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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・本編」の記事一覧

私たちのA組が学年1位を取れなかったら恐ろしいことになるという中間試験。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の赤い手形で満点を乱発してもらう他に…「生徒会長さんがA組の生徒になって中間試験を受ける」なんていう奥の手があるそうですが、それってどういう意味なんでしょう?
「文字通りさ。ぼくが君たちのクラスの生徒になるってこと」
「それって、会長さんが1年A組に編入するって意味ですか?」
「うん。変かな?」
変かな、って…。会長さんは3年生なのに、どうやって1年A組に?さっぱり意味が分からず、ジョミー君たちと騒いでいると部活を終えたキース君たちがやって来ました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシフォンケーキを配る間に会長さんが騒ぎの原因を簡単に説明して。
「キースなら知っているんじゃないかな?…ぼくのクラスは何組だろうね」
ふふ、と笑った会長さんをキース君は大真面目な顔で見つめています。
「…言っていいのか?どうやら皆は知らないようだが」
「構わないよ。そろそろ知ってもいい時期だし」
キース君はスゥッと息を吸い込み、私たちの方に向き直りました。
「…会長はどこのクラスにも属してないんだ。3年生だと言われているが、どのクラスにも籍が無い。…三百年以上も在籍してる、と言われて以来、俺が独自に調べた結果だ」
「「「えぇぇぇっ!??」」」
私たちはビックリ仰天です。会長さんは…どのクラスにも属していない?言われてみれば何組なのか、聞いたことは一度もありませんでした。3年生とだけ思っていたんですけど…。
「キースが言ったことは本当だよ。ぼくには決まったクラスは無い。授業も試験も気が向いたら受けたりするけどね…そういう時は何処かのクラスに適当に入れてもらうのさ」
「な…なんで…」
「三百年も学校にいると授業に出ても退屈だし、テストだって楽勝だし。…ぼくなら全科目、満点を取れる。そのぼくが君たちのクラスに入って中間試験を受けると、クラス全員に正解を教えることができるんだよ。前に『心の声』を聞いたことがあるだろう?あの要領でクラスのみんなの頭の中に問題の答えを直接、流す。…もちろん頭痛や耳鳴りを起こさないよう、意識の下にこっそり流し込むんだけどね」
「じゃ、じゃあ…会長さんが来て下さったらA組は?」
「ぶるぅの手形を使わなくても、全員、百点満点だ。皆が自分で書いた答案が全て正解なんだから」
ゴクリ。…私たちの喉が鳴りました。そして次の瞬間、キース君を除くA組の生徒…ジョミー君、マツカ君、スウェナちゃんと私は、会長さんにA組で試験を受けてくれるよう、土下座してしまっていたのでした。

翌日の朝、登校するとA組の一番後ろに机が1つ増えていて…。
「おはよう。今日から中間試験までお世話になるよ」
にこやかな笑顔の会長さんが入ってきて増えた机に着席するなり、クラス中が大騒ぎになりました。女の子は頬を真っ赤に染めて会長さんを見つめています。そして始業のチャイムと共に現れたグレイブ先生は…。
「諸君、おはよ…ぅ?!…なんだ、ブルー!なぜ、お前が私のクラスにいる!?」
「心外だな。学年1位を誇りたいんじゃなかったのかい、グレイブ?」
わぁ…。先生にタメ口ですよ!でも先生は怒る代わりに眉間に皺を寄せただけでした。
「…来てしまったものは仕方ない、か…。いいか、その代わり!必ずこのA組が学年1位だ!」
「分かっているよ。早く行きたまえ、1時間目は数学じゃないだろう?」
「ああ、残念ながらそうだったな!…お前こそ居眠りしないよう努力することだ」
カッカッカッ…と靴音を響かせてグレイブ先生は出て行き、1時間目はエラ先生の歴史の授業。私は会長さんが気になって何度か後ろを向いてみましたが、教科書とノートこそ広げてあるものの、頬杖をついて前を見ているだけみたいです。テストは楽勝とおっしゃってましたし、何もしなくてもいいんでしょうね。そうこうする間に午前中の授業が終わって昼休み。私たちはいつものようにサム君たちと合流し、会長さんも一緒に8人で食堂に行きました。
「食堂のランチも久しぶりだな。いつもはぶるぅが作ってくれるからね」
ランチセットを食べている会長さんはとても楽しそうです。
「ぶるぅって…。もしかして会長さんはぶるぅのお部屋で一緒に暮らしてるんですか?」
「だいたい当たっているかな、それで。中間試験が終わるまで、ぶるぅは一人で昼ご飯なんだ。きっと今頃、とんでもない量のおかずを作っていると思うよ」
どうやら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は放っておくと凄い量を食べてしまうみたいです。そういえばバケツプリンを食べてたことがありましたっけ。ワイワイと賑やかな昼休みの後は、教頭先生の古典の授業。ところが授業が始まってしばらく経った時、後ろでガタン!という音が響きました。
「ブルーっ!!?」
教頭先生の叫び声で振り返ってみると会長さんが床に倒れています。貧血?それとも何かの発作?教頭先生が駆け寄って脈を取っておられますが、大丈夫でしょうか?教室中がザワザワする中、アルトちゃんとrちゃんが立ち上がって教頭先生の所へ行きました。
「保健室へ行った方がいいと思います」
「私とrちゃんで責任を持って保健室まで送りますから」
あ、そうか…。こんな時には保健室!でも教頭先生は会長さんを抱え起こして。
「早退した方がいいだろう。今、リオかフィシスを呼びにやるから」
「…保健室でいいよ、ハーレイ」
教頭先生を呼び捨てにした会長さんが弱々しい笑みを浮かべました。
「…アルトさんとrさん…だったね。すまないけど、保健室まで連れて行ってくれるかな?」
「「はいっ!!」」
アルトちゃんとrちゃんは会長さんを両脇から支えるようにして教室をゆっくりと出てゆきます。女の子たちの羨望の溜息が聞こえ、教頭先生は複雑な顔をしておいでですが…保健室なら心配することないですよね。アルトちゃんたちが戻ってくるのを待って授業再開。そして会長さんは終礼の時間になっても教室に戻ってきませんでした。

