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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・本編」の記事一覧
「まりぃ先生~」
 昨夜のセルジュ君ショックから寝不足になり、1時間目が終わると同時に保健室に駆け込んだrちゃんと私。
「あらぁ、どうしちゃったの二人とも。寝不足はお肌に悪いわよ」
 そう言うまりぃ先生のお肌はつるつるのすべすべ。
 充実してますっていう感じが私たちにも分かる。
「昨日眠れなくて。ね~」
 と二人で声を合わせて言う。
「あら。また数学? …それはアルトちゃんだけだったわね」
「アルトは数学で寝不足にならないですよ、先生。だって寝ちゃうもん」
「そうだったわね。ごめんなさい。それで原因は何?」
「とあることを目撃しちゃって…」
「何かしら~? 生徒会長?」
「違うんです。セルジュ君が……」
 そこまでrちゃんが口にするとまりぃ先生はすっくと立ち上がり、『外出中・急患は教頭先生のところへ』というプラカードをドアの外に下げると、あたしたちを保健室の奥に誘った。
 そ、そっちは特別室……。
「ま、まりぃ先生?」
「さ、早く」
 ごっくんと唾を飲み込んで足を踏み入れる。
 と、そこは保健室どころか学校とも思えない豪奢な内装の部屋だった。
 真ん中にベッドが一つ。隣にソファ。
 奥にもう一つドアがある。
 ベッドは綺麗にメイクされていて、いつでも準備OKという感じだ。
 自然顔が赤くなる。
「さ、ここなら大丈夫。それでセルジュ君がどうしたの?」
「その前に先生、どうしてセルジュ君の名前だけで…。過剰反応のような気がするんですけど」
「あら…そう……。貴方たち同じ同好会だから知っているのかと思ったけれど、知らないのね」
「えっ?」
 rちゃんと私、声を揃えて答える。
 セルジュ君に秘密が?
「転任してきて最初のお仕事は生徒の健康記録を見ることなんだけど。セルジュ君、1年生なんだけれど、その記録がず~っとあるのよ」
「ず~っとって…どれくらいですか?」
「数えるの面倒臭くなっちゃったから、50年分で止めちゃったけど、その倍はあったわ」
 嘘!
 ということは、セルジュ君1年生じゃなくて…えっと…生徒会長みたいにずっとここの生徒ってこと?
「他に、そういう生徒いるんですか?」
「数学同好会の人はみんなそうよ」
「ええええっ!」
 じゃパスカル先輩も、ボナール先輩も100年以上…。
 なんだか目が回ってきた。
「ま…まさかグレイブ先生は……」
「さて、どうかしら? 職員のカルテは私でも見られないのよ」
「じゃあ可能性有りってことですよね!」
 rちゃんが勢いこんで叫ぶ。
「ゼロじゃないってことね。それでそのセルジュ君がどうしたのかしら?」
「キスしてたんです!」
 勢いのままrちゃんが叫ぶ。でも直後顔が真っ赤になっちゃった。
「相手は?」
 あれ? まりぃ先生は冷静。すごくびっくりするかと思ったのに。
「それが暗くてよく見えなかったんです……」
「でも喧嘩しちゃったみたいで…」
「そう…」
 言いながらまりぃ先生は近くの端末で何か作業を始めた。
「ねえ、この子じゃない?」
 モニタを覗き込んであたしたちはその美貌に驚きながらも頷く。
 その子は写真でも人間っぽくなく見えたから。
「この子みたい。髪型と髪の色しか分からないけど」
「うん。…ってこの子、男の子!」
「え~っ!」
「シャングリラ学園幻の美少年ジルベール。ほんとに在籍してたのね~」
 な、なんだかまりぃ先生の目がハートに。
「会ってみたいじゃない? それに生徒なんだから健康診断しなくちゃね」
 まりぃ先生、生き生きとしちゃってます。
 でも本当に綺麗な男の子。
 1年生って書いてあるけど、クラスは書いてない。
 もしかして生徒会長さんと同じでクラスがないのかな?
「ねえ。アルト」
「なに?」
「よく分からないけどさ、もしかしてこのジルベール君もセルジュ君と同じくらい1年生やってるのかな?」
 ん~どうだろ。でも可能性あるよね。
 あれこれと色々話しながらスクロールさせていて、ある一点であたしたちの目が止まった。
「数学同好会所属!」
 も、もしかして、これは会えるかもしれないってこと?
「その時は、呼んでね」
「は…はい!」
 思わず返事しちゃったけど、そんな都合良く呼べるかな。
 いや、いざとなったらあたしが数学の教科書をガン見すればいいってことだよね。
 よ、よし!
