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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





元老寺の除夜の鐘で古い年を送り、お正月は三が日の内にアルテメシア大神宮へ初詣。学校が始まれば新年恒例の闇鍋に水中かるた大会などなど、今年も行事が目白押し。賑やかなイベントが一段落してもお祭り気分は相変わらずで。
「かみお~ん♪ ゆっくりしてってね!」
週末の土曜日、私たちは会長さんのマンションにお邪魔していました。鍋パーティーということで味噌に醤油にキムチ鍋など様々な出汁を満たした鍋と具材の山が並んでいます。要するに鍋バイキング。好みの鍋で好みの具を、というコンセプト。
「えとえと、反則もアリだから! 合わないんじゃないかな~、って思う具でもね、入れると美味しいこともあるから!」
お好きにどうぞ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。よーし、食べるぞー! 押し掛けてきているバカップルことソルジャー夫妻がいますけれども、見なければ害は無いですし…。
「ほら、ハーレイ。こっちで君のを煮ておくからね」
「ありがとうございます。あなたはどれになさいますか?」
どの鍋も美味しそうですよ、と世話を焼きたがるキャプテンと、スタミナ優先とばかりに肉を煮ているソルジャーと。じきに「あ~ん♪」とやり始めるに決まっています。いえ、それどころか…。
「……目の毒だな……」
いつものことだが、とキース君。バカップルは煮えた具にフウフウ息を吹きかけて冷まし、食べさせ合ってはついでにキスまで。ジョミー君が呆れたように。
「それより味とか混ざりそうだよ、いいのかなぁ?」
「口移しで鍋バイキングってことだろうさ」
食ってしまえばおんなじだ、というキース君の意見に妙に納得。なるほど、胃袋で混ざるか口の中か…。私たちだって鍋を移る時に口を漱いだりはしていませんし、かまわないのかもしれません。気にしたら負けだ、と目にしないようにバクバク食べて、締めは鍋に合わせてラーメンに雑炊、うどんなど。
「「「御馳走様でした―!!!」」」
食事の後はリビングで飲み物とお菓子でまったり。家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアッと言う間に片付けを済ませ、ウキウキと。
「見て、見て、こんなになっちゃった~!」
「「「!!?」」」



凄いでしょ、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えて来たものはパンパンに膨らんだお菓子の大袋。柿の種にポテチ、他にも色々。まさかの賞味期限切れ…?
「おい、ぶるぅ。…お徳用のタイムサービス品か?」
賞味期限が切れたのか、とキース君が訊けば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで。
「わーい、キースも分からないんだ! 買いたてだもんね!」
賞味期限はずっと先だよ、と小さな指が示す日付は数カ月後のものばかり。じゃあ、どうして袋がパンパンに…?
「えっとね、飛行機で機内持ち込みしなかった時もこうなるよ? えとえと、どういう仕組みだっけ…」
「気圧が下がると膨らむんだよ」
でも品質に影響は無し、と会長さんが引き継ぎました。
「ちょっとシャングリラ号に用があってね、ぶるぅと行って来たんだけれど…。ぶるぅが買い物をしてから行くって言い出して」
「だって、差し入れしたかったもん! スナック菓子はウケるんだもん!」
だから山ほど買ったのだ、と話す「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシャトルに乗る時にお菓子の山を貨物室に入れてしまったのだそうです。会長さんもウッカリしていて気が付かないまま、シャトルは離陸して遙か上空のシャングリラ号へ…。
「貨物室も与圧はしてあるけどねえ、所詮は旅客機レベルだからさ…。着いた時にはこういう結果に」
「へえ…。ぼくの世界じゃ無いパターンかな?」
ソルジャーが興味津々でお菓子の袋に手を伸ばすと。
「日常的に宇宙船が飛んでいるしね、惑星間での食糧輸送も多いから…。たかがスナック菓子といえども品質管理は万全なんだよ。ぼくが個人的に運ぶ時にも気を付けてるし」
やっぱり美味しく食べたいじゃないか、と口にしつつもソルジャーは。
「でもパンパンになった袋というのも楽しいねえ。量も増えるといいんだけども」
袋いっぱいに中身の方も、と袋を開けにかかったソルジャー。しかし意外に手ごわいようで。
「待ってて、ハサミを取って来るから!」
ちょっと待ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が走ろうとしたのを止めるソルジャー。
「いいって、いいって! こんなのは少し力を入れれば…」
「「「あーーーっ!!!」」」
パァン! と大きな音が響いて部屋中に飛び散る柿の種。だからハサミって言ったのに…。



会長さん御自慢の毛足の長いリビングの絨毯。四方八方に飛んだ柿の種とピーナツは好き勝手に転がり、凄い有様。どうするんだ、と眺めていれば、ヒョイと屈んだソルジャーが柿の種をつまんでポイと口の中へ。
「…ん、確かに味に変わりはないよね」
「「「………」」」
「どうかした?」
「あんた、拾って即、食うのか!?」
詫びはどうした、とキース君が怒鳴りましたが、ソルジャーの方は涼しい顔で。
「それが何か? 食べられるんだし問題ないよ」
「そうじゃなくてだな、散らかしてしまってすみませんとか、そういう詫びはどうなったんだ!」
「えっ? 別に綺麗な部屋じゃないか。そもそも土足厳禁だしさ」
拾って食べれば無問題、とピーナツを拾ってまた口へ。罪の意識は皆無です。
「君たちも拾えばいいだろう? 大袋でもさ、みんなで食べたらすぐ無くなるって!」
「確かに食い物を粗末には出来ん。俺も拾うが、しかしだな…。細かい粉も飛び散ったんだぞ? そっちの方は掃除するしかないだろうが!」
ぶるぅとブルーに謝っておけ、とキース君。けれどソルジャーは不思議そうに。
「なんで? 掃除なんかは要らない筈だよ、これなら余裕で」
「「「は?」」」
「物も落ちてないし、片付いてるし…。なんで掃除が必要なわけ?」
「あんたが思い切り汚したんだ!」
すぐでなくても掃除機をかけておかないと、とキース君が怒鳴り付けても、ソルジャーはキョトンとするばかり。
「思い切りって…。飛び散っただけだよ、そりゃあ範囲は広いけど…。食べればきちんと片付くじゃないか、掃除しなくてもさ」
「あんた、どういう発想なんだ! 絨毯だから見えにくいかもしれないが…。こんなのを一晩放って置いてみろ、エライことに!」
「かみお~ん♪ ゴキブリは心配要らないよ! いつも綺麗にしてるもん!」
だけど掃除機はかけなくっちゃね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。でも、その前に柿の種とピーナツを拾わなくてはなりません。私たちはお菓子用の器に拾って回り、責任を取れとばかりに全部ソルジャーに押し付けました。ソルジャーは半分をキャプテンに渡し、もう半分は。
「ぶるぅ、チョコレートがけのヤツって作れる? あれ、美味しいよね」
「柿の種だね! すぐに出来るよ♪」
レンジでチンして混ぜるだけ、と鼻歌交じりにキッチンに行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は三分ほどで戻って来ると。



「冷ます間にお掃除するから、みんな廊下で待っててね~!」
簡単、簡単、と掃除機を持ち出し、部屋の隅までキッチリお掃除。終わるとチョコレートがけの柿の種のお皿がポンと出、ソルジャーは御機嫌でポリポリポリ。キャプテンは普通の柿の種。えーっと、謝罪は無いようですねえ…。キース君が諦めの表情で。
「ぶるぅは掃除をやったわけだが、それでも詫びるつもりは無い、と…」
「うん。掃除はぶるぅの趣味だろう? いつ来ても部屋が片付いてるしね」
出来たてのチョコレートがけ柿の種を頬張るソルジャーの隣で、キャプテンが。
「…すみません、ブルーは掃除嫌いなものですから…。いえ、嫌いと言うより苦手なのかもしれません。何でも床に放っておくのがブルーの流儀というヤツでして…。限界を超えると掃除部隊が突入することになっております」
「「「掃除部隊?」」」
「はい、青の間専用に結成される部隊です。掃除は元より、整理分別も得意としているエキスパートで構成されます。行方不明の重要書類が発掘されることも多いですから」
「「「重要書類!?」」」
いったいどんな状態なのだ、と誰もが仰天。けれどキャプテンは淡々と。
「今日も掃除をしている筈です、青の間を留守にしておりますし…。クリスマスからニューイヤーにかけてはイベントも多く、普段以上の散らかりようで」
「そうなんだよねえ、足の踏み場も無いっていうか…。あ、ちゃんと歩くルートは確保してるよ、でないとハーレイがぼくのベッドに来られないから」
「「「………」」」
ソルジャーの青の間は凄まじい状況にあるようです。それに比べれば柿の種くらい、大したことではないのかも…。



掃除嫌いなソルジャーが散らかしまくった年末年始。鍋パーティーの間に作業している掃除部隊は、ソルジャーはキャプテンの部屋で休暇中だと聞かされているとのことでした。他の世界へお出掛けだなんて間違っても言えはしませんし…。
「一応、ぶるぅがお留守番がてら監視中! 万一ってこともあるからさ」
お菓子を与えて頼んでおいた、と言うソルジャー。非常時に備えて待機させたのかと思っていれば、さに非ず。
「どんな所に何があるかも謎だしねえ…。基本、道具も薬も使わないから、大丈夫だとは思うんだけど…」
「「「は?」」」
「夜だよ、夜のお楽しみ! ぼくは全く気にしないけれど、ハーレイが凄く気にしてて…。恥ずかしいモノが紛れていたらどうしようって心配するから、そこをぶるぅがカバーするわけ! 大人の時間には慣れっこだろう? どれがヤバイかもよく知ってるよ」
「そんなモノくらい片付けたまえ!」
会長さんがブチ切れましたが、そんなモノとはどういうモノかイマイチ分かりませんでした。ソルジャーがたまに買っているらしい精力剤は恐らく該当するのでしょうけど。そしてソルジャーの方は悠然と。
「問題ない、ない! ヤバけりゃぶるぅが回収するしさ、後で記憶を操作しとけば…。でもねえ、ハーレイはそれもキツイみたいで、昨夜は必死に探し物をね。…ねえ、ハーレイ?」
「…流石にブルー宛のカードはちょっと…。サンタクロースからのプレゼントの代わりに熱烈なのを書いてくれ、と頼まれて頑張って書いたのですが…」
それも埋もれてしまいまして、とキャプテンは泣きの涙でした。掃除部隊に見付けられたら一生の恥、と散らかった床に這いつくばって上を下への大騒ぎ。結局、カードはベッド周りのカーテンの下から見付かったそうで。
「…ブルーには早い段階で所在が分かっていたらしいです。私の残留思念で見付け出したようで、いつ気付くかと待っている内に焦れてしまったと機嫌を損ねて、宥めるのに苦労いたしました」
「いいじゃないか、夫婦生活の理想の形だろ? 怒っていたことを忘れさせるまで頑張りまくるのも甲斐性だしさ、夫婦円満の秘訣ってね」
「それは確かにそうなのですが…。日頃から部屋が片付いていれば…」
「お前の手抜きが悪いんだ。掃除はお前の仕事だろう?」
キャプテンと兼務でも努力しろ、とソルジャーは無茶な注文を。青の間の掃除はキャプテンの仕事らしいのですけど、青の間に行けば夫婦の時間が最優先。それでは片付く筈もなく…。
「ブルーに掃除をさせようとしても難しいのは分かっています。せめて整理整頓だとか、散らかさないよう気を付けるとか、その辺の心配りを身につけてくれたら、と思わないでもないのですが…」
無理でしょうか、とキャプテンは弱気。ソルジャーの性格や習慣などが劇的に変わるとは思えません。きっと一生、青の間は足の踏み場も無いほど散らかりまくったままなのでは…。



「……うーん……」
会長さんが腕組みをして。
「掃除部隊が入ったのなら、今夜は綺麗になってるわけだ。そのまま現状維持が出来れば散らからないってことだよねえ?」
「そうなのです。ブルーには何度もそう言いましたが、全く聞いて貰えません」
「え、だって。掃除はハーレイの仕事なんだよ、毎日きちんと掃除してれば問題無いって!」
ハーレイの怠慢が悪いのだ、とソルジャーは自分の所業を見事に棚上げ。掃除部隊がお片付けした青の間とやらは再び元の木阿弥でしょう。せめてソルジャーに掃除の習慣があったなら…。
「…この際、君は性根を入れ替えるべきかもしれないねえ…」
腕組みしたまま会長さんの視線がソルジャーに。
「一事が万事と言うだろう? 散らかりまくった部屋ってヤツをね、恥ずかしげもなく赤の他人に掃除させるという神経がね…。その恥じらいの無さっていうのが日頃の行いに出てると思う。バカップルな態度はともかく、レッドカードものの発言とかさ」
「失礼な! ぼくはハーレイとの愛の日々をさ…」
「それを他人に喋りまくるのが問題なんだよ、秘めておこうとは思わないわけ? 君のハーレイだって秘密にしておいて欲しいことは多々ありそうだ」
「えーーーっ? そこは自慢する所だろう! 現に昨夜も待たせたお詫びにヌカ…」
もごっ、とソルジャーの声が途切れて、口を覆った褐色の手。
『何するのさ! ヌカロクは大いに自慢すべき!』
思念で続きを言い放ったソルジャーでしたが、キャプテンは空いた方の手で額を押さえて。
「…ブルー、それは夫婦のプライバシーというヤツです。喋りたい気持ちは分かるのですが、そういった事も含めて恥じらって頂ければ……と思わないでもありません」
『恥じらいだって? そんなの今更、身に付かないし!』
無理だ、とキャプテンの手を口から外したソルジャーはプハーッと大きな深呼吸。
「ぼくの性格は元からこうだし、恥じらいも掃除も範疇外! …だけどお前は恥じらった方が好みなわけだね、どうやって演技するべきか…」
そもそも全く基礎が無い、と考え込んだソルジャーに会長さんが。
「整理整頓、片付けくらいなら教えてあげてもいいけれど? 身の周りがきちんと片付いてればね、立ち居振る舞いも自然と落ち着く」
「本当かい?」
それはいいかも、とソルジャーの瞳がキラキラと。何か根本的な所で間違っているような気がしないわけでもないですけれど、整理整頓を心がけるのはいいことです。キャプテンも笑顔で頷いてますし、ここは一発、お片付け修業といきますか~!



