シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2012.01.17 二学期中間試験・第1話
- 2012.01.17 収穫祭・第3話
- 2012.01.17 収穫祭・第2話
- 2012.01.17 収穫祭・第1話
- 2012.01.17 水泳大会・第3話
中間試験が迫ってきたので、今日から部活はお休みです。1年A組にはいつものように会長さんの机が増えていました。会長さんはアルトちゃんとrちゃんに話しかけ、またプレゼントを渡しています。今日の贈り物は可愛いポーチ。既製品だと思っていたら「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお手製でした。
「お守り、いつも持ち歩いてくれてるだろう?…これに入れたらいいかと思って」
この前はお守りを入れておく小物入れをプレゼントしてましたけど、今度は持ち歩き用のアイテム登場。つまり二人はあのお守りを大事にしていて、寮では机の引き出しか何処かに大切にしまい込み、出歩く時は忘れずに持って出かけているわけで。会長さんがそれを知ってるってことは、お守りは多分、活用されているのでしょう。アルトちゃんたちはポーチを手にして大感激。
「喜んでもらえて嬉しいな。ぶるぅに頼んだ甲斐があったよ」
でも最後の仕上げはぼくがしたんだ、という殺し文句にアルトちゃんたちの目はすっかりハート。仕上げといっても大したことはしていないのに決まっていますが、効果の方は絶大です。フィシスさんに聞いた『シャングリラ・ジゴロ・ブルー』という名が頭の隅を掠めました。…まぁ、いいか…アルトちゃんたちが幸せならば。そんな元気な会長さんは三時間目の半ばで保健室に行き、終礼まで戻ってきませんでした。
放課後は柔道部の三人も一緒に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ直行。今日のおやつは栗のタルトです。美味しく食べていつものようにおしゃべりを…と思ったところでサム君がカバンを開け、教科書とノートを取り出しました。
「あれ?サム、そんなもの出してどうするの?」
「…ジョミーと違ってヤバイんだよ。俺、今回は追試の射程圏内」
歴史に数学、その他もろもろ。サム君の一学期の成績表が私たちとは真逆の意味で凄かったことを知ってしまった瞬間でした。C組にいるサム君は会長さんの恩恵を受けているA組と違って実力で試験に臨んだ結果、悲惨なことになったようです。同じC組でもシロエ君は呑気にタルトをおかわりしていますけど。
「よかったらサムにも試験の答えを教えようか?」
会長さんの提案にサム君はガバッと顔を上げました。
「なにっ!?…そんなことが出来るのかよ?」
「うん」
「じゃあ、なんで今まで…。俺、一学期は赤点スレスレだったのに!」
「…だって、頼まれなかったから」
会長さんはクスッと笑って紅茶を一口。
「頼みに来ないから、実力で勝負するつもりだと思ったんだよ。現にキースがそうだから。…ジョミーたちと同じA組だけど、キースはぼくが意識下に流す答えを完全に遮断しているのさ」
「「「ええぇっ!?」」」
じゃあ、キース君は正真正銘、全科目満点というわけです。あれ?…なんでキース君まで驚いてるの?
「…俺のは実力だったのか…」
力が抜けたような顔で呟くキース君。
「てっきり、あんたの力だとばかり…。だから、このままではダメ人間になると思って毎晩必死に勉強を…」
「必死に勉強、大いにけっこう。今度の中間試験もぼくの出番はなさそうだね。…ぼくの思念が入り込む隙が無いほど集中できる君の将来が楽しみだ」
なんと、キース君は自分の実力に全く気付いていなかったみたい。家で勉強していたんなら、気が付きそうなものですが…。問題集とかやったんでしょうし。
「そこがキースのいいところさ。決して自分を甘やかさない。…まぁ、本当のところを言えば…お寺の勉強と二足の草鞋で必死だったせいもあるんだろうけど」
「お寺、お寺と楽しそうに言うな!」
「…楽しいじゃないか。最近は休みの日には月参りにも行ってるようだし」
月参り!?…それって檀家を回ってお経を読むというアレですか?
「そうだよ。毎月、月命日の日に回るんだ。休みの日に法事をする家が多いから、キースの家では月命日が休日と重なった月は月参りを休みにしてもらっていたみたいだけれど…今はお父さんが法事をやって、キースが月参りに行くんだよね」
「……余計なことをベラベラと……」
「いいのかい?…緋の衣に逆らったら後が怖いよ、お寺の世界は」
キース君はウッと息を詰まらせ、黙り込んでしまいました。お寺のことはよく知りませんけど、きっと究極の階級社会なのでしょう。ついでに封建社会なのかも。…それにしても、あのキース君が月参り。夏休みに元老寺で見た墨染めの衣は今でもハッキリ覚えています。キース君が月参りやお寺の勉強をするようになったのは会長さんのおかげですから、お父さんたちはとっても感謝しているでしょうね。
「…で、サムは回答の横流しを希望、と。全科目?」
「お願いします!」
サム君が両手を合わせて会長さんを拝んでいます。
「了解。…シロエは?」
「あ、ぼくは実力で勝負しますから。キース先輩が実力だったと分かった以上、ぼく、絶対に負けられません!」
闘志を燃やしているシロエ君は物凄く嬉しそうでした。キース君をライバル視しているだけに、キース君の点数はとても気になるところでしょう。なにしろ入学前からの目標だった『キース君から一本取る』という柔道の方も、まだ果たせてないみたいですし。
「へへ、これで試験対策はバッチリだぜ…、と♪」
追試の恐怖から解放されたサム君は大喜びで教科書とノートを片付けました。あとは楽しいおしゃべりタイム。キース君のお寺ライフを皆でからかったりしている内に…。
「…あんた、俺を苛めて楽しいか?」
キース君がとうとうブチ切れ、会長さんをジト目で睨んで。
「緋の衣だかなんだか知らんが、あんた自身のことはどうなんだ」
「ぼく自身?」
「ああ。前から疑問に思っていたことを、この際、はっきり聞かせてもらおう。…いつも教頭先生をきわどいネタでからかってるよな?本当のところ、いったいどこまでの関係なんだ」
ひえぇぇ、なんて聞きにくいことを!…これだから天才がキレると怖いんです。
「どこまでって…何が?」
「具体的に言えというのか!?」
「うん♪」
会長さんは負けていませんでした。キース君は一瞬ひるみましたが、すぐに「そるじゃぁ・ぶるぅ」を指差して。
「…ダメだ、あそこに1歳児がいる。こんな所で話せるか!」
「ああ、ぶるぅ?…ぶるぅなら心配いらないよ。1歳の子供に何が分かると?…ほらほら、遠慮しないで言ってみて。…何がどこまでか言ってくれないと分からないし」
言葉にしなくても読み取れるくせに、会長さんは完璧に苛めモードです。どうなるのかとハラハラしている私たち。キース君はしばらく迷って、何度か口を開いて閉じて…とうとう大声で叫びました。
「要するに!…できてるのか、できてないのかってことだ!!」
「…できてるよ?」
「「「!!!!!」」」
あまりのことに私たちは驚いて声も出ませんでした。できてる、って…教頭先生と会長さんが…?
