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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





お騒がせだった水泳大会も済んで、シャングリラ学園は秋に向かってまっしぐら…と言いたいところですけど、まだまだ残暑で教室の窓は全開です。そんな中、1年A組に流行るもの。それはスーパーボールというヤツ。
スーパーボウルじゃないですよ? 海の向こうで熱狂的な人気を誇るスポーツイベントは季節違いの2月がシーズン。こちらはスーパーボールですってば…。
「おーい、行ったぞー!!」
「おうっ、任せろ!」
そりゃあっ、と卓球よろしく打ち返される小さなゴムボール。露店のスーパーボールすくいで男子たちが沢山掬ったそうで、朝の教室はスーパーボールが乱舞しています。あちこちへ飛んだり、壁や机で弾んだり。イレギュラーに跳ね返るボールにクラス全体が熱狂中。
「きゃあっ、また来たー!」
「そっちじゃねえってば、ちゃんと飛ばせよ!」
「無理、無理! 急に来るんだもん! キャーッ!」
男子も女子も入り乱れてのスーパーボール天国、誰が呼んだかスーパーボウル。朝のホームルーム前の予鈴が鳴ってもボールが飛び交い、グレイブ先生の靴音と共にピタリと止むのが毎日のお約束……だった筈なのですが。
「諸君、おはよう」
ガラリと教室の扉が開いた時、幾つかのボールがまだ宙に。ヤバイ、と証拠隠滅とばかりにパスする代わりに窓の外へと放り出されて…。
(ん?)
目で追っていたボールの一つが景気良く飛び、向かいの校舎で跳ね返りました。その勢いで隣にあった木の幹にぶつかり、再び校舎の壁にポーンと。あらら、ポンポン跳ね返ってる…。もっと勢いがつかないかな、と見詰めているとスポポポポーン! と弾んで私たちの教室がある校舎の壁へと。
(んんん?)
これは面白い、と眺めていればボールは二つの校舎の間を行ったり来たりで跳ねています。もしかしたら元の窓から戻ってきたりしちゃうかも? あらっ、あららら…。
「サム・ヒューストン!」
「………」
出欠を取っているグレイブ先生ですが、サム君も窓の外のボールを見ていて。
「サム・ヒューストン、欠席か!?」
「い、いえ、いますっ!」
すいません、とサム君が叫んだ瞬間、窓の向こうから飛び込んで来たスーパーボールがスッコーン! とグレイブ先生の眼鏡に当たって見事に吹っ飛ばしたのでした。



「………。諸君、これはどういうことかね?」
眼鏡を拾い上げたグレイブ先生、神経質そうにポケットから取り出したクロスで拭き拭き。怒りゲージがMAXなことは間違いなくて、1年A組、お通夜状態。問題のボールを投げたのが誰かは知りませんけど、心臓が止まりそうになっているに違いありません。
「…これは夜店で人気のスーパーボールというヤツらしいが…。何故これが此処にあるかは問題ではない。そこの特別生、七人組!」
へ? なんで話がそっちへ飛ぶの? キース君たちもキョロキョロしています。
「聞こえなかったか、お前たちだ! アルトとrは関係ない!」
「「「……え……」」」
どうなってるの、と互いに顔を見合わせる内に、グレイブ先生、ついに爆発。
「お前たち、ボールを見ていたな? ということは、ぶるぅの仕業に違いない。そるじゃぁ・ぶるぅの御利益パワーというヤツだ。ふざけるのも大概にしておきたまえ!」
肉声と同時に思念波での本音メッセージも飛んで来ました。
『無意識かどうかは知らんがね。サイオンでボールを操っていたな、お前たち!』
あちゃー…。そんなオチでしたか、さっきの弾むスーパーボール。と、いうことは、私たち…。
「全員、廊下で起立を命じる! 1時間目は私の数学だ。それが終わるまで、お前たち七人、廊下で直立不動。ついでに私語は厳禁だ!」
男子には水の入ったバケツも付ける、とグレイブ先生はカンカンで。朝のホームルームが終わらない内に私たち七人グループは廊下に立たされ、男の子たちは両手に水を満杯にしたバケツを提げる羽目になってしまいました。
『…なんでこういうコトになるわけ?』
晒し者だよ、と思念波で嘆くジョミー君。クラスメイトは気の毒がって来ませんけれども、他のクラスの生徒が授業前に廊下を移動しながら私たち七人を横目でチラチラ見てゆきます。特別生への遠慮も敬意もあったものではなく、噂を聞き付けて見に来る生徒も。
『俺たちの自業自得ってことになるんだろう。…残念ながら』
スーパーボールに気を取られていたことは間違いないし、とキース君が項垂れ、シロエ君も。
『…失敗でしたね。ぼくたちのサイオン、未だにヒヨコレベルですから…』
無意識にボールを操っていたか、と今頃気付いても後の祭りというヤツです。スウェナちゃんと私には視線が痛く、男子五人は両腕も痛く…。とんだスタートを切ってしまいましたよ、早く放課後にならないかなぁ…。



しっかり、がっつり晒し者になった涙の1時間目の授業。自分の授業が無かったらしいゼル先生が来て百面相をやらかして笑わせにかかり、ウッカリ吹き出してしまったばかりに男子のバケツに重石が追加。スウェナちゃんと私は首に『ごめんなさい』と大書した札を下げられました。
『…うう…。これって体罰……』
酷すぎるよ、とジョミー君が思念で呻けば、ゼル先生がニヤニヤと。
『お前たちは特別生じゃでな。普通の生徒と同じ基準を適用せんでも問題ないんじゃ、体罰、大いに結構じゃ! で、こんな顔はどうかと思うんじゃが?』
ほれ、と右手の人差指と中指を鼻の穴に一本ずつ突っ込み、左手で顎を掴んでグイと引き下げるゼル先生。こ、この顔は面白すぎです。でも笑ったら大変ですから、ここは耐えねば!
『…ちと、インパクトが足りんかったか…。やはりポーズも必要かのう?』
これでどうじゃ、とクイクイと腰を左右にくねらせ、『いやぁ~ん、ア・タ・シ!』とオカマっぽい響きの思念波が来たからたまりません。私たちはブハッと吹き出し、もう笑うしかなくなって…。
「まだ懲りないのか、馬鹿者ども!」
ガラリと教室の扉を開けてグレイブ先生がカツカツと。ゼル先生は大真面目な顔で「担任稼業も大変じゃのう」と首を振っています。グレイブ先生、騙されないで! 何もかも全部、ゼル先生が悪いんです~!
「何やら文句を言いたいようだが、心頭滅却すれば火もまた涼しという言葉がある。諸君はまだまだ我慢が足りない。…追加だな」
重石一丁、と男子のバケツに漬物石の追加。そんなモノ、何処から湧くのかって? シャングリラ学園には立派な調理実習室がありますからねえ、漬物石も沢山あるのです。スウェナちゃんと私が下げた札には『私が馬鹿でした』の文字が書き足され…。
「授業が終わったら刑も終わりだ。しかし、お前たちの刑が追加になる度に授業が中断したからな。幸い、次の時間は教室移動の予定が無い。休み時間まで授業を延長とする」
えーーー!!! それじゃ晒し者の刑も休み時間分の延長ですか! 他のクラスの生徒が来ちゃうし、男子の両腕もヤバイことになると思うんですけど~!



というわけで、朝っぱらから体罰1時間プラス休み時間分。心身共にダメージ大だった私たちは昼休みいっぱい食堂でグチり、午後の授業と終礼が終わるなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に直行しました。柔道部三人組も今日の部活はサボリだとか。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ、今日は朝から散々だったねえ?」
見てる分には楽しかったよ、と高みの見物をしていたらしい会長さん。まさかあの時のスーパーボールに細工してたりしないでしょうね? 私たちが一斉に睨み付けると。
「何さ、その目は? 誓って何もしてないよ。君たちもサイオンを上手に使うようになったな、と感慨深く見ていただけで」
「うんっ! グレイブの眼鏡が飛んでいったの、凄かったぁ~♪」
面白かったよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も御機嫌です。
「それとね、ゼルの百面相も最高だったの! また見たいなぁ…」
「すまん、俺たちはもう勘弁だ。個人的に頼んで見てくれ」
両手にバケツで筋肉痛が、とキース君。普段から柔道部で鍛えていても、使う筋肉が別物だったらしいです。今日の男子は両腕プルプル、カップを持つのも辛いそうで。
「…なんでコーヒーをストローで飲まにゃならんのだ…」
だが持てん、とぼやくキース君の手はパウンドケーキを鷲掴み。フォークも持ちたくない気分だとか。それを見越してリンゴのパウンドケーキを用意していた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は流石ですけど。
「くっそぉ…。こんな調子だと、夜も親父に怒鳴られそうだ」
「ああ、お勤めでヘマをするかもねえ…」
所作が色々と変になりそう、と会長さんはまるで他人事。
「それよりスーパーボールだけどさ。あれって応用が効きそうだよ」
「「「は?」」」
「グレイブの眼鏡が吹っ飛んでったろ、ああいう仕掛けで遊べないかなぁ…って」
「二度と御免だ!」
勝手にやれ、とキース君が怒鳴り付け、コクコク頷く私たち。ゼル先生の百面相と同じで、そういう遊びは個人的にお願いしたいです。しかし…。
「誰がグレイブでやると言った?」
もっと笑える人材が、と会長さんはニコニコと。待って下さい、体罰はもう御免です。他の先生でやるにしたって、一人で遊んで下さいってば~!



逃げ腰になる私たちを全く気にせず、会長さんが右手を閃かせると宙に一個のスーパーボールが。
「これをね、ハーレイの家の玄関を入った所にね…」
「「「え?」」」
教頭先生の家ですか? それでどうすると?
「浮かべとくのさ、ドアを開けたら当たる範囲に! 当たった弾みでボールが飛ぶ。それを君たちがやったのと同じ要領で床とか壁とかでバウンドさせてね、最終的にはハーレイの顔面を直撃ってわけ」
これなら体罰も無関係、と会長さん。
「ついでに顔面直撃の直後にメッセージカードを投げ込むんだ。ブルー参上、って」
「あんた、悪戯したいわけだな?」
要するに教頭先生に、とキース君が問えば、会長さんはパチンとウインク。
「もちろんさ。そしてカードにはこう書いておく。「今日はスーパーボールだけれど、ボールのサイズはどんどん大きくなっていく。レシーブするも良し、受け止めるも良し。頑張って、とね」
「れ、レシーブって…」
バレーボール? とジョミー君が尋ね、ニッコリ笑う会長さん。
「そりゃあもう! バスケットボールくらいまでグレードアップしなくちゃね。ハーレイの反射神経に期待だよ。君たちの筋肉痛が治った頃からスタートしようか」
今日のところは作戦会議、とポーンと飛んでゆくスーパーボール。壁で跳ね返って天井に飛び、テーブルに並んだカップやお皿を避けてポンと弾んで、また天井へ。
「ぼくにかかればボールくらいは自由自在だ。ハーレイも最初の顔面直撃は不意打ちだから無理だとしてもね、次の球からはキャッチするとか蹴り返すとか、それなりのパフォーマンスをね…」
トスを上げて思い切りスパイクとか、と会長さんの夢は膨らむ一方。バスケットボールが飛び出す頃には教頭先生の家の玄関脇にゴールネットが仕掛けられたり…?
「あ、それいいね! ボールに合わせて細工しようか、サッカー用とかバレー用とか」
見事キメたら拍手喝采、と会長さん。あのぅ……キメた場合は御褒美も出ますか?
「御褒美かい? そんなの必要無いってば! 毎日ぼくと遊べるんだよ、それで充分!」
なにしろ相手はあのハーレイ、と言われてみればそんな気も。教頭先生は会長さんにベタ惚れでらっしゃいますから、毎日遊んで貰えるだけで嬉しくなるかもしれませんねえ…。



1年A組で流行していたスーパーボウルは、私たちの体罰事件の翌日からピタリと鳴りをひそめました。グレイブ先生に見付かったが最後、廊下で処刑と恐ろしい噂が立ったからです。その一方でウキウキとスーパーボールを操っているのが会長さんで。
「ハーレイの家の構造からして、レシーブもトスもスパイクもいける。ネットでゴールというのもいいけど、ゴールネットを揺らした瞬間、花瓶が砕け散るのもいいよね」
ゴールに花瓶を置いておいても普段の調子で叩き込みそうだ、と会長さんは悪魔の微笑み。男の子たちの筋肉痛は順調に癒えて、今日はもう痛まないらしく。
「ふふ、いよいよ今日からボール作戦スタートだよ」
メッセージカードもちゃんと書いた、と会長さんがスーパーボールをポーンと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の壁へ。跳ね返ってポンと床で弾んで天井に飛んで…。いつ見ても鮮やかな飛跡です。
「ハーレイの帰りは下校時間より遅いしねえ…。作戦中はぼくの家で夕食ってことでどうかな? 御馳走するよ」
「「「さんせーい!!!」」」
御馳走と聞いて反対する人がいる筈も無く、私たちは早速家へ連絡を。遅くなっても瞬間移動で家まで送って貰えますから、こんな残業なら大歓迎です。
「それじゃ、こっちの片付けが済んだらぼくの家へね」
「かみお~ん♪ 今日はシーフードカレーを仕込んで来たの!」
海老もホタテもたっぷりだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しそう。これから当分の間、毎日お客様が来るわけですから、おもてなし大好きだけに腕が鳴るというヤツでしょう。腕が鳴るとくれば教頭先生。スーパーボールの顔面直撃を食らった後にはどんな名プレーが飛び出すか…。
「珍プレーかもしれないよ? バレーボールを足で蹴り飛ばして、サッカーボールをドッジボールよろしく手でキャッチとかね」
その辺は見てのお楽しみ、とワクワクしている会長さん。まずは顔面直撃からです。教頭先生、きっとビックリ仰天でしょうね。



会長さんの家へ瞬間移動し、カレーの夕食。教頭先生の帰宅は七時すぎになり、私たちが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン中継画面に見入っている中、愛車をガレージに入れて玄関の鍵をカチャリと開けて。
「ふう…。今日も孤独な食卓か…」
早くブルーを嫁に欲しいものだ、と独り言を呟いて家の中に足を踏み入れた途端。
「なんだ!?」
暗い家の中でポンっ! と音がし、ポンポンポーン…と弾む音が。音は天井へ、壁へ、床へと飛んで、最後に教頭先生の顔面にビシッ! と激突。
「うわっ!!!」
ポン、コロコロコロ…と転がる音で我に返った教頭先生、玄関ホールの明かりを点けました。会長さんのサイオン・カラーと同じ青のスーパーボールが上がってすぐの床で揺れていて、天井からヒラヒラと一枚の紙が。
「……???」
それを手に取った教頭先生の顔がパアッと明るく。
「そうか、ブルーの悪戯だったか…。明日からボールのサイズがグレードアップしていくのだな? ふむ…。暗くても見えるようサイオンで行くか、明かりを点けっぱなしにしておくか…」
自動点灯にするのもいいな、と教頭先生は思案中。会長さんと遊ぶためには電気工事とか電気代とかも気にしないということですか! なんと天晴れな根性なのか、と中継画面を見詰めていると、会長さんが。
「電気工事は今日すぐってわけにはいかないしねえ? これは点けっぱなしコースかな。明日は卓球の球でいくから、ハーレイが帰りつく前にネットを張ろうね」
玄関先の廊下の所に、と会長さんの方も教頭先生に負けず劣らず楽しげな笑顔。あの教頭先生にしてこの会長さん有りなのか、会長さんあっての健気な教頭先生か。いずれにしてもいいコンビでは、と思わないでもないですが…。
「誰だい、名コンビだなんて考えたのは!?」
「「「!!!」」」
すみません、と私以外のみんなもペコリと。…つまり名コンビだということですよね、誰から見ても…。いえ、ごめんなさい、会長さん! ワタクシが悪うございましたぁ~!



