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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




今年も夏休みがやって来ました。例によって柔道部三人組は合宿、ジョミー君とサム君は璃慕恩院への修行体験ツアーに旅立ち、スウェナちゃんと私がお留守番です。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにフィシスさんとのんびり、まったり。
「かみお~ん♪ 今日のプールも楽しかったね!」
「やっぱり穴場は違うわねえ…」
空いてて良かった! とスウェナちゃん。この時期、何処のプールもイモ洗いですが、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は穴場探しが得意技。遠い所でも瞬間移動でヒョイとお出掛け。今日はアルテメシアから少し離れた町の町営プールへと。
「町営プールでもけっこういいだろ、設備とかがさ」
会長さんが言うだけあって、広くて綺麗なプールでした。もっと流行っていてもいいのに、と思ったら。
「あそこはねえ…。今はシーズンオフなんだな」
「「シーズンオフ?」」
なんで、と驚くスウェナちゃんと私。プールからは瞬間移動で帰りましたし、今は会長さんの家のリビングです。フィシスさんはエステに行くとかで先に帰ってしまいました。
それはともかく、シーズンオフとはこれ如何に。プールは今が書き入れ時では?
「あそこのプール。何処よりも早いプール開きと、遅くまでの営業が売りだからねえ…」
「少しでも長く水と遊ぼう、ってコンセプトだって!」
そして水泳の上手い子になるの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。町の外れを流れている川の水が綺麗で、夏本番には地元の子供はそっちへお出掛け。其処でウッカリ溺れないよう、町営プールでしっかり鍛えろと営業期間が長めだそうで。
「つまりね、川の水が冷たくて駄目な時期にはプールなんだな」
ゆえに只今シーズンオフ、と会長さん。お客さんは健康のために泳ぎに来る人が中心、「夏休みだからプールに行こう」と思う輩は少ないとかで。
「その代わり、他所のプールが営業終了してからは混むよ? ドカンとイモ洗いで!」
「「うーん…」」
なんとも不思議なプール事情もあったものです。まあ、お蔭で楽しく泳げましたが…。ちょっぴりお腹も空いて来ました、そういえばおやつの時間かな?



町営プールにはお弁当持参で出掛けて行って、プールサイドの出店でタコ焼きなんかも食べはしたものの。帰ってからおやつを食べていないな、とグーッとお腹が。
「あっ、いけない! おやつ、おやつ~!」
ちょっと待ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が駆けて行って。
「はい、今日は木苺のミルフィーユなの!」
「「美味しそう!」」
合宿中の男の子たちには悪いですけど、これもまたお留守番組の特権。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はフィシスさんへのお届け用に、とミルフィーユを二切れ、箱に詰めて。
「よいしょ、っと…!」
パッと姿を消した箱。瞬間移動でフィシスさんのお宅へ配達です。さてこの後はティータイム。アイスティーが出て来て、会長さんたちと食べ始めたのですが。
「えっとね、昨日、ブルーに会ったんだっけ…」
「「ブルー?」」
ブルーといえば会長さん。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」がわざわざ報告するわけがなくて、何より元から同居人。では、ブルーとは…?
「ブルーだよ!」
いつものブルー、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「そうだよね、ブルー?」
「うん。あれはどう見てもブルーだったねえ…」
声を掛けてはいないんだけどね、と会長さん。
「なんだか真剣に買い物中でさ、ああいう時に声を掛けたら祟られそうでさ」
「「祟る?」」
いつものブルー、それはすなわち会長さんのそっくりさん。いわゆるソルジャーのことですけれども、何処で買い物をしていたのやら。祟られそうだなんて、漢方薬店…?
「違うよ、ぼくもぶるぅも漢方薬店には用が無いしね」
「うん、サフランを買う時だけだよ」
「「サフラン?」」
「サフラン・ライスとかに使うサフラン! 漢方薬店だとお得なの!」
あれってとっても高いから、と言われてみればお高いサフラン。ところが漢方薬店へ行けばお薬扱い、同じ値段で多めに買えるとはビックリかも~!



話のついでに、と見せて貰ったサフラン入りの漢方薬店の瓶。お値段は教えて貰えませんでしたが、二百五十ミリリットル入りのペットボトルがガラス瓶になったらこんなものか、と思うほどの大きさ。それにサフランがドッサリで…。
「凄いでしょ? お薬だからお得に買えるの!」
だからコレだけは漢方薬店、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。けれど昨日はサフランを買いに出掛けたわけではないそうで…。じゃあ、怪しげな下着売り場とか?
「昨日は百貨店には行っていないよ、ぼくもぶるぅも」
「スーパーで買い出しだけだもんね!」
「「スーパー!?」」
どうしてソルジャーがスーパーなんぞに、と驚きましたが、其処は会長さんたちにしても同じらしくて。
「スーパーでブルーを見かけたのなんかは初めてかな…」
「ぶるぅのおやつを買いに行くとは聞いてるけどね…」
だけど今まで会ってないよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。一緒に行ったとか、そういう機会はあるそうですけど、偶然バッタリは皆無だとか。
「おまけに表情が真剣過ぎてさ…」
「とっても真面目に選んでたものね…」
「「何を?」」
スウェナちゃんと私の声がハモッて、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「「納豆!」」
「「納豆!?」」
何故にソルジャーが納豆を、と引っくり返ってしまった声。ソルジャー、納豆、好きでしたっけ?
「いや、そんな話は聞いてないけど…」
「ぼくも知らないよ?」
好きなんだったら出しているもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーは厚かましさが売りと言っても過言ではなく、食べたいものには貪欲です。もしも納豆が好物だったら、とっくの昔に納豆尽くしの昼食か夕食になっていた筈で。
「…なんで納豆なのかしら?」
スウェナちゃんが首を捻って、会長さんも。
「さあ…?」
健康にいいとでも聞いたんだろうか、という推測ですけれど。健康にいいと聞いたからって、あのソルジャーがスーパーに出掛けて納豆を…?



納豆の謎を解きたかったらソルジャーに訊くしかありません。とはいえ、それは自殺行為で、ほぼ百パーセント死を招きそうなコマンドだけに、会長さんも放置の方向で。納豆のお買い物は何だったのか、と悩む間に男の子たちが合宿などから御帰還で。
「「「納豆!?」」」
キース君たちの反応も私たちと全く同じでした。慰労会の焼き肉パーティーの席で出て来たソルジャーの話題に、みんなビックリ仰天です。
「あいつ、納豆好きだったのか…?」
知らなかったぞ、とキース君が言えば、シロエ君が。
「どっちかと言えば嫌いそうなタイプだと思うんですけど…」
「だよねえ、甘いものが大好きだしね?」
ついでに好き嫌いも多かった筈、とジョミー君。
「こっちの世界のは何でも美味しい、って食べまくってるけど、自分の世界じゃお菓子と栄養剤さえあったら生きて行けるって言ってたような…」
「そいつで間違いねえ筈だぜ」
だから何かとこっちに来るんだ、とサム君も。
「ぶるぅの菓子と料理があるだろ、それに外食はエロドクターがせっせと面倒見てるしよ…。待てよ、そういう所で納豆の味に目覚めたとか?」
「その可能性はぼくも考えたんだけど…」
それだとスーパーと噛み合わない、と会長さん。
「ノルディが贔屓にするような店で納豆の味に目覚めたんなら、スーパーなんかじゃ買わないよ。それ専門の店に行くとか、ノルディの紹介で気に入った店のを分けて貰うとか」
「「「あー…」」」
それはあるな、と納得です。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャーを目撃したという店、高級スーパーではあるのですけど、所詮はスーパー。ちょっとお高い納豆があっても、特別な納豆なんかではなくて。
「ある程度まとめて仕入れられるヤツしか置いていないよ、スーパーではね」
なにしろモノが納豆だから…、と言う会長さんはあれから納豆の棚を確認しに出掛けたそうです。どんな品揃えか、凄い何かがあるのかと。
「ごくごく普通に納豆だったよ、チーズとかならレアものも入荷するんだけどねえ…」
どうして納豆だったんだろう、と尋ねられても分かりません。ソルジャーがスーパーで納豆だなんて、何処で納豆の魅力に目覚めたんだか…。



サッパリ解けない納豆の謎。まるで謎だ、と焼き肉パーティーが終了した後も話題は納豆。リビングに移動し、冷たいミントティーをお供に納豆談義で。
「やはりだ、健康志向が有力説だと俺は思うが」
それしか無かろう、とキース君。でも…。
「その情報を何処で仕入れたのさ?」
ジョミー君が即座に切り返しました。情報をゲットしないことにはソルジャーは納豆に走りません。私たちの世界は何かと言えば健康にいいと色々なものが流行りますけど、情報源に触れない限りは何が流行りかも分からないわけで。
「…納豆、今はブームでしたか?」
ぼくは知らないんですけれど、とシロエ君が訊くと、会長さんが。
「それは無いと思う。ブームだったら棚にあれだけ揃っていないよ」
仕入れた端から売り切れる筈、と言われてみれば、それがお約束。これがいい、と噂になった食品、スーパーの棚が空になるのが普通です。納豆が豊富に揃っていたなら、ブームではないという証明で…。
「じゃあ、何処から納豆が出たのかしら?」
「「「うーん…?」」」
スウェナちゃんの疑問はもっともなもの。納豆のブームが来ていないのなら、ソルジャーと納豆の出会い自体が無いわけで…。謎だ、と考え込んでいた所へ。
「こんにちはーっ!」
「「「!!?」」」
飛び込んで来た噂の張本人。トレードマークの紫のマントの代わりに私服で、手にはしっかりスーパーの袋。これはもしかして、もしかすると…。
「あっ、これは差し入れじゃないからね?」
ぼくのだからね、とソルジャーは袋をしっかり抱え込んで。
「今日も色々仕入れて来たんだ、夫婦円満の秘訣なんだよ!」
「「「はあ?」」」
納豆の何処が、とウッカリ揃って反応してしまった私たち。ソルジャーは「あっ、知りたい?」と嬉しそうに袋を開いて中身を披露し始めました。あれも納豆、これも納豆。次から次へと納豆ばかりが出て来ますけれど、それのどの辺が夫婦円満の秘訣だと…?



リビングのテーブルにズラリ並んだ納豆いろいろ。夫婦円満の秘訣と言われても謎は一層深まるばかりで、どうしろと、と思った時。
「…キャプテン、納豆、お好きでしたか?」
シロエ君の口から出て来た言葉に目から鱗がポロリンと。そっか、キャプテンの好物だったら夫婦円満に役立つでしょう。ソルジャーと違って空間移動が出来ないキャプテン、納豆を買いに来られません。ソルジャーの世界に納豆なんかは無いでしょうから、好物を贈って夫婦円満。
「うん、嫌いじゃないみたいだねえ?」
最初は腰が引けていたけど、とソルジャーは笑顔。
「腐っているんじゃないですか、とか、臭いだとか…。だけど今ではバクバクと!」
もう喜んで食べているよ、という話。なんだ、やっぱりキャプテンの好物が納豆でしたか。そりゃあソルジャーもせっせと仕入れに来るであろう、と思ったのですが。
「ハーレイの好物って言うよりは…。夜の生活にお役立ちかな」
「「「えっ?」」」
夜の生活って…大人の時間のことですか? なんでそんなモノに納豆が…?
「ノルディの家で調べてたんだよ、ハーレイが絶倫になりそうなモノ! そうしたら!」
「「「…そうしたら…?」」」
「納豆です、って書いてあったわけ! ドロドロのネバネバが絶倫に効くと!」
山芋も効果的らしいんだけど…、と語るソルジャー。
「でもねえ、山芋はすりおろしたり手間がかかるしね? その点、納豆だったら合格! 買って帰ってパックを開ければ、即、食べられるし!」
かき混ぜる手間はハーレイ任せで、と流石の面倒くさがりっぷり。
「納豆に入れると美味しいらしいネギだって精がつくと言うから、刻んだヤツを買って冷凍してある。それと生卵を入れれば完璧!」
納豆を食べて絶倫なのだ、とソルジャーは威張り返りました。納豆ライフを始めたキャプテン、普段にも増してパワフルだそうで。
「もうね、疲れ知らずと言うのかな? 漲ってるねえ、毎日毎晩!」
だから納豆は欠かせないのだ、とソルジャーは自分が並べた納豆のパックをウットリと。
「これさえ食べればハーレイは絶倫、ビンビンのガンガンの日々なんだよ!」
もちろん基本の漢方薬も欠かせないけれど…、と列挙しまくるスッポン、オットセイ、その他もろもろ。それに加えて納豆パワーも導入するとは、ソルジャー、何処まで貪欲なんだか…。



「えっ、欲張ってもかまわないだろ?」
夫婦生活の基本は夜の生活、夫婦円満の秘訣もソレだ、とソルジャーの主張。
「そのためだったら納豆の買い出しくらいはね! それでさ、ちょっと訊きたいんだけど…」
「何を?」
会長さんの冷たい口調と視線は「早く帰れ」と言わんばかりで、それを向けられたのが私たちだったら真っ青ですけど、相手は図太いソルジャーだけに。
「納豆と言えばコレだ、っていうのを聞いたんだけれど…。藁苞納豆」
「…それが何か?」
「どんなのかなあ、って…。藁苞納豆」
「買えば分かるだろ!」
買いに行くなら本場は此処で…、と会長さんは地名を挙げました。納豆と言えば其処であろう、と誰もがピンと来る場所を。
「其処に行ったら色々あるから! それこそ駅の売店でも売っているかって勢いで!」
「それは分かっているんだけど…。そうじゃなくって…」
「お取り寄せなんかしなくていいだろ、瞬間移動で直ぐだから!」
お出掛けはあちら、と指差す会長さん。
「あの方向へね、ヒョイと移動すれば店もあるから! 君の力ならピンポイントで店の前でも飛べるだろ? 初めての場所でも!」
「もちろん簡単に飛べるけれどさ、ぼくが訊いてるのは其処じゃなくって…」
「じゃあ、何さ?」
「藁苞納豆の仕組みなんだよ!」
其処が気になる、とソルジャーの質問は斜め上でした。もしやキャプテンのために納豆の手作りを目指していますか、それも本格派の藁苞で…?



キャプテンに絶倫のパワーを与える食べ物を探して納豆を見付けたらしいソルジャー。本当に効くのかどうかはともかく、今の所は夫婦円満の日々のようです。スーパーで納豆を買い漁る内に藁苞納豆も知ったらしくて、仕組みを知りたいみたいですけど…。
「…作るのかい?」
君が藁苞納豆を、と会長さんが問い返すと。
「どうだろう? 仕組みによるけど、あれはどういうものなんだい?」
「簡単に言うなら、藁苞の藁に納豆菌が住んでいるから…。それを利用してってことになるかな、藁苞の中で熟成だね」
「やっぱり熟成?」
「そうだけど? 納豆はそういう食べ物だから」
藁苞の中で熟成させれば立派な納豆の出来上がり、と会長さん。ソルジャーは「ふうん…」と頷きながら。
「あの藁苞を手作りするのって難しいのかな?」
「藁苞かい? 流石のぼくも其処までは…。待てよ、ぶるぅは知ってたかな?」
どうだっけ、と訊かれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「前に行ったよ、納豆教室! 子供向けのイベントでやってたから!」
其処で作った、とエッヘンと。
「ちゃんと藁苞から作ったんだよ、だから作り方は知っているけど…。作りたいの?」
「それって、ぼくでも作れそうかい?」
どうなんだろう、と心配そうなソルジャーはといえば、不器用を絵に描いたような人物で。私たちは端から「無理であろう」と即断したのに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の答えはさにあらず。
「出来ると思うよ、ぼくが行ったの、子供向けの教室だったしね!」
小さな子供も作っていたよ、と「大丈夫」との太鼓判。
「作るんだったら教えてあげるよ、藁苞納豆」
「いいのかい? それじゃ是非ともお願いしたいな」
「任せといてよ! えっとね…」
何か書くもの…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は説明を書こうとしたのですが。
「それは勘弁! ぼくはとにかく不器用だからさ、サイオンで技術を教えて欲しいと…」
「そっか、そっちが安心かもね!」
じゃあ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手がソルジャーの手をキュッと握って情報伝達。これでソルジャーも藁苞納豆の達人になれる筈ですけれども、キャプテンのために其処までするとは、ああ見えて愛情が深かったりして…。



藁苞納豆の作り方を教わったソルジャーはいそいそと帰ってゆきました。おやつも食べずに、納豆を詰めたスーパーの袋を抱えて。それに…。
「本気らしいね、藁苞納豆…」
まさか作るとは、と会長さんが感心しています。夫婦円満の秘訣とかいうアヤシイ目的に向かってとはいえ、キャプテンのために納豆手作り、それも本格派の藁苞納豆。藁は何処で手に入るのか、と訊かれた会長さんはマザー農場から取り寄せて渡していましたし…。
「あいつが納豆を手作りするのか…」
しかも藁苞から作るだなんて、とキース君も意外そうな顔。
「まさかと思うが、あいつのシャングリラの厨房に丸投げじゃないだろうな?」
「「「………」」」
それがあったか、と今頃になって気が付きました。ソルジャー自ら作らなくても、料理のプロなら厨房に大勢いるのです。作り方さえ教えてしまえば大量生産だって可能で。
「ひょっとして、それが目的だったとか…?」
大量生産、とジョミー君。
「買い出しに来るのが面倒になって、自分の世界で作ってしまえ、って…」
「それなら藁苞納豆になってくるからな…」
多少面倒でも納豆菌はもれなくいるし、とキース君がフウと溜息を。
「俺はそっちの方に賭けるぞ、愛情の手作り納豆よりもな」
「…そうなんだろうか?」
感心したぼくが馬鹿だったかな、と会長さんも。
「確かにキースの意見の方が当たっているって気がするよ。こっちの世界へ買いに来るより大量生産、それも本格派の藁苞で、って…」
「そうだろう? 藁の調達までしやがったんだし、俺はそっちの方と見た」
「「「うーん…」」」
愛の手作り納豆転じて、面倒だからと丸投げ納豆。如何にもソルジャーがやりそうなことで、そうなってくると買い出しに来ていた日々の方がまだ愛情が深そうで。
「でもねえ、スーパーで納豆を物色しているブルーを見かけた時には、まさかそういう目的だなんて思わなかったよ」
「ねえねえ、ブルー、ゼツリンってなあに?」
「あっちのブルーが喜ぶことだよ!」
「良かったあ! ぼくって役に立てたんだあ!」
藁苞納豆でゼツリンだよね、と無邪気に飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お子様はいいな、と思いますけど、とりあえず納豆は一件落着かな…?



翌日からは夏休みのお約束。私たちは遊び回って、キース君はお盆に備えて卒塔婆書き。三日間ほどアルテメシアでワイワイ過ごして、それからマツカ君の山の別荘へ旅立つことに。
「卒塔婆の方は目途が立ったな…」
後は帰ってからこんなもので、とキース君が残りの卒塔婆を数える山の別荘への出発前夜。会長さんの家でのスパイシーなエスニック料理の夕食目当てにキース君は夕方からの合流です。卒塔婆書きばかりだと消耗するとか言ってますけど…。
「此処に来ないで書いていればさ、もう何本かはいけただろう?」
なんでサボるかな、と会長さん。
「副住職たるもの、遊ぶ前には全力投球すべきじゃないかと…。どうせ明日から山の別荘だし、卒塔婆は追い掛けて来ないんだしさ」
「いい加減、気が滅入って来たんだ! 朝から晩まで卒塔婆だからな!」
此処で無理をすれば当然ミスも…、というのも一理あります。卒塔婆は墨での一発書き。失敗したなら削るしかなく、消しゴムや修正液でパパッと済ませるわけにはいきませんし…。
「俺は余計な手間をかけるより、ノーミスで走りたい主義だ!」
だから今夜はもう書かない、とキース君。
「出がけに親父が「もう逃げるのか?」と言ってやがったが、その親父も昨日はゴルフだしな!」
学生の俺が遊んで何処が悪い、と開き直り。まあ、卒塔婆を書くのはどうせキース君で、遊んだ分の尻拭いは自分でするしかないわけですから、どうぞご自由に、という気分。
「くっそお、早くサムとジョミーがモノになればな…」
そうすれば手伝って貰えるんだが、とキース君は捕らぬ狸の皮算用。
「嫌だよ、ぼくは棚経だけで沢山だってば!」
「俺は文句は言わねえけどよ…。まだ住職の資格もねえのに、本格的な卒塔婆はなあ…」
プロにはプロの技ってモンが、とサム君が「まだまだ無理だぜ」と言った所へ。
「プロの技ーっ!」
「「「は?」」」
何がプロだ、と振り返ってみれば紫のマントがフワリと揺れて。
「どうかな、プロが作った藁苞!」
こんな感じで! と出ました、ソルジャー。右手に納豆が入っているらしき藁苞を持って、ブンブンと振っていますけど。見せびらかしに来たかな、それともキャプテンに食べさせる前の試食ですかね、納豆っていう存在自体がこっちの世界のものですしね…?



夕食はもう終えていましたから、食後の飲み物にラッシーなんかを楽しんでいた私たち。ソルジャーは抜け目なくマンゴーラッシーを注文した後、藁苞をズイと差し出して。
「本格派だろう? この藁苞!」
「うん。でも…」
納豆は? と会長さん。藁苞は見事に完成していますけれど、どうやら中身が無いようです。肝心の納豆が詰まっていない藁苞なんかをどうしろと?
「ああ、これはね…。ぼくのお目当ては藁苞だったものだから!」
「「「えっ?」」」
藁苞で納豆を作るんじゃなくて、市販の納豆を詰めて気分だけとか、そういう話? 器も料理の一部だなんてよく言いますから、あながち間違いではないでしょうけど…。
「ううん、詰めるのは納豆じゃなくて!」
「豆だろ、さっさと帰って大豆を茹でる!」
サボッてないで、と会長さんが追い立てました。
「其処のキースも褒められたものじゃないけどねえ…。君も大概だよ、藁苞が出来たと自慢しに来るなら中身もちゃんと詰めて来ないと!」
「だから、これから詰めるんだってば! こっちの世界で!」
「…君は豆さえ買ってなかったと言うのかい?」
その上、ウチの台所で茹でる気なのかい、と会長さんが顔を顰めると。
「違うよ、君の家じゃなくって、こっちの世界のハーレイの家!」
「「「ええっ!?」」」
納豆用の大豆を茹でるのに、何故に教頭先生の家になるのか。確かに料理はしてらっしゃいますが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」みたいに大きな鍋とか各種取り揃えておられるわけではなかったように思います。そんな台所に何のメリットがあると…?
「台所の仕様云々以前に、ハーレイに用があるんだよ!」
そして藁苞の出番が来る、と力説されても何のことやら。会長さんも意味が掴めないようで。
「…ハーレイは藁苞納豆なんかは作っていないと思うけどねえ?」
「でも、こっちのハーレイの協力が要るんだ、この藁苞には!」
「なんで?」
「だって、ジャストなサイズだから!」
そうなるように作ったんだから、と藁苞を手にして胸を張っているソルジャーですが。ジャストなサイズって、いったい何が…?



