シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、今日も平和で事も無し。ソルジャー夫妻や「ぶるぅ」を交えてのお花見も終わり、年度始めの賑やかな行事なんかもおしまい、平常授業が始まっています。出席義務の無い特別生の私たちは例によって律儀に出席ですが…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
授業、お疲れ様! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれる放課後。このためだけに毎日登校、授業を受けているわけで。
「今日のおやつは桜イチゴのムースケーキなの!」
「「「桜イチゴ?」」」
そんなイチゴがあっただろうか、と驚きましたが、桜は桜でイチゴはイチゴ、という答え。
「あのね、桜の花と葉っぱの塩漬けのムースと、イチゴのコンポートを重ねてあるの!」
でもってスポンジもほんのり桜の香り、と運ばれて来たケーキは桜のピンクとイチゴの赤との二段重ねで、スポンジ台。これはとっても期待出来そう!
「えとえと、キースたちが来たら切ろうかな、って…」
待てない人はこっちをどうぞ、と桜のパウンドケーキまでが。どっちも食べたい気分です。パウンドケーキを薄く切って貰うことに決め、ジョミー君たちと味わいながら待っている内に。
「すまん、待たせた」
「遅くなっちゃってすみません」
キース君にシロエ君、マツカ君の柔道部三人組が壁をすり抜けて入って来ました。桜イチゴのムースケーキが切られて、柔道部組には「お腹空いたでしょ?」と焼きそばなんかも。
「ああ、すまん。…まあ、今日はそれほど練習の方はしてないんだがな」
「そうなの?」
だけどいつもの時間だよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「練習しない日はもっと早くない?」
「そうなんだが…。今日は新入生の指導をしていたからな」
「お稽古じゃなくて?」
「稽古もつけたが、それよりも前に相談といった所だろうか」
ちょっと人生相談を…、という話ですが。入部早々に人生相談って、クラブ辞めますとでも言われましたか?
特別生であるキース君の裏の顔と言うか、本当の仕事は副住職。お父さんのアドス和尚が住職を務める元老寺のお坊さんのナンバー・ツーです。お坊さんは二人だけですけれど。
職業柄、ボランティアにお出掛けなどもよくあるのですが、柔道部で人生相談とは…。
「壁にブチ当たった新入生でもいたのかよ?」
えらい早さでぶつかったな、とサム君が。
「普通、もうちょっと後じゃねえのか、ゴールデンウィークが明けた頃とか」
「そういう壁ではないからなあ…」
「でもよ、人生相談なんだろ?」
そう聞いたぜ、と訊かれたキース君は。
「ああ、ルックスのことでちょっとな」
「「「ルックス!?」」」
ルックスと言ったらアレなんでしょうか、いわゆる外見。早くも女の子に振られてしまって落ち込み中とか、これからアタックするに際しての心得を訊きに来ていたとか…?
「いや、まあ…。それに近いと言えば近いか…」
「素早いねえ!」
もう女の子に目を付けたんだ、とジョミー君。
「それってブルーも真っ青じゃない? シャングリラ・ジゴロ・ブルーも顔負け」
「だよなあ、半端ない早さだぜ」
頑張れっていった感じだよな、とサム君も言ったのですけれど。
「そうではなくて、だ。…今後の人生について、ちょっとな」
「でも、ルックスって…」
「そいつにとっては人生がかかっているってことだ」
たかが眼鏡の話なんだが…、とキース君はフウと溜息を。
「「「眼鏡?」」」
眼鏡と言えばグレイブ先生。何かと言えば指でツイと押し上げるトレードマークの眼鏡ですけど、あれに人生がかかるって…なに?
「それだ、いわゆるトレードマークだ。イメージが大事と言うべきか…」
「新入部員に眼鏡の生徒がいたんですよ」
其処がちょっぴり問題で…、とシロエ君。柔道部に眼鏡で何が問題?
キース君たちがやってきたという人生相談。眼鏡をかけた新入生が対象だったようですが…。
「何故、問題なのか分からんか?」
柔道だぞ、とキース君はソファに座ったまま、手だけでスッと構えのポーズ。
「柔道で分からないなら、相撲でもいい。眼鏡の関取を見たことがあるか?」
「「「…眼鏡の関取?」」」
言われてみれば、そんな力士は目にしたことがありません。幕内だろうが幕下だろうが、テレビの向こうは眼鏡なんかは無い世界。
「ほら見ろ、眼鏡の力士はいないだろうが。柔道だってそれと同じだ」
「要するに危険なんですよ」
割れますからね、とシロエ君が。
「それに割れなくても、ある意味、危険物ですから。自分もそうだし、相手もそうです。試合にしたって稽古にしたって、眼鏡は凶器になり得るんです」
「「「あー…」」」
確かに、と頷く私たち。眼鏡自体が割れなくっても、ウッカリ飛んだら怪我をするとか、色々と危なそうなもの。それで眼鏡の新入生に注意をした、と…。
「そういうことだ。だがな、今までの学校とかで言われていないらしくてな…」
「なら、眼鏡無しでも見えてるんじゃないの?」
きっとそうだよ、とジョミー君。
「授業中だけかけているとか、そういう人は少なくないしさ」
「そいつも今まではそうだったらしい。しかし、受験を控えて夏休みを最後に柔道は中断したらしくてな…。その間に学習塾などに通いまくって視力の方が…」
「今は見えにくいらしいんですよ」
健康診断でも引っ掛かったそうで…、とシロエ君が。
「日常生活に必須なトコまで来てるようです、彼の近眼」
「それはキツイかもね、眼鏡無しだと…」
ちょっと想像つかないけれど、と眼鏡の世界なるものを思い浮かべているらしいジョミー君。私も考えてみましたけれども、視界がぼやけてしまうんでしょうか?
「そのようだ。そいつも今では外すと俺たちの顔もぼんやりとしか見えないらしい」
「マズイよ、それじゃ!」
そんなので柔道が出来るわけ? というジョミー君の疑問はもっともなもの。その新入生、大丈夫ですか?
「…大丈夫じゃないから人生相談になるんだろうが」
そして時間を食われたのだ、とキース君の口から再び溜息。
「教頭先生が大先輩かつ顧問の立場で仰ったんだ。柔道部への入部を諦めるか、眼鏡をやめてコンタクトレンズにすべきだ、とな」
「コンタクトレンズもハードの方だと外れやすいとかで…。ソフトレンズで、と仰いました」
そうなんですが…、とシロエ君も溜息を。
「自分のイメージが崩れてしまう、と心理的な抵抗が大きいようで…」
「けどよ、今まで眼鏡で柔道やってたんだろ?」
サム君の問いに、マツカ君が。
「柔道の時だけ眼鏡を外していたらしいんです。で、今回も入部して来て、さて…、と練習に取り掛かったら見えにくかった、と」
「最初は俺たちも気付かなかったが、先輩たちの顔の区別がついていないと判明してな」
それで一気に明るみに出たのが今日だ、とキース君。
「教頭先生は「とにかくコンタクトレンズを作って来い」と仰った。そうでなければ入部は認められない、とな。しかしだ、それで今日の稽古から外されたそいつがドン底で…」
「ぼくたちの出番になったわけです」
苦労しました、とシロエ君からも嘆き節が。
「ソフトレンズはハードと違って、外したヤツを水で洗ってもう一度…、とはいかないそうで」
「消毒が必要なんですよ。ですから、柔道部のためにはめたら、はめっ放しに」
外せないんです、とマツカ君が説明したんですけれど。
「えっ、部活が終わったら外せばいいだけの話じゃないの?」
そう思うけどな、とジョミー君が指摘すれば。
「甘いな、新入生には朝練があるぞ。俺たち以外は基本、朝練がもれなくついてくる」
「そうなんです。つまり、朝練のためにはめたら、授業中もコンタクトレンズになるわけですよ」
マツカ君の解説に「あー…」と納得。眼鏡の新入部員とやらは学校では眼鏡無しになる、と。
「そういうことだ。それでイメージが崩れてしまう、と悩んでいてな…」
「眼鏡を捨てるか、柔道を捨てるか。そういった相談をしてたんですよ」
まさに人生相談でした、と柔道部三人組は酷くお疲れのようですが。眼鏡にこだわりの新入部員とやらは、キース君の「俺だって一度は坊主頭にしたんだ!」という強烈な体験談を食らって覚悟を決めて、コンタクトレンズを作りに行くとか。まさにめでたし、めでたしですね。
「…コンタクトレンズの覚悟はいいけど…。キースの坊主頭は反則…」
あれはサイオニック・ドリームだったし、とジョミー君がブツブツと。
「道場ではサイオニック・ドリームで誤魔化しておいて、学校は「これはカツラだ」って大嘘をついて今の髪型で来てたんだけどな?」
「細かいことはどうでもいいんだ、要は覚悟が決まればいいんだ!」
たかが眼鏡だ、とキース君が叫んだ所へ「こんにちは」の声。
「「「!!?」」」
誰だ、と振り返った先でフワリと翻った紫のマント。会長さんのそっくりさんがスタスタと近付いて来て、ソファに腰掛けて。
「ぶるぅ、ぼくにも桜イチゴのケーキ!」
「うんっ! それと紅茶で良かったよね!」
ちょっと待ってねー! とキッチンに駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。注文の品は直ぐに出て来て、ソルジャーがケーキにフォークを入れながら。
「…なんだか大変だったようだね、眼鏡の件で」
「そうなんだが…。あんたには分からん世界だろうな」
キース君が返すと、ソルジャーは「なんで?」と怪訝そうな顔。
「どうしてそういうことになるんだい?」
「あんたの世界は医療技術もグンと進んでいるんだろうが! たかが近眼、治せる筈だぞ」
「そりゃまあ、ねえ…。でもさ、君のクラブの新入部員じゃないけど、こだわるタイプはぼくの世界にだって多いんだよ」
ぼくのシャングリラにも眼鏡はある、と聞いてビックリ、SD体制とやらがはびこるシャングリラの外の世界にも眼鏡は大勢と知って二度ビックリ。
「…君の世界にも眼鏡がねえ…」
会長さんが「考えたことも無かったな」と頭を振っています。
「てっきり無いものだとばかり…。近視は治せるのに眼鏡なんだ?」
「そうなんだよねえ、ちょっとお洒落なアイテムとでも言うのかな? 嫌いな人はサッサと治してしまうんだけどさ、治さないままで眼鏡はいるねえ…」
それに対応した宇宙服まであるんだけれど、と聞かされて三度ビックリです。宇宙服を着ようって時にもヘルメットの下には眼鏡だなんて、柔道どころのレベルの話じゃないですってば…。
「ぼくはさ、眼鏡も特に問題は無いんじゃないかと思うけどねえ?」
新入部員のこだわりとやらも分かる気がする、とソルジャーは言うのですけれど。
「それは、あんたの世界ならではのグンと進歩した眼鏡だろうが!」
そう簡単には吹っ飛ばないとか割れないだとか…、とキース君。
「宇宙服の下でもオッケーとなれば、そういう眼鏡だ!」
「…どうなんだろうね、ぼくは眼鏡とは全く縁が無いからねえ…」
ぼくもハーレイも眼鏡は全く必要無いし、と呑気な返事が返ってきました。
「ぼくたちは揃って補聴器の方で、視力は至って普通なんだよ」
ついでに聴力もサイオンで補助は可能なわけで、と説明されずとも分かります。ソルジャーもキャプテンも、私服でこちらの世界に来た時は補聴器無し。それで不自由が無いのですから、もしかしたら視力もサイオンで矯正可能ですか?
「それはもちろん。人類だったら近視を治すには手術をするとか、毎日治療に通うとか…。だけどミュウなら近視のままでもサイオンで普通に見えるだろうね」
それでも眼鏡を選ぶタイプが何人か…、とソルジャーの証言。
「小さい間はサイオンを上手く使えない子もいるからさ…。眼鏡が必要な場合もあるけど、大きくなったらサイオンで自然と補えてくるし、それでも駄目なら手術もあるし」
なのに眼鏡が減らないのだ、と「こんな感じで」と思念で送り込まれたソルジャーの世界のシャングリラ。食堂の風景らしいですけど、確かに眼鏡が何人かいます。
「あの眼鏡はねえ、殆どの人は…度数って言うんだったっけ? 矯正用の仕掛けが入ったレンズじゃなくって、ただのレンズで伊達眼鏡なんだよ」
「「「伊達眼鏡!?」」」
「そう、かけてますって言うだけのお洒落アイテム! 眼鏡を外してもサイオンで見える!」
「「「うーん…」」」
そこまで眼鏡にこだわるのか、と私たちには理解不能な眼鏡を愛する人々の世界。でも…。眼鏡無しでも見えるんだったら、眼鏡の方に細工をしたらググンと拡大可能だとか?
「生憎とそういう眼鏡は無いねえ…」
その発想も無かったからね、とソルジャーは暫し考え込んで。
「…なるほど、眼鏡に細工をすれば拡大とかかあ…。それもいいかも…」
これを何かに生かせないだろうか、と腕組みまでして思案している様子。私、マズイことを考えちゃったわけではないでしょうね?
眼鏡、眼鏡…、と繰り返していたソルジャーですけど、突然、ポンと手を打って。
「そうだ、コレだ!」
「「「は?」」」
「いいと思うんだよ、サイオン・スコープ!」
「「「サイオン・スコープ?」」」
なんじゃそりゃ、と顔を見合わせる私たち。暗視スコープなら知ってますけど…。
「暗視スコープ? ああ、人類軍が使うアレかな」
暗闇でも見えるって装置のことかな、とソルジャーが訊いて、キース君が。
「ソレのことだが? もっとも、俺たちの世界じゃ平和にオモチャもあるんだがな」
「あったっけ?」
そんなオモチャ、とジョミー君。するとシロエ君が「知りませんか?」と。
「大きなチェーンのオモチャ屋さんだと置いてるんですよ。一時期、話題になりましたが」
「そうなんだ?」
「ええ。なんでも見え過ぎで服が透けるとか」
「「「服が!?」」」
どうしてそういうことになるのだ、と仰天しましたが、シロエ君曰く、仕組みの問題。なんでも物体が放出している熱赤外線とやらを可視化した結果、服の下にある人間の身体がスケスケに…。
「それって、とってもマズくない?」
犯罪だよ、とジョミー君が言った途端に、ソルジャーが。
「奇遇だねえ! サイオン・スコープもそういう結果を目指すんだけどね?」
「「「えっ?」」」
「ただしサイオンだからターゲットを限定することが可能! ブルーの服だけが透けて見えます、ってね!」
「「「ブルー!?」」」
ブルーと言えば会長さん。ソルジャーの名前もブルーですけど、この場合は多分、会長さん。その会長さん限定で服が透けるって、いったいどういうスコープですか!
「どういうって…。もちろんハーレイ用だけど?」
こっちの世界の、とソルジャーはサラッと恐ろしいことを。
「こっちのハーレイ、見たくてたまらないようだしねえ…。ブルーの服の下ってヤツを」
だからサイオン・スコープを作ってプレゼント! とカッ飛んだ方向へと飛躍した眼鏡。まさかソルジャー、本気でソレを開発すると…?
「ぼくは至って本気だけど?」
面白いし、とソルジャーは笑顔で会長さんに尋ねました。
「こっちのハーレイ、透視能力はどのくらい?」
「…お愛想程度のモノだと思うよ、うんと集中してギフトの紙箱が透けるかどうかってトコ」
「うんうん、基礎はあるんだね!」
だったら充分いける筈だ、と勝手に決めてかかっているソルジャー。
「ぼくのサイオンで補助してやればね、透視能力がググンとアップ! 眼鏡っていう媒体があればターゲット限定も何処まで見せるかも自由自在に調整可能!」
作ってくるよ、と盛り上がられても困ります。会長さんの服だけが透ける眼鏡を教頭先生に渡そうだなんて、それは明らかに犯罪なのでは…。
「えっ? ぼくはこっちの世界の人間じゃないし、犯罪も何も」
「ぼくが困るんだよ!」
なんでハーレイにサービスをせねばならないのだ、と会長さんが柳眉を吊り上げました。
「ぼくは自分を安売りする気は無いからね!」
「誰がタダだって話をしてた?」
「「「は?」」」
「当然、料金はガッツリ頂く!」
眼鏡の代金と調整料金、と妙な台詞が。
「「「調整料金?」」」
「そうだよ、度数をアップしたけりゃ追加料金が要るんだよ!」
最初は上着が透ける程度で…、とソルジャーは指を一本立てました。
「それもブルーが上着を着ていないから、ってシャツが透けるってわけじゃない。あくまで上着なら上着限定、その下のシャツも透けさせたいってコトになったら度数をアップ!」
下着を透かすなら更に度数をアップせねば、とグッと拳を握るソルジャー。
「そして、その先! どんどん度数をアップしていけば服はすっかり透けるんだけど!」
「「「…透けるんだけど…?」」」
「今度はモザイクがかかるってね!」
そう簡単にブルーの裸は見られない仕組み、と極悪な仕様が明らかにされて。
「モザイクを除去して欲しいと言うなら、当然、此処でも度数アップで!」
追加料金がドカンと発生するのだ、とソルジャー、物凄いことを言い出しましたが。サイオン・スコープ、出来た場合はとんでもないことになりそうな…。
「どうかな、度数アップで追加料金を頂くんだけど?」
でもって君と山分けなんだ、とソルジャーは会長さんの耳に悪魔の囁き。
「おまけにサイオン・スコープだしねえ、こっちのハーレイは本当に透けてるつもりでいたって、事実かどうかは分からないってね!」
ましてモザイクがかかってくれば…、とクスクスと。
「こっちの世界の旅行パンフレットとかによくあるじゃないか、「この写真はイメージです」って。ああいう調子でハーレイの脳内のイメージってヤツを投影しとけば、それっぽく!」
「…つまり、本物のぼくの裸は見えないと?」
「そういうコト! 怪しまれないように服の段階ではちゃんと透かすけど」
で、どうかな? と再度、ソルジャーに問い掛けられた会長さんは。
「その話、乗った!」
「オッケー、これで決まりってね!」
早速ぼくの世界で作ってくるよ、とソルジャーはサイオン・スコープとやらの制作を決めてしまいました。会長さん限定で服が透けると噂のサイオン・スコープを。
「眼鏡のフレームはどんなのがいいかな、こっちのハーレイに似合うヤツとか?」
「…お洒落なアイテムをハーレイに与えるつもりは無いからねえ…」
似合わないのがいいであろう、と会長さんは頭の中であれこれ検索していたようですけれど。
「そうだ、この際、グレイブ風で!」
「あのタイプかい?」
「うん。あれはグレイブには誂えたように似合っているしね、逆に言えばハーレイなんかに似合うわけがないと!」
「…確かに…。君もホントに鬼だよねえ…」
ああいう眼鏡を作るんだね、とソルジャーは部屋の壁を通り越した彼方のグレイブ先生の部屋を覗いている様子。教職員専用棟の中にミシェル先生と二人用の部屋があるのです。
「よし、形とかのデータは頭に入れた! 後はぼくのシャングリラで作らせるだけ!」
そしてぼくのサイオンを乗せるだけ、とソルジャーの頭の中にはイメージがバッチリ出来たようです。会長さん限定で服が透けてしまうサイオン・スコープ、度数アップの度に追加料金までが発生するというサイオン・スコープ。
「さて、最初はいくらで売り付けようか?」
「そうだねえ…。度数アップの料金の方は、倍々ゲームで増えるのがいいね」
二倍が四倍、四倍が八倍…、と会長さんとソルジャーが始めた料金相談。キース君たちが持ち込んできた人生相談の話題、エライ方向へと向かってますが…?
