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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






春のお彼岸の慰安旅行に続いてお花見、新入生向けのイベントなどなど慌ただしかった時期が終わって今日はのんびり、普通の土曜日。今年のゴールデンウィークはどうしようか、なんて話をしながら会長さんの家のリビングで過ごすことに…。
「何処かお花見でも出掛けるかい?」
お昼も食べたし、と会長さん。
「北の方の桜はこれからだしねえ、瞬間移動でパパッと行くとか」
「えーっと…。それって、お花見だけ?」
屋台とかは、とジョミー君が尋ねると、キース君が。
「お前な…。アルテメシア公園の花見で散々食っただろうが! 花見と言ったら普通に花見だ、屋台なんぞは無い場所も多い」
風情を楽しめ、と言うキース君に、スウェナちゃんも。
「そうよ、人の少ない場所で綺麗な桜を見るのがいいのよ、お弁当も屋台も二の次よ!」
「かみお~ん♪ お出掛けするなら桜餅でも買ってくる?」
お花見だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコと。
「ケーキじゃ気分が出ないでしょ? お花見団子も買った方がいい?」
「そうだねえ…。地元で調達もオツなものだけど」
お菓子が美味しそうな桜の名所は…、と会長さんはサイオンで各地の花を見ているようです。これはとっても期待できそう!
「俺、花見団子が食いてえなあ…」
サム君がボソリと言えば、他のみんなも。
「俺は断然、桜餅だな。だが、御当地銘菓も捨て難い」
「ぼくも御当地銘菓を推します、キース先輩に一票です!」
「屋台だってば!」
「ジョミーは黙っていなさいよ! 私も御当地銘菓が食べたいわ」
ああだ、こうだ、と好みを挙げつつ、会長さんの決定待ち。御当地銘菓か、桜餅か…。
「……お取り込み中を悪いんだけど」
「「「???」」」
あらぬ方から聞こえた声にバッと振り返ると、会長さんのそっくりさんが立っていました。いつものソルジャーの衣装ではなくて私服ですから、お花見に来る気満々ですねえ…。



空間を越えて割り込んで来たお客様。せっかくのお花見が大変なことになりそうです。今はソルジャーだけですけれど、参加受け入れを表明したが最後、キャプテンと「ぶるぅ」が呼び寄せられることは明々白々。バカップルと悪戯っ子の大食漢には散々苦しめられたのに…。
「また来たわけ?」
お花見はとっくの昔に行っただろう、と会長さんが苦い顔。
「今日のは豪華弁当も無いし、ちょっと出掛けてすぐ帰るだけ! 現地でお菓子を食べる程度で、君たちに旨味は無さそうだけど?」
「ああ、そっちの方は別にいいんだよ。どうぞ気にせず行って来て」
ぼくは留守番しているからさ、と意外な台詞が飛び出しました。
「お茶とお菓子さえ置いといてくれれば、一時間でも二時間でも…。どうぞごゆっくり」
「「「………」」」
怪しすぎる、と目と目で見交わす私たち。ソルジャーは人一倍のイベント好きでお祭り好きです。おまけに美味しいお菓子に目が無く、御当地銘菓と聞けば確実に食い付きそうなのに留守番だなんて…。それに桜はソルジャーが一番好きな花だと何度も繰り返し聞かされたのに?
「桜の花はどうするんだい? 見たいんじゃないかと思うけどな」
何故留守番を、と会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「見たい気持ちは確かにあるけど、今日は君たちの邪魔はしないよ。…お願いしたいことがあるものだから」
「「「は?」」」
「自力じゃどうにもならなくて…。協力をお願いする立場として、我儘は言っちゃダメだろう? 君たちが戻るまで待たせて貰うよ」
行ってらっしゃい、とソルジャーはソファに腰掛けて右手でバイバイ。…どうするんですか、会長さん? お留守番を頼んでお出掛けですか?
「ちょーっと不安が無いでもないけど、今日を逃したら桜がねえ…。桜葛餅ってお菓子でどうかな、御当地銘菓は? 桜の花入りのピンクの葛餅」
「「「行く!!!」」」
お出掛けしよう、と歓声が上がり、お留守番なソルジャーにはお土産を買ってくることに。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶のポットやケーキ、焼き菓子などをテーブルに置いて…。
「かみお~ん♪ 行ってくるね~!」
パァァッと迸る青いサイオン。いざお花見に出発です~!



瞬間移動で降り立った先は山あいの小さな町でした。その日に作ったお菓子だけが並ぶお店で淡い桃色の桜葛餅を買い、山の方へ歩いて行くと立派な枝垂桜の木が。御当地銘菓があるわけです。
「うっわー、凄いねえ…」
大きすぎ、とジョミー君が見上げ、キース君が。
「おい、これは…。確か有名なヤツじゃないのか? その割に人がいないようだが」
「フライングで咲いたみたいなんだよ、観光バスが来るより先に…さ。この桜だけを見にマイカーで、っていう桜好きの人も他の名所が花盛りではね」
そっちが優先になるだろう、と言われて納得。まさに穴場な桜見物、会長さんのサイオンに感謝しながら満開の桜の下で葛餅を。
「美味しいわね、これ」
「桜餅とか花見団子だけじゃねえんだなぁ…」
気に入った、とサム君も。ソルジャーへのお土産に包んで貰った桜葛餅もきっと喜ばれることでしょう。私たちは普段の年なら観光客がひしめくと聞く枝垂桜をゆっくり楽しみ、たまに訪れる人は地元民だけ。こんなお花見もいいものだ、と誰もが満足。
「ね、思い切って来て良かっただろう? 留守番のブルーが気になるけどさ」
会長さんの言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えとえと、テレビ見てお菓子食べてるよ? 別に心配無いと思うけど…」
「その点はね。問題はブルーのお願いの方」
「「「あー…」」」
忘れてた、と溜息をつく私たち。大好きな桜を切り捨ててまでのお留守番とは、お願いの方もドカンと凄いかもしれません。お土産を買ったことを後悔するような展開にならないといいんですけれど…。
「そればっかりはね、ぼくにも全く分からなくって…。ブルーの心は読めないんだ」
サイオンのレベルはともかく経験値がまるで違いすぎ、と会長さんもお手上げ状態です。
「何を頼む気か知らないけれど、一応、覚悟はしておいて。桜は見られたし、これでチャラになる程度なことを祈るのみ!」
「そうだな、これだけの桜を貸し切れたのはラッキーだったぜ」
帰ったら親父に自慢しよう、とキース君が写真を撮っています。せっかくだから、と私たちも貸し切り桜の証拠写真を何枚も。こんな素敵な桜見物、二度とチャンスは無いかもですしね。



枝垂桜の巨木と桜葛餅を堪能した後、瞬間移動で会長さんの家へ。玄関で靴を脱ぎ、おっかなびっくりソルジャーがお留守番中のリビングに…。
「かみお~ん♪ ただいまぁ~!」
はい、お土産、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が桜葛餅の包みを差し出し、ソルジャーが。
「ありがとう。桜の方はどうだった?」
「んとんと…。とっても綺麗だったよ、ブルーも来れば良かったのに…」
「留守番でいいって言っただろう? あ、これ、食べていいのかな?」
「うんっ! お皿、取って来るね!」
ちょっと待ってて、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言い終える前にソルジャーは桜葛餅を鷲掴み。添えられていた菓子楊枝の袋なぞ見なかったように手づかみで。
「へえ…。美味しいね、これ」
「「「………」」」
「どうかした? あ、この桜の花って塩漬けなんだ」
葛餅の甘さにピッタリだよね、とモグモグモグ。ソルジャーのマナーの悪さは既に周知の事実ですけど、会長さんと同じ顔だけに目にすると衝撃も大きかったり…。ポカンとしている私たちを他所にソルジャーは桜葛餅を食べ終え、最後に指と手のひらをペロリと舐めて。
「御馳走様。…で、お願いをしてもいいかな?」
「……お願いねえ……」
嫌だと言ってもするんだろう、と会長さんが返すと、ソルジャーは大きく頷いて。
「決まってるじゃないか、こうして留守番もしてたんだしね。大丈夫、そんなに難しくは無い…んじゃないかな、君たちだったら」
「何かさせる気?」
「盛り付けを、ちょっと」
「「「盛り付け?」」」
なんのこっちゃ、と首を捻った私たちの前にソルジャーがヒョイと宙から取り出したものは大きなクーラーボックスでした。蓋が開けられ、中を覗き込めば色々なお刺身がギッシリと。ソルジャーは蓋を再びパタンと閉めて。
「これをね、盛り付けて欲しいんだよ。…うんとイヤらしくエッチな感じに」
「「「は?」」」
お刺身の盛り付けをイヤらしく? エッチな感じにって、何ですか、それ?



ソルジャーのお願い事はクーラーボックスにギッチリ詰まったお刺身の盛り付け。それくらいならお安いご用、と言いたい所ですが、注文内容がカッ飛び過ぎです。イヤらしくエッチに盛り付けろなどと言われましても、相手はお刺身というヤツで。
「…盛り付けを頼むと言ったんだよね?」
会長さんが確認すると、ソルジャーは。
「そう! ぼくは根っから不器用だからさ、サイオンでやっても無理なんだよね」
一応チャレンジしてみたのだ、と自分の不器用さを嘆くソルジャー。
「やるだけ無駄って感じだったよ、お刺身はぶるぅが食べたけど。…こういう時には無芸大食も便利かもねえ」
「なんでお刺身?」
「そりゃあ、そういうモノなんだろう? ノルディに教えて貰ったんだよ、こないだデートをした時に! 活け造りを食べてて、そういう話に」
あの活け造りは美味しかった、とソルジャーはひとしきりグルメ自慢を。エロドクター御用達の高級料亭に連れて行って貰ったみたいです。
「それでね、ノルディが言い出したんだ。お刺身の最高の食べ方は女体盛りだそうですが、私が食べるなら女体よりかは断然美形の男性ですね、って」
「「「………???」」」
ニョタイモリって何でしょう? それに美形の男性って? どんな食べ方なんだかサッパリ…。
「あ、もしかして誰も分かってない? なんかね、お皿の代わりに裸の身体に盛るんだってさ、お刺身を」
「「「え?」」」
「つまりこう、服の代わりかな? 食べ終えたらすっかり裸なわけで、後は楽しく」
「退場!!!」
さっさと出て行け、と会長さんがレッドカードを突き付けましたが、ソルジャーは全くひるみもせずに。
「別にいいだろ、お願いなんだし! ぼくはハーレイに最高の地球のお刺身を食べさせたいだけで、その後のことは君たちとは無関係だしね」
盛り付けが上手く出来ない分を手助けして欲しいだけなのだ、とズイと出ました、クーラーボックス。もしかしなくても、これにギッチリ詰まったお刺身をソルジャーに盛り付けるんですか? うんとイヤらしくエッチな感じにって、ソルジャーが裸だからですか…?



期待に満ちた顔のソルジャーと、顔面蒼白の会長さんと。私たちだって目が点です。けれどソルジャーはウキウキと。
「ぼくが自力でやった時はさ、お刺身が綺麗に並ばなくって…。ぶるぅを呼んで「どんな感じ?」と尋ねてみたら、「なんかグチャグチャ」と呆れられちゃった。それで頼みに来たんだよ」
ぶるぅも手先はイマイチで…、と言われて頭痛の私たち。もしも「ぶるぅ」が「そるじゃぁ・ぶるぅ」みたいに器用だったら、こんなことにはならなかった気が…。
「頼むよ、盛り付けるだけでいいんだってば!」
「…衛生面から大却下だよ!」
お刺身が傷む、と会長さんが反撃に出ました。
「お刺身は何度も食べているだろ、アレは鮮度が命だから! 体温で温まったら傷んでしまうし、美味しく食べるには冷たくなくちゃ!」
生温かいお刺身なんて、と会長さんに突き放されたソルジャーですが。
「そこはノルディも分かっていたよ? 「あなたならサイオンで冷やせますから、本当に最高のお刺身でしょうね」と呟いてたし…。男のロマンだと言われちゃうとさ、是非ハーレイに食べさせたいと思っちゃうわけ」
サイオンで冷やす方だけはバッチリだった、と失敗したらしいケースについて語るソルジャー。
「ぶるぅはグチャグチャなお刺身には文句をつけていたけど、味に文句は無かったようだよ。「地球のお刺身は美味しいもんね」と大喜びで食べてたし!」
「……君の身体に乗っけたヤツを?」
「途中まではね。…放っておいたらぼくまで齧られそうな気がして、途中で逃げた」
お刺身をお皿に移してバスルームへ、とソルジャーは肩を竦めています。大食漢の「ぶるぅ」は夢中になったら何でもガツガツ食べまくりですし、ソルジャーだって齧っちゃうかもしれません。逃げたというのは正解でしょうが…。
「齧られてこそだよ、女体盛りはね」
君の場合は男体盛りか、と会長さんが吐き捨てるように。
「お刺身の方がついでなんだよ、その食べ方は! 齧られておけば良かったのに」
「嫌だよ、ぶるぅの歯形なんて! 同じ齧られるならハーレイの方が…」
だから盛り付けをお願いしたい、とソルジャーは譲りませんでした。でも…。裸のソルジャーに盛り付けるなんて…。
「あ、そこは心配要らないから! ぼくだって最低限のマナーは心得ているし、盛り付けて貰う間はちゃんと水着を着ておくよ」
帰ってからサイオンで脱げばいいんだしね、とニッコリ笑っているソルジャー。クーラーボックスをズイと押し出し、帰る気配もありません。私たち、万事休す……ですか……?



うんとイヤらしく、エッチな感じに。ソルジャー御注文のお刺身の盛り付け、結局、会長さんのレッドカードな攻撃が何度炸裂しても断れなくて…。
「…んーと…。ぼくのイメージでは、そこはトリガイ…」
「君の意見は聞いてないっ!」
黙っていろ、と中トロの載ったトレイを持った会長さん。キース君がイカでジョミー君はヒラメを担当、シロエ君は鯛、マツカ君が大トロ、サム君がホタテ。他にも海老やらウニやら、トリガイにタコに…。
「…なんで俺たちまでこんなことに…」
「しょうがねえだろ、ブルーだけだと気の毒じゃねえかよ」
要は盛り付ければいいんだし、とサム君がお箸でヒョイヒョイと。開き直った男子五人はニワカ板前と化していました。ソルジャーの注文どおりにお刺身を並べてゆくのがお仕事で。
「かみお~ん♪ はい、大トロ追加~!」
どんどん出るね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がクーラーボックスの中からお刺身を。ソルジャーがサイオンで細工をしていたらしく、見た目以上に中身が詰まっているのです。男の子たちは自分のトレイが空になる度に次のトレイを素早く渡され、ソルジャーの上に盛り付ける羽目に。
「ふふ、最後の仕上げが肝心ってね。…うんとイヤらしくエッチに、だよ?」
「分かったよ! やればいいんだろう、君のイメージどおりに!」
ぼくがやる、と会長さんがニワカ板前の五人を下がらせ、お刺身をお箸で慎重に。水着の上が大事だというのは分かりますけど、他にもポイントがあるようです。胸の上とか…。
「俺にはサッパリ分からんな」
これを食いたいと言うヤツが、とキース君が腕組みをすれば、ジョミー君も。
「だよねえ、なんか食欲失せるけど…。当分、お刺身、食べたくないなあ」
「…ぼくはお寿司も無理な気がします…」
特上握りが好きなんですが、とシロエ君が深くて長い溜息。その間にも会長さんはバラエティー豊かに盛り付けを仕上げ、ソルジャーが思念体とやらで抜け出して自分の身体を確認して。
「ありがとう。いい感じだよ、イメージぴったり! 後はサイオンで冷却しながらハーレイが来るのを待つばかり…ってね。それじゃ、さよなら」
また来るね、と思念を残してお刺身満載のソルジャーがフッと消え失せました。リビングに漂う脱力感と虚脱感。…とんでもない日になっちゃいましたが、今日の桜は綺麗だったなぁ…。



翌日、ソルジャーは姿を現しませんでした。大量のお刺身がどうなったのかは考えたくもなく、私たちは会長さんの提案で瞬間移動でのお花見、再び。あちこちの桜の名所をハシゴし、御当地グルメを食べまくる内に昨日の騒ぎは遠いものとなり…。
「今日の桜も凄かったよねえ、屋台も行けたし!」
夜桜も最高、とジョミー君。仕上げに訪れた桜の名所はライトアップされていて、アルテメシア公園のような屋台こそ無いものの、あちこちでお花見の宴会が。私たちも豪華お花見弁当を買い込み、会長さんがサイオンでキープしておいた特等席でワイワイと。
「このお弁当も美味しいですよ。会長、ありがとうございます」
予約しといて下さったんですよね、とシロエ君が御礼を言うと、会長さんは。
「御礼ならハーレイに言うべきかもね」
「「「え?」」」
「お花見に行くからお弁当代を出してくれ、って頼んだから」
「あんた、こないだの花見でもたかってたろうが!」
またやったのか、と額を押さえるキース君。
「教頭先生がお気の毒だぞ、慰安旅行の費用も出して下さったのに…。そこへ花見が二回だと? あんた、どこまで厚かましいんだ」
「別にいいじゃないか、ハーレイはそれが生甲斐なんだし」
未来の嫁には貢いでなんぼ、と会長さんは涼しい顔。
「君たちとお花見に行くとなったらドカンと奮発しなくちゃね。財布が空になりそうだ、とは言ってたけれど、心の中ではガッツポーズさ。頼られるだけで嬉しいらしい」
「…あんた、分かってやってるな…」
「それはもちろん」
ブルーがノルディにたかるのと同じ、と嘯いている会長さん。教頭先生、最初の頃は定期試験の打ち上げパーティーの費用だけを負担して下さっていたのに、いつの間にやら会長さんのお財布ポジションにおられます。お気の毒とは思いますけど、私たちにはどうしようもないですし…。
「まあ、いいか…。教頭先生がいいと仰っているならな」
キース君の言葉に、会長さんが。
「そうだよ、ハーレイはぼくにぞっこんなんだし、構って貰える間が花さ」
たとえお財布代わりでも…、と会長さんはパチンとウインク。
「ハーレイの財布の前途を祝して乾杯しようよ、また毟らなきゃいけないしね」
「「「……前途……」」」
まだ毟る気か、と呆れ返りつつ、でも財源は大切で。夜桜と教頭先生の財布にとりあえず乾杯しときますか…。