「藁苞だよ!」
この藁苞、とソルジャーは手作りの藁苞をズズイと前へ。
「これにピッタリの筈なんだ! こっちのハーレイ!」
「…ハーレイが大豆を茹でてるのかい?」
それを失敬して詰めるつもりかい、と会長さんが尋ねれてみれば。
「失敬するって言うより、お願いだねえ…」
「分けて下さいって? 君にしては殊勝な心掛けだね、珍しく」
でもハーレイはなんで大豆を茹でてるんだろう、と会長さん。すると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が横から。
「お酒のおつまみに煮豆とか? お豆腐だったら大豆を潰してから茹でるしね!」
「なるほど…。それなら急いで行ってこないと味付けされちゃって台無しになるよ?」
さっさと行く! とソルジャーに発破をかけた会長さんですが。
「…あんまり急いで出掛けて行っても、ハーレイの気分が乗らないんじゃないかと…」
「やっぱり手伝わせるつもりじゃないか!」
納豆作りを、と呆れ顔の会長さんに、ソルジャーは。
「うん、ハーレイの協力が要るって言っただろう? だから行くんだ、って!」
「其処でサボらずに自分で作る! 愛の手作り納豆だったら!」
「ぼくが目指すのはその先なんだよ!」
「「「は?」」」
愛の手作り納豆の先とは、何なのでしょう? 試食だったら完成品を持って来ないと全く話になりません。藁苞だけを手にして出て来て、愛の手作り納豆の先…?
「だから、絶倫!」
「そのための手作り納豆だろう!」
話が前後しすぎているし、と会長さんはソルジャーに向かって右手を振ってシッシッと。
「早く出掛けて頼まないとね、本当に豆が無くなっちゃうから! 味付けされて!」
「その心配だけは無いんだよ! 味付けも何も、初心者以前の問題だから!」
「とにかく、豆が無くなる前にね、頼んで分けて貰ってくる!」
「詰めて貰わなきゃ駄目なんだってば、本当にジャストサイズだから!」
その筈だから、とソルジャーは藁苞をチョンとつついて。
「ぼくのハーレイので型取りしたしね、もうピッタリなサイズの筈!」
「「「…型取り…?」」」
藁苞作りに型取りなんかが要るのでしょうか? それに「ぼくのハーレイ」って、キャプテンで藁苞の型を取ったと…? 胃袋サイズのことでしょうかね、食べ切れる量の…?



キャプテンで型を取って来たから教頭先生にピッタリの筈、という藁苞。ジャストサイズの藁苞とやらはキャプテンの胃袋に丁度いい量の納豆が入るという意味でしょうか?
「そうじゃなくって! 絶倫パワーを熟成なんだよ!」
「「「…熟成?」」」
ますます分からん、と頭の中には『?』マーク。絶倫パワーは納豆を食べて得られるものだと聞いています。熟成するなら中身は納豆、藁苞の中に詰めて熟成。けれどソルジャーは「違う!」と一声、藁苞をグッと握り締めて。
「此処にハーレイを詰めて熟成! 藁苞にはきっとそういうパワーが!」
「「「へ?」」」
教頭先生を詰めるですって? それにしては小さすぎですよ? もっと巨大な藁苞でなくちゃ、と誰もが思ったのですが。
「肝心の部分を藁苞に詰めればオッケーなんだよ! ハーレイのアソコ!」
アソコで分からなければ息子で大事な部分、と聞いた瞬間、ゲッと仰け反る私たち。そ、それは教頭先生の思い切り大事な部分のことですか? まさか、まさかね…。
「そういう部分のことだってば! 其処に藁苞を!」
そして熟成させるのだ、とソルジャーは極上の笑みを浮かべて。
「ぼくのハーレイで型取りしたから完璧なんだよ、サイズの方は! これにアソコを入れて貰ってじっくり熟成、絶倫パワーを育てようと!」
「そういうのは君の世界でやりたまえ!」
こっちのハーレイなんかじゃなくて、と会長さんが怒鳴りましたが。
「ダメダメ、ぼくのハーレイ、忙しいしね? こんなのを着けてキャプテンの制服は着ていられないし、休暇中でないと熟成できない。海の別荘行きに備えて実験なんだよ!」
どんな感じに熟成するのか、そのタイミングを見定めないと…、とソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」直伝の藁苞納豆の知識を滔々と披露。腐ってしまったのでは意味が無いとか、腐りかけが一番美味しいのだとか、喋りまくって一息ついて。
「ぼくとしてはね、腐りかけの一番美味しい所を狙いたいんだよ!」
絶倫パワーも其処がMAXに違いない、というのがソルジャーの読みで。
「どのくらいの期間で熟成するのか、いつが一番食べ頃なのか! それをこっちのハーレイで!」
「迷惑だから!」
「でもねえ、ホントのホントに知りたいわけだよ、藁苞納豆の秘めたパワーを!」
この藁苞に詰まったパワーを、とソルジャーは本気。教頭先生のアソコに藁苞だなんて、しかも熟成させようだなんて、それは無茶とか言いませんか…?



どう考えてもカッ飛び過ぎている藁苞納豆の使い道、いえ、藁苞の使い方とやら。けれどソルジャーは全く譲らず、挙句の果てに。
「熟成パワーはぼくが面倒見るからさ! とにかく一緒に!」
「「「えっ?」」」
「君たちも一緒に来て欲しいんだよ、ぼくの納豆へのこだわりっぷりをアピールするには人数も不可欠!」
大勢で行けば説得力が…、という台詞と共にパアアッと溢れた青いサイオン。ソルジャー得意の大人数での瞬間移動に有無を言わさず巻き込まれてしまい、フワリと身体が浮いたかと思うと教頭先生の家のリビングに落っこちていて。
「な、なんだ!?」
ソファから半分ずり落ちかけた教頭先生に向かって、ソルジャーが。
「こんばんは。実は君に折り入ってお願いが…」
「何でしょう?」
「藁苞納豆は知っているかな、こういうのに詰める納豆だけど」
ソルジャーの手には例の藁苞、教頭先生はそれを見るなり「知っております」と頷きました。
「納豆も美味いものですが…。それが何か?」
「君のサイズで作ったんだよ、是非協力して欲しくってね!」
「…私のサイズと仰いますと…?」
「君の男のシンボルだよ!」
其処にピッタリの筈なのだ、とソルジャーは藁苞を教頭先生に突き付けると。
「はめてくれれば、きっと絶倫パワーが満ちてくるだろうと思うんだ! 藁苞で熟成!」
「…じゅ、熟成…?」
「そう! 腐りかけが一番美味しいと言うから、そのタイミングを見極めたくって…。ぼくのハーレイは忙しいから、海の別荘でしか熟成している暇が無いんだよ」
その時に一番美味しい状態で味わいたいから実験台として是非協力を、とソルジャーの舌が自分の唇をペロリと。
「もちろんタダとは言わないからさ! 一番美味しい時が分かったら、君にはぼくから素敵な御礼をドカンとね!」
恥ずかしい写真の詰め合わせセットでどうだろうか、と訊かれた教頭先生、唾をゴクリと。ソルジャーは更に。
「君さえ良ければ、御奉仕くらいはさせて貰うよ、絶倫パワーを持て余すならね」
「…ご、御奉仕…」
教頭先生の鼻から赤い筋がツツーッと。いつもの鼻血なコースでしたが、ぶっ倒れる代わりにグッと持ち堪えて「やりましょう!」と力強い声が。教頭先生、藁苞に詰まって熟成コース…?



「まさかあそこで承知するとは…」
頭痛がする、と会長さんが額を押さえるマツカ君の山の別荘。教頭先生は藁苞をアソコに装着なさって熟成コースを爆走中です。私たちは山の別荘に来ちゃいましたが、ソルジャーの方は来ていませんから、熟成具合の確認のために教頭先生の家に足を運んでいるようで…。
「納豆はともかく、藁苞なんかにパワーがあるとは思えないのに…」
馬鹿じゃなかろうか、と会長さんが呻けば、キース君が。
「それで、あいつはどうなったんだ? あれから通っていやがるんだろう?」
「うん、ウキウキとね…」
朝、昼、晩の三回コースでご訪問、と会長さん。
「いい感じに熟成しつつあるようなんだよ、困ったことに…」
「どういう意味です?」
シロエ君の問いに、会長さんは。
「ブルーが来た時の反応ってヤツ! ブルーの感想をそのまま述べれば、もうグッと来るという感じかな? しゃぶりつきたい気分になるとか…。おっと、失言」
今の台詞は忘れてくれ、と言われなくても今一つ意味が分かっていません。ともあれ、ソルジャーお望みの熟成とやらは順調に進んでいるわけですね?
「そうなんだよねえ、このまま行ったら最高に美味な腐りかけとやら…。ん…?」
ちょっと待てよ、と会長さんの手が顎へと。
「ブルーはハーレイの熟成どころか、藁苞納豆自体が初心者…。でもってタイミングを実験中で調査中だということは…。もしかしなくても、熟成しすぎになるってことも…」
「それは無いとは言えないな」
むしろ有り得る、とキース君が相槌を。
「熟成しすぎたらどうなるんだ? 俺にはサッパリ分からないんだが」
「ぼくにもサッパリ分からないけど、やり過ぎちゃったら面白いことになる…かもしれない」
そっちの方向に期待するか、と会長さんの口から恐ろしい台詞が。
「ハーレイが話を受けた時には腹が立ったけど、熟成しすぎになったなら! ぼくも一気に気分爽快、笑って踊って万歳かも!」
「「「…ば、万歳って…」」」
いったい何が起こるというのだ、と震え上がった私たち。熟成も美味しさも意味不明なだけに、その面白い結末とやらも理解不能だろうと思ったのですが…。



「素晴らしいねえ、納豆と藁苞のパワーはね!」
今夜が食べ頃、とソルジャーが舌なめずりをするプライベート・ビーチ。あれから日が過ぎ、お盆も終わってマツカ君の海の別荘です。ソルジャー夫妻と「ぶるぅ」も一緒で、キャプテンはアソコに藁苞を装着なさっているそうで。
「ブルー、私も楽しみですよ。装着している間は禁欲ですが、これを補ってなお余りある…」
「そう! 今夜は藁苞を外してガンガン!」
最高の夜になるに違いない、とキスを交わしているバカップル。その一方で…。
「そろそろか、マツカ?」
「あっ、そうですね! ウッカリしてました、流石です、キース」
時間ですね、とビーチで立ち上がる男の子たち。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が今年もバーベキューをしていて、獲れたてのサザエやアワビなんかも焼かれていますが、海で獲物を探す面子は今回、一名、欠けてしまっていて。
「教頭先生、こんな感じで如何でしょう?」
シロエ君が尋ねると「うむ」と返事が。
「…ほどほどの熱さといった所か…。世話になるな」
「いえ、ぼくたちにはこれくらいしか…。早く治るといいですよね」
砂蒸しがけっこう効くそうですから、とシロエ君。教頭先生は首から下が砂に埋まった状態で。
「かみお~ん♪ お日様で焼けた砂の入れ替え、またするんだよね?」
「そうなるねえ…。此処で全快すればいいけど?」
恥ずかしい病気、と会長さんが情けなさそうにボソリと。
「腐りかけを過ぎたら、何とは言わないけど皮膚病だなんて…。白癬菌には砂蒸しなんだよ」
それで水虫が全快したって人もいるから、と教頭先生の方をチラチラと。
「あんな所に白癬菌ねえ…。藁苞にそういう菌はいないと思うんだけどね?」
きっと元からキャリアだったに違いないんだ、と酷い決め付け。けれども実際、教頭先生、痒くてたまらないのだそうで…。
「かぶれたんじゃないの?」
ジョミー君が声をひそめて、マツカ君が。
「ええ、多分…。ですが…」
「会長がそうだと言い切る以上は白癬菌になるんですよね…」
お気の毒です、とシロエ君。バカップルの納豆生活のために身体を張った教頭先生、別荘ライフは砂蒸し三昧で終わりそう。これに懲りたらソルジャーの口車には乗らないことだと思うんですけど、藁苞パワー、恐るべし。まさか本当に絶倫だなんて、やっぱり禁欲効果なのかな…?




             納豆を買いに・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 納豆を食べれば絶倫なのだ、と思い込んだソルジャーの欲望は藁苞の方へまっしぐら。
 毎度のように実験台にされた教頭先生、気の毒な結末に。砂蒸しで治るといいですけど…。
 シャングリラ学園シリーズ、4月2日で連載開始から11周年を迎えます。
 12周年に向けて頑張りますので、これからも、どうぞ御贔屓に。
 次回は 「第3月曜」 4月15日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、3月は、お馴染みの春のお彼岸。今年も法要をするわけで…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv









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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




シャングリラ学園、今日も平和で事も無し。お花見シーズンも無事に終わって別世界からのお客様の訪問も一段落であろう、とホッと一息な私たちです。お花見の無い週末はかくも穏やかなものだったろうか、と会長さんの家でのんびりと…。
「かみお~ん♪ 春はやっぱり、イチゴのケーキ!」
イチゴのクリームとマスカルポーネチーズを重ねてみたよ、とピンク色のケーキが登場しました。如何にも春といった風情で、これは美味しそう!
「ぼくにもケーキ!」
「「「!!?」」」
誰だ、と振り向けばフワリと翻る紫のマント。なんでいきなりソルジャーが!?
「こんにちは! 春はイチゴも美味しいよね!」
「もうお花見は終わったけど!」
やりたいんだったら一人で行け、と会長さんが窓の向こうを指差して。
「北の方ならまだシーズンだよ! よく知ってると思うけど!」
「それはもちろん! 君たちとのお花見も北上しながらが定番だしね!」
穴場を探して北へ北へ…、という台詞どおりに、それが私たちのお花見スタイル。屋台が並ぶ賑やかな場所もいいんですけど、貸し切りの桜を見に出掛けるとか。
「お花見はもういいんだよ。今年は充分、堪能したから」
ぼくのシャングリラのお花見の方も、とソルジャーは空いていたソファに腰を下ろして。
「今日はね、ちょっと相談があって」
「「「相談?」」」
「うん。現段階では思い付きでしかないけどね」
上手く化ければ美味しい話になるかもしれない、と唇をペロリと。相談とやらは果たして真っ当な中身でしょうか?



イチゴとチーズが絶妙なハーモニーを奏でるケーキを食べ終わった後、ソルジャーはおかわりの紅茶を飲みながら。
「それも一種のアレなのかなあ…?」
「「「は?」」」
「ぶるぅが持ってるヤツのことだよ!」
「「「えっ?」」」
何だ、と見てみれば「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手に紅茶のポット。紅茶を飲んでいる人へのおかわり用で、たっぷりと入る大きなものです。
「ティーポットがどうかしたのかい?」
会長さんが尋ねると、ソルジャーは。
「相談事と重なるかもね、と思ったんだよ。少し似てるし」
「何に?」
「中からドロンと出て来るヤツに!」
「「「ドロン?」」」
どういう意味だか、サッパリ謎です。紅茶のポットから何がドロンと?
「えーっとね、いわゆる神様かな? ポットとは違うけど、魔法のランプ」
「ああ、あれね…」
会長さんが頷き、私たちも理解出来ました。中からランプの精が出て来るヤツでしょう。ティーポットとまるで似ていないこともありません。注ぎ口っぽいのもくっついてますし…。
「そういうランプっていうのもあればさ、壺もあるよね」
「「「壺?」」」
「そう、精霊が住んでいる壺!」
壺の中からドロンと出て来て魔法を使ってくれるのだ、と言われればそういう昔話や伝説の類は多いかも。ソルジャーまでが知っているとは驚きですが…。
「そりゃまあ、調べるとなればライブラリーには資料が豊富にあるってね! あれこれ調べて、壺がいいかなと思ったわけ。それが相談!」
「壺なんか何に使うんだい?」
会長さんの問いはもっとも、私たちだって知りたいです。
「魔法に決まっているだろう!」
ああいうモノにはきっとパワーが! と、ソルジャーは妙なことを言い出しましたが、魔法の壺でも欲しいんですか…?



「君の気持ちは分からないでもないけどねえ…」
魔法で願いを叶えたい気持ち、と会長さん。
「でもねえ、そうそう魔法の壺なんていうのは転がってないと思うけど?」
ぼくも出会ったことは無いし、とソルジャーよりも百年以上も長生きしている会長さんならではの重みがズッシリ。
「それにさ、君が住んでる世界。地球が一度は滅びたんだろう? そんな世界に魔法の壺なんか、どう考えても残っていないと思うんだけどね?」
「ぼくだってそれは分かっているよ。それに、欲しいのはそういう魔法の壺ではないし…」
「えっ? だけど魔法に使うって…」
「だから使うんだよ!」
魔法の壺を作りたいのだ、と飛び出した言葉は斜め上。ソルジャーのサイオンなら、魔法っぽく見える色々なことが出来るでしょうけど、マジックショーでもやりたいんですか?
「違うってば!」
見世物に使うわけじゃないんだから、とソルジャーは至極真面目な顔で。
「壺にしっかり漬け込むって調理法もあるよね、こっちの世界」
「それはまあ…。お漬物に壺はセットものだけど…」
でなければ樽、と会長さんが返しましたが、魔法の次はお漬物ですか?
「ぼくが思うに、壺にはパワーがあるんだよ。詰め込んでおけば能力アップで、精霊になったり、美味しいお漬物になったり!」
「「「能力アップ!?」」」
斬新すぎる解釈ですけど、魔法のランプや壺といったもの。中に入った精霊のパワーが壺でアップして願い事を叶える力がつくとか、可能性はゼロではありません。お漬物だって壺に入れなければ腐ってしまっておしまいですし…。
「ちょっといいかな、と思ったんだよ。壺に入れればパワーがアップ!」
「………何の?」
会長さんが訊き返すまでの「間」というもの。私たちも同じく取りたい気持ちで、何のパワーがアップするのか、知りたいような知りたくないような…。
「決まってるだろう、パワーがアップと言うからには! ぼくのハーレイ!」
パワーアップで目指せ絶倫! とソルジャーは高らかに言い放ちました。
「壺に詰めれば、きっとパワーが増すんだよ! そして夜にはガンガンと!」
疲れ知らずでヤリまくるのだ、と言ってますけど。壺に詰めるって、いったい何を…?



ソルジャーが持ち込んだ相談事。壺にはパワーがありそうだから、とキャプテンのパワーアップを希望で、詰めるだとかいう話なのですが。
「悪目立ちすると思うけど?」
ついでに退場! とレッドカードを会長さんが。
「あんな部分を壺に詰めたら、ズボンなんかは履けないってね。はい、退場!」
猥談はお断りなのだ、と突き付けられたレッドカードに、ソルジャーは。
「アレを詰めるとは言っていないよ、詰めたいものはハーレイそのもの!」
「「「ええっ!?」」」
まさかキャプテンを丸ごと詰めると? 壺の中に?
「それでこそだろう、魔法の壺! 中でじっくりとパワーアップで、毎日毎晩!」
要は首だけ出ていればいい、と凄い台詞が。
「食事さえ出来れば、その他のことはどうとでも…。脱出用ポッドの仕組みを応用しとけば、トイレとかだって解決するしね」
「そのサイズ、もう壺じゃないから!」
人間が入るようなサイズは壺とは言わない、と会長さんの論点も何処かズレていましたが、あまりの展開に正気を失ったのであろう、と容易に想像がつく事態です。けれどソルジャーはそうは考えなかったらしく。
「…壺にはサイズがあるのかい?」
「どの大きさまでを壺と呼ぶか、って定義みたいなのがあるんだよ!」
「ふうん…? じゃあ、ハーレイが首まで入りそうなサイズの壺だと何と呼ぶわけ?」
「それは甕だね」
まあ聞きたまえ、と会長さんは私たちをも見回して。
「より正確に定義するなら、甕と壺とは形状の違いなんだけど…。一般的にはデカすぎる壺も甕と呼ぶわけで、君が言うような巨大な壺だと甕になるねえ…」
「亀なのかい?」
「そう、甕だけど?」
「凄いじゃないか!」
亀だなんて、とソルジャーは何故か感激で。
「作るしかないね、ハーレイを入れるための壺! これは絶対、パワーがアップ!」
亀なんだから、と大喜びで壺を作ろうとしているソルジャー。甕と言われて何故そうなるのか、私たち、全然分かりませんが…?



「え、だって。亀なんだろう?」
巨大な壺は、とソルジャーは嬉しそうな顔。
「其処からハーレイの頭が出てたら、もうそれだけで最高だってば!」
「甕は元々、棺桶だよ?」
会長さんが苦々しげに言って、ソルジャーが。
「棺桶だって?」
「そうだけど? 甕棺という名前もあってね、デカイものだから棺桶に使う。ずうっと昔の遺跡を掘ったらゴロンゴロンとそういう類の甕が出るけど?」
「棺桶だったら、それは天国への片道切符というヤツだよね!」
それに入れば天国に向かって旅立つわけだ、という説はまるで間違いではないでしょう。甕棺を作っていたような時代の人たちが天国という言葉を知っていたかはともかく、それに等しい世界に送り込むべく甕棺に詰めていたわけで…。
「まあ、天国へ行くための乗り物と言えば乗り物なのかも…」
「素敵じゃないか! 入ればもれなく天国へ! 天国、すなわち絶頂ってね!」
夫婦の時間は絶頂を極めてなんぼなのだ、とソルジャーの口調はますます熱く。
「亀の口からハーレイの頭が出ている上に、その亀は天国への旅立ちが確約されてる切符なんだよ! もう絶対に作るしかないよ、その亀を!」
「片道切符の件は分かった。でも、なんだって甕にそんなに憧れるわけ?」
「亀だけだったら特に憧れはしないけど…。頭だけが出てるって所かな、うん」
其処が素晴らしいポイントなのだ、とソルジャーの瞳がキラキラと。
「だってさ、亀から頭だよ? 亀の頭で分からないかな?」
「甕の頭は穴がポカンと開いてるだけだと思うけどねえ? 物を入れるための」
それこそ水から死体まで、と会長さんが言い、私たちも同じことしか思い付きません。水甕だとか、甕棺だとか。どれも頭と呼ぶべき部分は開口部。其処から水だの死体だのを中に突っ込むだけのものだと思うんですけど…。
「そりゃ、穴だって開いてるけどさ…。モノを入れるための」
君もずいぶんハッキリ言うねえ、とソルジャーは会長さんの顔をまじまじと。
「さっきから持ってる、そのレッドカード。自分に出さなくていいのかい?」
「なんでレッドカード?」
「君の発言も猥褻だから!」
自分に出すべき、という指摘ですが。会長さんの発言の何処が猥褻だと…?



