シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
青い卵に戻ってしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」。冬休みに入った私たちは初日から会長さんの家を訪ねて、卵の入ったバスケットを囲んでゲームや食事。会長さん曰く、一人だと寂しいからだそうですが…。
「あんた、フィシスさんはどうしたんだ? 何も俺たちを呼ばなくっても…」
二人で過ごせばいいだろう、というキース君の指摘は尤もでした。今までにも土日という形で休日があったのです。私たちに召集はかかりませんでしたし、会長さんは一人じゃなかった筈ですけれど?
「…限界突破しそうなんだよ、フィシスと二人きりだとさ」
「「「は?」」」
「だから、限界。…ぶるぅが卵に戻っている間はね、フィシスは泊まっていかないんだ。ぶるぅは寂しがりだと前に話さなかったっけ? そのためにクッションを敷くんだ、って」
卵の下に敷いてあるコレ、と会長さんが指差したのはフィシスさんの手作りクッションです。
「普通のクッションじゃ駄目なんだよ。サイオンを持った仲間が心をこめて作ってくれたクッションでないと…。そういうのは思念が残りやすい。ぼくの思念を宿らせておけば、留守にしてても安心して眠っていられるんだよ、ぶるぅはね。…フィシスに出会う前はエラが作ってた」
そういえば、そんな話がありました。でも、それとフィシスさんが会長さんの家に泊まらない事とに何の関係が? サッパリ分からないんですけど…。
「寂しがりだと言っただろ? いくら思念を残しておいても留守に出来るのは五時間が限度。それを超えて放っておくと、戻って来た時に卵がシクシク泣いてるんだよ。…本当に涙を流すわけじゃないけど、泣きそうな気持ちが流れて来るのさ」
とても放っておけやしない、と会長さんは卵をそっと優しく撫でて。
「そこまで寂しがり屋の卵がいるのに、フィシスと二人で過ごせるわけがないだろう? ぼくの枕元が卵の間の指定席なんだけど、これがまたまた問題で…。普段のぶるぅはフィシスが泊まりに来ている時には土鍋ごと別の部屋に行く。だけど卵の間はそうはいかない」
枕元でないと寂しがるんだ、と会長さん。フィシスさんと出会ってから初めて迎えた卵の時期に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵を入っていた籠ごと別の部屋に移し、フィシスさんと一夜を過ごしたら…。
「もうシクシクなんてレベルじゃなくて、ビショビショとでも言うのかな? 一晩中おんおん泣いてました、って気配がビシバシ漂ってきてさ。…これはアウトだと痛感した。かといって、ぶるぅの卵を枕元に置いてフィシスと楽しむわけにも…ねえ?」
教育上とてもよろしくないし、と溜息をつく会長さん。
「そういうわけで、ぼくは絶賛禁欲中! どれほど辛いか、万年十八歳未満お断りの君たちには理解不能だろうけど、とにかくキツイ。…フィシスと二人きりでお喋りをして、夜になったらサヨナラだなんて耐えられないよ。それくらいなら会わない方がマシなんだ」
この前の土日で身にしみた、と会長さんは呻きました。
「今度二人きりで会ってしまったら、もうダメだね。ぶるぅの卵がビショビショになろうが我慢できないし、下手をすればベッドまで行く暇も惜しいってことになるかも…」
とにかくピンチ、と両手で×印を作る会長さんの姿に天井を仰ぐ私たち。シャングリラ・ジゴロ・ブルーなことは知っていましたが、フィシスさんとの熱愛っぷりも半端じゃなかったみたいです。二人きりで過ごすと危ないんですか、そうですか…。だからと言って一人でいるのは寂しいからと私たちを招集するとは、会長さんも卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大してレベルは変わらないんじゃあ…?
禁欲生活の辛さを訴える会長さんのお相手を三日間も務め、ついに迎えたクリスマス・イブ。私たちはイブのパーティーと、クリスマス当日に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を叩き起こしてお誕生日にするという目的の下に、今日も会長さんが住むマンションへ。昨日までと一つだけ違っているのは…。
「これの出番があるといいよね」
ジョミー君が手にした紙袋を持ち上げて見せ、キース君が。
「出番が無かったら大変だぞ。ぶるぅの泣き顔は見たくないしな、根性を入れて頑張らないと」
「でもさ、ホントに役に立てるわけ? 卵の中って思念が届きにくいんだよね」
ぶるぅが前にそう言ってたよ、というジョミー君の言葉に、私たちは暫し考え込んで…。
「まあ、頑張るしかないだろう」
キース君がグッと拳を握りました。
「俺たちに全く自覚が無くてもブルーがサイオンを使う時に役に立つのは、学園祭のサイオニック・ドリームで証明されてる。いるだけで役に立つんだったら、思念が届いていないとしても「起きろ」と叫べばいいんじゃないか?」
「あ、そうかも…。力のことはブルーに任せて、そこにいるのが重要なんだね」
パーティーをうんと盛り上げるとか、とジョミー君。
「そんな話があったじゃない。閉じ籠っちゃった神様を引っ張り出すのに表で宴会するってヤツが」
「天岩戸か。…そう簡単にいけばいいがな、なにしろ疲れて眠っているんだ。ブルーも今度ばかりは自信が無いと昨日も何度も言ってたし…」
本当にそれの出番があるといいな、とキース君が視線をやるのはジョミー君が提げている紙袋。中には可愛くラッピングされた箱が入っています。箱の中身は会長さんからの頼まれ物で、私たちから「そるじゃぁ・ぶるぅ」へのバースデー・プレゼントでもありました。
「…お気に入りのマグを割っちゃったなんて、きっとホントに眠かったのね…」
スウェナちゃんが呟き、サム君が。
「知らなかったもんなぁ、そんな話…。俺、ブルーの家まで朝のお勤めに行っていたのに、ぶるぅのマグには気が付かなくて…。割ったの、卵に戻る一週間ほど前って話だったもんな」
それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻った後で会長さんから聞かされた話。学園祭でサイオンを使い過ぎて以来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は時々眠そうにしていたそうです。そんなある夜、お気に入りのアヒルちゃんのマグカップを洗って棚に片付けようとして手を滑らせてしまい、真っ二つに…。
ションボリしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」のために会長さんは新しいマグを買おうとしたのですけど、運悪いことに在庫切れ。クリスマスまでには入荷するというので注文しておき、先日やっと店に届いたので私たちが取りに行ったのでした。
え、それなら会長さんからのプレゼントだろうって? 会長さんは「サイオンの使い過ぎで眠らせてしまってクリスマス前のお楽しみを台無しにした」反省をこめて、クリスマス限定メニューを再現して貰うことをプレゼントにするらしいのです。予め予約は要るそうですけど、チケットを既に手配済みだとか。
「ゴージャスだよねえ、行きつけのお店、多そうだもんね」
羨ましいな、とジョミー君。
「アヒルちゃんマグとは格が違うよ、ぶるぅもそっちの方が良さそう」
「そりゃ、お前…。三百年以上の付き合いなんだぜ、あいつらは」
俺たちとは比べ物にならんさ、とキース君が苦笑しています。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一心同体のようなものなのですから、私たちとは別格で…。アヒルちゃんマグをクリスマスの日にバースデー・プレゼントとして手渡すためにも、会長さんには三百年越しの絆を生かして貰わなくっちゃ!
マンションに着き、管理人さんに入口を開けて貰ってエレベーターで最上階へ。玄関脇のチャイムを鳴らすと会長さんがドアを開いてくれて…。
「いらっしゃい。どうぞ入って」
お邪魔します、と会長さんに続こうとした私たちは大きな靴に気が付きました。ビッグサイズの男物。会長さんには大きすぎますし、このサイズの靴の人物といえば…。
「あ、分かっちゃった? サプライズ・ゲストだったんだけどな、ハーレイは」
「「「教頭先生!?」」」
どうして教頭先生が、と驚きですけど、会長さんは気にしない風で。
「サプライズって言っただろう? パーティーの案が出ていた時から呼ぼうと思っていたんだよ。ホントはフィシスも呼びたかったけど、禁欲生活が厳しすぎてねえ…」
パーティーなんかしたら限界突破、と大袈裟な身振りで肩を竦める会長さん。
「うっかりフィシスと過ごしてごらんよ、今夜こそ我慢できなくなる。ぶるぅが卵で過ごす最後の夜を涙でビショビショにしてしまったら申し訳ないなんてレベルじゃなくてさ…。次に卵に戻る時まで延々と引き摺ってしまいそうだよ。ぶるぅはコロッと忘れちゃっても、ぼくの方がね」
「…あんた、今まではどうしていたんだ」
キース君がドスの効いた声で。
「そこまで切羽詰まってるんなら、今までは? この前の話じゃ、卵に戻っている期間中は禁欲生活ってことだったが…。本当に禁欲してたのか?」
「…バレちゃったか…。ぶるぅには内緒にしといてよ? ちょっと抜け出してフィシスの家へ…ね。ただ、今回は誓って一度もやってない。真剣に反省してるんだ、ぼくは。…ぶるぅの体調に気付かなくって眠りの時期を早めたことをさ」
保護者失格に加えて保護責任者遺棄は出来ないよ、と会長さんは大真面目でした。そこまで反省していたのか、と会長さんの「そるじゃぁ・ぶるぅ」に対する思いの強さを実感しながらリビングに行くと。
「おお、遅かったな。…何か内緒の相談事でもしてたのか?」
教頭先生がにこやかに笑っておられます。
「…なかなかブルーが戻らないから、ついつい昔を思い出してな」
「ホントだ、ずいぶん久しぶりだねえ」
懐かしいや、と会長さん。
「「「???」」」
「ほら、ハーレイの手許だよ。…気が付かない?」
「「「あっ!!!」」」
ソファに座った教頭先生の両手は膝の上。褐色の逞しい手がふんわりと合わされていたのですけど、少し片手がずらされた隙間から覗いたのは青。卵になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生の手の中に…。
「ハーレイと旅をしていた間に卵に戻ったことがあってね。…これは温めるものなのか、って訊いてくるから「適当」って答えたんだけど…。実際、ぼくも温め続けたわけではないし、放置で問題ないんだけど」
「そうは言われても、私にすれば卵は温めるのが常識だしな…。お前が放っておくものだから、温めてやった方がいいんじゃないかと思ったんだ。しかし、抱えて寝たら壊しそうだし…」
それで手の中で温めたんだ、と教頭先生。卵が孵るまでの間、暇があったら両手で温め、夜も会長さんが放置していた時には手の中に包み込んで寝て…。
「ぶるぅがハーレイに懐いてるのは、その思い出があるからかもね。ぶるぅの卵を温めたことがある人間は、ぼくの他にはハーレイしかいないものだから」
「「「フィシスさんは?」」」
「手に持ったことはあるけどさ…。温めなくても大丈夫だってハッキリしてから出会ったわけだし、卵を温めている暇があったら他に温めて欲しいものが…ね。ぼくの心とか、他にも色々」
そういうオチか、と頭を抱える私たち。けれど教頭先生がサプライズ・ゲストで呼ばれているのは、それなりの理由があるのだそうで。
「言う前に再現してくれちゃったけど、ぶるぅの育ての親ってヤツさ。今度の眠りは普通じゃないから、色々試してみる必要があるかもしれない。…ぼくが起こして起きなかった時はハーレイに温めて貰うんだ」
「あんたが温めればいいんじゃないのか?」
誰が温めても同じだろう、というキース君の突っ込みに、会長さんは。
「分かってないねえ、ぼくが温めながら呼び掛けたってインパクトの方はイマイチなんだよ。昔と同じハーレイの温もりっていいと思わないかい? きっと「なんだろう? 誰なんだろう?」と気になってくるさ。そういう気持ちの揺れが大切」
それが目覚めに繋がるから、と説明されると納得です。クリスマスになっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」が起きない時には教頭先生の両手が孵卵器。会長さんの思念とセットで優しく揺り起こされたら、なんとか目覚めてくれますよね…?
例年だったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を揮った料理がテーブルの上にズラリと並ぶクリスマス・イブ。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ってしまった今年は御馳走尽くしというわけにはいかず…。
「ぶるぅはクリスマス限定メニューを食べ損なったまま寝ちゃったんだしね、質素にいくよ」
会長さんがそう宣言すれば、教頭先生が深く頷いて。
「うむ、鶏の丸焼きだのターキーだのは自粛するのが筋だろうな。ぶるぅが明日の朝に起きたとしても、取り置きは多分、喜ばんだろう。朝には朝のメニューがあるし」
「そうなんだよね、ぶるぅはキッチリしてるから…。下手に取り置いてあげたりしたら、それで料理を始めそうでさ。そのままで食べるよりアレンジだもん、とか言って、みんなで食べられる何かにリメイク」
それは如何にもありそうです。卵から孵ったばかりの「そるじゃぁ・ぶるぅ」に誕生日から料理をさせるというのは最低ですし、回避しなくちゃいけません。今夜のメインはフライドチキンのパーティーバーレル。サンドイッチにフライドポテトにホットビスケット、それからサラダにナゲットに…。
「えっと…。ホントだったらこれが普通のクリスマスだよねえ、高校生って」
今まで気付いてなかったけどさ、とジョミー君がチキンを頬張っています。
「そうだな、今までが贅沢過ぎたか…。俺たちだけでクリスマス・パーティーをやった時にはカラオケボックスだったしな」
あれは一昨年のことだったか、とキース君。その年は会長さんが「フィシスさんと静かにクリスマス」を希望したのでパーティーの日がズレたのでした。もちろん仕切り直しのクリスマス・パーティーを後でやりましたし、その時は豪華な御馳走があって…。
「今年は仕切り直しの予定は無いし、マザー農場のステーキディナーも逃しちゃったし…」
普通の高校生のクリスマスだと分かっていても寂しいよね、とジョミー君が零しています。クリスマス当日の明日も「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵が孵化しなかったらパーティーどころではないわけで…。
「おい、愚痴っているより盛り上げないと…。ぶるぅがしんみりするだろうが!」
天岩戸な作戦はどうした、とキース君が喝を入れたのですけど、こればっかりは気分の問題です。元気な主役が欠けているのに、どうしろと?
「だよな、ぶるぅが足りねえんだよな…」
サム君がテーブルの真ん中に据えられたバスケットの縁をチョンとつついて。
「かみお~ん♪ って、一発叫んでくれたら一気にお祭り騒ぎなのに…。なんか気分が乗らねえんだよ」
「…ぼくも同じさ」
ぶるぅがいないと寂しくて、と会長さんが卵の上にチキンナゲットを翳しています。
「食べ物に釣られて目を覚ますとか、そういう類のヤツだったらねえ…。ぶるぅはナゲットも好きなんだ。グルメも好きだけどB級グルメまでカバーしてるし、何か飛び付くモノでもあればね…」
やっぱりダメか、とナゲットを口に放り込む会長さん。えっと、今、ナゲットで起こしちゃったらクリスマス・イブがお誕生日になっちゃいますよ?
