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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「ハレブル」の記事一覧

(うーん…)
 今日はあんなに食べたのに、とブルーは大きな溜息をついた。自分にしては頑張って食べた筈の夕食、学校での昼食も残さずに食べた。普段だったら残してしまうか、友達に譲る量だったのに。
 未だに伸びてくれない背丈。ハーレイと再会した五月から全く伸びない背丈。
 百五十センチのままの背丈が前の自分の背丈と同じにならない限りは、ハーレイはキスも許してくれない。百七十センチだったソルジャー・ブルーがブルーの目標。
(あと二十センチもあるのに、伸びないんだよ…)
 夏休みの間にぐんと背丈を伸ばした友達にコツを訊いたが、「とにかく食ってた」という返事。その後も順調に背が伸びている友人たちを捕まえて訊いては、同じ返事を貰っている。
 「まずは食べないと」が皆の共通した意見。ブルーのように食が細くては伸びはしないと、今の食事の量では駄目だと。
 沢山食べるということについては、大好きなハーレイも同意見。ブルーの家で食事を食べてゆく時の決まり文句が「しっかり食べろよ」で、「もっと食べろ」とおかわりを器によそってくれる。
 ただしハーレイの場合は「ゆっくり大きくなれよ」の言葉もオマケにつくのだけれど。



 自分がどれだけの量を食べたか、分かりやすそうなものが体重計だと思った。バスルームの隣に置いてあるそれに、今夜も乗ってみたというのに。
(増えていないよ…)
 昨夜見たのと変わらない数字。あれだけ頑張って食べた食事は何処へ消えたと言うのだろう?
(…減ってないだけマシかもだけど…)
 体重を計り始めて数日になるが、ブルーの努力はまるで反映されなかった。背丈と同じで体重も増えず、どんなに食べても表示される数字は変わってくれない。
(体重が増えないから、背も伸びないわけ…?)
 背丈を伸ばすには栄養が要るし、その栄養は食事で得るもの。食べた食事が養分になって身体を育てることくらい分かる。食べた直後は体重が増えて、それから背丈を伸ばす方にゆく筈。
 けれども増えてくれない体重。食べた分だけ重くなりもせず、同じ数字の体重計。
(ぼくって栄養、摂れていないの…?)
 たまに体重計に乗っていたけれど、大して気にしていなかった。お風呂上がりに其処に在るから乗ってみただけで、計り終わったら綺麗に忘れた。
 背丈ばかりに気を取られていて、意識していなかった体重。



(前のぼくって…)
 何キロくらいあっただろうか、と今の自分と変わらなかった頃の記憶を手繰った。
 成人検査を受けた時の姿で成長を止めてしまっていたから、アルタミラからの脱出直後は恐らく今と変わらない筈。そこからぐんぐん背が伸びていって、一番の成長期だった頃。
 きっと参考になるであろう、と遠い記憶を探ってみたのに。
(…計ってない…?)
 覚えていないのならばともかく、計っていないらしい体重。
 人類の船に名を付けただけの初期のシャングリラに体重計は備わっていたが、乗ってみた記憶が全く無かった。恐らくは乗組員の体調管理のために置かれていたと思われる体重計。
 確か、医務室ではなく休憩用の部屋に在った筈。誰でも気軽に計れるようにという配慮。
 最初から其処に置かれていたのか、何処かから移動させて来たのか。とにかく一目で体重計だと分かる代物、前の自分も眺めていたのに。
(なんで計ってみなかったわけ…?)
 どうして、と記憶を引っ張ってみても、理由は思い出せなかった。
(これじゃ参考にならないよ!)
 役に立ってくれない、前の自分の身体のデータ。
 せっかく体重計が置いてあったのだし、乗ってみてくれれば良かったのに…。



 参考にしようにもデータが無かった、前の自分の成長期。
 背丈は自分では測りにくいが、体重の方は体重計に乗りさえすれば簡単に分かる。その数字さえ記憶に残っていたなら目安になるのに、記憶どころか計ってもいない。
(…体重が増えるのと、背が伸びるのと、どっちが先?)
 体重だろうと思うけれども、決め手に欠けた。
(食べないと大きくなれないんだから、体重が先に増えそうだけど…)
 前の自分はデータが無いから話にならない。これは先達に訊くしかない、と翌日、学校で友達を捕まえて訊いてみた。身長と体重、どちらが先かと。
「えーっ? どっちが先って言われてもなあ…」
「でもさ、冬ってあんまり伸びなくないか?」
「そういえば夏だな、夏休みにググンと伸びるヤツって多いよな!」
 ワイワイと大勢が集まって来て始まった時ならぬ身長談義。
 その結果として、夏場は身長、冬は体重が増える傾向にあるという意見が多数を占めた。



(…冬は体重なんだとすると…)
 帰宅したブルーはおやつを食べた後、部屋で考え込んでいた。
 友人たちの意見が正しいとすると、今の季節に身長の伸びは期待できない。日毎に秋が深まっていって寒い冬へと向かう時期だし、体重しか増えてはくれないだろうか?
 けれども、その体重すらも心許ない。どんなに食べても体重計の表示は変わってくれない。
(ハーレイみたいに凄く大きくなる人もいるのに…)
 自分はどうして駄目なのだろう、と思った途端に閃いた。それだ、と手を打つ。
 今の学校の教職員の中では一番体格がいいハーレイ。シャングリラに居た頃も一番だった。
(そうだよ、ハーレイは前の時から大きいんだよ!)
 あれだけ大きく育ったハーレイなら、背を伸ばすコツを知っている筈。今まで思い至らなかった自分は馬鹿だ、と頭を叩いた。
 そうだ、ハーレイに訊いてみればいい。
 どうすれば背丈がぐんぐん伸びるか、早く大きくなれるのかを。



 世の中うまく出来ているもので、思い付いて間もなく来客を知らせるチャイムが鳴った。窓から見下ろせば、庭の向こうの門扉の所に見慣れた人影。仕事帰りに寄ったハーレイ。
(やった…!)
 早速訊こう、と母がテーブルにお茶とお菓子を置いて去って行った後、身を乗り出した。
「ハーレイ、背を伸ばすコツって何?」
「はあ?」
 いきなり何だ、とハーレイはティーカップを持ったままで目を丸くしたが、ブルーは負けない。
「背だよ、身長! どうすれば伸びるの、ハーレイみたいに大きくなれるの?」
「そういうコツか…」
 なるほどな、と頷くハーレイ。瞳を輝かせて答えを待ったブルーだけれど。
「いつも言ってるだろ、しっかり食えと」
「…それだけ?」
「運動もいいんじゃないかと思うが、お前は無理だし…」
 弱いからなあ、スポーツどころか体育だって見学のことが多いだろうが。
 だからとにかく食べることだな。



 食べろと言われてブルーは失望しかかったけれど、運動も効果があるという。ハーレイは無理と決め付けて来たが、遠い記憶に残っているもの。初期のシャングリラでやっていたこと。
「…前のぼくみたいに散歩とかは?」
 エラやブラウに連れられて船内を散歩していた。運動になると連れ歩かれた。
「あれなあ…。今のお前が散歩したとしても、さほど効果は出ないだろうな」
 前のお前は長いこと檻に閉じ込められて暮らしてたんだし、あれでも刺激になったとは思う。
 しかしだ、今のお前は違うだろう?
 バス通学でもバス停までは歩いてるんだし、まるで動いてないわけじゃない。
 そもそも劇的に身長を伸ばすためにはスポーツだしな。
「それで伸びるの?」
「伸びるヤツもいるが、個人差だなあ…」
 まるで運動しないよりかは伸びるんだろうが、背が高くなるかは別問題だ。
 同じようにスポーツをやっていたって、みんな身長はバラバラだろうが。



「そっか…」
 コツも秘訣も無いらしい、とブルーは落胆したのだけども。
(そうだ、体重…)
 大きく育ったハーレイの場合も冬は背が伸びずに体重が増えていたのだろうか、と気になった。もしも冬場も伸びていたなら、自分の今後にも希望が持てる。これからの季節は伸びてくれないと諦めるにはまだ早い。
「ハーレイ、冬は体重だった?」
「体重?」
「みんなが言うんだ、冬は太る、って」
 背が伸びる代わりに体重が増える季節が冬だって言うんだよ。
 ハーレイも同じで冬は体重?
「そうだな、冬はあんまり伸びなかったかもしれないなあ…」
 背を伸ばすよりも脂肪を貯めなきゃいかんしな?
「なんで?」
「身体が寒くないように、だ」
 動物だと冬毛ってヤツがあるだろ、夏よりもモコモコした毛だな。
 人間は毛皮を持ってないから、防寒のために脂肪を貯める。そいつを使って暖を取るのさ。



「やっぱり冬は体重なんだ…」
 ハーレイでも冬場は背が伸びにくかったと知ったブルーは残念に思い、それと同時に心配事。
「だったらぼくって、これから下手に食べたら太るの?」
「…太る?」
「うん。体重だけ増えて行くのかな、って…」
 頑張って食べるようにしているんだけど、体重、全然増えないんだよ。
 だけどこれから寒くなったら、背が伸びる代わりに太っちゃう?
「そいつは多分、無さそうだが…」
「どうして?」
「太った分だけ、あっさり病気で持ってかれそうだ」
 風邪を引きやすい季節になるからなあ…。
 お前、寝込んだら食わなくなるしな。野菜スープのシャングリラ風だけじゃ栄養は摂れん。
 だからだ、太るかもしれんと思う前に食え。
 俺がお前くらいのガキの頃には、年がら年中食っていたから。
「それが背を伸ばすためのコツってヤツなの?」
「コツと言うより基本だな」
 食わないと栄養が入らないから、背も伸びない。
 まずは栄養を摂れってことだな、太るだの何だのと言っていないで。
 体重なんぞはお前の年ではほんのオマケだ、背を伸ばすための。
 太り過ぎかもと心配するのは大人になった後でいいのさ。



 オマケだと言われてしまった体重。ブルーの年ではオマケに過ぎないと。
 そういうものか、と思ったけれども、そのオマケすらも分からない前の生の自分。体重を計った記憶さえ無い、今の自分と変わらないほどに小さかった頃の前の生の自分。
 オマケならばそれでもいいのだろうか、と考えながらポツリと口にしてみた。
「…前のぼくの体重、分からないんだよ」
 体重計があったのは知っているのに、一度も計っていなかったみたい。
 今のぼくの体重が足りているのか、足りていないのか、参考にしようと思ったのに…。
「俺もだ、途中からしか計っていないな」
 思わぬ言葉に、ブルーは赤い瞳を丸くした。
「ハーレイもなの?」
「全然気にしていなかったしなあ、体力作りに体重は関係無いってな」
 それとも乗る気にならなかったか。体重計ってヤツを避けていたかもしれないな。
「どうして?」
「忘れちまったか? お前は長いこと捕まってたしな」
 成人検査の前に計っただろう、体重を。
 あの忌々しい機械に入れられる前に、検査だからって計っていたぞ。
「あっ…!」
 思い出した、とブルーは叫んだ。
 遠く遥かな昔の記憶。成人検査を受ける直前の記憶…。



 ジョミーたちの時代と違って、成人検査は文字通り検査を装った代物だった。十四歳の誕生日を迎えた子供は医療施設のような場所に集められ、検査用の服に着替えさせられた。
 待合室の椅子に座って順番を待って、呼ばれた者から検査室へ。係の看護師から「次はあなたの番よ」と告げられた時には、ただの検査だと思っていた。成人検査がどんなものかも知らずに。
 連れてゆかれた検査室。係に促されるままに体重計に乗った。数値は覚えていなかったけれど、確かに乗った記憶があった。
 体重を計って、それから上半身の服を脱いで検査用のパッドを幾つも貼られた。台に寝かされ、送り込まれたスキャン用の医療機器を思わせる機械。それが成人検査のための装置で、記憶を全て消し去る機械。
 一切の記憶を捨てろと指示され、嫌だと叫んだ。それが地獄の始まりだった…。



「…ぼくは検査だと信じてたんだよ、何かを調べるだけだって…」
「俺だってそうだ。健康かどうか、病気は無いかと調べるモンだと思っていたな」
 なにしろ係が看護師だったし、場所も病院だったしな?
 まさか記憶を消されるだなんて思わんさ。おまけに検査に落っこちた後があの地獄だ。
 記憶はすっかり失くしちまったし、検査の前にはどんな所で暮らしてたのかも覚えてないが…。
 成人検査が始まりだったことは忘れなかった。
 そのせいで、体重計が置いてあるのを見たって計りたい気持ちにならなかったかもな。
 体重を計ったら検査が待ってて、ロクでもないことになるんだからな。
 俺は育ってしまっていたから、検査を受けた時の俺とは少し事情が違ったわけだが…。
 お前の場合は全く育っていなかったんだ。余計に嫌な気分になるさ。
 体重計に乗るのは嫌だと、乗ったら地獄が待っているとな。
「…それで計っていなかったのかな?」
 ぼくは忘れてしまっていたけど、記憶の何処かに引っ掛かってた?
「多分な。今は思い出せたろ、完全に忘れちゃいなかったんだ」
 だから体重計を避けたし、乗ってみようとも思わなかった。
 もっとも、アルタミラで散々痛めつけてくれた研究者どもの方では、だ。
 データを取るために何度も計っていただろうなあ、俺たちの体重。
 その気になったら実験用の設備でいくらでも計れて、ちゃんと記録も残せるからな。
「そうかもね…」
 計っただろうね、とブルーは自分を酷い目に遭わせた様々な装置を思い浮かべた。台に仰向けに拘束されたり、ガラスケースに入れられたり。
 前の自分が計ろうともしなかった体重はきっと、研究者たちが常に計っていたのだろう。