甕と甕棺について話をしていた会長さん。何処にもヤバそうな台詞などは無く、猥褻な単語も出ていません。なのにソルジャーはレッドカードが必要だと言い、会長さんの手から引っ手繰りそうな勢いで。
「君の決め台詞を借りていいかな、退場ってヤツ。それと、レッドカード!」
「どうしてぼくにレッドカードが!」
「ぼくよりもずっと酷いレベルの発言だから!」
猥褻なんてレベルじゃなくてズバリそのもの、と会長さんに指を突き付けるソルジャー。
「ぼくは亀の頭だとしか言ってないのに、穴だの、モノを入れるだなどと…!」
「甕の頭はそういうものだよ! 物を入れなきゃいけないんだから!」
「また言ってるし!」
もっと控えめに発言すべし、とソルジャーは眉をひそめながら。
「日頃、退場と連発している君の台詞とも思えないよ。穴だなんてハッキリ言っちゃう代わりに、せめて、こう…。発射口とか、銃口だとか、比喩ってヤツは無いのかい?」
「…発射口?」
なんで甕から、と会長さんの目が真ん丸になって、私たちも頭に『?』マークが。銃口の方も理解不能です。甕を使ったバズーカ砲でもありましたっけ? でなきゃロケットランチャーだとか…。
「発射口だよ、控えめに表現するならね」
それが相応しい言い方なのだ、とソルジャーはフウと溜息を。
「なんだって、ぼくが君にこういう指導をしなくちゃいけないんだか…。モノを入れるって方にしたって、もうちょっと…。弾けるだとか、もっとソフトな言い方が…」
「弾ける?」
「昇り詰めるでもいいんだけどね」
要は絶頂、その瞬間に迸るモノ、とソルジャーの口からアヤシイ言葉が。
「絶頂だって!?」
何処からそういうことになるのだ、と会長さんが眉を吊り上げれば。
「何度も自分で言っていたくせに…。亀の頭には穴が開いてて、其処からモノを入れるって! モノって言ったら、普通はそのものを指すんだろうけど、君が言うのはアソコから発射される白い液体の方だろう?」
「ちょ、ちょっと…!」
それは…、と会長さんの声が引っくり返りましたが。私たちも目が点になってしまいましたが、甕の話がどうしてそういう方向へ…?



シャングリラ学園特別生の私たちは、永遠の高校一年生。精神も身体も成長しないため、万年十八歳未満お断りと呼ばれる状態です。とはいえ、キャプテンとの熱い関係に燃えるソルジャーのせいで余計な知識も叩き込まれて、白い液体くらいは理解が可能で。
「どうすれば甕がそんなコトに!」
会長さんがソルジャーを怒鳴り付け、私たちも揃って頭をコクコクと。甕と言ったら水甕に甕棺、どう考えても保健体育の授業の世界とは別物の筈。けれど…。
「亀だから!」
君もハッキリ自分で言った、とソルジャーは譲りませんでした。
「亀の頭には穴があるとも、其処からモノを入れるんだ、とも!」
レッドカード並みの発言だった、とソルジャーの勢いは立て板に水で。
「普段の君ならまず言わないのに、今日はずいぶん大胆だな、と…。これも壺ってヤツのパワーの内かと、ぼくは感激してるんだけど! 何と言っても亀だしね!」
亀の頭は素晴らしいから、とソルジャー、ベタ褒め。
「アレが無ければ夫婦の時間は成り立たないし! ぼくのハーレイのは特に立派で!」
身体に見合ったサイズなのだ、と何かを自慢しているようですが、亀の頭って…?
「ブルーも自分でレッドカード並みの喋りを披露しちゃったことだし、ぼくもズバリと言っちゃおうかな? アレの先っぽ、亀の頭にそっくりなんだよ! その名も亀頭と!」
「「「…祈祷?」」」
今度は御利益ならぬ祈祷か、と思った途端に、会長さんが。
「退場!!」
ソルジャーに向かって投げ付けられたレッドカードと「退場!」の言葉。するとソルジャーが言った御祈祷とやらはヤバイ言葉の一種でしょうか?
「キトウ違いだよ、説明する気は無いけれど!」
知らなくっても全然問題無いんだけれど、と会長さんは肩で息をしながら、ソルジャーに。
「君がどういう勘違いをしたかは、よく分かった! 亀じゃないから!」
「えっ?」
「君が期待した亀っていうのは動物の方の亀だろう? カメが違うから!」
ぼくが言う甕はこういうもので、と会長さんは紙を持って来て、ペンでデカデカと「甕」の一文字を書き殴りました。
「大きな壺を意味する甕は、こう! 亀じゃなくって!」
そして頭は甕の口であって壺の口だ、と壺の絵までが。何故に動物の亀の方だとソルジャーが喜び、亀の頭が何だったのかは私たちには意味不明ですが…。



「うーん…」
カメ違いか、とソルジャーは「甕」の一文字と絵とを眺めて残念そうに。
「いい感じだと思ったんだけどねえ、カメから突き出すハーレイの頭…」
「これを動物の亀と繋げる発想の方が変だから!」
勝手に一人でガッカリしてろ、と会長さんは言ったのですけど。
「ううん、これも御縁の内ってね! カメ違いでも!」
甕から突き出す頭も素敵なものだと思っておこう、と開き直ってしまったソルジャー。
「ぼくが亀だと思っていたなら、それはいわゆる語呂合わせ! 甕でも亀って!」
そして突き出す頭は亀頭そのもの、と再び飛び出す御祈祷とやら。
「ぼくのハーレイにはそう言っておくよ、大きな壺から頭だけ出せば亀頭だと! もうそれだけで漲るだろうし、壺に入ればパワーは絶倫!」
相談に来た甲斐があった、とソルジャーは笑顔全開で。
「こうなったら、是非、作らなきゃ! ハーレイを入れるための壺!」
亀頭な上に、天国への片道切符の甕棺パワーも付いて来るし、とやる気満々、作る気満々。
「…本気なのかい?」
会長さんが恐る恐る訊けば、「もちろんさ!」と即答で。
「ぼくのシャングリラには、ぶるぅのための土鍋制作のノウハウってヤツがあるからねえ…。脱出用ポッドの応用でこういう壺を作れ、と言えば作れる!」
「で、でも…。それに君のハーレイを詰めちゃったら…」
キャプテン不在になるのでは…、と会長さん。
「まさかその壺に入ったままでブリッジに出たりは出来ないだろう?」
「あっ、そうか…」
それもそうか、とソルジャーは考え込みました。
「ぼくとハーレイとの仲はバレバレだし、その格好でブリッジに出ても誰も何とも思わないけど…。ハーレイは未だにバレていないと頭から思い込んでる状態だっけ…」
ついでに見られていると意気消沈でもあるのだった、と微妙にヘタレなキャプテンへの嘆きも飛び出して来て。
「…絶倫パワーを溜め込むために壺に入っているんです、って姿でブリッジには出られないかな、あのハーレイだと…」
だけど壺のパワーも捨て難いのだ、とブツブツブツ。キャプテンが壺に入れないなら、その案、サックリ廃棄すべきだと思いますけどねえ?



キャプテンのパワーをアップさせるために壺だと思ったらしいソルジャー。大型の壺を指す甕と亀とを勘違いして、実に素敵なアイテムなのだと喜んだまではいいのですけど、キャプテンを壺に入れること自体が難しいようで。
「困ったなあ…。壺は絶対、使える筈だと思うんだけど…」
「無理、無茶、無駄の三拍子だよ、それ」
作ったって使えやしないから、と会長さんがキツイ台詞を。
「そもそも、効くかどうかも分からないのに、君のハーレイが黙って壺に入るとでも? たとえ休暇を取っていたって、妙な実験には付き合わないだろうね」
確実に効くと言うんだったら入るってこともあるだろうけど…、と鋭い突っ込み。
「入れば絶倫間違いなし、って証拠も無いのに、壺なんかに入る馬鹿はいないよ」
「…それもそうかもしれないねえ…」
でも捨て難い、と壺を諦め切れないソルジャー。
「壺とだけ思っていた段階なら、諦めることも出来たんだけど…。君が甕だなんて言い出しちゃったし、亀の頭と天国行きの片道切符がどうにも諦められないんだよ!」
「諦めたまえ!」
不可能なことにしがみ付くな、と会長さんは突っぱねましたが、ソルジャーは尚もブツブツと。
「でもさあ…。亀の頭で、天国に向かってまっしぐら…」
「君のハーレイの協力ってヤツが望めない段階で絶望的だろ!」
「そうなんだけど…」
でも、とソルジャーは未練たらたら。
「…せめて効くというデータが取れれば…。これは効くんです、ってデータさえあれば…」
「ぼくは協力しないからね!」
其処の連中も頼むだけ無駄、と会長さんが私たちの方をチラリと。
「万年十八歳未満お断りのを甕に詰めても、君が望むデータは得られないから! どっちかと言えば拷問の方になっちゃうから!」
「拷問だって?」
「そのものっていうわけじゃないけど、甕に詰めて飼っておくっていう恐ろしい拷問があったんだよ! ずっと昔に、中華料理の生まれた国で!」
手足を切り落とした人間を甕に突っ込み、首だけを出して飼っていたのだ、と聞いて震え上がった私たち。ソルジャーの実験に付き合わされたら、まさにソレです。手足はちゃんとくっついていても、自由ってヤツが無いんですから~!



詰められたくない、特大の甕。首だけを出して詰められる甕。それに似た拷問があったと聞いたら、もう絶対にお断りです。どんなに御馳走三昧であっても、甕に詰まって暮らすだなんて…。
「俺は断らせて貰うからな」
キース君が一番に逃げを打ちました。
「これでも元老寺の副住職をやってるんだし、朝晩のお勤めをしなくてはならん。壺から頭しか出ていないのでは、御本尊様に失礼すぎる。それに親父にも怒鳴られるしな」
あの親父なら壺を割るぞ、と駄目押しが。
「俺の親父が大切な壺を叩き割ってもかまわないなら、其処は相談に応じるが…」
「それは困るよ、壺は大事にして貰わないと!」
君は外す、とソルジャーがキース君を除外したから大変です。男の子たちは我も我もと外されるべく理由を捻り出し、スウェナちゃんと私は元から対象外だけに…。
「…実験台が誰も残っていないんだけど!」
ソルジャーが呻き、会長さんが「ほらね」と冷たい一言。
「壺は諦めるように何度も言ったろ、最初から役に立たないアイデアなんだよ」
「だけど! 壺のパワーも甕のパワーも捨て難いんだよ!」
試すくらいはやってみたい、とゴネまくっていたソルジャーですが。
「…そうだ。一人いるじゃないか、使えそうなのが」
「ぶるぅは駄目だよ!?」
会長さんが止めに入ると、ソルジャーも「当たり前だろ」と。
「こんな子供を詰めてみたって、キースたち以上にロクなデータが取れやしないよ。第一、ぶるぅじゃ甕じゃなくって壺になるんじゃないのかい?」
「その辺は…。甕の定義で言う形の方かな、サイズじゃなくて。赤ん坊を入れたヤツでも、甕棺は一応、甕棺なんだよ」
壺棺ではなくて甕棺なのだ、と会長さんの説明が。
「だからね、ぶるぅサイズで壺を作っても甕だという主張は充分に通る。君のぶるぅを詰めてみるのもいいんじゃないかな、子供ではあるけど、おませだから!」
詰めるんだったらそっちがお勧め、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を庇っています。確かに「ぶるぅ」は悪くない実験対象でしょう。大人の時間の覗き見が好きだと聞いていますし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」よりかはマシなデータが取れそうです。けれど…。
「誰がぶるぅを詰めると言った?」
壺は最初から大人サイズで! とソルジャーの声が。じゃあ、使えそうな一人って…?



「壺はハーレイのサイズに合わせて作るんだよ」
でないと二度手間になるからね、とソルジャーは壺作りの過程を語りました。まずはキャプテンの身体のデータに合わせて原型作り。それから脱出用ポッドの技術を応用、入ったままでもトイレに困らないように。
「生理現象だけは如何ともしようがないからねえ…。これは必須で」
「ふうん…。その点は拷問とは全く違うようだね」
あっちの方は垂れ流しで…、と会長さんが話す例の拷問。手足を切り落として甕に突っ込むヤツですけれども、恐ろしいことに。
「アレはね、死なないようにちゃんと手当てをしてあったってね」
「「「えぇっ!?」」」
「死んでしまったら意味が無いだろ、死刑にするのと大差無いから。甕の中では垂れ流しなんだよ、手足を切ってそのまま入れたら其処から腐って直ぐ死ぬじゃないか」
「「「じゃ、じゃあ…」」」
いったい何をしてあったのだ、と顔を見合わせてガクガクブルブル。会長さんは平然として。
「さあねえ、傷口を焼いたか何かじゃないのかな? 焼いたら止血と消毒になるし…。でもって、甕の中にはお酒がたっぷり、アルコールで常に消毒なわけ!」
垂れ流したってこれで万全、と聞かされたら震え上がるしか…。でもまあ、ソルジャーがキャプテン用に作ろうとしている壺だか甕だかは、そういう心配は無いわけで。
「それはもう! ハーレイには快適に過ごして貰わないとね!」
ぶるぅの土鍋の技術をフルに活用しよう、とソルジャーは胸を張りました。
「あの土鍋は冷暖房完備になっているから、壺も同じで冷暖房完備! そしてトイレも快適に! 後は美味しい食事を運んで、絶倫のパワーを溜め込ませる、と!」
亀の頭に食事をさせるだけでも嬉しくなってくるよ、と艶やかな笑みが。
「ぼくが手ずから食事を運んで、食べさせて…。そうする間にも身体の方は壺のパワーを吸収中! 天国行きの片道切符でググンと漲る下半身!」
そうして壺から出て来た時には…、とウットリと。
「これでもかっていう勢いで押し倒されてさ、ぼくと一緒に天国へ! もう何回でも昇り詰めちゃって、ひたすら絶頂、ヌカロクどころか機関銃並み!」
夜を徹してヤリまくるのだ、と言ってますけど、その前に実験するんですよね? 使えそうなのが一人いるとか聞きましたけれど、それはいったい…?



「壺がハーレイのサイズな以上は、実験台だって限られるだろ?」
あれだけの巨体はそうそういない、とソルジャー、ニッコリ。
「巨体に見合った大きさのアレで亀頭なんだよ、それに張り合える人物といえば!」
一人しかいない筈なんだけど、とソルジャーの視線が向けられた方向。その方角には…。
「「「教頭先生!?」」」
お住まいはあちらの方向です。まさか、と口から飛び出した名前に、ソルジャーは。
「ピンポーン!」
よく出来ました、と拍手までが。ほ、本当に教頭先生を壺に入れるんですか?
「仕方ないじゃないか、他に適役がいないんだから…。それに身体的な構造、ぼくのハーレイとは瓜二つってね!」
少々ヘタレが過ぎるけれども…、と詰りながらも、教頭先生を使うつもりでいるソルジャー。
「ヘタレ過ぎてて童貞一直線ではあるけど、アソコは充分、大人だしね? 壺でパワーが漲るかどうか、実験するには最適だってば!」
「で、でも…。ハーレイにだって仕事はあるし!」
会長さんが叫びました。
「壺に入って授業なんかは出来やしないし、そんな実験、無理だから!」
「休んで貰えばいいじゃないか!」
休暇はぼくのハーレイよりも取りやすい筈、と負けてはいないソルジャー。
「ぼくのハーレイだと、シャングリラの安全だの何だのと制約が多いけれども、こっちのハーレイ、自分の都合で休みを取っても誰かに危険が及ぶってわけじゃないからね!」
現にギックリ腰で休んでたことも…、と掘り返された教頭先生の過去。ソルジャーが泊まり込みで世話をしていたケースもありましたっけね、ギックリ腰…。
「ほらね、仮病で休めるんだよ。それに限るってば!」
壺が出来たら休んで貰おう、とソルジャーは一方的に話を進めて。
「今から作ればゴールデンウィークに間に合うかも…。あそこだったら特に休暇を取らなくっても、連休なんかもあるんだよねえ?」
「ま、まあ…。そうなんだけど…」
会長さんが返すと、ソルジャーも壁のカレンダーを睨みながら。
「よし! 目標はゴールデンウィークってことで!」
壺のパワーで天国行きの片道切符だ、と燃え上がっているソルジャーの闘志。壺を作るのはソルジャーの世界のシャングリラで暮らす人たちですけど、ゴールデンウィークに向けてキャプテンを詰め込めるサイズの壺を開発ですか…?



特別製の壺だか甕だか、甕棺だか。それを作らせる、と豪語したソルジャーが意気揚々と帰って行ってから、何日くらい経ったのでしょうか。ゴールデンウィークは何処へ行こうか、と相談していた私たちの前にソルジャーが降って湧きました。
「こんにちはーっ!」
明日から楽しい連休だねえ、という台詞どおりに、ゴールデンウィーク、実は明日から。遊びに行くならもっと早くから計画しろ、と言われそうですが、私たちには会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞬間移動という移動手段の裏技が。宿泊先だってマツカ君の別荘を使えば幾らでも。
「今年は何処へ出掛けるのかな? まだ決まってない?」
どうなのかな、と畳み掛けて来るソルジャーは紫のマントの正装です。私たちの方も制服ですけど、場所だけは会長さんの家。ゆっくり相談しなくては、と放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋から瞬間移動でやって来たわけで。
「何処へ行くとも決めてないけど、君は人数に入ってないから!」
会長さんが釘を刺しましたが、ソルジャーは「お気になさらず」と微笑んで。
「ぼくは忙しいから、遊びに行くどころじゃないんだよ、うん」
「「「はあ?」」」
遊びに行かないなら、何故に今頃、と誰もが怪訝そうな顔。おやつタイムは終わりましたし、夕食だって今夜は「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製カレーが食べ放題だというだけです。グリーンカレーなんていう変わり種だってありますけれども、たかがカレーが三種類ですよ?
「ぼくはカレーを食べに来たわけじゃないからね!」
今日は報告に来ただけで…、という話ですけど、何の報告?
「もう忘れたわけ? あれほど相談に乗って貰ったのに!」
「「「そ、相談…」」」
それで一気に蘇った記憶。壺だか甕だか、甕棺だか。教頭先生を詰める予定の巨大な壺がソルジャーの世界のシャングリラで作られていたのだった、と思い出して青ざめる私たち。
「も、もしかして、完成したわけ…?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは「ついさっきね!」と威張り返って。
「モノがモノだし、作らせた記憶とか、制作中のデータとか…。そういうのを消すのに少し時間がかかったけれども、壺は立派に出来たんだよ!」
こんな感じで、とドドーン! と空間移動をして来た壺。「そるじゃぁ・ぶるぅ」お気に入りの土鍋みたいに艶やかですけど、これに教頭先生を…?



「優れものなんだよ、この壺は!」
中に入ればぴったりフィット、とソルジャーは自慢し始めました。脱出用ポッドの応用なだけに、トイレにもちゃんと対応済み。しかも…。
「トイレついでに、健康チェックもしてくれるんだ! アソコが漲っているかどうか!」
「「「………」」」
そんなモノを測ってどうするのだ、と言いたい気分でしたが、元々が絶倫パワーを溜め込む目的で作られた壺。充分にパワーを溜め込んでから出て、ヤリまくるための壺だか甕だか。
「ね、凄いだろう? 早速、これにハーレイをね!」
一緒に来てよ、と言われたかと思うとパアアッと迸る青いサイオン。逃げる暇も無く皆が巻き込まれ、身体がフワリと浮き上がって。
「「「ひいぃーーーっ!!!」」」
助けて、と悲鳴を上げた時にはドサリと床に落ちていました。お馴染みの教頭先生の家のリビング、夕食前の寛ぎのひと時だったらしい教頭先生もソファで大きく仰け反っておられ…。
「な、なんだ!?」
「こんにちは!」
ソルジャーが爽やかな声で挨拶を。
「ちょっと訊きたいんだけど、君はゴールデンウィーク、暇かな?」
「は、はあ…。お恥ずかしい話なのですが…」
寂しい独身男でして、と予定が全く無いことを白状なさった教頭先生に、ソルジャーは「ちょうど良かった」とニコニコと。
「それじゃ、ぼくに付き合ってくれないかな? ゴールデンウィークの間だけでいいから」
「…お付き合い……ですか…?」
「そう! ぼくが毎日、食事を届けに来るからさ。それを美味しく食べてくれれば…」
「食事…?」
それはデートのお誘いでしょうか、と教頭先生の頬が染まって、ソルジャーが「うん」と。
「ぼくが食べさせてあげるから! どうかな、ぼくの手から「あ~ん♪」と三食!」
「で、ですが、ブルーが…。わ、私の相手はブルーだけだと…」
「食事だけだよ、食べてくれるだけでいいんだよ!」
それだけでぼくは満足だから、とソルジャーに笑みを向けられた教頭先生、ポーッとなってしまわれたらしく…。



「じゃあ、此処と、此処と…。此処にもサインを」
ソルジャーが差し出す同意書なるものは、壺に詰められてもかまわないという実験に纏わる代物でしたが、教頭先生はロクに読みもせずにサインをサラサラと。もちろん、結果は…。
「こ、これに入れと仰るのですか!?」
リビングに瞬間移動で現れた壺。黒光りする巨大な壺だか、甕だか。
「大丈夫! 別に手足を切り落とさなくても、瞬間移動で入れてあげるから!」
はい、一瞬! とキラリと青いサイオンが光り、教頭先生は壺の中へと移動完了。首だけが出ている状態となって、アタフタと慌てておられるようですけども。
「心配ないって、トイレとかは壺が自動で対応するしね! ついでに君の息子の健康状態もチェックするんだよ。漲ってるかどうか!」
「…み、漲る…?」
訊き返した教頭先生に向かって、ソルジャーは。
「その壺、絶倫パワーを溜め込む効果を狙っていてねえ…。実験のために君に協力をお願いします、って書いてあったのがさっきの書類! ちゃんとサインをしてくれたよね?」
「…で、では、食事にお付き合いするというのは…」
「この状態の君は自分じゃ食べられないだろ? だから三食、ぼくがお世話を!」
パワーのつく食事を持ってくるよ、と極上の笑顔。
「今日の夕食から用意してあるんだ、まずはスッポン鍋を美味しく!」
パルテノンでも指折りの店で用意させた鍋、とソルジャーが宙に取り出した土鍋はまだグツグツと煮えていました。其処からソルジャーがスプーンで掬って、フウフウと息を吹きかけて。
「はい、あ~ん♪」
「…お、恐れ入ります…」
恐縮しつつも、教頭先生、スッポン鍋を掬ったスプーンをパクリと。一口食べれば、後は度胸がついたらしくて、それは嬉しそうにソルジャーの手から。
「あ~ん♪」
「…ありがとうございます…」
美味しいです、と壺に詰められて身動きが取れない状態のくせに首から上はまさに天国、ソルジャーの方も手にした計器を見ながら満足そうで。
「うんうん、順調に漲ってるねえ…」
やっぱり壺のパワーは凄い、と言ってますけど。あの壺、本当に効きますか…?