「ん? ああ、その点は大丈夫だよ。ナゲットに飛び付いたとしても意識が揺れてくるだけだから、「まだ起きなくていいからね」と返せばいいんだ。そしたら「うん」と眠そうに返事して眠り続ける」
「あんた、起きそうなのを眠らせてたことがあったのか? 自分の都合で?」
酷すぎるぞ、とキース君が怒れば、会長さんは。
「違うよ、夜遅くとかに意識が浮上してきた時だよ、それをやるのは。同じ起きるなら爽やかな朝! 夜中に生まれて早速夜食じゃ不健康でさ」
「本当か? 単にあんたが夜食を作るのが面倒だったとかもありそうだぞ」
「…一度も無いとは言い切れないかな…」
あったのかい! と私たちは呆れ、教頭先生も「それは酷いな」と苦笑い。そこへ…。
「かみお~ん♪」
「「「えっ!?」」」
響き渡った元気な声にビックリ仰天。反射的にバスケットの中を見たのですけど、青い卵はそのままです。
「こんばんは。…来るのが遅くなっちゃってごめん」
振り返った先に立っていたのは紫のマントのソルジャーと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんの「ぶるぅ」でした。遅くなってごめん、って二人とも呼ばれていたんですか?
「ごめん、ごめん。…つい、言いそびれちゃって」
ぼくが招待したんだよ、と会長さんが詫びて二人の席を作るようにと言いました。私たちは場所を譲り合い、ソルジャーと「ぶるぅ」が腰を下ろして。
「…招待されたのは嬉しいんだけど、ぼくのシャングリラも今日はクリスマスのパーティーなんだ。でもって今年は向こうの方が御馳走でさ…。食べてたらついつい時間が経ってしまったってわけ」
「かみお~ん♪ ぼくも沢山食べたもん! でも、こっちのも美味しいね」
チキン大好き、と「ぶるぅ」はパーティーバーレルを器ごと傾け、残っていた分をバリバリ骨ごと噛み砕いています。
「あっ、ずるい!」
ジョミー君が叫びましたが、「ぶるぅ」は「置いとく方が悪いんだも~ん♪」と何処吹く風。フライドポテトもナゲットもサラダもアッという間に食べ尽くされて…。
「やられちゃったか…。こういう時にはお菓子だよねえ、足りない人はカップ麺も用意してるから」
会長さんがスナック菓子や焼き菓子を山ほど運び込み、カップ麺も出てきて、男の子たちが早速お湯を沸かせば「ぶるぅ」が蓋を半分開けたカップ麺を五個も並べて待ち受けていて…。
「実に見事な食いっぷりだな、そっちのぶるぅは」
教頭先生が目を丸くすると「ぶるぅ」は「食べ盛りだもん!」と即答です。さっきまで盛り下がっていたリビングはたちまち賑やかになり、スナック菓子もあちこちで開封されて、これぞパーティー!
「ありがとう。君の世界もパーティーだったのに来てくれて」
お蔭でパーティーらしくなったよ、と会長さんが御礼を述べるとソルジャーは。
「盛り上げ役なら任せといてよ、ぼくは陰気なのは嫌いだしね。…でもさ、ぶるぅはどうなんだい? 君は明日には孵化する筈だと言っていたけど、気配も無いよ?」
「…正直、ぼくにも自信が無いんだ。だから君にも来てもらった。こんな料理しか無くて悪いけど、ぶるぅが卵から孵化してくれたら誕生祝いでドカンと豪華なケータリングを頼むんだ」
ダメ元で予約はしてあるんだよ、と会長さんは私たちには告げなかったことを話しています。まあ、ソルジャーに出張を依頼したのなら料理で釣るのは妥当ですけど…。
「ふうん? 孵化しなかったらキャンセルってこと?」
「残念ながらそうなるね。あ、君への出張手当に持ち帰りっていうのもアリか…。キャンセル料は全額なんだし、そっちの方がお得かな」
「だったら持ち帰りコースで頼むよ、ぶるぅも喜ぶ。…だけど、こっちのぶるぅが孵化してくれるのが一番だよね。一晩でグンと大きく育つのかい?」
「「「は?」」」
会長さんも私たちも、質問の意味が掴めませんでした。育つって…卵が? どうやって?
「あれっ、もしかして育たないのかい、この卵は?」
「卵は育ったりしないだろう!」
サイズはそのままで中身が成長するものだ、と会長さん。
「ぶるぅの卵は少し違うけどね、大きさが変わらないのは普通の卵と同じだよ。…ん? そういえば君のぶるぅは違ったっけ…。卵が育ったと聞いたような…?」
「そうだよ、最初は指の先ほどの小さな白い石。それが今のぶるぅの卵くらいのサイズの青いのに変わって、それから成長していった。ハーレイと二人で温める内にこれくらいまで育ったよ」
ソルジャーが両手で示したサイズは抱えるほど。その卵を割って生まれて来たのが「ぶるぅ」だそうで…。
「かみお~ん♪ 大きな卵でないと窮屈だもん! ぶるぅは違うの?」
「ぶるぅだって不思議に思うよねえ? これが明日には孵る予定なんて…」
「あっ、もしかして、もう中で育ってるかも!」
割ったら生まれてくるんじゃないの、と「ぶるぅ」は卵に手を伸ばしました。
「早く一緒に遊びたいもん、割ってもいい?」
「「「ダメーッ!!!」」」
それだけはやめて、と私たちの悲鳴が上がり、会長さんが素早く卵を奪い取って。
「ぶるぅ、遊びたいのは分かるけどね。今、生まれたら、誕生日はいつになるのかな?」
「え? えっと…。えとえと、クリスマス…イブ…だよね?」
「君の誕生日はクリスマスだろう? お揃いの日じゃなくなっちゃうよ」
「えーっ…。そんなの嫌だよ、お揃いだもん!」
絶対一緒の誕生日がいい、と「ぶるぅ」は卵を割るのをアッサリ諦めた様子。あーあ、寿命が縮みましたよ、割られちゃったら生まれるどころか消えちゃうかもです、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
クリスマス・イブのパーティーは和やかに続き、バスケットの中の青い卵も嬉しそうにしている気がします。教頭先生が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵を温めたことがあるという話はソルジャーと「ぶるぅ」にも大ウケで。
「なんだ、こっちのハーレイもパパかママかのどっちかなんだね、ぶるぅにとっては」
ウチと大して変わらないじゃないか、と笑うソルジャー。
「ブルーが放置していた卵をせっせと温めていたんだったら、ママってことで決まりかな? 鳥だって雌が卵を抱くのが基本なんだろ、雄の役目は巣の雌に餌を運ぶことでさ」
「自分の物差しで計るのはやめてくれたまえ。ぼくはハーレイに温めてくれと頼んだ覚えは微塵も無いし、ハーレイの面倒をみてもいないし!」
気味の悪いことを言わないでくれ、と会長さんは唇を尖らせています。その一方で「ぶるぅ」が瞳を輝かせて。
「そっか、こっちでもハーレイはママなんだね! ぼく、ブルーから「ハーレイがママだ」って何度も教わったけど、やっぱり間違いじゃなかったんだぁ…。あ、今はそんなにこだわってないよ、ブルーとハーレイ、結婚したもん♪」
こっちの世界での結婚だけど、と「ぶるぅ」はニッコリ満面の笑顔。
「どっちがパパでママでもいいんだ、きちんと結婚してくれていれば! ブルーに何度も脅されたもんね、結婚する前に離婚するぞ、って」
「「「………」」」
ソルジャーとキャプテンの「ぶるぅ」のママの座を巡る争いに巻き込まれた記憶は鮮明です。二人が結婚してくれたお蔭で争いの方も収まったようで、私たちは心の底からホッと一息。あらら、ワイワイやってる間に日付が変わってしまっていますよ、リビングの時計の針が午前0時を過ぎているではないですか!
「ぶるぅ、子供は寝た方がいいんじゃないか?」
サンタクロースが来てくれないぞ、と教頭先生に諭された「ぶるぅ」は時計を眺め、それからバスケットに向き直って。
「もうクリスマスになったんだよね? ぶるぅと一緒にサンタさんを待つ!」
いつだって二人一緒だもん、と「ぶるぅ」が青い卵を掴もうとするのを、会長さんがバスケットごと引っ手繰って胸に抱え込んで。
「割っちゃダメだ! ホントだよ、まだ時期が来ていない。卵を割ってもぶるぅはいない」
「嘘…。だって、ぶるぅの卵なんでしょ?」
中にいるよ、と言い返す「ぶるぅ」。
「ぼく、卵から出る前の日くらいにはゴソゴソ動いたりしてたもん。誰か外から割ってくれたら楽なのになぁ、と思ってたし!」
早く割って出してあげようよ、と「ぶるぅ」は本気モードでした。この調子では目を離した隙に割ってしまうかもしれません。監視係が必要でしょうか? それとも卵を死守するべき…?
学園祭で存在を明かされたサイオニック・ドリームは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーの魅力的な一面として、一般生徒に自然に融け込んでゆきました。個人的に化かしてもらう機会を狙って好物のお菓子を調査中の生徒や、後夜祭での思い出の曲『かみほー♪』を覚えて口ずさむ生徒。
お祭り気分が抜け切らない内に期末試験が迫っているのですけど、私たち特別生には関係無くて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
完熟バナナと栗のタルトを作ったよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれる冬の放課後。クリームたっぷりのホットココアが嬉しい季節、街にはクリスマス・ソングが流れてイルミネーションも華やかです。去年はキース君が道場に行ってしまってクリスマスはお流れでしたっけ。
「もう一年か…。早いもんだな」
夢のようだ、とキース君が感慨深そうに言えば、会長さんが。
「本当だよね。今じゃ立派な副住職だし、あの頃の君には想像もつかない姿だろ? 来る日も来る日も修行三昧、念仏三昧。ついに寝言もお念仏に…」
「あー、あの寝言は怖かったよねえ、ホントに出たかと思っちゃった」
ジョミー君が震えてみせて、私たちは大爆笑。キース君が住職の資格を取りに出掛けた伝宗伝戒道場はクリスマス・シーズンに見事に重なってしまい、恒例のパーティーが出来なかったのです。代わりに後日、仕切り直しのお泊まり会を企画した時、夜中にお念仏が聞こえて来て…。
「笑うな、お念仏を馬鹿にしやがって! 寝ながら唱える所まで行ったら最高なんだぞ、坊主としては!」
「それが毎日のことなら…だけどね」
混ぜっ返したのは会長さん。
「今じゃ毎晩、寝言も言わずに熟睡だろう? それじゃ駄目だよ、道場じゃ誰もが読経マシーンだ。寝言がお念仏になるのも当然! その時の心構えを忘れず常にお念仏を唱え続けて、寝言は今もお念仏です…っていうのが最高の坊主だってば」
「じゃあ、そう言うあんたはどうなんだ! あんたの寝言は!」
「さあねえ? ぶるぅ、ぼくの寝言はどんな感じ? あれ?」
寝ちゃってるよ、と会長さんが視線を向けた先では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が丸くなっていました。お気に入りの土鍋までは出ていませんけど、床に置かれたクッションの上にちんまりと…。そういえば何度か欠伸をしていたような気がします。昨日は夜ふかししちゃったのかな?
「うーん、やっぱり無理が出たかな?」
最近どうも眠いらしくて、と会長さんが毛布をかけながら。
「学園祭で頑張りすぎちゃったらしい。ぼく一人でも大丈夫だよ、って言ったのに…。本人がやる気満々だったし問題無いのかと思ってたけど、保護者としては止めるべきだったかも…」
「おい、サイオニック・ドリームがまずかったのか?」
キース君の問いに、会長さんはコクリと頷いて。
「普段だったら平気だったと思うんだ。…だけど今回は時期が悪かった。どうしよう、これからクリスマスだね、って凄く楽しみにしてたのに…。限定メニューを食べに行こうね、って情報集めもしてたのに…」
「…なんのことだ?」
尋ねるキース君の声のトーンが落ち、私たちの胸にも暗い影のようなものが拡がります。だって、会長さんの表情が……「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見おろす顔が、なんだか妙に辛そうで…。
「ああ、ごめん。…もうクリスマスが近いんだ。時期が時期だけに、多分、ぶるぅは…」
「だから何だと訊いてるだろう。ぶるぅは具合が悪いのか? それなら俺たちも遠慮しないとな」
今日の皿洗いは俺たちでやる、とキース君は早速空のお皿を積み重ねようとしたのですが。
「…今日はまだ…大丈夫じゃないかな、分からないけど。でも明日以降は保証できない。当分の間、おやつは市販のヤツになるかも」
「「「え?」」」
そこまで具合が悪かったのか、と私たちは息を飲みました。元気そうに見えていたのに、相当無理をしてたのでしょうか? 学園祭でサイオンを使いすぎたのが原因だったら、かなり長い間キツかった筈。そんな子供に毎日おやつや食事を作らせてしまっていたなんて…。
「すまん、俺たちも悪かった。もっと早くに手伝いを申し出るべきだった」
キース君が深々と頭を下げるのに私たちも倣いましたが、会長さんは右手を左右に振って。
「違う、君たちは何も悪くない。ぶるぅはお客様が好きだし、お菓子も料理も食べてくれる人がいるのが嬉しくってたまらないんだ。だから君たちがこの部屋に来るようになって喜んでいたし、毎日、首を長くして放課後になるのを待っているよ」
「…しかし…。具合が悪くても跳ね回るのが子供ってヤツだ。充分休ませてやってくれ」
「そういうわけではないんだ、これは。…時期が来ただけ。もうすぐ、ぶるぅは卵になる」
静かに告げられた短い言葉は衝撃的な内容でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵になる…。ずっと前から何度も聞かされてきた話ですが、それがこんなに突然に…?
三百年以上も遠い昔に海に沈んだ会長さんの故郷、アルタミラ。そこでサイオンに目覚めた会長さんが仲間が欲しいと願い続けて、その思いから生まれて来たのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」だと聞いています。ある朝、会長さんの枕元にあった小さな青い卵。やがて孵化して可愛くて元気な男の子になって…。
「そうだよ、ぶるぅはアルタミラで生まれた。何年かぼくの家族と一緒に暮らして、それから島が無くなって…。二人きりになってからのことだったんだよね、ぶるぅが卵に戻ったのは」
あの時は本当に悲しかった、と会長さんは眠っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背中を撫でながら。
「ぶるぅがいたから家族がみんないなくなっても前向きに生きていけたんだ。だって一人じゃないだろう? ぼくの願いから生まれたとしても、ぶるぅは立派な人間だしね。…それなのに卵に戻っちゃうなんて…。卵が孵るのはいつなんだろう、と思ったら泣くしかないじゃないか」
何ヶ月もかかるものなんだから、と溜息をつく会長さん。でも、確かそのお話には続きがあって、卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一晩で孵化したと聞かされたような…? キース君たちも覚えていたらしくって、会長さんに確認してますが…。
「そう、早ければ一晩で孵る。ぶるぅも自分で言っていたよね、お誕生日は次もクリスマスだ、って。イブのパーティーも楽しみだから頑張って起きていてパーティーをして、次の日の朝に起きるんだ…って」
「「「あ…」」」
言われてみればその通りでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宣言したのはいつだったでしょう? アルタミラが沈んだ日に合わせて海沿いの小さな港町を訪ねた去年の夏に張り切って決めていたような…。
「思い出した? ぶるぅが言い出したことだったから、叶えてやろうと思ったよ。今の誕生日がクリスマスなのは偶然だって話しただろう? ぶるぅが自分で誕生日にしたい日が出来たのは君たちのお蔭。みんなで楽しくパーティーしたい、って何度も言うから約束したのに…」
「あんたでも起こしてやれないのか?」
まさか、と青ざめるキース君。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が孵化する時の目覚ましの役をすることもあると聞いているのに、今回は無理だと言うんですか?
