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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

卒業生を送り出してから春休みに入るまでの間、特別生には登校義務はありません。休んでしまおうか、という話も出たのですけど、学校を休んでやりたいことは特に無し。でも学校へ行けば放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で遊べますから、結局、登校することになってしまって…。
「ねえねえ、今年もブルーはシャングリラ号に乗って行くわけ?」
ジョミー君が質問したのは卒業式から数日経った放課後のこと。話題はちょうど春休みについてだったのです。
「シャングリラ号? ああ、春休み中の視察のことか」
もちろん、と答える会長さん。
「毎年恒例の行事だからね。ぼくも含めて主要メンバーが乗り込むことになっている。やっぱり年に一度は全セクションをキッチリ点検しておきたいし…。今回は訓練もする予定」
「「「訓練?」」」
「うん。今の時点では全く必要ないんだけれど、戦闘訓練。…今年はこの時期に乗り込む新しい仲間が一人もいないし、全員揃って大々的に」
え。シャングリラ学園から新しい仲間が出ないらしいのは気付いてましたが、今年は新しい仲間はゼロ? そんな不作な年というのもあるんですか? 去年は私たちのパパやママがシャングリラ・プロジェクトで乗り込んで行って、仲間がドカンと増えたのに…。私たちの表情に気が付いたのか、会長さんが。
「え、仲間は一人も増えなかったのかって? 違う、違う。…君たちは知らないだろうけど、新しい仲間は年中無休で24時間受付中。サイオンに目覚めた人をフォローしながらシャングリラ号に乗り込む時まで見守るのもソルジャーの仕事の内さ。ほら、去年はまりぃ先生がバレンタインデー前に乗り込んだだろう?」
「「「あ…」」」
言われてみれば、そんな話がありました。サイオンの因子が目覚めたまりぃ先生、クルーたちがやり取りするバレンタインデー用のチョコレートを受け取りに来たシャングリラ号に乗って宇宙へと…。
「あの時みたいに機会を見付けてシャングリラ号に乗せるわけ。ぼくもぶるぅも留守にしている土日なんかで、ハーレイも留守ならシャングリラ号で宇宙に行ってる可能性があると思えばいいよ。もっとも、そう簡単にはバレないけどさ」
「なんで?」
ジョミー君の問いに、会長さんは。
「君たちは思念波で連絡を取るよりも携帯だろう? 知ってのとおり、ぼくやクルーが持ってる携帯は特別製だ。ワープ中以外は圏外じゃない。だから旅行中だと答えてしまえばそれまでなんだよ。…本当に旅行をしている時も多いわけだし」
「そっかぁ…。じゃあ、仲間は今年も増えたんだね?」
「お蔭様で順調だよ。シャングリラ・プロジェクトに名乗り出てくれた人も何人かいて、とっくに仲間になっている。だから春休みの視察期間は新しい仲間のフォローが無いんで、ちょっと戦闘訓練を…ね。あ、見学は受け付けないから一緒に行くっていうのはダメだよ」
あらら…。私たちはガックリと肩を落としました。シャングリラ号で宇宙の旅をするのは大好きですし、そこへ戦闘訓練となれば楽しそうだと思ったんですけど…。
「ダメダメ、戦闘訓練は遊びじゃないんだ。ぼくだって生身で宇宙空間に出たりするんだし、真剣勝負」
「「「生身!?」」」
生身って…宇宙服とか無しでですか? 会長さん、そんな芸当が出来たんですか? 成層圏まで一気に瞬間移動できるのは知ってましたが…。
「そうだよ。ぶるぅだって出来たりする。タイプ・ブルーだけの芸当ってわけでもないけどね。一時的に出るだけだったらシールドを張れば誰でも可能。…ただし長時間の活動は無理で、シャングリラ号から離れた場所まで飛んで行くのも無理だよねえ…」
「飛ぶ?」
キース君が聞き咎めました。
「あんた、もしかして飛べるのか? 瞬間移動だけじゃなくって空を飛べるとか? …宇宙空間を飛べるというなら大気圏内でも飛べる筈だな?」
「あれっ、言ってなかったっけ?」
キョトンとしている会長さんに、頭を抱える私たち。空を飛べるだなんて初耳ですよ! そりゃあ、瞬間移動の方が早いでしょうし、見つかる率も低いですから空を飛ぶよりは瞬間移動なんでしょうけど、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にはどれほどの力があるんだか…。謎はまだまだ多そうです。

「いいかい? ちょっと行ってくるから、よく見てて」
会長さんが私たちを校庭に連れ出したのは半時間ほど後のこと。部活の後片付けを終えた一般生徒は全員下校し、残っているのは教職員と一部の特別生だけです。特別生のみで構成された数学同好会なんかは今も活動中と称してお茶でも飲んでいるのでしょうが…。
「あそこの部屋にゼルがいるわけ。換気のために窓を開けるよう、意識の下に働きかけた。ほらね、大きく開いてるだろう?」
会長さんの人さし指の先では五階の一室の窓が全開でした。調理実習用の家庭科室がある辺りです。ゼル先生が新作メニューを研究するのに使うと噂の所ですけど、会長さんはその部屋まで飛んでみせると言っていて…。
「論より証拠、百聞は一見に如かずってね。構内には仲間しか残ってないから、ぼくが飛ぶのを目撃されても問題は無い。…ただし学校の外から誰が見ていないとも限らないし…。仲間にだけは見える程度のシールドを張って行ってくるさ」
じゃあね、と軽く地面を蹴った会長さんの身体が宙に浮き、テレビの特撮ヒーローの如く飛んで行ったではありませんか! 広いグラウンドを一気に飛び越え、五階の開いた窓から中へ…。
「「「………」」」
誰もがポカンと口を開けたまま、会長さんを見送りました。瞬間移動よりもインパクトは大。あんな力があっただなんて…。私たちの隣では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃいでいます。
「ね、ね、ホントに飛べたでしょ? あれね、ソルジャーの服で飛んでるとカッコいいんだから!」
マントが綺麗に靡くんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は興奮気味。もしかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」も飛べるのかな…?
「ぼく? 飛べるよ、ぼくも行こうかな?」
楽しそうだし、とスタンバイしかけた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「やっぱりやめとく!」と叫んだ瞬間、会長さんが五階の窓から飛び降りました。飛んだのではなく飛び降りたのです。そして窓からはゼル先生が身を乗り出して…。
「飛ぶなと言ったら飛び降りるんかい、馬鹿者が! 普通は死ぬぞ!」
「だって、階段は面倒だし! エレベーターもちょっと遠いし!」
これが一番早いんだ、と地面に着地した会長さんがゼル先生に向かって叫んでいます。二人は暫く不毛な言い争いを繰り広げていましたが、勝利したのは会長さん。
「どうでもいいけど、あんまりストレス溜めるとハゲるよ? それ以上ハゲたら自慢の髭も無くなるかもね」
「えーい、誰のせいじゃ、誰の! もうお前には構ってられんっ!」
ゼル先生がバンッ! と窓を勢いよく閉め、会長さんも踵を返して私たちの方へスタスタと…。
「見られないようにしてあるからって言ったのにさ…。ゼルは本当にうるさいんだから困っちゃうよね。だけど、飛べるのは分かっただろう? これは戦利品」
会長さんの手には焼き立てのパウンドケーキが。ゼル先生がドライフルーツをたっぷり入れて幾つも焼きながらベストな配分量を見極めていたらしいのです。
「気の毒だから基本のレシピで作ったヤツを失敬してきた。これなら消えても研究に支障は無いだろうしさ。さて、改めてお茶にしようか、ゼル特製で」
私たちは歓声を上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に引き返し、早速パウンドケーキが切り分けられて…。うん、美味しい! 会長さんが飛ぶ姿を見たのはビックリですけど、ちゃっかりしっかりケーキをくすねて戻る辺りが凄いと言うか何と言うか。
「あんた、毎度のことながら無茶やるな」
キース君が溜息をついて。
「飛ぶだけだったらゼル先生の所に突入する必要は無いと思うが? それと宇宙でも飛ぶと言ったな? さっきみたいな速さなのか?」
「ゼルの所に飛び込んだのはケーキが目当てさ。同じ飛ぶなら収穫はあった方がいい。…それと速度が知りたいんだっけ? 第一宇宙速度も超えられないんじゃ宇宙を飛ぶだけの意味が無い」
「「「は?」」」
第一宇宙速度って…なに? キース君は分かったようですが私たちにはサッパリです。会長さんがクッと笑って…。
「第一宇宙速度と言うのは時速2万8千4百キロメートル。秒速でも8キロメートル近い。…これが地球の地表すれすれに衛星として存在するのに必要な速さと言ったら分かるかな?」
「「「秒速8キロメートル!?」」」
それってどれだけ速いんですか! しかも衛星でそれだとなると、シャングリラ号の巡航速度は更に速いというわけで……そのシャングリラ号の戦闘訓練で会長さんが飛ぶなら速さも同じかそれ以上でないと…。蜂の巣をつついたような騒ぎになった私たちを会長さんが手で制して。
「ぼくも一応ソルジャーだからね、それくらいのことはやらなくちゃ。もちろん、ぶるぅも飛べるんだよ? 遊び感覚で戦闘訓練に参加してるし」
「「「………」」」
この人たちはどれだけ凄いんだ、と私たちは呆然とするばかりでした。ジョミー君が会長さんたちと同じタイプ・ブルーだと言われてますけど、このレベルまで到達するにはいったい何年かかるんでしょうね?

そんなこんなで穏やかに日は過ぎ、ついに迎えた終業式。講堂で校長先生の退屈な訓示を聞いて、グレイブ先生の終礼があって…。
「諸君。1年間、全ての試験、全ての行事で1位をキープしてくれた1年A組を私は非常に誇りに思う。しかし、それはぶるぅの力があってこそだ。ぶるぅも、ぶるぅの力を引き出せるブルーも2年生には進級しない」
「「「えぇっ!?」」」
殆どのクラスメイトが仰天する中、入学式前から会長さんを知っていた男子二人だけが冷静な顔。私たちと同級生だったという先輩から聞いていたのでしょう。グレイブ先生は大騒ぎする生徒たちに「静粛に!」と声を張り上げ、眼鏡をツイと押し上げると。
「ブルーは1年生でいるのが好きらしい。このクラスにいる特別生どもと連れ立って遊んでいるからな。ヤツらが進級しない以上はブルーも残るというわけだ。…諸君は潔く諦めたまえ。そして来年度からの授業に備えて春休みは勉学に励むように。諸君の健闘を心から祈る」
では、とグレイブ先生は靴音も高く教室を出てゆき、私たち七人組はクラスメイトに取り囲まれて「私たちも会長さんも進級しない」ことを懸命に説明する羽目に…。会長さんったら、こんな時くらい出席してくれてもいいと思うんですけど~! ようやく解放された時には気力も体力も尽き果てそうで…。
「あーあ、酷い目に遭っちゃったよ」
ぼやくジョミー君を先頭にして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると、会長さんがソファにのんびり腰掛けています。テーブルの上にはサンドイッチが山積みで…。
「かみお~ん♪ 終業式、お疲れさま! お昼御飯はビーフシチューのオムライスだけど、それだけじゃ足りない人もいるでしょ?」
だからサンドイッチ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言い終える前にジョミー君の手が伸びていました。私たちもソファに座って、削られた体力を取り戻すべくサンドイッチをパクパクと…。会長さんがクスクスと笑いながら。
「そんなにお腹が減ったのかい? まあ、あれだけ言い訳を繰り返していれば疲れるか…。言えないもんねえ、勉強せずに楽をしていた間の分も知識は頭に入ってます、なんてホントのことは。…ぼくが終業式に出席してても言わないよ? 春休みに焦って勉強しようと教科書を開けば分かることだし」
それもしない人は流石に無い、と会長さんは自信満々。ヤケになって非行に走らないよう、「自発的に勉強してみる」という行動を意識の下にきちんと送り込んであるのだそうです。そこまで気配りしてたんですか~!
「当然だろう? 春休みにはハーレイたちもシャングリラ号で宇宙に出るんだよ? 教師不在の間に生徒が揉め事を起こさないよう、予防できるものには手を打たないと。…もちろん想定外もあるけどさ」
「そんな時は校長先生の出番なのか?」
キース君の問いに、会長さんは大きく頷いて。
「校長先生もそうだし、留守番組のグレイブやミシェルもトラブル担当。他にも職員は大勢いるしね。…そうだ、もしかしてこれも知らなかったりするのかな? ハーレイたちが長期休暇中にのんびり休んでいられる理由」
「「「は?」」」
えっと。先生方って春休みはシャングリラ号に乗って行くんですから忙しいですけど、夏休みとか冬休みには休暇を楽しんでいますよね? この間の冬休みに先生方からのお歳暮で出た『お願いチケット』だって年末年始以外の期間は自由に使えたわけですし…。それって普通のことなんじゃあ?
「ところが普通じゃないんだな」
チッチッと指を左右に振っている会長さん。
「先生という職業はね、休み中の方が却って大変らしいんだよ。新学期に向けての会議や研修、やることは山のようにあるってわけ。特に春休みは新しく入学する生徒を迎える準備で超多忙! そんな時期にシャングリラ号で宇宙へ行く暇なんて無い筈だ。でも実際は宇宙にも行くし、のんびり個人旅行も出来る。…何故だと思う?」
そんなことをいきなり訊かれても…。顔を見合わせるだけの私たちに、会長さんは。
「そこがシャングリラ学園の特徴なのさ。教職員は全員、サイオンを持った仲間だろう? やるべき仕事を瞬時に理解して処理が出来るし、肩代わりだって朝飯前。面倒な引き継ぎも必要ない。ノウハウは三百年以上の蓄積があるし…。普段ハーレイが戦っている書類の山を職員さんが片付けたってオッケーなんだよ」
仕上げはハーレイのサインだけ、と会長さんはウインクしました。
「長期休暇中に出勤してきて他の人の分の仕事をすると特別手当がドカンと出るんだ。だから希望者は山ほどいるし、休みたい人は好きなだけ休んでいい仕組み。この春休みもそういう形で乗り越えるんだ」
なんと! シャングリラ学園はその名のとおり、先生方にとっても楽園だったらしいです。私たちは春休みのシャングリラ号での戦闘訓練には行けませんけど、参加なさる先生方にはそれもレクリエーションみたいなものかな?

