忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。



九月は秋だなんて暦だけ。八月七日の立秋が大嘘なのと同じ理屈で暑いというのがお約束です。現にシャングリラ学園の衣替えだって十月から。暑い、暑いと連発しつつも登校している私たち。出席義務のない特別生のくせに真面目に通い続ける理由は…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと「今日も暑いもんね!」とフルーツパフェがドッカンと。冷房も効いて快適なお部屋でワイワイガヤガヤ、このためだけに学校へ行くと言っても過言ではなく…。
「ハーックション!」
いきなりのクシャミに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「あれっ?」とクシャミの主を眺めました。
「ごめん、冷房、効きすぎてる?」
「いや、別に…。ハーックション!」
言葉を裏切ってクシャミ連発、クシャミの主はキース君で。
「キース、朝からやってなかった?」
ジョミー君が指摘し、サム君たちも。
「うんうん、風邪を引いたかと思ったぜ、俺は」
「ですよねえ? キース先輩が風邪なんて珍しいんですが…」
「引いたことなんてあったかしらね?」
鬼の霍乱、と意見が一致しかかりましたが。
「やかましい! 俺は風邪では…。ハーックション!」
「おやおや、言ってる端から裏切ってるねえ…」
大事にしたまえ、と会長さん。
「風邪は万病の元だと言うよ? 坊主は身体が資本なんだから」
特に喉だね、との台詞を聞いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が駆け出して行って、間もなく湯気の立つカップを運んで来ました。
「はい、金柑シロップのジュースだよ! 風邪にも効くし、喉にもいいの!」
「ああ、すまん。本当に風邪ではないんだが…」
だが有難く頂いておこう、と口をつける前にもクシャミ一発。やっぱり風邪では、と私たちは考え、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も心配そうで。キース君は風邪に効くという金柑シロップを小さな瓶で貰って帰ることになりました。
金柑シロップ、会長さんの家から瞬間移動でお取り寄せ。こんな時にサイオンは便利です。万病の元だという風邪、早く治して貰わなくっちゃ!



キース君は柔道で鍛えているだけに病気知らずの頑丈さが売り。大学時代に住職の資格を取りに行った三週間もの伝宗伝戒道場は暮れの十二月、しかも寒波の真っ最中でしたが霜焼けが酷かっただけで風邪を引いたりはしませんでした。しかし…。
「ハーックション!」
金柑シロップは効かなかったのでしょうか、次の日も朝のホームルームでキース君のクシャミが。グレイブ先生が出席を取る声に「はいっ!」と答えた途端に一発、それから暫く立て続けに。
「…ックション、クシャン! クシャン!」
他の人の答える声まで遮りそうなクシャミ連発。グレイブ先生は「ふむ…」と眼鏡を押し上げて。
「キース・アニアン、大丈夫かね?」
「は、はい…。ハーックション!」
「他の生徒にうつると困る。保健室でマスクを貰ってくるように」
「はいっ!」
ハーックション! とクシャミで答えて、キース君は教室から出てゆきました。ホームルームが終わる前にはちゃんと戻って来たのですけど。
「「「………」」」
ガラリと後ろの扉を開けて入って来たキース君に皆の視線が集中したまま、びっちり釘付け。自分の席へ向かう移動に合わせて視線も移動し、もちろん私もその一人で。
「………。キース・アニアン。そのマスクは一体、何なのかね?」
「まりぃ先生に頂きました」
まりぃ先生は保健室の主の美人でグラマラスな女性ですけど、正体は腐女子だか貴腐人だか。会長さんと教頭先生を題材にエロいイラストを描くのが趣味です。それだけに絵がとても上手で、熟練の技がキース君の着けているマスクにもデカデカと。
描かれていたものは実に可愛い小僧さん。いわゆる一休さんのアップで、おまけにカラー。
「まりぃ先生か…。その場で描いて渡されたのかね?」
「そうです。これか、女子用のピンクのハート柄の既製品かを選ぶようにと」
「遊ばれているな、キース・アニアン」
「…そのようです」
無駄に付き合いが長いですから、と言い終えた途端にマスクの向こうでクシャミ連発。グレイブ先生は「仕方ない」と零し、二時間目の自分の授業までに普通のマスクを買ってくるから、と言い残して去って行きました。
普通のマスクが到着するまで、一休さんマスク。ここは笑っちゃダメ、笑っちゃダメ~!



「…というわけでだ、俺は散々な目に…。ハーックション!」
放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で、またまたクシャミのキース君。会長さんが「キースの周りにシールドを張るからマスクは外していいよ」と言ったため、キース君は「恩に着る」とマスクを外したのですけれど。
「まったく、なんでクシャミなんぞが…。ハーックション!」
「うーん…。ぶるぅの金柑シロップは効かなかったか…」
引き始めに良く効くんだけどね、と会長さん。
「持って帰れって渡した分は、ちょっぴり薬臭かっただろう? 昔ながらの生薬配合、下手な風邪薬より効くってね」
「かみお~ん♪ 生姜にシナモン、どっちも風邪に効く漢方薬だよ!」
「確かにそういう味ではあったが…。ックション!」
どうもイマイチ、とキース君。貰って帰った金柑シロップを寝る前に飲んで、それから後はクシャミの記憶は無いそうです。ところが朝から再びクシャミで、朝のお勤めの間中、クシャミ連発。アドス和尚に「やかましい!」と叱られたとか。
「親父にも言われた、坊主は身体が資本だとな。喉をやられる前にサッサと治せと怒鳴られたんだが、そう簡単には…。ハーックション!」
「……もしかして、花粉症だとか?」
ちょっと怪しい、という会長さんの言葉に「ああ!」と手を打つ私たち。クシャミ鼻水が定番だと聞く花粉症ですが、罹ると鼻が刺激に過敏になるといいます。
「花粉症かあ…。それっぽいよね?」
あのクシャミ、とジョミー君が頷き、マツカ君が。
「花粉でなくてもアレルギーかもしれませんね」
「ありますね! ハウスダストとか、花粉の他にも色々と」
それでしょうか、とシロエ君。花粉症だと言われてしまったキース君は「いや…」と視線を彷徨わせてから。
「アレルギーではないと思うが…。そもそも俺とは無関係でだ、ハーックション!」
「誰だって最初はそう思うんだよ」
自分だけは違うと思いたいものだ、と会長さんが腕組みをして。
「とにかく暫く様子見だね。学校にはマスクを持って来た方がいいよ、一休さんが嫌なら」
「そうしておく…」
一休さんマスクは二度と御免だ、と項垂れているキース君。あれはホントに笑えましたから~!



翌日からもキース君のクシャミ連発は収まらないまま、秋のお彼岸に突入しました。副住職だけに土日は墓回向、お中日は法要や関連行事で丸々一日ぶっ潰されて、その後も続く墓回向。一週間もの戦いを終えたキース君は今年もバテバテで。
「くっそお…。今年も死んだ…」
思い切り死ねた、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で討ち死にモード。残暑が厳しかったため、墓回向はもれなく炎天下。法要だって大変な上に、例の花粉症だかアレルギーだかのクシャミをこらえての読経三昧、それで死なないわけがなく…。
「お疲れ様。問題はそのクシャミだねえ…」
早く病院に行った方が、と会長さん。
「甘く見てると酷い目に遭うよ? そして本当にアレルギーとか花粉症なら、シールドの練習をしないとね?」
「「「シールド?」」」
「あれっ、知らなかった? 要はアレルギー源と接触しなけりゃいいわけだから…。マスクの代わりに顔だけシールド、それでクシャミ知らずって仲間もいるんだけれど」
「裏技ですか!」
凄いですね、とシロエ君、絶賛。
「キース先輩、その方向で行きましょう! サイオニック・ドリームも坊主頭限定でマスター出来た先輩なんです、アレルギー対策のシールドくらいは簡単ですよ!」
「そう思いたいが…。本当にアレルギー…。ックション!」
「意地を張らずに病院ですって!」
お勧めします、とシロエ君にも背中を押されたキース君は、その場で檀家さんがやっている耳鼻科に電話をかけて次の日の夜の予約を入れたのですけど。



「…あれっ?」
キース、マスクは? とジョミー君。次の日の朝、キース君はマスクを着けてはいませんでした。
「マスクか? 持って来てはいるんだが…。一休さんは御免だからな」
ほれ、とポケットからマスクを取り出したものの、着けない上にクシャミも無し。
「先輩、治ったんですか?」
「そのようだ」
「花粉症って治るんでしたっけ?」
治療もせずに、とシロエ君が首を捻った所でキンコーン♪ と予鈴。間もなく本鈴が鳴って、現れたグレイブ先生はマスク無しのキース君に顔を顰めましたが、クシャミは一度も出ないままで。
「キース・アニアン、風邪は治ったのかね?」
「治ったようです」
「なら、よろしい。次からも風邪の症状が出たらマスク持参で来るように」
グレイブ先生は花粉症ともアレルギーとも思わなかったらしく、鼻風邪の一種で片付けられました。確かに鼻風邪って線もありますけれど…。
どうなんだか、とジョミー君たちと顔を見合わせ、その後の授業もキース君のクシャミは全く無し。本当に鼻風邪だったか、はたまた花粉症が引っ込んだか。悩む間に放課後になって…。



「かみお~ん♪ キース、マスク無しだね!」
治ったお祝い! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシロップ漬けの金柑をたっぷりと入れた金柑タルトを切り分けてくれました。みんなで「おめでとう」と祝福してから、いざフォークをば。うん、美味しい!
「結局、鼻風邪だったわけ?」
ジョミー君が訊くと、キース君は。
「それがな…。どうやら線香らしい」
「「「線香!?」」」
「親父が線香を変えたんだ。お彼岸も近いし立派なのを、と香りが高いのを選んだわけだが、立派すぎて俺には耐性が無かった」
そのお線香の煙を嗅いだ途端にクシャミなのだ、とキース君の顔は大真面目。
「白檀だか沈香だか何か知らんが、いい香りはした。これはいいな、と思ったんだが、どうも俺とは致命的に相性が悪かったようで…」
ヤツが去ったらクシャミも治った、と言われてビックリ、唖然呆然。
「お線香のアレルギーですか…」
「一種の過敏症じゃないかしら?」
「だけど治って良かったよねえ、花粉症だと治らないしね?」
大変そうだよ、とジョミー君が肩を竦めてみせると、会長さんが。
「そうでもないよ? 花粉症が治る人もいる」
「「「ええっ!?」」」
「それも治療も何もしないで綺麗に治ってしまうんだな」
其処に至るまでが大変だけどね、と会長さんは金柑タルトを頬張って。
「いわゆるアレかな、毒を少しずつ飲み続けていれば効かなくなるってヤツと同じだよ。花粉を浴びて浴びまくる内に耐性が出来てしまうわけ」
ただし二年や三年では無理、という話。軽く十年くらいはハードなクシャミ鼻水ライフで、その後も軽度の花粉症な日々を続けて、気付けば治っているのだとか。
「だからね、キースのお線香もさ…。アレルギー反応みたいなモノなんだからさ、焚き続けてればクシャミも治るかもしれないけれど?」
「御免蒙る!」
しかも毎日焚くには高すぎるのだ、とキース君。アドス和尚もキース君のクシャミに懲りて二度と購入予定は無いとか。クシャミ克服、見たかった気も…。



とりあえず今後はクシャミ連発の予定は無いらしいキース君。花粉症でなくて良かったです。顔だけシールドを張る練習にどのくらいかかるか分からないし、と語り合っていると。
「こんにちは。なんか克服したんだって?」
「「「!!?」」」
誰だ、と振り返った先に優雅に翻る紫のマント。ソルジャーがツカツカと部屋を横切り、空いていたソファに腰を下ろして。
「ぶるぅ、ぼくにも金柑タルト! それと紅茶もお願いするね」
「オッケー!」
ちょっと待ってね、とキッチンに駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は直ぐに注文の品を運んで来ました。ソルジャーは金柑タルトを口に入れるなり「いいね」と笑顔。
「こういうタルトはお店じゃ売っていないしねえ…」
「小さな店ならあるだろうけどね」
金柑自体がマイナーだし、と会長さん。
「ぼくとぶるぅは作ってる農家から直接買っているけれど…。スーパーとかでは珍しいよね、だから金柑タルトもマイナー」
「そうなんだ? でもって、珍しいと言えばさ…。さっき君たちが話題にしていた花粉症だっけ、あれが勝手に治っちゃう人がいるのかい?」
「らしいよ、実例も知らないことはない。仲間じゃないけど、子供の頃から酷い花粉症だった人が今ではピンピン、花粉の季節もマスク無しってね」
たまに璃慕恩院で会う女性なのだ、と会長さんは教えてくれました。子供時代に行った璃慕恩院の修行体験ツアーでハマッたとかで、大きなイベントがあれば来るのだとか。中学生くらいの時に緋色の衣の会長さんに「ツーショットお願いします!」と突撃してきた猛者なのだそうで。
「今じゃすっかりオバサンだけどさ、相変わらずぼくの熱烈なファンなんだよね」
「かみお~ん♪ ブルーを見付けたらダッシュで走って来るもんね!」
「そうなんだよねえ、此処までのお付き合いになると分かっていたらさ、仲間にするのもアリだったかなあ…」
今でも考えてはいるんだよね、と会長さん。仕事一筋の独身ライフの女性らしくて、エラ先生の見た目くらいのお年頃。その外見の仲間は貴重だから、と密かに目を付け、接触の機会を探っているとかいう話。ソルジャーとしてのお仕事も真面目にやってはいるみたいですねえ…。



「なるほど、しっかり実例も見た、と」
それは素晴らしい、とソルジャーはいたく感心しています。ソルジャーの世界にも花粉症ってあるのだろうか、と考えていたら。
「その花粉症の克服法! 応用できると思わないかい?」
「「「は?」」」
何に、と訊き返すしかない今の状況。キース君のお線香過敏症には確かに応用できそうですけど、予算の関係で却下っぽいですよ?
「違う、違う、キースのクシャミじゃなくて!」
もっと歴史の長いものだ、とソルジャーに言われても何のことやら。それに歴史が長いんだったら、会長さんの熱烈なファンだというオバサン同様、とっくに克服していそうですが…。
「うーん…。花粉ほど頻繁に浴びるものではないからねえ…」
まだ経験値が足りないのだろう、とソルジャーはニッコリ笑いました。
「花粉症の話は分からないでもないんだよ。このぼくだって人体実験されまくった結果、効かなくなった薬も沢山あるしね。だから色々苦労したんだ、本当に」
もう本当に大変だったのだ、と聞けば思わず沈痛な面持ちになるしかなくて。
「…それはホントに同情するよ」
大変だったね、と応じる会長さんに、ソルジャーは。
「あっ、分かる? もうね、何が一番困ったと言うに、催淫剤と言うか、媚薬と言うか…。あの類のがサッパリ効かなくってさ、ハーレイとの時間がもう」
「退場!!」
会長さんの叫びはサクッと無視され。
「この世界にはつくづく感謝してるよ、色々な薬があるからね! 自然由来の漢方薬とかは実にいいねえ、ぼくの世界じゃ貴重過ぎたから実験に使ってないからね!」
スッポンはもう手放せないよ、と瞳がキラキラ。
「それでさ、さっきの話の続きだけれど…。こっちのハーレイに応用できないかな、あれ」
「スッポンとかならお断りだよ!」
サッサと帰れ、と会長さんが怒鳴り付ければ、ソルジャーは。
「そうじゃなくって、ハーレイの鼻血!」
「「「鼻血?」」」
「そう、鼻血!」
治らないかな、と言われましても。鼻血って鼻からツーッと出るヤツ…?



花粉を大量に浴び続けた場合、花粉症が勝手に治る人もいるという話。其処からどう転べば鼻血になるのか、と思いましたが。
「こっちのハーレイ、気の毒でねえ…。何かといえば鼻血で失神、美味しい思いをするどころじゃないし」
「そんな思いはさせなくていいっ!」
「君の方ではそうだろうけど、ぼくにしてみれば気の毒なんだよ」
ぼくはハーレイと結婚してるし、とソルジャーは真顔。
「こっちのハーレイも君に心底惚れているのに、鼻血のせいで損をしまくり! あれが治れば男が上がって、君も惚れるかと思うんだけどね?」
「ぼくは絶対、惚れないから!」
「強引にグイグイと押して来られたら気持ちも変わってくると思うよ、リードして貰ってなんぼだからねえ、ああいう世界は」
たとえ自分が食われる方でも気にしない! と言い放つソルジャー。
「ぼくは食われる方よりも食べる方が好み! だからハーレイも美味しく食べてるつもりだけれども、獣みたいなハーレイにはハートを持って行かれてしまうねえ…」
食われて嬉しい気分なのだ、とソルジャー、ニコニコ。
「君もそういう立場になったらハーレイへの愛に目覚めるよ! そのためにも是非、ハーレイの鼻血を治したいわけ!」
結果的にはヘタレ直しへの大切な一歩となるであろう、と恐ろしい主張。
「花粉を大量に浴びると花粉症が治ってしまうんだろう? だったら、鼻血は出せばいいんだ! 大量に出して出しまくっていたら、その内に!」
鼻血克服! とグッと拳を握るソルジャー。鼻血を出して鼻血克服って、鼻血はアレルギー源とは仕組みが異なる筈ですが…?



教頭先生に花粉症ならぬ鼻血を克服させたいのだ、とソルジャーはとんでもないことを言い出しました。鼻血を出しまくっていれば克服出来るであろう、という意見。でも…。
「鼻血と花粉症は仕組みが違うから!」
全然違う、と会長さん。
「出しまくったからって耐性が出来るものではないんだよ! アレルギー源でも毒でもないし!」
「その辺はぼくだって理解してるよ」
「それなら馬鹿なことを口にしないで欲しいね!」
「分かってないのは君の方だよ、要は場数が大切なんだよ!」
花粉にしても鼻血にしても…、と言うソルジャー。
「鼻血を出すような場面に嫌と言うほど出会っていればね、精神的にタフになってくる筈!」
「なんだって!?」
「タフと言ったよ、この程度のことでは動じません、というタフな神経!」
それを養ってやれば鼻血も出ない、と指摘されれば一理あるかも。そうなのかも、とキース君たちと見交わしていると、会長さんが憤然と。
「そんな神経、迷惑だから!」
「オモチャに出来なくなるからだろう? それがいいんだよ」
オモチャ転じて大人のオモチャ、とソルジャーはニッコリ笑いました。
「いつもの調子でからかっていたら、鼻血の代わりにパックリ食われる! そうして君も一人前だよ、ハーレイとの愛の世界に開眼!」
「そういう予定もつもりも無いから!」
「君には無くても、ぼくにはあるねえ…」
是非とも鼻血を克服させたい、と先刻の言葉を繰り返すソルジャー。
「こっちのハーレイも君と幸せになるべきなんだよ。そのためだったら頑張るつもり!」
「何を!?」
「もちろん、鼻血を出させることだよ!」
毎日、食後と寝る前と! と薬の飲み方まがいの台詞が。
「ああ、でも朝御飯と昼御飯っていうのは慣れてこないとマズイかな…」
鼻にティッシュじゃ仕事にならない、とソルジャー、教頭先生の職業は理解している模様。
「とりあえずはアレだね、毎晩、鼻血を出す所から!」
早速、今日から! とブチ上げられても、毎晩鼻血って、どんな計画…?



「最初の間は脱ぐだけでいいと思うんだよ、うん」
ソルジャーは自分が思い付いた名案に酔っていました。
「それとハーレイが倒れない程度の鼻血に留めることが肝心! 倒れるトコまで行ってしまったら逆効果だしね!」
警戒されては本末転倒、と話すソルジャー。
「ぼくが毎晩通うからには、警戒よりも期待が大切! 期待の心で鼻血克服!」
もっと脱いで欲しければ鼻血を克服、と極上の笑み。
「鼻血が酷くなったら倒れちゃうしね、その前にぼくは失礼するわけ。場数を踏んで鼻血が出にくくなって来たなら、脱ぐのももちろんバージョンアップ!」
いずれは全部脱いでも鼻血は出なくなるであろう、とソルジャーは全部脱ぐつもり。あまつさえ、全部脱いでも鼻血が出ないレベルまで到達したなら…。
「当然、ベッドに誘うんだよ! 熟練の先達、このぼくがベッドでの時間を手取り足取り!」
「やめたまえ!」
会長さんが裏返った声で叫びましたが、その程度で怯むソルジャーではなく。
「じゃあ、止めれば?」
止められるものなら止めてみれば、と開き直り。
「サイオンでもいいし、其処の連中まで動員してきて人海戦術で止めるのもいい。ただし、ぼくの方も全力で鼻血克服に挑むからねえ、手加減しないよ」
全力でシールド、全力で妨害! とソルジャーは滅多に見せない本気モードで。
「だけど覗き見はさせてあげるよ、ぼくの計画の進行具合を見て欲しいしね? こっちのハーレイが鼻血を克服してゆく過程を是非、見守ってくれたまえ!」
「見守らないから!」
止めてみせる、と会長さんが怒鳴る気持ちは分かりますけど、相手はソルジャー。それこそ場数と経験値の違いが同じ顔でも月とスッポン、止められる可能性の方が少ないわけで…。
「ぼくを止めるって? お好きにどうぞ」
止められるんなら好きにしたまえ、とソルジャーはソファから立つとフワリとマントを翻して。
「それじゃ最初の君との勝負は今夜だね? 何人がかりでも大いに歓迎!」
覗き見はどうぞご自由に、と言うなり姿が消えてしまいました。まさかもう出掛けて行ったとか? まだ夕方だと思うんですけど、早くも脱ぎに行っちゃったとか…?



