソルジャーは平然とした顔で。
「この服、けっこう高いんだけどね? いわゆる原価が」
開発費も相当かかっているし…、と会長さんの方に視線を。
「この値段でもおかしくないよね、君なら分かってくれるだろう?」
「うーん…。妥当なトコって感じだねえ…。ハーレイだって納得だと思うよ、キャプテンをやっているんだからね」
とはいえ、こういう値段では…、と会長さん。
「これを言い値で買ってしまったら、後が無さそうだと思うんだけどね?」
「何を言うかな、こっちのハーレイ、ガッツリ貯め込んでいるんだろう? 君との結婚生活に備えて、キャプテンの給料をしっかりと!」
「そりゃそうだけどさ…。でもねえ…」
ハーレイだって馬鹿じゃないし、と会長さんが頭を振り振り言った所へ着信音が。ソルジャーは携帯端末を眺めて「やった!」と歓声。
「買ってくれるってさ、この値段で! 今後もよろしく、って!」
「「「うわあ…」」」
買っちゃうんですか、教頭先生? あのとてつもないお値段がついたアンダーウェアを…。
「買わないわけがないだろう! 相手はこっちのハーレイだよ?」
日頃からブルーに不自由しまくり、とソルジャーは宙にアンダーウェアを取り出しました。きちんと畳まれたいわゆる新品、自分の世界から空間移動で運んで来たに決まっています。
「それじゃ、今から売ってくるから!」
「もう行くのかい?」
「お待ちしてます、って書いてあるしね!」
金庫に現金があったのだろう、とソルジャーはいそいそと出掛ける用意を。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に貰った紙袋にアンダーウェアを突っ込み、「行って来まーす!」と姿が消えましたが、その直前に言葉を残してゆきました。「生中継で楽しんでね!」と。
「…中継ねえ…」
仕方ないか、と会長さんが指をパチンと鳴らして、壁に中継画面が出現。ソルジャーが教頭先生の家のチャイムを鳴らしています。ドアがガチャリと開き、教頭先生が現れて。
「これはようこそ…! 早速来て下さったのですか?」
「もちろんさ! こういったことは急いだ方が君も嬉しいだろう?」
「え、ええ…。まあ、そういうことになりますね」
お入り下さい、と教頭先生はソルジャーを招き入れると、リビングで紅茶とクッキーのおもてなしを。お昼御飯に出前でも…、とも仰いましたが。
「ああ、昼御飯はいいんだよ! ブルーの家で御馳走になるから!」
食べに来るのかい! と言いたい気分ですけど、ソルジャーが来た時点でそれは決まっていたようなもの。「そるじゃぁ・ぶるぅ」もそのつもりで用意をしてますし…。
中継画面の向こうのソルジャーは、「それより、商売!」とアンダーウェア入りの紙袋を教頭先生の前に押し出すと。
「…買ってくれるんだよねえ、これ?」
「はい! 是非とも買わせて頂きたいと…!」
「じゃあ、どうぞ」
恥ずかしいから後で開けて、とソルジャーが心にも無い台詞を。それにアッサリと引っ掛かるのが教頭先生、「そ、そうですね!」と大きく頷き、「では…」と札束を出しました。
「仰ったとおりの金額を用意しましたが…」
「そうみたいだねえ? ぼくとしてはね、これからも末永いお付き合いをね…」
あくまで商売なんだけどね、とソルジャーが念を押しましたけれど。
「商売でも私は嬉しいですよ!」
こういう素敵な商売でしたら、これからも是非…、と教頭先生はペコペコと。
「いつでも買わせて頂きます! お気が向かれましたら、どうか私に連絡を!」
ノルディではなくて…、と頼む教頭先生、それなりに頭は回るようです。エロドクターよりも先に自分が買おうと、ゲットするのだと。
「頼もしいねえ、次もお願いしたいものだね」
「ええ、喜んで買わせて頂きますとも!」
出来れば本物の下着がいいのですが…、とヘタレとも思えぬ言葉が飛び出し、ソルジャーが。
「オッケー、本物の下着も希望、と。覚えておくよ」
「お願いします!」
どうぞよろしく、と土下座せんばかりの教頭先生に「じゃあね」と手を振り、ソルジャーは戻って来てしまいました。「お昼御飯は!?」と瞬間移動で…。
お昼御飯は鮭と春野菜のクリームパスタ。ソルジャーの帰りに合わせて出来上がりましたが、私たちの前には相変わらず中継画面があって、その向こうでは。
「うーむ…」
どうも脱ぎたてには見えないのだが、とアンダーウェアを見詰める教頭先生。腕組みをしてお悩み中です、かれこれ半時間は経っているかと思うんですけど…。
「ハーレイもなかなか諦めが悪いねえ…」
騙されたと思いたくないんだねえ、とソルジャーがパスタを頬張り、会長さんが。
「あれだけの値段を払っちゃうとね、認めたくないのが普通だろうと…。脱ぎたてだと信じたくなると思うよ、ヘタレでもね」
「やっぱりそう? でもさ、脱ぎたてかどうか確認するなら、見てるだけより…」
匂いで確認すればいいのに、とソルジャーのサイオンがキラッと光って。
「そうか、匂いという手があったか!」
画面の向こうの教頭先生、アンダーウェアを手に取りました。顔を押し付け、クンクンクン。
「うーむ、やっぱり…」
騙されたのか、とガックリですけど、ソルジャー、今のは?
「あれかい? ハーレイの意識に干渉をね。匂いが一番、と!」
でもって次に打つ手は、と…、とパスタをパクパク、「中継画面はもういいよ」と会長さんに合図をして。
「どうしようかな、次に売るなら本物の下着なんだけど…」
「使用済みはやめてくれたまえ!」
またハーレイがアレで確認しそうだから、と震え上がっている会長さん。たとえソルジャーの匂いであっても、自分と同じ姿形の人間のパンツをハーレイにクンクンされたら嫌だと、それだけは御免蒙りたいと。
「えっ、でもねえ…。ボロ儲けするには、いずれはねえ…」
そういうサービスも付けなくっちゃ、とソルジャーは聞いていませんでした。
「今日の所は普通に売ろうと思うんだ、パンツ」
「「「…パンツ…」」」
「そう、パンツ! ごく普通のを一枚ね!」
あのアンダーウェアの下にはこんなパンツ、と宙に取り出された白いパンツ。ソルジャーはそれを両手で広げて「どう?」と披露し。
「アウターに響かないよう、生地は極薄、だけど強度の方はしっかり!」
見た目は平凡なパンツだけどねえ…、と写真撮影をしているソルジャー。食事中からソルジャーのパンツを拝まされるなんて、いくら新品でもなんだかねえ…?
「食事中だと、どうかしたのかい? 分かってないねえ、ぼくの下着の値打ちってヤツが!」
このパンツでドカンと稼ぐのだ、とソルジャーはパンツをダイニングの床に置いたまま、教頭先生宛の文章を携帯端末に入力中で。
「先に食べるか、パンツを仕舞うか、どっちかにしたまえ!」
君はデリカシーに欠けている、と会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーが従う筈などなくて。
「うん、こんな感じで送信、っと…!」
パンツの写真は送っておいた、と食事に復帰。パンツを仕舞う方には行かない所が流石です。私たちの神経なんぞはどうなろうが知ったことではないと…?
「当然だよ! 商売第一!」
それに下着を売るという話は元々は君たちがやってたことで…、と反省の色もありません。そのソルジャーが「御馳走様!」とパスタを食べ終え、私たちも食後の飲み物を手にしてリビングへ移動しようか、というタイミングで「来た!」と響いた叫び声。
「やったね、パンツも売れそうだよ!」
こんな値段で、とソルジャーが見せた携帯端末に表示された数字。アンダーウェアにも負けない価格どころか、上乗せされていませんか?
「当たり前じゃないか、パンツもソルジャー仕様なんだよ! 高いんだよ、原価も開発費も!」
ねえ? と視線を向けられた会長さんが「うーん…」と呻いて。
「確かに普通のパンツよりかは高いけどねえ、アンダーウェアより安い筈だよ?」
「そうだけど…。でも、パンツだしね?」
本当に本物の下着な分だけお高くなるのだ、とソルジャーも譲りませんでした。下着を売るという商売自体がそういうものだろうと、そう教わったと。
「安く買ったパンツでもプレミアがつくのが女子中高生の下着なんだろ、だったら、ぼくのも!」
ハーレイにとっては超プレミア! と主張されれば、それはそうかも。教頭先生、世間一般で売られるであろう下着なんぞには全く興味が無いのでしょうし…。
「ね? だからプレミアをつけていいんだ、ちょっとパンツを売りに行ってくるよ!」
紙袋はある? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に訊いているソルジャー。また行くんですか?
「決まってるじゃないか、商談は早い方がいいってね!」
そしてバンバン稼ぐのだ、と言われて嫌な予感が。パンツだけでは済まないとか…?
「どうなのかなあ? ぼくの頭の中にはプランが一杯、とりあえずパンツ! 売りに行くから、中継よろしく!」
ハーレイがカモにされる所を高みの見物で楽しんでいて、とソルジャーはパンツを小さな紙袋に突っ込んでいます。高みの見物で済むんだったらまだマシですかね、下着売り…。
ソルジャーの姿が瞬間移動で消えると、会長さんが中継画面を出してくれました。ソルジャーの言葉に従わないと怖いから、というのもありますけれども、私たちだって気にならないわけじゃないですし…。ソルジャーはまたしても玄関先でチャイムを鳴らして、ドアが開いて。
「ようこそお越し下さいました」
どうぞ、と歓迎モードの教頭先生。ソルジャーをリビングに通すと紅茶とクッキー、甘い物が苦手なだけにケーキとはいかないみたいです。ソルジャーは紅茶を一口味わってから。
「持って来たよ、パンツ。今度も買ってくれるんだってね?」
「ええ、ノルディには譲れません!」
どうか私に売って下さい、とドンと札束、とソルジャーが数えて、紙袋を「はい」と。
「ありがとう。はい、これがぼくのパンツ。恥ずかしいから、後で開けてよ?」
「…それについては、かまわないのですが…。そのぅ…」
言いにくそうにしている教頭先生。
「どうかしたわけ?」
「…そのですね…。先に頂いたアンダーウェアですが、そのぅ…。あのぅ…」
「ぼくの匂いがしなかったって?」
「は、はいっ!」
教頭先生は茹でダコかトマトみたいに真っ赤になって。
「…ぬ、脱ぎたてだと伺ったのですが、そのぅ…。嗅いでみましたら、あのぅ…」
「うんうん、君にしては頑張ったじゃないか、ぼくのアンダーウェアの匂いを嗅ぐなんてね!」
確かめたいならそれに限るよ、とソルジャーは笑顔。
「残念だけどさ、たったあれだけの値段で脱ぎたてアンダーウェアっていうのはねえ…。ぼくも自分を安売りしたくはないからね?」
「で、では、あれは…!」
「一度も袖を通してないヤツ!」
「…や、やっぱり…」
ガックリと肩を落としている教頭先生の顔には落胆の色がありありと。脱ぎたて下着に大金を払ったと信じていたのに、新品のアンダーウェアではそうなるでしょう。けれど、ソルジャーはパンツ入りの紙袋を前へと押し出しながら。
「あのアンダーウェアはそうだったけどね、今度のパンツはどうだと思う?」
「…脱ぎたてですか!?」
「さあねえ、自分で確かめてみれば?」
もう君の物だし、と紙袋を渡すと、札束を掴んで「じゃあね」と瞬間移動でトンズラ。教頭先生、例のパンツも匂いで確かめるつもりでしょうか?
ソルジャーが戻って、私たちの方も本当だったらティータイムですが、中継画面の教頭先生が問題です。パンツを取り出すに決まってますから、お茶の時間は後にしないと…。
「失礼だねえ、君たちは!」
ぼくのパンツには価値があるのに、とソルジャー、プリプリ。持って帰って来た札束を見れば価値は充分に分かりますけど、お茶を飲みながら見たいものではありません。だから後だ、と言っている間に、教頭先生は袋からパンツを取り出して。
「…履いたようには見えないのだが…。だが、しかし…」
あの素材は皺が出来にくいのだったな、とキャプテンならではの発言が。ソルジャーの衣装の素材についても把握なさっているようです。会長さんが肩をブルッと震わせると。
「…ぼくのパンツを評されてるような気がするんだけど…!」
「いいじゃないか、お揃いのパンツなんだし」
ぼくのも君のもそっくり同じ、とソルジャーが自分の顔を指差して。
「同じ身体なら、サイズも同じ! ついでにあのパンツは素材も同じ!」
「だから嫌なんだよ! 頼むから確認するのだけは…!」
やめてほしい、と会長さんが叫び終わらない内に、教頭先生がパンツに鼻を近づけてクン、と。更にクンクン、何度か嗅いで。
「…ブルーの匂いはするのだが…。微かだし…」
手に持った時の匂いだろうか、との呟きにソルジャーが「当たり!」と親指をグッと。
「ハーレイの鼻も大したものだね、ダテに大きくないってね!」
「…君はそれでもいいんだろうけど…!」
ぼくは貧血で倒れそうだ、と会長さん。ハーレイにパンツの匂いを嗅がれたと、クンクンされてしまったと。
「どうしてくれるのさ、もう履けないよ、あのパンツ!」
「あれを履こうってわけじゃないから気にしない! それが一番!」
パンツが別物なら無問題! とソルジャーは高らかに言い放ちました。教頭先生が匂いを嗅いだパンツはもう教頭先生の私物で、コレクション。会長さんのクローゼットに入ってしまうことだけは絶対に無いと、安全、安心のパンツなのだ、と。
「ハーレイには君にあのパンツを履かせる度胸は無いしね、君は履かなくても済むんだから!」
「…それはそうだけど…。でも、デザインが…」
「ガタガタ言わないでくれるかな? ぼくはまだ商売するんだからね!」
下着でガッポリ儲けるのだ、とソルジャーはまだまだ稼ぐつもりで。
「次は脱ぎたてサービスなんだよ、本物の脱ぎたて!」
「それは駄目だと!!」
やらないでくれ、と絶叫している会長さん。使用済みも脱ぎたても絶対嫌だと、そんな商売をしないでくれ、と。
「そもそも、ハーレイ、ヘタレだから! そんな商売、成り立たないから!」
脱ぎたてなんかをやろうものなら鼻血で倒れてそれっきりだ、と会長さんは指摘しましたが。
「うん、その場で脱ぐのは相当先になるだろうねえ…」
「「「は?」」」
「現時点では普通に脱ぎたて、いわゆる使用済みのパンツというのを売るんだよ!」
「やめて欲しいんだけど!」
今度こそハーレイがクンクンと…、と会長さんは青ざめましたが、ソルジャーは「ぼくの商売に口を出すな」と怖い顔。売ると言ったら売ってやるのだと、濡れ手で粟の商売なのだと。
「文字通り、濡れ手で粟なんだよ! ぼくにとっては!」
「君はそうかもしれないけれどね、ぼくには濡れ手で粟どころか…!」
もう死にたくなる気分だけれど、と会長さんが嘆くと、ソルジャーは。
「んーと…。君が着けるとは思えない下着を売りに行っても?」
「…え?」
「セクシーランジェリーっていう部類のだよ、例えばこんなの!」
イメージでどうぞ! とソルジャーがパチンと指を鳴らすと浮かんだ幻、首輪からパンツまでがセットで一体型になっている下着。どう見ても女性用ですが…。
「女性用だよ、だけどたまには着てみたいってね! ぼくだって!」
でも君の方はどうだろう、と会長さんに赤い瞳が向けられ、会長さんは首を左右にブンブンと。
「ぼくは間違っても着たくないから!」
「ほらね、だったらいいじゃないか! こういう下着を売るんだから!」
使用済みで…、とソルジャーはニコリ。
「こっちのハーレイに買って貰って、持って帰って、ぼくのハーレイの前で着て見せて…。それから楽しくコトに及んで、下着の方は後で売り飛ばす!」
「ちょ、ちょっと…!」
本気なのか、と会長さんの声が震えましたが、ソルジャーの方は。
「もちろん、本気! こっちのハーレイ好みの下着を色々ゲットのチャンスだってね!」
ぼくの世界では買えない下着がこっちの世界にはドッサリ山ほど、と御機嫌で。
「しかもハーレイ、普段から妄想逞しいんだし…。こういう下着をぼくに贈れば使用済みになって返って来るんだよ、買わない筈がないってね!」
もう狂ったように買うに違いない、とソルジャーは決めてかかっていました。教頭先生ならば絶対に買うと、この話に乗ってくれる筈だと。そして…。
「やったね、ハーレイ、オッケーしてくれたってね!」
もう今夜にはドカンと手に入るのだ、と上機嫌のソルジャーが瞬間移動でお戻りに。会長さんは討ち死にモードでしたから、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に中継して貰ったわけですが…。
早い話が教頭先生はソルジャーの提案に二つ返事で、セクシーランジェリーの買い出しに行こうと準備中。車で行くのが一番だろうか、それとも公共の交通機関で…、と。
「この商売は儲かるよ? この先もどんどん展開できるし!」
「…それは良かったな…」
ブルーは死んでいるんだがな、とキース君が顔を顰めましたが、ソルジャーは。
「その内、復活するってば! ぼくが荒稼ぎを始めたら!」
ぼくだけに儲けさせておくような玉じゃないし、と言われてみれば、そういう人かもしれません。ソルジャーの一人勝ち状態で札束乱舞ということになれば、寄越せと復活して来るかも…。
「そんな感じだよ、儲けを半分寄越せと怒鳴るか、自分も参戦して来るか…。どっちかだね」
でもって、ぼくの商売は…、とソルジャーはプランを語り始めました。
「ハーレイは鼻血体質だからね、最初の間は脱ぎたての下着だけを売ろうと思うんだよ」
元はこっちのハーレイが買った下着だけどね、と悪魔の微笑み。それを自分が着たということでプレミアがつくと、脱ぎたてに値段がつくのだと。
「…あんた、相当な金額を吹っかけていたが、本気なのか?」
たった一回、着たというだけであの値段なのか、とキース君が確認したのですけど。
「プレミアを甘く見てないかい? あれでも良心価格だよ!」
もっとボッてもいいくらいだ、とソルジャーは自信に溢れていました。そういうプランも今後は提案してゆくのだ、と。
「「「…プラン?」」」
「そう、プラン! 脱ぎたて下着の買い取りにハーレイが慣れて来たなら、写真つき!」
「「「写真?」」」
「うん、その下着を着たぼくの写真をセットで売り付けるんだよ!」
もう間違いなく使用済み、とソルジャーが拳を高く突き上げ、会長さんがガバッと顔を上げて。
「そこまでする気!?」
「儲かるならね!」
そしてセクシーランジェリーがドッサリ手に入るならね、とソルジャーは笑顔全開で。
「次から次へと買って貰えるなら、ぼくの写真くらいはいくらでも! ぶるぅに頼めばセクシーショットも任せて安心、ハーレイ好みの写真が撮れるよ!」
ちゃんと着ました、という証拠写真をつければ一層プレミアが…、と暴走してゆくソルジャーを止められる人は誰一人としていませんでした。会長さんも勝てるわけなどなくて…。
「…どうなると思う?」
あの商売…、とジョミー君が声を潜めた夕食後。鶏ガラのスープで魚介類や肉や野菜を煮込んでピリ辛ダレで食べるエスニック鍋で栄養だけはしっかり摂れましたけれど、問題はソルジャー。
「また明日ねー!」と帰って行ったソルジャーの手には大きな紙袋があり、中身はセクシーランジェリー。教頭先生が買い集めて来たものをお持ち帰りで…。
「…ぶるぅが写真を撮るんですよね?」
「違うだろ? 今の時点じゃ着るってだけだぜ、写真は抜きで」
写真はもっと先になってからだろ、とサム君がシロエ君の間違いを正して、キース君が。
「…あの野郎…。いずれは動画もつけると言ってやがったな…」
「脱がすトコのね…」
キャプテンが文句を言わないだろうか、とジョミー君が首を捻りましたけれど。
「…撮るのはぶるぅよ、プロ級の筈よ?」
覗きのプロだと聞いてるじゃない、とスウェナちゃん。
「それじゃキャプテン、知らない間に撮られるってわけ?」
「そうなりますね…」
考えたくもありませんが、とマツカ君が頭を振って、会長さんが。
「ハーレイの鼻血体質に期待するしかないよ。使用済みの時点でもうアウトかもしれないし…」
「だよなあ、普通はそこで死ぬよな?」
でないとブルーも困るもんなあ、とサム君が合掌しています。あんな商売が横行したなら会長さんの立つ瀬が無いと、いたたまれない気持ちになるだろうと。
「…そうなんだよねえ…。儲けは正直、気になるけどさ…」
山分けしたい気持ちだけどさ、と会長さんがぼやいて、「南無阿弥陀仏」とお念仏を。これでなんとかならないものかと、出来ればブルーを止めたいと。
「君たちも唱えておきたまえ。ほら、一緒に!」
十回だよ、と言われて唱えた南無阿弥陀仏。それが効いたか、はたまた最初から教頭先生には無理だったのか。
翌日、使用済みとやらの下着を教頭先生に売り付けに行ったソルジャーは手ぶらで帰って来て、カンカンで。
「金庫の中身が空になったから、小切手を切ってくれるって言ったくせに…!」
その前に鼻血を噴いて倒れられた、と怒り狂っているソルジャー。商品の袋を先に渡したのが間違いだったと、自分としたことが儲け話に目がくらんでいて失敗したと。
「ふうん…。それは御愁傷様」
商品の方も鼻血まみれか…、と会長さんがケラケラ笑っています。ソルジャーが懲りずに商売をするか、諦めるのか。分かりませんけど、お念仏がどうやら効くようですから、唱えましょう。ソルジャーの商売、潰れますようお願いします。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。
売りたい下着・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーが始めた最悪すぎる商売、まさに濡れ手で粟な勢いで稼いでますけど。
教頭先生の鼻血体質とお念仏しか、縋れるものは無いようです。大丈夫でしょうか…?
