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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

今年も桜の季節がやって来ました。シャングリラ学園の入学式も終わり、私たち七人グループは毎度の1年A組です。担任もグレイブ先生ですけど、この春は賑やかなことになりそうで。
ソルジャーと「ぶるぅ」にとっては二回目、去年の秋に来たキャプテンにとっては初めてとなる私たちの世界での桜の季節。いえ、三人ともこちらでの春は何度も経験済みですけれど、それは別の世界からの訪問者としてで、あくまでゲスト。それが今では…。
「やあ、いらっしゃい」
「かみお~ん♪ こっち、こっち!」
会長さんが住むマンションを訪ねた土曜日、私たちを庭で手招きしているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」たちだけではなくて、ソルジャーと「ぶるぅ」、キャプテンが顔を揃えています。ソルジャーたちも同じマンションの住人ですから、私たちの方が「いらっしゃい」と言われるゲストになってしまったのでした。
「うわぁ、今年も綺麗に咲いたね」
歓声を上げるジョミー君。マンションの庭の桜はまさに満開、立派な枝を青空に広げ、今日は絶好のお花見日和。会長さんの家から見えるアルテメシア公園の桜も素晴らしいのですが、そちらは人で一杯です。みんなでのんびり出来る穴場がマンションの庭というわけで。
「本当に見事な桜ですねえ…」
キャプテンが感慨深そうに。
「私たちの世界のシャングリラでも今頃はきっと満開でしょう。けれど空を遮るものが無い桜を好きな時間に好きなだけ見られる時が来るとは、夢を見ている気分です。…それも青い地球でブルーと一緒に」
「だよね、お前にとっては一度は失くした夢なんだしね。…ぼくがいなくなって」
心配かけてごめん、とキャプテンにそっと寄り添うソルジャー。庭には緋色の毛氈が敷かれ、ソルジャーたちはその上に座って一足お先にお花見中。私たちも腰を下ろして桜の大木を見上げ、ソルジャーとキャプテンの語らいに耳を傾けて…。去年もお花見はしましたけれど、ソルジャーは何処か寂しげだったのです。
「ハーレイ、ぼくがどれほど幸せなのか分かるかい? お前と桜を見られる日なんて二度と来ないと思ってたんだ。…いくら一番好きな花でも、一人で見るのは辛かったよ。なまじ綺麗な桜だけに…ね」
「ぼくもいたもん!」
ブルーとお花見したんだもん、と叫んだ「ぶるぅ」は無視されました。会長さんや私たちもいたというのに、やはりソルジャーには「いないも同然」の存在だったみたいです。そのソルジャーとキャプテンは「ぶるぅ」つきとはいえ、晴れて新婚生活の日々。昨年の暮れにキャプテンが退院して以来、熱々で。
「ブルー、私こそ…。あなたがいなくなった後、桜を見るのは辛かったです。ブリッジからよく見える場所に植えたでしょう? それをどれほど後悔したか…」
まさか切り倒すわけにもいきませんしね、とキャプテンは桜の枝を仰いで。
「シャングリラの皆が毎年、楽しみにしていた桜です。まして人類側との戦いで心身ともに疲れ果てた者たちが安らげる唯一の場所とあっては、咲き誇るのをただ見ているしか…」
「…ごめん。あそこに植えようと言い出したのはぼくだったよね。あの時は地球に行けると思っていたんだ、そしてお前と暮らすんだ…って。庭に桜の木を植えてさ」
何処で間違えちゃったんだろうね、と計算違いを嘆きながらもソルジャーは幸せそうでした。此処はソルジャーが行きたいと願った地球とは別物の地球で、桜もシャングリラの桜の子孫ではなく、家だって一戸建てではなくて…。それでもソルジャーとキャプテンにとっては充分すぎるものだそうです。
二人は別の世界の住人だったとはいえ、元ソルジャーと元キャプテン。私たちの世界よりも過酷な世界でシャングリラだけを拠り所に生き抜いてきた経験を長老の先生方に評価され、万一の時のためのアドバイザーとして生活費の他にもお給料などが出ているのだとか。
会長さんの家の下のフロアで二人と「ぶるぅ」がマイペースな生活を送れる裏にはそういう事情があるようです…。

それはさておき、今日のお花見。桜餅や花見団子などを詰めたお重が並んでいますが、何か足りない気がします。お昼にはまだ早いですけど、お花見と言えば欠かせないのは…。それとも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意していて絶妙のタイミングで瞬間移動で出て来るのかな、と考えていた時。
「あっ、ハーレイ! 持って来てくれた?」
ソルジャーが立ち上がって手を振る先に現れたのは教頭先生。大きな袋を両手に提げて重そうにしているのですけど、それよりも愕然とした様子のあの表情は…?