 自分の記憶には無い体重。乗ってもみなかった体重計。
 ハーレイでさえも無意識の内に避けたというそれを、使っていた者はいたのだろうか?
 もちろん船の中が落ち着いた後には使われていたし、ハーレイも計っていたとは聞いたが…。
「ねえ、ハーレイ。…あの体重計、誰か体重、計ってた?」
 ハーレイが計るようになるよりも前。
 アルタミラから逃げ出して直ぐに、計ってたような人って、いた?
「俺が知ってるのはブラウとエラだな」
「計ってたの?」
「ああ。俺が通ったら「見るな」と叱り付けられたが」
 失礼だろ、って睨まれたな。女性が体重を計っているのに見るヤツがあるか、と。
「なんで?」
「女心というヤツさ。今のお前の学校の子だってそう言ってないか?」
 体重を訊くなんて有り得ないとか、絶対教えてやらないとか。
 成人検査の前の記憶は消えても、そういった部分はちゃんと残っていたんだろう。
 体重が重いか軽いか以前に、ロクな食い物が無かったのになあ…。
 安全な環境になった途端に気になってくるってヤツなんだろうな、自分の見た目が。
 ブラウもエラも、成人検査の前に体重を計られた記憶が消えてしまっていたとは思えん。
 本当だったら体重計を避ける筈だが、それを上回る女心の逞しさだな。



「ふうん…」
 凄いね、とブルーは感心した。
 ハーレイですらも避けて通った体重計を使っていたらしい、ブラウとエラ。今の学校でも女子は体重を気にするけれども、そうした記憶は機械に全てを奪われた後も残るものかと。
(…ぼくもハーレイも、体重計を避けていたのに…)
 それを積極的に利用しようという姿勢は実に逞しい。二人が後に長老になったのも当然だろう。船を束ねる者になるには精神的な強さが要る。あの頃から既に強かったのか、と驚くばかり。心に負わされた負の記憶をさえ凌駕するほどに、前向きに生きていたのかと。
(なんだか凄い…)
 前のぼくでも負けていたかも、と二人の女性の強さに思いを馳せたブルーだったが。



「そういや、ゼルも計っていたかもしれん」
「ゼル?」
 意外な名前に、ブルーはキョトンと目を見開いた。
 アルタミラから脱出する時に事故で弟を亡くしたゼル。暫くは落ち込み、自分を責めてばかりの日々だったけれど、立ち直った後は陽気になった。頑固ながらも周囲に笑いが絶えなかったゼル。
 そんなゼルだから、強そうではある。
 体重計への恐怖心をも捻じ伏せそうな気はするのだけれども、ゼルが体重を気にする理由が全く頭に浮かんでこない。ブラウたちと違って女心は絶対に無いし…。
 何故、と首を捻るブルーに、ハーレイは「計っていたかどうかは謎なんだがな」と苦笑した。
「計ったことがあったのかどうか、そこまでは知らん。ただな…」
 ゼルと俺とが喧嘩友達だったことは知ってるだろう?
 本気で殴り合ったりするわけじゃないが、一種のコミュニケーションってヤツだ。
 そいつで俺にデカブツと喧嘩を売って来た時、「お前は俺の何人分だ」と悪態をな。
 独活の大木とか、無駄飯食いとか。無駄にデカイと言いたいわけだ。
「…それで?」
「ちゃんと計って白黒きちんとつけようじゃないか、とゼルも譲らん」
 受けて立たんと男がすたるし、二人揃って計りに行った。そいつが俺の初計測だな。
「えっ…。どうなったの、それ」
「ゼルが先に乗って、その後に俺で。俺が乗った時、やはりデカブツだと言いやがった」
 自分の三人前はあるとか、デカイばかりで中身が無いとか。
 それはそれは酷い言いようだったな、ゼルの口の悪さは有名だしな?



 ハーレイとゼルの喧嘩はブルーも何度も見ていたけれども、体重勝負は初耳だった。ハーレイの初計測がそれだと聞いたら、結果がとても気になってくる。
「ハーレイ、ホントのトコはどうなの?」
 ゼルの三人前も体重、あった?
「いや、三人前は流石に無かった」
「そうなんだ…。って、ハーレイ、体重は何キロあるの?」
 喧嘩で計った時じゃなくって、今のハーレイ。
 キャプテン・ハーレイだった頃と変わらない今のハーレイだと、体重、何キロ?
「今のお前なら二人前はあるさ。三人前かもしれないな?」
「……嘘……」
 そんなに重いの、とブルーは仰天したのだけれど。
「嘘って、お前…」
 前の俺と変わっていない筈だぞ、少なくとも俺の記憶では。
 もしかして、お前、前の俺の体重、知らないのか?
「知らないも何も、聞いたことがないよ!」
「ふうむ…。特に隠すような理由も無いが、だ」
 本当に俺は教えなかったか、俺の体重。その辺はどうも記憶に無くてな。
「聞いたかもしれないけれども、忘れた!」
 覚えていないよ、そんな前のこと。
 前のぼくがチビだった頃に体重を計っていたかどうかも忘れていたのに、覚えていないよ!



 自分のことでも忘れているのに他人の分まではとても無理だ、とブルーは頬を膨らませた。
 けれども気になる、ハーレイの体重。今の自分の三人前かもしれない体重。
 膨れっ面をしている場合ではない、と頭を切り替え、好奇心に溢れた瞳で訊いてみた。
「…それで、何キロ?」
 ハーレイ、体重、何キロあるの?
 ねえ、と鳶色の瞳を覗き込んだのに。褐色の肌の恋人はニヤリと笑ってこう言った。
「内緒だな」
 前のお前も覚えてないなら、今度も内緒にしようじゃないか。
 チビのお前には、どうせ関係ない話だしな?
「…なんで?」
「俺の体重で潰されてしまう心配が無い」
 そういう頃になったら教えてやるさ。
 こんなに重いから用心しとけと、寝てる間に下敷きになって潰されるなよ、とな。
「寝てる間って…」
 それがどういう時を指すのか、ブルーには直ぐに分かったけれど。
 同時にその日が遥か未来まで来てくれないことも分かってしまって、愕然とした。
 知りたいのに教えて貰えない。ハーレイは体重を教えてくれない。
「…内緒なの?」
 本物の恋人同士になれるまで内緒?
 ぼくが潰されそうになるまで、ハーレイ、教えてくれないの?
「ああ、秘密だな」
 お楽しみが一つ増えただろうが。俺の体重、知りたかったら頑張って大きくなるんだな。
「……そんな……」
 大きくなれないから訊いてたんだよ、体重の話!
 酷いよハーレイ、酷いってば!



 内緒だなんて、とブルーは懸命に食い下がったけれど、ハーレイは笑うだけだった。
 結局、体重は教えて貰えず、当初の目標だった背丈を伸ばすコツも秘訣も得られないまま。
 夕食を終えたハーレイは「またな」と帰ってしまって、部屋にポツンと残されて終わり。
(…なんにも収穫、無かったんだけど!)
 うっかり体重にこだわったばかりに、ブルーの疑問はもう一つ増えた。好きでたまらない恋人の体重が分からないだなんて、酷すぎる。ハーレイのことなら全て知りたいのに、増えた謎。
(…ハーレイの体重、何キロなんだろ…?)
 押し潰される危険が出るまで、教えて貰えない恋人の体重。今の自分の二人前は余裕で、三人前かもしれない体重。
(…前のぼくって、答えを知ってた?)
 忘れてしまったのなら思い出さねば、と懸命に記憶を手繰ったけれども、引っ掛からない。何度探っても答えは出なくて、悩みながら眠ったブルーだったけれど。



(えーっと…?)
 次の日の朝、目覚めたブルーは素晴らしいアイデアに恵まれた。
(そうだ、友達に訊けばいいんだ!)
 柔道部に所属している友達だったら、ハーレイの体重を耳にしたことがあるだろう。知りたいと言えば、きっと教えてくれる筈。ハーレイはブルーの守り役なのだし、何も不思議に思わずに。
(うん、それがいいよ!)
 そうしよう、と決めた途端に、「それでいいの?」と聞こえた心の声。ブルー自身の心の声。
 秘密を簡単に知っていいのかと、未来の自分に残しておかなくていいのかと。
(…ハーレイ、お楽しみだって…)
 もしも答えを知ってしまったなら、消えて無くなるお楽しみ。
 ハーレイの身体で押し潰されそうな日が来るよりも前に、パチンと弾けて無くなってしまう。
(…お楽しみ、きちんと取っておいた方がいいのかな…)
 その方がいい、という気もした。それに訊くならいつでも訊ける。
(…今日でなくってもいいんだもんね?)
 知ろうと思えば方法はある、と気付けば心に余裕が出て来た。お楽しみは取っておくのもいい。未来の自分に秘密をしっかり残しておくのも、きっと楽しい。
(…置いておこうかな、ハーレイの秘密…)
 いつか大きくなった日のために。前の自分と同じ背丈に育った未来の自分のために。
 そうしようかな、と心にお楽しみを仕舞ったブルーは、今朝も頑張ってミルクを飲む。
 早く大きくなれますようにと、どうか背丈が伸びますように…、と。




           体重の謎・了

※前のブルーの記憶に残っていない体重。嫌な過去があったら体重計に乗りたくないですよね。
 そして分からない、ハーレイの体重。教えて貰える時が来たなら、きっと幸せ一杯の筈。
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 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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(…もうすぐなのに…)
 もうすぐ十八歳なのに、とブルーは大きな溜息をついた。勉強机の前に座って、頬杖をついて。
 十八歳の誕生日が近付いて来るのに、一向に伸びてくれない背丈。
 ハーレイと再会したあの日のままの背、十四歳の五月の百五十センチから少しも伸びない。顔も手足も小さな子供で、十七歳にはとても見えない。
 同級生には似たような状態の子供も多いし、学校では全く問題なし。サイオンが外見に影響することは常識なのだし、誰も心配してくれはしない。
(どうしよう…)
 本当にもうすぐ、あと数ヶ月で学校が終わる。義務教育の期間が終わってしまう。
 両親は上の学校の資料を取り寄せ、幼年学校へ行くことが決まりそうだ。ブルーのように子供のままの身体と心を持っている子たちが通う学校。
 そんな所へ行きたくはなくて、結婚したいと思っているのに。
 十八歳になれば結婚出来るし、今の学校を卒業した後、誕生日の三月三十一日が来たら、と夢を見て来た。
 その日になったらハーレイと結婚出来る年。誕生日に結婚したいくらいで、早く、早くと願って来た。大好きなハーレイと結婚しようと、今度こそ結婚するのだと。
 前の生では誰にも言えなかった恋人同士。ひたすらに仲を隠し続けた恋人同士。
 だから今度は幸せになると、結婚して二人で暮らすのだと。



(でも…)
 ハーレイからのプロポーズは未だに無かった。もうすぐブルーが十八歳になることをハーレイは知っている筈なのに。義務教育が終わってしまうことも、誰よりも知っている筈なのに。
(…ハーレイ、ぼくの先生だものね…)
 生憎と担任にはならなかったけれど、ハーレイはブルーが通う学校の古典の教師。どの学年でも教えているから、今もハーレイの授業がある。その職業柄、各学年の生徒の年齢などには詳しい。ブルーの学年なら卒業までか、卒業後の三月末までに十八歳だと。
 それに何より、ハーレイはブルーの恋人だから。
 誕生日には「おめでとう」と祝ってくれるし、誕生日も年も忘れはしない。今度の三月で何歳になるか、ハーレイが知らない筈が無い。
(…だけど…)
 その日を迎えたら結婚しよう、とハーレイは一度も言いはしないし、結婚の話題も出なかった。首を長くして待っているのに、貰えてはいないプロポーズの言葉。
(ぼくが小さいままだから…?)
 ずうっと昔に、ハーレイと再会して間もない頃に決まった約束。
 ブルーの背丈が前の生と同じ百七十センチにならない間は、キスもしないで我慢すること。
 約束した時は「ほんの少しの我慢だから」と思っていたのに、少しどころか、今も約束は有効なまま。ブルーの背丈は伸びてくれなくて、キスさえも未だに交わしてはいない。
(…それでプロポーズもしてくれないとか…?)
 自分が小さな子供の間は結婚しないということだろうか?
 まさか、と不安が膨らんでゆく。十四歳の頃から夢見た未来を塗り潰しそうな勢いで。



(…このままじゃ、ぼく…)
 もしもプロポーズして貰えないままで日が過ぎたなら。卒業の日が来てしまったら…。
 十八歳の誕生日を迎えても結婚どころか、四月になったら幼年学校に行かねばならない。家から通える場所にあるから、寮に入る必要は無いのだけれど。それでも大切な時間が無くなる。何にも代え難い、ハーレイと会える平日が無くなってしまう。
 学校でハーレイと顔を合わせて、授業を受けて。ただそれだけの時間だったが、学校に行きさえすればハーレイに会えた。平日でも毎日ハーレイに会えた。
 その大切な時間が消えて無くなる。ハーレイは幼年学校の教師ではなく、学校に行っても会えはしないし授業だって無い。
(ぼくの家には今まで通りに来てくれるよね…?)
 ハーレイの表向きの役目とされた守り役は無期限、卒業したって平日でも寄ってくれるだろう。今の学校の教師たちも不思議に思いはしないで、却ってハーレイの負担を心配する筈。
(…ぼくは今と変わらない時間に家に帰って来られるし…)
 ブルーにとっては有難いことに、幼年学校の授業時間は今の学校と全く同じ。子供のための学校であって、習う内容が変わるというだけのことだから。
 ハーレイが授業を終える頃には、幼年学校の授業も終わる。家に帰ってハーレイを待てる。
 けれどブルーは知識を仕入れて賢くなるより、ハーレイの側にいたかった。結婚してハーレイと同じ家で暮らして、食事も一緒。
 十八歳になればそうなると信じて今日まで我慢をして来たのに…。



(いつまで駄目なの…?)
 ねえ、ハーレイ、と机の上の写真を眺めても答えは返って来なかった。
 二人で過ごした初めての夏休みの記念に写した、ハーレイと庭で並んだ写真。ハーレイの左腕にブルーが両腕でギュッと抱き付いた写真。
 木製の飴色のフォトフレームの中、ハーレイはいつも笑顔だけれど。いつも笑顔で愚痴や悩みを聞いてくれるけれど、答えは決して返っては来ない。
(ねえ、ハーレイ…)
 ぼく、あと少しで十八歳になるんだよ?
 結婚出来る年なんだよ、と心の中で話し掛けても、ハーレイの笑顔は変わらない。
(…写真なんだものね…)
 けれど、本物のハーレイも写真と同じ。優しい笑顔を向けてくれても、ブルーが欲しいと夢見る言葉をくれはしないし、気配すらも無い。
(…プロポーズしてくれないよ…)
 そういった意味に取れる言葉も、匂わせる言葉も言わないハーレイ。
(ひょっとしたら…)
 結婚しようと思っていないのかも、と不安が更に大きく膨らむ。
 自分が小さな子供のままで育たないから、結婚などは当分先だという考えでいるのかも、と。



