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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





キース君とサム君、ジョミー君が棚経や法要で走り回ったお盆も過ぎて、私たちは毎年恒例のマツカ君の海の別荘に来ています。ソルジャー夫妻の結婚記念日と重ねるというのがお約束ですからバカップルは当然のこと、「ぶるぅ」や教頭先生も参加していて…。
「かみお~ん♪ 楽しかったね、スタンプラリー!」
海水浴もいいけどこんなのもいいね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。別荘に到着するなり執事さんに教えて貰ったのが地元のスタンプラリーでした。海水浴に来た人に観光スポットを回って貰ってアピールしようという趣向です。
「参加賞しか貰えなかったけど、まあいいかなぁ…」
いつも全然観光しないし、とジョミー君が言えば、サム君も。
「だよな、基本は別荘の近くしか行かねえもんな。…暑かったけどよ」
それでも達成感はあるかも、とスタンプがズラリ押されたラリー用のマップを広げるサム君。たまに海釣りでお世話になっている漁港をはじめ、ローカルなお寺や神社なんかをせっせと回って来たのです。そりゃ汗だくにはなりましたけれど、こういう遊びも新鮮で。
「いいじゃないか、参加賞もそれなりだったし」
会長さんが大きく伸びをしました。
「目の前の海で獲れたサザエの壺焼きだよ? バーベキュー三昧の日々ではあるけど、自分たちで調達して来なくても食べさせて貰えたって所が魅力」
「それはそうだな、座っているだけで出て来るんだしな」
潜って獲るのも楽しいんだが、とキース君。海の別荘ライフの定番はプライベートビーチでのバーベキューです。教頭先生や男の子たちが獲って来る海産物をジュウジュウと…。
「ダブルチャンスで海産物セットが抽選で二十名様に当たるんだったんですよね…」
シロエ君が用紙に書かれた説明を読み上げ、スウェナちゃんが。
「当たらなくても良かったんじゃない? ここの食事は美味しいもの」
「そうだぜ、干物がメインだろ、それは」
どっちかと言えば海鮮丼を当てたかったぜ、とサム君は少し残念そう。だけど、それだと当たった人だけ海鮮丼でハズレの人は壺焼きですよ?
「ああ、そうかぁ…。ハズレのヤツらに恨まれるよな」
壺焼きだけで充分だよな、と頭を掻いているサム君。暑い最中にしっかり歩き回ったものの、私たちは元気一杯でした。流石にビーチまで出掛ける根性は無かったものの、お庭のプールでひと泳ぎして身体もひんやり。別荘ライフは始まったばかり、当分楽しめそうですよ~。



その夜、豪華な夕食を終えて二階の和室に集まっていると。
「スタンプラリーかぁ…。アレって応用出来そうだねえ?」
ソルジャーが妙な台詞を口にしました。
「要するにアレだろ、スタンプが揃えば記念品だとか賞品だとか」
「…そうだけど?」
どう応用が、と怪訝そうな顔の会長さんに、ソルジャーは。
「ぼくとハーレイはとっくの昔にゴールインしているわけだけれども、ゴールどころかスタート地点にも立ててない人がいるよね、一人」
そこに一名、とビシッと指を差された教頭先生。
「別荘ライフは長いんだからさ、その間にスタンプラリーはどうかな? ハーレイ一人じゃつまらないから、ぼくのハーレイも一緒に参加! スタンプが無事に集まったらゴールインとか」
「有り得ないし!」
そんな理屈で結婚させられてたまるものか、と会長さんがすかさず反撃。しかしソルジャーは意に介さずに。
「誰が結婚しろとまで言った? キスくらいならしているじゃないか、悪戯で」
「……それはまあ……」
「だろ? 都合でもうちょっとキワドイとこまでやってみるとか、こう、色々と」
遊び甲斐があると思うんだよね、とパチンとウインクするソルジャー。
「海で遊ぶのも楽しいけどさ、スタンプラリーも楽しかったんだ。だからハーレイにチャレンジさせてみて、仕上がり具合をチェックするのも面白いかと…」
「何処でスタンプを集めさせるわけ? まさか近所の神社とか?」
「ううん、要するにスタンプだから! ラリーの用紙もハーレイの身体でいいんじゃないかと」
「「「は?」」」
どういうスタンプラリーですか、それ? ソルジャーは我が意を得たり、とニヤニヤと。
「スタンプ代わりにキスマークだよ。ぼくとブルーがつけてあげてさ、いい感じに集まってきたらキスの御褒美とか、ぼくのハーレイの場合は二人でベッドにお出掛けだとか」
「却下!!」
誰がやるか、と会長さんがブチ切れました。そりゃそうでしょう、教頭先生にキスマークをつけるだけでも大概なのに、それが集まったらキスの御褒美って最悪としか…。



機嫌を損ねた会長さんはポテトチップスの徳用袋を一人で抱えてパクパクと。触らぬ神に祟りなしだ、と遠巻きにする私たちですが、残念そうなのが教頭先生。会長さんとの結婚なんかを夢見るだけに、ソルジャーの提案に顔を輝かせていたのです。
「…ううむ…。やはりブルーはガードが固いか…」
遊び感覚ならOKなのかと思ったのだか、と小声で呟く教頭先生にキャプテンが。
「仕方ありませんよ、私のブルーとは別人ですしね。私でしたらスタンプラリーは大いに歓迎、ブルーも乗り気だと思うのですが」
「やはりそうですか…。いつかは実現出来るでしょうか?」
「…そこは私にも分かりかねます。とにかく努力なさっては?」
日々の積み重ねが大切ですよ、と説くキャプテン。
「私も色々と苦労しましたしね…。今でこそ結婚記念日を祝える身ですが、それまでは茨道でした。何かと言えばヘタレと詰られ、家出されたり浮気するぞと脅されたりと、それはもう…」
そこを乗り越えて今の幸せがあるわけで、との体験談には説得力がありました。ソルジャーの家出騒動には何回となく巻き込まれましたし、浮気の方も然りです。教頭先生も努力あるのみ、そうすればいつかは報われるかも…。
「…誰が報われるんだって?」
「「「!!!」」」
背筋が凍りそうな声。ヒソヒソ話に夢中になって背後がお留守になっている間に、ポテトチップスの袋を抱えた会長さんが真後ろに立って見下ろしています。
「黙っていれば好き勝手なことをベラベラと…。ぼくはハーレイとは結婚しないし、そっちの趣味も全く無いんだ。報われるも何も、一生無いと思うけど?」
「…す、すまん…。つい……」
ついつい夢を見てしまったのだ、と教頭先生は平謝り。畳に頭を擦り付けんばかりに土下座を繰り返してらっしゃいますけど、会長さんは冷ややかに。
「夢じゃないっていうのは分かるよ、君の願望で目標なんだろ? ぼくとの結婚」
「もちろんだ!」
即答してしまった教頭先生、慌てて口を押さえましたが、時すでに遅し。
「…目標ねえ……」
それって何かと重なるよねえ、と会長さん。目標が何と重なると? 会長さんとの結婚ですかね、いえ、それがそもそも目標ですよね?



畳に正座な教頭先生は蛇に睨まれたカエル状態。土下座しようにも睨まれていては顔を伏せられず、額にびっしり脂汗が。
「…も、申し訳ない…。今のは口が…」
「口が勝手に? 違うだろう?」
口が滑ったと言うんだろう、と会長さんはポテトチップスの袋をポイと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に投げ渡しました。
「こんなのを持ってちゃ格好がつかない。ぶるぅ、頼むよ」
「うんっ! ぶるぅと一緒に食べててもいい?」
「空になっても構わないさ。ぼくはハーレイに話があるから」
「「「………」」」
急激に下がる部屋の室温。空調は壊れていない筈ですけども、気分は一気に氷点下です。けれど無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大食漢の「ぶるぅ」と一緒にポテトチップスの袋に手を突っ込んでパリパリと。ああ、お子様って得ですよねえ…。
「さて、ハーレイ」
両手が空いた会長さんが腕組みを。
「簡単に口が滑るくらいに、ぼくとの結婚が目標なわけだ。…目標といえば今日はみんなで頑張ったっけね、漁港や神社やお寺なんかを回ってさ」
暑かったよねえ、と回想モードに入った対象はスタンプラリー。
「瞬間移動でズルをしないでテクテク歩いて一つずつ! 参加賞しか貰えなかったとはいえ、ゴールという目標には辿り着いたんだ。…ブルーが提案したスタンプラリーは却下したけど、君の発言で撤回しようと思ったよ」
「本当か!?」
ドン底だった教頭先生、一気に地獄から天国へ。ソルジャーが言ったスタンプラリーが実現するなら夢の世界が広がります。会長さんから身体にキスマークをつけて貰って、集まった時にはキスの御褒美。血色を取り戻すどころか頬を紅潮させてらっしゃる気持ちは分かりますとも!
「嬉しそうだねえ、そこまで喜ばれると撤回した価値があったかな?」
「ありがとう、ブルー! 言ってみるものだな、正直な気持ちというものを」
感涙にむせぶ教頭先生に、会長さんはクスクスと。
「何か忘れていないかい? 挑戦するのは君だけじゃない。あっちのハーレイも一緒なんだけど」
「いや、かまわん! …あちらの二人には敵わないまでも、せめてお前とのキスをだな…」
それにキスマークも欲しいのだ、と頬を染めている教頭先生。ソルジャーが言ってたスタンプラリーはスタンプじゃなくてキスマークってヤツですものね…。



「いいねえ、キスマークでスタンプラリーがスタートなんだ?」
実に楽しくなりそうだ、と言い出しっぺのソルジャーが横からしゃしゃり出て来ました。
「最初は何処から始めようか? 手の甲がいいかな、それとも首筋?」
「いきなり素肌は勘弁だよ!」
それじゃキツすぎ、と会長さんが突っぱね、ソルジャーの顔に『?』マークが。
「じゃあ、どうするわけ? ハーレイの図解でも描いてキスするとか?」
「甘いね、まずは服からってね」
ただでも夏場で汗臭いんだし、と教頭先生の身体を指差す会長さん。
「いくらシャワーを浴びて来たって、ぼくがいるだけで興奮して汗が噴き出すよ。だから最初は服にスタンプを集めて貰う。それが揃ったら素肌ってことで」
「ああ、なるほど…。ぼくはハーレイの汗の匂いも好みだけれど、君には悪臭ってわけなんだ?」
男らしくていいんだけどねえ、とソルジャーがキャプテンの腕に頬を擦りつけ、会長さんがペッと嫌そうな声を。
「…君の趣味には頭が下がるよ、どう転んだらそれが嬉しいんだか…。とにかく、ぼくは最初から素肌は御免蒙る。ついでに服にスタンプを集めるってヤツは王道だから!」
「そうなのかい?」
「君は興味が無さそうだけど、お遍路さんというのがあってね。昔、キースが卒業旅行で出掛けてたこともあったんだ。ソレイド地方に散らばっている八十八のお寺を回って御朱印を集めてくるんだよ」
「御朱印? それってスタンプなわけ?」
ハンコだよね、と尋ねるソルジャーに、会長さんは「まあね」と肯定。
「確かにお寺にお参りしました、って証拠に押して貰うわけ。ぼくやキースは宗派が違うし、御朱印帳っていう専用の帳面と掛軸に押して貰って来たんだけれど…。そっちの宗派の人は白衣にも御朱印を押して貰うんだよ」
そういう仕様になっている、と会長さん。言われてみればキース君の旅に同行した時、お遍路さんの白装束の上着に御朱印を押してある人を見ましたっけ。だけど八十八個もあったかなぁ?
「巡拝用のはまた別物だよ、全部押すのは死装束さ」
亡くなった時にお棺に入れて貰うヤツ、と会長さんの解説が。お遍路の旅で着る白衣には鶴とか亀とか、一部の御朱印しか押さないらしいです。なるほど、御朱印だらけじゃ見た目に変かも?



