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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「ハレブル」の記事一覧

 ぼくの部屋にある勉強机。宿題を終えて、一段落。
(んーと…)
 夕食までには時間があるから本でも読もうと思うけれども。
 何処で本を広げることにしようか、勉強机か、それとも窓際のテーブルか。どちらも木製。木の温もりが優しい、勉強机とテーブルと。
(えーっと…)
 いつもハーレイと向かい合って座る時のテーブル。大きさの割にどっしりと重い。
 テーブルも、セットになっている椅子も、ぼくの部屋には立派すぎると子供の頃には思ってた。だけど今ではあって良かったと思う、ハーレイと食事も出来るテーブル。
(あっちにしようかな?)
 テーブルもいいけど、ベッドに腰掛けて読むのもいい。コロンと転がって読むのも大好き。
 何処にしようかと考えながら、読みかけの本を手に取ってみたら。
(うーん…)
 なんだか、軽い。
 読んでいた時には丁度良かったけど、もっとずっしりした本が読みたい気分。
 何処で読むかは本次第だよね、と本棚をあちこち眺め回して。
「うん、これ!」
 これがいいや、とシャングリラの写真集を手に取った。
 ハーレイに教えて貰って、パパに強請った豪華版。ハーレイとお揃いの持ち物の一つ。
 こういう重たい本を読むなら、似合う場所は勉強机かテーブル。



(…どっち?)
 ハーレイと二人で使うテーブルか、ハーレイとぼくとの記念写真が入ったフォトフレームのある勉強机か。ハーレイとお揃いのフォトフレームの中、笑顔のハーレイを見るのも大好き。
 だけどハーレイのために在るような椅子とセットのテーブルも捨て難い。ハーレイが座っている方の椅子は、ぼくが座る方よりも座面が少しへこんでる。ハーレイの体重と、何度も膝に乗ってたぼくの体重とでちょっぴりへこんでしまった椅子。
 その椅子を前にして座る時間も好きだから。
(やっぱりハーレイの椅子がある方…)
 テーブルかな、と本棚の前からチラリと視線を投げた所で。
(…あれ?)
 そういえば、前のハーレイの机。
 キャプテン・ハーレイの部屋に置かれていた大きな机。
 テーブルに行って、ぼくの椅子の方に腰掛けて。それから写真集を広げて確認した。
(…木だったよね?)
 うん、と写真集の中のキャプテンの机をまじまじと見た。
 白い羽根ペンが小さく写った、前のハーレイが使っていた机。
 トォニィが手を触れないで大切に残しておいてくれたから、こうして写真を見ることが出来る。シャングリラは無くなってしまったけれども、今でも懐かしく見ることが出来る…。



 前のぼくとハーレイが暮らしたシャングリラ。
 ぼくが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
 楽園という名の白い鯨の中、キャプテンの部屋に置かれていた本物の木で出来たレトロな机。
 羽根ペンと同じでレトロなアイテム。
 木の机なんかは古めかしい家具で、もっと便利で使いやすい机が色々とあった。持ち運びが楽で傷がつきにくい丈夫なものとか、劣化の心配が要らないものとか。
 シャングリラが名前だけの楽園だった頃、ぼくが人類側からドカンと奪った物資に混じっていた家具の一つだった机。レトロな木製。
 そういった家具とかは皆の希望で分け合っていたけど、木の机は誰も欲しがらなかった。だって木で出来ているんだから。
 今どき珍しいレトロな素材。磨いたり拭いたり、ずいぶんと手間がかかりそう。
 希望者が無いなら倉庫に入れるか、邪魔な物資を増やさないよう処分せねばと思っていたら。
「要らないなら俺が貰っていいか?」
 まだ若かったハーレイが控えめに名乗りを上げた。物資を分け合う時には見ているだけのことが多いハーレイ。一つしか無い品物を欲しいと挙手したことなんか無いし、沢山あっても一番最後。他に誰も希望者は居そうにない、って時しか欲しいと言わないハーレイ。
 そんなハーレイが欲しいと申し出た、一つしか無い木の机。
 どうぞ、と誰一人反対しなかった。
 元々、誰も欲しがってないし、反対する理由なんか無い。
 ハーレイは大喜びで机を貰って、ゼルやヒルマンに手伝って貰って運んで行った。



 名前だけの楽園だった頃でも、ちゃんと個室はあったから。
 輸送船だった船に居住用のスペースは少なかったけれど、あちこち区切って個室を設けて、皆が自分だけの部屋を持っていた。個人で自由に使えるスペース。
 アルタミラの研究所で押し込められていた檻に比べれば天国のような、宮殿みたいな自分だけの部屋。たとえ充分な設備が無くとも、リラックスして過ごせる個人のお城。
 木の机はハーレイが使っていた部屋に運ばれて行って、壁際に据えられて存在感を放っていた。あの頃は内装に手を加えるどころの話ではなくて、壁や床の素材と木とはミスマッチ。
 それでもハーレイは大満足で、暇な時には机をせっせと磨いていた。木製品を手入れするための道具は無いから、古い布でキュッキュッと拭くだけだけれど、それは楽しそうに、嬉しそうに。
 みんなは「変な趣味だ」と思って見ていた。
 ただでも手間がかかりそうな机を手に入れた上に、暇を見付けては手入れだなんて。
 変わった趣味だと皆が言う中、ぼくは変だと思う代わりにハーレイらしいと思ってた。
 誰も欲しがらなかった机を引き取って、大切に手入れしているハーレイ。
 広い心と優しさとを示しているような気がして、素敵だと思った。
 何にでも価値を見出せる人は、心が温かい人だから…。



 殺風景な個室の中。キュッキュッと机を磨くハーレイ。
「磨けば磨くほどに味が出るんだ、この机は」
「そういうものなの?」
 ぼくたちが普通の言葉を交わしていた頃、机の手入れをするハーレイを見ながら話をしていた。まだ背が低くて、今と変わらないほどに小さかったぼく。
 ハーレイの部屋の壁にもたれて、あるいはチョコンと椅子に座って眺めていた。ハーレイは机の上や横の面を大きな手で撫でては、ニコリと笑って。
「なんたって木で出来ているからなあ…。船の中では貴重だぞ、これは」
 船の中でこんな大きな木は育たない、と言われてみればその通りだけれど。
 ぼくにそういう発想は全く無かったから。
「それで貰ったの? 貴重品だから?」
「いや、好きなだけだ」
 なんでだろうな。
 こういうホッとするものが好きだな、味わいがあって。
 成人検査よりも前の記憶は失くしちまったが、ガキの頃から好きだったのかもな。
 でなきゃ、俺を育てた養父母だろう。
 木で出来た古めかしい家具がある家で育ったかもしれんな、すっかり忘れてしまったんだが…。



 机をせっせと磨いていたようなハーレイだから、羽根ペンが来た時も喜んで貰って行った。前のぼくが奪った物資に箱ごとドカンと大量に紛れていた羽根ペン。
 まだシャングリラは自給自足の時代ではなくて、船体の改造の目途すらも立っていなかった時期だったけれど、ハーレイの立場はとうにキャプテン。シャングリラの舵を握るキャプテン。
 ぼくがハーレイの部屋を覗きに行ったら、羽根ペンで日誌を書くのだと言った。
「日誌?」
「キャプテン・ハーレイの航宙日誌だ、俺の日記だ」
 だから秘密の文書なのだ、と日誌を読ませてくれなかったハーレイ。
 まだまだ普通の言葉も交えて二人で話が出来た頃。
 ハーレイがぼくに敬語を使わず、普通に話してくれていた頃。
 もっとも、ハーレイの部屋とぼくの部屋以外では、敬語になり始めていたんだけれど。
 ぼくに「ソルジャー」の肩書きはついていなかったけれど、立場はリーダー。
 物資を奪えるぼくが居なければ生きてゆけないし、万一の時にも戦えやしない。
 リーダーに普通の話し言葉は失礼だから、と誰が言い出したんだろう。気付けばハーレイの言葉さえもが、皆の前では敬語へと変わり始めていた。



 白い鯨が出来上がった頃には、ぼくはソルジャー。
 ハーレイもカッチリと制服を纏ったキャプテンになってしまって、ぼくへの言葉は敬語だけしか出てこない有様だったけれども。
 それでも、ぼくはハーレイが好きで。
 船のみんなに公平に接し、気を配るハーレイがとても大好きで、部屋を訪ねては話していた。
 今から思えば、とっくに恋をしてたんだろう。
 ハーレイの側に居たいと思って、足を運んでいたんだろう。
 あの木の机がしっくりと馴染む内装になったキャプテンの部屋に。
 其処でもハーレイは木の机をキュッキュッと磨いていて。
「また磨いているのかい?」
 昔みたいなボロ布じゃなくて、専用の布で磨くハーレイに声を掛けると、大好きな笑顔。
「この部屋ですしね、磨くだけの甲斐がありますよ」
 内装に良く似合うんです。
 この机も今にもっと重みが出ますよ、何十年かすれば。
「年数を経た机かい? そういう見た目はサイオンで加工してあげられるんだけどね?」
 前のぼくには可能なことで、ごくごく簡単だったから。
 やってあげようと提案したのに、断られた。
「それでは値打ちが無いんです。時間の経過も味わいの内です」
 ゆっくりゆっくり、時間をかけて机を育ててやるんですよ。
 本物の木を苗から育てるみたいに、この机も育ててやりたいんですよ…。



 キャプテン・ハーレイこだわりの木で出来た机。
 前のぼくたちの楽園だったシャングリラの中で、一番の貴重品だったかもしれない机。
 あんな大きな机が作れるような木は、船では育てられなかったから。
(うーん…)
 実はソルジャーよりも貴重な机を使っていたらしい前のハーレイ。
 前のぼくが青の間で使っていた机は、木じゃなくてベッドの枠とかの素材と同じ。
 傷つきにくくて変形もしない素材だけれども、船の中でいくらでも作り出せたもの。ベッドの枠から机や椅子まで、好きな形に仕上げて便利に使えた素材。
 希少価値で言えば木の机の方が断然上で、比較にならないくらいに貴重。
(…キャプテンも偉いけど、ソルジャーの方がずっと偉いのにね?)
 キャプテンでさえ敬語で話さなければならないソルジャー。そのソルジャーも使っていなかった貴重品の机をキャプテンが私物にしていたというのが面白すぎる。
 それは間違っているのではないか、と指摘した仲間はいなかった。
 誰も気付いていなかったのだろう、木の机はとても貴重なのだということに。
 新しい仲間は合成の木だと思っていたかもしれないし…。



(今で言ったら、どんな机だろ?)
 有り得ないほど高価な机。それも木で出来た高価な机。
(…紫檀とか?)
 それとも、黒檀?
 ぼくは木の種類には詳しくないけど、高価な木だったら多分、その辺。
 他にもあるかもしれないけれども、うんと重たくて硬い木だと思う。おまけに地球産の木材で。
(思い切り値段が高そうだよね…)
 最高級の木材は、やっぱり地球産。
 どの木も元々は地球から生まれた植物なのだし、地球で育ったものが一番だって言われてる。
 ぼくたちは地球で暮らしているから輸送費はかかってこないけれども、高い木は高い。早く育つ木から出来た木材は地球産でも高くはないんだけれど…。
(だけど貴重品の机なんだし、材料もうんと貴重でないとね?)
 きっとハーレイのお給料では買えないんじゃないかな、そういう机。
 ハーレイの書斎にも寝室にも机があるのを見たけれど…。
 どっちの机も木だったけれども、あれって貴重な机だろうか?



 どうなんだろう、と写真集を見ながら考えていたら、仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれて。
 パパとママも一緒の夕食の後で、ぼくの部屋で食後のお茶を飲みながら訊いてみた。
「ねえ、ハーレイ。今の机って、うんと高いの?」
「……机?」
「ハーレイの家にある机! …書斎のとか、寝室のとか、高い机なの?」
 勢い込んで尋ねてみたけど、ハーレイは変な顔をして。
「なんでそういう質問になる?」
「前のハーレイのが貴重品だから!」
 シャングリラで一番貴重な机だったよ、ハーレイの机。
 だって船では作れない机だよ、うんと大きな木が無いと作れないんだよ?
 あれと同じくらいに高い机を使っているの、って訊いてるんだよ!
「…あれに匹敵する机だと?」
 ハーレイがポカンと口を開けるから、「うんっ!」とぼくは頷いた。
「あれに負けないくらいの貴重品なの、ハーレイの机?」
「お前なあ…。伝説の宇宙船、シャングリラで一番高級だったかもしれない机と比べてくれるな」
 そんな高いのが買えるか、馬鹿。
 俺の給料では逆立ちしたって買えん机だ、とんでもなさすぎる。
 いいか、伝説の高級品で貴重な机なんだぞ、一介の教師じゃ手も足も出んさ。
「そっか…。前みたいに何処かから奪って来られないしね、そういう机」
「今のお前じゃサイオンで机を奪うどころか…って、犯罪だぞ、それは」
 お前の年なら捕まりはせんが、凄いお説教を食らうだろうな。
 ついでにお前が奪った机をプレゼントされた俺も、派手に大目玉を食らうんだろうな?



 今のハーレイの机は貴重品ではないらしい。
 おまけに前のと同じくらいに貴重な机も買えないらしい。あんなに大切に磨いていたのに…。
「ハーレイ、今度は凄い机は諦めるんだ? …貴重品の机」
「お前が言わなきゃ忘れていたんだ、前の机が貴重品でも当時の俺にはただの木の机だ」
 それに高価な木材も使っちゃいなかっただろう。
 調べたわけではないから断言出来んが、木の机としては平凡な部類だったと思うがな?
「そうだけど…。でも、貴重品の机…」
 凄い机、と諦め切れないのはハーレイじゃなくて、ぼくの方かも。
 ハーレイは「おいおい」と、おどけた表情になって。
「羽根ペンみたいに「持ってほしい」とか言い出すなよ? そんなのを買ったら破産だ、破産」
「……やっぱり?」
「お前の小遣いを全部使って援助して貰っても、机の端っこくらいだな」
 いや、端っこすら買えないかもな。
 木くず程度が限界かもな?