「…サイオンの使い過ぎで眠るんでなければ起こせたさ。クリスマスまでに眠りそうになったら起こしてくれとも頼まれていたし、そのつもりだった。…だけどウッカリしていたよ。疲れてしまって眠ったことは一度も無い。今度は普通の眠りじゃないんだ」
「前例が無いなら分からんだろうが、やってみないと」
「そうなんだけどね…。そうなる以前の問題として、サイオンを使わせるべきじゃなかった。眠りの時期が近付いてたんだ、消耗させちゃダメだったんだよ」
保護者失格だ、と会長さんは項垂れています。いくら「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやりたがってもサイオニック・ドリームの手伝いをさせるべきではなかった、と。
「お、おい…。落ち込んでどうする、あんたがしっかりするべきだろう! 今日の所は寝てるだけだし、精のつく物を食わせてやるとか、規則正しく寝起きさせるとか」
「…ぶるぅは日頃から規則正しくしているよ。夜ふかしも寝坊も、ぼくばかりでさ。ブルー、朝だよ、って何度布団を引っぺがされたか…。そんな日とも暫くお別れかな。多分、そんなに長くは保たない」
「「「嘘…」」」
ただの昼寝だ、大丈夫だ、と私たちは口々に言いましたけど、根拠は全くありませんでした。「そうだったらいいな」「そうであってほしい」という願望を声に乗せているだけで、誰も責任は持てなくて…。そもそも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が昼寝をすること自体が珍しいのです。知らない間に寝ていたことが今までに何度もあったでしょうか?
すやすやと眠る「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目を覚ましません。これだけ周囲が騒いでいれば瞼くらい動きそうなものですけれど、完全に熟睡しています。でも、子供だったらうるさい場所でも平気で眠れるものですし…。昼寝なのだ、と繰り返すことしか出来ない私たちに向かって、会長さんは。
「…心配してくれるのは嬉しいけれど、あと何日もは無理だと思う。あ、ぶるぅには言わないでよ? ショックでパッタリ倒れてしまって卵になっても可哀想だし…。とりあえず今夜はちょっと早めのクリスマス・ディナーに行ってこようかな」
マンションの近くの行きつけの店、とウインクしてみせる会長さん。
「ぶるぅのお気に入りなんだ。小さな店だけど落ち着いた素敵な庭があってね。その庭が一番よく見える席が指定席。二人でゆっくり出掛けてくるよ」
「…なら、いいが…。後は俺たちが片付けておく。さっさと帰って支度するんだな」
キース君の提案に私たちが立ち上がるのを、会長さんは止めませんでした。代わりに「ありがとう」と小さく呟いて…。
「お言葉に甘えさせて貰うよ、今日は。…ごめんね、後片付けの方をよろしく。ほら、ぶるぅ。…帰るよ、食事に行くんだろう?」
軽く揺さぶる会長さんに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「う~ん…」と丸まっていた背中を伸ばし、ムニャムニャと寝言を漏らしてから。
「えっ、食事? 行く、行く、今日は何処のお店?」
わーい! と歓声を上げて会長さんの腕をガシッと掴んだかと思うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も会長さんも姿を消してしまっていました。床にはクシャクシャになった毛布が転がっています。
「…あの分なら当分、大丈夫だな」
キース君が苦笑し、シロエ君が。
「眠気よりも食い気ですよね、ぶるぅの場合は。…さてと、お皿を片付けますか」
「その前にタルトの残りがあるわよ、いつもだったら食べちゃってるでしょ?」
スウェナちゃんがお代わりし損ねていたタルトを指差し、私たちは改めて食べる所から始めることに。だって、せっかくのおやつです。明日になったら味が落ちると思いますし…。
「ぶるぅがいないと綺麗に切るのも大変だよねえ、なんかメチャクチャ」
タルトの生地が崩れちゃったよ、とジョミー君がぼやいていますが、それくらいは仕方ないでしょう。お皿に盛り付け、熱いココアをカップにたっぷりと注ぎ、キース君が音頭を取って。
「では、ブルーに頼まれた後片付けを兼ねて」
「「「いっただっきまーす!!!」」」
完熟バナナと甘く煮た栗のハーモニーが嬉しい「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りタルト。みんなで残さず平らげてからカップとお皿を綺麗に洗って棚に片付け、布巾の煮沸消毒を済ませ、火の元などを確認して。
「これでよし、と。あいつら、無事に気に入りの席が取れてるといいな」
「きっとバッチリだよ、ブルーだもの」
失敗するわけないってば、とジョミー君が保証し、キース君も「違いない」と笑いながら。
「先客がいてもサイオンで入れ替えそうだよな。早めのクリスマス・ディナーを楽しんで欲しいぜ」
「みんなで後片付けまでしたんだものね、美味しく食べて貰わないとさ」
値打ちが無いよ、とジョミー君。私たちはもう一度お部屋の中を指差し確認し直してから壁をすり抜け、此処を訪ねるようになってから初めて見送り無しで家へと帰ってゆきました。冬の日はもうとっぷりと暮れ、澄んだ空に星が瞬いています。会長さんたちのお気に入りのお店、そろそろ開店時間なのかな…?
次の日、授業と終礼を終えた私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと歩く途中で会長さんたちの昨日の夕食のメニューを当てっこ。そのものズバリは難しいですから、食材の推測がメインです。
「キャビアとフォアグラは外せないよね」
ジョミー君が指を立てれば、サム君が。
「トリュフもだよな。クリスマス限定メニューなんだろ、その辺は絶対出てるって!」
「オマール海老か伊勢海老なのかが悩む所だな、俺はオマールだと思うんだが…」
「キース先輩、この時期は牡蠣も外せませんよね」
海の幸だけでも当てにくいです、とシロエ君。魚料理は魚の種類だけでも色々。かと言って肉料理の方は当たりやすいかと言えばそうでもなくて…。
「あいつとぶるぅの行きつけとなると、ジビエってこともありそうだしな」
今は鹿肉のシーズンだぜ、とキース君が例を挙げると他のみんなもイノシシだのウサギだのキジだのと…。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はどんな料理を食べたのでしょう? 食べた料理を再現するのが得意な「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですから、近い将来に作ってくれるかもよ、と楽しみにしつつ生徒会室に着き、目印の紋章に触れて壁を通り抜けると…。
「…やあ。昨日は綺麗に後片付けしてくれてありがとう」
会長さんが一人でソファに座っていました。耳に馴染んだ「かみお~ん♪」の挨拶は聞こえず、焼き立てのパイやケーキの匂いもしていなくって、テーブルの上に小さなバスケットが一つ。
「…ぶるぅは昨日が限界だったらしい。食事から帰ってお風呂に入って、パジャマに着替えるとこまでは見てた。先に寝るね、って言っていたからテレビを見ててさ、それから寝ようと部屋に行ったら…」
「卵に戻ってしまったのか!?」
キース君が思わず怒鳴ると、会長さんは。
「そうなんだ。気を付けてやれって君に言われてたのに…。食事もペロリと平らげてたから油断していた。土鍋の中に姿が無いな、と見回してみたらパジャマが落ちてて、その中で卵になっていたんだ。慌てて呼んだけど起きなかった。…卵になってからすぐに気付いたら起こせたのに…」
テレビなんか見るんじゃなかった、と会長さんは肩を落としています。卵に化けるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の得意技なだけに、眠りに入るための卵でも完全に眠ってしまう前なら元の姿に戻れるのだとか。そこで人間の姿のままで熟睡するまで見守ってやれば一晩は乗り切れるというわけで。
「…その繰り返しでクリスマス・イブまで引っ張るというのが、ぶるぅの予定。昨日の時点でそれは無理だと分かっていたけど、一週間くらいは持ち堪えるかとも思ってた。…なのに卵にしちゃったんだよ、ぼくが目を離したばっかりに…」
もう取り返しがつかないんだ、と落ち込んでいる会長さん。なんでも食事から帰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は次に行く店のチョイスに燃えていて、御贔屓様にだけ届く案内状を熱心に見比べていたのだとか。会長さんは一緒に覗き込みつつ、心の中で優先順位を密かに決めて…。
「今日の内に予約を入れるつもりだったんだ。もしも卵に戻っちゃったら、キャンセルすればいいんだしね。だけど、予約云々以前の問題。…同じメニューがまた出ればいいけど…」
本当に楽しみにしてたんだから、と呟きながら会長さんが開けたバスケットの中には青い卵が入っていました。鶏の卵サイズの卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。敷き詰められたクッションはフィシスさんが「そるじゃぁ・ぶるぅの誕生日の度に一枚ずつプレゼントしていた手作りです。
「「「……ぶるぅ……」」」
私たちは青い卵を見詰め、あれこれと声をかけてみましたが答えは返ってきませんでした。本当に眠ってしまったのです。サイオンの使いすぎで眠りに入るのが早まっただけに、いつ孵化するかも分からなくって…。
「そうだ、クリスマスはパーティーしようぜ」
キース君の急な提案に誰もがポカンとしています。会長さんがクリスマス限定メニューを食べさせてやれなかったと悔やんでいるのに、どうしてパーティーに話が飛ぶの?
「起きないんなら起こせばいいんだ、何が何でもクリスマスにな。サイオンってヤツは人数が多けりゃそれだけパワーが出るんだろう? ブルー、あんたの思念もぶるぅに届くさ」
「え? あ、ああ…。そうだね、そうかもしれないね。元々ぶるぅは誕生日パーティーに期待してたし、それじゃイブから集まろうか。ぶるぅに悪いから普通の食事で」
少し浮上した会長さんにマツカ君が。
「クリスマス限定メニューのことなんですけど、済んでしまっても頼めばいけるんじゃないですか? 食材の仕入れの関係とかで少し高めにはなるでしょうけど…」
「あっ、そうか! 普段から色々と無理をお願いしてるんだっけ…。クリスマスメニューの再現くらい簡単だよねえ、一度はメニューに載せたんだから」
無い物を頼むんじゃないんだしね、と会長さんの顔に微笑みが戻って来ました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食材や料理法を指定した特注品を食べることもあるのだそうです。料理人泣かせらしいのですけど、それに比べればクリスマスメニューの再現なんかはお安い御用。
「ありがとう、マツカ。…落ち込んでるとやっぱり駄目だね、全然頭が回らないや。ぶるぅを起こすのに君たちも協力してくれるのなら、なんとか約束を守れそうかな」
クリスマスにぶるぅを叩き起こそう、と会長さんは前向きに。卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」をバスケットごとテーブルの真ん中に据えて、みんなでお喋り開始です。卵の中にも周囲の気配が伝わることがあると聞いていますし、しんみりするより賑やかに! おやつは当分、市販品ですが…。
卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。手作りおやつが会長さんが買っておいてくれるケーキなどに変わり、期末試験がやって来て…。会長さんは普段通り「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーと御利益を引っ提げて1年A組に現れ、その力の持ち主の不在には誰も気付かないまま、五日間の試験が終了。
打ち上げパーティーも開催することになり、会長さんが教頭先生から費用を毟りましたが、一人で出掛けてゆきましたから「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ったことはバレていません。
「…あんた、いつまで隠しておくんだ?」
キース君が尋ねたのは打ち上げで出掛けた焼肉店です。会長さんは「ああ…」と傍らに置いたバスケットの蓋を撫でながら。
「試験終了までは隠し通しておかないとマズイ。ぶるぅがいないのに不思議パワーがあるというのは変だろう? サイオンという名称は出してないけど、サイオンはぶるぅの特権だからね。…敵を欺くにはまず味方から! ハーレイや長老たちといえども知られるわけにはいかないんだよ」
だから今日まで、と卵の入ったバスケットに触れる会長さん。その言葉通り、間もなくやって来た終業式でのこと。恒例の先生方からの御歳暮が発表されて、ブラウ先生が入手方法の説明を…。
「いいかい、全校生徒と教頭先生とのジャンケン勝負だ! 勝ち残った一人が所属するグループが御歳暮をゲットできるのさ。グループの人数は十人まで。まず届け出て、グループ名を書いたブレスレットを装着すること!」
今年の御歳暮は好みの先生一人の引率でマザー農場での特製ステーキ・ディナーコースの豪華版です。私たちも届け出に行ったのですけど、受付係のエラ先生が。
「あら、ぶるぅは? …ああ、風邪なのね、それじゃ名前だけ書いておくわね」
頑張って勝ってあげてね、と渡されたブレスレットには『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』の文字。えっと、もう隠さなくってもいいんじゃあ? 風邪だなんて…。
『ダメダメ、一般生徒には卵の話は知られたくない。卵に化けるのは問題ないけど、卵から生まれるというのは流石にちょっと…』
あまり驚かせたくないからね、とブレスレットを嵌めようとした会長さんは。
『…やばい、サイオンの検知装置が入ってる。これじゃハーレイの手が読めないよ、人数が減って来たら壇上での勝負になるから引っ掛からない程度のサイオンで読めるんだけどさ…。これはエラたちが思い切り勘違いをしてそうだ。ぶるぅがいないのは戦略だ、って』
「「「戦略?」」」
『シッ、サイオンの存在は極秘だよ? …ぶるぅはぼくの願いから生まれただけあって、距離が離れてても微弱な思念で会話できる。検知装置に引っ掛からない程度の…ね。風邪と称して離れた場所からハーレイの手を読み、ぼくに知らせてくるのは可能』
『なるほど…。それなら確実に勝てるわけだな』
残念ながらそうではないが、とキース君がブレスレットを嵌め、私たちも次々と装着。思念での会話は不可能となり、壇上に立つ教頭先生とのジャンケン勝負も会長さんからの指示は飛んで来ず、会長さん自身も教頭先生の手が全く読めず…。
「「「あ~…」」」
負けちゃった、と全員が溜息をつく中、私たちの中で最後まで勝ち残っていたキース君が自分の席に座りました。敗者は腰を下ろす決まりで、立っているのは勝者のみです。
「すまん、頑張ってはみたんだが…。まあ、俺の場合、壇上まで勝ち残っても勝てる見込みは少ないんだがな」
申し訳ない、と謝るキース君が勝ち進んでもサイオンで教頭先生の手は読めません。会長さんが早々に敗退した時点で私たちは諦めていたんですけど、キース君が意外に強かったので、ちょっと期待を…。そうこうする内にもジャンケンは続き、御歳暮を見事ゲットしたのは三年生のグループで。
「欲しかったなぁ、ディナー券…。ぶるぅもきっと欲しかったよね」
負けてごめんね、とジョミー君がバスケットの中の卵を撫でているのは全てが終わった後のこと。私たちは
「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で会長さんが買い出しに行ったサンドイッチで昼食中です。
「仕方がないよ、ぼくたちばかりが勝つというのも申し訳ない」
たまには他の生徒にも…、と会長さんが言った所へ。
『ちょっといいかい?』
ブラウ先生の思念が届きました。お邪魔するよ、と壁をすり抜けて入って来たのはブラウ先生だけではなくて、ゼル先生に教頭先生、ヒルマン先生、エラ先生。
「そうか、やっぱり寝ちまったんだね」
いつからだい? とブラウ先生がバスケットを覗き込み、エラ先生が。
「あなたたちが負けちゃったから、これは変だと思ったの。考えてみれば今度のクリスマスで六年でしょ? 卵に戻ってしまったのかも、って」
「…ごめん。隠すつもりは無かったんだけど、普通の生徒の目があるから…。今までと違って」
本当にごめん、と謝る会長さんの肩を教頭先生がポンと叩いて。
「まあ、お前も今は一人じゃないからな。フィシスだけじゃなく、この連中まで揃っているんだ。卵が孵るまで、そう寂しくはないだろう?」
「うん。…実は期末試験の前からなんだよ、ぶるぅが卵に戻ったのはね。クリスマスには起こしてね、って頼まれてたから頑張るつもり」
心配してくれてありがとう、と頭を下げる会長さんに軽く手を振って先生方は帰ってゆきました。クリスマスまであと少し。可愛い願いを叶えるためにも「そるじゃぁ・ぶるぅ」を起こさなくっちゃ~!