「…サボリってことないと思うんだけど」
グレイブ先生が終礼を終えて出て行った後、口を開いたのはジョミー君です。
「本当に具合悪そうだったものね。…見に行った方がいいと思うわ」
「ぼくもそう思いますけど…行きますか?試験前で部活はお休みですし」
「そうだな、とりあえず行ってみるか。とっくにトンズラしてしまっているかもしれないが」
スウェナちゃん、マツカ君、キース君たちも意見がまとまり、私たちは5人で保健室へ行ってみました。ところが保健室の扉には『おでかけ中』の札が下がっていて「御用の人は保健体育のヒルマン先生の所へ行ってね(はぁと)」と書かれた紙が貼られています。まりぃ先生、いないのかな?…じゃあ、会長さんはとっくに帰ってしまったとか?
「教室にカバンを残したままでトンズラか。確かに似合いの展開ではある」
そう言ったのはキース君。保健室のドアノブに手をかけて回してみたのはジョミー君。
「あれ?…ここ、鍵はかかってないみたい。もしかしたら奥で寝てるかも…」
ゾロゾロと入ってみた保健室の中に人影はなく、ベッドも全部空っぽです。やっぱり会長さんはコッソリ早退?
「…いや、待て。ここにドアがある。まだ新しいもののようだが…この向こうから人の気配が…」
キース君が指差したのは、最近改装したばかりのように見える新品の扉でした。物音ひとつしませんけれど、人の気配を感じるなんて…さすが柔道一直線。神経が研ぎ澄まされているんですね。
「開けてみようと思うが、いいか?…まりぃ先生に叱られた時はみんなで連帯責任ってことで」
私たちは一斉に頷き、キース君が扉を開いてみると。
「「「!!!?」」」
「……見られちゃったか……」
大きなベッドの縁に座っていた会長さんが銀の髪をけだるそうにかき上げました。学生服は床に放り出されていて、纏っているのはバスローブ。白い足はもちろん裸足です。
「ま、ま、……まりぃ先生は!?」
パニクッっているジョミー君の叫びに、会長さんは艶っぽい笑みを浮かべて。
「…ほら、あそこ」
視線の先には立派なソファがあり、まりぃ先生がそこに寝ていました。もしかして、もしかしなくても…まりぃ先生もバスローブしか着ていないのでは…。
「ぼくのために作った特別室だと言っていたよ。とても寝心地のいいベッドなんだ」
クスクスクス。会長さんはコロンとベッドに転がり、くしゃくしゃのシーツを身体に巻きつけて私たちを見上げました。ど、どうしましょう…。とんでもない所に来ちゃったかも!?? 