ゴールデンウィーク、結局、マツカ君の別荘の一つで過ごした私たちですが。毎日毎晩、ソルジャーが来ては、例の壺だか甕だかのパワーを熱烈に報告しまくって。
「最高なんだよ、あの壺は! まさに魔法の壺!」
もうハーレイは漲りまくり、と計測データを披露する日々。最終日には壺から出された教頭先生の大事な部分はビンビンのガンガンとやらで、ついつい手が出てしまったそうで。
「ちょっと御奉仕したくなってね、ファスナーを下ろしたんだけど…」
「退場!!」
会長さんがレッドカードを突き付け、ソルジャーは。
「それは必要無いってば! ハーレイ、鼻血でぶっ倒れたから!」
ぼくが食べる前に、と深い溜息。
「本当に美味しそうだったのに…。でも、実験はこれで完璧! 後はぼくのハーレイを詰めて、絶倫パワーを高めれば!」
「その件だけどさ…。こっちのハーレイ、童貞一直線だしね? 君のハーレイにも壺が効くとは限らないんだよ、言わせて貰えば」
こっちのハーレイは色々な意味で規格外で…、という会長さんの話をソルジャーは聞きもしないで壺を抱えて帰ってしまって、一週間後。
「…萎えちゃったって?」
当然だろうね、と冷たく微笑む会長さん。ソルジャーは泣きの涙で座り込んでいて。
「ちゃんと計測してたんだけど…。途中まではグングン漲ってたから、まだいけると!」
「欲張るからだよ、非日常ってシチュエーションで上がってた間に出すべきだったね」
「…反省してるよ…。うんと反省してるんだけど…!」
ぼくの世界のノルディが言うには復活までには暫くかかりそうなのだ、と嘆くソルジャーによれば、キャプテンに下された診断は我慢しすぎとストレスによる一時的なED、いわゆる不能。天国までの片道切符どころか、当分は天国に行けもしないようで…。
「壺のパワーは絶対凄いと思ったのにーっ!!!」
亀の頭で甕棺で凄い筈だったのに、と響くソルジャーの嘆き節。例の壺は「ぶるぅ」が悪戯に使おうと持って行ったらしく、キャプテンは再び詰められるかもしれません。もしも詰められたら、結果は吉か、はたまた凶か。魔法の壺なんて出来やしないと思うんですけど、出来たら最高?





             壺でパワーを・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 壺にはパワーがあるんだ、というソルジャーの思い込み。挙句に暴走。
 閉じ込められた教頭先生の方はともかく、キャプテンには、とんだ災難でした…。
 次回は 「第3月曜」 3月18日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、2月は、毎年恒例の節分イベント。七福神巡りですけれど…。
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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




シャングリラ学園の新年恒例行事も終わって、今日からのんびり。しかも金曜、明日から土日とお休みになるという嬉しい日です。放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ直行、みんなでのんびりティータイムで。
「暫くはゆっくり出来そうだよね!」
三学期は何かと忙しいけど、とジョミー君。三学期には入試もありますし、卒業式も。どちらも私たちが忙しくなるイベントです。入試の時には会長さんが合格グッズを販売しますから、そっち絡みで色々と。卒業式には校長先生の像を変身させるお仕事が。
「そうだな、とりあえず入試の前までは暇だろうな」
そこから先は怒涛の日々だが、とキース君が合掌を。
「入試が済んだらバレンタインデーで、その辺りも荒れる時には荒れるからなあ…」
「「「シーッ!!!」」」
言っては駄目だ、と唇に人差し指を当てた私たち。バレンタインデーが荒れる原因、会長さんのことも多いですけど、圧倒的に…。
「そうだった。言霊というのがあるんだったな」
すまん、とキース君は謝りましたが。
「こんにちはーっ!」
「「「!!?」」」
時すでに遅しとは、このことでしょうか。振り返った先に紫のマント、会長さんのそっくりさんが出て来ちゃったではありませんか…。



「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
おやつ食べるよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今日のおやつはホワイトチョコとオレンジのチーズケーキです。オレンジの甘煮にホワイトチョコたっぷり、ソルジャーが断るわけもなく。
「食べる! それと紅茶も!」
「オッケー!」
ソルジャーは空いていたソファに腰掛け、ササッと出されたケーキと紅茶。はてさて、言霊とやらで出て来たものか、それともおやつがお目当てなのか、と見守っていれば。
「えーっと…。工作はシロエが得意だったっけ?」
「「「工作?」」」
「うん。破壊工作とかそんなのじゃなくて、こう、なんて言うか…。造形とか?」
毎年、卒業式には頑張ってるよね、と言い出すソルジャー。校長先生の大きな銅像を変身させている件らしいです。あれは工作と言うよりは…。
「ぼくのは注文制作ですよ?」
会長の案に従って設計図を書いて作ってますが、とシロエ君。
「それに工作じゃなくて、もはや一種の機械の制作ですね。目からビームと花火の打ち上げは基本装備ですし、場合によっては何段階かに変形することもありますから」
「言われてみれば…。だったら、土を捻るのとは違うのかな?」
「「「はあ?」」」
土を捻るって言いましたか? それって、お茶椀とか壺とかを作るって意味?
「そう、それ! こっちの世界じゃ土を捻るって言うんだってね、粘土細工を」
「「「粘土細工…」」」
身も蓋も無い言われよう。もう少しマシな表現方法は無いのでしょうか。土を捻るなどと言ったからには、せめて焼き物とか…。
「だけど、粘土細工で合ってるだろう? 粘土なんだしさ」
「それだと幼稚園児がやってることと変わらないんだよ!」
粘土遊びは基本の内だ、と会長さんが。
「卒園記念に粘土をこねて像を作って置いて行くとか、普通にやるしね」
「なるほど…。幼稚園児でも出来るレベル、と」
「粘土をこねるだけだったらね」
その先は果てしなく深い世界だ、と会長さんは言ってますけど。ソルジャーは何故に工作だの土を捻るだなどと…?



「ああ、それね!」
そういうものだと教わったから、とソルジャーは座り直しました。
「今日はノルディとランチだったんだ。その後に会議が入っていたから、いつもの服に戻っちゃったけどさ」
「君は会議が控えてる時もノルディとランチに行くのかい!?」
「誘われればね!」
実は思念のホットラインが、と初めて聞かされた恐ろしい話。思念のホットラインって…?
「え、それは…。君たちがぼくの世界へ思念を送るのはまず無理だろう?」
「最初からやろうと思いませんが!」
用も無いですし、とシロエ君が一刀両断。ソルジャーは「そうだろうねえ…」と頷いて。
「だけどノルディはそうじゃない。ぼくを誘いたいタイミングもあるし」
美味しい店を見付けた時とか、暇な時とか…、と言われれば、そうかも。
「そんな時にね、ぼくが覗き見をしてればいいけど、していなければ通じないだろう?」
「通じないだろうね」
ノルディの思念もその程度、と会長さん。
「それで、ホットラインがどうしたって?」
「せっかくのお誘いを無駄にしたくはないからねえ…。こう、シャングリラ全体に思念を張り巡らせるのと同じ要領で! ノルディとぼくとの間に一本、思念の糸が!」
「「「ええっ!?」」」
流石の食い意地、ランチやディナーのためにそこまで…。
「いけないかい? その糸を伝って思念が来るわけ、出掛けませんか、と!」
「「「うわー…」」」
恐るべし、思念のホットライン。別の世界との糸電話か、と恐れ入っていれば。
「そんなトコかな。とにかく、今日もお誘いがあって、素敵なお店に行ったんだけれど…」
「其処で素晴らしい食器でも出て来たのかい?」
でなければ床の間に国宝級の焼き物が飾ってあったとか…、と会長さんが尋ねると。
「床の間じゃなくて、玄関だったね。それと入口」
「「「入口?」」」
玄関はともかく、料亭の入口。そんな所に国宝級の焼き物なんかを置くでしょうか? いくら高級料亭が並ぶパルテノンでも酔客はいます。入口じゃ酔っ払いに割られてしまっておしまいってことになりませんか…?



「それはまた…。えらく剛毅なお店だねえ…」
会長さんも同じことを考えたようなのですが、ソルジャーの方は。
「そうかなあ? 何処もけっこう置いているけど?」
「そうなのかい? これでも店には詳しいつもりだったんだけどなあ…」
「見落としてるんじゃないのかい? サイズの方も色々だしね」
「サイズ?」
なんのサイズ、と会長さん。
「その焼き物には何か統一規格でも? 最近始めた企画か何か?」
雛祭りにはちょっと早すぎだけど、と会長さんは首を捻りながら。
「店の自慢の工芸品とかを店先に飾ることはあるしね…。揃いの灯篭を置いてみるとか、そんなイベントも無いことはない。そっち系かな、焼き物の灯篭もあるからね」
「うーん…。中身は多分、空洞だろうけど…」
「灯篭かい?」
「灯篭って明かりが灯るヤツだよね? そういう風にはなっていないよ」
置いてあるだけ、という答え。店の入口にドンと置かれていて、店によっては隣に盛り塩。
「あの盛り塩ってヤツも、何だか分かっちゃいなかったけど…。商売繁盛なんだってね?」
「正確に言うなら、お客さんを呼ぶためのものだよ」
プラス魔除けも兼ねているかな、と会長さんの解説が。遥か昔に中華料理の国で始まったらしい盛り塩なるもの。後宮、いわゆるハーレムに向かう皇帝のために置かれたそうで。
「なにしろ皇帝のハーレムだしねえ、女性の数も半端じゃなくて…。何処へ行こうか、皇帝の方でも悩んじゃうから、羊にお任せっていうことになった」
「「「羊?」」」
「牛って説もあるけどね。とにかく自分が乗ってる車を引く動物にお任せなわけ。それが止まった所に行こう、というわけさ。それで迎える女性の方が編み出したアイデアが盛り塩なんだよ」
動物は塩を舐めたがるもの。野生の鹿などが山の中で塩を含んだ場所に集まるというほどらしくて、盛り塩に惹かれた羊だか牛だかは其処でストップ、女性は見事に皇帝をゲット。
「そういう故事に因んで、盛り塩。それと清めの塩を兼ねてて、魔除けだね」
「ふうん…。そうなると盛り塩も侮れないねえ、由来はハーレムだったのかあ…」
魅力的だ、とソルジャーの瞳が輝いてますが。盛り塩の由来がハーレムと聞いて喜ぶようなソルジャーが目を留めた焼き物とやらは、いったいどういう代物でしょう?



「んーと…。盛り塩がそういう由来だとすると、あの入口の焼き物の方もやっぱり…」
「「「は?」」」
料亭の入口にはけっこう置かれていると聞いた焼き物。中が空洞らしい焼き物、何か由緒がありそうだとか…?
「ノルディが言うには、あれも商売繁盛なんだよ! しかもデカイし!」
「えっ? さっきサイズは色々だ、って…」
君が言った、と会長さんが問い返せば。
「そうだよ、焼き物のサイズは色々。だけど形はほぼ共通でさ、それは素晴らしい特徴が!」
「どんな特徴?」
「デカイんだよ!」
とにかくデカイ、とソルジャーは両手を広げてみせて。
「ノルディの話じゃ八畳敷って言ったかなあ…。それくらいはあると言うらしくって!」
「何が?」
「その焼き物の袋のサイズ!」
それが八畳、と言われても何のことやらサッパリ。顔を見合わせた私たちですが、ソルジャーは。
「分からないかな、見たこと無いとか? こう、店の入口にタヌキの焼き物!」
「「「タヌキ!?」」」
アレか、と誰もが思い出しました。高級料亭に限らなくても、いえ、どちらかと言えばむしろ普通のお店の方が高確率で置いているタヌキ。ユーモラスな顔のタヌキの焼き物、笠を被って徳利を提げて、お通い帳を持ったタヌキの置物…。
「分かってくれた? アレのアソコが凄くデカイね、とノルディに言ったら八畳敷だと!」
その上で宴会が出来るほどだと教えてくれた、と凄い話が。タヌキの置物でデカイ所で、ソルジャーが目を付けそうな部分はアソコ以外にありません。ちょっと言いたくない、下半身。
「そう、それ、それ! 金袋って言うんだってね!」
お金が入る商売繁盛の縁起物で…、とソルジャーの口調が俄然、熱を帯びて。
「タヌキが人を化かす時には巨大な袋を頭に被ると教わったよ? そして宴会を繰り広げる時は、袋をお座敷に仕立ててドンチャン、それが八畳敷ってね!」
そんな特大の袋に見合ったイチモツも持っているであろう、とソルジャーは例のタヌキに惹かれた模様。
「盛り塩の由来がハーレムだったら、あのタヌキだってハーレムだとか?」
きっと素敵な由来だよね、と言ってますけど、あのタヌキっていうのはそうなんですか?



「タヌキは無関係だから!」
ハーレムとはまるで関係ないから、と会長さんが切って捨てました。
「あれはあくまで縁起物! 八畳敷は大きな袋でお金が入るって意味だけだから!」
「…たったそれだけ?」
「そう、それだけ!」
だから商売繁盛のお守りで入口に置かれているのだ、と会長さん。ソルジャーは「うーん…」と残念そうな顔ですけれども、「じゃあ、もう一つの方!」と立ち直って。
「玄関には別のがあったんだよ! あれはどうかな?」
「別の焼き物?」
「うん。そっちはタヌキじゃなくって、猫で。ノルディがそれも商売繁盛なんだ、って」
「「「あー…」」」
招き猫か、と今度は一発で分かりました。ところがソルジャーはそれだけで止まらず。
「どっちの前足を上げているかで招くものが違うと教わったけど? 人を招くか、お金を招くか」
「そう言うけど?」
会長さんが返すと、「やっぱりね!」と嬉しそうに。
「人を招くならアレと同じだろ、盛り塩の理屈! 猫がハーレムで役に立つのかな、こっちに来いって呼び寄せるとか!」
「ハーレムじゃないから!」
「違うのかい?」
「招き猫はあくまでお客さんだよ、でなければ招いて危険を回避させたとか!」
猫に招かれて木の下から出た途端、その木に落雷といった由来もあるのだそうで。その一方で、お世話になった猫の恩返し。自分の置物を作って売って下さい、と夢の中で言われてその通りにすれば飛ぶように売れて儲かったとか。
「そんなわけでね、招き猫の方は良くてせいぜい縁結びだから!」
「縁結びだったら充分じゃないか!」
出会いの後には一発あるのみ、と飛躍してしまったソルジャーの思考。
「縁を結んだら身体もガッチリ結ばないとね! 一発と言わず、五発、六発!」
「「「………」」」
なんでそういうことになるのだ、と言うだけ無駄だと分かってますから、誰も反論しませんでしたが。ソルジャーの方は大いに御機嫌、上機嫌で。
「今日は来てみた甲斐があったよ、大いに収穫!」
もう最高だ、と御満悦。タヌキと招き猫とでどういう収穫…?



「工作はシロエが得意なのかい、と訊いた筈だよ」
最初に訊いた、とソルジャーは私たちをグルリと見回しました。
「ノルディとのランチで閃いたんだ。すっかり見慣れたタヌキと猫の焼き物だけれど、この二つは役に立つんじゃないかと!」
「…どんな風に?」
あまり聞きたくないんだけれど、と会長さんが訊き返すと。
「どっちも人を招くという上、タヌキは八畳敷だからねえ! 猫とタヌキを合体させれば、絶倫パワーを招き寄せるんじゃないかと!」
「「「ええっ!?」」」
斜め上すぎる発想でしたが、ソルジャーはそうは思わないらしく。
「八畳敷だと絶倫だろ? それだけのパワーが詰まっているからデカイんだしね! おまけにそれに見合ったイチモツ、焼き物だと控えめになっているけど、臨戦態勢になったらきっと!」
とてもデカイに違いない、と頭から決め付け。
「でも、タヌキだけでは弱いんだ。商売繁盛に走ってしまうし、其処に招き猫のパワーをプラス! 人を招くならエロい人だって招ける筈だよ!」
ヤリたい気持ちの人を招いてガンガンやるべし、と強烈な理論。
「つまりは合体させたパワーがあればね、ぼくのハーレイのヤリたい気持ちがMAXに! 今でも充分満足だけれど、更にググンとパワーアップで!」
其処へタヌキの八畳敷の御利益がプラスで疲れ知らず、と凄い解釈。
「しかも盛り塩が横に置かれているってケースも多いしねえ…。タヌキの中には長年の内に盛り塩パワーも蓄積されているに違いないと見た!」
ハーレムへようこその盛り塩なのだ、と仕入れたての知識も早速炸裂。
「要はタヌキと招き猫を合わせた焼き物があれば! それを青の間に置いておいたら、夜の生活がグッと豊かに!」
「…君のぶるぅに割られるだけだと思うけど?」
悪戯小僧に、と会長さんの冷静な意見。
「…ぶるぅ?」
「そう、ぶるぅ。そんな焼き物を作って飾れば、割られてしまうか悪戯描きか…。如何にもぶるぅがやりそうだしねえ、作る以前の問題だね」
馬鹿な努力をするだけ無駄だ、と鋭い指摘が。確かに「ぶるぅ」が悪戯しそうな気がします。タヌキだけでもユーモラスなのに、招き猫との合体とくれば悪戯心を刺激されますよ…。



「ぶるぅか…」
それは盲点だった、とソルジャーが呻き、終わったかと思った珍妙な計画。けれど相手は不屈のソルジャー、SD体制とやらで苦労しつつもしぶとく生きている人で。
「うん、その点なら多分、大丈夫! 夫婦円満の神様なんだ、と言っておくから!」
「「「えっ!?」」」
「そう言っておけば、ぶるぅ対策はバッチリってね! ぼくたちの仲が円満でないと困るしね?」
どちらかが「ぶるぅ」のパパでママだし、とソルジャーは負けていませんでした。
「ぼくたちが夫婦喧嘩となったら、ぶるぅにだってトバッチリが行くし…。そうならないための神様だったら、まず悪戯はしないってね!」
「…そ、それじゃあ…」
会長さんの声が震えて、ソルジャーが。
「作って欲しいんだよ、その神様を!」
「「「!!!」」」
ひいぃっ、と叫んだのが誰だったのか。招き猫とタヌキが合体した焼き物、私たちに作れと言うわけですか?
「だってさ、ぼくは手先が不器用だしね? 粘土細工なんかはとてもとても」
それに焼き物にも詳しくないし、とソルジャーは溜息をつきました。
「ぼくのシャングリラじゃ食器とかも作っているけれど…。こっちの世界と焼き方が違うと思うんだ。だからね、パワーのこもった神様を作るならこっちの世界で!」
よろしく、と頭を下げられましても。…そんな焼き物、誰が作るの?
「工作はシロエが得意なんだろ? だけど君たち、粘土細工に馴染んでいそうな感じだしねえ…」
幼稚園の頃からやるんだったら、と言われて背筋にタラリ冷汗。この流れだと、もしかして、もしかしなくても…。
「よし、決めた! 神様を作ってくれる人数は多いほど御利益がありそうだしねえ、此処は君たち全員で! もちろん、ブルーも、ぶるぅもだよ!」
みんなで粘土をこねてくれ、と嫌すぎる方へと突っ走る話。
「「「…み、みんなで…?」」」
「そう! 粘土はぼくが調達するから、明日にでも!」
ブルーの家で神様を作ろう、とソルジャーは決めてしまいました。明日の土曜日は会長さんの家に集まり、粘土をこねる所から。しっかりこねたらタヌキと招き猫とを合体させた神様とやらを作るそうですが、私たち、いったいどうしたら…。