その翌日。私たちは再び朝から会長さんの家に集合しました。今日からソルジャーがお片付け修業に来るのです。あちらの世界は落ち着いているようで、何かあった時は「ぶるぅ」が連絡してくる仕組み。さて、ソルジャーは定刻通りに来るのでしょうか? うーん、来ませんねえ…。
「ごめん、ごめん。遅くなっちゃって」
半時間遅れで現れたソルジャーは悪びれもせずに。
「青の間が綺麗になってたからさ…。サッパリした部屋も悪くないね、ってハーレイと二人で盛り上がっちゃって! あんな状態をキープ出来たらハーレイも喜んでくれるかなぁ…。昨夜もホントに凄かったんだよ、もう何回も」
「ストーップ!!!」
やめたまえ、と会長さんが柳眉を吊り上げています。
「そういう態度を改めてくれ、というのも君のハーレイの願いの内かと…。まあいい、まずは落ち着きってヤツを学ぶことだね、ちょっとやそっとじゃ興奮しない!」
「えっ、そんな…。不感症になれって言うのかい?」
「「「不干渉?」」」
なんのこっちゃ、と一瞬悩みましたが、キャプテンにやたらと干渉しないのも落ち着きの内かもしれません。しかし、会長さんが返した言葉は。
「そういう意味じゃないってば! そっちの方まで抑制しろとは言ってない。…場所を弁えずに無駄にはしゃぐなと言っているだけ」
「「「???」」」
「ああ、君たちには通じなかったか…。まあ、この辺は流しておいてよ、大事なのはブルーの修業だからね。整理整頓第一弾! まずはいつものティータイムから」
さあどうぞ、と案内された先はリビングです。ティータイムが何の修業になるのだ、と首を傾げつつソファに腰掛けてみれば。
「かみお~ん♪ お茶はブルーにお任せ! 別に難しくないからね~」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が押してきたワゴンの上には一人前のサイズに焼かれたタルトタタンを盛り付けたお皿。フォークを添えて配ってゆくのがソルジャーの最初のお仕事で。
「フォークは適当に置くんじゃないっ! ちゃんと正しく、この位置に!」
会長さんがビシビシ指導し、ソルジャーは面倒そうにブツブツと。
「食べられればいいと思うんだけどなぁ…。ぼくはフォークが刺さっていたって気にしないけど?」
「その精神が問題アリだよ、見た目に美しくキッチリと!」
茶道じゃないだけマシと思え、と会長さんが毒づき、キース君が。
「まったくだ。坊主は茶道の心得も要るからな…。そっちの方だと更にキツイぞ」
「そうだったの!?」
知らなかった、とジョミー君の目が丸くなり、サム君がフウと情けなそうに。
「お前、ホントに何も調べていねえのな…。専修コースじゃ茶道の授業が必須だぜ? 週に二時間はあると思っておけよ」
「えーーー!!!」
殺生な、と叫ぶジョミー君のお坊さんへの道は遠そうです。私たちが爆笑している間にソルジャーはお皿を配り終えたものの、すぐに次なる関門が。今度は紅茶とコーヒーが入ったポットとカップとソーサーを乗せたワゴンで。



「お菓子の次はお茶なんだよ。紅茶かコーヒーかをきちんと尋ねて淹れたまえ」
これは面白い、と私たちは一斉に紅茶だのコーヒーだのと先を争うように手を挙げ、ソルジャーはそれだけで軽くパニック。なのに会長さんは容赦もせずに。
「違う、コーヒーはそのカップじゃない! 零さないようゆっくりと! 零れちゃった分は綺麗に拭く!」
「なんでカップが違うのさ! 飲んだらどれでも同じだし!」
「それがダメだと言っているんだ、整理整頓! 紅茶と言われたらこのカップ! コーヒーだったらこっちのカップで、添えるスプーンも違うから!」
慣れれば自然に手が動く、と会長さんはビシバシと。部屋さえ片付けられないソルジャーにティータイムの用意はハードだったようです。ようやっと自分用の紅茶を淹れてテーブルに置き、ワゴンを片付けた後はヘトヘトで。
「…もうダメ…。頭が沸騰しそうな気がする…」
「足を組まない!」
それは思い切りマナー違反だ、と会長さんの厳しい指導が入りました。そっか、足を組むのはダメだったんだ、と私たちの方も大慌てです。そんなことまで気にしていたらティータイムが楽しくないじゃないか、と思うのですけど。
「だよねえ、楽しくやりたいよねえ、君たちも?」
気疲れしちゃうよ、とソルジャーが紅茶のカップを持ち上げた途端。
「ハンドルに指を通さない!」
「「「えっ?」」」
誰もが自分の手元を覗き込む中、会長さんは優雅な手つきで自分のティーカップを傾けながら。
「ティーカップのハンドル……そう、取っ手には指を通さないのが正式なんだよ、こう、ハンドルを摘むように! それが本当の本場のマナー」
「「「………」」」
そんな無茶な、と考えたのはソルジャーだけでは無かった筈です。落っことすじゃないか、と会長さんの手を見てみれば指はハンドルを摘んでいるだけ。根性で真似してやってみたものの…。
「む、無理だって、これ…」
落としそうだよ、とジョミー君が音を上げ、シロエ君が。
「ぼくも無理です。あ、でも…。マツカ先輩、パーフェクトですね」
「あ、ぼくは…。外国の方とお茶をすることもありますから…」
控えめに答えるマツカ君。ということは、会長さんが言ったマナーは正しいのです。スウェナちゃんと顔を見合わせ、改めてハンドルを摘んでみて。
「…難しいわよね?」
「ちょっと滑ったらガッシャーン…よねえ?」
西洋茶道、恐るべし。その後、ソルジャーが派手にガッシャーン! とカップを落とし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の指導の元に床を掃除する羽目に陥ったのは至極当然の流れでしょう…。



気にしたこともなかったティータイムの作法。私たちはお茶とお菓子を頂くだけで済みましたけど、ソルジャーを待っていたのはお片付けでした。カップやお皿をキッチンに下げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が監督する中、洗って拭いて棚に仕舞って。
「…どうだった、ぶるぅ? ブルーの腕は?」
「んーと…。いっぺんにシンクに突っ込もうとするし、洗い上げる時も適当だし…。お皿はお皿で纏めてよね、って何度言っても聞かないし!」
割れなかっただけまだマシかも、と嘆く「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーが気の向くままに洗い上げては積み上げてゆくカップやお皿をせっせと直していたようです。しかしソルジャーに言わせると…。
「効率的にやったつもりだよ、カップとお皿はセットじゃないか。洗う時にもセットにしとけば片付ける時が楽だよね」
「そういう構造になってないだろ、あの籠は! 楽をしようと思っているから掃除もしなくなるんだよ!」
「そうかなぁ? 効率ってヤツも大切だけどね、それと最短距離の動線! 人類軍とやり合う時には最小限の力で最大の効果を上げるというのがポイントでさ」
部屋は使えれば充分なんだよ、と嘯くソルジャーの青の間の床がベッドまでの道を除いて埋もれてしまう理由とやらも最小限での最大効果を狙った末かもしれません。こりゃダメだ、という気がしますけれども、ここで投げては会長さんの男がすたるというもので。
「…君の青の間が片付かないのは大雑把すぎる性格と、やり方のせいだと思うんだ。ティータイムの作法をマスターしろとは言わないけれど、こんなマナーがあったっけ、と気に掛けるだけでも違ってくるよ」
「ふうん? それで片付けが上手くなるって?」
「気配り上手は片付け上手の第一歩! 気持ち良く過ごして貰いたい、と思う気持ちが整理整頓、片付け上手に繋がるわけさ」
会長さんの言葉は至言でした。会長さんの家や「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は普段から綺麗に片付いています。もしも雑然と散らかっていたら、きっと居心地も悪いでしょう。なのに同じ話を聞いたソルジャーときたら。



「気持ち良く? それなら青の間は合格だよねえ、ハーレイはいつも満足してるし! ぼくとベッドさえあれば天国、おもてなしはそれで充分じゃないか」
「間違ってるし! 気配りって点で不合格だし!」
君のハーレイもそう言っていた、と会長さん。
「せめて現状維持が出来れば、と嘆いてたけど、本音は別にある筈だ。掃除部隊が突入する度、とんでもないモノが落ちてやしないかとハラハラするのは御免だってね。君のハーレイに余計な心配を掛けるようでは、気配り上手とはとても言えない」
そうならないよう整理整頓を頑張りたまえ、と会長さんが発破をかけて、ソルジャーは今度は昼食の支度。お料理なんかはまず無理ですから「そるじゃぁ・ぶるぅ」が盛り付けた海老とアサリのスープパスタとサラダを配膳したのですが…。
「カトラリーはきちんと揃えて置く! 器を置くのも向きを考えてキッチリと!」
どうして向きがバラバラなのだ、と会長さんはソルジャーのアバウトさに脱力中。楕円形の深皿は幅が広い方を正面にしてセッティングするのが常識ですけど、狭い方が正面だったり、斜めだったりがソルジャー流で。
「そんなの、どうしても気になるのなら食べる時に直せばいいだろう! 食べる人がさ」
「その考えがアウトなんだよ、君はおもてなし失格だってば! 大切なのは気配りだって言っただろう! 器を直させるなんて気配り以前の問題だし!」
気持ち良く食べて貰いたまえ、と会長さんが文句を言えばソルジャーは。
「うーん…。気持ち良く食べて貰っていると思うけどなぁ? あ、ぼくは食べる方のつもりだけれど、ハーレイ的にはそうじゃない。ぼくを食べるって姿勢のようだし、向きも全く気にしてないよね」
気に入らなければ直すだけだし、と胸を張るソルジャー。えっと…キャプテンに手料理を作ることなんてあるのでしょうか? 自分では食べる方のつもりなんだとか言ってますから、お菓子かな? それをキャプテンにお裾分けなら、気配りなのかもしれません。…って、あれ? 会長さん?
「どうしてそういう方へ行くかな、君って人は!」
「そりゃあ…。そもそも修業に来た目的がさ、演技の仕方の練習だったし!」
ん? なんだか話が謎っぽいです。お菓子の話じゃなかった…んでしょうか、会長さんの顔が険しいですが…?



「演技の仕方の練習って何さ!?」
ぼくに分かるように説明しろ、とソルジャーを睨み付ける会長さん。ソルジャーは適当に並べて怒りを買ったスープパスタの器の向きを整え、自分の席に腰掛けてから。
「もしかして分かっていなかった…とか? 片付けるのが上手になったら恥じらいってヤツも身に付くんだろう? ハーレイは恥じらった方が好みらしいし、そういう演技をしてみようかと」
「なんだって!?」
会長さんは瞬時に目が点、私たちだってビックリです。恥じらいの演技の練習だなんて、それ、お片付け修業で出来ますか? そりゃあ……マナー違反な行動なんかを教えられたら、今までの自分をちょこっと反省しますけど…。
「だからね、ハーレイのために片付け上手を目指してるわけ! でも上達なんかするわけないから、上達したふりでいいんだよ。きっと恥じらいの演技も分かってくるって!」
どんな感じになるんだろう、とソルジャーは夢多き色の瞳で。
「…向きを気にしろと言っていたよね、気持ち良く食べて貰うには? それってどうすればいいのかな? 今日はコレだと思う体位はハーレイにもあると思うんだ。さっきの紅茶とコーヒーみたいに直接訊くのが一番かい?」
「「「???」」」
ますます分からん、と途方に暮れる私たちを他所に会長さんが。
「それを訊くのはTPOってヤツだろう! 訊いていいのか、訊かずに察して動くべきかが気配りなんだよ、分かってないし!」
「そうなんだ? じゃあ、ハーレイの思考を読ませて貰って好みの向きになるべきだって?」
「恥じらい以前の問題だよ、それ! 恥じらいは限りなくゼロに近いね、そういう思考を持つようではね!」
意味不明な方向に突っ走り始めた会長さんたちの会話でしたが、そこはソルジャーも同じだったようで。
「それじゃ、どうすれば恥じらい込みで好みの向きに出来るわけ? 模範演技とか無いのかな? こっちのハーレイを相手にやれとは言わないからさ、台詞だけでも」
「「「!!!」」」
やっと話のパズルがピタリと頭の空間に収まりました。万年十八歳未満お断りだけに誤差は相当あるのでしょうけど、ソルジャーが会長さんから習いたい事は大人の時間の演技について。
「頼むよ、恥じらいの台詞を教えてくれれば午後の練習も頑張るからさ! 明日以降のお片付け修業にもキチンと通うし、一つだけでも!」
知りたいんだよ、と懇願するソルジャーの希望の品は大人の時間の決め台詞。恥じらい込みで好みの向きを、と言われましても………何の向き? そもそも会長さんに答えが分かるのか、フィシスさんとの時間の応用でいけるのか…?



