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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

(…金曜日かあ…)
 今日を入れてもあと五日、とブルーは授業中に机の下でコッソリと指を折ってみた。
 朝のホームルームで担任が告げた今週の予定。金曜日に身体測定があるらしい。
(……ぼくの背、ちゃんと伸びてるかな?)
 ハーレイと出会ってから初めての身体測定。入学してすぐの測定で身長は百五十センチと言われたブルーだったが、その時はさほど気にしなかった数字が今は切実な問題だった。
 前世でのブルーの背丈は百七十センチで、そこまで大きくならない限りはハーレイはキスさえ許してくれない。ゆえに急いで背丈を伸ばしたいのに、全く変化が無いような…。
(気のせいだよね? 自分で測るからダメなだけでさ)
 ちゃんと測れば一センチくらいは伸びている筈、とブルーは金曜日に期待をかける。前の測定から二ヶ月近くも経っているのだし、伸びていないことはないだろう。
 それに発表があったホームルームの直後はクラス中がとても賑やかだった。
 将来はバレリーナになりたいから身長は低い方がいい、と伸び少なめを期待する子や、スポーツ選手を目指すためにと飛躍的な伸びを望んでいる子や。
 早い子はそろそろサイオンが外見に影響を与え始める年頃だけに、皆の期待はかなり大きい。
 しかしサイオンで調節出来るからといって、「いつまでも子供料金でバスや施設を利用したい」などと企んでも成長が止まるわけではなかった。それを本気で考える時点で子供失格、立派に成長してしまう。
 逆に「早く大きくなりたい」と望んでいても、精神年齢が実年齢よりも幼い場合は、子供の姿を残したままで義務教育を終えてしまったり…。
 今の時代、平均寿命は三百歳を軽く超えているのだし、義務教育さえきちんと終えれば成長速度は個人の好みだ。
 義務教育を終了した後は上の学校へ進むのも良し、社会に羽ばたいて行くも良し。
 上の学校も種類は色々、授業内容は全く同じでも「姿も精神も子供なんです」という者ばかりが通う学校もあったりする。他にもスポーツに特化した学校や実験三昧の学校などなど。
 ブルーに確たる目標は無いが、ハーレイと出会って以来「絶対に避けたい」と思うものが子供の姿を残した者たちが通う学校。其処へ行く羽目になるということは、つまりは前世と同じ背丈に育たなかったわけで…。
(それだけは絶対、嫌だから! ホントのホントに困るんだから!)
 卒業してもハーレイと本物の恋人同士になれないだなんて最悪すぎる。それは困る、とグルグルしていたブルーだったが…。
「ブルー君、今の続きを読んで」
「……えっ?」
 いきなり当てられてキョトンとしてから大パニック。いけない、授業の最中だった…!



「いやー、ブルーでも失敗すんのな」
 あれは笑えた、と昼休みの食堂でランチ仲間が可笑しそうにブルーをからかってくる。
「お前、普段は失敗しねえし、余計悲惨になっちまうんだよな」
「うんうん、ああいう時にはさあ…。コソッと隣に視線を向ければ」
「普通は教えて貰えるって! 次は此処だ、って」
「…………」
 やってしまった大失敗。ベテランならば「コソッと視線で」お願い出来るらしい助け舟とやらをブルーは思い切り逃してしまった。教師から顔を逸らすことが出来ず、恥ずかしさで顔を真っ赤に染めた挙句に「聞いてませんでした…」と素直に白状した次第。
 優等生なブルーとも思えぬ答えに教師の方も苦笑したのだが、其処は本職の教師である。いくら日頃の行いが良くても、授業のルールは変わらないわけで…。
「ブルーが音読、二倍の刑ねえ…」
「そうそう見られるモンじゃねえよな、俺たちはうんと助かったけどよ」
 読み間違えたら直されてしまう音読は皆が逃げたがるもの。一人で二人分を担ったブルーは助けの神となったのだったが、ブルーにしてみれば赤っ恥だ。
「ブルー、次の授業でもよろしく頼むぜ!」
「やらないってば!」
 二度とやらない、と言い返しながら恥をかいた原因を頭の隅へと必死に追いやる。身体測定の日までに同じ轍を踏んでたまるものか、と思えば思うほど意識はそちらへと向いてしまって…。
(……あっ!)
 いいな、とブルーの瞳が大柄な同級生たちの群れを捉えた。
 運動系のクラブに属するクラスメイトや、その仲間たち。朝も放課後も運動している彼らが空腹を訴えないよう、ランチは常に大盛りだった。
(…毎日あれだけ食べてるんだもの、大きくなるよね…)
 羨ましいな、と考えていて気が付いた。大盛りランチは普通の生徒も食べることが出来る。お腹の具合は人それぞれで、普通のランチが物足りなければ大盛りを頼めばいいだけのことだ。
(ぼくも頼んでみようかな?)
 変更は当日でも出来るけれども、基本は前日までに要予約。
 身体測定の日までに効果は出ないのだろうが、今後を思えば大盛りランチは食べる価値があるとブルーは一大決心をした。日々の積み重ねが大切なのだし、早く大きく育つためには…。
(これでよし、っと)
 ランチ仲間が食事を終えて出て行った後で、ブルーは食堂に届けを出した。明日の昼食は大盛りランチ。首尾よく全部を食べ切れたならば、これからは大盛り一筋でいこう。



 背丈を伸ばすには日々の努力が欠かせない。大好きなハーレイの決まり文句も「しっかり食べて大きくなれよ」だったから頑張って沢山食べるようにしようと思ってはいても、食の細いブルーは家での食事さえ残しがち。しかし…。
「ママ。キッシュ、もう少し大きく切ってよ」
 夕食の席でブルーは母に頼んだ。
「キッシュもなの? さっきはスープも多めがいいって…」
「どうしたんだ、ブルー? お前、そんなに食べられないだろう」
 怪訝そうな両親に「食べられるよ!」と威勢よく宣言したまではいいが、やはり些か多すぎた。スープはなんとか飲み終えたものの、キッシュは半分も食べられなくて。
「ほら見ろ、だから言ったのに…。寄越せ、残りはパパが食べてやる」
 ママのキッシュは美味いからな、と父がブルーの残したキッシュを頬張る。ハーレイの身長には負けるけれども、父も長身な方だった。それだけに食欲も旺盛で…。
「…パパはいいなあ…」
「ん? 何がだ?」
「子供の頃も沢山食べてた? だからそんなに大きいの?」
「そりゃまあ…。お前よりは沢山食べてたっけな。どうした、大きくなりたいのか?」
 父の問いにブルーはコクリと素直に頷く。 
「…金曜日に身体測定だって…。前よりも大きくなってるといいな、と思うんだけど…」
「あら、小さくてもかまわないでしょ? ちゃんと幼年学校もあるし」
 母がブルーの一番避けたい学校の名前を口にした。
「ブルーには向いているんじゃないか、ってパパとも何度か話してたのよ。そうよね、パパ?」
「ああ。お前はその方がいいんじゃないか、とパパは思うな。…お前はソルジャー・ブルーの記憶を持っている。それを一生隠しておくのか、公表するか。そういったことをゆっくり考えるためには時間が要るぞ? 急いで大きく育たなくても、ゆっくりの方がいいと思わないか?」
「でも、ぼくは…!」
「早く大きくなりたい、ってか? …それは神様次第だよ、ブルー」
 お前にピッタリの道を神様が選んで下さるさ、と父の手がブルーの頭を撫でた。
「パパとママはお前にゆっくり育って欲しいんだがなあ…。神様が駄目だと仰った時は仕方ない。…しかしだ、これだけは覚えておきなさい。パパもママも、お前の幸せが一番なんだよ」
 一番幸せになれる道を行くといい、と父と母は暖かく微笑んでくれた。幸せへの道が何処にあるのか、ブルーにはちゃんと分かっている。それはハーレイと一緒に生きて行く道で、早く其処へと辿り着くには、まずは大きく育たなくては…。



 少しでも早く、少しでも大きく。
 次の日の朝もブルーはミルクをおかわりしようと頑張ってみたが、カップに一杯が限界だった。そんなブルーが学校に行って、ランチの時間が訪れて。
「えーっ! ブルー、お前、本気でそれ食うのかよ!?」
 無茶じゃねえの、とランチ仲間が目を瞠った。他の友人たちも仰天している。
「うわー…。お前には無理! いや、絶対に無理だって!」
「減らして貰えば? 間違えましたって言えば替えてくれるよ」
 皆が騒ぐのも無理はない。ブルーが頼んでおいた大盛りランチは、どう見ても食べ切れる量ではなかった。これでも一年生用の量で、最上級の四年生用に比べればかなり少ないのだけれど…。
 友人たちより一回りも大きいカップに満杯のスープ。トーストは分厚く、サラダだって軽く二倍ほどある。何よりチキンのソテーのサイズが段違いだった。
(……どうしよう……)
 誰よりも当のブルー自身が困っていた。途惑いながらも飲み始めたスープはポタージュ、それだけで満腹してしまいそうだ。なのに分厚いトーストにサラダ、ドカンと大きいチキンのソテー。
(…無理だよ、こんなに食べ切れないよ…)
 賑やかに喋りながら食べている友人たちの中、黙々とスープと戦っていると。
「誰だ、食べられもしない大盛りランチを注文した馬鹿は」
 声と共にコツンと軽い拳が降ってきた。見上げれば、褐色の肌の優しい笑顔があって。
「……ハーレイ先生?」
 次の言葉を発する前に、周囲からワッと声が上がった。
「先生、今日は食堂でランチですか?」
「俺たちと一緒に食べませんか!?」
 ハーレイは柔道部の顧問だけれども、その人柄のせいで一般の生徒たちにも人気が高い。早くも席を空けようとしている仲間たちの姿に、ハーレイが少し苦笑して。
「うーん…。柔道部のヤツらと先約があるんだが、たまにはいいか。ちょっと待っててくれ」
 ランチのトレイを持ったままでハーレイは別のテーブルに行き、声を掛けて直ぐに戻って来た。その間に仲間たちが椅子を動かし、テーブルの上も整理して。
「先生、此処でいいですか?」
「すまんな、俺は何処でもかまわないんだが…。其処に馬鹿がな」
 あの馬鹿の分を何とかしないと大切なランチが無駄になる、とハーレイが笑い。
「そうでした! 先生、助けてやって下さい」
「無茶ですよ、こいつ」
 こうしてハーレイはブルーの隣の席に座ると、残る筈だった大盛りランチをアッと言う間にパクパクと食べて自分のランチに取り掛かった。その食べっぷりに皆が歓声を上げる。
(…凄いや、ハーレイ…。やっぱり沢山食べられる人は、うんと大きくなれるんだ…)
 それに比べて、自分ときたら。ハーレイと一緒のランチは嬉しかったけれど、自分の食の細さを改めて思い知らされたブルーは少しだけ悲しくて情けなかった。



 大盛りランチはとても食べ切れず、家での夕食を増やしてみても父が笑って残りを食べるだけ。毎朝のミルクも二杯目は無理で、トーストを分厚くしてしまったら他には何も食べられない。
(…もう明日なのに…)
 木曜日の夜、自分の部屋でクローゼットの隣に立ったブルーは微かな鉛筆の印を見上げた。前に自分が目標として書いたソルジャー・ブルーの背の高さ。床から百七十センチの所に付けた印まで背が伸びたなら、ハーレイと晴れて本物の恋人同士になれる時がやって来るのだけれど。
(……少しでもいいから、前よりも大きくなっていますように……)
 そう祈りながら仰ぐ印は少しも近付いたようには見えない。けれど百五十センチと言われた時から伸びていないこともないだろう。二センチは無理でも一センチくらい、とブルーは祈る。
(一センチ伸びたら残りは十九センチだものね)
 あまり沢山食べられなくても、自分は多分、成長期。一センチ伸びれば次はまた少し、その次は更にもう少し。少しずつでも伸びてくれれば、いつかは目標の背丈に届く。
(…今週、うんと頑張ったのに…。その分、伸びててくれればいいのに)
 ハーレイや父に助けて貰いはしたが、普段よりは多く食べていた。その努力が数字に現れることを真剣に祈るブルーが思っているほど、食事の量は増えてはいない。育ち盛りの子供だったら摘み食いにしか過ぎない程度で「多めに食べた」と信じるブルーに神が報いてくれる筈もなく。



 待ちに待った金曜日、身体測定の結果を告げられたブルーは失意のドン底に突き落とされた。
「はい、百五十センチちょうど。前と同じね」
 測ってくれた養護教師が笑顔で数値を入力する。ブルーが懸念する幼年学校コースの子供でなくとも、今の時期はまだ目に見えて伸びない子供も多い。それだけに何の注意も無ければ、栄養指導などの「成長のため」のアドバイスも貰えず、あっさり終わってそれっきりで。
(……どうしよう……)
 一センチも伸びていないなんて、と帰宅したブルーはクローゼットの印を見上げて大きな溜息をついた。目標まで残り二十センチ。一センチどころか一ミリすらも縮まらなくて、おまけに背丈を伸ばすための指導も受けられなかった。
 帰って直ぐに母に向かって「全然伸びていなかった…」と零してみたら、「これからでしょう? それより、おやつにしない?」と微笑まれた上に「幼年学校も楽しそうよ?」と言われる始末。
 誰が自分の悩みを分かってくれるだろう?
 前世と同じ背丈まで育たない限り、一番幸せになれる道には辿り着けない。
 その道が何処に在るのか分かっているのに、手を伸ばしても届かない。
(…早くハーレイと恋人同士になりたいよ…。今と違ってホントに本物の恋人同士…)
 キスを交わして、それから本物の恋人同士の関係になって。
 自分がハーレイの家に行くのか、ハーレイがこの家に来てくれるのかは分からないけれど、二人一緒に同じ家で暮らして、食事だっていつも一緒に食べて…。
(…そうだ、明日はハーレイが来る日だったっけ…!)
 身体測定のことばかり考えている内に金曜日が残り少なくなってしまったが、金曜日が終われば土曜日が来る。ハーレイから何の連絡も来ていない以上、土曜日は空いている筈で。
(うん、ハーレイならきっと分かってくれるよね)
 ぼくが大きくなれない辛さを、とブルーの胸がグンと軽くなる。
 ソルジャー・ブルーと同じ背丈に育つまではキスも駄目だ、とブルーに告げたのがハーレイだ。そのハーレイなら、ブルーが大きくなれない悩みを分かち合ってくれるに違いない。何かといえば「しっかり食べて大きくなれよ」と言うハーレイ。
 きっとハーレイだって、ブルーが前世と同じくらいに大きく育つ日を待ち侘びている。その日が来たら本物の恋人同士になれるし、別々の家で暮らさなくてもよくなるし…。