次の日からは普通に授業で、放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にたむろする日々。今日も部活が終わった柔道部三人組を迎えて焼きそばを食べていたのですが。
「こんにちは。…この間はどうも」
「「「!!!」」」
焼きそばを頬張ったままで無言の悲鳴。紫のマントが優雅に翻り、ソルジャーが空いているソファにストンと腰を。
「今日のおやつは…、と。たまには焼きそばもいいかもね」
「かみお~ん♪ 焼きそばからにする?」
はいどうぞ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿に盛り付け、ソルジャーは早速お箸でパクパク。食べ終えると緑茶で喉を潤し、お次はケーキで。
「ふうん、桜クリームのモンブランなんだ?」
「えっとね、おっきい型で焼いたの! 一個ずつのもいいけど、ボリュームたっぷりのタルトもいいでしょ?」
お代わりもあるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌です。
「えとえと、こないだのお刺身はどうだったの?」
子供ならではの無邪気な発言は爆弾そのもの。それを訊くな、と誰もが心で上げた叫びはソルジャーに綺麗に無視されて。
「お刺身かい? そりゃあ喜んで貰えたよ。ハーレイ、予定には無かった特別休暇を取ってくれてさ、いわゆるキャプテン権限で」
「美味しく食べて貰えたんだね!」
「うん。それはもう、お皿のぼくまで舐めるように…ね。ぶるぅも手伝ってくれてありがとう。そこの君たちにも感謝してるよ、またよろしく」
「お断りだよ!!!」
誰がやるか、と会長さんが跳ね付け、男の子たちも首を必死に左右に。スウェナちゃんと私は両手で大きくバツ印ですが、ソルジャーはモンブランを頬張りながら。
「でもねえ…。ぼくは不器用だし、ぶるぅもダメだし、アレをやるにはお願いするしか…。ハーレイも凄く感激してたし、またいつか」
「自分で盛れるように修業したまえ!」
それもサイオンの訓練の内だ、と会長さんが突っぱねてますが、ソルジャーのサイオンが更にパワーアップしたら私たちも無事では済まないような…?



夢の盛り付けを二度三度、とロクでもない夢を見ているソルジャー。今日は御礼を言いに来たとか言ってますけど、御礼ついでに次のお願いを兼ねていることは間違いなくて。
「ホントのホントに喜んだんだよ、ハーレイは! 食べ尽くされるかと思うくらいの勢いでさ…。「お刺身はアレに限りますね」って何度も耳元で囁かれてる」
「だったら自分で盛ればいいだろ!」
好みのお刺身を自分流で、と会長さんはソルジャーを撃退するべく奮闘中。
「それがダメならノルディだね。君の頼みなら喜んで手伝ってくれると思うよ、手先も器用だ」
外科医だしね、と会長さんが告げると、ソルジャーは。
「うーん…。流石のぼくもノルディはちょっと…。ウッカリ流されてハーレイを裏切るようなことになっちゃうのはねえ…」
「その危険性は認識してたんだ? しょっちゅうデートをしているくせに」
いっそノルディに食べられてしまえ、と会長さんは毒づきましたが。
「それは困るな、ぼくは結婚してるんだしね。浮気をしたい時ならともかく、それ以外では他の男は…。そんなことより、君の方だよ」
「え?」
「君だよ、君。こないだもハーレイにたかっていたよね、御礼に食べられてあげればいいのに」
「必要ないっ!」
そんなつもりも必要も無い、と会長さんは眉を吊り上げ、ソルジャーが。
「じゃあ、せめてビジュアルだけでもさ! ほら、たまに食堂の前とかに…」
「「「???」」」
「なんて言うのかな、料理の見本? ソックリに作ったヤツがあるだろ、ああいう感じでビジュアル提供! どうせハーレイには食べられないんだ、君の身体に盛ったお刺身」
食べる前に鼻血で倒れておしまい、とソルジャーはニヤニヤしています。
「見た瞬間にアウトかもねえ、鼻血を噴いて即死ってね。一度、挑戦してみたら?」
「そういう趣味は無いってば!!」
なんだって女体盛りなんか、と喚き散らしていた会長さんの声のトーンが急に下がって。
「……待てよ……。ブルーだって水着を着ていたんだし……」
要は裸にならなきゃいいのか、と唇に浮かぶ怪しげな笑み。ソルジャーも我が意を得たり、とニッコリと。
「やる気になった? 水着一枚でかなり違うと思うよ、心理的負担」
「…そうかもねえ…」
水着どころかフルに着てても大丈夫かも、と思案している会長さん。お刺身盛り付け、まさか今度は会長さんに? 水着ならぬウエットスーツでも着るつもりですか、会長さん…?



「食べられないって所がポイント高いかもだよ、君の提案」
使えそうだ、と会長さんがソルジャーに向かって頷き、愕然とする私たち。お刺身の悪夢、再来です。ソルジャーが不器用な以上、会長さんに盛り付けるとなったら誰かが思い切りババを引かされ、イヤらしくエッチな盛り付けとやらを担当する羽目になるのでは…。
「え、盛り付けの担当かい? 別にブルーでも大丈夫な気が」
相手はたかがハーレイだし、と会長さん。
「それにね、いくらブルーが不器用でもさ…。お箸を使えって言うわけじゃないし、素手で扱ってもオッケーかと」
手さえ綺麗に洗っておけば、と会長さんは笑っていますが、お刺身を素手で? まあ、ソルジャーはサイオンで冷やすという究極の技を持ってますから、いいんでしょうか?
「素手でねえ…。でも、ぼくの不器用さは変わらないよ?」
「別に綺麗に盛り付けなくてもいいんだってば」
「ダメダメ、そこは譲れないよ! 盛り付けがアレの命だと思う」
うんとイヤらしくエッチでなくちゃ、と主張するソルジャーに、会長さんは。
「それはあくまで上級者向け! ハーレイみたいに鼻血でダウンな万年童貞のヘタレにはねえ、どんな見た目でも刺激的だよ、たとえ嫌いな食べ物でもさ」
「「「は?」」」
教頭先生、お刺身、お嫌いでしたっけ? それは無かったと思います。手巻き寿司パーティーに何度もいらしてますし、苦手なお刺身も無かったような…。
「誰がお刺身でやると言った? ぼくが着るのはパンケーキ! ついでにホイップクリームなんかもたっぷりかけるといいかもねえ…」
お砂糖たっぷり、甘みたっぷり、と会長さんは悪魔の微笑み。
「どう考えても手も足も出ないよ、ハーレイは。それでも食べようと頑張るだろうし、ダメ押しに一発、ちょっとエッチな気分にね」
「何をするのさ?」
興味をそそられたらしいソルジャーに、会長さんが。
「食べる行為に集中出来るよう、両手を後ろで縛ろうかと…。食べるためには、ぼくの身体に顔を近づけるしかないって仕組み」
「……ナイスすぎるよ、そのアイデア……」
喜んでハーレイの両手を縛らせて貰う、とソルジャーの瞳がキラキラと。会長さんの身体に盛り付けるモノはお刺身ならぬパンケーキ。しかもお砂糖たっぷりだなんて、教頭先生には御礼どころか拷問ですよ…。



こうして会長さんにパンケーキを盛り付けることが決定しました。イベント開催は今度の週末、土曜日の夜。教頭先生宛に会長さんが「日頃お世話になっているから御礼をしたい」と招待状を送り、私たちは土曜日のお昼前に会長さんのマンションへ。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
お昼はシーフードパエリアだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お刺身で始まったアイデアだけにシーフードで景気づけをするべし、というのが会長さんの方針らしく。
「やあ、来たね。ブルーも来てるよ」
「こんにちは。今日のハーレイ、楽しみだねえ…」
ワクワクするよ、と会長さんのそっくりさん。このソルジャーのパートナーであるキャプテンは非常に美味しい思いをしたようですけど、キャプテンそっくりの教頭先生を待っている罠は…。
「パンケーキはぶるぅが大量に材料を仕込んでいるよ。お砂糖多めのレシピでね」
「あんた、鬼だな…」
御礼どころか仇で返すか、とキース君が吐息をついても気にしないのが会長さんで。
「まずはシーフードで景気づけ! それでねえ…。ブルーと相談してたんだけど…」
首筋と手足は出すべきだね、と会長さんはパエリアをスプーンで掬いながら。
「大サービスで鎖骨あたりまでは見せてもいいかな、と思うんだ」
「腕は肩まで見せなきゃダメだよ、足は膝下くらいまでかな」
それ以上は君が嫌だろう、とのソルジャーの指摘に、会長さんは首を縦に。
「どうせハーレイが食べられるような厚みに盛りはしないけど…。頭の中の妄想爆発を考えちゃうとね、見せすぎはぼくが嬉しくない。服はキッチリ着ておかないと」
「「「服?!」」」
「そう。タンクトップと膝丈のパンツは外せないね」
もちろん下着もバッチリと、と片目を瞑る会長さんが目指す方向はソルジャーとは正反対でした。食べて貰うのではなく食べられない方、しかもガードはガッチリです。何も知らない教頭先生、どの段階で鼻血の海に沈むんでしょう?



食事の後は甘い匂いが満ち溢れました。お砂糖たっぷりパンケーキの山が幾つもリビングに運び込まれて、トドメに大きなボウルいっぱいのホイップクリーム。着替えを済ませた会長さんが先日のソルジャーよろしく横たわった上に、男の子たちがパンケーキを。
「そこはもうちょっと下の方かな。鎖骨がギリギリ見えるのがオススメ」
こんな感じで、とソルジャーがキース君の置いたパンケーキをずらし、その間にもジョミー君たちはパンケーキを会長さんに被せています。基本は一ヶ所に三枚分の厚み。教頭先生、どう考えても会長さんの素肌ならぬ服を拝めそうにはありません。
「いいねえ、お刺身ならぬパンケーキかぁ…。仕上げにホイップクリームだよね?」
これは任せて、とソルジャーが会長さんにトッピング。曰く、イヤらしくエッチな感じにしてみたそうです、私たちにはサッパリですが…。
「そそる部分に多めに盛ってみたんだけれど? まずはクリームを舐め取らないとパンケーキに辿り着けないってね」
そそるも何も、パンケーキの上は一面のホイップクリームの海。ソルジャーこだわりのデコレーションとやらは白いクリームの海に紛れて目立つような目立たないような…。どの部分だろう、と私たちが首を捻っているとチャイムの音がピンポーン♪ と。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよ!」
迎えに出た「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねるような足取りで戻って来るなり、ウッという声が。
「……ほんばんは……」
会長さんの姿を見るなり鼻血の危機な教頭先生。「こんばんは」も言えないようですが。
「本番は、って訊くのかい? 気が早いねえ…」
まずはパンケーキを味わってから、と横たわった会長さんが艶やかな笑みを。
「君のために焼かせたパンケーキなんだ、本番は完食してからだってば。とはいえ、ぼくを食べたい気持ちは分かるし、二人で最初から楽しもうよ」
「……はのひむ?」
「そう、楽しむ。パンケーキもクリームも、手を使わずに食べるんだ。いいだろ、ぼくをうんと近くで味わえて? ブルー、頼むよ」
「了解。ハーレイ、ちょっと失礼」
手を後ろへ、とソルジャーに素早く両手を縛り上げられた教頭先生。パンケーキを纏った会長さんの甘いベールを口で剥がすべく、床に膝をついて身体を前へと倒してゆかれたのですけれど…。



「…ここまでヘタレとは思わなかったよ…」
早くどけてくれ、と会長さんが苦しそうな声を上げています。教頭先生はパンケーキを何処から食べるべきかと逡巡する内に限界突破で、鼻血を噴いて前のめりにダウン。結果的に会長さんの胸から下を派手に押し潰し、ピクリとも動かないわけで。
「んとんと…。どけるのはいいけど、パンケーキ…」
ハーレイの鼻血でダメになっちゃった、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がションボリと。ソルジャーが纏っていたお刺身がキャプテンに喜ばれた話を素直に受け入れただけに、パンケーキも教頭先生に喜んで貰えると本気で信じていたようです。
「なるほど、ぶるぅをガッカリさせた、と…。これも罪状に加えるべきか…」
パンケーキを無駄にしただけでなく、と押し潰されたままの会長さんが右手の指を折りながら。
「ハーレイの意識が戻った暁にはパンケーキ完食まで監禁だね。ぼくを潰した罪も重いよ」
「監禁なんだ? いいねえ、もちろん縛ったままだね」
今度は奴隷プレイは如何、とソルジャーが嬉しそうに教頭先生の背中を指先でツンツンと。
「首輪をつけてさ、鎖に繋いで、完食するまであれこれと……ね」
「…君に任せると鼻血地獄から抜け出せない気もするんだけれど…」
地獄に落ちるほどの罪は充分犯したか、と会長さんは赤い瞳のそっくりさんな悪魔と結託しちゃったみたいです。まだ会長さんを押し潰している教頭先生、意識が戻ったら完全に地獄。天国だった時間が何処までなのか分かりませんけど、このまま昇天なさった方が…。
「そうかもね。このまま死んだらまさに天国、童貞ながらも腹上死かな?」
「「「…フクジョウ…?」」」
ソルジャーが口にした謎の言葉に首を傾げれば、会長さんが。
「どうでもいいけど早くどけてよ、重いんだってば!」
「瞬間移動で抜け出せるだろう? それともアレかな、嫌よ嫌よも好きの内?」
「違うっ!!!」
パンケーキの山から瞬時に抜け出した会長さんがソルジャーに飛び掛かり、教頭先生は憐れパンケーキと鼻血の海に。ソルジャーが言ったフクジョウなんとかで天国に旅立たれるのか、踏み止まって生き地獄か。読経のプロたちが控えてますから、心おきなく選んで下さい~!




            盛り付け色々・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 シャングリラ学園番外編は去る11月8日で連載開始から6周年となりました。
 ハレブル別館の始動でご心配かと思いますけど、更新ペースは落ちませんからご安心を。
 シャングリラ学園番外編はまだまだ続いていきますよ!
 10月、11月と月2更新が続きましたが、12月は月イチ更新です。
 来月は 「第3月曜」 12月15日の更新となります、よろしくお願いいたします。 
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv

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 こちらでの場外編、11月はスッポンタケ狩りの収穫物を巡って荒れそうな…?
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 ハーレイと再会してから、もうすぐ一ヶ月になるんだけれど。
 週末は必ずハーレイが来てくれて、平日だって時間が取れれば夕食を一緒に食べたりしている。前の生でメギドへ飛んだ時には思いもしなかった、この奇跡。
 あの日、メギドで失くしてしまった最後にハーレイに触れた手に残った温もり。それを失くしたことが悲しくて、もうハーレイには会えないんだと、独りぼっちになってしまったと心の奥深くで泣きながらソルジャー・ブルーだったぼくの命は終わった。
 右の手が冷たくて泣いた遠い日のぼく。凍えた右手が失くした温もりは二度と戻ってこないと、ハーレイから遠く離れた所で独りぼっちで死んでゆくのだと。
 それなのに、ぼくはハーレイに会えた。
 ずっと見たかった青い地球の上で、ハーレイと生きて巡り会えた。
 ぼくは十四歳の子供で、ハーレイは二十三歳も年上の先生だったけれど、ぼくたちは会うことが出来たんだ。これが奇跡で無いと言うなら何だろう?
 そう、奇跡でしか有り得ない。
 だから神様は絶対に居る。ぼくたちの目には映らないだけで、神様は何処かに居る筈なんだ。



 今から思えば、十四歳の誕生日に奇跡は始まっていたんだと思う。
 だって、ハーレイと再会した場所は十四歳になった子供が行く学校。
 それにソルジャー・ブルーだったぼくのサイオンが目覚めた日だって、いつだったのか記憶にも残ってはいない十四歳の誕生日。
 前の生の頃は十四歳の誕生日は誰でも『目覚めの日』だった。成人検査を受けて養父母や育った家と別れて、大人の世界へ歩み出してゆく日。
 成人検査に落っこちたぼくは大人の世界へ出てゆく代わりにミュウになった。
 オリジンと呼ばれて残酷な人体実験ばかりの日々だったけれど、其処からソルジャー・ブルーの記憶が始まる。
 だから十四歳の誕生日はきっと、ぼくにとって特別だったんだ。
 ハーレイに会える日までのカウントダウンがあの日に始まり、ぼくたちは地球で再び出会った。
 最高の奇跡が起こったその日に、ぼくの身体に現れた前の生での最期の傷痕。
 その兆候だった右の瞳からの一番最初の出血の日は…。



