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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

 ハーレイが訪ねて来てくれる土曜日の朝。
 目覚めて直ぐに土曜日だと気付き、今日はハーレイと何を話そうかと考えを巡らせかけたブルーの耳が音を捉えた。激しくはないけれど、屋根を叩く水の雫の音。
「…雨だ…」
 先日までの天気予報では雨は降らないと言っていたのに、予報が変わって曇りになったのが昨日の朝のこと。土曜日は早朝から釣りに出掛けるのだと話していたクラスメイトの顔を思い出す。曇りならともかく、本降りの雨。彼は釣りに行くことが出来ただろうか?
(ぼくは何処にも出掛けないから関係ないけど…)
 きっと何人もの休日の予定が変更になるに違いない。外でやるスポーツやハイキング。車で出掛ける人にしたって、遠出をやめて近い所へ行くかもしれない。その点、ブルーは家でハーレイの来訪を待つだけなのだし、何も変わりはしないのだが…。
(ハーレイ、今日は車かな?)
 ブルーの家を訪ねて来る時、ハーレイが使う方法は三通り。路線バスと自分の車と、自分の足と。雨が降る日は大抵が車で、晴れか曇りなら路線バス。運動を兼ねて歩いて来る日は雨とは無縁の天気が良い日。
 そんなことをつらつらと考えながら着替えを済ませて両親と一緒に朝食を摂った。雨は一向に止もうとはせず、どうやら夜まで降り続くらしい。
(夜まで降るなら、釣りはやっぱり無理だったかな?)
 クラスメイトのガッカリした顔が目に浮かぶようだ。ブルーは生まれつき身体が弱かったから、雨で変更を強いられそうな予定とは殆ど縁が無い。屋外でスポーツなどはしないし、長距離を歩くハイキングだって学校の遠足くらいなもの。それすらも参加出来ずに家に居たことも度々で…。
(雨って、色々と大変だよね)
 いつものように部屋を掃除し、後はハーレイが来るのを待つだけ。自分用の椅子に座って窓から表の庭と通りを見下ろす。ハーレイは車か、はたまた傘を差しての到着か…。
「あっ!」
 やっぱり車、と見慣れたハーレイの愛車が来客用のスペースに入ってゆくのを眺めた。ハーレイの車を見るのは好きだ。今はまだ一緒に乗せては貰えないけれど、大きくなったら…。
(車で何処でも行けるんだよね)
 一日でも早く大きくなって、ハーレイが運転する横で助手席に座って、いろんな所へ。そうなる頃には雨に降られて気落ちすることもあるのだろうか?
(…えーっと…。雨が降ったら駄目な所って何があったかな?)
 屋根の無い公園、それから海辺。山も駄目かな、と指を折って順に数える途中で気が付いた。雨が降ったら台無しどころか、もっと大変なとある事実に。



 車をガレージに停めたハーレイが母の案内でブルーの部屋までやって来る。軽いノックの音に声を返すと扉が開いて、ハーレイが「おはよう」と穏やかな笑顔で現れた。ブルーの向かいの椅子に腰掛け、母がテーブルに紅茶と焼き菓子を置いて…。
「ごゆっくりどうぞ。何か御用がありましたら、ブルーに仰って下さいね」
「ありがとうございます。今日もお世話になります」
 ハーレイは丁重に礼を述べるが、本当の所、世話になっているのはブルーの方だ。ブルーが此処に居なかったならば、ハーレイには自分の時間を自由に使える休日が今日もあった筈。土曜日と日曜日が巡ってくる度、ブルーはハーレイを拘束している。雨降りよりも厄介な存在が自分。
「どうした、ブルー?」
 元気が無いな、とハーレイに顔を覗き込まれた。母はとっくに扉を閉めて出て行ったらしい。
「…うん……。…ううん」
 曖昧に答えたブルーに、ハーレイは「気になることがあるのなら言え」と促してくる。
「お前、どう見てもおかしいぞ。甘えもしないし、喋りもしない。……何があった?」
「……えっと……」
 どうしようかと言い淀んだものの、ブルーがハーレイの休日を殆ど一人で独占している今の状態は今後も続く。ハーレイがそれを選んだとはいえ、無期限でブルーの守り役として。
 前世では心も身体も結ばれた恋人同士で、今の生でもハーレイはブルーを恋人だと言う。ブルー自身も恋人だと思っているのだけれども、実際はキスすら交わしてはいない。そんなブルーに付き合い続けて休日の大半を潰してしまって、ハーレイはそれでいいのだろうか?
「ハーレイ…。一つ訊いてもいい?」
 ブルーは思い切ってハーレイの鳶色の瞳を見詰めた。
「なんだ? 俺で分かることならいいんだが…」
「…ハーレイにしか答えられないことだよ。……ハーレイ、休みの日は前は何をしていたの?」
「休みって…。今日みたいな土曜とか日曜のことか?」
「うん。……ぼくの所へ来なくちゃいけなくなってしまう前は何をしていたのかな、って…」
 其処まで言うのが精一杯。ブルーは俯き、黙ってしまった。
 自分が知らないハーレイの休日。今よりも遙かに充実していて、色々な場所へ出掛けて行って…。
 ハーレイの答えを待つまでもなく分かっている。自分がハーレイを独占する前は何通りもの休日の過ごし方があって、ハーレイはそれらの日々を心から楽しんでいたに違いないと。
「……なるほどな……」
 ハーレイはクッと小さく喉の奥で笑い、ブルーの銀色の髪を右手でクシャクシャと撫でた。



「…お前の質問への答えだが」
 その言葉にブルーはピクリと肩を震わせた。それを見たハーレイがクックッと笑う。
「まずは、一つ目。…ブルー、お前は重大な勘違いってヤツをしているぞ。俺は強制されて此処へ来ているわけじゃない。建前上はそういうことになっているがな、お前まで勘違いを起こしてどうする。俺はお前に会いたいから此処に来るんだぞ」
「…でも……。ぼくは小さいから、ハーレイの恋人っていうのは名前だけだよ」
「名前だけでも充分なんだよ、俺にはな。…お前が昔の姿に育つ時まで何十年でも待てると何度も言っているだろう? 見張っていないと他の誰かに盗まれそうだ」
 お前はとてつもない美人に育つんだしな、とハーレイはパチンと片目を瞑る。
「自分の宝物の番をしたくないヤツは居ないと思うぞ、盗まれそうなモノとなったら尚更だ」
「…だけど……。ハーレイのための時間が全然無いよ」
「俺のためだろうが、今だってな。とびきりの美人に育つ予定のお前の姿を眺めて暮らす。しかも将来は俺のものになると言ってくれる可愛い恋人なんだぞ? こんな贅沢な時間は無いと思うが」
 おまけに美味い飯だの菓子だのも付く、とハーレイの指が焼き菓子の皿を指差した。
「この菓子もお前のお母さんの手作りだしな? その辺のヤツより美味い菓子が食えて、飯だって色々作って貰える。俺も料理は得意な方だが、作って貰った飯というのは格段に美味い」
「…それでもやっぱりハーレイが自由に使える時間は無いよ…」
「俺としては今現在も自由時間のつもりだが? 恋人と二人で過ごせる時間が自由時間でないヤツがいたら、是非ともお目にかかりたいな。そんな馬鹿野郎には恋など出来ん」
 そして、と褐色の手がブルーの髪を優しく梳いてゆく。
「お前の質問への二つ目の答え。…お前という宝物があるなんてことを知らなかった頃は、休みと言ったら運動だったな。柔道もいいし、水泳もいい。道場に行って指導もしてたし、一日中プールで泳ぎまくったり…。それはそれで楽しい休日だったが、宝物を見付けてしまうとなあ…」
 値打ちがググンと下がるもんだ、とハーレイはニッコリ笑ってみせた。
「俺だけの宝物を眺めて過ごせて、しかも飯付き。それに比べれば、自由を満喫していたつもりの昔の俺ってヤツは悲惨だ。ただの寂しい独身男さ、嫁も彼女も居ないんだからな」
「……本当に? ハーレイは本当に今みたいな休みでかまわないの?」
「当たり前だろうが、何度言えば分かる? 俺は自分の宝物の見張りに通っているんだ、盗られたり逃げられたりしないようにな」
 この宝物には綺麗な足が生えているから、とハーレイの足がテーブルの下のブルーの足に触れて、直ぐに離れた。
 それは本当に一瞬のこと。小さなブルーは知りもしないが、倍以上もの年を重ねたハーレイの方は立派な大人の男性。ほんの少し足が触れ合っただけでも身体の奥に熱がじわりと生じるのだから。



 宝物のブルーを他の誰かに盗られないよう、ブルーが逃げてしまわないよう、その側で見張る。
 それが自分の休日であって、最高に贅沢な過ごし方だとハーレイは言った。
「盗まれてから歯軋りしても遅いし、逃げられたとなると泣くしかない。そんな惨めな目には遭いたくないからな。…特にお前が逃げる方は、だ」
「…逃げたりしないよ、ぼくはハーレイしか好きにならない」
「……どうだかな?」
 分からないぞ、とハーレイが難しい顔をする。
「前のライバルはシャングリラのヤツらだけだった。しかし今度は違うからな…。地球だけでも凄い人数が居るし、宇宙には星が幾つも散らばってやがる。そしてお前は美人ときた。目をつけるヤツはきっと多いぞ、お前と釣り合う年のヤツらも掃いて捨てるほど居るんだからな」
 こんなに老けたオッサンよりも若いヤツの方がいいだろう? と訊かれたブルーは「ううん」と首を左右に振った。
「ハーレイだから大好きなんだよ、ハーレイが若く生まれていたなら若いハーレイでもいいんだけれど…。ハーレイ以外の恋人なんて欲しくもないし、そんなの要らない」
「もしも若いゼルが居たらどうする。…まだ出会っていないだけかもしれない」
「ゼルは最初からどうでもいいよ! シャングリラに居た頃から興味無しだよ!」
「そうか? …お前より年上のジョミーというのも可能性はゼロではないんだが」
 その辺からフラリと出てくるかもな、と言われたけれども、ジョミーだってブルーはどうでも良かった。シャングリラに居た頃、ハーレイとジョミーと、どちらがモテていたのかと問われれば恐らくはナスカでほんの数日だけ目にした青年の姿のジョミーだろうが…。
「ジョミーだって好きにならないし! ヒルマンも要らないしノルディも要らない!」
 ハーレイが更なる名前を持ち出す前に、とブルーは先手を打って叫んだ。
「まかり間違ってキースが来たって、ぼくは絶対断るから!」
「…ははっ、キースか! そう来たか!」
 アレな、とハーレイが眉間に寄せていた深めの皺が崩壊した。
「分かったよ、お前の本気の凄さは。…要するにお前は俺から逃げる気は無い、と」
「逃げたりしないし、盗まれもしない。キースが来たら断ってダッシュで逃げることにするし!」
 メギドでブルーを撃ち殺そうとした男、キース・アニアン。今でも時々夢に見るけれど、彼もまた何処かに居るのだろうか? 彼は最期にミュウの未来を拓いてくれたと学校で習う。今の生で彼と出会えたならば語り合いたいとは思うけれども、それと恋とは全く別で…。
「ホントのホントに逃げるんだから! でも、逃げ遅れて捕まってたら…」
 助けに来てくれる? と尋ねてみる。前の生でのハーレイだったら無理だった。しかし、今の生のハーレイは違う。今のハーレイなら、恐らくは、きっと…。



「お前が盗まれてしまった時か?」
 取り返すために殴り込むさ、とハーレイは豪快に笑い飛ばした。
「盗んだ男をタコ殴りにして窓から捨てるくらいはするぞ? もちろん、死なない程度の高さの窓からだがな。…しかしだ、お前が逃げた時には俺は黙って見送ってやる」
 本当だぞ、とブルーの髪を大きな褐色の手がグシャグシャと撫でてかき回した。
「今のお前は逃げる気なんぞは本当に全く無いんだろうが、人生ってヤツは分からんものだ。俺が今頃になってやっとお前と出会えるくらいだ、お前の人生にも何が起こるか分からんさ。…そしてお前が他の誰かに惚れたと言うなら、俺はお前のために身を引く」
 ……俺にお前を縛る権利は無いからな。
 そう言いつつも、ハーレイは「だから」とブルーの頬を指先で軽くチョンとつついた。
「だから、お前に逃げられないように番をするのさ。そのために俺は此処に居る。その脹れっ面、「ぼくは絶対」と言いたいんだろ? だがな、人生には「絶対」は無い」
 現に俺だってお前に惚れた、とハーレイの鳶色の瞳が悪戯っぽい光を宿した。
「俺の家には子供部屋まであるんだぞ? なのに子供はどう間違えても無理そうだしな! お前が産んでくれるというなら話は別だが、お前、産めるか?」
「えっ…。そ、それはちょっと…」
 無理! とブルーは耳の先まで真っ赤になった。
 いつかはハーレイと本物の恋人同士になるのだと固く心に決めているけれど、そうなっても子供は作れない。どう頑張っても男同士では無理なことくらい、小さなブルーでも分かっている。
「ほら見ろ、俺の人生の設計図ってヤツがお前に出会って崩れたわけだ。子供部屋まで作っておいても子供は無しな人生なんだぞ、お前の人生もどうなるんだか…」
「ぼくはホントに逃げないってば! でも捕まって盗まれちゃったら…」
「取り返す!」
 お前に万一のコトが起きてしまう前に何処であっても殴り込む、と告げてハーレイは立ち上がり、ブルーの背後に回り込んだ。小さな身体を椅子ごと抱き締め、その耳元で熱く囁く。
「…いいな、俺の休日はお前のものだ。俺が自分でそう決めた。お前は心配しなくていい」
「うん…。ハーレイがそう言うのなら……。それでね…」
 ぼくのお休みの日はハーレイのものでいいんだよね、とハーレイの腕に甘える小さなブルーはまだまだ分かっていなかった。ウッカリ盗まれてしまおうものなら自分の身に何が起こるかを。
 それが起きる前に何処であろうとも殴り込む、と言うハーレイがどれほどにブルーを大切に想っているのかも理解し切れない十四歳の小さなブルー。
 そんなブルーのためだけにあるハーレイの休日は、ハーレイの身には少しだけ切なく甘かった…。




             雨の降る日に・了




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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv







それは春休み前のとある一日。三月に入ってまだ日も浅く、シロエ君は卒業式で披露する技の仕上げに余念がありません。毎年恒例、校長先生の銅像を変身させるイベントです。とはいえ外見はほぼ完成だとかで、後は目からビームなどの仕掛けや配線なんかで。
「ふう…。これで動けばいいんですけどね」
トントンと肩を叩いているシロエ君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッとコーヒーのカップを。
「かみお~ん♪ お休みなのにお疲れ様ぁ! はい、どうぞ」
ホイップクリームたっぷりだよ、と差し出すコーヒーを淹れている所は見ていました。オレンジリキュールを加えてホイップクリームをふんわり沢山、トッピングにカラフルなお砂糖を散らしていたのです。なんだかアレって美味しそうかも…。
「あれっ、みんなもコーヒー欲しいの?」
ハイ、ハイ、ハイッ! と手が挙がりまくり、淹れて貰えました、特製コーヒー。今日は土曜日、シャングリラ学園はお休みです。私たちは会長さんの家に遊びに来ているわけですが…。
「いいなあ、ぼくにもコーヒー淹れてよ」
「「「!!?」」」
バッと振り返った先で紫のマントがフワリと翻り、ソルジャーが姿を現しました。リビングのソファに腰を下ろすとニッコリと。
「コーヒーと、それにケーキもね」
「はぁーい!」
ちょっと待ってね、とキッチンに駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。間も無くコーヒーのカップとアプリコットのタルトがソルジャーの前のテーブルに…。
「ありがとう。ちょうどね、暇にしていたものだから…」
「こっちは暇じゃないんだけれど?」
特にシロエが、と会長さんはしかめっ面。けれどソルジャーが気にする筈もなく、クリームたっぷりのコーヒーに顔をほころばせて。
「いいね、これ。コーヒーって感じがあんまりしないや、リキュールが入っているのも嬉しい。…で、暇じゃないってどういうことさ? ああ、これか…」
今年も慰安旅行なんだね、とソルジャーの視線が捉えた先には旅行パンフレットが山積みでした。卒業式と同じく恒例になってしまった春の慰安旅行。元老寺で春のお彼岸のお手伝いをするジョミー君とサム君の慰労会です。
「只今、行き先を検討中って所かな? ぼくの意見を言ってもいい?」
「乗っ取り禁止!!」
話に入るな、と会長さんの厳しい声が飛び、ソルジャーは。
「うーん…。でもさ、毎年、お邪魔してるよ? だからたまにはぼくの意見も」
「乗っ取られるだけでも迷惑なんだよ、ジョミーたちの身にもなってみたまえ! 毎年々々、君たちに旅行を乗っ取られてさ…。慰安旅行は君たちのためにあるんじゃないんだから!」
黙ってタルトを食べていろ、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお代わりを用意させました。こっちに来るな、と顔に書いてあります。ソルジャーは大きく伸びをして。
「…分かったよ…。じゃあ、君たちだけでお好きにどうぞ」
もちろんお昼も出るんだよね、とソルジャーは居座るつもりです。来てしまったものは仕方ない、と私たちは無視する方向に。休日返上のシロエ君の作業が一段落したら、慰安旅行の相談ですよ~!



「暖かい所もいいんだけどさあ、温泉なんかもいいかもね」
ゆったり浸かって疲れを取って…、とジョミー君。
「お彼岸って正座地獄だし…。膝にくるから、露天風呂とかで温めたいな」
「若くねえなあ…。どうすんだよ、お前」
今からそれでは先がないぜ、とサム君は呆れ果てた顔。
「お彼岸くらいで地獄だったら締めの道場はどうなるんだよ? アレって相当キツイと聞くぜ。そうだよな、キース?」
「伝宗伝戒道場か? あれを終えないと住職の資格が取れないだけに、定年退職後に僧侶を目指すって人も何人か来ていたが…。正直、泣きの涙だったようだぞ、膝の問題は」
休憩時間にマッサージ、とキース君。
「正座もキツイが、五体投地を嫌と言うほどさせられるしな…。膝がヤバイという理由で下山した人は俺の年にはいなかったんだが、そういう人が出る年もある。ジョミーの外見で膝で下山だと、後々までの語り草だな」
「えーーー! げ、下山って、追い出されるって意味だっけ?」
「まあ、それに近い。お山を下りる…。つまり寺から出て行くという意味だが、膝で下山をしたいのか?」
恥さらしだぞ、とキース君は可笑しそうに笑っています。
「見た目年齢は高校一年生だしなぁ…。根性が足りないヤツと話題になるか、実年齢の方で評価されるか。何歳で道場に行くかにもよるが、四十代とかだと言われるぞ。これだからオッサンというヤツは…、とな」
「……お、オッサン……」
「オッサンでなければ中年ってトコか。道場のメインは大学三年生だってことを忘れるなよ? 四十代は立派な中年だ。下手をすれば三十代でも危ない」
オッサンが膝が辛くて下山していった、と津々浦々で語られるのだ、とキース君に言われたジョミー君は派手に打ちのめされています。
「そ、そんな…。オッサンだなんて……」
「嫌なら若い間に道場に行くか、正座を克服するかだな。ああ、正座だけでは足りないか…。五体投地もキッチリやって経験値ってヤツを上げとけよ」
「酷いや、お彼岸だけでも沢山なのに! それと棚経で充分なのに!」
「それで足りると思うんだったら、甘く見たまま道場に行け。そして落伍して見事にオッサン認定ってわけだ」
まあ頑張れ、とキース君はまるで他人事。そりゃそうでしょう、自分はとっくに道場を終えて今や立派な副住職です。ジョミー君が落伍したって法話のネタにしちゃうかも…。
「高校生なのにオッサン認定…。なんか物凄く傷ついたかも……」
傷を癒すにはやっぱり温泉、とジョミー君は温泉旅行のパンフレットを広げ始めました。この季節だとカニ料理がセットの温泉旅行が目立ちます。カニ料理なら食べるのに夢中で沈黙しがち。バカップル対策には最適かも、と私たちの気持ちも温泉ツアーに傾き始めていたのですが。
「…えーっと…。お取り込み中を悪いんだけど、ちょっといいかな?」
「「「???」」」
掛けられた声は存在をスル―していたソルジャー。あれ? あんなパンフレットあったかな? って言うか、ソルジャーに旅行のパンフレットは渡していなかったと思うのですが…?



「これ、これ! これが気になるんだけど…」
ソルジャーが私たちの前に置いたパンフレットには見覚えがありませんでした。『プリンセスになれる旅』と大きく書いてありますけれど、誰がこんなの持ってきたわけ…?
「「「プリンセスになれる旅…?」」」
私たちは顔を見合わせ、パンフレットを持ち込んだ犯人探しが始まりそうになったのですが。
「ごめん、ごめん。パンフレットは君たちが独占しちゃってたから、旅行代理店に置いてあるのを見てたわけ。ぼくならサイオンで見放題だし…。そしたら、こういうパンフレットが」
面白そうだから瞬間移動で貰っちゃった、とソルジャーはパンフレットを広げました。
「お姫様扱いしてくれるらしいよ、ホテルとかレストランとかで! 朝食はルームサービスでどうぞって書いてあるしさ、こういう旅も良さそうだなぁ…って」
「じゃあ、そっちに行けばいいだろう」
今年の春は別行動だ、と会長さん。
「そもそも春の慰安旅行に君たちが来るのが間違っている。君のハーレイと行ってきたまえ、素敵にお姫様気分になれるさ」
「……ハーレイと……?」
お姫様ってキャラじゃないんだけれど、とソルジャーはパンフレットを眺めながら。
「食事はともかく、エステにスパだよ? 何かが違うと思わないかい?」
「それを言うなら慰安旅行だって同じだよ! こんな面子でお姫様も何も…。そりゃあ、女子には夢の旅行だろうけど、ジョミーたちはね…」
「うん、要らない!」
それは要らない、とジョミー君は即答でした。
「キャプテンと行けばいいじゃない! キャプテンがキャラじゃないって言うんだったら、エステとかスパは一人で行ってさ…。ちゃんとお金を払いさえすれば断ってもいいと思うんだよね」
「俺もジョミーに賛成だ。あんたはそっちに行くんだな」
そして俺たちは温泉だ、とキース君が話題を元に戻した途端に、ソルジャーは。
「いいかもねえ…。お姫様気分でハーレイと旅行ね、そういうヤツにも憧れないってことはない。ぼくたちは新婚旅行をしていないしさ、この際、ハネムーンと洒落込もうかな?」
「はいはい、ハネムーンでも何でも好きにしたまえ」
その代わり費用は自分持ち、と会長さん。
「慰安旅行に同行されたら支払い義務も生じるけどねえ、別行動なら無関係! 今年の春はハーレイの財布に優しい春になりそうだ」
慰安旅行の費用は何故か教頭先生の負担になっていました。会長さんと旅が出来る代わりに全額負担が条件なのです。ソルジャーとキャプテン、それに「ぶるぅ」が割り込んでくると費用は馬鹿にならないわけで…。



「財布に優しく、目にも優しい旅ってね。君たちの熱々バカップルぶりを見せ付けられなくて済むんだからさ、もうハーレイは大喜びだよ」
「うーん…。だったら費用はノルディの負担ってコトになるのか…」
「別にいいだろ、しょっちゅうたかっているんだし…。そのパンフを持って行っておいでよ、きっと喜んで出してくれるさ。場合によってはノルディも参加するかもだけど」
「えっ、ノルディ?」
それは微妙、と呟くソルジャー。
「ハネムーンにノルディってお邪魔虫じゃないか! あれは二人の世界のものだろ?」
「そうと決まったものでもないよ? 昔はそういうツアーもあったし」
よく聞きたまえ、と会長さんは指を一本立てて。
「旅行が今ほどメジャーじゃなかった時代にはねえ、ハネムーン専門の団体旅行があったわけ。右も左も新婚カップル、移動の飛行機もバスの中でも他のカップルがついてくる。もちろん食事も隣のテーブルに同じツアーのカップルが…。二人の世界じゃないよね、それは」
それに比べればノルディくらい、と会長さん。
「他のカップルと自分たちとを比較して落ち込む必要もないし、ノルディを連れて行ってきたまえ。見せつけるのは大好きだろう?」
「…それはそうだけど……」
どうせなら何かもうちょっと、とソルジャーはパンフレットを見詰めて考え込んでいましたが。
「そうだ、他のカップルと一緒に旅行! 比較しながら幸せたっぷり!」
「「「は?」」」
「こっちのハーレイ、ブルーのためなら頑張るからねえ…。だけどブルーは突っぱねるしさ、喧嘩しそうなカップルを見ながらハネムーンというのも面白そうだよ」
そっちの線でノルディと相談、と意味不明な台詞を吐いたソルジャーはパッと姿を消しました。えーっと……。ソルジャー、なんて言いましたっけ?
「「「…ノルディと相談…?」」」
ソルジャーが何を言いたかったのか、理解出来る人はいませんでした。いえ、理解出来たら末期でしょう。とにかく今は慰安旅行のプランを練るべし、と再び話題は温泉ツアー。カニもいいですが、御当地グルメもそそられます。ジョミー君とサム君次第ですかねえ?



お昼も食べる、と言っていたくせにソルジャーは戻らず、私たちは有難く「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製の牛肉の赤ワイン煮込みの昼食を。デザートが出てもソルジャーはやはり戻って来ません。エロドクターとランチに出掛けたに違いなく…。
「これは間違いなくフルコースだねえ…」
そのまま向こうに帰ってしまえ、と会長さんが毒づき、シロエ君が。
「でも、お蔭で旅行のプランはほぼ決まったじゃないですか。それに今年は来ないようですよ」
「だよね、それだけでポイント高いってば!」
初めてのぼくだけの慰安旅行、とジョミー君はウットリと。
「これでお彼岸も頑張れるよ~。終わったら温泉と御当地グルメが待っているんだ~」
「おい、お前な…。親父の前で温泉気分を全開にするなよ、しごかれるぞ」
五体投地を百回とか、とキース君が脅した時です。
「…ごめん、ごめん。遅くなっちゃって。…あっ、サヴァランだ! ぼくの分は?」
シロップのラム酒がいいんだよね、と降って湧いたソルジャーにとってはデザートは別腹が基本です。エロドクターと豪華ランチをしてきたくせに、シロップたっぷりのサヴァランをペロリと平らげて…。
「慰安旅行の話だけどさ…。今年はうんと安く上がるよ、ノルディが出してくれるんだって」
「「「???」」」
「こっちのブルーとハーレイも連れてハネムーンツアーに行きたいんだけど、と言ったわけ。そしたら凄くウケちゃって…。こっちのハーレイがヘタレちゃったら自分の株が上がるかも、と大乗り気なんだ。ぜひカップルで別荘にどうぞ、って」
「「「別荘!?」」」
なんじゃそりゃ、と誰もが目が点。エロドクターは大金持ちだけに別荘だって持っています。もしかして私たちに別荘へ行けと? エロドクターの…?
「そう、別荘。ジョミーが温泉に行きたがってたし、その話もした。条件にピッタリの別荘があるんだってさ、温泉付きの」
其処をみんなで使い放題、とソルジャーはパチンとウインクを。
「場所がノルディの別荘だからね、瞬間移動でお出掛けしたって全然問題ないらしいよ。でもって使用人さんたちにも気軽に御用命下さい、だって」
「「「………」」」
どうしろと、と愕然とする私たちを他所にソルジャーは夢のハネムーンに燃えていました。
「ハネムーンなんだし、ぶるぅは留守番させようかな? ハーレイにお姫様扱いして貰うといいですよ、ってノルディも言ってくれたしね…。ブルーはどうする? こっちのハーレイに甘やかして貰って、お姫様気分で旅行する?」
「……勝手に決めてくれちゃって……。ジョミーたちの慰安旅行だよ?」
「ああ、そこは心配無用だってば! ホテルだと思って出掛ければいい。食事だって希望すれば時間をずらせるらしいから」
ついでに食事の内容も、と語るソルジャーに罪の意識は無いようです。ジョミー君たちの慰安旅行を乗っ取ったばかりか仕切り倒しているわけですけど、こうなってしまったら逆らえません。今年の春の慰安旅行はエロドクターの別荘へ。温泉付きっていう所だけが評価の高いポイントかも…。