そんなわけで、と会長さんは宙にTシャツを取り出しました。一目で教頭先生サイズだと分かる大きいサイズのTシャツが二枚。色は真っ白、何の模様もありません。
「これにスタンプを集めて貰う。アイデア源のソレイド八十八ヶ所に因んで八十八個! えーっと、八十八だから…」
表に四十四で裏に四十四、と同じく宙から取り出した筆でTシャツに線を引いていく会長さん。なんでも着物の柄を染める時に下絵に使う青花とかいう染料の一種を使っているそうで、何度か洗えば完全に色が抜けてしまうので下絵用だとか。
「スタンプの方は色落ちしないように加工をすればね、それなりに記念になると思うよ」
「…そのスタンプだが…」
教頭先生がモジモジしながら。
「キスマークをつけてくれるんだな? そのぅ……お前と、そっちのブルーが」
「えっ? まずはスタンプラリーなんだよ、母印で充分だと思うんだけど」
Tシャツにキスマークをつけるのは無理、と会長さんは澄ました顔で。
「いくら万年童貞でもさ、そのくらいのことは分かるだろう? Tシャツは布だよ、いくら頑張って吸い付いたところでキスマークなんか出来やしないよ」
だから母印で、と朱肉を取り出す会長さん。
「御朱印だって朱肉なんだし、これで母印を押せば完璧! ブルーはどうするか知らないけどさ」
「…そ、そんな…。ならばスタンプを集めた後にはどうなるのだ?」
母印だなんて、と愕然とする教頭先生ですが。
「あ、そっちはきちんとキスマーク! 達成の証はそれなりに…ね」
「そうなのか。では頑張って集めなければな」
八十八か、と拳を握る教頭先生を横目に、ソルジャーがキャプテンの頬に軽くキスを。
「聞いたかい? あっちはキスマークを付けないらしいよ、酷いよねえ…。その気になればTシャツにだって唇マークは付けられるのにさ。大丈夫、君のはきちんとぼくが唇の痕をつけるから!」
口紅は趣味じゃないんだけども、と言いつつソルジャーはポテトチップスの徳用袋を「ぶるぅ」と二人で食べ終えてしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「えーっと…。Tシャツにキスマークを付けたいんだけど、どんな口紅がいいのかな?」
「んとんと…。デパートに行けば分かるけど…」
もう閉まってるね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えて、マツカ君が。
「明日の朝までに取り寄せさせておきますよ。お好みの色はどんなのですか?」
「ありがとう! じゃあ、執事さんに相談して…」
王道はやっぱり真っ赤なのかな、とソルジャーはマツカ君と一緒に部屋を出て行ってしまいました。Tシャツに朱肉と口紅でスタンプラリー。いったい何が起こるのやら…。



翌日、シェフが注文に応じて作ってくれる卵料理などの朝食を終えた後、プライベートビーチに出掛ける前に会長さんが全員に招集を。集められた部屋は昨夜の和室で。
「例のスタンプラリーだけどねえ、八十八ものチェックポイントは設けるだけでも大変だ。人数も全然足りないし…。それで条件を変えようと思う。一曲完璧に歌い上げればスタンプってことで」
「「「一曲?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちが目を剥き、教頭先生とキャプテンも目を白黒。歌うって…何を?
「目的からすればラブバラードとかがいいんだろうけど、ハーレイの暑苦しい歌は聴きたくない。ついでに対象者の二人がよく知っている歌でないとね。…つまり、『かみほー♪』」
「「「かみほー!?」」」
『かみほー♪』と言えばシャングリラ号の歌で、元々はソルジャーの世界で歌われていたものを会長さんが知らずに共有してしまった歌。更に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無意識の内に広めてしまって、こっちの世界でもヒットした時代があったりします。
「そう、『かみほー♪』を歌って貰う。これなら何処でも歌えるだろう? 別荘の中でもビーチでも…ね。八十八回も歌うとなると大変だけども、まあ、頑張って」
見事やり遂げたらスタンプの場所が素肌に移動、と嫣然と微笑む会長さん。
「もちろん素肌にキスとなったら母印みたいなセコイ真似はしない。何処に押すかは決めてないけど、それがぼくからのキスの御褒美! もしかしたら素肌巡りで八十八ヶ所なんて美味しい話もあるかもねえ?」
「…す、素肌巡り……」
ツツーッと教頭先生の鼻から真っ赤な筋が。想像しただけで鼻血が出ちゃったみたいです。会長さんはクスッと笑うと、ソルジャーに。
「君はもちろん言われなくても素肌巡りをやるだろう? 八十八ヶ所、バッチリと!」
「それはもう! ただし君とは八十八ヶ所のチョイスが違うって気がするけれど」
素肌巡りをやり遂げる前にレッドカードを出されそうで、とキャプテンの腕を掴むソルジャー。
「君はせいぜい腕だろうけど、ぼくが巡るならじっくりと! まずは指先から順番に…。肩も胸とかも外したくないし、最後は熱くて」
「その先、禁止!!」
もう喋るな、と会長さんが柳眉を吊り上げ、「熱くて」の先に何が続くのか私たちには分かりませんでした。ともあれ、『かみほー♪』を熱唱するというスタンプラリーが始まります。教頭先生とキャプテンのTシャツ、御朱印ならぬ母印と唇マークで埋まりますかねえ?



水着に着替えてプライベートビーチに向かった私たち。マツカ君の海の別荘ライフでの昼間の過ごし方の定番です。ビーチパラソルの下で寛ぐも良し、海で泳ぐのもまた良きかな。バーベキュー用の竈には炭が熾され、獲って来た獲物を焼き放題で。
「かみお~ん♪ スタンプラリーのリベンジ、しようね!」
壺焼きは一人一個だったし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言えば「ぶるぅ」が「うんっ!」と。
「ぼく、一個だと足りないもん! 今日はいっぱい食べるんだもん♪」
沢山獲ってね、と飛び跳ねる姿にキース君たちが早速海へと駆け出しましたが。
「…教頭先生、一緒にいらっしゃらないんですか?」
俺たち先に行きますよ、と振り返ったキース君に教頭先生は頷いて。
「うむ。私は一曲歌ってからだ」
「あー、そうだっけ…」
歌わないとスタンプ無しだったっけ、とジョミー君がポンと手を叩き。
「せっかくだから聞いていこうかな? アレってシャングリラ号の朝礼で歌うって聞いてるし」
「そういえば朝礼、未だに見たことないですね…」
朝早いですし、とシロエ君までが。シャングリラ号には何度もお邪魔していますけれど、『かみほー♪』が歌われると聞く朝礼の時間は爆睡していて一度も出くわしていないのでした。
「学園祭の後夜祭だと合唱になっていますしね」
教頭先生の独唱は知りませんよ、とマツカ君も。キース君とサム君も「聞いていく」と言い出し、教頭先生は照れておられますが。
「大丈夫ですよ、私も御一緒いたしますから」
スタンプは欲しいですからね、とキャプテンが名乗りを上げて、瓜二つのそっくりさんコンビが歌うことに。二人とも水着姿でTシャツはビーチパラソルの下に置かれています。見事、きちんと歌い上げればTシャツのスタンプ欄が一個埋まるというわけで。
「じゃあ、カウントダウン!」
会長さんが号令をかけ、ソルジャーが。
「3、2、1……。はじめっ!」
教頭先生とキャプテンは緊張しつつも『かみほー♪』を歌い始めました。うん、なかなかにいい声です。きちんと声もハモッていますし、これなら問題なさそうですが…。ん? 教頭先生、ちょっと詰まっておられたような? キャプテンの方は滑らかですけども…。
「はい、おしまい~。お疲れ様」
会長さんが拍手し、ソルジャーはレジャーシートの上に置いていた荷物の中から口紅を。キスマークをつけるためのアイテムです。あれっ、会長さんは朱肉を出さないんですか?



ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出す鏡を見ながら鮮やかな赤の口紅を塗り、キャプテン用のTシャツを手に持って。
「えーっと…。ぼくは知識がサッパリで…。最初は何処に押せばいいんだい?」
「ああ、それね。本物の御朱印ってわけじゃないから区分は適当。本物は厳密に決まってるけど、こっちは好きなように押しておけばいいよ」
「そうなんだ? じゃあ、ぼくからの愛をこめて心臓の辺りにでも…」
愛してるよ、とウインクされたキャプテンが頬を赤らめ、ソルジャーはTシャツの左胸にキス。綺麗なキスマークがつきました。まだ唇に紅が残っているソルジャーにキャプテンが近付き、グッと抱き寄せて。
「…口紅を塗った唇というのも素敵ですね…。思わず食べたくなりますよ」
「「「………」」」
あちゃ~…。始まりました、バカップル。私たちなど居ないかのように思いっきりのディープキスをかまし、キャプテンが口紅を舐め取ってしまうまでイチャイチャと。
「…ふふ、すっかり熱くなっちゃった。でもねえ…」
スタンプが一個しかないのに退場したら叱られるかな、とソルジャーが艶やかな笑みを浮かべて、キャプテンが。
「では、頑張って集めましょうか。歌いますよ?」
二度目の『かみほー♪』が白い砂浜に響いているのに、教頭先生の方は。
「…ブルー、私も歌っていいのだろうか?」
「二度目をかい? 厚かましいにも程があるね」
一度目もクリアしていないくせに、とジロリと睨む会長さん。
「さっき途中で詰まった上に、音程も少し外れただろう? あれじゃスタンプは押せないよ。…言い忘れてたけど、失敗したらやり直し! 完璧に歌い終えないとスタンプは無しだ」
今から歌うなら二度目でも一度目、と突き放された教頭先生は涙目でした。キャプテンは既にかなり先の方を歌ってますから、すぐに歌い出したら失敗は必至。つまりキャプテンの三度目を待つか、休憩時間を狙って歌うか。
「…完璧に八十八回なのか?」
おずおずと問い掛けた教頭先生に、会長さんは「当然だろう」と鼻を鳴らして。
「スタンプが全部集まった時には何があるのか知っているよね? ぼくのキスマークで素肌巡りだ。それほどの御褒美を貰うためには血の滲むような努力が必要かと」
嫌ならここでリタイヤしておけ、と言い放たれた教頭先生の視線の先では、二度目の『かみほー♪』を歌い終えたキャプテンが口紅スタンプを貰っていました。この状況でリタイヤしたら男がすたるというものですけど、八十八回を完璧に歌いこなす道もまた地獄な茨道としか…。



その日、ビーチには『かみほー♪』が響き続けました。キャプテンに甘いソルジャーは歌いさえすれば口紅キスマーク。あまつさえ抱き合ってキスな甘々っぷりですが、会長さんの採点は非常に厳しく、五回に一回くらいしか認めて貰えません。
「また外したね? 今までに何回『かみほー♪』を歌って来たんだか…。シャングリラ号のキャプテンが聞いて呆れる」
そんなことではクルーのみんなに示しがつかない、と会長さんはビシバシと。おまけに歌い出しでしくじっていても最後まで歌わせるという鬼っぷり。教頭先生の歌声に力が無くなってくれば海の方角を指差して。
「しばらく喉を休めておこうか。キースたちと一緒に泳いできたまえ」
ついでにアワビとかサザエもよろしく、と獲物まで求める厳しい注文。それでも文句の一つも言わずにバーベキュー用の魚介類を獲って戻る教頭先生は凄すぎでした。会長さんのためなら必死に歌って、獲物も獲って…。なのに肝心のスタンプの方は。
「…たった四分の一とはねえ…」
あっちのハーレイは半分近く埋まっているけど、と大袈裟に両手を広げる会長さん。
「滞在中に全部埋める事が出来るのかい? あくまでスタンプラリーだからねえ、別荘ライフが終わると同時に終了だから! ついでに素肌巡りなんていうトンデモな企画、実現可能なのは帰る日の前の夜までだよね、うん」
最終日にそんなことはしたくない、と会長さんの冷たい宣告。昨夜スタンプラリーの話が持ち上がった二階の和室で教頭先生は悄然と。
「…実質、あと三日間ということか…」
「そうなるね。ブルーの方は明日にでも全部埋まるだろう。そしたら素肌巡りかな? 君の方は素肌巡りどころか、幾つ空欄が残る事やら」
自業自得というヤツだけど、と会長さんが教頭先生の『かみほー♪』の下手さを詰れば、ソルジャーが。
「歌はどうにもならないけどねえ、ぼくのハーレイがゴールインして更なる打撃だと気の毒だ。輪をかけて音が外れそうだし、ゴールインするなら一緒でどうだい?」
ねえ、ハーレイ? とソルジャーの腕がキャプテンの首に回され、キャプテンも。
「そうですね…。あと三日間お待ちしますよ、そこそこの所でセーブしておいて。なにしろ私たちはスタンプラリーを逃したところで特に困りはしませんし」
「うん。素肌巡りなら日を改めてやってあげるよ、心をこめて…ね」
またバカップルがイチャイチャイチャ。けれど「一緒にゴールイン」というエールを貰った教頭先生はバカップルの姿をガン見しながら決意に燃えておられるようです。八十八ヶ所、Tシャツに母印なスタンプラリー。教頭先生、無事に達成出来るでしょうか…?



教頭先生は歌い続けました。朝も早くからビーチで『かみほー♪』、夕方になって引き揚げて来ても会長さんや私たちが寛ぐロビーや広間で懸命に熱唱。日頃から柔道で鍛えた身体は『かみほー♪』三昧でも衰えはせず、どちらかと言えば声に深みが出て来たような…。
「今日の夜までだったな、ブルー?」
あと三個だ、と撤収中のビーチで胸を張っている教頭先生。会長さんは八十五個目の母印をTシャツに押しながら。
「うん、夜まで。あっちのハーレイを待たせてるんだから、心してよね」
向こうは昨日の間に八十七個、と顎をしゃくった会長さんに、教頭先生は「うむ」と。
「まだ夕食までに時間もあるし…。夜には八十八個を揃えるつもりだ」
「はいはい、分かった。でもって素肌巡りだね?」
ぼくも約束は守るから、と会長さん。えーっと、本気で素肌巡り…ですか?
「約束を破っちゃダメだろう? ハーレイも必死に頑張ったんだし、ぼくもやるまで」
そう言い切った会長さんに、顔を見合わせる私たち。
「…おい、本当にやるんだと思うか?」
そっちは母印じゃないんだよな、とキース君が呟き、サム君が。
「う、うん…。俺にもそう聞こえたけど、どうなるんだよ?」
「口紅じゃないの?」
そっちだったら母印じゃないわよ、とスウェナちゃん。
「ですね、口紅は塗らなきゃですけど、その線と読むのが妥当でしょうね」
それ以上だとは思えません、とシロエ君が応じ、マツカ君も。
「口紅ですよね、きっとそうです」
そのキスマークだと思いたい、と囁き合う私たちにも僅かな知識はありました。万年十八歳未満お断りの身ですけれども、ソルジャーが散々やらかしたせいで「吸い痕」の方のキスマークってヤツを知ってます。会長さん、まさかそっちの方じゃあ…?
「まさか、まさか…ね」
絶対ないよね、とジョミー君が肩を竦めて、キース君も。
「そう願いたいぜ。…ただし相手はあいつだからな…。正直、何をやらかしたとしても俺は全く驚かんがな」
一番いいのはスタンプが集まらないことだ、との意見に誰もが賛成。けれど私たちの願いも空しく、その夜、打ち上げとばかりに集まっていた和室での教頭先生とキャプテンの『かみほー♪』の合唱で八十八個の母印が揃ってしまったのでした…。