 十四歳の誕生日の次の日、四月の一番最初の日にあった今の学校の入学前の説明会。
 ママと二人で出掛けて行った。其処で「はじめまして」と挨拶をした校長先生が言ったんだ。
「ずっと昔は十四歳の誕生日を目覚めの日と呼び、別の人生が始まる日でした。その時代に苦しめられていたミュウを救うために立ち上がってくれたソルジャー・ブルー。命を捨ててミュウの未来を守ってくれた彼のお蔭で、あなたたちは此処に居るのです」
 後はお決まりの「頑張って勉強して下さい」とかだったと思う。
 ジョミーと、ぼくをメギドで撃ったキースも今では英雄だったけれども、こういう挨拶で最初に必ず出て来る名前はソルジャー・ブルー。
 ぼくの名前と同じ「ブルー」と、パパとママがぼくに「ブルー」と名付けた理由の同じ瞳の色と髪。それがちょっぴり誇らしくなって、恥ずかしくも思う学校でよく聞く先生の話。
 前の学校でも何かと言えば「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」とか、ジョミーやキースの名前まで出る長ったらしい挨拶だとか。
 もう充分に聞き飽きていたし、ぼくは行儀よく座っていたけど他の子は欠伸なんかをしていた。
 それから後は学校生活のごく簡単な説明があって、入学式の案内も。全部済んだらママと一緒に家に帰って、貰って来たプリントなんかを読んで…。



 その日の夜になって初めて、右目の奥がツキンと痛んだ。
 校長先生の挨拶で聞いたソルジャー・ブルーという名前。それに反応したんだと思う。
 自分の部屋で本を読んでいた時、急に右目から零れた赤い血。
 怪我したのかと酷く驚いたし、見えなくなるのかと泣きそうになった。右の瞳が傷ついたんだと思ったから。見えなくなっても移植再生手術で治るけれども、そんなのは嫌だ。生まれつき身体がとても弱くて学校も休みがちなぼく。入学する前に手術のために入院だなんて…!
 半ばパニック状態で鏡を覗き込んでみたら、ぼくの瞳に傷は無かった。血だって一筋流れ落ちた後はもう出なかったし、目もちゃんと見える。
 新しい学校を最初から休むなんて嫌だったから、ママたちには黙っていることにした。
 それが最初に血を流した日。
 誕生日の三日ほど前にパパが読んでいた本を覗き込んだらミュウの歴史で、ソルジャー・ブルーの名前も写真もあった。でも、その時は平気だったんだ。
 右目の奥は痛まなかったし、もちろん血だって出なかった。
 だから十四歳の誕生日にぼくの中で何かが変わって、今の奇跡の日に繋がったんだと信じてる。
 生まれ変わったハーレイに会って、ソルジャー・ブルーだった頃の記憶が戻って…。
 特別だった十四歳の誕生日。
 お祝いのケーキを食べていた時には知らなかったけど、あの日が奇跡の始まりなんだ。



 パパとママの見ている前で右の瞳から赤い血が出て、病院に連れて行かれた日。
 四月の二十七日だった。
 ぼくを診てくれた先生が『聖痕』という言葉を教えてくれた。
 そして笑って言ったんだ。先生と同じ名字の従兄弟がキャプテン・ハーレイそっくりだ、って。その人は学校の先生をしていて、もうすぐぼくの学校に来ると。
 もし会った時に右の瞳から血が流れるようなら、ぼくはソルジャー・ブルーの生まれ変わりかもしれないと聞いて怖かった。
 だって、ぼくは十四歳になったばかりの子供。伝説の英雄みたいなソルジャー・ブルーと同じだなんて言われても困る。そんなことになったら、どうしたらいいか分からない。
 絶対に違うと思いたかった。ぼくは普通の十四歳の子供で、ソルジャー・ブルーの生まれ変わりなんかじゃないと。
 どうか生まれ変わりじゃありませんように、と神様に毎日お祈りをした。神様はお祈りを聞いてくれたらしくて、それからは歴史の授業でソルジャー・ブルーの名前を聞いても大丈夫だった。
 ぼくの右目から血は流れなかったし、初代のミュウについて習う時間も終わった。
 これでもう、ぼくは大丈夫。ぼくはソルジャー・ブルーじゃなかった。
 血が流れたのは聖痕とかいう不思議な現象かもしれないけど、それはそれ。
 ソルジャー・ブルーの傷痕を写していただけだったら、ぼくはソルジャー・ブルーじゃない。
 違って良かった、とホントに思った。
 ぼくが本当はぼくじゃないなんて怖すぎる。ぼくはぼく。
 ソルジャー・ブルーじゃなくて良かった、と本当にホッとしてたんだ。
 奇跡なんて知らなかったから。生まれ変わることが幸せだなんて、夢にも思わなかったから…。



 そして奇跡の日がやって来た。
 きっと一生忘れはしない、五月三日の月曜日。
 いつもどおりに学校に行って、本を読んでいたら友達が言った。古典の先生が変わる、って。
 普通だったら先生は途中で変わらないけど、その先生は前の学校で欠員が出たから着任するのが遅れたらしい。「宿題出さねえ先生だといいな」って友達が言って、ぼくは笑った。
 情報通の友達と違って、ぼくは何にも知らなかったんだ。その先生が誰なのか、なんて。病院の先生が話してくれた「キャプテン・ハーレイそっくりの従兄弟」が、その人だなんて…。
 授業開始のチャイムが鳴って、教室に入って来た新しい先生。
 教科書に載ってるキャプテン・ハーレイにそっくりな姿を目にした途端に、右目の奥がズキンと痛んだ。今までの痛みとは桁違いな痛み。右の瞳を潰されたような痛さに呻くよりも前に、両方の肩に、左の脇腹に走った激痛。
 撃たれたんだ、と直ぐに分かった。黒い髪の男がぼくを撃った。
 地球の男。ミュウの敵のメンバーズ・エリート、キース・アニアン。
 激しい痛みと、溢れ出す血と。床に倒れてゆくぼくの中で鮮明に蘇ってくる記憶。銃で撃たれた傷の痛みがぼくに全てを思い出させた。ぼくの記憶を取り戻してくれた。
 ぼくはミュウの長、ソルジャー・ブルー。
 倒れたぼくを抱き起こしてくれた逞しい腕は、ぼくが愛したキャプテン・ハーレイのものだと。
 それから後のことは覚えていない。
 酷い痛みと出血のせいで気を失ったぼくは、救急車で病院に搬送された。病院へと走る救急車の中で、ハーレイがぼくの手を握って「大丈夫だからな」「すぐ病院に着くからな」と何度も何度も呼びかけてくれたらしいんだけれど、ぼくは覚えていないんだ。
 覚えているのは、傷の痛みが思い出させてくれたこと。ぼくは誰なのか、誰を愛していたのか。
 病院の先生が『聖痕』と診断を下した何の傷痕も残さなかった傷が、ぼくに奇跡を運んで来た。ハーレイの記憶を戻したのもまた、ぼくが起こした大量出血。
 ぼくたちが再び出会うために現れた奇跡の傷痕。
 本物の聖痕は神様の身体の傷らしいけれど、ぼくの傷だって奇跡なんだから聖痕っていう名前は好きだ。ぼくにとっては大切な傷。痛かったけども、傷のお蔭でハーレイと再会出来たんだから。



 ずっとずっと昔、人間たちの世界に下りた神様が身体に負った傷痕。
 その傷と同じ傷が身体に現れることを、昔の人たちは聖痕と呼んでいたらしい。
 ぼくの身体に現れた傷は神様が負った傷の痕じゃなくて、前の生でぼくが撃たれた傷痕。
 ソルジャー・ブルーだったぼくが撃たれて、痛みの酷さで最期まで覚えていようと思った大切な温もりを失くした傷痕。右手に残ったハーレイの温もりを消してしまった悲しい傷痕。
 その傷痕をぼくの身体に刻み付けたのは誰なんだろう?
 本物の聖痕は、神様が強い信仰を持った人の身体に刻むものだと信じられていた。
 もしもそうなら、ぼくの傷痕も神様が刻んでくれたんだろうか?
 ぼくがハーレイと巡り会えるように、ハーレイがぼくを思い出せるように。
 うん、きっと神様のお蔭だと思う。
 だってぼくたちは地球に生まれたし、離れ離れじゃなくてきちんと出会えた。
 神様が起こしてくれた奇跡なんだもの、大切に生きていかなくちゃ…。
 今度こそ温もりを失くさないように。
 冷たくて泣きながら死んでいったぼくの右手が、二度と凍えてしまわないように。
 神様がくれた奇跡の命を大切に生きて、いつかハーレイと結婚するんだ。
 今はまだキスも出来ないけれども、大きくなったらキスを交わして、それから、それから…。



「ブルー? 何を考えてるんだ?」
 ハーレイの声で我に返った。ずいぶん長い間、考え事をしていたような気がしていたのに、目の前のテーブルに置かれた紅茶のカップからはまだ温かい湯気が上がってる。
 此処はぼくの部屋で、さっきハーレイが訪ねて来てくれて向かい合わせで座ったんだっけ。すぐ側にハーレイが居てくれる嬉しさでボーッとなってしまって、そのまま色々と考えちゃって…。
 だからハーレイにも話してみた。十四歳だから出会えたのかな、って。
 そうしたら…。
「俺が十四歳の時には、そういう目出度いイベントは何ひとつ無かったんだがな」
 ハーレイが「うーん…」と頭を掻いた。
「柔道の大会で優勝したのと、水泳で記録を出した程度だ。俺の学校の記録を一つ更新したな」
 その他には特に何も無かった、とハーレイは笑っているけれど…。それだって充分凄いと思う。柔道の大会で優勝するのも、水泳で学校の新記録を出すのも、どっちもぼくには絶対に無理だ。
 ついでに、ぼくがそういうことをやったらパパもママも大喜びでお祝いしてくれそうだけど…。
 思ったままを口にしてみたら、ハーレイは「はははっ」と大笑いをして。
「そうか、あれも目出度いイベントなのか。俺の家では普通に扱われただけで」
「そうだよ、ぼくの家ならパーティーだよ!」
「なるほど、なるほど。イベントの方でも人を選ぶか、そうだったのか」
 あれが目出度いとは知らなかったな、と可笑しそうに笑い続けるハーレイ。
 どうやらハーレイが十四歳の誕生日を迎えた時には何も無かったみたいだけれど…。
 だけど、ぼくの十四歳の誕生日は特別だったと思う。
 ぼく限定の特別イベントだったんだろうか、ハーレイと再会出来た奇跡は?
 だってハーレイが十四歳の子供だった頃には、ぼくは生まれていなかったんだし…。



 そう考えていて、ふっと気付いた。
 ハーレイが生まれてから、ぼくが生まれるまでの間に二十三年間もある。
 その間、ぼくは何処にいたのかな?
 一人ぼっちで居たんだろうか、と思うけれども、分からない。
 でも、なんでそういう風に感じるのか、どうしてなのか…。一人だった気がしないんだ。
 いつも誰かがぼくの側に居て、ふんわりとした温もりに包まれていたような…。
 メギドで失くした筈の温もりを、ぼくは持っていたような感じがする。
 もしかしたら、ハーレイと一緒に居たんだろうか?
 死の星だった地球が蘇るまでの長い長い時を、ハーレイと過ごしていたんだろうか?
 きっと時間なんか無いような場所にハーレイと二人で居たんだよね、と思いたい。
 思いたいけれど、自信がないや。
 だけど聖痕なんていう凄い奇跡があるなら、そういう場所もあるかもしれない。
 きっとそうだよ、ぼくはハーレイと二十三年間も離れて一人ではいられないから…。
 時間の無い場所で二人過ごして、青い水の星が蘇って。
 其処に前世のハーレイそっくりに育つ器が出来て、ハーレイは生まれ変わって行ったんだ。
 「待ってるからな」って、ぼくに手を振って、ぼくの大好きな笑顔を見せて。
 そして時間が無い場所だったから、ぼくもハーレイが行ってしまった後は独りぼっちで待たずに済んで直ぐに生まれて来たんだと思う。
 この地球の上に、ハーレイを追って。
 二十三年間もの時間さえ、一瞬に変えてしまった神様。
 ぼくとハーレイとをもう一度会わせてくれた神様。ぼくの身体に傷痕を刻んでくれた神様。
 沢山の奇跡が始まった日が、ぼくの十四歳の誕生日。
 身体が弱いぼくが凍えないよう、暖かくなる春を選んで神様が送り出してくれた三月の末の日。
 学年で一番の年下だけれど、奇跡の始まりになった誕生日だから、この日が大好き。
 ぼくが生まれた三月の末。三月の三十一日から始まった奇跡を、ぼくは一生忘れないよ…。




       奇跡の始まり・了




※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






ハロウィンにはまだ早いですけど、しっかり十月、気分は秋です。衣替えが済んだ直後は暑い日も何日かあったとはいえ、もう長袖にも馴染みました。今日は秋晴れ、空気も爽やか。予鈴が鳴って、間もなく朝のホームルームが始まる時間で…。
「諸君、おはよう」
靴音も高く現れたグレイブ先生、何故か普段よりも厳しい顔つき。それに気付いた何人かがコソコソ小声で話していると。
「そこの馬鹿ども! 遅刻でいいな」
「「「えっ?」」」
「遅刻扱いでいいな、と言ったのだ。出欠を取っている時に雑談するなら返事をする意欲も無いだろう。返事が無い者は存在しない。要するに遅刻だ。反論は認めん」
出席簿に書き込まれる遅刻の証。犠牲者は全部で八名でした。
「これに懲りたら、以後、雑談は慎むことだ。今日の一時間目は数学だ。…雑音の無い授業を期待している」
シーン…と凍りつく教室の空気。グレイブ先生は淡々と朝の連絡事項を告げ、日直当番が今日の委員会活動などについて話してホームルームは終わりましたが…。
「な、なんだったんだよ、アレ…」
グレイブ先生が数学科の準備室へと戻って行った後、1年A組は上を下への大騒ぎ。遅刻マークを書かれた人は元より、そうでないクラスメイトたちもザワザワと。
「雑談で遅刻ってあったっけ?」
「いや、知らない。…待てよ、前にはあったかも…」
どうだった、と訊かれる対象は当然、私たち特別生の七人組とアルトちゃん、rちゃんの九人ですが、生憎とそんな記憶はありません。1年A組で学び始めて長いですけど、たかが雑談、それもヒソヒソ声で遅刻扱いになるなんて…。
「そうか、無いのか…。俺たち、運が悪かったのかも」
「仕方ないよな、書かれちゃったら…。グレイブ先生、何かあったのかな」
あの顔つきがくせものだ、という点についてはクラス全員の意見が見事に一致しました。私たちもグレイブ先生の機嫌の良し悪しは顔つきでほぼ分かります。今日の御機嫌は相当に斜め、仏滅級だと思われますが…。
「ぶ、仏滅って…。それじゃ十三日の金曜日とかは?」
「まだ分からん。ついでに俺はキリスト教とは無縁なんでな」
まあ頑張って静かにしておけ、とキース君が突き放した所でキンコーンと一時間目の五分前を告げる予鈴の音が。私たちの周りに群がっていたクラスメイトたちはバタバタと自分の席へ駆けてゆき、授業の支度を始めました。教科書にノート、筆箱などなど。これで準備はオッケーですよね?