「……ようこそいらっしゃいました……」
「「「は?」」」
会長さんが喉の奥から絞り出した台詞は斜め上というヤツでした。それって普通にウェルカムメッセージとか言いませんか? ソルジャーもポカンとしていますけれど、会長さんは腹を括ったらしく。
「本日はこういうお茶を御用意しておりますが、どれになさいますか? …これがティーパーティーを始める時のお約束! お茶が決まったら濃さの好みと、ミルクと砂糖の好みを尋ねる。これで気配り万全ってね」
「…なるほどねえ…。まずはハーレイに歓迎の意を表する、と。それから体位を色々と挙げて、どれにするかを決めて貰って、濃いめか軽めかの好みを訊くんだ? 言われてみれば理に適ってるかも…。一度も気にしたことが無いしね、ハーレイの好み」
これは使える、とソルジャーは何度も頷いています。
「恥じらい込みで好みの体位を訊くにはウェルカムの気持ちが大切なんだ? 気配り上手は片付け上手だったっけ? そういう心でウェルカムなんだね、よし、覚えた!」
今夜から早速実践あるのみ、と至極ご機嫌な様子のソルジャー。私たちには意味が掴めない単語も多数ありましたけれど、納得してくれる台詞を捻り出した会長さんは流石というもので。
「覚えたんなら片付けの方もキリキリと! お皿洗いも真面目にね」
「うん、勿論! 身に付くとはとても思えないけど、修業すればスキルアップを図れるんだし…」
目指せ、完璧な恥じらい演技! とソルジャーはやる気満々でした。お昼御飯の片付けを頑張り、午後のティータイムは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に教わりながら練習を。
「ようこそいらっしゃいました。…えーっと、本日のお茶は……と…」
危ない手つきでソルジャーが淹れてくれた紅茶はまずまずの出来。コーヒー党のキース君まで強引に紅茶にされてしまった点は気の毒でしたが、他人様の修業に付き合うというのも仏道修行の一環ですよね?



こうして夕食の片付けまでを懸命にこなして帰ったソルジャー。どうなったのか、と戦々恐々で明くる日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を訪ねてみれば。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「こんにちは。一足お先にお邪魔してるよ」
今日の紅茶はどれにする? とティーセットを前にしたソルジャーが。
「昨夜はホントに凄かったんだよ、恥じらい効果はもうバッチリ! ハーレイときたら耳まで真っ赤になってくれてさ、その後はもう大喜びで…」
「その先、禁止!」
イエローカードを突き付けている会長さんにソルジャーはまるで見向きもせずに。
「好みを訊くって大切なんだね、それだけで違ってくるなんて…。修業に出掛けた甲斐があった、ってハーレイは感激していたよ。ついでに片付けの方もよろしく、と言っていたけど、演技だけで舞い上がってくれるんだったら要らないよねえ?」
片付けなんて、とパチンとウインクするソルジャー。何か間違っているのでは、と首を捻りまくる私たちのために熱々の紅茶が注がれ、今日の修業も絶好調です。会長さんの教えどおりにカップの取っ手を優雅に摘んだソルジャーは…。
「このマナーをハーレイに早く教えたくってさ、今朝は二人でモーニングティーを飲んだわけ。ゆっくり紅茶を楽しんでからハーレイはブリッジに出掛けて行ったよ、満足してね。…それで急いでブルーの家まで報告に来てさ、優雅に地球での朝御飯!」
「…そうなんだよねえ、朝っぱらから押し掛けてきちゃって迷惑な…。あ、カップは洗って片付けてから来たんだろうね?」
訊き忘れてた、と会長さんが尋ねれば。
「え、カップ? 夜にハーレイが洗ってくれるよ、いつも基本はそうだから」
昼間に時間が取れた時には洗いに来ることもあるんだけれど、とソルジャーは片付け修業の一歩目から既に躓いてしまっているようです。青の間が壊滅的な姿になる日も近そうですけど、夫婦円満ならいいのかな? キャプテン、どうか恥ずかしい失せ物の件は諦めてやって下さいね~!



               片付かない人・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ソルジャーの恥じらいの無さは毎度お馴染み、一生モノです。直る見込みはありません。
 来月は 「第3月曜」 3月17日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 最近ハレブル別館の更新が増えておりますが、シャングリラ学園は今までどおり続きます。
 月イチ、もしくは月2更新、それは崩しませんからご安心をv
 ハレブル別館で扱っているのは転生ネタです、なんとブルーが14歳です、可愛いです。
 先生なハーレイは大人ですけど、エロは全くございません。
 ほのぼの、のんびりテイストですので、よろしかったらお立ち寄り下さいv
  ←ハレブル別館は、こちらからv
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。


※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、2月は恒例の節分祭に出掛けるバスの車内でエライ騒ぎに…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv







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「やっぱり全然、変わらないよ…」
 鏡を覗き込んだブルーは溜息をついた。鏡の向こうの自分も溜息をつくが、憂い顔と呼ぶにはあまりに幼いその顔立ち。脹れっ面とまでは言わないまでも、不満たらたらな十四歳の少年の顔が其処に映っていて。
(……育ってるかと思ったんだけどな)
 念のために、とクローゼットの横に立ってみる。
「……ホントに駄目かぁ……」
 母に見付かって叱られないよう、鉛筆で微かに付けた印はブルーの頭の天辺よりも二十センチほど上だった。それはブルーの前世であったソルジャー・ブルーの背の高さ。
 十四歳になって間もないブルーは百五十センチしか無かったけれども、前世では百七十センチはあった。その高さまで背を伸ばすことがブルーの目標だったりする。



 前世から遙かな時を経て生まれ変わった平和な星、地球。
 同じく地球に生まれ変わっていた前世での恋人、ハーレイと出会い、共に記憶を取り戻したまでは良かったのだが、ハーレイはブルーの倍以上もの年を重ねた大人であった。
 おまけにブルーが通う学校の教師。
 かつて恋人同士だったブルーを前世と変わりなく愛し慈しみ、大切に扱ってくれるハーレイとは何度も逢瀬を重ねて来た。しかし、前世とは決定的に違う点がある。ブルーは子供で、ハーレイは大人。それゆえにキスさえしては貰えず、それ以上の仲は夢のまた夢。
「…ハーレイが言うのも分かるんだけど…」
 でも、とブルーは再び鏡を覗き込む。
(子供なのは姿だけだよ、ハーレイ。…ぼくは全てを思い出したし、君と一緒に過ごした時間も覚えてる。それなのにキスさえ出来ないだなんて、悲しくてたまらないんだけれど…)
 昨夜もハーレイの夢を見た。今の生ではなく、前世のハーレイ。青の間と呼ばれたブルーの部屋で愛し合う夢で、それは幸せで満ち足りた気分で目を覚ましたのに、鏡に映った自分は子供。
(…酷いよ、こんなの残酷すぎだよ…)
 夢の中に居た自分の姿と変わらないほどに育たない限り、ハーレイと前世のような時間は決して持てない。ブルーはクローゼットに付けた印の方を眺めて何度目か分からない溜息をつき、諦めて朝の着替えを始めた。
 そもそも前世での愛の営みを夢に見たのに、身体に何の変化も来たさない辺りがブルーの子供たる所以だったが、それにすら全く気付かないほどにブルーは幼く、無垢だった。
 ハーレイはとうにそれと見抜いてキスも許さず、十四歳のブルーを壊れ物のように扱っている。その恋人の心も知らずに己の現状に不満一杯、早く大きくなりたいブルーの心と身体との間のギャップはまだまだ埋まりそうにもなかった。



「おはよう、ブルー。遅かったのね」
 階下のダイニングに行くと、母が朝食の用意を整えていた。父はとっくにテーブルに着いて分厚いトーストに齧り付いている。
「どうした、朝から変な顔して? 何処か具合でも悪いのか?」
 見詰めてくる父に「ううん」と答えて、ブルーは自分の席に座った。
「…パパ。背がうんと高くなるのって、いつ頃?」
「えっ? そうだな、パパはお前くらいの頃だったかなあ…。学校に入ってすぐの年には面白いくらいに伸びたもんだが」
 懐かしそうに語る父は、大柄なハーレイには及ばないものの長身の部類に入るだろう。母だって決して低くはないのに、ブルーは同じ年頃の少年たちに比べると小さく、背の順で並べばクラスどころか学年中でさえも一番前だ。
「…ぼくも大きくなれるかな?」
「そりゃあ、パパとママとの子供だからな。そのままってことはないと思うぞ、伸びる時には伸びるものさ」
「…それって、いつ?」
 ブルーは「もうすぐさ」という返事を期待した。けれど…。
「さあなあ、遅い子は遅いらしいしなあ…。どう思う、ママ?」
「そうねえ…。ママのクラスにも卒業間近で伸びた子がいたし、そればっかりは分からないわね」
「そ、卒業って…。そんなに先かもしれないの?」
 ショックを受けたブルーだったが、両親はまるで気にしていない。個人差だから、と笑い合いながら「早く大きくなりたかったら食べることだ」と聞き飽きた台詞を口にする。
「お前はあんまり食べないからなあ…。それじゃパパみたいに大きくなれないぞ」
「そうよ、朝御飯もしっかり食べなさい。ミルクも飲むのよ」
「…分かってる…」
 両親の言葉は正しかったが、ブルーが知りたいのは「いつになったら前世と同じ高さほどに背が伸びるのか」と「早く大きくなる方法」。もしかしたら卒業間近まで無理かもしれない、と聞かされた気分はドン底だった。
(……卒業って、まだまだ先なのに……)
 ブルーが通う学校は義務教育の最終段階。かつてSD体制と呼ばれた時代の教育システムを引き継ぎ、十四歳で入学してから四年間を過ごす学校。一年生のブルーにとっては卒業は遙か先のことだ。それまで背が伸びないかもしれないだなんて、どうすればいいというのだろう?


 
 すっかりしょげてしまったブルーは学校が日曜日で休みということもあって、朝食の後は自分の部屋のベッドに突っ伏していた。
(どうしよう…。これじゃハーレイの恋人どころか、また子供だって言われるよ…)
 そのハーレイはブルーをきちんと恋人扱いしているのだけれど、ブルーにはそれが理解出来ない。恋人同士ならばキスは当たり前、今日の夢で見たような関わりを持つのが当然だと思い込んでいる。前世ではそういう仲であったし、それでこそ真の恋人同士と言えるのだ、と。
 ブルーに決して手を出すまいと懸命に自制しているハーレイの心など知りもしないのが十四歳の子供の真骨頂。なまじ前世の記憶があるから、自分では恋の酸いも甘いも噛み分けていると頭から信じて疑わない。
 自分自身の外見だけが恋の障害でハードルなのだ、と勘違いをして背を伸ばしたいと願うブルーは正真正銘お子様だった。三世紀以上も生きた前世の精神構造をそのまま引き継いだわけではなくて、今の生の記憶と融合する過程で十四歳仕様にカスタマイズされたことなど気付く筈もなく。
(…ハーレイ、ちゃんと待っててくれるかな…。ぼくの背が伸びるまで待ってくれるかな?)
 それまでに結婚してしまうかも、とブルーはベッドで頭を抱える。
 ついこの間も父が会社の部下の結婚式に招かれて行ったのだけれど、お土産の花嫁手作りの菓子に添えられた写真の新郎はハーレイよりもかなり若かった。学校の他の先生だって、ハーレイくらいの年の男性はほぼ全員が結婚している。
(…年を取るのは止めるって言ってくれたけど…。それでもホントの年は取るよね)
 今のハーレイの年齢にプラス数年。結婚したって可笑しくはないし、むしろその方が自然だろう。ブルーが本物の恋人になれない以上は、似合いの女性を見付けて結婚ということも充分あり得る。
(どうしよう…。そうなっちゃったら、ぼくは独りになっちゃうのに…!)
 そんなこと、考えたくもない。
 ハーレイのいない人生なんて絶対嫌だし、ハーレイと一緒に生きてゆきたい。
 なのに自分は恋人失格、ハーレイを繋ぎ止めておくだけの魅力どころか外見すらも持ってはおらず、恋人に相応しい姿がいつ手に入るのか見通しすらも立たないわけで……。
(…せっかく会えたのに、離れ離れになっちゃうなんて…)
 しかもハーレイには新しい恋人、愛する妻という存在が出来てのお別れ。ハーレイは満ち足りているだろうけれど、残された自分は独りぼっちでどうやって生きていけばいいのか。
 あんまりだ、と思考の泥沼に囚われてしまったブルーは部屋の扉がノックされたことにも気付かなかった。扉が何度もノックされた末に、「寝てるのかしら?」と呟いた母が「お茶の用意をしてきますから」と客人を扉の前に残して階段を下りて行ってしまったことも。



 ブルーの部屋の前に立った客人。
 学校へ着て行くスーツではなく、ブルーの家を訪ねて来る時の常でラフな格好をしたハーレイは扉の奥から感じる気配に苦笑していた。
 前世のブルーは高い能力とソルジャーの立場ゆえに心を固く遮蔽していたが、十四歳のブルーは違う。感情が高ぶると心の中身が零れがちだ。もっとも、それを感じ取れる者はどうやらハーレイだけらしい。現にブルーの母は気付かず、寝ているものだと思ったようだし…。
「おい、ブルー。いい加減、入るぞ」
 声を掛けても返事は返らず、ハーレイは鍵のかかっていない扉を開けた。ブルーがベッドに突っ伏している。枕に埋められた表情は見えず、相当に落ち込んだ雰囲気だけが漂っていて…。
「ブルー。…おい、ブルー?」
 開け放った扉を再度叩いても顔を上げようとしないブルーにハーレイは半ば呆れつつ、ベッドに近寄る。ブルーの母はまだ暫くは来ないだろう。ならば…、と前世で幾度も愛撫してやったブルーの耳元に唇を寄せた。
「…ブルー。お前、そんなに俺を人でなしにしたいのか?」
「………ハ、ハーレイっ!?」
 ガバッと飛び起きたブルーは文字通り耳の先まで真っ赤になった。
 これが前世のブルーだったら、耳まで真っ赤に染まった後には恋人同士の睦言に傾れ込む所だけれども、生憎と今の十四歳のブルーは恥ずかしさで赤くなったに過ぎない。それが分かるから、ハーレイは必死に笑いを堪える。
「何をぐるぐる考えていた? 筒抜けだったぞ、お母さんにバレたらどうするつもりだ?」
「え? えっ、ママ、来てた?!」
「来ていたさ。寝ているのかも、とお茶の用意をしに行ったが?」
「……そ、そうなんだ……」
 だったら直ぐに戻って来るね、とブルーは両手で頬を押さえる。
「ど、どうしよう…。顔、赤い? まだ赤い?」
「真っ赤だな。…安心しろ、ねぼすけの末路にありがちなことだ。涎が垂れていたとかな」
「ちょ、ハーレイ…!」
 ひどい、と抗議するブルーの頭の中から先刻までのマイナス思考は綺麗サッパリ消え失せていた。ハーレイが家に来てくれたというだけで嬉しかったし、耳元で言われた言葉も嬉しい。
 ハーレイはきっと結婚したりはしないだろう。ブルーが充分な背丈になるまで、その肉体の年齢を止めて待っていてくれるに違いない…。