学園祭で出す喫茶店の名前は二転三転。トリップ効果を前面に出したい会長さんの意向は変わらず、長老の先生方と同じ慎重派であるキース君とのガチンコ勝負の様相です。私たちは横からアイデアを捻り出しては二人に却下され、案を練っては蹴り飛ばされて…。
「喫茶ぶるぅでいいじゃない!」
そのまんまだし、とジョミー君がブチ切れました。
「ぶるぅの部屋を使うんだしさ、サイオニック・ドリームもぶるぅだし!」
「違うと言っているだろう! サイオニック・ドリームを使うのはぼくだ! ぶるぅは気ままに遊んでるだけ!」
もっと気の利いた意見を出したまえ、と会長さんは不満そう。でも『トリップぶるぅ』はキース君が却下でしたし、『ぶるぅトラベル』は会長さんがダサイと却下しましたし…。
「ツーリストもダメ、ツアーもダメ。他にどう言えって言うんですか…」
シロエ君が心底疲れ果てた顔で。
「旅行関係のヤツは全部ダサくてダメなんでしょう? エアラインも却下されちゃいましたし、もう世界のあちこちへ飛ぶ方法が残ってませんよ。それとも絨毯で飛べとでも?」
「絨毯…」
呟いたのは会長さんです。白い指先を顎に当てると、暫くの間、考え込んでいましたが…。
「そうだ、空飛ぶ絨毯だ! あれなら何処へでも飛んで行けるし、夢もあるよね。よし、決めた。店の名前は『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』で! これなら文句は無いだろう、キース」
「確かに怪しい感じは無いな。…店の内装が限定されてしまいそうだが」
「ダメダメ、それだとお香を焚くのが似合いのスタイルになってしまうよ。魔法のランプの世界だろう? そっちは却下。このままの部屋で喫茶店!」
トリップの件はチラシに書くのだ、と会長さんは胸を張りました。
「許可は貰っているんだよ。ぶるぅの力で好みの場所が見られます、って書くんだけどね。どんな感じで見られるのかは来店してのお楽しみ。後はクチコミで広がればいい」
「かみお~ん♪ 空飛ぶ絨毯、楽しそうだね! 絨毯でもホントに飛べちゃうけれど」
「「「わわっ!?」」」
次の瞬間、私たちはソファに座ったまま絨毯ごと床から浮き上がっていたり…。すぐにフワリと着地したものの、悪い気分ではありません。空を飛ぶ代わりに世界中へとトリップ出来る『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』の方も喜んで貰えそうですよ~!
お店の名前が決定すると、次に決めるのは営業形態。ドリンクしか出さないと会長さんが言っていただけに、紅茶にコーヒー、ジュースなんかを一人一杯にするとして…。
「入れ替え制も必須だよ」
出来るだけ多くのお客さんをお迎えしなきゃ、と会長さん。
「ドリンク一杯で十分間って所かな。出入りする時間と注文の時間、その辺を引けばトリップの時間は八分くらい? 充分だろうと思うけれども」
「八分ですか…」
長いような短いような、とシロエ君が言えば、サム君が。
「短くねえだろ、カップ麺が食えるぜ」
「なるほどな」
頷いたのはキース君です。
「湯を沸かす時間も込みなら少しキツイが、湯さえ注げば三分で…五分もあれば食い終わるし」
「いいね、それ」
会長さんが赤い瞳を輝かせて。
「好みの景色を見物しながら三分待つのも良さそうだ。スペシャル価格でカップ麺もメニューに加えよう。タイマーを一緒に置いてあげればいいんだからさ」
「でも…」
他のお客さんの迷惑になるよ、というジョミー君の指摘は尤もでした。喫茶をやるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。防音設備は完璧ですけど、同じ部屋にいればタイマーの音は当然耳に届くでしょう。
「トリップの最中にタイマーはねえなぁ…」
頼んだヤツはともかくとして、とサム君が言い終えない内に。
「そこは心配要らないよ。サイオニック・ドリームは人の意識を操るんだから、隣の人が見ている世界は無関係! タイマーが鳴ろうがカップを倒して騒ぎになろうが、間に入るのはウェイターだけさ」
だから全く無問題、と会長さんは自信満々。その代わり、ウェイターの責任は大きいそうで…。
「お客様に夢を満喫して貰うためには環境ってヤツが大切になる。ドリンクが零れたら即、フォロー! テーブルを綺麗にするのは勿論、場合によっては代わりの品をお持ちしなきゃね」
「それを俺たちがやるんだな? 女子は除外で」
「決まってるじゃないか」
キース君の仏頂面にも、涼しい顔の会長さん。
「去年も一昨年も実動部隊は男子だけ! 今更女子に手伝えと? ぼくはフェミニストだから手伝わせたくないけど、どうしてもって言うのなら…。その代わり、制服を設けるからね」
「「「は?」」」
どういう意味だ、と誰もが首を捻ったのですが。
「今年はサイオニック・ドリームを売り込むんだから、奇をてらう必要は全く無い。バニーちゃんコスも坊主も余計だ。むしろ無い方がいいと考えていたし、ウェイターの衣装も学校指定の制服で…と思ってた。だけど、女の子たちまで働かせたいと言い出すんなら話は別! それ相応の制服を…」
「「「わーっ!!!」」」
要らないだとか、お断りしますとか、男子はたちまちパニックでした。なにしろ店の名前が『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』だけに、どんな制服が登場するかは予測不可能というヤツです。ランプの精な民族衣装で済めば御の字、悪く転べばハーレムパンツな女性の衣装が出たりして…。
「分かったんなら真面目にね。…最近は男のベリーダンサーもいるそうだ。そっち系の衣装を着たくなければ、キリキリ働いてくれたまえ」
健闘を祈る、と鼻先で笑う会長さんに歯向かう男子は一人もおらず、喫茶店の実動部隊も準備をするのも男子ばかりということに。スウェナちゃんと私は毎日のんびり過ごしていればいいようです。メニュー作りやチラシ作りと雑用が多いみたいですけど、学園祭まで頑張って~!
校内のあちこちにポスターが貼られ、学園祭の日が迫って来る中、ついに長老会議が後夜祭でのサイオニック・ドリームの使用許可を出したのは残り一週間というギリギリの時点。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でそれを教えてくれた会長さんは大張り切りで。
「今日は朝から挨拶回りをしてたんだ。…ぼくが勝手にそう呼んでるだけで、挨拶された相手の方は何も気付いていないだろうけど…。こういうのは根回しが大切だからね」
「「「???」」」
「全校規模でのサイオニック・ドリームをやろうというんだよ? 喫茶と同じで楽をするには協力者! 先生方や職員さんに中継をして貰うのさ。『かみほー♪』が流れている間はサイオニック・ドリームの時間なんだ、と意識して貰えればそれで充分」
そういう意識を持っている人が多ければ多いほど楽になるのだ、というのが会長さんの説明です。その人がサイオニック・ドリームを見せる能力を持っているかどうかは問題ではなく、思念の一部が会長さんと同調すればいいのだそうで…。
「そこは君たちも同じだね。『かみほー♪』と同時にサイオニック・ドリームなんだと知っているから役に立つ。…サイオンってヤツは相乗効果があるんだよ。一人ずつでは大した力が無くても、二人揃えば二×二で四人分。三人いれば九人分さ。先生方だけでも凄い計算になるだろう?」
「…全校生徒を軽く超えるということか?」
キース君の問いに、会長さんはパチンとウインクしてみせて。
「そうなるね。ぼくが目指すのは全校生徒の仮装なんだから、その人数を余裕でカバーするだけのサイオンを持った仲間が必要。…楽勝コースの場合は、だけど」
「楽をしないならブルーだけでも出来るわけ?」
ジョミー君も興味津々ですが。
「うん。ジョミー、君にもそれだけの力は潜在的にあるんだけどねえ? いつになったら…」
「わーっ、その話は勘弁してよ! お坊さんになったんだから、無効ってことにしといてよー!」
特訓は無し、とジョミー君はたちまち大騒ぎです。会長さんと同じ力を持つタイプ・ブルーだと認定されているというのに、ジョミー君のサイオンは私たちとレベルが変わりません。今後、劇的に伸びる見込みも現時点では無いらしく…。
「あーあ、ホントにジョミーときたら…。まあ、それが平和の証拠だと思えば腹も立たない。学園祭でサイオニック・ドリームなんかをやっていられる素敵な時代で良かったよ。えっと、そろそろ数学同好会が揃う頃かな?」
挨拶回りに行ってくる、と会長さんは出掛けてゆきました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の話によると、私たちが授業に出ている間も寮などを訪ねて『かみほー♪』を合図に何をするかを知らせて回っていたのだとか。
「あのね、ジルベールも来てくれるって! 長いこと学校に行ってないけど楽しそうだ、って♪」
「「「ジルベール!?」」」
かの有名な欠席大王、1年B組の幻の特別生のジルベールまでが出て来るんですか、後夜祭! サイオンを表に出そうという会長さんの企画の反響は思った以上に大きそうです。ジルベールの名前は知っていますし、数学同好会に籍があるとも聞いていますが、一度も会ったこと無いですもんねえ…。
「それでね、ブルーが許可が出たからお祝いを兼ねて腕試しって言ってたよ!」
ちょっとだけ待ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。えっ、お祝いに腕試し? それって何?
「え? んーと、んーとね…。あ、ブルー! お帰りなさい!」
「あれ? どうしたのさ、みんな変な顔して…。ああ、そうか。ぶるぅが喋っちゃったんだ?」
「おい、腕試しというのは何だ!」
聞き捨てならん、とキース君が咬み付いた所で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンの方から腕一杯にカップ麺を抱えて来ました。
「かみお~ん♪ 色々あるけど、どれにする? 味噌に醤油に豚骨に…。みんな同じのを選んでもいいよ、学園祭で使うヤツだもん!」
食べちゃった分は買い足すもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ笑顔。大量のカップ麺は学園祭用で、会長さんが腕試しってことは、もしかして…。顔を見合わせる私たちに向かって、会長さんは。
「うん、喫茶メニューのスペシャル版を無料で提供! 君たちは思念波が使えるからね、ウェイターなんかは必要ない。好きな所へトリップさせるよ、砂漠のド真ん中でも南の島でも」
何処へ行く? と会長さんが差し出すメニューは『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』でお客様にお出しするために作られたモノ。紅茶やコーヒーといったドリンクの横にランク分けされた値段があります。星の数が増えてゆくほど遠くだったり、普通じゃ行けない所だったり…。五つまである星のそれぞれに選べる行き先が数種類。
「ぼく、ベースキャンプ!」
真っ先に叫んだのはジョミー君でした。世界最高峰を目指す登山家たちが拠点にすることで名高い場所です。そこの中でも山が一番綺麗に見える地点を選んだのだ、と会長さんが自慢してましたっけ…。
「俺もベースキャンプ! 観光客気分でカップ麺なんて有り得ねえしな」
食べ甲斐がある、とサム君が注文すると、会長さんは嬉しそうに。
「あっ、このメニューの値打ちを分かってくれた? 流石サムだね、ぼくの愛弟子で公認カップル! あそこじゃお湯が充分に沸かないんだよ。なにしろ標高が高すぎて…。サイオンを使うなら別だけれどさ」
ベースキャンプは標高五千二百メートルなのだそうです。沸点が低くなるためカップ麺を作っても平地のようなわけにはいかず、ぬるめのスープで味もイマイチだと聞いてしまうと…。
「なんだ、全員ベースキャンプでカップ麺? 確かに一番高い値段のメニューだけどねえ、腕の揮い甲斐が無いったら…。みんなバラバラの場所を希望というのが理想だったな」
腕試しだし、と苦笑しつつも会長さんは約束を守ってくれるようです。私たちは好みのカップ麺を選び、それぞれの席で蓋を半分だけ開けて粉末スープや具などを入れて用意して…。
「かみお~ん♪ 沸いたよ、順番だからね!」
熱いから少し避けててよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお湯を注ぎ終えると、会長さんが。
「始めるよ? タイマーが鳴ったら蓋を取るのを忘れずに。山に見惚れて食べないでいると麺がデロデロに伸びちゃうからね」
気を付けて、と声を掛けられたと思った途端にサーッと景色が広がりました。私は荒涼とした茶色い地面に置かれたソファに腰掛け、目の前のテーブルにカップ麺。一緒にいた筈のジョミー君たちの姿は見えず、代わりに真っ白な雪を頂いて天空に聳える高峰が…。
(うわぁ…。こんなの初めて見るし!)
信じられない、と怖いほどに青い紺碧の空と神々の座と呼ばれる山を食い入るように眺めていると、ジリリリリ…と鳴るタイマーの音。おっと、カップ麺が出来ちゃいましたか、もう三分も経ったんですか?
