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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「ハレブル」の記事一覧

(うーん…)
 学校から帰って、着替えて、おやつ。ママがダイニングで待ってくれてて、パウンドケーキ。
 ぼくのお皿の上に一切れ、ハーレイが大好きなパウンドケーキ。
 早速フォークを入れたんだけれど、ママのパウンドケーキは美味しい。でも、それだけじゃない秘密を持ってるパウンドケーキ。ぼくには分からない、不思議な魔法。
(ハーレイのお母さんが焼くパウンドケーキと同じ味なんだよね?)
 ぼくはまだ食べたことが無いけれど。
 隣町に住むハーレイのお母さんには会ったことが一度も無いんだけれども、ハーレイに聞いた。ぼくのママが作るパウンドケーキは、ハーレイのお母さんのと同じ味がすると。
 自分で料理をするハーレイ。パウンドケーキも焼いてみるけど、お母さんと同じ味にはならないらしい。パウンドケーキは作り方も材料も単純なくせに、お母さんの味にはならないって。
 だからハーレイは、ぼくのママが焼くパウンドケーキが大好物。
 おふくろの味って言うのかな?
 どのお菓子よりも嬉しそうに食べるし、見ているぼくまで幸せな気持ち。
 ぼくもいつかはハーレイのために、ママと同じ味のパウンドケーキを焼きたいんだけど…。



「ママ…?」
 作り方のコツを訊こうと声を掛けてから、慌ててやめた。
 前にハーレイからパウンドケーキの話を聞いた時、「作り方、ママに習おうかな?」って言ってみた、ぼく。そしたら「バレるぞ」と止められたっけ。ぼくの周りでママのパウンドケーキの味がお気に入りの人は誰か、ってトコからハーレイとの恋がバレるって。
 ぼくがハーレイを好きだってことがバレたらマズイ。コツは知りたいけど、ママには訊けない。
 途中で言葉を止めちゃったけれど、ママはしっかり聞いてたみたいで。
「なあに?」
 どうしたの、って笑顔を向けて来るママ。
 せっかくだから少し訊いてみようか、パウンドケーキの名前は出さずに。



「えーっと…。お菓子を作るのって難しいの?」
 ママは楽しそうに作ってるけど、お菓子作りって難しい?
「ブルーも学校で作ったでしょう、カップケーキとか」
「うん。…焦がしちゃった子も何人かいたし、難しいかな、って」
 ちゃんと教わった通りにしたのに、焦げちゃった子たち。簡単だったら焦げないよね?
「そうねえ…。ママも昔は焦がしていたわね」
「ママが!?」
 嘘でしょ、とぼくの目は真ん丸になった。
 ぼくが幼稚園に行ってた頃には、おやつはとっくにママの手作り。オーブンから出て来る時間をワクワクしながら待ち侘びていたし、いつだって綺麗に焼けてたと思う。
 お菓子作りが得意なママ。そのママがケーキを焦がしただなんて…。
「ホントよ、最初は失敗ばかりよ。だけど、誰だって自然に上手になるのよ」
「どうやって?」
「そうねえ…。食べて欲しい人が出来たら……かしらね?」
 今のママなら、パパとブルーね。ブルーが生まれる前なら、パパ。
 ブルーにはまだまだ先の話ね、食べて欲しいっていう女の子が出来て、お菓子を貰う日。



(そっか…)
 ママは勘違いをしていたけれども、ヒントは貰えた。
 ぼくはお菓子を貰う方じゃなくて、作りたい方。ハーレイのために作ってあげたい。
(お菓子を上手に作るコツって、食べて欲しい人が出来ることなんだ…?)
 そういうことか、と部屋に帰って考えてみた。
 ぼくがハーレイに作ってあげたいパウンドケーキ。ハーレイのお母さんのとそっくり同じ味のを作って、うんと喜んで貰いたい。
 そのためだったら頑張れそうだし、何度焦がしても上手になるまで挑戦出来そう。
 確かにママが言っていた通り、大切なものは「食べて欲しい人」。
 ママとおんなじ腕前になるまで頑張らなくちゃ、と決心をした。
 ハーレイが喜ぶパウンドケーキ。おふくろの味のパウンドケーキ。
 いつか必ず作ってみせる、とグッと拳を握ったんだけど。



(あれ…?)
 前のぼくって、頑張ってたっけ?
 ハーレイのために何か作ってたっけ、と遠い記憶を手繰って遡ってみて、愕然とした。
 青の間のキッチンでハーレイがいつも作ってくれてた、野菜スープのシャングリラ風。今でこそ立派な名前があるけど、あの頃はただの野菜のスープ。前のぼくが寝込むと作って貰えた、何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけでコトコト煮込んだ素朴なスープ。
 多忙なキャプテンがブリッジを抜けては、ぼくに作ってくれていたのに。
 忙しい時でも「これなら喉を通るでしょう?」とわざわざ作りに来てくれてたのに…。
(ぼくって、作って貰っていただけ…)
 ソルジャーだったぼくは何も作りはしなかった。
 お茶は淹れたりしていたけれども、キッチンでは何も作らなかった。
 ちゃんと恋人がいたというのに、ハーレイと本当に本物の恋人同士だったのに。
(なんで一度も作らなかったわけ…?)
 前のぼくは愛が足りなかったんだろうか。
 ハーレイに食べて欲しいと思わなかったんだろうか、とショックを受けた。
 何一つとして作ってあげたいと思った記憶など無いし、作ってもいない。
 前のぼくはハーレイに作らせるだけで、お菓子も料理も何も作ろうとはしなかった。



(……最悪……)
 なんて酷い恋人だったんだろう。
 作らせてばかりで何もしないで、お茶だけを淹れていたなんて。
 しかも前のハーレイが大好きだったコーヒーは苦手で、ぼくの好みの紅茶ばかりを淹れていた。コーヒーを淹れるハーレイを何度も見ていたけれども、淹れ方を覚えはしなかった。
 ハーレイの好きな飲み物なんだ、って分かってたくせに、淹れ方も知らなかったぼく。
 コーヒーを淹れてあげたいとさえ思いもしなくて、紅茶ばかりを飲ませていたぼく。
(前のぼくって…)
 どうしようもなく我儘な上に、自分勝手な最低最悪としか言えない恋人。
 尽くさせるだけだった、酷い恋人。
 それでも見捨てずに付き合ってくれたハーレイはきっと、心が広かったんだろうと思うけど。
 今度は流石にマズイだろうか、と心の中でタラリと冷汗。
 ハーレイと結婚しようと決めている年、ぼくが十八歳を迎える年。
 十八歳までに料理を覚えておかなきゃならない。
 ママと同じ味のパウンドケーキが焼けるだけの腕と、他にも色々作れる腕前。
 ソルジャーだった頃と違って、今度のぼくはハーレイの「お嫁さん」になるんだから。



(…十八歳までに料理を覚える方法は…)
 手っ取り早いのはママのお手伝い。
 夕食の支度を手伝っていれば覚えるだろうし、お菓子もママと一緒に作ればハーレイが大好きなパウンドケーキの焼き方をマスター出来ると思う。
 だけど、ママにはなんて言ったらいいんだろう?
 ぼくがいきなり料理やお菓子を作りたいなんて頼み込んだら、ハーレイとの恋がバレるかも…。
(…一人暮らしの練習とか?)
 そんな予定は全然無いけど、無難な理由はそれくらい。
(でも…)
 背丈が伸びないぼくが言っても、嘘っぽい。
 ぼくみたいに小さくて心も身体も子供のままでは、一人暮らしは有り得ない。ぼくみたいな子が行くための上の学校、幼年学校も一人暮らしは認めていなくて、家を出るなら寮生活。寮生活だと食事つきだし、料理を覚える必要は無い。
 学校と言えば調理実習。家庭科の時間に料理やお菓子の作り方を習う。お蔭で包丁とかは上手に使えるけれども、調理実習の時間は多くない。
 ハーレイのお嫁さんになった時に色々と作ってあげられるほどに上達するとは思えない。



(料理学校…?)
 いろんな料理やお菓子作りを習える学校。調理実習ばかりの学校。コースは沢山あると思うし、学校の帰りに行けるコースに入って習えば上手くなれそう。
 それにしよう、と考えたけれど、身体が弱いからクラブにも入っていないぼく。家に帰る時間が遅くなったら、ママに変だと思われる。
 それに…。
(ハーレイが仕事の帰りに早い時間に寄ってくれても、ぼくがいないよ!)
 普段は仕事や柔道部の指導で遅くなってるハーレイだけれど、たまに早く来ることがあるから。しかも「明日は早いぞ」なんて予告は滅多に無いから、料理学校に寄っていたならすれ違い。
 それから、お金。
 料理学校の授業料を払えるほどのお小遣いをぼくは貰ってはいない。貯金してあるお金を使えば行けるだろうけど、それは「小さな子供が通う所じゃありません」ってこと。
 料理学校はぼくには無理っぽい感じ。



(どうしよう…)
 結婚したって料理が出来なきゃ、ハーレイに食べて貰えない。
 食べて欲しいのにパウンドケーキも焼けやしない、と落ち込んでいたら。
 そのハーレイが仕事帰りにやって来た。ぼくの部屋でテーブルを挟んで向かい合わせに座って、「今日はパウンドケーキの日だったか。運がいいな」と、とても御機嫌。
 ぼくには焼けないパウンドケーキ。ハーレイのお母さんのと同じ味がするパウンドケーキ…。
「…パウンドケーキ…」
 呟いたぼくに、ハーレイが「ん、どうした?」って訊いてくれたから。
「ぼく、焼いたことがないんだけれど…。ハーレイが好きなパウンドケーキ」
「ああ…。お前、前にもそう言ってたな?」
 俺は期待はしていないから、安心しろ。
 この味のパウンドケーキでないと、と無茶を言ったりする気もないしな。



「でも…」
 前のぼく、ハーレイに何も御馳走していないんだよ。
 ハーレイは野菜スープを何度も作ってくれていたのに、前のぼくは何もしなかったんだよ。
「それがどうかしたか?」
 俺は全く気にしていないぞ、前の俺もな。
「だけど…。考えてみたら最低だよね、って」
 なんでハーレイのために何か作ろうって一度も思わなかったんだろう。
 作らせてばかりで、ハーレイには何も作ってあげずに平気な顔をしてたんだろう…。
 最低最悪の恋人だよね、って今頃になって気が付いたんだ。
 前のぼくが最低だった分まで、今度はうんと頑張らなくちゃ、って思うんだけど…。
 結婚するまでに料理学校にも行けそうにないよ、どうしよう?
 ママに教えて貰おうとしたら、ハーレイのために作りたいんだってバレちゃいそうだし…。
 調理実習で習ったことしか出来ないよ、ぼく。
 ハーレイに食べて欲しい料理があっても上手く作れないし、パウンドケーキも焼けないんだよ。
 また最低な恋人になってしまうよ、今のままだと。



 どうしよう、って泣きたい気持ちで、情けない気持ち。
 最低最悪の恋人は前のぼくだけにしておきたいのに、このままじゃぼくも最低最悪。ハーレイに愛想を尽かされないのが不思議なくらいの酷い恋人になってしまう、と訴えていたら。
「ふうむ…」
 なるほど、と大きく頷いたハーレイ。
「俺に言わせりゃ、ジャガイモの皮が剥ければ充分だがな?」
 調理実習でやるだろ、皮むき。そいつが出来れば問題ないさ。
「…なんで?」
「前のお前も、それしかしてない」
 他はキャベツを刻んでいたとか、泣きながらタマネギを刻んでいたとか。
 俺の手伝いしかしてないだろうが、それも下ごしらえの段階。フライパンだの鍋だのは前の俺の管轄だったからなあ、お前には一度も触らせていない。番をしていろとも言わなかったぞ、料理は素人には任せられんし、焦げちまっても困るしな?
 俺のために料理を作るも何も、俺の方が料理のプロだったんだ。
 プロの料理人に自分の手料理を御馳走しようって度胸のあるヤツはそうそういないぞ。



「…そういうものなの?」
 なんだかピンと来ないぼく。
 料理のプロに御馳走する度胸のある人は少ないだろう、ってことは分かるけど、前のぼく。前のぼくはハーレイが料理のプロかどうかも、多分、考えてはいなかった。
 自分が料理を作った場合に見劣りがするかどうかなんてことは、まるで考えてはいなかった。
 謙虚な気持ちで作らずにいたってわけじゃなくって、作ろうと思いもしなかった。
 つまりは最低最悪の恋人、ハーレイが好意的に解釈してくれなければ最低なわけで…。
 やっぱり駄目だ、と肩を落としたぼくだったけれど。
「おいおい、せっかく俺がいい方向に解釈してやってるのに、何を一人で落ち込んでるんだ」
 落ち込む理由は何処にもないさ、と大きな手がぼくの頭をクシャリと撫でた。
「前のお前はそういったことを思い付きさえしなかったんだろうが、今のお前は違うだろ?」
 今度は作ってみたいと思い付いてくれた。俺のために作りたいと思ってくれた。
 それだけで俺は充分なんだ。
 お前が本当に作るかどうかは全く別でだ、その気持ちだけでもう最高だな。



 いいか、とハーレイの手がぼくの頭をポンと叩いて。
「前の俺だが、キャプテンじゃなくて厨房の責任者をやってた頃はな…」
 お前が美味しいと食ってくれるのが嬉しかったし、遣り甲斐があった。試食も色々してただろ?
 「何が出来るの?」と覗きに来る度に「内緒だ」と言いつつ、ちょっぴり味見をさせたりな。
 楽しかったぞ、前のお前の目が丸くなったり、「もっと」とつまみ食いをしようとしたり。
 あの頃はうんと充実してたな、前の俺の料理人としての人生。
 気付けばキャプテンになっちまっていて、料理どころじゃなくなっていたが…。
 お前のための野菜スープだけは作ってやれたし、あれが俺の楽しみだったんだ、うん。
 俺が作って、お前に食わせて。
 前のお前が俺の野菜スープだけは食ってくれると、俺はお前の特別なんだ、と自己満足だな。
 実際、特別になれたわけだが…。
 恋人同士になれたわけだが、あの野菜スープ、それよりも前からあっただろうが。
 そうだろう、ブルー…?