ソルジャーが立てた恐ろしい計画、教頭先生の鼻血克服大作戦。鼻血を出さないタフな精神を養った上で会長さんを食べさせるべし、というトンデモな計画が動き出しつつあるようです。
「お、おい…」
キース君がキョロキョロと見回して。
「あいつは何処に消えたんだ? 教頭先生の所じゃないだろうな!?」
「…今の所は安全圏だよ」
全然安全じゃないんだけれど、と会長さんが途方に暮れながら。
「今は自分の世界にいるねえ、そして私服を物色中! どれを脱ぐのが効果的なのか、あれこれ考えているみたいだけど…」
「つまりは本気で脱ぐつもりか…」
「らしいね、あっちのハーレイの意見も訊いてる」
仕事中だというのに公私混同、と会長さんは深い溜息。
「相談したいことがあるから少し借りる、とブリッジから瞬間移動で強引にね…。でもって、どの服を脱いだら喜ばれるかと訊いてるんだよ、自分のパートナーを相手に脱ぐ相談!」
「…とてもソルジャーらしいですけど、お気の毒ですね…」
キャプテンが、とシロエ君が零せば、「ううん」と会長さんが即答。
「趣旨を聞いたら感動してるよ、流石は夫婦と言うべきか…。こっちのハーレイに前から同情しているからねえ、鼻血克服作戦には大いに乗り気!」
「でもよ、浮気の危機だぜ、あれって…」
そこの所はどうするんだよ、とサム君が訊くと。
「ブルーは治療だと言い張っているし、鼻血克服が上手くいったら三人でヤろうと…。おっと、今のは失言だった」
とにかく美味しい餌をチラつかせて丸め込んだと思え、という答え。
「そういうわけでね、あっちのハーレイに止める理由は無くなったんだよ。ブルーは毎晩脱ぎに来る気で、ハーレイの鼻血を克服させる気!」
「じゃ、じゃあ…」
克服しちゃうわけ? とジョミー君がうろたえ、私たちも背筋がゾクッと寒く。
もしも教頭先生が鼻血を克服してしまわれたら、会長さんの人生ってヤツもすっかり狂ってしまいませんか…?



「克服される前に全力で止める!」
会長さんの宣言は全力でしたが、サイオンでソルジャーに敵わないことは誰もが承知。それでも止めると言い出すからには…。
「君たちも協力するんだよ! ブルーのシールドを突破するとか!」
「「「えぇっ!?」」」
あのソルジャーのシールドを破ることなど、私たちに出来る筈がありません。けれど会長さんは「やれ!」の一点張りで。
「昔から言うだろ、火事場の馬鹿力とか、バカの一念、岩をも通すとか! これだけいるんだ、やってやれないことはない!」
当たって砕けろ! と余りにも無茶な御注文。絶対無理だと思いはしても、会長さんもソルジャーと同じで思い立ったら実行あるのみ。「やれ」と言われて逃げようものなら、首に縄を付けても引きずり戻され、ズルズルと引き摺って行かれる以外に道は残っていそうもなくて…。
「…あんた、俺たちに死ねと言う気か?」
キース君の精一杯の反論でしたが、会長さんは冷ややかに。
「それじゃ、ぼくに死ねと? あのハーレイの餌食になれと言うのかい、君は?」
「…い、いや…。そ、そういうわけでは…」
「だったら、頑張る! 根性あるのみ!」
あの馬鹿を止めろ、と繰り返される恐怖の呪文。ソルジャーの思い込みも怖いですけど、会長さんだって負けてないほど怖いですってば~!



ソルジャーが私たちの世界に戻って来る前に、と瞬間移動で会長さんの家へ連れて行かれて、バトルの前の壮行会。いつもだったら大歓声の焼き肉パーティーの席はまるでお通夜で、水杯でも交わされそうな雰囲気で。
「…シールドってどうやって破るんです?」
シロエ君の問いに、キース君が。
「俺が知るわけないだろう。お念仏では突破出来ないことは確かだ」
「理屈としてはね、ブチ壊すんだよ」
サイオンで、と会長さん。
「そして物理的にも破壊出来ないことはない。シールドを張ってる人間が持ちこたえられないほどのダメージを与えれば破ることも出来るし、突破も出来る」
これだけいれば…、と会長さんは私たちの頭数を勘定して。
「一人くらいは当たって砕けない可能性もゼロではないさ。もちろん、ぼくとぶるぅも全力で行くし、君たちは物理的な攻撃をね」
「…殴るのか?」
素手か、とキース君が尋ねて、会長さんが。
「柔道部は素手でいいんじゃないかな、腕には自信があるんだろ? それとも全員、金属バットでも持って行くかい?」
一斉に殴り掛かればあるいは…、と言われても、金属バット。それは一歩間違えたら凶器であろう、と容易に想像がつきました。もう少しマシな道具は何か無いのでしょうか?
「かみお~ん♪ 殴るんだったら金槌もあるし、ハンマーとかバールも使ってね!」
「いえ、強盗じゃないですから!」
もっとマシな…、というシロエ君の言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「うーん…」と暫く考え込んでいましたが。
「そうだ! ちょうどいいのがあるから待っててねー!」
取ってくるね、と何処かへ走って行って、「お待たせー!」と両手で抱えて来たもの。一瞬、カラフルなラケットの山かと思ったそれは布団叩きというヤツでした。干した布団をパンパンと叩く道具です。
「あのね、これも力いっぱい叩いても壊れない道具だから!」
「「「…布団叩き…」」」
ソルジャーのシールドを破るには頼りなさすぎなような、バカバカしすぎて逆に頼もしいような。ともあれ、武器を手にした以上は、素手で行くよりかは幾らかマシかな…。



会長さんはサイオンでソルジャーの世界を覗いては監視していましたが。
「来るようだよ。ぼくに予告を寄越してきた。今からハーレイの家に行くよ、と」
「「「………」」」
「布団叩きは一人一本持ったんだろう? それで殴ってシールド突破の覚悟だよ、うん」
出発! の号令に合わせて「かみお~ん♪」の声が。私たちの身体がフワリと浮いて、移動した先は教頭先生の家のリビングで。
「…あれ?」
教頭先生は私たちに気付いていませんでした。何故、と思う間もなく、ソファで新聞を読んでおられる教頭先生の直ぐ前にソルジャーがパッと。私服を物色していると聞いていた割に、紫のマントの正装ですよ…?
「あれにしておこうと思ったらしいね、今は薄着の季節だからね」
会長さんがチッと舌打ちを。
「マントに上着と重ね着してるし、脱いでいく過程をたっぷり見られる。あっちのハーレイもお勧めなんだよ」
ついでに、と教えて貰った事実。ソルジャーのシールドは私たちの到着前から展開済みで、教頭先生と二人の世界らしいのです。覗き見を許すと言っただけあって中の様子は丸見えですけど、私たちの姿も声も教頭先生には分からないそうで。
「一対一だからこそ、ああなるんだよ」
会長さんが指差す先では、ソルジャーが教頭先生と歓談中。キャプテンと出掛けたデートの話なんかをしていて、教頭先生は「そうなのですか」と相槌を。
「よろしいですねえ、お幸せそうで」
「羨ましいだろ? こっちのブルーは冷たいからねえ…」
「私の努力が至らないのか、昔からあの通りでして…」
「うん、知ってる。だからね、ぼくも一肌脱いであげたくってさ」
文字通り一肌脱ぐつもりでね、とソルジャーは艶やかな笑みを浮かべて。
「名付けて、君の鼻血克服大作戦!」
「…は?」
「鼻血だよ、鼻血! 何度も出してりゃ慣れてしまってタフな男に!」
まずは一日、一鼻血! とソルジャーはマントに手を掛けました。
「今日の鼻血は何処で出るかな、もしかしてアンダーくらいでギブアップとか?」
バサリと床に落ちた紫のマント。教頭先生、目が点ですよ…。



マントの次は白と銀の上着。ソルジャーがそれを脱ぎ、黒いアンダーだけになった所で。
「…うっ…!」
教頭先生の指が鼻の付け根を押さえましたが、努力も空しくツツーッと鼻血。ソルジャーは「もう鼻血かい?」と微笑むと。
「それじゃ今夜はここまでかな。また明日の夜に脱ぎに来るから!」
「…明日の夜?」
「君が鼻血を克服するまで、何度でも! 全部脱いでも平気になるまで!」
じゃあね、と笑顔で手を振ったソルジャーの姿がパッと消え失せた次の瞬間、私たちの身体もクイッと引っ張られて。
「「「???」」」
気付けば会長さんの家のリビングで、ソルジャーがマントと上着を抱えてアンダー姿で立っていました。
「武装勢力が来てるというのは知っていたけど、布団叩きとは勇ましいねえ…」
「烏合の衆でも、いないよりかはマシなんだよ!」
いずれは君のシールドを突破、と会長さんが叫べば、ソルジャーは。
「やるだけやってくれればいいけど、ぼくも本気でシールドするしね? こっちのハーレイの鼻血克服がかかっているんだ、邪魔はさせない」
「ぼくも本気で妨害するから!」
負けてたまるか、と会長さんも必死の形相。どうやら私たちは毎日毎晩、布団叩きで武装した上でソルジャー相手に戦わなければならないようです。ソルジャーが全部脱いでしまうよりも前にシールド突破。それってホントに布団叩きで出来るんですかねえ…?



教頭先生の鼻血克服を目指し、ソルジャーは足繁く通って来ました。夜な夜な教頭先生の目の前でソルジャーの正装を脱ぐわけですけど、鼻血克服への道は遠くて。
「…今日もアンダーでアウトでしょうねえ…」
シロエ君が呟き、キース君が。
「あいつが調子に乗ってるからなあ、ただ脱ぐってだけじゃなくってな」
「なんか鍛えるためらしいよねえ、どんなシチュエーションでも平気なように」
ジョミー君が言う通り、ソルジャーは脱ぐ過程に工夫を凝らしていたりします。妖艶な笑みを浮かべて脱いだり、思わせぶりなポーズを取ったり。挙句の果てに「場所を変えよう」とベッドの上やらバスルームの隣の脱衣室やら、それはもう実に色々と…。
教頭先生は未だにアンダー姿の先を拝めず、鼻血を出したり噴いたりの日々で。多分今夜もその線だろう、と飾りと化した布団叩きを握ってソルジャーの出現を待ち構えていれば。
「こんばんは。…遅くなっちゃって」
ソルジャーが教頭先生の家のリビングに現れたまでは予想の範疇内でしたけど。
「「「…えっ?」」」
教頭先生の顔が赤く染まって、ツツーッと鼻血。ソルジャーは脱いでいないのに鼻血。
「…す、すみません…! つい…」
あれこれと想像してしまいまして、と謝る教頭先生の鼻血修行は始まる前の出血のせいでアッサリ中止になりました。こんな日もあるのか、と呆れつつ撤収したというのに、翌日も修行を待たずに鼻血。そのまた次の日もソルジャーの姿を見るなり鼻血で。



「うーん…。あれって、もしかしなくても…」
条件反射というヤツだろうか、と会長さんがボソリと口にするまでに一週間はあったでしょうか。
「「「条件反射?」」」
「要するにアレだよ、ブルーが来たら鼻血克服の修行の始まり! もうそれだけで妄想タイムのスイッチオンでさ、何もしなくても鼻血がツツーッと」
「…なるほどな…。まるで無いとは言い切れんな、それは」
キース君が大きく頷き、シロエ君も。
「かなり色々とやらかしましたしね、ただ脱ぐだけで」
「そうだろう? だからさ、鼻血克服どころか全く真逆の方へ向かってまっしぐら!」
会長さんはいとも嬉しそうに。
「これは使えると思うんだよ。ぼくからハーレイを遠ざけるために!」
「「「は?」」」
「今の所はブルー限定で鼻血だけれどさ、ぼくもブルーの真似をしてればハーレイはぼくに会うだけでアウト! オモチャにしたい時を除いて会わないためには、鼻血を出させる!」
今夜からぼくも真似してみよう、と言い出した会長さんを止められる人はいませんでした。布団叩きで武装して連れて行かれる所までは普段の通りでしたが、ソルジャーを見た教頭先生が鼻血を出した時点で。
「…こんばんは」
面白そうなことをやってるねえ? と声を掛けに出掛けた会長さん。それだけでは教頭先生からは見えもしないし声も無理では、と思っていたのに。
「おや、君も一緒にやりたくなった?」
何か勘違いをしたらしいソルジャーが自分のシールドに会長さんを招き入れ…。
「ハーレイ、今日からブルーも脱ぐって! 良かったねえ!」
「…ブ、ブルーも脱ぐと…」
「うん。ぼくの場合はマントが無い分、ちょっと早い…って、えっと、ハーレイ?」
教頭先生、ブワッと鼻血。その後は仰向けにドッターン! と倒れて、見事に失神。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がつついてみても意識は戻って来なくって…。



「鼻血克服、先は長そうだねえ…」
「せっかく君まで来てくれたんだし、此処は一発、頑張らないとね!」
明日からは武装勢力も要らないだろう、とソルジャーは会長さんの家のリビングで上機嫌。会長さんの目指す所が何処にあろうと、いつかは鼻血を克服出来ると信じていて。
「花粉症の人は十年かかったんだっけ?」
「酷い症状が消えるまでに十年、その後に軽症の期間が何年って言ってたっけか…」
「じゃあ、十年ほど頑張ってみれば酷い鼻血は無くなるわけだね、倒れたりするようなレベルのヤツは」
まずは鼻にティッシュくらいで済む日に向かって頑張ろうか、と決意のソルジャー。
「いいかい、明日から必ず君も一緒だよ?」
「ちょっと遅れて参加した方がいいと思うよ、二段構えで鼻血の方が」
「そうかもね! 回数多めがきっといいよね」
力を合わせて鼻血克服! と意気投合の二人ですけど、教頭先生の立場はどうなるのでしょう? 毎日毎晩、鼻血三昧。まさか失血死はしないでしょうけど、貧血とかはあるかもです。
鼻血を克服するのが先か、はたまたドクターストップか。どっちに転ぶか賭けたいですけど、賭けは成立しないかも…。ともあれ、明日からダブルで鼻血。教頭先生、鼻血なんかで死んだりしないで下さいね~!




          治したい症状・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生の鼻血克服大作戦。成功するとは思えませんけど、どうなんでしょうね?
 ちなみに「花粉アレルギーが治る人」はいます、管理人自身が生き証人です。
 これが2017年の更新としてはラスト、「ぶるぅ」お誕生日記念創作もUPしました。
 来年も懲りずに続けますので、どうぞよろしく。それでは皆様、良いお年を。
 次回は 「第3月曜」 1月15日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、12月は、心配なのが除夜の鐘。なにしろ期待している人が…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv









PR

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv




今年も夏休みスタートです。柔道部の合宿と、毎年恒例のジョミー君とサム君の璃慕恩院修行体験ツアーも終わって、今日は慰労会。クーラーが効いた会長さんの家で真昼間からゴージャスな焼き肉パーティーに興じ、締めとばかりに男子は冷麺、スウェナちゃんと私もミニサイズで。
「あー、生き返ったー!」
たっぷり食べた、とジョミー君は御満悦。璃慕恩院では麦飯と精進料理ばかりですから、焼き肉沢山でかなり元気が出た模様。この調子で夏休みの楽しい計画へレッツゴーだ、と皆で予定をチェック。三日後にはマツカ君の山の別荘、それが済んだらお寺関係者はお盆の準備で。
「此処が憂鬱…」
今年もお盆だ、とジョミー君がガックリと。
「棚経、行かなきゃ駄目なんだよね?」
「当たり前だろうが!」
キース君が即座に返しました。
「今年はどっちのコースを希望だ? 俺と回るか、親父と回るか」
「……選べるんだったらキースがいい……」
「親父に希望だけは伝えておこう。どうなるかは親父次第だがな」
親父にしごかれるコースもいいもんだぞ、とキース君の表情、鬼コーチ。なにしろお盆を控えて卒塔婆書きに忙しく、自分の時間がリーチ状態。卒塔婆のノルマが残り何本、と数える日々で。
「くっそお…。お盆当日まで残り…」
「おやおや、今日も懐かしのアニメの名文句かい?」
会長さんがニコニコと。
「地球の滅亡まで残り何日、あのカウントダウンは良かったねえ…。ぼくはリメイクよりオリジナルがいいな、たとえ放映当時は打ち切りアニメであっても!」
「俺はどっちでもいいんだが…。それよりもだ、卒塔婆が一気に書ける何かが貰えるんなら何処へでも行くぞ」
「そしてお盆までに戻って来るんだね?」
「そういうことだな、地球再生ならぬ卒塔婆一気に書き上げツールだ!」
それは卒塔婆プリンターと言うのでは、という突っ込みを入れたい気分。わざわざ宇宙の旅をしなくてもプリンターでガチャンガチャンと刷れるのでは…。
「ふうん? お盆までに何処へ行くって?」
「「「!!?」」」
誰だ、と振り返った先に会長さんのそっくりさん。私服ってことは、これからお出掛け?



「こんにちは。今日はノルディとデートした帰りなんだよ」
フルコースを御馳走になって来たから今はお茶だけ、とソルジャーは「冷麺、食べる?」という「そるじゃぁ・ぶるぅ」の申し出を断りました。
「でもって夏だねえ、今年も卒塔婆の季節なんだね?」
「やかましい! あんたと旅に出掛ける頃には全部終わっている!」
横から出て来て引っかき回すな、とキース君。
「卒塔婆も棚経も海の別荘より前に終了だからな、あんたとは何の関係も無い!」
「無いねえ、それに抹香臭いのも嫌だし」
「なら、なんで来た!」
「夏だから!」
思いっ切り夏、とソルジャーは窓の向こうの抜けるような青空へと大きく両手を広げて。
「夏は解放感溢れる季節! この素晴らしい季節に、是非、素敵企画!」
「「「素敵企画?」」」
「そう! ノルディも大いに乗り気だったし、やるだけの価値はあると思うよ」
「ノルディ!?」
会長さんがピクリと反応。
「君はいったい何の企画を?」
「儲かる企画!」
「それって、何さ?」
「チャリティーだよ! ただし相手はノルディ限定、チャリティーで得られたお金は君のもの!」
ぼくのお勧め、とソルジャーの瞳がキラキラと。
「君が頑張ればガンガン儲かる! そりゃもう、笑いが止まらないほどに!」
「どういう企画?」
儲け話と聞いた会長さんが食らい付けば、ソルジャーは「素敵企画!」と満面の笑顔。
「脱げばお金が貰えるんだよ!」
「「「脱ぐ!?」」」
「そう! 脱いでチャリティー、これぞチャリティーヌードってね!」
うんと色々あるんだってば、と得々と説明を始めるソルジャー。なんでも大学のサークルの活動資金を集めるためのヌード写真なカレンダーとか、もっと真面目に病気撲滅のチャリティーで有名女優が脱ぐだとか。要は脱いだらお金が入るようですけれども、それを誰にやれと?



ソルジャーお勧め、チャリティーヌード。何処で聞き込んで来たかはともかく、持ち掛けた先はエロドクター。でもって得られたお金が会長さんの儲けってことは、もしかしなくても…。
「もちろん、ブルーが脱ぐんだよ!」
脱げば脱ぐほど儲かる仕組み、とソルジャーは笑顔全開で。
「全部脱げとは言ってないしさ、それに元ネタのチャリティーヌードも色々あるし! リボンで隠すとか、方法はもう幾らでも!」
景気よくスッポンポンもあるんだけどね、とソルジャー、ご機嫌。
「ノルディはとっても乗り気な上に、ドカンと出すって言ってたよ? この夏は是非、脱ぐべきだね!」
脱いで儲けてウハウハ行こうよ、と会長さんの肩をポンッ! と。
「儲け話は好きだろう? せっかく考えてあげた素敵企画を活用してよ」
「お断りだから!」
誰が脱ぐか、と会長さんは怒りMAX。
「勝手に話を決めてこないで欲しいんだけど! 迷惑だから!」
「そうかなあ? ただ脱ぐだけでいいんだよ?」
「なんでノルディの前なんかで!」
「前で脱げとは言っていないよ、写真を撮ったらそれで充分!」
カレンダーとかにすればいいのだ、と譲らないソルジャーですけれど。
「そっちの方こそお断りだよ、なんでノルディにオカズを提供するような真似を!」
「「「おかず?」」」
オカズって、なに? 私たちが顔を見合わせていると、会長さんは「ごめん、失言」とお詫びの言葉を。
「君たちには通じないんだったっけ…。とにかく大人の世界な隠語で、ノルディが喜んじゃうって意味だよ。写真なんかを渡したら最後」
「「「あー…」」」
要は教頭先生と同じことか、とストンと納得。会長さんの写真を見ながらロクでもない夜を送ってらっしゃると噂に聞いていますから…。
「そうそう、それと同じだよ。そんな素材をノルディに渡す必要は無い!」
儲け話でも却下するのみ、と会長さんは憤然と。
「脱ぐんなら君が脱ぎたまえ! 同じ顔だから!」
それで充分、と指をビシィッ! とソルジャーに。確かに顔は同じですから、ソルジャーが脱げばいいんですよねえ?



「…ぼくが脱ぐわけ?」
それはなんだか違う気がする、とソルジャーは自説を唱え始めました。
「君が脱ぐから価値があるんだよ、ノルディにとっては。だからこそチャリティーでお金も出すけど、ぼくだとねえ…。お金は貰えそうにないんだけれど」
「貰えばいいだろ!」
日頃から毟っているくせに、と会長さんが反論すれば。
「だから話にならないんだよ! わざわざ脱いだりしなくってもねえ、ぼくはお金を貰えるし! 脱いでお金を貰えたとしても、日頃のお小遣いの延長なんだよ」
それではチャリティーの趣旨から外れる、と些かこじつけムードなお話。けれどソルジャーは思い込んだら一直線だけに、違うと思えば譲るわけがなく。
「とにかく、君でなければノルディにとっては意味がない。ぼくじゃ価値なし!」
「そうとも思えないけどねえ…」
「そう言わずに! この夏の記念にパアーッと脱ごうよ、景気よく!」
「君が脱いだらいいだろう!」
チャリティーの相手がノルディでなければいいんだろう、と会長さん。
「チャリティーヌードはぼくだって知っているんだよ。趣旨は色々、お金を出してくれる人も色々。だったら相手を変えればいい」
君のヌードの価値が分かる人、と会長さんはトンデモ話を持ち込んできたソルジャーの顔をまじっと見詰めて。
「ノルディにももちろん分かるだろうけど、世の中にはもっと切実に君のヌードを希望な誰かがいそうだけどねえ? 君よりはぼくだと思うけれどさ」
「…それって、まさか…」
「こっちの世界のハーレイだけど?」
アレから毟れ、と会長さん。
「そしてアイデアの提供料として、ぼくにも一割よこしたまえ」
「一割!?」
「二割でも三割でもかまわないけど…。ホントは五割と言いたいけれども、大負けに負けて一割でいい。チャリティーだしね?」
脱いでこい! と会長さんは言い放ちましたが、エロドクターならぬ教頭先生を相手にチャリティーヌード。しかも脱ぐのはソルジャーだなんて、そんな企画が通るんでしょうか…?



