シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
夏休みの初日、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に来ていました。もちろん予定を立てるためです。昨日に決めるつもりでしたが話がうっかり宿題免除アイテムの方に流れてしまい、仕切り直しということに。外はジリジリ暑いんですけど、クーラーの効いたお部屋は快適。
「今年も強化合宿は早めなんだね」
会長さんが手帳を眺めて言うとシロエ君が。
「これからはずっと早めになるんじゃないでしょうか。年々暑くなってきてますし、暑い盛りだと効率が落ちると教頭先生が仰ってます。合宿所にクーラーは無いですからね」
「なるほど。ハーレイのことだ、クーラーをつける予算を出すと言っても断るだろうな」
ああ見えて頑固な所があるし、と会長さんは笑っています。柔道部三人組は明後日から専用の合宿所入りが決まっていました。合宿期間は一週間。それが済んだら何処へ行くかをこれから相談するんですけど…。
「埋蔵金はもう御免だからな」
キース君がジョミー君を睨んでいます。
「確かに充実した夏ではあったが、埋蔵金掘りと言いつつその実態はレンコン掘りだ。ブルーは他にも埋蔵金の在り処を知っているんじゃないかと思うが、頼んだら何をやらされるか…。今度はレンコンでは済まない気がする」
「まあね。…めぼしいヤツは掘り尽くしたし、やめといた方がいいと思うよ」
ウインクしている会長さん。有名どころの埋蔵金は会長さんが掘ってしまってシャングリラ号の建造資金になったのでした。資金調達のために外国の遺跡も物色したのは春休みの旅行で分かりましたし、お宝探しは難しそうです。そんなロマンを追求するより、もっと普通の夏休みを…。
「今年も海に行きますか?」
マツカ君が別荘行きを提案してくれ、山の別荘も使っていいと言ってくれたので大歓声が上がりました。好きな時に好きなだけ滞在できて、行き帰りの手配もいつでもOK。これを使わない手はありません。大船に乗った気持ちになった私たちは特に予定を立てることもなく、強化合宿が終わった後の気分任せで夏を過ごそうと意見が一致。
「じゃあ、合宿が済んでから一日おいて此処に集合。それから何処へ行くのか決めよう」
会長さんの言葉に全員が頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が特製チャーハンを運んできます。食べ終えるとアイスの春巻きが出てきて、誰もがすっかりリラックス。
「夏休みってやっぱりいいねえ…」
のんびりするし、とジョミー君が大きく伸びをして。
「キースたちが合宿に行ってる間にサッカー部に行ってこようかな? あっちは合宿もっと後だし、練習に混ぜてもらって久しぶりにサッカー三昧!」
ジョミー君はサッカー部に時々出入りしているのでした。諸事情あって入れなかったクラブですから未練は今も一杯です。ところが…。
「君の予定は決まってるけど? そうだよね、サム?」
横槍を入れた会長さんが自分の手帳を取り出して。
「えーっと…。柔道部の合宿期間中はサムとジョミーは璃慕恩院だ」
「璃慕恩院!? 何それ!? そんなの全然聞いてないよ!」
寝耳に水のジョミー君が大騒ぎするのとは対照的にサム君の方は落ち着いたもの。
「いいじゃないかよ。俺だって今朝、聞いたんだ。…ブルーの家に阿弥陀様を拝みに行ったら、申し込んだよって言われてさあ…。ほら、去年も俺たち、行ったじゃないか」
「あの合宿? 今年もお寺に二泊三日も…?」
「今度は特別コースらしいぜ。ブルーが手配してくれたから、二泊三日のコースを三回連続で受けられるってさ。結団式とかは関係なくて、修行の部分を集中的に」
「……嘘……」
呆然とするジョミー君ですが、会長さんは容赦しませんでした。
「テラズ様のことを忘れたのかい? 君を立派なお坊さんにしたい一心で綺麗に成仏して行ったのに、君がそれでは浮かばれないねえ…。サムと一緒に修行してきたまえ、老師にお願いしておいたから。参加者が入れ替わる時の無駄な時間も有効に使ってくれるってさ」
本山のお坊さんたちと一緒に読経とか、と澄ました顔の会長さん。サム君は会長さんにベタ惚れですから二つ返事で修行決定、ジョミー君も逃げ切れる筈があるわけなくて…。
「…なんでこういうことになるのさ…」
「そう言うなって」
膨れっ面のジョミー君の肩を叩いたのはキース君。
「お前には猫に小判ってヤツだが、素人が本山で一週間も修行できるなんて特例だぞ? せっかくのコネだ、仏の道に親しんでこい。俺も今年こそ教頭先生から一本取ろうと思ってるしな。一週間の間、頑張ろうぜ」
「…絶対何か間違ってるよ。修行するならキースの方だろ…」
ジョミー君の嘆き節は会長さんに無視されました。こうして柔道部三人組は強化合宿、ジョミー君とサム君は璃慕恩院で修行。スウェナちゃんと私はその間は好きに過ごすということで…さあ夏休みスタートですよ!
去年の夏は会長さんがジョミー君たちの修行を覗き見しに連れて行ってくれましたけど、今年はそういう気配もなくて…代わりに何度か呼び出されたのはフィシスさんとのお出かけです。デートのお供というわけではなく、会長さんが私たち女性陣に尽くしてくれる素敵な時間。プールに行ったり遠出をしたりと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大満足。そんなこんなで日は過ぎて…。
「…ただいまぁ…」
疲れ果てた顔でジョミー君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ってきました。一昨日まで璃慕恩院で修行三昧していたせいか、ゲッソリやつれた感じがします。同じ修行に勤しんできたサム君は普段どおりですけど。
「ジョミーの奴、諦めが悪いんだ。一週間くらい我慢すりゃいいのに、おやつを探しに歩き回って捕まったりさ」
「だって! ホントにお腹が空くんだよ。飢え死にしそうだったんだよ~」
「そんなわけないだろ! お前、体重、減ったのかよ?」
「…減ってない…」
シュンと項垂れるジョミー君。精進料理を一週間も続けていれば食べ盛りには辛そうですが、カロリーは足りていたようです。やつれて見えるのは精神的なストレスかな? サム君と違って仏道修行に全く興味がありませんから。続いて柔道部三人組が姿を現し、こちらはいつにも増して精悍な顔。
「帰ってきたぞ。…なんだ、ジョミーはへばってるのか?」
だらしないな、とキース君がからかうと会長さんが。
「あんまり苛めないで欲しいんだけど。やる気を失くされると困るしね…。それよりも君はどうなんだい? 秋の道場入りには間に合いそうかい?」
「………」
キース君は沈黙しました。秋の道場入りといえば五分刈りが必須だと聞く三週間の修行です。サイオニック・ドリームが上手く扱えなかった場合は道場入りを断念するか、諦めて五分刈りを受け入れるか。お父さんのアドス和尚の期待が大きいキース君だけに、道場入りは避けられそうもないのでした。
「やっぱり全然駄目だとか?」
会長さんが尋ねます。
「夏休み中に何とかするとか言っていたけど、まだ5分ちょっとしか持たないままとか?」
「……5分半だ」
「三十秒くらい誤差の範囲さ。要するに5分が限界、と。修行期間は三週間。これはいよいよ駄目かもねえ…」
可哀想に、と会長さんは大袈裟に首を振りました。
「君のお父さんのことだ、どうせ切るなら五分刈りなんて未練がましいことを言わずにスッパリ行けとか言うんだろう? 一度剃ったらスッキリする、とか」
「…………」
「やっぱりねえ…。そうなると逃げるのは難しいか。サイオニック・ドリームが無理となったら剃るしか道は無いんじゃないかな。はっきり言わせてもらうけれども、今の時点で5分ってことは絶望的だよ」
「……絶望的……」
愕然とするキース君に会長さんは更に重ねて。
「うん、万に一つも望みは無いね。君の努力が足りなかったのか、致命的に素質が無いか。…そうそう、言うのを忘れてたけどタイプ・ブルーのジョミーと違って君の場合は素質に左右されるんだ。タイプ・イエローがタイプ・ブルーを凌ぐことがあるのは破壊だけだし」
「…なんだと…?」
「だから破壊能力しか優れた部分が無いんだってば、基本的に。その能力を他の方面にシフトさせることが出来ればサイオニック・ドリームもタイプ・ブルー並みに操れそうだと思ったけれど、素質がなかったみたいだねえ…」
残念でした、と微笑む会長さんですが、キース君の顔は真っ青でした。
「…お、俺が……俺が素質に欠けているだと…? 今までの努力は無駄だったと…?」
「無駄だったとは言ってないよ? 5分間も持てば上出来だ。ジョミーはタイプ・ブルーのくせに1分間も持たないし…。それだけ出来れば合格点さ」
「あんたなんかに合格点を貰っても…このままじゃ俺は坊主じゃないか!」
「えっ? 坊主なんだから問題ないだろ、住職の資格が無いだけで」
大丈夫だよ、と返す会長さんが『坊主』の意味をわざと間違えて言っているのは明らかでした。キース君は日頃の冷静さを完全に失い、握り締めた拳が震えています。
「…よくも……よくも人の努力を笑ってくれたな…! 俺が坊主を嫌がってるのを百も承知で坊主、坊主と言いやがって!」
「だって仕方がないじゃないか。君は坊主で休須なんだし」
げ。出ました、キース君の法名ってヤツが。キュースといえばキュウスで急須。会長さんがティーポットを指差し、私たちは一斉に吹き出しましたが…。
「俺がヤカンで悪かったな!」
ブワッと膨れ上がったキース君の思念。
「坊主の頭がヤカンハゲなのは職業病というヤツだ! ハゲるのだけは嫌なんだーっ!!!」
「…ちょ…」
落ち着いて、と言おうとしたのは誰だったのか。会長さんの青いサイオンとは全く違う金色に近い光がキース君の身体を包んで迸って…。
ドォォォン!!!
耳をつんざく爆発音が部屋を揺るがし、会長さんの青いサイオンを一瞬見たと思いましたが…気がつくとそこは生徒会室。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に繋がる壁際にあった大きな本棚が床に倒れて、放り出された本が散らばっています。いったい何が起こったのでしょう?
「…携帯電話も善し悪しだよね」
会長さんが壁の方を眺め、ポカンとしている私たちに。
「下がって。とにかく壁を開けとかないと…。5分もすれば消防車が来る」
「「「消防車?」」」
「爆発音を聞いただろう? 部活の生徒が通報したんだ。昔だったら校内の電話は限られてたから余裕ってヤツもあったんだけど、今回はそんな暇がない」
青い光がパァッと走ると壁の一部が音もなく倒れて本棚の上に重なりました。壁の向こうは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でしたが、居心地の良かったお部屋は無残な有様。テーブルもソファも吹っ飛んでしまい、奥のお部屋に続く扉も壊れています。窓のガラスは粉々に割れて外の景色が丸見えで…。
「ブルー!」
爆心地と思しき辺りに立っていたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ケガはしてないみたいですけど、ポロポロ涙を零しています。
「どうしよう、ブルー、壊れちゃったよう…。それにキースが…」
キース君が床に倒れていました。会長さんが守り損ねたのか、わざと放って逃げたのか。生徒会室に移動できずに爆風をモロに食らったのでしょう。
「違うよ、ぼくのせいじゃない。爆発はキースが起こしたんだ。でも、そんなことを普通の人に説明しても通じないしね…。ぶるぅ、お願いできるかい?」
会長さんが思念で飛ばした注文に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頷いて。
「分かった。…あ、もう来たよ」
バタバタと駆けつけてくる先生方やら野次馬やら。遠くでサイレンの音が響いています。気絶しているキース君を教頭先生が抱え上げて生徒会室に移した所で消防隊がやって来ました。火事が起こったわけではないので消火活動はしませんでしたが、非常線が張られて救急隊も駆けつけて…。
「ケガ人はその子だけですか?」
搬送します、と担架を運び込むのを断ったのは教頭先生。
「いや、巻き添えを食ったわけではないそうで…。たまたま表を通った所で爆発に遭ったらしいんです。ショックで気絶というヤツですが、校医で対応できますので」
「…しかし…」
「では、問い合わせて頂けますか? 搬送するなら此処になります」
名前が挙がったのはドクター・ノルディの病院でした。救急隊員が電話を入れて話した結果、救急車は空で帰って行くことに。キース君は保健室に運ばれ、診るのはヒルマン先生だとか。まりぃ先生がしょっちゅう代理をお願いするのも至極当然、ヒルマン先生は医師免許を持っていたのです。ケガ人問題が一段落すると原因究明が始まって…。
「君がお料理していたのかな?」
警察官の質問に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えました。
「えっと、えっとね…。コンロの火が上手く点かなくて…それでブルーを探してて…」
「ブルーというのは?」
「ぼくです。…すみません、ちょっと目を離したばかりに…」
「こちらは君の弟さん? 小さな子供が料理をしている真っ最中に部屋を出るとは…。ケガが無かったから良かったですが、下手すれば即死してましたよ」
部屋がこんなにメチャメチャでは…と怖い顔をする警察官。会長さんは平謝りに謝り、先生方も一緒に謝り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大泣きです。どうなるんだろう、と心配になってきた頃、黒塗りの車が校舎の脇に停まりました。アルテメシア警察本部の偉い人らしく、長老の先生方と何か話していましたが…。
『よし。これで一件落着』
会長さんから送られてきた思念のとおりに警察も消防も引き揚げていき、残されたのは野次馬の群れ。部活に来ていた一般生徒が生徒会室を覗き込んでいます。
「そるじゃぁ・ぶるぅの部屋っていうのが何処かにあるって言われてたけど、ここだったんだ…」
「俺はここだと思ってたぜ? 窓の数を数えてみたら生徒会室の辺りが変だったからな。でもなぁ……せっかく明るみに出ても吹っ飛んじまった後ではなあ…」
イマイチだぜ、と言いつつも写メを撮っている野次馬たち。その前ではさっきまで大泣きしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が笑顔でVサインを作っています。何が何だか分かりませんけど、私たちの溜まり場だったお部屋が使い物にならなくなったということだけは分かりました。謎の爆発と吹っ飛んだお部屋。とんでもないことになっちゃいましたよ~!
外部の人がいなくなって暫くしてから私たちは本館に連れて行かれました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒です。会議室の一つで待つように言われ、指示された椅子に座ったものの居心地の悪さは抜群で…。
「心配しなくても平気だってば。ぼくを誰だと思っているのさ」
会長さんは涼しい顔で「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお茶を注文しています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方も慣れた様子で戸棚を開けるとティーセットや紅茶の缶を取り出し、隅のキッチンでお湯を沸かしてコポコポと。
「はい、みんなの分も淹れたからね! もうすぐお菓子も来ると思うし」
「「「お菓子?」」」
「うん! ラウンジにケーキを色々注文してたよ」
カップを配る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。この状況でケーキだなんて、私たち、叱られるために呼ばれたんではないのでしょうか?
