シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年の春は寒すぎもせず、妙に暑い日も無かったりして過ごしやすい日が続いています。毎年こんな穏やかな気候だといいですよねえ。ゴールデンウィークにはあちこちお出掛け、シャングリラ号で宇宙へも。賑やかだった連休が済むと再び登校なわけですけれども、お目当ては放課後。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日のケーキは柏餅風だよ、と出て来たお皿にビックリ仰天。二つ折りになったビスキュイ生地が柏の葉っぱからはみ出しています。中身はカスタードクリームとイチゴ、黒蜜風味のわらび餅だとか。
「へえ…。この葉っぱって、食べられるの?」
ジョミー君の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は即答で。
「無理! 柏餅の葉っぱは食べないでしょ? 飾りだも~ん」
「なぁんだ、飾りかぁ…。桜餅の葉っぱは食べられるのに」
つまんないな、と葉っぱを剥がすジョミー君ですが、キース君が。
「おい。桜餅の葉を食べるのは邪道だぞ? 桜餅を作っている檀家さんに聞いたんだから間違いはない」
「えっ? でもテレビとかでも食べてるし、葉っぱも普通に塩味だよ?」
「塩漬けは桜の葉の保存手段だそうだ。どこぞのグルメ気取りが食べたのが切っ掛けで誤った情報が流れたらしい。剥がして食べろよ、恥をかくぞ」
人は案外見ているものだ、と注意するキース君の横から会長さんも。
「そういうこと! 特にジョミーはお坊さんの修行も待ってるし…。お茶の稽古で出て来た時には葉っぱをきちんと剥がすことだね」
「行かないし!」
修行なんて絶対嫌だ、と始まりました、いつもの攻防戦。これは放置に限ります。私たちは紅茶やコーヒーをお供に柏餅ケーキの葉っぱをめくってフォークでサクッと。うん、美味しい!
「あ、やっぱり美味しい?」
ぼくにも一個、と声が聞こえて会長さんとジョミー君の言い争いがピタリとストップ。会長さんのそっくりさんが立っているではありませんか。
「…き、君は……」
引き攣った顔の会長さんに、ソルジャーは「ん?」と小首を傾げてみせて。
「覗き見してみて良かったよ。変わったお菓子は食べなきゃ損だし!」
「わぁーい、お客様だぁ~!」
ゆっくりしていってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が柏餅ケーキをお皿に乗せていそいそと。降って湧いたソルジャー、大喜びで柏の葉っぱを剥いていますよ~!
ふんわりビスキュイにカスタードクリームとわらび餅。ちょっと意外な組み合わせのケーキはソルジャーの口にも合ったようです。お菓子好きなソルジャーは当然お代わり、二個目をのんびり食べながら…。
「いいねえ、柏餅の中身を取り替えたんだ?」
「うんっ! お餅もいいけど、ケーキもいいでしょ?」
得意満面の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ジョミーが葉っぱのお話してたし、次は食べられる葉っぱを工夫しようかなぁ…」
「そういうのもいいね。でも取り替えるのはタイムリーだったな」
ちょうど悩んでいた所でさ、とソルジャーがイチゴをポイと口の中へ。
「…これはブルーしか分からないかもしれないけれど…。思念体って入れ替え可能なのかな?」
「「「は?」」」
思念体とは会長さんがたまにやっている『意識だけ身体から抜け出す』状態。姿形はそのままですけど、意識だけですから向こう側が透けて見えたりします。当然、同じタイプ・ブルーのソルジャーにだって可能なわけで。
「あれをさ、入れ替えることが出来るのかどうかで悩んでるんだよ。…君とぼくなら入れ替われそうな気がするけれど」
「…出来るんじゃないかな、基本の身体が同じだしね。でも、入れ替えてどうするのさ?」
まさかこっちの世界に来る気では…、と会長さんは身構えましたが。
「それは無い、無い! ぼくはハーレイと離れたくないし、シャングリラのみんなも大切だ。君がぼくの代わりにシャングリラを守り通せるとは思えない。そんなリスクは冒せないよ」
それくらいなら時々お邪魔する方がいい、とソルジャーはケーキをモグモグと。
「入れ替えの件は、ぼくじゃないんだ。ほら、ミュウは身体が虚弱で欠陥が多いと言っただろう? まるっと健康な身体じゃなくても、入れ替われたら世界が広がる。聞こえない耳が聞こえるようになったら素敵だし、義手の代わりに自前の腕とか」
ほんの少し身体を入れ替えるだけで素敵体験、と言われてみればそうなのかも。ソルジャーもキャプテンも補聴器を使っているそうですし、ソルジャーの世界のヒルマン先生のそっくりさんは片腕が義手だと聞いています。キャプテンとヒルマン先生のそっくりさんを入れ替えるのかな?
「うーん、まあ…。ターゲットを明確に絞ったわけではないんだけれど…」
まだアイデアの段階だから、と語るソルジャーに会長さんが。
「そういうことなら協力しようか? とりあえず君とぼくとの入れ替えだけでも」
「いいのかい!? それが出来たら大いに参考になりそうだ」
力の加減とかが色々と、と瞳を輝かせるソルジャー。思念体のことはサッパリですけど、要するにこれって人助けですよね?
こうして会長さんとソルジャーの協力体制が始まりました。まずは二人の思念体での入れ替わりから。元が瓜二つなだけに問題ないかと思われましたが、何度チャレンジを繰り返してみても弾き出されておしまいで。
「…やっぱりサイオンの波長なのかな?」
そっちも同じだと思うんだけど、と首を捻るソルジャーに、会長さんが腕組みをして。
「同じ筈だけど、君とぼくとは性格が全く別物だしね? その辺は関係するかもしれない。何から何までそっくり同じというわけじゃないし」
「ああ、そうか…。君はハーレイと結婚なんて死んでも御免なんだったっけ」
「当たり前だよ、君の好みは理解不能だよ!」
「だったら、その辺がいけないのかなぁ…」
そうなると入れ替えは難しくなる、とソルジャーは深く悩んでいます。
「同じ身体でも弾かれるんなら、身体も思考パターンも別だとなると無理だよねえ…。いいアイデアだと思ったんだけど、使えないのか…」
「…どうだろう? 入れ替わった先で固定出来たら可能かも…」
弾き出せなくすればいいんだ、との会長さんの意見に、ソルジャーが。
「思念体を固定するだって? そんな技術はぼくの世界にも無いけれど…?」
「まるでアテが無いってわけじゃない。ただ、準備に少し時間がかかる。でも試すだけの価値はあると思うよ、封印の技」
「封印?」
「そう、封印。本来は悪霊とかを封じる方法。それを思念体に応用出来れば別の肉体への固定も可能だ。ぼくと君とを封じるとなると準備の方もそれなりに…。三日ほど待ってくれるかな?」
その間に準備をしておくから、と説明されたソルジャーは素直にコクリと。
「分かった。そういう技はぼくには謎だし、全面的に君に任せるよ。準備が出来たら呼んでくれるんだね?」
「うん。ついでにその間、ぼくにちょっかいを出さないこと! 精神力が必要なんだよ、それと心身の安定とがね」
引っ掻き回されたら何もかもパァだ、と会長さんが脅せば、ソルジャーも理解したようで。
「…パァは困るよ。大人しくしてると約束するから、是非ともよろしくお願いしたいな」
「了解。…成功するよう祈っていたまえ」
上手く行くと決まったわけではないから、と会長さんはしっかりと念を押しました。でないと失敗に終わった時にソルジャーが怖いですもんねえ…。
封印の技を是非よろしく、と頭を下げたソルジャーは柏餅ケーキの残りを「ぶるぅ」へのお土産に貰ってお帰りに。それを見送った私たちは会長さんを取り巻き、口々に。
「会長、あんな約束しちゃって大丈夫ですか?」
「封印とか言ったな、どうするつもりだ?」
人間を封印するなど聞いたこともない、とキース君。
「悪霊封じなら色々とあるし、閉じ込めればそれで終わりだが…。相手は思念体だろう? しかも生きた人間の身体の中に封じるとなると、俺にもサッパリ見当がつかん」
「ああ、それね。…一応、考えてはいるんだよ、うん」
コレ、と会長さんがキース君の左手首を示しました。えーっと、トレードマークの数珠レットが嵌まってますけれど…?
「覚えてないかな、キースがサイオン・バーストした時。この部屋が見事に吹っ飛んだろう?」
「「「あー…」」」
そういう事件もありました。会長さんがキース君のサイオンを活性化させるために仕組んだのですけど、バーストの衝撃で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋が吹っ飛び、キース君は自宅謹慎で…。
「あの時、キースにサイオン制御リングを嵌めるって話が出たよね? 制御リングのタイプは色々、数珠レット風のも扱ってます、って」
「そういえば…。制御リングを使う気か?」
レベルを上げれば封印になるのか、とキース君が尋ねると、会長さんは首を左右に。
「そういう使い方もあるけどねえ…。それだと入れ替わっても気分が重いよ、制御リングはサイオンを封じてしまうんだから。ぼくが考えているのは応用。数珠レットに封印の技を施す」
「「「えっ?」」」
「封印のための祈祷を数珠レットに込めておくんだよ。入れ替えてすぐに手首に嵌めれば思念体を身体に封印するのも可能かと…。やってみないと分からないけど」
ついでにタイプ・ブルーを封印となると祈祷の方も本格的に、と会長さん。
「息抜きに此処へは顔を出すけど、それ以外はかかりっきりになっちゃうかな。…ぶるぅ、今日から三日間、ぼくの食事は精進料理で」
「かみお~ん♪ お部屋も清めるんだね!」
任せといて、と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんと同じくらいの年数を生きて来ています。銀青様のお世話も長いですから、御祈祷中の会長さんの扱いについても任せて安心、プロ中のプロというわけですね!
御祈祷モードに入った会長さんは翌日からおやつが別扱いになっていました。放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、会長さんだけが飲み物が緑茶。キース君が「俺もたまには…」と緑茶を希望すれば、なんと急須がもう一つ。
「…なんだ、これは?」
俺は出がらしで良かったんだが、とキース君が言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「ダメダメ、ブルーのお茶はお台所が別だから!」
「「「は?」」」
「大事な御祈祷をしてる時には、お台所も清めるの! 同じ火とかを使っちゃダメなの、穢れちゃうから!」
「そういうこと。…精進潔斎って厳しいものだよ」
ぶるぅのお蔭で助かっている、と会長さん。
「料理も当然、ぶるぅとは別! ぶるぅも精進料理を食べるとしてもね、別に調理をするんだな」
「それって大変じゃないですか!」
シロエ君が声を上げましたが「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコと。
「平気だもん! お料理もお掃除も楽しいしね♪」
ブルーのおやつも特別製、との言葉どおりに会長さんが齧っているお菓子は抹香臭いものでした。小さな巾着形の揚げ菓子ですけど、お線香のような香りがします。デパートの地下で売られていることは知っていますが、一個がケーキよりも高いお値段だけに買って食べてみた経験はなく…。
「これが気になる? まあ、一般受けする味じゃないよね」
なにしろ中身はお香だから、と会長さんがカリッと齧って。
「こし餡に七種類のお香を練り込んでるのさ、それでお線香っぽい匂いがするわけ。ぼくが一時期修行をしていた恵須出井寺のお坊さんが製法を伝えたと言われていてねえ…。作っているお店はたった一軒、作る時には精進潔斎が必須なんだな」
それだけに祈祷中のおやつに最適、と会長さんは怪しげな匂いのお菓子を御機嫌で口にしています。どう見ても私たちのお皿のオレンジのタルトの方が美味しそうですが…?
「えっ? どっちが美味しいかと訊かれても…。ぼくはタルトは食べられないし」
バターや卵は精進じゃない、と緑茶を啜る会長さん。あんなお菓子と精進料理であと二日も御祈祷生活ですか…。
「お菓子だけなら市販しているヤツだから…。明日のおやつに食べてみる?」
良かったらぶるぅに買わせておくよ、との言葉に好奇心から食い付いた私たちは翌日、心の底から後悔しました。なんという不味い精進菓子。食べるお線香としか思えないコレを美味しいと食べ、御祈祷を続ける会長さんを思い切り尊敬いたしますです…。
丸三日間、放課後のティータイム以外は御祈祷三昧だった会長さん。それでも全く窶れもせずに御祈祷を終えて、ソルジャーも招かれた金曜日の放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は期待の空気に満ち満ちていました。
「やっと出来たよ、使えるかどうかは謎だけれども」
こんな感じで、と会長さんが金襴の布で覆われた箱を取り出し、蓋を開けると中に水晶の数珠レットが二つ。会長さんはソルジャーに一個を渡して、もう片方を自分が持って。
「これに封印の祈祷を込めた。…ぼくと思念体で入れ替わったら、すぐに左手首に嵌めてみて。もちろんぼくも同じように嵌める。これでお互いに固定出来たら大成功ってね」
「…そうなんだ? だったら早速、試してみようよ」
おやつもいいけどこっちが肝心、とソルジャーが目を閉じ、会長さんも。間もなく二人の身体から思念体が抜け出し、スーッと相手の身体に入って左手首に数珠レットを嵌め…。
「やったぁ! 今度は弾かれないよ!」
君の身体だ、とソルジャーが会長さんの身体で万歳をすれば、会長さんがソルジャーの身体で安堵の吐息。
「どうやら成功したみたいだね。君とぼくとで入れ替え可能なら、他の人でも充分可能だ。ただ、思念体で抜け出せる力を持っていないと、入れ替える前に補助の力が必要かと」
「そこだよねえ…。思念体で抜け出せるミュウは皆無に近い。手助けしないと無理だと思う」
身体の中から追い出す感じでいいのかな、と悩むソルジャーに、会長さんは。
「良かったら実験してみるかい? そこの面子で」
「「「???」」」
いったい何を、と顔を見合わせた私たちですが。
「君の世界で実験するより、こっちの方が問題がない。適当に誰かを入れ替えてみよう。…固定用のアイテムは二人分しかないから、ぼくたちは元に戻らなきゃ」
「そうか、こんなにいるもんね。練習を兼ねてやらせて貰おう。…その前にこれを外して元の身体に戻っておく、と」
会長さんとソルジャーが数珠レットを外すと同時に思念体が元の身体へと。やはり封印の力が無いと弾かれてしまうみたいです。会長さん、凄いアイテムを完成させたわけなんですねえ…。
「うん、元に戻っても違和感ゼロ! どうやら完璧」
「ありがとう。君のお蔭でいいものが出来た」
次は実地で実験を…、とソルジャーの赤い瞳がキラリ。会長さんも生き生きした顔で。
「さあ、誰と誰とが入れ替わりたい? 御希望があれば応じるよ」
希望者がいれば手を挙げて、と言われてようやく気が付きました。会長さんとソルジャーの次は私たちの内の誰か二人が入れ替えられちゃうわけですか~!
思念体とやらで他の誰かの身体に入って別人体験。それだけ聞けば面白そうですが、問題は入れ替わり体験の時間。会長さんたちのように短時間で元に戻るんだったらいいですけれど、ソルジャーが意図した目的からして一時間やそこらでは済みそうになく。
「あ、分かる? 半日くらいは入れ替わっていなくちゃ別の生活を楽しめないよ」
今から入れ替えるなら最短でも夜まで、とのソルジャーの台詞にサーッと青ざめる私たち。会長さんの家に泊まるにしても夜までとなると厳しいものが…。
「…俺と入れ替えるのは不可能だな」
今日は帰ると言ってきたし、とキース君。
「俺と入れ替わったヤツにはもれなく夜のお勤めがある。サムでも無事には務まらん」
「ふうん? アドス和尚の鉄拳か…」
それもいいかも、と会長さんの視線がジョミー君に。
「何かと文句ばかりの不肖の弟子を強制的にお寺送りにするのも一興だ。何処まで自力で切り抜けられるか、この際、キースと入れ替えてみよう」
「えーーーっ! そんなの無理だよ、殺されるよ!」
ジョミー君が悲鳴を上げれば、キース君も。
「俺もだ! ジョミーがヘマをしでかしてみろ、後で親父にボコボコにされる。その時には俺に戻ってるんだぞ!」
「そこはジョミーの腕次第だろう? 気分が悪い、と寝込んでおくのも一つの手だし」
口の利き方さえ間違えなければ問題なし、と会長さんは決めつけ、キース君に。
「後でボコボコにされたとしてもね、お寺と無縁の生活が待っているんだよ? ジョミーの家なら夜のお勤めどころか夕食がビーフカレーでねえ…。食べたいんだろう、家でカレーライス」
「そ、それは…。確かに魅力的ではあるが……」
カレーなのか、とキース君は一転、お悩みモード。それもその筈、元老寺ではカレーライスは年に数回しか出ないのです。お葬式やお通夜の心配が無い日限定の特別メニュー。
「ちょ、キース! そこで考え込まないでよ!」
ぼくの立場が、とジョミー君が慌てた時には既に遅し。お寺を離れてカレーライスの夕食タイムはキース君の心をガッツリ捕えて魅了しており…。
「いいだろう。ジョミー、俺の代わりに頑張ってこい。ヘマをした時は素直に謝れ」
そうすればその場で罰礼だけだ、と親指を立てるキース君。罰礼って南無阿弥陀仏に合わせて五体投地なスクワット並みの刑と聞きますが、そのくらいならジョミー君でも出来ますよねえ?
入れ替わる対象が決まった所でソルジャーの出番。自発的に入れ替えを決めたキース君はともかく、ジョミー君の方は逃げようとして会長さんのサイオンで取り押さえられた挙句、縛られて床に転がされています。
「えーっと…。キースの協力は得られるとして、ジョミーがねえ…。まあ、強引に追い出すことが出来たら力の加減も掴めるわけだし、頑張ってみよう」
「や、やめてよ! 本当にぼくが殺されるってば~!」
アドス和尚は怖いんだよー! と叫ぶジョミー君とキース君の間でパァン! と青いサイオンが弾け、ソルジャーが目にも止まらぬ速さで。
「よし、嵌めた! …どう?」
君は誰かな、とソルジャーの手が数珠レットを二重に嵌めたキース君の左手を掴んでいます。
「え? ぼく? あっ…。えっ……。うわぁぁぁーっ!!!」
キースになってる、とキース君の声が大絶叫。一方、床に転がったジョミー君の方は。
「俺は…。あそこに俺が立っているということは……」
入れ替わったか、と冷静な口調。左手首には例の水晶の数珠レットが。
「き、キース先輩…。今はジョミー先輩ですか?」
おっかなびっくりといったシロエ君に、ジョミー君になったキース君が「ああ」と答えて。
「そのようだ。この縄を解いて欲しいんだが…」
「分かりました。でも本当に凄いですねえ、キース先輩がジョミー先輩だなんて」
絶対誰にも分かりませんよ、とシロエ君が太鼓判を押すと、サム君が。
「とりあえず、俺って言うのはやめとけよな。ジョミーは『ぼく』だし」
「うん。カレーのためにも頑張らなくちゃね! …と、こんな感じでいいのだろうか」
コロッと変わったキース君の喋りに誰もが喝采。流石は天才、ジョミー君の口真似も完璧です。キース君になってしまったジョミー君はパニックですけど、元に戻ろうにもソルジャーが数珠レットをシールドしたらしく。
「…は、外れない…。外れないよ、これ!」
「悪いね、ジョミー。ぼくの壮大な実験のためにお付き合いよろしくお願いするよ。日付が変わったら外してあげるから、それまでキースを演じていたまえ」
別の人生もきっと楽しいと思う、とソルジャーは入れ替えに成功したことで御満悦。実験対象の二人を除いた面子は今夜は会長さんの家にお泊まりと決まり、ソルジャーも。ジョミー君とキース君、それぞれの家でボロが出ないよう頑張って~!