(ジョミー君たちも食べてるのかな? 同じ景色を見てるんだろうけど…。あっ、何か飛んでく)
飛行機とは違う小さな点の群れが遙か頭上を飛んでゆきます。鳥のようにも見えますけれど、こんな高い所に鳥なんて…?
『アネハヅルだよ』
頭の中に響いてきたのは会長さんの思念波の声。
『八千メートルを超える世界の屋根を越えて飛んでゆくのさ。アネハヅルが飛ぶ日は天気が崩れることはない。登山家たちの強い味方だ。…あ、この解説は特別サービス! 一般のお客さんにはつけないよ』
ぶるぅの力でやっているんじゃないとバレちゃうからね、と思念波が消え、戻る静寂。アネハヅルの群れを見送りながらカップ麺を食べ終え、世界最高峰の眺めを堪能する内にスウッと身体が引き戻されて。
「はい、おしまい。…どうだい、ベースキャンプまで旅した気分は?」
私たちは何度か瞬きした後、興奮気味に見て来た景色を語り合ったり、会長さんに御礼を言ったり。この体験はヒット商品になること間違いなしです。サイオニック・ドリームとかの仕掛け以前に、誰でも感動しますって! 行き先の方はお値段次第。喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』、間もなく開店いたしまぁ~す!
そして学園祭の日がやって来ました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は普段は入口がありませんけど、例年どおり夜の間に私たちの仲間の業者さんが来て壁に隠されているドアが外に出るように工事してくれ、真鍮のドアノブも取り付けてくれて重厚な雰囲気を醸し出しています。
「うん、いいね。これが出来ると気が引き締まるよ」
会長さんが生徒会室側から扉を眺めているのは朝のひととき。二日間にわたる学園祭の間、終礼と朝のホームルームはありません。普段の教室はクラスとクラブ、それに有志の展示や催しに占拠されるため、出欠は定時に講堂脇で。今頃はグレイブ先生も出席簿を広げているのでしょうけど、特別生に出席義務は無く…。
「もうすぐチャイムが鳴るのかな? チラシとポスターの評判はどう?」
「上々だ」
キース君が親指を立てています。
「俺が登校してきた時点で既に話題になってたぞ。一番に行くなら『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』だ、と話している生徒が多かった」
「ぼくも聞かれたよ、整理券とか出るんですか、って。用意しといて良かったよね」
ジョミー君はクラスメイトに質問を受け、サム君は気の良さそうな顔立ちだけに男女やクラス、学年を問わず色々訊かれてきたのだそうで。
「好きな場所を見られるっていうのが気になるらしいぜ。眼鏡をかけたりするんですか、って訊いてきたヤツもいたっけなぁ…」
なるほど、眼鏡は無難な発想です。そういう仕掛けは一切無いと知れ渡ったら更に評判が上がりそう。おっと、開幕のチャイムの音が…。
「かみお~ん♪ みんな、頑張ってね!」
「よろしく頼むよ、ぼくが倒れたら店は閉めなきゃいけないんだから」
サイオニック・ドリームあっての『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』だ、と会長さんが発破をかけると男子は揃ってビシッと敬礼。
「「「頑張りまーす!」」」
「それじゃ、持ち場に。ぼくへのフォローも忘れないでよ、休憩時間には飲み物とお菓子。何にするかは気分次第さ。きめ細かい心配りを期待している」
会長さんが扉を開けて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入り、壁際の一角に置かれたソファにゆったり腰掛けました。隣にチョコンと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が座ります。そこがサイオニック・ドリームの発信地点で、部屋に設置されたテーブルのお客さんとの間を中継するのが男の子たち。
「おい、キッチンの方は確認したか? 俺たちで全部やるんだぞ?」
キース君の声にシロエ君がキッチンに走り、「バッチリです!」と戻って来ると、マツカ君が閉めてあった扉を開けに行って。
「いらっしゃいませ。ようこそ、ぶるぅの空飛ぶ絨毯へ」
「「「いらっしゃいませー!」」」
ゾロゾロとお客様たちが入って来ました。入口に『相席でお願いします』と注意書きが貼ってあるため、大人数のグループで来た人も心得た様子で分散します。一つの丸テーブルに五人まで。ウェイターの男子は五人ですから、定員は二十五名という勘定で…。
「お手伝いに来ました、会長!」
リオさんが扉から顔を覗かせ、整理券の配布と時間待ちのお客様への説明係を引き受けてくれるらしいです。スウェナちゃんと一緒にやるしかないと思ってましたが、リオさんだったら任せて安心。喫茶の方を見学しながら会長さんのお世話でも…。
『ありがとう、女の子はやっぱり優しいね。向こうの椅子で控え要員っぽく座っていれば楽だと思うよ』
会長さんの思念に従い、スウェナちゃんと私は隅っこにあった予備の椅子へ。喫茶店用のテーブルと椅子は業者さんが揃えてくれましたから、ジュースが零れた時などに備えて充分な数があるのです。私たちが座る間に男子は注文を取り終えたようで。
「かみお~ん♪ ぼくのお店へようこそ!」
楽しんでいってね、とソファの上に立ち上がる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「えとえと、ここの仕組みはね…。んーと、難しいことは分からないから、ブルーと交替!」
「了解。ぶるぅの空飛ぶ絨毯へようこそ」
歓迎するよ、とソファに腰掛けたままでニッコリ微笑む会長さん。
「此処での体験は早い話が化かされるって感じかな? 君たちは注文通りの景色の中へと旅をするわけさ、ぶるぅの力で意識だけが…ね。ドラッグや麻薬の類じゃないから副作用も後遺症も無い。ドリンク片手にゆったり過ごしてくれたまえ」
会長さんの言葉に満員のお客様たちはビックリ仰天。
「化かすんですか?」
「そるじゃぁ・ぶるぅにそんな力が?」
あちこちから飛ぶ声を会長さんはスッと右手を上げて制すると。
「百聞は一見にしかず、ってね。時間をロスしたくないだろう? ほら、オーダーしたドリンクが来たよ、後はぶるぅに任せておいて」
「「「???」」」
男の子たちの仕事は見事でした。無駄のない動きでドリンクを配り終えたのは全部のテーブルで殆ど同時。それはいいとして、お約束の「かみお~ん♪」は? いつ言うんですか?
『もう始まっているんだよ。ズレたらアウトだと言っただろう?』
会長さんの思念が私たち全員に届きました。
『ドリンクを受け取ったお客さんは端から夢の中へと飛ばしていった。ぶるぅの力だと印象付けてあるんだからさ、合図は特に要らないよ。終了時間が同時なだけに、先にドリンクを貰った人が少しだけ得をするのかな? 受け取ってすぐに飲まれて麻薬と間違えられたら大変だから、飲む前に飛ばす』
時間差は内緒、と会長さんの思念は笑っています。その一方で何通りものサイオニック・ドリームを操っているのですから、流石はソルジャー。別の世界に住むソルジャーには敵わないとか言ってますけど、やっぱり凄いサイオンですよ…。
喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』の最初のお客様たちは大感激で部屋を後にし、会った人たちに喋りまくって「絶対、行くべき!」と宣伝してくれ、第二弾のお客様が部屋を出る頃には行列は倍の長さになっていました。会長さんの休憩時間を入れても、その間、僅か十五分。クチコミ効果はバッチリです。
「えっと、紅茶で。オーロラ見物でお願いします」
「コーヒーと…これこれ、灼熱の砂漠ってヤツで!」
リオさんが先にメニューの解説をしてくれるお蔭で、予め決めて入ってくる人が大多数。迷っていた人もポンポンと行き先が飛び出す雰囲気に飲まれ、エイッと思い切って…。えっ、何を決断するのかって? 安いメニューで無難に行くか、お小遣いをはたいて高いメニューを頼むかですよ。こうして午前が無事に終了。
「かみお~ん♪ みんな、お疲れ様!」
「ぶるぅ、お昼はキースたちに任せておけば? パスタくらいは作ってくれるさ」
「平気、平気! ブルーと違って頭は使ってないもんね♪」
お昼はガッツリ食べなくちゃ、とキッチンに向かう「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ひょっとしてサイオニック・ドリームのお手伝いをしていたんでしょうか? 顔を見合わせる私たちに向かって、会長さんが。
「大丈夫だって言ったんだけど、お手伝いするって聞かなくて…。サイオニック・ドリームを見せ始めた後、維持するサイオンを補助してくれた。よく頑張ってくれたよ、ぶるぅは」
これで予定外の休憩をせずに済みそうだ、と会長さんは嬉しそうです。チラシには『予告無しにお休みする場合があります』の一文が入っていますが、それは会長さんが疲れた時のため。休憩時間は取ってあるものの、不測の事態も有り得るわけで…。
「お昼、出来たよ! ふわふわ卵のオムライス!」
沢山食べてね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯。うん、この調子なら二日間の学園祭は余裕で乗り切れちゃいますよ! カップ麺を注文するお客さんが初めて出るのは今日の午後かな、それとも明日…? そんな話をした昼食が済むと、部屋の外には長蛇の列。リオさんが整理券を配っています。
「会長、凄い人気ですね。もう明日の券まで出始めてますよ」
「そうなのかい? じゃあ、明日はテーブルを六人掛けにしようかな」
ぶるぅも頑張ってくれてるし、と微笑んだ会長さんは本当に翌日、テーブルに椅子を増やしました。評判が高まる中で最初のカップ麺を注文したのはリピーターの男子。これが人気を呼び、最後に入ったお客様たちは全員もれなくカップ麺で。
「「「ありがとうございましたー!」」」
みんなでお辞儀してお見送りして、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』は大盛況の内に閉店です。さあ、この次は後夜祭! 恒例のダンスに人気投票、それに全校規模でのサイオニック・ドリームというシャングリラ学園始まって以来の一大イベントの時間ですよ~。
「うーん、危なかった。…まさに藪蛇」
危機一髪だ、と会長さんが笑っているのは人気投票で一位に決まって特設ステージに上がる直前。女子の一位はフィシスさんですが、今年は二人とも例年ほど票が伸びなくて…。その原因は投票用の薔薇の造花を溢れるほどに籠に詰め込んだ美少年。欠席大王、ジルベールです。
「すげえ顔だよなぁ、男か女か分からねえや」
サム君がフウと溜息をつき、キース君が。
「黙って立ってるだけだからな…。男装の麗人と間違えるヤツが出るのは当然だ。ブルーへの票が流れた上に、フィシスさんの票まで流れたか…。いっそブルーが蹴落とされれば笑えたのに」
「笑えねえよ! サイオ…むぐっ!」
キース君に口を塞がれたサム君の言葉の続きは思念波で私たちに届きました。
『サイオニック・ドリームはどうなるんだよ、ステージの上で発表だろ!』
『『『そうだった…』』』
会長さんはステージに上がる必要があったのです。フィシスさんを伴い、優雅にお辞儀する会長さん。
「みんな、今年もぼくを一位に選んでくれてありがとう。御礼にプレゼントさせて貰うよ、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』のスペシャル・バージョン! ぶるぅが全校生徒を化かす!」
「「「えぇっ!?」」」
「ぼくたちの店に来てくれた人も、来られなかった人も、存分に楽しんでくれたまえ。ぶるぅのお気に入りの曲、『かみほー♪』が流れる間は着替え放題! こんな服を着たいな、と思えばそれを着られる」
ただし他の人には見えないけれど…、と注意があっても校庭は歓声に包まれています。ステージに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び出すと拍手喝采、そこへ『かみほー♪』が流れ始めて…。
「凄い、凄かったよ、俺、本当に勇者だったよ!」
「あ~ん、お姫様、もっとやってたかった~! また化かされたい~!」
アンコール、アンコール、と叫び始めた全校生徒に会長さんが。
「欲張っちゃダメだよ、今日の体験は心の宝物にしておいて。ぶるぅの不思議パワーがあるこの学校に来られたことを誇りにして…ね」
「かみお~ん♪ みんな友達、いつまでも友達! シャングリラ学園、バンザーイ!」
「「「シャングリラ学園、バンザーイ!!」」
全校生徒が連呼する中、沢山の花火が打ち上げられて学園祭は幕を閉じました。『かみほー♪』で化かされた思い出を胸に生徒たちが下校してゆきます。
『ありがとう、みんな。…サイオニック・ドリームは成功したよ、みんなのお蔭で』
静かに流れる会長さんの思念。
『許可してくれた長老のみんな、此処に集まってくれた人たち。みんなを中継ポイントにして全校生徒に夢を送った。ぼく一人でも出来ないことはなかったけれど、みんなの力を使いたかった』
先生方や特別生の間から上がる驚きの思念に、会長さんは力強く。
『学校の中だけとはいえ、サイオニック・ドリームは受け入れられた。行こう、サイオンが普通な未来へ。遠い未来のことであっても、誰一人として欠けることなく』
「…シャングリラ学園、万歳!」
一番最初にそう叫んだのは誰だったのか。一般生徒が消えた校庭に万歳の声が何度も響き、『かみほー♪』の合唱が始まりました。シャングリラ号の歌だけあって仲間は全員歌えるようです。私たちも歌の輪の中に入り、ソルジャーの世界から来た『かみほー♪』の歌を元気良く…。
サイオンを隠さずに使える時代へ皆で揃って行けますように。この学校がその礎になりますように…。私たちの大切な学校、シャングリラ学園、万歳!
学園祭でサイオニック・ドリームを売り物にしようと計画中の会長さんと対立したのが長老会議。シャングリラ学園設立当初から教師を務め、長老と呼ばれる先生方です。サイオンの存在は公表されておらず、普通の人の前で自由自在に使うことが出来るのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」ただ一人。
そんな状態でサイオニック・ドリームを一般生徒に売るというのは如何なものか、と先生方は頑なに反対しているのでした。けれど会長さんは、お祭り騒ぎに便乗する形でサイオンを身近に感じて貰うのが将来のためだ、との考え方で…。
「どうなったんだろう、長老会議…」
ジョミー君が呟いたのは、会長さんから学園祭の話を聞かされた翌日の放課後です。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かう途中でした。
「おい、そういう話は後にしろ」
まだ一般の生徒がいるぞ、とキース君が窘め、シロエ君が。
「気になるっていうのは分かりますけどね。ぼくたちも部活をサボッて来ちゃいましたし」
「確かにな…。だが、結論が出ているという保証は無い」
その時は部活に行くことにする、と言いつつもキース君も気になる様子です。昨日の長老会議には会長さんが行ったのですから、進展したにせよ停滞中にせよ、何らかの話は聞けそうですが…。いつものように生徒会室に入り、壁の紋章に触れて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると。
「かみお~ん♪ ブルーが待ってるよ!」
「やあ。…みんな、長老会議の結果が気になるようだね」
どうぞ座って、と会長さんが促し、私たちはソファに腰掛けました。早速「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んできたのはリンゴとココナツのパウンドケーキ。サツマイモと栗のも焼いたようです。全員分の飲み物がテーブルに揃うと、会長さんは微笑みながら。
「結論から言うと、サイオニック・ドリームを売る許可は下りたよ。この部屋でカフェ形式でやる。君たちの協力も必要になるから、そのつもりでね」
おおっ、会長さんの意見が通りましたか! SD体制もソルジャーの存在も知らない先生方を説得するのは大変だったと思うのですけど、会長さんは苦労話はしようともせずに。
「せっかくのカフェだ、学園祭での一番人気をゲットしないと。君たちもしっかり頑張りたまえ」
「…許可が下りたのは目出度いことだが、また俺たちがウェイターか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「ウェイターなんだけど、同時にサイオンの中継係。注文の品をテーブルに置く瞬間が勝負になる。…そうは言っても、君たちにサイオニック・ドリームは無理だからねえ…。サービス精神旺盛に、としか」
「「「は?」」」
「どんな名前をつけようか、って話した筈だよ、合法ハーブじゃマズイよね、って。カフェのお客さんの注文に応じてサイオニック・ドリームを見せるわけだし、タイミングとして一番いいのが品物をお出しする時なのさ。口に入れてからじゃ合法ハーブか幻覚キノコだ」
それじゃトリップと変わらないじゃないか、と苦笑してみせる会長さん。
「口にした物が原因じゃない、とハッキリ理解して貰わないとね。ぶるぅの不思議パワーのお蔭でトリップしてます、っていうのが大切」
「今、トリップと聞こえたが? トリップなのか、違うのか…。あんたは何を目指してるんだ?」
分からんぞ、と突っ込むキース君。私たちにもサッパリです。会長さんがカフェでやろうとしているサイオニック・ドリームって、どんなもの?