その週末。会長さんのマンションに集まって賑やかにお好み焼きパーティーを開催中だった私たちの所へ、ソルジャーが瞬間移動で現れて。
「出来たよ、例のサイオン・スコープ!」
眼鏡のフレーム作りに手間取っちゃって、とソルジャーの手には眼鏡ケースが。
「このケースもねえ、ホントだったらシャングリラのロゴが入るんだけど…。それはマズイし、ロゴ無しで!」
「それはいいけど、眼鏡を作ったクルーたちは? また時間外労働かい?」
会長さんの問いに、ソルジャーは「うん」と悪びれもせずに。
「だからちょっぴり遅くなってさ。なにしろ、ぼくのハーレイを連れてってフレームを顔に合わせて作らなきゃだし、そうなると当然、勤務時間外」
だけどきちんと視察に行っておいたから、と言うソルジャーのクルーに対する御礼は視察。自分の世界で使わないものを作らせた場合は記憶の消去を伴いますから、御礼を言っても意味が無いそうで、視察に出掛けて激励のみ。
「要するに、今回も「ご苦労様」の一言だけで済ませて来た、と」
「何を言うかな、ソルジャーの視察と労いの一言はポイント高いんだよ?」
シャングリラでは栄誉ある出来事なんだよ、と威張り返られても、私たちには分からない世界。たとえ記憶を消してあっても、お菓子の一個とかでも差し入れすれば…。
「いいんだってば、視察と「ご苦労様」でぼくのシャングリラの士気は上がるしね!」
ブリッジだってそうなんだから、と言われてしまうと返す言葉もありません。こんなソルジャーに牛耳られている皆さん、お疲れ様としか…。
「それでさ、サイオン・スコープだけどさ」
これから売り付けに行かないかい? とソルジャーは煽りにかかりました。むろん、ちゃっかりお好み焼きパーティーの面子に混ざりながら。
「いいねえ、ハーレイは家に居るようだし…」
「みんなで行ったら君の服だけ限定で透ける仕様もハッキリ説明出来るしね?」
「それがいいねえ、ぼくの服しか透けません、ってね」
で、どんな仕組み? と眼鏡ケースを眺める会長さんに、ソルジャーはサイオンの使い方の説明を始め、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「そうなんだ!」などと感心しているのですけれど。
「…分かりませんね?」
ぼくたちには、とシロエ君が言い、キース君が。
「ああ、サッパリだな」
思念波くらいの俺たちにはな…、とサイオニック・ドリームが坊主頭限定で使える人でも言う始末。つまりはサイオン・スコープの仕組みはサッパリ、謎な作りの眼鏡としか…。
お好み焼きパーティーが済んで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手際よく後片付けを終えると、教頭先生の家へと出発です。会長さんとソルジャー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と三人分の青いサイオンがパアアッと溢れて…。
「な、なんだ!?」
リビングのソファで寛いでおられた教頭先生が大きく仰け反り、会長さんが。
「ご挨拶だねえ、今日は素敵なアイテムを持って来てあげたのに」
「…アイテム?」
「そう! その名もサイオン・スコープなんだよ!」
これ、と会長さんはソルジャーの手から眼鏡ケースを受け取り、教頭先生に渡しました。
「まあ開けてみてよ、気に入ってくれるといいんだけれど」
「…???」
ケースを開けた教頭先生が取り出した眼鏡は、まさしくグレイブ先生風。似合わないんじゃあ、と私たちが思うのと同時に、教頭先生ご自身も。
「…こういうタイプの眼鏡フレームは似合わないのでは、と思うのだが…」
「そう言わずにさ! ちょっとかけてみて、それからぼくを見てくれれば…ね」
「お前をか?」
「そうだよ、そしたらサイオン・スコープの意味が分かるかと!」
ちなみに今日のぼくはこういう上着を…、と会長さんはその場でクルッと回って見せて。
「今年の流行りのデザインなんだよ、君はこういうのに疎そうだけど」
「う、うむ…」
「フィシスが選んでくれたんだよねえ、この色が一番いいだろう、って! だから…」
その眼鏡をかけて是非見てみて、と言われた教頭先生、何も疑わずに眼鏡を装着。うっわー、やっぱり全然似合ってませんよ…。ですが。
「…ありゃ?」
教頭先生は眼鏡を外して会長さんをまじまじと眺め、またかけてみて。
「…うーむ…?」
外して、かけて、また外して。何度もやっている教頭先生に、会長さんが。
「どう、ハーレイ? ぼくの裸が見えたかな?」
「裸!?」
なんだそれは、と引っくり返った教頭先生の声。それはそうでしょう、いきなり「ぼくの裸」と言われて驚かない方が変ですってば…。
「その眼鏡はねえ、サイオン・スコープってヤツなんだよ。名前はさっきも言ったけれどさ」
いいかい、と会長さんは真面目な顔で。
「実はブルーが開発したんだ、ブルーのサイオンが使ってあるわけ。それでね…」
「ぼくから君へのプレゼント!」
ソルジャーが話を引き継ぎました。
「いつも何かと報われない君に、ブルー限定で服がすっかり透けちゃう眼鏡をぼくが開発しました、ってね! その名もサイオン・スコープってわけ!」
透けてるかい? と訊かれた教頭先生は眼鏡をかけて会長さんをまじっと眺めて。
「え、ええ…」
「なら良かった。ただ、君の透視能力ってヤツが分からなくってさ、ぼくのハーレイに合わせて来たから、もしかしたら透け方が足りてないかも…」
「はあ…」
「もしも足りないようだったらねえ、度数アップに応じるよ」
ただし有料! とソルジャーは其処を強調しました。
「サイオン・スコープは大負けに負けて、九割引きで出血大サービス! 買う?」
料金はこんなものなんだけど、とソルジャーが告げた価格からドカンと九割引き。それでも充分にお高い値段で、アルテメシアでも一番の高級ホテルと名高いホテル・アルテメシアのメイン・ダイニングの最高のコースを三回くらいは食べられそうですが…。
「よ、喜んで買わせて頂きます!」
「本当かい? 作った甲斐があったよ、ぼくも」
教頭先生はいそいそと財布を持って来て、ソルジャーに全額キャッシュで支払いを。今月はまだ麻雀で負けていないのか、はたまた勝ったか。気前のいい支払いっぷりに、ソルジャーも大満足で渡されたお金を数えると…。
「オッケー、これでサイオン・スコープは名実ともに君のもの! それさえかけていればブルーの服がいつでもスケスケ、裸をバッチリ見られます、ってね!」
「…そ、その件なのですが…」
「ん?」
「じ、実は度数が今一つで…」
どうやら上着しか透けて見えないようなのですが、と教頭先生、しっかり申告。日頃のヘタレは何処へ行ったか、スケスケに透けるサイオン・スコープが欲しいんですね?
「そうか、度数が合ってないんだ…?」
度数アップは有料だけど、とソルジャーがスッと料金表を差し出しました。
「ぼくのサイオンを常に乗せておかなきゃいけないっていう辺りもあってね、度数を一気に上げるというのは無理なんだよ。段階的に、ってコトになるかな」
「段階的に…ですか…」
「君の透視能力さえ優れていればねえ…。ぼくのハーレイ並みでさえあれば、今ので充分にスケスケになる筈だったんだけど…。とりあえず一段階上げるためには、この値段だね」
「こ、これですか…」
ソルジャーの指が示した料金はゴージャスなもの。けれどソルジャーの指は更に隣の枠を指差し、その隣をも。
「こんな風にね、一段階上げるごとに料金も上がっていくんだけれど…。何処ですっかりスケスケになるか、実はぼくにも読めなくってさ」
「は、はあ…」
「透け過ぎちゃうとブルーの身体も透けてしまうし、度数アップは段階を追うのをお勧めするよ。上げてしまった度数を元に戻すより、そっちがお得」
下げる場合は技術料として別料金が…、と示された箇所にドえらいお値段。目を剥いている教頭先生に、ソルジャーは「ね?」と営業スマイルで。
「だから一段階上げてみようか、料金を支払ってくれるんならね」
「お、お願いします!」
必ずお支払いしますので、という教頭先生の御要望に応じて、ソルジャーは「じゃあ、貸して」とサイオン・スコープを受け取り、両手の手のひらの上へ乗せると。
「えーっと、まずは一段階、と…」
サイオン・スコープが青いサイオンの光に包まれ、それが収まった後、ソルジャーは自分でかけてみてから「はい」と教頭先生に。
「一段階アップしてみたよ、これで今度こそ透けるといいねえ?」
「は、はいっ!」
期待しています、と眼鏡をかける教頭先生に、会長さんが「スケベ」と一言。けれども教頭先生はメゲるどころか、会長さんを食い入るように眺めた後で。
「…どうやらこれでも駄目なようです…」
「そう? もう一段階、アップしてみる? 高くなるけど…」
「かまいませんっ!」
全く惜しくはありません、と鼻息も荒い教頭先生、もう完全にカモですってば…。
一段階ずつ度数をアップ。ソルジャーは途中から「先払いで」と言い出し始めて、教頭先生は「大丈夫です!」とキャッシュをバンバン。タンス預金と言うのでしょうか、ご自宅に金庫があったようです。
「ブルーのために、と日頃から蓄えておりまして…」
「うんうん、実にブルーのためだね、裸を拝むにはいい心掛けだと思うよ、ぼくも」
ソルジャーは度数アップと称して、せっせとキャッシュを毟りまくって。
「今度こそ大丈夫だと思うけどねえ?」
「あ、ありがとうございます!」
これで今度こそ下着も透ける筈です、と勇んで似合わない眼鏡をかけた教頭先生だったのですが。
「……はて……???」
「どうかした?」
「そ、そのぅ…。何やらモザイクがかかっているような…」
「ああ、やっとそこまで辿り着いたんだ?」
元々そう見える筈だったんだよね、とソルジャーの口から嘘八百が。
「最初から丸見えでは有難味が無いし、モザイクは基本装備なんだよ」
「…そ、そうなのですか…」
残念そうに肩を落とした教頭先生に、ソルジャーは。
「でも、大丈夫! モザイク除去のサービスも別にあるからね!」
ただし有料、と出て来た別の料金表。これまた細かく段階が分けられていて…。
「ぼくのハーレイなら一回で完全にモザイクを除去出来るんだけど…。君の場合は…」
「何段階になるか分からないというわけですね?」
「話が早くて助かるよ。モザイク除去が要るんだったら、今度もキャッシュで」
「もちろんです!」
もう幾らでもお支払いさせて頂きます、と教頭先生の欲望はボウボウに燃え上がっていて、キャッシュをバンッ! と。モザイク第一段階除去が完了したようですけど。
「…どうかな、ハーレイ?」
「…まだのようです…」
「仕方ないねえ、じゃあ、もう一段階やってみる?」
「お願いします!」
ブルーの裸のためならば、と猪突猛進な教頭先生は全く気付いていませんでした。眼鏡をかける度にまじまじ見ている会長さんの顔に、楽しそうな笑みが乗っていることに。
支払い続けること何十回目だか、ようやく教頭先生は望み通りのサイオン・スコープを手に入れました。会長さん限定で服がすっかり透けてしまって丸見えな眼鏡。
「こ、この眼鏡は素晴らしいですねえ…」
「そうかい? ぼくも嬉しくなってくるねえ、そうやってブルーの裸に親しんでいればヘタレもいずれは直るだろうし」
「そうですね!」
頑張って眼鏡生活を始めてみます、と教頭先生はソルジャーとガッチリ握手を。会長さんが大きな溜息をついて、「ぼくとの握手は?」と。
「散々、ぼくの身体を眺め回して握手無しとは厚かましいしね?」
「う、うむ…」
「ふふ、素っ裸のぼくと握手って? あ、視線を下に向けないようにね」
君には刺激的過ぎるから…、という会長さんの言葉に釣られて下を向いてしまった教頭先生、派手に鼻血を噴きましたけれど。
「…す、すまん…」
「だから言ったのに、下を見るなって。学校でもちゃんと気を付けるんだよ、眼鏡ライフ」
「ちゅ、注意する…」
しかし出会い頭に裸だったら…、と頬を染めつつ、眼鏡を外すつもりはまるで無いらしい教頭先生。週明けには校内でグレイブ先生と揃いの眼鏡の教頭先生にお目にかかれることでしょう。
「頑張るんだね、ぼくで鼻血を噴かないように」
「ぶるぅの部屋から滅多に出てこないから、そうそう会えるとも思えないのだが…」
「何を言うのさ、せっかく大金を払った眼鏡だしね? ぼくからは無料で散歩をサービス」
教頭室の窓の下とか中庭とかを散歩するよ、と会長さんは片目をパチンと瞑りました。
「せいぜい眺めて楽しんでくれれば…。ぼくにもその程度のサービス精神はあるんだよ」
結婚とはまた別だけどね、と言われた教頭先生は感無量。サイオン・スコープに大金を支払った甲斐があったと言わんばかりの感動の面持ちですけれど…。
「…あれってイメージなんだよねえ?」
瞬間移動で引き揚げて来た会長さんのマンションでのこと。ジョミー君の問いに、ソルジャーが。
「当たり前だろ、本当に透けて見えてるんならブルーが黙っちゃいないってね!」
「そういうことだよ、ハーレイの妄想の産物なんだよ、見えているのは」
あれだけ支払った挙句にイメージ、と大爆笑する会長さんとソルジャーはキャッシュを山分けしていました。教頭先生のタンス預金はまだまだ家にあるのだとかで。
「次はレーシックを勧めてみようかと思うんだよ」
ソルジャーが大量のお札をバラ撒いてヒラヒラと降らせています。
「「「レーシック?」」」
「そう、レーシック! こっちの世界の近視治療の方法なんだろ?」
前にこっちのノルディに聞いた、とお札をパァーッとバラ撒きながら。
「眼鏡が要らなくなる治療! それをサイオン・スコープに応用、裸眼でもれなくブルーの裸を拝めます、ってね!」
「なるほど、次はレーシックねえ…」
それもいいねえ、と会長さんがニヤニヤと。
「ぼくの裸を見慣れて来た頃、眼鏡無しライフをお勧めする、と!」
「そう! ぼくのシャングリラで入院と手術ってことで、料金の方は!」
ジャジャーン! とソルジャーが披露した額は壮絶でしたが、会長さん曰く、教頭先生だったらキャッシュで充分に払えるのだとか。
「ふふ、ハーレイにレーシックねえ…」
「うんと毟って、これどころじゃない札束の海を!」
「かみお~ん♪ お金のプールで遊ぶんだね!」
わぁーい! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ね、会長さんたちはすっかりやる気。騙されてカモられた教頭先生、まだカモられるようですけども。
「…まずは週明けのシャングリラ学園が楽しみですね?」
教頭先生が眼鏡ですよ、とシロエ君が指を立て、サム君が。
「グレイブ先生のとお揃いだしよ、なんか色々と笑えるよな!」
「とどのつまりはイメージってトコが最高なんだと思うわよ、コレ」
スウェナちゃんの言葉にプッと吹き出す私たち。カモられてしまった教頭先生、眼鏡の次はレーシック希望となるのでしょうか。札束の海も楽しみですけど、これからの鼻血と、いつ真相に気付かれるのかも楽しみです~!
眼鏡で素敵に・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生が大金を払って、ゲットした眼鏡。効果は抜群みたいですけど、本当はイメージ。
そうとも知らずに、次はレーシックに挑戦かも。眼鏡姿は、似合うんですかねえ…?
次回は 「第3月曜」 11月19日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、10月は、キノコが美味しい季節。さて、どうなる…?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
お正月も冬休みも終わり、シャングリラ学園ならではの新年の行事も昨日の水中かるた大会でフィナーレ。もちろん私たちの1年A組がぶっちぎりの学園一位ですから、先生方による寸劇という副賞もゲット。その翌日は土曜日で…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
例によって会長さんの家へ出掛けてゆけば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。外は雪も舞っていて寒かったですが、此処は暖房が効いてポカポカ、窓越しに見る雪もまた良きかな。
「寒かったでしょ? しっかり温まってね!」
ホットココアに出来立てスフレ! と、温かい飲み物にオーブンから出したばかりのふんわりスフレ。今日はオレンジらしいです。うん、美味しい!
「おはよう!」
「「「は?」」」
もう「こんにちは」な時間なのでは、と声がした方を見てみれば。
「やあ。ぶるぅ、ぼくにもスフレはあるかな?」
「えとえと…。焼き時間が要るから、待っててくれれば…」
「うん、それでいいよ」
のんびり待つよ、と会長さんのそっくりさんが。紫のマントってことは、これからお出掛けではないようですが…。
「ああ、お出掛けなら昨日済ませたからね」
空いていたソファにストンと腰掛け、ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来たホットココアを一口。
「君たちは寸劇とやらで燃えていたけど、ぼくはノルディとデートでさ…。寒い時期には芸術観賞もいいものですよ、って連れて行かれちゃって」
「「「芸術鑑賞?」」」
「そう。ノルディの趣味で美術館! 何処がいいのかサッパリ分からない絵ばかり見ててもつまらないったら…」
でも、その後のお楽しみがね…、と聞いて緊張が走りましたが、行き先はホテルとはいえ部屋ではなくてメインダイニング。個室で二人でフルコースをご賞味、ゆっくりと食べてそこでサヨナラ。エロドクターは下心たっぷりに部屋も予約していたらしいのですけど。
「生憎、ぼくには待っている人がいるからねえ…」
だから帰った、と澄ました顔のソルジャー。はいはい、キャプテンのことですね?
デートの話を聞いている間に焼き上がって来ました、ソルジャーの分のオレンジスフレ。早速スプーンを入れつつ、ソルジャーは。
「ぶるぅの料理も美味しいけれどさ、昨日はちょっと珍しいものを御馳走になって…」
「珍しいもの?」
なんだいそれは、と会長さん。
「何処のホテルもぶるぅがメニューをチェックしてるけど、そんなに珍しいのがあったかな?」
どう? と訊かれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「んーと…。これは食べなきゃ、って印を付けるほどのは無かったよ?」
「そうだよねえ? それともブルーの世界には無い食材なのかな?」
そっち方面だとまるでお手上げ、と両手を広げた会長さんですが。
「えっ、食材かどうかは分からないけど…。普通に存在してるよ、あれは」
「じゃあ、調理法が珍しいとか?」
「そういうわけでも…。でもさ、ぶるぅは作らないよね、鳩の料理って」
「「「鳩!?」」」
鳩って、あの鳩なんですか? 公園とかに居る、クルックーって鳴く…。
「そうだけど?」
高級食材なんだってねえ、とソルジャーは得意そうな顔。
「品種としては公園に居るのと同じらしいけど、ちゃんと食用に育てた鳩! それのテリーヌとかローストとか!」
美味しかった、とソルジャーが言った途端に。
「うわぁーん、鳩さん、可哀相だよう!」
食べられちゃったあ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が半泣き状態。
「鳩のお料理、ぼくだって作ろうと思えば出来るだろうけど…。でもでも、鳩さん、可哀相なの! 可哀相だから作らないのーっ!」
美味しいんだけど、でも可哀相、と支離滅裂な言葉からして、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も鳩料理は食べているようです。けれど料理をするのは別件、自分ではやりたくないらしく。
「鳩さん、とってもお利口なのに! 食べなくってもーっ!」
「「「利口?」」」
はて、と私たちは首を捻りました。カラスが賢いという話は聞きますが、鳩って賢い鳥ですか? 公園で餌を撒いたら寄って来ますけど、それは鯉とかと同じレベルじゃあ…?
「…鳩って頭が良かったですか?」
シロエ君が見回し、キース君が。
「俺は知らんが…。璃慕恩院の境内にも鳩は山ほどいるがな、そういう話は聞いていないな」
「だよねえ、ぼくも知らないけど…」
頭がいいのはカラスなんじゃあ、とジョミー君。けれど…。
「ホントだもん! 鳩さん、お手紙運ぶんだもん!」
ちゃんと運んでくれるんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に言われてピンと来ました。
「「「あー、伝書鳩!」」」
綺麗にハモッた私たちの声。ところがソルジャーはキョトンとして。
「なんだい、その…。えっと…」
「伝書鳩かい?」
会長さんが訊くと「うん」という返事。
「初耳だけれど、それはどういうモノだい?」
「なるほど…。君の世界には無くて当然かもしれないねえ…。なにしろ古典的な通信手段だし」
「通信手段?」
「そう。鳩の足に手紙をつけて飛ばせば、目的地に届くという仕組み」
ただし一方通行だけど、と会長さん。
「帰巣本能を使ってるから、家に向かっての片道のみさ。だから定期的に往復させたかったら、お互いに鳩を飼う必要が出て来るんだよ。そして先方に送り届けてスタンバイさせる、と」
ずうっと昔はそうやっていた人たちもいた、という話。空を飛ぶだけに早いですから、郵便とかのシステムが充実するまでは便利な通信手段だったとか。
「頭がいいかどうかはともかく、役立っていたことは確かだね」
「ふうん…。お使いをしてくれる鳥だったんだ…」
ぼくはてっきり食べるものだとばかり、と鳩料理の件を話すソルジャー。
「ノルディは如何に高級食材なのか、ってことは語っていたけど、伝書鳩は何も言わなかったよ」
「食べてる最中に喋っちゃったら興ざめだよ、それ」
ぶるぅでなくても「酷い」と言い出す、と会長さん。
「君の場合はタフだからねえ、相槌を打ちながら食べ続けるかもしれないけれど…。相手によっては「デリカシーに欠ける」と責められたって仕方ないから!」
「それで教えてくれなかったのか…」
面白そうな話なのに、とソルジャーの人差し指が顎へと。面白そうって、伝書鳩が?
「ぼくの世界には無い通信手段ねえ…」
確かに全く要らないだろうね、とソルジャーは窓の向こうをチラリと眺めて。
「空どころか、宇宙空間を越えて通信しなけりゃいけないしね? 鳩を飛ばして間に合う世界じゃないからねえ…」
SD体制が始まるよりも前の段階で既に無かったであろう、と言われてみればそうかもしれません。地球が滅びそうだから、と他の惑星へ移民を始めていたような世界ですから、のんびり鳩を飛ばして手紙どころでは…。
「それもそうだし、大気汚染が酷くちゃねえ…。鳩は飛んでは行けないよ」
「「「あー…」」」
そうした関係で忘れ去られた通信手段か、と深く納得。もっとも、私たちの世界でだって伝書鳩は過去のものになりつつありますが…。
「そうでもないよ?」
まだ現役だよ、と会長さん。
「「「現役?」」」
「名前はレース鳩に変わっているけど、手紙を運ぶ代わりに早さを競う鳩レースがね」
仕組み自体は伝書鳩と変わりはしないのだ、と会長さんは解説してくれました。遠い場所から放した鳩が家に着くまでの所要時間でレース結果が出るらしく…。
「だから愛好家はけっこういるよ? 伝書鳩ならぬレース鳩のさ」
家に鳩小屋を作ってせっせと世話を…、と聞いてビックリ。現役でしたか、伝書鳩。
「アルテメシアにも愛好家の人が何人も…ね。そしてレースをさせている、と」
「「「へえ…」」」
そういう鳩も飛んでいるのか、と外を見てみれば、ちょうど鳩らしき鳥の群れが遠くを飛んでいました。まあ、公園の鳩なんでしょうが。
「そうだね、あれは公園のだねえ…」
たまにレース鳩が混ざるんだけど、と会長さんが話してくれた豆知識。レースのために飛び立った鳩が迷子になって帰れなくなり、そのまま仲間の鳩を見付けて公園在住になってしまうとか。
「レース鳩は足輪をつけているから、その道のプロが見付けてくれれば捕獲して届けてくれるんだけど…。普通の人だとまず気付かないし、公園の鳩で終わるケースも多いかもね」
「レース鳩より伝書鳩がいいな」
そっちがいいな、とソルジャーの声が。そりゃあ確かに伝書鳩の方が役に立つ上、ロマンもあるように思いますけど。ソルジャー、伝書鳩が欲しいんですか?