「揃ったぞ、ブルー! 八十八個だ!」
押してくれ、とTシャツを差し出す教頭先生。向こうではソルジャーがキャプテンのTシャツに口紅を塗った唇を押し当てています。会長さんも母印を押して、スタンプラリーは終了しました。二枚のTシャツは記念品として「そるじゃぁ・ぶるぅ」が帰ってから加工するそうで。
「かみお~ん♪ 青花の線はきちんと消すからね! マークはキッチリ残すから!」
「ありがとう、ぶるぅ。でも、これは…。ぼくのシャングリラでは着られないかな」
キャプテンがこの格好ではねえ、と零すソルジャーにキャプテンが。
「いえ、制服の下に着られますから! これでブリッジでもあなたと一緒にいられますよ」
「それはいいねえ。ぶるぅ、サイオン・コーティングも頼めるかな?」
耐久性を高めたい、というソルジャーの注文に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がコックリと。「ぶるぅ」は
「パパとママがいつも一緒だぁ♪」と大喜びですし、あのTシャツも役に立つのだな、と私たちが感慨に耽っていると。
「…それじゃスタンプも揃ったことだし、素肌巡りに出発しようか」
ねえ? とソルジャーがキャプテンの腕を取りました。
「八十八ヶ所だったよね。まずは一ヶ所目で、君の有能な指先からだよ」
いつだってぼくを熱くしてくれる、とソルジャーはキャプテンの右手の親指の先を口に含んでチュッと音を立て、それから指全体を舐め上げて。
「…はい、一ヶ所。ふふ、ゾクッときた? まだまだこれから八十七ヶ所!」
かまわないよね、とお次は人差し指を。教頭先生は耳まで赤くなり、会長さんの方をチラチラと。
「…ブ、ブルー……。そのぅ、なんだ……」
「ああ、素肌巡り? そういう約束だったよね」
それじゃこっちへ、と会長さんは手招きを。会長さんの目の前に立った教頭先生、もう頭から湯気が出そうで。
「…い、いいのか? 本当に…?」
「何を今更…。ただね、ちょこっと問題が」
「問題?」
何のことだ、と尋ねる教頭先生に、会長さんが小首を傾げて。
「素肌巡りをしてあげる、って約束したけど、君に好みのコースはあるわけ? こういうルートで八十八ヶ所、って明確に希望があるんだったらそれに添うけど」
「好みのルート?」
「うん。日頃から色々考えてるのは知ってるんだよ。だからね、出来れば希望のコースがいいのかなぁ、って」
あれば教えて、と言い出した会長さんにサーッと青ざめる私たち。それってヤバくないですか? 相手は妄想一筋の教頭先生、その道三百年以上ですってば~!



ただでも危ない素肌巡りを教頭先生好みのルートで、などと言っている会長さん。しかも口紅をつける気配はありません。ソルジャーと同じく吸い痕の方のキスマークなのか、と声も出せない私たちを他所に会長さんは。
「実はね、ぼくも素肌巡りなんていう経験は無くて…。君がルートを教えてくれればそれに従う。好みのルートは決まってる?」
「…い、いや、それは……。確かに夢には見ていたが…」
スタンプラリーに必死になっていてコースどころでは無かったのだ、と教頭先生。
「来る日も来る日も『かみほー♪』だったし、頭の中がそれ一色で…。正直、今もまだ『かみほー♪』がグルグル回っている状態だ。…そのぅ、本当に恥ずかしいのだが…」
「なるほどねえ…。そういうことなら、あっちを手本にしようかな?」
「あっち?」
「そう、あっち」
あそこでやってるバカップル、と会長さんの赤い瞳が見詰めた先ではソルジャー夫妻がイチャついていました。ソルジャーは既にキャプテンの両方の手指を舐め終えたらしく、手のひらにキスを落としています。
「両手の指で十ヶ所らしいよ、あと手のひらで十二ヶ所かな。…そんな調子で良かったら」
「…う、うむ…。指か、そういうルートもあるのか…」
ならば頼む、と大きな右手を会長さんに預けつつ、ソルジャー夫妻が気になるらしい教頭先生。そりゃそうでしょう、手の次は何処に会長さんの唇が来るのかドキドキしているに決まっています。そのバカップルの片割れ、手のひらへのキスを終えまして。
「…うーん…。やっぱりこれじゃ物足りないかな…」
ちょっと失礼、とキャプテンの首をグイと引き寄せ、太い首筋に噛み付くようなキス。それを見ていた教頭先生の顔がボンッ! と赤くなり、会長さんが「どうかした?」と。
「それじゃ始めるよ、素肌巡りの八十八ヶ所! まずは右手の親指だっけね」
チュッ、と会長さんの唇が落とされたのと、ソルジャーの両手が動いたのとは同時でした。キャプテンが着ていたシャツを引き裂き、晒された逞しい胸に思い切りキスを。そして会長さんと教頭先生に視線を送って、聞こえよがしに。
「…ハーレイ、ぼくたち、お手本にされているらしいよ? どうやらここでヤるしかないようだけども、仰向けに寝てくれるかな?」
「…こ、ここで……ですか?」
「かまわないだろう、ぼくは見られていたって平気さ」
張り切っていこう! とソルジャーが叫んだ次の瞬間、ドッターン! と大きな音がして…。



「ふん、素肌巡りには三百年以上早いってね」
指一本でノックアウト、と両手をパンパンとはたく会長さん。床の上には教頭先生が仰向けに倒れ、鼻血を噴いて失神中です。お手本とやらと嘯いていたソルジャー夫妻はしてやったりと消え失せてしまい、今頃は大人の時間かと…。
「あんた、知っててやらかしたな!?」
こうなることを、とキース君が噛み付けば、会長さんはニンマリと。
「そうだねえ、ブルーがスタンプラリーって言い出してブチ切れたせいではあるけども…。あの時、ハーレイが余計なことさえ言わなかったらこんな結果にはならなかったかと」
ぼくのガードがどうとかこうとか、と鼻でせせら笑う会長さんには罪の意識はありませんでした。会長さんにとってはあくまで仕返しらしいです。
「え、いいじゃないか。記念Tシャツは残るんだよ? ぼくの母印つきの」
それだけだって充分にレアだ、とブチ上げていた会長さんですが、そのTシャツは青花抜きの加工中に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がミスをしたとかで母印が消えてしまったのだとか。後日、それを聞かされた私たちは口々に「そるじゃぁ・ぶるぅ」に事情を聞いてみたのですけど。
「…えっと、えっとね…。ぼくでも失敗することあるの! ホントだよ!」
懸命に主張する「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、キース君が。
「…嘘だな」
「うん、嘘で絶対間違いないよ」
キャプテンの分のTシャツは完璧な仕上がりだったもんね、とジョミー君。取りに来たソルジャーが嬉しそうに抱えて持って帰った姿は私たちの瞳に焼き付いています。これでブリッジでもハーレイはぼくと一緒なんだ、とか言いつつ、いそいそと…。
「教頭先生、つくづくお気の毒でしたよね…」
トラウマにならなきゃいいんですけど、とシロエ君が『かみほー♪』の心配を。歌わされまくった挙句に何一つ報われなかったシャングリラ号の歌、教頭先生、当分は口パクだったりして…?




         集めて御褒美・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 素肌巡りで八十八ヶ所、なんとも罰当たりな企画っぽいですけど、こういうオチ。
 教頭先生、そうそう美味しい思いが出来るわけありません。
 今月は月2更新ですから、今回がオマケ更新です。
 次回は 「第3月曜」 9月21日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、9月はスッポンタケの後付けお葬式の件を引き摺り中で…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv






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「あれっ?」
 美味しそう、とブルーの視線はテーブルの上に置かれた缶に惹き付けられた。金色をした平たい円形の缶。蓋の部分に刷られた写真が目を惹いた。緑色の葉と、雪のように白い塊が幾つか。
「なんだかお砂糖の塊みたい…」
 口に入れればフワリと溶けそうなコロンとした塊。真っ白な雪を思わせる塊の群れに添えられた緑の葉っぱが瑞々しい。白い雪は砂糖の塊に見えるけれども、何だろう?
「…甘いのかな?」
 蓋を開けてみたらミントの爽やかな香りが立ち昇ったから、ミントキャンディーなのだと直ぐに分かった。硬いのか、それとも柔らかいのか。見た目では知れない砂糖の塊を思わせるそれ。
 もっと甘い香りの食べ物を想像したから蓋を開けてみたが、何故かミントもいいなと思った。
 清しい香りに誘われるままに一個つまんで口に入れると、ふわっと儚く溶けてしまって。
(…キャンディーじゃないの?)
 さながらミントの味と香りを纏った砂糖の塊。淡雪みたいに舌の上でほどけた。
「お砂糖なのかな?」
 紅茶にでも入れるものだろうか、と缶を眺める一方で。
(……なんだろう?)
 妙に懐かしい感じがした。初めて味わった筈だというのに、心がほんのりと温かくなる。前にもこれを食べたのだろうか?
(小さい頃かな?)
 とても素敵な思い出と結び付いていそうな優しい感覚。
 けれど考えても思い出せないから、記憶の糸口を手繰り寄せようと、もう一つ口に入れてみる。ほろっと崩れる甘い塊とミントの香りに湧き上がってくる幸福感。
 ミントの香りか、この甘さなのか。余韻だけを残して瞬く間に溶ける、舌触りなのか。この上もない幸せの記憶に繋がっているものはどれだろう?
 それに幸せとは何だったろう?
(…分かんない…)
 思い出そうと、もう一つ摘む。塊がホロリと形を失うその瞬間に幸せを確かに感じるけれども、掴もうとすると何処かへ消えて無くなってしまう。だから…。



 幼い頃に読んだ、古い古い童話。目の前に浮かんだ幻を消すまいとして、沢山のマッチを次々と燃やした貧しい少女の物語。そのマッチ売りの少女よろしく、ブルーも幸せの記憶を追った。
 金色の缶の蓋を開けたまま、白い塊を一つ、また一つ。それでも掴めない幸せの記憶。ミントの味と香りを纏った甘い塊がブルーの心に幸せだけを置いてゆく。
 二つ、三つと舌の上に乗せ、気付けばずいぶん減ってしまった白い塊。金色の缶に一杯詰まっていた塊は今や三分の二くらいとなって、明らかに誰かが食べたと分かる減りっぷり。しかも家には母の他にはブルーしかおらず、父の帰宅はもう少し後。
(…ぼくって、こんなに食べちゃった…?)
 口溶けの良い塊だったから、ついつい幾つも口に運んだ。記憶を追うのに夢中になった。しかし大量に食べた事実は缶の中身で一目瞭然。
(…晩御飯、入るといいんだけれど…)
 それからママとパパにバレませんように。
 祈るような気持ちで缶の蓋を閉め、抜き足、差し足。缶が置いてあったダイニングを抜け出し、二階の自室に急いで戻った。勉強机の前に座ると、頬杖をついて考える。
(…何だったんだろう、あの塊…)
 幸せの記憶と結び付いている筈の、甘くてミントの香りがするもの。金色の缶も、美味しそうと眺めた蓋の写真も記憶には無い。それでも自分は知っている。何処かであれに出会っている。
(…誰かに貰って食べたのかな?)
 一所懸命に記憶を探っていたら、母が「晩御飯よ」と呼びに来た。ダイニングに行けば、金色の缶。テーブルの端に置かれた、あの缶。それだけでは記憶を辿れないけれど、あれの中身が…。
「ブルー? さっきから少しも減っていないわよ」
 母に注意され、慌ててポタージュスープを掬った。スープ皿の底が見えてくる頃には胃が早々と降参を叫ぶ。食が細いブルーの食事量に合わせて少なく盛られた白身魚の香草焼きも、パンすらも入りそうにない。
「…ブルー。そこのキャンディー、食べたでしょう?」
 母がブルーを軽く睨んで、缶の中身の減り具合を父に報告したから言い訳不可能。夕食前に沢山食べるからだ、と二人がかりで叱られた。
「おやつの食べ過ぎと変わらないのよ、あんなに食べて」
「沢山食べるなら食事でないとな? おやつでは背が伸びないぞ」
「……ごめんなさい……」
 シュンと項垂れ、両親に謝ったブルーだけれど。



(…ホントに覚えているんだけどなあ、あのキャンディー…)
 うっかり沢山食べ過ぎたほどに幸せの欠片を運んで来てくれた、ミントのキャンディー。何処で食べたのか、誰に貰ったのか、どうにも気になってたまらない。
 幸せの記憶に繋がっている味は、いったい何処にあったのだろう?
 懐かしいと呼ぶには曖昧に過ぎる記憶だけれども、追い続けずにはいられない。両親に叱られたことなど些細なことで、どうしても知りたいキャンディーの記憶。
 パジャマに着替えてベッドに入っても、ブルーは幸せの記憶を探す。明かりを消した部屋の暗い天井を見上げ、あのキャンディーの味と舌触りとを思い出してみる。
(ミントのキャンディー…)
 口に入れたら砂糖の塊のようにフワッと溶けた。舌の上から消えてしまったキャンディーの味が口の中に広がり、ふんわりとミントの爽やかな香り。
 幾つも幾つも口にしたキャンディーの名残りを求めて舌を少しだけ動かした時。
(あっ…!)
 思い出した、とブルーは瞳を見開いた。
(……ハーレイのキスだ……)
 今の生での記憶ではなく、ソルジャー・ブルーだった前世の記憶。ミントの香りを纏ったキス。
(…ぼくが酔っ払った次の日のキスだ…)
 前の生のブルーは酒に弱くて、僅かな量でも二日酔いすることが多かった。それでもハーレイが酒を好むから、と飲みたくなって強請った挙句に二日酔い。頭痛もしたし、胸やけもした。そんな時にハーレイがしてくれたキス。
 「ミントは胸やけに効くのですよ」と、口移しにミントの香りを貰った。ほんのりと甘く感じたミントはキャンディーだったのか、シロップなのか。すうっと身体に染み込んだ香り。
(そうだ、ハーレイのキスだったんだ…)
 そう思うともう、たまらなくなって。
 今はハーレイに禁じられているキスの味だと思い出してしまうと、それが欲しくなって。
 こっそり起き出して、両親も寝静まった家の中を階下へと下り、常夜灯の明かりに浮かぶ金色の缶からもう一個だけ。口に入れると淡雪みたいに溶けて消えるから、そうっと手に持って部屋へと戻る。
 ベッドにもぐって、叱られそうだけれど、歯磨きを済ませた口にミントのキャンディー。
 ほろりと崩れる甘い塊が、思わず涙が零れそうなほどに幸せな記憶を運んで来た。
(…ハーレイのキスだ…)
 ああ…。なんて幸せなんだろう。
 ハーレイ、ぼくは思い出したよ、君がくれた優しいキスの味を……。