「分かりやすく言えば疑義体験かな。君たちは今、コーヒーや紅茶を飲んでいるけど、見えているのは部屋のインテリアとか壁とかだよね? それを、こう…。何が見える?」
「「「!!?」」」
次の瞬間、私たちはグラウンドのド真ん中に座っていました。サッカー部がまさに活動中で、部員の一人が蹴ったボールが顔面めがけて飛んで来て…。慌てて避けようとしたのですけど、あれ? ボールは? グラウンドは…?
「はい、お試し期間終了…ってね。どうだった?」
クスクスクス…と会長さんが笑っています。それじゃ今のはサイオニック・ドリームですか? グラウンドに瞬間移動をしたわけじゃなくて?
「いくらなんでも、部活の邪魔は出来ないよ。瞬間移動も時期尚早だ。一般生徒への使用許可が出たのはサイオニック・ドリームだけさ。しかも一部はまだ審議中。これは後から話すとして…。カフェの売り物は今のヤツ。その場にいるようなリアルな体験」
サッカーボールが激突するわけじゃないけれど、と会長さん。
「世界には色々な場所がある。ぼくとぶるぅが今までに見てきた人気のスポットを再現するんだ。街角のカフェでもいいし、砂漠でもいい。何通りかのメニューを決めると言っていたのがそれだよ」
「へえ…。なんだか面白そうだね」
ジョミー君が応じ、キース君も。
「それは人気が出るんじゃないか? で、俺たちが中継装置になるわけか…」
「うん。ぼく一人でも出来るんだけどね、手伝ってくれると嬉しいな。品物を置くのと同時に「このお客にこういう夢を見せてくれ」って思念を送ってくれればいい。そうすれば絶妙のタイミングでサイオニック・ドリームを始められるから」
入り込む瞬間が大切なんだよ、と会長さんは強調しています。ドラッグなどを使っているわけではない、と明らかにするため、注文の品を手にしたらすぐにトリップさせるのが重要だそうで…。トリップする先は世界に散らばる人気スポット。私たちはグラウンドでしたけれども、砂漠とかならウケそうですよね!
長老会議で問題視されたのは麻薬の類と間違えられては困るという点と、サイオニック・ドリームの存在を公けにすること。麻薬問題の方は飲食物を口にする前にトリップ開始で解決しますが、それは同時にサイオニック・ドリームという特殊能力を一般の生徒に知らせることで…。
「本当に派手に揉めたんだよねえ、これに関しては…。絶対に秘密にしておくべきだ、と言われたんだけど、下手に隠してバレてしまったら大変じゃないか。人の意識を操れるんだよ? 悪用する方法はいくらでもある。見事に化かされてしまいました、ってレベルで済んでる間に表に出すべき力だと思う」
それなら不思議体験で済む、と会長さん。
「ぶるぅの力は知られてるんだし、実は化かす力も持っていました、ってバラした所で生徒は誰も気にしない。化かされた結果が悲惨だったら苦情も出るけど、楽しい体験が出来るんだよ?」
「…肥溜めに落ちるわけじゃないしな」
そっちだったら悲惨だが、とキース君が口にしてからアッと息を飲んで。
「もしかして狸や狐が化かすというのはソレなのか? 本当はサイオニック・ドリームだったりするのか、あんたやぶるぅの力と同じで?」
「さあ…。生憎、そっち方面に知り合いは一匹もいないから」
分からないや、と会長さんは笑っています。
「でもね、サイオンが存在するのは確かだし…。似たような力を持った生き物が存在したって不思議ではない。その可能性は否定しないけど、ぼくもぶるぅも人を肥溜めのお風呂に突っ込んだことは一度も無いよ。流石のぼくもハーレイを化かして肥溜めはちょっと」
面白そうだけど後が大変、と肩を竦める会長さん。肥溜めで入浴した人に惚れられるのだけは御免だそうです。それはともかく、長老会議をクリア出来たのは「化かす」という言葉のお蔭らしく。
「化かされたっていう昔話でも、憎めないケースってあるからねえ…。サイオニック・ドリームがそっちのケースに分類して貰える雰囲気の間にバラしておこう、って結論になった。もしも普通の人間との関係がこじれてごらんよ、同じ力でもどんな受け止め方をされてしまうか…」
「「「………」」」
それは容易に想像がつく問題でした。サイオニック・ドリームは使い方次第で人を肥溜め風呂に送り込むことが可能です。いいえ、肥溜めどころか、もっと危険な所にだって誘導出来てしまうのでしょう。私たちには悪意は無い、と絶叫したって聞き入れて貰えない世界だったら、その力は恐ろしいものと看做されて…。
「ね、少し考えただけでも分かるだろう? そうなってからでは遅いんだよ。力はあるけど悪用しません、って言える時代に表に出さなきゃ。…この考えに導いてくれたブルーの存在に感謝しないとね。それと、カフェをやろうって閃きをくれたベニテングダケにも大いに感謝だ」
「…あんたの中ではベニテングダケと同じレベルなのか、あっちのブルーは?」
酷すぎないか、とキース君が顔を顰めましたが、会長さんは。
「ぼくにとっての危険度で言えば、似たようなものだと思うけど? こっちから食べに行かない限りは毒にならないベニテングダケの方がマシかもしれない。ブルーはキノコと違って自分の意思で自由自在に動けるからさ」
困るんだよ、と溜息をついている会長さん。毒キノコと同列に論じられてはソルジャーも立つ瀬が無さそうですけど、考えようによっては無言で生えているだけのキノコの方が害が無いかも…。あ、そう言えば、長老会議で審議中とかいう問題は? カフェの許可の他にまだ何か?
「ああ、後で話すと言ったっけね。…そっちもブルーと無関係ではないかもしれない。後夜祭でサイオニック・ドリームをやりたいって頼んであるんだけれども、昨日は許可が下りなかった」
「後夜祭でサイオニック・ドリームなんて今更だろうが」
キース君が指摘しましたが、会長さんは首を左右に振って。
「今までのヤツとはレベルが違う。ついでにカフェともレベルが別モノ。カフェだとお客の数に限りがあるから、遠慮がちな子とかは興味があっても入れずに終わってしまいそうだ。…それで全校生徒にもれなく体験して欲しい、と企画したけど、まだ揉めててさ…」
化かす点では同じなのに、と会長さんは残念そうです。それでも最終的には許可を得てみせる、と意気込んでいて。
「テーマソングは『かみほー♪』なんだ」
「「「は?」」」
「後夜祭のフィナーレにサイオニック・ドリームで誰もが仮装! それぞれが思い描いた衣装で全校生徒が楽しむのさ。ドレスでも良し、ゾンビも良し。ただし長時間だと夢っぽくないから、ぶるぅのお気に入りの『かみほー♪』が一曲流れる間だけ…ね」
なるほど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力だと主張するのですから『かみほー♪』は理屈に適っています。でも…それの何処がソルジャーと関係すると? キース君たちも口々に問い掛けましたが…。
「あの歌、どうやらブルーの世界の歌らしいんだよ」
「「「えぇっ!?」」」
今度こそ私たちは目が点でした。長老会議が揉めているのも気掛かりですけど、『かみほー♪』がソルジャーの世界の歌だという方が遙かに気になる問題です~!
サイオニック・ドリームの件で盛り上がったり悩んだり…と忙しかった今日の私たち。その上へ更に『かみほー♪』が降って来たのですから、誰もがポカンとしています。あの歌は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の十八番で何かと言えば歌っているのに、ソルジャーの世界の歌らしいなどと言われても…。
「やっぱり混乱しちゃったか…。落ち着いてもらうためにも、まず訊こう。あの歌、いつから知ってるかな? 初めて聴いたのは何歳の頃?」
会長さんの問いに私たちは首を捻りました。『かみほー♪』は今でこそお馴染みの曲になってますけど、シャングリラ学園に入学するまでは聴いた覚えがありません。遠い思い出の中でサビの部分を歌っていたのは昔のママ? それともパパ? そんな程度の曲でしか無く、テレビなどから流れたことは一度も無くて。
「親父のカラオケセットで聴かされたのは……いつ…だ…? すまん、ハッキリとした記憶が無い」
キース君が答え、シロエ君が。
「幼稚園の頃に父が歌ってましたよ。でも、最近は聞きませんね」
他のみんなも似たようなもの。会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて…。
「そりゃそうだろうね、古い歌だし。ちなみに作詞作曲は、ぼく」
「嘘をつくな、嘘を!」
それだけは無い、とキース君が激しく反論。
「なんであんたの歌になる! 親父のカラオケセットと言ったぞ、もっとメジャーな曲なんだ、あれは!」
「三十年くらい昔の…ね。当時の売れっ子フォーク・デュオが歌ってリリースしている。それは認める」
でもね、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に視線を向けると。
「ぶるぅ、ぼくが『かみほー♪』を初めて歌ったのはいつだったのか、覚えてるかい? ほら、シャングリラ号で地球に帰って来てさ…」
「初めて宇宙に出た時だよね! んーと、百年くらい前? 月の向こうに見えてた地球がどんどん近付いて来て、とっても青くて綺麗な星で…。その時、ブルーが歌ったんだよ。ブリッジにいたから、ハーレイもゼルも、みんな聴いてた!」
「「「え…?」」」
「嘘なんかじゃないさ。初航海でもワープ・ドライブを試したりしたし、地球どころか太陽も見えない所まで行った。…遠い宇宙を旅した後で帰って来た地球がどんなに懐かしく思えたか…。故郷なんだ、って気がしたよ。そしたら自然に胸の奥から湧き上がって来たのがあの歌だった」
そんな馬鹿な、と言おうとして誰も言えませんでした。会長さんが嘘をつくなら分かりますけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嘘をついて得をするとは思えません。じゃあ、『かみほー♪』は本当に会長さんが最初に歌って、それが世間に流出したと…?
「そういう流れになるのかな。君たちも今では歌詞をすっかり暗記してるし、ぼくが地球へ帰って来た時に思い付いた歌だと話しても信じられるだろう? なんと言ってもカミング・ホームだ。テラが地球の意味だというのもブルーに叩き込まれているしね」
会長さんの言葉どおりです。すると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「かみお~ん♪」と挨拶するのも百年前からということですか? 『かみほー♪』が一般の世界に流れたという三十年ほど前ではなくて…?
「ううん、ぶるぅの挨拶の方は筋金入りだよ、三百年以上の歴史があるのさ。あの頃は正真正銘、生まれたての子供だっただけにルーツはサッパリ謎なんだけど、アルタミラに住んでいた頃に言い出したんだ。誰に会っても元気に「かみお~ん♪」とやるものだから、真似して挨拶してくれる大人もいてね」
懐かしそうな瞳の会長さん。
「それで自分の挨拶に似ている歌詞が入った『かみほー♪』もお気に入りになったってわけ。シャングリラ号の歌でもあるから、乗り込めばクルーが歌っているし」
「「「は?」」」
「校歌みたいなモノなんだよ。作詞作曲はぼくだと言ったろ? 初めて宇宙へ出航してさ、帰って来た時にソルジャーが作った曲となったら別格だってば。…朝礼で必ず歌うんだけれど、知らなかった?」
「「「…朝礼…」」」
シャングリラ号には何度もお世話になっていますが、朝礼というのは初耳です。所詮はゲストだったのか、と残念なような、ゲストの方が気楽なような…。
「まあ、朝のお勤めでも文句を言ってるジョミーなんかに朝礼ってヤツは向かないね。とにかく、あれはシャングリラ号の歌だった。それが何処からどうなったのか…。いきなりテレビから流れて来た時は腰が抜けるほどビックリしたよ。原因は多分、ぶるぅじゃないかと思うんだけどさ」
お気に入りの歌を歌っている内に思念波に乗せてしまったのだろう、と会長さんは肩を竦めて見せました。御機嫌な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の歌が広大な範囲に波紋のように拡がってゆき、それを意識の下で拾い上げたのが『かみほー♪』をリリースした人たちなのだ、と。
「なるほどな…。それで親父のカラオケセットにあんたの歌が入ってしまったのか。だが、その話だと、あいつの出番が無いようだが?」
どうなんだ、と尋ねるキース君に会長さんは。
「ブルーかい? 君たちには何度も話した筈だよ、シャングリラ号の設計図をくれたのはブルーだろう、って。ブルー自身は全く意識していないけれど、間違いないと思ってる。『かみほー♪』の方も同じなんだよ。あの歌はブルーの世界に遙か昔から伝わってる歌」
「かみお~ん♪ あっちのぶるぅも歌ってるでしょ? 地球へ帰ろう、って歌なんだって!」
地球が一番の世界だもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。言われてみればソルジャーの世界では地球は聖地なのでした。私たちの世界よりも遙かに『かみほー♪』が相応しい世界なわけで…。
「分かったかい? ぼくはシャングリラ号の設計図とは別に『かみほー♪』もブルーから貰ったらしい。ブルー本人は教えた覚えもくれた覚えも無いそうだけどね」
だけど確かに貰ったんだ、と会長さんは微笑みました。シャングリラ号の設計図ばかりか『かみほー♪』までがソルジャーの世界から来ていたなんて…。SD体制の下で苦労しているソルジャーに少しばかりはお返ししないといけないのかもしれません。キース君に桜の数珠でお祈りして貰うのが一番いいかな?