 そして土曜日。
 ブルーはいつものように部屋を綺麗に掃除し、訪ねて来たハーレイを迎え入れた。母が紅茶と菓子とを置いて行った後、足音が聞こえなくなるまで待ってから強請ってハーレイの膝の上に座る。
「…ねえ、ハーレイ」
「なんだ?」
「昨日の身体測定だけど…」
「ああ、そういえば昨日だったな。…どうだ、少しは伸びていたか?」
 ん? と至近距離で顔を覗き込まれて「ううん」と俯く。
「…頑張って沢山食べてたのに…。全然伸びていなかったんだよ、どうしたらいい?」
 きっとハーレイも自分と一緒に悲しんでくれるに違いない、とブルーは悩みを口にしたのに。
「全然? …たったの一ミリもか?」
「…うん…」
「ははっ、そりゃいい! そいつはいいな」
 百五十センチのお前のままか、とギュッと強い左腕で抱き締められて右手が頭をクシャクシャと撫でた。まるでペットの猫か何かのように、可愛くてたまらないという表情で。
「そうか、全然変わらなかったか…。うん、俺はまだまだ可愛らしいお前を見られるわけだ」
「ちょ、ちょっと…! ハーレイ、悲しいと思わないの!?」
「何故だ? なんでそういうことになるんだ」
 可愛いお前もいいじゃないか、とハーレイは鳶色の目を細めてブルーに微笑む。
「育ってしまったら、もう逆戻りは出来ないしな? 子供の間は子供らしいお前を見ていたい」
「だけど、ぼくの身体が小さい間はキスも出来ないし…」
 その先は言葉に出来なかったけれど、ハーレイは「まあな」とブルーの頬に優しく触れた。
「…俺はお預けを食らうわけだが、別にかまわん。いつかは食べ頃に育つわけだし」
 それからゆっくり食べることにするさ、とパチンと片目を瞑ってみせる。
「ブルー、お前は今、幸せだろ? 優しいお父さんとお母さんがいて、暖かな家も飯もある。前のお前とは比べ物にならん幸せな場所で生きているんだ、今の生活を満喫しておけ」
「でも…!」
「安心しろ、俺にだって我慢の限界はある。いつかはお前が嫌だと喚いても攫いに来るし、貰って行く。…そうなった時に後悔されてはたまらないからな、今の内にうんと甘えておくんだ」
 ……俺のものになってしまったら、もうお母さんたちには甘えられんぞ?
 そう囁かれた耳元が熱い。上手く丸めこまれたような気がしないでもなかったけれども、優しい言葉に嘘は無かった。確かに今の幸せな日々は子供の特権だったから…。



 そうやって一度は納得したものの、アッと言う間に忘れ去るのも子供というものの特権で。
 二人で過ごした穏やかで幸せな時間が終わってハーレイが家に帰ってしまうと、ブルーは視線をクローゼットの方にやる。其処に付けた印まで背丈が伸びない間は、こうして別れがやって来る。
「…早く伸びないと困るんだけどな…」
 ハーレイが自分の家に帰ってお別れだなんて酷すぎる。二人一緒に暮らしていたなら、日暮れになっても夜になっても別れなど来ず、ましてや夜がとっぷりと更けたとなれば…。
(……ハーレイと本物の恋人同士だったら、夜が一番大切なのに)
 これからの時間が大切なのに、ハーレイは家に帰っただなんて。おまけに自分の背丈が伸びないことを喜ぶだなんて、あんまりだ…!
「ハーレイの馬鹿っ!」
 ブルーはプウッと頬を膨らませ、此処には居ない恋人を睨み付けた。
 明日から頑張って沢山食べて、早く大きくなってやる。小さいだなんて言えないくらいに。前と変わらない背丈になるまで、急いで大きくなるんだから…!
(次の身長測定までには絶対大きくなってやる! 同じだなんて言わせないから!)
 百五十センチで止まってたまるものか、と決意を固めるブルー自身は全く気付いていなかった。
 背が伸びなかった本当の理由は自分の中にあることに。
 ブルー自身にも自覚など無い心の奥底の深い所で、ブルーはハーレイの本当の願いを読み取り、それを自らの身体へと映す。
 前の生では叶わなかった分まで、ブルーが幸せに育つこと。ゆっくりと幸せに大きくなること。
 ハーレイ自身にも把握出来ていない「真の願い」を、ブルーはその身に体現していた。
 十四歳の小さなブルーの、百五十センチしかない背丈。
 それが前世と同じ背丈に伸びる日までに、どれほどの幸せがブルーに訪れるのか。
 ハーレイと手を取り合って歩み出せる日がまだ見えなくても、ブルーは幸せに満たされる。
 優しい両親と恋人に守られ、ゆっくりとブルーは育ってゆく。
 愛するハーレイと共に歩む未来へ、その恋が実る日を夢に見ながら……。




        伸びない背丈・了


※いつもハレブル別館にお越し下さってありがとうございます。
 ハーレイ先生のお誕生日は、実は8月。そういう設定になっております。
 お誕生日は8月28日です!
 肝心のお誕生日を巡るお話はまだ先ですけど、お祝いに今月は3回更新。
 来週月曜、8月25日がお祝い更新となります、よろしくです~。
 
←ハレブル別館へのお帰りは、こちらv
 




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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。いえ、異変と言えば異変が一つ。キース君が欠席しているのです。秋のお彼岸でさえ欠席せずに登校したのに、風邪を引いたか何かでしょうか? グレイブ先生は「キース・アニアン、欠席だな」と言っただけでしたから、ちゃんと届けはあったのでしょうが…。
「キース、結局、来なかったね」
遅れて来るかと思ったのに、とジョミー君。それは私も考えてました。どうしても抜けられないお葬式などで六時間目にしか出られなくっても登校するのがキース君です。放課後の部活と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で過ごす時間を合わせれば充分値打ちがあるのだそうで…。
「キースかい? 学校どころじゃないだろうねえ…」
明日は来られるといいけれど、と会長さんが紅茶のカップを傾け、シロエ君が。
「えっ、キース先輩、病気ですか?」
「違うよ、ただのボランティアさ」
欠席届もそう書いた筈、と会長さんはのんびりと。
「ただ、今日中に全部終わるかどうか…。終わったとしても、明日はグッタリお疲れだろうね」
「「「???」」」
「その辺は本人の口から聞きたまえ。それよりさ、これ」
こんなチラシが、と会長さんが地味な茶色のチラシをテーブルの上に。文字とイラストが入ってますけど、色刷りなんかではありません。手作り感漂う黒ペン一色。
「ぶるぅが貰って来たんだよ。スーパーの前で配っていたらしい」
「かみお~ん♪ マルシェをやるんだって!」
「「「マルシェ?」」」
「本来の意味だと市場かな。それっぽく賑やかに手作り世界のグルメ市さ」
デパートの物産展のようにはいかないけれど、との説明どおり、会場からして小規模でした。外国からの観光客が拠点にしているユースホステルの庭が舞台です。でも本場の手作りソーセージとか、本格派カレーのお店とか。これはなかなか面白そうで。
「ねえねえ、みんなで行ってみようよ♪」
キースのお疲れ休みにもピッタリでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。開催は今度の土曜日です。うん、キース君が登校して来たら誘ってみるとしましょうか…。



ボランティアに出掛けたというキース君は次の日も欠席。いったい何のボランティアかと会長さんに尋ねても「本人に訊けば?」の一点張りで、疑問は膨らむ一方で。二日間休んで学校に現れたキース君は早速取り囲まれたのですが…。
「話は放課後にさせてくれ」
俺は現実に戻りたいんだ、と席に着くなり鞄を開けるキース君。教科書をチェックし、ペンケースなどを机に入れて授業の用意をしています。それが終わるとマツカ君とシロエ君に欠席中の部活の確認。話す気は全く無さそうです。
「…どうしたのかな?」
変だよね、とジョミー君が呟けば、サム君が。
「ボランティア先で何かあったんだろうなぁ、まあ、放課後まで待ってみようぜ」
「そうね、訊くだけ時間の無駄よね」
そうしましょ、とスウェナちゃん。それからのキース君は普段通りに振る舞ったものの、ボランティアの話は微塵も出さずに放課後になって、部活に出掛けて。ジョミー君とサム君、スウェナちゃんと私は一足お先に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で待つことに…。
「ダメだよ、キースも口が堅いよ」
ブルーと同じで、というジョミー君の嘆きに、会長さんは。
「口が堅いと言うよりは…。どちらかと言えば忘れたいんだよ、休んでた間の地獄をね」
「「「地獄?」」」
「そう、地獄。本人が来れば堰を切ったようにブチまけてくれると思うけどねえ、二日間の愚痴」
まあ楽しみにしていたまえ、と微笑む会長さんの手には例のチラシが。
「このマルシェ。キースもきっと喜ぶさ。非日常の憂さを晴らすには非日常ってね。ぶるぅの料理じゃ日常だからさ」
「んとんと…。お料理は色々作れるけれど、ぼくじゃ普段とおんなじだよね」
違うのはお料理の見た目だけ、と言いつつ今日も素敵なスイーツが。ちょっと黄色いモンブランだな、と思っていたら、なんとカボチャのモンブラン! 柔道部三人組のためにキノコたっぷりの焼きそばの用意も始まって…。
「かみお~ん♪ 部活、お疲れ様~!」
「ああ、すまん。…ぶるぅの料理も久しぶりだな」
此処の空気も懐かしいぜ、とキース君はソファに腰掛けました。たった二日間お休みしただけで懐かしいとか、朝の「現実に戻りたい」発言だとか…。キース君に何があったのでしょう? 早く焼きそばを食べて落ち着いて、ゆっくり話してくれないかな…。



会長さん曰く、地獄を見て来たらしいキース君。どんな地獄か気になります。焼きそばをお代わりしている柔道部三人組を眺めつつ、待ちくたびれた気持ちでいると、ようやく三人組の前にも紅茶やコーヒー、それにモンブランが。
「美味いな、やっぱりインスタントはダメだ」
キース君がそう言ってコーヒーを啜り、私たちを見回すと。
「…思いっ切り聞きたそうな顔をしてやがるな、どいつもこいつも」
「そりゃ気になるよ! たったの二日休んだだけで、どうしたらそんなになるんだろうって!」
懐かしいなんて普通じゃないし、とジョミー君は遠慮がありません。
「ボランティアだって聞いたんだけどさ、何処に行ってたわけ?」
「お前の嫌がる所だが?」
「…ま、まさか……」
「気付いたようだな、いわゆる寺だ。璃慕恩院の御役目だったら文句も言わんし、何をやらされても忍の一字だが、流石に普通にタダ働きでは…」
酷く疲れた、とキース君はモンブランを大きめに切って口の中へと。甘い物が欲しい心境というヤツでしょう。
「大学の先輩が晋山式をすることになってな」
「「「シンザンシキ?」」」
「住職就任の儀式のことだ。先輩は自坊……自分の家の副住職だが、近所に長年住職のいなかった寺があったらしくて、璃慕恩院から兼務しろとのお達しが」
それで就任式なのだ、とキース君。ところが、長年お寺を守る住職がいなかっただけに、お寺の中は大変なことに。
「境内と建物は檀家さんが維持管理をしてくれていたらしい。だが、本堂の中身の方が…。檀家さんは素人集団だけに、御本尊様の埃を払うのが精一杯で…。仏具の類がすっかり曇って」
それを磨きに行って来たのだ、とキース君は自分の肩をトントンと。
「しかも先輩がうるさい人でな、ピカールを使わせてくれんのだ! ニューテガールなんぞはもっての外だ、と言われてしまってどうにもこうにも」
「「「…ピカール???」」」
名前からして磨くための道具みたいです。ニューなんとかもそうなのかな?
「そうか、お前たちに言っても分からんか…。ピカールは仏具専用の磨き材だが、これで磨くには時間がかかる。ニューテガールも仏具用でな、こっちは浸けておくだけなんだ」
引き上げて専用クロスで拭けばOK、とキース君。しかし件の先輩さんは仏具に敬意の人だったらしく。
「梅酢で拭って重曹で磨け、と言われても…。仏具磨きのプロもそれでやるんだし、ウチもそうだが、あそこまで曇った仏具が山積みとなると…」
二度と勘弁願いたい、とキース君は遠い目をしています。丸二日間も仏具磨きの地獄を過ごしてきたという手は気の毒なほどに荒れていました。会長さんがハンドクリームを差し出し、例のチラシを。インスタントコーヒーと仏具磨きの日々だっただけに、飛び付いたのは無理もありませんです~!



