シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園、今年も新年度を迎えました。桜が満開だった入学式には会長さんの思念波メッセージが流されましたけれども、新しい仲間は現れず。というわけで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は今年も貸し切りで行けそうです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
授業、どうだった? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。校内見学やクラブ見学などが終わって今日から授業がスタートしました。グレイブ先生は相も変わらず絶好調で。
「ぼくたちは別にいいんだけどさあ…」
ねえ? とジョミー君が私たちを見回し、サム君が。
「他のヤツらは御愁傷様としか言えねえなあ…。補習になるヤツ、多そうだぜ」
「しかしだ、試験問題は中学までの範囲だぞ」
自己責任だと思うのだが、とキース君。それも一理はあるんですけど…。
「君から見ればそうかもね。だけど、普通はそうはいかない」
会長さんが紅茶のカップを傾けながら。
「念願の高校に合格したんだ、その段階で気が弛む。おまけに定期試験は全て満点になる1年A組の幸運つきだよ、自主学習なんて言葉と予習復習は綺麗サッパリ抜け落ちてるさ」
たまには実力を思い知るべき、と会長さんはシビアです。
「この一年間、遊んで暮らすクラスメイトの意識の下で知識をフォローするのはぼくだ。たまには楽をさせて欲しいし、出来れば自前で勉強を…ね」
そうして貰えば少し負担が軽くなる、と言われてみればもっともで。
「そっかぁ…。合格した後で吹っ飛んだ分は自分でやれってことなんだ?」
中学校の分だもんね、とジョミー君が溜息をつけば、会長さんは。
「あまり期待はしてないけどねえ…。毎年、吹っ飛んだ分も含めてフォローする羽目になっちゃってるしさ。でもまあ、1年A組で暮らすためには仕方ないかな」
年貢のようなものだと思おう、との言葉にプッと吹き出す私たち。どちらかと言えば年貢はグレイブ先生の方が納めてらっしゃる気がします。会長さんが出現する度に…。
「あっ、君たちもそう思うかい? 今年も沢山納めて欲しいね、お年貢を」
「あんた、鬼だな…。毎度のことだが」
キース君の台詞を会長さんはサラリと右から左へ。
「年貢というのは納めるためにあるんだよ。そしてグレイブよりも有望なのが一人」
「「「は?」」」
会長さんに年貢を納める有望株。グレイブ先生よりも有望だなんて、該当する人は多分、一人しかいないんじゃあ…?
グレイブ先生からの年貢を楽しみにしている会長さん。更に有望視される年貢のアテが誰なのか、ほぼ想像がつきました。つい先日も紅白縞をお届けに出掛けたばかりですけど、新年度早々、何かやらかすつもりでしょうか?
「君たちの顔を見る限りでは、誰か分かっているようだけど…。質問は?」
何でもどうぞ、と水を向けられても「ハイそうですか」と即座に返せるわけもなく。肘でつつき合い、譲り合っている内に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えとえと…。とくちゅうふぃぎゅあ、って言ったかなぁ?」
「「「ふぃぎゅあ?」」」
なんじゃそりゃ、とオウム返しな私たち。会長さんはお皿の上のケーキにデコレーションされたエディブルフラワーをフォークにヒョイと乗っけると。
「こんな感じで花びら一杯、メルヘンたっぷりな阿呆が一人さ」
「「「…メルヘンたっぷり?」」」
ますますもって話が謎です。質問は自由にと言われたものの、何処から突っ込めばいいのやら。会長さんもそこはしっかり承知のようで、淡いピンクの可憐な花をフォークの上で弄びつつ。
「ベッドが花びらなんだよねえ…」
「「「えぇっ!?」」」
なんて無茶な、とあちこちで悲鳴。教頭先生、御乱心ですか? 失礼ながら、あの御面相と立派なお身体に花びらベッドは似合っていないと思うんですけど~!
「違う、違う! ああ、でも、それは使えるねえ…。年貢はソレで行こうかな?」
「何のことだ? …教頭先生の話じゃないのか?」
おおっ、やりました、キース君! よくぞ訊いてくれた、と誰もが喝采。訊かれた方の会長さんは「それで合ってる」と微笑んで。
「花びらベッドはハーレイだけどさ、それに寝てるのはハーレイじゃない。ぶるぅが言ったろ、特注フィギュア! それが毎晩寝てるんだってば」
「…教頭先生にフィギュア集めの御趣味があるとは聞いていないが…」
知らないぞ、と首を傾げるキース君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコと。
「一個だけなの、特注品なの! 思い切りこだわって注文したの!」
「そういうこと。ただのフィギュアじゃないんだな、これが」
こんなのだけど、と会長さんの指が閃いて、ティーカップの縁にチョコンと腰掛ける小さな小さな会長さんが。マント無しのソルジャーの衣装ですけど、特注フィギュアってコレなんですか~!?
「「「……スゴイ……」」」
実に細かい、と私たちの目はフィギュアに釘付け。会長さんの姿形をそっくり再現してあります。カップの縁に座れるサイズとは思えないほど素晴らしい出来で。
「ね、なかなかの出来だろう? お値段の方も凄かったようだよ、なにしろ特注の一点モノ!」
この衣装にもこだわりが…、と会長さんは自分のフィギュアを摘み上げると。
「私服や制服ではダメだったらしいね、身体のラインが出ないから。こっちだと身体にフィットしてるし、妄想の余地があるみたいだよ」
ついでにポーズもこだわりアリ、とテーブルにコトリと置いてみせて。
「カップの縁に座ってる分には普通なんだけど、こう置くと…。足が少し開いてイイ感じなわけ、君たちには分からない次元でね。そそられるらしいよ、大人の時間な気分ってヤツが」
「…そうなのか?」
まるで分からん、とキース君が答え、私たちも一斉にコクコクと。でもまあ、少しなら分かる気もします。軽く開いた膝の奥には人間で言えば大事な部分があるわけですから、チラリズムとでも申しましょうか…。
「そうそう、それだよ、チラリズム! 誘ってるように見えないこともないらしい」
迷惑千万な話だけれど、と顔を顰める会長さん。
「ハーレイときたら、カップの縁に座らせた時も足の間をガン見してるねえ…。ついでに指先でチョイと触って、耳まで真っ赤になってみたりさ」
殆どビョーキ、と、教頭先生、身も蓋も無い言われようです。
「そして寝かせる時は花びらベッド! 妄想とメルヘンのごった煮なんだよ」
「「「ごった煮?」」」
「そう、ごった煮。妄想の方はハネムーンによくあるフラワーベッド、正しくはフラワーデコレーションベッド! 知っているかな、ベッドの上に花をたっぷり飾ってあるんだけれど」
こんな感じで、と思念波で伝えられたイメージは実に様々。無秩序に花を散らしたものから、整然と並べた幾何学模様までバリエーション豊かな世界です。ふむふむ、これが妄想、と…。
「ハーレイの夢はそういうベッドでハネムーンらしいね、そんな気持ちをたっぷりと込めてフィギュアに花びらを被せるわけ。メルヘンの方は親指姫だよ、あれは花びらのベッドだろ?」
その上に更に妄想が、と会長さんはフィギュアをカップの縁に戻すと。
「親指姫ならぬフィギュアのぼくを愛情こめて世話していれば、ぼくに気持ちが伝わるかも…と思っているわけ。いずれ目出度く花いっぱいのベッドでハネムーン、とね」
そのために花びらも惜しみなく、と嘲っている会長さんによれば、教頭先生は特注フィギュアのために毎日、とてもお高い薔薇を一輪買うそうです。その日の気分で真紅やピンク、べらぼうに高い青薔薇なんかも買うらしいですよ…。
メルヘンと妄想が混ざった世界で会長さんの特注フィギュアを愛でているという教頭先生。親指姫を育てる気分でせっせと世話をし、語り掛け…。
「なにしろ親指姫だからねえ、薔薇の花にも座らせてるよ。メルヘンちっくに夢を見ている時はウットリ、妄想タイムに入る時にはモッコリってね」
「「「…もっこり?」」」
「あ、ごめん。つまりアレだよ、大人の時間の準備段階!」
ここから先は保健体育の授業でどうぞ、と説明されれば分かります。大事な部分が変化しちゃうほど、会長さんのフィギュア相手に興奮なさっておられるようで。
「そうなんだよねえ、流石にフィギュアは押し倒せないからサカる時には抱き枕だけど。…こんなフィギュアを作った男には年貢を納めて貰いたい」
でないと気分が収まらない、と会長さんはブツブツと。
「コレを相手にはサカれないから、抱き枕と違って躊躇なくオーダーしたんだよ! 思い付いたら即、実行で…。ぼくの資料をキャプテン権限であらゆる角度から引き出して…ね」
シャングリラ号のデータベースから、と吐き捨てるように言う会長さん。
「データベースには地球からでもアクセス出来る。マントを外したぼくの映像を山ほどゲットして、ついでに座った姿もね…。そういう画像をドカンと渡せば精巧なフィギュアが作れるってわけ」
そして夜な夜な妄想の世界でお楽しみ、と会長さんの御機嫌は斜め。
「こういうコトをやらかす男をどうしようかと思ってたけど、君たちが考えた花びらベッドで閃いた。目には目をって言うし、花びらベッドには花びらベッド! 親指姫には親指姫だよ」
「「「は?」」」
「一方的に親指姫にされたぼくの気分をハーレイにも味わって貰うのさ。可愛らしくカップの縁に座って、花びらのベッドでお昼寝だよ、うん」
それに決めた、と会長さんは特注フィギュアを指でチョンとつついて。
「お前もお揃いがいいだろう? まずはカップの用意からだね、ドリームワールドのコーヒーカップの予備でも失敬しようかな。アレなら余裕で座れるからさ」
「あんた、本気でやるつもりなのか!?」
コーヒーカップと花びらベッド、とキース君が突っ込むと、会長さんの笑みが深くなり。
「決まってるじゃないか、年貢だよ? 納めて貰ってなんぼなんだよ、とりあえずフィギュアは戻しておこう」
此処が定位置、と瞬間移動で戻した先の映像が思念波で頭の中に。教頭先生が大事にしてらっしゃる夫婦茶碗の縁にチョコンと小さな小さな会長さん。うーん、とってもメルヘンチック…。
教頭先生に年貢がどうこうと恐ろしげな計画を口にした会長さんは早速動き始めました。私たちには「今日も順調」としか言いませんけど、着々と準備を進めている様子です。そして週末、会長さんの家に招かれて出掛けてみると。
「うっわー…。本気で用意したんだ?」
コーヒーカップ、とジョミー君。ドリームワールドで子供に人気の遊具、コーヒーカップの予備と思しき大きなカップがリビングに鎮座しています。
「素敵だろう? これならけっこう頑丈だしねえ、ハーレイが縁に座っても大丈夫! 傾かないように重石も入れたし、後は座って貰うだけさ」
縁にチョコンと可愛らしく、と会長さんはニヤニヤと。でも肝心の教頭先生に招待状は出したのでしょうか? 出したとしたら、どんなのが…。
「招待状? 出すわけないだろ、そんなもの! 親指姫だし」
「「「え?」」」
「親指姫は攫われるものだよ、これから拉致して連行するだけ!」
よし! と会長さんの声が響いて、教頭先生が瞬間移動でリビングに。家で寛いでらっしゃったらしく、ラフな格好をしておられます。
「やあ、ハーレイ。ぼくの家にようこそ」
「…ブ、ブルー!? これはいったい…?」
どうなっているのだ、とキョロキョロしている教頭先生に、会長さんはスッとコーヒーカップを指差して。
「あれに座ってくれるかな? 縁にチョコンと」
「…な、なんだ?」
ギクリと顔色を変える教頭先生、特注フィギュアがバレたとも知らず挙動不審になりながらも。
「そ、それは…。別にかまわないが、アレに座ってどうするのだ?」
「そりゃもう、可愛く座ってるだけでいいんだよ。ぼくたちがそれを愛でるから」
「……愛でる……?」
「うん。カップの縁に座る姿って可愛いじゃないか、こう、親指姫みたいでさ」
でもその服だとイマイチだよね、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に合図を送ると。
「かみお~ん♪ はい、ハーレイのキャプテン服!」
コレに着替えて座ってみてね、と唐草模様の風呂敷包みが差し出されました。キャプテンの制服、教頭先生の家のクローゼットに山ほどあるとは聞いていますが、一着ゲット済みでしたか…。
「……なんかイマイチ可愛くないねえ……」
どう思う、と会長さんが尋ね、素直に頷く私たち。巨大カップの縁に腰掛けた教頭先生は全く可愛くありませんでした。シャングリラ号のブリッジでキャプテンシートに座っているのと殆ど変わらないような…。
「だよねえ、これじゃ親指姫どころか普通にキャプテンスタイルだってば…」
何処が違うと言うんだろう、と会長さんはコーヒーカップの縁に座らせた教頭先生をジロジロと。
「ポーズは全く同じなんだよ、キッチリ指定したんだからさ」
「……同じだと?」
何のポーズと同じなのだ、と教頭先生が訊き返し、会長さんが高らかに。
「君の御自慢の特注フィギュア!」
「!!!」
教頭先生の顔色がサーッと青ざめ、カップの縁で硬直中。会長さんは教頭先生の身体をツンツンつつき回して。
「…分からないねえ、君の趣味…。どう転んだらコレに萌えるのか、ぼくにはサッパリ謎なんだけど…。やっぱりアレかな、君が毎晩やっているようにココをつつくのが王道だとか?」
会長さんの指が教頭先生の股間を示してピタリと止まり、教頭先生の鼻からツツーッと鼻血が。
「なるほど、ココが大切、と…。でも触りたくもないからねえ…」
おまけにモッコリしてきちゃったし、と会長さんは冷たい口調。
「こんな所でモッコリしてもね、見た目に醜いだけなんだよ。さっさと萎えてくれないかな?」
「…………」
教頭先生、タラリ脂汗。これは一気に萎えそうです。しかし…。
「待たされるのは趣味じゃないんだ。すぐに萎えないなら隠すしかない。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パァァッと迸る青いサイオン。教頭先生のキャプテン服は一瞬の内にピンクのドレスに変わっていました。フリルひらひら、レースたっぷり。
「このドレス、ぼくが作ったの! お花の国のお姫様だよ♪」
「ふふ、ぶるぅの力作のドレスはどうだい? そこに座るのに疲れてきたら言ってよね。花びらのベッドを用意したんだ、ゆっくり昼寝をしてくれていいよ」
ほらね、と瞬間移動でリビングに出現した大きなベッド。華やかな薔薇や香り高いジャスミン、他にも花がてんこ盛り。教頭先生がお休みになるには似合わなさすぎる気がするんですけど、ピンクのドレスのお姫様にはこのくらいで丁度いいのかな?
会長さんの特注フィギュアを作ったばかりに晒し者となった教頭先生。ピンクのドレスでコーヒーカップの縁に座って所在なさげに項垂れてらっしゃるのですけれど。
「…ふうん…。これが元ネタのヤツなんだ?」
「「「!!?」」」
あらぬ方から声が聞こえてフワリと翻る紫のマント。そこには手乗りの小鳥よろしく会長さんフィギュアを右手に座らせたソルジャーが笑顔で立っていました。
「ぼくの世界から眺めてたけど、手に取ってみると違うものだね。これならハーレイがサカるのも分かる。ついでに頑張って貢いでいたのも」
毎日一輪、高い薔薇! とソルジャーはフィギュアの頭にチュッとキスを。教頭先生の頬が赤らみ、会長さんは柳眉を吊り上げて。
「何しに来たのさ! それ、返してよ!」
「え、ハーレイのヤツだろう? 君に返してどうするのさ」
「処分するんだよ、存在自体が許せないから!」
さっさと寄越せ、と会長さんが伸ばした手からソルジャーがサッと身をかわすと。
「勿体ないじゃないか、よく出来てるのに…。こんなヤツならぼくも欲しいな」
「「「へ?」」」
ソルジャーが会長さんのフィギュアを……ですか? そりゃあ昔は会長さんを食べようとして騒ぎになったこともありましたけど、キャプテンと晴れて結婚してからはそんな話も無かったかと…。なのに今更フィギュアなのか、と思ったら。
「ううん、ブルーのフィギュアは別にどうでもいいんだよ。これと同じのをぼくで作ってハーレイにプレゼントしようかなぁ…って」
なんだ、そういうことですか! だったら問題ないんじゃあ…?
