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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

 今年も心浮き立つクリスマス・シーズンがやって来た。華やかなイルミネーションに彩られた
アタラクシアの街には敵わないながらも、ミュウたちの船、シャングリラの船内も美しく飾り
付けられる。居住区の扉などにはクリスマス・リース、公園にはお馴染みの見上げるような
クリスマス・ツリーだ。


「えーっと…。今年は失敗しないんだもんね」
 今度こそきっと大丈夫、とツリーを眺めて呟いている子供が一人。ミュウの長、ソルジャー・
ブルーとお揃いの服を着込んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」、シャングリラ中のクルーを悩ます
大食漢の悪戯小僧である。
「サンタさんは会ってくれないけれど、お願いは聞いてくれるよね、うん」
 神様みたいに凄いんだもん、と独り言を続ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一昨年のクリスマスに
サンタクロースに願い事を叶えてもらった。だから今年も、と欲張りすぎたのが去年のこと。
サンタクロースに直接会って願いを聞いて欲しかったのに、大失敗をやらかしたのだ。


 確かに事前に聞かされてはいた。もしもサンタクロースを見てしまったら、サンタクロースは
酔っ払いの男に変わってしまってプレゼントも消えてしまうのだと。それなのに「そるじゃぁ・
ぶるぅ」はサンタクロースを捕まえようと罠を仕掛けて、サンタクロースもプレゼントも
ものの見事に逃してしまって…。


「去年サンタさんは手紙をくれたし、お返事くらい書いてくれると思うんだ♪」
 すぐ書けるよね、と取り出したのは小さなカード。公園の入口に置かれた大人の背丈より
少し高いクリスマス・ツリーに吊るすカードだ。クリスマスに欲しいプレゼントを書き込んで
吊るしておけばサンタクロースの所に届く。いい子でいればクリスマスの朝、枕元に
プレゼントが見付かるわけで。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持つカードには願い事が既に書かれていた。お世辞にも上手な
字とは言えないけれど、一所懸命に頑張った。それを『お願いツリー』と呼ばれるツリーの
枝に結び付け、満足そうな笑みを浮かべる。


「これでよし…っと。みんなは何を書いてるのかな?」
 お願いツリーには大人もカードを吊るしてゆく。意中の人のカードを持ち去り、クリスマスの
日に希望のプレゼントを贈るのが人気だ。それだけにカードに書かれたリクエストの品は
色々で…。
 今の時点で吊るされたカードをチェックし終えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はエヘンと偉そうに
胸を張った。
「うん、ぼくのお願いがやっぱり最高! ブルーも喜んでくれるよね」
 これで来年はブルーの夢が叶うんだもん、と踊るような足取りで立ち去った「そるじゃぁ・
ぶるぅ」が結んだカードにはこう書いてあった。


『地球のある場所を教えて下さい』。
 ソルジャー・ブルーが焦がれ続ける青い星、地球。未だ座標も掴めない星の在り処を、
サンタクロースは果たして教えてくれるのだろうか…?

 

 


「…今年も凄いのを書いてきたねえ…」
 どうしようか、と首を傾げるのはミュウたちの長、ソルジャー・ブルー。青の間の冬の名物と
なった炬燵に座り、熱い昆布茶が入った湯呑みと蜜柑、煎餅が盛られた器を前にする彼の視線の
先にはハーレイが居た。


「どうするも何も…。地球の座標は謎なのですよ、答えられるわけがありません!」
「だけど、ぶるぅの願い事だ。欲しい物が沢山あるのだろうに、ぼくのために願って
くれたんだよ」
「それはそうですが…。叶えられない願い事というのもあるわけでして」
 私は去年で懲りました、とハーレイの眉間の皺が深くなる。カンが鋭い「そるじゃぁ・
ぶるぅ」にサンタクロースからのプレゼントを届けるのは毎年ハーレイの役目だった。
他の子供には保育部の者がコッソリ配りに行くが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の所にだけは
サンタクロースに扮したハーレイが行く。
 つまり昨年、罠に掛かったサンタクロースはハーレイだったというわけで…。


「あの願い事は撤回させるべきです。でないと今年も何が起こるか分かりません」
「大丈夫だと思うけどね? ぶるぅも去年で懲りた筈だよ」
 二度と捕まえようとはしないだろう、と言いながらブルーは蜜柑の皮を剥く。
「でも…適当な返事で誤魔化すことは可能だけれど、ぶるぅが欲しいのは誤魔化しじゃない。
本当に本物の地球の座標だ。でも、それが分かるならシャングリラはとうに地球まで辿り着いて
いる。…ぶるぅには本人が欲しがっているプレゼントというのをあげたいな…」
「ですから書き換えさせるのです。その方向でお願いします」
「やっぱり君も同じ意見か…。仕方ない、ぶるぅには諦めさせよう。丁度いい歳になるわけ
だしね」
「は?」
 怪訝そうな顔をしたハーレイに、ブルーはにこやかに微笑んでみせた。


「ヒルマンに説得を頼むことにするよ。ぶるぅはクリスマスで6歳になる。このシャングリラで
6歳と言えば…」
「ああ、ヒルマンの講義が始まる歳でしたね。…ぶるぅだけに失念しておりましたが」
「ぶるぅは永遠に子供のままだとフィシスの占いにも出ていたからね。…大人しく講義を聞く
ような子供ではないし、他の子供の邪魔になるだけだ。でも今回は特別に」
 就学前の講義体験、と語るブルーにハーレイが頷く。そんなこととは夢にも知らない
「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今日も楽しく悪戯三昧、アタラクシアに出掛けてグルメ三昧。
夕方遅くまで食べ歩きをして戻ってみれば、部屋に一枚の紙が置かれていた。


「…学校へ来てみませんか…?」
 何だろう、と読んでみた紙はヒルマンが受け持つ就学前の体験学習のお知らせと日時。幼少期に
シャングリラに保護された子供なら6歳を前に誰でも受け取るものである。しかし「そるじゃぁ・
ぶるぅ」の頭に『学校に行く』という選択肢は無い。こんなモノ、とゴミ箱に捨てようとしたが。
「あれっ、ブルーからだ…」
 お知らせの最後に大好きなブルーの手書きのメッセージが追記されていた。
『ぶるぅへ。一度、学校へ行ってごらん。いいお話が聞けると思うよ』。
「……学校……」
 あんまり行きたくないんだけどな、と思いはしたが、ブルーが書いてくれたのだ。行かないと
ブルーはガッカリする。仕方ないや、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は体験学習に行くことにした。

 

 


 指定された日時は翌日の午後。悪戯目的でしか学校に来た経験が無い「そるじゃぁ・ぶるぅ」が
ドキドキしながら教室に入ると、そこに居たのはヒルマンだけ。ミュウの歴史などを簡単に教えて
くれたが、その内容は三年前にソルジャー候補にされかけた時に教わったよりも簡単なもの。
なのに…。
「もっと楽しいお話してよ! 難しい話は分からないもん!」
 綺麗サッパリ忘れ果てたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」にヒルマンはフウと溜息をついた。


「…これは基本のことなのだがね…。ミュウなら学んでおかねばならない。…地球を目指す
ために」
「じゃあ、習わなくてもいいもんね! 来年は地球に行けるもん!」
 サンタクロースにお願いしたよ、と得意げな「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、ヒルマンが
「そのようだね」と相槌を打つ。
「しかしだ、ぶるぅ。…そのお願いに答える方法をサンタクロースは知らないだろう」
「えっ、どうして?」
 橇に乗って地球から来るんでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は仰天したのだが、ヒルマンは。


「だからだよ。…地球は一度は人が住めなくなった星だ。それでもサンタクロースは地球を
離れず、宇宙に散らばった子供たちの家をクリスマスの度に訪ね続けた。そして今では
シャングリラにまで来てくれる。サンタクロースは我々とは違う方法で広大な宇宙を旅して
いるというわけだ」
 レーダーも無ければワープ航法も無い、とヒルマンは言った。
「サンタクロースは地球の位置を知っているだろう。我々はそれを座標と呼ぶ。だが、その座標を
我々のために説明する言葉をサンタクロースは持たないだろうね。ここを真っ直ぐ行くだけ
ですよ、だとか、右に曲がって次を左ですとか、そんな言葉が返ってくると私は思うよ」


「……そんなぁ……」
 涙目になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭をヒルマンの大きくて暖かな手がポンポンと叩く。
「仕方ないだろう、ぶるぅ。サンタクロースは人類が宇宙へと漕ぎ出す前から橇で走って
いたのだよ。何歳になるのかも分からない。今のやり方はこうなんです、と教える人が誰も
いないから、座標の計算は無理なのだ。…諦めなさい。それともサンタクロース風の行き方を
教えて貰うかね?」


 欲しいプレゼントの代わりにそれにするかね、と尋ねられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は
考え込んだ。欲しいものなら山ほどある。役に立たない地球への道を教わるよりかは、新しい
カラオケマイクや美味しいお菓子や、他にも色々…。ブルーが書いて寄越した「いいお話」とは、
このことだろうか?


「…そっか…。サンタさんには分からないんだ、地球へ行く道…」
 仕方ないね、と肩を落とした「そるじゃぁ・ぶるぅ」がその後の講義を上の空で右から
左へと聞き流したのは当然の結果と言えるだろう。その夜、『お願いツリー』に吊るされた
「そるじゃぁ・ぶるぅ」のカードを調べたハーレイはホッと安堵し、ブルーに報告しに行った。
 新しいお願いは最新流行のカラオケマイク。願いは叶うに違いない。

 

 


 クリスマス・イブまでのシャングリラの日々を「そるじゃぁ・ぶるぅ」は悪戯とカラオケに
励んで過ごし、クルーは悪戯の犠牲になったり後始末をしに駆り出されたりと散々だった。
カラオケの方もブリッジ以外の全域でゲリラ・ライブの如くに披露されまくり、こちらも
犠牲者で死屍累々。
 そんな毎日を繰り広げたくせに、クリスマス・イブにはピタリと悪戯もカラオケも止んだ。
サンタクロースが来るのは良い子の所。「いい子なんです」とアピールするためにクリスマス・
イブだけは大人しくするのも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の年中行事だ。


 クリスマス・イブのパーティーが開かれ、普段より少し遅い時間までシャングリラの船内は
華やいで賑わい、その喧騒も過ぎ去った夜更け。
「では、ソルジャー。行って参ります」
 ハーレイが青の間でブルーから「そるじゃぁ・ぶるぅ」へのプレゼントの箱を受け取り、一礼を
して出て行った。船長室で恒例となったサンタクロースの衣装に着替え、大きな袋に最先端の
カラオケマイクや長老たちからのプレゼントなどを詰め込み、通路に出る。


 すれ違った夜勤のクルーに「御苦労様です」と挨拶されたりしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」の
部屋に辿り着き、昨年の痛い経験から緊張の面持ちで抜き足差し足、土鍋の寝床を覗き込んで
みれば、土鍋の主は丸くなってスヤスヤ眠っていた。プレゼントを脇の床に順番に並べ終わって
部屋を出ようとした時である。
 ピコーン! と妙な電子音が鳴った。


(なんだ!?)
 振り返ったハーレイの目に映ったのは土鍋からムクリと起き上がる影。
「サンタさん、待って!」
 ぼくを地球まで連れてって、と大声で呼び止められたハーレイは大慌てで部屋から飛び出した。
去年の設定が有効だったらサンタクロースは酔っ払いへと変身している頃である。しかし今年は
その打ち合わせをブルーと交わしていなかった。ブルーは恐らく寝ている筈だ。


『ソルジャー、緊急事態です!』
 追われています、と絶叫したハーレイの思念は相手をブルー限定にしたので「そるじゃぁ・
ぶるぅ」には聞こえていない。ついでに寝起きの「そるじゃぁ・ぶるぅ」にはテレポートという
発想が無く、ハーレイよりもずっと短い足で必死に後ろを追い掛けて来る。
「待ってよ、サンタさん、待ってってばーーー!!」
 ぼくも地球に行く、と懸命に走る「そるじゃぁ・ぶるぅ」はトナカイの橇に乗るつもりだった。
自分が地球まで連れて行って貰えれば地球へ行く道が分かるだろう。帰りはきっと何とかなる。
地球の座標とかいう難しいモノは分からないけれど、ヒルマンやハーレイに道を説明すれば
いいのだ。


「サンタさぁーーーん!!!」
 置いて行かないで、と息を切らして船内を駆ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」とサンタクロースに
扮したハーレイとの距離は、悲しいかな、ぐんぐん開いていった。足の長さが違うのだから
無理もない。
 しかしシャングリラの船内という限られた空間での逃走劇を何処まで続けられるのか…。
『ソルジャー! ダメです、ぶるぅに追い付かれます!』
 この通路の先は行き止まりだった、と思い出したハーレイが顔面蒼白で放った思念に答えが
返った。


『奥のハッチから飛び降りろ!』
『ええっ!?』
『いいから飛ぶんだ!!』
 私は空を飛べないのですが、というハーレイの思念に対するブルーの指示は「飛び降りろ」。
通路の角を曲がって小さな影が追い掛けて来る。万事休す。
 ハーレイは腹を括って非常脱出用のハッチを開くと、夜の雲海へと飛び降りた。耳元で寒風が
ヒュウと音を立て、もうダメだ、と目を瞑った時。ドスン、と何かがハーレイを受け止め、
落下が止まる。


 シャン、シャン、シャン…と響く軽やかな鈴の音。ハーレイは何頭ものトナカイに曳かれた
空飛ぶ橇に乗っていた。
「サンタさん、待って! サンタさぁーーーん!!!」
 涙まじりの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の呼び声とシャングリラを振り捨て、トナカイの橇が
舞い上がる。それがブルーのテレキネシスとサイオニック・ドリームとの合わせ技だ、と
ハーレイが気付いた時には橇は鈴の音だけを残して「そるじゃぁ・ぶるぅ」の視界から消えた
後だった。

 

 


「…す、すみません、ソルジャー…。御迷惑をお掛けしました…」
 申し訳ございません、と謝りまくるサンタクロースにブルーが熱い昆布茶を勧める。
「いいよ、君こそ怖かっただろう? それに船の外はとても寒かっただろうしね」
 温まるよ、と柔らかく微笑まれてハーレイは有難く湯呑みを手に取り、啜ろうとして真っ白な
サンタの髭に阻まれた。ブルーがクスクスと可笑しそうに笑う中、髭を外して湯気の立つ昆布茶で
喉を潤す。死ぬかと思ったダイブの後だけに、それは温かく身体に染み透っていって…。


「すまなかったね、ぶるぅが仕掛けを作っていたとは全く知らなかったんだ。扉が二度目に開いた
時にアラームが鳴るようになっていたらしい。サンタクロースを見てしまったら酔っ払いに
化ける、と懲りていると思っていたんだけどな…」
 ダメ元で仕掛けをしたのだろう、とハーレイに詫びつつ、ブルーはサンタクロースに取り
残された「そるじゃぁ・ぶるぅ」をも案じていた。トナカイの橇が飛び去るのを見送った後、
自動で閉まったハッチの脇でシクシク泣いているという。