お昼御飯を賑やかに食べる間も話題はシャングリラ学園のこと。来年度も私たちは1年A組になるのだそうです。特別生は基本的にクラスが固定してしまうので、アルトちゃんとrちゃんも一緒。担任の先生は万年1年A組担当のグレイブ先生に決定済みで…。
「グレイブは本当に特別手当が欲しいらしいねえ…」
職員会議で大演説をかましたようだ、と会長さんが教えてくれました。1年A組を担任すると確実にババを引くことになるので特別手当がつくとは聞いていましたけれど、それでもグレイブ先生が気の毒だから…とヒルマン先生が名乗りを上げたらしいのです。なのに…。
「あの性悪な1年A組の手綱を握るには熟練の技が必要です、と言ってのけたんだよ、グレイブは。ぼくたちを暴れ馬扱いするとは失礼な…。でもって、乗りこなせるのは自分しかいないと言い切った。本音はミシェルと休暇を楽しむために高給取りを続けたいっていう所なんだけどねえ?」
「「「………」」」
特別手当は半端な額ではないというのを聞いたことがあります。私たちの担任から外されてしまったら、グレイブ先生のお給料はガクンと減るわけで…。グレイブ先生は愛妻家ですし、なんとしても今の稼ぎを維持したいということでしょう。自発的に引き受けたのなら、グレイブ先生は来年度も…。
「もちろん存分に遊ばせてもらうさ、そのための特別手当なんだし! でも、遊ぶと言うならグレイブの前にこっちかな?」
え。こっちって…どっち? 私たちの視線がキョロキョロと動き、会長さんの視線を追って止まった先は…。
「キース」
会長さんに呼ばれたキース君はウッと息を飲みました。
「な、なんだ? 俺に何をしろと言うんだ!」
「ふふ。…し・つ・け」
「躾け?」
「そう。とりあえず春のお彼岸じゃないか。大学も目出度く卒業したし、手伝えって言われているんだろう? ちょうどシャングリラ号での戦闘訓練期間と重なる。ぼくもぶるぅも留守なんだよ」
それでね…、と会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「ぼくの弟子を二人、預けたい。君だって資格だけで言えば充分に弟子は取れるんだ。…お彼岸の間、サムとジョミーを元老寺でビシバシ鍛えてやって」
「おい、ちょっと待て!」
「嫌だよ、そんなの!」
キース君とジョミー君の叫びが重なり、サム君が。
「…俺はいいけど、そんなのキースが決めていいのか? 親父さんの許可が要るんじゃあ…」
「アドス和尚は了解済みさ。それと本山への届け出もお彼岸の間に受理される。サムもジョミーも僧籍ってことになるんだよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
それは文字通りの寝耳に水。会長さんったら、サム君とジョミー君を自分の弟子として璃慕恩院に届け出てしまっていたのです。二人とも璃慕恩院に属するお坊さんとして認められるわけで、サム君は『作夢』と書いて『サム』、ジョミー君は『徐未』と書いて『ジョミ』と読む法名……お坊さんとしての名前がガッツリと…。
「な、なんでそんなことに…!」
嫌だぁーっ! と絶叫しかけたジョミー君に会長さんの青いサイオンがビシッと炸裂して。
「バースト禁止! そんなにパニックを起こさなくてもいいんだからさ。…今までとそれほど変わらないよ。いわゆる小僧さんってヤツなんだしね。法名だけは持ってるというお寺の跡継ぎの子は少なくない。君とサムが毎年行ってる璃慕恩院の修行体験ツアーにだって何人もいたと思うけど?」
「…え? そうなの…?」
サイオンで叩かれたらしい肩をさするジョミー君に会長さんが微笑みかけて。
「なんだ、お互いに話もしてないのかい? じゃあ、この夏からは積極的に参加者と交流してみるといい。未来のお坊さん同士、けっこう話が合うと思うよ。なんなら名刺も作ろうか?」
「要らないよ! でも本当に……お坊さんとして登録済みでも特別に何もしなくていいの?」
「君の覚悟が出来ない間はどうしようもないからねえ…。ただ、少しずつでも自覚は欲しいし、キースが副住職になるのを見越して元老寺でお世話になろうかと。そうなるとやっぱり届け出た方が…」
というわけで、と会長さんはキース君の方を振り返りました。
「お彼岸は普段でも人手不足だろう? 君も副住職を目指すからには、最初のお彼岸に遊び呆けているのはマズイだろうし…。サムとジョミーは君に任せる。墓回向に連れて歩くのも良し、卒塔婆の受付をさせるのも良し」
「分かった。親父が了解したんだったら俺からは何も言うことは無い。遠慮なくビシバシやらせて貰うぞ」
「…そんなぁ…」
ズーンと落ち込むジョミー君を他所に、全ては決定してしまいました。サム君は大いに乗り気ですから、この春休みは抹香臭くなるのかなぁ…?

こうして立った春休みの計画。会長さんによれば春のお彼岸は春分の日の前後の七日間…ということは…。あれっ、既にお彼岸に入っているのでは? キース君が普通に登校していましたから全く気付いていませんでしたが…。
「そうなんだよ。世間ではとっくにお彼岸なのさ」
クスクスクス…と可笑しそうに笑う会長さん。
「つまりサムもジョミーも明日から元老寺に出勤だね。璃慕恩院に出した届けはお彼岸の最終日付で受理されるってさ。それでも二人とも得度は済ませてるんだし、除夜の鐘や初詣の時と同じで問題ない。頑張っておいで。…頼むよ、キース」
「こいつらでも使えそうな所と言ったら、やはり卒塔婆の受付係か…。後は彼岸会の手伝いだな」
「「「ヒガンエ…?」」」
「お彼岸の法要だ! サムとジョミーは修正会の時と一緒で座っているだけでいいだろう。坊主が多いほど法要の格が上がるし、檀家さんにも顔を覚えて貰えるし…。もちろん裏方もやって貰うが、こいつらに書道の心得は無いか…」
溜息をつくキース君。そういえば大学では書道サークルが人気だったと聞きましたけど、やっぱりお坊さんは文字を書く機会が多いからかな? 私たちが首を捻っていると、会長さんが。
「卒塔婆の文字は綺麗な方がいいと思わないかい? そりゃ今どきは専用プリンターもあるけどね…。手書きが一番有難味がある。アドス和尚もプリンターは断固導入しない主義! お彼岸はお墓に供える小さな卒塔婆を沢山書くから、サムとジョミーが手伝えるなら喜んで貰えたんだろうけれど…」
ちょっと無理そう、と会長さんも残念そうです。
「仕方ないや、書道の方は折を見てサイオンで仕込むとしようか。そこそこの下地があったら、ぼくの技術を流し込むだけでいけるしね。…今回のお彼岸は下働きで」
でも、と会長さんは落ち込んでいるジョミー君の肩を軽く叩いて。
「お彼岸を無事に済ませて、ぼくとぶるぅが帰ってきたら慰労会を開いてあげるよ。…お坊さんとしての届けも出してしまったことだし、ちょっと豪華に慰安旅行はどうかなぁ、って」
「慰安旅行!? それ、ホント?」
一気に浮上するジョミー君。会長さんは「現金だねえ」と苦笑しながら。
「こんなことで嘘はつかないよ。温泉旅行なんかはどうだい? ちょっと変わった場所があるんだ。旅行が実現するかどうかは君とサムとの頑張り次第で」
「やる!」
ジョミー君は拳を握り締めて宣言しました。
「もちろんサムも頑張るよね? みんなで温泉旅行だもんね!」
「お、おう…。なんか動機が不純っぽいけど、やる気が出たのはいいことだよな」
俺と一緒に頑張ろうぜ、とサム君が人のいい笑顔をみせた時です。
「その旅行。…ぼくも大いに期待してるよ、頑張って」
「「「!!?」」」
い、今の声は? 会長さんの声そっくりに聞こえましたが、会長さんは向こうのソファに…。
「やあ。温泉旅行に行くんだって?」
ひいぃっ、やっぱり! 目の前の空間がユラリと揺れて「こんにちは」と姿を現したのは、紫のマントのソルジャーでした。そのソルジャーが何かと言えばこちらの世界を覗き見しているのは周知の事実。今は春休みという一大イベントを控えた時期だけに、美味しいネタは転がっていないかと狙っていたに違いありません。
「ぼくも温泉は大好きなんだ。前にブルーがハーレイを婚前旅行だって騙して連れてった温泉、良かったなぁ…。機会があったらまた行きたいな、と思ってたんだよ。ぼくも連れてって欲しいんだけど」
まさか嫌とは言わないよね? とソルジャーの赤い瞳が会長さんを見詰めています。
「え、えっと…。今回はサムとジョミーの慰労会で…」
「ふうん? 慰労会っていう名前がついているのに排除するわけ? SD体制が敷かれた世界でソルジャーとして頑張るぼくを労おうとかは思わないわけ? 君の戦闘訓練なんかと違って、ぼくはいつでも実戦なんだよ?」
ソルジャーはズイと会長さんに詰め寄りました。
「それにね、温泉だったらお願いしたいこともあるんだ。大きな声では言えないんだけど…」
声を潜めて囁かれた言葉に思い切り仰け反る私たち。婚前旅行がどうしたんですって? あのう、ソルジャー…。今度の旅行はサム君とジョミー君の慰労会だと…。もしもし? ちゃんと最初から話を聞いてましたか、ソルジャー…?



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キース君が大学を無事に卒業し、残るは我がシャングリラ学園の卒業式です。その前に控えているのが名物の繰り上げホワイトデー。バレンタインデーを大々的に行っているため、ホワイトデーをやらずに卒業式を済ませるというのは如何なものか、との理由で設けられたのがそれでした。今年も卒業式の三日前に指定されていて…。
「ふふ、繰り上げホワイトデーも明後日か」
会長さんがニヤリと笑ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でのこと。放課後に集まっていた私たちの前では中華饅頭が湯気を立てていました。チャーシューやフカヒレ、野菜などなど、様々な具が入ったそれを楽しく食べていたのですけど、会長さんのこの笑みは…。
「あ、やっぱり君たちもピンと来た? ハーレイ、頑張っているんだよね」
ホワイトデーに向けて努力中、と会長さんは中華饅頭を頬張りながら。
「ぼくの手作り下着の御礼はそれ相応の手作り品にして貰わないと意味が無い。だから品物を指定したけど、そろそろ仕上げにかかろうかと…」
「「「仕上げ?」」」
「そう、仕上げ。どうせなら完璧に近いものを受け取りたいしねえ?」
「…あんた、教頭先生に何をプレゼントしろと注文したんだ?」
聞いていないぞ、とキース君が指摘すると。
「あまり早くにバラしてしまうと面白みが減ると思わないかい? だから今日まで黙ってた。注文したのはザッハトルテだよ。甘い物が苦手なハーレイにはそれだけで充分大打撃さ」
えっ、ザッハトルテ? 手編みのセーターとかではなくて…? 意外な展開に私たちはポカンと口を開けたのですが、会長さんは。
「レシピは何処でも手に入るから、家で作ろうと思えば作れる。だけど、それでは面白くないし、美味しいヤツが出来上がるという保証も無いだろ? それでね…」
「「「お菓子教室!?」」」
「うん。コースを指定して通わせてたんだ。こんな感じで」
思念波で直接伝わってきたのは学校指定らしいエプロンを着けて受講中の教頭先生の姿でした。パティシエ専門コースに押し込んだのかと思ったのですけど、大勢の若い女性たちに混じってスポンジケーキをカットしています。これがザッハトルテになるのかな?
「ザッハトルテのベースのヤツだよ、今のイメージは。チョコレートケーキだっただろう? あれを三等分してアプリコットジャムを塗って、それからチョコをかけるわけ。これがなかなか難しくって…。そうだよね、ぶるぅ?」
「チョコをかけるのも難しいけど、溶かす方だって難しいよ? 失敗しちゃったら美味しくないし、見た目も最悪な感じになるもん」
ぼくは失敗しないけど、と胸を張っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんも上手に作れるらしいんですけど、素人さんには難しいのがザッハトルテ。お菓子教室に放り込まれた教頭先生も失敗を重ねてきたのだそうです。
「ザッハトルテを専門に習わせようと思うとパティシエ向けの年単位コースしか無くってさ…。いくら仲間の息がかかった学校とはいえ、短期間だけの生徒を編入させるのは無理がある。…それで一般向けのケーキ作りのコースをハシゴ」
カリキュラムを少し組み替えて貰ったのだ、と会長さんは微笑みました。この時期に作る筈だったケーキをザッハトルテに差し替えてもらい、何クラスもあるケーキ作りコースの日程を上手にずらして教頭先生が全部の授業に出られるように計算し…。
「ザッハトルテは人気の高い講習だからね、その回だけって人の参加も珍しくない。一般向けコースにはお試し参加が出来るんだよ。…ハーレイはザッハトルテの講習をお試し参加で集中的にこなしたわけさ」
「「「………」」」
「若い女性に混じって講習を受けること自体は別に苦痛じゃなかったらしい。問題は試食。…なんと言っても甘いからねえ、ザッハトルテは。作ってる間の甘い匂いも耐え難かったようだけど」
クスクスクス…と笑う会長さんが送って寄越した別のイメージでは、教頭先生はマスクを着用していました。最初に参加したクラスで懲りて以来、マスク持参で受講するようになったのだとか。それでも試食は逃れられずに、顔で笑って心で泣いての辛いレッスンが続いたようで…。
「一応、料理教室の方はなんとか終了したんだよ。その後、家で練習するかと思っていたのに一度も復習してないねえ…。プロの指示を受けながら教室で作るのと、家で一人で作るのとでは全然違うと思うんだけど…。復習もせずに作った下手な作品を渡されたのでは腹が立つ。だから仕上げをしようってこと」
「「「???」」」
「その道のプロがいるだろう? 容赦なくビシバシ鍛えてもらうさ」
行くよ、と会長さんが立ち上がりました。えっと、行くって一体、何処へ? いつもの教頭室なのかな…?

