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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





夏、真っ盛り。恒例の柔道部の合宿とジョミー君とサム君の璃慕恩院修行体験ツアーも済んで、ホッと一息のお疲れ休みといった所です。会長さんのマンションに集まり、マツカ君の山の別荘行きをいつにしようか相談中で。
「卒塔婆書きの方は順調だからな、俺はいつでもかまわないぞ」
いざとなったら今年は親父に押し付ける、とキース君は今回、なんだか強気。アドス和尚に押し付けるなんて、そんな裏技が可能でしょうか? サム君もそう思ったらしく。
「お前の親父さん、怖いじゃねえかよ。押し付けたりしたら後が大変だぜ?」
「親父には貸しがあるからな。月参りのピンチヒッターで」
「「「ピンチヒッター?」」」
なんですか、それは? 月参りと言えばお葬式と違って日時が決まっている筈ですが…?
「だからこそのピンチヒッターだ。親父のヤツ、仲間とゴルフコンペに行ったのはいいが、日程を勘違いしていやがってな。当日の朝に気が付いたんだ。その日は月参りがフルに入っていたことに」
「「「………」」」
あちゃー…。やっちゃいましたか、ダブルブッキング。以前のアドス和尚だったらゴルフコンペをドタキャンですけど、今はキース君が副住職です。代理で月参りに行って貰えば問題ないというわけで。
「よろしく頼む、と言って来たから「高くつくぜ」と返しておいた。卒塔婆の五十本や百本くらいは丸投げしたって許される」
あっちはゴルフに行ったんだしな、と鼻で笑っているキース君。お坊さん同士のゴルフコンペって全く想像つきませんけど、ゴルフばかりか野球チームもあるそうです。キース君にも入らないかと声が掛かるのを断り続けているらしく。
「…野球自体は面白そうだが、年に何度か試合があるんだ。その打ち上げがパルテノンの高級料亭らしい。舞妓さんを呼んで派手にやるから、と言われても俺にはそういう趣味が…」
「ついていけない世界なわけだね、万年十八歳未満お断りじゃねえ…」
お気の毒さま、と会長さんがクスクスと。
「君はそういう世界よりかは柔道部の合宿で騒いでる方が好きだろう? 今年は鼠花火だったんだって?」
「「「鼠花火?」」」
何故に柔道部で鼠花火が出てくるのでしょう。花火で遊んでいたのかな?
「…ああ、まあ…。俺はやめとけと言ったんだがな…」
「かなり酷い目に遭ったようだねえ、ハーレイにバレてボコボコではねえ…」
度胸試しもほどほどに、と会長さんは楽しげですけど、柔道部の合宿で何をやったの?



鼠花火で度胸試しをやらかしたという柔道部。教頭先生が顧問で指導係なだけに、ボコボコってことは叱られたに違いありません。シロエ君とマツカ君もバツが悪そうで。
「ぼくもやめるように言ったんですけど…」
「合宿の打ち上げでしたから…」
ハイになった後輩たちには無駄でした、とマツカ君たち。打ち上げってことは最終日?
「正確には最終日前夜というヤツだ。最終日は朝稽古をして帰るだけだし、ハードな練習は前の日で終わりになるからな…。夜の食事もちょっと豪華に、食後の遊びもOKで」
他の日は夕食が終わったらミーティングなどで、自由時間は無いらしいです。終了前夜は翌朝の練習に響かない程度に打ち上げをやるのが毎年恒例。今年もみんなで花火をやろうと買い込んであって、ワクワクの花火大会を。
「最初の間は良かったんだ。花火を持って振り回すくらいは普通だし…。そこへ鼠花火を握るヤツが出て来て、いつまで持っていられるかと度胸試しを」
「危ないじゃないの!」
スウェナちゃんが叫びましたが、キース君は。
「危ないと言えば危ない遊びだが、反射神経の問題だしな。ほどほどにしろよ、と注意しておいた。そしたら更にエスカレートして、鼠花火をよける方向で」
「「「よける?」」」
「そのまんまだ。点火した鼠花火は何処に走るか分からない。その上をだな、飛び込み前転とかバク転で飛んで逃げようという遊びになってしまったんだ。これぞ究極の度胸試し、と」
「「「………」」」
流石は男の世界な柔道部。ウッカリ鼠花火に突っ込んでしまったらどうするのだ、と驚いていれば、シロエ君が。
「現に突っ込んじゃってましたよ、何人か…。でもですね、全体重でブチ当たるだけに花火の方が負けるんです。蝋燭の火を指で摘んでバチッと消すのがあるでしょう? あれと同じで当たった途端に消えちゃうんですよ、鼠花火は」
「へえ…。だったら別に危なくないんだ?」
ジョミー君は好奇心を刺激されたみたいです。
「なんだか面白そうだよね、それ。ちょっとチャレンジしてみたいな」
「…叱られるぞ?」
お前もボコボコにされたいのか、とキース君は怖い顔。
「確かに花火に当たると消えるんだがな、どういうはずみで事故が起こるか分からない。柔道部のヤツらもヒートアップしてきた所へ教頭先生が様子を見に来て、凄い剣幕で怒鳴られて…」
道場で正座一時間の上、翌朝の練習メニューが三倍に増やされて誰もがヘトヘトな結末だった、という話。練習の中身が三倍になっても適宜な休憩などを挟んでいるため、体罰とは無縁。誰も文句を言えないままに稽古三昧でボコボコに…。



教頭先生がブチ切れてしまった鼠花火の度胸試しは非常にインパクト大でした。イレギュラーな動きが売りの鼠花火を飛び越えるだけでも難しそうなのに、飛び込み前転にバク転だなんて…。そんな遊びをやらかしていれば、キース君だって舞妓さんと遊ぶより楽しいでしょう。
「まあな…。俺も一度は飛んだわけだし」
「え、まさかキースもやったわけ?」
止めてたんじゃあ、とジョミー君が驚くと、キース君ばかりかシロエ君たちまでが。
「合宿は集団生活ですしね、やっぱりノリが大切ですよ」
「皆さんが楽しくやっている以上、先輩のぼくたちが注意するだけでは悪いです」
「…そういうことだ。そしてガッツリ叱られた」
思い切り連帯責任なのだ、と顔を顰めつつもキース君たちは満足そう。合宿を満喫してきたという達成感が顔に出ています。ちなみに三人とも、鼠花火に突っ込むことなく見事にかわしたそうでして…。
「…俺はバク転で行ったんだがな、運が良かったという所か」
「キース先輩、クソ度胸ですよ。ぼくも負けてはいられませんからやりましたけど…」
「ぼくはバク転は無理でした。普通に飛び込み前転です」
「それだって充分すげえじゃねえかよ!」
俺だと頭から突っ込むかも、とサム君が褒めちぎり、ジョミー君は。
「バク転に前転で鼠花火かぁ…。マツカの別荘でやってみたくない? 山の方なら教頭先生は来ないんだしさ」
「おい、お前な…。突っ込んだら笑い物確定だぞ?」
そしてお前は突っ込みそうだ、とキース君。
「日頃から要領が悪すぎる。何かと言ったらブルーに坊主、坊主と言われまくりだ」
「…そりゃそうだけど…。でも、逃げ足の方にも自信はあるよ?」
未だに坊主にされていないし、とジョミー君は親指を立てましたが。
「甘いね、君はとっくに僧籍だろう?」
僧籍となれば立派な坊主、と割り込んできた会長さん。
「徐未って法名も持ってるわけだし、坊主じゃないとは言わせない。逃げ足の速さは認めてあげてもいいけどね。…で、鼠花火を飛び越えたいわけ?」
「だって面白そうじゃない!」
「同じ花火ならもっとスリリングで、度胸試しも鼠花火の比じゃないヤツがあるけれど?」
それはもう半端ないヤツが、と会長さんはニコニコと。…もしかして今年の山の別荘、度胸試しで決定ですか? それも花火で?



鼠花火を飛び越えるよりもスリリングな度胸試しの花火。会長さんは何を知っているというのでしょう? 私たちは顔を見合わせましたが、てんで見当が付きません。
「知らないかなぁ、手筒花火」
「「「…てづつ?」」」
聞いたこともない花火です。手筒と言うからには打ち上げ式ではなさそうですけど…。
「昔はマイナーだったけどねえ、ホントに地域限定で…。それが今では出張サービスをする会社もある。花火大会に花を添えるってことで」
こんな感じで…、と会長さんが検索してくれた花火会社のホームページ。『手筒花火』の文字があります。それをクリックして動画をクリック。画面に出現したものは…。
「な、何、これ……」
「火を噴いてますよ!」
ジョミー君とシロエ君が同時に声を上げ、画面の中では法被姿のおじさん達が直径二十センチくらいの大きな筒を抱えています。筒の上からオレンジ色の火柱が勢い良く噴き上げ、高さはそれこそメートル単位。火の粉が降り注ぎ、文字通り炎の噴水の下でおじさん達は仁王立ち。
「凄いだろ? これだけでも充分に度胸試しと言えるんだけどね、最後が凄くて」
「「「最後?」」」
何が起こるというのだろう、と見詰めているとバァンッ! と大きな爆発音が。会長さん曰く、手筒花火のフィナーレはコレ。筒の底から景気良く火薬が炸裂するそうで、根性無しだとこの瞬間に筒を手放してしまうとか。
「ここまでやり遂げてなんぼなんだよ、手筒花火は。…ね、ぶるぅ?」
「かみお~ん♪ 見てるだけでもビックリだよね!」
目の前で見ると凄いんだから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんと一緒に何度か見ていて、子供でも出来る缶ジュースサイズのヨーカン手筒とかいう手筒花火を上げに行ったこともあるのだとか。
「…ぶるぅもやったの? 小型のヤツを?」
ジョミー君の問いに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気良く。
「うん! おっきいヤツはね、ぼくだと小さすぎて持てないし…。だけど一回やってみたくて、ブルーに頼んで連れてって貰って」
「じゃ、じゃあ、ブルーは……本物のアレを……」
凄すぎる、と腰が引けているジョミー君ですが、会長さんはアッサリと。
「やるわけないだろ、ぼくは儚げな美形が売りなんだ。ああいうヤツには向かないよ。…やってやれないことはないけど、絶対やらない」
ヨーカン手筒もやっていない、とキッパリ告げる会長さん。確かにイメージに合ってませんけど、そういう理由で大却下ですか、そうですか…。



会長さん曰く、手筒花火は柔道部なんかを遙かに超えた男の世界。花火からして自分で手作り、ハンドメイドのマイ手筒。
「花火で度胸試しをするなら手筒くらいはやらないと…。鼠花火を飛び越えるよりも男が上がるのは間違いないね。ただし、思いっ切り違法だけどさ」
「「「は?」」」
「手筒花火を自作するのも、上げるのも、免許とか許可が要るんだよ。そのための講座も存在するけど、そこまでやってちゃ面白くない。やるなら無許可で無免許だね。シャングリラ号だって違法なんだし」
届け出もしていなければ何処にも税金を払っていない、と言われてみればその通り。専用空港は正規の空港らしいのですけど、其処を発着するシャトルなんかは無届けで飛んでいるわけで。
「あれに比べれば手筒花火の無届けくらいは可愛いものだよ。夏休みの記念にやりたかったら技術をサイオンで盗んでくるけど?」
どうするんだい、と訊かれた男の子たちは。
「…面白そうな花火ではある。やってみるかな」
「キース先輩がやるんだったら、ぼくもやります!」
「俺だって! 俺もキースには負けないぜ」
「ぼくもやる! 一人だけ負けてられないし!」
怒涛の勢いで決意表明の四人に続いて、マツカ君がおずおずと。
「…ぼ、ぼくはヨーカン手筒でいいです、あんなのはちょっと無理そうです…」
「なに言ってんだよ、やりゃ出来るって! なあ、キース?」
サム君がマツカ君の背中をバンバンと叩き、キース君が。
「無理強いするのは良くないが…。挑戦するのも心身の鍛練になると思うぞ、どうしても無理だと思った時には勇気ある撤退というヤツだ」
手筒花火は無駄になるが、という言葉を聞いた会長さんの赤い瞳がキラリ。
「もったいないねえ、その手筒…。それ、ハーレイに上げさせようか?」
「「「えっ?」」」
「そうだ、どうせならハーレイも一蓮托生! 手筒花火の会の顧問になって貰ってハーレイの分も作らせるんだよ。ヘタレのベクトルが違うかもだから、見事に実演するかもね」
それが最高、と会長さんがブチ上げ、その場で電話。教頭先生、違法行為をやるというので暫く渋っておられましたが…。
「ふふ、男を上げるチャンスだと言ったら食い付いたし! 後は場所だね、花火作りと上げる場所とをどうするか…。マツカ、使える場所はあるかい?」
「なんとか出来ると思います。帰ったら父と相談して…」
最適な場所を見つけ出しますよ、とマツカ君が答えた時です。
「いいねえ、男が上がるんだって?」
ぼくも混ぜてよ、と優雅に翻る紫のマント。えっと、ソルジャー、まさか手筒花火を上げるんですか? 会長さんは自分のキャラじゃないとか言ってましたが、ソルジャーだったらお似合いかも…?



スタスタと部屋を横切ったソルジャーは空いていたソファにストンと腰掛け、アイスティーとケーキを注文。運ばれてきたライチのムースケーキにソルジャーは御機嫌でフォークを入れながら。
「あっちから覗き見してたんだけどさ、手筒花火って凄い発想だよね。火の粉をかぶって花火を上げて、最後の最後にドカンだろ? まさに究極の度胸試し! 男の中の男ってね」
「だからって君がやらなくても…!」
ぼくと同じ顔でやらないでくれ、と会長さんが泣きを入れると。
「ぼくがやるとは言ってないけど?」
「…じゃあ、誰が?」
「こっちのハーレイがやると聞いたら直接対決させなくちゃ! ぼくのハーレイはヘタレていないし、絶対、勝つに決まってるんだよ」
男同士のタイマン勝負、とソルジャーはニヤリ。妙な所で闘争心を燃やしているようです。
「だけどハーレイは忙しい身で…。ほら、海の別荘行きがあるだろう? あれに備えて根回し中でさ、花火を作りに来る暇が無い。ぼくが代理で作っていいなら参加させたいと思うんだけど」
「…君が代理で花火作りねえ……」
「ダメなのかい? だったらハーレイのスケジュールを組み直して…」
「要するに、やらせないという選択肢は無いわけだね?」
畳みかける会長さんに、ソルジャーは「うん」と頷くと。
「こっちのハーレイが男を上げるチャンスだというのに、ぼくのハーレイが現状維持ではつまらない。一緒に男を上げてこそだよ、ぼくのパートナーなんだから!」
ヘタレに負けるなんて有り得ない、と自信満々で言い放つソルジャー。何が何でもキャプテンの株を上げたいらしく、キャプテンの都合にはお構いなしで。
「スケジュールの調整が必要だとしてもね、ハーレイは頑張ると思うんだ。ぼくのためなら徹夜の二晩や三晩…。ぼくが頼めば明け方近くまで付き合ってくれる日もあることだしさ」
「「「???」」」
「あ、分からなかった? 徹夜に近い勢いでヤリまくるよりかは、普通に徹夜が楽だと思うよ。そしてヤリまくった次の日も疲れた様子は見せずにいられるのがハーレイで…」
本当に最近ヘタレなくなった、とソルジャーの話が更にアヤシイ方向へ行こうとするのを会長さんがピシャリと止めて。
「その先、禁止! 代理の花火作りは認めるからさ、余計な話はお断り!」
「これからがいい所なのに…。昨夜も二人で」
「退場!!!」
花火作りをやりたかったら大人しくしろ、と会長さんは柳眉を吊り上げています。手筒花火の会の顧問は教頭先生、おまけにソルジャーとキャプテンつき。山の別荘へ出掛ける計画、今年はオジャンになりそうですねえ…。



マツカ君の山の別荘へ行く予定だった夏休み前半。キース君には卒塔婆書きという仕事が山積みのお盆を控えた暑い盛りは、手筒花火なる熱いアイテムに費やされることに決定しました。顧問に迎えられた教頭先生の引率で、初日はマツカ君のお父さんが所有する竹藪へ。
「いいか、竹選びが大切らしいぞ。そのぅ…。何だったかな…」
マニュアルが印刷された紙に目を落とす教頭先生の横から、会長さんがチッチッと。
「ダメダメ、ちゃんと頭に入れて来るようにって言っといたのに…。顧問がそれではマズイと思うよ、これは特別にオマケだからね?」
キラリと走る青いサイオン。会長さんがゲットしてきた手筒花火に関するノウハウが伝達されたみたいです。教頭先生はマニュアルをサッと眺めて、竹藪の竹に向き直ると。
「選ぶ竹だが、まず二年物だ。今年生えた竹はこういう青。二年物は少し茶色くなる。この色だな。こういう色で、太さは中に大人の握り拳が入るサイズで…。そして曲がった竹ではダメだ」
真っ直ぐな竹でないと手筒花火が作れないぞ、と選び出された一本の竹。それが理想の竹らしいですが、使える部分は根元から五節分ほどで。
「これ一本で二人分だな。私と、あちらのブルーの分しか作れない。自分の竹は自分で探す!」
「「「はーい!」」」
男の子たちが竹藪に散ってゆき、アレかコレかと品定め。ようやっと全員分を確保出来るまでには長い時間がかかりました。お昼までには帰れるだろうと思っていたのに、切り倒した竹を運搬用のトラックに積んだら昼過ぎです。
「かみお~ん♪ 竹藪に来たんだし、そうめん流し~!」
お昼にはボリューム不足だけどね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が冷たい麺を竹の樋から流してくれて、みんなで昼食。ボリュームが足りない分はドカンと山盛りのちらし寿司が。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
「しっかり食っておくんだぞ。午後も作業があるんだからな」
手筒花火への道はまだまだ遠い、と教頭先生。一足お先にトラックで運ばれて行った竹を花火のサイズにカットし、加工しなくちゃいけないそうです。うーん、なかなか大変みたい…。



竹の加工はマツカ君の家の庭でやることになりました。広い芝生にテントが張られて、その下で竹を六十センチほどにカットしてから節抜き作業。
「一番下の節は残しておきなさい。そっちが発射口になる」
「「「え?」」」
竹が丸ごと発射口かと思ってましたが、違うようです。要らない節を抜くのも慎重に。
「うーん、こんな感じでいいのかなぁ?」
「ジョミー、竹は丁寧に扱うようにと言った筈だが?」
下手にぶつけたりしないように、と教頭先生の注意がビシバシ。小さなヒビが入ったりすると点火後に割れる危険があるのだとか。もっとも、そこは違法行為を働こうという会長さん主催の手作り会。サイオンでコーティングという安全確保の裏技アリです。しかし…。
「コーティングは油抜きをしてからなんだよ、まずは油抜き! 頑張るんだね」
今日は暑さが厳しいけどさ、と会長さん。…えーっと、油抜きっていうのは何ですか?
「竹の油と水分を抜いて乾かすわけ。自然乾燥だと間に合わないから、火を使う」
「「「火!?」」」
この暑いのに、と嘆く男の子たちは穴掘りに駆り出され、裏庭の使われていないスペースに大人が一人埋められそうなほどの大きな穴を。その底に一面に炭を並べて点火し、節を抜いた竹を穴の上に並べて干してジュウジュウと…。
「……暑いな……」
「なんか朦朧となってくるよね…」
キース君やジョミー君が汗だくでブツブツこぼせば、教頭先生の厳しい声が。
「今から暑くて手筒をどうする! 本番では火がついた筒を抱えるんだぞ!」
「「「はーい…」」」
でも暑い、と文句たらたらの男の子たちの隣ではソルジャーが涼しい顔をしていました。シールドを張って冷却中に違いありません。スウェナちゃんと私も会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシールドの中にいるわけですから、高みの見物に限りますよね!