 ぼくのお小遣いでは木くずしか買えない貴重品の机。
 紫檀か黒檀か他の木なのかは分からないけれど、地球産の高価な木材の机。
 ハーレイが買ったら破産だと言うから、きっと一生、お目にかかれそうもないけれど…。
「そういう机を使ってる人、いるんだよね?」
「偉い人は使っているんだろうなあ、俺の知り合いには居ないがな」
「…前のハーレイ、偉かったしね?」
 それで机も貴重品なんだね、今のハーレイなら破産するほどの。
「前のお前も偉かったろうが」
「だけど、前のぼくの机は普通だったよ?」
 シャングリラで一番普通の素材。
 ベッドもテーブルも椅子も作れて、色も形も自由に仕上げられるヤツ。
 ハーレイの机はどんなに頑張ってもシャングリラの中では作れなかったよ、大きな木だもの。
「キャプテンの方がソルジャーよりも貴重品の机を持っていたのか…」
 お前、取り上げるべきだったんじゃないか?
 船ではやっぱり秩序ってヤツが大切だしなあ、ソルジャーよりもキャプテンの方が貴重な物品を持ってるっていうのはマズイだろうが。
「気付いてなかったからいいんじゃない?」
 誰も気付いていなかった上に、ぼくも気付いてなかったよ。ハーレイもでしょ?
 それに木の机、ぼくは欲しいと思わなかったし…。
 ハーレイはとても大事にしてたし、正しい持ち主が持ってたんだよ、あの机。



「ふむ……」
 なるほどな、とハーレイは腕組みをして頷き、微笑んだ。
「大事にするっていう意味では、だ。今の机も気に入ってるぞ?」
 なんてことはない普通のヤツだが、書斎の机も寝室の机も俺は好きだな。
「それじゃ、今でも磨いてるの?」
「前の俺ほどじゃないが、やっぱり磨くな」
 気分転換に磨いていると落ち着くもんだ。
 親父とおふくろが道具の手入れが大好きだからな、その血筋だと思っていたが…。親父は釣竿の手入れが好きだし、おふくろだと昔ながらの砥石ってヤツで包丁を研いでみるとかな。
 血なんだとばかり思い込んでいたが、前の俺の趣味まで入ってたのか…。
「ふふっ、ハーレイはハーレイだもの」
 それで机を磨いた感じは?
 前みたいに味わい、出てきてる?
「そうだな…。家と一緒に買ったヤツだし、かれこれ十五年ほどか。いい感じだが…」
 もっと時代がつかんとな?
 前の俺が使ってた机にはまだまだ届かん、あっちは百年、二百年だぞ。
 うんと頑張って磨かんことには、あの味わいは出ないだろうなあ…。



 あれは実にいい机だった、とハーレイが懐かしそうな瞳をするから。
 今のハーレイが使っている机が同じ味わいを出すようになるには百年、二百年だというから。
「じゃあ、ぼくと結婚した後も磨くんだね?」
「そりゃまあ…。なあ?」
 磨いてやらんと可哀想だろうが、せっかく俺の所に来てくれたのに。
 嫁さんにかまけて放りっぱなしじゃ机が泣くぞ。
「そうかもね…」
「まあ、一番はお前なんだがな。机はあくまで家具に過ぎんし…」
 そうだ、とハーレイはポンと手を打って。
「今度はお前も木で出来た机を使ってるんだし、嫁に来る時に持って来ないか?」
「机って…」
 ぼくはキョトンと目を丸くした。
「勉強机? 勉強机を持ってお嫁に行くの?」
「そっちでもいいが、このテーブル。こいつは俺たちの家に置きたいと思わんか?」
 これだ、とハーレイの褐色の指がテーブルをトントンと軽く叩いた。
「いつもお前と使ってるだろう? こんな風に二人で向かい合ってな」
 俺たちの思い出が山ほど詰まるぞ、結婚出来るまでに。
 今日の机の話も含めて、どのくらいの話をするんだろうなあ、このテーブルで。
 そういうのが全部詰まったテーブル、家にあったら幸せだろうが?



「そっか…」
 ぼくとハーレイが使っているテーブル。
 ハーレイが言うとおり、沢山の思い出が詰まったテーブル。
 今でも沢山詰まってるんだし、もっともっと思い出は増えるだろうから、持って行きたい。
 それと…。
「テーブルを持って行くなら、ハーレイの椅子も持って行く?」
「俺の椅子?」
 怪訝そうな顔のハーレイに「それだよ」と指差してみせた。
「今、ハーレイが座っている椅子。ぼくとハーレイの体重の分かな、こっちの椅子よりもちょっとへこんでるんだよ、ちょっぴりだけど」
 結婚する頃にはもっとへこんでいるかも…。
 だけどハーレイとぼくが何度も一緒に座った椅子だよ、テーブルと一緒に持って行きたいな。
「へこんだ椅子か…。今よりももっとへこみそうな椅子か」
 そいつの座面は張り替えた方がいいんだろうが、だ。
 このテーブルとセットの椅子だし、置いておくとするか。
 俺の分の椅子だけじゃなくて、お前の分もな。
 そうして二人で座ろうじゃないか、今みたいに向かい合わせでな。



 ハーレイがパチンと片目を瞑ってくれたから、ぼくは「うんっ!」と元気に返事した。
 いつかハーレイと結婚する時は、このテーブルと椅子を持って行くんだ。
 ぼくたちの思い出がぎっしり詰まったテーブルと椅子で、ハーレイと二人で向かい合わせで…。
 其処まで考えて気が付いた、ぼく。
 このテーブルと椅子を持って行くなら…。
「ハーレイ。…テーブルと椅子を「持って来ないか」って、ぼくがハーレイの家に行くわけ?」
「ああ。…お前が嫌でないならな」
 俺の家には子供部屋まであるんだぞ?
 いつか嫁さんと暮らせるように、って親父が買ってくれた家なんだ。
 お前が嫁に来てくれるんなら、親父も喜ぶ。
 このテーブルと椅子を持って嫁に来るといい、嫁入り道具はそれだけあれば充分だ。
 でもって二人で磨こうじゃないか、テーブルと机。
「…ぼくの嫁入り道具って、たったそれだけ?」
「なんだ、勉強机も一緒に持って来たいのか? あれも磨くか、俺と一緒に?」
 お前が持って来たいと言うなら何でも持って来てくれていいがな。
 俺も色々と買いたいからな?
 貴重品の机を買えはしないが、俺たちにぴったりのいろんな家具を、だ。
 うんと幸せな家具を揃えよう、お前と二人で。
 前の俺たちが持てなかった分まで、二人分の家具を。
「うん。それもやっぱり全部磨くの?」
「どうだかなあ? …嫁さんを放って家具磨きはなあ…」
 今度は適当でいいんだ、うん。
 こだわりの家具より、うんと美人の嫁さんがいい。
「…ハーレイ、ぼくまで磨かないでよ?」
「いや、磨く!」



 嫌と言うほど磨いてやる、って言われちゃったけれど。
 どうやってぼくを磨くんだろう?
 ハーレイに訊いたら「子供のお前には早すぎるさ」っていう謎の返事が返って来た。
 うんと美人になる方法があるらしいんだけど、何だろう?
 肌が艶々になって、うんと美人に。
(…お風呂でゴシゴシ擦られるのかな?)
 磨くんだからお風呂だよね、と思うけれども、ハーレイは笑って答えない。
 机みたいにキュッキュッと磨かれるのかな、ゴシゴシじゃなくて?
 でもきっと、大切に磨いてくれるだろうから。
 机みたいに大事に磨いてくれるだろうから、任せておこう。
 ハーレイがぼくを磨くんだったら、大丈夫。
 きっと大切に磨いてくれるよ、前のハーレイが大事にしていた机みたいに……。




         木で出来た机・了

※キャプテン・ハーレイが愛用していた木の机。歴史はかなり古かったようです。
 羽根ペンといい、木の机といい、つくづくレトロな趣味ですよね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv




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「んーと…」
 ブルーはキッチンの戸棚を覗き込んだ。
 学校から帰って制服を脱いで、おやつのケーキとそれに合う紅茶。母は庭でお隣の奥さんと立ち話中だったから、紅茶くらいは自分で淹れねば。
 何処に行ったかな、と棚のあちこちに目をやって。
「あった…!」
 紅茶の抽出時間を計るための小さな砂時計。母が使っている、お気に入りの品。
 棚から取り出してダイニングへ。それからお湯を沸かして、紅茶の葉を入れたポットに注いで。砂時計をセットし、紅茶が出来上がるのを待っている間、サラサラと落ちる砂を眺める。
 ガラスの容器の中を流れる、粒も見えないほどの細かな砂。
 外に出したなら、風が吹いただけで跡形もなく消えてしまいそうな細かい砂…。



(砂漠の砂って、こんなのかな?)
 細かい砂はとても細かいと聞いているから、どんな風かと思いを馳せた。
 肉眼では一度も見たことの無い砂漠。今の自分も、前の自分も砂漠に立ったことは無かった。
 もっとも、今、住んでいるこの青い地球。
 気候によっては砂漠が広がる地域もあったが、遠い昔にはもっと広範囲だった砂漠。
 前のハーレイが地球に辿り着いた頃には、陸は殆ど砂漠化していたと知っているけれど…。
(その頃の砂漠は、こんな綺麗な砂じゃなかったんだよ、きっと)
 汚染されて死に絶えた地球の砂漠と、蘇った地球の砂漠は全く違うだろう。
 同じ砂でも有害物質を含んで汚れ切った砂粒だったのだろうし、美しく見えるわけもない。
 砂時計に詰めて眺めたいような砂粒であったわけがない。
 サラサラ、サラサラ…。
 音もなく落ちてゆく砂時計の砂。
 木の枠が付いた砂時計。母の好みで砂の色は白。
 砂時計用に着色された砂の色は赤に青にと色々あるけれど、今の青い地球の砂漠なら…。
(いろんな色の砂があるんだよね?)
 赤い砂やら、黄土色やら。黒っぽい砂や茶色の砂だってあるだろう。
 遥かな昔に失われた星、ナスカの砂は赤かったろうか…。



「あ…!」
 つい、うっかり。
 砂漠と砂とを考えていた内に、見とれてしまった砂時計。
 すっかり落ちてしまった砂が流れる様をもう一度見たくて、引っくり返して流れ落ちてゆく砂を眺めてしまった。最後の粒が下に落ちるまで見詰めていたから、二倍もの時間。
 慌ててポットの蓋を開けて覗けば、濃く見える紅茶。
 用意してあったカップに注いでみると、やっぱり濃すぎた。
(失敗だよ…)
 ハーレイに出す紅茶ではなくて良かったと思う。
 母はおかわりをポットで持ってくるけれど、濃くならないよう、茶葉は頃合いを見て引き上げてから運んで来る。薄めるための差し湯の器を置くと、テーブルの上が狭くなるから。
(やっちゃった…)
 濃くなりすぎた紅茶に熱い湯を足して薄めながら、ブルーはしょんぼりと項垂れた。
 まだまだ自分はハーレイのために紅茶を淹れられそうにない。
 抽出時間を教えてくれる砂時計があってさえ失敗してしまう自分。
 ついつい砂時計を眺めてしまっていた自分…。



(でも、ハーレイだって好きそうだよね?)
 砂時計、と気を取り直してケーキを食べながら考える。
 レトロな時計が好きだった前のハーレイ。
 部屋に置いていたアナログの時計。秒針つきの、カチコチと静かに時を刻んだ置時計。
 ゆったりと時間が流れてゆく気がして、ブルーもアナログの時計が好きになった。一分かかって文字盤を一周してゆく秒針。青の間にも置時計を置いて、飽きずに見ていた。
 同じ一分を刻むにしてもこうも違うかと、デジタルの時計よりも味わいがあると。
 ハーレイの方が先に持っていたアナログの時計。
 キャプテンの仕事の反動からか、元々レトロなものが好きだったのか。
 羽根ペンを使っていたくらいだから、ただの趣味だったのかもしれないけれど。シャングリラのキャプテンとしてブリッジで見ていた時計は秒よりも細かい単位の時計。
 目まぐるしく変わってゆく表示に目を凝らし、指示を下すのがキャプテンの仕事。そんな毎日を送っていたなら、のんびりと時を刻む時計を手元に置きたくもなるだろう。
 流石に砂時計は持っていなかったけれど。
 シャングリラに砂時計というものは無かったけれど…。



(砂時計…。作ってみれば良かったかな?)
 抽出時間にこだわりたいほど質の良い紅茶は出来なかったし、時間を計るだけなら専用の道具は色々とあった。タイマーつきの小さなデジタル時計や、厨房で使っていたキッチンタイマーや。
 正確無比な機能を備えたタイマーがあれば、砂時計などは全く不要。
 そんな必要すら感じなかったし、作ろうとさえ思いはしなかったけれど。
 もしも砂時計を作っていたとしたら、きっと子供たちに喜ばれた。
 落ちてゆく砂で時間を計るのは楽しいものだし、流れる砂を見るのも楽しい。
(うん、絶対に喜ばれたよ)
 子供たちにとっては格好のオモチャ。
 砂が完全に落ちてしまえば引っくり返して、また落ちてしまえば引っくり返して…。
 さっき自分がやっていたように、子供たちも砂時計と戯れていたに違いない。
(見せたかったな、小さな子たちに)
 瞳を輝かせて見入る姿が目に浮かぶようだ。
 サラサラと落ちる砂を何度も何度も繰り返し、繰り返し。
(…それとも…)
 もしかしたら、サイオンで砂の流れを止めてしまう子が出て来ただろうか?
 あるいは砂を下から上へと逆流させる子供とか…。