キース君の手荒れも癒えてきた週末、私たちはユースホステル主催のマルシェへお出掛け。秋晴れの行楽日和とあってマルシェは人で賑わっています。
「かみお~ん♪ あれ、食べたい! あっ、そっちも~!」
グルメ大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本場の味に大喜びで、私たちもバナナの葉っぱに盛り付けてもらえる本格派カレーやハーブたっぷりソーセージなどに舌鼓。中でも一番目を引いたのは…。
「アレって見るのも楽しいよね」
「うんうん、それに美味いんだよな!」
また食おうぜ、とサム君とジョミー君が先頭に立ってケバブの屋台へと。ドネルケバブと呼ぶらしいソレは屋台の店先で串に刺された肉のタワーがゆっくり回転しながら炙られていました。注文すると大きなナイフでそぎ取ってくれて、野菜と一緒にナンに似たパンに挟んで渡してくれます。
「一つ下さい!」
「俺も一つ!」
ジョミー君たちが注文する後ろに並んで私たちも。一番後ろに会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も並びましたが…。
「あ、キャベツは抜きでお願いしたいな」
「ぼくもトマトとタマネギだけでお願いしまぁーす♪」
会長さんたちの注文に屋台のおじさんは満面の笑顔。ケバブの本場の人っぽいですが、流暢な言葉で「通ですね」と。そっか、キャベツたっぷりは邪道なんだ?
「そうだよ、本場じゃキャベツ無し! ね、ぶるぅ?」
「うん! それに炭火の直火焼きだよ♪」
屋台じゃ炭火焼きは難しいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。本場でも最近はガスや電気が増えたそうですけど、田舎では今も炭火が基本。肉もタワーみたいな垂直ではなく、羊なんかの丸焼きみたいに横倒しで回転させて焼くとか。
「あれはホントに美味しいよ。…食べたくなってきちゃったな」
「ぼくも食べたい!」
久しぶりに食べに行こうよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんの袖を引っ張っています。あの二人なら瞬間移動で今すぐにだって行けるでしょう。いいなぁ、本場のドネルケバブ…。
「ん? 君たちも食べたいわけ? でもねえ…」
この人数を連れて飛ぶのは流石に無理、と会長さん。
「テイクアウトで我慢したまえ、ちゃんと買ってきてあげるから」
「んーと、んーとね、今は無理だけど…」
向こうは夜の夜中みたい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そういえば時差がありましたっけ。とりあえず昼間はマルシェで色々食べて、本場モノは夜のお楽しみかな?



夕方までをマルシェで過ごすとお腹いっぱい。それでも本場のケバブは別腹とばかりに、私たちは会長さんのマンションにお邪魔しました。リビングで紅茶やコーヒーを淹れてもらって待っている間に会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はパッと姿を消しまして…。
「かみお~ん♪ お待たせ―!!」
「はい、お待ちかねの本場のケバブ! 焼き立てだよ」
どうぞ、と配られた本場モノの味は絶品でした。マルシェのケバブも美味しかったですけど、もっとスパイシーでいい感じ。炭火焼きだとこうも違うか、と味わい深く噛み締めていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「やっぱり美味しい~! 作りたいなぁ…」
「「「は?」」」
「えっとね、作り方が気になったから、みんなの分を待ってる間に、おじさんの頭の中を覗いてみたの! そしたら凄くビックリしちゃって…」
お肉は塊じゃなかったんだね、と言われましても。…ケバブ屋台で回っていたのは大きな肉の塊でしたよ? 他のみんなも怪訝そうな顔をしています。
「…塊だったよ、昼間に見たヤツ」
ジョミー君がストレートに口にし、キース君も。
「塊でなきゃ切れんだろう? それともアレは一種のハムか?」
「えとえと…。なんかハムより凄いみたい!」
ドカドカ重ねちゃうんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。えっ、重ねるって……串にグルグル巻き付けるとか? バウムクーヘンを焼くように…?
「違うの、ホントに重ねるの!」
「そう。ぶるぅが目を丸くしていたからねえ、ぼくも失礼して覗かせて貰った。秘伝のタレに漬け込んだ薄切り肉をね、串に何層にも刺していくんだよ。座布団を積み重ねるように」
「「「えぇっ!?」」」
ビックリ仰天とはこのことでしょう。塊だとばかり思っていた肉のタワーが何十段だか何百段だかの積み重ねだなんて…。今齧っている本場のケバブもそのようです。でも……お肉を見詰めてみても境目なんかは分かりませんよ?
「肉の境目が分かるようではダメなのさ。切ったらバラバラになっちゃうし…。肉を刺したら次は牛脂で、また肉で牛脂。そんな感じで固めるようだね」
なんと、牛脂が接着剤? そんな舞台裏を聞いてしまうと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作りたがるのも分かります。食欲の秋に手作りケバブ。これはとっても素敵かも…?



ドネルケバブが作りたくなった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は着々と準備を進めました。屋台用の電動で焼ける回転機械は保管するのが面倒だから、と串は手回しする方向で。私たちが交代しながら順番に串を回すのだろうか、と一応覚悟はしていましたが…。
「ふふ、そういった力仕事は最適なのがいるだろう?」
アレを呼ばずにどうするのだ、とニヤリと笑う会長さん。
「ハーレイにグルグル回させるのさ、そしてぶるぅが肉をスライス! これなら誰もが楽しめる。ハーレイだって、ぼくと一緒にケバブを食べる会なんだよって言えば感激するからね」
「「「………」」」
教頭先生、一人で串を回すんですか! でもまあ、それが楽でいいかな…。
「そうそう、楽しくやらなくちゃ! 串も買ったし、今度の土曜日に肉のタワーを作ろうかと…。見学も兼ねて遊びに来るだろ?」
会長さんの提案に私たちは大歓声。そこへ…。
「ケバブの串を追加でよろしく」
「「「!!?」」」
いきなり聞こえた会長さんにそっくりの声。バッと振り返った先で紫のマントがフワリと翻り、ソルジャーが笑顔で立っていました。
「今日は黒イチジクのタルトだって? ぼくにも一つ」
スタスタと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を横切り、ソルジャーはソファに腰を下ろすと。
「ぼくもケバブを作ってみたいな、串を回さずに済むならね」
肉のタワーがいいんだよ、と言ってますけど、マルシェからこっち、ソルジャーは遊びに来ていませんよ? 覗き見しただけでケバブの味が分かるもんか、と思っていれば。
「ケバブかい? わざわざブルーが買いに出掛けたのを見たからねえ…。これは美味しいに違いない、とノルディに頼んで色々と用立てて貰ってさ」
言葉の壁はブルーと同じでサイオンでスパッと解決だ、と嘯くソルジャー。つまりエロドクターに本場の通貨を用意させた上で、買い食いにお出掛けしたわけで。
「食べに行っただけのことはあったよ、美味しかったなぁ…。もちろんハーレイにもお土産に買って、ぶるぅにも山ほど買ってやったよ。ハーレイもケバブが気に入ったらしい」
だから手作りしたいのだ、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「作るんだったら是非、混ぜて欲しい。肉作りから参加するからさ」
「…串くらいは買ってあげてもいいけど…。君の肉作りは手伝わないよ?」
自分で肉の面倒を見ろ、と会長さんに言われたソルジャーはコクリと頷いて。
「うん、ちゃんと自分で用意する。土曜日は肉を持参で来るから、漬け込み用のタレだけ教えて貰えるかな? 漬け込んでおかないとダメなんだよね?」
「かみお~ん♪ でないと味が馴染まないしね! えっとね、薄切り肉だから前の日の晩に漬ければ充分なんだけど…。タマネギとニンニクをすりおろしてね、オリーブオイルにヨーグルトに…」
トマトペーストにオレガノ、クミン…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はズラズラズラ。料理なんかとは無縁のソルジャー、悲鳴を上げて「メモに書いて!」と泣きを入れる羽目に陥ったのは至極当然だと思いますです…。



約束の土曜日、私たちはバス停で待ち合わせてから会長さんのマンションへ。エレベーターで最上階のお部屋に着くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお出迎え。
「かみお~ん♪ お肉の用意、出来てるよ!」
もうすぐあっちのブルーも来るから、と案内されたキッチンの料理用テーブルに大きな串が立っていました。長さ一メートルくらいの銀色に光る太い串。本場モノだという串は二本で、片方がソルジャーのための串です。
「凄いや…。これに順番に刺すんだよね?」
薄切り肉を、とジョミー君が長い串を上から下まで何度も眺め、マツカ君が。
「とっても手間がかかりそうです。ぼくもお手伝いしましょうか?」
「んーとね、ぼくは大丈夫! お料理とかは慣れてるし…。お手伝いなら、あっちのブルーを手伝ってあげればいいんじゃないかな?」
きっと上手に出来ないと思うの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は心配そう。それは私たちも同じでした。自分でやるとか言ってましたが、相手はソルジャー。あまり器用ではなかったような…。
「こんにちは。…なんか手伝ってくれるんだって?」
ありがとう、と空間が揺れてソルジャーが姿を現しました。ケバブ用に漬け込んだ肉が入っているらしい大きな袋を抱えています。
「まだ手伝うとは言っていないぞ」
アテにするな、とキース君が切り返したものの、ソルジャーはまるで聞いてはおらず。
「自分でやるとは言ったんだけどね…。肉を薄切りにする所からしてまるでダメでさ、仕方ないから奥の手を…。ちょっと悪いとは思ったけれど…」
「何をしたのさ?」
会長さんの咎めるような目つきに、ソルジャーが肩を竦めてみせて。
「時間外勤務」
「「「時間外勤務?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちの声が引っくり返り、ソルジャーは。
「そのまんまの意味だよ、時間外! ぼくのシャングリラにも厨房専属のクルーたちがいる。その連中に私的なお願い。だけどバレたら始末書くらいじゃ済まないからねえ、何をしたかは忘れて貰った。残業したのも忘れているよ」
「それがソルジャーのすることかい!?」
「仕方ないだろ、君と違って不器用なんだよ! 一応、フォローはしといたし…。ソルジャー自ら視察した上で労いの言葉って喜ばれるんだ。次の日の朝に行っといた」
昨夜は肉の漬け込みをお願いしたから今日の朝も、と言うソルジャーのフォローとやらは軽すぎるような気がします。御苦労様の一言よりも、何か一品つけるとか…。
「ダメダメ、それだと頼みごとをしたのがバレちゃうし! 御礼の言葉と握手で充分」
「「「………」」」
ソルジャーの世界のシャングリラ号をケバブ作りに巻き込もうとは夢にも思っていませんでした。私たちが本場のケバブを食べたがったばかりに、この始末。ホントのホントにごめんなさいです…。



私服に着替えたソルジャーがエプロンを着けて串の前へと。隣の串は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の担当ですけど、なにしろ身体が小さいですからテーブルの上に立っています。
「えとえと、お行儀が悪いんだけど…。こうしないと串に刺せないし…」
「いいって、いいって! 気にすんなよ」
子供だしな、とサム君が豪快に笑い、私たちも拍手で応援。さあ、ケバブ肉作りの始まりです。会長さんが冷蔵庫からタレに漬け込まれた薄切り牛肉と牛脂の山を運んで来て。
「はい、ぶるぅ。ブルーも自力で頑張って欲しいんだけどさ、そもそも根本からして分かっていないみたいだし…」
なんで薄切り肉を買わなかったのだ、と会長さんは冷たい視線。
「肉の分量が分からなかったかもしれないけどねえ、そういう時にはお店で訊けばいいんだよ! このくらいの塊の肉を薄切りで買ったらどのくらいですか、と言えば量ってくれるから!」
「そうなのかい? でもねえ…」
あちこちで買ったものだから、とソルジャーは抱えて来た袋を開けて沢山の袋を取り出しています。薄切り肉と牛脂なのでしょうけど、こんなに小分けにしなくても…。それともアレかな、こだわりの肉が産地別に分けて詰めてあるとか? あちこちで買ったと言ってましたし…。
「うん、まあ…。産地と言うより種類別かな」
ああ、なるほど。ヒレとかロースとか、お肉にも色々ありますもんね。たかがケバブに、この凝りよう。そんなタイプとは知らなかった、と感心していると。
「ケバブを食べたいって言った時にさ、ノルディに教えて貰ったんだけど…。ドネルケバブの肉って牛肉だけじゃあないんだってね? 豚とか羊とか鶏だとか」
それがヒントになったのだ、とソルジャーは幾つもの袋を開けながら。
「ぼくのは究極のケバブなんだよ、思い切り自信アリってね」
まずはどれから刺そうかな、と悩みつつ、まずは一枚、危ない手つきでグッサリと。タレに漬け込まれたせいで豚だか牛だか分かりませんけど、なんとか下まで刺せました。お次は牛脂。ソルジャーがモタモタしている間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は既に何層も重ねています。
「んしょ、んしょ…。こんな感じかなぁ?」
精一杯の体重をかけて押し込み、ペタペタ叩いて形を整え、次のお肉と牛脂をグサリ。手際良く伸びてゆくお肉のタワーと、見るも危なっかしいソルジャーの殆ど高さが伸びないタワーと。とうとうキース君が見かねて声を掛けました。
「おい、良かったら手伝おうか?」
「いいのかい? 助かるよ」
ソルジャーの顔がパアッと輝き、キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」にエプロンの置き場所を尋ねています。うーん、ダテに仏弟子だの副住職だのはやっていませんでしたか、キース君! 困っている人を助ける役目って、お坊さんの基本ですものね。