 お前は最低最悪じゃないさ、とハーレイはぼくに教えてくれた。
 前のぼくは少しも悪くはなくって、最低最悪なんかじゃないと。悩まなくてもいいんだ、と。
「お前が薄情だったんじゃない。俺がやりすぎちまっただけだ」
 プロの料理人かどうかはともかく、お前の特別でいたかった。
 だからせっせと野菜スープを作りに行ったし、お前に食わせて喜んでいた。
 お前は食うだけで俺を喜ばせていたんだからなあ、その件で礼を言われても困る。
「…ホント?」
「本当だ。俺に負い目を感じなくてもかまわないのさ、俺だけが料理をしていたがな」
 それだって不思議でも何でもないんだ、お前が料理をしなかったこと。
 前のお前はアルタミラで辛い思いをし過ぎて、その後もずっと一人で頑張り続けて。
 たった一人で船を守って、仲間を守って、どのくらい一人で頑張り続けた?
 ジョミーが来るまでたったの一人で、倒れたって誰も代わりはいなくて。
 俺のスープしか喉を通らなかったような時でも、何か起こったら飛び出して行った。船に戻って直ぐに倒れても、野菜スープしか飲めなくっても、また飛び出して行っただろうが。
 シャングリラと仲間と、守るべきもので前のお前の頭の中は占められていた。
 残りの部分で地球に焦がれて、その下に隠した本当のお前。俺と一緒にいたかったお前。本当のお前のために割ける部分はほんの少しで、お前の殆どはソルジャーだった。
 俺に料理を作ろうだなんて、考え付く暇さえ無かったってことだ。そいつはソルジャーとしての考えじゃないし、前のお前に思い付いてくれと言う方が無理で無茶だろうが。
 それを自分で思い付けた分だけ、今度のお前は幸せで余裕があるってことだな。



「というわけで…、だ。お前の料理は食ってみたいが、頑張る必要は何処にも無いぞ」
 前のお前は最低最悪じゃないんだからな、ってハーレイは微笑んでくれたけど。
 やっぱりハーレイにぼくの料理を食べて欲しいし、美味しく作ってあげたいから。
「…ママがね、食べて欲しい人が出来たら上手になるって…」
 だけど練習する暇が…。
 家じゃ無理だし、料理学校にも行けないし…。
 本当に調理実習だけ。ジャガイモの皮はちゃんと剥けるけど、凝った料理は教わらないよ。
「練習すればいいじゃないか」
「いつ?」
 練習出来そうな場所も時間も無いって言ったよ、いつすればいいの?
「決まってるだろう、俺と結婚してからだ」
 お前が覚えたいと言うんだったら、俺が料理を教えてやるさ。
 料理は得意だと何度も言ったろ、レシピさえあれば失敗は有り得ないってな。
 しかしだ、俺はお前に食わせたい方で、こいつはシャングリラの頃からの伝統でなあ…。



 どっちがいい? と訊かれた、ぼく。
 ハーレイが作る料理を食べるか、ハーレイに教わってぼくが料理を作ってみるか。
 食べるのもいいけど、作ってもみたい。
 ハーレイはぼくに食べさせたい方で、あれこれ作ってくれるだろうけど、ぼくも作りたい。前のぼくは何にも御馳走しなかったんだし、今度は何か御馳走したい。
(でも、ハーレイは料理が得意で…)
 きっとぼくより美味しく作れる。ぼくに教えるって言うくらいだから、絶対に腕もぼくより上。
(美味しくない料理を作っても…)
 仕方ないよね、と思った所で閃いた。
 ハーレイが大好きなパウンドケーキ。ぼくのママが焼く、パウンドケーキ。
 あの味はハーレイには出せないらしいし、パウンドケーキを頑張ろうかな、って気になった。
 結婚したなら、ママに作り方を習っても全然おかしくないし…。




 ママの味のパウンドケーキに挑戦するよ、と、ぼくはハーレイに提案した。
 料理はハーレイの方が上手いに決まっているから、パウンドケーキを焼こうと思う、と。
「おっ、いいな!」
 だったら、お前はパウンドケーキをマスターしてくれ。料理は俺が頑張るから。
「それでいいの?」
 パウンドケーキしか上手じゃなくって、料理はハーレイにお任せだなんて。
「分かっていないな、おふくろの味のパウンドケーキを焼ける嫁さんなら上等さ」
 そういうもんだぞ、おふくろの味が一番だからな。
 いい嫁さんを貰ったんだと、料理上手だと自慢して回ったら羨ましがられるレベルだってな。
「パウンドケーキしか作れなくっても?」
「もちろんだ。そのパウンドケーキが凄いんだからな」
 それにだ、前のお前よりもずっと進歩してると思わないか?
 前は何一つ作らなかったお前が、今度はパウンドケーキを焼いて、俺に食わせてくれるんだぞ?
 しかも最高に美味いパウンドケーキだ、おふくろの味だと自慢できる出来の。
 これを進歩と言わなかったら罰が当たるな、いい嫁さんを貰ったのにな?
「そっか…。うん、前のぼくよりは進歩してるね」
 だったら今度は頑張ってみるよ、ハーレイのためにパウンドケーキ。
 ママに習って、同じ味のを焼けるようになってみせるよ、きっと。



「その決心は嬉しいんだが…。今はまだ習いに行こうとするなよ?」
 お前のお母さんに俺たちの仲がバレちまうからな。
 俺の大好物がパウンドケーキだってことを、お前のお母さんは知ってるんだしな?
「うん。今日のおやつがパウンドケーキだったのは偶然だけどね」
 ぼくが一度だけハーレイの家に遊びに行った時も、パウンドケーキを持って行ったもの。
 ハーレイの大好物だから、ってパウンドケーキを焼いて貰って提げて行ったし、ずうっと前からママは知ってる。
 ウッカリ作り方を習いに行ったらバレるかも、って思ってるから、今日も訊いてないよ。
 訊こうとしたけど危ないと思って話を変えたら、「食べて欲しい人が出来たら上手になる」って教わったんだよ、お菓子作り。
「ほほう…。そこから最低最悪な恋人の話になっていった、と」
 発端はパウンドケーキだったか、それで落ち込んじまってたのか…。
 話は最初に戻ったわけだな、お前が美味いパウンドケーキを作ってみたい、という所まで。
 それで充分、俺には嬉しい話なわけだ。
 お前の手料理…。いや、パウンドケーキは菓子なわけだが、そいつを食える。
 前のお前と暮らした頃には想像もしなかった手料理ってヤツを今度の俺は食えるんだ、ってな。
 ついでに最高に美味いおふくろの味と来たもんだ。
 実に楽しみだな、お前が焼いてくれるパウンドケーキ。



 だが…、とハーレイは笑いながらこうも言ったんだ。
「お前のパウンドケーキには期待してるが、お前、まだまだ子供だしな?」
 約束をすっかり忘れちまって、前と同じで食うのが専門の嫁さんになっても俺は気にせん。
 そいつが前からの俺の立場で、お前に料理を食わせてやるのが生き甲斐だからな。
 キャプテンになってからは野菜スープしか作れなかった分、色々と作ってみたいじゃないか。
 お前がフライパンとか鍋を覗いて「何が出来るの?」って訊く料理をな。
「ぼくはジャガイモの皮を剥けばいいの?」
「芋も今では色々あるしな、いっそ山芋でも剥いてみるか?」
 あれは滑るぞ、ジャガイモよりも手強いな。
 サトイモなんかも剥きにくいなあ、どっちもシャングリラの畑には無かった芋だが。
「そうだね、そんなの植えてなかったし、知らなかったね」
 剥こうとしたら滑るお芋だなんて…、と二人で笑った。
 滑る芋でもハーレイはぼくに剥かせただろうかと、きっと自分で剥いただろうと。
 前のぼくが「手伝うよ」と声を掛けても「危ないから」と、山ほどの山芋をきっと一人で。



 シャングリラの厨房で料理をしていた、前のハーレイ。
 キャプテンになっても野菜スープを作ってくれてた、前のハーレイ。
 そのハーレイに何も料理を作ってあげずに、思い付きもせずに終わってしまった前のぼく。
 ハーレイは「違う」と言ってくれたけれど、最低最悪の恋人だったらしい、前のぼく。
 今度のぼくたちはどんな風に暮らしていくんだろう?
 やっぱり今度もハーレイが作って、ぼくは食べるの専門なのかな?
(料理は絶対、ハーレイの方が上手いんだものね…)
 だけどハーレイが手料理って言ってた、ぼくが作る料理。
 一つくらいは食べて貰えたら幸せだよね、と考えてしまう、今のぼく。
 もしも忘れてしまわなければ、いつかパウンドケーキを習おう。
 ママに習って、ハーレイのために大好物のパウンドケーキ。
 おふくろの味のパウンドケーキを焼いてあげられるようになったらいいな、と思う。
 食べて欲しい人が出来たら、上手になるって聞いたから。
 ぼくが料理を食べて欲しい人は、生まれ変わる前から好きだった恋人のハーレイだから…。




         作りたい料理・了

※前のブルーはハーレイに料理を作って貰ってばかり。自分は紅茶を淹れていただけ。
 今度は頑張って作るようです、パウンドケーキを。上手く焼けたら嬉しいでしょうね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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(よっ、と…!)
 ヒョイと右手でフライパンを振って、上のオムレツを引っくり返して。
 ハーレイは鼻歌混じりに家のキッチンに立っていた。馴染んだキッチン、慣れたフライパン。
 こんな時間にオムレツを焼いていることは珍しい。いつもなら、朝。
 けれども急に食べたくなって来たから、夜食にオムレツ。キッチンの窓の向こうは暗い。
(…まるで宇宙だな)
 前の生でキャプテン・ハーレイだった頃に見ていた宇宙。恒星にでも近付かない限り、窓の外は漆黒の闇だった。瞬かない星たちが散らばっていても、さして明るくはなかったから。
 あの頃に見た窓のようだな、と、ヒョイとオムレツを返した瞬間、蘇って来た遠い記憶。
(こんなものだったな)
 いや、もう少しばかり太くて重かったろうか。
 かつて握っていた、シャングリラの舵。舵輪の記憶と手にしたフライパンの柄とが重なった。
 舵輪は回して動かしたけれど。一杯に舵を切っていたけれど。
 フライパンのように振ることは無かったけれども、かつて手の中にあった感触。
 そうだ、こうして舵を握った。
 フライパンも舵も似たようなものだ、と冗談交じりに口にしながら。



(…またフライパンに戻っちまったな)
 なあ、とブルーに語り掛けた。
 十四歳の小さなブルーではなくて、写真集の表紙に刷られたブルーに。
 焼き立てのオムレツを腹に収めた後、眠りに差し支えないよう、薄めに淹れたコーヒーを持って入った書斎。其処の机の引き出しから出したブルーの写真集。ソルジャー・ブルーの写真集。
 最も知られたブルーの写真が青い地球を背景に浮かぶ、『追憶』というタイトルの本。
 メギドへと飛ぶブルーの姿を編んだ最終章を持った、開くのがとても辛い本。
 だから滅多に中は見ないが、表紙のブルーは気に入っていた。正面を向いた強い瞳の奥に隠れた深い悲しみ。ソルジャーの表情をしていないブルー。こんな目だった、と憶えているブルー。
 今夜のように前の生のことを思い出した時には、ブルーと語る。一方的に自分が語るだけでも、語り合ったような気持ちになれる。
 今の小さなブルーではなくて、前のブルーと。
 ソルジャーとしての生を懸命に生きて散ってしまった、気高く美しかったブルーと…。



 フライパンに戻っちまった、と苦笑いしたくなる遠い遠い昔。
 シャングリラがまだ白い鯨ではなく、人類の持ち物だった船の姿のままだった時代。
 ハーレイがフライパンを握っていた頃、ブルーは今のように小さなブルーではなかった。しかし写真集の表紙を飾るブルーほどにも大きくはなくて、その姿まで育つ途中の少年ではあった。
 今よりも少しだけ育ったブルー。
 ソルジャーの尊称はまだ無かったから、リーダーと呼ばれていたブルー。
 少年の身体で、生身で宇宙空間を駆けて様々な物資を調達していた。食料も服も、およそ生活に必要不可欠な品物は全部、ブルーが人類の輸送船などから奪って来た。
 時には偏りがちだった食材を管理し、調理して食堂へと送り出していたのがハーレイ。いつしか他の物資の管理も任され、公平に、あるいは必要な人にと分配する立場。
 そうした役目は性に合ったし、調理するのも好きだった。この食材で何が出来るかと調べたり、それを作って試食してみたり。
 ブルーが奪った食料の中身がキャベツだらけやジャガイモだらけでも、遣り甲斐があった。
 厨房の仕事は楽しかったし、物資の分配に心を配るのも皆の笑顔が励みになった。此処が自分の居場所なのだと決めた厨房。フライパンを、鍋を幾つも使っていた場所。



(お前がいなけりゃ、俺はキャプテンをやってたかどうか…)
 そうだろう? と表紙のブルーに微笑み掛ける。お前はこれは苦手だったな、と薄いコーヒーを入れたカップを持ち上げながら。
(あいつに好き嫌いは無かったんだが、酒とコーヒーは苦手だったよなあ…)
 それでも飲もうと頑張っていたな、と懐かしく思い出す前の生。
 遥かに過ぎ去った遠い昔にブルーと暮らしたシャングリラ。名前だけの楽園だった頃から、白い鯨に姿を変えた後までも長く共に生きた。恋人同士になるよりも前から、ブルーと共に。



 まだ楽園ではなかった船。名前だけだった時代のシャングリラ。
 そのシャングリラのキャプテンに、と推された時には、途惑った。
 自分の仕事は調理担当で、副業が物資の分配などだと思っていたから、キャプテンと言われてもピンと来ないし、また務まるとも思えない。
 「見当たらない物があるならハーレイに訊け」とまで言われてはいたが、倉庫や備品の管理人を兼ねていただけに「分かって当然」くらいの認識。
 船を、シャングリラを丸ごと預かるキャプテンなどは無理で、器でもないと断ったけれど。
「だけど、あんたが適任なんだよ」
 ちょっと他には見当たらなくてね、とブラウが真顔で言った。
「俺も賛成だな、他にはいない」
「適任者が無いと思うのだがね?」
「私もブラウと同じ意見よ」
 ゼルにヒルマン、それにエラまで。
 いつの間にやらブリッジなどを居場所としていた四人に推された。
 他にはいないと、受けて貰えなければ困るのだと。
 彼らは足繁く部屋を訪れては、やってくれないかと、やって欲しいと頼むのだけれど。
 サポートするとまで言うのだけれども、キャプテンなどが務まるだろうか…?