 今日から違う意味でクラブ活動が楽しくなりそう。……たぶん。





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 寮の自室で。
 目の前にぶらんとお守りを掲げて揺らす。
 隣のrちゃんは手の中でお守りを弄んでいる。
「マカロン、美味しかったね」
「うん。美味しかった」
「水族館も楽しかった」
「イルカショー、最高」
「それを言うなら、ぶるぅ最高!じゃない?」
「あたしは、マカロン最高!かも」
 顔を見合わせて笑う。
 お守りを生徒会長にもらってから、どうしようかってずっと二人で考えてた。
 勉強なんて全然手につかないし、宿題だって出来ない。
 このままじゃグレイブ先生だけじゃなくて、他の先生にも睨まれちゃうよね、なんて二人でお茶を飲みながら話をして。
「もやもやするからさ、rちゃん、今夜、使いなよ」
「ええっ、それなら言い出しっぺのアルトが先に」
 なんて今日も堂々巡り。
 でも二人とも本当は分かってるんだ。
 使いたいけど使えないって。
「あのさ…」
「ん?」
「バレたら退学だよね」
「あたしたちだけじゃなくて…」
「…うん。それにさ、あたしたちは好きだけど、生徒会長は…そうじゃないんだよね」
「……そうだよね…」
 答え、出てるんだよね。
「夢のプレゼントを貰ったんだよね」
「そうだね」
 ふふ、と二人で笑い合う。
「使って欲しいなって思えるような素敵なレディに!」
「……400年後くらいなら可能かもよ」
 自分突っ込みで二人で乾いた笑いを響かせる。
「でもさ、お守りは肌身離さずだよね♪」
「プレゼントはプレゼントだもんね♪」
「それにしても、マカロン美味しかったね」
「寮の味気ないお弁当が霞んじゃった」
「ぶるぅのクレープも美味しかったし。特製お弁当、もっと美味しいんだろうなぁ…」
「ねぇアルト」
「なに? 他にも何かあったっけ?」
「さっきから食べ物の話ばっかり」
「あ……」
「素敵なレディになるんじゃなかったの?」
「えっと~……明日から!」
 ダメだよ、とrちゃんが言いながらパタパタと背中を叩く。
 それを避けようと立ち上がった瞬間、窓の外にセルジュ君の姿が見えた。
「あ、セルジュ君」
「どこどこ? あ、ほんとだ」
 rちゃんが呼ぼうとした時、隣に人影が見えた。
「お友達かな?」
 呟いた瞬間、驚いてしゃがみ込んだ。
 もちろんrちゃんも同じだった。
「み…見た?」
「見ちゃった……」
 セルジュ君、キ…キスしてた。
 女子寮の前で。
 信じられなくて二人でそ~っと窓の外をもう一回見る。
「まだ…真っ最中」
「ひゃぁぁ~大胆。あ、あれ、何か口論? うわっ」
 相手の子、セルジュ君を叩いて先に行っちゃった。
 二人してまた窓の下に引っ込む。
 これは……大事件かも。
 でも聞けないよね。
 でも気になるよね。
 お守りの件が一段落したのに、今夜も眠れそうにないな…。





校外学習という名の遠足はすぐにやって来ました。お弁当を持って登校すると、大きなバスが何台も並んでいます。教室でグレイブ先生が出席を取り、欠席者は一人も無し。その代わり…。
「なんだ、お前は」
グレイブ先生の視線の先では、生徒会長さんの机に座った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が足をブラブラさせていました。
「ぼく?…そるじゃぁ・ぶるぅ。知ってる筈だと思ったけど…ぼけちゃった?」
「シッ!言っちゃダメだよ」
そう言ったのは会長さんです。
「最近、生え際をずいぶん気にしてるようだから…ボケとかハゲは禁句なんだ」
「ふぅん…。そういえば今朝、カツラの広告が入っていたよ。残しておいてあげようかな」
「貴様ら!!!」
ブチ切れそうな顔でグレイブ先生が叫びました。
「誰がハゲだ、誰が!私の頭髪管理は完璧だ。1ミリたりとも後退させておらん。くだらんことを言うと置いていくぞ!」
「…じゃ、言わなければいいんだね」
会長さんが笑みを浮かべて。
「ぶるぅ、連れてってくれるってさ。よかったね。バスはぼくの隣に座るといいよ」
「うん!!!」
嬉しそうに頷いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。グレイブ先生はハメられたことに気付いて愕然としていましたが、今更どうにもなりません。1年A組のバスは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と特製お弁当を載せて水族館へと出発しました。車内はワイワイとても賑やか。私の隣はスウェナちゃんで、通路を挟んでキース君とマツカ君。私たちの後ろにはアルトちゃんとrちゃんが座っています。rちゃんと通路を挟んだ隣にいるのはジョミー君。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一番後ろの席でした。