 どうにも収まらない不安。もうハーレイに言うしかない、と思い余ってブルーはついに訴えた。いつものようにハーレイが来てくれた週末、母が部屋に来ない時間が来るのを待って。
 午後のお茶とお菓子を運んで来た後、母は夕食の支度が出来るまで二階には来ない。ゆっくりとお茶を楽しむべきだと思うらしくて、「お茶のおかわりは如何?」と上がっては来ない。
 そのお茶の時間、意を決したブルーは「結婚の話、どうなったの?」と訊いたのに。あと少しで自分は十八歳だし、プロポーズされる日を待っているのだと訴えたのに…。
「プロポーズなあ…」
 十八歳は結婚出来る年だが、とハーレイは腕組みをして眉間の皺を深くした。
「分かっちゃいるんだが、お前はチビのままだろう?」
 俺の親父がうるさくってな。
 あんな小さな子供に手を出しちゃならんと、そんな風に育てた覚えは無いとな。
「でも、ハーレイ…」
 一緒に暮らすだけでも駄目?
 それでもハーレイのお父さんは許してくれないの…?
「いや、まあ…。俺が我慢をすれば済む話だしな、一緒に暮らすだけだと言うなら親父にも文句は言わせんさ。しかし、お前はどうなんだ?」
 本物の恋人同士ってヤツでなくてもいいのか、俺と一緒に住んでいるのに。
「…ぼくも我慢するよ…」
「本当か?」
「ハーレイと一緒に暮らせるんなら、我慢する」
 だって今よりはマシだもの。
 キスも出来ないままになっても、ハーレイと同じ家で暮らせて食事をするのも一緒だもの。
 夜になってもハーレイが「またな」って帰ってしまわないから、今よりもずっとマシなんだよ。



 プロポーズして、とブルーは懇願した。結婚しようと言って欲しいと、十八歳になったら二人で暮らしたいのだと。けれど、ハーレイが「ああ」と答える代りに投げて来た問い。
「お前の覚悟は分かったが…。お前のお父さんとお母さんとはどうだ?」
 俺の親父とおふくろは何年も前から知っているから驚かん。
 しかしだ、お前のお父さんとお母さんは何も知らんし、結婚を許してくれるのか?
「あっ…!」
 そういえば両親は何も知らない、とブルーは息を飲んだ。
 いつかハーレイと結婚する時に話せばいいと考えただけで、何も告げてはいなかった。いずれは結婚するつもりだとも、相手は既にいるのだとも。
 愕然とするブルーに、ハーレイがフウと溜息をつく。
「お前には悪いが、今の状態では俺からは言えん」
 きちんと育ったお前だったら、嫁に下さいと頼めるんだが…。
 チビのお前を欲しいんです、とは言えないんだ。
「そんな…。いつも、チビでも貰ってやるって…」
 ハーレイ、何度もぼくに言ったよ。ぼくがチビでも、育たなくっても貰ってやるって。
「いざとなったらの話だろうが。何十年でも待つと言ったぞ」
 お前が育つまで待っていてやると。だからゆっくり大きくなれと。
「それじゃ、ぼくは…!」
「お前が許しを貰えたんなら、考えよう」
 チビのお前が、お父さんたちとしっかり話して結婚を許して貰えたなら。
 俺からはとても頼めないんだ、チビのお前が欲しいだなんて。
 会った時からお前、少しも変わっていないだろ?
 そんなお前を欲しいと言ったら、俺はロクデナシ教師の烙印を押されちまうんだ。チビのお前と部屋で二人でイチャついていたと誤解されても文句は言えん。
 そうだろう、ブルー?
 周りには何と言われてもいいが、お前のお父さんとお母さんにだけは俺は間違えて欲しくない。お前を大切に育ててくれてる人たちに悲しんで欲しくはないんだ、つまらない勘違いなんかでな。



 ハーレイの言葉に嘘は無かった。逃げ口上でないこともブルーには分かったから。言葉の意味を深く考えるほどに、その通りだと頷くことしか出来なかったから。
 もうそれ以上は無理を言えなくて、プロポーズの言葉も貰えないらしいと零れた涙。ハーレイは頬を伝う涙を指先で拭ってくれたけれども、「ごめんな」と詫びの言葉だけ。嫁に欲しいと言ってやれなくてすまんと、自分からは言えはしないのだと。
 ハーレイがどういう立場にいるのか、それはブルーにも分かっている。もしも自分を嫁にくれと言えば両親は酷く驚くだろうし、ハーレイがブルーをどう扱ったかも疑い始めることだろう。
 けれど、子供に過ぎない自分。心も身体も子供の自分。
 その自分ならば、結婚したいと口にしたって「子供ゆえの我儘」で済むかもしれない。結婚とは何かも良く知らないまま、一緒にいたいという気持ちだけで言い出したのだと。
 実際、結婚した後も二人で暮らすというだけだったら、ままごとの夫婦と同じなのだし…。
(…だからハーレイ、ぼくが許して貰えたら、って…)
 分かるのだけれど、自分が両親の許可を得るなどは考えたことすら無かったこと。結婚する時はハーレイが頼んでくれるのだ、と漠然と想像していただけ。自分は隣に居るだけでいいと。
(…だけど、ぼくが自分で言うしかないんだ…)
 でないと結婚出来ないんだ、と項垂れるブルーに、ハーレイは「もう少し待て」と優しい言葉をくれたけれども。何年か経てば小さいままでも貰ってやると、だから無理を言わずに待っていろと言ってくれたけれども、それは悲しい。悲しくて辛い。
 ハーレイの立場を考えるのなら、ハーレイからのプロポーズは何年か先がいいのだけれど。
 幼年学校も卒業するほどの年になったら、小さいままでも両親は驚かないのだけれど…。
 そんなに何年も待てはしないし、待ちたくはない。
 けれども無理を言えはしない、とブルーは夕食を終えて帰ってゆくハーレイの背中を見送った。まだ何年もこうして「またね」と別れる日々が続くのか、と心で涙を零しながら…。



 十八歳の誕生日を迎えたとしても、出来ない結婚。貰えそうにないプロポーズの言葉。
 この現状を打破するためには、自分で何とかするしかない。両親に許しを貰うしかない。思いもしなかったことだけれども、何年も待つのが辛いのならば。
(…どうしよう…)
 両親に結婚したいと打ち明けに行くか、黙ったままで何年か待つか。何年か待てばプロポーズの言葉を貰えるだろうし、ハーレイが両親に結婚の申し込みをしに来てくれる。待っていればいつか道は開ける。
(…だけど、まだまだ待つしかないんだ…)
 楽な道のように見えるけれども、辛い道。ハーレイを「またね」と見送って別れる日が続く道。十四歳の時から三年以上も待って来たのに、この先もまだ待たねばならない。
(…そんなの、嫌だ…)
 十八歳の誕生日がゴールだと思っていたから、待てたのに。
 いきなりゴールが遥か先に延びて、しかもゴールと決められた場所が無いなんて。
 悲しすぎると思うけれども、それが嫌なら両親に頼みに行くしかない。結婚したいと打ち明けて許しを貰うしかない。
(…それも無理だよ…)
 言えやしない、とブルーは俯く。けれど言わなければ未来が無くなる。結婚がうんと遠くなる。
(…どうすればいいの…?)
 いくら考えても答えは出なくて、名案も浮かんで来なかった。
 けれど…。



 迷う内に日が過ぎ、オープンキャンパスの時期がやって来た。年に何度か行われる行事。どんな学校かを見て貰うために上の学校が催すイベント。この時に行きたい学校を下見し、気に入ったらその場で入学を希望してもいい。入学資格があると認められたら、入学が決まる。
 そういう時期に入ったのだな、とブルーはクラスメイトの話を聞きながら思っていたけれども。自分のこととは考えておらず、まるで気付いてもいなかった。
 それなのに、ある日、ハーレイの来ていない夕食の席で母が笑顔で口にした言葉。
「ブルー、今度、学校を見に行きましょうね」
 土曜日もやっているんですって、オープンキャンパス。
 ハーレイ先生には留守にします、って言っておきましょ、それとも午後から来て頂く?
「ふむ。パパも一緒に行くとするかな、お前が世話になる学校だしな?」
 久しぶりに外でランチを食べるか。美味い店があるんだ、予約しておこう。
「幼年学校…。行かなきゃダメ…?」
 ぼく、学校に行かないとダメ?
 オープンキャンパスじゃなくて、幼年学校…。
「駄目って、お前…。学校に行かなきゃどうするんだ」
 それとも他の学校がいいのか、チビのお前には向いていないと思うが。
「そうだよね…」
 駄目だよね、とブルーは肩を落とした。
 両親は幼年学校以外に行きたい学校があるのだろうか、と勘違いをして「大きくなったら改めて入学すればいい」と言ってくれたけれども、そうではない。
 学校に行きたいというわけではなく、選びたい未来はそれではない…。



 しょんぼりと部屋に帰ったブルーだったが、このままでは確実に無さそうな未来。両親と一緒にオープンキャンパスに行けば、入学希望の申し込みをすることになるだろう。子供のままの自分は充分に入学資格があったし、トップクラスの成績なのだから入学の許可は間違いなく下りる。
(…入学することが決まっちゃったら、結婚出来ない…)
 結婚は出来るかもしれないけれども、学校生活が最優先。ハーレイとの暮らしよりも先に授業やレポート、二人でのんびり過ごす時間が取れるかどうかが分からない。
 それより何より、両親の姿勢。学校へ行くなら学校だけ、と言われることが目に見えていた。
 生まれつき身体が弱いブルーに結婚生活との両立は無理だと、結婚は卒業してからだと。
(…やっぱりハーレイと結婚したいよ…)
 思い切って打ち明けてみるしかない、と決心を固めたのだけど。
(パパに言う? それともママ…?)
 二人が揃っている時に言うより、どちらか片方。その方がいい、という気がした。二対一より、一対一。きちんと向き合って話をするなら、一対一の方が頑張れそうだ。
 父に話すか、母に話すか。
 どちらにしようかと考えた末に、当たって砕けろと階段を下りた。
 リビングに父が居たならば、父に。
 母だったならば、母に。
 二人揃っているようだったら出直すのみだ、とリビングをそうっと覗いてみて。



(あ…!)
 パパだ、とブルーはゴクリと唾を飲み込んだ。
 のんびりと新聞を広げている父。母の姿は見当たらないから、今がチャンスだ。震えそうになる手をキュッと握って、リビングへと足を踏み入れた。父が座るソファの隣に立つ。
「パパ……」
「どうした、ブルー?」
 新聞から顔を上げた父に、捻りもせずに切り出した。真っ直ぐに父の瞳を見詰めて。
「パパ、ぼく…。上の学校へ行くんじゃなくって、結婚したい」
「結婚!?」
 父はバサリと新聞を閉じてテーブルに置くと、「此処に座りなさい」と隣を指差した。ソファに並んで腰掛けたブルーに、父が真面目な口調で尋ねる。
「お前、ガールフレンド、いたのか?」
「ううん…。ガールフレンドじゃなくて、ボーイフレンド」
「なんだって!?」
 いつの間に、と仰天する父に打ち明けた。
 ハーレイが好きだと、前の生からの恋人なのだと。
 前は結婚出来なかったから、今度は二人で暮らしたいと…。



「うーむ…」
 父はブルーの話を遮る代わりに最後まで聞いて、難しい顔で腕組みをした。
「お前の気持ちは分かったが…。結婚したいというのも分かるが、お前は子供で…」
 年はともかく、こんなに小さい子供だからな…。
 何処から見たって結婚どころか、学校に入ったばかりです、って子供ではなあ…。
「だけど、パパ…」
 前のぼくだって小さかったよ、と成長を止めていた頃の話をブルーはしようとしたのだけれど。
「ブルー」
 父に真剣な瞳で問われた。
「お前、ハーレイ先生とはどうしていたんだ?」
 ソルジャー・ブルーだった頃から恋人同士だったと言ったな?
 ハーレイ先生といつもどうしていたんだ、お前の部屋で。
 パパもママも何も知らなかったから一度も覗かなかったが、恋人同士で会っていたんだろう?
 パパたちが覗きに行かない間に、お前たちは何をしてたんだ?
「…何も」
 何もしていないよ、話していただけ。
 それと、たまにぼくがハーレイにくっついてただけ…。
「本当か?」
「うん」
 ブルーが頷くと、父は「手を出しなさい」と重々しく言った。
「えっ?」
「本当だったら見せられるだろう、お前の心」
 お前が嘘をついてないなら、パパに見せられる筈だよな?
 ハーレイ先生とどうしていたのか、いつも二人で何をしてたか。



 父の言葉にブルーは震え上がったけれど。
 とことん不器用なブルーのサイオンは遮蔽すら出来ず、心を覗き込まれてしまえば隠せない。
 今日まで大切に抱え込んで来た、ハーレイとの記憶。優しくて暖かなブルーだけの記憶。それを全て父に明け渡すのかと思うと辛いけれども、そうするより他に道は無かった。
(…パパ、疑っているんだものね…)
 仕方がない、と右の手を出した。
 遠い日にメギドで凍えた右の手。ハーレイの温もりを失くしてしまって、冷たく凍えたブルーの右手。今のハーレイが何度も温めてくれて、温もりを移してくれた右の手。
 父がその手を大きな手で握り、サイオンが絡み合ってゆく感覚。
(…全部、見られちゃう…)
 何もかも全部、とブルーが首を竦めた途端に、父の手がパッと右手を解放して。
「…そうか、優しい先生だな」
 いい恋人を持ったな、お前、と父の瞳が優しくなった。
 ハーレイ先生はいい先生だと、流石はキャプテン・ハーレイだと。