(俺がキャプテン…)
 キャプテン、それは船長を指す。このシャングリラを纏め上げる最高責任者。
 そういう肩書きの者が必要な段階に来ていることを薄々感じてはいたし、ゼルたちからも何度も聞いた。キャプテン不在では心許ないと、操船出来る者たちがいるだけでは船は駄目なのだと。
 けれども、キャプテンは文字通り船の長であり、要になる者。
 適任者は他にいそうな気がした。誰かいないかと、船の顔ぶれを思い浮かべて。
(ブルーは…)
 姿こそ未だに少年だったが、比類なきサイオンと頭脳の持ち主。シャングリラの長を名乗るには充分だろう、と考えたものの、ブルーは既にリーダーだった。
 物資の調達がブルーの主な仕事だけれども、他の者には出来ない仕事。ブルーにしか出来ない、生活の糧を、皆の命を繋ぐ物資を奪いに出掛ける重要な役目。
 代わってくれる者のいない仕事をしているブルー。ゆえにリーダー。
 そんなブルーにキャプテンまでをも兼任させては酷だろう。
 ブルーには補佐役が必要であって、キャプテンをさせるどころではない。
 そう、キャプテンとはブルーの補佐をも務める者。



(ブルーの補佐をすることになるのか…)
 それならば…、と思わないでもなかった。
 かつてアルタミラで一度は担った役どころ。ブルーと二人で幾つものシェルターを開けて仲間を逃がした。閉じ込められた仲間を自由にするべく、燃え盛る炎の地獄をくぐって走った。
 二人でシェルターの扉をこじ開け、あるいはブルーがサイオンで壊して、何人の仲間を逃がしただろう。出会ったばかりのブルーと二人で、どれだけの距離を走り続けたことだろう…。
 あの時は確かにブルーを補佐した。ブルーを手伝い、共に走った。
 けれども、補佐役はあの一度だけ。
 脱出した後は厨房で調理に邁進していたし、逆にブルーが手伝ってくれた。「何が出来るの?」などと覗きに来ては、ジャガイモの皮をせっせと剥いてくれたり。
 これではブルーの補佐役ではない。しかし必要なブルーの補佐役。
 ブルーには補佐役が要るであろうし、船にはキャプテンが欠かせない。
 そのキャプテンにと推されてはいるが、果たして自分に務まるだろうか…?



(フライパンと船では違いすぎるぞ)
 考え込む時のハーレイの癖。傍から見れば考え事とは見えない光景。
 欲しい者が誰もいなかったから、と貰った木で出来た机をキュッキュッと磨く。使い古した布の切れ端でせっせと磨き込みながら、あれこれと考えを巡らせる。
 磨けば磨くほどに味わいが増すのが木の机。それが好きだし、手を動かしている方が雑念が入りにくかった。
 キャプテンなどが自分に出来るのだろうか?
 フライパンならば自由自在に扱えるけれど、船はあまりに違いすぎる。フライパンしか知らない自分に、仲間たちの命を預かる船を任せようなどと、一体誰が言いだしたやら…。
「フライパンでいいと思うけどね?」
 不意にハーレイの耳へと飛び込んだ声。それは続けた。
「フライパンも船も、どちらもとても大事なものだよ」
 命を守るのに必要だから。
 どちらが欠けても、命がなくなってしまうから。
 そう思うけどね、フライパンとかで出来る食事と、このシャングリラと。



「ブルー!?」
 振り返った先にブルーが居た。壁に背を預けて、さも暇そうに。いつの間に、と問えば。
「さっきからいたよ?」
 君が気付かなかっただけ、とブルーはクスッと笑って。
「ハーレイ、キャプテンになるんだって?」
「いや、それはまだ…」
 言葉を濁したハーレイだったが、「そう?」とブルーが瞬きをする。
「ハーレイだといいな、と思ったんだけど」
 同じキャプテンを選ぶんだったら、ハーレイがいいな、と思ったんだよ。
 ぼくは誰がキャプテンでもかまわないけど、ハーレイって聞いたら嬉しくなった。
 距離が近いままでいられるよね、って。
「…距離?」
 どういう意味か、と首を捻ったハーレイに答えが返った。
「そのままの意味だよ、君との距離」
 ぼくはリーダーになっちゃったから。
 今はまだこうして話をしていられるけど、この先は…ね。
 いろんな部門が出来ていったら、厨房との距離がどんどん開いて離れていくと思うんだ。
 ハーレイとの距離は開けたくないから、厨房よりもキャプテンなんだよ。



「…そんな理由で推すつもりなのか?」
 俺を、とハーレイは咎めるような目つきになったけれども。
 ブルーは軽く肩を竦めて、「まさか」とハーレイを真っ直ぐに見た。
「距離と言ったよ、ぼくと気軽に話せるキャプテンがいい」
 息が合うキャプテンがいいんだよ。
 今はまだ命懸けって場面に遭遇してはいないし、そういう意味では平和だけれど。
 いずれは出会うよ、ぼくが命を懸けなきゃいけないような局面。
 その時にキャプテンと息が合わないのは嫌だ。
 誰がキャプテンでも合わせてみせるよ、ぼくはリーダーなんだから。
 だけど我儘を言っていいなら、息が合うキャプテンがいいと気付いた。
 ハーレイがキャプテンの候補なんだ、って聞いた時にね。



「お前が命を懸けようって時に、俺がキャプテンだといいと言うのか…?」
 ハーレイには信じ難かったけれど、ブルーは「そう」と頷いた。
「ぼくの命、ハーレイにだったら預けてもいいな、って」
 安心して預けることが出来るよ、君にだったら。
 アルタミラで一度は経験済みだよ、君と二人で崩れようとしている地面を走った。君がいたから頑張れたんだよ、全部のシェルターを確認するまで。
 初対面であれだけ息が合ったのなら、これから先だってピタリと合うに決まっているんだ。
「しかし…。他のヤツらは、そういう機会が無かっただけで…」
 他にも合うヤツ、いるんじゃないか?
 俺よりももっと息が合うヤツ、この船の中にいるんじゃないか…?
「ぼくの勘だよ、多分、ハーレイが一番合う」
 ハーレイよりも息の合いそうな人は一人もいないよ、この船には。
「しかしだ、俺は厨房専門でだな…」
「似たようなものだとぼくは言ったよ、フライパンと船」
 ハーレイがなってくれるといいな、と言い残してブルーは去って行った。
 ゆっくり考えて決めて欲しいと、押し付けようとは思わないから、と。



(フライパンと船なあ…)
 どう考えても違うんだが、と心の中で何度呟いたことか。
 まるで違うと、別物なのだと思っているのに、何故か頭を離れない言葉。
 「似たようなものだ」と言っていたブルー。
 フライパンも船も似たようなものだと、どちらもとても大事なものだと。
(…どちらが欠けても命を守ることは出来ないんだ、と言われりゃそうだが…)
 それでも両者の違いは大きい。
 大きさからして全く違うし、使い道も決して重なりはしない。
 フライパンは人間を乗せて宇宙を飛べはしないし、宇宙船そのものを使って調理は出来ない。
 何から何まで違いすぎる、と思うのだけれど、気付けば並べて考えている。
 今も試作品の炒め物を作っているのに、ついうっかりと自分の思いに囚われていて。
(おっと…!)
 焦げる、と慌てて火加減を調節しながらフライパンを振った。
 フライパンから煙が上がるのは防いだけれども、そのタイミングでガクンと大きく揺れた船。
 一度きりしか揺れなかったから、障害物でも避けたのだろう。



(ふむ…)
 船も同じか、という気がした。
 たった今、危うく焦がしてしまう所だったフライパン。時を同じくして揺れた船。
 二つの違いは大きいけれども、扱いを誤れば焦げてしまうか、壊れるかの違い。
 フライパンは焦げるし、船の場合は壊れてしまう。
(…焦げることもあるな…)
 太陽に接近しすぎたならば船は焦げるし、攻撃を受けても焦げるだろう。
 今はまだどちらも未経験だが、いずれ無いとは言い切れない。
 ブルー自身もそう言っていた。
 いつかは自分が命を懸けねばならない場面に遭遇するだろう、と。
 恒星の重力に捕まってしまって引き寄せられるか、人類軍に発見されて攻撃されるか。
 船の力だけで逃げ切れればいいが、それが出来なければブルーに頼るしかない。
 重力圏からの脱出にしても、人類軍の攻撃を防ぐにしても。



(あいつはそういったものから船を守るのか…)
 船が壊れぬよう、焦げてしまわぬよう、その比類なきサイオンをもって守り続ける。
 これから先も、ずっとブルーは。
 ブルーの代わりを務められる者は誰もいないから、ブルーは一人で守るしかない。
 このシャングリラを、仲間たちを乗せた船をたった一人で…。
(…俺はフライパンを振っていられるのか?)
 ブルーが危険を伴う場所へと、飛び込んで行こうという時に。
 たった一人きりで危機に立ち向かうべく、ブルーが船から飛び立った時に…。
(いくら似たようなものだと言っても…)
 自分が作る食事が船と同じく皆の命を守るものでも、命を繋ぐのに欠かせぬものであっても。
 ブルーの命もサイオンも食事を源とするものではあっても、ブルーが命を懸けている時。
 そんな時にブルーの帰りを待ち侘びながら、フライパンを振っていられるだろうか?
 戻ったらこれを食べて貰おう、と料理を作っていられるだろうか…。



(…それくらいなら…)
 厨房では料理くらいしか出来ないけれども、キャプテンになればブリッジに立てる。
 具体的な例は直ぐに頭に浮かばないけれど、ブルーをサポートすることが出来る。船の外に出たブルーの居場所も、ブリッジならば常に分かる筈。
 厨房で帰りを待つのではなく、船を動かして追いかけることも、迎えに行くことも可能だろう。そのための指揮を執れるのがキャプテンであって、船の最高責任者。
(…あいつが息が合うキャプテンがいい、と言っていたのはこれか…)
 ブルーがどう動き、何をしようとしているのか。
 連絡が来ずとも、「こうであろう」と先を読んでサポート出来るキャプテン。
 ブルーはそれが欲しかったのか、とようやく気付いた。
 阿吽の呼吸で船を動かし、ブルーが動きやすいようにと先回りすら出来るキャプテンが。



(…確かにアルタミラでは経験済みだな)
 幾つものシェルターを壊す過程で、息が合わねば出来ない作業を何度もやった。次のシェルターへと走る途中の道でも、助け合って危険を回避していた。間一髪で地割れを避けたり、落下物から逃れたり。声を掛け合わずとも身体が動いた。次はこうして、その次はこう、と。
 何とも思わずにやっていたけれど、誰であっても出来ることではないだろう。たまたま出会っただけだったけれど、同じシェルターに閉じ込められたという偶然の結果に過ぎないけども。
 ブルーはハーレイと息が合ったし、ハーレイにとってもブルーは息の合う相棒だった。
 そのブルーが命を預ける相手にハーレイを選びたいと言う。
 我儘を言っていいならキャプテンはハーレイであって欲しいと、息の合う人が欲しいのだと。
 それならば…。
(……やってみるか)
 今ならやれるか、という気がした。
 まだ平穏なシャングリラの周り。人類軍の船とは一度も遭遇しておらず、シャングリラの存在も知られてはいない。知られていないのだから追われもしない。
 つまりは余裕がたっぷりとある。厨房出身の自分がブリッジに馴染むための時間がたっぷりと。
 直ぐにキャプテンの任を受ければ、操舵を覚える時間も充分あるだろう。
 焦がさないように船を動かす技術を身に付けることが出来るだろう。
 そうして、いつかはブルーを助けて最前線へとシャングリラを出せるキャプテンに。
 ありとあらゆる場面で指揮を執りながら、船もブルーも守り切れるだけのキャプテンに…。
(…言ってみるか、ゼルに)
 それにブラウにヒルマン、エラ。
 彼らの依頼を受けようと思うと、自分で良ければキャプテンになると。



(…あの時、お前が言わなかったら…)
 俺はキャプテンになっていたかどうか、と写真集の表紙のブルーに苦笑してみせる。
 フライパンも船も似たようなものだと言われなければ、厨房に残っていたかもしれないと。
(それでもお前は俺に惚れてくれていたんだろうか…?)
 ソルジャーと厨房の責任者とでは身分が違いすぎるんだが、と笑ったけれど。
 ハーレイとの距離は開けたくない、と口にしていたブルーだったら惚れてくれたな、という気もするから、ますます可笑しさがこみ上げて来た。
 ソルジャーとキャプテンだったから秘密にした仲。誰にも明かせず終わってしまった恋人同士。
 厨房の責任者との恋であったら明かせただろうかと、身分違いは甚だしくても、シャングリラの行方を左右したりはしないのだから、と。



(そうしてフライパンに戻っちまったぞ、元の俺にな)
 さっきもオムレツを焼いていたしな、と『追憶』の表紙のブルーに語り掛けていたら。
(…ブルー?)
 そっちの君がいいよ、と声が聞こえたように思った。
 キャプテンの君よりもそっちの方が、と。
(ブルー…?)
 あれは小さなブルーの声だったろうか?
 それとも、写真集の表紙に刷られたソルジャー・ブルー……前のブルーの声だったろうか?
 誰が、と耳を澄ましたけれども、もう聞こえない。
 けれども確かに覚えている。
 そっちの君がいいよと、キャプテンの君よりもそっちの方が、と。
 そういう台詞だけを耳に残して消えてしまいそうなブルーと言えば…。