「うん。担任と生徒ってことで、正式な関係ができてるけれど…何をそんなに驚いてるのさ」
「……そうじゃなくて……」
呆然としている私たちより先に立ち直ったキース君。今度こそ、と覚悟を決めているのが分かります。
「ええい、こうなったらキッパリ言ってやる!…この間、俺たちに教頭先生の夢を共有させたよな?要するに、あの夢よりも先の段階へ進んだことがあるのか、無いのか。どうだ、これならいいだろう!」
たとえ子供が聞いていてもな、とキース君は続けました。確かに…すごく名案です。
「なるほど。ぶるぅに配慮してくれた、というわけか」
会長さんは艶然と笑みを浮かべて「そるじゃぁ・ぶるぅ」を手招きすると。
「ねぇ、ぶるぅ?…ぼくとハーレイって、一緒に寝たことあったっけ?」
「…んーと…。多分…無いと思うけど、ブルー、たまに夜中にいなくなるよね」
「こらぁ!子供を巻き込むな!!」
キース君の怒声が響くのを無視して、会長さんは…。
「じゃあ、キスは?…ぼくとハーレイはキスしてたっけ?」
「…知らないよ。っていうか、ぼくは見たことないや」
それがどうしたの?と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。小さな頭の中に浮かんでいるキスという単語は、お子様向きのキスでしょう。ホッペにチュウとか、おでこにチュウとか、よくてせいぜい手の甲にキス…。
「今のを聞いてくれたかい?…つまり、そういう関係ってこと」
会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の柔らかな頬にチュッとキスをして微笑みました。
「…ぼくとハーレイの間には何も無い。あの夢よりも先の段階どころか、夢の入り口にすら辿り着けてないのが実情なんだよ、残念ながら」
だってハーレイはヘタレだからね、とおかしそうに笑う会長さん。この間の教頭先生の夢の中身を考えてみても、どうやら嘘ではなさそうです。
「そうか…。やっぱり何もないのか。教頭先生を疑ったりして悪かった」
キース君が言うと、マツカ君とシロエ君が頷きました。二人とも、あの夢を見せられて以来、気になっていたらしいのです。教頭先生と会長さんは深い関係じゃないのか、って。
「ハーレイはそうなりたいと思っているよ。だから特製パイでスペシャルな夢をプレゼントしたのに、夢でさえモノに出来なかっただなんて…情けないったらありゃしない」
「…トランクス見て鼻血だったもんね…」
ジョミー君がボソリと呟きました。白黒縞のトランクス…もとい、トランクスと見せかけた海水パンツの会長さんを見た教頭先生が鼻血を出したのは二学期の初め。もしも深い関係だったら、あの程度で鼻血なんかを出しているわけがないのです。
「その割には妙な度胸あるよな。…ほら、ジョミーが着せられた服とかさ」
サム君が言うと、会長さんはクスクスと笑い出しました。
「ああ、あれね…。ベビードールは凄かったよね。でも、あれは背中を後押ししている黒幕がいたりするんだけども」
「「「黒幕!?」」」
ヘタレだという教頭先生にベビードールはミスマッチ。後押ししている人がいるとなれば納得ですが、いったい誰がそんなことを?
「黒幕は…まりぃ先生だよ。保健室のね」
「「「まりぃ先生!!?」」」
信じられない名前を聞いて私たちは腰が抜けそうでした。まりぃ先生といえば会長さん専用の特別室を用意して…会長さんと「あ~んなことや、こ~んなこと」をしている夢で酔っ払ってる筈なのですが。
「うん。それはそうなんだけど、まりぃ先生、ちょっと危ない趣味もあるんだ。腐女子って言うんだったっけ?…ぼくを見てると妖しい妄想が浮かび上がってくるらしいんだよ。ぼくと遊ぶのとは全く別の次元でね」
そんな趣味を持つまりぃ先生と教頭先生が出会ったのが不幸の始まりだったんだ、と会長さん。この春、シャングリラ学園に着任したばかりのまりぃ先生は、親睦ダンスパーティーでタンゴを踊ってくれるパートナーを募集していた時に教頭先生と会ったらしいのです。二人の息の合ったタンゴはリアルタイムでは見逃したので録画で見て感動したのですが…。
「タンゴの稽古で保健室に通っている間に色々と話をしてたようだね。すっかり仲良くなってしまってさ…。教頭先生が隠し持っていたぼくのウェディング・ドレスの等身大写真があったろう?あれを作ったのはまりぃ先生なんだ」
ひえええ!…教頭先生の趣味を承知の上で、あんな写真を作って引き渡すような人だったら…ベビードール事件の黒幕というのも頷けます。きっと教頭先生をうまいこと煽ったのでしょう。
「…まりぃ先生は学校に内緒で夜着ショップのオーナーをしているんだよ」
夜着ショップ!?…それって、パジャマとかのお店ではなくて…?
「実用性よりお色気重視のショップなのさ。完全に趣味の店なんだけど、ハーレイに店のチラシを渡してその気にさせたらしいんだ。…その手の店って、並んでるものを見ているだけで正気を失うみたいだね」
だからヘタレでもベビードールを買えたんだよ、と会長さん。メッセージカードも購入した時に勢いで書いて、そのまま前後の見境を無くしてプレゼントしたのが青いベビードール。…勢いで買ったものの、ヘタレな気性が頭をもたげて渡し損ねたのが赤いベビードール。…うーん、気の毒な話かも…。
「そんなわけだから、ぼくとハーレイは清い仲。御期待に添えなくて悪かったかな?」
私たちは首を激しく左右に振りました。どうせ会長さんはこれからも教頭先生をオモチャにするに決まってますし、何の関係も無いと分かれば安心して見ていられるというものです。しかし、等身大ウェディング・ドレス写真とベビードール事件の黒幕がまりぃ先生だったとは!…ところで『腐女子』って、なんなのでしょうね?
収穫祭があった週の金曜日。放課後、いつものようにジョミー君たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと甘い匂いがしていました。アップルパイに違いありません。
「かみお~ん♪今日は丸ごとリンゴのアップルパイを作ってみたよ!」
マザー農場で貰ってきたリンゴとバターを使ったんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。オーブンの中から取り出されたのは丸ごとのリンゴをパイ皮で包んだ美味しそうなアップルパイでした。キース君たちはまだ柔道部ですけど、一足お先にいただきまぁ~す!フォークを持ってパクついていると、会長さんが尋ねました。
「どう、美味しい?」
「「「美味しい!!!」」」
「それはよかった。ぶるぅ、パイ皮も上出来だよ」
褒められた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうな笑みを浮かべて、次はミートパイを焼くのだと言っています。
「キースたちが来る頃に焼き上がるようにしようと思って。まだちょっと早いよね」
私たちはおしゃべりを始め、そうこうする内に時計を眺めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がオーブンを温めて冷蔵庫からミートパイを取り出し、天板の上へ。大きなパイが2つと…一人前くらいのサイズの小さなパイが1つ。なんだか変わった取り合わせですが、小さなパイは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の夜食なのかな?
「違うよ、あれはプレゼント用」
会長さんが答え、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が天板をオーブンに入れながら。
「うん、プレゼントにするんだって。アップルパイは好きじゃなさそうなんだよね」
だからミートパイにしたんだもん、と言ってオーブンのタイマーをセットしています。プレゼントって…フィシスさんにあげるのでしょうか。アップルパイよりミートパイだなんて、ちょっとイメージ狂いますけど。
「フィシスに贈るんならアップルパイさ。…これはハーレイにプレゼント」
「「「教頭先生!?」」」
とんでもなく嫌な予感がします。もしかしなくても、キース君たちが来てミートパイを食べ終わったら、私たち、教頭室へ連れて行かれてしまうのかも…。ジョミー君たちと顔を見合わせていると、会長さんが極上の笑みを浮かべました。
「察しがよくて助かるよ。…せっかくの特製ミートパイだし、出来立てを食べて欲しいからね。ハーレイは甘いお菓子は好きじゃないんだ」
なるほど、それでミートパイですか。いったい何を企んでいるのやら…。
「イヤだな、今日は本当にスーパースペシャルなプレゼントをあげようと思ってるのに。いつも苛めてばかりじゃ可哀相だし」
会長さんはクスクス笑ってオーブンの方を見ています。
「ハーレイにあげるパイは本当の本当に特別なんだ。ちゃんと実験済みだしね」
「「「実験!?」」」
実験ですって?…いったい何を、どうやって?
「…パイのフィリング。いいものが入っているんだよ。食べると素敵な夢が見られる。フィシスが被験者になってくれたよ」
ひえええ!何をやったのか知りませんけど、フィシスさん、人体実験を引き受けるなんて…やっぱり入籍済みなんでしょうか。そういえば会長さんの家にフィシスさんのお部屋がある、って聞きましたっけ。
「ぼくがフィシスを女神と呼んでいるのと同じで、フィシスにとってもぼくは特別。だから頼みを聞いてくれたんだ。ぶるぅじゃ試せないからね」
さすがの会長さんも1歳児相手に人体実験はあんまりだと思ったみたいです。え、違う?
「…ぶるぅは力が強すぎるからダメなんだよ。フィシスくらいがちょうどいいのさ」
なんだか不穏な話ですけど、特製ミートパイの中には何が…?