(ねえ、ハーレイ。ミントのキャンディーって、覚えてる? でなきゃ、シロップ…)
 問い掛けたい気持ちをブルーはグッと我慢した。
 せっかく思い出したハーレイの優しいキスの味。喋ったら幸せが減ってしまいそうだから、胸の奥に大切に仕舞い込む。
(…ハーレイ、絶対、何か言うんだ)
 ブルーにキスを禁じたハーレイ。その味を思い出したと言おうものなら、勘違いだと否定されて終わるか、笑われるか。ブルーと一緒に懐かしい思い出に浸ってくれよう筈もない。
(でも、ハーレイのキスの味だしね?)
 ミントの香りと、ふうわりと溶ける砂糖菓子が残してゆく甘さ。
 あの組み合わせが思い出させた。ごくごく普通のミントキャンディーでは上手くいかない。舌の上で儚く消えるからこそ、ハーレイのキスだと気付くことが出来た。硬いキャンディーを口の中で転がしていても、ハーレイのキスには結び付かない。
(…あのキャンディーだから思い出せるんだよ、ハーレイのキス…)
 口に入れてから溶けて無くなるまで、ほんの少しの魔法の時間。ハーレイがくれたミントの味のキスと、そのキスを貰った時の幸せが胸に蘇る時間。
 それが欲しくて金色の缶を開け、大切に一つ、手の中に握って自分の部屋へ。
 食べ過ぎてまた両親に叱られないよう、もっと欲しいけれど一つだけ。一つだけにしておこうと決めているのに、我慢できずに缶の蓋を開ける。
 一日に二つくらい、きっと父には叱られない。三つでも母は叱らないと思う。きちんと食事さえ食べているなら四つでも叱られないと思うし、五つ食べても大丈夫…。
 そんな調子で食べていっても、暫くの間は缶が空になる度に新しい缶が代わりに置かれていた。両親も気に入りの味なのだろう。だから安心して食べ続けていたブルーだけれど。
 両親が食べる以上の量をブルーはせっせと食べていたらしく、キャンディーばかりを食べるのは身体に悪い、と母に言われて金色の缶は姿を消した。
(…ハーレイのキスのキャンディー、なくなっちゃった…!)
 もうあの味が無いだなんて、と泣きそうになる。テーブルの上から消えてしまった金色の缶。
 でも両親から時折、ふんわり漂うミントの香り。
 何処かに缶はある筈だけれど、ブルーのサイオンでは見付け出せない。買いに行こうにも売っている店が分からない。近所の食料品店には置いていなかった。町の大きな食料品店だろうと思ったけれども、どの店か見当もつかないし…。



 ダイニングのテーブルから無くなってしまった、ハーレイのキスの味のキャンディー。
 どうにも諦めることが出来ずに、ブルーはとうとう直訴した。もちろん両親を相手にではない。あのキスをくれた張本人のハーレイが家を訪ねて来た時、面と向かって切り出した。
「ハーレイ、キャンディーのお店、知ってる?」
「…キャンディー?」
 ブルーの部屋でテーブルを挟んで向かい合ったハーレイが怪訝そうな顔をする。
「うん、キャンディー。知ってたら買って来て欲しいんだけど…」
「キャンディーくらい何処にでも売っているだろう?」
「ちょっと特別なキャンディーなんだよ、近くのお店には置いてないんだ」
「お母さんに頼めばいいだろうが」
 ハーレイの台詞は正論だったから、ブルーは仕方なく白状した。身体に悪いと隠されてしまい、何処にあるのか分からないのだ、と。
「食べ過ぎて隠されてしまっただと? キャンディーをか?」
 感心せんがな…、とハーレイの眉間に皺が寄る。腕組みまでして咎める顔つき。
「沢山食べて大きくなれとは確かに言った。しかしだ、菓子は食事じゃないぞ」
 キャンディーの代わりに三食しっかり食べることだ。
 そうすれば空腹感は消えるし、キャンディーの食べ過ぎなんていう不健康なこともしなくなる。
 頑張って食べろ、とハーレイは厳しい顔をするのだけれど、ブルーの方も負けてはいない。
「でも、欲しいんだもの」
 右手を伸ばしてハーレイの腕に触れ、「こんなのだよ」と直接イメージを送り込んだ。いつもはサイオンを使わないから、ハーレイも油断していたらしい。何の遮蔽もされることなく、ブルーが注ぎ込んだ金色の缶と中身のイメージ。ついでにしっかり、ミントの味のキスの記憶も。
「ちょ、お前…!」
 ハーレイの顔色がみるみる変わって、赤く染まった頬の色。
 してやったり、とブルーは得意げに微笑んだ。
「買って来てよ、これ。…そしたらキスは大きくなるまで我慢するから」
 上手くいった、と本当に嬉しくてたまらない。前の生と違ってサイオンの扱いが不器用になってしまったブルー。優れた遮蔽能力を持つハーレイに勝てるかどうかが心配だったが、この様子なら大丈夫。
 ハーレイはきっと、キャンディーを探しに出掛けてくれるだろう。
 自らが禁じたキスの代わりに、自分のキスを思い出させるミントの味のキャンディーを…。



 ブルーが見付けたミントのキャンディー。ハーレイのキスと同じ味がする宝物。
 どうしても欲しくて仕方ないから、あのキスをくれたハーレイに頼むことにした。立派な大人で車にも乗れて、買い物にも出掛けてゆくハーレイ。料理も自分でしているのだから、食料品店にも詳しいだろう。幾つか回って探してくれれば何処かで扱っている筈だ。
「ね、ハーレイ? どんな缶か分かれば探せるでしょ?」
「…それはそうだが、どういうつもりだ」
 渋面を作るハーレイに向かって「キスの味だよ」と笑顔で答える。
「ハーレイのキスと同じ味だって思い出したら、食べたくて我慢出来なくて…。幾つ食べてもまた欲しくなって、パパとママに隠されちゃったんだ。キスの代わりに買ってよ、これ」
「……お前が大きくなったらな」
 前のお前と同じくらいに、というお決まりの文句。ブルーは驚き、「なんで!?」と叫んだ。
「なんで大きくならなきゃダメなの? キャンディーなのに! キスじゃないのに!」
「忘れたのか、お前? あれはどういうキスだったのか」
「えっ…?」
「前のお前が酔っ払った時しかしていない。…要するに酒を飲んだ時だな」
 そして二日酔いになった時だ、とハーレイは大真面目な瞳で言った。
「今のお前に酒は飲めないし、飲ませられない。まだ飲める年じゃないからな。…未成年のお前は酔っ払うことも二日酔いになることもないし、こういうキスとは無関係だ」
 つまりだ、ミントキャンディーの味がするキスは我慢以前の問題ってことだ。
 今のお前には必要ない、と突き放されてしまったけれど。
「でも…! でも他に思い出せないんだってば、キスの味が…!」
 ブルーは必死に食い下がった。あのキャンディーだけがハーレイのキスと結び付く味で、あれを食べれば幸せな気分になれるのだ、と。あれさえあればキスを我慢する日々であっても、なんとか乗り越えられそうなのだ、と。しかし…。
「…お前なあ…」
 何歳なんだ、と例によってお決まりのハーレイの言葉。ブルーは「十四歳…」と小さく返す。
「ほら見ろ、たったの十四歳だ。その年でキスを我慢と言ったらキスが呆れる」
「だけど…!」
「前のお前は関係ない。キャンディーが欲しいのは今のお前で、十四歳のお前にそれは要らない」
 キスもキャンディーもどちらも要らない、とハーレイはフフンと鼻で笑った。
「前のお前ならキスもミントも必要だったさ、酔っ払うしな? しかしお前はどっちも要らない。キャンディーは潔く諦めるんだな」



 十四歳の小さなブルーが、たまたま見付けたキスの味。ハーレイのキスの味のキャンディー。
 ところが肝心のハーレイ曰く、そのキスの味は小さなブルーには要らないもの。酒を飲むことが出来て二日酔いになる、大人のブルーにしか必要ないもの。
「酷いよ、ハーレイ!」
 ブルーは抗議の声を上げたが、ハーレイが動じるわけもない。悠然と腕を組み、余裕たっぷり。
「俺は酷いとは思わんが? …そもそもお前が大きければだ、キャンディーなんぞに頼らなくても本物のキスが出来るんだしな? それも出来ない子供のくせにだ、キスの味など知ってどうする」
「本当に思い出したんだもの!」
「どうだかなあ…。挙句にキャンディーの食い過ぎで隠されてしまった辺りがなあ…」
 立派に子供だ、とハーレイは組んだ腕をほどくと、右手の指先でブルーの額をピンと弾いた。
「いたっ!」
「そうさ、お前はこういう扱いをされる子供だ。もしもお前がきちんと育った大人だったら、額を弾く代わりにキスだな。…キスの味がするキャンディーなんぞを強請られたらな」
 其処でキャンディーを買いに出掛ける馬鹿はいない、とハーレイが笑う。
 キスの味がするキャンディーが欲しいと恋人が言うなら本物のキス。まずはキスから、それでもキャンディーが欲しいと言われて初めて買いに出掛けるものなのだ、と。
「その辺のことも分からないくせにキャンディーが欲しくて強請ったんだろうが、今のお前は? 要するにキスの味がするキャンディーとやらは、お前にはただのキャンディーなのさ」
「違うよ、あれはホントにハーレイのキスの味なんだってば!」
「…百歩譲ってそうだとしてもな、二日酔いの時のキスだろう? 酒も飲めないお子様のお前には早過ぎる味ということだ。そのキャンディーは諦めておけ」
 でなければ普通のミントキャンディーにしろ。
 それなら何処にでも売っているしな?



 ブルーの訴えはハーレイに笑われておしまいだった。前にブルーが危惧したとおりに、共に昔を懐かしむどころか徹底してお子様扱いしてくれた末に普通のミントキャンディーだなんて…。
(…ハーレイのキスの味だったのに…)
 子供扱いされても大好きでたまらないハーレイ。そのハーレイがくれたミントの味のキス。
(あのキャンディーの味が一番近いのに…)
 帰宅するハーレイを見送った後、自室で脹れっ面になったブルーだったが、ふと思い出す。
 ハーレイのキスで貰ったミントはキャンディーだったのか、シロップなのか。ミント風味の他のものなのか、それを訊くのを忘れていた。
(…忘れちゃってた…!)
 もしかして、先にそっちを訊くべきだった?
 それも訊かずにミントのキャンディーにこだわった辺りもいけなかったとか…?
(……昔の話をするんだったら、あれは何かって訊かなきゃ昔話にならないよね……)
 どうやら自分は間違えたらしい。ハーレイが言うように立派なお子様、目先のことしか見えない子供。けれど今頃気付いても遅い。ハーレイはとっくの昔に家に帰ってしまったし…。
(…ど、どうしよう…。もう訊けないよね? 訊いても笑われるだけだよね…?)
 ミントの味がしたハーレイのキス。どうしてミントの味がしたのか、今となっては謎のキス。
 でも、ハーレイのキスの味が欲しい。金色の缶に入ったキャンディーが欲しい。
(…通信販売はあるんだろうけど、家に届くからママにバレるし…)
 こっそり探して盗み食いしようにも、隠し場所が何処か分からない。
(いつかはママも隠してたこと、忘れちゃうかもしれないけれど…)
 その日がやって来るのが早いか、ハーレイが本物のキスをくれるようになる日が早いのか。
 いったいどちらが早いのだろう、と真剣に悩むブルーは正真正銘お子様だった。
 どう考えても、金色の缶がブルーの前に再登場する方が早いだろう。
 もっとも、それまでミントの味がしたハーレイのキスを覚えているかどうかが怪しい。
 摘み食いをして、また最初から「なんで?」と幸せの記憶を追求しそうな小さなブルー。
 そんなブルーが本物のキスを貰える日までは、まだまだ幸せな我慢が続きそうだった……。




           ミントの記憶・了

※ハーレイのキスの味のキャンディー、と沢山食べ過ぎて、缶を隠されてしまったブルー。
 可哀相ですけど、まだまだ子供な証拠です。本物のキスを貰うには早すぎですね。
 ミントのキャンディーにはモデルがあります、シンプキンのアフターディナーミント。
 オンラインで買える所も色々、食べてみたい方は是非どうぞv
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 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