入れ替えられてしまった二人の下校を見届けた後、私たちは瞬間移動で会長さんの家へ。精進潔斎が終わった会長さんの慰労会を兼ねて焼肉パーティーが始まり、壁にはジョミー君とキース君の現状を映し出す中継画面が。
「キースは上手くやっているよね、実にジョミーらしい」
馴染んでるよ、と会長さん。ジョミー君になったキース君は帰宅するなり自室に直行、のんびりしてからカレーの夕食。ジョミー君の御両親との会話も弾み、大盛りカレーのお代わりまで。しかし、本物のジョミー君は…。
「こらぁ、キース! 気分が悪いとは聞いておったが、御本尊様へのお詫びはどうした!」
寝込む前に御本尊様にお詫びじゃろうが、とアドス和尚がパジャマ姿のキース君の耳をグイグイ引っ張って本堂へ。どうやらイライザさんは誤魔化せたものの、その後に手落ちがあったようです。
「い、いたたたた…! ご、ごめんなさい~っ!」
「ほほう…。お前の口からごめんなさいとは珍しい。いつもは「すまん」と一言じゃがな」
その心がけで御本尊様にもしっかりお詫びを、と本堂に着いたアドス和尚はキース君と化したジョミー君の足を後ろから思い切り蹴飛ばして。
「いいか、罰礼百回じゃ! 気分が悪くても一晩あれば出来るじゃろう! さあ、やれ!」
わしが今から数えるからな、とドッカリ座り込むアドス和尚。パジャマで五体投地を始めるジョミー君は本当に気の毒でしたが、私たちには何も出来ません。
「…ジョミー先輩、やられましたね…」
キース先輩は天国なのに、とシロエ君が呟き、サム君が。
「仕方ねえだろ、実力の差だぜ。キースはジョミーになりきってやがるし、ジョミーだってなぁ…。普段から坊主の修行をしてれば、気分が悪くても本堂でお念仏の御挨拶は要るって気付いた筈だし、自業自得としか言いようがねえぜ」
「サムの言う通りさ、これでもジョミーは懲りないだろうけど」
性根を入れ替える筈も無い、と会長さんが深い溜息。案の定、罰礼百回を食らったジョミー君はキース君の部屋で布団に潜り込んだ後も文句たらたら、不満たらたら。日付が変わると同時に瞬間移動で会長さんの家に呼び寄せられてもグチグチと…。
「もう沢山だよ、キースの家なんて!」
「俺はお前の家が気に入ったんだが…。機会があったら、またやらないか?」
「お断りだってば!」
ジョミー君はソルジャーが二人分の数珠レットを外して元の身体に戻るまで文句三昧、戻った後も四の五のと。会長さんが「うるさい!」と家に送り返しましたが、明日は朝イチで苦情を言いに来そうですねえ…。
翌朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を奮った特製オムレツやスープ、パンケーキなどの朝食を食べている間にまずジョミー君が、続いてキース君がやって来て。
「酷いよ! キースったら、ぼくの分のケーキまで食べちゃったんだよ!」
「やかましい! 俺もお前の尻拭いをさせられていたんだぞ! よくも御本尊様へのお詫びを忘れやがったな! 親父に朝からネチネチ言われて、今朝も罰礼を食らって来たんだ!」
百回だぞ、とジョミー君に掴みかからんばかりのキース君。ジョミー君が食らったヤツも百回でしたし、痛み分けではないのでしょうか…。
「いや、違う! こいつがドジさえ踏まなかったら、今朝の罰礼は無かった筈で!」
「ぼくだってキースと入れ替わらなかったら、ケーキを食べられていたんだってば!」
パパのお土産だったのに、と言い返すジョミー君は食べ物の恨みを主張中。これはジョミー君に分があるかも、と思いましたが、会長さんが。
「ケーキはともかく、仏弟子としての自覚がゼロな段階でジョミーはアウトさ。元老寺での住み込み修行を言い渡されたくないんだったら黙るんだね」
「「「………」」」
それはコワイ、と私たちまでが沈黙する中、ソルジャーの声が空気も読まず。
「御馳走様~! ブルーが作った凄いアイテムの使い方も効果も分かったことだし、ぼくはそろそろ失礼するよ。これは貰ってもいいんだよね?」
何回くらい使えるのかな? と数珠レットをクルクルと回すソルジャーに、会長さんは。
「封印の力が尽きたら自然に切れるし、それまでは何度でも使えるよ。入れ替え続ける時間によるけど、百回くらいはいけると思う」
「そうなんだ? それは楽しみ」
「…楽しみ?」
君はひたすらボランティアでは、と会長さんが訊き返し、ソルジャーが「そうだった…」と自分の頬をピシャリと打って。
「入れ替えてあげるだけなんだっけね、キースとジョミーが面白かったから忘れていたよ。…ありがとう、いいものを作ってくれて」
感謝してる、と頭を下げるとソルジャーは姿を消しました。ジョミー君には災難だった入れ替えアイテム、ソルジャーの世界の皆さんのためにお役に立つといいんですけど…。
会長さんの脅しが効いてジョミー君の文句も収まり、窓から入る明るい日差しの中、まったり過ごす週末の午後。お昼のホワイトアスパラガスのクリームパスタも美味しかったですし、なべてこの世はこともなし…。ん? 今、チャイムが鳴りましたか?
「かみお~ん♪ お客様かなぁ?」
誰だろう、と玄関に飛び跳ねて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしたが、凄い勢いで駆け戻って来て…。
「大変! 大変、ノルディが来ちゃったの~!」
「「「えぇっ!?」」」
なんでエロドクターがやって来るのだ、と全員の声が引っくり返って、会長さんが。
「ぶるぅ、戸締りはしたんだろうね!? 家に入れたりしてないだろうね!」
「えとえと、ノルディだったけど、ノルディじゃなかった!」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に尋ねる前にリビングのドアから覗く人影。
「…すまん、此処しか来るアテが無くて……」
申し訳ない、とリビングに入って来るエロドクターに会長さんの悲鳴が上がり、その前にササッとサム君と柔道部三人組が。
「おい、あんた! 不法侵入で通報するぞ!」
さっさと出て行け、と凄むキース君に、エロドクターが。
「…いや、そのぅ…。なんだ、この身体でも一本背負いは出来ると思うが…」
「「「一本背負い?」」」
それは柔道の技なのでは? エロドクターって、柔道、やってましたっけ? 目を白黒とさせる私たちの中から、キース君が一歩進み出て。
「……もしかして……。教頭先生でいらっしゃいますか?」
へ? エロドクターが教頭先生? キース君、一体どうしちゃったの? けれどエロドクターはホッと肩から力が抜けたようで。
「…良かった、お前には分かって貰えたか…。この姿だが、私はシャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ。…シャングリラ号のキャプテンだ」
「「「教頭先生!?」」」
そんな馬鹿な、と言い返そうとした時、仕立てのいいスーツを着込んだ袖口からキラリと光る数珠レット。…ソルジャーが貰って帰った筈の水晶の数珠レットが何故、エロドクターの左の手首なんかに!?
「……私にもサッパリ分からんのだ…」
気付いたらノルディになっていたのだ、とエロドクターな教頭先生は悄然と。
「実は昼前に来客があってな。…あっちのブルーがノルディとデートの途中だとか言って立ち寄ったから、コーヒーを一杯御馳走した。ノルディは好かんが、ブルーはもてなしてやりたいし…」
「それで?」
事情聴取をする会長さんに教頭先生が「すまん」と項垂れて。
「話している途中で眠くなってしまって…。目が覚めた時にはこうなっていた」
役に立つ情報は何も無いのだ、と詫びる教頭先生をじっと見詰めていた会長さんは。
「一種の昏睡強盗だね。…盗まれたんだよ、君の身体を」
「は?」
「入れ替えられちゃったのさ、ノルディの身体と。…今頃、君の身体にノルディが入ってブルーとデートをしているかと…」
「「「えぇっ!?」」」
それはとってもヤバイのでは、と私たちは顔面蒼白、会長さんも血の気が失せた顔で。
「…ぼくとしたことが騙された。数珠レットにブルーの残留思念が残ってる。最初っからこれが目的だったわけだよ、入れ替えの。…ノルディとハーレイを入れ替えるのが」
「…な、何故、私を…。それに入れ替えとは?」
「身体を入れ替えるためのアイテムを騙されて作らされたんだ。君の手首の数珠レットがそれ。…そして言い出しっぺはノルディらしいね、君の身体に自分のテクニックがあればパーフェクトだとブルーを口説き落としたようだ」
「「「!!!」」」
百戦錬磨のテクニシャンだと聞くエロドクター。そのテクニックで教頭先生の身体とくれば、ソルジャー的には恐らく非常に美味しいのでしょう。なにしろ教頭先生はキャプテンそっくり、もう最高な大人の時間が約束されたも同然で…。
「そ、それで、ノルディとブルーは!?」
何処へ行ったのだ、と拳を握り締める教頭先生。
「薬を盛られたか何か知らんが、身体を盗まれたのは私の責任だ。とにかく急いで取り返さねば! 手遅れになったら大変なことに…」
「それが出来れば苦労はしないよ。…ヘタレの君が、お取り込み中で真っ最中の部屋に踏み込むことが出来るのかい? おまけにノルディ……いや、君の身体を投げ飛ばせると?」
「…い、いや……。それは……」
無理かもしれんな、とエロドクターな教頭先生の額に浮かぶ汗。この展開は最悪かも…。
教頭先生の身体を手に入れたエロドクターがソルジャーを連れて何処へ行ったのか、誰にも分かりませんでした。なにしろ相手はソルジャーです。会長さんを騙して入れ替えアイテムを作らせたほどの悪人な上に、経験値の高さも半端無し。サイオンで行方を追える筈も無く…。
「…もう思いっ切り手遅れっぽいか……」
ぼくの人生も終わったかも、とガックリと肩を落とす会長さん。外はとっぷり日が暮れてますし、如何にソルジャーがデートを楽しんでいても、そろそろベッドに行きそうな時間。
「かみお~ん♪ 晩御飯、お寿司でも取る?」
御飯な気分じゃなさそうだけど、と心配そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」。小さな子供だけに事情が全く分かっておらず、おやつや夕食をあれこれ提案してくれましたが、誰も返事をしなかったのです。
「…そうだね、気分は素うどんだけどね…」
流石に素うどんの出前はあんまりか、と会長さんが答えた時。
「お寿司を取るなら特上握りで!!」
時価モノ総動員でお願いしたい、と部屋の空間がユラリと揺れて…。現れた私服のソルジャーは自分よりも遙かに大きい教頭先生の身体を担いでいました。いえ、中身はエロドクターですか…。
「返すよ、これ!」
ドサリと床に放り出された教頭先生の身体に意識は無くて、鼻の下に鼻血を拭き取った跡が。
「本当にもう、使えないったら…! 何処までヘタレが染みついてるのさ!」
最高のムードだったのに、と怒り狂うソルジャーがどの段階までエロドクターと過ごしたのかは謎のまま。確かなことはエロドクターの意志をも強制的にシャットダウンするほど、教頭先生のヘタレな鼻血体質が物凄かったらしいという事実。
「…こんな気分で帰るのも嫌だし、特上握りで口直し! それから帰ってハーレイとヤる!」
「その前にね…」
入れ替えた二人を元に戻せ、と会長さんに睨まれたソルジャーは渋々といった風でエロドクターな外見の教頭先生の手首から数珠レットを外し、続いて教頭先生の身体からも。そこでパァーン! と鋭い音が響いて…。
「「「あーーーっ!!!」」」
数珠レットの紐が切れて玉が飛び散り、教頭先生がムクリと起き上ると。
「…元に……戻った……のか?」
「ちょっと、ブルー! なんで壊すのさ、ぼくのアイテム! まだ使えたのに!」
今日はダメでも二度三度、とソルジャーが喚き立て、会長さんが鋭い一喝。
「君の目的が分かった以上はもう作らないよ、特上握りもノルディの家で取って貰ったら?」
今夜の間に意識が戻るかどうかも分からないけどね、と会長さんは怒りMAX、ソルジャーの方は諦め悪くギャーギャーと。今夜の夕食はどうなるんでしょう? 昏睡強盗は未遂に終わったみたいですから、特上握りでドカンとお祝いしたいですよう、お腹ペコペコです、会長さん~!
入れ替え万歳・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
生徒会長が食べていた抹香臭いお菓子、ちゃんと実在してるんですよ。
「清浄歓喜団」と言います、通販もあります。チャレンジャーな方は是非どうぞです。
7月28日はブルー様の祥月命日ですから、毎年恒例、月2更新になりました。
次回、8月は 「第3月曜」 8月17日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、7月はドクツルタケことイングリッドさんからお中元が…?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
厳しかった残暑も落ち着き、今年も秋らしくなってきました。学園祭までは日がありますけど、アルテメシアのあちこちの神社で秋祭りなどが。今日は土曜日、私たち七人組は会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と幾つものお祭りをハシゴし、夜は会長さんの家にお泊まりです。
「かみお~ん♪ お祭り、楽しかったね!」
お腹いっぱい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しそう。お料理大好きでプロ顔負けの腕前のくせに、屋台の食べ物も大好きなのが可愛いところ。もちろん私たちも食べまくったわけで。
「よーし、明日も沢山食べるぞ!」
ジョミー君の決意表明に会長さんがクスクスと。
「明日は自前で食べるのかい?」
「えっ? え、えっ?」
どういう意味? と首を傾げるジョミー君に、会長さんは。
「予算のことだよ、君のお財布! とっくの昔にすっからかんじゃなかったかと」
「うー…。おごってもらって感謝してます、明日もよろしくお願いします…」
このとおりです、とペコリと頭を下げるジョミー君。私たちの財布はマツカ君を除いて空っぽに近く、会長さんが飲食代を払ってくれていたのでした。
「分かればいいんだ、分かればね。それに明日はそんなに予算は要らないだろうし」
天気予報は午後から雨、と言われて誰もが大ショック。お祭りは明日が本番の所が多くて、屋台の数も増える筈です。なのに午後から雨なんですか?
「こればっかりは仕方ないよね、天気図を見てもモロに降りそうだ。さっきフィシスに思念で訊いてみたけど、しっかり降るって言われちゃったよ」
土砂降りらしい、と聞いて気分はガックリ、さっきまでのウキウキ気分も何処へやら。土日はお祭りで遊びまくると決めて来たのに大雨だなんて…。
「そんなにガッカリしなくても…。雨なら雨で遊びようはあるよ」
「えとえと、お家でパーティーする? お好み焼きとか!」
屋台っぽいのも作れるもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お天気ばかりは会長さんでも変えられませんし、ここは諦めてパーティーかなぁ…。
夜遅くまでワイワイ騒いで、それからゲストルームに引き揚げて。グッスリ眠って起き出してみると、お日様が高く昇っていました。もしかしたら雨の予報が外れるかも、と朝食もそこそこに飛び出したのに、お昼過ぎから一天にわかにかき曇り…。
「うっわー、ビショビショ……」
なんでいきなり、と嘆くジョミー君以下、男子は全員ずぶ濡れでした。スウェナちゃんと私は会長さんが素早くシールドしてくれたのでポツポツと濡れた程度です。ついでにゲリラ豪雨の襲来と共に瞬間移動で逃げてきたため、さほど被害は蒙っておらず。
「酷いや、女子だけ濡れてないだなんて!」
差別反対、と叫んだジョミー君に会長さんが窓の外を指差して。
「それじゃ自力で帰ってくるかい、神社から? お望みとあれば今すぐ送ってあげるけど」
「えっ?」
「屋台は沢山並んでるけど、傘を売ってる店は無いねえ…。雨宿りしようにも屋台じゃ無理だし、神社の軒下は満員御礼。それで良ければ行くんだね」
どうするんだい、と問われたジョミー君はグッと詰まって目を白黒と。
「…あ、あそこ、バス停から遠かったんじゃあ…」
「もちろんさ。ついでに近所にコンビニも無いし、バス停の屋根も無いわけだけど」
「……い、いいです、ずぶ濡れで我慢します……」
帰れただけでも充分です、と腰が引けているジョミー君。この状態では他の男子も文句は言えず、シャワーを浴びにゲストルームへ。その間に会長さんが男子の家から瞬間移動で服を取り寄せ、着替えが済んでサッパリした所でお好み焼きパーティーの始まりです。
「かみお~ん♪ 伊勢エビ、入れたい人~!」
「「「伊勢エビ!?」」」
「うんっ! ブルーがね、屋台じゃ出来ない豪華版で、って!」
上等のお肉もマザー農場で貰って来たよ、とお肉のお皿がドッカンと。伊勢エビの他にもホタテにタコにローストビーフなどなど、おまけに香り高い松茸までが。
「「「……スゴイ……」」」
「でしょ? お祭りもいいけど、お好み焼きの超豪華版~♪」
アレもコレも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手際よく具を入れて焼き上げたお好み焼きは絶品でした。特製ソースもよく合います。ソースの材料もお高いそうで、屋台めぐりが消し飛んだ上にビショ濡れになった男子たちの恨みも何処へやら。これは大雨に感謝かも…。
ガッツリ食べて、会長さんは生ビールまで。お好み焼きパーティーは大いに盛り上がり、デザートにはタピオカココナッツソースのマンゴープリン。大満足の私たちはリビングに移動し、飲み物を手にしてのんびり、まったりしていたのですが。
「……うーん……」
会長さんが顎に手を当て、困ったように。
「秋はやっぱり物入りだねえ……」
「「「は?」」」
「全員分の屋台の飲食代と、さっきの豪華お好み焼きと。…この先も色々とイベントがあるし、赤字街道まっしぐらかなぁ」
大いにヤバイ、と呻く会長さんの隣に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチョコンと座って。
「ブルー、家計簿、つけてないでしょ? まだまだ黒字だと思うんだけど」
ソルジャーのお給料がこれだけだから…、と流石は家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。電卓を持ってきてカタカタと叩き、ニコッと笑うと。
「うんっ、全然大丈夫! 赤字になる前に次のお給料が入って来るから、余った分は貯金だよね」
これくらい貯金できると思うの、と出て来た数字はゼロが沢山。ソルジャーのお給料って、想像もつかない額みたいです。会長さんって実はとってもお金持ちでは…? しかし当の会長さんは。
「……これじゃダメだね、いつもの額より少ないじゃないか」
「でもでも、ほんの少しでしょ?」
大丈夫だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言うとおり、屋台と豪華お好み焼きにかかった費用なんかは「ほんの少し」でしかありません。なのに会長さんはブツブツと。
「ほんの少しでも減るのは事実! 塵も積もれば山となるってね」
何処かでコレを埋め合わせないと…、と真剣に悩む様子に、マツカ君が。
「あのぅ…。ぼくも沢山食べましたから、お好み焼きの分は払いましょうか?」
「それは要らない。友達からお金を毟ろうだなんて、やってはいけないことだしね」
最初から決まっていたならともかく、と会長さんは大真面目。
「マツカには日頃から色々とお世話になってるし…。足りなくなったから払って下さい、と甘えられる立場じゃないんだよ。お金があるからって何でもかんでも貰うのはアウト」
それじゃ賽銭泥棒だ、と会長さん。えーっと、確かにお祭りの屋台巡りで赤字っぽいとか騒いでますけど、マツカ君に出して貰うと何故に賽銭泥棒に?
会長さんが言う賽銭泥棒の定義が掴めず、顔を見合わせる私たち。マツカ君は普通にお金持ちなだけで、神社もお寺も全く関係無さそうですが…。
「分からないかな、君たちには。…じゃあ、キース」
名指しで呼ばれたキース君が「なんだ?」と返すと、会長さんは。
「君なら分かってくれると思う。子供の頃にさ、お賽銭箱からお小遣いを貰ったことは?」
「出来ると思うのか、そんな真似が!」
親父にバレたらブチ殺される、とキース君が叫び、アドス和尚の恐ろしさを知る私たちも揃って「うんうん」と。お賽銭箱からお小遣いを持ち出すなんて、命知らずとしか言えませんってば…。
「そうじゃなくって。…君の家はお寺だからねえ、お賽銭も収入に含まれる。君のお小遣いはお賽銭から出ていたかもだけど、それを直接お賽銭箱から出して渡してくれてたかってこと」
「…それは無いな。俺の同期の連中もそうだが、小遣いを貰う場所はあくまで庫裏だ。小さい頃に檀家さんから本堂や墓地で頂いた金も全部おふくろに渡していたしな」
そこが坊主の厳しいところ、とキース君。生活費はまるっとお布施やお賽銭なわけですけども、ダイレクトに使うわけにはいかないそうです。間にワンクッションが必要で…。
「だからだ、明らかに賽銭箱に入っていたな、と思う小銭でも一度は必ず家の財布に」
「そこなんだよねえ、ぼくが賽銭泥棒って言った意味はさ」
使ってしまって足りないからとマツカに頼るというのは反則、と会長さん。
「マツカがお金を持っているから貰っちゃおう、だと賽銭箱に入ってるから貰っておこうと手を突っ込むのと変わらないわけ。…今回の赤字は自力で埋めなきゃ」
「…押し掛け導師はお断りだぞ」
キース君が釘を刺しました。
「銀青様に来て頂くと高くつくんだ。親父は喜んで出すだろうがな、不純な動機で来られちゃたまらん。遊興費なら他で稼いでくれ」
「分かってるってば。ハーレイから毟るのが一番なんだけど、せっかくだから稼ぎたいなあ…」
「バイト先なら紹介するぞ?」
前から頼まれていたんだよな、とキース君が手帳を取り出して。
「あんたの正体が銀青様とまではバレていないが、とてつもなく偉い坊主らしいと俺の知り合いの間で話題になってる。是非、法要に来て欲しい、とコネをつけたいヤツが多くて」
アルテメシアに近い寺なら此処と此処と…、と読み上げ始めたキース君に、会長さんは。
「そういうのはいいよ、面倒だから。稼ぐならボロい相手がいるしね」
これ以上の儲け話はまず無い、と自信たっぷりに言われましても。会長さんがボロ儲け出来る相手って……誰?
沢山お金を持っているくせに、まだ稼ぎたい会長さん。儲け話があるようですけど、いったい誰がカモられるのやら、まるで見当もつきません。まさかのドクター・ノルディとか?