乾かした竹は翌日、中を滑らかにヤスリがけ。それから後は竹の周りに縄をギッチリ巻き付ける作業の開始です。会長さんに見せて貰った動画にあったような太さになるまで幾重にもガッチリ、ギッチリと。驚いたことに縄巻き用の機械なるものが登場で…。
「ふふ、本場のをお借りしてきたよ。使ってない時は無用の長物だしね」
倉庫の奥から無断借用、とウインクしている会長さんが調達した機械のお蔭で作業は劇的にスピードアップ。手作業だったら数日はかかったであろう過程を一日で完了、残るはハイライトの火薬詰めというわけですが。
「いやもう、これをマツカの家の庭でやろうというのが最悪」
火薬詰めの日、会長さんが呟くと、ソルジャーが。
「なんで?」
「火薬だからだよ、人家の近くで扱うモノじゃないんだってば! 手筒花火を作る時もね、これだけは花火工場に行くという決まりになってる。花火工場の敷地を借りて詰めるわけ」
花火工場は人里離れた山奥なんかにあるものだ、と会長さん。万が一、火薬が爆発しても周囲に被害が及ばないよう、そういう立地になっているとか。…ということは、いくら敷地が広いとはいえ、マツカ君の家の庭というのは…。
「そう、違法行為も此処に極まれり…ってね。花火工場よりも安全なんです、と説明しようにもシールドなんかは警察に説明出来ないだろう?」
「「「………」」」
だったら花火工場に行けば、とは誰一人として言えませんでした。内緒で作ろうというのですから当然です。いよいよ違法行為の域に足を踏み入れるのか、と緊張の面持ちでジョミー君たちは縄を巻いた筒を節の方を下に固定して火薬詰め。これにも順番などがあるようで…。
「一番最初は赤土だぞ? 蓋の部分になるからな。火薬は棒でしっかり突き固めるように入れなさい。これだけ入れる度に百回くらいは突かないとダメだ」
「「「ひ、百回…」」」
この暑いのに、とゲンナリしつつも男の子たちは頑張りました。ソルジャーはと言えば、キャプテンの男を上げるためのアイテム作りの大詰めとあって嬉々とした表情でトントントン。隣で作業している教頭先生に負けじと根性で火薬を詰めて、詰めまくって…。
「ハーレイ、こんな感じでいいのかな?」
「そうですね。最後がハネ粉です、爆発用の火薬です。和紙に包んで、こう、真ん中に置いて…。後は新聞紙を詰めて下さい」
なんと、大トリは新聞紙ですか! 固く丸めた新聞紙が幾つもも突っ込まれて火薬詰めは無事に終了。筒の上下を引っくり返して残してあった節の真ん中に穴を開け、点火用の口粉を詰めてから紙で穴を覆って、丸めた新聞紙を置き…。
「この紙を上に被せて蓋をするんです。被せたら紐で強く縛って…。はい、出来上がりですよ」
お疲れ様でした、と教頭先生がソルジャーを労い、男の子たちの手筒花火も完成しました。街のド真ん中で危険な火薬を詰めていたなんて、ちょっと人には言えませんねえ…。



ついに完成した違法アイテム、ハンドメイドの手筒花火。上げるのも違法行為ですから、マツカ君が提供してくれた場所はお父さんが所有している山奥の駐車場でした。観光シーズンしか開かないとあって、花火をやるには最適で。
「湿気も風も無いし、絶好の花火日和だね」
空気も最高、と会長さん。私たちは夕方に会長さんのマンションに集合してから、瞬間移動で駐車場まで。なにしろ危険な手筒花火があるのですから、マイクロバスでの移動はマズイです。腹が減っては戦が出来ぬとばかりにスパイスたっぷりエスニック料理の夕食の方もたっぷり食べて…。
「ブルー、この衣装はどういう趣向なのです?」
キャプテンが自分の衣装を改めて見回し、ソルジャーが。
「手筒花火の制服らしいよ、そういう衣装が正式だそうだ。そうだよね、ブルー?」
「うん。手筒花火は本来、神様に奉納するもので…。お祭りに法被はお約束さ」
みんなそういう格好だろう、と会長さんが示すとおりに男の子たちは全員、法被。この日のためにと会長さんが誂えて来た、襟に『シャングリラ組』の文字が入ったお揃いです。背中には大きく『祭』の一文字。教頭先生も法被姿で、颯爽と前に進み出て。
「ブルー、そろそろ始めるか?」
「そうだね、最初はぶるぅのヨーカン手筒からかな」
「かみお~ん♪ ぼく、いっちば~ん!」
手筒花火作りが羨ましかった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、教頭先生に頼んでヨーカン手筒を作って貰っていたのです。手筒花火を初めて目にするキャプテンのためにも、初心者向けの演技は欠かせませんし…。
「ぶるぅ、点火するぞ?」
「うんっ!」
教頭先生が種火から採った火を入れ、子供法被の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が握った缶ジュースサイズの筒からシューッと噴出するオレンジ色の火花。一メートル以上も噴き上がる火にキャプテンは仰天したようですけど、それは手に持っているからであって。
「あれが手筒花火というものですか…」
「正確にはヨーカン手筒だけどね。お子様向けの小型版かな」
会長さんが解説している間にシューシュー噴いていた花火は終わりました。時間にしてほんの二十秒ほど、大した長さじゃありません。ハネと呼ばれる爆発も無く…。
「今のが小型版ですと、私が上げるというコレはどういうサイズなのです?」
どうも想像がつかないのですが、とキャプテンがソルジャーが作った手筒花火を見下ろし、教頭先生が。
「今から私が始めますので、どうぞご覧になって下さい」
「ああ、二番手でらっしゃいましたか。よろしくお願いいたします」
見学させて頂きます、と深々と頭を下げたキャプテンでしたが…。



「な、なんですか、あれは…!」
とんでもない火が、とキャプテンが叫んだ点火の瞬間。手筒花火は地面に横倒しにして火を入れ、そこから起こしてゆく仕組みです。点火と共に噴き出した炎は数メートルの彼方まで…。
「ああ、あれが手筒花火の目玉らしいけど?」
「…め、目玉……」
どうなるのですか、と慌てるキャプテンの目の前で教頭先生が筒を抱え起こして仁王立ちに。片方の足を後ろへと引いたポーズは最後の爆発で火傷しないためらしいです。火柱は思い切り高く上がって、会長さんが言うには地上から十メートルくらい。
「も、燃えてます、ブルー、燃えていますよ!」
パニック状態のキャプテンの肩をソルジャーがポンと軽く叩いて。
「そりゃあ燃えるさ、火薬が詰まってるんだしね。あの火花だけど、法被が多少焦げる程度で火傷は滅多にしないらしいし! 火薬に混ぜる鉄粉がダマになって落ちたら火傷というから、そこは気を付けて混ぜておいたよ」
心配せずに堂々とやれ、とソルジャーは言ってますけど、キャプテンの顔は真っ青です。
「ま、まさかこういう花火だとは…。か、抱える花火だとは聞きましたが…」
「クライマックスは最後だってさ、なんかドカンと」
「…ドカンと?」
何が起こるのですか、とキャプテンが身体を震わせた途端にバァン! と耳をつんざく爆発音がして手筒の底が吹っ飛びました。花火終了、教頭先生は燃え尽きた筒を抱えて、にこやかに。
「如何でしたか? 次、なさいますか?」
「…い、いえ、私は…!」
もう少し見学させて頂きます、と逃げ腰のキャプテンに代わってキース君が進み出、点火したマイ手筒花火を抱えて不敵な笑み。ジョミー君たちが写真や動画を撮影し始め、キャプテンは後ろでオロオロと。
「…ど、どうなっているのですか、ブルー! この花火はあれが普通ですか?」
「普通だってば、キースがやってるヤツもそろそろ…。あ、ほら」
バァン! と底が抜け、驚愕のキャプテン。続いてシロエ君が、ジョミー君が、サム君が…。キャプテンの恐怖は最高潮に達し、そこでマツカ君が。
「…あのぅ……。やっぱり、ぼくには無理みたいです…」
すみません、と謝るマツカ君に、教頭先生が大らかな笑顔で。
「気にするな、マツカ。無理をして火傷や怪我をするより、引き下がるのも男だぞ」
代わりに私が上げておこう、とマツカ君が作った花火を抱えて火の粉を浴びる教頭先生は男の中の男でした。一方、最後に残った手筒花火を上げるべき立場のキャプテンは…。
「む、無理です、ブルー! わ、私にはとても、あんな花火は…!」
「そう言わずにさ! 男の世界な花火なんだよ、こっちのハーレイには負けられないだろ?」
「……し、しかし……!」
そういうレベルの問題では、とキャプテンが絶叫し、バァン! と吹っ飛ぶ手筒の底。残るはキャプテンの手筒だけです。ここで上げずに退散したら、法被が泣くと思うんですけど…。



「…なんだかねえ……」
ぼくは心底ガッカリしたよ、と肩を落としているソルジャーと、「すみません…」と項垂れているキャプテンと。男の中の男を夢見てソルジャーが作った手筒花火は、教頭先生の逞しい腕に抱えられて火柱を噴き上げていました。キャプテンの背中の『祭』の文字が寂しそうです。
「…すみません、ブルー…。あなたの期待を裏切ってしまい…」
「うん…。お前の方がヘタレだったなんて、ぼくにも信じられないよ…」
なんでこういう展開に、と愚痴るソルジャーを他所に、教頭先生は勇壮に火の粉を降らせています。会長さんの前でキャプテンに勝つという快挙を成し遂げ、自信に溢れてヘタレも返上。この勢いなら会長さんにもアタック出来てしまうかも…。間もなくバァン! と底が抜けて。
「見てくれたか、ブルー!?」
やり遂げたぞ、と引き揚げて来る教頭先生に、会長さんが。
「そのようだねえ…。君の男は上がったようだよ、代わりに犠牲者が約一名」
「…犠牲者?」
「あっちの世界のハーレイさ。ブルーもガックリきたみたいだから、離婚の危機かも」
ヘタレに負けたらキツイよねえ、と会長さんは同情しきり。手筒花火の度胸試しは意外な結末を迎えてしまい、キース君たちも困った顔で。
「…もっと事前に学習してきて貰うべきだったな…」
「でもさ、それ、ぼくたちの仕事じゃないし!」
やるべき人が他にいた筈、と非難の視線はソルジャーに。キャプテンが男らしく見えるイベントに違いない、と勝手に思い込んで割り込んだ挙句、落ち込まれても私たちに責任は取れません。教頭先生の男が上がった件についても同様で。
「ブルー、これから祭りの打ち上げだったな? 成功した祝いに一杯やろう」
「そ、そりゃあ……。君は今回の殊勲賞だけど…」
乾杯するなら全員で、と必死に逃げを打つ会長さん。男を上げろと煽っただけに、いつもの調子で突っぱねるわけにもいかないようです。たまにはビールの一杯くらい、お疲れ様と注いであげるしかなさそうですねえ…。



駐車場で手筒花火を上げた後始末はマツカ君のお父さんにお任せとあって、私たちは再び瞬間移動で会長さんのマンションへ。使用済みの手筒花火の筒は、お祭りに使った花火の場合は魔よけなどに人気で高く売れたりするらしいのですけど…。
「ふうん…。だけどハーレイはヘタレちゃったしねえ…」
どちらかと言えば厄を呼びそう、と生ビールをガブ飲みするソルジャー。教頭先生は会長さんに注いで貰ったジョッキを上機嫌で傾け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意していたローストビーフや唐揚げ、タコスなんかをパクパクと。
「ブルー、もう一杯、頼めるか? いやぁ、花火の後の飯は美味いな」
「はいはい、手筒を上げた数だけ入れてあげるってば。…三発分ね」
これで二杯目、と会長さんがビールを注ぐのを横目で見ていたソルジャーですが。
「…聞いたかい、ハーレイ?」
「は?」
何でしょう、と恐る恐る訊き返したキャプテンに、ソルジャーは。
「…三発だってさ。確かに花火は一発、二発と数えるかもねえ……。で、お前は肝心の一発すらも上げられなかったわけなんだけど」
「…も、申し訳ございません…」
「その分、もっと素敵に一発! 男がググンと上がる勢いを込めて、吹っ飛ぶほどの勢いで!」
「…ですが……」
あの花火だけはどうしても、と俯くキャプテンの顔をソルジャーがグイと上げさせて。
「分かってないねえ、一発だってば! ぼくが壊れるほどの凄さで一発やって、と言ってるんだよ、一発どころか二発、三発!」
とりあえず三発はお願いしたい、と思いっ切りのディープキス。えっ、三発って……手筒花火ではなくて、何を三発?
「ふふ、君たちにも分からない? 三発と言えば三発だってば、ハーレイの特製手筒花火が炸裂ってね」
「「「???」」」
なんのこっちゃ、と首を傾げた私たちの後ろで火柱ならぬ教頭先生の鼻血がブワッと噴出。会長さんがテーブルに拳を叩き付けて。
「退場!!!」
「言われなくても退場するよ。ハーレイ、手筒花火は盛大にね!」
あやかりたいから貰って行こう、という声を残してソルジャー夫妻は消えました。ついでに手筒花火の筒もソルジャーが作った一個だけしか残ってなくて。
「と、盗られた―っ!」
ぼくの手筒、とジョミー君が叫び、キース君たちも。いくら魔よけとはいえ、六個も持って行くなんて…。自分のを持って帰ればいいじゃないか、と騒いでいると、会長さんが。
「全部で六個ね…。はいはい、分かった、ヌカロク、ヌカロク」
「「「ヌカロク!!?」」」
どういう意味だ、と問い詰めた結果は徒労に終わってしまいました。教頭先生は更に鼻血ですし、ソルジャー夫妻があやかりたかったヌカロクって何のことでしょう? 手筒花火の筒は記念に欲しかったですよ、リベンジのチャンスがありますように~!




     勝負は花火で・了


※いつもシャングリラ学園番外編を御贔屓下さってありがとうございます。
 手筒花火は実在してます、興味のある方は是非とも検索してみて下さい、勇壮です。
 来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
 ですから10月は 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
 次回は 「第1月曜」 10月6日の更新となります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv

毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、9月はソルジャーがスッポンタケの戒名を熱く語り始めて…。
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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。いえ、異変と言えば異変が一つ。キース君が欠席しているのです。秋のお彼岸でさえ欠席せずに登校したのに、風邪を引いたか何かでしょうか? グレイブ先生は「キース・アニアン、欠席だな」と言っただけでしたから、ちゃんと届けはあったのでしょうが…。
「キース、結局、来なかったね」
遅れて来るかと思ったのに、とジョミー君。それは私も考えてました。どうしても抜けられないお葬式などで六時間目にしか出られなくっても登校するのがキース君です。放課後の部活と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で過ごす時間を合わせれば充分値打ちがあるのだそうで…。
「キースかい? 学校どころじゃないだろうねえ…」
明日は来られるといいけれど、と会長さんが紅茶のカップを傾け、シロエ君が。
「えっ、キース先輩、病気ですか?」
「違うよ、ただのボランティアさ」
欠席届もそう書いた筈、と会長さんはのんびりと。
「ただ、今日中に全部終わるかどうか…。終わったとしても、明日はグッタリお疲れだろうね」
「「「???」」」
「その辺は本人の口から聞きたまえ。それよりさ、これ」
こんなチラシが、と会長さんが地味な茶色のチラシをテーブルの上に。文字とイラストが入ってますけど、色刷りなんかではありません。手作り感漂う黒ペン一色。
「ぶるぅが貰って来たんだよ。スーパーの前で配っていたらしい」
「かみお~ん♪ マルシェをやるんだって!」
「「「マルシェ?」」」
「本来の意味だと市場かな。それっぽく賑やかに手作り世界のグルメ市さ」
デパートの物産展のようにはいかないけれど、との説明どおり、会場からして小規模でした。外国からの観光客が拠点にしているユースホステルの庭が舞台です。でも本場の手作りソーセージとか、本格派カレーのお店とか。これはなかなか面白そうで。
「ねえねえ、みんなで行ってみようよ♪」
キースのお疲れ休みにもピッタリでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。開催は今度の土曜日です。うん、キース君が登校して来たら誘ってみるとしましょうか…。



ボランティアに出掛けたというキース君は次の日も欠席。いったい何のボランティアかと会長さんに尋ねても「本人に訊けば?」の一点張りで、疑問は膨らむ一方で。二日間休んで学校に現れたキース君は早速取り囲まれたのですが…。
「話は放課後にさせてくれ」
俺は現実に戻りたいんだ、と席に着くなり鞄を開けるキース君。教科書をチェックし、ペンケースなどを机に入れて授業の用意をしています。それが終わるとマツカ君とシロエ君に欠席中の部活の確認。話す気は全く無さそうです。
「…どうしたのかな?」
変だよね、とジョミー君が呟けば、サム君が。
「ボランティア先で何かあったんだろうなぁ、まあ、放課後まで待ってみようぜ」
「そうね、訊くだけ時間の無駄よね」
そうしましょ、とスウェナちゃん。それからのキース君は普段通りに振る舞ったものの、ボランティアの話は微塵も出さずに放課後になって、部活に出掛けて。ジョミー君とサム君、スウェナちゃんと私は一足お先に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で待つことに…。
「ダメだよ、キースも口が堅いよ」
ブルーと同じで、というジョミー君の嘆きに、会長さんは。
「口が堅いと言うよりは…。どちらかと言えば忘れたいんだよ、休んでた間の地獄をね」
「「「地獄?」」」
「そう、地獄。本人が来れば堰を切ったようにブチまけてくれると思うけどねえ、二日間の愚痴」
まあ楽しみにしていたまえ、と微笑む会長さんの手には例のチラシが。
「このマルシェ。キースもきっと喜ぶさ。非日常の憂さを晴らすには非日常ってね。ぶるぅの料理じゃ日常だからさ」
「んとんと…。お料理は色々作れるけれど、ぼくじゃ普段とおんなじだよね」
違うのはお料理の見た目だけ、と言いつつ今日も素敵なスイーツが。ちょっと黄色いモンブランだな、と思っていたら、なんとカボチャのモンブラン! 柔道部三人組のためにキノコたっぷりの焼きそばの用意も始まって…。
「かみお~ん♪ 部活、お疲れ様~!」
「ああ、すまん。…ぶるぅの料理も久しぶりだな」
此処の空気も懐かしいぜ、とキース君はソファに腰掛けました。たった二日間お休みしただけで懐かしいとか、朝の「現実に戻りたい」発言だとか…。キース君に何があったのでしょう? 早く焼きそばを食べて落ち着いて、ゆっくり話してくれないかな…。



会長さん曰く、地獄を見て来たらしいキース君。どんな地獄か気になります。焼きそばをお代わりしている柔道部三人組を眺めつつ、待ちくたびれた気持ちでいると、ようやく三人組の前にも紅茶やコーヒー、それにモンブランが。
「美味いな、やっぱりインスタントはダメだ」
キース君がそう言ってコーヒーを啜り、私たちを見回すと。
「…思いっ切り聞きたそうな顔をしてやがるな、どいつもこいつも」
「そりゃ気になるよ! たったの二日休んだだけで、どうしたらそんなになるんだろうって!」
懐かしいなんて普通じゃないし、とジョミー君は遠慮がありません。
「ボランティアだって聞いたんだけどさ、何処に行ってたわけ?」
「お前の嫌がる所だが?」
「…ま、まさか……」
「気付いたようだな、いわゆる寺だ。璃慕恩院の御役目だったら文句も言わんし、何をやらされても忍の一字だが、流石に普通にタダ働きでは…」
酷く疲れた、とキース君はモンブランを大きめに切って口の中へと。甘い物が欲しい心境というヤツでしょう。
「大学の先輩が晋山式をすることになってな」
「「「シンザンシキ?」」」
「住職就任の儀式のことだ。先輩は自坊……自分の家の副住職だが、近所に長年住職のいなかった寺があったらしくて、璃慕恩院から兼務しろとのお達しが」
それで就任式なのだ、とキース君。ところが、長年お寺を守る住職がいなかっただけに、お寺の中は大変なことに。
「境内と建物は檀家さんが維持管理をしてくれていたらしい。だが、本堂の中身の方が…。檀家さんは素人集団だけに、御本尊様の埃を払うのが精一杯で…。仏具の類がすっかり曇って」
それを磨きに行って来たのだ、とキース君は自分の肩をトントンと。
「しかも先輩がうるさい人でな、ピカールを使わせてくれんのだ! ニューテガールなんぞはもっての外だ、と言われてしまってどうにもこうにも」
「「「…ピカール???」」」
名前からして磨くための道具みたいです。ニューなんとかもそうなのかな?
「そうか、お前たちに言っても分からんか…。ピカールは仏具専用の磨き材だが、これで磨くには時間がかかる。ニューテガールも仏具用でな、こっちは浸けておくだけなんだ」
引き上げて専用クロスで拭けばOK、とキース君。しかし件の先輩さんは仏具に敬意の人だったらしく。
「梅酢で拭って重曹で磨け、と言われても…。仏具磨きのプロもそれでやるんだし、ウチもそうだが、あそこまで曇った仏具が山積みとなると…」
二度と勘弁願いたい、とキース君は遠い目をしています。丸二日間も仏具磨きの地獄を過ごしてきたという手は気の毒なほどに荒れていました。会長さんがハンドクリームを差し出し、例のチラシを。インスタントコーヒーと仏具磨きの日々だっただけに、飛び付いたのは無理もありませんです~!