助っ人に入ったキース君はソルジャーの肉のタワーをキッチリ押し込み、形をしっかり整えてから「ほれ」と右手を差し出しました。
「次に刺すのはどの肉なんだ? 言ってくれんと手伝えんぞ」
「ええっと…。コレかな、それじゃよろしく」
ソルジャーが渡した薄切り肉をキース君が上手く突き刺し、牛脂を重ねて「次!」と右手を。
「それじゃ、これ」
「よし。…ん? この肉は小さすぎないか?」
「いいんだってば、最終的には塊なんだし! その分、何処かで調整すればね」
「そういうものか? まあ、いいが…」
あんた専用のケバブ肉だしな、と素っ気なく口にしつつも、キース君は小さめの肉と次の牛脂を念入りに叩いて押し付けています。少しでも調整しておこうという心配りが凄かったり…。ソルジャーとキース君の共同作業は順調に進み、隣のタワーとの差も縮まり始めて。
「どんどん渡せよ、あんたは刺すのに向いてないしな」
「感謝するよ。はい、次」
「ああ」
薄切り肉をグサッと刺して押し込もうとしたキース君の手が不意にピキンと固まりました。肉を手にしたまま、震える声で。
「お、おい…。こ、此処に尻尾のようなものが…」
「えっ、尻尾? …ごめん、クルーが取るのを忘れたのかも」
「「「尻尾!!?」」」
どうして薄切り肉に尻尾なんかが、と覗き込んでみれば確かに尻尾。細くて短い尻尾です。牛とか豚の尻尾にしてはサイズが小さすぎる気が…。キース君は尻尾つきの肉をタワーに押し込み、ソルジャーをギロリと睨み付けると。
「…この尻尾、何の肉なんだ? 俺の知識が確かだったら、牛だの豚だのの尻尾ではないな」
「スッポンだよ。さっきの小さい肉も同じさ」
ケロリと答えたソルジャーに誰もが唖然。なんでスッポンがケバブ肉に…?
「え、だって。薄切り肉を固めて塊にするんだろう? バラエティ豊かに仕上げるチャンスさ、いろんな肉をね」
「ちょ、ちょっと…」
会長さんが隣のタワーから移動してきて。
「もしかして薄切り肉を買えなかった原因はソレなのかい? スッポンの薄切り肉なんて売っているのは見たことないしね」
「そうなんだよ! 何処も塊とか丸ごとばかりで、どうにもこうにも」
薄切りにするのも一苦労だった、と愚痴るソルジャー。その作業、ソルジャーじゃなくて向こうの世界のシャングリラ号のクルーたちがやった筈ですが…?
「だから余計に苦労したんだよ、普段に厨房で扱ってるモノと違うしさ…。ぼくも捌き方なんて分かっていないし、もう適当にやれとしか…。それで尻尾の取り残しがね」
申し訳ない、とソルジャーがキース君に謝り、袋の中から次の肉を。
「こっちは尻尾は無いと思うよ、最初から塊で買ったから」
「…何の肉だ?」
「パワーみなぎるオットセイ! でもって、こっちのが馬で、こっちがアザラシ」
「……分かった、もういい……」
説明しなくても大体分かった、とキース君は大きな溜息。スッポンにオットセイ、馬肉とくればソルジャーが何を目指しているのか嫌でも分かるというものです。万年十八歳未満お断りでも、長年ソルジャーに付き合っていれば精の付く食べ物オンパレードだというくらい…。
「悪いね、手伝ってくれているのに嫌な思いをさせちゃって。…尻尾の件は本当にごめん」
「い、いや…。気付いた俺が悪かった。ほれ、次!」
「了解。これはね、龍と名高い蛇の肉でさ」
「……へ、ヘビ………」
ぎゃあぁぁぁぁ!!! とキース君の叫びが響き渡って、それ以降、ソルジャーのタワー作りに新たに加わる人は誰一人としていませんでした。乗りかかった船のキース君だけが泣きの涙で積み重ねた肉、センザンコウなんていう御禁制の品もしっかり混じっていたようです…。



ソルジャーが嬉々として作った精力目当てのケバブ肉のタワーと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」作の牛肉オンリーのケバブ肉タワーは余分な肉をナイフで切り落として形を整え、型崩れしないよう食品用ラップでグルグル巻きに。出来上がったら串から外して冷蔵庫に保管。
「…ブルーの分は持って帰ってくれて助かったよ…」
あんな肉なんか預かりたくない、と呻く会長さん。あれから毎日、ソルジャーのケバブ肉は何かと話題になっています。タワーを作り終えたキース君が洗面所で三十分も手を洗い続けたとか、あれ以来、朝夕の勤行で本堂の『三界万霊』と書かれた位牌の前で五体投地だとか、色々と。
「…あいつのことだ、一つくらいは殺生したかもしれんしな…」
キース君が嘆けば、会長さんも。
「そうだよねえ…。全部お店で買ったと言うけど、活けで買ってたら殺生だしねえ…。君には本当に同情するよ、ダメージが半端なさそうだ」
ヘビ肉だけでも大ダメージ、と会長さんが呟く横でキース君は合掌とお念仏。ヘビ肉を串に刺してゆく作業よりかは、先輩さんに苦労させられた仏具磨きの地獄の方が遙かに極楽らしいです。それに文句を言ったばかりに罰が当たった心境らしく。
「阿弥陀様、申し訳ありません…。荘厳具を磨かせて頂く有難さも忘れ、至らぬ凡夫でございました。どうかお許し下さいませ。…南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」
「もうそのくらいにしとけよ、な? キリがねえぜ」
サム君がキース君の肩をポンと叩くと、親指を立てて。
「それより明日はケバブ焼きだろ? あっちのブルーの肉は忘れて楽しまなきゃな」
「そうだったな…。俺が延々と落ち込んでいたんじゃ、せっかくのケバブも味が落ちるか…」
「かみお~ん♪ ハーレイにお手伝い、頼んであるもん! 沢山パンを焼いとくね!」
トマトとタマネギのスライスも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌です。念願の手作りドネルケバブ。本場のお店からレシピを盗んだヨーグルトソースもバッチリ仕込んで、明日の土曜日を待つばかり。ソルジャーが肉を抱えてやって来ることは分かってますけど、忘れにゃ損、損!



こうして迎えたドネルケバブ焼きの日。会長さんのマンションの屋上に炭火焼き用の竈が二つ並べて据えられ、冷蔵庫から出された肉とソルジャーが持参した肉が串に刺されて竈へと。タワーではなく横倒しにされ、いわゆる丸焼きコースです。
「じゃあ、ハーレイ。君は間に立って串を回す、と」
会長さんの指示で、今日から参加の教頭先生がスタンバイ。右手と左手、それぞれに串を回すための取っ手を握ると、点火と共にグルリグルリと回してゆきます。炭火で炙られた肉は香ばしい匂いを漂わせ始め、ソルジャーの肉も何で出来ているかを考えなければいい焼き色で。
「えとえと…。ブルーのお肉も、もう削ってもいいと思うの!」
頑張ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちの分をナイフで削いで、野菜と一緒にパンに挟んで特製ソースをたっぷりと。うん、美味しい! これぞまさしく本場の味です。ソルジャーはと言えば、私たちの方のケバブを頬張っていて。
「おや。あちらの肉は召し上がらないのですか?」
教頭先生が不思議そうに訊くと、ソルジャーは。
「あれはお土産用なんだよ。ぼくのハーレイ、今日は来られないものだから…。焼き上がったヤツをお持ち帰りで食べて貰うしかなくってさ」
「そうでしたか…。それは残念でらっしゃいますね」
焼き立てが最高だと思うのですが、と教頭先生はソルジャー夫妻を気遣いつつも会長さんとのケバブ・パーティーに感動中。なにしろ両手が塞がっているわけですから、たまに会長さんが「はい」と口許にケバブ入りのパンを差し出してくれるという特典が…。
「はい、じゃなくって「あ~ん♪」なんだよ、君はイマイチ配慮が足りない」
ソルジャーの指摘を受けた会長さんは。
「お手、おあずけって言わないだけでもマシだと思って欲しいんだけど? ぼくには「はい」が精一杯だね」
「おあずけねえ…。犬にするのもプレイとしては燃えるよね」
「その先、禁止!」
余計な台詞を喋る暇があったら肉を削れ、とピシャリと叱られ、ソルジャーはナイフ片手にブツブツと。焼き上がった肉を削る作業はさほど下手ではないようです。ソルジャー曰く、「ナイフも剣も似たようなもの」。物騒な気もしますけど…。
「あっ、分かる? 昔ね、海賊たちの拠点にいた時にはさ、サイオンで剣を振り回したり…ね。海賊相手に勝ったんだってば」
だからケバブの肉くらい、と焼けた分から削るソルジャー。精力抜群を目指す特製肉がお皿に山盛り、冷めた分からラップに包んで保冷ケースへと。「そるじゃぁ・ぶるぅ」にパンのお裾分けを頼んでいますし、キャプテンに食べさせてパワーアップということでしょうねえ…。



あんなに大きかった肉の塊も、みんなでワイワイ食べている間に小さくなっていって、ついにフィナーレ。串の周りに残った肉を削いで落として、もう無くなったパンの代わりに野菜と一緒にお皿に盛ってソースをかけて…。
「ハーレイ、今日はお疲れ様。お蔭でたっぷり食べられたよ」
はいどうぞ、と会長さんがお皿を差し出し、ソルジャーも。
「ぼくからも御礼を言わせて貰うよ、ありがとう。焼いてくれた肉はいいお土産になるし、今日の思い出に何度にも分けて食べなくっちゃね」
はい、あ~ん♪ と特製ソースがかかった肉を目の前にぶら下げられた教頭先生、躊躇ったのは一瞬だけで。
「「「………」」」
パクン、と頬張った教頭先生は、それは幸せそうでした。頭の中では妄想爆発、ソルジャーの姿が会長さんとダブっているに違いありません。
「ふふ、美味しい? それじゃ、あ~ん♪」
「…………(はあと)」
涎の垂れそうな顔で無言の内にもハートマークな教頭先生、緩んだ顔でモグモグと。会長さんは怒り心頭、ソルジャーを教頭先生の前から引っぺがそうとしたのですけど。
『……シッ! これから面白くなるんだからさ』
あ~ん♪ と肉を頬張らせつつ、ソルジャーが思念でクスクスと。
『食べさせてるのは特製肉! ジワジワ効いてくると思うな、じきにズボンがキツくなるかと』
『なんだって!?』
『そうなった時は、今日の御礼にしっかりサービスしようかなぁ…』
ふふふ、と笑ったソルジャーは肉を咥えて「ん…」と教頭先生の顔の前へ。夢見心地の教頭先生はポ~ッとしたまま口で受け取り、モグモグモグ。必然的にソルジャーの唇を引き寄せてしまい、あわや触れるかという寸前で。
「はい、ここまで~♪」
続きは君のベッドでしようか、と耳元で熱く囁かれた教頭先生、一気に鼻血。ソルジャーはサッと身を翻すと。
「あっ、悪いけど、ぼくはヘタレはちょっと…。続きはブルーにお願いしてよね、パワーだけなら充分みなぎる筈だから!」
後は努力でカバーしたまえ、と艶やかなウインクを残し、ソルジャーは特製肉の山を抱えて消え失せました。取り残された教頭先生は耳まで真っ赤で、もじもじと。
「…す、すまん…。ブルー、今のは、そのぅ……」
「分かってるってば、君がどういう目でぼくを見ていて、何をしたいと思ってるかは……ね」
「…で、では……。お、お前さえ良かったらの話なのだが……」
これから私と、と鼻血を堪えての告白が出来た裏には特製肉の凄いパワーがあったのでしょう。しかし会長さんの答えはといえば…。



「ふん、君の貧弱なケバブ肉には特製ソースがピッタリなんだよ」
これをしっかりまぶしたまえ、と頭の上からヨーグルトソースの残りがドボドボと。
「トマトとタマネギを添えておいたら、ブルーが戻って食べに来るかも…。それまでベッドで待つんだね。それじゃ、さよなら」
今日はお手伝いありがとう、と瞬間移動で放り出された教頭先生の行き先は自宅の寝室辺りでしょうか? ソルジャーはキャプテンに特製ケバブを食べさせた上でお楽しみでしょうし、戻って来るわけがありません。えーっと、教頭先生は…?
「いいんだってば、あんなスケベは!」
面白いけれど愛想も尽きる、と会長さんはツンケンと。
「ぼくのジョークを真に受けたらしいよ、本気でソースをまぶすつもりだ」
「えとえと…。ハーレイ、ケバブ肉のお土産、持っていないよ?」
あっちのブルーがあげてたっけ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を捻って、私たちは顔を見合わせるばかり。会長さんの言ってたケバブ肉って……もしかしなくてもアレだろうな、と思うんですけど…。
「ケバブ肉っていうの、アレだよねえ?」
ジョミー君の疑問に、キース君が。
「どうだかな…。とにかく俺はドッと疲れた」
仏具磨きに精進するぞ、と誓うキース君の肩を会長さんがトントンと。
「磨きついでにケバブの串も磨いてくれると嬉しいんだけど…。また機会があったら作りたいから、きちんとメンテをしておかないと」
「く、くっそぉ…。えーい、梅酢でもピカールでも、ニューテガールでも持ってきやがれ!」
ヘビもスッポンももう沢山だ、とキース君は沈もうとしている夕陽に向かって絶叫でした。とんでもない肉を焼かされた串の始末は、仏具磨きのプロの腕前で綺麗に拭って欲しいです。ついでにソルジャーの煩悩なんかも綺麗に消えると嬉しいですけど、そっちは無理な相談ですかねえ?