「ノルディは勘弁願いたいね。…第一、ノルディには使えない手だし」
「「「は?」」」
「何度も言っているだろう? ノルディにはサイオニック・ドリームが通用しない。ただし大人の時間限定」
それ以外なら使えるのに、と唇を尖らせる会長さん。
「百戦錬磨のツワモノだからか知らないけどねえ、そっち方面だけはサイオニック・ドリームが効かないんだよ。それさえ無ければとっくの昔に手が切れていると思うんだけど…」
未だにぼくを狙ってウロウロ、という会長さんのぼやきは本当です。エロドクターことドクター・ノルディは会長さんを食べたくてたまらず、そこに付け込んでデートをしてはお小遣いを稼いでいるのがソルジャーで…。
「だからノルディじゃ稼げない。サイオニック・ドリームを売るつもりだから」
「「「えぇっ!?」」」
「何を驚くことがあるのさ、学園祭でも売ってるだろう? それの大人の時間バージョンをハーレイに売り付けて稼ぐだけ!」
これはボロいよ、と会長さんは指を一本立てました。
「なにしろハーレイはヘタレだからねえ、夢を買ってもモノに出来ない可能性の方が大なんだ。そこへ博打の要素も入れる。当たりが出たら最後まで! ハズレだったらキスまでってことで」
「「「………」」」
「ぼくはその道のプロなんだ。ずーっと昔、ぶるぅと二人きりだった頃にはコレで稼いでいたんだからね? 住み込んでいた宿の主人に売り飛ばされる度にサイオニック・ドリームで切り抜けてチップもゲット!」
言われてみれば、そんな話もありました。会長さんの故郷の島、アルタミラが火山の噴火で海に沈んだ後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と二人で宿に住み込んで働いていたと聞いています。超絶美形の会長さんは宿の主人に「お客さんの相手をしろ」と何度も売られて、その度に…。
「もう長いことやってないけど、腕は鈍っていない筈! ついでにハーレイが旅の仲間に加わった後にもやっていたから、ハーレイにとってもコレは絶対に美味しいんだよ」
一度は買いたい夢の商品! と会長さんはブチ上げました。
「早速、明日から商売しよう。稼がなくちゃいけない理由の発端が屋台だしねえ、ハーレイの家の庭に出店を出すのがいいかな」
雨が降っても大丈夫なようにテントを張ろう、と燃え上がっている会長さん。教頭先生、明日からどうなってしまうんでしょう…?
屋台巡りと豪華お好み焼きパーティーな土日が終わって、月曜日。会長さんの儲け話については考えないようにしていた私たちが放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けてみると。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ。お蔭様で今日は準備バッチリ!」
おやつを食べたら手伝いよろしく、と会長さんが微笑み、洋梨とカラメルのロールケーキが出て来ました。カラメル味のふわふわスポンジが美味しいですけど、このケーキを食べてしまったら…。
「そう、男子はテントの設営ってね。女子は見学していればいいよ」
力仕事は男子にお任せ、と会長さんに言われてズーン…と落ち込む男子たち。教頭先生にサイオニック・ドリームを売り付ける計画は着々と進んでいるようです。
「ハーレイの家は庭だって無駄に広いしね? テントも大きいヤツを借りたよ」
マザー農場でイベントに使うヤツなんだ、と会長さんが自慢するテントは屋根だけでなく壁の部分もあるそうです。入口をピッタリ閉じてしまえば中は真っ暗になるらしく。
「大人の時間なサイオニック・ドリームを売るんだからねえ、真っ暗な方がいいだろう? 蝋燭とランプの明かりだけでさ、こう、好きなカードを選んで貰って」
ちゃんと作った、とテーブルに裏向きに重ねられたカードは、フィシスさんが占いに使うタロットカードみたいに本格的。しっかりと厚みがあって、裏面の模様も綺麗に印刷されていて…。
「会長、そこまでやったんですか?」
凝ってますね、とシロエ君が呆れ、サム君が。
「作るだけでも金がかかっていそうだぜ、それ。…お好み焼きより高くねえか?」
「まあね。だけど元手をケチるのは良くない」
ぼったくるには投資も必要、と会長さんはカードを手に取り、トランプのように切りながら。
「なにしろ特注品なんだ。この模様のカードだと普通はタロットなんだけどねえ、表を返すとこんな感じで」
「「「!!?」」」
シャッと一枚抜き出されたカードの表にはイノシシの絵が描いてありました。イノシシだけではありません。萩と思しき赤い花。…コレって花札とか言いませんか? おまけに右上に「大吉」と書かれた短冊が…。
「いいだろう? 博打とくれば花札だよね? ついでにおみくじ感覚で! 大吉だったら最後までだよ、サイオニック・ドリームの中身がさ」
ちなみに凶だと振られておしまい、と出て来たカードはいわゆる坊主。月も無ければ雁も飛んでおらず、ただススキだけの味気ない札の右上に「凶」という短冊がヒラリと一枚。
「これだけ遊び心があるとさ、ハーレイも燃えると思うんだ。大吉を引いて最後まで! もう最高の夢だってば!」
絶対にコレは商売になる、と自信満々の会長さん。教頭先生が透視出来ないようカードはしっかりガードするそうで、文字通り運が命の博打ですねえ…。
こうして会長さんのトンデモ計画がスタートしました。おやつを食べ終えた私たちは瞬間移動で教頭先生の御自宅の庭へ。同じく瞬間移動で運び込まれた大型テントは派手な紫色をしています。男子が組み立てたソレは八畳サイズ。入口を閉めれば本当に中は真っ暗で…。
「ここにテーブルを置くんだよ」
こう、と会長さんがテーブルを据え、自分用の椅子と教頭先生用の椅子を設置し、テーブルの上に燭台をコトリと。
「これだけじゃ暗いし、後はランプで。そしてお客を待つだけってね」
ハーレイが帰る時間まで少し休憩、と会長さんの家へ瞬間移動し、飲み物とスイートポテトのフィナンシェなんかを食べている内に日が暮れてきて…。
「来た、来た。車をガレージに入れるトコだよ」
テントが思い切り気になるようだ、と会長さんが教頭先生の家の方角を指し示し、私たちはテントへと瞬間移動。会長さんはテーブルを前にして座り、私たちが左右に並んでいると。
「…なんだ、これは?」
不審そうな声と共に教頭先生がテントの入口から覗き込み、ポカンと口を開けました。
「……な、なんの真似だ?」
「御挨拶だねえ、夢を売りに来てあげたのに」
会長さんがテーブルの上に例のカードを揃えて置くと。
「旅をしていた頃を覚えているかい、ぼくとぶるぅと、三人で?」
「あ、ああ…。それが何か?」
懐かしいな、と教頭先生はテントに入って会長さんのすぐ前へ。
「まあ、座ってよ。遠慮しないで」
「………???」
促されるままに椅子に腰掛けた教頭先生に、会長さんは艶やかな笑みを浮かべてみせて。
「あの頃の、ぼくの特技を覚えてる? お金を持っていそうな人を見付けたら、近付いていって一晩一緒に」
「…覚えている。確かサイオニック・ドリームだったな、酷く心配させられたものだ。そのぅ…」
「ぼくが本当に身体を売っていると思い込んでいたらしいしねえ?」
その節は御心配ありがとう、と頭を下げる会長さん。
「それでさ…。実は金欠気味なんだ。君から毟ろうかとも思ったけれど、たまにはサービスしようかと…。ぼくから夢を買わないかい? あのサイオニック・ドリームを?」
とびっきり安くしておくよ、と会長さんが出した料金表はゼロが四つも並んでいました。どう安いのか知りませんけど、昔はもっとボッてたのかな…?
「これでも安くしてあるんだよ」
会長さんは料金表を指差し、一番上の位の数字が「1」であることを強調中。
「あの時代の相場から考えてみると、ここは安くても5になるトコだね。そこを出血大サービス! たったの1だよ、それで素敵な夢が買えるわけ」
ぼくを一晩好きに出来る、と聞かされた教頭先生の喉がゴクリと。
「ただし、ぼくも稼がなくっちゃいけないからね? 博打の要素を取り入れてある。一回分の料金を払うとカードを一回引けるんだ。それ次第で夢の中身が変わるんだけど…」
買ってみる? と尋ねられた教頭先生は懐に手を入れ、財布を引っ張り出しました。そして料金をポンと支払い、会長さんがカードの山をテーブルの上に。
「じゃあ、今からカードを混ぜるから。…混ぜ終わったら引いてみて」
タロットカードよろしくカードを切り混ぜる会長さん。教頭先生がカードを凝視していますが、透視は不可能と聞かされたとおり何も分からないみたいです。カードを混ぜ終わった会長さんはカードをズラリとテーブルに並べ、ニッコリと。
「はい、どれでも一枚、好きなのをどうぞ」
「…分かった。コレにしておこう」
「了解」
教頭先生が指差したカードを会長さんがクルリと裏返し、現れた模様は桜でした。これは見るからに大吉っぽい、と思ったのですけど、右上の短冊は「末吉」で。
「悪いね、これだとキスまでかな。…ここに末吉と書いてあるだろ? 吉だとイイところまでは行けるんだ。最後までなら大吉でないと…。ついでに凶だと振られておしまい」
「…そ、そうか…。だが、キスまでは出来るのだな?」
「夢だけどね」
それでも良ければ、と念を押された教頭先生は「充分だ」と立ち上がりました。
「お前とキスが出来る夢ならラッキーとしか言いようがない。今日の私はツイているようだ」
「欲が無いねえ…。それじゃ、寝る前にコレを食べること! 大丈夫、普通に塩煎餅だし」
甘くはないから、と会長さんが袋入りの塩煎餅を一枚、手渡して。
「ぼくにも眠る都合があるから、君の都合には合わせられない。これがサイオニック・ドリームの引き金になる。いい夢を見られますように」
今日は閉店、という声で蝋燭とランプが消えて、私たちも瞬間移動で会長さんの家へ。今夜はお泊まりの予定ですけど、あの塩煎餅、効くんでしょうか?
夕食は「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製ビーフストロガノフ。教頭先生が支払っていた料金で充分出来るでしょうけど、ボロ儲けするなら食費の方もケチッた方が良さそうな気が…。キース君たちもそう考えたらしく。
「おい、別にカップ麺でも良かったんだぞ?」
「ですよね、これじゃ儲けがあまり…」
シロエ君の指摘に、会長さんはチッチッと指を左右に振って。
「平気だってば、赤字になっても気にしない! 最初からそういう遊びなんだな、赤字ごっこで」
「「「赤字ごっこ!?」」」
「そう! たまには悩んでみたくなるよね、懐具合で」
「「「…………」」」
愕然とする私たち。やはり「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言っていたとおり、赤字決算ではなかったのです。そうなると教頭先生は…。
「ハーレイかい? 今夜の夢で味を占めたら欲が出るから、カモ一直線!」
「…ふうん? 面白そうなことをやってるじゃないか」
「「「!!?」」」
バッと振り返った先で紫のマントがフワリと揺れて、会長さんのそっくりさんが。
「こんばんは。ハーレイに夢を売るんだってねえ、ちょっと見学してっていいかな?」
見学だけで、と言いつつソルジャーの視線はテーブルの方をチラチラと。
「かみお~ん♪ 御飯、まだだったら食べて行ってね!」
「いいのかい? 嬉しいな、地球の食事は美味しいからさ」
お言葉に甘えて、とソルジャーもちゃっかり食卓に。なんだか面子が増えちゃいましたが、見学だけでは済まないような…。
「あ、そこは心配要らないよ。今夜はハーレイと楽しむ予定で、泊まってく時間は無いんだよね」
ブルーのお手並みを拝見したら急いで退散、とソルジャーは唇を指で撫でながら。
「キスまでの夢でラッキーだなんて、どんなキスかな? ワクワクするよ」
「さあねえ、相手はハーレイだしさ…。呆れるような結末かもね」
生中継でも無問題なレベル、と会長さんはニヤニヤと。そうとも知らない教頭先生、夕食を終えると早速お風呂。そそくさとパジャマに着替えてベッドに腰掛け、塩煎餅をボリボリと。間もなく眠気に襲われたらしく、横になるなり大イビキで…。
「中継開始。よく見ていてよ?」
これがハーレイの夢の中、と会長さんが指を鳴らすと中継画面が壁に現れました。スーツでキメた教頭先生が会長さんと腕を組んで歩いています。いわゆるデートというヤツでしょうか?
「ハーレイ的にはそのつもりらしい。健全過ぎて涙が出るよ」
もっと大胆に始まるかと思った、と会長さん。大胆にって……例えば、どんな?
「ん? そりゃねえ、デートなんか綺麗にすっ飛ばしちゃってホテルの部屋から始まるとかさ。キスまでって言ったら本気でキスが最終目標な夢ってところが泣けるよね」
「…君の方でどうとでも出来るだろう?」
サイオニック・ドリームなんだから、とソルジャーが訊くと、会長さんは。
「このタイプはちょっと違うんだ。相手の願望に合わせるんだよ、でなきゃ話にならないからね。ぼくを買った人に見せてた夢だし、ご注文に応じてなんぼなわけ」
「ああ、なるほど…。そういう使い方もアリだよね、うん」
こっちのハーレイのキスのテクニックはどの程度? と興味津々なソルジャーに、会長さんが吐き捨てるように。
「テクニックも何も無いと思うよ、妄想だけは凄いけど…。ついでにこの夢、ハーレイに都合よく出来ているから、ド下手なキスでも相手の反応は最高かもねえ…」
そして要らない自信がつく、と嘲笑っている会長さん。えーっと、ド下手で最高って?
「万年十八歳未満お断りだと分からないとは思うけど…。巧いキスだとそれだけで…ねえ?」
「そうそう、キスされただけでイッちゃいそうになることがあるよ」
ぼくのハーレイも最近巧くて、とソルジャーが頬をうっすら染めてますから、凄いキスというのがあるようです。それってどういうキスなのかな、とジョミー君たちと顔を見合わせていると。
「来た、来た! シチュエーションだけで笑えるよ、うん」
「いつの間に海辺に来たんだい? まあ、地球の海は綺麗だけどさ…」
浜辺でキスも全然悪くはないんだけれど、とソルジャーが。教頭先生は会長さんと夕暮れの浜辺に並んで座り、二人の顔がゆっくりと重なって…。ん? んん?
「はい、おしまい~」
どうやらぼくはイッちゃったらしい、と会長さんがお腹を抱えて笑っています。今のキスって凄かったんですか? ほんの数秒だけでしたが…?
「たった数秒で昇天ねえ…。そこまでのキスはぼくのハーレイにもまだ無理だけど?」
妙な自信はついただろうね、とソルジャーまでが大爆笑。今夜はキャプテンにキスを頑張らせるらしいです。目指せノルディのテクニック! とか叫んでますから、エロドクターなら数秒で昇天とやらのキスが可能なわけですか…。
次の日も会長さんは教頭先生の家の庭に張られたテントで待ち受け、仕事帰りの教頭先生が入口をくぐっていそいそと。
「聞いてくれ、ブルー! 私もキスが巧くなってな、昨夜の夢ではお前がフニャッと」
「はいはい、そこまで! 周りに大勢いるんだからね」
生徒の視線は気にするように、と注意された教頭先生は肩を落として。
「…す、すまん…。それで、そのぅ……」
「夢を買うって? 昨日の続きを見たいわけだね」
どうぞ、と会長さんがカードを切り混ぜ、テーブルの上にズラズラズラ。それを端から何度も眺めた教頭先生、気合をこめて一枚を選び出したのですが。
「…ボウズに凶。別れ話は確実かと」
残念でした、とススキと凶の短冊のカードを会長さんがヒラヒラと。
「…そ、そうか…。この店は明日も出しているのか?」
それなら明日に、という問いに会長さんは極上の笑みを湛えて。
「当分の間は店を出そうと思ってるけど、ぼくも儲けが欲しいんだよね。…カードは一日一枚だけとキッチリ決まったわけじゃない。一回引くのがあの料金だっていうだけさ」
「なんだって? なら、もう一回金を払えば…」
「引き直せるねえ、凶じゃないかもしれないカードを」
「買った!」
教頭先生は財布を取り出し、本日二度目のお支払い。会長さんがカードを切り直し、ズラリ並べてもう一度。しかし……。
「牡丹に凶。どうする、ハーレイ?」
「引き直す!」
せめて末吉、と頑張りまくった教頭先生は更に五回も支払いを重ねて菖蒲に末吉のカードをなんとか引き当てました。サイオニック・ドリーム用の塩煎餅を受け取り、大喜びで去ってゆかれた教頭先生のその夜の夢は夜景が美しい展望台でのデートとキスで…。
「あーあ…。なんか今夜も君がフニャッと」
笑えるねえ、と見学に来ていたソルジャーがニヤニヤ。
「こんな調子で自信をつけたら君もマズイんじゃないのかい? いずれ実地で試そうとするよ?」
「試されたって平気だってば、テクニックが伴っていないんだしね。どちらかと言えば試したが最後自信喪失、二度と立ち直れないほどのダメージとかさ」
「どうかなぁ? 諦めの悪さは超一流だよ、こっちのハーレイ」
それじゃまたね、とソルジャーはキャプテンのキスのテクニックに磨きをかけるべく退場してしまい、教頭先生は夢の世界で大満足。この夢、先行きが心配ですが……。
「…いい加減、今日は諦めたら?」
末吉のカードを引き当てたんだし、と紅葉に末吉の短冊のカードを会長さんが示しています。
「いや、もう一度だ! 二度も続けて末吉なんだ、次こそ吉か大吉だ!」
引かせてくれ、と教頭先生、本日は八度目のお支払い。会長さんがカードを切り混ぜ、並んだカードを教頭先生がガン見して…。
「これだ!」
「…残念、桐に末吉ってね。これ以上やると凶になるかも…」
「う、うむ…。そうだな、三度目の正直だしな…」
なかなか先へ進めんものだ、と溜息をついてテントから出てゆく教頭先生。庭にテントが設置されてから今日で十日が経ちました。最初の内こそキスの夢の中継を見るべく会長さんの家に泊まり込んでいた私たちも飽き、ソルジャーだけが夜な夜な遊びに来るそうですが…。
「教頭先生、運が無いねえ…」
ぼくでも普通に引けちゃうんだけど、とジョミー君が適当に引いたカードは桜に大吉。
「だよなあ、俺でも吉くらい引ける筈だぜ」
凶かもだけどな、とサム君が引くと松に大吉。キース君が桐に吉を引き、マツカ君は柳に大吉、シロエ君だって梅に吉。そもそも絵柄ごとに大吉と吉と末吉と凶しか無いのですから、確率の問題からしても教頭先生は運が無さ過ぎで…。
「そこなんだよねえ、まさかあそこまでとは思わなかったよ」
何の細工も要らないだなんて、と会長さんがケラケラと。
「ぼくだって儲けが第一だからさ、あまり早くに吉とか大吉は出て欲しくない。引こうとしたら意識に介入してやろう、と思ってるのに見事にハズレを引くんだな、これが」
ここまで来たら是非大吉を引かせたい、と会長さんは妙な方向で燃え上がっています。とは言うものの、誘導して大吉や吉を引かせるコースは有り得ないらしく。
「運試しってことで始めたんだし、ハーレイが引かなきゃ意味が無い。…だけどトコトン運が無いから、引き当てる前に財布が空になりそうだよねえ…」
「そろそろ危ない気がするんだが?」
あんた相当儲けただろう、とキース君が言い、シロエ君が。
「冗談抜きでヤバそうですよ。…最近、お弁当持参で学校に行っておられるんでしょう?」
「うん。どうやら食費が惜しいようだね」
大いに頑張って貢いで欲しい、と会長さんは悪魔の微笑み。教頭先生、食費をケチッてサイオニック・ドリームを買いに来ておられるとは、既にギャンブル依存症では…?