一方的に決められてしまった、土曜日の予定。全然嬉しくない予定。しかし逆らったら何が起こるか考えたくもなく、翌日の朝から私たちは会長さんの家を訪ねる羽目に陥りました。バス停で集合した後、重い足を引き摺って出掛けて行って、チャイムを鳴らすと。
「かみお~ん♪ ブルー、もう来ているよ!」
みんなで工作するんだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。家事万能でも基本がお子様、幼稚園児なレベルですから粘土細工というだけでワクワクらしく。
「入って、入って!」
「…邪魔するぞ…」
俺はお邪魔したくはないんだが、とキース君が零した言葉は誰の心にもある言葉。それでも靴を脱いで上がるしかなく、案内されてリビングに行けば私服のソルジャーが。
「やあ、おはよう。今日はよろしく頼むよ」
これが粘土で…、とリビングに敷かれたビニールシートの上に塊がドンと。会長さんが頭を振り振り教えてくれた所によると、最上級の粘土だそうで。
「ブルーときたら、タヌキで有名な陶芸の町に朝一番から出掛けて行ってさ、ちゃんと買って来たらしいんだよね…。後は造形するだけ、ってヤツを」
「そうなんだよ! こねて貰おうと思ってたけど、其処で訊いたらこねるのは大変らしくてねえ…。プロでも機械を使うと言うから、後は形を仕上げるだけ、っていうのを買って来たんだよ」
こねる苦労をしなくていい分、頑張ってくれ、という台詞。
「これを焼く方もね、焼いてくれると言っていたから…。情報操作はちゃんとしてあるし、何を焼いても大丈夫! さあ、作ろうか!」
「…な、中を空洞に仕上げるというのが無理じゃないかと思うんですが!」
ぼくたちは素人集団なんです、とシロエ君が叫ぶと、ソルジャーは。
「ああ、そのくらいはサイオンでなんとかなるってね! ぼくは手先は不器用だけれど、サイオンの方ならドンとお任せ!」
出来上がったら中身をクルッとくり抜くだけ、と余裕の微笑み。だったら最初からサイオンで作ればいじゃない、と誰もがすかさず突っ込みましたが。
「ダメダメ、ぼくにはその手の才能も無くってねえ…。こんな風にしたい、と思いはするけど、それを形に出来ないんだな」
ゆえに監督に徹するのだ、とソルジャーは床にドッカリ座って。
「とりあえず、基礎から作って行こうか。招きタヌキ猫」
「「「…招きタヌキ猫…」」」
それはどういう代物なのだ、と訊くだけ無駄というもので。私たちは粘土の塊を相手に戦うこととなりました。タヌキと招き猫とを合わせて、招きタヌキ猫…。



現場監督なソルジャーの注文はなかなかにうるさく、細かいもの。出来上がりサイズは高さ八十センチといった所で、下手に小さく作るよりかは楽なのですけど。
「基本はタヌキで行きたいんだよ。なんと言っても八畳敷だしね!」
「「「はいはいはい…」」」
タヌキですね、と頭の中にある例のタヌキをイメージしつつも大体の基礎を作り上げてみれば。
「うーん…。それだと猫とバランスが取れないか…」
「「「は?」」」
「ちょっと変更、座った形にしてくれる? こう、猫っぽく」
今からかい! と怒鳴りたい気持ちをグッと堪えて、招き猫っぽく座った形に。それはソルジャーのお気に召したのですけど、さて、其処からが大変で。
「形を猫っぽくしちゃったからねえ、顔はタヌキでいいと思うんだ。頭に笠を被せるのを忘れないでよ? でもって、タヌキは下半身がとても大切だから…」
尻尾は猫でも八畳敷はしっかりと、という御注文。上げる方の前足は人を招く右、エロい人をしっかり招けるように。下ろしてある左手に小判を持たせて、右の腰にはお通い帳。
「お通い帳はさ、しっかり通って貰うためだと聞いたんだよ」
粘土を買いに行って来た時に、とソルジャーは知識を披露しました。他にも色々教わったそうですが、自分にとって大事な部分を除いて全て忘れてしまった様子。
「うんうん、いい感じに出来てきたかな。それじゃ大事な八畳敷に取り掛かろうか!」
特大の袋とイチモツをよろしく、と頼まれたものの、そんな部分を作りたい人が居る筈もなくて。
「…キース先輩、どうですか?」
「工作はお前の得意技だろうが!」
「でもですね…。そうだ、ジョミー先輩なんかどうでしょう?」
「どういう根拠でぼくになるのさ!」
醜い押し付け合いが始まりましたが、思わぬ所から救いの神が。
「えとえと…。なんで作るの、やめちゃったの?」
招きタヌキ猫さん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あとちょっとで出来上がりそうなのに…」
「その部分を作りたくないんですよ!」
シロエ君がズバッと言い切ると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「えーっ!?」と叫んで。
「かわいそうだよ、出来上がらないなんて!」
ぼく、頑張る! と小さな両手でせっせ、せっせと作っちゃいました、ソルジャー御注文の八畳敷。座布団よろしく自分の袋の上に座った招きタヌキ猫と、そのイチモツを…。



「うん、いいね!」
イメージどおりに仕上がったよね、とソルジャーは招きタヌキ猫を眺め回して。
「後は、盛り塩…」
「「「盛り塩?」」」
「そう! タヌキのパワーに入ってるかもしれないけれども、念には念を!」
盛り塩をするためのスペースも要る、と指差した場所はイチモツの真下あたりの座布団、いえいえ、八畳敷の金袋。
「この辺りにねえ、盛り塩を置けるよう、専用の窪みが欲しいんだな!」
「「「………」」」
誰が触るか、と再び始まる押し付け合い。結局、今度も「そるじゃぁ・ぶるぅ」が粘土を押して窪みを作って、ようやくソルジャー御希望の招きタヌキ猫が完成したかと思ったのですが。
「まだまだ、仕上げが残ってるんだよ!」
「もう出来てるだろ!」
これ以上の何を、と会長さんが怒鳴ると、ソルジャーは。
「お通い帳はそのままでいいけど、小判に書く文字!」
此処に達筆で「絶倫」の二文字が欲しいのだ、と言い出してしまい、今度は会長さんとキース君とが言い争いに。
「君が書いたらいいだろう! 副住職なら書道も必須!」
「それを言うなら、あんたの方だと思うがな! 伝説の高僧は書も得意だろう!」
「ぼくの右手はそういう風には出来ていないよ!」
「俺だってそうだ!」
君だ、あんただ、と坊主同士の舌戦が。お互いの辞書に「譲る」という文字はまるで無いらしく、どちらも一歩も引かぬ構えで睨み合い。どうなるのだろう、と見守っていれば。
「はいはい、そこまで~!」
ソルジャーが割って入りました。
「二人とも腕には覚えがある、と。それじゃ一文字ずつ書いてくれるかな、こう、絶倫と!」
「「い、一文字…」」
会長さんとキース君は顔面蒼白、しかしソルジャー、一歩も譲らず。二人のお坊さんは泣きの涙で粘土用のヘラを握ると。
「…ぼ、ぼくの絶筆って覚悟で一文字…」
「…俺は倫理を重んじてだな…」
書くか、と会長さんが「絶」の字、キース君が「倫」。まるで別々の人が書いたのに、見事にバランスの取れた「絶倫」の二文字、流石はプロのお坊さんかも…。



こうして出来上がった招きタヌキ猫はソルジャーの魂に響いたらしくて、何度もウットリと撫で回してからサイオンで中身を「よいしょ」とくり抜き。
「こんなものかな、厚みの方は、と…」
狂いが出ていないかサイオンで透視しているみたいです。あまりに厚みが違いすぎると焼く時にヒビが入る恐れが、と聞いて来たそうで。
「上手くくり抜けたみたいだね。後は工場で釉薬とかをかけて貰って、と…」
「色は其処でつけてくれるのかい?」
会長さんが尋ね、ソルジャーは「うん」と。
「ノルディに訊いたら、縁結び用の招き猫はピンク色らしいから…。タヌキの町の工場にピンク色はあるかと訊いたら、ちゃんと揃っているらしいから!」
焼き物の町は流石だよね、とソルジャーは実に嬉しそう。
「招き猫だって作ってるらしいし、プロの職人さんがぼくのイメージどおりに塗ってくれるって! この素晴らしい招きタヌキ猫を!」
そして釉薬をかけて窯で焼き上げてくれるのだ、と言いながら両手でペタペタと触りまくってますから、何をしているのかと思ったら。
「乾燥だよ! 乾かさないとね、着色も焼くことも出来ないから! 只今サイオンで乾燥中!」
「そういう細かいことが出来るのに、なんで形を作れないわけ!?」
会長さんが顔を顰めましたが、ソルジャーは「不器用だから」とケロリと一言。
「くり抜くだけとか、乾かすだとか。そういった作業は単純なんだよ、一から何かを作るってわけじゃないからね!」
ぼくには芸術とかの類は無理で…、と語るソルジャー。まあ、いいですけど…。
「というわけでね、招きタヌキ猫、来週までには出来上がるから!」
「「「来週?」」」
「そう! 大切な神様の像だからねえ、じっくりと焼いて貰わないとね!」
これから預けて彩色とかも…、と私たちの力作を抱えたソルジャーは瞬間移動でヒョイと姿を消し、ほんの一瞬で戻って来て。
「はい、サイオンでパパッと伝達、注文通りに着色仕上げ! 後は来週のお楽しみ!」
「「「…お楽しみ?」」」
「決まってるだろ、招きタヌキ猫のお披露目だよ!」
もちろん立ち会ってくれるよね? と有無を言わさぬド迫力。来週の土曜日はピンク色に染まった招きタヌキ猫がお目見えですか、そうですか…。



嫌だと泣こうが、お断りだと喚き散らそうが、逃れられない招きタヌキ猫のお披露目とやら。口にしたくもなく、もう忘れたいと暗黙の了解、お口にチャック。誰も何も言わず、触れないままに一週間が過ぎ、ついに当日。
「…いよいよか…」
「いよいよですね…」
とうとうこの日が来ちゃいました、とシロエ君。先にぼやいていたのがキース君で。
「…俺は朝から嫌な予感がするんだが…」
「えっ、なんで?」
何かあったとか、とジョミー君が。キース君は「まあな」と会長さんが住むマンションへ向かう道中でボソリ。
「朝一番には本堂でお勤めが俺の日課なんだが…。今朝に限って蝋燭の火が」
「「「…火が?」」」
「風も無いのに、フッと消えてな」
「「「そ、それは…」」」
コワイ、と誰もがブルブルと。さながら怪談、とはいえ冬。隙間風だって入るでしょうから、偶然というヤツでしょう。現に今だってピューピュー北風、元老寺の本堂の中だって…。
「俺だってそうだと思いたい。だが、胸騒ぎがするんだ、何故か!」
「い、言わないでよ…」
怖くなるから、とジョミー君が肩を震わせ、マツカ君も「やめておきませんか?」と。
「それこそ言霊の世界ですよ」
「…そうかもしれん。何事も無ければいいんだが…」
南無阿弥陀仏、というお念仏の声に、ウッカリみんなで唱和しちゃいました。寒風吹きすさぶ歩道を歩く高校生の団体様が「南無阿弥陀仏」の大合唱。犬の散歩中のお爺さんが振り返って、足早に私たちの方へと近寄って来て。
「寒行ですか、ご苦労様です」
温かいものでも食べて下さい、とキース君の手にお札を一枚。
「あ、ありがとうございます!」
「いえ、修行、頑張って下さいよ!」
感心、感心…、と立ち去ってゆくお爺さん。何か勘違いされたようですけど、ピンポイントで本職を狙って御布施とは流石。まさに年の功、キース君が深々と頭を垂れて拝んでますから、お爺さんにはいいことがありそうです。でも、私たちは…?



通りすがりのお爺さんの幸福を祈ったまではいいのですけど、問題は私たちの方。元老寺の御本尊様にお供えした蝋燭が消えたと聞くと、嫌な予感しか無いわけで…。
「…いいか、押すぞ?」
キース君が会長さんの家のチャイムを押し、ドアがガチャリと中から開いて。
「かみお~ん♪ 招きタヌキ猫さん、もう来ているよ!」
とっても可愛く出来上がったの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねています。
「そ、そうか…」
「早く見て、見て!」
ピョンピョン跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」に案内されたリビングには燦然とピンクの像が置かれていました。招きタヌキ猫。頭に茶色の笠を被って、左手に「絶倫」の二文字が輝く金色の小判。お通い帳をぶら下げ、座布団代わりに赤く塗られた八畳敷の金袋が。
「「「………」」」
出来てしまったのか、と絶句していれば、私服のソルジャーがニコニコと。
「凄いだろう? 後はお性根を入れるだけなんだよ」
「「「…オショウネ?」」」
「うん。こういう神様を作ったんだよ、ってノルディに言ったら、ちゃんとお性根は入れましたか、って訊かれちゃってさ」
お祭りするには「お性根」なるものを入れて貰わないと駄目なんだってね、という話。なんですか、そのお性根とやらは…、ってキース君、顔色が真っ青ですよ?
「キース先輩、どうかしましたか?」
「…ろ、蝋燭……」
「蝋燭?」
何のことだい、とソルジャーが首を傾げて、会長さんも「どうかしたかい?」と。
「い、いや…。何でもない」
「そういう顔には見えないけどねえ? …って、ああ、なるほど…」
分かった、と頷いた方は会長さんで。
「朝のお勤めでそんな事件がねえ…。だったら、君に任せたってね」
「なんだって!?」
「嫌な予感がしてたんだろう? つまりはそういうことなんだよ。君が主役だ、開眼法要」
「「「開眼法要?!」」」
何ですか、それは? お性根とやらと何か関係ありますか…?



「お性根を入れる。それが開眼法要なんだよ」
これをやらないと神様も仏様も効力を発揮しないのだ、と会長さんが言い、ソルジャーが「そうらしいんだよ」と招きタヌキ猫を撫で擦っています。
「それが必要だと言われちゃったし、ブルーに頼んでいたんだけれど…。渋られちゃって」
「そいつを俺にやれと言うのか!」
「予感があったなら、それも御縁というものなんだよ!」
この際、腕前は問わないのだ、とソルジャーは出来たての招きタヌキ猫の頭をポンポンと。
「断りまくってるブルーなんかより、御縁の深そうなキースってね! それでこそ御利益!」
だからよろしく、と差し出された御布施。熨斗袋に入ったソレは作法通りに出されたらしくて、此処へ来る前に犬の散歩中のお爺さんに握らされた御布施も見事にキャッチしていたキース君は条件反射というヤツです。押し頂いて深々と一礼してしまい…。
「…ちょ、ちょっと待て!」
手が勝手に、という言い訳が通るわけがありませんでした。会長さんに「任せた」と肩を叩かれ、ソルジャーからは「どうそよろしく」とお辞儀され…。
「…お、俺がやるのか?」
「出来なくはないだろ、副住職」
作法は一通り習ってるよね、と会長さんが駄目押しを。ついでに元老寺から瞬間移動で法衣が取り寄せられ、必要な仏具も揃ってしまい…。
「…く、くっそお…」
やるしかないのか、とキース君がゲストルームへ着替えに出掛けて、その間にリビングに会長さんが祭壇の用意を。中央に招きタヌキ猫が据えられ、その前に蝋燭にお線香など。キース君の嫌な予感は当たりまくりで、とんでもないモノの開眼法要をさせられる羽目に。
「…仕方ない、やるぞ」
法衣に輪袈裟の略装ではなく、キッチリと袈裟。しかも法衣も墨染ではなく、キース君のお坊さんの位に見合った色付きの立派なもので。
「嬉しいねえ…。これで招きタヌキ猫も立派な神様になるってね!」
感激の面持ちのソルジャーを、キース君がキッと振り向いて。
「間違えるな! 坊主の俺がお性根を入れるからには仏様だ!」
「うんうん、どっちでもいいんだよ、ぼくは」
効きさえすれば、とソルジャーが促し、招きタヌキ猫の開眼法要が厳かに執り行われました。法要が終わるとソルジャーはピンクの招きタヌキ猫をしっかり抱えて自分の世界に帰ってしまい…。



キース君のヤケクソの祈祷が効いたか、招きタヌキ猫の形そのものに凄いパワーがあったのか。八畳敷の金袋な座布団の上に盛り塩をされた像の効き目は抜群らしくて。
「ブルーは熱心に拝んでいるらしいねえ…。アレを」
「そのようだな」
あいつの報告の中身は理解不能なんだが、とキース君。あれ以来、ソルジャーは何かと言えば押し掛けて来てキャプテンの凄さを自慢しています。ヌカロクがどうの、絶倫がどうのと。
「ぶるぅの悪戯も無いようですねえ、夫婦円満の神様だけに」
割られずに済んで本当に良かったじゃないですか、とシロエ君がホットココアを口に運んだ土曜日の午後。会長さんの家のリビングは暖房が効いて、雪模様の外とは別世界です。まさに天国、と思った所へ。
「割れちゃったんだよーっ!」
何の前触れもなく飛び込んで来た人影、紫のマント。ソルジャーが泣きそうな顔で、手には袋が。
「割れたって…。何が?」
会長さんの問いに、ソルジャーは袋を指差して。
「…ま、招きタヌキ猫…。…粉々に割れて、たったこれだけ…」
他の破片は青の間の水槽に落ちて溶けてしまって回収不能、と言われましても。
「…ぶるぅかい?」
会長さんが訊くと、ソルジャー、首をコクコクと縦に。ほらね、どうせ割られるってあれほど言ったのに…。
「違うんだってば、悪戯じゃないんだ! ぶるぅは招きタヌキ猫をパワーアップさせようと思って頑張ったんだよ、八畳敷をもっと広げようと! サイオンで!」
だけど相手は焼き物だから…、と嘆くソルジャーは「ぶるぅ」に像の説明をちゃんとしたのか、しなかったのか。焼き物の像を大きくするなど、いくら「ぶるぅ」がタイプ・ブルーでも絶対に不可能、粉々に割れてしまって当然で…。
「ど、どうしたらいいと思う? もう一度、君たちに頼んで一から…」
「いや、その前にお性根を抜かんと駄目だと思うぞ」
抜いてやろう、とキース君が袋に手を伸ばし、ソルジャーが「駄目!」と。
「抜いたら二度と入れてくれないんだろう!?」
「当たり前だろうが、誰が入れるか!」
「それは困るんだよーっ!」
ぼくの大事な招きタヌキ猫、と絶叫するソルジャーを助けようという人はいませんでした。一度は手に入れた絶倫の神様、招きタヌキ猫。私たち、二度と作る気は無いんですけど、どうします? 一から自分で作りますかね、思い切り不器用らしいですけどね…?




            焼き物の効果・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ソルジャーの希望で誕生した焼き物、招きタヌキ猫。八畳敷の話は昔話で有名です。
 結局、割れちゃったわけですけれども、効果は抜群だった模様。イワシの頭も信心から…?
 次回は 「第3月曜」 2月18日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、1月は、いつになく楽なお正月に始まり、ツイていたのに…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv








シャングリラ学園に秋の始まりを告げるもの。学園祭のお知らせですけど、クラス展示とも催し物とも無関係なのが私たち。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を使ってのサイオニック・ドリームが売りになっている喫茶、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』があるんですから。
というわけで準備を特に急ぐこともなく、まだまだ当分はのんびり、まったり。今日も土曜日とあって会長さんのマンションに集まっているわけですが…。
「ハムスター釣り!?」
それってヤバイんじゃなかったかよ、とサム君が。
「動物虐待か何か知らねえけど、やっちゃいけねえ屋台だろ?」
「そうなんだけどね…。ゲリラ的に出没するらしいよ」
警察が来たらトンズラなのだ、と会長さん。
「子供には人気の屋台だし…。逃げるリスクを背負うだけの価値はあるらしくって」
「で、それを学園祭でやろうとしたわけ?」
誰が、と尋ねるジョミー君の視線の先にキース君にシロエ君、マツカ君。いわゆる柔道部三人組というヤツです。
「俺も詳しくは知らないが…。確か後輩の知り合いだったか?」
「そうです、二年生の…。名前は伏せておきますけれど」
その二年生の友達ですよ、とシロエ君が情報通ぶりを。
「ハムスターが好きで沢山飼ってるらしいんです。それが増えすぎたらしくって…。この際、同じ悩みを抱える仲間を募って、学園祭でハムスター釣りだと」
「学校に申請したそうですけど、却下されたという話でした」
当然でしょう、とマツカ君は呆れ顔です。
「普通のお祭りでも警察が来るという代物なんです、学園祭でやろうだなんて…」
「学校の中だと治外法権のように考えがちだし、そのノリだろうな」
馬鹿者めが、とキース君も吐き捨てるように。
「大体、ハムスターを自分で飼っているなら、可哀相だとは思わんのか、そいつは」
「その辺は個人の考え方だよ」
普通の釣りとはちょっと違うし、と会長さんが言ってますけれど。ハムスター釣りはまだ見たことがありません。それって、どういう釣りなんですか?



「ああ、それはね…」
釣りは釣りなんだ、と会長さん。
「そうだよね、ぶるぅ?」
「うんっ! ハムスターいっぱいで可愛いの!」
「見たんですか!?」
シロエ君が訊くと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は無邪気な顔で。
「ブルーに頼んで一回やらせて貰ったよ!」
「「「えぇっ!?」」」
御禁制のハムスター釣りなんかを何処で?
「えっとね、何処かの夏祭り! ハムスター釣りって楽しいのかな、ってブルーに訊いたら、連れてってくれたの!」
「「「………」」」
流石、としか言えない会長さんの情報網と行動力。それでハムスター釣りって、どんなの?
「金魚すくいの水の代わりに藁が入っているんだよ。其処にハムスターが放してあってさ、餌をつけた釣り糸で釣り上げるわけ。餌に食い付いたら、パッと素早く!」
「三匹釣ったら、一匹貰えるらしいんだけど…。餌が外れたらおしまいなんだけど…」
「ぶるぅなら簡単に釣れるんだけどね、ハムスターを飼うのは大変だしねえ…」
「ブルーが持って帰れないよ、って言うから三匹目は釣らずに餌だけあげたの!」
ちゃんと食べさせてあげたんだよ、と誇らしげな「そるじゃぁ・ぶるぅ」の証言によると、餌はトウモロコシだったとか。食い付いた所を釣り上げるのが動物虐待なのかな?
「そうなるね。ハムスターは釣り上げられるように出来ていないし、弱っちゃうんだよ」
「あのね、あのね…。ブルーがそう言ったから、ぼく、ハムスターさん、逃がしてあげたの!」
「「「えっ!?」」」
逃がしたって、まさかハムスター入りの水槽だかケースだかを引っくり返したとか?
「違うよ、欲しがってる人が沢山いたの! だからハムスター、全部ブルーが買ったの!」
「「「買った!?」」」
ドケチな会長さんが露天商相手に、ぼったくり価格のハムスターを…全部?
「ぼくだって、一応、高僧だしね? 引き取り手がいる動物を見捨てて弱らせておくのはキツイし、ぶるぅが助けてやりたいんならね」
全部お買い上げ、希望者に配ってしまったと言うから凄いです。伝説の高僧、銀青様の名前はダテではなかったんですね…。



会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の最強タッグ。動物虐待と噂の屋台を見物に出掛け、遊んだ上に沢山のハムスターを助け出したとは…。
「あんた、凄いな。見直したぞ」
キース君も感動している様子。
「それに比べて、ハムスター釣りを学園祭でやろうってヤツはただのクズだな」
「どうなんだろう? 好きで飼ってる人なんだしねえ、釣りのルールを変えてやったらハムスターも弱りはしないしね?」
「どういう意味だ?」
「屋台でやってるハムスター釣りは餌のトウモロコシが小さいわけ。それを大きいヤツにしておけば、ハムスターは楽々掴まってられるし、その状態なら釣り上げたって…」
「なるほどな…。元が増えすぎたハムスターの譲渡目的なら、そいつもアリか」
全部釣れたら営業終了でハムスターにも里親が出来るか、とキース君。
「そういうこと! でもねえ、ハムスター釣りは既に印象、最悪だから…。ルールを変えます、と説明したって学校としては却下だよ、うん」
「でもでも、ハムスターさん、可愛いかったよ?」
ちっちゃいのを釣るのが楽しかったよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「金魚すくいとは全然違って、チョコチョコ走って可愛いの!」
「「「うーん…」」」
言われてみれば、それは可愛いかもしれません。金魚すくいの金魚は泳いでるだけで何もしませんけど、ハムスターなら事情は別。餌をモグモグ、そしてチョコマカ走り回ったり、藁にもぐったりするのでしょう。
「…やってみたいかも…」
ちょっとだけ、とジョミー君が言い出し、シロエ君たちも。
「可愛くていいかもしれませんね?」
「次はどの辺に出そうなんだよ、ハムスター釣り」
俺もやりてえ、とサム君も乗り気。スウェナちゃんと私もやりたくなって来たのですが。
「ダメダメ、君たち、ハムスターを飼う気は無いんだろ?」
飼う気があっても全部は無理だし、と会長さん。
「ぼくは御免だよ、ぼったくり屋台のハムスターを丸ごと全部お買い上げはね。マツカが代わりに支払うにしても、二度目をやったら、後が無いから」
「「「は?」」」
後が無いって、どういう意味?