      ケバブの誘惑・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ケバブの屋台、最近は増えているようですねえ、移動屋台で。
 来月は 「第3月曜」 9月15日の更新になります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、8月はお盆。ソルジャーがスッポンタケの初盆を希望?
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv






 上も下もなく、時すらも無い白い空間。
 ただ暖かく、穏やかな光に包まれてブルーは眠る。
 どのくらい、こうしているのだろう。どのくらい、こうしていたのだろう。
 意識すらも心地よく溶けて定まらない眠りの中で、時折、胸がツキンと痛む。



 失くしてしまった。
 …何を?
 もう会えない。
 …誰に?



 それが何なのか思い出せないし、思い出すことすらも億劫に思えてしまうのだけれど…。
 違う、と心に小さな漣が立つ。意識が目覚めそうになる。
(ぼくはもう何も失くしたくない)
 嫌だ、とブルーは目覚めを拒否して胎児のように手足を丸めた。この穏やかな光の中では自分は決して傷つきはしない。何ものもブルーを傷つけはしない。
 かつて何かに傷ついたのか、あるいは傷つけられたのか。それすらも此処ではどうでもいい。
 それなのに胸がツキンと痛む。何故なのか、それを探りたいとも思わないのに。
(…もう何も、誰も失くしたくない…)
 何を失くしたのか、誰を失くしたのか。
 胸がツキンと痛むのは嫌で、ずうっと眠っていたいのに…。
 眠りの中でキュッと握った右の手が冷たい。此処は暖かくて心地よいのに、こんなにも穏やかで暖かい光の中で眠っているのに、胸がツキンと痛む時には右の手だけが冷たくなる。
(……何故?)
 暖かいのに。何もかもが優しくブルーを包み込むのに、どうしてこの手は冷たいのか。
 それを知りたいとは思わない。…知ったならばきっと辛くなる。きっと悲しくて泣いてしまう。
 何も考えずに眠ればいい。眠っていればいつか右手は温かくなるし、心も再び光に溶ける。
 そう、眠ってさえいれば痛みも辛さも、何も感じはしないのだから……。



 自分は何を失くしたのか。誰を失くしてしまったのかも、いつしか眠りと光とに溶けて。
 けれど時々、胸がツキンと微かに痛む。右の手が凍えて冷たくなる。
 ブルーはむずかる幼子のように「嫌、嫌」と首を振り、丸くなってそれをやり過ごす。
 痛いのは嫌。手が冷たいのも、心が痛くなるから嫌。
 忘れたいのに。何もかも忘れていたいのに…。
(……嫌だ)
 また冷たい。手が冷たくて胸が痛い、と丸くなろうとしたブルーの右の手が、ふっ、と柔らかな温もりに包まれた。
 柔らかだけれども、がっしりとした感触と確かな温もり。
「ブルー」
 穏やかな声に名前を呼ばれた。低く優しい響きの声。
(……誰?)
 この声を自分は知っている。そう、ずうっと前から知っていた声……のような気がする。
(…ううん、そうじゃない)
 知っているのではなくて、待ち続けていた。
 ぼくはこの手を、この温もりを、この声が呼ぶのを長い長い間、待っていた。
 此処で独りで眠り続けながら。
 上も下も無く、時すらも無い場所で心を光の中に溶かして、傷つかないように眠りながら……。



「ブルー、やっと会えた。…やっと見つけた」
 くるり。
 光の世界がくるりと回って、穏やかな渦がブルーを包んでふうわりと回る。
 上も下も無い空間がゆっくりと回ってそれを止めた時、ブルーは一人ではなくなっていた。
 側に在る優しい、懐かしい温もり。
 おずおずと閉じていた瞳を開ければ、広い胸の中に抱かれていて。
「……ハーレイ……」
 褐色の肌に鳶色の瞳、逞しく大きな身体を持ったブルーの恋人。
 ブルーをそうっと抱き締めながら、懐かしい声が問い掛ける。
「…ブルー…。何故、こんな所に一人きりで?」
 訝しむ声に問われて思い出した。
 どうして自分が一人きりで此処で眠っていたのか、どうして時々、胸が痛んだのか。
 胸がツキンと痛む時には、どうして右手が冷たくなってしまったのかを。
「……もう何も失くしたくなかったから。温もりを失くしてしまったから」
「…温もりを?」
 怪訝そうな声に小さく頷く。
「……最期まで覚えていたかった…。最後に君に触れた手に残った温もり。あの温もりがあれば、ぼくは一人じゃないと思った。……それなのに、ぼくは失くしてしまった」
 メギドで撃たれた傷の痛みがあまりに酷くて、それに耐えるのが精一杯で。身体に弾が食い込む度に右手に残った温もりは薄れ、最後には何も残らなかった。
 一人きりで死んでゆくのがとても辛くて、悲しくて…。
 そうして暖かな光の世界で眠り続けて、心すらも光に溶かして眠った。
 もう何も自分を傷つけないよう、何ひとつ失くさないように。一人きりでもかまわなかったし、それで充分だと思っていた。
 温もりを失くしてしまったから。これ以上は何も、誰も失くさないでいられるのならば、一人で眠っていたかったから…。
「ブルー……」
 ふわり、と右の手を温かく包み込む温もり。ハーレイの手がブルーの右手を優しく包んだ。
「一人じゃない。もう、あなたは一人きりじゃない」
 側に居るから。いつまでも側を離れないから、と抱き締められてブルーはコクリと頷く。
「…うん…。ぼくはもう、一人きりじゃない…」
 その幸せ。その幸い。もう胸がツキンと痛みはしないし、右の手も冷たくなったりはしない。
 自分は全てを取り戻したから。…失くしたものも、失くした存在も……。



 ブルーが守った白いシャングリラは遠く旅立って行ったという。青くなかった地球を離れて、新しい世代のミュウたちを乗せて。
 地球の地の底で命尽きたジョミーや長老たちもまた、行くべき場所へと旅立った、と。
「…あなたも其処に居ると思った。なのに、あなたは見付からなかった」
 どんなに捜し回ったことか、とハーレイがブルーの背を何度も撫でる。
「もしや何処かに新しく生まれてしまったのでは、と焦っていたのに、あなたときたら…」
「……ごめん。でも、ぼくにはそんな勇気は無いよ」
 だから此処にずっと一人きりで居た、とブルーは言った。
「新しい命を貰ったとしても、君がいなければ意味が無い。…君と一緒にいられないなら、そんな生には何の価値もない。それくらいなら一人で良かった。…そうすれば何も失くしはしないし、君を失くしてしまいもしない」
「本当にそうか? 何を失くしたかも忘れてしまうような世界でも?」
「…忘れていないよ」
 本当だよ、とブルーはキュッと右の手を握る。
「思い出すと辛いと分かっていたから、思い出さないようにしていただけ。……それでも胸は痛くなったし、右手が凍えて冷たくなった。ぼくは忘れていなかったから。誰を失くしたのか、何を失くしたのか、どうしても忘れられなかったから…」
 だから、とハーレイの胸に縋ってブルーは大粒の涙を零した。
「ぼくは何処へも行きたくはないし、君とも二度と離れたくない。ずうっと此処で二人きりでも、君がかまわないのならそうしたい。…誰にも会うことが出来なくても」
「…ブルー……」
 ほうっ、とハーレイが溜息をつく。
 もしかして行ってしまうのだろうか? ハーレイはブルーを此処に残して、皆の後を追って行くのだろうか。
(でも、ぼくは…。ぼくはハーレイを忘れたくない)
 ハーレイが行ってしまうのであれば、また一人きりで眠ればいい。…今度はハーレイの温もりを失くさないよう、大切に抱いて眠ればいい。そうすればハーレイが居なくなっても…。
 そう思って握ろうとした右の手をハーレイが捕え、自らの指を絡ませた。
「…私もあなたを忘れたくない。あなたの望みが同じだと言うなら、何処へも行かない」
 二人でずっと此処に居よう、とハーレイは言った。
「あなたさえいれば、それだけでいい。…他には何ひとつ望みはしない」



 上も下も無く時間すらも無い、白い光に満たされた二人だけの世界。
 其処で他愛ない言葉を交わして、寄り添い合ってブルーはハーレイと過ごす。
 外では時が流れているのだろうけれど、二人きりの世界に時間などは無い。それでも時が経ったことをブルーに教えるものは、ハーレイがブルーを呼ぶ時の言葉。
 いつの間にか「あなた」が「お前」に変わって、ハーレイが自分を指して言う言葉もいつしか「私」から「俺」へと変わった。
 遠い昔にアルタミラで初めて出会った頃のそれと変わらない言葉。それが心地よくて、ずっとこのままでいいと思った。
 上も下も、時間すらも無い白い空間でも、こうして二人きりで居られるのならば。
 けれど少しずつ欲張りになる。
 もっと、もっとハーレイを強く感じてみたい。
 光の中で二人溶け合ったように寄り添い合ったまま、もうどのくらいになるのだろう。
(…もう一度、君を感じてみたい)
 ハーレイの広い胸に身体を擦り寄せる。
(失くしてしまったヒトの身体で、もう一度ヒトとして君に会いたい)
 此処で過ごしてきた緩やかで長い時に比べれば一瞬のような、ほんの短い生であっても君と同じ『時間』を過ごしてみたい。
 遠い日に白いシャングリラでそうであったように、ヒトとしての温もりを分かち合いながら…。
 そしてブルーは口にしてみる。
「もう一度、君と一緒に生まれてみたいな」
「…ブルー?」
「ミュウが人として生きていられる世界で。…もう一度、君と生きられるのなら」
 夢なんだけれど、とブルーは呟く。
「……本当にただの夢なんだけれど、叶うのならば君と一緒に人の身体で」
「そうか…」
 ハーレイの腕がブルーを抱き締め、離すまいと強く力を籠めた。
「…お前の夢なら叶えてやりたい。此処を離れてもう一度、人になりたいのならば」
「うん……。でも、それで終わりになるのは嫌だ」
 ぼくは欲張りで弱虫だから、とブルーはハーレイに縋り付く。
「人として生きる生を終えたら、二人で此処に還ってこよう。また二人きりで長い長い時を一緒に過ごして、また人になって生きてみたくなる日まで…」
「そうだな。…俺もお前と離れたくはない」
 この世界に居よう、とハーレイも頷き返した。此処こそが自分たちのために在る世界だと。



 二人きりで過ごすためだけに在る、上も下も時も無い白い空間。
 ハーレイに寄り添ってその温もりを感じる幸せの中で、ブルーは夢を言の葉に乗せる。
「ぼくは地球がいいな」
 もう一度ヒトとして生まれられるのなら地球がいいな、と遠い日の記憶をうっとりと追う。
「…地球がどうなったのかは分からないけれど、もしも蘇っているのなら…。ぼくが行きたかった青い水の星が在るのだったら、その上に生まれてハーレイと一緒に暮らしてみたい」
「俺は地球にはこだわらないが…」
 しかし、とハーレイがブルーの頬に両の手を添えて赤い瞳をひたと見詰めた。
「…俺はお前の姿を見たい。今とそっくり同じ姿に生まれたお前を見たいと思う」
「ぼくもだよ、ハーレイ」
 それはぼくも同じ、とブルーは鳶色の瞳を見詰め返して、ハーレイの背に自分の両腕を回す。
「…ぼくもハーレイに会いたいよ。「さよなら」も言えずに別れてしまって、見詰めている暇さえ無かったから。…また人として生まれられるなら、好きなだけハーレイを眺めていたいよ…」
「俺もだ。同じ人として巡り会えるなら、この姿をしたお前でないとな。どんな姿でも俺はお前を見付けられるが、今の姿が何よりも好きだ」
 同じ姿に生まれて来てくれ、と願うハーレイに「うん」と頷き返したけれど。
(…そんな時はきっと来やしない)
 来るわけがない、とブルーは桜色の唇を噛んだ。
 長い長い時をずうっと此処で過ごして、いつまでもきっと、このままで…。でも…。
「…ハーレイ…」
「なんだ?」
「……もしも神様が居るんだったら。願いを叶えて欲しいよ、ハーレイ…」
 もう一度、君と生きてみたいな、と夢に思いを馳せるブルーをハーレイは優しく抱き締める。
「お前の夢なら叶うんじゃないか? …俺の夢なら難しそうだが、お前は世界を、ミュウの未来を守ったんだからな」
 いつか叶うかもしれないな、とブルーを大切に腕に抱きながら、ハーレイは心の中で祈った。
 神よ。
 もしもあなたが居るというなら、ブルーの願いを、私の愛しい者の願いを叶えて下さい。
 その身を、命をミュウの未来に捧げて散った、私のブルーの願い事を……。