秋も深まり、学園祭が開幕しても教頭先生は末吉より先に進めないまま。懐は大概寂しいことになっている筈ですが、それでも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋での催し、喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』を開催中の私たちにケーキを差し入れして下さいました。
「…なんだか申し訳ないですね…」
頂いちゃって、とマツカ君。
「下さると仰ったのだから、有難く頂いておくべきではあるが…」
カードはなんとか出来ないものか、とキース君が天井を仰いでいます。
「このまま行ったら破産なさってしまうかもしれん。ゼル先生とブラウ先生に借金を申し込まれたんだったか?」
「ヒルマンもだよ」
後はエラしか残ってないね、と会長さんの目が教頭室の方角へ。
「エラはけっこう貯めているから、気前よく貸してはくれるだろうけど…。問題は返すアテの方だね、向こう数ヵ月は無給と言ってもいい状態まで来てるしさ」
自力でカードを引けないのなら閉店という手もあるんだけれど、と会長さんは口にしましたが、このコマンドは教頭先生が御自身で封じてしまわれた手段。吉か大吉のカードを引き当てるまで店の営業を続けてくれ、と毎日のように懸命に頼んでおられるのです。
「…学園祭も今日で終わりだし、打ち上げ気分でパァーッと一発、引いてくれれば…」
ぼくもそろそろ疲れて来たんだ、と言い出しっぺの会長さんまでが些か弱気。教頭先生の運の無さと無駄に自信がついたキスの夢とに付き合い続けてストレスが溜まってきたのだそうです。
「もうね、ブルーも呆れて来なくなったし、どうにもこうにも…。大吉が出たら呼んでくれ、って逃げられちゃったよ、あのブルーにもね」
「「「………」」」
それはキツイ、と私たちは会長さんに心の底から同情しました。本当だったら同情すべきは教頭先生の方なのでしょうが、ソルジャーにさえも見放されたと聞いてしまうと気の毒度がググンとアップです。教頭先生、吉か大吉を引けるといいんですけれど…。
学園祭の後夜祭パワーの勢いに乗って大吉を! と心の底から応援していた私たちの祈りが天に通じたか、はたまた最後に借金出来る相手なエラ先生から借りたお金を全力でブチ込んだ教頭先生の執念の賜物か。
「…おめでとう。菊に大吉」
頑張ったよね、と会長さんが菊に盃の柄のカードの右上に書かれた大吉の短冊を示し、教頭先生が男泣きに泣いておられます。
「で、出たか…。ついに出たんだな、これでお前と……」
「間違えないで欲しいね。あくまで夢の中での話なんだからね、最後までお付き合いするのはさ」
はいどうぞ、とサイオニック・ドリーム用の塩煎餅を差し出した会長さんの手を教頭先生がグッと握って引き寄せて。
「そう言うな、ブルー。…巧くなったのだぞ、私のキスも」
私の想いを受け取ってくれ、と教頭先生は強引に会長さんの唇を。
「「「!!!」」」
ヤバイ、と固まる私たち。会長さんも目が点です。ここでフニャッとなってしまったら、会長さんはサイオニック・ドリームどころか本当に食べられてしまうかも…! もうダメだ、と誰もが思った瞬間。
「ハーレイのスケベーーーッ!!!」
ドンッ! と会長さんが教頭先生の身体を突き飛ばし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「飛ぶんだ、ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パアァッと溢れる青いサイオン。私たちはアッと言う間に会長さんの家のリビングに立っていて、会長さんは怒り心頭。
「よくも勝手な自信だけつけて…! もう夢なんか売ってやらない!」
「あーあ…。だから言ったろ?」
こっちのハーレイの思い込みの強さは超一流、と空間を超えてソルジャーが。
「諦めの悪さも超一流だし、当分はキスを迫られるかと…。半径一メートル以内には近付かないのが君のためだよ。で、大吉の夢はどうなるわけ?」
「塩煎餅を叩き割る! そしたら絶対見られないから!」
「そうか、塩煎餅なんだ? だったら死守だね、ぼくはハーレイの肩を持つ」
借金までして貢いだ男が報われないのはどうかと思う、とキィン! とソルジャーのサイオンが走り、塩煎餅をシールドしちゃったらしいです。叩き割れないように守ってるのはいいんですけど、その状態では教頭先生の歯も立たないんじゃあ?
「…だよね、普通は無理だよねえ…?」
大丈夫かな、とジョミー君も。会長さんとソルジャーは睨み合ったままギャーギャーと喧嘩の真っ最中。塩煎餅が割れるのが先か、教頭先生の歯が欠けるのが先か。それとも大吉な夢の世界が展開するのか、もはや誰にも分かりませんです~!
夢を売ります・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
生徒会長が悪辣な手段で儲けてましたが、いつもありがちなパターンかと…。
固すぎる塩煎餅、教頭先生の歯が無事だったらいいんですけどね?
7月28日はブルー様の祥月命日ってことで、毎年恒例、月2更新。
次回は 「第3月曜」 7月20日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、7月は果たしてどうなりますやら、お中元かな…?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
季節は春。新年度にお馴染みのドタバタも終わって私たちは今年も1年A組、担任はグレイブ先生です。授業も始まって落ち着いてくる時期の筈なんですけど、キース君が朝から浮かない顔。放課後に出掛けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でもイマイチ元気がありません。
「かみお~ん♪ お代わりの欲しい人、手を挙げてー!」
ハイハイハイッ! と手が上がってイチゴのミルフィーユが切り分けられる中、キース君は一人でズズッとコーヒーを。それも冷めかかったコーヒーだったり…。
「あれっ、キースは要らないの?」
手を挙げたのに、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に訊かれて、慌てたように空のお皿を前へ押し出すキース君。やっぱり何処か変ですよ?
「おやおや、キースはどうしたんだい?」
元気が無いねえ、と会長さんが紅茶のカップを傾けて。
「とにかくコーヒーは飲み干さないと冷めたまんまになっちゃうけれど? それでいいなら止めないけどさ」
「い、いや…! コーヒーは美味い方がいい」
熱いのを頼む、と一気飲みしたキース君のカップに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が香り高いコーヒーのお代わりを。それでもキース君はどうも気分が晴れないようで…。
「先輩、今日は変ですよ? 昨日は何かあったんですか?」
法事でしたっけ、と尋ねたシロエ君にキース君は。
「あ、ああ…。まあ……」
「そんなにハードなヤツだったのかよ?」
法事バテなんてキースらしくねえな、とサム君だって不思議そう。元老寺の副住職なキース君は法事も沢山こなしています。春や秋のお彼岸などでは導師と呼ばれる主役を務めることもありますし、今更普通の法事なんかで疲れが出るとも思えませんが…。
「…法事は問題無かったんだ。ただ、親父に出された宿題が……」
「「「宿題?」」」
「ああ。親父にそろそろ取り組んでおけと言われてな…。戒名をつける練習を」
「「「…戒名?」」」
妙な宿題もあったものだ、と顔を見合わせる私たち。あれって練習が要るんでしょうか? そりゃまあ、使っちゃいけない文字があるとか、門外漢には理解できない細かい規則はありそうかな?
「戒名ねえ……」
どういうドジを踏んだんだい、と遠慮ない質問は会長さん。伝説の高僧、銀青様にジロジロと見られたキース君はギクリとした顔で。
「…そ、それが…。そのぅ……」
「言いにくいような失敗をやらかしてしまった、と。アドス和尚が激怒するような」
詳しく聞かせて貰おうか、と会長さんはミルフィーユにフォークを入れつつ、のんびりと。
「みんなも気になるポイントだろう? キースがドジを踏んだとなればね」
「俺は後学のために聞きてえかな。いずれは坊主になるんだからよ」
お前もだよな、とサム君に肩を叩かれたジョミー君が「違う!」と悲鳴を上げましたけれど、他の面子は私も含めて興味津々。頭が良くて優等生のキース君はお坊さんの大学も首席で卒業しています。お坊さんの世界ではエリートの卵に入る筈なのに、戒名くらいで何故に失敗?
「…お前たちには分からんだろうな、俺たち坊主の苦労なんかは」
あれで戒名も大変なんだ、とキース君は溜息をつきました。
「戒名の基本は生前の名前と行いなんだ。どんな人生を送った人か、お寺に功績があった人か。その辺も考慮しながらつけていくわけだ」
「お金次第だと聞きましたけど?」
シロエ君の突っ込みをキース君は軽く一蹴。
「そういう寺も無いことはないが、元老寺ではそれは無い。戒名料だと持ってこられても突き返す。それが親父の方針でもあるし、俺の祖父さんもそうだったそうだ。そういう姿勢を貫くからには過去帳の管理も大変で…」
名付ける時には御先祖様の戒名までチェックするのだ、と聞かされて苦労の一端を垣間見た気分。元老寺は古いお寺だけに檀家さんの御先祖様も多そうです。
「…俺が親父に出された宿題は、言わば架空の戒名で…。親父が適当に考えた名前と経歴を渡されてな。この人に相応しい戒名を考えておけ、と言われたんだ。そして昨日が提出期限で」
「…それで?」
言ってしまえば楽になるよ、と会長さんが先を促し、キース君はガックリと肩を落とすと。
「…ダブルブッキングだ……」
「「「ダブルブッキング!?」」」
飛行機とかレストランの予約だったら分かりますけど、戒名でダブルブッキング? それってどういう意味なんですか?
項垂れているキース君を他所に、会長さんは「あーあ…」とイチゴのミルフィーユをパクリ。
「やっちゃいけないことをやったね、副住職? 過去帳をチェックしなかっただろう?」
「…架空の人間と経歴だから、と舐めていた点は確かにあった…」
失敗だった、とキース君は肩を落としています。
「俺としては会心の出来の戒名だったが、親父に一喝されたんだ。檀家さんの前で大恥をかくぞ、と怒鳴られた上に今朝は境内の掃除を一人で…」
「「「えーーーっ!!!」」」
あの広い境内を一人でですか? いつもは宿坊に勤める人が総出で掃除してるのに? 仰天する私たちに向かって、会長さんが。
「ダブルブッキングの罪は重いんだよ。今回は練習だったから問題ないけど、本当にやったら後が無い。檀家さんの前で大恥どころか、お詫び行脚は必須だね」
「…ダブルブッキングって何なんだよ?」
サム君の疑問に、会長さんは淡々と。
「同じ戒名をつけることだよ、全く別の人に対してね。そういう事態に陥らないよう、過去帳チェックは必要不可欠。今は便利な戒名管理ソフトも存在するだけにアドス和尚の怒りは当然」
「あら、同姓同名ってよくあるわよ?」
スウェナちゃんの指摘に私たちは頷きましたが、首を左右に振る会長さん。
「…別のお寺なら同じ戒名も有り得るさ。だけど一つのお寺でかぶるのはマズイ。お彼岸の法要とかで卒塔婆を回向するだろう? あの時に必ず戒名を読む。卒塔婆を頼んだ人の名前も一緒に読むから、御先祖様と同じ名前が他人様につけられていたら即バレだってば」
赤っ恥な上に怠慢と認定され、お詫びに行かねばならないそうです。あまつさえ戒名をつけ直すとなれば位牌や墓石に刻んだ戒名もパアになりますし、もう色々とド顰蹙。
「それをキースがやっちゃったんだよ、架空の人で練習中だから未遂だけどね。…これは当分引き摺りそうだよ、掃除は今日だけじゃ済まないかと」
「…その通りだ。四月末までやれと言われた。世間がゴールデンウィークに突入しても、俺は四月いっぱい一人で境内の掃除なんだ…」
ゴールデンウィークは五月に入るまでお預けだ、と黄昏ているキース君。気の毒としか言いようがありませんけど、自業自得じゃ仕方ないかも…。
「…そっかぁ、キースはゴールデンウィークの前半、無いんだ?」
ジョミー君が口にした一言でキース君はズーン…と落ち込み、会長さんが。
「そのようだねえ…。悲惨な四月を送ることになるキースのために、ここは一発、慰安旅行!」
「「「けっこうです!」」」
キース君を除いた全員の声が重なりました。ゴールデンウィークは何処のホテルも旅館も満員。マツカ君の別荘に行った年もありますけれど、会長さんが提案した場合はもれなくシャングリラ号で宇宙の旅です。おまけに会長さんが歓迎と称して極悪なイベントを企画することも数多く…。
「えっ、せっかくの慰安旅行なのに…」
断らなくてもいいだろう、と会長さんはつまらなそう。その表情がコワイんです、と誰もが声に出さずに凝視していると。
「心配しなくても行き先はシャングリラ号じゃない。穴場と言えば穴場だけどさ」
「…ロクでもなさそうですけれど?」
遠慮のないシロエ君に、会長さんはチッチッと人差し指を左右に。
「ところがそうじゃないんだな。…行きたくないかい、洞窟温泉」
「「「…洞窟温泉?」」」
それは耳慣れない言葉でしたが、温泉となれば話は別です。キース君も身を乗り出していたり…。
「洞窟温泉は名前のとおり、洞窟の中が温泉になっているんだよ。この前、フィシスと一緒に行ってね…。混浴が売りの場所だったから最高で」
「…おい」
キース君が割って入りました。
「女子が二人もいるというのに混浴の風呂は無いだろう! 俺は却下だ」
「…そうね、混浴は私も嫌だわ」
お風呂に水着はダメでしょう? とスウェナちゃん。私もコクコク頷きましたが、会長さんは「心配無用」と微笑んで。
「いわゆる洞窟温泉ってヤツはゴールデンウィークは満員御礼! だけど穴場は存在する。それこそ貸し切り、水着もOK、普通にお風呂もOKって場所が」
「…何処に?」
今から予約が取れるわけ? と尋ねたジョミー君に、会長さんが。
「予約なんか最初から必要無いよ。そもそも普通じゃ行けない場所だし、第一、立ち入り禁止だってば」
「「「立ち入り禁止!?」」」
それって危険な場所なのでは、と嫌な予感で背筋がゾゾッと。やはり今年のゴールデンウィークも受難で終わってしまうとか…?
恐ろしげな行き先を提案された私たちは震え上がりました。ところが会長さんはニッコリと。
「文字通りの穴場な温泉なんだよ、地上から見れば垂直な穴の底に温泉が…ね」
縦穴の深さは十メートル以上あるだろう、とパチンと指が鳴らされ、壁に現れた中継画面。鉄の柵で囲われた深くて真っ暗な穴が映し出されて、そこから微かな湯気がフワフワ。
「これは鍾乳洞なのさ。地下に温泉が湧いているけど、この状態だから洞窟風呂なんて夢のまた夢というヤツで…。ついでに温泉も奥が深くて洞窟探検のプロでも先へは進めない」
お湯の中を潜って進んで行くのは大変なのだ、と会長さんは教えてくれました。
「ロープを手繰って十六メートルほど進んで挫折だったかな? 現時点ではこの縦穴とお湯が溜まった部分だけしか知られていないわけだけど…。実はこの先に」
中継画面がパッと切り替わり、観光で行くような大きな鍾乳洞が現れました。サイオンで明るさを補っているらしく、天井までもがハッキリ見えます。広大な洞内にはお湯の川が流れ、温泉を湛えた地底湖だか池だかが点々と…。
「「「……スゴイ……」」」
「だろ? ここの存在は誰も知らない。湯加減と泉質はもう最高だし、行くなら穴場だと思うんだけどね?」
地底の温泉で遊び放題、と聞いた私たちは万歳三唱。でも、宿とかはどうするのでしょう? ゴールデンウィークだと何処も予約で一杯なのでは…。
「その心配も要らないさ。マツカ、この洞窟の場所なんだけど…」
最寄りの駅の名前がコレで、と会長さんに声を掛けられたマツカ君が「ああ、それなら…」と執事さんに電話をかけて、間もなく別荘確保です。いろんな所に別荘のあるマツカ君と友達でホントに良かった、と再び万歳。美味しい食事も期待出来ますし…。
「…いいねえ、今年は温泉だって?」
「「「!!?」」」
ぼくも行きたい、とフワリと翻る紫のマント。忘れてましたよ、ソルジャーを! シャングリラ号へ行く時には絶対来ないと分かってますから、ゴールデンウィークの計画は大抵ソルジャー抜き。それだけにキッパリすっかり忘れていたのに、来ちゃいましたか、そうですか…。
誰も知らない洞窟温泉と聞いたソルジャーの顔は輝いていました。おまけにマツカ君の別荘つき。来なければ損だと思ったらしく、キース君のための慰安旅行を乗っ取る気持ち満々で。
「なんだか凄い温泉だねえ…。ブルー、どうやって見付けたわけ?」
「えっ、それは…。フィシスと行った洞窟温泉も良かったんだけど、あっちは普通の洞窟でさ…。どうせなら鍾乳洞だと良かったのに、と調べまくっても無いんだな、これが」
この国で温泉の湧く鍾乳洞はコレだけらしい、と中継画面を縦穴の入口に切り替える会長さん。
「これじゃお風呂にはならないし…。だけど相手は鍾乳洞だ。奥へ行けば広がる可能性もゼロではないな、とサイオンで先を探っていったら巨大な洞窟風呂に出たんだ」
だけどフィシスと行くのはちょっと…、と会長さんはブツブツと。
「ここじゃ設備が足りなさすぎる。ぼくの女神を連れて行くには湯上り用のシャワー完備でアメニティグッズやタオルなんかも充実している施設でないと…。野趣あふれるのはダメだってば」
「…そんなものかな? ぼくは全く気にしないけど」
ハーレイも連れて来てもいいよね、との言葉にズズーン…と落ち込む私たち。バカップルとの旅のキツさは骨身にしみて沁みまくっています。また来るのか、と泣きたいですけど、もはや手遅れというもので…。
「マツカ、ぼくたちが泊まれる部屋もある?」
「ええ、ご用意させて頂きますよ」
広さは充分ありますから、とマツカ君が答え、私たちが涙目になった時。
「…そうだ、ハーレイも呼んじゃおう!」
会長さんが声を上げました。
「ブルーたちが来てしまうんなら、キースの慰安旅行どころじゃないし…。この際、ハーレイを地獄の道連れってね」
「あんた、正気か!?」
教頭先生と風呂に入る気か、とキース君が突っ込むと、会長さんは。
「それはもちろん。…ただしタダでは入らせないよ? ハーレイには娯楽を提供して貰う。見事に温泉まで辿り着けたら一緒に入浴するってことで」
「「「は?」」」
「ケービングをして貰うのさ。いわゆる洞窟探検ってヤツ!」
まずは立ち入り禁止の柵を乗り越えて入るトコから、とブチ上げられて全員が絶句。ケービングといえば洞窟探検、あの縦穴と底に溜まった温泉を突破するのが一緒に入浴の条件ですか~!
教頭先生を巻き込むと決めた会長さん。その夜、会長さんの家でソルジャーも交えての夕食の席に教頭先生が招かれました。夕食のメニューは味噌ちゃんこ。和気あいあいと鍋を囲んで盛り上がった後、会長さんが徐に…。
「ハーレイ、君を招待した理由なんだけど…。ゴールデンウィークは暇だった?」
「ああ、特に予定は入れていないが…。シャングリラ号も問題は無いし」
「それは良かった。ぼくたちと一緒に温泉旅行に行かないかい?」
マツカの別荘に泊まって洞窟温泉、と切り出された教頭先生は二つ返事で即答でした。毎年、春のお彼岸の慰安旅行に同行なさっていますけれども、あの旅は教頭先生がスポンサー。美味しい思いが出来る代わりにお財布の方は大打撃です。でも今回の旅はマツカ君持ち。
「喜んで参加させて貰おう。…気にかけて貰えるとは嬉しいものだな」
「どういたしまして。ただ、行き先がちょっと変わっていてねえ…」
こんな感じで、と壁に昼間見たのと同じ洞窟の入口がパッと。
「ここを乗り越えないと温泉に辿り着けないんだよ。見てのとおりの縦穴洞窟で、底にはこういう温泉プール。これを潜ってずーっと行った先に、こんな場所がね」
映し出された大洞窟に教頭先生が息を飲んでおられます。
「…これは見事な温泉だな…。瞬間移動で行けるわけだな?」
「ぼくたちはね」
君はケービングを頑張って、と会長さんは見惚れるような笑みを浮かべました。
「タイプ・グリーンのシールド能力はタイプ・ブルーに匹敵する。温泉プールを何十メートルも潜って泳いでも全く問題ない筈だ。それに水泳は得意だろう?」
「ま、待ってくれ! 私に自力で辿り着けと!?」
「そういうこと! 入口の柵も乗り越えるんだよ、縦穴もキッチリ下るんだね。まあ、飛び込んだって結果は同じなんだけど…。温泉プールが深いから怪我の心配は全然無いし」
根性で辿り着くように、と告げられた教頭先生は唖然呆然。そこへ会長さんのダメ押しが。
「それとね、お風呂マナーは守ってよ? 辿り着いた後にかかり湯もせずにドボンは禁止! 湯桶とか石鹸も持参して貰う。防水の袋に入れて持ち込むか、シールドするかは御自由にどうぞ」
「……そ、そこまでしないといけないのか……」
「嫌なら来なくていいんだけれど?」
「いや、行く! お前と風呂に入れるチャンスだ、根性を見せて辿り着く!」
行くぞ、と燃え上がる教頭先生の闘志。…洞窟温泉旅行、どんな展開になるのやら…。
こうして決まったゴールデンウィークのお出掛けまでの間、キース君は毎朝、たった一人で元老寺の境内を掃除し続けました。戒名ダブルブッキングのキツさを嫌というほど思い知らされたみたいです。でも実際につけちゃうよりかはマシだと言えるらしくって。
「お疲れ様、キース。いよいよ慰安旅行だねえ」
よく頑張ったよ、と温泉行きの電車の中で会長さんが労いを。
「若干面子が増えちゃったけど、慰安旅行には違いない。もしもホントに同じ戒名をつけててごらんよ、悲惨だよ? 檀家さんの信用は失せるし、悪い噂は流れるし…。それくらいなら境内の掃除と面子が増えた慰安旅行で我慢ってね」
「…分かっている。昨夜、親父にも散々言われた。旅の間に銀青様に叱って貰えとも言ってたな。だが、叱られる前にこの面子では…」
俺は既に罰を受けている、と呻くキース君の視線の先ではソルジャー夫妻が並んで座って駅弁の食べさせ合いの真っ最中。お箸で「あ~ん♪」だけならともかく、口移しまで…。
「はい、ハーレイ。美味しいよ、これ」
「ありがとうございます。あなたの唇ごと頂きますよ」
「「「………」」」
バカップルめ、と睨み付ける私たちとは真逆の反応が教頭先生。涎の垂れそうな顔でソルジャー夫妻のイチャつきぶりを見ておられます。会長さんがチッと舌打ちをして。
「…ぼくまで罰を受けているような気がするよ。ブルーはアレが基本だけれども、見惚れるハーレイに腹が立つったら!」
「だが、誘ったのはあんただぞ?」
「そりゃそうだけど…。洞窟温泉に辿り着くまでは笑いの代わりに涙が出そうだ」
バカップルを見るとハーレイの妄想が更に爆発するのを忘れていた、と会長さんは悔しそう。教頭先生だけは瞬間移動で現地で合流で良かったかもです。
「マツカに手配して貰った貸し切り車両も妄想バカには勿体ないよ。デッキどころか連結部に放り出したい気分」
でなきゃ満席の自由席だ、と文句たらたらの会長さん。ゴールデンウィークだけに乗車率が高いですから、教頭先生が自由席に行ったら通行の邪魔だと思うんですけど…。
「分かってるってば、だからデッキか連結部! 座席なんて贅沢すぎるんだよ、うん」
ここまでボロカスに言われる教頭先生、洞窟温泉に着いたらどうなるのでしょう? 私たちは瞬間移動で素敵な温泉に移動ですけど、教頭先生はケービングですよね?