本鈴が鳴って緊張し切った教室の外の廊下にグレイブ先生の靴音がカツカツカツ。やがてガラリと扉が開いて、噂の当人の御登場です。グレイブ先生は真っ直ぐ教卓に向い、クラス全体を見回すと。
「よろしい、全員出席、と…。では、教科書とノートを片付けたまえ」
「「「え?」」」
「片付けたまえ、と言ったのだ! 今から抜き打ちテストを行う」
「「「えぇぇっ!?」」」
そんな殺生な、とクラス中から上がる悲鳴を無視してグレイブ先生は教科書とノートをカンニング出来ないように鞄に入れさせ、前から順にレポート用紙が配られて。
「問題は今から黒板に書く。制限時間は十五分だ。それが終わったら即、回収。授業時間内に採点を行い、間違えた者は昼休みにグラウンドを駆け足で五周としておく」
「「「ご、五周…」」」
シャングリラ学園自慢のグラウンド。五周ともなれば半端な距離ではありません。死ぬ、という声も上がっていますがグレイブ先生はサラッと無視して黒板にチョークで問題を。げげっ、ただの数式じゃないんですか! よりにもよって証明問題、これはキツイかも…。
『ヤバイんじゃないの?』
ジョミー君の思念波が届きました。
『ぼくたちは普通に解けるけれどさ、他のみんなは…』
『ヤバイだろうな』
下手をすればクラスの殆どがアウト、とキース君も同意しています。
『しかし今からあいつを呼んでも手遅れだぞ』
『会長、今日は登校していないんでしょうか?』
シロエ君の思念に、サム君が。
『俺、今朝も一緒に来たけどなぁ…。朝のお勤めに行って来たから』
『だったら、どうして…』
クラスのピンチに来ないんでしょう、というマツカ君の疑問に対する答えは誰も持ち合わせていませんでした。たまには実力を思い知れ、との考えで放置プレイとか…?
『それは大いに有り得るな…。いつも頼りっぱなしだからな』
こんな日もあるさ、とキース君。思念波を交わしながらも私たちはサラサラと答えを書いていますが、クラスメイトたちの方はサッパリで。
「十五分経過! テストはこれで終了とする。後ろから順番に前へ回すように」
採点時間中は各自で自習、とグレイブ先生。列の後ろから回されてきたレポート用紙は大部分が白紙で、ジョミー君たちが座っている列も同じ状態。グラウンド五周が目の前に迫った1年A組、阿鼻叫喚の地獄になりそうな…。



定期試験は会長さんに全てお任せな1年A組。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーなのだと称して意識の下に正解が送り込まれてくるのですから、それさえ書けば満点です。何もしなくても全科目で満点を取れるとあって、予習復習を舐め切って今日まで暮らした結末は。
「諸君。…私は深く絶望している。なんなのだ、この悲惨さは!」
満点が九人しかいないではないか、とグレイブ先生は赤ペンで教卓をコツコツと。九人ってことは特別生以外は全滅だったということで…。
「辛うじて半分解いた者もいるが、最後まで解いていない以上はそれも間違いに含まれる。いいな、特別生の諸君以外は昼休みにグラウンドを駆け足で五周!」
「「「えーーーっ!!!」」」
「えーっ、ではないっ! 自分の力不足を反省しつつ、今日からの予習復習に生かしたまえ」
「「「そ、そんな……」」」
あちこちで悲鳴が上がる中、私たちは思念でヒソヒソと。
『アレって絶対難しすぎよね、この前、習ったばかりのトコでしょ?』
『ああ。普通に復習していたとしても難しかったかもしれないな』
それにしても…、とキース君。
『グレイブ先生に何があったんだ? 朝の遅刻の扱いといい、かなり機嫌が悪そうだが…。十三日の金曜日並みと言ってもいいようなレベルだぞ』
『だよなあ、おまけに仏滅で三隣亡だぜ』
本当に何があったんだろう、とサム君が思念で呟いた時。
「多分、栗御飯の祟りなんだよ」
『『『え?』』』
いきなりジョミー君の肉声が聞こえ、ギョッと息を飲む私たち。ジョミー君は慌てて口を押さえていますが、グレイブ先生の耳にも入ったようで。
「ジョミー・マーキス・シン! 今、栗御飯と聞こえたが…?」
「それとチキンの竜田揚げです、変わり卵焼きと大学芋も」
ザワワッと教室中がどよめき、言い放ったジョミー君もまた顔面蒼白。グレイブ先生は両手の拳をグッと握り締めてブルブルと…。
「ふざけるのも大概にしておきたまえ! どうやらグラウンドを走りたいようだな、特別に貴様も追加する。いいか、昼休みに五周だぞ!」
そこでキンコーンとチャイムが鳴って、恐怖の一時間目は終了しました。ジョミー君までグラウンド五周になった理由は謎の栗御飯な発言ですけど、アレっていったい何だったの…?



「おい、栗御飯って何だよ、ジョミー」
グレイブ先生が出て行った後、サム君が早速尋ねましたが、ジョミー君は。
「…ぼくにも分からないんだよ…。どうしてなんだろう、口が勝手に」
「竜田揚げもか?」
キース君が念を押し、シロエ君も。
「変わり卵焼きって言いましたよね? それに大学芋」
「う、うん…。おかしいなぁ、ママはそんなの作ってないけど…。昨日の夜はチキンカレーで、朝は普通にソーセージと目玉焼きだった」
「栗御飯が入り込む余地は無さそうだな」
カレーではな、とキース君。
「チキンは確かに竜田揚げと被るが、お前の頭に献立表が入っているとは思えない。俺もチキンとだけ言われて料理が幾つ浮かんでくるか…。そういうのはぶるぅが得意そうだが」
「ぶるぅ……ですか?」
シロエ君が顎に手を当てて。
「もしかしたら、あれは会長の昼御飯かもしれません。ジョミー先輩にグラウンド五周をさせてみたくて口走らせたとか、ありそうですよ」
「ブルーが…? ぼくって恨みを買っていたっけ?」
「何を今更…。何年越しで買っていると思っているんだ」
いつまで経っても仏弟子の自覚ゼロ、とキース君が呆れ果てた口調で首を振っています。
「俺の大学の専修コースに入るどころか、朝のお勤めにも行かないしな。不肖の弟子にも程がある。破門の代わりにグラウンド五周の刑なんだろうさ」
「そうなるわけ? そんな理由で栗御飯だとか言わされたわけ…?」
「祟りだと言っていただろう? 間違いなくあいつの祟りだな」
諦めて五周走ってこい、とキース君はにべもありません。そういう理由なら庇いだてすることも同情すらも特に必要無さそうです。昼休みにはクラスメイトと仲良く走ればいいじゃないか、と私たちは結論付けました。
「酷いや、なんでぼくだけ走らされるのさ!」
「やかましい、走るのは得意だろうが!」
たまにサッカー部の練習に混ざってグラウンド中を走っているよな、とのキース君の指摘にグウの音も出ないジョミー君。ボールを追うのと黙々と走るのとは全く別物という気もしますが、この際、頑張って走りましょうよ~!



こうしてグラウンド五周の刑に処されたジョミー君。私たちがサッサと見捨てて学食に出掛け、先にランチを食べていたことを放課後になってもブツブツと。
「…なんで買っといてくれなかったのさ! ぼくの食券!」
「分からねえだろ、何を食うのか」
そんなの勝手に買えるかよ、と中庭を歩きながらサム君が。
「席は取っといたんだし、それで恩に着てくれなきゃな」
「まったくだ。お前が連絡を寄越したんならともかく、何もしないで買っておけは無い」
お目当ての食券が売り切れていても別のメニューがあるだろう、とキース君。
「でもさ、ハンバーグ定食だったし! アレのある時は必ず買うし!」
「そうかぁ? ラーメン食ってた時もあるだろ」
覚えてるぜ、とサム君が返せば、ジョミー君も負けじとばかりに。
「アレは特別出店だったよ! ゼル先生のコネで来たラーメン屋さんの!」
一日限りのメニューだった、とゴネるジョミー君。そのラーメンは記憶にあります。料理の腕はプロ顔負けのゼル先生が何処かで飲んでいて知り合ったらしい頑固一徹のラーメン屋さん。行列が出来ようとも売り切れ御免で店を閉めると評判なのが来たわけで。
「いいじゃねえかよ、そのラーメンを逃したわけじゃねえんだからよ」
たかがハンバーグ定食くらい、とサム君は冷たく、他のみんなも似たようなもの。そりゃ、グラウンドを五周も走らされてから来た食堂で好物のメニューが売り切れだったらショックでしょうけど…。
「とにかく、お前は自業自得だ。グラウンドに行かなきゃ食えたんだしな」
諦めろ、とキース君が切り捨て、シロエ君が。
「そうですよ。会長の恨みを買ったりするから栗御飯だとか言わされるんです」
ハンバーグ定食も祟りの続きということで、との説に誰もが大賛成。
「うんうん、七代後まで祟ってやる、とか言うもんな」
「そうでしょう? グラウンド五周とハンバーグ定食完売までで二代です」
「それじゃ、あと五代ほどあるのかしら?」
楽しみよね、とスウェナちゃんがクスクスと。
「残りの五つはこの先よ、きっと」
「うえ~…。それは勘弁…」
私たちは生徒会室まで来ていました。目の前の壁にシャングリラ学園の紋章が。それに触れれば放課後の溜まり場、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入れます。ジョミー君がまだ祟られるのか、それとも祟りは打ち止めなのか。会長さん、今、行きますよ~!



「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ、来たね。グラウンド五周、お疲れ様」
どうぞ座って、と会長さんが微笑み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼き立てのお菓子を運んで来ました。一瞬、パイかと思いましたが、スポンジケーキをパイ皮に包んで焼いたもの。ケーキの中には栗とカスタードクリームがサンドされているという凝りようです。
「…これも栗なんだ…」
食べたら思い切りヤバイかも、と腰が引けているジョミー君の姿に、会長さんは。
「祟りかい? そっちの方はもう打ち止めだよ、それに食券はぼくのせいじゃない」
「やっぱりブルーのせいだったんだ? あの栗御飯!」
「だって、君以外にいないだろう? ぼくの恨みを買いそうなのは」
「え?」
どういう意味、とジョミー君が訊き返し、私たちのフォークも止まりました。ジョミー君以外に会長さんの恨みを買っている人がいたなら、グラウンド五周はその人だったとか?
「恨みはどうでも良かったんだよ、グラウンドを五周させたいほど恨んじゃいないさ。ただ、誰に言わせるかが問題で…。グレイブは確実に怒るだろうから、犠牲になっても良さそうな人に」
そういう理由で君を選んだ、とジョミー君を指差す会長さん。
「女の子はまず論外だしねえ…。誰にしようかと考えた結果、日頃から逃げてばかりいる弟子にしたんだ。グラウンド五周の感想は?」
「もう沢山だよ! それより、なんで栗御飯なんて言わせるのさ!」
ぼくの発言怪しすぎ、と頭を抱えるジョミー君。あの時はグレイブ先生が激怒したために誰も追及しませんでしたが、家に帰って冷静になったら大笑いするかもしれません。会長さんの昼御飯だとは思わないでしょうし、ジョミー君の家の夕食メニューだと思われそうで…。
「グレイブがブチ切れる原因が栗御飯だから」
「「「は?」」」
何故に会長さんの昼御飯の中身でグレイブ先生がキレるんですか? キョトンとする私たちの前で会長さんは指を折りながら。
「栗御飯にチキンの竜田揚げ。変わり卵焼きと大学芋と、後は彩りにブロッコリーって所かな。…グレイブが昨夜から段取りしていた今日のお弁当」
「「「お弁当?」」」
ジョミー君が口走らされた献立は会長さんのお昼ではなく、グレイブ先生のお弁当。だけど中身を当てられたからって、何もキレなくてもいいんじゃあ…?



お弁当の中身を言い当てただけでグラウンド五周はちょっと酷過ぎ。グレイブ先生、やり過ぎだろうと思ったのですが。
「ちゃんとジョミーに言わせただろう? 祟りだって」
そこが大切、と会長さん。
「グレイブは朝から機嫌が悪かった。雑談した生徒を遅刻扱い、おまけにグラウンド五周の罰則つきの抜き打ちテスト。…この辺が全部祟りなんだよ、ぼくじゃなくってグレイブのね」
「それと栗御飯がどう繋がるんだ?」
サッパリ分からん、とキース君が返し、私たちも揃ってコクコクと。会長さんはパイ皮包みの栗のケーキを頬張ってから。
「うん、栗が美味しいシーズンだよね。だからグレイブも栗御飯! 今日のお弁当に間に合うように昨夜に剥いて炊飯器に入れて、ちゃんとタイマーをセットして寝た。ところがウッカリ寝過ごした上に、タイマーの午前と午後とを間違えててさ」
「じゃあ、お弁当は…」
どうなったの、とジョミー君が尋ね、会長さんがニッコリと。
「間に合うわけがないだろう? せめて栗御飯が炊けていたなら、佃煮とかお漬物を詰めて誤魔化すことも出来たんだ。なのに御飯は炊けていないし、おかずを作る時間も無い。…というわけで、愛妻弁当、大失敗ってね」
「「「愛妻弁当!?」」」
なんじゃそりゃ、と目をむく私たち。グレイブ先生は愛妻家ですが、愛妻弁当と呼ばれるモノは普通は奥さんが作るんじゃあ? つまりはミシェル先生が…。
「違うね、グレイブたちの夫婦仲の良さは半端じゃない。普段は教職員専用食堂で仲良くランチをしているけれど、月に一度は手作り弁当! ミシェルが作る日とグレイブが作る日、それぞれ一日ずつなんだな」
「「「………」」」
「でもって、今日がグレイブの日。気合を入れて用意したのにズッコケちゃったら、八つ当たりだってしたくなる。それをジョミーがものの見事にズバリと言い当てちゃったわけ。多分、栗御飯の祟りだよ、とね」
あの瞬間のグレイブの顔といったら…、と会長さんは可笑しそうにケタケタ笑っています。
「ね、ぶるぅだって見てただろう? 楽しかったよね」
「かみお~ん♪ 大学芋はミシェル先生の好物なんだよね!」
お弁当が無くってガッカリだったもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教職員用の食堂に大学芋は無いそうです。グレイブ先生、お昼休みに学校の近くの和菓子屋さんに出掛けて行って、芋羊羹をお詫びに買ったのだとか。実に素晴らしい愛妻家ぶりに、ちょっとホロリとしてしまったり…。



月に一度は愛妻弁当なグレイブ先生。いえ、それを言うなら愛妻弁当の日と愛妻家弁当の日が一日ずつ、と言うべきか…。お弁当持参なのに二人で使っている教職員専用棟にある部屋では食べず、わざわざ食堂に行くのだそうです。
「たまにゼルが評価をつけるらしいよ。この辺にコレを入れるべき、とかね。ミシェルが作った時はベタ褒め、グレイブの時は注文いろいろ」
「じゃあ、今日は?」
どうなったの、とジョミー君も今となっては興味津々。
「ん? 今日はね、そりゃあ手酷い評価がついたさ。グレイブはあれで顔に出るから、お弁当の日だったことが即バレで…。タイマーの件はともかく、寝過ごした方をネチネチ言われて、ブラウまで来て二人がかりで「愛が足りない」とフルボッコ」
お蔭で午後の授業でも抜き打ちテストを食らったクラスが…、と聞かされて私たちは震え上がりました。三年生のクラスらしいですけど、放課後にグラウンドを五周していたみたいです。よくぞ終礼で何も起こらずに済んだものよ、と犠牲になった三年生に心で合掌。
「栗御飯はそこまで祟るのか…」
恐ろしいな、とキース君が呟けば、サム君が。
「祟るのは愛妻弁当だろ? あ、グレイブ先生が作る方なら愛妻家弁当だったっけ?」
「どっちでもいいよ、グラウンド五周はキツかったんだよ~」
愛妻弁当は二度と御免だ、とジョミー君が栗のケーキを口へと放り込んだ時。
「…ぼくは素敵だと思うけどねえ?」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえて、振り向いた先に紫のマント。別の世界からのお客様は部屋を横切り、ソファにストンと腰を下ろすと。
「ぶるぅ、ぼくにもケーキが欲しいな。それと紅茶も」
「かみお~ん♪ ちょっと待っててね!」
お客様だぁ、と大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はすぐにケーキを切り分けて渡し、熱々の紅茶も淹れて来ました。栗御飯の祟りがソルジャーの心にどう響いたのかは分かりませんけど、グラウンド五周の刑を素敵だなんて思ってるわけがないですよねえ?



紅茶をお供に栗のケーキをパクパクと食べているソルジャー。甘いお菓子は大好きとあって二切れも食べ、更にお代わりを要求しながら。
「これがギッシリ詰まってるのもいいかもねえ…」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と意味不明な発言に首を傾げると、ソルジャーは。
「お弁当だよ、ぼく用の! 大学芋よりはこっちかな、うん」
「えーっと……。それは愛妻弁当のこと?」
素敵だと言っていたっけね、と会長さんが問えば、頷くソルジャー。
「お弁当を作って貰えるなんて素敵じゃないか。それも好物ばかりを詰めてさ、愛してますってアピールだよね? ぼくも作って欲しいんだけど…」
「………誰に?」
「もちろん、ハーレイ! 昼間はブリッジに行ったきりだし、寂しくて…。そんな時にハーレイの手作り弁当があったらいいと思うわけ。好物たっぷりの美味しいヤツが」
「言っとくけれど、栄養バランス第一だから!」
おやつはお弁当に含まれない、と会長さんが眉を吊り上げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「えとえと…。お菓子を詰めるなら、他にもサンドイッチとか! お肉は無くてもお野菜は要るよ、でないと病気になっちゃうもん!」
「ああ、その点は大丈夫! ぼくの世界は薬の類も発達してるし、必要な栄養はそっちの方で」
「却下!!!」
それじゃ愛妻弁当にならない、とダメ出しをする会長さん。
「いいかい、愛妻弁当ってヤツは相手を想って作るんだ。より健康に過ごせるように、と腕を奮ってなんぼなんだよ。グレイブの場合は美容にも気を遣ってメニューを考えているさ」
「…美容って?」
「そりゃあ、相手がミシェルだから…。女性だからねえ、美肌効果のある食材とか! 栗は美容にいいんだよ。それで栗御飯をチョイスしたんだ、メインは栗御飯だったわけ」
「なるほど、栗御飯が大切だったのか…。そこでコケたら怒るかもねえ…」
ぼくの場合はどうだろう、とソルジャーは少し考え込んで。
「基本、お菓子が入っていれば何でもオッケーなんだけど…。お菓子の代わりに味気ない料理が詰まっていたらキレるかな? 違った、グレイブが怒ってたのは自分が失敗したからだっけ。ぼくがハーレイに作る方だね、そうなると」
料理は得意じゃないんだけれど…、とソルジャーは真剣な表情で考え中。えっと、それ以前の問題として、キャプテンにお弁当はアリなんでしょうか…?



