シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(豆スープ…)
美味しいんだけれど、とブルーは夕食のスープを口へと運ぶ。
金曜日の夜、明日はハーレイが朝から訪ねて来てくれる筈の土曜日。
母が作った白インゲン豆のスープはトマトベースの赤いスープで、タマネギにニンジン、それにセロリも入っていた。とろけるほどによく煮込まれた豆と野菜は味わい深くて、ハーレイが作ってくれる野菜スープとは違った風味。
前の生からブルーが好んだ「野菜スープのシャングリラ風」。何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけでコトコト煮込んだ素朴なスープ。
それは母の豆スープとは比べようもなくて、豆も無ければトマトの赤さも味すらも無くて。
(でも…)
何故だかハーレイを思い出す、今日の母のスープ。白インゲン豆がたっぷり入った豆スープ。
ハーレイは豆のスープを作ったろうか?
遠い昔に、共に暮らしたシャングリラで。名前だけの楽園に過ぎなかった頃のシャングリラで。
キャプテンになる前は、厨房で料理をしていたハーレイ。
そのハーレイは豆のスープを、こういう味の豆のスープを作っただろうか?
(…豆のスープも、作ってない筈は無いんだけどね?)
前の自分は豆も奪って来ていたから。
人類の船から奪った物資や食料の中に豆があることは、特に珍しくも無かったから。
(だけど、どうしてハーレイを思い出すんだろう?)
トマトベースの、白インゲン豆と野菜のスープ。タマネギにニンジン、それからセロリ。
ハーレイの得意な料理だったか、前の自分の好物だったか。
(…野菜スープのシャングリラ風じゃなくて…?)
あれはキャプテンになった後にハーレイが作った料理。物資不足だった頃のシャングリラで。
豆のスープはそれよりも前に、奪った食料で豊かに暮らしていた頃、ハーレイが作ったスープの一つだったのだろうか?
気に入っていた料理の一つだろうか、と気になって仕方ないのだけれど。
食べている間には思い出すことが出来なかった。柔らかな豆と野菜とをゆっくりゆっくり、舌の上に乗せては喉へと送り込んでも。
(豆のスープ…)
何だったろう、と引っ掛かる味。
前の生での懐かしい記憶なら思い出したい。
ハーレイと過ごした優しい時間の記憶だったら、なおのこと。
けれど、どうしても遡ることが出来ない遠すぎる記憶。流れ去ってしまった遥かな時の彼方。
記憶の糸を手繰って手繰って、それでも引き寄せられない記憶。
お風呂に入って、ベッドに入る時間になっても思い出すことが出来なくて。
(豆スープ…)
きっと忘れてしまったのだ、とベッドにもぐって身体を丸めた途端に蘇った記憶。縮めた手足が遠い記憶を呼び寄せた。
そうだ、こうしていたら出て来た。豆のスープが。
出て来たと言うより、乱暴に置かれた。
(アルタミラ…!)
狭い檻の中、係の男が突っ込んでいった豆スープの皿。食事を差し入れるという形でさえ無く、動物に餌を与えるように。ミュウはペットにも劣る存在、実験動物に過ぎなかったから。
(…あのスープだ…)
たった一人きり、独りぼっちの狭い檻。
時間を潰せるものなどは無くて、いつだって蹲っていた。でなければ手足を縮めて丸まり、何も考えてはいなかった。
考えても何も起こりはしないし、ただ辛くなるだけだから。果ての見えない、終わりなど来ない地獄のことなど忘れていたくて、心は殆ど空っぽのままで。
そんな日々の中、檻に入れられた豆スープ。
母の味とは似ても似つかぬ、火を通したというだけの豆スープ。
トマトの赤い色などは無くて茹で汁そのまま、豆だけが入っていたスープ。
けれど…。
(それでハーレイだったんだ…)
ハーレイと出会ったアルタミラ。忘れようもない、メギドに砕かれてしまった星。
其処で食べた、と引っ掛かって来たスープの記憶。豆だけのスープ。
けれども、豆のスープを啜っていた時。突っ込まれたスープを食べていた時。
ハーレイの姿は何処にも無かった。檻の中には自分しかおらず、いつだって独りきりだった。
上や下や、左右の独房。檻という名の狭い独房。
それらに仲間が押し込められていることは知っていたけれど、顔を合わせる機会などは無くて。言葉も交わすことさえ出来ない、絶対の孤独。
実験が無い時は、檻に居る時は、蹲るか、丸くなるか、餌を食べていたか。
でなければ、眠り。幸せな夢さえ見られないまま、眠っていただけ。
(アルタミラの餌…)
餌と水しか与えられなかった、ペットにも劣る実験動物。
来る日も来る日もオーツ麦をベースにしたシリアルと、必要な栄養分などが添加された飲み水、それしか無かった。もちろん火などは通っていなくて、室温だった餌。
ボソボソとして口に貼り付く不味いシリアル、飲み水で胃へと流し込むしかなかったシリアル。ミュウのための餌はそれで充分、栄養失調で死にもしなければ痩せ衰えもしない優れもの。
(…だけど…)
思い出した、例の豆スープ。豆を茹でた汁を豆ごと出して来たようなスープ。
そんな風に時折、パンやスープが餌の代わりに出る日があった。
豆のスープに硬いパン。ジャムもバターも添えられていない、硬くて冷たいパンの塊。
それに茹でられた卵が一個。
茹でただけの卵がゴロンとついた。殻に塩を少し纏った卵が突っ込まれた。
何も考えずに食べていたけれど、今だったならば。
周りを見回すだけの余裕がたっぷりとあって、幸せな毎日を送る自分があれを見たなら…。
(明日は死んじゃうのかと思うよね?)
殺される前の、せめてもの慈悲。
実験動物のミュウに情けをかけてくれるかどうかはともかく、普段と違う食事は怪しい。これが最後だから味わって食えと言わんばかりのスープや卵。
(前のぼく、それに気付いてたらパニックかも…)
明日は死ぬのだと、これで終わりだと泣きながら食べていたかもしれない。
幸か不幸か、そういうことすら考える余裕は無かったのだけれど。
(でなきゃ、体力つけておけ、っていう食事だとか…)
過酷な実験を実施する前の準備段階。
餌と水では足りないだろうと、もっと体力を蓄えておけと、スープに卵に硬いパン。
それとも、あれも実験だったのだろうか?
(普段と違う食事をさせたら、何かが変わると思っていたとか…?)
ミュウは精神の生き物だから。
精神状態がサイオンに反映されることもあるから、餌の内容を特別なものに変えてみてデータを取るとか。
御馳走とは呼べない代物であっても、スープにパンに茹で卵。
シリアルと水だけの餌とは違うし、研究者から見れば実験する価値があったかも…。
(どういう時に出て来たっけ…?)
豆のスープや、硬すぎるパン。殻に少しだけの塩を纏った茹で卵。
生憎と全く記憶に無かった。
茹で汁にゴロゴロと入っていた豆がまるで柔らかくはなかったことも、パンの歯ごたえも覚えているのに。茹で卵を剥いて、殻にくっついていた僅かな塩で頬張ったことも覚えているのに。
記憶からすっかり消えてしまった、それらを食べた時の条件。
実験の後の労いだったか、はたまた実験を行う前の栄養補給のためだったのか。
(ハーレイに訊けば分かるかな?)
二人分の記憶を突き合わせれば…、と考えたけれど。
明日、ハーレイは来てくれるけれど、それまで覚えていそうもないから。
(メモ…)
こういう時には覚え書きだ、とベッドから起き出し、メモに「アルタミラ」と書いた。その下に「特別な食事が出て来た時」と。
翌朝目覚めて、メモに気付いて。今の幸せにホッと息をついた。
狭い檻の中に居るのではなくて、両親と共に暮らす家。自分のためのベッドに机に、ハーレイと二人で向かい合うためのテーブルに…。
(うん、今のぼくには部屋があるんだよ)
アルタミラに居た頃と同じ姿でも、全く違う。のびのびと自由に過ごせる部屋。
顔を洗って着替えが済んだら、両親も一緒の朝食の席で。
餌でも硬いパンでもなくって、焼き立ての匂いが漂うトースト。狐色のそれにハーレイの母から貰ったマーマレードの金色を塗れば、もうそれだけで顔が綻ぶ。
アルタミラには無かったものだ、と嬉しくなる。焼き立てのトーストも、ハーレイの母が作った夏ミカンの金色のマーマレードも、母が注いでくれたミルクも。
一日も早く背が伸びるように、前の自分と同じ背丈に育つようにと飲んでいるミルク。
祈りをこめて飲んでいるミルクも、アルタミラでは見もしなかった。今では毎日、新鮮なそれが瓶に入って出て来るのに。幸せの四つ葉のクローバーのマークが描かれた、大きな瓶で。
幸せ一杯の朝食を食べて、部屋を掃除して。
ハーレイを迎えて、紅茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合わせで座った後。
勉強机の方へ視線を向けたブルーは直ぐに思い出した。昨夜のメモが其処に置いてあったから。
忘れてしまう前に訊かなければ、と目の前の恋人に「あのね…」と切り出す。
「ハーレイ、アルタミラの餌は覚えている?」
「餌と水の日々か?」
あれは酷かったな、ペットフードの方がまだマシだ。犬や猫の餌でもバラエティー豊かに色々と揃っているからな。味付けも硬さもお好み次第で、おやつだって選べると来たもんだ。
「そっちじゃなくって、特別食だよ」
「特別食?」
「うん。シリアルと水じゃなかった時」
パンとか、豆のスープとか。茹で卵とかを、たまに食べてた筈だよ。
「ああ、あったなあ…。茹でただけじゃないか、って豆のスープに硬いパンだな」
ついでに塩は殻にだけっていう茹で卵。まあ、餌よりかはマシだったが…。
「あれって何かの実験だった?」
「実験?」
「食べた食事がサイオンにどういう風に影響するか、っていう実験」
そういうものかとも思ったんだけど、実験の後の体力の回復用だった?
それとも、実験前に栄養をつけておくためだった?
「なるほど、そういう質問か…」
「そう」
気になったのだ、とブルーは答えた。
どういう時に出て来た食事か、覚えていないから訊いてみたのだと。
「ぼくはホントに、全然覚えてないんだよ。食べたってことは覚えているのに…」
ハーレイはどう?
どんな時にあれを食べていたのか、覚えてる?
「俺も同じだな、まるで記憶に無い。…俺たちの檻にカレンダーなんぞは無かったからな」
「カレンダー…?」
なんなの、それ。カレンダーって、なに?
「カレンダーさ。ほら、お前の部屋にもあるだろう。あれだ、ああいうカレンダーだ」
それが鍵だ、とハーレイに言われて、ブルーの瞳が丸くなった。部屋の壁にある、カレンダー。自分には馴染みのものだけれども、それがどうして出て来るのだろう?
確かに檻には無かったけれど。カレンダーなどは何処にも置かれていなかったけれど…。
「カレンダーがあったら、何か分かるの?」
実験がある日は何曜日だとか、そういったことが決まっていたの?
「そうじゃない。あの餌は実験とはまるで関係ないんだ」
「えっ…?」
「俺も何とも思わずに食った。あの頃には、ただ機械的にな」
食わなけりゃ死ぬし、「今日はいつもと違うんだな」と思った程度で食っていただけだ。そしてそのまま忘れたかもしれん。
だがな…。
「何かあったの?」
あれは違う、って分かる何かが。
実験とは何の関係も無い、って言い切れるだけの証拠が何処かに。
ブルーの問いに、ハーレイは「そうだ」と頷いた。
自分はそれを目にしたのだと、前の自分が見ていたのだと。
「アルテメシアだ、テラズ・ナンバー・ファイブが持ってたデータだ」
「前のぼくたちの…?」
「ああ。ジョミーがあれを破壊した時、前のお前や俺の養父母のデータなんかも出て来たが…」
他にも膨大な記録があったさ、アルタミラでやってた実験とかのな。
だが、誰も見たがりはしなかった。惨い記録だと分かっているんだ、それが自然な反応だ。
俺も見たいとは思わなかったが、何のデータが入っているのかくらいはな…。
キャプテンとして目を通すべきだろ、ジョミーは見向きもしなかったし。
誰かが見ておかなくちゃならんと思って、タイトルだけでも全部見ようと決心した。
俺はアルタミラを、地獄を生き抜いて来たんだからな。
アルタミラ時代の多岐にわたるデータ。
実験内容や、想像するだに惨たらしい標本などの記録や、研究施設に纏わるものや。
ハーレイはそれらに付けられたタイトルだけでも確認せねば、と思ったという。ジョミーが全く見ないからには、シャングリラを預かる自分が見ておかねば、と。
「とてもじゃないが、中身まで見られる量じゃなかった。俺もそんなに暇じゃないしな」
「それで…?」
「流し読みのように見ていたら、だ。餌の記録があったんだ」
そいつの中身を覗いてみようという気になった。
キャプテンになる前は厨房に居たせいかもしれん。
お前と同じで思い出したのさ、特別な餌が出ていたことを。そうなれば知りたくなるだろう?
あの食事には何の意味があったのか、何のために食わせていたのかと。
そういうわけでだ、俺の分のデータを引き出してみたら…。
「どうだったの?」
ハーレイが言ってたカレンダーと、食事。どんな関係があったの、其処に?
「節目ってヤツだ」
「節目?」
「そのまんまさ。今のカレンダーにも色々あるだろ?」
俺が授業で教えたものなら、七夕だとか、仲秋だとか。
しかし、前の俺が引き出したデータで見付けたものは少し違った。
一年の始まりに、復活祭。それとクリスマス。あの時代の神様は一つだけだし、祝い事は二つ。それと誰もが嬉しい新年。
この三つと、あの頃の祝日に出たんだ、例の食事は。
実験とはまるで関係なくって、人類にとっての祝い事の日に出されたわけだな。
ところが、檻の中に居た俺たちにはカレンダーが無い。ついでに曜日どころか月日の感覚だって無いんだ、祝い事だとは気が付かないさ。
感情だって半ば麻痺しているしな、今日の餌はいつもと少し違うと考えるだけだ。
祝い事なら祝い事だと、今日はクリスマスだとか言ってくれれば分かったのにな?
アルタミラで出された特別な食事。
餌ではなかった、不味いながらも火の通ったスープと硬いパンと、それに茹で卵。
シリアルと水だけの日々の中では特別だった食事は、祝い事の時に出たというから。ハーレイはそれを確認したと言うから、ブルーは首を傾げるしかなくて。
「…なんでミュウに御馳走してくれるわけ?」
茹で汁のスープでも豆スープだよ?
硬いパンだって、塩ちょっぴりの茹で卵だって、料理をしなくちゃ作れないのに。
いつものシリアルと水だけでいいのに、どうしてわざわざ作ってたわけ…?
「さてなあ…。復活祭にクリスマスだしな?」
それに新年と祝日だ。人類の社会じゃ御馳走を食って祝おうって日だぞ。
少しばかりは良心ってヤツがあったのかもなあ、あいつらにも。傷めつけてばかりのミュウにも祝いのお裾分けだと、今日くらいは飯を食わせてやるか、と。
「ホント…?」
そうだったのかな、あの食事って?
「実験動物だって動物の内だ、それらしく扱ってやらんとな?」
ペットを可愛がっていたのが人類ってヤツだ、たまには情けもかけてくれるさ。
「人間の形をしてるってだけの、実験動物だったミュウでも?」
「うむ。たとえ明日には殺す予定でも、ほんの少しのお情けってヤツだ」
あるいは自分たちにだって情けはあると、優しいのだと酔っていたかもしれないが。
祝いの日だからと実験動物に飯を食わせる、慈悲深い自分。
お優しくて偉い人格者なんだと、高い評価を自分につけてた可能性だって大きいんだがな。
「それなら言ってくれればいいのに…」
御慈悲で食事をくれたんだったら言えばいいのに、とブルーはフウと溜息をついた。
そうすれば少しは感謝しただろうし、あの食事だって特別な気持ちで食べられたのに、と。
「おいおい、コミュニケーションを取ってどうする、ペット以下のヤツらと」
実験動物と会話なんかをする必要は全く無いんだ。
それに感謝をされたって困る。どうせいずれは殺すか、酷い実験をするか。そんな相手から感謝なんぞをされてみろ。いくらヤツらが冷血漢でも良心が痛むってこともあるしな。
その良心で気が付いたが…。
俺たちが食ってた特別な食事。
最悪、グランド・マザーの指示だったかもしれんな、研究者どもの精神衛生のために。
「どういう意味?」
「傷めつけてばかりだと、人間性が歪むだろうが」
ミュウは見た目は人間なんだぞ、動物じゃなくて。
それを相手に切り刻んだり、殺してみたり。血だって流れる、苦しむ声だって聞こえるんだ。
そういったことが当たり前の日々になっちまったら、ヤツらはただの殺人鬼だぞ?