「…こっちのハーレイ相手に脱げって? このぼくに?」
これでも結婚してるんだけど、とソルジャーは唇を尖らせながら。
「ノルディだったら赤の他人だから脱いでもいいけど、ハーレイはねえ…。なんだか浮気をしてるみたいで気が咎めるよ、うん」
「実は浮気もやりたいくせに!」
会長さんの鋭い突っ込み。
「ノルディとヤろうと考えてみたり、こっちのハーレイも巻き込んで三人でだとか、ロクなことを言わない筈だけどねえ?」
「ぼくはいいんだよ、ぼくだけに限った問題だったら! 問題はぼくのハーレイで!」
ああ見えて非常に繊細なのだ、とソルジャー、至って真面目な顔で。
「ぼくが自分以外の誰かと…、と考えただけでドツボにはまるし、ましてや脱いで写真となるとねえ…。それをオカズに励む誰かがいると思えば萎えちゃいそうだよ」
それは非常に困るのだ、とブツブツブツ。
「ベッドで思い出されたら最後、ヌカロクどころかお預けコース! ぼくの裸を目にしただけで勝手にどんどん意気消沈で!」
「…だったら、セットで脱いでしまえば?」
「「「セット?」」」
会長さんの発言は文字通り、意味不明というヤツでした。何をセットにするのでしょう? ソルジャーのヌードとセットだなんて、全く見当つきませんけど?
「…セットって、何さ?」
ソルジャーにも通じなかったようです。ということは大人の時間の話ではなく、至って普通の次元の何か。セットものとは何なのだろう、とソルジャーも込みで全員で首を捻っていると。
「分からないかな、セットはセット! 意気消沈にならないように!」
会長さんが指を一本立てました。
「君のハーレイ、要は君が自分一人のものでさえあればいいんだろ?」
「それはまあ…。そういうことかな?」
「だからさ、そこをセットでクリア! 君だけじゃなくて君のハーレイも一緒に脱いだら問題解決、二人セットでチャリティーヌード!」
そういうチャリティーヌードもアリだ、と会長さん。何人もが一緒に写っている写真は多いという話ですけれど。…ソルジャーとキャプテンがセットで脱いだら、それって猥褻スレスレでは?



一人で脱ぐのが問題だったらセットで脱げ、という凄い提案。会長さん曰く、チャリティーヌードには大学のサークルのメンバーが全員揃って一枚の写真に、などというのもよくあるケース。ゆえにソルジャーとキャプテンがセットでも何の問題も無いそうですが…。
「おい。それはマズイと俺は思うが」
キース君が口を挟みました。
「サークルのメンバーだったらまだしも、こいつらの場合は夫婦だぞ? 猥褻物になったりしないか、その写真とやら」
「そこが売りだよ、分かってないねえ…」
まだまだだねえ、と会長さん。
「ヤッてる所を撮ったらマズイよ? だけど、それっぽく見える写真はオッケー!」
そこが大切、とニッコリと。
「ハーレイの夢はぼくとの結婚、結婚、すなわちぼくと一発!」
その夢の世界をチラリと見せるチャリティーなのだ、と会長さんは得意げな顔。
「ブルーとの絡みはハーレイの夢じゃないけどねえ…。あくまでぼくにこだわってるけど、自分そっくりの向こうのハーレイとブルーの絡みは別次元だよ」
結婚すれば叶う筈の夢、と言われてみればそうなのかも…。ソルジャーも「ふうん?」と首を傾げつつ。
「じゃあ、アレかい? ぼくとハーレイが二人で脱いで、きわどい写真を撮りまくるって?」
「早い話がそんなトコかな、別にきわどくなくてもいいけど」
二人揃って裸なだけで充分だから、と会長さん。
「後はハーレイが勝手に脳内で補完するしさ、裸で並んで座るだけでも」
「そこはハーレイの膝に座りたいねえ…」
どうせだったら、とソルジャーは俄然、乗り気のようで。
「そういう写真を撮るんだったら、ぼくのハーレイも恥ずかしがる程度で済むと思うよ。ぼくとセットならオカズにされても自分のものだと断言出来るし!」
絡んでるのが自分だから、とソルジャーの心は決まった様子。
「儲け話はぼくも嫌いじゃないからねえ…。ぼくのハーレイとこっちの世界でデートするには資金だって要るし、たまには自分で稼ぐのもいいね」
ハーレイと二人で荒稼ぎ! と言い出しましたが、毟る相手は教頭先生。猥褻スレスレのきわどいヌードを売り付けることは可能でしょうか…?



教頭先生に自分とキャプテンのヌード写真を売り付けたくなって来たらしいソルジャー。しかも猥褻スレスレなのを、と話は恐ろしい方向へと。
「どうせだったら選べるチャリティーヌードもいいねえ…」
「「「選べる?」」」
なんのこっちゃ、と目を丸くした私たちですが、ソルジャーは。
「そのまんまだよ、選べるヌード写真だよ! でなきゃ注文出来るとか! お好みで!」
こっちのハーレイの好みに合わせて選べるヌード、とニコニコニコ。
「チャリティーヌードを撮影するにはカメラマンってヤツが必須だろ? そのカメラマンを使う代わりに、こっちのハーレイが自分で撮影! これだ、と思うベストショットを!」
ついでにポーズの注文なんかも、とソルジャーの瞳が煌めいています。
「あんな絡みを撮ってみたいとか、こういう絡みが好みだとか! 言って貰えればポーズをつけるし、これぞチャリティー!」
そしてこっちのハーレイにも美味しい話、と自信満々。
「これを断る馬鹿はいないよ、絶対に! 持ち掛けたら確実に釣れるかと!」
「…鼻血じゃないかと思うけどねえ?」
釣れる前に、と会長さん。
「想像しただけで鼻血の噴水、チャリティーで募金どころの騒ぎじゃなさそうだけど?」
「だから予め、予告をね!」
チャリティーのお知らせを渡しておけば無問題、とソルジャーはフフンと鼻で笑って。
「妄想の段階の鼻血の方はね、家で一人で噴いて貰うよ。お知らせのチラシで噴きまくっておけば、チャリティーにもきっと乗り気になるさ」
妄想だけでは終わらないよ、と絶大な自信。
「この妄想が実現するのだ、とカメラまで誂えそうだけど? でもってポーズの注文なんかもしてくれそうでさ、ぼくの懐が大いに潤うわけ! 君にも一割!」
「…お知らせねえ…」
「絶対、効果はあると思うよ? ぼくと、ぼくのハーレイとのチャリティーヌード!」
早速チラシを作らなくては、と突っ走ってますけど、そのヌードとやら。キャプテンの承諾が必要な上に、撮影場所だって要るんですけど…。その辺をどう考えてるのか、なんだかとっても怖いんですけど~!



「…撮影場所?」
ピッタリの所があるじゃないか、とソルジャーは言ってのけました。
「来月だよねえ、マツカの海の別荘行き! あそこがピッタリ!」
「「「えぇっ!?」」」
「それに結婚記念日に合わせての旅行だろ? 結婚記念日にチャリティーヌードをやろうって言ったらハーレイも反対しないと思うし」
「「「………」」」
エライことになった、と青ざめても既に手遅れと言うか、何と言うか。ソルジャーの頭の中ではしっかり企画が立ち上がっていて、チラシまで作るつもりです。つまりはチラシを貰った教頭先生がソルジャーの話に乗りさえすれば…。
「そう! チャリティーヌードで大儲け!」
この夏の海は実に素敵な思い出が出来る、とソルジャーは思い切り暴走モード。
「チラシにはぼくのハーレイの写真も要るねえ、二人並んで撮ろうかな? それとも二人でベッドに入って、上掛けから覗いた肩から上とか…」
「そんな写真を何処で撮るわけ!?」
ぼくの家は絶対貸さないからね、と会長さんが怒鳴れば、ソルジャー、ケロリと。
「なんで君の家なんか借りなきゃいけないのさ? 青の間があるのに」
「カメラマンは?」
「ぶるぅに決まっているだろう! 日頃から覗きで鍛えたぶるぅだよ!」
きっと素晴らしい写真を撮る筈、とソルジャーが挙げた名前は大食漢の悪戯小僧のものでした。何かといえば大人の時間を覗き見していると聞いていますし、写真くらいは撮るでしょうけど…。
「ね? いいカメラマンだと思うだろ?」
チラシの段階で既にチャリティー! とソルジャーは自画自賛しています。
「ぶるぅが調子に乗った場合は隠し撮りだってしそうだからね? ぼくのハーレイがOKさえすりゃ、そういう写真もチラシに使える」
そしてチラシは無料サービス、と言われなくともチラシは無料。教頭先生が盛大に鼻血を噴き上げるレベルのものであっても、あくまで無料。ソルジャー曰く、チラシで妄想して楽しんだ分もチャリティーに気前よく出してほしいということで…。
「チャリティーって本来そういうものだって聞いてるしね? 無料サービスで奉仕の精神!」
ご奉仕とはちょっと違うけどね、と妙な発言が聞こえましたが、聞こえなかったことにしておきますか…。



カッ飛んだアイデア、チャリティーヌード。あまりの展開に止めることさえ出来ないままに、ソルジャーは勝手に計画を立ててウキウキ帰って行ってしまいました。海の別荘で撮影だとか、チラシを作って教頭先生に渡すのだとか。私たちの頭痛の種だけ増やしてくれて…。
「…で、どうなったんだ、あの計画は?」
キース君が超特大の溜息つきで尋ねる、会長さんの家での昼食タイム。あの日から時は順調に流れ、山の別荘ライフも終わって今はお盆が目の前です。ソルジャーは山の別荘にチラシの見本を持って現れましたが、それ以降、特に動きは無くて。
「さあねえ? …チラシは無事にハーレイの手に渡ったようだけどねえ?」
考えたくない、と会長さん。
「あのチラシ、結局、隠し撮りだろ? ブルーはチラシにそれもきちんと書いたらしくて」
「「「ええっ!?」」」
見本の段階では「隠し撮り」の文字は何処にも無かったと記憶しています。ソルジャーとキャプテンがベッドで抱き合っていた写真は肩から上だけ、もちろんカラー。それをメインに「チャリティーヌード撮影会!」の文字や、撮影会の趣旨の説明や…。
「こんな感じで好みのポーズを指定できます、と書いたついでに隠し撮りだって書き添えたんだよ。本当に本物の現場をぶるぅが撮りました、って!」
「「「うわー…」」」
教頭先生の鼻血の噴水が目に浮かぶような気がします。会長さんによると、教頭先生、チラシが汚れてしまわないよう透明なケースに入れたのだとか。
「でもって毎晩、眺めてるわけ。…それから貯金通帳も」
「「「貯金通帳…」」」
そんな代物をチェックしているなら、チャリティーヌードにドカンとつぎ込むつもりでしょう。ソルジャーが作ったチラシには料金は一切書かれていなくて、「チャリティーですから、お気持ちでどうぞ」という一文だけ。
「あの「お気持ち」が問題でねえ…」
会長さんの言葉に、キース君が「ああ」と。
「あれが一番くせ者だよなあ、ケチったら自分が恥をかくしな…。しかし、坊主の世界もアレだし、俺もよく檀家さんに「はっきり値段を言って下さい」と頼まれて困ることがある」
お気持ちはあくまでお気持ちなのだ、ということですけど、支払う人の懐具合で変わるらしいそれは得てして見栄の世界だそうで。教頭先生も破格の値段を支払うおつもりでらっしゃるだろう、とキース君。うーん、ソルジャー、ぼったくりですか…。



チラシを受け取った教頭先生のその後も分からず、ソルジャーが何を企んでいるかも全く読めず。そのソルジャーは至極ご機嫌で顔を出しては食事やおやつを食べて行くだけ、訊くだけ無駄な雰囲気です。そうこうする内にお盆も終わって…。
「かみお~ん♪ ぶるぅもブルーも来てるよ!」
海の別荘への出発日。アルテメシア駅の中央改札前に出掛けてゆけば、ソルジャー夫妻と「ぶるぅ」が揃って待っていました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「おはよう、今年もよろしくね!」
「今年もよろしくお願いします」
ソルジャー夫妻の挨拶が終わらない内に「すまん、すまん」と教頭先生ご登場。ソルジャー夫妻の顔を見るなり頬を赤らめ、「よろしく」と挨拶しておられます。
「…あの挨拶だと…」
ジョミー君が呟き、サム君が。
「やる気なんだぜ、例の撮影会」
「ぼくたちは無関係だと思いたい…んですけどね?」
何も言われていませんからね、とシロエ君。そういえば何も聞いていないか、と浮かんだ光明。もしかしたら撮影会とやら、関係者だけで行われるのかもしれません。
「そうだといいが…」
そう思いたいが、とキース君がソルジャー夫妻をチラリと眺めて、マツカ君が。
「どうなんでしょう? 今までのパターンから考えると…」
「待て、言うな」
言霊と言うぞ、とキース君。
「俺たちはあくまで部外者だ。海の別荘へ行くだけなんだ、泳ぎにな」
「そうよね、それと海辺でバーベキューよね」
スウェナちゃんの言葉に私も「そうそう!」と乗っかり、この際、チラシもチャリティーヌードも綺麗に忘れておくことに。海の別荘はプライベートビーチでの時間たっぷり、庭のプールも使い放題。美味しい食事もついていますし、いざ出発~!



電車での時間は貸し切り車両なだけに快適に過ぎて、駅に着いたらマイクロバスでのお出迎え。一年ぶりの海の別荘は海水浴で幕開けです。真っ白な砂が嬉しいプライベートビーチで泳いで、遊んで。バカップルなソルジャー夫妻も「ぶるぅ」も一緒。
「やっぱり地球の海はいいよねえ…」
ソルジャーが大きく伸びをしていますが、その姿に教頭先生が熱い視線を。なにしろソルジャーは水着一丁、見たくなる気持ちは分かりますけど…。
「…例年だったら会長の方を見てらっしゃいますよね?」
シロエ君が声を潜めてヒソヒソと。
「だよね、あっちを見てるってことは…」
やっぱり例の撮影会? とジョミー君。私たちは「シーッ!」と唇に指を当て、コソコソと砂浜で輪になって。
「…チラシに日付は書いてあったか?」
キース君の問いに答えられる人はいませんでした。熟読せずにチラリと見ただけ、感想を求めるソルジャーに「いいんじゃないか」と返しただけ。
「いつだったでしょう?」
「さあ…?」
撮影会の開催は疑う余地もなさそうですけど、日取りが不明では先手を打って逃亡することは不可能です。巻き込まれないためには三十六計逃げるに如かずで、ソルジャー夫妻と一緒にいる時間を短くするしかないというのに…。
「結婚記念日でチャリティーだとか言ってたか?」
確かそうだな、とキース君。
「あいつらの結婚記念日といえば…」
「キース、それさあ…」
今日じゃなかった? とジョミー君の口から怖い台詞が。
「「「今日?!」」」
「シーッ!」
ジョミー君からの鋭い警告。
「うろ覚えだけど、今日だった気が…」
「…今日でしたよ…」
思い出しました、というシロエ君の言葉の追い討ち。まさかXデーは今日とか?



出来ることなら失礼したい撮影会。部外者であると信じたいものの、そうでない可能性もまた高く…。巻き込まれる前に逃げ出そうにも、今日がXデーだというなら難しそうで。違ってくれ、と祈るような気持ちで夕食の席に出掛けてゆくと。
「かみお~ん♪ 今日はお祝いだよ!」
「ぼくのパパとママの結婚記念日~!」
キャイキャイとはしゃぐお子様が二人。「ぶるぅ」の方は未だに決着がついてはいないママの座に顔を顰めるソルジャーを他所に飛び跳ねています。
「えとえと、今年で何回目だっけ?」
「ぶるぅ。そういうのはあまり訊くものではないぞ」
老けた気分になるからな、とキャプテンが返し、ソルジャーは。
「そう? 金婚式なんかゴージャスそうだよ、金だけに君が励んでくれそう」
「…私に今から貯金しておけと? 金製品をプレゼントするために…ですか?」
「違う、違う! 金が違うよ、君の金だけあれば充分!」
「…そちらの方の金でしたか…」
鍛えておきます、と頬を赤らめているキャプテン。このバカップルを何とかしてくれ、と叫びたい気分を堪えつつ、記念日とあればお祝いの言葉も必要で…。
「「「おめでとうございまーす!」」」
「ありがとう。ぼくとハーレイとの結婚記念日を祝して、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
カチン、カチンとグラスが触れ合い、豪華な夕食が始まりました。各自の席に置かれたメニューによると、デザートは結婚記念日のケーキ。これは逃亡出来ません。普通のデザートなら「これは好きじゃない」とばかりに「御馳走様」と席を立つのもアリですが…。
「いいかい? 今年もやるからね、ハーレイと愛の共同作業!」
「「「はーい…」」」
項垂れるしかない私たち。ソルジャー夫妻の結婚式は人前式で、夕食の席からなだれ込んだもの。それだけにウェディングケーキも入刀式も無くて、その分を取り戻すべく、結婚記念日にはケーキへの入刀式があるのです。切り分けられたケーキは食べるのが礼儀。
「結婚記念日はやっぱりいいねえ…」
「そうですねえ…」
食事の合間にキスを交わして、「あ~ん♪」と食べさせ合っているバカップル。もしもXデーが今日なら、この熱々の雰囲気のままで撮影会とか…?



どうか今日ではありませんように、という祈りも空しく、私たちは捕獲されました。結婚記念日ケーキが配られる中で、ソルジャーが「今日の良き日の記念にイベント!」と高らかに叫び、その場で巻き込まれてしまったのです。
「…なんでこうなる…」
「キース先輩、今更ですよ…」
あの計画が決まった時から運命は決まっていたんですよ、とシロエ君。夕食を終えた私たちは一時間の休憩時間を挟んでソルジャー夫妻の部屋へ。その一時間の間にソルジャーとキャプテンは撮影に備えてお風呂に入っておくのだそうで…。
「このドア、開けたくないんだけれど…」
ジョミー君の嘆きは皆に共通、開けたいわけがありません。しかし背後で「かみお~ん♪」の声。
「ねえねえ、なんで開けないの?」
もう時間だもん! と手を繋いで現れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」のコンビ。付き添いとばかりに会長さんも一緒に来ていて。
「…逃げても無駄だよ、相手はブルーだ。ぼくも開けたくはないんだけどね」
「そう言わずに!」
その声と共にドアがガチャリと中から開いて、バスローブ姿のソルジャーが。
「まあ入ってよ、後はこっちのハーレイだけだし!」
「どうぞ、入ってごゆっくり」
見学者用の席はあちらに、とキャプテンが示した先に人数分の椅子が並んでいました。広い部屋には大きなベッドがありますけれども、それと椅子との間にはけっこうスペースが…。カメラマンな教頭先生が楽々と動けるように、でしょうか?
「ああ、あのスペース? 場合によっては有効活用!」
ソルジャーが微笑み、キャプテンが。
「チャリティーヌードですからねえ…。ご注文によっては、あそこでブルーを」
「「「………」」」
大人の時間はベッドだけではなかったのか、と思ったのですが、さにあらず。キャプテンの言葉には続きがあって。
「ソフトSMとか言いましたかねえ、縛ることになっているのですよ」
「「「縛る?」」」
「ええ。海ですから昆布はどうか、とブルーが雰囲気溢れる小道具を用意したようで…」
ご期待下さい、と笑顔のキャプテン。誰もそんなの期待してません~!



ソルジャーを縛る昆布まで用意されているらしい、チャリティーヌード撮影会。どうなることやら、と震えている間にノックの音がコンコンと。
「…こんばんは」
ドア越しの声に、ソルジャーが「待ってたよ!」とドアを開けて客人を招き入れ…。
「ちょっとお客が増えちゃったしねえ、もしかしたら来ないかと心配したけど…」
「すみません、遅くなりました。…覚悟を決めるのに少々時間が…」
お恥ずかしいです、と教頭先生。お買いになったのか借り物なのか、プロ顔負けのカメラを引っ提げ、撮影する気は満々といった所でしょうか。
「こんな機会は二度と無いかもしれませんしね、恥は其処の海に捨ててきました」
「うん、素晴らしい度胸だよ! ご期待に応えて頑張らないと…。それで、例のものは?」
「こちらに用意して参りましたが、如何でしょう?」
気持ちばかりのチャリティーですが、と教頭先生は提げていた紙袋をソルジャーに。チラリと見えた中身にビックリ、帯封つきの最高額の紙幣がドッサリ無造作に…。
「「「…スゴイ…」」」
教頭先生が物凄い額の貯金を持っておられるとは聞いていましたが、本当だったみたいです。会長さんがチッと舌打ちをして。
「…ぼくとの未来のための資金を無駄遣いって?」
「す、すまん…! しかし、お前はこういった美味しいチャンスを一切くれないし…」
「それに関しては何も言わない。ただ、無駄だなあ、って思ってねえ…」
写真なんか撮れやしないくせに、と会長さん。
「究極の鼻血体質の君に何が出来ると? どうせ一枚も撮れないだろうし、無駄だよね、お金」
「そんなことはない!」
大志を抱けば撮れるものだ、と大きく出ました、教頭先生。
「しかもチャリティーヌードだぞ? いわゆる猥褻なヌードとは違う!」
「どうなんだか…」
ソフトSMまであるみたいだよ、と会長さんは鼻でフフンと。
「君が希望すればブルーを昆布で縛るんだってさ、それもチャリティーの内らしい」
「そ、ソフトSM……」
「おや、まだ鼻血は出ないんだ? カメラマン魂で頑張りたまえ」
大金をドブに捨てないように、と会長さんから再度の注意。ソルジャー夫妻はベッドの脇でスタンバイしてますけれども、教頭先生、大丈夫ですかねえ?



「御準備の方はよろしいでしょうか?」
よろしかったら脱ぎますが、とキャプテンが声を掛ける中、教頭先生はカメラを覗いて。
「は、はあ…。注文もつけられると聞いておりますが…」
「その件でしたら、私よりもブルーの方が…。どうなのです、ブルー?」
「いいよ、たっぷり貰ったからね。まずはどういうポーズなのかな、君の希望は?」
「そ、そのう……」
普通にキスでお願いします、と教頭先生。
「バスローブはお召しになったままでいいですから」
「ふうん? いいけど、それはヌードじゃないしね…」
写真は駄目、とソルジャーが逆に注文を。教頭先生は「えっ?」と瞳を見開いて。
「そこは写真は駄目なのですか?」
「うん。ぼくがやるのはチャリティーヌード撮影会! 脱ぐのが前提! 脱いでからならベッドインでもソフトSMでも何でも御希望に応じるけどね」
間違えないように、と釘を刺してから、ソルジャーはキャプテンの首に腕を回して。
「ハーレイ、とりあえずキスらしいよ?」
「そうらしいですね。では、キスをしながら…」
「脱いでベッドに行くのがいいかな?」
「いえ、ベッドで脱がせるべきでしょう。その方が絵になりますよ」
きっと、と始まる熱いキス。写真撮影が出来ない教頭先生はともかく、私たちには目の毒です。この先は大人の時間あるのみ、そんなものを見学させられましても…。
『大丈夫』
「「「えっ?」」」
今の、誰? キョロキョロと見回すと、会長さんがニヤニヤと。
『ブルーは最初から毟ることしか考えてないし、ハーレイの鼻血なんか気にしちゃいない。ぼくはハーレイが大金をドブに捨てるのを見に来ただけでね、君たちの方も御同様ってね』
ハーレイが倒れたら撤収するよ、と続く会長さんの思念。でもでも、教頭先生、カメラを構えてらっしゃいますが? バカップルが脱いだら写真を撮るべく、準備万端整ってますが…?