キース君の手荒れも癒えてきた週末、私たちはユースホステル主催のマルシェへお出掛け。秋晴れの行楽日和とあってマルシェは人で賑わっています。
「かみお~ん♪ あれ、食べたい! あっ、そっちも~!」
グルメ大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本場の味に大喜びで、私たちもバナナの葉っぱに盛り付けてもらえる本格派カレーやハーブたっぷりソーセージなどに舌鼓。中でも一番目を引いたのは…。
「アレって見るのも楽しいよね」
「うんうん、それに美味いんだよな!」
また食おうぜ、とサム君とジョミー君が先頭に立ってケバブの屋台へと。ドネルケバブと呼ぶらしいソレは屋台の店先で串に刺された肉のタワーがゆっくり回転しながら炙られていました。注文すると大きなナイフでそぎ取ってくれて、野菜と一緒にナンに似たパンに挟んで渡してくれます。
「一つ下さい!」
「俺も一つ!」
ジョミー君たちが注文する後ろに並んで私たちも。一番後ろに会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も並びましたが…。
「あ、キャベツは抜きでお願いしたいな」
「ぼくもトマトとタマネギだけでお願いしまぁーす♪」
会長さんたちの注文に屋台のおじさんは満面の笑顔。ケバブの本場の人っぽいですが、流暢な言葉で「通ですね」と。そっか、キャベツたっぷりは邪道なんだ?
「そうだよ、本場じゃキャベツ無し! ね、ぶるぅ?」
「うん! それに炭火の直火焼きだよ♪」
屋台じゃ炭火焼きは難しいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。本場でも最近はガスや電気が増えたそうですけど、田舎では今も炭火が基本。肉もタワーみたいな垂直ではなく、羊なんかの丸焼きみたいに横倒しで回転させて焼くとか。
「あれはホントに美味しいよ。…食べたくなってきちゃったな」
「ぼくも食べたい!」
久しぶりに食べに行こうよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんの袖を引っ張っています。あの二人なら瞬間移動で今すぐにだって行けるでしょう。いいなぁ、本場のドネルケバブ…。
「ん? 君たちも食べたいわけ? でもねえ…」
この人数を連れて飛ぶのは流石に無理、と会長さん。
「テイクアウトで我慢したまえ、ちゃんと買ってきてあげるから」
「んーと、んーとね、今は無理だけど…」
向こうは夜の夜中みたい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そういえば時差がありましたっけ。とりあえず昼間はマルシェで色々食べて、本場モノは夜のお楽しみかな?



夕方までをマルシェで過ごすとお腹いっぱい。それでも本場のケバブは別腹とばかりに、私たちは会長さんのマンションにお邪魔しました。リビングで紅茶やコーヒーを淹れてもらって待っている間に会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はパッと姿を消しまして…。
「かみお~ん♪ お待たせ―!!」
「はい、お待ちかねの本場のケバブ! 焼き立てだよ」
どうぞ、と配られた本場モノの味は絶品でした。マルシェのケバブも美味しかったですけど、もっとスパイシーでいい感じ。炭火焼きだとこうも違うか、と味わい深く噛み締めていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「やっぱり美味しい~! 作りたいなぁ…」
「「「は?」」」
「えっとね、作り方が気になったから、みんなの分を待ってる間に、おじさんの頭の中を覗いてみたの! そしたら凄くビックリしちゃって…」
お肉は塊じゃなかったんだね、と言われましても。…ケバブ屋台で回っていたのは大きな肉の塊でしたよ? 他のみんなも怪訝そうな顔をしています。
「…塊だったよ、昼間に見たヤツ」
ジョミー君がストレートに口にし、キース君も。
「塊でなきゃ切れんだろう? それともアレは一種のハムか?」
「えとえと…。なんかハムより凄いみたい!」
ドカドカ重ねちゃうんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。えっ、重ねるって……串にグルグル巻き付けるとか? バウムクーヘンを焼くように…?
「違うの、ホントに重ねるの!」
「そう。ぶるぅが目を丸くしていたからねえ、ぼくも失礼して覗かせて貰った。秘伝のタレに漬け込んだ薄切り肉をね、串に何層にも刺していくんだよ。座布団を積み重ねるように」
「「「えぇっ!?」」」
ビックリ仰天とはこのことでしょう。塊だとばかり思っていた肉のタワーが何十段だか何百段だかの積み重ねだなんて…。今齧っている本場のケバブもそのようです。でも……お肉を見詰めてみても境目なんかは分かりませんよ?
「肉の境目が分かるようではダメなのさ。切ったらバラバラになっちゃうし…。肉を刺したら次は牛脂で、また肉で牛脂。そんな感じで固めるようだね」
なんと、牛脂が接着剤? そんな舞台裏を聞いてしまうと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作りたがるのも分かります。食欲の秋に手作りケバブ。これはとっても素敵かも…?



ドネルケバブが作りたくなった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は着々と準備を進めました。屋台用の電動で焼ける回転機械は保管するのが面倒だから、と串は手回しする方向で。私たちが交代しながら順番に串を回すのだろうか、と一応覚悟はしていましたが…。
「ふふ、そういった力仕事は最適なのがいるだろう?」
アレを呼ばずにどうするのだ、とニヤリと笑う会長さん。
「ハーレイにグルグル回させるのさ、そしてぶるぅが肉をスライス! これなら誰もが楽しめる。ハーレイだって、ぼくと一緒にケバブを食べる会なんだよって言えば感激するからね」
「「「………」」」
教頭先生、一人で串を回すんですか! でもまあ、それが楽でいいかな…。
「そうそう、楽しくやらなくちゃ! 串も買ったし、今度の土曜日に肉のタワーを作ろうかと…。見学も兼ねて遊びに来るだろ?」
会長さんの提案に私たちは大歓声。そこへ…。
「ケバブの串を追加でよろしく」
「「「!!?」」」
いきなり聞こえた会長さんにそっくりの声。バッと振り返った先で紫のマントがフワリと翻り、ソルジャーが笑顔で立っていました。
「今日は黒イチジクのタルトだって? ぼくにも一つ」
スタスタと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を横切り、ソルジャーはソファに腰を下ろすと。
「ぼくもケバブを作ってみたいな、串を回さずに済むならね」
肉のタワーがいいんだよ、と言ってますけど、マルシェからこっち、ソルジャーは遊びに来ていませんよ? 覗き見しただけでケバブの味が分かるもんか、と思っていれば。
「ケバブかい? わざわざブルーが買いに出掛けたのを見たからねえ…。これは美味しいに違いない、とノルディに頼んで色々と用立てて貰ってさ」
言葉の壁はブルーと同じでサイオンでスパッと解決だ、と嘯くソルジャー。つまりエロドクターに本場の通貨を用意させた上で、買い食いにお出掛けしたわけで。
「食べに行っただけのことはあったよ、美味しかったなぁ…。もちろんハーレイにもお土産に買って、ぶるぅにも山ほど買ってやったよ。ハーレイもケバブが気に入ったらしい」
だから手作りしたいのだ、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「作るんだったら是非、混ぜて欲しい。肉作りから参加するからさ」
「…串くらいは買ってあげてもいいけど…。君の肉作りは手伝わないよ?」
自分で肉の面倒を見ろ、と会長さんに言われたソルジャーはコクリと頷いて。
「うん、ちゃんと自分で用意する。土曜日は肉を持参で来るから、漬け込み用のタレだけ教えて貰えるかな? 漬け込んでおかないとダメなんだよね?」
「かみお~ん♪ でないと味が馴染まないしね! えっとね、薄切り肉だから前の日の晩に漬ければ充分なんだけど…。タマネギとニンニクをすりおろしてね、オリーブオイルにヨーグルトに…」
トマトペーストにオレガノ、クミン…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はズラズラズラ。料理なんかとは無縁のソルジャー、悲鳴を上げて「メモに書いて!」と泣きを入れる羽目に陥ったのは至極当然だと思いますです…。



約束の土曜日、私たちはバス停で待ち合わせてから会長さんのマンションへ。エレベーターで最上階のお部屋に着くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお出迎え。
「かみお~ん♪ お肉の用意、出来てるよ!」
もうすぐあっちのブルーも来るから、と案内されたキッチンの料理用テーブルに大きな串が立っていました。長さ一メートルくらいの銀色に光る太い串。本場モノだという串は二本で、片方がソルジャーのための串です。
「凄いや…。これに順番に刺すんだよね?」
薄切り肉を、とジョミー君が長い串を上から下まで何度も眺め、マツカ君が。
「とっても手間がかかりそうです。ぼくもお手伝いしましょうか?」
「んーとね、ぼくは大丈夫! お料理とかは慣れてるし…。お手伝いなら、あっちのブルーを手伝ってあげればいいんじゃないかな?」
きっと上手に出来ないと思うの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は心配そう。それは私たちも同じでした。自分でやるとか言ってましたが、相手はソルジャー。あまり器用ではなかったような…。
「こんにちは。…なんか手伝ってくれるんだって?」
ありがとう、と空間が揺れてソルジャーが姿を現しました。ケバブ用に漬け込んだ肉が入っているらしい大きな袋を抱えています。
「まだ手伝うとは言っていないぞ」
アテにするな、とキース君が切り返したものの、ソルジャーはまるで聞いてはおらず。
「自分でやるとは言ったんだけどね…。肉を薄切りにする所からしてまるでダメでさ、仕方ないから奥の手を…。ちょっと悪いとは思ったけれど…」
「何をしたのさ?」
会長さんの咎めるような目つきに、ソルジャーが肩を竦めてみせて。
「時間外勤務」
「「「時間外勤務?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちの声が引っくり返り、ソルジャーは。
「そのまんまの意味だよ、時間外! ぼくのシャングリラにも厨房専属のクルーたちがいる。その連中に私的なお願い。だけどバレたら始末書くらいじゃ済まないからねえ、何をしたかは忘れて貰った。残業したのも忘れているよ」
「それがソルジャーのすることかい!?」
「仕方ないだろ、君と違って不器用なんだよ! 一応、フォローはしといたし…。ソルジャー自ら視察した上で労いの言葉って喜ばれるんだ。次の日の朝に行っといた」
昨夜は肉の漬け込みをお願いしたから今日の朝も、と言うソルジャーのフォローとやらは軽すぎるような気がします。御苦労様の一言よりも、何か一品つけるとか…。
「ダメダメ、それだと頼みごとをしたのがバレちゃうし! 御礼の言葉と握手で充分」
「「「………」」」
ソルジャーの世界のシャングリラ号をケバブ作りに巻き込もうとは夢にも思っていませんでした。私たちが本場のケバブを食べたがったばかりに、この始末。ホントのホントにごめんなさいです…。



私服に着替えたソルジャーがエプロンを着けて串の前へと。隣の串は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の担当ですけど、なにしろ身体が小さいですからテーブルの上に立っています。
「えとえと、お行儀が悪いんだけど…。こうしないと串に刺せないし…」
「いいって、いいって! 気にすんなよ」
子供だしな、とサム君が豪快に笑い、私たちも拍手で応援。さあ、ケバブ肉作りの始まりです。会長さんが冷蔵庫からタレに漬け込まれた薄切り牛肉と牛脂の山を運んで来て。
「はい、ぶるぅ。ブルーも自力で頑張って欲しいんだけどさ、そもそも根本からして分かっていないみたいだし…」
なんで薄切り肉を買わなかったのだ、と会長さんは冷たい視線。
「肉の分量が分からなかったかもしれないけどねえ、そういう時にはお店で訊けばいいんだよ! このくらいの塊の肉を薄切りで買ったらどのくらいですか、と言えば量ってくれるから!」
「そうなのかい? でもねえ…」
あちこちで買ったものだから、とソルジャーは抱えて来た袋を開けて沢山の袋を取り出しています。薄切り肉と牛脂なのでしょうけど、こんなに小分けにしなくても…。それともアレかな、こだわりの肉が産地別に分けて詰めてあるとか? あちこちで買ったと言ってましたし…。
「うん、まあ…。産地と言うより種類別かな」
ああ、なるほど。ヒレとかロースとか、お肉にも色々ありますもんね。たかがケバブに、この凝りよう。そんなタイプとは知らなかった、と感心していると。
「ケバブを食べたいって言った時にさ、ノルディに教えて貰ったんだけど…。ドネルケバブの肉って牛肉だけじゃあないんだってね? 豚とか羊とか鶏だとか」
それがヒントになったのだ、とソルジャーは幾つもの袋を開けながら。
「ぼくのは究極のケバブなんだよ、思い切り自信アリってね」
まずはどれから刺そうかな、と悩みつつ、まずは一枚、危ない手つきでグッサリと。タレに漬け込まれたせいで豚だか牛だか分かりませんけど、なんとか下まで刺せました。お次は牛脂。ソルジャーがモタモタしている間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は既に何層も重ねています。
「んしょ、んしょ…。こんな感じかなぁ?」
精一杯の体重をかけて押し込み、ペタペタ叩いて形を整え、次のお肉と牛脂をグサリ。手際良く伸びてゆくお肉のタワーと、見るも危なっかしいソルジャーの殆ど高さが伸びないタワーと。とうとうキース君が見かねて声を掛けました。
「おい、良かったら手伝おうか?」
「いいのかい? 助かるよ」
ソルジャーの顔がパアッと輝き、キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」にエプロンの置き場所を尋ねています。うーん、ダテに仏弟子だの副住職だのはやっていませんでしたか、キース君! 困っている人を助ける役目って、お坊さんの基本ですものね。



助っ人に入ったキース君はソルジャーの肉のタワーをキッチリ押し込み、形をしっかり整えてから「ほれ」と右手を差し出しました。
「次に刺すのはどの肉なんだ? 言ってくれんと手伝えんぞ」
「ええっと…。コレかな、それじゃよろしく」
ソルジャーが渡した薄切り肉をキース君が上手く突き刺し、牛脂を重ねて「次!」と右手を。
「それじゃ、これ」
「よし。…ん? この肉は小さすぎないか?」
「いいんだってば、最終的には塊なんだし! その分、何処かで調整すればね」
「そういうものか? まあ、いいが…」
あんた専用のケバブ肉だしな、と素っ気なく口にしつつも、キース君は小さめの肉と次の牛脂を念入りに叩いて押し付けています。少しでも調整しておこうという心配りが凄かったり…。ソルジャーとキース君の共同作業は順調に進み、隣のタワーとの差も縮まり始めて。
「どんどん渡せよ、あんたは刺すのに向いてないしな」
「感謝するよ。はい、次」
「ああ」
薄切り肉をグサッと刺して押し込もうとしたキース君の手が不意にピキンと固まりました。肉を手にしたまま、震える声で。
「お、おい…。こ、此処に尻尾のようなものが…」
「えっ、尻尾? …ごめん、クルーが取るのを忘れたのかも」
「「「尻尾!!?」」」
どうして薄切り肉に尻尾なんかが、と覗き込んでみれば確かに尻尾。細くて短い尻尾です。牛とか豚の尻尾にしてはサイズが小さすぎる気が…。キース君は尻尾つきの肉をタワーに押し込み、ソルジャーをギロリと睨み付けると。
「…この尻尾、何の肉なんだ? 俺の知識が確かだったら、牛だの豚だのの尻尾ではないな」
「スッポンだよ。さっきの小さい肉も同じさ」
ケロリと答えたソルジャーに誰もが唖然。なんでスッポンがケバブ肉に…?
「え、だって。薄切り肉を固めて塊にするんだろう? バラエティ豊かに仕上げるチャンスさ、いろんな肉をね」
「ちょ、ちょっと…」
会長さんが隣のタワーから移動してきて。
「もしかして薄切り肉を買えなかった原因はソレなのかい? スッポンの薄切り肉なんて売っているのは見たことないしね」
「そうなんだよ! 何処も塊とか丸ごとばかりで、どうにもこうにも」
薄切りにするのも一苦労だった、と愚痴るソルジャー。その作業、ソルジャーじゃなくて向こうの世界のシャングリラ号のクルーたちがやった筈ですが…?
「だから余計に苦労したんだよ、普段に厨房で扱ってるモノと違うしさ…。ぼくも捌き方なんて分かっていないし、もう適当にやれとしか…。それで尻尾の取り残しがね」
申し訳ない、とソルジャーがキース君に謝り、袋の中から次の肉を。
「こっちは尻尾は無いと思うよ、最初から塊で買ったから」
「…何の肉だ?」
「パワーみなぎるオットセイ! でもって、こっちのが馬で、こっちがアザラシ」
「……分かった、もういい……」
説明しなくても大体分かった、とキース君は大きな溜息。スッポンにオットセイ、馬肉とくればソルジャーが何を目指しているのか嫌でも分かるというものです。万年十八歳未満お断りでも、長年ソルジャーに付き合っていれば精の付く食べ物オンパレードだというくらい…。
「悪いね、手伝ってくれているのに嫌な思いをさせちゃって。…尻尾の件は本当にごめん」
「い、いや…。気付いた俺が悪かった。ほれ、次!」
「了解。これはね、龍と名高い蛇の肉でさ」
「……へ、ヘビ………」
ぎゃあぁぁぁぁ!!! とキース君の叫びが響き渡って、それ以降、ソルジャーのタワー作りに新たに加わる人は誰一人としていませんでした。乗りかかった船のキース君だけが泣きの涙で積み重ねた肉、センザンコウなんていう御禁制の品もしっかり混じっていたようです…。



ソルジャーが嬉々として作った精力目当てのケバブ肉のタワーと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」作の牛肉オンリーのケバブ肉タワーは余分な肉をナイフで切り落として形を整え、型崩れしないよう食品用ラップでグルグル巻きに。出来上がったら串から外して冷蔵庫に保管。
「…ブルーの分は持って帰ってくれて助かったよ…」
あんな肉なんか預かりたくない、と呻く会長さん。あれから毎日、ソルジャーのケバブ肉は何かと話題になっています。タワーを作り終えたキース君が洗面所で三十分も手を洗い続けたとか、あれ以来、朝夕の勤行で本堂の『三界万霊』と書かれた位牌の前で五体投地だとか、色々と。
「…あいつのことだ、一つくらいは殺生したかもしれんしな…」
キース君が嘆けば、会長さんも。
「そうだよねえ…。全部お店で買ったと言うけど、活けで買ってたら殺生だしねえ…。君には本当に同情するよ、ダメージが半端なさそうだ」
ヘビ肉だけでも大ダメージ、と会長さんが呟く横でキース君は合掌とお念仏。ヘビ肉を串に刺してゆく作業よりかは、先輩さんに苦労させられた仏具磨きの地獄の方が遙かに極楽らしいです。それに文句を言ったばかりに罰が当たった心境らしく。
「阿弥陀様、申し訳ありません…。荘厳具を磨かせて頂く有難さも忘れ、至らぬ凡夫でございました。どうかお許し下さいませ。…南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」
「もうそのくらいにしとけよ、な? キリがねえぜ」
サム君がキース君の肩をポンと叩くと、親指を立てて。
「それより明日はケバブ焼きだろ? あっちのブルーの肉は忘れて楽しまなきゃな」
「そうだったな…。俺が延々と落ち込んでいたんじゃ、せっかくのケバブも味が落ちるか…」
「かみお~ん♪ ハーレイにお手伝い、頼んであるもん! 沢山パンを焼いとくね!」
トマトとタマネギのスライスも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌です。念願の手作りドネルケバブ。本場のお店からレシピを盗んだヨーグルトソースもバッチリ仕込んで、明日の土曜日を待つばかり。ソルジャーが肉を抱えてやって来ることは分かってますけど、忘れにゃ損、損!