歪んだ人間が出来上がらないよう、慈悲深さも併せ持つべきだってな。
実験動物だって大事にしますと、祝い事の時には飯も食わせてやるんです、とな。
そうすりゃヤツらも救われる。
大事に扱っていたが死んじまったと、実験動物だから仕方ないんだと。
「…ミュウの扱いより、研究者の精神状態の方が大切なんだ…。当然だろうけど…」
特別な食事を食べさせておいたから、死んじゃってもいいって発想なんだ?
ちゃんと大事に扱いました、って。
「どっちなのかは分からないがな、今となっては」
グランド・マザーがそういう指示を出していたのか、それともヤツらが良心ってヤツを持ってて特別な飯をくれたのか。
前の俺がデータを見付けた時さえ、その辺のことは何処にも記録が無かったし…。
祝い事の日には餌じゃなくって飯を食わせた、って所までしか掴めずに終わっちまったからな。
「本当はどっちだったんだろうね?」
「さあな?」
グランド・マザーは地球と一緒に滅びちまったし、データもすっかり消えちまった。
そいつがあったら、どうだったのかも分かったのかもしれないが…。
今じゃ想像するしかないのさ、前の俺たちが食わせて貰った特別な飯の真相は。
分かってることは一つだけだ。
あれは祝いの時の食事で、餌とは違うものだったんだ、ということだけだな。
茹で汁で作ったような豆のスープと、硬いパン。殻に少しの塩を纏った茹で卵。
料理とも呼べないものだけれども、あまりにも酷い食事だけれど。
それでもオーツ麦のシリアルと飲み水しか出ない、餌しか出ない日々の中では貴重だった食事。曲がりなりにもスープとパンがあり、茹でた卵も一個ついていた。
祝い事の日にそれを出して来た人類の真意は、もう永遠に謎だけれども。
知りようもないことだけれども、アルタミラに食事は確かに在った。
餌と水しか無かった日々でも、豆のスープと硬いパンと、たった一個の茹で卵。
祝いの日だとも気付かないままで、知らされないままで食べた食事が。
「ハーレイ、あの食事、嬉しかった?」
美味しかったかどうかは、別で。
餌と水じゃない食事が出た時、ハーレイはどんな気持ちで食べてた?
「そうだな…。これは飯だ、と思ったな」
餌じゃないんだと、人間が食べるためのものだと。俺も人間に違いないんだと、餌じゃなくって飯を食うのが本来の姿なんだとな。
「だよね、全部に火が通ってた。スープもパンも、茹で卵も」
餌と違って、煮たり、焼いたり、茹でたりしないと作れないもの。料理しないと作れない食事。硬いパンでもオーブンが要るし、豆のスープも茹で卵も火が無きゃ作れないし…。
あれのお蔭で人だってことを覚えていたよ。
餌じゃなくって食事を食べるのが人間なんだと、ぼくだってちゃんと人間なんだ、と。
もしも、あの食事が無かったら。
餌と水しか出ていなかったら、人間だってことまで忘れちゃっていたかもしれないね…。
「そうかもしれんな」
アルタミラと言えば餌と水だと今でも思い込んでるが…。
そして実際、そうだったんだが、年に数回出て来ただけの特別食。
案外、あれが前の俺たちの正気を保つためには役立ってたかもしれないなあ…。
あの頃の俺も、前の俺ですら、そういう自覚はまるで無かったが。
茹で汁で作ったような豆のスープと、硬いパン。たった一個の茹で卵。
それが前の自分たちの役に立ったというのなら。
人として生き抜く糧になったと言うのだったら、食事の由来が何処にあろうと。如何なる理由で供されていた特別食でも、意味はあったとブルーは思う。自分たちにとっては、と。
「あの食事…。グランド・マザーの指示で出てたって方が本当の理由でもかまわないかな」
お蔭で人でいられたのなら。自分は人だと、あれのお蔭で覚えていたなら…。
「食事だけで覚えていたってわけでもないんだろうが…。確かに助けにはなってたろうな」
まだ人なんだと、飯も食えると。
餌と水だけでは誇りってヤツまで失くしちまうし、あの飯にも意味はあったんだなあ…。
グランド・マザーの指示だとしたなら、研究者どもの精神衛生のために、と考え出したプランが仇になったってか。俺たちに正気を保たせちまって。
「うん。あれがグランド・マザーの指示だったとしても…」
研究者たちのお情けでなくても、食事のお蔭で人でいられた。人の心は失くさなかったよ。
心も身体もすっかり成長を止めてしまって、蹲っていただけのぼくなんかでも。
「なら、感謝するか、豆のスープに?」
それに硬いパンと茹で卵だ。
パンと茹で卵はまだマシだったが、あの豆スープは許せんな。茹で汁なんかで作りやがって。
「そのスープで思い出したんだよ。アルタミラの食事」
昨日の晩御飯、白インゲン豆のスープだったんだ。トマトベースで赤かったけど…。
なんだかハーレイを思い出すな、っていう気がしたから、前のハーレイの得意料理だったのかと思っちゃってた。よく考えたら違ったんだよ、アルタミラだった…。
「ふむ。豆のスープもじっくり作れば悪くないしな、前の俺だって作っていたし」
茹で汁で煮込んで作るなんぞは論外だが。
豆を茹でたら茹で零さんとな、茹で汁は捨てて新しい水で煮るもんだ。おまけに例の豆スープときたら、豆が充分に煮えてないってな。茹でただけだろ、あのスープは。
「ハーレイ、今でも豆のスープを作ってる?」
「もちろんだ。シャングリラで料理をしていた頃より、ずっと美味いのをな」
見かけはアルタミラのスープみたいに見えても、ぐんと柔らかい豆が入ったヤツとか。
採れたてのエンドウ豆のスープなんかは美味いぞ、こいつは春に限るんだ。畑をやってる人から貰えば必ず作るな、ポタージュスープも、豆を潰さずに煮込んだスープも。
他にも豆のスープは沢山あるぞ、とハーレイが指を折って数えてゆく。
乾燥した豆でも美味しいスープは幾らでも作れると、逆にアルタミラの豆スープも今の自分ならそっくりそのまま再現出来ると。
「いつか作るか、クリスマスとかに?」
祝い事の時は豆のスープだぞ、アルタミラではな。
「クリスマスとかなら、御馳走でなくちゃ!」
「そこに一品、アルタミラの味だ」
前の俺たちの特別食だぞ、餌と水の日々の中では最高級の飯だったんだが?
「悪くないけど、うんと幸せになってからね」
もう食べられない、ってくらいに御馳走を食べて、幸せになって。
アルタミラの食事はそれからでいいよ、ハーレイと一緒に暮らせる幸せに満足してから!
「そう来たか…。うんうん、幸せになってからだな」
「お祝い事の日でなくっても、アルタミラの食事でいいってほどにね」
それくらい幸せな日を過ごしてから、アルタミラの食事。
もちろん、ハーレイが作ってくれた豆のスープで。それと、硬いパンと茹で卵も。
「硬いパンだな、そいつも焼け、と」
「うんっ!」
期待してるよ、ハーレイの腕に。パンだって焼けると言ってたものね。
茹で卵は殻にお塩をつけておいてよ、ちょっぴりだけね。
結婚して二人、幸せな日々がやって来たなら。
アルタミラの食事どころか餌さえも懐かしく思えるくらいに幸せな毎日が訪れたなら。
たまには茹で汁で作った豆のスープも悪くない、と二人、幸せに笑い合う。
豆のスープに硬いパン。茹で卵が一個ついてくるだけの質素な食事を食べてみようと。
不味かったあれを食べてみようと。
褒めようもない食事だけれども、二人で食べれば、きっと美味しい。
アルタミラではそれが祝い事の日の食事だとも知らず、独りぼっちで食べたのだから…。
餌と豆スープ・了
※餌と水だけだった、アルタミラの檻の中での食事。けれども、たまに違っていた日。
実験内容とはまるで無関係、祝日だからと。それすらも知らなかったミュウ。酷かった時代。
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学校から帰って、着替えておやつ。ママが焼いておいてくれたパウンドケーキ。
ハーレイの大好物だから、もしも今日、ハーレイが寄ってくれたら喜ぶ顔が見られるだろう。
(来てくれるといいな…)
ぼくのママが焼くパウンドケーキは、ハーレイのお母さんのと同じ味がするって聞いてるから。ハーレイが自分で焼いても同じ味にはならないのに。
「おふくろがコッソリ持って来たのかと思ったぞ」なんて言ったくらいだし、ホントのホントにそっくり同じに違いないんだ。このパウンドケーキが、ぼくの目標。
(いつかはママに習わなくっちゃね)
どうやって焼くのか、コツは何なのか。
ハーレイの話ではパウンドケーキは材料も作り方も簡単なもので、ケーキ作りの初心者にだって失敗しないで作れるケーキ。
それなのに何故か、違ってくる味。ぼくのママとハーレイのお母さんが焼いたパウンドケーキは同じ味なのに、ハーレイが焼くとそうはいかない。
きっと何処かに秘密がある。ほんのちょっとしたコツか、でなければ癖。
材料を合わせる時のタイミングだとか、その後の混ぜ加減だとか。
(ママに教わったら、きっと同じになるよ)
直接習って、ママがするとおりに焼いたなら。材料を合わせて、混ぜてみたなら。
(ママのと同じ味のを焼くんだ、絶対!)
ハーレイに喜んで貰いたいから。
同じ味のが焼けなくっても、ハーレイは「美味いぞ」って言ってくれそうだけれど、どうせなら同じ味のを焼きたい。「おふくろが焼くのとそっくりだな」って言って貰いたい。
だって、最高の褒め言葉だもの。
あちこちで聞いたり、目にしたりする「おふくろの味」っていう言葉。
たとえパウンドケーキだけでも、ハーレイのお母さんのと同じ味にしたい。「おふくろの味」は誰もが喜ぶ、懐かしくて嬉しい味だと言うから。
そういったことを考えながら、食べ終わったパウンドケーキのお皿。空になった紅茶のカップと一緒にキッチンに居るママに返しに行った。「御馳走様」って。
ママは、お皿とかを受け取りながら「ハーレイ先生、来て下さるといいのにね」と優しい笑顔。パウンドケーキがハーレイの大好物だってこと、ママだってちゃんと知っているから。
「うん。来てくれるといいんだけどな、ハーレイ…」
「ブルーはホントにハーレイ先生が大好きだものね」
今日もチャイムが鳴るといいわね、ってママが玄関の方へ目を遣る。キッチンからでは見えないけれども、ハーレイが来た時は入る玄関。それに通って来る庭と、くぐる門扉と。
(チャイム、鳴らしてくれるといいな…)
今日はパウンドケーキなんだもの、とキッチンの中をぐるりと見回してみたら、目に入った棚にノートが何冊も。ママの自慢のレシピ帳。お料理の本と並んで、ノート。
ママはお料理もお菓子作りも大好きだから、うんと沢山レシピを持ってる。
新聞や雑誌から書き抜いたものや、お祖母ちゃんから習ったもの。曾祖母ちゃんのレシピだってある。パパの方のお祖母ちゃんのレシピも。
(伯母さんたちのもあるんだっけ…)
美味しい料理やお菓子を御馳走になったら、作り方を知りたくなっちゃうママ。御馳走した人も褒められて悪い気なんかしないし、レシピを教えて貰えるみたいで。
(それを整理してあるんだよね、あれ)
貰ったメモが貼ってあったり、ママの字で綺麗に書き込んであったり。
友達に習ったっていうものもあるし、旅行先で食べて気に入ったものを再現したりと、レシピは一杯、どれだってママの得意な料理。
(あの中にきっと、パウンドケーキも…)
ぼくのお目当てのレシピだって、きっとあるんだろう。もしかしたら、コツも書き添えて。
(見たいんだけどな…)
ちょっぴり中を覗けたならば。そうしてコツが書いてあったら。
(ハーレイに「秘密、これだよ!」って言えるのに…)
謎が解けたと、ハーレイの好きなパウンドケーキはこうすれば焼ける、と言えるのに…。
だけど見られない、レシピ帳。
ママがキッチンに立っている時に開いていたなら「調理実習でもあるの?」って尋ねられるか、「何が食べたいの?」って訊かれるか。
それじゃ肝心のパウンドケーキのレシピが何処にあるかは分からない。
うっかりパウンドケーキって言おうものなら、どうしてそれを知りたいのかと探られちゃうし、ハーレイのために探してることも、作りたいことも下手をすればバレる。
それがバレたら、ぼくの夢もバレる。
いつかはハーレイのお嫁さんになって、「おふくろの味」のパウンドケーキを焼くという夢。
それはマズイし、レシピ帳には手を出せない。
ママが留守の間にコッソリ覗くってことも考えたけれど、きっとそういう時に限って予定よりも早くママが帰ってくるんだ。
レシピの発掘作業に夢中のぼくは気が付かなくって、結果はやっぱり大惨事。
ハーレイのためにパウンドケーキ、って夢がバレちゃって、お嫁さんになるという夢だって…。
(…見たいんだけどな、レシピ帳…)
すぐそこに魔法の種があるのに、種明かしが転がっているというのに、手も足も出ない。
小さなぼくが結婚出来る年になるまで、ハーレイのお嫁さんになれる時まで、お預けの魔法。
ハーレイが大好きな「おふくろの味」を再現するための魔法の種…。
暫くキッチンに立っていたけど、レシピ帳が降ってくる筈もなくて。
ママが「見てみる?」と渡してくれる筈もなくって、夕食用のシチューの味見だけ。お昼過ぎにママが仕込んで、味に深みを出すためにトロトロと煮込んでいるシチュー。
「どう、美味しい?」
まだまだ煮込むから美味しくなるわよ、とスプーンで掬って貰ったシチューは充分美味しくて、今でも食べられそうなのに。「まだ足りないわ」って笑ったママ。もっと美味しく、って。
(うーん…)
部屋に戻って、考え込んでしまった、ぼく。
勉強机の前に座って、さっきのシチューやパウンドケーキのことなんかを。
(ぼく、ママのお料理、ちゃんと味だけで分かるのかな…?)
ハーレイがいつも言ってるみたいに。
ぼくのママのパウンドケーキを口にする度に「おふくろの味と同じだな」って言うみたいに。
(…ママのパウンドケーキ…)
たまにママが買う、お店のケーキと味が違うのは分かってる。お店のケーキは、なんて言ったらいいんだろう…。ちょっと澄ました、よそ行きの味?
素朴な味が売りのお店だったら別だけれども、大抵のお店のケーキは気取った味がする。ケーキだけじゃなくて、他のお菓子だって。
だからママのとは味が違うし、それはぼくにも区別が出来る。
でも…。
(友達の家とかで御馳走になって、ママの味とおんなじだなんて気付くかな?)
しかも凝ってるケーキと違ってパウンドケーキ。それで分かるか、と訊かれたら…。
(…分かんないかも…)
ママのとそっくりだったとしても。
まるで同じ味のが出て来たとしても、気付かないままで食べそうな、ぼく。
(……シチューだったら…?)