「だろ? だからね、これは暫く貸しといてよね」
ソルジャーの手からフィギュアが消え失せ、別の世界へと送られてしまった模様です。ソルジャー曰く、あちらの世界の優れた技術でポーズを自由に変えられるように作りたいらしく。
「出来上がったらモデルは返すよ。勿体ないような気もするけれど、処分するなら御自由に…。あ、そうだ。ぼくの世界のバージョンアップ版、こっちのハーレイにもあげようか?」
「却下!!」
モデルが君でもお断りだ、と会長さんが叫び、教頭先生がボソボソと。
「…そ、そのぅ…。分けて頂けると嬉しいのですが……」
あらららら。ついウッカリと本音が出ちゃったみたいですけど、会長さんにも聞こえてますよ?
特注フィギュアどころかバージョンアップ版のヤツが欲しい、と漏らしてしまった教頭先生を見詰める会長さんの視線は氷点下でした。それに気付いた教頭先生が取り繕っても後の祭りで。
「違うんだ、ブルー! 私はそういうつもりでは…!」
「そんなつもりでなきゃ言わないだろ、欲しいだなんて! しかもバージョンアップ版!」
よくもぼくの目の前でエロい世界に、と会長さんは怒りMAX。
「大人しく座って花びらベッドで寝てるようなら見逃そうかとも思ってたけど、もうその線は消えたから! 嫁に行くのかスイレンの葉っぱか、二つに一つで選びたまえ!」
「…よ、嫁…?」
私がなのか、と問い返す教頭先生に、フンと鼻を鳴らす会長さん。
「親指姫はお金持ちのモグラに嫁ぐものだと決まってる。幸か不幸かノルディがいるしね、嫁に行くならノルディの所だ」
「「「えぇっ!?」」」
エロドクターにも選ぶ権利があるだろう、と私たちはビックリ仰天ですけど、会長さんは。
「嫁に来たのがハーレイだってバレないように細工をするさ。もちろん花嫁はぼくってことで…。サイオニック・ドリームが通用しないのはぼくを相手にした時だけだし、対ハーレイなら引っ掛かる。ぼくだと思ってそりゃあ念入りに可愛がってくれると思うよ」
「ま、待ってくれ! そ、それは勘弁して欲しいのだが…!」
助けてくれ、と泣きの涙の教頭先生に、会長さんがピシッと指を突き付けて。
「じゃあ、スイレン!」
「…スイレン?」
「スイレンの葉っぱの上に捨てられるんだよ、後は野となれ山となれでさ」
どっちにする? とズイと迫られた教頭先生に選択の余地がある筈もなく…。
「……スイレンでいい…。いや、スイレンだ、是非スイレンの上に捨ててくれ!」
「了解。それじゃ、後悔しないようにね」
行ってらっしゃい、と会長さんが手を振り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ ハーレイ、元気でね~!」
青いサイオンが走ったかと思うと、教頭先生は何処にもいませんでした。残ったものはドリームワールドのコーヒーカップと、飾り立てられたフラワーベッドと。ソルジャーがフラワーベッドを興味津々で眺め、会長さんに。
「これも貰っていいのかな? ぼくのハーレイと楽しめそうだよ」
「…好きにしたら? ハーレイを寝かせたベッドなんかを再利用するつもりは無いから、格安の家具を買ったんだ。ベッドごと持って帰っていいよ」
「ありがとう! それじゃ有難く貰って行くね」
ソルジャーは大喜びで帰ってゆきましたけれど、教頭先生は何処なんでしょうねえ?
お金持ちのモグラならぬエロドクターへの嫁入り話をお断りになった教頭先生。スイレンの葉っぱを選んで何処かへ消えてしまわれましたが、そのスイレンって何ですか? まさか本物ではないのでしょうし…。
「ああ、スイレンの葉っぱかい? ちゃんと特注したんだよ」
浮かぶ素材で、とニッコリ微笑む会長さん。
「ハーレイが乗っても沈まないように作ってあるから大丈夫! プカプカ水に浮かんでいるさ」
「それって何処の池なんです?」
空港の敷地内にあるヤツですか、とシロエ君が質問しました。シャングリラ号に行くための専用空港を含む広大な土地には大小の池が幾つかあります。その中の一つか、あるいはマザー農場の溜池とかか。その辺だろうと思ったのですが…。
「池じゃないねえ、湖だよ」
「「「湖?」」」
「それに思いっ切りの観光名所! もちろんスイレンはシールドしてある」
観光客には発見されない、と会長さんは得意げです。
「発見されてすぐに救助じゃつまらないしねえ…。ハーレイはそんなこととは思ってないから、側を通って行く遊覧船とか漁船なんかに手を振っているよ。誰か助けてくれ、ってね」
「…あの格好で救助されても恥ずかしそうねえ…」
変態みたい、とスウェナちゃんが呟き、揃って笑い出す私たち。恥ずかしいのもさることながら、発見されたのが遊覧船なら一部始終を撮影している乗客とかがいそうです。うっかりネットに投稿されたりしようものなら恥ずかしいなんてレベルではなく…。
「それは確かにシールドの方がマシなようだな」
俺なら発見されない道を選ぶ、とキース君。
「いつかは救助するんだろう? まさか死ぬまで放置じゃあるまい」
「それはもちろん。あれでもシャングリラ学園の教頭な上に、シャングリラ号のキャプテンだしねえ? 湖の上で餓死された日には生徒会長とソルジャーの立場が無いってものでさ」
その辺はきちんと考慮している、との答えにホッと一息。スイレンの葉っぱで漂流中の教頭先生、餓死寸前まで行かなくっても月曜日の授業が始まるまでには救助して貰えることでしょう。それまでは湖の水でも飲みつつ、じっと我慢でいて下されば…。えっ、なんですって?
「ねえ、ブルー。…なんか、時間が来たみたいだけど」
大丈夫かなぁ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ちょっと、時間が来たって、なに? 何の時間が来たんですか~!
スイレンの葉っぱに揺られて漂流中の教頭先生は観光名所の湖の上。自分の姿がシールドされて見えないとも知らず、遊覧船などに救助を要請中らしいですが。
「時間だって? そういえば…」
そんな時間か、と時計に目をやる会長さん。教頭先生がコーヒーカップの縁に座って親指姫をやってらっしゃる間に私たちは昼食を済ませていました。教頭先生を見物しながらワイワイと食べて、それからソルジャーがやって来て…。いつの間にやら午後三時です。
「時間がどうかしたのかよ?」
日が暮れるには早いよな、とサム君が訊くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えとえと、滝の時間なの! 三時から滝が始まっちゃうの!」
「「「滝?」」」
滝が始まると言われましても、何のことやら意味不明です。滝っていわゆる滝ですよね? 始まるも何も、滝は年中無休なんじゃあ? ダム湖の放水じゃあるまいし…。
「違うんだな、これが」
世間は広い、と会長さんがチッチッと人差し指を左右に振って。
「ハーレイが漂流中の湖は火山活動で出来た堰止湖でねえ、そこから滝が流れ出してる。この滝がまた観光名所! ところがどっこい、水量不足だと滝の迫力が出ないものだから…。そういう時期には時間限定で水を流すのさ、それが今日だと三時からだね」
やってる、やってる…、とサイオンで見ているらしい会長さん。
「今年は水が少ないらしくて一日に三回、一時間ずつ流してるんだ。午前九時と正午と、午後三時。ハーレイが漂流し始めてからは本日初の放水ってことで」
どうなるかな、とワクワクしている会長さんの瞳の輝きっぷりと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の心配そうな顔つきからして、もしかしてスイレンの葉っぱが浮かんでいる場所は…。
「えっ、ハーレイのスイレンの場所? 運が悪けりゃ滝に行くねえ、そういう場所を選んで浮かべておいたし…。下手に暴れなきゃ安全だったけど、遊覧船とか漁船を追っかけて自力で漕いだりしちゃったからさ…」
かなりリスクは上がったかと、と会長さんの指がパチンと鳴って壁に映し出される中継画面。そこでは大きな緑のスイレンの葉っぱに腹ばいになったピンクのドレスの親指姫が懸命に水を掻いていました。なんだか焦っているようです。会長さんが悠然と。
「おやおや、流れに乗っかっちゃったか…。滝の存在にも気付いたようだね、ピンチとなったらサイオンが研ぎ澄まされてくるらしい」
流れの先には川があるってこともあるのに、とクスクス笑う会長さん。確かに川なら湖よりも脱出しやすい雰囲気です。けれど教頭先生が乗った流れの先は滝。教頭先生、大ピンチでは…?
「お、おい…。まさかと思うが、その滝とやらは…」
自殺の名所じゃないだろうな、とキース君が繰り出したトンデモ発言。自殺の名所で滝っていうのがありましたっけ? 三大名所は崖が二つと樹海だったと思うのですが…。
「ふうん? 流石は副住職だね、マイナーな場所も押さえていたとは」
そこで間違いないんだけれど、と会長さんがスッパリ言い切り、私たちの方は目が点で。
「あんた、教頭先生を殺す気か!」
キース君が噛み付き、ジョミー君が。
「じ、自殺の名所って、落ちたら死ぬほど凄いわけ? そんな滝なわけ?」
「そうなるねえ…。なにしろ落差が百メートル近く」
流されて落ちたら確実にアウト、と会長さんは中継画面に見入っています。
「でもさ、最近はあそこで自殺は無いみたいだよ? やっぱり時間限定の滝はウケないのかもね、水がそこそこある時期なんかも夜間は止めたりするものだから…」
「そんな寝言を言ってる場合じゃないだろうが!」
流れが速くなってるぞ、というキース君の指摘どおりにスイレンの葉っぱは加速中。必死の形相で水を掻き続ける教頭先生の努力も空しく滝の方へとグングン流されているわけで。
「平気だってば、殺しやしないよ。ちょーっと死にそうな気分になるだけ」
「かみお~ん♪ ブルーのシールド、完璧だもんね!」
真っ逆さまでも壊れないもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお墨付き。ということは、このまま落っことすんですね? 滝から真っ逆さまなんですね…?
「そりゃもう、そのくらいしなくちゃね。でないとホントに気が済まないんだ、あの特注のフィギュアの御礼! ノルディに一晩可愛がられるか、滝から真っ逆さまかって目に遭わせないと!」
派手にトラウマになるがいい、と会長さんに助ける気持ちは皆無でした。まあ、死ぬわけではなさそうですけど、教頭先生の苦手はスピード。それに加えて落下となれば一生モノのトラウマかもです。特注フィギュアを作ったばかりに、こんな末路になろうとは…。
「ヒントをくれたのは君たちだろう? 親指姫のさ」
実に素敵なアイデアだった、と上機嫌で鼻歌でも歌い出しそうな会長さんと、今や「助けてくれ」と絶叫しながら流される教頭先生と。親指姫ってこういう結末でしたっけ? これじゃ童話のラストというより世界残酷物語では…。
「うん。親指姫ではないよね、これは」
可哀相に、と聞こえた声と優雅に揺れる紫のマントが今日ほど頼もしく見えた日はありませんでした。ソルジャーだったら会長さんを止められそうです。止めて下さい、お願いします! 特注フィギュアは教頭先生の持ち物だったんですから、恩返しに~!
教頭先生を乗せたスイレンの葉っぱは滝に向かって一直線。もうダメだ、と私たちが両手で目を覆った時、部屋の空気がフッと揺らいで。
「あーーーっ!!!」
酷い、と会長さんが中継画面の向こうへと怒鳴り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はポカンと丸い目。そして私たちは見たのです。目もくらむ落差の滝を落っこちてゆくスイレンの葉っぱと、それと一緒に放り出されたピンクのドレスのお姫様を抱えて飛び去ってゆくソルジャーとを。
「と、飛んじゃったぁ…」
ビックリしたぁ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」もサイオンの力で飛べますけれど、普段は瞬間移動です。それだけにソルジャーが見せた瞬間移動した先で空を飛ぶ技は歴戦の戦士ならではの凄いものとして映ったようで。
「凄い、凄いや、飛んでっちゃったぁ…。もうすぐ帰ってくるのかなぁ?」
おまけにシールドしていたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は感動中。ソルジャーが空を飛んだ姿は一般人に見られないようにシールドされていたみたいです。ソルジャー、特注フィギュアの御礼に華麗に活躍してくれましたよ、これで教頭先生も…。
「ただいま。親指姫を助けて来たよ」
「……あ、ありがとうございました……」
本当に死ぬかと思いました、とリビングに現れた教頭先生が濡れ鼠で土下座しています。瞬間移動で戻って来たソルジャーは教頭先生を抱えてはおらず、隣に立っていただけなのですが。
「………。助けた以上は結婚だよ?」
親指姫のラストはそういうものだ、と会長さんが恨みがましく。
「特注フィギュアも貰った仲だろ、この際、結婚するんだね」
「えぇっ? それは困るな、ぼくはこれでも既婚者なんだし…。重婚はちょっと」
「事実婚って手もあるだろう!」
確か三人でやりたがっていたと思うんだけど、と会長さんは親指姫な教頭先生をソルジャーに押し付けるつもり。えーっと、本当にそれでいいんですか? 教頭先生がソルジャーの世界に行くんでなければ、色々と面倒なことになっちゃうような…?
「そうだよ、その子たちが思っているとおりだよ? ハーレイがぼくで味を占めたら君もヤバイと思うけどねえ、それでも結婚がオススメなわけ?」
そこまで言われたら断れないな、とソルジャーは艶やかな笑みを浮かべて。
「聞いたかい、ハーレイ? ぼくたち、結婚しなくちゃいけないそうだ」
「…で、ですが、私は一生ブルーだけだと決めておりまして…」
助けて頂いたのは有難いですが、と頭を下げるピンクのドレスの教頭先生に、ソルジャーが。
「ぼくもブルーだ。…君がその気になるまで待つから、ここは結婚してみないかい?」
ブルーの許可も出ているんだし、と微笑んだソルジャーの手に例のフィギュアが。
「ぼくのハーレイには暫くコレで我慢して貰って、ぼくは君と……ね。悪い話じゃないと思うな、今日から色々教えてあげるよ」
こっちのブルーと大人の時間を過ごすためのコツとか過ごし方とか、と耳元で熱く囁かれた教頭先生がブワッと鼻血を噴いてしまわれ、会長さんが。
「退場! 結婚の話は無かったことに!!」
「嫌だね、ぼくはその気になったんだ。特注フィギュアを作るセンスはぼくのハーレイには無いからねえ…。この結婚から得るものは多い。だから結婚させて貰うよ」
親指姫のラストに相応しく…、と開き直ってしまったソルジャー、結婚する気満々です。教頭先生も滝から真っ逆さまのピンチからさほど時間が経っていないだけに、まだ冷静ではないらしく。
「こ、これも何かの御縁でしょうか…。不束者ですが、どうぞよろしく…」
「あっ、君もその気になってくれた? それじゃ早速、愛の巣へね」
君の家へお邪魔しようかな、とソルジャーが教頭先生の手を取った所へ。
「ま、待って下さい、ブルー!!!」
転げ込んで来たキャプテン服の人物が一人と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんと。
「け、結婚はぶるぅがするそうです! 親指姫のラストは姫を救ったツバメが王子様の所へ運ぶのですから、名乗りを上げてくれまして! あなたのパートナーは私一人でお願いします!」
「かみお~ん♪ ぼく、ハーレイに頼まれたの! ブルーの代わりに結婚しろって!」
一度結婚してみたかったの、と「ぶるぅ」の瞳がキラキラと。
「ハーレイ、ぼくと結婚しようね、それならいいでしょ?」
「ぶ、ぶるぅ…。そうか、お前もブルーの内だな……」
それもいいか、と教頭先生、アッサリ承諾してしまいました。おませな「ぶるぅ」は大喜びで。
「わーい、親指姫と結婚だぁ! お花の土鍋を特注しなくちゃ、ハーレイ用だよ♪」
「う、うむ…。特注は実にいいものだからな」
幸せになろう、と教頭先生、滝から真っ逆さまのショックで今も盛大に混乱中。えっと、特注はフィギュアです! 土鍋じゃなくってフィギュアなんです、教頭先生、落ち着いて! 会長さんも笑っていないで止めて下さい、絶対、何かが間違ってますぅ~!