「叱られないよ? だってブルーはソルジャーだもん」
平気、平気…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお部屋が無残に壊れたというのに御機嫌です。さっきの大泣きは嘘泣きとしても、爆発直後は泣いてたんじゃあ…?
「えっとね、お部屋が壊れちゃったから泣いたんだけど、ブルーが元に戻るから…って。工事にしばらくかかるかもだけど、元通りに直して貰えるから、って。夏休みの間にはちゃんと終わるよって聞いたんだ♪」
なるほど。会長さんが思念波で連絡した内の一つがそれでしたか…。お料理なんかしていなかった「そるじゃぁ・ぶるぅ」に警察用の言い訳を教え込んだり、色々と伝達したようです。普段は隠されている「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋が丸見えになるよう境の壁を破壊したのも会長さんですし、工事し易くするためかな?
「それもある。でも一番の理由はね……普通の爆発事故に見せかけるためさ」
「「「普通の?」」」
私たちの声が重なりました。爆発の原因はまだ分かっていません。爆発と同時に生徒会室に飛ばされた理由も謎のままですし、あれは一体何だったのか…。
「…普通の爆発事故ではなかったんじゃ」
会議室の扉が開いて入ってきたのはゼル先生。ヒルマン先生を除いた長老の先生方がその後に続き、エラ先生が大きな箱を持っていました。箱の中身は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が予言したとおり様々なケーキの詰め合わせで…。
「好きなケーキをお選びなさい。おやつの途中だったのでしょう?」
どうぞ、とお皿を配ってくれるエラ先生と取り分けてくれるブラウ先生。いいんでしょうか、こんな所でお茶をしてても…?
「まずは落ち着いて貰わないとな。あんな騒ぎになったのだし…」
教頭先生の温かな声に私たちはホッと息をつき、紅茶を飲んでケーキを食べて…。お代わりもありますよ、と二個目のケーキも出て来ました。そして教頭先生が。
「そろそろ話してもいいだろう。…さっき起こった爆発事故にはガスも火元も関係ない。だが世間には通用しないし、ぶるぅの失敗ということになった。ただ、それではぶるぅに気の毒なので圧力をかけておいたのだが」
「「「………」」」
警察本部の車が来たのはそういう事情だったみたいです。きっと何処かに仲間が絡んでいるのでしょう。教頭先生は「その通りだ」と微笑みました。
「味方は多い方がいい。あちこちに仲間を配置してあるから政財界にもコネが利くんだぞ? ただの教頭の私には無理だがな」
「ハーレイ、あんた、一言多いよ」
突っ込んだのはブラウ先生。
「自分でバラしてどうするのさ。もっと勿体つけりゃいいのに…。そんな調子だからブルーにオモチャにされるんだよ。この子たちだって既にあんたを馬鹿にしてそうな気がするけどねえ…」
「「「してません!!!」」」
私たちは慌てて叫びましたが効果の程は分かりません。先生方は苦笑し、教頭先生が咳払いをして。
「…話が逸れてしまってすまん。それで爆発事故の件だが、バーストという言葉を習ったか? 意味は爆発。今回の事故はサイオン・バーストというヤツだ」
「「「サイオン・バースト!?」」」
なんですか、その物騒な響きの言葉は? サイオンが…爆発? もしかしてキース君のサイオンが急激に膨れ上がったように感じことと何か関係ありますか…?
初めて耳にする不穏な単語。私たちがざわめいていると内線電話が鳴りました。ブラウ先生が二言、三言話して受話器を置いて…。
「キースの意識が戻ったらしいよ。ヒルマンが連れてくるそうだから、説明は纏めた方がいいね」
「うむ。何度もやるのは面倒じゃからな」
ゼル先生が髭を引っ張っています。キース君の分の紅茶とケーキがテーブルに用意され、やがて会議室の扉が開いて。
「すみません…。ご迷惑をお掛けしました」
キース君はヒルマン先生に付き添われて入って来るなり深々と頭を下げました。それじゃやっぱりキース君があの爆発を? 会長さんはそんな風に言いましたけど、ホントのホントにキース君が…? 椅子に腰を下ろすキース君を私たちは信じられないといった面持ちで見ていましたが…。
「ヒルマンから話を聞いたようだな」
教頭先生の言葉にキース君は再度謝罪し、私たちにも謝ります。あの時、あそこで一体何が…?
「事故の原因はサイオン・バースト。つまりキースのサイオンが爆発的に暴走したというわけだ。キースはタイプ・イエローだけに破壊力の方も半端ではない」
重々しく語る教頭先生。
「ぶるぅの部屋はほぼ全壊だ。居合わせた君たちが無事だったのはブルーが瞬間移動で飛ばしたからだな。ぶるぅは自分でシールドを張って部屋に残っていたようだが…。そしてサイオン・バーストを起こした場合、本人も酷く消耗する。しかし今回はブルーがストップをかけたお蔭でキースの回復は早かった」
運が悪いとバーストのショックで死にかねない、と教頭先生に聞かされた私たちは震え上がりました。一歩間違えれば私たちは大ケガを負うか、あの世行き。キース君の方も三途の川を渡っていたかもしれないのです。
「まあまあ、無事に済んだのだから…。そう脅さなくてもいいんじゃないかね」
ヒルマン先生が言い終える前にゼル先生が。
「甘いぞ、ヒルマン! 校内でサイオン・バーストなんぞ不祥事中の不祥事じゃ! まず原因を究明してから再発防止に努めんといかん。場合によっては制御リングを着けさせることになるじゃろうが!」
「ふむ…。確かにそれはそうだが…。で、原因は何なのかね?」
先生方の視線はまずキース君に、次に会長さんに向けられました。キース君は俯いてしまい、会長さんが肩を竦めて。
「諸悪の根源はぼくってことになるのかな? キースは重大な危機に瀕していてね、それを避けようと必死なんだ。だけど他人から見れば笑いごとでしかないわけで…。それをつついたらバーストしたわけ」
「「「なんですって!?」」」
仰天している先生たち。会長さんはクスクスと笑い、キース君の方を指差しました。
「キースが自分の家を継ぐために大学に行ったのは知ってるよね? その大学で秋に特別な講義があるんだ。お坊さんを目指す学生だけが道場に行って修行をする。その時に長髪は許されなくて短く切るのが条件だけど、キースはそれが嫌なんだよ」
「「「???」」」
「キースは今のヘアスタイルを守りたいのさ。だからサイオニック・ドリームで誤魔化して道場に行こうと目論んだのに、一向に技が上達しない。おまけにお父さんが道場入りにかこつけて坊主頭にしろと迫るらしいね。…色々と焦りが出てきていたから、一気に解決しようと思って」
「バーストで何が解決するんじゃ!」
ブチ切れたのはゼル先生でした。
「ぶるぅの部屋はぶっ壊れるわ、警察と消防は出てくるわ…。お前は上手く逃げおおせたが、わしらは大変だったんじゃぞ! この先も頭が痛いわい。ぶるぅの部屋を突貫工事で修理しろとか言うんじゃろうが!」
「突貫工事でしてくれるのかい? それは助かるよ、ぶるぅがショックで泣いちゃったしね。あ、ついでだからキッチンとかは最新のヤツにしてほしいな」
嬉しそうに注文をつける会長さん。でも本当にサイオン・バーストで何か解決するんでしょうか?
「…根本的に色々と。キースのご両親にも呼び出しがかかったようだしね…。お葬式の最中だったらしくて遅れたけれど、今、学校に向かってる。それでキースはどうなるのかな? 髪型くらいでバーストするなら制御リングは免れないかい?」
「「「制御リング…?」」」
首を傾げる私たちに会長さんが自分の手首を示しました。
「ぼくは嵌めてはいないけれども、ブレスレットみたいな形のサイオン抑制装置だよ。暴走しがちなタイプの仲間はコントロール可能になるまで嵌めなきゃならないことがある。キースの場合はどうなるだろうねえ…。嵌めるんだったら数珠レット風にするべきかな?」
そういうタイプのリングもあるのだ、と教えてくれる会長さん。キース君は大学に進学してから数珠レットを着けるようになりましたけど、更にサイオン制御リングが加わるとなると悪目立ちかも。…っていうより、抑制装置をつけられちゃったらサイオニック・ドリームは絶望的では? キース君、これからどうなっちゃうの…?
一学期の期末試験が無事に終わって、今日はいよいよ終業式。夏空の下を登校してみると校門前に人だかりが。ジョミー君たちも先に来ていて何やら騒いでいるようです。また信楽焼の狸でも出たのでしょうか? 一昨年の夏休み前に学校中に信楽焼の狸の置物が溢れたことがありました。その中に混ざった金の狸と銀の狸が注目の的で…。
「あっ、おはよう!」
凄いんだよ、とジョミー君が手招きをして指差す先には無数の氷柱。これはなかなか涼しそうです。暑いから特別サービスなのかな?
「それは分からん」
冷静に状況を分析中のキース君。
「一度入って見てきたんだが、校舎の外は氷柱だらけだ。しかもこの氷は花氷らしい。どの氷にも何かの花が入れてある」
花の種類も様々だった、とキース君は教えてくれました。
「法則性があるのか無いのか、そっちの方も見当がつかん。ついでに茎には紙が結んであるんだぞ」
言われてみれば神社でおみくじを結ぶみたいに白い紙片が結わえられています。もしかして今年はこの氷柱が…?
「恐らくはな。…ここに立っていても暑いだけだし、教室に行くか」
「そうだね。朝から暑いと参っちゃうよ~」
ジョミー君が氷柱をペタペタと触り、その手で顔を冷やしています。私たち七人組は氷柱の涼を楽しみながら校舎の方へと向かったのですが…。ん? 中庭の日陰に机を据えにかかっているのは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」?
「やあ、おはよう。今日も朝から元気そうだね」
「かみお~ん♪」
挨拶してくる二人ですけど、こんな所でいったい何を?
「これかい? 出店の用意をしているんだよ」
「「「出店!?」」」
「そう。じきにお客が来ると思うな、終業式が終わったら。まずは看板を出しとかないと」
会長さんが取り出したのは手書きの小さな看板でした。机の上に立てられたそれに書かれた文字は…。
「「「アイテムあります?」」」
「うん。夏休みの宿題免除アイテムってヤツがあるだろう? あれを売ろうと思ってさ。今年は必要とする仲間もいないし…。特別生は全員宿題免除だからね」
「そういえば…。アルトさんたちも特別生になっちゃいましたし…」
確かに誰もいませんね、とシロエ君が言うと、会長さんは満足そうに頷いて。
「君たちの時と、去年のアルトさんたちと。二年も続けてぼくがアイテムを持ってきたから、当時の生徒は知ってるだろう? ぼくはアイテムを確実に手に入れられる…って。チャンスはきちんと活かさないと」
「「「………」」」
商魂たくましい会長さんに誰も言葉がありません。横を通って行くかつての同級生たちの中には看板に目を止める人が少なくなくて、ついに以前のクラスメイトが…。
「アイテムって例のヤツですか?」
訊いてきたのは3年生の男子でした。私たちが入学した年、1年A組にいた一人です。ジョミー君たちと今も仲良くしていますから、声を掛け易かったのでしょう。
「宿題免除のヤツらしいよ」
会長さんよりも先に答えるジョミー君。相手の顔がたちまちパァッと輝いて…。
「やっぱりそうか! で、いくらなんですか、生徒会長?」
「残念だけど開店前でね」
ほら、と会長さんが机を示すと『準備中』の札が出ていました。
「フライングはフェアじゃないだろう? アイテムが発表されたら開店するから、急いで走ってくるといい」
「分かりました! 俺、頑張って走りますから!」
また後で、と立ち去る一昨年のクラスメイト。それからも何人かが問い合わせに来て、予鈴が鳴ると会長さんが。
「教室に行かないとグレイブが来るよ。そうそう、開店したら君たちにも手伝いをお願いしたいんだ。…終業式が済んだらよろしくね」
ここに集合、と笑顔で告げる会長さんは有無を言わさぬ口調でした。私たちに店番をさせて自分はサボるつもりでしょうか? 多分ボッタクリ価格でしょうし、あんまり気分が乗りませんけど…逆らったら何が起こるか分かりませんから、おとなしく店番するしかないかな?