さっき味見をしてきたシチュー。うんと美味しいのに、ママが「まだよ」と言った味。
(…ますます区別が付かないかも…)
ママの納得の味になってないのに、美味しいと思っているんだから。
完成品のシチューはこれだと、これがママの自慢のシチューなんだとは分かりっこない。何処で出されてもシチューはシチューで、美味しかったら喜んでいそう。
(…ぼくって、駄目かも…)
ママの味すら分からないんじゃ、ハーレイのために「おふくろの味」は無理かもしれない。
レシピ帳にあるだろうパウンドケーキは何とかなっても、たったそれだけ。
「これは美味いな」と褒めて貰える、ハーレイが馴染んだ「おふくろの味」。
ハーレイのお母さんが作るだろう味は、パウンドケーキの他にはただの一つも出せないとか…。
(…どうしよう…)
パウンドケーキだけしか自慢出来ないお嫁さん。
好きでたまらないハーレイのために、「おふくろの味」の料理を幾つも作ってあげたくっても、その才能の欠片すら無い、お嫁さん。
ハーレイは自分で料理をするから、料理上手だから、かまわないのかもしれないけれど。
「お前は俺が作る料理を食ってくれればそれでいいのさ」って、何度も言ってくれるけど。
でも、お嫁さんは普通、作る方だと思うんだ。
あれこれ作って、帰りを待って。
「お帰りなさい」って、出来立てのお料理を出すとか、そういうの。
パウンドケーキじゃ、ただのデザート。「お帰りなさい」って出すものじゃない。
それこそシチューとか、煮物だとか。
旬の野菜や魚や、お肉。そういったものを使ったお料理、そしてハーレイお気に入りの味。
ハーレイが子供の頃から馴染んだお母さんの味で、おふくろの味。
そこまで分かっているというのに、このぼくと来たら。
(…ママの味だって区別が付かないんだけど…!)
ぼくを育ててくれたママの味すら、全く見分けが付かないぼく。
見分けと言ったら変かもだけれど、「これがママのだ」と言えない、ぼく。
こんな調子じゃ、ハーレイのお母さんの味なんて分かるわけがない。
隣町にあるハーレイのお父さんたちが住んでいる家で、何度御馳走になったとしたって、ぼくは何一つ覚えられなくて、再現だって出来やしないんだ。
ハーレイのお母さんの味。
釣って来た魚を自分で料理するのが大好きな、ハーレイのお父さんの味だって…。
おふくろの味が出せない、ぼく。
そもそも最初から分かってないから、その味を作り出せない、ぼく。
ママみたいにレシピ帳を作っていったら、いつか出来るかもしれないけれど。
庭に夏ミカンの大きな木がある、隣町のハーレイのお父さんとお母さんとが暮らす家。その家に行く度、其処で御飯を御馳走になる度、レシピを教えて貰ったならば。
ぼくのママがレシピ帳を作ったみたいに、「美味しいから作ってみたいんです」ってお願いしてレシピを教わったならば、少しはハーレイのお母さんの味に近付く。
材料と味付けは、そのものズバリのレシピってヤツが手に入る。
(…だけど…)
ハーレイが焼いても、お母さんの味にはならないと聞いたパウンドケーキ。
つまりは材料と味付けじゃ駄目で、コツというのが何処かにあって。
そのコツとやらを掴むためには、料理の手順をしっかり見ていて「これだ」って所を見抜くしかない。でなければ自分で懸命に工夫。舌だけを頼りに、ああだこうだと。
(…でも、その舌に自信が無いんだけど…!)
ハーレイのお母さんの料理を御馳走になって、「こんな味なんだ」と思えるかどうか。
ママの料理とは此処が違うと、ちょっと違うと気付けるかどうか。
(……全然、駄目そう……)
さっきキッチンで味見した、シチュー。
それが完成品の味かどうかも、ぼくには分からなかったんだから。
(……おふくろの味……)
ハーレイの口から聞きたい褒め言葉だけど、その前に世間では定番の言葉。
懐かしい味、自分の舌に刻み込まれた子供時代からの記憶の味。
おふくろの味が嫌いだなんていう人はいなくて、今のぼくみたいな子供はともかく、大人ならば確実に誰もが惹かれる味。ハーレイがパウンドケーキを大好きなのも、そのせいだから。
(…ぼくが子供だから分からないの?)
大きくなったら分かるのかな、と思ったけれども、それと舌とは別だった。
おふくろの味だと思う料理の有無はともかく、十四歳にもなれば味覚の鋭い子だって居る。料理上手で休日は家族のために食事を作る、って子だって珍しくはない。
(ぼくって舌が鈍いとか…?)
好き嫌いが無いくらいだから、と自分に言い訳しようとしたけど、ハーレイも同じ条件だった。ぼくと同じで好き嫌い無しで、それでも「おふくろの味」を見分けるハーレイ。
ぼくのママが焼くパウンドケーキは特別なのだと、自分のお母さんのと同じ味だと。
(…ぼくって、とことん駄目なのかも…)
不器用なのはサイオンだけだと思っていたのに、実は舌まで不器用だった。
ママの料理が分からないほどに、ママが作っているシチューの味とか、パウンドケーキの風味が全く分からないほどに、鈍くて不器用だったんだ…。
(もう駄目かも…)
おふくろの味はパウンドケーキしか作れないという、酷いお嫁さん。
それも本当に作れるかは謎で、ママのレシピ帳と特訓があっても焼けないのかもしれなくて。
(…パウンドケーキが目標なのに…)
舌までとことん不器用となったら、パウンドケーキだって無事に焼けるか怪しい。ママに習って「この味なんだ」と覚えられなければそれでおしまい、何処かでズレが出来てくる。
(習って直ぐなら上手に出来ても、二回、三回って作ってる内に…)
自分では同じ味のつもりが、香ばしさが少し足りないだとか。口どけが違うとか、そんなズレ。最初の間はご愛嬌でも、ズレていく間にすっかり別物、おふくろの味の欠片も無くなる。
(…でも、ハーレイは「美味いな」って食べてくれるんだろうし…)
どんなに違うものが出来ても、ハーレイならばきっと笑顔で「美味い」と言ってくれるだろう。「おふくろの味がするパウンドケーキだ」と、「これはお前にしか作れないな」と。
(ハーレイ、そう言うに決まってるんだよ…)
そんな優しいハーレイだからこそ、優しすぎるほどに優しいハーレイだからこそ、本当に本物の「おふくろの味」のパウンドケーキを焼き上げて食べて貰いたいのに。
普段の料理も、おふくろの味で揃えたいのに。
ハーレイが心の底から「美味い」と喜んでくれそうな味を、料理を揃えたいのに…。
絶望的かもしれない味覚。
役に立たないサイオンよろしく、とことん不器用らしい舌。
これじゃ駄目だと、いいお嫁さんにはなれやしない、と落ち込んでいたら、チャイムの音。誰か来たのだと、お客さんだと、ぼくに知らせるチャイムの音。
(…まさか…)
窓の所に行って、庭の向こうの門扉を見たら。
其処で大きく手を振る人影、間違えようもない、ぼくの恋人。
(……パウンドケーキはあるんだけど……!)
来てくれたらいいなと思っていたけど、それとこれとは別問題。
ハーレイの大好物のパウンドケーキは、もうすぐママがお皿に乗っけて、紅茶と一緒に部屋まで運んでくれるだろうけど。
嬉しそうに食べるハーレイの顔が見られるけれども、パウンドケーキは「おふくろの味」。
いつか焼こうと、結婚したらハーレイのために焼いてあげるんだと勇んでいたぼくは、ドン底な気分になっていて。
それをハーレイに言うべきか否か、頭の中がぐるぐるしてる。
ハーレイはぼくの料理の腕には期待してないって言っていたけど、どうなんだか…。
だって、お嫁さんを貰うんだもの。
一つくらいは得意料理があるといいなと、ぼくのママと同じ味のパウンドケーキが焼けるのならいいなと思っていない…?
(…思うよね、普通…)
いくら優しいハーレイでも。
ぼくが「おふくろの味」とは似ても似つかないパウンドケーキを焼いたとしたって、「今日のも美味いぞ」と褒めてくれそうなハーレイでも、きっと。
少しくらい期待するだろう。お嫁さんになったぼくの、料理の腕に。
そうしてハーレイが部屋にやって来て、テーブルを挟んで、ぼくと向かい合わせ。
テーブルの上に紅茶とポットと、それからパウンドケーキのお皿。ハーレイは「今日の俺は運がいいな」と笑顔で、ママにも御礼を言っていたから。
「これが最高に好きなんですよ」と言っていたから、ぼくはますます肩身が狭い。ママの特訓とレシピ帳があっても、ぼくには多分…。
(…きっと無理だよ、おふくろの味…)
この味が分からないんだもの、とパウンドケーキをフォークに刺して頬張った。ママが作ったと断言出来る自信が全く無いケーキ。何処かの家で同じ味が出ても、分からないケーキ…。
「おい、どうした?」
元気が無いぞ、ってハーレイの声。
「学校で何かあったのか? それとも腹でも痛くなったか?」
「ううん、そうじゃなくて…」
「じゃあ、何だ?」
悩み事なら相談に乗るぞ、って鳶色の瞳で穏やかに見詰められたから。
ぼくを心配してくれているのも伝わってくるから、ぼくは打ち明けることにした。ハーレイには申し訳ないけれども、これは本当のことだから。
「…ハーレイ、お願い。呆れないでよ?」
「何にだ?」
お前、失敗でもやらかしたのか?
帰る途中で派手に転んだとか、でなきゃおやつの皿を割ったか。
「…おやつのお皿は、ちょっと近いかも…」
パウンドケーキ、と呟いた、ぼく。
今日のおやつがパウンドケーキで、いつか焼こうと思ったのだ、と。
だけど舌まで不器用らしくて、頑張ったとしてもハーレイの好きな「おふくろの味」は無理かもしれないと。
「なんだ、そんなことか。別にいいだろ、お前はお前だ」
お前が焼いてくれると言うならそれだけで俺は嬉しいんだが、ってハーレイが笑う。
焦げていたって、不味くったって。
「でも…。ハーレイのお母さんの味…」
おふくろの味が最高なんでしょ、お菓子も、それにお料理も。
それをハーレイに作ってあげたいんだけれど、ぼくには無理かもしれないんだよ?
そんなお嫁さん、嫌じゃない?
おふくろの味の料理やお菓子が作れるお嫁さんの方が、絶対にいいと思うんだけど…。
「そりゃまあ、なあ…。世間一般ではそうではあるが、だ」
お前、何かを忘れちゃいないか?
俺たちの場合は例外なんだぞ、おふくろの味に関しては。
「えっ?」
どういう意味、って訊き返した、ぼく。例外だなんて、まるで分からない。
「忘れちまったか? 今の俺にはおふくろがいるし、おふくろの味も当然あるが…」
前の俺にはおふくろの味どころか、おふくろの記憶が無かったってな。
お前だってそうだろ、機械にすっかり消されちまっていただろうが。
そうでなくても、前の俺たちが生きていた時代。
おふくろの味なんて言葉自体が存在しないさ、成人検査で綺麗サッパリ消されちまってな。
「そういえば…。残しておいても無駄な記憶かな、おふくろの味」
「無駄で済めばいいが、場合によっては有害だろうが」
子供時代にこだわられては困る、というのがマザー・システムの時代の考え方だ。
そんな時代を生きた俺だし、おふくろの味があるというだけで幸せなのさ。
たとえそいつを食べられなくても、おふくろの味の記憶がある。それは最高だと思わないか?
「それはそうかもしれないけれど…。でも…」
「出会えればラッキー、出会えなくても舌は決して忘れないってな、おふくろの味」
その思い出ってヤツが幸せなんだ。
ついでに、思い出ってヤツは幾らでも増える。
お前が焼け焦げたパウンドケーキを作ってくれたら、そいつも俺には幸せの味でいい思い出だ。
今度はお前を嫁に貰えたと、お前が作ってくれたんだ、とな。
前のお前はパウンドケーキなんかは焼かなかったろうが、と片目をパチンと瞑ったハーレイ。
ソルジャー・ブルーはキャプテン・ハーレイに料理を作ってはくれなかった、と。
「ところが、今度は作ってくれると来たもんだ。これが嬉しくなければ何だ?」
焦げたケーキでも、お前が焼いてくれたんだ。俺のためにな。
おふくろの味なら言うことはないが、焦げていたって充分に美味い。
いいか、嫁さんが心をこめて作ってくれた料理をけなす男はいないんだぞ?
愛情ってヤツは最高の調味料なのさ。どんな料理でも美味くしちまう、魔法の味だな。
「…その魔法…。ママのパウンドケーキの秘密は何処かにあると思うんだけど…」
愛情なんかを使わなくっても、レシピ帳の中か、ちょっとしたコツか。
それが分かったら、って思うけれども、ぼくの舌も不器用みたいだから…。
ママに教えて貰って直ぐなら、ハーレイの好きな味になるかもしれないけれど。何回か作ってる間にズレていっちゃって、全然違うって味になりそう…。
「どうだかな? 案外、才能があるって可能性もゼロではないしな」
お前、まだまだチビだろうが。これから育つし、可能性は無限大ってことだ。
それにだ、お母さんに習った味からズレて別物になったとしても。その時は、それを自慢の味にしておけばいいのさ、お前の。
お前が作るパウンドケーキの味はこれだと、そういうものだと。
「でも、それって美味しいって言わないんじゃない?」
おふくろの味じゃなくなってるよ、って言ったんだけれど。ハーレイはぼくの頭をポンと叩いて微笑んだんだ。「それもおふくろの味って言うさ」と。
「…なんで?」
ズレちゃった味がおふくろの味って、どういうこと?
ハーレイのお母さんの味でもなければ、ぼくのママの味でもないんだよ?
「お前、俺の嫁さんになるんだろ?」
「そうだけど…」
「嫁さんってヤツは、普通は子供が付き物だってな。生憎とお前は産めないわけだが…」
もしも、お前が子供を産んで親になったら。
お前が作るパウンドケーキが、その子にとっては「おふくろの味」だ。違うか、ブルー?
「……そうなのかも……」
「そこは疑う余地も無いってな、子供さえいれば「おふくろの味」になるわけだ」
だからだ、ズレた味でも本物のおふくろの味になるのさ、その家の味っていうヤツに。
子供にとっての「おふくろの味」は、旦那にとっては家庭の味だ。
おふくろの味は卒業しろっていうことなんだな、家庭の味が出来る頃には。
たまには恋しくなったとしたって、家庭の味が一番なんだと思うようになるのが結婚なのさ。
「…ズレたパウンドケーキでもいいの?」
「もちろんだ。それが俺たちの家庭の味ってことなんだからな」
きっと美味いさ、お前がパウンドケーキを焼いてくれたら。
レシピ帳もコツも、こだわらなくっていいんだからな、って頭を撫でてくれたハーレイ。
ズレた味でも、家庭の味だからそれがいいんだ、って言ったハーレイ。
だけどやっぱり、そんな優しい言葉を掛けてくれるハーレイのために作ってあげたい。
おふくろの味の料理に、お菓子。
まずはパウンドケーキから。
結婚したなら、ママに教えて貰わなくっちゃ。
今はまだ覗けない、レシピ帳。
あれを開いて、ママと一緒に材料を計って、合わせていって。
ハーレイが大好きな味のケーキを、ハーレイのお母さんの味と同じケーキを作りたい。
ぼくの夢で目標のパウンドケーキ。
それくらいは頑張って、おふくろの味をハーレイのために…。
おふくろの味・了
※ハーレイが大好きな「おふくろの味」のパウンドケーキ。それを焼くのがブルーの目標。
上手く焼けなくても、ハーレイは気にしないようですけれど…。ブルーはきっと頑張ります。
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「すっかり暗いね…」
ブルーはフウと溜息をついた。
ハーレイが仕事帰りに寄ってくれる時間は以前と全く変わらないのに、暗くなってしまった窓の外。地球の上で二人、再会した頃には明るかった筈の、この時間。
両親も交えて夕食を食べ始めようかという時になっても、ダイニングの外は明るかったのに。
庭の木々や、庭で一番大きな木の下の白い椅子とテーブルを充分に見分けられたのに…。
それに比べて、今はもう暗い。日が落ちて深い夕闇の中。
「秋の日は釣瓶落としと言うからな」
これからどんどん暗くなるさ、とハーレイが妙な言葉を口にしたから。
「つるべ…?」
なあに、それ。何が落ちるの?
怪訝そうなブルーに、ハーレイは「釣瓶落としだ」と繰り返した。
「釣瓶は井戸で使う道具だ。井戸から水を汲み上げる桶。そいつが釣瓶だ」
井戸も釣瓶も、授業で話したと思うがな?