「ほら、ブルー。こんなのが出来ているらしいぞ?」
 ハーレイが持って来た一枚の紙を覗き込んだブルーは仰天した。カラーでプリントされた紙には青い目玉が溢れている。小さなものから大きなものまで、丸いものやら雫形やら。
 今日は休日、ハーレイと二人、ブルーの部屋で向かい合って座っているのだけれど。
「なに、これ?」
「メデューサの目さ。覚えていないか?」
「…メデューサの目?」
 何処かで聞いた言葉のような、と改めて紙に刷られた沢山の目玉を眺めてみて。
「あっ…! もしかして、これってヒルマンが言ってた…」
「そうさ、前の俺たちの服の赤い石だ」
 あの石の元だ、と微笑むハーレイがプリントアウトしてきた青い目玉は『地球の歩き方』という人気のデータベースから引っ張り出して来たものらしい。
 地球の様々な地域へ気ままな旅をする人が情報を得たり、自分が得た知識を付け加えたりもするデータベース。ブルーも存在を知ってはいるが、十四歳の子供には少し敷居が高すぎた。旅の計画すらも立てられない上に、旅行の資金だって無い。
「ハーレイ、此処はよく見ているの?」
「ああ。前の記憶を取り戻す前から、気が向くままにな。適当にデータを引っ張り出すだけだが、これは違うぞ。ヒルマンの話を思い出したから調べてみたんだ」
 確かこの辺りの話だったか、とアクセスしてみたら、こいつを見付けた。
 地域の独自性にこだわる今の地球なら、きっと作っていると思った。
「こいつが昔のトルコの辺りで、こっちはギリシャだ。写真だけ抜き出して来たんだが…」
 凄いだろ、とハーレイが指先でなぞる画像の青い目玉は魔除けのお守り。見た人を石に変えると伝わる遠い昔の神話に出て来る怪物、メデューサの目を象ったもの。
 邪視と言ったか、悪意の籠もった呪いの視線を弾き返すための目玉のお守り。悪意のある視線を弾き返すには、相手を石にしてしまうほどのメデューサの目が相応しい。
「前の俺たちが生きた時代には無かったのにな? 人間ってヤツは逞しいよな、地球と一緒に文化まで復活させるなんてな」
「うん…。本当に凄いね、人は。あの頃、ぼくたちは人間扱いじゃなかったけれど」
「その俺たちが今じゃ立派な人間ってヤツだ。分からんもんだな」
 ついでに二人で青い地球まで来ちまったな、とハーレイは感慨深そうに言った。あの頃の地球の姿を思うと今の青い地球はまさに奇跡だ、と。



「そんな地球にだ、今はメデューサの目まであるんだ。俺たちはヒルマンの話と古い資料だけしか知らなかったのに、ちゃんと本物が出来てるんだぞ」
「そうだね。あの頃の地球には絶対に無いね」
 地球は死に絶えた星であったし、其処に文化など残ってはいない。長い長い時を経て蘇った星に遠い昔のお守りだったメデューサの目が復活していた。それを思うと嬉しくなる。前の生の自分は辿り着けずに終わったけれども、メギドを沈めておいたからこそ青い地球まで来られたのだと。
「メデューサの目かあ…。凄いね、SD体制よりもずっと古いのに、伝わったんだ…」
「きちんとデータが残っていたのが大きいだろうな。…メデューサの目は復活したのに、俺たちの赤い石の理由は伝わらずに終わってしまったな…」
 歴史の彼方に消えてしまった、シャングリラに居たミュウの制服の赤い石。誰の服にも何処かに必ず赤い色の石があしらわれていた。大部分のミュウとソルジャーの衣装は襟元に。キャプテンの服はマントの飾りに。長老たちの服でもマントの飾りで、フィシスは首飾りに赤い石。
 赤い石が選ばれた理由は確かにあったのだけれど。
「だって、伝わらないと思うよ。…ぼくはジョミーにも話してないもの」
「そうだったのか!?」
 ハーレイが驚いた顔をするから「うん」と頷く。
「訊かれなかったから、話さなかった。…恥ずかしいしね」
 それに理由を説明したなら、ジョミーがソルジャーになった時点で石の色を緑に変えなくちゃ。
 そんな面倒なことはしなくていい。それに…。
「ぼくに縛られる必要は無いんだよ。ただの赤い石でかまわないじゃない」
「…お前は最初からそう言っていたな。ヒルマンが赤を推した時から」
「青でも、緑でも、別にいいもの」
 制服の色に似合っていればいい。
 ブルーは心からそう思っていたし、そもそもは制服を作ろうという話だった筈。
 それが何処かで変わってしまった。変わった理由がメデューサの目玉。
 ハーレイが持って来てくれた紙に刷られた、沢山の青い目玉のお守り。遠い昔の地球のお守り。
 あの時には多分、実物は博物館くらいにしか無かっただろうと思うけれども…。



 シャングリラでの生活が軌道に乗って、制服を作る案が出た。全員一致で作ることが決まると、次はデザインの選定で。
 男女で制服のデザインが変わってくるし、ソルジャーとキャプテン、長老も変わる。そこで皆の服に共通な何かが欲しいという話が出て、採用されたものが同じ色の石。ミュウのシンボル。
 黒がベースの服が多いから、赤か、青か、緑がいいであろうと服飾部門の者たちが挙げた。
 赤と青と緑。その中から一つを選んで使う。
 アンケートで決めようかと考えていたら、長老たちを集めた会議でヒルマンが赤を推してきた。根拠になったのが、あのお守り。魔除けのメデューサの瞳のお守り。
 青いメデューサの瞳の代わりに、ソルジャーであるブルーの瞳の赤。人類側の攻撃を全て退け、ミュウとシャングリラを守り続けるブルーの瞳。
 その赤がいい、と唱えたヒルマンに長老たちが次々と賛同した。同じシンボルなら、意味のある色を使いたい。自分たちにとっての魔除けの色なら赤であろう、と。
「…ぼくはメデューサの青い目でいいと思ったのに…」
 小さなブルーは不満そうに唇を尖らせた。
「でなきゃ緑でも良かったじゃない、服の色に似合えば良かったんだし」
「そう言うな。…俺たちは縋りたかったんだ。ヒルマンが言ったメデューサの目に。魔除けの力を持っていそうな、お前の赤い瞳の色に」
「ぼくの目にそんな力なんか無いよ。そう言ったのに…」
 それにその話は皆にしないで、と口止めしたのに、みんなで喋ってくれちゃって…。そのせいで赤になっちゃったんだよね、ぼくたちの石。
「賛成しない方がどうかしていると思うがな?」
 シャングリラ中のミュウたちの賛成を得て、制服にあしらう石は赤と決まった。そうして制服が作られて配られ、新しく船に来たミュウたちも制服と共に赤い石を貰った。しかし…。
「お前が恥ずかしがって「新しく来た者たちには絶対に言うな」と緘口令を敷いてしまったから、伝わらずに消えてしまったじゃないか。…どうして赤い石だったのかが」
 まさかジョミーにも言わなかったとは、とハーレイが指で額を押さえる。
「せっかくの由来を次のソルジャーにも伝えなかったとは思わなかったぞ」
「いいんだよ。ただの赤い石、それだけでいい」
 意味なんか何処にも無くていいんだ、とブルーはクスッと笑ったのだけれど。



「…ぼくの目かあ…」
 ふと思い出した。いつもいつも、心を掠める前の生の記憶は右の手ばかり。
 その手で最後にハーレイに触れた温もりを失くして、メギドで冷たく凍えた右の手。凍えた手が冷たいと泣きながら前の自分は死んでいったけれども、何故、ハーレイの温もりを失くしたのか。
 キースに撃たれた傷の痛みが酷くて温もりが薄れ、右の瞳への銃撃が完全に奪い去っていった。最期まで抱いていたいと願った温もりを右手から奪い、消してしまった。
 そう、右の瞳。
 失くしたものはハーレイの温もりだけれど、ブルーは自分の右目も失くした。
「…ぼくの右目…」
「ん?」
 ハーレイはもちろん右目のことを知っているから、心配そうな顔になる。
 右の瞳がどうかしたのかと、問うような目を向けて来るから、ブルーは「平気」と微笑んだ。
「…キースに撃たれた、ぼくの右の目。…ぼくの目が本当に魔除けだったら、あの右目がお守りになってくれたかな…。みんなが地球まで行けるように…」
 遙かな昔にヒルマンが話したメデューサの目を象った魔除けのお守り。
 ガラスで作られていたという青いお守りは、災いから人を守って割れると聞いた。もしも自分の目がミュウたちの魔除けのお守りだったなら、砕かれた右の瞳は皆を守って割れたのだろうか。
「…メデューサの目は人を守ったら割れるんだよ。ぼくの右目もそうだったのかな…」
 …それなら、いい。
 撃たれた痛みで君の温もりを失くしたけれども、みんなのお守りになったのならば。
「…ブルー…」
 ハーレイの手がそっと伸ばされ、ブルーの右の頬に触れ、瞳も包んだ。
「きっとお守りにして下さったさ、神様は……な。だから俺たちは地球まで行けた」
 この瞳だ、と閉じた瞼の上から温かい指で優しく撫でられる。
 此処に在ったソルジャー・ブルーの赤い瞳がミュウを、シャングリラを守ったのだ、と。
「…お前の瞳。前のお前の赤い瞳は、間違いなくミュウのお守りだったさ」
 …もっとも、俺はそんな悲しいお守りを貰うよりかは、お前を連れて行きたかったがな…。
 地球へ。



 苦渋に満ちたハーレイの顔。
 今もなお遠い昔に失くしてしまったソルジャー・ブルーを忘れられないハーレイの苦痛。それを知るから、ブルーは「ぼくは居るよ」とハーレイを見詰める。
 ぼくは此処に居るよ、生きているよ、と。
「ねえ、ハーレイ。…ちゃんと着いたよ、青い地球へ。ぼくは地球まで来られたんだよ」
 まだ小さいから、君が失くした時の姿じゃないけれど。
 もう何年かしたら育つよ、ソルジャー・ブルーとそっくり同じに。
 …だから待ってて。ぼくが大きくなるのを待ってて、前とおんなじ姿になるまで…。
 ね? と首を傾げれば、「そうだな」と鳶色の瞳が和らいだ。
「…そうだな、お前は帰って来たな…。ついでに地球まで来たんだったな」
「うん。ハーレイと一緒に地球まで来たよ」
 青い地球だよ、とブルーは窓の向こうの空に目をやり、それからメデューサの目が沢山刷られた紙を指先でチョンとつついた。
「本物の地球だから、本物のお守りがあるんだよ。メデューサの目の」
 ぼくたちの赤い石みたいな、こじつけじゃなくて。
 本当に本物の魔除けの目玉で、赤じゃなくて青い目玉のお守り。
「そうでしょ、ハーレイ? 本物の魔除けの目玉は青いんだものね」
「…それは違うな。お前の瞳も、俺たちにとっては本物だったさ」
 これと何ひとつ変わりやしない、とハーレイは青いメデューサの目とブルーの赤い瞳とを何度も見比べてから。
「いや、これよりも強かった。本当に守ってくれたんだからな、俺たちを」
 メギドだけじゃなくて、それまでの日々も。
 お前の赤いその瞳こそが、俺たちの魔除けのお守りだった。
 そんな理由を知らないヤツらが殆どを占める時代になっても、本物で最強だったんだろう。
 俺たちを地球まで連れて行ったジョミーも、この目が見付けて来たんだからな。
 …違うか、ブルー?
 お前の赤い瞳が無ければ、どうにもこうにもならなかったさ…。



「…そうかなあ…?」
 ブルーにはあまり自信が無かった。
 メギドで失った右の瞳は効果があったかもしれないけれども、それは命と引き換えだったから。
 普段、自分の顔に在っただけの瞳に魔除けの力など無さそうなのに…。
「お前が信じないと言うならそれでもいいがな、少なくとも俺にはそうだと思えた。…俺の服には二つあったが、お前がメギドに行っちまった後で何度眺めたか分からない」
 こいつがただのお守りではなくて、此処にお前が居るのなら。
 居るのならば俺たちを守ってくれ、と何度祈ったか分からない…。
 もっとも、うっかり祈る度に謝る日々だったがな。
「なんで謝るの?」
「これ以上、まだお前に頼って縋るつもりか、と情けないじゃないか。…お前はおれたちを守って死んじまったのに、そんなお前に死んでなお重荷を背負わせるのか、と…」
 そんなことは出来ん。…断じて出来ん。
 たとえお前が許したとしても、俺自身が許せなかったんだ。
 お前を守ると誓っていたくせに、守るどころか守られちまった。
 そうしてお前は死んじまった…。
「お守りだったら当然だよ? 人を守ったら代わりに割れるとヒルマンは言ったよ」
「割れてしまったお守りに向かってまだ頑張れと言うようなもんだぞ、死んだお前に守ってくれと祈るのは。…何度となくやっちまったがな…」



 すまん、とハーレイが謝るから。
 多分、ぼくの瞳の色の石には少しくらい効き目があったんだろう。
 お守りとしての効果はともかく、気休めとでも言うのかな…。
 祈れば救われるような気持ちになるから、ハーレイは祈っていたんだと思う。
 ぼくが死んだ後、あの石の意味を知っていたのは長老たちと、ごくごく僅かな年配者だけ。
 彼らの支えになっていたなら、それで良かったと思っておこう。
 ぼくの瞳の色に合わせて赤かった石。
 メデューサの目のお守りを気取るだなんて恥ずかしいけれど、効いていたならそれでいい。
 ほんの僅かな人だけのための魔除けの石でも、彼らの救いになっていたなら…。
 でも…。
 ぼくの瞳の色のお守りはシャングリラに居たミュウを守っただけ。
 役目を終えたら時の彼方に消えたというのに、メデューサの目は残った末に復活を遂げた。
 本当に本物のお守りだったから、青い目玉は地球の上に戻って来たんだと思う。
 青い地球の上に青い目玉の魔除けのお守り。
 ぼくの瞳よりずっと効きそうで、きっと本物の魔除けのお守り。
 どのくらい効くのか、ちょっと試してみたい気もする。