「…ねえ、ハーレイ…」
「なんだ?」
 母が紅茶と焼き菓子とを置いて立ち去った後、ブルーはハーレイをまじまじと見詰めた。
「ぼくの背って、いつになったら伸びると思う?」
「さあな…。アルタミラから後は普通に大きくなったと思うが」
「そうだよねえ? だからそろそろ伸びてもいいと思うのに、全然、ちっとも伸びないんだけど」
 前の時はもっと早かった、と呟くブルーの記憶の中ではアルタミラ脱出の直後が一番の成長期。流石に一年で二十センチも伸びてはいないが、今の自分に当てはめてみれば一ヶ月に一センチ弱くらい伸びてもいい気がする。
「お前、何かを忘れていないか? アルタミラで初めて会った時のお前と今のお前は同じくらいだが、お前、あの時、十四歳か?」
「えっ……」
 思わぬ問いに、ブルーは記憶を遡る。前世でアルタミラの研究施設に囚われていた自分は確かに十四歳の頃の姿だったが、その姿で何年過ごしただろう? 五年? 十年? あるいはもっと…?
「…も、もしかして…。まだまだ全然伸びないわけ? 卒業どころか、もっと先まで?!」
 それは困る、と涙が溢れそうになる。
 いくらハーレイが待っていてやると言ってくれても、それでは自分の心が持たない。恋人だなんて名前ばかりで、キスさえ出来ずにこのままだなんて…!
「ブルー、落ち着け」
 ポロリと涙を零したブルーの頬にハーレイの温かな手が優しく触れた。
「此処はアルタミラじゃないんだ、ブルー。…お前は本物の十四歳で、家族もいるし暖かな家も飯もある。あの頃みたいに成長が止まるわけじゃない。時が来たら自然に伸びるさ、少しずつでも」
「……本当に?」
「ああ。いつかは知らんが必ず伸びる。だからしっかり飯を食うんだな」
 そして大きくなるんだぞ、と大きな手でクシャクシャと頭を撫でられ、ブルーはまた少し複雑な気分が蘇ってきた。
 前世でこんな風に頭を撫でられた記憶は殆ど無いのに、何かと言えば撫でられる。つまりは立派な子供扱い、やっぱり自分はハーレイからすれば恋人ですらない子供なわけで…。



「…こら! お前、何度言わせるつもりなんだ」
 いきなり強く、息が止まるほどに抱き締められた。でも、ここまで。抱き締めて貰えてもキスは貰えず、背中を優しく撫でられるだけか、そっと頭を撫でられるか。
(…ほら、今だって子供扱い…)
「悪かったな!」
 コツン、と頭を小突かれた。
「お前は本当に子供なんだし、それなりにしか扱わん。…だがな、俺はお前しか欲しくはないし、何十年だって待つだけの覚悟はあるさ。それだけの価値があるからな」
「…えっ?」
「お前がどんな姿に育つか、俺は覚えているんだぞ? あんな美人を俺は知らない。これから先も、お前の育った姿以外に目にすることは絶対に無い。…だから、お前も信じて待て。何を焦っているのか知らんが、お前はとっくに恋人なんだぞ」
 こんな小さな子供でもな、とハーレイは豪快に笑ってみせた。
「俺の悩みを教えてやろうか? いつかお前が育った時にな、お前の両親に何て言おうかと…。どう言ってお前を貰えばいいのかと、そればっかりを考えているさ」
 ……昼も夜もな。
 そう告げられて熱く見詰められ、ブルーの頬が真っ赤になった。
(…そうだった…。パパとママがいたんだったっけ)
 本物の恋人同士になった時には、何処で過ごせばいいのだろう? ハーレイの家で一緒に暮らす? それともこの家にハーレイが…? パパとママには何て言えば…?
(駄目、ダメ、ダメーーーっ!)
 どうしたらいいか分からないよ、と軽くパニック状態になる。此処で慌てふためいていることこそが子供の証明、ブルーがどんなに背伸びしてみても大人ではない確たる証拠で。
「ほら見ろ、お前は子供なんだよ。…背丈だけじゃない、いろんな意味でな。今の扱いで我慢しておけ、俺は恋人だと思っているから」
 それがハッキリ分からない内は子供ってことだ、と頭を撫でられて唇を尖らせそうになったけれども、ハーレイの瞳は穏やかながらも真剣だった。そのハーレイが「待て」と言うのなら…。
「…分かった。待つよ、きちんと大きくなるまで」
 沢山食べるのは苦手だけれども、ちゃんと食事してミルクも飲もう。背が伸びて昔みたいな姿になったら、ハーレイと本物の恋人同士。その日まで我慢して待たなくちゃ…。



 結局のところ、ハーレイが真面目に話して聞かせても、ブルーは理解していなかった。
 背丈が伸びれば大人になれる、と子供ゆえの純真無垢さで考える。
 心に身体がついてゆかないだけだと信じる十四歳の一途なブルーに、ハーレイは己の欲望との戦いも含めて悩まされることになるのだけれど、それもまたハーレイにとっては至上の喜び。
 甘美な悩みに苦しめられつつブルーを大切に想うハーレイと、ハーレイを慕い続けるブルーと。
 生まれ変わって出会えたからこそ紡がれる恋は、蘇った地球の息吹と共に………。




           大きくなりたい・了










 遠い昔、荒廃し切って人間が棲めなくなった星、地球。
 その地球を蘇らせるために完全な生命管理社会が築かれ、サイオンを持った新人類のミュウと、旧人類との戦いの火蓋が切って落とされた。
 それはとうに遙か彼方に過ぎ去った歴史の世界で、青い水の星として蘇った地球に今は大勢のミュウたちが暮らす。旧人類はもう植民惑星にすら残ってはおらず、人間と言えばミュウを指す社会。
 ブルーはそういう地球に生まれて育った。優しい両親と暮らす暖かで穏やかな日々に恵まれ、アルビノであることを除けば、ごくごく平凡な少年として。
 十四歳を迎えて間もなく、前世の自分が死の直前に受けた傷痕がその身に現れ、あまりにも特異で悲劇的であった前世の記憶を取り戻すまでは……。



「…ハーレイっ…!」
 自分の悲鳴で目覚めたブルーの瞳に常夜灯だけが灯った暗い部屋が映る。
(……夢だったんだ……)
 腕を伸ばして明かりを点ければ、其処はいつもの自分の部屋。机の上にはノートと教科書が置かれ、学校へ提げてゆく鞄もあった。
 そう、今の自分は両親と共に地球で暮らしている普通の少年。三百年以上もの長い時を生き、その仲間たちの盾となるために一人きりで戦い、宇宙に散ったミュウの長ではないのだけれど…。
「…また、あの夢…」
 怖い、とブルーは身を震わせて自分の身体を抱き締めた。
 忌まわしい青い光に満ちた惑星破壊兵器・メギドの制御室。其処で何発もの銃弾を受け、自らのサイオンを暴走させて巨大なメギドを道連れに死ぬ。
 その夢を何度見ただろう。目が覚める度に言い知れぬ不安に襲われる。実は自分はあの時に死に、魂だけが地球へ行きたくて夢を紡いでいるのではないか。今の日々は死んだソルジャー・ブルーが見ている夢で、十四歳の自分は彼が紡ぎ出した陽炎のように儚い幻なのではないだろうか、と。
(…怖い。怖いよ、ハーレイ…。夢だよね? ぼくが見ていたメギドの方が夢なんだよね?)
 そうだよね、と同意を求めたくても、応えてくれる声は無かった。
 前世でブルーが愛したハーレイ。
 ミュウたちの船、シャングリラのキャプテンであった彼もまた、ブルー同様に生まれ変わっていたのだけれど。ブルーの記憶が戻ると同時に彼の記憶もまた戻ったのだけれど、この生でブルーはソルジャー・ブルーではなく、ハーレイもキャプテンなどではなかった。
 ブルーは学校へ通う十四歳の少年であり、ハーレイはブルーの学校の教師。ただそれだけしか接点の無い二人にとっては共に暮らすなど夢のまた夢、こうして夜中に独り目覚めても傍にハーレイの温もりは無い。
(……ハーレイ…。今すぐ君に会いたいよ。夢だと言って欲しいよ、ハーレイ…)
 ハーレイの所へ飛んで行けたなら、とブルーの瞳から涙が溢れる。
 会いたい。ハーレイに会いたくてたまらないのに、ハーレイの家は何ブロックも離れた先で。
(…ぼくだってタイプ・ブルーなのに…)
 飛べないなんて、とブルーはポロポロと涙を零した。



 ブルーのサイオン・タイプは名前そのままに、前世であったソルジャー・ブルーと同じに最強レベルと謳われるブルー。
 けれど人類が全てミュウとなった社会でタイプ・ブルーの高い能力は必要が無い。攻撃力などは言わずもがなだし、得意とされる瞬間移動も私的な移動ならばともかく、登下校や出勤などの際にはルール違反とされる有様だった。
 それゆえにブルーは瞬間移動をしたことがない。幼い頃から駆け回るよりも本を読んだりする方が好きで、足の速い友人たちを出し抜くための瞬間移動などブルーにはまるで必要無かった。
 瞬間移動が出来ないタイプのミュウも多いから教えてくれる授業は無いし、成長の過程で自然に身に付けることをしなかったブルーにとっては雲の上の技と呼ぶに等しい。
(…ハーレイの所へ飛んでいけたら…)
 一度だけ遊びに行ったことのあるハーレイが一人で暮らす家。
 それまではハーレイがブルーの家を訪れ、ブルーの母がお茶を淹れたり食事を用意してくれたりと気遣ってくれるのが常だった。母の気持ちは有難かったが、ブルーは何処か落ち着かない。前世のようにハーレイと二人きりの時間を過ごしたいのに、同じ屋根の下に母がいるのだから。
 そういう逢瀬が続いただけに、ハーレイの家に招かれた時は嬉しかった。誰にも邪魔をされることなく、母が来ないかとドアの方をいつも気にしていなくても済む。
 すっかり舞い上がってしまったブルーは前世で失った時間を取り戻すかのようにハーレイに甘え、幸せなひと時を過ごしたのだけれど…。
「ブルー。…やはり次からは私が行こう」
 帰り際にハーレイがそう告げた。
「…お前と二人きりになってしまうと抑えが利かなくなりそうだ。お前に自覚は無いかもしれんが、お前、昔とそっくりな顔をしていたぞ。…そんな表情、お前にはまだ早いんだ」
 駄目だと言われるキスを強請ったわけでもないのに、どの辺りがいけなかったのか。キョトンとするブルーにハーレイは重ねてこう言ったものだ。
「自覚が無いなら、尚更だな。…お前の中身は昔と変わっていないんだろうが、お前は心も身体も子供だ。…俺はお前を大事にしたいし、それが分かるなら来るんじゃない」
 それきり、ハーレイは家に呼んではくれなかった。学校のクラブ活動での教え子たちは遠慮なく遊びに行っているのに、ブルーは呼んで貰えない。いっそクラブに入ろうかとまで思い詰めたが、運動の類が不得手なブルーにハーレイが顧問を務めるクラブは些か敷居が高すぎた。



(…ハーレイ…。会いたいよ、ハーレイ…)
 ハーレイならきっと、さっきの夢を「もう過ぎたことだ」「思い出すな」と何度も繰り返してくれるだろうに。…会いたい時にハーレイがいない。こんな夜中に独りで泣いていたくはないのに、飛んで行くことすら叶わない自分。
 せめてタイプ・ブルーの能力どおりに瞬間移動が出来たなら。
 そうしたら数ブロックの距離くらい軽く飛び越え、ハーレイの家に行けるのに。
 「来てはいけない」とは言われたけれども、こんな夜は側に居て欲しい。メギドでのことは過ぎたことだと、今の生は夢でも幻でもなく、間違いなく二人で地球に居るのだと、繰り返し言って欲しいのに…。
(……ハーレイ……。側にいて抱き締めて欲しいよ、ハーレイ……)
 けれど空間は越えられない。
 ミュウしかいない今の世界では、ハーレイの許にだけ届く思念を紡ぐことすら難しい。瞬間移動を教える授業が無いのと同じで、その術もブルーは習わなかった。相手を定めず、ただ大声で叫ぶに等しい思念だったら数ブロックくらい離れていたって届けられるのかもしれないけれど。
(…それこそ近所迷惑だよね…)
 今のような夜中でなくとも、不特定多数に届く思念を私的な目的で放つ行為は無作法とされる。誰の思念かがバレようものなら、父や母に苦情が来るかもしれず。
(……ハーレイ……)
 会いたいよ、と枕に顔を埋めて半ば泣きながらブルーは再び眠りに就いた。せめて今から見る夢でくらい、ハーレイに会いたいと願い続けながら…。



 ブルーが心底、会いたいと願って求めたハーレイ。
 そのハーレイはブルーが夢にうなされて目覚めたことも、泣いていたことも全く知らずに自分のベッドで眠っていた。夢さえ見てはいなかったのだが、不意に意識が浮上する。
「………ん?」
 ハーレイの傍らに何かが居た。子供の頃に母が飼っていた猫の温もりを思い出す。
(…また来たのか…)
 自分の身体で猫を潰してしまわないよう、寝ぼけ眼で押しやろうとして気が付いた。此処まで自分が育つよりも前に猫はいなくなってしまった筈だ。では、何が…?
 夜の闇の中、手探りでその生き物を判別するべく触れようとした矢先にそれが身じろぐ。
「……ハーレイ……」
 会いたいよ、と涙交じりの声が微かに聞こえた。
(ブルー?!)
 何故、とハーレイは仰天した。恐る恐る伸ばした指先に感じる柔らかく滑らかな頬の感触。前世で何度も触れて口付けた、愛おしいブルーの頬そのままで。
(…ど、どうしてブルーが此処に居るんだ!?)
 いつの間に、と慌てふためく心に届いたブルーの思い。前世の彼なら有り得なかった、遮蔽されていない心から溢れて流れ出す記憶。
 メギドでの出来事を夢に見てしまい、怯えてハーレイを呼んでいた。会いたいと願い、それが叶わぬ悲しみに泣き濡れながら眠りに就いて、恐らくは……。
(……無意識の内に飛んだのか…。誰が教えたわけでもないのに……)
 前世のブルーは自由自在に飛ぶことが出来た。その記憶が助けたのかもしれない。とにかくブルーは眠っている間に、自分のベッドからハーレイが眠るベッドへと空間を越えて来たわけで。
「……弱ったな……」
 ハーレイはボソリと呟いた。
 ブルーが考えているよりもずっと、ハーレイはブルーに惹かれている。かつてハーレイと恋人同士の時を持つようになった頃よりも、今のブルーは幼く、か弱い。それなのにブルーを求めてしまう。既に手に入れているブルーの心と共に、その身体をも愛し、思う存分、貪りたくなる。
 しかしブルーの心はともかく、身体にはまだ求める行為は早過ぎた。前世と同じくらいに育つまでは、と懸命に自制し、家にも決して訪ねて来るなとあれほどに念を押したのに…!