レース鳩より伝書鳩の方が、と妙な台詞を吐いたソルジャー。けれどソルジャーが鳩を飼っても、シャングリラの中でしか使えない筈。思念を飛ばせば済む世界だけに、あちこち迷惑がかかるだけだという気がします。糞害とか。
「…糞害って?」
何のことだい、とソルジャーはやはり知らない模様。
「そのまんまの意味だよ、糞が落っこちて社会の迷惑」
こっちの世界では名物で…、と会長さんが説明しました。名物と言っても迷惑な方で、鳩が沢山住み着いた場所には「頭上注意」とかの注意書きがある、と。
「注意したって降ってくるものは避けられないしね? 何処で糞を落とすか分からないから」
「…それは困るかもしれないねえ…」
これからデートって時に頭に糞とか…、と頷くソルジャー。
「だけどさ、それは鳩だからでさ。きちんと訓練されたものなら大丈夫だよね?」
「「「は?」」」
「だからトイレは躾済みとか!」
「「「躾?」」」
鳩にトイレの躾なんかが出来るでしょうか? サイオンを使えば可能なのかとも思いますけど…。
「違う、違う! こう、生き物を使った通信手段って斬新だなあ、と思ってね!」
言わば一種のお使いだよね、とソルジャーの指摘。
「まあ、お使いの一種では…ある…かな?」
どうなんだろう、と悩む会長さん。
「鳩は家へ帰ろうと飛んでるだけだし、それに人間が便乗しただけ…?」
「そういう解釈も可能だねえ! でもさ、ぼくにはロマンなんだよ」
通信と言えば思念波か普通の通信手段で宇宙空間をも越えて一瞬、と自分の世界の通信手段について語るソルジャー。それではロマンに欠けるのだそうで、レトロな伝書鳩が憧れ。
「レトロと言えばさ、ぼくのハーレイなんかは羽根ペンを愛用しているからねえ…」
「そうらしいね?」
「だからさ、たまにはぼくもレトロに! 思念を飛ばす代わりに手紙で!」
「はいはい、分かった」
ナキネズミね、と会長さん。
「アレが手紙を咥えて運ぶわけだね、頑張って」
行き先はブリッジとかなんだろう、との台詞に「ううん」と否定が。そうか、ソルジャーだけに厨房に行かせて「おやつちょうだい」とかなのかも?
「ああ、おやつ!」
それもいいねえ、とソルジャーの瞳が輝きました。私、マズイことを考えたでしょうか?
「いいアイデアだよ、「おやつちょうだい」。手紙の文面はそれに決めたよ!」
あちゃー…。ソルジャーの世界のシャングリラに多大な迷惑をかけちゃうようです。私たちの世界にはいない動物、ナキネズミ。アレがソルジャーの手紙を咥えて出掛けて、厨房の人たちが青の間までおやつの配達に…。
「うん、青の間には違いないけど…」
行き先は厨房じゃないんだよね、とソルジャーはニヤリ。もしやブリッジ? ブリッジでお仕事中のキャプテンの所にナキネズミがそういう手紙を届けて、キャプテンは仕事を抜ける羽目に? 厨房に寄っておやつを調達、それからソルジャーの待つ青の間まで…?
「そのアイデアも素晴らしいよ!」
頂いておこう、とソルジャーの声が再び。私はまたしてもマズイ発想を…?
「ううん、マズイどころか素敵で最高! ハーレイだったら盗み食いの心配も要らないしね!」
「「「は?」」」
「おやつちょうだい」と書いた手紙を持たせてお出掛けするのはナキネズミ。それに応えておやつをお届けは人間の役目、ソルジャー用のおやつを盗み食いするようなクソ度胸の持ち主、ソルジャーの世界にいるんですか?
「忘れてないかな、とんでもなく悪戯が好きな大食漢を!」
「「「ぶるぅ!?」」」
「そう、ぶるぅ」
アレをお使いに使おうと思っていたのだ、とソルジャーの発想の方が私よりも斜め上でした。ちゃんとナキネズミがいるというのに、「ぶるぅ」とは…。でもって「ぶるぅ」は使えないからキャプテンだなんて、何か間違っていませんか?
「えっ、間違ってはいないけど? だって、ナキネズミには無理だからねえ…」
「お使いがかい? 鳩よりよっぽど利口なんじゃあ?」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「そりゃ、ナキネズミは使える動物だよ? だけど、こっちの世界に行かせたらマズイだろ?」
「「「え?」」」
「おやつちょうだい、って手紙の宛先は此処なんだよ!」
この家か、シャングリラ学園にある「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋か、どっちか。其処へ「おやつちょうだい」な手紙を出すのだ、って本気ですか!?
ソルジャー憧れの伝書鳩。うんとレトロな通信手段を使いたいそうで、手紙の宛先はよりにもよって私たちの世界。しかも文面が「おやつちょうだい」。
「なんなのさ、それは!」
会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーは。
「ダメかい、「おやつちょうだい」ってヤツは? それなら普通の手紙にするけど…」
元々そういう案だったし、と顎に手を当てて。
「明日は遊びに行ってもいい? とかさ、そういう手紙を出そうかと…。でもねえ、「おやつちょうだい」だと毎日おやつが貰えるしね?」
こっちの世界に来なくっても、とソルジャー、ニコニコ。
「そしてお使いをするハーレイの方も、少しの間、リフレッシュ! 手紙を届けにやって来たなら、お茶くらい御馳走してくれるだろ?」
「そりゃまあ…。着発で帰れと言えはしないしね、お客様には」
「じゃあ、決まり!」
早速、明日から始めよう! とソルジャーはグッと拳を握りました。
「明日はハーレイ、オフなんだ。ぼくと二人で過ごすんだけれど、その間にお使い第一弾! 二人分のおやつを持たせてやってよ、こっちに来たなら!」
「そ、それはいいけど、君のハーレイ、空間移動は出来ないんじゃあ…」
会長さんの質問に、返った答えは「うん」というもの。
「その辺もあって、ぶるぅを使うつもりでいたんだけどねえ…。盗み食いのリスクを考えてみたら、ぶるぅじゃ全然使えやしない。ここは一発、ぼくの力で空間移動を!」
そしてハーレイがお使いに来る、と一方的に決まってしまった、伝書鳩ならぬ伝書キャプテン。明日から「おやつちょうだい」の手紙持参で空間移動をするわけですか~!
とんでもないアイデアに目覚めたソルジャーは夜まで居座り、おやつも食事も堪能してから自分の世界へ帰って行ってしまいました。「明日からよろしく」の言葉を残して。
次の日、私たちは会長さんの家で「今日も寒いね~」と午前中のおやつは餅ピザ、昼食は具だくさんでワイワイとラーメン鍋を。そうこうする内、昨日のことなどすっかり忘れて…。
「すみません、お邪魔いたします」
「「「!!?」」」
誰だ、と一斉に振り向いた午後のおやつの真っ最中。見慣れた紫のマントの代わりに半端な長さの濃い緑色。制服を纏ったキャプテンがリビングに立っていて…。
「どうも、御無沙汰しております」
礼儀正しく頭を下げたキャプテンの首から奇妙なものが下がっていました。紐で下げるタイプのペンダントかとも思いましたが、どうやら金属製の筒。長さは五センチくらいでしょうか。頭を上げたキャプテンは胸元の筒を指差して。
「此処に手紙が入っております。…ブルーからの」
「「「………」」」
本格的にやり始めたな、と誰もが溜息。普通に手紙を持たせる代わりに、伝書鳩よろしく筒入りの手紙。首から下がっているだけマシかな…。
「ブルーが言うには、本当は足に付けたいそうなのですが…」
この辺りに、とキャプテンが示す自分の太もも。足の付け根に近い部分で。
「此処に結んで、それをこちらの……そのう……」
「…ぼくってわけだね、それを開けろ、と」
それは勘弁願いたい、と会長さん。キャプテンが言った場所に筒があったなら、開けるためには会長さんは嫌でもキャプテンの股間を目にする羽目になります。制服で隠れていると言っても、「ちょっと失礼」と顔を近づけないと筒には触れない場所。
「…やはりそうですよね、足は無理だと…」
「お断りだね」
「では、この形でお願いします」
中に手紙が、と胸元の筒を示してみせるキャプテン。開ける係は会長さんに限定されるみたいです。会長さんは「了解」とキャプテンの首から下がった筒を開けて…。
「……おやつちょうだい……」
本気だった、と広げられた手紙。其処にはソルジャーの字でデカデカと書きなぐってありました。例の「おやつちょうだい」の一言だけが…。
空間を超えてお使いにやって来た伝書キャプテン。午後のおやつはドライフルーツとナッツのタルトで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が切り分けながら。
「えっと…。お使いだったら、ぶるぅの分も持ってってくれる?」
「よろしいのですか?」
「うんっ! ぼくとぶるぅは親友だもん!」
だからよろしく、とペコリと頭を下げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、悪戯小僧の「ぶるぅ」と何故か気が合い、大親友。それだけに、お持ち帰り用のおやつも届けてあげたいらしく。
「えーっと、ブルーのと、ハーレイのと、ぶるぅと…。はい、こんな感じ~!」
詰めてみたよ、と持ち運び出来る紙箱にキッチリ詰められたタルト。更に「せっかく来てくれたんだし、食べて行ってね」とキャプテン用のお皿にもタルト。
「…私の分は詰めて頂いたと思うのですが…」
「お使い、大変だと思うから! お腹一杯にならないんだったら食べてって!」
「では、頂戴いたします」
「どうぞ! コーヒーにする? 紅茶にする?」
飲み物の注文まで取った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキャプテン御希望のコーヒーを淹れて、普段とはまるで違う面子でティータイム。いつもだったらソルジャーが混ざる所を何故かキャプテン。
「すみません、御馳走になってしまいまして…」
「ううん、全然!」
それよりお使い、大変だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は同情しきり。
「伝書鳩さんは迷子になっちゃうこともあるくらい、なんだか大変みたいだし…」
「いえ、私の場合はブルーが完璧にコントロールをしておりますから」
行きも帰りも一直線です、とキャプテンは笑顔。
「来る時もほんの一瞬でしたし、帰りもそうだと思いますよ。ブルーはおやつを楽しみに待っていますから」
ただ…、とキャプテンは少し申し訳なさそうな顔で。
「ブルーは一度言い出したら聞かない性分で、当分の間は「おやつちょうだい」が続くかと…」
「かみお~ん♪ ぼくはホントに気にしてないから!」
お客様もおもてなしも大好きだから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はウキウキと。
「毎日おやつを貰いに来てくれると嬉しいな。それに、ぶるぅにも届けられるし!」
「では、これからよろしくお願い致します」
手紙を届けに参りますので、とあくまで礼儀正しいキャプテン。うん、ソルジャーが自分でやって来るより、断然こっちが平和ですよね!
首から下げた金属製の筒に「おやつちょうだい」と書かれたソルジャーの手紙。伝書キャプテンは頑張りました。ソルジャーに呼ばれたとブリッジを抜けては、空間を超えて私たちの世界へと。
本当に忙しい日は持ち帰り用の箱を手にして、急いで元の世界へ戻って。そうでない日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋や会長さんの家でティータイム。
「…こういう体験はなかなか出来ませんねえ…」
感謝しております、と今日も感激の面持ちのキャプテン。ソルジャーの世界のシャングリラにも休憩やお茶の時間はあるそうですけど、そうそう毎日、素敵なおやつが出る筈もなくて。
「此処では当たり前のお菓子なのですが…。私たちのシャングリラでは種類がなかなか…」
お蔭様でブルーも大満足です、とキャプテンは嬉しそうな顔。自分がお使いで手紙を届ければ、奥さんと言うか何と言うのか、伴侶なソルジャーに毎日立派なお菓子を持って帰れるのですから。
「ブルーに聞いた話では、こちらの世界では仕事帰りにケーキなどを買って家に帰るのだそうですね? 土産だ、と提げて」
「毎日ってわけじゃないけどね」
記念日とかが多いかな、と会長さん。
「でなきゃ、喧嘩をした時に仲直り用に買って帰るとか…。毎日ケーキを買って帰る男は少ないと思うよ、一般的な存在じゃないね」
「…そうなのですか? ブルーはそれが普通だと言いましたが…」
「君が実態を知らないと思って言っているだけさ。君は立派な愛妻家だよ」
こうして毎日おやつを貰いに来るなんて、と会長さんはキャプテンをベタ褒めです。
「いえ、愛妻家だなどと…。ブルーが聞いたら怒り出します、妻ではない、と」
「そういえば、未だに決着ついてないねえ、ぶるぅのママの座」
「はい。…私としては、やはりぶるぅのパパの座を目指したいのですが」
『ハーレイ!』
調子に乗るな、と飛び込んで来たソルジャーの思念。伝書キャプテンには見張りもキッチリついているわけで、たまにこうしてお叱りが。けれども大抵、キャプテンは羽を伸ばしてゆったりと過ごし、それからお菓子を詰めた箱を手にして空間移動で元の世界へ。
「…今日もお世話になりました」
「ううん、こちらこそ。楽しかったよ」
「かみお~ん♪ また明日ね~!」
バイバイ、と大きく手を振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、笑顔で見送る会長さんと。この光景もすっかりお馴染み、伝書キャプテン、今日で早くも十日目ですか…。
そして二週間目になろうかという土曜日のこと。いつものように会長さんの家に集まり、午後のお茶の時間にはキャプテンを迎えて賑やかにやっていたのですけど。
「あれっ?」
お客さんかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチャイムの音で玄関へ。管理人さんからの連絡は何も来ていませんけど、宅配便でも届いたのでしょうか? そういう時には管理人さんが下で受け取って運んで来るのが恒例ですし…。
え、なんで宅配便を管理人さんが受け取るのかって? 最上階にある会長さんの家は、二十光年の彼方を航行中のシャングリラ号とも連絡が取れるソルジャー仕様。宅配便の配達くらいでは入れないようになっているのです。
「荷物かなあ?」
頼んだ覚えは無いんだけれど、と会長さん。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」が食材の取り寄せなどもしていますから、そっちだったら覚えが無くて当然で。任せておこう、とティータイム続行、間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻って来たのですが。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよ!」
「「「ええっ!?」」」
何故に教頭先生が、と仰天する間に、ご本人がリビングに入って来られて。
「すまんな、急に。…こ、これは…!」
ご無沙汰しております、とキャプテンに慌てて頭を下げる教頭先生。キャプテンの方もソファから立ってお辞儀を。
「こちらこそ、御無沙汰しております。…今日は御用でらっしゃいましたか」
「いえ、用と言うか…。ブルー、バレンタインデーのザッハトルテだが…」
「そんな事でわざわざ来たのかい?」
会長さんの冷たい声。バレンタインデーのザッハトルテとは教頭先生から会長さんへの貢物のことで、プロ顔負けの腕になられた手作りのザッハトルテが届けられます。
「い、いや…。そのぅ、数を増やせば喜ぶかと…」
「日持ちするから沢山あったら嬉しいけどねえ、そういうのは電話でいいんだよ!」
わざわざ来るな、と蹴り出しそうな勢いですけど、教頭先生と瓜二つなキャプテンの方はソファに座り直してティータイムなわけで。
「し、しかし…」
どうしてこうも待遇が違うのだ、と言わんばかりの教頭先生、キャプテンをまじまじと見ておられます。そりゃそうでしょう、これがホントの月とスッポン、誰でも訊きたくなりますって!
「…あちらさんは仕事のついでなんだよ」
君と一緒にしないように、と会長さんは釘を刺しました。
「思い立ったが吉日とばかりに電撃訪問をかます君と違って、毎日、定時にお使いってね」
「お使い?」
怪訝そうな教頭先生に、キャプテンが「はい」と。
「定時というわけでもないのですが…。こちらで午後のおやつの支度が整いましたら、お邪魔することになっております」
「…それがお使いなのですか?」
お茶を飲むことが、と教頭先生が勘違いなさったのもやむを得ないでしょう。キャプテンは「まさか」と苦笑しながら、首から下げた金属製の筒を指差しました。
「これがお使いの印ですよ。今は空ですが、来る時は手紙が入っております」
「…手紙?」
「ええ。ブルーが書くのです、「おやつちょうだい」と」
「……おやつちょうだい……?」
ますますもって混乱しておられる教頭先生に、キャプテンが。
「そのままの意味です、おやつちょうだい。…そして私が空間移動で手紙を運んで、帰る時にはお菓子を貰って持ち帰ります」
「おやつの宅配便ですか?」
「ブルーは伝書鳩だと言っていましたが…?」
そういう鳩がいるそうですね、とキャプテンは至極真面目な顔で。
「足に付けた筒に手紙を入れて運ぶのだとか…。私も本来は足に付けたいとブルーが言ってはいたのですが…。その…。色々と問題がありまして、首から下げて来ることに」
「はあ…」
それでお仕事中なのですか、と教頭先生、ようやく納得。キャプテンが「そういうことです」と頷き、会長さんが。
「つまり、今も絶賛お仕事中だよ! お菓子の箱を持ち帰るまでが仕事なんだから!」
「かみお~ん♪ 伝書鳩さん、大変だしね? お菓子くらい食べて貰わなくっちゃ!」
そして元気に飛んで帰って貰うんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も満面の笑み。伝書キャプテンが丁重にもてなされる中、教頭先生は会長さんが「今年はこれだけ! 出来たらお願い!」とザッハトルテの希望数を書き付けたメモだけを貰って放り出されました。
お茶もお菓子も、一切、無し。待遇の差も此処に極まれりといった所でしょうか…。
「…あんた、今のは酷過ぎないか?」
キース君が教頭先生が放り出された玄関の方を眺めて、シロエ君も。
「そうですよ。お茶くらい御馳走して差し上げても罰は当たらないと思いますが」
「…電撃訪問して来たような男にかい?」
お仕事とは全く違うんだから、と会長さんは冷然と。
「ぼくの直筆のメモは渡したし、それで充分! 本来だったら電話だけになる所をメモで!」
もう充分に有難いのだ、という持論を展開されては仕方なく。
「…教頭先生、気の毒すぎるぜ…」
サム君が呟き、マツカ君も。
「せっかくザッハトルテの数の確認にいらっしゃったのに…。お気の毒です」
「いいんだってば!」
ぼくがいいと言ったらオッケー! と会長さんが言い放った途端。
「…そうなのかなあ?」
なんだか気の毒、と空間が揺れて、紫のマントのソルジャーがフワリと。
「こんにちは。いつもハーレイがお世話になっちゃって…」
「珍しいねえ、君が来るとは」
当分来ないと思っていたよ、と会長さん。
「うん、来る予定は無かったんだけど…。こっちのハーレイが気の毒すぎてね」
出て来ちゃった、とソルジャーはキャプテンの隣にヒョイと腰掛けました。
「あ、おやつはいいよ? 詰めて貰った分を帰って食べるから」
「それはいいけど、何か用かい?」
「こっちのハーレイなんだけど…。ぼくのハーレイの待遇が羨ましくってたまらないようだし、伝書鳩にしてみないかい?」
「「「伝書鳩?」」」
なんのこっちゃ、と顔を見合わせる私たち。伝書鳩ならキャプテンが毎日やってます。それを見てますから、言いたいことは分かりますけど、教頭先生を伝書鳩に仕立てて何処に飛ばすと?
「こっちのハーレイをお使いに出すと言うんだったら、もちろん、ぼくのシャングリラ!」
手紙は「おやつちょうだい」でいいよ、とソルジャーはニッコリ微笑みました。
「ぼくのシャングリラじゃ、ロクなお菓子は無いんだけれど…。代わりに極上のおやつが青の間に住んでいるってね!」
このぼくだけど、と自分の鼻の頭に人差し指。「おやつちょうだい」の意味はもしかして…?
「そうさ、もちろん、おやつは、このぼく!」
食べる根性があるのならば、と妖艶な笑みを浮かべるソルジャー。
「もちろん普通のおやつも出すよ? 箱に詰めてもあげるけれどさ、このぼくを食べて行かないか、と甘いお誘い!」
「「そ、それは…」」
会長さんとキャプテンの声が重なって。
「ブルー、なんということを仰るのです!」
「最悪すぎるだろ、そのお使い!」
誰がそんな伝書鳩ごっこがしたいものか、と会長さんは叫びましたけど。
「…鳩は迷子になるんだってねえ?」
でもって公園の鳩に混ざって行方不明になるんだよねえ、とソルジャーが自分の唇をペロリ。
「お使いに出たまま行方不明の伝書鳩っていうのもお洒落じゃないかと」
「「「行方不明?」」」
「こっちの世界の昔話にあるだろ、確か竜宮城だっけ? とっても素敵な別世界に行って、其処で暮らすというお話!」
そんな感じで青の間は如何、とソルジャーの瞳がキラキラと。
「ぼくのハーレイは基本が忙しいから、ハーレイの留守にもう一人いると嬉しいなあ…、って。どうせヘタレだから、鼻血三昧だろうけど…。そうそう危ない関係になりはしないと思うけど!」
お使いに出たまま鼻血を噴いて行方不明でどうだろうか、とソルジャーが出した意見に、会長さんが「うーん…」と唸って。
「行方不明か…。今の時期だと受験シーズンだし、後で何かと問題だろうね、ハーレイが消えてしまったら…」
「そうだろう? そんな本来の仕事も忘れて過ごせる竜宮城に、是非!」
「…ハーレイが消えても、代わりはいるか…」
学校の仕事自体は回る筈か、と会長さんはニンマリと。
「よし。お使いに出掛けて行方不明コースを目指してみよう。例年、ハーレイから横流しして貰う試験問題の方はサイオンでいくらでも盗み出せるし、消えちゃっても…ね」
「じゃあ、こっちのハーレイが自発的に仕事を思い出すまで!」
「うん、君の竜宮城とやら!」
お使いに出すよ、と会長さんはソルジャーとガッチリ指切りを。あちらへの空間移動のサポートの約束も取り付け、教頭先生は明日の出発になるようです…。
翌日の日曜、私たちが会長さんの家にお邪魔して間もなく、教頭先生がやって来ました。今日は電撃訪問ではなく、会長さんからの御招待で。
「すまんな、お茶の時間に来てくれということだったから来たのだが…」
早すぎたか? とリビングを見回す教頭先生。お茶の支度は出来ていませんでした。テーブルにはまだティーカップもコーヒーカップもありません。むろん、お菓子も。
「早すぎないよ? むしろ遅いくらい」
「は?」
「君には仕事をお願いしようと思ってさ。昨日、羨ましかったんだろう? ブルーの世界のハーレイが…さ」
会長さんはパチンと片目を瞑ると。
「だからね、君にも仕事をお願い! ちょっとお使いに行って欲しいんだ、ブルーの許可は貰ってあるから!」
あっちの世界でおやつを調達して来てくれ、と会長さんはメモに大きく書き付けました。いつもソルジャーが寄越すあの一文を、「おやつちょうだい」と。
「これをブルーに渡してくれれば、お茶のためのお菓子が手に入るんだ。たまには別の世界のお菓子もいいしね」
「で、では、私は…」
「それを持って帰って来てくれたら、君も交えてみんなでお茶会! そうそう、お使いに行って「食べて行かないか」って誘われた場合は食べて来ていいよ」
その間くらいはお茶だけで凌いで待っているから、と会長さんに唆された教頭先生は。
「…そうか、お使いに行けばいいのだな!」
「うん、この手紙を入れた筒をくっつけて…ね」
こう入れて…、と会長さんの手元にはキャプテンが首に下げて来るのとそっくりな筒が。けれども筒を取り付ける仕組みが違うのです。教頭先生に「よろしく」と近付いた会長さんは。
「…お、おい、ブルー…?」
「あっちのブルーの注文なんだよ、筒は首じゃなくて足に付けろ、と」
それもこの辺…、と会長さんが細いベルトのようなもので筒を結びにかかった先は教頭先生の左の太ももでした。それも足の付け根に近い辺りに、しっかりと。固定する間、会長さんの顔と頭が股間に近付くだけあって、教頭先生は耳まで真っ赤で。
「…あれっ、ハーレイ、どうかしたかい?」
「いや、なんでもない」
「それなら行って来てくれるかな? お使い、よろしく」
じゃあね、と会長さんが教頭先生の腕をポンと叩いて、教頭先生は消え失せましたが…。
「…おやつなんかは最初から期待していないってね」
もう死んだらしい、と鼻先で笑う会長さん。ソルジャーから思念での連絡が入ったみたいです。
「筒を開ける前にまずはサービス、と言ったらしいね」
サービスの内容までは聞いていないけどね、とニヤニヤニヤ。
「それだけで鼻血を噴いて倒れて、お使いどころじゃないらしい。ぼくたちだけでお茶にしようか、ぶるぅ、お願い」
「かみお~ん♪ 今日のおやつは柚子のシフォンケーキだよ!」
お昼御飯に響かないように軽めのケーキ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーからは「それも取っておいて!」と思念が届いたらしくて、午後のおやつを貰いにキャプテンが来たら、今日は二種類渡すようですが…。
「…教頭先生、どうなるわけ?」
まさか本当に行方不明に…、とジョミー君が窓の向こうに降る雪に目をやり、会長さんが。
「さあねえ? 自分の立場とすべき仕事を思い出したら帰れるってブルーは言ってるけれど…」
当分戻って来ないかもねえ、と無責任極まりない発言。あまつさえ、午後になって伝書鳩ならぬ伝書キャプテンが「おやつちょうだい」のメッセージを首から下げて現れて。
「ブルーからの伝言です。竜宮城はお気に召したようだから、今夜は丁重におもてなしする、と」
「「「うわー…」」」
今夜は丁重におもてなし。ということは、お帰りは早くても明日の朝です。もしも学校に間に合わなかったら…。
「受験シーズンに無断欠勤、連絡もつかない状態ってね」
せいぜい悲惨な目に遭うがいい、と会長さんは救い出す気すらありませんでした。教頭先生、キャプテンのお使いに憧れたばかりに命運が尽きてしまいそうです。
「「「竜宮城…」」」
早くお帰りにならないとエライことになると思うんですが…。教頭だのキャプテンだのってポストが消えてしまうかもしれないんですが、教頭先生、いつお仕事を思い出すのでしょうか。頑張って早く正気に戻って下さい、迷子になった伝書鳩だって場合によっては戻るんですから~!