「ねえ、ハーレイ。…このお守りって、よく効くのかな?」
 青い目玉の写真を指差したら、「どうだかな?」と答えが返った。
「なにしろ魔除けのお守りだしな? 除けるものが無ければガラス玉だぞ、青いだけの」
「…んーと…。そういえば今って平和だったね、前のぼくたちの頃と違って」
「そうだろう? 特に出番を思い付かんが、欲しいのか?」
 いつか買うか、とハーレイが穏やかな笑みを浮かべた。
「前のお前は自分の瞳を魔除けにされちまってたし、今度はこいつに守ってもらうか? 現地じゃ人気の土産物らしいぞ」
「えっ、そうなの?」
「だから沢山あるんだろうが。…結婚したら此処へ行ってだ、似合いそうなヤツを探すとしよう」
 家を丸ごと守るタイプの玄関用の大きな目玉から、手首につけるブレスレットまで。青い目玉のお守りはバラエティー豊かに揃うのだそうで、なんだか嬉しくなってきた。
 シャングリラでは由来を思い出す度に恥ずかしくなった赤い石。あの頃の恥ずかしさを帳消しに出来るほど、青い目玉のお守りを沢山買い込んでドッサリ飾るのもいいかもしれない。
「おいおい、家じゅう目玉だらけか?」
「ぼくは時々、そういう気分になってたんだけど? シャングリラで!」
 あっちにもこっちにも赤い石。
 誰の服を見ても赤い瞳の色のお守り。
 それに気付いた時のいたたまれないような気持ちに比べれば、青い目玉のお守りくらい…!
「分かった、分かった。…その頃までお前が根に持っていたら、目玉だらけでも我慢してやる」
 赤い石になった責任の一部は俺にもあるし、とハーレイは白旗を高く掲げた。
 キャプテンだった上に長老でもあったハーレイの責任は、赤い石に関してはけっこう重い。
 そこら中に目玉が溢れ返った気分というのを、ちょっぴり味わって欲しいかも…。
 もっともハーレイに本当の意味で思い知らせるには、青い目玉じゃ駄目なんだけれど。
 ハーレイの瞳と同じ色をした、鳶色にしないと駄目なんだけれど…。



 青いガラスの目玉のお守り、メデューサの目。
 魔除けの目玉をいつかハーレイと一緒に買いに行きたい。家じゅうに飾ってハーレイを苛めるかどうかはともかく、ぼく専用に一つは欲しい。
 ソルジャー・ブルーの赤い瞳はお守りにされて、ぼくに目玉のお守りは無かった。自分が自分のお守りだなんて何かが違うし、今度の生ではメデューサの目玉のお守りが欲しい。
 魔除けなんか要らない平和な世界で、ぼくの手首に青い綺麗な魔除けの目玉。首から下げられるペンダントでもいいし、とにかく自分の瞳とは違う本物の魔除け。
 買いに行く時の参考にしようと、ハーレイが刷って来た沢山の青い目玉の写真を眺めていたら。
「こいつが復活するんだったら、俺たちの赤い石の由来も伝わっていて欲しかったが…」
 ハーレイが名残惜しげにボソリと呟く。
「嫌だよ、そんな恥ずかしいこと!」
 絶対に嫌だ、と文句を言った。
 あの石はぼくの瞳の色で、赤い瞳はぼく一人だけ。
 自分の瞳の色をしたお守りに囲まれて暮らす恥ずかしさと、いたたまれなさは誰も知らない。
 ぼく一人だけしか持たなかった瞳の色だし、誰も分かってくれはしないし、分からない。
「忘れられてて良かったんだよ、あの石の色は!」
 そう、今だって忘れられるなら忘れたい。
 青い目玉のお守りを買いに行きたい気持ちごと忘れてしまってもかまわない。
「ハーレイに言われるまで忘れてたくらいに、忘れたいと思っていたんだからね…!」
 叫んでやっても、ハーレイはまだボソボソと赤い瞳の色のお守りにこだわっている。
 やっぱり青い目玉のお守りを山ほど買って飾ってやろうか、家じゅうが目玉だらけになるほど。
 そしたら少しはぼくの気分が分かると思うよ、残念どころじゃないってことが。
 忘れてしまいたい、赤い石の由来。
 神様、青い目玉も忘れてしまってかまわないから、綺麗に忘れられますように…。




          メデューサの目・了

※ミュウの制服の赤い石。実はお守りだったのです。前のブルーの瞳の色をした魔除け。
 前のブルーには意味が無かったお守りですけど、今度は本物の魔除けの目玉が手に入りそう。
 青い目玉のお守りはナザールボンジュウ。検索すると色々見付かりますv
 一例は、こちらをクリック→目玉のお守り
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(…まさかね…)
 ブルーはキッチンの棚に重ねて置かれた幾つものザルを見上げていた。母が水切りなどに使っているザル。頭に被れそうな大きなものから、グレープフルーツを一個入れれば溢れてしまいそうな小さなものまで。色も素材も様々なそれが、今のブルーの心配の種。
(…被らないとは思うんだけど…)
 今日の二時間目、大好きなハーレイの古典の授業。皆が退屈してくる授業時間の半ば頃、絶妙のタイミングでハーレイが持ち出してくる蘊蓄たっぷりの楽しい雑談。遠い昔の伝説だったり、今は失われた習慣だったりと、生徒の心をガッチリと掴み、自分の話に引き戻す。
 ブルーも大好きな時間だったが、まさか怖い話になるなんて。
(…あんなの、ただの言い伝えだよね?)
 迷信なのだと信じたい。本当だったら恐ろしすぎるし、仮に本当でも自分とは全く関係が無いと思いたい。それほどに怖くて恐ろしい話。あまりに怖くて、こうして見ずにはいられない。
(…ザルを被ると背が伸びない、って…)
 ハーレイが話した、SD体制が始まるよりも遙か昔の言い伝え。皆は笑って聞いていたけれど、ブルーには笑いごとではなかった。
 学年で一番小さいブルー。三月の一番末が誕生日だから、年も学年で一番幼い。小さくて当然と考えていた日が懐かしい。
(…背が伸びないと困るんだけど…!)
 ホントのホントに困るんだけど、と心配の種のザルを見上げる。
 ブルーの身長は百五十センチ。前世での恋人、ハーレイと出会って記憶が蘇り、前の生の自分と同じ背丈の百七十センチが目標になった。そこまで伸びないとハーレイはキスも許してくれない。
 それなのに全く伸びてくれない背丈。たとえ言い伝えでもザルの話は恐ろしすぎる。
 自分は被っていない筈だと思うけれども、背が伸びないだなんて、やっぱり怖い。
(…だけど、子供じゃ届かないしね?)
 記憶にある限り、ザルの置き場所は幼い頃から変わってはいない。キッチンの棚の一番上。今のブルーでも手を伸ばさないと取れない場所だし、子供の手は絶対に届かない筈。
(椅子に上っても無理だよね、うん)
 第一、幼いブルーは棚の所まで椅子を運べなかっただろう。だから絶対に大丈夫。
 背が伸びなくなるという恐ろしいザルを自分は決して被ってはいない、と頷いてキッチンの中を見回し、再びザルを見上げてみる。あそこがザルの定位置なのだから、大丈夫…。



 ホッと息をつき、二階の自分の部屋に戻った。暫くして母に「おやつよ」と呼ばれ、読んでいた本に栞を挟んで階下へと下りる。ダイニングのテーブルにシフォンケーキ。キッチンのオーブンに入っていたものはこれだったのか、と納得しながら自分の椅子に座った。
 母と二人でのティータイム。今日の出来事などを母に報告していたら。
「ブルー、キッチンで何を見てたの?」
 唐突に母が尋ねてきた。ザルに気を取られて気付かなかったが、どうやら見られていたらしい。恥ずかしいから誤魔化そうかとも思ったけれども、考えようによってはチャンスだ。幼かった頃の自分がザルを被っていなかったことを、母なら証言してくれるだろう。
「えっと…。ママ、ぼくが小さかった頃なんだけど…」
 ぼくの背、キッチンの棚まで届かなかったよね?
 サイオンで浮かんだりもしていないよね、と思い切って切り出してみた。
「なあに? キッチンの棚がどうかしたの?」
「…ザル…。あそこにあるザル、オモチャにしたりはしてないよね、ぼく?」
「ザル?」
 ブルーは母が即座に否定するだろうと期待した。なのに…。
「あらっ、もしかして忘れちゃったの?」
 幼稚園に持って行ったじゃないの、と思わぬ答えが返って来た。
「ザルにいっぱいボールを貰って帰って来たでしょ、スーパーボール」
「…スーパーボール…」
 記憶の彼方から蘇って来る遠い日の思い出。
 ソルジャー・ブルーだった頃よりは遙かに近しい記憶だけれども、幼かった幼稚園児のブルー。制服を着て帽子を被って、小さな鞄を肩から掛けて、幼稚園のバスに乗っていた。
 幼稚園で人気があったオモチャがスーパーボール。よく弾むゴムで出来たボールで、競い合って投げたり弾いたりした。家にも沢山あればいいのに、と思っていたことを覚えている。夢が叶って山ほど貰って、大喜びで帰りのバスに乗った日のことも。



 宝物だった沢山の小さなスーパーボール。きらきら光って、いろんな色で。
 そうだ、幼稚園の遊びで貰った。水に浮かべたスーパーボールを掬う遊びにザルを使った。前の日に先生が「素早く沢山掬えない子は、大きいザルを持って来てね」と説明してくれたから、他の子に取られてしまわないよう、大きなザルが要ると思った。
 母に頼んで用意して貰った幼稚園の帽子よりも大きなザル。一度に沢山のボールが掬えるザル。これで素早い子にも負けはしない、と喜んだ。
(そのザルを持って行って…。どうしたっけ?)
 誰にも負けない秘密兵器の大きなザル。帽子よりも大きいザルが嬉しくて、幼稚園の鞄と並べて眺めた。あれで沢山ボールを掬って貰って帰ろうとワクワクしていた。
 何度もザルを手に取ってみて、幼稚園の帽子のサイズと比べて大満足で、うんと得意になって。帽子よりも大きいんだ、と嬉しくなった末に部屋の鏡を覗き込みながら…。
(…被っちゃった…!)
 鏡に映った得意そうな顔の幼い自分。帽子よろしく大きな黄色いザルを被って、満面の笑顔。
(…ど、どうしよう…。被っちゃったんだ…!)
 思い出してしまった最悪な記憶。顔から血の気が引きそうになる。被ったら背が伸びなくなると教わったザル。それを被った幼い自分。取り返しのつかない過去の過ち。
 ブルーの異変に気付いたのだろう、母が紅茶のポットを手にして尋ねてきた。
「どうしたの、ブルー?」
「……ザル……。ぼく、被っちゃった…」
「ああ、そうねえ!」
 とっても可愛かったわよ、と母はブルーのカップに紅茶のおかわりを注ぐ。
「幼稚園から帰って来るなり被ってたわねえ、ぼくのが一番大きかったよ、って」
「…か、被ってたの?」
「あらっ、ゲームをした日の話じゃないの? 他の日にもザルを被ってたの?」
「う、うん…。前の日の晩に……」
 大きなザルが嬉しかったから、と白状しながらもブルーの気分はドン底だった。ザルは一度しか被っていないと思っていたのに、帰ってからも被ったという自分。この調子では幼稚園でもきっと被っていただろう。誰よりも大きなザルが自慢で、幼稚園の帽子よりも大きいのだ、と。



 可笑しそうに笑う母にはザルの言い伝えを話せなかった。母は言い伝えを聞いたことがないのに違いない。知っていたならブルーを止めてくれた筈。「ザルを被ると背が伸びないわよ」と。
(……被っちゃったなんて……)
 被ってしまうと背が伸びなくなる呪いのアイテム。遠い昔の言い伝えのザル。
 幼稚園の先生たちもザルの言い伝えを聞いたことがなかったのだろう。被ってはいけないと注意されたら覚えている筈。家に帰ってもう一度被るわけがない。
 スーパーボールを山ほど貰って御機嫌で家に帰ったけれども、大きなザルで得はしなかった。
 一度に沢山掬えるザルで挑むか、普通のザルで素早く何度も掬ってゆくか。結局の所、ボールを幾つ掬えるかは個人の力量であって、遊びが終わると持っているボールの数はまちまち。
 ブルーは山のように掬って満足だったが、まるで掬えなかった子も少なくはなくて、そんな子は追加のボールを貰った。先生が公平に数を数えて、足りない子には幾つも追加があった。
(…おんなじだけ貰ったんだっけ…)
 自分で掬った分、好みの色のボールが多いという利点はあったのだけれど、貰ったボールの数はみんなと同じ。欲張って大きなザルを持って行っても、遊びで有利だっただけ。
(…被った分だけ、損をしちゃった?)
 欲張った者が酷い目に遭う昔話を思い出す。ハーレイお得意の雑談の中でも大きなつづらの話を聞いた。つづらは遠い昔の時代の蓋つきの籠。身体に見合った小さなつづらを選ぶと宝物入りで、欲張って大きなつづらを選べば中身は怪物という話。
(…ホントに怪物だったんだけど…)
 大きなザルには「頭に被ると背が伸びない」という恐ろしいオバケがくっついて来た。怖すぎる怪物を追い払いたければ、どうすればいいというのだろう?
 相手はSD体制の時代よりもまだ前の古い言い伝え。それだけ古ければ力の方も凄そうだ。
(…確か、言霊だったっけ…?)
 ハーレイの雑談で聞いたと思う。言葉には霊的な力が宿るという話。長い年月を生き続けて来たザルの言い伝えがどれだけの力を秘めているのか、考えるだに恐ろしい。
(…言い伝えを消すなら、言い伝えかな…?)
 そうでなければ、おまじない。
 背が伸びる言い伝えかおまじないを探して実行すれば、とブルーは考えた。幼い自分が知らずに被ったザルの呪いを無効にするには、逆のことをするしかないのだろう、と。



 身長を伸ばす効果を持つ言い伝えか、もしくはおまじない。
 背が伸びなくなるザルの呪いを自分にかけてしまったらしいブルーは必死になって探し回った。図書館に置いてある本はもちろん、データベースも端から調べた。
 それなのに何も見つからない。背が伸びなくなるザルの言い伝えは何処にでもあるのに、伸ばす方は諸説入り乱れて決定打が無い。そもそも言い伝えに入っていないのだ。
(…迷信って呼べるレベルですらないよ…)
 背が伸びるおまじないは幾つもあったが、統一性を欠いていた。
 目標の身長を紙に書いて枕の下に入れて眠るだとか、「背が伸びますように」と唱えてミルクを飲むだとか。ザルの呪いに比べるとまるで説得力が無い。
(これが一番、それっぽいけど…)
 目を付けたおまじないは「ひまわりの種を黄色い布に包んで靴に入れる」という簡単なもの。
 身長を書いた紙やミルクよりは幾分、マシに思えた。ひまわりは背丈の高い花だし、黄色い布も色をわざわざ指定してある所が頼もしい。
(…でも、言い伝えの中には入ってないよ…)
 何処を探しても言い伝えの中にはハーレイから聞いたザルの話だけ。ひまわりの種は含まれてはおらず、効果のほどは根拠が無かった。
(どうしよう…。ぼくのザルって、無効に出来るの?)
 本を調べても駄目、データベースを探しても駄目。
 ついに手詰まりとなったブルーが縋れる手段は、もはやハーレイだけだった。ザルの言い伝えを雑談レベルで持ち出してこられるハーレイならば、対抗手段を知っている可能性がある。なにしろ古典の教師なのだし、古い言い伝えにも詳しいだろう。