(…どちらでもないな)
 小さなブルーでも、ソルジャー・ブルーの方でもない。
 お前だな、と表紙の大人びた顔の向こうにあの日のブルーを思い浮かべる。
 ハーレイだといいな、と思ったんだけど、と前の自分の部屋まで言いに来たブルーを。
 前の自分をキャプテンに推した、やって欲しいと望んだブルーを。
 今のブルーよりも少し育った姿だったブルー。
 まだ少年の姿だったけれど、いつか命を懸ける日が来ると悟って先を見ていたブルー。
 その時が来ればハーレイに命を預けたいのだと、そうしたいと望んでいたブルー。
 あれほどに悲しくも辛い覚悟をしていたブルーが、今の世界では…。
 小さなブルーに生まれ変わって青い地球まで来た今では…。



(…そうか、今度はフライパンがいいか)
 フライパンを持ってる俺がいいんだな、キャプテンよりも。
 そっちがいいと言ってくれるんだな、あの日のお前が。
 …あの姿のお前。
 小さなブルーよりも少し育った、あの姿のお前。
 今度はいつになったら会えるんだろうな、お前に会うまでに何年待つことになるんだか…。
(だが、俺たちは地球に来たしな?)
 いいさ、何年でも待っていてやる。
 キャプテンはもう要らないんだから、今度はフライパンを振りながらな…。




         フライパンと船・了

※フライパンも船も、似たようなもの。厨房からキャプテンになったのが前のハーレイ。
 前のブルーのためでしたけれど、恋人同士でなかった頃から深い絆が。もちろん、今も。
 某pixiv でフライング公開していたお話、ようやくUP出来ました~!
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(ゼルが今の時代に生まれていたら…)
 やっぱり禿げていたんだろうか、と新聞の広告を眺める、ぼく。
 学校から帰って、ダイニングのテーブルでおやつの時間。ママが焼いたケーキと、熱い紅茶と。紅茶にはミルクをたっぷりと入れた。背を伸ばすにはミルクが一番、って聞いているから。
(でも、伸びないよ…)
 ハーレイと再会した時のままで止まった背丈。百五十センチしか無い背丈。毎朝ミルクを飲んでいるのに効果は出ないし、一ミリさえも伸びてはくれない。
(…ハーレイが「ゆっくり大きくなれよ」って言うせいなのかな?)
 酷いよね、と文句を言っても始まらないから、ぼくは溜息をつくばかり。
(こういう薬があればいいのに…)
 新聞に載ってる、育毛剤の大きな広告。今の時代でも、若くして禿げる人はいるから。
 ぐんぐん伸びます、生えてきます、っていう煽り文句が書かれた広告。
 背丈は生えてくるものじゃないし、あえて言うなら、ぼくが生まれた時点で生えた勘定。生えているなら伸びればいいのに、どうして上手くいかないんだろう…。
 髪の毛だったら育毛剤を振りかけてマッサージすれば生えるし、伸びるのに。
 広告に載ってる薬は薬局に行けば誰でも買える。もっと急いで治したい人は、病院へ。処方箋を書いて貰えば、飲み薬なんかも出るらしい。



(禿だったら簡単に治るんだけどね?)
 だけど身長…、と考えてみても、そっちの方はとても厄介。
 伸ばす薬は存在してるし、治療法だって確立されてる。ただし、本当に必要な場合のみ。身長が伸びにくい体質の人なら、ちゃんと治療して伸ばして貰える。本来あるべき背丈にまで。
 でも、ぼくみたいな年頃の子供の背丈が伸びなくっても、個性の問題ってことになるんだ。心がゆっくり成長する子は背も伸びないから、止まったりしちゃう。義務教育の年齢を過ぎても子供の姿のままの子は多い。そういう子供が通う上の学校が幼年学校。
(…このままだったら入れられちゃうよ…)
 パパもママも、ぼくは「ゆっくり成長する子」だと思い始めていて、そのつもり。ぼくの将来の夢は決まっているのに、十八歳になったらハーレイと結婚しようと思っているのに…。
(背が伸びる薬、欲しいんだけどな…)
 病院に行けばある筈の薬。でも、貰う前に沢山の検査をしなくちゃいけない。薬が必要かどうか調べる検査。ぼくは絶対、パス出来やしない。
(…大きくなりたい、って思う理由がハーレイと結婚するためだしね…)
 前のぼくの背丈と同じ百七十センチにならない限りは、ハーレイはキスも許してくれない。結婚だって駄目かもしれない。ぼくが背を伸ばしたい動機は、その二つをクリアしたいから。
(こんなの、検査ではねられちゃうよ!)
 凄く子供っぽい動機なんだ、ってことくらい分かる。お医者さんはきっと言うだろう。「時間が解決してくれますよ」って。薬なんかは貰えやしないし、治療も受けずに帰されてしまう。
(背が伸びる薬…)
 新聞に広告が出てない時点で、ぼくみたいな動機で伸ばすなって意味。
 育毛剤で伸ばせる髪の毛みたいに、すくすく伸ばせやしないんだ…。



 ぼくは育毛剤の広告を羨ましく見ながらケーキを食べ終えて、部屋に帰った。ミルクたっぷりの紅茶も綺麗に飲み干して。
(ちょっとくらい、ミルクが効きますように…)
 そう祈らずにはいられない。伸びますように、と心からの祈り。
(…ひょっとして、ゼルもそうだった?)
 今の時代は禿は育毛剤で治るし、病院で治療を受ければ飲み薬までが貰えてしまう。今は珍しくなってしまった、ゼルみたいに禿げた頭の人。
 外見年齢の好みと同じで、すっかり禿げてる人もいるけど、少数派。
 けれど前のぼくたちの時代は違った。そこまでの医療技術は無かった。禿げ始めたらもう諦めるしかなかった時代で、育毛剤で多少は食い止められても気休め程度。
(ゼルも祈っていたのかな?)
 ぼくが背丈を伸ばしたいように、髪の毛が生えてくれますように、って。
 だとしたら、とても切実な祈り。
 すっかり禿げてしまうまでの間に、ゼルはどれほど祈っただろう。
(…それよりは、ぼくの背、いつかは伸びるだけマシだよね…)
 ゼルの禿みたいに「打つ手なし」ってわけじゃないから。待てば伸びるに決まっているから。
 だから贅沢を言っちゃ駄目なんだよね、と自分に言い聞かせようとしたんだけれど。



(でも…)
 考えてみたら、ゼルはミュウだった。
 今の時代は人間はみんなミュウだけれども、前のぼくの頃は発見されたばかりの新人種。お蔭で酷く迫害されたし、アルタミラでは危うく殲滅されそうになったほど。
 それはともかく、ミュウだったゼル。人類とは違って外見年齢を自分の好みで止められた人種。つまり「禿げるかもしれない」と思った時点で年齢を止めれば禿にはならなかったんだ。
 けれどもゼルはそうしなかった。髪の毛がどんどん薄くなっても、生え際が後退し始めた時も、「こりゃ禿げそうだな」って言っていたくせに、そのままで年を重ねて行った。
 それじゃ禿げても仕方ない。ツルツルになっても自分の責任、自分で選んだ道ってヤツ。
(…なんで止めずに老けたんだっけ?)
 今でも禿げてる人はいるから、好みだったのかもしれないけれど…。
 思い返してみれば、ヒルマンだって髪の毛も髭も白くなるまで年齢を止めはしなかった。ゼルと同じに年を取って行った。
(…ヒルマンも年を取るのが好きだったのかな?)
 そういう人は今の時代にもいるし、今のハーレイのお父さんとお母さんもそうだって聞いた。
 ハーレイだってぼくと再会しなかったならば、もっと年を取ろうとしていたらしいし…。
(だけど、前のハーレイだった頃には…)
 しっかりと年を止めていた。今のハーレイと同じ姿で外見の年を止めてしまった。
(…なんで?)
 実年齢で言えば、ゼルもヒルマンもハーレイも似たような年だったのに。
 ゼルとヒルマンが年を取るなら、ハーレイだって仲良く老けても良さそうなのに…。



(ひょっとしてハーレイ、格好をつけて早めに止めた?)
 年寄りになるより、若いままの姿。あの姿が好みだったんだろうか?
(それとも、禿の危機だったとか…?)
 あれ以上の年を重ねたら禿げてしまうとか、そういう危機感を抱いて止めた?
 でも、ハーレイに禿の兆候は無かったと思う。生え際は後退していなかったし、抜け毛が増えたとも聞かなかった。
(うん、今のハーレイと変わらないよ?)
 短い金髪が頭をしっかり覆ってた。
 今のハーレイだって禿げてはいなくて、ぼくと再会していなかったら、更に年齢を重ねる予定。
 生まれ変わりでも基本の部分は変わっていない、って色々と実感させられてるから、ハーレイは年を取りたいタイプなんだ。前のハーレイもきっと、同じだった筈。
 だったら、格好をつけるためにゼルたちよりも早めに年齢を止めたわけではないだろう。
(仲良し三人組だったんだけどな…)
 ゼルとヒルマンと前のハーレイ、長老と呼ばれるようになる前からの友達同士で、飲み友達。
 その三人の中でハーレイだけが若かったなんて、ちょっと不思議だ。
 若いと言っても、今のハーレイが「おじさん」なのと同じで、青年とは呼べない年だけれども。



(どうしてハーレイだけが若かったんだろ?)
 むくむくと湧き上がってくる好奇心。ハーレイだけが「おじさん」で年を止めた理由。
(えーっと…)
 前のぼくは知っていたんだろうか?
 ハーレイがゼルたちよりも先に年齢を止めてしまった理由は何かを。
(今のハーレイはぼくに会ってから年を取るのを止めたれども…)
 前は違った。前のぼくと恋人同士になった時には、とうに年齢を止めていた。
(とっくにあの姿だったんだから…)
 もしも理由を聞いていたとしたら、止めた頃に声を掛けて「何故?」と尋ねたか。それとも恋人同士になった後になって、戯れに訊いて答えを得たか。
(んーと…)
 生憎と全く記憶が無い。
 前のぼくは訊くほど気にしなかったか、それとも忘れてしまったのか。
 仕方ないから、前のハーレイが年を止めた時期を探ってみることにした。運が良ければ手掛かりらしきものが転がってるかもしれないから。



(キャプテンの制服が出来た頃かな…?)
 前のぼくの上着とお揃いの模様が上着にあしらってあった、キャプテンの服。濃い緑のマントと金色の肩章、威厳に溢れたキャプテンの衣装。
 あれが作られた頃だったかな、と思ったけれども、そうじゃないな、と直ぐに気付いた。
 シャングリラに制服が導入された時にはゼルは禿げていたし、ヒルマンはとうに髭まで真っ白。如何にも長老といった外見の彼らに合わせて衣装が出来た。若人向けではなかった衣装。
 ということは、キャプテンの制服を貰った時点でハーレイの年は止まっていた筈。
 ゼルたちよりも若い姿で制服を貰って、それをカッチリと着ていたハーレイ。
 当時のハーレイの外見を考慮して作られた服で、あれを貰ったから年齢を止めたわけじゃない。
(…じゃあ、いつ…?)
 アルタミラから脱出した後、厨房でフライパンを握っていた頃は若かった。
 厨房の責任者を辞めてキャプテンの任に就いた頃にも、まだ若かった。キャプテンの服が出来ていなくて、他の仲間の制服も無くて、その日その日で服が違っていた時代。
(…あの頃は、ぼくも普通に育っていったんだけどね?)
 成人検査を受けた時のまま、今のぼくと変わらない身長のままで外見の年を止めていたぼく。
 今のハーレイが「育っても何もいいことが無いから育たずに止めていたんだろう」と言ってた、前のぼく。
 その前のぼくは、アルタミラから脱出した直後が一番の成長期。背がぐんぐんと伸びて顔からも幼さが消えて、すっかり大人。
 ソルジャーと呼ばれるようになるよりも前に、ぼくは自分の年齢を止めた。
 今の身体が一番健康だろうと、使いやすい強い身体であろうと獣のような勘が働いたから。
(そうそう倒れていられないしね?)
 虚弱体質でも頑張らないと。無理の利く身体を手に入れないと…。



 前のぼくの外見の年は止まったけれども、ハーレイたちの年は止まらなかった。
 実年齢は前のぼくよりずっと若かったくせに、年齢を重ね続けていったハーレイたち。どうして止めようとしなかったんだろう、と手繰った遠い日の記憶の向こうで聞こえた声。
「あんたが若い分、あたしたちが踏ん張って睨みを利かせないとね」
 そう言ったのはブラウだった、と思い出した。
 若い姿だと新しい仲間が加わった時に舐められるからと、威厳を保つには年相応の姿が要ると。
 エラも同意見で、ハーレイたちも似たような意見を唱えたと記憶している。有言実行とばかりに年齢を重ね、年を取っていった後の長老たち。
(…すると…)
 ブラウが「こんなものだろ」と外見の年を止めた頃。エラも一緒に止めてしまったから、あまり老けたくない女心と、女同士の連帯感ってヤツなんだろう。
(ハーレイもそうだ…)
 それから間もなく止めたのだった、と蘇った記憶。
(…やっぱり見た目が大切だった?)
 ブラウとエラが止めた以上は、もういいだろうと考えたのか。
(ホントは老けたくなかったのかもね?)
 今のハーレイとはちょっと違って…、と考える。今のハーレイはもっと老ける予定だったから。
(前のハーレイが止めてくれてて良かった!)
 ハーレイのことは大好きだけれど、あの姿が好き。今の姿をしたハーレイが好き。
 前のハーレイの姿があれで良かった…、と恋人が年を取らなかったことに感謝したけれど。



(…外見と仕事のバランスだったよ!)
 唐突に浮かんで来た記憶。遠い遠い昔、まだ青の間ではなかった頃のぼくの部屋。白い鯨はまだ出来ていなくて、ぼくの部屋が仲間たちの部屋とあまり変わらなかった頃。
 ブリッジでの仕事を終えたハーレイが其処を訪ねて来て、訊かれたのだった。
 もう少し威厳を出すべきか否か、と。
 自分としては今の姿で充分だと思うが、もう少し年を取るべきか、と。
 シャングリラの操船に関しては体力的にはまだまだ余裕があるから、まだ年を取れる、と。
「そう? でも、シャングリラを動かす人は若い方がいいんじゃないのかなあ?」
「些か年を取りすぎましたか?」
「そうじゃなくって、今の姿で充分だってこと」
 今よりも老けたら心配になってくると思うよ、若い仲間たちが。
「そうでしょうか…?」
「うん。見るからにきびきびと動けそうな身体を残しておくべきだよ」
 キャプテンに任せておけば安心、と誰もが思える身体と年齢。
 今で充分、威厳はあるから。