「…こないだのベニテングダケ」
会長さんはサラッと答え、詳しい話はキース君たちが来てからだ…と言ったのでした。
ミートパイが焼きあがるのと殆ど同時に部活を終えたキース君たちがやって来ます。熱々を切り分けたのをお皿に入れてもらいましたが、これって大丈夫なんでしょうか?天板が違うとはいえ、怪しいパイと一緒にオーブンで焼かれたパイなんですけど。
「安心したまえ」
会長さんがミートパイをフォークで切って口に運びました。
「成分が拡散するような心配はないよ。その辺もちゃんとチェックしてある」
「…このパイが何か問題なのか?」
食べようとしない私たちを見てキース君が尋ねると…。
「問題なのは、あっちのパイ。君たちの分はごくごく普通のミートパイさ。ぶるぅの力作なんだし、食べてくれないとぶるぅが傷つく」
「うん。せっかく頑張って作ったのに…。食べてくれないの?」
うるうるした目で見つめられては、食べないわけにはいきません。それに…。
「食べ終わったら詳しい事情を説明するよ。大丈夫、とても美味しいパイだから」
会長さんがニコニコ笑って見ています。お皿の上はすっかり空っぽ。ここは信じて食べるしか…って、ホントに美味しい!この際、ベニテングダケでも構わないかも。美味しいものには毒がある、という言葉を思い出しながらすっかり食べてしまいました。他のみんなも満足そうです。
「…食べ終わったみたいだね。ちゃんと普通のパイだっただろ?」
「じゃあ、あっちのは何なんだ」
キース君が指差したパイは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がラッピングしようとしているところ。
「ハーレイのために作ったパイ。おんなじミートパイだけど…このあいだ採ってきたベニテングダケが混ざってるんだ」
「なんだと!?」
キース君をはじめ、柔道部三人組はビックリ仰天。会長さんはフィシスさんで試したという実験の話を始めました。
「食べると幻覚が見えるキノコだってことは言ったよね。ちょっと細工したら、食べた人間の思い通りの夢が見られるようになった。…フィシスはとっても喜んでいたし、ハーレイにも夢をプレゼントしようと思って」
夢?…わざわざキノコなんか使わなくっても、会長さんなら自由自在に夢を見せることが出来るのでは?まりぃ先生やアルトちゃんたちにそういうことをしてるんですから。
「それはもちろん簡単だけど…。それじゃあんまり意味がないんだ。ぼくの力を使ったんでは意外性に欠けると思わないかい?…一服盛る、という行為がスリリングで楽しいんだよ」
水色のレースペーパーと青いリボンでラッピングされた小さなパイ。会長さんはそれを手に取り、立ち上がりました。
「それじゃ教頭室に行こうか。ハーレイ、喜んでくれるといいな」
ベニテングダケ入りのとても怪しいミートパイに即効性があるのかどうか、私たちには分かりません。渡して帰るだけなら平和でいいんですけれど…きっと食べろと言うんでしょうね、会長さんのことですもの。
教頭室にゾロゾロ入っていくと、教頭先生は「またか」という顔を向けました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」までいるんですから、ろくなことが起こりそうにないメンツに見えるのは確かです。
「ハーレイ、今日は差し入れを持ってきたんだ」
会長さんがパイの包みを差し出して。
「今日も柔道部を指導しただろ?お腹が空いているかと思って、ぶるぅ特製ミートパイ」
「ほう…」
教頭先生がリボンをほどくと、美味しそうな匂いが立ち昇りました。
「うまそうだな。後でゆっくりいただこう」
「今、食べて」
あ、やっぱり。会長さんは凄く綺麗に微笑んでいます。
「このパイ、ぶるぅの自信作なんだ。感想を直接聞いてみたくてうずうずしてると思うんだけど。ね、ぶるぅ?」
「うん!ぼく、いろいろ工夫したんだよ。ブルーたちは美味しいって言ってくれたけど、大人の人だとどうなのかなあ、って」
「なるほど、大人の感想か。…ふむ」
教頭先生はパイを手に取り、一口齧って頬を緩めて。
「これは…。このパイは確かに美味いな。ビールにもよく合いそうだ」
「学内は飲酒禁止だけどね」
会長さんが肩を竦めると教頭先生は「違いない」と笑い、ビールが無いのが残念だ…と言いながら全部平らげてしまいました。どうやら即効性は無いようだ、と私たちが安心しかかった時。
「…いかんな、間食をすると眠くなる。仕事が沢山あるんだが…」
ふわぁ、と欠伸をする教頭先生。立て続けに欠伸をした後、教頭先生は机に突っ伏し、気持ちよくイビキをかき始めたのです。
「ふふ。…作戦成功」
会長さんは会心の笑みを浮かべて教頭先生の額に手を当て、私たちの方を振り返って。
「ハーレイが見ている夢を君たちに中継してあげよう。みんな、ぼくに心を委ねて」
要りません!と返事する前に視界が霞んで足元が揺らぎ、宙に浮いたような感覚が…。でも、そう思ったのは一瞬だけ。足が地に着くと、そこはさっきと何も変わらない平和な教頭室でした。会長さんが近づいてきて私の顔を覗き込みます。
「眠くなっちゃったみたいだね。あっちの部屋で横になる?」
え。今、なんて?あっちの部屋って、いったい何処?…会長さんは奥の仮眠室に続く扉を指差しました。
「大丈夫、他のみんなは帰したよ。半時間ほど昼寝したら?ぼくが起こしてあげるから」
そ、そんな…。確かにクラッとしましたけれど、昼寝が必要なほどじゃありません。それに教頭先生の仮眠室をお借りするなんて厚かましいにも程があります。でも会長さんは先に立って扉を開き、私を手招きしていました。気遣うような表情に否とは言えず、心配させてはいけないと思い仮眠室への扉をくぐると…。
「…ねえ、ハーレイ」
会長さんが仮眠室の大きなベッドに座って呼びかけました。
「この前は驚かせちゃって、悪いことしたと思ってる。…婚約指輪のことなんだけど…。もし、本当にぼくが婚約指輪を貰うとしたら。…君から貰えたら嬉しいな…って」
ドキン、と私の心臓が音を立てて跳ね上がります。ひょっとして…ハーレイって私のことですか!?鼓動がものすごく早まってゆく中、会長さんの赤い瞳が切なそうに何度か瞬いて。
「ずっと…ずっと想ってたんだ、ハーレイのこと。でも…ぼくは生徒で、ハーレイはぼくの担任で。…やっぱりいけないことなんだよね?ハーレイのそばに…誰よりも近くにいたいだなんて」
ドクン、と心臓が脈打ちました。やばい。私、教頭先生と完全にシンクロしているみたいです。会長さんは思いつめたような顔で両手を差し出し、揺れる瞳で見上げながら。
「…だけど、もう我慢できないんだ。…限界なんだ…。もしも、ぼくを想ってくれるなら。ぼくは退学になってもいいから…何が起こっても耐えられるから…。ぼくと一緒に一線を越えて?…もう、生徒ではいられないよ…」
会長さんの白い指が制服のワイシャツの襟元に触れ、ボタンをそっと外してゆきます。白い喉元が…鎖骨が覗いて、私の心臓は破裂しそう。なんでこんな目に、と思いながらも頭の芯まで熱くなってきて、三つ目のボタンが外されたのを目にした瞬間、私の意識は真っ白にはじけてしまいました。もうダメ、何も考えられない…。
「はい、おしまい。…みんな目を開けて」
会長さんの声が遠くで聞こえ、手を叩く音が響きます。目を開けるとそこは教頭室で、仮眠室もベッドも見当たりません。…あれ?私、今まで何をして…?