卓球の球の次の日は、それよりも一回り大きいゴムボール。お次が軟式テニスボールで…、といった具合にボールは大きくなってゆきます。毎日、玄関ホールの明かりを点けっぱなしにして出掛ける教頭先生、帰宅直後に飛び込んでくるボールを受け止めるのがお楽しみで。
「「「おおっ!」」」
今日は華麗にサッカーボールを蹴り飛ばしました、教頭先生。廊下の奥に張られたゴールネットにバスッと決まってナイスシュート! 会長さんとの遊びの時間が待っているとあって、教頭先生、ゼル先生から「最近、毎日楽しそうじゃの」と言われたりしてらっしゃるそうです。
「ふふ、ハーレイもすっかりボールに馴染んだようだね、明日は花瓶割りをして貰おうか」
目標があれば叩き込む筈、とニヤニヤしている会長さん。その翌日はバレーボールの出番でした。留守宅に瞬間移動で入り込んだ会長さんがネットを張って、少し向こうの廊下の真ん中に水を満たした大きな花瓶を。会長さん曰く、たまに教頭先生が貰う花束用だとか。
「あれでも一応、教頭だしねえ? 節目には大きな花束を貰うこともあるのさ、卒業生一同かとか、そういうヤツを。…それ以外で花束を貰うことなんて、まず無いね」
だから普段は納戸の奥に、と戻って来た会長さんがクスクスと。やがて帰宅した教頭先生、猛スピードで飛んで来たバレーボールをレシーブした上に素早くジャンプし、勢いをつけてスパイクを。ボールはネットの向こうへと飛び、花瓶が見事にガッシャーン! と…。
「「「うわぁ…」」」
やっちゃった、と肩を竦める私たちと時を同じくして、教頭先生の方も愕然と。流れ出す大量の水と、砕けて散らばる花瓶の破片。お片付けはかなり大変そうです。御愁傷様です、教頭先生…。



そうやって遊び続けたボール合戦も今日のバスケットボールでフィナーレの予定。ゴールネットを仕掛けてきた会長さんが鼻歌交じりに。
「ハーレイの顔が見ものだねえ…。シュートを決めたら大変なことになっちゃうものね」
「…あんた、相当悪辣だよな」
アレはないぜ、とキース君。ゴールネットの真下に教頭先生が大切にしている会長さんの写真入りの額が置かれているのです。シュートを決めれば、写真とはいえ会長さんの顔にバスケットボールを叩き付けてしまうというわけで。
「ぼくへの愛はその程度か、と思い切り責めてボール遊びはおしまいだよ、うん」
「「「………」」」
気の毒すぎる、と思いましたが、会長さんが延々とボール遊びを続けるわけがありません。こういうラストが待っていたのか、と中継画面を見守る内に教頭先生の御帰宅です。勢いをつけて飛んで来たバスケットボールを真上にトスしてジャンプ、脇の壁に取り付けられたゴールネットに叩き込み…。
「うわぁぁぁぁ!!!」
すまん、と会長さんの額に平謝りする教頭先生。額の前面はアクリルガラスだったらしく割れも砕けもしなかったものの、中で微笑む会長さんの写真にバスケットボールを叩き付けたことは事実。申し訳ない、と泣きの涙の教頭先生に向かって会長さんが思念波で。
『見ちゃったよ、今の。…何のためらいも無く叩き込んだね、ぼくにボールを』
「ち、違う! まさかお前の写真があるとは…。知らなかったんだ、本当だ!」
信じてくれ、と叫ぶ教頭先生ですけれど。
『さあ、どうだか…。君の反射神経の良さは毎日見せて貰っていたしね? ぼくの写真が置いてあることに気付かないとは思えないな』
「き、気付いた時には手遅れだったんだ、ゴールの下に見えたんだ!」
『見苦しいねえ、君のぼくへの愛の深さはバスケットボールをお見舞い出来る程度ってね。よく分かったから、遊びはおしまい。明日から電気代が安く上がるよ』
「待ってくれ、ブルー!」
このとおりだ、と教頭先生はバスケットボールを拾って天井に叩き付けました。跳ね返って来たボールの真下でキッと上を睨み、バスケットボールがボカン! と顔に。今の一撃は痛そうです。しかしボールをサッと拾うと、また天井へ、そして顔へと。
「ブルー、お前の気が済むまでボールを顔で受け止めよう。百発か? それとも二百発か?」
返事してくれ、とボールを投げては顔にぶつける教頭先生は既に鼻血が出ています。怪我が原因な教頭先生の鼻血はこれが初めてかも…。止めないんですか、会長さん? 止める気、全然無いんですか?



天井と顔面を往復するバスケットボールに身を晒し続けた教頭先生は結局、昏倒。いくら頑丈でも、やはり限界はあるものです。次の日、腫れ上がった顔で学校に現れた教頭先生、会長さんとのボール遊びが打ち切りになったショックも重なり、悄然とした御様子で。
「馬鹿だねえ、あそこまでしなくってもさ」
呆れ果てる、と放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で笑い転げる会長さん。
「御面相がアレだろう? ゼルとブラウにあらぬ噂を立てられていたよ、ぼくの家を電撃訪問してフライパンで殴りまくられた、って」
「「「……フライパン……」」」
「信憑性の高い情報源だしね、ゼルもブラウも。…もうフライパンで決定だと思うよ、事実は名誉の負傷なのにさ」
庇う気は毛頭ないけれど、と会長さんはケラケラと。
「バスケットボールよりも音はいいだろうね、フライパン! クヮーン、グヮーンって響き渡って、読経のお供に丁度いいかも」
機会があったらフライパンをお見舞いしてみるか、と会長さんが指を一本立てた時です。
「響くっていうのはいいかもねえ…」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえて、優雅に翻る紫のマント。空間を越えて現れたソルジャーがソファにストンと腰を下ろすと。
「ぶるぅ、ぼくにも紅茶とケーキ」
「オッケー! 今日はね、かぼちゃプリンのタルトなの!」
ちょっと待ってね、とサッと出てくるタルトと紅茶。ソルジャーは早速タルトを頬張りながら。
「昨日のハーレイは可哀相だったねえ、あんなに必死に謝ってたのに…。二度と遊んであげないんだって?」
「最初からそういう予定なんだよ、顔面バスケットボールが予定外なだけ! それにあの程度の芸、オットセイでもやるからね」
鼻先でこうヒョイヒョイと、と会長さんが返すとソルジャーは。
「オットセイかぁ…。アレも効くよね、これはますますやらないと」
「「「は?」」」
何をやろうと言うのでしょう? そもそもオットセイが何に効くと?
「あ、知らない? たまにノルディにお小遣いを貰って買うんだよ。ぼくのハーレイが疲れが溜まった時なんかに飲ませてあげると、もうビンビンのガンガンで…」
「退場!!!」
さっさと帰れ、と眉を吊り上げる会長さん。そっか、オットセイって精力剤かぁ…。



会長さんが怒ったくらいでは帰らないのがソルジャーです。かぼちゃプリンのタルトをのんびり食べつつ、紅茶も飲んで。
「ホント、ハーレイが気の毒でさ…。なんとか浮上させる手は無いものかな、って昨日から考えていたんだよ。で、フライパンの音でピンときたんだ」
「何に?」
どうせロクでもないことだろう、と冷たい口調の会長さんですが、ソルジャーの方は得意げに。
「凄い名案だと思うけどなぁ…。こっちのハーレイは感謝感激、君は高みの見物ってね」
「どんな名案?」
「ボールがあちこち弾んでたのと、フライパンの響きの合わせ技! こう、刺激を与えると鳴く床なんだよ」
「なんだ、アレか…」
つまらない、と会長さん。
「鴬張りの廊下だろ? なんでハーレイが感激するわけ?」
「「「ウグイスばり?」」」
なんのこっちゃ、と首を捻ると、キース君が。
「知らないのか? マツカは知っていそうだが…。床板に仕掛けがしてあってだな、歩くとキュッキュッと音が鳴る。鴬の鳴き声に似ているから、と鴬張りだ。璃慕恩院にもあるんだぞ」
「へえ…。そんなのがあるのかい? ぼくはそっちは知らなかったな」
初耳だ、と言いつつ、ソルジャーは。
「鴬張りがあるんだったら、ぼくが言うのはブルー張りかな」
「「「ブルー張り???」」」
それこそ謎な言葉です。青い床板を張るんでしょうか? あれ、でも刺激がどうとかって…。
「分からないかな、鴬じゃなくてブルーの声で鳴く床のこと! キュッキュッの代わりにイイ声で…ね」
「ちょ、ちょっと…」
会長さんが青ざめてますが、イイ声って歌でも歌うんですか? 会長さんの声で歌う床?
「そうだね、歌うと言う人もいるね。だけど普通は啼くとかかな? つまりベッドの中でブルーが出す声のことで」
ベッドの中? それって寝言とかイビキなんじゃあ? いくら会長さんの声と言っても、教頭先生が喜びますか?



頭の中が『?』だらけの私たち。鴬張りは分かりましたが、ブルー張りの良さが分かりません。教頭先生が感謝感激って、会長さんのイビキや寝言でも…?
「うーん、とことん分かってないなぁ…。万年十八歳未満お断りだとこんなものかな」
「当たり前だよ!」
この子たちに分かるわけがない、と噛み付く会長さん。
「でも、よく考えたら使えそうだねえ、ブルー張り。…歩く度にぼくの声なんだ?」
「そう、絶品のよがり声! もう踏んだだけでイきそうな感じで」
絶対やってみる価値がある、とソルジャーは強気。なんのことやらサッパリですけど、会長さんも乗り気みたいです。
「ボールを散々受け止めまくった御褒美に、家中の床をブルー張りかぁ…。鼻血で失血死しそうだよ、それ。でなきゃ床を転げ回って大感激かな、右に左に」
「いいだろう? いいと思うよ、ぼくのお勧め! 鳴く床の仕掛けはサイオンでいけると思うんだ。残留思念を応用してさ、君の声を仕込んでおけばいいかと」
「その話、乗った!」
ブルー張りの床でハーレイに薔薇色の日々を再び、とブチ上げている会長さん。そんなにいいかな、ブルー張り…。寝言とイビキのオンパレードが? 私たちが顔を見合わせていると、ソルジャーがクスッと笑みを零して。
「違うね、そういう声じゃない。早い話が、ぼくがハーレイとベッドで過ごす時に出てる声! 君たちには理解不能だろうけど…。具体例で言えば、イイとか、イクとか」
「「「…イク…???」」」
その声の何処がいいというのだ、と謎は増えるばかり。教頭先生の夢と言ったら、会長さんがエプロンを着けて「行ってらっしゃい」「お帰りなさい」ってヤツですよ? 相当はしょりまくりだと言うか、言葉足らずと言うべきか…。
「分からないなら結果だけを見て楽しみたまえ。ねえ、ブルー?」
「そうだね、ブルー張りを仕掛けた家に踏み込んだハーレイを見学するのが一番かと」
どういう声を仕込もうか、と瞳を悪戯っぽく煌めかせている会長さんに、ソルジャーが。
「その前に君に演技指導かな、その手の声は出せないだろう? 万年十八歳未満とお子様がいるけど、ここは一発、気にせずに! まずは「イイ」から行ってみようか」
始めっ! とパン、と両手を叩くソルジャー。それから延々と始まった時間は妙な音声のオンパレードでした。もっと色っぽく、とか、艶っぽくとか熱い指導が飛んでますけど、これってどういう演技なのかなぁ?



ソルジャーも納得の演技が完成するまでに要した期間は三日間。満足の出来に仕上がったらしい会長さんの声を仕込むべく、ソルジャーと会長さんは教頭先生がお留守の家に二人で忍び込んでせっせと作業を。そして…。
「かみお~ん♪ ハーレイ、帰ってきたみたい!」
中継する? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんが「頼むよ」と声を掛け、サイオンでリビングの壁に映し出された教頭先生のお宅では…。
「……孤独だ……。秋は独り身の侘しさが身にしみるな……」
この間まではブルーが仕掛けたボールが迎えてくれたのに、と背中を丸めて玄関の鍵を開ける教頭先生。バスケットボールを受け止めまくった顔はまだ少し腫れが残っています。
「ゼルとブラウにフライパンだなどと噂を流されたせいで、エラには不潔と言われるし…。ヒルマンは自分の立場をよく弁えろと説教をするし、ほとほと疲れた…」
こんな時にブルーが居てくれれば、と「お帰りなさい」の妄想を繰り広げているらしいのが分かります。大丈夫ですよ、教頭先生! 今日からはブルー張りとやらを施した家が暖かく迎えてくれると会長さんが言っていますし、ソルジャーも自信満々ですし!
「…ふう…。今日もボールは飛んで来なかったか…」
残念だ、と玄関ホールの明かりを点けた教頭先生が靴を脱ぎ、片足を床に乗せた時。
「あっ…!」
「?? …今、ブルーの声が聞こえたような気がしたが…」
気のせいか、と上がり込んだ教頭先生の足元から。
「あんっ!」
鼻にかかったような会長さんの甘い声。教頭先生の身体がビクッと震え、右足を恐る恐る一歩前へと踏み出すと。
「い、イイッ…!」
「…ブルー? なんだ、何の悪戯だ?」
いったい何処に隠れているのだ、と進めば更に会長さんの声が。
「あっ、ああっ、も、もう…」
「…??? どうなっているのだ、何処から声が…」
「や、やめ…! ひあぁぁぁぁっ!」
「ブルー???」
何処だ、と混乱しつつも教頭先生の顔は真っ赤でした。この意味不明な言葉の羅列に何か秘密があるのでしょうけど…。



耳の先まで赤く染めながら、教頭先生は会長さんを探しています。その間にもブルー張りとやらの床は鳴り続け、家の奥へと向かうに従って響く言葉もそれっぽく。
「き、来て…!」
「…何処なんだ、ブルー!?」
返事をしろ、とズンズン奥に進む間も床はアンアン声を上げたり、喘いだり。
「あっ、あんっ…。そ、そこ…」
「此処か!?」
バンッ! と扉を開いた部屋に会長さんはおらず、代わりに床がひときわ高く。
「ひあぁっ! き、来て、ハーレイ…!」
「ブルー、今、行く!」
ダッと駆け出す教頭先生にブルー張りの床は。
「やっ、やあぁぁぁっ! も、もっと……もっと奥まで…」
「???」
もっと奥まで、と指示されたものの、その先が無い教頭先生。現場は御自宅の一番奥の部屋、それ以上奥はありません。
「…シールド……なのか? それにしても…」
この声はどうにも堪らんな、と教頭先生の手が下に下がりかけ、ピタリと止まって。
「いや待て、何処かでブルーが見ていたら…。こんな姿を目にされていたら、この前のボールの二の舞で…」
「ふふ、ちゃんと分かっているんじゃないか」
その程度の理性はまだあったか、と会長さんが呟き、ソルジャーが。
「そりゃね、ブルー張りとは気付いてないし? だけどそろそろキツそうだよ」
ズボンの前が、とソルジャーの指摘。面妖な台詞を喋りまくる床は教頭先生の大事な所を直撃しているらしいです。えーっと、これがブルー張りの効果とやらというヤツですか?
「うん。今に耐え切れなくなって鼻血を噴くかと」
時間の問題、と会長さんが笑い、教頭先生の足がブルー張りの床をズンッ! と踏んで。
「い、イクッ…! ひ、ひあっ…。あぁぁぁぁぁぁっ!!」
ブワッと噴き出す鼻血の滝を私たちの目は確かに見ました。教頭先生は仰向けに倒れ、受け止めた床が艶っぽい声で。
「ああ…。んん……。ハー…レ…イ…。も、もっと……」
もっと愛して、と床が囁いた声は教頭先生には多分、届いていないと思います。それどころか明日の朝までに意識が戻るか、危ういトコだと思うんですけど~!



「やったね、ブルー張り、効果バッチリ!」
「ね、ぼくのお勧めは外れないよ」
これで当分楽しめそうだ、と手を取り合って喜ぶ会長さんとソルジャーと。罪作りなブルー張りの床が発する言葉は謎だらけですが、教頭先生にとってボール遊びよりも刺激的な仕掛けだということだけは分かりました。でも…。
「おい、あの床をどうする気だ?」
仕掛けの解除はしないのか、と問うキース君に、会長さんが。
「せっかく仕掛けたんだしねえ…。演技指導でしごかれまくった大事な声だよ、そう簡単に消したくないな。…ハーレイが出血多量で死にそうだとか貧血だとか、そうなってきたら考えようかと」
「それからでいいと思うよ、ぼくも。もっと仕掛けを増やすというのもいいかもねえ…」
いっそ壁とか扉とかにも、とソルジャーが唆し、会長さんの瞳も輝いています。教頭先生、こんな改造を施された家で明日の朝日を拝めるでしょうか? 家を出る前に再び失神、無断欠勤で厳重注意とか、そういう展開になりそうな気が…。
「別にいいだろ、君たちだって廊下に立ってたんだし」
「そうそう、あれが全ての始まりだったね」
スーパーボールの弾みすぎ、と笑い合っている会長さんとソルジャーに罪の意識は皆無でした。恐るべし、ブルー張りの床。甘い声やら喘ぐ声やら、踏めば踏むほど喋りまくる床が黙る時まで、教頭先生、鼻血を堪えて戦い続けて下さいね~!




