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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・本編」の記事一覧

校内のあちこちに『親睦ダンスパーティー』のポスターが張り出され、生徒会長さんと副会長のフィシスさんのダンスシーンの写真がお祭り気分を盛り上げています。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋で毎日ワルツを練習していましたが、果たして成果を披露することが出来るのでしょうか?私とスウェナちゃんは抽選に当たらないと踊れませんし、他のみんなは投票で選ばれないとダメなんです。投票はもう締め切られ、あとは明日の発表を待つばかり。つまり男子はもう決まってしまっているわけですね。女子の抽選も終わっているのかな?
「女の子の抽選はダンスパーティー当日だよ」
手作りのプリンを食べながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。私たちのは普通のサイズでしたけど、自分だけバケツプリンです。
「みゆとスウェナは踊りたい?…抽選で当たるようにするのは簡単だけど」
え。確かに「そるじゃぁ・ぶるぅ」なら出来そうな気がします。でも…それって反則ですよね…。
「…踊りたいとは思うけど…正々堂々と当選したいな。手伝ってくれるっていうの、とっても嬉しいと思うけど…」
「私も同感。会長さんや他のみんなと、ここで毎日踊ってきたもの。当たらなくてもかまわないわ」
「そっか。じゃあ、ぼくの力は必要ないね」
残念そうな顔をした「そるじゃぁ・ぶるぅ」。悪いことしちゃったでしょうか?
「ううん、全然。明日はきっと楽しいパーティーになるよ。ワルツの稽古は今日でおしまいだけど、これからもぼくのお部屋に来てね♪」
賑やかに最後の練習が終わり、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋を出ました。どうか抽選、当たりますように!

いよいよダンスパーティー当日。登校した私たちは浴衣に着替えて会場の体育館に行きました。シャングリラ学園の体育館はとても広いので、全校生が総踊りをしてもぶつかることはありません。ソーラン節、炭坑節、よさこい節に阿波踊り。どう見ても盆踊り大会にしか見えないのですが、どうやってワルツをねじ込むのでしょう?
「ジョミー、お前んち、学校から電話がかかってきたか?」
何度目かの阿波踊りの後、私たちのグループは壁際で一休みしていました。口を開いたのはサム君です。
「ううん、かかってきてないけど。なんで?」
「そっか…。こないだ噂を聞いたんだよな。投票でワルツを踊ることになった生徒の家には、タキシードを持ってくるようにって電話が来るんだってさ」
「なるほど。浴衣でワルツは確かに変だ」
「じゃ、キース先輩の家にもかかってこなかったんですね。先輩なら選ばれるかと思っていたのに」
「そうか?…俺はマツカが選ばれそうだと思っていたが」
「…ぼ、ぼくなんか…あり得ないです!」
「つまり。ぼくたち全滅ってことか♪」
言いにくいことをサラッと言ってジョミー君が立ち上がりました。
「ゆっくり休んだし、踊りに行こうよ。昼休み前にもうひと踊りしなきゃもったいないって!」
そうですね。せっかくのダンスパーティーですし、ここは踊って踊りまくるのが正しい学園生活でしょう。私たちは昼休みを挟んだ後も何度か休憩しては楽しく踊り続けました。会長さんが見事な阿波踊り…それも男踊りと女踊りの両方を披露して歓声を浴びてらっしゃるところを何回となく目撃しながら。