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スウェナちゃんと私が見そびれてしまった親睦ダンスパーティーのワルツ。生徒会から録画が売り出されるのを待っているのに、なかなか発売されません。色々ありましたから、高い値がついても完売は必至。それだけに「待てば待つほど値が上がる」と生徒会長さんが呟いた…という噂もあります。ワルツ会場で何があったのか、早く知りたいんですけどね…。でもそれをジョミー君たちの前で嘆くと、必ず言われちゃうんです。
「ぼくたちが一生懸命踊ってる間、そるじゃぁ・ぶるぅの部屋でオヤツを食べていたくせに」
って。ウェディング・ドレスのカタログを見に行っていたなんて口が裂けても言えない私たちは、あの後、嘘をついたのでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に誘われて断りきれずにお茶をしていた、と。あーあ、ワルツの全貌の録画、早く発売されないかなぁ…。

そうこうしている間に日は過ぎて。今日もグレイブ先生がムッツリした顔で教室に姿を現しました。
「諸君、おはよう。親睦ダンスパーティー以降、地に足がついていない者も多いようだが…学生の本分は勉強だ。その成果が試される時が来た。来週、中間試験がある。入学式の日に言ったことを覚えているか?私が受け持ちのクラスに望むことはひとつ。常に我がクラスが1位であることだ!」
うひゃあ、とかヒィッという悲鳴があちこちで上がっています。中間試験。そういえば…もうそんな時期になるんでしたっけ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」手作りの美味しいお菓子でのんびり、まったりしてばかりいて、勉強なんか授業と宿題の他は全くしていませんでした。やばい…。果てしなくヤバイかも…。
「いいか、我がクラスの平均点が学年1位でなかった場合は…足を引っ張った点数の持ち主は放課後、徹底的に補習とする。各科目の先生方には既にお願いしてあることだが、先生方の出番がないことを祈っているぞ」
補習!…とんでもないことになりました。補習なんてことになったら放課後の自由時間はないでしょう。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りおやつや、生徒会長さんたちとの楽しいティータイムともお別れです。もしかしたら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が『パーフェクトの印の赤い手形』を押しに来てくれるかもしれませんけど。そう、私には実力でいい点数を取れる自信が全く無かったのでした。

「かみお~ん♪…あれ、みゆ、どうしたの?元気がないね」
その日の放課後、私は一番に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に行きました。スウェナちゃんとジョミー君は掃除当番、キース君とマツカ君は柔道部があるからです。
「あのね…来週、中間試験があるんだって。グレイブ先生がうちのクラスを学年1位にするんだ、って張り切っていて…酷い点数を取った人は放課後に補習してもらう、って」
「補習?…補習になったら、みゆ、ぼくのお部屋にこられなくなる?」
「うーん…来られるかもしれないけれど、うんと遅くなりそう。キース君たちよりずっと遅い時間になるんじゃないかな」
「そっか。じゃあ、みゆのテストに手形を押しちゃう?満点だったら大丈夫だよね♪」
待っていました、「そるじゃぁ・ぶるぅ」!これでテスト勉強なんかしなくたって安心です。
「あ、みゆ、ずるーい!…私も手形を押して欲しいな」
「ぼくも!ぼくにも手形を希望!」
スウェナちゃんとジョミー君が飛び込んできて、手形の約束を取り付けました。次にやって来たサム君も「赤点防止に」と手形を頼み込み、OKの返事を貰っています。そこへ…。
「おやおや。みんな手形を頼んでるんだ?」
現れたのは生徒会長さんでした。そういえば今日は姿が見えませんでしたっけ。もしも生徒会長さんがいらっしゃったら、恥も外聞もなく手形を頼むなんてことは出来なかったかもしれません。
「それは…その…。自信ないですし…。ほっとくと補習になっちゃいますし」
「なるほど。確かにそうかもしれないね」
ああぁぁぁ。会長さんには私のオツムのレベルはきっとバレバレなんでしょう。
「しかし…グレイブ先生のクラスか…。キースはトップクラスの成績を取れそうだけど、マツカは中の上くらいかな。みゆとスウェナとジョミーが満点を取ったとしても、あのクラスが学年1位を取るのは難しいかも…」
考え込む生徒会長さん。でも、学年1位が取れなくたって!私たちさえ補習でなければ…。
「それは甘いな。グレイブ先生はプライドが高い上、キレ易いんだよ」
「「「え?」」」
ギョッとして顔を見合わせる私たち。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製シフォンケーキのお皿を受け取りながら複雑な表情を見せました。
「今までに様々な前例がある。学年1位を取れなかったばかりにクラス全員で毎朝グランド十周だとか、早朝から登校して体育館で座禅を1時間とか、教職員用も含めて学校中のトイレを全員が素手で掃除するとか…」
「そ…それって、八つ当たりなんじゃ…」
ジョミー君が口をパクパクさせると会長さんは頷いて。
「そう。立派な八つ当たりだ。でも、それを指摘した生徒は更に可愛がられることになったんだよ」
「可愛がるって…」
スウェナちゃんがブルッと震えました。
「君が想像したとおりだ。グレイブ先生の愛車を昼休みにピカピカに磨かされたり、色々と…ね」