こうして迎えたドネルケバブ焼きの日。会長さんのマンションの屋上に炭火焼き用の竈が二つ並べて据えられ、冷蔵庫から出された肉とソルジャーが持参した肉が串に刺されて竈へと。タワーではなく横倒しにされ、いわゆる丸焼きコースです。
「じゃあ、ハーレイ。君は間に立って串を回す、と」
会長さんの指示で、今日から参加の教頭先生がスタンバイ。右手と左手、それぞれに串を回すための取っ手を握ると、点火と共にグルリグルリと回してゆきます。炭火で炙られた肉は香ばしい匂いを漂わせ始め、ソルジャーの肉も何で出来ているかを考えなければいい焼き色で。
「えとえと…。ブルーのお肉も、もう削ってもいいと思うの!」
頑張ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちの分をナイフで削いで、野菜と一緒にパンに挟んで特製ソースをたっぷりと。うん、美味しい! これぞまさしく本場の味です。ソルジャーはと言えば、私たちの方のケバブを頬張っていて。
「おや。あちらの肉は召し上がらないのですか?」
教頭先生が不思議そうに訊くと、ソルジャーは。
「あれはお土産用なんだよ。ぼくのハーレイ、今日は来られないものだから…。焼き上がったヤツをお持ち帰りで食べて貰うしかなくってさ」
「そうでしたか…。それは残念でらっしゃいますね」
焼き立てが最高だと思うのですが、と教頭先生はソルジャー夫妻を気遣いつつも会長さんとのケバブ・パーティーに感動中。なにしろ両手が塞がっているわけですから、たまに会長さんが「はい」と口許にケバブ入りのパンを差し出してくれるという特典が…。
「はい、じゃなくって「あ~ん♪」なんだよ、君はイマイチ配慮が足りない」
ソルジャーの指摘を受けた会長さんは。
「お手、おあずけって言わないだけでもマシだと思って欲しいんだけど? ぼくには「はい」が精一杯だね」
「おあずけねえ…。犬にするのもプレイとしては燃えるよね」
「その先、禁止!」
余計な台詞を喋る暇があったら肉を削れ、とピシャリと叱られ、ソルジャーはナイフ片手にブツブツと。焼き上がった肉を削る作業はさほど下手ではないようです。ソルジャー曰く、「ナイフも剣も似たようなもの」。物騒な気もしますけど…。
「あっ、分かる? 昔ね、海賊たちの拠点にいた時にはさ、サイオンで剣を振り回したり…ね。海賊相手に勝ったんだってば」
だからケバブの肉くらい、と焼けた分から削るソルジャー。精力抜群を目指す特製肉がお皿に山盛り、冷めた分からラップに包んで保冷ケースへと。「そるじゃぁ・ぶるぅ」にパンのお裾分けを頼んでいますし、キャプテンに食べさせてパワーアップということでしょうねえ…。



あんなに大きかった肉の塊も、みんなでワイワイ食べている間に小さくなっていって、ついにフィナーレ。串の周りに残った肉を削いで落として、もう無くなったパンの代わりに野菜と一緒にお皿に盛ってソースをかけて…。
「ハーレイ、今日はお疲れ様。お蔭でたっぷり食べられたよ」
はいどうぞ、と会長さんがお皿を差し出し、ソルジャーも。
「ぼくからも御礼を言わせて貰うよ、ありがとう。焼いてくれた肉はいいお土産になるし、今日の思い出に何度にも分けて食べなくっちゃね」
はい、あ~ん♪ と特製ソースがかかった肉を目の前にぶら下げられた教頭先生、躊躇ったのは一瞬だけで。
「「「………」」」
パクン、と頬張った教頭先生は、それは幸せそうでした。頭の中では妄想爆発、ソルジャーの姿が会長さんとダブっているに違いありません。
「ふふ、美味しい? それじゃ、あ~ん♪」
「…………(はあと)」
涎の垂れそうな顔で無言の内にもハートマークな教頭先生、緩んだ顔でモグモグと。会長さんは怒り心頭、ソルジャーを教頭先生の前から引っぺがそうとしたのですけど。
『……シッ! これから面白くなるんだからさ』
あ~ん♪ と肉を頬張らせつつ、ソルジャーが思念でクスクスと。
『食べさせてるのは特製肉! ジワジワ効いてくると思うな、じきにズボンがキツくなるかと』
『なんだって!?』
『そうなった時は、今日の御礼にしっかりサービスしようかなぁ…』
ふふふ、と笑ったソルジャーは肉を咥えて「ん…」と教頭先生の顔の前へ。夢見心地の教頭先生はポ~ッとしたまま口で受け取り、モグモグモグ。必然的にソルジャーの唇を引き寄せてしまい、あわや触れるかという寸前で。
「はい、ここまで~♪」
続きは君のベッドでしようか、と耳元で熱く囁かれた教頭先生、一気に鼻血。ソルジャーはサッと身を翻すと。
「あっ、悪いけど、ぼくはヘタレはちょっと…。続きはブルーにお願いしてよね、パワーだけなら充分みなぎる筈だから!」
後は努力でカバーしたまえ、と艶やかなウインクを残し、ソルジャーは特製肉の山を抱えて消え失せました。取り残された教頭先生は耳まで真っ赤で、もじもじと。
「…す、すまん…。ブルー、今のは、そのぅ……」
「分かってるってば、君がどういう目でぼくを見ていて、何をしたいと思ってるかは……ね」
「…で、では……。お、お前さえ良かったらの話なのだが……」
これから私と、と鼻血を堪えての告白が出来た裏には特製肉の凄いパワーがあったのでしょう。しかし会長さんの答えはといえば…。



「ふん、君の貧弱なケバブ肉には特製ソースがピッタリなんだよ」
これをしっかりまぶしたまえ、と頭の上からヨーグルトソースの残りがドボドボと。
「トマトとタマネギを添えておいたら、ブルーが戻って食べに来るかも…。それまでベッドで待つんだね。それじゃ、さよなら」
今日はお手伝いありがとう、と瞬間移動で放り出された教頭先生の行き先は自宅の寝室辺りでしょうか? ソルジャーはキャプテンに特製ケバブを食べさせた上でお楽しみでしょうし、戻って来るわけがありません。えーっと、教頭先生は…?
「いいんだってば、あんなスケベは!」
面白いけれど愛想も尽きる、と会長さんはツンケンと。
「ぼくのジョークを真に受けたらしいよ、本気でソースをまぶすつもりだ」
「えとえと…。ハーレイ、ケバブ肉のお土産、持っていないよ?」
あっちのブルーがあげてたっけ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を捻って、私たちは顔を見合わせるばかり。会長さんの言ってたケバブ肉って……もしかしなくてもアレだろうな、と思うんですけど…。
「ケバブ肉っていうの、アレだよねえ?」
ジョミー君の疑問に、キース君が。
「どうだかな…。とにかく俺はドッと疲れた」
仏具磨きに精進するぞ、と誓うキース君の肩を会長さんがトントンと。
「磨きついでにケバブの串も磨いてくれると嬉しいんだけど…。また機会があったら作りたいから、きちんとメンテをしておかないと」
「く、くっそぉ…。えーい、梅酢でもピカールでも、ニューテガールでも持ってきやがれ!」
ヘビもスッポンももう沢山だ、とキース君は沈もうとしている夕陽に向かって絶叫でした。とんでもない肉を焼かされた串の始末は、仏具磨きのプロの腕前で綺麗に拭って欲しいです。ついでにソルジャーの煩悩なんかも綺麗に消えると嬉しいですけど、そっちは無理な相談ですかねえ?




      ケバブの誘惑・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ケバブの屋台、最近は増えているようですねえ、移動屋台で。
 来月は 「第3月曜」 9月15日の更新になります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、8月はお盆。ソルジャーがスッポンタケの初盆を希望?
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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv







毎年恒例、夏休みの宿題免除のアイテム探し。会長さんは今年もアイテムを確保し、しっかり出店を出しました。ちゃっかり儲けた翌日からは夏休み。この夏は何処へお出掛けしようか、と会長さんのマンションにお邪魔して…。
「海の別荘は決まってるから、前半で勝負したいよね、うん」
会長さんがカレンダーを指差し、私たちも同意見。マツカ君の海の別荘に出掛ける時期は固定されたも同然なのです。ソルジャー夫妻があの別荘で結婚して以来、結婚記念日を含む日程を組むというのがお約束。ゆえに自由に動き回れるのは前半部分というわけで。
「おい、棚経も忘れてくれるなよ?」
サムとジョミーは今年も手伝え、とキース君がお盆の辺りを示すと「うへえ…」と情けなさそうな声が。
「今年もやるわけ?」
勘弁してよ、とジョミー君が泣き付いてみても、キース君は素っ気なく。
「お前も一応、僧籍だろうが。卒塔婆を書けとは言ってないんだ、棚経くらいはこなすんだな」
「でもさぁ…。暑いし、キツイし、膝は痛いし…」
「道場はそんなレベルじゃないぞ? いや、その前にまずは専修コースか…」
さっさと入学してしまえ、と僧侶養成コースをちらつかされたジョミー君は真っ青です。
「ぱ、パス! まだ棚経もこなせてないし!」
「だったらキリキリ修行しろ! 俺は卒塔婆も書くんだからな。…くっそぉ、親父め、今年もドカンと押し付けやがって…」
柔道部の合宿もあるというのに、とキース君はブツブツと。お盆のための卒塔婆書きはキース君にとって夏休みの宿題みたいなものと化していました。お盆までに書き上げないといけない卒塔婆が数百本、いや千本なのかもしれません。
「ふうん…。キースは今年も卒塔婆書き、と。書き上がらなかったら欠席だねえ?」
夏休み前半のお出掛けは、と会長さんが揶揄えば、キース君は憤然と。
「誰が休むか! 卒塔婆はキッチリ予定さえ組めば期日に仕上がるものなんだからな! 親父が余計に押し付けて来ても、徹夜で書けばなんとかなる!」
「そう? だったら今年は何処へ行こうか…。誰か意見のある人は?」
「川下り!」
ジョミー君がサッと手を挙げました。
「こないだ、テレビで見たんだよ。筏下り!」
「「「筏下り!?」」」
なんだソレは、と派手に飛び交う『?』マーク。筏といえば木材を組んで川に流して運搬する手段だったと歴史で習ったことがあります。そんなの、何処かでやってるんですか?
「えーっと…。あれって何処だったっけ…。観光筏下りなんだけど」
ライフジャケットを着けて乗って行くのだ、とジョミー君は説明してくれました。
「でもって筏から落ちないように手すりもついてたりしてたんだけどさ…。筏って作れないのかな? ラフティングとかより面白そうだよ、ボートと違って船端が無いから」
筏の上を水が流れ放題、と言われてみればその通りかも。夏はやっぱり水遊びですし、筏下りも良さそうです。観光筏下りとなったらイマイチですけど、自分で作って下るんだったら…。
「うーん…。確かに面白そうではあるけど…」
どうなのかなぁ、と会長さん。考え込まずにゴーサインを出して下さいよ! 夏休みってヤツは遊んでなんぼ、筏も作ってなんぼじゃないかと…。



「筏下りもいいんだけどねえ…。なかなかにハードル高いよ、アレは」
素人には筏作りからして無理、と会長さんはバッサリです。
「君たちに木の伐採が出来るのかい? 仮に可能だったとしてもさ、そこから筏に加工するまでが大変で…。遊びの筏なら簡単だけれど、川下りとなったら色々と技が必要なんだ」
下手に作ると壊れてバラバラ、と会長さん。
「それに筏で川を下るには年単位で技術を磨かないとね。ジョミーが言ってる筏下りは技術を絶やさないために立ち上げられた観光筏下りだし」
「そうだったの?」
知らなかった、とジョミー君が目を丸くすれば、会長さんは。
「観光目的で復活させるのも難しかったと聞いてるよ。筏を船として登録するとか、航路を決めて届け出るとか…。ぼくたちが勝手に下るとなったらその辺の許可は絶対、下りない」
「なるほどな…」
それは分かる、とキース君。
「諦めろ、ジョミー。筏下りは観光コースに参加でいいだろうが」
「えーっ…。ブルーならなんとかなるんじゃないの?」
「そりゃね…。サイオンで技術を盗むくらいは可能だけどさ、筏下りを目撃されたら場合によっては悲劇だよ? シャングリラ学園に通報されてガッツリお説教を食らうとかね」
身元を特定されたら終わり、と会長さんが肩を竦めると、ジョミー君は。
「それってサイオンで誤魔化せるよね? シールドで姿を消せるんだもの、筏が下っているっていうのを目撃出来ないようにするとか」
「無茶を言わないでくれるかい? 確かにそういうことは可能だ。だけど遊びでそこまでサイオンを使いたくないし、観光筏で我慢したまえ」
お出掛けするならこの辺かな、と会長さんがカレンダーを示した時です。
「…ぼくが代わりに手伝おうか?」
「「「!!?」」」
紫のマントがフワリと翻り、ソルジャーが姿を現しました。
「夏休みの打ち合わせなんだって? ぶるぅ、ぼくの分のおやつもあるかな?」
「かみお~ん♪ ちょっと待っててねー!」
キッチンに駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーはソファにストンと腰を下ろしてしまい、すぐにアイスティーとメロンムースタルトのお皿が。
「うん、夏はやっぱりメロンだよねえ」
美味しいや、と頬張るソルジャーに、会長さんが。
「で、何しに来たって?」
「ん? ぼくで良ければ手伝おうか、って。ぼくはね、その気になればシャングリラだってシールド出来る。それも一日や二日じゃないよ? 筏ってヤツがどんなサイズかは読み取れちゃったし、誤魔化すくらいはなんでもないさ」
爆睡しててもシールド可能、とソルジャーは唇の端を吊り上げて。
「こっちの世界は本当に水が豊富だよねえ、まさに水の星、地球って感じだ。その地球で川を下れるだなんて面白そうだよ、混ぜてくれるならシールドするよ?」
「えっ、いいの!?」
ジョミー君がソルジャーの案に飛び付き、私たちも食い付いてしまいました。せっかくの筏下りです。観光筏よりも自前の筏で、でもって好きに下ってこそです~!



「…肝心の筏はどうするのさ?」
仏頂面で口を開いた会長さん。盛り上がっていた私たちはアッと息を飲んだのですけど、マツカ君がおずおずと控えめに。
「あのぅ…。筏だったら多分、作って貰えます。観光筏下りの村に父が幾らか出資してますし…。撮影用に使います、とでも言えば何とかなるんじゃないかと」
「いいじゃねえかよ!」
それでいこうぜ、とサム君が歓声を上げ、キース君が。
「そうだな、それなら俺たちが使った後の筏も有効活用して貰えるか…。観光筏にすればいいわけだしな」
「手すり無しのを作って貰おうよ、せっかくだから!」
ジョミー君もガッツポーズです。けれど、会長さんはまだ苦い顔で。
「筏下りをシールドで誤魔化すとしても、何処でやるわけ? 今は夏だし、大抵の川はカヤックとかラフティングとかで大人気だと思うけど?」
「そっかぁ…。何処か無いかな?」
川下りの穴場、とジョミー君が首を捻れば、またマツカ君が。
「…それなら心当たりがあります。ずーっと昔は筏流しをやっていたんだ、って父に聞いた川があるんです。観光資源が無い場所ですから、わざわざ下る人もいないかと…」
登山をする人が川沿いを歩いてゆく程度です、と提案された場所は文字通り山の中でした。集落が点在しているだけの、いわゆるド田舎。それだけにシールドも最低限の力で済みそうで…。
「いいね、その案! 筏も運んで貰えるのかな?」
ソルジャーの瞳が輝き、マツカ君は早速執事さんに電話をしていましたが…。
「大丈夫だそうです。出発地点までトラックで運んで貰って、下りた後も回収してくれます。長い距離を下って行くんだったら宿泊地点にキャンピングカーを回しましょうか、とも言っていました」
民宿も何も無い田舎なので、とマツカ君。キャンピングカーと聞いた男の子たちは俄然やる気で、そうなってくるとソルジャーの方も…。
「キャンピングカーと河原のテントでお泊まりかぁ…。これはハーレイも呼ばなくっちゃね」
「「「!!!」」」
そう来たか、と思った時には後の祭りで、ソルジャーはキャプテンを連れて来ることを前提に日程を仕切り始めました。大迷惑な展開ですけど、もう手遅れというものです。
「ハーレイには是非、筏を操って欲しいんだよね。急流を下って行くんだろう? 男らしく逞しい背中を見せて下ってなんぼ! シャングリラの舵を握る姿よりも遙かにカッコイイんじゃないかと…」
「「「………」」」
その後にはロクでもない光景が待っているに違いありません。お泊まり付きだけにバカップルな時間が炸裂、会長さんのレッドカードと「退場!」の叫びが聞こえるようで。
「そうだ、こっちのハーレイも呼んであげれば?」
「「「は?」」」
唐突なソルジャーの言葉に誰も事情が飲み込めません。教頭先生と筏下りがどう繋がると?
「せっかくの筏下りだし…。こっちのハーレイ、速い乗り物はダメなんだよねえ? 筏下りもダメじゃないかと思うんだけどな」
「…ダメだろうねえ…」
絶対に無理、と会長さんがフッと微笑んで。
「君たちばかりが楽しむというのも腹が立つ。ぼくもハーレイで遊ぶことにするよ、まず断りはしないだろうし」
ぼくと一緒に川下りとお泊まり、と会長さんは教頭先生にロックオン。筏下りは賑やかなことになりそうです。ソルジャー夫妻と教頭先生までが加わる川下りの旅、果たして何が起こりますやら…。



こうして始まった夏休み。間もなく柔道部三人組は夏合宿に出発しました。その前にマツカ君が筏の手配を済ませてくれて、私たちは完成品の引き渡しを待って乗るだけです。面倒な届け出なんかは会長さんがサイオンで関係者の意識に介入して誤魔化し、下る間はソルジャーにお任せ。
「とりあえず、撮影用だと思わせといたよ」
筏を川に浮かべるだけなら問題ないし、と会長さん。スウェナちゃんと私は会長さんのマンションで「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製冷麺の昼食タイム。ジョミー君とサム君はどうしたのかって? 二人とも柔道部の合宿中は璃慕恩院の夏休み修行体験ツアーに参加するのが恒例ですし…。
「出発地点と回収地点がズレているのも撮影目的なら変じゃないしね。現地での移動は地元の業者が請け負うっていうのもよくあることだし、誰も不思議に思っていないさ」
筏下りを知っているのは執事さんだけ、と会長さんは唇に人差し指を当ててみせて。
「筏下りの技術はバッチリ盗んで来たよ。これをサイオンでコピーさえすれば、ハーレイだって筏を流せる筈なんだけど…。まあ無理だろうね、ぶるぅと同じで」
「ぼくはスピード平気だもん!」
プウッと膨れる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「もっと身体が大きかったら筏くらいは流せるもん! ちっちゃすぎるから無理なんだもん…」
「ごめん、ごめん。ぶるぅはサイオンを使えば出来るんだったね」
「やってもいい?」
楽しそうだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も筏を操るつもりです。スウェナちゃんと私は会長さんが盗んで来たという筏下りの技術とやらを一足お先にコピーして貰ったのですが…。
「…ちょっと無理っぽい?」
「ちょっとどころの騒ぎじゃないわよ、どうするのよ!」
力仕事よ、とスウェナちゃんが言うとおり、それは男の世界でした。後ろの方の筏に乗ってバランスを取るくらいは出来そうですけど、操るなんて夢のまた夢。
「ぼくが盗んだ知識の中にも女性の筏師はいなかったしねえ…。第一号でやってみたいなら補助するけどさ」
「「……遠慮します……」」
乗せて貰うだけで結構です、と私たちは謹んで辞退しました。小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が颯爽と筏を操る姿を見てしまうことはあるかもですけど、私たちには絶対、無理~。



男の子たちが合宿と修行体験ツアーから戻るのを待ち、そこから数日、お疲れ休み。その間にキース君は卒塔婆をガシガシ書き上げたようで、筏下りに出発する朝、誰もが元気一杯で。
「悪いね、マツカ。往復のバスまでお世話になって」
「いえ、筏を手配するついでですから。今夜の宿も手配済みです」
筏下りの場所からは少し離れていますが、とマツカ君。目的地の川まではバスで数時間以上かかるため、朝に出掛けても早くて昼過ぎの到着です。その日の内に下り始めるより一泊してから、と意見が纏まり、今日は現地のホテル泊まりで。
「高原のホテルなんだって?」
楽しみだねえ、とソルジャーがキャプテンと手を握り合っています。それを羨ましそうに眺める教頭先生。会長さんの誘いにホイホイと乗っておいでになりましたけれど、バカップルに加えて筏下りではロクなことにはならないのでは…。
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!!!」
全員で乗り込んだ大型バスは、会長さんのマンションの駐車場を後にして一路筏下りの出来る山奥へと。幾つかのドライブインやサービスエリアを経て、その度にバカップルが御当地グルメを食べさせ合ったり、一個のソフトクリームを二人で舐めたり。
「…俺は頭痛がしてきたぞ」
なんとかしてくれ、とキース君が呻く横ではサム君が。
「あの二人だしなぁ…。今更どうにもならないんでねえの?」
「だよねえ…。それにさ、教頭先生、嬉しそうだし」
また見惚れてるよ、とジョミー君。教頭先生は涎が垂れそうな顔でバカップルの熱々っぷりを見詰めていました。頭の中では会長さんと自分の姿に変換されているのでしょう。そんな道中を経て、ようやく着いた山深い川の河原には…。
「やったぁ!」
手すり無しだぁ! とジョミー君が狂喜し、他の男の子たちも筏を前にワクワクしている様子です。八本の丸太で組まれた立派な筏が全部で八つ。繋ぎ合わせたら三十メートル以上になるらしく…。
「先頭の二つで操るんだよ」
技を知りたい人はこっち、と会長さんが差し出した手に男の子たちが次々とタッチ。ソルジャー夫妻もタッチしましたが、ソルジャーは単なる好奇心で手を出しただけなのだそうで。
「力仕事は昔からハーレイの担当なんだよ、ぼくはのんびり見てるだけ! 筏下りも乗せて貰うだけのつもりで来たけど、こっちのハーレイもそうらしいねえ?」
「…わ、私はスピードが苦手でして…」
転げ落ちないように乗るのが精一杯です、と教頭先生は汗びっしょり。夏の盛りですけど、此処って川風で涼しいですよ? それに標高も高いですし…。
「汗をかくほど暑いのかい? だったら明日に期待したまえ」
川の水は思い切り冷たい筈さ、と会長さん。水辺まで行って手を突っ込んでみて、「うん、やっぱり」と微笑んで。
「春の雪解け水って程じゃないけど、アルテメシアの川とは違うね。この水に足元を洗われながらの筏下りだ、滑ったら一気にドボンだから! それとも筏師の技を習ってバランスを取る?」
どうするんだい、と会長さんが手をひらひらと振り、教頭先生は慌ててその手を取ろうとしましたが…。
「残念でした。一対一で手を触らせるほど甘くないから!」
技のコピーはこれで充分、と会長さんの白い指先が教頭先生の額をピンッ! と弾いておしまい。教頭先生、最初に腰が引けたばかりに手に触れるチャンスも逃しましたか…。