手紙とお使い・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
伝書鳩ならぬ伝書キャプテン、頑張って役に立ったんですけど、その後が問題。
教頭先生がお使いに行った場合は、なんと迷子の伝書鳩。無事に帰れるといいですねえ…。
次回は 「第3月曜」 10月15日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、9月は、お彼岸の法要が大問題。避けられるわけがなくて…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
人恋しくなる秋がやって来ました。私たちには無関係ですが、会長さんには迷惑な季節。片想い歴三百年以上の教頭先生が何かと言えば熱い視線を送ってくるのだとか。
「昨日もなんだよ、たまたま中庭ですれ違ったっていうだけなのに!」
「あんたが中庭にいること自体が珍しいだろうが」
キース君の台詞は至極ごもっとも。会長さんは平日は登校していますけれど、大抵は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でサボリです。私たちが放課後に出掛けて行くまで、そこでのんびり。
「そりゃそうだけどさ…。たまには散歩もしたくなるってね」
秋の高い空は気分がいいものなのだ、と会長さん。
「だからぶるぅと散歩してたら、「いい天気だな」って」
「その挨拶も普通だろうが!」
「だけど視線が熱いんだよ!」
熱いどころか下心が…、と会長さんはブツブツと。
「駄目で元々、あわよくば…、って心が見え見え! ちょっとお茶でも飲まないかと!」
「食堂でか?」
「そんなトコだね、でなきゃ教職員用のラウンジかもね」
とにかく迷惑な季節なのだ、と言いつつも。
「まあ、今日は土曜日だから出くわす心配も皆無だし…。ぼくにとっては吉日なんだよ」
「かみお~ん♪ ゆっくりしていってね!」
お昼はピザにしようと思うの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。もちろん宅配ピザなどではなく、生地から作った御自慢のピザ。みんな揃って大歓声までは良かったのですが。
「ピザだって?」
それはいいねえ、と聞こえて来た声。
「「「!!?」」」
「こんにちは。でもって、今はおやつなのかな?」
ぼくの分も残っているのかい? と出ました、紫のマントを纏ったソルジャー。
「梨のコンポートのタルトだってね?」
「うんっ! それと紅茶だね、ちょっと待ってねー!」
空いた所に座っててね、とキッチンに駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんのマンションで過ごす土曜日、荒れ模様にならなきゃいいんですけど…。
おやつをゲットしたソルジャーは早速、タルトにフォークを入れながら。
「こっちのハーレイも報われないねえ、毎度のことではあるけどさ…」
「報われるわけがないだろう!」
ぼくにその手の趣味なんか無い、と会長さんが突っぱねています。
「なのに諦めが悪いったら…。振っても振っても追いかけて来るし、どうにもこうにも」
「ホントにつくづく深い溝だね、君とハーレイとの間にあるヤツ」
「溝どころか海溝レベルだから!」
底なんか見えやしないんだから、と強烈な例え。
「なのに脈アリかと思ってるんだよ、人恋しくなる季節ってだけで!」
「君は恋しくならない、と」
「ぼくにはフィシスがいるからね」
恋人だったら間に合っている、と会長さんが返し、ソルジャーは「うーん…」と。
「やっぱりハーレイだけが恋人のいない秋を今年も過ごす、と」
「来年も再来年も、この先もずっと!」
「気の毒だねえ…。せめて孤独を癒す方法でも、と思うんだけど」
「ぼくは協力しないから!」
勝手に孤独に過ごしていろ、と会長さんはけんもほろろに。
「家族用だか何か知らないけど、大きな家まで用意したのはハーレイの自業自得だから!」
人の気配の無い家で孤独を噛み締めるがいい、とまで言っていますが。
「あの家、けっこう大きいしねえ…。庭も広いし」
「ぼくとの結婚を勝手に夢見て、ああいう家にしたわけだしね!」
「遊ばせておくのはもったいないよ。ついでに孤独な秋を過ごすのもよろしくないかと」
「ぼくは絶対、行かないから!」
オモチャにするために出掛けてゆくならともかく…、と会長さんは不機嫌な顔。
「あの家の住人になるなんてことは願い下げだよ、一人で住んでりゃいいだろう!」
「まあ、人間は一人でいいけど…」
「「「は?」」」
人間は一人だけで良くって、けれど孤独はよろしくなくて。広い家を遊ばせておくのももったいないとは、ソルジャー、何が言いたいんですか?
「…ペットはどうかと思うんだよ」
一人暮らしの孤独を癒すには、とソルジャーの口から出て来た言葉は斜め上でした。
「「「ペット?」」」
「そう、ペット! あれは癒されるよ」
ぼくもナキネズミを飼っていてね、とソルジャーが始めたペットの自慢。思念波で会話が出来る動物、ナキネズミ。それを使って厨房からおやつを失敬させたり、色々と仲良くしているそうで。
「だからハーレイにも、ペットをね!」
「ハーレイが飼うとは思えないけど?」
そういう性格じゃないんだから、と会長さんのすげない一言。
「あの年まで生きて来てるんだ。寂しかったら、とっくに飼ってる!」
猫とか犬とかお好みで…、という説は説得力がありまくりです。三百年以上も飼わずに来たなら、今更飼うとは思えません。会長さん以外はお呼びじゃなくって、ペットなんかは不要なわけで。
「そうだろうけど、ペットの名前がブルーだったら?」
「「「ブルー?」」」
「そう! 恋人の名前をつけたペットなら、気分も変わってくるってね!」
ペットはキスしても嫌がらないし、とソルジャーは笑顔。
「抱き締めたって、ベッドに一緒に入れて寝たって、ペットは文句を言わないから!」
「それは余計に迷惑だから!」
妄想が広がるに決まっている、と会長さんは叫んだのですが。
「…どうだろう? ペットにもよると思うけどねえ?」
「どういう意味さ?」
「ただ可愛いというだけだったら、妄想だって広がるだろう。…だけど可愛いだけじゃなくって、扱いが難しいペットだったら?」
「…どんなペットさ?」
暴れるのかい、と会長さん。
「機嫌を損ねたら噛み付くだとか、引っ掻くだとか。そういうのをハーレイに飼わせろと?」
「それに近いね」
ちょっといいのを見付けたんだよ、とソルジャーは紅茶のカップを傾けています。ソルジャーが見付けたと言い出すからには、もしやソルジャーの世界の生き物だとか…?
私たちとは違う世界に住むソルジャー。ナキネズミなんていう未知の生物までがいる世界の住人。そこからペットを連れて来る気か、と私たちは思わず身構えました。会長さんだって。
「君の世界の動物ってヤツは問題だから!」
検疫とかもさることながら…、と会長さんはソルジャーの肩書きを持つ身ならではの真面目な顔で指摘しました。
「こっちの世界じゃ有り得ない動物を飼うとなったら、問題、山積み!」
他人に見られたら大騒ぎだし、という声にソルジャーは。
「平気だってば、ぼくの世界の動物じゃないから」
「「「えっ?」」」
「ぼくの世界で少し改良を加えようとは思っているけど、こっちの世界に影響は出ない」
避妊手術と変わらないレベルの細工だから、とソルジャーの笑みは余裕です。
「出来るかどうかは、もう確認済み! ぼくの世界にはその技術がある!」
シャングリラでやったことはないけどデータがあるから充分出来る、と自信たっぷり。
「ハーレイにペットを飼わせるんなら、そういう風に改良するけど?」
「どういうペットさ、改良だなんて」
「量に限りがあるらしくってねえ…」
打ち止めになってしまうのだ、とソルジャー、溜息。
「効果絶大な技を持ってるんだけど、五、六発で終わりらしくって…。打ち止めになったら充填するまでにかなりの時間が」
「ちょっと待った!」
それは本当にペットだろうね、と会長さんが険しい顔に。
「ペットと言う名で実は人間だったんです、ってオチじゃないだろうね、六発だなんて!」
「シーッ!」
抜かず六発は言わない約束だろう、とソルジャーは唇に人差し指を。
「ヌカロクとはまるで違うんだけど…。参考にはなっているんだけれど」
「「「ヌカロク?」」」
「ああ、君たちには分からないからね!」
ブルーだけに通じればそれでいいのだ、とサラッと流された謎のヌカロク。それはともかく、ソルジャーが言ってるペットとやらは何なのでしょう?
絶大な技を誇る割には五、六発で打ち止め、再充填にうんと時間がかかるって、なに…?
「ちゃんと純粋に動物なんだよ、人間じゃなくて」
大きさはこんなものだろうか、とソルジャーが両手で示したサイズはビッグサイズの猫くらい。確かに人間ではなさそうです。
「最近、ペットとして人気が出て来たらしいけど…。ペットショップのヤツだとダメだね」
「「「は?」」」
「売ってるヤツは手術済みでさ、技を繰り出せない仕組み」
「「「???」」」
ますますもって訳が分かりません。どんなペットだ、と顔を見合わせた私たちですが。
「ズバリ、スカンク!」
「「「スカンク!?」」」
スカンクって言ったら、アレですか? オナラが臭いと評判の…。
「そう、そのスカンク! ペットショップで売ってるヤツはさ、オナラをしないように分泌腺を取ってあるわけ」
オナラは実はオナラではない、とソルジャーは説明してくれました。スカンクの肛門の両脇にあるという肛門傍洞腺とやら。其処に溜めておいた分泌液をブシューッとかますのが、いわゆるオナラ。ペットショップで売られるスカンクはそれを手術で除去済みだそうで。
「もしも手術をしていなかったら、攻撃されたらブシューッとオナラ! でもね、オナラには回数制限があって…。分泌液を溜めた袋が空になったら打ち止めってね」
その限界が五、六発なのだ、との話です。ついでに再充填して発射可能になるまでの期間は一ヶ月くらいかかるのだとか。
「普通は五発も六発も撃たないからねえ、それで充分なんだろうけど…」
こっちのハーレイに飼わせるんなら足りないだろう、とソルジャーは会長さんに視線を向けて。
「どうかな、スカンク? 名前はブルーで」
「…ぼくの名前でオナラをすると?」
「そういうわけだね、御希望とあらばガンガンと!」
ぼくの世界にはその技術がある、とソルジャーは胸を張りました。
「再充填までに一ヶ月どころか、半日も必要ないってね!」
「誰がそういうつまらない技術を開発したのさ!」
「さあ…? 学者ってヤツは研究バカだし…」
誰かが趣味でやったんだろう、と言われて納得。確かに世の中、妙な研究に燃えてる学者っているんですよね…。
「オナラ無制限のスカンクねえ…」
それで名前がブルーとはね、と会長さんは複雑な顔。
「ハーレイがオナラを食らいまくる図には興味があるけど、なんだかねえ…」
ぼくの名前、と言いたい気持ちは分かります。よりにもよって教頭先生がペットにスカンク、しかもブルーと名付けるだなんて。
「でもねえ、コレはお勧めなんだよ!」
いろんな意味で、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「こっちのハーレイは世話に燃えるし、君は笑いが止まらない。…そういうのはどう?」
「でも、オナラだよ?」
ぼくにとっては不名誉なのだ、と会長さんは不服そうですけれど。
「オナラがポイント高いんだってば!」
そこが売りだ、とソルジャー、強調。
「ついでにハーレイは君との結婚に向けて頑張る! 努力が報われるかどうかはともかく!」
「…なんでスカンクで結婚なわけ?」
可愛がっていたって評価はしないよ、と会長さん。
「ぼくはそこまで甘くない。いくら甲斐甲斐しく世話をしてても、それと結婚とは別次元!」
「だけど、ハーレイにとってはそうじゃないんだな」
趣味と実益を兼ねた充実の日々が待っているのだ、とソルジャーはグッと拳を握って。
「いつか迎えたい、君との夢の結婚生活! それに向かって修行の毎日!」
「「「修行?」」」
何故にスカンクで修行になるのか、サッパリ分かりませんでした。ペットを飼って可愛がることは結婚に向けての心の準備になるのでしょうか?
「修行と言ったら修行なんだよ、結婚生活で大切なものは大人の時間!」
それに備えて修行を積むのだ、と話は一層、謎な方へと。
「…スカンクで大人の時間って…」
どういう意味さ、と会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「だから細工をすると言ったろ、オナラの回数無制限に!」
「「「オナラ?」」」
大人の時間とやらは理解出来ない、万年十八歳未満の私たちですが。それでも少しは掴めていますし、大人の時間にオナラなんかしたらブチ壊しなんじゃあ、と思うんですけど…?
ソルジャー曰く、スカンクをペットに大人の時間のために修行を。しかし、そのためにスカンクのオナラの回数制限を解いてしまったら、ベッドの中で何発オナラをかますやら…。ただでもオナラは恥ずかしいもので、大人の時間にやってしまったら赤っ恥ではないのでしょうか?
「うん、本物の大人の時間にやったとしたなら最低だよね」
ぼくのハーレイなら殴り飛ばすね、とソルジャーは過激な発言を。
「でもって当分、ぼくのベッドに出入り禁止だ」
「だったら、どうしてスカンクのオナラに細工なんかを…」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「オナラのための分泌液を溜めておく場所、肛門の両脇だと言ったけどねえ?」
「うん、聞いたけど」
「そこがポイント! こっちのハーレイの修行のための場!」
男同士でヤるためには必要不可欠な場所、とソルジャーはニヤリ。
「こっちのハーレイは童貞だしねえ、経験ってヤツがまるで無い。その上、初めての相手は君しかいないと決めているだろ?」
「…そうだけど…」
正直、有難くないんだけれど、と顔を顰めた会長さんですが。
「それはそうだろうね、初心者なんかに下手にヤられたら大惨事! そうならないよう、修行を積んで貰うわけ! スカンクで!」
「「「えっ?」」」
「突っ込む前には、きちんとほぐす! これが基本で!」
「その先、禁止!」
会長さんが止めたのですけど、ソルジャーは「別にいいだろ、スカンクなんだし」と。
「要はスカンク相手にほぐす練習、気持ち良くなって貰おうってね!」
「ま、まさか…」
「そうだよ、スカンクの肛門で来る日も来る日も、未来に向かって猛特訓!」
指を突っ込んでほぐすだけなのだ、と恐ろしい台詞。
「ちゃんと上手にほぐしてやればね、スカンクはオナラしないから!」
オナラをブシューッと食らわないよう、特訓あるのみ! と力説しているソルジャーですけど。スカンクの肛門だかオナラだかの仕組み、本当にそれで合っていますか…?
教頭先生にスカンクを飼わせ、会長さんとの結婚生活に向けて特訓させようだなどと言うソルジャー。それもオナラの回数が無制限になるよう、細工を施したスカンクで。
「君は簡単に言ってくれるけど、そんなことをしたら…」
ハーレイが自信をつけるじゃないか、と会長さんは青い顔。
「上手くなったと、これで自分もプロフェッショナルだと妙な自信を!」
「努力が報われるかどうかはともかく、と言った筈だよ」
無制限なスカンクを舐めるんじゃない、とソルジャーは不敵な笑みを浮かべました。
「今日こそは、と挑んでもオナラ、何度挑んでも何発もオナラ!」
「…修行するだけ無駄なわけ?」
「スカンクだしねえ?」
ほぐして気持ち良くなる筈が無い、と言い放つソルジャー。
「でも、ハーレイには内緒にしとけば真面目に励んでくれるよ、うん」
「珍しい発想もあったものだねえ、君にしてはね?」
ぼくとハーレイとの結婚を目指しているんじゃなかったのかい、と会長さんが尋ねると。
「まるで無駄ってわけでもないしね、指の使い方が多少は上達するかと!」
「ただ、それだけ?」
「たったそれだけ!」
それ以上のことは期待していない、と何も企んでいないらしいソルジャー。何処からスカンクになったのだろう、と思いましたが、どうやら元ネタはエロドクター。
「こないだランチを食べた時にね、スカンクって動物を御存知ですか、って話題になってさ」
色っぽい話題ばかりをしているわけではないんだから、とソルジャーは威張り返りました。
「それでね、スカンクの匂いってヤツは、タンパク質とガッチリ結び付いちゃうらしいんだ。人間の身体は隅から隅までタンパク質だろ?」
つまり匂いが消えないのだ、と聞いてビックリ。
「じゃ、じゃあ、教頭先生がオナラを食らったら…?」
ジョミー君の問いに、ソルジャーが。
「もちろん、オナラの匂いは消えない!」
「「「うわー…」」」
「もっとも、ぼくの世界には強力な消臭剤もあるしね? 仕事に行く前にプシューッとしとけば、そこはバッチリ解決ってね!」
スカンクにしようよ、と推すソルジャー。教頭先生に飼わせるべきだ、と。
「その話、乗った!」
ブルーの名前も必要とあらばくれてやろう、と会長さんが食い付きました。
「ハーレイにスカンク、大いに結構。そしてオナラは無制限なんだね?」
「もちろんだよ!」
そうと決まればスカンクの調達、とソルジャーは笑顔全開です。
「手術してない野生のスカンクでも、ぼくにかかれば人を怖がらないようにチョチョイとね!」
サイオンで干渉してやれば可能なのだ、と誇らしげ。
「昼御飯を御馳走になったら、早速、捕まえに出掛けて来るよ」
「君ならオナラも見事にかわして捕獲だろうねえ?」
「それどころじゃないよ、スカンクの方からすり寄って来るさ」
そこを捕まえてぼくのシャングリラに御招待、とスカンクの未来が決まった模様。捕獲に出掛けたソルジャーと最初に出会ってしまったスカンク、手術をされてしまうのです。五、六発やったら打ち止めになると噂のオナラを無制限に発射可能な身体に。
「捕まえるんなら雄でないとねえ…、ブルーと名前をつけるんだしね?」
「その辺は君に任せておくよ」
「ノルディが言うにはスカンクの飼育は簡単らしいよ、雑食だから」
生息地ではゴミを漁るほどに何でも食べるというスカンク。しかも食欲は底なしだとかで。
「ぼくの世界のぶるぅに似てるね、とにかく食べて食べ続けたいという精神!」
二十四時間、食べ続けていれば幸せらしい動物、それがスカンク。飼い主の食事もつぶらな瞳でおねだり攻撃、特別な餌は要らない動物。
「ついでに、ケージじゃ飼えない動物! 家の中が全てテリトリー!」
庭に出られるなら庭もテリトリー、と知識を披露するソルジャー。エロドクターとの会話でスカンクに目をつけて以来、あれこれ調べていたようです。
「そうか、ケージじゃ無理なんだ?」
「広い所が好きらしいんだよ、こっちのハーレイの家ならピッタリ!」
だけど庭には出せないねえ…、とソルジャーは顎に手を当てて。
「何のはずみでオナラをしちゃうか分からないから、家の中だけにしておかないと」
「スカンクは強烈に匂うんだっけね」
「一発やったら一キロ四方に匂いが漂うってコトだしね」
「「「一キロ四方…」」」
そこまで凄いオナラだったとは知りませんでした。教頭先生、どうぞご無事で…。
手作りピザが山ほど出て来た昼食が済むと、ソルジャーは「行ってくるね」と瞬間移動でスカンク狩りに。明日までは来ないと思っていたのに、なんと夕方、ヒョッコリ出て来て。
「出来たよ、特別製のスカンク!」
「「「ええっ!?」」」
もう出来たんですか、オナラが無制限だというスカンク。仕事が早い、と驚きましたが、手術跡の治療に一週間ほどかかるらしくて。
「その間に名前を覚えさせておこうと思ってね。お前はブルーだ、と」
「…ぼくには迷惑な名前だけどねえ…」
会長さんが零すと、ソルジャーは。
「だけど、ハーレイに一からつけさせるよりもいいと思うよ。ブルーと呼んだら飛んで来るんだし、いくらスカンクでも断れないよね、ペットにする話」
それに実地で役に立つし…、と微笑むソルジャー。
「スカンクの手術は情報操作をしておいたけどさ、暫く青の間で飼うしかないから、ハーレイに話しておいたんだ。こういう事情で飼うことにした、と」
「それで?」
「そしたらハーレイも面白がってさ。私がレクチャーしましょうか、って」
「「「レクチャー?」」」
なんのこっちゃ、と揃って首を傾げれば。
「そのまんまの意味だよ、ホントにレクチャー! スカンクのアソコのほぐし方!」
「「「ほぐし方!?」
「そう! 男同士の大人の時間に大切なものはお尻だってね!」
その点、ハーレイは慣れたものだ、とソルジャー、ニコニコ。
「ぼくのアソコをほぐし続けて何年だっけか…。その技をこっちのハーレイに!」
「要らないから!」
そんなプロの技をレクチャーするな、と会長さんが止めたのですけど。
「誰が本物を伝授すると言った?」
「「「は?」」」
「嘘だよ、大嘘! それっぽい嘘!」
まあ聞いてくれ、とソルジャーの赤い瞳が輝いています。もしやキャプテンまで巻き込みましたか、スカンクのペット計画に…?