(んーと…)
 自分も逆流させられないかな、とケーキを食べ終えたブルーは挑んでみた。
 吹けば飛ぶように軽い砂粒。
 それを上へと流すくらい、と簡単なように考えたけれども甘かった。力加減が掴めない。上へと上手に流すどころか、容器の中で舞うだけの砂。
 不器用すぎるブルーのサイオンで出来ることといったら、落ちてくる砂を止めるくらいで。
 どんなに頑張って上へ流そうと試みてみても、砂は逆流してくれなかった。
 やるだけ無駄。挑むだけ無駄。
(いいんだよ。時間は逆には流れないんだし!)
 負け惜しみのように考える。下から上へは流れてくれない砂時計。
 けれどハーレイの好きそうな時計。
 今のハーレイの腕時計だってアナログなのだし、砂時計も如何にも好きそうだった。
 もしかして持っているのだろうか?
 秒針つきの時計なんかより、もっとレトロな見た目と機能の砂時計…。



 そんなことをブルーが考えていた日。
 仕事が早く終わったからと、夕食前にハーレイがやって来た。ブルーの両親も一緒の夕食の後、食後のお茶はブルーの部屋で。
 母が運んで来たお茶が紅茶だったから、昼間に眺めた砂時計のことを思い出す。
 これは訊かねば、とブルーはティーカップを傾けているハーレイを見詰めて切り出した。
「ねえ、ハーレイ。砂時計って、持っている?」
「なんだ、いきなり」
 何処から砂時計の話になるのだ、と問い返されて。
「好きそうだな、って思ったから」
 どう? と尋ねるまでもなく。
「おっ、分かるか?」
 あれに限る、とハーレイが笑みを浮かべるから、「ハーレイも?」と驚くブルー。
 この言い方だと、ハーレイも砂時計で時間を計るのだろう。
 コーヒーが好きだと思っていたのに、意外にも紅茶。
 茶葉を計ってポットに入れて、熱いお湯を注いだら砂時計の出番。
 ハーレイが紅茶を楽しんでいたとは知らなかった、とブルーの目は丸くなったのに。



「……カップ麺?」
 なにそれ、とブルーは赤い瞳を更に大きく見開いた。
 けれどハーレイは「カップ麺と言ったらカップ麺しか無いだろうが」とニッコリと笑う。
「お湯を注いで三分間ってのが王道だな。四分とかのヤツもあるがな」
「…それを砂時計で計っているわけ?」
「ああ、なかなかにいいもんだぞ。タイマーとかでは気分が出ない」
 砂が落ちていく間を待つのがいいんだ。
 まだまだだな、とか、もう半分は過ぎたよな、とかな。
 カップ麺が完成に至るまでの時間をじっくり待つには砂時計がいい。
「えーっと…」
 紅茶じゃなくて? とブルーは首を傾げた。
「ハーレイは其処でカップ麺なの、砂時計で?」
「何を計ろうが俺の自由だと思うがな?」
 それに美味いぞ、カップ麺も。
 三分間待って、蓋を開けたら出来上がりってな。



 ハーレイが砂時計で計る時間は紅茶の葉が開く時間ではなくて、カップ麺。
 お湯を注げば出来上がってくる、インスタントの麺だという。
 予想外の答えに目を白黒とさせるブルーに、ハーレイは「どうした?」と微笑みかけた。
「カップ麺、そんなに驚いたのか?」
 あれでなかなか美味いじゃないか。
 たまに食いたくならないか? 軽く、夜食に。
「ぼくは夜食は食べないよ!」
 食べられないよ、とブルーは叫んだ。
 ただでも食が細いのだから、夕食の後に夜食なんかは入らない。
 食後に出てくるお茶はともかく、デザートにケーキでもあるというなら食事の前に予告が必要。でないと食事だけでお腹が一杯になって、デザートが入る余地は無い。
 そんなブルーだから、食べ盛りの友人たちは夜食を食べたりしているけれども経験は皆無。
 食べたいと思ったことすら無いのに、カップ麺を「軽く」夜食にだなんて…。
 そうでなくてもカップ麺など、殆ど食べたことがない。
 嫌いとか不味いだとかいうわけではなく、食べたら最後、普通の食事が食べられないのだ。
 カップ麺といえども麺類なだけに、胃袋にずっしり存在感。食の細いブルーには充分すぎる量。ゆえにカップ麺を食べた経験は数えるほどで、是非食べたいとも思わないのだが…。



「いかんな、立派な食文化なんだぞ」
 ハーレイが腕組みをして難しい顔をするから、ブルーは「えっ?」と訊き返した。
「食文化って…。カップ麺が?」
「ああ。ずうっと昔の、SD体制よりも前の地球でな、この地域が発祥の地なんだ、うん」
 前の俺たちの時代には姿を消していたんだが…。
 出来た頃にはインスタント食品の王者だったんだぞ、カップ麺は。
 湯を注ぐだけでラーメンも出来るし、うどんも出来る。
 非常食としても役立ったそうだぞ、湯さえ沸かせば何処でも食えるし、保存も利くし…。
「…それでハーレイ、カップ麺なんだ? 食文化だから」
「そういうことだ。古典の教師としては押さえたいじゃないか、カップ麺」
 今じゃインスタント食品も色々あるが、だ。
 自分で料理をしないで何か食うならカップ麺だな、レトロな気分に浸れるのがいい。



 うんとクラシックなカップ麺が特に好みだ、とハーレイは言った。
 今風の味付けのカップ麺も買いはするけれど、初期の味わいを再現したものが好きなのだと。
「複雑な味よりシンプルなヤツだな、昔ながらって感じがいいんだ」
 そいつに熱い湯を注ぎ入れてだ、砂時計を置いて三分間待つ。
 実に贅沢な待ち時間だな。
「カップ麺、そんなに贅沢な味なの?」
「待ち時間を砂時計で計るのが、だ」
 さっき言ったろ、出来る過程を砂が示しているようだ、と。
 まだまだ待て、もうちょっと待て、って砂の量が示してくれるんだ。
 あのゆったりとした時間がいい。



 砂時計の砂が計る時間は普通の時計よりもいい、とハーレイは目を細めた。
「前の俺にも欲しかったな、と思うようになってきた今じゃ尚更だ」
「やっぱり欲しい? 前のハーレイも?」
「そりゃなあ…。あの良さを知ってしまうとな?」
 アルテメシアじゃ作れなかったが、ナスカに居た頃なら作れただろうな。
 あそこには細かい砂で覆われた場所もあったしな…。
「赤い砂で作った砂時計?」
 綺麗だね、と瞳を煌めかせたブルーだったけれど。
 ハーレイは「いや」と首を左右に振った。
「砂時計にぴったりの砂はあったが…。ナスカじゃ作りはしなかったろうな」
「なんで?」
 どうして、とブルーには分からない。
「砂時計、欲しいのに、なんで?」
 せっかく丁度いい砂があるのに。
 ナスカの砂で作ればいいのに、どうして「作らない」なんて言うの、ハーレイ?
 あの頃のハーレイは砂時計を欲しいと思っていなかったから要らないだろうけど…。
 今、してるのは「砂時計が欲しい」ハーレイの話だよ?
 欲しいならナスカで作ればいいのに…。



 ブルーには本当に分からなかった。
 砂時計を作るのに適した砂があるというのに、何故ハーレイは作らないのか。
 赤い星、ナスカの砂で作った砂時計。
 如何にもハーレイが好みそうだし、カップ麺はともかく、何かの時間を計ればいいのに。例えばブリッジに行く前のひと時、砂が落ちるのを眺めながらの休憩だとか。
 そう思ったから、ブルーが重ねて尋ねると「だからこそだ」と答えが返った。
「その砂時計を何回分か、と思うじゃないか。…だから作れん」
「何回分って…。何が?」
「お前の時間だ。…前のお前に残された時間だ」
 もし、砂時計を作っていたら。
 引っくり返す度に俺は考えただろう、何回これを引っくり返すことが出来るのか、と。
 お前はいつまで居てくれるのか…、と。
 眠っちまったままで目覚めなくても、居てくれさえすればそれで良かった。
 お前がいつかは居なくなるなんて、それまでの時間を砂時計を引っくり返して計るだなんて…。
 俺には出来ん。
 永遠に引っくり返し続けることが出来るんだったら、砂時計を作る価値はあったんだがな。
 何回そいつを引っくり返しても、お前の命が続くんならな…。



 砂時計で前のブルーの残された時間を計りたくなかった、とハーレイが辛そうな顔をするから。
 ブルーは「そう?」と小首を傾げた。
「砂時計、使い方次第だと思うんだけどな…」
 引っくり返して、時間を計って。
 何回目かで前のぼくの目が覚めるっていう考え方はしないの、ハーレイ?
 寝てるぼくの目が覚めるまでの時間を計るんだったら、少しは価値がありそうだよ?
「お前な…。そうやってお前が目覚めたとして、いつまで俺の側に居るんだ?」
 眠り続けるしかないほどに弱ったお前が目覚めても、其処から時間が減っていくんだ。
 お前が逝っちまうまでのカウントダウンってヤツが始まるだけだろ、違うのか?
「…そっか……」
 ぼくの残り時間は少なかったものね。
 本当だったらアルテメシアで死んでいたっておかしくないほど弱ってたものね。
 ナスカまで生きて辿り着けたのが不思議なくらいに…。



「やっと分かったか」
 だから砂時計なんかは欲しくなかったし、作れない。
 前の俺が「ナスカの砂でなら作れるな」と思ったとしても、作ってはいない。
 お前に残された時間を俺に突き付けるような、そんな砂時計を作りたくはない…。
 幸い、前の俺に砂時計を作ろうという発想だけは無かったんだが。
 無かった分、そいつで時を計ることもしなくて済んだが、結果は同じだ。
 前のお前に残された時間は少なかった上に、目覚めた後の時間はもっと少なかった。
 ろくに話をする間も無かった。
 お前が目覚めて、本当だったら話したいことが山ほどあったというのにな?
 十五年間も眠ったお前が目覚めてからの時間はほんの少しだった。
 少ししかお前の時間は無かった。



 ……そうしてお前は逝っちまった。
 俺が考えもしなかった形で逝っちまったんだ、たった一人で。
 いつ死んだのかも分からないままで、死んだ時間すらも分からないままで…。
「……ごめん……」
 ごめん、と詫びることしか小さなブルーには出来なかった。
 全ては終わってしまったこと。
 遠い遠い昔に終わってしまって、取り返しようもない悲しすぎる過去。
 ハーレイは独りぼっちで取り残されたし、ブルーは独りぼっちで死んだ。最期まで大切に持っていたいと願ったハーレイの温もりを失くし、右手が冷たいと泣きながら死んだ。
 帰りたくても帰れない過去。
 取り戻そうにも戻せない時間。
 砂時計の砂が下から上へは流れないように、過ぎ去った過去に戻れはしない。
 悲しませてしまったハーレイの心を、深く傷ついた心を癒せはしない…。



 ブルーに出来ることは詫びることだけ。「ごめん」と繰り返し詫びることだけ。
 項垂れるブルーの銀色の頭をハーレイの大きな手がポンと叩いた。
「いいさ、お前は此処に居るしな。…お前、戻って来てくれたしな」
 前のお前よりずっと小さいが、お前は戻って来てくれた。
 俺の側に居て「はい」と砂時計を渡してはくれんが、砂が落ちるのを俺の隣で一緒に見ていてはくれんが、お前が居る。
 小さなお前でも、俺と一緒には暮らせんお前でも、ちゃんとお前は此処に居るんだ。
 それを思うと、俺はいい時代に砂時計ってヤツに出会えたわけだな、そう思わないか?
 お前に残された時間を計る代わりに、お前が来るまでの時間を計れる。
 あと何回か引っくり返せば、お前が側に来るわけだしな?
 俺の嫁さんになって側に来るしな。



 だから気にするな、とハーレイは優しい笑みを浮かべた。
 今の自分は幸せな残り時間を計るための砂時計を持っているから、それでいいのだと。
 ブルーと一緒に暮らせる日を迎えるまでに砂時計を何回引っくり返すか、それを楽しみに待てばいいのだと。
「ふむ…。砂時計を何回引っくり返すかってことになったら、食いたくなってきたな」
 今夜はカップ麺を食ってみるかな、久しぶりに。
「ハーレイ、ホントに夜食に食べるんだ?」
 ブルーは思わず目を見開いた。
 さっき両親も一緒に食べた夕食は御馳走ではなくて家庭料理だったけれど、その量はたっぷりとあった筈。身体の大きいハーレイと、ハーレイに負けない長身の父はおかわりもしていた。それを食べた後にカップ麺を夜食にするなんて…。
「悪いか? お前の家の食事が足りなかったわけじゃないんだが、別腹だな」
 夜食は別だ、とハーレイが笑う。
「いずれ、お前も俺に付き合え。ミニサイズのカップ麺しか無理だろうがな」
「ええっ?」
 ぼくも? とブルーは自分を指差したけれど、ハーレイは「うむ」と大きく頷く。
「俺と結婚して一緒に住むなら、夜食も一緒だ」
 お前、青の間に居た頃に俺に出前をさせてただろうが。
 サンドイッチだのフルーツだのと…。あれも一種の夜食だぞ。
「そうかもしれないけど…。カップ麺、食べ切れなかったら、残り、食べてくれる?」
「うーむ…。伸びて冷めちまったカップ麺ってヤツはイマイチなんだが…」
 よし、好き嫌いが無いのが俺の売りだし、食ってやる。
 それに、お前と一緒の食卓だったらきっと美味いさ、伸びていてもな。



 任せておけ、とパチンと片目を瞑るハーレイ。
 帰りにカップ麺を買いに何処かの店に寄ると言うから、ブルーは興味津々で訊いてみた。
「ハーレイ、夜食ってよく食べるの? カップ麺の他にも?」
「まあな。その辺にある材料で適当に作ることが多いが、今日はカップ麺だ」
 砂時計を見たい気分になっちまったからな、幸せな時間を計りにな。
 あと何回ほど引っくり返せばお前が俺の側に来るのか、是非一回は計らんとな?
 一回計れば、一回分、減る。
 お前が来るまでに引っくり返さんといかん回数が一回減るんだ、素晴らしいじゃないか。
「そうかもね…」
 ぼくも砂時計の砂が落ちるのを見たいな、ハーレイと一緒に。
 カップ麺が出来るまでの三分間だよね、その砂時計。
「いつか付き合え、カップ麺ごと。結婚したらな」
 なんたって此処の地域の伝統ある文化だ、二人でカップ麺を食おうじゃないか。
 俺の好みは昔ながらのカップ麺だが、お前は最先端でもいいぞ。
 ああいったヤツは次々に新作が出るからな?
「ぼくもハーレイのお勧めのでいいよ」
「そうなのか?」
「うん。好き嫌いは無いし、どうせだったら思い出の味にしたいもの」
 人気が無かったら消えちゃいそうな新作よりも定番がいいな。
 何十年経っても同じ味のがある方がいいよ。
「ははは、カップ麺で夜食の記念日なんだな? そういうことだな、何年経っても」
「うん。うん、ハーレイ…。何年経っても、二人で夜食を食べるんだよ」
 カップ麺が出来るまでの三分間を計れる砂時計を見ながら、ハーレイと一緒。
 砂時計の砂が落ちてしまっても、ずうっと一緒。
 青い地球の上で二人、いつまでも一緒。
 砂時計を何度も引っくり返して、いつまでも、何処までもハーレイと一緒……。