洞窟温泉に近いマツカ君の別荘に着くと、執事さんが迎えてくれました。山の別荘に似た二階建の洒落た建物には暖炉を備えた立派なホールやダイニングルーム、ゲストルームも充分に。二泊三日の行程ですから洞窟温泉は明日に行く予定。そして…。
「今日は露天風呂に行かないかい?」
会長さんの提案で別荘から近い温泉施設に出掛けることになりました。なんでも洞窟温泉の縦穴に湧いているのと同じ泉質のお湯なのだそうで、これは気分が盛り上がります。
「行く、行く!」
ジョミー君が賛成し、私たちも。マイクロバスを出して貰って露天風呂だの大浴場だのと満喫する間に、ソルジャー夫妻は貸し切りのお風呂に入ったそうです。帰りの車内では至極ご機嫌、夕食の席でも危ない発言が出まくりで。
「素敵だったよ、あのお風呂! 青の間のバスルームも悪くないけど、広いと気分が違うよね」
「ええ、ブルー…。私も身体を存分に伸ばせますからね」
「君のパワーを活かし放題、存分にヤれるって最高だよ、うん」
明日の洞窟風呂にも期待、と大はしゃぎのソルジャーに会長さんが出したレッドカードは十枚を遙かに超える勢い。しかしソルジャーは退場どころか騒ぐ一方、教頭先生は鼻にティッシュで。
「……あのねえ……」
いい加減にしたまえ、と会長さんの地を這う声が。
「ハーレイにどれだけ鼻血を噴かせりゃ気が済むんだい?」
「えっ? 別にいいじゃないか、鼻血くらいは毎度のことだし」
「明日のケービングに差し障るんだよ!」
貧血で倒れられたらケービングどころではないんだから、と会長さんは怒り心頭。
「ぼくはハーレイに大いに期待してるんだ。水を差さないでくれたまえ!」
「…そうなんだ……。一緒にお風呂に入りたいんだね?」
それならやめる、と猥談もどきにストップが。
「君とハーレイの仲が深まるチャンスを邪魔はしないよ、馬に蹴られて死にたくはないし」
ねえ、ハーレイ? とソルジャーが呼んだ相手はキャプテンの方で、その場で始まる熱いキス。喋りが止んだら次はコレか、と額を押さえる私たちなど目に入らないバカップルはイチャつき三昧です。それはともかく、会長さんの教頭先生への期待って……絶対、お風呂じゃないような気が…。
翌日、朝食を終えた私たちは別荘の広間に集合しました。洞窟温泉を満喫するためのタオルやサンダル、昼食用のランチボックス、他にも荷物が沢山です。執事さんはサイオンを持つお仲間ですから、瞬間移動でお出掛けしても全く問題ありません。その一方で…。
「…ブルー、頑張って辿り着くからな!」
待っていてくれ、と決意表明をする教頭先生の荷物はケービング用のロープの他に湯桶などのお風呂グッズで溢れています。その教頭先生が玄関へ向かわれるのを見送った後で…。
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の号令を合図に会長さんとソルジャー、合わせて三人分のタイプ・ブルーのサイオンが。パアァッと青い光が溢れたかと思うと、そこは広大な鍾乳洞でした。
「「「うわぁ……」」」
広い、と叫んだ声があちこちに木霊する神秘の空間。会長さんたちがサイオンで調整してくれているらしく、青の間みたいに美しく照らし出された鍾乳石や地底湖が。
「えーっと…。お湯の川は見れば分かるよね?」
アレは安全、と会長さん。
「深くもないし、熱くもないよ。…地底湖の方はバラエティ豊かだから気を付けて。殆どはさほど深くないけど、向こうのはちょっとヤバめかも」
縁は浅いけど真ん中が底無し、と教えられて背筋に冷たいものが。
「ぶるぅやぼくなら平気だけどねえ、君たちは入らない方がいい。とはいえ、度胸試しで入って沈んでも救助するから、お好みでどうぞ」
「ふうん? そういうヤツならぼくたち向けかな」
貸し切りにしてもかまわないかい? とソルジャーの赤い瞳がキラキラと。昨日の温泉施設でのことを考え合わせるとロクなことではなさそうですけど、追い払えるならそれも良きかな。会長さんもそう思ったらしく。
「…貸し切るんならシールドしてよ? もちろん音もね」
「分かってる。これだけ声がよく響くんだし、本当はシールドしたくないけど…」
ハーレイとの素敵な時間を確保するために譲歩するよ、とウインクしたソルジャーはキャプテンと連れ立って奥の底無し温泉へと。さて、邪魔者は追っ払いましたし…。
「まずは普通にお風呂かな? 女子がそっちで、男子がこっち」
会長さんが指示し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ お風呂の用意だね!」
荷物の中から出ました、着替え用のテントや仕切り用の組み立てカーテンやら。スウェナちゃんと私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒に天然の洞窟風呂に浸かって大満足。ジョミー君たちの歓声も聞こえてきますし、男湯も湯加減、最高でしょうね。
お風呂の次は水着に着替えて大きな地底湖で温水プール。途中でソルジャーとキャプテンもやって来ましたが、泳ぐよりは貸し切り風呂でイチャつく方が良かったとみえて間もなく姿を消しました。そんな中、会長さんがニヤリと笑って。
「…ふふ、ハーレイがようやく入口に着いたようだよ」
「「「え?」」」
まだ入口にも着いてなかったんですか、教頭先生? そういえば別荘からの距離、かなり離れてましたっけ…。それに洞窟の入口までは道なき道の急斜面を登らなくてはいけないらしく。
「急斜面というよりアレだね、道に迷ったみたいだねえ? 地図は渡したけど目印も無いし…。これから柵を乗り越えるらしい」
こんな感じで、と現れた中継画面では教頭先生が洞窟の入口を囲んだ鉄柵を乗り越える所でした。立ち入り禁止の看板を無視して入った教頭先生、背中のリュックから縦穴を下りるためのロープを引っ張り出しておられますけど…。
「「「あーーーっ!!!」」」
運が悪いとはこういうことを言うのでしょう。不安定な足場で作業中だった教頭先生、足を滑らせて真っ逆さまに縦穴へ。ドッパーン! と派手な水音が聞こえ、切り替わった画面では真っ暗な洞内の水面で立ち泳ぎする教頭先生が…。
「…お、おい! 救助しないとヤバイだろうが!」
暗いと荷物も見えないぞ、と叫んだキース君に、会長さんは。
「平気だってば、サイオンを使えば見えるだろ? ほら、ちゃんとリュックを開けてるし」
「「「…本当だ…」」」
教頭先生は立ち泳ぎしながらリュックを開けて中から湯桶を出し、そこに石鹸とタオルを入れると頭の上にしっかりと括りつけました。他の荷物はリュックごと手近な岩にロープで結び、やおらシールドを張ると温泉プールへ。
「あのまま潜って来る気だよ。落ちたはずみに開き直ってしまったらしいね、お風呂グッズさえ揃っていれば問題ないと」
辿り着くのも時間の問題、と呆れた口調の会長さん。中継画面の教頭先生は温泉プールから鍾乳洞に繋がる地下水路を力強く泳いでいます。頭の湯桶が間抜けですけど、泳ぐ姿は逞しいかな?
タイプ・グリーンにしてシャングリラ号のキャプテンでもある教頭先生。サイオン能力は流石に高く、真っ暗闇の筈の水路を迷わずに泳ぎ抜け、私たちがいる鍾乳洞へと辿り着きました。
「おーい、ブルー!!」
来たぞ、と遙か向こうで手を振る教頭先生に、会長さんが大きな声で。
「お風呂マナーは守ってよ? そっちに川があるだろう?」
「分かった! まずはかかり湯だったな」
待っていてくれ、と濡れた服を脱いでおられるのが分かります。やがてザバーッと水音が響き、会長さんがクスクスと。
「引っ掛かった、引っ掛かった。素っ裸で身体を洗っているよ」
ぼくとお風呂に入るためには身体を綺麗に磨かないと、と嘲笑っている会長さんは水着姿。スウェナちゃんも私も他の男子も「そるじゃぁ・ぶるぅ」も、只今、水着を着用中です。なにしろ今日のメインイベントは鍾乳洞の温水プール! 泳いだ後にはもう一度お風呂に入るでしょうけど…。
「会長、これからどうするんです?」
教頭先生、裸ですよ? と尋ねたシロエ君に会長さんが「シッ!」と。
「いいかい、女子は肩まで、男子は腰より上までお湯の中に……ね。水着だとハーレイにバレないように」
「「「……???」」」
奇妙な指示ですが、まあいいか…。これじゃ混浴みたいだけれど、と肩まで沈めると、間もなく腰をタオルで隠して湯桶を抱えた教頭先生が大股でズカズカと近付いて来ました。
「待たせたな、ブルー。…おや、ここは混浴だったのか?」
女子もいたのか、と教頭先生は少し頬を赤らめたものの、湯桶を地底湖のプールの傍らに置くと。
「では、失礼して…。ブルー、お前の隣に入っていいな?」
腰タオルを解き、頭に乗せる教頭先生。スウェナちゃんと私の視界にはモザイクがかかり、真っ裸の教頭先生が会長さんの隣に足を浸けた途端。
「痴漢ーーーっ!!!」
会長さんの絶叫が響き、教頭先生は哀れ尻餅を。頭のタオルが落ちて辛うじて股間を隠しましたが、会長さんはギャーギャーと。
「なんでプールに裸で来るのさ、こっちは温水プールだってば!」
「…ぷ、…プール……?」
なんだそれは、と掠れた声の教頭先生に会長さんがザバーッと立ち上がって。
「ほら、水着! 他の子たちも全員水着さ、混浴なんかじゃないんだからね! その格好で入るんだったら向こう側だよ、ブルーの頭が見えるだろ!」
スケベ、エロ教師、と罵倒されまくった教頭先生は大パニックで駆け出してゆき…。
人間、慌てふためくと周りが見えなくなるようです。会長さんが指差したソルジャー夫妻が入っている貸し切り風呂と、私たちの温水プールの間にはカーテンで仕切られた仮設の男湯と女湯の他にも浅い地底湖が幾つかありました。なのに…。
「し、失礼したーーーっ!!!」
出直してくる、と真っ赤になった教頭先生、タオルで前を隠すのも忘れて一目散に貸し切り風呂へと突っ走り…。
「お邪魔させて頂きますーっ!」
ドボン! と飛び込んだ貸し切り風呂でソルジャー夫妻が何をしていたのかは分かりません。なにしろ音声はシールドされていた状態ですし、姿の方も「いる」としか分からない有様。ですから教頭先生が何を見たのか、何を聞いたのか、分かる人は誰もいないのですけど…。
「ブルーーーッ!!」
ソルジャーの会長さんを呼ぶ大きな声が。
「何さ!?」
「邪魔されたんだよ、お風呂男に!!」
なんかタオルだけ浮いているけど、と聞こえてビックリ仰天の私たち。タオルだけって…それじゃ教頭先生は? まさか底無しの地底湖とやらに落ちたのか、とプールから上がって走ってゆくとソルジャー夫妻がお風呂から頭だけを出しています。
「……困りましたね、ブルー…」
「だよねえ、これじゃ出られもしないや…」
いい所だったのに邪魔をされるし、このまま出たらレッドカードだし…、と文句を垂れるソルジャーに会長さんが。
「服ならサイオンで着られるだろう! それよりハーレイはどうなったのさ!」
「…ん? それがねえ……」
その辺もあって出られなくって、とソルジャーの笑みがニンマリと。
「凄い勢いで飛び込んで来て、足を滑らせてドッパーン! とね。でもって深みにはまる途中で、運よく見ちゃったものだから…」
「何処まで見られていたのでしょうねえ…?」
私はあなたに夢中でしたし、とキャプテンがソルジャーの頬にキスをしています。えーっと、それってつまり、教頭先生は大人の時間なソルジャー夫妻を目撃したと?
「多分ね」
それでもって今も期待に満ちたまま潜水中、と片目を瞑ってみせるソルジャーの言葉に、会長さんの怒りが炸裂。
「ハーレイのスケベーッ!!!」
ザッパーン!!! と噴き上がった水飛沫ならぬお湯飛沫。底無し地底湖でもタイプ・ブルーのサイオンが炸裂した時は思い切り逆流するようです…。
「…で? 何処が潜水中なんだって?」
腰にタオルを掛けられた姿で仰向けに横たわる教頭先生は完全に気絶していました。会長さん曰く、教頭先生の記憶はソルジャー夫妻の貸し切り風呂に飛び込んで以降は真っ白だそうで、探ろうにも中身が無いらしく。
「ぼくが思うに、君たちの姿で思考回路はショートだね。そのまま鼻血コースに走る代わりに底無し池にドボンしちゃったみたいだけれど?」
君たちを観察する余裕なんかは無かった筈だ、と会長さんがツンケンと言えば、ソルジャーは。
「…そうかなぁ? 君のサイオン大爆発のショックで記憶を手放しちゃっただけだと思うよ、持ってたらヤバイ記憶だからねえ…。なにしろぼくとハーレイが」
「その先、禁止!」
余計なことを口にするな、と睨まれたソルジャーの姿は今も貸し切り風呂の中。サイオン大逆流の最中もシールドを張ってキャプテンと共に持ち堪えただけに、出る気は全く無いらしく。
「…どうでもいいけど、こっちのハーレイを連れて向こうへ行ってくれないかな? ぼくたちは邪魔をされたんだからね」
仕切り直しでヤリまくるしか、とキャプテンを引き寄せ、たちまち始まるディープキス。うーん、教頭先生、やっぱり何かを見ちゃったのでしょうか…。
「どうだろう? 沈んだだけならマシなんだけどねえ、絶対に何も見ていないという保証も無いかな、ハーレイの場合」
そこが困ったトコなんだ、と会長さんは深い溜息。
「記憶も飛ぶほどの何かを見たって可能性もゼロではないんだよ。ついでにブルーの心はぼくにも全く読めないし…。もしも本当に潜水しながらブルーたちを観察していたんなら…」
もしもそうなら許せない、と拳を握った会長さんの瞳に激しい怒りの色が。
「疑わしきは罰せよ、だっけね。気絶したまま置いていく! 自力で洞窟、決死の脱出!」
「「「えぇぇっ!?」」」
疑わしきは罰せずでは、という私たちの主張は会長さんに却下されました。
「いいかい、戒名のダブルブッキングと同じで許されないことはあるものだよ。疑わしい戒名は決してつけない姿勢が大切、つけた場合は厳罰ってね。…旅行の切っ掛けが戒名ダブルブッキングなんだし、ぼくもハーレイを許す気は無いさ」
帰る時間までに目覚めなかったら置いて帰ろう、と会長さんは温水プールへスタスタと。ソルジャー夫妻は貸し切り風呂でイチャついてますし、教頭先生、決死の脱出コースでしょうか? そうならないよう、プールで時間を稼ぎますから、なんとか目覚めて下さいね~!
お風呂な洞窟・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
お風呂な洞窟、実は存在するのです。本当に鉄柵で囲まれた穴の中から湯気がフワフワ。
ただし、奥がどうなっているかは謎です、まだ探検した人がいないのでした…。
来月はアニテラでのソルジャー・ブルーの祥月命日、7月28日が来ます。
毎年恒例、7月は 「第1&第3月曜」 の月2更新でございます。
次回は 「第1月曜」 7月6日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、6月はソルジャーがスッポンタケを養子にするべく奮闘中…?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
毎度お馴染み、元老寺での除夜の鐘イベントで明けた新年。アルテメシア大神宮への初詣も終えて残る冬休みを満喫中の私たちは、会長さんのマンションに来ていました。正月寒波の真っ最中でも中はぬくぬく、美味しいお菓子なんかも沢山あります。
「かみお~ん♪ 今夜は餃子鍋だよ!」
寒い季節はお鍋が一番だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。餃子鍋とは楽しみです。豚肉入りやら海老餃子やらと何種類もの餃子が入るお鍋はお出汁も特製。締めは雑炊にして良し、ラーメンも良し。出来れば両方食べたいな、などとジョミー君たちが騒いでいたり…。
「両方食べるの? じゃあ、雑炊のお鍋とラーメンのお鍋と、両方だね!」
お出汁を取り分けておいても具を入れて煮込まないと味に深みが出ないから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はウキウキと。どうせ複数のお鍋で煮るわけですし、これは両方食べなくちゃ! 先に雑炊かな、それともラーメン? どっちにしよう、と食べる前から頭を悩ませていると。
「…ラーメンかぁ……。いいかもね」
会長さんが紅茶のカップを傾けながら口にしました。夕食の時間にはまだ早いものの、窓の外はもう暗くなってきています。
「今の季節は日が短くて気温も低い。ラーメン向きの季節かも…」
「そうか? まあ、真夏ならラーメンよりも冷麺だがな」
真逆の冬ならラーメンか、とキース君が言えば、シロエ君が。
「移動のラーメン屋台も冬が多いですよ。たまに夜食に食べるんです」
機械いじりの息抜きに、と話すシロエ君は毎年、三学期になれば大役が。卒業式に合わせて変身させる校長先生の像の仮装の制作です。衣装をまるっと作る年とか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」との共作とか。どちらにしても機械仕掛けは外せません。
「チャルメラの音が聞こえてきたら、ついつい食べたくなりますよね」
「…俺は食わせて貰えないんだが……」
ガキの頃からダメだったんだ、と嘆くキース君の肩をサム君がバンッ! と。
「仕方ねえよな、お寺じゃなあ…。あれだけデカイ山門なんだし、買いに出てったら目立つしよ」
「…俺も分かってはいるんだが…。同じラーメンなら、ぶるぅの方が美味いってこともな」
分かっていても憧れる、と移動ラーメン屋台への夢を語るキース君の姿に、会長さんが。
「うんうん、ラーメンはロマンだよねえ? だからやっぱり、冬はラーメン!」
これぞ男のロマンなんだ、とか言い出しましたが、会長さんは餃子鍋の締めはラーメンですか? 雑炊は要らないというわけでしょうか、そこまでラーメン好きだったかなぁ?
とっぷりと日が暮れ、夜空から白いものが舞う中、暖かいお部屋で餃子鍋。キース君のチャルメラへの憧れも、会長さんのラーメン発言も誰もが忘れて「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製のお出汁に色々な餃子を次々と。フカヒレ餃子なんてゴージャスなのも…。グツグツ煮立ってきた頃合いで。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
さあ食べるぞ、と男の子たちは大量に掬い、スウェナちゃんと私も遠慮なく。締めにラーメンか雑炊かなんて、餃子の前には吹っ飛びます。もう入らない、と思うくらいに食べまくっても、締めはやっぱり別腹だったり…。
「えとえと、こっちとあっちがラーメンで…。これとこれとが雑炊だね!」
おもてなし大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意してくれ、いい感じにラーメンと雑炊が。そこで雑炊を器に掬った会長さんに、キース君の突っ込みが入りました。
「おい、ラーメンだとか言ってなかったか? それとも雑炊が先で締めにラーメンか?」
「え、どっちでもいいんだけれど…。そういえばすっかり忘れていたよ」
ぼくとしたことが、と苦笑いする会長さんの姿に不吉な予感が。会長さんの「忘れていた」は相当な高確率でロクでもないことが多いのです。ラーメン絡みでまた何か…?
「なにさ、みんなでジロジロと…。ラーメンとくればサバイバルだろ」
「「「は?」」」
なんですか、それは? 何故にラーメンでサバイバル?
「そうか、君たちは知らないかもね。とある有名食品会社の幹部候補生の研修がサバイバルなんだよ、チキンラーメンくらいしか持って行けない」
「「「チキンラーメン?」」」
そんな話は初耳でした。他にも僅かな水と小麦粉、釣り針と糸にビニールシートが貰えるらしいですけど、たったそれだけ。しかも研修期間は三日。
「これが一時期、話題を集めていたんだな。思い出したからには是非やってみたい」
「そんな趣味、無いし!」
お断りだよ、とジョミー君が即答すればキース君も。
「同感だ。それにサバイバルには冬は向かんぞ、坊主の修行なら話はともかく」
あっちは寒行もあることだし、とのキース君の言葉にコクコク頷く男の子たち。こんな季節にサバイバルだなんて、やりたいのなら一人で出掛けて下さいよ~!