「そういえば…。でも、なんで釣瓶が出て来るの?」
釣瓶は秋のものだったろうか、とブルーは首を捻った。言葉によっては季節を表すものもあるとハーレイの授業で習ったけれども、釣瓶については覚えが無い。
ハーレイは「ははっ、釣瓶が秋の言葉だっていうわけではないさ」と可笑しそうに。
「釣瓶落としって所が問題なんだ。釣瓶を井戸に入れるとどうなる?」
「えーっと…?」
「それこそ重力というヤツだ。綱がついててもストンと落っこちて行くだろうが」
アッと言う間に井戸の中へと。
秋の夕日は釣瓶みたいな早さで沈んじまうから、釣瓶落としと言われるんだ。
もっとも、本当に早く沈むってことは有り得ないがな、太陽だからな?
それを見ている人間の方の感じ方だな、秋は日暮れがとても早い、と。
実際、日没の時間が早くなってゆくし…、とハーレイに教えられたけれども。
夏よりも日暮れが早くなったことは、ブルーにも分かっているのだけれど。
「…もっと明るいままがいいのに…」
ハーレイと出会った頃みたいに。あの頃はこの時間でも明るかったよ、窓の外は。
「暗いの、嫌いか?」
お前、夜の暗さは嫌いだったか?
前のお前が暮らしていた青の間、さほど明るくはなかったがな…?
「そうじゃないけど…。暗いのが嫌いってわけでもないけど…」
怖い夢を見て目が覚めた時は、暗いととっても怖いけれども、普段は平気。
だけど、今日みたいにハーレイが寄ってくれる日に暗くなるのは嫌だな。
なんだか時間が短くなったように思うんだもの。
外が明るかった頃と違って、ハーレイと一緒にいられる時間が縮みそうな気がするんだよ。
お日様、もっとゆっくり沈めばいいのに。
同じ井戸でも釣瓶じゃなくって、風船を落とすみたいにゆっくり、ゆっくり。
「ふうむ…。なら、戻すか?」
時間が足りないと言うんだったら、戻してみるか?
「何を戻すの?」
「太陽だ」
沈んじまった太陽をもう一度、呼び戻すのさ。そうすりゃ明るくなるだろう?
「そんなこと、出来るの?」
「お前、扇子は持ってるか?」
扇だ、扇。こう、広げてパタパタと扇ぐアレだな、風を送るヤツ。
「持ってないけど…」
「なら、駄目だな」
太陽を呼び戻すには扇が要る。お前が扇子を持ってないなら、諦めておけ。
そうは言われても、太陽を呼び戻せるという方法が気になるから。
ブルーの手元に扇子は一つも無いのだけれども、知りたくなったから尋ねてみる。
「ハーレイ、それって…。どうやるわけ?」
扇子なんかを何に使うの、太陽をどうやって呼び戻すの?
「やり方か? 扇を持ってだ、そいつを広げて翳すんだな。そして扇で太陽を招く」
戻れ、戻れ、と呼び戻すわけだ。広げた扇を持った手を上げて。
「それで戻るの? そんな方法、あったんだ…」
扇子ならママが持ってるよ。ママの部屋にあると思うんだけど…。
ブルーは立ち上がろうとした。母の部屋にある扇子を探しに、それを探して持って来ようと。
本当に太陽を呼び戻せるかどうかはともかく、試さねば損だと思ったのに。
「やめとけよ、おい」
扇子なんかを取りに行くなよ、とハーレイに待ったをかけられた。
「なんで?」
ちょっと試してみるだけだよ。お日様、戻って来るのかどうか。無理だろうけど…。
「その方法。…下手にやらかすと罰が当たるぞ」
「えっ!?」
「本当だ。SD体制よりもずうっと昔に、この辺りが日本だった頃。其処での話さ」
田植えは分かるな、遥か昔は人間の手で田んぼに稲を植えていた。
広い田んぼを持っていた人が、使用人たちに田植えをさせていたんだが…。日暮れまでにそれが終わらなくってな、それじゃ困ると扇で太陽を呼び戻したんだ。
お蔭で田植えは無事に終わったが、次の日の朝。田んぼは湖になっていました、という話だ。
「…それが罰なの?」
「湖になっちまったら、二度と田んぼには戻らないからな。全財産がパアッってことだ」
しかし、同じように太陽を扇で呼び戻しても。
世の中の役に立つことをしていた場合は、そういった罰は当たらないってな。
「そうなの?」
「船が通れるようにしようと、海峡を開削していた人がいた。ところが、これが難工事だった」
このタイミングならば工事が出来る、という時に日が沈みそうになったから。
工事を始めた偉い人がだ、扇で太陽を呼び戻した。お蔭で工事は無事に終わったというわけだ。
そうやって出来た、狭い海峡。その後もずうっと船が通れたと言うからな。
罰は当たらなかったわけだな、罰が当たったなら、海峡は閉じてしまって船は通れない。
「そっか…」
自分のために、と欲張ったら罰が当たるんだ…。
みんなのために、と頑張った人は同じことをやっても平気なんだね。
罰は神様が当てるものだから。
私利私欲でやれば罰が当たって、そうでなければ当たらないのも頷けるけれど。
扇で太陽を呼び戻した人が少なくとも二人はいると言うから、ブルーの脳裏を掠めた考え。
もしかしたら、と。
「ねえ、ハーレイ。扇でお日様を呼び戻した人たちって、タイプ・ブルーかな?」
ずうっと昔にもミュウがいたかもしれないよ?
その昔話、お日様を呼び戻したっていう所は案外、本当なのかも…。
「なんでそうなる?」
しかも、どうしてタイプ・ブルーってことになるんだ?
「星の自転…」
前のぼくは試していないけれども、星の自転を止めるくらいの力はあったよ。
だから、逆の方向にだって回せたと思う。
お日様が沈むの、地球の自転のせいだもの。逆に回せば戻ってくるよ。
扇で招くのは演出なんだよ、こうすれば太陽を戻せますよ、って。
「なるほどなあ…。前のお前だったら、出来たってか」
扇で太陽を呼び戻すくらい、やれば出来たということなのか…。扇が無くてもサイオンだけで。
「ぼくだけじゃなくて、ジョミーでもね」
おんなじタイプ・ブルーだもの。ジョミーだってお日様を呼び戻せたよ。
「ナスカでは、やっていなかったがなあ…」
太陽は二つあったんだが…。沈んだら作業は其処で終わりだ、延長なんかはしていないぞ。
どうしても終わらせたいって仕事は、明かりを点けるか、サイオンで夜目を利かせてだったな。
「でも…。誰も頼んでいないでしょ?」
日が暮れちゃったら困る、って。お日様が戻ってくればいいのに、って言ってはいないでしょ?
「まあな」
そもそも思い付かないからなあ、沈んだ太陽を戻そうだなんて。
日暮れは日暮れだ、たとえ太陽が二つあっても両方沈めば夜が来るんだ。
そういうものだと思っていたから、誰もジョミーに頼みやしないさ。
太陽をもう一度戻せないかと、もう少しだけ時間があったら今日の作業が終わるから、とは。
思い付きさえしなかった、と苦笑したハーレイだったけれども。
タイプ・ブルーにはそれが出来ると言うから、小さなブルーをまじまじと眺めた。
「太陽なあ…。俺は危うく、お前に罰が当たるようなことをさせるトコだったのか?」
扇で太陽が呼べると教えて、お前がそれをやっていたなら。
「大丈夫。今のぼくには出来ないから」
呼びたくっても、呼べやしないよ。ぼくのサイオン、不器用になってしまったから。
「それはそうだが…。今のお前だと、力があったらやりかねないしな」
日暮れが早いのは嫌だから、と扇子を持ち出して、沈んじまった太陽をヒョイと戻すくらいは。
「かもね…。ハーレイを見たいだけなんだけど」
「はあ?」
どういう意味だ、と訝しむハーレイに、ブルーは「ハーレイだよ」と答えた。
「お日様の光でハーレイを見たい。たったそれだけ」
今みたいに早く日が暮れちゃったら、部屋の明かりでしか見られないんだもの。
だけど、そういう理由でぼくが太陽を呼び戻したなら、神様の罰が当たっちゃうよね…。
「何故、太陽の光で見たいんだ?」
どんな光で見たとしてもだ、俺は俺だと思うんだが…。
「ハーレイにとても似合っているから。お日様の光」
それなのに今は、お休みの日か、学校でしか見られないんだよ。
仕事の帰りに寄ってくれる時には、もう夕方で。外は暗くなって来ているんだもの…。
前はもっと明るかったのに。
秋になるよりも前は、今日みたいな日でも、ぼくの家でお日様の中のハーレイを見られたのに。
「太陽の光って…。そいつは普通のことだろう?」
昼間だったら太陽があるし、似合うも何も…。
そりゃあ確かに、夏の日射しと秋の日射しじゃ明るさや強さが違ったりもするが…。
「うん。今のぼくはハーレイをお日様の光で見るのに慣れちゃったんだけど…」
それが普通だと思っていたけど、秋になったら。
暗くなるのが早くなって来たら、気が付いたんだ。
今のぼくと違って、前のぼく。
前のぼくは一度も、ハーレイをお日様の光の下で見ていないんだ、って。
ブルーの言葉。小さなブルーが口にした言葉に、ハーレイはハッと息を飲んだ。
「…そうか…。お前、ナスカに着いた時には…」
眠ってたんだな、目覚めないままで。
俺がナスカの太陽の下を歩いていた時、お前は眠っていたんだっけな…。
「そう。そしてアルテメシアで暮らしてた頃は、ハーレイは外に出ていないんだよ」
いつだって船の中で、お日様の光は射し込まなくて。
ぼくはお日様に照らされたハーレイの姿を一度も見ないままだったんだよ…。
「言われてみれば、そうなるのか…」
俺とお前が一緒に地面に立っていたのは、アルタミラだけか。
あの時は太陽どころじゃなかったんだな、空は真っ赤に燃えていたからな。
「うん。…ぼくが地面の上でハーレイを見たのは、アルタミラだけ」
お日様なんか見えもしなかった、あの時だけ。
シャングリラを改造していた時だって、大気のある星には降りてないから。
ハーレイは地面に立たなかったし、お日様の明るい光の中には居なかったんだよ…。
見てはいない、とブルーは言った。太陽の光を浴びたハーレイの姿をただの一度も。
しかし、対するハーレイにその自覚は無く、何故そうなるのかと首を捻った。
「ならば、俺は何故…。俺は確かに、太陽の光で前のお前を見ているんだが…」
自分が太陽の下に出ていないのなら、何故、そのブルーを知っているのか。太陽の下のブルーを知っているのか、と自分に問い掛け、遠い記憶を探ってみて。
見出した答えに愕然とした。
前の自分が知っていたブルー。太陽の光を浴びたブルーは…。
「…俺が見ていたお前の姿。あれは肉眼ではなかったのか…」
俺はお前をスクリーン越しに眺めていたのか、太陽の光の下を飛ぶお前を。
アルテメシアの雲海の上を飛んでゆくお前を、シャングリラのスクリーンを通して見たのか…。
知らなかった、とハーレイは呻く。今の今まで知らなかったと。
「…そうだったのか、俺は気付いていなかっただけで…」
俺も太陽の下でお前を見ていなかったのか…。
前のお前が太陽の光を浴びた姿を、肉眼で見てはいなかったのか…。
「そう。前のぼくもハーレイも、見ていないんだよ」
太陽の下だと、お互いにどんな風に見えるのかを。
本当に一度も、ただの一度も、二人一緒に太陽の下には出なかったから…。
前の生では一度も見なかった、自然光を浴びた互いの姿。
アルタミラの空は火焔を映した黒煙に覆われ、陽が射し込んでは来なかった。
長く暮らした雲海の星はハーレイが降り立つことを許さず、外に出られたブルーの姿も船に居たハーレイは肉眼では捉えられなくて。
ナスカに在った二つの太陽はハーレイを優しく照らしたけれども、眠り続けるブルーの瞳にその姿が映ることは無かった。
ハーレイもまた、ナスカの太陽を浴びたブルーの姿を眺めることは叶わなかった。
長い長い時を、アルタミラからの三百年を超える歳月を共に過ごしながら、一度たりとも互いに見られずに終わった姿。
今ではあまりに当たり前すぎて、気付くことさえ無かった姿。
昼間の空に在る、太陽の光。自然の光を浴びた互いの姿を前の生では知らなかったのだ、とは。
「迂闊だったな…」
俺としたことが、とハーレイは小さなブルーを見詰めた。
秋は日暮れが早くて嫌だと、仕事帰りの自分が寄る時、暗いのが嫌だと言ったブルーを。
「まるで考えちゃいなかった。お前に太陽の光が似合うかどうかを」
其処に気付いていりゃ、俺だって…。
「なあに?」
どうしたの、とブルーが首を傾げるから。
愛らしい顔で問い掛けて来るから、ハーレイは「お前と同じさ」と笑みを浮かべた。
「釣瓶落としを恨んだだろうな、今の季節は太陽の光でお前の姿を見られない、ってな」
こんなに早く日が暮れたんでは、学校か休みの日にしか見られないじゃないか。
お前、太陽の光が良く似合うのに。
今のお前を存分に見るなら、断然、太陽の光なのにな。
「太陽って…」
ブルーは赤い瞳を丸くした。
太陽の光が似合うなどとは、生まれてこの方、一度も言われたことが無い。
強い日射しは身体に悪い、と幼い頃から被せられていた帽子。つばが広くて日陰を作る帽子。
それを被って歩いていれば、「可愛らしい」と何度も言われたけれど。
小さなブルーは、帽子を被った自分の姿を褒められたのだと思っていた。自分ではなくて、頭に被った大きな帽子。頭の上に大きな帽子があるから、太陽の下の自分は「可愛い」のだと。
実の所は、帽子など被っていなくても。
日射しが柔らかい春や秋にも、冬にも「可愛い」と褒められたけれど、それは太陽とはまた別のものだという認識。ブルーにとっては、そういう認識。
太陽の強い光の下では、自分は、帽子。
あの日射しは自分に似合わないから、頭に帽子。
それを被って誤魔化していると、太陽の下では自分は「可愛い」と言って貰えず、太陽は自分に似合わないのだと。
そうだと思い込んでいたのに、ハーレイは太陽が似合うと言うから。
ブルーには太陽の光が似合うと言うから、恐る恐るそれを確認してみる。
「ハーレイ、ぼくって…。お日様、似合う?」
お日様の光はぼくに似合うの?
そんなこと、今までにたったの一度も言われたことが無いんだけれど…。
「そうなのか?」
「うん。帽子を褒めて貰っただけだよ、お日様の光が強い時には被っているから」
可愛いわね、って帽子だったら褒めて貰った。つばが広くて大きな帽子を。
「そいつは帽子を褒めているんじゃないと思うがな…」
お前、面白い発想をするな。
帽子を褒めるなら「可愛い帽子ね」と言うもんだ。「良く似合うわね」とか、そんな感じで。
いいか、可愛いのは帽子じゃなくって、それを被ったお前の方だ。
でかい帽子を被っていてもな、声を掛けられるくらいの距離にいるなら顔は見えてる。
「…そうなのかな?」
「当たり前だろうが、帽子を褒めてどうするんだ」
こんなに可愛い顔が帽子の下にあるのに。
お前を褒めずに帽子を褒めてるヤツがいたなら、そいつの目玉は節穴というヤツだよな。
「…帽子じゃなくって、ぼくだったの?」
お日様もちゃんとぼくに似合うの、帽子にお日様が似合うんじゃなくて?
「ああ、似合うさ。前のお前は月みたいだったが、太陽だって似合っていたぞ」
前の俺はスクリーン越しにしか知らんが、良く似合っていた。眩しいほどにな。
そうして今のお前は、だ。
前のお前よりも遥かに太陽が似合ってるんだぞ、影ってヤツが無いからな。
「影…?」
「そうだ、影だから暗い部分だ。悲しみだとか、苦しみだとか」
前のお前は、いつだって何処かに抱えていた。
どんなに楽しそうに笑っていたって、どうしても消えない、消せない影だ。
アルタミラから背負い続けて、メギドに飛んで行っちまうまで。
誰にも見せないようにしてても、俺にまでは隠せていなかったんだ。前のお前の深い悲しみ。
しかしだ、今のお前にはそいつが無い。
悲しみも苦しみも生まれて来ないし、それを持ち続ける必要も無い。影なんか存在しないんだ。
その分、余計に太陽が似合う。幸せそうに笑えば笑うほどにな。
「ホント?」
今のぼく、ホントにお日様が似合う?