「テレポートすることを思い付かなかった自分を責めているんだよ。来年からはサンタクロースも
用心するだろうし、橇に乗り込めるチャンスは二度と無い。もちろん地球にも辿り着けない。
…地球の座標はもう分からない、って泣いているんだ。………ぼくのためにね」
 ぶるぅは地球に用は無いから、とブルーは儚い笑みを浮かべた。
「今夜の出来事をぼくに話すべきか否か、小さな頭を悩ませているよ。…もしも正直に打ち明けて
きたら、ぼくは叱らないでやろうと思う。ぼくを思ってやってくれたんだ、叱ったら可哀想
だろう? それとも雷を落とすべきかな、寿命が縮んだキャプテンとしては?」


「いえ、私は…。ソルジャーがそれで宜しいのでしたら……」
 逃がして下さったのはソルジャーですし、とハーレイは昆布茶を飲み干した。今年の
サンタクロース役は体力も気力も削ぎ取られたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が地球への道を
探しているのが誰のためなのかが分かっている以上、ここで文句を言うべきではない。
 いや、それよりも………長年シャングリラの船長という立場に居ながら、未だに地球の
座標を掴めぬ自分の方が愚かなのかもしれないのだ。明日でまだ6歳にしかならない子供の
「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですら、懸命に地球を探しているのに。


「ソルジャー…。私も、ぶるぅを叱る気持ちにはなれません。確かに酷い目に遭いはしましたが、
あれは悪戯ではありませんから。…明日は何も知らないキャプテンとして誕生日を祝ってやろうと
思いますよ」
 夜遅くまでお邪魔した上に御迷惑をお掛けしてすみませんでした、と深く頭を下げて出てゆく
ハーレイをブルーは炬燵で見送った。青の間に初めて炬燵を持ち込んだのは「そるじゃぁ・
ぶるぅ」だ。その悪戯っ子が泣きじゃくりながら青の間への通路を一人でトボトボ歩いている。


『…ぶるぅ? どうしたんだい、こんな夜中に? サンタクロースが来なかったのかい?』
 そっと優しく送った思念に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はハッと顔を上げて。
「ブルー! ごめんなさい、ブルー! ぼくね、ぼくね…」
 テレポートして飛び込んでくるなり大泣きに泣き始めた小さな身体をブルーは両腕で
抱き締めた。サンタクロースを、地球への道を逃したことを何度も詫びる「そるじゃぁ・
ぶるぅ」。いつか一緒に地球に行こうと夢見てくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」なら、
遠い未来にきっと、必ず…。


「ぶるぅ、お前なら行けるよ、きっと。…地球へ」
「ブルーもだよ! ブルーも一緒でなくちゃ行かない、来年はダメでも再来年とか、
その次とか!」
 絶対に行くのだ、とポロポロ涙を零す「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、その夜、久しぶりに
青の間のブルーのベッドで眠った。サンタクロースが置いて行った筈のプレゼントのことは
すっかり忘れて、大好きなブルーの腕の中で…。

 

 


 一夜明ければクリスマス。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日だ。青の間で目覚めた
「そるじゃぁ・ぶるぅ」は昨夜の出来事を思い出すなり泣き顔になったが、その目の前に
ブルーがテレポートさせて来たものは。
「あっ、プレゼントだ! なんで?」
 消えちゃったんじゃなかったの、と尋ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭には去年の惨劇が
蘇ったらしい。サンタクロースが酔っ払いと化し、プレゼントも酔っ払いの持ち物に変わった
大惨事。けれどブルーは小さな銀色の頭をクシャリと撫でて。


「今年のサンタクロースはビックリし過ぎたみたいだね。変身するのをすっかり忘れて
いたんだろう? だからプレゼントも土鍋の隣に置きっぱなしだったよ」
「ホント? じゃあ、これは…」
 開けてみようっと! と包みを開いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が歓声を上げる。お願いカードに
書いたカラオケマイク、それも最新流行のだ。次の包みに入っていたのは特大鍋敷き。寝床に
している土鍋の下は絨毯なのだが、そこに重ねると良さそうなそれはブルーが選んだ品だった。
そうとも知らない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の好みをよく知っているサンタクロースに
大感激で。


「サンタさん、ごめんなさい…。色々選んでくれたのに…」
「ぶるぅの気持ちはサンタクロースにも届くと思うよ。来年はもう追いかけたりしないようにね」
 やんわりと諭され、悪戯小僧は素直にピョコンと頭を下げる。地球のある場所は分からない
から、サンタクロースが飛び去って行った方向へ。
「ごめんなさい! また来年も来てね、いい子にしてるから!」
「おやおや…。本当にいい子に出来るのかな? 悪戯もせずに?」
「うー…。む、無理…。それ、絶対に無理だから!」
 でもサンタさんは来てくれるもん、と元気に主張する「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今年も
懲りていなかった。そんな悪戯っ子を祝福するように仲間たちからの思念波が届く。
『『『ハッピー・バースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!』』』


 パーティーの用意が出来ていますよ、とハーレイが迎えに来てくれた。彼が昨夜の
サンタクロースで決死のダイブをやり遂げたことを知る人物はブルーだけ。
「かみお~ん♪ ブルー、パーティーに行こうよ!」
「そうだね、じゃあ、その前にプレゼント。ほら、開けてごらん」
 ブルーが取り出した箱から出て来たものは黄色いアヒルちゃんのケープだった。
「わあ、アヒルちゃんだぁ! フードがついてる!」
「寒い季節にピッタリだろう? ショップ調査に着て行くといいよ」
「ありがとう、ブルー! ブルー、大好き!!!」


 一番好き、と大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブルーの手を握って公園の真ん中へ
テレポートした。そこがパーティー会場だ。青の間に置き去りにされたハーレイが肩で息を
しながら駆け付けるのを待ってバースデーケーキが運び込まれる。年々巨大化しつつある
ケーキは厨房の人々の肩に担がれ、お神輿の如く賑やかに…。


 サンタクロースの橇に乗り込んで地球を目指そうとした「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日で
生後ちょうど6年。地球への道は掴めなかったが、いつの日か辿り着くだろう。その時まで
ブルーの側を離れず、ブルーを連れて、きっと地球まで…。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、6歳の誕生日おめでとう!





            聖夜を飛ぶ訪問者・了


※悪戯っ子な「そるじゃぁ・ぶるぅ」、2012年12月25日で満6歳でございます。
 葵アルト様の2007年クリスマス企画で誕生してから5年以上が経ちましたが…。
 これからも元気な悪戯小僧のままで地球まで辿り着いてくれますようにv
 大好きなブルーと一緒にね!



 

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副住職の就任祝いに、とソルジャーが持ってきたのは手作りの数珠。ソルジャーの世界の素材でキャプテンと一緒に作ったという数珠は、お坊さんへのプレゼントとしては良いチョイスです。しかし、数珠には弔う人も無いまま抹殺された『ミュウ』と呼ばれる人たちの供養を頼む、という意味も籠められていて…。
「どうだい、キース? お勤めの方は」
会長さんが質問したのは焼肉パーティーの真っ最中。三日間の中間試験が終わって、いつものお店で打ち上げをしているわけですが。
「…あの数珠か? それを焼肉の最中に訊くのか、あんたは」
もうちょっと場所を選べないのか、と露骨に顔を顰めるキース君に、会長さんは。
「選ぶも何も…。君の方こそ思い込みは捨てるべきだよ。三種の浄肉ってヤツがあるだろ、仏教の本場の思想には…ね。殺される所を見ていない、自分のために殺したと聞いていない、自分のために殺したと知らない肉なら食べてもオッケー」
「言い訳の王道だろうが、それは! あんたほどの高僧がそれを言うのか?」
「そう来たか…。だったら牛の供養をしてるってことで」
「「「は?」」」
キース君どころか私たちまで目が点でした。牛の供養って何でしょう? 炭火の上でジュウジュウと音を立てているのは最上級の牛肉ですけど…。
「分からないかな、今まさに食べている牛の供養だよ。食べてあげなきゃ殺されちゃった意味が無い。どうせだったら素人さんより、供養のプロに食べて貰った方がいいよね」
「…そういうものか?」
「普段は省略しちゃってるけど、本山とかでの修行中には食事の前に般若心経とお念仏。南無阿弥陀仏の心を持って食べているんだ、それは立派な供養なんだよ。南無阿弥陀仏と唱えることで極楽往生が叶うんだからさ」
だから全く無問題、と会長さんは笑顔です。
「ついでに言うなら、厳しい修行と座禅で有名な宗派があるだろ? あれの本山の修行僧なんかは頑張って托鉢しているけどさ、ここだけの話、アルテメシアの本山の一つの寒行の時のお接待がさ…」
「「「すき焼きパーティー!?」」」
「シッ、声が高い! 此処の店にはあそこの偉い連中も出入りするんだ、個室といえども静かにね」
大きな声では言えないんだから、と会長さんは声をひそめて。
「寒行というのは名前の通り、寒の最中にする托鉢だ。一年中で一番寒い時期だし、当然ながら身も凍る。そんな雲水……あの宗派の修行僧を雲水と呼ぶんだけどさ、お接待してあげようという奇特な家が幾つかあるわけ。中でも一番人気のお接待ってヤツがすき焼きパーティー」
その日の托鉢の最後に訪れた家に上げて貰って、すき焼きと熱燗でおもてなし。知る人ぞ知る有名なイベントらしいのですけど、すき焼きと熱燗って……牛肉とお酒…。そんな托鉢がアリなんですか?
「あるんだな、これが。…そんなわけだから、焼肉パーティーなんか可愛いものだよ。牛の供養に御布施してくれたハーレイも功徳を積めるんだし」
「「「………」」」
何処までこじつけるつもりなんだか、と溜息をつく私たち。打ち上げパーティーの費用は例によって会長さんが教頭先生から毟ったのですが、それを御布施と言われても…。けれど会長さんは気にしていません。
「で、どうなのさ、話はお数珠に戻るんだけど。…ちゃんと使ってあげてるかい?」
「もちろんだ。あいつが置いて行った日の夜のお勤めから使っているぞ」
「それは結構。アドス和尚は数珠に文句をつけたのかな?」
「いや、文句とは違ったな。いつもの数珠と違うようだが、と訊かれただけだ。新しい数珠はやはり何かと勝手が違う」
滑らかに動いてくれないのだ、とキース君。手に馴染むまでは暫くかかるのだそうで…。
「あんたから副住職の就任祝いにプレゼントされた、と答えておいた。そしたら「充分に使いこなせるよう修行に励め」と」
「良かったね。…あの数珠、多分、桜だよ。素材としては一番安い部類だけども、木の数珠は使えば使うほど色合いが深くなってゆくのが持ち味だ。刻まれた文字も読めなくなるほど使ってあげれば喜ばれるよ」
「そうだな。大切に使っていかなければ、と思っている。…大きな法要では表に出せんが、袂に入れて臨みたい」
お彼岸などの法要では格式の高さが求められるだけに、同じ木の数珠を使うとしても高価な数珠が要るのだそうです。最高級の菩提樹で作った数珠だと桜の数珠の五十倍の値段になる、と会長さん。
「でもね…。そんな数珠よりも凄いよ、あれは。お金で買えるものじゃない。託された願いが桁外れなんだ、一つの種族を背負っているから。…そして、それだけの願いを託して貰える僧侶ってヤツは滅多にいない。それこそ宗派の開祖くらいさ、そのレベルまで行けるのは」
「俺はそこまでの器じゃないような気がするが…」
「そういう器になればいい。頑張るんだろ、高僧目指して」
緋の衣を着て更に上まで進むんだね、と発破をかけられたキース君には努力あるのみ。とりあえず明日の土曜日は内輪でお祝いということに決まっています。元老寺での副住職就任披露の宴会料理は豪華でしたが、如何せん、ただの高校生の身では羽目を外すなど以ての外で…。
「かみお~ん♪ 頑張るキースにみんなでお祝い! ぼくもお料理、頑張るからね!」
みんなで楽しく食べなくちゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も飛び跳ねてますし、会長さんの家でパーティーです。ジョミー君とサム君も今度は法衣じゃないのですから、気楽にワイワイ騒げますよね!

翌日、私たちはバス停で待ち合わせてから会長さんの家へと向かいました。マンションの入口を開けて貰って、エレベーターで最上階へ。玄関脇のチャイムを鳴らせば「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお出迎えです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
奥へどうぞ、と案内されたのはダイニング。まずは大きなテーブルで御馳走を、という流れでしたが…。
「こんにちは」
「「「!!?」」」
会長さんの隣に腰掛けたソルジャーに挨拶されて私たちはビックリ仰天。しっかり私服のソルジャーですけど、招待したとは聞いていません。さては宴会の匂いを嗅ぎつけて押し掛けてきましたか…?
「ブルーはぼくが呼んだんだよ」
間違えないように、と会長さん。
「今日のパーティーはキースの副住職就任祝いだろう? この間、立派な数珠を貰ったからには招待するのが筋ってヤツさ。…ハーレイも呼ぼうと思ったんだけど、仕事が忙しいらしくって」
「そうなんだよ。前から決まっていた用があってさ、どうにも抜けられないんだよね」
非常時ってわけではないんだけれど、とソルジャーは残念そうな顔。なまじ結婚しているバカップルなだけに、パーティーに一緒に出られないのは辛いでしょう。とはいえ、愚痴っていても解決するような問題ではなく、ソルジャーは切り替えの早いタイプで。
「まあ、ぼくがハーレイの分まで楽しんで帰ればいい話だし…。今日は盛大にお祝いしようよ。…そうそう、キース、早速あの数珠を使ってくれてありがとう」
「俺の方こそ礼を言う。…あれほどの数珠は金を出しても買えはしない、とブルーに言われた。あの数珠に相応しい器になれるよう精進するさ」
「それは嬉しいね。ぼくとハーレイのためにも頑張ってよ」
「分かっている。なんと言っても手作りだしな」
改めて頭を下げたキース君の副住職就任への決意表明の挨拶の後は賑やかな宴会の始まりでした。まずはシャンパンとジュースで乾杯。トリュフと鶏肉のラビオリにカボチャのスープ、鴨胸肉のオーブン焼きは薔薇風味です。凝った前菜やサラダなどなど「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大張り切りで…。
「うん、美味しい! この間の料理も良かったけれど」
ハーレイも連れて来たかったなぁ、とソルジャーは料理を満喫中。たまに何処かへフッと消えているように見えたりするな、と思っていれば、本当に消えていたらしく。
「ハーレイも美味しいって喜んでるよ。隙を見て一口、送っているんだ。…ぶるぅにバレたら大変だからね、あっちには山ほど渡しておいたさ」
こっちで買ったスナック菓子を、とソルジャーはウインクしています。「ぶるぅ」は自分の部屋でスナック菓子の袋に埋もれ、キャプテンはソルジャーの合図と共に口の中に直接送られてくる試食サイズをあちこちで味見。ブリッジだとか会議室だとか、なかなかに忙しそうですが…。
「キャプテンってヤツは忙しいんだよ、何かとね。…早く地球に着いてのんびりしたいな、二人きりでさ」
「ぶるぅは?」
どうするんだい、と会長さんが尋ねると。
「さあねえ、そこまではまだ…。その頃には誰か遊び相手を見付けてくれてることを祈るよ、でないと最初から子持ちになっちゃう」
二人の時間を楽しめないよ、とソルジャーは溜息をつきました。
「ぼくは二人で過ごしたいんだ、それこそ朝から夜までね。もちろん夜はガッツリと! …あ、そうだ。キースに数珠を渡した後から急に気になってきたんだけどさ。…あっちの世界って夜はどういう仕組みなのかな?」
「あっちの世界って、何処のことさ?」
それじゃ分からないよ、と首を傾げる会長さんに、ソルジャーが。
「君がよく言うお浄土だよ。死んだ後に行くのは地獄か極楽浄土だろ? ぼくは信じていなかったけど、君に会ってから死後の世界もアリだよね、っていう気がしてきたんだ」
「あるんだってば、本当に! でなきゃ坊主をやっていないよ」
「君が言う以上は存在すると思っておくのが正しいだろうね。ハーレイも誓いを破れば地獄落ちの覚悟で結婚すると言ってくれたし、あの世ってヤツがあるとして…。そこだと夜はどうなんだい? 今と同じで楽しめるのかな? それとも今より凄いのかな?」
極楽と言えば天国だろう、とソルジャーの瞳が輝いています。
「もしかしてエネルギー切れなんか心配しないでヤリ放題? あのハーレイでもヘタレないとか?」
「「「!!!」」」
ソルジャーが何を言っているのか、ようやく理解出来ました。要は大人の時間の話。死後の世界に思い切り期待しているみたいですけど、極楽ってそういうシステムですか? だったら万年十八歳未満お断りの身にはキツイかもです。未成年向けと大人向けとに分かれているなら安心ですが…。