「ねぇ、この間、ブルーと何を話してたの?」
ジョミー君がrちゃんに声をかけたのを聞いてスウェナちゃんと私は青ざめましたが、rちゃんが上手にごまかしたのでホッと安心。アルトちゃんとrちゃんはそのままジョミー君と楽しそうにおしゃべりしています。
「…アルトちゃんたち、あのお守りをどうしたのかしら?」
「使ってない…と思いたいな。だって、つい一昨日のことなんだし」
「そうよね…。いくらなんでもすぐに使うってこと、ないわよね…」
コソコソと声をひそめて話すスウェナちゃんと私。
「でも、一昨日だから二晩経つし…もしかしたら速攻で二人とも…」
「そ、それは…。確かに時間的にはそういうこともあるのよね…」
まさか、まさか…ね。アルトちゃんとrちゃんがもうお守りを使っていたら…ショックかも。更に追加のお守りをゲットしてたらもっとショックかも~!せっかく「そるじゃぁ・ぶるぅ」と文通をして、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に通って、会長さんとの距離を縮めてきたのに…思い切り先を越されるなんて…。

バスが水族館に到着すると、この後は自由行動です。私たちはC組のバスで来たサム君、シロエ君と合流し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見たがっているイルカショーの時間を確認していたのですが。
「あ、ちょっと待って」
会長さんが何処へ行くのかと思ったら…アルトちゃんとrちゃんが歩いています。ラッコの餌やりをやる場所へ向かおうとしているみたいですね。会長さんは二人を呼び止め、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を手招きしました。トコトコと駆けていった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大きな保冷バッグの中から小箱を二つ取り出すと、会長さんがそれをアルトちゃんとrちゃんに。二人はパァッと顔を輝かせ、何度もお辞儀しながら小箱を大事に抱えて嬉しそうに去っていったのです。
「待たせたね。じゃあ、スタジアムの方に行こうか」
戻ってきた会長さんに皆の質問が集中しました。アルトちゃんたちに何を渡したのか?一昨日のことと関係があるのか?
「あの子たち、ぼくに憧れていたらしいんだ。でも、なかなか話すチャンスが無かったらしい」
歩きながら会長さんが話し始めます。
「話してるだけで照れちゃって…可愛いかったよ。ファンだって言われると嬉しいじゃないか。だからお礼にお菓子をちょっと、ね。寮生だって言っていたから、今日のお弁当は君たちのお弁当みたいなママの味じゃない。つまらない食事の彩りになれば…と、ぶるぅ特製マカロン詰め合わせ」
「…あんた、本当に罪作りだな」
溜息をついたのはキース君。
「あいつら、思い切り舞い上がってたぜ?ほどほどにしておかないと、女ってのは…」
「先輩の言うとおりです!勝手に盛り上がっちゃって、振られたとか言って泣き出されたらどうするんですか?」
シロエ君の言葉にジョミー君とサム君が同意し、マツカ君も心配そうです。スウェナちゃんと私はお守りのことがあるので一層気がかりなんですが…。
「大丈夫、そうならないようフォローはするよ。お年寄りと女の子、それに子供は大切にしなきゃ」
「…まさか食ったりしないだろうな。まりぃ先生と違って相手は純情なクラスメイトだ。不祥事で退学なんてことになったら、俺はあんたを許さないぞ」
キース君の不穏な問いに会長さんはクスッと笑って。
「そんなことになったら、ハーレイが号泣しちゃうじゃないか。ぼくも退学になるんだよ?」
クスクスクス。おかしそうに笑う会長さんの袖を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がツンツンと引っ張って言いました。
「食べちゃうって…なんのこと?ぼく、お料理は得意だけれど…ブルーの食事も作ってるけど…人間を料理するのは嫌だし、お断りだよ。どうしても食べたいんなら、ブルーが自分でお料理してね」
ぶぶっ。私たちは一斉に吹き出し、しばらく笑いが止まりませんでした。会長さんも笑いすぎて涙を浮かべています。
「違う、違う、ぼくだって人間は食べないよ。ぶるぅにはちょっと難しかったみたいだね」
「笑わないでよ!ぼく、子供だもん。1歳だもん!」
プゥッと頬をふくらませた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はイルカショーのスタジアムに着くまで機嫌が直りませんでした。