午後三時過ぎ。最後の阿波踊りの曲が終わって、いつの間にか浴衣からタキシードに着替えた教頭先生がマイクを持って登場なさいました。
「諸君、いよいよフィナーレだ。教職員有志によるワルツの時間だが、その前に…お楽しみの発表がある。投票で選ばれた男子9人の名前を呼ぶから、呼ばれた者は前に来るように」
会場がシーンと静まり返り、固唾を飲んで発表を待ちます。
「1年A組、キース・アニアン!」
え。キース君、電話はかかってきてないって…。嘘だったのかと思いましたが、キース君もポカンとしています。
「同じく、ジョミー・マーキス・シン!」
「ええっ!?…マジで…?」
ジョミー君の目がまん丸になったと思う間もなく…。
「同じく、ジョナ・マツカ!」
あらあらあら。こんなことがあっていいんでしょうか?
「次。1年B組、セルジュ・スタージョン!…1年C組、サム・ヒューストン!」
「えっ、俺!?」
「同じく、セキ・レイ・シロエ!」
「ぼく?…嘘…」
ひゃぁああああ!…私たちのグループの男の子は全員、指名されちゃったのです。ゾロゾロと前に出て行くみんなを見送りながら、スウェナちゃんと私は激しく後悔していました。こんなことなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んでおけばよかったかも。
「かみお~ん♪…呼んだ?」
ひょこっ、と姿を現したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「今なら抽選、間に合うよ。当たるようにする?」
そこへ。
「おい、出たぞ!そるじゃぁ・ぶるぅだ!」
「本物だ!!」
ワッ、と押し寄せてきたのはパパラッチかハイエナのような『そるじゃぁ・ぶるぅ研究会』のメンバーでした。私とスウェナちゃんは見事に巻き込まれ、浴衣や帯が引っ張られて…どうしよう、このままじゃ着崩れちゃって大変なことに…。その時です。
「ええい、控えい、控えい!控えおろう!!」
時代錯誤な台詞が炸裂しました。
「この紋所が目に入らぬか!」
声の主は小さな身体でふんぞり返った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。紫のマントをなびかせ、左の手のひらをズイと突き出すと、『そるじゃぁ・ぶるう研究会』のメンバーがズザーッと後ずさりします。「そるじゃぁ・ぶるぅ」、水戸黄門なんか知ってたんだ…。
「みゆとスウェナを困らせるんなら…押しちゃうからね、ぼくの手形。そのまま真っ直ぐ後ろに下がって、二度と近づかないでほしいな」
「「「う、うわぁぁぁ!」」」
研究会の人たちは悲鳴を上げて、人混みに逃げ込んでいきました。
私たちの着崩れかかった浴衣は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が放った青い光に包まれた…と思った瞬間、綺麗に直っていましたけれど。
「あ。…ごめん、みゆ、スウェナ。…抽選、終わってしまったみたい…」
ガックリと肩を落とした「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生がマイクを持って女子の名前を読み上げ始めたところでした。
「1年A組!」
あ。もしかして、もしかすると。
「r!」
…残念。rちゃんかぁ、羨ましいな…。
「同じく…」
も、もしかして今度こそ!?
「アルト!」
あぁぁぁ…。そして次に名前を呼ばれたのはD組の子でした。私もスウェナちゃんもワルツを踊る権利を逃したのです。
「ごめん、ごめんね…。思念で聞けばよかったね…」
「「思念?」」
「えっとね、心の声のこと。…本当にごめん。ワルツ、踊らせてあげられなくてごめんね…」
「ううん、最初に断ったの、私たちだから。気にしないで」
スウェナちゃんと二人で元気づけると「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクンと頷き、フッと姿を消しました。

その間にワルツを踊る生徒が揃ったようです。女の子はrちゃんとアルトちゃんしか分かりませんが、男の子の方にはリオさんとジョミー君たちがいます。あとの3人は…セルジュ君とかいうB組の人と明らかに先輩と分かる人たち。
「ねえ、あの二人は誰かしら?先輩よね?」
「…会長さんとは全然違うタイプだけど…ああいう人たちが人気なのかなぁ?」
スウェナちゃんと話していると、先輩たちの声が聞こえてきました。
「やっぱりパスカルとボナールになったわね」
「会長が超絶美形だもんねぇ…。近づきがたい美形よりかは、手の届く気のいい三枚目よね」
「でもでも!1年生、ズラッと美形ばかりよ」
「けど、一人だけいるじゃない。美形グループの中の三枚目」
「サム・ヒューストンでしょ?私、1票、入れたんだ♪」
「私も入れたわ。他の2票はお仲間の美形に入れちゃったけど。てへっ☆」
なんと…。超絶美形の会長さんのせいで「手の届く気のいい三枚目」という人気カテゴリがあるようです。サム君はそこに分類されてワルツ出場の栄冠を…。私とスウェナちゃんは顔を見合わせ、この話はサム君には内緒にしようと誓ったのでした。
「でも、みゆ…。変だと思わない?ジョミーたち、タキシードを持ってきてないわ。電話なかったって言ってたもの」
「あ、そうだっけ。…まさか浴衣のままでワルツを…?」
そこへタキシードの会長さんと淡い紫のロングドレスのフィシスさんが出てきました。ジョミー君たちは浴衣です。まさか本当に浴衣でワルツ?