「ハーレイの夢に取り込まれていたんだよ」
まだぼんやりした頭を振って見回してみると、ジョミー君たちが同じようにキョロキョロしていました。教頭先生は机に突っ伏したままで大きなイビキをかいています。
「…ハーレイったら、夢の中で感極まって倒れちゃったんだ。今は思い切り深い意識の底。これじゃ続きは見られそうもないね」
クスクスクス。会長さんは教頭先生の額を指先で軽くつついて、眉間の皺をなぞりました。
「ぼくを手に入れたいって熱望してたし、期待に応えて特製パイを開発したのに…。予想以上にヘタレだったよ。どの辺りで君たちとの同調を切るか、悩んでたぼくが馬鹿みたいだ。あの結末じゃあ、有害指定云々以前じゃないか」
「…ゆうがいしてい?」
キョトンとした声は「そるじゃぁ・ぶるぅ」。トコトコと部屋中を歩き回って私たちの顔を順番に眺め、それから教頭先生の寝顔を覗き、会長さんをじっと見上げて。
「ねえ、ブルー。ぼくも今の夢、覗いてたけど…なんでハーレイ倒れちゃったの?…ドキドキしすぎたのは分かったけども、ハーレイって心臓、弱かったっけ?」
「…心臓というより度胸の問題」
会長さんはおかしそうに笑い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の髪をクシャクシャとかき回しました。
「ぼくの相手をするには三百年早いっていうことさ。特製パイの後遺症で鼻血を出さなきゃいいけどね…目が覚めた後で。それじゃハーレイ、いい夢を…って、もう無理かな」
そして教頭先生の羽ペンでメモ用紙に『お疲れ様。奥でゆっくり休むといいよ』と書いてサインをすると、会長さんは私たちを促し、眠りこけている教頭先生を放置して部屋から出て行ったのでした。
「…結局、あの夢はあんたの仕業じゃないわけか」
影の生徒会室に戻って紅茶を飲みながら、会長さんに質問したのはキース君。
「うん。ハーレイの願望というか、妄想というか…。どんな夢を見るのか興味あったけど、夢の中でもハードルを超えられなかったみたいだね」
「ハードルってなぁに?…ハーレイはブルーに何をしたいの?」
またまた無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」に会長さんは。
「ぼくと結婚したいんだってさ。…どうする、ぶるぅ?ぼくがハーレイの所にお嫁に行ってしまったら?」
「ついていくよ」
ためらいもせずに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は即答しました。
「ブルーの代わりにお料理も掃除洗濯も全部するから、お嫁さんに行くなら連れてって」
「分かった、分かった。…でもハーレイがアレじゃあね…」
会長さんは思い出し笑いをしながら、私たちを見渡しました。
「年齢制限必須の夢を見せてあげられなくて残念だったな。で、ハーレイになってみた気分はどうだった?」
「「「最悪です!!!」」」
教頭先生と同調しちゃって、会長さんとの怪しげな時間を疑似体験をさせられてしまった私たち。ベニテングダケが招いた悪夢はしばらく消えそうもありません。もしも教頭先生が夢の中でダウンしていなかったら、もっととんでもないことに?教頭先生には悪いですけど、私たちの心の平穏のためにも永遠のヘタレでいて下さい…。
薪拾いに行った生徒会長さんがベニテングダケを持ち帰ってから後、私たちはドキドキでした。なんといっても幻覚を起こすキノコです。何が起こるかと心配している間に週末になり、そして週明け。アッという間に収穫祭の日になりました。週末以外は毎日放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に行っていましたが、ベニテングダケは見ていません。あれからいったいどうなったのかな?
「ご想像にお任せするよ」
A組の教室に来ている会長さんは元気そうです。会長さんの机には「そるじゃぁ・ぶるぅ」がちゃっかり腰をおろしていました。収穫祭についてこようと思っているに決まっています。そこへグレイブ先生が…。
「諸君、おはよう。出欠を取ったらバスの方へ…。ん?また余計なのが混ざっているな」
「余計じゃないもん!ぼくだって1年A組だもん!」
ちゃんと水泳大会に出場したしね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言い返しました。
「だが、薪拾いには来ていないだろう?…働かざる者、食うべからず。収穫祭に参加する権利は無い」
「ひどいや!…ぼく、水泳大会で一生懸命頑張ったのに。生徒じゃないのに頑張ったんだよ?」
泣きそうな顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんが小さな頭を優しく撫でて。
「…グレイブ。ぶるぅが水泳大会でA組女子にならなかったら、A組は学園1位を取れていないと思うんだ。ぶるぅはぼくと違って生徒じゃない。おまけに1歳の子供なんだ。そんな子供に労働をさせた対価を、君はぶるぅに支払ったのかい?」
「…労働?…対価…?」
「そう、労働。水泳はハードなスポーツだよ?ぶるぅは女子リレーと『水中おはじき拾い』でとても健闘したんだけども、現時点ではタダ働きだ。働いていないから収穫祭に連れて行かない、と言うんだったら水泳大会のバイト料をぶるぅに支払ってくれたまえ」
グレイブ先生はグッと言葉に詰まり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は晴れて収穫祭に参加できることになったのでした。みんな揃ってバスに乗り込み、マザー農場へ出発です。お昼ご飯はジンギスカンが待ってますよ~!
バスを連ねて着いた農場はとっても広くていい景色。果樹園に牧場、広大な畑。見学したり体験したり、好きなことをして過ごせるそうです。私たち7人グループは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒に農場を回り始めました。一番最初は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の希望でリンゴ畑です。
「これこれ!このリンゴがアップルパイに一番いいんだよ。今度みんなにも作ってあげるね」
たわわに実ったリンゴを見上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそう。次は牧場でバター作りを見学したり、体験させてもらったり。牛の乳搾りなんかもやってみました。そうこうする内にお昼になって、集合して広場でジンギスカン。木のテーブルと椅子が広場に沢山用意されています。…あれ?会長さん、いったい何処へ?…十人は座れるテーブルの周りに陣取ったのに、会長さんが抜け出そうとしていました。
「…届け物。すぐに戻ってくるから」
そう言った会長さんの右手の中で小さな緑が揺れています。
「四葉のクローバーだよ、さっき見つけた。2本あるんだ」
2本?…なんだか不吉な予感が…。会長さんが向かった先では数学同好会のメンバーが木製のテーブルを囲んでジンギスカンを始めていました。アルトちゃんとrちゃんの姿も見えます。会長さんは二人に声をかけ、四葉のクローバーを1本ずつ渡して何か話をしているみたい。
「待っていたら日が暮れてしまうぞ。始めないか?」
キース君がそう言った時。
「その方がいいと思いますわ」
現れたのはフィシスさんでした。
「私も混ぜて下さらない?全学年で遊べることって珍しいですし、今日はゆっくりおしゃべりしたくて」
「えっ、本当に!?」
サム君が叫び、大急ぎで空いている椅子を取ってきました。ちゃっかりと自分の隣に並べています。フィシスさんが座ったのを合図に私たちはジンギスカンを始めることに。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が子供用の椅子に座って野菜やお肉を焼く順番を指図し、これがけっこううるさかったり…。
「あっ、あっ、ダメだよ、お肉は真ん中!野菜は周りにちゃんと揃えて並べなきゃ」
テーブルの三ヶ所にあるジンギスカン鍋に目を光らせる様子は鍋奉行でしかありません。そして会長さんはいつの間にか数学同好会のメンバーに混ざってジンギスカンのテーブルに…。
「ブルーは戻ってきませんわ」
「「「えっ?」」」
フィシスさんに言われてよく見てみると、会長さんったら、アルトちゃんとrちゃんの間の椅子に座って楽しそうに歓談しています。私たちの存在なんか綺麗サッパリ忘れてるみたい。
「四葉のクローバーを摘んでいる時から見てましたけど、やっぱりあっちに行ってしまって…。同じ2本なら、みゆとスウェナにあげればいいのに」
「えっ…。私なんかよりアルトちゃんたちの方が…」
「そうよ、アルトちゃんたち、絶対、喜んでいると思うわ」
四葉のクローバーは私たちよりアルトちゃんたちが貰った方が値打ちがある…と思ったのですが、フィシスさんは溜息をつきました。
「…あなたたちがそれでいいなら構いませんけど。ああ、あれだからシャングリラ・ジゴロ・ブルーだなんて言われるのですわ…」
「「「シャングリラ・ジゴロ・ブルー!?」」」
私たちは思わず叫んでいました。会長さんはそこまで女たらしだというのでしょうか。
「ええ。…陰でひそかに呼ばれています。ブルーも知っているのですけど、怒るどころか面白がって…。アルトさんとrさん、このままいくと来年あたり…」
えっ、来年?…来年あたり何が起こると?…まさか、まさか…シャングリラ・ジゴロ・ブルーという渾名が渾名だけに、アルトちゃんとrちゃんは本当に手を出されちゃうとか!?…私たちが青ざめていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が怒った声を上げました。
「お肉、焦げてる!よそ見してるんなら食べちゃうからね!!」
ヒョイ、ヒョイ、ヒョイ…とお肉が宙に浮かんで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手にした紙皿の上へ。
「あっ、このやろっ!!返せ!」
我に返って割り箸を振り上げたのはサム君です。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は知らん顔。
「やだも~ん!」
両手でお皿を傾けるなり、山盛りになっていたお肉を一口で食べてしまったのでした。
「う~ん、最高!ちょっと焦げてたけど、やっぱり一気に食べると美味しいや♪」
「…そりゃ良かったな…」
キース君がボソリと呟きます。そう、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は子供ですから楽しく食べていられますけど、今、私たちが気になってるのはフィシスさんが言った「来年」のこと。アルトちゃんたち、来年あたり会長さんに何かをされるかもしれないのです。でも、私たちの心配をよそに、フィシスさんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒になって鍋奉行を始めたではありませんか。
「次のお肉を入れる前に野菜を食べた方がいいですわ。今が美味しいと思いますもの」
「そうだよ。ぐずぐずしてると、またぼくが全部食べちゃうからね!」
モヤシにアスパラ、タマネギ、人参…。反射的にお皿に取って食べ始めてから自己嫌悪。野菜はともかく、アルトちゃんとrちゃんの運命は…?