こうして強引に決められてしまったジョミー君たちの慰安旅行。会長さんは教頭先生に内緒で出掛けるつもりでしたが、しっかりバレてしまったようで。
「…ハーレイから電話が掛かって来たんだよ…」
昨日の夜に、と落ち込んでいる会長さん。今日はシャングリラ学園の卒業式で、私たちは卒業してゆく三年生たち………かつての1年A組のクラスメイトたちを校門前で見送りました。シロエ君の力作の校長先生の銅像の変身は今年も好評、目からビームも打ち上げ花火も完璧な出来。なのに…。
「シロエの仕事はホントに最高だったんだけど…。昨日の夜の変身作業も上手く行ったし、気分良く寝られる筈だったんだけど…」
そこに電話が、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のソファに沈んで呻いています。
「第一声は「今、帰ったのか?」ってヤツで、今年の銅像も楽しみだな、って。…だから適当に流していたら、旅行の話が出てきたわけ。ブルーが報告に行ったんだってさ、ぼくが内緒にしてたから」
日程も行き先も全部バレバレ、と会長さんの声は投げやりで。
「ブルーときたら、ハネムーンツアーをカップル二組でやりたいんだってキッチリ説明したらしい。それでハーレイが燃え上がっちゃって、旅は任せろと妄想爆発。…思い切り甘やかしてやるから、お姫様になったつもりでいてくれ、って」
もうダメだ、と会長さんはお手上げ状態です。教頭先生の思い込みの激しさと妄想の凄さは誰もが認識している事実。バカップルなソルジャー夫妻と張り合うつもりで爆発されたら何が起こるか、想像するだに恐ろしく…。
「…気の毒だが、ここは潔く諦めるんだな」
俺たちは普通に温泉旅行だ、とキース君が言えば、サム君が。
「真面目に対応しようとするからいけねえんだよ。気分が悪いって部屋に引き籠もってればいいんでねえの?」
ハネムーンなんかじゃねえんだし、という説には一理ありました。ハネムーンで部屋に引き籠もってしまえば離婚まっしぐらのフラグです。その手を使って乗り越えるべし、と私たちが励まし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もニコニコと。
「かみお~ん♪ ブルーがお部屋から出ないんだったら、ぼく、ハーレイに遊んでもらう! 肩車とか鬼ごっことか、ハーレイ、とっても上手だもん!」
「ああ…。将を射んと欲すればまず馬を射よ、と言うからな」
そう呟いたキース君の頭上でパッシーン! と弾ける会長さんの青いサイオン。
「いたたた! 危ないじゃないか、何をしやがる!」
「余計な台詞を喋るからだよ、坊主頭にされたいわけ!?」
次に言ったら髪の毛を容赦なく吹っ飛ばす、と脅かされたキース君が大慌てで両手で髪をガードし、大爆笑の私たち。会長さんには悪いですけど、教頭先生が登場したって私たちには関係ありません。バカップルと同じでスル―あるのみ、慰安旅行を楽しむだけです~!



そうこうする内に春休みが来て、ジョミー君とサム君は春のお彼岸のお手伝いで元老寺へ。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシャングリラ号で春の定例航海です。シャングリラ号に乗せて貰えないシロエ君とマツカ君、スウェナちゃんと私は元老寺のお彼岸を冷やかしに…。
「来たな、お前たち」
路線バスを降りて山門前に辿り着くと、法衣のキース君が立っていました。
「見付けた以上は逃がさんぞ。まあ、入れ」
「え、遠慮しておきます、キース先輩!」
けっこうです、とシロエ君が叫びましたが、キース君には勝てません。発見されたのが運の尽き。私たちはキース君曰く、特等席な本堂の最前列に近い場所へと連行されて正座の刑で。
「今年は失敗しましたね…」
マツカ君が小声で囁けば、スウェナちゃんが。
「マツカは正座も平気じゃない! お茶かお花か知らないけれど」
「それはそうなんですけれど…。でも、お寺はぼくも範疇外です。今日は長丁場になりそうですよ」
「「「………」」」
特等席は途中退場不可能です。お彼岸の法要の冷やかしは毎年やっているんですけど、キース君に見付かった時は特等席。見付からなければ人を押しのけて退場可能な席に紛れるのがお約束。今日は退場不可能ですから、痺れる足を宥めつつ耐えるしかない地獄の法要フルコース…。
「…ぼくも慰安旅行が必要って気がしてきましたよ…」
足がヤバイです、とシロエ君の声に泣きが入る中、スウェナちゃんと私も心で同意。法衣のキース君やジョミー君、サム君たちは立ったり座ったりの五体投地もやっていますし、さぞかし膝に来ているでしょう。ああ……早く温泉に行きたいなぁ……。
「これって会長の祟りでしょうか?」
今頃はシャングリラ号で宇宙ですよね、とシロエ君が嘆くと、マツカ君が。
「…どうでしょう? 思い切り嫌がっていましたしねえ、新婚旅行…」
「違うわよ、マツカ。新婚じゃなくて慰安旅行よ、バレたら確実に殺されるわよ?」
今の失言は忘れましょ、とスウェナちゃんが肩を震わせています。私たちが行くのは慰安旅行で、新婚旅行ではありません。新婚旅行はソルジャー夫妻限定なのだ、と分かってはいるんですけれど…。
「「「……嫌な予感が……」」」
無事に済むという気がしない、と見事にハモッた私たちのぼやきにアドス和尚やキース君たちが唱えるお念仏の声が朗々と…。
「「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」」」
まさにそういう心境です。何が起こるか分かりませんけど、アンラッキーなのは今日だけで沢山。両足の痺れは耐え抜きますから、助けて下さい、南無阿弥陀仏…。



法要フルコースを食らったお彼岸のお中日の後も、ジョミー君とサム君は元老寺でせっせとお手伝い。お彼岸が明けるまでは檀家さんがお寺を訪れますから、お墓に供える卒塔婆を書いたりするのです。墓回向に忙しいアドス和尚とキース君の代理で受付なども頑張って…。
「やっと終わった―! 慰安旅行だぁー!」
温泉だぁ! と拳を突き上げているジョミー君。今日は慰安旅行の出発日でした。行き先がエロドクターの別荘ですから瞬間移動でお出掛けOK、集合場所は会長さんの家ということになっています。私たちはバス停で待ち合わせてから会長さんのマンションに行き、エレベーターに乗って…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
旅行だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が弾む足取りで先に立ってリビングへ。そこには会長さんと教頭先生、ついでにバカップルことソルジャー夫妻が…。
「こんにちは、今日からお世話になります」
「違うよ、ハーレイ。お世話になるのは向こうの二人さ」
他は単なる通りすがり、とソルジャーが指差す二人とは、会長さんと教頭先生で。
「ぼくはお世話なんかしないからね!」
「そう言うな、ブルー。私は大いにお前の世話をしようと思って来たんだからな」
「それが余計だと言うんだよ!」
お前なんか置き去りにして行ってやる、と叫んだ会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の青いサイオンがリビングに溢れ、私たちは空間を一瞬で飛び越えて…。
「「「うわぁ…」」」
スゴイ、と思わず息を飲む雪景色の中に立派な別荘。マツカ君の山の別荘にも負けていません。山間の保養地に建つエロドクターの別荘は広い庭と木立に囲まれた素晴らしいもので。
「えとえと…。お邪魔しまぁす、でいいのかなぁ?」
ピョンピョン跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」が玄関のチャイムをピンポーン♪ と押すと、ガチャリとドアが開きました。
「いらっしゃいませ」
ようこそお越し下さいました、と丁重にお辞儀する紳士の後ろにズラリと並んだ使用人さん。私たちの荷物をサッと持ってくれ、部屋へと案内してくれるのですが…。
「ブルー、荷物は私が持とう」
「なんで居るのさ! 置き去りにしたと思ったのに!」
教頭先生と会長さんが喧嘩を始めかけると、ソルジャーの声がのんびりと。
「ハネムーンの後で決裂するっていうなら分かるんだけどさ、最初から置き去りにするのはちょっと…。連れて来たのは勿論ぼくだよ、今からこれでは心配だよねえ…」
「本当に。…ブルー、私たちは上手くやりましょうね」
「決まってるじゃないか。期待してるよ、思いっ切り……ね」
甘い時間に大人の時間、とバカップルは玄関ホールで固く抱き合った上に誓いの熱いキス。あーあ、早速始まりましたよ、もう片方のカップルとやらは離婚以前の問題ですけど…。



エロドクターの別荘ライフはバカップルと会長さんさえ気にしなければ快適でした。暖炉が素敵な一階の広間に座っていれば、すぐに飲み物の注文を聞いて貰えます。ケーキなんかも好きに選べて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうにレシピを教わっていたり…。
「かみお~ん♪ カヌレみたいって思ったんだけど、揚げミルクだって! ホワイトソースにお砂糖、卵とレモン! 面白そう~♪」
これは帰ったらチャレンジしなきゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の好奇心をくすぐったお菓子は確かにカヌレに似た味わい。四角い形をしていましたから「あれ?」とは思いましたけど…。エロドクターが外国で食べて、レシピを持ち帰ったらしいです。
「此処ってけっこう当たりだよねえ、お昼御飯も美味しかったし」
ジョミー君が喜ぶ横では、キース君が。
「持ち主が誰なのかさえ考えなければ、大当たりだろう。…それと恐怖のバカップルとな」
「でもさ、二人とも籠もってるから関係ないよね」
お昼御飯もルームサービス、とジョミー君が親指を立てれば、サム君が。
「だよな、いつもの「あ~ん♪」は見なくて済んだよな!」
「そこなのよねえ…。教頭先生、ショックを受けてらっしゃったでしょ? 自分の配慮不足だとか、なんとか」
どうなるのかしら、とスウェナちゃん。教頭先生は昼食の席にソルジャー夫妻がいない理由を使用人さんから聞かされ、酷く落ち込んでらっしゃったのです。会長さんをお姫様扱いしようと意気込んでやって来たのに、その他大勢と一緒に食事をさせてしまったのですから。
「会長、激怒してましたからね…。調子に乗って遊び過ぎだと思うんですけど」
あれは絶対マズイですよ、とシロエ君。会長さんときたら、教頭先生の思慮の足りなさを詰りまくって、デリカシーに欠けると罵倒した挙句、部屋に籠もってしまったのでした。教頭先生は己の至らなさを恥じ、会長さんが好きそうなケーキと紅茶のセットを用意してせっせとアタック中で。
「あっ、ハーレイ! ブルー、出てきた?」
どうだった、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見詰める先にはトボトボと階段を下りてくる教頭先生。大きなトレイに載ったケーキは手つかずです。
「…ダメだ、うんともすんとも言わん。ドアには鍵が掛かっているし…。紅茶も冷めてしまったからな、新しいのを用意して貰う」
焼き立ての菓子があるようならそれもセットで、と教頭先生は重い足取りで厨房の方へと向かいました。後姿が見えなくなった途端、フワリと広間の空気が揺れて。
「やあ、お勧めは揚げミルクだって?」
「「「!!?」」」
瞬間移動で現れた会長さんの姿にビックリ仰天。えーっと…部屋にお籠りだったのでは?
「まさか。ハーレイが憐れな声を出してる間にキッチンに行って、アフタヌーンティーのセットを用意して貰ったよ。部屋でのんびり食べていたけど、こっちのお菓子も美味しそうだし」
鬼の居ぬ間に調達を、と会長さんは使用人さんを呼んで揚げミルクや他のお菓子をお皿に盛って貰っています。もちろん香り高い熱々の紅茶のポットとカップも忘れずに…。
「あっ、ハーレイが戻って来るかな? それじゃ、またね」
晩御飯の時間には出てくるから、と会長さんがパッとかき消えた後に重そうなトレイを手にした教頭先生が。
「…今度こそ食べてくれるといいのだが…。いくら昼食を食べたとはいえ、飲まず食わずではな…」
「「「うぷぷぷぷぷ…」」」
プハーッ! と堪らず吹き出した私たちですけど、何も知らない教頭先生は大真面目な顔で。
「お前たち! 笑いごとではないのだぞ? お茶を飲んでいる暇があったら、お前たちも思念でブルーに呼び掛けるとか…」
「「「は、は、はい~…」」」
そうですねえ、と同意しつつも、やっぱり笑いは止まりません。教頭先生には悪いですけど、所詮は他人事ですってば…。



結局、会長さんは夕食まで部屋に立て籠もりました。ようやっと出て来た会長さんに教頭先生が必死に声を掛けていますが、見事なまでにスル―されてしまい…。
「夕食だってね、メニューは何かな?」
楽しみだねえ、と広間に座っていた私たちにだけ微笑みかける会長さん。教頭先生はケーキと紅茶のトレイを厨房に返しに行き、その間に先に食堂に入ってみれば。
「こんばんは。ハーレイ、締め出しを食らってたんだって?」
「お気の毒です、本当に…」
同情しますよ、とバカップルが席に着いているではありませんか。な、なんで…? 食事はルームサービスなんじゃあ…?
「幸せ気分を満喫するには、他人の不幸が最高なんだよ。…ああ、来た、来た」
こんばんは、とソルジャーは教頭先生に向かってニッコリと。
「ブルーに籠られちゃったらしいね、夜には突破出来そうかな?」
「…そ、それは……。出来れば突破したいと思うのですが……」
教頭先生がそこまで言った瞬間、会長さんの地を這うような冷たい声が。
「夜だって? 昼間でも絶対開かない扉が夜に開くと思うわけ? 思い上がりも甚だしいね」
水でも被って頭を冷やせ、と会長さんは隣の席に座ろうとした教頭先生をゲシッと蹴ると。
「夜這いをしようと思ってるヤツをぼくが隣に座らせるとでも? 君は末席に行けばいいだろ、この席は空席にしとけばいいよ」
一番端にセッティングを…、という会長さんの指示でテーブルの端っこに教頭先生の席が作られました。密着バカップルとは正反対な離れっぷりの中、オードブルのお皿が運ばれてきて…。
「はい、ハーレイ。あ~ん♪」
「あなたもどうぞ、ブルー。あ~ん♪」
例によって始まる食べさせ合い。他人の不幸が最高だと言っていたソルジャー、教頭先生をチラチラ横目で眺めながら。
「そうそう、ハーレイ。…君が締め出されていた間だけどさ、ぼくたちは何をしてたと思う? 気持ち良かったなぁ、カップルエステ」
「「「カップルエステ!?」」」
私たちの声が揃って裏返り、ソルジャーは。
「うん。ハネムーンっぽくやりたいんだけど、とノルディに頼んでおいたんだ。ぼくのハーレイは嫌がるかなぁ、って心配したけど、取り越し苦労! 二人でエステを受けた後はさ、フラワーバスに一緒に入って…。そこまでやったら、もう盛り上がるしかないもんね」
お風呂から出たらベッドに直行、と輝くような笑顔のソルジャーと、恥ずかしそうなキャプテンと。二人ともお肌ツヤツヤです。
「どう、ハーレイ? 君も滞在中に是非、ブルーと二人でカップルエステを」
「却下!」
「……カ、カップルエステ……」
バッサリ切り捨てる会長さんと、妄想の域に入ってしまった教頭先生。ダメ押しのようにソルジャーが私たちにはサッパリ謎な大人の時間の濃さと中身を語りまくったから大変です。教頭先生、耳まで真っ赤になってしまって鼻血がツツーッと流れ落ちて…。