「電話は今年からなくなったんだよ」
ヒョイ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れました。
「女の子はドレスの用意をしなくていいのに、男の子だけタキシードを用意しろっていうのは変だっていう保護者が出たり、タキシードが年々華美になったりしたからね。だから公平に学校が用意することになったんだ。さぁ、お仕事、お仕事~♪」
そう言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」は踊るような足取りで前へ出て行き、教頭先生の隣に立ちました。『そるじゃぁ・ぶるぅ研究会』のメンバーはおとなしくしているようです。教頭先生が再びマイクを持って…。
「では、ここでワルツを踊る諸君に学園からのプレゼントだ。男子には揃いのタキシードだが、女子は好みのドレスが着られる。そるじゃぁ・ぶるぅ、準備はいいか?」
「オッケーだよ。それじゃ、いくね!」
パァッ、と青い光が浴衣姿の出場者を包み、光が引いていった後にはタキシードに着替えた男子生徒と、華やかなとりどりの衣装を纏った女子生徒が立っていたのです。
「諸君、衣装は気に入ったかな?記念撮影をしたい者たちもいるだろう。ワルツに参加する教職員の準備が整うまで、しばらく自由に…」
教頭先生が言い終わる前にワッと歓声が上がり、あちこちでフラッシュが光りました。私もカメラを持ってくればよかったかも。その間に次々と先生方が自慢の衣装で登場します。ゼル先生もワルツを踊るんですね。ああ見えて往年の名手なのかもしれません。親睦ダンスパーティー、凄いフィナーレになりそうですよ!

あれ?…なんだか前の方でもめているようです。
「アルトっていう人、壁の花になりたかったんだって」
いつの間にか横に来ていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「せっかくドレス用意してあげたのに、どうするんだろうね?…追加の抽選はしないらしいし、アルトって人が踊らないんなら代わりに女の先生が入ることになるみたい」
えぇぇっ!?…なんてもったいない!
「アルトちゃん、絶対、踊るべきよ!」
「うん。踊らなきゃ、将来きっと後悔しそう」
でも、踊りが苦手ってこともありますし…。私も会長さんに特訓をしてもらわなかったら選ばれてもパニクッてたかもしれません。アルトちゃん、踊るのかな、踊らないのかな?壁の花なんて絶対もったいないんですけど…。