次回は 「第3月曜」 7月20日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、6月と言えば梅雨のシーズン。キース君が困っているのが…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、新しい年も平和にスタートしたのですが。元老寺での除夜の鐘やら、アルテメシア大神宮への初詣なんかも無事に終わって、学校の新年恒例行事もすっかり終了、次は入試かバレンタインデーか、といった辺りの今日この頃ですが…。
「おいおい、今日も副業やってんのかよ?」
サム君がシロエ君に声を掛けている放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。シロエ君は一心不乱に作業中というか、副業と言うか。カシスオレンジのチーズケーキは半分以上残っていますし、紅茶だって冷めてしまったのを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入れ替えています。
「おい、シロエってばよ!」
「あ、すみません…。何でしたっけ?」
全く聞いていませんでした、と手を止めて顔を上げたシロエ君。
「明日の予定のことでしたか?」
「いや、そうってわけでもねえけどよ…。予定も何も…なあ?」
「どうせブルーの家だよね?」
土曜日だしね、とジョミー君が笑って、キース君も。
「寒い時期だしな、特にイベントも無いからな…。しかしシロエはこの調子では…」
「間違いなく明日も副業でしょう」
今日も注文多数でしたし、とマツカ君が言い、スウェナちゃんが。
「すっかりブームになっちゃったものねえ…」
「元は柔道部からだったよね?」
確か、とジョミー君が訊くと、キース君が「ああ」と。
「これが遊べたら楽しいのにな、と古いゲーム機を持って来やがったヤツが最初だったな」
「そうです、そうです。それでシロエが持って帰って直してしまって…」
それ以来ですよ、とマツカ君。
「大抵の家にはあるんですよね、ゲーム機もソフトも」
「一時期、相当流行ったからなあ…。無理もないが」
そしてゲーム機はとうにオシャカの筈なんだが、とキース君がシロエ君の手元を見詰めて。
「シロエにかかれば劇的に直ると評判が立ってしまったからな」
「持ち込みが後を絶たないよねえ…」
いっそ料金を取ればいいのに、とジョミー君。タダでは気前が良すぎないか、と。
「いえ、ぼくはこういうのが好きですから…」
「…駄目だな、これは」
明日も副業まっしぐらだな、とキース君が苦笑して、案の定…。
「うわあ、それだけ持って来たのかよ!」
今日の昼飯、カニ鍋だぜ? と呆れるサム君。雪模様の中、会長さんの家の近くのバス停に降り立ったシロエ君は大きな袋を提げていました。中身はゲーム機と修理用の工具に違いありません。
「あのさあ…。カニ鍋でそれやってるとさ…」
確実に負けるよ、とジョミー君が呆れた顔で。
「ただでもみんなが無言なのにさ、シロエがそっちにかかりっきりだと…」
「俺たちで全部食っちまうぜ?」
副業しながらカニを食うのは無理だもんな、とサム君が。
「カニを毟った手で弄れねえしよ、まったく何を考えてんだか…」
「そのカニですけど、ぼくは毟らなくてもいいそうですよ?」
食べるだけで、とシロエ君がサッサと歩きながら。
「ぶるぅが毟ってくれるそうです、昨日の夜に思念波で連絡が来ましたから」
「「「えーーーっ!!!」」」
それは反則とか言わないか、と一気に集中する非難。自分でカニを毟らなくても食べられるカニ鍋、そんな美味しすぎる話があってもいいんでしょうか?
「ずるいよ、ぶるぅに毟って貰って食べるだけなんて!」
ジョミー君が責め、サム君だって。
「ぶるぅはプロだぜ、お前、食いっぱぐれねえに決まっているし!」
「いいんですってば、ぶるぅが言ってくれたんですから」
今日のぼくは副業しながらカニ鍋です、と言い切られては反論出来ません。行き先は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の家ですし…。
「くっそ~、シロエが羨ましいぜ!」
「ぼくも羨ましくなってきた…」
毟らなくても食べられるカニ、とシロエ君が提げた袋をみんなでジロジロ、袋の中身は免罪符ならぬゲーム機の山と来たものです。
「いいなあ、毟らずに食べられるカニ…」
「でもよ、副業があるからだしなあ…」
無芸大食だとぶるぅも世話してくれねえよな、というサム君の台詞でグッと詰まった私たち。食べるだけなら誰でもお箸と器があったら可能ですけど、古いゲーム機の修理なんかは…。
「…俺には無理だな、どうあがいてもな」
「ぼくも無理だよ…」
仕方ないか、とキース君にジョミー君、他のみんなも。今日のカニ鍋、シロエ君の勝利…。
かくしてシロエ君は大量のゲーム機を修理しながら午前中のおやつを平らげ、カニ鍋の方も。食べるのがお留守にならないように、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がマメに声掛けした結果。
「…シロエが一番食ったんじゃねえか?」
カニの殻から察するに、とサム君が指差し、みんなで溜息。
「…負けたようだな…」
俺も頑張って食ったんだが、とキース君がぼやいて、ジョミー君が。
「ぼくも負けないつもりだったのに…。カニの量では敗北したよ!」
でも雑炊では負けないからね、と締めの雑炊をパクパクと。シロエ君の方は雑炊が冷めるに違いない、と眺めていれば。
「終わりましたーっ!」
これで全部、とシロエ君、いきなり戦線復帰と言うか参戦と言うか。修理を終えたゲーム機を置くなり雑炊をパクパク、それも熱い内に。
「嘘だろ、おい…!」
このタイミングで戻って来るなよ、というサム君の声は無駄に終わって、シロエ君が。
「すみません、こっちに刻み海苔を多めで!」
「かみお~ん♪ おかわり、たっぷりあるからねーっ!」
はい、刻み海苔! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシロエ君の雑炊にパラパラと。熱々の雑炊、シロエ君もリアルタイムで食べるようです。いろんな意味で負けた気がします、今日のカニ鍋…。
せっせとカニを毟った人より、毟らなかった人が勝ったカニ鍋。なんだかなあ…、と溜息をつきつつ、食べ終えてリビングへ移動した後は飲み物片手にお喋りですが。
「そのゲームってヤツ、マジで評判高いよなあ…」
シロエに修理の依頼が山ほど殺到するんだし、とサム君がゲーム機を手に取って。
「なんだったっけか、モンスター狩り…?」
「そうですよ?」
往年の名ゲームですよ、とシロエ君。
「ぼくも少しだけやってましたね、機械弄りの息抜きですけど」
「そいつが何故だか大流行り、というのが今のシャングリラ学園か…」
一般にはもう流通すらもしていないんだが、とキース君。
「シロエの副業で時ならぬブームだ、そうなってくると調べるヤツらも増えてくるしな」
かつてのゲームの遊び方を…、という話から。
「流行りは裸縛りってヤツだったっけ?」
「らしいぜ、キノコ縛りとな」
ジョミー君とサム君が頷き合って、スウェナちゃんが。
「何なの、それは? 裸縛りとかキノコ縛りって…」
「なんか使わないって意味らしいよ?」
ぼくもゲームはやってないけど、とジョミー君が言えば、シロエ君が。
「簡単に言ってしまうとですね、特定のアイテムを使わないでゲームを進めるんですよ」
「そうか…」
あれはそういうヤツだったのか、とキース君。
「そうじゃないかとは思ったんだが、どういう風にだ?」
「裸縛りだと防具無しです、裸一貫っていう感じですね。防御力がグッと落ちるわけです」
「なるほど…。それは難しいかもしれないな」
「そうなりますね。その状況で何処までやれるか、仲間と競って遊ぶんですよ」
キノコ縛りはキノコ無しです、という説明ですが。
「「「キノコ?」」」
「ゲームの世界のアイテムですよ。キノコを食べると回復だったり、効果が色々…」
「それを食わずに進めるんだな、なるほどな…」
面白い縛りがあったものだ、とキース君がニッと。
「俺はゲームはやっていないが、同じやるならキノコよりも裸縛りだな」
そっちの方が楽しそうだ、という意見。キノコよりも裸なんですか…?
シロエ君が修理したゲーム機で流行っているゲーム。同じ遊ぶならキノコ縛りより裸縛りだ、とキース君が言い出しましたが、どうしてそっちの方がいいわけ?
「あくまで俺の個人的な意見ということになるが…。武道を志す者としてはな」
防具無しの方を選びたい、と柔道部ならではの見解が。
「ああ、分かります! ぼくもやるなら、断然、裸縛りの方ですね」
今は修理に忙しいのでやりませんが、とシロエ君。
「一段落したら、ちょっとやろうかと思ってるんです、久しぶりに」
「おっ、やるのかよ?」
お前も参戦するのかよ、とサム君が訊くと。
「もちろんですよ! これだけ流行ってるんですからねえ、やっぱり一度は遊ばないと…」
「それじゃ、シロエも裸縛りでやろうってわけ?」
キノコじゃなくて、とジョミー君。
「縛るんだったら裸でしょう。キノコくらいはどうとでもなります」
「…そういうもの?」
「そんなものですよ、一種のコツがありますからね」
キノコが無くても抜け道色々、とシロエ運。
「ですからキノコを縛るよりかは、裸縛りの方が面白味ってヤツがあるんですよ」
もう本当に運次第で…、とシロエ君が語れば、会長さんも。
「そうだろうねえ、ぼくもゲームはやってないけど、やるならそっちの方を選ぶよ」
「会長もやってみませんか? そうだ、いっそみんなで遊ぶというのも…!」
この際、みんなで裸縛りで…、とシロエ君は乗り気で。
「面白いですよ、あのゲームは」
「そうなのかい? お勧めだったら、その内に遊んでみるのもいいかな…」
「是非やりましょう!」
誰が勝者になるかが全く読めませんからね、と言われてみれば…。
「そっか、ゲームで競ったことって…」
無かったかな、とジョミー君が首を捻って、マツカ君が。
「無いですねえ…。長い付き合いですけれど」
「ね、そうでしょう? 一度みんなで!」
「それもいいねえ…」
悪くないね、と会長さんが頷きました。シロエ君の副業とやらが一段落したら、みんなでゲーム。キノコ縛りだか裸縛りだかで、腕を競おうというわけですか…。
「ぼくは裸縛りを推しますね!」
やるならソレです、とシロエ君が熱く勧めて、キース君も。
「キノコ縛りよりは、そっちだという気がするな…」
「縛り無しっていうのは?」
ジョミー君が声を上げましたが、サム君が。
「同じやるなら縛りつきだろ、無しだとイマイチ面白くねえよ」
「ぼくもそっちに賛成だよ!」
「「「!!?」」」
あらぬ方から声が聞こえて、振り向いてみればフワリと翻る紫のマント。ソルジャーがツカツカとリビングを横切り、空いていたソファに腰を下ろして。
「ぶるぅ、ぼくにも何か飲み物! おやつもあると嬉しいんだけど…」
「かみお~ん♪ そろそろおやつも入りそうだしね!」
サッとキッチンに走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアーモンドクリームタルトを切り分けて運んで来てくれました。紅茶やコーヒー、ココアなんかも注文を聞いて熱いのを。
「はい、どうぞ!」
「「「いっただっきまーす!」」」
うん、美味しい! と頬張った所で、ソルジャーが。
「それでさ、さっきの裸縛りの話だけどさ…」
ぼくたちもやってみたいんだけど、とタルトを口に運ぶソルジャー。えっと、ぼくたちって…?
「決まってるだろう、ぼくとハーレイ!」
遊ばせてよ、と言われましても。
「あのぅ…。そういうゲームですよ?」
シロエ君が念を押しましたが。
「ゲームだからこそ、やりたいんじゃないか! 裸縛りを!」
是非ともそれで遊んでみたい、と熱意溢れるソルジャーの瞳。そんなにゲーム好きでしたっけ?
「モノによるんだよ、ハーレイとはレトロなボードゲームもやったりするしね」
「ああ、なるほど…。分かりました」
それじゃ二人分を余分に調達します、とシロエ君。
「なにしろ昔のゲームですから、行く所へ行けばタダ同然で売られてますしね」
「…売られてるって…。タダ同然で!?」
なんて素晴らしい世界だろう、と妙に感激しているソルジャー。誰も遊ばなくなったようなゲームとゲーム機、そういうものだと思いますけどね?
ゲームをするなら混ぜてくれ、と現れたソルジャーはシロエ君の言葉に感動しきりで。
「それじゃシロエに任せておくけど、アレだね、シロエも顔が広いね」
「それはまあ…。こういう道では長いですから」
行きつけの店も多いんですよ、とシロエ君。
「バイトから店長になった知り合いも大勢いますし、情報も豊富に入って来ますよ」
「素晴らしすぎるよ! まさかシロエにそんな特技があっただなんて!」
知らなかった、と嬉しそうなソルジャー。
「だったら、これからはノルディばかりに頼っていないで、そっちのルートも活用しなくちゃ!」
「「「は?」」」
どうして其処でエロドクターの名前が出るのだ、と思いましたが。
「だってそうだろ、シロエの方でもルートがあるっていうんだからさ!」
しかもタダ同然で色々なアイテムが手に入るルート、とソルジャーの瞳がキラキラと。
「あの手のヤツって、ぼったくりだと思ってたけど…。ある所にはあるんだねえ!」
「…何がです?」
何のことです、とシロエ君が訊き返すと。
「嫌だな、今更、照れなくっても…。裸縛りのゲームに使うアイテムだってば!」
「ああ、それは…。ぼったくる店もありますけどね」
店の見分けが大切なんです、とシロエ君。
「マニアとかコレクター向けの店だと、プレミアがついて高値になるのがお約束です。でもですね、そういったものには見向きもしないような人が多い店だと…」
「安いってわけだね、それはそうかも…」
その趣味が無い人には売れないだろうね、とソルジャー、納得。
「高い値段をつけておくより、安くても売れる方がいい、と」
「そうです、そうです。仕入れたからには売らないと店も損をしますし…。それに売りに行く方も心得てますよ」
詳しい人なら、とシロエ君は得々として。
「タダでも引き取って貰えそうにないものと、自分にとってはどうでもよくても世間で人気の高いものとを持ってってですね、セットでなければ売りません、と言うわけですよ」
「なるほどねえ…! そうやって成り立っているわけなんだね、あの業界は」
「チェーン店だと駄目ですけどね」
その手の技が通用しません、と得意げに語られる玄人ならではの知識の数々。狙い目は個人経営の店なんですか、そうですか…。
シロエ君の話に聞き入ってしまった私たち。ソルジャーも相槌を打ったり質問したりと、大いに満足したようで。
「それじゃよろしく頼むよ、シロエ。ぼくとハーレイも混ぜて貰うってことで!」
「いいですよ。…用意が出来たら連絡ってことでいいですか?」
「どうしようかなあ…。次の週末、暇なんだけどね?」
「次ですか…」
シロエ君は壁のカレンダーを眺めて、それから指を折ってみて。
「その辺りだったら、なんとか間に合うと思いますよ。副業の方は当分忙しそうですが…」
たまには息抜きに遊んでみます、という返事。ソルジャーは「いいのかい?」と嬉しそうで。
「そこならハーレイも休めるんだよ、帰ったら早速、休暇届けを出しとかなくちゃ!」
「…遊び方の説明とかは要らないんですか?」
要るようでしたら付けときますが、とシロエ君。
「初めて遊ぶって人ばかりですしね、入門書をサービスしてるんです。ぶっつけ本番がいいって人も多いんですけど、入門書希望の人もけっこう…」
「ふうん…? 入門書まで作っているのかい?」
「ごく簡単なヤツですけどね。ページ数はそんなに無いんですよ」
基本のプレイと使い方くらいで、とシロエ君は謙遜していますけれど、その入門書。一度は要らないと断った人が貰いに来るほど、実は人気の品だったりします。分かりやすいと評判も高く、基本と言いつつ裏技も多数。
「へええ…。シロエがそういう入門書をねえ…」
流石は裸縛りの達人、とソルジャーはいたく感心したようで。
「ぼくも入門書は要らないってクチの人間だけどさ、それは貰っておこうかなあ…」
「分かりました。ゲームとセットで渡せるようにしておきますよ」
「…先には貰えないのかい?」
その入門書、とソルジャーが。
「入門書だけ先に貰えるんなら、ぼくのハーレイと是非、読みたいんだけど!」
「いいですけど…。生憎と今日は持って来てなくて…」
「君の家にはあるのかい?」
「ありますよ。人気ですしね、昨夜も何冊か作ってたんです」
余裕のある日に作っておかないと在庫切れになってしまいますし…、という計画性の高さ。この几帳面な性格が反映されてる入門書ですから、そりゃあ人気も出ますってば…。
シロエ君の家にはあるらしいですが、持って来てはいない入門書。ソルジャーはそれに興味津々、少しでも早く欲しいらしくて。
「シロエの家にあるんだったら、一冊、欲しいな…。それとも二冊貰えるのかい?」
ぼくの分とハーレイの分とで二冊、とソルジャーが訊くと。
「もちろんです。サービスですから、一人一冊は基本ですよ」
「嬉しいねえ! …出来れば持って帰りたいけど、君の家だし…」
瞬間移動で取り寄せるのは反則だよね、と残念そうにしているソルジャー。
「普段から馴染みの家なんだったら、ヒョイと取り寄せちゃうんだけれど…。シロエの家とは馴染みが無いから、家探しみたいになっちゃうし…」
「かみお~ん♪ ぼく、お手伝い出来ちゃうよ!」
シロエを家まで送ればいいの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が名乗り出ました。
「しょっちゅう送り迎えをしてるし、瞬間移動で送ってあげれば、シロエが入門書を二冊用意して帰って来られるよ、合図一つで!」
「本当かい? …シロエ、そのコースでお願い出来るかな?」
ソルジャーがシロエ君に視線を向けると。
「いいですよ? えーっと…。ぶるぅ、ぼくの部屋まで送って貰えますか?」
「お部屋でいいの? 作業部屋じゃなくて?」
「入門書は部屋の方なんですよ」
「オッケー! 行ってらっしゃーい!」
帰りは思念波で合図をしてね! とキラッと光った青いサイオン。シロエ君の姿がパッと消え失せ、ソルジャーは「有難いねえ…」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に御礼の言葉を。
「ありがとう、ぶるぅ! 君はいい子だよね、ぼくのぶるぅと違ってね」
「えーっ!? ぶるぅもいい子だと思うんだけど…」
「アレはダメだね、だからゲームにも混ぜてやる気は無いんだよ、うん」
ぼくのハーレイだってやる気を失くしてしまうから…、とブツブツと。
「いくら周りが盛り上がっていたって、ぶるぅはねえ…」
「ぶるぅ、駄目なの?」
「よくないね! なにしろ悪戯が生き甲斐だけにね!」
ついでに覗き…、とソルジャー、溜息。
「せっかくのゲームがパアになるんだよ、ぶるぅがいるっていうだけで!」
「「「あー…」」」
それはそうかも、と私たちも深く頷きました。悪戯されたらゲームどころじゃないですしね…。
間もなくシロエ君から「用意出来ました」と思念波が。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン発動、シロエ君はリビングに青い光と共に戻って来て。
「昨夜作った甲斐がありましたよ、休日に二冊も出るなんて思っていませんでしたし…」
「申し訳ないね、急に我儘言っちゃって…」
「いえ、せっかくのゲームですから…。早めに知識を入れておいたら有利ですよ」
どうぞ、と差し出された入門書が二冊。
「あっ、俺も貰っておきてえな、それ!」
「ぼくも早めに欲しいんだけど!」
サム君とジョミー君が声を上げ、キース君も腰を浮かせています。そういうのは早めに言ってあげたらシロエ君も一回の往復で済んだのに…、と思ったのですが。
「…モンスター狩り入門ねえ…」
ある意味、モンスター狩りかもね、と表紙を眺めているソルジャー。
「普通の人には敷居が高いものだとも聞くし、ぼくとハーレイにしたってねえ…。ハーレイはヘタレが基本だからねえ、モンスターに挑むようなものだよね、うん」
「「「は?」」」
キャプテンのヘタレとゲームで遊ぶのとにどう関係があるんだか、と首を傾げていれば、ソルジャーは入門書をウキウキ開いて。
「…えっ?」
キョトンと目を見開いているソルジャー。異世界のゲーム機の操作方法が謎だったのか、ゲーム機そのものに馴染みが無いのか。どっちだろう、と観察していると。
「…これって、ゲーム機の使い方のように見えるんだけど?」
「そうですよ? まずは其処から書かないと…。今のとは形が変わって来ますし」
「ふうん…? じゃあ、この先が問題ってことで…」
ゲーム機を何に使うんだろう、とソルジャーはページをパラパラめくっていましたが…。
「ちょっと訊いてもかまわないかな?」
これについて、と指差す入門書。
「いいですけど? 分からない単語でも出て来ましたか?」
「そうじゃなくって…。これの何処が裸縛りなわけ?」
「ああ、それはですね…。入門書には書いていないんですよ、そういう遊び方までは」
防具無しっていう意味ですね、とシロエ君はソルジャーに解説しました。入門書にも載っているような基本の防具も無しで遊ぶのが裸縛りで、防具無しだけにリスクが高いと。それだけに達成感も大きく、キノコ縛りも人気なのだと。
「…裸縛りって…。そんな遊びのことだったわけ!?」
おまけにキノコ縛りなんていうのもあったのか、とソルジャーは愕然とした表情で。
「どおりでシロエが詳しい筈だよ、入門書まで作るくらいにね…」
「…どうかしたわけ?」
君は何かを間違えたのかい、と会長さんがニヤニヤと。
「ぼくたちと一緒にゲームしたいとか、君のハーレイまで連れて来るとか、妙に嬉しそうにしていたからねえ、あえて訊くような無粋な真似はしなかったんだけれどね?」
「分かってたんなら、無粋なチョイスで良かったんだよ!」
ぼくの期待を返してくれ、とソルジャーの泣きが入りました。
「シロエが詳しいっていう店の方も、どういう店だか分かったよ! ぼくが思ってたような店じゃなくって、シロエでも堂々と入れる店で!」
「…何の店だと思ってたんです?」
売る時には身分証明書とかが要るんですけど、とシロエ君が訊くと、ソルジャーは。
「そういう店の逆だってば! 身元なんかは分からない方が良くて、十八歳未満かどうかの確認くらいで、それだって微妙なくらいのお店!」
早い話がアダルトショップ、と出て来た言葉に唖然呆然。万年十八歳未満お断りと言われる私たちですが、アダルトショップが何かくらいは分かります。シロエ君とソルジャーが盛り上がっていたのがアダルトショップと勘違いしての話となったら、裸縛りの方だって…。
「そうだよ、ぼくは裸で縛り上げる方の遊びだとばかり…!」
真っ裸にしたり、真っ裸にされたり、それをロープや紐やらで…、と斜め上な台詞。それってどういう遊びなんですか、ソルジャーの言う裸縛りとは…?