とんでもない話を始めたソルジャーのせいで、テーブルは軽く三分くらいは凍っていたと思います。大人の話はサッパリ分からない「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿を下げて、華やかなデザートを盛り合わせたプレートをワゴンで運んでくるまでは。
「………。まずは一蓮托生からだね」
努力したまえ、と口を開いたのは会長さん。
「君は勘違いしてそうだけど、この言葉、元は仏教用語だから! 死んだらお浄土の蓮の花の上に生まれるんだよ、人間は。その時に同じ蓮の花の上に生まれられなきゃ、ガッツリ以前の問題なわけ」
「ちょ、ちょっと…。それって同時に死ななきゃ無理なんじゃあ…。そりゃあ、シャングリラごと沈められたらバッチリだけど、そんなヘマをしたら地獄行きかも…」
「大丈夫。これに関しては日頃の行いがモノを言う。生前、如何に功徳を積んだかで蓮の花の場所が決まるから。善行を積めば積むほど阿弥陀様の居場所に近い所の蓮の花をゲット出来るんだ。そして一緒に生まれたいなら、そのように人生を送るんだね」
仲睦まじく暮らすのが吉だ、と会長さんは法話もどきを続けています。
「お浄土に行くにはお念仏を唱えるのが一番の早道だけれど、君は唱えそうなキャラではないし…。キースに期待しておきたまえ。あの数珠でお勤めしてくれるから、君の代わりに功徳を積んでくれるだろう。君のハーレイと一緒の蓮に生まれられるかどうかもキース次第だ。阿弥陀様に近い蓮の花だといいねえ」
「うーん、そういうシステムだったか…。じゃあ、キース」
ソルジャーはキース君の方へと向き直ると。
「ぼくとハーレイは同じ蓮の花の上で頼むよ、でもって阿弥陀様から遠いのを希望」
「「「遠い?」」」
それは何かが間違ってないか、と誰もが思ったのですが。
「うん、遠い蓮で。ブルーの話を聞いた感じじゃ、阿弥陀様は全てお見通しのようだしねえ? ぼくは見られていても平気だけれど、ハーレイは見られていると意気消沈! だから出来るだけ遠い所でお願いするよ」
蓮の花の色は選べるのかなぁ…、などと呟きながらソルジャーは楽しそうにデザートのお皿に飾られた薔薇の花びらをフォークでつついています。
「蓮の花って白とかピンクとか色々あるよね、ハーレイの肌の色が引き立つヤツがいいんだけれど…。やっぱりムードは大事じゃないかと思うんだ。花の色が嫌だからあっちがいい、って後から言ってもダメそうだしさ、何色にするのがベストだと思う? 選べるんなら選んでおきたい」
「蓮の花の色まで面倒みろって!? 阿弥陀様から遠い蓮を希望っていう段階で花の色なんかを選ぶ権利は無いんじゃないかと思うけど?」
蓮の花があっただけラッキーと思え、とブチ切れている会長さん。そもそも花の色がどうこう以前に、まずはソルジャーとキャプテンが同じ蓮の上に生まれられないとダメなんですけど…。思い切り離れた蓮の花だった場合、お引っ越しするしか無いのでしょうか。でもって、きっとそういう時には…。
「えっ、同じ蓮の花じゃなかった時? ハーレイが引越してくるしか無いだろ」
ぼくは面倒なことは嫌いなんだ、と言い放ったソルジャーはキャプテンを転居させる気満々でしたが、キャプテンの蓮の方が阿弥陀様に近い有難い場所にあったとしても…?
「決まってるだろう、阿弥陀様から遠い方がポイント高いんだよ! ずっと極楽で暮らすんだからね、ヘタレない場所が一番だってば、ヤリまくれないんじゃ意味ないし!」
たとえ極楽の端っこでも、と決めてかかっているソルジャーはキース君に次から次へと理想の蓮を注文中です。副住職になった途端にこの試練。キース君が最初にクリアすべきは一蓮托生のお願いなのか、キャプテンの肌の色が映える蓮なのか、阿弥陀様から一番遠い蓮の花なのか。門外漢にはもう分かりません~!

ひとしきり蓮のチョイスについて語りまくっていたソルジャーは、憧れの地球に辿り着いた後の暮らしも気になる模様。まずはキャプテンと結婚してから余生をのんびり過ごすのだそうで…。
「えっと、ブルーは三百歳を超えてるんだよね? だったら余裕で百年以上は寿命があるし、地球に着いたら海の見える家に住もうかなぁ…。庭には桜を植えるんだよ」
「「「桜?」」」
桜といえばキース君がソルジャーに貰った数珠の素材では、と会長さんが言っていた木です。ソルジャーは桜が好きなのでしょうか? 誰の思考が零れていたのか、ソルジャーは綺麗な笑みを浮かべて。
「うん、桜の花は大好きなんだ。ぼくのシャングリラの公園にはね、ブリッジからよく見える場所に大きな桜が植えてある。春になったら一晩だけゼルたちと貸し切って宴会なんかもしたりするしさ」
なんと、ソルジャーの世界にもお花見の習慣がありましたか! おまけにソルジャーは花の時期には深夜にキャプテンと二人きりで出掛けて眺めていたりもするそうで…。
「地球でハーレイと暮らす時には桜の苗を持って行くんだ。もちろんシャングリラで育てた桜さ。…桜ってヤツはデリケートだよね、種を撒いてもそう簡単には育たない。おまけに弱りやすいと言うから、代替わりに備えて常に何本か育苗中」
桜の花はソルジャーの世界のシャングリラ号でも人気だとか。花の季節は公園も賑わう、と話すソルジャーに会長さんが。
「…君がキースにプレゼントした数珠は桜で出来ていたのかい? ぼくもそれほど詳しくはないし、君の残留思念は読み取りにくい。だからあくまで勘なんだけどね、見た目が桜の数珠に似ていた」
「へえ…。凄いね、見ただけで種類が分かるんだ? あれはシャングリラの桜の先代なんだよ。先代と言ってもシャングリラに植えてたヤツじゃない。…仲間の救出でアルテメシアに降りた時に見付けた桜の木さ」
それは見事な桜だった、とソルジャーは懐かしそうな瞳をして。
「ぼくの世界のアルテメシアはテラフォーミングをして人間が住めるようにした惑星だけど、自然を大切にしてるんだ。山の部分には初期を除いて殆ど人の手が入っていない。あの桜は一番最初に植えられた木の一つじゃないかな、とても大きな木だったから」
ソルジャーが初めて見たのは満開の頃だったらしいです。救出作戦は毎日というわけでもないため、シャングリラを抜け出しては見に通う内に花は盛りを過ぎ、散ってしまって。
「次の年もまた見に行ったよ。…何年くらい通ったのかな、ぼく一人しか見られないのは残念だなって思ってさ。ハーレイの勤務が終わった後に二人で出掛けた。夜だったけど月が綺麗で、時々花びらが落ちてきて…。そしてハーレイが言ったんだ。みんなにも見せてやりたいですね、って」
それが公園に桜を植えることになった切っ掛けなのだ、とソルジャーは教えてくれました。桜の大木は大き過ぎて船には移せないため、キャプテンと二人で周囲を探して小さな桜の木を見付けて持ち帰って…。

「今じゃすっかり大きくなったよ、その木もね。…だけどアルテメシアの山にあった木は寿命が来たのか枯れてしまった。枯れる前の年には見たことも無いほど沢山の花が咲いたんだけれど…。桜ってヤツは命が尽きる前に最高の花を咲かせるんだってね、ライブラリーの古い本にそう書いてあった」
その頃にはシャングリラの公園の桜も立派に育っていたのですけど、枯れてしまった桜はソルジャーの心にしっかり残ったままで。伐採されずに立ち枯れた木をアルテメシアに降りる度に一人、訪ねて行っては幹に触れたり見上げたり。
「だけどいつかは朽ちるだろう? 雨が降ったり、風が吹いたりする内に…。そんな時にハーレイに聞かされたんだ。桜の木は彫刻に向くそうですよ、とね。…桜が枯れたって話はしたから、調べてくれていたんだと思う。それがハーレイの木彫りの始まり」
ぼくはそういう趣味は無いから、と微笑むソルジャー。桜の株を丸ごとシャングリラに運び込むのは流石に無理で、訪れた人に不自然に思われないよう、少しずつ枝を落としては持って帰って乾かして…。そこから幾つもの木彫りが生まれて、キース君の数珠もその一つ。
「ぼくにはミュウの研究施設に入れられる前の記憶が残っていない。…脱出してから初めて出会った綺麗な花の木があの桜だった。そのせいで桜が一番好きなんだろうね、他にも花は沢山あるのに」
同じ好きになるなら年中見られる花の方が良かったかな、とソルジャーは明るく笑っていますが、短い間しか咲かないからこそ心の琴線に触れたのでしょう。いつか地球で暮らす時にも庭で育てたいと願うくらいに。
「ぼくの大事な桜で作った数珠なんだ、あれは。そこまで話すと重すぎると思って黙っていたけど、訊かれたのも何かの縁だよね。…キース、ぼくの桜を大切にしてよ? 最後に見せてくれた花はこんなのだった」
ソルジャーが思念で送って寄越した桜は、神々しいほどに美しく枝一杯の花を咲かせて立っていました。これほどの桜は私たちの世界でもそうそうお目にかかれません。過去の記憶を全て失くしたソルジャーが魅せられたのも無理はなく…。
「あんたが惚れ込んだ桜の数珠か…。そして今でも育ててるんだな、跡継ぎを。…地球まで連れて行くつもりで」
キース君の言葉にソルジャーは「うん」と頷いて。
「地球の土に植えたらどんな花を咲かせてくれるんだろう、って楽しみにしてる。きっと今までに見たどの花よりも綺麗な桜が咲くと思うよ、ぼくたちの約束の場所なんだから……地球は」
まだまだ遠い星なんだけど、と言うソルジャーの赤い瞳には青い星が見えているのでしょう。キース君が貰った数珠は更に重さを増しましたけれど、その分、励みになりますよねえ…?

ソルジャーの桜に纏わる思い出話は、お花見と呼ぶには深すぎるもの。それでもソルジャーは桜と言えば公園で貸し切りの宴会だそうで。
「こればっかりは譲れないね。ソルジャーと長老の特権なんだよ、桜の下で飲み食い放題! 他の連中には許可していないさ、苦労した過去の慰労会だし」
アルタミラとやらの脱出組しか参加出来ない賑やかな宴会らしいのですが、会長さんの故郷のアルタミラとは違います。ソルジャーの世界のアルタミラはミュウの研究施設が置かれた惑星にあり、ミュウ殲滅のために星ごと焼き尽くされたという場所で…。
「キース、アルタミラで殺されたミュウたちの分もよろしく頼むよ、ぼくにとっては大事な仲間だ」
救い出せなかった命だけれど、と言った舌の根も乾かない内にソルジャーは。
「でも、一番はやっぱり蓮だね。ぼくとハーレイが一緒に楽しく暮らせる蓮の花ってヤツを、きちんとキープして貰わないと」
「あんたはそれが一番なのか!?」
仲間じゃなくて、とキース君が呆れ返れば、ソルジャーの方は涼しい顔で。
「死んだ後までソルジャーだなんて、やってられると思うかい? あの世とやらがあるんだったらソルジャーもキャプテンも必要ないだろ、救うのは阿弥陀様なんだから。…そうだよね、ブルー?」
「ま、まあ…。そういうことになる……のかな…?」
「お念仏を自分で唱えなくても、残された人が唱えてくれたら極楽往生! 君が日頃から言ってる話を要約すればそんな感じだ。ぼくが救い損ねた命は君とキースがお浄土に送ってくれるってことで万事解決」
そのために坊主がいるんだろう、とソルジャーは思い切り前向きでした。
「ぼくは後ろは振り向かない主義。今までは仕方ないかと切り捨てざるを得なかったけど、こっちの世界でブルーに出会って肩の荷がかなり軽くなったよ。仲間の無念は勿論、背負う。思いが残った形見の品も、生きてる間は手放さないし、一緒に地球まで連れて行く。…でもね、行きたい人はお浄土でいいよ」
辛かった思いに囚われたままで地球に行くより、阿弥陀様とは初対面でも極楽の方が良さそうだ、と笑うソルジャー。
「お浄土に行けば辛い思いも悲しい思いも消えるんだろう? 繊細なミュウに相応しいよね、ストレスも無くて正に天国! 問題があるなら蓮なんだよ。好みの蓮に当たればいいけど…」
そこが本当に重要だから、とソルジャーは強調しています。
「友達同士なら隣同士の蓮の花とか、自分が好きな色の蓮とか…。その辺はちゃんと気を配ってよ? ブルーもキースも」
「……頼まれた以上は全力で祈っておくけどね……」
「俺は正直、全く自信が無いんだが…」
会長さんとキース君は安請け合いはしませんでしたが、ソルジャーの方はすっかりその気。極楽の蓮の花を指定するためのノウハウなんてあるのでしょうか? お坊さんに御布施を積めばいい戒名が貰えるらしい、と聞いたことならありますけれど、それと蓮とは別物なんじゃあ…?