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「ここにいたんですね、パスカル先輩」
「ああ、セルジュ」
 保健室に飛び込んできたのは絵に描いたような美少年。
 シャングリラ学園って、いわゆるイケメンパラダイスってやつですか? っていう質問は…やっぱり出来ないよね。
「新入部員が体調崩してしまってね」
「そうなんですか」
 入部してないと叫ぼうとしたけれど、至近距離で「大丈夫?」と尋ねられては叫ぶに叫べない。
 何とか「大丈夫」の意味で頷くだけだった。
「そう。セルジュ君も数学同好会なのね」
「はい。パスカル先輩には初等部から親しくして頂いてますから」
「B組、だったわよね」
 うわ。まりぃ先生の情報すごい。
「何か悩みがあったらいつでもいらっしゃい」
 そう言って微笑するまりぃ先生は、目眩がするほどの大人の色香を漂わせていて、私たちの方がどきどきしてしまう。
 ボナール先輩はドキドキどころじゃなさそうだ。
「ありがとうございます。まりぃ先生」
 丁寧にお礼を言うセルジュ君はすぐにこちらを向き、
「名前は?」
「ア…アルトです」
「君は?」
「rです」
「二人ともB組じゃないよね」
「A組だ。グレイブ先生んとこ」
 セルジュ君、ちょっと肩をすくめて「そうですか」とパスカル先輩に返した。
 ……もしかして、なにか訳あり?
「通学かな? それとも寮?」
「寮です」
 rちゃんとハモってしまった。
 それを聞いたセルジュ君が頷きながら笑う。
「僕も寮なんだ。女子寮まで送って行くよ」
「あ、ありがとうございます!」
 またもやハモってしまう。
 rちゃんと顔を見合わせれば笑みが浮かんだ。
 数学同好会。
 数学は倒れるほどイヤだけど、入ってもいいかも?と思ったのはまだ内緒にしておこう。
「アルトさん、お大事に。いきなり難しい問題を見つめちゃ、ダメよ」
「はい。ありがとうございました。まりぃ先生」
「でも倒れるなら、今度は生徒会長の前で倒れなさい」
「は……い?」
 それって勧めてるんでしょうか?
 ひょっとして強制?
 尋ねるのも恐くてさっさと保健室から出ると、目の前に『親睦ダンスパーティー』という文字が躍ったポスターが貼ってあった。
 そして写真は……。
 生徒会長と金髪美女のダンスシーンだった。
 ドキ、と胸が高鳴った。




私は結局、クラブに入りませんでした。ジョミー君、サム君、スウェナちゃんも無所属です。部活の時間は4人揃って「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋でお茶をしていることが多いのですから『そるじゃぁ・ぶるぅファンクラブ』ということになるかもしれません。柔道部に入ったキース君たちも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に毎日のように出入りしていました。なんだか落ち着くんです、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋。そんなこんなで日は過ぎて…。