結婚記念日にチャリティーヌード撮影会。そうやって関連付けられたせいか、ヘタレと評判のキャプテンはギャラリーを気にせず堂々とソルジャーをベッドに押し倒し、バスローブに手をかけました。
ヌードになったら撮影OK、教頭先生がカメラをグッと。
「あっ、ちょっと待って!」
ソルジャーの「待って」が誰に向けられたものか分からないため、キャプテンも教頭先生も動きがピタリと止まりましたが。
「えっと、ハーレイ? ううん、君じゃなくてこっちのハーレイ。…チャリティーに沢山出してくれたし、特別に一枚、凄いのを撮らせてあげるから!」
「は?」
「これがいい、っていうシーンがあったら一声かけてよ。そこで交代させるから」
「「「交代?」」」
何を交代するのだろうか、と悩むよりも前にソルジャーの声が。
「ぼくのハーレイと君とが交代! チャリティーヌードだし、脱いで交代!」
そして遠慮なくぼくと絡んで一枚、とソルジャーは極上の笑みを浮かべて。
「カメラはぶるぅに頼めばいいよ。ね、ぶるぅ?」
「かみお~ん♪ うんと上手に撮ってあげるね、エッチの写真!」
「…え、エッチ…」
教頭先生の声が裏返り、ソルジャーが。
「ぶるぅ、そこはエッチじゃなくって! チャリティーヌードはあくまで芸術!」
「でもでも、見た目はエッチだよう!」
これから大人の時間だよね? という無邪気でおませな言葉が炸裂。
「それでハーレイ、何処で代わるの? あのねえ、ぼくのオススメはねえ…、って、あれっ?」
どうしたの、と「ぶるぅ」が目を丸くする前で噴水の如き教頭先生の鼻血。
「…こ、交代…。と、特別に一枚……」
ヌードで一枚、と呟いた教頭先生、それを最後にドッターン! と床へ。もちろん意識があるわけもなくて、カメラはシャッターを切られることなく転がっていて…。



「はい、大金をドブに捨てたってね」
会長さんが冷たく言い捨て、ソルジャーが。
「ううん、無駄にはなっていないよ。ぼくとハーレイとで有意義に使う!」
「だろうね、チャリティーヌードだしねえ?」
脱ぎもしないで荒稼ぎか、と会長さん。
「で、この馬鹿は此処に置いてってもいい? 連れて帰りたい気分じゃなくてね」
「よかったら後で縛っておこうか、其処の昆布で」
ソフトじゃなくてうんとハードに、というソルジャーの提案に、会長さんは「うん」と即答。
「好きに縛っておいてよ、昆布が乾いた後が楽しみ」
「引きちぎれるとは思うけれども、其処までの過程、録画するのもいいかもねえ…」
そのカメラは録画も出来るようだし、とソルジャー、パチンとウインク。
「この際、脱がせて縛っておくよ。気に入ったらチャリティーヌードってことで」
「了解、ぼくの取り分だった一割の中から支払わせて貰う」
そしてその写真で脅すのだ! と会長さんはブチ上げました。ゼル先生とかにバラ撒かれたくなければ出すものを出せ、と教頭先生に迫るとか。それもチャリティーヌードなのだと言ってますけど、どうなんでしょう? とりあえず大人の時間は見ないで済んだし、良かったです~!




          儲かるヌード・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ソルジャーのアイデア、チャリティーヌードは未遂に終わってしまったようですが…。
 教頭先生から毟れてご機嫌、こうなるのは見えていましたけどね。
 シャングリラ学園、11月8日に番外編の連載開始から9周年の記念日を迎えました。
 感謝の気持ちで月2更新が恒例でしたが、絶望的に使えないのがwindows10 。
 シャングリラ学園、月イチ更新のままでした。申し訳ありません。
 次回は 「第3月曜」 12月18日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、11月は、ソルジャーがニートっぽいという話が切っ掛けで…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv










※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。




シャングリラ学園の春は入学式で始まります。サイオンの因子を持った生徒がいないか確認するのが会長さんの仕事で、毎年一年生を繰り返している私たちも実はドキドキ。もし見付かったら会長さんがフォローするため、暫くの間は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を貸し切れず…。
「いやー、今年はいなくて良かったぜ!」
サム君が大きく伸びをする今日は、入学式ならぬ始業式の翌日です。昨日は始業式の後、教頭先生に会長さんからのお届けものが。そう、恒例の紅白縞のトランクスを五枚。それさえ終われば一学期の間はのんびりまったり過ごせる筈で…。
「かみお~ん♪ 新しい人が来ちゃうと暫く忙しいもんね!」
ぼくはお客様も大好きだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。新しい仲間が入学式で確認されたら、入学式の日に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に御招待という決まり。私たちの時もそうでした。御招待して、私たちも一緒にお茶会。翌日からはフォロー開始で。
「ぼくも今年は暇で嬉しい。というか、今年は暇なのを希望」
会長さんも今年は楽だと喜んでいる様子。フォローとなったら一年間はその生徒のサイオンを調整せねばならず、折に触れて面談ならぬお茶会も必要になってしまいます。それ以外はフィシスさんとリオさんに丸投げするのだと分かってはいても、大変なことは間違いなくて。
「あんたは毎年、暇なコースを希望だろうが!」
ソルジャーのくせに、とキース君が突っ込めば、「今年はより切実に暇なのを希望」という返事。
「こんな年はそうそう無いんだよ。いや、二度と無いかもしれないしね」
「何か特別なことでもあるのか?」
「それはもう!」
最高にスペシャル、と会長さんが言うものですから、私たちも気になり始めました。
「なになに? 今年はいいことあるとか?」
ジョミー君はワクワクした顔、サム君も。
「なんだよ、シャングリラ号でも絡むのかよ?」
「えーっと…。シャングリラ号はまるで無関係ではないかな、うん」
「「「えっ?」」」
もしかして今年はソルジャーとしての仕事が多めになるとか、宇宙での生活多めとか? だったら是非ともお供したいです、地球もいいですけど宇宙もいいかと!



「宇宙だったら、ぼくも行きたいな」
授業はサボる、とジョミー君が言い出し、他のみんなも。
「俺もサボるぞ、月参りもこの際、親父に投げる」
「ぼくもサボります、やっぱり宇宙に行きたいですよ!」
ぼくも、私も、と大いに盛り上がりつつあったのですけど。
「残念ながら、そういう話じゃないんだな、これが」
宇宙は全く無関係だ、と会長さん。
「ついでにスペシャルイベントは授業が始まるまでの間のお楽しみでさ」
「「「…え?」」」
「ほら、まだ暫くは校内見学とクラブ見学で授業が無いだろ。今日も新入生歓迎会でブッ潰れてたしさ」
ね? と言われれば、その通り。今日は授業は一切なくって、二年生と三年生は一部を除いてお休みでした。一年生だけがお宝入りの卵を探す恒例のエッグハントを楽しみ、体育館では立食パーティー風の歓迎会も。
「俺たちは出てはいないがな…。見物してただけで」
キース君の言葉に、私たちは「うんうん」と。特別生として一年生を繰り返し続ける私たちが一年生限定のイベント参加は反則だろう、と見守るだけに留めています。お宝入りの卵を隠して回る方なら遊び半分、引き受ける年もあるんですけど。
「それで、授業が無い期間中がどうスペシャルなんだ。あんた、イベントとも言ってたな?」
「期間限定イベントなんだよ、実は明日から食堂に……ね」
「「「えぇっ!?」」」
あの人気店が入ると言うんですか? ホットドッグだのサンドイッチだのが美味しくて、コーヒーや紅茶も注文出来て、おまけにお値段、良心価格。元は有名コーヒーチェーン店の傘下だったのが独立しちゃったアルテメシアの人気店。食事の時間帯でなくても混むと聞きますが…?
「凄いな、それは。いったいどういうコネなんだ」
キース君の問いに、会長さんは「分からない?」と自分の頭を撫でるゼスチャー。
「こう、髪の毛が綺麗に無い人! ゼルだよ、ゼル」
「「「ゼル先生!?」」」
「ゼルは料理も上手いしね? パルテノンの何処かの店であそこの店主と偶然出会って、飲んでる間に意気投合! ちょっと出店してくれないか、ということで」
「「「…スゴイ…」」」
期間限定で学校の食堂に人気店。それは確かにスペシャルです。サイオンを持った新入生のフォローをしてたら食べに行くチャンスも激減しますし、会長さんが暇なの希望も分かるかも~。



お店は明日から食堂で開店、もちろん通常の食堂メニューも食べられるという話ですが。
「やっぱり普通は…珍しい店に行くもんだよなあ?」
俺も行きてえ、とサム君、涎の垂れそうな顔。
「ホットドッグも美味そうだけどよ、サンドイッチも美味いんだよなあ?」
「かみお~ん♪ あそこのサンドイッチはホットドッグみたいなパンだもん!」
おっきいパンにドカンと挟んでくれるんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「えとえと、えっとね…。チキンと生ハムのアボカドソースの、美味しかったよ!」
ゆず胡椒風味のアボカドソースがクリーミー、と聞いてしまって私たちも一気に食べたくなってきました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんはイベントの話を知ってますから、二人で食べに出掛けたようです。
「そいつは是非とも食ってみたいな」
キース君が呟き、ジョミー君も。
「期間限定なんだよね!? 全種類制覇出来るかな?」
「どうでしょう? 学校に出店して来るんですし、品切れは無いと思いますけど…」
でも行列が出来そうですね、とシロエ君。
「会長、イベントは授業が無い期間中だけなんですね?」
「そうなんだよねえ、言わば全校生徒が暇って感じ? 競争はなかなか激しいと見たね」
「それであんたも暇なのを希望か…」
出遅れたらロクに食えないからな、とキース君。
「しかしだ、あんたの場合は俺たちが授業に出てる間に普通に店に行けるだろう? 出店じゃなくって本店の方に」
「まあね。現にこないだ行って来たから、ぶるぅがオススメを喋るわけだけど…。ぼくの目的は食べる方じゃない」
「「「は?」」」
期間限定の人気店。食べる以外にどういうお楽しみがあると?
「出店の黒幕はゼルって言ったよ。そのゼルが企画を立てているんだ」
「「「企画?」」」
「ズバリ、一日店長ってヤツ!」
「「「一日店長?!」」」
それはアレでしょうか、いわゆる芸能人とかがよくやる名誉職と言うか、お飾りと言うか。「一日店長」なんて書かれたタスキをカッコよくかけたりしちゃって、愛想良く微笑むポジションですよね? それをゼル先生がやらかすんですか、食堂で…?



「…確かにゼル先生はお好きそうではある」
キース君が頷き、ジョミー君が。
「目立つポジション、好きだもんねえ…。でもさ、それでブルーが楽しいわけ?」
なんで、という質問はもっともでした。ゼル先生の一日店長が会長さん好みとは思えません。ゼル先生に愛想笑いをして貰って喜ぶようなキャラじゃないことは分かってますし…。
「えっ、楽しいけど?」
「ゼル先生がか?」
キース君だけでなく私たちも驚いたのですが、会長さんは。
「人の話は最後まで聞く! 一日店長はゼルじゃないんだ」
「「「へ?」」」
「ぼくの大事なオモチャのハーレイ! そのハーレイが一日店長! シャングリラ号のキャプテンだからね、シャングリラ号もまるで無関係ではないと言ったろ?」
「「「教頭先生!?」」」
どうして教頭先生なのだ、という疑問は誰もに共通。サッパリ理由が分かりません。人気店の店主と意気投合したと聞くゼル先生なら分かりますけど、何故に教頭先生が…。
「ゼルに借金があるんだよねえ、ハーレイは。…こないだから派手に負け続きでさ」
賭け麻雀で負けが込んでいるのだ、と会長さんは唇の端を吊り上げました。
「早く借金を返せばいいのに、先延ばしにするからこうなった。一日店長で全校生徒に奉仕すべし、と」
「「「奉仕?」」」
「そう。お飾りの一日店長じゃなくて、自ら注文をこなしてなんぼ! ミスすれば当然、自分の責任、出店してくれた店に弁償する羽目になる」
更に注文ミスで迷惑をかけた生徒に頭をペコペコ、と楽しそうな顔の会長さん。
「こんな面白いイベントをねえ、黙って見ている手は無いだろう? 食堂に出掛けてガンガン注文、ハーレイをパニックに陥れる!」
「「「ぱ、パニック…」」」
「もちろん君たちもやるんだよ? 一般生徒は相手が教頭のハーレイってだけで遠慮が出るから、容赦のない注文なんかはしない。忙しそうだと思った時にはコーヒーだけとかも大いに有り得る」
「「「あー…」」」
それはとっても良く分かります。いくらシャングリラ学園が自由な校風で、会長さんが先生方をオモチャにしまくる闇鍋大会とかが存在していても、やっぱり教師と生徒の関係。無茶をする人はいないでしょう。
「ね? だから君たちの頑張りどころ!」
ファイトだ! とブチ上げられましたけれど。まずはお店を見ないことには…。



その翌日。登校して1年A組の教室に出掛けたものの、誰もイベントを知らないようです。私たちだって会長さんに聞くまで知りませんでしたし、無理もないとは思うのですが…。でも、アルテメシアで人気のお店ですよ? どうなるのかな、と思っていたら。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生が靴音も高く現れました。
「実に嘆かわしい我が学校では、まだまだ授業が始まらないのだ。今日から三日間は校内見学、そこで土日で休日となる。休日を挟んで向こう三日間はクラブ見学、その後にやっと授業が始まる」
「「「知ってまーす!」」」
元気に答えるクラスメイトたちは入学式の日に予定表を貰っています。当分の間、授業無し。シャングリラ学園ならではの素晴らしさに誰もが感激してましたっけ…。グレイブ先生は不満そうにツイと眼鏡を押し上げて。
「さて、その元気もいつまで続くやら…、と言いたいのだがね。諸君が更に元気になりそうなお知らせというのをしなければならん。私は実に残念だ。残念なのだが…」
しかし仕事だ、と一枚の紙を取り出すグレイブ先生。
「今日からクラブ見学終了までの間、食堂に特別な店が出される」
「「「店?」」」
「諸君も噂くらいは知っているだろう。アルテメシアで最近人気の、ホットドッグとサンドイッチで評判の店で…」
グレイブ先生が読み上げた店名に「えーっ!」と教室中に溢れる声。
「本当ですか!?」
「あの店が食堂に来るんですか!?」
「…残念なことに、来るのだよ。ゼル先生はもう知っているかね? ゼル先生の御好意だ」
コネをお持ちで特別に呼んで下さったのだ、とグレイブ先生は仏頂面で。
「ただでも授業の無い期間中に、学園祭でもあるまいし…、と私などは反対を唱えたわけだが、賛成多数で可決になった。人生、楽しんでなんぼだそうだ。学生生活も同じらしい」
ゆえに、とグレイブ先生の指が神経質そうに教卓をコツコツと。
「小遣いに余裕がある諸君は大いに楽しみたまえ。品揃えは本店と全く同じで、売り切れないよう食材などの補充もされる。一人が飲食する量に制限は無い」
「マジですか!」
「本当ですか、と言いたまえ」
言葉の乱れは実に聞き苦しい、と窘めつつも、グレイブ先生は「本当だ」と律儀に答えましたから、大歓声。六日間もの間、人気メニューを食べ放題とは、そりゃ学生の夢ですってば…。



朝のホームルームが終わると校内見学。クラスメイトは一斉に出掛けてゆきましたけれど、私たち七人グループは見学しようにも見慣れすぎた校内です。同じく特別生のアルトちゃんとrちゃんはどうするのかな、と視線を向ければ。
「アルト、とりあえず食べに行ってみる?」
「うん。特に見に行く所も無いし…」
行こう、と二人は教室を出て行ってしまいました。食堂見学らしいです。これは私たちも…。
「先輩、早速出かけますか?」
シロエ君が食堂のある建物の方を眺めて、マツカ君が。
「早い間がいいでしょうね。お昼時は混むと思いますから」
「だよなあ、とっくに混んでいそうだけどな!」
上級生には校内見学は関係ねえしよ、とサム君に言われて大慌て。そっか、二年生と三年生にも見慣れた学校でしたっけ! 私たち、もしかして出遅れましたか? 急いで食堂へと出掛けてゆけば、既に行列が出来ていました。
「あちゃー…。やっぱり混んじまってるぜ」
「どうする、後でまた見に来る?」
並んでるよ、とジョミー君が一時撤退を提案しましたが、それで行列が縮むかどうか…。
「「「うーん…」」」
並ぶべきか、並ばざるべきか。それが問題、と食堂を見渡してみれば、席には余裕があるようです。とりあえず席を取っておくか、と空いたテーブルと椅子をキープするべく椅子に上着を掛けたりしていたら。
「かみお~ん♪ こっち、こっち!」
並んでるよー! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声が。見ればかなり前の方に「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんの姿があります。
「えとえと、後で七人ほど来るからね、って言ってあるからー!」
大丈夫だよ、という頼もしい呼び声と、会長さんの手招きと。これは割り込んで並ばにゃ損々、持つべきものは先に並んでくれる知り合いですよね!



「「「美味しー!!!」
暫く後。私たちは評判の人気店のサンドイッチやホットドッグを首尾よくゲットし、大満足で頬張りました。ドリンクメニューも実に豊富で、コーヒーと紅茶だけかと思えばチャイにカフェ・ラテ、カプチーノにココアなどなど。
「凄いね、学校の食堂なのにね…」
評判のお店はやっぱり違う、とジョミー君は感動しきり。
「これだけ揃えるの、思い切り大変そうだけど…」
「だろうね、舞台裏は相当にハード。それを軽々とこなしてこその人気店だよ」
会長さんがロイヤルミルクティーを傾けながら。
「ゼルの提案に乗って出て来た理由は、大学とかへの進出らしい」
「「「大学?」」」
「アルテメシアには大学が多いからねえ、カフェを幾つも入れてる所も多数ってわけ。そういう所へ出店出来れば客は途切れず、人気も持続。ただ、学生はけっこう時間に追われてもいるし、注文にもかなりうるさいし…」
どんな感じか掴んでみるための出店なのだ、と会長さんは裏事情を教えてくれました。
「大学で試験的な出店を出すには許可も必要だし、スペースや設備を貸して貰えるかどうかも分からない。その点、ウチなら合格ってね」
なるほど、そう聞けば納得です。儲かるとはいえ、なんだって一介の学校に気前よく来てくれたのかと思っていれば、しっかり利害の一致が…。
「そういうこと! それでどうかな、味とかは?」
「すっごく美味しい!」
全メニュー制覇で頑張るぞ、とジョミー君が笑顔で返事し、私たちも。なんとケーキまであるんですから、これは何回でも通わなくては…!
「それは良かった。だったら一日店長が来る日も頑張れるね?」
「「「は?」」」
「忘れたのかい、一日店長! ハーレイがにこやかに食堂に立つ日!」
「「「………」」」
言われてみれば、そういう話がありましたっけ。まずはお店を見なくては、と思った所までは覚えてましたが、その後、スッパリ忘れていました。おまけに食べて美味しいお店。教頭先生の件は忘却の彼方、今の今まで思い出しさえしませんでしたよー!



結局、食堂ではそれ以上の深い話は出なくって。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食べ終わったら「また後でねー!」と帰ってしまって、私たちはその日一日、終礼の時間まで校内見学。暇だからとあちこち覗きに出掛けて、気が向いたらフラリと食堂へ。しかし…。
「並んでるねえ…」
「ああ。これぞまさしく長蛇の列だな」
救いの神はいないようだな、と行列を眺めるキース君。割り込ませてくれる人は見付からないまま、終礼の時間が来てしまいました。この後もクラブ活動の生徒が居るため、食堂もお店も営業しますが、私たちには別の行き先があって。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
お昼御飯が出来てるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。授業が始まるまでの間は午前中で学校は一応おしまい、お昼御飯は家で食べるか、食堂で食べるか、帰りに食べるか。もちろん今は例のお店が来ていますから、部活の無い人も食堂に行っていそうですけど。
「はい、エビとアスパラのレモンクリームスパゲティ―! 沢山食べてね!」
「「「いっただっきまーす!」」」
声を揃えてフォークを握って、パクパクと。うん、美味しい! 食堂で食べたサンドイッチも美味しかったですが、こちらもプロ並みの味が光ります。ワイワイ騒いで食べている間に、またまたすっかり忘れたのですが。
「…ところで、ハーレイの一日店長だけどね」
食後の飲み物が出て来た所で、会長さんの瞳がキラリと光って。
「どうやら金曜日が出番らしいよ、明後日だね」
「三日目か…」
キース君が腕組みをして。
「それで、あんたは俺たちに何をさせたいと?」
「そりゃもう、ハーレイをパニックに! 支離滅裂な注文もいいし、息つく暇もなく次の誰かが注文したってかまわない。もちろん、ぼくとぶるぅも出掛ける」
「かみお~ん♪ いっぱい注文するんだよ! それと間違いだったっけ?」
「「「間違い?」」」
「違うよ、ぶるぅ。そこは訂正と言うのが正しい」
注文をガンガン取り替えるのだ、と会長さんはニヤリと笑いました。
「例えば、コーヒーとサンドイッチのコレ、と注文をやらかした直後に、やっぱりカフェ・ラテとサンドイッチのこっちのヤツ、って風に訂正! それをガンガン!」
そして注文と違うメニューが出来て来たら文句をつけるのだ、と言われましても。そのやり方で注文されたら、慣れた人でも間違えませんか…?