生徒会室を出て向かった先は本館でしたが、会長さんは教頭室とは違う方へとスタスタと。教職員用休憩室と書かれた其処は夏休み前に一度だけ入ったことがある部屋です。あの時は夏休みの宿題免除アイテムに不具合が発生したという騒ぎの最中だったので部屋の印象は全く記憶に残っていません。
「失礼します」
会長さんが扉を開けると「おう」とゼル先生の声が返って来ました。
「なんじゃ、此処へ来るとは珍しいのう。チーズケーキなら残っておらんぞ」
生憎じゃったな、とゼル先生。どうやら今日はゼル特製と噂の高い特別メニューの日だったようです。ゼル特製とは、その名のとおりゼル先生が作る特別製のお菓子で、特別生を対象にして学食に出される人気の隠しメニューでした。そっか、今日のはチーズケーキだったのかぁ…。
「ゼル特製が目当てだったら学食に行くさ。ぼくには嗅ぎつけられないとでも?」
会長さんがクッと喉を鳴らし、ソファで寛いでいるゼル先生に近付いて。
「実は頼みたいことがあるんだよ。…ザッハトルテの個人レッスンをお願いしたい」
「…なんじゃと?」
「君の腕なら弟子を取るのもオッケーだろう? 明後日までに完璧なザッハトルテを作れるようにして欲しいんだ。もちろん一から教えろなんて無茶は言わない。基礎だけはきちんと出来ているさ」
「酔狂じゃのう…」
本気なのか、とゼル先生は自慢の口髭を引っ張りました。
「わしは手抜きはせん主義じゃ。ビシバシしごくぞ。…ぶるぅに習えば楽じゃろうに」
「生徒がぼくとか、この子たちならそうするよ。だけど今回は違うんだ。…鍛えてほしい生徒はハーレイ」
「ハーレイ!?」
「「「教頭先生!?」」」
ゼル先生と私たちの引っくり返った声が重なり、会長さんが可笑しそうに。
「そう、弟子入りするのはハーレイなんだ。繰り上げホワイトデーにプレゼントをしてくれると言うものだから、ザッハトルテを指定した」
「ホワイトデーじゃと!? ブルー、お前はハーレイにチョコを渡したのか!?」
「嫌がらせでね。…ほら、ハーレイは甘い物がダメじゃないか。でも、ウチの学校ではバレンタインデーにチョコを貰った生徒はお返しをすることに決まっているだろ? そっちが目当てで」
「なるほど。それでチョコを贈って、お返しにザッハトルテを要求したというわけか…。まさに嫌がらせのダブルパンチじゃな」
ゼル先生はアッサリ納得してしまいました。本当は会長さんが贈ったモノは手作り下着なんですけれど、ゼル先生が真相に気付くわけもなく…。
「あのハーレイにザッハトルテはキツかろう。…基礎は出来ているとか言っておったな? ハーレイが菓子を作れるとは思えんのじゃが、前から菓子を貢がせておったのか?」
「ううん、お菓子ならぶるぅで間に合ってるしね。ハーレイにお菓子作りの基礎は無いから、ザッハトルテをプレゼントさせようと決めた時から修行をさせた。…こうやって」
思念波で伝達された修行の様子にゼル先生はプッと吹き出し、それから散々笑い転げて。
「料理教室とは考えたのう…。それで仕上げにわしの所へ弟子入りさせるというわけじゃな。ハーレイは承知しておるのか?」
「これから連行するんだよ。引き摺ってでも連れてくるから、君の家のキッチンで特訓を…ね。時間が惜しいし、瞬間移動で飛ぼうかなぁ、って」
「それは中々愉快な時間になりそうじゃな。よし、その話、引き受けよう。此処にハーレイを引き摺ってこい。わしも帰る用意をしておこう。…その間に…、と…」
備え付けのメモにサラサラと何やら書き付けているゼル先生。
「ぶるぅ、買い物を頼んだぞ。お前ならメモなぞ無くても揃えられると分かってはおるが、わしの家にあるストックまでは分からんじゃろう? これをな、わしが戻って来るまでに…」
「オッケー! じゃあ、ゼルの家に運んでおくね♪」
パッと消え失せた「そるじゃぁ・ぶるぅ」に託されたのはザッハトルテに必要な材料の一部らしいです。ゼル先生は「さて、急がねば」と帰り支度をするために出てゆき、会長さんも。
「行くよ、今度は教頭室だ。ハーレイをゼルに引き渡さなきゃ」
足取りも軽く廊下に向かう会長さんは御機嫌で鼻歌を歌っていました。教頭先生、ザッハトルテの特訓をしにゼル先生に弟子入りですか…。気の毒といえば気の毒ですけど、会長さんの舌を満足させるためとなったら、厳しい修行も天国かも…?

「馬鹿者! もっとしっかり泡立てんかいっ!」
ゼル先生の罵声がキッチンに飛び、首を竦める私たち。教頭先生がチョコレートケーキの材料をせっせと泡立てています。会長さんの思惑通り、教頭先生は二つ返事でゼル先生への弟子入りを承知したのですけど、特訓は容赦ないもので…。見学しようとゼル先生の家に一緒に押し掛けて行った私たちも、おっかなびっくり見ているだけ。
「料理教室ではその程度でいいと教わったとな? 甘い、甘いぞ、ハーレイ! ここは滑らかさが命なんじゃ。溶かしたチョコの混ざり具合でスポンジの味が左右されるわ!」
甘ったるいチョコの香りが漂うキッチン。教頭先生はマスクの着用を許して貰えず、チョコレートケーキをオーブンに入れた途端にヘタヘタと座り込みそうになったのですが。
「焼き上がるまでの間にグラサージュの方を特訓せんとな。市販のスポンジケーキを用意したわい。そっちで仕上げの練習じゃ!」
グラサージュというのはチョコレートでコーティングする作業のことを指すようです。教頭先生は泣きそうな顔でチョコを溶かすために砕く作業を開始しました。その背中に向かって会長さんが。
「それじゃ特訓、頑張って。…ぼくたちはお腹が空いてきたから帰るよ。君はザッハトルテの試食があるから夕食なんかは要らないだろうけど、ぼくもこの子たちも食べ盛りなんだ。じゃあね」
ぶるぅ! と会長さんの声が響いて、パアッと迸る青いサイオン。私たちは会長さんのマンションに瞬間移動をしていました。予め用意してあったらしい煮込みハンバーグにカボチャのポタージュ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手早く作ってくれた温野菜のサラダがダイニングのテーブルに並べられて…。
「「「いただきまーす!」」」
ワイワイと食事をしている間も教頭先生は特訓中。会長さんが思い付いたように見せてくれる中継画面で高みの見物をするというのも楽しいものです。今はテンパリングとかいう段階で、溶かしたチョコを大理石の板の上に少しずつ空けて冷まして鍋に戻して温度調整をしているのだとか。
「ハーレイ、そこで味見じゃ」
ゼル先生の指示に首を傾げる教頭先生。私たちの間にも「?」マークが飛び交います。チョコレートも砂糖も水もきちんと計量していましたし、味見なんか必要ないのでは? ゼル先生が画面の向こうでチッチッと人差し指を左右に振って。
「軽く舐めるんじゃ。舌の上で砂糖の結晶が多少ザラつく程度の硬さが適温! 冷め過ぎて硬くなるとグラサージュしにくくなるからのう…。そこの加減がテンパリングの命じゃな」
「…し、しかし…」
教頭先生は明らかに腰が引けています。そりゃそうでしょう、苦手なチョコを味見した上、硬さの加減を見極めるように言われたのですから。
「ほれ、もう冷え過ぎておるようじゃぞ。舐めてみんかい!」
そう言いつつゼル先生がチョコをサッとヘラで掬って素早く味見し、「硬い!」と舌打ち。
「冷まし過ぎじゃ。…冷ましたり温めたりを繰り返しているとチョコはどんどん不味くなるでな、プロは一発で決めんといかん。まあいい、今はこの味を見ておけ。でもって、とりあえず温め直す…と。味見はどうした!」
ほれ、と強制的に味見させられた教頭先生は砂糖の結晶を味わうどころではないようでした。しかしゼル先生は容赦なく適温とやらに到達するまでテンパリングを何度もやり直させて、その果てに。
「よし。…次はグラサージュじゃ。ほれ、やってみろ」
網の上に乗せられた市販のスポンジケーキに教頭先生がチョコを回しかけてゆきます。上は上手に流せましたが、側面が上手くいきません。その間にもチョコはどんどん硬くなっていっているようで…。
「愚か者めが! この工程は思い切りよく、一気にじゃ! パレットナイフでササッと軽く撫でてじゃな…。違う! えーい、これをしっかり持たんかいっ!」
「「「!!?」」」
教頭先生が両手で持つよう指示されたのはケーキが乗った網でした。それを下から捧げ持つ形。つまり掌の上に網が乗っかっているわけです。
「いいか、手を離したら許さんぞ。グラサージュはこうじゃ。その目ん玉でしっかり見ておけ!」
ゼル先生が鍋を左手に、パレットナイフを右手に握ってスポンジケーキに熱いチョコレートを回しかけました。
「あつっ!」
教頭先生の悲鳴が上がり、掌に滴る熱々のチョコ。けれどゼル先生は「手を離すなよ」とニッと笑って、手際良くチョコを垂らしながらパレットナイフでスイスイと…。もちろん余ったチョコはボタボタボタと教頭先生の掌の上。あれって苛めと言いませんか?
「苛めだよ」
決まってるじゃないか、と会長さんが楽しげに中継画面を指差しました。
「ゼルは料理人としてもパティシエとしても超一流。高みへのステップとして修行に出ていたこともある。もちろん下っ端なんてやる必要もないからやってないけど、修行に行けば苛め……いや、しごきと呼ぶのが正しいかな? そういう現場も見聞きするのさ。それをハーレイ相手にやっているわけ」
まさかここまでとは思わなかったけれど…、と会長さん。
「熱いチョコに耐えながら目の前で技を見せ付けられれば、嫌でも頭に叩き込まざるを得ないよね。失敗したら何度でも熱々のチョコの刑だし、これは上達の早道かも…」
素晴らしい、と会長さんが絶賛している間にゼル先生は見事なグラサージュを仕上げてみせます。そして教頭先生は火傷した手をロクに冷やしている暇も無く、練習のために新たなテンパリングの作業へと。その後ろのオーブンではチョコレートケーキが焼き上がったようで、アラームの音がキッチンに…。
「焼き上がったか…。あれをグラサージュさせて貰えるのはいつになるかな? 練習用のスポンジケーキは沢山買ってあるようだしねえ…」
会長さんが中継画面を消し、私たちは教頭先生の苦労を思って深い溜息をつきました。ゼル先生にはサイオンで手順を教える方法もある筈ですが、手作業に徹するつもりのようです。チョコの味見やら熱々のチョコレート責めやら、更には出来上がり品の試食まで。教頭先生、とんでもない修行になりそうですけど、大丈夫ですか…?

教頭先生は翌日もゼル先生の家に連行されてザッハトルテの猛特訓。その次の日は学園中の女の子たちが待ちに待った繰り上げホワイトデー! 授業開始前に設けられたお返しをするための時間を全部使って学校中を回るというのは他ならぬ会長さんその人です。
「やあ、お待たせ。自分のクラスに一番たっぷり時間を取ろうと最後にしたよ」
女子の黄色い悲鳴が上がって、1年A組に会長さんが登場しました。今年もお供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に大きな袋を持たせています。何が出てくるのかと思っていれば…。
「わあ、可愛い!」
「これって食べられるんですか?」
一人一人に配られたのは透明なケースに入った小さなケーキ。赤い薔薇の花が乗っかったシュガークラフトというヤツです。
「食べられるよ? 中身は洋酒たっぷりのフルーツケーキ。保存がきくから年単位で持つ。ケーキはぶるぅの手作りなんだ。ぼくは薔薇の花びら担当」
会長さんの答えにキャーッと歓声が上がり、シャングリラ・ジゴロ・ブルーは今年も女子のハートをガッチリ掴んだみたいです。ついでにアルトちゃんとrちゃんに「今年もプレゼントを寮に送っておいたからね。フィシスの名前で」と耳打ちするのも忘れません。ああ、教頭先生、こんな人のために猛特訓を…。絶対、鼻で笑われるのに…。
『ん? いいじゃないか、ハーレイには手作り下着をあげたんだからさ』
私たち七人グループだけに思念を送った会長さんは、女の子たちに極上の笑みとウインクを残して教室を去ってゆきました。さて、教頭先生はザッハトルテを完成させられたのでしょうか? 今夜は会長さんの家まで届けに行って玄関先で追い返されるとか、そういうオチ…? 戦々恐々としながら迎えた放課後。
「ザッハトルテは会心の出来になったらしいよ。ゼルが太鼓判を押していた。楽しみだよねえ、合うのはやっぱりクリームたっぷりのウインナーコーヒーかな?」
会長さんがワクワク感を隠しもせずに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のソファに腰掛けていて。
「マザー農場で最高の生クリームを貰ってきたんだ。ザッハトルテにもホイップクリームは欠かせないから」
「それは良かったな」
キース君がブスッとした顔で言い放ちました。
「昨日も今日も、教頭先生は柔道部の指導は見ているだけになさったんだぞ。料理中に鍋をウッカリ触ったんだと言っておられたが、チョコレート責めのせいだろうが! 両手に包帯を巻いておられるのが痛々しくて…」
「包帯はデモンストレーションだよ。そんなに酷い火傷じゃない。ただ、火傷の薬を塗っているから、包帯無しだと書類とかがベタベタに…。まあ、柔道部の指導は休みたいかもしれないけどね」
強い力がかかると痛むみたいだ、と会長さんは涼しい顔。
「でもザッハトルテは最高の出来栄えなんだし、ハーレイはドキドキしてると思うよ。どんな顔をして渡そうか…とか、花束も添えた方がいいんだろうか、とか今頃きっと妄想中さ。いつ届けろとも言わなかったし、ゼルには「不埒な振舞いをしてはいけない」と釘を刺されたようだしねえ?」
あーあ、やっぱり会長さんの家までお届けコースですか…。今年はどんな騒ぎになるのやら、と私たちが天井を仰いだ時。
「さてと、今日のおやつを貰いに行こうか。みんな、御礼を言うのを忘れずにね」
「「「は?」」」
「ハーレイのザッハトルテだよ。ぼくとぶるぅで食べてしまうより、みんなで分けるのがいいだろう? 料理教室で鍛えた基礎とゼル直伝の技のコラボレーション! ぶるぅも昨日ザッハトルテに挑戦したから食べ比べをするというのもいいよね」
「「「………」」」
あまりと言えばあんまりな展開に、私たちは言葉を失いました。教頭先生が会長さんへの想いをこめて完成させたザッハトルテをみんなで分けて食べようだなんて、会長さんは鬼ですか?
「鬼だって? いつもやってることだろう? それにゼルだって安心するよ、ハーレイに貰ったケーキだよって見せに行ってあげればね。…ゼルはぼくを心配してくれているから、心配し過ぎてハゲない内に安心させてあげるのが一番!」
「あれ以上、ハゲる余地は無いと思うんだが…」
キース君の呟きは会長さんにサラッと無視され、私たちは教頭室までザッハトルテを受け取りに行列していって…。扉をくぐった直後に目にした教頭先生の落胆ぶりは半端なものではありませんでした。会長さんがせしめた立派な箱入りのザッハトルテはゼル先生にも披露された後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で切り分けられて。
「ハーレイったら、ここまで凝ったか…。それともゼルの案なのかな?」
これ、と会長さんが指差したのは三角形のチョコのプレート。えっと…何か書いてある?
「ハーレイによる正真正銘のゼルのザッハトルテ、と書いてあるんだよ。本家のザッハトルテを名乗る店は二つあってね、その片方がレシピの正統な継承者と店の名前を書いたプレートを上にくっつけてるわけ。この文章はそれを真似てあるのさ。ゼルのザッハトルテと書いてきたからには期待できるね」
ゼルのレシピは本物の本場モノ、と会長さんが口にしたとおり、教頭先生のザッハトルテは絶品でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれたザッハトルテもゼル先生と同じレシピだそうで、食べ比べても双方共に遜色なし。教頭先生、こんなに凄いのを完成させたのに、私たちのおやつにされちゃったなんて…。
「いいんだよ。でも、ぼくの手作り下着をぼくだけの前で試着してたら流れは少しは変わったかもね。みんなで分けたことを黙っててあげる程度にはさ。…このザッハトルテは目の毒消しだと思いたまえ」
ショッキングピンクのTバック、と言われて私たちはコーヒーを吹き出しそうになりました。確かにあれは視覚の暴力。…教頭先生、ザッハトルテは毒消しに頂いておきますね~!