銀青の名を持つ高僧である会長さんと、副住職になったキース君。お浄土のプロを完全に無視してソルジャーは再び蓮談義へと。何が何でもキャプテンと一緒の蓮の花の上に行くのだそうで…。
「いいかい、二人一緒の蓮でなければ極楽の意味が無いんだよ! 地球で結婚出来たとしてもね、死んでから別の蓮に生まれちゃったら、どうにもこうにもならないし!」
「…君のハーレイに引っ越しさせるんだろう?」
会長さんが投げやりに言えば、ソルジャーは。
「そのつもりだけど、ハーレイは根がヘタレなんだ。阿弥陀様に近い蓮にでも生まれてごらんよ、ぼくの所へ引っ越す過程がバレバレだよ? おまけに引っ越した先で何をするのか丸分かりだし、そんな状態で引っ越してきて望み通りになるとでも?」
ヌカロクどころか勃たないかもね、と大袈裟に肩を竦めるソルジャー。
「せっかく極楽に行くんだよ? ヤリまくれなくちゃ意味が無い。ぼくは大いに期待してるから、蓮のキープはよろしくね。阿弥陀様から遠いヤツだよ、でもってハーレイの肌が映えるヤツ!」
地球に着いた後の楽しみが増えた、とソルジャーは至極御満悦です。会長さんの有難い法話はすっかり別モノと化していました。お念仏を唱えて功徳を積めば阿弥陀様がいらっしゃる極楽に行けて、蓮の花の上に生まれられるというお話だったと思うのですが…。
「ところで、蓮って寝心地の方はどうなんだい? 背中がやたらくすぐったいとか、クッションの方がイマイチだとか、そういうクレームは出てないのかな? 今からベッドに花を散らして慣れておくのがいいんだろうか…」
「知らないよ、もう! 自分でお経を読めばいいだろ、極楽についても書いてあるから!」
そこまで面倒見切れないよ、と会長さんがテーブルに突っ伏し、キース君はソルジャーに促されて経典の名前をメモに書き付けています。阿弥陀経に無量寿経、観無量寿経だそうですが…。
「えっと…これを読んだら分かるのかな? ライブラリーにあればいいんだけれど…」
「無かったら貸すぞ。数珠の御礼だ」
頑張ってくれ、とキース君が渡したメモを手にしてソルジャーは帰ってゆきました。直後に会長さんがボソッと一言。
「…極楽ではセックス禁止って説も一応あるんだけどねえ?」
「「「えっ!?」」」
それじゃソルジャーとキャプテンは、と真っ青になる私たちの横からキース君が。
「あいつらなら問題ないんじゃないか? 阿弥陀様から遠い蓮とか言っていたしな…」
御要望に応えて頑張るまでだ、と拳を握るキース君。桜の数珠を貰ったからには副住職のプライドにかけて根性で祈るらしいです。
ソルジャーの希望は阿弥陀様の目が届かないほど遠い所に咲いているらしい極楽の蓮。キャプテンの褐色の肌がよく映える色の花弁が最高、そしてキャプテンと一蓮托生。何処まで叶うか分かりませんけど、後でソルジャーに恨まれないよう、キース君、毎日のお勤め頑張って~!



 

キース君の副住職の就任披露はそれは立派なものでした。お十夜の法要の方はお念仏がやたらと多くて私たちまで何度も唱和させられましたが、檀家さんたちは真剣そのもの。お坊さんたちも緋色の衣の会長さんを筆頭に居並び、荘厳で…。
「うーん、まだ肩凝りが治らないや…」
痛いんだよ、とジョミー君が肩を擦っているのは翌日の放課後。明後日から中間テストですけど、特別生には無関係とあって今日も「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でのんびりです。
「法衣を着ただけで肩凝りだと? ろくに仕事もしなかったくせに」
修行が足りん、とキース君が言えばサム君が。
「だよな、俺は手伝わせて貰ったけどさ…。ジョミーは下手に手伝うとボロが出るから最初から最後まで座ってたもんな」
「それでも肩が凝るんだよ! 周りはみんなお坊さんだし、一番端っこの席って目立つし!」
正座を崩す暇すら無いよ、と嘆くジョミー君が座っていたのは末席でした。なんと言っても下っ端ですから、檀家さんと違ってお坊さん専用の場所には入れますけど、それが限界。お盆の棚経や春のお彼岸のお手伝いなどで檀家さんに顔が知れているだけに、どうしても注目を浴びてしまうわけで。
「やっと法要が終わったと思ったら副住職の就任挨拶で正座のままだし、ホントに肩が凝ったんだってば」
「ついでに足も痺れたってか? あの後、立つのに苦労してたな」
キース君が可笑しそうに笑っています。
「その辺もお前の修行不足だ。何のために法衣を着ているんだか…。あれは普通の着物とは違う。上手く座れば衣の下で足を崩すのも可能なんだぞ」
「えっ、ホント? それ、どうやるの?」
「さあな? 俺みたいに年がら年中付き合っていれば自然と身につく技の一つだ。まあ、頑張れ」
「うー…。ブルーの家まで朝のお勤めに行くのは嫌だし、行っても衣じゃないみたいだし…」
ブツブツ呟くジョミー君は、キース君の副住職就任挨拶が済んで記念撮影という段になって立ち上がれずに悪目立ちしてしまったのです。他のお坊さんたちは勿論、檀家さんたちもすぐに立って移動出来たのに…。
「肩凝りに痺れ、大いに結構。それを教訓に頑張りたまえ」
会長さんがニッコリと。
「失敗を糧に成長するのも人ってヤツさ。それに御馳走は食べられたんだし、いいじゃないか」
「そりゃそうだけど…。なんか、頑張れって言われちゃったよ? 飴も貰った」
誰か知らないお坊さんに、とジョミー君が首を捻ると、キース君が目を見開いて。
「飴だって? ブルー、あんたは知ってたか?」
「うん、貰う所は見ていたよ。就任披露で挨拶していた人だろう? 君がお世話になった人だとかで」
「そうだったのか…。ジョミー、お前は幸せ者だな。早く道場に行った方がいいぞ」
「え? なんでそういう話になるわけ?」
飴玉を一個貰っただけだよ、と怪訝そうなジョミー君ですが。
「あの人は伝宗伝戒道場に行った連中に仏と呼ばれる人なんだ。住職の資格を貰いに行くアレだが、厳しいって話は何度もしたよな? その修行中に色々と優しくしてくれる」
キース君の言葉に会長さんが「それで仏か…」と応じると。
「風邪を引きそうなヤツを指導と称して暖房の効いた部屋に呼んでくれるとか、廊下ですれ違った時に袂から飴やチョコレートを出してコッソリ渡してくれるとか…。文字通り地獄で仏ってヤツだ」
「へえ…。じゃあ、君も恩恵に与ったとか?」
「いや、俺は断固固辞したクチだ。そしたら覚えがめでたくなって、知らない間に評判を広めて下さったらしい。お蔭で同期で道場に行ったヤツの中でもトップと認めて貰えたんだ。…たかが副住職の就任披露にお招きしても来て下さったし、本当にいいお人柄だぞ」
あの方が璃慕恩院にいらっしゃる内に道場入りをしておくべきだ、とキース君は力説しました。
「どうせなら仏がおいでの間がいいだろう? 暖房の効いた部屋と差し入れだぞ」
「…だけど道場まで最短コースで二年なんだよね? 鉄拳道場なら一年でもさ」
そんなの嫌だ、とジョミー君。仏と称されるお坊さんとやらが璃慕恩院にいらっしゃる間に道場入りは出来るのでしょうか? 会長さんの読みでは軽く百年はかかりそうですし、恩恵は蒙れないんでしょうねえ…。

それからの話題は昨日の宴会。アドス和尚が吟味を重ねた料理は絶品、しかも仕出しではなくて元老寺の調理場で作られた熱々だけに蒸し物や焚合せなどが最高で…。
「次に食べられるのは何年後かなあ?」
もう立ち直ったらしいジョミー君ですが、キース君は素っ気なく。
「まず五十年は無理だろうな。いや、親父がいるから早ければ二十年も有り得るが」
「そんなにかかるの?」
「宴会に相応しい行事が無いんだ。親父が年を取らない以上、俺が住職になることは無い。住職の就任披露ともなれば派手なんだがな…。それ以外で一席設けるとなると、緋色の衣になった時だ」
これがハードルが高いんだ、とキース君。
「緋色の衣は大僧正しか着られない。坊主で一番上の位だ。そこまで昇るのが大変で…。親父も頑張っているが、まだ紫だしな」
そういえば法要の時にアドス和尚が着ている衣は紫です。その上が緋色らしいんですけど、位が上がれば着られるものでもないそうで…。
「親父はともかく、俺の場合は年齢という壁がある。順調に行けば十年ほどで紫の衣を着られる位を貰えるんだが、紫を着ていいという許可が出るのは四十歳だ」
「「「えぇっ?」」」
「それまでは松襲で我慢しろとさ。…青紫のことだが、松という字に襲うと書いて『まつがさね』と読む。緋色の場合は七十歳が目安だからな、親父でもまだ二十年近くかかるんだ。ブルーは全く問題ないが」
えっと…。じゃあ、会長さんが高校生の外見で緋色の衣を着てるってことは、それだけで凄いわけですね? 見た目以上の年齢である、と分かる人には分かるんですから。法衣姿の会長さんに出会ったお坊さんたちが仰天するのも当然で…。知らなかった、と騒ぐ私たちに向かって会長さんは。
「素人さんだと仮装なのかと思うだろうけど、本職が見れば分かるんだよね。まずは着物の材質が違う。ついでに袈裟も格が違うし、ぼくの噂を知ってる人ならピンと来るわけ」
キースがそこまで辿り着くのは早く見積もっても五十年後、と会長さん。宴会はそれまでお預けになるみたいです。アドス和尚が緋色の衣をゲットした時に招待してくれるかもですけれど、知り合いの数が多いでしょうから、私たちは呼んで貰えない気が…。
「無理だろうねえ、サムとジョミーがそれまでにモノになるとは思えないから」
まずは法類が最優先、と会長さんは人差し指を立てました。
「お十夜にもお坊さんが沢山来ていただろう? 殆どの人が法類さ。法類っていうのは同じ宗派で密接な付き合いがあるお寺。親戚筋だと身附法類、お寺同士の御縁だったら寺附法類」
「「「ミツキ? …テラツキ?」」」
何の事だか良く分かりません。会長さんによれば法類同士は住職がお寺を空けねばならない時に代理を務めたりするらしく…。
「キースの就任披露がお十夜だったし、みんな自分のお寺のお十夜の日程をずらしてくれたみたいだよ。キースは本当に果報者だよね」
「…まあな。親父も最初は遠慮して別の日を予定していたんだが…。法類同士で飲みに行った席で「お十夜にやってみたかった」とポロッと零してしまったそうだ。そしたらアッと言う間に段取りがついた」
そういえば副住職の話を初めて聞かされた時、就任披露は「秋のお彼岸が終わった後にするから、その日は法事の予定を入れない」とキース君が言ってましたっけ。元々はお十夜じゃなかったんですね。
「うん、お十夜は後付けだよ」
会長さんがパチンとウインクをして。
「本当だったら次の日曜日の筈だった。ちなみにその日は、予定が空いたと分かった途端に法事の予約が入ったけれど…ね」
お寺は年中無休が基本。キース君も副住職になったからには今までみたいに遊べないとか…? 急に心配になった私たちですが、会長さんは。
「平気だってば、アドス和尚が頑張ってるし! 長髪を貫くような不肖の息子は脇役で充分。…そうだよね、キース?」
「そんな所だ。あんたの境地には遙かに遠いさ」
まだまだ普通の高校生だ、というキース君の答えに一安心。副住職の就任披露の宴会の御馳走は凄かったですけど、あれがキース君との最後の晩餐になってしまったら悲しすぎです~!

そうは言っても美味しかったお料理は記憶にバッチリ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も参考にすると張り切ってますし、元老寺で宴会の機会は無くても会長さんの家で食べられるかも? それもいいね、と話していると…。
「本当に美味しかったよね、あれ。…キースのお父さんに感謝しなくちゃ」
「「「えっ?」」」
いきなり部屋に出現したのは紫のマントのソルジャーでした。昨日の宴会にソルジャーは招待されていません。シールドを張って紛れ込むことは可能だったかもしれませんけど、お料理はキッチリ人数分しか無かった筈です。それとも予備があったとか? ホテルの宴会なんかの場合は余分に作ると聞きましたけど…。
「…キース、君が招待したのかい?」
会長さんの問いに、キース君は即座に否定。
「招待するわけがないだろう! ブルーの存在は秘密なんだぞ。仮に正体を誤魔化すことが出来たとしても、招待客を選ぶ権限は俺には無かった」
「そうだよねえ…。でもって、料理は厳選された材料なだけに予備は作ってない筈なんだ。おまけに盗み食いが出来る場所でもないし…。ん? まさか料理をしている端からコッソリ掠め取ったとか?」
やりかねないよね、とソルジャーを見据える会長さん。
「数が決まっている焼き物とかは無理だろうけど、和え物なんかは摘めそうだ。どの辺を失敬したんだい、君は?」
「失礼な…。ぼくはきちんとお金を払ってお店のお座敷で食べたんだけど?」
「「「は?」」」
ソルジャーが何を言っているのか、全く理解不能です。昨日の宴会は元老寺のお座敷が舞台でしたし、お店の出る幕は無い筈ですが?
「分からないかな、料理人を派遣していたお店の方に行ったんだってば! この間から君たちが盛り上がっていたし、きっと美味しい料理だろうなぁ…って。それで予約してハーレイと二人で」
それは思い切り盲点でした。会長さんもポカンとしています。
「え、えっと…。あれはアドス和尚…いや、キースのお父さんの特注メニューで、一般客には出さない筈で…。少なくとも来年のこのシーズンまでは封印かと…」
老舗料亭とはそういうものだ、と会長さんがやっとのことで切り返しましたが、ソルジャーは喉をクッと鳴らして。
「そういう方針みたいだねえ? でも店をやっているのは人間なんだし、暗示は簡単にかけられる。情報操作もお手の物! ぼくとハーレイが二人で楽しく食べた記録は欠片も残っていやしないさ。あ、代金の方も調整済みだよ、お店に損はさせてない」
食べた分だけ儲かっている、とソルジャーは自信満々です。
「ハーレイと結婚したのはいいけど、シャングリラの中で二人で食事じゃつまらない。だからといって育英都市に潜入するのも何処か変だし、たまにこっちに食べに来るんだ。夜景が綺麗なスポットとかね。…ノルディのお勧めは外れないよ」
「今もノルディにたかってるって!?」
会長さんが叫びましたが、ソルジャーはクスッと笑みを零して。
「慰問活動と言って欲しいな。君がつれなくするものだから、ぼくが顔を見せただけでも大喜びさ。ぼくのハーレイとデートなんだ、と正直に言っても色々な場所を教えてくれるよ。…昨日の店の件でも同じで、食べたいと言ったらポンとお金を渡してくれたし!」
遊び人のエロドクターは「舞妓さんを呼ぶと楽しいですよ」と花代まで上乗せしたらしいです。
「でもね、ハーレイと二人きりの方がいいだろう? 舞妓さんなんかを呼んでしまったら、食べさせ合ったりできないしさ」
「「「………」」」
ソルジャーとキャプテンのバカップルぶりは健在でした。老舗料亭の贅を尽くしたお座敷なんかで、凝ったお料理をお箸で「あ~ん♪」。女将さんとか仲居さんとかがウッカリ目撃してしまってたら、お気の毒としか言えませんです…。