グレイブ先生は今年も宿題を山と出してきました。愕然とするクラスメイトたちに先生は…。
「宿題はもちろん始業式の日が提出日だ。期限を守らなかった場合はペナルティとして更に課題が増やされる」
「「「えぇっ!?」」」
たちまち起こるブーイングの嵐。しかしグレイブ先生は動じもしません。
「当然だろう、自業自得というヤツだ。学生の本分は勉強である、と私は常に言っている。これを機会に勉学に励み、充実した夏休みを過ごしてくれたまえ。だが、残念なことに我が校には…実に嘆かわしい制度があるのだ!」
バン! と教卓を叩くグレイブ先生。
「私は毎年廃止を提案するが、一度も通ったことがない。よって今年も宿題免除のアイテムが登場するのだよ、諸君!」
「「「宿題免除?」」」
「詳しい説明は終業式で行われる。ただし、今年は私の案の一部が採用されたのでな……昨年までのようにはいかん。楽しみにしておきたまえ」
では、とクラスを引率して終業式会場へ向かうグレイブ先生。今年のアイテムは一筋縄ではいかないのかも、という予感がします。でも私たちには無関係ですし、アイテム販売さえ無難にこなせばいいんですよね。終業式の退屈な訓示が終わると教頭先生が出てきました。
「それでは今年も宿題免除の制度について説明しよう。とあるアイテムを探し出して提出すれば、夏休みの宿題は全て免除になる。やる必要がなくなるのだ。…そしてアイテムは毎年変わる。今年はおみくじ形式となった」
「「「おみくじ?」」」
私たちの脳裏に浮かんだ花氷の中に入った紙片。教頭先生が発表したアイテムはまさにそれでしたが…。
「宿題免除の制度に反対する教師の提案を容れて、今年は免除の他に加算というのが加わった。大吉ならば宿題免除、吉ならば何も起こらない。大凶の場合は紙片に書かれた課題が宿題に加えられる。もちろん誰が引いても問題ないよう課題は全学年分が書いてあるから、該当する自分の学年の分を…」
会場はお通夜さながらの雰囲気です。花氷は全校生徒の数の三倍あるそうですが、選べるのは一人一個だけ。選んだ氷柱を本館前の特設テントに運んで行くと先生方が氷を融かして紙片をチェックする形式でした。つまり運任せで、ゆえにおみくじ。教頭先生は更に続けて。
「中には大凶を引きたくない者もいるだろう。そういう生徒には引かない自由も与えられる。…氷柱を選ばなければ宿題の量は最初に示された分だけだ。アイテムを探す時間は正午までとするから、よく考えて行動しなさい」
幸運を祈る、と締め括られた終業式。例年なら凄い勢いでアイテムゲットに飛び出して行く生徒たちなのに、今年は元気がありません。そんな中、勢いよく駆け出す生徒が何人かいて…。
「あっ、いけない!」
急がなくちゃ、とジョミー君が立ち上がりました。
「今の連中、ブルーの店に行ったんだよ。早く手伝いに行かないと…」
「まずい、忘れてたぜ!」
サム君が慌ててジョミー君を追い、キース君たちもバタバタと。スウェナちゃんと私も大急ぎです。会長さんが店を構えた中庭に着くと既に並んでいる人が。会長さんは来客に説明を始めた所でした。
「いいかい、アイテムは数に限りがあるんだ。全員にはとても行き渡らない。アイテム販売に頼りたくない人もいるだろうから、ぼくが販売するのは七個。誰に売るかは公平にクジで決めようと思うんだけど、それでいいかな?」
机の上に四角い箱が置かれています。その中のクジを引いて当たった人だけがアイテムを買える仕組みなのです。
「それで気になる値段の方は…」
会長さんが貼り出した紙に書かれたボッタクリ価格。けれど列を離れる人はいなくて、それどころか会場を出てきた人が後ろに並び始めていたり…。
「この通りだけど、希望者がいれば七個の内の一個をクジから外して確約コースを設けようかと思ってる。もちろん値段はドンと上がるし、希望者全員でジャンケンをして勝者に販売するんだけどね。…確約コースの値段は十倍。希望する人は?」
何人かが手を上げました。会長さんはニッコリ微笑み、『確約コース受付中』の看板を新たに机に置いて。
「じゃあ、今から半時間受け付ける。ジャンケンで負けた場合はクジ引きの方に回れるからね、クジの方の開始時間は半時間後だ。確約コースの人は優先的にクジ引きに回すから、クジの方だけを希望する人は整理券を貰って涼しい所で待っていて」
説明を終えた会長さんは私たちに視線を向けて、「聞いていたね?」とパチンとウインク。
「それじゃキースとシロエは新しく来た人に説明を。受付係がジョミーとサムで、みゆとスウェナは整理券の配布。マツカは行列の整理をよろしく」
はい、とキース君たちはチラシを渡され、ジョミー君とサム君は店を任され、スウェナちゃんと私は整理券の束を持たされました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は後ろに白いテーブルと椅子を並べてのんびりお茶を楽しんでいます。アイテム希望の生徒は順調に増えて、私たちは半時間後にはクジの箱だのジャンケンだのの仕切りをしっかり丸投げされて…。
「おめでとうございます。確約コース成立です」
シロエ君がジャンケンの勝者の男子に引換券を手渡しました。
「では、指定の時間にこちらまでいらして下さいね。この券と引き換えにアイテムの方をお渡しします。代金はこちらの口座の方に三日以内ということで」
「おっしゃあ! もう今日にでも振込むぜ!」
大喜びで引換券を財布にしまい、学食の方角に消えるラッキーな彼。それから確約コースの敗者を先頭にクジ引きが始まり、六枚目の当たりが出た段階でアイテム販売終了です。最後の引換券を手にした人が小躍りしながら立ち去った後、未練がましく残った生徒も泣く泣く四方へ散って行って…。
「はい、お手伝いありがとう」
会長さんが私たちにアイスキャンディーを振舞ってくれ、やっと人心地がつきました。日陰に居たって猛暑の中での接客業は大変です。アイテムの引き換え時間まで休憩ですよ~!
「そるじゃぁ・ぶるぅ」お気に入りの店のアイスキャンディーは絶品でした。その昔、私が『パンドラの箱』の名を持つ合格グッズをゲットした時、中から出てきた注文メモで全種類を購入させられた店のです。
「ここのはいつも美味しいよね」
どれも最高、とピスタチオ味を舐めるジョミー君。私は無難にイチゴ味ですがエスニック系なども評判が高く、一度は食べたいものが一杯。全種類を制覇している「そるじゃぁ・ぶるぅ」は新作チェックも怠りなくて…。
「あのね、今度は醤油バニラが出るんだよ。前からあるけど、ちょっと捻りを加えるんだって!」
楽しみだよね、とバナナミルク味に齧りついている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。和やかな時間がゆったりと流れ、中庭にも並ぶ氷柱を品定めする生徒なんかを眺めていると。
「…そろそろいいかな。みんな食べ終えたみたいだし」
会長さんが腰を上げました。
「指定の時間にアイテムを渡せなかったら信用問題になっちゃうからね、早く探しに行かないと」
「ちょっ…。あんた、確保したんじゃなかったのか!?」
「静かに、キース。…声が大きい」
シッ、と唇に人差し指を当てる会長さん。で、でも…アイテムは七個あるって言いませんでしたか?
「もちろん確保してあるさ。正確に言えば、誰も大吉を見つけることが出来ないようにシールドで隠す…って感じかな。だから早めにゲットしないと残りの大吉アイテムが出ない」
「…最低だな…」
キース君が呟く先には氷柱を抱えて本館に向かう生徒がいます。この状況では中身が大凶か吉かはともかく、大吉だけは有り得ないわけで…。せっかく一大決心をして命運を託した氷なのに。
「さっきから二十人は通って行ったぞ、氷を持ってな。他の道から行ったヤツらもいるんだろうし、あんたの良心は痛まないのか?」
「…別に? 元々おみくじなんだし、引かない自由もあるんだしさ。それに売り上げは生徒会の方に入れるんだから、ぼくの懐には入らない。つまりぼくには関係ない、と」
商売の種にしておきながら無関係も何もないものです。けれど揉めてる場合ではなく…。
「もういい、あんたに言うだけ無駄だ。とにかくサッサと大吉のヤツを探しに行こう。それが俺たちに出来る精一杯の償いだ」
行くぞ、と歩き出そうとしたキース君に会長さんが。
「行き先は分かっているのかい? サイオンもロクに操れないヒヨコの君たちがぼくのシールドを破れるとでも?」
「…くっ……。仕方ない、頼む、案内してくれ」
「いいよ。ただし文句は一切禁止。何処へ行こうとぼくの自由だ」
分かったね、と釘を刺した会長さんは机に『定休』の札を置きました。札にはサイオンで仕掛けがしてあり、店番がいなくても悪戯されない仕組みだそうです。
「これでよし、と。…アイテムゲットの旅に出ようか」
会長さんはとても楽しげでした。私たち七人と「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に引き連れ、足取りも軽く向かう先には本館が。特設テントでゼル先生がバーナーで氷柱を融かしています。あれはさっき見かけた生徒では…?
「うん、さっきの彼だよ。何が出るかな、大凶かな? 見ていたいけど急ぐからね」
こっちだよ、と本館に足を踏み入れる会長さん。この道はまさか、もしかして…? 全員の顔が引き攣ったのを会長さんは見逃しません。
「ふふ、今頃やっと分かったんだ? だけど、ぼくを止めたら大変だよ? 大吉の氷を掴める生徒がいなくなってもいいのかい? ああ、特設テントにいた彼が持ち込んだ氷、大凶だったみたいだけれど」
「「「………」」」
自己責任のおみくじとはいえ、大吉の氷が全て隠された状態なのでは大凶の確率がアップします。これ以上の被害者を出さないためには会長さんを好き放題にさせておくしかないのですけど、目的地は多分、例の場所。私たち、一体どうすれば…?
天井の高い廊下を歩いて辿り着いた重厚なお馴染みの扉。会長さんは右手でノックし、そっと扉を押し開けました。
「失礼します」
スルリと入り込んだ部屋では教頭先生が書類のチェック中。羽根ペンを持った教頭先生は顔を上げるなりウッと息を飲み、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」とオマケの私たちを見渡して…。
「ど、どうした? いきなり私に何の用事だ?」
「御挨拶だねえ、ハーレイ。用が無ければ来ちゃ駄目なのかい?」
会長さんは一直線に机に向かい、頬杖をついて教頭先生を見上げる形で。
「こんにちは。ハーレイズの熱演以来だけども、あれからあっちのハーレイに会った? あの時は大変だったよねえ…。人魚の尻尾が外れなくって」
「い、いや……」
居心地が悪そうな教頭先生。ソルジャーの世界のキャプテンと組まされて人魚ショーを披露した教頭先生ですが、そのお礼にとキャプテンから思念波で情報を貰ったのでした。『大人の時間の過ごし方』の知識の詰め合わせセットだった贈り物を受け取った途端、教頭先生はオーバーヒートを起こしてダウン。その上、興奮すると外れなくなる人魚の尻尾が取れなくなってしまったり…。
「せっかく素敵なプレゼントだったのに、無駄にしちゃって勿体ないとか思ってるだろう? 吹っ飛んじゃった記憶をなんとか取り戻せないか、毎晩必死に頑張ってるよね」
「…な…! わ、私はそんな…」
「嘘は良くないと思うんだ」
会長さんは宙に一枚の写真を取り出し、ヒラヒラと振ってみせました。
「一応、これが隠し撮り。ブルーに貰った抱き枕を相手に一所懸命になっているのが君じゃなければ誰だって? この写真をゼルとかエラに見せたら謹慎処分は確実だろう?」
ほらね、と会長さんが回してきた写真の中ではパジャマ姿の教頭先生が例の枕を抱き締めています。会長さんの写真がプリントされた枕である、とハッキリ分かる角度なだけに流出したらマズイかも…。教頭先生の額に脂汗が浮き、縋るような目で会長さんを見て。
「頼む、それだけはやめてくれ! それにハーレイ……あちらの世界のハーレイとは、あれから一度も会っていない。お前と違って思念で連絡し合うことも出来んし、疾しいことは誓って何も…!」
「そうだろうねえ、たとえ会えてもプレゼントの贈り直しは不可能だろう。なんといっても君のヘタレが酷過ぎる。あれを受け取るにはもっと修行を積まないと…。せめて鼻血を出さない程度に鍛え上げなきゃ無理じゃないかな」
右から左へ抜けるだけ、と鼻で笑った会長さんはスッと右手を差し出すと。
「…謹慎処分を免れたければ、分布図を出してくれるかな?」
「分布図…?」
「しらばっくれても無駄だからね。氷柱の分布図、持ってるだろう? 大吉の氷が欲しいんだ。くれないんなら勝手に探して、ついでに特設テントのゼルに写真を届けに行ってくるけど?」
「……うう……」
教頭先生はグウの音も出ず、引出しから一枚の校内地図を引っ張り出して。
「…赤い印が大吉だ。氷柱は全部台座に据えてあるから、上の氷柱が持ち去られても台座の位置ですぐ分かる。だが、お前ならこんな煩わしい真似をしなくても…」
「分かる筈だって? 確かにね。でもさ、この攻防戦が醍醐味なんだよ。次はどんな手で脅そうか…って考えるだけでワクワクするんだ。…で、どれだって?」
地図を奪った会長さんは素早くチェックし、ジョミー君たちに思念で伝達したようです。
「いいかい、ぼくが伝えた通りの場所のを手分けして回収してくること。お客さんがやって来る前に集めるんだよ」
「分かった!」
ダッと飛び出していく男の子たち。教頭先生はポカンとして…。
「…お客さん…?」
「うん。宿題免除アイテムあります、っていう看板で店を出したんだよね。あ、限定七個で売り出したから、他の生徒にも大吉の氷は残ってる。…恩に着るよ、ハーレイ」
商売、商売…と嬉しそうに口ずさみながら会長さんは教頭室を後にしました。机の上に残されたのは教頭先生と抱き枕とのツーショット。あんな写真を隠し撮りしに出掛けるだなんて、会長さんも立ち直りが早い人なんですねえ…。
中庭の店に戻った会長さんが『定休』の札を撤去した所へ息せき切って飛び込んで来たのはキース君でした。両腕に氷柱を抱えています。
「持ってきたぞ、ブルー! 他の場所のも回収済みだ。だからあんたのシールドを…」
「もう解いてあるよ、大吉の氷は誰でも発見できるってことさ。後はみんなの運次第かな」
「…運次第って…」
気の毒な、とキース君は本館の方を見ています。氷を自分で選ぶ道に踏み出した生徒の大多数の命運は既に決していました。ゼル先生とシド先生がバーナーで融かした氷の中から出たおみくじの内訳は吉と大凶。大吉が一枚も出なかったせいで、選んだ氷柱を融かすことなくテントに置いて立ち去る棄権者もかなり出ていたのです。
「かみお~ん♪ 今、一人、大吉を見つけたみたい!」
サイオンで校内を探っていたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気一杯に言いましたが…。
「あれ? 氷、運んで行かないのかなぁ? ポケットからコインを出してるよ」
「「「コイン?」」」
キース君とスウェナちゃん、そして私の声が重なり、氷柱を抱えて戻ってきたジョミー君たちが話に加わります。大吉の氷を自力で見つけた運のいい人はコインを投げて、表か裏かで運ぶかどうかを決めたのでした。結果の方は…大吉氷は放置と決定。あれだけ大吉が出なかったのでは無理もないことだと言えますけれど…。
「あんたのせいだな」
「どう考えてもブルーのせいだよ」
大凶を引いた人も沢山いるのに、と責めるキース君たちの声を会長さんは綺麗に無視しました。
「最初からおみくじ形式なんだし、自業自得というものさ。賢明な人はちゃんと安全な選択をしてアイテムを買いに来てたじゃないか。…言っておくけど、この店のクジに外れた人で氷を自分で選んだ人はゼロなんだからね」
君子危うきに近寄らずだよ、と会長さんは涼しい顔。やがてアイテムの引換券を手にした人が順次訪れ、氷柱を受け取って本館の方へと向かいました。それから間もなく「大吉が出た」との噂が飛び交い、終了時間の正午を目前にして駆け込みで氷柱を運んだ人が何人も。
「うーん、今度はどうだろう?」
店を片付けた私たちは特設テントの脇で氷柱を融かす作業を見ています。バーナーの炎で融けた氷の中から出てきた花をエラ先生とブラウ先生が取り出し、茎に結んだおみくじを外して…。
「大凶!」
「吉!」
ガックリと項垂れた大凶の男子生徒におみくじの中身が告げられました。グレイブ先生特製の数学ドリルを一冊プレゼント、と聞かされた彼は泣きそうな顔。吉を引いた生徒の方はホッとした顔で特設テントを出ていきます。大凶よりかはマシですもんね。そんな調子で大凶と吉が続きまくって制限時間終了のチャイム。
「…出なかったねえ、大吉の氷」
なんでだろう、とジョミー君が呟いたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でした。
「ぶるぅが言うのが本当だったら何人か大吉を見つけてたのに、運んだ人はいなかったなんて…。どうしてなのかな?」
「運が無いって言うんだよ」
会長さんが即答します。
「もしも男でなかったならば、大吉が出たかもしれないけどさ」
「「「え?」」」
「商売繁盛の秘訣は信用を得ることなんだ。ぼくに頼めば楽勝だ、って大いに宣伝しなくちゃね。だけど女の子には優しくしたいし、もしも女の子が見つけていたら結果は違っていたと思うよ」
クスクスクス…と笑う会長さん。もしかしてコインの表と裏とか、サイオンで小細工していましたか?