「本当だ。俺が嘘なんかを言うと思うか?」
お前は本当に太陽が似合う。前のお前よりも、ずっと幸せに生きている分。
前のお前が焦がれ続けた地球の太陽、今のお前の笑顔にとても似合ってるんだぞ。
褒められてたのは帽子だなんて言い出すお前だ、自分じゃ気付いていないだろうがな。
前のブルーが、ソルジャー・ブルーが焦がれ続けた水の星、地球。
母なる青い地球を育む恒星、それがソル太陽系の太陽。地球の太陽。
前の生でフィシスの映像に在った、地球へと渡る旅の目印。太陽もブルーは見たかった。いつか肉眼で見たいと願った。
その地球の太陽が今の自分に似合うと言われて、小さなブルーの顔が輝く。
「ハーレイ、本当?」と何度も問い掛け、それは嬉しそうに、とても幸せそうに。
太陽のように明るい笑顔。
前のブルーのそれと違って、翳りも憂いも秘めていない笑顔。
ハーレイはその眩しさに、明るさに目を細めて恋人の顔を見詰めたけれど。
前の生から愛してやまない恋人の笑顔に目を奪われてしまったけれども、それはもう太陽の光の中ではなくて。
今のブルーに似合う太陽は、とうに沈んでしまった後で…。
「…俺も太陽を招き返したくなってきたな」
せっかくのお前の眩しい笑顔に、太陽がついていないんだが…。
沈んじまった後で、窓の外はもう真っ暗だしなあ…。
「罰が当たるよ?」
ハーレイがそう言ったんだよ?
ぼくがハーレイをお日様の中で見たいから、って思っているのに、「罰が当たる」って。
自分のためにだけ、お日様を呼び戻しちゃったら罰が当たると言ったよ、ハーレイ。
「それはそうなんだが…。確かに言ったが…」
お前の気持ちが俺にもようやく理解出来たぞ、秋は困るな。釣瓶落としの日暮れは困る。お前の姿を思う存分、太陽の光で見たい俺には不向きな季節だ。
「分かってくれた? だから釣瓶落としより、風船落としの方がいいなあ、って…」
ゆっくりゆっくり、日が暮れるのが。
でなきゃ、前みたいに日暮れが遅いか。
「これからの季節、そうもいかんが…。だが、太陽を呼び戻すのも…」
「罰が当たったら困るでしょ? ぼくも、ハーレイも」
「うむ。お互い、それは困るしなあ…」
どういう罰だか分からないが、だ。
田んぼが湖になっちまうくらいだ、お前と二度と会えなくなるような罰が当たると大変だしな?
「それは困るよ、それくらいなら釣瓶落としでも我慢するよ!」
お日様、呼び戻したいとは思うけど…。
ハーレイをゆっくり、お日様の光で見ていたいけど…!
沈んだ太陽を呼び戻す方法。釣瓶落としの秋の日暮れを覆せそうな扇の魔法。
けれども、それを使ってしまえば罰が当たると言われるから。
私利私欲のためには使えないから、ブルーは我慢をすることに決めた。秋の日暮れが早くても。
「…釣瓶落としでも、我慢するしかないみたいだけど…」
ハーレイをお日様の光で見ていたいけれど、学校のある日は家では見られないみたいだから。
その分、お休みの日には、ゆっくり、じっくりハーレイを見なきゃ。お日様の光で。
「俺も同じでお前を見たいが、秋の日暮れはこれから早くなる一方だしなあ…」
夜明けだって遅くなっちまう。流石にお前の家に来る頃には明るい時間になっているがな。
しかし太陽とは縁が薄くなるなあ、これから冬に向かって行くとな。
「でも、太陽はちゃんと出るよね、シャングリラに居た頃と違って」
雲海が白いか、暗いかだけの違いだった昼や夜と違って、どんな日でもお日様は昇って来るし。
それに次の日も、その次の日も…。そのまた次の日も、必ず来るよ。
シャングリラに居た頃は、次の日の朝が来るって保証は無かったのに。夜の間に人類軍の攻撃で沈んでしまって、次の日なんかは来ないかもしれない、って思っていたのに。
あの頃に比べたら、ずうっと贅沢。
お日様が釣瓶落としに消えてしまっても、次の朝には必ず昇って来るんだから。
「違いないな。それも、本物の地球の太陽がな」
前のお前が行きたかった地球。前の俺が辿り着いた時には、死の星だったままの地球。
その地球の上で生きているんだ、釣瓶落としの日暮れくらいで文句を言っては駄目だってな。
秋の日は釣瓶落としと言われるくらいで、明るい昼間も短くなってゆくのだけれど。
太陽の光に照らされる時間は、どんどん短く縮んでいってしまうのだけれど。
それでも昼間は太陽の光の中に居るから。
前の生では見られなかった、太陽の光の下に居る互いの姿を見られるのだから。
沈む夕日を招き返してはいけないのだ、と二人、戒め合う。
それが出来るだけの強いサイオンを持っていたとしても、地球に全てを任せなければ、と。
星の自転を止めることなく、蘇った地球に全て委ねて…。
秋の夕暮れ・了
※前のハーレイとブルーは、太陽の光の下でお互いを見たことが無かったのです。
けれど今では太陽があって、明るい光が似合うのがブルー。平和な時代ならではですね。
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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園はもうすぐ夏休み。期末試験は昨日で終了、私たちの1年A組は例によって会長さんを迎えて誰もが百点満点の筈で、他のクラスの生徒も「とにかく終わった!」と打ち上げへ。もちろん私たちも教頭先生から費用を毟ってお出掛けで…。
「うーん、昨日は食った、食った!」
サム君が大きく伸びをし、ジョミー君も。
「美味しかったよねえ、いつもの焼肉! 次も絶対あそこがいいって!」
「俺たちもすっかり馴染みだしな。テストの打ち上げくらいでしか行けないが」
高いからな、とキース君。そう、それが残念な所です。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はたまに出掛けているようですけど、高校生にはお値段高すぎ。実年齢はともかく高校一年生ばかりを繰り返している私たちのお小遣いの額は普通の高校生並みで…。
「キース先輩、たまには奢って下さいよ。一応、社会人ですよね?」
シロエ君のナイスな突っ込みに早速ジョミー君が飛び付きました。
「そうだっけ! キースは大学、出てたんだっけ!」
「ついでに元老寺の副住職もやってんだよなあ、金はあるよな?」
奢ってくれよ、とサム君までが。
「坊主の道だと俺もジョミーも後輩なんだし、たまにはいいだろ」
「俺は給料は貰ってないっ! あの親父が小遣い以外に金をくれると思うのか!」
大学の学費でチャラだそうだ、とブツブツと零すキース君。
「おまけに「今も小遣いをやってるだろう」と来たもんだ。俺は一生、タダ働きの副住職だ」
「先輩、そこまで悲惨な懐事情だったんですか?」
「寺の関係で出掛ける時には費用を出してくれるんだが…。坊主だらけのツアーの費用と小遣いを貰っても嬉しくはないな」
もっと普通の人生がいい、とキース君が嘆く夏の放課後。授業は今日も含めて数日間あり、それが終わると夏休みです。夏休みといえばマツカ君の海の別荘に山の別荘、お盆で忙しいお坊さん組を除けば楽しさ満載のシーズンで…。
「キース、今年も卒塔婆を書いてるわけ?」
「もちろんだ。早くお前も手伝えるようになってくれ」
「お断りだよ!」
お坊さんだけは絶対嫌だ、とジョミー君。でも夏休みは璃慕恩院での修行体験ツアーとお盆の棚経がもれなくセットになってます。何かと抹香臭くなるのも今や夏休みの風物詩でした。その夏休みがもうすぐだ、とワクワクしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
ピョーンと飛び跳ねた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「見て、見て!」とホップ、ステップ、ジャンプで部屋を一周。ピョンピョンと跳ねて歩いた後には…。
「「「わわっ?!」」」
小さな足が踏んだ場所からポンッ! と可愛いガーベラの花。赤、黄、白など色とりどりの花が足跡のようにパパパパパッ…と咲いていくではありませんか。
「な、なにこれ!?」
花が、とジョミー君が叫べば、マツカ君も。
「花ですね…。本物ですか?」
「えっへへ~! お花、凄いでしょ?」
「うん、スゲエ」
本物かよ? とサム君が手を伸ばして触ると花はパッと消え失せてしまいました。
「あれ? 消えた…」
「すぐに咲くも~ん!」
ピョンッ! と跳ねればガーベラの花。しかし触ると花は端から消えてしまって、どうやら本物の花ではない様子。
「何ですか、これ?」
シロエ君の問いに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はエッヘンと。
「歩いた場所にお花が咲く靴~♪」
「「「靴!?」」」
「うんっ!」
魔法の靴なの、と再びピョンピョン。今度はチューリップやカーネーションなど花の種類も様々なもので、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねた後に次から次へと…。何なんですか、あの靴は?
「ぶるぅの靴かい?」
分からないかな、と会長さんがソファから立ってやって来ました。
「一種のサイオニック・ドリームだよ。童話で読んだ靴が気に入ったとかで」
「だって素敵だもん! 歩いたらお花が咲くんだもん!」
「というわけでね、使えないかと実験中! どうせなら派手にやりたいし」
「「「は?」」」
派手に…って、何を?
「ぶるぅの魔法の靴をだよ! 夏休み前のお楽しみ!」
学校中で披露したいし、と会長さん。えーっと、お花の咲く靴を…ですか?
夏休み前の最後の行事は終業式の日に行われます。式が終わった後、繰り広げられる宿題免除のアイテム探し。校内のあちこちに隠されたアイテムを発見すれば夏休みの全ての宿題免除で、全校生徒が血眼になって探す姿が恒例で…。
「今年もアイテムを売ろうと思うんだけどさ」
その他に、と瞳を煌めかせる会長さんは例年アイテムを探し出しては生徒に販売。ぼったくり価格がつくのですけど、これがまさしく需要と供給のなせる所で文句どころか完売御礼。今年も売る気か、と溜息をつく私たちですが…。
「なんで溜息をついてるわけ? アイテム販売は頼りにしている人もいるしね」
「それはそうだが…。しかしだな、もう少し何とかならんのか?」
値を下げるとか、というキース君の提案を会長さんはバッサリ却下。
「ダメダメ、それじゃ有難味がない。汗水たらして自分で探すか、高い値段を支払うか…。その二択だから値打ちがあるんだ、宿題免除のアイテムは。…でもね」
たまには出血大サービス! と人差し指を立てる会長さん。
「ぶるぅは魔法の靴を披露したいし、ちょうど夏休みが目の前だから…。ぶるぅが歩いた後に咲いた花を頑張って摘めばアイテムへの道が開くとか」
「「「え???」」」
「サイオニック・ドリームだと言った筈だよ、花とセットでサイオニック・ドリームの核を撒くわけ。さっきの花は触ったら消えてしまったけれども、こんな感じで。ぶるぅ、やってみて」
「かみお~ん♪ みんなでお花、摘んでね!」
ピョンピョン跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」の足が触れるとお花がポンッ! 次々に咲く花を摘もうとしたら、花はドロンと消えてしまって……あらっ?
「キャンデーだ…」
「ぼくのは御煎餅ですよ?」
「俺はハズレか? ふりかけなんだが」
こんなヤツだ、とキース君が掲げた一人前サイズのふりかけの袋に大爆笑。飴やクッキー、チョコレートなどのお菓子三昧な中で七味ふりかけは浮いています。
「それがハズレでもないんだな」
むしろ当たり、と会長さん。
「当たりクジの方がレアというのは常識だろう? 今みたいな調子で当たりを仕込めば誰もがぶるぅを追いかける。魔法の靴で歩き放題、跳ね放題で大人気ってね」
「えとえと、ぼくの手形を入れるの! それとアイテムの引換券も!」
なんと、何でも満点になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形と宿題免除アイテムの引換券! これは大人気は間違いなしかも…。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が読んだ童話に出て来たという魔法の靴。歩いた場所に花が咲くとかで、その可愛さがお気に入り。自分でもやってみたくなってしまい、そこへ会長さんの思惑が重なった結果、終業式の前日に披露が決まりました。
「例の靴って今日だよな?」
サム君が確認をすれば、キース君が。
「その筈だが…。ブルーも来ないし、どういう形で披露する気だ?」
「さあ…」
どうなるのかしら、とスウェナちゃん。私たちは会長さんが1年A組に来ているものだと思っていたのに、登校してみたら教室の一番後ろが定位置である机は増えていませんでした。授業が始まっても会長さんは来ず、昼休みも済んで午後の授業も終わってしまって…。
「諸君!」
ガラリと教室の扉が開いてグレイブ先生が入って来ました。
「授業は今日で終わったわけだが、我が校は終業式の日にも重きを置いている。この日にサボると後悔するぞ。…私は未だに賛成する気になれないのだが、宿題免除の制度が存在するのだ」
「「「知ってまーす!!」」」
クラスメイトたちも既に噂で知っているだけに元気一杯の返事が返り、グレイブ先生はツイと眼鏡を押し上げて。
「…よろしい。不本意ながら、明日はそのアイテムが出現する。我こそは、と思う者は頑張って捜したまえ。見付け出したら…」
グレイブ先生がそこまで話した時、校舎の外からワッと歓声が。
「なんだ、あれ!?」
「花だ、花が次々咲いてるぞ!」
騒ぐ声に釣られて窓際の生徒が下を見下ろし、「わあっ!」と声を。
「下、下! 下に、そるじゃぁ・ぶるぅが!」
「えっ、なに、なに?!」
グレイブ先生が止める暇もなくクラスメイトは窓辺に殺到。私たちもドサクサに紛れて一緒に見下ろし、校舎と校舎の間を跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」を発見しました。
「ぶるぅだ…」
「ぶるぅですね? おまけに例の靴ですよ」
ほら、とシロエ君に言われなくても下の騒ぎで分かります。ピョンピョン跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、その後ろに咲く幾つもの花と。どうなるのだろう、と思っていたら…。
ピンポンパンポーン♪ と校内放送のチャイムが鳴り響きました。続いて嫌というほど聞き覚えのある声がスピーカーから。
「全校生の諸君、ぼくはシャングリラ学園生徒会長のブルー。今からみんなにお知らせがある」
「こらっ、ブルー!」
乗っ取るな、とスピーカーの向こうで怒鳴る声はゼル先生のものですけれど。
「別にいいだろ、放送予定は無いんだからさ」
「だからといって私物化することは許されんわい!」
「そうかなあ? 生徒会長からの放送ってヤツは公共性があると思うんだけど」
「黙らんかいっ!」
ブツン、と切れたマイクのスイッチはアッと言う間に再びオンに。
「ごめん、ごめん、聞き苦しいことになっちゃって…。ゼルは放置でお願いするよ。それでね、校舎の外をぶるぅが歩いているんだけれど」
歩いてるよな、という声があちこちから。他のクラスも窓の外を眺めているようです。
「ぶるぅが履いている靴は魔法の靴でね、歩いた場所に花が咲くんだ。しかも普通の花じゃない。魔法の花でさ、摘むとお菓子やキャンデーになる」
「「「へえ…」」」
なるほど、と納得の生徒たちですが、魔法の靴の真の値打ちはこれからで…。
「でもね、お菓子やキャンデーはハズレ! 当たりを摘んだら宿題免除アイテムの無料引換券になる…かもしれない」
「「「えぇっ?!」」」
「他にもテストが一回満点になると噂のぶるぅの手形が何枚か! 当たりはランダムに入っているから、どの花がそれかはお楽しみ! 欲しい人はぶるぅを追いかけて花を摘んでみてよね」
それじゃ、とマイクのスイッチが切られ、放送終了のピンポンパンポーン♪ のチャイム。聞き終えたクラスメイトたちは血相を変えて立ち上がりました。
「聞いたか、ぶるぅの後を追うんだ!」
「他のヤツらに取られる前に貰うが勝ちだな!」
宿題免除アイテム、貰ったあ! という叫びが上がってダッと駆け出すクラス中の生徒。気付けば教室には私たち七人グループとアルトちゃん、rちゃんの特別生しか残っておらず。
「……諸君。あの騒ぎはいったい何なのだね!?」
キレそうな顔のグレイブ先生を相手にシロエ君が必死のフォロー。
「知りません! でも終礼は九人もいれば出来る筈です!」
「むむっ…。いつも何かと騒がせてくれるお前たちが今日は模範生だというわけか…」
止むを得ん、とグレイブ先生は終礼続行。起立、礼をしてお見送りした後は私たちも外へとレッツゴーですよ~!