「…パパ…?」
 どういう意味か、と首を傾げたブルーの頭を父の大きな手がポンと叩いた。
「キスも駄目とは、いい先生でいい恋人だ。こんなに優しい人は、そうそういないぞ」
 チビのお前には値打ちが分かっていないんだろうが…。
 うん、ハーレイ先生にならチビのお前でも任せられるか。
 結婚したいと聞いた時にはパパも驚いたが、ハーレイ先生ならいいだろう。
「ホント!?」
「ああ。ママにはパパから言ってあげよう」
 それからお前も一緒に相談しなきゃな。
「何を?」
「決まってるだろう、ハーレイ先生との結婚式さ」
「わあっ…!」
 ありがとう、パパ!
 ぼく、ハーレイと幸せになるから。
 今度こそ二人で幸せになるから、パパも見ててね、ぼくの幸せ…。



 父の手を取って、頬を摺り寄せていたブルーだけれど。
(…あれ?)
 其処でパチリと目が覚めた。ブルーの隣に父はいなくて、自分のベッド。
(…パパは…?)
 いつの間に眠ってしまったのだろう、と目をゴシゴシと擦って、その手を暗い中で眺めて。
 父に「出しなさい」と言われて出した手。メギドで冷たく凍えた右の手。
 やっぱり小さな子供の手だな、と寝起きの頭でぼんやりと考えていたのだけれど。
(…今のぼくって…)
 十四歳だ、と一気に砕けてしまった夢。
 卒業の日も、十八歳を迎える誕生日が来るのも、まだずっと先の未来のこと。夢だったのか、と酷くガッカリして、頬っぺたを抓っても自分は十四歳のまま。



(…結婚式も挙げられなかったよ…)
 どうせ夢なら、結婚式まで見たかった。十八歳になっても小さいままだなんて、正夢になったら困るけれども、見てみたかった結婚式。ハーレイといつか挙げたいと願う結婚式。
(…チビだったなんて、あんまりだけど…)
 縁起でもない、とブルッと震えて、キュッと握った小さな右手。夢の中で父に預けた右の手。
 手を出しなさい、と言われた時には怖かったけれど…。
(…そっか、ぼくがチビのままで大きくならなかったら…)
 キスすら交わしていなかったことは武器になるのか、と納得した。
 ハーレイが許してくれないキス。前の自分と同じ背丈になるまでは駄目だ、と断られるキス。
(…パパ、いい恋人だって言ってたもんね…)
 いい恋人だと、こんなに優しい人はそうそういないと。
 それならば耐えていかねばなるまい。
 たまには強請ってみたいけれども、ハーレイはきっと断るから…。




           夢に見た未来・了

※もうすぐ十八歳になるのに、どうなるのだろう、と心配していたブルーですけど。
 お父さんに許して貰えた結婚、けれど目覚めてみたら夢。将来に希望が持てたかも…?
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「ちゃんと食べろよ。ハーレイ先生にまた言われるぞ?」
 パパに注意されて「うん」と返事をしたけれど。
 今日はハーレイは寄ってくれなくて、パパとママと三人きりの夕食。ハーレイはぼくの家族っていうわけじゃないから、三人だけの日の方が多くて普通。
 だけど、前の生からぼくの恋人だったハーレイ。ぼくにとっては他人どころか、いつだって側に居て欲しい人。パパやママと同じくらいに大事な人だし、ハーレイがいないと寂しくなる。一緒に食べたかったのに、ってハーレイの影を探してしまう。
 ぼくの守り役をやってる間に、ハーレイはすっかり家族の一員。仕事帰りに急に寄ってもママは「ごゆっくりどうぞ」って夕食を作るし、気取った御馳走なんかじゃない。普段の食卓の料理が殆ど、親しいからこそ堂々と出せる、お客様用じゃない料理。
 なのに、居ない日の方が多いハーレイ。本当の家族じゃないハーレイ。
(ハーレイがいたら、もっとしっかり食べるんだけど…)
 パパとママとぼくと、それからハーレイ。四人で食卓を囲む時には、ハーレイは文字通りぼくの守り役になる。ぼくの食事の進み具合を見て、声を掛けたり、世話を焼いたり。
 もっと食べろよ、ってぼくのお皿によそってくれたり、大皿の方を指差したりと細かい気配り。
 そんな風にされると、頑張らなくちゃ、って気分になる。
 もっとしっかり食べなくっちゃと、もう少し食べてみようかと。
 でも…。



 結局、沢山は食べられなかった今日の夕食。
 パパは「やっぱり注意してくれる人がいないと駄目だな」と苦笑していたし、ママもおんなじ。元々ぼくは食が細いから、食べられる方が凄いんだけど。
 ハーレイの応援のある時だけでも頑張れるって方が奇跡だけれども、その応援。
(…応援の言葉が変わっちゃってる…)
 部屋に帰って、それからお風呂。パジャマに着替えた後で気が付いた。
 変わってしまった応援の言葉。夕食の時にハーレイがぼくを励ましてくれる、食事が進む魔法の言葉。頑張らなくっちゃ、という気が湧いてくる言葉。
 ハーレイがぼくにしてくれることは変わっていない。大皿の料理を取り分けてくれたり、もっと食べろと勧めてくれたり。
 けれども、言葉が前とは違った。似てるようでも、今は前のと違うんだ…。



(しっかり食べて大きくなれよ、って…)
 出会った頃には散々聞かされた、決まり文句だったハーレイの言葉。
 食事をしている時じゃなくても何回も聞いて、覚えてしまった。早く大きくなるんだぞ、って。
 いつから聞かなくなったんだろう。あまりにも自然に変わってしまって、気付かなかった。
 ぼくが今日まで知らなかったほど、ごくごく自然に消えて行った言葉。
 いつの間にか変わってしまった言葉。
 「しっかり食べて大きくなれよ」はもう聞かない。
 代わりの言葉は「もっと食べろよ」とか、「頑張ってしっかり食べるんだぞ」とか。
 ハーレイが掛けてくれる応援の声から「大きくなれよ」は消えてしまった。食事の時にも、それ以外の時も、決まり文句だった言葉を聞かない。
 二人きりの時には「ゆっくり大きくなるんだぞ」と言ってくれるけれど、それは少し違う。
 「しっかり食べて大きくなれよ」は「早く大きくなるんだぞ」って意味がしっかりこもってた。ゆっくりじゃなくて、早くって。
 それが今では「ゆっくり大きくなるんだぞ」。
 早く大きくなれって意味ではない言葉。その逆みたいな「ゆっくり」の言葉。



(しっかり食べて大きくなれよ、って言ってくれない…)
 本当にゆっくり育って欲しいと思っているから、あの言葉を言わなくなったんだろう。
 前のぼくが失くしてしまった幸せな子供時代の記憶の分まで、ゆっくり育てと何度も言われた。何十年でも待ってやるから、という優しい言葉も何度も聞いた。
 ハーレイと再会した五月のあの日から、まるで大きくならないぼく。百五十センチから伸びない背丈。前のぼくと同じ背丈にならない限りは、ハーレイとキスさえ出来ないのに。
 最初の間は凄く焦った。今でも早く伸びて欲しいし、毎朝のミルクは欠かさない。
 それでも前ほど不満ではないし、チビでもいいとは思うんだけど。
 結婚出来る年の十八歳までに大きくなれればそれで充分、って思う部分もあるんだけれど。



(…ぼくって、それまでに大きくなれる…?)
 十八歳を迎えるまでに、ぼくの背丈は伸びるんだろうか。前のぼくと同じに伸びるんだろうか?
 もしも全然育たなくっても、ハーレイは結婚してくれるらしいけど。
 本物の恋人同士になれないってだけで、同じ家に住めるようにはなるらしいけれど。
 パパとママとがなんて言うかな、許してくれればいいんだけれど…。
(幼年学校へ行くんじゃなくって、お嫁さんだものね…)
 義務教育の期間を終えても、心も身体も子供のままで育たない子が通うためにある幼年学校。
 ぼくがこのまま育たなかったら、普通は行く筈の上の学校。
 けれど、其処には行きたくない。ハーレイの側で暮らしたいから、結婚したい。
(パパとママ、ビックリするんだろうけど…)
 ぼくがお嫁さんになると言ったら、二人とも腰を抜かしそう。
 だけど、優しいパパとママ。ぼくを宝物だって言ってくれてるパパとママ。
 許してくれるといいな、と思う。
 大きくなれずにチビのままでも、ぼくはハーレイの側にいたいんだから。



 チビのぼくでも恋人扱いしてくれるハーレイ。
 キスさえ出来ない小さなぼくでも、優しく抱き締めてくれるハーレイ。
 そのハーレイが前は何度も口にしてた言葉。ぼくを応援してくれた言葉。
(しっかり食べて大きくなれよ、って…)
 きっとこれからも言ってはくれない。チビの間は言ってはくれない。
 ぼくの背がぐんぐん伸び始めるまで、あの懐かしい言葉が聞けない…。
(…懐かしい…?)
 あれっ、と心に引っ掛かった何か。
 懐かしい、って思った途端に引っ掛かって来た記憶の欠片。
(…しっかり食べて…)
 そうだ、同じ言葉をずっと遥かな昔に聞いた。
 名前だけが楽園だった頃のあのシャングリラで、ハーレイがキャプテンじゃなかった時代に。



 前のぼくとハーレイ、アルタミラがメギドに滅ぼされた日に初めて出会った。
 偶然、同じシェルターに閉じ込められてて、それが切っ掛け。前のぼくがシェルターを破壊した後、二人で他のを開けて回った。閉じ込められたままの仲間はいないかと、燃え上がる炎の地獄を走った。幾つも幾つもシェルターを開けて、中に居た仲間を逃がしながら。
 後にシャングリラと名付けることになる船で脱出した後、ハーレイはぼくが年上だと知って仰天したけど、「こいつで慣れてしまったからなあ」って、言葉遣いは「俺」で「お前」のまま。
 ぼくは全然気にしなかったし、第一、中身は子供だった。
 ハーレイが「お前、最近、捕まったばかりか?」って訊くから、もっと前だと答えたけれども、何年前かは全然覚えていなかった。ただ、成人検査を受けた年の暦年。これは実験の時に研究者たちが確認のために読み上げてたから、覚えてた。それをハーレイに伝えてみた。
 ぼくはハーレイの方がかなり年上だろうと思っていたのに、暦年を聞くなり絶句したハーレイ。「お前、年上だったのか」って。
 そんな出来事があったくらいに、中身は子供だったぼく。
 研究施設に閉じ込められてた間は成長を止めていたのと同じで、心も年齢どおりじゃなかった。見た目と同じに子供の心で、まるで成長していなかった。
 誰も育ててくれなかったから。
 ぼくの心が育つ言葉を掛けてくれる人たちはいなかったから。



 育ててくれる人がいなかった、って点ではハーレイも同じなんだけど。ゼルやブラウたちだって一人ずつ檻に閉じ込められてて、誰とも接触は無かったんだけど。
 ぼくと違って他のみんなは同じサイオン・タイプが居た。同じ個体ばかりを使って実験するより複数の方がデータを集めやすいし、回復させるための治療も最低限で済む。だから実験で食らったダメージから身体が回復するまでは次の実験は無くて、放っておかれた。最低限の治療だけで。
 ハーレイたちから聞いた話では、相当にキツかったみたいだけれど。
 研究者たちは「飲んでおけ」と薬を檻に入れて行くだけで、飲ませようとはしなかったらしい。自分の命を保ちたければ、のたうつような苦悶の中でも這いずって行って飲むしかない。どんなに身体が辛い時でも飲まなければ死ぬし、生き延びたければ頑張るしかない。
 そうして苦痛が癒えてくる度、「何としてでも生き延びてやる」とハーレイたちは心に誓った。研究者を憎み、実験を憎み、自由になる日を思い描く中で心が成長していった。



 けれど、唯一のタイプ・ブルーだった前のぼく。
 ぼくの代わりは誰も居ないから、過酷な実験が終わった後には治療の時間が待っていた。決して死んでしまわぬようにと、懇切丁寧に治療をされた。優しい言葉の一つもかけずに、淡々と。
 治療が終われば実験室へと送られる。実験が終わればまた治療をされ、実験室への繰り返し。
 前のぼくの日々は実験室の中か、治療中だったか、その合間に檻に戻される僅かな時間だけで。
 檻に居た時はぼんやりと蹲っている間に時間が過ぎた。突っ込まれる餌と飲み水を機械的に口へ運んで食べていたけれど、何も考えてはいなかった。
 どうしてこんな目に遭うんだろうか、と思いはしたけど、ただそれだけ。
 此処から出たいとか、生きなくてはとか、まるで思いはしなかった。
 つまりは余裕が無かった、ぼく。
 自分で自分を育てられずに、心も身体も成長を止めた。
 今のハーレイは「育っても何もいいことは無さそうだから止めたんだろう」と言ったけれども、それが当たっているんだと思う。
 多分、生き物としての本能だけで「生きなくては」と現状維持。それより先は望みもしなくて、心も身体も育たなかった。



 成長で明暗が分かれてしまった、前のぼくと他の仲間たち。
 同じ船で暮らしてゆくことになったけれども、ぼくだけが子供。成人検査を受けた時点で成長が止まってしまった子供。周りの仲間は大人ばかりで、ぼくは正直、途惑った。サイオンが強くても子供は子供で、ハーレイの後ろにくっついていることが多かった。
 ハーレイは大人だったから。見た目通りに大人だったし、何より、知り合い。あのアルタミラで幾つものシェルターを二人で開けて回った、初めて出来たぼくの知り合い。
 そんな理由でハーレイの後ろにくっついていたら、ゼルやブラウたちとも知り合いになった。
 ぼくのサイオンが強大だから、と距離を置く仲間も多かったけれど、遠慮が無かったハーレイやブラウ。それにヒルマン、ゼルにエラ。
 ぼくを育てようとしていたんだろう、どんどん話しかけてはあちこち引っ張り回された。今日はこっちだ、そっちも行こう、って思い付くままに。