「………。ダブルデートだと聞いていたが…」
騙されたのか、と項垂れながら教頭先生は緋毛氈の上に袋を置いて。
「あなたのぶるぅは胃袋の底が抜けているから、人数分のお弁当では足りないと…。十五人前を用意するならブルーを誘い出してダブルデートをセッティングする、と仰ったと記憶しておりますが…。ぶるぅつきでも構わないなら、と」
教頭先生の視線の先でクッと笑ったのはソルジャーです。
「まさかホントに騙されたわけ? その案、ぼくのじゃないからね。考えたのはそこのブルーで、実行係がぼくだっただけ。…そうだよね、ブルー?」
「ふふ、ハーレイ、今日は御馳走様。ダブルデートの面子が六人、そこの子たちが七人だからさ、十三個でも良かったんだけど…。どうせならキリ良く十五個ってね。余分の二個はぶるぅがペロリと食べてくれるよ、大食いの方の」
ニッコリ微笑む会長さん。そう、足りなかったものはお弁当でした。会長さんの罠だか悪戯だかに引っ掛かってしまった教頭先生が持ってきたのは老舗料亭のお花見弁当。二段重ねの器には豪華な蒔絵が施されており、お値段の高さがうかがえます。それを十五個も買わされたとなれば、お気の毒としか言いようが…。
「なにをガックリしてるのさ?」
悄然としている教頭先生に向かって、会長さんは。
「黄昏れてないで座ったら? ちょっと面子が増えただけだよ、ダブルデートには違いないって! ブルーとハーレイは新婚さんだし、負けずに熱くイチャついてみれば?」
ヘタレずにチャレンジ出来たらだけど、とウインクされた教頭先生の顔は真っ赤です。頭の中には色々な妄想が渦巻いていそうでしたが、会長さんがそれを気にする筈もなく…。
「はい、お待ちかねのお花見弁当! 此処のはホントに美味しいんだよ、ぶるぅもお勧め」
「かみお~ん♪ 同じ食べるなら最高のヤツがいいもんね!」
去年は手作りしたけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しそう。今年はキャプテンが加わったことでソルジャーの気分も晴れましたから、それに相応しくお祝いを…とのことで豪華弁当にしたのだそうです。そう聞かされた教頭先生、一気に気持ちが浮上したようで。
「そうか、ブルーたちのための祝いだったのか…。そういうことなら文句は言えんな」
高かったが、と苦笑しつつもソルジャーとキャプテンの方に向き直ると。
「良かったですね、地球の御自分の家でお花見という積年の夢が叶われたそうで…。これからも末永くお幸せに」
「うん。言われなくても幸せになるよ、ぼくたちは」
ねえ、ハーレイ? とソルジャーがキャプテンの首に腕を回して、たちまち始まる濃厚なキス。教頭先生が涎の垂れそうな顔で見ていますけれど、会長さんはフンと鼻先で笑っただけで早速お花見弁当を…。バカップルは放っておいて私たちも食べるとしましょうか。教頭先生、御馳走様です~!