      建物で遊ぼう・了



※新年あけましておめでとうございます。
 シャングリラ学園番外編、本年もよろしくお願い申し上げます。
 ブルー張りのモデルの鴬張りは御存知でしょうか、歩くと床がキュッキュと鳴ります。
 忍者対策って話ですけど、作者の耳には「軋んでるだけじゃあ?」という音にしか…。
 鴬張りの床にするには高度な技術が要るそうですけどね!
 このお話はオマケ更新ですので、今月の更新はもう一度あります。
 次回は 「第3月曜」 1月19日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 そしてシャン学を始めて以来6年以上、私語を一切してこなかった作者ですが。
 昨年末に心を入れ替えました、6年間もの沈黙を破って喋ってやろうと!
 毎日更新のシャングリラ学園生徒会室にて喋っております、バカ全開な気がします。
 『大いなる沈黙へ』って映画ありましたね、沈黙の方がマシだったかな…。
 作者の日常を覗きたい方はお気軽にお越し下さいませ~v


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、1月は新年早々、煩悩ゲットのイベントとやらに怯え中…?
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 ぼくの前世はミュウの長だったソルジャー・ブルー。
 でも、知っている人はパパとママと、ぼくを診てくれたハーレイという苗字のお医者さんだけ。
 そしてもう一人、お医者さんの従兄弟でぼくの学校の古典の先生、ハーレイもぼくの前世が誰か知っている。そのハーレイが前世でのぼくの恋人なんだ。もちろん今も恋人だけど。



 ぼくとハーレイは蘇った青い水の星、地球の上に生まれ変わって再会したんだ。
 今、ぼくたちが暮らす地域は遙かな昔に日本という国があった場所。
 前の生の頃、SD体制の時代には古い習慣とか伝統なんかは廃れていたように思われてるけど、そんな時代でも神様という概念はあってクリスマスもちゃんと残ってた。
 それから長い年月が経って、今、ぼくたちが暮らす地球では、SD体制よりも前の時代の色々な風習を復活させて味わい、楽しんでいる。
 例えば、ぼくがハーレイと再会した日の二日後は五月五日で端午の節句。
 五月の三日に前世の記憶を取り戻したぼくは、それと同時に血まみれになった。前の生の最期にメギドで撃たれた時の傷痕。お医者さんは聖痕現象と診断したけれど、身体には何の傷も無いのに沢山の血が流れ出したそれ。
 あまりに出血が酷かったからと、その週は学校を休むことになった。そのせいで五月五日も家に居たぼくは、ハーレイの授業を聞き損なって…。
 次の週にようやく登校出来て、友達に聞いてガッカリしたんだ。端午の節句について習う授業は歴史じゃなくて古典の管轄。ハーレイの授業で柏餅と粽が配られて、みんなで食べたんだって。
 柏餅と粽はお店で買えるけど、ハーレイと一緒に食べてみたかった。端午の節句の話を聞いて、柏餅と粽の由来を聞いて。
 「先生、桜餅にはどういう由来があるんですか!」なんて質問が飛び出したりして、凄く楽しい時間だったらしい。桜餅には何の由来も無かったけどな、と友達が笑って教えてくれた。
 柏餅も粽もハーレイが赴任してくる前から手配されてたお菓子で、ハーレイは古典の授業の一環として食べながら話しただけなんだけど…。授業なんだって分かってるけど、食べたかったな。
 だって、大好きなハーレイの授業。ハーレイの声を聞きながら一緒に食べられるだけで、柏餅も粽も特別な味になった筈だと思うから…。



 そういう少し変わった授業は当分何も無さそうだな、って思っていたら七夕の話を教わった。
 来週が七夕、恋人同士の二つの星が一年に一度、天の川を渡って会う星合いの日だと。
 彦星と織姫、アルタイルとベガ。
 今では銀河系の中の恒星だって分かってるけど、それを天に住む人だと信じた昔の人たちは幸せだったんだろうなと思う。
 その時代、地球は今と同じように、ううん、今よりももっと青くて綺麗だっただろうから。
 地球に人が住めない時代が来るなんて誰も思わなかっただろうから。
 生活は今よりもずっと不便で厳しい時代だったと思う。でも、地球の上に住んでいられるだけで人間はきっと幸せだったと思うんだ。自分では全く気付いてなくても。
 前の生でのぼくとハーレイには地球は無かった。
 地球を探して、地球に行きたくてシャングリラで宇宙を彷徨っていた。
 そんな記憶があるからだろうか、ぼくは地球に居られればそれで充分かな。友達は将来、何処か他の星で暮らしてみたいとか話してるけど、ぼくは地球しか知らなくてもいい。
 遠い昔にシャングリラが潜んだ雲海の星、アルテメシアにも行ってみたいとは思わないし。
 アルタイルもベガも、ぼくがシャングリラで長い眠りに就いていた間に地球を探して立ち寄ったらしい。地球が属するソル太陽系の座標が全く掴めなかったから、恒星はもれなく探索の対象で。
 だけどアルタイルもベガも、地球を連れてはいなかったんだ。



 ハーレイの授業でシャングリラの話が出るわけもなくて、習ったものは七夕に纏わる言葉など。
 ぼくたちの年ではもうやらないけど、小さな頃には七夕といえば笹飾りを作って家に飾った。
 折り紙の細工や、願い事を書いた短冊を吊るして七夕を待った。七月七日は晴れますように、と天気予報を心配してた。雨が降ると彦星と織姫は会えなくなるって聞いていたから。
 七月七日に降る雨のことを何と呼ぶのか、ハーレイの授業で初めて知った。催涙雨だって。天の川の水が増えてしまって会えない二人が泣くからだとか、二人が流す涙だとか。
 天の川を渡るための橋も何で出来てるのか知らなかった。カササギという鳥が翼を広げて一列に並んで作る橋。その橋を詠んだ遠い昔の人の歌も出て来た。
 一年に一度しか架からない橋。
 もしも、ぼくとハーレイが一年に一度しか会えなかったら?
 ぼくは前の生の終わりにハーレイの温もりを失くしてしまって、独りぼっちになってしまったと泣きながら死んだ。もう会えないと、ハーレイには二度と会えないんだと…。
 だから一年に一度しか機会が無くても、会えるのならそれで充分嬉しい。
 でもやっぱり……一年に一度しか会えないだなんて悲しいとも思う。
 きっと、ぼくは欲張りになったんだろう。
 この地球の上でまたハーレイに会えて、独りぼっちじゃなくなったから。
 ハーレイと二人で地球に居るのに、一年に一度じゃとても足りない。学校で会って、ぼくの家で会って、殆ど毎日会っているけど、それでもまだまだ足りないんだから…。



 七夕の授業があった週の土曜日、いつものようにハーレイが訪ねて来てくれて。
「ねえ、ハーレイ。七月七日は晴れるといいね」
 そう言ったら「昔は雨になることが多かったんだぞ」って教えてくれた。古典の授業の範囲じゃないけど、昔、この場所に在った日本という国では七月七日は雨の季節の真っ最中で。梅雨という言葉まで存在したほど、雨ばかり続いていたんだって。
「ふうん…。それだと一年に一度会うのも難しそうだね。もしかして毎年、催涙雨だった?」
「さあな? しかしだ、そのまた昔は雨の季節じゃなかったそうだぞ」
「えっ?」
 今のこの場所に梅雨が無いのはSD体制崩壊後の地殻変動で地形が変わったせいだと聞くのに、それよりも前に大規模な変動があったんだろうか?
 それは全然知らなかったな、と首を傾げたら。
「ブルー、変わったのは地形じゃなくて暦だ。カレンダーだな」
「え? …カレンダー?」
 一年が十二ヶ月のカレンダー。SD体制の前も、SD体制の頃も、今の時代もカレンダーは同じ十二ヶ月だと思ってた。地球の公転で決まる筈のそれが変わるだなんて初耳だけど…。
「ずっと昔はカレンダーが別のものだったんだ。今でも売っているだろう? 月のカレンダーを」
「…月齢カレンダーっていうヤツのこと?」
 あまり馴染みは無かったけれども、月の満ち欠けを書いたカレンダーなら知っている。
「そうさ、昔はそっちを使っていたんだ。その暦だと七夕の頃には雨の季節は終わった後だ」
「…そうだったんだ…」
 なんだか頭がぐるぐるしてきた。
 遙か昔のこの地域では、七夕は梅雨で雨ばかり。だけどそのまた前の時代は雨が降らない時期の七夕で、いったいどっちが正しいんだろう?
 太陽のカレンダーの方? それとも月のカレンダー?
 地球は太陽の周りを一年かけて回ってるんだし、太陽のカレンダーが正しいのかな?
 でも、でも、でも。
 太陽のカレンダーだと七夕が雨の季節になるなら、月のカレンダーの方がいいな、と思う。
 だって、雨の七夕ばかりが続くと彦星と織姫は何年も会えなくなっちゃうから。
 彦星はアルタイル、織姫はベガで、神様じゃなくて恒星なんだって分かってるけど…。
 でもでも、会えないより会える方がいい。
 催涙雨ばかりになってしまいそうなカレンダーより、断然、月のカレンダー。



 そう思ったから「月のカレンダーにしてあげたいな」とハーレイに言ったら「そうだな」という答えが返って来た。
 もしも、ぼくとハーレイとの間に天の川があって、一年に一度しか会えなかったなら。
 その日に雨が降ってしまったら、カササギは橋を架けてくれない。
 橋が無くても前のぼくならサイオンの力で飛び越えられたし、会えた筈。
 でも、今のぼくは空を飛ぶことも瞬間移動も出来ないんだから、飛び越えられない。
 天の川なんかがあったら困る。
 一年に一度しか会えない七夕の日が雨になったら、泣いて、泣いて、涙が催涙雨になる。
 だけど…。
「ハーレイなら天の川、泳いで渡ってしまえるかもね」
 水泳が大好きなぼくの恋人。
 学生時代は選手だったほどに泳ぎが上手くて、身体も丈夫なハーレイだったら…。
「お前に会うために泳ぐのか? それなら泳ぐさ、どんなに川幅があったとしてもな」
「…そっか…」
 自信あるんだ、と嬉しくなった途端にふと思い出した。
 七夕の日に天の川に架かる橋はカササギの橋。沢山の鳥が翼を広げて一列に並んで作る橋。
 カササギは小さな鳥だけれども、ハーレイみたいに大きな身体でも大丈夫かな? 重さに負けて潰れないかな、と少し心配になったから。
「…ハーレイは泳いだ方がいいかも…。カササギの橋、ハーレイの体重に耐えられるかな?」
「こら、お前!」
 コツン、と頭を小突かれた。
「俺がカササギの橋を踏み抜くってか?」
「踏み抜きそうだよ?」
「お前な…。お前、俺に会いたいのか、会いたくないのか、どっちなんだ」
 橋を踏み抜いたら俺はお前に会えないわけだが、とハーレイがぼくを睨んでる。腕組みまでして怖そうな顔をしてみせてるけど、怒っていないって分かってしまう。鳶色の瞳が笑ってるから。
「…ハーレイ、答え、知ってるくせに」
 天の川が大雨で溢れていたって、ぼくはハーレイを信じてるから泣かないよ。
 きっとハーレイなら泳いでくると思うから。
 カササギが橋を架けてくれなくっても、ぼくは泣かない。
 泣かずに待っていれば必ず、ハーレイが泳いで来てくれるから…。



「ずいぶんと信用されたもんだな、俺も」
 天の川を泳いで渡り切ろうってほどの勢いか、とハーレイは苦笑しているけれど。
「…来てくれないの?」
「いや、泳ぐ。お前が向こう岸に居るなら、どんな川でも俺は泳いで渡ってみせる」
 向こう岸が見えないような川でも泳ぎ渡る、と鳶色の瞳の色が深くなった。
「ブルー、お前に会えるんだったら、俺は必ず泳いで行く」
 ハーレイが右手を差し出してきて、ぼくの右の手をキュッと握った。
 前の生で最後にハーレイに触れた手。ハーレイの温もりを最期まで覚えていたかったのに、銃で撃たれた傷の痛みで温もりを失くしてしまった右の手。
 その手を握って、ハーレイはぼくを真正面から真剣な瞳で見詰めた。
「…本当はメギドまで追いたかったんだ。お前を追い掛けて飛びたかった」
「……それはダメだよ、ハーレイはキャプテンだったんだから」
「そう思いたかっただけかもしれん。全てを捨て去る覚悟があったら、あの時、俺は飛べたんだ」
 シャングリラもキャプテンの制服も何もかもを…、とハーレイが苦しげな顔になる。
 ぼくが飛び去って直ぐに追い掛けていれば、自分もメギドに行けた筈だと。
 そうすることが可能な船が格納庫に何機も在ったのだから、と。
「…あの時、俺とお前の間には溢れた天の川があったんだろう。…実際、宇宙があったんだがな。溢れた川を渡る勇気を俺は持ってはいなかった。そしてお前を喪ったんだ」
「違うよ、ハーレイ。…ぼくはジョミーを頼むと言ったよ、君はそのために残ってくれた」
「俺もそうだと思っていた。…しかしな、お前のことを最優先で考えるのなら、俺はお前を追うべきだった。俺がお前を追わなかったから、お前の右手は凍えてしまった」
 この手だ、とハーレイはぼくの右手を大きな両手で包み込んだ。
「俺は二度と後悔したくない。天の川を渡らなかった自分の馬鹿さ加減に涙するのはもう沢山だ。…だから俺は渡る。どんなに広い川であろうと、俺はお前の所まで泳ぐ。…いいな?」
「…うん……。ぼくも待ってる。ハーレイが来る、って信じて待ってる」
 催涙雨なんか降らせないよ、と言ったけれども。
 ぼくの瞳からは大粒の涙がポロリポロリと零れて落ちた。
 この涙はぼくの涙だけれども、ぼくはぼくでも前のぼくの涙。
 ハーレイと離れて独りぼっちで死んでいったソルジャー・ブルーが天の川のほとりで零した涙。
 もうハーレイには会えないのだと、右の手が凍えて冷たいと泣いた。
 だけど、向こう岸からハーレイが来る。泳いで渡って来てくれるのだ、と…。



 ハーレイとそんな話をしたから、少し切ない気持ちになった。
 天の川のほとりに立ち尽くしたまま、ハーレイが泳いでやってくるのを待った前の生のぼく。
 本当にハーレイが川を渡って来てくれたから、ぼくたちは地球の上で会えたんだと思う。
 だけどそれまでに、ソルジャー・ブルーは一人きりで何度泣いたのだろう。
 どのくらいの涙が瞳から零れて雨になったのか、どのくらい一人で待っていたのか…。
 前の生でのハーレイの命が尽きたら直ぐに会えたんだろうか?
 きっと会えたと思いたい。
 そうでなければ悲しすぎる。今年こそ会える、今年こそ…、って泣きながら待っているなんて。
 ソルジャー・ブルーがメギドを沈めた後、数年が経ってSD体制は崩壊した。
 だから前のぼくが独りぼっちで待った時間は数年だけだと思いたいけれど…。
 催涙雨は数年分しか降っていないと思いたいけれど、こればかりはぼくにも分からない。
 生まれ変わって来るまでの間は何処に居たのか、それすらも分からないんだから。