キャプテンに愛妻弁当を作って欲しい、と言っていたのがキャプテン用のお弁当を作る方へと転んだソルジャー。キャプテン用のお弁当で失敗した場合に悲しくなるポイントをあれこれ想像してますけれど…。
「うーん、やっぱり全然思い付かないや。そもそもハーレイの好物が何か知らないし」
「「「へ?」」」
思わず間抜けな声が出ました。好物が何か知らないだなんて、ソルジャーとキャプテン、確か結婚してたんじゃあ…。
「知らなかったらマズイのかい? 夫婦として?」
「そ、そりゃあ…。普通は押さえるポイントだよ、それ」
単なる恋人同士でも、と会長さんは呆れ顔。
「でないとデートに誘った時とか、困るだろう! 何処で食事をすればいいのか、何を頼めば喜ばれるか。相手の好きな食べ物くらいは押さえておくのが基本だってば」
「ハーレイの好きな食べ物ねえ…。強いて言うならぼくなのかな?」
「その先、禁止!」
会長さんがピシャリとイエローカードを突き付けましたが、ソルジャーは。
「えっ、ハーレイはいつも美味しそうに吸ったり舐めたりしてるけど? 噛むのも好きだし、飲むのも好きだね」
「退場!!!」
今すぐ出て行け、と怒鳴り散らしている会長さんとソルジャーの会話は既に異次元でした。万年十八歳未満お断りの私たちには理解できない専門用語がバンバン飛び出し、会長さんは今にもソルジャーを蹴り出しそうな勢いで。
「そこまで言うなら君がお弁当箱に入ればいいだろ、何処で食べるのか知らないけどさ!」
「あ、そうか…。食べる場所が問題なんだっけ…」
やっとグレイブの気持ちが分かったかも、とソルジャーは突然、意気消沈。
「好きな食べ物が分からないなら、ぼくを出せば…と思ったんだけど…。ブリッジでは流石に無理だよねえ…。食堂でも無理だし、用意したって大失敗っていうのはこういうことか…」
栗御飯になった気分がする、と残念そうに零すソルジャー。
「ぼくはどうしたらいいんだろう? ハーレイにお弁当を作って貰った方がいいのか、それとも作るべきなのか…。作る方がハードル高そうだけど」
「君を料理として出さないんなら、お勧めは作る方だけど?」
それが王道、と会長さんがレッドカードをちらつかせながら答えましたが、何故に王道? ソルジャーは料理が苦手な上に、キャプテンの好物すらも把握していない人なんですが…?



愛妻弁当なる言葉に釣られて出てきたソルジャー。最初は自分が作って貰う方向性でいたのが一転、自分が作る方へと。ところがそちらは色々難アリ、どう考えても難しそうなのに会長さん曰く、それが王道。
「いいかい、愛妻弁当ってヤツは君が最初に言っていたとおり、愛してますってアピールなんだ。それと同時に、愛されてますってアピールでもある。グレイブとミシェルがいい例だよね」
「…どういう意味さ?」
「あの二人、お弁当を用意した日も職員食堂に行くんだよ。そこで食べながら周囲の評価を受けるわけ。グレイブはゼルに辛辣なことを言われる時もあるけど、それでも必ず食堂に行く。その理由はねえ、相手のために作りました、ってアピールと、作って貰ったっていうアピール」
見せびらかすのが重要なポイントなのだ、と会長さんは指を一本立てて。
「一人きりの部屋で食べていたって誰も見てくれないし、見せられない。君が作って貰った場合はそのパターン! 青の間で一人で食べるんだろう?」
「そうなるねえ…。そりゃあ、ブリッジとか食堂とかに持って行って食べてもいいけど……そうなると君じゃないけど栄養バランス云々ってことに」
好物満載のお弁当どころか逆パターン、とソルジャーは悔しそうな顔。
「ぼくの世界のゼルも食べ物にうるさいタイプなんだ。お菓子だけしか入っていないお弁当を持っているのがバレたら、籠いっぱいの野菜を持って来そうで」
「かみお~ん♪ ミキサーにかけて青汁なんだね!」
アレって美味しくないんだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。美味しく飲める青汁も作れるらしいですけど、普通に野菜をミックスすればもれなくマズイ青汁だそうで。
「…そう、その…青汁だっけ? 絶対、飲め! と押し付けられるよ。ゼルは薬で栄養を摂るのに反対だから間違いない」
そんな展開は嫌過ぎる、とソルジャーは顔を顰めています。会長さんはここぞとばかりに。
「君が作って貰った場合は一人で食べるんじゃなくてもアウト、と。やっぱり作る方に回るしかないね、でもって存在を周囲にアピール! 君のハーレイが手作りっぽいお弁当を食べていたなら、それはもう愛妻弁当しか無い。ブリッジだろうが、食堂だろうが」
「いいね、それ! 作ったのは誰か、って自然と話題になるわけだ」
ついにハーレイがぼくとの仲を認める時が、とソルジャーの瞳に強い光が。ソルジャーとキャプテンとの仲は二人のシャングリラではバレバレになっているそうですけれど、頑なにそれを認めないのがキャプテンだとも聞いています。
「ハーレイは思い切り抜けてるトコがあるから、誰が作ったお弁当ですか、と訊かれたら素直に答えそうだ。お弁当を作って貰える程に愛されているという自分の立場に気付かずに……ね」
目指せ、ハーレイとの公認の仲! とソルジャーは思い切り燃え上がりました。明日から愛妻弁当だとか叫んでますけど、キャプテンの好物も知らない人に愛妻弁当なんて作れますかねえ…?



それから一週間ほどが経った土曜日のこと。いつものように会長さんの家のリビングでダラダラと過ごしていた私たちの前に、突然の来客が。
「かみお~ん♪ ぶるぅ、久しぶり~!」
「わぁ、ぶるぅだあー! いらっしゃい!」
ゆっくりしていってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。そっくりさんの「ぶるぅ」にお気に入りのアヒルちゃんのクッションを勧め、お茶とお菓子を用意しようとキッチンに走りかけましたが。
「えっとね、ぼくと、もう一人いるの!」
「「「は?」」」
「…すみません、お邪魔いたします…」
私が来たことは御内密に、とキャプテンが現れたではありませんか! えっと、御内密に…って、ソルジャーは? あ、ソルジャーに内緒でこっちに来るために「ぶるぅ」の力を?
「実は、秘密がバレそうでして…。その前にブルーを皆さんに止めて頂きたいと…」
お願いします、とキャプテンは深々と頭を下げました。秘密がバレるって、いったい誰に? それにソルジャーを止めろと言われても、私たちは向こうの世界に手を出すことは出来ないのですが…? 悩んでいる間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が塩煎餅をテーブルに。
「甘い物が苦手な人には御煎餅! 他の人は栗のスコーンでいいよね、お昼前だし」
「あ、そのぅ…。そんなに長い時間は…」
お昼までには戻りませんと、とキャプテンが慌て、横から「ぶるぅ」が。
「ブルー、今日も朝から頑張ってたよ! なんかね、ピンクのハートがどうとかって」
「……ぴ、ピンクのハート……」
それはマズイ、とキャプテンの額にびっしり汗が。
「こ、この通りの有様でございまして…。ブルーが毎日、お弁当を作ってくれるのです…」
「マズイわけ?」
料理の腕は良くなさそうだね、と会長さんが訊くと、キャプテンは。
「いえ、味はそこそこいけるのです。…なんでも、こちらのドクター・ノルディに初心者向けのレシピを色々貰ったとかで、正直、まずくはありません。むしろ美味しいと言った方が…」
「だったら問題ないじゃないか。ブルーの愛妻弁当だろう?」
「それです、愛妻弁当です!」
そこが非常にマズイのです、とキャプテンは大きな身体を竦ませ、おませな「ぶるぅ」が。
「ブルー、愛妻弁当って言っているけど、大人の時間に効く薬とかは入れていないよ? そういう食べ物も入れていないし、いいんじゃないかと思うんだけど…」
おっきなピンクのハートマークくらい、とニコニコニコ。どうやらソルジャー、今日のお弁当にピンクのハートを描いてしまったみたいです。愛妻弁当の王道ですけど、何処がマズイの?



秘密がバレる前にソルジャーを止めてくれ、と依頼に来たキャプテン。そもそも秘密がどうバレるのか、ソルジャーをどう止めるのかすらも私たちには分かりません。会長さんが「ハッキリ言わないと分からないよ」と突っ込むと。
「………。ブルーとの仲がバレそうなのです、お弁当のせいで」
あんなお弁当を渡されましても、とキャプテンの眉間にググッと皺が。
「最初にお弁当を渡されたのは一週間前のことでした。作ってみたから是非ブリッジで食べてくれ、と言われまして…。何か意味でもあるのだろうか、と昼休みに蓋を開けましたら…」
「ハートマークでもついていた?」
会長さんの問いに、キャプテンは首を左右に振って。
「ごくごく普通のお弁当でした。ただし、こちらの世界のスタイルの…。そこに気付かず、添えられたお箸で食べておりましたら、ゼルが横から覗き込みまして…」
料理の腕前が素晴らしいというキャプテンの世界のゼル機関長。お弁当を見るなり「クラシックスタイルだのう」と呟き、自作したのかと質問が。キャプテンは素直に「これはソルジャーが…」と答えてしまい、その日以来、ブリッジクルーの誰もが昼食時間を楽しみにしているそうで。
「ブラウなどは肘で私をつついてニヤニヤしながら「ハーレイ、今日も愛妻弁当だねえ」と言うのです! ソルジャーのお心遣いなのです、と何度言っても聞き入れて貰えず…」
このままでは私たちの仲がバレます、と懸命に訴えているキャプテン。バレるも何も、とっくにバレバレじゃないですか、と言おうものなら卒倒しそうな雰囲気で…。
「ブルーは愛妻弁当呼ばわりを面白がっておりまして…。恐らく、それで今日はピンクのハートマークを…。お願いします、原因はこちらの世界にあるかと思いますので、どうかブルーを!」
「おやおや、ぼくがどうかしたかい?」
「「「!!!」」」
捜したよ、と声がしてフワリと優雅に翻るマント。ソルジャーの手にはランチョンマットに包まれたお弁当箱が。
「ハーレイ、今日のは力作なんだよ。こっちのノルディが愛妻弁当の定番ですって教えてくれてね、御飯の上にピンクのハートを描いたんだ。桜でんぶってヤツを使って」
「…ぴ、ピンク……」
「大丈夫、見た目ほど甘くはないから! 材料は魚らしいしさ」
今日もブリッジの人気者だよ、とキャプテンの首根っこを引っ掴むようにしてソルジャーは消えてしまいました。後を追うように「ぶるぅ」も大量のスコーンを抱えて姿を消して。



「…エスカレートしているみたいですね…」
本当に止めなくていいんでしょうか、とシロエ君が首を捻れば、キース君が。
「どうやってアレを止めるんだ? あっちの世界に行けるのか?」
「そ、それは…。ということは、このまま行ったら本当に秘密がバレバレに…」
マズイですよ、とシロエ君は焦っていますが、会長さんはのんびりと。
「問題ないだろ、ブルーは元々バレバレなんだって言ってるし。…それにね、ブルーの性格からして長期間続くわけがない! そしたら今度はどうなると思う?」
「「「…???」」」
「愛妻弁当がパッタリと消えてなくなるんだよ? こっちの世界なら夫婦喧嘩だとか仲が冷めたとか、離婚寸前とか、他にも色々」
「「「あー……」」」
容易に想像がつきました。ソルジャーがお弁当作りに飽きたら、キャプテンを待っているのは「別れたのか」とか「捨てられた」とかの不名誉な噂の乱舞です。早い話が放っておいてもカップル解消となるわけで…。
「ね? だから問題ないんだよ。それじゃ賭けようか、愛妻弁当がいつまで続くか」
「俺、あと三日!」
「ぼくは一週間で行きます、キース先輩はどうしますか?」
無責任に始まるトトカルチョ。グレイブ先生の八つ当たりに端を発した愛妻弁当を巡る騒ぎはまだ暫くは続きそうです。私は二週間に賭けましたから、ソルジャー、どうかあと二週間ほど、心をこめて愛妻弁当お願いします~!




         お弁当に愛を・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 今回、珍しい人に脚光が当たってましたが、グレイブ先生、愛妻家ですよ?
 そして来たる11月8日でシャングリラ学園番外編は連載開始から6周年です。
 感謝セールとは参りませんが、感謝の気持ちで今月は月2更新にさせて頂きます。
 次回は 「第3月曜」 11月17日の更新となります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、11月はスッポンタケ狩りの悪夢を引き摺っているようで…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv







 夏休みに入って、ブルーがハーレイに会える日は劇的に増えた。平日でも家を訪ねてくれるし、もう嬉しくてたまらない。研修や柔道部の試合などで来られない日があったとしても、ほんの一日だけの我慢で。今日もそういう日だったのだが、ブルーは朝から張り切っていた。
 八月初めのよく晴れた空は怖いほどに青く、その向こうの宇宙まで見えそうな気がする。そんな空の下、今日は一人で出掛ける予定。朝食を済ませて時計を見れば丁度いい時間。
 支度を整えて家を出ようとしたら、母が「忘れてるわよ」と頭に帽子を被せた。ブルーくらいの年の男子がよく被っているものとは違って、広いつばが頭をぐるっと取り巻く帽子。
「暑くなりそうだから気を付けるのよ。帰りが暑い盛りだったらタクシーに乗って帰りなさい」
 暑い中を沢山歩かないよう注意された。ブルーは生まれつき身体が弱くて、無理をすればすぐに倒れてしまう。だから学校に行く時もバス。同じ距離でも自転車や徒歩の生徒が殆どなのに。
「ブルー、ホントに大丈夫? ママが一緒に行かなくていい?」
「うん、平気! 暑くなる前に帰って来るから!」
 昼食前には家に帰ると約束をして、ブルーは母に「行ってきます」と手を振った。目指すは町の中心部にある百貨店。今から行けば昼までに充分帰ってこられる。
(…ふふっ)
 家から少し先のバス停で目的地行きのバスに乗ったブルーは胸を躍らせていた。



 あと三週間と少しで八月二十八日、大好きなハーレイの誕生日が来る。
 ハーレイは三十八歳になってしまって、十四歳の自分との年の差が一段と大きく開くけれども。ブルーの年の二倍にプラス十歳、そう思うとちょっぴり寂しいけれど。
(…ハーレイの本当の年はともかく、見かけの年はもう止まってるものね)
 再会して直ぐにハーレイは約束してくれた。これ以上の年を取るのはやめて、ブルーが前の生と同じ姿に育つのを待つと。
 だから年の差を縮めることは出来なくても、見かけの上での差はこれからは縮まる一方。大きくなればハーレイと一緒に何処へでも行けるし、二人で暮らせるようになる。
(もしハーレイが年を取るのを止めなかったら、どうなったのかな?)
 出会った頃にハーレイが話してくれた。もしもブルーに会わなかったら、まだまだ年を取る予定だったと。水泳はともかく、柔道の方は威厳がかなり大切らしい。
(まさかゼルみたいに禿げちゃったりはしないと思うけど…)
 それでも金髪に白髪が混じるとか、もう完全に白髪とか。顔に皺だって出来ただろう。
(そうなっちゃう前に会えて良かった!)
 前とおんなじハーレイだものね、とブルーの胸が暖かくなる。
 自分は小さすぎたけれども、ハーレイは前とそっくり同じ。キャプテンの制服でシャングリラのブリッジに立てば、誰も違いに気付かないだろう。そのシャングリラはもう無いけれど…。
(だけどハーレイはちゃんと居るしね!)
 そしてもうすぐ誕生日。その特別な日をお祝いしたくて、ブルーはバスに乗ったのだ。



 百貨店の前のバス停で降りて、目的の売り場があるフロアに向かう。ブルーくらいの年頃の子は同じ売り場でも別の品物がお目当てのようで、そちらの方に群れている。しかしブルーが買いたい物は其処には無くて、もっと奥まった静かな所にひっそりと並べられていた。
(わあっ…!)
 置いてある場所は記憶にあったが、来るのは何年ぶりだろう。ガラスケースの中に並んだそれに胸が高鳴る。前の生でハーレイが愛用していた羽根ペン。それにそっくりな物もあったし、ペンの軸に繊細な細工を施したものや、目にもカラフルな赤や青や緑の羽根の物など。
(…凄いや…。でもハーレイに似合うのは…)
 断然これ! とケースを覗き込み、インク壺や替えのペン先とセットで専用ケースに収められた白い羽根ペンの値札を眺めて愕然とした。ブルーの予算の五倍以上もする値段。
(…た、高すぎるよ…)
 他のペンは、と縋るような気持ちでケースの中を隅から隅までガラス越しに確認してみたのに。
(……羽根ペンってこんなに高かったんだ……)
 前の生ではハーレイの羽根ペンは人類側から奪った物資に紛れていた品で、輸送用の箱に山ほど詰まっていたから値段なんか考えもしなかった。ハーレイだけしか使わなかったせいで新たに調達することもなくて、使い切る前にハーレイの生は終わったと思う。
(どうしよう…)
 一番安い値段のペンでも、ブルーのお小遣いの二ヶ月分。大好きなハーレイへの初めての誕生日プレゼントだから、奮発してお小遣い一ヶ月分はつぎ込むつもりで家を出て来た。なのに一ヶ月分では手も足も出ない、この値段。
(…貯めてあるお金を使えば買えるけど…)
 買えないわけではなかったけれども、お小遣い一ヶ月分で買えないからには子供の自分には高価すぎる品だということだ。そんなプレゼントを背伸びして買って、贈ったとして。
 受け取るハーレイは本当に喜んでくれるだろうか?
 「最近、欲しいような気もするんだ」と言っていたから、売り場に来たこともあるだろう。当然値段も知っているわけで、ブルーが買うには高すぎることも分かる筈。
(……どうしよう……)
 でもハーレイにはプレセントしたい。どうせなら最初に「これだ」と思った羽根ペン。思い切り高い値段のペンでも、ハーレイにはそれが一番似合う。
(…………)
 他の品物をプレゼントするか、思い切って羽根ペンを買うことにするか。
 此処で考えていても買えるだけのお金は持っていないし、今日の所は諦めて帰ることにした。暑くなる前に家に戻らなければ母も心配するだろうから。