可憐な親指姫・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生が落っこちて行った滝にはモデルがあります、日光の華厳の滝がそうです。
多少脚色してはいますが、いつも流れてはいないのでした…。
次回、3月は 「第3月曜」 3月16日の更新となります、よろしくです!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、2月はドクツルタケことイングリッドさん、再登場…!
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木漏れ日が射す木の下に据えられたテーブルと椅子。一階に居る母の目に入る場所だけに、二階の自分の部屋でするようにハーレイの膝に座ったりは出来ないのだが、ブルーのお気に入りの席。
ハーレイがキャンプ用のテーブルと椅子とを持って来てくれて、初めて外でデートをした場所。
夏休みに入ってからも何度か設けられた特別な席は、ブルーの父が白いテーブルと椅子を買ってくれて晴れた日の定番になった。
七月の末の今日もブルーは其処で大好きなハーレイと二人で午前中のお茶を楽しんでいる。母が焼いた口当たりの軽いケーキと、よく冷えてグラスに露を浮かせたレモネード。
向かい合わせで座るハーレイを見ているだけで、溢れ出す幸せが止まらない。来月はハーレイの誕生日。まだ一ヶ月近くあるのだけれど、何を贈るかブルーはとっくに決めていた。
(…ふふっ)
ハーレイが喜んでくれそうなもの。うんと奮発して、ブルーのお小遣い一ヶ月分。
夏休みでもハーレイは柔道部の指導や研修などで来られない日が時々あった。次にそういう日が訪れたら、町の中心部にある百貨店までプレゼントを買いに出掛ける予定だ。
(きっとハーレイ、ビックリするよね)
早く贈って驚かせたい。喜ぶ顔を見てみたい。
再会してから初めてのハーレイの誕生日。ハーレイは三十八歳になる。
誕生日のお祝いはブルーの家で、と強請って約束を取り付けた。その日は母が御馳走を作って、バースデーケーキも用意して…。今から楽しみでたまらない。
三月生まれのブルーの誕生日はまだずっと先のことになるから、まずはハーレイの誕生日祝い。
来年の三月三十一日が来たら、今度はブルーが誕生日を祝ってもらう番。
ハーレイよりもずっと遅れて生まれて来たから、十五歳にしかなれないけれど…。
そういうことを考えていて、ブルーはふっと気が付いた。
この地球に自分が生まれて来た時、ハーレイはとっくに地球の上に居た。八月二十八日が来たら二十四歳も年上になってしまうハーレイ。ブルーよりも先に生まれたハーレイ。
ブルーが地球に生まれたその日に、ハーレイは何をしていたのだろう?
とうに大人になっていた筈だけれど、何処に居て何をしていたのだろう…?
一度知りたいと思い始めると止まらない。その日、ハーレイはどう過ごしたのかを。
母からも見える庭のテーブルで訊くには、特別すぎることだったから。レモネードを飲み終え、ケーキのお皿も空になって二階の自分の部屋に移動した後、ハーレイの膝の上に座って尋ねた。
「ねえ、ハーレイ」
「なんだ?」
ハーレイがブルーが膝から落っこちないよう、軽く腕を回して支えながら微笑む。
「ハーレイ、二十三歳の時って何をしてたの?」
「何って…。そうだな、教師生活の一年目ってトコか」
毎日が新鮮で、初めてのことの連続で。慣れない仕事で忙しくても充実していた、とハーレイは懐かしそうに答えた。
「じゃあ、二十三歳の三月は?」
「ん? 新米教師の集大成だな、来たる新年度に向けて不安半分、期待半分だ」
「なんで不安?」
「そりゃ、お前…。そろそろ担任もするかもだしな?」
教師生活も二年目になればクラス担任をするケースもある。一人前の教師として認められた証といえども、クラス担任の責任は重い。受け持ちのクラスの生徒に目を配り、自分が担当する教科の指導も抜かりなく。どちらも手抜きは許されないし…。
「ハーレイ、二年目から担任だったの?」
「いや、そういう話も出ては来たんだが…。柔道部がいい線を行っていたんでな」
顧問だったハーレイは腕を見込まれ、そちらに専念することになった。教師生活二年目の段階でクラス担任とクラブ顧問を両立させることは難しい。まして柔道部で大会を目指すとなれば…。
「そっか…。それで、柔道部はどうなったの? 二年目」
「見事、大会に出場したぞ? 皆、いい成績を収めてくれてな、指導した俺も鼻高々だ」
そのまま柔道の話になってしまいそうだったから、ブルーは慌てて話題を元に戻した。
「じゃあ、ハーレイ。…二年目に入る前の三月の末って、何してた?」
「そうだな…。とにかく不安を吹き飛ばそうと気分転換に泳ぎまくって、走っていたな」
「三月三十一日は?」
「明日から新年度だと気分を切り替えるべく…。待て、お前は何が言いたいんだ?」
ハーレイはようやく話が自分の教師生活のことではないらしい、と気が付いたようで、瞳の色が深くなる。鳶色の瞳がブルーの瞳を覗き込み、「どうした?」と先を促した。
「妙に日付にこだわるな? そういえば三月の三十一日は…」
「うん。…そこ、ぼくが生まれて来た日なんだ…」
何か予感は無かったの? とブルーは鳶色の瞳を見上げる。赤い瞳に期待をこめて。
ブルーとハーレイ。
今は普通の十四歳の子供と、その学校の教師だけれど。
二人の前世はミュウの長のソルジャーと、ミュウたちを乗せた船の舵を握るキャプテンだった。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ。
三百年近い時を共に生き、愛し、愛された恋人同士の二人は運命に引き裂かれるように別れて、長い時を経た後に蘇った青い地球の上に生まれ変わり、再び出会った。
ブルーがハーレイを追うように生まれて来てから、再会するまでに十四年もの時が流れた。
十四歳という年齢が重要な鍵になったのだろう、とブルーは思っているのだけれど…。十四歳を迎えるまではブルーの記憶は蘇ってくれず、再会は叶わなかったのだろうと思うけれども。
それでも自分が生まれて来た日に、ハーレイは気付いてくれたのではないか。
予感めいた何かがあったのではないか、と期待してハーレイの顔を見上げたのに。
「…すまん。俺は昔から鈍いからな」
残念ながら何もなかった、とハーレイは済まなそうに言葉を紡いだ。
「実はな、俺もお前に出会って直ぐに調べてみたんだ。お前の生まれた日を勝手に調べて、お前を怒らせちまったが…。お前が生まれた日に何か無かったかと、その日の日記を読んでみた」
「…でも、何も起こっていなかったんだね?」
「ああ。いつもどおりの日記だったな、本当にすまん。せっかくお前がその日に生まれて来たのになあ…。俺のブルーが生まれて来たのに…」
天から宝物が降って来る夢でも見られていれば良かったのに、とハーレイが悔しげな顔をする。
「でなきゃアレだな、富士山か鷹かナスの夢だな」
「えっ?」
意味が掴めないハーレイの台詞に、ブルーの瞳が丸くなった。
「何、それ…」
「ははっ、お前は知らなかったか? 正月に見る初夢に出てくれば最高だという縁起物だぞ」
富士山は昔の地球に在った美しい形の火山だ、とハーレイは鳶色の瞳を細めた。
「その富士山が一番縁起が良かったらしい。次が鷹だな、鳥の鷹だ。三番目が野菜のナスになる。なんで富士山で鷹でナスなのか、理由は色々あるんだが…。どれも見なかったことは確かだ」
「……そっか……」
特別な夢すらも見てくれなかったらしいハーレイ。
ブルーは心底ガッカリしたが、シュンと項垂れたブルーの頭をハーレイの手が優しく撫でた。
「すまんな、ブルー…。鈍い男で本当にすまん。俺も予感が欲しかったんだが」
本当だぞ、とハーレイはブルーの瞳を見詰めた。
何よりも大切な宝物のブルーが生まれて来たのに、知らなかった自分が情けないと。
ブルーがこの地球に生まれて来た日も、ハーレイは普段通りに生きていた。
翌日から始まる新年度に向けて心身をリフレッシュするべくプールに出掛けて存分に泳ぎ、その後は軽くジョギングをした。
春の到来を告げる桜がチラホラと咲いていたかもしれない。その辺りは記憶していない。
今より十四年分ほど若い身体で颯爽と走っていたコースの途中で、ブルーが生まれた病院の脇を掠めていたかもしれない。病院に急ぐブルーの父の車とすれ違っていたかもしれない。
ブルーが生まれて来たことも知らず、足の向くままに走り続けていただけだけれど。
「本当に鈍い男だったな、俺ってヤツは…。俺の宝物が生まれて来たのに」
つくづく馬鹿だ、とハーレイは嘆く。
「おまけに十四年間も気付かなかったとは恐れ入る。とっくにこの町に来ていたくせに」
お前が生まれた日も町を走っていたんだ、と語ってから「待てよ」と暫し、考え込んで。
少し経った後、ハーレイが口にした言葉は、それまでのものとは正反対だった。
「…ブルー。ひょっとしたら、俺は気付いていたのかもしれん」
「ハーレイ、何か思い出したの?」
「そういうわけではないんだが…。あえて言うなら、この町だな」
「町?」
怪訝そうな顔をしたブルーに「この町さ」と返す。
「俺は、お前がこの町に生まれるという予感に引かれて来たのかもしれん」
「えっ…。でも、ハーレイには予知能力は…」
「無いさ、昔も今の俺もな。…だが、この町にこだわる理由は何処にも無かった。教師になるなら俺の生まれた町でも良かった。この町で教師になるにしたって、通えん距離でも無かったし…」
隣町にあるハーレイが育った家までは車で一時間もかかりはしない。充分に通勤圏内だったし、現に通っている人も少なくはない。
「…それなのに、俺はこの町に来ちまったんだ。わざわざ家まで買って貰ってな」
いつか嫁さんを貰う日のために子供部屋つきの立派な家を、とハーレイはブルーに微笑んだ。
「あの家に嫁さんは来ないだろうと思っていたのに、お前に出会った。…お前を嫁さんと呼べるかどうかはともかくとして、俺は結婚出来るんだ。いつかお前が大きくなったら」
……俺はお前に出会うためだけに、この町に来た。
そういう気持ちがしてこないか?
なあ、ブルー…。
ハーレイの褐色の手に頬を包まれ、額に優しく口付けられて。
ブルーの頬は赤く染まったけれども、それは恥ずかしさではなくて幸せが溢れそうだったから。
ある意味、自分が生まれた日に特別な夢を見たと告げられるより嬉しかったかもしれない。
予感があった、と聞かされるよりも遙かに嬉しかったかもしれない。
この地球に自分が生まれる前から、母の胎内に宿る前からハーレイは待ってくれていた。
生まれるよりも遙かに前から、この町に住んで待っていてくれた。
新しい家族を迎える家まで買って貰って、ひたすらに待っていてくれたのだ。
それが誰なのかを知らなかっただけで、ハーレイはずっと待っていた…。
ブルーが生まれるずっと前から、教師としてこの町に来た十五年も前の時から、ずっと。
ハーレイがこの町に住み始めてから、ブルーが生まれるまでに一年以上が経っている。
そうしてブルーが地球に生まれて、出会うまでの間に十四年。
十四年間も同じ町に住んで、それぞれの人生を生きて来たのだけれど。
再会してから三ヶ月にも満たないけれども、もしかしたら…。
「ねえ、ハーレイ。ぼくたち、何処かですれ違っていたかもしれないね」
十四年間もあったんだから、とブルーが見上げるとハーレイは「まさか」と苦笑した。
「お前みたいに印象的な子供を見たなら、俺は絶対に忘れないが」
「でも…。ぼくは小さい頃、大抵、帽子を被っていたよ? 大きいのを」
母が日よけにと被らせた帽子。つばが広くて、顔が日陰になる帽子。
「それは分からんかもしれないなあ…」
「でしょ? 髪の毛も目の色も見えなかったら、帽子を被ったただの子供だよ」
「確かにな。すれ違っていても気付かんだろうなあ…」
そう言ってハーレイは頭を掻いた。
銀色の髪で赤い瞳のアルビノの子供は珍しいけれど、大きな帽子は珍しくもない。
小さい頃に何処かで出会っていたかもしれない。
もっと小さい頃、ハーレイが車の中から見かけたベビーカーにブルーがいたかもしれない。
「…そうだな、会っていたかもしれないなあ…」
「ハーレイ、知らずに手を振ってたかもしれないよ。ジョギングしながら」
「それは大いに有り得るな。俺は手を振ってくれる人には必ず振り返しているからな」
うんと小さい子供だろうが、赤ん坊だろうが、とハーレイは穏やかな笑みを浮かべた。
「ね、ハーレイ? ぼくは小さすぎて覚えてないけど、本当に手を振っていたかも」
「実にありそうな話だな。子供はけっこう手を振ってくれるぞ」
今でも走っていると手を振って応援してくれる、と笑うハーレイ。
そんなハーレイが若かった頃に、ブルーも手を振っていたのかもしれない。
前の生で心から愛した人とも知らずに、「頑張ってねー!」と無邪気に叫んで。
「うんと小さいお前の声援を受けて走っていたのか、俺は」
「そう考えると幸せな気持ちがしてこない?」
「ああ。…お互い気付かなかったと思っているより、うんと幸せな気分になれるな。…俺はお前に出会うためにこの町に来ていたのか。自分では全く気付かなかったが」
「きっとそうだよ、ぼくの学校にも来てくれたもの」
何処にも証拠が在りはしないけど、そう思う。
ハーレイはぼくを待つためにこの町に来て、ぼくに会うために今の学校に来た、と。
「しかしだ。…考えてみると不思議なもんだな」
ハーレイがブルーを膝の上に抱いたまま、しみじみと言った。
「お前を待つためにこの町に来たんだろうと思うし、それで間違いないとも思う。それなのに俺はソルジャー・ブルーの写真を見ても別に何とも思わなかったぞ、お前と再会するまでは」
「今は?」
「…今か? 今は駄目だな、見ないようにしている」
「なんで?」
赤い瞳を輝かせるブルーの頭をハーレイの拳がコツンと小突いた。
「お前、知ってて訊いてるだろう! 俺がソルジャー・ブルーの写真を見たらどうなるかを!」
「ふふっ」
ブルーは小さく肩を竦めてクスッと笑うと。
「ぼくはね、キャプテン・ハーレイが少し怖かったよ。…うんと小さい頃は、だけどね」
それは嘘ではなくて本当のこと。
今よりも幼かった頃のブルーは、威厳に満ちたキャプテン・ハーレイの写真が怖かった。学校の先生たちよりも厳しそうだったし、叱られたら泣いてしまうと思った。
そう話すとハーレイは「お前なあ…」と苦笑いをして。
「それで、その後はどうだったんだ?」
「意外に優しいおじさんかも、って」
「おじさんだと!?」
ハーレイの声が引っくり返るとまではいかないものの、あまりのことに裏返りそうになる。
「だって、ハーレイ。…ぼくのパパとあまり変わらないよ? おじさんだよね」
「こらっ! それが恋人を捕まえて言うことか!」
よりにもよって「おじさん」なのか、とハーレイはブルーを捕まえて銀色の頭を拳でグリグリと弄り、ブルーの軽やかな悲鳴が上がった。
「痛い、痛いよ、ハーレイ、痛いってば!」
「うるさい、俺をおじさんと呼んだお前が悪いっ!」
今度言ったらもう結婚してやらないぞ、と苛めにかかる。おじさんに用は無いだろう、と。
ハーレイをおじさん呼ばわりした罰を食らったブルー。
銀色の髪はクシャクシャにされて、グリグリされた頭も痛かったけれど。
お仕置きが済むとハーレイの大きな手で頭を撫でられ、広い胸に大切そうに抱き締められる。
「俺のブルーだ」「俺の大切な宝物だ」と。
温かな手と、逞しくて厚いハーレイの胸。
前の生と何処も変わっていない。
ソルジャー・ブルーだったぼくが愛したキャプテン・ハーレイ。
もう会えないと、二度と会えないのだと凍えた右手の冷たさに泣いて、泣きながら死んでいった遠い日のぼく。
それなのに、ぼくはハーレイに会えた。
行きたいと焦がれ続けた青い地球の上で、もう一度ハーレイに会うことが出来た。
なんて不思議な運命だろう。
あの遠い日に切れたと思った運命の糸が、ハーレイをこの町に連れて来てくれた。まだ生まれていないぼくを待つために、隣の町から連れて来てくれた…。
ぼくとハーレイとを繋ぎ続けた運命の糸。神様が結んで、切れないようにしてくれた糸。
神様はぼくとハーレイが出会えるように色々な準備をしてくれた。
その最高傑作がぼくの聖痕。
ハーレイと再会した日に、ぼくの身体を血に染めた傷痕。
あれっきり、二度と現れはしないし、もう出て来ることも無いのだろうけど…。
この地球に生まれ変われて良かった。
ハーレイと二人、地球の上で会えてホントに良かった。
ぼくは本当に幸せだよ。ねえ、ハーレイ…。
ぼくが生まれた日・了
※ブルーが地球の上に生まれて来た日。何の予感も無かったというハーレイですが…。
そこは運命の二人ですから、まるで接点が無かったわけでもなかったかも?