「……ハーレイ……」
 ブルーが瞼を閉ざしたままで、ハーレイの腕に縋り付いてきた。求める温もりを見出したからか、そのままスルリと懐にもぐり込み、後は穏やかな寝息が聞こえてくるだけ。
(…おい、ブルー! 襲われたいのか!)
 無防備すぎるブルーの姿にハーレイは恐慌状態だったが、それをブルーが知る筈もない。その夜、すやすやと眠り続けるブルーとは逆に、ハーレイは夜明けまでまんじりともせずに己の欲望と戦うことを余儀なくされた。
 うっかり眠ってしまったが最後、何をしでかすか分からない。なにしろ前世の自分とブルーは身も心も結ばれた恋人同士で、ブルーの身体の弱い所も隅々までも、指が、この手が、あますことなく記憶し、覚えているのだから。



 翌朝、ハーレイのベッドで目覚めたブルーは「あれ?」と周囲を見回してから、蕩けそうな笑みを浮かべて言った。
「…おはよう、ハーレイ。もしかして、気が付いて来てくれた…?」
「違う、来たのはお前の方だ。…お前がいるのは俺のベッドで、この家は俺の家なんだが…」
 その瞬間のブルーの笑顔を、ハーレイはきっと生涯、忘れることは出来ないだろう。喜びに満ちて輝くような眩しく、そして美しい笑顔。
「ハーレイ…!」
 ブルーはハーレイが徹夜で己と戦い続けたことも知らずに抱き付き、その胸に頬を擦り寄せた。
「良かった、あれは夢じゃなかった。…メギドの夢を見たんだ、昨夜。とても怖くて、ハーレイにとても会いたくて…。会いたくて、どうしても会いたくて…。そうしたら側にハーレイがいた」
 しがみ付いたら温かかった、とブルーはハーレイの胸に甘える。
「…ぼくは飛べないと思っていたけど、飛べたんだ。もう今度から夢を見たって怖くない。…ハーレイの所に来てもいいよね、飛べるんだから」
「……あ、ああ……。そうだな、お前は飛べるんだしな…」
 怖い夢を見たらいつでも来い、とブルーの倍以上の年を重ねた大人の貫録を示してやりつつ、ハーレイは秘かにうろたえていた。
 前世でのブルーの能力の高さからして、二度目、三度目は確実にあるだろう。その度に蛇の生殺しなのか、と天を仰ぎたい気持ちになる。
 おまけに今日の、この状況。幸い土曜日で学校の方は休みだったが、ブルーの両親に何と説明するべきか…。ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが恋仲だったという事実など誰一人として知りはしないし、何ゆえにブルーが此処へ来たかを話すことはとても難しそうだ。
「…ハーレイ? どうしたの、何か迷惑だった?」
「い、いや…。今日は学校は休みだったな、と思ってな」
 朝飯にするか? と尋ねるとブルーは嬉しそうにコクリと頷いた。年相応なその表情にハーレイは心で苦笑する。身体が中身についていかない、誰よりも愛おしくて大切な恋人。手を出さないよう我慢するのは拷問だったが、それもブルーに再び出会えたがゆえの甘く切ない茨の檻で。
「よし、お前のために腕を奮うとするか。これでも料理は得意なんだぞ」
 沢山食べて大きくなれよ、とブルーの銀色の髪を右手でクシャクシャと撫でてベッドから降りる。
(…まずはブルーの家に連絡しておかないとな。朝飯が済んだら送って行くか)
 考えながら歩き始めたハーレイの腕にブルーがギュッと抱き付いてきた。何処までも無自覚で、それでいて立派な恋人のつもりの十四歳のブルー。当分はギャップに悩まされることになりそうだ、と溜息をつきながらもハーレイもまた、心地よい幸せに酔いしれていた……。




              君の許へと・了





※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






今年の学園祭も盛況だったサイオニック・ドリームが売りの喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』。初めて開催された年から同じ店名を使い続けて毎年人気を博しています。普段は入れない「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋と世界のあちこちへ旅するサイオニック・ドリーム、行列の出来る定番で。
「かみお~ん♪ 今年も凄かったね!」
お客様が一杯だったよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。学園祭が終わった翌日の放課後、すっかり元通りになった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋では会長さんが会計ノートをチェックしながら。
「うん、値上げの影響も全く無し! 来年はもっと上げてもいいかもね」
「あんた…。良心価格ってヤツはどうした!」
学園祭の出し物なんだぞ、とキース君が顔を顰めましたが、会長さんは。
「別にいいじゃないか、学校にはちゃんと届け出してるし…。この値段でもかまいません、と許可が下りたということはさ、それが適正価格なんだよ。良心どうこうは関係ない」
「しかしだな…!」
「そもそも最初に始めた年から観光地価格でぼったくりじゃないか。それでもクチコミで大評判! 今はサービスも向上してるし、より高くなるのは仕方ないよね」
オプショナルツアーもあるんだからさ、と涼しい顔の会長さん。いつの間にやらサイオニック・ドリームでの旅にはオプショナルツアーが出来ていました。割増料金でバージョンアップが出来るのです。普通なら景色を見物するだけですけど、遊覧飛行になっちゃったり。
「オプショナルツアーはサイオニック・ドリームを操る方にも技量が要る。特殊技能が必須の作業は工賃が高くなるのが相場だろ?」
「…あんたにとっては朝飯前の作業だったと思ったが?」
「まあね、ダテにソルジャーはやっていないさ。でも君たちには出来ない技だし…。ゼルたちだって分かってるから値段に文句は言えないんだよ」
お蔭で今年も儲かった、と会長さんは上機嫌です。お金に不自由はしていないくせに儲けたがるのが会長さん。教頭先生から毟り取る日々も続いていますし、言うだけ無駄というものでしょう。と、お部屋の中に携帯端末の着信音が。



「おっと…。誰かな?」
会長さんが端末を取り出し、着信メールを確認するなりサクッと削除。
「…ゴミだった」
「「「は?」」」
ビックリ仰天の私たち。会長さんの端末はソルジャー仕様になっています。セキュリティなどは完璧ですし、迷惑メールが来たなんてことは一度も無かった筈ですが…?
「たまには紛れて来ることもあるよ。君たちがいる時に来ないだけでさ」
なんだ、そういうものですか! ソルジャー仕様というだけで凄いモノだと思ってましたし、そんな会長さんのメールアドレスを知っている私たちも特別なんだと偉くなった気分だったのに…。
「えっ、君たちは特別だよ? 仲間全員にアドレスを教えちゃいないってば」
そんなことをしたら大変だ、と会長さん。お正月の「あけおめメール」で大惨事になる、と言われてみればそのとおり。恐らく全員が送るでしょうし…。
「というわけでね、ぼくのアドレスは一部の人しか知らないさ。いざとなったら思念波ってヤツがあるだろう? 発信源も一発で分かって安全、確実、しかも迅速!」
「あー、そっか!」
やっぱりアレが一番なんだね、とジョミー君。思念波は本当に便利です。私たちも電話やメールの代わりに使える程度には上達しました。でも、そこからの成長は全く見られないまま、今に至っているわけで。
「ブルーみたいな瞬間移動とか、いつ出来るようになるのかなぁ…。ぼくも一応、タイプ・ブルーなのに…」
「お前の場合は努力不足だ!」
キリキリ頑張って修行しろ、とジョミー君の肩をガシッと掴むキース君。
「ついでに仏道修行もどうだ? 来年度の専修コースなんだが、願書の締め切りはまだなんだよな。寮に入って仏の道を…」
「嫌だってば!」
絶対嫌だ、とジョミー君がギャーギャー喚く姿も今やすっかりお馴染みです。いつ諦めて専修コースに入学するかをシロエ君たちと密かに賭けているとは、口が裂けても言えませんねえ…。



学園祭が済むと季節は冬へと一直線。今年は寒くなるのが早くて、学園祭のフィナーレを飾った後夜祭から急激に冷え込んでしまいました。それから後は日々、寒くなる一方で。
「今日からホットココアもあるよ! 寒くなったし!」
温かいお菓子の季節だよね、と今日の放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた焼き立てのチーズスフレでティータイムです。遅れてやって来た柔道部三人組は熱々のラーメンをガッツリ掻き込んでからデザート感覚でスフレの時間。お菓子は別腹、いくらでも入るらしくって。
「これが出てくると冬だなあって思いますよね」
ラーメンもですけど、とシロエ君。暑い季節は柔道部三人組のために出される軽食は粉モノ中心になっていました。お好み焼きとかタコ焼きだとか、夏の屋台でも定番になるメニューです。
「確かに冬だな、週末は寒波が来るらしいぞ。俺が道場に出掛けた年も寒かったが…」
今年も寒い冬になりそうだ、とキース君が熱いコーヒーを啜った所で携帯端末の着信音が。会長さんが端末を取り出し、不愉快そうに操作して元のポケットに戻しています。
「またゴミか? あれから毎日来ているぞ」
キース君が尋ねれば、サム君が。
「それ、着信拒否とか出来ねえのかよ? もしかして無理とか?」
「うーん…。残念ながらソルジャー仕様なものだから…。迷惑だから、って拒否にしちゃうと万一の時に困るしねえ…」
「でもよ、まるで関係ねえヤツなんだろ?」
拒否しちまえよ、とサム君が言い募る横から、シロエ君が「でも…」と人差し指を顎に当てて。
「その機能自体が無いって仕様じゃないですか? ほら、会長は一応、ソルジャーですから…。仲間からのSOSなら無条件で駆け付けないとダメだとかっていうのがありそうですよ? こいつキライ、って理由で見捨てたりとかが出来ないように着信拒否は不可能だとか」
「…流石、シロエは鋭いね。キースをライバル視するだけあってさ。お察しの通りの事情だよ、うん。ゴミといえども着信拒否は出来ない仕様さ」
不愉快だけど毎回削除、と会長さん。そんな面倒な仕様でしたか、ソルジャー専用の端末は! 一度迷惑メール業者に引っ掛かったら当分は届くみたいです。…あれ? でも、その辺のセキュリティー対策は万全なんじゃあ…? キース君も其処に気付いたらしく。



「おい。ソルジャー専用ってヤツのセキュリティー仕様はザルなのか? その辺の業者が送り付けるメールを弾くサービスは俺たちのヤツにも有るわけなんだが…。あんた、まさか仲間からのメールをゴミだとか言っていないだろうな?」
「仕方ないだろう、ゴミなんだから!」
ゴミと言ったらゴミなんだ、と会長さんは主張しましたが、その翌日の放課後に再び着信音が鳴り、メールチェックをしようとした会長さんの手からキース君が素早く端末を。
「あっ!」
「うるさい、チェックするだけだ。…おい、何処がゴミだ!」
キース君が私たちにも見えるように掲げた端末の画面には未開封メールが1件というマークと差出人の名前が表示されていました。キャプテン・ハーレイ……。えっ、キャプテン・ハーレイって教頭先生どころかシャングリラ号のキャプテンの方じゃないですか!
「か、会長…。それって、思い切り緊急連絡なんじゃあ……」
シロエ君が口をパクパクとさせ、キース君が。
「いや、毎日削除していやがっただけに、緊急性は無いんだろうが……重要性はあると見た。あんた、会議でもサボるつもりか? それともシャングリラ号への乗船拒否か?」
「それなら別口で連絡が来るさ、ゼルとかからね。メールだなんて面倒な手段は通り越してさ、家に直接押し掛けてくるとか、この部屋にズカズカ踏み込むとかで」
だから削除してかまわないのだ、と会長さんは端末を取り返そうとしたのですけど。
「あんたの言う事は信用出来ん! ソルジャーが速やかに任務を遂行しないなら、気付いた仲間が報告するのが筋だよな? とりあえず用件をチェックさせてもらう」
操作手順は俺たちのと変わらない筈だ、とキース君は会長さんの端末を手早く操作しましたが。
「…な、なんだと……?」
「だから言ったろ、ゴミなんだって!」
「なになに、教頭先生、何って?」
ゴミって何さ、とジョミー君がキース君の手元を覗き込むなり、目を丸くして。
「えーっと…。これって何…?」
「そのまんまだよ、読んであげようか?」
貸して、とキース君から端末を奪い返した会長さんはスウッと息を吸い込むと。
「良かったら私の車で帰らないか? 家まで送ろう。最後にハートの絵文字つきだ」
「「「えぇっ!!?」」」
「来ちゃったらしいね、ハーレイのモテ期。いや、発情期と言うべきか…」
一方的にモテ期と思い込む時期が、と溜息をつく会長さん。教頭先生のモテ期って……なに? 発情期は文字通りでしょうけど、メールとどういう関係が…?