学校生活にも馴れてきたある朝、グレイブ先生が仏頂面で教室に入ってきました。
「諸君、おはよう。授業にも身が入ってきたようだが、ここで残念なお知らせがある。来週、恒例の親睦ダンスパーティーが開催されることになった」
「質問!どこが残念なんですか?」
何人もが叫ぶ中、先生はチッと舌打ちをして。
「残念だ。…私の気持ちを理解してくれないとは、実に残念だよ、A組の諸君。親睦ダンスパーティーが開催されるということは、お祭り騒ぎで貴重な授業が1日分、潰れてしまうということなのだが…。諸君は授業より祭りの方が好きなようだな」
「もちろんで~す!!」
あちこちから歓声が上がります。親睦ダンスパーティー!とても楽しそうな響きですよね。
「もういい。どうせ毎年、こうなのだ。期待などせん」
先生はフッと鼻で笑うと背中の後ろで両手を組んで。
「では、親睦ダンスパーティーについて説明しよう。当日は全員、浴衣持参で来るように。ダンスナンバーは炭坑節、ソーラン節、よさこい節。それに阿波踊りで有名な『阿波よしこの』がメインになる」
「「「えぇぇぇぇっっ!??」」」
教室中がどよめきました。どこがダンスパーティーなんでしょう。盆踊り大会の間違いでは…。
「ワルツなどを期待していたのか?男女でパートナーを組んでのダンスパーティーなど風紀が乱れる元だからな。この学園でダンスパーティーといえば健全な大衆踊りなのだ」
クラス中がガックリとうなだれました。いっそ屋台でも出れば文化祭みたいで楽しいでしょうが、そんなわけでもなさそうです。
「不満がある者は参加する必要は無い。欠席して家で存分に自習することだ。…その代わりワルツを踊れるチャンスもゼロだが」
「「「ワルツ!?」」」
うなだれていた皆がガバッと顔を上げると。
「そう、ワルツだ。ダンスパーティーと銘打った以上、まるでダンスが無かったのでは父兄から苦情が来るからな。パーティーの締めくくりに教職員の有志でワルツを披露することになっている」
「なんだ、先生たちが踊るのか…」
またまたガックリとなったクラス一同ですが、先生の言葉はまだ終わりではありませんでした。
「人の話は最後まで聞け。このワルツの時に全生徒から選ばれた十組がフロアの中央で踊るのだ。諸君にもワルツを踊るチャンスはある」
「え…。でも…。たった十組…」
「やかましい!ゼロよりマシだろうが。正確には選ばれるのは九組だがな。男子と女子、各1名は既に決まっている。男子は生徒会長のブルー、女子は副会長のフィシスが踊る」
ワッ、と教室が湧き立ちました。生徒会長さんは女子に絶大な人気を誇っていますし、フィシスさんも男子の憧れの先輩なんです。
「ワルツではパートナーチェンジをする決まりだ。残る九組の中に選ばれたなら、彼らと踊るチャンスもあるだろう。そして肝心の選出方法だが、男子は女子による人気投票、女子は抽選で決定される」
「「「えーーーっっっ!??」」」
ブーイングしたのは男子でした。
「女子だけ抽選ってなんでですか!?男子も抽選にすればいいじゃないですか!」
「…男子諸君、そんなにがっついて女子と踊ろうという根性は感心せんな。それだから女子に敬遠されるのだ。女子による人気投票で選出する理由はたったひとつ。…抽選で当たった女子が安心して踊れるように、好感度の高い男子を揃えるのだよ」
「差別です!俺たちは別にがっついたりは…」
「では聞こう。…夜道で女性の一人歩きが危険とされる理由は何だ?また、逆に。男性の夜道での一人歩きが危険視されることはあるかね?」
グレイブ先生の目が眼鏡の奥でキラッと鋭く光りました。
「まだ納得のいかない奴は、まりぃ先生に男子と女子の違いについて教えを請うといいだろう。保健室で暇を持て余しておられるからな。…男子生徒の人気投票だが、今から女子に投票用紙を配布する。ダンスパーティー前日の午前中までに記入し、校長室前の投票箱に入れておくように」
投票用紙が配られてきました。えっと…3名まで書けるんですね。学年は問われないみたいです。先輩に入れてもいいってことかな?
「言い忘れたが、ワルツには私も参加する。パートナーはパイパー教諭だ。ワルツを踊りたいと思うのならば、我々のステップに飲まれないよう、せいぜい練習しておくのだな」
ひゃあああ!…グレイブ先生も踊るんですか?かなり自信がありそうですけど、私、ワルツなんか踊れませんよう…。

ダンスパーティーでワルツを踊ってみたい男子3人に投票するのは実に悩ましい問題でした。私たちのグループに男子は5人。全員の名前は書けません。スウェナちゃんも同じことを思っていたらしく、授業の合間に相談した結果、スウェナちゃんが昔からの友達のジョミー君とサム君の名前を書き、残りの欄に出場が決定している生徒会長さんを記入することに。私はキース君とシロエ君、マツカ君の名前を書いて放課後に二人で投票箱に入れ、いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に行きました。
「かみお~ん♪投票してきたの?…ブルーは今、ちょっとおでかけしてるんだけど。みゆとスウェナもワルツ、踊りたい?」
「もちろんよ!せっかくだもの、踊ってみたいわ」
「…踊りたいけど…ステップも何も分からないし…」
即答したのはスウェナちゃん。私は口の中でモゴモゴと…。
「じゃ、ここでブルーと練習する?ブルーはワルツ、得意なんだよ。リードだって上手いんだから」
えぇっ、会長さんと…ワルツの個人レッスン!?それはものすごく嬉しいかも。ダンスパーティーの抽選に外れたとしても、全く悔いはありません。
「じゃ、決まりだね」
ニコニコニコ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテーブルの上にレモンパイを置き、楽しそうに切り分け始めました。
「ブルーが帰ったらお茶にしようよ。ジョミーとサムももうすぐ来るし、キースたちはブルーが呼びに行ったし…。今日の話題はダンスパーティー!」
美味しそうなレモンパイを目にしていながら、私の頭は会長さんのことで一杯でした。入学前から憧れていた会長さんとワルツの練習ができるだなんて本当でしょうか?
「本当だよ。ぼくからも頼んであげるから♪」
この時ほど「そるじゃぁ・ぶるぅ」を頼もしいと思ったことはありません。『そるじゃぁ・ぶるぅファンクラブ』…最高かも…。そして会長さんや皆が揃ってレモンパイでお茶にした後、私は会長さんからワルツを習うことになったのでした。明日からはフィシスさんやリオさんも加わって皆で練習することになるそうです。
「はい、そこでクルッと回って。力を抜いて、軽やかにね」
会長さんのリードでステップを踏みながら私は夢見心地になっていました。ダンスパーティー前日まで毎日ここで会長さんと踊れるなんて…。うっかり足を踏んでしまってもニッコリと微笑んでくれる会長さん。上達するよう頑張ります~!