恐ろしげな提案を回避するべく、私たちはラーメンと雑炊に集中しました。しかし会長さんは思い付いたら一直線が売り物というか、お約束。
「なるほど、寒行ってのもあったっけ…。ちょうどピッタリのシーズンかな? 三日間なら成人の日の三連休がすぐそこだしね」
「俺たちは断ると言っただろうが!」
一人で行け、とキース君が突き放したのに、「そう言わずに」と会長さん。
「君たちもきっと行きたくなるよ。…サバイバルをするのはハーレイだしさ」
「「「…えっ?」」」
「だから、ハーレイ! 君たちの仕事は監視役兼ギャラリーってことで」
もちろん食事は食べ放題、と言われれば話は別物です。おまけにテントどころか組み立て式のログハウスで暮らせると聞くと、俄然、興味が。
「…そっか、ぼくたちは普通にキャンプと思えばいいんだ?」
面白そう、とジョミー君が食い付き、シロエ君が。
「でも、なんで教頭先生なんです?」
「面白いからに決まってるだろう? ぼくにぞっこんの男だよ? サバイバルに耐えられればコレ、と適当な御褒美を出せばホイホイ来るって!」
おめでたい馬鹿を釣ってみせる、と会長さんの指がパチンと鳴ると、餃子鍋の匂いが立ちこめるダイニングに私服の教頭先生が立っていました。
「…な、なんだ? ブルー、私に何か用か?」
「用ってほどでもないんだけれど…。せっかく来たんだし、食べて行ってよ」
あまり残ってないんだけどね、と会長さんが手ずから器に入れて渡したラーメンに教頭先生は大感激。一人きりの夕食よりも遙かに美味い、とガツガツかき込んでおられます。
「ふふ、美味しい? 君に提案が一つあってさ…。それをこなしたら、孤独な食卓に花を添えてあげてもいいかなぁ…って」
「……花? 花束でもプレゼントしてくれるのか?」
「違うよ、花の名前はブルー。…ぼくが一緒に夕食を食べてあげてもいいかな、と思ったわけ。そこで素敵なムードになったら、もっといいことが起こるかも…」
君と二人きりの夕食なんだ、と切り出した会長さんに、教頭先生は耳まで真っ赤に。元から夢と妄想の世界に浸りっぱなしの教頭先生、サバイバルが条件と聞いても全く動じることもなく。
「分かった、やればいいのだな? 三連休には予定も無いしな」
「本当かい? じゃあ、決まりだね」
サバイバルの栞を作ってお届けするよ、と会長さんがニッコリと。一本釣りされた教頭先生は歓喜の内に瞬間移動で送り返され、サバイバルが決定したのでした…。
翌日から会長さんは教頭先生のサバイバルに向けて準備を始め、まずはサバイバルをする場所の選定から。
「王道は無人島だと思うんだ。候補は幾つもあるんだけども、ぼくとしてはサルが欠かせない」
「「「サル?」」」
何故に、と首を捻る私たち。サバイバルにサルって……大事な食料でも盗まれるとか?
「違う、違う。食料を盗んだりはされないようにキチンと対処しておくさ」
山から下りてこないように、と会長さん。サイオンでシールドを張るのだそうです。
「…そこまでするのにサルが要るとは、どういうわけだ?」
脅しなのか、とキース君が尋ねました。
「チラリと姿が見えるだけでも脅威だろうしな、サバイバル中は。食料を盗られる恐れがある上、寝場所も荒らされるかもしれないし…」
「脅しと言えば脅しかなぁ? サバイバルの華はヒャッハーだから」
「「「…ヒャッハー?」」」
なんのこっちゃ、と派手に飛び交う『?』マーク。チキンラーメンなサバイバル研修も初耳でしたが、ヒャッハーの方も初耳です。サバイバルの世界って深いのだなぁ、と思っていれば。
「ヒャッハーも通じないなんて…。昔ね、とても流行った拳法漫画があったわけ。「お前は既に死んでいる」って決め台詞で一世を風靡したけど、ヒャッハーは其処に出て来るんだな」
「「「………???」」」
「モヒカン刈りとかの悪漢だよ。大勢で群れて主人公に襲いかかる時の威勢のいい掛け声がヒャッハーだったのさ。それが転じて、そういう凶悪な集団のことをヒャッハーとね」
「それがサバイバルにどう関係すると?」
分からんぞ、というキース君に私たちも揃って「うん、うん」と。サバイバルに凶悪な集団なんて必要ないと思うんですけど…。
「普通は関係しないと思う。ヒャッハーなんか無人島にはまず居ないから」
だけど居ないと面白みに欠ける、と会長さんは悪魔の微笑み。
「サバイバルだと決めた以上は情報集めが必須だろう? そして見付けた。三日間のサバイバルだけなんて生ぬるい、って意見をね。最終日にヒャッハーを投入します、と予告しておいて対策を練らせるくらいのことはしないと、と言われてみれば納得だよ」
ゆえにサルの軍団が山を出るのは最終日、とニッコリ笑う会長さん。
「ヒャッハーなサルの大群が出ないと面白くない。…というわけで、行くなら此処かな」
行きと帰りは瞬間移動でいいだろう、と会長さんが選んだ島は、その昔、キース君が卒業旅行でお遍路の旅に出掛けたソレイドの北に沢山散らばる無人島の一つ。温暖な気候が売りの地方ですし、そこなら真冬でも大丈夫かな?
新学期が始まり、恒例の闇鍋に紅白縞のお届け物に…、と忙しい週の終わりが三連休。会長さんは栞を仕上げて教頭先生の家のポストに放り込み、いよいよ明日は出発だという金曜の放課後になったのですけど。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
サバイバルの前はオーブンを使ったおやつだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がふんわり膨らんだオレンジ風味のスフレを熱々で出してくれました。私たちが泊まるログハウスにもキッチンはあるそうですが、流石にオーブンまでは無く…。
「オーブンを使ったお料理するなら、瞬間移動で持ち込みかなぁ?」
家で作って運んでもいいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」もサバイバルを楽しみにしています。チキンラーメンと小麦粉で生きる教頭先生にコッソリ差し入れな計画なんかも。
「ブルーがね、ハーレイが匂いだけで釣れそうな料理もいいかもね…って!」
「しかしだ、もれなく狙撃だったな?」
水鉄砲で、とキース君。
「明日から寒波の予報だぞ。水鉄砲を食らうと分かっていても教頭先生がおいでになるか?」
「ふふ、そこはハーレイだけに無いとは言えない」
見付からなければ差し入れゲット、と会長さん。
「栞には差し入れはぼくの手料理だから、と嘘八百を書いておいたし、絶対に来ると踏んでるけれど?」
「……あんた、鬼だな……」
「そうかなぁ? 最終日のサルの軍団の方がよっぽど怖いと思うけどねえ?」
何の対策も出来なかったらスッポンポン、と会長さんはニヤニヤニヤ。なんでもサルには教頭先生が服の中に餌を隠し持っている、との偽の情報を与えるらしいのです。
「サル相手には細かい暗示は利かないからねえ、とにかく服の中とだけ! 服も下着もサルにしてみれば同列だから、捕まったら最後、紅白縞まで引き裂かれるかと…。ハーレイは単にサルが襲ってくるとしか知らないわけだし、どういう策を取るんだろうね?」
餌を撒いても回避不可能、と楽しそうな会長さんですが…。
「…ハーレイがサバイバルだって?」
「「「!!?」」」
いいねえ、という声が聞こえて優雅に翻る紫のマント。来ちゃいましたよ、ソルジャーが! ニューイヤーのイベントが一段落して暇になりましたか、そうですか…。
スフレを追加で焼いて貰ったソルジャーはソファに腰掛けてスプーンでモグモグ。至極ご機嫌な様子です。
「サバイバルもいいけど、スフレもいいね。…これが暫く食べられないって?」
「えとえと…。みんなが食べたいって言うんだったら家で作るよ!」
そして瞬間移動でお届け、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が得意そうに答えると、ソルジャーは。
「スフレは別に要らないかな? だけど三度の食事は欲しいね」
「「「は?」」」
いきなり何を言い出すのだ、とソルジャーの顔を見詰めれば。
「ぼくは料理は全くダメだし、ハーレイも上手いとは言い難い。だから届けて貰えると…。届けるのが面倒だったら同居でいいけど」
「「「同居?!?」」」
「うん。君たちが暮らすログハウスにさ」
部屋数はそこそこあるんだろう、との指摘は間違いではありませんでした。快適な無人島ライフを目指す会長さんはバスルームまでついたログハウスを用意しているのです。平屋とはいえ一戸建ての小さな家くらいのサイズは充分にあって。
「一部屋くれれば、ぼくとハーレイはそこに住むから! それが嫌なら食事の宅配サービスを…ね。ぼくとハーレイが住むログハウスのアテはちゃんとあるんだ」
ノルディに買って貰ったよ、とパチンとウインクするソルジャーに、ウッと仰け反る会長さん。
「き、君も来るわけ? …サバイバルに?」
「サバイバルは遠慮しておくよ。無人島での別荘ライフと、こっちのハーレイの努力を見物」
なかなかに楽しそうだったから、と語るソルジャーは早い段階で目を付けていたものと思われます。エロドクターにログハウスを買わせているのですから、下準備はもうバッチリで…。
「行ってもいいだろ、ぼくたちも? 特別休暇は申請したし、ハーレイは明日の出発に備えて大車輪で仕事を片付け中! ここは是非ともお邪魔したいね」
「………嫌だと言っても押し掛けるくせに…」
いつもそうだ、と呻く会長さんに、ソルジャーは「分かっているならいいんだよ」と満足げ。
「で、ぼくたちは一部屋貰って同居? それとも隣にログハウスを建てて食事を宅配?」
「宅配コースに決まってるだろう!」
誰がバカップルと同居するか、と会長さんがブチ切れました。ソルジャーは「ありがとう」と口先だけの御礼を言うと。
「君がハーレイに渡した栞に、ぼくたちのことは書いてないよね? 食事を恵んであげてもいいかな、可哀相だと思った時は?」
「……好きにすれば?」
どうとでもなれ、とヤケクソ気味の会長さん。ヒャッハーなサルの軍団も問題ですけど、ソルジャー夫妻が乱入となると、教頭先生のサバイバル生活は厳しさを増すか甘くなるのか、どっちでしょうねえ…?
翌日までに会長さんはログハウスを設置したようです。そのお隣にはソルジャー夫妻のログハウスが建っているのだとか。出発の日の朝、会長さんの家に集合した私たちとソルジャー夫妻がリビングで待つ内に玄関のチャイムがピンポーン♪ と。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよ!」
出迎えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が足取りも軽く跳ねて来て、その後ろから防寒用のウェアを着込んだ教頭先生がやって来ました。
「おはよう、今日から頑張らねばな。…おや、あなた方もおいでになったのですか?」
ソルジャー夫妻に驚く教頭先生に、キャプテンが。
「ブルーが是非行きたいと言い出しまして…。私は正直、見物などという悪趣味なことはあまり好みではないのですが…」
「ダメだろ、ハーレイ、それを言っちゃあ」
こっちのハーレイは頑張るんだからね、とソルジャーが窘め、ニコニコと。
「君が持ってるサバイバルの栞にぼくたちは載っていないんだって? そこを大いに活用してくれていいからね。いざとなれば食事も分けてあげるし、寝る場所だって提供するよ」
「…はあ…。お気持ちは有難く頂きますが、それはサバイバルとは言わないのでは?」
大真面目に返した教頭先生に、ソルジャーは。
「えっ、それでも充分サバイバルだろ? そこにある物を最大限に活用してこそ生き残れる。ぼくたちに取り入るっていうのも技術の内だよ、なかなかに難しいからねえ…」
「そうなのですか?」
「うん。ぼくたちは特別休暇を取って来たんだ。つまり三日間、自由なわけ。おまけに地球の無人島だよ、満喫しなくちゃ損だろう? 取り込み中の時も多いし、ドアを叩くのは度胸が要るかと」
「…と、取り込み中……」
教頭先生の鼻からツツーッと赤い筋が垂れ、それを見たソルジャーは艶やかな笑み。
「あ、ちゃんと分かってくれたんだ? そういうわけでね、取り込み中だとノックされても出られない。その代わり鍵は開けておくから、勝手に入って来てくれていいよ」
食料でも寝場所でもお好きにどうぞ、とソルジャーが言えば、キャプテンも。
「ええ、どうぞご自分の家のおつもりで。…ただ、私は見られていると分かってしまうとダメな性分ですからねえ…。その辺をよろしくお願いします。ブルーがキレたらおしまいですので」
「そう! そこが取り入るためのコツ! ぼくのハーレイを萎えさせないよう、ぼくの怒りを買わないよう……って所かな。そこを押さえればサバイバルはうんと楽になるかと」
美味しい食事と寝床つきだよ、とソルジャーは誘ってますけれど…。教頭先生、ソルジャー夫妻から食料とかをゲットですか? えーっと、取り込み中っていうのは多分、大人の時間のことなんですよね…?
こうして会長さんと二人きりでの夕食を目指す教頭先生のサバイバル生活が始まることになりました。無人島へと瞬間移動する前に会長さんが教頭先生の荷物を取り上げ、柔道部三人組に服のポケットの中まで調べさせた後、キチンラーメン三食分と水などが入った袋を渡して準備完了。
「かみお~ん♪ しゅっぱあ~つ!!」
パアァッとタイプ・ブルーの三人の青いサイオンが迸り、降り立った場所は海辺の砂浜。夏だったらさぞかし綺麗なのでしょうが、冬の最中でおまけに寒波襲来中。海は時化気味で空は鉛色、海の色もくすんでしまっています。
「さて、ハーレイ。今日からこの島で三日間だよ」
何処に住むのも君の自由、と会長さん。
「ただし山にはサルがいるから、住まいは海辺がお勧めかな。そして栞に書いておいたとおり、サルは最終日に山から下りる。襲われないよう策を講じておくんだね」
それじゃ、と会長さんは軽く手を振って。
「グッドラック、ハーレイ。…ぼくの手料理も是非食べに来てよ?」
狙撃されても構わないなら、と言われた教頭先生はグッと拳を握りました。
「もちろん頑張って食べに行く! なんとしても御馳走にならねばな」
「はい、はい。じゃあね」
行こうか、と促された私たちは教頭先生を砂浜に残して林の奥へと。枯れ草が広がる小さな草原があって、そこに立派なログハウスが二軒並んで建っています。大きな方が会長さんので、こじんまりとしたのがソルジャー夫妻のログハウス。
「うわー、けっこう本格的だね!」
ジョミー君が歓声を上げ、私たちは早速ログハウスの中をチェックして…。リビングの他に寝室が4つ、ちゃんとベッドも設置済み。バスルームもゆったりと足を伸ばせるサイズのバスタブが。
「いいだろう? ハーレイとは三日間、差をつけなくちゃ」
お隣さんも似たようなもの、と会長さんに言われましたが、見学会に出掛ける度胸は誰も持ち合わせていませんでした。ソルジャー曰く、お取り込み中が多い特別休暇。私たちと別れてログハウスの中に入った途端に大人の時間に突入している恐れ大です。
「あいつらの方は見て見ぬふりだな」
既に危ない雰囲気が、とキース君が指差す窓の向こうには全部のカーテンがピッチリ閉められたソルジャー夫妻のログハウス。あんな家より、断然、教頭先生です。サバイバルの模様、キッチリ見させて頂きますよ~!
サバイバル生活の成否を握る飲み水の確保。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が交代で見せてくれる中継画面の向こうで教頭先生は水場を求めてウロウロと。ようやく見付けた湧き水は塩味がしたらしく、更に彷徨って小川を発見。しかし…。
「飲用可能な水かどうかが謎だからねえ…」
山の中にはサルもいるし、と会長さん。安全な水を飲みたかったら沸かすしか道が無いのですけど、沸かすためには火が必要。ライターもマッチも持っていない教頭先生、空を仰いで深い溜息。
「…どうして太陽が出ていないのだ……」
冬の日差しでも使えるのに、と袋から出て来た飲料水入りのペットボトル。お水だったら、そのまま飲めばいいんじゃあ?
「一応、知識は仕入れて来たか…」
この天気では使えないけど、と会長さんがニンマリと。知識って……なに?
「水が入ったペットボトルが一本あればね、太陽さえ出れば火は楽勝。虫眼鏡で紙とかに火が点くだろう? あの要領で点火オッケー!」
でも曇りでは話にならない、と聞いて教頭先生が気の毒になってしまいました。ただでも寒いのに火も点けられず、飲み水を沸かす術も無し。歩き回ってお腹が空いたのか、ビニールシートを地面に敷いてチキンラーメンを齧っておられます。お湯は無いですから、そのままで…。
「ふふふ、いい感じに追い詰められてるね。ぶるぅ、晩御飯は何だったっけ?」
会長さんの問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ビーフシチュー! お昼は簡単に五目チャーハン!」
「じゃあ、ビーフシチューの仕込みを始めてくれるかな? ハーレイが夕食に釣れるようにね」
「うんっ!」
素直で良い子な「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンで料理に取り掛かり、間もなく具だくさんのチャーハンとふんわり卵の中華スープの出来上がり。ビーフシチューを煮込む匂いも漂ってきます。
「夕方になったらビーフシチューを玄関の前に置かなくちゃ。そして君たちは狙撃班だよ」
ハーレイを見付けたら容赦なく撃て、と水鉄砲が配られました。付属のチューブをタンクに繋いでおけば弾ならぬ水は切れない仕組み。教頭先生、果たして訪ねて来られますかねえ?
午後も日は射さず、教頭先生はペットボトルでの着火を諦めて木を擦る方法を試みたものの、やっとの思いで点火した火は海風に吹かれてあえなく消滅。一日目は飲料水の確保どころか火も使えないみたいです。これでは釣り糸とかの出番も無くて…。
「そろそろシチューを出しておこうか、日が暮れる前に」
会長さんが大きな器にビーフシチューを入れ、ログハウスの外に出して間もなく、林の間から様子を伺う人影が。教頭先生登場です。ん? あの格好はいったい…。
「ビニールシートを被ってますよ?」
寒さよけでしょうか、とシロエ君が首を捻ると会長さんが。
「違うね、あれは防水用! 水鉄砲で狙撃されても濡れないようにってことだろうけど…」
如何せん身体が大きすぎ、との指摘通りに、たった二枚のビニールシートで覆い尽くすには教頭先生は些か大きすぎました。頭から被ったシートと腰に巻き付けたシート、どちらも胴体や足がはみ出しています。おまけにビニールシートは本来、寝場所を作るためのものでは…?
「そのとおり! 目先の欲に囚われてるとね、全体が見えなくなるんだな」
狙撃班、位置に! という号令で私たちは窓辺に素早く分散。教頭先生はシチュー目指して一直線に飛び込んでこられましたが、そこで会長さんの命令が。
「撃ち方、始めーっ!!」
ビシューッ! と発射される水鉄砲。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も水鉄砲を構えています。教頭先生、負けじとシチューのお皿を抱え込み、必死の勢いで逃げてゆくものの。
「は……は……ハーックション!!」
やはり身体がビッショリ濡れたのでしょう。寒風が吹き付ける中、走りながらクシャミを発したはずみに石に躓き、ドオッと転んでシチューのお皿が空を飛び……。
「………。ぼくは手出しはしてないからね?」
今のはホントに偶然だから、とケラケラと笑う会長さん。教頭先生が決死の思いでゲットしたシチューはお皿ごとパアになってしまいました。ビニールシートもずぶ濡れですし、今夜の寝床はどうなるのでしょう? 食事の方はチキンラーメンの丸齧りでいいなら残ってますけど…。
その夜、教頭先生はソルジャー夫妻のログハウスの軒下で寝たようです。特別休暇を満喫中のソルジャーが親切心に目覚めたらしく、ビーフシチューと毛布の差し入れ付きで。
「…まあ、あれでもサバイバルなんだろうけどさ…」
ブルーは甘すぎ、と会長さんが翌朝、ブツブツと。サバイバル転じてホームレス人生を歩み始めた教頭先生、今日も未だに、火を起こせないまま。いざとなったらソルジャー夫妻に泣きつけばいい、と開き直ったらしく、昼食のチキンソテーを狙って濡れ鼠になった後はお隣の窓の下でクシャミ三昧。
「…おや、風邪かい?」
お大事に、と窓とカーテンが開いてソルジャーが顔を出し、ポイとバスタオルを投げました。
「ぼくたち、これからシャワーなんだ。運動して身体が温まったし、お裾分け」
そう言うソルジャーが窓から覗かせた上半身には服も下着も無く、教頭先生は勢いよく鼻血。ソルジャーは妖艶な笑みを浮かべてみせると窓をピシャリと。ついでにカーテンも…。
「…おい。あいつ、サバイバルの意図を理解してるか?」
どうも間違っているとしか、とキース君が顎でしゃくる隣のログハウス。軒下では教頭先生がバスタオルにくるまってチキンソテーを齧っておられます。
「ブルーなりの解釈だろうねえ、とにかく生き残ればいいって感じ? ホームレスでもさ」
SD体制を生き抜いてきたブルーの性格を読み間違えた、と会長さんは悔しそうです。お取り込み中さえ邪魔しなければ、ソルジャー夫妻の好意に甘えて生き残れそうな教頭先生。ログハウスに足を踏み入れることなくクシャミだけでタオルが降ってくるなら楽勝っぽく…。
「会長、このままだと教頭先生と夕食ですよ?」
知りませんからね、とシロエ君。
「ぼくたちの仕事は狙撃だけですし、それも隣がバスタオルを投げてくれるとなると…。教頭先生、火を起こせなくても明日まで充分生き残れます」
「だよなぁ…。今日の予報も曇りだけどよ、火が要らねえなら太陽もなぁ…」
寒さだけなら隣の毛布で大丈夫だしな、とサム君も。ソルジャーは教頭先生にあげた毛布を取り上げるつもりは無いようですし、もしも湿って冷えるようなら毛布の追加も有り得ます。ソルジャー夫妻を利用するのもサバイバルの技術の一つだとしたら、会長さんの行く末は…。
「ブルー、間違いなくフラグ立ってるよね…」
教頭先生と仲良く夕食の、とジョミー君が呟き、マツカ君が。
「ですよね…。お隣さんが今更見捨てるとも思えませんし」
「自業自得よ、いい薬でしょ」
たまにはババを引けばいいのよ、というスウェナちゃんの言葉に全員が頷いたのですけれど。
「………。ブルーも甘いけど、君たちも甘いね」
会長さんの瞳に怪しい輝きが。今から逆転出来ますか? どう考えても無理そうですが…?