そんなこんなで慌ただしく日は過ぎ、卒業式の前の日の夜、私たちは瞬間移動で暗い校庭に全員集合。昼の間にシロエ君から写真を見せられ、どういう仕様か聞かされていた銅像の変身作業です。シロエ君は会長さんの注文どおりに頑張りました。
「ジョミー先輩、もうちょっと左にお願いできますか? そう、そうです。そこでキース先輩が持ってるパーツと合わせてですね…、ええ、そんな感じで」
現場監督よろしく指示をしながらシロエ君は配線作業をしています。今年もシロエ君自慢の小型発電機が持ち込まれており、それに接続されたのは銅像の右手が握った大きな弓。銅像はソップ型の力士像へと変身を遂げ、パーツの接合部分が目立たないようにシロエ君がコーティングなどを施して…。
「会長、これでどうでしょう? 目からビームもOKですし、花火は化粧回しの後ろの結び目部分に仕込みました。弓が回転し終わった時に打ち上げるようにプログラム済みです」
「いいね。思った以上に見栄えしそうだ。花火にはサイオンで細工するから、今年も喜んで貰えると思う。…と言うか、去年にプレゼントをやっちゃったから、もう誰だって貰えるものだと思っているよね」
会長さんが言っているのは卒業生に向けてのプレゼントでした。人生で三回だけ使えるという「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形パワー入りストラップ。資格試験や入社試験で使うのも良し、大学の試験で使うも良し。ただし、合格に見合うだけの実力まではフォローしないので後は自分で頑張れという、ちょっと困った所もあって…。
「去年卒業してったヤツらは誰も使っていないんだっけ?」
サム君が尋ね、ジョミー君が。
「今の所は聞いてないよね。あ、そういえば…サッカーの最終選考に使おうかなって言ってたヤツがいたんだっけ。でも…選考には漏れたみたいだし…」
「使ってないってことでしょうね」
マツカ君が「難しいですよね」と呟いて。
「実力は充分あって後は運だけ、って時でもないと使えないでしょう。それでもいざとなったらアレがある、って思うだけで人間は強くなれそうですけど」
「そうよね、火事場の馬鹿力って言うものね」
実力以上を発揮できるかも、とスウェナちゃんが言い、「そうかもね」と私たちは頷き合って校庭を後にしました。夜が明けると卒業式の朝で…。
「おおっ、今年は力士かよ!」
「すげえな、着ぐるみになってんだろうけど、継ぎ目がまるで分からねえや。化粧回しは校章かあ…」
弓を持ってるけど何をするんだ? などと言いつつ、卒業してゆく生徒たちが記念撮影をしています。その銅像が目からビームで校舎の壁に「卒業おめでとう」の文字を書いたのは卒業式が終了してから。大歓声の中、力士と化した銅像が弓を回転させ始めました。「弓取り式だ!」という声が上がって、弓の回転速度も上がって…。それがピタリと止まった所でパァーン! と花火の弾ける音が。パパパパーン、と煙花火が空にくっきり描いた校章。
「みんな、卒業おめでとう!」
会長さんがいつの間にか銅像の脇に立っていました。煙花火をサイオンで校章の形にしたのも会長さんです。
「今年もぼくからの卒業祝いを用意した。空から落ちてくるから受け取って。ぶるぅの手形パワーが入ったストラップだ。使い方は噂で知ってるね? 使えるのは人生で三度だけだよ」
フワフワと落下傘に結び付けられた手形ストラップが降りてくるのを卒業生全員が手にしたところで。
「かみお~ん♪ 卒業、おめでとう! また学校にも遊びに来てね!」
元気一杯に飛び出してきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパッと右手を差し出しました。
「ぼくの右手の握手はラッキー! 今日がいい日になりますように♪ シャングリラ学園、忘れないでね!」
ワッと群がる卒業生たちに揉みくちゃにされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、いつの間にやら会長さんとセットで威勢よく胴上げされています。胴上げって普通、卒業する側がされるものでは…と思うんですけど、この際、なんでもアリなんでしょうか? そもそもシャングリラ学園自体がなんでもアリの学校ですから、こういう卒業式もアリなのかも…。
「今年も俺たちは居残り組か…」
少し寂しそうなキース君の頭をジョミー君がポンと叩いて。
「キースは卒業したじゃない。カツラを取ったらツルツルだよねえ、みんなに言ってしまおうかな?」
「うわ、待て、言うな! 俺のこの髪はカツラじゃなくって自前なんだ!」
バカ野郎、と卒業生たちとは違う次元でたちまち始まる大騒ぎ。シャングリラ学園は今日も変わらず平和でした。来年度もまた、よろしくお願いしちゃいますね~!



バレンタインデーに会長さんから手作り下着を貰ってしまった教頭先生。腰巻とショッキングピンクのTバックという悲惨なラインナップでしたが、会長さんは三学期の期末試験の打ち上げパーティー会場で試着するよう強要した上、ホワイトデーにはお返しの品を毟り取ろうという魂胆でした。それが何かは教えて貰えないまま、日は過ぎて…。
「ねえねえ、結局、何なんだろうね、教頭先生の手作り品って?」
気になるよね、とジョミー君が言ったのは卒業式は来週だという月曜日の放課後。繰り上げホワイトデーまでは1週間ほどしかありません。シャングリラ学園ではホワイトデーを迎えることなく卒業することになる3年生の立場を考慮して毎年繰り上げでホワイトデーがあるのでした。
「何だろうなぁ? 俺にもサッパリ分からねえや」
ブルーも教えてくれないし、と首を捻っているのはサム君です。会長さんと公認カップルを名乗るサム君ですら知らないのでは、私たちに分かる筈がありません。
「そうだ! みんなで賭けでもしてみる?」
楽しそうだよ、とジョミー君が持ち掛けてきて、それもいいかも…と顔を輝かせた私たちですが。
「ん? …どうしたんだ、キース?」
サム君がキース君の顔を覗き込みました。
「朝から気になっていたんだけどさ…。なんか暗くないか?」
「あ、いや…。なんでもない」
「なんでもないって顔かよ、それが? 食欲だって無さそうだぜ。それとも嫌いだったか、これ?」
キース君のお皿には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作った焼きリンゴケーキが殆ど手つかずで残っています。パウンドケーキに焼きリンゴが乗っかったそれは美味しいと思ったんですが……キース君の好みじゃないのかな?
「いや、嫌いだというわけでは…。すまん、どうやらボーッとしていたようだ」
「お前がか!?」
信じられねえ、と驚くサム君に「大丈夫だ」と返したキース君はフォークを握ってケーキを食べ始めたのですけれど。
「ボーッとしてたのも、暗かったのも、それなりの理由があるんだよね? キース」
クスクスクス…と笑い始めたのは会長さんです。
「明日が卒業式だったっけ? 普通は卒業までに四年かかるコースを頑張ってスキップした上に首席で卒業! 実に素晴らしい成績だけど、それが裏目に出たんだって?」
「…………」
「いいじゃないか、エリート中のエリートだと認められたんだから誇りを持って卒業すれば。一緒に道場に行った同級生だって、一足お先に卒業する君を皆で祝いに来てくれるんだろ?」
凄いよね、と会長さんも絶賛ですけど、裏目に出たっていったい何が? キース君は沈黙しています。会長さんは何もかも知っているようですが…。
「ふふ、知りたい?」
知りたいよね、と会長さんはニッコリ微笑みました。
「キースは学部の代表で卒業証書を受け取ることになったのさ。お坊さんになる人が多い学部で、キースもお坊さんになる。代表して壇上に上るなら何が必要になると思う?」
「え? えっと……。法衣かな?」
お坊さんだし、とジョミー君が答え、会長さんが。
「よくできました。でも、それだけじゃ足りないんだ。キースは道場の後もカツラだと誤魔化して長髪のままで大学に行っていたんだけどね、卒業式を間近に控えて学長直々に呼び出しがあったわけ。…卒業式ではカツラを被らず、綺麗に剃って来るように……って」
「「「!!!」」」
それはキツイ、と声を失う私たち。つまりキース君はサイオニック・ドリームを使うにしても坊主頭で卒業式に出席しなくちゃいけないのです。しかも壇上で卒業証書を受け取るだなんて、キース君の坊主頭を見たことが無い一般生徒の目にも晒し者になるという展開で…。
「分かったかい? だから朝からたそがれてるのさ。明日には坊主頭だからねえ…。アドス和尚にもスッパリ剃るよう言われたらしいし、今回ばかりは逃げ場無しってね」
「「「………」」」
絶句する私たちの前でキース君はガックリ項垂れてしまっています。気の毒ですけど、首席で卒業というのだったら晴れ舞台。どうせ卒業式さえ終わってしまえばカツラと称して長髪ですから、ここは耐えるしかないですよねえ…?

キース君を慰めようにも、部外者の私たちにはどうすることも出来ませんでした。学長に掛け合えそうなコネがあるのは会長さんですが、その会長さんは我関せずとケーキを平らげ、紅茶をお代わりしています。助けてあげる気は無いのかな?
「ん? なんでキースを助けてあげなきゃいけないのさ? それに今回ばかりはぼくも口出し出来ないよ」
大事な学校行事だしね、と会長さん。
「卒業式には細かい事情を知らない人だって大勢くるんだ。お坊さんコースを首席で卒業しようって人が坊主頭どころか長髪だなんて、マイナスイメージだと思わないかい? キースは住職の資格を取ったとはいえ、まだ数ヶ月しか経ってない。長髪で出ようだなんて我儘だとしか思われないさ」
だから学長に呼ばれるのだ、と会長さんは真面目な顔。
「ぼくが口添えしたとしてもね、多分どうにもならないと思う。キースの大学にだって面子ってものがあるんだし…。卒業式には来賓のお坊さんたちも多いんだ。そんなわけだから、諦めた方がいいと思うよ」
早めにね、とキース君に引導を渡した会長さんは私たちの方を振り返って。
「せっかくだから、ぼくたちもキースの卒業式に行かないかい? 学校には欠席届を出しておけばいいし、キースの卒業を祝いにさ」
「「「えぇっ!?」」」
「登校義務が無い期間なのに出席している君たちだ。一応、けじめに欠席届! でもって、サムとジョミーは輪袈裟持参で。なにしろあそこは……って、この辺は見てのお楽しみかな? 欠席届は任せておいて」
会長さんは私たちの返事も待たずに教頭室に内線電話をかけて。
「もしもし、ハーレイ? 欠席届を頼みたいんだ。うん、明日の…。キースの大学の卒業式でね、みんなでお出掛けしようってわけ。だからジョミーたちの分を七人前。…教頭のサインがあったら簡単だろ?」
それじゃよろしく、と受話器が置かれて私たちの欠席届はアッサリ出来てしまったようです。いえ、正確にはこれから作成されるのですけど。
「はい、オッケー。明日はキースの大学前に集合だよ、と言いたい所だけど、卒業式は人も多いし…。とりあえず途中で待ち合わせかな? キースは大学に直行だよね」
「お、おい…」
ようやく我に返ったらしいキース君が口を挟みました。
「俺の坊主頭を笑い物にしたいのか? 道場にまで押し掛けて来ていただけでは足りないのか?」
「滅相もない」
即座に返す会長さん。
「お祝いしようって言ってるんだよ。一世一代の晴れ舞台だろ? そりゃあ、この先、璃慕恩院のトップにでもなれば盛大な晋山式もあるだろうけど、元老寺じゃねえ…。ギャラリーの数が少なすぎるさ」
晋山式というのはお寺の住職になる時の儀式だと会長さんが教えてくれて。
「とにかく、千人を超える列席者の前でキースが舞台に立てるチャンスは卒業式が最後かもね。だからみんなで出席したいと言っているのに断るのかい?」
「………。嫌だと言っても来るんだろうな。仕方ない、卒業式で騒ぎは起こしてくれるなよ」
「それはしないよ。約束する」
大丈夫、と会長さんが誓って卒業式に参加することが決まりました。明日はキース君の大学に近い地下鉄駅で待ち合わせです。バス停でも別に良かったんですけど、万一雪が降ったりしたら吹きっ晒しだと寒いですもんね。

さて、翌日。私たちはシャングリラ学園の制服を着て地下鉄駅に集合しました。会長さんが制服が無難だと言ったからです。しかし、そう言った会長さんは…。
「やあ、お待たせ」
「「「………」」」
またか、と私たちは深い溜息。会長さんが纏っているのは御自慢の緋色の法衣と立派な袈裟。その隣には小僧さんの格好をした「そるじゃぁ・ぶるぅ」が控えています。キース君が大学に入った年に朝のお勤めを見学しに行ったことがありましたけど、あの時も二人はこうでしたっけ。ということは、今日も目立つ気満々で…。
「だってさ、キースと一緒に道場に行った連中は出迎えに出掛けたぼくに会ってるわけだし? 連中がキースの卒業を祝いに来ている以上はこの格好がいいだろう。…来賓席はお断りだけど」
「「「来賓席?」」」
何のことだろう、と全員が首を傾げましたが、答えはすぐに分かりました。地下鉄駅を出て『卒業式』という看板の立った大学の正門を入った所で職員さんらしい法衣の人が大慌てで駆け寄って来たからです。
「こ、これはこれは…。おいでになると知っておりましたらお迎えに上がりましたのに! すぐに学長にお知らせを…」
「要らないよ。今日はプライベートな用事でね。…ぼくの友達が卒業するんで見に来ただけさ。来賓席には座りたくない」
好きにするから、と会長さんはスタスタと構内を歩いてゆきます。ジョミー君とサム君は持参した輪袈裟をつけるように言われ、向かった先は大きな講堂。スーツや振り袖などでキメた卒業生が溢れ返る中、お坊さんスタイルの卒業生も多かったり…。お坊さんな卒業生の視線は会長さんの緋色の法衣に釘付けです。
「やっぱりブルーって凄いよな…」
サム君が尊敬の眼差しで見詰め、ジョミー君は「目立つつもりなんだから当然だろ」と素っ気なく…。講堂に入った私たちは後ろの方の席に座りました。主役である卒業生は当然前の方で、キース君は最前列。えっ、どうして分かったのかって? 会長さんがサイオンで「あそこ」と教えてくれたからです。
「あーあ、ホントに坊主頭になっていますよ…」
仕方ないですけど、とシロエ君が呟き、マツカ君が。
「首席じゃどうにもなりませんよね。キース、最後の最後でこんなことになっちゃって…。なんだか見物に来ちゃったみたいで申し訳ないです」
「見物に来たんだし問題ないよ」
その言葉は勿論、会長さん。
「ただし、キースだけを見物に来たってわけじゃない。…きっと君たちもビックリするさ」
何に? と誰もが尋ねましたが、会長さんは微笑んでいるだけ。やがて卒業式の時間になって、舞台の緞帳がスルスルと上がり……。
「「「!!?」」」
度肝を抜かれるとはこのことでしょうか? 壇上の学長さんや教授陣、来賓の皆さんは全員、見事な坊主頭でした。そりゃあキース君も丸坊主にしろと言われるでしょう。でも、それ以上に驚いたのは…。
「ブ、ブルー…。あ、あれって何…?」
ジョミー君が震える右手で壇上を指差し、会長さんがその手をピシャリと叩いて。
「失礼な! 仏様を指差すなんて、それでも君は仏弟子なのかい?」
そう、壇上の奥の壁には大きな祭壇がくり抜かれていて、そこにはお寺の本堂もかくやというキンキラキンの仏様と燦然と輝く立派な仏具が…。なんですか、これは? ここは講堂ではなくて本堂ですか?
「講堂だけど?」
静かに、と会長さんが声を潜めて。
「舞台で催し物をしたりする時には、祭壇は失礼が無いよう壁の向こうに収納するのさ。でも式典では表に出てくる。…どうだい、これだけでも来てみた価値があっただろう?」
「「「………」」」
カルチャーショックとはこのことか、と愕然とする私たちを他所に卒業式が始まり、吹奏楽部の演奏が。…って、ここで歌うのは校歌じゃないの? ひぃぃっ、みんなお経を歌っていますよ、荘厳なメロディの伴奏つきで!
「…す、すげえ…」
サム君がポカンと口を開け、シロエ君たちは目を白黒。会長さんが私たちを連れて来たがった理由が分かりました。これは一見の価値があります。お坊さんの大学って凄いんだぁ…。