教頭先生のモテ期という言葉は初耳でした。モテ期とくれば「モテる時期」ですが、一方的に思い込んでのモテ期というのが分かりません。首を傾げる私たちに向かって、会長さんは。
「ハーレイは本来、どうしようもないヘタレだというのは知ってるよね? そのせいもあって未だに童貞なんだけど…。たまにスイッチが入るんだ。頑張ればいける、自分がモテない筈が無い…って思い込んじゃって熱烈にアタックしてくるわけ」
「…そうだったのか?」
普段とお変わりなく見えるのだが、とキース君が怪訝そうに言えば、会長さんは大袈裟に肩を竦めてみせて。
「普段のハーレイだったらともかく、モテ期の時には強気なんだよ。自分に絶大な自信があるから、
毎日メールを抹殺されても気にしない! 自信に溢れているわけだからね、心の方も至って平穏、周りの人間が不審に思うような態度は取らないさ」
そしてアタックを繰り返すのだ、と会長さん。
「覚えてないかな、君たちが普通の一年生だった時の夏休み! マツカの山の別荘に行った時にさ、持ち込んで見せたと思うけど? ハーレイにプレゼントされたベビードールを」
「「「あーーーっ!!!」」」
思い出した、と誰もが悲鳴。ジョミー君が「これを着たあなたを見てみたい」と書かれたカード付きで渡されて騙され、スケスケの青いベビードールを着てましたっけ。あまりにも昔のことで綺麗サッパリ忘れてましたが、教頭先生が会長さんに贈ったものだと聞かされたような…。
「やっと分かったみたいだね。いつものハーレイには絶対出来ないプレゼントだ。あれがモテ期の副産物! そして現在、ハーレイはモテ期の真っ最中。スイッチが入った理由は多分、寒ささ」
いきなり寒くなっちゃったから、と会長さんは早過ぎる冬の到来を恨んでいます。
「ぼくと一緒に住む日を夢見て家族持ち用の大きな家に住んでるからねえ…。寒さがひときわ身に沁みるんだよ、でもって一緒に住みたくなる、と。それが無理でもせめて一緒に帰りたい、と思う気持ちが例のメールだ。一人寂しく車で帰るのは侘しいらしい」
冬は日暮れも早いから、とモテ期到来に頭を痛める会長さんの家にはプレゼントも届いているのだそうです。朝一番で立派なフラワーアレンジメント、夕食の頃には真紅の薔薇の花束。もちろん会長さんに着て見せて欲しいガウンや夜着もドッカンと。
「…そのチョイスがまた信じられないセンスでさ…。こんなエロイのが何処にあったんだ、と目が点になるような下着とセットで届いたりするし、もう毎日が地獄の日々」
端から処分してるんだけど、と会長さんは疲れた顔で。
「一度モテ期に入ってしまうと、迂闊に手出しが出来ないんだよ。自分に都合のいい方向にしか解釈しないし、下手に怒れば火に油なわけ。照れてるんだと思われちゃってさ、更にアタックが熱烈に」
「「「………」」」



それはどうにもならないだろう、と言われなくても分かりました。モテ期とやらが過ぎ去るまでは毎日のように迷惑メールが来るのでしょう。差出人がキャプテンなだけに着信拒否は出来なくて…。
「そこなんだよねえ、困るのは…。ぼくの端末でも着信拒否の設定は一応、出来る。だけどハーレイの個人名なら拒否は出来てもキャプテンの方は無理なんだ。…シロエが言ってたような理由で」
「うっわー…。教頭先生、それを知っててキャプテンの方で出してくるわけ?」
ジョミー君がポカンと口を開け、マツカ君が。
「公私混同じゃないですか、それ…」
「そうなんだけどね、どうにもこうにも。…ゼルとかに通報するって手段もあるけど、それをやっちゃうと今後のオモチャが…」
「「「オモチャ?」」」
「うん。ハーレイは基本、ぼくの楽しいオモチャなんだと言ってるだろう? モテ期だからって通報しちゃうと厳しい処置が取られそうでさ。…ハーレイがぼくの半径数メートルとかに接近したら、ゼルの所でアラートが鳴るとか」
そんな仕様にされてしまったら遊べない、と会長さん。えーっと、教頭先生をオモチャにしたいから、今は耐えるというわけですか?
「まあね。…今回のモテ期がどのくらい続くか分からないけど、変に動いてストーカー禁止みたいな形にされたら困るだろう? オモチャにしたくても出来なくなるし、お金も毟り取れないし…。とにかく今は耐えるのみ!」
その内にモテ期も終わる筈、と会長さんがグッと拳を握った時です。
「…なるほど、モテ期だったんだ?」
「「「!!?」」」
あらぬ方から声が聞こえて、一斉に振り返る私たち。フワリと紫のマントが翻り、そこにソルジャーが立っていました。教頭先生のモテ期だけでも大概なのに、ソルジャーまで来ちゃったんですか! 今日は厄日と言うかもです。三隣亡で仏滅、おまけに十三日の金曜日とか…?



「言われてみれば金曜日だねえ、十三日じゃないけどさ。…ぼくが来ただけで厄日だって?」
そう思った人が大多数、と私たち全員を見回しながらソルジャーは空いていた場所にストンと腰を下ろしました。
「ぶるぅ、ぼくの分のおやつもある? スフレは時間がかかりそうだけど」
「えとえと…。20分くらい? 待ってる間に食べるんだったら栗のパウンドケーキがあるよ!」
お代わりに出そうと思ってたんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大皿を持ってきて手早く切り分け、ソルジャーは見事に居場所を確保。御注文のチーズスフレもオーブンに入ったみたいです。
「ありがとう、ぶるぅのお菓子は最高だしね。で、ハーレイのモテ期だけどさ…。最近、随分と大胆だなぁって感心してたら、一種の発作?」
「一言で言えば発作かな。迷惑この上ないけどね」
見ていたんなら分かるだろう、と会長さんはブツブツと。
「もっと症状が悪化してくると待ち伏せ攻撃が始まるんだよ。出待ち入り待ちってヤツじゃないけど、限りなくアレに近いかな。花束を持って家の玄関の前に立つわけ。…なにしろ相手がハーレイなだけに、管理人さんも入口のドアを開けちゃうからね」
「「「………」」」
それはストーカーに近いのでは、と私たちは目を白黒。ただし待ち伏せの段階まで来るとモテ期の終わりも近いのだそうで。
「花束攻撃を無視し続けると、最後は強引に押してくるんだ。私の気持ちを受け取ってくれ、って百本くらいの真紅の薔薇を抱えてさ。押し付けられたヤツをバシッと床に叩き落として、足でグシャグシャに踏み付けてやると涙目になる。そしてガックリ肩を落として正気に戻るという寸法」
あんまりやりたくないんだけれど、と会長さん。花を踏みにじる時に良心が咎めるらしいのです。
「花だって命があるだろう? 切ってしまったのは人間だしねえ、飾ってあげずに踏むというのは…。それに散華ってヤツもある。花を踏み潰すと散華を足蹴にしてるみたいで気分が良くない。…だけどハーレイを正気に返すためだし、後でひたすら南無阿弥陀仏さ」
懺悔の気持ちで五体投地、と語る会長さんは花束を踏み潰した後で南無阿弥陀仏と口にしながら罰礼百回。罰礼とは南無阿弥陀仏に合わせて五体投地を行うことで自分の罪を償うものだと聞いています。そっか、罰礼百回ですか…。会長さんにも良心ってヤツがあったのか、と驚きましたが。
「ふうん? ストーカーを撃退したのに自分に罰って、なんだか割に合わないねえ…」
何か間違っているような気がする、と呟くソルジャー。
「モテ期とやらを終わらせるために必要なのかもしれないけどさ、もうちょっと、こう…。ストーカーの撃退法って他にも何か無いのかい?」
「知らないよ! 経験則として知っているのが花束グシャリで、その他にはさ」
毎回それで終了するから、と会長さんは憮然とした表情。しかしソルジャーは納得がいかない様子で、パウンドケーキをモグモグと。やがてお待ちかねのチーズスフレも出来上がり…。



「かみお~ん♪ お待たせ! スフレ、出来たよ~!」
しぼまない内に食べちゃってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。スフレはふんわり膨らんだ熱々を食べてなんぼのお菓子です。ソルジャーはスプーンを握って美味しそうにパクパクと。ストーカーの件もスフレの前には吹っ飛んだのかな、と思ったのに。
「御馳走様~! 栄養補給って大切だよねえ、スフレで一気に頭が冴えた」
「「「???」」」
「ストーカーが攻めてくるなら、目には目を! 逆ストーカーをするっていうのはどうだろう?」
「「「逆ストーカー?」」」
なんじゃそりゃ、と訊き返した私たちに、ソルジャーは赤い瞳を煌めかせて。
「そのまんまだってば、逆ストーカー! ハーレイの方から逃げ出すように仕向けるんだよ、そうなる時点まで付き纏うわけ。車で帰ろうと誘われる前から乗り込んじゃってさ、強引に家まで」
「それは喜ばれるだけだろう!」
会長さんの怒声に、ソルジャーは。
「さあ、どうだか…。乗り込んでるのはストーカーだよ? ハーレイの一挙手一投足を舐めるように観察しまくり、付き纏い! お風呂に入ろうがトイレに行こうが、ただひたすらに追い続けてればどうなるだろうね?」
「……喜ぶだけだと思うけど……」
「うん、ストーカーが君一人ならね。…大量にいたらどうなるのかな?」
「「「は?」」」
思わず反応した私たち全員にソルジャーはパチンとウインクをして。
「逆ストーカーはブルーも含めて君たち全員! ブルーの大好きな『見えないギャラリー』ってヤツが表に出るんだ、堂々と!」
「そ、それは……。それはハーレイも流石に引くかも……」
考えるだに恐ろしい、と会長さんが視線を宙に泳がせ、ソルジャーが。
「いいアイデアだと思うけど? でもってアイデアの提供者として、ぼくも仲間に加わりたいな」
ちょうど週末で暇になるしね、とソルジャーはやる気満々でした。教頭先生に逆ストーカー、しかも面子はこのメンバー。モテ期とやらも凄いですけど、逆襲だなんて怖すぎとしか…。



会長さんに熱を上げる余りに、一人モテ期な教頭先生。今日もお誘いメールの返事が来ないというのに、ガッカリどころか「次があるさ」と余裕たっぷり。勤務を終えると教頭室の鍵を事務局に返して駐車場へとおいでになったわけですが。
「やあ、ハーレイ。今日も寒いね」
待ってる間に凍えちゃった、と愛車の隣に会長さんが立っていたから大変です。
「ブ、ブルー!? それならそうと言ってくれれば…!」
残業をせずに帰ったんだ、と大慌てで車のロックを開ける教頭先生。すかさず会長さんが助手席に乗り込むと同時に、後部座席のドアがバンッ! と左右に開かれて。
「かみお~ん♪ ぼく、いっちばぁ~ん!」
「ぶるぅはブルーの膝でいいだろ、助手席でさ」
乗り込みながらソルジャーが声を掛け、キース君が。
「待て、それは道交法ではどうなるんだ? あんたと俺と、ぶるぅが後ろで」
「細かい事は言いっこなし! ぶるぅが前ならもう一人いける。ジョミーでどうかな?」
「オッケー! 教頭先生、お邪魔しまぁーす!」
ドヤドヤドヤと後部座席に三人が座り、ドアがバタンと閉まってロック。助手席では会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を膝に抱えてシートベルトを装着中で。
「な、何なんだ、これは?」
教頭先生は軽くパニック状態でしたが、会長さんとソルジャーに「早く車を出せ」とせっつかれて仕方なく運転席へ。ドアが閉まると会長さんからの思念波が。
『みんなはタクシーでハーレイの車を追うんだよ? 校門前に誘導してあるからさ』
『『『はーい!!!』』』
暗くなった駐車場からは見えにくい位置で見守っていた私たちは校門へ走り、客待ち中の二台のタクシーに素早く分乗。ちょうどノロノロと門を出てきた教頭先生の車を指差し、追跡開始というヤツです。えっ、門衛の人たちですか? ソルジャーには気付いていませんとも!



「教頭先生、思い切りビビったみてえだぜ?」
サム君が可笑しそうに笑い、スウェナちゃんも。
「そりゃそうなると思うわよ? あれだけワラワラ沸いて出るとは思わないでしょ」
「だよな、これで終わると思いてえよなぁ、ストーカー!」
早いとこブルーを開放しなきゃ、と気勢を上げるサム君の言葉に運転手さんが。
「お客さん、前の車、警察に通報しましょうか? お友達が強引に連れ去られたとか?」
「え? えっと…。そこまでしなくていいんだけどさ…」
言い澱むサム君の代わりにスウェナちゃんが「大丈夫です」とキッパリと。
「ボディーガードも乗ってます! いざとなったら通報出来ます」
「ははぁ…。おとり捜査みたいなモンですか。こういうお客さんは初めてですねえ、頑張って追わせて頂きますよ」
信号無視も任せて下さい、とノリノリになった運転手さん。後ろのタクシーのシロエ君とマツカ君も似たような状態にいると思念波が届き、教頭先生の愛車は二台のタクシーに追跡されつつ自宅へと。
ワクワクしながら街を走って住宅街に入り、目的地に無事に到着して。
「お客さん、頑張って下さいよ~!」
困った時には警察ですよ、と念を押してからタクシーは走り去りました。その間にガレージの中では教頭先生がオタオタと。
「わ、私はだな、ブルー、お前を家まで送るつもりで…!」
「だから送って貰ったじゃないか、君の家まで。で、入ってもいいのかな? かまわないよねえ、来ちゃったんだしさ」
お邪魔するよ、と会長さんが門の方に回って来て鍵を開け、タクシー組も敷地内に乱入です。教頭先生が玄関の扉を開くと逆ストーカーを目指す面子がゾロゾロと中へ。おおっ、これがモテ期の教頭先生のお宅ですか! リビングに山と積まれたプレゼントの箱。これ全部、会長さん宛ですよね?