「それで? 君は何しに来たんだって?」
バカップル自慢じゃないだろうね、と会長さんのソルジャーを見る目が据わっています。喋りまくっていたソルジャーの前には栗のエクレアのお皿と紅茶が置かれていますが、それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出したもの。会長さんの顔には「早く帰れ」とデカデカと書いてあるような…。
「あ。そういえば忘れてた」
ウッカリしてた、とソルジャーがキース君の方へ視線を向けて。
「お祝いを言いに来たんだよ。…副住職就任、おめでとう。頑張ったよね」
「は?」
あまりにも意外な言葉に目を丸くするキース君。そこへソルジャーが差し出したのは水引が掛かった箱でした。黒と白の水引ですけど、法事でも頼むつもりでしょうか?
「…なんだ、これは?」
「えっと、お祝いなんだけど…。ぼくとハーレイから心をこめて」
「………。あんたの世界ではお祝い事にも黒白なのか?」
文化の違いが大きすぎる、とキース君が呟けば、ソルジャーは。
「ぼくの世界じゃ贈り物にはリボンだよ。水引は無いね。…だけどこっちじゃ水引らしいし、ノルディに訊いたら「お寺さん宛には黒白ですよ」って」
そうだったのか、と納得しかけた私たちですが、遮ったのは会長さんです。
「お祝い事には紅白だってば、お寺でもね。…ちゃんと確認しなかっただろう、ノルディには?」
「え? う、うん、お坊さんに物を渡す時にはどうするんだい、って尋ねただけで」
「…そのせいだよ…。法事をする時のお供え物はお寺の分も用意する。それに水引をかけるなら黒白。お坊さんに渡す御布施も黒白。お坊さんの所へお祝いに行くっていうシチュエーションは普通は滅多に無いからねえ…。ノルディが勘違いしたのも無理はない。知識としては知ってる筈だよ、お祝い事には紅白って」
無駄に長いこと生きてるから、と会長さんが指摘すると、ソルジャーの姿がパッと消えたではありませんか。もちろん箱も残っていません。
「…何だったのさ?」
おやつも食べずに帰っちゃったよ、と会長さんが部屋を見回し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「帰るって言ってくれたら、エクレア、箱に入れたのに…。お代わり用に紫芋のも作ってあるのに…」
ちょっと残念、と小さな手がソルジャーのお皿を片付けようとした途端。
『すぐ戻るから置いといて!』
飛び込んできた思念はソルジャーのもので、私たちの頭上に『?』マークが飛び交います。ソルジャーは何処へ行ったのでしょう? と、部屋の空気がユラリと揺れて。
「ごめん、ごめん。大急ぎで直して貰ってきたよ。…改めて、副住職就任おめでとう、キース」
はい、とソルジャーがキース君の前に置いた箱には紅白の水引が掛かっていました。
「…本当に俺宛だったのか?」
「そうだよ、間違えてしまってごめん。デパートで包み直して貰ったんだ。包んで貰ったのもデパートだったし」
えっと。ソルジャーの衣装は紫のマントの正装ですけど、その格好でデパートに? まさか、まさか…ね…。私たちの目線に気付いたソルジャーはクッと笑って。
「この服かい? その辺はちゃんと誤魔化してるさ。…それよりも、これ」
開けてみてよ、と促すソルジャーに、キース君が警戒の色を露わにしつつも水引と掛け紙を外すと、出て来た物は桐の箱。何が入っているんだろう、と全員がキース君の手元を覗き込む中、蓋が取られて…。

「「「!!?」」」
箱の中身は数珠でした。水晶とかの石ではなくて渋い木製、紫の房が付いています。
「ぼくとハーレイの手作りなんだよ」
得意そうに胸を張るソルジャー。
「ハーレイは木彫りの趣味があるからね。珠は百八、ちゃんと数を調べて作ったさ。ハーレイが大まかな形を彫り上げて、ぼくがサイオンで綺麗な球体に整えて…。ついでに文字も入れたんだけど」
「「「…本当だ…」」」
数珠の珠には細かい文字が彫られていました。なんでも百八の煩悩とやらを一つの珠に一個ずつ刻んであるのだそうで。
「ぼくの世界にも資料は揃っているんだよ。だけど意外なヤツが煩悩なんだねえ、睡眠はともかく愛まで含まれてしまうなんてさ」
ぼくもハーレイも煩悩まみれってことじゃないか、とソルジャーは不満そうですけれど、何かと言えば大人の時間でバカップル三昧のくせに煩悩まみれじゃないとでも? でもまあ、キース君のために手作りの数珠というのは凄いです。水引だって直して来ましたし、大真面目なのは間違いなく…。
「親玉は水晶にしといたよ。そっちはハーレイの腕じゃ無理だし、ぼくがサイオンで加工した。ただ、最後に数珠に仕上げるのだけが、どうにもこうにもならなくて…。そこだけ、こっちの世界のプロにお任せしたんだけどね」
ソルジャーは念珠店……いわゆる数珠の専門店に出掛けて行ったみたいです。紫の房もお店のチョイスらしいのですけど、それ以外のパーツは全てソルジャーの世界のもので。
「木と水晶なら別の世界から来たヤツだって分からないだろ? 本当に使うかどうかはともかく、ぼくとハーレイからの気持ちをこめてプレゼントするよ。…高僧になれるように頑張って」
「あ、ああ…。有難く頂戴する」
キース君が数珠入りの箱を押し頂くと、ソルジャーは。
「本音を言えばね、思い出した時に使ってくれると嬉しいな。…ぼくの世界では大勢のミュウが殺されちゃったし、今この瞬間にも何処かの星や実験施設で抹殺されているかもしれない。弔ってくれる人が誰もいないのは悲しいからさ、別の世界とはいえ本職が祈ってくれるといいな、って」
「…そうだったのか…。だったらこれは使わないとな」
でなければ坊主失格だ、とキース君は数珠を箱から出すとスッと両手にかけ、慣れた手つきでジャラッと鳴らして。
「作りたての数珠というのは硬いんだ。糸が馴染んでいないんだな。何度も繰り返して使う間に柔らかくなっていくから使い込んだ数珠はすぐ分かる。…あんたとキャプテンが仲間を思って作った気持ちを疎かにすることは俺には出来ん。約束しよう、今日から一日に一度はこれを使うと」
親父に文句は言わせないさ、と数珠を再び箱に仕舞うキース君に、会長さんが。
「ぼくからのプレゼントだってことにしておけばいいよ。それなら堂々と使えるだろう?」
「それはそうだが…」
「大丈夫。君が普段に使ってる数珠よりも素材が劣る、と言いたいんだろうけど、銀青からのプレゼントだよ? お念仏を唱えれば人は等しく極楽に往生できるんだ。人間が皆、平等なのに、数珠の素材はそうではないと? 草木国土悉皆成仏…ってね」
最近は山川草木悉皆成仏と覚え間違えてる一般人も多いけど、と会長さん。
「「「ソウモクコクド…?」」」
「シッカイジョウブツ。存在する全ての物質は同じであり、全てに仏性が宿る。残念ながら仏典には載っていないんだよねえ、これ。この国の造語さ。…だけど考え方は正しいと思う。数珠の素材に優劣は無いよ。…キース、もしもアドス和尚が文句をつけたらそう言っておいて」
「分かった。…あんたの教えまで貰ってしまうと更に重みが増してくるな。サイオンを持った仲間の供養か…。なまじ世界が分かれている分、責任の方も倍増だ」
俺の力ではまだまだ届かん、とキース君は修行を積む決意を固めた様子。ソルジャーの世界を覗く力はタイプ・ブルーの会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」しか持っていません。それほど遠く離れた世界に向けて読経三昧とは、キース君、いつか会長さんと肩を並べる偉いお坊さんになれるかも…?

キース君に手作りの数珠を贈ったソルジャーは、毎日のお勤めに使って貰えるということに決まって喜んでいるみたいです。年に一度でも出して貰えれば充分だと思っていたようで…。
「悪いね、キース。…ぼくは嬉しいけど、君には押し付けがましいプレゼントって形になっちゃって」
でも折角の機会だし、とソルジャーは蓋が閉じられた数珠の箱を指差して。
「お坊さんには数珠だろう? 副住職就任の話は聞いていたから、お祝いついでにお願いしようと思ったんだ。…ブルーが前から色々やってくれているけど」
「「「えっ!?」」」
「あれっ、知らなかった? ブルーの正体はお坊さんだって分かった時から頼んであるんだ、個人的にね。春と秋のお彼岸と、夏のお盆と」
「…適当だけどね…」
あくまでぼくの生活優先、と会長さんは苦笑していますが、キース君ですら頑張ろうと思う役目です。高僧である会長さんが手抜きなんかをする筈もなく、私たちの知らない間に真剣に読経しているのでしょう。そこにキース君が加わるとなれば、別の世界で亡くなった人でも救われるかもというもので…。
「ぼくとハーレイの分も宜しく頼むよ、いずれはね」
まだ早いけど、と軽く片目を瞑るソルジャー。
「地球を見るまでは死ねないさ。…此処も地球だけど、ぼくの世界の本物の地球。地球に着いたらソルジャーもキャプテンもお役御免だ。そしたら結婚するんだよ」
何のしがらみも無くなるから、とソルジャーは綺麗に微笑みました。
「今はまだシャングリラの要職同士だ、結婚となると何かと面倒。ぼくはそれでもいいんだけれど、前にも言ったとおりハーレイが…ね。だから結婚は肩書きがスッパリ無くなってから! こっちの世界じゃ神様も認めるカップルだけどさ」
誓いを破ると地獄落ちになるブラウロニア誓紙が裏に貼られているのがソルジャーとキャプテンの結婚証明書というヤツです。つまりブラウロニアの神様が認めたカップルなわけで…。
「地球に着いたら何処で結婚しようかな? なにしろ地球の情報が無くて…」
座標も掴めていないんだよ、と苦労話を口にしつつも、ソルジャーの地球への憧れと夢は大きくて。
「こっちの世界と同じじゃなくても、再生は果たしているんだからね。やっぱり地球で結婚するなら海が見える所が最高かな、ってハーレイと何度も話してるんだ。なんと言っても水の星だし、こっちで結婚したのも海の別荘だったしさ…」
自分の世界の地球に着くまでブラウロニア誓紙は大切に仕舞っておくのだ、とソルジャーは幸せそうでした。青の間には掃除嫌いで片付けが苦手なソルジャー対策で掃除部隊が突入することが多いらしくて、下手に隠すと見つかってしまう可能性大。それでキャプテンに預けたらしく…。
「ハーレイの机の引き出しの底を二重底にして隠したんだよ。あれがある限りウッカリ死ねない。ぼくたち二人に何かあったら、ハーレイの部屋も片付けられて発見されちゃう」
そうなる前に地球に辿り着いて結婚しなくちゃ、とソルジャーは至って真剣です。ちょっと動機が不純ですけど、バカップルが円満なのは良いことですから手を取り合って地球を目指して貰わねば…。
「ぼくたちが地球に着くのが先か、キースが高僧になるのが先か。賭けはしないけど、お互い、夢は実現させなくっちゃね。でなければ夢で終わってしまうし」
頑張ろうよ、とキース君の肩をポンと叩いてソルジャーは帰ってゆきました。もちろんエクレアの残りを詰め込んだ箱を持って、です。代わりに残された数珠入りの箱はキース君の肩には重そうですけど、副住職になった以上はお勤めの方も頑張って~!



 

先生方とのモグラ叩き勝負が副賞だった水泳大会が終わると、次の行事は収穫祭に学園祭。盛りだくさんな二学期ですけど、どちらの行事もまだ先です。暦はしっかり秋だとはいえ、暑さが残る今の季節にそう言われてもピンと来ず…。セミだって未だに鳴いてますしね。
「うーん、いつまで暑いのかな?」
もうすぐ長袖になっちゃうのにさ、とジョミー君がカレンダーを眺めているのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。十月になれば衣替え。どんなに半袖気分であっても制服は容赦してくれません。
「ねえ、特別生には制服免除って制度は無いの?」
あればいいのに、とジョミー君が会長さんに視線を向けると。
「そんな制度は存在しないよ。…そもそも登校義務が無いんだからね、長袖が嫌なら休めばいい」
目から鱗とはこのことでしょうか。特別生になって四年目、その発想は無かったです。制服が気温と合ってない日はサボリだなんて…。ジョミー君もポカンとしています。
「まさか気付かなかったのかい? 登校義務が無いってことは休む時にも理由は要らない。長袖にピッタリの季節が来るまで休んでいたっていいんだよ。…学校側だって校則違反の服装をして来られるよりは休んでくれた方が嬉しいんだ」
「…そんなものなの?」
校則違反よりもサボリの方がマシなのか、とジョミー君が重ねて訊けば、会長さんは。
「そうだけど? 君たちが入学してくるずっと前にね、パスカルとボナールが厳重注意を受けている」
「「「えっ?」」」
パスカル先輩とボナール先輩といえば数学同好会の重鎮です。実はグレイブ先生夫妻と同期だという噂もあるほどの特別生の古参兵な二人が厳重注意を受けたとは何故に…?
「だから制服の話だよ。あの日は大雪が積もってねえ…。ぶるぅが中庭で大きな雪だるまを作るんだ、って張り切っててさ。ぼくの住んでるマンションがまだ無かった頃で、家の庭で雪だるまを作っても見てくれる人がいなかったんだよ」
今ならマンションの住人全員が見てくれるけど、と会長さん。そういえば雪が積もった日に会長さんのマンションに行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が庭や駐車場で雪遊びをしていることが多いです。あれは作品を披露するためでもありましたか! いえ、それよりも会長さんに一戸建てに住んでいた過去があったとは…。
「え、だって。あの頃の集合住宅ってヤツは今ほど快適じゃなかったしねえ…。ぼくが今の家に移ったのはさ、マンション暮らしが流行り始めてからなんだよ」
新しい物が好きなんだ、と会長さんは言ってますけど、本当でしょうか? あの部屋は二十光年の彼方を航行中のシャングリラ号とも連絡が取れる特殊な場所です。普通の一戸建てにそういう設備を置いておくより、住人をサイオンを持った仲間で固めたマンションの最上階の方が安心なんじゃあ…?
「まあ、そういう説もあるけどね」
私たちが口にした疑問に、会長さんはアッサリ頷くと。
「それは置いといて、雪だるまの話。ぶるぅが滅多に人前に出ない時代だったし、雪だるま作りで表に出る以上、期待してしまう生徒もいる。当時から不思議な力を持つマスコットとして知られていたしね」
「何処がパスカル先輩たちと繋がるんだ?」
分からんぞ、とキース君が突っ込みましたが、会長さんは意にも介さずに。
「話は最後まで聞きたまえ。ぶるぅが姿を見せる以上は、ぼくもセットで出るってわけ。だって、ぶるぅは子供だろう? 何かとフォローが必要だ。それで朝から中庭で雪だるま作りを見てたんだけど、そこにパスカルとボナールが来た。寒いからとドテラを羽織ってね」
「「「ドテラ…?」」」
「そう、ドテラ。いわゆる綿入れ。でもって一緒に雪だるま作りを見物してたらエラが通りかかって厳重注意。「寮の普段着を学校に着て来られては困ります」って凄い勢い」
エラ先生は今も昔も風紀の鬼。パスカル先輩たちはドテラを没収されてしまって防寒着を失い、その日は早退したのだとか。より正確に言えば朝のホームルームが始まる前に寮に逃げ帰ったというわけで…。
「だけど二人とも、お咎めは無しさ。ドテラなんていう校則違反なヤツを着込んで出席するより、欠席の方がマシだってこと。…君たちも衣替えの後に半袖で来るよりサボリの方をお勧めするよ」
「えっと…。そこまではまだ思わないかな…」
特別生でもヒヨコだし、というジョミー君の意見に私たちも賛成でした。制服が暑すぎるなんて理由でサボれるほどには年季を重ねていませんってば…。