異文化としか言いようのない卒業式は粛々と進んでいきました。祭壇ではお香が焚かれ、蝋燭だって灯っています。そんな中で学長さんや来賓の挨拶があり、その合間にはお念仏やら読経やら。そして、いよいよ卒業証書の授与となり…。
「仏教学部、キース・アニアン!」
墨染めの法衣を纏った坊主頭のキース君が壇上に上がり、深々と頭を下げて卒業証書を受け取ると会場から盛大な拍手の音が。キース君の道場仲間の同級生が見送りに来ているらしいのです。堂々とした立ち居振る舞いのキース君は他の学部の代表にも全く引けを取りませんでした。ついに大学まで卒業しちゃったんですねえ、キース君…。
卒業式が終わると私たちも卒業生もゾロゾロと講堂を出て行って。
「「「キース!!!」」」
おーい、とジョミー君たちが手を振ります。キース君はお坊さんスタイルの卒業生や同級生に囲まれて校庭で記念撮影をしていました。あれほど坊主頭は嫌だと言っていたのに、卒業記念ともなると話は違うみたいです。キース君を囲んでいた一人が私たちの方を振り向いて…。
「あっ!」
短く叫んだその人が他の仲間に呼びかけたかと思うと、今度は私たちが取り囲まれる番でした。
「お、おい、キース、紹介してくれよ!」
そう言っているのは卒業生らしき人たちで、同級生たちは会長さんをしっかり覚えていたらしく。
「御無沙汰しております!」
「あ、あのう…。輪袈裟をつけたお供を二人もお連れになっているということは……お弟子さんですか?」
サム君とジョミー君に皆の視線が集中する中、会長さんは笑みを浮かべて。
「そうなるね。二人ともお寺の息子じゃないけど」
「「「えぇっ!?」」」
キース君のお仲間たちはビックリ仰天。どんなコネがあって弟子になれたのか、と心底羨ましそうにしています。会長さんの弟子という立場はそんなに素敵なものなんでしょうか? 私たちが悩んでいると、卒業生の一人が「そうだ!」と紙袋から色紙を取り出しました。
「これ、みんなで寄せ書きでもしようと思って用意してたんですけど…。一文字でいいんです、何か書いて頂けませんか?」
差し出した先には会長さん。彼は筆ペンも用意していて…。
「太さも色々揃えてきてます! どうかお願いいたします!」
「………。こんな所で揮毫かい?」
会長さんが「どうしようかな?」と言っている間に何故か色紙が次々と…。なんでこんなに、と思ったんですが、お坊さんは文字を書く機会が多いですから、書道サークルが大人気なほど文字が好き。卒業記念には絶対寄せ書き、と誰もが用意していたようです。
「熱心だねえ、君たちも。…サインはしないけど、それでもいいわけ?」
会長さんの問いに、皆は大きく頷いて。
「かまいません!」
「ふうん? それじゃキースの卒業記念に書いてあげることにしようかな。キースの見送りに来た人たちも色紙を用意しているようだし…」
よし、と会長さんは色紙を一枚受け取り、太字用の筆ペンを借りてサラサラと…。げげっ、これって…。こんなの落書きって言うのでは? 色紙に書かれたのは記号です。○、△、□…って……。なのに。
「ありがとうございます!」
書いてもらった人は恭しく色紙を押し頂いているではありませんか。次の色紙にも会長さんは○、△、□。その次も、そのまた次も……最後の最後まで○、△、□。何がなんだか訳が分からない私たちに、書き終えた会長さんがクスッと笑って。
「悪戯書きだと思ってた? ぼくたちの宗派では使わないけどね、座禅の人たちには有名なヤツさ。丸と三角と四角で宇宙を表すと言われてるんだよ。仏教学科の学生ともなれば知ってて当然」
授業をサボッていたら別だけど、と会長さんは緋色の衣を翻して。
「サービス終了。…キースはこれから学生仲間で食事のようだし、帰ろうか。…空模様が怪しくなってきた」
確かに雲が広がってきていました。空気も冷たくなってきましたし、これは雪かもしれません。私たちはお坊さんスタイルのキース君とお仲間たちに別れを告げて地下鉄駅へと向かいました。学校には欠席届を出してありますから、お昼御飯を何処かで食べてから午後はのんびり過ごそうかな?

外食だとばかり思った昼食は会長さんのマンションでの仕出し弁当。仕出しと言ってもお値段も中身もゴージャスです。会長さん曰く、法衣を着て外で食事をするのは何かと面倒で、サイオンで着替えるというのもまた面倒。それくらいなら慣れた我が家で私服が一番、ということで…。
「どうだった? キースの卒業式は?」
楽しかっただろう? と訊かれて苦笑するしかない私たち。まさかあそこまで抹香臭い卒業式だとは夢にも思いませんでした。そもそも講堂に祭壇が置いてあるだなんて、誰が想像できたでしょうか?
「やっぱり祭壇がインパクト大か…。でもさ、仏教系だからビックリなだけで、あれが教会みたいな礼拝堂だったら驚くかい? 十字架な祭壇がある学校だって多いんだけど」
うーん…。教会の方が御洒落なイメージがあるのは何故でしょう? そっちだったらお経じゃなくて讃美歌でしょうし、吹奏楽部の伴奏の代わりに重厚なパイプオルガンだとか、あるいは聖歌隊だとか…。そういう流れでワイワイやっていると、会長さんが。
「お寺にはステンドグラスも無いからねえ…。でもさ、サムとジョミーは仏弟子街道まっしぐらだから、この先は抹香臭い世界だよ? あの大学に進学しろとは言わないけれど、後戻りは出来ないと知って欲しいな」
「えっ!」
酷い、と叫ぶジョミー君と「俺は構わないぜ」と笑顔のサム君。会長さんはそんな二人を交互に見詰めて。
「キースが元老寺の副住職に就任したら色々と手伝いに行くといい。今年のお盆は棚経のお手伝いが出来るといいねえ、そっちの方は副住職になっていなくてもキースは単独で行けるから」
頑張って、とエールを送る会長さん。あれ? キース君、まだ副住職になれないの? 卒業したら自動的に副住職だと思ってたんですけど…。他のみんなも怪訝そうな顔をしています。会長さんは「ああ、そうか」と呟いて。
「君たちはお寺に馴染みが無いから知らないかもね。住職も副住職も、そのお寺だけで勝手に決められるものじゃないんだ。まずは本山に届け出ないと」
「そうだったんですか?」
知りませんでした、とシロエ君が言い、私たちも頷きました。お寺の仕組みって難しいのかな?
「難しいねえ。…なにしろ住職というのはお経を読むことだけが仕事じゃない。お寺や檀家さんの面倒を立派に見られる器であることが必須なわけ。本山の方で住職や副住職に相応しい人物かどうか審査をしてから許可が出る。それからでないとキースは副住職にはなれないよ」
届け出はしてあると思うけどね、と会長さんは窓の外にちらつき始めた雪を眺めて。
「キースは優秀な成績を収めているから、許可は確実に下りる筈さ。でも春までには絶対無理だし、お披露目はまだまだ先だろうね。…お披露目の時には君たちも勿論行くだろう?」
「「「お披露目?」」」
「副住職の就任式。住職じゃないから簡単なものだけど、アドス和尚なら絶対にやる。今度も御馳走が楽しみだなぁ、何が出るかな?」
「「「………」」」
結局それか、と私たちは額を押さえました。普段から「そるじゃぁ・ぶるぅ」と食べ歩きをしてグルメ三昧しているくせに、会長さんは御馳走が食べられる機会となれば首を突っ込まずにいられない性分。本当に伝説の高僧なのか、と疑いたくもなりますけれど、キース君の卒業式での色紙なんかを考えてみると、やはり偉いのは偉いのでしょうねえ…。

翌日、私たちは普段どおりに登校しました。キース君は卒業式の後で派手に飲まされたらしく、二日酔いで頭が痛いのだとか。それでも皆から託されたという御礼の言葉を会長さんに伝えることは忘れません。
「昨日は世話になった。あの色紙は家宝にするそうだぞ」
「へえ…。そう言われると嬉しいね」
たかが筆ペンで書いたのに、と会長さんが笑っているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。キース君の前には好物のコーヒーの代わりに梅干し入りの熱くて濃いお茶。二日酔いに効くのだそうで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が淹れたのでした。
「とにかく卒業おめでとう。…坊主頭の期間が再延長になったようだけど」
「ああなるとは予想もしなかったからな…。分かっていたなら適当に手を抜いて首席は回避したんだが」
「そうかな? 君は首席で卒業でないと納得しないと思うけど?」
坊主頭が待っていてもね、と会長さんが鋭く指摘すると、キース君は「確かにな」と苦笑いをして。
「損な性分だとは思うんだが……こればっかりはどうしようもない。坊主頭を演出したばかりに、親父がやたらとうるさいんだ。ついでだから春のお彼岸までは坊主頭にしておけ、とな」
「再延長はお彼岸までだってキッチリ言わなきゃ引き摺るよ? 檀家さんの法事が控えているからとか少しずつ延長されてる間にお盆が迫ってくるからねえ…。お盆まで坊主頭で行ってしまったら後が無いかと」
「……分かっている。親父には悪いが、あんたにも何度も説得して貰ったんだし、俺は長髪でやらせて貰うさ。…当分はカツラってことになるがな」
そう簡単には伸ばせないし、と溜息をつくキース君。道場入りの時に剃り上げたように見せかけていた髪を不自然に見えないように誤魔化しながら3センチくらいまで伸ばせたと思った所で今回の悲劇。お彼岸まで再延長を食らったってことは三月末まで坊主頭のふりをしなくちゃいけないわけで…。
「つくづくサイオニック・ドリームに感謝だな。あんたが助けてくれなかったら俺は今頃は正真正銘の坊主頭で、心底情けない思いをしていたという気がするし…。サイオン・バーストと、カツラをプレゼントしてくれたという嘘と、両方に改めて礼を言う」
ありがとう、とキース君は会長さんに深く頭を下げました。
「それに俺が元老寺を継ぐ気になったのも、元はと言えばあんたのお蔭だ。あんたが俺の家に緋の衣を持って遊びに来たから俺の負けん気に火が点いた。俺も親父もおふくろも、あんたに足を向けては寝られん」
「寝てるじゃないか」
会長さんがニヤリと笑って。
「元老寺の君の寝室と、ぼくのベッドとの位置関係。…足はキッチリぼくの頭を蹴飛ばせる方向にあると思うな」
「…そ、それは…。それは言葉の綾ってヤツで! 俺の布団は昔から…」
わざとやってるわけじゃない、と焦りまくっているキース君。この調子では副住職に就任しても会長さんに頭が上がらないのでしょう。そもそも伝説の高僧である会長さんにかかれば、総本山である璃慕恩院ですら勝手知ったる他人の家といった扱いですけど…。
「ああ、そうだ。キース、君が副住職に就任する時はもちろん招待してくれるよね? ぼくとぶるぅは確実に呼んで貰えると信じているし、サムとジョミーも将来のことを考えるなら招待しといて損は無い。他の子たちも長い年月を一緒に生きる仲間だ、人生の節目には呼んでおくべきだよ」
大いに期待しているから、と会長さんはキッチリ根回ししています。キース君もあれこれ御礼を言った直後だけあって、断れそうな展開ではなく…。
「分かった。本山の許可が下りるのがいつになるかは分からんが…これも御仏縁というものだろう。あんたに出会えたからこそ今の俺がいる。三年間……いや、此処に入学してからだと四年近くか。本当に世話になった」
これから先もよろしく頼む、と言うキース君の瞳が見ているものは会長さんのもう一つの姿、銀青様かもしれません。住職の資格を取って、大学も出て、目指すは元老寺の副住職。シャングリラ学園特別生の方は卒業予定はありませんけど、キース君、大学卒業おめでとう!



シャングリラ学園名物のバレンタインデーは今年も無事に終了しました。会長さんは女子生徒たちから山のようなチョコを貰って大満足でしたし、ジョミー君たちもそれなりに…。この学校では「バレンタインデーにチョコをやり取りしない生徒は礼法室で説教」な上に反省文の提出もあるので、ある意味、恐ろしいイベントです。「貰えなかったらどうしよう」と心配な男子のために『友チョコ保険』なんかもあったりして…。
「ジョミーたちは今年も友チョコ保険に入ったんだね」
会長さんがクスクスと笑っているのはバレンタインデーの翌日の放課後。
「もっと自信を持ちたまえ。毎年、ちゃんと貰えてるのに…」
「でも! 万一ってことだってあるし、入っておかないと心配だよ」
ブルーと違って、とジョミー君が言えば他の男子もコクコク真面目に頷いています。
「万一の場合ねえ…。確かに保険は必要だ。…ぼくが教頭室へ行く時は君たちを連れて行くのも保険だし。ハーレイがトチ狂ったら何かと危ない」
「「「………」」」
何を今更、と私たちは溜息をつきました。会長さんときたら、教頭先生に手作り下着をプレゼントしてしまったのです。それもキッチリ予告付きで! 昨日の放課後、『見えないギャラリー』として「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒にシールドに入ってくっついて行った私たちが見たのは期待に満ちた教頭先生。しかし…。
「まあ、ハーレイの場合はヘタレだからねえ、トチ狂う以前の問題か…。もっと喜んでくれてもいいのにさ」
「…明らかに遊ばれていると分かっているのに、喜ぶヤツはいないと思うが?」
冷静に指摘したのはキース君です。
「何がその場で試着しろ、だ! 教頭先生もお気の毒に…」
「いいじゃないか、ぼくしか見ていないんだから! ヘタレでないなら、あの下着でも自分をアピール出来そうだけど? 腰巻は無理でもTバックならね。なのに勘弁してくれだなんて…」
せっかく心をこめて作ったのに、と不満そうな会長さん。
「見たかったなぁ、ショッキングピンクのTバック! あれからサイオンで覗き見したけど、家でも履いてはくれなかったし…。もったいない」
会長さんはブツブツ言っていますが、私たちはホッとしたというのが正直なところ。教頭先生のTバック姿は人魚の尻尾を装着する時に見ていますけど、あれは紫のヤツでした。今度のはショッキングピンクな上にレースとフリルもたっぷりでしたし、見ずに済むならその方がいいに決まっています。
「あーあ、バレンタインデーは空振りかあ…。これじゃホワイトデーも期待出来そうにないし、卒業式にでも集中するかな」
「「「は?」」」
卒業式がどうかしましたか? 首を傾げる私たちに向かって会長さんは。
「一年経ったらもう忘れちゃった? 卒業式と言えば記念製作に決まってるだろう」
「「「あ…」」」
綺麗サッパリ忘れてましたよ、卒業式前に何があるのか! シャングリラ学園の卒業式では校長先生の大きな銅像が変身するのがお約束です。以前は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が独占していたみたいですけど、去年から私たちが請け負うことになっていて…。
「今年もシロエの腕に期待してるよ。パーッと派手にやりたいんだよね」
見た目は地味かもしれないけれど、とニッコリ微笑む会長さんの頭の中には既にプランがあるようです。見た目は地味でもパーッと派手に…って、いったい何をやらかすつもり…?