ハムスター釣りの屋台で水槽だかケースだかに入ったハムスターを全部お買い上げ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼まれた一度目は会長さんのお財布に大ダメージを与えたでしょうが、私たちが行ってそれをやるなら、マツカ君という頼もしい助っ人が。御曹司だけに軽く払える筈です。
なのに二度目は駄目と言われた上、後が無いなどと言われても…。
「いいかい、二度あることは三度あるんだよ」
会長さんは真面目な顔で。
「二度目もぼくが出掛けて行くだろ? どうせぶるぅがやりたがるんだし」
「そうなるだろうな」
俺たちだけではゲリラ屋台も探せないし、とキース君。
「あんたに頼って探して貰って出掛けるとなれば、ぶるぅも一緒に来たがるだろうし…」
「其処なんだよ。ぶるぅがハムスターを助けたくなって、マツカが全部買ったとする。ぶるぅは君たちも知ってるとおりに優しい子だから、三度目がある!」
またハムスターさんを助けに行くんだと言い始めるに決まっているのだ、という見解は間違ってはいないと思います。その三度目をやってしまったら…。
「そうさ、ぼくはこの先、ハムスター釣りの屋台が出る度、出掛けて全部お買い上げなんだ!」
「「「うわー…」」」
「マツカが代わりに払うにしたって、ハーレイから毟って来るにしたって、ハムスター釣りが出て来たら全部! そしてその内に!」
ぼくは立派なカモになるのだ、と会長さんの苦い顔。
「ああいう世界は情報が流れてゆくのが早い。たとえ警察とイタチごっこの屋台であっても人気はあるんだし、廃れない。其処へ毎回、全部お買い上げの凄いお客が来るとしたら?」
「下手したら増えるかもしれねえなあ…。ハムスター釣り」
サム君が呟き、「そうなるんだよ」と頷く会長さん。
「ぼくの得意技は瞬間移動で、何処で屋台を出していたって出掛けて行ける。動物愛護団体の誰かと勘違いされるのはいいとしてもね、屋台さえ出せばぼくが来て全部言い値で売れるのはね…」
「どう考えても立派なカモだな、あんた」
キース君の言葉で、会長さんが二度目とやらを嫌がった理由が分かりました。確かに後がありません。ハムスター釣りの屋台が現れる所、必ず会長さんの影が見えるというわけで…。
「そっか、ダメかあ、ハムスター釣り…」
ちょっと挑戦したかったけどな、とジョミー君。私たちだって同感です~!



やってみたかったハムスター釣り。金魚と違って、チョコマカ走り回る姿が可愛いハムスター釣り。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」のハートを射抜いたと言うのですから、きっと本当に可愛いのでしょう。
一度体験したかった、と誰もがガッカリしたのですけど。
「ふうん…? やってみたかったんだ、ハムスター釣り…」
だけどカモにはなりたくないし、と会長さんが思案中。何処かで釣らせてくれるのでしょうか? 「そるじゃぁ・ぶるぅ」には内緒で私たちだけにコッソリ情報をくれるとか…?
「いや、それは…。君たちが釣りに行くんだったら、そのハムスターは見捨てたくないし…」
「マツカが買えばいいんじゃねえかよ」
それで解決、とサム君がズバリ。
「別にブルーが出てこなくっても、ちゃんと始末はつけるからよ」
「でもねえ…。ぼくにとっては心理的に二度目。そして、ぶるぅにも確実にバレる」
でもって三度目、四度目と続いてカモな人生、と会長さんはぼやいていましたが。突然、ポンと手を打って「そうだ!」と明るい声。
「そうだ、ぶるぅを釣ればいいんだ!」
「「「は?」」」
「ぶるぅ釣りだよ、可愛くないかい? うんとミニサイズのぶるぅで、こんなの」
会長さんが広げた手の上に、ハムスターサイズの小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパッと出現。手のひらの上にチョコンと座ってニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「「「ぶるぅ!?」」」
どうなったのだ、と慌てましたが、「すっごーい…」と普段通りの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がミニサイズの自分を覗き込んでいるではありませんか。
「…ぶるぅじゃ……ない……?」
「違うようだな…」
では何なのだ、とキース君がチョンと指でつつこうとしたら。
「「「あれ?」」」
指はミニサイズの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の身体を突き抜け、会長さんの手のひらに到達しちゃったみたいです。指を引っ込めたキース君の目は丸くなっていて。
「…あんたの手のひらに触ったんだが…」
「そうだろうねえ、此処には何も無いからね?」
御覧の通り、と会長さんが空いた方の手でパッと払うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のミニサイズは消え失せ、ただの手のひら。それじゃ今のは…?



「サイオニック・ドリームの応用なんだよ、核になるものがあればもっと楽勝」
こういうぶるぅを釣らないかい、と会長さんは微笑みました。
「チョコマカ走らせるトコまではちょっと無理だけど…。小さなぶるぅを釣るだけだったら、表情とか動きはいくらでも、ってね」
「本当ですか!?」
シロエ君が飛び付き、釣られる方の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「やってみたぁーい! ぼくを釣る遊びでもやりたいよ!」
「俺も興味が出て来たな」
「ぼくだってやってみたいよ、それ!」
キース君にジョミー君、他のみんなも次々と。もちろん私も釣りたいですから、アッと言う間に決まってしまったハムスター釣りならぬ「そるじゃぁ・ぶるぅ」釣り。会長さんは「よし」とリビングを出て行って…。
「はい、ぶるぅ釣りのために頑張りたまえ」
これで核になる魚を作って、と会長さんが画用紙を持って戻って来ました。
「幼稚園とかのゲームでやるだろ、磁石を使った魚釣り。あれを核にするから」
紙で作った魚に金属製のクリップをつけて、糸に結んだ磁石にくっつけて釣り上げる遊び。それがサイオニック・ドリーム発動の核になるらしいです。
「核が同じだと似たようなものしか出来ないからねえ、個性的な魚があるといいかな」
大物を作るのも良し、変なのも良し、と会長さん。
「クリップがコレで、磁石がコレ。だから挑んでも釣れないサイズも出来てしまうかもしれないけれど…。その方が手ごたえがあっていいだろ?」
「そう来たか…。つまり俺たちの手で核を作れ、と」
こいつで魚を作るんだな、とキース君が納得、会長さんは下書き用の鉛筆や彩色用の色鉛筆にクレヨンなんかも持って来ました。それからハサミも。
「みんな好きなだけ魚を作って、色を塗ってから切り抜いてよね。それにクリップを取り付けたら核の出来上がりなんだ。個性豊かなぶるぅが出来るよ」
「「「はーい!」」」
やってみよう、と私たちは画用紙を受け取り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も貰っています。言い出しっぺの会長さんも鉛筆を握ってサラサラと。よーし、サイオニック・ドリームの核になるらしい、紙で出来た魚。私も作ってみましょうか…。



会長さんが「個性的に」と言った辺りが大きかったか、元々、個性的な面子が揃っていたのか。絵に描いたような普通の魚も小さいものから大きなものまで揃いましたが、それよりも…。
「リュウグウノツカイって、普通、釣れるのかよ?」
深海魚じゃあ、とサム君が訊いた作品はキース君のもの。ヒョロリと長いリュウグウノツカイにクリップがしっかり取り付けてあります。
「サム先輩だって、タコを描いたじゃありませんか」
シロエ君の突っ込みに「タコは釣れるぜ」とサム君の反論。
「魚じゃねえけど、釣ろうと思えば釣れるって! それより何だよ、そのシーラカンス!」
「魚だと思いますけれど?」
「…魚だっけ?」
まあカニよりは魚だよね、と言うジョミー君は何故だかカニに燃えていました。松葉ガニやら毛ガニやら。どれも形がアヤシイですけど、作りたかったものは分かります。
「個性豊かにって言われたら、釣れない魚も作りたくなるわよ」
スウェナちゃんは鯨を作ってしまって、マツカ君は亀を作った様子。私もホタテガイを描いちゃいましたし、みんなのことは言えません。えっ、ホタテガイは魚じゃないだろうって? だけどあの貝、泳ぐんですもの~!



「よし、充分に個性的なのが揃ったってね」
会長さんが満足そうに作品群を眺め、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ビニールプールはあったっけ? 小さな子供が泳ぐようなヤツ」
「えとえと…。ぼくは持ってないけど、管理人さんの所に無かったかなあ?」
夏になったら貸し出してるから、という返事。そう言えば何度も目にしていました、夏に此処へと遊びに来た時。下の駐車場にビニールプールが置かれて小さな子供たちが遊んでいるのを。
「あったね、そういうビニールプール。じゃあ、借りて来る」
会長さんの姿がフッと消え失せ、暫く経って。
「お待たせ~! シーズンじゃないから仕舞い込んでて、出して貰うのにちょっと時間が」
でも借りて来た、と空気を抜いて折り畳まれたビニールプール。空気を入れるためのポンプもセットで、私たちは交代でプールを膨らませることに。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお昼御飯の支度をしてくれるらしいです。
「プール、作っといてねー!」
「「「オッケー!」」」
お昼御飯を食べ終わったら、ビニールプールで「そるじゃぁ・ぶるぅ」を釣るのです。ミニサイズのうんと可愛いのを…!



足踏み式のポンプでせっせと空気を送り込んで膨らませ、子供用のビニールプールが完成。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた秋の味覚のキノコたっぷりのピラフと、仕込んであった秋鮭と野菜のクリームシチューを平らげてから再びリビングへと。
「プールが釣り場になるからね。魚を重ならないように入れて」
会長さんの指示でリュウグウノツカイやシーラカンスが混じった魚の群れがプールの中に。どれもクリップ付き、会長さんが「試しに」と糸に縛った磁石で釣り上げてみて。
「うん、充分にいけるってね。でも、ぶるぅ釣りは難しいよ?」
「どうして?」
理屈は今のと同じでしょ、とジョミー君。けれど会長さんは「どうだかねえ…」という答え。
「今は魚がちゃんと見えてるから、何処にクリップがあるかも分かる。でもね、魚は全部ぶるぅに化けるんだ。クリップが何処か分かるかい?」
「「「あ…」」」
会長さんの手のひらに乗っていたミニサイズの「そるじゃぁ・ぶるぅ」を思い出しました。会長さんの手は透けて見えはせず、小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」が居ただけ。ということは、魚にくっつけてあるクリップも…。
「そう、いくら目で見ても見えないってね!」
大物であればあるほど苦労する、と言われてしまって恨みたくなった、ヒョロリと長いリュウグウノツカイ。他にも色々と恨みたい魚が溢れてますが…。
「覚悟のほどは出来たかな?」
会長さんはクックッと笑いながら割り箸に糸を結んでいます。糸の先には小さな磁石。要は割り箸が釣竿代わりで、これは本物のハムスター釣りも同じだとか。
「はい、一人一本、釣竿をどうぞ」
「かみお~ん♪ ぼく、いっちばーん!」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が割り箸を受け取り、全員の手に釣竿が行き渡った所で。
「始める前に、ハムスター釣りのお約束! 三匹釣ったら一匹貰える。だけどぶるぅはあげられないから、代わりにおやつのチケットを一枚」
持ち帰り用にも使えるよ、と会長さん。それは大いに美味しい話です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったお菓子を家でもおやつに食べられるなんて! 他のみんなも思いは同じという中で。
「おふくろのために頑張ってみるか」
美味い菓子を持って帰って好感度アップだ、とキース君。なるほど、アドス和尚に叱られた時に備えてイライザさんにゴマをすりますか…。



会長さん手作りの割り箸の釣竿、それに景品のおやつチケット。用意は整い、いよいよ「そるじゃぁ・ぶるぅ」釣りの始まりです。会長さんの青いサイオンがキラッと光って…。
「「「わあっ!!!」」」
ビニールプールに溢れていた魚は一匹残らず「そるじゃぁ・ぶるぅ」に変わっていました。ミニサイズながら、どれもこれも「そるじゃぁ・ぶるぅ」そっくり、ニコニコ笑顔でキャイキャイと。
「なんだか賑やかに笑ってますよ?」
声は小さいですけれど、とシロエ君が驚くと、会長さんは。
「そのくらいのことは出来ないとね? ソルジャーの役目はとてもとても」
「「「スゴイ…」」」
動き回りこそしませんけれども、手を振っていたり、はしゃいでいたり。バラエティー豊かな「そるじゃぁ・ぶるぅ」がプールに一杯、釣り放題で。
「よーし、釣るぞーっ!」
ジョミー君が釣り糸を投げ入れ、私たちも我先に続いたものの。
「…えーっと?」
釣れそうで釣れない「そるじゃぁ・ぶるぅ」。クリップを狙えていないのです。
「くっそお、外したーっ!」
逃げられた、とキース君が呻き、シロエ君たちも。
「本当に難しいですよ、これ…!」
「三匹どころか一匹だって無理かもなあ…」
才能ねえかも、と嘆くサム君。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も苦戦しています。
「うわぁーん、ぼくなのに釣れないのーっ!」
ぼくが釣れない、と闇雲に何度も投げ込まれる糸は全て空振り。なんとも手強い「そるじゃぁ・ぶるぅ」釣りですが…。
「三匹でおやつチケットだって?」
「その三匹が釣れないんだ!」
まだ一匹も釣れていない、とキース君が怒鳴り返しましたけど、今のって…?
「こんにちは。面白そうなことをやってるねえ…」
ぶるぅ釣りだって? とヒョイと覗き込んで来た会長さんのそっくりさん。紫のマントを上手に捌いてビニールプールの脇に座ると、「ぼくにも釣竿!」と会長さんの方へ右手を。
「釣るのかい?」
「おやつチケットは魅力的だしね!」
釣ってみよう、と言ってますけれど。難しいですよ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」釣り…。



釣れるもんか、と誰もが思った「そるじゃぁ・ぶるぅ」釣りへの闖入者。ところが割り箸の釣竿を握ったソルジャー、たちまち鮮やかに一匹を。
「かみお~ん♪」
可愛らしい声が上がって、ミニサイズの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャーの手元に飛び込みました。途端に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿は掻き消え、カニが一匹。
「ぼくの毛ガニだ…」
釣られちゃった、とジョミー君がポカンと眺める間に、また「かみお~ん♪」。今度はマツカ君の亀で、「二匹も!?」と騒いでいたら、またも「かみお~ん♪」。今度は普通に魚でしたが、誰が描いた魚なのかと悩むよりも前に。
「おやつチケット!」
三匹釣った、とソルジャーが手を出し、会長さんが「はい」とチケットを。
「やったね、これで持ち帰り一回分! どんどん釣らなきゃ!」
全部釣ってやる、というソルジャーの台詞はダテではなくて、四苦八苦する私たちや「そるじゃぁ・ぶるぅ」を他所にヒョイヒョイ釣っては「おやつチケット!」。
「うう…。なんであいつだけ釣れるんだ?」
「さ、さあ…。相性ってヤツじゃないですか?」
「うわぁーん、どんどん釣られちゃうようーっ!」
減って行くよう、と泣きの涙の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ビニールプールに溢れ返っていたミニサイズの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はぐんぐんと減って、見る間に数えるほどになり…。
「こうなりゃヤケだーっ!」
きっと何処かにクリップが! とキース君が投げ込んだ釣り糸を地引網よろしくズズッと引き摺り、やっと釣り上げた一匹目。その手があったか、と私たちも急いだのですが…。
「ダメダメ、慌てる乞食は貰いが少ないって言うんだろう?」
釣りをするならゆったりのんびり、とソルジャーが糸をヒョイと投げ入れ、「かみお~ん♪」と釣れるミニサイズな「そるじゃぁ・ぶるぅ」たち。
「くっそお、残りは二匹なんだ!」
あと二匹釣ればおやつチケット、と割り箸を握るキース君も、せめて一匹と願う私たちもサッパリ釣れないままにソルジャーだけがヒョイヒョイヒョイ。「かみお~ん♪」の声は其処ばかりです。とうとう最後の一匹までもが。
「「「あーーーっ!!!」」」
釣られたーっ! という叫びも空しく、釣果はソルジャーの手の中に。おやつチケット、全部ソルジャーに取られておしまいでしたよ…。



「…なんでこういうことになるわけ?」
一匹くらいは釣りたかった、とジョミー君がぼやくと、ソルジャーは。
「簡単なことだよ、クリップを狙って釣るだけってね!」
「「「クリップ!?」」」
「そうだよ、魚についてるクリップ。ぶるぅの向こうに見えているだろ?」
「「「えーーーっ!!!」」」
やられた、という気分でした。私たちにも「そるじゃぁ・ぶるぅ」にも全く見えなかったクリップ、ソルジャーの目には見えていたのです。考えてみれば会長さんよりも経験値が高い人でしたっけ。挑むだけ無駄、キース君が一匹釣っただけでもマシだったのか、と…。
「負けた…」
キース君がガックリと項垂れ、私たちも。まあ、本物の屋台のハムスター釣りなら、これくらいの勢いで負けると言うか、釣れないと言うか。仕方ないな、とは思うんですが…。
「釣れなかったなんて…」
気分だけで終わってしまったなんて、とシロエ君が零し、サム君も。
「だよなあ、せっかくプール一杯のぶるぅだったのによ…」
「楽しく釣る筈だったのに…」
トンビにアブラゲ、というジョミー君の言葉に、ソルジャーが。
「目的はおやつチケットよりも釣りだったのかい?」
「そうなんだが?」
よくも俺たちの楽しみを、とキース君。
「あんた一人に釣られちまって、俺たちはロクに釣りを楽しめなかったんだが!」
「そうなんだ…。それは何だか申し訳ないし、良かったらぼくが釣り場を提供しようか?」
「「「は?」」」
「ブルーは今ので疲れただろうし、代わりにぼくが!」
コレを核に使って良ければ、とソルジャーの手元の紙の魚が指差されました。
「それとビニールプールを借りられるんなら、極上の釣りの時間を君たちに!」
「「「本当に!?」」」
会長さんよりも経験値の高いサイオンの使い手がソルジャーです。よりリアリティーのある「そるじゃぁ・ぶるぅ」釣りを楽しませて貰えるに違いない、と飛び付いた私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」だったのですが…。



「…なんだい、これは?」
会長さんの冷たい声と、何と言っていいのか言葉も出ない私たちと。
「何って…。ブルー釣りだけど?」
これも悪くないと思うんだよね、と微笑むソルジャーがビニールプール一杯に作り出して来たサイオニック・ドリームの釣りの対象。それはミニサイズの「そるじゃぁ・ぶるぅ」ではなく、全部ミニサイズのソルジャーでした。多分、ソルジャー。
「何処から見たって君じゃないか!」
「さあねえ、君かもしれないよ? とにかく、ブルーで!」
邪魔なマントは抜きで纏めた、とソルジャーが自慢するとおり、マント抜きでのソルジャーの正装のソルジャーだか、会長さんだかがドッサリ、ミニサイズでプールに溢れています。
「まあ釣ってみてよ、誰でもいいから!」
「「「………」」」
可愛らしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」なら釣ってみたいですけど、これはイマイチな感じがヒシヒシと。美形ですから可愛くないとは言い切れないものの、なんだか違うという感じ。
「なんで釣らないわけ? じゃあ、キース!」
さっき一匹釣り上げた腕を見込んで君だ、とソルジャーの指名。キース君は蛇に睨まれたカエル状態、仕方なく釣り糸を垂れたのですが。
「…あんっ!」
「「「え?」」」
一匹……いえ、一人のミニサイズのブルーが身体をくねらせ、「あんっ!」と小さな甘い声。鼻にかかった声でしたけれど、今のは一体…?
「外したんだよ、クリップの場所を。はい、もう一回!」
「…嫌な予感がするんだが…」
キース君の腰が引けているのに、ソルジャーは「釣れ」の一点張り。恐る恐るといった体で下ろされた釣り糸、今度は何処に当たったものやら。
「…やぁっ!」
同じ「やあ」でも柔道とかの掛け声とは百八十度も違った甘すぎる声。ミニサイズのブルーとやらは、もしかして、もしかしなくても…。
「まあ釣ってみてよ、手を貸すからさ!」
此処を狙って、とソルジャーが手を添え、キース君が垂れた釣り糸がクンッ! と。どうやらクリップに当たったようですが、釣り上げられるミニサイズのブルーが発した声は。
「や、やあぁぁっ! い、イクっ…!」
行くって何処へ、と見回す私たちが見たものは怒り狂った会長さん。レッドカードを握ってますから、今の台詞はヤバかったんですね…?