        砂時計・了

※前のハーレイが好きそうなのに、持っていなかった砂時計。今ではカップ麺用です。
 幸せな時間を計るためなら、砂時計はとても素敵なもの。落ちてゆく砂も。
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「ほら、ブルー」
 ハーレイの手のひらから、テーブルの上にコロンとドングリ。ぼくの家にはドングリがなる木は生えてないけど、ハーレイの家にはあるんだろうか。一度だけ遊びに行った時には庭の木まで全部見てはいないし、気が付かなかったけど…。瞬間移動しちゃった時には庭どころじゃなかったし。
 それともハーレイの家のじゃなくって、隣町のお父さんとお母さんが住んでる家の木?
 庭に夏ミカンの大きな木があるって聞いている。ハーレイが子供だった頃、白い猫のミーシャが登って下りられなくなってしまった木も。
 何処の木に出来たドングリだろうか、と眺めていたら。
「これ、知ってるか?」
「えっ? うん、知ってるよ。ドングリでしょ?」
 ぼくの家の庭には落ちてないけど、小さい頃から知ってるよ。
 歌もあるよね、可愛いのが。幼稚園の時に教わったよ。
「ふむ。ドングリころころドンブリコ、ってか?」
「そう! お池にはまって、さあ大変って」
 楽しい歌だったからよく覚えてる。
 ドングリの坊やが池に落っこちたら、ドジョウが出て来て「こんにちは」って言うんだ。
「まあ、ドジョウは此処には居ないんだがな。ドングリだけで」
「池も無いよね、ぼくの家には」
「生憎と俺の家にも無いな。親父の家にも」
 池は無いんだが、とハーレイはドングリを指先でチョン、とつついて。
「だが、その池に居るというドジョウは、だ」
 実はけっこう美味いんだぞ。
「ええっ!?」
 ぼくはビックリして目を見開いた。
 幼稚園で習った歌ではドングリの坊やに「一緒に遊びましょう」って声を掛けるドジョウ。親切なんだな、って思ってただけの小さな魚。
 ドジョウは郊外の小川で見かけたことがあるから知っているけど…。
 うんと小さな魚だったけど…。
 ハーレイ、あれを食べちゃったわけ?



 郊外の小川に泳いでたドジョウ。食べる部分なんて無さそうに見えた小さな魚。
 まさか、と驚いたけれど、でもハーレイは「美味いぞ」なんて言うから、訊いてみた。
「ドジョウ…。食べられるの?」
「美味いと言ったろ、もちろん食えるさ」
「…そうなんだ…」
 ホントにうんと小さいのに。
 あんなの、どうやって食べるんだろう、と考えた途端に思い出した。
(ひょっとして…)
 ぼくが食べたってわけじゃないけど、有名な白魚の踊り食い。SD体制の頃には無かっただろう独特の文化。ぼくとハーレイとが住んでる地域の、復活してきた食文化。
 白魚は半分透き通ったみたいな魚だけれども、サイズはドジョウに近そうだから。
「ハーレイ…。それ、もしかして踊り食いなの!?」
「ん? 知っていたのか、踊り食い」
 ハーレイがニッコリしたから、ぼくはギョッとして後ろに下がりそうになった。実際には椅子が重たかったお蔭で下がってないけど、ハーレイには表情で分かったみたいで。
「おいおい、勝手に勘違いするな。俺が食ったってわけではないぞ」
 ついでに白魚の踊り食いだって、食ったことは無いな。
 美味いと勧められたことはあるんだが、好き嫌い以前の問題でな…。
 あの頃は何故だか分からなかったが、今なら分かる。俺は何処かで覚えていたんだ。
 ブルー、お前なら何のことだか分かるだろ?
「…うん。アルタミラ…」
 ぼくはコクリと頷いた。
 前世の記憶を取り戻すまでは歴史上の事件なんだと思い込んでいたアルタミラ。
 そのアルタミラで何が起こったか、前のぼくたちがどんな目に遭わされたか。ぼくたちは生きて脱出できたけれども、死んでいった仲間の数の方が多い。
 過酷な人体実験の末に殺されていった仲間たち。奪われていった多すぎる命。
 前のぼくたちは知っていたから、記憶を取り戻す前から命を残酷に奪う行為には耐えられない。
 たとえ美味しくても、文化の一つでも、踊り食いなんて出来はしないし、食べられない。
 だって、魚は生きているから。
 生きたままの魚を口に入れるなんて、それは料理するための命の奪い方とは全く違うよ…。



 ぼくにとっては残酷すぎる踊り食い。ハーレイが食べたわけじゃないって分かってホッとした。ドジョウも白魚も食べてなくってホントに良かった。でも…。
(あれ?)
 白魚だって食べてない、って言ったってことは、やっぱりドジョウは踊り食い?
 小さいんだもの、踊り食いしか無さそうなんだけど…。
(だけどハーレイ、食べたんだよね?)
 美味いんだぞ、って話したんだもの、食べた筈。
 ぼくは心配になってきたから、確認してみることにした。
「ねえ、ドジョウって踊り食いなんだよね?」
「そうでもないぞ? もちろん踊り食いにする人もいるがな」
 ああ見えてドジョウは色々と食い方があるもんだ。
 有名なトコだと柳川鍋だな、煮込んで卵とじにする。ドジョウ汁や田楽なんかもあるしだ、他に唐揚げ、蒲焼きとかもな。
「蒲焼きって…。あんなに小さな魚なのに?」
「お前、ドジョウをよく見てみたか? ミニサイズのウナギみたいなモンだろうが」
 まあ、ドジョウもウナギも、どっちもシャングリラには居なかったがな。
「ドジョウは考えもしなかったけど…。確かにウナギは無理だったよね」
 前のぼくが憧れないでもなかった魚。
 ウナギは栄養があるというから、美味しいと本で読んだから…。



 シャングリラに本は沢山あった。
 閉ざされた船の中でしか生きてゆけない仲間たちのために、本は山ほど揃えてあった。データを見るだけなら本は要らないけど、紙で出来た本は心が和む。同じ情報を得るにしたって、ページをめくるのと画面を覗き込むのとは違う。
 だから沢山の本を作った。船のデータベースから情報を引き出して、本に仕上げた。
 そうやって出来上がった本は前のぼくも好きで、SD体制よりも前の時代の古い古い本を幾つも読んだ。その中にウナギの話もあった。夏の暑さが厳しい時期に食べると体力がつくとか。
 暑い盛りにウナギを食べる文化はSD体制の崩壊の後に復活してきて、今、ぼくたちが住んでる地域では「土用のウナギ」として定着してる。前のぼくが少しだけ憧れた、美味しいウナギ。
 だけどシャングリラではウナギを飼うのは無理だった。
 深い深い海で卵を産んで、広い海を泳いで川に上るウナギ。そんな環境をシャングリラの中では作り出せない。秋刀魚という字を書く秋が旬のサンマだって、回遊魚だから飼えなかった。
 ウナギもサンマも今の地球にはちゃんと居るけど、シャングリラの中には居なかった。
 もっとも、あの頃の地球にもウナギやサンマは居なかったんだけど。
 ハーレイが辿り着いた地球は青くなくって、死に絶えた星のままだったんだけど…。



 そんな昔のことを考えながら、ふと思い付いた。
 今のハーレイのお父さんは釣りが大好きで、ぼくを釣りに連れて行ってやりたいと言ってくれたほどの釣り名人。そのお父さんなら、もしかすると…。
「ハーレイのお父さん、ドジョウも釣るの?」
「いや、ウナギだけだ」
 ウナギは釣りもするし、仕掛けを沈めて獲ることもあるぞ。
 ドジョウはついでに獲れることもあるが、ドジョウ専門で川には行かんな。
「小さいからかな?」
「だろうな、手ごたえがある魚の方がいいんだろうな」
 でかい魚が釣れた時には大喜びだし、でなけりゃ変わった釣り方をする魚ってトコか。
 前に話しただろ、アユの友釣り。
「うん。ぼく、その釣りが見たかったのに…」
「親父とおふくろに紹介出来るようになるまで我慢しろ」
「ハーレイのケチ!」
 前のぼくと同じくらいの背丈に育つまで、ぼくはハーレイのお父さんとお母さんに会えない。
 隣町にある庭に夏ミカンの大きな木が誇らしげに枝を広げる家に連れて行っては貰えない。
 ハーレイのお父さんはぼくを釣りや川遊びや、キャンプ場に誘ってくれたのに。
 お母さんはぼくと一緒に家の近所を散歩したいって言ってくれたのに…。



「こらこら、そんなに膨れるな」
 ハーレイはテーブルの上のドングリを指先でコロコロと左右に転がして。
「その親父に、だ。教えて貰ったのがこいつでな」
「ドングリでしょ? 何の木のドングリかは知らないけれど」
 ぼくはドングリには詳しくはない。
 樫の木とかの木の実だってことは知ってるけれども、見ただけで何の木かは分からない。でも、ハーレイが考えてたことはドングリの種類じゃなかったみたいで。
「そうじゃなくてだ。こいつの遊び方を知ってるか?」
「ああ!」
 知ってる、とぼくは懐かしい子供時代を思い出した。今も子供だけど、もっともっと小さかった頃。学校にも行っていなかった頃。秋にはドングリで遊んでたっけ…。
 だから得意げに披露した。
「集めるんだよ、誰が一番沢山持ってるか。幼稚園で沢山集めていたよ」
 ドングリを沢山持ってると、うんと偉いんだ。
 家にドングリの木がある友達が羨ましかったよ、自分の家で拾い放題だもの。



 そう、ぼくの家にはドングリの木が無い。
 ドングリを沢山集めたくても、家の庭では拾えなかった。ご近所さんの庭とか、公園だとか…。そういう所で拾うしかなくて、それでも頑張って集めていた。パパとママも協力してくれた。
 というわけで、ドングリ集めでは上位者に食い込んでいたかもしれない、ぼく。
 凄かったんだよ、と自慢しようと思ったのに。
「違うぞ、こいつをこうやって…だ」
 見てろよ、とハーレイが持って来ていた荷物から出した爪楊枝。それと小さな錐。
 ハーレイはドングリのお尻の方って言うのかな?
 木の枝にくっついてた方の真ん中に錐で穴を開けて、其処に爪楊枝を差し込んだ。しっかり穴に刺さったかどうかを確かめてから、ドングリのお尻じゃない方をテーブルにつけて…。
「わあ…!」
 爪楊枝を摘んでいたハーレイの太い指がクルッと動いて、回り始めたドングリのコマ。
 クルクル、クルクル、艶やかな茶色のドングリが回る。まるで本物のコマみたいに。
「どうだ?」
「凄い…!」
 こんな遊び方、見たことないよ。
 ドングリは集めた数で遊ぶんだと思っていたよ…。



 初めて目にしたドングリのコマ。
 クルクルと回る姿を観察してたら、確かにドングリはコマにするのにピッタリの形。バランスが巧く取れそうな感じ。いびつな形のドングリだったら駄目だろうけど…。
 ハーレイは「そうか、知らんか」とドングリのコマを回しながら。
「本格的に作るんだったら、蒸して殺菌なんだがな」
「殺菌?」
「たまにドングリの中に虫が入っていることがあるんだ。そういうドングリでコマを作ると、後で後悔することになる」
 コレクションのコマを入れておいた場所が虫だらけになるのもそうだが、コマも駄目になるぞ。
 穴が開いちまう上に中身はスカスカ、それじゃ回ってくれないからな。
「そうなんだ…」
「しかしだ、こうやって少しの間だけ遊ぶんだったら蒸さなくてもいい」
 お前もやってみるか?
 面白いもんだぞ、ドングリのコマ。
 こういう作業は手先だけだしな、サイオンが不器用でも関係ないさ。
「サイオンが不器用は余計だよ!」
 プウッと頬っぺたを膨らませたけど、ドングリのコマは作ってみたい。
 ハーレイが作ってる姿は楽しそうだったし、クルクルと回るコマもとっても素敵だから。
 自然が作ったドングリからコマが作れるだなんて、素敵だから…。



 ぼくはコマ作りに挑戦してみることにした。
 ハーレイが持って来た小さな錐を借りて、ドングリと爪楊枝とを分けて貰って。
(んーと…)
 上手に真ん中に穴を開けなくちゃ。穴の深さってどのくらいだろう?
「ブルー、そのくらいにしておけよ」
 それ以上やったら開けすぎだ。
 うんうん、其処で爪楊枝を刺す。しっかりと…だぞ?
「こう?」
「よし、いい感じだ」
 爪楊枝が抜けないかどうか、一度回して確かめてみろ。
 上手く出来たら、俺と勝負だ。
「勝負?」
 なに、それ?
 なんで上手く出来たらハーレイと勝負?
 コマがどれだけ回るかどうかを競うんだろうか?