「ここだけの話、少しだけね。…その代わり、大凶を引いた女の子は一人もいないんだよ。氷を選ぼうとした女の子の方は吉の所へ誘導したから」
「だったら大吉の所へだって…!」
案内してもいいだろう、とキース君が噛み付きましたが、大吉が解禁になった段階でチャレンジャーな女子は一人も残っていなかったそうです。それにしたってアイテム販売のためのこの所業。明らかに不正行為では…。
「いいんだってば、元を糺せばグレイブが悪い。本来なら宿題免除なんだよ、あのアイテムは。なのに加算だなんて酷い提案をゴリ押しするから、ちょっと反省して貰おうかと…。今は職員会議をやってる」
おみくじ形式が招いた結果は宿題を加算された人が免除組を遥かに上回るという悲惨なことになったのでした。シャングリラ学園の夏休み直前のお楽しみイベントを悲劇に塗り替えてしまったグレイブ先生、長老の先生方に糾弾されているとかいないとか…。来年からは元の形に戻りそうです、宿題免除のアイテムゲット。
「とにかく明日から夏休み! 楽しくやろうよ、今年の夏は何処へ行きたい?」
色々相談しなくっちゃ、と会長さんが手帳を取り出し、柔道部三人組の合宿日程を書き込みました。それ以外の日はフリーですから、今年も沢山遊べそう! 海がいいかな、それとも山? 素敵な夏になりますように~!
教頭先生と自分の世界のキャプテンに人魚の格好をさせてハーレイズとしてショーをするのだ、と息巻くソルジャーは無敵でした。早速自分の世界の様子を窺い、キャプテンが自室にいるのを確認して…。
「よし! 航宙日誌も書いたようだし、もう呼び出しても問題ない。シャワーを浴びに行かれちゃう前に引っ張り出そう」
ソルジャーの身体が青く発光し始めた時。
「ちょっと待て!」
えっ。ストップをかけに割り込んだのは会長さんならぬキース君。一体どこからそんな勇気が…? キース君は怪訝そうな顔のソルジャーを見据え、厳しい表情で続けました。
「うっかり流される所だったが、気付いた以上は黙ってられん。…ハーレイズだとか言って浮かれているがな、それは一人では出来ないだろう? あんたの世界のキャプテンの方は百歩譲って目を瞑るとして、教頭先生の方はどうなるんだ? 教頭先生は今回の件に何の関係も無いんだぞ!」
「………。言われてみればそうかもねえ…」
忘れていたよ、と返すソルジャー。けれど中止とも言い出しませんし、キース君は更に畳み掛けて。
「あんたはそれで楽しめるのかもしれないが…。教頭先生は俺の師なんだ。黙って見過ごす訳にはいかんし、ここはハッキリ言わせてもらう。…ハーレイズは諦めてもらおうか。どうしても人魚ショーをやらせたいなら、キャプテンだけでやってくれ」
ビシリと言ったキース君の言葉にシロエ君とマツカ君が賛同しました。この二人も教頭先生の弟子。師匠のピンチを救いたいという柔道部三人組の心意気には並々ならぬものがあります。なのに…。
「やだね」
プイとそっぽを向いたソルジャーはヒラヒラと軽く手を振って。
「ぼくはハーレイズをぜひ見たいんだ。確かにこっちの世界のハーレイに罪は全然ないかもしれない。だけどせっかく思い付いたプランを捨てようって気にはなれないよ。…それにこっちのハーレイには沢山恩を売ってあるしね、抱き枕とかぼくのキスとか…。断られる理由は無いと思うな」
どうしても嫌と言われた時には御褒美をあげればいいんだから、とソルジャーは完全に自分のペース。教頭先生の気持ちなんかは汲み取ろうとも思っていません。それでもキース君は食い下がろうとしたのですが…。
「…なるほど、美しき師弟愛か。だったら君も一蓮托生してみるかい?」
「「「一蓮托生?」」」
不穏な響きに誰もが息を詰めました。なんだかマズイ気配がします。キース君、地雷を踏んじゃったとか…? ソルジャーはクスクスと笑い、会長さんの方を見て。
「ブルー、この間から楽しい提案をしてたよね? …なんだったっけ、君がハーレイの人魚ショーの黒幕だってことをバラしたら最後、男子シンクロの刑だっけ? そう言ってこの子たちを脅して口封じ中だと思ったけれど?」
「……それが何か?」
ぶっきらぼうに答える会長さん。ソルジャーはクッと喉を鳴らしてキース君にひたと視線を据えました。
「ふふ、ブルーも認めてくれたみたいだ。…この際だからハーレイズのコーチを増やしてみるのはどうだろう? ブルーはどうやら乗り気じゃないし、ぼく一人では手に余る。猫の手も借りたいくらいなんだよ。だからさ、男子シンクロの刑はブルーに頼んでチャラにするから、君たちもぼくと一緒にコーチを…」
「「「…君たち…?」」」
なんとも不吉な複数形に男子全員が鸚鵡返し。ソルジャーは我が意を得たりと頷き、会長さんの肩を叩いて。
「ほら、ブルー。そういうわけでよろしく頼むよ、男子シンクロの刑は無かったことにしてくれたまえ。この子たちはぼくが借りるんだ。…ハーレイズを磨き上げるためには助手が絶対必要だから」
「…嫌だと言ったら?」
「君のハーレイにちょっかいを出す。ハーレイズはもう決定だしね、チャンスは幾らでもあるってものさ」
不敵な笑みを宿すソルジャーに会長さんは不戦敗でした。どう考えても勝機など無く、下手に逆らえば倍返しどころか火に油ならぬガソリンです。教頭先生とキャプテンにタッグを組ませてハーレイズ。おまけにコーチはソルジャーに加えてキース君たち男子一同。私たち、大変なことに巻き込まれようとしているのかも…?
「さてと、コーチも決まったことだし…」
キース君たちを助手に任命してしまったソルジャーは『ぶるぅズ』の二人にパチンとウインク。
「ハーレイズの補助をお願いするよ。なんといってもサイオンが命! 先輩として模範演技もして貰いたいし、大いに期待しているからね」
「「かみお~ん♪」」
頑張っちゃうよ、とガッツポーズの『ぶるぅズ』たち。それに比べてキース君たちは…。
「すまない、俺が余計なことを言ってしまったばっかりに…」
「いいんだよ。キースが何もしなくったって、遅かれ早かれこうなったって気がしてるから」
なんと言っても相手が悪い、とジョミー君が嘆いています。悄然としている男の子たちを慰めようにも、会長さんでは落ち込みに拍車をかけるだけ。スウェナちゃんと私じゃ更に打つ手が無いですし…。ドツボにはまったジョミー君たちに這い上がる術は皆無でした。どんより澱んだ部屋の空気は重くなっていく一方でしたが…。
「うーん、そんなに落ち込まれると困るんだけど」
自分の所業を棚上げにしたソルジャーが口を開きました。
「第一、君たちも見たかったって言ってたじゃないか、ハーレイの特訓風景をさ。今度はバッチリ近くで見られる。それも人魚が二人もだよ? ここは楽しんでくれないと…」
まずはスマイル、とソルジャーはジョミー君たちに笑顔を強制。
「そうそう、そんな感じで自然にね。教える方が乗り気でなくっちゃハーレイズの技が伸びないよ。…もちろんブルーにも色々協力してもらう。でもその前に、まずハーレイを連れてきちゃおう。さあ、久々の御対面だ」
パアッと青いサイオンの光が走って空間が歪み、出現したのはキャプテンでした。船長の衣装をきちんと身に着け、驚いて周囲を見回しています。
「…こ、これは一体…」
何ごとですか、と動揺を隠し切れないキャプテン。それをニヤニヤ眺めているのはソルジャーです。
「分からないかな、この状況で? ここは地球だよ、ぼくが息抜きをしに来ている世界。今日の勤務はもう終わったろう? ぼくと一緒に地球で過ごすのもいいと思って呼んだんだ。…最近マンネリ気味だしね」
「も、申し訳ありません…」
深く頭を垂れるキャプテンに、ソルジャーはチッと舌打ちをして。
「だから謝罪は聞き飽きたってば! それもマンネリに含まれるんだよ。いつもの言葉にいつものパターン。…それをブチ壊すために呼び出したのさ。ここで一発、景気よくドカンと壊れてもらう」
「…は…?」
間抜けな声を出したキャプテンの前に突き出されたものは一冊の本。淡いピンクの表紙のソレには誰もが馴染みがありましたけど、ただ一人、キャプテンだけは不幸にも全く縁が無く…。
「何ですか、これは?」
「百聞は一見に如かずと言うよね。これで壊れ方を知るといい。…お前の末路が書いてあるから」
さあ、とソルジャーが押し付けた本は言わずと知れた人魚姫絵本。首を捻ってページを捲ったキャプテンの顔から血の気が引いて、逞しい腕がブルブル震え出します。
「こ、これは……この写真は……」
「それを質問するのかい? モデルはこっちの世界のお前さ、ウィリアム・ハーレイ。…今呼んだのはお前の名かな? それとも絵本の中の彼かな?」
どっちにしても結論は見えているんだけれど、とソルジャーはキャプテンの足を指差して。
「その本の主人公は人魚姫だ。お前にも人魚になってもらうよ、ぼくを楽しませる手段としてね。…夜の生活で何度失敗してくれたっけ? もう言い訳は沢山なんだ。ぼくを本気で愛しているなら態度でキッチリ示してほしい。証を立てるのは至って簡単、お前の足を魚の尻尾に変えてくれれば十分さ」
「……さかな……」
愕然とするキャプテンの手からソルジャーは絵本を取り上げ、パラパラパラ…とページを繰ります。
「そう、魚。この絵本にいるハーレイみたいに人魚の尻尾を着けるんだ。ただ、人魚姫には続きがあってね…。ほら、あそこに像があるだろう? ジルナイトで出来ているんだよ。ちょっと因縁を感じないかい?」
「…………」
完全に言葉を失うキャプテン。そりゃそうでしょう、ソルジャーの不興を買った原因というのはジルナイト製の像なんですから。そんなキャプテンをソルジャーは冷たい瞳で眺め、フッと鼻先で笑ってみせて。
「あの像のモデルになったハーレイだけどさ。像と絵本はごく一部にしか知られていない。…それじゃイマイチつまらないだろ? そこで続きが出来たわけ。水族館のイルカプールで人魚の格好でショーをしたんだ」
こんな感じ、とソルジャーが宙に映し出したのは思い出のショーそのものでした。シールドに隠れて見物していたらしいのです。絶句しているキャプテンに向かってソルジャーはビシッと指を突き付け…。
「お前にもこれをしてもらう。…残念ながらイルカプールは使えないから、代わりにデュエットというヤツだ。こっちの世界のハーレイと組んで結成するのさ、ハーレイズを!」
「……はあれいず……?」
キャプテンの口から零れ落ちた言葉にソルジャーはニッコリ微笑みました。
「理解が早くて嬉しいよ。ちなみに大先輩としてぶるぅズがいる。ぶるぅ同士で組んでいるんだ。仲良しぶるぅズに負けないように、ハーレイズも仲良くしないとね。…こっちのハーレイに来てもらうから土下座でもして説得したまえ、ハーレイズが結成できなかったら何も始まらないんだからさ」
「…そ、そんな…。そんなご迷惑をかけるわけには…!」
真っ青になったキャプテンですが、ソルジャーの態度は偉そうで…。
「だったら諦めて帰るんだね。言っておくけど、これが最後のチャンスだから。…人魚ショー以外でぼくへの愛を示したかったら、その方法を模索してから青の間に改めて出向いてくること!」
それまでキッパリ絶交だ、と言い放たれてキャプテンはへたり込みました。ハーレイズをやるか、絶交か。…もちろん答えは選ぶまでもなく決まっています。ソルジャーは嬉々として教頭先生の家の方角を見定めてからサイオンを発動させました。教頭先生は果たして承諾するのでしょうか? そして巻き添えを食った形のジョミー君たちの運命は…?
「…ブルー?」
夜遅いリビングに連れてこられた教頭先生の第一声はこれでした。お風呂から上がった直後らしくて、紺のパジャマを着ているものの髪の毛がまだ湿っています。それでも一応撫で付けてあるのが几帳面というか何と言うか…。教頭先生はズラリ並んだ面子を見回し、途方に暮れた顔つきになって。
「…風呂上りに麦茶を飲もうとしたら瞬間移動させられたんだが…。ブルー、お前がやったのか?」
「あ、ごめん。…呼び出したのはぼくなんだよ」
ソルジャーが謝罪し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に冷たい麦茶を頼みました。麦茶が届くと教頭先生に「どうぞ」と渡して、コップが空になるのを待って…。
「実はハーレイが…ぼくの世界から来たハーレイが君に頼みがあるそうなんだ。相談に乗ってやってくれないかな?」
「私が…ですか?」
「うん、君が。…君にしか頼めないことらしくって」
ほら早く、とソルジャーはキャプテンの背中を押すようにして教頭先生と向き合わせます。何も知らない教頭先生がにこやかに右手を差し出しました。
「お久しぶりです。お元気そうで嬉しいですよ。…それで私に頼みと言うのは?」
「…そ、それが…とても私の口からは…」
握手しながらも次の言葉が出せないキャプテン。その脇腹をソルジャーが肘でつついてボソッと一声。
「絶交だね」
「…そんな…!」
キャプテンはたちまち真っ青になり、教頭先生が訝しそうに。
「絶交だとか仰ってますが、そちらで何か揉め事でも…? 私でお役に立てるのでしたら、喜んでお力になりますが」
「し、しかし……」
「よければ思念で伺いましょうか? 話しにくいことでも一瞬ですよ」
どうぞ、と申し出る教頭先生。けれどソルジャーが割り込んで…。
「思念波禁止! きちんと言葉で伝えることも重要だから、言えないのならこのまま絶交!」
「…………」
万事休す。キャプテンは項垂れ、何度も口を開きかけてはまた閉じて……逡巡の末にガバッとその場に土下座しました。
「お願いします! どうか私とハーレイズを!」
「は…?」
いきなりハーレイズなんて言い出されても、通じるわけがありません。それから後のキャプテンの姿は傍で見ていても気の毒なほどの平身低頭、恥もプライドもかなぐり捨てて己の窮状を訴えまくって…。
「そういうわけでブルーに絶交されそうなのです! このまま行けば絶交です。全部私が悪いのですが、ブルーの機嫌を損ねたままでは恋人として肩身が狭く…。お願いですから、ブルーの心を和ませるために私と一緒にハーレイズを!」
この通りです、と床に平伏しているキャプテン。教頭先生はポカンとその場に突っ立ったまま、たっぷり5分は固まっていたと思います。突然の呼び出しに加えて急な『お願い』。それもハーレイズ結成を頼まれたのでは脳味噌の方の処理能力が追い付かないのも無理はなく…。どうするんですか、教頭先生? 私たちが固唾を飲んで見守る中で、教頭先生は溜息をついて頷きました。
「……分かりました。協力させて頂きましょう」
「本当ですか!?」
「はい。…恐らく責任の一端くらいは私のショーにあるのでしょうし…」
遠い目をする教頭先生。ソルジャーがコーチをやっていた以上、ハーレイズに至った諸悪の根源は教頭先生の人魚ショーです。男らしく責任を引っ被ることにした教頭先生、キャプテンを立ち上がらせて自分と同じサイズの両手をガッシリ握ると…。
「ハーレイズ、全力を尽くさせて頂きますよ。毒を食らわば皿までですから、私への気遣いは一切無用。どうせブルーが面白がって見物するに決まってますし」
お互いのブルーの楽しみのために頑張りましょう、と教頭先生は言い切りました。ハーレイズ、ついに結成です。次はいよいよ特訓ですか? お披露目の日はいつなんですか~?