「君はどういうセンスでこれを…!」
さっさと消せ! と会長さんは怒り心頭ですけど、ソルジャーの方は涼しい顔で。
「えっ、楽しいと思うけど? ブルー釣り!」
エロくて雰囲気バッチリなのだ、とソルジャーは威張り返りました。
「三匹釣ったら何にしようか、ぼくからキスをプレゼントとか!」
「要りませんから!」
即答したシロエ君が神様に見えた気がします。その勢いで追い返してくれ、と思ったのに。
「おや、キスだけだと不満かい? だったらストリップもオマケにサービスするけど」
「…そ、それは…」
「あ、感動しちゃった? じゃあ、キスとストリップをセットでサービス!」
頑張って三匹釣り上げてよね、とソルジャーは笑顔でシロエ君の背中をバンバンと。
「キースは残り二匹だよ。さっきのも特別にカウントするから!」
「誰が釣るか!」
「なんで?」
楽しいのに、と全く分かっていないソルジャー。私たちが釣りたかったものはミニサイズの可愛い「そるじゃぁ・ぶるぅ」。キャイキャイ、ワイワイ、賑やかに騒ぐ「そるじゃぁ・ぶるぅ」。けれども今のプールに溢れているものは…。
「「「………」」」
山のようなミニサイズのマント無しソルジャーがウインクをしたり、思わせぶりに顔を伏せたり。どちらかと言えばお色気軍団、たまに「来て」とか小さな声が。
「釣らないのかい?」
何処でも当たればイイ声が、とソルジャーが指でチョンとつつくと「あんっ!」という声。
「ぼくはブルーよりも遥かに高度なサイオニック・ドリームを操れるしね? これだけの数でもイイ声は様々、重なったりはしませんってね!」
そして釣り上げれば絶頂の声が! と得意げなソルジャー。
「ミニサイズのブルーは釣り上げられれば昇天ってことで、イッちゃうんだよ! でもって元の紙の魚に戻るんだけれど…」
「こんな猥褻物な釣堀、要らないから! グダグダ言わずに撤去したまえ!」
誰も絶対、釣りたがらない、と会長さんは柳眉を吊り上げたのですが。
「本当に?」
本当にニーズは無いと思うかい、とソルジャーがズイと乗り出しました。私たちは釣りたくありませんけど、釣りたい人がいるとでも…?



「釣らせてぼったくりで、カモなんだよ」
そういう人に心当たりは無いか、とソルジャーは指を一本立てて。
「ハムスター釣りなら、君がカモになりそうって話だけれど…。ブルー釣りだと君はカモる方! カモがネギをしょってやって来るってね!」
「…カモって、何処から?」
好奇心をそそられたらしい会長さん。ソルジャーの方はニッと笑うと。
「分からないかな、君に惚れてて、この手の声とかを毎晩妄想している誰か!」
「…まさか、ハーレイ?」
「ピンポーン♪」
大当たり! とソルジャーはビニールプールを指差しました。
「こっちの世界のハーレイを呼んで、釣らせるんだよ、有料で!」
「それでカモなのか…」
「そのとおり! 言い値で釣らせて、しかもいい感じに遊べるってね!」
だって釣るための場所なんだし…、とソルジャーの唇が笑みの形に。
「釣りには釣り竿が欠かせなくって、竿と言えば!」
「…竿?」
怪訝そうな顔の会長さんの耳に、ソルジャーがヒソヒソと耳打ちを。
「………と、こんな感じでどうだろう?」
「その話、乗った!」
このブルー釣りでボロ儲けだ、と会長さんは一気に方向転換しちゃいましたが、教頭先生をカモにする所までは分かります。でも…。
「竿って何さ?」
分かんないよ、とジョミー君が首を捻って、キース君が。
「餌じゃないか? 本物のハムスター釣りみたいに」
「ああ、何回か挑んだら磁石が外れてしまうとかですね!」
買い替え必須になるんですね、とシロエ君。
「そうだと思うぞ、ぼったくり価格で新しい竿を売り付けるんだ」
「「「うーん…」」」
その線だな、と腑に落ちたものの、カモにされてしまう教頭先生。私たちでも難しかった釣り、磁石が外れるオマケつきでは難易度ググンとアップですってば…。



そうして結託してしまった会長さんとソルジャーなだけに、間もなく教頭先生が瞬間移動で呼び寄せられて。
「な、何なのだ、これは!?」
ビニールプールを覗いて叫んだ教頭先生に、会長さんが。
「ブルー特製、サイオニック・ドリームのブルー釣りだってさ。三匹釣ったらブルーからのキスとストリップの賞品が出るらしいんだけど…。挑戦してみる?」
料金はちょっとお高くて…、と告げられた値段は強烈なもの。それは屋台の釣りの価格じゃないだろう、と思いましたが、教頭先生は「是非」と財布を取り出したから凄いです。
「これで一回分なのか?」
「うん。思う存分、釣ってくれればいいからね」
あれ? 餌が外れるまで、って言いませんでしたけれど、いいんでしょうか? 外れてから「もう一回やるなら」って凄い値段を毟るのかな?
ともあれ、教頭先生は割り箸の竿を受け取り、ビニールプールの側に座っていそいそと。下ろされた釣り糸は一匹だか一人だかのブルーの身体に当たって…。
「あんっ!」
鼻にかかった声と、くねる身体と。教頭先生、ビクンと腕を硬直させて。
「な、なんだ!?」
「ああ、それね。そういう仕様になってるんだな、何処に当たってもイイ声らしいよ。でもって、見事に釣り上げた時は「イクッ!」と叫んでいたっけねえ…」
そうだよね? と話を振られたキース君は。
「あ、ああ…。俺には正直、何のことだかサッパリ分からなかったんだが…」
「ほらね、こうして証人もいる。キースは一匹釣ったんだ。正体はキースたちが作った紙の魚だけど、釣り上げられるまでの反応だけはブルー並み!」
頑張って三匹釣ってみたまえ、と煽り立てられた教頭先生、懸命に糸を垂らして努力なさっておられるのですが…。
「やぁぁっ!」
「はい、ハズレ。まったく、何処を狙ってるんだか…」
「ホントにねえ…。ぼくをイカせるには、もっと努力が必要だってね」
でなければ竿を特製に、とソルジャーが言って、会長さんが。
「そうそう、特製の竿があったね、もれなくブルーが食い付くという!」
高いんだけどねえ…、とニヤニヤニヤ。竿って、ついにぼったくり価格の竿の出番が?



「特製の竿?」
教頭先生は惹かれたようで、会長さんがにこやかに。
「それはもう! これに食い付かなきゃブルーじゃない、って素晴らしい竿があるんだけれど」
「高いのか?」
「値段も高いし、度胸も必要。使いたいなら、こんなトコかな」
目の玉が飛び出るような値段でしたが、負けていないのが教頭先生。「ちょっと取ってくる」とソルジャーに瞬間移動で送迎して貰って、タンス預金とやらをドッカン、帯封付きの凄い札束。
「オッケー、それじゃ特製の竿の使用を許可しよう。ブルー、手伝ってあげて」
「もちろんさ! ハーレイ、ちょっと失礼するよ」
ソルジャーが教頭先生の前に屈み込んで、いきなり腰のベルトをカチャカチャと。
「な、何を…!?」
「分かってないねえ、ぼくがもれなく食い付く竿だよ? 君のココしか無いだろう!」
男のシンボルの竿で釣るのだ! とファスナーが下ろされ、私の視界にモザイクが。ソルジャーは手にしっかりと糸を握っています。
「これから膨らむことを考えると、緩めに縛っておかなきゃね。余裕を持たせてこんなもので…、って、あれっ、ハーレイ?」
「…す、すびばせん…」
教頭先生の鼻からツツーッと鼻血が。
「大丈夫かい? それでね、この竿で釣るとぼくがもれなく釣れるんだけど…」
「…た、たのしびです…」
「釣れたぼくはね、君の竿にパクリと食い付くんだな、イク前に! これぞサービス!」
「ふ、ふひつく…!?」
食い付く? と言いたかったのでしょう。そんな教頭先生に向かって、ソルジャーが。
「小さいだけにね、口も小さくて御奉仕とまでは…。でも、感触は本物だから!」
小さな口でもしっかりと! と言い終わる前に、ドッターン! と響いた教頭先生が床に倒れた物凄い音。鼻からは鼻血がブワッと噴水、大事な部分はモザイク状態。
「えーっと…。特製の竿代、これで一回分ってことでいいかな?」
「そうだね、正気を取り戻したら二回目の支払いを済ませて挑戦ってコトで」
今日は思わぬ荒稼ぎが…、と会長さんは御満悦でした。ソルジャーも今日は夜までブルー釣りを開催するようですけど、私たちは御免蒙ります。特製竿まで飛び出した今となってはエロしか残っていない釣り。「そるじゃぁ・ぶるぅ」釣りからブルー釣り。
「…最悪だよね?」
「最悪ですね…」
ジョミー君とシロエ君の溜息を他所に、会長さんとソルジャーは札束の山を山分け中。まだまだお札は増えるんでしょうね、教頭先生、早くカモだと気付いて下さい~!




            御禁制の釣り・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ハムスター釣りの話が発端になって、みんなで楽しく「ぶるぅ」釣り。素敵な発想。
 なのにソルジャーが考案したのは、最悪すぎる釣り。教頭先生、カモにされてますよね。
 これが2018年ラストの更新ですけど、「ぶるぅ」お誕生日記念創作もUPしています。
 来年も懲りずに続けますので、どうぞよろしく。それでは皆様、良いお年を。
 次回は 「第3月曜」 1月21日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、12月は、キース君から賠償金を毟り取ろうとしてまして…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv








※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




シャングリラ学園、只今、夏休み真っ最中。キース君たち柔道部三人組は柔道部の合宿、ジョミー君とサム君は璃慕恩院へ修行体験ツアーに出掛けてお留守です。こういう時には、男の子抜きで会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と遊びに行ったりするんですけど。
「かみお~ん♪ 明日はベリー摘みに行くんだよ!」
「「ベリー摘み?」」
スウェナちゃんと私はオウム返しでしたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「あのね、ちょっと作ってみたいものがあるから…」
「いろんなベリーが欲しいんだってさ」
だから農場へお出掛けしよう、と会長さん。マザー農場かと思いましたが、それとは別。サイオンを持つ仲間が経営している農場の一つで、ラズベリーだとかブルーベリーだとか。コケモモなんかもあるのだそうで…。
「ぶるぅは、サフトって言ってたかな? 寒い北の国の飲み物を作りたいらしいよ」
「えっとね、夏の太陽がギュッと詰まったベリーで作るのがいいらしいの!」
栄養ドリンクみたいなものかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「柔道部の合宿も璃慕恩院も大変でしょ? だから作ってあげたいな、って!」
「いいわね、自然の栄養なのね」
身体に良さそう、とスウェナちゃん。私も大いに賛成です。サフトとやらは色々なベリーに砂糖を加えて作る保存食と言うか、濃縮シロップと言うべきか。水やソーダで割って飲むためのジュース、お菓子なんかにも使えるのだとか。
「というわけでね、明日はみんなでベリー摘み!」
フィシスも一緒に行くからね、と会長さん。これは楽しくなりそうです。農場はアルテメシアに近くて涼しい山の中らしく、瞬間移動でお出掛け可能。避暑をしながらベリー摘みだなんて、いつもと違って面白そう!



次の日の朝、会長さんの家に行くと、フィシスさんが先に来ていました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はベリーを入れるための籠を人数分用意していて、後は行くだけ。青いサイオンがパアッと溢れて、身体がフワリと浮き上がって…。
「「わあっ!」」
山に囲まれた農場はベリーが一杯、待っていた仲間の人が「お好きなだけ摘んで下さいね」と迎えてくれて、摘み放題。普段はお菓子に飾ってあるのしか見ないような様々なベリーが沢山、せっせと摘んでは持って来た籠へ。
「沢山摘んでね、余った分はお菓子にするから!」
いくらあっても困らないもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言ってくれますから、スウェナちゃんも私も籠に何杯も摘みました。無論、会長さんたちも。ベリー摘みの後は農場主の仲間に昼食を御馳走になって、それから瞬間移動で帰宅で。
「えとえと…。一杯摘んだし、サフト、作るねー!」
まずはベリーを洗って、と…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は山のようなベリーを手早く仕分けて、使う分を洗いに出掛けました。それから計量、分量に合わせた砂糖を計って。
「煮て作る方と、煮込まない方と…。両方やってみたいんだもん!」
どっちも頑張る、とサフト作りの開始です。ベリーを潰して布で濾す方と、お鍋でグツグツ煮ている方と。サフトにしないベリーの方は会長さんとフィシスさんが仲良く保存用の袋に詰めて、傷まないように冷蔵庫へ。あちらはお菓子に姿を変えて近い内に登場するのでしょう。
「甘酸っぱい匂いが一杯ねえ…」
スウェナちゃんが言う通り、家の中はすっかりベリーの匂い。煮込んでいたサフトも、濾していたサフトも砂糖たっぷり、それを消毒した瓶に詰めたら出来上がりです。
「かみお~ん♪ サフト、飲んでみる?」
「「うんっ!」」
「こっちが煮た方、こっちが煮てない方だからね!」
はいどうぞ、と水で割って出されたジュースは宝石みたいに綺麗な真っ赤で、飲んだらベリーの味が爽やか。栄養ドリンクと言うよりも…普通に美味しいジュースですよ?
「そりゃね、パワーアップのためのジュースじゃないからね」
サフトはあくまで身体にいい飲み物、と会長さん。けれどビタミンたっぷり、サフトが生まれた北の国では食卓に欠かせないそうで。
「キースやジョミーたちの慰労会もさ、たまにはこういう飲み物がいいよね」
この夏は健康的に過ごそう! と会長さんもサフトを飲んでいます。今年の夏休みはベリーで作った赤いジュースがセットものかな?



「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったサフトは、男の子たちが合宿と璃慕恩院から戻った翌日の慰労会で早速披露されました。夏の太陽がギュッと詰まった、健康的な飲み物として。
「こいつは美味いな、その辺のジュースなんかと違って」
味も深いし、とキース君が褒めると「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで。
「ベリー、沢山使ったから! 一種類だけってわけじゃないから!」
「なるほどな。…焼き肉パーティーのお供にも、なかなかいける」
「でしょ? おんなじ材料でソースとかも出来るの、肉料理とかの!」
夏のベリーは栄養たっぷり! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「キースはお盆の用意とかもあるし、サフト、一瓶あげてもいいよ」
「くれるのか?」
「うんっ! 沢山作ったし、持って帰ってお家で飲んでね」
好みの量の水で薄めて飲んでよね、とサフトを詰めた瓶がキース君へのプレゼント用に出て来ました。卒塔婆書きに疲れたら飲んでリフレッシュ、気分も新たに挑んでくれという心遣いで。
「有難い。…正直、麦茶とコーヒーだけではキツイものがな…」
こういう非日常な飲み物があると非常に助かる、と押し頂いているキース君。
「例年、何か飲み物を、と思うわけだが…。買いに行ってる暇があったら卒塔婆を書こう、と思い直して麦茶とコーヒーの日々なんだ」
「じゃあ、ちょうど良かったね!」
足りなくなったらまたあげるね! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は気前が良くて、サフトの瓶は確かに沢山。私たちと摘みに行ったベリーの残りはお菓子になるのか、それともサフトが追加になるか。この夏休みは何かと言えばサフトで、キース君もサフトを飲んでお盆を乗り切るのかも…。



華麗に登場したサフト。要はベリーのジュースですけど、有難味を演出しようと「サフト」と呼ぶのがお約束。猛暑でバテそうだからとサフトで、卒塔婆書きに疲れたとサフトをゴックン。マツカ君の山の別荘にお出掛けする時も、向こうで飲もうと瓶を持って行ったくらいです。
そんなサフトが定着する中、八月を迎え、キース君のお盆はいよいよリーチ。今日は棚経にお供するサム君とジョミー君の仕上がり具合のチェックだそうで。
「違う、そいつは其処じゃなくて、だ!」
間違えるくらいなら口パクでもいい、とジョミー君に向かって飛ぶ怒声。
「俺はともかく親父は怖いぞ? それにだ、檀家さんにも失礼だろうが、坊主がお経を間違えるなどは!」
「こんなの覚え切れないよ!」
「覚えるも何も、それが坊主の仕事だろうが!」
次は所作だ、と歩き方などの指導が始まりました。墨染の法衣を着せられた二人をキース君がビシバシしごいて、トドメが自転車。法衣が乱れないよう自転車を漕ぐ練習とやらは、会長さんのマンションの駐車場でやってくるのだそうで。
「ブルー、自転車は借りられるんだな?」
「うん、管理人さんに話はつけてあるしね。言ったらすぐに出してくれるよ、二人分」
「恩に着る。…行くぞ、二人とも!」
さあ練習だ、とキース君はサム君とジョミー君を連れて出て行ってしまい。
「うわー…。早速やっていますよ」
シロエ君が窓から下を見下ろし、私たちも。
「暑そうですねえ…。キースは日陰にいるようですけど」
マツカ君が気の毒そうに呟いたとおり、法衣の二人は炎天下の駐車場を自転車で周回させられていました。キース君はといえば夏の普段着、日陰に立って鬼コーチよろしく叫んでいる様子。
自転車修行を終えた二人はもうバテバテで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「大丈夫?」と差し出したサフトを一気飲みです。
「あー、生き返ったぜ…」
「ホント、死ぬかと思ったよ~…」
まだ八月の頭なのに、と討ち死にモードの二人のコップにサフトのおかわり。グイグイ飲んで、再びお経の練習だとか。ご苦労様です、頑張って~!



年に一度のお盆の棚経、普段は法衣を忘れ果てているジョミー君たちも二日もしごけば身体が思い出す様子。そうなれば後は当日に向けて英気を養い、のんびりと過ごすわけですが。
「俺の方もやっと終わったぞ…」
今年の卒塔婆が、とキース君。
「後は飛び込みの注文くらいで、地獄って数じゃないからな。…親父め、なんだかんだで今年も多めに押し付けやがって!」
しかし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方へと向き直ると。
「サフトのお蔭で乗り切れた。…感謝する」
「ホント!? 良かった、やっぱり夏のお日様が詰まったベリーは凄いんだね!」
作って良かったぁ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねた所へ。
「うん、本当に凄いよね」
「「「は?」」」
振り返った先に、優雅に翻る紫のマント。誰だ、と叫ぶまでもなく分かってしまった、会長さんのそっくりさんが其処に…。
「こんにちは。そのサフトとやら、ぼくにもくれる?」
「かみお~ん♪ ちょっと待っててねー!」
ブラックベリーのムースケーキもどうぞ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がササッと用意を。ソルジャーは真っ赤なサフトをコクリと飲んで。
「うん、飲みやすいね、これ。それに美味しいよ」
「でしょ、でしょ! 今年の夏はサフトで元気に乗り切るの!」
夏バテ知らずで元気にやるの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーは「いいねえ…」とサフトを飲みながら。
「夏のお日様のパワーだっけか? これの秘密は」
「そうだよ、お日様たっぷりのベリー!」
「赤って色がまたいいんだよ。ぼくの瞳と同じ色だし、なんともパワーが出そうでねえ…」
如何にもハーレイが漲りそうだ、と妙な台詞が。ハーレイって…まさかキャプテンのこと?
「決まってるじゃないか、サフトを飲んでぼくのハーレイもパワーアップと行きたくってさ」
「無理だから!」
これはビタミンたっぷりなだけの健康飲料、と会長さん。
「栄養ドリンクみたいに見えるけれどね、君が期待するような効果は無いから!」
ただのジュースだ、と言ってますけど、ソルジャー、それで納得してくれるのかな…?



「…効かないのかい?」
君たちを見てると効きそうなのに、とソルジャーは首を捻りました。
「キースはパワーアップして卒塔婆を書いたし、サムとジョミーもバテバテだったのが元気になったし…。ぼくのハーレイがこれを飲んだら、きっと!」
「言っておくけど、他のみんなは普通だから!」
元気が余って仕方がないってわけじゃないから、と会長さんはツンケンと。
「要は気分の問題なんだよ、お日様のパワーが詰まったベリーで健康に、って!」
「えーっ? 分けて貰おうと思って来たのに…」
「欲しいんだったらあげるけどさ…」
でも効かないよ、と念を押す会長さん。
「せいぜい気分転換くらいで、その手の効能は全く無いから! おまけに甘いし!」
「甘いね、確かに」
「君のハーレイ、甘いものは苦手なんだろう?」
「効くんだったら、甘くても喜んで飲むだろうけど…。でも効かないのか…」
困ったな、とソルジャーの口から溜息が。
「なんで困るわけ?」
「ぼくのハーレイに言っちゃったんだよ、凄く効きそうな飲み物を貰って来られそうだよ、って」
「それで?」
「ハーレイも期待しちゃってるんだよ、この夏はパワーアップが出来る、と!」
なんとかならないものだろうか、と尋ねられても困ります。サフトはサフトで、ベリーのジュース。私たちは美味しく飲んで夏を乗り切るつもりですけど、ソルジャーお望みの精力剤とは違うんですから…。
「自業自得だね、帰って潔く謝りたまえ!」
「それはいいけど、パワーアップには、ぼくだって期待してたんだってば!」
サフトさえ貰えれば凄い夏になると思っていたのに、と勘違いについて述べられたって、どうすることも出来ません。サフトはサフトで、ビタミンたっぷりのジュースに過ぎず。
「…ぶるぅがベリー摘みだって言った時から、ワクワクしながら見守ってたのに!」
「材料が何か分かっているなら、効かないことだって分かるだろう!」
「プラスアルファかと思うじゃないか!」
いわゆる真夏の太陽のパワー、と言いたい気持ちは分からないでもないですが。生憎とベリーが真夏のお日様の光を浴びても、妙な変化は起こりませんから!