「……これって……」
「思いっ切り無理がありすぎるんじゃあ……」
ポカンとしている私たちの前にはテレビ画面がありました。普段は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でテレビなんかは見ていません。大型テレビが置いてあるのは事実ですけど、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が退屈しのぎに見るものらしくて、私たちが遊びに訪れる時は消されています。そのテレビに映像が流れていて…。
「なかなか素敵だと思うんだけど? じゃあ、もう一回」
録画してあった映像を何度も繰り返し再生されて、私たちは会長さんの本気をヒシヒシと感じていました。
「いいかい、今年は褌が旬なんだよ。かるた大会の初っ切りでハーレイたちが見せた力士姿といい、バレンタインデーの黒猫褌といい…。そして決め手は相撲だね。初っ切りも、ブルーが喚き立ててた四十八手も相撲関連! だったらやるしかないだろう?」
「そ、それはそうかもしれませんけど…」
本気ですか? とシロエ君が会長さんの方を振り返って。
「見た目は地味でもパーッと派手に、ってことは……動かさないと駄目なんじゃあ…」
「決まってるじゃないか。像を動かせとは言わないけどね、この動きは取り入れて欲しいんだ」
もう一回、と再生された映像の中では化粧回しを締めた力士が土俵の上に立ち、右手に弓を握ってクルンクルンと回しています。相撲中継の締めでお馴染みの弓取り式というヤツらしいですが、こんなのをどう取り入れろと? 銅像は全身像ではありますけれど、手足が動く筈もなく…。
「どう考えても無理ですよ!」
シロエ君が降参しました。
「会長のサイオンを使うんだったら別ですけども、サイオニック・ドリーム以外の手段でコレは無理です。ぼく、今年は下りさせて頂きます」
「おやおや、君らしくもないことを言うねえ…。要は弓をクルンクルンと回してくれればいいんだよ。それとセットで目からビームとか、ちょこっと花火でも出来ればいいなぁ…と」
「絵になりませんっ!」
あの銅像は細身すぎます、とシロエ君。
「バランスとかが悪すぎますよ。弓を回せばいいと言われても、見た目の方も重要ですから! やるからには完璧な仕事をしたいんです。ですから今年は会長が…」
「却下」
もう君たちに任せたんだ、と会長さんは涼しい顔。
「銅像が細身な件は頑張ればどうとでもなるだろう? そもそもスーツを着ている像を力士姿にしようって段階で方法は着ぐるみもどきしか無い筈だ。その過程で体型の方も補正していけば問題ないよ。頭ももちろん、大銀杏でね」
「「「………」」」
えらいことになった、と私たちは顔を見合わせました。着ぐるみと言えば去年シロエ君が作ったモビルスーツもそうでしたけど、力士となると誤魔化しがまるで効きません。出来るだけ継ぎ目とかが目立たないようにしないと変になりますし、おまけに弓をクルンクルン……ですか?
「力士が嫌なら越中褌でもいいけれど? 前に見せてたカタログみたいに煽り文句を書いた幟を隣に添えるだけだから。…そう、『男は黙って越中ふんどし!』っていうアレさ。ただしセンスを疑われるのは間違いないね」
誰がやったかはバレないけれど、と会長さんは笑っていますが、銅像を変身させるのが私たちの仕事なことを知っている人たちが確実にいます。それは数学同好会のパスカル先輩たちで、もしかしたら今はアルトちゃんとrちゃんだって知っているかも…。
「………。褌は必須なんですか?」
シロエ君がハアと溜息をつくと、会長さんは「もちろんさ」と即答でした。
「こういうのはね、インスピレーションが大事なんだよ。閃きで勝負と言ってもいいかな? だから今年は弓取り式! 出来ないんだったら越中褌!」
「分かりましたよ…。弓取り式で頑張ってみます。誰もがアッと驚くような力士に仕上げてみせますとも! アンコ型にしたら腕がめり込んでしまいますから、もちろんソップ型ですよね」
拳をグッと握り締めているシロエ君ですが、アンコ型とかソップ型って何でしょう? 聞いたような気はするんですけど…。悩んでいると会長さんが。
「ああ、知らない? ソップ型っていうのは力士の体型。細身の力士がソップ型でね、太っているのがアンコ型なんだ。…というわけで、今年の卒業式にはソップ型! シロエ、楽しみにしているよ」
「はい! でも、それが限界ですからね」
あんまり無茶は言わないで下さい、と念を押してからシロエ君は弓取り式の映像をもう一度再生しました。更に二度、三度と見てから手帳に何やら書き入れて…。
「この映像を資料にお借りします。それと去年に借りた張りぼての方もお願いします」
張りぼてというのは校長先生の銅像の等身大のヤツで、変身用のアイテムなどをそれに装着させてテストするのでした。会長さんは満足そうにオッケーを出し、シロエ君は今夜から早速アイデアの実現に向けて作業を開始するそうです。私たちは卒業式前夜の変身だけしか手伝えませんけど、シロエ君、卒業制作、頑張って~!

そして三学期の期末試験がやって来ました。試験開始の前日には1年A組の教室の後ろに会長さんの机が増えて、今年度最後の試験に向けてクラスメイトの期待が高まります。なんと言っても会長さんには「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーがついてますから、一緒に試験を受けて貰えばクラス全員が満点に間違いないわけで…。
「会長、よろしくお願いします!」
「そるじゃぁ・ぶるぅに差し入れです!」
ワイワイと会長さんの机を囲んだクラスメイトたちは口々にお願いしたり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が気に入りそうなお菓子なんかを渡したり。会長さんは「来年からは自分で頑張るんだよ」と釘を刺しつつも、まんざらではない様子です。この調子ではまた来年度も私たちのクラスに来るんでしょうねえ…。
試験期間は五日間。これが終われば特別生には登校義務が無くなります。元々、出席の有無は問われませんけど、建前上は「出席するのが望ましい」とされているのが三学期の期末試験まで。とはいえ、私たちは去年、暇を持て余して期末試験の後も真面目に登校しちゃったわけですけども…。
「やったー、自由だ!!!」
「終わったぞー!」
クラスメイトの大歓声が響き渡ったのは五日間の試験と終礼が終わった後でした。グレイブ先生が「羽目を外さないように」と言っていたのをサラッと無視して、誰もが打ち上げに飛び出してゆきます。それは私たち七人グループにしたって同じことで…。
「かみお~ん♪ 試験、お疲れ様! やっと終わったね!」
元気一杯に迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は試験期間中の放課後、毎日の昼食と午後のおやつを頑張って作ってくれていました。試験は午前中で終了ですから、お昼御飯が要るわけです。今日も美味しそうな匂いがしていて、スープとマカロニグラタンが…。あれ? マカロニに何か詰まってる?
「フォアグラとトリュフをペーストにして詰めたんだよ。ブルーがね、最後の試験が済んだんだから、ちょっと贅沢しちゃおうか…って」
「「「えぇっ!?」」」
フォアグラとトリュフだなんて、そんな高級食材をマカロニの中に詰めたんですか? でもって普通にホワイトソースとチーズをかけてオーブンで焼いてしまったと…? 確かに濃厚な味わいで美味しいですけど…。
「いいんだよ、スポンサーはハーレイだから」
ペロリと舌を出す会長さんに、私たちは「またか…」と頭を抱えました。試験の打ち上げパーティーの資金を教頭先生から毟り取るのは会長さんの生甲斐の一つ。とうとうパーティーに出掛ける前の昼食代まで毟る方へと走りましたか! やっぱりバレンタインデーの手作り下着の恨みを引き摺ってるってことなのかな…?
「当然じゃないか、好意を無にされたんだから。ぼくの手縫いの下着なんだよ? 試着もしないなんて最低だってば!」
ぼくは静かに怒ってるんだ、と会長さん。教頭先生は打ち上げパーティーの費用を熨斗袋に入れて準備しているのですが、それに加えてフォアグラとトリュフのレシートを突き付けるそうで…。
「でもね、ハーレイも今回は損はしないんだよ。ほら、三学期の期末試験の打ち上げだけはハーレイも一緒に来ているだろう? 今日も招待するつもり。…招待と言っても自腹だけども、ぼくと会食できるチャンスだから大感激に決まっているさ、ハーレイだもの」
「「「………」」」
またまた嫌な予感がしてきました。贅沢食材の代金を支払わせたくらいで会長さんの怒りが鎮まるでしょうか? 教頭先生、打ち上げパーティーに引っ張り出されて散々な目に遭わされなければいいんですけど…。
私たちのそんな心配を他所に、会長さんは夕方近くまで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でのんびりまったり。いつものようにおやつを食べて寛いでいる内に教頭先生のことはウッカリ忘れてしまった頃。
「そろそろいいかな? スポンサーの所に行こうよ、それから焼肉パーティーだ!」
三学期の打ち上げはあのお店、と会長さんが言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もニコニコ笑顔で「個室を予約してあるからね!」と御機嫌です。花街、パルテノンの一角にある高級焼肉店を目指していざ出発……じゃなかった、その前に教頭室ですか…?

邪魔な鞄は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で家に送ってくれ、私たちは揃って教頭室へ。中庭を抜け、本館に入って、重厚な扉を会長さんがノックして…。
「失礼します」
カチャリと扉を開けると教頭先生が書類から顔を上げました。
「来たか。…いつものヤツなら用意してあるぞ」
机の引き出しから取り出したのは熨斗袋です。
「今年度の試験はこれで終わりだからな、多めに用意しておいた。好きなだけ楽しんでくるといい。足りなかったら私の名前でツケにしておけ」
「ありがとう、ハーレイ。いつも悪いね」
悪いだなんて思っていないくせに、会長さんは綺麗な笑みを浮かべています。教頭先生はその笑顔だけで充分らしく頬がほんのり赤いんですけど、会長さんの方はと言えば熨斗袋を開けて中身のお札を数えていたり…。
「うん、打ち上げパーティーの費用としては、そこそこいい線いってるかな? でも、前祝いでお昼御飯を張り込んじゃって、そっちのお金も欲しいんだけど…」
「なんだと? 昼も外食だったのか?」
「ううん、ぶるぅの手作りだよ。だから材料費だけでいいんだ」
これ、と会長さんが渡したレシートを見た教頭先生の目がギョッと見開かれて。
「…お、おい……。これが材料費か? 一桁間違っているような気がするのだが…」
「高級品だとそんなものだよ。トリュフとフォアグラ、どっちも本場の輸入物! その辺で売ってるヤツとは違うんだ。…キャビアが入ってないだけマシだと思えば?」
「お、お前たち、いったいどんな昼飯を…」
「えっ? ごくごく普通にマカロニグラタン。トリュフとフォアグラはマカロニに詰めた」
美味しかったよ、と答える会長さんに、教頭先生は眉間の皺を揉みながら。
「食ってしまったものは仕方ないな。次から少し控えてくれると嬉しいのだが…」
そう言いつつも財布を出して支払う所は太っ腹です。会長さんに惚れているだけに、何でも許せてしまうのでしょう。お金を受け取った会長さんは…。
「気前の良さは相変わらずだね。…その心意気に免じて、ってわけでもないけれど…今日は一緒に出掛けないかい? 三学期の打ち上げパーティーは君が来ないと張り合いがない。この子たちが来てからは毎年みんなで行ってるじゃないか」
「あ、ああ…。そう言われればそうなのだが…」
いいのか? と尋ねる教頭先生に、会長さんはコクリと大きく頷いて。
「予約も入れてあるんだよ。スポンサーを囲む会っていうのも年に一度は必要だよね」
さあ、と教頭先生の腕を引っ張る会長さん。教頭先生が参加しての打ち上げパーティーは騒ぎになったこともありましたけど、去年は平穏無事でした。そのせいか、教頭先生もさほど悩むということはなくて…。
「誘って貰って悪い気はせんな。…少し待っていてくれ、この書類のチェックを終えたら出掛けるとしよう」
残りは明日に回すことにする、と教頭先生は羽ペンを手にして仕事を片付け始めました。線を引いたり、サインをしたりと実に素晴らしいスピードです。キリのいい所で書類を揃えて引き出しに入れ、鍵をかけて厳重に保管して…。
「よし。出掛けるか」
「車は家に送った方がいいよね? もちろん飲むだろ?」
任せといて、と会長さん。教頭先生の愛車を教職員用の駐車場から自宅のガレージへと瞬間移動させたようです。いよいよ打ち上げパーティーですよ~!

高級焼肉店での時間は和やかに過ぎてゆきました。広い個室で高いお肉を頼みまくって、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」と教頭先生はお酒も飲んで…。いい感じに盛り上がってきた頃、会長さんが。
「そろそろ座興が欲しいかな? ハーレイ、披露して欲しいんだけど」
「………。何をだ?」
教頭先生の顔から笑顔が消えて警戒感が滲んでいます。会長さんはクスクスと笑い、空中に箱を取り出して。
「この箱に見覚えがあると思うけど? 要は一発芸なんだよ」
「そ、それは……その箱は……」
顔面蒼白の教頭先生。畳の上に置かれた箱には私たちも嫌というほど見覚えが…。それはバレンタインデーに会長さんが教頭先生に贈った箱。つまり中身は会長さんの手作り腰巻とTバックの下着というわけです。
「まずは腰巻から着けてみるのがいいと思うよ。でもって、腰巻をバスタオルの代わりにしといて、トランクスからTバックに履き替えるコースがお勧めかな。…ぼくはどうしても見たいんだってば、せっかく手作りしたんだからね」
「…いや、しかし…! そ、そのう……見ているのはお前だけではないし…」
「ぼくだけだったら履けるって? 大嘘つき! バレンタインデーに届けに行ったら嫌だと言って試着もせずに終わったよね? ハッキリ言ってぼくは傷ついたんだ」
本当に深く傷ついたんだ、と会長さん。
「ぼくを好きだと言っているのは口だけかなぁ、って。せっかく頑張って手作りしたのに、試着さえして貰えないなんて……君の気持ちはその程度かな、って。真面目に受け止めてバカだったかなとも思ったよ」
「け、決してそんなつもりでは…! 私はお前一筋で…!」
「そうかな? だったら履けると思うけど? 他に何人見ていようとも、どれほど笑い転げられようとも、ぼくが喜べば満足だろう? ……ぼくは試着をして欲しいんだ。この際、宴会芸でいいからさ」
期待してるよ、と会長さんはパチパチパチ…と拍手をして。
「ハーレイが芸をしやすいように手拍子を打ってくれるかな? ここの個室は防音の方も完璧だしね、ぼくと一緒にTバック・コール! はい、声もきちんと揃えてね」
「「「………」」」
どうしろと、と固まってしまった私たちにはお構いなしに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気な声を張り上げました。
「Tバック! Tバック!」
そっか、チューハイでいい気分になってるんでしたっけ…。声に合わせて手拍子を打ち、楽しげに踊りまくっています。そこに会長さんの声と手拍子が重なり、赤い瞳が私たちをギロリと睨み付け…。えーい、こうなった以上は最早やるしかないでしょう。せーのっ…。
「「「Tバック! Tバック!」」」
教頭先生、万事休す。まだサイオンで無理やり着替えさせられた方がマシだったかもしれません。衆人環視の中で恥ずかしさに耐えながらベルトを外してズボンを下ろし、今日はたまたま履いていたらしいステテコを脱いで紅白縞のトランクス一丁という格好に。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腰巻を渡し…。
「ぷぷっ…」
会長さんが吹き出しました。スーツ姿で下半身が腰巻だなんて、民族衣装みたいです。教頭先生には自分の姿が見えないというのが救いと言えば救いかも? けれど。
「「Tバック! Tバック!」」
容赦なく手を打ち続ける会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちも続けるしかなく、教頭先生が腰巻の下でゴソゴソとやって、パサリと落ちた紅白縞。その手に会長さんが例のTバックを握らせて……またゴソゴソ。教頭先生が覚悟を決めて腰巻を外すまでには長い時間がかかりました。外れた後には…。
「「「わはははははは!!!」」」
笑っちゃダメだと思っていても、笑わずにいられないこの破壊力。ジャストサイズとやらのショッキングピンクの手作りTバックは最高に似合っていませんでした。レースはともかく可愛いフリルが致命的です。教頭先生、バレンタインデーに試着しておけば良かったものを…。気の毒ですけど、もう笑うしかありませんです~!