「ふうん…。一日目にして轟沈ってね」
失神して倒れた教頭先生が担架で運ばれてゆくのを見送るソルジャー。
「ハネムーンツアーは二泊三日だけど、これってリタイヤも有りだっけ?」
「…意地でもリタイヤしないと思うよ、ハーレイだから」
諦めだけは悪いんだ、と会長さんが深い溜息。
「明日はカップルエステに行こうと誘いに来るかな、部屋の前まで。妄想たっぷりに生きてる割に、ヘタレでどうにもならないくせにね」
「それはノルディが喜びそうだ。君がハーレイに愛想を尽かせば自分の出番だと思ってるから」
早く愛想を尽かすように、と煽るソルジャーに、会長さんは。
「ノルディはもっと却下だってば、あっちはシャレにならないよ! それくらいならハーレイに頑張って粘りまくって貰うさ、場合によってはカップルエステもやぶさかではない」
後はハーレイの運次第、という会長さんの素晴らしい台詞を教頭先生は聞き損ねました。あわよくば会長さんを射止めようとの下心を持ったドクター・ノルディも報われることは無さそうです。
「うーん…。まあ、こっちのハーレイには頑張れとだけ言っておこうかな、残り二日間」
「そうですね…。私たちだけが幸せというのは、私には、ちょっと」
出来れば幸せになって頂きたいものです、と熱く語っていたキャプテンは…。
「「「……スゴイ……」」」
「ふふ、これでこそハネムーンってね。じゃあ、おやすみ~♪」
「それでは、私たちは失礼します」
一礼したキャプテン、なんとソルジャーをお姫様抱っこして食堂から出てゆきました。居心地のいい別荘で食事も美味しく、温泉を引いたお風呂もあるんですけど…。
「…これが続くの? あと二日も?」
ぼくの慰安旅行はどうなっちゃうわけ、とジョミー君が叫び、キース君が。
「嫌ならお前は下山しろ! …いや、俺だって下山したいような気もするが……飯は美味いし、部屋もいい。文句を言ったら罰が当たるぞ」
「なるほど、下山ねえ…。半分修行で半分遊びか…。ハーレイには修行三昧っぽいけど」
楽しめる分は楽しもう、と会長さんまでが開き直りの境地です。ソルジャー夫妻のハネムーンツアーに付き合わされるのも修行でしょうか? 下山しちゃったら別荘ライフにサヨナラです。ここは一発、修行半分、お遊び半分、別荘ライフを満喫するのが正解ですよねえ…?




          差がつく新婚・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 最近ハレブル別館の更新が増えておりますが、あちらとシャン学はキッパリ別物。
 執筆スタイルからして違いますから、きちんと共存&住み分け。
 足の引っ張り合いとか共倒れとかは有り得ませんです、書いてる人間が同じなだけ~。
 来月は 「第3月曜」 6月16日の更新になります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、5月は季節外れのキノコで騒ぎになっているようで…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv







「ハーレイ先生。着任早々、厄介なことになられましたな」
 同僚の教師がハーレイに声をかけてきた。
「昨日、搬送された一年生の…。ブルー君でしたか、無期限で彼のお守りだそうで。色々と仕事もお忙しいのに」
「いえ、やり甲斐がありますよ。この顔が役に立つ日が来るとは夢にも思いませんでしたしね」
 自分の顔を指差すハーレイに、同僚が「それはまあ…」と曖昧に頷く。
「しかし本当に似ておられますなあ、ブルー君が反応するわけですよ」
「はははっ、私も驚きましたが、ブルー君はもっと驚いたのでしょう。なにしろキャプテン・ハーレイですから」
「いやいや、まったく。ブルー君もそっくりですからねえ…。ソルジャー・ブルーに」
 よくもまあ同じ学校に揃ったもんです、と同僚は初めて笑みを浮かべた。
「それで今日から早速ですか?」
「頼まれたからには急がなければと思うのですが…。まだ引き継ぎが終わりませんで」
「ああ、柔道部の顧問も引き受けられたとか…。いやはや、真面目でいらっしゃる。あまりご無理をなさらないように」
 お守りは適当になさった方が、と同僚はハーレイを気遣ってくれた。けれど…。
「そうそう出来ない経験ですしね、楽しみながらやるつもりです。気儘な一人暮らしですから、却ってこちらが助かりそうな気もしていまして」
「ははっ、そうかもしれませんな! 三食昼寝つきですか」
「運が良ければそうなりますよ、休日限定ですけどね」
 御心配無く、とハーレイは豪快に笑ってみせる。同僚もようやく安心したのか、一緒になって笑い始めた。独身男の休日にしては優雅な待遇かもしれない、と。



 青い地球に生まれ変わって再会を果たしたハーレイとブルー。
 二人は十四歳のブルーが通う学校の教師と生徒で、ハーレイは昨日着任したばかりだった。前の学校で急な欠員が出たため引き止められてしまい、新年度スタートに間に合わなかった古典の教師。前任者を引き継いで出掛けた教室で、それは起こった。
 以前から友人知人に指摘されていたハーレイの顔立ちと、その姿。
 遠い昔にミュウたちを乗せ、地球に辿り着いた白い鯨を思わせる船、シャングリラの船長であったキャプテン・ハーレイに生き写しだとよく言われる。自分でも似ていると思っていたし、名前まで同じハーレイなせいで「生まれ変わりか?」とも聞かれたものだ。
 しかしハーレイには前世の記憶など無く、ただの偶然だと思ってきた。それなのに…。
 授業のことだけを考えながら扉を開けたとある一年生の教室。其処にハーレイが入った途端に、一人の男子生徒がその瞳から血の色をした涙を流した。瞳の色の赤と相まって酷く驚いた次の瞬間、まだ幼さの残る生徒の瞳どころか両の肩から、その脇腹から大量の血が溢れ出して。
「どうしたんだ! おい、しっかりしろ!」
 そう叫ぶのが精一杯だった。慌てて駆け寄り、床に倒れた少年の身体を抱え起こしたハーレイの身体を電撃のように貫いた記憶。
(…ブルー?!)
(……ハーレイ?!)
 知っている。俺はこの姿を知っている。そしてブルーも、俺を知っている……。
 交差し、流れ込む夥しい記憶はハーレイの、腕の中のブルーの遙かに遠い前世での記憶。
 ブルーの身体を染めてゆく血が贄であったかのように、かつての自分が何者だったかをハーレイは悉く思い出した。
 気を失っている小さなブルーは、前世で愛したソルジャー・ブルー。
 だが、生まれ変わった彼に出会えたのだ、という感慨に浸る間もなくハーレイは保健委員の生徒に指示して救急車を呼びに行かせねばならず、ブルーの身体を抱き締めることすら叶わなかった。
 せめてもの救いは一部始終を見ていた者として救急車に同乗出来たこと。
 病院へと走る救急車の車内でハーレイはブルーの小さな手を握り、何度も何度も声をかけた。
 「大丈夫だからな」「すぐ病院に着くからな」と。
 そうやって到着した病院でブルーを診た医師が下した診断と、ブルーの両親が伏せておくと決めたブルーの前世。それらを擦り合わせ検討した結果、ハーレイに新しい役目が出来た。
 ブルーを無期限で見守ること。
 周りから見れば厄介としか思えないそれを、ハーレイは二つ返事で喜んで引き受けたのだった。



 ブルーの瞳から、その身体から流れ出した大量の鮮血。
 事故かとハーレイを焦らせたそれは、ブルーの身体に何の痕跡も残さなかった。搬送された病院で服を剥がされたブルーの肌には傷一つ無く、制服のシャツが血まみれになっていただけ。
 しかも瞳からの出血は既に前例があって、その時の検査も今回の大量出血の検査も結果は全て「異常なし」。
 ブルーを診た医師はブルーに前世の記憶が戻ったことと、ハーレイもまた同じであることを考えた末に一つの結論を導き出した。
 かつてソルジャー・ブルーであった十四歳のブルーと、キャプテン・ハーレイであったハーレイ。
 前世で数百年もの時を共に生きた二人には深い絆があり、今の生では他人とはいえ今後はそうもいかないだろう、と。
 かつての記憶を語り合うにしても、これからの生をどう生きるかを考えるにしても、二人には話し合うための時間が必要だ。しかも数百年分の記憶ともなれば、一日や二日で済むわけがない。
「如何でしょうか? ブルー君の今後のためにも、頻繁に会えるようになさっては?」
 医師がブルーの両親に告げた言葉は、既にハーレイの承諾を得ている。ハーレイと従兄弟同士の医師は、「俺はキャプテン・ハーレイだったよ」と告げたハーレイとはとうに相談済みだった。
「私の従兄弟……いわゆるキャプテン・ハーレイですが、彼も賛成してくれました。休日は出来る限りブルー君と会い、時間があれば平日も。…そうすれば積もる話も出来ますからね」
「…で、でも、先生……。ブルーだけを特別扱いとなれば、学校から何か言われませんか?」
 ブルーの父が心配そうに尋ねた。母も不安げな表情だったが、医師は「その点は問題ありません」と太鼓判を押した。
「以前、ブルー君の出血は聖痕現象の一種では、とお話しさせて頂きましたね。初めて目にした症例だけに、あれから色々と古い資料を調べてみました。そうして分かったことなのですが…」
 聖痕が身に現れた人々は繊細なタイプが多かったという。神の受難に思いを馳せるあまりに精神が肉体を凌駕してしまい、その結果として原因不明の出血が起こる。中には出血の量が多すぎ、寝たきりとなってしまった例も少なくはなく…。
「…そ、そんな…! それじゃブルーはどうなるんですか!」
 母の悲鳴に、医師は「前世の記憶が戻りましたし、もう出血は起きないだろうと思います」と答えた上で、こう言った。
「しかし、かつての聖痕者たちの症例が此処で役に立ちます。ブルー君の前世を伏せる以上は、出血はソルジャー・ブルーに関連している聖痕だということになります。頻繁に起こして寝たきりになったりしないためには、ソルジャー・ブルーの傷を思い出さないよう精神の安定が必要ですね」
 ソルジャー・ブルーの右腕であったと伝わるキャプテン・ハーレイをブルーの側に置くこと。それを私はお勧めします、と医師は微笑み、学校宛の手紙や診断書などを作成した。



 ソルジャー・ブルーが受けた傷痕を体現してみせた聖痕者。
 そう診断を下されたブルーは、ソルジャー・ブルーの身に起こった悲劇に思いを馳せることがないよう、キャプテン・ハーレイに生き写しなハーレイの見守りを受けると決まった。
 遙かな昔にミュウたちを守り、惑星破壊兵器のメギドと共に宇宙に散ったソルジャー・ブルー。
 彼の最期は詳らかにはなっていないが、それは一人きりでメギドを破壊した彼を看取った者が誰も居なかった証拠。孤独であった彼の最期をブルーがその身に写すのであれば、キャプテン・ハーレイそっくりのハーレイが身近に居れば状況は変わる。
 キャプテン・ハーレイが側に居る以上、ソルジャー・ブルーはメギドには居ない。メギドに行きさえせずにいたなら、その身に傷を負いはしないし、その傷を写し出す聖痕者であるブルーの身体にも傷は現れないだろう。
 十四歳の小さなブルーが聖痕を再び起こさないよう、ハーレイは守り役に選ばれた。
 けれども、それはあくまで表向き。
 本当の理由は「青い地球の上に生まれ変わったソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが平穏な日々を過ごせるように」という配慮であって、教師と生徒として巡り会った境遇に邪魔をされずに自由に行き来が出来るように、と事情を知る者たちが願った結果。
 こうして無期限でブルーの守り役となったハーレイだったが、彼の負担を心配してくれる者たちを他所に、ハーレイの心は明るく弾む。
 前世で愛したソルジャー・ブルーの生まれ変わりの小さなブルーを堂々と見守り、その傍らに居ることを許されたのだから。
 ブルーの両親には「ブルーをよろしくお願いします」と深く頭を下げられたけれど、礼を言いたいのはハーレイの方だ。
 誰憚ることなくブルーの家に自由に出入りし、ブルーの成長を見守ってゆける。今はまだ十四歳の少年に過ぎないブルーが前世のソルジャー・ブルーと同じ姿に育った時には、手を取り合って共に歩んでゆけるだろう。
 その日まで自分はブルーを守る、とハーレイは固く決意した。
 教師の仕事が多忙であろうと、休日は出来るだけブルーの側に。平日であっても時間が取れれば、仕事の後にブルーを訪ねてゆこう、と。