 そうして恋人たちは寄り添い続ける。
 上も下も、そして時も無く、ただ二人きりの空間の中で。
 穏やかに笑い合い、寄り添い合って眠り、目を覚まし、また二人で眠って、時の流れからも遠く離れた二人だけの世界で夢を語り合って。
「…ねえ、ハーレイ…」
 ブルーは幾度も繰り返してきた夢の続きを歌うように紡いだ。
「もう一度生まれて、地球の上で君に会ったなら。……ぼくは必ず思い出せるよ、君が誰なのか、ぼくは誰なのか」
 ……でなければ会う意味が無いだろう?
 思い出すよ、ぼくは誰で君が誰だったのかを…。
(……でも……)
 どうやって思い出したらいいんだろう、とブルーは自分自身に問い掛ける。
 此処へ来る前に自分が失くしてしまったもの。
 それを失くしたことが悲しくて、何もかも忘れて眠ろうとした。胸の痛みも、右の手に時折感じた冷たさでさえも、忘れたいという願いの元にはなっても思い出す縁にはならなかった。
(…君の温もりさえも失くすようなぼくが、どうしたら思い出せるんだろう?)
 今度は決して忘れるわけにはいかないのに、と考え続けて一つの答えに辿り着いた。
 ハーレイの温もりを失くした理由。それがあるなら、それを逆手に取ればいい。そうすれば…。
「…ハーレイ。ぼくは今度は忘れないよ」
 ぼくは絶対に忘れない、とハーレイの身体に腕を絡めて抱き付いた。
「本当か? …随分と自信がありそうに見えるが、いったいどんな根拠があるんだ?」
 お前は俺を忘れかかっていたじゃないか、と笑うハーレイに「内緒」と囁く。
「でもね、本当にぼくは忘れない。…もしも願いが叶えば、だけど」
 地球の上に生まれられなかったら出番なんか無い方法なんだよ、とブルーは微笑む。
「…確かにな。その時までは内緒なんだな」
「うん。…そういう時が来たら、だけれどね」
 それまでは内緒、とハーレイの温かな胸に身体を押し付け、ブルーは遠い過去を思った。
(……大丈夫。今度は思い出せる)
 きっと、きっと、ぼくは思い出すことが出来る。
 君の温もりを失くしてしまったのが、あの酷かった痛みのせいならば。
 あの時の傷を生まれ変わったぼくの身体に刻むよ、今度は何ひとつ失くさないように……。



 穏やかな白い世界にハーレイと二人、其処には上も下も、時すらも無くて。
 その暖かな光の世界で過ごしながらも、ブルーはその身に傷を刻んだ。
 ハーレイに決して悟られないよう、けして身体には出さぬよう…。
 魂だけで存在する身に「見えぬ傷痕」を刻み付けることはとても難しく、辛く悲しかったメギドでの時を思い返すことも嫌だったけれど、あの時の傷に頼るより他に道は無い。
(…もしもハーレイと、もう一度生まれて地球で会えるなら)
 その願いがもしも叶うのならば、と切ないまでの祈りをブルーは自らの傷痕に託す。
(いつかハーレイと出会った時には、ぼくに教えて。…ハーレイなんだ、と。…ぼくが誰なのか、ハーレイはぼくの何だったのかを、その痛みでぼくに思い出させて)
 いつかそんな日が来るのならば、と刻み付けた傷痕に思いを託して、願い続けて。
「…ハーレイ。…ぼくは必ず思い出すから、いつか一緒に地球に生まれたい」
「お前の願いが叶うといいな。…お前の夢が叶うんだったら、俺はいくらでも祈ってやる」
 神様ってヤツに祈り続けて頼んでやるさ、とハーレイはブルーを強く抱き締めた。
 腕の中のブルーがその身に刻み付けた傷痕に気付きはしなかったけれど、ブルーの願いを叶えてやりたいと心から思い、ただ神に祈る。
 愛しいブルーがいつの日にか地球の上に生まれて、もう一度、人として生きられることを。
 その時は自分も共に生まれて、今度こそブルーを守るのだと。
(神よ。…どうかブルーの願いを叶えて下さい)
(…ねえ、ハーレイ…。今度こそ、ぼくは忘れない。ぼくは必ず思い出すから)



 いつの日か、蘇った青い水の星の上で。
 今と寸分違わぬ姿で、もう一度人として巡り会いたい。
 此処で過ごす長い時に比べれば短いものでも、人の身体で同じ時間を過ごしたい。
 そして寿命が尽きた時には、また二人きりでこの上も下も無く、時も無い白い世界へと…。
 二人して願うようになってから、どのくらいの時が流れたのかは定かではなく、謎だけれども。
 神はハーレイの切なる祈りを、ブルーの願いを聞き届けた。



 時は流れて、十四歳を迎えたブルーの右の瞳の奥がツキンと痛む。
 瞳から零れた鮮血こそが、かつてブルーがその魂に刻んだ傷痕が蘇る証。
 年度初めに少し遅れて赴任してきた古典の教師、ハーレイに出会い、ブルーの身体にメギドでの傷痕が浮かび上がって大量の血が溢れ出す。
(……ハーレイ?!)
(…ブルー?!)
 ブルーは全てを思い出した。
 自分が誰であったのかを。ハーレイは自分の何だったのかを。
 ハーレイもまた記憶を取り戻し、二人の時間が再び流れ始めた。
 上も下も無く時すらも無かった白い空間は遠いものとなり、いつか二人で還る日までは思い出すことも無いだろう。今の二人には重力を持った地球の大地と、時の流れとがあるのだから。
 ブルーがその魂に刻み付けた傷痕を見た人々は『聖痕』と呼んだ。
 それは神の業ではなかったけれども、ブルーの切なく強い願いが刻んだもの。
 愛する者を二度と忘れることがないよう、出会えば思い出せるよう。遠い昔に失くした温もりのように、儚く消えてしまわぬようにと。
 こうして出会った二人の時間がどれほど幸せに満ちたものかは、二人だけにしか分からない…。




     時の無い場所で・了


※いつもハレブル別館にお越し下さってありがとうございます。
 実は8月、ハーレイ先生のお誕生日という設定になっております。
 ブルー君は3月31日です、と3月に公表いたしましたが、知られてないかも…。
 此処ではなくて、毎日更新なシャングリラ学園生徒会室の方での発表でしたし。
 それはともかく、ハーレイ先生は8月です。
 ゆえに今月は3回更新の予定であります、ハレブル別館。
 ハーレイ先生のお誕生日が8月の何日なのかは…。
 待て、次号! 次回更新時にお知らせです~。


 ←バックナンバーは、こちらですv




 十四歳になったばかりの小さなブルー。
 前世の記憶を全て持っているのに、ブルーの心は身体と同じに年相応の子供のもの。
 無邪気に微笑み、溢れんばかりの「好き」という想いをぶつけてくる小さなブルーがハーレイは可愛くてたまらなかったが、ブルー自身は一人前にキスを強請ってきたりする。
 その度に「駄目だ」と叱りつけては、脹れっ面になったブルーを見る日々。
(…俺も本当は辛いんだがな…)
 前世で愛したブルーが直ぐ目の前にいるというのにキスさえ交わせず、それよりも先に進むことなど出来る筈さえ無い辛さ。
 ブルーが欲しい。ブルーを抱いて自分一人だけのものにしてしまいたい。
 狂おしい欲望と戦いながらも、その一方でブルーが十四歳の子供であることを嬉しくも思う。
 前の生では叶わなかった幸せ一杯な子供の時間。
 SD体制の頃と違って十四歳から後も両親と共に暮らせる温かな時を、ブルーに存分に味わって欲しかったから…。



 最初はハーレイも錯覚していた。
 ブルーが通う学校の教室で出会い、赤い瞳から、その身体から大量の鮮血が流れ出したあの日。
 前世の記憶を共に取り戻し、病院に搬送されるブルーに付き添って救急車に乗った。
 けれどハーレイは学校に戻らねばならず、自らが思い出した前世の記憶や今後について従兄弟の医師と相談しただけで後ろ髪を引かれる思いで職場へ。
 愛しいブルーが帰って来たのに、遠い遠い昔の生で死に別れた恋人が戻って来たのに、今の生がハーレイの自由を奪う。ブルーを抱き締め、側に居たいのに仕事がそれを許してくれない。
 早く学校が終わらないかと何度も何度も時計を眺めた。転任教師の引き継ぎの仕事も「ブルーの様子を見に行きたいので」と早めに切り上げ、校門を出てブルーの家へと。
 初めて訪ねたブルーが両親と暮らす家。
 挨拶を済ませて二階にあるブルーの部屋に案内され、ブルーの母が扉を叩く。
「ブルー? ハーレイ先生が来て下さったわよ」
 どうぞ、と開けられた扉の向こう側、ベッドにブルーが横たわっていた。ハーレイの記憶に最後に刻まれた姿よりも幼いけれども、銀色の髪も赤い瞳も間違いなく愛したブルーのもので。
 「少しの間だけ、二人きりにさせて」と母に告げるブルーの姿に鼓動が高鳴った。
 ブルーの母がお茶の用意をしに出て行くのを待って、ブルーの唇が紡いだ言葉。
「……ただいま、ハーレイ。帰って来たよ」
 もうそれだけで堪らなかった。ブルーが負った傷を見てしまったから、激しい後悔に襲われる。どうしてブルーを一人でメギドへ行かせたのかと。何度も繰り返し「行かせるのではなかった」と悔やむハーレイに、ブルーが微笑む。
 あの時は自分がそう決めた。けれど今度は離れたくない、と。
 そう告げるブルーがあまりに健気で、そして儚く弱々しく思えて、たまらずベッドから起こして抱き締めていた。ブルーの腕がハーレイの背中に回され、キュッとしがみ付く。
「…離れない。二度とハーレイと離れたくない」
「ああ。二度とお前を離しはしない」
 ほんの僅かの間だけ抱き合い、互いの想いを告げた時には「あのブルーだ」と思っていた。
 別れた時そのままのブルーの心が幼い身体に宿ったのだ、と。



 しかしブルーの母が紅茶とクッキーを用意して戻り、束の間の抱擁は終わってしまった。
 そしてテーブルを挟んで再びブルーと向き合った時に、ハーレイは「違う」と気付かされた。
「…ハーレイ? クッキー、食べないの? 美味しいよ」
 ぼくのママが焼いたクッキーなんだ、と勧めるブルーの年相応に幼い顔立ち。
 ハーレイの来訪を心から喜び、その嬉しさを隠そうともしない輝くような笑顔。それはかつてのソルジャー・ブルーの笑みとは違った。
 顔立ちが幼いからだけではなく、ブルーの中から滲み出す感情が違いすぎる。
 ハーレイに向けられる純粋無垢でひたむきなブルーの想いと心。
 ただひたすらにハーレイを慕い、側に居たいと願うブルーは姿そのままに小さな子供。
「…ハーレイ? どうかした?」
 何処か変だよ、とブルーが首を僅かに傾げた。
「せっかく会えたのに嬉しくないの? …ぼくの身体が小さすぎるから?」
「いや。……そういうわけではないんだが…。確かにお前は小さすぎだな、驚いた」
 まるでアルタミラで出会った頃のようだな、と言えばブルーは「そうだね」と素直に頷く。
「でもね、中身は違うから! ちゃんと何もかも思い出したし、昔のままだよ」
「…そうだな、どうやらそうらしいな」
 メギドで無茶をしすぎたお前だ、と返すと「もうしないよ」と答えが返った。
「ぼくは何処にも行かないよ。…ずっとハーレイの側に居るから」
「そうしてくれ。生憎と家は別なんだがな」
「…そうだったね…。ハーレイと一緒に居たいのに…。今夜くらいは一緒に過ごしたいのに」
 でもママとパパが居るから無理だよね、と俯くブルーが何を求めているのか、ハーレイには視線だけで分かった。前世での仲と全く同じに、恋人同士の絆を確かめ合う時間。ハーレイに抱かれ、失った時を取り戻したいとブルーの赤い瞳が揺れる。
「無理を言うんじゃない。お前、倒れたばかりだろうが」
 我儘を言うな、とブルーの髪をクシャリと撫でてハーレイは椅子から立ち上がった。
「…しっかり眠って疲れを取れ。今日はもう、俺は帰るから」
「えっ…。でも、また会いに来てくれるよね?」
「ああ。ちゃんと身体を大事にするんだぞ」
 分かったな、とブルーの右手を握ってやれば「うん」と柔らかな頬を擦り付けてくる。
 その仕草。ブルーが心からハーレイを愛し、側に居たいと願っているのが伝わってきた。
 けれど…。
 前の生で愛したブルーは確かに其処に居るのだけれども、前と同じに愛を語らうには心も身体も幼すぎる、とハーレイの勘が告げていた。



(…見た目どおりに子供なブルーか…)
 ブルーと別れて自分の家に戻ったハーレイはフウと大きな溜息をつく。
 慌ただしかった一日が終わり、もう今頃はブルーもベッドでぐっすり眠っていることだろう。
 大量出血を起こしたブルーは今週中は登校禁止で自宅静養。明日も様子を見に出掛けたいと思うけれども、今日ですら引き継ぎを途中で切り上げねばならなかった身だ。次にブルーを訪ねられる日は恐らく週末まで来ない。
(…一日でも早く会いたいんだがな…)
 あまりにも突然過ぎた前世での別れ。
 十五年ぶりに目覚めたブルーとろくに言葉も交わせない間に時だけが過ぎて、ブルーはメギドに行ってしまった。別れの言葉を残す代わりに「頼んだよ、ハーレイ」と次の世代を託しただけで。
 だからこそ余計にブルーを諦めきれずに、悔み続けたまま前の自分の生は終わった。死んだ後はブルーに会えるであろう、と再会の時を待ち続けながら。
 それなのに何処でどう間違えたか、あるいは神の采配なのか。病み果てた地球の地の底深くで死を迎えてからの記憶はまるで無く、時を飛び越えたように自分は再生を遂げた地球の上に居た。
 最期まで会いたいと願い続けたブルーと共に生まれ変わって、新たな生を謳歌している。
(やっと会えたのに、当分仕事で会えないとはなあ…)
 それに、とブルーの姿を思い浮かべた。
 側に居たいと、今夜くらいは共に過ごしたいと寂しそうだったブルー。
 ブルーが両親の庇護の下で暮らす子供だったから「今夜は駄目だ」と切り抜けてきたが、ブルーがハーレイに望んでいるものは前世と変わらない深い関係。
 抱いて欲しい、と赤い瞳が訴えていた。ハーレイと結ばれ、またハーレイのものになりたいとブルーは本気で考えている。けれど、ブルーの幼い身体はそのようには出来ていなかった。その身に宿るブルーの心もまた、そのように出来上がってはいない。
(…身体に合わせて心も子供になってしまったか…)
 ブルーの倍以上もの年数を生きてきた大人だからこそ見抜けた真実。
 前世の記憶を持ったブルーは以前と全く同じつもりでハーレイを求め、愛されることを望んではいるが、それがどういう行為であるかを本当に分かっているのではない。小さな身体には早過ぎることも、その柔らかくて幼い心には激しすぎる行為であることも…。
「…厄介なことになっちまったな……」
 ハーレイは自分のベッドに転がり、暗い天井を見上げて呟いた。
 長い時を越えて巡り会えたブルーは愛おしい。今すぐにでも攫って来て家に閉じ込めたいほど、ブルーが欲しくてたまらない。しかしブルーは十四歳の小さな子供で、手は出せないし、出してもいけない。
 それなのにブルー自身の望みが他ならぬハーレイによって愛され、前世そのままに結ばれることだとは、運命はなんと皮肉なものなのか…。