「本当はさ…。ぼくから頼もうと思っていたんだ、ハーレイに」
手間が省けて助かった、とソルジャーは嬉しそうな顔。
「流石は夫婦だ、以心伝心って言うのかな? ぼくの考えがピタリと伝わる」
「それはいいけど、嘘って何さ?」
会長さんが投げた疑問に、ソルジャーが返して寄越した答えは。
「ぼくのハーレイならではの嘘で、こっちのハーレイが見事にコロリと騙されるヤツ!」
「…どんな?」
「それは現場に立ち会ってこそ! まずはハーレイにスカンクを!」
飼うとオッケーしてくれた時に披露するのだ、と言われた謎のレクチャー。どんなものだか気になりますけど、教頭先生がスカンクを飼ってくれないとレクチャーの出番も無いわけで。
「…教頭先生、スカンク、飼うかな?」
ジョミー君が首を捻って、サム君が。
「飼うんじゃねえのか、ブルーって呼んだら走って来るなら」
「だろうな、飼いたい気持ちになられるだろう」
スカンクでも…、とキース君。
「でも、一キロ四方に匂うんですよね、スカンクのオナラ…」
シロエ君が「ご近所に迷惑をかけないでしょうか」と心配する様子に、ソルジャーは。
「そこはしっかりシールドだよ! ぼくに任せてくれれば完璧!」
オナラが何発炸裂しようが家の中だけで封じ込め、と聞いて安心、スカンクのペット。教頭先生についた匂いもソルジャーの世界の消臭剤で消せるそうですし…。
「いい計画だと思うんだよ。ブルーも乗り気になってくれたし、次の土曜日に!」
スカンクをこっちのハーレイの家にお届けしよう、と言うソルジャー。
「ぼくのハーレイも、その時に一緒に連れて来る。休暇届は出しておいたから」
こっちのハーレイがスカンクを飼うと言ってくれたらレクチャー開始、と聞いてドキドキ、次の土曜日。教頭先生、スカンクを飼ってくれるでしょうか。レクチャーが何か知りたいですから、此処は是非とも、教頭先生にスカンクを~!
ソルジャーが「ブルー」と名付けたスカンクは青の間で順調に暮らしたようです。無制限だと聞くオナラもしないで、モリモリと餌を食べ、人懐っこくなって、手術の傷もすっかり治って…。
「はい、こんなに可愛くなりました~!」
見てよ、とソルジャーが一週間後に持って来たケージ。会長さんの家のリビングで覗き込んだケージの中には、ふさふさとした大きな尻尾が印象的な可愛い動物。
「かみお~ん♪ スカンク、可愛いね!」
触ってみたいな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。危ないのでは、と思いましたが、ソルジャーはケージを開けてしまって。
「はい、どうぞ」
「わぁーい!」
とっても可愛い! と撫でられてもオナラは出ませんでした。ソルジャー曰く、スカンクは攻撃されると思わない限り、オナラ攻撃をしないのだとか。
「私も半信半疑でしたが、実際、なんともなかったですから」
ソルジャーと一緒に来ていたキャプテンがそう証言しました。悪戯小僧の「ぶるぅ」もスカンクを可愛がっていたそうです。もっとも、「ぶるぅ」の場合は「悪戯したらオナラされるよ」とソルジャーに脅された分が相当に効いていたのでしょうが…。
ともあれ、スカンクは見た目は可愛く、「ブルー」と呼ばれれば大喜びで甘える仕様。この出来だったら教頭先生だってイチコロでしょう。私たちはソルジャーがケージに戻したスカンクを連れて、教頭先生の家まで瞬間移動でパッとお出掛け。お行儀よく玄関でチャイムを鳴らして。
「はい?」
チャイムの向こうで答えた教頭先生、来客が誰かを知って大急ぎで玄関を開けに来ました。リビングに案内されたのですけど、其処でようやくソルジャーが抱えたケージに気付いたようで。
「なんですか、それは?」
「ブルーだけど?」
「は?」
「だから、ブルーだって!」
そういう名前がついているのだ、とソルジャーはケージを床へと下ろすと。
「秋は人恋しい季節だからねえ、ペットなんかはどうかと思って…。ブルーって呼んだら甘えるんだよ、試してごらんよ」
ケージが開けられ、スカンクは外へ。教頭先生はそれをまじまじと見て。
「…スカンクのように見えますが?」
「そうだけど? でも、スカンクを選んだのには理由がね…。ねえ、ブルー?」
ソルジャーが呼んだ「ブルー」は会長さんのことでしたけれど、スカンクのブルーも即座に反応。ソルジャーの足元にタタッと駆け寄り、すりすりと身体を擦り付けています。
「…ほ、本当にブルーだったのか…」
ポカンとしている教頭先生に、会長さんが。
「君のために、とブルーが選んだペットなんだよ。ぼくとの結婚生活に向けて、大いに役立つらしいんだけどね?」
「結婚生活?」
「うん。君がブルーを飼ってくれるなら、そこのハーレイがレクチャーをするっていう予定。でも、要らないなら連れて帰るよ」
元は野生のスカンクだから…、と会長さん。
「ブルーが捕まえて、名前を教えて、スカンクのブルーに仕上げたんだけど…。飼う気が無いなら、自然の中に戻してやるのが一番だってね」
「ま、待ってくれ! こいつがブルーか…。おい、ブルー?」
教頭先生に呼ばれたスカンクはパッと駆けてゆくと、差し出された手に頭をすりすり。
「ほほう、本当にブルーなのだな。うん、なかなかに可愛いものだ。しかし…」
私はスカンクの飼育方法を知らないのだが、と悩ましげな教頭先生に、ソルジャーと会長さんが「餌は何でも食べるから」だの「家の中に放しておけばいいから」だのと。トイレはケージの中でするよう躾済みと聞いた教頭先生、「よし」と決心しましたですよ~!
こうして決まった、スカンクの飼育。教頭先生は私たちに飲み物を用意してくれ、スカンクのブルーはお皿に入れて貰ったミルクをペロリと。そして…。
「ブルー、さっきの話なのだが…」
教頭先生の声に、会長さんとスカンクがそちらに視線を。教頭先生はスカンクを呼び寄せ、「よしよし」と頭を撫でてやりながら。
「こいつがお前との結婚生活に役立つというのはどういう意味だ?」
「ああ、レクチャーね! それなら、其処のハーレイの役目」
会長さんが「よろしく」と頭を下げて、ソルジャーが「出番だよ」とキャプテンの背中をバンッ! と叩きました。キャプテンは「はい」と頷くと。
「…ブルーからの許可も得ていますので、精神年齢が十八歳未満の皆さん方がいらっしゃっても問題無いかと思われます」
大人の時間に欠かせない大切な知識でして、と続けるキャプテン。
「相手の身体を傷つけないよう、ほぐさなくてはいけないことは御存知かと…」
「ええ、心得てはいるのですが…」
生憎とチャンスがありませんで、と頬を赤らめる教頭先生。キャプテンは「そこでですね」と身を乗り出すと。
「このスカンクが役立つわけです、ほぐすための練習が出来るのです」
「は?」
「御承知かと思いますが、スカンクはオナラが有名でして…。そのオナラを出すための器官が、ほぐすべき場所の両側についているのです」
肛門の両側というわけですね、と解説が。
「スカンクは攻撃されるとオナラをしますが、それよりも前に。肛門の中のイイ場所を押してやったらオナラを出す代わりに喜ぶのですよ」
「そうなのですか?」
「はい。私のブルーが調べましたし、それで間違いありません」
イイ所です、とキャプテンは其処を強調しました。
「そのイイ所が、いわゆる人間…。私のブルーなどのイイ所と似たような感じだそうで、其処を一発で探り当てて刺激出来るようになったら一人前だということですよ」
初めての時でも大丈夫です、と太鼓判。会長さんを相手に初めての大人の時間を過ごす時にもイイ所さえ探り出せれば完璧、痛いと言われずにスムーズにコトが進むであろう、と。
「なんと…。スカンクで練習出来るのですか!」
驚きの表情の教頭先生に、キャプテンは「そうらしいです」と大真面目。
「ただし、スカンクのイイ所はですね…。オナラを出すための器官を取り除いてしまうと無くなるそうで、ペットショップの手術済みのスカンクでは役に立たないのですよ」
「ああ、それで野生のスカンクだと…」
「そういうことです。私のブルーが捕獲して来て、私の世界で手術しました」
「手術?」
それでは役に立たないのでは…、と怪訝そうな教頭先生に、キャプテンが。
「手術の目的が違うのですよ。普通のスカンクは五、六回オナラをするとオナラの素が入った器官が空っぽになってしまって、一ヶ月はオナラが出来なくなります」
「…はあ…」
「そんなスカンクでは一ヶ月に六回だけしか練習が出来ませんからねえ…。いえ、もちろん最初からイイ所を狙えれば普通のスカンクでもいいわけですが」
「なるほど、素人はオナラを何発も食らわないとイイ所を探し出せない、と…」
そうでしょうねえ、と頭を振っている教頭先生。ド素人に最初から出来るわけがないと、練習を重ねなければイイ所は探り出せそうもないと。キャプテンは「お分かり頂けましたでしょうか」と笑みを湛えて。
「ですから、このスカンクはオナラをしても直ぐに充填されるように手術をしてあります。存分に練習なさって下さい、イイ所を探り出すために」
「お心遣い、痛み入ります。…それで、イイ所とやらを探り出すコツは…?」
「コツと言うより、慣れですね」
慣れて下さい、とキャプテンはスカンクを指差しました。
「ほぐすべき場所は人間と全く同じです。サイズは多少、違いますがね」
「そうですねえ…」
小さいですしね、と教頭先生。けれどキャプテンは「問題は無いと思いますよ」と。
「指を一本くらいでしたら、スカンクでも充分いけますから。それに本当に同じでしたよ、イイ所に当たった時の感じは」
「お試しになっておられたのですか!?」
「レクチャーする以上、やはり試しておきませんとね」
しっかり確かめておきました、と語るキャプテンが大嘘をついていることを私たちは承知していましたけど、コロリと騙された教頭先生、感激の面持ちでらっしゃいますよ~!
スカンクのお尻に指を突っ込み、オナラを封じられるという「イイ所」。人間の「イイ所」とやらと共通である、とキャプテンに嘘を教えられてしまった教頭先生、やる気満々。
「ブルーのためにも、しっかり練習しておきませんと…。大切なのは慣れなのですね?」
「そうなりますねえ、此処だ、と直ぐに分かるようになるには回数をこなす必要が」
人間だと分かりやすいのですが…、と真顔のキャプテン。
「声や反応で分かりますしね、此処なのだ、と。しかし、スカンクではそうもいきませんし…」
そのためにオナラで見分けて下さい、というレクチャー。
「明らかに感触が違う場所ではあるのです。其処を押してみて、オナラが出ないようならば」
「その場所がそうだというわけですか…!」
イイ所を押せばオナラ無しだと、と教頭先生は頭から信じて疑いもせずに。
「つまりは、オナラをされる間はイイ所を探り出せていないと…。私が下手だというわけですね」
「スカンク相手に上手も下手も無いのでしょうが、人間相手なら下手ですね」
「分かりました、今日から精進あるのみです!」
ブルーと一緒に頑張ってみます、とスカンクのブルーを熱く見詰める教頭先生。
「とにかくお尻に指を突っ込み、イイ所を探ってやればいい、と!」
「そうです、そうです。オナラが出なければ成功ですよ」
大いに精進なさって下さい、と教頭先生を激励するキャプテンの横からソルジャーが「はい」とスプレー缶を差し出しました。
「なんですか、これは?」
「ぼくの世界の消臭剤だよ、スカンクのオナラの匂いは半端じゃないって言うからねえ…。服なんかはもう捨てるしかないって話なんだし、それじゃ君だって困るだろ?」
このスプレーがあればどんな悪臭も瞬時に分解! とソルジャーは缶を教頭先生に。
「それから、スカンクがオナラしちゃうと一キロ四方が臭いと聞いたし、君の家にはシールドをサービスしておくよ。消臭剤とシールドで完璧、安心して練習に励んでみてよね」
「はい、ありがとうございます!」
ブルーとの結婚に備えて腕を磨きます、と教頭先生は感無量でした。イイ所を探す練習が出来る素敵なスカンク、しかも名前は会長さんと同じでブルー。いいものを貰ったと、可愛がらねばとスカンクを撫でておられますけど、キャプテンの説明、大嘘ですから~!
お茶を御馳走になった後、私たちは瞬間移動で会長さんの家へと帰って、ソルジャーがリビングの壁に映し出す中継画面をウキウキと。教頭先生は私たちが使ったカップを洗って片付け、それからスカンクにビスケットなどを食べさせてから。
「さて、ブルー…。ちょっと練習してみるか」
褐色の手にすりすりと頭を擦り付けているスカンクのブルー。教頭先生はふさふさの尻尾を左手で持ち上げ、右手の人差し指を構えて。
「すまんな、私も初めてだからな…。驚かせてしまったら申し訳ないが」
今日からお前と二人三脚で頑張ろう、と笑顔でブスリと突っ込んだ指。突っ込んだ先はスカンクのお尻、これでスカンクが驚かない筈がないわけで…。
「「「ひいぃっ!!!」」」
やった、と目を覆う私たち。スカンクのブルーは狙い違わず、お尻を覗き込んでいた教頭先生の顔に向かって発射しました、いわゆるオナラと呼ばれるヤツを。
「うーん、スカンクは顔を狙って攻撃するって本当だったか…」
のんびりと呟くソルジャーに向かって、キース君が。
「あの体勢だと、どう考えても顔だろうが!」
「いや、それが…。顔を狙うって書いてあったよ、ぼくが読んだ資料」
ついでに目潰しを兼ねていてね、とソルジャーが見物しているとも知らずに、教頭先生、不撓不屈の精神で。
「…く、臭い…。しかし、これは私が下手くそだからで…」
今度は上手くやってみせるからな、と再び構える人差し指。スカンクのブルーはソルジャーに人懐っこく育てられたせいか、教頭先生にお尻を向けてお皿のビスケットを齧っています。
「…これはもう一発ですね…」
既に相当臭いんでしょうが、とシロエ君が呻いて、会長さんが。
「一発どころか、続けて二発、三発といくね。ハーレイだからね」
そんな冷たい会長さんに、ソルジャーが。
「ね、お勧めした甲斐があったろ、ハーレイにペット」
「うん。当分の間はスカンクの方のブルーに夢中で、ぼくどころではないってね」
君のハーレイにもうんと御礼を言わなくちゃ、と大満足の会長さん。スカンクのブルーは、教頭先生が騙されたことに気付くまで飼われることでしょう。教頭先生、いつ気付くんだか…。人恋しい秋に癒しのペット。あれでも多分、癒しでしょうねえ…?
秋にはペット・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生が飼うことに決めた、スカンクのブルー。真実に気付くのは、いつのことやら。
スカンクのオナラに回数制限があるとか、顔を狙うとかは嘘ついてません、本当です。
次回は 「第3月曜」 9月17日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、8月は、もちろん、お盆の棚経。今年はどうなりますのやら…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
さて、恒例の夏休み。柔道部の合宿と、ジョミー君とサム君が送り込まれる璃慕恩院の修行体験ツアーも終わって、今日はワイワイ慰労会。精進料理に一週間耐えたジョミー君とサム君のために真昼間から焼き肉パーティーです。
「やっと終わったあ~! 後は遊ぶだけ!」
夏休みだ、とジョミー君が肉をガツガツ食べている横で、キース君が。
「良かったな。俺の苦労はまだまだ終わらんわけだがな」
「あー、卒塔婆書き…」
お盆だったね、と他人事のようなジョミー君。棚経のお手伝いはしているのですけど、卒塔婆の方にはノータッチです。キース君は来たるお盆に向かって卒塔婆を何十本だか何百本だか。計画的に書いているだけに、そうそう修羅場は無いようですが…。
「今年も山の別荘までには目途をつけるのが目標だ!」
「あと二日ですよ、キース先輩」
「だから明日から缶詰だ!」
此処に来ているどころではない、と悲壮な表情。会長さんの家でダラダラと過ごす時間も魅力的ですが、あと二日。それが過ぎたら山の別荘、マツカ君のご招待でお出掛けの予定。
「缶詰なあ…。頑張れよな」
サム君がキース君の肩をポンと叩いて、私たちは再び焼き肉に興じていたのですが。
「ごめん、ちょっといいかな?」
「「「は?」」」
何が、と視線を向けた先には。
「なんで、あんたが!」
キース君が叫んで、サム君も。
「ぶるぅ付きかよ!?」
肉はねえぜ、とお皿をガード。紫のマントのソルジャーはともかく、隣に「ぶるぅ」。大食漢の悪戯小僧に来られちゃったら、焼き肉どころじゃないですってばー!
「肉はどうでもいいんだ、うん」
それよりコレ、とソルジャーは「ぶるぅ」を指差しました。
「「「???」」」
「見て分からない? いつもとちょっぴり違うようだとか、そういうの」
「「「うーん…?」」」
言われてみれば元気が無いでしょうか? 普段だったらサム君が止めてもテーブルに突撃している筈です。ホットプレートの上の焼き肉も野菜も、ペロリと平らげてしまうのが「ぶるぅ」。
「もしかして食欲不振かい?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは憮然とした表情で。
「それもあるけど、この顔を見て何も思わないかな!?」
「「「顔?」」」
ふっくら、ぷっくり、お子様の顔。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんは膨れっ面で突っ立っています。ソルジャー、「おあずけ」のコマンド出しましたか?
「あのねえ! ぶるぅがぼくに言われたくらいで大人しくするわけがないだろう!」
そんなぶるぅはぶるぅじゃない、ともっともな仰せ。だったら、なんで膨れっ面?
「膨れてるんだよ!」
「うん、見れば分かる」
膨れっ面だね、と会長さん。
「泣きっ面に蜂と言うのか、何と言うべきか…。不満たらたらが顔に出てるよ、物騒すぎだし!」
連れて帰れ、と冴えた一言。
「こんなぶるぅを連れて来られても、悪戯地獄になるだけだから!」
「連れて帰れたら苦労はしないよ!」
「だったら、なんで連れて来るかな、君って人は!」
「一大事だから!」
もう本当に一大事なのだ、とソルジャーはズイと進み出ると。
「ぼくのシャングリラが存亡の危機! だからぶるぅを!」
「…ぶるぅを?」
「こっちで預かって欲しいんだけど!」
「「「ええっ!?」」」
膨れっ面の悪戯小僧を預かれと!? シャングリラが存亡の危機に陥るほどの悪戯小僧を…?
あまりにも酷い頼み事。ソルジャーの手にも負えなくなったらしい「ぶるぅ」を預かったりしたら、私たちだって地獄を見ます。マツカ君の山の別荘にお出掛けどころか、それまでに死屍累々になるのが明々白々、これはお断りしなくては…!
「お断りだね」
会長さんがバッサリ切り捨てました。
「存亡の危機だか何か知らないけど、ぶるぅは君の世界の住人だしね? こっちの世界で揉め事なんかは御免蒙る、連れて帰って」
「だけど、ホントにマズイんだよ!」
だからお願い、とソルジャーはガバッと土下座し、「このとおりだから!」と。
「ちょ、ちょっと…!」
ソルジャーには似合わない土下座。会長さんは慌て、私たちだってビックリですが。
「土下座で済むなら何度でもするよ! だから、ぶるぅを!」
「「「ぶるぅ…?」」」
そういえば何だか様子が変です。いつもだったら、こういう時には調子に乗って悪戯するとか、はしゃぐとか。ソルジャーの土下座なんていう天変地異が起こりそうなものを目にしているのに、「ぶるぅ」はボーッと立っているだけ。
「…ぶるぅ、熱でもあるのかい?」
会長さんが訊くと、ソルジャーはパッと土下座状態から顔を上げて。
「それだけじゃないよ、膨れてるだろう!」
「「「は?」」」
「顔だよ、顔が膨れてるんだよ!」
このとおり、と立ち上がったソルジャーは「ぶるぅ」の頬っぺたを指差しました。
「こう、両方の頬っぺたがプウッと…」
「膨れっ面じゃなかったわけ?」
「天然自然の膨れっ面だよ、頬っぺたが膨れ上がっているんだよ!」
昨日の夜から膨れて来たのだ、とソルジャーに言われてよくよく見れば、膨れっ面ではない感じ。こう、頬っぺたがプクプクぷっくり、虫歯でも放置しましたか?