「分かりやすく言うと、『数学嫌悪症』ってところかしら?」
 黒革のミニからスラリと伸びた足を組んだまま、椅子を回転させて微笑する先生をまじまじと見つめる。
(この先生、本当に保健室の先生? 先生っていうより女優ってオーラが……)
 コートのように白衣をひっかけ、シンプルだが大胆なカットの白いブラウスに視線を真っ直ぐ向けられない。
 でも私を抱きかかえて連れてきてくれたボナール先輩の視線は先生に釘付けだ。
「精神的な問題だと思うけれど。過去によっぽど辛い事があったのね、子猫ちゃん」
 頷こうとしたけれど、子猫ちゃんと呼ばれて動きが止まってしまった。
「まりぃ先生。では彼女は数式を見ると機能が停止してしまう、というわけですね」
「あら機能停止じゃ死んじゃうわよ」
 パスカル先輩の言葉に、まりぃ先生は楽しげに笑ってる。
「貴方に残された道は二つよ。数学から一生逃げ続けるか、それとも数学同好会に入って克服するか」
 その選択なら考える必要なんてない。
 一生逃げ続ける!
「克服しよう」
 え? 今の誰が言ったの?
「一緒に頑張りましょう。うっかり数式見て倒れちゃう人生なんて、悲しすぎるわ」
 そうかもしれないけど……うっかりでも見ないように努力する方がマシ。
「でも……」
「あら」
 机の無絵の書類を取り上げ目にしたまりぃ先生が、小さく意驚きの声をあげる。何だろう?と覗き込めば、保健室利用書で、私のクラスと名前が記入してあった。
「あなた、A組ね」
「は……はい…」
「あなたも?」
 まりぃ先生がrちゃんに尋ね「はい」と答えると、
「あの子たちと同じクラスねv」
 え? 誰?
 微笑するまりぃ先生を尻目に、私たちは顔を見合わせて何のこと?と問い合う。
「みゆちゃんとか、キース君とか、ジョミー君とか。いるでしょう? クラスに」
「いたようないないような。だってまだ回りの人しか話してないし」
「みゆさんはいました」
「あぁやっぱりぃ~♪」
 まりぃ先生はrちゃんと私の手を取ってキュッと握りしめ、
「あの子たちとお友達になって。そしてね生徒会長に会って頂戴」
「え?」
 話の飛躍についていけません。
 彼女たちとお友達になれば、生徒会長ともお友達になれるっていうこと?
「生徒会長の健康票には『虚弱体質』と書いてあるのに、一度も保健室に来たことないのよ。生徒会長用の特別室を作って準備万態だというのに」
 と、特別室?
「お願い。連れてきて」
 ……それってお友達になって、怪我を負わせて強引に連れてこいってこと?
「そ、そんな…無理です、無理無理」
「面白そうじゃないか」
「そうだな」
 そんなことを言うのはパスカル先輩とボナール先輩で。
「三百年以上生徒会長してるって噂の真偽を確かめたい」
 えええっ! そんな噂が?
「校長も、ぶるぅもだ」
「秘密があると、暴きたくなるでしょう?」
 まりぃ先生の囁きに、rちゃんと私は思わず頷いてしまった。