キーワードは、実は「サクラサク」。
第79弾、『時の有る場所で』 がソレです、第17弾『時の無い場所で』と対のお話。
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御礼ショートショート、月に1回、入れ替え中です!
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拍手レスもこちらになりますv
夏休みも明日で終わってしまう八月の三十日。
ぼくはハーレイから素敵なプレゼントを貰ってしまった。
真夏の太陽の光を集めてギュッと閉じ込めたみたいな、綺麗な金色をしたマーマレード。
昨日、ハーレイは夕食を食べずに早めに帰って行ったんだ。隣町にあるハーレイが育った家で、お父さんとお母さんが食事を作って待ってるから、って。
誕生日の次の日だもの、仕方ないよね。誕生日はぼくが独占しちゃったんだもの。
そしたら今日の朝、マーマレードの大きな瓶が入った紙袋を提げて訪ねて来てくれた。
「おふくろと親父が、持って行けってうるさくてな」
ぼくの部屋のテーブルに瓶を置いて、アイスティーとお菓子を持って来たママにも説明をした。
「母が作ったマーマレードです。いつもお世話になっていますし、お召し上がり下さい」
「いえ、そんな…。お世話になっているのはブルーですのに」
「庭に夏ミカンの木があるんですよ。食べ切れないほど作ってますから、ご遠慮なく」
お口に合えばいいんですが、ってハーレイは言うけど、きっと美味しいに決まってる。とろりと溶けた蜂蜜とお日様を混ぜた色。夏の光がいっぱい詰まったハーレイのお母さんのマーマレード。
ママが直ぐに持って行こうとしたから、「待って」って止めた。
せっかく貰ったマーマレード。ハーレイのお母さんの話も聞きたかったし、夏ミカンの木の話も聞きたい。作ってくれた人を思い浮かべながらマーマレードの瓶をよく見てみたい。
後で下まで持って行くから、とテーブルの上に置いたままにしておいて貰った。本当にゆっくり見たかっただけなんだけれど、ママが部屋を出て、階段を下りて。足音が小さくなって消えたら、ハーレイがニッコリ笑ったんだ。「どうして分かった?」って。
「え、何が?」
「なんだ、知ってたわけじゃないのか。これはな、本当はお前に渡したかったんだ。…おふくろも親父もそうしたかったんだが、お前の家ではそれは通用しないしな…」
「何の話?」
キョトンとしたぼくに、ハーレイはパチンと片目を瞑ってみせた。
「将来、俺の……その、なんて言うんだ? 嫁さんと言っていいのかどうか…。とにかく俺の結婚相手になるお前に、って親父とおふくろが持たせてくれたマーマレードなのさ」
…お嫁さん。ぼくがハーレイのお嫁さん…。
いつかハーレイと結婚するんだって決めているけど、パパにもママにも話していない。
でもハーレイはお父さんたちに話してくれたんだ。ぼくのことを。ぼくと結婚することを…。
「お前のパパとママはそういう事情は知らないからなあ…。だから表向きは俺が世話になっている御礼ってコトにしといたが、本当はお前宛なんだよ。親父もおふくろも喜んでたさ」
とても可愛い子供が一人増えた、ってな。
そう聞いてぼくは真っ赤になった。
ハーレイと結婚したら、ハーレイのお父さんとお母さんはぼくのお父さんとお母さんだ。
まだ結婚もしていないのに、もう子供だって言って貰えた。お母さんが作ったマーマレードまで貰ってしまった。
嬉しいけれど、ちょっと恥ずかしい。だから耳まで赤く染まった。
ハーレイのお父さんとお母さん。ハーレイから時々、話を聞くだけのお父さんとお母さん。
どんな人たちなんだろう? ぼくのためにってマーマレードをくれた人たちは…。
ドキドキしながらハーレイに訊いた。ぼくのことをいつ話したの、って。
「ん? 前から話はしてあったがな…。事情があってチビの守り役をする、とな」
「チビは酷いよ!」
「お前、本当にチビだろうが。俺と会ってから少しも育たん」
そう言ってハーレイは笑うけれども、昨日の夜にお父さんとお母さんの前で宣言したらしい。
年を取るのはもうやめる、って。これからも誕生日を迎える度に年を取るけど、外見の方は今の姿で止めておく、って。
その約束はハーレイがぼくと再会した時にしてくれた。キャプテン・ハーレイだった頃と同じに見える今の姿を保ってぼくが育つのを待つ、と。
ハーレイが年を取るのをやめにするから、お父さんとお母さんも年を取るのを止めるんだって。
流石ハーレイのお父さんたちだ。ハーレイはぼくに会わなかったらまだまだ年を取る予定だったと前に話してくれたし、年を取るのが好きな家系なのかな?
今の時代はみんなミュウだから、若いままの人も多いのにね。ハーレイくらいの年になったら、自分のお父さんたちと見た目の年が変わらないなんて、ごくごく普通のことなのに。
ハーレイのお父さんたちは、ハーレイがぼくの守り役になったことは知っていたけど、恋人とは思っていなかったから凄くビックリしたらしい。
こんなに小さいのにもう恋人で、もう結婚すると決めているのか、と。
ぼくの年には驚いたのに、ぼくが女の子じゃないってことは全く気にしていなかったって。
ハーレイが一日遅れの誕生日を祝いに帰った家で、ぼくのことをきちんと話してくれたっていうのが嬉しかった。ハーレイのお父さんとお母さんが喜んでくれたことも。
お父さんには「小さな子供に手を出すなよ」って釘を刺されたみたいだけどね。
ハーレイ、ぼくの姿もちゃんと思念でお父さんたちに伝えてくれたんだ。
「可愛いだろう」って自慢したって威張ってた。
庭に大きな夏ミカンの木がある家のリビングで、ぼくの話をして、姿も伝えて。
夏ミカンの実で作るマーマレードが自慢のお母さんは、ぼくが女の子じゃなかったことには少しガッカリしたかもしれない。マーマレード作りが好きな男の子は、ぼくの友達には一人もいない。ぼくもマーマレードを作りはしないし、ちょっぴり申し訳ない気がした。
いつかハーレイと結婚したら。
ハーレイと一緒に暮らせるようになったら、ハーレイのお母さんの家に出掛けてマーマレードの作り方を習わなくっちゃ。
ぼくのために、ってマーマレードをくれたお母さんの隣でエプロンを着けてマーマレード作り。お鍋に沢山の金色が溢れて、庭ではハーレイが夏ミカンの実を採っているだろう。キッチンに次の夏ミカンの山が届けられたら、洗って、むいて、皮を刻んで…。
そういう時間もきっと楽しい。
ハーレイのお母さんも「女の子じゃなくても楽しいわね」って思ってくれると嬉しいな。
幾つも並んだマーマレードが詰まったガラス瓶。
ハーレイのお父さんたちが家で食べる分と、ぼくとハーレイとで食べる分。ぼくのパパとママに届けて食べて貰う分。
うん、結婚してハーレイの家で暮らすんだったら、三軒分のマーマレードが要りそうだよね。
夏ミカンの木はとても大きいらしいし、それだけ作っても余るんだろう。余った分はハーレイのお母さんが知り合いの人たちに配って回る。新しく出来た子供と一緒に作りました、って。
想像しただけで胸がじんわり暖かくなった。
ぼくはハーレイのお父さんたちの新しい家族になって、夏ミカンの大きな木がある家でテーブルを囲んで食事なんかも出来るんだ。隣町にあるハーレイが育った家で。
ちょっとヒルマンに似ているっていうハーレイのお父さんは、ぼくを川遊びとかキャンプとかに連れて行きたいと言ってくれた。
釣りが大好きなお父さん。海釣りもするけど、今の時期だと川でアユの友釣り。オトリのアユを使って釣る方法は本で読んだことがあるだけで、ぼくは普通の釣りさえしたことがない。
ぼくの身体が弱いと聞いたお父さんは「可哀相にな」って心配してくれて、「そういう子供でも元気に遊べる川やキャンプ場に連れて行ってやりたいな」とハーレイに言ったらしいんだけど。
ハーレイはぼくが大きくなるまで、お父さんたちに会わせてくれないんだ。
「親父たちの家まで連れて行く途中と帰りの道とが大変だしな?」と頭をポンと叩かれた。
二人きりで車に乗って出掛けることになるから、ハーレイの我慢の限界を超えてしまうって。
キスを許してくれないのと同じで、二人きりのドライブも許してくれない。
せっかくお父さんが釣りに誘ってくれているのに。ぼくは釣りをしたことが一度も無いのに。
キャンプ場に行こうって、お父さんが言ってくれてるのに。
ハーレイのケチ!
マーマレードが自慢のお母さんは、小さなぼくと二人で散歩に行きたいんだって。
一人息子のハーレイはとっくの昔にすっかり大きくなってしまって、連れて歩いても全然可愛く見えないから、って聞いたら可笑しくて少し笑ってしまった。
天気のいい日は、あちこちの家の庭に咲いた花や実をつけた木とかを眺めながら歩いて、公園を幾つも回って歩くお母さん。散歩コースには知り合いの人が大勢いるんだって。
「すっかりおばあちゃんになった私がこの子を連れて歩いたら孫みたいでしょ?」とハーレイにニッコリ笑って、ぼくを連れて行きたいと頼んだらしい。
ぼくと二人で通り道にある家の庭を見ながら歩いて、公園に行って。公園に着いたら搾りたてのミルクで作ったソフトクリームを買って貰って、一休みして、また二人で歩いて。それから小さな喫茶店に入って、お母さんのお気に入りの美味しいものを食べて休憩するんだ。
ホットケーキがうんと分厚いお店や、選んだ果物でフルーツパフェを作ってくれるお店とか。
そういう所にぼくを連れて行きたい、ってお母さんは言ってくれたのに。
季節の花とか果物の木を沢山見せて教えてあげたい、って言ってくれてるのに。
これまたハーレイは許してくれない。
ぼくと二人で隣町までドライブするのは絶対ダメだ、と許してくれない。
お母さんと散歩をしてみたいのに。喫茶店にも行ってみたいのに。
ハーレイのドケチ!
庭に大きな夏ミカンの木がある、隣町のハーレイが育った家。
その家だって見てみたい。
ハーレイが子供だった頃には真っ白な猫のミーシャをお母さんが飼っていた。ハーレイがぼくに似ていると言ってた甘えん坊のミーシャ。登った木から下りられなくなってしまってミャーミャー鳴いて、お父さんが梯子をかけて助けに行った。
ミーシャが下りられなくなった木はどんなのだろう?
枝を四方に広げる木なのか、真っ直ぐ上に伸びる木なのか。ミーシャが下りられなくなった時はハーレイはまだ子供だったというから、木はその頃よりグンと大きくなっただろうか。
夏ミカンの木はその木の隣にあるのかな?
真っ白な花の匂いが風に乗って道まで届く大きな木。夏ミカンが枝いっぱいにドッサリ実って、沢山のマーマレードが作れる木。
ぼくも夏ミカンをもいでみたいけど、ハーレイは「届かないぞ」と笑って言った。
下の方の枝なら小さなぼくでも採ることが出来る。だけど夏ミカンが山ほど実る木はハーレイの背よりもずっと高くて、全部採るには長い柄がついた専用のハサミが要るらしい。それでも一番上まで届かないから、梯子の出番。
ぼくの手が届きそうな辺りの夏ミカンはお母さんが採って一番最初のマーマレードが作られる。ハーレイはそれを貰いに出掛けて、お父さんと二人で残りの夏ミカンを全部採るんだ。
つまり、ハーレイがぼくを連れて行ってくれても手の届く所に夏ミカンは無い。
「一つだけ残しておいてもらうか? お前用に」
いつか行こう、とハーレイがぼくの頭を撫でる。
「大きくなったら連れて行ってやるさ。その年は下の方の枝に残しておくよう頼んでやろう」
「約束だよ? ぼくも採りたいんだから」
「ああ。…下の方の枝に一個ポツンと残っていたら、なんだか木守りみたいだな」
「木守り?」
その言葉をぼくは知らなかった。
実をつける木の天辺の方に実を一個だけ残すんだって。来年もよく実るようにと祈りをこめて。
ハーレイの家の夏ミカンの木にも木守りの一個が残してあって、次の年の実が実る頃になってもまだ天辺にくっついてる年もあるそうだ。
夏ミカンの実を全部もいでも、最後に一個だけ残ってる。ぼくの知らない、遠い遠い昔の地球にあったらしい実のなる木のためのおまじない。
そういうことを大切にする家で育ったから、ハーレイは古典の先生の道を選んだのかな?
七夕とか、端午の節句だとか。昔の習慣を教えてくれる授業は歴史じゃなくて古典だものね。
天辺に木守りの実を一個残した夏ミカンの木。
どのくらい大きな木なのか、その下に立って上を見上げる日が楽しみだ。
ぼくが初めて出会う季節は花の頃かな、それとも実がまだ青い頃?