筏師の技をマスターした男の子たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は河原に置かれた筏の上で夕方近くまで遊んでいました。右に曲がるならこう動いて、とか、九十度曲がるにはこうだ、とか。川の流れは一定ではないため、常にぶっつけ本番なのが筏師の世界というヤツです。
「キャンピングカーが待ってる所まで何時間で下っていけるかな?」
ジョミー君が夜のホテルで川下りの地図と睨めっこ。マツカ君が手配してくれたホテルはコテージが売りで、お蔭でバカップルとは夕食を最後に縁が切れ…。
「休みなしで下れば早いと思うよ、水量は充分あるようだしね」
水が少ないと大変だけど、と会長さん。筏が座礁してしまった時は筏をバラして組み直さなくてはならないケースもあるのです。それに比べたら一人や二人転げ落ちたのを回収しながら進んで行く方が余程早いというわけで。
「ハーレイが落ちた場合は拾わなくてもいいと思うよ、自力で泳いで来るだろうから」
「い、いや、そこまでは無理だと思うが…」
「あれっ、泳ぎは得意なんだろ? それともアレかい、激流の中では泳げないとか?」
情けないねえ、と会長さんは深い溜息。
「ぼくが落ちたら助けてくれると思ったんだけどな…。仕方ない、救助はブルーに頼んでおこう。でなきゃぶるぅだ、どっちもサイオンで拾ってくれるさ」
「かみお~ん♪ 簡単、簡単!」
「ありがとう、ぶるぅ。頼もしいねえ、小さくっても男ってね」
大好きだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頬っぺたにチュッとキスする会長さん。教頭先生はガックリ項垂れておられます。スピードもダメなら、会長さんの救助もダメ。筏下りでカッコイイ見せ場はどうやら一つも無さそうですねえ…。



翌朝、コテージから出てきたバカップルは昨日にも増してベタベタの熱々状態でした。ホテルでの朝食は「あ~ん♪」と仲良く食べさせ合いで、何かと言えば熱いキス。筏を置いてある場所まで移動するバスでは…。
「何さ、そんなに冷たい目で見なくても…。ちゃんと昨夜は控えめにしたし!」
「「「は?」」」
「筏下りは体力勝負っぽいからねえ? ハーレイを消耗させちゃダメだし、ぼくも体力をしっかり残しておかないと…。だから二人でゆっくり、じっくり! 一回だけっていうのも燃えるね」
ヌカロクの魅力も捨て難いけど、と胸を張るソルジャーと咳払いするキャプテンと。教頭先生は耳まで真っ赤で、会長さんは怒り心頭。
「退場! よくも朝っぱらからイチャイチャと…」
「お断りだね、ぼくは筏に乗りたいんだよ。それに退場させていいのかい? 君一人だと筏をシールドし続けるのは大変だろうねえ、やりたいんだったら止めないけどさ」
「…うっ……」
痛い所を突かれてしまった会長さん。ソルジャーの方はしてやったりと上機嫌になり、昨夜はシックスナインがどうとか意味不明な話を滔々と。6とか9とか言われましても、分からないものは仕方なく…。教頭先生が鼻血を噴いておられますから、大人の時間のことなのでしょう。
「それでね、今夜はテントらしいし、星空が見えると嬉しいなぁ…って」
独演会状態のソルジャーの台詞に、マツカ君が。
「天窓つきのテントを用意してあるそうですよ。山の中は夜空が綺麗ですから、お好みで天窓を開けて頂ければ…」
「本当かい? やったね、ハーレイ、今夜は星空の下でじっくりと! 筏の上しか無いのかなぁ、って思ってたけど、テントから出ずに済むみたいだし」
「「「???」」」
「あ、分からない? 星空の下でヤりたいなぁ、ってハーレイに話してみたんだよ。筏の上でもいいからさ、って。だけどハーレイは筏の上だと無理らしくって…」
シールドしてても気になるらしい、とソルジャーがチラリと視線を投げれば、キャプテンは大きな身体を縮めています。
「ぼくは見られてても平気なんだけど、ハーレイは見られていると意気消沈! だから筏の上っていうのはダメなんだよねえ、ロマンチックだと思ったのに…」
「そんな目的で筏下りに参加したわけ!?」
サッサと帰れ、と会長さんが激怒し、ソルジャーが「それじゃシールドは?」と切り返し…。筏下りは始める前から既に荒れ模様を呈していました。今夜のテントは天窓つき。星空の下で眠れそうですけど、ソルジャー夫妻が泊まるテントの近くには行かない方が良さそうですね…。



河原に着くと男の子たちが筏をガッチリ繋ぎ合わせて、ソルジャーがサイオンでヒョイと浮かべて川の上へと。いよいよ筏下りです。ライフジャケットを着けて順番に乗り込み、最初の筏師は先頭がジョミー君で会長さんが二番手で補助を。
「…いいかい、落ち着いて漕ぐんだよ? 櫂が流れてもスペアはあるから」
「うん! 好きなだけ乗ってっていいのかな?」
「それはお勧め出来ないねえ…。他のみんなもやりたいだろうし、体力配分の問題もあるし」
適当な所で選手交代、と会長さんが次の漕ぎ手を募集し、キース君が名乗りを上げました。筏師の技は全員が持っているわけですから、次の二番手はその場のノリということで…。
「それじゃ、出発!」
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
筏を岸に結び付けていたロープを会長さんのサイオンがスパッと切り離し、ジョミー君がグイと櫂という名の木の竿を押して、八連の筏は川の中央へと。静かな流れに見えていましたが、なんと、けっこう速いです。えーっと、教頭先生は…。
「ふふ、こっちのハーレイはやっぱりダメかな?」
「そのようですねえ…」
四つ目の筏の上でイチャついているバカップル。視線の先には最後尾の筏でオロオロしている教頭先生が。隣には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が乗っかっています。
「えとえと、ハーレイ、大丈夫? まだ速くなると思うんだけど…」
「わ、分かっている。…バランスを取るのが大切だったな」
転げ落ちないように頑張ろう、と拳を握る教頭先生は筏師の技を持っておいでの筈なのですが…。大丈夫かな、と二つ前の筏のスウェナちゃんと私が心配していたとおり、それから間もなく。
「あーーーっ!!!」
バッシャーン! と派手な水音が響き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の叫び声が。
「大変、ハーレイ、落っこちちゃったぁ~!」
「自力で上がれって言っといて!」
いいトコなんだ、と返す会長さんはジョミー君と二人で急な段差を流れ下っている真っ最中で。
「おい、いいのか!?」
急流だぞ、とキース君が声を上げれば「だから、後で!」と会長さん。前を見てみれば次の段差が迫っていますし、その向こうには岩までが。こんな所で筏を止めることは出来ません。筏師の技でも乗ってゆくのが精一杯で、救助に回る余裕など無く…。
「なんだかピンチみたいだねえ?」
どうしよう? とソルジャーが尋ね、キャプテンが。
「落ちたのがあなたでなくて良かったです。大丈夫ですよ、しっかり支えていますから」
「ありがとう、ハーレイ…」
嬉しいよ、と固く抱き合うバカップル。この激流でもそんな余裕があるというのが凄いです。筏師の技もさることながら、日頃SD体制がどうのと言っているだけのことはあり…。
「ぼくとしては、お前さえいれば充分だけど…。こっちのハーレイが報われないまま昇天したんじゃ、なんだか後味が悪いしねえ?」
一応救助しておこう、とソルジャーのサイオンがキラリと光って、バカップルの足元に教頭先生の身体がドサリと。ライフジャケットを着けておられたとはいえ、激しく咳き込んでおられます。
「…なんだ、助けたのはぶるぅじゃないんだ?」
会長さんがチラッと振り返り、ただそれだけ。筏下りに夢中になっているようです。急流の第一弾を乗り切った後に漕ぎ手交代、会長さんもサム君と交代して後ろにやって来ましたが。
「…邪魔なんだよねえ、落っこちるような筏師ってさ」
こうしておくのが一番だ、とロープを取り出した会長さんは、教頭先生をバカップルの筏に仰向けにギッチリ縛り付け…。
「熱々の二人が見られて丁度いいだろ? ついでにしょっちゅう水を被るし、頭も冷えていい感じだよね」
ぼくは後ろでぶるぅとのんびり、と最後尾へと行ってしまった会長さん。教頭先生は苦手なスピードに絶叫しながら流れ下る羽目になったのでした…。



筏下りは途中で何度か一休み。立ちっぱなしでの川下りですし、休憩タイムは必要です。最後尾の筏に積み込んであったジュースやお菓子、お弁当などを食べつつ休んで、下って、また休んで。午後二時頃にテントが張られた河原に辿り着きました。
「だいたい予定どおりだね、うん」
一人しか転げ落ちなかったし、と会長さんが教頭先生を縛ったロープを解く間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキャンピングカーの内部をチェック。早速、ベリーたっぷりのサマープディングと淹れたての紅茶でティータイムです。河原に据えたテーブルと椅子で、会長さんはゆったりと。
「命拾いをしたよね、ハーレイ? あのまま泳いでついて来るかと思ったのにさ」
「…そ、それは…」
「ブルーに御礼を言ったかい? それどころではなかったのかな?」
「…い、いや……」
しどろもどろの教頭先生の姿に、ソルジャーが。
「ふふふ、ぼくたちが聞く耳持たなかったし……ねえ? 掴まる所も無い筏の上ってスリリングだしさ、抱き合うだけでも身体が熱くなるって感じ! もうキスだけでイッちゃいそうで…。今夜は早めに失礼しようと思ってる。…ねえ、ハーレイ?」
「ええ、星空の下で二人きり…ですね」
早くあなたが欲しいですよ、と熱く囁くキャプテン。そういえば筏だか天窓だかがどうこうと…。テントには開閉式の大きな天窓がついてますから、バカップルは今夜はお籠りでしょう。教頭先生はバカップルをボーッと眺めてますし…。
「やれやれ、そんなに気になるんだったら今夜は混ぜて貰ったら? ブルーはきっと断らないよ」
会長さんの言葉を受けて、ソルジャーが。
「えっ、ハーレイも来るのかい? ぼくは勿論、大歓迎さ。ただ、明日も筏下りが待ってるからねえ、あまり激しいプレイは無理かな…。三人となると歯止めが利かなくなりそうだから、タイマーつきで良かったら」
「「「タイマー?」」」
なんのこっちゃ、と私たちの目がキョトンと見開かれ、ソルジャーはクスクスおかしそうに。
「そう、タイマー。時間を決めてヤるんだったら、少々激しくなったって……ね。盛り上がっていてもアラームが鳴れば一気に萎えて終わりだし!」
ぼくのハーレイも、こっちのハーレイも…、と赤い瞳で上から下まで舐めるように見られたキャプテンと教頭先生、思い切り顔が赤いです。バカップルのテントには近付かないのが吉であろう、と私たちが悟った瞬間でした。
「あれ? どうしたのさ、みんな、変な顔して?」
「君子危うきに近寄らずだよ!」
会長さんがビシッと言ってのけ、ソルジャー夫妻のためのテントは一番端ということに。そのお隣が教頭先生、いわゆる緩衝地帯です。テントが決まるとドッと眠気が。夕食まではお昼寝タイムで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に起こされるまでグッスリで…。
「かみお~ん♪ 御飯の支度、出来たよ~!」
豪華鉄板焼きだもん、と河原のテーブルに大きな鉄板。お肉や魚介類がキャンピングカーから運び出されて、好みでジュウジュウ。締めはスタミナたっぷりガーリックライス。
「良かったねえ、ハーレイ。これでエネルギーはバッチリってね」
「星空も見事ですからねえ…。あ、よろしかったら、是非、いらして下さい。ブルーがお待ちしているそうです」
タイマー付きでよろしければ、と教頭先生に声を掛けたキャプテンは食事が終わると早々にテントに引き揚げてゆきました。教頭先生はまたも鼻血で、会長さんの視線は氷点下。早く寝ないとヤバそうです。明日に備えて、おやすみなさい~!



筏下り二日目、バカップルは朝から絶好調。キャンピングカーのキッチンで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼いたパンケーキなどが並んだ河原のテーブル、「あ~ん♪」と二人の食べさせ合いが…。その一方で教頭先生、寝不足気味のようでして。
「かみお~ん♪ ハーレイ、疲れちゃったの?」
「シッ、ぶるぅ! 知られたくない事実ってヤツもあるんだよ」
だから放っておくといい、と会長さん。ま、まさか、昨夜はタイマーつきの時間とやらが…? サーッと青ざめる私たちに気付いた会長さんは大慌てで。
「ち、違う、違うよ、違うんだってば! ハーレイは単に隣のテントが気になって寝られなかったってだけで!」
「そうらしいねえ…」
悪いことをしちゃったかな、と詫びるソルジャー。
「君が来るかと思ってたけど来ないようだし、独り者には耳の毒かとテントをシールドしてたわけ。ごめん、声くらいは聞かせてあげるべきだった」
「…い、いえ、私は、決してそんな…!」
「ダメダメ、身体は正直だってば。寝不足なのがその証拠だよ」
筏から落ちないように注意したまえ、とソルジャーが笑い、会長さんも厳しく注意。教頭先生はソルジャー夫妻と同じ筏に正座の姿勢でガッチリ縛られ、また川下りがスタートです。今日は筏の回収地点まで下って行って、夜は豪華なリゾートホテルにお泊まりの予定。
「温泉だってさ、楽しみだよねえ」
「部屋つき露天風呂もあるそうですね」
イチャイチャ、ベタベタのバカップル。男の子たちは交代で筏の漕ぎ手を務め、急流を次々に乗り越えて行きます。やがてソルジャーがボソッと一言。
「ハーレイ、お前も漕いでみないかい? お前がやったら男らしいと思うんだ。…実は最初からそのつもりでさ…。昨日はこっちのハーレイが転げ落ちちゃって、それどころでは無かったし…」
「わ、私が……ですか?」
「うん。シャングリラの舵を握るより、絶対、似合うと思うんだよね」
やってみてよ、と熱い瞳で見詰められたキャプテン、暫し、考えていましたが。
「…分かりました、やってみましょう。文字通りあなたの命を預かるというわけですね」
振り落とさないよう頑張ります、とジョミー君と漕ぎ手を交代したキャプテンは、キース君を二番手に従えて見事に筏を漕ぎ始めました。体格が一番立派なだけに、誰よりも安定の漕ぎっぷり。それは見事としか言いようがなく…。



「…凄いね、あっちのハーレイは」
会長さんが正座で縛られた教頭先生の隣に、いつの間にやら立っていて。
「ブルーの命を預かるだけあって頑張ってるよ。…ブルーが惚れるのも分かる気がする」
「あっ、君も少しは分かってくれた? 今は筏だけど、シャングリラでも似たような気分になるんだよ。でも見た目では筏の方が断然上だね、男らしさが増すって感じ!」
あの筋肉が堪らないや、とソルジャーは惚れぼれとしています。会長さんは教頭先生の背中を軽く蹴飛ばし、鼻を鳴らして。
「同じハーレイでこうも違うと言うのがねえ…。片や筏を漕いでも凄腕、君は筏からも落ちるヘタレで、どうにもこうにも…。ぼくの命を預かろうとか思わないわけ? 筏師の技は伝授したのに?」
ちょっとは漕ごうと姿勢だけでも示してみたら、と会長さんの嫌味がネチネチと。ソルジャーも横から面白そうに。
「だよね、気持ちは黙っていたんじゃ伝わらない。ぼくのハーレイに二番手で補助をして貰ってさ、ここは一発、男らしさをアピールすべき! キャプテンたる者、どんな難所も乗り切ってなんぼ!」
行って来い、と二人がかりで発破をかけられた教頭先生、ついに決意をしたらしく。
「…分かった。私も男だ、逃げていたのではお前を嫁にも貰えないしな」
「その調子! ドンと構えて乗り切るんだよ、君なら出来るさ」
頑張って、とロープを解かれて送り出された教頭先生はキャプテンと漕ぎ手を交代しました。一漕ぎ、二漕ぎ、次で曲がって…。
「「「わーーーっ!!!」」」
ドーン! と急な段差を滑り落ち、水飛沫が筏を洗い流して………目を開いたら教頭先生の姿が何処にもありません。二番手だったキャプテンが先頭に走り、二番手の位置にジョミー君が駆け込んで。
「きょ、教頭先生は!?」
「分からん、ぶるぅ、後ろはどうだ!?」
早く探せ、とキース君が絶叫しています。次の段差が迫っていますし、このままじゃあ…。ん?
「ふん、馬鹿は死ななきゃ治らない、ってね」
「…こうなると最初から知ってて交代させたわけ?」
で、ハーレイは? とソルジャーが訊けば、会長さんは。
「お花畑に送ってやったさ、今夜の宿のリゾートホテル! ぼくたちが着くまで庭の花壇のド真ん中から移動出来ずにシールドの中。本人はきっと死んだと思って焦るだろうね」
動けない上に花畑だし、と会長さんは高笑い。男の子たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにキャプテンはそうとも知らずに筏の上で大騒ぎです。聞いてしまったスウェナちゃんと私はこれからどうするべきでしょう? お花畑の教頭先生、お迎えが行くまで三途の川でお待ち下さぁ~い!




       波乱な川下り・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 今月はアニテラでのソルジャー・ブルーの祥月命日、7月28日が巡って来ます。
 ハレブル転生ネタを始めましたし、追悼も何もあったものではないのですが…。
 節目ということで、7月は 「第1&第3月曜」 の月2更新に致しました。
 8月は 「第3月曜」 8月18日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 7月28日には 『ハレブル別館』 に転生ネタを1話、UPする予定でございます。
 「ここのブルーは青い地球に生まれ変わったんだよね」と思って頂ければ幸いです。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、7月はお中元の季節。とんでもない人からお中元が…?
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv






※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






青葉が眩しい五月の初旬。ゴールデンウィークの一部をシャングリラ号で過ごした私たちも今日から再び授業でした。とはいえ、そこは出席義務の無い特別生。授業の中身もすっかり頭に入っていますし、登校してくる真の目的は放課後にあり、というわけで。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日はアーモンドとオレンジのケーキだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。しっとりと焼き上げられたケーキはアーモンドの粉に細かく刻んだオレンジピールを加えたもの。食べるとオレンジの香りがふんわりと…。やがて部活を終えた柔道部三人組が加わり、今日は焼きそば。
「うーん、やっぱり此処が最高ってことなのかな?」
焼きそばを頬張りながらのジョミー君の言葉に、何を今更、とキース君が。
「お前は教室の方がいいのか? もれなくグレイブ先生つきの1年A組のあの教室が?」
「そうじゃなくって…。んーと……此処って、ぶるぅの部屋だけどさぁ、ぼくたちの部屋でいいのかなぁ、って…」
ずーっと独占してるよね、と言われてみればその通り。サイオンを持った後輩は何人かいるのに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入り浸っているわけではありません。私たちだけが入学した年から延々と溜まり場にしているのです。
「君たちの部屋でいいだろう?」
ぼくが許しているんだからさ、と会長さん。
「学園祭だって、この部屋を公開するのに君たちに協力して貰ってる。ぶるぅのお部屋って呼ばれてるけど、君たちの部屋でもいいと思うよ」
「そっか…。だったら、此処って秘密基地?」
「「「は?」」」
斜め上な単語に首を捻れば、ジョミー君は。
「秘密基地だよ、小学生の頃に作らなかった? コッソリ集まってゲームをしたりさ」
「ああ、アレか…。親父にバレてエライ目に遭ったな」
やっぱり墓地はマズかったか、と返すキース君に、ゲッとのけぞる私たち。秘密基地の話はよくありましたが、墓地というのは強烈です。字面はなんだか似ていますけど…。



「ぼ、墓地って…。キースの家のヤツだよね?」
裏山のだよね、とジョミー君が確認すると、キース君は「当然だろう」と頷いて。
「秘密基地を作るのにいい場所は無いか、と持ち掛けられてな。あまり人が近付かない所が最高なんだと言われてみろ。王道は山とか林だな。その点では墓地も負けてはいない」
「「「あー…」」」
そりゃそうでしょう、墓地はお参りの人しか来ません。ついでに山や林と違って散歩の人も来ませんし…。それでも墓地に秘密基地とは天晴れな、と思っていたら。
「その辺が子供の強さだな。俺にお念仏を唱えさせてだ、これで幽霊は大丈夫だから基地にしよう、と。でもって一番端の墓石と隣の木とをロープで結んで、それを基礎にして小屋をだな…。植木屋の息子がブルーシートを持ってきたから、そいつを使った。床はもちろん段ボールだ」
水が入らないように廃材で床を底上げして…、と語るキース君たちが作った秘密基地は立派なもの。雨風がしのげて快適な居場所になる筈でしたが。
「出来上がって中でスナック菓子を食って…。また明日、と別れたんだが、次の日の朝に親父に叩き起こされた。そのまま墓地に引きずって行かれて、これはお前が作ったのか、と」
もうその後が大変で…、と遠い目になるキース君。秘密基地は朝一番に墓地の清掃を請け負う業者さんに発見されてアドス和尚に即、通報。ついでに前の日、大勢の子供が墓地に向かうのを宿坊の人が見ていたらしく。
「墓地にみっともない物を作るな、と怒鳴られた上に、墓石を使ったのが最悪で…。持ち主さんにお詫びをしろ、と檀家さんの家まで行かされたんだ。檀家さんは笑って許してくれたが、親父が「もっと叱ってやって下さい」と俺の頭を拳でガツンと」
あれは本当に痛かった、とキース君は頭を擦っています。秘密基地は業者さんに撤去されてしまい、二代目の基地は植木屋さんの植木畑の中に作って、やはり見付かって速攻、撤去で。
「植木畑の方も派手に叱られたぞ。邪魔な枝を勝手に鋸で切ってたからな」
「「「………」」」
その植木って売り物だったんじゃあ、と頭を抱える私たち。キース君の秘密基地ライフは実に激しいものでした。迷惑や実害を及ぼしながらの基地建設って、子供ならではの超絶体験?