校舎の外は上を下への大騒ぎ。気まぐれに跳ね歩く「そるじゃぁ・ぶるぅ」を全校生徒が追い掛けています。
「かみお~ん♪ 魔法の靴でお花いっぱい、楽しいな~!」
ピョンピョン、ピョピョン。小さな足が地面につく度、ポポンッ! と開く色とりどりの花。形も種類も様々な花を生徒の群れが血相を変えて摘むわけで。
「くっそ~、今度もキャンデーだった!」
「あらっ、このクッキー、手作りみたいよ?」
もしかして、という女生徒の声に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぼくが作ったお菓子も混じっているからね! 食べてみてね~♪」
「マジかよ、あいつ、料理が上手いんだよな?」
「ハズレでも価値があるってことか!」
目指せ手作り! と全校生徒は更にヒートアップ。手作り菓子ゲットで一休みとばかりに食べた生徒の「美味しい~!」な感想で拍車がかかって、魔法の靴は大人気です。
「…すげえな、宿題免除のアイテムじゃなくても欲しいらしいな?」
菓子でもかまわねえみたいだぜ、とサム君が首を竦めてみせると、ジョミー君が。
「人気があるならいいんじゃない? ぶるぅも嬉しいみたいだし」
「そうね、ぶるぅは靴の自慢をしたいだけだものね」
他はどうでもいいんだわ、とスウェナちゃん。
「お花が咲くのを見せたいんでしょ? アイテムとかお菓子は後付けだもの」
「うんうん、子供ってそんなんだよな」
分かる、分かる、とサム君も。
「おっ? なんか当たりが出たみたいだぜ!」
「本当ですね! 宿題免除アイテムの無料引換券なら一等ですよ!」
シロエ君の言葉通りにそれこそが今日の一等賞。当たりクジは何枚でしたっけ?
「え? 聞いてないよ?」
ジョミー君が首を傾げて、キース君が。
「聞いていないな…。つまりはアレか、ぶるぅが花を咲かせて回る間は当たりの可能性があるってことか」
「どうなんだろうね? ブルーだしねえ…」
でもいいか、とジョミー君。たとえ一等賞が一枚だけでも他にも手形や手作りお菓子。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の魔法の靴は熱狂する生徒の群れを引き連れ、学校中に花を咲かせて回るんでしょうねえ…。
学校中が大騒ぎだった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の魔法の靴。一等賞は三枚でしたが、テストの満点を呼べる手形の方は五十枚。手作りお菓子はもっと多くて、ハズレでも市販のお菓子だっただけに誰もが納得、大満足なお楽しみイベントとなりました。
翌日の終業式の日にもまだまだ話題で、宿題免除のアイテム探しが終わった後にもまだ話題。来年もやってくれたらいいな、とか、学園祭のイベントにどうか、などなど賑やかで…。
「良かったね、ぶるぅ。魔法の靴が大評判で」
またやろうか? と会長さん。此処は生徒が下校した後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。外は夏真っ盛りの日射しが眩しく、暑さの方も厳しいですけど、クーラーが効いたお部屋は天国。
「かみお~ん♪ 楽しかったし、またやりたいな!」
でも暫くは出来ないね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は残念そう。
「明日から夏休みになっちゃうし…。みんな学校に来ないんだもん」
「部活のヤツらしかいないな、確かに」
その部活の方も夏休みとなれば合宿で、とキース君。
「俺たちももれなく合宿だしな? 俺とシロエとマツカが柔道部、サムとジョミーは璃慕恩院だ」
「あれは合宿なんかじゃないし!」
拷問だよ、とジョミー君が苦情を申し立てました。
「毎年参加しているせいでバッチリ目を付けられてるし…。他の参加者は二泊三日なのに、ぼくとサムだけ延長戦だし!」
「お前、有難いと思わんか! 璃慕恩院で特別扱いなんだぞ、ブルーのお蔭で」
「要らないってば!」
アレの免除のアイテムが欲しい、と無茶を言い出したジョミー君。
「ぶるぅの魔法の靴で出ないかな、璃慕恩院へ行かずに済むチケットとか」
「出るわけねえだろ、元からそんなのねえんだし!」
サム君がジョミー君の背中をどやしつけ、私たちだって「うん、うん」と。
「存在するモノしか出せませんよね、そもそも魔法じゃないですから」
無理でしょうね、とシロエ君が笑えば、マツカ君も。
「作って貰えば別でしょうけど、無理そうですよね」
「有り得ねえよな、ブルーかぶるぅが「うん」と言わなきゃ出ねえって!」
諦めろよ、と諭すサム君。
「無い袖は振れねえって昔からよく言うじゃねえかよ、無いモノねだりは見苦しいぜ」
「…でもさあ……」
魔法なのに、と諦めの悪いジョミー君。本物の魔法だって魔法使いが望んだことしか起こらない気がするんですけど、気持ちは分からないでもないかな…。
魔法の靴で夢や憧れのアイテムをゲット。それが出来たら素敵かも、という点については私たちも異論はありませんでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお昼御飯にと作ってくれたピラフのパイナップル詰めを食べつつ、そんな話題が賑やかに。
「ジョミーが璃慕恩院から逃げたいと言うんだったら、俺はお盆がなくなるアイテム希望だ」
「ちょ、キースがそれ言ってとうするよ!」
副住職だろ、とサム君が呆れ顔で。
「俺、住職の資格が貰えるアイテムって言おうと思っていたのによ」
「サム先輩が住職希望なら、ぼくはキース先輩から一本取れる魔法でしょうか…」
未だに全く勝てませんし、とシロエ君。
「マツカ先輩は何かありますか? 希望のアイテム」
「そうですね…。柔道が強くなるアイテムだったら欲しいです」
「私は特にコレっていうのは無いけど…。貰うなら美味しいものかしらね?」
スウェナちゃんの意見に私も賛成。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお料理もお菓子も美味しいですけど、もっと美味しいものって無いかな?
「うーん…。ぶるぅの腕前はプロ級だしね」
一度食べれば再現可能、と会長さん。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「うんっ!」とコックリ。
「美味しいものを食べたら作ってみたいと思うし、後は材料の問題かなあ…」
「そうだよね、ぶるぅ? 魔法の靴だって出来ちゃったしね」
「お料理じゃないけど、出来ちゃったもんね♪」
盛り上がっている会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。美味しいものなら魔法でなくても出てきそうですが、キース君やシロエ君たちの夢のアイテムは無理そうです。
「…夢はやっぱり夢ってことだな」
現実的に前を見るか、とキース君が溜息をついた所へ。
「それはどうかな?」
「「「!!?」」」
あらぬ方から声が聞こえて、フワリと翻る紫のマント。
「こんにちは。面白そうな話をしているねえ? ぶるぅ、ぼくにもピラフはあるかな?」
「ちょっと待ってね、ピラフは多めに炊いてあったし、パイナップルも半分残ってるから!」
作ってくるねー! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンに駆けてゆき、ソルジャーが空いていたソファに腰を下ろすと。
「魔法の靴で夢のアイテムをゲットだってね、楽しいじゃないか」
胸がときめく思い付きだ、と微笑むソルジャー。ソルジャーの夢って何なのでしょう?
間もなく出来てきたソルジャー御注文の品。スパイシーなピラフのパイナップル詰めはお気に召したらしく、ソルジャーは御機嫌で頬張りながら。
「夢はやっぱり夢だとキースは言ったけれどさ、叶えば嬉しいものだしねえ? ぼくが魔法に頼るんだったら自力じゃどうにもならないことかな、今すぐに地球へ行けるとか」
ぼくの世界の本物の地球、と付け加えるのをソルジャーは忘れませんでした。
「でなきゃミュウと人類との和解かな。…どっちもいつかはと思っているけど、直ぐには叶いそうもない。そして魔法も全くアテにはならないし…。叶う夢しか叶わないなら」
「あんた、それはどうかな、とか言わなかったか?」
そう聞こえたぞ、とキース君が指摘し、私たちも頷きましたが、ソルジャーの方は。
「ぼくやキースの夢に関してはそうなんだけどさ。この世の中には叶う可能性があるのに夢だと思っている人もいるわけで…。ああ、夢だとは思っていないのかな?」
「何の話だ?」
「こっちのハーレイ」
「「「!!!」」」
その先は言われなくても分かったような気がします。けれど素敵なことを思い付いたら最後、もう喋らずにはいられないのがソルジャーで…。
「いつかはブルーと結婚したい、と目一杯に夢を見てるだろ? あの夢が叶うチケットを出したら喜ぶと思うよ、ゲットすればブルーと結婚なんだし」
「却下!!」
そんなチケットを誰が出すか、と睨み付けている会長さん。
「なんでハーレイの妄想なんかを叶えなくっちゃいけないのさ! 悉くハズレで行くならともかく、当たりクジなんて絶対嫌だし!」
「だから其処だよ、当たりとハズレの配分だってば。…当たりが出ないクジっていうのもあるんだってね、こっちの世界は」
お祭りの屋台なんかのクジ引き、とソルジャー、ニヤニヤ。
「あれってお約束だろう? 実は当たりは無いんです、ってヤツ」
「まあね。たまに訴えられてるけれど……って、当たり無しのクジを作れって?」
「当たりを引いたらぼくと、っていうクジなら作ってもいいよ?」
結婚は無理だけど一夜のお相手くらいなら、とソルジャーはパチンとウインクを。
「ぼくはノルディでも気にしないほどに心が広いし、こっちのハーレイくらいはねえ? どうかな、そういう魔法の靴! どうせだったら君が履くとか!」
余計にハーレイがときめく筈! とソルジャーは力説しています。歩けば花が咲く魔法の靴を会長さんが履いて、当たりが出たら結婚だなんて、教頭先生は間違いなく喜んで飛び付きますよ…。
「当たりクジ無しでハーレイをねえ…」
面白いかも、と会長さんは自分の足先を眺めました。
「おまけに魔法の靴をぼくが履くって? 歩けば花が咲く靴を?」
「君が履くのが絶対オススメ! その方が味わい深いと思うよ、ぶるぅじゃ可愛いだけだしさ」
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とか言ったかな…」
文字通り花を咲かせてやるか、と会長さんの唇に笑みが。
「歩いた所に綺麗な花が咲いていく上に、それを摘んだらクジなんだね」
「当たり無しの……ね。でもって、ぼくの当たりクジも混ぜるんだったら、こういうヤツはどうだろう? 夏休みは海の別荘に行くし、そこで一夜のアバンチュールを!」
「……君のハーレイはどうなるわけ? 海の別荘は結婚記念日じゃないか」
「あ、そうだっけ…」
忘れてた、とペロリと舌を出すソルジャー。毎年必ず結婚記念日に重ねてくれと注文をつけてくるくせに、この有様では先が思いやられます。多分、ソルジャーの方も教頭先生と過ごすつもりは無いのでしょうが…。
「えっ、普段だったら過ごしてもいいよ? ただねえ…。結婚記念日の辺りはマズイか」
「当たり前だよ、君は結婚しているんだろ!」
結婚記念日とセットの旅行で踏み外すな、と会長さんが叱り付ければ、ソルジャーは。
「…うーん…。踏み外さないようにハーレイに止めて貰おうかな?」
「「「は?」」」
「ぼくのハーレイだよ、当たりのクジをこっちのハーレイに渡さないよう全力で戦って貰うとか! 咲いた花を必死に奪い合うんだ、ぼくのためにね。…それもいいねえ…」
ウットリとして呟くソルジャー。
「そうだ、ぼくも一緒に魔法の靴で歩いてみようかな? 二人分の花なら集める手間も二人分! ハーレイ同士で奪い合うにも熱が入るよ、どっちの靴から当たりが出るのか謎だしさ!」
「君もやるわけ?」
ポカンとしている会長さんですが、ソルジャーはやる気満々で。
「サイオニック・ドリームの応用だろう? 面白そうだし、ぼくもやりたい! 歩く姿は百合の花だっけ、ぶるぅよりもゴージャスな花を次から次へと!」
二人でやろう、とソルジャーの手が会長さんの手をガシッと握りました。
「君とぼくとで魔法の靴! 君はこっちのハーレイをからかえばいいし、ぼくはハーレイの全力の愛を確かめられるし…。これは素敵なイベントだってば、やる価値ありだよ、絶対に!」
会長さんとソルジャーが二人揃って魔法の靴。歩けば開く魔法の花を教頭先生とキャプテンが必死に奪い合いですか、そうですか…。
こうして歩いた場所に花が咲く魔法の靴は妙な方向へと突っ走って行ってしまいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が得意げに跳ね回っていたのとは全く別物、当たりクジ無しの阿漕なイベント。いえ、正確には当たりクジはあるのですけれど…。
「当たりが出たらブルーと、だしねえ? ハーレイ的にはハズレかもねえ…」
ぼくじゃないから、とクスクスと笑う会長さん。
「だけど海の別荘でのアバンチュールなら話は別かな? 毎年、涎が出そうな顔でバカップルを眺めているのは事実なんだし、ブルー相手でもオッケーかもね」
「あんた、本当にそれでいいのか? いつも困ると言ってるだろうが!」
キース君の突っ込みに、会長さんは涼しい顔で。
「本当にブルーとアバンチュールってコトになったら困るけどさ。…あっちのハーレイが止めに入るだろ、チケットを奪い取ってでも!だから全然心配してない」
「…それで本気でやらかすんだな?」
「そのつもりだけど? …そうだよね、ブルー?」
「もちろんさ! 君さえその気になってくれたら、こんなイベントを逃す手は無い。でもって、イベントの開催はいつ?」
スケジュールを空けておかないと、と壁のカレンダーに目をやるソルジャー。
「確か噂の合宿が……明後日からだっけ?」
「うん。キースたちもジョミーたちも留守になるから、その後かな。山の別荘行きが済んだらキースはお盆でいつも以上に忙しくなるし、それまでの何処かで…。んーと…。ここは?」
合宿が終わった直後の土曜日を会長さんが指差しました。
「君のシャングリラは基本、土日は暇なんだろう?」
「現時点では何も聞いていないね。じゃあ、其処にしよう」
それまでに色々と打ち合わせを、と赤い瞳を輝かせるソルジャーに会長さんが頷き返しています。クジの内容だの開催場所だの、相談は山ほどあるようで…。
「ハーレイにも話を通しておくよ。ウッカリ予定を入れられちゃったら大変だ」
「ぼくも同じさ。でもさ、こっちのハーレイ、君のためなら予定の十や二十くらいは放り出すんじゃないのかい? ましてや結婚のチャンスとなるとさ」
「結婚のクジは最初から入っていないんだけどね?」
「違いないねえ、でもそのクジで釣って、ぼくとの一夜のアバンチュールでダメ押しだろ?」
悪辣だねえ、とソルジャーは笑っていますけれども、それを言うならどっちもどっち。結婚記念日合わせの旅行に別の人とのアバンチュールを織り込もうだなんて…。しかもそれをネタにキャプテンの本気を試そうだなんて、ソルジャーも同じく悪辣だとしか……。
キース君たちが合宿や璃慕恩院へと出掛けた間に、会長さんとソルジャーは魔法の靴なイベントについて相談を重ねていたようです。昼間はスウェナちゃんと私、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にフィシスさんも交えてプールに行ったりしましたけれども、夜はコソコソ打ち合わせ。
「…ふふ、元ネタが童話というのはいいねえ…」
ある日、ポロッと会長さんが漏らした台詞をスウェナちゃんと私は問い詰めたものの。
「内緒だってば、ブルーと二人で相談していて閃いちゃって」
「かみお~ん♪ お伽話のなんだったっけ…?」
「王道だよ、ぶるぅ。はい、ここまで~」
この先は秘密! と言われてしまって謎がもう一つ増えただけ。携帯端末も没収されているサム君とジョミー君は連絡が全くつかないのですが、キース君たちからは毎晩定時連絡が来ます。その日の夜も「そっちはどうだ?」と送られて来たため…。
「元ネタが童話で、お伽話の王道だって。…何だと思う?」とスウェナちゃんと相談の上で返信してみたら「知るか!」と一言。やっぱりキース君たちでも見当がつかないみたいです。
「…どうなるのかしら?」
「さあ……?」
確かなことは魔法の靴と、当たりクジは無いらしい事実だけ。ソルジャーが出すアバンチュールなクジも込みなら当たりは出ますが、それはキャプテンが全力で奪いに来るんですよね?