 こうしてハーレイが見守り役となってくれたブルーだったが、肝心のハーレイとは救急搬送された日の夜にほんの少し会えただけだった。翌日からのブルーは大量出血のせいで四日間もの様子見の欠席を余儀なくされて、ハーレイも引き継ぎなどで忙しかったために訪ねてはくれず…。
 ブルーがすっかりしょげてしまった週末の土曜日、ようやく来てくれたハーレイの姿。ブルーは大喜びでハーレイを迎え、その日も、あくる日曜日も懐かしい前世の恋人に甘えて過ごした。
 とはいえ、月曜日から登校予定の学校では「ハーレイ」と呼び捨てにするわけにはいかない。
 ハーレイにも、そして両親からも「ハーレイ先生と呼ぶように」と何度も言われたブルーは日曜日の夜、ハーレイが帰った後で「ハーレイ先生」と声に出してみた。
 なんだか少しくすぐったい。
 けれど先生と生徒であることは間違いないし、「ハーレイ」ではなくて「ハーレイ先生」。
(…大丈夫かな?)
 失敗しないでちゃんと呼べるかな、と幾度も練習を繰り返す内に別の心配事が湧き上がってくる。
 「ハーレイ先生」と呼ばなくてはならないハーレイが無期限でブルーの守り役。
 学校を休んだ四日間の間に先生たちが全校生徒に説明をしてくれたと聞いているけれど、おかしな目で見られたりしないだろうか?
 授業の最中に原因不明の大量出血、おまけにブルー自身も右目からの出血で病院に行くまで聞いたこともなかった聖痕者。大きな身体で教師なハーレイが守り役となったからには、苛められたりはしないだろう。しかし、仲の良かったクラスメイトなどとは疎遠になってしまうかもしれない。
(だって、いきなり血だもんね…。ぼくだって他の誰かがそうなっちゃったらビックリするし)
 ハーレイは「心配するな」と言ってくれたが、本当に大丈夫だろうか?
 倒れて欠席してしまう前と同じように接して貰えるだろうか、と不安を抱いてブルーはベッドにもぐり込む。もしもみんなに好奇の視線で見られたりしたら…。
(…嫌だよ、そんなの…)
 悲しすぎるよ、と呟いてから気が付いた。
 クラスメイトたちと疎遠になっても学校に行けばハーレイがいる。「ハーレイ先生」と呼ばなくてはいけない場所だけれども、いざとなったらハーレイの側で休み時間を過ごせばいい。ハーレイはブルーの守り役なのだし、他の教師も駄目だと言いはしないだろう。
(うん、そういうのもきっと悪くないよね)
 ハーレイと一緒にランチを食べて、お喋りをして。
 そんな風に過ごす休み時間も、先日までの休み時間と違って素敵なものに違いない。



 遠巻きに見られるか、気味悪がられるか。
 それを覚悟で月曜日の朝、俯き加減で自分の教室に入ったブルーは時ならぬ歓声に取り囲まれた。
「もう出て来てもいいのかよ?」
「怪我はしてないって聞いたけど、本当?」
 身動きが出来ないほどの勢いでクラスメイトたちが押し寄せて来る。
「え、えっと…。怪我はしていないし、血が出ただけで…」
 おずおずと答えたブルーにワッとクラス中の生徒たちが沸いた。
「すげえや、マジで聖痕ってか!」
「ソルジャー・ブルーと同じ傷だって聞いたわよ? もしかして生まれ変わりなの?」
「…そ、それは違うと思うけど……」
 少し心が痛んだけれども、ブルーは嘘を口にした。自分の前世がソルジャー・ブルーであった事実は当分の間は極秘扱い。両親もそう決めているのだし、こんな所で明かせはしない。
「えーーーっ?! でもよ、あの怪我、メギドのヤツだろ?」
「うんうん、撃たれたって話は俺も知ってる! …あんなに酷い怪我だったんだなあ…」
 ソルジャー・ブルーって凄かったんだな、と男子の一人が言った言葉を切っ掛けに。
「だよなあ、とっくに三百歳を超えてたんだろ? おまけに身体も弱っていてさ」
「その身体であれだけ撃たれてよ…。それでも守ってくれたんだよなあ、ミュウの船をよ」
「もしもソルジャー・ブルーがメギドを沈めてくれなかったら、私たち、此処に居ないのよね?」
「当たり前だろ、シャングリラごとミュウは滅びちまってそれっきりだよ」
 自分たちがこうして生きていられるのはソルジャー・ブルーのお蔭なのだ、と授業で何度も習っている。それだけにブルーの身体を染めていた血がソルジャー・ブルーが最期に負った傷と同じかもしれないと知らされたクラスメイトたちが受けた衝撃は大きくて。
「…あそこまでして俺たちのために未来を作ってくれたんだよなあ…。ソルジャー・ブルー」
「ブルー、お前さ…。すげえよ、ソルジャー・ブルーとシンクロ出来たってえのが」
「やっぱり顔が似ているせいかしら? 凄いわ、ソルジャー・ブルーと同じだなんてね」
 でも…、とブルーをひとしきり褒め称えた後でクラスメイトたちは付け加えた。
 ブルーはクラスの大切な一員なのだから、二度と倒れたりしないように、と。
「そのためにハーレイ先生が付くんだってな、倒れないように頑張れよ!」
「そうよ、心配したんだから!」
 聖痕とやらは凄いけれども一度見せて貰えば充分だから、と口々に言ってくれる皆の気遣いが嬉しかった。見世物扱いでも仕方がない、と思っていたのに、こんなにも誰もの心が優しい……。



「…それでね、ハーレイ」
 その日の夜。
 事件の後での初の登校はどうだったか、と様子を聞きに訪ねて来てくれたハーレイと自分の部屋で向かい合いながら、ブルーは嬉しそうに微笑んでみせた。
「誰も気味悪がらなかったよ、それにとっても嬉しかった。…ぼくを心配してくれたことも嬉しかったけど、一番はソルジャー・ブルーだった頃の話かな。メギドを沈めておいて良かった、と心の底から思ったよ。あの時、メギドを沈めなかったら今の友達は誰も存在しないんだ」
「…それはそうだが……」
 そうなんだが、とハーレイが顔を曇らせる。
「お前は本当にそれで後悔しなかったのか? 誰もお前の側に居ない場所で、たった一人で戦って……あれだけの傷を負った挙句に一人きりで……」
 ギュッと拳を握ったハーレイにブルーは「そうだね」と小さく頷く。
「…後悔なら………したよ」
「お前…!」
 ハーレイが息を飲むのを見詰めて自分の右の手を差し出す。
「ブリッジで最後に君に触れた手。この手に残った君の温もりを最期まで覚えていようと思っていたのに…。それなのに薄れていくんだよ。…キースが撃った弾が食い込む度に、痛みのせいで消えていくんだ…」
 それだけがとても悲しかった、とブルーは寂しげに呟いた。
「最後の最期まで君を覚えていたかったのに…。君の温もりは消えてしまって、独りぼっちで死ぬしかなかった。顔も姿も覚えていたのに、ぼくの手は冷たくなってしまったんだよ…」
「ブルー…!」
 ハーレイの褐色の手がブルーの右手を包み込んだ。その温もりを移すかのように、両手で覆って。
「馬鹿だ、お前は…! どうしてあの時、一人で行った!」
「…他には誰もいなかったから…。ぼくしかメギドを止められなかった」
 でも、とブルーはハーレイの手に柔らかな頬を擦り寄せる。
「ぼくは帰って来られたんだよ、君と一緒に居られる世界に。だから後悔しなくていい」
 今は充分幸せだから、と笑みを湛えるブルーに、ハーレイが立ち上がって細い身体を後ろから椅子ごと抱き締めた。



「…お前の傷なら癒してやる。俺の温もりが消えたと言うなら、温めてやるさ」
 小さなブルーの身体を血に染めた遠い日に受けた銃弾の痕。
 ハーレイの左腕がブルーを強く抱き締め、右の手のひらが両方の肩に、そして脇腹へと優しく順番に当てられてゆく。その手からじんわりと伝わってくるハーレイの温もり。遠い昔にメギドで失くした温もりと共に、ブルーが受けた傷を癒すかのように。
「……ハーレイ……」
 温かい、とブルーは懐かしい温もりに酔う。
 遠い記憶がもっと、もっとと求めるままにハーレイの腕に自分の腕を絡み付かせてキスを強請ろうとしたのだけれど。
「こら!」
 それは駄目だ、とハーレイがパッと身体を離した。
「お前、まだまだ子供だろうが! お前にキスは早いんだ!」
 そんな真似をするなら二度と傷の手当てはしてやらないぞ、と怖い顔をして叱られる。
「いいな、俺はお前を守ると決めた。だからお前をきちんと守る責任がある」
 キスが駄目なのもその一環だ、と言われてしまって不満げに唇を尖らせたけれど、ハーレイの態度は変わらなかった。
 十四歳の小さなブルーと、その倍以上の年を重ねたハーレイと。
 二人が共に歩んでゆける日が訪れるまでは、教師と生徒。
 ブルーを守ると決めたハーレイと小さなブルーにとっては、キスさえもまだ遠いものだった…。



             聖痕を抱く者・了





 青い地球に生まれ変わってハーレイと再会を果たしたブルー。
 ハーレイはブルーが通う学校の教師で、ブルーは十四歳にしかならない生徒。
 前世そのままに恋人同士とはとてもいかなくて、ハーレイが休日にブルーの家を訪ねて来ては食事をしたり、お茶を飲んだり。しかも夕食はブルーの両親も一緒だったし、ブルーの部屋で二人で過ごす間にも母が出入りしてあれこれとハーレイに気配りをする。
 ハーレイの前世がキャプテン・ハーレイであった事実は両親も知っているのだけれども、今の生はやはり大切だ。教師であるハーレイが来るとなったら、失礼のないようにしなければ。
 両親が言いたいことは分かるし、それが本当なのだと思う。しかしブルーの不満は募る。たまには誰にも遠慮しないでハーレイと二人で過ごしてみたい。
(でも…。パパもママも居ないってことは無いしね…)
 ブルーの虚弱体質のせいで、両親が揃って家を空けることは一度も無かった。まして来客があるとなったら放って出掛ける筈もなく…。
(…パパもママも抜きって、無理だよね…)
 ハーレイと二人きりで過ごしたいのに、ブルーの家では絶対に無理。何か方法は無いのだろうか、と頭を悩ませていたブルーは耳寄りな情報を聞き付けた。ハーレイが顧問を務める柔道部の生徒がハーレイの家へ遊びに出掛けたらしい。
(そうだ、ハーレイの家へ行けばいいんだ!)
 其処ならハーレイと二人きり。ブルーは早速ハーレイに頼んで、その約束を取り付けた。住所は前から知っていたけれど、ブルーの家からのバスの路線を教えて貰って、次の休日はハーレイの家。早く週末が訪れないかと指折り数えて待ち続けて…。



(えーっと…。次の角を曲がって…)
 待ちに待った土曜日、ブルーは母が焼いてくれたパウンドケーキを手土産に持ってハーレイの家へと向かった。降りたバス停から少し歩いた住宅街。ハーレイが住む家はブルーの家とさほど変わらない大きさがあり、ちゃんと庭までついている。
 ドキドキしながら門扉の横のチャイムを鳴らして、出て来たハーレイに「大きな家だね」と感想を伝えると、ハーレイは「まあな」と苦笑した。
「親父が買ってくれたんだ。俺が教師になると言ったら「生徒が遊びに来られるように」と勝手に決め付けちまってな…。運動部の顧問をするんだったら大勢来るぞ、とか何とか言って」
 そしてそのとおりになっちまった、と玄関のドアを開けながらハーレイが笑う。
「何処の学校でも柔道か水泳、どっちかが俺に回って来るんだ。親父が言ってた嫁と子供は未だに居ないが、うるさいガキどもは大勢来るな」
 さあ入れ、と招き入れられ、広いリビングに通されてからブルーは提げていた紙袋を思い出した。
「いけない、渡すの忘れてた! これ、ママが…。ハーレイの好きなパウンドケーキ」
「おっ、すまん! お母さんに気を遣わせてしまったなあ…。手土産は要らんと言うのを忘れた。いつものヤツらは持ってくるどころか奪う一方の連中だしな」
 もうアイツらの食欲ときたら、とハーレイは自分が指導してきた運動部員たちの話を始めた。話に入る前にブルーの母のパウンドケーキを切って出すのも忘れない。ブルーのためには紅茶を淹れてくれ、ハーレイは大きなマグカップにコーヒーを。
(そういえばハーレイ、コーヒーも大好きだったよね。…でも、いつも…)
 ぼくに付き合って紅茶ばっかり飲んでいたよね、とブルーは前の生でのハーレイを思い浮かべた。今の生でもブルーの家では紅茶ばかりで、コーヒーは夕食の後にたまに飲むだけ。自分に合わせてくれていたのか、とハーレイの心遣いに胸がほんのりと暖かくなる。
 それに、ブルーの部屋で過ごす時には他の生徒たちの話題は滅多に出ない。そういう話になるよりも前にブルーがハーレイの大きな身体に抱き付いてしまって、甘えている間に時が経つ。そんな時間も好きだったけれど、今の生での出来事を話すハーレイも生き生きしていて好きだ。
「凄いね、ハーレイ。…ホントに運動、大好きなんだね」
「ああ。思い切り汗を流すと気分がいいぞ。柔道も水泳も俺は好きだな、シャングリラではどっちもやらなかったが」
 今は運動抜きの人生など考えられん、という言葉どおりに、リビングの棚にはハーレイが学生時代に勝ち取ってきたトロフィーなどが飾られている。その一つ一つにドラマがあって、思い出が沢山詰まっていて…。ブルーはハーレイが生きて来た今の生の話を飽きることなく聞き続けた。



 ブルーは紅茶の、ハーレイはコーヒーのおかわりをしての語らいの後は、昼食までの間に家の中をくまなくグルッと一周。ダイニングにキッチン、書斎や寝室。子供部屋になる予定だったという部屋なども全部見せて貰って、恋人だけの特権なのだとブルーは嬉しかったのだけれど。
「えっ…?」
 ハーレイの思わぬ言葉に、ブルーはシチューを掬ったスプーンを持ったままで目を丸くした。
「いや、こんなに大人しい客は初めてだと言っただけだが? 一周ツアーが必要とはな」
「…家の中を見せて貰うの、ぼくだけじゃないの?」
「見せて貰うだなんて上品なことを言ってくれた客もお前だけだよ。俺の普段の客どもときたら、止めるだけ無駄なヤツばかりでな。あっちもこっちも好き放題にドタンバタンと」
 家捜しかという勢いなのだ、とハーレイは運動部員たちの遠慮の無さを嘆いてみせた。
「学校では厳しく指導する分、俺の家では羽目を外してかまわないと言った途端にソレだ。流石にクローゼットだの引き出しだのを開けたりはせんが、部屋は端から覗いて行くな」
「それじゃ、さっき色々見せてくれたのって…」
「お前だけが知らんというのも寂しいだろうが? お前は俺の恋人なんだろ」
「……そうだけど……」
 自分だけではなかったのか、とブルーは心底ガッカリした。
 前の生でのハーレイの部屋を彷彿とさせる書斎を見た時はドキドキしたし、落ち着いた雰囲気の寝室も如何にも前世のハーレイが好みそうな部屋だと思って眺めた。この家を買って貰って住み始めたハーレイに前世の記憶は無かった筈なのに、それでも何処か似るものなのか、と。
「どうした、ブルー? 何をションボリしてるんだ?」
「…ぼくだけなんだと思ってたのに…」
「何がだ?」
 怪訝そうなハーレイに、ブルーは少し俯き加減で視線だけを上げる。
「……ぼくだけに見せてくれたと思ってたのに…。ハーレイの家」
 ぼくはハーレイの恋人なのに、と寂しそうに呟くブルーの瞳。
 その悲しげな眼差しと表情は子供のそれとは違っていた。
(ブルー…!)
 ハーレイの心臓がドキリと脈打つ。
 前の生で何度も目にしたブルーの表情。ハーレイの前でだけ見せる「独りは寂しい」と訴える瞳に応えて幾度抱き締めたことだろう。もちろん抱き締めるだけでは終わらず、華奢な身体を…。
「…ハーレイ?」
 どうかした? と尋ねるブルーの声でハーレイはハッと我に返った。
 スプーンを握って首を傾げる小さなブルー。その顔は十四歳のブルーで、前世でハーレイに縋ったブルーは何処を探しても居なかった。