「いわゆるSMプレイだよ! それをやろうとしているんだと思ってさ…!」
だから混ざりたかったのだ、とソルジャーはシロエ君が作った入門書を手にしたままで。
「ハーレイにだって休暇を取らせて、こっちの世界でSM三昧! 次の週末はそれに限ると、ぶるぅなんかは混ぜたら終わりだと思ったのにさ…!」
なんてこった、とガックリ眺める入門書。本当に本物のモンスター狩りのゲームだったと、SMプレイというモンスターに挑むわけではなかったと。
「…あのねえ…。気付かない方がどうかしてると思うんだけどね?」
この面子で、と会長さんが私たちの方を順に指差しました。
「普段から何も分かっていないと評判の面子! これでどうやってそういう遊びを?」
「…シロエが詳しいって聞いたから余計に騙されたんだよ…」
ちゃんと話が噛み合ってたから、と項垂れられても困りますってば、そんな勝手な勘違い…。
自分に都合よく聞き間違えたか、取り違えたか。裸縛りをしたかったらしいソルジャーの思惑は分かりましたが、アヤシイ遊びに付き合う義理はありません。シロエ君は「じゃあ、この冊子は要らないんですね?」と入門書二冊を回収すると。
「ゲーム機とソフトの手配も要りませんよね、勘違いですし」
手間が省けて助かります、と立ち直りの早さは頭脳派ならでは。いえ、柔道も凄いですから文武両道と言うのでしょうけど…。ダメージの深さはソルジャーの方が大きそうだな、と見ていると。
「待ってよ、ゲーム機はどうでもいいけど、裸縛りの方だけは…!」
そっちは諦め切れないのだ、とソルジャーが始めた悪あがき。次の週末は裸縛りで遊びたいのだと、裸縛りをやってみたいと。
「あのですね…。ゲーム機が無いと出来ませんからね、裸縛りは!」
ついでにキノコ縛りも無理です、とシロエ君が毅然と切り返しを。
「ぼくたちが遊びたい裸縛りはゲーム機が無いと不可能です! キノコ縛りも!」
「待ってよ、キノコ縛りというのは何なんだい?」
それも魅力的な響きだけれど…、と食い下がるソルジャー。シロエ君は「キノコと言ったらキノコですよ」とバッサリと。
「ゲームの中で使うアイテムなんです、キノコを食べれば色々な効果があるわけですが…。それを一切使わないのがキノコ縛りというプレイです!」
「…たったそれだけ?」
「それだけです!」
それ以上でも以下でもないです、とシロエ君は容赦がありませんでした。…って言うか、ソルジャー相手にここまで戦えた人が今までに誰かいただろうか、と思うくらいに強いシロエ君。あのソルジャーにはキース君はおろか会長さんでも歯が立たないのが私たちの常識だったんですが…。
「そのキノコの効果って、どんな風に…?」
色々というのはどんな感じで…、とソルジャーはまだ未練たらたら。シロエ君は「そんなのを知ってどうするんです!」と一刀両断、ゲームもしないのに意味など無い、と言いつつも。
「回復薬とか強化薬とか、栄養剤とか、秘薬とか…。いにしえの秘薬もありましたね、ええ!」
どれも関係無いですけどね、とツンケンと。
「知りたかったら、まずはゲームを始めて下さい。それからだったら相談に乗ってもいいですよ」
裏技だろうが、キノコ縛りの抜け道だろうが…、と言われたソルジャー、悄然として。
「…そのキノコ、全部、ゲームの世界のものなんだ…?」
おまけに縛るのもゲーム用語か、とそれはガックリきている様子。キノコなんかを縛った所で何かの役に立つんでしょうかね、この現実の世界ってヤツで…?
裸縛りを勘違いしてSMプレイがしたかったソルジャー、今度はキノコに御執心。キノコを縛って何の得があるというのやら…、と思っていたら。
「だって、キノコを縛るんだよ!?」
ぼくのハーレイにもそれは立派なキノコが一本! とソルジャーはキッと顔を上げて。
「ぼくにもそれほど立派じゃないけど、キノコってヤツがついてるんだよ! 正確に言えばキノコじゃないけど、キノコそっくりの部分がアソコに!」
此処に、とソルジャーが指差す股間。ハーレイのアソコは立派なキノコだと、こっちの世界で言う松茸だと。
「「「…ま、松茸…」」」
なんというものに例えてくれるのだ、と今の季節が秋でなかったことに感謝しました。松茸の季節はとうに終わって今は真冬で、当分の間、松茸には会わずに済む筈です。松茸も、他のキノコにも。けれどソルジャーは「キノコなら此処にあるじゃないか」と譲らなくて。
「裸縛りも魅力的だけど、キノコ縛りだって…! しかも強化薬とか秘薬だなんて…!」
いにしえの秘薬もあるだなんて、とシロエ君が挙げたラインナップをズラズラと。
「それでこそ最高のキノコなんだよ、食べればもれなくパワーアップ!」
しっかり縛って、それから食べる! とグッと拳を。
「ハーレイのアソコをキッチリ縛れば、きっとパワーが漲るわけで!」
「…勝手にやっててくれませんか?」
次の週末はぼくたちはゲームをするんです、とシロエ君はまさに最強でした。
「ゲーム機を持たずに参加はお断りです、キャプテンと二人でお好きに遊んでおいて下さい」
「…裸縛りとキノコ縛りで?」
「遊び方は人それぞれですから、縛らない人も中にはいますよ」
縛ったら最後、まるでゲームが進まない人も多いんですから、と当然と言えば当然な話。
「縛りプレイは猛者向きなんです、素人さんにはそうそうお勧めしませんね!」
でもぼくたちはやりますけどね、とキッパリと。
「キース先輩も乗り気でしたし、他のみんなもやるなら裸縛りなんだということですし…。次の週末はゲームなんです、ゲーム機を持たずに来て頂いても、いいことは何もありませんから!」
「…そういうオチかい、ぼくはわざわざやって来たのに?」
「ぼくだって、わざわざ入門書を取りに帰りましたよ!」
勘違いのせいで瞬間移動はお互い様です、と言い返されたソルジャーは。
「ぼくのは空間移動なんだけど…」
「ほんの一文字、違うだけです!」
どっちもサイオンで移動ですから、とシロエ君も負けていませんでした。かくしてソルジャー、手ぶらで帰って行く羽目になって…。
「すげえな、シロエ! 追い返したぜ、あいつをよ!」
サム君がシロエ君の肩をバンバンと叩いて、キース君が。
「俺はお前を見直さないといけないな…。柔道の方なら負けはしないが、あいつの扱いについては負けた。一本取られたという気がするぞ」
「本当ですか、キース先輩!?」
ぼくは先輩に勝ったんですか、とシロエ君は感無量で。
「夢を見ているような気分ですよ。ぼくはゲームについて語っただけなんですが…」
「いや、充分に凄かった。流石はゲーム機を修理出来るだけの達人ではある」
しかもゲームもやり込んだんだな、とキース君はシロエ君を絶賛しました。だからこそソルジャーに口先だけで勝利できたと、見事に叩き出せたのだと。
「俺は猛烈に感動している。まさかあいつに勝てるヤツが存在していたとは…」
「ぼくも同感だよ、シロエがアッサリ勝つだなんてね」
あのブルーに…、と会長さんも大感激で。
「話が最初から噛み合ってないことは分かっていたけど、シロエがいなけりゃ、今頃はね…。もう間違いなく大惨事ってね」
「そうでしょうか?」
「うん、保証する。次の週末はゲームどころか仮装パーティーとかにされていたね」
そして裸で縛りなのだ、と会長さんは吐き捨てるように。
「ぼくたちは絶対参加しないと言ったってさ…。相手はなにしろブルーだからねえ?」
もう強引に押し掛けて来るに決まっている、と言われて私たちも「うん、うん」と。ソルジャーだけに教頭先生を巻き込むこともありそうで…。
「その線も大いにあっただろうねえ、仮装パーティーをやらかすならね!」
真っ裸にされて縛り上げられたハーレイを肴に飲む会だとか…、と会長さんの発想の方もソルジャーに負けず劣らず酷いものでした。教頭先生を裸縛りだなんて…。
「だけどブルーは好きそうだろ? そういうのもさ」
「…好きそうですね、あの性格なら」
裸もキノコも縛りますよ、とシロエ君が溜息をついて、ソルジャーの手から回収して来た入門書の表紙を手でパタパタと軽くはたいて。
「この二冊、誰か要りますか? 今ならお得な裏技ペーパーをサービスしますが」
裏技ペーパーのお届けは明日に会った時に、という声に「ハイ、ハイッ!」と挙がる手が多数。ジャンケン勝負の末にサム君とマツカ君がゲットしました、マツカ君、ジャンケン、強かったんだ?
シロエ君がソルジャーを追い返したお蔭で、一週間は何事も無く過ぎてゆきました。水曜日には「早めに慣れておいて下さい」とシロエ君からゲームソフトとゲーム機が配られ、入門書も。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で練習を重ね、家でも練習をして…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日はみんなでゲームだよね! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出迎えてくれた、土曜日の朝の会長さんの家。寒波襲来で寒かったですから、まずは身体と手を温めて…。
「よーし、やるぞーっ!」
負けないぞ、とジョミー君がゲーム機の電源を入れて、私たちも。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」もシロエ君が修理した古いゲーム機でスタンバイです。
「会長、サイオンは抜きですよ? それに、ぶるぅも」
「分かってるよ。ついでに裸縛りだっけね」
「かみお~ん♪ 防具無しでも頑張るんだもん!」
さあやるぞ、とゲーム画面に向かった時。ピンポーン♪ と玄関チャイムが鳴って。
「誰かな、いきなり出鼻をくじいてくれたのは?」
宅配便かな、と会長さんがチッと舌打ち、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出てゆきましたが…。
「えとえと…。誰か、ハーレイ、招待してた?」
「「「はあ?」」」
なんだ、と顔を上げれば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の後ろに教頭先生が。コートを手にして、何故だか大きな紙袋まで。まさか中身はゲーム機では…、と注目したら。
「…そ、そのう…。今日はゲームだと聞いたのだが…」
「ゲームの日だけど?」
見ての通りで、と会長さんが自分のゲーム機を持ち上げて見せて。
「忙しいんだよ、今から始めるトコだから!」
「そうか、間に合ったようで良かった。注文の品を色々と揃えて来たものだから…」
これだ、と指差された紙袋。差し入れの食料か何かでしょうか? でも誰が…?
「ありがとう、ハーレイ! 買って来てくれた!?」
「「「!!?」」」
いきなり降って湧いたソルジャー、それも私服ときたものです。隣には私服のキャプテンまでが。
「どうも、ご無沙汰しております。本日はよろしくお願いします」
「いえ、私の方こそ…。お役に立てればいいのですが」
こういった縛りは初めてでして…、と挨拶している教頭先生。もしや紙袋の中身はゲーム機でも差し入れの食料でもなくて、もっとイヤンなものだとか…?
「ゲーム機はちゃんと用意して来たよ、この通り!」
こっちのハーレイも、ぼくのハーレイもゲーム機でね、とソルジャーは胸を張りました。この二台を使って裸縛りにキノコ縛りだと、ぼくも縛って貰うのだと。
「ちょ、ちょっと…!」
なんで何処からそういう話に…、と会長さんが慌てたのですが。
「君のアイデアがヒントになってね! 仮装パーティーなんてケチなことは言わずに、しっかりゲーム! 縛って遊んで、朝までガンガン!」
脱いで、脱いで! とソルジャーが促し、キャプテンが。
「脱がないことには始まらないそうです、ご一緒しましょう」
二人でしたら私も多少は心に余裕が…、と教頭先生に声を掛け、教頭先生が頷いて。
「そうですね…。脱がないと裸縛りになりませんしね、買って来た道具も無駄になりますね」
「ちょ、道具って…!」
いったい何を買ったわけ!? と会長さんが叫べば、ソルジャーが。
「それはもう! 紐にロープに他にも色々、栄養ドリンクとか精力剤とか!」
いにしえの秘薬も、それっぽいのを漢方薬店で特別配合! と強烈な台詞。
「これを使って裸縛りにキノコ縛りだよ、ちゃんとゲームに参加するから!」
特別休暇は取って来た! という声が響いて、ソルジャーはセーターをバサリと脱ぎ捨てました。
「さあ、始めるよ、裸縛りを! はい、脱いで、脱いで!」
「…だそうです、脱ぎましょうか」
まずはセーターを、とキャプテンが脱いで、教頭先生もセーターをポイと。
「そういうゲームの日じゃないんだけど!」
あくまで今日のは…、と会長さんがシロエ君の方を振り向いて。
「シロエ、あれを止めて! もう止められるのは君しかいない!」
「…え、えーっと…」
ぼくもこういうのは範疇外で…、とシロエ君も今回はお手上げでした。一度はソルジャーを追い返したというシロエ君でも駄目となったら…。
「…は、裸縛り…」
「キノコ縛りも来るのかよ!?」
もうこうなったらゲームに集中、それしか道はありません。ゲーム画面を見ている限りは…。
「「「何も視界に入らない!!!」」」
徹夜で朝までゲームしてやる、と決意したものの、狂乱の宴に勝てるのでしょうか? いえ、その前に教頭先生はどうなるんでしょうか、早くも鼻血で轟沈ですが…、って見ている場合じゃないですね? ゲーム、とにかくゲームです。裸縛りで頑張りますーっ!
ゲームで縛れ・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
シロエ君が始めた副業のお蔭で、あのソルジャーを相手に、劇的な勝利でしたけど。
なんと言ってもソルジャーなだけに、まさかの逆転。悲惨な徹夜ゲームの行方が心配です。
次回は 「第3月曜」 6月15日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、5月はGWも終わった平日のお話。キース君が朝から災難で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
行楽の秋がやって来ました。とはいえ、私たちは学校に通う高校生。出席義務のない特別生でも、長期欠席をしての旅行は論外とばかり、お出掛けは近場。でなければ会長さんの家でのんびり、それが休日の定番です。今日も土曜日、会長さんの家で次のお出掛けの相談中。
「紅葉の季節はドッと混むしな、その前だな」
いわゆる名所に行くんだったら…、とキース君。
「でもって、朝の早い内から出掛けて行ってだ、混み始める前に飯を食う、と」
「そうだよねえ…。予約してても落ち着かないしね、行列されると」
何処のお店も行列だしね、とジョミー君も。
「いくら個室で食べていてもさ、外じゃ行列だと思うとさ…」
「うんうん、俺たち、そんなに偉くはねえもんなあ…」
ただの高校生だもんな、とサム君も同意。
「食ってる間はいいんだけどよ…。出て来た時の視線ってヤツが痛いよなあ…」
「何様なんだ、って目で見られますしね」
あれは嫌です、とシロエ君。
「ホントは混じってるんですけどねえ、凄い人だって」
「ブルーとマツカは本物だけどよ…」
伝説の高僧と御曹司、とサム君がフウと溜息を。
「でもよ、それが全く分からねえのがブルーとマツカのいいトコだしよ…」
「二人ともオーラを消せますからねえ、何処から見ても一般人です」
その辺が実に問題です、とシロエ君が頭を振りながら。
「特に会長は超絶美形と来てますからねえ、たまに勘違いをする人も…」
「あー、いるよな! なんかの有名人だと思って騒ぐヤツもよ」
どう転んだって何様なんだか、としか言いようがないのが私たち。混み合う季節の飲食店は避けるべし、というのが鉄則、行きたい時には早めの予約でサッサと出るのがお約束。
「とにかく予約だ、希望の行き先や店があったら挙げてくれ」
その上で検討することにしよう、と仕切り始めたキース君。副住職として頑張る間にスキルが上がって、こういうのも得意分野です。お坊さん同士の集まりなんかで慣れたんでしょうね。
「美味しいトコなら何処でもいいな」
「それより、景色が大切ですよ!」
せっかくお出掛けするんですから、とシロエ君は景色が優先らしく。美味しさ一番がジョミー君の方で、私たちは二手に分かれてワイワイと。食事だ、景色だ、とやっていたら…。
「こんにちはーっ!」
お出掛けだって? とフワリと翻った紫のマント。何かと言えば顔を出したがる人がツカツカ、空いていたソファにストンと座って。
「ぶるぅ、ぼくにもおやつと飲み物!」
「オッケー! ちょっと待っててねーっ!」
サッとキッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が栗のミルフィーユと紅茶をソルジャーの前に。ソルジャーは早速、ミルフィーユにフォークを入れながら。
「お出掛けの相談をしてるんだったら、丁度いいやと思ってね! ちょっとお誘い」
「「「お誘い?」」」
「そう、お願いと言うべきか…。特別休暇が取れそうなんだよ!」
なんと豪華に一週間も、とソルジャーはそれは嬉しそうで。
「ぼくの世界のユニバーサル…。成人検査をやってる施設で集中メンテナンスだったかな? とにかく成人検査はお休み、ぼくの出番も無いってね!」
シャングリラの方も暇になるから、とニコニコと。
「つまりハーレイも休みが取れるし、旅行に行こうと思ってさ!」
「…行って来たら?」
どうぞご自由に、と会長さんが返しましたが。
「それじゃつまらないよ、旅は道連れって言うんだろ?」
一緒に旅行、と誘われましても、一週間もの長期欠席は私たちの望むものではなくて。
「一泊くらいなら何とかするが…」
一週間はとても無理だな、とキース君。
「ついでにこの時期、ホテルも旅館も混んでるぞ? 別荘という手もあるが…」
俺たちは行かん、とバッサリと。
「あんたたちだけで行って来い。そうだな、湯治なんかはどうだ?」
「とうじ?」
なんだい、それは、と首を傾げているソルジャー。
「アレかな、一年で一番昼が短い日が冬至だっけか、地球の場合は…。でもねえ…」
特別休暇は来週なんだよ、というぼやきが。
「お勧めの季節が冬至と言われても、そこで休みが取れるかどうか…」
「俺が言うのは、そっちの冬至じゃなくてだな…」
温泉なのだ、とキース君。えーっと、ソルジャーに温泉旅行をお勧めですか?