夏ミカンは秋の終わりに黄色くなり始めるけれど、その時に食べても酸っぱいだけなんだって。すっかり熟して美味しくなるのは初夏の頃。だから夏ミカンと呼ばれるらしい。
どの季節にハーレイが育った家の庭に立てるのか、夏ミカンの木に会えるのか。
ハーレイのお父さんとお母さんに初めて会える日はいつなのか…。
その時が来たら、ぼくはハーレイが運転する車で隣町に行く。ドライブと呼ぶには短すぎる距離でも、ぼくにとっては特別な旅になるんだろう。
隣町に着いて、庭に夏ミカンの大きな木がある家に着いたら、新しいお父さんとお母さんになる人たちがぼくを迎えてくれる。
ぼくの背が伸びてソルジャー・ブルーだった頃と同じになったら、その家に行ける。
そしてハーレイと結婚するんだ、ハーレイの新しい家族になるために。
今度こそ二度と離れないよう、手を繋いで歩いてゆくために…。
ハーレイのお母さんが庭の夏ミカンで作った自慢のマーマレード。
金色のお日様を閉じ込めた瓶を、ぼくの部屋でハーレイと過ごす間に何度も眺めた。ハーレイのお父さんとお母さんがくれたマーマレード。
パパとママはぼくがハーレイと結婚するなんて思ってないから、表向きはハーレイがぼくの家で休日を過ごしたりしていることへの御礼で、家族みんなで食べるためのもの。
でも、本当は違うんだ。
ハーレイのお父さんとお母さんは、ぼくのためにとマーマレードをくれた。
いつかハーレイと結婚するぼくにプレゼントしてくれたマーマレード。
見ているだけで幸せな気持ちになってくる。ハーレイのお父さんとお母さんの優しさが詰まった金色に輝くマーマレード。どんなに甘くて美味しいんだろう?
ハーレイは「夏ミカンだから少しビターだぞ。大人向けかもな」と言うけれど、きっと食べたら甘いと思う。
だって、ハーレイのお父さんとお母さんがくれたんだもの。
新しい家族になるぼくに、って。
一日中、飽きずに瓶を眺めて、ハーレイと一緒に夕食を食べる時に持って下りてママに渡した。パパとママも同じテーブルで食べる夕食。このテーブルにハーレイのお父さんとお母さんも加わる日はいつになるんだろう?
早くその日がくればいいな、と思いながらハーレイが「また、明日な」と帰ってゆくのを家の前まで出て見送った。大きな影が見えなくなるまで手を振り続けて、ハーレイが何度も振り返って。
夏休みはまだもう一日ある。明日がハーレイと丸一日過ごせる最後の平日。
(…あと一日しか残ってないけど、まだ一日も残っているし!)
明日はハーレイとどんな話をしようか。
天気が良ければ庭の木の下の白いテーブルと椅子でゆっくり過ごすのもいいかもしれない。
ぼくの家の庭に夏ミカンの木は無いし、猫のミーシャが下りられなくなった木ももちろん無い。だけどハーレイが作ってくれた特別な場所が木の下のテーブルと椅子なんだ。
最初はハーレイが持って来てくれたキャンプ用のテーブルと椅子だった。それが夏休みの間に白いテーブルと椅子に変わって、今ではぼくのお気に入りの場所。
夏休みの最後の一日だから、あの椅子にも座ってみたいよね…。
ママに頼んでスコーンを焼いて貰おうかな?
ハーレイのお父さんとお母さんがくれたマーマレードをたっぷりとつけて食べるんだ。
木漏れ日が模様を描く木の下のテーブルで見たら、マーマレードはお日様の光そのものだろう。ママのスコーンと、ハーレイのお母さんのマーマレード。お母さんが二人分の味。
(…うん、いいかも…!)
明日の朝、起きて晴れだったなら、ママにスコーンをお願いしなくちゃ!
八月三十一日、ぼくの夏休みの最後の日。
目を覚まして窓のカーテンを開けると空は綺麗に晴れていたから、ママにスコーンを焼いて貰うために急いで階段を下りて行った。生地を休ませる時間が要るから、早めに頼んでおかないと…。
「ママ、おはよう!」
トーストが焼ける匂いがしてくるダイニングの扉を開けた瞬間、ぼくの目に信じられない光景が飛び込んで来た。テーブルの真ん中に昨日貰ったマーマレードの大きな瓶。蓋が開いてて、パパが齧ってるトーストの上にマーマレードが乗っかっている。
「おはよう、ブルー。美味いぞ、ハーレイ先生に貰ったマーマレード」
「……もう開けちゃったんだ……」
ぼくのマーマレード、という言葉をグッと飲み込んだ。ハーレイのお父さんとお母さんがぼくにくれた夏ミカンのマーマレード。でも…。
「どうした、ブルー? こういうものはな、頂いたら早めに食べて御礼を言うもんだ」
「そうよ、ブルー。ハーレイ先生、今日も来て下さるでしょう?」
美味しいわよ、と微笑むママのトーストにもマーマレードが塗られていた。ハーレイのお母さんの自慢のマーマレード。ぼくが貰ったマーマレード…。
パパが言うことは間違いじゃないって分かってる。それに表向きはハーレイからパパとママへの御礼で、パパとママがぼくよりも先に食べていたって仕方ない。ぼくに文句を言う権利は無い。
でも、ぼくが一番に開けたかったんだ。
だって、ハーレイのお父さんとお母さんに貰ったマーマレード。ぼくが貰ったマーマレード…。
ガッカリしたけど、俯いていたってどうにもならない。
「ブルー? ホントに美味しいマーマレードよ?」
もう一枚トーストを食べたくなるわね、と嬉しそうなママと、二枚目のトーストを齧るパパと。二人揃って美味しい、美味しいと食べているから、ぼくも食べてみることにした。マーマレードの瓶を開けられてしまったことはショックだったけど、貰ったのはパパとママなんだから…。
ママにトーストを焼いて貰って、金色のマーマレードをスプーンで掬って乗せた。齧ってみるとハーレイが言ってたとおりに少しビターで、でも蜂蜜の甘さが優しくて。
「……美味しい……」
「でしょ? ハーレイ先生に御礼を言わなくっちゃね」
御機嫌なママと、「うん、美味かった。さて、行ってくるかな」と会社に出掛けるパパと。
マーマレードの瓶は大きいけれども、こんな調子で食べられちゃったらアッと言う間に空っぽになってしまうかも…。
あっ、いけない! ママにスコーンを頼まなくっちゃ!
「…なるほどな。それで先に食べられてしまっていた、と」
ハーレイが可笑しそうに笑う姿を見ながら、ぼくは頬っぺたを膨らませた。
庭で一番大きな木の下の白いテーブル、ママの焼きたてのスコーンとハーレイのお母さん自慢のマーマレードと。最高のティータイムになる筈だったのに、マーマレードの一番乗りをパパたちに取られてしまったぼく。金色のマーマレードが盛られたガラスの器が恨めしい。
「ハーレイ、笑いごとじゃないってば! せっかくぼくが貰ったのに…」
「お前用だとは確かに言ったが、表向きは違うとも言っただろうが」
「でも…! パパもママも美味しいって喜んでるから、すぐ無くなっちゃう…」
せっかくハーレイに貰ったのに。
ハーレイのお父さんとお母さんがぼくにくれたのに、アッと言う間になくなりそうだ。
そう言ったら、ハーレイは割ったスコーンにマーマレードをたっぷりと乗せて頬張りながら。
「俺の家にまだまだ沢山あるぞ。無くなったらまた持って来てやるさ」
「そうじゃなくって!」
どうして分かってくれないんだろう。
同じマーマレードでも、全然違うということを。
ぼくはハーレイのお父さんとお母さんがぼくにくれたマーマレードが嬉しかったのに…。
ハーレイと結婚するぼくに、ってプレゼントしてくれた特別なマーマレードだったのに…。
「分かった、分かった。そう膨れるな、またその内に貰って来てやるさ」
「…パパとママとが食べちゃうのに?」
「負けないように沢山食べろ。前から言っているだろうが」
しっかり食べて大きくなれよ、とハーレイがぼくの頭をクシャクシャと撫でた。
髪の毛がスコーンとマーマレードの匂いになったかもだけど、嫌な気持ちは全然しない。
ぼくの大好きなハーレイの手。
この褐色の大きな手ならば、マーマレードの瓶だって簡単にポンと開けちゃうんだろう。
パパとママとがうんと苦労して開けたと言ってた、固く閉まった瓶の蓋でも。
明日から、また学校が始まっちゃう。
ハーレイと毎日のように家で会えてた夏休みが今日で終わってしまう。
それが残念でたまらないけど、ハーレイと結婚出来る日までの残り日数は夏休みの分だけ減って少なくなったんだ。そう思って我慢するしかない。
開けられてしまったマーマレードも、減った分だけハーレイと結婚出来る日が近付いてくる。
ぼくは少しずつしか食べられないから、パパとママに殆ど食べられちゃうけれど…。
でもいつか、ハーレイのお父さんとお母さんが住む隣町の家の庭で、夏ミカンがドッサリ実った大きな木を見上げる日が来て、ぼくのために残しておいて貰った一個を採ることが出来る。
その木にぼくが初めて出会う日は、白い花の頃か、青い実の頃か。それともマーマレード作りが始まる季節になるんだろうか…。
ハーレイのお父さんとお母さんの家まで、ハーレイが運転する車でドライブする日。
それまでに何度、この金色のマーマレードが詰まった瓶を貰うんだろう。
早くパパとママに「これはぼくのだ」って言える日が来るといいんだけれど…。
夏休みの間も、ぼくの背丈は一ミリさえも伸びてはいない。
ソルジャー・ブルーだった頃のぼくと同じくらいに大きくなるには、食べなくちゃ。
ハーレイのお父さんとお母さんに貰ったマーマレードで、トーストをおかわりしなくちゃね。
うん、頑張って食べてみよう。
少しビターだけど、蜂蜜たっぷりのマーマレード。
お日様の光を集めたような金色を毎日しっかり食べたら、きっと大きくなれるよね?
ねえ、ハーレイ…?
マーマレード・了
※ハーレイのお母さんの手作り、夏ミカンの実のマーマレード。
これから何度もブルーの家へと届けられることになるのでしょう。そして毎朝の食卓に。
トーストにたっぷりと塗り付けるブルー君、きっと幸せ一杯ですねv
毎日更新の「シャングリラ学園生徒会室」にて、作者の日常を公開中。
公式絵のキャプテン・ハーレイと遊べる「ウィリアム君のお部屋」もそちらにあります。
お気軽に覗いてやって下さい、拍手部屋の方もよろしくです~。
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御礼ショートショートが置いてあります、毎月1回、入れ替えです!
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「外へ出す」と、ほんのりハレブル風味になる仕様です~。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
色々とお騒がせだった今年も本日で終わり。寒波の中で大晦日到来、恒例となった元老寺での除夜の鐘撞きの日がやって来ました。私たちは午後からキース君の家にお邪魔し、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」ともども庫裏のお座敷でのんびりと。しかし…。
「みんなはいいよね、思い切り暇でさ!」
失礼します、と入って来たジョミー君が開口一番、早速愚痴を。お茶菓子を届けに来たようですけど、顔いっぱいに「なんでぼくだけ」の文句がデカデカ。
「仕方ないだろう、ぼくの弟子だし…。それにサムは真面目にやっているしね」
見習いたまえ、とすげなく突っぱねる会長さん。ジョミー君とサム君は墨染の法衣でお手伝いをさせられているのです。
「アドス和尚の御好意でやらせて貰っているんだ、きちんとしないと叱られるよ?」
「もう叱られたし!」
「おやおや。何をやったんだい?」
「…蝋燭の扱いがなってないって…」
そんなの素人に出来るもんか、とジョミー君はブツブツと。
「そろそろ取り換える時間だから、って言われたんだよ! 短くなったのを消して新しいヤツと交換しろって…」
「それで?」
「古いのを消したらアドス和尚の雷が落ちた…」
え、なんで? 消せと言われて何故に雷? 正しい事をしたんじゃあ…。けれど会長さんは「ああ、なるほど…」と納得した様子。
「あれだろ、バースデーケーキの蝋燭の要領でフーッと消したね?」
「蝋燭ってそういうモンだと思うよ! まさか手で扇いで消すなんて!」
知るもんか、と喚くジョミー君。そっか、蝋燭を吹いて消したらダメなんだ? そんな話は初耳です。シロエ君たちも知らないようで。
「え、息で消すのはNGですか?」
「うん。神仏に関するものに息は厳禁。ニュースとかで見ないかな? マスクをしたり、紙を咥えて仏具なんかを扱ってるのを」
「「「あー…」」」
それは見覚えがありました。たかが蝋燭、されど蝋燭。御本尊様にお供えしてある以上は息はダメだというわけですか…。アドス和尚の雷が落ちるのももっともです。ジョミー君の仏弟子修行は今年の大晦日も大荒れかも?
そんなこんなで大晦日の午後はキース君たちもバタバタと。除夜の鐘撞きに来た人のお接待用のテントに椅子やストーブを運び込む係は出入りの業者さんですが、準備万端整っているかチェックをしたり、照明や看板を点検したり。一段落した夕食の時間はすっかりお疲れムードです。
「若くないねえ、しっかり食べておかないと」
これから先が本番だよ、と会長さんは年越し蕎麦をズルズルと。
「鐘撞きの後は修正会だしさ。文字通り休む暇も無い」
「そう言うあんたは元気そうだな、食っちゃ寝していたわけだからな」
よくも菓子まで運ばせやがって、とキース君が毒づきましたが、会長さんは知らん顔。
「アドス和尚の方針だろ? ぼくの役目は鐘撞きだけ! 緋色の衣で有難さアップ」
「く、くっそぉ…。見てろよ、俺もいずれは緋の衣を…」
「ダメダメ、年季が違うってね。ぼくの境地に達するためには三百年は必要かと」
君ではまだまだ迫力不足、と伝説の高僧、銀青様は右手をヒラヒラ。
「ブツブツ言ってる暇があったら食べたまえ。栄養をつけて、いざ年越し!」
「畜生め…。だが、蕎麦は確かに熱い内だ」
「かみお~ん♪ エビ天の衣も崩れちゃうよ?」
サクサクの間が美味しいんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。お座敷には暫し年越し蕎麦をすする音が響き、それからスタミナを補給するべくカツ丼などをパクパクと。精進料理じゃないのかって? その辺は建前と本音です。精進料理を食べていたんじゃハードな年越しはとてもとても…。
「ふふ、元老寺が厳しくなくて良かったねえ?」
精進料理のお寺もあるよ、と会長さんが海老フライのお皿に手を伸ばしながら。
「璃慕恩院でも、そこは厳しい。普通のお寺だから出来る贅沢、有難く頂戴しないとね。まあ、一般家庭でも侘しい夕食ってケースもあるけど…。酒の肴がつくだけマシかな」
「「「は?」」」
「ハーレイの家だよ。おせちはたっぷり用意したものの、今夜は年越し蕎麦で晩酌みたいだ。毎年おせちが余るからねえ、メタボ防止に今夜は軽めに」
「…俺たちのために用意して下さっている分か…」
御馳走になった年は殆ど無いな、とキース君。教頭先生は会長さんの突然の年始の訪問に備えて毎年おせちをドカンと注文。なのにお目当ての年始客は無く、一人で食べるのが定番で。
「いいじゃないか、正月早々あれこれ食べられてさ。今年も妙な期待をこめて沢山注文しちゃったようだよ、豪華版をね」
馬鹿じゃなかろうか、と嘲っている会長さん。和洋中と揃ったおせちとやらは、今回も無駄になるのでしょう…。
除夜の鐘撞きに出掛けるまでは束の間の自由時間です。緋色の衣に着替えた会長さんと萌黄の衣のキース君、墨染の衣のサム君とジョミー君も「外は寒いし」と暖房の効いたお座敷でまったりと。とはいえ、間もなく出陣ですが…。そんな間も会長さんは教頭先生を覗き見中。
「晩酌は終わってバスタイムらしい。来年こそは姫はじめだとか言ってるよ」
「「「姫はじめ?」」」
「ごめん、君たちには通じなかったか。とにかくエッチな妄想さ」
そんな願望が叶うものか、と吐き捨てるような会長さん。
「除夜の鐘を撞いて祓うべきだね、あの手の煩悩! まったくもう…。あれ?」
「どうかしたか?」
そろそろ行くぞ、とキース君が声を掛けると。
「ちょっと待った! ハーレイの様子がおかしいんだよ」
こんな感じで、と思念波で伝えられた映像。お風呂から上がった教頭先生、洗面所の鏡の前で歯ブラシ片手に固まっています。バスローブではなく腰タオル一丁、何をなさっているんでしょう?