謎が謎を呼び、何が何だか分からない内に精悍な顔つきになった柔道部三人組と、お疲れ気味のジョミー君とサム君が帰って来ました。お疲れ休みを一日挟んだだけでイベント当日となり、私たちは朝から会長さんのマンションへと。
「…そもそもイベントの開催場所は何処になったんだ?」
キース君の問いに「知らない」と首を左右に振るスウェナちゃんと私。
「お伽話の王道ってヤツも謎のまま?」
ジョミー君に訊かれても答えられない留守番部隊は無能でした。ソルジャーが会長さんを訪ねて来る時に居合わせなかったことが敗因です。本当は居ても良かったのですが、教頭先生に話をつけに行くのに同行するなら居てもいい、と言われたら普通は逃げませんか?
「あー…。そいつは痛いよなあ…」
仕方ねえよな、とサム君が言ってくれ、シロエ君も。
「そういう条件なら、ぼくでも逃げます。先輩たちに罪は無いかと」
「まったくだ。…あいつら、つくづく腹黒いんだな」
でもって今日はどうなるんだか、と呻くキース君を先頭に立ててエレベーターに乗り、最上階へ。玄関横のチャイムを鳴らすとガチャリと扉が開けられて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! みんな来てるよ!」
ピョンピョン跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ついてゆくと広いリビングに着いて、会長さんと教頭先生、私服姿のソルジャー夫妻が揃っています。
「こんにちは。一足お先にお邪魔してるよ」
ソルジャーが微笑み、教頭先生やキャプテンとも挨拶を交わして、さて、この先は…?
「会場はぼくの家を全部ってトコかな」
会長さんがニッコリ笑いました。
「ぼくもブルーも魔法の靴を履いて歩くから、放っておいたら家じゅうが花で一杯になる。それもいいけど、花を摘んだら当たりが出るかもしれないわけで」
「ブルーと結婚出来るってヤツが一等賞! ぼくのハーレイが当てた場合はこっちのハーレイに譲るってさ。そして二等がぼくとの一夜のアバンチュール! 海の別荘で一晩、楽しく! …ハーレイ、お前が当てたらこっちのハーレイに気持ちよく…」
「お断りいたします!」
その件は何度も申し上げました、とキャプテンの眉間に深い皺が。
「それを全力で阻止するために私も参加するのです。奪われないよう、努力あるのみです」
「…らしいよ、欲しけりゃ根性で自分でゲットしてよね」
頑張って、とソルジャーに見詰められた教頭先生、耳まで赤くなりつつも。
「いえ、あくまで私は一等賞を狙っておりまして…」
「遠慮はダメだよ、二等賞だってゲットしなくちゃ! 当てたらぼくが手取り足取り」
「…は、はあ…」
教頭先生、鼻の付け根を押さえておられます。早くも鼻血の危機らしいですが、こんな調子で当たりを引いても無駄なんじゃあ? 一等賞は無いとは聞いていますけど…。会長さんがクッと喉を鳴らして。
「二等賞を争う方が熾烈らしいね、面白い。…それじゃ今から歩くから! あ、その前に道具を渡しておかないと…。ぶるぅ!」
「かみお~ん♪ はい、どうぞ! これを持ってね!」
「「……???」」
教頭先生とキャプテンに小型のケージが渡されました。猫とか小型犬とかを運ぶアレです。会長さんが軽く咳払いをして。
「ハズレはぶるぅの時と同じでお菓子なんだけど、大ハズレの時はヒキガエルなんだ」
「「「ヒキガエル!?」」」
「そんなモノが家の中を跳ね回るのはとても困るしねえ? カエルになったらケージに入れてよ」
「「「………」」」
よりにもよってヒキガエル。自分でも困るような代物をクジに入れるな、と言いたいですけど、ソルジャーと相談を続ける間に何処かで悪ノリしたのでしょう。花にお菓子にヒキガエル。当たりなんかは二等賞でも出ないような気がしてきましたよ…。
会長さんとソルジャー、普段は家の中では履かない靴を履き、スタンバイ。反対方向へ歩き出すのかと思っていれば、さに非ず。歩幅や互いの距離を変えつつ、同じ方へと軽く優雅に。床に綺麗な薔薇が咲いたり、瑞々しい百合が花開いたり。
「「「…流石…」」」
可愛い花より美しい花。狙っているのが分かります。教頭先生とキャプテン、暫く見惚れていたものの…。
「い、いかん! 花を摘まねば!」
「二等賞のクジは渡しませんから!」
ダッと飛び出す大柄な身体。会長さんたちが軽やかに咲かせて回る花を摘み、舌打ちしてはクッキーやキャンデーがポイと捨てられ、私たちがそれを有難く拾い…。お菓子も貰っておけばいいのに、と笑い合いつつ、広い家の中をあちらへ、こちらへ。そして間もなく…。
「うわぁぁっ!!」
ピョーン! と飛び出すヒキガエル。教頭先生が引っ掴んでケージに押し込み、次のヒキガエルはキャプテンが。そうやって花はお菓子やヒキガエルに変わりまくって、どのくらい歩き回ったでしょうか。
「はい、おしまーい!」
「「「…は?」」」
会長さんが明るく宣言しましたけれども、当たりクジはともかく二等賞は…? 教頭先生がキャプテンに胡乱な視線を向けて。
「…一等賞をお取りになったら譲って下さる筈だったのでは?」
「あなたこそ、二等賞を何処に隠したんです! ブルーを取らないで頂きたい!」
バチバチバチッと火花が飛び散り、一触即発。教頭先生、二等賞を隠すような度胸があったのでしょうか? ソルジャーと一夜のアバンチュールを目指して隠蔽なさったとか…? お互いに掴みかからんばかりのそっくりさん二人をハラハラしながら見守っていると。
「ああ、一等賞と二等賞なら、君たちの愛が試されるからーっ!」
会長さんが声を張り上げ、ソルジャーが。
「カエルの王子様だっけー? ヒキガエルのどれかが当たりなんだよ、キスすればクジに戻るからーっ!」
「「…ひ、ヒキガエル…?」」
これにキスか、と絶句する褐色の肌のお二人様。…そういえば会長さんは何て言いましたっけ? お伽話の王道だとか言っていたヤツはヒキガエル…!
「…ど、どうぞ、あなたから御遠慮なく」
「い、いえ…。そのぅ、当たりが出た時に私に譲って頂ければ…」
キャプテンと教頭先生、先ほどまでの喧嘩騒ぎは何処へやら。清く美しい譲り合いとばかりに、二つのケージに満杯になったヒキガエルを押し付け合っておられます。
「わ、私が順に渡してですね、ハズレのカエルはきちんと管理いたしますから」
「いえいえ、そんな御迷惑はとても…。日頃から何かとお世話になっておりますし」
どうぞ、どうも、とは全くいかずに「どうぞ」「どうぞ」な平行線。ヒキガエルはゲコゲコ鳴きまくってますが、あの中のどれが二等賞…?
「……此処まで醜く押し付け合われると二等賞のカエルも消したくなるねえ…」
「君への愛は絶対だったんじゃないのかい? 二等賞は渡さないって言ってたじゃないか」
「それを言うならこっちのハーレイも同じだろう? 一等賞のためならキスくらい…」
お安い御用だと思ったけどな、とソルジャーが深い溜息を。
「もしかしてアレかな、ヒキガエルが君に変わるんでなくっちゃダメなのかなあ…」
「それでもダメかと思うけどねえ? そう簡単にクリアされたんじゃ、お伽話が成立しない」
魔法の靴には魔法なオチが相応しいんだよ、と会長さん。押し付け合いを続けておられる教頭先生とキャプテンの前のヒキガエルから二等賞のが消えるかどうかはソルジャー次第らしいです。この調子では消えそうですけど……って、消したんですって!?
「うん、呆れたから。…ぼくへの愛の無さはよく分かったし」
ヒキガエルにキスして償ってよね、と冷たく笑うソルジャーの視線の先では、キャプテンと教頭先生がキスへの決意を固めた模様。もはや当たりは無いんですけど、それでもカエルにキスですか! 二つのケージに満杯のヒキガエル相手にブッチューだとは、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。
歩けば花盛り・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
歩くと花が咲く「そるじゃぁ・ぶるぅ」の魔法の靴なら、とても可愛いですけれど。
同じ花でも、ヒキガエルが出る靴はどうかと思います。普通はこういう結末になるかと。
そして、シャングリラ学園番外編、11月8日に連載開始から8周年を迎えます。
よくも此処まで書いたもんだ、と自分でも呆れる内に9年目へと…。
8周年記念の御挨拶を兼ねまして、11月はオマケ更新つき。月に2回の更新です。
次回は 「第3月曜」 11月21日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、11月は、先月のスッポンタケ狩りが尾を引いているようで…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
学校から帰って、ママと一緒におやつを食べていたんだけれど。いつもと変わらないのんびりとした時間だったんだけど、ママが「そうそう」と立ち上がった。
「忘れていたわ、昨日、お買い物に行って貰って来たのよ」
何なんだろう?
街の百貨店に行くっていうのは聞いていたけど、一緒に出掛けた人からお土産?
首を傾げてたら、ママは棚の上からパンフレットみたいなのを取って来て。
「はい、ブルー。懐かしいでしょ?」
(…えーっと…)
なんて答えたらいいんだろう。それは食器のパンフレットだった。
(こんなもの、発売されていたんだ…)
百貨店にはたまに行くけど、食器売り場なんかに興味は無いから知らなかった。
シャングリラ・シリーズ。そういう名前の食器たち。「永遠のロングセラー」って謳い文句も。
白いシャングリラが描かれた食器じゃなくって、見覚えのある食器たち。それもその筈、どれもシャングリラで使われていた食器の復刻版。
みんなが食堂で食べていた食器や、ティーセットまで。よくも揃えたものだと思う。
ママは「買ってあげましょうか」って言うんだけれど。
「要らないよ」
そう答えた、ぼく。ママは意外そうな顔をして。
「あら、欲しくないの? 復刻版だからブルーもずうっと昔に見ていた筈よ」
シャングリラの食器、懐かしいでしょ?
ソルジャー・ブルー用の食器もあるのよ、こっちのページに。
ほらね、とママがめくったページに、紋章入りのカップやお皿。白地にあしらわれた金と赤との紋章はシャングリラの船体にあったものと同じ。ミュウのシンボルのフェニックスの羽根。
今の世界で見られるだなんて思っていないし、懐かしくないこともないんだけれど…。欲しいかどうか、ってことになったら話は別で。
「今の食器の方が好きだよ、これは要らない」
「本当に?」
ソルジャー・ブルーが使ってた食器よ、ブルーの思い出の食器なのよ?
復刻版でも素材は同じよ、それが売りのシリーズなんだから。
「そうみたいだけど…。パパやママと一緒に家で食べてる食器が好き。それにハーレイとも」
今までどおりの食器が良くって、シャングリラの食器は別に欲しくないよ。
「あらまあ…」
本当にいいの?
シャングリラ・シリーズ、欲しくないの?
ママはてっきり、ぼくが昔懐かしい食器を欲しがると思っていたみたいで。
「売ってるのをすっかり忘れていたけど、思い出したからパンフレットを貰って来たの」
昨夜、パパとこれを見ながら相談したのよ。
ブルーが欲しいなら、セットで買ってあげてもいいわね、って。ソルジャー・ブルー用のでも、食堂で使っていた食器でも。
お皿もスープ用のお皿も一式揃えて、それにカップやポットなんかも。
「ううん、ママたちと食べる食器が好きだよ、家にあるのが」
御飯茶碗とかはシャングリラの頃には無かったけれど…。他のお皿も、カップとかも要らない。
「でも、いいの? ハーレイ先生とこれで食べなくっても?」
いつもの食事は普段の食器でかまわないかもしれないけれど…。
ハーレイ先生と食べる時には、シャングリラ・シリーズで食べたくならない?
「普通のがいいよ。ぼくはソルジャー・ブルーじゃないもの」
今はパパとママの子で、普通の子供。だからシャングリラの食器なんかは要らないよ。
「まあ…」
そう言ってくれるの、パパとママの子だから普通でいい、って。
この家で使っている食器がいいのね、今のブルーは。
ママはとっても嬉しそうだった。ぼくはソルジャー・ブルーだけれども、今はママたちの子で、この家が大好きな子供なんだ、って。
本当に喜んでくれた証拠に、おやつのオマケ。「少しだけよ」って、ぼくのお皿に入れてくれたフルーツケーキのおかわり、ママが御機嫌だったって印。
美味しく食べてから部屋に帰って、勉強机の前に座ったけれど。
シャングリラ・シリーズとやらのパンフレットは、ダイニングに置いて来たんだけれど。
(実際、懐かしくないんだよね…)
復刻版の食器だなんて。シャングリラで使われていた食器たちなんて。
シャングリラは今でも一番人気の宇宙船。遠い歴史の彼方にしか無い、時の流れに連れ去られてしまった船なのに。
誰もが憧れる白い鯨だから、其処で使われた食器が人気というのも分かる。同じ食器は材料さえあれば何処の星でも作れるんだし、「永遠のロングセラー」って謳い文句もつくだろう。
地球だけじゃなくて、あちこちの星で売られているだろうシャングリラ・シリーズ。
だけど、今のぼくが懐かしいものはお皿やカップなんかじゃなくって、過ごした時間。
それらが在った白い鯨で、シャングリラで暮らしていた頃の日々。
あの食器たちを使って食べてた様々な料理。
スープもサラダも、メインディッシュも。決して香り高くはなかった、紅茶だって。
(それに、ソルジャー・ブルー用の食器なんて…)
御大層な紋章が描かれた食器。ソルジャー専用の食器の印。
あれはハーレイとぼくが使っていただけ。青の間での毎朝の朝食の席で。朝の報告という理由はあくまで表向きのもの、本当はただの朝御飯。二人きりの夜を過ごした後の。
それだけだったら懐かしいんだけど…。ちょっぴり欲しくもなるんだけれど。
(公式の食器だったんだよ!)
普段はぼくとハーレイしか使う機会が無かったけれども、長老たちとの会食には、あれ。紋章の入ったソルジャー専用の公式の食器。
つまりは、ハーレイとぼくだけのために存在していた食器じゃない。
青の間に置いてあった二人分の食器はハーレイとぼくしか使わない専用の食器だったけど、あの紋章入りの食器は幾つも存在していた。
決して沢山ってわけじゃないけど、ソルジャーだったぼくとの会食用にと仕舞い込まれていて、長老以外の仲間たちの目には滅多に触れなかったんだけれど。
その、食器。
ソルジャー・ブルーと一緒の昼食会とかで、仲間たちを招いて出された時。
(人によっては固まっちゃったし!)