 翌日の日曜日には七夕も催涙雨もすっかり忘れてしまって普段どおりのぼくだったけれど、その週の半ば、学校からの帰り道で七夕飾りを見かけた。
 バス停から家まで歩く途中にある家の玄関先に、ぼくの背丈くらいの笹飾り。きっと小さい子が居る家だろう、色とりどりの紙の飾りや短冊が幾つも結んであった。
 それを見たら思い出したんだ。
 ハーレイと話した天の川のこと、天の川のほとりで涙を零していた前のぼくのこと。
 今のぼくはハーレイと毎日のように会えるけれども、会えなかったなら…。
 一年に一度しか会える日が無くて、その日に会えなかったなら。
 どれほど悲しくて寂しいだろう、と考えただけで涙が零れてしまいそうだから。
 青く晴れた夏の空を見上げて、心の中で願いをかけた。
 催涙雨が降りませんように。
 どうか今夜は晴れますように、って。
 だって、会えないだなんて寂しすぎるし、悲しくて辛い。
 ハーレイは天の川でも泳いで渡ると言ってくれたけど、彦星にそれは難しそうだ。
 彦星と織姫がカササギの橋を渡って会えるようにとぼくは祈って、七夕の夜は綺麗に晴れた。
 そして次の日に気が付いた、ぼく。
 七夕の笹に結ぶ短冊。お願い事を書いて吊るしておくのが七夕だった、と。
 背が伸びますようにと頼めば良かった。
 お願いするのを忘れただなんて、ちょっと間抜けで誰にも言えない。
 失敗だった、ぼくの七夕。
 でもハーレイには今日も会えたし、いつかは一緒に暮らせるんだから焦らなくても大丈夫。
 天の川でも泳いで渡るとハーレイは言ってくれたから。
 ぼくたちは二度と離れないから……。




        催涙雨・了


※天の川でも泳いで渡ろうというハーレイ先生。川幅、どのくらいあるんでしょうね?
 それでもハーレイは泳ぐのでしょう、二度と後悔しないために。

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 今年もクリスマスシーズンが近付いて来た。
 シャングリラの公園に大きなクリスマスツリーが飾り付けられたら、クリスマスに向けてのカウントダウンだ。公園には他にも小さめのツリー。
 「お願いツリー」と名付けられたそれは、欲しいプレゼントのリクエストを書いて吊るすもの。子供が吊るせばサンタクロースが可愛い願いを叶えてくれるし、大人の場合は専門の係がいるのだけれど。係の他にも虎視眈々と狙っている者たちがいたりする。
 すなわち、意中の人に向けてのプレゼント。年に一度のビッグイベント、気になる相手が吊るしたカードを密かに回収、そしてクリスマスにプレゼントを贈って射止めるのが人気。



(んーと…)
 今年も沢山下がってるよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「お願いツリー」に吊るされたカードをじっと見詰めた。
 今年は何を注文しようか、サンタクロースに?
(去年は大きな土鍋を頼んで、ブルーと一緒に土鍋カステラ作ったもんね!)
 アルテメシアで人気を博した土鍋カステラ、超特大のを作った思い出は今でも胸に燦然と。大好きなブルーに教えて貰って卵を泡立て、特製のオーブンで焼いて貰って黄金色のふわふわのカステラが出来た。大きな土鍋一杯に。
 カステラの寝床にコロンと転がり、食べては眠って、また食べて。
 そんなカステラを何度も作った。ブルーも付き合って作ってくれたし、そういう時には二人で食べた。食の細いブルーは「ぶるぅみたいには食べられないよ」と言ったけれども、それでも美味しそうに食べてくれたし、実際、土鍋に溢れた黄金色のカステラは美味だったから。
 鍋料理のシーズンが終わり、アルテメシアの街から「土鍋カステラはじめました」と書かれたポスターが消える頃まで何度も何度も、心ゆくまで土鍋カステラを作っては食べて…。



(土鍋カステラ、今年も流行っているんだけれど…)
 超特大の土鍋はもう持っているし、作り方だってマスターしたから欲しい時にはいつでも作れる。それに人類が暮らす街へ降りれば、シーズン中なら食べ放題。
(今年は土鍋は要らないよね?)
 他に何か、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は考えた。
 シャングリラ中を悩ませる悪戯小僧なのだけれども、クリスマスツリーが登場したら悪戯の方は当分、お預け。サンタクロースに「いい子なんです」とアピールしないとプレゼントを届けて貰えないから。それどころか…。
(悪い子供は靴下の中に鞭が入っているって聞いたし…)
 大好きなブルーがそう言った。いい子にしないとサンタクロースはプレゼントの代わりに鞭を入れると、悪い子供のお尻を鞭で叩けるようにと。
(今年もいい子にしなくっちゃ!)
 そしてプレゼントを貰うんだよ、と期待に胸を膨らませる。「お願いツリー」で注文した品物の他にも毎年沢山貰えるのだから。
(でも、何を注文しようかなあ…)
 普段は悪戯とアルテメシアでのグルメ三昧に燃えているだけに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に計画性などはまるで無かった。早い時期から「これが欲しい」と考えたりもしなかった。
 それだけに「お願いツリー」が登場して来た今頃になって小さな頭を悩ませるわけで。
(何がいいかなあ…?)
 カラオケマイクも欲しいけれども、もっとビッグなプレゼントもいい。
 何年か前に叶えて貰った、劇場を貸し切ってのリサイタルは最高に楽しかったし…。



 何にしようか、と考え込んでいたら、賑やかな歓声が響いて来た。
 永遠の子供な「そるじゃぁ・ぶるぅ」と変わらないほどの背丈の子たちや、もっと大きな子供たちの声。キャーキャー、ワイワイとはしゃぎながら公園へ駆け込んで来た子供たちだが。
「今日も貰えたーっ!」
「リンゴ、毎日、貰わなくっちゃーっ!」
 クリスマスツリーにはリンゴだよね、と大きなツリーを見上げる子たちの手にはリンゴが乗っかっていた。真っ赤な色のリンゴだけれども、作り物のリンゴ。小さなリンゴ。
(…リンゴ?)
 何だろう、と首を傾げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 食べられもしない作り物のリンゴに特に興味は無いと言えば無いが、どうして誰もが小さなリンゴを持っているのか。よくよく見れば、吊るすための紐もくっついているし…。
(クリスマスツリーに飾るのかな?)
 きっとそうだ、と思ったのに。
 子供たちは公園のクリスマスツリーを囲んで走り回った後、リンゴを手にして駆け去って行った。飾りもしないで、しっかりと持って。
(…なんで?)
 クリスマスツリーにはリンゴなのだ、と子供たちは確かに言っていたのに。
 公園のツリーにもリンゴのオーナメントが幾つも飾られているのに、どうして飾らずに持ち去ったのか。それに…。
(毎日、貰わなくちゃ、って言った…?)
 いったい誰がリンゴを配っているのだろう?
 貰えば何か素敵なことでも起こるのだろうか、さっき見た作り物のリンゴは…?



 分かんないや、と不思議に思った「そるじゃぁ・ぶるぅ」だったのだけれど。
 リンゴの謎が解けるまでには、さほど時間はかからなかった。三日ばかり経った頃のこと。いつものようにアルテメシアの街で食べ歩いて、瞬間移動でシャングリラにヒョイと戻って来たら。
「ヒルマン先生、さようならーっ!」
「リンゴ、ありがとうーっ!」
 口々に叫んで、勢いよく通路に飛び出して来た子供たち。例のリンゴを持っている。まだ開いたままの扉の向こうはヒルマンが子供たちに勉強を教える教室、いわば学校。
(…此処でリンゴが貰えるわけ?)
 ならば自分も、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は迷わず教室に入って行った。リンゴが何かは分からないけれど、貰えるものなら是非とも欲しい。真っ赤なリンゴはちょっと素敵だし、子供は誰でも貰えるようだし…。
「おや、珍しいお客様だね」
 片付けをしていたヒルマンが振り返って笑顔を向けてくれた。
「どうかしたのかな、勉強する気になったのかね?」
「そうじゃなくって…。ぼくにもリンゴ!」
 一つちょうだい、と指差した先にリンゴが盛られた籐の籠があった。作り物の赤いリンゴが沢山、籠の中で艶々と輝いている。あんなに沢山あるのだから、と小さな手を開いて差し出したのに。
「…悪いね、あれは御褒美だから…。ぶるぅの分は無いんだよ」
「えーーーっ!」
 どうして、と抗議の声を上げたら。
「授業に出た子に、毎日、一個。リンゴはそういう決まりなんだよ」
 ぶるぅは授業に出ていないだろう、と断られた。自分の授業に出ていない子には御褒美は無いと、だからリンゴはあげられないよ、と。



(…リンゴ…)
 あれが欲しいのに、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は肩を落として教室を出た。
 長い通路を自分の部屋まで歩く間も、真っ赤なリンゴが頭の中でクルクル、クルクル、軽やかに幾つも回り続ける。
(授業に出た子に、一日一個…)
 ヒルマンが教えてくれたのだけれど、赤いリンゴはクリスマスを控えて気分が浮つき、授業に身が入らない子供たちへの対策らしい。
 真面目に授業に出席したなら、一日一個をプレゼント。
 アドベントだとか待降節と呼ばれるクリスマスを待つためのシーズン開始と同時に始まり、初日は真っ赤なリンゴとセットで小さなツリーも配ったそうだ。何の飾りもついていなくて、ただのモミの木、本物ではない作り物。
 子供たちはモミの木に貰ったリンゴを吊るす。順調にいけば毎日一個ずつ増える勘定。
 クリスマス・イブの日、自分のツリーをヒルマンに見せてリンゴの数を数えて貰って、パーティーの前にリンゴの数だけ、お菓子が貰えるという仕組み。
(お菓子、欲しいな…)
 どうせクッキーかキャンディーだろうと思うけれども、自分の方がもっと美味しいお菓子を食べてはいるだろうけれど。
 貰えないとなると惜しくて悔しい。他の子たちは貰えるのに、と。
(ぼくにもリンゴ…)
 頼めばリンゴを貰えるだろうか、リンゴを吊るすためのツリーも?
 けれども自分はリンゴが配られるイベントに気付いていなかったのだし、既に出遅れたと言ってもいい。他の子たちより幾つ足りないのか、例のリンゴは…?
(…ツリーを貰って、足りないリンゴも貰える仕組みって無いのかな?)
 リンゴは惜しい。本当に惜しい。
 部屋に帰り着いて、気分転換にカラオケでも、とマイクを握っても頭にリンゴ。
 頭の中でクルクル、クルクル、回り続ける真っ赤なリンゴ。
「やっぱり欲しいーーーっ!」
 駄目で元々、あわよくば。
 直訴あるのみ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はヒルマンの部屋へと瞬間移動で飛び込んだ。



「リンゴちょうだい!」
 挨拶も抜きで叫んでしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 しかしヒルマンは子供相手の日々でそういったことには慣れていたから、「ほほう…」と髭を引っ張っただけで、驚きも叱りもしなかった。明日の授業の準備だろうか、机で書き物をしていた手を止めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳を見詰める。
「リンゴというのは、さっき言ってたリンゴかな? あれが欲しいと言うのかい?」
「そう! 集めたらお菓子が貰えるんでしょ、クリスマス・イブに!」
 ぼくにもリンゴとツリーをちょうだい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頭を下げた。貰い損ねた分のリンゴも貰いたいのだと、クリスマス・イブまでにリンゴを立派に揃えるのだと。
「ふむ…。方法は一応、あるのだがねえ…。貰い損ねた分のリンゴを貰える方法」
「ホント!?」
「ただし、リンゴは授業に出たことの御褒美だから…。授業が終わった後の時間に行う補習に出席したなら、一回に一個。そういう形で貰えはするね」
 病気で休む子供もいるものだから、とヒルマンは説明してくれた。
 つまりはリンゴを揃えるためには、明日から欠かさず授業に出ること。貰い損ねた分が欲しいのなら、その回数分、補習にも。
「…ぶるぅは勉強、嫌いだろう? リンゴのオマケはただのお菓子だよ」
 貰わなくてもいいんじゃないかね、と言われたけれども、欲しいからこそ来たわけで。
「それでもいいから! ぼくにもリンゴ!」
 明日から頑張る、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食い下がった。忘れないよう授業に出掛けて、補習も必要な分だけ受けると。だからリンゴとツリーが欲しいと。
「ふうむ…。そこまで言うなら、頑張ってみなさい」
 明日からだよ、とヒルマンは立ち上がって奥の戸棚の中からツリーを取り出して渡してくれた。
 何の飾りもついていないツリー、作り物のモミの木のクリスマスツリー。
「いいかね、授業に出たらリンゴが一個。補習が一度で一個だからね」
「はぁーい!」
 ツリー、ありがとう! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は踊るような足取りでヒルマンの部屋を後にした。こうしてツリーを手に入れたのだし、残るはリンゴ。明日から一日一個のリンゴ。
「補習もうんと頑張らなくっちゃ!」
 そしてリンゴを増やすんだもんね、と跳ねてゆく。真っ赤なリンゴを飾るんだよ、と。



 ヒルマンに貰った、ただのモミの木。何の飾りもまだ無いツリー。
 それをワクワクと部屋に飾った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、次の日、勇んでヒルマンが授業を行う部屋へと出掛けて行った。普段だったらアルテメシアでショップ調査か食べ歩きをしている時間だけれども、それは夜でも出来るのだし…。
 机と椅子とが並んだ教室。一番前の席に陣取っていると、ヒルマンがやって来て褒めてくれた。
 「ちゃんと来たね」と、「いい子だね」と。
 間もなく始まったヒルマンの授業。ヒルマンは教室をぐるりと見渡し、微笑んで。
 「今日は初めて来た子がいるから、クリスマスについて復習しよう。どうしてリンゴを配っているのか、クリスマスツリーにはリンゴの飾りを付けるのかをね」
(ふうん…)
 何か理由があったんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を高鳴らせた。リンゴのお菓子は美味しいのだから、きっと食べ物の話なのだと思ったのに…。
「クリスマスツリーを飾る習慣は、SD体制が始まるよりもずっと昔に、地球のドイツという国で始まったのだよ。その国ではクリスマスに劇をすることになっていてね…」
 劇の中身は「アダムとイブの知識の木」。エデンの園にあったと伝わる知恵の木の実で、リンゴのことだと言われるらしい。劇の舞台にリンゴの木を飾る必要があるが、生憎と冬。クリスマスの頃にはリンゴの葉っぱは落ちてしまって、すっかり枯れ木なものだから。
 それでは舞台の上で映えない、と代わりにモミの木が選ばれた。青々とした葉を茂らせているし、赤いリンゴも見栄えがするし…。
「そういうわけだから、クリスマスツリーにはリンゴの飾りが欠かせない。私がリンゴを配っているのも、クリスマスツリーの本来の形を示すためでね…」
 ヒルマンの授業は続いていった。クリスマスツリーに飾る星や杖。どれにも由来があると話して、更にはクリスマスそのものを巡る歴史にまで発展しつつあったのだけれど。
(…なんだか全然、分かんないし!)
 とっても退屈! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は立ち上がった。
 こんな授業を聞いているより、同じクリスマスなら、断然、本物。クリスマスツリーを眺めて、見上げて、周りを走りたいわけで…。
「かみお~ん♪ ツリー、みんなで見に行こうよ!」
 公園のツリー、綺麗だよ! とダッと駆け出すと、小さな子たちがついて来た。これは遊ばねば損だから、と先頭を切って駆けてゆく。いざ公園へと、みんなで楽しく遊ぼうと。



 あまりにも堂々と抜け出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。後に続いた何人かの子供。
 他の子供たちも、我慢して教室に座っているには幼すぎる子が多かったから。
 ブリッジが見える公園のクリスマスツリーの周りはアッと言う間に子供の楽園、それは賑やかな騒ぎになってしまって、ヒルマンの授業は見事に潰れた。
 途中でハーレイやエラが気付いて、子供たちを教室に追い返したけれど。その子たちはヒルマンに大目玉を食らいはしたのだけれども、なんとかリンゴを貰うことが出来た。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯に巻き込まれただけで仕方ないのだと、わざとではないと。
 しかし…。
「…ぼくのリンゴは?」
 ぼくにくれる分のリンゴは無いの、と右手を出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」の分のリンゴは当然、無かった。授業は潰れてしまったのだし、その犯人がリンゴを貰えるわけがない。
 ヒルマンは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を怖い顔で見下ろし、重々しく、こう宣言した。
「やはり君には無理なようだね、私の授業は。もう明日からは来なくていいから」
 補習をしようとも思わないから、と苦い顔つき。
 悪戯小僧は学校なんかに来なくてもいいと、好きに遊んでいるのがいいと。
「…それじゃ、リンゴは?」
「あるわけがないね」
 もちろんクリスマス・イブのお菓子も無いよ、と冷たく突き放されてしまった。
 クリスマスツリーを返せとまでは言われなかったが、何の飾りも無いモミの木につける真っ赤なリンゴはもう永遠に貰えないわけで…。