会長さんが教頭先生にズボンとステテコを履く許可を出したのは涙が出るまで笑ってから。そう、ズボンとステテコの許可で紅白縞は含まれません。トレードマークの紅白縞は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で教頭先生の家へ飛ばしてしまったらしく、何処にも見当たらないのでした。
「この格好でズボンを履くのか…?」
「仕方ないだろ、その辺に落ちていないんだから。ぶるぅは気を利かせて君の家まで送ったようだし、好意を無にしちゃいけないよねえ…。なにしろ君がぼくの好意を無にした結果が今日の一発芸なんだよ?」
歴史を繰り返してもいいんだったら紅白縞を取り寄せさせるけど…、と会長さんに言われた教頭先生は震え上がって首を左右に振りました。紅白縞にこだわったばかりに更に大変なことになったら…、と思ったのでしょう。泣く泣くTバックの上にステテコを履き、ズボンを履いてベルトを締めて…。
「なんとも落ち着かない感じなのだが…」
「そう? 黒猫褌でも似たような履き心地じゃないかと思うけどなぁ。それにさ、そのTバックは正真正銘、ぼくの手作りなんだからね。君の下半身にはもったいなくて」
「うっ…」
教頭先生が短く呻いてポケットからティッシュを取り出しました。会長さんの手作り下着だという事実に考えが及んでいなかったようです。そこへ会長さんが懇切丁寧に手作りの過程を説明したからたまりません。教頭先生の鼻の血管はあえなくプッツリ切れてしまって…。
「す、すまん…。お前が作ってくれたと思っただけで……つい……」
「だったら素直にバレンタインデーに試着しとけば良かったのに。そしたら少しはぼくの心も動いたかもね? 今となってはホワイトデーしか頭の中には無いけどさ」
「ホワイトデー?」
「うん、ホワイトデー。ウチの学校では卒業式の三日前に繰り上げでやるよね、ホワイトデーを。去年はぼくがプレゼントをする方だった。今年はぼくが貰う立場だ」
手作り下着のお返しには心のこもった手作り品を! と会長さんはブチ上げました。ひょっとして手編みのセーターをもう一度…ですか? 会長さん、懲りていないんですか? 教頭先生も目を白黒とさせていますが…。
「ハーレイ、ぼくの欲しいものはねえ…」
会長さんは教頭先生だけに何やら思念を飛ばしたらしく、教頭先生がビクンとして。
「…わ、私にこれを作れと言うのか? 無理だ、絶対に無理だと思うが…!」
「ぼくが作ったのはTバックだよ? それも君のサイズに合わせて立体的に…だ。どのくらいの努力と忍耐が必要だったか分かりそうなものだけど? だから君にも努力してもらう」
頑張って、と微笑む会長さんと青ざめている教頭先生。会長さんがホワイトデーに欲しいものとは何なのでしょう? 問い詰めても会長さんには教えて貰えず、教頭先生も複雑な顔で答えないまま、パーティーはお開きになりました。帰りは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で家まで送ってくれることに決まって…。
「ありがとう、ハーレイ、楽しかったよ。ホワイトデーも期待しているからね」
お会計をする教頭先生の隣でウインクしている会長さん。卒業式まで賑やかなことになりそうですけど、ホワイトデーも卒業式での弓取り式も、今からとっても楽しみです~!



ソルジャーの腕をしっかり掴んで校内を駆け抜けてゆく会長さん。私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もシールドの中に入ったままで懸命に走り、生徒会室の壁をすり抜けて奥の部屋へと飛び込んで…。ゼイゼイと肩で息をしながら絨毯やソファに座っていると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が水を持ってきてくれました。流石、子供は元気です。
「大丈夫? えとえと、飲み物はコーヒー? それとも紅茶?」
「ぼくはココア。砂糖とミルクたっぷりでお願いするよ」
一番に口を開いたのはソルジャーでした。会長さんがキッと柳眉を吊り上げ、ソルジャーの顔を睨み付けて。
「ココアだって? 煎じ薬でもお釣りが来るよ。よくもハーレイのズボンなんかを…!」
「なかなかスリリングだっただろう? 君も少しはときめいたかな?」
「変態にしか見えないってば!」
あれじゃ痴漢で露出狂だ、と毒づいている会長さん。心臓に悪かったみたいですけど、それでもソルジャーの存在が他の人たちにバレないように、しっかりサイオンで誤魔化しながら校内を走っていたらしく…。
「だいたい君は迷惑なんだよ、今は大事な時期なのに! ハーレイの機嫌を損ねちゃったら試験問題は手に入らないし、そうなっていたらどう責任を取るつもりなのさ?」
「え? 盗み出したら終わりだろう? 金庫の中くらいチョロイものだよ」
そんなことより、とソルジャーは至極真面目な顔で。
「さっきのハーレイなんだけどね。あそこで褌を締めてないってことは、どういう時に褌なんだい?」
「ハーレイの褌は水泳限定! 基本は古式泳法を披露する時のコスチュームだけど、シャングリラ学園の水泳大会では締めていることが多いかな。けっこう女の子に人気があるんだ、男らしいということでさ」
「……男らしい…ねえ? つまり、やっぱり褌効果はあるってわけか」
更に何か言いかけるソルジャーを会長さんが片手で制して。
「シッ、静かに! 試験問題をゲット出来たらコピーを取らなきゃいけないんだ。リオが行っていいですか、と聞いてきたから渡してくる」
会長さんは試験問題が入った書類袋を抱えて壁の向こうの生徒会室へと出てゆきました。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が好みの飲み物を用意してくれ、シナモンを効かせたアップルケーキも…。ソルジャーのココアにはホイップクリームまで入っています。この厚遇っぷりは「そるじゃぁ・ぶるぅ」なりの気配りに違いありません。
「うん、美味しい! クリームなんか頼んでないのに気が利くねえ」
「ケーキもお代わりあるからね! それに今夜は御馳走するから、あんまりブルーを苛めないでよ」
「それとこれとは話が別!」
キッパリ言い切るソルジャーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がガックリと肩を落とした所へ会長さんが戻って来て。
「ぶるぅまで苛めているのかい? ぼくを痴漢に遭わせただけでは足りないって?」
「ハーレイの下着くらいは見慣れてるだろ! ぼくは真剣に気になってるんだ。褌には本当に効果があるのか、その辺がね。…こっちのハーレイの褌姿が女の子たちに人気があるなら、やっぱり締めると男らしくなれるというわけか…。だったらヘタレも直りそうなのに…」
深い吐息をつくソルジャー。
「ぼくのハーレイは何がダメだったというんだろう? せっかく褌を締めさせたのに、ヘタレ直しどころか逆なんだけど…」
普段の生活までヘタレになった、とソルジャーは顔を顰めました。
「ブリッジ勤務を抜け出す時まであるんだよ! 抜け出してぼくの所へ来るならいいけど、部屋に戻って褌の締め直しじゃねえ…。褌って解けやすいんだって?」
すぐ緩むらしい、と言うソルジャーに、私たちは顔を見合わせるばかり。褌って簡単に解けるものでしたっけ? 少なくとも教頭先生の六尺褌は、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンで外した時以外には解けたことがない筈ですが…?

ソルジャーがキャプテン用に買って帰ったのは六尺褌。下着売り場で貰った締め方の図解を参考にしてキッチリ締めたらしいのですけど、これがなかなか曲者で…。
「上手く締めないとアウターに響くし、それどころか勤務の途中で解けてくるし…。よっぽど気持ちが落ち着かないのか、ヘタレ具合がより酷くなった。神経性の腸炎じゃないかと疑ってるクルーもいるようだ。ブラウなんかは面と向かって「またトイレかい?」と言ってるしね」
「「「………」」」
それは酷い、と私たちも絶句しました。会長さんは額を押さえて頭痛を堪えているようでしたが…。
「ゆるフンって言葉があるんだよ。…君は知らないと思うけどさ」
「…ゆるフン?」
「そう、ゆるフン。フンというのは褌の略。そしてゆるフンの意味は、褌の締め方がゆるいこと。そこから転じて、心構えのいいかげんなこと、気持ちのたるんでいることをそう言うんだよ。ついでに、その状態にある人のことも指している。君のハーレイはまさにそれだね」
ヘタレたんならそうだろう、と会長さんは指摘しました。
「褌を締めて頑張るべき所が逆なんだったら、ゆるフンというのが相応しい。…つまり体質に合わなかったというわけだ。もう褌は諦めたまえ」
「嫌だ! そんな言葉を聞いてしまったら、余計に諦め切れないよ! 褌をギュッと締められたなら男らしくなるかもしれないんだろう? ぼくは絶対、諦めないから」
「でも、解けちゃうんだから諦めるしかないと思うけど? 締め方が悪いのかもしれないけどね」
あれは結構難しいらしい、と会長さん。
「締め方をハーレイの頭の中から失敬するというのもアリかな、諦めたくないと言うのなら。…サイオンで情報を盗み出すのは得意だろう? それを君のハーレイに叩き込んだら六尺褌もバッチリかも…」
「うーん…。それも手ではあるけど、こっちのハーレイのヘタレも一緒に貰っちゃいそうな気がするなぁ…。あ、そうだ!」
ソルジャーはポンと両手を打って。
「前に見せてもらったカタログ、褌が色々載っていたよね? 六尺でなくてもいいわけだ。…アウターに響かないヤツで、締め方も簡単な褌というのは無いのかな?」
「えっ? そりゃあ……無いことはないだろうけど…」
カタログじゃちょっと分からないよ、と会長さんが答え、キース君が。
「そういえば道場に来ていたヤツが手作り褌を締めてたな。気合を入れるために自分で縫ったとか、自分専用だからジャストフィットだとか、そういう話を…」
「へえ…。手作りなのかい?」
興味津々のソルジャーはキース君を真っ直ぐ見詰めて。
「その褌って六尺褌じゃなさそうだね。アレは一本の布だったし…。君が見たソレはアウターに響きそうだった? そうでもない?」
「道場では衣だったから、本当かどうかは知らないが……そいつが言うには普通のズボンでも大丈夫だという話だったな。紐を結ぶ場所を調節すればオッケーだとか」
「紐を結ぶ…。ということは六尺よりも簡単なのかな?」
「ああ。見た目はTバックに近いものがある」
上手く説明できないが…、と言うキース君の言葉を聞いたソルジャーは。
「ブルー、この前のカタログは? あれに載ってるヤツなのかも…。もう一度見せてよ」
「え? ま、まあ……いいけどね」
フッと空中にカタログが現れ、それをソルジャーがキース君の前に差し出して。
「君が言うヤツはどれなんだい? 載ってるかな?」
「………。確か名前を聞いてたような…。ビジュアル的にはこの辺なんだが……。そうだ、これだ!」
キース君が指差したのは六尺褌の胴に回す部分を一本の紐にしたような褌。そして名前は…。
「「「クロネコフンドシ…?」」」
なんですか、この宅配便みたいな変な名前は? けれどカタログには『黒猫褌』としっかり書かれています。ソルジャーは嬉々とした表情でキース君に。
「ありがとう、黒猫褌と言うんだね? これでハーレイにジャストフィットの褌を作るのも夢じゃない。…で、どうやって作るんだって? これには載ってないようだけど…」
君は当然知ってるだろう、と訊かれたキース君は「申し訳ない」と頭を下げて。
「すまん。俺は興味が無かったもので…作り方までは聞いてないんだ」
「聞いてない!? じゃあ、その人にメールか電話で…」
「アドレスも交換しなかった。個人情報についてはうるさいからなぁ、名簿にも多分、名前しか無い」
「き、君ってヤツは…」
ワナワナと震えたソルジャーはキース君を怒鳴りつけ、「使えないヤツ!」と掴みかからんばかりです。キース君、迂闊なことを言ったばかりにソルジャーに締められてしまうのかな…?

黒猫褌の作り方を習ってこなかったキース君に対するソルジャーの怒りは激烈でした。罵倒されまくったキース君は泣く泣く会長さんに「パソコンを借りてもいいか?」と許可を貰ってカタカタと…。えっと、アドレス交換はしなかったんじゃあ? あれ? 使ってるのは検索エンジン?
「…よし。最初からこうすれば良かったんだな」
あったぞ、とキース君が示した画面には褌を締めた男性の写真と『黒猫褌の作り方』の文字が出ていました。
「型紙は此処をクリック、と…。ん…?」
表示されたのは一本の紐と、長四角の布が大小2枚。寸法などは載っていません。ソルジャーがキース君を押し退けるようにして画面を眺め、「なるほどねえ…」と頷いて。
「そうか、寸法は実際に測ってみろと書いてある。立体的に仕上げるから、何パターンかを試作してから更にベストなサイズを目指す…、と。つまりハーレイのサイズを測らなきゃいけないわけだ」
それからソルジャーは少し考え込んでいましたが…。
「そうだ、今年のバレンタインデーのプレゼントは手作りの黒猫褌にしよう! もちろん協力してくれるよねえ、ぼくは縫い物が得意じゃないから」
嬉しそうに宣言したソルジャーに、会長さんがすかさず突っ込みました。
「ぶるぅは貸してあげないからね! 去年のバレンタインデーにハーレイから手編みのセーターをプレゼントされた恨みは忘れてないんだ。あれは君がハーレイをそそのかしたせいで、お蔭でぼくは酷い目に…」
「大丈夫。ぶるぅに縫って貰おうなんて思ってないから! 縫い方の指導をお願い出来ればそれで充分。ここに書いてある意味がぼくにはイマイチ分かってないし…」
難しそうだ、と画面を覗き込むソルジャーの横から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「どれどれ?」と可愛い指で文字をなぞって…。
「これならブルーでも縫えると思うよ? 花嫁修業に来ていた時に直線縫いは教えたでしょ? 基本はそれだし、後は返し縫いをしっかりすれば…」
「ありがとう、ぶるぅ。君はホントにいい子だよね。…それと、こっちのハーレイの協力が要るな」
「「ハーレイ?」」
「「「教頭先生!?」」」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それに私たちの声が重なりました。いったい何を協力させると…? ソルジャーは人差し指を立て、「決まってるじゃないか」とニヤリと笑って。
「バレンタインデーのプレゼントだよ? サプライズでなきゃ意味がない。それまでは六尺褌で頑張らせておいて、ジャストフィットな手作り褌をプレゼント! これで褌を締めてかかれなければ男じゃないね」
バレンタインデーには緊褌一番、四十八手の仕切り直し! とソルジャーは思い切り燃えています。ちょ、ちょっと待って。サプライズなのにジャストフィットな褌プレゼントで、教頭先生の協力が要るって、まさか…。
「そのまさかさ」
きっとこっちのハーレイも喜ぶよ、とソルジャーは自信満々でした。
「外見も服のサイズも、こっちのハーレイとぼくのハーレイは全く同じだ。だから採寸はこっちの世界のハーレイで! お願いしたいのは褌モデルさ」
「「「!!!」」」
えらいことになった、と誰もが声も出ませんでしたが、ソルジャーは一人ウキウキと。
「試験期間中はハーレイも色々と忙しそうだし、終わった頃にまた来るよ。そしたら褌モデルをお願いするのに付き添いと口添えの方をよろしく」
じゃあね、と軽く右手を振ってソルジャーは帰ってしまいました。…褌モデルって……教頭先生で採寸だなんて、教頭先生、それこそ鼻血で失血死では…?
 