 航宙日誌の話を聞いた時からブルーの心に刻まれた羽根ペン。その後ハーレイに何度も何度も、「羽根ペン、買った?」と訊いてみたものだ。
 しかしハーレイは「使いこなせないような気もするからな」と煮え切らなくて、それでも欲しい気持ちはあるようで。だから誕生日にプレゼントしようと思った。前の生でハーレイが使っていたものと良く似た羽根ペンを買って、机の上に置いて欲しかったから。
(…使えなかったら飾りでいいから、前と同じのをハーレイに持ってほしいのに…)
 そして航宙日誌を書いていた頃に思いを馳せて欲しい、とブルーは願う。自分の背丈が今よりも高くて、子供の声ではなかった頃。ハーレイと本物の恋人同士で、毎日キスを交わしていた頃…。
 沢山の大切な思い出が詰まった、ハーレイだけしか其処に書かれた文字に宿った思いが読めない航宙日誌。それを綴ったペンそっくりの羽根ペンを贈りたかったのに…。
(……高すぎるなんて……)
 買って買えないことはない。けれど十四歳の子供が買うには高価に過ぎるプレゼント。
(…ハーレイにプレゼントしたいのに…)
 他の品物なんて思い付かない。来年はまた別の何かを贈るのだろうけれど、今年は羽根ペンしか考えられない。どうしてもハーレイに贈りたかったし、羽根ペンを持って欲しかった。
(…でも……)
 高すぎるプレゼントを贈られたハーレイが喜ぶかどうか。「ありがとう」と言ってくれることは絶対に間違いないし、嬉しそうに笑ってくれるとも思う。しかし心の奥の方では「無理をしたな」なんて考えそうだし、却って心配されそうだ。ブルーのお小遣いが減っただろう、と。
(…でも、あげたいよ…)
 どうしても羽根ペンが諦められない。あれから毎日考え続けて、ハーレイと会う度にもっと羽根ペンが欲しくなる。大好きなハーレイの机に羽根ペン。その光景まで目に浮かぶようだ。
(…ねえ、ハーレイ…。本当に羽根ペン、あげたいんだけどな…)
 今日もハーレイが来てくれていて、最初のお茶はブルーのお気に入りの場所になった大きな木の下の白いテーブルと椅子で。庭の木陰は涼しい風が抜けてゆくけれど、ブルーの心は少し重たい。
 プレゼントしたくてたまらない羽根ペンを、どうしたら諦められるんだろう…?



 そんなブルーの心の重荷にハーレイが気付かないわけがない。
 少し前からたまに見かける、もの言いたげなブルーの瞳。ゆらゆらと揺れる赤い瞳が何を奥底に沈めているのか、何を憂えて波立つのか。思い詰めたような風に見える日もあれば、逆に煌めいている時もあって分からない。
 分からないままに時が流れて、赤い瞳はますます深い色を増す。木漏れ日が銀色の髪にチラチラと踊っているのに、ブルーの表情は今も冴えない。
(…流石にそろそろ訊いた方がいいな)
 向かい合わせでアイスティーを飲みながら、ハーレイはそう考えた。ブルーが何かに悩んでいるなら、悩みを聞いてやるべきだろう。それは恋人として当然のことで、教師としてもまた同じ。
(ただなあ…。とんでもないコトを言いかねないしな)
 自分とキスが出来ない悩みや、それ以上のことを言われても困る。ブルーの望みは「本物の恋人同士」として結ばれることで、その望みには決して応えられない。
(…その手の悩みなら、訊くのは今だな)
 二階にあるブルーの部屋とは違って、庭で一番大きな木の下に据えられた白いテーブルと椅子は家の一階に居るブルーの母が見ようと思えば見られる場所。それだけにブルーもキスを強請ったりしないし、ハーレイの膝に座りもしない。
 ブルーの悩みが恋に纏わるものであったなら、この場所で聞いてバッサリ切ろう。
 決意を固めたハーレイはブルーに向かって問い掛けた。何か悩んでいるんじゃないか、と。
「俺で良かったら何でも聞くぞ? どうした、最近、何処か変だが」
「………。……羽根ペン…」
「はあ?」
 ハーレイは口をポカンと大きく開けた。
 羽根ペンとは、あの羽根ペンだろうか? 前世の自分が愛用していた羽根付きの…?
「羽根ペンって、なんだ?」
「……もしかしてもう、買っちゃった?」
 縋るような視線に「やはりアレか」と確信したものの。どうしてブルーが羽根ペンのことで悩む必要があるのだろう? さっぱり理由が分からないままに、ハーレイはブルーの問いに答えた。
「いや、まだ買ってはいないんだがな…。どうも使える気がしなくってな」
「そうなんだ…。ハーレイにプレゼントしたいのに…。そう思って買いに行ったのに…」
 高すぎて買えなかったんだ、とブルーはポロリと涙を零した。貯めてあるお金を使って買ってもハーレイはきっと喜ばないよね、と…。



「……そうだったのか…。羽根ペンなあ……」
 確かに子供のお前が買うには高いな、とハーレイは「うーん…」と腕組みをした。
「しかしだ、お前は俺に羽根ペンを贈りたい、と。…そういうことだな?」
「……うん」
 ブルーの瞳が悲しげに揺れる。買いたいけれども、買えない羽根ペン。それをハーレイのために贈りたいのに、どうにもこうにもならないのだ…、と。
 どうしてブルーが羽根ペンだなどと考えたのか、心当たりはしっかりとあった。前に羽根ペンの話が切っ掛けになって話して聞かせた前世の自分の航宙日誌。あれ以来、ブルーの中で羽根ペンは特別な存在になったのだろう。前の生での自分との恋を綴った思い出の文具として。
 それをブルーがくれると言うなら悪くない。おまけに再会して初の誕生日のプレゼントだ。否は無いのだが、ブルーが買うには高すぎる。どうすれば…、と思いを巡らせた末に。
「ブルー、羽根ペンを俺に買ってくれるか? …少しでいいから」
「…少し?」
 キョトンとするブルーに説明してやる。
「羽根の毛筋の一本分か二本分なのかそれは知らんが、要は少しだ。お前が出せる分だけでいい。残りの分は俺が自分にプレゼントするさ、丁度いい機会ってことになるしな」
 羽根ペンはやっぱり欲しいからな、とハーレイは片目を瞑ってみせた。
「何度か売り場に行ってみたんだが、どうも決心がつかなかった。…使いこなせる自信が無いし、飾りにするのもなんだかなあ…。だが、誕生日のプレゼントだったら話は別だ」
 つまり一種の記念品だろ、とブルーに自分の考えを話す。
「…記念品だったら、使いこなせなくて机の飾りになっちまっても立派に言い訳が立つからな? これは誕生日にお前に貰った飾りで、キャプテン・ハーレイ風の置き物なんです、と」
「キャプテン・ハーレイ風なんだ?」
 ブルーはプッと吹き出した。確かにそれっぽい演出にはなるが、ハーレイが羽根ペンを机の上に飾ってキャプテン・ハーレイ風なんて…。ハーレイの前世はキャプテン・ハーレイで、ごっこ遊びなんか始めなくても本物のキャプテン・ハーレイなのに…!



 ブルーが頭を悩ませていた羽根ペンの問題は解決した。代金の一部をブルーがお小遣いで払い、残りはハーレイが自分で支払う。これでブルーは羽根ペンをハーレイにプレゼント出来るし、買うハーレイは「記念品」という使いこなせなかった時のための大義名分が手に入るわけで。
「…一緒に買いに行きたかったな…」
 行きたいなあ、と呟くブルーにハーレイが返す。
「先生と生徒でかまわないなら、俺は同行を許してやるが」
「つまんないってば!」
 ハーレイと二人で腕を組んで買いに行けるのだったら大喜びだが、教師と生徒として行くのでは学校で使う文具の買い出しとまるで変わらない。そしてハーレイは間違いなくブルーを生徒として扱う筈だし、ブルーも「ハーレイ先生」と呼ばねばならず…。
 脹れっ面になったブルーの前には、ハーレイが貰って来た羽根ペンのカタログがあった。母から丸見えの木の下ではなく、ブルーの部屋のテーブルの上。母が置いていったお茶やお菓子を脇の方に寄せて、二人でカタログを覗き込む。
「ぼくが買いたかったのは、これなんだけど」
 カタログを端から端まで眺めた後で、ブルーはあの日に百貨店で見た羽根ペンはこれだ、と確信した。白い羽根がついていて、インク壺と替えのペン先とペン立てがセット。前の生でハーレイが使っていたペンと驚くほどに良く似た羽根ペン。
「やっぱりコレか…。俺も前から見ていたんだよな、買うんだったらコレにするか、と」
「絶対これだよ、これが一番ハーレイに似合うよ」
「そうだな、これをお前に貰うとするか。…お前の見立てなら間違いないさ」
 明日にでも買いに行ってこよう、とハーレイはブルーに約束した。
「カタログを貰ってくる時に確認しておいたが、どれも在庫は沢山あるそうだ。売り切れることはまずありません、と言っていたから間違いなく買える」
「忘れないでよ、このペンだからね!」
「俺も前から欲しかったヤツだぞ、忘れるもんか。…忘れちゃいかんのは配達の日だな。誕生日の朝一番で届く便を指定しておかないと」
 その日でなければブルーから貰う意味が無い、とハーレイが笑う。朝一番で受け取ったそれを、ブルーの家に持って来て渡して貰うのだ、と。
「お前の手で俺に渡して貰って、それから箱を開けるのさ。それでこそ誕生日プレゼントだ」
「ふふっ、そうだね。…ぼくは少ししかあげられないけど」
 羽根ペンの毛筋一本分だか、二本分だか。それがぼくからのプレゼント。
 大好きなハーレイの誕生日には、ハーレイに似合う羽根ペンをプレゼント出来るんだ…。



 そうしてハーレイは羽根ペンを買った。
 「ちゃんと買ったぞ」と言っていたから、誕生日の前の晩、ハーレイが「また明日な」と帰っていった後で綺麗な封筒を出してきて代金を入れた。羽根ペンを買いに出掛けたあの日に決めていた予算と同じだけ。ぼくのお小遣い、一ヶ月分。今のぼくには、これでも大金。
(えーっと…)
 お金だけ入れるのは恋人らしくないし、便箋に何か書こうとした。だけど…。
(これって、もしかしてラブレター?)
 そう考えたら何を書いたらいいのか分からなくなって、結局、短くこう書いた。「ぼくのお金、ちゃんと使ってよ?」って。どうしてそういう気がしたのかは分からないけれど、ハーレイは使う代わりに封筒ごと仕舞い込みそうだったから。



 八月二十八日は朝から綺麗に晴れて、ハーレイの誕生日をお祝いしているようだった。夏休みの終わりが近いけれども、それでも今日は特別な日。あと三日でハーレイと平日も自由に会える夢の時間が終わるのだとしても、やっぱり最高に嬉しくなる日。
 ハーレイはこの日に生まれて来た。
 ぼくたちが出会った青い地球の上に、三十八年前の夏のこの日に。
 朝早くに目が覚めてしまって、いつもより早く朝御飯を食べて部屋を掃除して、窓辺で待った。大好きなハーレイが歩いてくるのを、生垣越しに手を振ってくれる姿を。
「ブルー、おはよう!」
 持って来たぞ、と門扉の前でハーレイが紙袋を高く差し上げた。あの中に羽根ペンの箱がある。母が門扉を開けに出て行って、ハーレイが庭に入って来る。もうすぐだ。もうすぐ、もうすぐ…。
 階段を上って来る足音が二人分。ハーレイと、案内してくる母と。扉がノックされてガチャリと開いた。
「おはよう、ブルー」
 いつもの穏やかな笑顔のハーレイに「おはよう」と挨拶する間も心臓のドキドキが止まらない。母がお茶とお菓子を用意する間もドキドキしていて、何を話したのか記憶に無い。やっとのことで扉が閉まって、階段を下りてゆく足音が消えて…。
「ハーレイ!」
 ぼくはハーレイの大きな身体に飛び付くようにして抱き付いた。
「ハーレイ、お誕生日おめでとう!」
「ははっ、予想以上の大歓迎だな。ありがとう、ブルー。俺も三十八歳か…」
 お前より二十四歳も上だ、と笑いながらハーレイが椅子の上に置いてあった紙袋を示す。
「ほら、ブルー。約束通りに渡してくれよ。…お前からの誕生日プレゼントをな」
「うんっ!」
 ハーレイの胸から離れて紙袋からリボンのかかった箱を取り出した。ぼくが買いに行った時には買えなかった羽根ペンが入った専用ケース。ちゃんと包装紙で包んである。思っていたよりも重いその箱を、ドキドキしながら両手で持って。
「ハーレイ、これ…。これ、ぼくからのプレゼント…」
「くれるのか? 俺はとっくの昔に今年の誕生日プレゼントを貰ったんだが」
「えっ?」
「お前だよ、ブルー。…お前に会えた。それが最高のプレゼントだった」
 そう言って箱ごとギュッと強く抱き締められた、ぼく。羽根ペンよりも嬉しかったとハーレイは何度も繰り返したけど、ぼくは羽根ペンをあげたかったんだ。そう言ってくれるハーレイだから。



 それからハーレイがリボンをほどいて、包装紙を外してケースを開けた。
 出て来た羽根ペンはぼくが欲しかった羽根ペンそのもので、プレゼント出来たことが嬉しい。
「ハーレイ、これ…。ぼくが払う分」
 机の引き出しから持って来た封筒を、ハーレイは受け取ってじっと眺めてから。
「ありがとう、ブルー。お前からのプレゼントは確かに貰った」
 中も確かめずに仕舞おうとするから、ぼくは念を押した。
「そのお金、ちゃんと財布に入れてよ? でなきゃプレゼントにならないし!」
「分かってるさ。だがな、受け取って直ぐに中を確かめたり、財布に入れるのはマナー違反だ」
 家に帰ったらきちんと入れる、とハーレイは約束してくれたけど…。
 大丈夫かな? ちょっと不安が残る。
 でも、羽根ペンをケースから出して書く真似をするハーレイがあまりにも様になっていたから、そんな気持ちは何処かへ消えた。前世で航宙日誌を書いていた時の姿が重なって見える。堅苦しいキャプテンの制服と違って、何処にでもある半袖シャツ。それなのに羽根ペンが似合ってる。
「…やっぱりハーレイに似合うね、羽根ペン」
「そうか? …俺に似合うかどうかはともかく、確かに懐かしい感じはするな」
 嬉しそうに手を動かしてみるハーレイを見ていたら、ぼくの嬉しさも膨らんでゆく。もう幸せで胸がはち切れそうな気がしてくるほど、嬉しくて幸せでたまらない。
 ハーレイがこの地球に生まれて来た日。
 三十八回目のその誕生日を一緒に祝えて、あげたかった羽根ペンもプレゼント出来た。
 なんて幸せなんだろう。なんて嬉しい日なんだろう。
 今日がハーレイの生まれて来た日。この地球の上で、ぼくが生まれるのを待つために…。



 ぼくたちが出会って最初に迎えた、二人で祝う誕生日。
 パパとママが一緒の夕食の席もハーレイの誕生日をお祝いする御馳走で溢れ返って、ハーレイはパパから「私たちからのプレゼントです」と立派な箱入りのお酒を貰っていたけれど。
 その箱と羽根ペンが入った箱とを大事そうに持って、「また明日な」とぼくを一人で置き去りにして家に帰ってしまったけれど…。
 でも、今日からハーレイの机の上にはぼくがプレゼントした羽根ペンがある。
 今日の日記にぼくのことを書いてはくれないだろうけど、読み返したら思い出せる筈。
 日記も航宙日誌と同じで、綴った文字から記憶が見えると思うから。
 ハーレイが最初に羽根ペンを使って何か書くのはいつだろう?
 ぼくなら絶対今日にするけど、ハーレイは慎重で几帳面だから、沢山沢山試し書きをして上手になったと思う頃まで文章なんかは書かないかもね…。