ゴージャスなお花見弁当の余分の二個は本当に「ぶるぅ」が平らげました。お弁当を全員が完食した後もお花見は続き、のどかな午後の日差しを透かして満開の桜が見下ろしています。
「…本当に本物の地球の桜だ…。ぼくたちの家の」
うっとりと呟くソルジャーはキャプテンの膝を枕に寝そべっていて、白い両手を桜にかざして。
「ぼくたちの世界の地球に辿り着けていても、こんな景色は見られずに終わっていたんだよね…。お前の記憶に刻まれた地球は人の住めない星だったから。ぼくが好きだった桜の子孫を連れて来られなかったのは残念だけど、この桜ほどの大きさに育つ年月を考えてみたら不満なんかは言えないさ」
ぼくの夢は叶ったんだから、と赤い瞳に桜を映すソルジャー。
「お前と結婚して地球で暮らすのが夢だった。大好きな桜を庭に植えて…ね。ぼくの命は地球に着くまで保たない、って覚悟したのはいつだっただろう? ジョミーの力で生き延びた時も、地球には行けてもそこで終わりだと分かってた。…お前と二人で暮らせる日なんて来ないと分かっていたんだよ…」
それでも夢を見たかったんだ、と独り言のように語り続けるソルジャーの唇をキャプテンがそっと指でなぞって。
「私も夢を見ていましたよ、あなたとこんな風に桜を見る日を…。なのに、あなたは一人で逝ってしまわれた。地球に着いても独りなのだ、と何度絶望に囚われたことか…。それでも私はキャプテンでしたし、地球に行かねばならなかった。地球に着いたら桜を植えようと、それだけを思っていたのですよ…」
あなたのための桜ですよ、とキャプテンは桜の花を仰いで。
「あなたは桜がお好きでしたし、地球に桜の木を植えたいとも仰っていた。ですから地球で桜を育てれば、きっと喜んで下さると…。花の季節には私と一緒に見て下さると、それだけを頼みに生きていました。極楽とやらに行ってしまわれていても、桜だけは見に来て下さるだろうと…」
「そうだったのかい? お前が育ててくれた桜も見たかったような気がするな…。ああ、でも、それだと桜の花が見られるだけで、お前には触れられないんだっけね」
それは困る、とソルジャーはキャプテンの膝に柔らかな頬を擦り寄せて。
「どちらにしても夢だったんだよ、二人で暮らす家の桜も、お前が育てようと思った桜も。…ぼくたちの地球は青くなかった。桜が生きられる星じゃなかった…。だから夢に過ぎなかった地球よりもさ………この地球が本物なんだよ、きっと。ぼくとお前と、ぶるぅにとっては…」
何度も遊びに来ていた時にはこっちが夢の地球だったけど、と銀色の睫毛でソルジャーの瞳が隠されて。
「…ちょっと食べすぎちゃったかな…。それとも夢の話をしていたせいかな、眠くなってきたから一休み…」
桜の下で少しお昼寝、という言葉を残してソルジャーは眠ってしまいました。キャプテンが「風邪を引きますよ」と肩を揺すっても、「ぶるぅ」が頬をつついてみても、穏やかな寝息が聞こえるだけで。
「食べすぎねえ…」
会長さんが呆れた口調で。
「まあ、確かにガッツリ食べたよね。こっちの世界に最後に遊びに来た時にはさ、完食どころか残りをお土産に出来るくらいに食欲が無くて、心配してたのを思い出したよ」
「…ああ、あの時のお弁当ですね」
覚えていますよ、と頷くキャプテン。
「お前のために残しておいてやったんだ、と恩着せがましく渡されましたが、そうではないと分かっていました。もう食べることすら辛くなるほどにブルーは弱ってしまったのだ、と思い知らされながら頂きましたよ、私の部屋で…。もしかしたらブルーは地球まで辿り着けないのかもしれない、と…」
「「「………」」」
ソルジャーが食べ残したお花見弁当のことは今でも鮮明に覚えています。あれが私たちが自分の力で空間を越えて来たソルジャーに最後に会った時で、その次に会ったのは向こうの世界でのソルジャーの命が尽きた日で。
それからの日々を思い返すと、今、キャプテンの膝でソルジャーが眠っているのは奇跡そのもの。キャプテンに二つの世界を行き来する力はありません。それだけにソルジャーと「ぶるぅ」が戻れなくなった時点で、キャプテンとの再会は二度と叶わないと誰もが思っていたわけで…。
「何もかも本当に夢のようです。…ブルーも、地球も、この桜も…」
叶う筈のない夢でしたが、と目を細めてソルジャーの寝顔を見守るキャプテンは全てを失ってしまった記憶を持つ人。ソルジャーを喪い、約束の場所だった地球は死の星で、そこに桜を植える夢すら叶わないのだと絶望の淵に沈んだ人。深い深い嘆きと悲しみの果てに、キャプテンは此処にいるのです。