とんでもない事実を聞かされた私たちは呆然とするしかありませんでした。自分さえ酷い点数を取らなかったら安心だとばかり思っていたのに、クラスぐるみで連帯責任。しかも会長さんの読みでは、私たちのA組は1位を取れそうにないのです。いくら放課後のお楽しみを確保できても、グランド十周とかトイレ掃除とかは涙ものかも。
「さっき職員室に行って調べてきた感じでは、君たちのクラスは学年1位を取れないだろう。ぶるぅの手形とキースの天才的な頭脳があってもね。…だが、学年1位を取る方法がないこともない。ひとつは…」
「ぼくが手形を押しまくること!任せてくれれば頑張るよ?」
右手の拳を突き上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃいでいます。赤い手形はパーフェクト。確かにこれなら無敵そうです。会長さんはクスッと笑って。
「無敵の方法はもう1つある。…ぼくがA組の生徒になって中間試験を受けるんだよ」
「「「ええぇぇぇっ!!?」」」
なんですって?会長さんは今、なんて!?…私たちはポカンと口を開けたまま、会長さんを見つめていたのでした…。




 ワルツの音楽が始まると血の気が引くのが分かった。
 先生方がまず踊り始める。
 軽やかなステップ。
 中でも目を引くのが教頭先生とまりぃ先生のペアだ。
 全体を見ていてもいつの間にか二人に目が吸い寄せられてしまう。
「まりぃ先生、秘密特訓してたって話だけど、どうなんだろう?」
「特訓?」
 パスカル先輩の話にセルジュ君とボナール先輩がズズと近寄る。
「特訓の成果があれなんじゃないのか?」
「そう思ったんだけど、この前保健室で会った印象から、違うような気がして」
 確かに頷ける。
 ううん、でも、バトンタッチしてくれるのまりぃ先生だし。って…あぁ、とにかく踊らなくちゃならないのをうっかり思い出しちゃった。
「大丈夫。アルト」
 一気に不安になったのを感じたのか、最初にパスカル先輩と踊るrちゃんが励ましてくれた。
「倒れたら、あたしも一緒に倒れるから!」
 心強い。すごく。
「あ、じゃあ僕も一緒に」
 セルジュ君も。
「セルジュ、そういう時は黙って立ち上がらせるのが紳士だ」
「ああ、そうか。そうだよね」
 パスカル先輩の言葉も最もだけど。
 ……ふと見れば、私の四人前、最前列に立っている生徒会長が肩越しにこちらをみて笑ってる…ような気がした。
 面白がられてるよね、絶対。

 曲が終わり今度は生徒の番。
 心臓が口から飛び出るってこういうことを言うんだと実感していると、セルジュ君が手を差し出してきた。
「大丈夫だから」
 うん、と答えて歩き出したけど、気がついたら隣に生徒会長がいた。
「え?」
 え、え、え?
 記憶が…どうしちゃったんだろ?
 今はrちゃんが光沢のあるシャンパンベージュのふわりとしたドレスを揺らして、夢見心地で生徒会長と踊っている。
「リードが格別上手いからな。伊達に三百年生徒会長をやってないってことか。ほんとかどうかは分からないが」
 ボナール先輩が踊りながら教えてくれる。
 うん、ほんとに素敵にrちゃん踊ってる。
 録画お願いします!ってクラスメイトに頼んでいたけど、正解だよ。
 ああ、そうしたら、私だって何とかなるかもしれない!
 なんて思ってたらパートナーチェンジの時間。
 ひ~っ
 rちゃんは綺麗にお辞儀して次のパートナーへ。
 私は…緊張してお辞儀も出来ずに焦って言葉で「ありがとうございました」ってボナール先輩に言って差し出された手を取った。
「本番に強いタイプ?」
 ブンブンと首を振る。
 ああ、全然ワルツに合ってない…。
「2点には思えなかったけど」
「い、今から実感するかと」
「楽しみだな」
 そう言って卒倒しそうな微笑を浮かべてる。
 もしかして転ぶのを期待してるのかもしれない。
「うん。アクシデント歓迎」
「え?」
 私、今喋った?
「足、逆」
「えっ?」
「また、逆」
 そう言われても何とかなっているのはやっぱりリードがいいからかな?
 チラとボナール先輩を見れば頷いてる。
 俺が相手だったら派手に転んでるな。
 クルリと回転して近づいたときそう囁かれた。
 ……やっぱり。
 すみませんっ
 心の中で謝ると、
「転んでみるのも楽しいけど」
 今度の微笑は……何だか恐い。
 背筋がゾゾゾっとしてきた。
 視線でまりぃ先生を捜して目で訴える。
(代わって! もう代わって下さい!)
 私一人が倒れるならまだしも、生徒会長まで倒れたら、私、明日から針のむしろになりそうだし。
 何とかもちこたえている間に終わりにしたい。
 そんな思いが通じたのか、まりぃ先生が滑るように優雅に歩み寄ってきてくれた。
「あ、ありがとうございましたっ!」
 振り切るようにまりぃ先生とチェンジ。
 あぁ、まりぃ先生と知り合っておけてよかった。
 だって二つ返事で交代をOKしてくれたんだもん。
 ドレス姿だから会場の端の一般生徒のいない場所から見る。
 副会長と踊っていた時とは雰囲気の違うワルツに会場は一段と沸く。
 ボナール先輩ってば、もう少し早くパートナーチェンジして欲しかったな、なんて思ってそう。
 まりぃ先生、首筋からの線がとっても綺麗で女子だってうっとりしちゃう。
 あんなに素敵に踊れたらいいな。
 そうしたらあんなに恐い思いしなくて済んだのに。
 でもアクシデント歓迎なんて、変わった生徒会長だな。あんまり歓迎されるべきものじゃないよね、アクシデントって。
 なんて思いながらを見る。
 rちゃんはクラスメイトのキース君とかジョミー君と踊り、何だかとっても楽しそう。会話してるみたいだから、あとでどんなこと喋っていたか聞いてみようっと。