(どうしよう…)
 ぼくのリンゴ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は半泣きで公園に戻って行った。公園に聳えるクリスマスツリーにリンゴは幾つも飾られているが、それはヒルマンの授業で貰える赤いリンゴとはまるで別物、毟って自分のツリーに飾っても何の効果もありはしなくて。
(リンゴが無かったら、ぼくのお菓子も…)
 クリスマス・イブには貰える筈だった、子供たちのための特別なお菓子。アルテメシアの街に溢れる絢爛豪華なクリスマス用の菓子とは違って、ごくごく素朴なものだろうけれど。
(ぼくだけ一つも貰えないなんて…)
 あんまりだよう、と涙がポロリと零れた所で気が付いた。こんな時のための素敵なアイテム、「お願いツリー」。願い事を書いてツリーに吊るせばサンタクロースが叶えてくれる。
(そうだ、お願いツリーだよ!)
 サンタさんに頼めばきっとリンゴが手に入るんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目を輝かせた。
 なんて素敵なアイデアだろう。今年のお願い事はこれに決まりで、手に入らない筈のヒルマンが配る真っ赤なリンゴを、一番沢山貰う子供と同じ数だけサンタクロースが届けてくれる。
(リンゴ、リンゴ…)
 それにしよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「お願いツリー」の側に置かれた専用の用紙を手に取った。ついでにペンも。
(ぼくにリンゴを沢山下さい、っと…!)
 デカデカと書いて、自分の名前も書き付けて。
「これで良し、っと!」
 願い事を書いたカードを吊るして、足取りも軽くホップ、ステップ、それからジャンプ。ウキウキと通路へとスキップしてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全く気付いていなかった。
 ヒルマンがリンゴの数に応じてお菓子を配る日はクリスマス・イブ。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「リンゴを下さい」と願いを託したサンタクロースがやって来るのは、そのクリスマス・イブの夜が更けた後だということに…。



 子供ゆえの迂闊さ、ピントのずれた「お願いツリー」の願い事。
 それはたちまちソルジャー・ブルーの知る所となり、ハーレイをはじめブリッジ・クルーも大いに笑った。これではどうにもなりはしないと、願い事など叶いはしないと。
 けれども、そこはソルジャー・ブルー。悪戯小僧の「そるじゃぁ・ぶるぅ」を大切に思い、可愛がっている人物だから。
 例の願い事を吊るした翌日の朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブルーに思念で呼ばれた。すぐに青の間まで来るように、と。
「かみお~ん♪ なあに?」
 何か用事? と瞬間移動で現れた悪戯小僧に、ブルーが炬燵で「これ」と指差す。炬燵の上には定番のミカンがあったけれども、その他に…。
「国語、算数、それからミュウの歴史かな。ヒルマンに借りた教科書だけどね」
 これで一緒に勉強しよう、とブルーに微笑み掛けられた。今日から毎日、一時間。希望するなら補習も可能で、勉強をすればこれをあげよう、と宙に取り出された真っ赤なリンゴ。
「あっ、リンゴ!」
「そうだよ、ヒルマンに頼んで分けて貰った。ぶるぅはみんなと一緒の授業は向かないようだし、ぼくが特別に授業をね…」
 ソルジャーの授業だからヒルマンのよりも短い時間でリンゴが一個、という提案。真面目にやるなら教えてあげると、一時間でリンゴを一個あげると。
「どうする、ぶるぅ? ぼくと一緒に勉強するかい、クリスマス・イブのお菓子のために?」
 リンゴさえあればお菓子は貰えるそうだよ、と聞かされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は躍り上がって喜んだ。退屈な授業は御免だけれども、大好きなブルーと勉強ならば…。
「ぼく、勉強する!」
 そしてリンゴを貰うんだあ! と元気に答えた悪戯小僧。
 かくして青の間でソルジャー直々の特別授業が始まり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は毎日、教科書やドリルを抱えて炬燵での勉強会に励んで。
「えーっと、百かける五は…。ひい、ふう、みい…。六百!」
「ぶるぅ、よくよく考えてごらん? ラーメン一個の値段が百としたなら、五個でいくら?」
「五百だよ! あっ、そっかあ…」
 食べ物の計算は得意なんだけど…、と頭を振っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そんな調子で毎日勉強、来る日も来る日も勉強と補習。真っ赤なリンゴはしっかり揃って…。



 クリスマス・イブの日、パーティーの前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意満面、真っ赤なリンゴを一面に飾ったツリーを抱えてヒルマンが待っている教室に行った。
 大勢の子供が自分のツリーを机に置いていたけれど。
「おめでとう、ぶるぅ。一番は君と…」
 他に何人かの名前が挙げられ、ヒルマンが大きなバスケットからクッキーを一個ずつ包んで連ねた立派な首飾りを首にかけてくれた。一番沢山リンゴを集めた子だけが貰える、一種の勲章。チョコレートのメダルもくっついている。
 その他にリンゴの数に応じてクッキーが貰えて、もちろんこれも一番多くて。
「やったー、クッキー!」
 メダルも貰ったあ! と飛び跳ねて喜ぶ「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、ヒルマンが「ソルジャーによくよく御礼を言うんだよ」と言ったのだけれど。
 そんなことなど聞いていないのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、御礼なんかはスッパリ忘れた。
 そしてチョコレートのメダルがついたクッキーの首飾りを下げてエヘンと胸を張り、パーティーの御馳走をお腹一杯食べて食べまくって、夜になって。
「今日はサンタさんが来るんだもんね!」
 うんと素敵なプレゼントが届く筈なんだよ、とリンゴを飾ったツリーの隣に大きな靴下を吊るし、土鍋の寝床に潜り込んだ。
 ヒルマンのお菓子も貰えたことだし、もう最高のクリスマス。明日の朝にはサンタクロースが届けてくれたプレゼントが溢れているだろう。ドキドキワクワク、眠ったのだけれど…。



「ぶるぅは見事に忘れたねえ…」
 青の間の炬燵でソルジャー・ブルーがクスクスと笑う。その手の中に、お願いカード。クリスマスのプレゼントに間に合うように、と係が回収しておいたカード。
 そのカードには「そるじゃぁ・ぶるぅ」の下手くそな字でこう書き殴ってあった。
 「ぼくにリンゴを沢山下さい」。
 ブルーの向かいでサンタクロースの衣装や真っ白な髭を着けたハーレイが尋ねる。
「それで、ソルジャー…。今年は本気でリンゴですか?」
「ぶるぅのお願い事だしね? サンタクロースは願いを叶えるものだろう?」
 よろしく頼むよ、とブルーが瞬間移動で取り出した木箱。リンゴがギッシリ詰まった木箱。
「去年の土鍋は少々大きすぎたけど…。これくらいなら持てるだろう?」
「もちろんですが…。ぶるぅはこれで怒りませんか? リンゴ箱一杯のリンゴですよ?」
「大丈夫。ちゃんと工夫はしてあるからね」
 これをセットで届けておいて、とブルーがハーレイに手渡した冊子。ハーレイはそれを見るなり頬を緩めて、パラパラめくって中を確かめて。
「なるほど、お考えになりましたね」
「ぶるぅのお願い事を叶えてやるなら、素敵に演出したいだろう?」
「心得ました。では、届けに行って参ります」
 ハーレイはサンタクロースのシンボルとも言える白い袋に冊子を入れると、リンゴ箱を抱えて大股で青の間を出て行った。白い袋の中にはエラやブラウたち、長老からのプレゼント。ハーレイの分も入っている。今年も色々、盛り沢山。
 夜更けのシャングリラの通路をキャプテン扮するサンタクロースが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋へと向かって、寝床になっている土鍋の隣にリンゴ箱などを並べてやって…。



 そして、翌朝。
「クリスマスだあーっ!」
 ガバッと起き上がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプレゼントを見付けて歓声を上げた。今年も素敵なものが一杯、嬉しくてたまらないけれど。
「…あれ?」
 どれよりも大きく、いいものが入っていそうだと一目で思った箱。木箱だけれども、きっと中には素晴らしいものが、と考えたのに。
「…リンゴ?」
 産地直送と書かれたリンゴ箱からは、甘酸っぱい香りが漂っていた。どう考えても中身はリンゴ。木箱一杯のリンゴなんかがどうして…、と首を捻ってから思い当たった。
(お願いツリーのお願い事…!)
 ブルーの特別授業で毎日リンゴを貰えていたから、喜びのあまり忘れていた。「リンゴを下さい」とサンタクロースにお願いしたまま、書き換えることをド忘れしていた。
 願い事を叶えるのが仕事のサンタクロースは、ちゃんと願いを聞いてくれたわけで…。
(……リンゴ……)
 本物のリンゴが木箱にドッサリ、こんなものを貰ってしまっても…、と自分の間抜けさに愕然としたってもう遅い。今年のサンタクロースからのプレゼントは…。
「リンゴだなんてーっ!」
 こんなの要らない! と叫んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」の心にフワリとブルーの思念が届いて。
『おやおや、ぶるぅ。サンタクロースのプレゼントは全部見たのかい?』
「見たよ、見たけどリンゴばっかり…!」
『そうかな、箱の下に何かがあるようだけれど?』
「箱の下…?」
 えっと、と重たい木箱をサイオンで持ち上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目が丸くなった。
「レシピ集…?」
『サンタクロースが集めてくれたようだよ、リンゴのお菓子のレシピをね』
 最新流行のからクラシックなものまで揃っているよ、と大好きなブルーの思念が告げる。本当なのか、と手に取ってめくればその通りで。
「うわあ、見たことのないお菓子がいっぱい…!」
『ぼくから厨房のみんなに頼んであげるよ、ぶるぅが作って欲しいお菓子を全部』
 リンゴ箱のリンゴがある間はね、と言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の気分はドン底から一転、天にも昇る心地で大歓声で…。



 ピョンピョンと跳ねて喜んでいたら、ブルーの思念がクスッと笑った。
『ぶるぅ、リンゴのお菓子もいいけど、今日は何の日だったっけ?』
「えっ? えーっと…?」
 何だったかな、とリンゴの木箱を見詰めた途端に、シャングリラ中から上がった思念。
『『『ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!』』』
「えっ? えっ、えっ…?」
 忘れてたぁーっ! と叫んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」。クリスマス・イブのリンゴ集めに夢中で誕生日まで忘れ果てていた。それはもう素敵なサプライズ。今日が自分の誕生日なんて。
『ホントに忘れていたのかい? でもね、ケーキはちゃんとあるから』
 ブルーがクスクス笑い続ける。今年も大きなケーキがあるよと、みんなが巨大なケーキを公園に運んでくれるからね、と。
「ありがとう、ブルー! ケーキ、ブルーも食べるよね!」
 リンゴのお菓子も一緒に食べよう! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青の間に向かって瞬間移動。
 大好きなブルーと誕生日のケーキを食べに行かねば、と。
「行こうよ、ブルー! ぼくの誕生日のケーキを食べに!」
「そうだね、それにリンゴのお菓子も頼まなくちゃね」
 サンタクロースのレシピでね、と微笑むブルー。リンゴ箱一杯分のリンゴのためにと、ありとあらゆるレシピを探したソルジャー・ブルー。サンタクロースに扮したハーレイが届けたレシピ集はソルジャー・ブルーのお手製、この世に、宇宙に一冊しかないレシピ本。
「ブルー、リンゴのお菓子は何がいい?」
「何がいいかな、後で一緒にレシピを見ようか。でも、その前に…」
 お誕生日おめでとう、と頬っぺたにキスが贈られた。公園からは仲間たちの思念が呼んでいる。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日をもって満八歳。
 悪戯小僧で、永遠の子供で、リンゴで失敗もするのだけれど。
 ハッピーバースデー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。八歳のお誕生日おめでとう!




         待降節のリンゴ・了


※「そるじゃぁ・ぶるぅ」お誕生日記念創作、お読み下さってありがとうございました。
 悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」との出会いは2007年の11月末でしたね。
 アニテラが放映された年の暮れです、葵アルト様のクリスマス企画での出会いでした。
 期間限定ペットだった「そるじゃぁ・ぶるぅ」に一目惚れ。
 せっせと阿呆な創作を特設BBSに投下してました、それが全ての始まりです。

 悪戯小僧とのドタバタな日々が初創作でした、あれから早くも7年ですねえ…。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」との出会いが無ければ、今のシャン学はありません。
 シャン学が無ければ、ハレブル別館も誕生しておりません。
 原点は「そるじゃぁ・ぶるぅ」なのです、それも悪戯小僧の方の。
 ゆえに年に一回、お誕生日だけは祝ってあげませんとねv

 クリスマス企画の中で満1歳を迎えましたから、今年で8歳の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 8歳のお誕生日おめでとう! 

※過去のお誕生日創作へは、下のバナーからどうぞですv
 お誕生日とは無関係ですが、ブルー生存EDも混じっていたりして…(笑)
 ←過去のお誕生日創作などなどv






 青い地球の上に生まれ変わったブルーとハーレイが再会してから、あと少しすれば三ヶ月。
 ハーレイが教師を務め、ブルーが通っている学校もとうに夏休みに入った七月の末。夏休み前はハーレイがブルーの家を訪ねて来る日は土曜と日曜、平日は滅多に来てくれなかった。その来訪が夏休みのお蔭で劇的に増えて、平日でも朝から夜まで一緒に過ごせる日も多い。
 研修や柔道部で丸一日が潰れない限り、毎日のように自分の家でハーレイに会える。天気のいい日は庭で一番大きな木の下に据えられたテーブルと椅子でお茶を飲んだり、食事することも。もう嬉しくてたまらない日々だが、ブルーには切実な悩みがあった。
 それは全く伸びない背丈。今の学校に入学した春、ブルーの身長は百五十センチちょうど。その後の測定で伸びていることを期待したのに、一ミリも伸びはしなかった。
 自分の部屋のクローゼットに鉛筆で微かに引いた線。床から百七十センチの所に付けた印が前の生でのブルーの背丈で、そこまで大きく育たなければハーレイと本物の恋人同士になれないのだ。
 ハーレイ曰く、ブルーは「立派な子供」。
 子供相手に前世でのような深い関係を持つつもりはなく、キスすらもまだ早いと言われた。額と頬にはキスしてくれるが、そのキスは子供向けのキス。幼い頃から父と母がしてくれるキスと全く変わらず、恋人同士のキスではない。
 ブルーがハーレイにして貰いたいキスは唇へのキスで、前の生では唇を重ねるだけと違って更に深くて甘いもの。そういうキスを交わしたいのに、唇すらも重ねられないこの現実。
 何度も何度もキスを強請っては「駄目だ」と叱られ、断られてきた。
 再会を果たして間もない頃には会う度にキスをしようとして果たせず、酷く寂しい思いをした。流石に三ヶ月近く経った今では「キスは許して貰えないらしい」ともう諦めているのだけれど。
(…でも……)
 毎日のように自分の家で会える夏休みが始まったことで、再び欲が出始めた。学校があった頃は平日は教師と生徒だったし、家ならともかく、学校ではベッタリ甘えるわけにはいかない。それが今では平日だって甘え放題、うんと距離が縮まった気がするわけで。
(…それなのにキスも出来ないだなんて…)
 せっかく恋人同士で過ごしているのに、キスも無し。これではあんまり寂しすぎる。前の生での深くて甘いキスは無理でも、せめて唇を重ねるくらい…。
(ほんのちょっと、ちょっぴりだけでいいから唇にキス…)
 して欲しいな、とブルーは思った。背丈が百七十センチに満たないどころか百五十センチのままでは恋人同士のキスは絶対に無理。それでも大好きなハーレイと唇を重ねてみたい。触れるだけのキスでかまわないから、唇にキスが欲しかった。
 ほんの少しだけ、恋人気分。きっと幸せが胸一杯に満ちるだろうに…。