「大丈夫ですわ」
フィシスさんがクスッと笑いました。
「来年あたり、私たちの仲間になるんじゃないかしら…と言いたかっただけですもの」
「「「仲間!?」」」
私たちの声が見事に重なりましたが、広場はガヤガヤ大騒ぎなので、他のテーブルには届かなかったみたいです。
「ええ。…ブルーがあれだけ熱心に口説いているということは…多分、因子を目覚めさせようとしているのですわ。そうでなくても二人とも数学同好会ですし、影響を受けている筈です」
そこまで話して、フィシスさんはまたジンギスカンを仕切り始めました。これ以上は教えて貰えないということなんでしょうか?仲間に、因子に…そして数学同好会。なんだかとっても気になりますけど…。
「やあ、お待たせ」
会長さんが戻ってきたのは最後のお肉がいい具合に焼けてきた頃でした。美味しそうだね、と言いながら椅子に座った会長さんのためにフィシスさんがササッとお肉を取り分けます。あああ、そのお肉は私が狙ってたのに~!
「あっ、ごめん。ぼくのお皿に入っちゃったけど、それでいいなら…」
会長さんの白い手が素早く動いて、私のお皿に焼きたてのお肉が置かれました。お礼を言って齧り付いてから気付いたのですが、このお肉、会長さんが自分のお箸で…。ということは、もしかしなくても…間接キッス!?
「みゆ、どうしたの?…顔が真っ赤よ」
スウェナちゃんに言われて耳まで赤く染まった私を会長さんが楽しそうに見つめています。赤い瞳から目が離せなくなって困っていると、微笑みながらウインクされて。うーん、私、もうダメかも…。
「ブルー、悪戯が過ぎますわ。仲間をからかって楽しいんですの?」
「そりゃもう」
フィシスさんと会長さんの会話を遠くに聞きながら、私はやっとのことでコップを手に取り、冷たい水を喉へと流し込んだのですが…。
「フィシス、君だってさっき言ってたじゃないか。ぼくはシャングリラ・ジゴロ・ブルーだからね」
げほっ!!…私は激しく咳き込み、スウェナちゃんに背中をさすってもらう羽目になりました。その間に私の分のジンギスカンは「そるじゃぁ・ぶるぅ」にすっかり食べられてしまい、更に涙を飲むことに…。
「で、フィシス。…どこまで話をしたんだい?」
ジンギスカン鍋が片付けられたテーブルに座った私たちを前に切り出したのは会長さん。
「来年あたり、アルトさんとrさんも私たちの仲間になるかもしれない…という所までですわ」
「上出来だ。それ以上はまだ急いで教える必要は無いし」
会長さんはクスクスと笑い、数学同好会のメンバーが座っているテーブルを眺めています。
「…あのメンバーとジンギスカンをするのも楽しかったよ。アルトさんとrさんも、いつか仲間になってくれると嬉しいな。…フィシス、君が来た頃を覚えているかい?」
「ええ。…熱心な口説きっぷりでしたわ」
「そうさ、どうしても君が欲しかったんだ。ぼくのフィシス。…ぼくの女神」
会長さんはフィシスさんの手を取り、手の甲にそっと口付けました。とてもキマッているんですけど、見ている方は気恥ずかしいなんてモノじゃありません。固まってしまった私たちを他所に、はしゃいでいるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あのね、ブルー、凄かったんだよ!一生懸命プレゼントして、デートして。ぼく、何回もお手伝いしたんだ。プレゼントを選んだり、フィシスの好きなお菓子を作ったり。ブルーが幸せになれますように、って、お星様にもお願いしたのは内緒だからね」
「内緒って…。今、聞こえたんじゃないか?」
キース君の冷静な突っ込みに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサーッと青ざめてしまいましたが。
「ぶるぅ、お星様に頼んでくれたのかい?…それじゃ、お礼を言わなきゃね。おかげでフィシスと一緒にいられるようになったんだから。…ありがとう、ぶるぅ。大好きだよ」
チュッ、と頬っぺたにキスしてもらった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は真っ赤になって、照れ隠しに「かみお~ん♪」と歌い出します。えっと…会長さんとフィシスさんの関係は…やっぱり既に入籍済みとか…?私たち7人の一致した疑問を読み取ったらしい会長さんは。
「前にも言ったと思うんだけどね。…女神は俗世とは無関係だよ」
結局、謎は謎のままで終わり、ジンギスカンをやっていたグループも食べ終えた組から農場の方へ散ってゆきます。
「さあ、ぼくたちもそろそろ行こうか。午後はサツマイモ掘りとかができるんだってさ」
会長さんに促された私たちはテーブルを離れ、畑の方に向かったのでした。スッパリ気分転換をして芋掘りに燃えるのもよさそうです。
マザー農場での収穫祭は沢山のリンゴや農作物を貰ってバスに積み込み、農場の人たちにお礼を言って終わりました。貰った作物はシャングリラ学園の食堂で使われることになるそうです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は特別に分けてもらったバターやリンゴを持っていますし、近い内に私たちのオヤツになるのでしょう。今日は分からないことが一杯増えましたけど、謎解きをしてもらえる日がくるまでは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で遊んでいるしかないみたい。美味しいオヤツが待っているだけに、たまにはダイエットも必要かな…?
水泳大会からしばらく経って、グレイブ先生とパイパー先生の婚約発表で盛り上がっていたA組もようやく落ち着きを見せてきました。そんなある朝、登校すると…教室の後ろに机が一つ増えています。そこにはもちろん会長さんが。また何か起ころうとしているのでしょうか?