教頭先生の一日店長。ゼル先生に麻雀で借りを作りまくって、お飾りならぬ本気の店長、しかも奉仕の精神とやら。ミスをすれば自腹で弁償だというお気の毒な立場を承知でパニックに陥れようとする会長さんは鬼でした。私たちが止めても聞く筈が無くて、ついに金曜。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生が1年A組の教室に颯爽と。教室の一番後ろに会長さんの机は増えていませんけれども、今日が教頭先生が一日店長をなさる日です。グレイブ先生は当分授業が始まらないことを嘆いた後で。
「それから、今日はお知らせがある。食堂で人気の例の店にはもう行ったかね?」
「「「はーい!!!」」」
「ふむ。学生生活を楽しんでいるようで、大いによろしい。…いや、私個人としては今もって賛成しかねるのだが…。その店にだ、今日は教頭先生がお立ちになる」
「「「…教頭先生?」」」
ザワつくクラスメイトたち。それはそうでしょう、教頭先生と言えば校長先生の次に偉い先生。入学式では司会をなさっておられましたし、始業式では新学期の学生生活の心得なんかも威厳たっぷりに語っておられましたから、現時点では雲の上の人。
「教頭先生が一日店長をなさるのだ。諸君への奉仕の精神だとかで、飾り物の一日店長ではない。教頭先生自ら注文をお取りになって、注文の品をトレイに乗せて渡して下さる」
「マジですか!?」
「本当ですかと言いたまえ、と前にも注意をした筈だが…。まあいい、いずれ授業が始まったらビシビシ躾けるとしよう。そして私が話したことは本当だ。教頭先生に失礼のないよう、敬意を払って注文したまえ」
「「「はいっ!」」」
みんなの緊張が伝わって来ます。恐らく全校、何処のクラスでも似たような注意がされたのでしょう。いくら教頭先生が笑いのネタにされるのを見て来た上級生でも、こうして注意をされてしまったら礼儀正しく注文をしに出掛けるわけで。
『ブルーの読みって正しかったね』
ジョミー君から思念が飛んで来て、私たちは『うん』と返しました。
『これだと確かに委縮するだろうな、全校生徒が』
キース君がそう答えた所で、『其処の特別生七人組!』とグレイブ先生からの思念が。
『私語は慎めと言っている筈だが!?』
『『『…す、すみません…』』』
首を竦めた私たちに『分かればよろしい』という思念。うーむ、朝から前途多難そう…。



朝っぱらからグレイブ先生に叱られた私たちですが、校内見学のために解散と同時に揃って食堂へと向かいました。お目当ては教頭先生の一日店長です。
「いらっしゃいませ!」
入るなり飛んで来た聞き慣れた声。
「「「………」」」
食堂の従業員さんたちと区別するため、人気店の人たちは店の制服を着ています。それを着込んだ教頭先生が『一日店長』と書かれたタスキをかけて笑顔で立っていらっしゃました。さっき聞こえた「いらっしゃいませ」は言わずと知れた教頭先生で…。
「順番に列にお並び下さい」
なるほど、今日も行列です。教頭先生が注文を受けるといえども、人気店のメニューが居ながらにして食べられるとあれば並びたくなるのも無理はなく…。
「思ってたより混んでるね?」
ちょっとビックリ、とジョミー君が最後尾に並び、私たちも続いて並びました。その後ろにも直ぐに生徒が並んで、行列は一向に短くなりません。教頭先生は手早く注文をさばいておられるようですが…。そんなことを言い合いながら並んでいたら。
「あ、居た、居た!」
「かみお~ん♪ ぼくとブルーも入れて~っ!」
其処に入れてよ、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が食堂に入って来たではありませんか。で、でも…。後から二人増えます、なんて後ろの人たちには言っていません。入れてくれなんて言われても多分、無理なんですけど~!
「おい、割り込みは並んでるヤツらに迷惑だぞ」
キース君がビシッと断りましたが、会長さんは平気な顔で。
「えっ? 大丈夫だと思うけど…。ねえ、ぶるぅ?」
「んとんと…。別に入れてくれなくても困らないけど、どうなのかなあ?」
「ふふふ、ぶるぅは不思議パワーが売りだしね? 入れてくれた人には何かあるかもね」
「あっ、そっかぁー!」
ぼくの右手の握手はラッキー! と聞いた生徒たちがザザッと後ろに下がりました。
「ど、どうぞ入って下さい、生徒会長!」
「それに、ぶるぅも!」
「悪いね、後から割り込んじゃって…。ぶるぅ、みんなと握手をね?」
「うんっ!」
ありがとー! と順に握手をしながら近付いて来る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。右手の握手で幸運が来るとは言われてますけど、不思議パワーの御利益、恐るべし…。



私たちよりも後ろに並んだ人には「そるじゃぁ・ぶるぅ」の右手との握手。そんな幸運を前に並んだ人たちが黙って見ている筈などがなくて、私たちは「どうぞ抜かして下さい!」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」とセットで列をゴボウ抜き。気付けば一番前に来ていて。
「いらっしゃいませ! ご注文は?」
教頭先生に愛想よく訊かれたジョミー君は慌ててメニューを見ると。
「え、えっと…。ココアと、ホットドッグのレタス入りで!」
「ココアはホットでらっしゃいますか?」
「は、はいっ!」
注文、終わり。教頭先生は後ろのスタッフにテキパキと指示をし、注文の品をトレイにササッと。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
ウキウキと立ち去るジョミー君ですが、その後ろ姿に会長さんが「失格」と一言。
「キース、君の番だよ、頑張って」
「あ、ああ…。えーっと、コーヒー、ホットで。それとローストチキンのサンドイッチでお願いします」
「かしこまりました」
ササッと注文の品が揃って、去ってゆく背中に会長さんが「全然ダメだし!」と不機嫌そうに。
「いいかい、注文を聞いたハーレイがパニクッてなんぼ! わざわざ自分でホットだなんて言わなくていいから!」
そ、そんなことを言われても…。普段にそういう注文の仕方をしていませんから、こういう所へ来てしまったら自動的に…。
「カフェ・モカ、ホットでお願いします。サワーピクルスのホットドッグと」
シロエ君にも「全然ダメ」との烙印が押され、私も「失格」と言われてしまいました。こうなった以上、何が正解かを見届けてやる、と先に行ったジョミー君とキース君もトレイをテーブルに置いて戻って来たのですけど。
「かみお~ん♪ えとえと、チャイで! 違った、ハニー・チャイだったあ!」
「ハニー・チャイ、ホットでらっしゃいますか?」
「えっとね、アイスで! ううん、ホットで…。んとんと、やっぱりアイスにしとくー!」
むむっ、これが正しい注文ですか!
「それからホットドッグ! レタスのがいいかな、サワーピクルスも美味しそうかも…。サンドイッチも美味しそうだし、ローストチキンのサンドイッチと、やっぱりココアー!」
うわあ…。教頭先生はココアはホットかアイスなのかを確認するのを忘れました。そして…。



「…ぼく、ホットココアが良かったのに…」
トレイに乗っかった氷たっぷりのグラスに入ったアイスココア。ローストチキンのサンドイッチは注文通りの品が来ましたが、飲み物が間違っていたようです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はションボリと肩を落としてトレイを受け取ろうとしたのですけど。
「店長。ぶるぅにココアはホットかアイスか訊いていなかったみたいだけれど?」
会長さんの冷たい声が。
「そ、それは…」
「言い訳無用! 君のミスだろ、取り替える!」
「は、はいっ! も、申し訳ございませんでした…」
アイスココアのグラスが下げられ、露で濡れたトレイが拭かれてホットココアが。
「ハーレイ、ありがとー!」
ホットココアだぁー! と無邪気に叫ぶ「そるじゃぁ・ぶるぅ」に悪意は多分、無いのでしょう。会長さんに言われたとおりに注文しまくり、教頭先生が引っ掛かったわけで。
「「「………」」」
あれは酷い、と見ている間に会長さんが教頭先生の前に立ちました。メニューを丸暗記しているのでは、と思ってしまうほどの立て板に水で、機銃掃射の如き注文と訂正を繰り返した末に、出て来た品は。
「…ハーレイ。ぼくは紅茶を頼んだと思うんだけど? なんでエスプレッソになるわけ?」
「す、すみません…」
「それから、サンドイッチだけれど。サーモンと小柱の野菜マリネを頼んだ筈だよ、生ハムなんかは頼んでいない」
「…ま、間違えました…」
直ぐに取り替えます、と詫びて大慌ての教頭先生にトドメの一撃。
「うん、取り替えてくれるんだったら、紅茶はロイヤルミルクティーにしておこうかな? アイスで、ううん、やっぱりホットで!」
「かしこまりました」
「それとね、サンドイッチじゃなくってホットドッグにしてみるよ。レタスの…。いや、サワーピクルスがいいかな、悩んじゃうなあ…」
どうしようかな、と会長さんが注文の変更をかましたお蔭で、出来て来た品は飲み物も食べ物もどちらも間違い。会長さんは「使えないねえ…」と舌打ちをしつつ。
「だけど後ろがつかえてるしね、仕方ない、これで我慢しとくよ」
「…も、申し訳ございません…」
ヤクザも真っ青な勢いでクレームの世界。会長さんは意気揚々と去って行ったのでした。



お気の毒としか言いようがない一日店長な教頭先生。食堂に居座って主と化した私たちのテーブルから誰かが注文に立つ度、制服姿で震えておられるのが分かる有様。そんな状態だけに他の注文でもミスが続発、もみ消そうにもゼル先生が監視にやって来ていて。
「なんじゃ、ハーレイ! お客さんがアイスと言ったらアイスなんじゃあ!」
「わ、分かっている…」
「教頭先生、ぼくはホットでも平気ですから」
「いかんのう、自分の主張はハッキリ言わんとロクな大人になれんわい」
ちゃんと注文は通すのじゃ、とゼル先生が譲らないだけに、一般生徒相手でもミスはしっかりミス扱い。其処へ会長さんに「頑張ってこい!」と背中を叩かれたキース君とかジョミー君とかが怒涛のような注文と訂正を繰り返す上に…。
「かみお~ん♪ ハニー・チャイ、ホットでちょうだい!」
それから、それから…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が派手にやらかし、クレーム大王の会長さんが早口言葉もかくやな注文の嵐をぶつけるのですからたまりません。
「…ハーレイ? 何度言ったら分かるのかなあ?」
ぼくの注文はこれじゃなくって、と文句をつける会長さん。教頭先生のミスは更に酷くなり、終礼の後のお昼御飯の時間帯にはボロボロで。
「…ホットコーヒー、お待たせしました…」
「サンドイッチは?」
それとケーキも頼んだ筈、と会長さんは鬼の形相。
「ついでにホットコーヒーじゃないし! アイスロイヤルミルクティーだし!」
「…と、取り返させて頂きます…」
「当然だよ!」
なんて使えない店長なのだ、と会長さんが毒づき、ゼル先生が。
「まったくじゃ。今日だけで何人に迷惑をかけてしまったやら…。それに無駄になった注文の方も山ほどあるでな。まあ、全部、無駄にはなっておらんが」
こんなこともあろうかと思って呼んでおいた、と誇らしげな顔のゼル先生。食堂の奥の休憩室には職員さんやら先生やらが次から次へと訪ねて来ては注文ミスで下げられた品を食べまくっているらしいのです。えーっと、それって、支払いの方は…。
「ハーレイの自腹だと言った筈だよ、ミスをした分は弁償なんだし」
「「「………」」」
つまりはタダ飯。今や「食べに来ないか」と友達を呼んでいる人までいるとか。営業時間は部活が終わる夕方までです。教頭先生、どれだけ弁償させられるのやら…。



「…いやあ、昨日は大いに食べたねえ」
翌日の土曜日、会長さんの家に遊びに出掛けた私たち。会長さんは教頭先生が弁償する羽目に陥った額をゼル先生から聞かされたそうで、満面の笑顔というヤツです。
「塵も積もれば山となるだよ、麻雀で負けた分、サッサと払えば良かったのにさ」
「そんなに強烈な額だったのか?」
キース君が尋ねれば「それはもう!」と御機嫌な顔で。
「君が月参りで貰うお布施とは比較にならない。月参りに換算するなら何軒分かな、少なくとも麻雀でもう一回は負けられるほどに毟られたようだね、あのゼルにね」
だけど麻雀と違って店に支払う費用なんだし…、と会長さん。
「お店にはきちんと支払わなくちゃね? 待ってくれなんて言えやしないし、もう強引に毟られたってね」
「「「………」」」
私たちも片棒を担いだ身だけに、恐ろしくて金額は訊けませんでした。一日店長って其処まで恐ろしいものだったのか、と思っていたら。
「こんにちは」
「「「???」」」
誰だ、と振り返った先に私服のソルジャー。
「ハーレイの一日店長だけどさ。明日、もう一回やらないかい?」
「何処で!?」
会長さんが真面目に訊き返しました。
「明日は学校は休みなんだよ、あの店だって今日と同じでスタッフなんかは寄越さないから! 定休日!」
「ハーレイの家で充分じゃないか」
ぼくの食べたいメニューはちゃんと出せるし、とソルジャーは言うのですけれど。
「どんなメニューさ? 言っておくけど、一日店長でやってた店はね、調理スタッフが別に居たから! ハーレイが作ったわけじゃないから!」
「そのくらいのことは見てれば分かるさ。だけど単純なメニューだからねえ、ハーレイでも簡単に作れるかと」
実はもう話をつけて来たのだ、とソルジャーはニッコリ笑いました。
「毟られた分を取り返せる勢いで儲けさせてあげる、とも言っておいたよ。だから是非! お客さんがぼく一人ではつまらないしね、是非、君たちも」
ソルジャーの「是非」は「必ず来い」です。つまり行くしかないわけですね?



次の日の朝、私たちは会長さんの家に集合させられ、ソルジャーから山のようなお小遣いを渡されました。エロドクターから貰ったお小遣いを分配してくれたそうですけども。
「いいかい? こないだの一日店長の時を再現したまえ、ハーレイがミスをするように!」
「それじゃ儲けにならんだろうが!」
キース君が噛み付いたのですが。
「どっこい、それが儲けに結び付く…ってね。ぼくがドカンと注文するから!」
「あんた、そんなに食えるのか?」
「好物は別腹って昔から言うだろ、大丈夫!」
まあ頑張れ、とソルジャーに喝を入れられ、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒に瞬間移動でお出掛け。教頭先生のお宅に着くと、リビングが仮設店舗と化していて。
「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」
「「「………」」」
差し出されたメニューはホットドッグが三種類。飲み物の種類は多いですけど、インスタントでいけそうです。なのにお値段、どえらく高め。ミスを出さずに売り続けたなら、先日の損を取り戻せるかもしれません。でも…。ソルジャーのお目当ては…。
「じゃあ、始めようか。この前と同じ要領で!」
一番に並んだソルジャーの注文は、会長さんの注文に倣ったもの。ホットだ、アイスだ、あれだ、こっちだと言いたい放題、案の定、ミスが出てしまいました。ということは、私たちも…。
「かみお~ん♪ ココアと、ピクルスのホットドッグと…。違った、アイスの…えとえと!」
「ぼくはアイスティー、ホットでお願いします」
そんなものは存在しないだろう! という激しい注文までが飛ぶ中、教頭先生、ミス三昧。
「も、申し訳ございません…!」
「いいけどねえ…。こんな調子だと儲からないよ?」
ソルジャーの台詞に「誰のせいだ!」と全員が突っ込みましたが。
「仕方ないねえ、今度はきちんと! ミルクティー、ホットで。それとホットドッグの方はね、特製のソーセージでお願いしたいな」
「…そういうメニューはございませんが?」
「ううん、あるって! 要は挟んでくれればいいんだ、そこのパンでさ」
レタスもピクルスも添えなくていい、とソルジャーはペロリと舌なめずりをして。
「いっぺん食べてみたかったんだよ、そういう風に…ね」
「何をですか?」
「ホットドッグ! 君の大事なソーセージ、つまり息子を挟んで!」
ゲッと息を飲む私たち。そ、それってまさかのアレのことですか、教頭先生の大事な部分…?



「うーん…。いけると思ったんだけどなあ…」
あれだけの勢いでハーレイの頭をパンクさせれば、と唸るソルジャー。
「出来るわけがないし! ヘタレだから!」
会長さんがギャーギャーと喚き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えとえと、何をパンで挟むの? ぼくで良かったらちゃんと作るよ?」
「いや、ハーレイに挟んで貰わないと食べられないしね…」
ついでに今の状態では美味しくないと思うんだ、と嘆くソルジャーが眺める先には教頭先生が仰向けに倒れておられました。顔は鼻血ですっかり汚れて、意識も全くありません。
「おかしいなあ…。美味しく食べてチップをドカンと支払うつもりでいたんだけれど…。ハーレイ特製のホットドッグだし」
「そういうのは君の世界でやりたまえ!」
「こっちのハーレイだから意味があるんだよ、初物、つまり出来たての味!」
童貞ならではの新鮮な味をパンで挟んで頬張りたかった、と言われましても。私たち、明日からホットドッグを口にすることが出来るでしょうか? 例のお店はあと三日間も出るんですけど、ホットドッグだけは下手したら一生無理かもです~!




          店長は大忙し・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生の一日店長は如何でしたでしょうか、お飾りじゃないのが売りでしたけど…。
 こんな注文ばかりだったら、接客のプロでもズタボロになってしまうかも?
 シャングリラ学園、11月8日に番外編の連載開始から9周年を迎えるんですが…。
 感謝の気持ちで月2更新が恒例でしたが、絶望的に使えないのがwindows10 。
 シャングリラ学園、来月も月イチ更新であります、申し訳ございません。
 次回は 「第3月曜」 11月20日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、10月は、キノコの季節。スッポンタケ狩りに行くとかで…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv






除夜の鐘が終われば新しい年で、初詣。今年こそ良い年になりますように、と祈願したのが効いたのかどうか。はたまたニューイヤーのイベントで満足したのか、トラブルメーカーと名高いソルジャーが現れないまま、無事に冬休みが終わりそうです。
「いやあ、こういう年もあるんだねえ…」
素晴らしいね、と会長さん。
「まさかブルーの顔を見ないまま、七草粥が食べられるなんて」
「まったくだ」
キース君が深く頷いて。
「今年の七草粥は格段に美味い。此処に来る前に家でもおふくろが作ってくれたが、あれも例年になく美味く感じた」
「かみお~ん♪ 七草、今年はブルーと揃えたんだよ!」
買ったのもあるけど採って来たのもあるんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しそう。そう、此処は会長さんのマンションです。お正月の七日といえば七草粥で、無事にお邪魔出来れば頂く習慣。もっとも無事にお邪魔出来ても七草は市販品か、マザー農場で調達したもので…。
「えとえと、採りに行った場所はマザー農場なんだけど…」
でもブルーとぼくとで採ったんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。美味しさの秘密はその辺でしょうか、それともソルジャーの顔を見ないで過ごせた嬉しさで五割増しとか七割増しとか…。
「え? そりゃあ七草の美味しさとブルーがいないことのダブルだよ、うん」
会長さんが「おかわり!」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「うんっ!」
ササッとおかわり、すぐに盛り付け。私たちもおかわりを入れて貰って美味しく食べていたのですけれど。
「いいねえ、今年のは美味しいんだって?」
「「「!!?」」」
まさか、と振り向いた先にイヤンな人影。会長さんのそっくりさんが私服姿で立っていました。
「ぶるぅ、ぼくにも七草粥! 出来ればニンニクすりおろしたっぷり!」
「邪道だから!」
七草粥にニンニクなんかは有り得ないから、と会長さんが叫びましたが、相手はソルジャー。自分の七草粥が盛り付けられたら、勝手にキッチンに出掛けて行って食べるラー油なんかを取って来ました。ニンニクの代わりに食べるラー油をたっぷりと。それ、七草粥じゃないですから!



出て来る早々、トンデモな七草粥を召し上がったソルジャーは当然の如く居座ってしまい、七草粥の後の午前中のティータイムの席にもドッカリと。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が漬け込んだドライフルーツ入りのフルーツケーキを頬張りながら…。
「今日は七草粥の日だしね? こういうのは吉日を選ばないとね」
「「「は?」」」
吉日も何も、ソルジャーが出て来た時点で厄日なフラグ。しかも新年初登場となれば吉日どころではないのですけど、ソルジャーは我関せずとばかりに。
「ファンクラブってヤツを立ち上げようと思うんだよ、うん」
「「「ファンクラブ!?」」」
誰の、とウッカリ反応したのが運の尽き。ソルジャーは「知りたい?」と膝を乗り出して来ました。
「そりゃ君たちだって知りたいよねえ? 誰のファンクラブを立ち上げるのか!」
「…君のハーレイだろ」
会長さんがまるで関心の無い風で手をヒラヒラと。
「君一人では何かと不便なんだとか理由をつけて手伝わせる気だとぼくは踏んだね。君の代わりに花束を手配させられたり、プレゼントを買いに行かされると見た」
「なんでわざわざ!」
ファンクラブなんぞを作らなくても間に合っている、と返すソルジャー。
「ぼくとハーレイはとっくに結婚してるんだよ? たまに刺激も欲しくなるけど、ファンクラブなんかを作って過熱されたらたまらない」
ぼくのハーレイはぼくのものだ、と言われましても。
「…それじゃノルディのファンクラブかい?」
「そっちの方も間に合ってるねえ…」
お小遣いに不自由はしていない、とエロドクター説も却下です。誰のファンクラブか本気で分からなくなってきました。
「分からないかなあ、ぼくがファンクラブを作って応援したい人!」
「「「応援?」」」
「そう! もっとファンが増えますようにと、熱烈なファンがつきますようにと!」
願いをこめてファンクラブなのだ、とソルジャーは拳をグッと突き上げ。
「同じハーレイでも、こっちのハーレイ! こっちのハーレイのファンクラブ!」
「「「教頭先生!?」」」
何ごとなのだ、と仰け反ってみても、ソルジャーなんぞの行動理由は常に謎。それゆえのトラブルメーカーですから、これもやっぱりトラブルの内…?