見ごたえたっぷりのイルカショーの後、私たちは水族館の広い敷地を回って、いろんな魚やショーを見て…午後のイルカショーをまた見たいという「そるじゃぁ・ぶるぅ」とスタジアムの椅子に座ってランチタイム。特製マカロンの他にも美味しいおかずが保冷バッグから次々出てきて、大満足のひと時でした。イルカショーが始まるまでは…。
「ぶるぅ、またイルカと握手しに行くのかい?」
トレーナーさんが子供の参加者を募集し、勢いよく手を上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクンと頷き、マントを外してプールの方に行きました。午前中のショーの時にはマントをつけていたんですけど、もしかして目立つから外したのかな?他の子供たちと一緒にステージに並んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」はイルカに二度目の餌やりをして、握手して…そこで退場の筈でした。ところが。
「かみお~ん!」
ザッパーン!!水しぶきが上がった次の瞬間、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はイルカプールの中でした。トレーナーさんたちが慌ててプールサイドに駆け寄り、スタジアムの観客が悲鳴を上げ、私たちが仰天している間に…「そるじゃぁ・ぶるぅ」はイルカたちと並んでスイスイ泳ぎ始めます。そう、トレーナーさんがしていたように。
「あらぁ、凄いわねぇ♪」
驚嘆の声と共に現れたのは、まりぃ先生。両手で抱っこできるサイズのゴマフアザラシをしっかりと抱え、イルカプールを見ていました。
「あ、この子?先生のペットのゴマちゃんなの。水族館だから連れて来たけど、この子ったら…泳げないのよねぇ。ほら、ゴマちゃん。ぶるぅちゃんはあんなに上手に泳いでるわよ?ちょっと見習ったらどうかしら?」
「キュッ~!キュッ、キュッ、キュッ~!!」
ゴマちゃんは大暴れして嫌がっています。泳げないアザラシなんて情けない気もしますけど…今、目を離せないのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。イルカたちとシンクロナイズド・スイミングを披露し、イルカの背に乗っかってプールを泳ぎ回り、トレーナーさんの出番を完全に奪ってスタジアム中の拍手喝采を浴びているんです。呆然としている私たちの前で「そるじゃぁ・ぶるぅ」はイルカと一緒に深く潜っていったかと思うと。
「かみお~ん♪」
雄叫びと共にイルカの鼻先に押し上げられて宙に飛び出し、クルリと回転して水中へ。このハイジャンプを3回も華麗に決めた後、尾びれでバイバイとするイルカたちの間で大きく何度も手を振ってから「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプールサイドに上がりました。トレーナーさんたちの横をスタスタ通り過ぎ、満足しきった顔で戻ってきます。服は防水仕様になっているのか全く濡れていませんでした。
「叱られる前に逃げよう、もうすぐ集合時間になるから!」
会長さんが叫び、観客の拍手と歓声、カメラのフラッシュが取り囲む中、私たちは脱兎のごとくスタジアムを抜けて水族館の入り口に近い集合場所へ。うーん、なんとか…逃げ切れたかな?

「ぶるぅちゃんったら、ホントにオチャメねぇ♪」
あら。まりぃ先生とゴマちゃんも一緒に逃げてきてたんですか。
「でも水泳は上手いのね。ゴマちゃん、特訓してもらう?」
「キュッ、キュッ、キュッ~!!!」
ゴマちゃんの悲鳴が響き渡る中、向こうからやって来たのはアルトちゃんとrちゃんでした。まりぃ先生を見て顔を赤らめ、それから真っ赤な顔で会長さんに…。
「「あの、これっ!ご馳走様でした!!」」
ピョコンと頭を下げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製マカロンの空き箱を返すと、集合場所から少し離れた木陰を目指して一目散に走っていきます。あの様子では、お守りは…まだ使ってないみたいですね。楽しかった校外学習もそろそろおしまい。先生たちが点呼を取って私たちはバスに乗り込みました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が起こした騒ぎのせいで叱られるかと思いましたけど、グレイブ先生は特に何も言わず、バスは順調に走っていきます。
「ねぇ、みゆ。…アルトちゃんたち、お守り、使ってないのよね」
スウェナちゃんがコソッと囁きました。
「うん。使ってたら、もっと違う展開になってそう」
コソコソと囁き返した私でしたが、お守りはいつか使われる日が来るのでしょうか?