(…ハーレイの年、ぼくが決めちゃった?)
 分かりました、と答えたハーレイはそれっきり年を取らなかった。
 前のぼくが良しとした外見のままで、年を取るのをやめてしまった。
(あの時、無責任に答えていたら…)
 ハーレイは老けちゃっていたんだろうか、とブルッと震えた。
 今のぼくなら「止めて」と泣いて頼み込むと思う、ハーレイの年。年齢に応じて老ける外見。
(だけど…)
 あの頃のぼくはまだハーレイに恋をしていなかったし、していたとしても気付いていなかった。恋人だとは思ってないから、ハーレイが年を取ると言うのを「止めなければ」とは考えない。
 老けていようが気にはしないし、老けたいと言われても止めたりはしない。
 ハーレイがキャプテンとしての姿について訊いて来たから、率直な意見を述べただけ。
(危なかったあ…)
 もしも「君に任せる」と言っていたなら、ハーレイは年を重ねただろう。キャプテンの仕事柄、ゼルやヒルマンほどには老けなかったと思うけれども、あの姿よりは確実に老けた。
 今のハーレイがぼくに出会う前は、そうするつもりでいたように。



(危機一髪…)
 ハーレイが年を取ることについて、恋人としての視点はまるで持たなかった、前のぼく。
 もしもハーレイが老けていたなら同じように恋をしただろうか、と考えたけれど。
 白髪交じりの姿だったら、笑うと目尻に皺が出来る初老のハーレイだったら…。
(…きっと恋をしたよ)
 好きになったよ、と自信を持って答えられる。
 ハーレイの今の姿が好きだけれども、若い頃の姿も好きだった。アルタミラで同じシェルターに閉じ込められてて出会ったハーレイ。ずうっと若かった姿のハーレイ。
 あのハーレイも今のハーレイも同じように好きだし、年を取ったハーレイもきっと好きになって恋をしただろう。白髪交じりで笑うと目尻に皺が出来たりするハーレイでも、きっと…。



(どんなハーレイでも、好きになるとは思うんだけど…)
 薔薇の花びらのジャムが一層、似合わなくなっていただろう初老のハーレイ。
 前のぼくの後ろに付き従って歩く、厳めしい顔の老けたハーレイ。
 そういう姿のハーレイに恋して、恋人同士になっていたなら。
(…今のぼくが再会するのも、老けたハーレイになっちゃってた?)
 ただでも「お子さんですか?」と言われちゃいそうなほどに離れた年。
 今のぼくのパパと殆ど変わらない年のハーレイだから…。
 もっと老けていたら「お孫さんですか?」なんて言われることもあるかもしれない。ハーレイと二人並んで歩いていたなら、手を繋いで一緒に出掛けたなら。
(間違われるのも悲しいけれども、結婚写真だって絵にならないよ…)
 ハーレイに両腕で抱き上げて貰って写真を撮ろうと思っているのに。
 ぼくの憧れの結婚写真が「お爺さんと孫」の記念写真になってしまったら悲しすぎる。
 それは困るし、二人で出掛けて「お孫さんですか?」って訊かれてもショック。
 ハーレイだってショックだろうとは思うけれども、ぼくも絶対、ショックだろうと思うんだ。
 だからハーレイは今の姿が一番。
 白髪も皺も無い、今のハーレイがいいと思うから…。



(前のぼくがいい判断をしたんだよ、うん)
 もし、前のぼくが「今で充分だよ」と言わずにハーレイに任せていたならば。
 ハーレイはゼルやヒルマンと一緒に仲良く老けて年を重ねて、キャプテンとしての限界を感じる年になるまで老けてしまっていたかもしれない。
(ハーレイ、ブラウとエラが年を止めたから訊きに来たのかな?)
 自分もこのくらいにしておくべきかと、年の取り過ぎは良くないだろうか、と。
 そうかもしれない、という気もした。他に動機が全く浮かんで来ないから。
(だとしたら…)
 ぼくはブラウとエラに感謝しなくちゃいけないだろう。
 二人とも女性だったから、「もう充分に威厳はあるだろ」と老けすぎる前に年齢を止めた。若くありたいと願う女性ならではの女心で、お蔭でハーレイも「おじさん」程度の年で止まった。
(あの二人がいなくて、長老が全員、男だったら…)
 老けたハーレイが出来上がっていたかもしれない、と考えてしまって怖くなる。
 無かったとは言えない可能性。老けてしまった初老のハーレイ。
 金色の髪に白髪が混じって、目尻に皺を刻んだハーレイ。
 ともあれ、前のハーレイの外見の年は止まって、今のハーレイの年も止まったけれど。
(…ゼルとヒルマンは何だったんだろ…)
 文字通りの長老だった二人の外見。禿げてしまったゼルと、髭まで真っ白になったヒルマン。
 もう少し、もう少し、と威厳のある姿を追求する内にすっかり老けてしまった結果か、ああいう姿が二人の好みだったのか。
 そういえば一度も訊いてみたことが無かったな、と頭を振って。



(ハーレイ、ひょっとして知ってるかな?)
 ゼルとヒルマンが老けちゃった理由。気になり始めたら凄く気になる。
 訊いてみたいな、と考えていたら、仕事帰りのハーレイが寄ってくれたから。夕食の前にぼくの部屋でお茶を飲みながら、向かい合わせで切り出した。
「ねえ、ハーレイ。…ヒルマンとゼルって、どうしてあんなに老けてたの?」
「長老らしくと言っていたが?」
 やはり威厳が大切だそうだ。長老らしく老けておかねば、と思ったようだぞ。
「じゃあ、ゼルの禿は…」
 仕方がないって諦めてたわけ?
 もっと若い間に年を止めていたら、ツルツルまでは行かなかったのに…。
「個性じゃ、と開き直っていたなあ…」
 これも長老ならではなんじゃ、と飲む度に演説をぶっていたしな?
「…年を止める気、無かったんだ…。禿げちゃうって自分で気付いただろうに…」
「ヒルマンが止めていなかったからな」
 飲み友達とは同じ年恰好でいたいもんだろ、親友だしな?
「それじゃハーレイ、なんで止めたの?」
 ゼルもヒルマンも友達なんでしょ、なんで一人だけ年を取るのを止めちゃったの?
「前のお前が命令しただろ、今の姿で止めておけと」
「…命令したつもりはないけれど…」
 前のぼくが止めていなかったとしたら、どうなってたわけ?
「もちろん老けたさ。あいつらほどには老けられないがな、俺は肉体労働だしな?」
 見るからに老人っていう姿になっちまったら、シャングリラの舵は握れんさ。
 思い通りに動いてくれる身体だからこそ、あの船をちゃんと操れたんだ。
 だが、プラス十年くらいだったら余裕でいけたと今も思うし、そこまでは多分、老けてたな。



(…前のぼく、ホントにいい判断をしてたんだ…)
 まだハーレイに恋もしていなかったくせに、と思ったけれども。
 アルタミラで同じシェルターに閉じ込められた時から、ずっと一緒にいたハーレイ。燃え上がる地獄を二人で走って、幾つものシェルターを開けて回って仲間を助けた。
 脱出した後も、ぼくはハーレイにくっついて歩いて、ハーレイの手伝いなんかもしてた。厨房でジャガイモの皮を剥いたり、「何が出来るの?」ってフライパンやお鍋を覗き込んだり。
 そのハーレイに置いてゆかれたくなくて、「もう年を取るな」と言ったかもしれない。
 ぼくとの見た目の年の差が開きすぎるのが嫌で、そう言ったのかも分からない。
(…どうなんだろうね?)
 キャプテンは若い方がいいよ、と言ったぼく。
 今の姿で充分だよ、とハーレイの問いに答えたぼく。
 深くは考えていなかったけれど、自分でも気付かない意識の奥底では「置いていかないで」って叫んでいたかもしれない。
 年を取って離れて行かないでと。
 ぼくと年の差が開き過ぎた姿になってしまって、ぼくを独りぼっちで残さないで、って…。



 案外、ホントの所はそうだったかもね、と苦笑してたら、ハーレイが「どうした?」って訊いてきたから。
「…ううん、前のぼく、とてもいい命令をしたんだなあ、って」
「はあ?」
 何のことだ、って怪訝そうにしているハーレイ。
 ぼくの大好きな今のハーレイ。ぼくよりはずっと年上だけれど、白髪も皺も無いハーレイ。
 この姿のハーレイで本当に良かった、と心の底から思うから…。
「…あのね、ぼくは今のハーレイの姿が好きだからだよ、ただそれだけ」
 老けたハーレイじゃなくて良かった、って思うんだ。
 前のぼくが命令したから、年を取るのを止めちゃったんでしょ?
 今度も年を取らないでよ?
 今がギリギリ、前のハーレイそっくりの今の姿でなくっちゃ嫌だ。
 ハーレイが年を取っても嫌いになったりしないけれども、今の姿が大好きだもの。
 これは命令だよ、前のぼくが下した命令は今でも有効なんだよ。



「おいおい、前のお前の命令って…。何年前だと思っているんだ」
 どう考えても時効だろう?
 誰に訊いても立派に時効だ、今の俺まで縛る力は無さそうだがな?
「違うよ、ちゃんと有効だよ」
 今度のぼくも、前のぼくと同じ背丈と年とで止めておくことになるんだから。
 ぼくに前と同じにしろって言うんだったら、ハーレイも守らなくっちゃダメだよ、前と同じに。
 時効なんかにはなりもしないし、させもしないよ、前のぼくの命令。
「お前なあ…。それは絶対、何処に出しても時効なんだと思うがな?」
 だが、前のお前は今のお前と同じなんだし、そうなると時効は有り得んか…。
 とんだ命令もあったもんだな、前のお前が言った時には此処まで引き摺るとは思わなかったぞ。
「ぼくだって夢にも思わなかったよ、時効どころじゃない未来まで有効に出来るだなんてね」
 でも約束だよ、今度もおんなじ姿でなくちゃ。
 せっかく二人で青い地球に生まれて来たんだもの。
 生まれ変わっても、前とおんなじ。
 前のぼくたちの頃と同じ姿で二人一緒に何処までも歩いて行くんだよ。
 手と手を繋いで恋人同士で、ずうっと先まで。
 だから有効、前のぼくの命令。
 今のまんまのハーレイでいてね、絶対に年を取ったりせずに……。




         止めた年齢・了

※シャングリラの長老たちが年齢を重ねていた理由。実はブルーが絡んでいたのです。
 ミュウは若さを保てる種族で、若い姿のままでもいられた筈。老けた理由はこうでした。
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(えーっと…)
 こういう時にはなんて言うんだっけ、と考える。確かピッタリな言葉があった筈。
 ぼくの机の上、シャングリラの大きな写真集。お小遣いでは買えなかったから、パパに強請って買って貰った豪華版。ハーレイも同じのを持っているんだ、お揃いの大切な写真集。
 ぼくとハーレイ、夏休みの最後の日に並んで写した写真も大事な宝物。フォトフレームが同じでお揃い、そっくりなのがハーレイの家にも飾ってある筈。
 飴色の木製のフォトフレーム。写真をお互いの手で入れたその日に交換しちゃった、ハーレイが持ってたフォトフレーム。ぼくが写真を入れた方はハーレイが持ってくれている。
 そのフォトフレームを飾った机でシャングリラの写真集を開いて見ているわけだけど…。



(ホントになんて言うんだっけ…?)
 沢山の写真で編まれた写真集の中、ジョミーの部屋にトォニィの部屋。ぼくの後を継いだ二人のソルジャーが使っていた部屋。どちらも、ごくごく普通な感じ。
 二人の部屋は居住区の一角に設けられていた平凡な部屋で、特に広いというわけでもない。他の仲間たちの部屋と違う所は、部屋数くらい。
 ジョミーの部屋もトォニィの部屋も、プライベートなスペースとは別に公務用の部屋が作られている。会議室とは違って応接室かな、長老とか各部門の責任者とかを迎えて相談する部屋。時には会食したりもする部屋。
 もっとも、写真集には公務用の部屋もプライベートな部屋も、どっちも載っているんだけれど。これがソルジャーの悲しい所で、机が置かれた居間はともかくベッドルームまで大公開。
 前のハーレイがトォニィに贈った木彫りのナキネズミが置かれた窓辺も、その横に飾られていたトォニィの初恋の思い出のボトルと一緒に写っちゃってる。アルテラがトォニィに贈ったボトル。宇宙遺産にならなかったから、今は残っていないけど…。
(メッセージが書いてあったんだよね)
 アルテラからトォニィへのメッセージ。「あなたの笑顔が好き」って言葉と、ピンクで描かれたハートのマーク。この写真集には載ってないけど、トォニィだけの写真集なら入っている筈。
 アルテラはボトルを贈ってから直ぐに死んじゃったけれど、メッセージは有名になって残った。トォニィが大切に想っていた人の言葉だから。
 このメッセージをアルテラが書いた文字ごと写したグリーティングカードも売られているんだ。女の子が好きな男の子へのプレゼントに添えたりするのに買って使っている定番。
 トォニィはアルテラのメッセージを残したかったんだろうし、きっと喜んでいると思うけど…。そのボトルが写った写真が残っているのも、きっと嬉しいだろうけど…。



(でも…)
 トォニィのベッドルームの写真は、分厚い写真集の中に一枚きり。ジョミーも同じ。他の部屋は別の角度から写した写真があったりするけど、ベッドルームは一枚だけ。
(二人とも一枚だけなのに…)
 ベッドルームばかりを何枚も載せられてしまっている、前のぼく。
 青の間と言えばこれだとばかりに、天蓋付きのベッドが置かれた空間の写真が幾つも、幾つも。スロープの下から仰ぐ形だったり、逆に奥からの眺めだったり。何通りも写してあったけれども、何処かにベッド。
 行けども行けどもベッドばかりで、その奥にあった小さなキッチンやバスルームなんかは載ってない。それは当然、普通だと思う。ジョミーやトォニィだってバスルームの写真は無いんだから。
 そういった本当にプライベートな空間を除外してくれたことには感謝してるし、文句を言おうと思いはしない。青の間の写真がベッドだらけでも、構造上、仕方ないとは思う。
 ただ…。