 心を育てるために言葉を掛けて、身体もきちんと育てなくてはと適度な運動とやらで散歩。
 ハーレイなんかは「体力作りだ」と走っていたけど、ぼくはエラやブラウに連れられて散歩。
 そうして食事の時間になる。
 ぼくはゼルたち四人と集まって座って、ぼくの隣にはいつもハーレイ。
 名前だけの楽園だった船でも、食堂でみんなに配られる食事は内容はともかく量はたっぷり。
 アルタミラで食べていた餌と違って、料理と呼べるレベルの食べ物。
 頃合いを見て厨房の係がおかわりを配って回る中、よくハーレイが「頼む」と呼び止めて自分の器に沢山入れて貰った後で。
 「こっちにも頼む」と指差す、ぼくのための食器。
 止める暇もなく注がれるスープや、お皿に盛られる炒め物やら煮物やシチュー。
 その度に聞かされた決まり文句が「しっかり食べて大きくなれよ」って、あの言葉。ハーレイの手がぼくの頭をポンと叩いて、あの決まり文句。



 こんなに沢山入らないよ、って何度も言うのに、ハーレイときたら。
 「残ったら俺が食ってやるから」って豪快に笑って、「しっかり食えよ」って。
 食べ残したらハーレイは本当に食べてくれたけれども、いつも隣でぼくに睨みを利かせてた。
「まだ食えるだろ。もう少し食ってからギブアップしろ」
 今日のは俺の自信作だぞ、うんと昔のお助けメニューと言うんだったか…。
 これだけしか食材が揃わない、って時に作って食ってたらしい。
 お前、つまみ食いをしてただろうが。
 「何が出来るの?」って訊きに来たから食わせてやったろ、あれの完成品なんだ。
 美味い筈だぞ、だから食っとけ。



 美味しいんだぞ、ってぼくを釣ったり、栄養豊富で大きくなれると励ましたり。
 いろんな言葉でハーレイはぼくに食べさせようとして頑張っていた。
 残してもいいからとにかく食べろと、でないと身体が育たないと。
(…それで大きくなれたのかな?)
 チビのままの今のぼくと違って、あの頃が一番の成長期。
 食べ切れないほどに沢山の食事と、散歩とはいえ適度な運動。船の中を歩いていただけの散歩。
 子供だった前のぼくの心も身体も、ハーレイたちが育ててくれた。
 長い間成長を止めていたぼくを、ちゃんと大きく育ててくれた。



(もしもハーレイがいなかったなら…)
 ゼルやブラウたちとの橋渡しをしてくれたのもハーレイだった。
 「俺の一番古い友達だ、うんと年上だが見た目も中身も子供なんだぞ」って。
 一番古い友達も何も、アルタミラから脱出する直前に出会ったっていうだけなのに。二人で色々頑張ったけれど、前からの知り合いでも何でもないのに。
 だけど「一番古い友達」。ハーレイの一番古い友達。
 ハーレイがそう言ってくれたお蔭で、「よろしくな」って差し出された手。ゼルもヒルマンも、ブラウもエラも「これからよろしく」って握手してくれた。
 仲良くやろうって、せっかく自由になれたんだから楽しく生きていかなくちゃ、って。



 ハーレイは誰とでも仲良くなれたし、船のみんなに直ぐに顔が売れた。
 誰よりも大きな身体を持っているくせに、優しくて面倒見のいいハーレイ。人気が出ないわけがない。あちこちから呼ばれて、その場で人の輪が出来ていた。
 そうした中で、ハーレイはぼくを連れて歩いてはみんなに紹介してくれた。
 「俺の友達だ」と、「一番古い友達なんだぞ」と。
 シェルターを壊した凄い子供だとしか思われていなかったぼくを、怖がられないように。
 友達だから怖くなんかないと、怖いヤツと友達になる趣味は無いって笑いながら。
 それでもやっぱり怖がる仲間もいたんだけれど。
 底抜けに明るい性格のブラウや、弟を亡くしたショックから立ち直って陽気になったゼル。少し厳しい所はあるけど思いやりの深いエラに、思慮深くて穏やかな笑顔のヒルマン。
 そんな四人と仲がいいから、距離は置かれても嫌われたりはしなかった。四人とも船のいろんな所に知り合いが居たし、友達だって多かったから。
 おまけに、ぼくはハーレイの「一番古い友達」。誰とでも仲良くなれるハーレイの友達。
 これだけの条件が重なっていたら、怖がられはしても嫌われはしない。



 前のぼくが脱出直後の船で仲間たちに上手く馴染めて、受け入れて貰えたのはハーレイのお蔭。
 ブラウたちと知り合えたことも含めて、何もかもが全部、ハーレイのお蔭。
 ぼく一人だったら上手くいかない。絶対に上手くいってやしない。
 怖がられていると気付いても、どうにも出来ない。友達が欲しくても、作れやしない。
 だって、周りは大人ばっかり。子供のぼくにはどうすればいいか分からない。
 ポツンと独りぼっちの子供で、周りだってきっと困ってた。
 一人きりのぼくは心が育っていなかったんだから、落ち込んでいたか、泣きじゃくったか。
 物資は奪いに出ただろうけど、船のみんなと仲良く付き合えはしなかったと思う。



(…それでもやっぱり、リーダーだよね?)
 友達のいない子供だとしても、一番強かったんだから。
 ぼくしか物資を奪いに行くことは出来なかったし、そういう時代が過ぎ去った後も船を攻撃から守る力は前のぼくしか持っていなくて、必然的にぼくはリーダーの立場。
 ソルジャーという尊称が付いたかどうかは分からないけども、ぼくがリーダー。
(…独りぼっちじゃなくて良かった…)
 船の中に誰も友達がいない、孤独なリーダーじゃなくて良かった。
 エラやブラウや、ヒルマンにゼル。
 ハーレイがぼくを「一番古い友達なんだ」って紹介してくれた、後の長老たち。
 それにハーレイ。
 厨房で料理を作ってたくせに、キャプテンに推されて引き受けたハーレイ。
 キャプテンに選ばれるようなハーレイと一緒でホントに良かった。
 ハーレイが居て「友達だ」って言ってくれなきゃ、ぼくは独りぼっちの孤独なリーダー。
 心も身体も育たないまま、子供のままで、それでもリーダー。
 「しっかり食べて大きくなれよ」が口癖だった、前のハーレイが居なかったなら。
 ハーレイがゼルたちと力を合わせて、ぼくを育ててくれなかったなら…。



 前のハーレイが何度も前のぼくに言ってた、懐かしい言葉。
 食堂で強引におかわりさせては、隣で言ってた、あの決まり文句。今のぼくにも言ってくれてた筈の言葉が、消えてしまってもうどのくらいになるんだろう。
(…しっかり食べて大きくなれよ、って言って欲しいな…)
 身体も心も、すくすくと大きく育ちそうなハーレイの魔法の言葉。
 だけど言ってはくれない言葉。
 あの言葉をぼくに掛けてくれたら、ぼくの背だって伸びそうなのに。
 百五十センチで止まったままの背も、ぐんぐんと伸びてくれそうなのに…。
(…それなのに、言葉が変わっちゃったよ…)
 「もっと食べろよ」とか「しっかり食べろよ」とは言ってくれるのに、ぼくが欲しい言葉。
 肝心要の「大きくなれよ」が消えてしまったハーレイの言葉。
 だけど…。



(きっとハーレイには、今度だって…)
 考えがあるに違いない。
 前のぼくを育ててくれたハーレイ。
 心も身体も子供だったぼくを、ゼルたちと一緒に大きく育ててくれたハーレイ。
 おかわりを盛られて「しっかり食べて大きくなれよ」と言われる度に文句を言ってた前のぼく。ハーレイがぼくを育てるためにやってることだ、って気付いてなかった前のぼく。
 今のハーレイもあの頃と同じで、考えがあって「大きくなれよ」を封印してる。「子供の時間をゆっくり過ごして欲しいんだ」って聞かされたアレが、きっと理由だ。
 子供の時間をゆっくり取るより、早く大きくなりたいんだけど…。
 なんでハーレイがそうしたいのかは、今のぼくには多分、きちんと掴めない。前のぼくと同じで後になるまで分からないんだという気がする。
(…子供と大人は違うんだものね…)
 育ってみないと分からないことはあると思うし、実際にある。
 今のぼくは前のぼくの記憶を持っているから、前のぼくが気付かなかった前のハーレイの考えを理解出来たけど、今のぼくの分までは分からない。子供だからまるで分からない。



(でも…。ハーレイはきっと、考えてる)
 今のぼくのために、今のぼくが育つのに一番相応しい道を考えてハーレイは選んでくれてる。
 「ゆっくり育てよ」って言ってくれてる言葉は本物だから。
 ぼくが欲しい言葉は聞けなくなってしまったけれども、今でもハーレイは言葉をくれる。ぼくの食事を応援しながら、お皿によそったりしてくれながら。
 ハーレイはぼくにゆっくり育って欲しくて、あの言葉を言わなくなったんだろう。
 前の生でも何回も聞いた、背が伸びる懐かしい魔法の言葉。



(でも、いつか…)
 育ち始めたら、また言ってくれる。
 ぼくの背が伸びるようになったら、きっと言ってくれる。
 そうに違いない、って予感がするから、今は黙って待とうと思う。
 小さな子供も悪くないって、ぼくも分かっているつもりだから。
(…ハーレイほどには分かっていないと思うけど…)
 だけどハーレイを信じているから、文句は言わない。
 「何十年でも待っててやるから」っていうのが口癖になった今のハーレイ。
 そのハーレイの口から、あの懐かしい言葉が飛び出してくる日をゆっくりと待とう。
 待ちくたびれて当たり散らしたりもするだろうけど、いつかきっと聞ける。
 「しっかり食べて大きくなれよ」って魔法の言葉を、大好きな声で…。




         育つための言葉・了

※前のブルーが止めていた成長。心も身体も、成人検査を受けた時のままで。
 それを育てたのが前のハーレイたち。今のハーレイも、きっと同じに思っている筈。
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(思い出せない…)
 うーん、と首を捻ったぼく。
 おやつを食べ終わって、階段を上がり始める前は確かに覚えてた。部屋に帰ったら、一番最初にやるべきこと。なのに全然、思い出せない。
(なんだったっけ?)
 部屋のドアを開けた途端に忘れ果てたか、階段の途中で落っことして来たか。こんな時には先へ進むと失敗するのが分かってる。部屋に入ったら、もっと忘れる。完全に忘れておしまいだって。
(大事なことなら大変だしね…)
 同じことをやったら思い出せると言われてるから、階段の下まで戻ってみた。もう一度ゆっくり上ってみたけど、やっぱりダメ。戻って来てくれない、落とした記憶。
(でも、気になるよ…)
 今度こそ、と階段を下りて上り直そうとしていた所へ、ママが通り掛かって。
「ブルー。ママのハンカチ、上には無かった?」
「忘れてた!」
 見て来るから、と慌てて駆け上がったぼく。忘れ果てていたものはそれだった。



 ママに頼まれていた大事なハンカチ。
 昼間にママが出掛けようとして、ぼくの部屋の窓を閉めに入って忘れたハンカチ。
 出掛けた先で落としたかも、って落ち込んでたらしいけど、ぼくを見たら思い出したんだった。ぼくの部屋に置いて出ちゃったかもしれない、って。
(えーっと…)
 ママが何かを置きそうな場所、と部屋のドアを開けてグルリと見回す。
(あった!)
 入ってすぐの棚の上に畳んだハンカチ。急いで持って下りて、ママに渡した。
「はい、ママ。これでしょ?」
「ありがとう。あって良かったわ、お友達に貰ったハンカチなのよ」
 手編みのレースをつけてくれたの、って縁を指差して喜ぶママ。レース編みが趣味の人だって。けっこう手間がかかるらしくて、それだけにママは失くしたと思ってショックだったみたい。



(ぼくの部屋にあって良かったよね)
 それに忘れてたことも思い出せたし…、と大満足で部屋に帰った。
 だけど、よくよく考えてみたら。自分で思い出したというわけじゃなくて、ママに答えを貰った結果。ぼくは階段を上り直しても思い出せなくて、また上ろうとしてたんだっけ…。
(…自分のことじゃないから忘れたんだよ)
 おまけに、おやつを食べてた間に頼まれたこと。
 階段を上がるまで覚えていた方が奇跡的だよ、と自分に言い訳したけれど。
(…物覚えは悪くない筈なんだけどな…)
 記憶力には自信があった。成績だって悪くないから、間違いなく記憶力はいい。
 たまに忘れるけど。整理して引き出しに入れた筈の物が、違った所にあったりするけど…。
(前のぼくはホントによく頑張ってたよ)
 ぼくみたいなミスはしていなかったと思う。
 何をするのか思い出せなくて青の間のスロープを行ったり来たりとか、そういう間抜け。
 いつもきちんと忘れないでいた、記憶力に優れたソルジャー・ブルー。
 三百年を超える膨大な記憶をしっかり整理し、必要な時にそれを使ったソルジャー・ブルー。
 凄かったよね、と自分で自分をちょっと尊敬したんだけれど。



(…あれ?)
 そういえば、前のぼくには記憶装置があったんだった。
 補聴器の中に組み込まれていた、前のぼくの記憶をデータ化して記録しておく装置。三百年分を入れても余裕たっぷり、千年分くらいは入ると聞いていた素晴らしい装置。
 あれのお蔭で、前のぼくの記憶をジョミーに渡せた。ジョミーもトォニィに記憶を渡せた。凄い装置で、素晴らしい装置。記憶をデータで残せる装置。
 持ち主が忘れてしまったことでも呼び出せたっけ、と記憶を遡ってみたんだけれど。
(備忘録ってわけじゃなかったっけ…)
 前のぼくが見聞きしたことを記録する装置。予定を入れておいたとしたって、切っ掛け無しでは思い出せない。今日はこういう予定でしたよ、と親切に教えてくれたりはしない。
(ということは、さっきみたいな時には…)
 ぼくが部屋のドアの所で悩んでいたって、ママに頼まれたハンカチのことは出てこない。それを引き出す鍵が必要、たとえばママとか、頼まれごととか。
(うっかりミスには役立たないよね?)
 頭からすっかり抜け落ちたことは、手掛かり無しでは記憶装置があっても無駄。前のぼく自身が鍵になる何かを思い出すまで使えやしない。
(なんだか使えなさそうな感じ…)
 実際、使っていなかったと思う。記憶装置のデータには全く頼ってなかった、前のぼく。自分で自分の記憶を管理し、自分の頭の中のデータを使ってた。記憶装置は使わなかった。
 それじゃ、いったい、あの装置は…。