 何の勝負か分からないままに、ぼくは出来上がったドングリのコマを回してみた。爪楊枝の端を摘んで、エイッと回すとクルクル、クルクル。
 さっきハーレイがやって見せたみたいにクルクルと回るドングリのコマ。
「出来た!」
 でも、ハーレイ。
 勝負って、いったい何を勝負するの?
「ん? お前、学生帽は持ってないよな、制服に帽子はついてないしな」
「学生帽って?」
「応援団のヤツらが被っているだろう、揃いの帽子を」
「あれのこと?」
 そんな帽子、ぼくは持ってない。
 生まれつき身体が弱いぼくの帽子は日よけが一番大切だから、ママが選んだつばの広い帽子。
 ぼくくらいの年の男の子が被る帽子とは全然違う。
 ハーレイは「本当は学生帽が一番いいんだが…」なんて呟きながら、「これでいいか」と荷物の中から小さな丸いお盆を取り出した。つばが広いぼくの帽子よりも小さなお盆。
 テーブルの上の空いたお皿とかを重ねてスペースを作って、お盆を置いて。
「こうして土俵を作っておいて、だ」
「どうするの?」
「この上で俺とお前のコマをクルクルと回す。ほら、用意しろ」
 お前は此処、と指差された場所でコマを構えて。
 ハーレイもぼくとは反対側に当たる場所で爪楊枝の端を摘んでコマを構える。
「いいか、一、二の三で俺と同時に回せよ?」
「うん。一、二の…」
 三! と声を揃えて、ぼくとハーレイは一緒にコマを回した。二つのコマがお盆の上。
 クルクル、クルクル…。二つのコマが近づいていって。
「そら、勝負だ!」
「あっ…!」
 パチン、とドングリのコマがぶつかった。
 弾き飛ばされた、ぼくのコマ。ハーレイのコマはまだ回ってる。
 そっか、勝負って、このことなんだ…。



 木のお盆で出来た土俵の上。
 ぼくが初めて作ったドングリのコマは、ハーレイのコマにあっさりと負けた。
「どうだ?」
 サイオン抜きでやると面白いぞ、とハーレイが二度目の勝負を持ち掛けてくる。
「お前のサイオンはまるで駄目だが、こいつはサイオン抜きだしな?」
「今度は勝つよ!」
 負けない、と叫んだぼくだったけれど、またハーレイのコマの勝ち。
「ふうむ…。初心者だからなあ、無理もないんだが」
 何度でも挑んでかまわんぞ?
 俺に勝てたら気分爽快だろうが、今じゃサイオンでさえ勝てないんだしな。
「うー…」
 ハーレイは余裕たっぷりに笑うけれども、何回やっても負けてばっかり。
 ぼくとはドングリのコマの経験値ってヤツが違いすぎると思うんだ。
 初心者のぼくと、お父さんから教わったというハーレイと。
 勝ちたくっても敵いっこないよ…。
(回す手つきからして違うものね?)
 弾き飛ばされてばかりのドングリのコマ。
 なんとかハーレイに勝つ方法は…。
(そうだ!)
 技で敵わないなら、道具で勝つ。
 ハーレイのコマより強いコマを持ったら、ぼくでも勝てるに違いないよ!



 思い付いたら実行あるのみ。
 ぼくはハーレイの荷物をチラリと眺めて、上目遣いで強請ってみた。
「ねえ、ハーレイ。もっと大きいドングリ、無いの?」
 ぼくの分のコマ、それで作るよ。
「それは反則と言わんか、ブルー?」
 ハーレイが渋い顔をしたけど、此処で譲ったら永遠に勝てっこないんだから。
 踏んばらなくちゃ、と重ねておねだり。
「だって…。勝てないんだもん、大きいドングリ…」
 欲しいんだけど。
 ほんのちょっぴり大きければいいから。
「うーむ…。まあいい、言うだろうと思っていたから、特別だ」
 ほら、と渡されたドングリは大きくて形もずんぐりしていた。
「わあ、大きい!」
「さっきのとは違う木のドングリなんだ。こいつはクヌギだ」
 でもって、さっきのは樫の木だな。
「ふふっ、ドングリ…」
 これで勝てるよ、と急いでコマを作り始めた。
 丸っこいお尻に錐で穴を開けて、爪楊枝をしっかり差し込んで…。



(ハーレイに勝てるよ、今度こそ!)
 さあ勝負だ、と木のお盆の土俵にコマを乗せようとした、ぼく。
 だけど…。
「えっ!?」
 向かい側に出て来たハーレイのコマ。ぼくのとおんなじ、クヌギのドングリ。
 なんでハーレイまで大きなドングリ?
 それに、いつの間に作ってたの?
 ぼくの疑問を読み取ったかのように、ハーレイは不敵にニヤリと笑った。
「こういうのは公平にやらんとな?」
 お前、気付いてもいなかったろうが。
 俺はお前の向かいに座って堂々と作っていたんだがな?
「ずるいよ! ハーレイ、エキスパートのくせに!」
「じゃあ、訊くがな。お前、シャングリラで俺とのゲームに手加減したか?」
 チェスもそうだし、囲碁だってそうだ。
 お前、一度でも俺にハンデをつけてくれたことがあったのか?
「…そこでそういう理屈になるの?」
「前のお前に何度負けたか…。いざ、勝負だ!」
 いくぞ、とハーレイのコマが回り出す。
 同じクヌギの大きなコマでは勝てるわけがない。
 こんなの、絶対に勝てるわけないよ…!



 案の定、ぼくは連戦連敗だった。
 何度挑んでも勝てやしなくて、ハーレイのコマにパチンと弾き飛ばされて…。
 そのハーレイは勝利を収める度に笑顔で、満面の笑顔。
「実に爽快だな、お前に連戦連勝とはな」
 シャングリラでは考えられなかった素晴らしい勝ちっぷりだ、と御満悦だから。
 ぼくは頬っぺたを膨らませた。
「ドングリで勝負を挑まなくても、水泳でも柔道でも勝てるじゃない!」
「お前、水泳も柔道も最初から全く出来ないじゃないか」
 こういうのはなあ、お前が俺と同じ土俵に上がって来ないと駄目なんだ。
 結果が見えているような勝負は勝負とは言わん。
「それでドングリのコマなんだ…」
「同じ土俵に上がれるからな」
 俺がエキスパートで悔しかったら、改めて勝負してみるか?
 他のゲームで。
 ただし、サイオンは……って、言うまでもないな。
 今のお前は不器用だしな?



「サイオン抜きって…。それじゃ勝てないし!」
 そう叫んでから「しまった」と気が付いたんだけど。
 ハーレイは「む?」と腕組みをして、ぼくの顔をじっと覗き込みながら。
「…ということは、だ。前のお前、やはりサイオンで反則してたのか?」
 鳶色の瞳に射すくめられて、ぼくは小さく肩を竦ませた。
「………ちょっとだけね」
「こらっ!」
 よくも、とハーレイの瞳が睨み付けてくる。
「俺はお前を信じてたんだぞ、あれはお前の実力だと!」
「だから実力!」
 サイオンを使ったことなんか殆ど無いよ。
 たまにだよ、ほんのちょっぴりだよ。
「何がたまにで、何がちょっぴりだ!」
 一事が万事だ!
 騙されてた俺が馬鹿だった!



 罰だ、とドングリのコマを取り上げられた。
 小さいのも、後から作ったクヌギの大きいドングリのコマも。
 ハーレイが作った分と一緒に荷物に入れられ、持って帰られてしまったドングリのコマ。
 ぼくが作ったドングリのコマ…。
(うー…)
 欲しかったのに、とハーレイが帰った後で、空っぽのテーブルの上を眺める。
 あそこでハーレイと一緒にドングリのコマを作って、勝負して。
 連戦連敗のぼくだったけれど、ドングリのコマは楽しかったんだ。
(だって、今の地球でしか出来ない遊び…)
 シャングリラにドングリのコマの遊びは無かった。
 教えてくれるハーレイも、ハーレイに教えた釣りが大好きなお父さんだって居なかった。
 前のハーレイとぼくは二人で色々とゲームをしたけど、あんな自然の遊びは無かった。
 自然の恵みを使ったゲームは一度だってやったことが無かった。
 ドングリでコマが作れるだなんて知らなかったし、お盆の土俵も無かったから。
 ううん、お盆はあったんだけれど、土俵になるなんて知らなかったから。
 ハーレイが言ってた学生帽の土俵なんかは、そもそも存在しなかったから…。



 樫の木とクヌギの木のドングリで作った、爪楊枝を刺した小さなコマ。
 ハーレイと二人で作ったドングリのコマ。
 クルクル、クルクル、木のお盆の上で何度も回って、弾いて、弾かれて回っていたコマ。
 そして何よりも、ハーレイの大きな褐色の手が器用に作ったドングリのコマ。
 記念に持っていたかったな、と思うけれども。
 勉強机の引き出しに仕舞うか、棚に飾るか、大切に持っていたかったけれど。
 でも、きっとハーレイが大事にしてくれるだろうという気がするから、それでいい。
 蒸して殺菌して貰ってるといいな、ぼくが作ったドングリのコマ。
 殺菌は先にするんだって言っていたから、順番が逆になっちゃうけれど…。
 そうやって蒸して、保存しておいて。
 いつかハーレイと結婚した時、「ほら」って見せてくれると嬉しい。
 大きな褐色の手のひらに載せて、あの時の思い出のドングリだぞ、って……。




          ドングリのコマ・了

※今はドングリのコマで遊べる時代。ハーレイに作り方を教えて貰って。
 こういう遊びもいいんですけど、前のブルーがズルをしていたのがバレちゃいましたね。
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 チュンチュン、チチチ…。
(うーん…)
 ベッドで眠っていたブルーの意識がぼんやりと浮上を始める。
 チチチ、チュンチュン。
 軽やかに耳をくすぐる愛らしい声。耳元で聞こえるわけではないけれど、眠りの中まで届く声。
(…もうちょっと…)
 まだ眠いよ。まだ目覚ましは鳴ってないよ、とブルーは寝返りを打って枕に顔を埋めた。
 それでも可愛らしい声は止まない。
 もう朝だよと、いいお天気だよと鳴り続ける自然の目覚ましの音。
 チュンチュン、チチチ…。チチチ、チュン、チュン。
(…んー…)
 ブルーは寝起きの悪い方ではなかったから。
 うっすらと目を開けて窓の方を見やれば、カーテンの向こうは夜明けの色。
 太陽はまだ昇っていないのか、強い光は無いようだけれど明るさを増した窓の向こう側。
 チュンチュン、チチチ。…チチチ、チュン、チュン。
 自然の目覚ましは止まってはおらず、ブルーは手を伸ばして目覚まし時計のアラームを切った。すっかり目が覚めてしまったのだし、目覚まし時計は必要無い。
 それに休日。ハーレイが来てくれる、週末の朝。



 チュンチュンと鳴き交わす自然の目覚まし。
 ブルーを起こした可愛らしい声。
(……雀……)
 多分、部屋の窓のすぐ外に雀。屋根の上に居るのか、窓辺の僅かなスペースなのか。
 それから庭の木々に他の小鳥も。耳を澄ませば雀とは違うさえずりの声。
(…何の鳥かな?)
 鳴き声だけでは分からないけれど、雀の他にも何羽かの鳥。雀よりも大きな身体の鳥か、もっと小さな鳥が居るのかも鳴き声からは分からない。小さな鳥でも遠くまで届く声で鳴くから。
(…ふふっ、朝から元気そうだよね)
 庭の芝生にも居るかもしれない。芝生の中の虫を探して食べる鳥たち。
 雀は何を食べに来るのか、それとも遊んでいるだけだろうか。
 ごくごく当たり前の朝の光景。
 カーテンを開けて眺めなくても、朝が来たのだと教えてくれる鳥たちの声。
 けれど…。
(…シャングリラに小鳥はいなかったよ)
 こんな風に目覚めることは無かった、とブルーは時の流れが連れ去った船を思い出す。
 白い鯨のようだった船。楽園と名付けたシャングリラ。
 其処は楽園だったけれども、シャングリラの朝に起こしてくれる小鳥は居なかった…。



(…青い鳥を飼ってみたかったんだよ)
 幸せを運ぶと、古い本にあった青い鳥。SD体制が始まるよりも遙かに遠い昔の童話。
 本当に幸せを運んでくれると思ったわけではなかったけれども、青い鳥がいればいいと思った。
 いつか行きたい、辿り着きたい母なる地球と同じ色の青。
 地球の青をした羽根を纏う鳥をシャングリラで飼ってみたかった。飼えば希望が見えそうな気がして、幸せに手が届きそうな気がして欲しかった。
 なのに、ゼルたちに反対されてしまった青い鳥。
 何の役にも立ちはしないと、餌と手間とがかかるだけだと。
 花ならば愛でるだけでも誰も反対しなかったけれど、餌を食べる青い鳥は駄目だった。おまけに花よりも手がかかる。鳥籠に入れねば飛び回ってしまうし、鳥籠でも世話をする係が要るし…。
 自分で世話をすることも考えたけれども、それではブルーが飼うペット。ソルジャー・ブルーの私物のペット。誰もペットを飼ってはいないし、ペットを飼えるほどの楽園でもない。
 シャングリラは人類から隠れて生きるための船。
 自分たちが必死に隠れているのに、閉ざされた世界に隠れているのに、ペットを飼うような余裕などが何処にあるというのか。
 ある意味、自分たちこそが籠の中の鳥。外へ出られない鳥籠の鳥。
 だからペットは要らなかったし、自由に飛べない籠の中の鳥も見ていれば辛くなるだろう。
 青い鳥は諦めるしかなかった。
 夢の中にしか居ない鳥だと、青い地球と同じで今は手が届かない鳥なのだと。



 幸せを運ぶ青い鳥。
 欲しかったけれど、飼えはしなかった青い鳥。
 それでも忘れることは出来なくて、ナキネズミの毛皮を青にした。青い毛皮の個体を選んだ。
 幸せの青い鳥の代わりに、青い毛皮のナキネズミ。
 開発段階では他の色をした個体も居たのだけれども、ブルーは青い個体を選んだ。この色をした血統を育てていこうと、ナキネズミの毛皮は青にしようと。
(…シャングリラに鳥は居なかったんだよ、役に立たないって言われちゃったから)
 青い鳥どころか、小鳥たちの姿が何処にも無かったシャングリラ。
 楽園という名の船で暮らしていた鳥は鶏だけ。
 卵を産む、役に立つ鶏だけ。
 もちろん鶏は肉にもなったし、餌を与えて世話をする価値が充分にあった。
 けれど他の鳥たちは何処にも居なくて、公園の木々の枝にも鳥が止まりはしなかった。