「そうだ、年季で思い出した」
ひとしきり盛り上がった後でポンと手を打ったのは会長さん。
「キースが長年努力して勝ち取った住職の資格。副住職の就任許可はとっくの昔に出ていたけれど、就任披露が来月なんだよ。そうだよね、キース?」
「ああ、お十夜とセットでな」
「「「…オジュウヤ…?」」」
なんですか、それは? 首を傾げる私たちに、会長さんが。
「元々は旧暦の十月五日の夜から十五日の夜まで十日間ぶっ通しでお念仏を唱えるって行事。これをやると千日間お念仏を唱え続けたのと同じ功徳があるんだよ。でも最近は短縮されてて、三日間とか一日だけとか…。元老寺の場合は一日コースで新暦だから、今年は十月十四日なんだ」
えっと。それって大事な行事なのでは? ぶっ通しでお念仏では就任披露をやってる暇も無いのでは…? お坊さんの世界は分かりませんけど、そんな印象の行事です。お坊さんとしてデビューしているジョミー君とサム君も怪訝そうな顔をしてますよ?
「なあ、それってさあ…」
サム君が口を開きました。
「お十夜ってヤツは初耳だけど、一日中お念仏するわけだろ? そんな日に就任披露をするわけないよな、前の日だよな?」
十三日は土曜日だし、と壁のカレンダーを示すサム君。なるほど、それなら納得です。まずは就任披露を済ませて、その翌日にお十夜とかいう一大行事を行う、と…。でもキース君は首を左右に振って。
「いや、お十夜の日に就任披露だ。十四日ということになる。…ブルーに前から言われているから、お前たちも招待する予定だが」
「要らないし!」
即答したのはジョミー君です。
「それって檀家さんとかも来るんだよね? 初詣と春のお彼岸とお盆の手伝いやっちゃったから、絶対覚えられてるし! そんな所へ顔を出したらアウトだよ!」
「…とっくにアウトだと思うけど?」
会長さんがクスッと笑って割り込みを。
「元老寺の檀家さんにはしっかり覚えられてるよ。秋のお彼岸も手伝わせようかと思ったけれど、秋休みは無いから可哀想かなぁ、って見送った。お十夜の方も同じ理由で参加見送りのつもりでいたけど…」
「……つもりでいたけど……?」
何なのさ、と不安な気持ちが顔一杯のジョミー君に向かって、会長さんは。
「前言撤回、お十夜には君も参加したまえ。キースの副住職就任披露という大事な席を蹴るような弟子は性根が腐っているからね。根性を叩き直さないと」
「ちょ、ちょっと…。なんでそういう方向に!」
「自業自得と言うんだよ。本当だったらお十夜の後の就任披露と宴会だけで済んだのにねえ? はい、決定。師僧の言葉は絶対なのが坊主の世界だ」
「……嘘……」
愕然としているジョミー君を救おうという奇特な人はいませんでした。キース君は腕組みをして頷いてますし、サム君は「俺もお十夜に出席する!」と言い出しましたし、私たちに至ってはお坊さんの世界が分からない上、会長さんに逆らうなんて恐ろしいことは間違ってもやりたくないですし…。
「というわけで、十月十四日は全員予定を空けておいてよ? 御馳走を食べ損なってもいいんだったら知らないけどね」
「「「御馳走?」」」
会長さんが口にした御馳走という言葉に反応してしまった私たち。お十夜に出ろと言われて悄然としているジョミー君の耳も音を拾ったみたいです。ピクリと背中が動いた瞬間を会長さんが見逃す筈が無く。
「ふふ、ジョミーも御馳走と聞いたらやる気が出たかな? 副住職の就任披露ともなればアドス和尚が張り切るに決まっているだろう。宴会の料理を手掛ける店は君たちも聞いたことがあると思うよ」
「えっ、あそこですか? 本当に?」
凄いですね、とシロエ君が感動しています。マツカ君は御曹司だけに動じませんが、聞かされた店の名前は超一流。そこから料理人を呼んで厨房で作って貰うのだそうで…。
「アドス和尚が早くから献立を吟味してるよ、下手な料理は出せないからね。試食を兼ねて店にも何度か行ってるようだし」
「…俺も何度も付き合わされたが、親父とは趣味が合わないからな…」
料理は確かに美味いんだが、と苦い顔をするキース君。いったい何があったのかと思えば、アドス和尚は「せっかく料亭に行くのだから」と舞妓さんを呼ぶらしいのです。イライザさんも一緒に行っているというのに、そんな態度でいいんでしょうか?
「ああ、その辺は個人の趣味だよ。奥さんもいる席に舞妓さんや芸妓さんを呼ぶ人は珍しくないさ。呼ばれる方だってプロだからねえ、女性向けの話題もバッチリなんだ」
「………。さては、あんたも呼んだクチだな?」
上目遣いに睨んだキース君に、会長さんは「あ、分かる?」とパチンと片目を瞑ってみせて。
「フィシスと出掛けた時に何度も呼んでいるんだけどね、女性同士で気が合うようだよ。ぶるぅを連れて行っても子供向けの遊びをやってくれるし、その道のプロは凄いってば」
「かみお~ん♪ 舞妓さん、大好き!」
優しいお姉さんなんだ、と無邪気にはしゃぐ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんの趣味に既に毒されているようです。会長さんでこの調子なら、アドス和尚が舞妓さんを呼んでしまうのは仕方ないとしか言えませんよね…。

そんなこんなで収穫祭を迎える前にイベントが一つ増えました。十月十四日は元老寺に行ってキース君の副住職就任披露に出席です。秋のお彼岸で忙しくしていた元老寺の行事が一段落した九月の末に招待状が届き、正式決定。会長さんはもっと早くに招待状を貰っていたようですけど…。
「ぼくは主賓ってヤツだからねえ」
招待客の中でも最上位、と得意げな会長さんも私たちも今日から制服が衣替え。ジョミー君が墓穴を掘った日には少し先のことだと思っていたのに、アッと言う間に長袖です。幸い、暑さはかなり和らぎ、会長さんが推奨していた「長袖で暑いのが嫌なら登校しない」という選択は頭を掠めもしませんでしたが。
「とりあえず暑さがマシになって良かったじゃないか。暑さ寒さも彼岸まで…ってね。さてと」
十月になったことだし、と会長さんが見据えた相手はジョミー君。
「そろそろお十夜に向けて勉強をして貰おうか。ああ、サムはいいんだ、もう勉強済み。ぼくの家まで朝のお勤めに来ているんだから、そのついでに…ね。お経もかなり覚えているし」
「お、お経って…。お念仏じゃないの?」
「確かにお念仏がお十夜のメインなんだけどさ…。それだけで終わると思ってたのかい? キースが送った招待状は見たのかな?」
あそこに予定が書いてあったよ、と会長さんは鋭く指摘。言われてみれば招待状と一緒に案内状が入っていました。副住職の就任式の時間だけを見て忘れてましたが、その前に法要という文字が…。
「いいかい、午後の1時から法要! 法要ってヤツがお念仏だけで済むわけがない。君は全く関心が無いから思い切り忘れているだろうけど、お盆の棚経みたいに短いヤツでも欠かせないお経はあるんだよ。同じ理屈で念仏三昧でもこれだけは、ってヤツがあるわけ」
覚えておかないと大恥だよ、と会長さんはジョミー君にお経の復習を始めるように言ったのですが。
「……えっと……」
「ん?」
「…何だったっけ、一番最初に唱えるヤツ…。お経も名前も出て来ないんだけど…」
「君はそこまで忘れたのかい!?」
棚経であれだけ仕込んだのに、と会長さんがテーブルに突っ伏しています。そうなる気持ちは私たちにも分からないではありませんでした。お盆の棚経を控えていた時にジョミー君とサム君が練習していた読経の声は今でも耳に微かに残っているのに、読んだ本人が忘れたですって…?
「ホントに覚えてないんだよ! 棚経でかいた汗と一緒に出ちゃったんだよ!」
絶対そうだ、と主張しているジョミー君の辞書には学習という文字が無いのかも…。会長さんは溜息をついて宙に一冊のお経の本を取り出すと。
「君には期待するだけ無駄という気がしてきたけどね、これだけは覚えておきたまえ。これと、これと……それから、これ」
最低限のお経だから、と印をつけたお経本をジョミー君に押し付け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「今日はジョミーのおやつは無しで。…これからお経の練習をさせる。喉が渇くから飲み物だけを用意しておいて」
「かみお~ん♪ じゃあ、ジョミーの分はジャンケンで分けて貰えばいいね!」
チョコレートタルトに無花果を詰めたよ、と御機嫌な顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ジョミー君はガックリと肩を落としましたが、私たちはサックリ無視してジャンケン勝負を始めました。お経を忘れるお坊さんなんて、お師僧さんが会長さんでなければ蹴り出されているか、破門ですってば…。

翌日も、その翌日もジョミー君はおやつ抜きでした。最低限のお経とやらは頭に入ったらしいのですけど、お十夜の意味がどうしても覚えられないのです。今日も会長さんが指先でテーブルをコツコツ叩きながら。
「何度教えたら覚えるんだい? 門前の小僧とか言うけどね…。ひょっとしたらシロエやマツカの方がマシかもしれないよ。…どうかな、シロエ?」
「えっ、お十夜の意味ですか? 確かお経の中に十日十夜の間、善行を積めば他の仏様を千年拝むよりも効果がある、と書いてあるからお十夜ですよね」
「そのとおり。流石キースをライバル視しているだけのことはあるよね。お念仏を唱える由来の方もバッチリかな?」
「えーっと…。そっちもお経で、阿弥陀様の名前を唱えるお念仏を十日十夜の間続ければ阿弥陀様を見ることが出来て、極楽往生間違いなし…っていうので合ってましたっけ?」
ちょっと自信が無いですけれど、とシロエ君が答えれば、会長さんはパチパチパチと拍手して。
「完璧だよ、シロエ。…あーあ、ジョミーに君の才能があったなら…。なんであそこまで覚えないのか、情けなくって涙が出そうだ」
「ぼくだって涙が出てきそうだよ! 毎日毎日おやつ抜きだし、シロエと取り替えたらどうなのさ!」
もう嫌だ、と喚くジョミー君。
「破門でいいよ、破門してくれればいいんだよ! お坊さんなんかやりたくないのに勝手に弟子にされちゃって! ぼくを破門してシロエを弟子にすればいいだろ!」
「そう来たか…。残念だよ、ジョミー」
会長さんの沈痛な声に私たちは息を飲みました。まさかジョミー君、破門ですか? キース君が副住職に就任するというお目出度いイベントを迎える前に仏門から追われてしまうとか? ジョミー君には願ったり叶ったりかもしれませんけど、キース君の就任披露に思い切りケチが付きそうな…。
「お、おい、俺の就任披露が目前だぞ? 事を荒立てないでくれ!」
頼むから、とキース君が頭を下げると、会長さんは。
「心配しなくても大丈夫だよ、ぼくは極めて冷静だから。…君なら分かると思うんだけど、ぼくたちの宗派で歓迎されない育成コースは何処だっけ? 殴る蹴るは指導員の愛で、暴力沙汰ではないって所」
「…カナリアさんの修練道場のことか?」
「うん、あそこ。…手に余る弟子はあそこで鍛えて貰うしかないよね、残念だけど」
「なるほど、そういう流れなわけか…。それも一つの道ではあるな」
たった一年の辛抱だし、というキース君の言葉にジョミー君は真っ青です。
「な、なんなの、それ…」
「カナリアさんまで忘れたのか? 俺が修行に行ってた時に高飛びに誘いに来ただろうが」
みんなで焼肉を食べに行ったじゃないか、とキース君は楽しそうに。
「正式名称は迦那里阿山・光明寺。カナリアさんは通称だ。あそこには修練道場というのがあってな、そこで一年だけ修行をすれば住職の資格を取る道場への道が開ける。たった一年は魅力的だろう?」
「…で、でも…! さっき、歓迎されないって…」
「当然だ。あそこに入れば自分のスペースは一畳半だけ、プライバシーは一切無いぞ。来る日も来る日も読経と勉強と掃除だけして、失敗すれば指導員から鉄拳が飛ぶ。…あまりの過酷さに心の病になってしまって脱落するヤツもいると聞いたな」
「…そ、そんな…。破門の代わりに其処なわけ!?」
会長さんが深く頷いた次の瞬間、ジョミー君は思い切り土下座していました。
「ごめんなさい! 二度と破門って言いません! お経も真面目に勉強するから、道場だけは許して下さい、お願いです~!」
いきなり丁寧語になって謝りまくる哀れな姿は同情を通り越して滑稽としか言えません。会長さんに逆らおうなんて三百年以上早いんですってば、今更気付いても遅いですけど…。ここはしっかり気合を入れて、お十夜まで精進あるのみですよね。

破門の代わりに鉄拳道場を突き付けられたジョミー君は必死に努力し、明日はお十夜という土曜日も会長さんのマンションで読経三昧。当日の法要では法衣を着るので、法衣着用での最終練習が行われています。サム君も一緒にやっていますがキース君は明日の法要の準備で不在。
「かみお~ん♪ 晩御飯、出来たよ!」
キッチンに行っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の元気な声で私たちは和室からダイニングに移動し、真鯛のスフレと牛頬肉の赤ワイン煮に舌鼓を打ちながら。
「えっと…。明日って御馳走なんですよね?」
シロエ君が尋ねれば、会長さんが。
「勿論だよ。キースが言っていただろう? アドス和尚が吟味を重ねたメニューが出るさ。ぼくも本当に楽しみだから、途中から覗き見はやめたんだ」
「それなんですけど、お十夜っていう大事な行事と宴会なんかを一緒にやってもいいんですか? 副住職の就任式を同じ日にやるっていうなら分かりますけど、宴会の方は顰蹙な気がするんですよね」
「へえ…。本当にシロエは真面目だね。ジョミーと取り替えたい気持ちが湧き起こるけど、師僧たるもの、一度取った弟子は最後まで面倒を見るというのがお約束だし…。うーん、選択を誤ったかなぁ…」
「いえ、ぼくなんか、とてもとても」
単なる頭でっかちですから、とシロエ君が予防線を張っているのが分かります。会長さん自身がこれ以上の弟子は面倒見切れない、と宣言したのはお正月のことでしたけど、あの時、シロエ君は本気で恐れていましたし…。けれど会長さんはクスッと笑って。
「心配しなくても弟子になれとは言わないよ。サムとジョミーが巣立った後に手が空いていたら勧誘するかもしれないけどさ、ジョミーの出来がアレだから…。きっと百年は手一杯」
早く肩の荷を下ろしたいよ、と大袈裟なゼスチャーをする会長さん。
「でもって、明日の宴会だけれど。…お十夜と副住職の就任披露を重ねるくらいは無問題! どちらもお寺の大事な行事だ。それにお十夜の後で宴会をするという習慣がある地域もあるよ」
「そうなんですか?」
「うん。檀家さんが大勢集まるからね、地元の集いで大宴会さ。…それに副住職の就任披露をお十夜という宗教行事に重ねてやるのはいい形だよ。檀家さんだって集まりやすいし、法要とセットで記憶にも残る。…アドス和尚は正統派なんだ」
副住職の就任披露を結婚披露宴にぶつけた人がある、という会長さんの話を聞いて私たちはビックリ仰天。結婚披露宴って、いったい誰の?
「本人のヤツだよ、副住職の。仏前結婚式をしてから披露宴っていう流れだけれど、その披露宴で副住職に就任しましたっていう報告を…ね。最近のお寺は進んでるんだ」
「「「…結婚披露宴で副住職…」」」
その披露宴は有難いのか、お目出度いのか、どっちでしょう? 会長さんは結婚式と披露宴に呼ばれて御馳走を食べてきたらしいんですけど、披露宴会場は立派なホテルでお料理はフルコースだったそうです。副住職の就任披露に結婚式とナイフとフォークのフルコース。世の中、ホントに広いとしか…。