「「「???」」」
眉間の皺がググッと深くなってるような? それに前屈みで歯ブラシすらも動かさないで硬直中とはこれ如何に? ややあって「ううう…」と呻き声が。
「やっちゃったか…」
これは暫く立ち直れないね、と会長さん。
「ギックリ腰だよ、どうなるのかな? ふとしたはずみで出るとは聞くけど、お風呂上がりとは情けない。この体勢で立っているのも辛いだろうから、いずれは床にバッタリかと」
「おい、どうするんだ! ゼル先生とかに連絡を…」
このままじゃマズイぞ、とキース君が声を上げたのですけど。
「別にいいだろ、呼びたきゃ自分で呼べばいい。思念波という手もあるしね? ぼくたちはこれから忙しいんだ。ハーレイは放置でいいってば」
覗き見してなきゃ気付かないんだし、と会長さんは立ち上がりました。思念波で伝えられていた教頭先生の様子も分からなくなり、今は御無事を祈るしか…。
「さあ、行くよ。除夜の鐘撞きと修正会ってね」
ハーレイの煩悩も祓っておこう、と会長さんが袂から出した数珠をジャラッと。煩悩を祓う除夜の鐘撞き、病魔は祓えないのでしょうか? 教頭先生のギックリ腰を祓ってあげたら、喜ばれると思うんですけど…。
元老寺の除夜の鐘撞きは回数制限無しで午前一時まで。会長さんが最初と最後の鐘を担当します。大勢の檀家さんや一般の人がつめかけて来て、お接待のテントは大賑わい。晴れ渡った空からたまにチラホラと雪が舞う中、サム君とジョミー君も頑張りました。
「おぜんざいのお接待、如何ですかー?」
「お代わりもどうぞ!」
宿坊に勤める人たちに交じって声を張り上げ、おぜんざいのお椀を手渡したりも。無関係な私たちはテントに居座り、ストーブで温まりつつ高みの見物。除夜の鐘はもちろん撞きましたよ? 新しい年も平和になりますように、と心をこめて。やがて会長さんが最後の鐘をゴーン…と撞いて。
「皆さん、お疲れ様でした。いい年になるといいですな」
アドス和尚は満面の笑み。超絶美形の会長さんのお蔭で除夜の鐘は毎年満員御礼、続く修正会にも檀家さん以外の人が訪れる盛況ぶりです。さあ、この後は本堂へ。あらら、今年も椅子席は却下? 若人は黙って畳に正座でお勤めですか、そうですか…。
『先輩、ぼくたちいつになったら椅子席を貰えるんでしょう?』
シロエ君の思念の嘆き節。御本尊様の前では導師を勤める会長さんが読経しています。
『当分は無理じゃないですか? 七十歳を越えたら考慮されるかもしれません』
頑張りましょう、とマツカ君。でも、シロエ君とマツカ君はまだいいんです。柔道部でも正座はしますし、マツカ君はお茶やお花の心得もある正座の達人。問題はスウェナちゃんと私で、今年も足が痺れて痺れて…。
『なにさ、そのくらい我慢しなよ!』
ぼくなんか、と飛んで来たジョミー君の思念。なんだなんだ、と眺めてみれば五体投地の真っ最中。スクワットにも匹敵すると噂のハードな所作だけに不満な気分は分かりますけど、気を散らしてるとアドス和尚に叱られますよ? あーあ、やっぱり思い切りテンポがズレてるし…。
『ジョミー先輩、また雷が落ちそうですね』
『そうねえ、自業自得だけれど』
放っときましょ、とスウェナちゃん。案の定、修正会がつつがなく終了した後、ジョミー君はアドス和尚の直々の命令で御本尊様の前で罰礼百回。南無阿弥陀仏を唱えながらの五体投地を百回です。膝が笑うと評判の刑、ダメージはさぞかし大きいかと…。
ジョミー君の罰礼が済み、庫裏に引き揚げた私たちには慰労の宴会が待っていました。会長さんを除いたお坊さん組は明日の朝9時から檀家さんの初詣のお相手ですし、その前に初日の出も拝みますから徹夜騒ぎとはいきませんけど…。
「ふふふ、ジョミーは派手にやられたね」
膝はどうだい、と会長さんがからかい、ジョミー君がブツブツと。
「見りゃ分かるだろ! 体育座りもキツイんだよ!」
「親父はトコトンやるからなぁ…。ほれ、塗っとけ。修行道場では使えんがな」
シャバの強みだ、とキース君が筋肉痛の薬を手渡し、膝を捲り上げたジョミー君がせっせと塗り塗り。プーンと薬の匂いが漂ってきます。あれ? 筋肉痛で思い出しましたが、教頭先生、どうなったのかな?
「ああ、ハーレイ! …すっかりキッパリ忘れていたよ」
どうしただろう、と覗き見モードで瞳を凝らした会長さんが。
「………信じられない…。遭難中だ」
「「「遭難中?」」」
「そう、遭難。立ってる限界が来たらしくって、洗面所の床に転がってるよ。歯ブラシを持ったまま呻いているさ」
しかもタオルは落っこちたようだ、と会長さんの指がパチンと鳴って中継画面が現れました。大事な部分にモザイクつきの教頭先生が真っ裸で仰向けに倒れています。右手に歯ブラシ、眉間に皺。これはまさしく遭難中で。
「あれから何時間経ったっけ?」
会長さんが時計に目をやり、キース君が。
「軽く二時間以上だな。下手すれば三時間近いだろう。これは救助に出掛けた方が…」
「猥褻物を陳列中のハーレイをかい? ぼくは触りたくないんだけれど」
「しょっちゅう悪戯してるだろうが! こんな時くらい、お役に立て!」
正月早々見捨てるな、とキース君に怒鳴られた会長さんは渋々と。
「…仕方ないねえ、せっかく宴会してたのに…。明日の朝も早いというのに、救助活動か…」
せめて一蓮托生で、と言われた意味を把握する前にパァァッと迸る青いサイオン。もしかして私たち、道連れですか? 教頭先生を救助するべく、出動させられるんですか~?
暖かい照明に照らされた教頭先生の家の洗面所。その照明は歯ブラシしか持たない教頭先生を容赦なく照らし、股間にしっかりモザイクが。間抜けな姿を取り囲むように出現した私たちを把握するにはギックリ腰は酷な状態で。
「う、うう…。ブルー、なんでお前が?」
私服に着替えた会長さんに覗き込まれた教頭先生、腰の痛みで脂汗。
「他のみんなも来ているよ。ぶるぅもね」
「かみお~ん♪ ハーレイ、ベッドに運ぶ?」
「う、うむ…。私一人ではどうにもこうにも…」
動けんのだ、と呻く教頭先生に会長さんは呆れ顔で。
「ゼルを呼んだら良かったのに…。でなきゃヒルマンとか、色々いるだろ」
「そ、それが…。年越しで宴会中なのだ。飲酒運転は出来んと断られた。エラとブラウは旅行中だし、他の連中にはこんな姿は見せられん…」
「やれやれ…。医者ならプロがいるのにねえ? ノルディは飲んではいないようだよ」
「あ、あいつに借りが出来るのは…。ううっ、いたたた…」
助けてくれ、と泣きの涙の教頭先生の腰に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がヒョイとタオルを。
「えとえと…。なんでノルディはダメなの?」
「こ、腰は男の命でな…。ギックリ腰でこの有様だと知れたら最後、何を言われるか…」
「うーん…。君って、つくづく…」
馬鹿なんだねえ、と冷たく見下ろす会長さん。
「確かに、腰は男の命だけどさ。…肝心の時にギックリ腰になる心配は無いそうだよ? 使う筋肉が違うとかなんとか、そんな話を聞いたけど…。騎乗位で下からズンズンやっても平気らしいね、ぼくはギックリ腰になったことが無いから体験談ではないんだけどさ」
「き、騎乗位……」
ツツーッと教頭先生の鼻から溢れる鼻血。騎乗位って何か分かりませんけど、妄想が爆発したらしいです。会長さんは教頭先生を激しく罵り、柔道部三人組が大きな身体を抱え上げて二階の寝室へ。下着やパジャマも柔道部にお任せ、最後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が患部に大きな湿布を貼って。
「んーと…。貼り替えに来なきゃダメだよねえ…。ぼくでいい?」
「で、出来ればブルー……。いや、なんでもない!」
会長さんの氷点下の視線に震え上がった教頭先生は湿布の貼り替えを「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、身の回りの世話は柔道部三人組に依頼しました。お正月で何かと忙しいだけに、お世話係の送迎だけは会長さんが瞬間移動でするようです。教頭先生、お大事に~。
ギックリ腰で寝込み正月になってしまった教頭先生。会長さんや私たちのために用意していた豪華おせちは、お世話係の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と柔道部三人組が美味しく賞味。ある意味、無駄にはならなかったようで良かったです。会長さんも送迎ついでに失敬していたらしいですし…。
「いやはや、とんだお正月だったねえ…」
冬休みまで終わっちゃったよ、と放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で零す会長さん。今日は始業式、闇鍋大会も開催されました。出席が危ぶまれた教頭先生の復帰で闇鍋は大いに盛り上がり、会長さんも満足だった筈なのですけど。
「…闇鍋だけでは、こう、イマイチで…。何か無いかな、ギックリ腰のリベンジ」
「まだ寸劇もあるだろうが! かるた大会の!」
どうせ良からぬ計画が、とキース君が突っ込むと、会長さんは。
「アレはもう決まっているんだよ。それに日も無い。ハーレイが欠席しないだけでも御の字でさ」
もっと他に…、と考え込んでいる会長さん。
「ギックリ腰を逆手に取りたい。腰を強調する方向で」
「コルセットとか?」
腰痛の時に嵌めるよね、とジョミー君。お父さんが腰を傷めた時にゴルフコンペがあり、コルセットを二重に嵌めて出たのだそうです。うん、コルセットは使えるかも! 腰痛用のヤツじゃなくって、ウエストを強調するためにグイグイ締め付けるあのタイプ!
「コルセットねえ…。ハーレイの体型で効果あるかな、余ってる肉は無さそうだよ」
筋肉ビッチリ、と会長さんは想像している模様です。私たちも考えたものの、教頭先生のガッチリした腰にコルセットを嵌めても締め付ける余地は無さそうな…。くびれが出来たら笑えるんですけど、残念無念…。
「そうなんだよねえ、くびれが出来たら立派な笑いものになるんだけどな」
あの御面相でウエストほっそり、と視覚の暴力に夢を馳せている会長さんですが、出来ないものは仕方なく…。ウエストがくびれた教頭先生、見てみたいですけど夢は夢。
「あの体型が邪魔するんだよね、ウエストを強調したくても…。それに冬だし、くびれを作っても意味なさそうだ。服ですっかり隠れてしまうよ」
だけどくびれは捨て難い、と会長さんは未練たらたら。そりゃまあ、見たい気持ちは充分に理解の範疇内です。教頭先生にほっそりウエスト、似合わないことこの上なし…。
会長さんの頭に叩き込まれた教頭先生のウエストのくびれ。紅茶を飲んでもケーキを食べても、そこから離れられないようです。今日のおやつはナツメヤシと蜂蜜のシフォンケーキ。ナツメヤシのドライフルーツ入りで、ふわふわのシフォンケーキに濃厚な甘さがよく合っていたり。
「うーん、ハーレイのウエストかぁ…。コルセット以外で強調ねえ…」
何かある筈、とケーキを頬張った会長さんの手がピタリと止まって。
「そうか、ナツメヤシ!!」
「「「は?」」」
教頭先生のウエストとナツメヤシがどう重なると? ヤシの実ってくびれてましたっけ?
「違う、違う、ナツメヤシの産地だよ! あっちの方にはベリーダンスがあるじゃないか!」
「「「ベリーダンス?」」」
「あの踊りはウエストを激しくくねらせるしねえ、ハーレイにはまさにピッタリかと」
いいアイデアを思い付いた、と会長さんの瞳がキラキラ。でも、あのぅ…。ギックリ腰をやったような人にベリーダンスは無理なんじゃあ?
「ああ、その点は大丈夫! ベリーダンスは腰痛の予防にいいんだよ。フラダンスと同じで」
「そういえば…」
シロエ君が人差し指を顎に当てて。
「家の近くのフィットネスクラブにフラダンスの教室がありましたっけ。たまにチラシが入るんですけど、腰を鍛えて腰痛予防と書いてあったような気がします」
「それで正解。腰を振ってるように見えるから腰痛になりそうな感じだけどねえ、腰痛になるのは基本の動きを守らない人! 腰を動かさずにステップを踏むのが本来の形。腰回りの筋肉が鍛えられるって聞いてるよ」
それと同じでベリーダンスも、と会長さんはニヤニヤと。
「あれこそ腰を傷めそうな踊りに見えるよね? でも動かすのは太股とか腹筋とかなんだ。そういう筋肉を使っていると腰の筋肉もしっかりフォロー! ギックリ腰の予防に役立つ」
ハーレイに是非やって貰おう、と乗り気になった会長さんですが…。ベリーダンスって女性の踊りじゃないですか? そもそも衣装もそういうヤツで…。
「甘いね、男のベリーダンサーもけっこういるんだよ。ハーレムパンツって言うのかな? 女性と似たようなズボンを履いてさ、上は裸かベスト一丁!」
これがなかなか素晴らしくって、と会長さんが見せてくれた動画では男性が腰をくねらせて踊っていました。いかついオジサンから美少年まで、けっこうダンサーいるんですねえ…。
こうして教頭先生のウエスト強調は腰の筋肉の強化を兼ねたベリーダンスということに。ギックリ腰が完治しないと激しい運動は出来ませんから、かるた大会が済んだ数日後に会長さんが招待状を。曰く、「君の腰の運動に協力したい」。うん、間違ってはいないですねえ、その通りですし。
「さて、ハーレイはどう出るかな?」
楽しみだねえ、と会長さんは自宅のリビングでソファに座って足を組んでいます。
「ぼくの家に来て、と書いておいたし、そろそろ来ると思うんだけど…」
「いいねえ、ついに決心したんだって?」
「「「!!?」」」
あらぬ方から声が聞こえて優雅に翻る紫のマント。な、なんでソルジャーが来るんですか~!