(何しに着けてたんだっけ?)
 自分自身が使わないなら、何のために記憶装置を頭に乗っけていたんだっけ…?
(…次の世代のためだった?)
 ぼくの後を継ぐソルジャーのために。ぼくの記憶を簡単に継いで引き出せるように作ったかな?
 うん、そうだ。だからメギドへ飛び立つ前に、フィシスに渡しておいたんだ。ぼくが死んだら、ジョミーに渡してくれるようにと。
(フィシスには直ぐに戻ると嘘をついたけど、フィシスは記憶装置のことを知っていたしね)
 前のぼくが戻って来なかった時は、ぼくの補聴器をどうするべきか。
 フィシスなら分かってくれると思っていたし、実際、フィシスは前のぼくの望みどおりに動いてくれた。補聴器をジョミーに渡してくれた。ぼくの形見に持っておかずに、ちゃんとジョミーに。
 記憶装置は役目を果たして、ぼくの記憶はジョミーに継がれた。
(でも…)
 後継者なんて予定も無かった内から律儀だったな、と思ってしまう。記憶をデータ化するために頭にアレを乗っけて、あれこれと記録させてただなんて。
 フィシスを見付け出した時にはもう着けてたから、充分に元気だった頃から記憶をデータ化。
 なんて律儀で真面目だったんだろうか、前のぼくは。
 面倒だから、と放り出しもせずに頭に乗っけて、きちんと記録を残しただなんて…。



(ぼくが考え出したわけじゃないよね?)
 前のぼくが作らせた記憶装置なら、元気な頃には着けてない筈。後継者が必要だと考えるようになるまでは自分の頭さえあれば充分、記録しておく必要は無い。
 それなのに早くから着けてたってことは、他の誰かが考え出してぼくに渡したってこと。
(えーっと…)
 最初はただの補聴器だった。聴力はサイオンで補えてたから、補聴器は要らなかったのに。
 こんな大袈裟な補聴器なんて、って断ったけれど、ソルジャーらしくと押し付けられた。やたら仰々しい服とセットで、あの補聴器まで。
(あの頃はホントに補聴器だけで…)
 ソルジャーの地位だか、肩書きだか。
 御大層なそれを引き立てるための、演出するためのマントつきの衣装とセットの補聴器。衣装は色々と工夫を凝らして作られたもので、ぼくの身体を爆風などから守れる構造だったけど。素材にこだわった品だったけれど、補聴器の方は頑丈に出来ていたというだけ。
 あれを頭に乗っけていたってヘルメット代わりになりはしないし、ただのお飾り。
 そのお飾りがどういう経緯で記憶装置に化けたんだっけ、と遠い記憶を手繰っていて。
(ハーレイだよ…!)
 思い出した、と両手で耳を覆った。あの補聴器に覆われていた頃みたいに。
 真っ赤に染まった耳を隠したけれども、きっと顔だって真っ赤だよね…?



 前のハーレイに恋をしちゃった、前のぼく。
 片想いだと思ってた恋が無事に実って、幸せ一杯、心がお留守。
 会議の内容を司会のハーレイに見惚れて聞き逃すこと多数、ついにエラたちに尋ねられた。最近こういうことが多いが、何処か具合でも悪いのか、と。
 何でもないよ、と誤魔化して逃げたぼくだけれども、その夜、青の間でハーレイが訊いた。
「ソルジャー、本当にどうなさったのです?」
 私も心配しているのですが。皆には言えないと仰るのでしたら、せめて私には…。
「君が言うわけ?」
 それと、ブルーだよ。二人きりの時には、ブルー。
「申し訳ございません。それで、最近はどうなさったのですか?」
「ハーレイだな、って見てると忘れる…」
「はあ?」
「だから、ハーレイ!」
 君だよね、って見惚れてるから聞き逃してしまうんだ、会議の中身。
 もちろん聞いてはいるんだけれど…。
 その時は頭に入ったつもりで聞いているんだけど、右から左へ抜けてしまうんだよ。
 でも本当に大切なことは忘れてないだろ、シャングリラのこととか、みんなのこととか。
 抜け落ちてしまうのは大したことないものばかりだよ。



「そう仰られると…」
 つまらない内容だけを忘れていらっしゃいますね、とハーレイは頷いてくれたけれども。
 会議の中身をしょっちゅう忘れることは事実で、原因はハーレイに見惚れているせい。
 このままでは駄目だと思いはした。
 だけど会議の司会はキャプテンの役目。ずうっと前からそういう取り決め。
 ぼくが見惚れてしまうから、なんて理由で変えるわけにはいかない。そもそも、ハーレイに恋をしていることすら秘密で、内緒。誰にも言えないハーレイとの恋。
 ハーレイと結ばれて間もないだけに、出来ることなら一日中だってハーレイといたい。すぐ側でハーレイを眺めていたい。抱き合って、キスして、くっついていたい。
 そんな気持ちが落ち着いて来たら、見惚れてしまって心がお留守になりはしないだろうけれど。でも、それまでの間が大変、まだまだ恋に夢中の時間が続きそう。
 見惚れる相手のハーレイに「どのくらいで元に戻ると思う?」と訊いてみたら。
「そうですねえ…」
 私はあなたが初恋ですから、体験談ではありませんが…。
 この船に来てから読んだ本には年単位だとも書かれていましたね、人によっては。
 バカップルというのもあったそうです、とハーレイは言った。周りの人なんか目に入らないで、二人の世界を築き上げてしまう恋人たち。ぼくの状態はそれに近いのかも、と青ざめた。
「年単位な上にバカップルだと…」
 なんともマズイね、ソルジャーがそういう状態なのは。
 分かった、忘れないように努力してみよう。



 とりあえず、ハーレイに見惚れて生返事をしていても聞いていることは確かだから。
 右から左へ抜けないようにと頑張ったけれども、また忘れた。綺麗サッパリ忘れてしまった。
 そういう時に限って次の会議と内容が重なっていたりするから、皆に本気で心配された。
「忘れちまったのかい、この前のを?」
 ブラウは「大丈夫かい?」と訊いてくれたし、エラたちだって。大丈夫だよ、と返したけれども説得力は皆無だから。
 ゼルがすっかり禿げた頭を振り振り、こう嘆いた。
「まさかボケでもあるまいし…。わしでもボケておらんのに!」
「さあ、どうだか…。ぼくは年寄りだからね?」
 こう見えても年は一番上だよ、ボケても不思議じゃないかもね?
 自分では普通のつもりだけれども、案外、ボケて来ているのかも…。
 そういえば最近忘れっぽいかな、会議の席だけじゃなくってね。



 パチンとウインクしたくらいだから、冗談のつもりだったんだ。
 だけど本当に酷かったんだろう、ハーレイに見惚れてあれこれと忘れまくっていた、ぼく。
 暫く経って、そんな冗談を言ったことすら綺麗に忘れてしまっていた頃。いつものように会議に行ったら、とんでもない議題が登場して来た。
「なんだい、これは?」
 机に広げられた図面はやたら細かくて、多分、何かの設計図。首を傾げたらブラウが答えた。
「記憶装置だよ、こういうのがあったら忘れないだろ?」
「もう試作中じゃ、その補聴器に仕込むんじゃ」
 常に頭にくっついとるんじゃ、そいつが一番使いやすいわい。
 組み込むのに手間はさほど要らんし、まあ、任せておけ。
 二度と忘れんように作ってやるわい、どんなつまらんことでもな。
「ええっ!?」
 自信溢れるゼルの言葉に震え上がってしまった、ぼく。
 なんでもかんでも記録するだなんて、冗談じゃない。プライバシーも何もありゃしない。
 ハーレイも内心、冷汗だったらしくって。



 記憶装置に関する議題はぼく抜きで詰めることにするから、と会議室から追い出されてしまった後、ハーレイは一人で頑張ってくれた。それはそうだろう、ぼくが記憶装置を勧められるに至った原因はハーレイなんだし、何もかも全部記録されたら恋人同士なことだってバレる。
 孤軍奮闘したハーレイはその夜、いつものように青の間を訪ねて来て。
「記憶装置のことですが…。失敗談などは消したいだろう、と言っておきました」
「それで?」
 通ったのかい、その案は?
「はい。ソルジャーがお望みにならない記憶は消せる仕様にするそうです」
「ソルジャーじゃなくて、ブルーなんだけど!」
 でも、消せるって?
 何でも丸ごと記録してしまって、そのままじゃなくて?
「ええ」
 ソルジャーといえども、プライバシーは大切ですから。
 いくら公人でも記録されない自由と権利も必要だろう、という結論です。
「ありがとう、ハーレイ。君のお蔭だよ」
 だけど、せっかく二人きりの時にソルジャーはやめてくれるかい?
 ぼくにはきちんと名前がある。
 そうだろう、ハーレイ?
 ぼくはブルーで、ソルジャーじゃないよ。



 消したい記憶は消せることになって、良かったと安堵はしたんだけれど。
 記憶装置は出来てしまって、補聴器の中に組み込まれた。ぼくは会議の中身を忘れなくなって、心配されることも二度と無かった。
 そう、あの頃だけは記憶装置に頼ってた。なんだったっけ、と右から左に抜けてしまった記憶の中身を尋ねていた。長かった前のぼくの人生の中で、唯一、記憶装置が働いてた時期。
 ハーレイとの恋は続いたけれども、記憶装置を着けたお蔭か、見惚れることはそれから数ヶ月も経たずに終わったと思う。記憶装置を働かせる度に「またやったか」と自覚させられるから。
 ほんの数ヶ月とはいえ、頼ったことがあった記憶装置。前のぼくを補助した記憶装置。
 作られてからは前のぼくの記憶をデータ化して沢山記録したけれど、本当の所は消してしまった記憶も多かった。フィシスの生まれのこともそうだし、一番はハーレイ。前のぼくの恋。
 消せる仕様に出来てて良かった、と思うけれども。



(あれ、今あったら便利だよね)
 ママのハンカチを探すことは丸ごと忘れてたから駄目だけれども、他のこと。
 出会って咄嗟に名前が出てこないご近所さんとか、一度聞いただけで忘れてしまった何度も会う猫の名前だとか。誰だったっけ、と訊けば答えを返してくれるし、猫の名前も教えてくれる。
(ぼくが忘れても、記憶装置は忘れないものね)
 いいな、と使ってた時期の便利さに思いを馳せたんだけれど。
(ちょ、ちょっと待って…!)
 何でも覚える、ぼくの代わりに記録してくれる記憶装置。忘れずに覚えてくれる便利な装置。
(記憶装置があれば忘れないけど…!)
 今のぼくには、要らない記憶を消すための力が無いんだった。
 消したいと思う記憶を記録した部分は、一定以上のサイオンを使って上書きみたいな形で消す。サイオンの扱いがとことん不器用になってしまった、ぼくには不可能。
(もし、今のぼくがアレを着けていたなら…)
 ハーレイとの恋もバッチリ記録。
 パパとママには内緒にしているハーレイとの恋を、消せないまんまで丸ごと記録。
(まずい…)
 酷い忘れ物はしないように気を付けなくちゃ。
 あの記憶装置の仕組み自体は、今も伝わっている筈だから。
 物忘れ防止だ、ってパパに渡されたりしたら、とっても悲惨なことになるから…。



 だけどちょっぴり、欲しい気もする。
 今のぼくなら、ハーレイと結婚した後は何を記録しちゃっても平気だから。前のぼくは最後までハーレイとの恋を隠したけれども、今度は隠さなくてもいい。結婚してハーレイのお嫁さん。
 ハーレイと二人で暮らせる幸せな日々を毎日丸ごと記録できるって凄く素敵な気がする。だから欲しいな、って思ったんだけど…。
 考えてる最中に仕事帰りのハーレイが来たから、どう思う? って訊いたんだけど。
「この欲張りめが」
 丸ごと記録してどうするつもりだ、とテーブルの向かいから大きな手が伸びて来た。ぼくの額を人差し指でピンと弾いて、それから頭をグシャグシャと撫でて。
「忘れちまったのを思い出す方が幸せなんだぞ、宝物を見付けたようなモンだな」
 その補聴器……いや、記憶装置の話みたいに、何かのはずみにヒョコッと拾うのが面白いんだ。
 そうやって拾って、また忘れて。
 次に思い出す時には別の記憶もついてたりして、また楽しめる。
 何もかも忘れずに覚えていたんじゃ、つまらんだろうが。
 前のお前だって記憶装置は使ってないだろ、本当に困った時だけしかな。



「そうだけど…」
 やっぱり要らない物だったのかな、あの記憶装置。
 前のハーレイも補聴器を着けていたけど、あれに記憶装置は無かったよね?
「お前だけだな、シャングリラの中で記憶装置を着けていたのは」
 着ける羽目になった理由はともかく、結果的にはソルジャーの記憶を受け継ぐ大事な装置で象徴だしな?
 大いに出世を遂げたわけだし、良かったじゃないか。
「ぼくがハーレイに見惚れちゃってたせいで生まれた装置だけどね?」
「そいつは言わぬが花ってな」
「今のハーレイが授業で教える言葉だったら、知らぬが仏?」
「うむ。そんなトコだ」
 知らぬが仏で言わぬが花だな、どうしてお前が記憶装置を持っていたのかは。
 ジョミーにもトォニィにも言えやしないな、俺に見惚れて装着する羽目になりました、とはな。
「口が裂けても言えないよ…!」
 ハーレイが好きだったことは内緒なんだし、絶対言えない。
 おまけにハーレイに見惚れて生返事をしてた結果だなんて、カッコ悪くて情けないってば…!