「…ちょっとね、楽しそうな匂いがしたから。あ、アルトさんとrさんが来た」
楽しそうな匂いって何ですか、と尋ねる前に会長さんはアルトちゃんたちの方に行ってしまいました。楽しそうに何か話しています。それから机に戻ってカバンの中から可愛い包みを二つ取り出し、アルトちゃんとrちゃんに渡しに行って…。また「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りおやつかと思ったのですが、アルトちゃんたちが包みを開けると、出てきたのは綺麗な小物入れ。
「この間、街で見つけたんだ。お守り袋を入れておくのにいいかと思って」
会長さんの声が聞こえてきます。アルトちゃんたちは顔を赤らめ、小さな声で何か言っていますが、さすがに聞こえてきませんでした。お守り袋っていえば…やっぱりアレしかありませんよね。会長さんは今も頻繁に女子寮に通っているものと思われます。まぁ、学校にバレてないんならいいんですけど。溜息をついているとグレイブ先生がやって来ました。
「諸君、おはよう。…ん?またブルーが来ているのか。まったく油断も隙もないな」
先生はフンと鼻を鳴らして。
「行事に目ざといブルーがいるから、何か起こると期待している者も多いだろう。そのとおりだ。来週、収穫祭が開催される」
収穫祭?…シャングリラ学園の敷地は広いですけど、畑なんて見たことありません。当然、田んぼも無いですし…いったい何を収穫すると?みんなも顔を見合わせています。
「なるほど。ブルーに頼りっぱなしのカボチャ頭な諸君であっても、有り得ない行事だということくらいは分かったようだな。シャングリラ学園には田畑もビニールハウスも無い。よって収穫するものも存在しないが、収穫祭はちゃんとあるのだ。我が学園と提携しているマザー農場が主催してくれる」
なんと!マザー農場といえば農業に酪農と手広くやっているので有名です。もしかしてそこで遊び放題、食べ放題?ジンギスカンとかもありましたっけ。クラス中がザワザワする中、グレイブ先生は咳払い。
「…そういうわけで、来週はマザー農場で収穫祭だ。だが!…働かざる者、食うべからず。汗一つ流していない諸君が収穫祭に行ったところで、有難味は全く無いだろう。よって、その前に労働がある。明後日、弁当持参で薪拾いをしてもらおう。拾った薪はマザー農場の冬の暖房に活用される」
「「「ええぇっ!?」」」
思わぬ展開にブーイングの声が上がりましたけど、決定が覆るはずがありません。なるほど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が来てないわけです。小さな身体で薪拾いは大変そう。でも収穫祭にはちゃっかり姿を見せるのでしょうね。
薪拾いの日は朝から見事な快晴でした。ジャージに着替え、全校揃ってアルテメシア公園まで歩いて行って、裏山一帯で薪を拾うことになったのですが…渡されたのは四十センチ四方くらいの丈夫な布製トートバッグ。一人あたりのノルマはトートバッグに一杯分です。これってけっこう重くなりそう…。
「嵩張りそうな枝を選んで詰め込んでいけばいいんだよ」
会長さんが裏技を教えてくれました。
「でもジョミーたちは真面目に太い枝を拾った方がいいかもね。この日のために間伐材を切り揃えて置いてくれてるみたいだし…。それが丸々残っていたんじゃ、学校のメンツが丸潰れだろ?」
「うへえ…。そんなの置いといてくれなくていいのに」
「暖房用の薪集めだろう?細い枝ばかりじゃ意味ないさ」
そう言いながら会長さんはさっさと林に入っていきます。この山は柔道部の逆肝試しの時に来ましたっけ。あの時は真っ暗で不気味でしたけど、今日は明るくていい感じ。薪拾いっていうのも楽しいかも。私はスウェナちゃんと一緒に山の中に入り、会長さんに教わったとおり嵩張りそうな枝を見つけてはトートバッグに詰め込みました。うんうん、これなら楽勝です。お昼までにバッグは一杯になり、見晴らしのいい場所を見つけて座っていると。
「…ねえ。あそこに見えるの、会長さんよね?」
スウェナちゃんが下の方を指差しました。ジャージの生徒があちこちに点在していますけど、輝くような銀髪といえば会長さんしかありません。会長さんはトートバッグも持たずに何か探しているようです。
「落し物でもしたのかな?」
「あ、そうかも…。手伝った方がいいかしら?」
私たちはトートバッグを持って斜面を降りていきました。落ち葉に足を取られそう。こんな所で落し物をしたら、探すのはなかなか大変かも…。ズルズルと滑りながら近づいていくと、気付いた会長さんが手を振っています。
「どうしたんだい、二人とも?…薪は拾えたみたいだけれど」
「会長さんこそ、どうしたんですか?」
そばまで行って話しかけると。
「ぼく?…薪は集め終わったからね、ちょっと探し物をしてるんだ」
「…探し物?落し物じゃないんですか?」
「探し物だよ。興味があるなら手伝ってみる?」
会長さんは私たちのトートバッグを「貸して」と手に取り、次の瞬間、バッグは消えてしまいました。公園の集合場所に瞬間移動で送ったんだよ、と会長さん。両手が空いた私たちはお弁当の入ったリュックを背中に、探し物のお手伝いです。
「…探しているのはキノコなんだ」
キノコ?…この山、マツタケとかが出るのでしょうか。マツタケ狩りはもっと別の山だと思ってましたが…。
「違う、違う。そんなのじゃなくて…。あ、やっとあった!」
屈み込んだ会長さんが手に取ったのは毒々しい真っ赤な色のキノコでした。どう見ても毒キノコにしか見えないそれを会長さんはジャージのポケットから出したスーパーの袋に入れて満足そうです。
「これを探していたんだよ。…ジョミーたちにも頼んであるけど、戦力は多い方がいいしね」
「…そ、それって…」
スウェナちゃんが顔を引き攣らせ、袋の中身を指差しました。
「毒キノコだったんじゃないかしら?この間から新聞に度々記事が載っているのよ、キノコ狩りのシーズンだから。確か似たような写真が毒キノコのリストに…」
ジャーナリスト志望のスウェナちゃんは新聞記事をよくチェックしています。じゃあ、真っ赤なキノコはやっぱり本物の毒キノコ…?
「ああ、毒キノコには間違いないね、ベニテングダケって言うんだよ」
会長さんがニコッと笑いました。
「…だけど死んじゃうほどの毒ではないし、そんなに怖がらなくっても…。神経毒で幻覚が見えたりしちゃうんだ。マジックマッシュルームとはちょっと違うけど」
「そ、そんなもの集めてどうするんですか!?」
「…ひ・み・つ」
人差し指を唇に当てて、会長さんが微笑みます。
「毒キノコを触るのはイヤっていうなら、見つけた時に呼んでくれればいいからね。ぼくが採るんなら平気だろ?」
うーん、そういう問題でしょうか?だけどキノコは気になります。キノコ探しをお手伝いしたら、秘密も教えてもらえるのかな?
「もちろんだよ」
会長さんの笑顔に負けて、スウェナちゃんと私はベニテングダケ探しを始めました。なかなか見つからない内にお弁当の時間になって、会長さんがいつもの『頭の中に響く声』でジョミー君たちを呼び集めます。
「その辺の開けた所がいいかな?ちょうど切り株も幾つかあるし」
みんな揃って腰を下ろすと、風もないのにいきなり木の葉が舞い上がって。
「かみお~ん♪」
クルクルクル、と回転しながら現れたのは風呂敷包みを抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」だったのでした。
「ブルー、お待たせ!お弁当とお味噌汁だよ」
風呂敷包みの中から出てきたものは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の分らしいお弁当と、大きな重箱。更に人数分のお碗を取り出し、小さなお鍋からおたまで中身を注ぎ始めたんですけれど…。
「山の中で熱々のお味噌汁って贅沢だよね。イワシのつみれ汁、沢山あるから」
9人分のお味噌汁を注ぎ分けても、お鍋から湯気が上がっています。このお鍋、何処かの空間に繋がってるの?
「お味噌汁?…ぼくのお部屋のお鍋の中から転送してるよ。せっかくのお弁当だし、お味噌汁は熱い方がいいもん」
イワシのつみれ汁の他にも、重箱の中はに旬の食材をたっぷり使ったおかずが一杯。私たちが薪拾いをしている間、頑張って作ったに違いありません。デザートもあるよ、と手作り栗饅頭まで出てきました。
「ほんとはキノコたっぷりのお味噌汁を作りたかったんだけど…」
ブルーが変なキノコを集めてるしね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「キノコ汁だと嬉しくないでしょ?」
「…さすがに今は遠慮したいな」
キース君が答え、私たちも頷きました。ベニテングダケを探してる時にキノコを食べたら、食中毒になりそうな気が…。
「そんなにイヤかな、ベニテングダケ」
会長さんが栗饅頭を食べながら袋を覗き込んでいます。ジョミー君たちが何本か採ってきたので中身は少し増えていました。ひい、ふう、みい…と数えた会長さんは楽しそうな顔でスーパーの袋を地面に置いて。
「今で8本。十本は欲しいところだけれど、みんなの頑張り次第だね」
「…そんなの集めて何するのさ?」
ジョミー君が私たちと同じことを尋ねましたが、どうせ答えは「秘密」だろう…と思った時です。
「好奇心を満足させたいんだよ」
会長さんが拾った枝で袋をつつきながら言いました。え?…もしかして教えてくれるんですか?