(ハーレイのキス…。ホントに欲しいな…)
 そう思うけれど、どうすれば唇へのキスを貰えるだろう?
 ハーレイは前に確かにこう言った。「お前へのキスは頬と額だけだと決めている」と。
(…だけど……)
 自分が前世と同じ背丈に育つまでは駄目だと告げたハーレイ自身も、心の奥では揺れている筈。現にブルーがハーレイの家に呼んで貰えない理由は「ハーレイの抑えが利かなくなるから」。
 つまりハーレイも本当の所はブルーにキスをしたいし、その先のこともしてみたいのだ。我慢に我慢を重ねているだけ、大人らしく振舞っているだけで…。
(……だったら可能性はゼロじゃないよね)
 何か方法がある筈だ、とブルーは考えを巡らせ始めた。今までにキスを断られ、叱られた経験は多数。強請っては断られ、キスしようとして叱られ…。
(…ぼくの方からキスしようとするからダメなんだよ、うん)
 どうもそういう気がしてきた。
 ずっとずっと昔、前の生でハーレイと本物の恋人同士であった頃。キスを交わす時はハーレイがブルーの顎を捉え、あるいは身体ごと組み敷いて熱い唇を重ねてきた。もちろん自分から強請ったこともあったが、キスは圧倒的に「貰うもの」であり、求めずとも与えられるもの。
(ということは……)
 ブルーからキスを持ち掛けるよりも、ハーレイがブルーにキスしたくなるようにするのが正しいやり方なのだろう。ブルーはキスを受け取るだけで、主導権はあくまでハーレイに。
(ハーレイがぼくにキスをしたいと思うようにすれば上手くいくかも!)
 そういう方向で考えたことは一度も無かった。ひたすらキスを強請るばかりで、ハーレイがどう思っているかは微塵も考慮していなかった。
 ハーレイだってきっとキスをしたい気分でいる時もあれば、そうでない時もあるだろう。自分は間違えたのかもしれない。キスして欲しいと強請るタイミングだとか、雰囲気だとかを。
(…そういうものって絶対あるよね…)
 今のブルーにはよく分からないけれど、前世でソルジャー・ブルーだった頃は色々とハーレイに気を遣っていた。青の間に来て欲しいと誘う時にも、ハーレイの部屋へ行きたいと強請る時にも。
 二十四時間、いつでも遠慮なく逢瀬を重ねていたわけではない。ハーレイの方もそれは同じで、互いに相手を思いやっては、同じベッドで眠りはしても「おやすみのキス」だけの日もあって。
(…でも、おやすみのキスは貰えたんだよ)
 あれも唇へのキスだった。唇が触れ合うだけの優しいキス。ああいうキスでいいから欲しい。
 でも……。



 キスが欲しいと強請っても駄目、「キスしていいよ」と言ってみても駄目。
 ハーレイにも「キスをしたい気持ち」はあるというのに、未だにキスをして貰えない。雰囲気がまずいのか、強請るタイミングを間違えているか。
(どうすればキスして貰えるんだろう?)
 ハーレイがブルーにキスしたい気持ちになりさえすれば、キスを貰えそうに思うのだけど…。
(…ぼくから頼んでもダメだってことは、ハーレイが自分からそういう気持ちにならないと…)
 そんなことってあるのだろうか、とブルーは前の生での膨大な記憶を遡ってみる。
 本物の恋人同士の時間を過ごす時のキスは論外、何の参考にもなってはくれない。当然のようにキスを何度も交わしていたし、強請ればいくらでもキスしてくれた。強請るまでもなくキスの雨が降り、唇だけでは済まなかった。
(えーっと…。他に頼まなくてもキスされた時は…)
 そちらも星の数ほどあったが、キスを貰ったら恋人同士の時間の始まり。ハーレイの逞しい腕に抱き上げられてベッドに行くのが普通だったし、これまた全く参考にならず…。
(…キスだってして貰えないのに、キスの先までセットだなんて…)
 おやすみのキスだけで充分なのに、と思ったけれども、ハーレイと一緒に寝ていない以上、そのキスは貰えそうにない。本当に触れるだけのキスでいいのに…。
(……あっ!)
 そういえば触れるだけのキスを何度も貰った。おやすみのキスとは違って、起きる前のキス。
 ハーレイと同じベッドで眠って、ハーレイが先に目覚めた時。今と同じ虚弱体質だったブルーはいつもハーレイのキスで起こされていた。「もう朝ですよ」と。「起きられますか?」と。
 恋人同士の熱い時間を過ごした翌朝は言うに及ばず、ただ寄り添い合って眠っただけの次の日もハーレイはブルーの身体を気遣う言葉をかけつつ、唇にキスをしてくれた。ブルーがしっかり目を覚ますまで、幾度も幾度も、触れるだけのキスを。
(…そっか、寝ている時ならいいかも!)
 もしもブルーが眠っていたなら、ハーレイは思い出すかもしれない。前の生でブルーが目覚めるまでキスを繰り返したことを。まるで小鳥がついばむかのように、優しいキスを降らせたことを。
(うん、キスしたくなるかもしれないよね!)
 なにより自分はぐっすり眠っているわけなのだし、キスされたことにも気付かないように見えるだろう。慎重なハーレイだけに声をかけてみて、それで反応が返らなかったら…。
(……ぼくにこっそりキスをするかも!)
 その可能性は大いにある、とブルーは自分の素晴らしいアイデアに拍手を送りたくなった。
 唇に欲しい触れるだけのキス。ぐっすり眠ったふりをして待てば、優しいキスを貰えるかも…!



 名案を思い付いたからには、少しでも早く実行したい。つらつらと考えごとをしていたこの日はハーレイが午後から訪ねて来る日。午前中は柔道部を指導し、昼食の後にプールで軽く泳いでからブルーの家へ。
 夏真っ盛りの日射しの下を学校から歩いて来たハーレイは全く疲れの色も無いのだが、ブルーは母が運んで来たアイスティーを半分だけ飲んでわざと欠伸をしてみせた。
「どうした、ブルー? 今日は眠そうだな」
「うん…。昨夜、ちょっと夜更かししちゃって」
 欠伸も夜更かしも、もちろん嘘だ。しかしハーレイは疑いもせずに。
「いかんな。いくら夏休みでも生活は規則正しく、だ。それでは丈夫になれないぞ」
「でも…。この本を見てると止まらないんだもの」
「なるほどな。…お前の気持ちは分からんでもない」
 ブルーが差し出した本は父に強請って買って貰ったシャングリラの写真集だった。歴史の彼方に消えた白い船だが、ミュウの始まりの船だけあって資料は豊富に残されている。懐かしい青の間、天体の間にブリッジ、公園。そして様々な角度から撮られた船体の背景は宇宙空間や惑星で。
「ね? どの写真だって何時間でも飽きずに見ていられるから…」
「しかし夜更かしは感心せんぞ」
 眉間の皺を深くするハーレイの前で、ブルーはもう一度小さな欠伸をした。
「つい、うっかり…。気が付いたら二時になっちゃってたんだ」
「馬鹿! それで欠伸か、疲れたんだろう」
「…そうみたい…。ちょっとだけベッドで寝てきてもいい?」
 ダメかな? と上目遣いに見上げれば、ハーレイは「そう言ってる間にさっさと寝ろ」と壁際のベッドを指差した。
「適当なトコで起こしてやる。…今から寝るなら四時頃か?」
「三時半でいいよ、ママがおやつを持ってくるから」
「分かった、分かった。食い意地だけは張ってるんだな、いいことだ」
 おやつでもいいから沢山食べろ、と笑うハーレイに「これ」とシャングリラの写真集を渡した。
「ハーレイも同じの持ってるよね? だけどハーレイが暇を潰せそうな本、これしか無いんだ」
「そうか。じゃあ、遠慮なく借りておくとしよう。早く寝てこい」
「…うん。ごめんね、ハーレイ」
 そう言ってベッドにもぐり込み、目を閉じる。おやすみのキスは貰えなかったが、作戦は上手くいきそうだ。とにかく寝たふり、眠っているふりをしなければ…。



 ぱらり。ハーレイが写真集のページをめくる音が時々聞こえる。ブルーと同じでハーレイもあの写真集に見入っているのだろう。ブルーが守った白い船。ハーレイが舵を握った船を。
 ハーレイが見ている写真はどれだろうか、と想像するだけで意識が冴えるから眠ってしまう心配はない。その計算もあって選んだ本だ。
(ブリッジかな? キャプテンの席かな、それとも舵?)
 あるいは青の間なのかもしれない。かつて二人で眠ったベッドの写真を見ているかも、と思うと胸の鼓動が早くなる。それでも懸命に寝たふりを続けている内に、ノックの音と母の声がして。
「あら? まあまあ、この子ったら…。申し訳ありません、ハーレイ先生」
「いえ、私ならかまいませんよ。ソルジャー・ブルーは十五年も眠っていましたからね。…あれに比べたら丸一日でも短いものです」
「それもそうかもしれませんわね。でも、お行儀の悪い子ですみません」
 起きたら叱ってやって下さい、と母が去ってから五分ほど経った頃だろうか。
「おい、ブルー。三時半だぞ、おやつも来たが?」
 軽く肩を叩かれ、「うーん…」と身じろぎだけして丸くなる。
「ブルー? こら、ブルー!」
「…んん……。ハーレ……イ…。もう…ちょっと……」
 この台詞には自信があった。前の生で起きたくないと甘える時に何度も口にした言葉。ついでに表情も再現するべく、瞼は閉じたままで唇を微かに開けて柔らかな笑みを。
 ハーレイが息を飲んだのが気配で分かった。
「…ブルー……?」
 僅かに掠れたハーレイの声。低く、耳元で囁くように。
「……ブルー?」
「……ん……。あと……少し……」
 眠い、と告げて「いや、いや」と首を左右にゆっくりと振れば、ハーレイの大きな手が頬を包み込む。そう、この後がブルーが待ちに待った優しい口付け。「起きる時間ですよ」と告げて温かい唇でブルーの唇を覆い、目覚めを促すための口付け。
(やった…!)
 釣れた、と歓喜するブルーの唇に口付けは降って来なかった。代わりに頬を両側からギュウッと押されて、多分、とんでもない顔にされたと思う。見た人がたまらず吹き出すほどの。
「ちょ、ハーレイ!」
 何するの、と叫んだブルーに答えが返った。
「残念だが、そいつは俺の台詞だ。…よくも騙したな、このハコフグめが」
 よりにもよってハコフグだなんて。押し潰された自分の顔を形容するあまりな言葉に、ブルーはグウの音も出なかった。



「うん、実に見事なハコフグだったな」
 ハコフグが嫌ならヒョットコでもいい、とハーレイは更に酷いモノを持ち出してきた。どちらにしてもブルーの顔は見られたものではなかったのだろう。
 唇にキスを貰うどころか顔をオモチャにされたブルーは拗ねて唇を尖らせたけれど、ハーレイは「いいのか、ますますハコフグになるぞ」と笑いながらブルーの頬を指でつついた。
「膨れるともっと似ると思うが、お前、ハコフグになりたいのか? あれもなかなか可愛いが」
「ハコフグじゃないし!」
 プウッと頬っぺたを膨らませてしまい、ますますハーレイの笑いを誘う。
 こんな筈ではなかったのに。予定通りならハーレイの優しいキスをせしめて御機嫌で目を覚ます筈だったのに…。恋人を捕まえてハコフグだなんて、どうしてこうなってしまったんだろう?
 自己嫌悪に陥りそうなブルーだったが、ハーレイの方は心得たもので。
「ん? …まあ、ハコフグに右の手は無いな」
 ほら、と右手をキュッと握られた。
 前の生で最後にハーレイに触れた手。生の最期に撃たれた痛みでその温もりを失くし、冷たいと泣いたブルーの右の手。その手を握って貰うと嬉しい。ハーレイの温もりがとても嬉しい…。
 癪だけれども、嬉しくなる。ハコフグ呼ばわりもどうでもよくなるくらいに。
「…で、お前は何を企んでたんだ? 夜更かしからしてどうやら嘘のようだが」
「…………」
 そこまで喋ってたまるものか、とブルーは黙り込んだのに。
「言えないのなら俺が代わりに言ってやろうか? …お前、俺を釣ろうとしていただろう」
「えっ?」
「図星だな。正直、俺も騙されかけた。いや、前世のお前を思い出したと言うべきか…。だがな、そう簡単には釣られんぞ。お前の心は正直すぎだ。前のお前なら考えられんが」
 ハーレイが息を飲んだのを聞いた直後から、ブルーの心は期待に溢れた喜びの思念を振り撒いてしまっていたらしい。ゆえにタヌキ寝入りをしているとバレて、その目的まで見抜かれた次第。
「……バレちゃってたんだ…」
「そういうことだ。どうだ、文句があるか、ハコフグ」
「……ごめんなさい……」
 シュンと俯いたブルーの頭をハーレイはポンポンと軽く叩いた。
「俺がお前にキスをしない理由は何度も教えたな? なのに釣ろうとは二十三年ほど早いんだ」
 もう少し経てば二十四年か、と自分とブルーとの年の差を挙げてニヤリと笑う。
「俺を釣るには色気と修行がまだまだ足りない。大きく育って出直してこい。…なあ、ハコフグ」



 ハコフグは釣るんじゃなくって釣られる方か、と散々笑われ、ブルーの企みは見事に砕けた。
 大好きなハーレイの台詞でなければ泣いたかもしれないハコフグ呼ばわりのオマケつきで。
 優しいキスを貰う夢は破れて、頬っぺたまで潰されてしまったけれど。
 ハコフグにされてしまったけれども、それでもハーレイを大好きな気持ちは変わらない。
「…ねえ、ハーレイ。ハコフグって、本物、見たことあるの?」
 図鑑でしか知らない魚の名前を尋ねてみたら。
「あるぞ、それも水族館じゃない。海に行けばな、運が良ければ出会えるんだ」
「ハーレイ、釣ったの?」
「いや、本当に出会ったのさ。俺が潜って泳いでいたらな、バッタリとな」
 俺も驚いたが向こうもビックリしたと思うぞ、と懐かしそうな目をするハーレイは海の中で岩の角を曲がった途端にハコフグと対面したらしい。
「今の地球の海はハコフグまで棲んでいるんだな。…俺がシャングリラで辿り着いた頃には青い海すら無かったのにな…。おまけに今の地球だと陸の上にまでハコフグが居るな」
「…それ、ぼくのこと?」
「ああ。俺の大事なハコフグのことさ、銀色の髪で赤い瞳のな」
 ゆっくりでいいから大きくなれよ、とハーレイの手がブルーの両の頬を優しく包んだ。
「俺を見事に釣り上げられる美人に育つ日を待ってるからな。…それまではキスはお預けだ」
「…うん……」
「もっとしっかり返事しろ。しっかり食べて大きくなったら、嫌というほどキスしてやるから」
 ……それまではキスは額と頬だけだ。
 いいな、ハコフグ。
 酷い呼び名をつけられたけれど、好きでたまらないハーレイの声でそう呼ばれるとハコフグでもいいと思ってしまう十四歳の小さなブルー。
 ハコフグ扱いは多分、今日だけ。
 しかし欲しくてたまらない唇へのキスは、いつ貰えるのか分からなかった。
 けれどいつかは必ず貰える。死の星だった地球の海でさえ、今はハコフグが棲むのだから。
 その地球の上に生まれ変わってハーレイと再会を果たしたブルーの夢が叶わない筈が無い……。




        貰いたいキス・了

※ブルー君、キスを貰い損ねた挙句にハコフグですが…。チビですからねえ?
 今月は第5月曜がございますので、年末にもう一度更新がありますです。

 そして、ハレブル別館とは無関係ですけど、作者が書き手になったルーツ。
 諸悪の根源だか、原点だかのコメディが毎年クリスマスの公開となっております。
 覗いてみたい方は、下のバナーからどうぞv
  ←悪戯っ子「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお話v


※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





今年もいよいよ夏休み。昨日は恒例の宿題免除アイテムの店で会長さんがガッポリ儲け、今日は朝から会長さんの家のリビングで夏休みの計画を相談しています。数日後には柔道部の合宿が始まり、それに合わせてジョミー君とサム君が璃慕恩院へ修行体験ツアーに行くのですけど。
「…なんだか暗いねえ、副住職」
どうしたんだい、と会長さんの問い。えっ、キース君、暗いですか? 普段通りだと思いますけど…。あれっ、でもギクッとしているような?
「………。なんで分かった」
「そりゃあ、付き合い長いしさ…。それに溜息が今ので五回目」
「「「五回目!?」」」
やっぱり誰も気付いてなかったみたいです。だって朝から普通にコーヒー片手に夏休みプランを練ってましたし、お菓子もパクパク食べてましたし…。
「まあ、一般人にまで見抜かれるようじゃ副住職も失格ってね。自分の悩みは胸にしまって檀家さんと接してこその職業だしさ。…で、溜息の理由は何かな?」
吐いてしまえば楽になるよ、と会長さんが促すと、キース君はフウと溜息を。
「…すまん、今ので六回目なのか? 実は親父が」
「卒塔婆を押し付けてきたのかな? 今年もそういうシーズンだもんねえ」
百本単位? と尋ねる会長さんですが、キース君は首を左右に振って。
「卒塔婆書きなら根性で書けば何とかなる。…しかし、俳句は…」
「「「はいく?」」」
えーっと、ハイクってハイキングとかヒッチハイクとか? なんでそんなモノが、と首を傾げる私たちの姿にキース君は「ははは…」と力ない笑い。
「だよな、俺たちの年はともかく、外見だったらそっちだよな…。いや、実年齢で行っても早過ぎかもしれん。親父が言うのは五七五だ」
いわゆる俳句、とキース君の溜息、七回目。
「住職仲間の俳句の会があってな、親父も籍を置いている。お前もそろそろ入会しろ、と先月頃からうるさくて…。お盆が済んだら句会があるから、そこで仲間に紹介すると」
「入会すればいいじゃないか」
俳句もたしなみの一つだよ、と会長さんが返すと、キース君は八回目の溜息と共に。
「入会したら最後、フリータイムが削られるんだ! 親父は住職だけに仕事が多くてフットワークが軽くはないが、俺は基本が学生だろう? だから大いに参加すべし、と背中をバンバン叩かれた」
月例句会に吟行会に…、と指折り数えるキース君。お寺の住職ばかりの会だけに、平日をメインに沢山企画があるそうです。全部に出席するとなったら、それは確かに大変かも…。