サイオニック・ドリームを学園祭で売り物にするのと、長老会議と、『かみほー♪』のルーツ。知恵熱が出そうな気分で下校していった私たちですが、会長さんの方は長老会議に出たようです。しかし翌日も後夜祭でのサイオニック・ドリームの使用許可は下りてはおらず、それでも会長さんは前向きで。
「少しずつだけどね、ハーレイの眉間の皺がマシになって来てるし、ゼルも瞬間湯沸かし器だった頃を思えば穏やかなものさ。…大丈夫、学園祭までには許可が下りると思ってる。そっちの方は任せといてよ」
「そもそも頼んでいないんだが?」
俺たちは蚊帳の外なんだぞ、とキース君がぼやきましたが、会長さんは意にも介さずに。
「そうだったっけ? それよりもカフェのメニューが問題なんだ。何がいいかな?」
「…去年のは…。そうか、坊主カフェでは参考にならんな」
あれはお茶席で抹茶だった、とキース君が呻けば、シロエ君が。
「最初の年は喫茶でしたよ? ケーキセットのスペシャル価格で会長を貸し切れましたけど」
「「「あー…」」」
そういうのもあった、と頭を抱える私たち。あの年はバニーちゃん喫茶で、男子は全員バニーちゃんコス。会長さんだけがタキシードを着てウサギ耳をつけ、スペシャルセットを注文して自分を貸し切りにしたお客の相手をするというホストまがいのアヤシイ行為を…。
「でもさ、メニューは普通だったよ? あれを参考にすればいいんじゃない?」
サンドイッチとかも人気だったし、とジョミー君。バニーちゃん喫茶はウェイターの男子こそイロモノでしたが、喫茶店としては特に問題は無く、スペシャルセットも価格を除けば単なるケーキと飲み物のセット。お客さんにも好評でしたから、あの時と似たようなメニューにすれば…。
「そういう意味のメニューじゃなくてさ」
会長さんが遮りました。
「お客さんに見せる夢の方だよ、どんなのを用意しようかなぁ…って。喫茶店で出す方のメニューは今度はドリンクだけなんだ。でないと扱いが大変になる」
「なんで?」
ジョミー君の疑問に、会長さんは。
「サイオニック・ドリームを売るという意味が分かっているのかい? 夢を売るには見せなきゃならない。お客さんが夢を見ている時間を揃えておかなきゃ大変なんだよ、サイオンを操る売り手の方が…ね。実質、ぼくが一人でやるんだからさ」
せめて時間は統一したい、というのが会長さんの譲れないポイントだそうです。トリップさせる先は何種類かに分かれていてもいいのですけど、サイオニック・ドリームを始める時間と終わらせる時間は部屋に入っているお客さん全員が同じでないとキツイらしくて…。
「本当はね、ソルジャーたる者、お客さんが部屋一杯に溢れていたって別々の夢をいろんな長さで見せられないと意味が無い。そして出来ないわけじゃないけど、学園祭のイベントだよ? 楽をしたっていいじゃないか。だから時間はキッチリ揃える! そのためにメニューはドリンク一本」
「「「一本?」」」
それは味わいが無さ過ぎないか、と私たちが異議を唱えると、会長さんはクッと笑って。
「額面通りに受け取ったのかい? ペットボトルだの缶ジュースだのって味気ないのはやらないよ。一本というのは一筋の意味。ドリンクだけしか出しません、ってこと。紅茶にコーヒー、ココアとか…かな」
「なぁんだ、ホントに缶とかボトルだと思っちゃったよ」
勘違いしちゃった、とジョミー君が頭をかけばキース君たちも。
「やりかねないしな、あんたなら。でもって値段が暴利なんだぜ」
「会長ですしね、それは大いにありそうですよ。缶ジュースとかが高くなるのって山の上とか観光地とか…。あっ、本当にそうでしたっけ…」
サイオニック・ドリームで観光地までお出掛けですよね、と笑うシロエ君の言葉に会長さんがポンと手を打って。
「なるほど、観光地価格ってヤツか…。それはいいかもしれないね。同じ紅茶でもトリップする先によって値段を変えれば価値が出そうだ。遠くへ行くにはより高く…、と」
あちゃ~…。シロエ君が口を押さえた時には既に手遅れ。会長さんは素晴らしいアイデアをメモに書き付けています。サイオニック・ドリーム喫茶の値段は良心的とは言い難いモノになってしまうかもしれません。トリップする先は外国旅行の行き先と同じで安い近場が一番人気になるのかな?
「ところで、店の名前だけれど…。何にするのがいいんだろう?」
会長さんが私たちを見回したのはシロエ君の発案を巡ってひとしきり騒ぎになった後。観光地価格設定は決定となり、細かい所はメニューを決めてから検討するということですが…。
「喫茶ぶるぅでいいんじゃないのか?」
シンプルだが、とキース君。
「あんたが何度も言っていたようにサイオニック・ドリームの名は出せないんだろう? だからと言ってトリップ出来ると一発で分かる名前というのは…。先生方から苦情が出るぞ」
「やっぱり文句を言われそうだよね…。長老会議で最初にやんわり断られた時がソレだったしさ。学園祭で合法ハーブの店を出す気か、と」
ぼくとしては幟を出したい気分だけれど、と会長さんは残念そうです。合法ハーブは流行りのトリップが売りのハーブで、お店で売られる時には『お香』。吸引目的の使用は禁止と書いておきながら、お店では吸引用の道具を扱っているのだとか。会長さんはそのノリでやってみたかったらしく…。
「トリップするのは間違いないんだ。合法ハーブどころか吸引用の道具が無くても飛べちゃいます、って大いに宣伝したかったのに…。コッソリお香を焚いてるだろう、と通報されたらどうするんだ、って叱られちゃった」
「当然だろうが! そうでなくてもスレスレだという気がしてきたぞ。…お香を焚くなんて言われるとな」
そっちの方もキッチリ固めておかないと…、とキース君は大真面目な顔。
「ぶるぅの力に間違いないと印象づけるためにも喫茶ぶるぅだ。ぶるぅのお部屋とか、そっち系にしろ」
「君までゼルたちの肩を持つのか…。そりゃね、慎重にやるべきだって分かっちゃいるけど、お祭りなのに…」
遊び心を入れたかったよ、と嘆く会長さんが何処まで本気か、私たちには分かりません。ソルジャーとしての決断でサイオニック・ドリームを表に出すと長老会議に計ったかと思えば、お祭り気分で合法ハーブ。でも、それでこそ会長さんだという気もします。ソルジャーの肩書きに相応しく長老の先生方より厳格だったら、私たち、此処にはいませんよね…?
中間試験が終わると待っているのは収穫祭。行き先はマザー農場です。その年の作物の出来によって時期が変わりますから試験前の年もありましたけど、今年は試験の翌週でした。つまりキース君の副住職就任を内輪で祝った数日後ですが、それに先立つイベントが全校揃っての薪拾いというヤツで。
「うーん、今年もけっこうハード…」
なんでこういうイベントが、とジョミー君が文句を言っているのは昼食タイム。私たちは郊外の山の頂上に開けたスペースでサンドイッチを頬張っていました。体力優先だけに洒落た中身ではなく、カツサンドやコロッケサンドです。それぞれの脇には丈夫な布製の大きなトートバッグが置かれていて…。
「仕方ないだろう、収穫祭前のお約束だし」
諦めたまえ、と会長さん。マザー農場で暖房用に使う薪を拾い集めるのが毎年の行事で、ノルマはトートバッグに一杯分の薪ですから一苦労。山の管理をしている人たちがサイズに切り揃えた薪を置いてくれていますが、真面目にそれを拾った場合の重さは半端じゃありません。
「裏技だって教えてあげた筈だよ、下の方には枝つきの枯れ木を詰め込んでおいてスペース稼ぎ! その上に薪を入れるんだ、ってね」
「でもさぁ…。ブルー、毎年それを女子に教えているじゃない! でもって男子にはレディーファーストとか言って牽制するしさ」
枝つきのなんか拾えないよ、というジョミー君の嘆きは事実でした。枝つきの枯れ木は女子専用と看做され、男子が拾う現場を目撃されれば男女を問わずブーイングは必至。それでも男か、と詰られるのです。結果的に男子は漏れなく太い薪を集める羽目に…。
「そういうものかな? ぶるぅは軽い枝しか拾っていないし、ぼくも枝つきのを拾ったけれど?」
ほらね、と二人分の袋を示した会長さんに、キース君が。
「ぶるぅは軽くて当然だろうが! 子供なんだし参加しているだけで表彰モノだ。でもって、あんたはサイオンでズルが効くからな…。ちゃっちゃとノルマを果たしやがって!」
「袋一杯が条件だしねえ。それに重労働は向いてないんだよ、虚弱体質だって知ってるだろう?」
「…もういい、あんたには一生勝てん」
真面目に薪を拾ってくる、とキース君は腰を上げました。薪は充分に置いてあるのですが、拾いやすい場所では奪い合いです。出遅れてしまうと山の頂上まで行く羽目になり、キース君たちは毎年このパターン。普通の1年生だった時には気にせず拾っていましたけれど、特別生になった後は遠慮が先に立つらしく…。
「おい、お前たちもサボッていないで早く拾えよ」
あと一時間ほどで終了だぞ、とキース君が声をかけ、ジョミー君たちも袋を提げて林の中へと入ってゆきます。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、スウェナちゃんと私は既にノルマを達成済みですから、のんびり座って熱いお茶を楽しんでいたのですが。
「うわっ!?」
ジョミー君の叫び声と共にザザーッと何かが滑り落ちる音。
「どうした、蛇か!?」
「ジョミー先輩、大丈夫ですか!?」
キース君たちが駆け寄ってゆくのが分かります。任せて安心、と放置したままティータイムを続け、制限時間終了と共に下の広場まで降りて行ってみれば…。
「おやおや…。派手に滑ったようだね」
泥だらけだよ、と会長さんがジョミー君のジャージを呆れ顔で眺め、ジョミー君が。
「仕方ないだろ、踏んじゃったんだし! なんで隠れているのさ、キノコが!」
キノコは自分の意思で逃げ隠れしたりしないだろう、と思いましたが、ジョミー君は至って真剣。なんでも落ち葉の下にあったキノコに気付かず、踏んだはずみに足を滑らせて数メートル滑り落ちたのだそうで…。
「靴にくっついてたキノコを見たらさ、真っ赤だし! 派手な色なら堂々と表に出ればいいだろ!」
「それは無理だと思うけどねえ…」
好きで隠れているんじゃないよ、と会長さんが宥めにかかってもジョミー君は不機嫌です。派手なキノコは表に出てきて存在をアピールすべきだと言うのですけど、同じアピールなら松茸の方が…。
「だよね、松茸に自己主張して欲しいかもね。せっかく独特の匂いなのに」
分からないのが不思議だよ、と会長さん。松茸の香りは強い筈なのに、堂々と顔を出しているものでも匂いは漂ってこないそうです。実地で確かめてみたいですけど、薪拾いで入る山には松茸はありませんでした。松茸が出る山はキノコ狩りのシーズン中には持ち主以外立ち入り禁止で、入ると罰金間違いなし。
「どうせなら松茸を踏みたかったなぁ…。それなら我慢できたのに…」
怪我の功名、というジョミー君のぼやきに、会長さんが。
「食べられるキノコはそう簡単には生えていないよ。素人がキノコ狩りに出掛けて食中毒ってニュースは多いだろう? まあ、世の中には食用キノコでも物凄いヤツがあるんだけどさ」
「え、どんなの?」
思い切りド派手な見た目とか、と尋ねるジョミー君に私たちも興味津々。三百年以上も生きてきている会長さんだけに、この話は期待できそうです。会長さんはクスッと笑って…。
「いやもう、普通には絶対食べられないってキノコだよ。そのまま食べると柔らかめの木に齧りつくような感じだと聞くね。…木の幹に生えてて、見た目はサルノコシカケを無数に重ねたような形で」
ふむふむ。食感はともかく、形の方はまだキノコだと思えます。それをどうすると?