 ハーレイの三十八回目の誕生日。
 朝からはしゃぎ過ぎたブルーが疲れてベッドにもぐって、ぐっすり眠ってしまった頃。ブルーの家から何ブロックも離れた場所にあるハーレイの家の書斎はまだ煌々と明りが灯っていた。
 机の上には、今日、ブルーから箱ごと手渡して貰ったばかりの羽根ペンやペン立てやインク壺。ずっと昔から其処に在ったかのような気がするそれらを、ハーレイは何度も眺め回しては。
「…見た目と使いやすさは別だな、俺の手にはまだ馴染まんな…」
 前はどうしてコレが愛用品だったのか、などと呟きながらもハーレイは嬉しそうだった。広げた紙に幾つも、幾つも、繰り返し書かれたブルーの名前。それがハーレイの試し書き。
 羽根ペンの先をインクに浸して、さて何を書こうかと考えた時に浮かんだブルーの名前。意味もない線や丸を書くよりも、それが相応しいと思って書いた。
 前の生では『ソルジャー』の尊称無しでは数えるほどしか書いたことがないブルーの名前。その名を尊称抜きで書けるのが普通になった今の生。そしてブルーがくれた羽根ペン。ブルーの名前しか思い付かないまま、何度も、何度も書いて、書き続けて。
「…よし。こんなもんかな」
 ハーレイはブルーが昼間に「ちゃんと使ってよ?」と渡した羽根ペン代の入った封筒を出して、その裏側に羽根ペンで丁寧に、それは丁寧に初めての文を書き付けた。「ブルーに貰った羽根ペン代」という短いそれを文と呼ぶのか、古典の教師のハーレイにも自信は無かったけれど…。
「これで良し。今日の記念にピッタリだしな」
 インクが乾いたら引き出しの奥に大切に仕舞っておこう、とブルーの顔を思い浮かべて微笑む。使って欲しいと念を押されたが、使う馬鹿などいるものか。
 長い長い時を経て生まれ変わって出会えたブルー。前の生から愛し続けてやまないブルー。その大切な恋人が新しい生で初めてくれた誕生日プレゼントの羽根ペン代を使うなど、馬鹿だ。決して使わず取っておこう、と心に決めて。
「…さてと、今日の日記も書かないとな」
 そちらは慣れたいつものペンで。切り替えるのは羽根ペンが手に馴染んでから、と考える。机の引き出しから日記を取り出し、今日の天気などを淡々と書き込み、その最後に。
 「三十八歳の誕生日。自分に羽根ペンをプレゼントした」と、短く綴った。羽根ペン代の一部を払って贈ってくれたブルーの名前は何処にも書かれていなかったけれど、それがハーレイの日記の流儀。自分がこの日の日記を読む時、脳裏には鮮やかに蘇る。
 三十八回目の誕生日を迎え、ブルーから羽根ペンを貰ったことが……。




       白い羽根ペン・了




※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






新しい年が明け、今年も行事が盛りだくさんに。元老寺での年末年始に始まり、初詣やらシャングリラ学園名物の闇鍋などを経て水中かるた大会で一応、一区切りつきました。かるた大会優勝の副賞でゲットしたグレイブ先生と教頭先生による寸劇は素敵なもので…。
「グレイブ先生、今日もなりきってたね」
終礼でもポーズをキメていたよ、とジョミー君が教室のある校舎の方向を眺め、キース君が。
「当分は後遺症が残るんじゃないか? ギターを鳴らせばこう、ジャンッ! と」
「思いっ切り情熱的でしたしねえ…」
凄かったです、とシロエ君。
「教頭先生も残ったままでらっしゃるんでしょうか、後遺症…」
「とっくにバレエになってんでねえの?」
あっちの方が長いもんな、とサム君が言う通り、教頭先生の十八番はクラシックバレエ。今もレッスンに通っておられますけど、その発端は私たちが普通の一年生だった時の寸劇です。それが今回はフラメンコ。例によって会長さんがサイオンで技術を叩き込んだわけで。
「でも女性役の方が大きいってだけでお笑いになるのね、フラメンコ…」
スウェナちゃんが思い出し笑いをすれば、マツカ君が大真面目に。
「衣装のせいもありますよ、きっと。教頭先生にあのドレスは……ちょっと…」
「グレイブ先生はカッコ良かったけどね」
その落差がね、とジョミー君。グレイブ先生は黒い衣装に赤のベルトでビシッと決めてらっしゃいましたが、教頭先生のドレスは真っ赤な地色に黒の水玉という派手さ。フラメンコだけにフリルびらびら、それを翻して華麗にステップ。
「…教頭先生はともかく、グレイブ先生はノッておられるしな…」
「教室に来るなり「オレ!」だもんねえ…」
そしてビシッと決めポーズ、と回想モードなキース君とジョミー君に釣られて、私たちも昨日のフラメンコを熱く語っていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がワゴンを押して来ました。
「かみお~ん♪ 今日はクレープシュゼットだよ! アーモンドのヌガーペースト入りなんだ♪」
「「「えっ?」」」
なんじゃそりゃ、と聞いてビックリ。クレープシュゼットってオレンジなんじゃあ…?
「あのね、フラメンコの国のお菓子はヌガーが多いの! ちゃんと仕上げはオレンジだよ」
クルクルクル…とオレンジの皮を剥き、ジュースを絞ってグランマニエも加えてフランベ。冬に嬉しい温かいお菓子、アーモンドヌガーでちょっと特別。
「うん、美味しい! フラメンコ万歳!!」
たまに変わったお菓子もいいよね、とジョミー君が絶賛、私たちも揃って舌鼓。あれ? だけどなんだかノリが変な……ような……?



不思議な風味のクレープシュゼット。情熱の国に相応しく甘く、グレイブ先生に差し入れしたら「オレ!」と踊り出しそうです。教頭先生も踊るかもよ、と笑い転げていたのですけど。
「………おい」
キース君が会長さんに声を掛けました。
「あんた、さっきからどうしたんだ? 全然、話に入って来ないが」
あっ、違和感の正体はソレでしたか! いつもだったら先頭に立ってワイワイ騒ぐ会長さんが変なのです。黙って紅茶のカップを傾け、黙々とお菓子を頬張るだけで…。
「……返事どころか、まるっと無視か?」
何処か具合でも悪いのか、とキース君が重ねて訊くと、会長さんはハッと顔を上げて。
「…えっ? ごめん、今、何か話しかけてた?」
「………重症だな………」
帰って寝ろ、とマンションの方角を指差すキース君にジョミー君たちも加わりましたが、会長さんは「大丈夫だよ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に同意を求め…。
「ちょっとね、夜更かししちゃったものだから…。そうだよね、ぶるぅ?」
「んとんと…。先に寝ちゃったからよく知らないけど、ブルー、寝起きが悪かったよ」
「え? 俺は全然気付かなかったぜ?」
朝のお勤めに行ったけど、と驚くサム君。
「いつもどおりにシャキッとしてたし、朝飯も普通に食ってたし…」
「そりゃあ、ぼくも一応、高僧だしね? お勤めとなれば自然と背筋が伸びるものだよ、お弟子さんの前で欠伸をするようなヘマはしないさ」
だけど眠気は残るもの、と会長さん。
「君たちが授業に出ている間に昼寝をすれば良かったんだろうけど…。ついついウッカリ」
「何してたわけ?」
ジョミー君の遠慮ない問いに、返った答えは。
「アニメ観賞」
「「「は?」」」
会長さんってオタクでしたっけ? 夜更かしの果てに寝起き最悪、それでも延々と見続けるほどアニメにハマッてましたっけ…?
「あ、違う、違う! オタクがどうこうって言うんじゃなくって、懐かしのアニメってヤツを見始めたら止まらなかっただけ! なにしろ劇場版も沢山」
「「「………」」」
オタクじゃないか、と喉まで出かかった台詞を全員がグッと飲み込みました。伝説の高僧、銀青様にして三百年以上も生き続けている私たちの長のソルジャー・ブルー。長生きしてれば趣味の範囲も広がるだろう、と納得するのが無難そうです…。



会長さんが観賞していたらしい劇場版も多数のアニメ。昨日は寸劇のフラメンコで学校中が盛り上がったのに、どうして急にアニメなんかを……と思ったら。
「コレ、コレ。…突然、思い出しちゃってさ」
フラメンコとは無関係だけど、と再生された短い動画。クラシック風の曲に合わせて巨大ロボットならぬメカっぽいものが二体、飛んだり跳ねたりしながら敵を攻撃してゆきます。えーっと、これって有名なアニメでしたよねえ? 多分…。
「君たちも知っているんじゃないかな、思い切り有名なヤツだから」
「…俺たちの宗教とは真逆だがな。アダムとイブに使徒とくればな…」
そんなヤツまで見ていたのか、と呆れ顔のキース君の横から、シロエ君が。
「ぼくも興味はあったんですけど、なんだか話が難しすぎて…。でも、この回は面白かったです。二つに分身した敵が本領を発揮する前に二体同時に攻撃を、ってコンセプトでしたっけ?」
「そう! 初号機と弐号機でユニゾン攻撃。いつか寸劇をコレの着ぐるみでやるのもいいかな、と思い付いたら、ついつい全部…。いい感じだと思わないかい、寸劇で踊って見せるユニゾン攻撃!」
こんな風に、と再び動画。えーっと……派手にドンパチやってますけど、その辺は会長さんなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーと銘打って適当に誤魔化しそうです。元ネタは1分となっていますが、そこも適当にアレンジしちゃって…。
「きっとウケると思うんだよねえ、元ネタを知らなくってもさ。ビジュアルだけで人目を引くし、フラメンコよりも華々しいかと」
「あんた、なんでこんなのを思い出したんだ? 何処でフラメンコと繋がると?」
分からんぞ、とキース君が尋ねれば、会長さんは舌をペロリと出して。
「人型の兵器を意のままに操るって辺りかな。昨日のフラメンコは技を伝えて踊らせてたけど、ハーレイもグレイブも自分の意思で踊ってる。そこをもう少し突っ込めないかな、と…。で、二人揃って見事に動かせたら凄いよね、と考えていたら…」
「こうなった、ってわけですか」
分からないでもないですが、と相槌を打つシロエ君。
「でも、会長…。汎用人型決戦兵器って暴走が売りじゃなかったかと」
「「「…汎用…???」」」
長ったらしい名称を出されても分かりません。会長さんがゆっくり復唱してくれました。
「汎用人型決戦兵器。コレの正式名称なんだよ、シロエの言う通り、意思を持ってて暴走する。これ自体が一種の生命体でね、乗り込んだ人間がシンクロすることで意のままに動かすことが出来るという…」
ハーレイとシンクロする気はないけど面白そうだ、と会長さん。寸劇程度の時間だったら暴走されずに操れるかも、と思い付いちゃったらしいです。フラメンコの次はオタク趣味ですか、そうですか…。



教頭先生とグレイブ先生を意のままに操り、アニメの名シーンを舞台で再現。会長さんのぶっ飛んだ発想には驚きですけど、次の寸劇は一年後です。それまでに忘れるに違いない、という気がするのもまた事実。ボーッとするほど一気に見ていた懐かしアニメでも、きっと…。
「ふうん…。こっちの世界って独特だよねえ…」
まさに異文化、とフワリと翻る紫のマント。
「「「!!!」」」
「こんにちは。…ぼくの分もクレープシュゼット、あるかな?」
「かみお~ん♪ お代わりついでに作れるよ!」
お代わりが欲しい人は手を挙げて、と言われて全員が勢いよく挙手。会長さんも先刻までとは打って変わって素早く反応しましたけれど、右手を挙げた状態で視線はソルジャーに。
「…なんで来たわけ?」
「話が面白そうだったから」
ついでにお菓子にも興味アリ、とソルジャーはソファに腰掛けて。
「汎用人型決戦兵器ねえ…。ぼくの世界はこの世界よりも科学が発達しているけれど、こういうのとか巨大人型ロボットとかに乗り込んで戦った時代は無いよ? 効率的な兵器だったら実用化されていただろうから、お伽話の兵器だよね」
「うーん…。言われてみればそうなのかも…」
よくあるパターンだから馴染んでいた、と応える会長さん。地球が荒廃してしまうような遙かな未来に生きるソルジャーが「存在しない」と言い切るからには、巨大な人型兵器は恐らく実現しないのでしょう。まあ、実用化されるような物騒な世界になっても困るんですけど…。
「それでさ、夢の汎用人型決戦兵器だけどさ。…寸劇とやらで披露するより内輪で楽しくやらないかい? ぼくも協力しちゃうから」
「「「は?」」」
妙な台詞を吐いたソルジャー。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がワゴンを押して現れ、クレープシュゼットの時間です。オレンジを剥いて、照明を落としてしっかりフランベ。熱々がお皿に取り分けられるまで、話はクレープ一色でしたが。
「…うん、美味しい! 昨日のフラメンコも凄かったけれど、ハーレイならもっと…」
楽しく面白くやれるのでは、とフォークを手にして微笑むソルジャー。
「汎用人型決戦兵器にするなら、踊らせるよりも暴れてなんぼ! 暴走が売りの兵器なんだろ、破壊の限りを尽くすとかさ」
「…何処で?」
まさか校舎のガラスを割るとか、と会長さんの顔が引き攣り、キース君が。
「その手の古い歌があると聞いたな、盗んだバイクで走り出すとか」
「何さ、それ?」
知らないよ、とジョミー君が言い、コクコク頷く私たち。キース君は「しまった」という顔をしています。
「…お前たちには古すぎたか…。大学のOB会で人気の曲なんだ。夜の校舎窓ガラス壊して回ったと歌うヤツもあってな、こう、替え歌が色々と」
阿弥陀様は流石に壊さないが、と話すキース君の先輩たちが何を壊す歌を作っていたのかは聞きそびれました。え、何故かって? それはもちろん…。



「いいねえ、壊して回るんだ? それで行こうよ」
絶対ソレ、とソルジャーの瞳が輝いています。
「ハーレイだったら瓦を割るとか出来るだろう? 何枚も重ねたヤツをドカンと」
「…あれは空手で柔道じゃないよ」
出来ないと思う、と会長さんが返すと、ソルジャーは。
「分かってないねえ、そこを操って意のままに! 汎用人型決戦兵器は瓦くらいは割らなきゃね。もちろん怪我をしたら困るし、フォローしながら」
「うーん…。瓦を割るなら寒稽古もセットでつけたいかも…」
フォローつきなら、と会長さん。
「寒稽古? なんだい、それは?」
「今みたいに冬の寒い最中を寒と言ってね、その時期に川に入ったりする武道の修行さ。川にザブザブ入って行ったら楽しいかなぁ、と。本人の意識は消えていないし、さぞパニックになるだろうと」
瓦割りだと自分に自信がつくだけだ、と会長さんも乗り気になってきたらしく。
「君が壊させるのは瓦なんだよね、他には何を?」
「ハーレイの反応次第かなぁ? 夢の新居をブチ壊させたら楽しそうだけど、家を壊すほどのパワーは無いから窓くらい…?」
「家具なら頑張れば壊せると思うな」
それこそ泣きの涙だろうけど、と会長さんの瞳もキラキラ。
「ハーレイの夢の夫婦茶碗は壊しておきたい。自分で叩き割ったんだったら嫌でも諦めがつくだろうしね」
「「「………」」」
夫婦茶碗というのはアレか、と頭を抱える私たち。教頭先生が欲しくてたまらなかった夫婦茶碗を餌に会長さんが遊びまくって、挙句の果てに片方を真っ二つに割ってプレゼントしたことがあるのです。教頭先生は割られた方を修理に出して、今も大切に飾っているわけで。
「じゃあ、コースとしては瓦を割ってから寒稽古かな? 川から瞬間移動で家に送り届けて破壊の限りって感じになりそうだけど」
どうだろう、とソルジャーが挙げたプランに親指を立てる会長さん。OKというサインです。教頭先生を操りまくる日は今週末の土曜日と決まり、本人への相談は一切無しで。つまり土曜日、教頭先生は電撃訪問を受けて、そのまま汎用人型決戦兵器とやらにまっしぐら……ですね?