 ハーレイが愛したソルジャー・ブルー。
 目の前に居る小さなブルーがその生まれ変わりだと分かってはいるが、やはり前世とは姿が違う。
 銀色の髪も印象的な赤い瞳も、顔立ちさえも前世そのままではあったけれども、ブルーが体現している姿はハーレイと結ばれる前のもの。華奢を通り越して幼く、か弱い。
 だからこそブルーが何度強請ってもキスすらせずに過ごして来たのに、さっきの表情は何だろう。
 「独りは寂しい」、「ハーレイが欲しい」。
 そう口にした前世のブルーとそっくり同じな、あの悲しげなブルーの顔。
 もう一度見たら抱き締めてしまう、とハーレイはブルーに気付かれぬようにテーブルの下で拳を強く握った。抱き締めてしまったら、もう止まらない。ブルーが泣こうが抵抗しようが、その幼くて細い肢体を手に入れずにはいられない。
(…駄目だ。それだけは絶対に駄目だ!)
 それでブルーに嫌われるとは思わない。最初は途惑い、泣き叫ぶかもしれないけれども、ブルーは必ずハーレイの行為を受け入れる。前世の記憶を持っているだけに、身体が出来上がっていない今でもブルーはハーレイに応えるだろう。
 けれど、そうしたらブルーはどうなる?
 この幼さで結ばれることを知ってしまったなら、ブルーの人生の歯車は狂う。
 身体も心もこれから育ってゆくというのに、前の生での恋の記憶と感情に飲まれ、今の新しい生を歩むどころか前の生を忠実になぞって生きて…。
(…俺は自由に生きて来たのに、ブルーにそれはさせられない…!)
 ハーレイ自身はこの年になるまで前世のことは何も知らずに生きて来た。好きな柔道と水泳に打ち込み、大勢の友人や仲間に恵まれ、慕ってくれる教え子も数多くいる。ブルーと巡り会った今もそれは変わらず、毎日が充実しているのだが…。
 ハーレイを愛し、恋人だと繰り返すブルーの人生はこれからだった。
 いつかは共に歩んでゆこうと思うけれども、ブルーを前世に縛り付けることは許されない。たとえブルーにはハーレイしか見えていないのだとしても、その周囲には年相応の友人たちが居て…。
(ブルー、お前は俺の隣に居るにはまだ早過ぎる)
 もっと人生を楽しんでこい、と言ってもブルーは聞かないだろう。
 ならばブルーを捕まえてしまわないよう、自分が距離を置くしかない。恋人として大切に扱い、愛しみたいとは思うけれども、その身体だけは決して手に入れてしまわないように。



 ハーレイの秘かな決心も知らず、昼食を終えた小さなブルーは御機嫌だった。
 家の中を全て知っているのが自分だけではなかったことではシュンとしたけれど、その分を取り戻そうとするかのようにハーレイに甘え、もっと、もっと、と話をせがむ。
 此処には居ないハーレイの家族や、ハーレイの母が可愛がっていた猫のこと。
 学生時代の先輩や友人、彼らと共にやらかした数々の失敗談やら武勇伝という名の悪事やら。
 どれもこれもアルタミラの研究所とシャングリラしか知らなかった前の生では想像もつかなかった話ばかりで、ブルーは懸命に耳を傾けた。
 時に「いいなあ…」と相槌を打ち、「それホント?」と小首を傾げてみたりして。
 そうした合間に、時折、フッと前世のブルーが顔を出す。
 その身を呈してシャングリラを守り、戦い続けたソルジャー・ブルーが今のハーレイの生の自由を羨み、その場に自分が居なかったことを「寂しい」と訴え、縋って来る。
 十四歳の小さなブルーは心の底から「いいな」と思っているのだろうし、「ぼくも見たかった」と話す言葉に嘘は全く無いのだけれども、ブルーの後ろにソルジャー・ブルーが佇んでいる。
 自分も其処に居たかった。ハーレイと共に生きたかった、と。
 その度に小さなブルーの幼い顔立ちにソルジャー・ブルーの悲しげな貌が混ざり込む。
 「独りは寂しい」「ぼくを独りにしないでくれ」と。
 ハーレイに縋る、その表情。
 抱き締めて独りにしないでくれ、と揺れる瞳に、寂しげな眼差しに捕まってしまいそうになる。
 しかしハーレイが己を叱咤する前に、固く拳を握り締める前にソルジャー・ブルーは居なくなる。
 そして小さなブルーが無邪気に「それで?」と微笑み、話の続きを聞きたいとせがむだけなのだ。



 パウンドケーキを提げたブルーが訪ねて来てから、ハーレイが買っておいたケーキとクッキーを食べ終えるまでの六時間と少しの二人っきりで過ごした時間。
 ハーレイがブルーの家を訪ねる時には朝一番から夕食までということもあったし、六時間は決して長くはない。けれど、その長いとは言えない時間の間にハーレイは思い知らされた。
 ブルーと二人きりになってはいけない。
 ハーレイの心に歯止めをかけられる誰かが居ないと何をしでかすか分からない、と。
 そんな事態に陥ろうとは思わなかったからブルーの申し出を気軽に受け入れ、クラブの教え子でも呼ぶようなつもりで「家に遊びに来い」と応えた。
 なのにチャイムを鳴らして現れたブルーは十四歳の幼い顔立ちをまるで裏切る表情をする。かつて愛したソルジャー・ブルーそのままの貌をしてみせる。
 これではハーレイの理性が持たない。
 今日はなんとか耐え抜いたものの、何度も訪ねて来られたりしたら理性の箍は確実に緩む。緩んだ箍は軽く弾け飛び、自分はブルーを有無を言わさず組み敷いて手に入れてしまうだろう。
 それだけは決してしてはいけない。ブルーは幼く、その人生はこれから花開くものなのだから。



 テーブルの上の菓子がなくなり、紅茶のおかわりも出て来なくなった日暮れ前。
 そろそろ帰る時間なのだ、と気付いたブルーは「今日はありがとう!」とハーレイに礼を言い、期待に胸を膨らませながら返事が返ってくるのを待った。
 今日は土曜日、ハーレイは明日も予定は入っていない。ブルーの家で会う約束をしているけれど、もしかしたら明日もハーレイの家に来てもいいと言ってくれるかも…。「手土産は要らない」と言われた上に、ブルーはクラブの教え子たちより行儀がいいとの話だったし…。
 しかし。
「ブルー。…やはり次からは私が行こう」
 ハーレイの言葉は思いもよらないものだった。
「…お前と二人きりになってしまうと抑えが利かなくなりそうだ。お前に自覚は無いかもしれんが、お前、昔とそっくりな顔をしていたぞ。…そんな表情、お前にはまだ早いんだ」
「…えっ……」
 どうして? とブルーは驚いた。
 昔とそっくりな顔をしていたなどと言われても覚えが無い。昔と言えばソルジャー・ブルーのことなのだろうが、そんな顔をいつ、どうやって…? 意識して表情を作ったわけでは…。
 事情がサッパリ分からないだけに、ブルーはキョトンとするしかなかった。
「自覚が無いなら、尚更だな。…お前の中身は昔と変わっていないんだろうが、お前は心も身体も子供だ。…俺はお前を大事にしたいし、それが分かるなら来るんじゃない」
 いいな、とハーレイが念を押す。
「でも…。今日はとっても楽しかったし、まだ聞いてない話も沢山あるし…」
 遊びに来たい、と強請ったブルーは「駄目だ」とハーレイに突き放された。
「話なら明日も出来るだろう? お前の家で話してやるさ。…どの話がいい、おふくろの猫か? そうだ、写真を探しておこう。確かアルバムにある筈なんだ。見付かったら明日、見せてやろう。可愛いかったんだぞ!」
 少しお前に似ていたかもな、とハーレイの大きな手がブルーの頭をクシャクシャと撫でる。
「甘えん坊な所がそっくりだ。…いいか、お前は子供なんだよ、猫に似ているくらいにな」
 だから俺の家には、もう来るな。
 そう告げられたブルーはとても悲しく、縋るような目でハーレイを見る。その瞳こそがソルジャー・ブルーの赤い瞳で、「寂しい」と訴える彼が自分の後ろに佇んでいることにブルーは気付きもしなかった。



 こうして十四歳の小さなブルーのハーレイの家への訪問は終わり、バス停まで一緒に歩いて送って貰ってバスに乗る。手を振るハーレイに手を振り返して、その姿が遠く見えなくなった後、ブルーは滲みかけた涙を指先で拭った。
 ハーレイの家には行けなくなってしまったけれども、二度と会えないわけではない。一晩眠って明日になったらハーレイが家に来てくれるのだし、ほんの少しのお別れなだけで…。
(…でも、ハーレイ…。どうして遊びに行ってはいけないの?)
 ハーレイの家で過ごした時間が楽しかっただけに、次が無いのは辛すぎる。
 自分は何をしたのだろう? ソルジャー・ブルーの表情だなんて、どの表情が…?
(ハーレイ、全然分からないよ…。自覚が無いなら余計にダメって、どんな顔のこと?)
 その顔が分かる頃になったら、またハーレイの家に行けるだろうか。
 けれど、それはきっと自分がソルジャー・ブルーと同じくらいに大きく育った頃なのだろうし…。
(……何年先だか分からないよ……)
 そう考えただけで、また泣きそうになってくる。
 ポロポロと涙が零れそうだけれど、メギドで死んだソルジャー・ブルーはハーレイの許へ二度と帰れなかった。それを思えば、ブルーには明日も明後日も、もっと先の未来だってある。
(…我慢しなくちゃ…。ぼくはソルジャー・ブルーよりもずっと幸せなんだし)
 明日もハーレイに会えるんだから、とブルーは俯いていた顔を前へと向けた。
 その顔をハーレイが見ていたならば、息を飲んだに違いない。
 遠い昔にミュウたちを守り、行く手を指し示したソルジャー・ブルー。
 我慢しようと決心をした小さなブルーの後ろに立つのは、凛々しく気高いソルジャーだった。



           初めての訪問・了





※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。季節は秋で収穫祭も済み、お次は恒例の学園祭の準備ですけれど。学園祭と言えばサイオニック・ドリームでお馴染みになった喫茶、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』です。お部屋の準備は業者さんにお任せ、私たちは当日の接客だけで。
「今年も観光地プライスは外せないねえ」
ぼったくらなくちゃ、と会長さん。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まった私たちはメニューと値段を検討している真っ最中。
「まあな…。もう名物になっているしな、高く払えば美味しい思いが、と」
変な常識が根付いたものだ、とキース君が嘆いています。
「もっと出すから時間延長は無いんですかと訊かれたぞ、今日も」
「あー…。それは無理だと毎年しつこく言ってるのにねえ…」
周知徹底されないねえ、と会長さんはぼやきますけど、時間延長の要望は毎年必ず出るのでした。その度に「そるじゃぁ・ぶるぅが疲れてしまうからダメ」と却下するのも私たちの仕事の一つです。そう、サイオニック・ドリームは今も「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーで通っているわけで。
「とにかく、時間は徹底統一! そこは絶対、動かせないよ。ぶるぅじゃなくって、ぼくが疲れる」
「ソルジャーのくせに弱いな、あんた。…本当はもっと出来るんじゃないか?」
限界とはとても思えないが、と突っ込むキース君に、会長さんは。
「やれば出来ると、ぼくも思うよ。だけど学園祭はお遊びだしさ。限界に挑む必要は無し! もっと気楽にやらなくちゃ」
それよりも値段、と会長さんの関心はお値段の方。
「安上がりのメニューで観光地価格、今年こそ缶ジュースで勝負したいね」
「それは気の毒すぎますよ…」
ぼくの良心が痛みます、とシロエ君。最初の年にウッカリ観光地価格を口にしたばかりに定着してしまったのがシロエ君の悩み。余計な事さえ言わなければ、と反省しきりな私たちの良心です。
「缶ジュースだけは却下です! あっ、お茶で統一もダメですよ? グラスで提供と各種飲み物は最低ラインなんですからね!」
「分かってるってば…。ペットボトルも却下したよね、その理屈でさ」
うるさいんだから、と会長さんはブツブツと。そう言いつつも外国産の飲み物を取り入れようかとか、考える所はあるようで。
「キッチン担当は君たちなんだし、輸入モノでも責任を持って扱えるよね? 御当地産の飲み物でトリップするのも楽しいよ、うん」
たとえばサボテンジュースとか、と例が挙がるなりテーブルにピンクの飲み物が。
「かみお~ん♪ ブルーに言われて用意したもんね!」
ゼリーとアイスも作ってみたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は鮮やかなルビー色のゼリーが盛られたパフェの器を運んで来ました。早速食べれば、うん、美味しい! ちょっと甘酸っぱくてラズベリーみたいな味わいです。えーっと、サボテンジュースだと何処に行けるの?
「ん? このサボテンさえ生えているならOKだけど?」
いわゆるドラゴンフルーツだしね、と親指を立てる会長さん。こういうチョイスもいいかもです。サボテンジュースの他にも何か…、と熱を帯びてゆく検討会。うん、これでこそ学園祭! みんなで意見を出し合ってこその催し物というヤツですよ~。