キャプテンが手に入れた夢の世界の価値と重さは誰にも分からないでしょう。ソルジャーがいる地球と、そして桜と。これは幻ではないのですよ、と告げるかのように、ひらり、と花びらが一枚だけ舞い落ちてきてソルジャーの肩に乗っかったのを、キャプテンは褐色の手で細い肩ごと優しく包み込みました。

一番好きな花だという桜と、誰よりも好きなキャプテンと。幸せな眠りに浸るソルジャーは一向に起きず、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で運び込んだ追加のお菓子などで賑やかに…。お弁当十五個で痛手を蒙った教頭先生も、会長さんと一緒にお花見とあってすっかり復活しましたが。
「そこは少し冷えてきたのではないですか?」
陰になってきていますよ、と教頭先生が指摘したのはキャプテンの席。まだ夕方ではありませんけど、太陽が移動していった結果、桜の枝越しに陽が燦々と輝いていた場所に先刻までの煌めきは無く。
「…そうですね…。ブルーに風邪を引かせてしまいますね」
桜に見惚れてウッカリしていました、とキャプテンはソルジャーを揺り起こそうとしたのですが。
「……ん……。あと…一分だけ……」
「あなたが一分で起きて下さった試しが無いのですけどね…」
キャプテンは溜息をついたものの、その表情は柔らかいもので。
「ぶるぅ、すまないが頼んでもいいか? 私の部屋の引き出しに…」
「どのお部屋? ベッドのある部屋、本だらけの部屋?」
尋ね返したのは「ぶるぅ」です。キャプテンは「本の方だ」と答えると。
「机の一番下の引き出しにリボンのかかった箱があるから、それを運んで欲しいのだが」
「かみお~ん♪ これだね?」
はい、と「ぶるぅ」が宙に取り出したのはプレゼント用と一目で分かる平たい箱。かつての悪戯小僧はシャングリラの中だけという狭い世界から解き放たれてストレスが無くなったからなのでしょうか、すっかり良い子になっていました。大食いだけは未だに直る気配が無いですが…。でも、あの箱の正体は?
「ぶるぅ、ついでに中身も頼む。ブルーへのプレゼントなんだ、開けずにおきたい」
「中身だけ出すの? 簡単、簡単!」
ヒョイと「ぶるぅ」が差し出したものをキャプテンがフワリとソルジャーの上に…。それは桜の色をした柔らかな布。薄いのにふんわり暖かそうで、お昼寝のお供にピッタリです。丁度いいアイテムがあったものだ、と私たちは感心しながら再びワイワイガヤガヤと。それから優に半時間が経ち、ようやく目覚めたソルジャーは…。
「…あれ? こんなの被って寝てたっけ?」
見覚えが無い、と桜色の布を広げて首を傾げるソルジャーに、キャプテンが。
「桜からの贈り物ですよ、ブルー。…あなたなら何か分かりませんか?」
「えっ? 桜って…」
布を手にしたソルジャーの顔に、驚きの色が広がって。
「……桜だ……。アルテメシアにあった桜みたいだ、大きい……とても綺麗な桜が見える…」
「ああ、やっぱり…。どうぞ、あなたへのプレゼントです。中身だけ先に出てしまいましたが」
この箱に入っていたのですよ、と示された箱をソルジャーが開けると、出て来たものは一枚の紙。
「…桜染め?」
「桜の幹や皮を使って染めるのだそうです。工事のために伐られた木などが多いようですが、たまたまニュースを目にしまして…。長年親しまれていた有名な桜が枯れてしまったのを桜染めの形で蘇らせた、と。その桜がとても良く似ていたのですよ、あなたが好きだった桜の木に」
それで探して手に入れました、と微笑むキャプテン。
「何種類かの品物があったのですが、あなたはすぐにうたた寝なさいますしね。「お昼寝用にも」という謳い文句の大判のストールにしてみました。…如何ですか?」
「うん…。桜に抱かれているような気がする。あの桜の木に…」
桜色のストールにくるまったソルジャーは懐かしそうに遠い記憶に想いを馳せていましたけれど、キャプテンが細い身体を両腕で強く抱き締めて。
「…困りましたね、あなたを桜に譲るつもりは無いのですが…。それはあくまで「お昼寝用」です」
桜に抱かれるのはその時だけにして下さい、と真顔で言い切ったキャプテンの腕の中でソルジャーがクスクスと小さく笑いながら。
「お前は桜にも嫉妬するのかい? しかも自分で贈ったくせに…。じゃあ、今夜は三人で試してみる? ぼくと桜と、それからお前と」