「え、だって。ブルーがとうとう決意したんだ、お祝いを言わなきゃどうするのさ」
「「「お祝い?」」」
なんのこっちゃ、と顔を見合わせる私たち。教頭先生にベリーダンスの稽古をつけるって、お祝いするようなことなんでしょうか? ソルジャーは「分かってないねえ」と首を振って。
「ハーレイの腰の運動に協力したい、と招待状を送ってるんだよ? ベリーダンスはその前段階! まずはしっかり腰を鍛えて、それからブルーとお楽しみ…ってね」
大人の時間に腰の動きは大切だから、とパチンとウインクするソルジャー。
「ブルーは今まで何を言っても却下の一言で済ませて来たけど、とうとうハーレイとヤる気になってくれたんだ。ここは盛大にお祝いしないと…。まずは決心、おめでとう」
「なんでそういうことになるのさ!」
「あ、もしかして気が早すぎた? 無事に結ばれてからシャンパンとかの方が良かったかな、それともお赤飯がいい?」
「どっちも思い切りお断りだよ!!」
ぼくはそんなモノは求めていない、と会長さんは怒り心頭。
「どの辺から覗き見してたのか知らないけどね、招待状は釣りだから! ああ書いておけば君と同じような勘違いをしたハーレイが来るし、それを餌にしてベリーダンスを叩き込もうと思っただけだし!」
馬鹿を踊らせるには餌が要るのだ、とツンケンと言い放つ会長さん。そっか、教頭先生宛の招待状は深読み可能な文章でしたか…。教頭先生、派手に勘違いをしちゃったかも?
何故かソルジャーまで乱入してきた会長さんの家のリビング。間もなく玄関のチャイムが鳴って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出迎えに。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよ!」
ピョンピョン跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」に続いて現れた教頭先生、心なしか頬を赤らめて。
「…すまん、遅れたか? そのぅ…。なんだ、色々と心の準備が…」
「そりゃ要るだろうね、ギックリ腰で大騒ぎだった後ではねえ…。それで自信はあるのかい?」
そこを確認しておきたい、と会長さんに訊かれた教頭先生は。
「う、うむ…。正直、あまり自信が無いのだが…。お前も協力してくれるそうだし、精一杯励む所存ではある」
「それは結構。君にマスターして欲しいのは腰遣いでさ」
「……こ、腰遣い……」
ウッと呻いて鼻を押さえる教頭先生。なるほど、ソルジャーが勘違いをしてだけあって腰の動きとやらは鼻血に直結するようです。会長さんはフフンと笑って。
「君はいわゆるド素人だけど、腰の遣い方は大切だ。なのに男の命と言える腰をさ、ギックリ腰で壊しているようではねえ…。真っ最中にギックリ腰になられてごらんよ、悲劇だよ? ならないと世間では言われてるけど、君の場合は腰遣いも知らない初心者だから!」
ぼくの立場はどうなるんだい、と突っ込まれた教頭先生はタジタジと。
「そ、それは大変かもしれないな…」
「大変なんてレベルじゃなくて! 天国から地獄へ真っ逆様だよ、中断した上に君の手当てと介護の日々! ブルーだったらどうするだろうね、ねえ、ブルー?」
いきなり話を振られたソルジャー、そこは流石の回転の速さ。
「えっ、ぼくかい? そりゃもう、介護はメディカル・ルームのスタッフに任せてトンズラだね。ついでにハーレイが完治した暁にはお詫びをこめてヌカロク超えをして貰おうかと…。もちろん特別休暇つき! キャプテン権限で最低一週間は欲しいね」
その間、基本はヌカロク超えでオプションも、と怪しげで意味が不明な単語をズラズラと羅列。つまり大人の時間の真っ最中にギックリ腰とは言語道断、罪を償うには身を持ってせよ、と強烈なジャブをかましたわけです。腰はそこまで大事なのか、と絶句する私たちを他所に、会長さんは。
「…ということでね、君には腰をしっかり鍛えて貰いたい。腰の遣い方もマスター出来るし、その道の達人になれるかも…。君もノルディを越えたいだろう?」
「もちろんだ!」
教頭先生は即答でした。テクニシャンとして名高いエロドクターことドクター・ノルディ。それを越えようとは、望みは高く果てしなく……ですね。
ベリーダンスが待つとも知らず、腰の運動と遣い方の勉強に来た教頭先生。鼻息も荒く闘志満々でいらっしゃいますが、会長さんから最初の指示が。
「それじゃ早速始めようか。まず、脱いで」
「…こ、此処でか? そ、そのぅ……」
人が大勢いるようなのだが、と教頭先生は私たちを見回してオロオロと。しかし会長さんは艶やかに微笑みながら。
「脱いでくれなきゃ始まらないし…ね。腰の動きが見えないだろう?」
「そ、それは分からないでもないのだが…。お前はそれで構わないのか?」
「構わないよ? むしろ歓迎」
「…そ、そうか…。ヘタレている場合ではなさそうだな…」
努力しよう、と教頭先生は脱ぎ始めました。まずは上着で、続いてシャツ。アンダーシャツも脱ぎ、ズボンのベルトを外した所で。
「…ブルー、お前は脱がないのか?」
「ぼくにも恥じらいってものがあってさ…。後で脱がせて」
「うっ…!」
教頭先生、鼻血、決壊。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が渡したティッシュを引っ掴むなり鼻に詰め込み、ズボンを脱いでステテコも脱ぎ捨て、残るは紅白縞だけとなりましたが。
「…御苦労様。紅白縞はちょっとアレかな、サイズ的に向いてなさそうだねえ…」
失礼、と会長さんが教頭先生の前に跪き、紅白縞のウエスト部分をクイと折り返し、更にクイクイ折り返して。
「…この辺までかな、これ以上折ると下の毛がはみ出しちゃうしね…」
「ブ、ブルー?」
何の真似だ、と耳まで真っ赤にして尋ねる教頭先生に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「はい、ハーレイ! これを履いてね、ベリーダンスのズボンなの!」
「……ベリーダンス……?」
なんだそれは、と顔色を変えた教頭先生ですが、会長さんはニッコリと。
「腰の運動って言っただろ? それから腰の遣い方! 腰痛予防に最適なんだよ、ベリーダンスというヤツはね。見事に踊れるようになったら君の腰にも自信がつくだろ」
腰を見せるのがポイントだからズボンは腰骨の高さにね、と紅白縞を折り返した理由を説明された教頭先生、返す言葉も無いようです。ハーレムパンツは黒ですけれど、腰の周りに動きに合わせて揺れる金色のフリンジがキラキラと。会長さんのセンス、天晴れとしか…。
この日から始まったベリーダンスのハードな練習。教頭先生は平日の夜も会長さんの家に呼び付けられて踊らされまくり、土日は朝からみっちりと。入試期間中も容赦はなくて、バレンタインデーもお構いなし。当然のように私たちも練習見学でお付き合いです。
「もっとしっかり! 本場のダンサーはもっと滑らかに激しく踊るし!」
「…が、頑張ってはいるのだが…」
なかなか身体がついていかない、と悲鳴を上げていた教頭先生の踊りも見られるレベルになってきました。いい感じに腰がくねっています。もう何枚目か分からないズボンについたフリンジが妖しく揺れて、ガタイの良さと顔のゴツささえ気にしなければ妖艶とも言える雰囲気で。
「凄いね、完成されてくるとさ」
見学中のソルジャーが溜息を洩らしました。
「あの腰遣いで攻め立てられたら最高かもねえ、ヌカロクなんて目じゃないかも…」
ウットリ見詰めているソルジャー。
「最初は笑って見ていたんだけど、これはなかなか侮れないよ。ねえ、ブルー?」
「そこの外野は黙っていたまえ!」
あくまでギックリ腰の予防なのだ、と会長さんは釘を刺しましたが。
「ううん、やっぱりもったいない! 役立てない手は無いってね」
ちょっと待ってて、と言うなり消えたソルジャーが戻った時には何故か隣にキャプテンが。
「すみません。突然お邪魔いたしまして…」
そこでキャプテンの言葉は途切れ、視線は教頭先生の踊りに釘付け。上半身裸で腰をくねらせ、腕もくねらせての激しいダンスにキャプテンの口は開いたまま。それをソルジャーが肘でグイグイつつきながら。
「ね、セクシーな踊りだろ? セックスアピールって感じでさ…。もう見てるだけでも堪らないんだ、あの腰遣いで貫かれたら感じるだろうとドキドキなんだよ」
ベッドに誘いたい気持ちで一杯、と教頭先生に見入るソルジャーにキャプテンは顔面蒼白で。
「ま、待って下さい! こ、こちらのハーレイはあなたを満足させるには…」
「うん、現時点では童貞だけど…。あれだけ腰が遣えるんなら、初めてでもけっこうイイ線いけるかも、って思わないかい?」
「それは私が困ります!」
「…だったら、アレ」
マスターしてよ、とソルジャーはキャプテンに囁きました。あの腰遣いをマスターしなけりゃ浮気するんですか、そう来ましたか…。
ギックリ腰の予防なベリーダンスは想定外の方向へと。くねりまくる腰に欲望を掻き立てられたソルジャー、その腰遣いを大人の時間に導入したくなったのです。笑いものだった教頭先生、今やキャプテンを指導する立場。
「いいですか。上のお腹を突き出しましてね、下のお腹を引っ込めるんです」
「…こ、こうですか?」
「そうです、そうです。次は逆にですね、下を突き出して上を引っ込め…。ええ、お上手です」
こればっかりはサイオンで技をコピーは出来ませんので、と教頭先生。
「それでは筋肉の動きがついていきません。柔軟性も必要ですから、日々の鍛錬が重要ですよ」
今日から一緒に頑張りましょう、と教頭先生は燃えていました。ギックリ腰の予防だとばかり思ってらっしゃるみたいです。えーっと、キャプテンはギックリ腰になりましたっけ?
「ううん、ぼくのハーレイはやってないねえ…」
腰に関しては自信アリで、とソルジャーは至極満足そうに。
「ヘタレな部分はあったけれどね、腰を壊したことは無かった。ベリーダンスで更に鍛えて、腰の遣い方もググンと上達! 何日ほどでモノになるかなぁ、毎日レベルアップかな?」
楽しみだねえ、とゴクリと生唾を飲み込んだソルジャー、大声で。
「ハーレイ、うんと頑張ってよ!? 腰は男の命だからね!」
それに応えてキャプテンが腰を振りながら。
「分かっております、強くなれそうな気がします! この動きなら奥の奥まで!」
「ありがとう、狙って突いてきて! 感じる所を思いっ切り!」
「もちろんです!!!」
任せて下さい、とキャプテンは腰をクイクイと。教頭先生の顔が真っ赤に染まり、会長さんの方を振り返って。
「ブルー、どうなっているのだ、これは? ギックリ腰の予防じゃなかったのか?」
「ん? 君の場合は予防だってば、それ以上の何を望むんだい? ああ、そういえば…」
腰の運動に協力すると言ったっけか、と会長さんの妖しい笑みが。
「ベリーダンスの腕も上がったし、どうやら弟子もついたようだし…。御褒美に一発、やってみるかい? ぼくで良ければ」
「…い、一発……?」
「そう、一発!」
初志貫徹で行ってみよう! と会長さんがセーターを脱ぎ捨て、シャツのボタンを外し始めて…。
「………。上達したのは腰遣いだけだったみたいだねえ…」
ヘタレの方は直らなかったか、と仰向けに倒れた教頭先生を見下ろしている会長さん。ハーレムパンツを履いた逞しい身体は会長さんのストリップの前にあえなく昏倒、鼻血ダラダラ。
「当然だろうが、どう考えても!」
あんた知っててやっただろう、とキース君が噛み付き、ソルジャーが。
「大事な師匠が倒れちゃったよ、ぼくのハーレイはどうなるわけ?」
困るんだけど、とソルジャーは心底、残念そう。会長さんがクイと顎をしゃくって。
「君が勝手にレッスンに連れて来たんだろう! これからは家庭教師にしたら?」
「「家庭教師?」」
ソルジャーとキャプテンの声がハモッて、会長さんはクスクスと。
「ぼくの家を貸す義理は無い。君の世界が暇な時にさ、連行してって教えを請えば?」
「それ、いいね! こっちのハーレイの興が乗ったら3Pだって夢じゃないかも!」
ぼくのベッドは広いんだから、とソルジャーの瞳が輝いています。えーっと、3Pって何ですか?
「えっ、3P? 三人で楽しむことなんだけど…。今日はハーレイが倒れちゃったし…」
明日からお願いしようかな、とソルジャーが口にし、キャプテンが。
「そうですねえ…。3Pはどうかと思うのですが、腰遣いはマスターしたいですね」
頑張ります、とグッと拳を握るキャプテン。ギックリ腰の予防のためのダンスは大人の時間にとても役立つようですが…。教頭先生、あちらの世界への出張レッスン、無事に終える事が出来るでしょうか? 3Pとやらも気になりますけど、会長さんが止めない以上は放置でいいかと思いますです~!
腰には筋トレ・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
男のベリーダンサーは実在しているんですよ、凄い美少年ダンサーもいます。
一見の価値がありますよ! …オジサンの方はイマイチですけど。
次回、2月は 「第3月曜」 2月16日の更新となります、よろしくです!
毎日更新の『シャングリラ学園生徒会室』では、作者の間抜けな日常を公開。
お気軽にお越し下さいです。ペットのウィリアム君もお待ちしてますv
実はウィリアム君、公式絵のキャプテン・ハーレイを使用…。
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、1月は駅伝中継の話で盛り上がっているようですが…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
パパに強請って買って貰った写真集。
歴史の彼方に消えたシャングリラの写真を集めた豪華版。ぼくのお小遣いでは買えない値段。
「ほら、ブルー。お前が言ってた写真集だ」
「ありがとう、パパ!」
「…パパにはピンとこない本だが、お前はこの船に居たんだな」
「うんっ!」
これがぼくの部屋、とページをめくって青の間を見せた。パパは「ほほう…」とビックリして。
「この家を丸ごと入れても余りそうだが、自分で掃除してたのか?」
「…ちょっとだけね」
「そうだろうなあ、こいつは掃除も大変そうだ。しかし、お前がソルジャー・ブルーか…」
「今はパパの子だよ」
そう言ったらパパは嬉しそうな顔をして、ぼくの頭をクシャクシャと撫でた。
「うんうん、パパとママの大事な宝物だな。写真集、大切にするんだぞ」
「うん! それでね、此処がブリッジでね…」
ぼくはリビングで写真集を広げて、パパとママとにうんと自慢した。
ぼくが守った白い船。ハーレイが舵を握った船を。
この写真集はハーレイが先に見付けて買ってて、ぼくに教えてくれたんだ。「ちょっと高いが、懐かしい写真が沢山あるぞ」って。
自分の部屋に戻った後も、ぼくは写真集を夢中で眺めた。パパとママも一緒に見ていた時には、ぼくは船内の案内係。天体の間だとか公園だとか、船の設備を主に説明してたから…。
(んーと…。ホントに色々載ってるよね)
ハーレイが航宙日誌を書いていた部屋や、ヒルマンが授業をしていた教室。いろんな写真の隅の隅までを見ると、様々なものが見えてくる。ハーレイの机には羽根ペンが小さく写っているし…。
(あっ、あった!)
ジョミーが決めた次のソルジャー、トォニィの部屋にチョコンと小さな木彫りのウサギ。
トォニィは前の生でぼくが眠っている間に自然出産で生まれた最初の子供で、ハーレイが誕生を祝って彫った木彫りがこのウサギだ。
残念なことに、ソルジャー・ブルーだったぼくは木彫りのウサギを見ていない。
(…確か、お守りなんだよね?)