「よりにもよって手作り褌ときたよ…」
どうしよう、と大きな溜息を吐き出したのは会長さんです。入試が終わったらソルジャーが来るのは確実でした。手作り褌の縫い方を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が指導するのは許せるとしても、問題は褌モデルの方。教頭先生で採寸しないとジャストサイズの黒猫褌は作れないわけで…。
「ハーレイに褌モデルが務まるのかな? しかもブルーのあの口ぶりだと、本当にジャストフィットなヤツを求めて何度も採寸しそうだし…。あんな所を採寸だなんて、ハーレイ、絶対鼻血だってば」
「プロ根性でなんとかならないのか?」
キース君が提案しました。
「あんた、今でも教頭先生に全身エステをやらせてるだろう? 確かエステをやってる間はプロのエステティシャンに徹しているから鼻血は出ないと言っていたな? その要領で今度もなんとか…。どう転んでも褌モデルは避けられそうにないだろう?」
「それってどんなプロなのさ? 褌モデルなんて聞いたこともないよ」
プロ根性を持った相手が見つからない、と会長さん。
「本物のモデルはポージングするだけだしねえ…。褌カタログのモデルも同じだ。…触られることなんか想定してない。そしてブルーは百パーセント、アヤシイ動きを見せると思う」
「「「………」」」
「わざと触るとか、撫でるとか。…そういう接触にも冷静に対処できるプロって人種に心当たりが無くはないけれど…。そんなプロ根性をハーレイに仕込んじゃったら今度はぼくが危ないんだ」
え? それってどういうプロ? 首を傾げる私たちに、会長さんは「言葉くらいなら通じるか…」とボソリと小さく呟いてから。
「アダルトメディアの男優だったら何をされても平気だろうね。でもハーレイをそんなプロには出来ないだろう?」
げげっ、アダルト男優ですか! 確かに意味は分かります。その職業なら大抵のことは平然と流していられるでしょうが、教頭先生がそんなもののプロになってしまったら…。
「ね、分かるだろう? ヘタレが直るどころの騒ぎじゃないんだ。プロ根性でもってぼくを落とそうと頑張られたら、如何なぼくでも太刀打ちできない」
「…なるほどな…」
プロ根性は無理だったか、と遠い目になるキース君。会長さんは「そうなんだよ」と頷いて。
「だけど鼻血で倒れられたら、それはそれでブルーのいいオモチャだし…。採寸の間くらいは踏ん張れるように何か打つ手を考えないと。…ブルーがハーレイをオモチャにしたらロクなことにはならないんだ」
意識の下に変な情報を送り込むとか、と言われて私たちもピンと来ました。今までにソルジャーがやらかしたことといったら、教頭先生の頭の中に十八歳未満お断りな画像や映像をせっせとプレゼントすることで…。それはマズイ、と私たちは顔面蒼白です。
「ハーレイには鼻血を出して倒れることなく褌モデルをキッチリ務めて貰うしかない。プロ根性は使えないとして、他に何か…。あーあ、どうしてこの忙しい時期に頭の痛いことになるんだか…」
合格グッズの売上にだって響きそうだ、と会長さんは頭を抱えていました。べらぼうに高いグッズや試験問題を売り捌くには営業スマイルが必須ですけど、スマイルな気分じゃないみたいです。それでも当日になったら爽やかな笑顔を見せるんでしょうねえ…。

私たちの心配などにはお構いなしに時間は流れ、入試は終わってしまいました。入試の間は一般生徒も特別生もお休みですから、登校したのは合格グッズ販売をする会長さんとリオさん、フィシスさんだけ。売上の方は合格ストラップが値上げにも関わらず早々に完売、試験問題のコピーも完売。お騒がせグッズな『パンドラの箱』も好評だったということです。
「…だけど今年も注文を全部こなした人は出なかったねえ…」
注文3つ目くらいで挫折、と会長さん。パンドラの箱は普通のクーラーボックスですけど、蓋を開けると注文が書かれた紙が出てくる仕組みになっていました。その注文は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の欲望と言われ、注文を全てこなせば補欠合格の奇跡が起こるというのです。私がこれで合格した話は有名で…。
「みゆが最後の合格者っていう記録は今年も更新されなかったね」
銭湯の男湯、とジョミー君が言い、たちまち起こる大爆笑。私が買ったパンドラの箱から出てきた最後の注文は「この箱を銭湯の男湯の脱衣場に置いてね」というヤツでした。パパの帽子とコートで男装して出掛けた決死の努力は補欠合格で報われましたが、この時期になると必ず笑いの種になるのが玉に瑕かも…。
「やあ。今日もとっても楽しそうだね」
降ってわいた声に瞬時に凍りつくティータイム。紫のマントを翻してソルジャーが姿を現しました。もちろん此処は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。まさか早速やって来るとは…! せめて明日かと思っていたのに…。
「善は急げと言うだろう? バレンタインデーまでに仕上げるためには頑張って縫わなきゃいけないし…。ぼくは縫い物が苦手なんだよ」
改めて言われなくてもソルジャーが裁縫に向いていないのは周知の事実。教頭先生がギックリ腰になった時に「花嫁修業をするから」と押し掛けてきて、紅白縞のトランクスの綻びを繕うために「そるじゃぁ・ぶるぅ」が縫い物の指導をしたのですけど、直線縫いをマスターするのに一晩かかっていたような…。
「急いでやって来たわけだけど、ハーレイに褌モデルは頼めそうかな? 君たちも一緒にお願いをしてくれるんだよね? ダメなら一人で交渉に…」
「ちゃんと方法は考えてある!」
だから一人で突っ走るな、と会長さんが釘を刺しました。
「今からみんなで出掛けよう。…ただしブルーは行きも帰りもシールドの中! 教頭室でだけ出ることを許す。分かってるだろうけど、君の存在は…」
「秘密なんだよね、SD体制の存在が知れて皆が不安にならないように。…それはいいから、褌モデル! ぼくのハーレイは今日も褌が解けちゃったんだ。ゆるフンだっけか、とにかくヘタレ。胃痛持ちなのは有名だったけど、ついに腸まで弱くなったと噂になってる」
「「「………」」」
キャプテンは気の毒なことになってしまったみたいです。神経性の腸炎だという情けない噂が広まったようで、不名誉な噂を打ち消すためには解けにくい黒猫褌が必須。…ソルジャーが褌を断念すれば全て円満解決ですけど、そうするつもりは無いらしく…。
「バレンタインデーには黒猫褌! ぼくの手作りでジャストフィットで、おまけに解ける心配も無い。ハーレイにとっては良いことずくめのプレゼントだと思わないかい?」
緊褌一番、四十八手に再挑戦だ! とソルジャーは至極御機嫌です。しかし黒猫褌プレゼントには教頭先生の協力が…。会長さんはどんな方法を考案したというのでしょう? まさかサイオンで自由を奪って無理やり採寸……なんて強引な手段じゃないでしょうね…?

戦々恐々で出掛けて行った教頭室。会長さんが扉をノックし、「失礼します」と私たちを連れて中に入ると、ソルジャーがシールドを解きました。笑顔だった教頭先生の顔が引き攣り、不安そうな声で。
「なんだ、今頃? 試験問題のコピーに不備でもあったか…?」
「…ううん、そっちはバッチリだったよ。今日はそれとは別件で……バレンタインデーのことなんだけど」
「バレンタインデー?」
「うん。ブルーがあっちのハーレイにプレゼントをしたいらしくてねえ…。手作りにチャレンジするらしい。それで君の協力が必要なんだ」
会長さんはニッコリ笑って。
「ブルーが作りたいのはジャストフィットの下着なんだよ。君が採寸させてくれたら、ぼくも御礼に手作り下着をプレゼントしよう。…採寸するのはブルーだけどね」
「手作り下着? アンダーシャツか?」
「違うよ。…紅白縞の代わりになるヤツ」
「…!!!」
ウッと呻いて鼻を押さえる教頭先生。早くも鼻血の危機のようです。けれど会長さんは喉をクッと鳴らして。
「鼻血は禁止! ぶっ倒れるのも禁止だからね? ブルーがジャストサイズの黒猫褌を縫い上げるまでに一度も鼻血を出さなかったら、ぼくも下着をプレゼントする。だけど約束を守れなかったら、今後は紅白縞も無いから」
「な、なんだと?」
「聞こえなかった? 紅白縞も二度とあげないって言ってるんだよ。それが嫌なら早速モデルをして貰おうか。…ぶるぅ、ブルーに採寸の仕方を教えてあげて。今日はとりあえず服の上から」
「オッケー♪」
メジャーを取り出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャーに渡して測り方を教え、ソルジャーは教頭先生の胴回りを測り始めます。それをメモして、次に測るのは…。
「足、開いて」
測れないよ、とソルジャーが促し、心持ち足を開いた教頭先生のデリケートな場所からお尻にかけてをメジャーがくぐって、ソルジャーの手も。教頭先生は既に耳まで真っ赤でした。いつもだったら鼻血がツーッと出るパターンです。しかし…。
「ありがとう、ハーレイ。とりあえず今日はこれでおしまい」
出来上がったら試着をよろしく、とソルジャーが微笑みかけるまで教頭先生は耐え抜きました。会長さんからの手作り下着プレゼントという大きな飴玉。それに加えて紅白縞が貰えなくなるかもしれない、という厳しいムチが鼻血を止めたみたいです。確かに凄い名案ですけど、本当にこれでいいのかな…。
「ん? いいんだよ、鼻血を回避できればね」
手作り下着は楽勝だから、と教頭室の前の廊下でクスクスと笑う会長さん。
「ブルー、褌モデルは確保してあげたんだから頑張りたまえ。この先は君の努力次第だ」
まずは型紙作りから…、という一声でソルジャーの黒猫褌作りが始まりました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻って何パターンかの型紙を作り、今日はそこまで。明日から裁断と縫い物ですよ~!

四十八手を楽しむためには緊褌一番、と結論付けているソルジャーは褌作りに燃える日々。シャングリラ学園ではバレンタインデーを控えて温室にチョコレートの滝が現れ、華やいだ雰囲気が漂っています。そんな日々の合間を縫って教頭室を訪ねるソルジャーがやることと言えば…。
「今回のヤツはどうだろう? ちょっと頼むよ」
はい、と渡された真っ赤な黒猫褌の試作品を持って仮眠室に消える教頭先生。戻って来る時にはそれをTバックよろしくキリリと締めて、もちろん毛脛が丸出しで…。
「うーん、もうちょっと余裕がある方がいい? この辺とかキツイ感じがするよね」
パンパンだ、とソルジャーが触っているのは非常にデリケートな部分でしたが、教頭先生は鼻血をグッと堪えていました。頭の中では会長さんの手作り下着が踊っているに違いありません。そんな毎日が暫く続いて…。
「やった! これでサイズは完璧だよね」
バッチリ完成、とソルジャーが狂喜したのはバレンタインデーを二日後に控えた放課後のこと。教頭先生が締めた黒猫褌は今までにないフィット感で大事な所を覆っています。
「ハーレイ、協力に感謝するよ。後はコレに使った型紙で新しいのを縫い上げて…と。これでぼくのハーレイのヘタレも直る。バレンタインデーには四十八手に再チャレンジだ!」
「は?」
褌モデルで緊張していた教頭先生には四十八手は通じなかったようでした。任務終了でホッとしたのか、ソルジャーに「良かったですね」なんて声をかけてますし、まあ、その方が平和でいいかな…。

「ありがとう。君たちのお蔭で素晴らしいバレンタインデーになりそうだよ。当日までに何枚くらい縫えるかな? この型紙も大事にしなくちゃ。…ブルーもハーレイに素敵なヤツを贈ってあげて」
褌モデルを頑張ったしね、とニッコリ笑ってソルジャーは帰ってゆきました。会心の出来の黒猫褌で本当にヘタレが直るのかどうか、非常に怪しい気がしますけど。…それに会長さんも、バレンタインデーはどうする気なんだか…。教頭先生に手作り下着って、嘘八百で実はなんにも贈らないとか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったヤツを自作だと言って渡すとか…?
「ふふ、知りたい? ぼくも真面目に縫ったんだよ」
約束はきちんと守らなくちゃね、と会長さんが奥の部屋から「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持って来させたのは…。
「……確かに下着には間違いないが……」
洋服にはちょっと無理があり過ぎないか、とキース君が指摘し、ジョミー君が。
「だよねえ…。ぼくもズボンにこれは無理だよ」
法衣の時には使わされたけど、と呆れた顔で眺めるソレは腰巻でした。会長さんが真心をこめて縫い上げたと自慢するだけあって綺麗に縫い目が揃っていますが、教頭先生に使う機会は無さそうです。着物を着ればいいんでしょうけど、それでも肌に直接触れるというわけでなし…。
「期待は外れるものなんだよ」
あっちのハーレイは知らないけれど、と会長さんは涼しい顔。
「バレンタインデーには手作り下着をプレゼント! ハーレイは黒猫褌を貰えるものだと思い込んでる。それを言われたらコレを出すのさ」
見た目はそっくりさんだしね、と会長さんが取り出したのはショッキングピンクのレースで出来たTバック。これも手作りらしいのです。ソルジャーが採寸した数字は活用しなくちゃ、とニヤニヤしている会長さん。教頭先生、こんな下着をプレゼントされて幸せ気分になれるでしょうか?
「いいじゃないか、ブルーが作った褌と違って見返りは要求されないんだから。…バレンタインデーに四十八手を頑張らされたんじゃ本末転倒」
バレンタインデーは貰う日であってプレゼントをする日などではない、とキッパリ言い切る会長さん。教頭先生に試着をさせて楽しむつもりみたいです。気の毒な教頭先生、身体を張って会長さんに笑いをプレゼントですか…。バレンタインデーに乾杯!



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