「温泉ねえ…。ぼくも嫌いじゃないけどさ」
一週間も行くほどの素敵な場所があるのか、と当然のように切り返しが。
「さあなあ、俺が言ってる湯治ってヤツは温泉治療のことだからな」
「治療?」
何を、とソルジャーの目がパチクリと。
「ぼくのハーレイ、特に病気はしてないけどねえ? 毎晩、元気に励んでくれるし!」
「そういうあんたにお勧めなんだ、湯治はな」
たまに非日常を楽しんで来い、とキース君がニヤリ。
「湯治と言っても色々あるがだ、俺の一押しは自炊の宿だな」
「…自炊?」
「宿に食事はついていなくて、自分で料理をしながら暮らす。目的はひたすら温泉治療で、腰に効くとか、それは色々あるんだが…」
「腰に効くだって!?」
それは素晴らしい! とソルジャーの瞳がキラキラと。
「腰は男の命なんだよ、ハーレイの腰がパワーアップするなら、是非、温泉に!」
「そう来たか…。ならば立派に湯治に行く意味があるようだな」
温泉に浸かって腰にパワーだな、とキース君。
「自分のペースで湯に浸かるのが湯治の要だ、ついでに自炊で部屋の掃除も布団を敷くのも自分でやらんといけない宿がいいと思うが…」
「それって面倒そうじゃないか!」
「一週間だぞ? あんたの憧れの新婚生活に似合いの宿ってヤツじゃないのか?」
二人きりだぞ、とキース君が推すと、ソルジャーも。
「言われてみれば…。自分の面倒は自分で見るのが湯治なんだね?」
「もちろん旅館に泊まるのもアリだが、二人暮らしの気分になるならシケた宿だな」
提供されるものは部屋と布団だけだ、と聞かされたソルジャー、「なるほどねえ…」と。
「そういう休暇もいいかもね! 二人きりで邪魔は入らない、と!」
「温泉の方には先客と言うか、相客もいると思うがな」
「そっちは何とでもなるんだよ! ぼくにはサイオンがあるからね!」
何人いようが二人っきりの気分で入浴、と俄然、その気に。
「分かった、特別休暇は湯治に出掛けてみることにするよ! お勧めはどこ?」
「それこそあんたの好み次第だが…」
湯の効能で決めたらどうだ、とキース君が差し出す温泉マップ。さて…?
会長さんの家には色々なものが揃っていますが、温泉マップもその一つ。思い付いたらお出掛けとばかりに買ったようですけど、ソルジャーはそれを子細に眺めて。
「やっぱり腰に効くのがいいよね、ハーレイにはそれが一番だしね!」
ここがいいかな、と選ばれた場所はいわゆる秘湯。一般客向けの旅館もあるだけに温泉マップに載っているものの、メインは湯治用の宿。キース君が言う自炊の宿で。
「えーっと、食材も持ち込み、と…」
買い物便が出ているのか、と宿の説明を見ているソルジャー。
「三日に一回、近くの町まで買い出し用のマイクロバスが出るってさ! こういうのに乗って行くのもいいねえ!」
瞬間移動でパッと行くより新婚気分、と大喜びで。
「ハーレイと二人で食事のために買い物だなんて…。考えたこともなかったよ!」
「それは良かったな。俺も勧めた甲斐があった」
「ありがとう! 一週間、じっくり楽しめそうだよ!」
もう最高の特別休暇、とソルジャーは会長さんの家の電話で宿に予約を入れました。二人一室、一週間の御滞在。…御滞在と言っていいほどのレベルの宿かどうかは知りませんが…。
「えっ、その辺はいいんだよ! ハーレイと二人で暮らせるんなら、何処でも天国!」
ド田舎だろうが秘境だろうが、とソルジャーはやる気満々で。
「おまけに温泉に浸かり放題、ハーレイの腰がググンとパワーアップで素敵な休暇に!」
「はいはい、分かった」
もういいから、と止めに入った会長さん。
「それ以上は語らなくていいから、特別休暇を楽しんできてよ」
「もちろんさ! 温泉パワーでガンガンと!」
そして二人で買い物に料理、と笑顔のソルジャーですけれど。ソルジャー、料理が得意だなんて話は全く聞いてませんが…?
「うん、料理なんかは全然だねえ!」
まるで駄目だね、と恐ろしい台詞。それでどうやって自炊をすると?
「え、ハーレイがいるじゃないか! 任せて安心、きっと毎日、美味しい料理が!」
「…キャプテン、料理をなさるんですか?」
シロエ君が訊くと、ソルジャーは。
「ううん、全然! でもねえ、ハーレイはキャプテンだから!」
妙な所で真面目だから、とソルジャーは強気。レシピさえあれば作れるだろうと決めてかかってますけれど。そんな調子で大丈夫ですか…?
キース君の機転でソルジャー夫妻との長期旅行を無事に回避した私たち。湯治に行ったであろう頃にも平常運転、学校に行ったり、会長さんの家で過ごしたり。すっかり綺麗に忘れ果てたというのが正しく、この週末も会長さんの家に居たのですけど。
「遊びに来たよーっ!」
この間はどうも、とソルジャーが降って湧きました。お肌ツヤツヤのソルジャーが。
「見てよ、この肌! 温泉がとても効いたらしくて!」
「…そりゃ良かったな」
忘れていたが、とキース君が返すと、ソルジャーは。
「そうだったわけ? でもねえ、君のお勧めの湯治はホントに最高だったよ!」
ぼくのハーレイもパワーアップで充実の一週間だった、と御機嫌で。
「ハーレイが料理を作ってくれてさ、買い出しは二人で買い物便で! もう毎日が新婚気分で、素敵な発見だってあったし…」
「言わなくていいから!」
どうせロクでもない発見だ、と会長さんが一刀両断。なのに…。
「ううん、記念すべき大発見だよ、布団があんなに凄いだなんて!」
「「「布団?」」」
なんのこっちゃ、とオウム返しな私たちですが。
「布団だよ! あれは最高のベッドなんだよ、ただの布団だと思っていたけど!」
「「「はあ?」」」
布団がベッドって…。下にマットレスを何枚も重ねてベッドですか?
「そうじゃなくって! 布団自体が!」
いつでも何処でもベッドなのだ、とソルジャーは拳を握りました。
「こっちの世界で旅館に泊まると、布団は敷いてくれてたからねえ…。今まで全く気付かなかったよ、布団の凄さに!」
「…どの辺がどう凄いんだい?」
サッパリ意味が不明だけれど、と会長さんが尋ねると。
「何処でもベッド!」
「「「えっ?」」」
ますます分からん、と首を捻るしかない状態。何処でもベッドって、何なんでしょう?
「そのままの意味だよ、何処でもベッドになるんだよ!」
布団さえあれば、と謎の台詞が。ソルジャーは何を言いたいんですか…?
「…分からないかなあ、何処でもベッド…」
もう簡単なことなんだけど、とソルジャーが床を指差して。
「其処に布団を敷くとするだろ? そしたら、其処はどうなるわけ?」
「…邪魔な布団が置かれるんだけど?」
掃除の邪魔だ、と会長さん。
「こんな所に敷かれちゃったら掃除をするのに困るんだよ! どけなきゃ掃除が出来ないから!」
「そう、そこなんだよ、ぼくが言いたいのは!」
「…掃除って?」
「掃除じゃなくって、布団さえ敷けば何処でもベッドになるってことだよ!」
リビングだろうがダイニングだろうが、何処でも布団を敷きさえすれば…、と言うソルジャー。
「それこそ廊下でもいいんだよ! 布団を敷いたら寝られるだろう?」
「そりゃまあ…。ねえ…?」
廊下なんかで寝る羽目になってもいいのなら、と会長さんは呆れ顔で。
「その話の何処が発見だって?」
「わざわざベッドを用意しなくても、布団さえあれば何処でも一発!」
大人の時間が可能なのだ、と斜め上な言葉が飛び出しました。何処でもベッドって、そういう意味で言ってたんですか…?
「そうだよ、湯治で気付いたんだよ、布団は自分で敷くものだったし!」
ヤリたくなったら布団を敷かねばならないのだ、とソルジャー、力説。
「普通のホテルや旅館だったら、寝るための場所は自分で用意はしないしね? ぼくのシャングリラでもベッドは常に其処に在るものだし…」
係がリネンとかを取り替えるだけで、と言われてみればそういうものかも。
「それでね、ぼくたちは今回、初めて、自分の力で用意したわけ! ヤるための場所を!」
畳の上でも出来るんだけど、とソルジャーは。
「だけど、やっぱり背中が少し…ね。快適にヤるなら布団だってば!」
あれさえあったら、きっと何処でも! と布団に目覚めたらしいソルジャー。
「今までだったらベッドがなくちゃ、と思ってたような所でも楽々、布団を敷いたら即、一発!」
地面だろうが野原だろうが、と、とんでもない方へと暴走中で。
「ぼくのシャングリラでもそうだよ、きっと! 布団さえ敷けばブリッジでだって!」
「何をするかな、君という人は!」
ブリッジはそういうコトをするような場所じゃないだろう! と会長さんが眉を吊り上げてますが、ソルジャーだったらやりかねないかも…?
布団さえ敷けば何処でも一発、大人の時間で何処でもベッド。一週間の湯治で自分で布団を敷いていたソルジャー、エライ所に目を付けたようで。
「あれこそ万能ベッドなんだよ、ヤるために生まれたモノなんだよ!」
ヤリたくなったら敷けばオッケー! と拳を突き上げ、布団を絶賛。
「ぼくもハーレイもそれに気付いて、ホントに嬉しくなっちゃって! もう湯治場の布団じゃ物足りなくって、買っちゃったんだな!」
「「「へ?」」」
何を、とウッカリ訊いてしまった馬鹿は誰だったのか。ソルジャーはここぞとばかりに熱い口調で語り始めました、布団ショッピングへのお出掛けについて。
「買い物便で連れてってくれるのはスーパーとかだし、それじゃ布団は手に入らなくて…」
「それは売ってはいないだろうねえ…」
よほど大きなスーパーでないと、と会長さんが半ばヤケクソで合いの手を。
「ちょっとした服も買えるくらいのスーパーだったら、寝具売り場もあるだろうけど…」
「そうなんだよねえ、田舎のスーパーでは布団は無理でさ…」
それでノルディに相談したのだ、とエロドクターの名前が登場。どうやら瞬間移動で出掛けて尋ねたらしくて、専門店を教えて貰ったとか。
「それでハーレイと二人で行ってさ…。もちろん瞬間移動だよ? ハーレイは身体が大きいからねえ、連れて行かないとサイズがね!」
あれこれ試して素敵な布団を選んだのだ、と満面の笑み。
「見てよ、高級品なんだよ!」
羽毛たっぷり、とリビングの床に布団一式、枕付き。ソルジャーの世界から運んで来たに決まっています。枕だけは二つ乗っかっていて…。
「枕は二つ必要だからね、ぼくのと、それにハーレイのと!」
「こんなのを敷かないでくれるかな!」
部屋が穢れる、と会長さんが叫べば、ソルジャーは。
「平気だってば、ノルディに頼んでアフターケアも万全だから! 使った後にはこっちの世界でカバーとかを一式、替えて貰って!」
ノルディの家には使用人が大勢いるからね、と得意げな顔。
「任せておいたら綺麗に洗って貰えるんだよ、シーツも枕カバーもね! それに布団も!」
フカフカに乾燥して貰えるのだ、と自慢の布団を手でポンポンと。
「昨夜もハーレイとヤリたかったけど、たまにはベッドもいいものだしねえ…」
ベッドでヤッたから布団はお休み、と悪びれもせずに言ってますけど、何処でもベッド…。
ソルジャーはひとしきり布団を自慢し、慣れた手つきでヒョイと畳むと自分の世界へ送り返しました。今夜に備えて仕舞っておくとか、なんとか言って。
「いいだろ、ぼくの何処でもベッド! あれさえ敷けばね、ハーレイだって燃えるんだな!」
普通だったら無理な場所でも一発なのだ、と鼻高々。
「展望室でもヤッてみたしさ、公園だって!」
「「「こ、公園…」」」
それはブリッジから丸見えなんじゃあ、と誰もが思ったのですが。
「ちゃんとシールドしてるってね! 見えないように!」
そしてハーレイは布団さえあればスイッチが入る、と自信満々。
「これからヤるのだ、という気持ちになれるらしいね、布団を敷けばね!」
湯治場でそういう日々だったから、と得々と。
「ヤリたくなったら布団を敷かなきゃいけなかったし、ハーレイにとってはスイッチなんだよ! 敷けばヤるぞという印! 何処でもベッド!」
きっとブリッジでもヤれるであろう、と怖すぎる台詞。ブリッジだけはやめておいた方がいいのでは、と思うんですけど…。
「一応、シャングリラの中心だしねえ…。ホントにヤろうとは思ってないけど!」
だけどチャレンジしてみたい気も…、とソルジャーとも思えぬ酷い発言。いえ、ソルジャーというのはソルジャーじゃなくて、称号の方のソルジャーで…。人間としてのソルジャーだったらブリッジだって気にせず何でもやらかすだろうと分かってますが。
「それでさ、ぼくも色々、考えたんだけど…。何処でもベッドの使い道について!」
「もういいから!」
帰ってくれ、と会長さんがイエローカードを突き付けました。
「レッドカードでもいいほどなんだよ、今までの君の言動からして! サッサと帰る!」
そして布団を敷いてくれ、と吐き捨てるように。
「布団さえあれば天国なんだろ、何処でも好きに敷いて回れば?」
ブリッジだろうが公園だろうが、とシッシッと手で追い払おうとしたのですけど。
「その布団だよ! 有効活用できないかと!」
「「「は?」」」
「さっき言ったろ、布団でスイッチが入るって!」
ぼくのハーレイ、とソルジャー、ニッコリ。
「あのハーレイでも入るスイッチ、きっと使えると思うんだけどね?」
「「「…え?」」」
そんなスイッチ、いったい何に使うんでしょう? 明かりが点くわけないですよね?
何処でもベッドこと、布団を敷いたら入ると聞かされたキャプテンのスイッチ。同じスイッチでも電灯を点けたりエアコンを入れたりといったスイッチとは別物ですが…。
「スイッチとしての使い方はまるで同じなんだよ」
ズバリそのもの、とソルジャーが言えば、シロエ君が。
「でもですね…。スイッチは普通、明かりを点けたりするものですけど?」
そういう類のスイッチと同じとは思えません、と真っ当な意見。けれどソルジャーは「同じだってば」と譲りもせずに。
「同じものなら同じスイッチが使えるだろう? その手の電気器具にしたって」
「…それはまあ…。電球を別のに取り替えたから、とスイッチまで替えはしませんが…」
同じスイッチでパチンとやったら点きますが、とシロエ君が答えて、ソルジャーが。
「ほらね、モノさえ同じだったらスイッチも同じ! だから、こっちのハーレイだって!」
「「「…教頭先生!?」」」
どうしてその名が出て来るのだ、と思う間もなく続けられた言葉。
「何処でもベッドでスイッチが入ると思うんだよ! こっちのハーレイ!」
布団を敷いてあげさえすれば、とニヤニヤと。
「もちろん最初はただの布団だと思うだろうから、そこは丁寧に説明を! そして目出度く!」
何処でもベッドで童貞卒業、と恐ろしすぎる台詞が。童貞卒業って…。
「決まってるじゃないか、布団で一発ヤるんだよ! こっちのハーレイもスイッチを入れて!」
使わずに放置になってるアソコを使わせるべし、とソルジャーは言い放ちました。童貞のままではお先真っ暗、ここは一発、目覚めるべきだと。
「ぼくのハーレイだって、基本はヘタレ! 見られていると意気消沈で!」
ぶるぅの覗きでも萎えるヘタレだ、とお馴染みの言葉が。
「ところが、そういうハーレイだってね、布団を敷いたら公園で一発ヤれるんだな!」
きっと布団には秘めたパワーがあるに違いない、と言われましても。
「…布団はただの布団だけれど?」
会長さんがスッパリと。
「寝る時に敷くというだけのもので、パワーなんかは無い筈だけどね?」
「ぼくだって、そう思っていたよ! あの湯治場で気が付くまでは!」
畳で寝るには布団程度の認識だった、とソルジャーも負けていなくって。
「それが今ではしっかりスイッチ、敷きさえすればハーレイはパワー全開なんだよ!」
試してみる価値は大いにある、と言い出しましたが、試すって…?
布団を敷いたらスイッチオンで、何処でも一発らしいキャプテン。そのスイッチが教頭先生にも使える筈だ、というのがソルジャーの見解ですけれど。
「…試すも何も…。ハーレイは布団に慣れてるよ?」
柔道部の合宿は常に布団だ、と会長さん。キース君たちも頷いています。
「そうだな、合宿所では布団だな」
「ベッドなんかはありませんよね、教頭先生は一人部屋においでですけれど…」
あの部屋もベッドは無かったですね、とシロエ君。
「ご自分で敷いてらっしゃいますしね、布団くらいで気分が変わりはしないかと…」
「だよねえ、布団は珍しくないし…」
ぼくたちの世界じゃ普通にあるし、とジョミー君も。
「家じゃベッドで寝てるって人でも、旅館に行ったら布団だし…。寝られないからって、ベッドを用意させるのは無しだと思うよ」
最初からベッドの部屋にしないと…、という意見は至極もっともなもの。自分で和室をチョイスしておいて、ベッドを出せとは論外です。けれど…。
「やってみなくちゃ分からないじゃないか、こっちの世界のハーレイだって!」
ぼくのハーレイも湯治に行く前は布団でスイッチは入らなかった、と言い募るソルジャー。
「スイッチが入れば儲けものだよ、試すだけの価値があるってば!」
「誰が儲けて何の価値があると?」
会長さんの冷たい声音に、ソルジャーは。
「君が儲かるに決まってる、って言いたいけれども、今の時点じゃ言うだけ無駄だし…。ハーレイのスイッチが入れば分かるよ、儲かった、って!」
君とハーレイとの素敵な時間が…、とニヤニヤニヤ。
「こればっかりは体験しないと分からないからね、御礼は後から言ってくれれば!」
「儲かりもしないし、御礼を言う気も全然無いから!」
ぼくにそっちの趣味などは無い、と会長さん。
「迷惑どころか災難なんだよ、そんなスイッチが入ったら! 黙ってヤられはしないけど!」
その前にハーレイをブチ殺す、と不穏どころかコワイ台詞が。
「ぼくと一発ヤろうだなんてね、思い上がりも甚だしいから、殺されたって文句は言えないね!」
「うーん…。君に悩殺されるんだったら、ハーレイだって本望だろうけど…」
「そういう意味の殺すじゃなくって、息の根を止める方だから!」
次の日の朝日は拝めない方で殺してやるから、と会長さんはギャーギャーと。ソルジャーがいくら試したくっても、何処でもベッドは無理ですってば…。
布団を敷いたら入るスイッチ、教頭先生にあるか無いかの話はさておき、入った所で悲惨な末路にしかならないことは明々白々。会長さんをモノにするどころか、下手をすれば命がありません。まさか本気で殺しはしないと思いますけど…。
「まあねえ…。まだ捕まりたくないからね?」
それに殺生の罪は重くって…、と会長さん。
「銀青ともあろう者が戒を破って殺したとなれば、言い訳に凄く困りそうでねえ…」
「言い訳って…。あんた、言い訳できるのか? 殺生の罪を!?」
アレは坊主には致命傷では…、とキース君が訊けば。
「いざとなったら、なんとでも…ねえ? それが出来なきゃ緋色の衣は着られない、ってね」
ダテに高僧をやってはいない、と平然と。
「ただねえ、言い訳の方は出来ても警察がね? そりゃあ、そっちも誤魔化せるけどさ」
ハーレイの一人や二人くらいは殺したって、と、まるでゴキブリ並みの扱い。ソルジャーが深い溜息をついて、嘆かわしそうに。
「…ホントのホントに報われないねえ、こっちのハーレイ…。殺してもいいとか、殺したくらいじゃバレないだとかさ」
「日頃の行いが悪いからだよ、ぼくに対する態度とかがね!」
「愛情表現をそう取られたんじゃ、もう気の毒としか言いようがないよ」
ぼくなら喜んで一発どころか二発、三発…、と嘆くソルジャー。会長さんは教頭先生の値打ちがサッパリ分かっていないと、あんな素敵な伴侶はそうそういないのに…、と。
「ぼくなんか毎日が熱々なのにさ、君ときたらさ…」
「君の認識が狂ってるんだよ、ぼくは至って正常だからね!」
ちゃんとフィシスという女神もいるし、と会長さんだって負けていません。ソルジャーの方が絶対変だと、あんなのと結婚するなんて…、と。
「どう間違えたら男と結婚したくなるのか、ぼくには理解不能だから!」
「分かってないねえ、気持ちいいからに決まってるだろう!」
結婚したならやることは一つ! とソルジャーは拳を握り締めました。
「晴れて夫婦で何処でも一発、布団を敷いたら公園でだって! これが結婚の醍醐味で!」
まずは気持ち良さを体験しなくちゃ、とソルジャーの目指す所は更に高みへと。
「こっちのハーレイにスイッチを入れて、君は気持ちの良さを体験! そうすれば、きっと!」
結婚しようという気にもなるのだ、と自説を展開するソルジャー。まずは布団を敷いてスイッチ、それから会長さんが教頭先生にヤられてしまって、ソルジャーと同じく男同士の良さにハマるのだ、とか言ってますけど、無理すぎませんか…?