 チュンチュン、チチチ…。
 青い地球の上で、生まれ変わって来た青い地球の朝に、ブルーの部屋の窓辺で鳴く鳥たち。
 鳥の声で目覚めるような贅沢な朝は、シャングリラでは考えることさえ無かった。
 朝になったら鳥が鳴くとも思わなかった。
 青の間はともかく、公園や居住区では二十四時間の時計に合わせて明るさを変えていたけれど。夜を迎えれば暗くなったし、夜明けと共に明るさは増していったのだけれど。
 人工の光が照らす世界に自然の営みがある筈もなくて、朝に鳴く鳥たちは居なかった。
 今、冷静に思い返せば、鶏が鳴いていたのだけれど。
 朝になれば雄鶏が高らかに時を作っていたのだけれども、それは家畜飼育部での朝の風景。
 ソルジャーだったブルーとは無縁の、視察対象だった家畜飼育部のクルーたちの世界。
 他の仲間たちも仕事以外で家畜飼育部まで行きはしなかったし、朝が来る度に時を告げる雄鶏の声を何人が聞いていたのだろうか。
 子供たちは見学で訪れていた筈だけれども、朝一番に鳴く雄鶏の声を聞いただろうか。
 聞いていたとしても、それを覚えていただろうか、と考える。
 朝は雄鶏が時を作ると、誇らしげに鳴いて朝を告げると。



(…鳥の声かあ…)
 こんな愛らしい、賑やかな声に起こされる平和な朝なら良かった。
 ハーレイと眠っていた頃の朝。同じベッドで眠っていた頃。
 さえずる鳥たちの声の目覚ましなど、夢にも思いはしなかった。
 朝が来れば枕元に在った置時計が鳴って、身体を起こしたハーレイが深い溜息をついた。
 もう朝なのかと、束の間の逢瀬は終わりなのか、と。
 その溜息を聞かなかった日は、優しいキスで起こされた。唇に触れるだけのキス。
 もう朝ですよと、起きて下さい、とブルーの目覚めを促すキス。
 どちらの朝を迎えたとしても、待っていたものはハーレイとの別れ。ブリッジへ行かねばならぬハーレイと、ソルジャーとして青の間に残らねばならぬブルーと。
 名残りを惜しむキスを交わして、強く抱き合って、「また夜に」と言葉を交わしたけれど。
 別れる時には袖を掴んで引き止めたくて、ハーレイもまた何度も振り返りながら出て行った。
 再び抱き合える幸せな夜は、来ないかも知れなかったから。
 これが最後の別れになるかも知れなかったから。
(…一日が無事に終わるかどうかも分からなかったよ、次の日の朝が来るかどうかも)
 鳥たちの声で目覚める朝など、思い描きさえしなかった頃。
 あの頃は明日の朝が明けるのかすらも、定かではなかった世界だったから。
 朝には鳥が鳴くのだとも知らず、朝日が昇る光景さえも知らずに雲の中に居た。人工の光が作る朝を迎えて、その朝でさえも無事に迎えられたと安堵する世界。
 なんと寂しい世界だったかと、作り物だった楽園を思う。
 それでも精一杯に頑張ったけれど、楽園を築こうと常に努力をしていたけれど…。



 何の努力をせずとも夜が明け、鳥たちが鳴き交わす今の地球の朝。
 ハーレイと二人、生まれ変わって来た青い地球の朝。
 小鳥たちの声で目覚めて色々と思い出していたから、ブルーは訪ねて来てくれたハーレイの顔を見詰めて訊いてみる。自分の部屋で向かい合わせに座って、お茶とお菓子を前にしながら。
「ハーレイ、小鳥の声で目が覚めることって、よくある?」
「あるな。地球ならではの素敵な目覚まし時計だな」
 シャングリラに居た頃は何処にも無かった時計だ。
 実に贅沢な自然の時計だと思わないか?
「ハーレイ、とっくに気付いてたんだ…」
 目を丸くしたブルーに、ハーレイは「まあな」と片目を瞑った。
「その様子だと、お前は今朝気付いたのか?」
「うん。…今までに何度も起きてたのにね、小鳥の声で」
 ぼくは全然気付かなかったよ、当たり前すぎて。
 朝になったら雀が来てるし、他の鳥だって来るんだもの。
「いいことだ。前のお前の記憶ばかりに縛られてるより、その方がいい」
 忘れられることなら忘れておけ。
 楽しい思い出なら持つ価値もあるが、嫌なことは忘れておくもんだ。
 覚えておいて反省材料にするならともかく、そうでなければ忘れないとな?
 でないと人生、楽しくないぞ。
「そういうものなの?」
「ああ。前のお前と今のお前は違うんだからな」
 今のお前が背負わなくてはいけないものなど何も無いんだ。
 アルタミラだって忘れていいんだ、前のお前は決して忘れなかったがな。
 死んでいった仲間のためにも覚えておかねばと、彼らの分まで地球を目指さねば、と。
 そうしてメギドで死んじまった。地球には着けずに死んじまった…。
 だがな、前のお前が背負っていたものはそこで終わりだ。
 今のお前は自由に、好きに生きていいんだ、前のお前が辛かった分まで幸せにな。



 忘れておけ、とハーレイは穏やかな笑みを浮かべた。
 鳥の鳴き声で目覚める世界が嬉しかったなら、その幸せだけを覚えておけ、と。
「朝になったら起きるんだよなあ、鳥ってヤツは。フクロウみたいな夜の鳥もいるが」
 俺が実家に居た頃は親父とおふくろが餌をやっていたから、沢山来たぞ。
 今でもついついやってしまうな、朝のパンを切った時なんかにな。
 パン屑を庭に撒いてやるんだ、拾いやすい場所に。
「それで鳥、来る?」
「来るぞ。お前もやってみるか?」
 お母さんの代わりにパンを切ってだ、出た屑を撒けば拾いに来るさ。
「うーん…」
 パンかあ…、とブルーは考え込んだ。
 鳥が来るのは見たいけれども、朝のパンを切るなら朝食のテーブルに着くよりも前。母が料理を始める頃にはキッチンに行かねばならないだろう。
 どうしようかな、と小鳥への餌やりと自分が上手にパンを切れるかを考えていて。
(…そうだ)
 まるで違うことが頭を掠めた。ハーレイの母が飼っていたという白い猫。ハーレイの子供時代に家に居たと聞く猫のミーシャは大人しく小鳥を見ていただろうか?
「ハーレイ、ミーシャは? ミーシャは小鳥を捕らなかったの、庭に来てた小鳥」
「ミーシャか? そうならないよう、おふくろがしっかり食わせていたさ」
 それでも猫にとっては獲物だ、欲しそうな目で見ていたけどな。
 だからミーシャが居た頃は、だ。ミーシャを部屋に閉じ込めておいたな、餌やりの時は。
「ミーシャって甘えん坊なのに…。それでも鳥を捕ろうとするんだ、やっぱり猫だね」
「あいつの場合は食うんじゃなくってオモチャだろうなあ、鳥はあちこち動くしな」
 ミーシャは生の魚を食うより、焼いたりしたのが好きだったんだ。
 鳥を捕まえても食えなかったんじゃないかと思うな、生肉だしな?
 焼いてくれ、って持って来たかもしれんな、鳥を咥えてな。
「猫なのに?」
「うむ。生の肉より調理済みだな」
 鳥を焼くなら焼き鳥ってトコか。
 そんな悲劇が起こらずに済んで実に良かった、せっかく小鳥が来てたんだしな。



 ハーレイは懐かしそうに目を細めてから、「そういえば…」と笑顔になった。
「親父たちは今でも餌やりしてるぞ。ミーシャが居ないから技も増えたな」
「技?」
「冬の間だけだが、木の枝にリンゴやミカンを刺すんだ」
 食べやすいサイズの輪切りにしてな、葉が落ちた木の枝に刺しておくんだ。
 ミーシャが居たら出来ん技だな、ミーシャは庭で遊んでいたしな。
「木の枝に刺すの? ミカンとかリンゴ」
「ああ。ちゃんと鳥が来るぞ、そういった果物が大好きな鳥が」
「そうなんだ…」
 ブルーは驚いて想像してみた。
 葉が落ちた冬の木の枝に輪切りの果物。それに小鳥が来るという。
 パン屑を撒けば来るというのは分かるけれども、木の枝に刺さった果物だなんて。
 鳥たちはどんな風にして食べるのだろうか。
 枝に止まるのか、小さい鳥なら果物の方に止まって食べることもあるのか。
 果物を刺しに庭に出たなら、待っている鳥もいるのだろうか…。



 木の枝に刺さった果物と鳥とを思い浮かべるブルーに、ハーレイが訊いた。
「果物は人間が刺してやるんだが、自分で餌を刺しておく鳥は知ってるか?」
「なに、それ?」
 キョトンとするブルーは、もちろん知らない。
 餌を自分で刺す鳥だなんて、木の枝に刺さった果物以上に想像がつかない代物だけれど…。
「やはり知らんか。モズって鳥でな、小さな鳥だが木の枝に獲物を刺しておくんだ」
「獲物?」
「虫とか、小さなトカゲとかだな。冬の間に餌に困らないよう、刺すって話もあるんだが…」
 そうやって獲物を刺しておくのを「はやにえ」と呼ぶのさ。
 刺さっている枝の高さで冬の積雪量が分かるなんていう話もあるな。
 雪が深いと獲物を刺した枝が隠れちまうし、雪の多い年は高い枝に刺さっているとかな。
「ホント?」
「…さあな? この辺りじゃ埋まるほど雪は降らんし、どうだかなあ…」
 確かめようが無いってな。
 そういう研究をしている学者が何処かに居るかもしれんがな?
 なんと言っても平和な地球だ。
 モズのはやにえをせっせと探して、雪の深さと照らし合わせて…。
 そういう暇な研究をしていても、文句を言いそうなグランド・マザーはもう無いからな。
「無いね。…前のぼくはグランド・マザーは見ていないけどね」
「前の俺も知らんさ、辿り着く前に死んじまったからな」
 話の種に見ておきたかった気もするんだがな、今となっては。
 お前と二人で青い地球に来られると分かっていたなら、根性で一目…。



 見たかったな、というハーレイの言葉に鋭い鳥の鳴き声が重なった。「キィーッ!」と高い声で一声鳴いた、庭で一番大きな木の枝に止まった小さな小鳥。
「おっ、あれだ!」
 今、鳴いたろう? とハーレイが指差す、長めの尻尾を上下させる小鳥。
「あれがモズだな、あそこに居る」
「刺さってる? ハーレイ、はやにえ、枝に刺さってる?」
 ブルーはワクワクしながら尋ねた。
 自分のサイオンは不器用すぎるから見えないけれども、ハーレイならば遠い枝でも見える筈。
 教わったばかりの「はやにえ」は刺さっているのだろうか。虫かトカゲか、とにかく獲物。
 ハーレイが枝の方へと目を凝らしてから。
「いや、無いようだ」
「無いの? ちょっと残念…」
 せっかく教えて貰ったのに。モズが来たのに、とガッカリしていると、ハーレイに言われた。
「残念も何も、そもそもお前じゃ見えないだろうが」
「双眼鏡を使えば見えるよ!」
「それに、刺されたら獲物は死ぬが?」
 刺された直後は生きてることだってあるんだぞ。
 そいつを此処から見物するのは愉快ではないと思うがな?



「そっか…。それ、見世物じゃないものね」
 見世物じゃないね、とブルーは反省した。
 刺された獲物が生きているなら、眺めて気分がいいものではない。
 もはや死んでゆくしかない生き物の姿を双眼鏡で見物するなど、それではまるで…。
(…アルタミラみたいだ)
 死ぬと承知で人体実験を繰り返していた研究者たち。
 サイオンを封じられていたブルーだったけれど、実験室で何が起こっていたかは分かった。
 実験のために引き出される度、死んでいった仲間たちの残留思念が告げて来る。どう扱われて、どう死んだのか。どんな言葉と仕打ちとを受けて、自分たちは死んでいったのか…。
 「このくらいのレベルで死ぬんだったな」「ああ。もう少しゆっくりレベルを上げるか」。
 のた打ち回る仲間の姿を横目に、データを取るためだけに死の実験を続けた者たち。
 どう死んでゆくか、どう死んだのかも彼らにはデータの一部でしかなく、まるで見世物。
 ヒトの死という悼むべき事象が、ミュウであったばかりに見世物扱い。
 そのアルタミラの地獄を思い出したブルーはキュッと拳を握ったのだけれど。
「そうだな、確かに見世物じゃないな」
 だが、とハーレイの大きな手が伸びて来てブルーの頭をポンと叩いた。
「はやにえってヤツは、モズにとっては正しい世界だ」
 アルタミラの研究者どもとはまるで違うさ。
 お前、連想してただろう?
 そういう悲しい記憶ってヤツも、普段は忘れておくのがいいんだ。
 モズのはやにえ、生きてる状態で見るのはキツイが、それはお前や俺だからだ。
 アルタミラなんぞを知らないヤツなら、「残酷だな」と思うだけで済む。
 だからある意味、見たがったお前も正しいんだぞ。
 好奇心と探求心だな、そいつを持つのはいいことだ。
 いつか木の枝に刺さったモズの獲物を「凄い!」と目を輝かせて見られるほどにだ、お前の心に刻まれてしまった酷な記憶も消えてくれるといいんだがなあ…。