 この瞬間、数学同好会入部が決定したと知ったのは少し後のことだけど……。


   ※まりぃ先生って?
   連載当時、保健室の先生をしてみたい、と名乗り出られた
   勇気ある方です。
   アルト様が乱入ついでに人員公募をなさってました(笑)




キース君とシロエ君、マツカ君が柔道部の入部手続きを済ませ、制服に戻って私たちの方へやってきました。ジョミー君がサッカー部に入らなかった理由を聞いたキース君は…。
「そうなのか。柔道と違ってサッカーは団体競技だからな…1年しか在籍しない部員をレギュラーにはしてくれないだろう。だが、それが事実なら俺たちが1年で卒業することに決まっているという怪しげな話は本当だということに…」
「でも学校からは何の話もないですよ?」
シロエ君がそう言った時、教頭先生が柔道着のままでおいでになったではありませんか。
「どこかで見た顔だと思っていたが、君たちは今年の…。1年間、存分に活躍してくれ。大会にも早速出てみるか?」
「先生、お聞きしたいことがあります」
キース君が姿勢を正して教頭先生を見つめました。
「今、1年とおっしゃいましたね。ぼくたちが1年だけで卒業することになっているというのは本当ですか?だとしたら、その理由をお聞きしたいのですが。…それともう1つ。先生は宇宙クジラと何か関係がおありなのでしょうか?」
「…君たちが1年で卒業と決まっているのは本当だ。だが、理由を知るにはまだ早い。宇宙クジラの件も同じだ。…そう、知るべき時期が来ていない。今の君たちに出来るのは…」
「ぼくと一緒にお茶を飲むこと。そうですね、先生?」
絶妙のタイミングで現れたのは生徒会長さんでした。
「ああ、ブルー。ちょうどよかった。今、部員に呼びに行かせようかと思ったところだ」
「そんな気配がしたんです。だから呼ばれる前に来たんですけど…珍しい新入部員を獲得なさったご感想は?」
「柔道部員である以上、特別扱いすることはない。…気になるのなら一緒に入部してみるか?」
「…お断りさせて頂きますよ」
生徒会長さんは涼やかに微笑み、私たちに極上の笑顔を向けました。
「クラブ見学はどうだったかな?君たちを誘いに来たんだよ。今日のおやつはクレープなんだ」
教頭先生の方を見ると「行きなさい」と目で合図しておられます。私もスウェナちゃんたちもクラブを決めてないんですけど…急いで決めなくても大丈夫かな?