なかなかの悪童だったらしい小学生時代のキース君。秘密基地がどうのと言い出したジョミー君は公園の一角を占拠していただけで壊してはおらず、サム君やシロエ君も同様です。マツカ君は秘密基地自体に縁が無かったそうでして…。
「ぼくは友達が無かったですから…。みんな色々やってたんですね、楽しそうです」
「俺は親父に叱られたんだが?」
「それでも懲りずに植木畑でやったんでしょう? 友達がいなくちゃ出来ませんよね」
羨ましいです、とマツカ君。
「今はこの部屋がぼくたちの秘密基地ってことなんでしょうか、みんなで集まっているわけですし」
「うーん…。どうだろう?」
作ったわけではないからね、と会長さんが答えました。
「他の生徒は入ってこないし、先生だって入れない。そういう意味では究極の秘密基地だと言えるんだけど、キースの凄すぎる体験談を聞いてしまった後ではねえ…。自分たちの手で作ってなんぼ、という気がしないでもないんだけれど」
「おい、こんな部屋を作れるのか?」
どう考えても無理だろう、とキース君が冷静な突っ込みを。
「サイオンを使って隠してあるのはまだ分かるんだが、構造自体が謎だしな…。素人に作れるレベルじゃないぞ。それに二つも作ってどうする」
「まあね。ぶるぅの部屋は間に合ってるよね…。でもさ、秘密基地っていいと思わないかい、君は欲しいんじゃないかと思うな。…アドス和尚の目が届かない場所」
「は?」
「いつもブツブツ言ってるじゃないか、朝から晩まで修行の日々だ、って」
大変だよねえ、と会長さんに同情されたキース君は。



「………。副住職になっちまった以上、仕方ないとは思うんだがな…。不意打ちで部屋をガラリと開けるのは、正直、勘弁してほしい。あれは本気で心臓に悪い」
それに立ち聞き、と溜息をつくキース君。
「俺に一人でお勤めをさせる時があってな…。それならそれで親父は庫裏で寝てりゃいいのに、阿弥陀様の後ろの部屋でコッソリ立ち聞きしてやがるんだ。そして後から俺の読経に文句をつける」
まだ学校の方が気が休まる、とキース君が零せば、会長さんは「うん、うん」と。
「だからね、そんな日々を送るしかない君のためにも秘密基地! しかもある意味、堂々と!」
「「「???」」」
いきなり何を、と私たちは首を傾げましたが。
「作っちゃうんだよ、キースのための秘密基地をさ。ついでに、ぶるぅの部屋の別荘バージョン」
「「「別荘バージョン?」」」
「うん。基本的にはキースの基地で、ぼくたちは其処にお邪魔するわけ。基地の建設を請け負うんだから、そのくらいの役得はあってもいいよね?」
「な、なんの話だ?」
サッパリ話が見えないんだが、と目を白黒とさせるキース君に、会長さんはニッコリと。
「君の秘密基地を建ててあげようって言ってるんだよ。季節もいいし、お盆までは元老寺に来る人も少ないし…。宿坊の駐車場の横に確か空き地があったよね? あそこがいいと思うんだけど」
「ちょっと待て! 何処から見てもバレバレじゃないか!」
「堂々と建ってりゃ近付きにくいと思わないかい? 周りに砂利を敷いておけばさ、アドス和尚が来ても足音ですぐに分かるしね」
ここは一発、作ってみよう! と会長さんは大乗り気でした。えーっと、キース君のための秘密基地兼「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の別荘バージョンって、ブルーシートと段ボールで…?



元老寺の土地に秘密基地を作ろうと言う会長さん。普段はキース君が一人で使って、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の別荘としてお邪魔するのだそうですが…。
「おい、あそこでブルーシートはマズイぞ」
工事現場じゃあるまいし、とキース君が止めにかかると、会長さんが。
「誰がブルーシートで作ると言った? それじゃ快適と言えないし! 建てるのは組み立て式のログハウスなんかがいいんじゃないかな、広さの方も必要だから」
全員が入った時に備えて八畳は欲しい、と会長さんは数えています。
「一人半畳として計算するとね、君たちとぼくとぶるぅで九人だから六畳あればいいんだけれど…。ゆとりを持って使うんだったら八畳から! 理想は十畳って所かな」
「そんなデカイのを作る気か?」
「もちろんさ。この部屋はもっと広いんだよ? 別荘バージョンとはいえ、ゆったりしたい」
アドス和尚に相談しないと、と立ち上がりかける会長さんに、キース君が慌てた口調で。
「ま、待て! ログハウスの費用はどうするつもりだ、親父が資金を出すわけがないぞ」
「ああ、その点なら大丈夫! ちゃんと費用のアテはあるから」
ぼくにぞっこんの阿呆が一人、と人差し指を立てる会長さん。
「ハーレイに頼めばいいんだよ。未来の嫁が秘密基地を建設したいと言っているんだ、出さないようじゃ男じゃないさ。…結婚した後でもプライバシーは重要だからね、その時に備えて予行演習と言えばOK!」
「「「………」」」
鬼だ、と思ったのは私だけではないでしょう。ともあれ、費用の面はそれで解決みたいです。そうなると次は建設現場で。
「早速、元老寺に行かなくっちゃね。秘密基地云々っていうのは黙っておいて、アドス和尚を説得しないと」
「…内緒にするわけ?」
なんでまた、とジョミー君が訊くと、会長さんは。
「秘密基地です、とバラしたら意味が無いだろう? 堂々と建てても秘密は秘密さ」
「そっか、キースの基地なんだっけ…。でもって、ぼくたちの秘密基地だね」
面白いことになってきた、とジョミー君はワクワクしています。私たちだってドキドキワクワク。会長さんはアドス和尚をどうやって説得する気でしょうか?
「ふふ、そこは銀青にお任せってね。…それじゃ行こうか、もう夕方だし瞬間移動で元老寺まで」
持ち物を忘れないように、と注意された私たちは鞄をしっかりと。お皿やカップは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパパッと洗ってお片付けして準備完了。
「行くよ、ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パァッと迸る青いサイオン。身体がフワリと浮き上がったかと思うと、もう目の前が元老寺でした。正確に言うと山門も通り抜けて庫裏のすぐ脇。夕方の境内は閑散としており、私たちの出現に腰を抜かすような人も無く…。
「さてと。…アドス和尚は気前よく御馳走してくれるかな?」
この時間だと晩御飯が出るのがお約束だよね、と庫裏の玄関のチャイムをピンポーン♪ と鳴らす会長さん。秘密基地の交渉だけじゃなくって晩御飯まで食べるつもりで押し掛けましたか、そうですか…。



奥の方からパタパタと軽い足音が聞こえ、玄関を開けてイライザさんが。
「ぎ、銀青様…? お電話を頂ければお迎えに上がりましたのに…!」
「こんなに大勢、タクシーに乗れると思うかい? 今日はアドス和尚に話があってさ」
「今はお勤めをしておりますの。お入りになって下さいな。皆さんも、どうぞお座敷へ」
案内された先は立派なお座敷。会長さんが上座に座り、キース君は思い切り末席です。お茶とお茶菓子が出てきましたけど、ワイワイ騒ぐわけにはゆかず…。その内にドスドスと足音が。
「銀青様、大変お待たせしまして申し訳ございません」
廊下に平伏しているアドス和尚に、会長さんはにこやかに。
「ううん、お勤め最優先っていうのは常識だしね。こちらこそ、夕食前にお邪魔しちゃってごめん」
「こ、これは……気が付きませんで失礼を……。おい、イライザ!」
皆さんにお寿司をお取りしろ、とアドス和尚。特上握りとは豪勢な…。会長さんのお供だからこそで、私たちは心で万歳です。お寿司が届くまでの間に会長さんはアドス和尚と世間話や璃慕恩院の話なんかをのんびりと。…えーっと、秘密基地のお話は?
『まだまだ。本題はお寿司を食べながら…だよ』
私たちだけに聞こえる思念波が届き、やがて豪華なお寿司の出前が。アドス和尚は御機嫌で…。
「皆さん、遠慮なくお召し上がりを。日頃、せがれがお世話になっておりますからな」
「ありがとう。で、キースの話なんだけど…」
会長さんが大トロに舌鼓を打ちながら口にした言葉に、アドス和尚が眉を顰めて。
「…せがれが何かしでかしましたか?」
「そうじゃなくって、ぼくから提案。…キースは副住職をやっているけど、学校生活が基本だよね? 檀家さんと触れ合う時間は少ない」
「はあ…。そこはまあ、学生ですからな」
檀家さんも承知して下さっています、とアドス和尚。けれど会長さんはチッチッと指を左右に振って。
「これからのお寺は若い人にも門戸を開くべきなんだよ。お年寄りしか寄らないお寺は古くなりがち! フラッと立ち寄って話が出来たら理想的だと思わないかい?」
「ウチは宿坊もやっておりますから、お若い方が旅の拠点に使われることもありますが…」
「それじゃイマイチ! 気軽に覗けるスポットでないと」
宿坊はお寺の付属物だから敷居が高め、と会長さん。
「もっとこう、敷居の低いヤツを…ね。お茶でも飲みながら話が出来て、美味しいお菓子もあるとなったら最高なんだよ。そのための拠点を作るのはどう? 責任者はキースで」
「せ、せがれにそんな大任を…?」
「大任じゃないよ、若い檀家さんの話相手をするだけだから! もちろんお年寄りでもいい。そういう場所を作るんだったら、ぼくも覗いてみてもいいしね」
場合によっては法話もしよう、と提案されたアドス和尚は「うーむ…」と考え込んでいます。
「せがれが其処に詰めるのですな? わしの目が行き届かない場所となったら、こう、色々と…」
「お父さんとしては心配になるかもしれないねえ…。じゃあさ、本格的に運用する前にお試し期間! とりあえず、ぼくたちだけが立ち寄るってことで、キースの生活がどう変わるかをチェックしてみれば? 問題無ければ檀家さんにも開放したらいいんだよ」
「おお、なるほど…。それは名案かもしれませんなあ」
ひとつチャレンジさせてみますか、とアドス和尚がGOサイン。会長さんはサクサクと場所や建物の案を話して、建設費用は一切不要と太鼓判を。銀青様のポケットマネーだと勘違いしたアドス和尚は「有難いことです」と合掌しています。全額負担の教頭先生、どんな散財になるのやら…。



こうしてトントン拍子に話は纏まり、会長さんが教頭先生から費用を毟って、組み立て式のログハウス風な秘密基地の建設が始まりました。業者さんに建てて貰ったのでは秘密基地とは言えません。やはり自分たちで作ってこそで。
「かみお~ん♪ みんな、お疲れ様ぁ~!」
お弁当だよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動でボリュームたっぷりの焼肉弁当のお届けに。炭火焼肉を一面に載せた下には千切りのキャベツ、御飯にもタレがしっかりと。男の子たちのお弁当は大きく、見ているだけのスウェナちゃんと私の分は小さめです。
「えとえと…。今日は窓も入るの?」
だいぶ家らしくなったよね、とログハウスを見上げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちは「秘密基地を作るので休みます」というブッ飛んだ欠席届を学校に出して、毎日、元老寺に通っていました。え、その欠席届ですか? グレイブ先生は「ほどほどにな」と笑っただけでしたよ~!
「グレイブ先生、こんなのとは思っていないよねえ?」
ジョミー君が壁をコンコン叩けば、サム君が。
「穴でも掘ってると思ってんじゃねえか? その辺の土手に」
「その可能性は高そうですね」
少なくとも家とは思っていないでしょう、とシロエ君。
「おまけにコレって総檜でしょう? 基本のログハウスの値段は調べましたけど、あれより相当、高いんじゃあ…」
「御想像にお任せするよ。ハーレイは喜んで払ってくれたけれどね」
クスクスクス…と会長さんが漏らす笑いからして、とんでもない費用がかかっていそうです。整地は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンでやって、組み立ての方も大きな部材はサイオンで。男の子たちは力仕事で出来る部分を頑張って作り、残るは屋根の仕上げと窓と、それに床張り。
「屋根と窓は今日中に仕上げて、床張りが明日って所かな」
それが済んだら電気の配線とかをしなくっちゃ、と会長さん。配線はシロエ君が担当することになっていますし、明後日には秘密基地が完成しそうです。お弁当を食べ終えた私たちは中に入って、仮の床の上を歩きながら天井や壁を眺めてみて。
「凄い秘密基地が出来そうだよね」
でもってキースの隠れ家だよね、とジョミー君が親指を立てれば、キース君が。
「どうだかな…。ブルーが巧い話をやったお蔭で家は出来そうだが、親父のチェックが何処まで入るか…。まあ、檀家さんの立ち寄り処になったとしても、親父と違ってノックくらいはするだろう」
のんびり息抜きが出来る所になるといいな、とキース君は大きく伸びを。
「とりあえず残りを仕上げるか。床が出来たらド真ん中で大の字に寝転がって上を見るんだ」
俺の城だ、とキース君が言った時です。
「…床下収納も希望なんだけど」
「「「は?」」」
なんだソレは、と振り返った先にフワリと翻る紫のマント。もしかしなくても出ましたか? ソルジャーとかいう人が出たようですけど、床下収納って何なんですか~!



「床板をパコンと上に上げてさ、そこから出るのがいいのかなぁ…って」
だから床下収納なのだ、とソルジャーは呆気に取られる私たちを他所にいけしゃあしゃあと。男の子たちが頑張って建てたログハウスの仮設の床を悠然と歩き回っています。
「これって秘密基地なんだろう? それっぽくお邪魔するにはドアを開けるよりも床からかな、と思うんだよね。もちろん青の間直結で!」
「ちょ、ちょっと…」
これはキースの家なんだけど、と会長さんが遮りましたが、ソルジャーが聞くわけがなく。
「総檜っていうのが素敵なんだよ、ホントに香りがいいからねえ…。こないだハーレイと泊まった旅館を思い出すなぁ、部屋付きの露天風呂が総檜のヤツでさ、もう最高で」
「その先、禁止!」
何も喋るな、という会長さんの警告は右から左に抜けたようです。
「いい香りのお風呂でヤるのもいいけど、移り香を纏ってヤるのもいいよ? ハーレイの身体から檜の匂いがするんだよねえ、逞しさがググンと増した気がして…。もちろん硬さも檜並み! ついでに総檜の家と同じで長持ちってね」
「「「……???」」」
檜は丈夫で硬いと聞きます。総檜の家は長持ちするとも聞いていますし、だからこその総檜ログハウスですが……キャプテンと檜の共通点って何でしょう? 硬さに長持ちって筋肉とか? それとも持久力なんでしょうか、全然話が見えませんけど…。
「あ、分からなかった? それならそれで別にいいんだ、ぼくが欲しいのは秘密基地だし」
「「「えぇっ!?」」」
「ノルディの別荘を借りたりするけど、こっちに拠点が無いんだよね。ちょうどいいから混ぜて貰おうかと…。ベッドとかは持参するからさ」
それとも布団を買おうかな、とソルジャーは床を見渡して。
「キースはベッドを置かないようだし、置くにしたってシングルだろうし…。ぼくとハーレイには狭すぎてダメだ。地球に拠点が出来るからには、やっぱり二人で思う存分!」
床下から来てヤリまくるのだ、とソルジャーは熱弁を奮っています。なんとなく分かってきたような…。つまりソルジャーは此処を使って大人の時間をやらかしたいと…。
「なんでそういうことになるのさ!」
そんな目的で建てたのではない、と会長さんが怒鳴り付けても、ソルジャーは我関せずと床のチェック中。
「この辺がいいかな、床下収納! ぼくとハーレイの身体さえ通れば、ベッドや布団は後からどうとでも…。ぶるぅ、そこのメジャーを取ってくれる?」
「かみお~ん♪ どうするの?」
はい、と素直な「そるじゃぁ・ぶるぅ」が渡したメジャーは工事現場用の金属製。ソルジャーはそれをシャッと伸ばして床に当てると、お次は墨を御所望で。
「サイズは書いといたから、此処に床下収納をよろしく。パカッと上に開きさえすれば収納部分は別に大きくなくてもいいからね。ぼくの世界の青の間直結、空いてる時間にお邪魔するよ」
ハーレイと二人でベッドか布団を持って来て、とニッコリ笑ってソルジャーは姿を消しました。よりにもよって床下収納、ソルジャーの世界の青の間直結。…私たちの秘密基地作りはとんでもないことになりそうです。どうしたらいいんですか、会長さん…?



降って湧いた災難ならぬ、空間を越えて出たソルジャー。言いたいことだけ喋って消えたソルジャーが残していった床に四角く引かれた線。
「…おい、作らないとどうなるんだ?」
此処に床下収納とやらを、とキース君が指差せば、ジョミー君が。
「勝手に作るんじゃないのかなぁ? 器用なのかどうか知らないけどさ」
「…多分、不器用だと思いますけど…。でもサイオンを使えますしね」
どうなるやら、とシロエ君が天井を仰ぎ、スウェナちゃんが。
「キャプテンの趣味は木彫りじゃなかった? 日曜大工も出来るかも…」
「「「………」」」
二人がかりで攻めて来られたら、床下収納は意地でも取り付けられそうです。それくらいなら潔く…とも思いましたが、床下収納を作ってしまえばソルジャーの世界の青の間直結になるわけで。
「それって床下収納って呼べるわけ?」
何も収納出来ないよね、とジョミー君。確かに物を入れておいたらソルジャーとキャプテンに踏み潰されるか、壊されるか。いっそニンニクを詰めておけば、という恐ろしい意見も出ましたけれど、ソルジャーを撃退どころか「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の方にニンニクの雨が降りそうで…。
「…諦めて設置するしかないか…」
俺の城になる筈だったのに、とキース君がガックリ項垂れています。そっちの方も問題ですけど、より問題なのがソルジャーの拠点。乗っ取られたが最後、此処をベースに私たちの周りをウロウロしては爆弾発言をかましまくって、更には今まで以上に積極的に大人の時間をやらかそうとして…。
「…床下収納が出来てしまったら、おしまいかもね…」
でも作らないわけにもいかない、と会長さんが嘆く横から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えとえと…。秘密基地、ブルーに取られちゃったの?」
「ん? 取られてないけど、もう取られたのと同じだねえ、っていう話だよ」
困ったことになっちゃった、とぼやく会長さんにも名案は浮かばないようです。このまま組み立て作業を続けて総檜造りのソルジャーの拠点を建てるしかないのか、と誰もが脱力気味ですが…。
「かみお~ん♪ 同じだったらあげちゃったら?」
「「「えっ?」」」
「ブルー、お家が欲しいんでしょ? 秘密基地ならぼくの部屋があるし、これはブルーにプレゼントすれば?」
それなら誰も困らないでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔。そりゃあ……乗っ取られるのなら譲った方がマシかもですけど、建っている場所が問題です。元老寺の駐車場の脇にソルジャーの拠点が出来上がった日には、キース君のお城どころか頭痛の種になりそうで…。
「あっ、そうか!」
その手があった、と会長さんがポンと両手を打ちました。
「この際、キースの秘密基地って案を捨ててしまえばいいんだよ。これは単なるログハウス! 出来上がったらブルーに譲って、知らん顔をすればそれでオッケー!」
えっ、でも…。この家、此処に建ってるんですよ? 忘れてませんか、会長さん? それともキース君がソルジャーに押し掛けられて困っていても、知らぬ存ぜぬで逃げる気ですか…?