(前のぼくの部屋だけ、特大なんだよ!)
 ジョミーやトォニィの部屋とは比較にならない、とてつもなく広かった前のぼくの部屋。
 ただ広いっていうだけじゃなくって、巨大な貯水槽のように満々と水を湛えていた部屋。あんな部屋は他に一つも無くって、そのせいで余計に写真が多い。
 水と、暗めの照明と。まるで深い海の底みたいに見えるし、神秘的とも思えるビジュアル。青の間の写真はとても人気が高くて、ぼくが持ってる写真集でも見開きのページがあるくらい。
(だけど…)
 青の間がシャングリラの貯水槽を兼ねた部屋だった、っていうんだったらマシだけれども、青の間のためだけに存在していた貯水槽。
 前のぼくのサイオンが水と相性が良かったから、というだけの理由で作られてしまった超特大の部屋と貯水槽…。



(…無用の長物…)
 それだ、と閃いた、ぼくが探していた言葉。なんだったっけ、と探してた言葉。
 青の間をズバリと示す言葉で、ピッタリの言葉。「無用の長物」。
 そうとしか言えない、前のぼくの部屋。未だに人気の青の間だけれど、まさに無用の長物だった部屋。無駄に広くて、大きかっただけ。おまけに巨大な貯水槽つき。
(ホントのホントに無駄だったんだよ!)
 前のぼくが死んでしまった後には、誰もこの部屋を使わなかった。長老たちを集めて会議とかをするのに使われはしても、誰も住もうとはしなかった。ジョミーも、その次のトォニィも。
 二人とも普通の部屋を使って、何の不自由も無かった証拠が写真集の中の二人の部屋。青の間は次のソルジャーの部屋にはならずに、前のぼくの部屋のままだった。
 お蔭で、余計に人気の青の間。伝説のタイプ・ブルー・オリジン、ミュウの初代の長が暮らした青の間。ソルジャー・ブルーだけのための部屋。
(ジョミーもトォニィも、あそこに引っ越してはくれなかったし…)
 なんで作ってしまったんだろう、こんな無駄な部屋。
 前のぼくにしか意味のない部屋、無用の長物としか言えない青の間。



(…そもそも意味はあったんだっけ?)
 あのデカイ部屋、と考える。遠い記憶を手繰ってみる。
 青の間の象徴とも言える、水を満たした貯水槽。前のぼくのサイオンを増幅するための設備だと説明されたけれども、ぼくには水なんか必要無かった。あそこに水が張ってあろうと、水が無くて空っぽになっていようと、前のぼくには関係なかった。
 あれだけの水を使ってサイオンを増幅しているのだ、とシャングリラの仲間たちは信じて疑いもしなかったけれど、実際、どうだか…。
(ほんのちょっぴりだったと思うよ)
 寝ている間も楽にシャングリラを守れるようにと作った増幅装置だ、と発案者だったゼルたちは唱えていたけれど。シャングリラのみんなも信じていたけど…。
 前のぼくがあの水の力を借りていたとしても、ほんのちょっぴり。
 ぼくにしてみれば、水無しの状態で同じ量のサイオンを使ったとしても、違いは息を余計に一回するかしないか程度でしかない。それも一日で息を一回、たったそれだけくらいの違い。
 一日に何回息をしたかなんて数えていないし、数えもしない。息をたったの一回分。
 ハーレイを驚かせようとして瞬間移動で追いかける方が、よっぽとサイオンを消費していた。



(それに寝ていた間だって…)
 眠っている間も、シャングリラ中にサイオンの糸を張り巡らせていた前のぼく。
 シャングリラを守るためにとやっていたけれど、呼吸と同じで自然なこと。一度サイオンの糸を張ってしまえば、無意識の内に維持出来たから。特に力は要らなかったし、疲れもしない。大量の水の補助が無くても、全然平気。
(昏睡状態だった時でも、多分…)
 アルテメシアを脱出した後、前のぼくが十五年間も眠っていた間。
 ぼくのサイオンはシャングリラを守れる状態ではなかったけれども、キースが逃げ出した騒ぎで目覚めた所からして、サイオンの糸は細く張り巡らせたままでいたんだろう。自分でさえ気付いていなかったけれど、そうでなければ目覚めない。
 その糸を張ったままで眠っていた、ぼく。十五年間も深く眠っていた、ぼく。
 水があったから楽に眠れたとか、助かっただとか。そんな感覚は何処にも無かった。サイオンの糸を維持しておくのに水の力は借りずに眠っていたんだと思う。
 だって、元から使ってないから。借りる習慣が無かった力を無意識の内に借りたりはしない。
(そんな方へ意識を向けられるんなら、眠ったままにはなっていないって!)
 つまりはホントに無用の長物、あんな部屋はぼくには必要無かった。
 巨大な貯水槽付きの青の間なんかは、本当に要らなかったのに…。



 それなのに出来てしまった青の間。作られてしまった、特大の部屋。
(言い出しっぺは…)
 ゼルだったかな、と遠い記憶を探ったけれども、ヒルマンだった?
 ひょっとしたらエラってこともあるかもしれない。エラはやたらと礼儀作法にうるさかったし、前のぼくへの言葉遣いでハーレイたちを叱っていたから。敬語を使え、って何度も、何度も。まだシャングリラが名前だけの時代、ぼくがソルジャーと呼ばれ始めた頃に。
 ハーレイたちが敬語で話さないといけないソルジャー。それが前のぼくについた肩書き。本当は尊称と言うんだろうけど、要は肩書き。
 ぼくはリーダーで充分だろうと思っていたのに、それじゃ話にならないらしい。いろんな部門にリーダーは居るし、何処のリーダーだか分からないから、ってことでソルジャー。
 そのソルジャーに相応しく大きな部屋を、と言われたんだ。
 まだ名前だけの楽園だったシャングリラという船。アルタミラから皆で脱出した船。元は人類の持ち物だった船を、白い鯨へと改造することが決まった時に。



 一度改造の話が決まると、次から次へとプランが出て来た。自給自足で生きてゆくために必要な設備や空間だけじゃなくて、展望室だの、公園だのと。
 どうせやるなら徹底的に、とプランは生かすことにした。前のぼくたちの世界はシャングリラの中が全てだったし、其処しか生きる場所が無いなら、名前通りの楽園にしたかったから。
 うんと大きな船に造り替えて、公園も一つじゃなくて沢山。広い公園は一ヶ所あればいいけど、他にも憩いの場所を幾つも。居住区の部屋の窓から眺められるよう、幾つも幾つも。
 展望室や今よりも広い食堂、子供たちが遊ぶための部屋。学習するための部屋も作らなくては。
 そんな調子で色々と増えて、一つ決まるとまた一つ増えて…。
 来る日も来る日も会議に集会、そうして決まってゆく新しいシャングリラに出来るもの。
(プラネタリウムまで作ろうってことになっちゃったもんね)
 まだ見ぬ地球の夜空にあるという星座を投影して眺められる部屋。天体の間って名前までが先に出来上がっていて、作りたいと願っている仲間が沢山。
 天体の間は集会室として使えそうだから、とゴーサインを出したぼくだけれども、自分の部屋については渋った。ソルジャーに相応しく大きくしようと言われても困る。
(寝る部屋があったら充分なんだよ)
 ベッドルームがあればそれで充分、机だって其処に置けばいい。
 どうしてもと言うならキャプテンの部屋と同じ程度で、と申し出を何度も断ってたのに…。



(頑固なんだよ、ゼルたちは!)
 広い方がいいと、ソルジャーの部屋らしくするとゴネられた。
 ソルジャーなんて御大層な尊称とやらと、マントまでくっついた立派な、仰々しい服と。
 この二つだけでも大概だって思っているのに、部屋まで大きくしようだなんて…。
(ぼくに祭り上げられる趣味は無いから!)
 ソルジャーなんです、と威張り返るより、普通が良かった。みんなと同じでいたかった。
 だけど反対すればするほど、向こうも意地になって反撃するから。
 ああだこうだと理屈を述べたり、SD体制よりもずっと昔の「前例」とやらを持ち出したりと、うるさく攻撃してくるから。
 ぼくはすっかり疲れてしまって、もうキャプテンに任せると言った。
 ハーレイがそれでいいと言うならそれにしておけ、と。
 そうしたら…。



「ソルジャー、少しお話が」
 ハーレイがぼくの部屋へとやって来た。ブリッジでの仕事が終わったんだろう、夜だったから。宇宙船の中では昼も夜も無さそうって感じだけれども、前のぼくたちはちゃんと決めていた。
 まだアルテメシアには着いていなかった頃で、窓の外は真っ暗な宇宙空間。それでも昼と夜とを作ろう、って銀河標準時間で決めた。地球を基準とする二十四時間、一年は三百六十五日。それに合わせて船内の照明の明るさを変えた。昼は明るく、夜は暗めに。
 個人の居室以外のスペースや通路の明かりが暗くなる、シャングリラの夜。
 その暗い通路を歩いて来たハーレイを部屋に通して、来客用の椅子に座って貰って、熱いお茶を淹れた。シャングリラ産の紅茶はまだ無かったから、合成の粉末をお湯で溶いた紅茶。
 ぼくの分も淹れて、ハーレイに紅茶のカップを渡して。「何の用だい?」と尋ねたら、出て来た図面。テーブルの上に部屋の設計図。
「…なに、このだだっ広い部屋?」
 それが最初の感想だった。何に使うのか見当もつかない、やたら広そうな謎の空間。
「仮名称は「青の間」ですが」
「ふうん? この部屋は何に使うんだい?」
 名前よりも目的が気になった。だだっ広い部屋の使い道。なのにハーレイの答えときたら。
「そのままですが」
「……そのままって?」
 意味が分からないからオウム返しに訊くしかなかった。
「青の間ですから、ブルーです。あなたの名前をそのまま付けては失礼だと、エラが」
 ぼくの名前を部屋の名前にして、どうするんだろう。どういう意味があるんだろう?
 これまた全然分からないから、もう一度訊いた。
「それで、何のために使う部屋なんだい?」
「ですから、あなたの部屋ですが」
「ぼくの部屋!?」
 ガチャンとカップが割れなかっただけマシ。
 ぼくの声は完全に引っくり返って、目は真ん丸になってたと思う。
 広すぎるどころか、集会室で通りそうな部屋。この広い部屋がぼくの部屋だなんて…!



 零れ落ちそうなほどに見開いてた目をパチパチとさせて、図面を見直したけれど。
 設計図がそれで変わる筈もなくて、青の間とやらは巨大なまま。
「どうしてこんなに大きいわけ?」
「任せると仰いましたので…」
 ハーレイの答えに嫌な予感がした。とてつもなく嫌な予感に声が震えた。
「まさか、この部屋…」
「既に資材の調達に入っております。本日は着工前の御報告をしに参りました」
 任せたぼくが馬鹿だった。話はとっくに決まってしまって、ぼくに拒否権なんかは無い。とうに手遅れ、後の祭りと言うべきか。
 仕方ないから、馬鹿でかい部屋の設計図を子細に見ることにした。今からでも変更可能と思える部分があったら、少しでもマシに。少しでも普通の部屋らしく…、と。
(どういうセンスの部屋なんだろう、このスロープ…)
 入口から緩やかな螺旋を描くように上へと伸びたスロープ。その先端に設けられた場所にぼくの寝室やバスルームなんかを作る仕様になっていた。
 そんな高い所に寝室とかを作ってどうするんだと、意味があるのかと尋ねてみたら。



「水だって!?」
「はい」
 この高さまでは水が入ります、そう設計をしております。
 もちろん人工重力で制御しますので、船体が傾くことがあっても溢れることはございません。
 ハーレイの指が「此処までです」と示す所に、言われてみれば印が付けられていた。
「これだけの水って…。ぼくは新しい貯水槽の番人を兼ねているってわけ?」
「まさか。あなた専用の貯水槽です」
 あなたのためだけに満たす水です、此処だけで循環させることになります。
「魚でも飼えと!?」
「そのように出来てはおりませんが…」
 お望みでしたらそのように、と大真面目に言われて慌てて止めた。
 部屋で魚を飼う趣味は無い。魚を見るのは好きだけれども、部屋で飼おうとは思わない。
(でも…)
 巨大すぎる貯水槽を備えた部屋なら、有効活用すべきだろう。シャングリラの他の部分の役には立たない水だと言うなら、なおのこと。
 シャングリラで食べる魚の養殖施設に、と考え直して修正案を出しておいたのに。



「却下された!?」
「はい。ソルジャーのお部屋で養殖などとは、恐れ多いかと…」
 ゼルたちは却下してくれた。ぼくは懸命に譲歩したのに、歩み寄る代わりに蹴飛ばしてくれた。
 シャングリラの仲間たちの役に立つなら…、と魚を飼おうと提案したのに。
「それじゃこの部屋、どういう意味が!」
 こんなに沢山の水を満たして、船の役にも立てないで…。
 貯水槽でも養殖施設でもないと言うなら、この水に何の意味があると!?
「あなたのサイオンの増幅用です、一種の増殖装置です」
 水と相性が良くていらっしゃいますから、これだけあればソルジャーのお役に立つかと。
「意味ないよ!」
 ぼくのデータはキャプテンの君も持ってる筈だよ、分かるだろう?
 相性がどうこうと言うのは誤差の範囲に収まる程度の数値で、大した意味は無いってことが。
 ぼくに大量の水を渡した所で、ぼくのサイオンが高まるわけではないってこと…!
「ですが、ソルジャー…」
 船の皆には、心の拠り所が必要ですので。
 ソルジャーが船を守って下さる、ソルジャーが此処にいらっしゃる、という安心感。
 そのソルジャーがお住まいになる部屋というわけです、この青の間は。