 どんなにブルーが願い、望もうとも前世のブルーと同じようには扱うまい。
 ハーレイがそう決意するまでに時間はさほどかからなかった。今のブルーは年相応の子供でしかなく、その言葉が如何に前世の想いを映したものであろうとも、それは言葉の上だけのこと。幼いブルーは望みをそのままに口にするけれど、本当は何も分かってはいない。
(さて、どうやって止めたもんかな…)
 駄目だ、と言えばブルーも強引に食い下がってはこないだろう。ハーレイが積極的に動かない限りはブルーの望む関係になどなれはしないし、幼いブルーに誘う技などある筈もない。けれど釘は刺しておく必要がある。
(…そう何回も強請られたんでは俺が耐えられん)
 自制心の強さには自信があったが、会う度に「抱いて欲しい」と口にされてはたまらない。瞳で訴えただけの今日と違って、ブルーならば遠からず確実に言う。幼さゆえの純粋無垢さでハーレイへの想いを告げるためにだけ、その意味すらも深く考えずに。
 その場では辛うじて耐えられるだろうが、それから後がどうなるか。子供のブルーは断られればしょげるか、脹れっ面になるかで終わるが、ハーレイの方はそうはいかない。名実ともに成人男性であるハーレイには大人の身体の事情というものがあるわけで…。
「普通に「駄目だ」と言っただけでは懲りずに何度でも言いそうだしな…」
 いい手は無いか、とハーレイは考えを巡らせた。小さなブルーを納得させて黙らせるには確たる理由が必要だ。ただ漠然と「駄目だ」と告げてもブルーは決して「うん」とは言わない。そういう頑固さはソルジャー・ブルーだった頃のブルーとさして変わりはない筈で…。
「…そうか!」
 ソルジャー・ブルーか、とハーレイの頭に素晴らしい案が閃いた。
 小さなブルーの前世であったソルジャー・ブルー。前世で恋人同士の仲になった時、彼の背丈は今のブルーよりもかなり高かった。小さなブルーの身長は聞いてはいないが、目測だけでも二十センチほどは違うだろう。
(…前の時と同じくらいの背になるまでは駄目だと言えば大人しくなるな)
 それに限る、とハーレイは唇に笑みを浮かべた。
 小さなブルーがその背丈にまで育つ間には、心の方も育ってゆく。心が育てば恥じらいも生まれ、背丈が大きくなったからといって「抱いてくれ」とはとても言えまい。そうやって年相応の心と身体をブルーが得たなら、その時こそは…。
(……それまでの間が多少辛いが、子供らしいブルーは今しか見られないからな…)
 奇跡のようにハーレイの前に帰って来てくれた小さなブルー。その成長を文字通り側で見守れる立場になれたのだから、今はその幸運を喜ぼう。ブルーが幸せそうに笑えば、きっと自分も幸せになれるに違いない…。



 ハーレイの仕事がようやく一段落して、引き受けたクラブの引き継ぎも済ませた土曜日の午後。
 訪ねて行ったブルーの家では予想通りに小さなブルーが待っていた。ハーレイの身体に抱き付いて甘え、あれこれと話を交わした挙句に、その腕がハーレイの首に回されて…。
「駄目だ」
 口付けようとしたブルーを制すると「どうして?」と赤い瞳が途惑う。
「お前、自分が何歳か分かっているのか?」
 お前にはキスは早過ぎる、と言い聞かせれば「酷いよ、ハーレイ」と恨めしげに訴えられたが。
「酷くない。お前みたいな子供相手にキスをする方がよっぽど酷い」
 俺にその手の趣味は無い、とハーレイはブルーを突き放した。
「お前はまだ十四歳にしかならない子供で、身体も立派に子供サイズだ。…そんな子供にキスなど出来るか。そういうことをやらかすヤツはな、ロクでもない大人だけなんだ」
「…でも、ぼくは…!」
「俺の恋人だと言いたいのか? それについては認めてやるが、お前の年と小さな身体が問題だ。俺は子供にキスはしないし、それ以上となれば尚更だ。悔しかったら早く大きくなるんだな」
 前のお前と同じくらいに、とハーレイは立ち上がって右手で高さを示した。
「このくらいだ、前のお前の背丈は。…お前、身長は何センチだ?」
「……百五十センチ」
「そうか。だったら残りは二十センチだ、ソルジャー・ブルーの背は百七十センチあった」
 そこまで育て、と屈み込んでブルーの銀色の髪をクシャリと撫でる。
「お前がそこまで大きくなったらキスを許してやることにしよう。…いいな?」
「…そ、そんな…! 酷いよ、二十センチもだなんて!」
「しっかり食べればすぐに伸びるさ。…とにかく、それまでは絶対に駄目だ」
 分かったな、と念を押されたブルーは脹れっ面になってしまったが、それも小さな子供ゆえ。
 ハーレイはクックッと小さく笑っただけで、撤回したりはしなかった。
 まだ百五十センチにしかならないというブルーの背丈。それが前世と同じ背丈まで伸びる頃にはブルーの顔から幼さも消えて、あの日ハーレイが失くしたブルーと寸分違わぬ美しい姿を目にすることが出来るだろう。
 その時まではキスもお預け、ブルーも不満で一杯だろうが、ハーレイ自身も…。
(…ブルー、俺だって辛いんだぞ?)
 分かってないな、という心の嘆きをハーレイはグッと堪えて飲み込んだ。
 小さなブルーは心も身体も健やかに育ってゆかねばならない。優しい両親に慈しまれて、幸せな時と温もりとに包まれながら…。



 前世と同じ背丈になるまでキスも駄目だ、と言われたブルー。
 その日、ハーレイがブルーの両親も交えての夕食を終えて帰っていった後、ブルーはそうっと足音を忍ばせ、クローゼットの隣に立ってみた。両親ともに階下に居るのだし、足音を気にする必要は何も無いのだけれど…。
「…んーっと…」
 ハーレイの背があの辺りかな、と見当をつけて見上げてみる。前世よりも小さくなってしまったブルーがハーレイの顔を仰ごうとすると首が痛いくらい。アルタミラで出会った頃にもそうだったけれど、本当にハーレイは背が高い。
「ぼくの背は、と…」
 どのくらいかな、とソルジャー・ブルーだった頃の背丈を思い浮かべてみて「あと少し!」と今の背丈との差に満足してから、その差を指で測ってみたら。
「……あれ?」
 願望が入っていたのだろうか。二十センチにはとても満たない。これはキチンと正確に測って、目標を書いておくべきだろう。家庭科の授業で使うメジャーを引っ張り出して、床から百七十センチの高さまで。
(…………)
 酷い、とブルーは泣きそうになった。何度測っても一向に変わってくれない、その高さ。小さなブルーの頭の天辺よりもうんと高いソルジャー・ブルーの背丈。けれど…。
「…やっぱり書かなきゃダメだよね…」
 残酷な現実でも、それが目標。ブルーは机から鉛筆を持って来ると、もう一度メジャーで測った高さでクローゼットに微かな印を付けた。母に見付かって叱られないよう、小さく、薄く。
「……あそこまでかぁ……」
 いつになったら伸びるんだろう、と唇を噛んで、爪先で軽く床を蹴る。
 普段は使うことすらないサイオン。それを使って身体を浮かせ、印の位置に頭の天辺を合わせてみると床までが遠い。ふわりと舞い降り、背伸びしてみて、また浮いてみて…。
(……まだまだ伸びそうにないんだけれど……)
 あんなに床が遠いだなんて、とブルーは大きな溜息をついた。
 しかしハーレイと晴れて本物の恋人同士になりたかったら、背を伸ばすしかないわけで。
(…酷いよ、ハーレイ。ぼくは子供じゃないんだけどな…)
 見た目だけだよ、と零してみてもハーレイは側に居なかった。ハーレイがいつも隣に居てくれる生活を目指すためにも育つしかない。まずは育って、それからキスで…。



 こうして始まったブルーの努力が実を結ぶまでに、どのくらいの時がかかるのか。
 何かといえばクローゼットに付けた印を眺めて溜息を漏らすブルーとは逆に、その原因となったハーレイの方は二つの思いの狭間で揺れる。
 早く育ったブルーが欲しいと願いながらも、無邪気な子供でいて欲しいと思う。
 美しく気高かったブルーも、十四歳の小さなブルーも、どちらもハーレイの大切なブルー。
 かつて愛したソルジャー・ブルーも、今のブルーも、たまらなく愛おしく抱き締めていたい。
 小さなブルーが育つまでの間に、何度考えることだろう。
 自分が心から愛するブルーは、いったいどちらの姿なのか、と。
 答えなどきっと、見付からない。
 ブルーがどんな姿であろうと、愛さずにはいられないのだから……。




        小さな印・了



※いつもハレブル別館にお越し下さってありがとうございます。
 あの17話から今日、7月28日で7年です。
 7月28日の記念用に作った筈のハレブル別館が今や毎月2回の更新だなんて…。
 14歳ブルー君とハーレイ先生にとっては「メギドは遠い過去のこと」。
 というわけで、7月28日も普段通りの更新ということになりました。
 14歳ブルー君とハーレイ先生、これからもよろしくお願いしますv
 
  過去の記念作品へは、ハレブル別館TOPからどうぞ。
 ←ハレブル別館へのお帰りは、こちらV

  ←当サイトのペットと遊びたい方は、こちらからV
※「ウィリアム君のお部屋」というコンテンツです。
 
 
 そのまんまです、「キャプテン・ハーレイのお世話」をして頂きます。
 
 
 「外に出す」と「お部屋がほんのりハレブル風味」になるのが売りです。
 
 外に出しても5分経ったら戻って来ます~。





 

 青い地球に生まれ変わって再び出会ったハーレイとブルー。
 ハーレイはブルーが通う学校の古典の教師で、ブルーは十四歳になったばかりの少年だった。
 年度初めに少し遅れて赴任してきたハーレイに会って、ブルーの前世の記憶が蘇る。同時にハーレイの記憶も戻って、前世で恋人同士であった二人は巡り会うことが出来たのだけれど。



「ハーレイ先生、ブルーをよろしくお願いします」
 ブルーの母が紅茶と焼き菓子をテーブルに置いて出て行った。此処はブルーの家の二階で、足音がトントンと階段を下りてゆき…。
「…もういいかな?」
 聞き耳を立てていたブルーは母の足音が消えるのを待って立ち上がり、向かいに座るハーレイの椅子に近付いた。がっしりとしたハーレイの首に腕を回せば、ヒョイと膝の上に抱え上げられる。
「ふふっ。…好きだよ、ハーレイ」
 すりすりと広い胸に頬を擦り寄せるブルーをハーレイの腕が抱き締めてくれた。前世よりも小さなブルーの身体はすっぽりとハーレイの温もりに包まれ、幸せな気持ちが溢れ出す。
 ハーレイの腕の中に戻れて良かった。帰ってこられて本当に良かった…。
(……あったかい……)
 瞼を閉じて幸せを噛み締めていると、大きな手が頭を優しく撫でてくる。嬉しい気持ちになると同時に、複雑な気分も感じるそれ。前の生では頭を撫でられることなど滅多に無くて…。
「…ハーレイ。ぼくは子供じゃないってば!」
 目を開け、唇を尖らせて見上げれば「どうだかな」と答えが返って来た。
「小さい上に甘えん坊だと思うがな? …前のお前はくっついてばかりじゃなかったぞ」
「今だけだよ! ずっとハーレイと離れていたから、その分だってば!」
 ブルーは懸命に言い返す。ハーレイと再び巡り会ってから、まだ充分に逢瀬を重ねてはいない。前世で引き裂かれるように別れて、「さよなら」すらも言えなくて……。最期まで覚えていたいと思ったハーレイの温もりも失くしてしまって、どんなに悲しく寂しかったか。
 そのハーレイともう一度出会えて、本当ならずっと一緒に居たい。それなのに二人の家は別々、学校に行けば教師と生徒。二人きりになれるチャンスは少なく、おまけにハーレイはキスすら許してくれない。そんな状態で失くした温もりを取り戻すためには甘えるより他に無いわけで…。
「分かった、分かった。…好きなだけくっついていればいいさ」
「うん…」
 ハーレイの鼓動が聞こえてくるのが嬉しい。自分もハーレイもちゃんと生きていて、此処は焦がれてやまなかった地球。ただ、問題が一つだけ。
(…小さすぎたなんて…。本物の恋人同士になれないだなんて……)
 ハーレイの大きな身体に包まれるのは幸せだけれど、自分がもっと大きかったならばキスも出来たし、結ばれることだって出来たのだ。なのにキスさえ許して貰えず、ブルーは小さな子供扱い。こればっかりは時が経つのを待つ他は無く、いつになったらちゃんと大きくなれるやら…。