ハーレイズ誕生が決まった夜は上を下への大騒ぎでした。ショーの本番は期末試験の最終日。いつもの打ち上げパーティーにソルジャーたちが合流してきて、そこからフィットネスクラブへ移動するという段取りです。つまり訓練できる期間は十日ほどしかないわけで…。初練習は早速、翌日の朝と決まりました。
「良かったねえ、ハーレイ。人魚の尻尾のスペアがあって」
明るい朝の日差しの中でソルジャーがニッコリ笑っています。ソルジャーの足許の床にはショッキングピンクの立派な尻尾が…。
「注文して作ると三日くらいはかかるんだってさ。お前だけ先に特訓したっていいんだけれど、息が合った演技をするには二人揃っていた方がいいし」
「………」
初めて尻尾を見たキャプテンは衝撃を受けているようでした。昨夜は逃亡防止にゲストルームに軟禁されて自分の世界へ帰ることが出来ず、今日の予定もソルジャーが勝手にキャンセルと伝えてしまったらしく…。
「…こんなものを着けたら動けないような気がしますが…」
「平気、平気。お手本はこっちのハーレイが見せてくれるし、着替えはあっちの部屋でするかい? それともプールに行ってから?」
「…付き合いは出来るだけ短い方が…」
キャプテンの表情は正直です。顔一杯に『着けたくない』と拒絶の意思がハッキリと。…でも拒否したら絶交あるのみ。ソルジャーは楽しげな笑みを浮かべて宙に何かを取り出しました。
「じゃあ、着替えるのはプールの方で。…行く前にこれに履き替えといて」
「…???」
紫の塊を渡されたキャプテンですが、その塊を広げてみると…。
「な、な、な…」
「慌てて喋ると舌を噛むよ? それが専用下着なんだ。嫌ならノーパン以外にない。…人魚の尻尾はぴったりフィットが売りだからね」
御愁傷様、と告げるソルジャーには取り付く島もありません。呆然とするキャプテンの肩を叩いたのは朝早くから尻尾を持って訪問してきた教頭先生。
「男は諦めが肝心ですよ。さあ、練習に行きましょうか。絶交の危機が迫ってますし」
「…そうでしたね…」
キャプテンは腹を括って下着を替えにゲストルームへ。でも戻ってきた時はやたら落ち着かない様子。船長服の下にTバックを履くとスースーしたりするのでしょうか? 普段着の教頭先生も下着は既にTバック…?
「さあ、準備完了! 出掛けるよ」
ソルジャーが高らかに宣言したのと青いサイオンの発動は同時。会長さんと『ぶるぅズ』のサイオンも光り、私たちは一気にフィットネスクラブへ飛んでいました。会長さんが貸し切ったプールには誰もいません。教頭先生はキャプテンを連れて更衣室へ。
「…尻尾は持っていかないのですか?」
質問したのはキャプテンでした。抱えてきた尻尾をプールサイドに置いていくように言われたからです。
「ああ、尻尾はこっちで着けるんですよ。なにしろ歩けませんからね…。ぶるぅズと違って瞬間移動も不可能ですし」
まず着替えましょう、と更衣室に向かう教頭先生。ジョミー君たちも昨夜取り寄せた水着やタオルが入ったバッグを手にして後に続きます。そして『ぶるぅズ』が銀色の尻尾を脇に抱えてピョンピョンと…。一番にプールに飛び込んだのは人魚になった『ぶるぅズ』でした。
「「かみお~ん♪」」
雄叫びを上げてウォーミングアップを始める『ぶるぅズ』。続いて出てきたジョミー君たちはプールサイドで待機中です。
「君たちの大事な役目はこれさ」
ソルジャーが人魚の尻尾を指差しました。
「人魚姫写真の撮影の時に尻尾を着けるのを手伝っただろう? あの要領でぼくのハーレイの分を頼むよ、こっちのハーレイは一人で着脱できるから。…あ、来た、来た」
紫のTバック姿の教頭先生とキャプテンが並んで歩いてきます。教頭先生は恥ずかしそうにしていますけど、普段から会長さんに散々悪戯されているのでキャプテンに比べれば堂々たるもの。キャプテンの方は顔が真っ赤で、穴があったら這い込みそうな…。
「尻尾装着!」
容赦なく命令したソルジャーが「あっ」と小さな声を漏らして。
「そうだ、補聴器はどうしよう? 防水性だし付けておく? それとも…」
「見分け易いのは補聴器付きだよ」
会長さんが指摘しました。ソルジャーの大暴走に付き合わされた会長さんは今やすっかり悪戯の権化。自分が火の粉を被らないなら何をしたって平気なのです。フィットネスクラブの貸切予約をバンバン入れてしまったほどに。
「…なるほど、補聴器があればジョミーたちにも分かり易いね。じゃあ、このままにしておこうか。さてと、尻尾もついたことだし…」
次はプールへ、と言われたジョミー君たちがキャプテンを担ぎ上げました。これもコーチの仕事だそうです。教頭先生は会長さんのサイオンでプールに運ばれ、その先は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にバトンタッチ。ジョミー君たちはキャプテンをプールに入れると、自分たちもプールの中やプールサイドに散らばって…。
「練習開始!」
ソルジャーのホイッスルが鳴り、ハーレイズの特訓が始まりました。基本の潜水からですけども、ジョミー君とキース君に支えられて潜ったキャプテン、しょっぱなから水を飲んでしまってガボガボ溺れかかっていたり…。なかなかに前途多難そうです。キャプテン、努力あるのみですよ~!
こうして日々の練習を重ね、技の向上を目指すキャプテン。ジョミー君たちが差し出す輪っかを潜り抜けられずに激突したり、「ぶるぅ」のサイオンに上手く乗れなくて罰にガブリと噛み付かれたりと失敗談には事欠きません。青アザと噛み傷だらけになっても上達までは程遠く…。
「致命的にセンスが無いね」
ソルジャーがプールサイドで呟いたのは本番の二日前でした。細かい指導は会長さんとジョミー君たちに丸投げしていて、自分はホイッスルを吹き鳴らすだけ。それでコーチを名乗るのですから無責任さは折り紙つきです。
「これじゃ本番は全然期待できないよ。音楽つきで華麗に…なんて夢のまた夢って所かな」
「うーん…。身体的にはハーレイとさほど違いはないと思うんだけど…」
何故だろう、と首を傾げた会長さんに「もしかして…」とシロエ君が声をかけました。ちょうどスポーツドリンクを飲みに来ていた所だったのです。
「環境の差じゃないですか? 教頭先生は柔道をやっておられますけど、キャプテンは船長職以外に何もなさってらっしゃらないんじゃ? それに教頭先生はバレエもマスターなさってますし」
「「それだ!」」
会長さんとソルジャーの声が重なりました。
「そうか、基礎だよ、運動の基礎! 同じメニューをやらせてみても吸収率が悪いんだ…」
身体が動きを覚えないのだ、とソルジャーはとても悔しそう。ハーレイズの華麗な舞を見るにはキャプテンの技術を磨き上げるしかないのですけど、基礎が無いんじゃ絶望的です。
「…あーあ、お笑いで終わっちゃうのか…。どっちにしたってお笑いだけど、どうせなら呼吸がピタリと合ったデュエットってヤツを見たかったなぁ…」
残念だ、とソルジャーが肩を落とした所へ会長さんが。
「そうでもないよ? シロエの言葉はぼくにも大いに参考になった。バレエを仕込んだのと同じ方法でいけばいいんだ、サイオンでまるっとコピーするだけ。人魚泳法はハーレイがバッチリ身につけてるし、君のハーレイに伝えるように言っとくよ。…今日の練習が終わったらね」
サウナで寛ぐ間にコピーをすれば明日には完璧、と自信満々の会長さん。その考えに間違いはなく、キャプテンは翌日のプールで別人のように見事な泳ぎを披露しました。ジャンプも輪くぐりも「ぶるぅ」との連携も上手にこなし、教頭先生と『ぶるぅズ』の動きにシンクロするのも朝飯前です。
「やった! 明日はハーレイズを楽しめる。…ぼくたちの仲も晴れて修復」
自分で破壊しちゃったくせにソルジャーは本番の後に仲直りするのが待ち遠しいといった雰囲気でした。そして翌日、期末試験の打ち上げパーティーは焼肉店で至極和やかに…。代金はいつものように教頭先生が一人で支払い、いざプールへ。ジョミー君たちはコーチ役から解放されて制服姿でプールサイドに陣取りました。キャプテンは尻尾の装着法もきちんとマスターしたのです。
「準備いいかい?」
プールの中でスタンバイしているハーレイズと『ぶるぅズ』にソルジャーが声をかけ、合図と共に鳴り出す音楽。大音量のそれは『ぶるぅズ』の十八番の『かみほー♪』でした。ショッキングピンクの大きな図体の人魚が二人と銀色の小さな人魚が二人。音楽に合わせて高くジャンプし、会長さんとソルジャーがサイオンで操る輪っかをくぐって宙返りして…。
「「かみお~ん♪」」
サビに合わせて歌うのは『ぶるぅズ』だけですけれど、体格がいいハーレイズの二人がダイナミックに飛び跳ねるのは見応え十分、味わいたっぷり。もちろん笑いもてんこ盛りです。特訓中は気が張っていて笑うどころじゃなかっただけに、今日は笑って笑い転げて…。
「ハーレイ、とても良かったよ。…お疲れさま」
プールからサイオンで引き上げたキャプテンの身体にソルジャーがタオルをかけました。いつもなら更衣室までTバックだけで行かせているのに船長服まで用意しています。
「尻尾を脱いだらすぐに着て。もう絶交なんて言いやしないし、マンネリだって気にしない。…早く帰って仲良くしたいな」
逞しい人魚の泳ぎを見てたら堪らなくなった、とソルジャーは熱い吐息を漏らして。
「そうだ、こっちのハーレイにハーレイズのお礼をしなくっちゃね。お前のために必死に協力してくれたんだし、サイオンで技も貰ったし…。このお礼には何がいいかな? サイオンにはやっぱりサイオンかな…?」
ねえ? とキャプテンをサイオンで素早く船長服に着替えさせ、その耳元で囁くソルジャー。何か相談を受けたらしいキャプテンは「そうですね」と頷いて。
「そんな事情があるのでしたら、確かにそれが一番でしょう。…こんなお礼は如何ですか?」
問い掛けられた教頭先生は耳まで真っ赤になりましたけど、差し出された手に手を重ねました。キャプテンと教頭先生のサイオンが淡い緑の光を放って同調し合った次の瞬間。
「「「!!?」」」
人魚の尻尾を着けたままだった教頭先生の鼻から赤い筋がツツーッと垂れて、大きな身体がプールサイドに仰向けに…ドッターン! 何が起きたのか訳が分からず大混乱の私たちの耳にソルジャーの声が…。
「最高のお礼をしたと思ったんだけど、オーバーヒートしちゃったらしい。ブルーと結婚する日を夢見て童貞のままのハーレイのためにテクニックを伝授させたのさ。…初めての夜もパーフェクト! これでブルーも大満足、っていうテクを直接送り込んだのに…」
暴発しちゃったみたいだよ、とソルジャーの声が笑いを含んで消えてゆきます。
「みんな、色々とありがとう。ハーレイズ、ほんとに楽しかったよ。…ハーレイの尻尾、多分しばらく外れないと思う。テクニックは全部零れて消し飛んだけど、下半身だけは正直だから」
クスクスクス…と遠ざかる声。お大事に、と聞こえてきたのはソルジャーだったのかキャプテンなのか。二人の痴話喧嘩が元で結成されたハーレイズは自然解消でした。ぶるぅズもお別れしたみたいです。…えっと、壮大なショーでしたけど、教頭先生、大丈夫ですか? 人魚の尻尾はジョミー君たちがきっと外してくれますからね~!