キース君を見舞った俳句な危機。毎週、三日ほど有志が集う催しがあって、どれに出席するのも自由。住職をしている会員さんたちは月参りやお葬式などで忙しいですし、そんな人でも月に一回くらいは出られるようにと予定が多め。でも、キース君は学生ですから全て出席可能です。
「そんな会に無理やり突っ込まれてみろ、学校の方がどうなるか…。柔道部の方も休みがちになるし、俺の人生、真っ暗なんだが」
「だったらサボればいいだろう?」
適当に、と言う会長さんにクワッと噛み付くキース君。
「簡単に言うな、簡単に! 銀青様には分からんだろうが、この手の会は下っ端の仕事が多いんだ。上の方の人は予定を組むだけ、手配するのは下っ端だ。新入会員の若手となれば確実にお鉢が回って来る。しかも暇人なら尚更なんだ!」
会が無い日も連絡係やら取りまとめやら…、と溜息はもはや九回目。
「俺の平日は確実に削られ、フリータイムにも遠慮なく連絡が来まくるぞ。でもって合間に俳句を作らにゃならんし、それも他の会員よりも多めに要求されてくるよな」
「そうだろうねえ、集まりの度に披露は必須だ」
吟行会ならその場で一句、と会長さんが楽しそうに。
「行った先の景色や見たものを織り込んで一句捻るのもいいものだよ? 今日のお菓子は抹茶パフェだけど、これでも充分作れるよね」
夏ならではのガラスの器に、よく冷えた器に浮かぶ露に…、と会長さんはスラスラと。
「はい、一句出来た。こんな感じで即興でいけばいいんだよ」
「「「………」」」
何処から出たのか、立派な短冊。筆ペンで書き付けられた俳句は達筆過ぎて読めません。けれどキース君には読み取れたようで、盛大な溜息、十回目。
「…なんで抹茶パフェからコレが出るんだ…。何処から見ても夏の茶会だ」
それも涼しげな、と読み上げられた句にポカンと口を開ける私たち。打ち水をした露地がどうとかって、これが抹茶パフェからの連想ですか! 会長さんって凄すぎなのでは…。
「ふふ、ダテに銀青の名は背負ってないさ。…だけどキースには少々ハードル高いかな?」
「少々どころか高すぎだ! お盆が済んだら海の別荘だが、その後に句会に連れて行かれて俺の自由は無くなるんだ…」
明けても暮れても俳句漬けの日々、と十一回目の溜息が。そっか、キース君と予定を気にせず遊びまくれる日はもうすぐ終わりになるんですねえ…。



アドス和尚が住職として元老寺にドッシリ構えている以上、いつまでもシャングリラ学園特別生として自由なのだと思い込んでいたキース君の未来。それがいきなり断ち切られるとは夢にも思っていませんでした。それも俳句の会のお蔭でバッサリだなんて、フェイントとしか…。
「俺だって降って湧いた災難なんだ…。まさか俳句の会が来るとは…」
そういう趣味は持ってないのに、と嘆きつつ、溜息はついに十二回目です。気の毒ですし、私たちだって今までどおりの毎日を送りたいですけど、アドス和尚には逆らえませんし…。
「いいんだ、お前たちに頼ってどうなるものでもないからな。…これで終わった、俺の人生…」
俳句と共にはいサヨウナラ、と何処かで聞いたようなフレーズが。会長さんがクスクスと…。
「この世をば、どりゃお暇に線香の煙と共に灰さようなら、……ね。辞世の句としては最高傑作に入ると思うんだけどさ、君はサヨナラしたいわけ?」
「誰がしたいか! だがな、親父はこうと決めたら梃子でも動かん」
「そうだろうねえ…。じゃあ、起死回生のチャンスに賭けてみる?」
「…何のことだ?」
手があるのか、と縋るような目のキース君に、会長さんは。
「ぼくを唸らせるような名句を詠むか、別の意味で思い切り感動させるか。どっちかが出来たら手を貸してもいい。…アドス和尚が君を俳句の会に入れないようにね」
「本当か!?」
「こんなことで嘘はつかないよ。…ところで大食いに自信はあるかい?」
「…大食いだと?」
それが俳句とどう関係が、とキース君の頭上に『?』マークが。私たちだって同じですけど、会長さんはニッコリ笑って。
「ざるそばが美味しい季節なんだよ。新そばと言えば秋だけれどさ、この季節にも夏新そばが採れるわけ。風味じゃ秋に負けていないし、そもそも暑い夏にはざるそば!」
それを思い切り食べ放題、と会長さんが指をパチンと鳴らすと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ 今日のお昼は手打ちそばなの! 十割蕎麦だよ」
採れたての蕎麦粉、百パーセント! と運ばれて来ました、お昼御飯はざるそばです。ワサビもその場ですりおろす本格派。とっても期待出来そうですけど、これが俳句とどう繋がると?
「とにかく食べてよ、美味しい内にね。お代わりもどんどん出来るから」
遠慮なくどうぞ、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に勧められるままに。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
とりあえず、まずは食べなくちゃ。腹が減っては戦が出来ぬと言いますもんね!



手打ちざるそばのお昼は最高でした。凝ったお料理やお洒落なパスタもいいですけれど、たまには素材で勝負です。おそばの産地まで行って買って来たんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が自慢するだけあって風味たっぷり、ワサビも新鮮。
「美味しかったー! 何枚食べたっけ?」
数えてなかった、とジョミー君が苦笑するほど男の子たちはお代わり三昧。スウェナちゃんと私も量控えめでお代わりしましたし、新そば、クセになりそうですよ~。
「それはよかった。これならキースも何枚食べても平気かな?」
「「「は?」」」
山と積まれたザルを前にして微笑んでいる会長さん。もしや、さっきの大食いの話は…。
「ざるそばを食べまくって量で感動させるか、名句を詠むか。…それが出来たら、ぼくがキースに手を貸そう。他のみんなは普通に食べればいいからね」
「…待て。俺だけがそばを食べまくるのか?」
「うーん…。そういうわけでもないんだけれど、君以外はペナルティー無しって言うか…。ついでに女子は除外しようかな、誘導係も必要だから」
「「「誘導係?」」」
ざるそばを盛るとか、カウントするとかの係じゃなくて誘導係? いったい何を考えているのでしょうか、会長さんは?
「誘導しないと好き勝手な方に行っちゃうからねえ、アヒルってヤツは」
「「「アヒル?!」」」
ざるそばとアヒルがどう結び付くのか、サッパリ分かりませんでした。しかし、会長さんは指を一本立てて。
「ぶるぅが最近ハマッてるんだよ、アヒルレースに。マザー農場で始まっただろう?」
「あー、この夏の期間限定…」
チラシで見た、とジョミー君。私も折り込みチラシで見ました。アヒルちゃん大好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」が喜びそうなイベントだな、と思っていたら既にお出掛け済みでしたか!
「気が向いた時にヒョイと出掛けて、1レース見て帰ってくるわけ。あれでなかなか奥が深いよ、大穴はおろか本命も当たらないんだな」
「ぼくもブルーも負け続きなの! 一回くらいは勝ちたいなぁ…」
お金は賭けてないんだけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。レース会場への入場料で馬券ならぬアヒル券ゲットらしいです。勝てば賞品として新鮮なミルク飲み放題とか、揚げたてコロッケ食べ放題とかだそうですが…。



「あんたならサイオンでレースくらいは弄れるだろう?」
なんで負けが、とキース君が尋ね、私たちもコクコク頷きました。賭けたアヒルを突っ走らせることは無理かもですけど、他のアヒルのコースを妨害する程度なら出来そうです。
「それがね…。相手はマザー農場だろう? 職員は全員、サイオンを持った人ばかりだ。何のはずみでレースに影響を与えてしまうか分からない。そうなった場合、反省会があるんだよ」
それに備えてサイオンの検知装置を仕掛けてある、と会長さん。
「あれはサイオンのパターンを分析できるし、影響したのが誰のサイオンなのか即座に分かる。ぼくもぶるぅも例外じゃない。…アヒルレースに来てズルをしました、というのは不名誉なことだと思わないかい?」
「あんた、一応、ソルジャーだっけな…」
「確かにカッコ悪そうですね…」
シロエ君が苦笑いすると、サム君も。
「引っ掛かったのがぶるぅの方でも、監督不行き届きって言われそうだぜ」
「そういうこと! だから盛大に負けっぱなしで、この夏の間に勝てるかどうか…」
一度は勝って食べ放題、と会長さんが御執心なものはミルクや揚げたてコロッケではなく、単なる万馬券、いえ、万アヒル券というヤツでしょう。夏休みに入れば参加者も増えますし、その分、出やすくなるかもです。でも…。ざるそばとアヒルの関係の答えにはなってませんよ?
「ああ、そこは直接の繋がりは無いよ。…アヒルレースに通ってるからヒョコッと思い付いたってだけのことだしね」
「何を?」
分かんないよ、とジョミー君が直球を投げると、会長さんは。
「ん? ヒントは歌と水鳥かなぁ」
「「「…歌と水鳥?」」」
なんじゃそりゃ、と答えはますます藪の中。歌は俳句で水鳥はアヒルのことでしょうけど、ざるそばの歌ってありましたっけ? 少なくとも私たちがカラオケで歌うような流行りの曲ではなさそうです。んーと、演歌か、それとも民謡…?
「違うね、演歌でも民謡でもない。歌と言ったら三十一文字だよ、かるた大会で毎年、下の句を奪い合うだろう?」
「まさか……和歌か? 俳句を通り越して?」
そっちは俺はまるで詠めない、と白旗を上げるキース君。会長さんを感動させる名句を詠むか、ざるそば大食いで感動させるかが条件です。キース君、大食い決定ですかねえ?



俳句どころか和歌を詠む羽目に陥りそうなキース君はズーン…と落ち込み、それでもグッと両の拳を握り締めると。
「俺も男だ、チャンスを逃すつもりはない。和歌がダメなら大食いで行く!」
「そう焦らずに、話は最後まで聞きたまえ。…確かに和歌とは言ったけれどね」
和歌はアヒルと関係が深い、と会長さんはパチンとウインク。
「アヒルじゃないのは確実だけどさ、アヒルも水鳥の内だから…。水鳥っていう括りでいくとね、和歌との繋がりが生まれるわけ。…曲水の宴って知ってるかい?」
「…アレか、酒の入った盃を小川に浮かべて、自分の前に流れて来るまでの間に和歌を作るというヤツか? 俺はこの目で見た事はないが」
神社のイベントとかでよくあるな、とキース君が答え、私たちの知識もその程度。テレビのニュースなどで目にする程度で、特に興味は無かったのですが。
「それで間違ってはいないんだけど…。盃を直接浮かべるわけじゃないんだよ」
「「「えっ?」」」
違ったんですか、そうだとばかり思ってたのに…?
「盃じゃうまく流れない。それで盃を木の台に乗せて流すというのがお約束。その台のことを羽觴と言ってね、水鳥の形をしているんだな」
「「……ウショウ……」」」
「ウは鳥の羽根で、ショウが盃。漢字で書くとこうなるんだけど」
会長さんがメモに書いてくれた『羽觴』の文字はとても覚えられそうにありませんでした。鳥と盃、鳥と盃……。ひょっとして会長さん、曲水の宴をするつもりだとか?
「ご名答。俳句で追い詰められたキースのために、和歌の代わりに俳句を詠んで曲水の宴! ついでに羽觴は本物のアヒルで」
「「「!!!」」」
それで誘導係が必要だなんて言ってたのですね、分かりました。でも、ざるそばは…?
「アヒルの背中に盃じゃ小さすぎるだろう? アヒルにはザルを背負ってもらう。十割蕎麦を盛り付けたザルを背負ってアヒルが流れを下ってくるんだ」
「じゃ、じゃあ、ぼくたち、俳句を作ってざるそばを…?」
ざるそばはともかく俳句は無理! とジョミー君。けれど会長さんはニッコリと。
「そこはきちんとハンデがつくよ。キース以外は詠めなくっても、ざるそばを食べるだけでいい。これ以上もう食べられない、となったら宴を抜けるのもOKだ。でもね…」
キースはそうはいかない、と会長さんの目が据わっています。ハンデ無しのキース君、どうなっちゃうの…?



ざるそばを背負ったアヒルが泳いでくるらしい曲水の宴。和歌の代わりに俳句を詠めばいいそうですけど、詠めなくっても罰は無し。その例外がキース君で。
「曲水の宴はキースが俳句の会から逃れられるかどうかを賭けたイベントだ。つまり主役はキースになる。主役が敵前逃亡はマズイ。キッチリ俳句を詠まなくちゃ」
制限時間内に、と会長さんの赤い瞳が悪戯っぽく輝いています。
「曲水の宴はルールにもよるけど、歌を詠めなかったら罰盃っていう時もある。それに因んでキースも罰盃! 俳句を詠み損なった場合は、ざるそば追加で」
二枚食べろ、と会長さん。
「そして宴は一回きりではないからね? さっき言ったろ、他の男子は抜けるのもアリ、って。君が名句を見事捻り出すか、でなきゃ感動の大食いエンドか。どっちかになるか、あるいは君が棄権するまでアヒルは何度でも泳いでくるから」
「「「………」」」
凄すぎる、と私たちはゴクリと唾を飲み込み、キース君の顔を凝視しました。こんな恐ろしい宴でもキース君は参加するのでしょうか? それとも諦めて俳句の会に御入会…?
「…受けて立とう」
後ろは見せん、と言い切ったキース君に誰からともなく拍手がパチパチ。会長さんは満足そうに。
「うん、それでこそ男ってね。ぶるぅ、手打ちそば、打ち放題だよ」
「わーい! アヒルちゃんが背負ってくれるんだね!」
頑張るもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。アヒルは会長さんがマザー農場から借りるそうですけど、会場になる小川は何処に…?
「それなんだけどさ…。マツカのお祖父さんの別荘に池と小川があったよね? アルテメシアの北の方の…。貸して貰えると嬉しいんだけど」
「いいですよ。いつにしますか?」
空いている日を調べさせます、とマツカ君が執事さんに連絡を取り、曲水の宴の日が決まりました。柔道部の合宿とジョミー君とサム君の修行体験ツアーが終わった二日後、マツカ君のお祖父さんの別荘で。本物のアヒルとざるそばだなんて、ぶっ飛び過ぎてる気もしますけどね。



こうして男子たちが合宿へ、修行へと旅立った後、スウェナちゃんと私は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお供で夏を満喫。フィシスさんも一緒にプールに行ったり、教頭先生の車でドライブしたり。もちろんマザー農場のアヒルレースにも参加して…。
「うーん、今日もやっぱり負けが込んだか…」
大穴なんか狙うんじゃなかった、と呻く会長さんにフィシスさんが。
「レースの前に言いましたでしょ? 私と同じアヒルに賭ければ間違いありませんわ、って」
「君を信じないわけじゃないけど、大穴は男のロマンなんだよ」
「かみお~ん♪ 大穴、狙わなくっちゃね!」
夏の間には絶対、勝つ! と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。占いの名手、フィシスさんの助言も聞かないようでは勝てないのでは、と思うのですけど…。
「あんな調子で勝てるのかしら?」
スウェナちゃんも同じ意見のようです。
「そうでしょ、なんだか危なそうよね…」
負け続けで終わりじゃないかしら、と返していると、フィシスさんが。
「私もそれに賛成ですわ。ギャンブルは確実に勝ってこそですの、万馬券よりコツコツ地道に」
今日は揚げたてコロッケに致しましょうか、とフィシスさん。お告げに従って同じアヒル券を選んだスウェナちゃんと私は揚げたてコロッケ食べ放題のコースです。食堂に行ってチケットを見せ、熱々を頬張る私たちの前では、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が串カツを。
「ね、ぶるぅ。食べ放題より色々と食べる方が楽しいよね」
「うんっ! 串カツの次はポテトがいいな♪」
今日も沢山食べるんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌でした。こんな二人に勝利の女神が微笑む日なんて来るのでしょうか? 無理じゃないかな、この夏いっぱい…。