 そしてパートナーが元に戻ってワルツは終了。
 これでダンスパーティーも終わりかと思ったら、教頭先生が中央に、そしてまりぃ先生が登場。
 ワルツ用のふわりとしたドレスに手をかけると、一瞬で変身したかのように、身体にぴったりしたフラメンコ風のドレスに替わった。
 流れてきたのはタンゴ。
 キリキリと男と女の闘いのようなダンスが繰り広げられる。
「大人の踊りよね」
 いつの間にか戻ってきたrちゃんが呟くと私は大きく頷いた。
「格好いい!」
「あんな風に踊れたら素敵よね」
「うん」
「なぁに言ってるんだ、2点が」
 うっ……それ…辛い……。
「まずワルツで合格点がとれてからだな」
 それって何年後のことだろう?
 一生無理かも?
 ちょっと気が遠くなっているうちにタンゴも終わり、先生方がフロアに出てきてご挨拶。
 私も呼ばれたけれど途中棄権だったからフロアには出なかった。
 そして教頭先生がパーティー終了の言葉を口にした時、
「かみお~ん♪…パーティー最後の贈り物だよ!」
 クラッカーの音。
 青い閃光。
 続いたのはあの背筋がゾゾゾとする生徒会長の声だった。
「……ぶるぅ……」



 その後のことは……他の人に聞いて。
 一生忘れられないダンスパーティーになったことは間違いなくて。
 でもそのお陰で私の2点ダンスも皆の記憶から消去されたみたい。
 それだけは「ぶるぅ」にありがとうって言いたいな。