『どうだろうね?…二人の気持ち次第かな』
頭の中に響いてきたのは会長さんの声でした。
『今日のぶるぅのイルカショー…叱られなかったのは何故だと思う?ぼくが水族館の人に偽の記憶を刷り込んだんだ。ぶるぅの乱入は予定にあったプログラムだ、と』
一番後ろの座席で会長さんが微笑んでいます。隣では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が保冷バッグにもたれて眠っていました。
『嘘も極めれば本物になる。アルトさんたちがお守りを使う日が来ても…本当のことを言っちゃいけないよ。二人にとっては決して夢じゃないんだからね』
スウェナちゃんと私は顔を見合わせ、お守りがまだ使われていないことに安堵の息をついたのですが。後ろの席でウトウトしているアルトちゃんとrちゃん…。お守り、手放す気だけはないでしょうねぇ。バスの中は寝ている人が多くて静かです。アルトちゃんとrちゃんの校外学習を締めくくる夢、健全な中身だといいんですが…。




アルトちゃんとrちゃんが立ち去った後、私はとんでもないことに気がつきました。自分の力は知られていないから、事実を喋るな…と言った会長さん。でも、会長さんが一緒に試験を受けただけで全員が何故か満点を取ることができた中間試験はA組では既に伝説です。球技大会だってボールが会長さんの意のままに操られているようだった、と男子が驚嘆していましたし。だからA組では会長さんには何か不思議な力があるらしい、というのは公然の秘密。誰も表立って口にしないだけで、力のことは知られているではありませんか。
「それで?」
会長さんに至近距離で覗き込まれて、私は思い切りのけぞりました。さっきの話題が話題だっただけに、この距離は心臓に悪すぎます。赤い瞳が楽しそうに揺れ、スウェナちゃんと私を見比べながら。
「スウェナも気付いたみたいだね。…ぼくの力は既に知られているんじゃないか、って」
「そ、そうです!…少なくともA組の生徒は気付いています」
思い切って言った私にスウェナちゃんが続きました。
「なのに、どうしてアルトちゃんたちに嘘を?おまけに変なお守りまで…」
「敵を欺くには、まず味方から。常識だよ。ぼくは保健室…いや、特別室が気に入ったからね、まりぃ先生に嘘がバレると困るんだ」
会長さんはしごく真面目そうです。やってることは全然真面目じゃないんですけど。
「…そのことだけど…」
スウェナちゃんがカップケーキを手に取り、会長さんから視線を逸らして食べ始めました。
「ずっと考えてたんだけど、やっぱり変。まりぃ先生は立派な大人よ。…夢だけで騙せるわけがないわ」
「どうしたんだい、スウェナ?…ぼくの目を見ては話せない?」
肩に手を置かれてスウェナちゃんはビクッとしましたが、齧りかけのカップケーキを見つめたままで言ったのです。
「…私、こう見えても耳年増なの。まりぃ先生が夢しか見てないってこと、有り得ない。だって…だって…」
「キスマーク、とか?」
会長さんの言葉にスウェナちゃんの顔が真っ赤に染まりました。
「そういえば健康診断の時、まりぃ先生につけられたっけ。…あれには困ったな」
平然としている会長さん。でも私にもスウェナちゃんの言いたいことが分かります。今まで思いもしませんでしたけど、会長さんが、まりぃ先生に大人の関係だと思い込ませているのなら…まして「あ~んなことや、こ~んなこと」をしている夢を見せているなら…目覚めた時に何の痕跡も無いなんてこと、まりぃ先生が納得するわけないんです。
「そうかい?…ほら、学校にバレると困るし。ぼくからは何も出来ないってことで」
あ、そうか。そういうことも…アリなのかも…。じゃあ、不自然でもないのかな?
「本当に?…あのまりぃ先生が本当にそれで満足するかしら?」
スウェナちゃんは度胸を決めたらしく、カップケーキをひと齧りすると。
「…私、本当のことが知りたいの。…アルトちゃんたちにあんな物を渡さなければ…黙ってたかもしれないけれど」
「おやおや。クラスメイトが心配になった?」
「もちろんよ。…夢を見せてるだけだっていうなら止めないけれど、そうじゃないならアルトちゃんたちを止めなくちゃ。学校にバレたら退学なんだし、他にも色々…」
「妊娠とか?」
会長さんのストレートな言葉にスウェナちゃんはグッと詰まり、私も耳まで赤くなっているのが分かります。ど、どうしよう…。こんな所へジョミー君たちが戻ってきたら…。

「手を出して」
不意にそう言われ、私たちは反射的に両手を出しました。その手の甲が見えない力でギュッと抓られ、抓られた後がみるみる真っ赤に。いたたた…。今の、いったい何!?