 出来ればハーレイには話したくなかった過去の過ち。素敵な自分だけを見て欲しいのだけれど、そんなことは言っていられない。ザルの呪いで背が伸びなければ、ハーレイとキスを交わすことも出来ずに小さいままで過ごさなくてはならないのだし…。
 ブルーは訪ねて来てくれたハーレイと自分の部屋で向かい合わせに座って覚悟を決めた。
「…ハーレイ…。こないだの授業で言ってたザル…」
「ざる?」
 何のことだ、と問うハーレイに「言い伝え…」と口ごもりながら。
「ザルを被ると背が伸びなくなる、って言ったでしょ? あれの反対のおまじない、教えて」
「…はあ?」
 ポカンと口を開けたハーレイだったが、少しして意味が飲み込めたようで。
「ああ、ザルな。…ザルは頭に被るものじゃない、っていう意味の戒めだったらしいぞ、あれは。食べ物を入れる器を粗末にするな、という意味もあるし、不衛生だという意味でもある」
「…それで?」
「だからだ、ザルを被ると背が伸びないぞ、と怖がらせないと子供ってヤツは悪戯するしな?」
 脅すだけだ、とハーレイは笑った。本当に背が伸びなくなるという根拠は何処にも無い、と。
「で、お前も悪戯したクチなのか? あれの反対を知りたいってことは?」
「悪戯じゃないよ!」
 ブルーはムキになって反論した。
「幼稚園の時だし、被ってもママは怒らなかったし!」
「なるほど、お母さんも知らなかった…、と。可愛いだろうな、幼稚園時代のお前の頭にザルか」
 幼稚園の帽子に負けないくらいに似合いそうだ、とハーレイが目を細めるから。
「笑いごとじゃないよ!」
 真剣になって怒りをぶつける。
 ザルの言い伝えに根拠が無くても、現に自分の背は伸びない、と。



 ブルーにとっては人生が懸かった背丈の問題。前世と同じ百七十センチまで伸びなかった時は、大好きなハーレイと結婚どころかキスも出来ずに終わるしかない。
 今の身長は百五十センチ、まだ二十センチも伸ばさなくてはいけないわけで、ザルの呪いなどに捕まったのでは堪らない。事実無根の言い伝えだろうが、言霊なるものも馬鹿には出来ない。現にサイオンなどは霊的と言えば霊的なのだし…。
 懸命に言い募るブルーの姿に、ハーレイがフウと溜息をついた。
「分かった、分かった。…それで、お前、ザルを被っちまった頃にはどのくらいのチビだ?」
「んーと…。多分、このくらい……かな?」
 幼稚園時代のブルーは眠る時は両親のベッドに行っていたけれど、自分の部屋は今と同じ部屋。当時の視点の高さからしてこのくらい、という高さを右手で示す。
「ふうむ…。安心しろ、確実に背は伸びている」
 大丈夫だ、とハーレイは穏やかに微笑んでくれたが、ブルーの心配は其処ではない。
「でも、今、全然伸びないんだけど…! 一ミリも!」
「確かにな…。ザルの呪いが今頃だってか? さて、SD体制の時代よりも古い言い伝えだけに、どうしたもんかな…」
「…もしかしてハーレイも知らないわけ? ザルの反対…」
「残念ながら、俺もそいつは全く知らん」
 ハーレイの答えに、ブルーは絶望的な気持ちになった。幼い自分が被ってしまった呪いのザル。それが今まさに祟っているかもしれないというのに、対抗手段が皆無だなんて…。
「じゃ、じゃあ、ひまわりの種は?」
「ひまわりの種?」
「ひまわりの種を黄色い布で包んで靴に入れると背が伸びるって…!」
 縋るような思いで口にしてみたが。
「ほほう…。そいつは初耳だな。入れてみたらどうだ?」
「…ハーレイが知らないんだったら全然ダメだよ…」
 ザルのパワーの方が強いよ、とブルーはガックリと項垂れる。
 呪われてしまった自分の背丈。もしもこのまま、百五十センチで止まってしまったら…。



「こらこら、しょげるな」
 ハーレイの大きな手が伸びて来て、ポンポンと頭を叩かれた。
「お前も俺も、前とそっくりの姿になるよう生まれ変わって来たんだろ? 呪われたにしてもだ、ちゃんと百七十センチまでいけるさ。…前世のお前を信じておけ」
 ソルジャー・ブルーとそっくりになるなら百七十センチは要るんだからな。
 その背に届くまでにどのくらいかかるかは、ザルを被ってしまった分だけ時間が加算されるかもしれないが。
「…ぼく、本当に百七十センチになれる…?」
 まだ心配そうな顔のブルーに、ハーレイは「なれるさ」と笑顔を返した。
「いつかはきっと、前のお前とそっくりになれる。…しかしだ、俺は小さなお前も好きだし、今の姿を長く見られるならザルに感謝をしないとな」
「ええっ?」
「何度も言っているだろう? 焦らず、ゆっくり大きくなれと。…お前が焦ってもザルがそいつを止めてくれるのなら俺は嬉しい」
 ついでに言えば、とハーレイの鳶色の瞳がブルーを見詰める。
「ザルを頭に被ったという幼稚園時代のお前に会いたかったな。とても可愛い子供だったろうに、俺は会えずに来ちまった。せっかく同じ町に居たのに、残念なことをしたもんだ」
「ぼくも若いハーレイに会ってみたかったよ。公園で会って肩車とか…」
 もしもその頃に会えていたなら、とブルーも思う。
 言い伝えを知っていたハーレイがいればザルを被りはしなかったろうし、背丈が伸びない呪いの影に怯えなくても済んだだろう。それに何より…。
(…もっと長い時間をハーレイと一緒に過ごせたよ…)
 小さな自分を抱き上げて貰って、今よりもずっと小さいのだから、きっと家にも遊びに行けて。文字通り家族ぐるみの付き合いになって、旅行にも一緒に行けたかもしれない。
 けれども、それは叶わなかった。
 十四年間も同じ町に住んでいたのに、ハーレイとは出会えないままだった。だから…。



「ねえ、ハーレイ。…ぼくたち、きっと何処かで会っていたよね、知らなかっただけで」
 ブルーの言葉にハーレイが頷く。
「そうだな、同じ町で暮らしていたんだしな? すれ違ったりはしてるだろうな」
 俺たちだからな、と鳶色の瞳が片方、パチンと閉じて開いた。
「まるで会っていないってことだけは無いさ。前から数えりゃ何年越しの付き合いなんだか」
「うん。…会える時が来ていなかっただけ。きっとそうだよ」
「うんうん、今よりも小さなお前にあの傷痕は背負えんさ」
 あれが無ければ記憶は戻らない仕掛けになっていたのだろう、とハーレイの手がブルーの両肩に触れて離れた。聖痕現象と診断されたブルーの傷痕。前世の最期にメギドで撃たれた時の傷痕。
「今のお前でも痛かっただろうに…。小さかったらショック死しかねん」
「…だろうね。だけど、あの傷のお蔭でハーレイに会えた。だから、いいんだ」
 とても痛かったけれどかまわないんだ、とブルーは微笑む。
 実際、傷痕が現れた時には痛みのあまりに気を失ってしまったけれども、ハーレイに再び会えた喜びもまた大きかった。もう一度会えたと、ハーレイの腕の中に帰って来られた、と…。
「そうか、痛くてもかまわないってか。…よし、その意気でザルの呪いも吹っ飛ばしておけ」
 あの傷に比べりゃザルの呪いくらいは大したこともないだろう、と言われればそういう気もしてくる。ザルは幼い自分でも被ってしまえたけれども、あの傷の痛みは耐えられはしない。
「…今のぼくならザルの呪いにでも勝てる?」
「勝てるさ、前のお前が負った傷の痛みも乗り越えたしな。前のお前にきっと追い付ける」
 呪いのザルにこう言っておけ。負けやしないと、いつか百七十センチになるんだ、とな。
「うんっ!」
 どんな言い伝えよりも、おまじないよりも、ハーレイの言葉が嬉しかった。
 死の星だった地球が蘇るほどの長い長い時を越えて、生まれ変わって来たハーレイ。
 その言葉にはきっと、力がある。
 ザルの言い伝えにも負けない言霊。古い言い伝えよりも強い言霊。
 誰よりも好きで、誰よりも頼れるハーレイの言葉。
 だからブルーはザルの呪いをもう恐れない。
 知らずに被ってしまったけれども、大好きなハーレイが「大丈夫だ」と言ってくれたから…。




          呪われた背丈・了


※ザルを被ったら背が伸びないと聞いてしまって、震え上がったブルーです。
 背が伸びるおまじないより心強いのがハーレイの言葉。「大丈夫だ」という一言だけで…。
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 夏休みに入って間もない、暑い日の午後。柔道部の指導を終えたハーレイは、昼食後にプールで軽く泳いでからブルーの家へと向かっていた。身体の弱いブルーはバス通学だが、普通の生徒なら徒歩で充分通える距離。ハーレイも急ぎでない時は歩いて出掛けることにしている。
(今日も暑いな)
 眩しい日射しに目を細めつつも、ハーレイは暑さなど物ともしない。濡れたまま撫でつけた髪が直ぐ乾くのも夏ならではだ。
 夏は水の季節。水泳が好きなハーレイにとっては最高の季節。ブルーと出会っていなかったなら海へ出掛けていただろう。去年までは頻繁に車で海まで走っていた。
(…今年はあんまり行けそうもないが…)
 この夏休みはブルーとの逢瀬が最優先。それでも柔道部の生徒を海へ連れてゆくし、海の側での研修もあった。二回くらいは海で泳げそうだから、贅沢を言えば罰が当たる。
(ブルーも海も両方ってわけにはいかんしなあ…)
 焦らずとも、いずれ両立出来る日が来ることは分かっていた。ブルーと暮らせるようになったら二人で出掛けてゆけばいい。その時まで海は暫しお預け、プールで満足しておかなければ。



 そんなことを考えながらの道すがら。
 アイスクリームの看板を見付けた。普段は見かけない看板があって、子供たちや大人が何人も。誰もがアイスクリームのカップやソフトクリームを手にしている。移動販売車が来ているのだ。
(ほほう…)
 見れば、看板と車に自然の中での放牧で知られた農場の名前。産地直送のアイスクリーム。その農場はミルクで名高く、入荷すれば即、売り切れると聞く。
(…ミルクだったら良かったんだがな)
 身長を伸ばそうと懸命にミルクを飲んでいるブルー。成果は一向に現れないまま、今もブルーは再会した時と変わらない百五十センチの背丈を保っていた。小さなブルーは可愛らしいが、本人は不満でたまらない所がまた可愛い。少しでも早く大きくなりたい、と頑張るブルー。
 此処でミルクを売っていたなら、買うのだが。
 からかい半分に「土産だ」と提げて行ったらどんな顔をするのだろうか、と眺めていて。
(…ん?)
 ミルクではなく、アイスクリームが頭の隅っこに引っ掛かった。
 何故だ、と記憶を探ってみても定かではなくて。
(アイスクリームを買う予定だったか?)
 嫌いではないし、夏にはよく買う。しかも先日買ったばかりで、冷凍庫に入れてある筈だ。何か特別なアイスクリームでも買いに行こうとしていただろうか、と考えてみても分からない。



(…買って食ったら思い出せるか?)
 食べながら歩いて行くのもいいかもしれない。ブルーの家までは大通りではなく、移動販売車が来られるような道を選んでの散歩道。ソフトクリーム片手に歩くのもいいだろう。
 しかし、相手は有名な農場の移動販売車。あの農場は通信販売はやっていないと聞いている。
 こだわりの放牧、そして品質。大量生産は不可能だから、決まったルートへの出荷と移動販売車での販売のみ。今日はたまたま出会ったけれども、次の機会は無いかもしれない。
 自分一人で買って食べるより、ブルーにも買っていくべきだろうか?
(…待てよ。ブルーにも…?)
 クイと記憶に引っ掛かる感触。
 ブルーにも。…ブルーにも……。アイスクリーム…。
(そうか!)
 そうだったのか、とハーレイは移動販売車に近付いて行った。並んでいる子供の肩越しに車内を覗き込み、どれにしようかと思案する内にハーレイの番。
「二つ下さい」
 カップに入ったアイスクリームを二個買った。イチゴやラムレーズンなども並んでいたけれど、定番のバニラ。同じ買うなら素材の良さが一番際立つものがいい。保冷バッグがついてくるから、ブルーの家まで充分に持つ。
 ハーレイでさえ忘れてしまっていた記憶の彼方のアイスクリーム。
 小さなブルーはきっと覚えていないだろう。