「キノコ集めを手伝ってくれてるんだし、教えないわけにはいかないさ。…ベニテングダケを食べると幻覚が見えるっていうからね…。ちょっと試してみたいんだ」
「「「ええぇっ!?」」」
私たちはビックリ仰天。まさか会長さんが食べるだなんて、いくらなんでもあんまりです。
「やめとけ、頼むからやめてくれ!」
「そうだよ、大変なことになるかも…」
キース君もジョミー君も顔色を変えて会長さんに詰め寄りました。シロエ君やサム君たちも思いとどまるように必死の説得。でも会長さんはニコッと笑って。
「…大丈夫、ダテに三百年以上も生きてないから。ね、ぶるぅ?」
「うん!ブルーなら絶対大丈夫だよ。ぼくも頑張ってお手伝いするし♪」
「まさかお前が料理するのか!?」
キース君の叫びに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔で頷きました。
「もちろん!…ぼく、お料理は大好きだしね。初めての食材ってドキドキしない?」
もしかして試食する気でしょうか。それだけはなんとしても止めないと!でもその前に会長さんが…。
「ぶるぅ、料理するのは任せるけれど、試食なんかしちゃいけないよ。お前は子供なんだから」
「そうなの?…なんだかつまんないけど…ブルーが言うなら仕方ないね」
それから「そるじゃぁ・ぶるぅ」は空になった重箱やお碗、お鍋を片付けた風呂敷包みを抱え、瞬間移動で部屋に帰っていきました。お弁当もデザートも食べたし、キノコ探しを頑張らなくっちゃ。
薪拾いの終了時間まで7人グループで探しまくって、新しく見つかったベニテングダケは4本でした。合計十二本の赤いキノコを入れた袋を、会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に送ったみたいです。それから各自、トートバッグに詰めた薪をシャングリラ学園まで持って帰って、校庭の指定の場所に積み上げて。
「みんな、今日はよく頑張ってくれた」
教頭先生が薪の山を眺め、慰労の言葉をかけてくれました。
「これだけの量の薪があればマザー農場の人たちも喜ぶだろう。だが、農場の人の仕事に比べれば、薪拾いなどほんんの遊びだ。収穫祭に行ったら大歓迎して下さるのだが、感謝の心を忘れないように」
「「「はーい!!!」」」
全校生徒が元気に返事し、あとは教室で終礼をして下校です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に行ってみると、例のキノコがお皿の上に盛られていました。ソファに座った会長さんが目を輝かせてベニテングダケを見ています。
「…まさか、本気で食べるとか…?」
こわごわ尋ねたのはジョミー君。会長さんは余裕たっぷりの笑みを浮かべてキノコをそっと撫でました。
「本気だよ。…幻覚キノコがどれほどのものか、興味ある」
「…やめるつもりは…?」
「ないね」
キッパリと言った会長さん。私たちはもう祈ることしか出来ないようです。三百歳を超えても好奇心旺盛なのはいいんですけど、幻覚を起こすキノコなんかに手を出すなんて…。どうかとんでもないことになりませんように!いつお守りで呼び出されるかも分からないんですし、食べない方が身のためじゃないかと思うんですが…。
コースロープが片付けられて水泳大会も終わりだと思ったのですが。なんと、まだイベントがありました。学園1位を取った1年A組と有志の先生との水中ドッジボールです。ブラウ先生の案内を聞いてA組のみんなは大喜び。プール中央に線の代わりのロープが張られて、私たちは生徒側だと指定された方に飛び込みました。
「お遊びだからね、点数とかは関係ないし、アウトも特に取らないから」
ブラウ先生がマイクを持って説明します。先生方は誰が出場するのでしょうか?
「あたしも参加するから、お手柔らかにお願いするよ。先生チームは数は少ないけど精鋭揃いだ。みんな、応援しておくれ。もちろん、1年A組を応援したっていいからね。…さあ、先生チームの登場だ!」
競泳用水着のシド先生が颯爽と現れました。続いてグレイブ先生、パイパー先生、おっと、まさかのゼル先生。ブラウ先生がそこで加わり、司会はエラ先生にバトンタッチです。えっと…先生は5人かな。ん?なんだかザワザワしてますけども…って、えぇぇぇぇっ!?
「「「教頭先生!?」」」
柔道十段の教頭先生が堂々と入ってきたんですけど、水着ではありませんでした。逞しい腰に巻かれていたのは真っ赤な六尺フンドシです。古式泳法の達人らしい格好ですが、海の別荘でも目にしなかった赤フンドシをまさか今頃…。赤フンだぜ、と男子生徒までが騒ぎ出す中、先生チームが揃いました。
「それでは水泳大会の最後を飾る、水中ドッジボールです」
エラ先生がマイクを持って。
「ボールは潜って避けても構いません。制限時間一杯、思い切り楽しんで下さいね!」
先生チームもプールに入り、柔らかいボールが投げ込まれました。ヒルマン先生のホイッスルでシド先生とジョミー君がジャンプボール。ボールは先生チームに渡り、その後はあっちへ飛んだり、投げ返されたり。当たってもアウトにならないとはいえ、なかなかハードなゲームです。先生チームは広いスペースに6人ですから余裕で避けて逃げられますけど、私たちは四十人以上いるわけで…。
「シド先生、頑張ってーっ!!」
「グレイブ先生に当てろ、当てろ!!」
プールサイドの生徒も熱狂しながら応戦合戦をしています。興奮してシャツを振り回す男の子もいれば、ライブみたいにタオルを投げ上げて騒ぐ女の子たちもいたりして…。
「あっちの方が楽しそうだね」
頭にボールを当てられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がプールサイドを見上げました。
「行っちゃおうかな。…行ってもいい?」
ちょうど近くにいた私とスウェナちゃんがクラスメイトに確認すると、「試合じゃないからいいんじゃないか」ということで。
「わーい!じゃ、A組を一生懸命応援するね。待っててね~!」
プクン、と潜った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はしばらくしてからプールサイドに上がってブンブンと手を振りました。
「頑張れ、頑張れ、A組!頑張れ、頑張れ、A組!!」
大きな声でエールが飛んできたかと思うと、いきなり調子っぱずれな歌声が…。
「たぁだぁ、ひぃとぉつのぉ~、夢のたぁめにぃ~♪」
こ、これは…「そるじゃぁ・ぶるぅ」お気に入りの『かみほー』です。ワッとプールサイドが湧き立ったので、私はそっちを見てみました。スクール水着の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が歌いながらダンスを踊っています。いやいや、あれはダンスではなくて…。
「隙ありぃっ!!」
ゼル先生の叫び声がして、私の後頭部にボールがボコッ!と当たりました。はずみで水中に倒れてしまい、咳き込みながら顔を上げるとプールサイドは歓声の渦。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が『かみほー』を歌い、幅広の赤いリボンを振り回しながらリボン体操よろしく舞い踊っているではありませんか。うん、素晴らしい応援です。釣られた他の生徒もA組を懸命に応援してくれ、水中ドッジボール大会は賑やかに終了したのでした。
さて、この後は表彰式です。エラ先生に言われて私たちはプールから上がり、応援場所に集合しました。先生方も次々にプールから…って、あれ?何かトラブルが起こったみたい。シド先生がプールの中からヒルマン先生に何か伝言をしています。そして先生方はプールの中央に固まって立ち、全然上がってこないのですが…いったい何があったんでしょう?