ログハウスの屋根と窓とはその日に仕上がり、翌日は朝からせっせと床張り。ソルジャーが注文していった床下収納の部分がキッチリ切り抜かれ、収納庫も取り付けられました。キャプテンの身体が通るサイズを指示されただけに、広さは充分。
「これだけあったらイモやタマネギも置き放題なのにな…」
残念だ、と見下ろしているキース君。お城が出来たと思った途端に奪われたのでは残念だろう、と思いますけど、何故にタマネギ?
「…俺の家ではカレーは滅多に出ないんだ、と言わなかったか?」
「あー、そういえば聞いたかも!」
なんでだっけ、と尋ねたジョミー君にキース君は心底、呆れた顔で。
「お前も坊主の端くれだろうが…。いいか、通夜や葬式にカレーの匂いをさせて行くのはNGだ。息の匂いは歯磨きすれば何とかなるがな、身体ごとカレーの匂いはマズイ。風呂に入ればいいだろう、と俺は思うが、親父はうるさい。葬式も通夜も有り得ない、という時しかカレーは出ない」
翌々日が友引の時で平日限定、とキース君はフウと深い溜息。
「…この家が出来たら、レトルトカレーを好きなだけ食おうと思っていたんだ。いずれ檀家さんをお迎えするならキッチンも要るし、そうなってきたら自作もいいな、と…。イモとタマネギはカレーに欠かせん」
それにニンジン、と未練たらたらのキース君が収納庫を閉め、私たちは出来上がった家をグルリと見回しました。ソルジャーに譲ると決まった以上、電気配線もシロエ君が急いで工事し、後は引き渡しを待つだけで…。
「こんにちは」
パカッと閉めたばかりの床下収納庫が開き、中から「よいしょ」とソルジャーが。出たかと思えば床に屈み込み、床下収納に手を突っ込んで…。
「こんにちは。お邪魔いたします」
こんな所から失礼します、とキャプテンがソルジャーに助けられながら這い出して来ました。最初から二人で現れるとは、乗っ取る気持ち満々です。譲ると決めていて良かったかも…。
「ね、ハーレイ? 檜の香りがいいだろう?」
「本当ですね。…しかし、ブルー…。此処は皆さんの秘密基地なのでは…」
「いいんだってば、空いてる時には使わせてくれって頼んだし! それでさ、お前はベッドがいい? それとも布団を買いに行く?」
「…そうですねえ……。せっかくの総檜ですし、床に布団も試したいですね」
私たちを放置で盛り上がり始めるバカップル。会長さんがゴホンと咳払いをして。
「お取り込み中にアレなんだけどさ…。この家、君たちに譲るから!」
「いいのかい?」
ソルジャーの顔が輝きましたが、会長さんはフンと鼻を鳴らすと。
「その代わり、持って帰ること! これはキースの家の敷地に建ってるわけだし、このままじゃ譲るわけにはいかない。君のシャングリラの中に置くも良し、ノルディに頼んで土地を買うも良し」
「…持ち帰りって……。出来るわけ?」
とっても魅力的だけど、と瞳を煌めかせているソルジャー。会長さんはログハウスの構造を淡々と説明し、置き場所さえあれば持って帰っていいと告げ…。



総檜な家が欲しかったソルジャーは、地球に拠点を持つことよりも檜の香りを優先させたみたいです。ジョミー君たちが頑張って建てたログハウスはソルジャーの世界に送られてしまい、バカップルなソルジャー夫妻も御礼だけ言って帰ってしまって。
「…結局、更地しか残らなかったね…」
ぼくたちの秘密基地、とジョミー君が呟き、キース君が。
「じきに夏草が生えるだろうな。…つわものどもが夢の跡とは、このことだろうさ」
ただ春の夜の夢の如し、と時代が異なる名文句を並べつつ、キース君は夢と消えたログハウスの跡地を見詰めています。さようなら、私たちの秘密基地。さようなら、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の別荘バージョン…。
「…その秘密基地の話だけどね…」
堂々と作ろうとしたのが失敗だった、と会長さんが小声でコソコソと。
「カレー作りは無理だろうけど、アドス和尚から逃亡可能で、秘密基地っぽい隠れ家だったら出来るかも…」
「なんだと?」
そんなものを何処に作るんだ、と問い返したキース君に、会長さんは。
「ほら、裏山に椎の大木があるだろう? あれの上にさ」
「ツリーハウスか…。しかし、それこそ親父にバレたら…」
「バレやしないよ、きちんとシールドしとけばね。最初の間はぼくとぶるぅでシールドしてさ、君が慣れてくれば自力でやるとか」
ゲストの力を借りるのもいいね、と視線を向けられた私たち。なんと、今度はツリーハウスですか! 木の上の家って憧れます。そんな素敵な秘密基地なら、苦手なサイオンも修行しますとも!
「じゃあ、決まり! ログハウスが消えた件をアドス和尚に言い訳しなくちゃいけないし…。話すついでに適当に暗示をかけとくよ。椎の木に近付かないように」
「よろしく頼む。…ログハウスは何と言い訳するんだ?」
「ん? 庫裏が古くなって困っているお寺にお譲りした、と言えば終わりさ」
それが一番、と会長さんは胸を張りました。
「君だって知っているだろう? 本堂を修理するのに檀家さんから寄付を募るのは当たり前! だけど庫裏の修理をしますから、と集めに回るのは大変だ。檀家さんの数が少ないお寺だと、雨漏りがしても本堂優先、庫裏は後回しで大変だよね」
「なるほどな…。そういう寺なら渡りに船というヤツか」
たかが十畳のログハウスでも、とキース君は納得しています。お寺の世界は厳しいのだな、と私たちは思い知らされ、その言い訳を聞かされたアドス和尚は合掌して。
「そういう理由でございましたか…。せがれごときに一戸建てなぞ、ログハウスでも分不相応かと密かに思っておりました。他のお寺さんのお役に立つなら、その方が良いかと存じます。…キース、分不相応などと言われんように、これからも修行に励むのじゃぞ」
「は、はいっ!」
深々と頭を下げて、アドス和尚の座るお座敷から回れ右したキース君でしたが。



「…この木の上に作るんだな?」
どんなサイズになるだろう、と椎の巨木を振り仰いでいるキース君。私たちは元老寺の庫裡を後にし、裏山に登って来たのです。遠くからも見える椎の木は太くて立派で、小屋くらい軽く支えられる強度を備えているそうで。
「幹もしっかり詰まっているから、かなりな重さでも大丈夫だよ」
その辺はちゃんと確認した、と会長さんが幹を叩いています。サイオンで透視した結果、隙間は全く無いらしく…。
「かみお~ん♪ おっきいのがいいね、みんなで入れる秘密基地!」
登る時には瞬間移動だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。梯子を置くのもいいかもです。梯子ごとサイオンでシールドしておけばアドス和尚にも気付かれませんし…。
「とにかく寸法を測ってみよう。それからみんなで設計だね」
家の大きさも形とかも、と会長さんが言い、歓声を上げる私たち。ログハウスをソルジャーに取られた時はショックでしたけど、ツリーハウスが出来るんだったら断然、そっちが良さそうです。今度は学校に「ツリーハウスを作りに行くので休みます」と欠席届を出さなくちゃ!
「…いいねえ、檜の香りってヤツもいいけど、木の上なら森林浴の気分なのかな?」
「「「!!?」」」
「今度はツリーハウスを作るんだって?」
床下収納をよろしくね、と現れたソルジャーは檜の香りを纏っていました。まさか、あのログハウスでキャプテンと…? 目が点になった私たちの姿に、ソルジャーはクンと自分の手袋の香りを嗅いでみて。
「あ、バレちゃった? 急いで出てきたものだから…。せっかく貰ったログハウスだしね、まずは布団も無しで床でヤろうかってハーレイと…」
「退場!!!」
さっさと帰れ、と会長さんが怒鳴り付け、ソルジャーが。
「待ってよ、その前にツリーハウス! そっちの方がドキドキしそうだし、木の上でヤるってロマンチックな感じだし…。ぼくのハーレイにも言っておくから、床下収納!」
「却下!!!」
二度と来るな、と怒り心頭の会長さんと、食い下がっているソルジャーと。ツリーハウスは諦めた方がいいのでしょうか? コッソリ作っても床下収納をしっかり作られ、ソルジャー夫妻が登場しそうな気がします。秘密基地のことは夢のまた夢、線香の煙と共にハイさようなら……。




      秘密基地日記・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 今月はアニテラでのソルジャー・ブルーの祥月命日、7月28日が巡って来ます。
 ハレブル転生ネタを始めましたし、追悼も何もあったものではないのですが…。
 節目ということで、7月は 「第1&第3月曜」 の月2更新にさせて頂きます。
 次回は 「第3月曜」 7月21日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 7月28日には 『ハレブル別館』 に転生ネタを1話、UPする予定でございます。
 「ここのブルーは青い地球に生まれ変わったんだよね」と思って頂ければ幸いです。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、7月はお中元の季節。とんでもないお中元が来そうな予感?
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv










※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。とはいえ、新年早々、恒例の闇鍋大会に水中かるた大会と立て続けに行事がありましたから、気分はお疲れ休みです。会長さんが合格グッズの販売に燃える入試シーズンまでの間は、のんびりゆったりしたいですよね。それでも登校してくる理由は…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! 授業、お疲れ様ぁ~!」
ケーキ焼けてるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そう、この放課後の溜まり場がお目当てで真面目に授業に出ているのです。特別生には出席義務なんか無いのですから。
「はい、今日はクッキー&クリームケーキだよ♪」
冬はチョコレートが美味しいよね、と出されたケーキはチョコレートムースとチョコレートコーティングされたクッキークラム入りのクリームが二層になったもの。表面はザッハトルテみたいに滑らかなチョコで艶やかな仕上げ。
「「「いっただっきまぁーす!」」」
紅茶やコーヒー、ホットココアなどをお供にケーキを頬張ると濃厚な味が口いっぱいに。今日のおやつも最高です。やがて部活を終えた柔道部三人組も加わり、部屋はますます賑やかに。
「キース先輩、お父さんは今日は法事でしたか?」
シロエ君の問いに、キース君が苦笑して。
「いや、璃慕恩院に用があってな。ついでに仲間と食事に行くそうだ。…そのせいで俺にお鉢が回って来た」
「ああ、それで…。月参りで遅刻って珍しいですし」
普段は休日担当ですよね、とシロエ君が言う通り、キース君は元老寺の副住職である以前にシャングリラ学園特別生。学校を優先するということで、月参りはアドス和尚が今も続けているのです。とはいえ、たまには今日みたいな展開もあるわけで…。



「本当だったら昼休みには学校に来られたんだが…。行き先でちょっとトラブルが」
「へえ…。トラブルって木魚を割ったのかい?」
それは凄い、と会長さん。
「力任せに叩いたんだろ、たまに割れるから気をつけないと」
「誰が木魚を割ったと言った!」
「違うのかい? それじゃアレだね、バイの先っぽが吹っ飛んだんだ?」
「「「ばい?」」」
何ですか、それは? 首を傾げる私たちに向かって、会長さんは。
「しもくとも言うけど、木魚を叩く棒のことだよ。先っぽが取れちゃうこともあってさ」
それでも動じずに叩き続けるのが坊主の務めらしいです。もちろん音はポクポクではなく、カンカンとかになるようで…。
「それも違うな。その程度なら俺はトラブルと言わん。…親父と一緒に月参りをしていた頃に吹っ飛ばれてな、木魚を担当していただけに焦ったが…」
あの頃はまだ駆け出しで、と懐かしむようなキース君。その後もバイが外れちゃったことはあるそうですけど、焦ったのは最初の時だけで。
「親父が後から怒るんだ。木魚を叩くリズムが乱れていた、とな。しかしだ、親父も経文の同じ所を二回も読んだし、どうこう言えた義理ではない。あれ以来、俺は平常心を心がけている」
「それでもトラブルが起こるわけ?」
何をやったの、とジョミー君は興味津々、サム君も。
「俺もすっごく気になるなぁ…。将来のためにも何があったか教えてくれよ。俺もいずれは坊主だからさ」
「………。役に立つとは限らないぞ?」
それでもいいなら、とキース君の口から出た言葉は。
「……ラグドールだ」
「「「ラグドール?」」」
そんな仏具がありましたっけ? それともアレかな、バイと同じでお坊さんの専門用語とか…?



キース君の月参りのトラブルの元は木魚ではなく、ラグドールとやら。どんな仏具かと皆で身を乗り出していれば、キース君がプッと吹き出して。
「お前たち、何か勘違いをしているだろう? ラグドールと言えば猫だろうが」
「「「猫?」」」
猫は三味線の皮に最適だと聞きます。それを使った仏具って…なに? ますます気になるラグドールですが、キース君は笑いを堪えながら。
「とことん仏具だと思っているな? 猫の品種だ、ラグドールは。シャム猫みたいな模様なんだが、ペルシャとバーマンの交配だったか…。それだけに長毛種で、おまけにデカイ」
「なんで猫なんかでトラブルなのさ?」
お仏壇に猫の餌は置いてないよね、とジョミー君が首を捻ると、サム君が。
「悪戯じゃねえか? こう、仏壇にアタックされて、線香立てとかがキースの上に」
「「「うわー…」」」
それは最悪、と容易に想像出来ました。お線香の灰だの、花立の花や水だのが法衣に飛び散ってしまったとしたら、月参りはそこでギブアップ。元老寺に戻って着替えをしてから続きをするしかありません。学校に来るのが遅くなるわけだ、と皆で納得しかけていると。
「いや、仏壇にアタックではない。…ある意味、そうとも言えなくはないが」
「「「???」」」
「俺専用の座布団が無かった」
「「「はぁ?」」」
なんとも意味が不明です。お仏壇アタックが無かったんなら、どうしてキース君の座布団が?
「寝ていやがったんだ、座布団の上で! それも仏壇のすぐ前で! 月参りに備えてエアコンの他にヒーターも置いて下さったんだが、そのせいで暖かい場所だったらしい」
素晴らしく大きな猫が俺の座布団の上で爆睡、とキース君は遠い目をしています。
「月参りに行く家は坊主専用の座布団を用意してくれるんだがな…。そこにラグドールが鎮座していて、だ。檀家さんが叱っても薄目を開けるだけで、またウトウトと…。しかも巨体で、檀家さんの手では持ち上がらない。どうぞ遠慮なく蹴って下さいと言われても…。坊主が蹴れるか?」
法衣でなければ蹴ってもいいが、と嘆くキース君と檀家さんとはラグドールをどけようと四苦八苦。しかし時間が無駄に過ぎてゆくばかりで、最終的には。
「「「座布団ごと?」」」
「そうだ。檀家さんと俺とで座布団を持って、ラグドールごと脇の方へだな…。それでも薄目を開けただけだぞ、もうラグドールは御免蒙りたい」
二度と出るな、と疲れた顔のキース君。巨大猫を運搬させられた上、お坊さん専用の座布団を奪われ、普通のお客様用座布団に座ってお勤めしてきたらしいです。ラグドールの御機嫌伺いならぬ移動のお願いに費やした時間は月参り一軒分に匹敵するもので…。
「お蔭で予定が大幅にズレた。猫を仏間に入れないようにして下さい、とも言えんしな…。二度目、三度目があったらマタタビでも用意して行くとするか」
「それだと衣がズタボロかもねえ…」
会長さんが可笑しそうに。
「庫裏から外へ出た途端にさ、猫が寄って来て衣をグイグイ引っ張るとかさ…。しかしアレだね、猫で月参りに手間取るなんていう笑える話もあるんだね。…犬なら扱い易いだろうに」
「そうだな、犬はあそこまでデカくもないしな」
あのラグドールは特大だった、とキース君が両手を広げて猫のサイズを示しています。重さも十キロ近かったかも、という話ですから、そりゃ犬の方がマシですってば~!



キース君の月参りに思いっ切り足止めを食わせた巨大猫。犬ならもっと物分かりが良く、さほど大きくない筈です。せいぜいキャンキャンうるさいだけだ、と語り合っていると、会長さんが。
「甘いね、君たちが想像しているような小型犬だけだと思うのかい? 大型犬の室内飼いだって世間一般には珍しくないよ。レトリバーとかボルゾイとかね」
そんなのが出たらどうするんだ、と会長さんはクスクスと。
「座布団くらいじゃ済まないだろうね、場合によっては飛び掛かられるよ? ぼくが璃慕恩院の老師の所へ遊びに行ったら、そういう話を聞かされたさ」
老師じゃなくて勤めてるだけの人なんだけど、と会長さんは前置きをして。
「小さなお寺じゃ檀家さんの数も少ないからねえ…。璃慕恩院のお手伝いをしてお給料を貰う人もいる。その一人が笑える体験談を持っているから聞かせてやろう、と老師が呼んでくれたわけ。…なんかね、月参りに出掛ける前の晩にさ、電話で「和尚さん、犬は大丈夫ですか」と訊かれたらしい」
「なるほど、猛犬注意だな?」
たまにあるな、とキース君。月参りに行った家で玄関先に繋いだ犬を檀家さんが押さえているケースも多々あるそうです。しかし、会長さんは「違うんだな」と人差し指を左右にチッチッ。
「それなら電話は要らないだろう? 犬を押さえれば済むことだ。でなきゃキッチリ繋いでおくとか…。で、その人は犬が苦手ってわけでもないから「大丈夫です」と答えて出掛けた。その檀家さんの家は農家で、家の周りに田畑がある。月参りは一声掛けてから勝手に入ってやるという決まり」
農作業を中断するのは大変だしね、と会長さん。件のお坊さんは作業中の檀家さんに挨拶をして、玄関を開けたわけですが…。
「途端に中からボルゾイが二頭! 凄い勢いで飛びついてこられて受け止めたものの、二頭同時のアタックだけに転んじゃってさ。その隙に二頭とも逃げ出しちゃって、檀家さんと一緒に大捕物になったそうだよ。…知り合いの犬を預かっていたって話だったね」
「…そ、そうか…。俺も犬には気を付けておこう」
法衣で捕物は大変そうだ、とキース君は同情しきりです。ボルゾイを二頭、受け止める自信はあるそうですけど、逃走劇を防ぐのは無理らしくって。
「やはりアレだな、犬でも猫でも日頃の躾が大切だな」
「「そうだね、ぼくもそう思う」」
えっ? 会長さんの声、ハモりました? それも全く同じ声音って、誰の芸当?
「こんにちは」
「「「!!!」」」
優雅に翻る紫のマント。もしかしなくてもソルジャーです。勝手知ったるなんとやら…でソファに腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にケーキと紅茶の注文を。今日の話題は月参りなのに、なんでまた? ケーキが美味しそうに見えたのかな?



キース君のラグドール事件に始まり、法衣でボルゾイ大捕物という月参りネタが只今絶賛炸裂中。そんな所へソルジャーが来ても、話に混ざれそうもありません。要はおやつを食べたいだけだな、とクッキー&クリームケーキを頬張るソルジャーを眺めていると。
「犬は躾が大切なんだよ、そこは大いに賛成だね」
手抜きは犬のためにも良くない、と分かったようなことを話すソルジャー。えーっと、ソルジャー、犬なんか飼ってましたっけ? 会長さんも同じ疑問を抱いたようで。
「犬を飼ったことがあるのかい?」
「うん、もちろん。チョコレート色の大型犬だよ」
「「「………」」」
あらら。自分のお部屋も掃除するのを面倒がる人が犬ですか! さぞかしクルーが苦労しただろう、と思ったのですが…。
「ぼくの犬はね、世話が要らなかったものだから…。その点は非常に優秀だった」
「世話が要らないって…。誰に丸投げしたんだい、それを」
会長さんの鋭い突っ込みに、ソルジャーは紅茶を一口飲むと。
「誰って、犬に決まってるだろう?」
「自分の世話をする犬なんて、ぼくは聞いたこともないけれど?」
餌やトイレはどうするんだ、との指摘は至極もっとも。野良犬なら自力でなんとかしますが、ソルジャーが住むシャングリラ号で野良犬だなんて…。厨房と農場がエライことになっていそうです。なのにソルジャーは平然として。
「それが出来るんだな、出来て当然! ぼくの役目は躾だけってね。…ずいぶん昔の話だけどさ…。今は躾の必要も無いし、そんなプレイも求めてないし」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と頭上に飛び交う『?』マーク。ソルジャーは嫣然と微笑むと。
「チョコレート色の大型犬で分からないかな、生息場所は主にブリッジ。普段はシートに座ってるけど、たまには舵も握ってるよね」
「ま、まさか……」
会長さんの掠れた声にソルジャーがニッコリ頷いて。



「そう、犬の名前はウィリアム・ハーレイ! ぼくの大事な犬だったわけ。…今じゃ夫婦だし、パートナーとか伴侶でいいかな。犬の躾は良かったねえ…」
あの頃は色々とあったから、とソルジャーは記憶を手繰り寄せています。
「なにしろハーレイは犬なんだから、ぼくの命令には絶対服従! どんなプレイを求められても応じられなきゃ躾不足だ。例を挙げるならヌカロクとかさ」
「「「!!!」」」
ソルジャーがキャプテンに何をしたのか、万年十八歳未満お断りでも薄々見当がつきました。大人の時間な話です。日々、あれこれと刺激を求めるソルジャーのために飼われていたのに違いなく…。
「き、君は…。またしてもロクでもないことを…」
退場!!! と会長さんがレッドカードを突き付けましたが、ソルジャーは。
「えっ、犬の躾の話だろ? 猫じゃないよね、苦労したとか言ってたし…。座布団ごと移動しか手が無い猫より、人に忠実な犬がいい。きちんと躾ければ断然、猫より犬なんだってば!」
だからハーレイを犬にしてみた、とソルジャーの唇に浮かぶ笑み。
「ハーレイの忠誠心ってヤツはダテじゃない。…たまに飼い犬に手を噛まれるって言うのかなぁ? ちょっと激しくヤられすぎちゃったこともあるけど、それも犬を飼う醍醐味だよね。あ、そうだ」
君もどうだい? と、ソルジャーは会長さんに視線を向けました。
「こっちのハーレイも君の命令なら喜んで何でも聞きそうじゃないか。この際、一度、飼ってみたまえ。君の好みで躾が出来るし、いつか結婚する日のためにさ」
楽しげに煌めくソルジャーの瞳。会長さんは「却下!」と即答だろうと思ったのですが。
「…チョコレート色の大型犬ねえ……」
いいかもしれない、と考え込んでいる会長さん。ちょ、ちょっと…。ソルジャーの話をきちんと聞いていましたか? 何か大きな勘違いってヤツをしていませんか、会長さん…?