「ぼくもあれこれ考えたんだよ」
去年の暮れからニューイヤーにかけて、とソルジャーはファンクラブが如何に名案なのかを滔々と説明し始めました。
「こっちのハーレイ、クリスマス・パーティーでも冷遇されていたからねえ…。新年になってもブルーは綺麗に無視しちゃってたし、おせちが沢山無駄になったようで」
「無駄になんかはなってないから! ちゃんとシャングリラ号の交代要員とかに振舞われてるし、ハーレイの株も上がってるから!」
会長さんの反論はもっともなもの。教頭先生が会長さんや私たちの年始回りに備えて用意してらっしゃる沢山のおせち、出番が無かった場合はそういうコースを辿ります。キャプテンとしての教頭先生の部下に気前よく御馳走されて、教頭先生のお株も上昇。
「そんなわけでね、おせちは無駄にはならないんだよ!」
「…そうかなあ? 君が食べてあげない時点でハーレイにとっては無駄じゃないかと」
「いいんだってば!」
結果こそ全て、と会長さん。
「ハーレイは勝手に妄想しまくって暴走するんだ。普段はロクな結果にならないけれども、おせちだけは暴走したって無問題! 結果的に株が上がるから!」
「…そういうことにしてもいいけど、全体的に報われないよね、こっちのハーレイ」
だからファンクラブを作らなければ、と語るソルジャー。
「ぼくが作るんだから、ぼくが会長! 会員はもちろん君たち全員!」
「「「全員!?」」」
「ファン同士で煽り合わないとね? 此処まで頑張って応援してます、尽くしています、って競争しないと!」
出待ち入り待ちは基本なのだ、とソルジャーはファンクラブっぽい単語を口にしました。
「毎日花束を届けるのもいいし、仕事で疲れて帰宅するハーレイのために料理を作ってあげるのもいいね。掃除洗濯も代わりにやるとか!」
「「「………」」」
「要はハーレイのために頑張るクラブ! そんなファンクラブを作って煽れば、いつかはきっとハッピーエンド!」
「…何が?」
会長さんの問いに、ソルジャーの顔に極上の笑みが。
「君とこっちのハーレイだよ!」
君のファン心理が過熱した末に目出度く結婚に漕ぎ付けるのだ、という結論。それがファンクラブ設立の理由ですか~!



ソルジャー自ら教頭先生のファンクラブ会長。私たち全員を会員に巻き込み、ファン同士で競わせてヒートアップさせて、いずれは会長さんと教頭先生の結婚を目指すという凄すぎる企画。今年のお正月は無事に済むかと思っていたのに、この始末とは…。
「素晴らしい案だと思うんだよねえ、ぼくとしてはさ」
「何処から降ってわいたわけ? …そのアイデアは」
嫌過ぎるんだけど、と会長さんが顔を顰めれば、ソルジャーは。
「こっちのノルディなんだけど?」
「「「えっ?」」」
何故にエロドクターがファンクラブ? 誰かのに入会しているとか?
「まあね。ノルディはあれでも会長だから」
「「「会長!?」」」
誰のファンクラブの会長なのだ、と私たちは顔を見合わせたのですが。
「其処で勘違いをしないで欲しいね、ノルディのは一人ファンクラブ!」
「「「へ?」」」
一人ファンクラブとは何でしょう? 会員が一人で会長しかいないファンクラブ?
「そうそう、そういうファンクラブ!」
「凄いな、誰のタニマチなんだ」
キース君がウッカリ話に乗ってしまって、ソルジャーはとても嬉しそうに。
「ああ、タニマチっていうのも言ってたねえ…。でもさ、ノルディがタニマチをやっているのは別口だよ、うん」
「「「別口?」」」
タニマチと言えば力士とかの無償のスポンサー。バンバンとお小遣いを渡して応援しまくると聞いていますが、エロドクターの財力だったら余裕でしょう。タニマチもやっていましたか…。ついでに一人ファンクラブもやってて、タニマチは別口という話。
「ぼくも芸能界には詳しくなくてね、ついでに興味も全く無いから…。だけどノルディ好みの歌手とか俳優とか? そういうののタニマチをやってるらしいよ。でもね」
一人ファンクラブはタニマチの世界とは全く別だ、とソルジャーは胸を張りました。
「なにしろ本当に世界が違うし! このぼくの一人ファンクラブだから!」
「「「えぇっ!?」」」
「もしかして気付いていなかった? ずうっと前からノルディは会長!」
だからお小遣いもたっぷり貰えるのだ、と聞いてビックリ、ファンクラブ。いつもランチだのディナーだのに付き合ってお小遣いを貰うと知ってはいましたけれども、あれってエロドクターがソルジャーのファンクラブをやっていたんですか!



タニマチならぬ一人ファンクラブ。ソルジャーのためだけにエロドクターが作って会長をしているファンクラブ。そんなカッ飛んだものが存在していたとは…。
「素敵だろう? 会員は無償で尽くして当然、お小遣いから私生活まで面倒を見るのが当然らしいよ。もっとも、ぼくは別の世界に住んでるからねえ…」
私生活まで面倒を見られないのが残念らしい、とソルジャー、得意げ。
「本当だったら、ぼくの移動に車を出して運転するとか、家で料理を作っておくとか。何から何まで尽くしまくって、それが名誉という世界!」
「「「………」」」
タニマチってそういうものだったのか、と目から鱗な気分でした。力士や芸能人にお小遣いを渡すだけでなく、滅私奉公する世界だとは…。お金持ちの世界は実に不思議だ、と思ったのですが。
「えーっと…。マツカ先輩?」
シロエ君がマツカ君に声を掛け。
「はい?」
「マツカ先輩のお父さん、タニマチをやっていませんでしたか? 今の横綱」
「やってますけど…。地元出身の力士ってことで、早くから応援していましたね」
「それじゃマツカ先輩のお父さんも?」
忙しいのに横綱のお世話ですか、とシロエ君。
「先輩の家だと家事とかは一切無いんでしょうけど…。そういう世界で暮らしていれば、炊事とかもしたくなるんでしょうか? そのためにタニマチやるんですよね?」
非日常を求めているんですね、との台詞に私たちも揃って「うん、うん」と。日頃から家事などと無縁な生活だったら、誰かのために尽くしまくるのも楽しいのかもしれません。横綱のために運転手だとか、掃除洗濯を頑張るとか。あれ? でも、横綱って付き人がついていたような…?
「父はそういうのはやってませんよ?」
タニマチはあくまでスポンサーです、とマツカ君。
「横綱をお招きしての宴会だとか、化粧回しを贈るとか…。横綱のお世話はちゃんと付き人がいますしね。付き人がつく前も父はお世話には行ってませんが」
「「「え?」」」
同じタニマチでも力士の世界は違うようです。それじゃソルジャーが熱く語ったタニマチの世界は芸能人の方なのでしょうか?
「そうだけど?」
力士じゃないねえ、とソルジャーは笑顔。
「何だったかなあ、女性ばかりで構成された歌劇団の団員を応援しまくるファンクラブだよ。会員はあくまで女性限定、その辺がノルディの憧れらしいね、同性のためにひたすら尽くす!」
究極のプラトニックラブの世界、と言われて納得。如何にもエロドクターが好きそう…。



同性の歌劇団員を応援するため、ひたすらに尽くす女性限定のファンクラブ。プラトニックラブの世界なのだ、と聞けばエロドクターが憧れた挙句にソルジャー相手に設立したのも分かります。なるほど、それを教頭先生を対象にしてソルジャーが会長になって設立する、と…。
「分かってくれた? プラトニックラブの世界だからねえ、本当は元ネタのヤツと一緒で男だけで固めたいんだけれど…。ちょーっと面子が寂しいしね?」
たった八人しか居ないのではねえ…、と頭数を数えているソルジャー。会長をするというソルジャーの他に会長さんとキース君たち男の子が五人、プラス「そるじゃぁ・ぶるぅ」で八人。確かに少々寂しいかもです。
「メンバー不足は悲しすぎるし、この際、女子も入れておこうかと」
君たち二人、とスウェナちゃんと私を指差しつつも、ソルジャーは。
「だけど、あくまでメインは男! 男性が男性を応援しまくる、そしてひたすら尽くして頑張る! 競い合ってヒートアップしてってなんぼで、最終的には其処のブルーを!」
一番のハーレイのファンにするのだ、と盛り上がる気持ちは分からないでもないですが…。
「…それで、このぼくがハーレイのファンになるとでも?」
「やってみなくちゃ分からないじゃないか!」
蓋を開けてみれば嫉妬に燃える君が居るかも、とソルジャー、ニヤニヤ。
「日頃ハーレイをオモチャにしている君の心理は歪んだ愛情! それを真っ直ぐに直してやればね、ハーレイへの愛に目覚めるわけだよ。他の面子が頑張るほどに効果が出るかと」
あの役目は自分がしたかったのに、と歯ぎしりするようになれば目覚める日も目前、と唱えるソルジャー。
「ハーレイのために料理したいとか、掃除を頑張って喜ばれたいとか! そうした境地に持って行くためにも、他の会員はハーレイのために頑張りまくる!」
ぼくも含めて、というソルジャーの決意は本物でした。本気の正気で教頭先生の私設ファンクラブ。自分が会長となって立ち上げ、尽くして応援しまくろうとは…。
「そういうわけでね、たった今から、ぼくたちはハーレイのファンクラブ会員だから!」
でもって会長はこのぼくだから、とソルジャーは仕切り始めました。
「ブルーがぼくを押しのけて会長の座に就きたいと言うなら譲るけれどね、それ以外の面子はぼくが絶対! ぼくが決めたらきちんと従う!」
まずはハーレイを応援すべし、と最初の御言葉。
「ハーレイは只今、孤独な昼食を何にしようかと悩み中! ファンクラブとしては放っておけない状況だよねえ、早速出掛けて応援しなくちゃ!」
それでこそ私設ファンクラブ! という叫びが終わらない内に、パアアッと溢れた青いサイオン。ソルジャー、全員を連れて飛びますか? 教頭先生のお宅まで!?



「「「………」」」
自称ファンクラブ会長のソルジャーの技に抜かりなし。会長さんの家のリビングから瞬間移動をした筈なのに、私たちの足にはしっかりと靴が。ついでに目の前に教頭先生のお宅の玄関の扉。ファンクラブ会員を名乗る以上は玄関で挨拶からということですか…。
「君たち、年が明けてから一度もハーレイに会ってないしね? ちゃんと「あけましておめでとうございます」だよ、まだ七草粥の日なんだから!」
そこを間違えないように、と注意してから、ソルジャー、チャイムをピンポーン♪ と。
『はい?』
ドアホンの向こうで聞こえた教頭先生の声は弾んでいました。それはそうでしょう、玄関チャイムに至るまでには庭が横たわっているのです。本当だったら門扉のチャイムを鳴らさなければ玄関前には来られません。
そうした過程をショートカットしてチャイムを鳴らせる来客、すなわち瞬間移動が出来る人。つまりは会長さんの登場を意味しているわけで…。
「ああ、ハーレイ? あけましておめでとうございます」
『こ、これはどうも…! あけましておめでとうございます』
すぐに開けます、という声は敬語。教頭先生、ドアホン越しの声でもソルジャーと会長さんの区別がつくのが凄いです。これも愛の力と言うものなのか、と驚く間に扉が開いて。
「どうぞ、お入り下さい…って、なんだ、全員来ていたのか?」
「御挨拶だねえ、来ちゃ駄目だとでも?」
会長さんがフンと鼻を鳴らせば、ソルジャーがその脇腹を肘でドカッと。
「そうじゃなくって! 礼儀正しく、新年の挨拶をきちんとするっ!」
「…い、いたたた…。あ、あけましておめでとうございます…」
呻きながらの会長さんの声に合わせて、私たちもペコリと頭を下げて。
「「「あけましておめでとうございます!」」」
「あ、ああ…。うむ、あけましておめでとう」
遠慮しないで入ってくれ、と教頭先生は扉を大きく開けたのですが。
「ありがとう、ハーレイ。でもね、その前に! お昼御飯は何を食べたい?」
ソルジャーが訊いて、教頭先生が。
「いえ、そこは私が決めるのではなく…。何の出前を取りましょうか?」
「ダメダメ、ぼくたちの方が御馳走する立場! 決められないなら寄せ鍋でいい?」
寒いもんねえ、というソルジャーの言葉に、教頭先生、「はあ…」とポカンと。
「じゃあ、寄せ鍋! 君は家でゆっくりしていてくれれば…」
さて、と私たちに向き直るソルジャー。いきなり会長命令ですか?



昼食は寄せ鍋と決めたソルジャー、お次は私たちをグルリと見渡し、「うん」と一声。
「とりあえず財布はマツカに任せる。だからマツカと…。寄せ鍋用の食材選びを頼まなきゃ駄目だし、ぶるぅもだね。他に荷物持ち、キースとシロエ!」
頑張ってこい、と柔道部三人組と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が買い出し部隊に選ばれました。
「急いで出掛けて、急いで帰る! それが大切!」
「「「はいっ!」」」
逆らったら怖いと思ったのでしょう、キース君たちは最敬礼して買い物へと走り去ってゆき。
「お昼御飯の手配は終了! それじゃ入って」
君が一番、とソルジャーは教頭先生を玄関の中へと促し、教頭先生は途惑いながらも靴を脱いで家へ上がられましたが。脱いだ靴の向きを直すべく屈もうとなさったのをソルジャーが止めて、私たちに。
「気が利かないねえ、こういう時にはサッと屈んで靴を揃える!」
「「「は、はいっ!」」」
会長さんを除いた全員が慌て、教頭先生の大きな靴はサム君が素早く揃えました。恐らく元老寺での修行の賜物でしょう。初詣だの春のお彼岸だのお盆だのと手伝い続けて苦節ウン年、檀家さんの履物を揃えまくって長いですから。
「……靴に買い物……」
教頭先生、自分が置かれた状況がサッパリ分からない様子。そんな教頭先生に、ソルジャーはとびきりの笑みを浮かべて。
「君のファンクラブを設立したんだ、ぼくが会長で他の面子は全員、会員!」
「ファンクラブ?」
「そう! 君を応援するためのクラブで、何から何まで君のお世話をするんだよ! 会員は君に尽くしてなんぼで、今日からスタート!」
だから君はゆっくり寛いでてよ、とソルジャー、ニコニコ。
「君はコーヒー党だよね。ぼくたちが美味しいコーヒーを淹れる。君を囲んでお茶会と洒落込みたいところだけれども、買い出し部隊で一部が出動中だから…。こういう時にはフライング禁止」
お茶会は後で改めて…、とソルジャーは勝手知ったる他人の家な教頭先生の家に上がり込み、教頭先生をリビングのソファに座らせて。
「さて、コーヒー。…この中で一番美味しく淹れられそうなのは誰だろう?」
「「「え、えーっと…」」」
コーヒーを上手に淹れられそうなキース君とマツカ君は外出中。残った面子は紅茶党ですけど、どうなるんでしょう?



教頭先生のためにコーヒーを。しかし紅茶党の団体様では無理があるかも、と思っていればソルジャーの鶴の一声が。
「とりあえずサムを指名かな。でも…。ブルーも上手に淹れられそうだよね」
「なんでぼくが!」
会長さんの叫びに、ソルジャーは「あーあ…」と深い溜息。
「先はまだまだ長そうだ、ってね。此処でサムを押しのけて名乗りを上げるトコまで行かないとねえ…」
「ぼくにそういう趣味はないから!」
「はいはい、ツンデレ」
今の所はツンのみだけど、と非常に懐かしい死語が登場。ソルジャーは会長さんを指差しながら、ソファの教頭先生に。
「これでもファンクラブに入ってる以上、君のファンには違いないわけ。…ところがツンデレっていうタイプでねえ、デレるまではツンのみで突っ走るかと」
「…ツンデレですか…」
「うん。ぼくがファンクラブを立ち上げたのはさ、ツンデレなブルーのツンの部分を突き崩すためで…。いずれデレるからお楽しみにね」
「は、はあ…。ブルーがツンデレだったとは…」
全く気付きませんでした、と教頭先生、感動の面持ち。それはそうでしょう、脈無しとばかり思っておられた会長さんが実はツンデレ、デレさえすれば実は自分のファンだったなんて…。
ソルジャーが得々として会長さんツンデレ論を展開している間にサム君がコーヒーを淹れて来て「どうぞ」と差し出し、教頭先生、一口飲んで。
「ほほう…。これは美味いな」
「あっ、そうですか? 良かった、俺、たまに練習してるんですよ。将来に向けて」
「将来?」
「坊主になった時のためです、修行中には先輩のためにお茶を淹れるのも仕事ですから」
コーヒーも緑茶も上手に淹れないと叱られるんです、とサム君、キリッとした表情。玄関先での靴の件といい、着々と将来に向けて経験を積んでいるようですけど、ジョミー君の方は未だ坊主に拒絶反応。将来、苦労しなけりゃいいんですけどねえ、ジョミー君…。



教頭先生がコーヒーを飲み終えた後は、買い出し部隊が戻って来るまで暫し歓談。あくまでフライング禁止ですからお茶もお菓子もソルジャーが断り、話題はひたすらファンクラブ。教頭先生はファンクラブが会長さんの「デレ」を引き出すためのものだと知って感激、大喜びで。
「素晴らしいクラブを作って下さってありがとうございます」
「どういたしまして。ぼくも常々、歯がゆく思っていたからねえ…。君にはブルーがお似合いなのにさ、このとおり究極のツンデレだからね」
「ぼくは違うと!」
「うんうん、その発言もツンデレゆえだよ」
こんな具合で揉めている内に買い出し部隊が帰還しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンで頑張り、出汁が出来たら寄せ鍋開始。教頭先生を囲んでのお食事会は大いに盛り上がり、ソルジャーはせっせと教頭先生の食事の世話を。
「ハーレイ、次はどの具を入れる? あ、ぶるぅ、こっちは煮えてるのかな?」
「うんっ! 煮えすぎない間に取ってあげてね」
「了解。はい、どうぞ」
ホントは「あ~ん♪」と行きたいんだけどね、と言いつつソルジャー、お箸で摘んだ具を教頭先生の取り皿に。そして私たちの方を見ながら。
「とりあえず、こういう席でのお世話の権利は会長のぼくが独占ってね。ぼくを追い落として会長になれる権利はブルー以外には無いんだけどねえ、ちゃんと例外もあるってね」
「「「例外?」」」
「ほら、これはハーレイのファンクラブだから。ハーレイ自身が他の人を会長にしたくなったら、指名して交代させられるわけ。…ツンなブルーは指名するだけ無駄っぽいけどさ」
ブルー以外は頑張りたまえ、とソルジャーの檄が。
「ぼくよりも上手くお世話が出来ます、実はこんなに気が利くんです、とハーレイにアピールすべきだね。そうやって頑張る君たちの姿を見ている間にツンなブルーも」
「デレないってば!」
「いやいや、其処がツンデレのツンデレたる所以で、真骨頂だよ」
それでこそツンデレ! とソルジャーは自説を曲げようともせず、私たちの使命は会長さんのツンを崩してデレな部分を引っ張り出すこと。ソルジャーが立ち上げた教頭先生の私設ファンクラブは本日発足、明日から本格的な活動に入るということで。
「じゃあ、ハーレイの私設ファンクラブの前途を祝して!」
ソルジャーの音頭で「かんぱーい!」の声の大合唱。会長さんだけが「献杯!」と法事モードで叫んでましたが、それもソルジャーに言わせれば「ツン」ゆえ。デレへの道は長いそうです、そもそもデレないと思いますけどね…?



活動を始めた教頭先生の私設ファンクラブ。本格的な活動に入る、とソルジャーが宣言した発足の翌日は冬休みが終わって三学期に入る日と重なりました。お蔭で朝から調子が狂った私たち。いえ、正確には早朝からです。
『ダメダメ、そんな食材なんて!』
朝も早くから全員の家に飛び込んで来たソルジャーの思念。三学期の初日と言えば御雑煮の大食い大会、優勝すれば先生を二人指名して闇鍋イベントとあって、生徒は誰でも闇鍋用の食材持参で登校なのに…。
『納豆なんかは論外だから! 持つなら味噌とか醤油とか!』
ファンクラブ会員が闇鍋を不味い方向に持って行ってどうする、という厳しい突っ込み。教頭先生は毎年、私たち1年A組の優勝と同時に指名されて闇鍋を食べさせられる立場ですしね…。
『教頭先生を闇鍋から外せばいいじゃない!』
勇気ある思念は寝起きでキレたジョミー君のようですけれども、ソルジャーは。
『指名してるの、ブルーだろ? ツンデレ、ツンデレ』
ツンの間はハーレイは闇鍋から決して逃げられないのだ、という反論不可能な仰せ。私たちは無難な食材を持たざるを得なくなり、相談の上で全員が餅を。ツンデレの名を冠せられた会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に変なのを用意してると思うんですけど…。
『ツンデレなんだから仕方がないよ。それより、入り待ちしなくちゃ駄目だよ!』
餅を持ったら急いで出る! と急き立てられて学校へ。教頭先生よりも先に学校に着いて、校門前での入り待ちが必須。登校してみればソルジャーが会長さんの制服姿で校門前にちゃっかりと。
「やあ、おはよう。…どうせツンデレは入り待ちなんかはしないしね?」
「あんた、その格好でバレないのか?」
キース君が尋ねれば、「何を今更」と嘯くソルジャー。
「門衛さんはぼくがブルーだと思っているけど? 他の先生たちだって分かりやしないさ」
平気、平気、と自信たっぷり。間もなくゼル先生が大型バイクでやって来ましたが、「なんじゃ、今日は揃って早いのう」と声を掛けて通って行っただけ。
「ほらね、全然バレないし! あ、来た、来た!」
ハーレイだ、というソルジャーの合図で二列に分かれてザッと整列。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も来ていませんから面子はたったの八人だけで、四人と四人の列ですけれど。
「「「おはようございまーす!」」」
一斉にお辞儀した私たちの間を、教頭先生が車で通ってゆかれました。窓を開けて「おはよう」と挨拶をして下さいましたが、これが入り待ちというヤツですか…。



始業式が済んだら御雑煮大食い大会開催。ソルジャーは姿を消してしまって、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の登場です。二人の活躍で1年A組は見事に優勝、今年も闇鍋への道が開いて。
「教頭先生を指名します!」
会長さんの声が会場に響き、もう一人はゼル先生が選ばれました。これにクラス担任のグレイブ先生が連帯責任で強制参加となり、合計三名。グラウンドに据えられた大鍋は…。
「…俺たちが餅にしておいても、だ。クラスの他のヤツらがな…」
多勢に無勢だ、とキース君が言う通り、他のクラスメイトが鍋に投入したラインナップは凄まじきカオス。其処へ会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がブチ込んだものが業務用のコチュジャンまるごと一瓶と同じく業務用ナンプラー。これで美味しくなる筈もなくて。
『仕方ないよね、ツンデレ、ツンデレ』
どうやら「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に居るらしいソルジャーからの思念。教頭先生にも届いたらしくて、激マズ闇鍋を笑顔で食べていらっしゃいます。会長さんは悪戯に燃えているだけでツンではないと思うのですけど、まあ、いいか…。
「いいんだよ、所詮ハーレイだから」
あの馬鹿さ加減がハーレイなのだ、と腕組みをして笑って見ている会長さん。教頭先生にはその笑みすらもが自分に向けられたデレの欠片に見えるらしくて、笑顔全開。
「…俺の良心が痛むんだが…」
キース君が胸を押さえれば、会長さんは。
「別にいいだろ、ハーレイは喜んでいるわけだしね。自分のファンクラブが出来た上にさ、それの目的がアレだしねえ…」
「あんた、楽しんでいるだろう!」
「ファンクラブという発想自体は迷惑だけどさ、同じ阿呆なら踊らにゃ損々、と思うわけだよ」
こうなったらトコトン踊ってやる、と開き直りの会長さん。ツンを極めて突っ走るそうで、極めるためには努力も何も要らないそうで。
「ぼくが普通に振る舞ってればね、それだけでハーレイが勝手にツンだと解釈するから!」
『無理しなくっても元からツンデレだしね?』
聞こえて来たソルジャーの思念をサラッと無視して、会長さんは闇鍋のノルマを完食なさった教頭先生にツンとそっぽを。これぞツンデレ、ただしツンのみ。勘違いしておられる教頭先生、デレを夢見てデレデレですけど…。