喫茶店で出すメニューもトリップの行き先も決まり、チラシなんかの印刷が済めば後は当日を待つばかり。クラス展示をする1年A組のクラスメイトや催しをする有志団体、クラブなんかが大忙しの中、暇になるのが私たち。柔道部三人組も今は現場を離れて指導だけです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! お疲れ様ぁ~!」
焼きそばの特訓、大変だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が柔道部三人組に声を掛けながら飲み物の用意。私たちは一足お先にカボチャムースたっぷりのタルトを頬張り始めていました。キース君たちは柔道部名物の屋台メニューを毎日指導しているわけで。
「くっそぉ、ぶるぅの秘伝の焼きそばレシピを教えてやったばっかりに…」
今年のヤツらは覚えが悪い、とキース君。
「それとアレだな、最初に教えた年の主将も悪かった。門外不出のレシピにするから、と口伝オンリーにしやがって…。お蔭で俺たちは毎年、新入生の焼きそば作りを指導する羽目に…」
「仕方ないですよ、キース先輩。部活が終わった後の一日一回の焼きそば作りで覚えろって方が無理があります、一度じゃ絶対無理ですって!」
最低でも三度は必要ですよ、とシロエ君が力説するとおり、秘伝の焼きそばレシピの命はソースの配合などにあります。一つ間違えれば味は別物、柔道部名物になりません。
「それは分かっているんだが…。部活で疲れたというのも分かるが、もっと熱意を持ってだな…」
「頑張りましょう、キース。あと一歩ですよ」
焼き加減の方は上手くなりましたし、とマツカ君が後輩の腕を褒め、シロエ君も。
「そうです、手際の良さは例年以上じゃないですか? 下ごしらえは文句なしなんですから」
「しかし、味が別物では文句が出るぞ。秘伝と掲げているんだからな」
あれは名物屋台なんだ、とキース君が主張するとおり、柔道部の焼きそば屋台は売り切れ御免の超絶人気。「完売しました」と札を出しても「仕入れはまだか」と並び続ける人がいるので有名です。もちろん仕入れ部隊は出ていますから、後夜祭が始まるギリギリまで売られるという名物焼きそば。
「今年も大勢買う筈なんだ。味が違うというのはマズイ」
「年に一度のお楽しみですしね…」
ぶるぅの味は、とシロエ君も真剣な顔。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作る焼きそばだのタコ焼きだのを毎日のように食べてますけど、一般生徒は食べられる機会が全く無し。学食の特別生向け隠しメニューと同じレベルで憧れの味になっています。



「まあ、根性で指導するしかないな。俺たちの役目はそこまでだしな」
「屋台は全部お任せですしね」
ぼくたちは喫茶がありますし、とシロエ君が指を折りながら焼きそばソースの配合を確認し始めました。
「中濃ソースがこれだけで…。醤油これだけ、オイスターソースに…」
「あーーーっ!!!」
突然の大声は「そるじゃぁ・ぶるぅ」。シロエ君の指がピタリと止まって。
「な、何か間違えていましたか!? 醤油とか?」
「…え? お醤油って?」
何のお話? とキョトンとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手にはアルテメシアの観光案内パンフレット。大判でページ数多めの読み応えのある代物です。そういえば会長さんが広げていたのを見ましたっけ…。
「ぼく、グルメの記事はまだ見てないよ? お醤油って何?」
「いえ、それは焼きそば屋台の話で…。じゃあ、さっき叫んでいたヤツは?」
何なんです、とシロエ君が訊くと「そるじゃあ・ぶるぅ」は。
「えっとね…。これ、これ! 秋のライトアップ!」
「「「………???」」」
叫ぶほどのライトアップとは、と覗き込んでみれば記事の写真に見覚えが。この山門は…、と確認すると記憶のとおりに璃慕恩院です。へえ…。プロジェクション・マッピングなんかをやらかすんですか、紅葉に合わせて…。
「見に行きたいわけ?」
ジョミー君の直球に首を左右に振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ううん、どうせ今年もブルーと一緒に行くんだもん。招待状が届くから」
「え? だったら何も叫ばなくても…」
「今年もライブをやるって書いてあるから、聞いてないよって思っちゃって…」
ここ、ここ、と小さな指が示す箇所には有名歌手のライブの告知が。本堂をステージに見立てて歌うという趣向らしいです。でも…「そるじゃぁ・ぶるぅ」って、この人のファンでしたっけ? そうだったとしても招待状が届くんだったら間違いなくライブに行けるのでは…?
「……うーん……」
バレちゃったか、と苦笑している会長さん。もしかして、転売しちゃったとかですか、招待状を? この歌手、人気ありますしね…。



「酷いや、ブルー! ライブだって!」
書いてあるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんに詰め寄り、キース君が。
「ライブなら俺も知ってるぞ。宗報に載っていたからな。…あんた、チケットを売っ払ったのか?」
「まさか。…そりゃあ、売ったらボロイなんてもんじゃないけど……関係者席のド真ん中だよ、一般人にはキツすぎるってば」
前後左右がもれなく坊主、と会長さん。
「関係者席を知り合いに譲る人もいるけど、受けは良くないみたいだねえ…。坊主だらけの席っていうのは、プラチナチケットの有難味も吹っ飛ぶインパクトらしい」
「それ、ぼくには凄く分かるってば!」
ジョミー君が拳を握り締めて。
「抹香臭いし、ライトで頭が光るだろうし…。坊主だらけって絶対、最悪!」
「お前も一応、僧籍だったと思ったが?」
キース君の冷静な指摘にも耳を貸さないジョミー君。お坊さんの大群の怖さを滔々と語っていますけれども、ライブの話は何処へ行ったの?
「あ、そうだっけ…。チケットを売ったわけじゃないなら、なんでぶるぅに内緒なわけ?」
どうせバレるよ、とジョミー君が言えば、会長さんは。
「…まさか恒例になるとは思わなくってさ…。最初の年にぶるぅが凄く感激しちゃって、こんなステージで歌ってみたいって言い出したから、続くようなら頼んであげるって言っちゃったんだ」
「……なるほどな……」
それは確かに難関だ、とキース君が腕組みをして。
「有名歌手ならギャラを出しても呼びたいだろうが、ぶるぅじゃな…。いくらあんたが銀青様でも、費用は全額負担しますと申し出たって璃慕恩院の許可は下りそうにない」
「そうだろう? ぼくにも銀青としての体面ってヤツが…。本堂を思い切り私物化しました、なんて前例を作っちゃったら示しがつかない」
「だったら妙な口約束をするな!」
「うん、そこは充分に分かってるってば」
だからね…、と言葉を切った会長さんは、キース君の方に向き直ると。
「君が居合わせた場所でバレたのも御仏縁というヤツだろう。…実は、ぶるぅにはこう言ったんだ。璃慕恩院のライブが普通になったら、キースに頼んであげようね、って」
「……は?」
なんで俺だ、と目を丸くするキース君。
「俺はしがない副住職だぞ? 璃慕恩院でのお役目も無いし、これといったコネも無いんだが…?」
「違うよ、これは舞台の問題。同じお寺なら璃慕恩院でなくてもね…。ぶるぅはプロジェクション・マッピングされた舞台で歌って踊りたいだけだし、元老寺の本堂を借して貰えるかな?」
「……な、な、な……」
「君がダメならアドス和尚に頼んでみるよ。ちょっと一晩借りられませんか、って」
簡単だよね、と電話に手を伸ばす会長さんに、キース君が必死の形相で。
「ま、待ってくれ! 親父はあんたに頭が上がらん、電話されたら即オッケーだが…。しかしだな、もう一度きちんと考えてくれ! ぶるぅが本堂で歌って踊って何になる? それはお念仏に結び付くのか?」
「…頭が固いね、人が呼べればいいだろう? 夜の元老寺なんて、除夜の鐘くらいしか大勢の人は来ない筈だよ。ぶるぅの歌と踊りはともかく、プロジェクション・マッピングとなれば近所の人が見物に来る。来た人は一応、お参りするし!」
お参りとくればお念仏、と会長さんは得々と。
「普段だったら人の来ない時期にお念仏だよ、璃慕恩院のライブに比べれば微々たる規模でも立派に宗教イベントだ。お念仏こそが一番大切、と宗祖様も説いておられるよねえ? で、君の返事はどうなのかな? ぶるぅのライブに本堂を…」
「分かった、貸せばいいんだろう! 要は歌って踊るわけだな、親父ともよく相談しておく。だが、親父には、あんたから話を通してくれると有難い」
「それはもちろん。じゃあ、後は日取りと手配だけだね。良かったね、ぶるぅ、出来るってさ」
「わぁーい! ライブだ、ぼくのライブだぁー!!!」
歌って踊って『かみほー♪』だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。今年の秋は賑やかなことになりそうです。元老寺の本堂を舞台にプロジェクション・マッピングだなんて、これは見ごたえありそうな…。



こうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の元老寺ライブが決定しました。アドス和尚は璃慕恩院のライトアップやライブなんかに憧れていたそうで、二つ返事でOKだったらしいです。ライブの開催は学園祭が終わった後になりますけれど、それまでに準備が必要で。
「かみお~ん♪ 璃慕恩院に負けないようなヤツって作れる?」
「投影する範囲の問題ですしね、多分、なんとか」
やってみますよ、とシロエ君がプロジェクション・マッピングに取り組んでいます。プロにお任せという方法もありますし、サイオンを持つ仲間がやってる会社もあるのに、やりたくなってしまったシロエ君。機材だけを借りて自力で投影するつもり。
「璃慕恩院の投影の動画は会長が借りて来てくれましたし、あれを参考にアレンジして…と。曲は本当に『かみほー♪』だけでいいんですか?」
「うん! あれが好きだし、三回歌うの! だから三回分、違う映像が出せるといいなあ…って」
気持ち良く歌って踊れるといいな、と御機嫌の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は振り付けに余念がありません。三通りの踊りを披露するのだと燃えまくっていて、暇さえあればステップを。今日の放課後も宙返りしたりバク転したりと『かみほー♪』を歌いつつ踊っています。
「うん、いいねえ」
パチパチパチ…とあらぬ方から突然、拍手が。ま、まさか…。
「こんにちは。ぶるぅ、ライブをやるんだって?」
「「「!!!」」」
優雅に翻る紫のマント。ソルジャーはスタスタと部屋を横切り、ストンとソファに腰掛けて。
「えーっと…。ぼくのおやつもあるかな?」
「いらっしゃい! ちょっと待ってねー!」
キッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパンプキンプディングに生クリームを添えて運んで来ました。ライブの準備で踊っていても、お菓子や料理に手抜きは無しです。
「はい、どうぞ。沢山あるから、お土産も持って帰ってね♪」
「それなんだけど…。ぶるぅも踊りたいらしいんだ。こないだから覗き見していて、ぼくも一緒に踊りたいなぁ…って言っててさ」
「「「ぶるぅ!?」」」
よりにもよって悪戯小僧の「ぶるぅ」が…ですか? いえ、それ以前に、アドス和尚は「ぶるぅ」に会ったことがありません。勝手に面子を増やそうだなんて、そんなこと…。
「………。ぶるぅがねえ……」
どうするかな、と会長さんは暫く考えていましたが。



「まあ、いいか。賑やかになるし」
「お、おい! 親父はぶるぅを知らないんだぞ、分身しましたとでも言うつもりか!?」
別の世界があるとは言えん、とキース君が噛み付けば。
「そこは何とでもなるんだよねえ、永住しますってわけではないし…。ほら、夏のマツカの別荘なんかは既に顔パスの世界だろう? 似てますね、ってレベルで済むわけ」
「そ、そういえば…。別荘もそうだし、旅行も一緒に行ってるな…」
「そうだろう? そっくりさんが踊っていれば見栄えもするしさ、ここは歓迎ということで」
でも練習は必須だよ、と会長さんがしっかり釘を。元老寺ライブは既に檀家さんに案内状が出されています。失敗しましたでは済みませんから、いくら「ぶるぅ」が悪戯好きでもキッチリ務めて貰わねば…。
「ああ、その点は大丈夫! ぶるぅは踊りたくって仕方ないから、自主練習をしてるんだ。ぶるぅが考えた振り付けを真似して青の間とか公園で踊っているよ」
「本当かい? それじゃ次から連れておいでよ、此処じゃ狭いし場所を借りよう。ほら、前に行ってたフィットネスクラブ。…あそこ、ぼくは今でも会員だからさ」
体操教室をやってるフロアを貸して貰おう、と会長さん。フィットネスクラブといえば、プールを借りていた所です。人魚泳法の練習をするとか言って貸し切るためにVIP会員になった会長さんですけど、未だに会員やってましたか…。
「え、だって。あそこ、仲間がやってるんだし…。ソルジャーともなれば永久VIP会員だよね」
「あったね、そういうフィットネスクラブ!」
懐かしいなぁ、とソルジャーも記憶を遡っているようでしたが。
「…そうだ、ぶるぅズとハーレイズ!」
ポンと手を打ったソルジャーの台詞で鮮やかに蘇った人魚の競演。…人魚泳法って所で記憶にストップがかかっていたのに、外れちゃいました、あっけなく。ぶるぅズが銀色の尻尾の人魚で、ハーレイズの尻尾はショッキングピンク…。
「うん、ライブでぶるぅズ再結成なら、この際、ハーレイズも再結成!」
それが最高、とソルジャーが拳を突き上げて。
「ぼくのハーレイを呼んでくるから、こっちのハーレイを動員してよ。でもって『かみほー♪』で踊らせるんだよ、ぶるぅズのバックダンサーで!」
「「「…………」」」
えらいことになった、と誰もが顔面蒼白でしたが、言い出したら最後、後に引かないのがソルジャーで。元老寺ライブは「そるじゃぁ・ぶるぅ」オンステージからグレードアップしそうです。教頭先生とキャプテンがバックダンサーだなんて、それってインパクト強すぎですって…。