「す、すまん、あちこち散らかっていて…。今、コーヒーでも入れるから」
その辺に座って待っていてくれ、とキッチンに向かおうとした教頭先生でしたが。
「…なんだ、ブルー?」
「ちょっとね、君を追い掛けてみたくなっちゃって…。いつも花とかプレゼントとかを貰ってるから、ほんのお返し」
ニッコリ微笑む会長さんの隣では会長さんそっくりのソルジャーが。
「君の全てを知りたいらしいよ、ブルーはね。…どんな風に生活しているのかとか、こう、色々と」
「そ、そうなのですか?」
教頭先生、自分にいいように受け取ったらしく、頬っぺたを染めておられます。確かに聞き様によってはプロポーズっぽく思えないこともないですけれども、その実態は…。
「どうぞ、ハーレイ。ぼくに遠慮は無用だから」
「し、しかし…! わ、私はだな…」
トイレに行きたいわけなのだが、と教頭先生は大きな身体を縮めるようにしてモジモジと。人数分のコーヒーを入れに立ったつもりが、会長さんを先頭にしてソルジャーを含む全員がついてきたのです。トイレの前の廊下は鮨詰め状態、押すな押すなの大賑わいで。
「遠慮は要らないって言ってるだろう? ほら、気にせずに入りたまえ。…ドアはきちんと押さえておくから」
「そ、そうか? では…」
失礼して、と教頭先生はトイレに入りかけて。
「…お、おい、もしかしてドアを押さえておくというのは…」
「ん? こうして開けて押さえるんだよ、遠慮なくどうぞ、大でも小でも」
ぼくは全く気にしない、と会長さんは綺麗な笑み。私たちがひしめき合う廊下からはトイレが丸見え、こちら向けに据えられた便座も見えます。つまり教頭先生がトイレを使えば全てが見えるというわけで。



「ま、待ってくれ! わ、私は本当にトイレに用が…!」
「いいじゃないか。追い掛けたいと言った筈だよ、君をトイレの中までも…ね。でもスリッパは一人前しか無いみたいだし、ここで見てるさ」
会長さんがクスクスと笑えば、ソルジャーが。
「ブルーをお嫁に貰うんだろう? なのにトイレに入る姿も見せられないっていうのはねえ…。夫婦たるもの、下の世話まで頼んでなんぼだと思わないかい?」
ぼくは頼んだことも頼まれたことも無いけれど、と仁王立ちして言い放つソルジャー。
「将来のための予行演習だと思いたまえ。嫁の前でも出来ないようでは詰まってしまって死ぬかもよ? それともアレかな、別の目的でトイレかな? ズボンの前が窮屈だとか?」
だったら尚のことブルーの前で、とソルジャーはまさに立て板に水。
「それって燃えるシチュエーションだよ、パートナーの前で一人エッチというのはね。…若干余計なオマケがいるけど、そっちの方は気にしない! 女子にはモザイクのサービスもするし」
「……そ、そんな……」
本当にトイレに行きたいのですが、と教頭先生の声には泣きが入っているようでした。どうやら本気で切羽詰まっておられるみたいなんですけれど…。
「ほらほら、ハーレイ、遠慮しないで」
ぼくはどっちでもかまわないから、と会長さんがダメ押しを。
「ブルーが言ってる方だとしてもね、ぼくは全然気にしないから! 普段だったらキレるけれども、今は君からプレゼントとか花とかを貰って気分がいいし…。たまにはサービスで視線だけでも付き合うよ。いつも孤独にやってるもんねえ」
「ハーレイ、ブルーもこう言ってるよ? 君の大事な御令息をさ、披露しなくちゃ損だってば! ぼくも興味が出て来ちゃったなぁ、ぼくのハーレイとどっちが立派か」
「……あ、あのう……」
もう本当にそれどころでは、とズボンの前を両手で押さえる教頭先生。我慢の限界が近いのでしょう。しかし…。
「気にしなくっていいってば! 君が一人でやってる所を覗き見したことは何度もあるし、君だって承知してるだろう?」
「我慢のしすぎは身体に悪いよ? あんまり辛抱しすぎちゃうとさ、役立たずになるって話もあるんだ。何事もほどほどが一番なんだよ、イかせて貰えないのも素敵だけどさ」
「「「???」」」
ソルジャーの台詞の意味はイマイチ分かりませんでした。教頭先生は耳まで真っ赤で、今の台詞で煽られたのか、トイレの方がピンチなのかは判別不能。
「…た、頼む、もう……!」
もう一秒も持たないのだが、と教頭先生の哀れな悲鳴が開け放たれたトイレと廊下に木霊して…。



「オン クロウダノウ ウンジャク、オン シュリ マリ ママリ マリシュシュリ ソワカ」
会長さんが謎の呪文を朗々と唱え、キース君が合掌しています。やがて扉の閉まったトイレの中からジャーッと水の流れる音が聞こえたものの、教頭先生が出てこられる気配は全く無くて。
「なんだい、今のは?」
何の呪文? とソルジャーが尋ね、会長さんが溜息交じりに。
「烏枢沙摩明王の御真言だよ」
「「「ウスサマ…?」」」
「枢沙摩明王! 不浄を清める明王様でね、特にトイレの清めで有名。…こんな所で唱える羽目になるとはホントに夢にも思わなかったよ。なんでハーレイのためなんかに…!」
でも万一ってコトがあるから、と会長さんはトイレの扉を睨み付けて。
「それでハーレイ、間に合ったわけ!? トイレを汚してないだろうね! ズボンとかはどうでもいいんだけどさ!」
返事は帰って来ませんでした。教頭先生、まさか間に合わなかったとか…? 会長さんとソルジャーの二人がかりで限界突破の直前くらいまで引っ張りまくっていましたもんねえ…。
「なんとか間に合ったみたいだよ、うん」
ソルジャーがサイオンで中を覗き見したらしく、プッと小さく吹き出して。
「でもね、下ろす時に勢いが付きすぎちゃってさ、ズボンもベルトも紅白縞も床にバッサリ落ちちゃってるよ。あそこまで派手に落としてしまうと我に返ると情けないよね」
「…そうなんだ? どれどれ…」
会長さんがサイオンで覗くよりも早くソルジャーがトイレの扉をバァン! と開けてしまったからたまりません。私たちはズボンも紅白縞も床に落として便座に座った教頭先生と御対面で。
「「「!!!」」」
スウェナちゃんと私の視界にはモザイクがしっかり入りました。え、えーっと……パンツを下ろすどころか全開状態な教頭先生は今までに何度も見てますけれど…。



「「「わはははははは!!!」」」
遠慮なく笑い出す男の子たちと会長さんとソルジャーと。勿論「そるじゃぁ・ぶるぅ」もケタケタ笑い転げています。スウェナちゃんと私も堪え切れずに吹き出してしまい、教頭先生だけが便座に座って呆然自失。そりゃそうでしょう、こんな姿を会長さんに見られたら…。
「ふふ、ハーレイ。なかなかに凄い格好だねえ? 間に合わなかったよりかはマシだけれどさ」
間に合わなければ幼児並み、と会長さんが嘲笑う横からソルジャーが。
「ぶるぅ以下だよ、トイレには余裕を持って行くよう言ってある。遠慮しないで行けばいいってブルーが何度も言ったのに…。これじゃ百年の恋も冷めるってね」
現に冷めちゃったみたいだよ、とソルジャーはフフンと鼻を鳴らして。
「君のトイレまで拝みたいほど追っかけに燃えていたのにさ…。今やブルーも大笑いだし、リビングにあるプレゼントの山は用済みになってしまう予感がするね」
その時はぼくに引き取らせてよ、と艶やかな笑みを浮かべるソルジャー。
「ちょうど色々欲しかったんだよね、ぼくのハーレイとの夜の時間の盛り上げアイテム! いい感じにエロいのが揃ってるから、いつでも纏めて引き取りOK! 有効活用しなくっちゃ」
立ち直れるんなら初志貫徹でプレゼント、と言い残してソルジャーは姿を消しました。教頭先生は便座の上で今も放心しておられます。逆ストーカーは功を奏したと言えるのでしょうか?
「さあねえ…。とりあえず、花は暫く届くんじゃないかと思うんだ。お店に予約を入れてるだろうし…。週明けにメールが届かなかったら、モテ期はこれにて終了ってね」
その時はブルーが殊勲賞だ、と会長さん。私たちは教頭先生を放置して引き揚げ、週明けの放課後、会長さんの端末宛にメールは届きませんでした。ということは、今度のモテ期は…。
「終わったようだよ、妙なプレゼントも届かなかったし! ブルーもたまには役に立つよね」
次から逆ストーカーで攻めるに限る、と会長さんは大喜びでした。ソルジャーも会長さんが貰っていたら処分される運命だったプレゼントの山を引き取れることになりそうです。教頭先生と便座の映像は当分頭に残るでしょうけど、終わり良ければ全て良し。まずはめでたし、めでたしです~!




             訪れたモテ期・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生のモテ期については、本編の方の「夏休み・第3話」にも書かれております。
 青文字の部分からリンクしてあります、よろしかったら、そちらもご覧下さいです。
 今月は月2更新でしたが、2月は月イチ更新です。
 来月は 「第3月曜」 2月17日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 そしてハレブル別館の方に転生ネタな 『君の許へと』 をUPいたしました!
 前回の 『聖痕』 と繋がるお話になっております、こちらもどうぞよろしくです。
 ハレブル別館へは、TOPページに貼ってあるバナーからお入り下さいv
  ←こちらからも入れます。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、1月はソルジャーが姫はじめを頑張っておりますが…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv






「あっ…!」
 ツキン、と右目の奥が痛んだ。反射的に右手で押さえる。瞳から熱いものが溢れ出して細く白い指を濡らし、そしてポタリと…。
「……まただ……」
 どうして、とブルーは広げていたノートに落ちた雫を呆然と眺める。
 透明な涙の雫ではなく、ブルー自身の瞳の色を溶かしたような鮮血の赤。指についた雫を舐めると鉄錆を思わせる味がした。それは紛れもなく血液そのもの。
 けれど鏡を覗き込んでみても瞳にも瞼にも傷一つ無い。涙の代わりに流れたかの如く、赤い血が滴り落ちたというだけのことで。
(…ぼくは一体、どうしたんだろう…)
 こんなことは今まで無かったのに、と白いノートを汚した血の染みを見詰めていると声が聞こえた。
「ブルー! パパが帰ったから食事にしましょう!」
「うん、今、行く!」
 言えない。両親に話したら、きっと心配するに違いない。目から血の涙が出るなんて…。
 怪我をしているわけではないし、ついこの間までは何ともなかった。
 そうでなくても進学したばかりで何かと慌ただしい毎日なのだし、病院になんか行っていられない。洗面所に駆け込んで手と頬を染めた血を洗い流すと、ブルーは両親の待つ階下へと下りて行った。



 遠い昔には人が棲めないほどに荒廃していたと聞く水の星、地球。その地球にブルーが生を享けてから、今年で早くも十四年になる。
 優しい両親との満ち足りた日々に何の不満も無く生きて来たのに、それは突然やって来た。
 目の奥に走る不快な痛みと、涙のように零れる鮮血。
 最初は怪我をしたのかと驚き慌て、パニックに近い状態で鏡を覗いた。しかし何処にも傷は見当たらず、一筋の血が流れ落ちた後は特に何事も起こらない。それ以上の出血が続くわけでなく、視界も全く普段と変わらず、問題があるとは思えなかった。
「…大丈夫だよね?」
 自分自身に言い聞かせるように呟き、放っておいたのが一ヶ月ばかり前のこと。進学してすぐの忙しさに紛れて翌日には忘れていたのだけれど、それは何度か繰り返された。今日ので多分、五回目くらいになるのだろうか。
 それでも目には傷一つ無いし、見えにくくなるわけでもないし…。



「ブルー? 何処か具合が悪いのかい?」
 テーブルに着いていた父が新聞を置いて声を掛けて来た。
「ううん、なんでもない」
「それならいいが…。お前は身体が丈夫ではないし、勉強もあまり根を詰めてはいけないよ」
「そうよ、ブルー。無理のしすぎは良くないわよ」
 今日は早めにお休みなさい、と母が優しく微笑みながら料理の皿をテーブルに置いた。
「ほら、ブルーの好きなカリフラワーのポタージュよ。だから、お肉もちゃんと食べなさい」
「…うん」
 食の細いブルーのために、と母は色々と工夫を凝らしてくれる。父も何かと気遣ってくれるし、こんな二人に「血の涙が出る」などと言おうものなら大騒ぎになってしまうだろう。
ノートの染みは鼻血でも出たことにしておこう、とブルーは思う。
(鼻血だったら普通だしね)
 そうそう誰もが出すわけではないが、そう珍しいことでもない。血の涙よりは自然だし…。
(…パパとママが見ている時に出ませんように…)
 言い訳が出来ない状況は困る。そんな事態になりませんように、と祈りながらスープを掬って口に運んだ。野菜の甘みが母のように優しい味わいのスープ。肉料理もブルーが好きな部類のハンバーグだ。
(きちんと食べて栄養をつけたら、血の涙なんて出なくなるかな?)
 頑張って今日は多めに食べよう、と決心をしてもブルーの食事のスピードは遅い。先に食べ終えた父が「まだ食べてるのか」と苦笑する。
「でも、沢山食べるのはいいことだな。細っこいままだと、ますますそっくりになってしまうぞ。…なあ、ママ?」
「そうねえ、ホントに似て来たわよねえ…。今日もお隣の奥さんに言われたの。お宅のブルー君、ソルジャー・ブルーの昔の写真にそっくりよねえ、って」
 その瞬間、ブルーの右目の奥がズキンと痛んだ。
「ブルー!?」
「ど、どうしたの、ブルー?」
 サラダを食べていたフォークを取り落とし、右目を押さえたブルーの指の間から零れる鮮血。母が悲鳴を上げ、父が慌てて立ち上がった。もう言い逃れは許されない。ブルーは父の車に乗せられ、病院へ行く羽目になってしまった。