親睦ダンスパーティーを締めくくるワルツを前に、私たち一般の生徒は壁際の方へ移動しました。空いたフロアが先生と選ばれた生徒達のためのダンス会場になるんです。「壁の花になりたかった」らしいアルトちゃんも踊ることに決まったらしく、体育館の中央に十組の生徒が揃いました。少し距離を取ってワルツを踊る先生方。グレイブ先生とパイパー先生の姿も見えます。教頭先生と組んでいるのは保健室のまりぃ先生でした。
「へえ、サムも意外と似合ってるじゃない」
スウェナちゃんが言うとおり、先輩らしい女の子と並んで立っているサム君は普段からは想像もつかないほどカッコよく見えます。rちゃん、アルトちゃんも他の女の子もみんな綺麗なドレス姿でお姫様みたい。
「あーあ、踊ってみたかったわ。こんなに素敵だと分かっていたら、ズルしていても許されたわよね」
「せっかく、ぶるぅが言ってくれてたのにね…」
チャンスをフイにしてしまった私とスウェナちゃんはガッカリです。ワルツのことばかり考えていて、服のことまで頭が回っていませんでした。「当日は浴衣」と言われたせいでドレスもタキシードも思いもよらなかったんです。ポスターには確かにタキシードの生徒会長さんとドレスのフィシスさんの写真が載っていたんですから、気付かなかった私たちが悪いんですけど。
「…ねぇねぇ、ドレスが着たかったの?」
私たちにくっついていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。『そるじゃぁ・ぶるぅ研究会』の人が近づいてこないので、のんびりくつろいでいるようです。
「それはやっぱり…着てみたかったわ」
「だって女の子の夢だもん」
「そっか…。じゃ、着てみる?」
「「え?」」
「着たいんだったら着せてあげるよ。どんなのがいい?」
えぇっ、まさか本当に?うわぁ、どんなドレスが着たいかなぁ…。私の頭の中いっぱいにフワフワと夢が広がりましたが、その夢をパチンと覚ましたのはスウェナちゃんでした。
「あのね、さっきから気になってたんだけど。浴衣をタキシードとドレスに変えたわよね?あれって魔法?…ぶるぅは魔法が使えるの?」
さすが新聞部に入部したかったスウェナちゃん。不思議現象を追求せずにはいられない性分みたいです。
「ううん、魔法は使えないよ。ちょっと着せ替えしてあげただけ。みんなの浴衣はロッカー室に送ってあるけどね」
「えっ、着せ替え?一瞬で?」
「うん。ぼく、女湯にも入れる子供だし…。女の子の着替えを手伝ったって誰も困らないでしょ?」
言われてみれば確かにそうかも。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に温泉とかに入ってみるのも楽しそうです。…って、問題はそんなところじゃなくて!スウェナちゃんも勿論、話のズレに気付いていました。
「じゃ、着替えの件はいいとして。…タキシードとドレスは何処から来たの?」
「お店から!…シャングリラ学園と契約してるお店があってね、タキシードはお揃いだからサイズで選んで。ドレスはどんなのを着たがってるのか心を読んで、似たようなイメージのドレスとアクセサリーを選んだんだよ」
ニコニコニコ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が得意そうに説明している間に音楽が流れだし、ワルツの時間が始まりました。先生方と十組の生徒たちが一斉に踊り始めます。生徒会長さんとフィシスさんの組が際立っていますが、ジョミー君たちも負けていません。パートナーチェンジが楽しみです。…と、その時。

トン、トン…と背中を叩かれ、スウェナちゃんと私が振り返ると。
「ねぇ、スウェナ。さっき考えてたファッション・ショーって、どんなもの?」
「え?…あ、ああ…あれね。ドレスをコーディネートしたっていうから、ファッション・ショーみたいだなぁって思ったの。いろんな服を着たモデルさんが出てくるのよ」
「そうそう!…テレビでしか見たことないけど、凄く華やかで…」
話しながらも私たちの目はダンスフロアに釘付けでした。さあ、パートナー・チェンジです。やっぱり生徒会長さんが目立ってますね。ワルツも上手いし、超絶美形だし…。会長さんならドレスも似合ったりして。
「ふぅん…。なんだか面白そうだね」
「え?」
「ファッション・ショーだよ。…ね、一緒に来て♪」
アッ、と思う間もなくスウェナちゃんと私は見慣れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋のソファに座っていました。ワルツは?ダンスパーティーは!?
「大丈夫。ワルツはとても人気があるから、生徒会が録画してるんだよ。個人販売もするし、あんな遠い距離で見ているよりも素敵な映像が見られるんだから!」
そう言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何処からかカタログのようなものを取り出しました。え?これって…ウェディング・ドレスのカタログなんじゃあ…?
「うん!ドレスのお店に置いてあったの、持ってきたんだ。ファッション・ショーの最後はウェディング・ドレスが出てくるんだよね?…みゆとスウェナが知っていること、頭の中から読んじゃった」
無邪気な笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はカタログをテーブルの上に広げ、私たちの方にズイッと押して。
「ね、この中から好きなドレスを選んでよ」
えっ!まさか私たちにウェディング・ドレスを着せてくれるというのでしょうか?
「ちがう、ちがう。…ブルーだよ」
「「えぇぇっ!?」」
同時に叫んだ私たちに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はチッチッと人差し指を振って見せました。
「みゆ、さっきブルーを見て考えてたよね?ドレスが似合いそうだって」
「ま、まさか…会長さんにウェディング・ドレスを…」
「楽しそうだって思わない?…ブルーにドレス!今年のパーティーのフィナーレはブルーにドレス!…ね、ね、どれが一番似合うと思う?…これかな、それともこっちかな…」
仰天していたスウェナちゃんと私でしたが、いつの間にやら「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒になってカタログに夢中になっていました。ああでもない、こうでもない…と盛り上がった挙句に。
「あ。そろそろワルツが終わるよ、行かなくちゃ!」
再び「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられて戻った体育館では、ワルツを終えた先生方や生徒会長さんたちが熱烈な拍手を浴びて何度もお辞儀をしていました。