シャングリラの食堂でお馴染みの食器とは違うから。ミュウの紋章が金と赤とで描かれた食器はどう見ても別格、違うものだと一目で分かる代物だから。
(おまけにソルジャー専用だものね…)
前のぼくとしては、お高くとまっているつもりなんかは全然無くて。
仲間たちと同じでシャングリラの一員だと思っていたのに、そうはいかないシャングリラの中。
いつの間にやらぼくは雲の上、神様みたいになっちゃっていた。
青の間に住んでいる神様。シャングリラを守る、偉い神様。
白い鯨に作られた青の間。実はこけおどしだった、巨大な部屋。ソルジャーの威厳だか、神秘性とやらを高めるための演出に過ぎない舞台装置。
そうは言っても、最初の間はまだ良かったんだ。船の仲間はアルタミラから一緒に脱出して来た古参ばかりで、ぼくをソルジャーと敬ってはいても、チビだった頃も覚えていたから。
チビがずいぶん偉くなった、と礼を取りながらも、たまには昔みたいな軽口だって飛び出した。
ところが、アルテメシアに辿り着いて、雲海の中に隠れて。
其処で新しい仲間たちを救い出して来るようになったら、事情は変わった。
保護されたミュウの子供たち。
ほんの小さな子供だったら、ぼくと遊んだりもするんだけれど。ぼくも養育部門の仕事を手伝うつもりで遊んでいたから、子供たちにとってはお馴染みの遊び相手だったけど。
少し大きな子供の場合は、ソルジャーへの礼儀を叩き込まれた。小さかった子も、一定の年齢に達した時には同じように教育を施された。
だから…。
養育部門を離れて船での役目を持つようになったら、会えないソルジャー。
子供時代のように一緒に遊ぶどころか、敬わないといけないソルジャー。
その上、ぼくが船の中をフラフラ歩いていたなら、皆に気を遣わせてしまうから。皆が働いてる場所へは行かずに、ブリッジや公園、養育部門なんかが普段の行き先。
とどのつまりが、そういう職場にいない仲間とは、視察くらいでしか顔を合わせない。
食堂だって、皆が緊張してしまうからと避けていた。
ぼくは青の間で独りきりの昼食と夕食を食べて、たまに会食。
その会食で慰労を兼ねて、って色々な部門の責任者だとか功労者と食事をしたんだけれど。
舞台は青の間じゃなかったけれども、其処で出るのが例の食器で。
ミュウの紋章があしらわれた食器、シャングリラの食堂では出てこない食器。
かてて加えて、各自の席に整列しているナイフやスプーンやフォークといったカトラリー。両端から順に内側へと使うように、と並べられてた。
これまた食堂では有り得ない光景、ナイフやフォークは各自で取ってくるもので。
(テーブルマナーも何も無いんだけどね?)
どうせアルタミラでは餌しか食べていなかったんだし、と言っても無駄。
エラが仕切っていた、ソルジャーとの会食。マナーも大切にすべきだから、と譲らなかった。
ナイフやフォークがその有様だから、食事のお皿もそれに相応しく。
食堂のようにトレイに並べられて出るんじゃなくって、一種類ずつ順番に。まずは前菜、続いてスープ。そんな具合だから、もうそれだけで固まる人が出て来ちゃう。
おまけに、食器。ミュウの紋章入りの御大層な食器。
エラが「これはソルジャーのお客様にしか使われません」って仰々しく皆に説明するんだ。
とても特別な食器なのだと、食堂などでは出てこないと。
そう言われたら、もう大変。テーブルマナーよりも、もっと大変。
大切な食器を割っちゃ駄目だと、傷つけちゃ駄目だと、テーブルに着いた仲間はカチンコチン。
そういった時に、よくハーレイに目配せをした。
会食の席にはキャプテンも長老も揃っているから、ぼくの直ぐ側に座ったハーレイに。
頼むよ、って。
分かりました、という返事は返って来なかったけれど。
それから間もなく、ガチャンとフォークを落っことしたり、お皿から食べ物が飛んじゃったり。
「こら、キャプテンが何をやっとるんじゃ!」
ゼルが怒鳴ったり、エラが呆れ果てたように首を振ったり。
「すみません…。つい、うっかりと」
不作法をしてしまいました、とハーレイが大きな身体を縮めて謝り、それで一気に和んだ空気。
キャプテンだって失敗するのだと、慣れている筈のキャプテンだってこうなのだ、と。
緊張が解けたみんなは会話も弾んで、これぞ会食といった雰囲気。
ぼくやヒルマンたちが質問したって、我先に返事が返って来た。誰も固まってはいなかった。
場を和ませる、大失敗。
わざとナイフを床に落としたり、切ったお肉が宙を飛んだり。
あれはハーレイにしか頼めなかった。ゼルにもヒルマンにも、他の誰にも。
会食が終わって、招待客たちの姿が消えて。
お皿もすっかり下げられた部屋で、残ったハーレイと長老たちとで交わされた言葉。
もうお決まりになってた会話。
「あんたも損な役回りだねえ…」
毎回、毎回、ご苦労様、ってブラウがハーレイの肩をポンポンと叩く。
「だが、私しかいないだろう。適役が」
「うむ。わしじゃと空気が凍るからのう、和むどころか」
「私の場合もそうなるだろうね」
セルとヒルマンなら、多分ホントに逆効果。次は自分の番かもしれない、って思われるだけ。
「あたしの場合は「やりかねない」って雰囲気だしねえ、和まないねえ…」
意外性ってヤツに欠けてるんだよ、ってブラウの台詞も頷ける。エラは失敗するわけがないし、頼める相手はハーレイだけ。
だから、ぼくはハーレイにだけ目配せをしてた。
威厳に満ちたキャプテンだって失敗するから大丈夫、って仲間たちの緊張を解くために。
シャングリラを預かるハーレイでさえも、ソルジャーの前で大失敗をしちゃうんだよ、って。
ぼくとハーレイ、夕食は一緒に食べられないから。
ハーレイはブリッジでの勤務の間か後かに食堂で夕食、ぼくは青の間で独りで食べていたから。
会食が夕食会だった時でも私的な会話は出来やしないから、例の失敗をお願いした日は、勤務を終えたハーレイに出前を頼んだ。青の間に来る前に食堂で何か貰って来て、って。
サンドイッチだとか、フルーツだとか。
ぼく専用のお皿ではなくて、食堂で使われるお皿に盛られたそれを二人で食べながら謝った。
青の間で二人、軽い夜食やフルーツなんかをつまみながら。
「今日はごめんね」
また、キャプテンの威厳を損ねてしまって。
きっと話題になっちゃうんだろうね、今日はこういう事件があった、って見てた仲間が働いてる場所で。もしかしたらシャングリラ中に広がっちゃうかも…。
キャプテンはけっこうウッカリ者だと、ああ見えて派手に失敗するって。
「いえ、あれもキャプテンの仕事の内ですから」
大したことではありませんよ。自分の仕事をしたまでです。
「重要な?」
「ええ」
皆が緊張し切ったままでは、会食の意味が無いですからね。
ソルジャーや我々と親しく話せる機会は滅多にありません。そういう場だからこそ、色々な声を上げられるのです。面倒な手順を踏まずとも伝わる意見や要望。
彼らにとっても、私たちにとっても、貴重なチャンスなのですよ。
それをたかだか食事如きでふいにするよりは、肉や魚が宙を飛ぶ方がマシでしょう?
仲間たちの緊張をほぐすのも、仕事。
わざと失態を演じてまでも、彼らとの会食を有意義なものに。
キャプテンはなんて忙しいんだろう、って笑いながらハーレイにキスをした。
太い首にぼくの両腕を回して、「今日の御礼」って。
キスの味はサンドイッチの時もあったし、フルーツだったり、それは色々だったけれども。唇を重ねて、うんと長くて深いキスを交わし合ってから。
ぼくはクスッと笑って、訊いた。
「…こんなキスくらいじゃ、足りないかな?」
失敗の御礼。君に大恥をかかせた分の埋め合わせをするには、まだ足りない?
「ええ、足りませんね」
この程度で足りるとお思いでも?
キャプテンの威厳が台無しなのです、私の自信も粉々ですよ。
砕けてしまった自信を回復させるためには、そうですね…。
美味しく食べ損なってしまった食事。それの代わりに、大好物を。このシャングリラでも最高に美味なあなたを、心ゆくまで食べたいですね。
「ふふっ、欲張り」
心ゆくまで食べるって?
お腹一杯になるまで、ぼくを。
…いいよ、失敗をしてってお願いしたのはぼくだから。好きなだけ、食べて。
(…そうだったっけ…!)
会食の席でのハーレイのヘマ。ぼくがお願いして、やらせちゃったヘマ。
肉や魚が宙を飛んだり、ナイフやフォークが派手に落っこちたヘマの御礼は…。
(ぼくだったんだ…!)
キスだけじゃ足りない、って言ったハーレイ。
ぼくを美味しく食べたハーレイ。
次の日もキャプテンの仕事があるから、お腹一杯食べられたかどうかは疑問だけれど。
(…だけど、食べてた…!)
ハーレイに美味しく食べられてしまった、前のぼく。ハーレイの威厳を台無しにしたお詫びに、失敗のせいで味わい損ねたという食事の代わりに食べられてた、ぼく。
(…えーっと…)
食べられちゃったけど、嫌じゃなかった。もっともっと食べて欲しかった。
だって、ハーレイ。大好きなハーレイに食べられてる間は、とても幸せだったから。
丸ごと食べられてしまったけれども、本当に幸せだったから…。
(あの食器…。買って貰ったらハーレイに…)
シャングリラ・シリーズのパンフレットにあった、ソルジャー・ブルーの専用食器の復刻版。
金と赤とのミュウの紋章が入った、前のぼくが使っていた食器のそっくりさん。
あれがあったなら、あれでハーレイにお昼御飯を出したなら。
ぼくの部屋で二人で食べている時に、ハーレイがヘマをやらかしたなら…。
(ぼくが目配せしていなくっても、もしかしたら、御礼にキスくらい…!)
元はそういう約束のもの。
あの食器でハーレイが失敗したなら、御礼にキスを贈るもの。
(うん、いいかも…!)
使えるかも、って考えた、ぼく。
パパとママに頼んで買って貰って、ハーレイと食事。そして失敗するのを待つ。
ちょっといいかな、って思ったんだけど…。
もう一度パンフレットを見にダイニングに下りて行こうかな、と立ち上がったらチャイムの音。
噂をすれば影と言われるヤツなんだろうか、窓から見下ろした庭の向こうに大きな人影。門扉の所にハーレイが立って手を振っていた。
これも一種のチャンスかも、って、ぼくの部屋に来てくれたハーレイと紅茶を飲みながら、今日見たばかりのパンフレットの話をしたんだけれど。
「シャングリラ・シリーズだと?」
あれか、シャングリラで使われていた食器の復刻版とかいうヤツか?
「うん。ママがパンフレットを貰って来ててね、買ってあげましょうかって訊かれたんだよ」
パパと相談したらしいんだ。
ソルジャー・ブルー専用の食器もあるから、欲しいならセットで買ってくれるって。
ミュウの紋章つきのヤツだよ、前のぼくが青の間で使ってた食器。
「…ふうむ…。それは悪くはないんだが、だ」
ソルジャー・ブルー専用の食器を買おうという話は別にかまわん。お前も懐かしいだろう。
しかしだ、お前、ロクでもないことを考えてないか?
「えっ?」
「俺がその食器で飯を食ってて、ヘマをしたら、だ」
フォークを落とすだとか、切った途端に野菜が皿から何処かへ吹っ飛んで行くだとか。
そういったヘマをやらかした時に、お前、大喜びしたりしないだろうな?
何かを思い出さないか、と押し売りをしては来ないだろうな…?
これは御礼だとか、妙に恩着せがましく、俺が駄目だと言っていることを。
前のお前と同じ背丈に育つまでは駄目だと禁止したヤツを。
どうなんだ、と鳶色の瞳で覗き込まれてしまった、ぼく。
ヘマの御礼に贈っていたキスは、狙ってたキスは、ハーレイに見抜かれちゃってるから。
「なんでバレたの!?」
ぼくはなんにも言っていないよ、食器としか…!
シャングリラ・シリーズの食器を買って貰おうかな、って言っただけだよ、前のぼくのを!
「筒抜けだ、馬鹿」
そいつを首尾よく手に入れたならば、俺に出そうと思っただろうが。
お父さんやお母さんも一緒の夕食じゃなくて、お前の部屋で食べる昼飯。
でもって、俺が食ってる最中にヘマをしたなら、キスをしようとしていたな?
これはそういう約束だからと、決まりなんだと。
「ぼく、喋ってた!?」
「喋っていないが、お前の思考は前と違って筒抜けなんだ!」
特に、楽しくてたまらない時には垂れ流しだな。
こういうことを考えてますと、こういう計画を立てたんです、と。
「パパやママにはバレたことないよ!?」
「俺に関してはガードが緩むというヤツだろう。日頃からそういう傾向にある」
キスだの、本物の恋人同士だの。
そういったことを企んでいる時が特に酷いぞ、ガキならではだな。
きちんと育った大人ってヤツは、そうした時にはあれこれ駆け引きをするもんだ、チビ。
とことん不器用になってしまった、ぼくのサイオン。
隠してコッソリ進めるつもりが、いともあっさりハーレイにバレた。
「お前にはまだまだ早すぎだ」ってギロリと睨まれて、ゴツンと一発。
頭にゴツンと一発、ゲンコツ。
痛くなかったけど、負けは負け。
ぼくはハーレイに勝てやしないし、企みもすっかりバレてしまった。
(…ソルジャー・ブルー専用の食器があったら、キスを狙えていた筈なのに…)
買って貰えたら狙えたのに、と思ったけれども、バレているなら意味が無い。
シャングリラ・シリーズはやっぱり要らない。
ミュウの紋章が入ったソルジャー・ブルーの専用食器も、買って貰っても役に立たない。
ハーレイのキスは貰えっこないし、代わりにゲンコツ。
何のオマケもついて来なくて、会食の席でカチンコチンだったみんなの姿を思い出すだけ…。
ぼくがしょげていたら、ハーレイの手が頭に伸びて来た。
大きな手がぼくの頭をクシャクシャと撫でて、それからぼくが大好きな笑顔。
「ふむ…。そのシャングリラ・シリーズとやら」
どうしても欲しけりゃ、結婚してから買うんだな。そうすりゃ、御礼のキスも問題無いし…。
俺も自分がヘマをする度、お前からキスが貰えるってな。
「買ってくれるの?」
前のぼくが使っていた食器。ハーレイと朝御飯を食べてた食器…。
「さあなあ、お前が欲しいと言うなら全部セットで揃えてもいいが…」
しかしだ、そうやって買っても、そいつは多分…。
食器棚の奥に仕舞い込まれて、そうそう出番が来ないんじゃないか?
普段の飯には向かないぞ、あれは。御飯茶碗もついてないしな。
「そっか、御飯茶碗…」
ハーレイの分と、ぼくの分と。御飯茶碗が無いと話にならないね、今じゃ。
毎日使える食器じゃないんだ、あのシリーズは…。
「そうさ、俺たちには今の地球にある普通の食器が似合いだってな」
御飯茶碗に、それから箸に。
そういったものが入ってないんじゃ、毎日の食卓には大いに不向きだ。どう思う?
「うん。食事の時には必ず出します、って食器じゃないね…」
それじゃ買っても仕方がないね。食器棚の飾りになっちゃうだけだね。
「そうなるな。…まあ、たまに紅茶をゆっくり飲もうって時にはいいかもしれないが」
昔を懐かしんで、あの紋章の入ったポットやティーカップで。
もっとも、前の俺は食後の飲み物やデザートが出て来る時までヘマをやってはいないがな。
そこでしくじっていたら単なる間抜けだ、それはわざとじゃないってな。
今度の俺にはヘマは必要なさそうだが…、ってハーレイが笑う。
そういう場面はもう無くなったし、わざと失敗しなくてもいいと。
「しかし、お前のキスは欲しいし、その先の美味い飯も欲しいもんだな、いつかはな」
「ハーレイ、それって…」
「無論、食べ頃に育ったお前さ。そいつを美味しく食うのが夢だ。しかし…」
急がなくてもいいんだぞ、ってウインクされた。
何十年でも待っていてやるから、ゆっくり幸せに大きくなれよ、って。
「うん。…うん、ハーレイ…」
今度は結婚出来るんだよね、って、ちゃんと確認したけれど。
ハーレイのお嫁さんにして貰うんだ、って約束もキッチリ取り付けたけど。
そうして二人、同じ屋根の下で暮らすようになっても、多分買わないシャングリラ・シリーズ。
今のぼくたちには、お互いの分の御飯茶碗とお箸のある生活がピッタリだから。
金と赤との紋章が入った、前のぼくが使っていた食器の復刻版なんかはきっと要らない。
うんと人気の、ロングセラーの食器だけれど…。
特別な食器・了
※ソルジャー専用に作られた、特別な食器。それで催される食事会。招かれた方は緊張です。
場を和らげる役目を背負っていたのがハーレイ。ヘマをするキャプテンも愉快ですよね。
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