アヒルレースに興じる内に日は過ぎ、精悍な顔になった柔道部三人組とサム君、憔悴しきったジョミー君の御帰還です。歓迎パーティーで一日が潰れ、その翌日が曲水の宴の最終打ち合わせ。明日は瞬間移動でマツカ君のお祖父さんの別荘へ出掛け、其処でアヒルとざるそばと…。
「女子はアヒルの誘導を頼むよ、違う方向へ行こうとしたらコレをね」
目の前にポイと投げるだけ、とアヒルが大好きな穀物、オートムギの袋が示されました。なんとも楽なお役目です。男の子たちは小川の側に座ってアヒルが来るのを待ち、アヒルの背中からざるそばのお皿を取って渡す役目は会長さんが。
「ついでに俳句も採点ってね。キースの短冊が白紙だった時は、ざるそば追加! 他のみんなはペナルティー無し、好きなだけ新そば食べ放題で」
「「「やったぁ!」」」
「くっそぉ、明日は絶対に勝つ!」
何処かで聞いたような台詞をキース君が口にし、大食いだか名句作りだかに燃えてますけれど。
「えーっと…。追加二名でお願いできる?」
「「「!!?」」」
誰だ、と一斉に振り返った先でフワリと翻る紫のマント。会長さんのそっくりさんがスタスタと部屋を横切り、ソファにストンと腰掛けて。
「ぶるぅ、ぼくにもアイスティー」
「オッケー! それとお菓子もだね!」
待っててね、と駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアイスティーとグレープフルーツのシャルロットのお皿を運んで来ました。ソルジャーはウキウキとシャルロットにフォークを入れながら。
「明日のイベント、ぼくとハーレイも来たいんだけど…。ざるそばの量は足りるよね?」
「何を考えているのさ、君は!」
そんなにざるそばが食べたいのか、と会長さんが叫ぶと、ソルジャーは。
「ざるそばじゃなくて、なんだっけ…。俳句だったっけ? それがやりたい」
「「「へ?」」」
なんでまた、と目が点になる私たち。ソルジャーとキャプテン、俳句なぞとは全く縁がなさそうですけど、いつの間にか始めていたのでしょうか?
「五七五で詠めばいいんだろ? 本式のヤツだと長すぎて無理だけど、そっちだったら出来るでしょう、ってノルディに言われてやりたくなった」
「「「………」」」
よりにもよってエロドクター。なんで何処から、エロドクターが湧いたんですか~!



「なんだか面白そうだったしさ…」
アヒルでざるそば、とソルジャーはシャルロットをモグモグと。
「あっちで覗き見してたんだよね。それでどういうイベントなのかが気になって…。ノルディにランチのお誘いをかけて質問してみた」
「…それで?」
冷たい口調の会長さんですが、ソルジャーが怯むわけもなく。
「お勧めですよ、と言ってたよ。なかなかそういうチャンスは無いから、この際、ぜひとも雅な雰囲気を体験なさってきて下さい、と」
「…全然、雅じゃないんだけれど?」
「分かってる。でもさ…。ノルディが言うには、俳句に変更されている分、初心者でも参加しやすいって…。ぼくもハーレイも一応、稽古はしてるんだ」
五七五のね、とまで食い下がられては断れません。下手に断ったらSD体制がどうこうという反論不可能な必殺技が出るのも必至。会長さんは頭を抱え、キース君も額を押さえていますけれども…。
「…仕方ない…。二人追加だね、君とハーレイ」
「ありがとう! ハーレイもきっと喜ぶよ。明日は遅刻しないよう気を付けるから」
今夜は控えめにしておくね、と言うなりソルジャーは消えてしまいました。お皿は空っぽ、アイスティーもしっかり飲み干してしまって氷だけが。
「なんで、あいつらまで来やがるんだ…」
俺の人生が懸かっているのに、とキース君は深い溜息。ことの始まりの最初の溜息からカウントしたら何十回目だか、とっくの昔に数百回を越えて増殖中か。恐らく家でも吐いてるでしょうし、千の大台に乗ってるのかな…?



キース君の苦悩とはまるで無関係に乱入してきたソルジャー夫妻。翌日の朝、会長さんのマンションに行くと私服の二人が先に到着していました。
「おはようございます。初心者ですが、今日はよろしくお願いします」
「ぼくも初心者だし、お手柔らかにお願いするよ。あ、キース以外はペナルティー無しだね」
心配無用か、と手を握り合って二人はイチャイチャ。こんなバカップルに割り込まれた日には、キース君、名句を捻り出すどころじゃないかも…。
「くっそぉ…。シャットアウトだ、あいつらは視界から消してやる!」
集中あるのみ、とキース君が睨み付ける先にアヒルのケージが。マザー農場から借りて来たアヒルが一羽、のんびり座って羽づくろい。
「かみお~ん♪ お蕎麦の用意も出来たし、お出掛けする?」
「そうだね、キースの覚悟も決まったようだ」
出掛けようか、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにゲストのソルジャーの青いサイオンが重なり合ったかと思うと身体が浮いて…。瞬きする間にマツカ君のお祖父さんの別荘の庭に到着です。執事さんが手配しておいてくれたらしく、小川の脇には緋毛氈を敷いた席が七ヶ所。
「いいねえ、すぐにでも始められそうだ。席順はどうする?」
お好きにどうぞ、と会長さん。
「積極的に詠みたがってる初心者を最初に据えるかい? キースの自信がつきそうだけど」
「え、その初心者って、ぼくたちのこと?」
それは照れるな、とソルジャーがキャプテンを見上げると、キャプテンも。
「そうですねえ…。出来れば目立たない最後の方が…」
「だよね、お前もそう思うよねえ?」
「乱入しといて選ぶ権利があると思うわけ!?」
今日の主役はキースだから、と会長さんが眉を吊り上げ、キース君は。
「…いや、初心者を踏み台にして詠んでいたのでは名句はとても…。俺は何処でも気にしない。場に飲まれるようでは大食いの道しか無いと言うことだ」
「ふうん? いい覚悟だねえ、評価はしよう。それじゃ、ブルーはハーレイと一緒に最後の二ヶ所に行くんだね?」
「うん。ハーレイが川上に座るんだ」
「へえ…。なかなかに度胸があるねえ」
こっちのハーレイとは大違い、と教頭先生のヘタレっぷりと比べて会長さんがクスクスと。バカップルの席は決まりましたし、後は適当に散るようですよ~!



キース君が選んだ席は男子五人のド真ん中。ジョミー君、サム君と流れてきた後に一句を詠んで、次へと流すポジションです。詠んだ俳句は短冊に書き、会長さんに手渡す仕組み。全員が席に着き、ざるそばを背負ったアヒルがスタートして…。
「ダメだったぁ~!」
詠めなかった、とジョミー君があっさりギブアップ。会長さんがアヒルの背中から取ったざるそばを麺つゆにつけてズルズルと。新しいザルを「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと会長さんに手渡し、アヒルが背負ってサム君の前へ…。あっ、ダメダメ、そっちじゃないってば~!
「ナイス! そんな調子で誘導よろしくお願いするよ」
投げ込んだオートムギを食べるべく、アヒルはクルッと軌道修正。サム君の前でざるそばが取られ、サム君は会長さんに白紙の短冊を。やはり簡単には一句詠めないみたいです。
「さてと、キースはどうなるやら…」
鼻でせせら笑う会長さんの声にも無反応なキース君が短冊に筆を走らせ、アヒルが前に到着しました。ざるそばを渡した会長さんが「追加は無しか…」と舌打ちをして短冊に手を。
「俳句の出来はそこそこかな? まあ、頑張って」
「分かっている。いきなり名句が捻り出せたら苦労はせん」
今の一句はウォーミングアップだ、と嘯いているキース君。次の場所に陣取ったシロエ君も負けじと提出したようです。その次のマツカ君も心得があるらしく、会長さんが笑顔で短冊チェック。アヒルはいよいよ初心者なキャプテンの前に到着ですが…。
「頑張ります!」
「「「は?」」」
何も声に出して気合を入れなくても、とドッと笑いが広がる中で、キャプテンは。
「今日もあしたも、ヌカロクで!」
バシャッ! と水音が響き、会長さんが滑らせた手からざるそばがザルごと小川の中へ。
「あーーーっ、ブルー、落っことしちゃダメーーーっ!」
素早く「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンで拾い上げたものの、食べるのはどうかということで交換に。い、今、なんて言いましたっけ、キャプテンは? 短冊を渡された会長さんの顔が引き攣っています。
「え、えーっと…。これは何かな…?」
「俳句ですが?」
五七五にしたつもりなのですがダメでしょうか、とキャプテンは至極、大真面目。俳句ってあんなのでしたっけ? それにヌカロクって何なのでしょうか、未だに分かってないんですけど…。



斜め上な俳句をかましてくれたキャプテンでしたが、悪意はまるで無いようです。会長さんは頭痛を堪えてアヒルの背中にざるそばを乗せ、終点のソルジャーの所にアヒルがスイーッと。
「ありがとう」
ざるそばを渡されたソルジャーは艶やかに微笑むと。
「期待してるよ、思い切り」
「「「へ?」」」
アヒルに? それともざるそばに? 会長さんが短冊を手に取り、顔を顰めて。
「何さ、これ! 俳句じゃないし!」
「違うよ、ちゃんと五七五! それにハーレイの俳句とセットにするならこうだろう!」
ダメなんだったら書き直す、と短冊を奪い返したソルジャーの筆がサラサラと動き…。
「頑張って、シックスナイン、ヌカロクと! …これで文句は無いだろう?」
「き、君は…。君はいったい、どういうつもりで…」
ブルブルと震える会長さんと、「シックスナインって何だっけ?」と顔を見合わせる私たちと。俳句にしても何か変だね、と思念で囁き合っていると、ソルジャーが。
「だってアレだろ、川を挟んで向かい合ってさ、恋の歌を交わすと聞いたけど?」
ノルディが確かにそう言っていた、とソルジャーは自信満々です。曲水の宴ってそんなのでした? 私たち、イマイチ、詳しくなくて…。
「ノルディに何と質問したのさ!?」
会長さんが怒鳴り付け、ソルジャーは。
「えーっと…。名前を思い出せなかったから、キの付く行事で和歌を詠むんだ、って」
「………。それはノルディの勘違いだよ…。そっちは乞巧奠だってば!」
「「「キッコウデン?」」」
「七夕の行事さ。男女に分かれて天の川に見立てた白い布を間に挟んで、明け方まで恋の歌を交換し合うという習わしが…」
よりにもよって勘違いか、と会長さんが嘆いても既に手遅れ。ソルジャーは自分の思い込みを直そうなどとは思っておらず、もちろん帰る気など毛頭なくて…。



「やりましょう、四十八手もヌカロクも」
キャプテンが詠めば、ソルジャーの返歌。
「ヌカロクを超えて励んで、今夜もね」
もう何度目になるのでしょうか、男の子たちが食べ飽きて座を去ったというのにバカップルの歌は止まりません。いい加減、お腹いっぱいになりそうな頃なのに…。
「ダメだね、後ろにあっちのぶるぅがいるんだよ」
「「「ぶるぅ!?」」」
あの大食漢の悪戯小僧か、と私たちが目をむくと、会長さんが溜息交じりに。
「食べ飽きたらよろしくと言ってあったらしいね、あっちの世界にブルーが転送してるんだ。なにしろ底なしの胃袋だけに、どれだけ食べても大丈夫かと」
「そ、それじゃキースの大食いの線は?」
どうなっちゃうの、とジョミー君が心配そうに見詰める先にはアヒルとざるそば。会長さんがヒョイと取り上げ、キース君の前にざるそばを。
「頑張りたまえ。大食いか、一句捻るかだ。…いいね?」
「うう…。分かっている。あいつらには負けん」
歌でも大食いでも絶対に負けん、と歯を食いしばるキース君の努力を嘲笑うように。
「お望みとあらば一生ヌカロクで!」
「ヌカロクはいいね、今夜もヌカロクで!」
「「「………」」」
終わったな、と私たちはキース君に心の底から同情しました。大食い勝負はソルジャー夫妻の後ろに
「ぶるぅ」がいては勝てるわけがなく、胃袋の限界も近い筈。更に俳句とも呼べない迷句が飛び交う中では名句を捻るなど、まず無理で…。
「…………」
会長さんに短冊を差し出すキース君の額に脂汗が。もう無茶するな、と誰もが叫び出したい気持ちでした。でも、ここで止めたらキース君は俳句の会に入会するしか道が無く…。
「…ん? これは……」
会長さんの目が短冊に釘付けになり、キース君に「筆ペンを貸して」と短く一言。そしてサラサラと何やら書き加えています。もしかしてついに失格ですか? キース君の人生、終わりましたか?



短冊に加筆している会長さん。私たちが無言でつつき合っていると、会長さんは短冊をキース君の手にスッと返して。
「…君の歌だ。今日、即興で作りました、とアドス和尚に渡したまえ」
「「「………???」」」
「君の歌はぼくの心を打ったよ、だけどまだまだレベルが足りない。銀青として添削しておいた。君とぼくとの共作なんだし、堂々と提出できるだろう。清書して渡せば俳句の会には誘われないさ」
息子の方が上手いだなんてアドス和尚のプライドがね…、とクスクス笑う会長さん。
「君の本気が見たかった。ざるそば大食いで根性を見せたら、ぼくの句を渡そうと思っていたんだけれど…。よく頑張ったね、まさか俳句で突破するとは思わなかったな」
「…俺は負けんと言っただろう…。あいつらにだけは、絶対に…負けん…」
だがもう食えん、とギブアップしたキース君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が胃薬を渡す中、私たちは万歳三唱でした。頑張りましたよ、キース君。これで俳句とサヨナラですよ~!
「負けません! あなたのために何発も!」
「負けないで、ヌカロク超えで頑張って!」
えーっと…。ざるそばを背負ったアヒルはキース君の前でゴールインだと思ったのですが…。
「あいつら、セルフざるそばかよ?」
サム君が呆れ、シロエ君が。
「そうみたいですね。ざるそばだけは山ほど残っていますもんねえ…」
いつまで続けるつもりでしょう、と溜息が幾つも上がる庭の小川をアヒルがスイスイ下ってゆきます。背中にざるそば、下る先にはバカップル。勘違いを貫きまくった二人のお蔭でキース君の名句が生まれたのですし、放っておくしかないんですけど…。
「えとえと、アヒルちゃん、疲れないかなぁ?」
心配そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、会長さんが。
「疲れたら勝手に岸に上がるよ、アヒルも馬鹿じゃないんだからね。キースだって此処まで頑張ったんだ、アヒルレースにもきっと勝てる日が来るさ」
「かみお~ん♪ 目指せ、大穴だね!」
バカップルも大概ですけど、この二人だってアヒルレースにかける根性は見上げたものかもしれません。そのせいでキース君はざるそば地獄でバカップル地獄になったんですけど、俳句会からの逃亡、おめでとう。アドス和尚に名句を見せて、晴れて自由の身ですよ、万歳!




        俳句と新蕎麦・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 シャングリラ学園番外編、今回が年内最後の更新です。1年、早いですね~。
 ハレブル別館の始動でご心配をおかけしましたが、無事故で1年、突っ走りました。
 来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
 ですから 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
 次回は 「第1月曜」 1月5日の更新となります、よろしくお願いいたします。
 皆様、どうぞ良いお年を~!

  
 そして、本家ぶるぅこと悪戯っ子な 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、今年のクリスマスに
 満8歳のお誕生日を迎えます。一足お先にお誕生日記念創作をUPいたしました!
 記念創作は 『待降節のリンゴ』 でございます。
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