「…歯医者さんなら君のシャングリラにいるだろう!」
そっちのノルディは歯医者じゃないかもしれないけれど、と会長さん。
「こんな状態になっているなら、真っ先に歯医者!」
「もう行った!」
連れて行った、とソルジャー、即答。
「ぶるぅは歯は痛くないって言ったんだけどね、子供の言うことはアテにならない。それに歯磨きもサボリがちだし、いくら丈夫な歯をしていたってこれは来たな、と」
「それで歯医者さんをガブリとやっちゃって後が無いとか?」
代わりのお医者がいないとか、と会長さんは迷惑そうに。
「こっちのノルディがやってる病院、歯科もやってはいるけれど…。ぶるぅはちょっと…」
「だから預かってくれるだけでいいって言ってるだろう!」
「歯医者さんの手が回復するまで?」
「そうじゃなくって、この頬っぺたの腫れが引くまで!」
プラス数日はダメだったかな、と言われましても。
「腫れが引くまでって…。虫歯は放置じゃ悪化するだけ、治りはしないよ?」
「注射なら打って来たんだよ!」
「「「注射?」」」
ソルジャーの世界は虫歯も注射で治るのでしょうか。歯医者さんと言えばチュイーンでガリガリ、イヤンな音が鳴り響く世界だと思ってましたが、技術がうんと進んだ世界は違います。注射で虫歯が治るならいいな、と誰もが思ったのですけれど。
「そもそも、これは虫歯じゃないから!」
「虫歯じゃない?」
だったら何、と尋ねた会長さんに、返った答えは。
「分からないかな、オタフク風邪だよ!」
「「「オタフク風邪!?」」」
ぎゃああああ! と部屋一杯に響き渡った悲鳴。私、予防注射をしてましたっけ? オタフク風邪の予防接種は義務でしたっけか、それとも任意で打つヤツでしたか?
「ぼ、ぼくってオタフク、打っていたっけ…?」
「俺が知るかよ、自分のことだって分からねえのに!」
ジョミー君とサム君が青ざめ、シロエ君もやはり顔面蒼白。その一方で、キース君とマツカ君は「よく考えたら大丈夫だった」と落ち着いた顔。
「俺は受けさせられてる筈だ。…こんな人生になるとは思っていなかったからな」
「ぼくもです。絶対に受けている筈です」
「なんなんですか、その自信は!」
シロエ君が噛み付くと、キース君は。
「知らないか? オタフク風邪に下手に罹ると、男は子供が出来にくくなる」
「「「は?」」」
「オタフク風邪で睾丸炎を起こすことがあるんだ、そうなると精子の数が減るそうだ」
「ですから、跡継ぎ必須なキースやぼくは罹ると困るわけですよ」
予防接種を受けた筈です、と落ち着き払った二人はともかく。
「じゃ、じゃあ、ぼくたちも下手に罹ったら…!」
「ヤバイってことだな、将来的に!?」
早く「ぶるぅ」を撤去してくれ、と男の子たちは上を下への大騒ぎ。スウェナちゃんと私も顔ぷっくりな病気は御免ですから、壁際に退避したのですけど。
「えーっと…。君たちは全員、受けてるようだよ。オタフク風邪の予防接種」
会長さんの声が神様のお言葉のように聞こえました。それもサイオンで分かるんですか?
「いや、ちょっと記憶の底を探ってみただけ。受けてるかな、って」
「受けてたとしたら幼児か乳児だと思いますが!」
シロエ君の指摘に、会長さんは余裕の微笑み。
「そうだろうねえ、だけど記憶にあるものなんだよ」
そして全員、接種済み…、という頼もしい台詞。それなら「ぶるぅ」がオタフク風邪でも特に問題なさそうです…って、ソルジャーの世界にもワクチンはあるって言いましたよね?
「ブルー。ぼくたちの世界でもこの始末なんだ、ワクチンがあるなら君のシャングリラで対処したまえ、オタフク風邪!」
「そのワクチンが無いんだってば!」
「「「ええっ!?」」」
注射を打ったと言いませんでしたか? 無いんだったら、何処で打ったと?
「…ぼくの世界じゃ、オタフク風邪はとっくの昔に根絶されててしまっていてさ」
ソルジャーが言うには、あちらのドクター・ノルディは「ぶるぅ」を診察するなり隔離室に放り込んだのだそうで。
「それから船内を隈なく消毒、広がらないようにと大騒ぎで…。なにしろワクチンが無いんだからねえ、シャングリラには」
「だったら、君は何処でぶるぅにワクチンを?」
「逆に訊かせて貰うけどさ。オタフク風邪のワクチンってヤツは、発症してから使えるのかい?」
「「「あ…」」」
あれはあくまで予防接種で、治療じゃなかった気がします。それじゃ、「ぶるぅ」が打った注射はワクチンじゃなくて…。
「中身は何だか聞いてないけど、対症療法ってヤツじゃないかな。とにかく腫れが引くまで安静、腫れが引いても暫くの間はウイルスを発散してるらしいから隔離しか無い、と」
だけど相手はぶるぅだから…、とソルジャーは至極真面目な顔で。
「今は熱が出てるし、膨れてるしね? 大人しいけど、腫れが引いたら隔離されてた反動で絶対、悪戯しに行くと思うんだよ」
「それはそうかもしれないねえ…」
頷いている会長さん。
「ね、君だって大体予想はつくだろう? いくら本人が元気になっても、ウイルスを撒きながらシャングリラ中で悪戯されたら、ぼくのシャングリラはホントに存亡の危機なんだってば!」
だからお願い、とソルジャーは再びガバッと土下座を。
「オタフク風邪が普通にはびこる、こっちの世界を見込んでお願い! ぶるぅがウイルスを撒かなくなるまで預かって!」
「で、でも…。ぼくたちはマツカの山の別荘に…」
「ぼくのシャングリラが滅びてもいいと!?」
「それは確かに一大事だけど…」
そもそも「ぶるぅ」は何処でオタフク風邪なんかに…、と会長さんが訊けば。
「間違いなくこっちの世界だと思う。勝手に遊び回っているから」
「そういうことか…。それなら普通にオタフク風邪だね」
それなら対処のしようもあるか、という話ですが。普通じゃないオタフク風邪って、なに?
「ぶるぅ」が罹ったオタフク風邪。ソルジャーの世界では根絶されてしまってワクチンも無し。ゆえに「ぶるぅ」を預かってくれという依頼ですけど、会長さんは何を心配してたのでしょう?
「ああ、それかい? 妙な変異を起こしたヤツだと困ると思って…」
だけどこの世界のオタフク風邪なら無問題だ、と会長さん。
「分かった、ぶるぅは引き受けよう。でもねえ、ぼくたちは山の別荘に行く予定だから…。ハーレイの家に預けようかと思うんだけどね?」
「ああ、ハーレイ! いたね、そういう暇人が!」
忘れていたよ、とポンと手を打つソルジャー。
「君が預かると言ってくれた以上は太鼓判だし、ハーレイに頼みに行こうかな? ぼくのお願いでも喜んで聞くよね、こっちのハーレイ」
「それはもちろん。土下座しなくても「預かれ」と命令すればオッケー!」
「ぼくとしたことがウッカリしてたよ、土下座は必要無かったってね」
最初からあっちに行けば良かった、と笑うソルジャーですけれど。冷静な判断が出来なくなるほど「ぶるぅ」のオタフク風邪は脅威で、ソルジャーとしての責任に追われていたわけで…。
「そういうことだね、ぼくでもパニック。こっちの世界を甘く見てたよ、まさかぶるぅがオタフク風邪に罹るだなんてね」
ただの虫歯だと思ったのに、と言うくらいですし、オタフク風邪という病気自体がソルジャーの頭に無かったのでしょう。ともあれ、「ぶるぅ」はウイルスを撒き散らさない状態になるまで教頭先生の家にお泊まりということですね?
「うん。寝心地がいいよう土鍋も運んでおかなくちゃ…。その前にハーレイに頼まなくっちゃいけないけれども、オッケーは最初から出ているようなものだしねえ?」
「あのハーレイなら断らないね」
「それじゃ、頼みに行ってくる! お騒がせして申し訳ない、パーティーの続きはごゆっくりどうぞ。ぼくはぶるぅを預けたら向こうに帰るから!」
まだシャングリラがゴタついていて…、とソルジャーは「ぶるぅ」を連れてパッと姿を消しました。隔離していたオタフク風邪の患者が船から消えた件とか、色々と情報を操作しないと駄目なのでしょう。それともアレかな、「ぶるぅ」はきちんと船にいます、って方向かな…?
こうしてソルジャーと「ぶるぅ」は消え失せ、私たちは焼き肉パーティー続行。会長さんがサイオンで教頭先生のお宅を覗きましたが、教頭先生、二つ返事で「ぶるぅ」を引き受けたみたいです。早速、土鍋が運び込まれて、ソルジャーは「ぶるぅ」を残してシャングリラへ。
「それにしたって、オタフク風邪ねえ…」
ワクチンが無いとは面倒な、と会長さん。
「根絶しちゃった世界だと要らないとばかりに無いってトコがねえ…」
流石はSD体制の世界、と会長さんが言えば、キース君も。
「俺たちの世界だと考えられない話だな。根絶したと言われる病気でもワクチンは確か、あるんだったな?」
「現役のワクチンがあるかどうかは知らないけれど…。作る用意はしてある筈だよ」
根絶した病原菌だって残してある、と言われて仰天。そんな物騒なものがあったんですか!
「え、だって。何処から再び湧いて出るかも分からないしね?」
「新しい病原菌だって湧くんだからな」
言われてみればそうでした。新しい地域に進出して行けば新しい病原菌が登場することもあったりします。それと同じで、根絶したつもりの病原菌が今も何処かに隠れているかも…。
「そういうことだよ、それに備えてワクチンを作るための株がね」
いざとなったらソレを使ってワクチンを作れるようになっているのだ、という説明。ソルジャーの世界にはそういう備えが無いのでしょうか?
「地球自体が滅びてるしね、病原菌も滅びたって考えかもね?」
それともマザー・システムとやらが完璧に管理しているのかも…、と会長さん。
「こまめに殺菌しまくっていればワクチン不要になるかもしれない。流行った時だけ何処かから調達するかもしれないけれども、それもグランド・マザーとやらの管轄ってね」
「しかしオタフク風邪で存亡の危機か…」
危険ではあるが、とキース君。
「ミュウは虚弱だと言ってやがるし、オタフク風邪でも滅びかねないのか…」
「だろうね、ブルーのパニックぶりから察するに…。だけど解決して良かったよ」
ぼくたちに迷惑の来ない形で、と会長さんは御機嫌です。教頭先生が「ぶるぅ」の悪戯に悩まされるような頃になったら、私たちはマツカ君の山の別荘。教頭先生、「ぶるぅ」のお世話をよろしくです~!
山の別荘でのんびり過ごして、ハイキングに乗馬にボート遊びに。充実の別荘ライフを満喫してきた後は、お盆の準備で忙しいキース君も交えてプールに行ったり、会長さんの家で遊んだり。オタフク風邪に罹った「ぶるぅ」も無事に回復、自分の世界に帰ったのですが…。
「なんだかねえ…」
どうもハーレイがうるさくって、と会長さん。
「夏休みだからドライブしようとか、食事に行こうとお誘いだとか…。モテ期ではないと思うんだけどさ」
「そういうモノもありますけどねえ…」
ちょっと様子が違いますね、とシロエ君。教頭先生のモテ期なるもの、「自分はモテる」という思い込みから会長さんに熱烈なアタックをかます時期。つまり一種の発情期ですが、これは症状が徐々に酷くなっていって、アプローチが熱烈になる傾向が。でも…。
「今度のヤツはは最初の時からフルスロットルでアタックですよ?」
「だからモテ期じゃないんだと思う。だけどしつこい!」
プレゼントだって毎日山ほど、と会長さんが言っている側から管理人さんからの連絡が。プレゼントの山と花束などが届いているから、これから持って行くとのことで…。
「やれやれ、またか…」
「かみお~ん♪ ハーレイの車も来たみたいだよ!」
「なんだって!?」
窓へと走った会長さんと一緒に見下ろせば、確かに教頭先生の愛車。プレゼントが届くタイミングを見計らってのご登場だと思われます。
「この暑いのに、暑苦しい男は顔を出さなくていいんだよ!」
会長さんが毒づいていますが、間もなくチャイムがピンポーン♪ と。玄関を開けに出掛けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が山のようなプレゼントの箱をサイオンで運びつつ、飛び跳ねて来て。
「ブルー、プレゼント、いっぱい来たの! それにハーレイも!」
「ハーレイを家に入れたのかい!?」
「だって、ブルーに用事があるって…」
「冗談じゃないよ!」
こっちに用事は無いんだけれど、と会長さんが言い終わらない内に「ブルー、元気か?」と満面の笑顔の教頭先生。真っ赤なバラの花束を抱えていらっしゃいます。えーっと、確か、この花束を叩き落として踏みにじったらモテ期は終了でしたっけか?
教頭先生の発情期なモテ期。その終幕は会長さんが貰った花束をグシャグシャに潰すことだと聞いています。教頭先生の熱は一気に冷めて「モテない自分」を自覚するとか。ということは、花束登場で終了だな、と誰もが思ったのですが。
「ブルー、この花束を受け取ってくれ。私の気持ちだ」
「迷惑なんだよ!」
花束をベシッと叩き落とした会長さん。リビングの床に落っこちたソレを踏みにじるべく足を上げようとしたのですけど。
「そう照れるな」
「えっ?」
教頭先生の腕がグイと会長さんを引き寄せ、顎を持ち上げて熱烈なキス。教頭先生、ああいうキスって出来たんだ…。
「「「………」」」
私たちがポカンと立ち尽くす内に会長さんは正気に返ってバタバタと暴れ、教頭先生の腕を振りほどいて。
「何するのさ!」
「何って、キスだが? …どうだ、そういう気分になったか?」
「そういう気分?」
「もちろんベッドに行きたい気分だ」
言うなり会長さんをヒョイと抱き上げた教頭先生、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、ベッドメイクは出来てるか? ブルーの部屋の」
「うんっ! 朝一番に済ませてあるよ!」
「それは良かった。やはり初めてはきちんとベッドメイクを済ませたベッドでないとな」
「ちょ、ちょっと…!」
初めてって何さ、と会長さんが手足をバタつかせましたが。
「決まっているだろう、私とお前の初めてだ。夜なら初夜だが、昼間だと何と呼ぶべきか…」
とにかく行こう、と会長さんを抱き上げたままで歩き始める教頭先生。リビングのドアは開けっ放しになってましたから、そのまま廊下へ。
「ちょ、ハーレイ!」
「私も色々と勉強したしな、痛い思いはさせないと思う。優しくするよう努力するまでだ」
「お断りだってばーーーっ!!!」
ギャーギャーと騒ぐ会長さんは連れ去られて行ってしまいました。あのう…。私たち、こういう時にはどうすれば…?
死ぬかと思った、という会長さんが乱れたシャツで戻って来たのは五分ほど経ってからでした。疲れ果てた口調での報告によると、教頭先生は瞬間移動でご自分の家へ飛ばされたとか。
「ついでに車も送っておいたよ、取りに来られたら面倒だから」
「面倒って…。モテ期は終わったんだろう?」
キース君の問いに、会長さんは「終わっていない」と苦い表情。
「それどころかますます絶好調だよ! ぼくの寝込みを襲うのがいいか、それとも家に引きずり込むか、と犯罪まがいのプランを立ててる」
「そうなのか!?」
「瞬間移動で飛ばされちゃったし、不意を突くしか無いと思ったみたいだね。でもって、キスだの何だのと手間暇かけるよりも既成事実だと」
「「「既成事実?」」」
それってまさか、と血の気が引いた私たちですが、会長さんは。
「それで合ってる、既成事実さ。いわゆる強姦、とにかく突っ込んでしまえば自分のものだという発想! 無理やりモノにして、それから結婚!」
「「「け、結婚…」」」
モテ期は花束で終わるどころか、より酷い方に向かっていました。会長さんを強姦だなんて、教頭先生の日頃のヘタレっぷりからはまるで想像がつきません。でも…。
「どういうわけだか、ハーレイは元気モリモリなんだよ! ぼくが暴れても襲って来たしさ、鼻血体質も何処へやらだよ、危うく全部脱がされるトコで…」
「「「全部!?」」」
「そう。…情けないけど、ズボンを下着ごと…って、ごめん、失言」
「「「………」」」
会長さんはその先を語ろうとしませんでしたが、シャツが乱れたどころの騒ぎではなかったらしいことが分かりました。どおりで「死ぬかと思った」な発言が飛び出してくるわけです。
「このままで行くと真面目に危ない。…ぶるぅ、ハーレイを家に入れてはいけないよ」
「でもでも…。ブルーに御用だったら入れてあげないと…」
キャプテンだよ? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生なら門前払いもオッケーですけど、シャングリラ号のキャプテンではそうもいきません。なんだか激しい、今度のモテ期。激しいと言うより激しすぎですが、会長さんは無事に逃げ切れるでしょうか?
「…なんでこういう恐ろしいことに…」
今のハーレイならキャプテンとしてでも乗り込んでくる、と怯えまくりの会長さん。
「本来、ヘタレな筈なんだ。いくらモテ期でも、ここまで酷いのをぼくは知らない」
「うん、ぼくだって初めて見たよ」
「「「えっ?」」」
誰だ、と振り返った先にフワリと翻る紫のマント。ソルジャーが「実に凄い」と感心しながら。
「あれこそまさに男の中の男だよねえ、ヤリたい盛りの男ってね! 目的のためには手段を選ばず、断られた後には強姦あるのみ!」
そういう強引な所も実に素晴らしい、とソルジャー、絶賛。
「しかもパワーは衰え知らずで、抜いても抜いてもグングン元気に!」
「「「は?」」」
「ブルーに放り出されたからねえ、ムラムラしながら自家発電の真っ最中! あ、自家発電だと分からないかな? せっせと自分の元気な部分を解放するべく!」
大事なトコロを爆発させては元気モリモリでまた爆発、とソルジャーの喋りは立て板に水。
「あの勢いなら初心者ながらも抜かず六発、ヌカロクも夢じゃないって感じ!」
「「「………」」」
ヌカロクの意味は未だ不明ながら、大人の時間の用語だということは理解しています。つまりはソルジャー、猥談もどきを繰り広げているわけなんですけど、いつもなら「退場!」とレッドカードを突き付けてくれる会長さんはソルジャーの台詞に顔色を悪くしているだけで。
「…ハーレイ、そこまで酷いのかい…?」
「それはもう! 今夜にでも君の家の鍵を壊して寝込みを襲おうかってほどの元気さ!」
なんと素敵な話だろうか、とソルジャーは瞳を輝かせています。
「ぶるぅを預けた甲斐があったよ、オタフク風邪にこんなパワーがあっただなんて!」
「「「オタフク風邪?」」」
「そう、オタフク風邪!」
ハーレイはそれに罹ったのだ、とソルジャーは一枚の紙を取り出しました。何かの数値や文字などがズラリと並んでいますけれども、これって何?
「えっ、これかい? こっちのハーレイの血液検査の結果だけれど?」
ぼくの世界でちょっと検査を、とソルジャーの唇に極上の笑みが。
「ハーレイの異変はぶるぅを預けた後で起こった。それでオタフク風邪の潜伏期間を調べてみたら、ちょうど発症時期と重なる。まさか、と思って見てたんだけど…」
「それで?」
会長さんがようやく服を整え、冷たい声で。
「あのとんでもないモテ期もどきはオタフク風邪の症状だと?」
「もしかしたら、と見ている間に今日の騒ぎになっちゃったしね? これは調べる必要がある、と自家発電に夢中のハーレイの血を一滴貰って検査してみた」
血を採る時の痛みとやらは殆ど無いらしい、ソルジャーの世界の検査用の針。背後から腕をブスリとやられた教頭先生、全く気付きもしなかったとか。
「ぼくのシャングリラじゃ迅速検査ってコトになったら時間はほんの少しだけってね。ちゃんと情報は操作したから、こういう検査をやったことすらノルディは忘れているんだけれど…」
此処、とソルジャーが指差した箇所。それがオタフク風邪への感染を示す項目で、他の数値などからソルジャーの世界のドクター・ノルディが診断を下した結果は「オタフク風邪に罹って絶倫」だという恐るべきもの。
「絶倫だって!?」
会長さんの悲鳴に、ソルジャーは。
「うん。オタフク風邪が治る頃には元に戻ってしまうらしいけど、今はオタフク風邪のウイルスのお蔭で絶倫なんだな、こっちのハーレイ」
「…オタフク風邪はどっちかと言えば、生殖能力に重大な後遺症を残す傾向が…」
「だからね、きっと変異したんだよ、オタフク風邪のウイルスが! だって、罹ったのがぶるぅだし! こっちの世界の人間じゃないし!」
おまけに卵から生まれた人間だというオマケつき、とソルジャーは指を一本立てました。
「ウイルスってヤツは宿主を転々としていく間に変異していくものだろう? ぶるぅは一人で何人前もに相当したんだ、そして絶倫ウイルスが出来た!」
それに罹ったのがこっちのハーレイ、と検査結果を示すソルジャー。
「ぼくの世界のノルディが言うには、このウイルスはオタフク風邪の症状を引き起こす代わりに絶倫パワーを引き出すわけ! 頬っぺたの代わりに大事な部分が腫れ上がる!」
その結果として元気モリモリ、抜いても抜いても腫れて来るのだ、ということですが。教頭先生の大事な部分って、男のシンボルのアレですよねえ…?
頬っぺたがプックリ腫れる代わりに、男性としての大事な部分が腫れ上がってしまうオタフク風邪。
腫れが引くまでは精力絶倫、ヘタレも吹っ飛ぶ元気な男になってしまってムラムラだとか。
「つまりハーレイはモテ期じゃなくって、オタフク風邪! 絶倫風邪でもいいけれど!」
いずれ治るよ、とソルジャーはニコニコしています。
「頭も熱でイッちゃってるから、治った時にはモテ期同様、ケロリと元に戻るって!」
そして再びヘタレに戻る、と話すソルジャーですけれど。
「ぼくにとっては絶倫風邪は非常に魅力的なんだ。だけど、君には迷惑なんだね?」
「迷惑だなんて次元じゃなくって!」
ホントに死ぬかと思ったんだ、と会長さんはブルブルと。
「しかも治るまで絶倫だったら、真面目にぼくの身体が危ない。正体が病気だと分かったからには暫く姿を消すことにするよ、何処かのホテルに隠れるとかさ」
「何もそこまでしなくても…。要はハーレイを閉じ込められればいいんだろう?」
君を襲いに出て来られないように家にガッチリ、と言うソルジャー。
「それはそうだけど…。君がシールドでも張ってくれるのかい?」
「お望みとあらば!」
ぶるぅを預けた責任もあるし、と珍しくソルジャーは殊勝でした。普段のソルジャーならこういう時には教頭先生と会長さんとの結婚を目指して良からぬ画策をする筈ですけど、今回は逆の方向へと行くようです。
「こっちのハーレイのオタフク風邪が完治するまで、家ごとシールドしておくよ。もちろんハーレイが飢え死にしないよう、ちゃんと食料とかは差し入れするし」
「本当かい? そこまでフォローしてくれると?」
「任せといてよ、そうする傍ら、絶倫風邪の研究もね!」
「「「は?」」」
今、研究って言いましたか? オタフク転じて絶倫風邪の?
「うん! とっても魅力的なウイルスだからさ、ぼくのハーレイにも使えないかなあ、って!」
「「「………」」」
そういう目的だったのかい! と誰もが一気に理解しました。そりゃあ、ソルジャーには最高に美味しいウイルスでしょう。オタフク風邪としての症状は無くて、代わりに腫れ上がる男のシンボル。罹っている間は絶倫だなんて、欲しがって当たり前ですってば…。
ソルジャーが教頭先生の家をシールドしてしまったお蔭で、会長さんへの迷惑行為は収まりました。プレゼントなどの注文ルートも遮断しちゃったらしいです。絶倫パワーを持て余している教頭先生、会長さんの抱き枕だの写真だのを相手に過ごしてらっしゃるそうですが…。
「…ちょっと困ったことになってね…」
ソルジャーがヒョイと現れた、私たちが集う会長さんの家。お盆の棚経を控えたキース君が殺気立っているのも気にせず、「困ったんだよ」とボソリと一言。
「何がだ! 俺は来る日も来る日もお盆の準備でキレそうだが!」
キース君の怒声に、ソルジャーは。
「お盆だなんて悠長なことは言ってられない。もう今日明日が勝負なんだよ」
「それは俺もだ!」
お盆の前は戦場なのだ、とキース君。
「卒塔婆の注文は直前でも容赦なく舞い込んで来るし、此処へ来る前も墓回向を手伝わないと親父に文句を言われるし…。棚経に備えて戒名チェックも欠かせないんだ!」
「だけど、お盆はまだ先だろう? こっちは持っても明日くらいで…」
「何の話だ!」
ハッキリ言え、と怒鳴り付けたキース君に、ソルジャーが「うん」と。
「こっちのハーレイの絶倫風邪がさ、明日くらいに完治しそうでさ…。実に困ったと」
「なんで困るんだ! いいことだろうが!」
「ブルーにとってはいいだろうけど、ぼくが困るんだ。まだハーレイにうつせていない」
「「「は?」」」
そう言えば使いたいとか言ってましたっけ、キャプテンに…。ウイルスの研究だけかと思えば、うつす気でしたか、絶倫風邪。
「それが一番の早道だろう? だからぼくのハーレイを何度も「お見舞いに行け」と送り込んでいたのに、うつらない。シールドするな、と言ってあるのにうつらないんだ」
ソルジャーが言うには、キャプテンも絶倫風邪の件は承知で、出来ればソルジャーの望み通りに感染したいと立派な覚悟。ゆえにシールドも張らずに何度もお見舞い行脚をしているというのに未だ罹らず、ウイルスは明日あたり、教頭先生の身体から消滅しそうだとか。
「そのウイルス、取っておかないのかい?」
そうすればシャングリラでゆっくり研究可能なのに、と会長さんが指摘しましたが。
「それはダメだよ、あれもウイルスには違いないしね。シャングリラでウッカリ漏れようものなら絶倫風邪が蔓延しちゃって大変なことに」
「キャプテンが感染するのはかまわないんだ?」
「青の間に隔離するからね!」
ちょっと特別休暇と称して、とソルジャーは胸を張りました。
「だから絶倫風邪をなんとかしてうつしたいんだけれど…。どうやら非常に感染力が弱いらしくて、空気感染も飛沫感染もしないみたいで…」
こんなウイルスをどうやって感染させればいいのだ、と呻くソルジャー。
「期限はホントに明日までなんだよ、出来れば今日中になんとかしたい!」
「うーん…。そういう時には濃厚接触?」
「濃厚接触?」
「そう。体液レベルになって来たなら、弱いウイルスでも充分にうつる」
「体液ね!」
ありがとう、とソルジャーはグッと拳を握りました。
「確かにそれならいけそうだ。早速、ぼくのハーレイを連れて乗り込むよ!」
「ぼくこそ、お役に立てて何より。今は夏だし……って、あれっ?」
いない、とキョロキョロしている会長さん。ソルジャーの姿はありませんでした。
「もう行っちゃった? 最後まで話していないんだけどさ、勘違いをしていないだろうね?」
「「「勘違い?」」」
「うん。夏だから汗をかきやすいしね、汗をかいた手で握手でもすればいけるだろう、ってアドバイスしようと思ったんだけど…。最後まで聞いて行かなかったから…」
大丈夫かな、と首を捻っている会長さん。
「ブルーは体液としか聞いていないし、なにしろ相手はブルーだし…」
嫌な予感がするんだけれど、と教頭先生の家がある方角を眺める会長さんの不安は的中しました。ありとあらゆる不幸な意味で。
「今年の海の別荘、あいつら無事に来られるのかよ?」
「さあ…?」
サム君の問いに、言葉を濁す会長さん。お盆は昨日までで終わって、明日からマツカ君の海の別荘へと出発です。滞在中にはソルジャー夫妻の結婚記念日もあるのですけど。
「…なにしろオタフク風邪だからねえ、ブルーの世界の医療技術で何処まで劇的に回復できるかが勝負だよ、うん」
「教頭先生が罹ったヤツなら何も問題無かったのにね…」
どうせ別荘では部屋にお籠り、とジョミー君。
「今年もダブルベッドのお部屋を用意してあるんですが…。途中からでも来て頂ければ…」
いいんですけどね、とマツカ君も心配しています。キャプテンは絶倫風邪には罹らず、オタフク風邪になったのでした。せっかく教頭先生からウイルスを分けて貰ったのに。
「ディープキスで貰ったと聞いてるな?」
キース君が額を押さえて、スウェナちゃんが。
「握手にしとけば良かったのにねえ…」
「仕方ないさ、中途半端に聞いて帰ったブルーが諸悪の根源なんだ」
だから頑張って看病すべし、と会長さん。オタフク風邪がシャングリラに蔓延しないようにとキャプテンは隔離、あの面倒くさがりのソルジャーが看病をする羽目に陥ったらしいです。でも…。
「なんでウイルス、オタフク風邪になっちゃったんだろ?」
ジョミー君が首を傾げて、シロエ君が。
「ぶるぅはオタフク風邪でしたしねえ、こっちの世界のオタフク風邪が向こうの世界の誰かを経由してこっちでうつると絶倫風邪なんじゃないですか? こっちからうつすとオタフク風邪で」
「「「うーん…」」」
その研究は進めてみたい所ですけど、オタフク風邪と絶倫風邪ではどちらも迷惑。仮説の段階で留めておこう、という結論になりました。教頭先生はすっかり回復、会長さんに乱暴狼藉を働いたことは熱のお蔭で覚えていないらしくって。
「とにかく、ぶるぅのオタフク風邪は二度と御免だよ!」
予防接種を受けさせておくか、と会長さんは真剣に検討しています。悪戯小僧が予防接種に大人しく応じるかどうかはともかく、危険は未然に防ぎたいところ。ハシカに風疹、水疱瘡とか受けさせますかね、まずは母子手帳を捏造しなくちゃダメなのかも…?
膨らんだ変異・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
悪戯小僧の「ぶるぅ」が罹ったオタフク風邪から、教頭先生がとんでもないことに。
別の世界を経由したウイルス、恐るべし。おまけに意のままにならない仕様…。
次回は 「第3月曜」 7月16日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、7月は、お盆の棚経を控えて、対策を立てようと画策中で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
春、真っ盛り。ソルジャーたちとのお花見も終わり、シャングリラ学園の年度始めの行事も一段落して今日は何もない土曜日です。北の方ならまだまだ桜もあるんでしょうけど、春休みからノンストップな勢いで遊んでましたし、たまには会長さんの家でゆっくりと。
「かみお~ん♪ 何も無くても賑やかに、だもん!」
お昼は豪華にちらし寿司だよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。海の幸たっぷりの海鮮ちらし寿司に大歓声で、早速ワイワイ食べてたのですが。
「あれっ、君たちは海鮮ちらし?」
「「「!!?」」」
誰だ、とキョロキョロ。海鮮ちらしに文句を言われる筋合いは無く…って、今日は来る予定じゃなかったのでは、と声の主を見付けて軽く衝撃。私服のソルジャーが立っています。
「君が食べる分は無いからね!」
会長さんが怒鳴って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ううん、嘘だよ、ちゃんとあるから! ゆっくりしてって!」
「そうしたいけど、これからお出掛け」
「「「は?」」」
お昼時に出て来て、お出掛けだとは…。それじゃ何しに、と思ったのですが。
「ちょっと自慢に寄っただけ! これからノルディとデートだから!」
「はいはい、分かった」
早く出掛けろ、と会長さんの手がヒラヒラと。
「遅刻はマナー違反だよ? さっさと行く!」
「もちろんさ。今日は鍋だって、楽しみだよね」
何だったかな、とソルジャーは首を傾げました。
「名前を思い出せないんだけど…。鶏の鍋で、美味しいらしいよ」
「トリの水炊きとか、そういうのだろ。ほら、行って、行って!」
「急かさなくても行くってば! じゃあね、ぼくの食事は豪華版!」
パッと姿が消えたソルジャー。海鮮ちらしはトリの水炊きに負けたのでしょうか?
「どうだかねえ…。所詮はトリだし」
鶏だから、と会長さん。モノによっては高いそうですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の海鮮ちらし寿司の具もこだわりの素材を使っているので負けないだろうという仰せ。ソルジャーにケチをつけられましたけど、こっちはこっちで美味しいんですよ!
おかわりたっぷり、海鮮ちらし。食事の後はのんびりまったり、沢山食べただけに三時のおやつは時間通りに食べられず。けれども春らしい桜クリームなどを使ったミルフィーユは是非とも食べたいところ。四時でいいか、というコトになって。
「かみお~ん♪ そろそろおやつにする?」
四時だもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいそいそと。お腹の方も頃合いに空いて、ちょうどおやつが欲しい頃。紅茶にコーヒーなども揃って、いざ、とフォークを入れようとしたら。
「間に合ったあー!」
ぼくにも、おやつ! と飛び込んで来た私服のソルジャー。また来たのか、と苦情を述べても聞くわけがないと分かってますから、誰も文句を言いませんでしたが。
「うん、君たちのおやつが遅くて良かったあ!」
ついついノルディと盛り上がっちゃって、とソルジャーは悪びれもせずに腰掛けて桜ミルフィーユを頬張りながら。
「ホントは鍋だけで解散の予定だったんだけど…。素敵な鍋だったから、後にお茶まで」
「それは良かったねえ…」
会長さんの言葉は明らかに社交辞令でした。ところがソルジャー、「うん」と嬉しそうに。
「まさかトリ鍋で、あんなに素晴らしい話を聞けるだなんてね! あ、トリ鍋はトリ鍋だけどさ、ちゃんと名前があるんだよ!」
「トリの水炊きだろ?」
「そうじゃなくって、鶏の方に!」
名前があるのだ、ということは…。ブランドもののトリ肉でしょうか、ナントカ地鶏とかそういった系の…?
「ううん、地鶏じゃないんだな、これが。鶏の品種の名前らしいよ」
「烏骨鶏?」
それともチャボかい、と会長さんが尋ねると。
「シャモって言ったよ、シャモ鍋を食べて来たんだよ!」
「「「あー…」」」
シャモね、と一応、納得です。シャモ鍋だったらトリ鍋の中でもちょっと別格。とはいえ、ソルジャーが素敵だと褒めてエロドクターと盛り上がる理由が分かりません。なんで…?
「シャモはね、特別らしいんだよ」
パワー溢れる鶏で、とソルジャーは語り始めました。
「闘鶏に使うとノルディが言っていたねえ、闘争心が強い鶏だってね?」
「そうらしいな」
シャモは軍鶏と書くくらいだからな、とキース君。
「愛好家の団体もあると聞いたが、あんた、闘鶏でも始めたいのか?」
「そうじゃないけど…。ちょっと欲しいという気がしてね」
強いシャモが、とソルジャーの台詞は意味不明。闘鶏をやりたいと言うんだったら強いシャモだって必要でしょうが、そうでないなら何のために?
「ズバリ、あやかりたいんだよ!」
シャモのパワーに、とソルジャーはグッと拳を握りました。
「今じゃやってないらしいけれどさ、昔は相撲の力士なんかがシャモを食べたとノルディがね…。闘争心とパワーを身につけようと、わざわざシャモの顎の骨とか頭だとかをバリバリと!」
「「「ええっ!?」」」
力士ともなれば流石に違う、とビックリ仰天。シャモの頭はもれなく頭骨が入っていますし、顎の骨だなんて話があるなら、頭も骨ごとバリバリでしょう。私たちが食べたら歯の方が砕け散りそうです。ビール瓶の栓を歯でポンと抜ける教頭先生なら平気かもですが…。
「そういう話を聞いて来たらさ、あやかりたいと思っちゃうだろ?」
「…それはソルジャーとしての話かい?」
パワーをつけて人類軍とのバトルなのかい、と会長さん。
「君の世界のハードさは理解しているし…。シャモのパワーも欲しいわけ?」
「ちょっと違うね、ぼくが欲しいのはシャモの闘争心の方!」
「まさか、シャモを食べて一気に地球まで攻めて行こうとか?」
「やらない、やらない」
そもそも地球の座標を知らない、とソルジャーは片手を振って否定しました。
「ノルディに教わって来たんだよ。シャモの闘争心の源!」
コレを聞いたらあやからねば、と頬を紅潮させてますけど、シャモと言ったら喧嘩をするトリ。ただの喧嘩好きの鶏なんじゃあ…?
「そうか、君たちでも知らないんだ?」
ノルディが博識で実に良かった、と笑顔のソルジャー。エロドクターがシャモに詳しいとは知りませんでした。闘鶏の愛好家な知り合いがいたのでしょうか?
「残念ながら、知り合いにはいないらしいんだ。いるんだったら強いシャモを譲って貰うことも出来ただろうけど…」
「食べられてしまうと知ってて譲るような愛好家はいないと思うんだけどね?」
会長さんの指摘に、ソルジャーは「うん」と。
「ノルディにもそう言われたよ。愛好家はシャモを大事にしてるし、食用には譲ってくれないだろう、とね」
戦わせるくせに愛情たっぷり、と聞かされた愛好家のシャモに対する愛とやら。体調管理もさることながら、バトルの後には傷薬などでしっかり手当てで、傷薬だって自家製ブレンド。秘伝の生薬を漬け込んだりして傷が癒えるよう細やかな世話を…。
「一度戦ったら二週間くらいは休養らしいよ、それくらい派手に戦うらしいけど…」
その闘争心が何処から来るかが大切なのだ、と話はついに核心へと。
「ズバリ、縄張り争いってヤツ!」
「それって普通じゃないですか?」
大抵の生き物はやらかしますよ、とシロエ君。
「アユの友釣りだって縄張り争いを利用して釣ると聞いてますしね」
「まあ、生き物のオスには基本だろうけど…。シャモの場合は命も懸ける勢いで! ついでに目指すはハーレムだから!」
「「「ハーレム!?」」」
「そう、ハーレム!」
シャモはハーレムのために戦うのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「元々、鶏はハーレムを作るものらしいんだよ。一羽の雄鶏が頂点に立ってメスを集めて、子孫を残す。その本能と闘争心とが強烈なのがシャモっていうわけ!」
鏡に映った自分の姿に喧嘩を売ろうという勢いだとか。闘鶏の訓練は鏡の自分への挑戦に始まり、闘争心を高めてバトルの場に登場するらしく。
「ハーレムと聞いたら、これにあやからない手は無いよね?」
どう思う? とソルジャーの赤い瞳がキラキラ。闘争心は闘争心でもハーレム作りの方にあやかりたいなら、この話、ヤバくないですか…?
ハーレムを目指して命懸けのバトルをするらしいシャモ。そのシャモ鍋をエロドクターに御馳走になったソルジャー、強いシャモが欲しい上にあやかりたいとか。もしや強いシャモを食べてパワーを身につける人って、ソルジャーじゃなくて…。
「ピンポーン♪」
大正解! とソルジャー、誰の心を読んだのやら。
「シャモを食べさせたいのは、ぼくのハーレイ! そして漲るパワーでガンガン!」
ハーレムを作る代わりにぼくに尽くして欲しいのだ、という主張に「やっぱり…」と心で嘆き節。つまりはシャモを精力剤としてゲットしたいというわけですね?
「そうなんだよ! 最強のシャモが欲しいんだけど!」
「…譲って貰えば?」
愛好家に、と会長さん。
「食べるんです、と正直に言っても場合によっては譲ってくれるよ」
「本当かい!?」
「ただし、ヨボヨボのシャモだろうけど」
引退してから長いシャモなら貰えることがあるかもしれない、という話。
「シャモが美味しいことは食べて来たなら分かるだろう? 愛好家と言っても色々いるしね、老いさらばえて死なせるくらいなら食べてしまえというタイプも皆無ではない」
「…でも、ヨボヨボのシャモしかくれないんだね?」
「当たり前だろう! 現役のシャモは絶対くれないし、引退したてでも無理だろうね」
手塩にかけて育てたシャモを誰が鍋に…、と正論が。ソルジャーの話では傷薬までも自作するという愛好家。それだけの愛情と手間を注いだシャモなら、後は鍋しか道が無さそうなほどに衰えない限り食用には譲らないでしょう。
「…というわけでね、最強のシャモは貰えないよ。元最強とか、そういうシャモで我慢しないと」
「ぼくが欲しいシャモは現役だってば!」
ヨボヨボのシャモではあやかるどころか萎れそうだ、と言われても…。
「現役ねえ…。いっそ自前で育ててみたら?」
「「「えっ?」」」
会長さんの台詞に、ソルジャーどころか私たちも首を捻る羽目に。現役のシャモで尚且つ最強、そんなの、自分で育てられますか…?
「まるで不可能ってわけではないよ」
やってやれないことはない、と会長さんは人差し指を立てました。
「君がシャモ鍋を食べたくらいだ、食用のシャモを育てている場所はあるってね。そういう所に頼みに行ったら気の強そうなのを買える筈だし」
「…それで?」
「何羽か纏めて譲って貰って、暫く飼ってみればいい。それからバトルで、勝ち残ったのが最強のシャモということになるね」
「なるほどねえ…」
確かにそうだ、とソルジャー、納得。
「いい案だけれど、愛情をこめた世話とやらは? ぼくはそういうのに向いてないけど」
「…向いてなさそうだね」
まるで駄目だ、と会長さんが返し、私たちも顔を見合わせて「うん、うん」と。青の間の片付けも出来ないソルジャーに生き物の世話が出来るとはとても思えません。普通に飼育も無理っぽいのに愛情をこめて飼うなんて…。
「ね、ぼくには無理だと思うだろ? 君が代わりに飼ってくれるとか?」
「なんでぼくが!」
「アイデアを出してくれたからには、飼い方のフォローもお願いしたいな」
「無茶を言わないでくれたまえ!」
誰があんな凶暴な鶏の世話を…、と会長さんは突っぱねたものの。
「…待てよ、凶暴な鶏の世話か…」
「誰かいるのかい?」
「迷惑をかけるなら断然こいつ、って人間ならいる」
会長さんの言葉にサーッと青ざめる私たち。そういう対象になりそうな人って、もしかしなくても一人だけしかいないのでは…。
「それで正解!」
この世にたった一人だけ! と会長さんは高らかに。
「ズバリ、ウィリアム・ハーレイってね! 惚れ込んでるぼくの頼みだったらシャモくらい!」
愛情こめて世話をするだろう、との恐ろしい読み。やっぱり教頭先生でしたか、ソルジャーが欲しい最強のシャモを育てるための飼育係は…。
「お、おい、あんた…」
本気なのか、とキース君が会長さんに。
「シャモは相当にキツイと聞くぞ? 愛好家でも生傷を覚悟らしいが…」
「そうだけど? 食用に飼ってるシャモは多少はマシだろうけど、養鶏場から出て来た後には闘争本能に点火するだろうね」
自由の身だから暴れまくり、と会長さんはニヤニヤと。
「一羽ずつ離して飼っておいても、自分が頂点に立つ日を夢見てバサバサ、ドカドカ。餌をやったら蹴られるだろうし、つついて捻って大暴れだね」
「「「うわー…」」」
それを教頭先生が…、と私たちは震え上がりましたが。
「ふうん…。そこまで凄いなら、ぼくにも一羽欲しいかなあ…」
「「「へ?」」」
ソルジャー、生き物は飼えないと言っていませんでしたか? だから教頭先生ですが?
「そうなんだけどさ、このファイトを見習え、とハーレイ用にね」
バサバサ、ドカドカでハーレムを目指す魂の方にもあやかりたい、と斜め上な発想。
「ハーレムを作ろうと暴れる鶏と日々戦ったら、ぼくのハーレイもきっと逞しく!」
「「「………」」」
本当にそういうものだろうか、と悩みはしたものの、誰も突っ込む勇気は無くて。
「うん、決めた! シールドさえすれば青の間の中でシャモを飼っても大丈夫!」
検疫とかの必要は無い、とソルジャーお得意の自分ルールが。
「でもって、こっちのハーレイにもシャモを飼って貰って…。その中で最強ってコトになったヤツとさ、ぼくのハーレイが飼ったシャモとで頂上決戦!」
そして勝った方のシャモを食べればハーレムなパワーを取り込める、とソルジャーは一気に燃え上がりました。
「ぼくのハーレイにも強いのを育てて欲しいしねえ…。まずは気の強いシャモのゲットからかな、纏めて何羽か!」
「それで行くなら、お試しで飼って…。キツそうなのを二羽だけ選んで、一羽ずつ育てる方が強いのを作りやすいと思うよ」
どうだろう? と会長さんが。えーっと、教頭先生とキャプテンが一羽ずつですか…?
「シャモは鏡の自分にも喧嘩を売ろうっていう鶏だ。徹底的に仕込むんだったら一対一!」
見込んだシャモに愛情を注いで、逞しく強く育ててなんぼ、と会長さん。
「こっちのハーレイが一人で飼うと言うなら、同じように世話して最後に勝ち抜き戦でいいと思うけど…。君のハーレイも飼うとなったら、これぞってヤツに一点集中!」
「いいかもねえ…。より逞しいシャモを作る、と」
「そういうこと! それでどうかな、君たちの世界でも飼うのならね」
「その話、乗った!」
是非やろう、とソルジャーはガップリ食い付きました。まずは気の強いシャモの調達からで。
「こっちのハーレイに飼って貰って、その中から特にキツイのを二羽選ぶんだね?」
「うん。ハーレイに殴る蹴るの暴行を浴びせまくったのを二羽ってことだね」
「だったら、六羽ほど譲って貰えばいいのかなあ?」
「それくらいがハーレイの限界だよ、きっと」
蹴られて噛まれて世話をするんだし、と会長さんは教頭先生の限界ギリギリの数のシャモを飼わせるつもり。勝手に決めていいんだろうか、と思っている間に、気付けば夕食時が近付いていて。
「ぶるぅ、夕食は鍋だった?」
「うんっ! 今日は寄せ鍋で締めはラーメン!」
「鍋はゆっくり食べたいし…。先にハーレイの方を片付けないとね」
シャモを育てて貰う件、と会長さんの視線がソルジャーに向いて、ソルジャーも「うん」と。
「今から行けばいいのかな?」
「そうだね、全員でお邪魔しようか、それから帰って鍋パーティーだよ」
行くよ、という声が終わらない内にパアアッと溢れた青いサイオン。ソルジャーのだか会長さんだか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」か知りませんけど、瞬間移動でお出掛けですか~!
毎度お馴染み、教頭先生宅のリビング直撃コース。教頭先生はソファで仰け反っておられましたが、取り落とした新聞を拾い上げながら。
「今日は何の用だ?」
「そう言って貰えると話が早いね、鶏を飼って欲しいんだけど」
「鶏?」
「うん、鶏。君の家の庭で六羽ほど」
どうかな? と会長さんはおねだり目線。
「庭で六羽か…。平飼いの卵でも欲しいのか?」
「ぼくじゃなくって、ブルーがね。鶏が一羽欲しいらしくて、ちょっとお願いに」
「なるほど、向こうの世界で飼うとなったら色々と大変だろうしな…」
検疫とかが、と直ぐに言葉が出て来る辺りはシャングリラ号のキャプテンならでは。ソルジャーが「ぼくのシャングリラでは一羽くらいしか…」と口を挟みました。
「君に纏めて飼って貰って、これはと思う一羽を選んで飼いたいな、とね」
「ああ、分かりました。私が庭で飼っている間に検疫などを…」
「それに近いかな、お願いできる?」
「私でお役に立てるのでしたら」
胸を叩いた教頭先生。会長さんと会長さんにそっくりのソルジャー、二人揃ってのお願いとなれば断る筈がありません。会長さんは「いいんだね?」と念を押してから。
「だったら、明日からお願いしたいな。鳥小屋はぼくが用意するから」
「いいのか、日曜大工で作れんこともないが」
「飼って貰うのに手間がかかるし、鳥小屋くらいは調達するよ」
だからよろしく、という会長さんに「任せておけ」と教頭先生の頼もしい返事。
「鶏を六羽、飼うだけだろう? お安い御用だ」
「悪いね、それじゃそういうことで。暫く庭がうるさくなるけど」
「ご近所からは文句は出ないぞ、この辺りはみんな寛容だ」
むしろ鶏の声で朝が来るのを喜ばれるくらいだ、と教頭先生は二つ返事で引き受けましたが。庭がうるさいって朝一番のコケコッコーじゃなくて、教頭先生に殴る蹴るの暴力をふるう時の凄い騒ぎのことなんじゃあ…?
飼育係の件は無事に解決、後は帰って鍋パーティー。締めのラーメンを入れる頃には、居座って食べていたソルジャーのためのシャモの調達先も決まりました。明日の朝から会長さんと一緒に出掛けて六羽貰ってくるそうです。強烈な性格と評判なのを。
「…教頭先生、血を見るんじゃあ…」
帰り道にジョミー君が呟き、サム君が。
「俺たちも見ることになるんだぜ、その血」
「そうでしたね…」
明日も集合かかってましたね、とシロエ君。
「会長の家に十時ですから、その足で教頭先生の家に行くんじゃないですか?」
「だろうな、鳥小屋へシャモを入れにな」
さぞかし恐ろしい眺めであろう、とキース君が手首の数珠レットを繰って南無阿弥陀仏のお念仏。
「シャモは本気で蹴ってくるしな、多分、流血の大惨事だ」
「…何処かで見たわけ?」
ジョミー君の問いに「檀家さんの家でな」という答え。
「月参りに行ったら、鳥小屋で格闘中だった。「ちょっと待ってて下さいねー!」と俺に叫んで、シャモとバトルだ。闘鶏用のシャモでなくても充分なほどのパワーがあった」
「…教頭先生、大丈夫でしょうか…」
マツカ君の声に、スウェナちゃんが。
「シールドでなんとか出来るでしょ? タイプ・グリーンよ、教頭先生」
「でもさあ…。普段、サイオン、忘れていない?」
ジョミー君の鋭い指摘。サイオンは公に出来ませんから、教頭先生はあちこちへ出向く職業柄もあって使用頻度が低い方。と、いうことは…。
「「「……大惨事……」」」
流血沙汰だ、と意見が一致。明日は朝からスプラッタかな?
翌日の十時、私たちが会長さんの家に出掛けてゆくと。
「かみお~ん♪ トリさん、来てるよ!」
みんな、とっても元気なの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。後ろに続いてリビングに入れば、其処にシールドが張られていて。
「やあ、おはよう」
「見てよ、この元気一杯なシャモたちを!」
凄いだろう、とソルジャーが誇るだけあって、シールドも歪むかという勢いで繰り出される蹴りに、バサバサ羽ばたき。六羽のシャモは喧嘩できないようにシールドの中で区切られているという話ですけど、鏡の自分に喧嘩を売るという鶏ですから…。
「ぼくが思うに、こいつが一番キツイんじゃないかと」
ソルジャーが一羽を指差し、会長さんが。
「こっちもなかなかの面構えだよ? それに向こうのも」
「いずれ劣らぬ乱暴者です、と言っていたしね、飼っていた人」
選りすぐりの六羽を買ったわけだし、とソルジャー御自慢の凶暴なシャモが大暴れ中。そういえば最強の候補として残る二羽の他はどうなるんでしょう?
「ああ、それね。それなりに強いし、鍋にしようかと思ったんだけど、ブルーがね…」
「無益な殺生はやめておけ、って言ったんだよ。ぼくも一応、高僧だから」
「鍋にするなら一羽だけ、って言われちゃってさ。仕方ないから、四羽は寄付で」
「「「寄付?」」」
こんな凶暴な鶏を何処へ、と思ったのですが、行き先はマザー農場でした。他の鶏と交配するのに使えるらしくて、つまりは其処で…。
「うん、ハーレムを貰えるわけだよ」
シャモにとってはいい話だよね、とソルジャーが頷き、会長さんが。
「本来は食用のシャモだったしねえ、それを四羽も救ってあげれば残りを鍋にしてしまったって一応の徳は積めるだろう。それに残りの二羽も片方は鍋を免れるんだし」
「負けた方に用は無いからね? ハーレムで好きに暮らせばいいよ」
そして勝った方はハーレイの血肉となってハーレム! とソルジャーはブチ上げていますけれども、キャプテンのお相手はソルジャーだけ。一人だけしかいない場合でもハーレムと呼んでいいのかどうかが、正直、悩ましい所です…。
大暴れしている六羽のシャモ。会長さんたちと瞬間移動でお邪魔してみた教頭先生の家の庭には既に鳥小屋が出来ていました。会長さんが調達して来て据え付けたもので、六羽分のスペースが分けて取られた立派なもので。
「さて、ハーレイ。一羽ずつ入れてくれるかい?」
これを、と会長さんが示す先ではシールドに入った六羽がバタバタ、バサバサ。どう見ても普通の鶏ではなく、シャモであることが丸分かりで。
「…こ、これを私が入れるのか…?」
「決まってるだろ、今日から君が飼うんだからさ」
「よろしく頼むよ、ぼくの世界じゃ六羽はとても…」
会長さんの命令と、ソルジャーからのお願い攻撃。教頭先生は腹を括ってシールドに手を突っ込みましたが…。
「うわぁーっ!!!」
顔面に向かって炸裂した蹴り。教頭先生が狙いをつけた一羽はシールドが解かれ、自由の身となってしまったらしくて、蹴りに続いてクチバシでつつき、羽ではたいて殴る蹴るの世界。それでも出現しない教頭先生のサイオンシールド、たちまち流血の惨事ですけど。
「…な、なんとか入れたぞ…」
ゼイゼイと肩で息をしている教頭先生に次なる任務が。
「ご苦労様。残りは五羽だし、頑張ってよね」
「ぼくからもよろしくお願いするよ」
「わ、分かりました…」
頑張ります、と頭を下げる教頭先生は全く気付いていませんでした。会長さんとソルジャーの力ならば瞬間移動でシャモを鳥小屋に収納可能な事実に。ですから自分にシールドなんかは思い付きもせず、蹴られ、はたかれ、つつかれまくって…。
「…こ、これで全部を入れたのだが…」
どうすれば、と尋ねる姿はとうにズタボロ、生傷だらけ。会長さんは「ありがとう」と笑顔で返して、「これ」とシャモ用の飼料が詰まった袋を瞬間移動でドッカンと。
「今日から大事に世話をしてよね。一週間後に選別するから、それぞれ個性を見極めておいて」
「…個性?」
「強い個体を残したいんだってさ。上位の二羽から選ぶらしいよ」
凶暴な二羽を見付け出すことが君の仕事だ、と会長さん。身体を張れとか言ってますけど、ゴールは其処ではないんですけどね?
その日から教頭先生の孤独な戦いが始まりました。学校の授業なんかで出会う度に増えてゆく絆創膏。生徒というものは無責任ですから、凶暴な野良猫を飼っているとの噂も。それでもめげずに世話を続けて、一週間後の日曜日。私たちとソルジャーが瞬間移動でお邪魔すると。
「…ど、どうだろうか…」
これとこれだと思うのだが、と鳥小屋の扉に付けられた印。マジックでキュキュッと黒く塗ってあるだけで、印と言うより目印です。リボンでも結んだ方が分かりやすそうなのに…。
「リボンは酷い目に遭ったようだよ」
ぼくの世界から見てたんだよね、と話すソルジャー。
「鳥小屋に結ぼうと巻いた途端に、中からクチバシ! つつかれて指に穴ってね」
「え、ええ…。実にお恥ずかしい限りです…」
こんな具合で、と褐色の指に絆創膏。他にも沢山貼られていますが、それが最新。教頭先生は印をつけた二羽を指差し、どちらも特に凶暴であると保証しました。
「つつくのも蹴るのも激しいですね。他の四羽とはケタが違います」
「それじゃ、どっちがより凶暴かな?」
ソルジャーの問いに、「甲乙付け難いものがあります」という返事。
「もう少し飼えば分かるかもしれませんが、現時点ではどちらとも…」
「ありがとう。だったら気分で貰って行くから、君は残った方の世話をね」
「は?」
「そういえば説明しなかったかなあ? ぼくは最強のシャモが欲しくて、そのために一羽飼育する。君にも一羽飼って貰って、一週間後にバトルなんだよ」
闘鶏のルールは分からないから普通に喧嘩、とソルジャーはニコリ。
「君が飼ってる方が勝った場合は名誉なんだよ、最強の一羽!」
「で、では、私はこれから一週間もコイツを飼うのですか?」
「ぼくの世界では一羽が限界。…それは分かるね?」
「わ、分かりますが…」
分かるのですが、と肩を落としそうな教頭先生に向かって、会長さんが。
「ブルーのシャモに勝てるのを育ててみたくないかい? ぼくも応援しているからさ」
「お、お前が応援してくれるのか?」
「応援だけね」
何も手伝ってあげないけどね、と会長さんの笑みは冷たいものでしたけれど、応援の一言は効果絶大。教頭先生は凶暴な一羽の飼育を引き受け、生傷地獄の延長戦~。
ソルジャーの青の間と、教頭先生の家の鳥小屋と。各一羽ずつのシャモを残して、他の四羽は会長さんがマザー農場に移しました。ついでに鳥小屋の仕切りも外され、残った一羽は広い鳥小屋で暴れ放題、教頭先生を蹴り放題でつつき放題。
そんな一週間が過ぎて日曜日が来て、私たちは朝から会長さんのマンションへ。
「かみお~ん♪ 今日はリビングで闘鶏なんだよ!」
土俵もあるの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「「「土俵?」」」
「大きい桶なの、中でトリさんが喧嘩するんだって!」
凄いんだよ、と飛び跳ねてゆく後ろに続いてリビングに入ると、直径二メートルはあろうかという桶というか巨大なタライと言うか。そして…。
「おはようございます」
本日はお世話になります、と私服のキャプテン。隣に私服のソルジャーが立っていて、二人の前には不敵な面構えのシャモが入ったシールド。
「見てよ、強さがググンとアップ! ハーレイが頑張って世話をしたんだ」
「実に凶暴な鶏ですねえ…。シールド無しでは近付けませんよ」
なるほど、キャプテンは教頭先生と違って無傷。教頭先生の方はあれからも生傷が絶えない毎日、きっと今日だって…。
「うん、ハーレイならボロボロだってね。それじゃ呼ぼうか」
準備は整っているようだから、と会長さんの青いサイオンが光ったかと思うと、教頭先生がパッと出現。シールド入りのシャモもくっついています。
「やあ、おはよう。今日も酷い目に遭ったようだねえ?」
「お、お前が応援すると言ってくれたから頑張れたのだが…」
果たしてこいつは勝てるのだろうか、と教頭先生の自信はイマイチ。けれど…。
「やっぱアレだよな、身体を張ってた方が攻撃力はあるよな」
サム君がシャモをチラリと眺めて、キース君も。
「暴力をふるいまくっていたヤツの方が多分ファイトがあるだろう。好き放題に暴れていたんだ、こっちに勝ち目があると思うが…」
「ぼくもそういう意見だけどね?」
結果はどうだろ、と会長さん。いよいよバトルの始まりです。無制限一時間一本勝負。闘鶏のルールは知りませんけど、勝ったらソルジャーに鍋にされちゃうわけですが…?
教頭先生に暴行を加え続けて二週間のシャモと、この一週間はキャプテンに世話をされていたシャモと。桶に放された二羽の勝負は一時間も続きませんでした。殴る蹴るの大喧嘩が派手に繰り広げられて十五分くらい、キャプテンの方のシャモが桶の縁へと飛び上がろうとして。
「勝負あったあーっ!」
そこまで! と会長さんの声。闘鶏のルールでは土俵から逃げようとした方が負けで、これ以上バトルを続けさせると負けた方のシャモが殺されかねないという話。
「はい、君の方のシャモが勝ったってね。おめでとう」
「い、いや…。頑張って世話をした甲斐があって良かった」
この一羽が頂点に立ったわけだな、と教頭先生、感無量ですが。
「ありがとう。君のお蔭で最強のシャモが手に入ったよ」
ソルジャーが教頭先生に握手を求めて。
「ぼくのハーレイのシャモは駄目だね、マザー農場送りってね。そして君のシャモは…」
「あなたの世界で飼って頂けるわけなのですね、嬉しいです」
「えっ、飼わないけど?」
このまま店に連れて行くんだけど、とシャモをシールドで包むソルジャー。
「流石にこれでは持って行けないから、後でケージに入れるんだ。そして肉屋に」
「…肉屋?」
「そうだよ、絞めて貰ってシャモ鍋に!」
「シャモ鍋ですって!?」
そんな、と教頭先生は愕然とした表情に。
「さ、最強のシャモがどうしてシャモ鍋なのです、飼うと仰るなら分かりますが…!」
「あやかるためだよ、シャモの闘志はハーレム作りのためらしいしね」
ねえ? とソルジャーの視線がキャプテンに向けられ、キャプテンが。
「ブルーがこちらの世界で聞いて来たそうで…。シャモ鍋は私が食べるということになっております、これだけ強いシャモの肉でしたらパワーもあるかと」
「…シ、シャモ鍋……」
教頭先生はダッと駆け出し、ソルジャーのシールドに包まれてしまったシャモの前へと。
「き、聞いたか、お前!? シャモ鍋にされてしまうそうだぞ、お前はあんなに頑張ったのに!」
私と特訓を積んできたのに、と叫ぶ教頭先生、どうやら会長さんのために勝ちたくてシャモと戦っていたようです。その戦友が鍋と聞いたら、ショックを受けても無理ないかも…。
「うーん…。情が移ったというヤツかな?」
シャモを庇っている教頭先生を横目に、会長さんがノホホンと。
「蹴りの特訓だと缶の蓋を盾にして立ち向かったり、とにかくファイトだと真っ向勝負を挑んでみたりと自己流で励んでいたからねえ…。勝ったらシャモ鍋になるとも知らずに」
「そ、そこまでなさってらっしゃったのか!?」
どおりで生傷だらけの筈だ、とキース君。
「それだけの愛情を注いだシャモをだ、鍋となったら…」
「止めたいだろうね、全力で。だけど相手はブルーだからねえ…」
まず勝てないね、と会長さんは笑いましたが、教頭先生はガバッと土下座。
「このとおりです! 鍋にしないでやって下さい、あいつは本当に頑張ったんです!」
「…ぼくはそのファイトが欲しいわけでね、是非ハーレイに食べさせないと!」
だから、とソルジャーはキャプテンの背中をバンと叩くと。
「見たまえ、向こうは土下座で来たよ? あれに対抗してシャモをゲットだ!」
「私がですか!?」
「他に誰がいると?」
奪って来い! と押し出されたキャプテンは目を白黒とさせながら。
「…で、ですが、ブルー…。土下座よりも強力なお願いの方法はあるのですか?」
「知ってたらアドバイスしているよ!」
オリジナルで行け! と蹴り飛ばされたキャプテンですけど、オリジナル土下座などがあるわけもなくて。
「お願いします!」
こちらもガバッと教頭先生の前に土下座で、額を床に擦り付けました。
「最強のシャモでパワーをつけろとブルーに言われておりまして…。そのシャモを譲って頂けませんか、何もかもブルーのためなのです!」
「…し、しかし…」
いくらブルーのためでもシャモは…、と教頭先生。
「こいつはこっちのブルーのためにと頑張ったのです、それを鍋にはさせられません!」
「そこをなんとか、私のブルーのためにですね…!」
土下座対土下座、シャモ鍋がかかった一本勝負。教頭先生が勝つか、キャプテンが勝つか、と私たちは固唾を飲んで見守りましたが…。
「仕方ないねえ…」
最強のシャモのパワーは温存する方にしておこうかな、とソルジャーの声が。
「食べてしまったら一回こっきり、パワフルになっても一度きりってね。…それよりはパワーを小出しに細く長くのお付き合いかな」
「「「はあ?」」」
「そっちの負けたシャモと一緒にマザー農場! そしてハーレムで卵をせっせと産ませる!」
その卵を毎日貰いに来よう、という大きな譲歩が。
「ハーレムだったら卵は一日一個じゃないだろ、雌鶏の数だけあるんだろうし…。ぼくのハーレイに毎日一個ずつ失敬したって問題ないと思うけど?」
どう? と訊かれた会長さんは。
「まあ、そうかな…。一羽頼むよ、と言っておいた分が二羽になっても大したことは…」
「じゃあ、それで! ぼくのハーレイのぼくへの愛の深さは土下座合戦で分かったから!」
愛の深さが分かった以上は、次は実践! とグッと拳を。
「いいかい、ハーレイ? その愛でもって、毎日シャモの卵を食べる! そしてパワーを!」
「分かりました、ハーレムを作る勢いで毎晩、尽くしまくればいいのですね!」
「そう! 君が飼ってたシャモがヘタレなハーレイのシャモに負けた分を償って余りあるパワフルな時間を期待してるから!」
早速帰って一発やろう、とバカップルならではの熱いキス。次の瞬間、姿がパッと消えてしまって、届いた思念波。
『最強のシャモの卵、よろしくーっ!!』
「「「た、卵…」」」
シャモ鍋が卵に変わったのか、とホッと一息つきましたけれど、ソルジャー、なんて言いましたっけ? 毎日シャモの卵を失敬しに来るとかって…。
「あいつ、毎日来やがるのかよ!?」
「それくらいだったらシャモ鍋の方がマシでしたよ!」
毎日迷惑かけられますよ、というシロエ君の叫びに泣きの涙の私たち。けれども教頭先生はと言えば、ソルジャーのシールドが解けたシャモをガッシリ抱き締めていて。
「よ、良かったな、お前…! 鍋にならずに済んだぞ、お前…!」
マザー農場で強く生きろな、と呼び掛ける教頭先生でしたが。
「ケーーーッ!!!」
シャモの蹴りが一発、顎に炸裂。バサバサバサと羽をバタつかせ、教頭先生の頭を蹴って、つついて…。所詮は鶏、三歩も歩かず恩を忘れたみたいです。シャモでもコレだとソルジャーの方は…。明日から毎日シャモの卵を貰いにやって来るだなんて、誰か助けて下さいです~!
罪なシャモ鍋・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーのとんでもない提案のせいで、シャモを飼うことになった教頭先生。
情が移ってしまいましたが、闘鶏のルールは本物です。シャモは本来、闘鶏用です。
次回は 「第3月曜」 7月16日の更新となります、よろしくです~!
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