戦々恐々としている間に早くも土曜日。教頭先生が操られる日がやって来ました。集合場所の会長さんのマンションに朝一番に出掛けてゆくと…。
「寒稽古だって言ったじゃないか!」
「でもさ、せっかく川に入るんだしさ! やらなきゃ損だよ!」
会長さんとソルジャーがリビングで言い争いをしています。教頭先生を川に入れるとは聞いてましたが、何かオプションがつくのでしょうか?
「鯉だよ、鯉!」
地球の川にはいるんだよね、とソルジャーが窓の外に視線を投げて。
「あれからノルディと食事に行ってさ…。こっちのハーレイを川に入らせようと思うんだ、と話していたら「鯉ですか?」と訊かれたわけ。この時期の鯉は美味しいらしいね」
「寒鯉ですね。冬が旬だと聞いています」
臭みが少ないそうですよ、とマツカ君が答えるとソルジャーは至極満足そうに。
「おまけに栄養満点だって? 精がつくんだと教えてもらった。これは絶対、ゲットしなくちゃ! 寒鯉でパワーアップだよ、うん」
「…期待してる所を悪いんだけどね、パワーアップはしないと思う。鯉は産後の女性に効くんだ。滋養強壮、それと母乳の出が良くなるとか」
君のハーレイには効かないよ、と会長さんはピシャリと言ったのですけど。
「滋養強壮なら充分だよ! ぼくは普段から満足してるし、劇的にパワーアップしなくても…。母乳の出が良くなるって言うんだったら、男だって持ちが良くなるとかさ」
少し長持ちでも充分満足、と胸を張るソルジャーが求める持ちの良さとは何でしょう? 会長さんが柳眉を吊り上げてますし、ロクな意味ではなさそうですが…。
「そういう理由でハーレイに鯉を獲らせるわけ? ぼくは手伝わないからね!」
「手伝わなくていいから教えてくれれば…。素手で捕まえるって聞いてきたけど、ノルディは詳しくなかったんだよ! 追いかけて泳いでも無理だよね?」
「……素手で獲るなら鯉抱きだよ……」
ぼくもトライしたことはない、と腰が引けている会長さんに、ソルジャーは。
「それこそ汎用人型決戦兵器の出番じゃないか! 君もチャレンジ出来なかったことをやり遂げるんだよ、素晴らしいとは思わないわけ?」
「…見世物としてはいいかもだけど…。寒鯉なんか獲らせても……」
「ぼくのハーレイが美味しく食べる、って説明したら暴走するかもしれないよ? 君はそっちに期待したまえ、夫婦茶碗を叩き割って夢の新居をメチャクチャに破壊」
「暴走ねえ……」
どうなることやら、と溜息をつきつつ、会長さんは寒鯉獲りを了承せざるを得ませんでした。素手で鯉を捕まえるなんて、いったいどんな漁法でしょう? ちょっと楽しみになってきたかも…。



教頭先生の家へは瞬間移動でお邪魔することに。リビングで食後のコーヒーを楽しんでらっしゃるらしいです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーのサイオンが迸り…。
「かみお~ん♪」
「「やあ、こんにちは」」
「!!?」」」
会長さんとソルジャーの声がピタリと重なり、教頭先生の目が点に。そりゃそうでしょう、私たちまでゾロゾロと湧いて出たのですから。
「…な、何か用でも…?」
「うん。ちょっとね、君の身体を借りたくってさ」
恥じらうように口にした会長さんの台詞に、教頭先生は耳まで真っ赤に。
「わ、私の…?」
「そうなんだ。その逞しくて大きな身体を、是非使わせて欲しくって…。かまわないかな?」
「そ、そ、それは……別にかまわないが……」
何をするのだ、と訊き返しながら、教頭先生の視線は会長さんとソルジャーの上を忙しく往復しています。会長さんがチッと舌打ちをして。
「………スケベ」
「何か言ったか?」
「ううん、なんにも。…それでね、使いたいのはブルーも同じで…。ぼくとブルーと、二人で使わせて欲しいんだけど」
「………!!!」
教頭先生の鼻からツーッと赤い筋が垂れ、ソルジャーがティッシュを。
「…す、すみません…」
「どういたしまして。借りる身体は大事にしないと…。あ、3Pではないからね?」
「は? で、では、どういう…」
「3Pのつもりだったんだ…?」
ヘタレのくせに、と会長さんが吐き捨て、空気はたちまち氷点下。外気温より寒いんじゃないか、と私たちの背筋も凍りつく中、青いサイオンがキラリと光って。
「それじゃ借りるね、君の身体。えーっと、道着は何処だっけ…」
鯉獲りをするなら褌も、と会長さん。
「ハーレイ、まずは道着に着替えてよ。それと紅白縞じゃなくって水泳用の褌で! 君が嫌なら着替えを手伝うことになるけど、どうするんだい?」
「……??? よく分からんが、とにかく着替えればいいのだな?」
待っていてくれ、と二階の寝室へ向かう教頭先生。動きに不自由は無いようですけど…。
「「見た目だけはね」」
会長さんとソルジャーの声がハモりました。
「今の所はやらせたいこととハーレイの意思が一致しているから問題ない。でもね…」
「着替えた後はどうなることやら…」
クスクスクス。二対の赤い瞳が悪戯っぽく煌めく様に、私たちは無言で後ずさり。瓦割りはともかく、そこから先は無茶な注文としか言えないのでは…?



間もなく柔道用の道着に着替えた教頭先生が二階から下りて来ました。会長さんとソルジャーは揃って「よし」と頷くと。
「身体を借りて、第一弾! ブルーが瓦を割りたいそうだ」
「…瓦?」
怪訝そうな教頭先生に向かって、ソルジャーが。
「ブルーは無理だと言うんだけどねえ、瓦を何枚も重ねて素手で割るのがあるだろう? あれを一回、見てみたいんだ。君ならきっと出来るよね?」
「あ、あれは柔道とは違いますので…! わ、私に空手の心得は…」
「やっぱりダメかぁ…。だったら身体を借りるしかないね」
ちょっと失礼、とソルジャーが言うなり、教頭先生の足はスタスタと廊下を玄関の方へ。
「な、なんだ!? か、身体が勝手に…!」
「お借りしてるよ、瓦は庭に用意したんだ。華麗な技に期待ってね」
「そ、そんな…!」
無茶な、と叫びつつ教頭先生は扉を開けて冬枯れの庭へと。私たちもコートを羽織った防寒装備で外に出てみると、茶色くなった芝生のド真ん中に積み上げられた瓦の山が。教頭先生はその前に立って構えのポーズを取っておられます。
「む、む、無理だと思うのですが……!」
「平気だってば、ファイトいっぱぁ~つ!!!」
何処ぞのドリンク剤のCMよろしくソルジャーが声を張り上げ、振り下ろされる教頭先生の右手。パァーン! と鋭い音が響いて瓦の山は真っ二つに…。
「「「………」」」
「ほらね、やったら出来ただろう? 男らしくて素敵だったよ」
「…そ、そうでしょうか……」
教頭先生はソルジャーと自分の右手とを交互に見詰め、まんざらでもない様子です。褒めて貰えたのもさることながら、空手家並みの技を発揮した自分にも自信がついたようで。
「身体を借りるとはこういう意味か…。次はブルーの番なのか?」
「察しが良くて助かるよ。場所を移して頑張って」
「ほほう…。何処だ?」
何処の道場でも付き合うぞ、と教頭先生は腕組みをして余裕の笑み。
「すぐに飛ぶから、是非よろしく。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パアァッと溢れるタイプ・ブルーの青いサイオン、三人前。次の瞬間、私たちは無人の河原に立っていました。どうやらド田舎みたいですけど、吹きっ晒しの風が冷たいです~!



空は生憎の雪曇り。ちらほらと白いものが舞う中、教頭先生はキョロキョロと。
「す、水泳用の褌にしろと言われたが……。まさか…」
「そのまさかだよ、瓦を一発で割れる武道家だったら寒稽古!」
いざチャレンジ、と会長さんがゆったりと流れる川を指差せば、教頭先生の逞しい二本の足が広い河原をノシノシノシ。
「ま、待ってくれ、ブルー! わ、私には寒稽古とか寒中水泳の趣味は…!」
「寒中水泳とは話が早いね、道着はその辺で脱いで行ってよ」
「なんだって!?」
「褌一丁で行った方がいいって言ってるんだよ、水泳だから!」
着衣泳法はお勧め出来ない、と会長さん。
「寒稽古を兼ねて素潜りするのさ、向こうに淵が見えるだろう? あそこに寒鯉が潜んでる。大きいヤツを見つくろってね、一匹捕まえて欲しいんだ」
「こ、鯉…?」
「寒鯉は精がつくらしい。是非、寒鯉を手に入れて…」
「分かった、鯉だな!?」
会長さんの台詞を最後まで聞かず、教頭先生は道着をパパッと脱ぎ捨てました。褌一丁で川に踏み込み、ザブザブと…。
「………。パニックどころか自発的に入って行っちゃったよ、うん」
人の話を聞かないからだ、と会長さんは可笑しそうに。
「自分が食べると思っているのさ、精をつけて挑んで欲しいとリクエストされたつもりでね。食べるのは同じハーレイでも別人なのに…。おっと、いけない」
『おーい、ブルー!!』
鯉はどうやって捕まえるのだ、と教頭先生の思念波が。ソルジャーも私たちも興味津々で見守っている中、会長さんは。
『そのまま潜って、目標の鯉の近くで両手を広げて』
『…こ、こうか…?』
『後は静かに待つだけでいい。鯉の方から寄って来るから、そしたら優しく抱き締めて浮上』
「「「えぇっ!?」」」
そんな方法で獲れるのか、と驚きましたが、間もなく大きな鯉を抱えた教頭先生が上がって来たから仰天です。寒風に凍える教頭先生を他所に、会長さんは宙に取り出した新聞紙で鯉を包みながら。
「寒鯉は冬眠に近いからねえ、人間の体温に気付くと寄って来るんだってさ。暖を取ろうとすり寄った所をガッツリ捕獲! ついでに水から上げても簡単には死なない生命力が売り」
水槽が無くても平気なのだ、と新聞紙の中にクルクルと。
「はい、ブルー。御注文の寒鯉、一丁上がり!」
「やったね、後はぶるぅに頼んで…」
どう料理して貰おうかなぁ、と嬉しそうなソルジャーに、教頭先生が寒さに震えつつ。
「ひ、ひょっとして、その鯉は…」
「ぼくが頼んだ鯉だけど? ノルディに教えて貰ったんだよ、とっても精がつくんだってね」
ぼくのハーレイと思いっ切り! と燃えるソルジャーと、打ちひしがれている教頭先生と。そう簡単に会長さんが落ちるわけないのに、何度やられたら懲りるんでしょうか…。



褌一丁で項垂れておられる間に、濡れた身体はすっかり冷えてしまったようです。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一時的に姿を消して鯉を会長さんのマンションに届け、盥に放してきた模様。暫く泳がせ、泥を吐かせてから調理するのが良いらしく…。
「ただいま~! 今日はまだ食べるには早いんだってさ」
「かみお~ん♪ 明後日あたりじゃないかな、どうやって食べるか考えといてね!」
洗いに鯉こく、甘露煮、唐揚げ…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が挙げる料理を全部作っても充分なサイズの特大の寒鯉。キャプテンのパワーは漲りそうですが、教頭先生はクシャミ連発で。
「…は、ハーックション!」
「風邪かい、ハーレイ? 寒稽古なのに本末転倒」
柔道十段の名が泣くよ、と会長さんに馬鹿にされてもクシャミは止まらず、タオル代わりに着込んだ道着が凍りそうな勢いで寒風が…。
「やれやれ、帰って温まる? 冷えた身体には熱いお茶だよね」
ぼくと一緒に夫婦茶碗で、と微笑まれた教頭先生はボンッ! と瞬間湯沸かし器の如く身体も心もホカホカに。サイオンに包まれて自宅のリビングに帰還するなりウキウキと…。
「出掛けている間にリビングも冷えてしまったな。すぐに暖房が効くと思うが…」
その前に身体を温めねばな、と濡れた道着を着替えるのも忘れてキッチンへ。カチャカチャと食器の触れ合う音がし、ケトルがピーッと鳴り出して…。
「待たせてすまん。こんな菓子しか無いのだが…」
甘い物が苦手なもので、とテーブルに置かれた御煎餅が盛られた器。コーヒーやココアが順に配られ、最後に別のお盆で急須が。
「ブルー、お前は夫婦茶碗を希望だったな。とっておきの玉露だ」
今、茶碗を…、と教頭先生は飾り棚から夫婦茶碗を出して来ました。会長さんの前に小ぶりの茶碗。教頭先生用の大ぶりの茶碗は会長さんが真っ二つに割ったものを金継ぎなる伝統技法で修復した品、お茶を注いでも中身が零れはしないそうで。
「お前と一緒に飲める日が来るとは思わなかったな」
「うん。ぼくも堂々と割れる日が来るとは思わなかったよ、どうぞよろしく」
空手の腕に期待している、と会長さんが片目を瞑ると、まさにお茶を注ごうとしていた教頭先生の手が意思に反して急須をテーブルの上にコトリと。
「…ブ、ブルー…? なんの真似だ?」
「空手だけど? 空手に急須は要らないよ。お茶が零れても困るしねえ…」
服に飛び散ったらシミになるし、と会長さんの指がパチンと鳴って、教頭先生の右手が構えのポーズを。金継ぎで直した夫婦茶碗の真上ですけど、これはあえなく真っ二つ…?



瓦の山も一刀両断、空手も可能な教頭先生。会長さんのサイオンに操られ、夫婦茶碗を叩き割るかと思われましたが…。
「くぅっ……」
割ってたまるか、とギリギリギリと奥歯を噛み締め、眉間の皺がググッと深めに。会長さんの方も身体がほんのり青く発光するほど気合を入れているようです。茶碗が割れるか、会長さんがギブアップするか、二つに一つ、と誰もが息を詰める中…。
「うおぉぉぉぉぉーーーっ!!!」
猛獣の雄叫びもかくやとばかりにリビングを揺るがせた教頭先生の腹の底からの叫び声。会長さんのサイオンを振り切り、すっ飛んで行ったその先は。
「「「あーーーっ!!!」」」
ガッシャン、パリーン! と床に砕け散る普段使いの茶碗やお皿。棚や引き出しから次々に取り出し、ガッシャン、ガッシャンぶん投げています。
「せ、先生…!」
落ち着いて下さい、とキース君が腕に飛び付いたものの、あっさりと床に転がされて。
「ど、どうなっているんだ、これは…!」
「…多分、暴走したんじゃないかな…」
汎用人型決戦兵器にありがちな末路、と会長さんが急須の玉露を小ぶりの湯飲みにトポトポと。
「ぼくのサイオンは効かなくなったし、放っておくしかなさそうだ。とりあえず、暴走している間に夫婦茶碗だけは割りそうにないから有効活用。…ちょっと苦いや」
出すぎちゃったかな、と顔を顰める会長さんの横から、ソルジャーが。
「君のサイオンを振り切っただけあって、ぼくでも止められるかどうか…。鯉の御礼に止めてもいいけど、破壊活動は歓迎だっけ?」
「大歓迎だよ、この家、妄想の産物だしね。やってる、やってる」
新婚仕様の夢のカーテンが、と会長さんが楽しそうに笑い、教頭先生はレースのカーテンを両手で掴んでビリビリと。どう考えても正気の沙汰ではなさそうです。あのレース、高いと思うんですけど…。
「え、あれかい? 高いよ、輸入物だしね。ホントはレースのガウンとかをさ、引き裂いてくれると嬉しいんだけど…。夫婦茶碗を割りに来ないのと同じ理屈で、ギリギリ理性があるらしい。頭の中身は真っ白なのにさ」
我に返った後が最高かも、と御煎餅に手を伸ばす会長さんや私たちにも教頭先生は手出ししませんでした。暴力の矛先は家財道具限定、バスルームのボディーソープなども撒き散らしたのに、会長さん用に揃えてあったアメニティグッズには手を付けず…。



「うっわー…。いいのかよ、コレ、止めなくて…」
マジで終わりだぜ、とサム君が額を押さえる二階の廊下。破壊の限りを尽くした教頭先生は二階へ向かい、あちこちの備品を壊しまくった果てに寝室に辿り着きました。そこでもカーテンを派手に引き裂き、椅子を蹴倒し、クローゼットの中身をビリビリと。
「紅白縞まで引き裂いてますよ、いいんですか?」
シロエ君が不安そうに尋ね、会長さんとソルジャーが。
「いいって、いいって。あれでも理性は残ってる」
「ブルーが贈った紅白縞は避けてるようだよ、自前のヤツを血祭りってね」
ぼくは血祭りなら寒鯉だけど、とソルジャーの喉がゴックンと。
「ブルーの家で泳がせてるから、血祭りはまだ先なんだよねえ…。早くハーレイに食べさせたいけど、泥抜きしないとダメって言うし…。ここが我慢のしどころなんだよ、ベッドでじっくり寒鯉パワーを楽しませて貰うためにはね」
「うおぉぉぉーーーっ!!!」
ひときわ大きく教頭先生が吠え、ベッドの上にあった会長さんの抱き枕を壊れ物のように優しく抱えて絨毯の上へ。こんなポーズを何処かで見たような…。
「まるで寒鯉だねえ…」
ソルジャーがのんびりと呟き、会長さんが。
「それを言うなら鯉抱きだってば、あれはそういう漁法だからね」
人肌恋しい鯉を優しく、と教頭先生の背中に向かって。
「どうする、ハーレイ? ブルーはあっちのハーレイとベッドで過ごすらしいけど?」
「うおぉぉぉーっ!!!」
「「「ひぃぃぃっ!!」
殺される、と首を竦めた私たちの前で教頭先生はダブルサイズのベッドを頭上に差し上げ、渾身の力をこめて放り投げ……。ガッシャーン! とガラスの砕ける音と、少し遅れてドスンという音。庭に転がったベッドを追って教頭先生が飛び降りて行って…。
「寒鯉とベッドがトドメだったかな?」
「間違いなくソレだよ、放っておいても問題ないよね?」
一応、自宅の敷地内だし、とソルジャーが割れた窓から見下ろしています。教頭先生はベッドの上でシーツを引き裂き、ビョンビョンと飛び跳ねておられますが…。
「えとえと、ハーレイ、どうしちゃったの?」
なんだか赤ちゃんみたいだよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。確かに理性を持たない幼児はあんなものかもしれません。キャプテンが寒鯉を食べる頃には元に戻っているんでしょうけど、ご自宅が元に戻るまでには時間もお金もかかりそう。会長さんもソルジャーも、汎用人型決戦兵器は今回限りにして下さいね~!




      噂の人型兵器・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 生徒会長が見ていたアニメのモデルは、もちろんエヴァンゲリオンです。
 そして来月11月でシャングリラ学園番外編は連載開始から6周年を迎えます。
 6周年のお祝いに来月も 「第1月曜」 にオマケ更新をして月2更新にさせて頂きす。
 次回は 「第1月曜」 11月3日の更新となります、よろしくお願いいたします。
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 こちらでの場外編、10月はソルジャー夫妻とスッポンタケ狩りにお出掛けだそうで…。
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