「ぶるぅだよ」
会長さんがそう言いながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」を私たちの前に押し出しました。
「プールサイドで踊っていただろう。ぶるぅ、さっきのリボンを見せて」
「いいよ。…これ、返しそびれちゃったんだ」
真っ赤な太いリボンを両手に持って「そるじゃぁ・ぶるぅ」は困り顔です。
「借りるのは簡単だったんだけど、返しに行こうと思ったら…どうすればいいのか分からなくって」
プールの中央をチラッと眺めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「ぼく、巻き方を知らないんだ。ブルー、返してきてくれる?」
「……ぼくがハーレイにフンドシを巻いてあげるのかい?」
ひゃあああ!…も、もしかして、このリボンの正体は…教頭先生の赤フンドシ!?呆然とする私たちの考えを裏付けるように、ヒルマン先生がシド先生に真っ赤な布を渡しています。それを受け取ったシド先生がプール中央に戻ると、教頭先生が水中に姿を消して…。多分、生徒たちに気付かれないよう、フンドシを巻いているのでしょう。
「ブルーが行かなくても大丈夫だったみたいだね。よかったぁ…」
ホッとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を会長さんが小突きました。
「ぶるぅ、熱心な応援をしてくれたのは嬉しいけれど、悪戯はほどほどにして欲しかったな。ぼくがハーレイにフンドシを巻いてあげたりしたら、それこそ流血の大惨事だよ」
「…りゅうけつ…?」
「鼻血が止まらなくなると思うな。たとえフンドシが無事に戻ってきても、鼻血はすごく目立つだろうねえ。…プールから出ても注目の的だ」
会長さんがクスクス笑っている間に、新しいフンドシを締めた教頭先生をはじめ先生チームが上がってきます。赤フンドシが消えていたことはA組の一部しか知りません。…明日には学校中に知れ渡っていそうな気がしますけど。それはともかく一件落着、あとは表彰式ですね。A組代表で表彰状を受け取る役は全員一致で会長さんに決まりました。
「ありがとう。せっかくだから、これをつけて行こうかな」
上着を羽織った会長さんが取り出したのはキラッと光る指輪でした。銀色の枠に四角くて透明な石が嵌っています。
「見てごらん。ちょっといいだろう?プラチナ台にスクエア・カットのダイヤモンド。…さっきプールで拾ったんだ。ぼくにはちょっと小さいけれど、サイズを変えるのは簡単だしね」
そう言いながら会長さんは左手の薬指に指輪を嵌めてしまいました。本当にサイズぴったりです。
「似合うかい?…じゃあ、行ってくるよ」
会長さんが軽く手を振ると指輪がキラキラ光っています。アクセサリーは校則で禁止ですけど、つけて行っても大丈夫かな?第一、落し物なのに…。
表彰式には校長先生が場違いなスーツで出てきました。閉会の挨拶を兼ねたお話の後、表彰状が授与されます。他の先生方は水着からジャージに着替えて校長先生の後ろに控え、司会はブラウ先生でした。教頭先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が赤フンドシを盗んだ悪戯があったとは思えないほどの落ち着きぶり。さすが柔道十段です。
「では、優勝したA組を讃えて表彰状を授与します」
校長先生の声で会長さんが進み出、表彰状が読み上げられて…そして会長さんの手へ。会長さんが深々とお辞儀し、表彰状を手にした瞬間、ゼル先生の声が響きました。
「ブルー!…今、キラッと光った!」
「…ゼル先生の頭が…ですか?」
怪訝な顔の会長さん。ゼル先生はユデダコのように真っ赤になってズンズンズン、と会長さんに近づきます。
「よくも気にしておることを!光ったのはワシの頭じゃないわい!!」
「やっぱりちゃんと光るんだ?…頭」
「いい加減にせんか!光ったのはお前の手だろうが!!」
ゼル先生は会長さんの左手首をグイと掴んで叫びました。
「アクセサリーは着用禁止、と生徒手帳に書いてあるじゃろう!それを生徒会長が…。いいか、許可されとるのは婚約指輪だけなんじゃ!!」
ああぁ、やっぱり見つかっちゃった…。でも会長さんは顔色も変えず、ゼル先生の手を振り払って。
「落ち着いて下さい、ゼル先生。婚約指輪はいいんですよね?…ぼくのは婚約指輪ですけど」
「なんじゃと!?…お?…お、おおお…。すまん、申し訳ない!」
会長さんの手を確認するなりゼル先生は顔色を変え、ペコペコ謝罪し始めました。
「生徒会長さんが婚約ですって!?」
「うっそぉ…。いったい誰と、いつの間に!?」
女の子たちが騒ぎ立てる中、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョコンと前に飛び出して。
「ねぇねぇ、ブルー、よく見せて?…うわぁ、キラキラ光ってるね。…さっきはチラッとしか見えなかったけど、ダイヤモンドって綺麗なんだぁ!!」
「「「ダイヤモンド!?」」」
生徒全員の目が会長さんの左手に集中する中、会長さんはキラキラと光る指輪を見せびらかします。
「だ、ダイヤって…。男は贈る側だよな!?」
「そういえば、婚約指輪って女の人しか貰わないかも!!」
「じゃあ、生徒会長さん、お嫁に行くの!?…いやあぁぁぁぁ!!!」
蜂の巣をつついたような騒ぎになっていますが、あのダイヤモンドは落し物の指輪で、左手の薬指に嵌めているのは会長さんの悪戯で…。あれ?教頭先生が真っ青です。会長さんに熱を上げているだけに、婚約指輪はショックでしょうねえ。…大騒ぎの中、校長先生が咳払いをしてマイクを握りました。
「えー…、ブルー君、御婚約おめでとう。まだ届出をしていませんね。無用のトラブルを避けるためにも、早い内に学校へ届け出るように」
「分かりました」
会長さんは神妙に頷き、それからクルリと私たちの方へ向き直って。
「それじゃ、婚約発表をしよう」
物凄かった騒ぎがピタリと静まり、私たちも釣られて唾を飲み込みます。針の落ちる音すら聞こえそうに静まり返ったプールサイドに会長さんの声が響きました。
「御婚約おめでとう、パイパー先生。…指輪が嬉しいのは分かるけれども、運動の時は外すようにね」
「「「えぇぇぇぇっ!!?」」」
プールが波立つほどの怒号と歓声が渦巻き、会長さんは手から外した指輪をパイパー先生に手渡しています。サイズも直してあるんでしょうけど、パイパー先生、とても嬉しそう。指輪を失くしたことに気付いて困っていたに違いありません。ついでに教頭先生もホッとした顔をしていました。会長さんは更に続けて。
「御婚約おめでとうございます、グレイブ先生。とても素敵な指輪でしたね。みんな、お二人に盛大な拍手を!」
ええっ、やっぱりお相手はグレイブ先生!?もしかして本当にバンジージャンプが婚約のキッカケになっていたりして…。でもでも、まずは拍手ですよね。割れるような拍手を浴びてグレイブ先生とパイパー先生は普段からは考えられないような真っ赤な顔で照れています。
「しつもーん!…先生、式はいつですか!?」
「………来年の春だ」
グレイブ先生が答えると矢継ぎ早に質問が飛び始めます。どうやら挙式は3学期の終業式が終わってからで、会場は最近人気のメギド教会になるみたい。いいなぁ、素敵なチャペルで結婚式!A組一同で押しかけちゃったら、グレイブ先生、ビックリするかな?
そういうわけで、水泳大会を締めくくったのはグレイブ先生とパイパー先生の婚約発表会見でした。グレイブ先生のA組は学園1位を取ったのですし、先生には素晴らしい日だったでしょうか。赤フンドシを盗まれちゃった気の毒な教頭先生は…会長さんの婚約指輪事件が心臓にかなりこたえていそうです。
「ねえ、ブルー…。これ、どうしよう?」
放課後、いつものように集まった部屋で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。持っているのは赤フンドシ。返しそびれたままみたいです。
「そうだねえ…。ぼくが返しに行こうかな?羽衣みたいにフワッと身体に巻きつけて」
会長さんが手を伸ばしたのを、サッと奪ったのはキース君。
「させるか!…それこそ流血の大惨事だ。俺はあんたを断固阻止する」
赤フンドシをガシッと掴んで、キース君はスタスタと歩き出しました。
「シロエ、マツカ、ついて来い。…教頭先生に返しに行くぞ!」
「「は、はいっ!!」」
柔道部三人組が出て行ったのを見送った会長さんは残念そうな顔でしたけど、多分予想はしてたのでしょう。本当に何かやらかす気ならば、キース君ごときが敵う相手じゃないんですから。
「…まあね。教頭室に先回りして取り上げるくらいなんでもないさ。ハーレイに、トランクスを脱いでくれたらぼくが赤フンドシを巻いてあげるよ、って言ったらどうなると思う?…鼻血どころか卒倒かなぁ」
そうです、こういう人なんです…。「やらないよ」とクスクス笑う会長さんをどこまで信用していいものか、私たちには分かりません。つくづく大変な人に見込まれちゃった気がします。…タイプ・ブルーでしたっけ?三百歳を超えた会長さんは筋金入りの小悪魔かも…。