教頭先生が渡されたマイクを握って閉会の挨拶をなさるようです。
「諸君、これで親睦ダンスパーティーは終了だ。もう一度、先生方と選ばれた生徒諸君に盛大な拍手を!」
見逃してしまったスウェナちゃんと私も慌てて拍手を送りました。その横をすり抜けるようにして飛び出していったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「かみお~ん♪…パーティー最後の贈り物だよ!」
パァン、とクラッカーが弾けて青い閃光が走り、ヒラヒラと紙吹雪が舞い落ちる中で…。
「……ぶるぅ……」
生徒会長さんの低い低い声が響きました。タキシードは影も形もなくなっていて、細い身体を包んでいるのは真珠の刺繍に細かいレース、長いトレーンの清楚で真っ白なウェディング・ドレス。真珠のティアラに背丈よりも長いベールがくっついています。おおっ、と体育館中にどよめきが走り、黄色い悲鳴も上がりました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はピョンピョンとフロアを跳ね回りながら、パン、パン、パンッ!とクラッカーを鳴らしまくって。
「ついでにサービス!みんなにサービス!!!」
パァァッと青い光と紙吹雪が舞い、ワルツに選ばれた男の子たちは全員、ウェディング・ドレスとベールに着替えさせられていたのでした。みんな呆然としていますけど、あのデザインには見覚えが…。
「ス、スウェナちゃん…。あれって…」
「やっぱりアレよね…。もしかして私たちのせい?」
ジョミー君たちを包むドレスは、私たちが会長さん用のドレスを選びながら「これはジョミー君に似合うかも」「こっちはキース君よね」なんて軽い気持ちで指差していたものだったのです。そういえばリオさんのも選んじゃいましたっけ。他の3人分は覚えがありませんでしたが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のセンスでしょうか?蜂の巣を突っついたような騒ぎの中で教頭先生の怒鳴り声が炸裂しました。
「悪戯が過ぎるぞ、ぶるぅ!…早く元に戻せ、さもないと…」
「さもないと?」
ぱんっ!クラッカーが弾け、紙吹雪と青い光が教頭先生をクルクルと巻き込んだ次の瞬間。教頭先生のタキシードは消え、ガッチリとした体格にはおよそ不似合いなフリルひらひらの可憐なウェディング・ドレスが…。しかもサイズが合わなかったらしく、はち切れそうに引っ張られた生地とツンツルテンの袖丈や裾が痛々しいかも。
「わーい、元に戻したかったら捕まえにお~いで!…下手に動くとせっかくのドレスが破れるよ~♪」
からかうように教頭先生の前で飛び跳ねてから「そるじゃぁ・ぶるぅ」は体育館を飛び出していってしまいました。
「あっ、こら、待てっ!…止まれ、みんなを元に戻せーっ!!」
駆け出した教頭先生のドレスがビリッと大きな音をたてて裂け、逞しい背中がむき出しに。先生は邪魔なフリルいっぱいの裾をたくし上げ、キャーキャーという歓声と笑い声を浴びながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」を追いかけて体育館を出て行かれましたけど…無理ですよねぇ、捕まえるなんて。

親睦ダンスパーティーのフィナーレを飾ったのは、ワルツを踊った男子全員のウェディング・ドレス姿でした。新聞部が大喜びで写真を撮りまくる中、率先してスマイルを振りまいていたのはもちろん生徒会長さんです。生徒個人との記念撮影にも気軽に応じ、最後は誰かが持ってきたブーケを手にしてフロアを歩いてらっしゃいました。
「ブーケ・トス、お願いします!」
どこかから上がった女の子の叫びに会場中から女の子の声の大合唱が。
「「「ブーケ・トス!…ブーケ・トス!!」」」
「いいよ。…これで今度こそパーティーはおしまいだからね。さぁ、受け取って!」
ポーン、と投げられたブーケを追いかけて殺到する女の子。奪い合う凄い騒ぎの中で会長さんが教頭先生の残したマイクを持って閉会宣言をし、ダンスパーティーは終わりました。教頭先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は戻ってこないまま解散となり、ジョミー君やrちゃんたちはドレスを記念品として貰えることに。スウェナちゃんと私はウェディング・ドレス騒動の原因を作ったことは一生の秘密にしておこう、と誓い合いながら体育館を後にしたのでした…。




 名前が呼ばれてびっくり硬直。
 rちゃんの名前が呼ばれて、よかったね!って言ってた口はそのまま凍り付いた。
 あぁこれって、くじ運良いのか悪いのか。
 どうせなら違うクジの時に当たってくれたらよかったのに。