「…これがスウェナの質問の答え」
さっきまでとは打って変わった真剣な顔で会長さんが私たちを見ています。こんな表情、見たことないかも。
「今、抓られて痛かったろう?皮膚だって赤くなっている。…でも、ぼくは直接、何もしてない。ぶるぅもだ」
何もしてない、って…そんなわけがありません。確かに見えない指で抓られ、真っ赤になっているんですもの。スウェナちゃんの手も、私の手も。
「…心理攻撃の一種だよ。いや、暗示と言った方がいいかな。聖痕現象というのを知っているかい?一種の自己暗示で身体に傷が現れるんだ。ぼくは今、抓られた、という偽の情報を君たちに与えた。君たちは抓られたと思い込み、痛みを覚える。それにつられて皮膚に反応が現れる…。ならば別の情報を与えればどうなる?」
「ま、まさか…」
「そう。まりぃ先生が怪しまない理由はそれだ。先生が夢に見ている偽の情報に反応するよう、高度な暗示をかけておくと…異常な脳活動につられて身体に変化が現れる。嘘も極めれば本物なんだよ」
じゃ、じゃあ…会長さんが保健室でサボッた後、まりぃ先生の身体には…。私たちでさえ見惚れるナイスバディーな先生の身体は、それこそとんでもないことに…!うっかり想像してしまったスウェナちゃんと私。当分、まりぃ先生の顔をまともに見られないかもしれません。
「納得してもらえたみたいだね。これで安心しただろう?」
会長さんはニッコリ笑いましたが、うーん…これはこれで危険なような…。アルトちゃんとrちゃん、お守りを使うつもりでしょうか?それともお守りの話も嘘かな?
「ああ、お守りは本物だよ。ちゃんとぶるぅの手形が入ってる。君たちも欲しい?」
ポケットに手を入れようとする会長さんに、私たちは慌てて首を左右に振りました。
「そう?…残念」
あ。しまった、ついうっかり…。超絶美形の会長さんとなら、いい夢を見たくないわけじゃないのに!
「ふふ、正直で嬉しいよ」
クスッと笑った会長さんにウインクされて、私は指の先まで真っ赤っか。
「でもね…お守りは2つしか持っていなかったんだ。欲しいって言われたら困っていたかも。…いくらでも取り寄せられるって話もあるけど」
「「え?」」
スウェナちゃんと私の声が重なりました。お守りを2つって…アルトちゃんとrちゃんが来るって、あらかじめ分かっていたのでしょうか?
「うん。フィシスの占いに少し前から出ていたんだよ。ぼく目当ての女の子が二人来る、ってね。フィシスの占いは外れないから、お守りを2つ持ち歩いていた。…君たちが欲しいなら追加もあるよ」
会長さんの手のひらにフッと赤いお守りが2個、現れました。この種の力を使う会長さんを見たのは初めてです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はドレスを出したりできるんですから、会長さんもお守りくらい楽勝かも。で、でも…意味を知っててお守りを下さいだなんて言い出せるわけがないのでした。…会長さんと素敵な思いができるお守り。欲しいけど、とても欲しいけど…でも…。

「おーい、昼休み、終わっちゃうよー!」
元気一杯の叫び声がしてジョミー君たちが走ってきました。会長さんはサッとお守りをポケットに入れ、代わりに手渡されたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製カップケーキ。
「ほら、君の分。ぐずぐずしてると食べ損ねるよ」
戻ってきた仲間に話の中身を気取られないよう、大慌てで齧ったカップケーキは逃した恋の味でした。次にチャンスが巡ってくるのはいつのことだか分かりません。アルトちゃんとrちゃんは今日明日にでもあのお守りを使って会長さんを呼び出しちゃうかもしれないのに…。そういえば、あれって何度でも使えるのかな?