ウサギは沢山の子供を産むから、ずっと昔は卵と同じで豊穣のシンボル。イースター・エッグとセットでイースター・バニーがあるほどだしね。
そんなウサギをハーレイが彫って、一番最初の自然出産児だったトォニィに贈った。これからも沢山のミュウの子供が生まれますように、っていう願いがこもったウサギのお守り。
シャングリラは流れた時間が何処かへ連れ去ってしまったけれども、ウサギは残った。
今では宇宙遺産になってるハーレイのウサギ。ミュウの歴史に燦然と輝く御大層なウサギ。
本物は地球で一番大きな博物館が所有していて、研究者だってそう簡単には見られない。
一般公開は百年に一度、この前の公開は五十年ほど前のことだからハーレイだって見ていない。
前のぼくが知らないハーレイのウサギ。
彫っている所を見てみたかった。そしてトォニィに贈る所も…。
宇宙遺産になってしまったハーレイのウサギ。
どんな気持ちで何処で彫ったのか、知りたかったからハーレイに訊いた。ぼくの部屋でテーブルを挟んで向かい合いながら。
「ねえ、ハーレイ。…あのウサギって何処で彫ったの?」
「ウサギ?」
ハーレイは変な顔をした。
「ウサギがどうかしたのか、ブルー?」
「ウサギだってば、ハーレイのウサギ! トォニィに彫ってあげた木彫りのウサギ!」
「…あ、ああ……。アレか」
アレな、と返事をしてくれたけれど、なんだか困ったような表情。
「ハーレイ、変だよ? …ウサギの話は嫌だった?」
「い、いや…。その、なんだ……」
ますますおかしい。どうしてだろう、と疑問が膨らむ。ハーレイをつついてみたくなる。
「なんでウサギで困るわけ? 宇宙遺産になっちゃったから恥ずかしいとか?」
「いや、そうじゃなくて…。アレはウサギじゃなくてだな…」
ハーレイは頬っぺたを真っ赤にしながら、言いにくそうにこう言った。
「…ナキネズミのつもりだったんだ。今じゃウサギになっちまったが」
「嘘…。アレって、ウサギじゃなかったんだ…」
何処から見ても立派なウサギ。宇宙遺産のハーレイのウサギ。
なのに本当はナキネズミだなんて、それじゃお守りだっていうのも間違い?
「ウサギのお守りって聞いているけど…。ホントのホントにナキネズミなの?」
「悪かったな、ウサギにしか見えないヤツで!」
あれでも精一杯頑張ったんだ、とハーレイは耳まで真っ赤になった。
「俺がブリッジで彫ってた時からブラウに馬鹿にされたんだ。「どの辺がどうナキネズミだい?」なんて言われて、笑われて…。トォニィに贈る時にも横からウサギだと言ってくれてな」
「ハーレイ、訂正しなかったの?」
「…お前、訂正出来ると思うのか? カリナが「ほら、トォニィ。ウサギさんよ?」とトォニィに触らせてやっているのに「ナキネズミだ」なんて誰が言えるか、場の雰囲気が台無しになる」
「それでそのままになっちゃったんだ…」
ぼくの目は丸くなってたと思う。
宇宙遺産の木彫りのウサギ。それがウサギじゃなかったなんて…。
ナキネズミはウサギにされちゃったけれど、あれを彫った時のハーレイの気持ちは聞けた。
トォニィが幸せになれますように、って思いをこめて彫られたウサギ。
ウサギじゃなくってナキネズミだけど、トォニィの幸せを祈る気持ちは変わらない。
ただ…。
「ミュウの子供が沢山生まれますように、っていうのは無しだったんだね?」
宇宙遺産のウサギとセットの解説。確かめてみたら苦い笑いが返って来た。
「…まるで無かったとは言えんがな…。そうなるといいなと思ってはいたが、ナキネズミだしな? ウサギみたいに沢山子供を産むわけじゃないし、お守りの意味は全く無いな」
「じゃあ、解説とかが全部間違ってるんだ? 宇宙遺産のハーレイのウサギ」
「そうなるな。そもそもウサギじゃないんだからな」
しかし俺には責任は無いぞ、とハーレイは腕組みをして開き直った。
「ウサギだと決めたヤツらが悪い。俺にとってはナキネズミだ」
「だけどウサギは宇宙遺産だよ?」
「勝手にウサギと決め付けるからだ! ナキネズミだったら宇宙遺産じゃなくてオモチャだ」
「…それはそうかも……」
ハーレイが彫ったナキネズミ。ちゃんとナキネズミに見えていたなら、御大層な解説つきで宇宙遺産にされる代わりにオモチャ扱い、歴史の彼方に消えていたと思う。
シャングリラが消えてしまったように。青の間が無くなってしまったように。
でも、ナキネズミは立派に残った。ウサギになって宇宙遺産で、博物館が持っていて…。
ソルジャー・ブルーだったぼくは見られずに死んじゃったけれど、今のぼくなら見に行ける。
博物館の奥の収蔵庫に収められているナキネズミ。ウサギになったナキネズミを。
百年に一度しか見られないウサギ。前の公開から五十年も経っていないし、まだ先だけど。
「ハーレイ。…次に公開される時には見に行かなくっちゃね、ハーレイのウサギ」
「ナキネズミだ!」
俺が言うんだからナキネズミだ、とハーレイは頑として譲らない。
ナキネズミってことにしてもいいけど、宇宙遺産のウサギはウサギだと思うんだけどな…。
木彫りのウサギが公開されて見に行く頃には、ぼくはハーレイと結婚している。
手を繋いで一緒に見に行けるんだ。
そして展示用のケースを覗き込みながら喧嘩なんかもするかもしれない。
「これは絶対にナキネズミだ」「絶対ウサギだ」って、傍から見たら馬鹿みたいなことで。
宇宙遺産の木彫りのウサギ。
ぼくの前世がソルジャー・ブルーで、ハーレイはキャプテン・ハーレイだったと公表したなら、ウサギは直ぐにナキネズミだと訂正出来るだろうけれど。
そんな予定は当分無いから、ウサギはウサギのままなんだ。
ウサギじゃなくってナキネズミなのに。
宇宙遺産のハーレイのウサギ。
本当はアレはナキネズミです、ってコトになったら大変だよね。
ありとあらゆる歴史の本とか美術書だとか。アレを載せてる教科書なんかもあるだろう。それを全部ウサギからナキネズミに書き換えなくちゃいけない上に、意味までまるっと変わってしまう。
ナキネズミはウサギみたいに沢山の子供を産まないし…。イースター・バニーって言葉まであるウサギとは別の生き物なんだし、お守りの意味が無くなってしまう。
木彫り一つで学者も出版社も博物館も、上を下への大騒ぎ。
ハーレイの木彫りの腕前が下手くそなことを放って凄い騒動になっちゃいそうだ。
ウサギにしか見えないナキネズミを彫ったハーレイが悪いと思うけれども、ハーレイは悪いとも思っていない。勘違いした方が悪いとか、決め付けたブラウたちが悪いとか言って笑ってる。
いったい、誰が悪いんだろう?
ハーレイかな? それとも最初にウサギだと言ったブラウかな? 間違えたみんな?
考えてみたけど分からない。
ぼくもウサギだと思ってたんだし、やっぱりハーレイが一番悪い?
ウサギになったナキネズミ。
宇宙遺産になってしまった、博物館に居る木彫りのナキネズミ。
百年に一度の公開だなんていう立派すぎるウサギがナキネズミだと知ってしまうと、この世界は色々と難しそうだ。自分にそういうつもりがなくても、周りが凄い勘違いをする。
ハーレイが彫ったナキネズミがウサギに見えたばかりに宇宙遺産。
こうなってくると、ぼくの前世がソルジャー・ブルーなことは伏せておいて正解だったと思う。
何処かで勝手に勘違いされて、伝説が一人歩きをしていたりしたら恥ずかしいもの。
ハーレイの木彫りが宇宙遺産になったみたいに、ぼくも何かをやったかも…。
ぼくは何にも残してないけど…。
多分、残していないんだけれど。
死んでから今までの歴史の全部に責任を取れるようになるまで、黙っているのがいいのかな?
ハーレイみたいに変な宇宙遺産を残しているとは思わないけれど。
ウサギじゃなくてナキネズミだ、と言い張るハーレイを見ながら考え続けてハッと気付いた。
(いけない、ハーレイとぼくは恋人同士!)
今の生でもまだ明かせないハーレイとの仲。それは教師と生徒だからで、ぼくが十四歳になったばかりの子供だからというのもある。ぼくがソルジャー・ブルーと同じくらいの姿に育って、今の学校を卒業したなら堂々と結婚出来るけれども、前の生では全く違った。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが恋人同士だったなんて誰も知らない。
シャングリラを守るソルジャーだったぼくと、シャングリラの舵を握るキャプテンのハーレイ。ミュウの未来を左右する立場に居たぼくたちが恋人同士だと知れてしまったら、長老たちを集めた会議でさえも円滑に運びはしなかっただろう。
ぼくが意見を出し、ハーレイがそれを承諾する。その逆もあったし、意見が分かれて纏まらないことも何度もあった。ソルジャーとキャプテンとして立っていたから、長老たちもシャングリラのクルーもぼくたちを信じてくれたけれども、恋人同士だとそうはいかない。
意見は一致するのが当然、分かれる時は一種の痴話喧嘩。そう取られても仕方が無い。そういう風に見られたが最後、誰もぼくたちを心の底から信頼してはくれないだろう。
だから恋人同士であることを伏せた。最後の最後まで隠し通したから、ぼくはメギドへ飛び立つ前にハーレイとキスすら交わせなかった。別れの言葉さえ告げられなかった。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイは恋人同士。
これが前世のぼくが抱え込んでいた最大の秘密で、明かせばそれこそ歴史が変わる。
宇宙遺産の正体がナキネズミだったこととは比べようもない大きすぎる秘密。
今のぼくには明かすだけの度胸も覚悟も無い。
だって、ぼくはまだ十四歳の子供。
三百年以上もの歳月を生きたソルジャー・ブルーがやったことまで責任なんか取れないよ…。
今のぼくには背負い切れない前の生。
とりあえず今はソルジャー・ブルーの生まれ変わりだと知っている人はハーレイを入れても四人だけだし、まだ責任は取らなくていい。
でも、ちょっと待って。
ぼくがハーレイと結婚してから「実はソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイです」なんて言おうものなら、前の生でも恋人同士だったんだろうと思われるよね?
前世のぼくたちは恋人同士じゃありません、って主張しても説得力が無い。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイの評価が地に落ちるとまでは思わないけれど、影響無しとも思えない。好意的に受け止めて貰えるか、その逆なのか。
ぼくには全く分からない。きっとハーレイにも分かりはしない。決めるのは他の人たちだから。
(…なんだか怖い……)
やっぱり一生、黙っていようか。
ぼくが誰なのか、ハーレイは本当は誰なのかを。
そしたらハーレイが彫ったナキネズミは訂正出来ずにウサギのままで宇宙遺産だ。
そう考えたらなんだか可笑しくなってくる。
同じ前の生で出来た秘密でも、どうしてこうも違うんだろう。
ぼくとハーレイが恋人同士だったことを公表しても、あるいは笑われて終わりかもしれない。
終わり良ければ全て良しだと言ってくれる人だってあるかもしれない。
ぼくもハーレイも、前の生ではやるべきことを全力でやった。
メギドを沈めて死んでいったぼくと、シャングリラを地球まで運んで行ったハーレイと。
自分の責任をちゃんと果たして、ぼくたちは地球に生まれ変わった。
だから文句を言う人は無いかもしれない。
いつか、覚悟が出来たなら…。
きちんと本当のことを言おうか、「ぼくはソルジャー・ブルーでした」と。
ハーレイが彫ったナキネズミのせいで、前の生まで考える羽目に陥ったぼく。
そんなこととも知らないハーレイは、のんびり紅茶を飲んでいたから。お菓子もしっかり食べていたから、少し苛めてやろうと思った。
「ハーレイ、宇宙遺産のウサギだけれど…。やっぱりハーレイが悪いと思うな」
「どうしてそうなる?」
「下手くそなモノを作るからだよ、自分で酷いと思わない? 世界中の人を騙すだなんて」
宇宙遺産のウサギを見るには入場料だって要るんだから。
百年に一度の特別公開は入場料も高いんだから、と指摘してやった。
「宇宙遺産のウサギを見られた、って喜んだ人たちを騙したんだよ、ハーレイは! その人たちに返してあげてよ、入場料を! それと博物館までの交通費!」
遠くから来た人は宿泊料だってかかってる。
うんと沢山お金を払って、時間もかけて博物館まで。ウサギだったら値打ちもあるけど、ウサギじゃなくてナキネズミ。おまけにハーレイの下手くそな木彫りを見せられるんだ。
「酷い目に遭う人が増えないように、木彫りの趣味はもうやめてよね!」
どうせ下手くそなんだから、と言ってやったら「今は木彫りはやってないぞ」だって。
似ているようでも前の生とは何処かが違う、今のぼくたち。
違うんだったら責任は取らなくていいのかな?
ハーレイが宇宙遺産のウサギのことを「俺は知らん」と涼しい顔をしてるみたいに、ぼくたちが前の生で恋人同士だった大きな秘密も、放っておいてもかまわないのかな?
そうだといいな、と思いたい。
だって、宇宙遺産になったウサギを彫ったハーレイは知らん顔だもの。
ぼくが苛めても「見る目が無いから騙されるんだ」なんて、平気な顔して言ったんだもの。
「ねえ、ハーレイ」
「なんだ?」
「ハーレイのウサギ、見に行きたいな」
五十年後の公開までじっと待つのも楽しいけれども、レプリカだったら置いてるし…。
強請ってみたら、案の定、「お父さんに連れてって貰え」と突き放された。
「引率の先生と生徒でもダメ?」
「ウサギに関しては、断固、断る。…自分を保てる自信が無いしな」
教師として振舞うのを忘れそうだ、とハーレイは博物館にぼくを連れて行くのを断った。
でも、見に行くならハーレイとがいい。
絶対、ハーレイと二人で見たい。
宇宙遺産なんて御大層なことになってしまった下手くそな木彫りのナキネズミ。
(そっか、当分、行けないんだ…)
ぼくの背丈がソルジャー・ブルーと同じになるまで。
本物の恋人同士になれる時まで、ハーレイと一緒に博物館には行けないらしい。
(…でも、それならそれで…)
手を繋いで博物館でデートって、ちょっといいよね。
ミュージアムショップでレプリカのウサギを買って帰って家に置こうよ、ねえ、ハーレイ?
「…分かった。ついでに五十年後だかの特別公開ってヤツも俺と一緒に見に行くんだな?」
「うんっ! 一番乗りで見ようね、ハーレイ」
「馬鹿か、お前。何日前から待つつもりなんだ、アレを見るための行列はだな…」
博物館をぐるっと取り巻くくらいに人が並ぶらしい特別公開。
それなら尚更、見なくっちゃ。
うんと出世して宇宙遺産になってしまった木彫りのナキネズミ。
ハーレイと二人で行列に並んで、展示ケースの前に立ったら覗き込んで喧嘩するんだよ。
「やっぱりウサギだ」「いや、ナキネズミだ」って、周りの人たちに呆れられながら。
だって、どう見てもウサギだもの。ナキネズミに見える方がおかしい。
ハーレイ、それまでに訂正しておく?
「あれは私が彫りました。正真正銘、ナキネズミです」って。
そうするなら、ぼくも付き合うよ。「ぼくはソルジャー・ブルーでした」って。
木彫りのウサギ・了
※宇宙遺産になってしまった木彫りのウサギ。訂正される日は来そうにないですねえ!
次の特別公開の頃にはハーレイ先生は90歳前後、ブルー君も還暦超えです。
全員がミュウな世界では、まだまだ若造。バカップルでも許されるよ、きっと。
毎日更新の「シャングリラ学園生徒会室」にて作者の日常を公開中。
お気軽に覗いてやって下さい、拍手部屋の方もよろしくですv
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
←拍手してやろう、という方がおられましたらv
御礼ショートショートが置いてあります、毎月入れ替えしております!