教頭先生人魚の特訓秘話は思わぬ方向へ転がりました。練習にはソルジャーが一枚噛んでいたばかりか、イルカショーを企画したのも会長さんとの共同作業だというのです。あまつさえ教頭先生と共に華麗な技を披露した「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーの世界の「ぶるぅ」と一緒に人魚泳法で遊んでいたらしく…『ぶるぅズ』なんて可愛い名前がついていたではありませんか。
「「かみお~ん♪」」
銀色の人魚の尻尾をつけた『ぶるぅズ』の二人は御機嫌でした。私たちは会長さんのマンションから瞬間移動でフィットネスクラブのプールサイドに来ています。週末なのにプールは貸し切り。二人の人魚は会長さんとソルジャーの許可を貰うと高くジャンプして飛び込み用の深いプールにダイブしました。間もなくザバッと水飛沫が上がり、息の合った二人が宙に舞い…。
「うん、ぶるぅズは今日も絶好調だね」
ソルジャーがホイッスルを取り出して鋭く吹くと、二人は次から次へと技を繰り出し始めます。そうかと思えば会長さんがホイッスルを吹き、ソルジャーがプールの上に差し出した輪っかの中を二人がピョーンとくぐったり。
「なるほど…。確かにイルカショーのと同じだな」
キース君が感心したように呟き、会長さんとソルジャーは得意満面。二人の人魚は様々なメニューをこなしまくって散々遊んで、ニコニコ笑顔で上がって来ました。
「楽しかったぁ~!」
「ぶるぅズ、やっぱり最高だよね!」
尻尾でピョンピョン飛び跳ねながら二人の姿はロッカールームの方へと消えて…。
「しばらくは戻ってこないと思うよ。サウナがお気に入りだから」
練習の後のお楽しみ、とソルジャーが笑みを浮かべます。
「ぶるぅズもサウナが好きなんだけど、ハーレイの方も好きだったねえ…。人魚の尻尾から解放されて、ゆったりと過ごす癒しのひととき。心の中は御褒美のことで一杯になって」
特訓の御褒美だったソルジャーのキスはサウナでサッパリした後に一対一で貰っていたのだとか。会長さんと瓜二つのソルジャーだけに、教頭先生、少しはときめいていたようです。しかもソルジャーはキスとセットで「ショーが成功したら本物のブルーがキスするからね」と囁くことを忘れないのですから、キスはほんのり甘かった筈。
「だから飴だって言っていたのさ。…ハーレイの涙ぐましい努力に報いるためには飴が一番! たまに効きすぎて恥ずかしいことになっちゃったけどね」
クスクスクス…と笑うソルジャー。恥ずかしいことって何でしょう? 教頭先生は御褒美を励みに特訓していたと聞きましたけど、御褒美の飴が効き過ぎちゃったらどうして恥ずかしいことに…? 意味が分からず首を傾げる私たちに、ソルジャーはパチンとウインクしてみせて。
「…ぼくは水の中でも平気でいられるって言っただろう? ハーレイの特訓を手伝うためにプールに入る日も多かったんだ。ブルーみたいにプールの外から指導するより、中に入って手とり足とり…いや、足というより尻尾かな? とにかく直接出向いた方が分かり易いってこともあるから」
ソルジャーはプールの中から声や思念波で檄を飛ばしてコーチをやっていたのでした。しかもコーチというだけではなく…。
「ハーレイとサシで向き合ってると、悪戯心が起こるんだよね。真面目な顔を見ている内に、つい、からかってみたくなる。…それで特訓の終わり近くにハーレイの側を泳いでみてさ、こう、唇を近付けて…御褒美を目の前にちらつかせたり」
水中でキスの寸止め、とソルジャーは悪戯っぽい笑みを湛えて一呼吸おいて。
「どう恥ずかしくなるのか、って? ほら、ハーレイはブルーに日頃から夢を見ているからね、一気に妄想が爆発する時があるんだよ。…すると尻尾が外れなくなる」
「「「えっ?」」」
「専用下着かノーパンでないと装着不可な尻尾だろう? ぴったりフィットが売りなんだ。なのに着用しているハーレイの体積が増えてしまったらどうなると思う?」
えっと。体積が増えるって…ひょっとして…? 私たちが頬を赤らめるのと、会長さんがブチ切れたのとは同時でした。
「ブルー!!! 子供相手に何を言うのさ!」
「この程度の話は常識だよ。授業で教わる範囲なんだし、そう目くじらを立てなくっても…」
「授業と実地は違うんだってば!!」
余計なことを、と会長さんは眉を吊り上げましたが…。
「欲情されたくらいのことでガタガタ言ってちゃ悪戯できなくなっちゃうじゃないか。いつも色々やってるくせに」
ねえ? と同意を求めてくるソルジャー。会長さんがやらかしてきた悪戯の中にはアヤシイものも数知れず。教頭先生が鼻血を噴かされたのも一度や二度ではないわけで…。私たちの沈黙を肯定と取ったソルジャーは満足そうに微笑みました。
「ブルー、この子たちはちゃんと分かっているよ。…つまりね、人魚の尻尾はハーレイの体積が増えるとサイズがきつくなっちゃうのさ。するとファスナーが外れなくなって、欲情してるのが丸わかりってこと」
「「「………」」」
それはとっても恥ずかしそうです。教頭先生、何度その目に遭ったのでしょう? コーチ役のソルジャーが仕掛け人だけに、片手の指では足りないんでしょうね…。
ぶるぅズの二人がいつもの服に着替えて帰ってきてから、私たちは再び瞬間移動。会長さんのマンションに戻って夕食ですが、メインはマグロのガーリックステーキ。ニンニクと溶き卵の美味しいスープもありました。でも…このメインディッシュはどう見ても…。
「そう、人魚姫絵本の王子様さ」
マグロだしね、と会長さんが優雅にナイフで切り分けています。
「ハーレイ人魚の特訓秘話の打ち上げにもってこいだろう? ブルーがコーチをしていたことも話したんだし、みんな満足してくれたかな?」
「うーん…。一応はね」
やっぱりちょっと物足りない、とジョミー君が頬を膨らませました。
「教頭先生が特訓している所も一回くらいは見てみたかったよ。…水族館でやってたショーは誰でも見られたんだもの」
「馬鹿!」
横から飛んだのはキース君の声。
「ブルーの話をきちんと聞いていたのか、ジョミー? 特訓のコーチはブルーだけではなかったんだぞ!」
「そうだよ、ジョミー。ぼく一人で特訓していたんなら喜んで呼んであげたけど…」
余計な誰かが降って湧いたし…、と会長さんも残念そうです。教頭先生の人魚の尻尾を外れなくしてしまうようなソルジャーがウロウロしていたのでは危険極まりありません。他にも何か悪戯してたかもしれないですし…。
「してないよ? ぼくがしたのはキスだけだってば」
やりすぎるとブルーが怒るしね、とソルジャーが肩を竦めてみせました。
「特訓一回につき御褒美のキスを一回プレゼント。それと水族館でショーを終えた後に濃厚なキスを贈ったけれど…ブルーじゃないって分かってたくせにハーレイの尻尾は外れなくなった。…妄想が現実を凌駕したのさ」
人魚の尻尾が取れなくなった教頭先生、水族館の控え室でとっても苦労したのだそうです。ソルジャーが「尻尾を外すのを手伝ってあげる」と親切ぶってあれこれ触りまくったせいで、尻尾は余計にきつくなってしまい…。要するに苛めというヤツです。
「苛めてない! ハーレイが喜びそうな場所を軽くなぞってあげたんじゃないか。サービス精神と言ってほしいな」
「だけど半時間も外れなかったよね、あの尻尾。別にいいけどさ…。ぼくはその場にいたわけじゃないし、スケベ心をくすぐられた方が悪いわけだし」
ハーレイの自業自得、と会長さんも冷たい顔。人魚ショーの裏では私たちの知らない悲劇が色々と起こっていたのでした。それに比べてさっき見てきた『ぶるぅズ』の方は元気一杯、無邪気な笑顔。同じ人魚でも雲泥の差です。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の技を褒め、照れる二人に質問三昧。
「サイオンを使わないとジャンプは無理?」
「輪くぐり、最初は難しかった?」
などなど、人魚泳法に関する話をしながら楽しく過ごしていたのですけど…。
「ぶるぅズばっかり人気なんだ?」
つまらないや、とソルジャーが一気飲みしたのはサングリア。フルーツがたっぷり漬かった飲み物で私たちの分はソーダとオレンジジュース入り、ソルジャーと会長さんのは赤ワインがメインになっています。ソルジャーは自分のグラスに更にラム酒を加えていたり…。お酒に強いソルジャーとはいえ、いい気分にはなっている様子。
「どうしてみんなぶるぅズなのさ! ハーレイだって見応えあったと思うんだけどな」
「…それはそうだが…」
ベクトルが、と生真面目に答えるキース君。
「教頭先生の方は何と言うか…。技は確かに見事なんだが、見ていて気の毒になってくるんだ。痛々しい感じがどうしても…。その点、ぶるぅズは子供だけあって微笑ましい。頑張ってるな、と素直に応援してやれる」
「……ふうん? 努力はハーレイの方が倍以上やっていたんだけどねえ…。外見で損をしているのかな? 正当な評価を得られないとは可哀想に。輪くぐりなんかをあの図体でマスターするのは大変だった」
打ち身に青アザ、とソルジャーは練習風景を回想しながら語りました。
「あんなに必死に頑張ったのに、ぶるぅズの方がウケがいいなんて皮肉だよね。もっとハーレイを褒めてあげてもいいのにさ」
「しかし…」
見た目の違いはどうしようもないだろう、とキース君が返し、私たちも頷きます。可愛さでいけば断然『ぶるぅズ』。いくら教頭先生の技術が凄くったって容姿はカバーできません。もう一度見るなら『ぶるぅズ』がいい、と全員一致で断言した直後。
「……そうなんだ……」
ソルジャーの声が地を這うような響きになって、そこで一杯、サングリア。景気づけの如く二杯、三杯と飲み干してから打って変って明るい笑顔で…。
「だよね、やっぱりぶるぅズだよね! 可愛くて無邪気で、ぶるぅズ、最高! で、ぶるぅズがいるんだからさ、ここで一発ハーレイズ! ハーレイズも見たいと思わないかい?」
「「「ハーレイズ!?」」」
「うん、ぜひプロデュースしてみたい。どう思う、ブルー?」
ハーレイズだよ、と会長さんに話を振るソルジャー。…ハーレイズって……ぶるぅズがいるからハーレイズって…? どう考えても複数形の響きです。教頭先生は一人だけしかいないんですけど、ハーレイズっていうのは何なんですか~!
サングリアのグラス片手に会長さんに迫るソルジャーはすっかりその気になっていました。頭の中には既にビジョンがあるみたいです。
「やってみようよ、ハーレイズ! 特訓すればきっと出来るさ」
「…ブルー…。念のために確認したいんだけど、ハーレイズって……ぶるぅズのノリでハーレイズかい? もしかしなくてもハーレイが二人…?」
会長さんの声が震えています。ソルジャーは大きく頷き、グラスを高く差し上げて。
「そうに決まっているじゃないか。ぶるぅが二人でぶるぅズだよ? ハーレイズはもちろんハーレイが二人! 君のハーレイとぼくのハーレイがタッグを組めば素敵なショーになりそうだ。…さあ、ハーレイズの栄えある前途に乾杯しよう!」
げげっ。ハーレイズってそういう意味でしたか! 私たちはピキンと固まってしまい、会長さんはオロオロと…。
「ちょ、ちょっと…! ブルー、そんなとんでもないことを勝手に決めちゃ…。ぶるぅ、お冷やを持ってきてあげて。飲み過ぎちゃったらしいから」
「酔ってない! ぼくがこの程度で酔うわけないだろ? 至って正気で思考も冷静、むしろ冴えてる方だと思うな。我ながらいい思い付きだよ、ハーレイズ。ぶるぅズなんかに負けやしないさ、ダイナミックな技が光るし」
なんと言っても体格差がね、とソルジャーはにこやかに笑っています。酔っ払いの戯言なのか、本気でやらせるつもりなのか…。ソルジャーの心は読めません。会長さんも同じらしくて「そるじゃぁ・ぶるぅ」に冷たい水を持ってこさせてみたのですけど。
「要らないってば、そんなもの。それよりもハーレイズの企画を練らなくちゃ! 人魚の尻尾は注文してからどのくらいで出来てくるんだい?」
ソルジャーは聞く耳を持っていませんでした。ハーレイが二人でハーレイズなんて言い出したからには、ソルジャーの世界に住む教頭先生のそっくりさんを引っ張ってくる気なのでしょう。私たちが普段キャプテンと呼んでいる人ですけれど、ソルジャーの恋人だったんじゃあ…? 自分の恋人にお世辞にもカッコイイとは言えない人魚の格好をさせようだなんて、ソルジャー、やっぱり酔ってるのでは…?
「……ブルー……」
会長さんが額を押さえて呻きました。
「君は少し頭を冷やした方がいい。自分でも何を喋っているのか全然分かってないだろう? とにかく今夜はゆっくり休んで、話の続きは明日の朝にでも…」
「失敬だね。これでもぼくはソルジャーだよ? 海賊たちと飲み比べをしても負けた覚えは一度もないんだ。ハーレイズのことなら責任を持って引き受けるさ。要はぼくのハーレイを連れてくればいいってことだろう?」
言うなり青いサイオンが迸りかけるのを会長さんがパシッと止めて。
「だからどうしてそうなるのさ! 君の世界のハーレイに人魚の尻尾をつけようだなんて無茶苦茶だよ。…ハーレイがあの格好をどれだけ情けなく思っていたかは君だってよく知ってるくせに!」
「……だからこそさ」
ソルジャーの赤い瞳が冷たい光を帯びています。唇の端には冷酷な笑み。
「Tバックを履くかノーパンか。それだけでもハーレイは大きなショックを受けるだろうね。その上、装着するのは人魚の尻尾だ。更にショーまでやるとなったら情けないなんてレベルじゃないし、今のハーレイにピッタリ似合いの話なんだよ、ハーレイズ。…ぼくを怒らせると高くつくって思い知らせてやらなくちゃ」
「「「え…?」」」
会長さんだけでなく私たちまでが『?』マークの塊です。ひょっとしてソルジャー、キャプテンと喧嘩の真っ最中とか?
「面と向かって喧嘩中ではないんだけれど…。ハーレイのヘタレっぷりにはつくづく愛想が尽きてきていて、この辺で喝を入れてやらなきゃ気が済まない。口で謝るのは何とでも言える。…ぼくを愛していると言うなら態度で示して貰いたいから」
愛の証にハーレイズ! とソルジャーは拳を握りました。…キャプテン、何かヘマをやらかしましたか? いつぞやのフェイクタトゥー絡みの一件みたいに致命的なミスを犯しましたか…?
「ああ…。タトゥーか、そういうこともあったね」
誰の思考が零れていたのか、ソルジャーはクスクス笑っています。以前、ソルジャーが背中にフェイクタトゥーを描いて貰って帰ったことがありました。描いたのは教頭先生でしたが、描かれた場所が問題で…。要するに大人の時間に役立てるために『感じる場所』とやらに描かせたのです。タトゥーを頼りに頑張ったらしいキャプテン、その絵が消えてしまった途端に肝心の箇所が分からなくなって詰られたという悲惨な事件。
「あの時もハーレイがこっちの世界に転がり込んで来たんだっけ。挙句に土下座で謝って…。どうやらハーレイは謝るためにやって来る傾向があるらしい。この世界との間の時空はぼくが繋いでいるんだけどね。…こういうのをお詫び行脚と言うのかな? 今回ぼくが怒っているのはタトゥーのせいじゃないんだけどさ」
「「「………」」」
タトゥーでなければ何なのだ、と訊けるツワモノはいませんでした。知りたいような、けれど知ってはいけないような…。会長さんも複雑な顔をしています。と、ソルジャーがニヤリと唇の端を吊り上げて。
「…ヒントも実は人魚なんだよ。もっとヒントを付け加えるなら棚の上かな」
「「「棚の上?」」」
見上げた先に置かれていたのは教頭先生人魚の像。他にも趣味のいい置物やフィシスさんの写真なんかが飾られていますが、今の話の流れから言ってヒントというのはあの像でしょう。鈍い金色を放つジルナイトの像がどうしたと…?