放課後は新学期恒例、紅白縞のお届けイベント。会長さんから心をこめての紅白縞のトランクスを五枚、教頭先生に届けるためにと教頭室まで行列を組んで行くわけですが…。
「ぼくは今回、行かないからね!」
ファンクラブの会長が行けばいいだろ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で唇を尖らせている会長さん。
「わざわざファンクラブを作ったからには、こういう美味しいイベントの類は会長が独占するものだろう!」
「うーん…。それはそうだけど、このイベントはさ…。君とハーレイとの心の絆で」
「そういうのを結んだ覚えは無いから!」
君に譲る、と会長さんはソルジャーに顎をしゃくりました。
「このイベントには悪辣な悪戯がセットになることも多いしね? 今回は究極の悪戯ってことで、ぼくは面子から外させて貰う。ぼくからトランクスを貰えないわけだよ、ハーレイは!」
「分かったってば、要はツンデレ」
「ツンデレじゃないっ!」
その要素だけは絶対に無い、と喚く会長さんにツンデレ要素が皆無なことは私たちには嫌というほど分かっていました。けれど分かっていない人が一人。言わずと知れたファンクラブ会長、会長さんにも教頭先生への愛はあるのだと思い違いをしているソルジャー。
「君もいい加減、頑固だねえ…。まあ、それでこそのツンデレだけどね」
デレた時の値打ちがググンと上がるし、とソルジャーは会長さんの代理でトランクスを届ける役目を快諾。私たちを引き連れ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にトランクス入りの箱を持たせて教頭室がある本館へと。会長さんがやっているように教頭室の重厚な扉をノックし…。
「失礼します」
ガチャリと扉を開けたソルジャーに続いて私たちがゾロゾロと。教頭先生は「あなたでしたか」と慌てて立とうとなさいましたが。
「いいって、いいって! ぼくはファンクラブの会長だしね。君に尽くしてなんぼなんだし、座っていてよ。はい、いつもの紅白縞を五枚、お届け。生憎とブルーが嫌がってねえ…」
ツンデレだしね? と小首を傾げてみせるソルジャー。
「ファンクラブに入ってしまったからねえ、何かと恥ずかしいらしい。なにしろトランクスだろう? 君の大事な息子とかをさ、カバーするのがコレだしねえ…」
「なるほど、そういうことでしたか…」
そう聞けば嬉しい気もします、と顔をほころばせる教頭先生、またも壮大な勘違い。会長さんはツンデレのツンだと、デレはまだ先でツンのみなのだ、とトランクスの箱を抱えて感無量。デレどころかツンさえ無いんですけど、ツンさえ何処にも無いんですけど~!



勘違いの極みな教頭先生と、思い違いなソルジャーと。ある意味、最強、あるいは最凶なタッグが組まれたファンクラブはガンガン活動し続け、マメに通ってくるソルジャーの指示の下、どんどんエスカレートしてゆきました。
「「「教頭先生、お疲れさまでーす!」」」
廊下に整列、揃ってお辞儀。教頭先生が授業に行かれる教室の前での入り待ち、出待ちは今や基本で、特別生だからこそ可能な究極の活動。特別生には出席義務がありませんから、授業への遅刻も途中で抜けるのも自由自在というわけで。
「すまんな、いつも出迎えて貰って」
「「「光栄でーす!」」」
次の授業も頑張って下さい、と最敬礼する私たち。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が一緒に出待ちや入り待ちをすることもあって、そうした時にはソルジャーは会長さんのふり。先生方にも生徒たちにもバレてませんけど、教頭先生だけは御存知ですから、そういう日には。
「ふむ…。まだツンなのか」
「「「はいっ!」」」
「…デレてくれる日が楽しみだな、うん」
こんな会話があるのですけど、廊下や教室の他の生徒にはツンが何だかデレが何だか意味不明。いつの間にやら、妙な噂が学校中に広がってゆきつつあって…。
「なんだと、俺たちが組を結成していると!?」
キース君の声が引っくり返って、シロエ君が。
「そうらしいです、教頭先生が組長だとかで…。会長が若頭だっていう噂ですよ」
「「「く、組長…」」」
組長、おまけに若頭。それはヤのつく自由業とか言わないか、と青ざめましたが、時すでに遅し。世間はスウェナちゃんと私、どちらが「姐さん」なのかで悩んでいるとか、姐さんは実はフィシスさんだとか、噂の裾野が広がりまくっているらしく…。
「…どうしてヤクザになっているんだ…」
俺たちは暴力団ではない筈なんだ、とキース君が頭を抱えれば、ソルジャーが。
「じゃあ、ファンクラブですって白状するかい? そうすりゃ、一発で解決するよ?」
「出来るか、馬鹿!!」
そっちの方がよほど酷いぞ、というキース君の叫びもやんぬるかな。
今や教頭先生の家で炊事洗濯、家の中はおろか表の通りの掃き掃除。車の運転手までは出来ませんけど、代わりとばかりに校内で、家のガレージで愛車をピカピカに磨き上げる日々。これがヤクザの活動でなくてファンクラブだと知れたら、「痛いヤツ」でしかありません。



「…ぼくたち、何処の組になるわけ?」
ジョミー君が呆然と呟き、サム君が。
「1年A組じゃねえってことだけは確かだよな…」
「やはりそうか…」
ナントカ組系ナントカ組とかいう組だな、とキース君が天井を仰ぎながら。
「このままで行くと、いずれはアレか? 何処の組の兄さんで、とか訊かれて仁義を切らんといけない日とかが来るわけか?」
「「「さ、さあ…」」」
どうなるのだろう、と泣きの涙の私たちを他所に、組長ならぬファンクラブ会長のソルジャーは今日の放課後も張り切っていました。
「こらこら、此処でサボらない! 急いで帰るよ、ハーレイの家の表にゴミが落ちているから!」
掃除して食事の用意を済ませたら戻って出待ち、と飛ばされる指示。
「「「はいっ!」」」
「うん、いい返事! 頑張ろうねえ、ブルーがデレる日を目指してね!」
「それだけは無いから! ぼくはツンデレなんかじゃないから!」
若頭、いえ、会長さんの怒鳴り声も名物の一つと化して久しく、もはや私たちに残された道は。
「…仕方ない、ヤクザを極めるとするか」
「デレよりも先にそっちの方向で確定だよ、きっと…」
キース君とジョミー君の嘆き節はソルジャーの「じゃあ、出発!」の声と青いサイオンとにかき消されました。1年A組の特別生七人組改め、誰が呼んだか何処ぞのヤクザの組員の集い。元はファンクラブだったと思うんですけど、今でもファンクラブなんですけど~!
「目指せ、ツンデレのブルーがデレる日! 今日も張り切ってファンクラブ活動!」
「「「はいっ!」」」
ファンクラブ会長の指図で掃除に、炊事にと懸命に走る私たち。これが終わったら学校に戻って出待ちで、それが済んだら家の前まで戻って入り待ち。ヤクザの世界とどっちがキツイか、それ以前にこれっていつまで続くか、誰か教えて下さいです~!




              クラブで応援・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 作中の歌劇団のモデルは、いわゆるヅカというヤツです。ベルばらとかで有名な。
 そしてファンクラブの活動も実話、ご贔屓さんは半端ないです。知り合いにも何人か…。
 アニテラも9月22日で放映終了から10周年になります。早いものですね。
 シャングリラ学園、来月も月イチ更新です。windows10 は今も絶望的に駄目です。
 次回は 「第3月曜」 10月16日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、9月は、お彼岸。スッポンタケの法要を誰がやるかが問題で…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv









※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv




秋になったら学園祭に収穫祭。そんなお楽しみの季節が始まる前にキース君を待ち受けているもの、それが秋のお彼岸。元老寺の副住職だけに逃亡不可能、お彼岸に入れば休日はもれなく墓回向。お中日ともなれば法要、散々なシーズンですけども…。
「やっと終わった…」
今年も死んだ、とキース君は放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で討ち死にモード。バナナと梨のパウンドケーキにも手を付けないでソファにグッタリ、よほど疲れたものと思われます。
「えとえと…。キース、大丈夫?」
コーヒー飲む? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。コーヒーも放置でしたっけ…。キース君は「ああ、すまん」とカップを手に取り、ゴクリと一口。それからジョミー君とサム君の方に視線を向けて。
「おい、お前たちもいずれは辿る道なんだからな?」
「ぼくは坊主はやらないから!」
「俺も住職の資格は持ってないしよ」
二人が答えると「甘いな」の一言。
「本格的に修行に入ったら、経験値ってヤツがモノを言う。道場ってトコは厳しいぞ? いきなり役を割り振られる上、出来ませんなんて言おうものなら鉄拳だからな」
住職の資格を取りに行く道場の厳しさを説くキース君。
「噂じゃ、去年の道場な…。何処の寺のバカ息子かは聞いていないが、法要の練習で主役を振られた。だが、やり方が分からないしな? 出来ません、とトンズラしようとして、だ…」
「殴られたとか?」
ジョミー君が訊けば「甘い!」と一声。
「殴る程度は普通だ、普通! そいつはトコトン性根が腐れていたらしくて、指導員の愛の鞭が飛びまくった挙句に足を蹴られて脱臼したそうだ」
「「「だ、脱臼…」」」
なんと恐ろしい話なのだ、と私たちは震え上がりましたが。
「それだけで済んだと思うなよ? 脱臼したから修行出来ません、道場にはもうサヨナラです、と言える世界じゃないからな。その足を引き摺って最終日まで、だ」
「「「うわー…」」」
まさかそこまで厳しいとは…。その轍を踏まないよう、サム君とジョミー君も元老寺で練習しておくべし、ととキース君が説き、ジョミー君が断固拒否する光景は見慣れたものですけれど。
「…そうだ、忘れていた」
お彼岸疲れで綺麗サッパリ、とキース君。忘れていたって、いったい何を?



「…実は、お中日の法要の後の打ち上げの席でな…」
キース君はようやっとパウンドケーキを食べ始めながら。
「檀家さんに頼みごとをされたんだ。どうしたものか、と思って保留にしてあるんだが」
「頼みごとねえ…」
会長さんが興味を抱いたようで。
「保留とはまた、君らしくもない。どういう内容だったわけ?」
「いや、それが…。御祈祷を頼む、といった話で」
「そのくらいなら受ければいいだろ、ぼくたちの宗派も御祈祷をしないわけではないし」
基本は南無阿弥陀仏だけれど、と会長さん。
「璃慕恩院でも最近は護摩を焚くようだしねえ、檀家さんのお願いくらいは聞いてあげれば?」
「……御祈祷で何とかなるものならな」
「え? 合格祈願の御祈祷だってする世の中だよ、結果はお寺に関係ないだろう?」
「そういうわけでもないんだ、それが」
だから保留だ、とキース君は少し困った顔で。
「少なくとも俺と親父ではどうにもならん。頼りにされているのは多分、あんただ」
「ぼく?」
「あんたが掛軸を処理した話はウチの寺では有名だからな」
あの掛軸だ、と挙げられた例は、ずっと昔にソルジャーの世界から「ぶるぅ」が飛び出して来た怪しい掛軸。『月下仙境』という名前でしたか、描かれた月が異世界への出入り口になっていて妖怪だの何だのが湧いて出るから、と檀家さんがアドス和尚に預けたのです。
「あったね、そういう掛軸も…」
「あの掛軸を見事に封印したのが、あんただ。だから今回もきっと…」
あからさまには言われなかったが狙いはあんただ、とキース君。
「しかしだ、モノがモノだけに返事をしかねる状況で…」
「ぼくは何でも歓迎だけど? 貰えるんだよね、御祈祷料は」
「ああ、そこの所は間違いない。お布施はこのくらいで如何でしょうか、と訊かれたからな」
キース君が立てた指が一本ならぬ二本。これはなかなかにゴージャスです。
「へえ…。アドス和尚と山分けしたって指一本かあ…」
引き受けよう、と会長さんは即答したのですけれど。
「あんたはそれでかまわないのか? モノは河童だぞ」
「「「河童!?」」」
またしても妖怪変化の類が出ましたか? 河童と言ったら河童ですよね…?



檀家さんから頼まれたらしい御祈祷のお値段、指二本分。素晴らしいお値段に会長さんは乗り気なのですが、キース君曰く、モノは河童で。
「河童って…。出るのかい?」
何処に、と会長さんが尋ねました。
「そういう噂は聞かないけれども、アルテメシアの川だよね?」
「…川だったらまだいいんだが…」
「沼か池かい? 別に何処でもかまわないけど」
流石は伝説の高僧、銀青様。御祈祷で河童を封印するのか、倒すのか。やる気満々、お布施という名の報酬に釣られて行け行けゴーゴー状態です。
「とにかく出るのを何とかすればいいんだろう? そのくらいならお安いご用さ」
「出る方だったら俺も悩まん!」
保留にはせん、とキース君。
「じゃあ何さ? まさか実害、出ちゃったとか? …出そうだとか?」
河童の子とか、と会長さんがブツブツと。
「そっちだったら産婦人科の仕事だねえ…。河童が来ないようにする方は出来るけれどさ、妊娠しちゃった子供の方はどうにもこうにも」
え。河童の子って…。産婦人科って、人間が河童の子供を妊娠するわけですか?
「そういう事例が遠い昔にはあったと聞くねえ、実際に見た事は一度もないけど」
会長さんによると、河童の子供は言い伝えレベル。とはいえ生まれた例が皆無とは言えず、現に「ぶるぅ」が飛び出して来た掛軸からは妖怪がゾロゾロ出て来たのですし…。
「河童の子供は産婦人科にお任せするよ。それで祟りが怖いと言うなら御祈祷を」
「……子供の方もまるで無関係とは言えんのだが……」
だが、とキース君は苦悩の表情。
「あんた、遺伝子の組み換えとかは出来るのか?」
「え?」
なんで、と会長さんの目がまん丸に。
「それって研究者の仕事だろ? なんで御祈祷が関係するわけ?」
「檀家さんの頼みがそいつだからだ! 有り得ない生物を作ってくれと!」
「「「ええっ!?」」」
有り得ない生物を作れと言う上に、河童の子供も無関係ではない話。もしや人間の胎児を遺伝子組み換え、河童の子供に仕立てようとか?



「…そ、そういうのは倫理的には如何なものかと…」
いくら自分の子供でも、と会長さんは顔色が良くありません。
「どういう目的で河童が欲しいのか分からないけど、人間の子供を河童にするのは…」
「俺はそこまで言っていないが」
壮大な話を作り上げるな、とキース君は苦い顔をしました。
「檀家さんの依頼は河童のミイラだ。そいつを本物の河童に仕立てて将来に備えたいらしい」
「「「は?」」」
今度こそ話が意味不明。本物の河童に仕立てるも何も、河童のミイラは在るのでしょう。そりゃあ河童のミイラってヤツは偽物だらけと聞いていますが、それを遺伝子組み換えとやらで本物に仕立てて将来にどう備えると…?
「分からんか? 河童のミイラは檀家さんの家の家宝でな…。と言うか、昔から屋根裏に宝物があると伝わっていて、だ。最近、家をリフォームするのに大工を入れたら謎の箱が」
屋根裏の梁に古びた大きな箱が結び付けられていたという話。蓋に『河伯』の二文字があって、開けてみたらば河童のミイラ。
「それでだ、檀家さんは今は金には困っていないが、子孫の代にはどうなっているか分からんからな? 今の間に河童のミイラを正真正銘の河童にしたい、と」
そうすれば将来、鑑定に出せば謎の生物として箔がつく上、高く売れるとか見世物にするとか、本当の意味での宝物になるであろう、というのが檀家さんの読み。
「なにしろ現時点では効き目が絶倫だけだからなあ…」
「「「絶倫?」」」
「あれだ、あっちのブルーが目の色を変える絶倫だ。宝物に関する言い伝えの中に、「もしも子孫が絶えそうになったら宝物を探して粉にして飲め」とあったらしい。それで絶倫、早々に子宝に恵まれること間違いなしだと」
「「「へえ…」」」
河童のミイラが精力剤だとは知りませんでした。しかし会長さんが河童の子供が云々などと言ったからには好色な河童が居ても可笑しくないわけで。
「檀家さんが言うには河童のミイラはまず間違いなく偽物らしい。だが、偽物だと分からない時代もあったわけだし、そんな時代に宝物のミイラで絶倫と聞けばプラシーボ効果も…」
プラシーボ効果、すなわち偽薬でも信じて飲んだら効くというヤツ。イワシの頭も信心からで、河童のミイラで子宝も充分ありそうです。
「というわけでだ、子供も無関係では無いとは言った。問題はその先の祈祷の話だ」
出来るのか? とキース君は会長さんを見詰めました。明らかに偽物であろう河童のミイラを「鑑定に出してもバレないレベルの謎の生物」に仕立てられるのか、と。



「うーん……」
腕組みをする会長さん。この段階で無理難題に近いということは分かりました。とはいえ、考え込むからには何か方法が…?
「やってやれないことはない。…ただし、御祈祷料が全然足りない」
その百倍は貰わないと、という強烈な仰せ。
「河童のミイラとやらに半永久的にサイオンを張り巡らせることになるからねえ…。何処を削ってサンプルを採られても、MRIだのCTだので撮影されてもバレないように…さ」
そこまでのサイオンを使うんだったら御祈祷料は安くて百倍、本当だったら千倍貰ってもいいくらいだ、と言われましても。
「お、おい! その檀家さんは裕福ではあるが、河童のミイラにそんなに出すなら…」
「お金で残しておくんだろ? そっちがオススメ」
断りたまえ、と会長さんはバッサリと。
「ぼくの力をアテにしてるんなら、こう言うんだね。「イカサマに加担する気は全く無い。阿弥陀様の前で嘘はつけない、嘘は妄語で五戒に反する」と断られた、と」
「そうか、五戒か…。坊主は五戒を破れんからな」
その線で行くか、とキース君も頷いたのですけれど。
「ちょっと待ったぁーっ!!」
いきなり響いた叫び声。誰だ、と振り返った先に見慣れた紫のマント。
「…河童だって?」
ミイラだってね、とソルジャーが笑顔で立っていました。
「しかも粉にして飲めば絶倫、子宝に恵まれるんだって?」
「いや、だから! そいつはプラシーボ効果というヤツで!」
誰も効くとは言っていない、とキース君は反論しましたが。
「さあ、どうだか…。昔の人の知恵っていうのも侮れないしね、まるで根拠が無いとも言えない。そのミイラ、ぼくに任せてくれたら遺伝子くらいはどうとでも……ね」
「なんだって!?」
「分からないかな、ぼくの世界は技術が遙かに進んでいる。このぼくでさえも人工子宮から生まれてるんだよ、そんな世界に遺伝子を弄る技術が全く無いとでも?」
サイオンなんかは要らないんだよ、とソルジャー、ニッコリ。
「いろんな惑星の環境に合った植物や動物を作り出すとか、人類だってやっている。そんな時代に生まれたミュウが本気のサイオンを使った場合は!」
新種の生き物も作れるのだ、とソルジャーは威張り返りました。そういえばサイオンを使えるナキネズミとやら、ソルジャーが作ったと聞かされたような…?



「ぼくはナキネズミだって作ったんだよ」
新種の生物で生殖能力もちゃんとある、と得意げな顔で話すソルジャー。
「ああいうのを一から作るのに比べたら、河童のミイラの一つや二つを作り替えるくらいは朝飯前でね。だってミイラだし、それ一体だけ作り替えればいいんだろう?」
「…それは確かにそうなんだが…」
「じゃあ、やるよ。報酬の方は別に要らない。お小遣いに不自由はしてないからね」
ソルジャーのお小遣いはエロドクターからの貢物。ランチやディナーに付き合うだけで気前よくポンポンくれるらしくて、そのお小遣いでキャプテンと一緒にこっちの世界で食べ歩きをしたり、素敵なホテルに泊まったり。ゆえにお布施など必要無くて。
「指二本分の報酬だっけ? それは君たちで山分けすれば?」
「せめてお布施と言ってくれ!」
キース君はそう叫びましたが、河童のミイラな依頼の件はどうやら解決出来そうなわけで。
「…あんたがやってくれるのか…。だったら檀家さんの期待も裏切らずに済むが」
「ぼくにドカンとお任せってね!」
ついでに絶倫な成分の入ったミイラだといいな、とソルジャーはウットリしています。
「偽物が多いとか話してたけど、偽物作りに使った材料が絶倫になれる代物だったら期待大! こっちの世界のスッポンとかは効果が素晴らしいしね」
「…河童のミイラはスッポンではないと俺は思うが…」
「とにかく河童のミイラとやらを借りて来てよね、でないと何も出来ないから!」
「その点は俺も承知している。御祈祷をすると言って借りて来る」
現地での御祈祷は難しいのだ、と言えば簡単に借りられるであろう、とキース君。それはそうでしょう、指二本分もの御祈祷料を頂く御祈祷、普通の民家のお座敷なんかじゃ有難さも何もあったものではありません。
「よし、どうせブルーに……いや、こっちのブルーに期待をかけての依頼なんだし、一ヶ月くらい借りておいても問題無かろう。その線でいこう」
「了解。それじゃ、河童のミイラとやらの作り替えにはブルーの家を借りてもいいかな?」
ぼくのシャングリラでやるのはちょっと、と言うソルジャーに、会長さんが「うん」と。
「お布施を山分けしてもいいなら、場所くらい貸すよ」
「オッケー、商談成立ってね!」
河童のミイラを借り出して来い、とソルジャーがキース君に指示を下して、河童プロジェクトがスタートすることになりました。キース君は帰ったら早速、檀家さんに電話をするそうですけど、河童のミイラを拝める日はいつになりますかねえ…?