サバイバルならぬホームレス生活に活路を見出した教頭先生。釣り針と糸があるのに魚なんかは獲ろうともせず、木を擦っての火起こしも放棄。雨露を凌ぐためのビニールシートも会長さんの手料理ゲットのための鎧と化してしまいましたけど、逞しく生きておられます。
「…うへえ、今夜も軒下かよ…」
暗くなった窓の外をサム君が覗き、私たちもソルジャー夫妻のログハウスの軒下に丸まっている教頭先生を確認しました。水鉄砲攻撃を食らいつつゲットなさった海老ドリアは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が家に戻って焼いてきたもの。本当だったら海老は海で捕まえなくては食べられないのに…。
「あんたには悪いが、リーチだな。サバイバルは明日の昼までで終わりだろう?」
諦めて一緒に夕食して来い、とキース君。そう言う間にも隣のドアが開き、キャプテンが教頭先生に熱いコーヒーを差し入れに。…あれ? なんでコーヒーで鼻血になるの?
「イブニング・コーヒーのお裾分けです、と言われたようだよ」
フフンと鼻で嘲笑う会長さん。
「大人の時間の定番と言えば二人でモーニング・コーヒーでねえ…。それに引っ掛けて持ってったらしいね、お取り込みの時間が終わったらしい」
ああ、なるほど…! 大人の時間が終わったので、というお裾分けなら鼻血を噴くのも当然です。ここまで甘やかして貰えるんなら、教頭先生、余裕で明日のお昼どころか夕方まででも…。
「それが甘いと言うんだよ。…ハーレイもホームレスに馴染んで平和ボケして忘れたようだね、栞にしっかり書いといたのに…。明日はヒャッハーを投入します、って」
「「「!!!」」」
忘れてましたよ、ヒャッハーの名を持つサルの軍団! 教頭先生、何の対策もしておられません。もしかしなくても、明日のお昼には…。
「お隣のドアが開かない限りは裸祭りさ、サルに身ぐるみ剥がれてね。…ぼくはきちんと警告をした。それを忘れて低きに流れてサバイバルどころかホームレスなんだ、素っ裸にされるのがお似合いだってば!」
ぼくと夕食なんて百万年以上早すぎる、と会長さんは高笑い。教頭先生はサルの群れに対抗出来るのでしょうか? …出来ないんじゃないかな、この状況では…。
そしてサバイバル生活の最後の朝。凍てつく中で目覚めた教頭先生はキャプテンにモーニング・コーヒーを貰い、また盛大に鼻血を噴いてから私たちの方の玄関先へとやって来ました。会長さんの手料理だと信じて濡れ鼠になりつつオムレツを持ち去り、ソルジャーにバスタオルを投げて貰って…。
「…なんだか幸せそうですねえ…」
すっかり馴染んでおられますよ、とシロエ君が呆れ、キース君も。
「風呂も無い生活なんだがな…。日頃から心身を鍛えておられるとホームレスでもOKなのか」
「だけど、アレでもサバイバルだよね?」
生きてるんだし、とジョミー君。貰い物だけで生き抜いてこられた教頭先生、ようやく雲間から射した弱々しい太陽を仰がれましたが、ペットボトルの出番はありませんでした。火なんか無くても今日で三日目、最終日。今になって火を起こしても…。
「だから馬鹿だと言うんだよ」
火があればサルを防げるのにさ、と会長さんが窓から眺めてチッと舌打ち。
「松明を振り回していればサルは絶対、寄っては来ない。これが究極の対策なんだけど、それも忘れてしまった男に容赦する必要は無いってね。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪ シールド、解くんだね!」
おサルさん、山に閉じ込めちゃってごめんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。それから間もなく押し掛けて来たサルの軍団は百匹以上は群れていたかもしれません。会長さん曰く、野生のヒャッハーな大群に気付いた教頭先生は顔面蒼白。
「…な、なんなのだ、これは…!」
マズイ、と叫んで避難場所を求め、ソルジャー夫妻のログハウスのドアを思いっ切り開けて中へと駆け込んでゆかれましたが…。
「何するのさーーーっ!!!」
いいトコなのに、とソルジャーの怒りの絶叫が響き、鼻を押さえて飛び出してきた教頭先生。
「し、失礼しましたーーーっ!!!」
すみません、と言い終わらない内にサルの軍団は教頭先生の服の中に隠されていると思い込まされた食べ物を求めてビリビリ、バリバリ。厚着した防寒着もアッと言う間にボロボロで…。
「た、助けてくれーっ!」
服が、服がぁ…! と泣き叫ぶ教頭先生の声に、ソルジャーが窓から顔だけを覗かせて。
「なんだ、そんな所で脱いでるわけ? 混ざりたいなら後で来てよね」
ぼくは只今お取り込み中、とピシャリ閉まった窓とカーテン。えーっと、会長さん…。教頭先生の着替えって用意してますか? えっ、なんですって?
「それも隣から貰えばいいだろ、サバイバル技術を生かしてさ。もっともヒャッハーに負けた時点でサバイバルは失敗ってコトなんだけどね」
最後までサバイバルを貫き通せ、と会長さんは冷たい口調。あぁぁ、残った紅白縞が…! ビリビリ破かれる音がしますが、ソルジャー夫妻は服を恵んでくれるでしょうか? 教頭先生、御武運をお祈りしておりますから、大人の時間をものともせずに服を貰って下さいです~!
無人島の戦い・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
チキンラーメンなサバイバルは実在しますです、今もやってるかは謎ですが…。
ペットボトルで火を起こせるというのも本当なんです、覚えておくと役に立つかも?
次回、6月は 「第3月曜」 6月15日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、5月はソルジャーがレア物のスッポンタケに御執心で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年も楽しい夏休み。恒例の柔道部の合宿と、ジョミー君とサム君の璃慕恩院での修行体験ツアーが終われば遊び放題の日々の始まりです。キース君にはお盆に備えての卒塔婆書きなんていう仕事もありますが、それも一段落しましたし…。
「かみお~ん♪ 夏はやっぱりバーベキューだね!」
沢山食べてね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはアルテメシアの郊外にある涼しい谷間に来ていました。とっても素敵な河原ですけど、そこへ行くにはハードな山越えが必須。暑い盛りに山道を歩いてバーベキューに行こうなんて人はありませんから貸し切りです。
「ホントのホントに穴場だったね!」
凄いよね、と御機嫌で串焼き肉に齧り付いているジョミー君。私たちは反則技の瞬間移動で会長さんの家からやって来ましたが、こんな場所でも春と秋にはそこそこ賑わっているのだとか。
「アウトドアが好きな人にはいいらしいんだよね」
だけど夏場は流石にちょっと、と会長さん。
「辿り着いたら涼しいけどさ、途中の山道が暑いしねえ…。もちろん帰りも汗だくになるし、来ようって人はまず無いよ」
バーベキューだと荷物も多いし、なんて言ってますけど、その点については山越えでも問題なかったような気がします。何故かと言えば…。
「ブルー、そろそろ鍋も乗せるか?」
「鍋だって? ダッチオーブンと言って欲しいね、そりゃあ見た目は鍋だけど」
火の番もしっかりしといてよ、と顎で使われている教頭先生。バーベキューに欠かせない竈を河原の石で組み上げ、更に火起こしと火の番をするために駆り出されてしまわれたのでした。山越えだった場合は全ての荷物が教頭先生の肩にかかっていたことでしょう。
「えとえと…。この辺に乗せてね、お肉とかも焼かなきゃいけないし!」
ここにお願い、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が頼んだ場所に教頭先生がダッチオーブンを乗せました。朝一番に市場で仕入れたというシーフードたっぷりのパエリアが出来る予定です。
「缶ビールチキンは?」
どうやるんだい、と興味津々で覗き込んでいる会長さんのそっくりさん。山奥の河原でバーベキューパーティーという情報を掴んでキャプテン連れでの参加を表明、ちゃっかり登場。あちらの世界のシャングリラ号には特別休暇だと言って来たとか。
「んーとね、缶ビールの蓋を外して…」
「中身を飲んで空にするわけ?」
「飲んじゃダメ―ッ!」
ビールが大事なんだから、と缶を抱え込む「そるじゃぁ・ぶるぅ」。文字通りザルなソルジャーにかかっちゃ、缶ビールなんてアッという間に全滅ですよ…。
缶ビールチキンは丸ごとのチキンをビールの缶に被せて焼くという豪快なもの。ビールの湯気で蒸し焼きになり、バーベキューの炎で皮がこんがり。ダッチオーブンで炊き上がったパエリアと共に今日のバーベキューのメインです。
「うん、美味しい! はい、ハーレイ。あ~ん♪」
「…ああ、これは…。美味しいですね」
ソルジャーが差し出すチキンの足をキャプテンが齧り、代わりに「どうぞ」と自分のお皿のパエリアを。スプーンで掬われたそれをソルジャーが御賞味、そこから先のソルジャー夫妻はお互いのチキンとパエリアの食べさせ合いで。
「…また始まったぜ…」
キース君が毒づけば、シロエ君が。
「さっきまでより悪化しましたね、肉とかも「あ~ん」でしたけど…」
「うっわー、あそこまでやるのかよ…」
パフェとかだったら王道だけどな、と呆れるサム君の視線の先では、キャプテンとソルジャーが一本のチキンの足を両側から美味しそうに齧っていました。これぞバカップルというヤツです。止めるだけ無駄、見るだけ目の毒、と視線を逸らしていたのですけど。
「…おしどり夫婦か…」
「「「えっ?」」」
なんだ、と振り返ると教頭先生がチキン片手に涎の垂れそうな顔でバカップルの姿を見ておられました。おしどり夫婦と言われてみれば、そういう言い方もあるような…。
「なにさ、ハーレイ。羨ましいわけ?」
バカップルが、と会長さん。
「そりゃそうだろうねえ、君には理想のカップルだもんね? あっちのハーレイは君にそっくり、ブルーはぼくと瓜二つ。あれが自分とぼくだったら、と思わずにいられないんだろう?」
「い、いや、まあ…。それは確かに理想ではあるが……」
無理そうだしな、と教頭先生はションボリと。
「お前は一向に応えてくれんし、どうにもならん。バーベキューのお供がせいぜいだ」
「ふうん…。一応、分は弁えてる、と」
もっと馬鹿かと思ってたけど、と会長さんは遠慮がありません。
「おしどり夫婦を目指そうだなんて、色々な意味で無理があるんだよ。まず、訊こう。君は美しさに自信があるわけ?」
「「「…は?」」」
教頭先生ばかりか、私たちまで間抜けな声が出てしまいました。美しさだなんて、どういう意味?
おしどり夫妻なソルジャー夫妻が羨ましくてたまらない教頭先生。いつかは自分も、と夢を見たい気持ちは分かりますけど、それに対する会長さんの突っ込みは斜め上ではないのでしょうか? 教頭先生と美しさって、どう考えても結び付かない要素なのでは…。
「何をポカンとしてるんだい? ぼくはハーレイに訊いてるんだよ、自分の美しさに自信があるのかって!」
「…う、美しさだと…? それを言うならお前の方が…」
「ぼくの方が美しいだって? 決まってるじゃないか」
でなきゃシャングリラ・ジゴロ・ブルーはやってられない、と自信満々の会長さんは超絶美形。それに対して教頭先生は威厳があるとしか言いようのない、非常にいかつい御面相です。
「ぼくの方が綺麗だって言い出す時点で失格なんだよ、おしどり夫婦! 世間一般ではそれで通るかもしれないけれども、ここは厳格に言わせて貰う。…オシドリはオスの方が断然綺麗で、メスは思い切り地味なんだけど」
「た、確かに…」
華やかなのはオスだったな、と応じた教頭先生に、会長さんは。
「おしどり夫婦を目指したいなら、君も美形でなくっちゃね。それともアレかい、ぼくがオスでもかまわないと? 当然、ぼくがオスの立場で」
「そ、それは困る!!」
「ぼくも嫌だよ! 女性はもれなくオッケーだけども、君を相手にするのはねえ…。というわけで、ぼくの心を射止めようだとか、そういう以前に却下なんだよ、おしどり夫婦」
さっさと諦めて成仏しろ、と、けんもほろろな会長さん。ところが横からソルジャーが…。
「そう言わずにさ。…ぼくからすれば充分に美しく見えるんだけどねえ、ぼくのハーレイ」
「…君の目はいわゆる節穴だろう!」
そうでなければ恋は盲目、と会長さんは即座に言い返しましたが、ソルジャーはチッチッと指を左右に振ると。
「違うね、これは見方の問題! ハーレイの魅力は顔じゃない。もちろん顔も大切だけれど、まずは逞しい身体だよ。ぼくの身体とは比べ物にならない筋肉に覆われた身体がいいんだ、あれは綺麗だと思うけど?」
そこの君たちはどう思う、と尋ねられてみれば否定できない部分もあります。柔道十段、古式泳法でも鍛え上げられた教頭先生の身体、肉体美という観点から見れば「美しい」としか譬えられないような…。
「ね、本当に綺麗だろう? ブルーよりもさ」
これでバッチリおしどり夫婦、と言われましても。会長さんが納得しなけりゃ無理だと思いますけどねえ…?
教頭先生の方が綺麗でなければ却下されるらしい、おしどり夫婦。会長さんは首尾よく蹴り飛ばしたつもりだったのでしょうが、混ぜっ返したのがソルジャーで。
「ぼくはハーレイの方がぼくより綺麗だと思うわけ。…そうでなければ夜も満足できないしねえ? 夫婦は夜の時間が大切なんだよ」
もちろん昼間でも大人の時間は大歓迎、とキャプテンの腕に抱き付くソルジャー。
「この肉体美が最高だってことが分からないようじゃ、君もまだまだ…」
「分かりたいとも思わないってば!」
「うーん…。それはハーレイがヘタレだからじゃないのかなぁ…」
ヘタレてなければ君にも分かる、と主張するソルジャーと大反対な会長さんはバーベキューそっちのけでギャンギャンと言い争いを始めました。実に不毛な応酬です。火元になった教頭先生は巻き込まれては災難だとばかりに背を向けてバーベキューの世話係。
「もっと野菜も食わんといかんぞ、肉ばかりでは栄養が偏ってしまうからな」
「「「分かってまーす!」」」
でも美味しい、とジューシーに焼き上がったローストビーフをパクついていると。
「あーっ、食べられてる!」
「…ホントだ、ぼくとしたことが…」
油断した、と慌てて戻って来た会長さんとそっくりさん。「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製のソースで頂くローストビーフで一時休戦らしいです。食べ終わったら再び喧嘩かと思っていれば。
「………肉体美ねえ…」
それだけではちょっと足りないな、とローストビーフを頬張る会長さん。
「ハーレイとは付き合い長いんだよ。素っ裸だって何度も見たしさ、今更惚れろと言われても…。もっと強烈にアピールするなら別だけど」
「アピールって…。いわゆるセックスアピールかい?」
そう言ったソルジャーの額にピシャリとイエローカードが。
「もっと上品に言えないかな、君は! オシドリのオスは特にコレということはやらないけどねえ、クジャクのオスだと派手にやる。クジャクも綺麗なのはオスだよね? でもってメスの気を引くためには尾羽をパァーッと広げるわけで」
「それならぼくも知ってるよ。…そういうアピールを希望なんだ?」
「そう! ハーレイの肉体美の凄さが引き立つアピール!」
「なんだ、それなら簡単じゃないか」
そこの柔道部員を纏めて一度に投げ飛ばせば、とソルジャーが返し、キャプテンも大きく頷いています。でも、キース君たちを投げたくらいで教頭先生の株が上がりますか…?
会長さん曰く、教頭先生が自分の肉体美を示したいならアピールが必要。オシドリならぬクジャクのオス並みの派手さで気を引け、と言い出しましたが、具体的にはどういったことを希望でしょう? 一筋縄で行くわけがない、と私たちにだって分かります。そして案の定…。
「キースたちを纏めて投げる? その程度のこと、普通じゃないか」
楽勝で出来る技を見せられたって、と、会長さんはツンケンと。
「ヘタレ返上くらいの勢いでやってくれなきゃ話にならない。だけどベッドに付き合いたいとも思わない。…ついでにベッドじゃ鼻血で終わりだ」
「…うっ……」
教頭先生が鼻の付け根をギュッと摘むのを見て、せせら笑っている会長さん。
「ほらね、想像しただけでコレさ。…なのにバカップルが羨ましいと言うんだからねえ…。しっかりアピールしてくれたなら、まずは「あ~ん♪」から始めてもいい。そしていずれは二人で一つのパフェを食べるとか、缶ビールチキンを齧るとか」
「ほ、本当か!?」
本当なのか、と喜色満面の教頭先生に向かって、会長さんは。
「この件に関しては嘘は言わない。でも、その前にまずはアピールありきだよ」
「…分かっている。私は何をすればいいのだ? 鍛え上げた身体を見て貰うには、夏だけに遠泳あたりだろうか?」
海の別荘行きの時に披露しよう、と教頭先生はグッと力瘤を見せたのですけど。
「違うね、それも君にとっては大したことじゃないだろう? ぼくの希望はヘタレ返上! 鯉が龍に化けるくらいの勢いが欲しい」
「「「…鯉???」」」
なんですか、それは? 鯉ならそこの川にも泳いでいますし、教頭先生も怪訝そうな顔。しかし、会長さんは鯉が泳ぐ川を指差して。
「…知らないかなぁ、登竜門。君は古典の教師だよねえ?」
「もしかしてアレか? 滝を登り切った鯉は龍になるという伝説のことか?」
「そう、それ! 君も根性で滝を登れば龍になったと認めてもいい。鯉から龍に変化したなら立派にヘタレ返上だ。…君に滝登りの経験なんかは無いだろう?」
「う、うむ…。クライミングは範疇外だ」
滝など登ったこともない、と答えた教頭先生に、嫣然と微笑む会長さん。
「じゃあ、決まり! キースたちが忙しくなるお盆の前にみんなで行こうよ、遊びにさ」
大きな滝がある所へね、と誘われた教頭先生は二つ返事でOKしました。クライミングは超初心者でも、会長さんを射止められるチャンスとあれば滝登りにチャレンジらしいです。教頭先生、明日あたりからクライミングの特訓かも?