 頭部スキャンに全身スキャン。眼球は特に詳細に調べられ、採血などの検査もされた。けれど何処にも異常は見られないらしく、褐色の肌の男性医師が首を傾げる。
「こんなことは前からありましたか?」
 尋ねられたブルーは黙っていたが、母に「どうなの?」と促されて仕方なく俯き加減で答える。
「……今日で五回目くらいです」
 両親が息を飲むのが分かった。…だから言いたくなかったのに。
「五回目ですか。…最初はいつ頃?」
「…ひと月ほど前…」
 ブルーの答えに母が「知らなかったわ」と悲しそうな声を上げ、両手で顔を覆う。
「私、母親失格ね。…子供の病気にも気付かないなんて」
「ごめんなさい、ママ…。言ったら心配すると思って」
 謝るブルーに父が母の肩を抱きながら言った。
「その方がよほど心配だよ。…それで先生、ブルーの目は?」
「分かりません。こんな症状は初めて見ます。…ブルー君、何か前兆のようなものはありますか? 頭が痛むとか、目が霞むとか」
「…ありません。今日も別に…」
 そこまで口にしてから、ふと思い出した。目の奥が痛み出す前に耳にした言葉。そう、母は確かに「ソルジャー・ブルー」と…。
「…え、えっと…。関係ないかもしれませんが…」
 口ごもるブルーに、医師は「些細なことでも話して下さい」と穏やかに言った。
「心当たりがあるのでしょう? 何がありましたか?」
「……ソルジャー・ブルー。そう聞いた途端に目の奥がズキッと痛んだんです。…食事の前にも同じように血が出て、その時にノートに書こうとしたのもその名前でした」
「…ソルジャー・ブルー…。ミュウの初代の長の名前ですね。歴史の授業ではよく出て来ますが、以前は大丈夫だったのですね?」
「はい…」
 本当に前は大丈夫だった。幼い頃から何度も聞いたし、学校で習うのも初めてではない。なのに何故。そういえば最初に血を流した日は、今の学校でその名を教わった初日のことで…。
「……ソルジャー・ブルーねえ……」
 医師は首を捻りながら、ブルーの姿を上から下まで眺め回した。
「…言われてみれば君はそっくりですねえ、歴史書の彼に」



 赤い瞳に銀色の髪。両親はごくごく普通の外見だったが、ブルーは生まれつき色素を欠いて生まれたアルビノだった。遙か昔のミュウの初代の長、ソルジャー・ブルーとは其処が異なる。
 ソルジャー・ブルーは昔の世界で行われていた成人検査が切っ掛けでアルビノになったと伝わっているが、ブルーの名前は彼にちなんで名付けられた。今の時代、人類は全員がミュウであり、それゆえに心を読むのも隠すのも当たり前のように誰でも出来る。
「それで、ブルー君のサイオン・タイプは?」
 医師の質問に父が答えた。
「ブルーです。…ソルジャー・ブルーの時代ならともかく、特に珍しくもないですが」
「なるほど、サイオン・タイプまでソルジャー・ブルーと同じですか…。私は医者ですから、あまり変わったことを言いたくはないのですけれど…。聖痕というものを御存知ですか?」
 ブルーにとっては初めて聞く単語。しかし両親は知っていたようだ。ソルジャー・ブルーが生きた時代よりも昔、神の受難の傷痕をその身に写し取り、血を流した人々がいたという。
「…ソルジャー・ブルーの最期がどうであったかは誰も知りません。惑星破壊兵器、メギドと共に散ったことしか今に伝わってはいませんが…。その前に銃撃を受けたという説がありますね。…ブルー君は彼が受けた傷を再現しているのかも…」
「…まさか!」
 ブルーは即座に否定した。
「ぼく、その話は習っていません! 銃撃なんていう説はまだ誰からも…」
「そうですか? ですが、ソルジャー・ブルーと無関係とも思えないのですよ。症状が初めて出たのが十四歳になった直後ですね? …ソルジャー・ブルーがアルビノとなり、ミュウの力が覚醒したのと同じ年です。私は生まれ変わりを信じているわけではありませんが…」
 もしかしたら、と医師は「異常なし」のデータが並んだブルーのカルテに目をやった。
「ブルー君はソルジャー・ブルーの生まれ変わりかもしれませんよ? そうそう、私の従兄弟に面白いのがいましてね。キャプテン・ハーレイにそっくりなんです」
 苗字までちゃんとハーレイなんです、と笑う医師の名札にブルーは初めて気が付いた。医師の苗字も同じくハーレイ。自分がソルジャー・ブルーとそっくりなように、ミュウの船のキャプテンとして教科書に載っているハーレイにそっくりな人も居るのか…。
「そのハーレイですが…。近々、ブルー君が通っている学校に教師として行くことになっています。会った途端に目から血の涙が流れるようなら、ブルー君は本当にソルジャー・ブルーの生まれ変わりかもしれませんね。残念ながら、私の従兄弟はキャプテン・ハーレイではないそうですが」
 その言葉にブルーはホッと安堵の吐息をついた。血の涙だけでも気味が悪いのに、生まれ変わりだなどと言われても…。自分は普通の十四歳の子供で、伝説の戦士とは違うのだから。



 異常なしと診断されたブルーは観察入院もせずに済み、両親と家に帰ることが出来た。しかし、次に同じ症状が出たらまた病院に行かねばならない。両親にも「二度と隠さないように」と強く言われたし、我慢するしかないのだが…。
(…もう起こらないといいんだけどな…)
 そう願っていることが効いたのだろうか。ソルジャー・ブルーに関する時代の授業は無事に終わって、平穏な日々が戻ってきた。彼の名を聞いても血の涙は出ない。生まれ変わりだの聖痕だのと聞かされて少し怖かったけれど、再発しなければ大丈夫。あれはたまたま、ほんの偶然。
(そうだよね? ソルジャー・ブルーの生まれ変わりだなんて有り得ないよ)
 ぼくはぼく、と読みかけの本を机に置いたまま、考え事をしていると。
「おい、ブルー! 新しい先生が来るらしいぜ」
「えっ?」
 クラスメイトの声でブルーはハッと我に返った。
「なんだよ、聞いていなかったのかよ? 古典の先生、変わるんだってよ。年度初めに来る予定だったのが遅れたらしくて、なんか今日から」
「…ふうん? なんで遅れてたんだろ」
「前の学校で欠員が出てさ、引き止められてたみたいだぜ? 宿題出さねえ先生だといいな」
 今の先生は宿題多すぎ、とクラスメイトが嘆いた所で授業開始のチャイムが鳴った。それと同時に教室に現れた褐色の肌の新任教師に、ブルーの胸がドクリと脈打つ。
(ハーレイ…!)
 教科書で見たキャプテン・ハーレイにそっくりな彼。
 何故「キャプテン」の呼称を抜かしたのかも分からない内に、右目の奥がズキンと痛んだ。
「お、おい、ブルー!?」
 どうしたんだよ、と叫ぶクラスメイトの声は酷く遠くて、肩が、脇腹が、目の奥が痛い。絹を裂くような女子たちの悲鳴が聞こえる。床に倒れたブルー自身は知らなかったが、右目だけでなく両肩と左の脇腹からも血が溢れ出して制服の白いシャツを赤く染めていて…。
「どうしたんだ! おい、しっかりしろ!」
 駆け寄って来た教師がブルーを抱え起こした、その瞬間。
(……ハーレイ?!)
(…ブルー?!)
 触れ合った部分から流れ込み、交差する夥しい記憶。
 そうだ、ぼくはこの手を知っている。そしてハーレイも、ぼくを知っている……。



 授業は自習となり、ブルーは駆け込んで来た救急隊員たちに担架に乗せられ、ハーレイに付き添われて先日の病院へと搬送された。検査結果は全て異常なし、身体にも傷は見当たらない。それでも出血が多かったからと点滴を打たれ、それが終わるまで帰れないのだが…。
「…ハーレイ先生は?」
 ブルーは病院に駆け付けてきた母に尋ねた。
「さっき学校へお帰りになったわ」
「……そうなんだ……」
 ブルーの胸がツキンと痛む。
 ハーレイ。やっと会えたのに…。ぼくは全てを思い出したし、君も思い出してくれたのに……。
「どうしたの、ブルー? ハーレイ先生がどうかしたの?」
「…ごめんなさい、ママ…」
 ブルーは儚げな笑みを浮かべた。
「……ぼく、思い出してしまったんだよ。…ぼくはソルジャー・ブルーだったみたいだ。あの傷、ぼくが昔に撃たれた時のと同じ…」
「…そ、そんな……」
 そんなことが、と声を詰まらせる母にブルーは懸命に詫びる。
「ごめんなさい。…ママの子供なのに、ごめんなさい…。でも、本当のことだから…」
「……それじゃ、まさかハーレイ先生も…?」
「うん…。先生はキャプテン・ハーレイだった……」
 ごめんね、ママ。先生はキャプテン・ハーレイっていうだけじゃない。
 ぼくの……。ううん、ソルジャー・ブルーの大切な……。
(……ハーレイ……)
 自分の唇に指先で触れる。
 覚えている。こんなにも君を覚えている。…君の唇も、温かい手も、身体中が君を覚えている。
 …会いたいよ、ハーレイ。すぐに、今すぐに君に会いたい。
 ハーレイ、ぼくは帰ってきたから。君のいる世界に帰ってきたから…。



 点滴が終わり、会社を早退してきた父の車で家に戻ったブルーは大事を取って寝かされた。
 今の生の記憶と、その前の……ソルジャー・ブルーの膨大な記憶。それらを融合させるためには有難い時間だったけれども、大切なものが欠けていた。
 ハーレイがいない。…全てを思い出す切っ掛けになったハーレイが側に居てくれない…。
「会いたいよ、ハーレイ…」
 もう何度目になるのだろう。涙で枕を濡らしながら小さな声で呟いた時、寝室のドアが軽く叩かれた。
「ブルー? ハーレイ先生が来て下さったわよ」
 どうぞ、と母がドアを開け、懐かしい姿が現れた。記憶の中の彼と違ってキャプテンの制服を纏ってはおらず、教師としてのスーツ姿だけれども、忘れようもない彼の人の姿。
 どうして自分は忘れていたのか。忘れ去ったままで十四年も生きて来られたのか…。
 恐る恐る上掛けの下から差し出した手を、褐色の手が強く握ってくれた。
 ああ、ハーレイ。
 君の手だ。君の温かい手だ……。
「ママ……」
 少しの間だけ、二人きりにさせて。
 ブルーの言葉に母は頷き、「お茶の用意をしてくるわね」と部屋を出て階段を下りて行った。その足音が遠ざかるのを確認してからブルーは微笑む。
「……ただいま、ハーレイ。帰って来たよ」
「ブルー! ブルー、どうしてあんな…! もう心臓が止まるかと…!」
「ごめん。あの傷が思い出させてくれたんだ…」
「あんな酷い傷を、いったい何処で…! どうしてあんな姿になるまで…!」
 行かせるのではなかった、とハーレイが何度も繰り返す。ブルーをメギドに行かせるべきではなかったのだ、と。
「…いいんだよ。あの時はぼくがそう決めた。…でも……」
 今度は君と離れたくない。
 そう言ったブルーの身体をハーレイがベッドから抱き起こし、両腕で強く抱き締める。その腕をブルーは覚えていた。前の生では幾度となくこうして抱き締められて、そして……。
「……ハーレイ?」
 パッとハーレイの身体が離れて、扉が小さくノックされる。紅茶とクッキーを運んで来た母の何処となく寂しげな表情。
 そうだ、母は自分たちの過去を全く知らない。ソルジャー・ブルーのことも、キャプテン・ハーレイのことも歴史に記された部分しか知らず、また知りようもなかったのだ…。



 こうしてブルーは思い出した。
 かつて自分が何者であったのか、何を思い、誰を愛したのかを。
 ブルーの身体を染めた血が贄であったかのように、ハーレイの記憶も蘇った。ブルーの右目の奥は二度と痛まず、血が頬を伝うこともない。
 けれど……。
「…ハーレイ…」
「駄目だ。ブルー、お前はまだ子供だ」
 キスを強請ろうとして断られた。
 あれからハーレイはブルーの家をしばしば訪ねて来てくれる。その度に自分の部屋に通して、母がお茶を置いて立ち去るとすぐに広い胸に甘え、優しい腕に抱き締められて幸せなひと時を過ごすのだけれど。
 魂に刻まれた前世とは違い、ブルーは十四歳になったばかりの子供で、ハーレイは倍以上もの年を重ねた大人だった。
「…子供、子供って、そればっかり…」
「だが、本当のことだろう? …安心しろ、ちゃんと待っていてやるから」
 ハーレイの手がブルーの銀色の髪を愛おしげに撫でた。
「……ホント?」
「本当だ。お前が充分に大きくなるまで気長に待つさ。…俺だって待つのは辛いんだがな」
 でも、教え子に手を出すわけにはいかんだろうが。
「ふふっ、そう……かもしれないね」
 ハーレイ、いつまで待てばいい? 来年? 再来年? それとも、もっと…?
「こらっ、子供がそういう話をするもんじゃない!」
 コツン、と頭を小突かれる。
 ああ、本当にいつまで待てばいいんだろう。いつになったら昔みたいに本物の恋人同士になれるんだろう? だけど、こういう時間さえもが愛おしい…。
「ねえ、ハーレイ…。君の身体の時間は止めて待っててくれるんだよね?」
「そのつもりだ。でないと釣り合いが取れなくなるしな」
 だから頑張って沢山食べろ。
 そう言うハーレイに「うん」と返して厚い胸に頬を擦り寄せる。
 今はまだ、こうして甘えるだけしか出来ないけれど。母が「お茶のお代わりは如何?」と来はしないかと、ドアを気にしながらの逢瀬だけれど。
 でも、ハーレイ。君にもう一度会えて良かった。
 ぼくはもう何処へも行かないから。二度と君から離れないから、いつまでもぼくの側に居て…。
 分かるかい、ハーレイ? 今、ぼくがどれだけ幸せなのか………。




              聖痕・了





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