河童のミイラの作り替え。御祈祷をする、とキース君に連絡を貰った檀家さんは大喜びで翌日の朝に古ぼけた箱を元老寺へ運び込みました。其処から先は会長さんとソルジャーの仕事。まずは会長さんがアドス和尚からお布施を受け取り、瞬間移動で河童入りの箱を自分の家まで。
「いやあ、アドス和尚も気前がいいねえ…」
まさか全額貰えるだなんて、と会長さんは御機嫌です。アドス和尚は元老寺の面子が立って評判が上がれば充分と考えていたらしくって、分け前は不要。指二本分のお布施はまるっと会長さんの懐に転がり込むことに…。
「それで河童のミイラはどうだったわけ?」
偽物だった? とジョミー君。此処は放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。
「偽物だろうと思うけど…。まだ確認はしてないんだよ」
どうせだったら皆でジャジャーン! と開けたいじゃないか、と会長さん。
「ブルーが来るのは明日だしね? みんなの目の前で初公開だよ」
「いいですね!」
楽しみです、とシロエ君。
「色々調べてみたんですけど、偽物はサルとからしいですね?」
「サルに細工をするのよね」
私も調べた、とスウェナちゃん。
「いろんな見かけのミイラがあったわ、サイズも色々」
「俺も調べてみたんだけどよ…。すっげえ上手に出来ているよな、それっぽいよな」
サム君も楽しみにしているようです。もちろん私も河童のミイラなんて実物を見るのは初めてですから、ドキドキワクワク。
「大いに期待しててよね。ぼくもサイオンで透視はしてない」
どんなミイラが出て来るやら…、と会長さん。河童のミイラはピンからキリまで、本物としか思えないものからショボイものまであるのだそうで。
「どうせだったら本物っぽいのを希望だよ、うん」
せっかく作り替えるんだから、と言いたい気持ちは分かります。胡散臭いのを作り替えて凄いミイラを作り出すより、それっぽいのがいいですよね!



土曜日の朝、私たちはバス停で待ち合わせてから会長さんのマンションに向かいました。管理人さんに入口を開けて貰って、エレベーターで最上階まで。玄関のチャイムを鳴らすと間もなく扉がガチャリと開いて。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! ブルーも来てるよ!」
入って、入って! と飛び跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」の行き先は普段と違う部屋。いつもだったらリビングに通されるか、はたまたダイニングか。けれど本日はまさかの和室で。
「やあ、おはよう」
「一足お先にお邪魔してるよ」
広い和室に会長さんと私服のソルジャーが座っていました。会長さんはピシッと正座で、ソルジャーは体育座りというヤツ。
和室の棚には阿弥陀様が収められた御厨子が安置されていて、その前の畳に大きな古びた木の箱が。阿弥陀様は私たちが特別生になって初めての夏休みに埋蔵金を探していた時、蓮池の底から掘り出した思い出の黄金の阿弥陀様。
古びた木箱が河童のミイラ入りの箱なのでしょう。御祈祷と銘打ったなら阿弥陀様のある部屋が相応しいですが、なんとも大きな木箱です。畳一枚の半分くらいは余裕でありそうな長方形の木箱。古ぼけっぷりも半端ではなく…。
「大きいだろ、これ」
サルだとしたらかなり大きい、と会長さん。
「この国のサルではないかもね。精力剤として輸入してきた特別なサルのミイラとか…」
「サルって精力剤なのかい?」
ソルジャーの問いに、会長さんは「さあ?」と無責任な答え。
「そういう話は聞かないけれども、サルは性欲が凄いからっていう例えで「サル並み」と言うね」
「サル並みだって?」
「そう。性欲の強い男性を指すのにサル並みだ、とね」
「それは凄いね、それじゃ効くかも!」
早く開けよう、とソルジャーが膝を乗り出し、会長さんも。
「百聞は一見にしかずだしねえ、まずは拝んでみるとしようか」
それじゃ一応、と数珠を取り出し、ジャラッと繰ってから朗々と読経。お念仏やら呪文のような真言やらを織り交ぜ、最後にパパッと手で印を切って。
「これでよし、っと。頼まれたからには御祈祷ってヤツもしておかないとね」
なにしろお布施が指二本分、とのお言葉ですけど、それにしては思いっ切り略してませんか?



ともあれ開封のための御祈祷完了、会長さんとキース君が二人がかりで箱の蓋を開け。
「「「うわあ…」」」
蓋に墨で黒々と書かれた『河伯』の二文字はダテではありませんでした。出て来たミイラは大きさの方もさることながら、浮き出た骨格はサルっぽいどころか謎の生物。頭骨はサルと言われればサルに見えなくもないですけれども、身体がまるで違います。
「えーっと…。これってホントにサル…?」
見えないんだけど、とジョミー君が指差し、サム君が。
「なんか違うよなあ、俺が調べた河童のミイラにこんな形のは無かったぜ?」
「私もこういうのは見てないわ」
スウェナちゃんが悩み、マツカ君が。
「頭と手は辛うじてサルでしょうか?」
「ですねえ、水かきがついてますけど…」
よく出来てます、とシロエ君。ミイラの手には水かきもきちんとついていました。水かきはサルの手につけられるとしても、ミイラの身体。どう見てもサルらしくない骨格。
「なんだろう、これ?」
「俺にも分からん」
まさか本物…、とキース君が首を捻る横から、ソルジャーが。
「…ぼくも詳しくはないんだけどさ。地球の生き物には疎いんだけれど、オットセイかな?」
「「「オットセイ!?」」」
どの辺が、と思いましたが、サルよりはオットセイとかアザラシの方が近そうです。会長さんが「ちょっと調べて来る」と部屋を出てゆき、暫くしてから一枚の紙を持って戻って来て。
「…多分、正解」
これがオットセイ、と差し出された紙にはオットセイの骨格標本がプリントアウトされていました。見比べてみるとよく似ています。前足と後ろ足を外してサルの手足と替えたら、こんな感じになるでしょう。ついでに頭もサルと交換。
「オットセイか…。あんた、よくオットセイだと見抜いたな」
「そりゃね、お馴染みの生き物だしね?」
ソルジャーはパチンとウインクして。
「オットセイのパワーは凄いんだよ! まさに絶倫、オットセイの薬は基本の基本!」
オットセイはハーレムを作るんだから、とソルジャー、力説。
「その絶倫のパワーを秘めた薬は効くからねえ…。うんうん、それでキースが言ってた言い伝えとやらが出来たのか…。子孫が絶えそうな時は飲んで絶倫、子宝パワー!」
素晴らしすぎる、とソルジャーは感激してますけれども、オットセイのミイラだったとは…。



河童のミイラの正体はどうやらオットセイとサル。本物の河童でないことは分かりました。この偽物を鑑定に出してもバレないレベルの謎の生物に作り替えるのが御祈祷ならぬソルジャーの仕事。どうするのかな、と私たちは興味津々です。
「やっぱりサイオンを使うのかい?」
会長さんが訊くと、「ナキネズミはそうやって作ったけどねえ…」と、のんびりと。
「でもねえ、これはとっくの昔に死んでる上にミイラだしさ」
そんなに手間暇かけなくても、とソルジャーは「どっこいしょ」の掛け声と共に宙から箱を取り出してきて。
「とりあえず、お手軽に使える薬剤がこれだけ」
箱の蓋が開くと、中にズラリと何種類もの液体が入った試験管。
「ぼくの世界じゃ、学校なんかでこういう実験もするんだな。これに浸すだけで細胞レベルの変化が起こったりもする。学校の実験で新薬発見、なんてニュースも珍しくない」
ぼくは頭からぶっかけられたり水槽に放り込まれたり、と人体実験をされていた時代の怖い話も出て来ました。
「ぼくなんかはタイプ・ブルーだからねえ、何をされても平気だけどさ。ハーレイなんかも防御力に優れたタイプ・グリーンだから問題無いけど、弱いミュウだと免疫系を破壊されちゃって死んじゃうこともあったらしいね」
「「「………」」」
そんな薬を持ち込むな、と誰もが心で思いましたが、ウッカリ声に出してしまって頭からバシャッとかぶる羽目になったら困ります。此処は黙って見守るが吉。ソルジャーはウキウキと防水シートなんかも取り出し、畳の上に「よいしょ」と広げて。
「このシートはねえ、こう折って…。そしてこういう風に曲げれば」
ヒョイヒョイとソルジャーが作業する内に、防水シートは金魚すくいの水槽みたいな形に化けました。便利な物があるのだなあ、と眺めていれば。
「はい、此処に河童のミイラをよろしく」
ソルジャーが会長さんとキース君に促し、その二人が。
「なんで、ぼくが!」
「なんで俺が!」
「適役だから」
ソルジャーはサラリと返して「ほら、早く」と。
「御祈祷を引き受けて来たのは君たちだろう? 力仕事くらいは手伝う!」
此処にミイラ、と防水シートの水槽の底をトントンと。うーん、ミイラって重いんですかね?



「…仕方ない。キース、そっちを持って」
「ああ。壊さないように気を付けてくれよ、檀家さんの家の家宝だからな」
二人がかりで抱え上げられた河童のミイラが水槽の中へ。会長さんとキース君が言うには見た目よりかは相当に軽いらしいです。ソルジャーは「始めようかな」といつの間にやら白衣まで。
「まずは、これ、っと」
河童のミイラの干からびた胴体の上に薬がポタポタ。染み込んだのを確認してから「そして三分間ほど待つ!」と何処のカップ麺かと勘違いしそうな台詞が。三分経ったら「結果を調べる!」と顕微鏡ならぬ万華鏡みたいな筒状の………ルーペ?
「ああ、これかい? これで覗くだけで細胞の状態とかが分かる仕組みで」
ソルジャーは薬剤を染み込ませた部分とそうでない部分を見比べた末に。
「うーん、イマイチ…」
次はコレだ、と別の薬剤をポタポタポタ。また三分間待つのだろうか、と思えば今度は十五分間ほどだとか。薬によって待ち時間も変わるみたいです。
「色々と効き目が違うからねえ、この手の薬も。これなんかは十五分だけに期待出来ると思うんだけど…。DNAの配列なんかも変わったりするし」
「そんな薬を平然と使わないで欲しいんだけど!」
普通の部屋で、と会長さんが文句をつけたのですけど、ソルジャーときたら。
「平気だってば、影響が出ないように一応シールドしてるしさ。試験管から直接飲んだりしない限りは大丈夫だよ、うん」
「だけど!」
「怖いんだったら部屋から出てれば? ぼくが一人で実験するから」
サイオンで覗き見してればいいじゃないか、という意見は至極もっともでした。恐ろしげな薬を次から次へと試す現場に付き合わなくても、リビングとかで中継画面を眺めていればいいわけで…。
「…そうしようか?」
会長さんが私たちをグルリと見回し、キース君が。
「そうすべきだな」
危険すぎる、という意見。白衣のソルジャーは「それがいいね」と頷いて。
「それっぽいのが完成したらお知らせするから、出ていれば? 河童のミイラは壊したりしないよ、大事なものだと分かってるしね」
「じゃ、じゃあ…。そういうことで、君に任せた!」
「俺もあんたに一任する!」
それじゃ、と私たちはダッシュで和室から逃げ出しました。人体実験経験者なんかと同列にされるのは御免です。変な薬を浴びてしまう前に、君子危うきに近寄らずですよ~!



トンズラしてからはリビングでお茶にしようかという案も出ましたが、如何せん、目の前にソルジャーを監視しておくための中継画面。その向こうで河童のミイラ相手に薬剤を試すソルジャーがポタリポタリと液体を垂らしては待つわけですから、飲み物はあまり…。
「かといって菓子を食うのもな…」
どうもイマイチ食欲がな、とキース君。河童ならぬオットセイのミイラは食欲がわくようなモノではありません。仕方ないので飲まず食わずでいる内に昼食時になって。
「もしもーし!」
ぼくの御飯は、と白衣のソルジャーがリビングに。よくもあの状況で食べられるものだ、と感心したものの、人体実験だの戦場だのをくぐり抜けて来た猛者でしたっけ…。
「何も無いわけ? 食べる物とか?」
「えとえと、急いで作るから!」
すぐ出来るから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンに走り、昼食に予定していたらしい秋ナスとブロッコリーのアンチョビパスタが運ばれて来ました。揚げ焼きにしたナスがドッサリ、ニンニクも効いて美味しいですけど。
「……何か?」
ソルジャーが私たちの視線に首を傾げて、会長さんが。
「白衣くらいは脱ぎたまえ! それに手はきちんと洗って来たんだろうね!?」
「洗ってないけどサイオンで殺菌」
「洗いたまえ!!」
もうキッチンでも何処でもいいから、と怒鳴りつける会長さんと、ゲンナリしている私たちと。ソルジャーの性格が大雑把なことは知ってましたが、あんなミイラに薬剤を次から次へと試しまくっている実験中でも手を洗わないで昼御飯ですか、そうですか…。



破壊的としか言いようのないソルジャーの実験は午後も続いて、午後の三時頃。
「出来たーーーっ!!!」
バアン! とリビングのドアが開いて、もはや中継画面も見ないでゴロゴロしていた私たちの前にソルジャーが。
「出来た、出来たんだよ、凄いのが!」
「…正真正銘の河童のミイラ?」
会長さんが返すと、ソルジャーは。
「出来たんだってば、まあ見に来てよ!」
凄いんだから、と興奮気味のソルジャー。これは見るしかないのだろう、と皆で立ち上がり、実験室と化した和室に入ってみれば。
「「「………」」」
いつの間にやらビッグサイズに化けた水槽の中に河童のミイラが薬剤にドップリ浸かって入っていました。つまりは実験成功なわけで、今は全身の細胞だか組織だかDNAだかを丸ごと作り替えている段階である、と…。
「平たく言えばそうだね、うん」
こうして明日まで浸けておけば…、と水槽の中を見下ろしている白衣のソルジャー。
「遅くとも明日の夜には全部の組織が別物に変わる。この世界には全く居なくて、オットセイでもサルでもないっていう凄いミイラが出来るんだけど…」
「出来るんだけど…?」
会長さんが問い返した途端、ソルジャーは。
「このミイラってさ、貰っちゃってもいいのかな?」
「「「はあ?」」」
「ぼくが貰ってもかまわないかな、って訊いてるんだけど」
「それは困る!」
檀家さんの家の家宝だ、とキース君がグッと拳を握りました。
「何を思ってそう言い出したのか知らんが、これは譲れん! 作り替えたのを返さんと!」
「レプリカを返すっていうのはどう?」
これとそっくりに作った偽物、と白衣のソルジャーが水槽を覗き込みながら。
「オットセイとサルで出来てるんだろ、仕組みが分かればレプリカくらい!」
頑張ってみんなで作ろうじゃないか、と提案されても、サッパリわけが分かりません。凄いミイラが完成したとか言っておきながら、なんでレプリカ? もしかして何か失敗しちゃって、水槽から出したら粉々だとか…?



「…うーん…。粉々と言うか、ぼくが粉々にしたいと言うか…」
本当に凄いのが出来たんだから、とソルジャーは実験に使っていた万華鏡もどきを操作し、和室の壁に画像や図などを映し出しました。
「よく見てくれる? これが元々のミイラのデータで、こっちが最終的に得られたデータ。全部の部分がこうなるようにと作り替えてるのがこの水槽の中の液体で…」
「それは分かるよ、だけどデータの意味が読めない」
会長さんにも謎らしいデータは私たちには謎でしかなく、キース君とシロエ君にも意味が掴めない代物で…。
「君たちには意味が不明だったら、文字通り猫に小判だよ。レプリカを作ってそれを返そう、もったいないから」
「「「もったいない?」」」
どの辺が、と画像を眺めても図を見詰めてもソルジャーの意図が分かりません。けれどソルジャーは腰に手を当て、仁王立ちして。
「絶倫パワーが元のミイラの三百倍!!」
「「「三百倍!?」」」
聞き間違いではないだろうか、と耳を疑うその数値。ソルジャーが細かく丁寧に説明してくれても根拠はサッパリ、でも本当に三百倍もの絶倫パワーを秘めたミイラが出来上がりつつあるらしく。
「これほどの薬、ぼくも今までに見た事も聞いたことも無い。ぼくのハーレイに飲ませた場合は小さじ半分でビンビンのガンガン、ヌカロクどころか徹夜でヤッても疲れ知らずに!」
是非とも欲しい、とソルジャーの赤い瞳がキラキラと。
「キース、檀家さんには一ヶ月くらい借りておくって言ったんだろう? それだけあったらレプリカは充分作れるよ! ミイラにするのも古ぼけた風に加工するのも責任持つから、ジャストサイズのオットセイ探しを手伝って!」
「「「オットセイ探し!?」」」
「そう! このミイラから適正なサイズを割り出すから!」
「「「えーーーっ!?」」」
よりにもよって生きたオットセイを探す所からレプリカ作り? しかもミイラに仕立てるだなんて、探し出されたオットセイはもれなくソルジャーにブチ殺されてミイラにされちゃうわけなんですよね? それと手足と頭にするサル…。



「お断りだ!」
キース君が怒鳴り返すまでには三秒もかからなかったと思います。眉を吊り上げ、怒りの形相。
「いいか、俺はこれでも坊主なんだ! 殺生の罪を犯すわけにはいかん!」
「ぼくも同じだね。銀青が殺生をしたとなったら、其処の阿弥陀様にも顔向けできない」
会長さんが同意し、サム君と、普段は坊主を拒否するジョミー君までが僧籍を盾に逃げの姿勢で。残るはシロエ君とマツカ君、スウェナちゃんと私だけですけれど…。
「「「お断りします!」」」
捕まったら最後、殺されるであろうオットセイ探し。そんな作業に加担したくはありません。おまけにサルも探さなくてはいけないかもで、そのサルももれなく殺されるわけで…。
「でも、ぼくはミイラを諦めたくはないんだよ! 絶倫パワーが三百倍!」
どうしても欲しい、と喚くソルジャーに向かって、キース君が。
「やかましい! レプリカとやらを作って頑張れ、同じ手順で出来る筈だろうが、そのパワー!」
「…え? あ、そうか…。そういえばそうかも…」
レプリカの方も弄らなくっちゃいけないのか、とソルジャー、納得。
「河童のミイラを作るんだったね、この世界には無い生物に作り替えなきゃ駄目だったっけ…」
絶倫パワーの前段階でも充分に別物の生物だけど、とソルジャー、ブツブツ。
「そこまで出来たし、もうひと押し、って薬を加えたら絶倫パワー! そうか、一から作ればいいのか、ぼく専用に…」
「そうだと思うぞ、オットセイのサイズも選び放題になるんじゃないのか?」
キース君の言葉にソルジャーは「ああ、なるほど!」と手を叩いて。
「同じ作るなら大きなオットセイがいいねえ、そうするよ! 実験のデータは残らず記録を取ってあるしね」
これこれ、と万華鏡もどきを嬉しそうに覗いているソルジャー。
「このミイラよりもうんと大きなオットセイを捕まえて絶倫パワーを三百倍! うん、こんな小さなミイラなんかよりビッグなサイズで夜もパワフル!」
それでいこう、と大喜びのソルジャーはミイラを寄越せとゴネる代わりに翌日の夜に完成品のミイラを水槽から出し、サイオンで乾かしてキース君に嬉々として引き渡しました。
「ありがとう、キース! これのお蔭で凄い薬が手に入りそうだよ、檀家さんにもよろしくね」
「いや、檀家さんには礼を言われる立場なんだが…。感謝する」
正真正銘の河童のミイラをデッチ上げてくれて礼を言う、と深々と頭を下げるキース君。こうして河童のミイラは『河伯』と墨書された古びた箱へと納められて…。



「あの箱、檀家さんの家の天井裏に戻されたって?」
次の週末、会長さんの家のリビングで会長さんに訊かれたキース君は。
「そうらしい。子孫のために梁に結んでおきました、と報告がてら礼金と菓子折を貰ってな」
これだ、と分厚いお布施の袋と菓子折が。私たちが貰っていいそうです。
「「「やったー!!」」」
貰った、と狂喜しつつも、気がかりは此処には居ない功労者で。
「…オットセイ狩りに行ったらしいね?」
ジョミー君がブルブルと震え、シロエ君が。
「それ、済んだんじゃなかったですか? 今はミイラに加工中だったかと…」
「もう乾燥に入ったらしいよ」
仕事が早い、と会長さん。
「まったく無意味な殺生を…。お蔭でぼくは阿弥陀様への礼拝を増やす羽目になったし!」
「そして当分うるさいだろうな、三百倍のパワーとやらでな…」
キース君の溜息と同時に、全員が超特大の溜息をついて今後を憂えたのですけれど。それから程なく、私たちは受難の日々を迎える事になりました。
「やっぱりアレでなくっちゃいけないんだよ!」
響き渡るソルジャーの怒声は例のミイラを指しての叫び。檀家さんの家の屋根裏で数百年を経て来たミイラは特異な変化を遂げていたらしく、ただのオットセイのミイラを加工したって三百倍のパワーは出ないらしいのです。
「アレは絶対ダメだと言うなら、他の河童のミイラでいいから! とにかく河童!」
ミイラを寄越せ、と押し掛けて来ては騒ぐソルジャー。いっそ盗め、と禁断の入れ知恵を会長さんがやらかしてくれて、檀家さんの家の屋根裏の箱の中から河童のミイラは消えたそうです。
「…やっちゃったよ…」
ブルー除けとはいえ盗みを働けと言ってしまった、と落ち込んでいる会長さん。盗みは嘘をつくのと同じで五戒とやらに含まれるとか。ソルジャーが盗んだ河童のミイラの絶倫パワーでお楽しみの間、私たちも罪滅ぼしにお念仏を唱えるべきなのでしょうか?
「お布施と菓子折、山分けしちゃったもんね…」
「やっちゃいましたね…」
仕方ないか、と檀家さんへのお詫びの気持ちで今日から当分、おやつの前には南無阿弥陀仏のお念仏。きっといつかは罪も消えるとお唱えしましょう、南無阿弥陀仏…。




             凄すぎる河童・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 河童のミイラが屋根裏に…、というのは「割とよくある」例かもしれません。
 ソルジャーが盗んでしまいましたけど、檀家さんは空の箱を大事に残すのでしょう。
 シャングリラ学園、来月は普通に月イチ更新です。windows10 は今も絶望的に駄目です。
 次回は 「第3月曜」 9月18日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、8月は、恒例となったスッポンタケの棚経。ところが…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv









Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]