 演出です、とハッキリ口には出さなかったけれど、本当の所はそういうこと。
 とにかく青の間はこけおどしだった。
 船の仲間たちを安心させるためだと言ってはいたけど、どうなんだか…。
 ソルジャーの威厳を高めようとか、そういう気持ちも入っていたことは間違いない。あの部屋を押し付けて来た面子の中には、エラも混ざっていたんだから。
(ソルジャーには必ず敬語で話せ、ってハーレイたちを叱っていたしね)
 ぼくのサイオンは水と相性がいいから、と強引にこじつけて作られた青の間。
 あんな貯水槽、必要無かった。大量の水には意味が無かった。
 要は一種の舞台装置で、ソルジャー・ブルーを、前のぼくを派手に演出するためのもの。
 青の間の住人はとても凄いと、これだけの水を操ってシャングリラを常に守っているのだと。
 ところがどっこい、あの水にはそんな力も無ければ、ぼくの役にも立たなかったわけで…。



(ジョミーもトォニィも、絶対それに気付いてたんだよ!)
 同じタイプ・ブルーの二人だったら見抜けただろう。青の間を満たす水には何の意味も無いと、ただのこけおどしで演出なのだと。
 気付いてしまえば、あんな部屋に住む必要は無い。あんな巨大な部屋も要らない。
 ジョミーやトォニィのサイオンが何と相性が良かったのかは知らないけれども、相性が良くても誤差の範囲内。その物質を満たした部屋など作るだけ無駄、作っても無駄。
(だから二人とも、青の間も継がずに、別の部屋だって作りもせずに…)
 居住区の普通の部屋に住んでいた、二人のソルジャー。
 ちょっと部屋数を増やしただけの場所を居室にしていた、二人のソルジャー。
 ジョミーもトォニィも特別な部屋を作らないままで終わってしまって、青の間だけが残された。
 お蔭で青の間は今も人気が高くて別格、前のぼくだって特別扱い。
 青の間を専用の部屋にしていた初代の長で、伝説のタイプ・ブルー・オリジンと言われる有様。
 そこまで凄くはないって言うのに、青の間は勝手に一人歩きをしてしまった。
 ソルジャー・ブルーの威厳を高める部分だけが今でもキッチリ生きてる。
 白いシャングリラが無くなった後も、青の間の主は偉大なソルジャーだった、と宣伝しながら。



(あんな部屋を作ってくれたからだよ!)
 初代のソルジャーだったことや、メギドを沈めたことは本当だから何も言わないけれど。
 青の間に関しては嘘八百だって分かってるから、ぼくは恥ずかしくてたまらない。演出だなんて言えやしないし、もう、どう言ったらいいんだろう…。
(褒められたって困るんだけど…!)
 前のぼくはなんにもしちゃいない。青の間を何にも役立てちゃいない。
 せめて魚の養殖だけでもしていたなら…、と思うけれども、今となってはどうにもならない。
 よくも、と赤っ恥をかかせてくれた部屋の写真を睨み付けても、犯人はみんな逃げてしまった。前のぼくに青の間を押し付けたみんなは遥かな時の彼方へと逃げた。
 今のぼくなんかは知らないよ、とばかりに何処かへ行ってしまった。
(ホントのホントに大恥なんだよ…!)
 青の間に何の意味も無かったことにはジョミーとトォニィしか気付かなかっただろうし、ぼくが喋らなければバレはしないと思うけど…。
 シャングリラはもう無くなっちゃったし、永遠にバレはしないだろうけど…。
 だけど自分が恥ずかしい。
 あんな大きな部屋を独占して、前のぼくがやっていたことはといえば…。



(ハーレイと…)
 あの部屋で、あの部屋のベッドで、こそこそと逢瀬。
 夜はベッドで二人で眠って、翌朝は何食わぬ顔をして二人で朝食。ソルジャーとキャプテンとの朝食会だという名目を掲げて、二人で仲良く食事をしていた。
 誰も気付かなかった恋人同士。誰一人として気付きはしなかった恋人同士…。
(…ハーレイと暮らしていただけだなんて…!)
 もう本当に恥ずかしすぎる、と両手で顔を覆った所で気が付いた。
(残ってたよ…)
 そうだ、一人だけ残っていた。
 前のぼくに赤っ恥をかかせてくれた、青の間を作った犯人の一人。
 ゴーサインを出したキャプテン・ハーレイ。
 生まれ変わって来たからキャプテンじゃないけど、ハーレイはちゃんとこの地球に居た。



(ハーレイは逃げ場が無いんだよ)
 ぼくの恋人だから逃げようがない。
 前の時はゼルたちと連帯責任で一人じゃないから知らんぷりを決め込んでたけど、今度はぼくの前にはハーレイだけしかいないんだ。
 それに結婚して、何処までも一緒。二人一緒に暮らすんだから…。
(思いっ切り文句を言わなくっちゃね)
 一生ネチネチ言ってやろうか、と思ったんだけど。
 言ってやろうと決心しかかったけれど、ちょっと待って。
 もしも青の間のことでぼくが文句を言ったなら…。



(…復讐される…?)
 ぼくはハーレイと結婚予定で、いつかはハーレイのお嫁さん。
 ハーレイと一緒の家に住んでるお嫁さん。
 つまりハーレイがその気になったら…。
(今度こそぼくの部屋がメチャクチャ!?)
 シャングリラに居た頃の青の間よりも酷い結末になるかもしれない。
 お姫様みたいな部屋にしてやろう、ってフリルだらけで壁紙も家具もそれっぽくとか…。
 決定権は家の持ち主のハーレイにあるし、「模様替えだ」って言われちゃったら断れない。
 どんなに凄い部屋にされても、「ありがとう」って笑って御礼を言うしかない。



(…………)
 復讐は困る。とっても困る。青の間なんかより、もっと、ずっと、困る。
 だけどハーレイには実行するだけの力がある上、お嫁さんのぼくには断れない。
(…青の間の文句、下手に言ったら、ぼくはおしまい…?)
 青の間を前のぼくに押し付けた犯人は一人だけ、今も存在してるんだけれど。
 仕返しが怖いから、何も言えない。
 言いたくっても、仕返しが怖い。
 前のぼくより立場が弱そうな、今のぼく。
 だから今度は祈るしかない。
 神様、どうか結婚した後、ハーレイがとんでもない部屋をぼくに寄越しませんように…。




         無用の青の間・了

※実はこけおどしだった青の間。ソルジャーの偉さを強調するための演出とも言います。
 けれど、押し付けられた文句を言おうものなら…。結婚した後のブルーの部屋が大惨事かも。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv





(うーん…)
 未だにこうか、と新聞を眺めて大きな溜息。学校から帰って、制服を脱いで、おやつの時間。
 ママが「どうしたの?」って訊くから、「これ!」って指差したら、「あらまあ…」と笑顔。
「ブルー、きちんと載ってるじゃないの」
「そうだけど…」
「昔からこうねえ、王子様よね」
 だけどブルーは小さすぎね、とママはクスクス笑ってる。
「もっと頑張って食べなさいよ? でないと王子様になれないわよ?」
「分かってるけど…」
「ママは小さくてもかまわないのよ、今の可愛いブルーも好きだし」
 ゆっくり大きくなりなさいな、と言ってくれるママはとても優しい。ぼくの背が百五十センチのままで止まっちゃってても、叱るどころか可愛がってくれる。パパだって同じ。
 二人揃って、そういう子供のための上の学校へ行くといい、って本気で思っていてくれる。
 でも…。
(ぼくは上の学校へ行くより、ハーレイと結婚したいんだけどな…)
 それなのに伸びない、ぼくの背丈。前のぼくと同じ背丈にならない限りは、ハーレイはキスさえ許してくれないのに…。
(この顔にならないと結婚も無理?)
 駄目だ、溜息が倍になりそう。ママは勘違いをしているらしくて、「いいじゃないの」と新聞を覗き込んで来た。
「人気があるのはいいことよ? だけど…」
 今度のブルーはどんな王子様になるのかしらねえ、と前のぼくの写真とぼくとを見比べてから、ママはダイニングを出て行ってしまって、残されたぼく。
 溜息の元の新聞と一緒に、おやつのケーキのお皿と一緒に置いて行かれてしまった、ぼく。



(あーあ…)
 前のぼくの写真が載ってる新聞。お堅い記事とは全然違う。娯楽のためのコーナーかな?
 女の子向けのお遊びの一種、簡単な質問に答えていくと似合いの恋の相手が分かるというヤツ。どんなタイプが向いているか、って説明と一緒に挙げられる例。
 童話の主人公のことも多いけれども、それに負けないくらい前のぼくたちも引っ張り出される。ちゃんと写真が残っている上、遥かな昔の英雄だから。うんと人気の人物だから。
(今日もそっちかあ…)
 こうした時に登場するのは前のぼくとジョミーとキースと、それからトォニィ。この四人が必ず載せられることになってて、たまにマードック大佐が入る。場合によってはマツカも加わる。
(だけど…)
 絶対に入ってこないハーレイ。今のハーレイじゃなくて、前のハーレイ。
 何度眺めてもハーレイが入ってないのが悔しい。
 この手のヤツには絶対にハーレイが入ってないんだ、前のぼくの王子様なのに。
 キャプテン・ハーレイは前のぼくの恋人で、大切な王子様だったのに…。



(ぼくが王子様っていう扱いなんだよ!)
 いつも、いつだって王子様な枠に分類されてる前のぼく。
 フィシスを連れていたせいなんだろうか、「白馬の王子様」って扱いをされてる前のぼく。
 挙げられる例が童話の方なら、王子様が載ってるポジションに置かれる前のぼく。解説にだって「王子様」の文字がしっかりと入る。
(分かりやすくっていいんだろうけど…)
 女の子たちがドキドキしながら読んでいく分には、王子様でもいいんだけれど。
 ジョミーやキースたちにはコレっていうお決まりの言葉が無いのが引っ掛かるけど、その辺りは今のぼくにはどうしようもないことだから。「なんで、ぼくだけ?」って文句を言えはしないし、王子様扱いについては諦めてるけど…。
(それは諦めがつくんだけれど…)
 納得がいかない、理不尽な事実。今日の新聞にも突き付けられた現実。
 王子様のぼくが恋したハーレイ。前のぼくが愛したキャプテン・ハーレイ。
 なんだって此処に入らないのか、どうして入っていないのか。
 マードック大佐もマツカも枠を持っているのに、何故ハーレイの枠を設けてくれないのか。
(いつもなんだよ!)
 いくら眺めても出て来てくれない、ハーレイの枠。本当にいつも、いつだって、そう。
 毎回、腹が立ってくるから、今日もバサリと新聞を投げた。
 閉じるだけでは収まらないから、乱暴に閉じて畳んで、投げた。
 前のぼくの王子様を全く載せないだなんて、絶対、何かが間違ってるから!



 ケーキのお皿と紅茶のカップをキッチンに居たママに渡して、階段を上って部屋に帰った。でも収まらない、ぼくの胸の中。
(うー…)
 コロンとベッドに転がったけれど、まだ腹が立つ。どんどん腹が立ってくる。
 あの手の女の子向けのお遊びの記事が次から次へと浮かんでくるから。幾つも幾つも思い出してしまって、全然消えてくれないから。
(あんなの、読むんじゃなかったよ…)
 女の子向けの記事なんだから、読まずに放っておけばよかった。後悔先に立たずだけれど。
 前世の記憶が戻る前には、「面白いな」とよく見てたんだ。
 だって、質問に答えていったら「あなたにはこんなタイプが似合います」って出るんだもの。
 つまりは自分がやっていたわけで、大抵はキースだったと思う。
(当たらないんだよ、ああいうのは!)
 このぼくに、キース。
 キースが前のぼくに何をしたかは放っておいても、好みじゃない。
 あんなのは絶対に好みじゃないのに、辿り着いた答えは圧倒的にキースが多かったような…。
(ハーレイが入ってなかったからだよ!)
 そうに違いない、と記事を作る人たちのせいにした。
 もしもハーレイの枠を作ってくれていたら、ぼくは真っ直ぐハーレイに辿り着けたんだ…。



 絶対に入っていないハーレイ。枠さえ作って貰えないキャプテン・ハーレイ。
 それなのに必ず王子様扱い、不動のポジションを誇るソルジャー・ブルー。
 前のハーレイと前のぼくの扱いの違いは酷過ぎる。
 ああいう記事を作る人たちは、なんて見る目が無いんだろう。
 王子様な前のぼくが一目惚れ……だかどうかは知らないけれども、心の底から好きだった人。
 生まれ変わって来てからも好きで、大好きでたまらないハーレイ。
 そのハーレイを数に入れないだなんて、つくづくどうかしていると思う。
 目が節穴と言うか、まるで分かっちゃいないと言うか。
(ホントのホントに腹が立つったら…!)
 ぼくのハーレイの枠が無いなんて、と怒鳴り込みたい気分になる。
 ハーレイよりも素敵な人なんかいない。ハーレイが誰よりも素敵で、大好き。
 でも……。



(…薔薇のジャムが似合わないハーレイだっけ…)
 シャングリラの女性クルーが趣味で作っていた薔薇の花びらのジャム。
 量が少ないのに人気だったから、作る度に希望者がクジ引きをしてた。クジを入れた箱を抱えた女性クルーがシャングリラ中を回っていたのに、箱が素通りしていたハーレイ。
 ブリッジではゼルもクジを引くのに、ハーレイの前では一度も止まらなかったクジ入りの箱。
(声を掛けなかったハーレイだって悪いんだけど…)
 ぼくは女性クルーの「キャプテンには似合わないわよね」っていう心の声を知っていた。薔薇の花もジャムも似合いそうにないと、そういうタイプの人間じゃないと。
 だけど彼女たちは、ぼくには薔薇が似合うと思っていたんだ。薔薇のジャムだって似合うからと作る度にプレゼントしてくれた。クジなんか引かなくっても貰えた。
 そのぼくがハーレイを愛していたのに、薔薇のジャムのクジ引きはハーレイ抜き。クジの入った箱は決して、ハーレイの席の前で止まりはしなかった。