 ポスターを見つけた翌日、クラスでグレイブ先生からダンスパーティーの詳細が知らされ、生徒は盆踊りがメインだと知って、ホッとしたような残念なような。
 だってダンスなんて踊ったことないし。教えてくれる人もいないし。
 関係ないなと思って部室に足を向けた。
 結局数学同好会に入部したrちゃんと私。
 恐怖の日々が始まるかと思えば、初日から今日まで問題集どころか数字にもご対面せず、ひたすらひたすらダンスの練習だった。
「男がリード出来なかったら、恥ずかしいだろう? だから手伝ってくれ」
「今まで同好会に女子生徒はいなかったからね」
 先輩たちに言われて問答無用で練習に付き合うことに。
 でも先輩たちは初心者から見たら雲の上の人のように上手で。
 rちゃんとこっそり、「本当は私たちのための練習みたいだよね」なんて話して、数学同好会もいいかもなんて思った。
 あくまでも数学とご対面してない今の話だけど。
 初日の部活が終わる頃、
「数学が1点だとすれば、ダンスは2点だね」
「ワルツ限定なら1.5点だな」
「特訓すれば何とかなる」
 そう言って肩を叩かれた。
「有り難いことに寮生だから。夕食後も練習出来る」
 セルジュ君……有り難いような有り難くないようなお言葉です。
「じゃあ夕食後、コミュニティーホールにね」
 数学の次にダンスが嫌いになりそう。
「アルト、頑張って! 頑張ってダンス界の☆になるのよ!」
 rちゃんはダンスの素質があるってセルジュ君に言われていたし。
「ダンス界の☆はrちゃんがなって! 私はダンス界の特異な☆になるっ!」
 自分でも訳分かんないことを叫んでみた。
「うん、頑張ろう!」
 でも…でもね、抽選に当たらないとこの特訓も水の泡なんだよね。
 まあでも楽しいし数学じゃないからいいか。


 そんな日が続いてダンスパーティー当日。
 浴衣姿で盆踊り……まではよかった。
 だんだん動悸がしてくる。
 もう当たって欲しいのか当たって欲しくないのか分からない。
(ううん、当たって欲しくないんだ)
 だって、結局ダンスの点は2点止まりだったし。
 最初にrちゃんの名前が呼ばれて大騒ぎ。
 先輩たちも投票で選ばれていたから、抱き合って喜んだ。
 それでよかったのに。
 先輩たちは「大丈夫だよ」と言ってくれる。
 でも先輩! 私2点です! 初日から進歩ないんです!
 たらぁりと冷や汗が流れる。
 数学同好会の三人は2点は了承済みとして、他の男の子と生徒会長は知らないんだよね、2点だっていうこと。
「やっぱり辞退した方がいいよね」
 こそこそと先輩に相談すれば、
「パートナーチェンジがあるからなぁ」
 ボナール先輩がビシリと言う。
 それがなければ先輩かセルジュ君に犠牲になってもらえばと思っていたんだけど……。
「でもアルト、ここで踊らないと後悔するよ、絶対。良い思い出になるって」
「そうかもしれないけど、サイテーの思い出になる可能性も…」
 今の私は恐ろしく後ろ向き。気持ちは参加したいけど、身体は参加したくないって、どうしたらいいの?
 もうすぐ先生たちの準備が整ってしまう。
 そうしたら……。
 グレイブ先生に抽選外になるようにお願いしておけばよかった!と思ったけどもう後の祭り。
 ため息を吐き出そうとした瞬間、
「どうしたんだ?」
 人垣がサッと割れて現れたのは生徒会長と副会長だった。
 パスカル先輩が事情を話すと、
「数学同好会の三人と最初に踊って次に僕、後は女性教諭にバトンタッチというはどうかな?」
「えええっ」
 三人で終了でいいです。
 そう思ったけど声が出てこない。
 だって生徒会長と至近距離で会ったのなんて初めてだし。話をしたのだって初めてだし。
「それがよろしいですわね」
 副会長が頷くと、私の意思なんて問題外のようで決まってしまった空気が流れた。
「で、で、でも!」
 勇気を振り絞って叫ぶ。
「僕の好奇心だから。2点のダンスを見て見たいんだ」
 もしかして生徒会長っていぢわるさんですか?
 有無を言わさぬ裁定を下して「そういうことで」と去っていってしまった。
「伊達に三百年生徒会長してないね」
 そういう結論でいいんでしょうか?
「頑張ろう!」
 rちゃんの励ましに頷いて、もう開き直るしかないと思った。




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