 生垣に囲まれたブルーの家に着いて、門扉の脇のチャイムを鳴らして。開けに出て来たブルーの母に「アイスを買って来ましたから」と保冷バッグを持ち上げて見せれば、「それなら最初はお茶だけですわね」と微笑みながら二階へ案内してくれた。
 ブルーの部屋に入る時には保冷バッグを背後に隠す。ブルーの母がアイスティーを置いて階下に去っていった後、ハーレイはテーブルを挟んで向かい側に座ったブルーに声をかけた。
「おい、ブルー。今日は付き合って貰うからな」
「えっ?」
 怪訝そうな顔をするから、隠してあった保冷バッグを取り出す。
「ほら、土産だ」
「わあっ! 何処で売ってたの?」
 保冷バッグに印刷された農場の名前。顔を輝かせて手を伸ばして来るブルーに「待て」と一言。
「歩いてくる途中で移動販売車に会ったんだ。だから土産にと買って来たんだが…。その前にだ、これは俺との約束だからな。…お前、忘れているんだろうがな」
「何を?」
 案の定、ブルーはキョトンとしている。ハーレイは保冷バッグをテーブルに置くと、鳶色の瞳でブルーを見詰めた。
「やっぱり忘れちまっていたか…。俺と一緒にアイスクリームを食う約束だ」
「アイスクリーム…? そんなの、あった?」
 ハーレイと一緒にアイスクリームを食べる約束。全く思い出せないらしいブルーに「あった」と自信たっぷりに告げた。
「あったとも。前のお前が逝っちまってから生まれ変わってくるまでの間はカウントしないとしておいても、だ。…お前が俺に約束してから十五年は経つ」
 十五年だ、と繰り返すとブルーは「…何、それ…」と目を丸くしたのだけれど。
 ハーレイには確かに覚えがあった。
 今の小さなブルーではなく、前の生でのソルジャー・ブルー。
 気高く美しかったブルーと交わした、アイスクリームを一緒に食べるという約束。



 赤い瞳をパチクリとさせて、ブルーの視線はアイスクリームの保冷バッグとハーレイとを忙しく何度も往復したのだが…。
「…ホントに思い出せないんだけど…。ホントのホントに、アイスクリーム?」
「アイスクリームだ。間違いない」
 ハーレイはどっしりと椅子に腰掛け、「よく聞けよ?」と昔語りを始めた。
 遠い遠い昔、シャングリラがまだアルテメシアの雲海に隠れていた頃。自らの寿命が残り少ないことを悟ったブルーは後継者としてジョミーを選んだ。
 けれどジョミーはブルーを拒絶して家に戻った挙句に捕まり、辛くも成層圏まで逃げのびた彼を救い出すためにブルーが出てゆき、シャングリラも囮となるべく人類の前に姿を晒した。
 シャングリラの存在を知った人類はミュウを駆逐しようと動き始める。数年後、ついに発見され猛攻を浴びたシャングリラ。致命的な傷を負い、宇宙に出られなくなる前に、とブルーが決断し、重力圏内でのワープという荒技を使ってアルテメシアから脱出したものの。
「宇宙へ出てから暫くの間、あちこちに影響が出ていただろうが。畜産部門も安定しなくて牛乳の量が酷く減ったぞ、動物は環境の変化に敏感だからな」
「…そういえば…」
 ブルーもそれは記憶していた。殆どベッドを離れられない日々だったけれど、船内の様子は常に把握し、必要とあらば指示を下した。
 食料の確保を最優先に、とハーレイに伝えたことを覚えている。アルテメシアを離れたからには人類側から奪えはしないし、一刻も早く生産体制を元の水準まで戻すように、と。
「確か、ミルクが精一杯だったっけ? 最初の間は」
「ああ。皆が飲む分が採れただけでも幸いだった。バターの備蓄が底を尽く前に、なんとか作れるようになったから良かったが…」
 不味い飯は士気が下がるからな、とハーレイは当時を思い返して苦笑した。
 アルタミラの地獄を知っている者は何も文句を言わなかったが、それよりも後に来た若いミュウたちは初めて味わう食糧難の時代。食料は充分に足りていたのに口に合わないとの苦情が相次ぎ、厨房担当のクルーたちは頭を悩ませたものだ。
 毎日の調理にバターは欠かせず、切りつめて使えば「不味い」と言われる。もしも完全に消えていたなら、どんな騒ぎになっただろうか…。



「ようやっと安定したから、嗜好品も作れるようになってだな、アイスクリームの第一号が」
「うん、それで?」
 そういった物も作っていたな、とブルーは懐かしく思い出す。アルタミラから脱出した直後には食料さえも自給出来なかった自分たち。それが文字通り楽園という名のシャングリラを手にして、牛乳どころかアイスクリームまで作って食べられる環境になった。
 もっとも、そんな中でもブルーの一番の好物はハーレイの野菜スープだったのだけれど。基本の調味料だけでコトコト煮込んだ、素朴すぎるスープだったのだけれど…。
 今の生でもブルーが寝込むとハーレイが作ってくれる「野菜スープのシャングリラ風」。
 懐かしいスープの調理人が「いいか、アイスだ」とブルーの瞳を覗き込む。
「せっかく出来たアイスクリームだ。…お前にも食べさせてやろうと思って二人分貰って、勤務の後で持って行ったら、お前は俺に言ったんだ」
「なんて?」
「昼間にジョミーと食べてしまったから、一日に二つというのはちょっと…、と」
「あっ…!」
 ブルーの頭に蘇る記憶。青の間でジョミーが持って来てくれたアイスクリームを二人で食べた。やっとアイスが作れたんだよ、と誇らしげだった次の時代を担う金色の髪のソルジャーと。
「思い出したか? お前、明日一緒に食べようと俺に約束しただろう? 明日はジョミーが持って来たって断るから、と」
「…うん…」
「それで、お前はその約束をどうしたんだっけな?」
「……どうしたんだろう?」
 其処から先の記憶が無かった。ハーレイと確かに約束をしたが、アイスクリームを一緒に食べた記憶が無い。「明日食べるから、残しておいてよ」と奥のキッチンに仕舞って貰った。キッチンへ向かうハーレイの背中は覚えているのに、アイスクリームはどうなったろう…?



「やっぱり綺麗に忘れちまったか…」
 十五年だしな、とハーレイが苦い笑みを浮かべた。
「アイスクリームを片付けた後で、お前は俺と一緒に眠った。…もちろんお前は弱っていたから、ただ腕に抱いて眠っただけだ。次の日の朝、お前は「また夜に」と俺を送り出してくれた」
「……まさか……」
 あの頃のブルーのお決まりの言葉。ブリッジに行くハーレイを見送る時には「また夜に」。また夜に会おう、という意味でもあり、「また夜に来て」という意味でもあった。
 それをハーレイに言った自分は、もしかして…。
「…そのまさかさ。お前は俺がいない間に眠ってしまって、ノルディに呼ばれて駆け付けた時にはもう思念すらも届かなかった。…お前は目覚めなかったんだ」
 アイスクリームを食べる約束もそれっきりになっちまった、と深い溜息をつくハーレイ。
「今日は起きるか、明日は起きるかと…。アイスクリームがすっかりガチガチに凍っちまっても、お前はとうとう目覚めなかった。そして十五年が経って、お前がやっと目覚めた時には…」
 アイスクリームどころじゃなかった。もっとも、俺も覚えてはいなかったがな。
 だから、とハーレイはアイスクリームの入った保冷バッグを指差す。
「思い出した以上は、俺と一緒に食って貰うぞ。アイスクリームは別物になっちまったが」
「…それでアイスクリームを買って来たの?」
「そういうことだ。お前、普段から右手が凍えただの、冷たかっただのと言ってはいるが、だ。…アイスクリームは別物だろうが?」
 再会してから今日までの逢瀬でブルーの好みは把握していた。好き嫌いは無いけれど、食の細いブルー。それでもお菓子は大好物で、暑くなってからはアイスクリームも喜んで食べる。
 ブルーはハーレイの予想どおりにコクリと愛らしく頷いた。
「うん、アイスクリームは大好きだよ」
「だったら、付き合え。…十五年越しの約束だからな」
「それと今日までの分なんだね」
 凄い約束、とブルーが笑う。
 死の星だった地球が青い水の星として蘇るほどの長い歳月、踏み倒されたままで過ぎた約束。
 気が遠くなるような年月を越えてきた末に果たされる約束の中身がアイスクリーム。
 アイスクリームを一緒に食べよう、という約束が長い長い時を越えるなんて、と。



 長すぎる時を越えて果たすにしては馬鹿馬鹿しすぎる小さな約束。
 アイスクリームを二人で一緒に食べるだけのこと。
 それでも思い出したことが嬉しく、それを果たせることが嬉しく、奇跡のようで。
 ハーレイが「ほら」と保冷バッグから取り出したアイスクリームのカップをブルーは笑顔で受け取った。
 シャングリラで食べずに終わったアイスクリームとは違う容器に入ったアイスクリーム。いつか行きたいと願い続けた地球に在る牧場で作られているアイスクリーム。
「おっ、ちゃんとスプーンも入ってるんだな」
 これで食べるか? と牧場のロゴが刻まれたスプーンが出て来る。地球で育った木から作られた使い捨ての軽いスプーンだけれども、産地直送のアイスクリームにはよく似合う。
「うん、これがいいよ」
 小さなスプーンでバニラアイスを掬って、口へ。冷たくて甘い、極上の味。
「美味しい!」
 ホントに美味しい、と味わうブルーと向かい合ってハーレイもアイスクリームを食べる。
 移動販売車に出会わなかったら、今も忘れていたであろう約束。ブルーと交わした小さな約束。
 それが叶ったことが嬉しい。長い時の果てに、こんなにも幸せな光景の中で。
「ねえ、ハーレイ」
 ブルーが御機嫌でアイスクリームを口にしながら、右手に持ったスプーンを示した。
「スプーンが右手だから冷たくないよ、ぼくの右の手」
 メギドで冷たく凍えてしまったブルーの右の手。最後にハーレイに触れた右手に残った温もりをキースに撃たれた痛みで失くして、右手が冷たいと泣きながら死んだ前の生のブルー。
 その右の手が冷たくない、と微笑むブルーがハーレイはたまらなく愛おしい。
「そりゃ良かったな。…踏み倒してくれた約束も思い出せたしな?」
「うんっ! それに美味しいアイスもついたよ」
「ああ、本当に美味いアイスだ。人気が高いのも当然だな」
 移動販売車が運んで来たアイスクリームは、遠い約束のアイスクリームとは比べようもなく美味だった。限られたスペースしか無かったシャングリラに居た牛とは違って、地球の広い牧場の青い草の上をのんびりと歩いて育った牛たち。最高の環境で生まれたミルクのアイスクリーム。
 ハーレイとブルーが交わした約束は思いがけない形で果たされ、青い地球までがついてきた。
 あの日、アイスクリームが再び作れるようになった時には地球など見えもしなかったのに。
 何処にあるのか、その座標さえも掴めていなかった星だったのに…。



 向かい合わせで二人、アイスクリームを食べながら今の幸せに酔う。
 悲しすぎた前の生での別れを越えて、青い地球の上で再び出会うことが出来た。
 果たせずに終わった小さすぎる約束をこんなにも素敵な形で果たせて、思い出すことが出来て。
 なんて幸せなのだろうか、とブルーはアイスクリームをそっと掬って、口の中で溶かした。
「ねえ、ハーレイ。…こんな風に忘れちゃってる約束って他にもあるのかな?」
「あるかもな」
 思い出したら果たして貰うぞ、とハーレイが笑う。
 どんなつまらない約束だろうと、思い出したからには果たして貰う、と。
「時効って、無いの?」
「無いな。少なくとも俺は認めてはやらん」
 そう言いつつも、ハーレイは「ただし」と付け加えた。
「ただし、幸せな記憶に限り…、だ。前の俺たちだと悲しい約束もしていそうだしな?」
「…そうかも…。ぼくが倒れてても叩き起こせとか、色々あったね」
「そうだろう? その手のヤツは全部時効だ、悲しいことは忘れりゃいいんだ」
 約束に限らず忘れてしまえ、とブルーに向かって微笑みかける。
「お前の右手はいつになったら時効だろうなあ、早く忘れて欲しいんだがな…。覚えていても辛いだけの記憶だ」
「そうでもないよ、今は」
 大丈夫、とブルーは笑みを返した。
「だって、温めてくれる手が側にあるもの。幸せだよ、ぼくは」
 こんな風にアイスクリームを思い出してくれるハーレイとずっと一緒だもの。
 ぼくはアイスクリームの約束なんて忘れていたのに。
 思い出してちゃんと買って来てくれたハーレイがいるから、幸せだよ…。



 アイスクリームはバニラ風味なのに、それは幸せの味がした。
 また食べたいと、もっと食べたいと思うくらいに甘くて優しい味わいだった。
 すっかり綺麗に食べ終えた後で、ブルーは牧場のロゴが入ったスプーンを名残惜しげにペロリと舐めて。
「ふふっ、美味しかった! …また会えるかな、移動販売車」
「どうだかな? この夏はもう無理じゃないかな、明日はまた別の町だろう」
「そっか…。ちょっと残念」
 美味しかったのに、とブルーがカップと保冷バッグを眺めているから。
「なら、いつか二人で牧場に行くか? 作りたてならもっと美味いぞ、こういうものはな」
「ホント!?」
 ブルーの赤い瞳が煌めいた。
「じゃあ、約束! 時効は無しで!」
「お前が忘れていなかったらな」
 結婚するまでちゃんと覚えていろよ、とハーレイはパチンと片目を瞑った。
「俺たちが二人で出掛けられるようになるのは、結婚してからのことだしな?」
「うん! 今度は絶対に忘れないから!」
「十五年後でもか?」
「それよりも前に結婚してるよ!」
 だから行こう、とブルーは強請る。
 二人一緒に、ハーレイがハンドルを握る車で、アイスクリームを食べに出掛けてゆこうと。
 他の幸せな約束も思い出してくれたら必ずきちんと果たすから、と。
 きっとまだまだ沢山ある。
 前の生で約束を交わしていながら、忘れてしまった小さなこと。
 長い時を越えた今なら、前よりも遙かに幸せな形で約束を果たして幸せになれる。
 そう、ハーレイが買って来てくれた、今日のアイスクリームみたいに…。きっと……。




           アイスクリーム・了


※前のブルーが眠ってしまう前にハーレイと交わした、小さな約束。また明日に、と。
 けれど果たされなかった約束。二人で食べたアイスクリームは、きっと幸せの味。
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