「もう忘れた? 物置にノルディ人形も突っ込んである筈だよね。…あの人魚像はブルーが作ったヤツだけれども、ノルディ人形はぼくが作った。そのついでに二つほど人形を作って、こっちの世界でお披露目もして見せたじゃないか」
「「「!!!」」」
全員の目が点になっていたと思います。ソルジャーが作ったジルナイト製の人形は全部で三つ。モデルになったのはドクター・ノルディとソルジャー自身、それにソルジャーの世界に住むキャプテン。あの時、ソルジャーがキャプテンの人形でアヤシイ悪戯をしてましたっけ。悪戯を仕掛けられてしまったキャプテン、青の間のバスルームに駆け込んで孤独に噴火がどうとかこうとか…。
「ふふ、全部思い出してくれたんだ? だったらぼくの人形の方がどうなったかも覚えてる? あっちの方はハーレイが…」
「ブルーっ!!!」
怒鳴り付けたのは会長さん。けれどソルジャーは怯みもせずに…。
「そう、ハーレイがぼくを感じさせるために使ってるのさ、只今絶賛修行中。だけど前にも言っただろう? ヘタレには荷が重すぎる、って。…あれからずいぶん日が経ったのに、ぼくは未だに満足できない。脱・マンネリには程遠いんだ」
フウと溜息を吐き出すソルジャー。
「ハーレイが潔くギブアップするならそれでもいい。…なのにヘタレなせいなんだろうね、謝るばかりで何かと言えば次こそは…だ。次の機会には必ずあなたを満足させてみせますから…って決まり文句は聞き飽きたよ。この辺で一度リセットしなきゃ」
「……聞きたくないけどリセットって何さ?」
会長さんの問いにソルジャーはフンと鼻を鳴らして。
「ハーレイのヘタレが直らないのは分かってる。だからヘタレはヘタレらしく! ヘタレっぷりを極めてくれれば愛も再び芽吹くってものさ。…仕切り直してヘタレな愛を示して貰う」
「……ヘタレな愛……」
なんじゃそりゃ、と考えたのは会長さんも私たちも同じでした。けれどソルジャーは自信満々、ヘタレな愛の仕切り直しに思いを馳せているようで…。
「こんな時こそ身体を張ってヘタレを愛に変えるんだ。ぼくが人魚になれと言ったら人魚になるのが究極の愛。人魚のショーを見たいと言ったら人魚ショー! ハーレイズとして華麗にデビューがハーレイからの謝罪と愛だと考えたって問題ないよね、ぼくとハーレイの仲だから」
是非やろう、とテーブルに身を乗り出すソルジャー。それを聞いていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」も瞳を輝かせて。
「かみお~ん♪ ハーレイも人魚になるの?」
「ぼくたち、もしかして先輩になるの? ぶるぅズの方が先なんだもんね!」
わーい! と歓声を上げて喜ぶ『ぶるぅズ』の二人。これはハーレイズ決定ですか? キャプテン、あちらの世界から引っ張り込まれて人魚泳法の特訓ですか…?
後輩が出来るかもしれないと聞いて『ぶるぅズ』の二人は大興奮。おまけにタイプ・グリーンな教頭先生の人魚ショーには「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンの補助が必須でした。タイプ・グリーンはシールド能力に優れてますけど、物の移動には向きません。自分の身体を空中高く舞い上がらせるサイオンは無いに等しいのです。それはソルジャーの世界のキャプテンにも言えることだったらしく…。
「じゃあ、ぼくがハーレイを助けてあげなきゃいけないんだね? だけどとっても面白そう!」
堂々とパパで遊べるよ、と「ぶるぅ」はキャプテンをパパ呼ばわり。
「普段は噛み付いただけで怒られちゃうけど、訓練だったら噛んでもいいかなぁ? 上手くできなきゃお仕置きするって動物のショーでよくあるんでしょ? お腹が空いても餌をあげずに訓練するのがコツだって…」
ライブラリでそんなデータを見たよ、と「ぶるぅ」は胸を張りました。
「今は餌をあげるかどうかで訓練するけど、ずっと昔は失敗したら鞭でぶったりしてたんだよね? 鞭の代わりに噛んじゃおうかな、ハーレイが失敗しちゃったら…」
「うん、いいね」
さも楽しそうに微笑むソルジャー。
「負うた子に教えられて浅瀬を渡る…って言うんだっけ? ぶるぅはハーレイの子供なんだし、遠慮なくビシビシしごくといいよ。こっちのぶるぅは噛み付いたりはしなかったけど」
視線を向けられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「だって…」と少し困った顔。
「人に噛み付いたらいけないよ、ってブルーに教えられたもん! サムに殴られた時はビックリしちゃって噛んじゃったけど、ぶるぅみたいに噛むのが好きなわけじゃないんだもの。それに……ぼく、まだハーレイの子供じゃないしね。ブルーがハーレイと結婚したらハーレイがパパになるんだよ」
「…へえ?」
それはそれは…とソルジャーは好奇心に輝く瞳で「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見詰めました。
「ブルーがハーレイと結婚ねえ…。そしたらパパができるんだ? もしかして…ぶるぅはパパが欲しいのかな?」
「…ううん、パパは欲しいけど要らないよ。ハーレイがパパになってくれたら嬉しいなぁ、って思っちゃうけど、そしたらブルーが困るしね…。ブルーはお嫁さんになりたくないから」
いつもいい子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生が大好きです。シャングリラ号で鬼ごっこをして貰うんだ、と嬉しそうに言っていたのを覚えていますし、その後、本当に遊んで貰ったようですし…。教頭先生がパパになったらいいな、と夢見ているのは本当でしょう。なのに会長さんの気持ち優先で自分は我慢。
「なるほど…。将を射んと欲すればまず馬を射よ、というヤツか。…君のハーレイはぶるぅの心をガッチリ掴んでいるらしい。ぼくのハーレイとは大違いだね。あっちは噛まれてばっかりだから」
クスクスクス…とソルジャーは思い出し笑いをしています。
「さてと、そのハーレイを呼ぼうかな? 善は急げと言うからね。ハーレイズを結成するなら早ければ早いほどいいと思うし、人魚の尻尾も誂えないといけないし…。まずは呼び出して採寸かな? 尻尾の注文先はどこだい?」
うわぁぁぁ…。ソルジャー、本気ですよ! キャプテンをここへ引っ張ってきて無理やり採寸するつもりです。誰か止められる人はいないんでしょうか? 会長さんに言われたところで断念するわけないんですから「ぶるぅ」とか? あぁぁ、「ぶるぅ」もワクワクしてます。
「ねえねえ、早くハーレイ呼ぼうよ! 色々教えてあげるんだ。でもってガブッと噛み付いちゃおうっと♪」
「尻尾は噛んでも痛くないから、噛み付くんなら腕がいいかな?」
こうガブリと、と調子に乗って煽るソルジャー。会長さんはソルジャーの大暴走を止められそうもありません。このまま行けば数日の内に人魚の尻尾が注文されて、フィットネスクラブの飛び込み用プールでキャプテンと教頭先生が『ぶるぅズ』を追ってデビューです。誰が呼んだか『ハーレイズ』…って、呼んだのはソルジャーでしたっけ。誰か…誰か、ソルジャーを止めて~!
大爆笑だった校外学習が済むと期末試験がもうすぐでした。校内は殺気立った雰囲気でしたが、1年A組は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の御利益パワーを信じているので至って平和。教頭先生人魚に関する話題がまだまだ熱く語られています。そんな中、教室の一番後ろに会長さんの机が増えて。
「おはよう。今日は期末試験の日程が発表になるからね」
みんなのために出てきたんだよ、と笑顔を振りまく会長さんはワッと大勢に取り囲まれてしまいました。
「教頭先生が人魚ショーを企画なさったって本当ですか?」
「ぼくはゼル先生が黒幕だって聞いたんですけど、実際の所はどうなんですか?」
会長さんの担任が教頭先生だとクラスメイトは知っています。質問攻めに遭った会長さんは困ったように微笑んで。
「…詳しいことは知らないんだよ。ぼくも生徒に過ぎないからね、先生方の事情はサッパリで…。ぶるぅの出演はOKしたけど」
「そうなんですか…」
残念です、と肩を落とすクラスメイトたち。やがてグレイブ先生が靴音も高く現れ、来週の月曜日から金曜日までの五日間に亘る期末試験が告げられました。朝のホームルームが終わると、会長さんは姿を消してそれっきり。
「授業に出る気もないらしいな…」
呆れたもんだ、とキース君が空席になった机を眺め、ジョミー君が。
「今日は古典の授業もないしね。…ブルー、教頭先生の授業以外に興味ないから」
「興味と言うより悪戯目当ての出席だがな」
溜息をつくキース君。会長さんが古典の授業に出席した時は爆笑モノの悪戯書きが回されてきたり、わざと倒れて授業を中断してみたり。最悪だったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が途中で現れ、「アイスクリームを買いに行くから」とクラス中に注文を取って回ったヤツです。板書していた教頭先生が振り向くと全員がアイスを食べていたという…。あれは去年のことでしたが。
「ブルーが来ると教頭先生、確実にババを引かされるもんね。来ない時でも引いてるけどさ」
こないだの校外学習とか…と言いかけたジョミー君に「シッ!」と注意するキース君。
「今度はお前がババを引くぞ? ブルーに口止めされただろうが」
「そうだったっけ…」
危なかった、とジョミー君は周囲を見回しています。幸い、クラスメイトは誰も聞いてはいませんでした。教頭先生の人魚ショーを企画したのが会長さんだというのは秘密。生徒たちは真相を知らされないまま、無責任な噂を流しています。
「あいつ、どこまで腹黒いんだか…。教頭先生の隠し芸だと信じてるヤツも多いじゃないか」
気の毒すぎる、と呟くキース君にシロエ君が。
「会長らしいじゃないですか。教頭先生が笑い物になればなるほど喜ぶ人です。…ぼくたちだって笑い物になりたくなければ黙っているしかないわけで…」
「…緘口令を破ったヤツは一人で男子シンクロだったな。みゆかスウェナが喋った場合はジャンケンで負けた男が代理に立つ、と…」
えげつない脅しをかけられている私たちですが、男子シンクロで思い出すのは会長さんの大嘘です。数学同好会に男子シンクロを指導中だと偽の情報を流しておいて、実の所は教頭先生に人魚泳法を仕込んでいたという…。
「…特訓の中身、教えてもらっていませんよね…」
指を顎に当てるマツカ君。
「解禁日は今日じゃなかったですか? 期末試験の日程が発表になったら…って約束でしたよ」
「そうだわ。話せば長くなるからって…」
スウェナちゃんが相槌を打ち、私たちの心は一気に放課後へ飛んでいました。試験前は部活がお休みになり、柔道部三人組もゆっくり時間が取れるのです。その頃になれば人魚ショーの特訓に纏わる全てを明かす、と会長さんから聞いてましたっけ。なんだかドキドキしてきました。早く授業が終わらないかな…。
終礼が済むと、私たちは影の生徒会室へ一目散。壁をすり抜け、飛び込んで行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎えです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
おやつ出来てるよ、と並べられたのは洋梨のコンポートのバニラアイス添え。フルーツたっぷりのクレープなんかもあるんですけど、誰もがソワソワ落ち着きません。会長さんはいつになったら話を始めてくれるんでしょう?
「…なんだ、忘れていなかったんだ?」
手がお留守だよ、と指摘されてスプーンやフォークを慌てて動かす私たち。会長さんはクスクスと笑い、紅茶のカップをコトンと置いて。
「ハーレイ人魚の特訓秘話がよほど気になるみたいだね。…そんなに聞きたい?」
「ああ。大いに気になる所だな」
キース君が口を開きました。
「俺たちにも内緒で企画したなんて、サプライズにも程があるだろう? 俺たちは信用されてないのか、他に事情があったのか…。いくら考えてもサッパリ分からん」
「なるほどね。ジョミーあたりがウッカリ喋ってしまいそうだと思っていたのは事実だけれど…。本当はハーレイの心の問題。君たちが知ったら練習を見たくなるだろう? 大勢が見物していたんでは訓練に集中できないよ」
「そうか? 教頭先生は心身の鍛錬を積んでおられる。見物人ごときで揺らぐようには思えんが…」
「……バレちゃったか」
突っ込まれた会長さんは肩を竦めて。
「確かにハーレイの心は強いよ、集中力に関してはね。だけど人魚ショーをやれって言ったら真っ赤になって、言い訳を並べて逃げようとした。あの格好は恥ずかしいらしい。だから脅してやったんだ。…やらなかったら抱き枕を処分するけどいいのかい、って」
「「「抱き枕!?」」」
「そう。君たちとブルーが作ってくれた抱き枕だよ」
特注品の、とニヤリと笑う会長さん。ソルジャーが会長さんの名前で注文した抱き枕は今もハッキリ覚えていますが、あれって処分してないんですか? とっくの昔に会長さんが消し去ったものと思ってたのに…。
「残念ながら出来ないんだ。処分したら即、ブルーにバレる。そしたら新しいのを注文されて恥の上塗りになるってわけさ、このぼくが。…ぶるぅがサイオンでコーティングまでしてくれちゃったし、もうハーレイの家宝だよね。でも、ハーレイには処分不可能ってバレていないし」
「「「………」」」
「あの枕、ハーレイはとても大事にしてるんだ。だから人魚ショーにも出演せざるを得なかった。…で、特訓を始めてみたら厄介なことになっちゃってさ…。それで内緒にしていたんだよ。その厄介な事情については、ちょっと此処では話せないかな」
えっ、そんなぁ…。今日こそ聞けると思ってたのに…。
「もう少しだけ待ちたまえ。…土曜日に家に泊まりにおいでよ、今度こそ全部教えるからさ。お客様があるとぶるぅも喜ぶ。それに今更、試験勉強は必要ないだろう?」
「えっと…」
そうかもね、とジョミー君。私たちは三度目の1年生ですし、試験の度に会長さんが知識のフォローをしてくれた結果、実力はバッチリ身についています。会長さんの力を借りなくたって、全科目で満点が取れちゃうほどに。会長さんは私たちを見渡し、勝手に決めてしまいました。
「じゃあ、今週の土曜日に。昼御飯を用意して待ってるからね」
「「「はーい…」」」
教頭先生人魚の特訓秘話はもう少しだけ先延ばし。厄介事が気になりますけど、お預けじゃ仕方ないですよね…。
待ちに待った土曜日が訪れ、私たちはお泊まり用の荷物を持って会長さんのマンション前に集合しました。入口のロックを外してもらい、エレベーターに乗って最上階へ。玄関のチャイムを鳴らすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が扉を開けてくれます。
「かみお~ん♪ ブルーが待ってるよ!」
荷物はいつもの部屋に置いてね、とゲストルームに案内されて、それから向かったダイニング。美味しそうな匂いが漂ってきます。お昼御飯も期待できそう! いそいそと中に入っていくと…。
「「こんにちは」」
そこには会長さんが二人いました。…ということは片方は…。
「やあ。ゆっくり会うのは久しぶりだね」
ニッコリと微笑んだ方がどうやらソルジャーらしいです。おやつ目当てに何度か姿を見せてましたが、特に騒ぎを起こすこともなく平穏な日々が流れていたので最近は気にしていませんでした。でも…「ゆっくり」だなんて言われてしまうと嫌な予感がひしひしと…。
「うーん、そんなに信用ないかな? 今日のぼくはあくまでゲストで、呼んだのはブルーなんだけど?」
「「「え?」」」
会長さんがソルジャーを呼んだ? 押しかけられたわけではなくて…? 私たちの視線を浴びた会長さんは「本当だよ」と苦笑して。
「…厄介な事情っていうのはブルー絡みで、ブルーを抜きに特訓秘話は語れない。でも学校へ呼ぶと危ないだろう? 同じ敷地内にハーレイがいるし…。悪戯防止に日を改めたっていうわけさ。それで納得できたかな?」
コクコクと頷く私たち。教頭先生人魚の特訓にソルジャーが関わっていたとは驚きです。それじゃ、おやつを食べに来てたのは…。
「ウォーミングアップってヤツらしいよ。おやつを食べてから帰ったふりをしてこっちへ移動。ゲストルームで昼寝した後、フィットネスクラブに出勤するわけ。…ブルーもコーチをしてたんだ」
「「「!!!」」」
衝撃の事実に私たちは声も出ませんでした。呆然としている間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がロブスターのパエリアを取り分けてくれます。
「人魚ショーについて語るんだからね。海の幸は必須だろう?」
会長さんはご機嫌でした。厄介事だと言っていたのに、ソルジャーとの間にわだかまりとかは無いのでしょうか? 抱き枕とか、抱き枕とか、抱き枕とか…。
「ブルーが出たのは抱き枕のせいってわけでもないし」
いつも覗き見してるんだから、と笑う会長さんにソルジャーが。
「出たって何さ、オバケみたいに! ぼくは遊びに来てみただけで、覗き見だって気が向いた時しかしてないし!」
「…その割にやたらと詳しいよね…」
「楽しい匂いはすぐ分かるんだ」
どんな匂いだ、と心で突っ込む私たち。どうやらソルジャーは会長さんの動きを察知して空間を越えて来たようです。それっていったいどの時点から…?