何の因果か、ぶるぅズ&ハーレイズ。ソルジャーのゴリ押しで元老寺の本堂を背景に踊る面子は四人に増えてしまいました。キース君がアドス和尚に恐々お伺いを立てに行ったものの、「賑やかなのは大いによろしい」と呵々大笑で通ったそうで。
「…親父には説明したんだが…。教頭先生も踊るのですが、と」
「アッサリ通ってしまったんだろ、ぶるぅのライブが通るんだからさ」
ストッパーを期待するだけ無駄だ、と会長さんはとっくにお手上げ。ソルジャーが出てきた段階で会長さんの負けは決まっていたのです。教頭先生を動員する件にしたって従うしかなく、週末の今日が初めての練習日。フィットネスクラブの貸し切りフロアに朝イチで集合していると。
「すまん、遅くなった」
教頭先生が体操教室の扉を開けて現れました。
「…ダンスを踊れという話だったな? バレエではなくて」
「そっちは君しか踊れないしね」
シンクロ率が大切なんだ、と会長さん。
「ぶるぅの踊りに合わせて踊る! それが君たちの仕事なんだよ、ぶるぅズがステージの主役なんだし」
「かみお~ん♪ ハーレイ、よろしくね!」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が挨拶した所でソルジャーと「ぶるぅ」、それにキャプテンが空間移動で御到着です。これで面子は揃いましたが…。
「その服でダンスは無理ですよ」
教頭先生がキャプテンの制服を指差して。
「ブルーに言われて二人分のジャージを持って来ました。ロッカールームはあちらです」
「すみません。有難くお借りさせて頂きます」
肩を並べて出て行った二人が着替えてくるなり音楽スタート。大音量の『かみほー♪』に合わせて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が軽やかに踊り、「ぶるぅ」もピッタリ息が合っています。自主練習をしていたと聞くだけあって流石ですけど、このダンスは…。
「わ、私たちがアレを…」
「そっくりに踊れというわけですか…?」
ジャンプはともかく宙返りにバク転、小さな身体のぶるぅズには無理なくこなせる技でも教頭先生たちにとっては大技で。
「む、無理です、私にはとても…!」
キャプテンが尻込みするのをソルジャーが肩をガシッと押さえて。
「お前には無理かもしれないけどねえ、こっちのハーレイは武道のプロだ。そこそこ練習を積めばモノになるんじゃないかと思う。その段階で技をサイオンでコピーして貰えば…。出来るよね、ハーレイ?」
視線を向けられた教頭先生、ウッと息を飲み、ぶるぅズのダンスを見ていましたが。



「…私も男です、やってみましょう。その上で技をコピーするのは構わないのですが、まるで基礎が無いと身体に負担がかかりますので…。基本の運動やストレッチなどは必須ですね」
「だってさ、ハーレイ。お前、日頃から運動不足だしねえ…。この際、柔道なんかも覚えてみたら? あ、こっちのハーレイはダンスの練習で忙しいから、そこの子たちに弟子入りで」
「「「えぇっ!?」」」
話を振られた柔道部三人組、まさに晴天の霹靂です。けれど基礎が無いキャプテンに宙返りだのバク転だのが危険なことは間違い無くて。
「…とりあえず、準備運動から始めてみるか?」
キース君が他の二人に確認を取り、シロエ君が。
「ハーレイズから時間が経ってますしね…。あの時はプールがクッションでしたし、サイオンで宙返りとかの反則行為も出来ましたけど、今回は水じゃないですし…。受け身の練習も要りそうです」
「柔軟体操も要ると思いますよ」
とにかく筋肉を柔らかく、とマツカ君。キャプテンは端の方に連れて行かれて準備運動、ストレッチ。柔軟体操が始まると痛そうな悲鳴が上がりましたが、教頭先生の方はそれどころではなく。
「ぶ、ぶるぅ、本当にここで二回連続でバク転なのか?」
「でないと曲と合わないんだもん!」
「かみお~ん♪ ハーレイ、お疲れ気味なの? あのね、ぼくの方のハーレイは昨夜もね…」
ヌカロクで凄かったんだから、と「ぶるぅ」が説明してくれますけど、ヌカロクって意味不明のままなんですよね…。それって疲れるモノなんでしょうか、だったらキャプテン、災難かも…。
「いたたたたたた! む、無理です、これ以上、曲がりません~!」
「押すんだ、シロエ! マツカは膝をきっちり押さえろ!」
「ひぃぃぃぃ~っ!!!」
もうダメです、と絶叫するキャプテンの柔軟体操は容赦ないレベル。お疲れの身体にはキツそうですけど、ソルジャーは。
「柔軟体操もいいかもねえ…。身体がうんと柔らかくなれば、バリエーションが増えそうだ。これは思わぬ副産物! そこの三人組、もっと激しくしごいてくれていいからね!」
その一方で教頭先生は、会長さんに怒鳴られながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が踊るダンスをコピー中。ああ、またバク転、失敗です。柔道やバレエとは使う筋肉、違うんでしょうねえ…。



来る日も来る日もフィットネスクラブに通い続けて、ダンスに受け身に体操に。教頭先生がやっとのことで三通りのダンスをモノにした頃、キャプテンの柔軟体操や受け身もそこそこのレベルに到達しました。その間、練習が休みだったのは学園祭の前後だけで。
「や、やっとダンスを覚えましたよ、あなたにお伝え出来そうです」
頑張りました、と教頭先生がキャプテンに右手を差し出し、その手をキャプテンが強く握ってサイオンで技のコピーです。これで二人は見事ぶるぅズのバックダンサーとなったわけですが…。
「「「……うーん……」」」
何かが違う、と踊りまくる四人の『かみほー♪』を見ながら首を捻っている私たち。前列で可愛く飛び跳ねている二人は文句無しなのですけど、後ろの二人がいけません。踊りはキッチリ揃っていますし、何がいけないと言うのでしょう…?
「…目立ち過ぎかな、後ろの二人が」
しかもデカイし、と会長さんが呟けば、ソルジャーが。
「ああ、それ、ぼくも思ってた! だけどハーレイズは外したくないし、バックダンサーも欲しいしねえ…。何かこう……。目立たない方法って無いものかなぁ?」
「後ろに下がるというのは無しだぞ」
本堂の中では踊らせん、とキース君。ぶるぅズ&ハーレイズは元老寺の本堂前のスペースで踊るということに決まっていました。プロジェクション・マッピングもそれを前提としての投影です。教頭先生とキャプテンを後退させるとなったら本堂の方向へ下がるしか無く…。
「親父が本堂の中を許しても、俺が許さん! 妙な前例を作られてしまったら何が起こるか分からんからな」
「…君を論破するのは簡単だけどさ、それじゃイマイチなんだよねえ…。バックダンサーが本堂というのは本末転倒、踊るなら主役が踊るべき!」
つまり、ぶるぅズ! と会長さんは言い切ったものの、ぶるぅズが本堂でバックダンサーのハーレイズが前に出るのも許せないらしく。
「確かにいるのに目立たず控えめ、それが理想のバックダンサー! だけどハーレイのあの身体じゃねえ…。何を着せても目立つだろうし……。ん…?」
これがあったか、とパチンと指を鳴らす会長さん。
「そうだ、衣装が大切なんだよ! 隠れてます、って感じで忍者スタイル、これなら目立っても背景扱い!」
「忍者…? いいね、それ! 黒ずくめだから背景に自然に溶け込むし」
時代劇も大好きなソルジャーが賛成しましたけれど、会長さんはチッチッと指を左右に振って。
「ダメダメ、黒だと消えたも同然! 確かにいますってアピールしないとバックダンサーにならないよ。プロジェクション・マッピングは光で勝負だし、光を捉えて目立つためにも衣装は銀色のスパンコールで!」
「「「スパンコール!?」」」
何処の世界にそんな忍者が、と唖然としたのに、会長さんとソルジャーは乗り気。バックダンサーを従えて踊る「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」も乗り気。あまつさえ、ぶるぅズな二人は金色スパンコールの忍者スタイルで前で踊ると言い出しました。なんだか思い切り派手なのでは…?



そして、ぶるぅズ&ハーレイズの忍者な舞台衣装が出来上がり、シロエ君が頑張ったプロジェクション・マッピングの試験投影も無事に終わって、いよいよ当日。ソルジャーとキャプテン、それに「ぶるぅ」も揃って出掛けて行った元老寺では…。
「皆さん、本日はようこそお越し下さいました」
アドス和尚が、とっぷりと暮れた境内を埋める檀家さんたちにマイクで厳かに。
「元老寺プロジェクション・マッピングを始めます前に、まずは御本尊様にお念仏をお唱えいたしましょう。同称十念~。南無阿弥陀仏」
「「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」」」
十回唱えるのが基本だと聞くお念仏ですけど、抹香臭いイベントはパス。会長さんとサム君はともかくジョミー君は無視していますし、一般人は無視でいいでしょう。ソルジャーだってまるっと無視です。そもそも此処へ来ている理由は、ぶるぅズ&ハーレイズのライブを見るためで…。
「…南無阿弥陀仏。それでは皆さん、大いにお楽しみになって下さい!」
いざ開幕! と告げるアドス和尚はキャプテンや「ぶるぅ」の正体に全く気付いていませんでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のステージを盛り上げるために教頭先生と同じく動員された誰かなのだと思っています。ステージ弁当を用意してくれたイライザさんも同様で…。
「「かみお~ん♪」」
金色の忍者な「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」が本堂の正面に登場した瞬間、本堂は巨大なスクリーンに。シロエ君が頑張っていた映像です。後光のように光り輝く線の中心に、ぶるぅズが。光が広がり、銀色の忍者なバックダンサー、ハーレイズが後ろに現れました。
「「「……スゴイ……」」」
練習で見ていた時より遙かに凄い、と私たちまでが大感動。あんなに渋っていたキース君でさえも墨染の衣でステージと映像に見惚れていたり…。歌って踊って『かみほー♪』三昧、四人の忍者が宙返りやらバク転やら。小さなぶるぅズ、金色の衣装が映えまくってますから完全に主役。
「忍者の衣装は正解だったね、君の提案に感謝だよ」
ハーレイズがちゃんとバックダンサー、とソルジャーが感心すれば、会長さんは。
「ぼくの方こそ、感謝かな。ぶるぅのライブを此処まで派手に演出できたのは君のお蔭さ、ホントなら一人で歌って踊っておしまいなだけのステージだったし…」
ありがとう、とソルジャーに頭を下げる会長さん。元老寺ライブは檀家さんの他にも噂を聞き付けた近所の人たちで大入り満員、シロエ君の力作のプロジェクション・マッピングを撮影している人も大勢います。ソルジャーが最初に現れた時はエライことになったと思いましたけど…。
「大成功よね、このライブ」
スウェナちゃんも撮影に燃えていました。元ジャーナリスト志望だっただけに、素敵な記録が撮れそうです。シロエ君も自前のカメラをあちこちに据えて録画していますし、これはダビングして貰わなくっちゃ~!



『かみほー♪』が三回も踊られたライブは大歓声の間に無事に終わって、締めはアドス和尚の先導でまた十回のお念仏。短いながらも素晴らしかった舞台を務め上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と教頭先生たちの慰労のために、と庫裏のお座敷にイライザさんが御馳走を準備してくれていて。
「じゃあ、ぶるぅズとハーレイズの健闘を讃えて……。乾杯!」
会長さんの音頭で私たちはジュースのグラスを掲げました。忍者の衣装から私服に着替えた教頭先生とキャプテンはビール、会長さんとソルジャーのグラスにもビール。
「「「かんぱーい!!!」」」
賑やかにグラスが触れ合うお座敷にアドス和尚とイライザさんの姿はありません。キース君は法衣のままですけれど、私たちだけの気楽な宴席ということで…。
「お疲れ様でした、教頭先生」
キース君が教頭先生にビールを注げば、ソルジャーも負けじとキャプテンに。
「どうぞ、ハーレイ。今日でステージも無事に終わったし、後は今後に生かすだけだね」
「「「???」」」
なんのこっちゃ、とビールを注ぐソルジャーに注目の私たち。このステージを今後に生かすって、キャプテン、あちらの世界で「ぶるぅ」と『かみほー♪』を踊るとか…?
「あ、違う、違う! どっちかと言えば、ぶるぅはお邪魔」
「かみお~ん♪ 大人の時間は、ぼくは土鍋の中だもん! ハーレイ、今夜から頑張るんだもん!」
もう疲れても大丈夫だからヌカロクだもんね、と「ぶるぅ」はニコニコ、ソルジャーは。
「そういうこと! 体力もついたし、身体もすっかり柔らかくなったみたいだし…。どのくらいグレードアップしたのか、もう、楽しみで、楽しみで」
「ちょ、ちょっと…。その先、禁止!」
言わないように、と会長さんがストップをかければ、ソルジャーは「そう?」と微笑んで。
「それじゃ話を切り替えて…、と。今日のステージ、お念仏だと何回くらいに相当するわけ?」
「さ、さあ…。大勢の人がお念仏を唱える切っ掛けになったわけだし、どのくらいだろう? 阿弥陀様がどう評価なさるかは分からないけど、とにかく、沢山」
多いことだけは間違いない、という会長さんの答えに、ソルジャーはとても満足そうに。
「それは良かった。…ハーレイ、お念仏を凄く稼げたらしいよ、努力した甲斐があったよね。これで極楽にお世話になる時、いい蓮が貰えるといいんだけれど」
でも阿弥陀様からは遠いのがいいな、とウットリしているソルジャーが何を夢見ているのか、嫌と言うほど分かりました。キャプテンと二人で過ごすための蓮で、確か色にも指定があって…。
「ハーレイの肌の色が映える蓮の色ってどんなだろうねえ、シロエが投影していた中にも蓮は色々あったけど…。ピンクなのかな、それとも白かな? 青の間のイメージで青っていうのもいいかもねえ? どう思う、ブルー?」
高僧としての君の意見を、と訊かれた会長さんがブチ切れるのとキース君の怒声は同時でした。
「余計なことを考える前に、君もお念仏に精進したまえ!」
「貴様ぁ! よくもそういう穢れた気持ちで御本尊様の前でライブなんぞを!」
許さんぞ、と怒鳴り付けるキース君にソルジャーはヒラヒラと右手を振ってみせて。
「ライブはぶるぅとハーレイだってば、そっちは純粋に踊ってただけ! お念仏パワーで理想の蓮をゲットなんだよ、君も祈ってくれるんだろう? ぼくが贈った桜の数珠でね」
だから今夜もハーレイと二人で極楽へ…、と語るソルジャーが言う極楽とは、多分、天国のことでしょう。ヌカロクってそんなにいいんですかねえ、ぬかるみみたいに聞こえますけど…。足を踏み入れたら逃れられない中毒性でもあるのかな? ともあれライブは大成功ですし、ヌカロクに乾杯しときます~!



           踊って元老寺・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ぶるぅズ&ハーレイズを覚えてらっしゃった方はおいででしょうか?
 人魚ショーなお話は特別生ライフ二年目の 『特訓に燃えろ』 でした。
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 次回は 「第3月曜」 5月19日の更新となります、よろしくお願いいたします。
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 こちらでの場外編、4月は恒例のお花見なのですが…。またもソルジャー夫妻乱入?
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