「1回限りの使い切りだよ。その場のノリで追加も出すけど」
「なになに?なんの話?」
「ぶるぅの手形」
割って入ったジョミー君に会長さんがサラッと嘘を言い、他のみんなもアッサリ納得してしまいました。確かに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形は使い切りですし、その場のノリで幾らでも出ます。怪しいお守りの話をしていたなんて、誰にも分からないでしょう。昼休み終了のチャイムが鳴って私たちは教室に戻り、会長さんも珍しく終礼まで座っていると思ったら…。
「諸君、校外学習のお知らせがある」
グレイブ先生が眼鏡を押し上げ、不機嫌な顔で言いました。
「校外学習と言えば聞こえはいいが、実質上の遠足だ。1年生は水族館に行くことになった。またまた授業が中断されて私は実に残念だよ。ブルー君、校外学習には君も出席するのかね?」
「もちろん」
グレイブ先生はチッと舌打ちをして。
「校外学習は明後日だ。当日は弁当持参で、集合時刻に遅れないよう気をつけて登校するように」
ワッ、と盛り上がった教室は終礼の後も賑やかでした。遠足という楽しい響きに私もスウェナちゃんも昼休みの事件をすっかり忘れ、いつもどおりに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋へ直行。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も遠足と聞いてなんだか嬉しそうでした。もしかして豪華弁当を作ってくれるのかな?校外学習、楽しみですぅ。




何処のクラスにも籍が無い、という生徒会長さんは球技大会以降、たまに1年A組に姿を見せるようになりました。朝、教室の一番後ろに机が増えていれば会長さんが来る前兆。でも会長さんが昼休みまで教室にいることは滅多に無くて、早退とか保健室に行ってしまうとか…。
「今日は何時間目までいるんですか?」
グレイブ先生も来ない内からジョミー君が尋ねています。影の生徒会室、もとい「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に毎日通っているんですから、他のクラスメイトに比べて遠慮が無いのは当然ですね。
「…終礼まで」
答えた会長さんにキース君が迷惑そうな顔をしました。
「ほう。すると保健室に行く日だな。最近、まりぃ先生の手つきが更にセクハラじみてきたのは、間違いなくあんたのせいだと思うが」
「教頭先生のせいだとは思わないのかい?シド先生もだ。柔道部にサッカー部、二人とも保健室の常連だよ。ゼル先生もたまに見かける」
「男の子のお肌はやっぱり素敵ねぇ…というのが口癖なんだぞ、まりぃ先生。教頭先生はオッサンだし、シド先生も男の子というには無理がある。ゼル先生は論外だ」
「やれやれ。そんなにぼくを悪者にしたいのかい、キース?…マツカも何か言いたそうだね」
「…い、いえ、ぼくは…」
そこで教室の扉がガラリと開いてグレイブ先生ご登場。
「諸君、おはよう。…また余計なヤツが増えているようだな」
「君のクラスが気に入ったんだ。たまに来るくらい、いいだろう?」
グレイブ先生は苦虫を噛み潰したような顔をしながら出席を取り始めました。会長さんの名前をちゃんと呼ぶあたり、グレイブ先生は律儀です。机の無い日は呼ばないんですからプロの心意気というものでしょう。

キース君の苦情が功を奏したのか、会長さんは昼休みまで教室に座っていました。退屈そうにノートに落書きをしていたようですが…。4時間目の古典の授業中、あちこちでププッと笑いを堪える声が聞こえて、何が起こったのかと思っていたら原因は1枚のメモでした。隣の席から投げられたそれを開くと、漫画チックにデフォルメされた教頭先生の似顔絵と『Blue』のサイン。こ、これは…お腹の皮がよじれるかも…。
「どうした、みゆ君。腹痛か?」
「い、いえ…。ちょっと、しゃっくりが…」
こっちを見た教頭先生にかなり無理のある言い訳をして、私はメモを次の席へと投げました。最終的にメモは教頭先生に見つかり、開いて中を見た先生は…。
「ブルーっ!これはいったい何のつもりだ!?」
「ぼくの力作」
しれっと答えた会長さん。
「なかなか特徴が出ているだろう?鼻の形と眉間の皺がポイントなんだ」
クラスメイトが一斉に笑い出し、教頭先生は真っ赤になってメモを丸めると柔道十段の逞しい腕で会長さんの机に向かって投げたのですが。
「もらったぁ!」
ヒョイ、と伸ばされたジョミー君の手がメモをガッチリ受け止めています。
「いいぞ、ジョミー!後で黒板に貼っておこうぜ」
教室中が拍手喝采。教頭先生は頭を抱えて授業を再開したのでした。4時間目が終わると昼休み。教頭先生の似顔絵が黒板に書かれた日直の名前の横にセロテープで貼られ、皆でワイワイ囲んでいると…。
「かみお~ん♪ブルー、お弁当、届けに来たよ!」
大きなバスケットを抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が意気揚々と入ってきました。