「見ていたのはね、ブルーがハーレイを脅しにかかった所から。人魚の格好で大水槽に潜りに行け、って」
つまり最初から筒抜けだったわけですか…。あれ? 大水槽に潜るって…イルカショーに出演するんじゃなくて?
「…潜るだけの予定だったんだよ」
初めはね、と会長さんが口を挟みました。
「ハーレイは素潜りが得意だからさ、せっかく人魚の尻尾を誂えたんだし大水槽で潜ればいいかと…。あそこはダイバーが大水槽に潜ってくるのが売りだろう? 特に仮装はしてなくっても、見ている人との交信とかさ」
言われてみればそういうショーがありました。水槽の中のダイバーが観客の質問に答えてくれたり、魚の写真を撮ってくれたり…。会長さんが素潜りショーを思い付いたのは自然な流れかもしれません。教頭先生人魚の尻尾は泳げる仕様なのですから。
「大水槽で潜らせるには練習しないといけないしね…。フィットネスクラブに深いプールがあったっけ、と思って会員になったんだ。それでハーレイを引っ張って行って、練習してたらブルーが来ちゃった」
「…覗き見だけのつもりだったんだけど…。実際に見たくなっちゃってさ」
本物を、と人差し指を立てるソルジャー。もしかして人魚ショーの真の黒幕はソルジャーだったりする…のでしょうか? まさか…まさか……ね…。
昼食を終えてリビングに移動してから特訓秘話が始まりました。口火を切ったのはソルジャーです。
「ブルーは厳しいだけだったんだよ。…あれじゃ駄目だね」
「あれで十分と判断してた!」
即座に反論する会長さんにソルジャーはウインクしてみせて。
「飴と鞭とを使い分けるのがコツなのさ。鞭を振り回しているだけじゃ伸びない」
「それは君の方のハーレイだろう? こっちにはこっちの事情があって!」
「無理無理、脅すだけでは絶対に無理。笑顔で演技をさせたかったら、やっぱり飴をあげないとね。御褒美は絶対、必要不可欠! 実際うまくいったじゃないか」
え。飴? 御褒美? 教頭先生の人魚ショー、顔で笑って心で泣いての演技だったのか、演技ではなく本物の笑顔だったのか……ずっと疑問に思ってましたが、御褒美つきなら笑顔は本物?
「うーん…。その辺はちょっと複雑なんだけど」
ソルジャーは少し考えてから。
「ハーレイが人魚ショーを楽しんでいたか、という観点で言えば答えはノーだね。でも自然と笑顔が出てきた筈だよ、御褒美のことを考えただけで」
「…その御褒美っていうのは何なんだ?」
おおっ、キース君、よくぞ尋ねてくれました! 会長さんは苦虫を噛み潰したような顔ですけれど、ソルジャーの方は嬉々として。
「ブルーからのキスさ」
「「「えっ!?」」」
私たちの声は完全に裏返っていたと思います。キスって…会長さんが教頭先生に? それが御褒美? ソルジャーは口をパクパクさせる私たちを見ておかしそうに笑いながら。
「そう、本物のブルーのキス。練習の時はぼくが代わりにキスをしててね、水族館でのショーを成功させたらブルー本人がしてくれるって言っといたんだよ」
「…そ、それじゃ……」
べそをかきそうになったのはサム君でした。
「…ブルー、教頭先生と…? ショーは成功したんだもんな…」
公認カップルを名乗って一年以上経っているのに、サム君は会長さんとデートしたこともありません。強いて言うなら会長さんの家で朝の勤行をしてから朝食を食べ、二人一緒に登校するのがデートでしょうか。慎ましい幸せで満足しているサム君だけに、この御褒美は大打撃かも…。
「あ…。ごめん、サムにはショックだったかな?」
ソルジャーは会長さんそっくりの顔でサム君に謝り、ポンポンと肩を優しく叩いて。
「大丈夫だよ、ブルーのキスは餌だから。…ハーレイは信じて頑張ってたけど、ブルーがその気になるとでも? 悪戯でならキスするけども、本気のキスはしやしない。…そうだよね、ブルー?」
「当然だろう! サム、今回は悪戯のキスもしていないから安心して。ショーの御褒美はぼくじゃなくってブルーのキス。ハーレイは涙を飲んだってわけ」
ありゃりゃ。気の毒な教頭先生、また会長さんに騙されましたか…。いえ、この場合はソルジャーかも? 罪作りな御褒美もあったものです。釣られる方が悪いと言えば悪いのでしょうが…。それにしたってソルジャーは何を考えているんだか。飴だの鞭だの御褒美だのと、教頭先生で遊んでますか?
「もちろんさ。だって最高に笑えるじゃないか」
人魚だよ、とソルジャーは棚の上を指差しました。そこには前に会長さんが作った教頭先生人魚の像が飾られています。鈍い金色に光るジルナイト製の。
「あれを作った時の撮影会を覗き見するのは愉快だったよ。似合わないよね、人魚の尻尾。…その格好で泳ぐとなったら見学しなくちゃ損じゃないか。…うっかり溺れさせそうになったけれども」
「「「は?」」」
ソルジャーが見学に来たら教頭先生が溺れかけた…って、どういうこと? まさかソルジャーにプールに突き落とされたとか?
「…プールの底から見上げていたらハーレイと目が合ったんだ。ガボッと口から泡を噴いてね、息が続かなくなっちゃったらしい」
思い出し笑いをするソルジャーによると、教頭先生は必死に水面を目指したそうです。しかし人魚の尻尾では上手く泳げず、溺れそうになった所でソルジャーが教頭先生を引っ張り上げて…。
「ブルーに思い切り叱られちゃった。黙って来るなんて最悪だ、ってね。…プールの底に座ってるっていうのは非常識かい? ぼくは青の間の水に潜って過ごしてたことも多かったから、何とも思っていなかったけど」
「「「………」」」
どう考えても非常識というものでしょう。シールドを張っていたのでしょうが、人間は普通、水中では呼吸できません。教頭先生が仰天したのも無理はなく…。
「そんな怖い目で見なくても…。ちゃんと人工呼吸はしたし、その縁でキスの御褒美っていう飴も出来たし」
終わり良ければ全て良し、とソルジャーは得意げに微笑んでいます。…飴の由来は分かりました。教頭先生、溺れたお蔭で夢を貰えたみたいです。会長さんのキスを励みに精進できたことでしょう。最終的には裏切られちゃったわけですが…。
「ブルーがノコノコ出てきた以上、特訓のことは秘密にせざるを得なかったんだ」
唇を尖らせる会長さん。
「御褒美のキスだけで済めばいいけど、何をやらかすか分からないだろ? 日頃の行いが行いだから」
「「「………」」」
否定する人はいませんでした。ソルジャーといえばトラブルメーカー。関わり合いになったが最後、巻き添えを食って酷い目に…。教頭先生の特訓を見られなかったのは残念ですが、会長さんの英断に感謝しておくべきなんでしょうね。
ソルジャーの登場で教頭先生の技は飛躍的に向上したのだ、と会長さんは語りました。一日分のノルマをこなせばソルジャーがキスをし、本番のショーを終えた後には会長さんのキスが待っている…と耳元で甘く囁くのです。発奮するのは至極当然。日々頑張って頑張りまくって、大水槽なら十分に潜れるレベルに到達したのは球技大会の頃だったとか。
「後はおさらい程度でいいかな…と、ぼくは思っていたんだけどね」
会長さんが立って行って棚から1冊の本を取り出しました。淡いピンクの表紙のそれは…人魚姫絵本。人魚姫になった教頭先生の愛と冒険の物語です。この本がどうかしたんでしょうか?
「ブルーがぼくの家で昼寝をしてたって言っただろう? おやつを食べてからハーレイの練習が始まるまでの間にね。…ブルーは昼寝に来ていたついでに人魚姫絵本を熟読したんだ」
「とても愉快な本だからねえ。これを見てると素潜りだけではつまらなくなって…。もっと人魚らしく躍動感のある見せ場を作れないかな、とブルーに相談してみたら…イルカショーを提案されたってわけ」
げげっ。それじゃイルカショーは会長さんとソルジャーが二人で練った企画ですか? 会長さんの独断だとばかり思っていたのに…。
「ぼく一人でも思い付いたかもしれないけれど…デビューは来年以降だったろうね。今年は無理だ。素潜りダイバーで満足してたし」
あれでも十分笑えるから、と会長さん。確かに私たちも大満足だった記憶があります。あの後にイルカショーが無かったとしても、印象に残る校外学習になっていたのは確実で…。
「そうなんだ。だけどブルーに言われてしまうと、人間、欲が出てくるものでね。何か使えそうなイベントは…と思った所へぶるぅが顔を出したんだ。今年もイルカと遊びたいなぁ、って」
「「「………」」」
「その時、ぶるぅはシンクロの練習を始めてた。元々はテレビで見たらしくって、やってみたいと言っていたから好きにやらせていたんだけれど…イルカと遊ぶならショーに出させてやらなきゃね。でもシンクロがイルカプールに映えるかどうかを考えてみたらイマイチだった」
イルカと動きがちぐはぐになるし、と会長さんは大真面目でした。
「ほら、シンクロは手足の動きがメインだろう? イルカには手もないし足もないよね。去年みたいにトレーナーの代わりに泳ぐしかないかな、とプールの方を見たらハーレイ人魚が目に入ってさ。…あれで一発閃いた。イルカと一緒にショーをするなら人魚だとね。ハーレイ人魚をイルカプールで披露しよう、と」
「そういうこと」
ソルジャーが大きく頷いています。
「魚…ううん、イルカは魚じゃないんだったかな? とにかく尾びれのある生き物とショーをするなら人魚はとてもお似合いだ。ハーレイがマスターした人魚の泳ぎを素潜りだけで終わらせるのは惜しいじゃないか。ダイナミックな動きが出来るイルカショーなら映えるってものさ」
会長さんとソルジャーは水族館までイルカショーを見に行き、出来ると確信したのだとか。最初は会長さんのサイオンで教頭先生を補助する予定が、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も人魚ショーをやると言い出して…サイオンの方はそっちに丸投げ。同じプールに入るのですから、適役だろうというわけです。
「あのね、ぼくの尻尾ね、お揃いなんだよ♪
ソファに腰掛けていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が足をピョコンと動かしました。両足が見事に揃ってますから人魚レッスンの成果でしょう。ショーで見たのは真珠色の鱗の尻尾でしたし、お揃いというのは教頭先生人魚のショッキングピンクの尻尾と同じメーカー製のヤツって意味かな…?
「ううん、ハーレイとお揃いじゃなくて!」
見てて、と廊下へ駆け出していった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は銀色の尻尾を抱えて戻って来ました。教頭先生人魚の尻尾よりも遥かにサイズが小さく、それに合わせて鱗も小さめ。可愛いでしょ、と自慢してからサイオンでパパッと装着します。
「ぶるぅだと着替えは一瞬なんだ」
会長さんが人魚に変身した「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて。
「…ハーレイの方もサイオンを使えば一発だけどね、ぼくは手伝いたくないし……変身の過程で情けない思いをして貰うのも楽しみの内だし、あっちは自力で悪戦苦闘。下着は今でもアレのままだよ」
アレとは紫のTバックです。人魚になるには専用下着が必要だから、と会長さんが押しつけたモノ。それを履かないならノーパンしかない、なんて脅迫してましたっけ。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方はノーパンなのだと聞いています。で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の銀色の尻尾は一体何とお揃いだと…?
「かみお~ん♪」
雄叫びが響き渡って宙に舞ったのは銀色の人魚。…あれ? ソファにも銀色の人魚が座ってますが…?
「こんにちは~!」
宙返りして降り立った人魚がピョコンと頭を下げました。
「今日は一緒に泳げるんだよね? ぶるぅズ再結成だよね?」
「「「ぶるぅズ!?」」」
二人目の人魚はソルジャーの世界から来た「ぶるぅ」でした。お揃いの尻尾というのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」のを指していたのです。どちらも銀色の人魚の尻尾で、まるで見分けがつきません。
「…ハーレイをしごいている間にね、ぶるぅが暇になっちゃって…。子供の方が断然覚えが早いんだ。ハーレイと一緒に練習してても、どんどん先へ進んでしまう。そしたらブルーが遊び相手を呼んでくれてさ」
「そうなんだ。子供同士で泳いでる内にグループ名までついちゃった。ぶるぅズ…って誰が呼んだんだっけ? ぼくかな? それとも君だった?」
忘れちゃったよ、とソルジャーが言い、会長さんも忘れたようです。銀色の二人の人魚はプールで泳ぐ気満々でした。会長さんもそのつもりで貸切予約を入れていたらしく、私たちは瞬間移動でフィットネスクラブへ行くことに。『ぶるぅズ』の泳ぎはどんなのでしょう? なんだか楽しみになってきたかも~!