生徒会室の壁の紋章を使って「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に入ると美味しそうな匂いがしていました。テーブルの上にクレープが山盛りのお皿が乗っかっています。
「かみお~ん♪今日も来てくれて嬉しいな!新作に挑戦してみたんだよ。春だから桜クレープとか。いっぱい食べてゆっくりしてね」
ニコニコニコ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今日も元気いっぱいでした。会長さんが紅茶を入れて下さいましたが、前に会った副会長のフィシスさんと書記のリオさんはいないんでしょうか?
「フィシスとリオは生徒会の方で忙しいんだ。年度初めだから」
「…あんたが会長なんじゃないのか?」
遠慮の無いキース君の突っ込みに会長さんはクスッと笑って。
「ああ、ちゃんと仕事はしているよ?でもぼくは色々と特別だから、学校中を走り回る必要は特にないんだ」
「命令だけしてればいいってこと?」
そう言ったのはジョミー君です。
「おやおや、これは手厳しいね。そういうわけでもないんだけど…現時点で一番大切な仕事は君たちの面倒をみることで…」
「面倒を見てくれと頼んだ覚えはないが」
「ちょ、ちょっと…キース先輩!」
「頼んだ覚えはない、か。でも今も君の面倒を見ているんだよ、ぼくは。正確には君たち全員の…ね。ちょっと中断してみせようか?」
次の瞬間、頭の中にワッと声が溢れ出しました。耳元で叫ばれるとかそういうのじゃなくて、本当に頭の中で大勢の声がザワザワと…。そう、入学式で聞いた不思議な声の時みたいに。
『面倒をみてやっている、だと?茶ばかり飲んでいるヤツに世話されている覚えなどないぞ』
『ああもう、キース先輩ったら!とりあえず相手は先輩ですよ。目上の人には礼を欠くなっていっつも言っているくせに!』
『…サッカー部、入りたかったよなぁ…。いいなぁ、キースたちは入りたかったクラブに入れて』
『…柔道部、入部しちゃったけれど…ぼく、本当に大丈夫かな?見学だけってできるんだろうか…』
『なんだかゴチャゴチャ言ってるけどさ。今日のクレープも美味そうだし、昨日の冷麺も美味かったし。ここの待遇、悪くないよな』
『面倒を見てるって、なんのことかしら?お茶に誘ってくれることなの?それともこの部屋に入れてくれること?』
響いてくる声は他のみんなのものでした。でも、誰の口も動いていません。それに頭がキーンとなって…他のみんなも同じらしくて、両手で耳を押さえています。私も耳を押さえましたが声は大きくなるばかり。
『だから言ったろう?…ぼくが面倒みてるんだ、って』
会長さんの声が響いてフッと静かになりました。恐る恐る耳から手を離しても、もう大丈夫みたいです。私たちはまだクラクラする頭を押さえてソファに座り込んでいましたが…。
「君たちにかけていたシールドを一時的に解いたんだ。頭の中に声が溢れただろう?…あれはみんなの心の声。君たちは他の人の心の声が聞こえる力を持っている」
え。会長さんの言葉はとんでもない衝撃の内容でした。心の声を聞くことができるだなんて、そんな馬鹿な…!

「…嘘じゃない。ぼくが入学式でぶるぅの力を借りて流したメッセージ。素質のある者があれを聞くと、因子が目覚める。今年は4人の筈だった。でも、その4人には仲間がいたから…切り離してしまったら悲しいだろうと思ったから…」
「ぼくの力を分けたんだよ。赤い手形を覚えてるよね?」
会長さんの隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が右手を突き出してニコニコしています。すると私たちは本当に特殊な存在になってしまったというのでしょうか?
「平たく言えばそういうことだ。でも、簡単に理解して貰えるとも思わない。だからゆっくりと…徐々に馴れてくれるよう、ぼくが力を制御している。当分は普通の生活を送った方がいいだろうね」
「そうそう。ぼくの悪戯かも、って思っておけば?」
悪戯。本当に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯だったらいいんですけど、違うような気がします。みんなの顔も青ざめてますし。
「大丈夫、平気だよ!ぼくの手作りクレープを食べればきっと元気が出ると思うな。新作、新作~♪」
結局、私たちは問題を棚上げにしてクレープを食べることにしました。とても美味しいクレープの中には1個だけ…。
「なんだ、これはーーーっっっ!!!」
キース君の絶叫が部屋中に響き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嬉しそうにクラッカーを鳴らして飛び跳ねています。本日の大当たりは『わさび漬けクレープ、辛子入りカスタードクリーム添え』でした。納豆も入っていたようですが、『クレープ冷麺』のジョミー君に対抗心を燃やして完食したキース君の感想は…教えてもらえないまま終わってしまったのです。キース君、お腹を壊さなければいいんですけど。

そんなこんなでクラブ見学日も終わり、家に帰った私は『パンドラの箱』を取り出して「そるじゃぁ・ぶるぅ」に質問の手紙を出しました。私たちは何になっちゃったのか、って。人の心の声が聞こえるだなんて、絶対、普通じゃないですよね?
「来てるかな、返事…」
蓋を開けてみるとそこにはメモが1枚。
「心配しないで。ぼくとブルーがついてるからね。クラブ活動、ぼくのファンクラブを作ってくれると嬉しいな♪」
あああ、全然答えになっていません。シャングリラ学園、まだまだガードが固そうです…。




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