 前の生でのソルジャー・ブルーと変わらない姿に成長するまで、本物の恋人同士の仲はお預け。せっかくハーレイと巡り会えても何かが欠けているように思う。
(…やっぱりキスくらい許して欲しいよ…)
 唇が触れるだけでいいから、とブルーはハーレイの首に腕を絡めようとしたのだけれど。
「こらっ!」
 コツン、と頭を小突かれた。
「キスは駄目だと言っただろう! お前はたったの十四歳だぞ」
「見た目だけだよ!」
「いや、中身もだ。聞き分けがないのは子供の証拠だ」
 何度言えば分かる、とハーレイの眉間に皺が寄る。
「…まったく、本当にお前ときたら…。少しは自覚しろ、今の自分というヤツを。…お前は本物の十四歳だ。何と言おうがそれは変わらん」
そう言ってブルーの銀色の髪をクシャリと撫でたハーレイの頬がフッと緩んだ。
「……考えてみれば俺は随分と偉そうな口を叩いてるんだな、ソルジャー・ブルーに」
「えっ?」
「お前と呼ぶのが普通だなんて酷いもんだ。…エラが聞いたら何と言われるか」
 前の生でのシャングリラの長老の一人、エラは礼儀にうるさかった。ソルジャーだったブルーの立場は誰よりも上で、ハーレイがその次の地位であっても礼は必ず取らねばならない。
「でも、ハーレイ…。最初の間は「お前」だったよ」
 ブルーは遠い記憶を遡る。ソルジャー・ブルーと呼ばれるよりも前、アルタミラを脱出してから間もない頃は…。
「そうだな、最初は「お前」だったな。お前が今と同じくらいに小さかった頃か…」
「うん。…ぼくはハーレイから見れば小さな子供で、ハーレイはうんと大人だったよ」
 今よりはずっと若かったけれど、とブルーが微笑むとハーレイが「うーむ…」と短く唸った。
「少しばかり年を取り過ぎたか? お前と違って」
「ううん。…今の姿のハーレイが好きだよ、だって恋人同士になった時には…」
 その姿のハーレイだったもの、と口にしかけて慌てて飲み込む。ハーレイと育んだ恋が実って、青の間で初めて結ばれた時。…思い出すとやっぱり少し恥ずかしい。
「…そういえば俺が今の姿になってからだったな、お前も立派なソルジャーだったし」
 ハーレイの指がブルーの髪をそうっと梳いて、鳶色の瞳が懐かしそうに細められた。
「ソルジャーとキャプテンだったんだなあ、あの頃は…。お前を「あなた」と呼んでたっけな」



 遠い遠い彼方に過ぎ去った過去の生へとブルーは思いを馳せる。
 アルタミラで皆で乗り込んだ船がシャングリラへと名を変え、その船体もが形をすっかり変える間にブルーとハーレイも仲間同士からソルジャーとキャプテンに立場を変えた。
 いつの間にかハーレイがブルーを呼ぶのも「お前」から「あなた」に変わってしまって、言葉も敬語になってしまった。それが普段の言葉だったし、それで普通だとも思っていた。
 でも、今は…。
 ハーレイの方がずっと大人で、ずっと大きくて、ブルーが通う学校の教師。
 ブルーを呼ぶ言葉も「あなた」ではなくて「お前」になった。
 子供扱いは悲しいけれども、言葉遣いは今の方がいい。「あなた」と呼ばれるのも、敬語で話すハーレイも好きだったけれど、普通の言葉で話してくれるハーレイと過ごす今が嬉しい。
 前の生でもハーレイは何度もブルーを守ると言ってくれたのに、実際はブルーが守る者だった。シャングリラを守り、ミュウたちを守り、ハーレイもその中に含まれる者だったから。
 しかし今度の生では違う。
 ブルーは十四歳にしかならない子供で、ハーレイは倍以上もの年を重ねた大人。
 平和な地球に生まれたブルーに守らねばならぬ存在は無くて、ハーレイの方がブルーの守り役。
 これが幸せでなくて何だろう?
 小さすぎたせいで本物の恋人同士にはなれないけれども、これで幸せ、今が幸せ。
「…ねえ、ハーレイ…」
 ブルーは自分を腕の中に抱くハーレイの顔を見上げた。
「前の話し方も好きだったけれど、今度はずっと…「お前」がいいな」
「ん?」
「普通に「お前」って呼んで話してくれるのがいい。「あなた」みたいに丁寧な言葉じゃなくて」
 ぼくが大きく育ってからも、と強請ってみれば「当たり前だろうが」と呆れられた。
「お前、俺よりも幾つ年下なんだ? 綺麗な美人に育ったからって敬語で話す義理なんか無いぞ」
 思い上がるな、と指で額をつつかれ、「ふふっ」と擽ったそうに首を竦めると、ハーレイの瞳がすうっと真剣な光を湛えて…。
「…実は、俺もだ」
 強い両腕で抱き締められた。
「俺もお前をずっと「お前」と呼び続けていたい。…今と変わらない喋り方でな」
 お前が昔と変わらない姿に育った後も、と熱い声が囁く。好きでたまらないハーレイの声が。



「…なあ、ブルー」
 優しくて温かな手がブルーの背を撫で、愛おしげに、大切な宝物のように抱き締めた。
「お前が十四歳の小さな子供で、俺はどんなに嬉しかったか…。お前は不満だらけかもしれんが、俺は本当に嬉しかったんだ」
 本当だぞ、と腕に力が籠もる。
「今度こそ本当にお前を守れる。俺はお前よりもずっと年上で、お前を守ってやることが出来る。…前はお前を守ると口では言えても、実際は何ひとつ出来なかった。しかし今度は違うんだ」
 お前はこんなに小さくて弱い、と膝の上で抱え直された。
「俺の腕の中にすっぽり収まる小さなお前が今のお前で、育ってもソルジャーになる必要はない。お前は俺よりも年下のままで、俺に守られるままでいい。…今度こそ俺がお前を守る」
 そのままでいろ、と強い腕がブルーを包み込んで広い胸へと押し付けた。
「ブルー、ゆっくり大きくなれ。…お前が守らなくてはいけないものなど今の世界には何もない。だから急がなくてもいいんだ。年相応の子供でいい」
「……うん……」
 いつもだったら逆らいたくなる「年相応」だの「子供でいい」だのという言葉だったが、逆らう気持ちは起こらなかった。ハーレイが何を言っているのか、ブルーにも感じ取れたから。どういう思いで紡がれた言葉か、その優しさが、その暖かさが泣きたくなるほどに嬉しかったから…。
「…ブルー。俺はお前の幸せそうな姿を見ていたいんだ。…前のお前には叶わなかった分まで、幸せに包まれて育って欲しい。普通の子供に生まれたお前の幸せな笑顔を俺に沢山見せてくれ」
「…うん……」
「分かるな、お前は俺の大切な宝物だ。お前がこれから育つ時間も、俺にとっては何にも替え難い宝物になる。…お前の笑顔を見ていられるだけで、俺は誰よりも幸せなんだ」
 ……俺だけの小さなブルーでいてくれ。
 その言葉にブルーはコクリと頷いた。普段なら口にされる度に唇を尖らせ、脹れっ面になってしまう筈の言葉が、今は嬉しくて心地よい。
 前の生でもハーレイの「守る」という言葉に嘘偽りは無かったけれども、現実がそれを許さなかった。いくらハーレイが願い、誓いを立ててもブルーを守れはしなかった。
 でも、今は違う。
 ハーレイはブルーよりもずっと年上で、身体だってずっと大きくて…。
 それにブルーが通う学校の教師で、ブルーはハーレイに教えて貰う立場の小さな教え子。
 何もかもが「ハーレイがブルーを守れる」ように設えられた世界が今で、ブルーはハーレイに守られて生きる者。それが当たり前で普通な世界にブルーは生まれて来たのだから…。



 小さなブルー、とハーレイが呼び掛けてくれることが嬉しいなんて、とブルーは微笑む。
 もしも十四歳の子供でなければ今頃はとうにハーレイと結ばれ、共に暮らしていただろう。早く一緒に暮らしたいのに、それを阻むのがこの身体。
 十四歳になったばかりの子供で、おまけにハーレイとは教師と生徒。
 こんな立場でなかったならば、と何度思ったことだろう。…これから先も幾度となく不平不満を抱いて文句を言ってはハーレイを困らせ、自分でも悔しくなるだろうけれど、今だけは…。
 今度はハーレイに守って貰える。
 前の生では約束だけに終わった言葉を果たそうとしてくれるハーレイの腕に、その広い胸に。
「……ハーレイ……」
 温かなハーレイの胸に抱かれて、ブルーは幸せに酔いながら呟いた。
「…ハーレイが守ってくれるんだったら、ぼくは小さなブルーでもいい。…今だけだったら」
 今だけだよ、と繰り返す。
「…早く大きくなりたいもの。…でないとハーレイと本物の恋人同士になれないもの」
「またそれか…」
 そればっかりだな、とハーレイは苦い笑みを浮かべた。
「お前は小さな子供なんだし、そういう話は早過ぎるんだと何度も言っているんだが…。だがな、本当を言えば俺だって早くお前が欲しい」
 鳶色の瞳の底に一瞬だけ揺らめいた焔にブルーは気付かなかったが、その焔こそがハーレイが心の深い奥底に秘めるブルーへの想い。キャプテン・ハーレイであった頃から愛し続けて、ブルーを一度失くしたからこそ激しく強く燃え盛る焔。
 けれどハーレイは苦しいほどの想いを抑えて腕の中の小さなブルーを抱き締める。
 無垢で幼く、愛らしいブルー。
 前の生ではミュウたちを乗せた船を守るため、同じ姿でも果敢に戦い続けたブルー。細い身体で負っていた重荷を、痛々しいとまでに思ったその生き様を、ブルーには二度と味わわせたくない。
 ブルーが幸せに笑う姿を、十四歳の子供らしい姿を側で見守り、ただ微笑んでやりたいと思う。
 だからブルーを求めてはいけない。
 どんなにブルーが求めようとも、時が来るまではブルーと結ばれるわけにはいかない。
「…ブルー。俺は大きくなったお前を見たいし、お前を早く欲しいとも思う。……だがな、お前は急がなくていい。お前には子供でいられる時間がまだたっぷりとあるんだからな」
 急いで大きくならなくていい、とハーレイはブルーの前髪をそっとかき上げた。
「いいか? 前に失くした子供としての時の分まで、その姿で幸せに生きてくれ、ブルー」
「…うん…」
 分かるけれど、と返したブルーの額に唇を落とし、柔らかな頬を両手で包む。前の生であれば、そのまま唇に口付けたであろう所を、口付けは再びブルーの額に。



「…ハーレイ…」
 唇へのキスを強請ろうとするブルーの仕草に、「駄目だ」とハーレイは首を左右に振った。
「言ったろう、俺だけの小さなブルーでいてくれ、と。お前はゆっくり大きくなるんだ」
 いいな、とブルーの唇を人差し指で押さえ、念を押してから苦笑する。
「…こう格好をつけていてもだ、明日には違うことを言っていそうな気もするんだがな。…いや、明日まで持たないかもしれん」
「…なんて?」
 ブルーの期待に満ちた瞳に、ハーレイは喉の奥でククッと笑った。
「残念ながら、お前が思っているような甘い台詞じゃないな。…俺の定番の台詞だ、ブルー」
「えっ?」
「しっかり食べて大きくなれよ、と何回も言っているだろう?」
「……それだったの?」
 心底ガッカリした様子のブルーの頭をハーレイの大きな手がポンポンと叩く。
「当然だろうが、何を期待してた? ほら、そろそろ自分の椅子に戻れよ」
 ……お母さんが様子を見に来るぞ。
 そう囁かれたブルーは慌ててハーレイの膝から飛び降り、チョコンと自分の椅子に座った。
 すっかり冷めてしまった紅茶を急いで飲み干し、焼き菓子を懸命に頬張る姿が可愛らしい。
「…よし。年相応の姿だな、うん」
 しっかり食べろよ、と口にしたハーレイにブルーが小さく吹き出した。
「もう言ってる! ハーレイ、明日まで持たないどころか、もう言っちゃってる!」
「………。いや、食べろとしか言ってない。大きくなれとは言わなかったぞ」
 渋面を作ってみせるハーレイにブルーはコロコロと笑う。その屈託のない子供らしい笑顔に心を満たされ、ハーレイの顰めっ面は脆くも崩れた。
「…降参だ、ブルー。……どうやら俺の決意は一瞬で崩れてしまったらしいな。…しっかり食べて大きくなれよ。待っているから」
「うんっ!」
 無邪気に答えたブルーの皿に自分の分の焼き菓子も乗せてやる。食が細いブルーが喜んで食べる数少ない好物、母が焼く軽い口当たりの菓子。
 ゆっくり育って欲しいけれども、その一方で「早く」とも願ってしまう小さな恋人。
 ハーレイはブルーを愛しげに眺め、自分の心に固く誓いを立てた。
 今度こそ俺がブルーを守る。前は叶わなかった分まで、俺の大切なブルーをこの手で……。




        守られる者・了


※いつもハレブル別館にお越し下さってありがとうございます。
 あの17話から7月28日で7年になります、早いものです。
 昨年までは7月28日のみの更新だったハレブル別館もすっかり様変わり致しました。
 まさか転生ネタを始めるとは思ってもいなかったですねえ、自分でも。
 とんでもないスロースターターだったのだな、と呆れるしかない新連載開始…。

 というわけで、今年の7月28日は14歳ブルー君に登場して頂きます。
 7月28日に新しいお話をUPしますので、遊びにいらして下さいねv





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