思い込んだら一直線なのがソルジャーなる人、誰が止めても止まるわけがなく。
「要は布団でスイッチなんだよ、入るかどうか試してみようよ!」
ちょうどハーレイも暇そうだし…、とサイオンで教頭先生の家を覗き見た様子。
「ぼくたちの布団を貸してあげるから、とりあえず、此処で!」
「「「此処で!?」」」
このリビングで実験なのか、と誰もがスザッと後ろに下がりましたが、ソルジャーの方は。
「布団は何処でもベッドなんだよ、何処でもスイッチが入るってね!」
論より証拠、とソルジャーの指がパチンと鳴ったら、リビングに教頭先生が。瞬間移動をさせたようです。教頭先生はキョロキョロとして。
「こ、これは…。邪魔したか?」
「大いに邪魔だよ、ぼくは呼んではいないからね!」
会長さんがツンケンと言うと、ソルジャーが。
「ぼくが呼んだんだよ、ちょっと素敵なアイテムを見付けたものだから…。君は布団を知っているかな、いわゆる布団」
敷いて寝るヤツ、と訊かれた教頭先生は。
「それはもちろん…。私の家にも何組か置いてありますし」
私自身はベッドですが、という答えにソルジャーは満足そうに。
「なるほど、それじゃ布団の敷き方、心得てるよね?」
「はい。ですが、布団がどうかしましたか?」
「高級なヤツを買ったんだよねえ、ちょっと敷いてみてくれるかな?」
モノはこれで…、と再び空間を超えて来たソルジャー夫妻の布団は、きちんと畳んでありました。ソルジャーは湯治場で過ごす間に布団の畳み方を覚えたようです。教頭先生は畳んで積み上げられた布団に触ってみて。
「ずいぶん奮発なさいましたね、これをお使いになっておられるのですか?」
「まあね。…何処でもいいから敷いてみてよ」
「はあ…」
やってみましょう、と教頭先生は掛布団をよいしょと脇へどけると、敷布団を引っ張り出しました。ソルジャーとキャプテンが使う布団ですし、とびきり大きな敷布団です。それを広げて、シーツを掛けて。お次は掛布団をバサッと広げて…。
「…こんな感じで如何でしょうか?」
「うん、いいね。それじゃ枕を…」
どっこいしょ、とソルジャーが取り出した枕が二つ並べて置かれましたが。さて、この後は…?
大きな布団に枕が二つ。どう見ても夫婦用ですけれども、教頭先生のスイッチは入りませんでした。いえ、キツネにつままれたような顔とでも言うべきか…。
「どう、ハーレイ? グッと来たかな?」
ソルジャーがワクワクと問い掛けてみても、返った返事は。
「…羨ましいな、と思うだけですが…」
ご夫婦用の布団ですよね、と見ているだけの教頭先生。それはそうでしょう、ソルジャーが買ったと言っているのですし、枕が二つのビッグサイズじゃ、キャプテンと二人で使う布団に決まってますし…。
「…君の感想はそれだけなわけ?」
「…他に何かが?」
とても高級な布団なのでしょうか、とズレまくっている教頭先生。ズレたと言うより、そちらの方が普通の反応、スイッチなんかは入るわけがなくて。
「……おかしいなあ……」
ちゃんと布団を敷いたんだけどな、とソルジャーは首を捻りました。
「この布団があれば、君にもパワーが漲ってくると思ったんだけどね?」
「パワーですか?」
「そう、パワー! これは何処でもベッドと言って!」
布団さえ敷けば何処でも一発! とソルジャーが布団を指差しているのに、教頭先生は「一発?」と怪訝そうな表情で。
「一発と言えば、一発だろう!」
「はあ…?」
教頭先生とソルジャーの会話は平行線でした。まるで噛み合わず、ソルジャーの意図は通じていません。ソルジャーはすっかり自信を失くして、ガックリと肩を落としてしまって。
「…ぼくのハーレイ限定なわけ?」
「そうじゃないかと思うけど?」
こっちのハーレイの方が正しい、と会長さんは勝ち誇った笑み。布団はただの布団なのだと、それ以上でも以下でもないと。
「でも…。ぼくのハーレイだと何処でもベッド…」
「…何処でもベッドとは何のことです?」
今一つ分かりかねるのですが、と教頭先生が口を挟みました。
「確かに布団は敷きさえすればベッド代わりになりますし…。スペースさえあれば寝られますが」
「そこが大事なポイントなんだよ!」
うんとポイントが高いんだけど…、とソルジャーは布団を畳み始めました。諦めて持って帰るんですかね、その方がいいと思いますけど…。
敷いてあった布団を畳み終わると、グルリと周りを見渡したソルジャー。それから視線を宙に向けると、「よし!」と一声、青いサイオンが煌めいて。
「「「!!?」」」
ゆらりと一瞬揺れた空間、キャプテンがパッと現れました。ソルジャーの方は私服ですけど、こちらは制服を着ています。キャプテンは私たちに気付くと姿勢を正して。
「どうも、ご無沙汰しております。いつもブルーがお世話になっておりまして…」
「ハーレイ、挨拶はどうでもいいから」
それよりこっち、とソルジャーが布団の山を示した途端に、バッと勝手に広がった布団。リビングに見事に敷かれてしまって、ソルジャーは。
「ねえ、ハーレイ? 布団なんだけど…」
「布団ですね!」
そうでしたね、とキャプテンはソルジャーをグッと抱き寄せ、熱いキスを。えーっと、私たちのこと、見えてますかね、バカップルモード全開ですかね…?
「…でね、ハーレイ…」
キスから解放されたソルジャーのサイオンが光って、バカップルは見えなくなりました。布団も消えたと思ったのですが、何処からか「あんっ…!」という声が。
「「「え?」」」
今の声はソルジャーの、と見回す間に、また「あっ…!」と。会長さんが床をドンと蹴り付け、怒り狂った形相で。
「出てってくれる!? ここはぼくの家で…!」
「それどころじゃあ…。あんっ! ダメだってば、ハーレイ…!」
話し中で、というソルジャーの声が喘ぎに変わって、何事なのかと驚いていれば、急に静かになりましたけれど。
「…何だったんだ、今のは?」
キース君が一歩踏み出そうとしたら、会長さんが鋭く制止。
「ちょっと待って! …うん、帰ったかな、あっちにね。ぶるぅ、塩!」
「お塩?」
「そう! 思い切り床が穢れたから!」
よくもこんな所で前哨戦を…、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持って来た塩壺の中身をリビングにブチ撒き、教頭先生が立っていらした場所にもパッパッと。あれっ、教頭先生は?
「かみお~ん♪ トイレに走って行ったよ、さっき!」
無邪気な答えが返りましたが、会長さんの方は怒り心頭。まさかトイレって、もしかして…?
教頭先生が駆け込んだトイレは、念入りに清められたようです。塩を撒いた上に、お経まで。出て来た教頭先生は悄然としておられますが…。
「す、すまん…。つい…」
「あの声を聞いて欲情したって!? そりゃね、シールドの向こうだったけどねえ!」
とんでもないことをしてくれちゃって、と会長さんの怒りは収まらない模様。リビングの絨毯は処分するとか、もう明日にでも買い替えだとか。
「…何もそこまでしなくても…」
あの絨毯はいいヤツだろう、と教頭先生が言ったのですけど。
「そういう問題じゃないんだよ! 布団だけならまだマシだけれど、ああなってはね!」
スイッチだなんて…、と怒りまくって、どのくらいの時間が経ったのか。いきなり空間が揺れたかと思うと、さっきまでとは別の服を着たソルジャーが。
「ごめん、ごめん…! ついウッカリとヤリ込んじゃって…!」
ちゃんとシャワーは浴びて来たから、とボディーソープの匂いがふわりと。
「ハーレイもブリッジに走って行ったよ、勤務時間中には違いないしね!」
あんな感じでスイッチが入るというわけで…、とソルジャーは笑顔。
「ね、布団のパワーは凄いだろう? ぼくは間違ってはいなかったってね!」
何処でもベッド! という極上の笑みに、教頭先生の喉がゴクリと鳴って。
「あ、あのう…。あれは特別な布団ですか?」
「特別と言えば特別なのかな? 値段はとっても高かったよ、うん」
「私もあれを買いたいのですが…!」
そして練習したいのですが、という台詞を教頭先生が言い終えることは出来ませんでした。キラリと光った会長さんのサイオン、ご自分の家へ送り返されてしまわれたようで…。
「何をするかな、せっかくハーレイがその気になったというのにさ!」
「布団にパワーは無いんだってば、それに練習されても困る!」
二度と布団を持ち込むな、と会長さんが怒鳴って喚いて、ソルジャーは「やれやれ」とお手上げのポーズ。布団は効くのにと、あれこそ何処でもベッドなのに…、と。
「おい、本当に効くのか、布団は?」
俺にはどうも分からんのだが、とキース君が声を潜めて、シロエ君が。
「知りませんってば、湯治場のパワーと相乗効果じゃないんですか? キース先輩が勧めたんですよ、休暇には湯治に行けばいい、って」
「単に追い払いたかっただけなんだが…」
どうしてこういうことになるんだ、と頭を抱えるキース君にも、ソルジャーと大喧嘩を繰り広げていた会長さんにも、布団の効果はついに分からないままでした。
一方、何処でもベッドを手に入れてしまったソルジャーの方は、相変わらず布団で楽しみまくっているようで…。
「どうかな、これ? 今度、こっちのハーレイに勧めてみようかと!」
「…好きにすれば?」
もうあの家は布団部屋だから、と会長さんは開き直りの境地です。教頭先生、ソルジャーにせっせと勧められるままに布団を買ってはコレクション中、家のあちこちに布団の山があるのだとか。
「…ああいう商法、昔、無かった?」
やたらと布団を買わせるヤツ、とジョミー君がコソコソと囁き、サム君が。
「あったっけなあ…。でもよ、布団は効くんだぜ?」
「バカップル限定ですけどね…」
あっちもまた買ったようですよ、とシロエ君。何処でもベッドも只今、順調に増殖中。布団の効果が切れる時まで増えるんでしょうか、あっちの世界とこっちの世界で高級布団が何組も。ソルジャーがハマッた、何処でもベッド。効果はいつまであるんでしょうねえ…?
何処でも布団・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーが湯治に出掛けて発見したのが、布団の素晴らしさらしいですけど。
布団商法に引っ掛かった形の教頭先生、布団を何枚、買わされるやら。お気の毒に…。
ところで、シャングリラ学園番外編、去る4月2日で連載開始から12年となりました。
干支が一周して来ましたです、何処まで行けるか、お付き合い頂ければ嬉しいです。
次回は 「第3月曜」 5月18日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、4月といえば桜で、お花見の季節。マツカ君の別荘の桜も見頃。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年も夏がやって来ました。夏休みに向かってカウントダウンで暑さも加速してるんですけど、それに加えて日々増えてゆくセミの声。鳴き始めたな、と思った日には一匹だったのが次の日には数匹、今では既にうるさいほどで。
「くっそお…。こいつらはなんとかならんのか!」
やかましい! と中庭で顔を顰めるキース君。周りの木ではセミが合唱しています。
「こうすりゃ静かになるんでねえの?」
サム君が木の幹をドカッと蹴飛ばし、ピタリと一瞬、止んだものの。それに釣られてか、他の木のセミも黙り込んだものの、静かだった時間はほんの僅かで。
再び始まるセミの合唱、どうにもこうにも止まる勢いではありません。
「無駄だよ、サム。蹴って回る方が疲れるよ、それ」
放っておこうよ、とジョミー君が軽くお手上げのポーズ。私たちも「そうだ、そうだ」と頷き合いながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと向かったのですが…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
授業、お疲れ様! と迎えられた部屋は実に快適な空間でした。クーラーが効いててセミの声も聞こえず、別天地といった感じです。サッと出て来たチョコレートパフェも美味しいですから、もう文句なし。セミのことなど忘れ果てていたら。
「…やはり防音が必要なのか…」
「「「は?」」」
キース君の口から出て来た謎の台詞。防音がどうかしたんですか?
「ああ、すまん。…この部屋はとても静かでいいな、と思ってな。…いや、賑やかではあるんだが…。みんな好き放題に騒いでいるしな」
「どう静かなわけ?」
どの辺が、とジョミー君がキョロキョロ、みんなもキョロキョロ。さっきから来たるべき夏休みに向けてワイワイガヤガヤ、静かどころか逆だったんじゃあ、と思うんですけど…。
「雑音が無いという意味だ。集中できると言うべきか…。気を散らすものが無いからな」
「それ、楽しい時には定番じゃないの?」
盛り上がっていればそういうものじゃあ、とジョミー君が返してみれば。
「そうかもしれんが…。ここに大量のセミがいたとしてもだ、同じ台詞を吐けるか、ジョミー?」
「セミ?」
「そうだ、中庭で鳴いていたようなアレだ。アレを虫籠に詰めて四方八方に吊るしてあっても、ここで大いに盛り上がれるか?」
どうなんだ、と訊かれて悩んだ私たち。この部屋に大量のセミですか…。
「んとんと…。こんな感じかなあ?」
どう? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言ったかと思うと、たちまちセミの大合唱。天井に壁に、おまけに床までミーンミーンと凄まじい音が。
「「「うわー…」」」
これは嫌だ、と耳を塞ぐと、「やっぱりコレ?」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「キースが言うのってコレのことかな、セミがいっぱい」
「もういい、分かった!」
セミは要らん、とキース君が叫んで、シーンと静まり返った空間。あれ、セミは?
「えとえと…。セミは最初からいないんだけど…」
ねえ? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が視線を向けた先には会長さん。
「そうだね、セミなんかはいなかったねえ…」
一匹も、という話ですけど。それじゃさっきの大合唱は…?
セミがいないのにセミ時雨ならぬセミ暴風雨とは、これ如何に。何だったのか、と目をパチクリとさせていると。
「ぶるぅもタイプ・ブルーだよ? サイオニック・ドリームはお手の物ってね」
さっきのセミもそういうヤツ、と会長さんがニッコリと。
「リクエストにお応えしてってトコじゃないかな、そうだよね、ぶるぅ?」
「うんっ! キースが注文してたから…。ちょっとサービス!」
「俺は注文していないんだが!」
セミだけはもう沢山なんだ、とキース君は頭を振りました。
「俺の家が何処かは知ってるんだろう、セミは充分間に合っている! 朝から晩まで!」
夜明けと共にミンミンなのだ、と言われて浮かぶ元老寺。広い境内には大きな木が沢山、裏山だって木が一杯です。多分、学校の中庭どころのレベルではなくて…。
「そうだ、あいつらは騒音だ! もう測りたくなるくらいに!」
交差点のド真ん中よりうるさい筈だ、とキース君。
「それが朝からミンミン鳴いてだ、夜も明かりの届く辺りでいきなり鳴くんだ、景気よく!」
もうキレそうだ、と頭を抱えてますけど、たかがセミでは…?
「キース先輩、セミは夏の風物詩だと思うんですけど」
あれが消えたら異常気象じゃないですか、とシロエ君が冷静に指摘しましたが。
「そう言えるのはな、お前がセミで困ってないからだ!」
「どう困るんです?」
「卒塔婆書きに影響するんだ、アレが! とにかくうるさい!」
毎年のことだが耐え難い、と苦悶の表情。
「お盆に向けて卒塔婆を書かねば、と早起きをすればミーンミーンで、夜に書いてもいきなりミーンだ、もう耐えられん!」
書き損なってしまいそうだ、という話。卒塔婆を書くのに失敗した時は後が大変だと聞いています。消しゴムってわけにはいきませんから、削って書き直すんでしたっけ?
「そういう仕組みになってるな…。今年もそういうシーズンなんだが、あのセミが…!」
誰かセミどもを止めてくれ、という訴えで分かりました。中庭でセミがうるさいと文句をつけていたわけが。でもでも、セミって止められませんよ?
「うーん…。木を蹴飛ばしても一瞬しか黙らねえからなあ…」
「だよねえ、バイトで木を蹴るんだったら行ってもいいけど、疲れそうだし…」
バイト料をはずんで貰わないと、とジョミー君。時給じゃなくって木を一本蹴る度に加算って、そのアルバイトはボロすぎでは…?
「そんな金があったら防音の部屋を作りたいが!」
しかし親父が許してくれん、とブツブツブツ。
「坊主たるもの、心頭滅却して火もまた涼しだとぬかすんだ! セミくらいで集中力を切らすなど話にならんと!」
「…その辺はぼくもアドス和尚に同感だねえ…」
銀青としてはそう思うよ、と会長さん。
「プロの坊主なら頑張りたまえ。セミがどうのと言っていないで、ひたすら集中!」
「分かってはいる! そうやって毎年乗り越えて来たが、たまには贅沢を言いたくなるんだ!」
こういう静かな部屋が欲しい、と愚痴をこぼされても、私たちにはどうすることも出来ません。それとも此処で卒塔婆を書くとか…?
「いいじゃねえか、それ!」
此処で書けよ、とサム君が乗っかってくれました。
「静かだし、おやつ付きだしよ…。はかどると思うぜ、卒塔婆書きも」
「お前たちが楽しくやってる横でか? それはそれで空しくなるだろうが!」
「「「うーん…」」」
名案だろうと思ったんですが、此処で書くのも駄目ですか…。じゃあ、せめて…。
「癒しを提供すればいいのかな、セミでイラつく君のために?」
何か心が癒えるものを、と会長さん。
「そうすれば落ち着いて集中できるし、何か考えてあげようか?」
「癒しグッズか…。お香の類は駄目だぞ、あれは」
俺の家には通用しない、とアロマグッズは却下されました。抹香臭いお寺に住んでいるだけに、どんな香りも染み付いた香りに敗北するとか。
「おふくろが薔薇の花束を貰って来た時にもだ、薔薇の香りは線香に負けた」
「「「………」」」
そこまでなのか、と驚くと同時にアロマグッズの使えなささを実感です。他に何か…。
「モノがセミだし、騒音となると…。やっぱり癒しの音なのかなあ?」
お寺の場合は水琴窟とか、と会長さんが言ってますけど、水琴窟って…?
「ああ、それはね…。地面の中に甕とか壺を埋めておいてね、上から水をかけるんだな」
そうすれば地面の中で水が滴る綺麗な音が、というのが水琴窟。ピチョーンと響く音が癒しになるそうです。庭に設置してあるお寺も多いらしいんですけど。
「俺はそこまで暇じゃない!」
水琴窟まで行く暇があったら卒塔婆を書かねば、とキース君。水琴窟も駄目ですか…。
「余裕が無いねえ、副住職」
もっと心を広く持ちたまえ、と会長さんは諭したものの。
「ん? 音と言ったら、アレがあったか…」
「「「アレ?」」」
「百聞は一見に如かず、ってね。…こういうモノがあるんだよ。ちょっと借りてみた」
ほら、と会長さんの手のひらの上に直径二センチくらいの銀色の玉が。吊るすための紐がくっついています。会長さんは紐をつまんで玉を空中で揺らしてみて。
「…どう?」
「会長、それって鈴ですか?」
それにしては頼りない音ですが、とシロエ君が訊くと。
「一種の鈴だね、ハーモニーボールとかオルゴールボールって言うんだけれど…。元々は瞑想用だったって話もあるんだ、癒しの音だね」
こんな感じで、と玉が揺れるとシャラシャラ、シャラーン…、と涼しげな音が。大きな音ではないんですけど、癒されるといえばそんな感じかも…。
「これを鳴らせば心が落ち着くってコトで、一時期は人気だったかな。これはフィシスに贈ったんだよ、流行ってた頃に」
純銀製の高級品で…、と始まりました、フィシスさんへの愛情自慢。フィシスさんは今でもハーモニーボールを大切に引き出しに仕舞っているそうですが…。
「こういうので良ければプレゼントするよ、副住職。高級品じゃなくて量産品でも良ければね」
ぶるぅに買いに行かせよう、という会長さんの提案にキース君は飛び付きました。
「是非、頼む! 銀青様からのプレゼントならば俺も集中できそうだ!」
「それじゃ、一個…。ぶるぅ、頼むよ」
「かみお~ん♪ ハーモニーボールを一個、プレゼント用に包装だね!」
行ってくるねー! と瞬間移動でパッと消え失せた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。十分ほど経って戻って来ました、リボンがかかった小さな箱をお店の紙袋に入れて貰って。
「ただいまーっ! はい、キースのハーモニーボールだよ!」
「銀青から君へのプレゼント。今日から有効活用したまえ」
「有難い。恩に着る!」
これでセミ地獄も乗り切れそうだ、と嬉しそうですが、ハーモニーボールの音はとっても微かなものです。会長さんがフィシスさんのを鳴らしてますけど、少し離れたら聞こえません。こんな小さな音で集中できるんでしょうか、キース君…。
会長さんからキース君への贈り物。ハーモニーボールで心を癒して卒塔婆に集中、と私たちもエールを送ったのですが、やがて訪れた夏休み。キース君の卒塔婆書きはといえば…。
「進んでるかい、副住職? もう終わりそうな勢いかな?」
合宿の後は遊べそうかな、と会長さんが尋ねると。
「進んでいるわけがないだろう! 今年も地獄だ、これからが本気で追い込みの時期で!」
「あれっ、効かなかったのかい、ハーモニーボールは?」
癒しの音でセミを撃退じゃなかったのかい、と会長さん。
「てっきり卒塔婆書きもはかどってるものと…。あれじゃ駄目かい?」
「…貰っておいてアレなんだが…。なんとも小さな音だからなあ、セミ攻撃の前にはなあ…」
ロクに聞こえてくれんのだ、とキース君は深い溜息をつきました。
「仕方ないから、音繋がりで風鈴を吊るしてみたんだが…。あれも風が無いと鳴らないし…」
「「「あー…」」」
やっぱりハーモニーボールは効かなかったか、と同情すれども、卒塔婆書きは代わってあげられません。明日から始まる柔道部の合宿が終わった後はまた地獄ですね、今年の夏も…。
かくしてキース君たち柔道部三人組は合宿、ジョミー君とサム君は璃慕恩院の修行体験ツアーへと。その間、スウェナちゃんと私は、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、フィシスさんも一緒に遊び回って過ごして、合宿が終わり…。会長さんの家で打ち上げパーティー開催です。
「また明日からは卒塔婆書きか…」
今日の打ち上げが終わればな、とキース君が情けなさそうな顔。セミの合唱はますますパワーアップで、ハーモニーボールの音は聞こえもしないそうです。
「せめてあの音が風鈴くらいに響いてくれれば…」
「そこまで大きなハーモニーボールは知らないねえ…」
聞いたこともない、と会長さん。
「せっかく癒しグッズをあげたというのに、何の役にも立たなかったなんて…」
没収かな、と会長さんの手の中に銀色の玉が。元老寺から瞬間移動で回収しちゃったみたいです。
「キースの役には立たないとなれば、此処で癒しのアイテムとしてね」
こんな風に、とシャラーンと音が。クーラーの効いたリビングで耳にする涼しげな音は、ホントに癒しの音色です。個人的に貰ってしまうのもいいな、と思っていたら。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、と紫のマントのソルジャーが。アッと言う間に私服に着替えて打ち上げパーティーの席に乱入、早速、焼き肉を頬張りながら。
「うん、美味しい! 今日もいい肉を使っているねえ!」
「かみお~ん♪ マザー農場から沢山貰って来たんだよ!」
どんどん食べてね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。言われなくてもソルジャーは食べると思うんですけど…。タレだって勝手に何種類もお皿に入れて並べてますし。
「来ちゃったか…。こういう時には癒しってね」
君の出現でイラッと来たのをコレで解消、と会長さんがハーモニーボールを鳴らしました。シャラーンと微かな音が広がり、ちょっぴりソルジャーを許せた気分。これが癒し効果というものか、と銀色の玉を見ていたら…。
「あっ、それ、それ! それが前から気になっててさ!」
キースが貰った癒しグッズとかいうヤツだよね、とソルジャーが。
「それって、どういう効果があるんだい? 癒しっていう話だったけど…」
「君には関係なさそうだけど? 何か癒しが必要なのかい、そのタフすぎる神経に!」
およそ出番が無さそうだ、と会長さんがバッサリと。
「こういうのはねえ、もっとデリケートな人向けなんだよ、ハーモニーボール!」
君が持っても猫に小判、と酷い言いように聞こえますけど、その通りかも…。
繊細だとかデリケートだとか、そういった言葉とは真逆のソルジャー。そのソルジャーに癒しグッズなど必要無かろう、と私たちだって思いました。ところが、当のソルジャーは。
「そういうものでもないんだよ。ぼくにも癒しは必要でさ…」
「どういう癒し?」
会長さんが訊くと、即座に答えが。
「もちろん、大人の時間だよ! ぼくのハーレイとの熱い時間で心の底から癒されるねえ!」
「退場!!」
サッサと出てゆけ、と会長さんがレッドカードを叩き付けたのに。
「待ってよ、そのハーレイとの時間のためには癒しが必要! これは本当!」
「誰に癒しが必要だって?」
要らないだろう、と会長さんがツンケンと。
「君はノルディとデートもしてるし、癒しには不自由してない筈だよ。何かと言ったらこっちで息抜き、何処に癒しが要ると言うのさ!」
「ぼくじゃなくって、ハーレイだってば! あっちは年中無休なんだよ、基本的に!」
ソルジャーのぼくより多忙な職業、と名前が挙がったキャプテンの職場。ブリッジは年中無休なのだとは聞いています。ついでにキャプテン、船長なだけに雑務も多いと。
「そうなんだよ! 最悪、食堂のメニューに不足が出たって場合もハーレイに話が来ちゃうくらいで、本当にハードな毎日なんだよ!」
おまけにぶるぅもいるものだから、と悪戯小僧の名前までが。
「ぶるぅが悪戯をやった時には尻拭い! それだけじゃなくて、ぶるぅは覗くし!」
ぼくたちのベッドを覗きに来るから…、と大きな溜息。
「ハーレイは心が休まる暇が無いんだ、思い切り運の悪い時はね。…そうなってくると、ぼくとの時間に影響が出て来るんだよ。こう、元気が無いと言うか、イマイチと言うか…」
そういう時のために癒しが欲しい、とソルジャーの視線がハーモニーボールに。
「あれをシャランと揺すってやればさ、ハーレイは癒されるんだろう?」
「さあ、どうだか…。確かに君よりはデリケートなのかもしれないけれど…」
どうなんだか、と会長さんが首を捻れば。
「そりゃあ、もちろんデリケートだよ! なにしろハーレイは見られていると意気消沈だし!」
ぶるぅが覗きをしていると気付けば一気に駄目で、と言うソルジャー。
「ぼくはぶるぅが覗いていたって平気だし…。これって、ハーレイの方がデリケートだという証明だよねえ、違うのかい?」
「うーん…」
そう言われれば、と唸る会長さん。はてさて、これからどうなるんでしょう…?
ソルジャーはせっせと癒しの必要性を語り始めました。自分が癒されるためにはキャプテンとの大人の時間が必要、そのためにはキャプテンに癒しが必要。
「これからの時期こそ必要なんだよ、ハーレイに癒し!」
夏休みは海の別荘だから、とソルジャーの主張。
「結婚記念日に合わせて貰っての滞在だからね、あそこは絶対、特別休暇を取らなくちゃ! だけど休暇を取りたかったら、その前に仕事が山積みなんだよ!」
例年、とても忙しいのだ、とソルジャーはキース君を指差して。
「あそこのキースじゃないけどさ…。卒塔婆書きと同じでリーチなんだよ、今の時期!」
そんなハードな生活を送るハーレイに癒しを与えて欲しい、とハーモニーボールの方をチラリと。
「キースの役には立たなかったし、没収なんだろ? 要らないんだったら欲しいな、それ」
「欲しいって…。これで君のハーレイを癒すのかい?」
効くんだろうか、と会長さんは疑いの眼差しですけれど。
「何を言うかな、ハーレイだって立派に人間だから! きっと効くって!」
そして効いたらぼくにも癒しのお裾分けが、とウットリと。
「もうすぐ海の別荘ですから、と宥められて我慢ってケースも多いんだけどね、ハーレイを癒すことさえ出来れば、その我慢だって、もう要らないし!」
ガンガンとヤッてヤリまくるのみだ、とソルジャーは拳を握り締めて。
「そうすればぼくの癒しもバッチリ、非常事態が連続したって平気だってね! だから譲って欲しいな、それ!」
「…そういう良からぬ目的のための癒し用に…?」
会長さんの嫌そうな顔に、ソルジャーの方は。
「良からぬ目的って…。そりゃあ、最終的には大人の時間かもしれないけどねえ、ぼくとハーレイとが癒されることに何か文句があるのかい? 言っておくけど、ぼくの世界は!」
SD体制で毎日が苦労の日々なのだ、と出ました、ソルジャーの必殺技が。これを持ち出されると断れないのが定番と言うか、お約束。マザー・システムとやらに支配されている世界の怖さは何度も聞かされているだけに…。
「…分かったよ、ソルジャーとしての君に癒しが必要である、と」
そう言うんだね、と会長さんが確認すれば。
「その通り! ぼくがソルジャーとして守らなければ、シャングリラだって危ういし!」
「…分かったってば、そこまで言うならプレゼントするけど…」
効くかどうかは知らないよ、と会長さんが渡したハーモニーボールをソルジャーは嬉々として受け取りました。でも、本当に効くんですかねえ…?
翌日からはキース君は再び卒塔婆書きの日々。セミの大合唱と戦いつつも書いて書きまくって、マツカ君の山の別荘へと出掛ける頃には大体のめどはついたようです。
「…後はなんとか…。親父も今年は真面目にやってるようだしな」
俺に押し付けて来るとしたって三十本くらいか、と山の別荘へ向かう電車の中で一息、別荘に着いたら卒塔婆は忘れて充実の休日。山や湖で遊びまくって、アルテメシアに戻って来て。
それから卒塔婆をまた書きまくって、お盆の準備もぬかりなく。ジョミー君とサム君も駆り出される棚経が今年も近付いてくる中、たまには休みもあるわけで。
「明後日はいよいよ棚経か…。今日は戦士の休日だな」
明日には戦闘準備だからな、とキース君がジョミー君とサム君に喝を入れる光景もお馴染み。今日は会長さんの家で壮行会よろしくカレーパーティー、いろんなカレーをナンや御飯をお供に食べまくるパーティーです。なんでカレーかって、それは…。
「いいか、しっかり食っとけよ? お前たちも明日はカレーは禁止だからな!」
「分かってるってば…!」
「そうだぜ、毎年、言われているんだからよ」
母さんだって間違えねえよ、とサム君は至って不満そう。お坊さんコースを避けまくっているジョミー君とは違って真面目に取り組んでいるだけに、注意をされるとムッと来るようです。
お坊さんとしての役目がある時はカレーは禁止が元老寺の鉄則、アドス和尚の掟の一つ。カレーは匂いが強く残るだけに、イライザさんは「確実にお寺の出番が無い」と分かっている時しかカレーを作らないのです。ゆえにお盆もカレーは厳禁。
それの巻き添えを食らっているのがサム君とジョミー君、自分の家はお寺じゃないんですからカレーを食べても問題無いのに、お盆の前には付き合わされるというわけで…。
「かみお~ん♪ 暫くカレーは要らない、っていうほど食べておいてね!」
グリーンカレーもココナッツカレーも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。バラエティー豊かなカレーが沢山、ナンにつけて良し、御飯も良し。ワイワイ賑やかにやっていると。
「こんにちはーっ! ぼくにもカレー!」
夏はやっぱりカレーだよね、と出ました、ソルジャー。海の別荘行きも近いんですけど、ソルジャーは暇なようですねえ?
特別休暇の取得に備えて、キャプテンは超のつく多忙な日々を送っている筈。でもソルジャーには遊ぶ余裕があるんだな、と皆でジロジロ眺めていれば。
「当たり前だろ、ぼくの出番はハーレイより遥かに少ないからね!」
シャングリラのことにはノータッチが基本、と私服に着替えてカレーをパクついているソルジャー。会長さんの家に服が預けてあるのです。自分の世界の青の間にもエロドクターとのデートに備えて何着も置いてあるみたいですが…。
「ぼくの服がどうかしたのかい? カレーパーティーなら私服だと思うんだけど!」
より寛いで食べられるしね、とパクパクと。
「しっかりと食べておかないと…。夜に備えてエネルギー充填!」
「「「は?」」」
海の別荘も近いとはいえ、間にお盆が挟まります。今頃から夜に備えてどうするんだ、とソルジャーの顔を見詰めたら。
「えっ? 夜って言ったら今夜だけど? 体力をつけて大人の時間!」
「ちょ、ちょっと…。君のハーレイ、それどころじゃないって言わなかったかい?」
この時期はとても忙しいんじゃあ…、と会長さん。
「癒しが必要なほどの生活だと聞いたよ、いくら癒されても限度ってものが…」
「一発くらいが限界だろう、って言いたいのかい?」
「…そ、そうハッキリとは言わないけれど…」
「言ったのも同じ!」
そしてあながち間違いではない、とソルジャーは至極真面目な顔で。
「もちろんハーレイも疲れてるから、限界ってヤツは当然、あるよ? でもねえ…。同じ一発でも濃いめの一発と、渋々一発とは違うもので!」
「「「へ?」」」
「要は中身の問題なんだな、うんと充実した時間だったら一発だけでもぼくは満足!」
いわゆる濃いめの大人の時間、と真剣な顔で言われましても。それってどういう意味なんでしょうか、濃いめの時間がどうしたと…?
「君たちには理解出来ないだろうと思うから…。分かりやすく言うなら、ハーレイが凄くスケベなわけだよ! 普段以上に!」
「「「スケベ?」」」
「そう、スケベ! もうムラムラとしちゃっていてねえ、ぼくにも無茶を強いるんだな!」
それがとっても素敵な時間で…、とソルジャーは極上の笑みを浮かべてますけど、忙しい筈のキャプテンが何故にスケベで無茶を強いると…?
謎としか言いようのないソルジャーの話。キャプテンが使い物にならなくなった、と言い出したのならまだ分かりますが、その逆だなんて何が起こったのでしょう?
「あっ、知りたい? もう君たちの世界に感謝!」
とてもいいアイテムが手に入ったから、とソルジャーがヒョイと宙に取り出したものは銀色のハーモニーボールでした。それは癒しのグッズじゃなかったですか?
「まあね! そして実際、効いたんだけどさ…。ぶるぅの覗きでショックを受けてたハーレイに聴かせたら、普段よりも早く落ち着いちゃって…!」
お蔭であの日も一発ヤれた、と笑顔のソルジャー。
「いつもだったら、この時期にぶるぅが覗いちゃったら、もう駄目なのがお決まりのコースなんだけど…。これのお蔭で素敵に一発!」
そしてぼくにもたっぷり癒しが…、とソルジャーはそれは御機嫌で。
「ぼくが聴いてもただの綺麗な音なんだけどね、ぼくのハーレイには効果大! そうなってくると次の段階へと進んでみたいと思わないかい?」
「「「次の段階?」」」
「もっと癒しが欲しくなるじゃないか!」
今の時期は不足しがちな癒し、という言葉が指している癒し、元々の意味ではなさそうです。ソルジャー好みの癒しとやらで、大人の時間のことなんじゃあ…?
「ピンポーン♪」
大当たり! とソルジャーがニコリ。
「まさに大人のための癒しで、大人の時間を呼び込む癒し! ズバリ、コレでね!」
ジャジャーン! と効果音つきで出て来たハーモニーボール。あれっ、どうして二つあるの? 会長さんがプレゼントしていたハーモニーボールは一個だったと思うんですけど…。
「こっちのは、ぼくのオリジナル! ぼくが作ったわけじゃないけど!」
アイデアは出した、とソルジャーの両手にハーモニーボールが一個ずつ。見た目はどっちもそっくりですが…。
「まあ、見てよ! ブルーに貰った方がコレでさ…」
シャララーン、と鳴った音には覚えがありました。癒しの音色というヤツです。それじゃ、もう一つのハーモニーボールは?
「こっちかい? こっちはこういう音なんだな!」
シャリーン、シャラーン、と聞こえた音はオリジナルとさほど変わりません。言われなければ別物だなんて気付きそうにないと思いますけれど、このハーモニーボールに何か特別な効果でも?
みんなの目が釘付け、二つ目のハーモニーボールらしきもの。けれども音色も似たようなもので、見た目はそっくりと来たものです。どう違うんだ、と突っ込みたいのを抑えていれば。
「これだけじゃ分からないんだよ。…ちょっとお客さんを呼んでもいいかな?」
「ぶるぅだったらお断りだよ!?」
会長さんが慌てて制止。お盆の棚経を控えての壮行会だけに、大食漢の悪戯小僧は困ります。「ぶるぅ」が来たなら、カレーなんかは食い散らかされておしまいで…。
「違うよ、ぶるぅは呼ばないよ! こっちの世界のハーレイだけど!」
「「「教頭先生?」」」
何故に、と私たちの声がハモッて、会長さんは。
「ハーレイって…。ハーレイで何をするつもり?」
「見れば分かるよ、呼んでいいかな?」
「駄目だと言っても呼ぶんだろう!」
「話が早くて助かるよ。…うん、ちょうど暇そうにしてるってね!」
ちょっと失礼、とソルジャーのサイオンがキラッと光って、教頭先生が瞬間移動でご登場。こちらも私服でリラックスしていらっしゃったようですが…。
「な、なんだ!? …あ、こ、これは…! ご無沙汰しております…!」
ソルジャーに気付いた教頭先生、慌ててお辞儀。もちろん会長さんにも「邪魔してすまん」と挨拶ですけど、その教頭先生にソルジャーが。
「悪いね、急に呼び出しちゃって。…でもねえ、君に頼みがあるものだから…」
「私にですか?」
「そう! 君なら分かると思うんだ。これの値打ちが!」
癒しの音色が聞こえる筈で…、とソルジャーは会長さんから貰った方のハーモニーボールを揺らしました。シャラーンと涼しい音が聞こえて、教頭先生が。
「ハーモニーボールというヤツですか…。一時期、こちらで流行りましたね」
「うん、ブルーから貰ったんだけど…。こっちがぼくのオリジナルでさ」
まあ聞いてみて、とシャリーン、シャラーン、とソルジャーが作らせた方が鳴らされると。
「これは…。なかなかに深くていい音ですねえ…」
「君の耳にもそう聞こえるかい? じっくりと聞いてくれればいいよ」
こんな感じで…、とソルジャーが揺すって鳴らす音色に、教頭先生は目を閉じて聞き入っておられましたが、その顔がなんだか次第に赤く…なってきたように見えませんか…? それに身体もモジモジしてます、教頭先生、どうかなさいましたか?
「…す、すみません…」
教頭先生がパチリと目を開け、恥ずかしそうに。
「トイレに行ってもよろしいでしょうか、急にもよおして来ましたので…」
「どうぞ、ごゆっくり」
トイレはあちら、とソルジャーが指差し、教頭先生はトイレへと。バタンと扉が閉まったであろう頃に、会長さんが不快そうに。
「…トイレって…。何がトイレさ、ぼくの家のトイレが穢れるんだけど!」
「そう思うんなら送り返せば?」
「当然だよ!」
消えて貰う、と会長さんの声が響いて、教頭先生は強制送還されてしまったみたいです。トイレから自分のお家へと。…でも、どうして…?
「ふふ、それはねえ…。トイレに籠った理由がトイレじゃないからなんだよ!」
「「「は?」」」
ソルジャーの言葉は意味不明でした。トイレに入ってトイレじゃないって……なに?
「簡単なことだよ、ズボンを下ろして始めること! 下ろさなくっちゃ出来ないこと!」
「「「…???」」」
「こっちのハーレイ、ズボンの下には紅白縞だよね? その下には何があるのかな?」
ぼくの大好物があるんだけれど…、とソルジャーは自分の唇をペロリ。大好物って、まさか教頭先生の大事な部分のことですか…?
「それで正解! このハーモニーボールはねえ…。アソコに響く音色なんだな!」
しかも何故だかハーレイ限定、とシャリーンと鳴らされたハーモニーボール。その音がアソコに響くですって…?
「そうなんだよ! 癒しの音色をもっと他にも、ってサイオンで音を弄っていた時、偶然、発見しちゃってねえ! ぼくのハーレイがムラムラする音を!」
それがこの音、とシリーン、シャラーン、と。
「ぼくも記憶力はいい方だからさ、どういう細工をした時だったかは覚えてた! それで、その音を出せるハーモニーボールってヤツを、ぼくのシャングリラで作らせたわけで!」
元のハーモニーボールを参考にして手先の器用なクルーに任せて、とニコニコニッコリ。
「出来上がったヤツをハーレイの耳元で鳴らしてやったら、もうバッチリ! 癒しを飛び越えてムラムラしちゃって、強引に押し倒されちゃって!」
それ以来、これを鳴らして楽しみまくっている日々なのだ、とソルジャーが鳴らすハーモニーボール。もはやハーモニーボールと呼べない代物になっていませんか、その音は…?
ソルジャーが作ったハーモニーボール、キャプテンがムラムラするらしい音色。教頭先生にも効いたらしくてトイレに駆け込み、送り返されてしまわれましたが…。
「き、君は…! そんなモノを作ってどうすると…!」
会長さんの声が裏返って、ソルジャーは。
「使い道は決まっているだろう! ハーレイとの時間の充実だってば、この音色で!」
シャリーンと鳴らせば素敵なハーレイ、と赤い瞳がキラキラと。
「実はね、量産中なんだ! 海の別荘行きを控えて!」
「「「量産中?」」」
「そのまんまの意味だよ、大量生産! 幾つ作れるか、時間との勝負!」
なにしろ繊細な手作業だから…、とソルジャーは胸を張りました。
「少しの狂いであの音が出なくなっちゃうんだよね、だから手作業! ぼくのシャングリラで細かい作業を得意とするクルーを総動員!」
ただし全員時間外作業、とソルジャーお得意の技が炸裂しているようです。正規の仕事とは違う仕事をやらせた上に記憶を操作し、何をやったか忘れさせるという技を。
「また時間外でやらせてるって? 後で視察に出掛けるだけで御礼は無しっていうヤツを?」
会長さんが溜息まじりに言えば、ソルジャーは。
「それでいいんだよ、ぼくのシャングリラは! ソルジャーが視察に出掛けて労う、これが最高の名誉なんだからクルーも喜んでくれるしね!」
問題無し! とブチ上げてますが、その大量のハーモニーボールを何に使うと?
「決まってるじゃないか、ハーレイがムラムラする音を奏でてくれるんだよ? もう別荘のあちこちに吊るして、ちょっとした風とか振動とかでさ、鳴らしまくりで!」
そしていつでも何処でもムラムラ! とソルジャーの発想は斜め上でした。つまりアレですか、海の別荘では至る所でキャプテンがムラムラ、ソルジャーを強引に押し倒すと…?
「そういうこと! あっ、その場ではヤらないようにさせるから! ちゃんとベッドに瞬間移動で連れて行くから!」
でも押し倒すくらいはご愛嬌で許して貰えるよねえ? と期待の表情。
「だってさ、結婚記念日に合わせての滞在なんだしね? ぼくを食堂で押し倒していようが、別荘の玄関で押し倒そうが、感極まっての行動ってことで、そこはよろしく!」
ぼくのハーレイもとても楽しみにしているから、とソルジャーの顔に満面の笑みが。
「ぼくはね、これをムラムラボールと呼んでるんだよ、幾つも吊るして鳴らしてムラムラ!」
もう最高の別荘ライフ! とソルジャーがシャリーン、シャラーン、と鳴らす怪しいハーモニーボール、いえ、ムラムラボール。今年の海の別荘ライフは最悪ですか…?
ソルジャーは上機嫌で帰って行ったのですけど、私たちの方はそれどころではありませんでした。海の別荘、教頭先生もいらっしゃることになっています。そんな所へ大量のムラムラボールとやらを仕掛けられたら…。
「…ヤバくないですか?」
シロエ君が青ざめ、ジョミー君も。
「ヤバイなんていうレベルじゃなくって…! あれって、教頭先生にだって…」
「影響、モロに出てたよなあ…?」
ブルーが危ねえ、とサム君、真っ青。会長さんに惚れているだけに、教頭先生がムラムラしてしまうアイテムに対する危機感の方も人一倍で。
「なんとか出来ねえのかよ、あの計画!」
「出来たら誰も苦労しないよ」
ついでにハーレイを呼ばないのも無理、と会長さん。
「呼ばないと言ってもブルーが呼ぶに決まっているしさ…。ぼくは安全のために部屋から一歩も出ないというのがいいんだろうか…」
食事とかはルームサービスで…、と会長さんが立てこもりを決意しかけた時。
「いや、いける! セミさえあればな!」
セミだ、とキース君が叫びました。
「そもそも俺がだ、セミの大合唱に負けてだ、ハーモニーボールを手放したのが始まりだった筈なんだ! あの手の音はセミで消せるぞ、間違いない!」
「そうか、セミ…!」
その手があったか、と会長さんは手を打ったものの。
「…駄目だ、サイオンでセミの鳴き声を再現したって、ブルーなら軽く消してしまえるし…」
「そこで本物の出番だろうが!」
本物のセミが鳴きまくっていれば無問題だ、とキース君。絶対にそれでいける筈だ、と自信を持ってのお勧めでしたが…。
「…うるさくない?」
「うるさいが…。もう、どうしようもなくうるさいんだが…!」
だが、あの声が止まったら…、と海の別荘で私たちは耳を押さえていました。ミーンミーンの大合唱があちこちに置かれた虫籠からワンワンと響き渡っています。夜も煌々とライトを点けてのセミ対策だけはバッチリでしたが、もう神経が参りそうで。
「…でも、教頭先生もセミがうるさいと部屋に引きこもってらっしゃいますし…」
そういう意味では安心ですよ、とシロエ君。ソルジャーが仕掛けたムラムラボールは別荘内だけ、ビーチに行くには何の問題も無いですし…。
「でもよ、なんであいつらには効かねえんだ?」
セミ攻撃、とサム君が嘆く通りに、ソルジャー夫妻はムラムラボールの効果を満喫していました。食堂でムラムラ、廊下でムラムラ、まるでセミなどいないかのように。
「…ブルーだからだよ、あの音だけをサイオンでシャットアウトが可能」
ぼくには真似が出来ないけどね、という会長さんの言葉に肩を落とした私たち。別荘ライフはセミ狩りに始まり、セミ狩りに終わってしまいそうです。その上、セミでノイローゼ気味で…。
「…俺の気分が分かってくれたか、卒塔婆書きの?」
「分かったけどさあ…」
もうこれ以上は分かりたくない! というジョミー君の悲鳴は誰もの心に共通でした。教頭先生のムラムラ防止にセミの声。あのミンミンがここまで神経に障るものとは、なんとも悲劇。早く別荘から解放されたい気分ですけど、残りの日程、何日でしたっけ、マツカ君~!
セミには癒し・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
キース君の癒し用に導入されたハーモニーボールが、とんでもない方向へ行ったお話。
ムラムラボールも迷惑ですけど、セミのうるささも半端ないわけで…。気の毒すぎ。
次回は 「第3月曜」 4月20日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、3月といえば春のお彼岸。なんとか避けたい法要ですけど…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
やって来ました、ゴールデンウィーク。シャングリラ号へお出掛けしようという話も出てはいたんですけど、如何せん、今年は飛び石連休。こういう年にはシャングリラ号に行ってもキャプテンの教頭先生をはじめ、機関長のゼル先生も航海長のブラウ先生も不在なわけで。
「今年はやっぱり、こうだよねえ…」
平日は登校、休みはのんびり、とジョミー君。今日はお休みで会長さんの家へ来ています。ゴールデンウィークは始まったものの、間に挟まる学校生活。この三連休が終わればキッチリ元の生活に戻るとあって、ここぞとばかりにダラダラと。
「前半に飛ばし過ぎたからなあ、ここは休んでおくべきだろう」
キース君の言葉はある意味、正解。休みに入るなり、誰が言い出したものかバーベキュー。最初は会長さんのマンションの屋上でゆっくりやろうと思っていたのに、気付けば立派なアウトドア。瞬間移動で出掛けはしましたが、行った先ではしゃぎすぎたと言うか…。
「まあ、後悔はしてませんけどね」
あの馬鹿騒ぎ、とシロエ君。バーベキューをしていた河原はともかく、そこの近くの飛び込みスポット。男の子たちは我も我もと度胸試しで飛び込み続けて、楽しかったものの消耗したとか。
「あれだけ体力を使っちまうと、やっぱ後半は寝正月だぜ」
「サム、それ、何処か間違ってるから!」
お正月はとうに終わったから、とジョミー君が突っ込みはしても、気分はまさしく寝正月。食っちゃ寝とまではいかなくっても食べてダラダラ、喋ってダラダラ、そんな感じで終わりそうなゴールデンウィークですけれど。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、と元気な声が。誰だ、と一斉に振り返って見れば…。
「なんだい、君たちは何処にもお出掛けしないのかい?」
ぼくはこれからお出掛けだけど、と私服のソルジャー。何処も混みまくりのゴールデンウィークに何処へ行こうと言うのでしょうか?
「えっ? ノルディに誘われてお祭りにね!」
「祭りとは…。それはまた派手に混みそうだな」
物好きめが、とキース君が呆れているのに、ソルジャーは。
「こっちのお祭り、ぼくはあんまり知らないからねえ…。ノルディのコネでさ、クライマックスを関係者席で見られるらしいし、これは行かなくちゃ!」
じゃあねー、と大きく手を振るソルジャー。お祭りが終わったら帰りに寄るから、おやつと食事の用意をよろしくだなんて、厚かましいとしか言いようが…。
ソルジャーがパッと消え失せた後で、私たちは揃ってブツブツと。
「ゴールデンウィークの真っ只中に祭りに行くとは、あいつ、何処まで元気なんだ…」
俺なら避けるが、とキース君が言うなり、ジョミー君が。
「それが若さってヤツじゃないかな、祭りというだけで血が騒ぐんだよ」
「若さって…。お前、若くねえな」
この年で言ってどうするよ、というサム君の台詞ももっともですけど、ただでも混んでるゴールデンウィークにお祭りなんかに出掛けるパワーは若さそのもの。野外バーベキューをやらかしただけでお疲れ休みになってしまった私たちとは大違いで。
「あの若さが俺も欲しいものだな、祭りと聞いたら突っ込んで行けるパワーがあれば…」
何かと違いが、とキース君が零した溜息が一つ。
「違いって…。何かあるんですか、キース先輩?」
「いわゆる出世街道ってヤツだ。璃慕恩院に祭りと名のつくイベントは無いが、それに準ずるものはある。宗祖様の月命日とか、他にも色々と細かいのがな」
その度に顔を出すお祭り野郎な坊主もいるのだ、とキース君は語り始めました。璃慕恩院でのお役目は何もついていないのに馳せ参じるという、お祭り野郎。何度も何度も参加していれば璃慕恩院ならではのお経の詠み方、行事進行などもパーフェクトになってしまうわけで。
「そうなってくると、まずは自分の属する教区で有難がられる。あの和尚さんは本場仕込みだと、璃慕恩院と同じ作法を身につけている、と」
更には璃慕恩院でも顔が売れてきて、気付けば立派なお役目を頂戴するという出世コース。小難しい論文なんかを書かなくっても現場での叩き上げで高僧への道が開けるケースもあるそうで。
「坊主のシンデレラストーリーだな、ある日いきなり出世への道が…」
「キース先輩もやればいいじゃないですか」
特別生は休み放題ですよ、とシロエ君が勧めたのですけれど。
「駄目だ、それだけの若さが無い。全ての祭りに駆け付けるにはだ、パワーが要るんだ」
朝早くから璃慕恩院に到着しないと出世コースには乗れないのだとか。もちろん璃慕恩院にお出掛けする前に元老寺での朝のお勤めもぬかりなくこなしてこその祭りで。
「俺が本物の住職だったら、そこは適当にするんだが…。ウチには親父がいるからなあ…」
「「「あー…」」」
アドス和尚が朝のお勤めパスとか、適当なんていうのを許すとはとても思えません。元老寺での仕事もキッチリしっかり、その上で璃慕恩院でも全力でお祭りに参加なんかは、半端なパワーじゃ出来ませんってば…。
お坊さんの修行に耐えたキース君でも二の足を踏むのが祭りなるもの。私たちだって、混むと分かっているお祭りは遠慮したいと、ソルジャーの行方は全く調べもしませんでした。どうせ、あちこちで春祭り。アルテメシアだけでも確か幾つも…。
「うん、今日は幾つもやっているねえ…」
どれなんだか、と会長さん。
「ブルーとノルディのデートなんかは見たくもないしね、ぼくは探す気も起こらないね」
「かみお~ん♪ お祭りは放ってお昼にしようよ、春野菜のトマトチーズフォンデュだよ!」
ガーリックトーストにつければピザ風、締めはペンネを入れようと思うの! という「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声に大歓声。もうソルジャーも祭りも忘れてダイニングに移動し、三人ずつで一つのフォンデュ鍋を。
「のんびりコースで良かったよねえ、出先でこういうお昼は無理だよ」
何処も混んでて追い出されるよ、とジョミー君。
「だよなあ、たっぷり金を払えば別だけれどよ」
「それでもやっぱり、こういう時期には気を遣いますよ」
他のお客さんのこともありますから…、と話すマツカ君は御曹司ながらも控えめなのが素敵です。お金は沢山持っているから、と威張り返ることはしない気質で、お父さんたちもそうらしくて。
「父には厳しく言われましたね、予約した時間が終わりそうだと延長なんかをしては駄目だと」
お店が空いているなら別ですが、と立派ですけど…。
「そういや、あいつらは飯はどうなったんだか…」
キース君がフォンデュ鍋のトマトソースをガーリックトーストに塗りながら。
「あの馬鹿、祭りに行ったのはいいが、その近辺の店はもれなく混んでる筈だぞ」
「ほら、そこはさ…。ノルディだからさ」
マツカと違って、と会長さん。
「きっと朝からバッチリ個室を貸し切りなんだよ、あの気まぐれなブルーがいつ食べたいと言い出しても直ぐに入れるようにね」
「それって、とっても迷惑そうよ?」
他のお客さんに、とスウェナちゃんが言っていますけれども、多分、間違いなくそのコース。高級料亭だかレストランだか、ゴージャスな店を押さえているのに違いなくて。
「祭り見物に豪華ランチか、いい御身分だな」
こっちには二度と来なくていいのに、とキース君がチッと舌打ちを。ホントに来なくていいんですけど、予告した以上は来るんですよね…?
トマトチーズフォンデュの締めにとペンネを投入して食べればお腹一杯、午後のおやつまでは飲み物だけで充分でした。ようやっとお腹も空いて来たかと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がブラッドオレンジのシフォンケーキを切り分けてくれていた所へ。
「ただいまーっ! ぼくにもおやつ!」
それに紅茶も、とソルジャーが瞬間移動で飛び込んで来ると、空いていたソファにストンと腰を。
「…来なくていいのに…」
間に合ってるのに、と会長さんが口にした嫌味もどこ吹く風で、もう御機嫌で。
「凄かったよ、ノルディに誘われたお祭り! とても勉強になったしね!」
「「「は?」」」
何故に勉強、と思いましたが、お祭りには由緒や由来がつきもの、こちらの世界の文化を学んで来たのであろう、と好意的に解釈していれば。
「ノルディの解説も良かったけれどさ、あのお神輿が実にいいねえ…!」
「「「お神輿?」」」
お神輿と言えばお祭りの花で、キンキラキンのヤツですけれど。あれがソルジャーの心を掴むとは、もう意外としか言いようがない現象です。あんなのが好みでしたっけ…?
「あれは神様の乗り物だってね、あれに乗ってお出掛けするんだって?」
「平たく言えばそうだけど…。それが何か?」
何処の神様も大抵はアレに乗るんだけれど、と会長さん。
「小さな神社だとお神輿なんかは無いけれど…。お祭りと言えば神様をお神輿に乗せて練り歩くものだよ、本式の場合は行きもお祭り、帰りもお祭り」
御旅所まで出掛けて神様は其処に数日滞在、お帰りの時にまたお祭りで…、と会長さんが解説をすると、「そうらしいね!」とソルジャーが。
「ノルディが言うには、一週間後にまたお祭りがあるらしいけど…。派手にやるのは今日の方でさ、帰りの方ではお神輿が戻って行くだけだって」
お神輿が船で川を渡ったりするイベントは無いようだ、という話。川を渡るでピンと来ました、そのお祭りはアルテメシアの西の方の神社のお祭りなのでは…。
「ピンポーン! それでさ、ノルディに聞いたんだけどさ…。あそこの神様、縁結びに御利益があるんだってね?」
「夫婦の神様ってことだしねえ…。縁結びのお守りは両方で売ってはいないけどさ」
奥さんの方の神社だけだよ、と会長さん。神社は二つで、少し離れているのです。その両方からお神輿が出るというお祭りですけど、景色がいいだけに人気絶大でしたっけねえ…。
「そう、縁結び! ついでに夫婦円満にも御利益絶大ってことで、ノルディが誘ってくれたんだけど…。お守りを買うといいですよ、って言われたけれど!」
それよりもお神輿の方が素敵だ、とソルジャーの瞳がキラキラと。
「普段は離れて住んでる神様同士だろう? きっと夫婦の時間もコッソリ、どっちかの神社に出掛けて行っては励んでるんだと思うんだけど!」
「…その先、怪しくならないだろうね?」
妙な話に持って行くならコレだからね、と会長さんの手にイエローカードが。けれどソルジャーは「関係ない、ない!」と笑い飛ばして。
「ぼくはお神輿について話してるんだよ、夫婦の時間とは全く別物!」
あのお神輿は実に素晴らしい、と話は振り出しに戻りました。
「神様はお神輿ってヤツに乗ってさ、御旅所ってトコに行くんだろう? そして今日から一週間も其処に御滞在! 夫婦仲良く!」
「…それで?」
「ノルディの話じゃ、御旅所に滞在してる間にお参りすればさ、普段以上の御利益なんかもあったりするってことだったけど!」
プラスアルファで御利益パワーが、という話は大いにありそうなことでした。あそこの神社は知りませんけど、アルテメシアの他の神社の御旅所に確か、不思議なお参りの方法が…。
「あるね、無言参りっていうヤツだろ?」
会長さんが証言を。神様が御旅所にいらっしゃる間、毎日、往復の道で誰とも喋らずお参りしたなら願いが叶うというのが無言参りです。そこの神様、それ以外の時にいくら無言でお参りしたって特別な効果は無いそうですし…。
「そうらしいねえ、無言参りは御旅所限定! 他の神社にもあるかどうかは謎だけどさ」
会長さんが言えば、ソルジャーは。
「無言参りは聞かなかったし、これというお参りの方法も聞かなかったけど…。御旅所に滞在している間は御利益がうんと多いと聞いたよ、お祭りの間は御利益絶大! それでね…」
そう聞くとお神輿が素晴らしく見えて来たのだ、とソルジャーは赤い瞳を煌めかせて。
「あのお神輿に神様が乗ってるんだろ、これからホテルにお出掛けします、って!」
「「「ホテル?」」」
なんのこっちゃ、と訊き返せば。
「ホテルだよ! ホテルでないなら旅館なのかな、あの御旅所は!」
えーっと、神様が滞在なさるんですから、ホテルなのかもしれませんけど。旅館なのかもしれませんけど、その発想は斬新ですってば…。
御旅所をホテルや旅館に例えたソルジャー。お神輿は何になるのだろうか、と悩むしかない所なのですが、間髪を入れず。
「お神輿かい? うーんと、なんだろ…。こっちの世界の言葉ってヤツには詳しくなくてさ…。あえて言うならリムジンとか?」
「「「リムジン?」」」
デカイ車か、と思った私たちですけれど。
「違う、そっちのリムジンじゃなくて! 結婚式とかハネムーンとかで乗るリムジン!」
夫婦専用の立派な乗り物、とソルジャーの解釈は斜め上なもので。
「そういうものだろ、あのお神輿は! 派手に飾って、夫婦で仲良くホテルに行くために繰り出す乗り物なんだから!」
「違うってば! お神輿というのは何処のお祭りでも出て来るもので!」
会長さんが慌てて反論を。
「君が見たのがたまたま夫婦の神様だっただけで、他の神社も全部そうとは限らないから!」
お神輿だって三つも四つも繰り出すお祭りが普通にあるから、という説明に私たちも揃ってコクコクと。無言参りの神社の場合もお神輿は三つあったと思います。なのに…。
「他の神社はよく知らないけど、ぼくが見たのは夫婦の神様だったから! ああいう乗り物に乗ってお出掛けしたなら、御利益パワーの方もアップで!」
「…それは間違ってはいないけどね…」
お神輿自体に御利益があるし、と会長さん。
「今では禁止になっているけど、少し前まではお賽銭を投げる人もいたしね、お神輿に」
「ほら、素晴らしい乗り物じゃないか!」
あれに乗って出掛ければ神様の気分が高揚するのだ、とソルジャーは独自の説を滔々と展開し始めました。
「キンキラキンに飾られてる上に、鈴とかも沢山ついているしね! 神様の豪華リムジンなんだよ、乗ってるだけでパワーが高まる乗り物だってば、お神輿ってヤツは!」
そうやってパワーを高めてゆくから御旅所での御利益がスペシャルになるに違いない、と言われましても、お神輿ってそういうものでしたっけ?
「さっきブルーも言ってたじゃないか、お神輿自体に御利益があると! そして!」
夫婦の神様はホテルに着いたら早速一発! とグッと拳を。
「御旅所はホテルなんだろう? 滞在中にはせっせと励んで、パワーもぐんぐん高まるってね!」
縁結びも夫婦円満の方も御利益MAX、と言ってますけど、そうなんですか…?