「雪深い山の中にある木の高い所に生えるから、雪が積もると雪の重みで落ちてくる。それを拾ってお湯で茹でてさ、塩漬けにして待つこと半年」
「「「半年…」」」
「そこで数日間の塩抜きをして、気の早い人は料理する。そうでない人は味噌に漬け込んで半年待ってから食べるってわけ」
「ちょ、一年!? キノコなのに?」
嘘だろう、とジョミー君が突っ込みましたが、会長さんはサラッと流して。
「本当だってば。嘘だと思うなら調べてみれば? 正式名称、エゾハリタケ。通称、ぬけおち」
会長さんが言い終えた所でマツカ君がスマートフォンを取り出し、素早く検索。そこには確かに『エゾハリタケ』と書かれたキノコと調理についてのポイントが…。
「おいおい、マジかよ…」
「世の中、まだまだ広いですよね…」
もっと勉強しなくては、とサム君とマツカ君が言い交わしています。たかがキノコを食べるまでに一年。キノコでこれなら、サイオンについてはヒヨコレベルの私たちが成長するのに何年かかって、お坊さんの卵のサム君とジョミー君が一人前になるまでに何年かかるか、気が遠くなってきましたよ…。
薪拾いで集めた薪がマザー農場に送られた翌日は収穫祭! みんな揃ってバスに乗り込み、マザー農場へと出発です。サイオンを持った仲間たちだけで運営されている農場ですけど、宿泊可能な観光農場も兼ねているのでバーベキューなどのお楽しみスポットが色々と。去年まではジョミー君が渋っていましたが…。
「かみお~ん♪ 宿泊棟で特製ソフトクリームが食べられるって!」
搾りたてミルクのソフトクリーム、と聞けば「行かねば!」と思ってしまいます。とはいえ、宿泊棟にはジョミー君の心の傷がてんこ盛り。仏門入りの切っ掛けになってしまった上棟式の人形、テラズ様があるのは宿泊棟の屋根裏ですし、そのテラズ様の御縁だとか言って強引に出家させられましたし…。
「えっと、ジョミーはどうするんだい?」
あそこはパスかな、と会長さんが尋ねてみれば、ジョミー君は。
「行くよ、もちろん! 特製ソフトクリームだもんね、食べなきゃ絶対後悔するって!」
「「「えっ?」」」
テラズ様は、と全員の声が重なったのに。
「テラズ様くらい平気だってば、害は無いしね。拝んでおけばいいんでしょ?」
「ど、どうした、ジョミー…」
キース君が珍しく顔色を変えて。
「悪い物でも食ったのか? まさかと思うが、ブルーが言ってたエゾハリタケでも買ったのか?」
通販をやっている人があるんだよな、と話すキース君。なんでも家に帰って更に調べたら、通販のサイトがあったのだそうで…。
「食べていないよ、そんなもの。気楽に行こうって思っただけさ。お坊さんのプロは色々大変みたいだけれど、プロにならなきゃいい話だし」
食べなきゃ損々、とジョミー君は鼻歌混じりだったりします。どうなったのかと思いましたが、宿泊棟へ向かう道での話によると、キース君が副住職に就任したのが開き直りの切っ掛けだとか。
「あれで悟りが開けたんだよ。うっかりプロになってしまったら重荷がズッシリきちゃうんだよね。でもさぁ、それまでのキースって普通だったし、ソルジャー……いけない、えっと…。とにかく頼まれ事とか、されちゃうことも無かったし!」
だから新米のお坊さんライフを満喫するのだ、とジョミー君は明るい笑顔。不出来な弟子と呼ばれる間は普通の人生を送れそうだ、と判断を下したみたいです。ただし、朝のお勤めと剃髪はパス。不出来な以上、その辺は出来なくて当然だなんて言われても…。
「…要するに形だけ仏弟子なんだね?」
確認するけど、と念を押した会長さんに、ジョミー君は。
「形だと髪の毛まで入っちゃうから名前だけ! だから徐未って呼んでもいいよ」
お好きにどうぞ、と答えるジョミー君の頭にあるのは、ソルジャーに大量の頼まれ事を押し付けられてしまったキース君に違いありません。極楽往生を頼むだけでなく、極楽で御世話になる蓮の花の場所やら色やら、あれこれ注文してましたから…。
「名前だけ、ね。徐未でもジョミーでも変わり映えしないし、ジョミーにしとくよ」
百年後くらいにはプロのお坊さんになって欲しいんだけど、と会長さんが深い溜息をついています。けれどジョミー君には馬耳東風で。
「えっと、特製ソフトクリーム…っと。入る前にお念仏だよね、南無阿弥陀仏」
お邪魔しまぁーす、と宿泊棟の扉を開けて突入していくジョミー君。お念仏は唱えてましたが、ちゃんと合掌してましたっけ? 首を捻った私たちの隣で会長さんが。
「仏弟子失格。お念仏にはまず合掌! でもって基本は十回だよ。一回で済ますコースの場合は五体投地が必須だしさ」
何年かかれば仕込めるのやら…、と会長さんが呟く声はジョミー君には届いていませんでした。宿泊棟の職員さんとは顔馴染みですから早速ソフトクリームを貰って御機嫌でペロペロやっています。
「…あいつが坊主にされてしまったのは此処だったんだがな…」
俺の道場入りの壮行会で、とキース君がぼやけば、シロエ君が。
「出家させられた場所は管理棟ですけど、喉元過ぎればなんとやら…ってヤツですか?」
「なんで俺だけババを引くんだ…。さっさと修行を済ませてくれれば、あいつにも余計なオマケがだな…」
「先輩、その先はヤバイですってば」
あの名前は此処では出せませんよ、とシロエ君が小声で囁き、ソルジャーに纏わる話は無かったことに。ジョミー君も開き直りの境地ですから、今は私たちも収穫祭を楽しむべきです。
「かみお~ん♪ 特製ソフトクリーム、ぼくにもちょうだい!」
搾りたてミルクのソフトクリーム、と飛び跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」に続いて私たちも目指す品物をゲットしました。ジョミー君は立ったままで食べていましたが、会長さんがスタスタと一番奥の席に腰掛け、手招きします。そこには『予約席』と書かれた札が…。
「こっち、こっち。どうせならゆっくり食べなくっちゃね、他にも色々あるみたいだよ」
焼き立てアップルパイにスイートポテト、とメニューを読み上げる会長さん。農場ですから食材は全て自前です。よーし、お坊さんの話もソルジャーのことも、スッパリ忘れて食べまくろうっと!
マザー農場のお昼といえばジンギスカン。食堂に溢れ返っていた生徒たちはお昼時になると次々に席を立ち、ジンギスカンをやる広場へ向かってゆきました。私たちもそろそろ行かないと…、と思ったのですが。
「ジンギスカンもいいけど、ステーキもいいよ?」
会長さんがニッコリ微笑んでいます。
「キースの壮行会で美味しいのを食べさせて貰っただろう? あれを食べて行きませんか、って農場長さんから言われてるんだ」
「えっ、ホント!?」
ジョミー君の瞳が輝き、私たちもドキドキです。マザー農場のステーキ肉は宇宙空間でも味の落ちない飼育方法を地球で実践しているだけに、舌がとろけるような絶品。それを食べさせて貰えるなんて本当でしょうか?
「本当だよ。キースの副住職の就任祝いに御馳走するって。…他の生徒がいない間に、コッソリと…ね」
「「「食べる!!!」」」
ジンギスカンより断然そっち、と私たちは食堂に居座ることに。カレーやサンドイッチなどの昼食メニューも揃ってますから、収穫祭のベテランとも言える特別生がジンギスカンに姿を見せなくっても不審がる人はいませんし…。
「じゃあ、決まり。一般の生徒が戻らない内に食べちゃおう」
会長さんが食堂の人に合図をすると熱々のコンソメスープが運ばれてきて、お肉の焼き加減を尋ねられて。やがてジュウジュウと音を立てるステーキが鉄板を嵌め込んだ素朴な木製のプレートの上に…。
「「「いっただっきまーす!」」」
ナイフとフォークで切り分けながら次々と口に運ぶ間も楽しくお喋りしていたのですが。
「今年の学園祭のことなんだけどね」
切り出したのは会長さんです。
「週明けくらいにグレイブが例年どおり投票をすると思うんだ。クラス展示か演劇にするか、って恒例のアレさ。…君たちは投票に参加しないで独立にしといてくれるかな?」
「ぶるぅの部屋か?」
キース君が切り返しました。
「それとも舞台でファッションショーとか、ロクでもない催し物をやろうと企んでるのか、そこをハッキリしておいてくれ。…でないと俺たちも困るんだ」
「あ、そうか!」
同意したのはジョミー君。
「変な催しをやらされるよりクラス展示の方がいいよね。今まで素直にやってきたけど、1年A組の生徒なんだし、そっちに行っても良かったんだ…」
「そうだろう? 俺がサイオン・バーストを起こした年は巻き込んでしまって悪いことをしたが、冷静に考えてみれば去年は何も坊主カフェまで付き合う必要は無かったわけで…。今年は内容次第だな。俺たちにも選択の自由はある」
何をする気だ、と畳み掛けるキース君に、会長さんはペロリと舌を出して。
「バレちゃったか…。確かに去年は坊主カフェをやらなきゃならない理由は全く何処にも無かったねえ。ぶるぅの部屋を見たがる生徒が多数だった、というだけで。…それは今年も同じなんだけど、今年は嫌でも付き合ってもらう」
「「「え?」」」
「ちょっと考えがあるんだよ。…ただし、実現可能かどうかは不明。これからハーレイたちと話し合いをして、結果次第という所かな。長老会議は時間がかかるし、結論が出るのを待っていたんじゃ投票までに間に合わない」
だから独立にしておいて、と会長さんの表情は真剣なものに。長老会議は教頭先生にゼル先生、エラ先生、ブラウ先生、ヒルマン先生という『長老』の称号を持った先生方だけの会議です。これが招集される時には、サイオンやサイオンを持った仲間について色々と議論が交わされるわけで…。
「長老会議? 何を企んでいるんだ、あんたは」
キース君の問いに、会長さんは「まだ秘密」と答え、熱いステーキを頬張って。
「一つだけ言えるのは、ぶるぅの部屋を使うって事かな。ぼくの提案が通らなかったら、別のネタを捻り出さなきゃダメだけど……今年も公開するつもり。君たちの手伝いが必要だからね、学園祭の投票は独立で」
頼んだよ、と言われてしまうと拒否する度胸があるわけもなく、ましてや長老会議となると…。もしかしてステーキの昼食は釣り餌だったりするのでしょうか? キース君も同じ考えに至ったらしく。
「おい、このステーキはバイト料か? 俺の祝いというのは嘘で」
「違うよ、これは純粋にお祝いをしてくれてるんだよ。証拠にデザートに特製ケーキが出て来るさ」
会長さんの言葉は嘘ではなくて、ステーキの後はシーザーサラダで、それから木の実たっぷりの豪華なホールケーキが。真ん中に『おめでとうございます』と書かれたプレートが乗っかっています。農場長さんたちも食堂に現れ、キース君に祝辞を述べて。
「副住職就任、おめでとうございます。責任のある立ち場は大変でしょうが、頑張って務めて下さいね」
私たちも応援してますよ、と食堂は一転、キース君の副住職就任の祝賀会場に。みんなでケーキを食べて暫し談笑。農場長さんたちが引っ込む頃にはジンギスカンを終えた生徒の第一陣がやって来たため、学園祭の話題は立ち消えになってしまいました。それからは話すチャンスも無くて…。
「いいかい、投票は独立だよ。『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』は今年も活動するんだからね」
拒否権は無し、と会長さんが念を押すだけで、それ以上のことは分からないままマザー農場とのお別れの時間。えっ、思念波で話せば良かっただろう、って? 会長さんに喋る気が無いんですから、綺麗サッパリ無視されましたよ…。
採れたての果物や野菜をお土産に貰ってシャングリラ学園に戻ってからも、会長さんは何も教えてくれませんでした。長老会議がいつ行われるのか、それも内緒にする気のようです。私たちはあれこれ考えを巡らせたものの、全く事情が掴めない内に学園祭についてのホームルームが…。
「さて、諸君」
グレイブ先生が眼鏡を押し上げ、お決まりの演説が始まります。学園祭には節度のある出し物が相応しい、というアレですね。
「クラス展示か演劇か。…演劇はバカ騒ぎに陥りがちなので私は嫌いだ。社会問題などに取り組むのなら演劇もいいが、それでは諸君が嫌だろう。クラス展示もお遊びではなく、見学者の心に訴えかけるような深い内容が望ましい。お化け屋敷の類は論外だ」
「「「えーっ…」」」
「不満のある者は私のクラスにいる必要は無い。テストで楽をしているのだから、学園祭は真面目にやりたまえ。…まずは展示か演劇にするかを投票で決める。で、そこの特別生は今年も別行動をするのかね?」
「はい」
キース君が代表で答えました。
「活動内容は検討中ですが、クラスとは別に動きます。届けはブルーが出す予定です」
「よろしい。では、君たちは投票に加わらないように」
こうして投票が始まり、グレイブ先生の希望通りに1年A組は今年もクラス展示に決定。終礼が済むと私たちはクラスメイトに取り囲まれて別行動の意味を問われましたが、答えられるほどの情報は無く。
「すまん、決定権はブルーにあるんでな」
俺たちにも詳細は分からないんだ、とキース君が頭を下げて、私たちも「ごめんね」「すみません」と口々に謝り、逃亡あるのみ。目指すは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。いくらなんでも、そろそろ話を聞かせてくれてもいいんじゃないかと…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! 今日はリンゴのコンポートだよ」
赤ワイン仕立てでバニラアイス添え、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。リンゴはマザー農場で貰ったもので、アップルパイも焼かれています。紅茶やコーヒーなどの飲み物が揃うと、キース君が会長さんに。
「お望みどおり、クラス投票の方は蹴ってきてやったぜ。俺たちに何を手伝わせる気だ? いい加減、教えてくれてもいいだろう?」
「うーん…。まだ結論は出ていないんだけどな、長老会議の」
思った以上に時間がかかる、と会長さん。
「ハーレイたちが慎重になるのも分からないではないけれど…。少しずつオープンにしていくっていうのも大切だろうと思うんだ」
「なんのことだかサッパリなんだが…」
「学園祭の話に決まってるだろう? ぶるぅの部屋を公開するのは定番の行事になってきたけど、サイオンを使うとなると別だからね。…そこで揉めてる」
「「「サイオン?」」」
私たちは首を傾げました。学園祭でサイオンが使われたことは何度もあります。ファッションショーでマジックと称して着替えをしたり、サイオニック・ドリームで坊主頭に見せかけて坊主カフェとか…。いちいち長老会議に計っていたとも思えませんけど、それが問題になったんですか?
「違うよ、今度はサイオン自体が売りなんだ。正確に言えばサイオニック・ドリームを売るというべきか…。薪拾いでジョミーがキノコを踏んでいたよね? あれで閃いたんだけど」
「…キノコ?」
ジョミー君が間抜けな声を上げ、私たちの脳裏に蘇ったのは泥だらけのジャージ。落ち葉に隠れたキノコを踏んで滑り落ちたとかで散々文句を言ってましたが、あの件と、どう繋がると…?
「ジョミーが踏んだのはベニテングダケ。…覚えてないかな、君たちが普通の一年生だった時の薪拾いを。ぼくが毒キノコを集めていただろ、あの赤いキノコがベニテングダケだ」
「「「あ…」」」
それはすっかり忘れてしまっていた事件。会長さんがジョミー君たち男子を動員して集めたベニテングダケを使って怪しげなパイを作ったのでした。食べると思いのままの夢が見られるというミートパイ。教頭先生にプレゼントして食べさせ、眠り込んだ所で私たちと意識をシンクロさせてくれちゃって…。
「思い出したぞ、幻覚キノコだ!」
キース君が眉を吊り上げています。
「あの時は世話になったな、教頭先生も俺たちも。…あれを売り物にしようと言うのか? ベニテングダケのパイで思い通りの夢ってか?」
「…サイオニック・ドリームを売ると言っただろう? 流石にそうとは言えないからねえ、どんな名前がいいのかなぁ? 合法ハーブじゃ学園祭では流石にマズイし…」
その前に許可が要るんだけどね、と会長さん。まさか本気でサイオニック・ドリームを売り物に? 今までみたいなヤツではなくて、個人のお客を対象に…?
「そういうこと。でも、オーダーメイドのサイオニック・ドリームは手掛けないよ。何通りかのパターンを決めて、その範囲内で対応する」
「「「???」」」
「メニューを先に決めておくんだ。それ以外は対応いたしません、って感じかな。もちろん、ぶるぅの不思議パワーを使っているってことにするけど、長老は頭が固くていけない。サイオンは自然に融け込んでいくのが理想なんだよ、みんなの中に…ね」
それで学園祭なのだ、と会長さんは大真面目でした。
「学校を挙げてのお祭りだろう? シャングリラ学園が普通じゃないのは既に知られていることだしさ、在校生にサイオンってヤツを身近に感じてもらいたい。不思議で楽しい力なんだ、って」
そういうことを積み重ねていけばサイオンの存在が明るみに出ても恐れられたりしないだろう、と語る会長さんが危惧しているのはソルジャーが住む世界なのでしょう。サイオンを持つだけで排斥されて抹殺されるSD体制。そういう世界にならないように、と考えるのも会長さんの役目だろうとは思いますけど…。
「あんたの場合は本気か遊びか分からんからな…」
キース君が溜息をつけば、会長さんが。
「そこなんだよね、長老会議が揉める理由は。ぼくは至って本気なのにさ…。ブルーと出会っていなかったなら、まだまだ隠そうとしただろうけど…」
日頃の行いが悪すぎたかな、と会長さんは苦笑しています。長老会議は今日もあるらしく、会長さんも呼ばれているそうで。学園祭でサイオニック・ドリームを売れるのかどうか、私たちも大いに気になります~!