 ハーレイと二人、散々笑って笑い転げた。
 すっごくバカバカしい理由で生まれて、補聴器の中に組み込まれてしまった記憶装置。
 前のぼくの記憶を補助するために、と出来た記憶装置のついた補聴器。
 前のぼくがフィシスに託して、フィシスの手からジョミーに渡って。
 ソルジャー・ブルーの記憶が残された補聴器だったから、ソルジャーの象徴になってしまった。ジョミーもトォニィも補聴器なんかは必要ないのに、あれを着けてた。
 補聴器としての機能は切ってしまって、記憶装置の部分だけ。
 ハーレイの話ではジョミーも記憶を記録していたらしいし、きっと次の代のトォニィも。
 そうやって三代のソルジャーが記憶装置を使っていたのに、今はなんにも残ってはいない。
 前のハーレイの航宙日誌は超一級の歴史資料になっているのに、前のぼくやジョミーたちが記録していた記憶は宇宙の何処にも残されていない。
 歴代ソルジャーの記憶がデータベースに残らなかった理由は、三代目にして最後のソルジャー、トォニィが反対したせいらしい、ってハーレイが教えてくれたんだけど…。
 貴重なデータを全く残さずに消してしまっただなんて、なんだか不思議。
 前のぼくは誰に見られてもいいように整理して記録しておいたし、残っていたって気にしない。SD体制を倒したジョミーも、気にするような性格じゃない。
 トォニィだって…、と懐かしい子供の頃の顔を思い浮かべてみたんだけれど。
 シャングリラの中の前のぼくたちの部屋を、手を付けないで残してくれたトォニィ。
 初恋の人だったアルテラが残した「あなたの笑顔が好き」ってメッセージを今の時代まで伝わる形にしたトォニィ。
 そんなトォニィが歴代ソルジャーの記録を抹消しちゃっただなんて…。



(…なんだか変だよ?)
 トォニィも多分、ジョミーと同じで性格は明るい方だと思う。ソルジャーとしての自分の記憶も「後世の役に立つのなら」って、快く公開しそうだけれど…。
(なんで消しちゃったんだろう?)
 前のぼくたちの部屋や、アルテラのメッセージが書かれたボトルを残したトォニィ。ハーレイが彫ったナキネズミの木彫りもトォニィの部屋に残されていた。
 思い出を大切にしていたトォニィらしくない、記憶装置のデータの抹消。矛盾した行為。後世に残す思い出どころか、とても大切で重要な記録だったのに…。
(ハーレイの航宙日誌なんかより、よっぽど凄い歴史資料だよ?)
 ミュウの歴史を全て見て来たソルジャーの記憶。前のぼくからジョミーまでのは歴史の生き証人とも言える代物で、その次を継いだトォニィだって…。
(ぼくがトォニィなら、絶対、残すと思うんだけど…)
 分かりやすいように整理して、と考えた所で気が付いた。
 記憶装置の中の自分の記憶を整理するには、不要な部分の削除が不可欠。でないと記憶を丸ごと記録したまま、つまらないことまで詰まったまま。
 まさか、トォニィ…。



「ねえ、ハーレイ…」
 もしかしてトォニィ、記憶装置のデータの消去方法を知らなかったとか?
 使えなかったってことはない筈なんだよ、トォニィのサイオン、強かったしね。
「消去方法って…。お前、ジョミーには教えたか?」
「うん、一応。渡す前だから、簡単に説明したんだけれど…」
 前のぼくが眠ってしまうよりも前。
 アルテメシアに居た頃だったよ、いつかは君に譲るんだから、って。
「なるほどなあ…。だったら、アレだ」
 ジョミーはトォニィに教える暇が無かったんだ。
 地球で死ぬかもしれないとは思っただろうが、あの補聴器を託す暇があるとは思わなかった。
 だから教えずに放っておいたが、結果的にはトォニィの手に渡ったってな。
 肝心の消去方法ってヤツを教えないままで。
「じゃあ、トォニィは…」
「何もかも丸ごとアレに記録をしちまったろうし、そいつは消したいと思わないか?」
 前のお前とジョミーのデータ。
 それも一緒に消えてしまうと分かっていてもだ、自分の記憶を丸ごとはなあ…。
「やっぱりハーレイもそう思うよね…?」
「俺なら絶対に御免蒙る、丸ごとはな」
「ぼくも嫌だよ!」
 丸ごと残るなんて絶対に嫌だ。
 何を食べたか、何をしてたか、全部データが残ってるなんて、死んだ後でも嫌だってば…!



 ジョミーから消去方法を教わらないまま、記憶装置を受け継いだトォニィ。
 自分が何をやっていたのか、記憶を丸ごと記録されてしまった最後のソルジャー。
 気の毒なトォニィが反対したお蔭で、前のぼくの記憶はデータ化されずに消えてしまった。
 ソルジャー・ブルーが持っていた記憶は、ぼくの頭の中身が全て。
 今のぼくの小さな頭の中には、超一級の歴史資料が詰まってる。
 歴史の研究に役立つ記憶。学者たちが狂喜する記憶。
 いつかは公表してもいいな、と考えたりもしてはいるんだけれど…。
 だけど喋ったら、前のハーレイとの仲まで探られそうだし、やっぱり黙っておこうかと思う。
 前のぼくやジョミーの記憶を収めた記憶装置は、トォニィが消してしまったんだもの。
 事情はともかく、消される程度の記憶装置とその中身。
 きっと大した記憶じゃないんだ、そういうことにしておこうっと!
 それでいいよね、記憶装置が出来た理由も、前のぼくが恋に夢中になってたせいなんだから…。




        記憶装置の秘密・了

※前のブルーの記憶装置は、こうして誕生したらしいです。恋で心がお留守だったせいで。
 そして補聴器が後世に残らなかった理由は…。トォニィの意志というのは表向きかも?
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(ふうん…)
 ブルーはテーブルにあった新聞の記事を覗き込んだ。学校から帰って、ダイニングのテーブルでおやつを食べている最中だったが、目に留まった記事。動物園で生まれたキリンの名前を募集中。
(どんなのがいいかな?)
 応募するつもりは無かったけれども、キリンの写真が可愛らしいから考えてみることにした。
(えーっと…)
 親と重なってたら駄目だもんね、と記事を読み進めて吹き出したブルー。キリンの子供の母親の名前はリリーだったが、父親の名前。それはどう見ても…。
(あのジョミーだよね?)
 前の自分の頃ならともかく、今の時代にジョミーと言ったらジョミーしかいない。キースと共にSD体制を崩壊させたソルジャー・シン。偉大なるジョミー・マーキス・シン。
(ジョミー、キリンになっちゃってるし!)
 これも公募でついた名なのか、はたまた飼育係の趣味か。父親の名前がジョミーだったら、その子供に名前を付けるとしたら…。
(きっとトォニィ多数なんだよ)
 キリンの子供はオスということだし、ジョミーの子とくればトォニィだろう。今でも人気の高いトォニィ。三代目にして最後のソルジャー。
(トォニィはグランパって言っていたから、ジョミーはお祖父ちゃんなんだけれどね?)
 それでもジョミーの次はトォニィ、誰もが思い付きそうな名前。
(この名前だったらホントに付くかも!)
 せっかくだからトォニィと書いて出してやろう、と応募の仕方を読んで葉書に書き込んだ。運が良ければトォニィと付いて、抽選で何か貰えるだろう。記念品とか、動物園のオリジナルグッズの文具とか。
(これでよし、っと!)
 住所も名前もちゃんと書いたし、明日、母に投函して貰おう。母が買い物に出掛けるコースにはポストがあるから。学校の近所にもあるのだけれども、ブルーが出入りする方とは違う門の脇。
 キッチンに居た母に「お願い」と頼んで、買い物用のバッグの外ポケットに入れておいた。母が手に取ったら直ぐに分かる場所。ポストの前を通り掛かったら入れなくては、と気が付く場所。
 応募用の葉書は明日の夕方までには回収されて動物園へ出発することだろう。



(記念品…)
 貰えるといいな、と二階の部屋に戻ったブルーは夢を大きく膨らませた。あの手の公募は多数決だから、トォニィはいい線を行く筈だ。得票数が最高だったら、キリンはトォニィ。
(ふふっ、トォニィ…)
 自分の閃きに嬉しくなった。小さかった頃に大好きだったキリン。そのキリンに自分が応募した名前が付くかも、と考えると胸が温かくなる。抽選で何も貰えなくても、トォニィと付けば自分が名付けたキリンなのだし…。
(でも、発表の記事を見落とすかもね?)
 お披露目の記事は見落としたくない。記事に出会って名前はトォニィ、なおかつ抽選で記念品も欲しい。それがいいな、と考える。思い出に残りそうなラッキーな形。
(こういう募集って楽しいよね)
 人気者はそうやって名前が決まるんだよね、と動物園の動物たちを思い浮かべた。キリンなどは大抵、名前は公募。飼育係が名付けるケースもあったけれども、公募が多い。
(変なのを書いて応募する人もいるんだろうけど…)
 父親がジョミーだから、あえてキースとか。喧嘩の絶えない親子になりそう、とブルーは思う。キースどころか、ブルーと書く人もいるかもしれない。
(うーん…)
 ジョミーの子供がブルーだったら逆なんだけれど、と前の生での自分とジョミーの関係を考え、少し情けない気持ちになった。
(ジョミーに面倒を見て貰うソルジャー・ブルーだなんて…)
 確かに見て貰っていたかもしれないけれど、と溜息をついた所で妙な既視感が頭を掠めた。
(あれ?)
 以前にもこんな気持ちを抱いたような気がする。そうじゃないのに、と情けない気持ち。



(なんだろう…?)
 名前がブルーで、情けない気持ち。そうではない、と溜息をつきたい気持ち。
 前世の記憶を取り戻してからは動物園に行っていないが、それよりも前に自分と同じくブルーの名を持つ動物を見たことがあるのだろうか?
(…スカンクとか?)
 臭いんだぜ、と鼻を摘んで騒いでいた友達。オナラが凄いらしいスカンク。そんな生き物と同じ名前を持っていたなら、それは大概、情けない。友達も大笑いしただろう。
(でも、もっと…)
 スカンクよりも酷かったような、と記憶している情けなさ。特大の溜息が出そうな気持ち。
 何なのだろう、と記憶を手繰ってみるのに、一向に思い出せないから。
(まあいいや)
 気分転換、と本棚の方を向いた途端に降って来た記憶。視界に入った白いシャングリラを収めた写真集。



(情けない筈だよ…!)
 ブルーはスカンクの名前ではなかった。
 そもそも、ブルーですらもなかった。
(…応募者多数でソルジャーなんだよ…!)
 それだ、と突っ伏しそうになるほどの衝撃と情けない気持ち。
 前の自分が背負った尊称。ソルジャーという御大層なもの。
(…スカンクの名前がブルーだった方が、まだマシ…)
 そっちの方が絶対にマシだ、と嘆きたくなるくらいに情けない記憶。
 なんだってあんな尊称がついてしまったのか、と溜息をついても始まらない。
 遠い記憶を手繰るまでもなく、一気に全てが蘇って来た。
 ソルジャー。
 前の自分が背負う羽目になった、この御大層すぎる尊称なるもの…。



 シャングリラがまだ白い鯨ではなかった時代。アルタミラから脱出した船の名前だけを変えて、楽園と呼んでいた時代。
 ブルーは船で生きてゆくために必要な物資や食料を奪いに出られる、たった一人の人材だった。他の仲間に生身で宇宙を飛ぶ力は無く、船にあった小型船は武装していない。ブルーがいなければ誰も生きてゆけず、それゆえにリーダーと呼ばれ始めたけれど。
 船での暮らしが落ち着いてくると、新たな問題が生まれて来た。ブリッジや機関部、厨房など。あちこちに其処での責任者が出来て、リーダーと呼ばれている者も何人か。
 ブルーは全く気にしなかったが、リーダー多数では話にならない、と言い出した五人。居場所は違えど、仲間たちの信頼を寄せられていた後の長老たち。
 彼らの話を聞いたブルーは「別にリーダーでいいじゃないか」と答えたのに。
「大勢いては区別がつかないと思うのだがね」
 ヒルマンが重々しく言い、「俺もそう思う」とゼルが応じた。
「私もそうよ」
「あたしもだね」
 エラとブラウが賛同した後、「俺もだ」とハーレイまでが続いた。
 ただのリーダーでは何かと困ると、直ぐにブルーだと分かる呼び名が必要だと。
「何でもいいだろ、区別がつけば」
 ブルー自身はそう考えた。しかし…。
「リーダーの中のリーダーだしなあ、それっぽいのがいいんじゃないか?」
 俺は直ぐには思い付かんが、とハーレイが出した案にブラウが即座に反応した。
「いいねえ、あたしもそいつに一票だよ。ヒルマン、何かないのかい?」
「ふむ…。考えてみよう」
 それでいいかね、というヒルマンの言葉に皆が頷く。
 真のリーダーに相応しい名をと、そういう名前でブルーを呼ぼうと。



 数日が経って、ブルーはヒルマンの訪問を受けた。呼び名のことなど忘れ果てていたが、そんなことにはお構いなしにヒルマンが「これはどうかね」と差し出した一枚の紙片。
「なに、これ…。ソルジャーって」
「戦士という意味の言葉なんだがね、据わりはいいと思うんだが」
「…据わり?」
「名前と組み合わせて呼ぶ時だよ。ソルジャー・ブルー、と」
 いい響きだと思うのだがね、と聞かされてもブルーにはピンと来なかった。ソルジャー・ブルーなどと呼ばれても困るし、まるで自分では無いようだ。ましてソルジャーとだけ呼ばれても困る。いずれは戦う日も来るだろうが、だからと言って戦士は少し恥ずかしい。
「…それは…。ソルジャーはちょっと…」
「ならばカイザーなどはどうかね」
「カイザー・ブルー?」
「そうなるね」
 これも据わりがいいと思う、とヒルマンが「カイザー」と書かれた紙片をテーブルに置く。
「えーっと…。意味は?」
「皇帝だが」
「大袈裟すぎるし!」
 ソルジャーどころの騒ぎではない、とブルーは慌てて断った。皇帝では戦士より酷い。そこまで自分は偉くはない。もうリーダーで構わないから、とヒルマンに二枚の紙片を返そうとしたのに、受け取って貰えない紙片。ソルジャー、それにカイザーの案。