大盛況に終わった河原でのバーベキューパーティーから一週間後が教頭先生の滝登りの日。夏真っ盛りで雨の心配も全く無さそう。物見高いソルジャー夫妻も参加するそうで、教頭先生が見事やり遂げた時はバカップルの先達として祝福するとか言ってましたが…。
「…本気で滝登りで教頭先生を認めるわけ?」
サムの立場は、とジョミー君が心配している三日目の午後。私たちは会長さんのマンションに遊びに来ていました。教頭先生はあれから毎日、クライミングの練習中です。
「サムかい? まず大丈夫だと思うけどねえ、公認カップルは揺らがないかと」
ハーレイごときに滝登りは無理、と言い放つ会長さんの隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「んとんと、ぼくも無理じゃないかと思うんだけど…」
「本当か? かなり上達しておられるぞ」
凄いペースで、とキース君。壁に中継画面が映し出されていて、そこでは教頭先生が懸命に岩場を登っておられました。アルテメシアの北の方にあるロッククライミングの練習場です。頭にヘルメットを被り、ザイルを握って着実に上へ、上へと歩みを。
「まあねえ、いい師匠がついたみたいだし…。持つべきは山をやる仲間だよね」
プロだから、と会長さんが教えてくれた教頭先生の指南役の若い男性の実年齢は百歳超え。国内の山はとっくの昔に登り尽くして、もちろん海外遠征も。世界三大北壁と呼ばれて登り切った人は非常に少ない高峰の断崖も制覇したという猛者だそうです。
「滝を登るならフリークライミングもやっておくべき、とアドバイスしたのもこの師匠だよ。そっちは別の人が教えているだろ?」
「そうでしたね…」
そっちも上達なさってますよ、とシロエ君が口にするとおり、教頭先生は道具を使わずに手足の力だけで登るフリークライミングも頑張り中。練習場所は同じですけど、これは先生が変わります。人工的な足場とかを一切使わないため、転落率も非常に高く…。
「ザイルがあるから下まで落っこちていないけど…」
落ちたら完全にアウトだよね、とジョミー君が言い、キース君が。
「滝登りの本番はブルーが安全面をサイオンでカバーするんだろうが…。これほどの努力をなさっているんだ、俺としては無事に登り切って頂きたい」
「無理、無理! それが出来たらハーレイじゃないね」
滝はそんなに甘くない、と会長さんはケラケラと。とはいえ、教頭先生の技術は日に日に向上しています。滝登りの日まで練習日はまだ三日もありますし、登り切られる可能性は大ですよ? それとも会長さんが妨害するとか? それも無いとは言い切れませんね…。
滝登りに出掛ける日はアッと言う間にやって来ました。今度の行き先も歩いて行くには難しいそうで、会長さんの家に集合して瞬間移動で出発です。私たちがお邪魔した時にはソルジャー夫妻が既に来ていて、間もなく教頭先生も。
「おはよう。ついにこの日が来たな」
猛特訓をしてきたぞ、とリュックを背負った教頭先生は自信に満ちておられました。ロッククライミングの練習場でも最も難しいと言われるルートを制覇なさったらしいのです。
「フリークライミングで制覇は流石に無理だが、あれで大いに自信がついた。大抵の滝なら大丈夫ですよ、と太鼓判を押して貰えたし…。今日の私に期待してくれ」
「はいはい、分かった。それじゃ行こうか」
会長さんが投げやりに言えば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「お弁当の用意も出来てるよ! それじゃ、しゅっぱぁ~つ!」
パアァッと迸る青いサイオン。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーの力で移動した先では見上げるような滝が轟々と音を立てて流れ落ちています。
「「「……スゴイ……」」」
こんな滝の横を登るのか、と濡れた岩肌を驚愕しながら眺めましたが、教頭先生は腕組みをして「ふむ」と一言。
「これなら充分いけそうだ。濡れてはいるが、靴もアドバイスして貰ったからな」
よいしょ、と教頭先生がリュックを下ろし、取り出したものに私たちの目が一気に点に。どう見てもコレは地下足袋です。教頭先生は靴を脱ぎ、靴下も脱いで地下足袋に合った靴下に履き替え、地下足袋を。えーっと、素材はゴムですかねえ?
「沢登りにはこれが一番だそうだ。岩を登るにはこれも必須と教えて貰った」
この上からコレをこう履いて、と装着されたアイテムは草鞋の親戚みたいなモノ。濡れた岩でも滑らずに登れて足の力もしっかり伝える登山靴の一種らしいのですが…。
「変な靴だと思っているな? だが、この靴とかは高いんだぞ」
普通の地下足袋よりも遙かに高い、と聞かされたお値段はゴージャスでした。会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」ならランチを一回食べれば消えそうな値段ですけど、ファミレスだったら十回は軽く食べられそうです。
「この靴があれば滝くらいはな…。さて、行ってくるか」
濡れても大丈夫なウェアも用意してきた教頭先生、ヘルメットを被り、ザイルとハーネスとかいう腰につける安全ベルト、落下防止のための道具にハンマー、他にも色々なアイテムを持って滝へと向かいかけたのですが。
「ちょっと待った!」
君が登るのはソレじゃない、と会長さんのストップが。まさかの道具無しですか? この滝でフリークライミングをやるんですか~!?
濡れた岩場でフリークライミングなんて、素人が見ても無理すぎます。まして初心者な教頭先生、いくら特訓を積んだと言っても真っ逆さまに落ちそうな気が。会長さんの狙いはコレだったのか、と誰もがゾッとしたのですけど。
「…ふ、フリークライミングで行けというのか…?」
教頭先生の声も震えていました。
「や、やってやれないことはないかもしれんが、こう濡れていては…」
「じゃあ、やめておく? 龍になる前に鯉で終わるんだね?」
それもヘタレらしくて良きかな、と会長さんが嘲笑うと。
「いや、やろう! ただ、そのぅ……。万が一、落ちてしまった時は…」
「分かってるってば、いくらぼくでも殺しやしないよ。ちゃんと責任を持って助けるさ」
「そうか! 助けてくれるか、ありがとう、ブルー」
感極まった様子の教頭先生、ハンマーなどの道具をリュックの中に。いよいよフリークライミングでの出発です。あれだけ頑張っておられたのですし、せめて半分くらいまでは…。え? なんですって、会長さん?
「だから待ってって言ってるんだよ!」
その靴とかは要らないだろう、と会長さんがビシバシと。道具無しどころか裸足なのか、と私たちが絶句していると。
「かみお~ん♪ 靴を履いてたら入らないもんね!」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と思う間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙にボワンと取り出したものは。
「「「………!!!」」」
「あはははは! これはいいねえ…」
最高だよ、とソルジャーがお腹を抱えて笑っています。
「そ、そ、それで登るんだ…? ホントに鯉の滝登りだねえ…」
来た甲斐があった、と遠慮会釈なく笑い続けるソルジャーの隣でキャプテンが。
「し、しかし…。あれで登るのは無理なのでは……」
「だからこそだよ、登り切ったら鯉でも龍になれそうだってば」
それだけの値打ちは充分にある、と笑い過ぎで涙を流さんばかりのソルジャー。それもその筈、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で運んだアイテムは魚の尻尾だったのです。足ビレなんかではありません。その昔、教頭先生のために会長さんが特注してきた人魚の尻尾というヤツですよ~!
「「「…………」」」
教頭先生も私たちも地面にゴロンと転がっている人魚の尻尾を凝視していました。目に痛すぎるショッキングピンクで鱗と立派な尾ビレつき。身体にぴったりフィットが売りだったかと記憶しています。会長さんはニコニコと…。
「ハーレイ、君も覚えているだろう? この尻尾をつけて人魚泳法を極めてたよねえ、あっちのブルーの世界のハーレイと組んでハーレイズなんかもやったっけ。鯉の滝登りは魚の姿で登ってこそだよ、人魚の姿でやりたまえ」
「ま、待ってくれ、ブルー! この尻尾がいくら丈夫か知らんが、岩で擦れたら傷んでしまうぞ」
そうなったら二度と使えないが、と教頭先生は必死の逃げを打ちましたが。
「ああ、その点なら大丈夫! サイオンでコーティングすれば岩に擦れても引っ掛かっても傷ひとつつかなくなるからねえ…。安心してやってくれればいいよ」
「…ほ、本当にこれでやれと……」
滝と人魚の尻尾の間を教頭先生の視線が忙しなく往復し、キャプテンが気の毒そうな表情で。
「無理はおやめになった方が…。これではとても登れませんよ」
「い、いえ…。フリークライミングで両腕はかなり鍛えましたし、足でキッチリ支えられれば絶対に無理とは言い切れないかと…」
諦め切れない教頭先生の気持ちは嫌と言うほど分かりました。この滝を登り切りさえすれば、会長さんとの甘い日々が待っているのです。結婚までの道は遠くても「あ~ん♪」だの二人で一つのパフェだのがあれば幸せ一杯、夢一杯。ダメ元でチャレンジしたくなるのも至極当然。
「ふうん、諦めないわけだ?」
君は意外と度胸があるね、と会長さんの手が閃いて。
「それじゃ、まずは専用下着から! でないと身体にフィットしないし」
服を脱いでから履き替えて、と紫のTバックが教頭先生の目の前に。そういえば人魚の尻尾はTバックを履いて装着がお約束だった、と蘇ってくる懐かしくも恐ろしく笑える記憶。着替え用のテントも身体を隠すバスタオルも無い状況ですけど、果たして教頭先生は…?
「分かった。女子は後ろを向いていてくれ」
着替えるから、と言い切った勇気ある教頭先生に、会長さんは。
「ダメダメ、それじゃ鯉だよ、龍ならもっと堂々と! 女子にはモザイクをサービスするから、衆人環視の下で着替えがぼくのお勧め」
「…堂々と、か…。そうだな、鯉では未来が無いのだったな」
私も男だ、と教頭先生は服を脱ぎ捨て、紅白縞も放り投げました。途端にスウェナちゃんと私の目にはモザイク、やがて紫のTバック一丁の教頭先生が滝を背に。それから間もなくショッキングピンクの人魚が出現したわけですけど…。
「はい、お疲れ様。滝壺まではサイオンで運んであげるから」
後は自力で頑張って、と会長さんの青いサイオンが教頭先生人魚をフワリと包むと滝壺へ。古式泳法の達人にして人魚泳法もマスターしている教頭先生、渦巻く水流をものともせずに滝の脇の岩壁に取り付くと。
「よし、行くぞ!」
気合の入った声が滝の響きに負けずに届きました。両腕の力と人魚な下半身の支えだけを頼りにザイルも無しでのクライミングとは、まさに命がけ。何処まで行けるか、と私たちが固唾を飲んだ時です。
「違うよ、岩を登ってどうするのさ!」
会長さんの叫びに教頭先生がこちらを振り向き、私たちの頭上に『?』マーク。岩を登らずにどうすると? 滝を登るんじゃなかったんですか?
「違うんだってば、鯉の滝登りと言っただろう! 鯉は岩なんかを登らないよ! 滝を登ってなんぼなんだよ、でなけりゃ龍になれないし!」
「「「滝!!?」」」
それこそ無茶な注文です。そうめん流しみたいにショボイ滝ならともかく、轟音を立てて流れ落ちる滝。こんなのを登れる鯉なんて…。そんなのがいたら本当に龍になれるでしょう。まして龍どころか人間にすぎない教頭先生、登れるわけがないですよ~!
「…た、滝を…か…?」
無理だ、と呻く教頭先生の呟きがハッキリ聞こえます。会長さんがサイオン中継しているんだと思いますけど、教頭先生、これでギブアップとなるわけですか…。なるほど、「公認カップルは揺らがない」と会長さんが言っていたのも納得かも。
「…無理だろう、ブルー! 人間が滝を登るなど!」
最初から私を騙したのか、と泣きの涙の教頭先生に会長さんはニッコリと。
「まさか。…君ならあるいは出来るかも、と思っただけだよ、ね、ぶるぅ?」
「んとんと…。ハーレイ、ホントに出来ない?」
ぼくでも登れちゃうんだけれど、とピョーンと宙に飛び出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、滝壺の表面に着水するなり水面を蹴って飛び上がりました。
「「「わわっ!!?」」」
落下する滝にヒョイと足をつけ、それを足場にポーンと上へ。ピョンピョンと滝の水を蹴り、ヒョイヒョイヒョイ…と上へ上へと登ってゆくと…。
「わぁーい、いっちばぁ~ん!」
登っちゃったぁ! と滝の上の岩を舞台に十八番の『かみほー♪』熱唱です。なんなの、今の、なんだったの~!?
御機嫌で歌い踊る「そるじゃぁ・ぶるぅ」をポカーンと見ている教頭先生。私たちも何が起こったか分かりませんでしたが、ソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「なるほどね…。水を足場に登ったわけだ?」
「そういうこと!」
相槌を打つ会長さん。
「昔からよく言うんだよねえ、右足が沈む前に左足を出せば沈まずに水面を走れるってね。ぼくやぶるぅには簡単なことだ。君にも出来ると思うけど?」
「それはもちろん。上まで競争してみようか」
ぼくが勝つ、とソルジャーが飛び出し、殆ど同時に会長さんが。二人は先を争って滝を駆け登ってみせると「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて揃って飛び降りて。
「どう、ハーレイ? これでも滝は登れないと?」
諦めるんなら今の内、と滝壺の水面に立った会長さんが笑っています。両隣には同じく水面に立つ「そるじゃぁ・ぶるぅ」とソルジャーが。サイオンで身体を浮かせているのか、水に細工をしているか。いずれにしてもタイプ・ブルーならではの技ですけれど…。
「…の、登れるのか……」
教頭先生の苦悶に満ちた呻きに、会長さんは。
「そうだよ、これが龍の実力。それも無いくせに、おしどり夫婦なんて絶対無理だね。ぼくにアピール出来ない自分の限界ってヤツを思い知ったら?」
「…そ、そんな……。いや、諦めるにはまだ早い! 私は諦め切れんのだ…!」
このチャンスをモノにしてみせる、と教頭先生は猛然と泳ぎ出しました。滝の真下へと泳ぎ着くなり、両手を広げて水を掻こうとしましたが。
「…うわぁ…っ!」
ドオォッ、と流れ落ちる滝に飲まれて教頭先生の姿が消滅。これって物凄くヤバイのでは?
「こらぁーっ!」
キース君の絶叫が滝壺の上に立つ会長さんたちに。
「見てずにサッサと救助しろ! 滝壺に引き込まれたら終わりだぞ!」
「平気、平気! だって相手はハーレイだしね」
会長さんがヒラヒラと手を振り、ソルジャーが。
「人魚泳法だけじゃなくって古式泳法だったっけ? 平気だってば、ちゃんと泳いでる」
「「「へ?」」」
だって姿が、と言い終える前にプハーッ! と大きな呼吸音が。滝壺から流れ出す川にショッキングピンクの人魚が浮かび上がりました。えっ、川上に向かうんですか? また滝壺に戻る気ですか、教頭先生?
「…いやあ、諦めが悪いね、ホント…」
まだやってるよ、と滝へと顎をしゃくるソルジャー。私たちは滝がよく見える場所にレジャーシートを敷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を奮ったお弁当に舌鼓を打っていました。涼しげな滝と木陰にピッタリの鮎の姿寿司をメインに胡麻豆腐やら天麩羅やらと盛りだくさんです。
「そう簡単には諦めないと思うけどねえ…」
ぼくに恋して三百余年、とクスクス笑う会長さん。
「それにさ、鯉はけっこう諦め悪いよ? いつだったかなぁ、鯉の滝登りって動画を見付けてさ。タイトルからしていつか登るに違いない、と延々と十分以上も見てたんだけど…」
「ダメだったわけ?」
ソルジャーの突っ込みに、会長さんは「うん」と素直にコックリ。
「沢山いたから一匹くらいは、と思ってたのに…。どれも流されちゃうんだな。滝と言いつつアレは段差だね、たかだか数十センチじゃないかと」
「それでも登れなかったのかぁ…。なら、ハーレイも無理っぽいねえ」
「どうでしょうか…。要はサイオンの使い方ですし、もしかするかもしれません」
力はおありだと思いますので、とキャプテンが海老の天麩羅を齧った時です。
「うおぉぉぉぉーーーっ!!!」
滝の方から教頭先生の雄叫びが響き、流された川から滝壺に向かって全力で泳ぐ人魚が一匹。
『ここで諦めるわけにはいかん! なんとしてでも滝を登ってブルーの愛をーーーっ!』
ビンビンと頭の中に木霊する思念波は教頭先生の心の叫びでした。会長さんがプッと吹き出し、笹で巻いた鰻の粽寿司を剥きながら。
「愛をあげるとは一言も言ってないけどねえ?」
「例によって妄想大爆発だろ? 一を聞いたら十くらいまで突っ走るよねえ、こっちのハーレイ」
その辺が面白いんだけれど、とソルジャーが返した、その瞬間。
『ブルー、今、行くーーーっ!!!』
凄まじい思念の爆発と共にドォォーン! と上がった水飛沫。滝壺が爆発したかのような凄い飛沫は滝よりも高く遙か上まで吹き上げ、私たちの方にも鉄砲水さながらの勢いで。会長さんたちがシールドで防いでくれなかったら服はビショ濡れ、お弁当も吹っ飛んでいたでしょう。
「…きょ、教頭先生……?」
まさか登った? とジョミー君。滝壺に人魚の姿は見えません。キャプテンが言った「もしかすると」がついに実現したのでしょうか? 教頭先生、内に秘めたサイオンを爆発させて見事に滝を登りましたか?
会長さんたちがやって見せたのとは別の方法で登ったらしい教頭先生。滝壺の水ごと逆流させれば、それに乗って上に登れます。長い年月、教頭先生をからかい続けてきた会長さん。とうとう年貢の納め時か、と私たちは滝を見詰めました。
「…ついに登ってしまわれたか…」
流石は教頭先生だ、とキース君が感慨深げに呟き、シロエ君が。
「そうですね…。でも、サム先輩はどうなるんです?」
「俺かよ? やっぱり身を引けってことになるかな、ブルーは言わねえだろうけど…」
教頭先生に睨まれちまうのはマズイしよ、とガックリと肩を落とすサム君。でも、サム君よりも会長さんが問題です。これからは教頭先生と「あ~ん♪」な日々。二人で一つのパフェを分け合う暑苦しい夏が現実に…。
バカップルなソルジャー夫妻だけでも沢山なのに、そっくりさんな会長さんと教頭先生までが「あ~ん♪」になったら、今年の夏の海の別荘、私たちには生き地獄では…。
「そ、そっか…。海の別荘、ヤバイよね?」
どうしよう、とジョミー君の泣きが入った所へ、会長さんが。
「…バカバカしい。誰が年貢の納め時だって?」
「「「………」」」
あんただろう、と告げたい言葉を私たちはグッと飲み込みました。会長さんも怒りMAXなことは確実です。逆鱗に触れて突き落とされたら滝壺で溺れかねない末路なわけで…。
「ふん、その末路ならハーレイだよ」
「「「えっ?」」」
「…見ていたまえ。今に浮かんでくるから」
「「「えぇぇっ!?」」」
会長さんの指が示した辺りにショッキングピンクの人魚の尻尾がプカリと浮かび上がりました。教頭先生は尻尾を捨てて飛んだのだろうか、と思う間もなく…。
「…女子にはモザイクつきってね」
ポカリと仰向けに滝壺に浮かんだ教頭先生はパンツを履いていませんでした。あまつさえ気絶しているようです。もしや、さっきの大爆発は……。
「カッコ悪いねえ、史上最悪じゃないのかい?」
少なくともぼくは見たことないね、とソルジャーがレジャーシートの上に転がされた教頭先生をチラチラと。腰にはタオルがかけられていますが、他の部分はスッポンポンです。
「ぼくも今回が初めてだよ! なんでサイオン・バーストしたら尻尾とパンツが吹っ飛ぶのさ!」
そんなパターンは聞いたこともない、と呆れ顔の会長さんにキャプテンが。
「…推測の域を出ませんが…。常にあなたを想っていらっしゃいますし、バーストの直前にも強い思念を感じましたし…。恐らく無意識の内にあなたのベッドに飛び込まれたかと」
あくまで妄想の世界でですが、と聞かされた会長さんは一分間くらい固まっていたと思います。それからワナワナと震えながら。
「そ、それじゃ思い切り脱ぎ捨てたわけ…? バーストの余波で心の枷まで吹っ飛んだと…?」
「そうなりますね。そしてあなたのベッドへ、ですよ」
「………。最低だってばーーーっ!!!」
ハーレイのスケベ、変態、エロ教師、と罵倒しまくる会長さんの後ろでソルジャーが。
「…それで、始末書、どうするんだい?」
この件がバレたら始末書だよね、と言われた会長さんは顔面蒼白。教頭先生をオモチャにした上、サイオン・バーストさせたなんてことが長老の先生方に知れたら始末書どころか謹慎かも…。
「ぼくが揉み消してあげようか? ハーレイの記憶も適当に改ざんしといてさ」
高くつくよ、という提案に会長さんが土下座したことは改めて言うまでもありません。その日、ソルジャーとキャプテンは贅を尽くした高級料亭での夕食の予約とホテル・アルテメシアのスイートルームの宿泊予約とをゲットして御機嫌で帰ってゆきました。そして…。
「…教頭先生は溺れたってことで終わりみたいだけど、ぼくたちの記憶はどうなるわけ?」
ジョミー君が零せば、キース君が。
「諦めろ。俺なんか一生モノの秘密を抱えたんだぞ、教頭先生は俺の柔道の師だからな」
今日の記憶は消えないようだ、と頭を抱える私たち。思わぬ展開と想定外の出費で打撃を食らった会長さんが立ち直ったら消してくれるでしょうか? 御自宅のベッドでお休み中の教頭先生、笑ったことは謝りますから、私たちの記憶も消えてくれるよう、よろしくお願い申し上げます~!
肉体美を示せ・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生の人魚泳法とかハーレイズとか、覚えてらっしゃる方、あるのかなあ…。
「笑顔に福あり」と「特訓に燃えろ」ってヤツでしたけどね。
次回、5月は 「第3月曜」 5月18日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、4月はお花見、お寺の瓦で焼肉をするそうですが…?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv