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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




食欲の秋がやって来ました。美味しい料理もお菓子も食べなきゃ損々、放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でお菓子をパクパク、週末は会長さんの家に出掛けて食べ放題。今日も土曜日、何が食べられるかと遊びに行けば。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日は手作りピザパーティーなの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。あれこれ注文、いろんなソースや具材のピザを作って貰えるらしいです。
「すげえな、うんと食わなきゃな!」
サム君が歓声を上げれば、ジョミー君も。
「一人何枚? それとも切り分けて何種類でも?」
「えとえと、そこはお好みだよ! シェアしてもいいし、一人占めもオッケー!」
「そうなのか…。俺はどうするかな」
シェアか独占か、とキース君が顎に手を当てると、シロエ君が。
「それこそ、その場のノリってヤツじゃないですか? ピザのアイデア次第ですしね」
「確かにな。で、もう始めるのか?」
昼には早いが、とキース君が訊けば「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「始めちゃってもいいと思うの、ゆっくり沢山食べられるしね! 食欲の秋!」
「そうだよ、ぶるぅの言う通り!」
会長さんが「始めちゃおう」と宣言を。
「ティラミスとかのお菓子もあるから、まずはそっちで準備運動かな? それからどんどん焼いては食べる! それでこそピザパーティーってね!」
楽しくやろう、とダイニングに案内されて紅茶やコーヒー、それにマロンのティラミスが。美味しく食べている間にピザの注文、第一弾。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が注文を取って回って、ソースを塗ったりトッピングしたり。やがていい匂いが漂って来て…。
「お待たせー! 出来たよ、これがキースので、こっちがシロエで…」
広いテーブルにピザがズラリと。シェア用に取り皿も沢山あります。やっぱり他の人のも食べてみたいですし、まずはスウェナちゃんのを一切れ貰おうかな?
「「「いっただっきまーす!」」」
みんなで合掌、賑やかに始まるピザパーティー。うん、スウェナちゃんと交換したのも美味しいです。あっ、ジョミー君のも美味しそう! 次はああいうのを頼もうかな?



ワイワイガヤガヤ、ピザ食べ放題。アイデア次第で色々出来て、思いがけない組み合わせなんかも飛び出したりして、楽しさ最高。もう入らない、とギブアップするまで三時間くらいは余裕で食べたと思います。休憩してはまた食べて、といった具合に。
「美味しかったあー!」
こんなのもいいね、とジョミー君が満足そうに言って、他のみんなも大満足。おやつは当分入りそうになく、飲み物だけを手にしてリビングに座って寛ぎの時間。
「実に美味かったな、好き放題にやった割には」
妙なピザは一つも出来なかったし、とキース君。
「ぶるぅの準備のお蔭じゃないですか? 厳選された具材とソースで」
きっとそうですよ、とシロエ君。
「適当にあれこれ注文したって、元がきちんとしたものだったらおかしなことにはなりませんよ」
「そうかもしれんな、基本から外したつもりでやっても美味いわけか…」
ゲテモノを食いたくてやっていたわけじゃないからな、というのもある意味、正論。なにしろ自分が食べるのですから、変わり種ピザを頼むにしたって味は想像してみますし…。
「要は美味けりゃいいってな!」
多少ビジュアルが変でもよ、とサム君も自分のピザのチョイスに自信を持っている様子。誰が一番ヘンテコなピザを注文したのか、「お前だ」「違う!」と面白半分、やり合っていると。
「楽しそうだねえ?」
「「「!!?」」」
「こんにちは。君たちは何を食べていたわけ?」
いきなり現れたお客様。私服姿のソルジャーです。私服ってことは、お出掛け前かお出掛けの帰りに決まっていますし、今日も今日とてエロドクターとデートですか?
「あっ、分かる? ノルディと食事に行って来たんだ」
「「「………」」」
またか、と誰もが深い溜息。食事を済ませて来たってことは、今度はこっちに居座るんですね?
「そうだよ、おやつはあるんだろう?」
「不本意ながらね!」
会長さんがフンと鼻を鳴らし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えとえと、梨とブドウのタルトだけれど…」
「食べる!」
それと紅茶、という御注文。うーん、早くもティータイムですか…。



乱入して来たソルジャーに仕切られ、始まったおやつの時間ですけど。デザートは別腹とはよく言ったもので、あれだけピザを食べた割にはタルトも美味しく食べられます。ソルジャーも御機嫌で頬張りながら。
「今日はね、イワナ尽くしを食べて来たんだよ!」
「イワナねえ…。ノルディの趣味かい?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは「うん」と。
「何処の名物だったかな? ノルディの行きつけの店が大イワナってヤツを仕入れたとかで」
「「「大イワナ?」」」
「そう! 普通のイワナの倍のサイズに育つと評判らしいんだよねえ、大イワナ!」
美味しかった、とソルジャーは気に入ったみたいです。でも、普通のイワナの倍に育つって、そういう品種か何かなのかな?
「それが品種じゃないんだな! 卵の段階で工夫を凝らしてあるとかで…」
「「「工夫?」」」
「らしいよ、卵を産まないイワナだってさ」
「「「はあ?」」」
そんなイワナがいるんでしょうか? 卵を産まないイワナだなんて、それじゃ絶滅しちゃいませんかね、次の世代が出来ないんですし…。
「え、絶滅って…。普通のイワナから作るらしいから、一代限りでも問題無し!」
「ああ、あれか…」
思い出したよ、と会長さんが。
「卵を産む時期にはやせ細っちゃうから、卵を産ませない方向で…、っていうイワナだよね、大イワナ。卵さえ産まなきゃ成長し続けるわけで、倍のサイズに」
「ピンポーン♪ 生簀にいるのを見せて貰ったけど、ホントに大きなイワナだったよ」
味も良かったし、とソルジャーは笑顔。
「それでね、卵を産ませないための工夫とか、色々と聞いて来たんだけれど…。素晴らしいよね、技術ってヤツは」
「まあね、食の欲求ってヤツは凄いからねえ…」
美味しいものを食べるためなら努力もするさ、と会長さん。
「今日のピザパーティーもそうだよ、あれが美味しそうだと思うのが出来たら、みんながそっちに突っ走るとかね」
あはは、そう言えばそうでした。誰かが絶品の組み合わせを作れば、アッと言う間に真似しましたっけね、みんな揃って…。



「なるほど、食の欲求ねえ…」
分かる気がする、と頷くソルジャー。
「ぼくも自分の世界ではあまり食べる気にならないんだけど…。栄養剤とお菓子だけあれば充分かな、って思っちゃうけど、こっちに来たら食べたい気持ちがグンと増すしね」
やっぱり地球の食材は違う、という話。ソルジャーが自分の世界では食事をマトモに食べないことはキャプテンからも聞いています。私たちの世界に来た時だけは食欲旺盛、それもあってキャプテンはソルジャーがせっせとお出掛けしてても止めないのだ、とも。
「君の場合は極端なんだよ、栄養バランスも考えたまえ!」
会長さんが叱りましたが、ソルジャーは。
「ぼくの世界の栄養剤ならバランスはいいよ? 実際、あれだけで生きて行けるし」
「食事というのはそういうものじゃないんだよ!」
食べて栄養を摂取することに意味がある、と会長さん。
「きちんとしっかり食べていないと、心身に影響が出て来ることもあるんだからね」
「それは分かるよ、ぼくも日頃から考えてるから」
「だったら、どうして栄養剤って発言に!」
「栄養剤は身体の栄養! ぼくが言うのは心の栄養!」
そっちが大切、とソルジャーらしからぬ台詞が飛び出しました。心の栄養って、いわゆる癒しとかリラックスとか、およそソルジャーとは縁が無さそうな気がします。それともアレかな、SD体制で苦労していると言っているだけに、実は癒しも必要だとか?
「うーん…。SD体制のせいってわけでもないんだけどねえ…。心に栄養は欲しいね、うん」
愛されているという証、と妙な言葉が。それって何?
「分からないかな、ぼくのハーレイとの満ち足りた時間! それが心の栄養なんだよ!」
そっち方面の欲求に関してはぼくは貪欲、と言われたら一発で理解したものの、放っておいたらヤバイ方向へと行きませんか?
「はいはい、分かった。栄養の話はもういいから!」
会長さんがシッシッと手を振っています。けれどソルジャーは気にもしないで。
「実はさ、心の栄養だけど…。今日のイワナで閃いたんだよ、実に素敵なアイデアが!」
「「「イワナ?」」」
「そう、食べて来たばかりの大イワナだよ!」
あれは凄い、と褒めてますけど、この話、聞いても大丈夫ですか…?



ソルジャーがエロドクターとのデートで食べた大イワナ。卵を産まないために産卵期も痩せず、普通のイワナの倍に育つという話ですが、そこからどういうアイデアが湧いて出たのでしょう?
「それはもう! 倍ってトコだよ、つまり大きさ!」
大きなサイズに憧れるのだ、とソルジャーは瞳を輝かせました。
「ぼくのハーレイ、シャングリラでは一番のガタイを誇っているわけだけど…。それに見合ったモノも持ってて、多分、一番大きいんだけど!」
「その先、禁止!」
会長さんが止めに入っても止まらないのがソルジャーで。
「いいって、いいって! このくらいは別に…。それでね、つまりはシャングリラで一番、立派なモノを持ってるんだと思うんだけど…。もっと大きくならないかなあ、って!」
「「「はあ?」」」
「アソコだよ! 大きいほどイイっていう話だから、もっと大きくしてみたくって!」
「退場!!!」
叩き付けられたレッドカード。けれどもソルジャー、鼻で笑って。
「まだまだ、話は始まったトコ! 万年十八歳未満お断りだと通じないかもだけど、男のシンボルはデカイほど立派とされていてねえ、それは素晴らしいエッチが出来ると!」
「君の場合は当てはまらないし!」
女性と一緒にしないように、と会長さんがテーブルをダンッ! と。
「何を考えたかは理解したけど、普通にケガするオチだから! でなければ痔とか!」
「そうかなあ? ヤッてみないと分からないじゃないか、とってもイイかもしれないよ?」
ハーレイのがもっと大きくなったら、とソルジャーはウットリした表情。
「奥の奥まで突っ込まれる時も、今よりもグッと奥の奥まで! イイ所への刺激もより強力に、太くなった分、パワフルに!」
「絶対、切れ痔なオチになるから!」
「三日や四日は腰が立たなくても、一時の快楽もいいものだよ!」
選ぶんだったら断然そっち、と言い切るソルジャー。
「たとえ、ぼくの世界のノルディに頼んで薬を貰う羽目になろうと、ハーレイのアソコがデカイ素晴らしさを味わいたいねえ、ぼくとしては!」
「ケガしてもいいと!?」
「それがエッチのついでならね!」
流血沙汰でも大いに歓迎、と言ってますけど、痔だの切れ痔だのと強烈ですよ…?



日頃のソルジャーの猥談のお蔭で、少しくらいは大人の時間が理解出来ている私たち。大イワナの大きさからインスピレーションを得たらしいソルジャー、キャプテンのアソコを大きくしたいらしいです。でも、本当にケガで切れ痔な世界じゃないかと思いますけどね?
「それもいいんだよ、ぼくはケガには慣れているから! 戦闘でケガすることに比べれば、大きなアソコでケガするくらいは掠り傷ってね!」
そして掠り傷を越えた先にロマンが…、とソルジャーはそれはウットリと。
「元々、少しは痛みを伴うものだしねえ? その痛みすらも吹っ飛ぶ快感! デカくなったら、快感の方もより深く!」
「…それで?」
会長さんは疲れ果てた顔でレッドカードをつついています。もはや効力など微塵も残ってはいないカードを。ソルジャーに効くわけないんですってば、レッドカードは…。
「大イワナで閃いたって言ったよ、デカくなるかもしれない方法!」
まあ聞いてくれ、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「イワナの場合は卵を産むからやせ細るんだよ、卵を産まなきゃデカくなるってね!」
「ぼくの記憶じゃ、大イワナってヤツは雌だったんじゃあ、と思うけど?」
確か雌しかいない筈だ、と会長さん。
「卵を産めないように細工してある雌ばかりだと記憶してるよ、雄はいない筈!」
「そう聞いたけどさ、要は卵を産むのに凄いパワーが生殖器の方に集まった結果、痩せてしまうという話だし…」
ヤらなかったらハーレイのアソコもグンと大きくなるのかも、とカッ飛んだ話が飛び出しました。大きくなるって、キャプテンの場合は成長期ってヤツをとっくに過ぎていますけど…?
「試してみなくちゃ分からないじゃないか! それにさ、ヤッたらエネルギーを使うってことは本当だしね! 発射直後は萎えてるんだし、エネルギーの再充填が完了しないと出来ないし!」
発射出来ないようにしておけば色々な面で成長するかも、と斜め上な理論。
「大きさもそうだし、持ちとか硬さもグンと増すとか、期待出来そう!」
「君のハーレイはイワナじゃないから! そう簡単にはいかないから!」
それに第一…、と会長さん。
「出来ないようにして待つってことは…。その間、君も禁欲なんだよ?」
「最高のセックスを目指すためなら、ちょっとくらいの禁欲くらいは我慢出来るよ!」
天国が待っているんだからね、と主張してますけど、それってリスクは無いんでしょうか? もう絶対に成功する、と決まったわけではなさそうですが…?



卵を産まない大イワナとやらに刺激を受けて、キャプテンのアソコを大きくしようと目論むソルジャー。けれど方法も確立していないのに、万一、失敗しちゃったら…。禁欲して待った努力がパアだという気がするんですけどね…?
「それは充分、分かっているさ。だから事前に実験をね!」
「「「実験?」」」
「そうだよ、こっちのハーレイで!」
「「「ええっ!?」」」
教頭先生で実験するって、いったい何をやらかす気ですか、大イワナの真似とかいうヤツで?
「実験と言っても人体実験とはかなり違うね、ハーレイはお風呂に入るだけだし」
「「「お風呂?」」」
「うん、お風呂。大イワナが卵を産まなくなる理由はお風呂なんだよ」
「おい、本当か?」
騙されていないか、とキース君が突っ込みました。
「イワナなんぞを風呂に入れたら死ぬんじゃないかという気がするが…。あれは渓流の魚の筈だぞ、冷たい水を好みそうだが?」
「その辺はどうか知らないけれど…。大イワナについて聞いた話はお風呂だったよ、これは絶対、間違いないから!」
ねえ? とソルジャーの視線が会長さんに。
「大イワナの話、ブルーも知ってるみたいだし? 作り方だって知ってるよねえ?」
「…あれをお風呂と言うのであればね」
「マジかよ、マジで風呂なのかよ!?」
サム君が驚き、マツカ君も。
「…イワナが煮えてしまいませんか? お風呂だなんて…」
「ぼくも温度が何度なのかは知らないからねえ、人間から見てお風呂と言えるかどうかは分からないけど…」
でもお風呂だと言われればお風呂、と会長さんの答え。本当にイワナがお風呂に入ると?
「正確に言えば、イワナじゃなくって卵だけどね」
「「「卵!?」」」
それは魚のイワナよりも熱に弱そうな感じですけれど? 卵なんかをお風呂に入れたら煮えそうですけど、本当にお風呂なんですか…?



「お風呂と言うより温水なんだよ、だから温めの水じゃないかな」
その辺りは企業秘密であろう、と会長さん。大イワナは名物として売り出すだけあって、そのノウハウは秘中の秘。こういう風にして作るのだ、としか一般人には分からないとか。
「ぼくやブルーなら技術はサイオンで簡単に盗めるけどねえ、たかがイワナの養殖方法、そこまで極める必要も無い。とにかく温水、ここがポイント!」
「らしいよ、卵の間に温水に一定の時間、浸けておいたら生殖能力が無くなるとかでさ…。それで卵を産まないイワナが出来るってわけ」
だからハーレイにもお風呂に入って貰うべし! とソルジャーはブチ上げましたけれども。
「あのう…。生殖能力が無くなるっていうのはヤバくないですか?」
シロエ君が恐る恐るといった風で。
「この手の話に首を突っ込みたいとは思わないんですけど…。生殖能力が無くなるとしたら、この先、大いに困りませんか?」
「平気だってば、無くなるわけがないからね! ハーレイはもう卵じゃないから!」
充分に成長してるんだから、とソルジャーからの反論が。
「アソコが一時的に休眠状態とでも言うのかな? ヤらずにパワーを溜め込む方へと!」
そしてビッグなサイズに変身、とソルジャーは自説を滔々と。
「大きなサイズに成長するのか、それとも持ちが良くなるか…。あるいは硬さがググンと増して、もうビンビンのガンガンになるとか、きっとそういう方向なんだよ!」
「…そうでしょうか?」
まだ食い下がるシロエ君。けれども気持ちは分かります。万一上手くいかなかったらソルジャーがキレて当たり散らすとか、大暴れだとか、大いにありそうな展開ですし…。
けれど。
「ぼくはいけると踏んでるんだよ、だけど禁欲期間もあるしね…。まずは実験、適切な温度を見付け出したら、それからぼくのハーレイで!」
「本気なのかい?」
会長さんが些か呆れた顔で。
「こっちのハーレイで実験するって、あのハーレイを毎日お風呂に入れるって?」
「もちろんさ! 何度くらいのお風呂がいいのか、それをしっかり確認しなくちゃ!」
せっかく同じ顔と身体のハーレイがこっちにいるんだから、とソルジャーはやる気満々です。教頭先生をお風呂に入れる実験らしいですけど、どうやって適温を見付け出すと…?



イワナの卵を温水とやらに突っ込んでおくと、生殖能力が無くなってしまって卵を産まないイワナが誕生。生殖器にパワーがいかなくなる分、普通のイワナの倍に育って大イワナ。それをキャプテンに応用したい、とソルジャーは力説しているわけで。
「ハーレイに丁度いい音頭を見付け出すには、お風呂の温度を変えるトコから! ハーレイの家のお風呂も、お湯の温度はちゃんと調節出来るよねえ?」
「そりゃ出来るけど…。無駄に凝ってるバスルームだから、バスタブのお湯の温度調節も細かいけれど…」
腹立たしいことに、と唸る会長さん。なにしろ教頭先生ときたら、会長さんとの結婚生活を夢見てバスルームにも凝っているのです。いつ会長さんが入りに来たって大丈夫なようにボディーソープやシャンプーを揃え、バスルームそのものも快適に。
「うんうん、そのお風呂、今夜から大いに役立つってね!」
「「「今夜から!?」」」
「決まってるじゃないか、善は急げと言うんだろう?」
もう早速に今夜からだ、とソルジャーは拳を握り締めています。
「まずはハーレイに話を通して、ぼくがお風呂のお世話をね!」
「なんだって!?」
会長さんが悲鳴に近い声を上げました。
「お風呂の世話って、何をする気さ!? まさか一緒に入るとか…!」
「入りはしないよ、それじゃ勢いでヤッてしまってどうにもこうにも…。もっとも、勢いでヤリたくってもヤることが出来ない休眠状態を保つ温度を探すんだけどね」
それと時間と…、と指を折るソルジャー。
「この温度のお風呂にこれだけの時間、浸けてみました、っていう実験だから! その結果としてハーレイがサカるかサカらないかが問題で!」
「サカるって…?」
あまり訊きたくないんだけれど、と顔を顰める会長さん。
「それはどういう状態なのかな、君の姿で欲情するかどうかって意味だったりする?」
「それに近いね。ぼくはお風呂の世話をした後、さっさと姿を消すんだよ。ヤリたくなってもヤれないからねえ、孤独に寂しく噴火するしかないってね!」
せっせと一人で寂しく噴火、とソルジャーはニヤリ。
「今でも孤独にやっているけど、それをやらない夜が来たなら、それが適温! 適切な時間!」
ハーレイを浸けるのにピッタリのお風呂、という話ですが。ソルジャー、本気でそれを探すと?



「本気に決まっているってば! もう最高のプロジェクトだから!」
ハーレイのアソコが立派に変身を遂げるのだ、とソルジャーの思い込みは至って激しく、もはや実験あるのみといった様相です。会長さんがフウと溜息をついて。
「…その計画。君が一人でやるんだろねえ、ぼくは手伝わないからね?」
「手伝って貰おうとも思わないけど…。監視はした方がいいんじゃないかな、万一ってこともあるからね」
「万一?」
「ハーレイがサカる前に逃げようと思っているけど、ぼくがウッカリその気になるとか」
ちょっと味見をしたくなるとか…、とソルジャーの舌が自分の唇をペロリ。会長さんは震え上がって、「それは困る!」と抗議の声を。
「ただの実験だと言ったじゃないか! そんな方向に行くんだったら止めるから!」
「ほらね、止めたくなるかもしれない。だからさ、一応、監視ってことで覗き見をね。今日は初日だから、シールドに入って見学するのをお勧めするよ」
そこのみんなも一緒にどうだい、とソルジャーからのお誘いが。教頭先生のお風呂なんかは誰も見たいと思いませんから、我先に断ったんですけれど。
「遠慮しておく! 俺は覗きの趣味は全く無いからな!」
「ぼくもです! それに教頭先生だったら、柔道部の合宿で一緒にお風呂もありますからね」
キース君とシロエ君を筆頭に懸命に逃げを打ったんですけど、私たちは見事に忘れていました。ソルジャーは天邪鬼だという事実を。逃げれば逃げるだけ追い掛けて来て強引に引っ張り戻され、巻き込まれるという傾向を。つまり…。
「ふうん…? そんなに遠慮をされてしまうと、なんだか申し訳ないねえ…」
「いや、かまわん! 気にしないでくれ!」
俺たちのことは忘れてくれ、とキース君が必死に断っているのに、ソルジャーは。
「それじゃ、ぼくの気が済まないよ。是非とも見学に来てくれたまえ!」
遠慮しないで今夜だけでも、と有無を言わさぬ命令が。
「ぼくの素敵なお風呂プロジェクト、見学しないって手は無いだろう? ぶるぅかブルーにシールドして貰って、今夜は楽しく見学をね!」
「かみお~ん♪ ハーレイのお家に行くんだね!」
ぼく、頑張る! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎです。何も分からないお子様っていいな、と思いますけど、既に手遅れ。でもまあ、教頭先生のお風呂見学だけなんですから、普段のコースよりかはマシかな…。



夕食はボリュームたっぷりステーキ丼。熱々のガーリックライスの上に焼き立てステーキ肉が何切れもドッカンと。クレソンも添えられ、ソースも美味で。
「いいねえ、地球の肉はやっぱり違うってね!」
力が湧いてくるんだよね、と頬張るソルジャー。ステーキ丼で元気一杯、教頭先生の家に殴り込みだか実験だかにお出掛けしようと意気盛ん。
「最初は何度にしておこうかなあ、お風呂の温度」
「さあねえ? 長く浸けたいなら温めがお勧め、短くするなら熱めだけれど?」
会長さんが半ばヤケクソといった体で答えると、ソルジャーは。
「それじゃ温めでいこうかな? 初日はゆっくり、じっくりとね!」
「ハーレイの普段の入浴時間は知っているわけ?」
「知らないよ? その辺はハーレイに訊いてみないと…。温度の方はバスルームを見れば分かるんじゃないかな、ハーレイ好みにしてあるだろうし」
その温度よりも低めに設定してみよう、というのがソルジャーの計画。ついでに今夜は長湯の方向、温めのお湯にゆっくり、じっくり。
「記録もきちんと取らなくっちゃね、何度のお湯に何分浸けた、と」
「好きにしたまえ、実験するのは君だから」
「もちろんだよ! ハーレイがサカらなくなる適温と時間、必ず見付けてみせるから!」
応援よろしく、と言われましても、私たちは言わば部外者です。シールドの中から応援も何も、そもそも教頭先生からは姿なんか見えていませんってば…。



教頭先生のアソコが休眠状態に陥ってしまうお風呂の温度と入浴時間とを見付け出す計画、ソルジャーは思い立ったが吉日とばかり今日から実行するつもり。夕食が済むとサイオンで教頭先生の家を窺い、「よし!」と一声。
「ハーレイの食事も済んだようだし、出掛けようか。ブルー、用意はいい?」
「…仕方なく…だけどね」
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!!」
パアアッと青いサイオンが溢れ、私たちの身体がフワリと浮いて。瞬間移動で教頭先生の家のリビングへと飛び込みましたが、ソルジャー以外はシールドの中。ソルジャーだけがニッコリと。
「こんばんは。お邪魔するよ」
「こ、これは…! 直ぐにお茶を用意いたしますので…!」
紅茶でよろしかったでしょうか、と教頭先生はいそいそと用意。買ってあったらしいフィナンシェまでが出て来ました。自分は甘いものが苦手なくせして、こういうお菓子が置いてある辺り、会長さんの来訪を待ち侘びているのが分かります。
「悪いね、ブルーの方じゃなくって」
「いえ、ブルーは一人では来てくれませんし、おいで下さって嬉しいです」
それで御用は…、と教頭先生。
「今日は私服でいらっしゃいますが、何処かへお出掛けでらっしゃいましたか?」
「うん、ちょっと…。ノルディと食事に行ったんだけどね、其処で食べたイワナで閃いたことがあったから…」
「イワナですか?」
「そう、イワナ。美味しかったよ、イワナ尽くしで」
それでね…、とソルジャーは教頭先生の顔を見詰めて。
「そのイワナが特別なイワナだったというわけ! 普通のイワナの倍に育つと評判の!」
「大イワナですね、聞いたことならありますよ。まだ食べたことは無いのですが…」
「本当かい? だったら話が早くて助かる。ちょっとね、君の大事な部分を大イワナみたいにビッグサイズに育てたくってね…」
「は?」
キョトンとしている教頭先生。そりゃそうでしょう、大イワナとアソコのサイズなんかは普通じゃ絶対、繋がりませんって!



「君は大イワナが出来る仕組みは知らないのかな? 普通のイワナの卵に細工をするんだけどね」
「すみません、私は生物の教師ではありませんので…」
古典ですので、と教頭先生は大真面目。アソコがどうとかというアヤシイ部分は聞き逃したか、意味が全く掴めてないかに決まっています。
「ぼくもそれほど詳しくないけど、生殖器に集まるパワーを止めれば倍のサイズに育つらしいよ。卵を産まなくしてやれば」
「ほほう…。あれはそういう仕組みでしたか、一つ勉強になりました」
「勉強ついでに、君も成長してみないかい? アソコに集まるパワーを止めれば、止められたパワーがググンと溜まってサイズがグンと大きくなるかもしれないよ?」
君の大事な部分だよね、とソルジャー、ニッコリ。
「サイズが大きくならなくっても、持ちがとっても良くなるとか! あるいは硬さがグンと増してさ、もうビンビンのガンガンだとか!」
「あ、あのう…。わ、私の大事な部分というのは…」
「もちろん君の息子だよ! 君の分身とか、君自身だとか、言い方の方は色々あるねえ!」
それを大きく育ててみよう! とソルジャーは瞳を煌めかせて。
「イワナの場合は卵の間に一定の時間、温水に浸ければ生殖能力が無くなるらしい。君のアソコも休眠状態に入る温度とか時間があるんじゃないかな、それを見付けてパワーアップ!」
「は、はあ…。ですが…」
「それを使うアテが無いってことかい? いつかは出番が来ると思うよ、ブルー相手に!」
結婚した時に生かしたまえ、と煽りにかかっているソルジャー。
「ぼくがキッチリ記録を取るから、データはきちんと残るんだ。ブルーと結婚した暁には、たまに休眠状態に! そして目覚めてパワフルに攻める!」
「…ぱ、パワフル…」
「いいと思うよ、大きさが増しても、持ちや硬さが増してもね!」
ブルーも大いに悦ぶであろう、と会長さんそっくりのソルジャーがせっせと勧めるのですし、教頭先生がその気にならないわけがなく…。
「そうですか、ブルーが喜びますか…」
「そこはバッチリ、保証するってね! ぼくはこの道、長いんだよ?」
パワフルなアソコは男の最大の魅力なのだ、と強調されると、教頭先生はもうフラフラと。
「良さそうですねえ…」
「良さそうだろう?」
だから是非とも協力をね…、とソルジャーの笑みが。教頭先生、大きく頷いちゃってますよ~!



教頭先生のアソコが休眠状態になる温度と時間。ソルジャーは「今日から当分、お風呂で実験!」と言い放ちました。
「今日は温めのお湯で行こうと思うんだよ。時間も長めで」
「長湯ですか…」
「お湯はこれから張るトコだよね? ぼくが調節してもいいかな、お風呂の温度を少し低めに」
「ええ、お任せします」
どういう実験だかイマイチ分かっていないらしい教頭先生、ごくごく普通の顔付きです。ソルジャーはいそいそとバスルームに向かい、お風呂の用意をして来たようで。
「お湯が張れたら、君に入浴して貰うけど…。実験の内容が内容だけにね、ぼくからのサービスが毎日つくから!」
「サービス…ですか?」
「そう! 背中を流してあげるわけだよ、ぼくが腰タオル一枚で!」
「ちょ、ちょっと…!」
会長さんが叫んだものの、シールドの中だけに声は届かず。代わりにソルジャーの思念が送られて来て…。
『平気だってば、腰タオル一枚は演出だから! 下着はちゃんと着けておくから!』
「そ、それならいいけど…」
『そのくらいやって煽らないとね、単にお風呂に入れただけでは駄目なんだってば!』
サカるかどうかを見極めないと…、と思念は其処でブッツリと。ソルジャーは教頭先生に愛想のいい笑みを浮かべてみせて。
「ぼくの姿で興奮してもね、アフターケアは無いんだな。ぼくは実験をしているだけだし、君の相手をしに来たわけじゃないからね。だけど毎日、背中を流してあげるから!」
「そ、それはどういった意味なのでしょう…?」
「えっ、意味かい? 普通だったら君は興奮、ぼくが帰った後はせっせと抜かなきゃいけないわけだけど…。それをしなくてもいい日が来たなら、それが休眠状態なんだよ!」
その時のお風呂の温度と入浴時間が肝になるのだ、とソルジャー、ニッコリ。
「休眠状態になるお風呂ってヤツを見付け出したら、継続あるのみ! アソコが日に日に大きく育つか、パワーが溜まって持ちが良くなるか…」
「でなければビンビンのガンガンというわけですね!」
「そうなんだよ!」
二人で頑張って見付け出そう! とソルジャーが教頭先生にパチンとウインク。教頭先生もすっかり乗せられ、チャレンジする気でらっしゃいますねえ…。



やがてソルジャーがバスルームを見に行き、満面の笑顔で戻って来て。
「ハーレイ、お湯が入ったよ!」
「では、行きましょうか」
「君の普段の入浴時間はどのくらいだい? それよりも五分ほど長めにしようか、今日の所は」
語らいながらバスルームに向かった教頭先生とソルジャー、実験とあってアヤシイ会話も炸裂しないみたいです。教頭先生が脱いでいる間、ソルジャーは「まだかい?」と声掛けのみで。
「お待たせしました。…もう入ってもいいですか?」
「ああ、掛かり湯を忘れないでよ?」
「もちろんです!」
教頭先生がバスタブに浸かると、ソルジャーは何処からか取り出したストップウォッチで計測開始。まだ腰タオル一枚ではなくて服を着たまま、のんびり計って。
「あと三分って所かな? ぼくが合図をしたら上がって、それから背中を流すってことで!」
「は、はい…!」
楽しみにお待ちしております、と返した教頭先生にクルリと背中を向けたソルジャーは服を脱ぎ捨て、腰にタオルを。会長さんとの約束通りに下着は着けているんですけど…。
「実験終了~! さあ、上がって!」
ゆっくり背中を流してあげる、と現れたソルジャーの姿に教頭先生は耳まで真っ赤。ソルジャーが背中を流す間もドキドキらしくて、時々、鼻の付け根を押さえていたり…。
「うーん…。今日の温度と時間じゃ休眠しないかな?」
元気モリモリって所かな、とソルジャーが何をやらかしたのかは知りませんけど、教頭先生、鼻血がツツーッと。
「す、すびばせん…!」
「いいって、いいって。まだまだ明日も明後日も…ね」
休眠状態になれる温度と時間がバッチリ分かる時まで頑張ろう! とソルジャーは本気。教頭先生に「また明日ね」と手を振った後は、私たちと示し合わせて会長さんの家に戻って…。
「うーん…。やっぱり今日はサカッているねえ…」
寝室で孤独に頑張ってるね、と大きな溜息。
「当たり前だろ、あの状態だと!」
会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーの方は。
「だけど絶対、ある筈なんだよ! 休眠状態になるってヤツが!」
それを見付けてパワーアップ! と闘志満々、これって当分、続くんですよね…?



ソルジャーと教頭先生のお風呂での実験は条件を変えては毎日、毎晩。会長さんも最初の内こそ危機感を抱いて監視していたようなのですけど、まるで危険は無いらしくって。
「平和なものだよ、ハーレイとブルー。昨日も背中を流していただけ」
とある土曜日、会長さんからの定例報告。
「うーん…。休眠状態なんていうのがあるのかなあ?」
イワナじゃなくって人間だけど、とジョミー君。
「さあなあ…。俺もサッパリ見当が付かんが、あったとしてもだ…」
あいつが言うような効果があるのか、とキース君が。
「「「…さあ…?」」」
無いんじゃないの、と言いたい所が本音でしたが、ソルジャーに逆らうと後が怖いと知っているだけに言えません。そしてその夜、会長さんの家でお泊まりだ、と寛いでいると。
「発見したよーっ!」
ついに休眠状態だよ、とソルジャーが瞬間移動で飛び込んで来ました。
「とうとうハーレイがサカらない温度と入浴時間を発見したんだ、これで完璧!」
「間違いないと言えるのかい?」
偶然ってことも…、と会長さんが指摘すると。
「だから明日からデータの裏付け! 毎日これが続くようなら、使えるデータに間違いないよ!」
アソコが眠ってパワーアップをするデータ、とソルジャーは頭から決めてかかって…。



「…あれって結局、どうなったわけ?」
ジョミー君が尋ねた、一週間後の土曜日のこと。会長さんの家に集まってリンゴのシフォンケーキを頬張る私たちに向かって、会長さんが。
「休眠状態をキープしたまま、昨日まで続けていたけどねえ…。これは使えると判断したみたいで、この週末が終わった後はあっちで実践するようだよ」
「すると本気でやらかすつもりか…」
効くんだろうか、と首を捻っているキース君。ソルジャーが実践するのはかまいませんけど、キャプテンは本当にパワーアップをするんでしょうか?
「どうだかねえ…。ぼくが思うに、イワナじゃないから休眠するだけ?」
「「「休眠するだけ?」」」
どういう意味だ、と会長さんの方に視線を向ければ。
「あえて言うなら開店休業? こう、使い物にならないと言うか、何と言うか…」
「それはEDとか言わないか!?」
キース君の叫びに、会長さんが「まあね」と遠い目を。
「でもまあ、ものは考えようだし? 禁欲明けに一発ヤッたら新鮮なのかもしれないからさ…」
それならパワーアップと言える、という話ですが、どうなんでしょう? ソルジャー、わざわざキャプテンをEDにしたと知ったらキレそうです。どうか真実に気付くことなく、禁欲明けを満喫して欲しいものですが…。どうなりますかね、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。




            特別なイワナ・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 卵を生まないイワナは大きくなる、と知ったソルジャーのアイデアでしたけど…。
 実験台にされた教頭先生、EDになっただけのようです。ソルジャーは大満足ですけどね。
 次回は 「第3月曜」 9月16日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、8月は、恒例のお盆。スッポンタケの棚経ですけど、今年は…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv













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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




海に、山にとお出掛け三昧、遊び三昧の夏休みが近くなって来ました。期末テストも終わってカウントダウンな日々ですけれども、ある日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でジョミー君がボソリと零した一言。
「…ソルジャー除けって無いのかなあ…」
「「「は?」」」
なんだそれは、とジョミー君に視線が集中。ソルジャー除けって、どういう代物?
「うーん…。イノシシ除けみたいな感じで、こう」
「イノシシ除けだと? 俺に喧嘩を売っているのか!?」
キース君の瞳が一気に険しく。
「俺の家では大概、苦労をしているんだが! イノシシで!」
「そうだったっけ?」
「ヤツらのお蔭で墓地の管理が大変なんだ! 知らんのか、貴様!」
「えーっと…?」
そんな話があったっけ、というジョミー君の疑問は私たちにも共通でした。元老寺にイノシシという話自体が初耳だという気がします。それに墓地の管理が大変って…何?
「どいつもこいつも平和な顔をしやがって…。墓地はヤツらとの戦場なんだ!」
最前線だ、とキース君。
「俺の家は裏山が墓地だからな。ヤツらのテリトリーと隣接していると言ってもいい。そしてヤツらは越境して来る。裏山との境の生垣を鼻と身体で押し通るんだ!」
通って来て墓地のお供え物を食いまくるのだ、という話。でもでも、それはお供え物。お下げして食べようと思う人なら、自分で持って帰るでしょう。それをしないで置いてあるなら、今の季節は炎天下に放置、キース君たちがお下げしたって食中毒の危機だと思うんですが…?
「誰が自分で食いたいと言った! 檀家さんがお供えなさった物には手は出さん!」
法事のお供え物ならともかく…、という説明。本堂で法事を希望の場合は、御本尊様などにもお供え物が。それはキース君たちが後でお下げして食べるのだそうで、限定品のお菓子とかだと万々歳。けれど墓地に置かれたお菓子の場合は撤去して捨てる決まりだとか。
「「「捨てる!?」」」
「ああ。いくら珍しい菓子が供えてあっても、仏様の物には手を出すな、とな」
ガキの頃から親父に厳しく躾けられた、というキース君。だったらイノシシと戦わなくても、笑顔で譲ればいいのでは? どのみち捨てるお菓子だったら、イノシシに喜んで貰いましょうよ~。



撤去して捨てるというお約束の、元老寺の墓地のお供え物。イノシシがそれを食べまくっていても、無駄にならないからいいだろう、と私たちは考えたのですが…。
「甘い、お前たちは甘すぎるぞ!」
イノシシの怖さを知らんのか、とキース君は眉を吊り上げて。
「ただ黙々と食って帰るなら何も言わんが、ヤツらは暴力的なんだ! わざとかどうかは俺も知らんが、食ったついでに墓石を倒して行きやがる!」
「「「ええっ!?」」」
「たまたま身体が当たった結果か、デカいイノシシが墓石の間を押し通ったのかは謎だがな…。倒壊するんだ、墓石が! そうなった時の修理費用はウチの負担だ!」
檀家さんには何の責任も無いからな、と言われてみればそうなのかも。檀家さんが倒したわけじゃないなら、維持管理は元老寺の仕事ですから、当然、費用も…。
「その費用が馬鹿にならんのだ! だから墓地には「お供え物を置かないで下さい」と看板や張り紙をしてあるんだが…。こればっかりは檀家さんに強制出来んしなあ…」
昔は置くのが当たり前だったし、と深い溜息。
「特に御高齢の方がお参りなさって、心をこめて作った菓子や弁当をお供えなさっていた場合はなあ…。気付けば「持って帰って下さい」と注意も出来るが、そうでない時は…」
善意で置かれたお供え物だけに文句を言えん、という話。墓地の管理は係の人がしていますから、パトロールなどもあるそうですけど、なにしろ広いのが元老寺の墓地。見落とし多数で、食べにやって来るイノシシたちとの攻防戦が激しく続いているらしくって。
「イノシシが来ないよう、イノシシ除けが出来ないものか、とあちこち相談してみたんだが…」
「駄目だったわけ?」
ジョミー君が訊くと、「そういうことだ」と肩を落としているキース君。
「農業をやってる檀家さんが一番詳しいからなあ、親父が何人もに話を聞いた。しかし「これだ」という手が無い。電柵もイマイチ効かないらしいし…」
「「「電柵?」」」
「電流攻撃というヤツだ。田んぼや畑の周りに電線を張って、軽い電流を流すわけだが…。ヤツらは面の皮どころか全身の皮が厚い上にだ、毛皮も纏っていやがるからな」
触れてビリビリと感電どころか、「ピリッとしたかな?」という程度だとか。それで気にせず畑に侵入、作物をボリボリ食い漁るそうで。
「肝心のイノシシに全く効かないどころか、子供が触って感電したと苦情が来るそうだ」
「「「あー…」」」
それはマズイ、と理解しました。電柵に「触るな」と注意書きはしてあるらしいですけど、字が読めないような小さな子供だとビリビリですよね…。



農業のプロでも防げないイノシシ、使えないと評判の電柵とやら。元老寺で導入したってコストが無駄にかかるというだけ、墓石の倒壊は防げそうになく。
「親父が聞いて来て、生垣の裏に丈夫な金網を張ってはみたが…。ヤツらは前にしか進まんと言うから、これで来ないかとやってみたんだが…」
「どうなりました?」
シロエ君の問いに「駄目だったな」という返事。
「最初の間は無駄に金網に突撃しててな、派手にへこみがついていたから、勝ったと思った。だが甘かったな、ヤツらは金網を破って来たんだ」
「「「破った!?」」」
そんなパワーがありますか! 金網に穴を開けるだなんて…。
「正確に言えば、支柱の部分を突破された。支柱と金網との接合部分が弱かったらしくて、其処を壊して侵入した、と」
一度やったら学習された、と頭を抱えるキース君。突破されて以来、修理する度に同じ箇所を攻撃されるのだとか。そして侵入、お供え物をボリボリ、墓石を倒しまくっているのだそうで。
「そういうわけでな、イノシシ除けは効かんのだ! 俺のイノシシとの戦いを承知でイノシシ除けだと言ったのか、貴様!?」
よくも、とジョミー君の所に戻った話題。キース君にギロリと睨まれ、ジョミー君は「わざとじゃないよ!」と慌てて首をブンブンと。
「イノシシで苦労しているなんて話は初耳だったし…。ぼくが考えたのはソルジャー除けでさ、イノシシ除けっていうのは例え話で!」
「ソルジャー除けというのは何だ!?」
それを聞かせて貰おうか、とキース君は事情聴取をする警察官よろしく怖い顔。ジョミー君の方は肩を竦めて「ホントにイノシシは例えだってば…」とぼやきながら。
「ソルジャー除けだよ、いつもやって来るあのソルジャーだよ!」
「それは分かるが、どう除けるんだ!」
あんなものを、とキース君。
「除けられるんなら誰も苦労はしないぞ、イノシシ以上に迷惑をかけてくるヤツなんだからな!」
「丸ごと除けるのは無理だろうけど、ちょっとくらいなら出来るかなあ、と…」
出来たらいいなと思ったんだけど、とジョミー君は言っていますけど。イノシシですらも除けられないのに、あのソルジャーなんか除けられますか?



何かと言えば空間を超えて乱入して来るお客様。それがソルジャー、蒙った迷惑は星の数ほど、イノシシどころではないトラブルメーカー。ソルジャー除けがあるんだったら使いたいですが、まず無理だろうと思いますけどね?
「だから丸ごとは無理そうだし…。こう、限定で」
「「「限定?」」」
「うん。迷惑の中身は色々あるけど、一番多いの、レッドカードが出るヤツだよね」
ブルーがベシッと出しているアレ、とジョミー君は会長さんに同意を求めて。
「そうだね、それが一番多いか…。ぼくも迷惑してはいるけど、あれが何か?」
「レッドカードを出さなきゃいけないような話だけ、させない方向で除けられないかな?」
「「「へ?」」」
「その手の話だけを除けるってこと!」
喋ったら派手にペナルティーとか…、とジョミー君。
「夏休みになったら確実に増えるよ、そういう話を引っ提げて乱入して来る日がさ…。乱入自体は避けられなくても、アヤシイ話を聞かずに済んだらかなり楽だと思うんだけど」
「それはそうかもしれませんねえ…」
アレが諸悪の根源ですしね、とシロエ君が大きく頷きました。
「あの手の話さえ封じられたら、迷惑度数がグンと減ります。会長、なんとか出来ませんか?」
「なんとかって…。それが出来たら苦労はしないよ」
それこそ元老寺のイノシシと同じ、と会長さんは言ったのですけど。
「本当に無理? 御祈祷とかで何とかならない?」
ジョミー君が食い下がって。
「ソルジャー、そっち方面の能力、皆無なんだよね? 御祈祷だとか、法力だとか」
「それは無かった筈だけど…。そもそもそういう御祈祷の方が…」
無いね、と会長さんは即答。アヤシイ話を封じられる呪文やお経の類は存在しないという話ですが、横で聞いていたキース君が。
「待てよ、その辺は実は何とかなるんじゃないか?」
「無い袖は振れないって言うんだけどねえ?」
「しかしだ、璃慕恩院でも今では護摩焚きで御祈祷なんだぞ? 俺たちの宗派は本来、護摩焚きはしなかったよな?」
それが護摩焚きで合格祈願に必勝祈願、とキース君。えーっと、それってアヤシイ話への対策とやらにも有効ですか?



「なるほど、璃慕恩院の護摩焚きと来たか…」
そういうイベントがあったっけ、と会長さんが顎に手を当てています。璃慕恩院の護摩焚きというのは何でしょう? 護摩焚きと言ったら火を燃やして祈祷する方法のことでしょうけど…。
「ああ、それはね…。ぼくやキースが属する宗派は護摩焚きとは縁が薄いんだ。元々そっちをやってた宗派のお寺だったのが宗派を変えた、って所くらいにしか無かったんだけど…」
今ではそうでもなくなってきて…、と会長さん。
「ぼくたちの宗派は何をするにも南無阿弥陀仏。合格祈願も縁結びでも、何でもかんでも南無阿弥陀仏でやるというのが鉄則だけれど…。檀家さんにはイマイチ通用しなくてねえ…」
もっと有難味のある御祈祷をして貰えないか、という要望が高まったとかで。
「ぼくたちも一応、護摩焚きで唱えるお経は読める。それで璃慕恩院が始めたんだな、護摩焚きをね。御本尊様の前でやるのはあんまりだから、と境内の神社で」
「「「神社!?」」」
「お寺の境内に神社があるのは珍しくないよ? 璃慕恩院の中にも昔から伝わる御縁の深い神社があってさ…。其処でやるならいいだろう、と護摩焚きの御祈祷、受付開始」
そしたらこれが大評判で、と会長さんは教えてくれました。大々的に宣伝をしたというわけでもないのに、口コミで次々に依頼が舞い込み、今では定番。南無阿弥陀仏よりも効きそうだ、と色々なお願い事が日々、持ち込まれているらしくって。
「キースの言う通り、これは使えるかもしれない。お願い事なら何でもオッケー、それが璃慕恩院の護摩焚きの人気の理由だしね?」
「それでソルジャー除けになるわけ?」
護摩焚きに其処までのパワーがあるの、とジョミー君が尋ねると。
「どうだろう? これだ、という呪文やお経は無い。だけどそういうことを言ったら、合格祈願のお経なんかも無いわけで…。それを叶えるのが護摩焚きとなれば、ブルー除けだって!」
やってやれないことはない! と会長さんはグッと拳を握りました。
「ぼくの法力というヤツが勝つか、煩悩まみれのブルーが勝つか。この際、勝負をしてみるのもいい。ぼくが勝ったら、思い切り平和な夏休みだから!」
上手く行ったら夏休みどころか永遠に平和な日々をゲットだ、と会長さんの背中に護摩の炎が見えそうな感じ。やるんですか、本気でソルジャー除けを?
「思い付いたら実行あるのみ! ジョミーにしては最高のアイデアだったよ、ブルー除け!」
やってみせる、と言い出しましたが、護摩焚きの祈祷でソルジャー除け。それで平和な夏休みとかがゲット出来たらいいですけどねえ…?



護摩焚きの祈祷は夏休みの初日と決まりました。会長さんは着々と準備を進めて、ついにその日が。私たちが朝から会長さんのマンションにお邪魔してみると…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
護摩焚きの会場はリビングなの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「「「リビング!?」」」
それって家の中ではないですか! 火災報知器が鳴っちゃいませんか、いえ、それよりも前にホントに天井、焦げちゃいませんか?
「平気、平気! ちゃんとシールドするんだも~ん!」
こっち、こっち! とピョンピョン跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。リビングに着くと絨毯や家具が撤去され、フローリングの床のド真ん中にドドーン! と護摩焚き用の壇が出来ていて。
「やあ、来たね。これからブルー除けの御祈祷をね…」
全身全霊でやらせて貰う、と会長さんが緋色の法衣で立っていました。立派な袈裟まで着けています。護摩壇の側には仏具もきちんと揃っていて。
「あんた、本格的にやる気だな?」
キース君が仏具などを視線でチェック。
「これはアレだろう、俺たちの宗派の方ではなくてだ、恵須出井寺の方の…」
「ぼくはそっちの方の修行も一応きちんとやってるからね? 護摩焚きの腕もプロ級ってね」
部屋の中で護摩焚きも向こうじゃ普通、と会長さん。
「部屋じゃなくってお堂だけどさ…。中でガンガン護摩を焚くのが恵須出井寺流!」
だからリビングでやればいいのだ、と会長さんは自信たっぷりです。
「この暑い中で、屋上はねえ…。夏はクーラーが欠かせないんだよ、護摩焚きにはね」
「本当か?」
「嘘に決まっているだろう! 汗ダラダラで護摩を焚くから御利益もね」
とはいえ汗をかかないスキルがあるなら無問題、と涼しい顔の会長さん。護摩焚き専用のお堂じゃなくても天井を焦がさず、クーラーを効かせて祈祷が出来るのも能力の内、という話。
「君たちだって暑い屋上より、断然、リビングがいいだろう?」
「それはまあ…」
否定はせんが、とキース君。私たちもコクコク首を縦に。ウッカリ御機嫌を損ねてしまって屋上行きにされてしまったら暑いですしね、真夏の護摩焚き…。



間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥から運んで来た香炉。会長さんがそれを手にしてリビング中を清めて回って、私たちも真面目にお焼香を。いよいよ護摩焚きの始まりです。護摩壇の前に座った会長さんが朗々とお経や呪文を唱えて点火で。
「「「うわー…」」」
スゴイ、としか言いようのない屋内護摩焚き。炎はぐんぐん大きく燃え上がり、護摩木が投げ込まれる度に飛び散る火の粉。もちろん煙も。けれども天井を舐める炎は焦げ跡を作らず、火災報知器も鳴りません。
「これって御利益、ありそうかも…」
ジョミー君が呟くと、キース君が。
「当たり前だろう、銀青様の護摩焚きだぞ? これで効かない筈が無い」
「でもよ、ブルー除けとか唱えていねえぜ?」
それで効くのかよ、とサム君が訊けば。
「いや、ハッキリそうとは言っていないが、災難を除ける御祈祷を応用しているようだ。降りかかる災難を除けて下さい、という感じだな。それと願い事は護摩木に書くのが王道だ」
あれに細かく書いたのだろう、と言われて見てみれば投げ入れられる護摩木には墨で何やら書かれています。なるほど、あれがソルジャー除けの…。
「効くといいわね、ソルジャー除け」
スウェナちゃんが護摩の炎に手を合わせ、私たちも合掌して深く頭を下げました。炎の熱さすら感じませんけど、護摩焚きの御祈祷、実行中。これでソルジャーのアヤシイ話を封じられたら、この夏休みは極楽ですよ~!



会長さん渾身の護摩焚き祈祷は無事に終わって、後は祭壇などのお片付け。どうするのかな、と眺めていたら、会長さんが灰を袋に詰め込んでいます。大袋に詰め、次は小袋。お守り袋くらいのサイズに縫われた小さな布の袋ですけど…。
「ああ、これかい? 護摩の灰は効き目があるからねえ…」
これが文字通りのブルー除け、と小さな袋がドッサリと。大袋に詰めた灰を使えばまだまだ沢山作れそうです。お守りみたいなものだろうか、と見ている間に祭壇はすっかり片付いてしまい、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が絨毯や家具を瞬間移動で運び込んで…。
「お疲れ様ぁ~! お昼御飯にする?」
「そうだね、急いで着替えて来るよ」
会長さんが奥の寝室へ引っ込み、戻って来た時には普通の半袖、ズボンといった見慣れた私服。私たちは揃ってダイニングに移動し、会長さんの慰労会も兼ねてスパイスたっぷりエスニック料理の昼食です。鯛のココナッツ煮込みにカニの香草炒め、ピリッと甘辛いチキンの串焼きエトセトラ。
「かみお~ん♪ 夏はやっぱりスパイシー!」
スパイスで暑さをふっ飛ばさなくちゃ! とトムヤムクンも作ってあります。どれも美味しい、と喜んでいたら…。
「こんにちは」
「「「!!?」」」
振り返った先でフワリと翻る紫のマント。さっき御祈祷をしていた相手が立っているではありませんか! ソルジャーは空いていた椅子にちゃっかり座って。
「ぶるぅ、昼御飯、ぼくのもあるよね?」
「うんっ! どれも沢山作ってあるから!」
「嬉しいな。夏はこういうのも美味しいよね」
夏バテ防止にしっかり食べる! などと言ってるソルジャーですけど、ソルジャーが暮らすシャングリラの中、空調の方は完璧なのでは? 夏バテなんか聞いてませんよ?
「それはもちろん! 一応、四季は作ってあるけど、公園限定!」
他の区域は関係ないのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「二十四時間、いつでも快適! だけど公園でそれをやるとね、ぼくの大好きな桜が咲かなくなっちゃうからねえ…。公園だけは夏があるんだ。でもブリッジには影響なし!」
公園と隣り合わせだけれども影響は皆無、という話。私たちの世界のシャングリラ号は四季にこだわってはいない筈ですが、多分、似たような構造でしょうねえ…。



ソルジャーの世界のシャングリラの構造をパクッたらしい、私たちの世界のシャングリラ号。今の時代に作れる筈がないワープドライブ付きの宇宙船、会長さんがソルジャーから設計図を貰ったのだという話です。無意識の内に。そういう意味では大恩人のソルジャーですけど…。
「美味しかったー! 御馳走様!」
これで今夜もパワフルに…、と笑顔のソルジャー。
「夏は気分が開放的になるって言うしさ、これからが素敵なシーズンだよね!」
「その先、禁止!」
会長さんが止めに入りましたが、ソルジャーは。
「何を言うのさ、夏こそセックス! 裸で寝たって風邪を引かない素晴らしい季節!」
ぼくたちの結婚記念日も夏! と嬉しそうに。
「今年の海の別荘行きだって楽しみなんだよ、只今、休暇の根回し中! ハーレイとぼくと、ぶるぅと纏めて留守にするから、きちんと準備をしておかないと!」
「はいはい、分かった」
根回しのためにもサッサと帰る! と会長さんがダイニングの扉を指差しましたけれど。
「あっ、食後の飲み物はリビングだっけね! 今日は何かな、ラッシーかな?」
「スムージーだよ、トロピカルフルーツたっぷりなの!」
「いいねえ、来た甲斐があったよ、今日も!」
ぼくの分のスムージーもよろしく、と先頭に立ってリビングに移ってしまったソルジャー。ソファに陣取り、スムージーが届くと話の続きをベラベラと。
「今日はしっかりお昼を食べたし、ハーレイにも文句を言わせない、ってね! ぼくが真っ当な食事をしないから、って顔を顰めてセックス控えめ、これは良くない!」
壊れるほどにヤってなんぼだ、とアヤシイ方向へ突っ走る中身。会長さんの御祈祷、効いていないじゃないですか!
「退場!!!」
会長さんがレッドカードを突き付け、ソルジャーは。
「ダメダメ、夏は猥談の季節!」
「それを言うなら怪談だってば!」
「どっちも似たようなものなんだってば、盛り上がれば良し!」
猥談で大いに盛り上がろう! とソルジャーが拳を突き上げた瞬間、会長さんの右手がサッと閃き、何かが宙を。ソルジャー目掛けて飛んで行ったそれがバッと弾けて…。



「クシャン!」
ソルジャーの口から飛び出したクシャミ。それは立て続けに続き、ソルジャーの周りに煙のような灰がもうもうと。もしや、今のは…。
「何するのさ!」
ゲホゲホと派手に咳き込みながらソルジャーが叫ぶと、会長さんは。
「帰れと言ったのに帰らない上、レッドカードにも従わない。…だからこの際、最終兵器」
「最終兵器?」
どの辺が、とまだゴホゴホと噎せているソルジャー。
「人体実験の経験者のぼくを舐めないで欲しいね、この程度でぼくが逃げるとでも? …ゴホッ、これが胡椒爆弾だったとしてもさ、ぼくは全然平気だけどねえ? …って、ハークションッ!」
ぼくのマントが灰だらけに…、とバサバサバサ。戦闘に特化して作られたというソルジャーの衣装、灰まみれになっても叩けば綺麗になるようです。しかし…。
「その灰、ただの灰だと思ってる?」
会長さんがスムージーを飲みながら言って、ソルジャーが。
「えっ? 灰だろ、最終兵器とかって名前だけはやたら立派だけれどさ」
「それが最終兵器なんだな、今の、まともに被っただろう?」
「被ったけど? だからクシャミに咳なんだよ! …ックション!」
油断した、とゲホゲホやっているソルジャー。会長さんは悠然と笑みを浮かべると。
「その様子だと君は知らないわけだね、ぼくがやってた御祈祷も意味も」
「御祈祷?」
「そう、御祈祷。朝からこの部屋で華々しくやっていたんだけどねえ、火を燃やしてさ」
「知らないよ!」
今日は朝から会議だったのだ、とソルジャーは唇を尖らせました。朝一番から会議室に行って、こっちへやって来る少し前まで会議三昧、覗き見どころではなかったとか。
「ついでに、ここ暫くは何かと忙しくってさ…。ろくに覗き見する暇が無くて、おやつも食事もどれほど逃してしまったことか…!」
「なるほど、ホントに何も知らない、と。…君除けの祈祷をしていたことも」
「えっ?」
「君のいわゆる猥談攻撃。それを除けるための祈祷をやっていたのさ、朝からね」
それの成果が最終兵器、と会長さん。やっぱりさっきの灰の正体、護摩木を燃やした灰でしたか!



「…ぼくの猥談除けだって? 今の灰が?」
どういう意味で、とソルジャーは赤い瞳を丸くしてから。
「猥談、普通に出来そうだけどね? 続きをやるなら、盛り上がろうって所から! この夏もハーレイと大いにヤリまくるつもりでいるんだ、もちろん薬もしっかりと買って!」
スッポンにオットセイ、その他もろもろ…、とソルジャーは指を折りました。
「夜のお菓子のウナギパイだって欠かせないしね、それで今夜もパワフルに!」
「「「………」」」
全然効いていないじゃないか、と会長さんを睨む私たち。ソルジャーの猥談を除けるどころか、逆に呼び込んでいませんか?
けれど…。
「うん、充分に喋りまくったってね」
これでオッケー! と会長さんの唇に勝ち誇った笑みが。
「…え?」
何が、と怪訝そうなソルジャーに向かって、会長さんはニッコリと。
「君の猥談! ぼくが投げ付けた最終兵器が発動するための条件は揃った!」
「条件だって?」
「そう! 何かと猥談をやりたがる君を黙らせるには、方法は一つ! 君が猥談をやらかした場合、君のお相手はもれなく出来なくなるっていうわけ!」
お疲れ気味だかEDだか…、と会長さんの指がビシィッ! とソルジャーに。
「ぼくはそういう祈祷をしたんだ、君がヤリたくてもどうにもならない方向で! 君のハーレイ、少なくとも今夜は使い物にはならないからね!」
「ちょ、ちょっと…! 君に其処までの力は無いだろう!」
空間を超えて能力を振るうことなど不可能な筈だ、とソルジャーは反論したのですが。
「だからこそ君に御祈祷で出来た灰をぶつけた。君自身がぼくの力の媒介になるのさ、君のハーレイを封じるための祈祷のパワーを君が運んで帰るわけ!」
その身体でね、と会長さん。
「もっとも、ぼくのサイオンの力が君に負けるのは本当だし? 祈祷の力も君には及ばないかもしれない。ただ、サイオンと法力とはねえ、性質が全く違うしね?」
効く可能性も大いにある、と会長さんはクスクスと。
「今夜、帰ったらヤッてみたまえ。君のハーレイが役に立たなかったら、ぼくの勝ちだよ」
「…そういう意味か…」
それで最終兵器なのか、とソルジャーは灰が残っていないかパタパタと服や頭を払ってから。
「どうせ無理だろ、勝てやしないよ」
たかが法力、知れたものだ、と余裕で構えていたのですけど…。



ソルジャーは夜までドッカリ居座り、夕食も食べて帰りました。明日からは柔道部三人組は合宿、ジョミー君とサム君は恒例の璃慕恩院での修行体験ツアーです。栄養をつけて挑んで貰わなければ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が分厚いステーキを焼き、シーフードたっぷりのピラフなども。
誰もが満腹、大満足での散会となって、翌日からは男子もいなければ、ソルジャーも抜きで。
「平和よねえ…」
ソルジャーの方はどうなったかしら、とスウェナちゃんがのんびりと。私たちは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、フィシスさんの三人と一緒にホテルのプールサイドで休憩中。ひと泳ぎしてから飲み物や軽食、パラソルの下で優雅な時間。
「ブルーかい? どうしてるのかは謎だね、うん」
ぼくには覗く力があんまり無くて…、と会長さんがサンドイッチをつまみながら。
「でもねえ、朝っぱらから殴り込みにも来なかったしね? 勝ったと威張りにもやって来ないし、もしかすると祈祷が効いたのかもねえ…」
「かみお~ん♪ ブルーの御祈祷、よく効くもんね!」
「それは私も保証しますわ。それにしても考えましたわねえ…」
その方法なら向こうの世界に法力を届けられますわね、とフィシスさん。うわー、やっぱり、あの御祈祷って思いっ切り効果アリですか!
「分からないけど、効いていたなら当分は平和が続くと思うよ」
護摩の灰はまだまだ沢山あるから、と会長さん。小袋入りのが五十発近く、大袋の灰を小分けにしていけば何百発という数になるらしく。
「小袋はぶるぅが作ったんだよ、ぼくが御祈祷した布を使ってね。縫い上がった袋にまた御祈祷して、パワーアップの梵字もキッチリ書いてあるから効果はバッチリ!」
効くと分かったらどんどん作る、と会長さんが言えば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「ぼく、頑張って縫うよ、あの袋! みんなのためになるんだったら、何百個でも!」
「あらあら、頼もしい助っ人ですわね」
頑張ってね、とフィシスさんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頬っぺたにキスを。褒めて貰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「わぁーい!」と躍り上がっています。
「袋、沢山作らなくっちゃ! 最終兵器ーっ!」
「そうだね、平和を目指さなくっちゃね」
頑張ろう! と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がガッチリ握手。最終兵器で平和を目指すとは間違っているような気もしますけれど、これも一種の抑止力かも…?



男の子たちが合宿と璃慕恩院から戻って来たのは一週間後のことでした。それまでの間、ソルジャーは姿を見せませんでしたが、毎度のパターンなだけにどうなったのかは分かりません。とにかく男子が戻ったからには慰労会だ、と真っ昼間から焼き肉パーティーを始めた所へ。
「楽しそうだねえ…」
恨みがましい声が聞こえて、紫のマントのソルジャーが。例によって空いていた席へと陣取ったものの、その顔色は冴えないもので。
「焼き肉ねえ…。マザー農場の肉なのかな?」
「そうだよ! 幻のお肉も貰って来たから、食べてってねー!」
どんどん食べて、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「お肉も野菜もたっぷりあるから! 締めはガーリックライスでスタミナたっぷり!」
「スタミナかあ…。これからの季節、それも大切…。おっと、いけない」
ソルジャーの手が自分の口を押さえました。もしや猥談、飲み込んだとか?
「…この状況だと飲み込む以外に無いだろう!」
此処には例の最終兵器が…、とソルジャーは肩をブルッと震わせ。
「あれをウッカリ投げ付けられたら、とんでもないことになるからねえ…。ぼくのハーレイ、あの夜から…。おっと、危ない」
とにかく困った状況なのだ、と嘆きつつも焼き肉はパクパクと。
「君たちは慰労会かもしれないけれども、ぼくは焼き肉でパワーをつけて、と…。それから頑張って挑まないとね」
「喋ってるけど?」
猥談を、と会長さんの手に灰が詰まった小袋が。
「次の一言でお見舞いするから、気を付けるように!」
「ううん、今のは猥談じゃなくて! ぼくが頑張るのは修行なんだよ!」
「「「修行!?」」」
「そう、修行」
ちょっと璃慕恩院と恵須出井寺に、とソルジャーの口から斜め上な台詞が飛び出しました。それって修行の本場なのでは、何故にソルジャーがそんな所に…?



「…実はノルディに勧められてね…」
ブルーに勝つにはこれしか無いのだ、とソルジャーは焼き肉を頬張って。
「ぼくのハーレイに妙なパワーをお見舞いしないで済む方法はさ、ぼくが影響されないことしか無いらしい。そのためには法力とやらを身に付けるしかないとノルディがね…」
「ぼくに勝とうだなんて百年どころか二百年以上、早いけど?」
「其処を全力で修行すればさ、期間短縮も可能なのかもしれないし…」
これでも場数だけは踏んでいるから、と真顔のソルジャー。
「死ぬか生きるかの地獄を何度も見て来ているんだ、同じ修行でもブルーよりかは多くの力を得られるでしょう、とノルディも言ってくれたから…。それを信じて頑張るしかない!」
まずは璃慕恩院からなのだ、とソルジャーは焼き上がったばかりのお肉をパクリ。
「ノルディの紹介で、明日から二泊三日の修行体験ツアーなんだよ。そっちじゃ精進料理と聞くから、今の間に肉をたっぷり食べないと!」
「君が璃慕恩院だって!?」
会長さんの声が引っくり返りましたが、ソルジャーの方は。
「ぼくの正体ならバレないよ。ノルディの知り合いの息子ってことで押し込んで貰うし、情報操作はきちんとやるし…。ただ、全力での修行はちょっと…」
日程的に無理っぽくて、と溜息が。
「海の別荘行きで休暇を取るから、それ以上の休暇は取りにくい。ちょっと抜け出しては修行をして…、って形になるかな、それで法力を身に付けられればいいんだけどねえ…」
恵須出井寺の方にしてもそう、とソルジャーは肩を落としています。
「厳しいと評判の一般向けの修行道場、ノルディに申し込んでは貰ったけれど…。そっちも何処まで出来るかは謎で、ブルーに勝つまでの道は長そう…」
いつになったら勝てるのやら、と言いつつも修行はするつもりらしく。
「ノルディが言うには、あの手の御祈祷? それのパワーを跳ね返せるようになったら、相手の方に大ダメージが行くんだってね? 倍返しだとか」
「え? あ、ああ…。まあ…」
そう言うね、と会長さん。まさかホントに倍になるとか…?
「うん。跳ね返された力は倍になって返って来るから、それを受け流すだけの力が無ければ下手な祈祷はするな、ってコト」
「そうか、やっぱり倍返しなんだ…」
その日を目指して頑張らねば、と決意のソルジャー。会長さんの最終兵器に対抗するため、修行をしますか、そうですか…。



猥談をしたら護摩の灰をぶつけられ、キャプテンが使い物にならなくなるらしい立場に追い込まれたソルジャー。会長さんの御祈祷は効いたとみえて、あれ以来、ソルジャーは大人しいもの。例年だったら猥談の夏となりそうな所が全く静かで…。
「実に平和な夏休みだな。俺の家はイノシシとの戦いだがな」
イノシシ除けにもいい方法は無いものか…、とキース君。お盆を控えて卒塔婆書きのバトルも続いているようです。
「ソルジャー除けって言い出した時は怒ったくせに」
そのイノシシで、とジョミー君がブツブツ言ってますけど、今やジョミー君はソルジャー除けの功労者。御祈祷したのは会長さんでも、ジョミー君が思い付かなければソルジャー除けなんかは今も何処にも無かったわけで…。
「かみお~ん♪ 灰を詰めた袋、うんと沢山あるものね!」
「とりあえず、ブルーは効くと信じているようだしね」
「「「は?」」」
あれって効くんじゃないんですか? だからこそソルジャー、倍返しを目指して修行に励んでいるのでは…。修行と言っても一般人向け、会長さんと同レベルにまで到達するには二百年くらいはかかりそうですが…。
「あれねえ…。本当に効いているんだったら、それなりの手応えが来る筈なんだ。いくら別の世界で発動している力でもね。それが全く、何にも無いから」
「お、おい…。それじゃ、あれはハッタリだったのか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「効いたらいいな、とは思っていたからハッタリじゃない。だけど効いたというわけでもない。多分、偶然というヤツなんだよ、たまたまあの日は向こうのハーレイが疲れていたとか」
「「「ええっ!?」」」
だったらキャプテン、会長さんの御祈祷で使い物にならなくなったんじゃなくて…。
「そう、偶然。だけどブルーは信じているから、せっせと修行に」
「そ、それってバレたらヤバいんじゃねえか?」
「ヤバくないだろ、勝手に一人で勘違いをしているわけだしさ」
そして最終兵器はこれからも有効に使わせて貰う、と会長さんは言ったのですけど…。



キース君とジョミー君、サム君が棚経に走り回ったお盆も終わって、マツカ君の海の別荘行きが目の前だ、という日の夕方のこと。会長さんの家に集まってエスニックカレーの食べ放題を始めようとしていた私たちの前に、私服のソルジャーが降ってわいて。
「ぼくにもカレー! 修行が限界…」
もう死にそう、とヘロヘロのソルジャー、今日も恵須出井寺で写経に励んで来たのだとか。
「正座を崩したら叱られてしまうし、筆ってヤツも使い慣れないし…。こんな日々がいつまで続くのさ!」
「嫌なら途中で投げればいいだろ、坊主を目指しているわけじゃなし」
素人さんが途中で逃げるなんてことは珍しくない、と会長さん。
「坊主を目指して修行中の人でも場合によっては逃げるんだ。キツすぎる、とね」
「ぼくは修行もキツイけれども、発散出来ないのが何より辛いよ…」
「発散?」
「そう! こう、思いっ切り! エロい話を山ほどしたくて、例えば昨日のプレイだとか! ハーレイが凄くてもうノリノリで…!」
堰を切ったように話し始めたソルジャー。猥談地獄に陥る前に、と会長さんが最終兵器を取り出してぶつけ、ソルジャーは顔面蒼白で。
「や、やっちゃった…」
これで今夜もお預けなのか、とカレーも食べずに意気消沈で姿を消して。
「か、会長…。あの灰、今度も効くんでしょうね?」
「さ、さあ…? 効かなかったら…?」
どうなるんだろう、と会長さんが青ざめた次の日、ソルジャーは見違えるように自信に溢れて登場しました。会長さんの家で午前のティータイム中だった私たちの所へウキウキと。
「いやあ、修行って、してみるものだねえ…!」
まさかこんなに短期間で君に勝てるとは、とソルジャーは歓喜の面持ちで。
「昨夜のハーレイ、凄くってさ! ぼくがブルーに勝てたからだ、って言ったら「では、お祝いに頑張りませんと」って、もう、あれこれと…!」
「退場!」
「嫌だね、勝ったからには倍返しなんだよ、どんどん喋っていいんだってば。今日まで自粛してきた分までガンガンと!」
さあ聞いてくれ、と乗り出すソルジャー。ば、倍返しって会長さんだけじゃなくって私たちまで巻き添えですか? 待って下さい、心の準備が…。倍返しで聞く猥談なんかは勘弁です~!




            封じたい喋り・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 珍しく生徒会長が勝利を収めたように見えた、今回のお話。法力が凄そうでしたけど…。
 単なる偶然の産物だったわけで、最終的には倍返しに。ソルジャーに勝つのは無理そうです。
 次回は 「第3月曜」 8月19日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、7月は、楽しい夏休みな季節。けれど、夏休みと言えば…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv










※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。春うららかな日に登校してみれば、なんだか面子が足りないような。いつもだったら一番に登校するほどの真面目人間が…。
「あれっ、キースは?」
ジョミー君がキョロキョロと見回し、サム君が。
「そういや今日からだったっけか…。なんかボランティアって言ってたじゃねえかよ」
「そういえば…」
聞いてましたね、とシロエ君も。
「三日間ほどお休みでしたか? 何処へ行くのかは聞いてませんが」
「それじゃ、今週はお休みなのね」
三日間なら金曜までね、とスウェナちゃん。キース君のボランティアはお馴染みですけど、内容の方は実に様々。他のお寺のお手伝いやら、文字通りのボランティア活動やら。
「キース、今回は何なのかな?」
ジョミー君の疑問に答えられる人はいませんでした。要するに誰も突っ込んでは聞いていなかったという結果です。朝のホームルームで出欠を取るグレイブ先生に期待するしかないですが…。
「キース・アニアン。欠席だな」
金曜日まで、と呆気なく流され、行き先はおろか欠席理由も謎のまま。これは放課後まで待つしかなくて…。



「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
放課後に出掛けた、生徒会室の奥に隠された溜まり場、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋では。
「やあ、来たね。キースが足りないみたいだけどね」
どうぞ座って、と会長さんが。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいそいそとイチゴたっぷりのベイクドチーズケーキを切り分けてくれて、紅茶やコーヒーなどの飲み物も。
「えとえと…。キースはボランティアだよね?」
「うーん…。あれもボランティアと言うのかなあ…」
難しいね、と会長さん。ということは、ボランティアという名のタダ働きに出掛けて行きましたか? 先輩さんのお寺のお手伝いとか、そういうの…。
「ちょっと違うね、異業種交流会と言っておくのが早いかな?」
「「「は?」」」
異業種交流会って何でしょう?
「そのまんまのヤツだよ、璃慕恩院の主催でキリスト教との交流会でね」
「キース先輩、そんなのに出席させて貰えるほど偉かったんですか!?」
ああいうのはトップが出るんですよね、とシロエ君。言われてみればその手の記事には偉そうなお坊さんとかの写真が載っているもので、キース君もそういうレベルに実は達していたんですか?
「まさか。…キースがそこまでのレベルだったら、欠席は明日だけって所だね」
「「「えっ?」」」
「お偉いさんの出番は明日の会議だけ。でもねえ、会議の他にも親睦会とか、茶話会だとか。こう色々と細かいおもてなしの行事があるから…。手始めが今日の夕食会で」
そういった各種行事を円滑に進めるためには裏方が必須。璃慕恩院で普段からお役目のある人の他にも動員がかかり、キース君はそれに出掛けたのだとか。
「璃慕恩院かよ…。それじゃ、働いた分のバイト料とかは出ねえな、全く」
サム君が呟き、会長さんが「うん」と。
「お手伝いは名誉なことだからねえ、どちらかと言えば参加料を支払わなければならないほどのイベントだねえ? 支払ってでも手伝いたい、って坊主は山ほどいるわけで…」
「だったら、キースはエリートなのかよ?」
「そういうわけでも…。単に動員しやすいだけだね、自分のお寺の仕事を簡単に抜けられる上に、自由に休めるシャングリラ学園特別生だし!」
要は便利な助っ人なのだ、と言われると何だか気の毒なような。名誉な仕事でもタダ働きの日々が今日から金曜までですか…。



璃慕恩院までお手伝いに出掛けたキース君。金曜日まではキッチリ欠席、さて、土曜日はどうなるのだろう、と思っていれば「俺も行くぞ」と金曜の夜に思念波が。「どうせブルーの家だろう?」と集合時間を尋ねてきて…。
「あっ、キース、おはよう!」
ジョミー君が手を振る土曜日の朝。会長さんのマンションから近いバス停にキース君が降り立ちました。タダ働きが三日間の割には元気そうです。
「久しぶりだな、三日ぶりのシャバだ」
「シャバって…。キース、苦労したわけ?」
ジョミー君が訊くと、「それほどでもないが」という答え。後はワイワイ近況報告、会長さんの家の玄関まで行ってチャイムを鳴らして…。
「かみお~ん♪ キース、お帰りなさい~っ!」
入って、入って! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはリビングに通され、桜の餡をサンドしたふんわりブッセが出て来ました。キース君は「有難いな」と合掌すると。
「こういった菓子も久しぶりだ。…俺たちには所詮、おさがりだからな」
「「「おさがり?」」」
「言っただろうが、裏方だった、と。裏方なんぞのための菓子は無い。お偉いさんたちから「ご苦労様」と頂けるだけだ、菓子の残りを」
しかも種類がバラバラなんだ、とキース君。裏方さんの数が多いだけに、纏まった数が無いおさがりのお菓子は寄せ集め。お饅頭やらお煎餅やら、クッキー、マドレーヌなど実に様々。
「というわけでな、裏方同士で集まっていても、なかなか菓子が揃わなくってな…」
「なんか思いっ切り大変そうだね…」
お菓子だけでも、とジョミー君が言うと、「まあな」と返事が。
「そういった菓子を融通し合っている内に、だ。三日目ともなれば好みが分かって譲り合いとか、交換だとか…。なかなか有意義な日々ではあった。坊主だけではないからな」
「キリスト教の裏方さんもいたのかよ?」
サム君の問いに、キース君は。
「来ていたぞ? ただなあ、あっちはバラエティー豊かで…」
「「「えっ?」」」
裏方さんがバラエティー豊かって、何なのでしょう? キリスト教なんかはサッパリですけど、バラエティーに富んでいるものですか?



「キース先輩、それって服装とかですよね?」
確認したのはシロエ君でした。
「確か色々あるんですよね、お坊さんと一緒で階級別に」
「いや、そういうのとは別口だ。今度の交流会は修道会とのヤツだったからな、それこそ色々な修道服ってヤツが揃っていたわけで…」
「「「修道服!?」」」
それってアレですか、シスターですかね? なんか色々とあるらしいのは知ってます。アルテメシアで見かけるヤツだと茶色とか…。
「ああ、シスターももちろん居たが…。シスターが一番モロに出るなあ、バラエティーの豊かさ」
「なんで?」
なんでシスター、とジョミー君が不思議そうに。
「分からんか? 相手は女性だ、異教徒の男性と一緒に仕事はしない、という宗派もある」
そうかと思えばフレンドリーな宗派もあったりして…、と溜息が。
「記念写真を撮りましょう、と言い出すシスターがいるかと思えば、すれ違っても会釈だけとか…。そっち系だと、修道士の方も難しいんだ」
「「「へ?」」」
「会の方針が沈黙らしい。余計なお喋りの類は厳禁と来たもんだ。しかし喋らんと仕事が出来んし、何処まで喋っていいものやら…」
距離の取り方が実に難しかった、とキース君。
「この菓子、お食べになりますか、と訊いたら「ありがとうございます、大好物です」なんて言ってくるから、これはいけると喋ろうとしたら…」
「駄目なのかよ?」
「こう、穏やかに微笑まれてだな、「お互い、静かに祈りましょう」と来たもんだ。あちらさんは飯の時間も黙って祈っているらしい。黙って食え、というのは仏教の方でももちろんあるが…」
俺たちの宗派も修行中だとそうなんだが、とキース君。
「しかしだな! たかが菓子を食う時間くらいは息抜きだろうが!」
「祈りましょう、はキツイかもですね…」
ちょっとぼくには無理そうです、とシロエ君。
「ご苦労様でした、キース先輩。毎日、祈りの日々だったんですね?」
「うっかり気に入られてしまったもんでな!」
お菓子の時間も祈りましょう、という修道士に気に入られたらしいキース君。何かと言えば一緒に作業で、掃除や部屋の設えやら。三日間、キッチリ沈黙ですか…。



璃慕恩院の異業種交流会だか、親睦会だか。お偉いさんたちはもちろん交流、お手伝いの裏方同士も積極的に交流すべし、という方針で。キース君たちも顔馴染みの坊主仲間よりもキリスト教な人たちとの親睦が奨励されていたとか。
「ところがだ。沈黙なんぞが基本のヤツらと交流したいヤツはそうそういないし、気に入られた俺はババを引いたというわけだな。行きましょう、と声を掛けられたらおしまいだ」
作業も一緒なら、食事も隣同士で祈りながらの三日間。坊主仲間と羽目を外したくても、霊的な会話とやらに誘われてしまって宗教談義。
「宗教談義はいいのかよ?」
「それは許されるらしくてな…。お蔭様であちらさんの事情もかなり分かったが…」
俺には絶対、真似は出来ん! とキース君。
「必要最低限しか喋れない日々だぞ、ストレスが溜まって死にそうだ!」
この三日間だけでも死にそうなんだ、と相当に沈黙がこたえた模様。でもでも、他のお坊さんとかと喋れるチャンスもあったわけですよね?
「それはあったが、上の方でも俺が気に入られているらしい、と事実を把握しているからな? 他の連中にも指示が出るんだ、キースの交流の邪魔をするな、と」
「だったら、本気で沈黙の三日間だったのかよ?」
「あの修道士に気に入られてからはな!」
一日目の昼には既にロックオンされていた、とキース君の激白。朝一番に璃慕恩院に出掛けて、裏方同士で挨拶をして。その後の掃除で偶然、一緒の担当になって何故か気に入られたという話。
「俺は外見がコレなお蔭で、他の連中と違って酒だ女だと派手に遊んだことは一度も無いしな…。恐らくその辺を見抜いたんだろう、あちらさんは完全に禁欲だ」
「らしいね、そもそも修道院から外へは出ないと言うからねえ…」
会長さんが相槌を打って、キース君が。
「あんた、知ってるのか?」
「少しくらいはね。選挙と病院に行く時だけしか出ないっていうのが基本だろ? 坊主みたいに寺を抜け出して遊ぶわけにはいかないねえ…」
「そのようだ。霊的会話とやらのついでに聞きはしたがだ、本当に神が全てのようだな」
祈りのための沈黙らしい、とキース君はそれなりに情報を引き出して来た様子。つまりは間の取り方が上手かったと言うか、必要最低限の会話で済ませるスキルがあったと言うべきか。そりゃあ相手に気に入られますよ、異業種でも話が通じるんなら…。



キース君と三日間、一緒だったらしい修道士。名前は聞いたそうですけれども、お互い、住所の交換は無し。メールアドレスなんかは論外、三日間だけのお付き合いだったらしくって。
「二度と会うことも無いんだろうが、だ…。あの沈黙の日々はキツかった…」
「仏教でも私語厳禁ってトコはあるんだけどねえ?」
会長さんが混ぜっ返せば、キース君は。
「表向きだろうが、表向き! 私語厳禁の時間が終わった後には喋りまくりで、山奥の寺でもタクシーを呼んで街に繰り出すとかは基本だろうが!」
「まあねえ、食事は精進料理と言いつつ、お寿司を食べていたりもするし…。坊主はどうしても羽目を外すね、何処かでね。中には真面目な人もいるけど、お寺が丸ごとってことは無いねえ…」
外出禁止を真面目に守って沈黙の日々なんてとてもとても、と会長さん。
「それを思うと、異業種ながら学ぶべき所も多いってことになるけれど…」
「沈黙は金と言うからな…。あそこまで徹底しろとは言わんが、黙って欲しいヤツならいるな」
「「「は?」」」
「誰とは言わんが、俺たちに迷惑をかけまくるヤツだ」
あいつが沈黙の欠片だけでも守ってくれたら…、という台詞で誰のことだか分かりました。会長さんがレッドカードを叩き付けてる相手です。何かと言えばアヤシイ話をしたがるソルジャー、その手のアヤシイ話だけでもせずに沈黙してくれていれば…。
「沈黙してくれたら平和だろうねえ…」
毎日が変わるね、とジョミー君。会長さんも大きく頷いています。
「あの手の話に関しては沈黙、それだけで平和になるんだけどねえ…。聞きたい人なんか誰もいないし、気付いてくれればいいんだけどね」
「分かるよ、そういう時間に沈黙するのはいいことだよね!」
「「「!!?」」」
何故このタイミングで湧いて出るのか。紫のマントのソルジャーが現れ、ソファにストンと腰を下ろして。
「ぶるぅ、ぼくにも紅茶とブッセ!」
「かみお~ん♪ 紅茶はミルクティーだよね?」
「そう! 今日のブッセに合いそうだからね!」
桜餡だよね、と嬉しそうですが。何処から話を聞いていたのか、そもそも何しに来たんだか…。



ソルジャーが沈黙してくれたなら、という話の真っ最中に現れてしまった当のソルジャー。ミルクティーと桜のブッセが前に置かれると、早速ブッセを頬張りながら。
「ああいう時間に沈黙っていうのは素敵なんだよ、うん」
「分かっているなら沈黙したまえ!」
会長さんがすかさず切り込みました。
「君はこれから喋らなくていい。まるで喋るなとまで言いはしないから、その手のヤツだけ!」
「ぼくの努力でどうなるものでもないからねえ…」
「「「は?」」」
沈黙は自分で守るもの。自分自身で努力しないと出来ないことだと思いますが?
「その手の時間の沈黙は別! 黙らせよう、って意志が無いとね!」
「じゃあ、沈黙!」
黙ってくれ、と会長さんが命令すると。
「そうじゃなくって…。猿ぐつわだとか、手で押さえるとか、こう、無理やりに!」
それが燃える、と妙な発言。何のことだ、と私たちは首を傾げましたが。
「分からないかな、真っ最中の話だよ! 声が出せないっていうのは燃えるよ、本当に!」
「退場!」
会長さんがレッドカードをピシャリと叩き付けると、ソルジャーは。
「まだまだ話の途中なんだよ! 昨日ね、ノルディとランチに出掛けて、たまたまそういう話になって…。あのシチュエーションは燃えるんだけどさ、ぼくのハーレイには向いてなくって…」
なにしろヘタレなものだから、と溜息をフウと。
「猿ぐつわなんて絶対、出来っこないし…。自分でしたんじゃ馬鹿みたいだし、たまには口を押えてみてよ、って言うんだけどねえ…。ぼくは燃えるけど、ハーレイの方は…」
とことん腰が引けているのだ、と嘆くソルジャー。
「仕方ないかな、って思っていたらさ、こっちも似たような話をしてるし…。耳寄りな言葉も聞こえて来たし! 沈黙は金、って言ったよね?」
「確かに言ったが、分かっているなら黙ってくれ!」
キース君が返すと、ソルジャーは。
「その、沈黙は金って言葉で閃いたんだよ! ちょっと素敵なイベントが!」
「「「イベント?」」」
「そう、イベント!」
実に楽しいイベントなのだ、と言っていますが、どういうイベント…?



「沈黙は金って言うほどなんだし、これは人間の金の方にも効くのかな、とね」
「さっさと退場!」
もう帰れ、と会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーは我関せずで。
「金と言ったら大事な部分! 黙っていればエネルギー充填、すっごいパワーが出るのかな、なんて思っちゃったけれど、どうなんだか…」
「君のハーレイで試せばいいだろ、効くかどうか!」
猿ぐつわでも何でもやってくれ、と会長さんは半ば捨て鉢。ところがソルジャーの方は「そういうのはちょっと…」と乗り気ではなく。
「ぼくのハーレイには効きっこないねえ、その手の趣味が無いからね? こっちのハーレイも多分、効かない。それを承知で遊んでみたいと!」
「…誰で?」
「もちろん、こっちのハーレイで!」
黙って貰うイベントなのだ、とソルジャーは顔を輝かせながら。
「ライブラリーで読んだことがあるんだよ! 黙っていないと魔法が解ける、という話! 魔法じゃなくって呪いを解くんだったかな…」
タイトルは忘れてしまったけれども白鳥なのだ、という話。白鳥に変えられてしまった王子たちを妹のお姫様が助けるそうで。
「ああ、あれね…。黙ってイラクサの帷子を編むんだったか、それなら知ってる」
でも、その話をどうすると、と会長さんが訊けば。
「黙って編み物をして貰うんだよ、こっちのハーレイに! そして編み物をやってる間はぼくがせっせと妨害を!」
喋って貰う方向で、とソルジャーはニヤリ。
「当然、タダでは編まないだろうし、編み終えた時はぼくと一発! ただし黙って最後まで編めば、という御褒美だけどね!」
「ちょ、ちょっと…!」
「どうせヘタレだし、一発なんかは無理じゃないかと思うけど? でもねえ、それでも一発ヤれるようなら、沈黙は金に効くっていうことが証明されるし!」
万一、沈黙が効いた場合はぼくのハーレイでも試してみよう、と抜け目ない策。でもでも、黙って編み物だなんて、教頭先生はイラクサの帷子を編むんでしょうか…?



「えーっと…。それって、ハーレイはイラクサを編むのかい?」
痛そうだけど、と会長さんが。
「あれは葉っぱと茎とに棘があるしね? でもまあ、ハーレイの手なら問題ないかもだけど…」
面の皮と同じで手の皮も厚い、と酷い言いよう。けれどソルジャーの答えはといえば。
「イラクサの帷子なんかを何に使うと! 使えないし!」
もっと実用的なものがいいのだ、と瞳がキラリ。
「「「実用的?」」」
「そう、実際に使えるもの! レースなんかは実にいいねえ、あの太い指でせっせと大判のストールとかね! 編み上がったらぼくが使わせて貰うよ、有難くね!」
ぼくのハーレイとの夫婦の時間に…、とソルジャーの目的は予想以上に良からぬものでした。素肌にレースもいいものだとか言っていますが、それを教頭先生が編むと…?
「決まってるだろう、同じ編むなら使えるもの! それも有意義に!」
是非ともレースを編んで貰う、とニヤニヤニヤ。
「仕事が仕事だけに、学校では喋るしかないからねえ…。その間の沈黙は免除するけど、それ以外! 一切喋らず、沈黙を守ってレースを編みつつ、あわよくば金も!」
大事な部分もエネルギーが充填出来ればいいな、と欲が丸出し。あまつさえ…。
「エネルギー充填を目指すんだしねえ、妨害もエロい方向で! ぼくとハーレイとの夫婦の時間をダイレクトにお届けするんだよ! 中継で!」
「やり過ぎだから!」
それは絶対に鼻血で死ぬから、と会長さんが止めに入りました。
「ハーレイはヘタレで鼻血体質ってコト、君だって知っているだろう! レース編みが鼻血で駄目になるのは間違いないよ!」
「さあ、どうだか…。沈黙するぞ、って気合を入れていたら乗り切れるかもね?」
編んでる間は中継画面も見られないし、と言われてみればその通り。レースを編みつつ余所見だなんて絶対に無理に決まっています。
「つまりさ、チラリと画面に目を走らせては編み続ける、と! 編み上がった時はぼくと一発、それを夢見て編んでいたなら、金だってエネルギー充填で!」
「…早い話が、止めるだけ無駄っていうことなんだね、君の計画は?」
「そういうこと!」
ハーレイにはレースを編んで貰う、とソルジャーはカッ飛んだ方向へと。キース君が仕入れて来た沈黙のネタとは真逆に走っていませんか…?



ソルジャーという人は思い込んだら一直線。沈黙が効くかもしれないというのと、教頭先生で遊んでみたいのと目的は二つ。こうと決めたら梃子でも動かず、お昼御飯の時間まで大いに盛り上がった末に、教頭先生の家へ出掛けると言い出して…。
「後はハーレイとの直談判! 編んでくれると決まった時には、もう今夜から!」
レースを編んで貰うのだ、とブチ上げつつもピラフをパクパクと。シーフードと菜の花のピラフは美味しいんですけど、ソルジャーの悪だくみが無ければもっと美味しく…。
「ホントだよ。黙って欲しいのは君だったのにさ」
誰もが同じ考えだったらしくて、会長さんがソルジャーに文句を付けましたが。
「別にいいだろ、ぼくが黙るなんて最初から誰も期待はしてないだろうし!」
「「「………」」」
そう来たか、としか思えない答え。ソルジャーに沈黙して欲しかったのに、黙るどころか喋りまくって教頭先生を追い込む方へと。教頭先生、果たして黙ってレースを編みますかねえ?
「編むと思うよ、ハーレイだしね!」
御褒美をチラつかせてやればいくらでも、とソルジャーは自信たっぷりでした。
「どんなレースにしようかなあ…。ぼくのマントくらいのサイズで編んでくれれば素敵だけどねえ、ぼくのハーレイとの時間がグッと楽しく!」
「ハーレイにレース編みの技術があるとでも?」
「無いだろうから面白いんだよ、一から始めるレース編み! 始めたからには最後まで! たとえ喋って御褒美がパアになろうとも!」
そのくらいのリスクは覚悟して貰う、と恐ろしい台詞が。
「パアになっても編ませる気か!?」
そこで終わりにならないのか、とキース君が訊くと、「ならないねえ!」と明快な答え。
「ぼくはレース編みの大判のストールも欲しい気持ちになって来たんだ、それも手編みだよ? 夫婦の時間が贅沢なアイテムでうんと充実、豪華に演出!」
もちろん真っ白なレースなのだ、とソルジャーはウットリと夢見る瞳で。
「花模様が幾つも繋がるのがいいかな、ロマンティックで」
「かみお~ん♪ お花模様のレース編みなら、編めるようになる本、持ってるよ!」
「本当かい!?」
「レース編み、やってたことがあるしね!」
こんなのはどう? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙からヒョイと取り出した本がドサドサドサッと何冊も。レース編みまでやってましたか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」…。



ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の本を参考にして編んで貰うレースを決めました。花模様の連続、大きさはマントと同じサイズで。
「よし、これでいこう! ハーレイが受けてくれるんだったら、糸を買って!」
「えとえと、糸もね、買うんだったら、お店、案内するからね~!」
意気投合してしまったソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。糸はソルジャーが買い、必要な道具は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のを貸すようです。此処まで決まれば後は教頭先生のお宅訪問、瞬間移動での電撃訪問あるのみで…。
お昼御飯の片付けが済んだら、教頭先生のお宅へ出発。有無を言わさず巻き込まれてしまった私たちも青いサイオンにパアアッと包まれて…。
「うわあっ!?」
仰け反っておられる教頭先生。これも毎度のパターンだよね、と思っている間にソルジャーが。
「こんにちは。今日はね、君に提案があって」
「提案…ですか?」
「そう! 沈黙は金って知ってるかい?」
「それはまあ…。これでも古典の教師ですから」
それが何か、と怪訝そうな教頭先生に、ソルジャーは「それは良かった」と満足そうに。
「色々あってね、沈黙は金に効くんじゃないかと思ったわけ! 君も持ってる、その金だよ!」
いわゆる大事な部分のことだね、と教頭先生の股間にチラリと視線を。
「…き、効くとは…。いったいどういう…?」
「文字通りの意味だよ、喋れないのは燃えるものだし…。ヤッてる時にね、口を押さえられたら堪らないんだ、だから君なんかも同じじゃないかな、と!」
我慢することでパワーが高まる、とソルジャーは自説を展開しました。
「黙っている間にエネルギー充填、まさに弾けんばかりのパワー! それを目指して黙って貰おう、と思うんだけれど、ただ黙るっていうだけではねえ…」
「私が黙ればいいのですか?」
「話が早くて助かるよ。こういう話を知っているかな、白鳥にされた王子を助けるために黙ってイラクサを編む妹姫。喋ってしまうと王子は助からないらしくって…」
「あの話ですか…」
知っています、と答えた教頭先生に向かって、ソルジャーは。
「それの真似をして欲しいんだよ! 黙って黙々とレースを編むんだ、君の場合は!」
これでお願い、とレース編みの本が突き付けられましたけれど。教頭先生、そんなの、お受けになりますか…?



「お花模様のレース編み…」
これを編めと、と教頭先生がレース編みの本のページを覗き込んだら、ソルジャーが。
「そうなんだよねえ、このパターンを幾つも繋いでいったら大きなサイズになるらしいし…。ぼくやブルーのマントくらいに仕上げてくれれば文句なし!」
「そこまでですか!?」
そんなサイズを編むのですか、と教頭先生は唖然呆然。
「わ、私はレース編みなどは…。それに、それほどのサイズを編むとなったら、どれほどかかるか…。第一、黙って編むんですよね、そのレースは?」
「そうだけど? ただし、学校へ行ってる間は免除だから! 黙るのは家の中だけだから!」
「し、しかし…」
「君にも美味しい話じゃないかと思うんだけどね? ぼくはさ、沈黙が金かどうかを試してみたいと言っただろ? だから黙って最後まで無事に編み上げられたら、ぼくと一発!」
溜め込んだエネルギーで一発やろうじゃないか、とソルジャーはズイと踏み出しました。
「ブルーそっくりのぼくと一発だよ? 絶対、悪い話じゃないって!」
「で、ですが、私は、初めての相手はブルーだと決めておりまして…!」
「パワーが溜まれば、ブルーだろうが、そうでなかろうが! 一発ヤリたい気分になるって!」
ぼくの身体で練習してくれ、とソルジャーに言われた教頭先生、ウッと詰まって。
「…れ、練習…」
「そう、練習! ぶっつけ本番で失敗するより、ぼくの身体で稽古をね!」
手取り足取り教えるから、と殺し文句が。
「この提案を受けてくれたら、編み上がった時には最高の時間を約束するよ。でもね…。もしも途中で喋っちゃったら、練習の話は無かったことに! 君にはレース編みのノルマだけが残る」
レース編みは最後まで仕上げて貰う、とキッツイ台詞で。
「の、ノルマ…」
「それくらいのリスクは覚悟しないとね? 白鳥の王子の話だってそうだろ、最後は処刑の危機だった筈だと思うけどねえ?」
「そ、そうでした…」
「じゃあ、ノルマ」
処刑までされるわけじゃなし、とレース編みのノルマの登場ですけど、教頭先生、黙ってレースを編む方に行くか、断るか、どっち…?



「…喋ってしまえばノルマだけが残るわけですか…」
教頭先生はレース編みの本を広げて編み方をチェックし、それから暫く考え込んだ末に。
「私も男です、やってみましょう! 要は黙って編むのですね?」
「やってくれるのかい? だったら契約成立ってことで!」
ソルジャーは満面の笑みで教頭先生と握手を交わすと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方に視線を。
「編んでくれるらしいよ、道具をよろしくお願いするね」
「かみお~ん♪ 糸も沢山買わなくっちゃね!」
「それじゃ二人で用意しようか、道具と糸と」
「オッケー!」
行ってくるねー! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の元気な声が響いて、二人の姿が消え失せました。教頭先生は「レース編みか…」と本を眺めておられますけど。
「…スケベ」
会長さんの冷ややかな声に、教頭先生の顔が凍り付いて。
「い、いや…! こ、これはだな…!」
「言い訳のしようも無いと思うんだけどねえ、編み上げたらブルーと一発だろう?」
ただし一言も喋らなければ、と冷たい微笑み。
「ブルーは沈黙は金って言葉も実践したいようだしねえ? おまけに遊びが半分なんだよ、君が黙って最後まで編めなかった場合に備えてノルマも課していたくらいだしね」
「…どういう意味だ?」
「喋ってしまう方向で妨害をするって言ってたけれど? エロい方向で!」
毎日毎晩、夫婦の時間を中継でお届けらしいんだけど、と聞かされた教頭先生は一気に耳まで真っ赤に染まってしまって。
「ま、毎晩…?」
「うん、毎晩。それでも喋らずにせっせと編む! 最後まで!」
喋らずに編み上がった時だけがブルーの美味しい御褒美、と会長さんの笑みは冷ややかで。
「どうだろうねえ、喋らずに編み上げられるのかな? そういうエロい妨害付きで?」
「う、うう…。しゃ、喋らなければいいわけで…」
「ふうん、挑戦するわけなんだ? ヘタレ返上で頑張るのかな? まあ、既に契約は成立しちゃっているからねえ…」
ブルーは糸を買いに行っちゃったし、と会長さんは冷淡でした。契約成立で編むしかないのだと、今更白紙には戻せないのだと。そして…。



「糸、買って来たよーっ!」
これで充分、足りると思うの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紙袋を抱え、ソルジャーがレース編みの道具が入っているらしい箱を手にして戻って来ました。
「それじゃ今日からよろしく、ハーレイ。ぼくたちはこれで失礼するけど、喋っちゃ駄目だよ?」
しっかり監視してるんだから、とソルジャーが。
「ぼくのサイオンを舐めないようにね? 君が喋ったか喋らないかくらいは簡単に分かることなんだしね」
こうやって、とソルジャーの手が教頭先生の背中をバンッ! と。
「な、何ですか!?」
「ん? 今のでぼくのサイオンの波長の一部を君のとシンクロさせたわけ。君がウッカリ喋ったりすれば、「しまった」という感情が心に生まれる。それがダイレクトに伝わる仕組み!」
喋った瞬間にバレるから、とソルジャーは自信たっぷりで。
「だからね、君が御褒美を貰える資格を失くした時には隠し通せはしないからね? ノルマだけが残るし、そこを間違えないように」
「…わ、分かっております…」
「それと、ブルーから聞いているかもしれないけれど。沈黙で金のパワーを高めるためにね、これから毎晩、ぼくとハーレイとの夫婦の時間を中継画面でお届けするから!」
「ほ、本当だったのですか、その話は!?」
教頭先生、やはり疑っておられたようです。ソルジャーは「嘘じゃないよ?」とクスッと笑って。
「ぼくはハーレイとの時間に夢中だからねえ、中継はぶるぅに任せるつもり! 元から覗きが大好きな子だし、喜び勇んで中継するよ!」
その妨害に負けないように、と激励された教頭先生は。
「…が、頑張ります…! 喋ったら最後、ノルマしか残らないわけですし…」
「よく出来ました。それじゃ始めてくれていいからね、レース編み!」
マントのサイズは縦横がこれだけ、と書き付けたメモを差し出すソルジャー。教頭先生はそれを受け取り、レース編みの本に挟みました。マントサイズのお花の模様のレース編み。どのくらいかかるか分かりませんけど、その間、ずっと沈黙ですか…。



私たちが瞬間移動で立ち去った後に、教頭先生はレース編みの本を広げて道具を取り出し、いざ挑戦。私たちの方は午後のおやつを口にしながら中継画面での見物です。
「教頭先生、本気で編むんだ…」
レースなんか、とジョミー君が言えば、マツカ君が。
「ノルマだっていう話ですしね…。そうなれば編むしかないでしょう」
「契約、成立しちゃいましたしね」
どう転んでも編むしか道は無いですよ、とシロエ君も。とはいえ、素人がレース編み。お花模様でマントサイズなんかが編めるのだろうか、と案じていれば。
「えっとね、ハーレイ、筋は良さそうだよ?」
見れば分かるの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコと。
「初めての人でも編める本だけど、コツを掴んでいるみたいだし…。綺麗なレースが編めると思うな、お花模様のレースのマント!」
真っ白だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーも瞳を煌めかせて。
「そりゃね、マントサイズのレースともなれば花嫁衣装を意識したいしねえ…。色は白しかないと思って! 素肌に纏える真っ白なレース!」
手編みで出来ててうんとゴージャス、と大いに悦に入っているソルジャー。沈黙の方はもはやどうでもいいのだろうか、と思いましたが。
「えっ、金かい? 無駄だろうとは思うけれどさ、出来れば頑張って欲しいものだねえ…。沈黙を守れば金のパワーも高まるとあれば、ぼくのハーレイにも真似させたいし!」
そして充実の夫婦の時間を! とソルジャー、グッと拳を。
「そのためにも今夜から妨害あるのみ! こっちのハーレイが沈黙していられないような凄い映像を生中継でバンバンお届け!」
きっと「ぶるぅ」も張り切るよ、とソルジャーだって張り切っています。教頭先生、妨害に耐えて無事に沈黙を守れるでしょうか? それとも残るはノルマだけとか…?



その夜は春らしい豪華ちらし寿司の夕食を御馳走になって解散。教頭先生に異変が起きたら、会長さんから速報の思念が入ると聞いていましたが、何も無いまま次の日になり、日曜日。
「…何も起こらなかったようだな…」
俺は正直、反省している…、とキース君が沈痛な面持ちでバス停からの道を歩きながら。
「こんな方向に話が転ぶと分かっていたなら、あんな話はしなかったんだが…」
「仕方ないですよ、キース先輩。場外から乱入して来る人の動きまでは読めませんから」
不可抗力です、とシロエ君の慰めが。私たちも口々に「責任を感じる必要は無い」と言いつつ、会長さんの家まで辿り着いてみれば。
「かみお~ん♪ ハーレイ、かなり編んだの!」
筋がいいよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。その隣ではソルジャーが。
「沈黙の方も頑張ってるよ。昨夜は遠慮なくやらかしたけれど、一言も喋らなかったようだね」
集中力が半端ではない、と大絶賛。中継していた「ぶるぅ」は音声の方も大音量で流したらしいのですけど、教頭先生は黙々とレースを編んでいただけで。
「…もしかして、マントサイズが仕上がるでしょうか?」
精神力はお強いですよ、とシロエ君が青ざめ、キース君が。
「まずいな、俺はブルーに殺されるのか?」
あのレース編みが無事に仕上がってしまったならば…、と震え上がっているキース君。レース編みのマントが沈黙を守って出来上がったなら、ソルジャーが教頭先生に…。
「「「………」」」
ヤバイ、と誰もが顔面蒼白、キース君の処刑も覚悟しましたが。
「沈黙は金…ね。ハーレイ、確かにヘタレなりにもパワーを蓄えつつあるようだけど!」
ブルーの読みもある意味、当たっていたようだけど、と会長さんがフンと鼻を鳴らして。
「そうそう美味しい思いをさせてはあげないってね。もっとも、ぼくが何もせずとも、その内に自爆しそうだけどねえ?」
「うん…。多分、今夜か明日くらいかと…」
こっちのハーレイの我慢の限界、とソルジャーが少し残念そうに。
「なまじ万年童貞だから…。溜まったパワーを持て余しちゃって派手に爆発、何か叫ぶんだよ」
「その叫び、何か賭けようか? ぼくは「一発」が入ると見たね」
「ぼくもだけどね?」
君たちは何に賭けるのかな? と言われましても、困ります。会長さんとソルジャーが始めたトトカルチョには入れそうもない私たちですが、教頭先生も今日明日で夢が砕けそう。沈黙を破った後にはノルマで、ただ延々とレース編みの日々。教頭先生、ご苦労様です~!




          沈黙に耐えろ・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生が沈黙しながらレース編み。まあ、間違いなく喋って終わりなコースですけど。
 そしてキース君がロックオンされた修道士の方は、本当に実在する宗派です。厳しさ最高。
 次回は 「第3月曜」 7月15日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、6月は、梅雨で雨なシーズン。キース君には、それで悩みが。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv











※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




新しい年が明け、シャングリラ学園も三学期スタート。お雑煮大食い大会に水中かるた大会と続いたイベントも一段落して、今日は土曜日なんですけれど。雪がちらつく中、いつものように出掛けた会長さんの家でキース君が両手をせっせとマッサージ中で。
「何やってんだよ、さっきから?」
サム君が声を掛けました。
「コーヒーとケーキじゃ身体が温まらねえってか?」
「いや、そういうわけではないんだが…。おふくろが言うには小まめなマッサージが大切で」
でないと肌荒れが酷くなるとか、とマッサージしたりツボを押したり。
「肌荒れって…。キースは何を目指しているわけ?」
ジョミー君の疑問は私たち全員に共通でした。霜焼け予防というならともかく、肌荒れだなんて言われても…。
「何か勘違いをしているな? 俺は美肌を求めちゃいないぞ。要は荒れなきゃいいだけだ!」
「荒れそうなことをしてるのかよ?」
水仕事とか、というサム君の問いに「まあな」と返事が。
「古い仏具の手入れをやってる。磨く作業も手が荒れるんだが、仏具の箱も埃を被っているからなあ…。細かい埃は手が荒れるんだぞ」
埃が皮脂を吸い取るらしい、という話。それにしたって、お正月早々、大掃除ですか?
「大掃除ってわけじゃないんだが…。そいつは暮れに済ませてるんだが、蔵の中まではやらないからな。そこへ親父がロクでもないことを思い付きやがって」
「仏具磨きかよ?」
立派じゃねえか、とサム君が。
「お前の家、色々ありそうだしなあ…。やっぱり手入れは大切だよな」
「それは分かるんだが、こんな季節に思い付かないで欲しかったんだ! いくらシーズンだからと言っても!」
「「「シーズン?」」」
仏具の手入れにシーズンなんかがあるのでしょうか。あるとしたって、新年早々って何やらおかしくないですか?
「どちらかと言えば、古い道具のシーズンなんだ!」
「「「古い…?」」」
ますます意味が分かりません。古道具って今頃がシーズンでしたか?



シーズンだからと仏具の手入れを思い付いたらしいアドス和尚。キース君の手が荒れそうなほどに手入れさせてるらしいですけど、いったいどういうシーズンなのか。虫干しだったら夏のものですが、冬にも何かあるのでしょうか?
「大事にしている道具と言うより、忘れ去られた道具の方だな。今がシーズンの道具といえば」
それで親父が思い付いた、と言われても謎。古道具の買い取りは冬がいいとか、そういうの?
「買い取りに回す方ならまだいい。忘れて仕舞い込んだままって方のが問題なんだ」
「「「えっ?」」」
「そういう道具が反乱を起こす。そう言われている季節だな、今は」
「なるほどねえ…」
やっと分かった、と会長さんが。
「いわゆるアレだね、付喪神だろ? アドス和尚が言ってるヤツは」
「流石だな。あんた、やっぱりダテではないな」
「そりゃねえ…。銀青の名前を背負うからには、そういったことも知っておかないとね」
知識は豊富な方がいい、と会長さんは私たちをグルリと見渡して。
「付喪神っていうのは分かるかい? 古い道具に魂が宿った神様と言うか、妖怪と言うか…」
「ええ、聞いたことはありますね」
見たことはまだ無いんですが…、とシロエ君。
「その付喪神がどうかしましたか?」
「放っておかれた古い道具が付喪神になると、夜中に出てって行列をすると言われてる。他の妖怪とかと一緒に」
「「「行列?」」」
「百鬼夜行というヤツだけれど、知らないかな?」
こう妖怪がゾロゾロと…、と言われてみれば、噂くらいは知っていました。目撃談までは知りませんけど、そういったものがあるらしいことは。
「その百鬼夜行。お正月に出るって話もあるんだ、他にも出る日はあるらしいけどさ」
「「「お正月?」」」
「そう、一月」
だからシーズン、と会長さん。
「今の時期に手入れを怠っていたら、百鬼夜行をやりかねないっていうことさ」
「「「あー…」」」
それで仏具の手入れなのか、と納得しました。お正月早々、ご苦労様です、キース君…。



古い仏具が付喪神になって百鬼夜行に出掛けないよう、せっせと手入れ。肌荒れ防止にマッサージまでが必要だなんて、キース君もなかなか大変そうです。だけど百鬼夜行に古道具なんかが混じってるんだ…。
「知らないかい? 履物なんかも混じるらしいよ、百鬼夜行は」
「「「履物…」」」
それのどの辺が妖怪なのだ、という気もしますが、自力走行している履物だったら充分に妖怪かもしれません。あまり怖そうには思えませんけど…。
「いや、甘いぞ。百鬼夜行に出会うと祟ると言うからな」
キース君が言って、会長さんも。
「そうだよ、百鬼夜行に出くわした時に唱える呪文もあるくらいだしね。ウッカリ出会うと病気になるとか言われているねえ、昔からね」
「そういうことだ。だからウチの仏具が世間様に御迷惑をかけないように手入れしておけ、と親父が屁理屈をこね始める。いきなり思い付きやがったくせに、偉そうに!」
何年放ってある仏具なんだ、とキース君は文句たらたら。
「おまけに使わずに放っておいたら付喪神で百鬼夜行なコースが待っているだけに、磨いた後には形だけでも使わねばならん。まったくもって迷惑な…」
「へえ…。使わないと妖怪になるのかい?」
「そういうわけだが…。って、何処から湧いた!」
いつの間に、とキース君が叫んだのも全く不思議ではなく、ソルジャーが部屋に立っていました。紫のマントを翻して部屋を横切り、空いていたソファに腰を下ろして。
「ぶるぅ、ぼくにもケーキと飲み物!」
「かみお~ん♪ いつもの紅茶でいいんだよね!」
待っててねー! とキッチンに跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。御注文の品が揃うと、ソルジャーは早速、フランボワーズのロールケーキにフォークを入れながら。
「さっきの付喪神だけど…。古い道具を使わずにいると、妖怪になってしまうのかい?」
「まあ、そうだが。…もっとも、俺は現場を見たわけじゃないが」
「ぼくも履物とかは見ないねえ…」
それっぽいモノの噂だったら何回か、と会長さんとキース君の二人が答えると。
「そうなんだ…。だとするとハーレイ、危険じゃないかな?」
「「「はあ?」」」
古い道具を使わずにいると付喪神。それで「ハーレイが危険」だなんて、キャプテン、何かの道具を使わずに放置してるんですか…?



古い道具を使わずにいると付喪神になり、妖怪に混じって百鬼夜行をするという話。ソルジャーの世界に百鬼夜行があるかどうかはともかくとして、キャプテンは付喪神になりそうな古い道具を放っているっていうわけですよね?
「ううん、ぼくのハーレイのことじゃなくって…。こっちのハーレイ」
「「「教頭先生!?」」」
教頭先生がどう危険なのか、サッパリ分かりませんでした。会長さんと同じで三百年以上も生きてらっしゃるらしいですけど、古い道具を放置かどうかが何故ソルジャーに分かるのでしょう?
「え、だって。放置したままで三百年は軽いと思うよ、使っていないし」
「何をさ?」
ハーレイの家ならそんなに古くはないけれど、と会長さんが切り返しました。
「それにハーレイ、ああ見えてけっこうマメな方でね…。いつかはぼくと結婚しよう、と馬鹿げた夢を抱いているから、それに備えて整理整頓!」
古道具の放置は有り得ない、という見解、古い道具も大事にお手入れ。
「ロマンティックな雰囲気を…、と買い込んだような家財道具もあるからね。そういったものは二度と手に入らない可能性も高いし、きちんと手入れを欠かさないってね」
「そういう道具のことじゃなくって…。ホントにまるで使ってないのがあるだろう?」
未だにデビュー戦の予定すら無い、とソルジャーはフウと溜息を。
「せっかく立派なのを持っているのに、童貞だなんて…。初めては君だと決めているから使わないなんて、あれが道具の放置でなければ何なんだと!」
「「「………」」」
ソルジャーの言う「道具」とやらが何のことなのか、私たちにも辛うじて理解出来ました。教頭先生の大事な部分で、会長さんへの愛が認められない限りは絶対に出番が無い部分。
「ぼくが思うに、あれだって古い道具だよ? こっちのハーレイ、ぼくのハーレイよりも百歳ほどは年上なんだし!」
なのに一度も使っていない、とソルジャーは指摘。
「このまま放置じゃ、付喪神になるんじゃないのかい? アレも」
「ハーレイのアレが付喪神になると?」
会長さんがポカンと口を開けましたが、ソルジャーの方は大真面目に。
「ぼくは危ないと思うんだけど? だって使っていないんだよ?」
三百年以上も放置の古道具だ、などと言ってますけど、それは確かにそうかもですねえ…。



付喪神の危機らしい、教頭先生の大事な部分。そんな危険は誰も一度も考えておらず、会長さんだって呆れ顔ですが、ソルジャーは危ないと思ったようで。
「もしもアレがさ、付喪神になったらどうなるんだい? うんと大きくなるだとか?」
妖怪だしね、という解釈。
「大きいっていうのは素敵だけれどさ、入り切らないほどの大きさになると厄介だよねえ…」
入れてなんぼだ、と頭を振っているソルジャー。
「もしも入れられないサイズになったら、それはもう使うどころでは…」
「そういう以前に、家出するから!」
会長さんが割って入りました。
「付喪神になった道具は百鬼夜行に出掛けるんだよ、夜の巷を練り歩くんだよ!」
「百鬼夜行?」
何だいそれは、とソルジャーの赤い瞳が真ん丸に。
「練り歩くって…。ハーレイのアレがかい?」
「いや、アレだけってわけじゃなくって…。他の色々な付喪神とか、妖怪だとかがゾロゾロとね」
言わば妖怪の大行進だ、と会長さん。
「そういう集いに出掛けちゃうから、一度行ったら二度と戻って来ないかもねえ…」
「アレが家出を!?」
そして戻って来ないんだ、とソルジャーは驚愕の表情で。
「だったら、ハーレイ、どうなっちゃうわけ? 君との結婚とかの未来は?」
「アレが無いなら、もう手の打ちようが無いってね!」
肝心要のアレが無いんじゃあ…、と会長さんは手をヒラヒラと。
「だから全然かまわないんだよ、ハーレイのアレが家出しようが、付喪神になってしまおうが! ぼくとは縁がスッパリ切れるし、もう言い寄っても来ないしねえ…」
付喪神万歳! と会長さんは指をパチンと鳴らして。
「うん、これも何かの縁かもしれない。ハーレイのアレには付喪神になって貰おうかな?」
「「「は?」」」
「付喪神だよ、使われてもいない古道具だろう?」
この際、付喪神になって家出を! と会長さんの唇が笑みの形に。
「家出した上に百鬼夜行とお洒落に決めて貰おうか。そうすれば当分、大人しいかも…」
うん、いいかも、とか頷いてますが。古い道具を放置した末に出来てしまうのが付喪神。それって簡単に出来るものですか、しかも他人が手出しして…?



教頭先生の大事な部分を付喪神に、と恐ろしいことを言い出した会長さん。家出させた上に百鬼夜行だと言ってますけど、そんなことが本当に可能でしょうか?
「家出に百鬼夜行だなんて…」
出来るのかい? とソルジャーも不思議に思った様子。
「付喪神を作る技術があるとか言わないだろうね?」
「いくらぼくでも、そっちの方はね…。逆の方なら出来るけどさ」
「逆?」
「付喪神になってしまった物をね、御祈祷で鎮めることなら可能。それだけの力は持っているけど、逆に言ったら付喪神なんかを作っちゃ駄目だということになるね」
それは坊主の道に反する、と会長さん。
「坊主は供養をしてなんぼ! 付喪神を鎮めてなんぼなんだし、その逆はマズイ」
「だったら、ハーレイのアレを付喪神にしたらヤバくないかい?」
「本当に本物の付喪神ならヤバイけどねえ…」
偽物であれば大丈夫! と会長さんは指を一本立てました。
「要はハーレイが思い込んだらいいわけだしね? 家出されたと、百鬼夜行に行ってしまったと」
「それって、まさか…」
「そのまさかだよ。サイオニック・ドリームに決まっているだろう!」
腕によりをかけてプレゼントする、と会長さんの瞳がキラリと。
「うんと反省すればいいんだ、肝心の部分が無くなって…ね。真っ青になって慌てればいいさ、家出と百鬼夜行に参加で!」
「反省ねえ…。これからはちゃんと使います、って?」
「さあ…? ぼくに土下座をするのもいいねえ、とにかくアレを連れ戻してくれ、と!」
面白いことになりそうだ、と会長さんはワクワクしているようで、ソルジャーの方も。
「うーん…。たまにはそういうスパイスもいいか、甘いだけじゃなくて」
「「「スパイス?」」」
「愛のスパイス! 甘いだけでは芸が無いってね!」
危機感を煽るのもまた良きかな、とソルジャーの赤い瞳も輝いていて。
「結婚どころか二度と出来なくなっちゃうかも、というほどの経験をしたら、ハーレイの今後も変わって来るかも…。もっと真面目にブルーと向き合うとか、そういうの!」
「ぼくは嬉しくないけどね?」
「でも、前段階の方は最高なんだろ?」
アソコが家出で百鬼夜行で、とソルジャーまでがすっかり乗り気。教頭先生の大事な部分は付喪神になってしまうのでしょうか…?



会長さんとソルジャー、意気投合。教頭先生のアソコを付喪神にするべく打ち合わせが始まり、昼食のお好み焼きパーティーの間も良からぬ計画を進めた挙句に。
「よし! それじゃ最初は君に任せた!」
会長さんがソルジャーと手を打ち合わせて、ソルジャーが。
「任せといてよ、鼻血の海に沈めてやればいいんだろう? さも協力するようなふりをして!」
「うん。鼻血で昏倒している間にサイオニック・ドリームをかけてやるから!」
「そして今夜は百鬼夜行にお出掛けなんだね、アソコがね!」
是非とも見学しなければ、とソルジャーは実に楽しそうです。
「ぼくのハーレイ、今日は夜勤のクルーの視察が入っているからさ…。夫婦の時間が取れそうになくて、つまらないなと思っていたんだ。その分、たっぷり遊べそうだよ」
「なるほどねえ…。それで余計に乗り気だった、と」
ならば一緒に楽しもう、と会長さんはソルジャーとガッチリ握手。
「ブルーも協力してくれるそうだし、君たちももちろん見学するよね? 百鬼夜行を!」
「「「は?」」」
「ハーレイに何が見えているのか、ちゃんと中継してあげるから! 今夜はお泊まり!」
ぼくの家に、とズイと迫られ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ お泊まり用の荷物を取りに帰るなら、送り迎えもするからね!」
「ほらね、ぶるぅもこう言ってるし!」
食事が済んだら一度帰って支度をしたまえ、と会長さんが。
「俺の仏具磨きと手入れはどうなるんだ?」
「サボリでいいだろ、銀青のお手伝いなら堂々とサボリで済むんだからさ」
「そう来たか…。ならば一筆、書いてくれるか?」
「もちろん、お安い御用だよ!」
会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持って来た便箋にサラサラとペンで何かを書き付け、それを受け取ったキース君が。
「有難い。これで親父も納得だ」
「そうだろう? それを見せれば仏具磨きも一日くらいは吹っ飛ぶってね!」
玄関から遊びに出掛けられる、と保証付き。付喪神計画の発端となったキース君の仏具の手入れは一時中断みたいですけど、代わりに教頭先生の大事な所が付喪神になってしまいそう。会長さんの家でお泊まりはとっても楽しみとはいえ、教頭先生、大丈夫かな…。



昼食の後で、家まで瞬間移動で送って貰って、お泊まり用の荷物を用意。完了した人から順に戻って、キース君が最後に戻って来ました。会長さんへの御布施を持って。
「親父からだ。泊まりで所作の指導をして頂けるとは…、と大感激でな」
「それはどうも。…嘘も方便ってね」
ついでに坊主丸儲け、と会長さんは御布施の袋を仕舞い込むと。
「これで全員揃ったわけだし、出掛けようか。行き先はハーレイの家だけど…」
「君たちはシールドの中にいるのがいいねえ、付喪神には全く関係ないからね!」
それがお勧め、とソルジャーが。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシールドの外にいるらしいですが、何も分からないお子様なだけに、まるで問題無いらしく…。
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
元気一杯の叫びと同時にパアアッと溢れる青いサイオン。私たちの身体がフワリと浮き上がり、教頭先生の家のリビングに着地したものの。
「こんにちは」
お邪魔するよ、と会長さんが進み出、ソルジャーも隣で「こんにちは」と。「そるじゃぁ・ぶるぅ」もピョンと飛び跳ねて「かみお~ん♪」です。けれども私たち七人グループはシールドの中で、教頭先生からは見えていないため、挨拶は無し。
「なんだ、今日は?」
人数が少なめだったからでしょうか、教頭先生は仰け反ったりはしませんでした。余裕でお迎え、いそいそと紅茶を淹れて、クッキーも出しておもてなし。
「悪いね、急にお邪魔しちゃって」
「かまわんが…。それでどういう用なんだ?」
「ちょっとね…。ブルーが気がかりなことを言い出したから…」
付喪神を知っているかい、と会長さんが尋ねると。
「これでも古典の教師だぞ? 付喪神が何処かに出たというのか?」
「ううん、これから出そうなんだよ、困ったことに」
「お前でもどうにも出来ないのか、それは?」
「なっちゃった時はそれなりに対処出来るんだけどねえ…」
なにしろ予防が出来なくて、と会長さん。
「どういう代物が付喪神になるか、君は知ってる?」
「使われていない古道具だろう?」
使ってやれば予防になると思うが、と教頭先生。それが普通の解答でしょうねえ…。



付喪神が出そうだから、と教頭先生の家に押し掛けた会長さんとソルジャー、それにオマケの「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生は真っ当な付喪神予防の対策法を口にしましたが、会長さんは。
「使ってやったら付喪神にはならないんだけど…。なにしろ使えないものだから…」
「危険物か?」
取り扱いが難しいのか、と教頭先生が訊いて、会長さんが「うん」と。
「少なくとも、ぼくには使えない。扱えもしないし、こればっかりは…。でもねえ、ブルーに危ないと言われればその通りなんだ。付喪神になるリスクの高さが」
「リスク?」
「そう。もう今夜にでもなってもおかしくないくらい!」
それほどに危険が迫っているのだ、と話す会長さんの言葉に続いてソルジャーが。
「ぼくが来た時、キースが付喪神の話をしていてねえ…。古い仏具が付喪神にならないように、と仏具磨きをさせられているとぼやいていたんだ」
「ああ、それは…。そういった仏具も王道ですねえ、付喪神の」
「そうなのかい? ぼくは付喪神っていうのを知らなかったし、どういうものかを教わったんだけど…。何か分かったら急に心配になっちゃって…」
付喪神になりそうなモノに気が付いたから、とソルジャーは顔を曇らせました。
「三百年以上も放置の道具って、どう思う?」
「それは非常に危険なのでは…。あなたの世界にあるのですか?」
「こっちの世界なんだけど…。ぼくにも馴染みが深いものと言うか、みすみす付喪神にしてしまうのもどうかと言うか…」
「お使いになればいいと思いますよ?」
それが一番の解決策です、と教頭先生はにこやかな笑み。
「愛情をこめて使ってやれば、付喪神にはならないそうです。三百年以上と仰るからには、恐らくブルーが放置している何かでしょうが…。ご心配なら、借りてお使いになってみるとか」
「やっぱり君もそう思う?」
「ええ。使ってやるのが何よりです。道具もそれで喜びますから、付喪神にはなりませんとも」
持ち主でなくとも借りた誰かが使ってやれば…、と教頭先生。ソルジャーは「うーん…」と腕組みをすると。
「だったら、使うのがお勧めなんだね、その古道具?」
「付喪神にしたくないなら、お使いになることをお勧めしますよ」
道具のためにも是非とも使ってやって下さい、と教頭先生は仰っていますが、いいのでしょうか? その古道具は会長さんの持ち物なんかじゃないんですけどね…?



「そうか、使うのが一番なんだ…。君のお勧め…」
それじゃあ、とソルジャーは教頭先生の顔をじっと見詰めて。
「後でいいから、ぼくに付き合ってくれるかな? 借りて使ってもいいみたいだし」
「は?」
「ぼくが心配だって言ってる付喪神。君にくっついているんだよねえ…」
「私にですか!?」
教頭先生はビックリ仰天、キョロキョロとあちこちに視線をやって。
「わ、私の家には付喪神になりそうな古道具は無いと思うのですが…! 古い道具は定期的に磨いたり使ったりしておりますから、決して付喪神などには…!」
「家にある道具は大丈夫だろうと思うんだよ。でも、肝心の君自身がねえ…」
使ってもいない道具をくっつけているじゃないか、とソルジャーの右手がテーブルの下へ。
「何処とはハッキリ言わないけれどさ、男だったら使ってなんぼ! ところが君は後生大事に使わないまま、三百年以上も経ってるし…。そろそろ危ない頃じゃないかと…」
「なんですって!?」
まさか、と自分の股間を見下ろす教頭先生。ソルジャーは「そう」と首を縦に振って。
「それだよ、君が使っていないモノ! これからも使う予定が無いもの!」
「こ、これは…! し、しかし、私は初めての相手はブルーだと決めておりまして…!」
「そう言ってる間に付喪神にならないって保証があるのかい?」
「…そ、それは…」
どうでしょうか、と教頭先生は些か心配になって来たようで。不安そうな瞳が会長さんに向けられ、会長さんがキッパリと。
「絶対に無いとは言い切れないねえ、それも道具には違いないしね? だけどぼくにはどうしようもないし、どうしてあげるつもりもないから…。心配だったらブルーの方に」
「任せてくれたら面倒見るよ? 手取り足取り、君の道具にしっかり付喪神対策を!」
使うのが君のお勧めだろう、とソルジャーは喉をゴクリと鳴らしました。
「君は初心者でも、ぼくは熟練! 自分の身体は自分で面倒見られるから!」
是非、一発! とソルジャーが身体をグイと乗り出し、教頭先生の右手を握って。
「自信が無いなら、君は寝ていてくれればいいんだ。ぼくがキッチリ御奉仕した上、ちゃんと跨ってモノにするから! 奥の奥まで無事に突っ込ませてあげるから!」
「…つ、突っ込む…」
奥の奥まで…、と教頭先生の鼻からツツーッと垂れた赤い筋。出たな、と思う間もなくブワッと鼻血で、ドッターン! と大きな身体が椅子ごと仰向けに。あーあ、やっぱりこうなりましたよ…。



「えとえと…。ハーレイ、倒れちゃったよ?」
気絶しちゃったあ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生の頬を小さな指でチョンチョンと。教頭先生はピクリとも動かず、会長さんが「スケベ」と一言。
「まさか早々にブッ倒れるとは思わなかったよ、寝室までは持ち堪えるかと思ったけどな」
「君も甘いね、こんな調子だから肝心のアソコが付喪神の危機に陥るんだよ」
さて…、とソルジャーは教頭先生の身体を椅子から引き摺り下ろすと、会長さんに。
「サイオニック・ドリームは君がやるんだよね? ぼくには百鬼夜行の知識が無いしね…」
「本物っぽく見せて騙すためには、ちゃんとした裏付けが必要だからね」
やってみるか、と会長さんの右手が教頭先生の額の上に。その手が青く発光するのを見学しながら、ソルジャーが。
「君もなかなかやるじゃないか。ぼくの力にも負けないよ、それ」
「本当かい?」
「うん。一対一なら強いようだね、ぼくみたいに多数を一度に相手に出来ないだけで」
充分に自信を持って良し! とソルジャーも褒めたサイオニック・ドリーム、どうやら完全にかかった模様。会長さんとソルジャーは目配せし合って、教頭先生のベルトを外すとズボンのファスナーを下ろしてしまって、更に下着の紅白縞も…。
「か、会長、そこまでやるんですか!?」
シロエ君の叫びが届いたらしくて、会長さんは。
「リアリティーっていうのも必要だしね? 付喪神が逃亡に至った経路は確保しないと」
「「「………」」」
本気でアソコが逃げ出したことになってしまうのか、と呆然と見守る私たち。スウェナちゃんと私の視界には既にモザイクがかかっています。
「後はハーレイが目を覚ました時のお楽しみだけど…。百鬼夜行は夜のものだし、それまで絶対に目を覚まさないようにしておかなくちゃね」
早い話が目覚ましシステム、と会長さんが壁の時計を眺めて、教頭先生の額を指先で軽く弾くと。
「これでよし。夜の十時を過ぎるまでは倒れたままでいて貰うってことで」
「かみお~ん♪ それまでは帰って御飯だね!」
おやつに御飯、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねて、ソルジャーが。
「大いに賛成! 帰ってゆっくり!」
御飯におやつだ、と言い終わらない内にパアアッと溢れた青いサイオン。倒れた教頭先生を放置で私たちは揃って逃亡しました。教頭先生、風邪を引かないといいんですけどね…?



午後のおやつはフォンダンショコラ。冬に嬉しいチョコレートがトロリと溶け出すケーキ。夕食は「そるじゃぁ・ぶるぅ」こだわりの食材が光る寄せ鍋、うんと豪華に楽しんだ後で締めはラーメン投入です。しかも雑炊用のお出汁も取り分けてあって、締めの美味しさ二通り。
「やっぱり寄せ鍋は地球ならではだねえ…」
ぼくの世界でやってもイマイチ、とソルジャーも至極御機嫌で。
「ところでハーレイの方はどうかな、倒れたままだけど飢えてないかな?」
「大丈夫だろうと思うけど? 気絶してるし、エネルギーの消費量ってヤツが少ないからね」
それにアソコはシールドしたし、と会長さん。シールドって、まさか剥き出しの部分に?
「うん。あんなトコから風邪を引かれたら間抜けだからねえ、一応、シールド」
大事な部分を冷やしすぎるのも良くないし、と会長さんはニッコリと。
「暖め過ぎるのも良くないけれどね、冷え過ぎで風邪は馬鹿でしかないよ」
「だろうね、股間風邪なんて聞いたことも無いしね」
少なくともぼくのシャングリラには存在しない病名だ、とソルジャーが。
「だけど、股間風邪どころじゃない状態に陥るんだねえ、こっちのハーレイ…」
「まあねえ、アソコが無いわけだしね?」
性転換をしたってわけでもないのに、と会長さんがクスクスと。そっか、アソコが無いんだったら性転換みたいなものなのか、と私たちは顔を見合わせて。
「性転換かよ…」
嬉しくねえな、とサム君が言えば、キース君が。
「逃げられたっていうのも悲惨だぞ? 性転換なら自分の意志でやることだろうが」
「「「あー…」」」
自分の身体の大事な一部に逃げられるなんて、それは最悪かもしれません。髪の毛が逃亡してしまっても困りますけど、それはカツラでフォローが可能。けれども、アソコが逃げたのでは…。
「教頭先生、どうなさるでしょう?」
目が覚めたら、とシロエ君の声が震えて、ジョミー君が。
「パニックじゃないの?」
「そりゃあ、もちろんパニックだよ!」
決まってるじゃないか、と笑顔のソルジャー。
「そのための付喪神プロジェクトだしね? サイオニック・ドリーム、楽しみだねえ…」
「「「つ、付喪神プロジェクト…」」」
いつの間にそんな立派な名前が付いてたんだか。付喪神プロジェクト、今夜十時の発動です。アソコに逃げられた教頭先生、どうなるのでしょう…?



食事を終えてのんびりまったり、寛いでいる内に運命の夜の十時が近付いて来て。
「悲劇は現場で見ないとねえ?」
行こうか、と会長さんが言い出し、ソルジャーが「喜劇の間違いだろ?」と。
「今度もぼくたちだけがシールドの外でいいんだよね?」
「そうなるねえ…。今更面子が増えました、ってわけにもいかないと思うから」
行くよ、と会長さんが合図し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声が「かみお~ん♪」と。青いサイオンの光が溢れて、私たちは教頭先生の家のリビングに移動しました。倒れておられた教頭先生、間もなくガバッと起き上がって。
「わ、私は…?」
どうしたんだ、と見回してらっしゃいますけど、ソルジャーが。
「倒れちゃったんだよ、アッサリと…ね。それはいいんだけど…」
「ブルーが心配していた通りになっちゃったわけ」
情けないね、と会長さん。
「こんなヘタレに用は無い、と言わんばかりに逃げてっちゃったよ、付喪神が」
「…付喪神?」
何のことだ、と訊き返してから、教頭先生も思い至ったらしくって。視線を落とせば、其処には無残に外れたベルトと下ろされたファスナー、それに紅白縞のトランクスが。かてて加えて、私たちの目にはモザイクですけど、教頭先生の目に映るものは。
「…な、な、な…。無い!?」
「うん。ぼくとブルーが見ている前でさ、ゴソゴソと出て来て逃げて行ったよ?」
もう止める暇も無かったのだ、と会長さんの嘘八百。
「そんなわけでさ、君の股間は空家ってことになっちゃって…。性転換しました、ってことにするのも一興だろうと思うけど…」
「性転換!?」
「アレが無いなら男とはとても言えないだろう?」
ねえ? と同意を求められたソルジャーが大きく頷いたから大変です。教頭先生は顔面蒼白、会長さんに向かってアタフタと。
「つ、付喪神を鎮める方法、知っているとか言っていたな!?」
「御祈祷と言うか、呪文と言うか…。知らないわけでもないけれど?」
「それを頼む!」
どうかアイツを連れ戻してくれ、と自分のアソコをアイツ呼ばわり。今もくっついているんですけど、逃げてなんかはいないんですけど、サイオニック・ドリーム、恐るべし…。



「仕方ないねえ…」
それじゃ探しに行かなくっちゃ、と会長さんが教頭先生の肩に手を置き、ソルジャーが。
「付喪神になったら百鬼夜行に行くらしいしねえ? まずはそっちを見付けないと」
「ひゃ、百鬼夜行…?」
あれに出会うと寝込むのでは、と教頭先生の声が震えましたが。
「嫌なら別にいいんだよ? 君のアソコが戻って来ないというだけだからね」
ぼくも力を使わなくて済むし、と会長さんは素っ気なく。
「ぶるぅ、そろそろ帰ろうか? 夜も遅いし、百鬼夜行なんかを探さなくてもいいようだしね」
「かみお~ん♪ 帰ってお風呂だね!」
「ま、待ってくれ! わ、私のアイツはどうなるのだ…!」
「じゃあ、御布施」
会長さんの手がスッと差し出され、教頭先生は財布を取りに行こうとファスナーを上げようとなさいましたが。
「駄目だよ、それを閉めてしまったら付喪神が戻れなくなるからね。ファスナー全開、トランクスもずり落ちそうなままで捜索の旅!」
その前に御布施、と容赦ない催促。教頭先生、泣きの涙で財布の中身を残らず差し出し、会長さんは満足そうに。
「オッケー、前金はこれで充分! 後は成功報酬ってことで」
「ま、前金…?」
「当たり前だろ、君のアソコを取り戻すんだよ? これっぽっちで足りるとでも?」
最低これだけは欲しいんだよね、と指が三本、一本は百ということで。
「さ、三百…!」
「大負けに負けて三百なんだよ、他ならぬ君だから、この値段! 普通だったら十は頂く!」
七割引きで出血大サービスだ、と言われた教頭先生、泣く泣く誓約書を書く羽目に。逃げ出したアソコが戻って来たなら、三百ほどお支払い致します、と。
「了解、誓約書も書いて貰ったし…。後は百鬼夜行を探す旅だね」
外へ行くけどファスナーもトランクスも上げないように、と指示された教頭先生はズボンが落ちないようベルトを掴んで歩き出すことに。あんな格好で外へ出たなら、たちまち逮捕されそうですが…。露出狂で捕まってしまうんじゃないか、と思うんですが…。
えっ、本当に出るんですか? その格好で玄関の外へ…?



「はい、ハーレイだけが夢の中ってね」
サイオニック・ドリームの始まり、始まり~! と会長さんが拍手を求めて、教頭先生の家のリビングの壁に中継画面が。会長さんとソルジャー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は玄関の手前で回れ右をして戻ったのです。もちろん教頭先生も。けれど…。
「ひゃ、百鬼夜行には何処で出会えるのだ?」
サイオニック・ドリームに捕まったままの教頭先生が見ている夢が中継画面に。何処とも知れない住宅街を会長さんたちと歩いていますが、真っ暗な上に人の気配は全く無くて。
「さあ、何処だろう? この寒さだしね、雪が降らなきゃいいんだけどねえ…」
会長さんの声がのんびりと。
「百鬼夜行は雪に弱いのか?」
「そうじゃないけど、君のアソコが霜焼けになったら困ると思って…。あっ、あそこ!」
「かみお~ん♪ なんか一杯、ゾロゾロだよ!」
「へえ…。あれが百鬼夜行ってヤツなんだ?」
地球は広いね、とソルジャーが。
「妖怪だらけ…。って、あそこで跳ねてるのがハーレイのヤツじゃないのかい?」
「そうらしいねえ…」
やたら元気がいいじゃないか、と会長さんたちが指差す先でモザイクのかかった何かがピョンピョン跳ねていました。付喪神になった教頭先生のアソコだということなんでしょうが…。
「そうだ、私のだ! あれで絶対間違いないから、捕まえてくれ!」
「うーん…。捕まえる値打ちがあるのかい、あれに?」
またその内に逃げるんじゃあ、とソルジャーが言って、会長さんが。
「別にいいんだよ、逃げちゃっても! また捕まえて稼ぐから!」
「ああ、なるほど…。捕物の度に御布施が入る、と」
「そういうこと! だから早速!」
中継画面の向こうの会長さんが雪がちらつき始めた夜空の下で朗々と読経。百鬼夜行の群れの中からモザイクのアレだけが跳ねてこちらへやって来ます。
「も、戻って来た! 戻って来たぞ!」
「落ち着いて、ハーレイ! ちゃんと元通りの場所に収まるまで前は全開!」
「うむ、大丈夫だ! 戻って来ーいっ!」
此処だ、此処だ、と大喜びの教頭先生は夢の中。付喪神は無事に戻りそうですが、この先、またまた家出しないとは限りません。アソコが逃げ出すサイオニック・ドリーム、会長さんが味を占めなきゃいいんですけど…。一回につき指三本もの報酬がドカン。嫌な予感がしますよね…?




           付喪神の季節・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生が三百年以上も使っていない、古道具。付喪神になっても仕方ないのかも…。
 ちなみに百鬼夜行ですけど、本当に冬のものなんです。怪談が夏の定番になるのは江戸時代。
 ついに元号が令和に変わって、今回が新元号初の更新です。令和も、どうぞ御贔屓に。
 次回は 「第3月曜」 6月17日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、5月は、何故だか、ソルジャーとジョミー君が戦うことに…?
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv









※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




今年も秋の気配が忍び寄って来ました。やっと残暑にサヨナラなのだ、と思う間もなく急転直下な冷え込みというのが凄いです。週の頭には「暑い」と文句を言っていたのに、昨夜は寒くて上掛けを追加。今日は土曜日、会長さんの家に来てみれば…。
「かみお~ん♪ 寒くなったよね!」
バス停からの道が寒かったでしょ、とホットココアで迎えられるという始末。実際、それが有難いと思う寒さだったのが強烈かも。
「俺としたことがホットココアの一気飲みか…」
コーヒー党なのに、とキース君が嘆きつつも。
「だが、ホッとしたぞ。なにしろ今朝は朝のお勤めがキツくてキツくて…」
「あー、分かるぜ…。寒いもんなあ」
本堂はきっと冷えるよな、とサム君が言えば。
「それもなんだが、花入れの水を取り替えたりといった水仕事がなあ…。これからどんどん辛くなってくるな、まあ、その内に慣れるんだが…」
冬になる頃には慣れっこの筈だがそれまでが辛い、とお坊さんならではの泣き言が。私たちにとっては他人事ですし、「頑張れ」と無責任に励ますだけで午前のティータイムに突入しました。それにしても寒い、なんて言い合う間にお昼時で。
「お昼、フカヒレラーメンにしたよ!」
冷えるもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。大歓声でダイニングに移動、熱々のフカヒレラーメンを啜り、大満足でリビングに戻って「こんな生活なら寒すぎる秋もいいな」なんて話していると。
「こんにちはーっ!」
「「「!!?」」」
誰だ、と振り返った先に私服のソルジャー。お出掛け前か、お出掛けの後かが問題ですが…。
「えっ、ぼくかい? デートの帰りに決まってるじゃないか!」
ノルディとランチだったのだ、と悪びれもせずに報告すると、空いていたソファにストンと腰を下ろして。
「ぶるぅ、ぼくにも何か飲み物! 甘いのがいいな!」
「オッケー、ホットココアでいい?」
「ホイップクリームたっぷりで!」
今日はそういう気分なんだ、と言っていますが、ソルジャーは元々甘いものが好き。甘いお菓子に目が無いですから、別に驚いたりはしませんとも…。



ソルジャーの乱入も別段珍しいことではないから、と食後のお茶を続行していると、ホットココアの出来上がり。受け取ったソルジャーはコクリと一口、如何にも甘そうなココアを飲むと。
「ブルーは甘いものは好きだったっけ?」
「え、ぼく? 嫌いじゃないけど?」
それが何か、と会長さん。
「フカヒレラーメンの後に君のみたいなココアは如何なものか、ってコトでジャスミンティーを飲んでいるだけで、甘い飲み物も大好きだけどね?」
「甘いお菓子も?」
「もちろん好きだよ、でないとぶるぅも腕の奮い甲斐が半減だよ」
お菓子作りが大好きだしね、と会長さんが答える隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぼくのお菓子の試食係はブルーなの! いつも色々食べてくれるの!」
「ほらね、ぶるぅもそう言ってるだろ?」
「それは良かった。甘いものは嫌だと言われちゃったらどうしようかと…」
「君のおやつが無くなるとでも?」
そういう心配は無用だから、と返されたソルジャーは「そうじゃなくって!」と。
「甘い生活っていうのもいいよね、と思っちゃってさ」
「「「甘い生活?」」」
「うん。毎日がうんと甘い生活!」
ドルチェ・ヴィータと言うらしいのだ、とソルジャーは耳慣れない言葉を口にしました。ドルチェ・ヴィータって何ですか、それ?
「ドルチェは「甘い」って意味らしいんだよ、音楽用語でもあるって聞いたね」
「「「へえ…」」」
それは学校では習わないな、と音楽の授業を思い返してみる私たち。それとも高校一年生の授業範囲ではないというだけで、上の学年なら習ってますか?
「習わないけど?」
会長さんが即答しました。誰の心が零れてたんだか、ナイス・フォローに感謝です。ソルジャーの方は全く気にせず。
「習うかどうかはともかく、音楽! もっと甘く、って時にドルチェという指示!」
「「「ふうん…?」」」
ソルジャー、今日はデートついでに音楽鑑賞もしたのでしょうか? 生演奏を聴きながらフルコースを食べるっていう豪華なプランもあるそうですしね?



ドルチェだかドルチェ・ヴィータだか。仕入れ立てらしい知識を披露するソルジャーに、会長さんが「今日は音楽鑑賞かい?」と質問すると。
「ただのランチだけど? ああ、もちろんフルコースを御馳走になったけれどね!」
「それじゃ、何処からドルチェなんて…」
「ノルディの理想ってヤツらしいよ? ドルチェ・ヴィータが」
それでドルチェから教えて貰った、とソルジャーは胸を張りました。
「どうせだったら知識は多い方がいいでしょう、っていうのがノルディの信条で…。あれはインテリって言うのかな? 博識だよねえ、流石は遊び人!」
「まあねえ…。知識不足だと歓迎されないからねえ、遊び人はね」
会長さんが頷きましたが、遊び人ってそういうものですか? 知識も必須?
「そうだね、少なくともノルディが行くような高級な店だとそうなってくるね」
「かみお~ん♪ ブルーだっていつも言ってるよ! 自分だけ遊んじゃ駄目なんだよ、って!」
舞妓さんたちも楽しませてあげないとダメなんだって、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「えっと、えっとね…。自分も一緒に歌を歌ったり、楽器を弾いたり…。そういうのが無理なら、お喋りが上手くないと歓迎されない、って言ったかなあ…?」
「「「ええっ!?」」」
そ、そこまで要求されるんですか、遊び人って? 歌に楽器にお喋りですって?
「そうだけど? ぼくの場合はお喋り専門。その気になったら歌や楽器も出来るけどねえ…」
柄じゃないしね、と会長さん。じゃあ、エロドクターもそういったスキルを持ってると?
「持ってるようだよ、専門はトークの方だけれどね。頼まれればピアノも弾くらしい」
「「「うわー…」」」
エロドクターのスキル、恐るべし。ソルジャーに音楽用語を教えるわけだ、と納得です。ドルチェでしたっけか、それのどの辺が理想だと?
「音楽じゃなくて、ドルチェ・ヴィータの方だってば! 甘い生活!」
其処を間違えないように、とソルジャーに指摘されました。
「ノルディはそれを夢見ていると言っていたねえ、ラ・ヴィ・アン・ローズは間に合ってるとか」
「「「ラ・ヴィ・アン・ローズ?」」」
なんじゃそりゃ、と思わず復唱。それも音楽用語でしたか、ラ・ヴィ・アン・ローズって聞いたことがあるような無かったような…。
「薔薇色の人生って意味らしいけど?」
音楽は関係なくってね、と言うソルジャー。そういうタイトルの歌だの曲だのはあるそうですけど、音楽用語じゃないそうです、はい~。



ドルチェ・ヴィータの次はラ・ヴィ・アン・ローズ。薔薇色の人生って意味らしいですが、エロドクターは間に合っているという話。夢見ているのがドルチェ・ヴィータ…?
「そう、ドルチェ・ヴィータ。ラ・ヴィ・アン・ローズは既にゲット済みってことらしくって」
毎日が薔薇色、とソルジャーはエロドクターの人生の充実っぷりを語りました。お金持ちで大きな邸宅に住んで、あちこちで美少年やら美形の男性やらを口説いて回って、人生、薔薇色。まさにラ・ヴィ・アン・ローズという話ですが、それなのに夢がまだあると…?
「足りないらしいよ、人生に愛と幸せが。それでドルチェ・ヴィータ」
甘い生活に憧れるらしい、とソルジャーは残ったホットココアを飲み干し、おかわりを希望。ちょうどいいから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタルトを切ってきてくれました。アーモンド粉がたっぷりのスポンジに松の実を乗っけて焼き上げたタルト、ラズベリーのジャムがアクセントです。
「「「美味しい!」」」
「でしょ、でしょ~! ちょっと秋らしく松の実なの!」
秋にはナッツ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。収穫の秋にナッツは似合う気がします。スポンジの方もしっとり甘くて美味しくて…。
「まさにドルチェだね、このタルト」
いいね、とソルジャーがタルトを切って頬張りながら。
「ノルディの人生にはこういう甘さが、ドルチェが足りない。だからドルチェ・ヴィータな甘い生活にはなってくれなくて、これからの季節、その侘しさが身に染みるとか…」
「「「???」」」
「分からないかな、ノルディの好みは色々あれども、本当に惚れててゲットしたいのはブルーなんだよ! それが全く振り向かないから、代わりにぼくとデートなわけで…」
「「「あー…」」」
そっちか、と理解出来ました。会長さんと二人で暮らす甘い生活、ドルチェな生活。それがエロドクター御希望のドルチェ・ヴィータで、ラ・ヴィ・アン・ローズでは足りないと…。
「そういうこと! 今日のランチの話題がそれでさ、何度も溜息をついていたけど、ぼくは結婚しちゃった身だし…。ブルーもノルディに嫁入るつもりは無いだろうしね?」
「あるわけないだろ、なんでノルディと!」
「ハーレイの方は?」
「そっちも絶対、お断りだよ!」
ぼくはとっくに間に合っている、と会長さんは言い放ちました。フィシスさんとの甘い生活、ドルチェ・ヴィータはゲット済み。人生の方も毎日が薔薇色、ラ・ヴィ・アン・ローズで何の不自由もしていないのだ、と。



「これ以上のドルチェ・ヴィータもラ・ヴィ・アン・ローズも要らないねえ…」
もう充分に満足だから、と答えた会長さんですが。
「うーん…。君は満足なんだろうけど、ノルディはともかく、ハーレイがねえ…。人恋しい秋で、最近は急に冷え込んだって? 良くないねえ…」
ドルチェな生活が欲しいだろうに、とソルジャーの方も譲らなくって。
「この際、秋冬限定のボランティアでもいいからさ! ハーレイの家で甘い生活!」
「秋冬限定だなんて、お菓子とかでもあるまいし!」
なんでぼくが、と会長さんは不機嫌そうに。
「そもそもハーレイに甲斐性が無いから未だに独り身、寂しい独身男なわけで! なんでぼくからボランティアだと行ってあげなきゃいけないのさ!」
「やっぱり駄目かい? 甘いものは好きだと言ってたくせに」
「間に合ってるとも言っただろう!」
ぼくのドルチェ・ヴィータは充実の日々、と会長さん。
「此処の連中と遊んでない時はフィシスとデートで、夜ももちろん! これ以上を望んでどうすると! 君と同じで満足なんだよ、自分のパートナーっていうヤツには!」
結婚していないというだけなのだ、とフィシスさんとの愛の絆の確かさを熱く語ってますけど、なにしろシャングリラ・ジゴロ・ブルーです。遊びたいから結婚しないのか、高校生を続けたいから結婚しないのか、その辺りは謎。
「えっ? 女神は結婚なんていう俗なものとは無縁なんだよ」
「「「………」」」
そういえばコレが定番だった、と久々に聞いた決まり文句。ともあれ、フィシスさんで甘い生活が足りているなら、教頭先生の出番なんぞは全く皆無で、あるわけが無くて。
「こっちのハーレイ、ホントに気の毒なんだけどねえ…」
「ぼくはどうでもいいんだよ! ハーレイなんかは!」
君と違って健全な思考と精神を持っているものだから、と一刀両断。
「ハーレイの面倒を見たいんだったら、君が見てやれと言いたいけどね! 君の場合は面倒の見すぎでロクな方へと向かわないから、そっちも禁止!」
「えーっ!? ぼくがボランティアで面倒を見るのも駄目なのかい?」
「絶対、禁止!」
ハーレイに餌を与えるな、と会長さんはガッチリと釘を刺しました。ただでも人恋しくなる季節が来るのに、ドルチェ・ヴィータを味わわせるなど論外だ、と。



「駄目かあ…。ちょっと憧れないでもなかったんだけどな…」
ドルチェ・ヴィータ、とソルジャーの口から妙な言葉が。甘い生活、結婚していてバカップルなソルジャーも充実していそうなのに、どうして憧れるんでしょう?
「え、だって。ぼくとハーレイ、結婚していることも内緒だからねえ…」
結婚生活どころか愛の巣も無くて、とソルジャーは溜息をつきました。
「ぼくの青の間は結婚前から何も変わらないし、ドルチェ・ヴィータが目に見える形にならないんだよ! いわゆる新居ってヤツが無いから!」
「今更、新居も何も無いだろ?」
結婚してから何年経っているんだっけ、と会長さんが突っ込んだのに。
「其処は年数、無関係だから! ノルディが言うには、永遠のドルチェ・ヴィータだから!」
甘い生活は永遠なのだ、と流石のバカップルぶり。お互いに熱く惚れている限りは甘い生活、それに相応しい家やベッドも欲しくなるのだ、と言い出して…。
「こっちのハーレイの家でだったら揃いそうだな、って…。だから憧れ」
「揃ったとしても、君のハーレイの家じゃないだろう!」
そもそもハーレイが別物だから、と会長さん。
「それともアレかい、君はカッコウをやらかそうとでも言うのかい?」
「カッコウ?」
「鳥のカッコウだよ!」
知っているだろ、と出て来たカッコウ。カッコー、と鳴くアレでしょうけど、何故にカッコウ? ソルジャーもそう思ったらしく。
「なんでカッコウ? ぼくにカッコウの知り合いなんかはいないけど?」
「カッコウの真似をやらかすのか、って訊いてるんだよ!」
あれは托卵をするからね、と会長さんはカッコウの習性なるものを話し始めました。自分で子育ては面倒だから、と他の鳥の巣に卵を産んで放置のカッコウ。産みの親とは種類まで違う鳥に温められて孵ったヒナは、他の卵をポイポイと巣の外へ。
「卵を上手く捨てられるように、背中に窪みまでついてるそうだよ、カッコウのヒナは」
「「「窪み…」」」
卵を放り出すためにだけ、背中に窪み。何処まで厚かましい鳥なのだ、と思いますけど、それがカッコウ。他の鳥の巣にドカンと居座り、餌を貰って巣立ちしたならサヨウナラ。
「君はそういうのをやらかす気かい、と言ったんだけれど?」
どうなんだい、と会長さん。えーっと、ソルジャーがカッコウを真似たらどうなると…?



訊かれた当のソルジャーでさえも面食らっているカッコウ発言。どう真似るのか、と怪訝そうで。
「…ぼくはとっくに育っているから、ハーレイに育てて貰わなくてもいいんだけれど…」
「そうだろうねえ、それは図太く、ふてぶてしく育っているようだねえ?」
この上もなく、と会長さん。
「まるで無関係なぼくにドルチェ・ヴィータだの何だのとボランティアに行けと言い出すくらいの無神経さ! 結婚している相手がいながら、自分が行ってもいいだとか! 行きたいだとか!」
でもカッコウを真似るなら話は分かる、と会長さんは続けました。
「こっちのハーレイの家に出入りしながら、ああだこうだと自分の好みを取り入れまくって、憧れの新居とやらを仕上げて…。それからハーレイを放り出すなら理解できるね」
「放り出すだって? ぼくがこっちのハーレイを?」
「なんだ、違うわけ? 出来上がった新居を乗っ取っちゃって、君のハーレイと暮らそうってわけではなかったんだ?」
そっちだったら応援したのに、と会長さんは恐ろしいことをサラッと口に。
「そういうカッコウ計画だったら止めはしないし、ぼくも応援するんだけどねえ?」
「…ハーレイを騙して放り出せと? カッコウみたいに?」
「そう! カッコウの卵は喋らないけど、君は巧みに喋れるだろう? 上手く騙して自分好みの新居を作らせて、用済みになったら巣の外へポイと!」
外へ捨てたら代わりに君のハーレイを呼べ、と会長さんの計画は強烈なもので。
「お、おい…。それじゃ教頭先生は…」
どうなるんだ、と訊いたキース君に対して、アッサリと。
「ホームレスに決まっているじゃないか! 庭にテントを張って暮らすのも良し、寒いんだったら車の中で暮らすというものもいいねえ…」
「「「ほ、ホームレス…」」」
冬に向かおうかという秋なんて時期はホームレスには向きません。せめて夏とか、暖かくなってくる春だとか…、と言いたいですけど、会長さんの場合、思い立ったが吉日で。
「ホームレスに何か問題でも? どうせブルーは直ぐに飽きるし、永遠のホームレス生活が待っているっていうわけでもないしね」
問題無し! という結論。
「それで、君の意見はどうなんだい? ハーレイを騙してドルチェ・ヴィータは?」
「カッコウで甘い生活かあ…」
夢の新居が手に入るのか、とソルジャーの顔は既に夢見る表情で。教頭先生、言葉巧みに騙される道が待ってそうです、甘い生活…。



カッコウよろしく教頭先生の家に出入りし、自分好みに作り上げたら教頭先生を外へポイッと。そうすればキャプテンとの甘い生活が可能とあって、ソルジャーはすっかり乗り気になってしまい。
「いいねえ、君のカッコウ計画! それなら応援してくれるんだね?」
「ぼくに被害が及ばないからね」
たとえハーレイがホームレスになっても放置あるのみ、と会長さん。
「騙されたハーレイは自業自得だし、自分の面倒は自分で見ろと言われても仕方ないだろう。そしてハーレイが騙されてる間は君に夢中で、秋にありがちなラブコールってヤツも今年は来ないと思うから!」
「ああ、なるほど…。人恋しい季節は危険だったね、こっちのハーレイ」
デートしたくなったり色々と…、と頷くソルジャー。
「それじゃ今年の秋対策はぼくにお任せ! カッコウ計画で騙しておくから!」
「よろしく頼むよ、必要だったら口添えしようか?」
「嬉しいねえ! だったらお願いしようかな? こっちのハーレイが怪しまないように」
「オッケー! 今から行くなら全員で口裏を合わせてあげるよ、甘い生活」
ねえ? と私たちの方に視線が向けられ、断れそうもない雰囲気。とはいえ、今回の被害者は一方的に教頭先生、私たちはただの傍観者ですし…。
「ヤバイって予感はしないな、今日は?」
キース君が見回し、シロエ君も。
「そうですねえ…。ぼくたちには対岸の火事ってヤツです、教頭先生の家が隣にあるんだったら大変ですけど」
「だよなあ、誰の家から近いってわけでもねえもんな!」
関係ねえな、とサム君が改めて確認を。教頭先生の家が建っている場所、私たちの中の誰のお隣さんでも無ければ、隣組でもご町内でもありません。庭でホームレスなテント生活をなさっていたって見えもしないし、本当にどうでもいいわけで…。
「よし。対岸どころか彼岸の火事だな」
キース君の例えにプッと吹き出す私たち。対岸だったら煙くらいは見えるでしょうけど、彼岸の火事ならあの世なだけに煙どころか火事になったという事実すらも全く知りようがなくて。
「彼岸だったら無関係だね!」
いいんじゃない? とジョミー君が。私も大いに賛成です。マツカ君も、もちろんスウェナちゃんだって。というわけで…。
「じゃあ、君たちも証人ってことで。甘い生活は素敵ですよ、という件の」
ブルーと一緒に出掛けようか、と会長さん。教頭先生の家にソルジャーなるカッコウが入り込みそうですが、知ったことではございませんです~!



教頭先生の家への出発が決まり、まずは周到に下準備。瞬間移動でのお出掛けですけど、目指すは甘い生活、ドルチェ・ヴィータというだけに…。
「ハーレイが仰け反るパターンは回避するのがベストだろうね」
礼儀正しく訪問せねば、と会長さんの論。思念波どころか、なんと電話のご登場。会長さん好みのレトロな電話機、ダイヤル式に見えてはいても短縮番号で一発、発信。ただし受話器は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が握っていて…。
「かみお~ん♪ もしもし、ハーレイ? あのね…。えとえと、今から行ってもいい?」
みんないるの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は説明しました。いつもの面子とソルジャーなのだと、これから出掛けて行ってもいいか、と。
「えっ、大丈夫? うん、分かった!」
チンッ! と受話器を置いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「五分後だって!」と元気な声で。
「えっとね、お片付けをして待っているから、五分経ったら来て下さい、って!」
「お片付けねえ…」
全く散らかっていないようだけれども、と会長さん。
「何に五分も…って。ああ、トイレかな?」
「ぼくは身だしなみってヤツだと見たね」
もちろんトイレにも行くだろうけど、とソルジャーも教頭先生の家がある方向へ視線をやって。
「先にトイレか…。うん、あのトイレにも素敵なカバーをかけたいねえ…」
「そういうグッズはハーレイが豊富に揃えているよ、多分」
「それは君との結婚生活に備えてだろう? そんなお宝、出してくれるかな?」
「宝の持ち腐れになるよりいいだろ、布とかだって経年劣化というものが…ね」
恐らく気前よく出すであろう、と会長さんは読んでいました。死蔵するより使ってなんぼで、使ってしまえば補充してなんぼ。
「だからね、リネン類とかも! 君の気に入ったものがあったらバンバン頼む!」
「とことん毟っていいのかい?」
「どうせ置いておいても劣化しちゃって、買い替える羽目になるんだからね」
今までだってそうだったのだ、と言われてビックリ、初めて知った教頭先生の夢と律儀さ。会長さんとの結婚生活に備えて買い揃えているガウンやネグリジェなんかも入れ替えしているらしいです。衣替えのついでにチェックしてみて、せっせと買い替え。
「じゃあ、古いのは?」
捨ててるのかな、とジョミー君が訊くと。
「バザーに寄付しているようだよ? 質がいいだけに、人気商品」
「「「うーん…」」」
捨てる神あれば拾う神あり、教頭先生が買い集めたグッズ、慈善バザーに大いに貢献しているようです。買って行く人、まさかそういう裏があるとは知らないでしょうね…。



キッチリ五分後、会長さんとソルジャー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の青いサイオンに包まれ、瞬間移動。教頭先生の家のリビングに全員でパッと出現しましたが、予告してあっただけに向こうも余裕たっぷりです。髪の毛もきちんと撫でつけてあって。
「ようこそいらっしゃいました」
ソルジャーに挨拶をして、私たちにも「よく来たな」と。
「何をお飲みになりますか? …ああ、ブルーたちも好きなのを」
「ホットココアはあるのかな? うんと甘いのがいいんだけど…」
ホイップクリームもあるといいな、というソルジャーの注文に教頭先生は見事に応えました。御自分は甘いものが苦手なくせに、ホイップクリーム入りのホットココアを手際よく。もちろん私たちが好き勝手に注文したコーヒーや紅茶なんかも出揃って…。
「すみません。お菓子がこれしかありませんで…」
「上等じゃないか、フルーツケーキ!」
美味しいんだよね、とソルジャーは見るなり御機嫌です。日持ちするからと教頭先生が買っておくお菓子の中では大当たりの部類、ドライフルーツがずっしり詰まったフルーツケーキ。それに早速フォークを入れながら、ソルジャーが。
「これも美味しいけど、明日からはもっと甘いのがあると嬉しいんだけど…」
「は?」
「明日からだよ! 実はね、君にドルチェ・ヴィータを提供したくて」
「ドルチェ…ヴィータ…?」
何ですか、と尋ねる教頭先生は遊び人ではありませんでした。古典の教師だけに音楽の方もサッパリですから、ドルチェ・ヴィータで何が閃くわけでもなくて。
「分からない? ドルチェは甘いって意味の言葉で、ドルチェ・ヴィータで甘い生活!」
「甘い生活…。し、しかし、私は甘いものは…!」
「苦手だって? 食べ物じゃなくて生活でも?」
「生活…ですか?」
まるで分かっていない教頭先生に、ソルジャーは指をチッチッと。
「今日、ノルディとランチに出掛けたんだけど…。そのノルディの夢がドルチェ・ヴィータで、ブルーとの甘い生活なんだ。君もそういう甘さの方なら好きじゃないかと」
「ブルーと? …ブルーとの甘い生活ですか!?」
「そうなんだよねえ、ブルーそのものは無理っぽいけど」
本人に却下されちゃって、と舌をペロリと出したソルジャー。
「だから代わりにぼくでどうかな、甘い生活。人恋しい秋にドルチェ・ヴィータ!」
それを提案しに来たんだけれど、とパチンとウインク。はてさて、教頭先生は…?



「…甘い生活…。ブルーの代わりにあなたとですか…」
そんなことが本当に出来るのでしょうか、と首を傾げながらも教頭先生の頬は微かに染まっていました。甘い生活とやらの中身を考えているに違いありません。
「ぼくとしてはね、趣味と実益を兼ねているんだよ! ハーレイと結婚したのはいいけど、新居ってヤツを持てないし…。その点、君なら素敵な新居をぼくに提供してくれそうだし!」
「し、新居ですか!?」
「うん。ぼくの好みで色々揃えて、これぞ新居だって家が出来たらいいな、と…。それを目指して甘い生活、君と二人であれこれ選んで!」
どう? と艶やかな笑みを浮かべるソルジャー。
「そういう新居が欲しいんだけど、って前から思っていたんだよ。其処へノルディがドルチェ・ヴィータって言葉を教えてくれてさ、閃いたんだよね、君の家なら出来るかも、って!」
そうだったよねえ? と私たちの方を振り返られて、「はいっ!」とばかりに首を縦に。どうせ彼岸の火事なのです。ソルジャーのお気に召すまま、望むまま。教頭先生は目を丸くして。
「ほ、本当に私の家でよろしいのですか?」
「君の家だからこそ出来るんだよ! どうかな、明日から君と二人で!」
甘い生活を始めようじゃないか、とソルジャーに言われた教頭先生、ポーッとした顔で。
「あ、あなたと二人で…」
「そうだよ、愛の共同生活! もっとも、ぼくも忙しい身だし、そうゆっくりは出来ないけれど…。必要なものを買いに行くとか、選ぶとか。そういう時間は取れるようにするよ」
もちろん君さえ良かったらだけど、と付け加えるのをソルジャーは忘れませんでした。バカップルでも恋の駆け引きウン十年だか、何百年だか。殺し文句を放つタイミングは実に見事で、教頭先生は深く考えもせずに。
「よ、良かったらも何も、大歓迎です!」
是非来て下さい、とガバッと頭を。
「私の一番はブルーで間違いないのですが…。初めてはブルーと決めていますが、そこまで仰って頂けるのなら、す、少しくらいは譲っても…!」
「決まりだね? ぼくと二人の甘い生活、してくれるんだね?」
「喜んで!」
明日からと言わず今日からでも! と教頭先生は胸を叩いて、ソルジャーと二人の甘い生活、ドルチェ・ヴィータが決定しました。いいんですかね、そのソルジャーは実はカッコウなんですが…。夢の新居が出来上がった時は教頭先生をポイと捨てる気ですが…?



ソルジャーが本当は何を考えているか、ドルチェ・ヴィータなんて嘘八百でキャプテンと暮らす新居が欲しいだけだなんていう真実をバラす馬鹿は一人もいませんでした。私たちはフルーツケーキを美味しく御馳走になって、瞬間移動で帰って来て。
「よーし、明日から夢の新居を実現ってね!」
頑張るぞ、とソルジャーが拳を握っています。
「ブルーが言ってた通りだったよ、あの家、ホントに宝の山だよ! トイレのカバーから部屋のカーテン、その他もろもろ揃ってるってね!」
思い切り新婚向けっぽいのが、と満面の笑顔。
「ああいったヤツを活用しながら、家具とかも買い替えていきたいけれど…。流石にマズイか…」
「ずうっと住もうって言うんだったら止めないけどねえ…」
飽きたら青の間に帰るんだろう、という会長さんの指摘にソルジャーは「うん」と。
「こっちの世界に住み着くわけにもいかないし…。だから家具類までは無理かな。それにこっちのハーレイにしても、家具は君と二人で買いたいだろうしね」
特に愛を育むためのベッドは! という言葉に、会長さんが顔を顰めて。
「ぼくにそういう趣味は無いから! 今、ハーレイが買い揃えているリネン類だけでも充分、悪趣味だと前から思っているから!」
「そうなのかい? いいと思うけどねえ、フリルやレースがたっぷりなのも…」
あの辺りのは明日にでも引っ張り出そう、とソルジャーは瞳を煌めかせています。
「ぼくの好みにピッタリのヤツもありそうだ。これぞ新婚! っていう雰囲気のが!」
でも足りない、と不穏な台詞も。
「あらかじめ買ってあったのを使うだけでは物足りない。洗い替え用とかも沢山要るしね、店はハーレイが詳しそうだから、明日の午後には買い出し第一弾だよ!」
二人であれこれ見て歩くのだ、とニコニコニッコリ。
「これがホントのボランティア! ハーレイとしっかり腕を組んでさ、どれがいいかなと見て回るんだ。気に入ったのがあればお買い上げ! そうやって甘い生活を!」
明日も、明後日も、その次も! とブチ上げるソルジャーは極悪なカッコウと化していました。教頭先生が買い集めた分を使うだけならまだ可愛いのに、足りないからと買わせるつもりです。リネン類とか、カーテンだとか、他にも色々…。
「いけないかい? ハーレイが幸せに買い物するなら問題ないと思うけど?」
「無いねえ、ハーレイが自分で選んだ道だしね?」
あのスケベが、と会長さんが吐き捨てるように。そういえば教頭先生、「少しくらいは譲っても」とか言ってましたね、あわよくばソルジャーを食べる気ですねえ、ヘタレのくせに…。



こうしてソルジャーのカッコウ計画がスタートしました。翌日の日曜日、会長さんのマンションに出掛けてゆくと、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が中継画面をリビングに用意して出迎えてくれて、「さあ、どうぞ」と。
「まあ、見てよ。朝も早くからこうなんだよねえ…」
「かみお~ん♪ 全部、ハーレイのコレクションなの!」
画面に大きく映し出された教頭先生の家の寝室。其処の床にドッサリと広げられているリネン類。白にピンクに、可憐な小花模様とか。フリルやレースをふんだんに使ったものやら、贅沢に刺繍がしてあるものやら。
「これなんかどうかな、ぼくの肌によく似合いそう?」
ソルジャーがマントよろしく一枚羽織って、教頭先生が「素晴らしいです…」と鼻の下を伸ばし。
「どれもお似合いです、ブルーのためにと買い集めた甲斐がありましたよ」
「そう言われると嬉しいねえ…。ぼくとしてはさ、もっと他にも選びたい気分なんだけど…」
これだけあるのに厚かましいかな? と小首を傾げたソルジャーが放ったおねだり目線に教頭先生はハートを射抜かれたらしく。
「それならば、買いに行きましょう! 昼食がてら、是非とも二人で!」
「いいね! それなら他にも買ってみたいな、新居に相応しい色々なものを二人でね」
時間をかけてゆっくり探そう、とソルジャーは別の一枚を取り上げて身体にフワリと巻き付けて。
「カーテンだとか、トイレのカバーだとか…。少しずつ揃えていくのもいいねえ、吟味しながら二人でね」
「そうですねえ…。遅くまでやっている店もありますし、二人で毎日出掛けてみましょう」
「もちろん夕食も一緒に…だね?」
「ええ!」
仕事は早めに終わらせます、と教頭先生は燃えていました。ソルジャーが厚かましいカッコウとも知らず、お好みの品を揃えて新居を完成させるのだと。
「見事に家が出来上がったら、そのぅ…。あなたとの甘い生活も…」
「より甘くなるかもしれないねえ? 君さえヘタレていなかったらね」
「頑張りますとも!」
ブルーとの甘い生活に備えて予行演習だと思っておきます、と教頭先生はすっかり本気。ソルジャーとの甘い生活とやらで新居に相応しい品を揃えて、それにどっぷり浸るのだと。ヘタレじゃ最初から無理っぽいのですが、それ以前にソルジャー、カッコウですしね…?



それから毎日、来る日も来る日も、教頭先生はソルジャーとデート。二人で外食、新居のためのお買い物。あれこれ揃えて、とうとうソルジャー好みの品々が集まったようで…。
「今日はこれから、ハーレイと模様替えなんだよ!」
とある土曜日、ソルジャーが会長さんの家に揃っていた私たちの前に現れました。
「アイテムは全部揃ったからねえ、後は取り替えるだけってね! 甘い生活の総仕上げなんだ、二人でカーテンもベッドカバーも、それにシーツも枕カバーも、全部交換!」
力仕事はこっちのハーレイにやらせないと…、とソルジャーはニヤリ。
「完成したらハーレイはお役御免なんだよ、ぼくのハーレイを呼ばなきゃいけないからね!」
そのために土曜日を選んだのだ、と極悪な笑みが。
「しっかり特別休暇が取れる日! もう思いっ切り楽しまなくちゃ!」
「…で、ハーレイは家から放り出されるわけだね」
「もちろんさ! カッコウってそういう生き方なんだろ、君もお勧めの!」
「巣を乗っ取るんだから、そんなものだね。あ、そうだ。ハーレイを放り出す時は…」
財布くらいはつけてやって、と会長さん。
「それと車のキーとだね。それがあったら何とかなるだろ、ホームレスでも」
「安心してよ、学校に着て行くスーツとか下着類くらいはお情けで投げてあげるから!」
ただしクリーニングのサービスは無し、とソルジャーはキッパリ言い切りました。
「今日まで甘い生活をたっぷり提供してあげたんだし、ぼくの役目はそこまでなんだよ」
「かみお~ん♪ ハーレイ、ホームレスになるの?」
「どうなんだか…。ケチりさえしなきゃ、ビジネスホテルに泊まるお金はある筈だけどね?」
だけど当分、家ってヤツは無くなるねえ…、と会長さんはクスクスと。
「でも本望だろ、これから夢の新居が実現するんだし! 自分の手でね!」
「そこはぼくとの共同作業と言ってよ、甘い生活の最終段階!」
じゃあ、行って来まーす! とソルジャーの姿がパッと消え失せ、代わりに会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が中継画面を用意して…。
「ブルー、トイレのカバーはこれでしたね?」
「そうだよ、トイレが済んだら次はカーテン!」
「最後がベッドルームでしたね、今日は二人で頑張りましょう!」
「うん、もちろん。甘い生活を楽しまなくちゃね、君と二人でたっぷりとね…」
愛しているよ、と熱く囁かれて教頭先生は耳の先まで真っ赤ですが。甘い生活、もうすぐ終わりが来るんですけど…。カッコウなソルジャーに放り出されて代わりにキャプテンが暮らすんですけど、分かってますか? 甘い生活、暗転するまでお楽しみになって下さいね~!





          夢の甘い生活・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ソルジャーの夢の甘い生活。実現するためにはカッコウになって教頭先生の家を乗っ取り。
 そうとも知らない教頭先生の方も、甘い夢を描いたようですが…。お気の毒としか…。
 シャングリラ学園は、去る4月2日で連載開始から11周年になりました。なんと11周年。
 アニテラは4月7日で放映開始から12周年、つまり干支が一周したという…。
 更に新元号まで発表、二つの元号をまたいで書くことになってしまって、自分でもビックリ。
 次回は 「第3月曜」 5月20日の更新となります、よろしくです~!

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 こちらでの場外編、4月は、マツカ君の別荘でお花見。花板さんの御馳走つきですけど…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv









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