そして翌日、ジョミー君とサム君は一足お先に元老寺へと出発しました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はタクシーのお迎えつきで、私たちは路線バス。バス停で降りて山門まで行くと、元老寺の紋が入った幕が飾られ、本堂などの建物には五色の幕が張られています。
「うわ、凄いですね。お彼岸の時と変わりませんよ」
シロエ君が山門を見上げ、マツカ君が。
「それだけ大事な行事なんでしょうね、お十夜って。…キースのお父さん、いい人ですよね」
こんな日に副住職の就任披露をするんですから、とマツカ君は感激しています。檀家さんも次々に本堂の方へと向かっていますし、お客様は多そうでした。そんなに大勢に御馳走しちゃって、アドス和尚のお財布の方は大丈夫かな?
「問題ない、ない。全員が宴会に出るわけじゃないよ」
「「「!!?」」」
バッと振り返った私たちの後ろに緋色の衣の会長さんが立っていました。今、タクシーで着いたそうです。隣には小僧さんならぬ紫の袴に金襴の着物姿の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が…。これってどういう趣向ですか?
「ぶるぅかい? お稚児さんだよ、似合うだろ? 住職になる式の時だと稚児行列が出たりするけど、副住職では特にイベントも無いからねえ…。お十夜にお稚児さんが練るお寺もあるから、そっち絡みで着せてみたんだ」
せっかくの就任披露に花を添えてあげたいし、と言う会長さんは伝説の高僧、銀青様の貌でした。私たちを引き連れ、アドス和尚とイライザさん、それにキース君に副住職就任のお祝いの言葉を述べる時にも普段は見せない瞳の色が…。それはソルジャーとしての瞳の色。三百年以上の時の流れを見てきた瞳。
「おめでとう、キース。ついに元老寺の副住職だね」
「いや、まだだ。お十夜の法要を終えて檀家さんの前で挨拶をするまでは、ただのキースだ。…いや、休須だと言うべきか…」
自分からは一度も口にしたことがなかった『休須』の法名を自然に名乗っているキース君もまた、私たちの知らないキース君。お坊さんとしての修行を積んで、住職の資格を貰って、ついに元老寺の副住職に…。サム君とジョミー君が後に続く日は遙かに遠い、という気がします。
「なんだ、お前たち? 俺の顔に何かついているか?」
法要の用意があるからもう行くぞ、と軽く手を振って本堂に向かうキース君はいつもどおりの笑顔でした。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「法要が済んだら御馳走だよね」と楽しそうに言葉を交わしてキース君に続きます。
「キース先輩も会長も、なんだか別人みたいに見えませんでしたか?」
シロエ君の問いに私たちはコクリと頷き、会長さんたちを追って歩き始めました。もうすぐキース君が副住職になり、人を導くお坊さんとしての責任を肩に負うのです。
「ジョミー先輩やサム先輩も、さっきの二人みたいな顔をする日が来るんでしょうか…」
お坊さんって色々と達観してるんでしょうね、と呟いているシロエ君。それを悟りと言うのかも、と語り合いながら向かう先には本堂が…。もうすぐお十夜の法要です。キース君、副住職就任、おめでとう。お坊さんは毎日が修行だと聞きますけれど、緋色の衣の高僧を目指して頑張って~!



 

ついに開催となった水泳大会。シャングリラ学園自慢の体育館は更衣室の数も豊富です。全学年が一度に着替えても部屋もロッカーも余裕でした。スウェナちゃんと私はお肌に傷が無いか互いにチェックし、問題なしと判断してからクラスメイトたちと廊下へ出て行ったのですが…。
「やあ。ぼくも女子だし、よろしくね」
ニッコリ笑った会長さんにクラス中の女子の黄色い悲鳴が炸裂しました。会長さんは特例で男子用水着を着用ですけど、なにしろ普段は授業に出て来ませんから、水着姿は超のつくレアもの。携帯を教室に置いて来てしまった、と悔しそうな声も聞こえてきます。
「えっ、写真? 大丈夫だよ、広報部が何枚か撮ると思うし、欲しいんだったら希望者には実費で分けてあげるように言っておくけど?」
流石はシャングリラ・ジゴロ・ブルーです。普通は広報部から写真を入手なんて出来ないんですが、生徒会長の権限を振りかざすつもりなのでしょう。クラスメイトは大感激で「買いに行きます!」と瞳がキラキラ。あーあ、去年まではここまで派手じゃなかったのに…。
「御要望にお応えするのは基本だろ? ましてや女の子の希望とあれば…ね」
聞かなくっちゃ、と会長さんはパチンとウインク。またまた上がるキャーッという叫びに軽く手を振り、女子を従えてプールのあるフロアへ。既に閉鎖は解かれたらしく、扉が大きく開け放たれています。去年は入口に受付の机があったのですけど、今年は何も無いようですね。
「うん、無いね」
会長さんがスウェナちゃんと私、それにアルトちゃんとrちゃんに視線を向けました。
「どうやら今年は女子も男子も妙なアイテムは無いようだ。…だとすると純粋に競技内容で勝負かな? まあ、シンクロだったら特に道具は要らないけれど」
「「「シンクロ?」」」
即座に反応したクラスメイトたちに、会長さんは。
「噂だよ、噂。…シンクロって線もあるかもね、っていう…。あれならノーズクリップがあれば問題無いし、男子シンクロならそれも要らないし」
「えぇっ、男子シンクロなんですか?」
「きゃーっ、素敵かも!」
あれって憧れだったんですぅ、という声は一つや二つではありませんでした。あちこちの高校の学園祭なんかで人気ですから、我が校にも! と思う生徒がいても不思議じゃないのですけれど…。
「この声をジョミーたちに聞かせてあげたいねえ? きっと感激すると思うよ」
「「………」」
無責任な会長さんの声にスウェナちゃんと私は無言でしたが、アルトちゃんとrちゃんは他の女子たちと一緒になってキャーキャー叫んではしゃいでいます。キース君がいい、とか、ジョミー君もカッコイイかも、とか、当人たちが聞いたら嘆くこと必至な言葉が次々と…。
「…シッ、そのくらいにしておきたまえ。怖いのが来た」
会長さんが注意したとおり、プールの方から開け放たれた扉をくぐってやって来たのはゼル先生。
「こらぁ、いつまで騒いでおるかぁ! 通行の迷惑になっておるわい、早く入らんか!」
「すみません、ぼくの不注意です」
「またお前かいっ! ったく、女子にしておいてもロクな結果にならんのう…。特例なんぞ認めん方が良かったわい。女子用水着じゃったら大人しく隅っこにおったじゃろうが」
「「「女子用水着!?」」」
ゼル先生の爆弾発言に女子はまたまた大騒ぎ。ゼル先生はニィッと唇の端を吊り上げて。
「実はな、ブルーが本当に女子用水着を着ておった年があるのじゃぞ? 残念ながら写真は無いがな、これは本当の話じゃて」
カッカッカッ…と高笑いしながらゼル先生は肩を左右に揺らしてプールへと戻ってゆきました。会長さんの方はと言えば、ゼル先生の思わぬ攻撃に額を押さえて沈黙中。つまり女子用水着を着ていたことを認めてしまったも同然で…。
「今の、本当なんですか?」
「女子用って、私たちの水着と同じですか!?」
「いやーん、その格好も見たかったですぅーっ!」
キャイキャイと跳ね回らんばかりのクラスメイトたちに、会長さんは暫しの打撃から立ち直ると。
「…ぼくも一応、男だからね? 女子用水着は機会があったら見せるってことで」
「じゃあ、来年? 再来年?」
「本当に見せてもらえますか!?」
矢継ぎ早の質問に対する会長さんの答えはこうでした。
「さあねえ? そう簡単には見られないこそ、見られた時の嬉しさも増す。…待つのも楽しみの内ってことさ。自分の運を信じたまえ。女の子は誰でも幸運を持っているものだしね」
「「「はーい!」」」
待ってますね、と歓声を上げるクラスメイトたち。会長さんったら、見せてあげる気も無いくせに…。頬を紅潮させる女子たちを連れてプールへと向かう会長さんは正にシャングリラ・ジゴロ・ブルーです。女子用水着を着た姿を餌に釣っても大漁だなんて、男はやっぱり顔なんでしょうか?

水着騒ぎは入口前で会長さんが制止し、私たちは二列に並んでプールへと足を踏み入れました。心配していた磯の香りはしてきません。塩分濃い目は無さそうだ…、とホッと一息ついたのですけど。
「…なんなの、あれ?」
「えっと…。フロート…?」
プールには色とりどりの亀やアヒルがプカプカと。どう見ても浮き輪というヤツです。その間を縫ってコースを仕切るロープが張られていますが、あれに掴まって泳ぐ…のかな? 会長さんにも浮き輪の意味は分からないらしく、先にプールサイドに陣取っていた男子たちの横のスペースに座ると。
「ぼくには浮き輪にしか見えないんだけど、あれは何かな?」
「んーと、んーと…。浮き輪だと思う!」
ぼくのアヒルちゃんにソックリだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そう言えば海やプールに連れてきているアヒルちゃんの浮き輪に似ています。でも、浮き輪で何をするのでしょう? 浮かんでいるのは半端な数ではないですよ? と、全校生徒が揃ったらしくて開会式が始まり、校長先生の挨拶の次は教頭先生。
「諸君、校長先生も仰ったように、全力を尽くして戦って欲しい。しかし、くれぐれも無理しないように」
棄権するのは恥ではない、と教頭先生が語っているのは「撤退する勇気」。余力のある内に引き下がる勇気と決断力が身を守る、と言われても…。浮き輪だらけのプールの何処が危険だと? どれでもいいから掴まってしまえば溺れる心配は無さそうですけど。
「競技の説明はブラウ先生にお願いしたい。まずは女子の部の競技からだ。…ブラウ先生、お願いします」
教頭先生がマイクを渡したのはジャージ姿のブラウ先生。先生方は全員ジャージを着ておられます。これも水泳大会ではお馴染みでした。必要に応じてジャージを脱ぎ着するわけですが、教頭先生の水着は今年も褌かな? おっと、いけない、競技説明の時間です。
「それじゃ説明を始めるよ! 今年の女子の部は「泳いだら負け」だ」
「「「えぇっ?」」」
声を張り上げたブラウ先生に、全校生徒はビックリ仰天。水泳大会なのに泳いだら負けって、そんな競技があるのでしょうか。泳いでなんぼのモノなのに…。
「まずはプールを見ておくれ。浮かべてあるのは浮き輪ってヤツさ。色も形も色々だけど、浮き輪って所は全部同じだ。でもって浮かべる場所を変えてあるだけで、どのコースにも同じ形のが同じ数だけ浮かんでる。よーく確認しておきな」
えっと。ひい、ふう、みい…。確かに間違いありません。みんなが数え終わった頃合いでブラウ先生が「数えたかい?」と念を押してから。
「泳いだら負けと言っただろう? 女子にはあの上を走ってもらう。浮き輪の場所は固定してあるし、浮き輪を踏んで濡れずにコースを往復するのさ」
「「「!!!」」」
そんな無茶な、と悲鳴と怒号が飛び交っています。浮き輪は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言っていたとおり子供用。高校生が満足に浮けるかどうかも分からないのに、その上を走り抜けろですって? でもブラウ先生は気にしていません。
「昨日一日、プールを閉鎖していた秘密が此処にある。浮き輪には仕掛けがしてあってね、上手く踏んだら沈みも引っくり返りもしない。ただし先の子が踏んだのと同じ場所を踏んでセーフかどうかは分からないよ? その辺は自在に切り替わるんだ」
あちゃ~。またしてもゼル先生が噛んでいそうです。ブラウ先生はクックッと愉快そうに笑いながら。
「踏み損なって落ちた時には這い上がってから再スタートになる。落ちなかった生徒は当然先に進んでるんだし、ロスした時間は大きいよ? クラス全員が往復し終えた時点でのタイムを比較するから、クラスのみんなに迷惑をかけないように頑張りな」
まずは1年生からだ、と号令がかかり、私たちは凍り付きました。とりあえず浮き輪自体の浮力不足は無さそうですけど、踏み損なったらドボンとは…。這い上がるのもまた大変そうです。スウェナちゃんと二人で心配していた「塩分濃い目で浮きすぎるプール」も大概でしたが、浮かないと負けと言われても…。