(…シャングリラでもハーレイって枠の外だったよ…)
 あの頃から見る目のない人ばかりが揃っていたんだろうか、と情けなくなる。
 ハーレイに憧れていた女性というのを全く知らない。誰一人として記憶には無い。
(憧れてたのは男性だよね?)
 小さな子供から、大人まで。ハーレイに憧れていた男性はとても多かった。
(多かったんだけど…)
 前のぼくみたいな恋ではなかった。あくまで憧れ、カッコよくて素敵な憧れの人。
 巨大なシャングリラを自在に操り、船の進路を決めるキャプテン。ブリッジで指揮をし、舵を握っていたハーレイの姿に憧れない方がどうかしている。
(みんな、キャプテンのハーレイに憧れてたんだよ!)
 もしもハーレイがキャプテンにならずに、元の通りに厨房でフライパンを握っていたら。調理の責任者のままでいたなら、憧れる男性はグッと減ったか、皆無だったか。
(…ぼくはフライパンとお鍋のハーレイでも全然気にしないのに…)
 どうしてキャプテンのハーレイでないと駄目なんだろう。
 なんでそうなっちゃうんだろう?
 ぼくはハーレイしか見えなかったのに。
 前のぼくには、ハーレイだけしかいなかったのに…。



 ハーレイの他に好きな人なんていなかったよ、と遠い昔の記憶を手繰った。
 フィシスは女性だから数に入れずに、男性限定で考えてみた。前のぼくが誰をどう思ってたか。
(やっぱりハーレイしかいないんだけど…)
 前のぼくが恋をしてた人。前のぼくが大好きだった人。
 それなのに今じゃ、お似合いの恋のお相手の例にも挙がってこないハーレイ。ああいった記事に顔を連ねる面々は決まっているんだけれども、前のぼくは誰も何とも思っていなかった。
(ジョミーはほんの子供だったし、トォニィはもっと小さかったし!)
 キースなんかは論外だよ、と言いたい気分。
(…今のぼくなら…)
 ジョミーをかっこいいと思うだろうか、と金色の髪の青年の姿を思い浮かべて「ううん」と首を左右に振った。英雄になったジョミーに出会ったとしても、ぼくの心は惹かれはしない。
 トォニィも…。ソルジャーを継いだ大きなトォニィが目の前にいても、やっぱり要らない。
(えーっと、キースは…)
 記事の定番の写真はナスカに来た頃の若かったキース。前のぼくを撃ったことは除外したって、ぼくはキースに恋したりしない。女の子向けの質問に答えた時に出て来た回数は多かったけれど、「気が合いそうだな」って考えただけで、好みだとは一度も思わなかった。
 マードック大佐もちょっと違うし、マツカはちょっぴり頼りない。
(断然、ハーレイが一番なのに!)
 なんで誰一人として、ハーレイに目をつけてくれなかったんだろう。
 誰よりもかっこ良かったハーレイ。前のぼくが恋をしたキャプテン・ハーレイ…。



 目が節穴な人たちばかりだ、とベッドに転がったままで怒り続けて。
 怒りを通り過ぎてしまってふて腐れていたら、ハーレイが仕事帰りに寄ってくれたから。ぼくの部屋で夕食の前のお茶を飲むことになって、向かい合わせで座ったから。
「ねえ、ハーレイ。腹が立たない!?」
「はあ?」
 ポカンと口を開けたハーレイ。
 いけない、大前提ってヤツが綺麗に抜け落ちていた。それほど怒っていたんだろう。
「えーっと…。今日の新聞に載ってたんだけど…」
 ぼくは例の記事の説明と、ぼくの怒りとをハーレイに真正面からぶっつけて。
 腹が立たないのかと訊いたんだけれど、ケロリと返って来た答え。
「そんなのは昔からだろうが」
 シャングリラの頃からの伝統だ、うん。
 前のお前は大人気だったが、俺はキャプテンの肩書きが無けりゃ誰も寄っては来ないってな。



「だけど…!」
 酷いよ、みんな見る目が無さすぎだよ!
 ぼくはハーレイが好きだったんだし、ハーレイは素敵だったんだよ!
「そう来たか…」
 ならば、とハーレイは腕組みをしてぼくを見詰めた。
「だったら、お前。…ライバル多数が嬉しかったか?」
「ライバル?」
「恋敵とも言うな、俺に惚れてる女性や、男や」
 そういった連中がわんさといる中、ぼくのものです、って威張りたかったか?
 ハーレイはぼくのものなんだ、とな。
「もちろんだよ!」
 ぼくは勢い込んで答えた。
 ハーレイを好きな人が沢山いる中、ハーレイはぼくを選んでくれたんだから。
 大勢の中から選ばれたなんて、幸せすぎて威張らないではいられない。
 腕を組んで、ハーレイにくっついて。
 ぼくのものだと、ぼくのハーレイだと自慢せずにはいられない。
 そうしてハーレイにキスして貰って、それから、それから…。
 なんて幸せなんだろう。ハーレイを好きな人が大勢いるのに、ぼくを選んで貰えたなんて。



 素敵だよね、と夢を見ていたら、ハーレイが「ふむ…」と顎に手を当てて。
「ライバル多数も大歓迎、というわけか」
「うんっ!」
「なるほどなあ…。しかしだ、お前、大事なことを忘れていないか?」
 ソルジャーがそういう宣言、出来るか?
 前の俺がお前を選んだってな、お前はソルジャーだったわけだが。
「あっ…!」
 前のぼくの立場を忘れてた、ぼく。ソルジャー・ブルーだった、前のぼく。
 ハーレイとの恋は誰にも明かせなかった。
 ソルジャーとキャプテンが恋人同士だと知れてしまったら、シャングリラに支障を来たすから。今後の進路も、会議の行方も、円滑に進みはしないから…。



「気付いたか、馬鹿」
 俺と恋人宣言なんかは出来ないだろうが、内緒なんだぞ?
 ソルジャーとキャプテンが恋人同士だなんて言えやしないし、知られるわけにもいかないな。
 そうしてあちこちで噂が立つんだ、俺とお前以外の誰かの恋の噂が。
「……嘘……」
 なんで恋の噂?
 ハーレイはぼくを選んでいるのに、なんでそういう噂が立つの?
「そりゃ立つだろうさ、お前は表に出られないんだし」
 俺がお前に決めたってことは、誰にも分からないわけだ。
 だから相手を探したくなる。恋人は誰だ、とシャングリラ中で噂が立つ。
 ブラウは確実に渦中の人だな、軽口を叩き合ってた仲だしな?
 前の俺の身近にいたヤツとなると、エラも危ないし、シドもターゲットになりそうだ。ついでにリオも危ないかもなあ、お前の使いでよくブリッジに来ていたからな。



「…そんな…」
 酷い、と無責任な噂に顔を顰めたけど、ハーレイは「事実だろうが」とバッサリ、一言。
「そういった話になっちまうのさ、お前が表に出られない以上」
 いくらお前と恋人同士でも、それらしい場面が無いんじゃなあ…。
 如何にも偉そうなソルジャーなんかより、ブリッジで一緒のヤツらの方がそれっぽいよな?
 俺がコーヒーを渡してやっていたとか、受け取ってたとか。
 食堂で飯を一緒に食っていたとか、そうした所を目にしてたヤツらが噂を始める。
 いくらでも立つぞ、その手の噂は。
 そしてアッと言う間に広がっていくんだ、尾鰭がついてな。
 俺にそういう覚えが無くても、誰かの部屋に泊まりに行ったとか、俺の部屋に誰か泊めたとか。そんな噂まで流れ始めるだろうな、何の根拠も無いままで。
 そういう状態になっていてもだ、お前は表に出られはしない。
 俺は青の間に居たんだと本当のことを言えはしないし、黙って見ていることしか出来ない。
 お前、耐えられるのか、その状況に?



(………)
 ちょっと想像してみた、ぼく。
 ハーレイは間違いなくぼくの恋人で、夜は青の間で過ごすんだけれど。
 本当のことを知らない誰かが勘違いをして、其処から広がり始める噂。ハーレイに恋人がいるという噂。それだけだったら、ぼくは我慢が出来ると思う。仕方がないと我慢が出来る。
(…でも…)
 ハーレイの恋人だと噂の誰かが、ハーレイと並んで歩いていたなら。
 前のぼくはキャプテンだったハーレイを後ろに従えて歩いていたけど、そのハーレイが何処かで恋人と噂される人と二人並んで歩いていたなら…。
 普通に隣を歩いているだけの人が恋人に見えてしまうだろう。前のぼくは歩けない、ハーレイの隣。ソルジャーの立場では歩くことが出来ない、ハーレイの隣。其処を親しげに歩く人がいると、まるで本物の恋人みたいに、と。
 そう気が付いたら、きっと辛くてたまらない。ぼくは歩けないハーレイの隣。ぼくが立てない、ハーレイの隣。
 もう絶対に悔しいし、悲しい。
 本当は恋人なんかじゃなくってただの噂だ、と分かっていたって泣くだろう。声を上げて泣いてしまうだろう。どうして隣にぼくじゃないんだと、別の人が歩いているんだ、と。
 ううん、泣くだけじゃなくって、悲しくて悔しくて怒ってしまう。
 怒りをぶつける所が無くって、ハーレイに当たり散らしてしまうと思う。
 どうして並んで歩いていたのかと、ぼくは隣を歩けないのに、と。



 みっともないことになってしまいそうな、ライバル多数だった場合の前のぼく。
 独占欲の塊になって、ハーレイを困らせてしまいそうなぼく。
 考えれば考えるほどに、悲惨な結果になりそうなことが見えて来たから、呟いた。
「…ぼく、無理かも…」
 ホントはぼくが恋人なんだ、って分かっていたって耐えられないかも…。
 ハーレイの恋人は他の誰かだ、なんて噂が流れていたら。
「そうだろうが」
 な? と、ハーレイの大きな手がぼくの頭をクシャリと撫でた。
「だからライバルなんぞはいなくていいのさ、俺はモテない男でいいんだ」
 お似合いの恋人のタイプとやらに名を連ねなくとも別にかまわん。
 腹も立たんし怒りもしないさ、お前にモテればそれでいいんだ。
 お前だけが俺に惚れててくれれば、もうそれだけで充分だからな。



「でも…。ハーレイ、ホントにかっこいいのに…」
 誰よりもかっこいいと思ってるのに、なんでぼくだけになっちゃうのかな?
「さあな? ただし、今度の俺は前の俺とは一味違うぞ」
 何度も言ったが、学生時代の俺には女性ファンがけっこうついてた。
 柔道も水泳も、大会や試合を応援しに大勢来てくれたもんだ。
 見る目があるヤツが多かったわけだが、そこをどうする?
 お前だけではないってことだな、今の俺をかっこいいと思ってくれるヤツは。
(…それを言うわけ!?)
 よりにもよって女性ファンの数を恋人のぼくに自慢するなんて。
 ものすごーく腹が立ったけれども、そういう時代は確か学生時代の終わりまで。
 ハーレイがプロのスポーツ選手じゃなくって教師になったら、女性ファンたちは去って行ったと聞いているから。
 腹を立てた分を仕返ししようと、ぼくはニッコリ笑って言った。
「それ、キャプテンだったハーレイに憧れてた男の人たちと同じなんじゃない?」
 ハーレイそのものじゃなくて柔道と水泳に憧れてたんだよ、そっちの腕前のお蔭だよ。
 シャングリラのキャプテンはかっこいいな、って憧れるのときっと同じだってば。
 柔道と水泳の選手を辞めたら消えちゃったんでしょ、その人たちって。



「こらっ!」
 コツン、とハーレイの拳がぼくの頭に降って来た。
「一人で勝手に落ち込んでるから、せっかく元気づけてやったのに…」
 お前は恩を仇で返す気か、俺だって少しは自慢したっていいだろう!
 どうせモテない男なんだから、今度はモテたと少しくらいは!
「ううん、ハーレイ、モテなくっても凄いんだよ」
 かっこいいんだよ、ぼくの恋人だもの。
 前のぼくは今じゃ王子様っていうポジションなんだよ、恋人のタイプの例が並んでいる中で。
 王子様のぼくがハーレイのことを大好きなんだよ、ハーレイ、威張っていいんじゃない?
 俺は世界一かっこいいんだと、王子様より上なんだと。
「ふうむ、そういう考え方も出来るか…」
 王子様のお前が惚れているなら、俺の方が上か。
 俺は王子様よりも上のランクの男だっていうことになるのか、その説で行くと。
「そうだよ、ハーレイが世界一かっこいいんだよ」
 王子様よりも上で、世界で一番。
 宇宙で一番かっこいいのがハーレイなんだよ、王子様のぼくの王子様だもの。



 本当に宇宙で一番だよ、とぼくはハーレイに微笑みかけた。
 前の生からのぼくの恋人。誰よりも大切な、ぼくのハーレイ。
 そのハーレイは「うーむ…」と低く唸って。
「…なんだか落ち着かないんだが…」
 お前よりも上だと言われる分には嬉しいだけだが、こう、具体的に…。
 世界一だの、宇宙で一番だのと絶賛されると、俺の柄ではないような…。
 そこまでかっこいいってことになるとだ、どうもこそばゆくて落ち着かんな。
「大丈夫!」
 心配しなくても大丈夫だよ、と自信たっぷりに答えてあげた。
「だって、ハーレイに注目する人はいないから!」
 お似合いのタイプにランクインしないハーレイだよ?
 かっこよくても誰も気付かない、気付いてくれないハーレイだから大丈夫!
「お前ってヤツは、俺を何だと思っているんだ!」
 褒めるかけなすか、どっちかにしろ!
 どっちがお前の本音か分からん!
 この蝙蝠めが、と軽い拳が降って来たから、ペロリと舌を出したけれども。
「じゃあ、褒める!」
 ホントのことだよ、ぼくが考えてる、本当のこと。
 ぼくはハーレイのことが好きだし、誰よりも好きでかっこいいと本気で思っているから。
 王子様だって言われる前のぼくの頃から、ハーレイが好きでたまらないから。
 だから、ハーレイが世界で一番。
 宇宙で一番かっこいいから、ぼくはハーレイが大好きだよ。
 この世界の人たちの目は、みんな節穴。
 かっこいいハーレイに気付かないだなんて、本当に信じられないけれど…。
 お蔭でハーレイを独占出来るし、みんな節穴の目のままでいい。
 だって、ハーレイはぼくのハーレイ。ずうっと、ぼくだけのハーレイでいてほしいから…。




          王子様・了

※ブルーにとっては王子様なのがハーレイですけど、世間では全く違う扱い。
 でも、ハーレイがモテてライバル多数だと辛いのも事実。今の状態がいいんでしょうね。
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