「全面的に間違ってるから、その考えは!」
会長さんが即座に否定したものの、思い込んだら一直線なのがソルジャーという人。お神輿は夫婦の神様のためのリムジンであって、御旅所はホテルか旅館であって。
「間違ってないよ、ノルディに確認してはいないけど、この解釈で合っている筈!」
御利益を貰って下さいよ、とお賽銭をドンとはずんでくれたし、と笑顔のソルジャー。関係者席とやらは御旅所の近所にあったらしくて、沿道に並べられた椅子に座ってエロドクターとお神輿見物、それから御旅所に行ってお参り。
「ぼくはきちんとお参りしたんだ、夫婦円満でどうぞよろしくと!」
「それなら無駄口を叩いていないで帰りたまえ!」
さっさと帰って夫婦円満で過ごしてくれ、と会長さんが追い出しにかかったのですけれど。
「こっちの世界は休みだけれどね、ぼくの世界にはゴールデンウィークは無いんだよ!」
ハーレイは今日もブリッジに出勤なのだ、とソルジャーの方も負けてはいなくて。
「もしもハーレイが休みだったら、ノルディとお祭りどころじゃないから! 休みは朝から夜までみっちり、夜ももちろん夫婦の時間で決まりだから!」
こっちの世界で夫婦揃って楽しめるような素敵イベントでも無い限りは…、と言われてみればその通り。常に非常時と言ってもいいのがソルジャーの世界のシャングリラ。そのシャングリラを預かるキャプテン、週末も基本はブリッジに出勤でしたっけ…。
「そうなんだよ! ぼくのハーレイ、土日も休みじゃないんだよ!」
年中無休の職業なのだ、とソルジャーはそれは悔しそうで。
「こっちのハーレイは土日が休みで、祝日もあって、おまけに夏休みだの春休みだのと…!」
そんなに沢山休みがあるのに無駄にするとは情けない、と奥歯をギリリと。
「ぼくのハーレイにそれだけの数の休みがあればね、どれほどに夫婦の時間が充実するか…!」
「はいはい、分かった」
もういいから、と会長さんが止めに入れば、「分かっていない!」と切り返し。
「ぼくがお神輿の何処に魅せられたか、何故素晴らしいと言っているのか、君は全く分かってないから! まるでちっとも!」
「君の考え方が間違ってることは理解したから!」
「間違ってないと言ってるだろう! お神輿は本当にパワー溢れる乗り物なんだよ!」
あれに乗って行けばパワーが漲り、一週間もの長い間も休み無し! と言われて嫌な予感が。ソルジャーが見に行ったお祭りのお神輿、御旅所に一週間の御滞在ですが。その神様は夫婦の神様、御利益は縁結びと夫婦円満ですよね…?
「いいかい、一週間も休むことなくヤリ続けることが出来るんだよ、お神輿パワーで!」
あのお神輿に乗って行ったらそれだけのパワーが神様に…、とソルジャーはパンパンと柏手を。
「ぼくもしっかり拝んで来たけど、今日から毎日、一週間もお参りの人が途切れない! その人たちのために普段以上の御利益パワーがあるってことはさ…」
きっと夫婦の神様が励みまくっているのに違いない、と凄い決め付け。
「元々が夫婦円満の神様、その神様がノンストップでヤリまくっていれば御利益もアップ!」
「なんでそういうことになるわけ!?」
「お神輿を御旅所に運んでいたから! わざわざホテルに連れてったから!」
ここでしっかり励んで下さい、と神様のために用意するホテルが御旅所だろう、とソルジャーの解釈は斜め上どころか異次元にまでも突き抜けていました。お祭りの趣旨から外れまくりのズレまくり。御旅所ってそういうためにあるんじゃないような気が…。
「それじゃ何だい、御旅所は休憩する所かい?」
「…えーっと…」
会長さんが言い返せない内に、ソルジャーは。
「休憩でもいいんだ、ラブホテルだったら御休憩っていうのもあるからね! 休憩と言いつつ実は入って一発二発とヤリまくるためのプランというヤツで!」
御旅所が休憩する場所だったらラブホテルだ、と更なる飛躍。御旅所に入るお神輿の神様が全て夫婦と決まったわけではないと会長さんが言っていましたが…?
「他はどうでもいいんだよ! ぼくが見て来たお祭りが大切!」
あのお祭りとお神輿にぼくは天啓を受けたんだ、とソルジャーの瞳が爛々と。
「一週間もね、ノンストップでヤれるパワーの源はあのお神輿にあるんだよ! あれに乗っかってるだけでパワー充填、もうガンガンとヤリまくれるのに違いないから!」
「そうじゃないから! 他の神社のお祭りにだって、お神輿も御旅所もちゃんとあるから!」
お神輿はそんなアヤシイ乗り物ではない、と会長さんがストップをかければ、ソルジャーは。
「でもさ…! 他の神社のお祭りだってさ、御旅所に行けば普段以上の御利益だろう?」
「それは否定はしないけど…。でもね、お祭りの間は神様の力も高まるもので…!」
だから御旅所にお参りすればプラスアルファの御利益が、と会長さんは説明したのですけど。
「ほらね、お祭りの間は神様の力がアップするんだよ、あのお神輿に乗ったお蔭で!」
どんな神様でもアレに乗ったらパワーアップだ、と言われてしまうと返す言葉がありません。お神輿にお賽銭を投げた時代もあるんだったら、あれってやっぱりスペシャルでしょうか。お神輿自体がスペシャルなのかな、神様よりも…?
お神輿の御利益は神様が中に乗っかってこそ。理性ではそうだと分かっていますが、ソルジャーの見解を聞いている内に自信がだんだん揺らいで来ました。実はお神輿にもパワーがあったりするのでしょうか、神様を乗せる乗り物ですし…。
「ぼくはそうだと思うんだけどね、あのお神輿にも力があると!」
なんと言っても独特の形、とソルジャーは宙にお神輿の幻影を浮かべてみせて。
「お神輿ってヤツはぼくも何度か目にしてるんだよ、今までにもね。どれもこういう形をしてたし、飾りが多少違うくらいで基本は同じで、キンキラキンでさ…」
この形にきっと意味があるのだ、とお神輿の幻影の隣にパッと浮かんだピラミッド。
「ぼくの世界にはピラミッドはどうやら無いみたいだけど、こっちの世界じゃピラミッド・パワーなんていう不思議な力があるんだってね?」
「あれは眉唾だと思うけど! …いや、あながちそうとも言い切れないか…」
ファラオの呪いはあるんだった、と会長さんがブルブルと。そういう事件もありましたっけね、あの時もソルジャーのお蔭でエライ目に遭わされたたような記憶が…。
「ね、ピラミッド・パワーがあるなら、お神輿パワーもあるんだよ、きっと!」
お神輿とピラミッドの幻影がパチンと消えて、ソルジャーが。
「お神輿が中に乗った神様のパワーを高めるんなら、神様じゃないものが乗ってもパワーがググンとアップしそうだと思わないかい?」
「…中に薬でも乗せるわけ?」
君の御用達の漢方薬とか…、と会長さんは呆れ顔で。
「お神輿のミニチュアを買いに行くのなら店は教えるけど、パワーの保証は無いからね? 効かなかったからと店に怒鳴り込んでも、それは筋違いってヤツだから!」
「なるほど、薬ねえ…。それも悪くはないかな、うん」
お神輿型の薬箱か、とソルジャーは大きく頷きました。
「そっちの方も検討する価値は大いにありそう! お神輿の中に薬を入れればパワーアップ!」
ぼくのハーレイに飲ませた効果もググンとアップ、と嬉しそうですが、薬を入れるつもりじゃなかったんなら、お神輿に乗せるものって、なに…?
「決まってるだろう、神様が乗って効くものだったら、人間にだって!」
「「「は?」」」
「ぼくのハーレイとぼくが乗るんだよ、あのお神輿に!」
そしてパワーを貰うのだ! とブチ上げてますが、まさかソルジャーのシャングリラの中を二基のお神輿が練り歩くとか…?
お神輿にはパワーがあると信じるソルジャー、キャプテンと二人で乗るつもり。ソルジャーを乗せたお神輿とキャプテンを乗せたお神輿の二基がシャングリラの中をワッショイ、ワッショイ、進んで行く様を思い浮かべた私たちは目が点でしたが。
「それはやらないよ、ぼくのハーレイはヘタレだから! これからヤリます、って宣言するような行進なんかをやらせちゃったら、お神輿パワーも消し飛ぶから!」
当分使い物にならないであろう、と冷静な判断を下すソルジャー。
「そうでなくても、ぼくとの仲はバレていないと思い込んでるのがハーレイだしねえ…。特別休暇の前に二人でお神輿に乗ろうものなら、もう真っ青だよ、これでバレたと!」
とうの昔にバレバレなのに、と深い溜息。
「ぼくとしてはハーレイと二人でお神輿ワッショイも捨て難いけれど、そうはいかないのがハーレイだから…。とりあえずはパワーが手に入りさえすればそれでいいかな、と」
一週間もヤリまくれるなら充分オッケー、と親指をグッと。
「ついでに、ぼくは夫婦円満の神様ってわけじゃないからね? ぼくが頑張る必要は無いし、ハーレイに励んで貰えればもう天国でねえ…!」
御奉仕するのも悪くないけど、ひたすら受け身もいいもので…、とウットリと。
「ハーレイに凄いパワーが宿れば、ぼくが疲れてマグロになってもガンガンと! もう休み無しで一週間ほど、ひたすらに攻めて攻めまくるってね!」
「「「………」」」
マグロが何かは謎でしたけれど、大人の時間の何かを指すとは分かります。ソルジャーはキャプテンにお神輿パワーを与えるつもりで、自分の方はどうでもいいということは…。
「そう、お神輿は二つも要らない! ぼくのハーレイの分だけがあれば!」
ハーレイさえお神輿に乗せてしまえば後はパワーが自動的に…、と極上の笑み。
「それにさ、お神輿、御旅所の中では置いてあるっていうだけだったしねえ? 担いでワッショイやってなくてもパワーは漲り続けてるんだろ?」
「…うーん…」
どうなんだろう、と会長さんが首を捻りましたが、ソルジャーはお神輿のパワーは形に宿ると本気で信じているだけに。
「多分、ワッショイはオマケなんだよ、神様をハイな気分にするための!」
ワッショイしたなら、漲りまくったパワーに加えてハイテンション。御旅所に誰がお参りに来ようが、覗いていようがガンガンガンとヤリまくれるのだということですけど、お神輿ワッショイって神様をハイにするものですか…?
何かが激しく間違っている、と誰もが思ったお神輿パワーにお神輿ワッショイ。とはいえ、ソルジャーに勝てる人材がいるわけがなくて、この展開を止められる人もいなくって。
「早い話が、ぼくはお神輿が欲しいんだよ! ハーレイのために!」
こっちのハーレイじゃなくてぼくのハーレイ、とソルジャーは核心を口にしました。
「ハーレイが中に乗れるサイズのお神輿がいいねえ、ワッショイの方はどうでもいいから!」
「売ってないから!!」
人間用のお神輿なんかは売られていない、と会長さんが一刀両断。あれは神様を乗せて運ぶもので、既製品のお神輿が仮に売られているとしたなら子供神輿がせいぜいなのだと。
「…子供神輿って、子供用かい?」
「そのままの意味だよ、子供が担ぐお神輿だよ! 子供が乗れるって意味じゃないから!」
要はお神輿の縮小版だ、と会長さん。
「お神輿を作る会社というのはあるけどねえ…。ああいうのは受注生産なんだよ、元からあるのが古くなったから作りたい、と古いのを持ち込んで同じのを作って貰うとか!」
「…それはレプリカというヤツかい?」
「そうなるねえ…。元のと飾りもサイズもそっくり、そういうのを一から作るってね!」
それに神様の乗り物だから…、と会長さんは続けました。
「作る過程で細かい決まりが色々と…。あれはオモチャじゃないんだよ!」
「…本当に? 商店街のお祭りなんかで担いでないかい、ああいうお神輿」
あれはオモチャじゃないのかい、とソルジャーからの思わぬ反撃。そういえばアルテメシアの商店街でもお神輿を担いで賑やかにやるのがありました。中学校のパレードでお神輿を出してる所もあった気がします。あれって神様、乗ってるのかな…?
「ふうん、学校のお神輿ねえ…? それは神様っぽくないねえ…?」
いけない、ソルジャーに読まれましたか…! サーッと青ざめた私ですけど、キース君たちも揃って口を押さえてますから、同じお神輿を連想していたみたいです。ソルジャーは会長さんにズイと詰め寄って。
「商店街なら百歩譲って、中に神社があるってケースもありそうだけど…。学校のパレードで担ぐお神輿、神様は乗っているのかい? どうもそうとは思えないけど…?」
「の、乗ってるケースもあるんじゃないかな、学校の敷地にお稲荷さんとか…!」
きっとそういうケースだって、と逃げを打った会長さんの台詞は語るに落ちるというヤツでした。そういうケースもあると言うなら、そうじゃないケースもあるんですってば…。
「なるほどねえ…。学校のパレード用のお神輿があるなら、ハーレイ用のお神輿だって!」
作って作れないわけはない! と一気に燃え上がるソルジャーの闘志。キャプテンを乗せるお神輿を是非に作りたいのだ、と言い出したらもう止まらなくて。でも…。
「なんだい、此処の制作期間は五ヶ月から一年っていうのはさ?」
リビングに置かれていた端末でお神輿製作を手掛ける会社を調べたソルジャーが指差す画面。其処にはこう書いてありました。「大人用神輿、制作期間は五ヶ月から一年頂戴します」と。
「書いてある通りだよ、そのくらい軽くかかるんだよ!」
費用をはずんでも期間短縮は出来ないからね、と会長さんがツンケンと。
「オモチャじゃないって言っただろ! 本体を作って飾りも作って、出来上がるまでに最低でも五ヶ月必要なんだよ、こういうお神輿を作るには!」
小さなサイズの子供神輿でも三ヶ月、と画面を示され、ソルジャーは。
「じゃあ、学校のパレード用のお神輿ってヤツは…?」
「本格的なのを担いでるトコのは、もちろんこれだけの期間をかけて作ってるってね!」
寄付を募って業者に注文、立派なお神輿が出来上がるのだ、と会長さん。
「それだけに相当重いらしいよ、子供の手作り神輿と違って」
「手作り神輿…?」
ソルジャーが訊き返し、私たちは会長さんの失言に気付きましたが、時すでに遅し。ソルジャーの耳は手作り神輿という言葉をガッチリ捉えた後で。
「いいねえ、手作りのお神輿ねえ…! あの形にパワーが宿ってるんだし、何も本物にこだわりまくって五ヶ月も待たなくってもね…!」
作ってくれそうな面子がこんなに…、と赤い瞳が私たちをグルリと見回して。
「ゴールデンウィークの記念にどうかな、手作り神輿!」
「「「お断りします!」」」
後半はダラダラ過ごすと決めたんです、と見事にハモッた声でしたけれど。
「ありがとう、作ってくれるんだって?」
「誰も作るとは言っていないが!」
その逆だが、というキース君の声はソルジャーに右から左へ流されてしまい。
「それじゃ早速、材料を集めに出掛けて来るよ! えーっと、どういうものが要るかな…」
キンキラキンの飾りに鈴に…、と制作会社の画面をあちこち調べまくって頭に叩き込んでいるソルジャー。私たちの連休、お神輿作りで終わってしまうというわけですか…?
瞬間移動と情報操作はソルジャーの得意とする所。夕食までにドッカン揃ったお神輿作りの材料の山と、ソルジャーが何処からか調達して来た手作り神輿の設計図を前に溜息を幾つ吐き出したって、どうにもこうにもならないわけで。
「…今夜は完徹で決まりですね…」
シロエ君が設計図を広げて零せば、キース君が。
「今夜だけで済めば御の字ってヤツだ。最悪、ゴールデンウィーク明けは欠席になるぞ」
「「「うわー…」」」
欠席届なんかは出してませんから、無断欠席で決定です。特別生には出席義務が無いと言っても、今まではキチンと欠席届を出していたのに…。
「なんだ、欠席届かい? それくらいなら出してあげるよ、書いてくれれば」
ぼくがサイオンで情報を操作してチョイと、と微笑むソルジャー。つまり、お神輿が完成するまでは解放されずに此処に缶詰、欠席届には「お神輿を作るので休みます」と書くしかないと?
「その通りだけど? 頑張ってよね、ハーレイ専用のお神輿作り!」
ぼくは本格派で行きたいんだから、とソルジャーが自慢するとおり、何処から探して持って来たやら、お神輿の材料は飾りに至るまで本物そっくり。鈴を手に取ればいい音がしますし、他の飾りもチリンチリンと鳴りますし…。
「ああ、その辺の材料かい? 制作会社の在庫をチョイとね…。五ヶ月からとか書いているくせに、こういったものは多めにストックあるみたいだよ?」
「そりゃね…。ああいう会社は修理もするから、それ用の部品があるってね…」
ちゃんとお金は払ったろうね、という会長さんの言葉にソルジャーは「うん」と。
「在庫のデータを減らすついでに、売れたってことにして処理しておいたよ。代金は会社の金庫に入れたし問題無いだろ、そこに入れたと帳簿にきちんと書いて来たから!」
もうバッチリ! と威張るソルジャー、設計図を眺めて涙々の私たち。本職でも五ヶ月から一年だというお神輿なんかを連休の残りで作れるでしょうか?
「その辺はぼくも協力するよ。ブルーとぶるぅのサイオンもあるし、突貫工事で頑張ってくれればギリギリなんとか間に合わないかな、連休明けの朝くらいには」
「「「…連休明け…」」」
あまりと言えばあまりな言葉に絶句したものの、始めないことには終わりません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が打ち上げならぬ打ち入りと称して大きなステーキを焼いてくれましたが、このエネルギーは日付が変わるよりも前に切れるでしょう。夜食もよろしくお願いします~!
かくして徹夜でトンテンカンテン、次の日も寝ないでトンテンカンテン。お神輿の形が出来上がって飾りを取り付ける頃には連休明けの朝日が昇って…。
「ありがとう、お蔭で完成したよ! ハーレイが中に入れるお神輿!」
「それは良かったな…」
俺たちはもう死にそうだがな、というキース君以下、私たちはヨレヨレになっていました。それでも会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んで制服と鞄を瞬間移動で家から取り寄せて貰い、揃って瞬間移動で登校。後の記憶は全く無くて…。
「かみお~ん♪ 授業、お疲れ様!」
今日はこのまま帰りたいよね、という「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声でハッと戻って来た意識。それじゃ今まで、この部屋に来るまで私たち、何処に居たんでしょう…?
「その点だったら心配ないよ。ブルーが責任を取るとか言ってさ、フォローしてたから」
「んとんと、みんな寝てたけど寝てはいなかったよ!」
見た目はきちんと起きてたよ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。あのソルジャーがそこまでフォローをしてくれたんなら、お神輿、効果があったんでしょうか?
「さあねえ…。それは今夜以降にならないと分からないんじゃないのかなあ…」
まだお神輿を持って帰っただけだしね、と会長さん。キャプテンが中に入ってみないと効果のほどは分かりません。あのお神輿は特別製ですし、キャプテンがゆったり座れるスペースと分厚い座布団が中に隠れていますけど…。お神輿のパワー、どうなんだか…。
お神輿作りでゴールデンウィークの後半を潰された上に、連休明けは意識不明で登校という強烈なことになってしまった私たち。これでお神輿の効果が無ければ悲しいですけど、あったらあったで迷惑なことだ、と嘆き合う内に日は過ぎて…。
「こんにちはーっ! この間はどうもありがとうーっ!!」
もう本当に感謝なんだよ、とソルジャーが降って湧きました。会長さんの家で「この週末こそダラダラしよう」と何もしないでいた私たちの前に。
「あのお神輿は凄く効いたよ、流石は神様の乗り物だよね!」
ハーレイの漲り方が凄くって、とソルジャーは喜色満面で。
「最初は腰が引けてたんだけど、乗り込んだらムクムクとヤる気がね…! 扉を開けて出て来たな、と思った途端に押し倒されてさ、後は朝までガンガンと!」
そういう素敵な毎日なのだ、と充実している様子のソルジャー。お神輿を作った甲斐があったか、とホッと一息ついた途端に。
「それでね、次はワッショイのパワーを試したくなって…。あれで神様がハイになるんだよね?」
ぼくのハーレイもハイテンションにしたいから、とソルジャーは期待に満ちた瞳で。
「今夜さ、適当な場所を用意するから、みんなで担いでくれるかな? あのお神輿! ぼくのハーレイも乗り気になってて、是非ともワッショイして欲しいって!」
「「「えーーーっ!?」」」
今度はお神輿ワッショイですか、と泣きたい気持ちになったのですけど、キャプテンまでがその気な以上はワッショイするしかありません。
「…お神輿ってホントにパワーがありましたっけ…?」
「俺が知るか!」
イワシの頭も信心からだ、とキース君。きっとそういうことなんでしょうが、信じる者は救われるという言葉もあるのが世の中です。ソルジャーとキャプテンがお神輿パワーを信じる間はワッショイするしかないでしょう。いっそ法被も作りますかね、お神輿担いでお祭りワッショイ!
祭りとお神輿・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーがお祭りに行ったお蔭で、お神輿を作る羽目になってしまった、いつもの面々。
しかも御利益はあったみたいで、お次は担いでワッショイだとか。お揃いの法被で…?
次回は 「第3月曜」 3月16日の更新となります、よろしくです~!
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