 キィーッ!
 また高く鳴いて、モズは何処かへ飛び去って行った。
 庭で一番大きな木の枝に刺すべき獲物を探しに行ったか、その木は気に入らなかったか。モズが再び戻って来るのか、戻って来たとしても獲物つきなのか、ブルーたちには分からない。
 けれどハーレイは「はやにえに来ても嫌ってやるなよ?」とブルーに優しく微笑みかけた。
「あそこの枝にカエルやトカゲが刺さったとしても、そいつは自然の営みだからな」
 いわゆる食物連鎖ってヤツはだ、ちゃんと綺麗に循環している。
 無駄に命を奪いはしない。
 アルタミラだとかSD体制みたいな、機械が作った歪んだ仕組みや世界なんかとは違うんだ。
 もっとも、モズは自分が刺しておいた獲物を忘れちまうことも多いらしいがな…。
 それでも自然の中での流れだ。忘れちまうのも理由があるんだ、他に獲物を見付けたとかな。
 アルタミラとは全く違うさ、モズを嫌ってやっては駄目だぞ。
「うん。生きたトカゲを刺しに来たって、追っ払わないよ」
 刺してる所は見たくないけど、モズには遊びじゃないんだもんね。
 それが自然で、地球に自然が戻って来たから木の枝にトカゲが刺さるんだものね。
「そうさ、それがあるべき地球の姿だ」
 一度はすっかり滅びちまって、死んじまった星にしか見えなかったが…。
 前の俺が見た地球は死の星だったが、お前がこういう姿に戻した。前のお前がメギドを沈めて、俺たちの命を守ったからだ。シャングリラが地球まで辿り着けたからだ…。
「違うよ、それは」
 ハーレイが地球まで運んだからだよ、シャングリラを。
 地球まで運んで行ってくれたからだよ、ぼくが頼んだとおりにジョミーたちを乗せて。
 シャングリラを運んでくれなかったら、何も始まりはしなかったんだよ…。



 青い地球を取り戻すための鍵になった者は誰だったのか。
 ソルジャー・ブルーだった頃のブルーか、キャプテン・ハーレイだった頃のハーレイなのか。
 どちらが欠けても地球は死の星のままだったろうが、SD体制を崩壊させた立役者はジョミーとキースの二人。地球の地の底で死んだ二人の英雄。
 けれども、ジョミーとキースが地球で出会うためにはシャングリラが地球に着かねばならない。でなければ何も始まりはしない。
 そしてグランド・マザーの最後の指示だった地球の破壊を止めた者たち。トォニィたちと人類の精鋭部隊と、残った一基のメギドに船ごと体当たりして逝ったマードック大佐。
 誰が欠けても今の地球は無い。
 木の枝にモズのはやにえが刺さる世界も、朝が来れば鳥たちがさえずる世界も。



 ブルーと二人、モズが止まっていた木を眺めながらハーレイが呟く。
「まあ、結局は、人間だろうな。…この地球を取り戻したのは人間なんだ」
「そうだと思うよ、地球を壊したのも人間だけど…」
 だけど、ちゃんと青い地球は戻って来たよ。
 人間が道を間違えなければ、青い地球はちゃんと蘇るんだよ。
「しかし、お前がメギドを沈めなかったら、その人間は何処にもいなかったわけで…」
「それは無し」
 それは無しだよ、とブルーはハーレイの言葉を遮った。
「ぼくじゃなくって神様だよ、きっと」
 神様が人間を守ってくれて、地球を元の姿に戻せるようにと手伝ってくれた。
 地球に自然が戻って来るよう、神様が手伝ってくれたんだよ。
 モズがはやにえを作る世界も、朝になったら鳥が鳴く世界も、前のぼくは知らなかったもの。
 知らなかったものを作れはしないし、元の姿に戻せもしないよ。
 この青い地球は神様が元に戻した世界。
 きっと神様にしか出来ないことだよ、何もかも…。
「そうだな、神様に感謝しないとな」
 お前にも会わせて下さったしな。この地球の上で。
「うん。ハーレイと二人で青い地球まで来られて良かった」
 ちゃんと二人で地球に来られたよ、ハーレイと一緒に青い地球まで。
 モズが居て、朝は小鳥がさえずる世界にハーレイと来たよ…。



 キィーッ!
 甲高い声が響いて、庭で一番大きな木へと飛び込んだ小鳥。
 さっきのモズが戻って来たのか、別のモズかは分からないけれど。
「ハーレイ、来た!?」
「うむ、モズだな」
 ふーむ、と目を凝らすハーレイに向かってブルーは叫んだ。
「言わないでよ? 何か刺さってても言わないでよ!?」
「安心しろ、何も刺さっていない」
 それにしてもだ。
 お前のその不器用さは何とかならんか、前と同じタイプ・ブルーだろう?
「無理!」
 だからトカゲが刺さっていたって見えないよ。
 見えなかったら分からないから、モズを嫌いになったりしないよ。
「屁理屈を言うな、単なる不器用のくせに」
「自然に優しい不器用なんだよ」
 木の枝にトカゲが刺さっても平気なように出来てるんだよ、とブルーは微笑む。
 アルタミラを思い出さなくて済むし、モズも嫌いにならないから、と。
 ハーレイと二人、枝に止まったモズを見ながら語り合って、地球で暮らせる幸せを思う。
 自分たちはなんと幸運なのかと、なんと恵まれた場所に生まれたことか、と。
 朝は鳥たちの鳴く声で目覚められる世界。
 前の生では夢にも思わなかったと、この世界で共に歩いてゆける、と……。




         鳥が鳴く世界・了

※シャングリラの中にはいなかった小鳥。役に立つ鶏だけしかいなかった世界。
 けれど今では、小鳥の声で目覚められる朝。庭にモズまでやって来るのが地球なのです。
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 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






「…ふむ」
 紅茶だな、とハーレイが手にしたカップを眺めて呟いた。
 ブルーの部屋でテーブルを挟んで向かい合って二人、ごく当たり前になったティータイム。
 週末が多いが、平日の夕食後ということもあった。
 飲み物は大抵、紅茶だから。食事に合わせて緑茶という日もあったけれども、紅茶が定番のお茶だから。ハーレイの言葉を聞いたブルーは怪訝そうに首を傾げて尋ねた。
「ハーレイ、紅茶がどうかしたの?」
「いや、美味いな…と思ってな」
「いつものだよ?」
 変わってないよ、とブルーは答える。紅茶の種類は色々あっても、母のお気に入りのメーカーは同じ。濃い目の紅茶や香りが身上の紅茶といった違いは出て来るけれども、どれも美味しい。
 けれどハーレイは「そうじゃなくて、だ」と紅茶を一口含んで、味わって。
「俺が言うのはシャングリラだ」
「シャングリラ?」
「お前、シャングリラの頃から紅茶だったろうが」
 今ほど美味くはなかったがな。
 味もそうだし、香りなんかは雲泥の差だな、地球の紅茶とは。
「うん、今みたいに美味しくなかったけれど…。だけど紅茶が好きだったよ」
 優しい味だし、飲むと豊かな気持ちになれたし。
 だけど、ハーレイは紅茶よりもコーヒーの方が好きだったよね?
「代用品だがな」
 雲泥の差だとか、美味い不味い以前の問題だったさ。
 確かにコーヒーの味はしてたが、コーヒー豆じゃないんだからな。



 ハーレイの苦笑いが示すとおりに、シャングリラのコーヒーは代用品のコーヒーだった。ただし合成のコーヒーではない。
 初期の頃には合成品だったコーヒーだったが、「子供たちに合成品のチョコレートは駄目だ」というゼルの一言が切っ掛けになって導入されたキャロブという木。キャロブの実を乾燥させて作る粉末からチョコレートもココアもコーヒーも出来た。
 キャロブの実はカフェインを含まなかったから、コーヒーにはカフェインを加える必要があったけれども、合成ではなくて代用品。自然由来の立派なコーヒー。とはいえ、代用品のコーヒー。
 ハーレイは「ふむ…」とブルーの顔を見詰めた。
「お前は本物志向だったのかもな、紅茶だしな? あれは本物の紅茶ではあった」
「お茶の木の葉だしね。ハーレイはお酒も合成だったし、合成品とかの方が好きだったんだね」
 からかうブルーに、ハーレイが「馬鹿」と苦笑する。
「本物がいいに決まってるだろうが、コーヒーも酒も」
 しかし、前のお前に頼るわけにはいかんしな?
 シャングリラに無い物は慣れるしかないさ。代用品でも、それが俺たちに相応しい代物なんだ。
「うん…。ぼくが奪ってた頃もそうだけど、アルテメシアに馴染んでからでもそう言ってたね」
 ぼくだけじゃなくて、リオみたいな潜入班も居たのに。
 人類に紛れてアタラクシアとかエネルゲイアでちゃんと活動してたのに…。
 潜入班に物資を調達させるのも、ハーレイは反対していたものね。



 アルテメシアの育英都市に潜入していた仲間たち。
 常に居るわけではなかったけれども、ミュウらしき子供を見付けた時には人類側のデータを書き換え、適当な空き家を拠点に送り込んでいた。いざという時に間に合うように。出来るだけ子供を危険に晒さず、シャングリラへと連れて来られるように。
 ただし、彼らの活動資金。人類のふりをして生活してはいたけれど、通貨を使いはしなかった。それを使えば、人類側に動きを把握される恐れがあったから。
 物資を買うには、店のデータを書き換える。たったそれだけ。それで安全に買い物出来た。その気になったらコーヒー豆はもちろん、酒だって買えた仲間たち。滞在中に買って、持ち帰ることも不可能ではなかったのだけど。
 そうしてみたい、と願う者たちも少なくはなかったのだけど…。
 ハーレイはそれに反対した。潜入班の仕事は仲間の救出のみにすべきだ、と。
 危険だというのも理由の一つだったけれど、それ以上に大きな理由が一つ。
 いつ人類の生活圏を離脱することになるか分からないから、いくら状況が許したとしても物資を購入すべきではない。宇宙の放浪者にならざるを得なかった時、贅沢に慣れてしまっていると皆が困るし、それではいけない、というのがハーレイの持論。
 長老たちも理由を聞けば頷き、ブルーも納得せざるを得ない。
 今は状況が許せば何でも手に入る場所に居るけれど、宇宙に出ればそうはいかない。
 人類の世界にしか存在しない物は奪うしかないし、奪いに行くには戦闘班が必要だろう。
 かつて自分がやっていたことを、力で劣る仲間たちにはさせられない。
 自分ならば安全に奪えるとはいえ、それはソルジャーとなったブルーの役目ではない…。



 だからコーヒーも、ハーレイが好んで飲んでいた酒もシャングリラの中で賄った。
 酒は合成、コーヒーはキャロブの実から作った代用品。
 そんなシャングリラで代用品でも合成でもなく、本物だった飲み物の一つが紅茶だった。果物や野菜は作っていたからジュースの類はあったけれども、大量に消費される本物の嗜好品の飲み物の中では紅茶の需要が一番高かった。
 シャングリラの農場で、庭で育てていた何本もの茶の木。葉を摘み取っては紅茶を作った。味も香りも今の地球の紅茶には敵わないけれど、それでも立派な紅茶ではあった。
 ハーレイが「うむ」とポットを手にして、紅茶のおかわりをカップへと注ぐ。
「今の紅茶は美味いんだがな…。どれも美味いし、香りもいいしな」
「だって、環境が違うもの。お日様も風も、それに雨だって。お茶の木を育てる場所だって色々とあるんでしょ? 霧が深かったり、寒暖の差が大きかったり…。シャングリラじゃ無理」
「それは俺だって分かっているが、だ」
 こうも違うか、とハーレイは注いだ紅茶の香りを深く吸い込み、顔を綻ばせた。
 同じ紅茶でも自然の光や風の中で育った紅茶はやはり違うと、まして地球ともなれば違うと。
 実に美味い、と紅茶を飲みながら、ふと鳶色の瞳が煌めきを帯びて。
「覚えてるか、ブルー? 本物の美味い紅茶を無駄にしてた時代」
「えっ?」
 問われてキョトンとしたブルーだったが、ハーレイは「ほら」と続きを口にした。
「人類から奪った紅茶の飲み方を間違えただろうが、ずっと昔に」
「ああ…!」
 思い出した、とブルーはクスッと笑った。
 そういう事件が確かにあった。
 遠い遠い昔、シャングリラがまだ白い鯨ではなく、名前だけの楽園でもなかった時代に。



 アルタミラから脱出するために乗り込み、飛び立った船。
 当座の食料は積んであった分で何とかなったが、飲み物の方は水しか無かった。喉が乾けば水を飲んでいたし、それしか無いと思い込んでいた。脱出直後のゴタゴタが落ち着き、船内をあちこち歩くようになって、仲間の一人がコーヒーメーカーの存在に気付いた日までは。
 船員用の休憩室と思しき一室に在ったコーヒーメーカー。脇にカップが積まれていた。カップがあるのだし、恐らく飲み物を作るための道具だ、と集まった皆で考えた。
 コーヒーメーカーの文字は書かれていなくて、簡潔に絵で示された操作法。とりあえずカップを一個、注ぎ口らしき部分の下へと置いた。後は機械に任せるしかない。
 何が出て来るのか分からないままに、手順どおりに操作してみたら熱いコーヒーがカップの中に注がれ、その光景に皆が驚いた。
「すげえ…!」
「コーヒーはこうやって出来るのか!」
 辛うじて記憶にあったコーヒー。
 成人検査で何もかもを奪われてしまうよりも前、養父母が飲んでいたであろうコーヒー。
 存在と香りは覚えていた。コーヒーなのだ、と直ぐに分かった。
 けれどすっかり忘れ去っていた、そのコーヒーの作り方。
 コーヒーメーカーも、養父母によっては使っていたであろう旧式のコーヒーメーカーの形すらも誰の記憶にも残ってはおらず、ただ感動した。
 コーヒーが出来たと、熱いコーヒーがカップいっぱいに出来上がった、と。



 コーヒーの淹れ方さえも知らなかったくらいに、アルタミラの研究所時代は酷かった。
 飲み物は水か、でなければ補給すべき栄養分が添加されただけの飲み物か。食事は調理段階すら省かれた餌で、料理は一切出なかった。
 奪われる前の記憶も十四歳までのものだったから、養父母任せだった料理のやり方は誰も詳しく覚えていない。学校で調理実習でもあったのだろうか、包丁の使い方などの基礎こそ何とかなったけれども、レシピが全く分からない。
 卵は焼くとか、茹でるのだとか、その程度しか持っていなかった知識。卵の殻に入ってはいない保存食の卵の扱い方にさえ途惑ったくらい。どうやって調理すればいいのか、どう食べるのかと。
 料理ですらもそんな有様だった、ごくごく初期の自分たち。
 子供の飲み物ではなかったコーヒーの淹れ方などを知っている筈も無かった時代。
 それゆえにコーヒーメーカーはまさに奇跡の機械で。
 大勢の仲間が、今は子供ではなくなった仲間がコーヒーメーカーに群がった。脇に積まれていたカップを手にして、我も我もとコーヒーを飲んでは感激していた。
 コーヒーメーカーが発見された部屋は大入り満員、いつ覗いても誰かが居た。子供だった頃には好んで飲んではいなかった筈のコーヒーを前に、幸せそうに寛いでいた…。