 ヒルマンは「持って帰って」と懇願するブルーを前にして、頭を振って。
「ふむ…。ナイトという案も出たんだがねえ、据わりがねえ…」
「ナイト・ブルーねえ…」
 確かに少し呼びにくいかも、と新たに出て来た三枚目の紙片をブルーは見詰めた。
「意味は?」
「騎士だ。戦士よりも位が高いのだが…。据わりの方が今一つ…」
「そういうのしか思い付かないわけ?」
 もっと普通の呼び名は無いのか、と訊けば新しい紙片が差し出された。
「エラのお勧めはロードなのだが…」
「ロード・ブルーね…。意味は?」
「支配者なのだが、昔は神をも指したようだね」
「神様だって!?」
 皇帝よりも上があったか、とブルーは愕然と紙を眺めた。
「ロードって…。ぼくに神様って、どういうつもり?」
「エラが言うには、この船の守り神ということで実に相応しいと…」
「相応しくないっ!」
 もっと他にも案を出せ、とブルーはゴネたが、ヒルマンたちの意見はとうに纏まった後だった。ブルー自身が選べないなら、名称は公募。今ある四つの案を発表して、その他に「これだ」という名を思い付いた者があれば、それを候補に加えるというもの。
「それでどうかね、候補が全て出揃った後で船内投票で決めることになるが」
「…分かった…」
 誰かがマシな名前を思い付いてくれるであろう、とブルーはそちらに期待をかけた。ソルジャーだのカイザーだの、ロードなんぞという名前よりは普通な名前が出て来るだろう、と。



 次の日、食堂の壁に意味とセットで掲示された四つの名称の候補。ソルジャーにカイザー、更にナイトにロードの四つ。その脇に応募用の箱が置かれて、他の名称を思い付いた者は専用の用紙に記入し、箱に入れることになったのだが…。
「一つも無かった!?」
 募集が締め切られた日の夜、ハーレイがブルーの部屋にやって来た。キャプテンとしての報告であって、ブルーのための新しい名称を考えた者は誰一人としていなかったという。
「じゃあ、あれは…。あの名前は…」
「あの四つで船内投票になるな」
「…嘘…」
 酷い、とブルーは泣きそうな気持ちになったけれども。
「安心しろ。お前には一応、拒否権がある」
「ホント!?」
「ただし、行使するなら「これだ」と思う名前を自分で選べ。あの中からな」
「…そ、それは…」
 拒否権になっていないから、というブルーの叫びは無視された。
 キャプテンは報告を終えて出てゆき、翌日、より詳細な説明が添えられた四つの候補が書かれた紙と、投票用紙とがシャングリラの皆に配られる。
 考える期間は一週間。それが過ぎたら、投票をするという運び。



(どれが一番マシなわけ?)
 ブルーは白票を投じたい気分だったが、ブルーの分の投票用紙は無かった。意に染まない名前を付けられそうなのに、ささやかな抵抗すらも出来ないらしい。
(せめてマシなの…)
 自分で選ぶことはしたくなかったが、マシな結果になっては欲しい。とはいえ、皆の意志次第。どんな結果を迎えようとも、皆の意識を操って投票させるなどは論外、やりたくもない。
(でも…)
 ソルジャーが一番マシだろうか、と考えた。でなければ、ナイト。
 皇帝を指すカイザーと、神をも意味するロードは避けたい。その二つよりは、戦士か騎士。
(騎士に比べたら、戦士の方が多分、一般的だよね…?)
 戦う者なら誰でも戦士と呼べるけれども、騎士はそうではないだろう。投票用にと配られた紙の説明文をハーレイに頼んで見せて貰ったら、遥かな昔には「ナイト」という称号があったことまで書かれていたし…。
(ソルジャーは戦士だけだったんだよ)
 他の三つの候補と違って、偉そうな説明は何も無かった。ソルジャーが一番無難に思えた。
 しかし…。



 投票用紙が配られた二日後の夜、ブルーの部屋にフラリと立ち寄ったハーレイは開口一番、こう言った。
「カイザーとロードが人気らしいぞ」
「ええっ!?」
 なんでそういうことになるわけ、と仰天するブルーにハーレイが面白そうに答える。
「偉大な長に相応しく、とヒルマンがカイザーを推して回っている。エラがロードだ」
 投票は伯仲するかもしれんな、開票するのが楽しみだな。
「ハーレイは、どっち!?」
「俺はどれでも別にかまわん」
 カイザーだろうが、ロードだろうが。決まった名前で呼ぶだけのことさ。
 ついでにどれとも決めていないな、どれにするかな…。
「じゃあ、ソルジャー…」
「はあ?」
 なんだ、と鳶色の目を丸くするハーレイに、ブルーは「お願い!」と頭を下げた。
「ナイトでもいいから、どっちか推して!」
 ソルジャーか、ナイト。
 キャプテンの推薦って言うんだったら、第三勢力でいけそうだから。
 お願い、ハーレイ。どっちかに決めて、みんなに俺はこれだと言ってよ。
 そしたらそっちに票が入るかも、他の二つと戦えるほどの。



「うーむ…」
 ハーレイは腕組みをして考え込んだ。
「だから自分で決めろと言っておいたのに…。今からそれだと八百長じゃないか?」
「ぼくはカイザーもロードも御免なんだよ!」
 そんなのに票が入ると分かっていたなら自分で決めたよ、違う二つのどっちかに!
「ふうむ…。自分の読みとは違って来たから、慌てて流れを変えたいわけだ」
 それで、お前はどっちがいいと思うんだ。ソルジャーとナイト。
「据わりで言ったらソルジャーの方で、意味で選ぶのでもソルジャーかな…」
 ただの戦士で充分だし。
 騎士とか、ナイトの称号だとか。そういう余計なものは要らない。
「…戦士ってだけでは、重みがなあ…。しかし…」
 据わりがいい方が候補としては有利だろうな。
 ロードはともかく、カイザーは据わりがいいからな。
「だったら、ソルジャーを推してくれるわけ?」
「頼み込まれたら断れんだろう。アルタミラ以来の付き合いだしな」
「ありがとう、ハーレイ!」
 頑張ってよ?
 何も応援出来ないけれども、ソルジャーが票を伸ばせるくらいに頑張ってよね。



 分かった、とハーレイが引き受けて行って。
 翌日、シャングリラ中に噂が流れた。ブルーがソルジャーになりたがっている、と。
 ブルーは驚いてハーレイを部屋に呼び出し、「ぼくは言ってないよ!」と怒鳴ったのに。
「あれしか無かろう、カイザーとロードに今から勝負を挑むとなれば」
 ハーレイは平然として言葉を続けた。
「現に本人の意向は無視出来ないな、という方向へと流れつつある」
 なんと言っても、呼ばれるのはお前なんだしな?
 本人が嫌な名前が付くより、好みの名前がいいだろう。
 ソルジャーがいいと言っているなら、ソルジャーにしようかと誰でも思うさ。
「…ぼ、ぼくが自分で…。自分でソルジャー……」
 自分で決めるのだけは嫌だし、投票でいいって言ったのに!
 これじゃ自分で決めているのと何も変わりはしないんだけど!
「なら、カイザーでいいのか、お前」
 でなきゃ、ロードか。そういうのでいいなら、取り消してくるが。
「…………」
 ブルーは反論出来なかった。
 もしもハーレイが自分の発言を取り消したならば、カイザーかロードに決まるのだから。



 そうして迎えた投票の日。
 シャングリラにはカイザー派もロード派も、もはや存在しなかった。
 ブルーの意向が何より一番、カイザーとロードには二票ずつしか入らなかった。
 何故二票か。
 ヒルマンが買収したゼルと、エラが買収したブラウが入れたと後になってから噂が立った。
 ともあれ、シャングリラ中の仲間が立ち会う開票の場で、ソルジャーは見事に一位となって。
「圧倒的多数でソルジャーですわね」
 記録を取っていたエラがブルーに微笑み掛けた。
「エラ、その言葉遣いはなに?」
 途惑うブルーに、エラは表情を引き締めて皆を見渡しながら。
「こうして公にリーダー、いいえ、ソルジャーになられた以上はけじめというものが必要です」
 目上の方には敬語で話さなくては。
 私だけではありません。皆もそのつもりで言葉遣いに気を付けるようにして下さいね。



 割れんばかりの拍手に押されて、ブルーはその場でソルジャーとなった。
 リーダーの代わりにソルジャーと呼ばれ、敬語を使われる立場にされてしまった。
(ソルジャー・ブルー…)
 自分の部屋に帰ったブルーは額を押さえた。
 カイザーやロードに決まらなかったことは嬉しいけれども、自分でソルジャーになりたがったという不名誉な噂つきでのソルジャー。
 皆は「ただの戦士」を選んだブルーを高く評価し、謙虚な姿勢だと受け止めていたが、ブルーはそうは思わなくて。
(…自分で名乗った…)
 最悪なことになってしまった、と頭を抱えている所へ、ハーレイが来て。
「ソルジャー、御就任おめでとうございます」
「ハーレイまで敬語!?」
 ぼくの部屋でも、と更なるショックを受けたブルーに、ハーレイは苦笑したものだ。
「まあ、一応は…。とはいえ、当分は直りそうもないがな」
「良かったよ…。そっちの言葉が断然、いいよ」
 ホッとしたよ、とブルーは安堵したのに、エラは皆に厳しく言葉遣いを指導した。
 ソルジャーには敬語で話すように、と。
 いつしかハーレイの言葉遣いもすっかり敬語になってしまって、ブルーはソルジャー。
 その頃には「自分でなりたがった」かどうかも誰も気にしていなかったのだが、押しも押されぬミュウたちの長で、リーダーではなくてソルジャー・ブルー。
 ブルー自身も由来を忘れてしまったけれども、ソルジャー・ブルー…。



(…自分でソルジャーを名乗ったなんて…)
 あんまりだ、と小さなブルーは自分の頭を叩きたくなった。
(…こんなのよりかは、スカンクの名前がブルーだった方がよっぽどマシだよ…)
 なんて情けない記憶なんだろう、と溜息をついた所で、来客を知らせるチャイムが鳴った。
 もしかして、と窓から見下ろせば、庭の向こうの門扉のすぐ横にハーレイの姿。
 前の自分をソルジャーの座に着けた、キャプテン・ハーレイの生まれ変わりのブルーの恋人。
(…ハーレイも一応、責任あるしね?)
 ブルーがソルジャーになりたがっていると噂を流した人物ではある。
 苛めてやろう、と決意を固めた小さなブルーが逆襲されたことは言うまでもない。
 ソルジャーの尊称で皆に呼ばれるより、カイザーかロードが良かったのか、と。



「うー…」
 ハーレイと二人、テーブルを挟んで向かい合いながら、ブルーはブツブツと文句を零した。前の自分は情けなかったと、何故ソルジャーかは思い出したくもなかったと。
「あれに比べたら、まだスカンクの方が…」
 スカンクの名前がブルーだったろうか、と情けない記憶を手繰っていたという話をすっ飛ばして呟いてしまったのだから、当然と言えば当然だけれど。
「お前、ソルジャーよりもスカンクを名乗りたかったのか!?」
 知らなかった、とハーレイが驚き、真面目な顔でこう言った。
「それなら候補を入れておいたら、この俺が推してやったのに…」
 スカンクくらいはお安い御用だ、流す噂がちょっと変わると言うだけだ。
 投票する前に候補を募っていたろうが。
 あの時に用紙にスカンクと書いて入れておけばだ、投票の時の候補にスカンクもあった。
 候補を書く紙は誰でも自由に書けたからなあ、スカンクと書いて入れときゃ良かったのに…。
 それにしてもだ、なんでスカンクだったんだ?
 前のお前の趣味は分からん。どうしてスカンクがいいんだ、お前。



 何故スカンクだ、と勘違いをして答えを得たがるハーレイだったが、ブルーの耳には全く入っていなかった。頭の中は前の自分の間抜けさ加減に呆れる気持ちでとうに一杯。
(…そうか、その手があったんだ…)
 自分で何か候補を考え、応募しておいて候補一覧にそれを加える。
 スカンクでなくとも、マシな尊称。
 ハーレイが取った戦法でいけば、その尊称を勝ち取れた。
 どんなにセンスを疑われようとも、スカンクを名乗ることだって出来た。
 けれど…。
(…後の祭り…)
 もう手遅れだ、とブルーはガックリと項垂れた。
 前の自分はとっくの昔に死んでしまって、今も名前はソルジャー・ブルー。
 自分で名乗ったことは知られていないけれども、ソルジャー・ブルー。
 変えようもないし、変えられもしない。
 ソルジャーに決まる前であったら、スカンクなどという妙なものでも名乗れただろうに。
 ブルー自身の望みなのだ、と噂を広めて、別の尊称を得られたろうに…。



 ブルーとジョミーと、最後のトォニィ。
 三代ものソルジャーが名乗った尊称が決まるまでの間の裏事情。
 キャプテン・ハーレイが暗躍していた、シャングリラ中の仲間の投票。
 投票の対象が決定する前に、ブルーが候補を出していたなら。
 小さなブルーがキリンの子供の名前募集に応募したように、前のブルーが何かを考えていたら。
 そうして箱に入れていたなら、どうなったろうか。
 流石にスカンクは無かっただろうが、ソルジャーにはならなかった可能性もある。
 ミュウの長を指す、偉大な尊称。
 ソルジャーの尊称がどういう経緯で生まれたのかを、ソルジャー・ブルーは語らなかった。
 ゆえにジョミーも、トォニィも知らずに終わってしまった。
 カイザーかロードか、場合によってはスカンクでもおかしくなかったことを…。




        ソルジャー誕生・了

※ソルジャーという呼び方が決まるまでには、実は色々あったのです。他の候補も。
 流石にスカンクは無いでしょうけど、まるで違った呼び方になっていたかもしれませんね。
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