「ど、どうするんですか、これ…」
女子の一人が縋るような目で会長さんを見詰め、他の子たちの視線も会長さんに。女子の部な上に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーを引き出せると信じられているのですから、無理ないですけど。
「うーん…。ちょっと待ってよ」
ぶるぅに相談してくるね、と会長さんは腰を上げました。男子の席にいる「そるじゃぁ・ぶるぅ」と言葉を交わしていますけれども、それとは別に思念波で会話しています。
『どう思う、ぶるぅ? あれにサイオン検知装置は?』
『入ってないよってブラウが言った! だけどクルクル切り替わるから、指示を間違えたらドボンだって』
『なるほどね…。要は集中力で勝負ってことか。仕掛け自体は機械なんだね』
『うん! ゼルの自慢の…。なんだったっけ、プログラム? ブルーが読んで指示を出すのと切り替わるのと、どっちが速いか勝負らしいよ』
頑張ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ笑顔でエールを送り、会長さんが戻って来て。
「ごめん、ごめん。待たせちゃったね。…ぶるぅが協力してくれるってさ。君たちは思うとおりに走ればいい。落っこちそうな所を踏んでしまっても、ぶるぅの力が補助してくれる。落ちる心配は無用ってこと」
さあ、行こう、と会長さんに微笑みかけられ、女子はポーッと見惚れています。難しそうな競技をクリアできる上、会長さんが助太刀してくれるとあれば舞い上がらない方が不思議というもの。会長さんの力ではなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力であっても、それをくれるのは会長さんですし…。
『会長さんの力だっていうこと、いつまで秘密にするのかしらね?』
スウェナちゃんの思念波での問いに、私は『さあ…』としか答えられませんでした。そうとしか答えられないことはスウェナちゃんだって知っています。サイオンの存在を公表できる時が来るまで、サイオンのことは絶対に秘密。会長さんがソルジャーなことも、力があることも明かせないわけで…。
『いつか堂々と、会長さんの力です、って言える日が来るとホントにいいわね。ぶるぅの力っていうんじゃなくて』
来年とかには無理そうだけど、とスウェナちゃんが送って来た思念に私が『うん』と返した所へ、会長さんの思念波が。
『そんな心配、しなくていいよ。それもソルジャーの仕事の内さ。今はみんなが楽しく暮らせればそれで充分。…ほら、グズグズしてると出遅れちゃうよ?』
クラスの女子はスタート地点に整列しつつありました。スウェナちゃんと私も慌てて並び、アンカーになったのは会長さんです。走る順番は普段の水泳のタイムを参考にして組み上げて…。
「1年生女子、準備はいいかい?」
ブラウ先生がマイクを握り、シド先生が号令をかけて競技スタート! 他のクラスが第一歩からプールに落ちる中、1年A組の最初のランナーは快調に走り、濡れたのは足にかかった水飛沫の分だけ…という素晴らしさ。二人目が走り始めた時点で他のクラスは向こう側にも着いていません。
「ふふっ、ぶるぅの御利益は素晴らしいよね」
こんなものさ、と満足そうな会長さんの視線の向こうで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が懸命に応援しています。本当に応援しているだけで、浮き輪の何処を踏めばいいかは会長さんが意識の下に指示を送っているのですけど、それはまだまだ内緒の秘密。いつ明かせるかも分からなくって…。
『心配無用って言っただろう? 君の番だよ』
会長さんの思念に促されて私は走り出しました。他の生徒と違う所は直接思念で指示が来ること。えっと、次のアヒルは右側を踏んで、亀は左の端の方…、っと! アルトちゃんたちも走り終わって最後はアンカーの会長さんです。
「「「頑張ってー!!!」」」
女子も男子も懸命に叫ぶ中、会長さんは軽々と亀やアヒルの上を走って息も切らさずにゴールイン。1年A組はぶっちぎりの勝利を掴み、2年も3年も私たちの記録を破ることは出来ずに学園一位がアッサリ決定。ここで昼休みになるようですけど…。
「ねえ、他のクラスはボロボロだよ?」
ジョミー君が指摘するとおり、私たちを除いた女子はヘトヘトな上にボロボロでした。何度となくプールにドボンした上、這い上がってはドボンですから下手な持久走より疲れた筈です。お弁当も開けられずに倒れている子も数多く…。
「あんたが女子の部になった理由は男子の部がハードだから…だったよな?」
これでも女子はハードじゃないのか、というキース君の問いに、会長さんが困った顔で。
「さあ…? ぼくなら楽に乗り切れるから問題ないって意味だったのかも…。だって男子がこれよりハードって、有り得ないだろ?」
「そう願いたいが、どうなんだかな…」
俺はドボンは御免だぞ、と呻くキース君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ 男子はぼくにお任せ! 一位で楽々ゴールインだよ♪」
「ぶるぅ、そこは「男子も」って言うんだよ」
「あっ、いけない! 男子もお任せ~!」
会長さんが注意した意味に気付いているのは私たちとサイオンを持つ特別生だけ。他の生徒が聞いていたとしても全く気にしていないでしょう。この大らかさがシャングリラ学園ならではです。サイオンを使ったズルが許される校風、いつまでも続いてくれますように…。

プールサイドでの昼食タイムは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の特製サンドイッチも出てきてゴージャスでした。カツサンドにオムレツ入り、スモークサーモンや生ハムを挟んだ物も。男子の競技は何なのだろう、と話しながら食べている間もプールの方はそのままです。
「…浮き輪の回収は無いようだな」
あれを使うということか、とキース君が首を捻れば、会長さんが。
「そうだろうね。…だけど、女子と全く同じ競技ってことがあるのかな? 今までのパターンだと女子と男子は別モノだったし」
「問題はそこだ。男子は難易度が上がってくると見るのが妥当か?」
「さあ…。女子以上に難しいコースってことは有り得るけれど…。踏んでも大丈夫な部分がグンと減るとか、浮力少なめで誰でも多少は足が沈むとか」
水の抵抗ってヤツは大きいから、と会長さんが自分の足を指差して。
「踝くらいまでなら沈んじゃっても問題無いけど、膝下の半分くらいまで浸水しちゃうとキツくなるよ? 次の一歩を踏み出すにしても、女子の部みたいに走るって速度は出せないだろうね。こう、よいしょ、よいしょと踏んで行く…って感じ?」
「そこへドボンが組み合わさったら悲劇だな…」
体力を削がれるなんてものじゃない、とキース君は天井を仰いでいます。
「女子の部よりもハードだというのが男子の部だ。浮き輪が放置されているから、グレイブ先生が言っていたのは単なる脅しかとも思ったが…。ウチの学校に限ってそれだけは無いという気もするし」
「無いと思うよ、グレイブが言った以上は本当にハードなんだと思う。…ぼくを女子の部に回すくらいだ、浮力不足でドボンじゃないかな」
「「「うわぁ…」」」
勘弁してくれ、と頭を抱えるキース君たちですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコと。
「平気だってば、ぼく、頑張って支えるもん! でも…足が沈むのは我慢してよね」
そこまでは常識の範囲内だから、と言われてみればその通り。ドボンに比べれば普通のことです。どうやら男子は「よいしょ」の掛け声が必須のようで…。頑張って、と応援していると会長さんが。
「よいしょリレーじゃ語呂が悪いね、どっこいしょリレーと呼ぶべきかな?」
「…あんた、明らかに他人事だと思っているな?」
キース君の恨めしそうな視線を会長さんはサラリと流して。
「他人事だし仕方ないだろ? あ、そろそろ競技説明が説明が始まるのかな?」
昼食を食べに何処かへ消えていた先生方が戻って来ました。もちろん監視役として常時数人は残ってましたし、入れ替え制での昼食タイムだったようですけれど。先生方はプールサイドを見回り、生徒全員が昼食を食べ終えているのを確認してから。
「さてと、お昼も終わって充分休憩出来たようだね」
ブラウ先生がマイクを握っています。
「午後はお待ちかねの男子の部だ。浮き輪を回収していないから色々な読みがあったと思う。だけど断言させて貰うよ、正解に辿り着いた生徒は一人もいない!」
「「「えぇっ!?」」」
そんなの分からないじゃんか、と不満の声が噴出する中、ブラウ先生はニヤリと笑って。
「じゃあ、訊くよ? 障害物競争だと思ってた生徒は手を挙げな!」
「「「障害物?」」」
足が沈むのは障害物になるんだっけ、とジョミー君が尋ね、キース君が。
「ど、どうだろう…。一応、手を挙げた方がいいんだろうか?」
「当たったら何か出るかもしれないし! 挙げちゃおうよ」
ジョミー君が手を挙げ、キース君がそれに続くとシロエ君たちも挙手しましたが、他の男子生徒は動きません。要するにジョミー君たち五人だけが手を挙げているというわけです。ブラウ先生は面白そうに男子五人を指差すと。
「あんたたちの読みもハズレじゃないかと思うんだけどね? どんな障害物なんだい?」
「沈むんです、足が」
キース君が代表で答えました。
「女子は浮き輪を上手に踏めば全く濡れずに走れましたが、男子は浮力不足で足がある程度まで沈むかと…。そうなると水の抵抗の関係で走りにくいのは必然です」
「なるほど、それも良かったかもねえ…。そいつは考えつかなかったよ。はい、ハズレ」
男子の予想はアッサリと外れ、ブラウ先生は勝ち誇った顔で。
「男子の競技も基本は女子の部と変わらない。ただし障害物競争がもれなくオマケでついてくる。今、言ったとおり、足が沈むというヤツじゃないよ? 障害物競争にはやっぱり網だね」
「「「網!?」」」
なんですか、それは? そりゃあグラウンドを走る障害物競争なら網をくぐるのは定番ですけど、プールで網? もしやプールサイドから先生方が投網を投げて妨害するとか…? たちまち大騒ぎになった全校生徒をブラウ先生が「こらあっ!」と一喝。
「人の話は最後まで聞く! 網は浮き輪に仕掛けてあるんだ。ドボンすればその場で絡まる仕組みさ。これを抜けなきゃ這い上がることは出来ないよ? もちろん網は一個じゃないし、運が悪けりゃ全部で絡まってしまうかもねえ?」
頑張りな、と笑うブラウ先生の前で男子は全員無言でした。ただドボンして這い上がるだけだった女子でもボロボロだったのです。ドボンすれば網が絡まるだなんて、どれだけ消耗するのやら…。

お通夜のような雰囲気で始まった男子の部。まずは1年生からです。私たちのクラスは「そるじゃぁ・ぶるぅ」をアンカーに据え、やる気満々で燃えていますが、他のクラスはスタート前から意気消沈。そんな調子ではツキも落ちるというもので…。
「スタート!」
シド先生の合図で一斉にプールに足を踏み入れた男子、A組以外はドボンと派手な水飛沫。それと同時にシュルンと白い網が浮き輪の下から飛び出してきて、その場で捕獲されてます。水中で絡まった網はそう簡単には解けないらしく、悪戦苦闘している間にA組は楽々往復してきて次の生徒にバトンタッチ。
「かみお~ん♪ 頑張ってねー!」
飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」を他のクラスの生徒が羨ましそうに眺めていました。無敵の不思議パワーのお蔭で1年A組は負け知らず。女子の部よりもハードになっている男子の部でも誰一人プールに落ちていません。
「いいなぁ、俺たちもA組になりたいなぁ…」
「来年は御利益が貰える立場になりたいな、って思うけどなあ…」
1年生限定なんだってな、と嘆き合う声が私たちの所まで聞こえてきます。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が決して2年生には進級しない、というのも今ではすっかり周知の事実。御利益に与れるのは1年生だけ、それもA組限定だという噂は既に伝説の域で。
「A組、頑張れー!」
他のクラスをぶっちぎれ、と上の学年から応援の声が飛んできました。去年に、一昨年に1年A組で一緒だった生徒もいれば、そうでない生徒も叫んでいます。
「学園一位を取るんだぞー!」
「今年も期待しているからなー!」
走って走って走りまくれ、という声援は学園一位で出て来る何かをゲットしろというエールでした。何が出るかは分かりませんけど、会長さんが1年A組に属する以上は楽しい結果になるだろう、と誰もが踏んでいるのです。他のクラスに奪われたのでは面白くない、と応援してくれているわけで…。
「「「頑張れー!!!」」」
上の学年が、そして私たち女子が応援する中、A組男子は誰も落ちずに華麗にプールを駆け抜けてゆき、ついにアンカー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の登場です。元気一杯に飛び出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」は走るどころか十八番の『かみほー♪』を歌いながらスキップで浮き輪を踏んで往復してきて…。
「かみお~ん♪」
「「「あぁっ!?」」」
最後の浮き輪に飛び乗った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がドボンと落下し、まさかの出来事に誰もが声も出せない中を。
「わーい、いっちばぁ~ん♪」
どうやって網をすり抜けたものか、ピョーンとプールからジャンプした「そるじゃぁ・ぶるぅ」は宙返りして最後の浮き輪をトンと踏み付け、そこからストンとゴールイン。
「一位、A組!」
シド先生が右手を高々と上げて宣言するのに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の無邪気な叫びが重なって…。
「網抜け、やってみたかったんだ! 脱出マジック~!」
拍手、拍手~! と踊り回る「そるじゃぁ・ぶるぅ」に惜しみない拍手が送られています。これからドボンするであろう上の学年の男子生徒たちも歓声を上げて拍手喝采。A組以外の1年生男子はそれどころではないようですけど、根性で網と戦いながらゴールインして下さいです…。

こうして大多数の男子生徒がボロボロになった水泳大会が終了しました。最後に走った三年男子の復活を待って表彰式が行われ、学園一位は無論1年A組で。
「おめでとう。今年の副賞は楽しみながら勝ち取って貰う形式だ」
そう言ったのは教頭先生。会長さんが校長先生から表彰状を受け取ったのを見届けてからの台詞です。
「準備があるから待っていてくれ。…すぐに終わるが」
「「「???」」」
何だろう、と首を傾げていると職員さんたちがパネルを担いで入って来て…。
「えっと…プールに蓋しちゃうわけ?」
「そのようだな」
ジョミー君とキース君が言葉を交わす間にもプールはパネルで覆われてゆきます。蓋らしいことは分かりましたが、所々にポッカリ開いた真ん丸い穴はなんでしょう? 不規則に開けられているみたいですけど…。
プールが覆い尽くされた所で進み出たのはブラウ先生。
「今年の副賞はモグラ叩きというヤツだ。御覧のとおりプールには蓋がされている。水面と蓋との間に多少のスペースはあるんだけどね、モグラ役の先生が充分に息をしようとすると穴から頭が覗くんだ。そこをハンマーでポカンと一発!」
これがハンマー、と1年A組の生徒全員に配られたのは縁日の露店などで見かける空気で膨らませた巨大ハンマーのオモチャでした。
「オモチャといえども叩けばモグラは引っ込むよ。ただし、繰り返してると息が続かなくなってギブアップということもある。モグラがギブアップしたら学食のランチ券をクラス全員にプレゼントだ。制限時間内にギブアップを勝ち取った回数分だけランチ件ゲット!」
おおっ、と盛り上がるクラスメイトたち。ここでパネルの一角が開けられ、モグラ役の先生方がプールへと。筆頭は赤褌の教頭先生、続いてゼル先生にグレイブ先生、そしてまさかのシド先生。先生方の姿が消えるとパネルは再び閉じられて…。
「1年A組、準備はいいかい? 制限時間は十分間だ。何処からどんなモグラが出るのか、走って叩いて頑張りな!」
「「「はーい!」」」
蓋をされたプールに散らばった私たちはハンマーを構え、ブラウ先生がホイッスルを。穴の数は生徒の数より多いですから、一ヶ所で待っても無駄というわけで…。
「そっち行ったぞー! …多分」
「わあっ、こっちかよ!」
モグラは素人の敵う相手ではありませんでした。先生方、絶対サイオン全開で私たちの動きを読んでいますよ! ジョミー君たちも私もサイオンを持ってはいてもヒヨコですから読まれ放題、どうにもこうにも勝負にならず。でも…。
「かみお~ん♪」
「息をしたけりゃランチ券! さてと、何枚毟れるかな?」
パッコーン! と小気味よいハンマーの音を響かせているのは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。いくら先生方でもタイプ・ブルーに勝てる筈もなく、次々と上がるギブアップの声。
「弱いね、ハーレイ。君が一番鈍いんじゃないの?」
これで何度目のギブアップかな、と笑う会長さんは明らかに教頭先生狙いでした。えっと、及ばずながら私も一発お手伝い出来るといいんですけど…。ハンマーで殴りまくってランチ券を沢山貰って、楽しく打ち上げしましょうね~!


 

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