よりにもよってキャプテンを犬の代わりにしていたソルジャー。具体的に何をやらかしたのかは分かりませんけど、ソルジャー好みの大人の時間を演出するべく躾をしていたみたいです。そのソルジャーに教頭先生を犬にするよう、唆された会長さんは…。
「ハーレイを犬の代わりに飼う、と…。それはハーレイが狂喜しそうだ」
「そうだろう? ハーレイを飼うのは、ぼくのお勧め」
毎日がグンと楽しくなるよ、とソルジャーが煽れば、会長さんも。
「本人が喜んで犬になるなら、躾もビシバシやれるよね。それにハーレイは噛まないし! いや、噛めないと言うべきか…」
「残念だけれど、その点だけはねえ…。童貞一直線だっけ…。でもさ、時と場合によってはガブリとやるかも!」
ガブリとやられて食べられるのも素敵なんだよ、とソルジャーはニコニコしています。私たちにはサッパリですけど、いい思い出があるのでしょう。会長さんはそれをサラリと流して。
「食べられる趣味は無いんだよ。それくらいなら殺処分! まさか本当に殺すわけにもいかないからねえ、保健所送りってことで出入り禁止で丁度いいかと」
「…なんか穏やかじゃないんだけれど…。でも、ハーレイを飼うんだよね?」
ぜひ飼いたまえ、とソルジャーが更にゴリ押しを始め、会長さんの瞳の奥にも妖しい光が揺れていて。
「…よし、決めた! このマンションはペット禁止になっていないし、君のお勧めの大型犬を試しに飼ってみることにする。…チョコレート色がいいんだよね?」
「そうだよ、断然、チョコレート色! 白だとノルディで忠誠心に欠けていそうだ」
「ああ、なるほど…。じゃあ、飼う前にペットの品定めかな?」
それじゃ早速ペットショップへ、と腰を上げかけた会長さんですが。
「…いけない、開店前だった。この時間だと、ハーレイはまだ教頭室だよ。そんな所でペットの話は出来ないし…。夜になったらハーレイの家へ行こうかな? 一人で行くのは禁止だからねえ、そこの君たちの付き添いで」
「ちょっと待て!」
なんで俺まで、というキース君の絶叫に私たちも乗っかったのに、まるで聞かないのが会長さん。ソルジャーは元から野次馬するつもりですし、計画はトントン拍子に纏まってしまい…。
「ぼくの家でみんなで夕食を食べて、それからだね。チョコレート色の大型犬かぁ…。どんな躾をしようかな? 基本は「おすわり」と「おあずけ」だっけ?」
「「「………」」」
好きにしてくれ、と頭痛を覚える私たちを他所に、会長さんとソルジャーはチョコレート色の大型犬の話題で意気投合して盛り上がっています。会長さんが教頭先生に大人の時間な躾をするとは思えませんけど、いったい何をするのやら…。



教頭先生を飼う計画に巻き込まれてしまい、瞬間移動で連れて行かれた先は会長さんのマンションでした。お馴染みのダイニングで「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製のビーフシチューオムライスの夕食に舌鼓を打ち、さて、その後が問題で。
「デザートも食べたし、そろそろいいかな? ハーレイの家まで行きたいんだけど」
「嫌だと言っても聞かんだろうが!」
キース君が声を荒げれば、会長さんは。
「話が早くて助かるよ。ペット選びの先達としてはブルーがいるけど、付き添いとしては全く役に立たないからねえ…。ぶるぅ、準備は?」
「かみお~ん♪ いつでもオッケー!!!」
青いサイオンがパァッと迸り、瞬間移動で教頭先生宅のリビングへ。食後のコーヒーを飲みつつ新聞を読んでいた教頭先生、バサッと新聞を取り落として。
「ブルー!?」
「こんばんは。悪いね、大勢でお邪魔しちゃって」
「い、いや、それは…。それは全くかまわないのだが、生憎、茶菓子が全く無くて…」
コーヒーでいいか、とキッチンに行こうとした教頭先生に、会長さんが。
「お茶もお菓子も期待してないよ。それはペットの範疇外だし」
「…ペット?」
「うん、ペット。…ベッドじゃないから間違えないように」
ちょっと失礼、と教頭先生に歩み寄った会長さんは棒立ちの身体に腕を廻してギュッと力を。傍目には抱き付いているとしか思えない状況に、教頭先生は真っ赤になって硬直中です。
「…んーと…。よし、固太りしてるかな?」
「「「固太り?」」」
どういう意味だ、とオウム返しに声が揃えば、会長さんが振り向いて。
「ペット選びの基本だよ。犬は固太りしてるのがいいんだ」
「…いぬ?」
怪訝そうな教頭先生にかまわず、会長さんは大きな身体の腕や足などを指で押したり、掴んだりして検分すると。
「よしよし、全身、固太りってね。これなら健康な犬だと言える。…ハーレイ、明日は土曜日なんだけど…。ぼくの犬になる覚悟はあるかい?」
「…何のことだ?」
「さっきから何度も言っているだろ、ぼくはペットを探してるんだ。チョコレート色の大型犬が飼いたいなぁ…って思うんだけどさ、君が条件に合致したわけ。だけど嫌なら他のペットを探すしかないってことなのかなぁ?」
「他のペット…?」
話が全く分かっていない教頭先生がそう応えれば、会長さんの赤い瞳が悪戯っぽい光を湛えて。
「チョコレート色の大型犬はね、実はブルーのお勧めなんだよ。飼っていたことがあるらしい。でもさ、ペットに好かれないんじゃ意味ないし…。君がダメなら白い色をした大型犬かな、ノルディって犬種なんだけど」
「そ、それは…! そんなペットは危険だろう!」
「だったら君を飼わせてくれる? 明日、ぼくの家まで来て欲しいんだけど」
「もちろんだ! 私は犬でいいんだな?」
喜んでお前の犬になろう、と教頭先生の頬が染まっています。
「明日だけと言わず、日曜も、その次も……ずっとペットでかまわないのだが」
「本当かい? 嬉しいな。楽しみにしてるよ、ぼくの犬だね」
首輪を用意しておくよ、と極上の笑顔の会長さんと、感無量の教頭先生と。ペットごっこは明日の朝から始まるそうです。今夜は一旦、会長さんの家に引き揚げてから解散ですけど、教頭先生が犬で、おまけに首輪。明日は一体、どうなるんでしょう…?



翌朝、私たち七人グループは会長さんの家から近いバス停に集合。厳しい冷え込みの中をマンションまで歩き、管理人さんに入口を開けて貰えばフワッと空気が暖かく…。エレベーターで最上階に着くとチャイムを鳴らす前に扉がガチャリと。
「かみお~ん♪ ブルーが待ってるよ! ブルーも来てるの!」
「「「………」」」
あのソルジャーが早起きするとは、それだけで不安倍増です。リビングに案内されてみれば、案の定、そこには諸悪の根源とも言えるソルジャーがちゃっかり座を占めていて。
「やあ、おはよう。見てよ、ブルーが選んだ首輪さ」
「大型犬用のを買ってみたんだ。ハーレイのサイズはデータベースに入ってるしね」
ほら、と会長さんが掲げて見せる首輪の色は赤でした。シャングリラ号のクルーや会長さんのソルジャーの衣装、教頭先生の船長服などに共通のデザイン、赤い石のイメージで選んだそうで。
「本当はねえ、紅白縞の首輪が欲しかったんだけど…。特注しないと無いらしくって、それだと今日に間に合わないんだ」
「赤い首輪もいいと思うよ。ぼくは色々揃えていたけど……キャプテンの服にはコレが映えるね」
保証するよ、とソルジャーが指差す先には教頭先生の船長服がありました。なんでもソルジャーに「赤い首輪をさせるならコレ!」と言われた会長さんが瞬間移動で取り寄せたらしいです。えっ、その服は何処に在ったかって? 教頭先生の家のクローゼットに何着も…。
「ふふ、ハーレイもまさか服まで用意したとは思わないだろうねえ?」
「そりゃそうさ。犬っぽく見えるセーターとかを朝から物色してただろう?」
健気だよねえ、と語るソルジャー。朝早くから二人揃って覗き見していた模様です。教頭先生がどんな服で来るのかと思っていれば、やがてチャイムがピンポーン♪ と。飛び跳ねて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生を連れて戻って来て…。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよ!」
「すまん、早く来たつもりだったのだが…」
「気にしない、気にしない。ぼくたちが早めに揃っただけさ」
どうぞ入って、と会長さんが促し、教頭先生はコートを脱いでリビングへ。うーん…。犬っぽい服…ですか…? ただの焦茶色のセーターとズボン…。あっ、もしかしてチョコレート色のつもりでしょうか?
「犬だと言うから動きやすい服にしてみたが…。ついでに色はチョコレートだ」
「それは殊勝な心がけだね。だけど先達のブルーの話じゃ、この色の首輪にはキャプテンの服が似合うんだってさ。はい、着替えて」
船長服を差し出す会長さん。受け取った教頭先生が着替えに行こうとすると、途端に会長さんのストップが。
「ちょっと待った! 何処の世界に更衣室に行く犬がいるんだい? 着替えは、此処で」
「し、しかし…」
「セーターとズボンを脱ぐだけだろ? 早くして」
下着まで脱ぐ必要は無し、と会長さんが鋭く命じ、教頭先生は仕方なくセーターをゴソゴソと…。あれっ、この寒いのに肌着は一枚も無しですか?
「ふうん、素肌にセーターねえ…。何を考えていたか大体分かるよ、その分じゃ下も同じだろ?」
「…お、お前の犬だと聞いてだな…」
「スケベな犬は要らないんだよ!」
そっちはブルーの御用達、と会長さんの眉が吊り上がり、教頭先生は着替えを続行。ズボンの下はやはり紅白縞のトランクスが一枚だけでした。船長服の上着を先に着てからズボンを履き替え始めましたし、いささか……いえ、かなり間抜けなお姿を拝むことになってしまいましたよ~!



船長服に着替え、マントも着けた教頭先生。着替えが終わると会長さんが赤い首輪を首元にキッチリ嵌めてみて。
「いいねえ、確かに映えるよ、これ」
「だから何度も言ってただろう? ハーレイの服には赤が一番!」
ね? とソルジャーは自画自賛。会長さんもその件に文句は無いようです。満足そうに教頭先生を頭のてっぺんから足のつま先まで見回すと…。
「さてと、早速、始めようか。…おすわり!」
「あ、ああ…」
教頭先生は手近なソファに腰を下ろそうとしたのですけど、そこでピシッと鋭い音が。
「床!」
そこの床へ、と促す会長さんの手には、いつの間にか鞭がありました。
「愛玩犬ならソファもアリかもしれないけどねえ、大型犬だとソファが埋まるし…。そうでなくても躾の基本はおすわりなんだよ、床に座る!」
「う、うむ…」
「正座じゃないっ!」
ピッシーン! と鞭が床を叩いて、会長さんは厳しい顔で。
「もちろん体育座りでもなく、胡坐をかくのも論外だから! 犬のおすわりっ!」
「「「………」」」
それはスゴイ、と誰もがビックリ。けれど言い出した張本人は鞭を振り振り、教頭先生に犬のポーズでおすわりを仕込み、得意げに。
「チョコレート色の大型犬かぁ…。なかなか絵になる光景だよ、うん。それじゃ、ぼくたちはお茶にするから。ぶるぅ、ハーレイにはミルクをね」
「かみお~ん♪ お皿にたっぷりだね!」
はい、と良い子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大型犬用と思しき餌入れの器を教頭先生の前の床に置き、紙パックから牛乳をドボドボと…。絶句している教頭先生を他所に、私たちには焼き立てのジンジャーパウンドケーキと飲み物などが。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
フォークを手にした私たちとは真逆に、教頭先生にはミルクの入った器だけ。会長さんが紅茶のカップを傾けながら、優しい声音で。
「ハーレイ、おあずけはもういいよ? それともミルクは嫌いだった?」
コーヒーの方が良かったかなぁ、と親切そうなことを言いつつ、テーブルに立てかけた鞭をちらつかせて。
「こぼさないように飲むんだよ? あ、犬は器を持ち上げたりはしないから! 手足を使うってコマンドは無いから、ちゃんと犬らしく飲んでよね」
「…そ、それは無理だと思うのだが…」
絶対に無理だ、と教頭先生が口にした途端、ヒュンと閃く鞭の音。
「無駄吠え禁止! うるさく吠える犬ってヤツは御近所から文句が出るらしいね。…それで困って保健所に持ち込む飼い主もいると聞いたよ、保健所送りを希望なわけ?」
「い、いや、それは…!」
「じゃあ、無駄吠えはしないこと! ミルクが要らないなら残していいけど、食事もそういう食器だからね」
ついでにドッグフードだから、と告げられた時の教頭先生の表情ときたら、憐れでは済まないものでした。会長さんの犬という言葉に何を期待なさったのか知りませんけど、どうやら、とことん犬扱い。お皿でミルクにドッグフードって、犬座りどころの騒ぎでは…。



ミルクとドッグフードの食事は、チョコレート色の大型犬には向いてなかったみたいです。私たちの昼食は床に座って無駄吠え禁止な教頭先生を横目で見ながら、ダイニングの大きなテーブルでワタリガニのトマトクリームパスタ。犬でもパスタは食べられそうな気がするのですが…。
「ダメダメ、今は躾の真っ最中だよ? おやつをあげるには百年早い」
そもそも犬のおやつとは…、と会長さんは指を一本立てて。
「子犬ならともかく、成犬だしね。上手に芸が出来た時とか、そういう時におやつをあげなきゃ」
「芸ってなんだい? ぼくのハーレイなら色々と思い付くんだけれど…」
本物の犬には馴染みが無くて、とソルジャーが尋ねれば、会長さんがパチンとウインク。
「そりゃもう、色々あるんだけどねえ…。やっぱり基本は「取ってこい」かな、投げたボールとかを咥えて戻る!」
「うーん…。同じボールを咥えるんなら、ぼくとしては咥えて欲しいかな…。もちろん、ぼくのを」
「「「???」」」
ソルジャーもキャプテンに「取ってこい」を仕込んでいたのでしょうか? 青の間でボールを投げていたのか、はたまた公園で投げたとか…? あれ? 会長さん…?
「その先、言ったらブチ殺すからね!」
レッドカードが見えないのか、と会長さんが激怒しています。ついでに床に犬のポーズで座ったままの教頭先生が耳まで真っ赤に。…ということは、今のソルジャーの発言は…。
「君たちは何も追究しなくていいんだよ! 食事が済んだらハーレイに芸を教えようかと思ってるから、そっちのやり方を考えたまえ! フリスビー犬に仕込むんだから!」
「「「フリスビー犬!?」」」
「そうさ、投げたらジャンプして口でパクッと受け止めるヤツ!」
犬の芸とくればフリスビーだ、と会長さんが主張する横からソルジャーが。
「口で受け止めるのは基本の中の基本だろう? 飲むかどうかは置いておいてさ」
「「「えぇっ!?」」」
フリスビーなんて、どうやって飲むと? 鹿せんべいサイズなら分からないでもないですけれど、相手はフリスビーですよ? 喉に詰まるとか、そういう以前に口から殆どはみ出してますよ?
「はみ出さないと思うけど? ぼくがハーレイのを、ってことになったら、はみ出しちゃうのが当然だけどね」
意味不明な台詞を紡ぎ続けているソルジャーに、会長さんは。
「死にたいわけ!? フリスビーと言ったらフリスビーなんだよ、君の意見は訊いてないっ!」
余計なことばかり喋るんだったら叩き出す、とか言ってますけど、それについては教頭先生のミルクやドッグフードと同じ。どちらも相手に歯が立たないのが共通点というヤツです。でも、ソルジャーは何の話がしたいんでしょうね、ボールがどうとか、はみ出すとか…?



結局、教頭先生はミルクもドッグフードも食べられないまま、午後の躾の時間が開始。会長さんが鞭を手にして、空いた方の手にはフリスビーが。練習場所はリビングです。
「ハーレイ、ぼくがこれを投げたら口で上手にパクッとね。キャッチ出来たら、おやつはコレ」
美味しいよ、と会長さんが取り出した物は骨の形のガムでした。ペットショップとかで扱っている犬のおやつの定番です。
「噛めば噛むほど味が出るらしいし、頑張って」
「………。この体勢からジャンプをしろと?」
相当に無理があるのだが、と教頭先生が弱気になるのも自然な成り行き。犬は四足歩行ですから、教頭先生も四つん這いなのです。
「無駄吠え禁止と注意したよね? それに四つん這いでない犬なんてさ、はしゃいで後足で立ち上がる時か、でなけりゃ芸の最中だけだよ」
会長さんが鼻を鳴らせば、ソルジャーも。
「抵抗あるのは分かるけどねえ…。でもさ、ぼくが四つん這いになってる時にはハーレイだってそれに近いよ? 後ろからのしかかって貫くわけだし、犬の交尾と似たようなもので」
「退場!!!」
さっさと出て行け、と会長さんは大爆発ですが、ソルジャーが退場する筈も無く…。
「まあまあ、君もキレてばかりじゃお肌に悪いよ? フリスビーだって仕込まなきゃだし、落ち着いてハーレイの躾をしないと」
「誰のせいだと思ってるのさ! あれっ、ハーレイ、どうかした?」
「う、うむ…。実は、そのぅ……」
教頭先生が小さな声でボソボソと囁き、会長さんはニッコリと。
「ああ、トイレ! ぶるぅ、トイレに行きたいそうだ」
「かみお~ん♪ ちょっと待っててね~!」
トコトコと駆け出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が頭上に担いで戻った物体。それはどう見ても大型犬用のトイレトレーというヤツでした。中にトイレ用シートが敷かれています。リビングの隅にトレーが置かれて、教頭先生を促す会長さん。
「お待たせ、ハーレイ。あそこに座ってすればいいから」
「す、座る…。わ、私は普通のトイレにだな…!」
「無駄吠え禁止!」
ピシリと床を打つ会長さんの鞭。
「どうしてもトイレに行きたいのなら、犬になるのは諦めるんだね。…選びたまえ。ぼくの犬として勤め上げるか、トイレに走って犬の資格を失うか。簡単なことだよ、二つに一つさ」
「……に、二択……」
脂汗を流す教頭先生に、ソルジャーが艶やかな笑顔を向けて。
「犬の世界は素晴らしいよ? ぼくのハーレイの場合、もう本当に色々と…。犬の真価は夜に問われる。選ぶまでも無いことだよねえ?」
「……し、真価……」
教頭先生はトイレトレーと犬の真価とやらを秤にかけておられましたが、最終的にはリビングから一番近いトイレに突撃してゆかれました。切羽詰まっておられたらしくて、四つん這いのままで猛スピードで…。バタン! とトイレのドアが閉まって、会長さんが。
「はい、失格。…さてと、あの犬、どうするべきかな?」
「また飼えば? 今日は首輪を回収しといて、気が向いた時に」
その時こそ本物の犬の躾が出来るといいね、と期待に満ちた瞳のソルジャーに会長さんが「絶対に無い!」と返しています。えーっと、本物の犬の躾って何でしょう? 教頭先生にリベンジのチャンスがあるのかどうか、躾とは何か。犬の世界は深すぎますけど、いつか答えが知りたいですよね~!




       ペットと躾と・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 来月はアニテラでのソルジャー・ブルーの祥月命日、7月28日が巡って来ます。
 ハレブル転生ネタを始めましたし、追悼も何もあったものではないのですが…。
 節目ということで、7月は 「第1&第3月曜」 の月2更新にさせて頂きます。
 次回は 「第1月曜」 7月7日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 7月28日には 『ハレブル別館』 に転生ネタを1話、UPする予定でございます。
 「ここのブルーは青い地球に生まれ変わったんだよね」と思って頂ければ幸いです。
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 こちらでの場外編、6月はソルジャー夫妻とスッポンタケ狩りにお出掛けのようで…。
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