「…すっごく良く効く、赤い飲み物って言って来ちゃったのに…」
ハーレイも楽しみにしているのに、とソルジャーは零していますけれども、サフトはサフト。ただのベリーのジュースでいいなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」も気前よくプレゼントするでしょうけど、効果の方は全くゼロで。
「いっそ手作りで何とかすれば?」
そういうドリンク、と会長さんがサフトをクイと飲みながら。
「ぼくたちもベリー摘みから始めたんだし、君も効きそうな材料を集めて煮込むとか!」
「…スッポンとかかい?」
「赤にこだわるなら、今の季節は赤マムシだねえ…」
あれなら太陽のパワーもあるかも、と会長さんの口から凄い言葉が。
「赤マムシ? …漢方薬の店で売ってはいるけど、あれに太陽のパワーだって?」
「夏はマムシのシーズンだからね」
何処に行っても田舎なら「マムシ注意」の立て看板が、と会長さんは言い放ちました。
「燦々と太陽を浴びたマムシが潜んでいるのが今の季節で、特に水辺の草叢なんかが高確率でマムシ入りかな」
「ふうん…。それで、赤マムシもその中に?」
「レアものだけどね!」
そう簡単にはいないんだけどね、と答える会長さん。
「マムシの中でも赤っぽい個体が赤マムシ! 普通のマムシより効くってことでさ、重宝されているんだけれど…。なかなか見つかりません、ってね」
「その赤マムシを見付けて煮込めば、いい飲み物が出来るのかい?」
「他にも色々、工夫してみれば? 野生のスッポンも今の季節はお日様を浴びているからね」
その辺で甲羅を干しているであろう、という説明。
「後はウナギも川で獲れるし、君の頑張り次第ってことで」
「うーん…。ぼくの手作りサフトになるわけ?」
「サフトという名が正しいかどうかは知らないけどね」
あくまでベリーのジュースとかがサフト、と会長さんは解説を。本場のサフトはベリーに限らず、エルダーフラワーとか色々な材料があるそうですけど、要は草木の実や花が素材。葉っぱや枝を使うものはあっても、動物由来のサフトは無し。
「だけどサフトにこだわりたいなら、ブレンド用に分けてあげてもいいよ?」
ぶるぅ特製のサフトを一瓶、という提案。さて、ソルジャーはどうするでしょう?



「…ブレンドかあ…」
それに赤マムシでスッポンなのか、と考え込んでしまったソルジャー。流石に作りはしないだろう、と誰もが高をくくっていたのに。
「よし! その方向でサフト手作り!」
一瓶分けて、とソルジャーは真顔で「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼みました。
「ぼくの世界で煮込んでみるから、サフトを分けてくれないかな?」
「えとえと…。ブレンドもいいけど、ちゃんとベリーから作ってみない?」
冷凍してあるベリーがあるから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「作るんだったらレシピをあげるよ、お砂糖の量も好きに調整出来るでしょ?」
「でも、ぼくは料理というものは…」
「大丈夫! ベリーをお鍋で煮るだけだから!」
それにスッポンの甘いお料理もあるの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言ってビックリ仰天。スッポンの甘煮とか、そういった料理?
「んーとね、甘煮って言うんじゃなくって…。フルーツ煮かな? ライチとかが沢山入って、スープは甘くて赤かったよ?」
サフトほど真っ赤じゃなかったけどね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「そうだよね、ブルー?」
「うん、アレの煮汁はほんのり赤いって感じだったね。まさかスッポンを甘く煮るとは、と驚いたけれど、味は悪くはなかったよ」
案外、果物と相性がいい、と会長さんまでが。中華料理の本場の国へお出掛けした時、現地で食べたらしいです。スッポンの肉のフルーツ煮だとは…。
「なるほどねえ…。スッポンが甘いスープや果物と相性がいいとなったら、赤マムシだってベリーと合うかもしれないねえ…」
それにウナギパイは甘いものだし、とソルジャーは納得したらしく。
「分かった、出来上がったサフトとブレンドするより、ベリーから煮込んで作ることにするよ」
「そっちに決めた? だったら、ベリーは好きなのをどうぞ!」
ブルーベリーでもクランベリーでもコケモモでも、と名前をズラズラ挙げられてもソルジャーに区別がつくわけがなくて。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられてキッチンに行って、冷凍庫の中身を覗きながら決めたみたいです。
どうせならあれこれ混ぜるべし、と考えたのか、何種類ものベリーを貰ったソルジャーは。
「それじゃ、頑張って挑戦するよ!」
また来るねー! とパッと姿が消えましたけれど、はてさて、サフトは…?



その日の夕方。今夜は火鍋と洒落込もうか、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が赤いスープと白く濁ったスープを用意し、真ん中に仕切りのある専用鍋も出されて、食事の時間を待つばかり。火鍋はうんと辛いですから、もちろんサフトも出る筈で…。
「お邪魔しまーす!」
「「「!!?」」」
また来たのかい! としか言いようのない、昼間に見た顔。会長さんのそっくりさんが今度は私服で現れて。
「ごめん、ちょっと訊きたいことがあってね」
「どういう用事?」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「スッポンとウナギはゲットしたんだ、どっちもお日様パワーたっぷり!」
「そりゃ良かったねえ…」
「ノルディに訊いたら教えてくれてさ、ウナギのいる川とスッポンのいる池!」
お蔭で真夏の太陽をたっぷりと浴びたスッポンとウナギをゲットなのだ、と得意満面。
「後は赤マムシだけど、ノルディもこれが確実にいる場所を知らなくて…。水辺の草叢って言ってたっけか?」
「その辺が狙い目だと思うけどねえ?」
ついでに今なら獲りやすいのでは、と会長さん。
「マムシは夜行性だし、昼間よりは夜! 君の目だったら夜でも色くらい分かるだろう?」
「それはもちろん! オススメの赤マムシ獲りのスポットは何処?」
「ぼくだって知るわけないだろう! 当たって砕けろで数を当たっていくしかないね」
「やっぱりそうか…。ノルディが無知ってわけじゃなくって」
なら仕方ない、と大きな溜息。
「ぼくは赤い飲み物を早く作らなくっちゃいけないからねえ、行ってくるよ」
美味しそうな火鍋だけれども今日はパス、と瞬間移動でソルジャーは何処かへ消えてしまって。
「…マムシ獲りか…」
火鍋を食うより赤マムシなのか、とキース君が呆れて、シロエ君が。
「スッポンとウナギはゲット済みとか言いましたよね?」
「らしいね、赤マムシが獲れたら本気でベリーと煮込むんだ…?」
なんかコワイ、とジョミー君。サフトはとっても美味しいのですが、ソルジャーが目指すサフトは別物。ウナギにスッポン、赤マムシ。それはサフトと呼ぶのでしょうか…?



赤マムシは無事にゲット出来たらしく、火鍋の席にソルジャーは乱入しませんでした。せいぜい頑張ってサフト作りに励んでくれ、と安堵した私たちですが…。
翌日、例によって会長さんの家で午前中からたむろしていると。
「失敗したーっ!」
一声叫んで、リビングに降って湧いた紫のマントのソルジャーなる人。失敗したって、サフト作りに…?
「ど、どうしよう…。せっかく材料を頑張って集めて、ぶるぅに貰ったベリーもたっぷり入れたのに…。ぼくのシャングリラのクルーも動員してたのに!」
「「「は?」」」
クルーを動員したのに失敗? なんでまた…?
「サフト作りは秘密だからねえ、青の間のキッチンでやることにしたんだけれど…。スッポンだのウナギだの赤マムシだのは、ぼくにはとっても捌けないから…」
その部分だけをクルーにやらせた、という話。ソルジャーの常で厨房のクルーに時間外労働をさせて、記憶は綺麗サッパリ消去。そうやって手に入れたスッポンとウナギと赤マムシの肉をミキサーにかけたと言うから凄いです。
「「「ミ、ミキサー…」」」
「え、だって。肉がとろけるまで煮込んでいたら何日かかるか分からないし…。ミキサーの方が早いってば!」
ドロリとしたのをベリーと混ぜて鍋に入れた、と言うソルジャー。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に貰ったレシピを見ながら砂糖も加えて、火にかけたまではいいのですけど。
「目を放したって?」
それは失敗して当然、と会長さん。
「どうせ焦がしたんだろ、煮てた鍋ごと!」
「焦げてないけど…。それに、ぶるぅに「ちゃんと混ぜて」って言っておいたし…」
「「「ぶるぅ?!」」」
あの悪戯小僧の大食漢か、と唖然呆然。そんなのに鍋を混ぜさせておけば、どう考えてもトンデモな結果しか無さそうですけど?
「そういうわけでもないんだよ。食べ物で釣れば、あれで案外、使えるものでさ」
その上、パパとママの役に立つこととなれば! と主張するソルジャー、「パワーアップ用の飲み物を作る」と「ぶるぅ」に教えていたようです。大人の時間のための飲み物と聞いた「ぶるぅ」は、真面目に混ぜると元気に返事をしたらしいですが…。



「だからと言って、丸投げしたら駄目だろう!」
相手は子供だ、と会長さん。
「君がきちんと責任を持ってチェックしなくちゃいけないんだよ!」
「分かってたけど、つい、うっかり…。ハーレイが「それは何ですか?」って訊いて来たから、例の赤い飲み物を作ってるんだ、って答えたら感激されちゃって…」
その場でディープなキスだったのだ、と言うソルジャー。
「普段だったら、ぶるぅが見てたら駄目なくせにさ…。こう、大胆に触って来た上、ファスナーも下ろされちゃってハーレイの手が中に…」
「その先、禁止!」
喋らなくていい、と会長さんがレッドカードを突き付けましたが。
「でもさ、ホントに凄かったんだよ、「ぼくは鍋の番をしなくちゃいけないから」って言っているのに、「それは、ぶるぅで充分でしょう?」って、大きな手で包まれて擦られちゃうとねえ…」
「もういいから!」
とにかく黙れ、とブチ切れそうな会長さんが振り回しているレッドカード。そういえばサフトも赤いんだよね、と現実逃避をしたくなります。
「それでさ、ついつい、ヤリたい気分になっちゃって…。ぶるぅに「ちゃんと混ぜるんだよ」って鍋を任せて、二人でベッドへ」
「それで焦げないわけがないから!」
「焦げてない!」
焦がしてしまったわけではないのだ、とソルジャーはムキになって反論しました。
「ぶるぅはきちんと混ぜてたんだよ、真面目に徹夜で!」
「「「徹夜!?」」」
「そう、徹夜」
キャプテンと熱い大人の時間を過ごしたソルジャー、鍋を火にかけていたことも忘れて朝までグッスリ。目を覚ましてからハッタと気が付き、慌ててキッチンに向かったそうなのですが。
「…それって、いわゆる火事コースだから!」
鍋から火が出るパターンだから、と会長さんが怒鳴り、私たちも揃って「うん、うん」と。火にかけたお鍋を一晩放置って、どう考えても燃えますから!
「ちゃんとぶるぅが見ているんだから、焦げそうになったら火を止めるって!」
「だけど失敗したんだろう?」
ぶるぅは役に立たなかったんだろう、と会長さん。失敗したなら、そうなりますよね?



「…焦げたわけではないんだよ」
そこは本当、とソルジャーは「ぶるぅ」がきちんと役目を果たしたことを強調しました。
「ぼくが行った時にもまだ混ぜていたし、本当にうんと頑張ったんだ」
ソルジャー曰く、徹夜でお鍋を混ぜ続けた「ぶるぅ」はお腹が減ったか、厨房から様々なものを瞬間移動で取り寄せ、食べながら混ぜていたようです。キッチンの床にはお菓子やチーズの包み紙などが幾つも転がり、「ぶるぅ」の頬っぺたには溶けたチョコレートがくっついていたとか。
「ふうん…。君よりよっぽど真面目じゃないか、ぶるぅの方が」
「…そうかもしれない…」
だけどサフトは失敗したのだ、とソルジャーはとても残念そうです。ぶるぅがきちんと混ぜていたのに、何故に失敗?
「…煮詰めすぎたんだよ…」
あれを液体とはもはや呼べない、とソルジャーが嘆く鍋の中身は、赤い飲み物になるサフトではなく、真っ黒なタールのようなもの。何処から見たって飲み物には見えず、強いて言うならペースト状の代物だそうで。
「何と言うか、もう…。飲むんじゃなくってパンに塗るとか、そんな感じになっちゃったんだよ! ぼくの大事なサフトが出来上がる筈だったのに!」
「…なら、塗れば?」
塗れば、と会長さんが顎をしゃくって。
「焦げてないなら、それこそ塗ればいいだろう! 君が自分で言ったとおりにパンに塗るとか、ソース代わりに料理に添えてみるとかさ!」
「…えっ?」
「それで効き目があったら御の字、駄目で元々、試してみれば?」
どんな出来でも材料はサフトだったんだし…、と会長さん。
「スッポンだのウナギだのが入っているのをサフトと呼ぶかどうかはともかく、ベリーや砂糖は入ってるんだし…。それを煮詰めて出来たものなら、焦げていないなら食べられるだろう」
「…そうなのかな?」
どうなんだろう、とソルジャーが首を捻った時。
『助けてーーーっ!!!』
物凄い思念が炸裂しました。小さな子供の絶叫です。頭を殴られたような衝撃を受けて、誰もがクラリとよろめきましたが。…今の思念って「そるじゃぁ・ぶるぅ」じゃないですよね?



何事なのか、と部屋を見回した私たち。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目も真ん丸です。やっぱり「そるじゃぁ・ぶるぅ」の思念じゃなかったのか、と思った所へ。
『たーすーけーてーーーっ!!!』
誰か助けて、とまたも思念が。しかも「死ぬ」とか「殺される」だとか、穏やかではない内容です。ガンガンと響く思念ですけど、このマンションに住んでいる筈の仲間たちの反応がありません。これだけ響けば、普通は誰かが「どうしたんだ!?」と騒ぎ出す筈で。
「「「も、もしかして…」」」
この凄まじい思念は私たちにしか届いていないということでしょうか? この部屋限定で響き渡って、救助を求めているのだとか…?
「こ、この思念って…」
ジョミー君が目を白黒とさせて、キース君が。
「ぶるぅか、あっちの世界の方の?」
「でも、助けてって叫んでますよ?」
あの「ぶるぅ」が、とシロエ君。
「しかも本気で死にそうですけど、そういうことって有り得ますか? あのぶるぅが?」
「シャングリラの危機…じゃなさそうだよね?」
それならブルーが反応するし、とジョミー君の視線がソルジャーに。そのソルジャーも事態が飲み込めていないみたいで。
「な、なんで助けてって言ってるんだろ?」
「ぼくが知るわけないだろう!」
ぶるぅの保護者は君なんだろう、と会長さんが眉を吊り上げ、「助けて」の声は今や悲鳴に変わっていました。キャーキャー、ギャーギャーと只事ではない雰囲気です。
「どう考えてもこれは普通じゃなさそうだから! 早く帰って!」
「…そ、そうする…」
サフトの件はまた今度、とソルジャーの姿がパッと消え失せ、それと同時に「ぶるぅ」の悲鳴もパタッと聞こえなくなりました。
「…ブルー宛のメッセージだったのかな、あれ?」
ジョミー君が顎に手を当て、サム君が。
「そうじゃねえのか、止んじまったし…。でもよ、ぶるぅに何があったんだ?」
「「「さあ…?」」」
それが分かれば苦労はしない、と誰の考えも同じでした。「助けて」で「死ぬ」で「殺される」。あまつさえ最後はキャーキャー、ギャーギャー、悪戯小僧に何があったと…?



「オオカミ少年って言うヤツなのかな?」
いわゆる悪戯、と会長さんが述べた意見に、私たちは「それっぽいか」と頷くことに。「ぶるぅ」だったら空間を超えて「殺される」という偽メッセージだって送れるでしょう。
「…一晩中、鍋を混ぜさせられたんだったな?」
多分そいつの腹いせだろう、とキース君も。ソルジャーとキャプテンはベッドで楽しく過ごしていたのに、「ぶるぅ」は食事も与えられずに自己調達しつつ、お鍋の番。徹夜で頑張って混ぜ続けた挙句、失敗作だと言われてしまえば仕返しの一つもしたくなるかも…。
「傍迷惑ねえ、死ぬだの殺されるだのってビックリするわよ」
スウェナちゃんが頭を振り振り、言ったのですけど。…オオカミ少年だったにしては、あれから時間が経ちすぎてませんか?
「そういえば…。ブルーだったらガツンと殴って戻りそうな気も…」
会長さんが眺めるテーブルの上には、私たちが食べかけていた甘夏のシフォンケーキのお皿や、お馴染みになったサフトが入ったコップ。ソルジャーの分はまだ用意されておらず、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出しそびれたままになっています。
「…甘夏のシフォンケーキが好みじゃないってことはない筈…」
「うん、前にも出したけど、おかわりしてたよ?」
好きな筈だよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「…好物を食べに戻って来ないって…。ブルーなら絶対に有り得ないんだけど…」
「まずないな。ついでに午前中に湧いて出たなら、昼飯を食って帰るのが基本の筈だが」
平日の場合、とキース君が指差すカレンダーの今日の日付は見事に平日。つまり、オオカミ少年な「ぶるぅ」を一発殴って、おやつと昼食を食べに戻るのが普通なわけで…。
「…まさか、ホントにシャングリラが危なかったとか…?」
会長さんの声が震えましたが、マツカ君が。
「それだけは無いと思います。ぶるぅがあれほど絶叫するなら、それよりも先に戻る筈です」
確か思念で常に様子を見ている筈です、と冷静な指摘。言われてみればそうでした。こっちの世界でのんびり別荘ライフを楽しんだりする時は「ぶるぅ」までが留守。そんな時でもシャングリラを放って来られる理由は、ソルジャーが監視しているからで…。
「じゃあ、何が…?」
「サッパリ分からん…」
俺が知るか、というキース君の言葉は全員に共通、これは放置しかないですね…。



そうやって思考を放棄してしまった、「ぶるぅ」の「助けて」「殺される」事件。すっかり綺麗に忘れ去ってから三日ほどが経ち、いよいよお盆も迫って来た頃。
「こんにちはーっ!」
明るい声が会長さんの家のリビングに響いて、紫のマントのソルジャーが。
「あっ、今日のおやつも美味しそう! それと、サフトも!」
よろしく、とソファに腰掛けたソルジャーの姿に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパタパタとグレープフルーツと蜂蜜のタルトを切り分け、真っ赤なサフトも運んで来て。
「えとえと…。ぶるぅ、元気にしてる?」
「それはもう!」
おやつも食事も食べ放題で幸せ一杯、とソルジャーは笑顔。
「ぶるぅのお蔭でぼくは天国、ぼくのハーレイも天国ってね! 食事もおやつも御礼にドカンとあげなきゃ駄目だろ、死にそうな目にも遭ったんだしさ」
「本当に死にそうだったわけ!?」
会長さんの声が引っくり返って、私たちも唾をゴクリと飲み込む羽目に。あの日、「ぶるぅ」に何があったと…?
「話せば長くなるんだけどねえ、ぶるぅが徹夜で煮詰めたサフト! ぼくがこっちに来てしまった後、ぶるぅはハーレイに食べさせたんだよ。新作のジャムを作ったから、って」
「「「し、新作…」」」
悪戯小僧な「ぶるぅ」の新作。食べればロクな結果になりそうもなくて、さりとて食べねば悪戯されるに間違いなくて。キャプテンの心境はドン底だったに違いありません。
「そりゃね、ハーレイもぶるぅの怖さは知っているしね…。だけどトーストに塗り付けて渡されちゃったら仕方ない。見かけの割にやたら甘いな、と思いながら食べたらしいんだけど…」
「「「らしいんだけど…?」」」
「直後に、身体に漲る活力! もはやヤるしかない勢いで! だけど肝心のぼくがいなくて…。最初は堪えていたみたいだけど、何処かでプツンと理性が切れてさ」
これもブルーの一種なのだ、とばかりにキャプテンは「ぶるぅ」を青の間のベッドに放り投げた上、服を毟りに掛かった次第。それって、つまり…。
「そうさ、ぶるぅとヤろうとしたのさ、ハーレイは!」
「「「うわー…」」」
それは「助けて」で「死ぬ」であろうと、「殺される」と叫んだ挙句にキャーキャー、ギャーギャーになるであろうと顔面蒼白。ソルジャーのサフト、効きすぎですって…。



ソルジャーが慌てて戻った時には、真っ裸に剥かれた「ぶるぅ」の身体に素っ裸のキャプテンが圧し掛かろうとしていた所だったとか。
「流石のぼくも頭が真っ白になったけれどね、何が起こったか分かったらもう、嬉しくて! 直ぐにぶるぅを床に投げ飛ばして、代わりにベッドに!」
それからはもう天国目指してまっしぐら…、と満足そうな顔のソルジャーはキャプテンと心ゆくまでヤリまくった末に、例のサフトを愛用する日々。
「毎日、トーストを焼いてあげてね、それにサフトをたっぷりと! そうすれば、もう!」
疲れ知らずのハーレイと朝までガンガン、とソルジャーはそれは嬉しそうで。
「お盆が済んだら、マツカの海の別荘だろう? ぼくたちはもちろん、サフト持参で!」
そして毎日が天国なのだ、と言うソルジャーがキャプテンと共に部屋に籠りそうなことが容易に想像出来ました。凄いサフトを作った「ぶるぅ」は御馳走三昧で過ごすのでしょう。
「君たちがサフトを飲んでたお蔭で、ぼくたちも充実の夏なんだよ!」
太陽のパワーを集めた飲み物はやっぱり凄い、と褒めまくっているソルジャーですけど。サフトってそういうものだったでしょうか、ただのベリーのジュースなのでは…。
「…サフトが間違っている気がするんだが…」
あれは俺の卒塔婆書きの友でリフレッシュ用の飲み物なんだが、とキース君。その認識で間違っていないと思います。けれど何故だか出来てしまった、まるで別物のカッ飛んだサフト。夏の別荘が荒れませんよう、神様、よろしくお願いします~!




           太陽の飲み物・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 夏に美味しい、ベリーのサフト。本来はスウェーデンの家庭で作られる飲み物です。
 効きそうだからとソルジャーが作ったサフトは、失敗作が転じて、凄い代物に…。
 シャングリラ学園、11月8日に番外編の連載開始から10周年の記念日を迎えました。
 ついに10年に届いたというのが、我ながら、もうビックリですね。
 次回は 「第3月曜」 12月17日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、11月は、スッポンタケの戒名が消せるかどうかが問題で…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv









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