「ハーレイもコーヒーメーカーが見付かった時にコーヒー好きになったんだっけ?」
 ブルーはその部屋でハーレイを見掛けた覚えがあった。自分には苦いだけだったコーヒーを手に談笑する仲間たちの中にハーレイも居た。
「美味かったからなあ、あのコーヒーは」
「ぼくには苦いだけの飲み物だったけどね?」
「あの頃は砂糖たっぷりとはいかなかったからな、ミルクもホイップクリームも無いし」
「どうせぼくの舌は子供並みだよ!」
 成長した後も変わらなかったブルーの舌。
 好き嫌いだけは無かったけれども、ブルーはコーヒーが苦手になった。好んで飲みたいと思う味ではないから、飲まなくても全く困らなかった。
 しかしハーレイをはじめ、多くの仲間たちがコーヒー好きへの道を歩んだ。独特の苦みを持ったコーヒーは水とはまるで違った。飲めば心が豊かになったし、舌も大いに満足した。
 けれどコーヒー豆はやがて無くなる。
 コーヒーメーカーにセットするのだと覚えた豆は使えば無くなる。他の食料品と同じように。



 とはいえ、コーヒー豆は比較的容易に調達出来た。
 輸送船を動かす者たちにはコーヒー党が多いのだろうか、物資を奪えばかなりの確率で混ざったコーヒー豆。食料品だと目星をつけて奪った箱やコンテナの中にコーヒー豆。
 ゆえにコーヒーメーカーが置かれた部屋が長期間放置されることは殆ど無くて、大抵コーヒーを飲むことが出来た。コーヒー好きになった仲間たち御用達の休憩室。
 そうやってコーヒーと水と、時には濃縮や粉末のジュースを飲んでいた頃。
 ブルーは大量の乾燥した葉っぱを手に入れた。縮んで小さくなってしまった黒っぽい色の刻んだ葉っぱ。箱には「紅茶」と書かれた文字だけ。
 これが紅茶かと皆で眺めたが、コーヒーと同じで養父母の家にあった飲み物。
 どうやって淹れるのかは忘れたけれども、紅茶なるものは覚えていた。
「紅茶はこういうものだったのか…」
「葉っぱから紅茶が出来るのか…」
 作ってみよう、と早速コーヒーメーカーが置かれた部屋に運んで豆の代わりに入れてみた。
 ワクワクしながら待ったけれども、それで紅茶が出来る筈もない。



「傑作だったよね、コーヒーメーカーで紅茶」
 ブルーがクスクスと思い出し笑いをすれば、ハーレイも「うむ」と大きく頷く。
「今の俺が見ていたら全力で止めに入っただろうな」
「ぼくも止めるよ、それは違う、って」
 二人して笑う、遠い昔の自分たち。
 幸い、コーヒーメーカーは頑丈に出来ていたらしくて壊れなかったが、出て来た飲み物は記憶にあった紅茶ではなくて黒々と濁った粉だらけの異様な液体だった。もちろん飲めたものではない。
 どうやら紅茶の作り方はコーヒーとは違うらしい、と懸命に調べて、分かったものの。
 元々がコーヒーメーカーを備えていたような船だけに、ティーポットなどは何処にも無かった。かつてその船を使っていた人類は紅茶を飲んだりしなかったらしい。
 ティーポットが無くても、紅茶はあるから。
 葉っぱだけは沢山あるから、飲みたい。なんとか紅茶を作ってみたい。



「最初はお鍋で作ったんだっけ?」
「ああ。鍋一杯に沸騰させた湯に、鍋の分も葉っぱをブチ込んでな」
 紅茶の淹れ方は「ポットの分も茶葉をスプーンに一杯」とされていたから、ポットならぬ鍋にも茶葉をスプーンに一杯分。スプーンも相手が鍋だからと大きいものを使って茶葉を量った。
 今度こそ、と挑んだ鍋での紅茶。
 大鍋で煮込んだ紅茶はとても苦くて、遠く微かな記憶に残った懐かしい紅茶の味ではなかった。色も薄めのコーヒーのようで、優しい赤い色ではなかった。
 これは違うと、紅茶ではないと女性陣の試行錯誤が始まる。
 鍋から早めに茶葉を引き上げてみるとか、茶葉の分量を調節するとか、紆余曲折の日々。
「ようやっと美味くなった頃には、残りが少なかったんだっけな」
「うん。ぼくも気に入っていたのにね…。紅茶」
 コーヒーと違って苦くなくって、とても美味しいと思ったのに。
 休憩室であれが飲めたら幸せだよね、と思ってたのに…。



 ブルーは紅茶も奪うことにした。
 嗜好品を奪いに出掛けることにハーレイは反対していたけれども、同じ嗜好品でも菓子と違って紅茶は遙かに簡単だった。
 今にして思えば、あちこちの星に特産の紅茶があったのだろう。環境が違えば味が変わる紅茶。様々な紅茶を楽しみたい人類の欲求に応えるためにと輸送船に積まれた紅茶の箱。それを覚えれば楽に奪える。あれが紅茶だ、と一目で分かる。菓子とは違った分かりやすい箱。
 コンテナごと奪った物資にティーセットが混在していたりして、紅茶事情は充実してきた。
 しかし、自給自足の生活を始めるにあたって紅茶を奪いに出ることもなくなり、それでも覚えたあの味が欲しい。紅茶が飲みたい、とブルーは思うし、他の仲間も同じこと。
 コーヒーを飲んでいた者たちだってコーヒーが欲しいし、飲みたいと願う。
 自給自足の生活を軌道に乗せる傍ら、合成品のコーヒーと紅茶とを作り上げた。当座は合成品で凌いで、ゆくゆくは自分たちの手で原料になる木を育てようとした。
 白い鯨が、文字通りの楽園が完成した頃、着手しようとしたのだけれど。
 コーヒーの木はシャングリラの中では栽培出来ないらしいと分かった。船内の気温が低すぎる。専用の温室を設けるのならば、嗜好品に過ぎないコーヒーよりも野菜用として使うべき。
 けれど紅茶の元になる茶の木は栽培可能なものだった。農場は元より、居住区に幾つも散らばる庭でも手間要らずで育つ。その葉を摘んで揉み、発酵させてから乾燥させれば紅茶になる。
 ブルーが人類から苗を奪って、農場や庭のあちこちに植えて。
 その木が育って、シャングリラ産の紅茶が出来た。
 香り高くはなかったけれども、本物の紅茶。代用品だったコーヒーと違って、紅茶は本物。
 紅茶を楽しむ仲間たちは多く、ティーポットやカップも沢山あった。
 青の間にはブルー専用のティーセットまでが置かれ、いつでも紅茶を飲むことが出来た…。



 遙かな昔の、時の流れが連れ去ってしまったシャングリラ。
 白い鯨で作られていた紅茶と、その元になった茶の木とを懐かしみながらハーレイが言う。
「いっそ緑茶にも挑戦してれば良かったな。元になる葉は同じだぞ」
「無理だよ、それ。誰も緑茶を知らなかったよ、飲んだ人が一人もいないんだもの」
 前のぼくだって、そういうデータを目にしただけ。
 緑茶がどんな味かは知らなかったし、飲んでみようとも思わなかったよ。
「だがなあ…。俺たちだったら絶対いけたぞ、好き嫌いが無いときたもんだ」
 緑茶があったら絶対に飲めた。俺もお前も、ちゃんと飲めたさ。
「だけど好きになったかどうかは謎だよ。ハーレイ、コーヒーよりも緑茶が好き?」
「うーむ…」
 どうだろうか、とハーレイは暫し考えてから。
「饅頭には緑茶がいいと思うが…。あれを食うのにコーヒーを淹れようとは思わんな、俺は」
「ぼくもお饅頭なら紅茶より緑茶で食べたいけれど…。シャングリラにお饅頭は無かったよ?」
 お饅頭は無かったし、餡子も無かったし…。
 緑茶でなくちゃ、っていうようなお菓子、シャングリラには無かったと思うんだけど…。
「違いないな。緑茶を作っていたとしてもだ、合う食い物が無かったか…」
「うん。だから紅茶が精一杯だし、シャングリラはそれだけで良かったんだよ」
 紅茶があったらそれで充分。
 お茶の木があるから、って頑張って緑茶を作らなくても、紅茶で充分…。



 そう微笑んだブルーだけれども。
 ふと青の間にあった自分専用のティーセットを思い浮かべて、其処から生まれて来た疑問。
「ねえ、ハーレイ。シャングリラにティーポットは幾つもあったけど…」
 ティーポットもシャングリラの中で作っていたけど、もしも緑茶を作っていたら…。
「そりゃあ、急須を作るんだろうな?」
 ヒルマン辺りが張り切ってデータを探して来るんだ。
 「ソルジャー、これが急須です。緑茶はこれで淹れるんですよ」とな。
 目に浮かぶようだな、シャングリラの急須。きっと渋いぞ、ヒルマンの趣味で。
「それじゃ、抹茶に挑戦してたら…」
「茶筅を作るしかないんだろうなあ、誰が点てるのかは知らんがな」
 案外、ゼルが点ててたかもな?
 そして俺まで巻き込まれるんだ、「せっかく点てたんじゃ、飲んで行け!」ってな。
「でも、茶筅って…。シャングリラに竹は無かったよ?」
「竹か…。あんな凄いのを植えたら最後…」
 知ってるか?
 竹ってヤツは物凄く繁殖力が強いんだ。
 あれは地下茎で増殖する。鉄板で遮っても下を潜って広がろうとするんだ、本当だぞ。
 ついでにタケノコがこれまた凄い。
 でかい石でも持ち上げて育つし、木の小屋だったら床をブチ抜いてまで生えて来るんだ。
 そんな植物をシャングリラの中では育てられん。
 シャングリラが傾くとまでは言いはしないが、一区画くらいは壊されそうだ。



 竹は駄目だ、とハーレイは腕組みをして断言した。
 抹茶を点てるための茶筅が必要だとしても竹は駄目だと、他の材料を探すべきだと。
「代用品の茶筅なの?」
 それって気分が出ないよ、ハーレイ。
 茶筅は竹だから美味しい抹茶が出来るんじゃないかと思うんだけどな…。
「代用品で充分だ。俺のコーヒーなんかは代用品だった、抹茶はあるだけで充分なんだ」
「でも、タケノコは美味しいよね?」
 竹が無いとタケノコ、食べられないよ。
 タケノコ御飯は春の味だし、他にも色々…。
「キャプテンとしては却下する。タケノコの美味さよりも先にシャングリラそのものの安全だ」
 竹の導入には賛成出来ん。
 キャプテンとして断固、阻止する。
「ふふっ、タケノコ。…美味しいけど危険物なんだ?」
 一区画くらい壊しちゃうほどの。
 シャングリラの中で竹が破壊活動しちゃうんだ…?
「うむ。危険物だな、間違いない」
 美味いかどうかは別問題だ。
 シャングリラを破壊しそうな植物の栽培を認めるわけには絶対にいかん。
 隔壁を閉鎖したってブチ破るかもしれんぞ、地下茎も、美味いタケノコもな。
「ハーレイ、それって凄すぎだよ!」
「しかし有り得る。大いに、有り得る」
 シャングリラを危険に晒すわけにはいかんからなあ、竹だけは駄目だ。
 キャプテンの俺がこうと決めたら、ソルジャーのお前でも反対は出来ん。
 そういう決まりだったよな?
 ことシャングリラに関してはな。



 とんでもない所で持ち出されて来た、遠い昔にシャングリラにあった絶対の規則。
 シャングリラそのものに関する決定権はソルジャーではなく、キャプテンにあった。ブルーでも反対することは出来ず、ハーレイの決定に従うのみ。
「タケノコは認められないんだね? ソルジャーのぼくが食べたいと言っても」
「もちろんだ。茶筅を作ることも認めん、竹が要るからな」
 難しい顔をしてみせるハーレイに、ブルーは「ふふっ」と笑みを浮かべた。
「今で良かった、タケノコが好きなだけ食べられるもの」
「抹茶も飲めるな、茶筅も抹茶も売っているからな」
「うん。やっぱり地球って最高なんだよ、紅茶だけじゃなくって抹茶にタケノコ」
 シャングリラに無かったものばかりだよ、とブルーは微笑む。
 それは嬉しそうに、幸せそうにハーレイを見詰めて、赤い瞳を煌めかせて。
 紅茶の話からタケノコにまで飛躍して発展してしまったけれど。
 今だからこそ出来る昔話で、幸せな話題。
 茶の木から何が出来てくるのか、それはどうやって淹れるものなのか。
 知っているからこそ、笑い合ってタケノコの話まで出来る。
 シャングリラを一区画くらい破壊しそうな竹の威力を語り合って笑える。
(ふふ、タケノコが危険物だなんて思わなかったよ)
 キャプテンに却下されちゃったよ、とソルジャーではなくなった小さなブルーは時が連れ去った白い鯨へと思いを馳せた。
 今はもう無い、楽園と言う名の白い船。
 シャングリラは無くなってしまったけれども、青い地球には来ることが出来た。
 それを思うだけで幸せに満たされ、ハーレイをいつまでも、いつまでも見詰めていたくなる。
 ハーレイと青い地球に来られて良かったと、二人で幸せな地球に来られたと…。




         白い船の紅茶・了

※コーヒーメーカーで紅茶を淹れるのは、流石に無理というものでしょう。違い過ぎです。
 そんな時代もあったというのに、船の中で作っていた紅茶。頑張りましたよね。
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