「はい、サンドイッチ8人前。デザートにカップケーキも焼いちゃった。みんなで食べてね」
机からはみ出しそうなバスケット。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は見たいテレビがあるからと大急ぎで帰ってしまい、会長さんは『影の生徒会室』のメンバーに笑いかけます。
「今日は天気がいいから、外でランチにしようと思って。芝生に座ってみんなで食べよう。シロエとサムを呼んでおいでよ」
芝生で「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製ランチ!嬉しくないはずがありません。私たちは大喜びで校舎を飛び出し、木陰の芝生でサンドイッチを賑やかに食べ始めたのでした。

「美味しいね、これ。あ、そっちも美味そう」
「こんなに色々入ってるなんて…。デザートまで辿り着けるでしょうか?」
パクパク食べるジョミー君と、食が細めのマツカ君。私もスウェナちゃんも美味しく頂き、残るはデザートのみになった時。
「「あのぅ…」」
遠慮がちな声が聞こえて、現れたのはアルトちゃんとrちゃんでした。
「お食事中なのにすみません。でも、こんなチャンス、なかなか無くて…」
「教室とかだと他のみんなに聞こえちゃうから…」
いったい何の用事だろう?と、私たちが首を傾げると、会長さんが尋ねました。
「アルトさんとrさん…だね。この前は保健室に連れてってくれてありがとう。もしかして、ぼくに用なのかな?」
頷きながらつつきあっているアルトちゃんとrちゃん。何か言いにくい話でしょうか。席を外した方がいいのかも…と考えたのと、会長さんが口を開いたのは同時でした。
「ジョミー、キース。サムたちも、向こうで遊んできてほしい。カップケーキは1個ずつ持っていっていいから」
「了解!…じゃ、また後でね♪」
男の子たちは素早くカップケーキを掴んでグランドの方へ走り去りました。私とスウェナちゃんも立ち上がろうとしましたが…。
「「待って!」」
アルトちゃんとrちゃんの顔に「行かないで!」と書いてあります。私たちが座り直すと、二人はしばらくモジモジした後、会長さんを見つめて真っ赤な顔で言ったのでした。
「あ、あのぅ…。会長さんと、あの、そのぅ…まりぃ先生って…」
「もしかして、もしかしなくても…やっぱりそういう関係ですか?」
あ。アルトちゃんとrちゃん、思い切り誤解しています。まりぃ先生と会長さんの関係は会長さんが…。
『やめたまえ!』
頭の中に会長さんの声が響いて、スウェナちゃんと私は金縛りになってしまいました。
『ぶるぅはともかく、ぼくの力は知られていない。まりぃ先生に夢を見させる力があることを一般生徒に知られるわけにはいかないんだよ。二人が誤解しているのなら、そのように。真実を話す必要は無い。…いいね』
ほんの一瞬の金縛りでしたけど、理解するには十分でした。口を挟むな、ということです。会長さんはしごく真面目な顔でアルトちゃんたちを見上げました。
「なるほど、そういう関係…ね。男と女の仲ですか、っていう意味かな?…だったら答えはイエスだけども」
アルトちゃんとrちゃんはボンッ!と耳まで真っ赤に染まり、どうやら言葉も出ないようです。本当のことを教えてあげたいのは山々ですけど、しゃべっちゃダメだと言われてますし…。私とスウェナちゃんが顔を見合わせていると、会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「もしかして、まりぃ先生が羨ましいとか?」
アルトちゃんとrちゃんは今度こそ全身が赤くなったと思います。会長さんはクスクスと笑い、白い指先で自分の唇をゆっくりと撫ぜ、舌をチラッと覗かせました。
「二人とも寮生だったっけね。シャングリラ学園では男女の深い交際がバレたら退学になる規則だけども。…君たちの部屋が個室だったら、こっそり忍んで行くことができる。もちろん誰にも知られずに…ね」
ゴクリ。アルトちゃんとrちゃんの喉が鳴ったのが分かります。会長さんがポケットを探り、取り出したのは神社のお守りみたいな赤い錦の袋でした。
「ぶるぅの手形は知ってるだろう?この中にそれを押した紙が入ってる。部屋のバルコニーの手摺に結んでくれれば、ぶるぅが手引きをしてくれるんだ。縁結びのお守りみたいなものかな。…はい、君たちに1つずつ。決心がついたら結んでごらん。あ、二人同時はダメだからね。ちゃんと相談して別々の日に」
お守り袋を手渡されたアルトちゃんとrちゃんは魂が抜けたような顔で校舎に戻っていきました。…って、会長さん…まさか本気でお守り袋を!?
「さぁ、どうだろうね?…呼ばれたら行くかもしれないよ。誰だって夢を見たいだろう?」
クスクスクス。まりぃ先生の例もあるしね、と笑う会長さんを止める勇気は私たちにはありませんでした…。 




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