新鮮で刺激的だよね、と瞳を悪戯っぽく輝かせるソルジャーと「あなたという人は…!」と呆れ顔をするキャプテンと。二人の間に桜が入り込む余地が無いことは誰の目から見ても明らかでした。ソルジャーとキャプテンは昔も今もバカップル。御馳走様としか言いようが…。

「「「バイト!?」」」
私たちの声が引っくり返ったのはストールが畳まれて箱の中へと戻された後。キャプテンがソルジャーに贈った桜染めのストールはお給料から買ったものではなかったのです。それを暴露したのは他ならぬ教頭先生で…。
「いや、どうも本人は話すつもりが無いようだしな…。せっかくの美談だ、話しておいた方がいいだろうと…。その方がきっとブルーも喜ぶ」
「ふうん? ぼくのハーレイが何をしたって? バイトだなんて」
興味津々のソルジャーは「あなたは御存知なくていいのです」と慌てるキャプテンを遮って。
「新婚生活ってヤツについては君の方がやたらと詳しいもんねえ、未婚のくせにさ。家具選びでもお世話になったし、その君が話しておきたいってことは聞く価値は充分あると見た。…ぼくたちの仲が深まるんだろう? 聞いておいたら」
「そういうことになりますね」
ソルジャー向けの言葉に切り替えた教頭先生の話によると、桜染めのニュースを知ったキャプテンはソルジャーのためにプレゼントを買いたいから、と仕事探しを依頼したのだそうです。
「お給料には余裕がある筈ですが、と申し上げても、それでは駄目だと…。なんでも、生まれてから一度も自分で稼いだことが無いので、ささやかなプレゼントが出来る程度のお金が欲しい…と」
「「「………」」」
言われてみればその通りでした。キャプテンは元の世界で成人検査と呼ばれるシステムに異端として弾き出された人。そのまま研究施設に送られ、人体実験を繰り返されて、研究施設のあった惑星ごと殲滅されそうになった所でソルジャーたちと脱出して。
それ以来、後にシャングリラとなる宇宙船の中だけで生きて来たのがキャプテンです。海賊たちの拠点にいたという時期も、場所が場所だけに働いて稼ぐ所ではなく、ましてシャングリラは閉じた世界で…。
「稼いだことが無い、と聞いた時には驚きましたが、確かに一般社会で通用する通貨を稼げる生活ではなかったようですし…。そして今の世界なら何か仕事が出来そうだ、と頼み込まれると断れませんね。ただ、おいでになってから時間があまり経っていませんので…」
普通の仕事は難しいと判断いたしました、と教頭先生。確かにキャプテンの外見年齢でバイトとなると、それなりの経験が要りそうです。皿洗いとかならいけるでしょうが、どう見ても高価そうだった桜染めのストールが買えるだけのお金をソルジャーに悟られずに短期間で稼ぐのは無理っぽいですし…。
「それじゃ、ハーレイはどうやってバイトしたんだい?」
ソルジャーの問いに、教頭先生は「奥の手ですよ」と微笑んで。
「私の手伝いをお願いしました。シャングリラ学園にはサイオンの力を借りて教職員間で仕事を助け合うシステムがあります。そこに登録して頂いて、私がやるべき仕事の一部を」
「「「えぇっ!?」」」
「お蔭様で年度末の忙しい時期に楽をさせて頂きましたよ、持ちつ持たれつとでも申しましょうか」
助かりました、と笑う教頭先生。キャプテンは自宅の書斎で専用の端末に送られてくるデータを処理していたようです。それならソルジャーにもバイトをしているのがバレませんから安心、安全というわけですが。
「ご本人が隠しておきたいというお気持ちも分からないではないのですが…。長い人生で初めてお稼ぎになったお金ですよ? 大いに語っておくべきだろう、と私は思うわけでして」
「…そうか……。ハーレイが生まれて初めて稼いだお金でプレゼントしてくれたんだ…」
そんなの夢にも思わなかった、とソルジャーは赤い瞳を瞬かせて。
「ぼくは人類側の施設に入り込んで研究員をやったりしてたから…。それにシャングリラで必要な物資は買って手に入れるものじゃなかったし、色々と感覚がズレてたかもね。この世界でも元ソルジャーってだけで食べていけるし、お金もきちんと入ってくるしさ。でもハーレイは違ったのか…」
普通の感覚を持ってたんだ、とソルジャーにまじまじと見詰められたキャプテンの顔は真っ赤でした。
「い、いえ、その…。け、決して大した話では…。た、たかがデータの処理でしたし…」
「でも、ぼくのために稼いでくれたんだろう? あのストールを買うためにさ。ぼくの好きだった桜にそっくりな桜の姿を見せてくれるために」
その気持ちだけで嬉しいんだよ、とソルジャーはキャプテンの首に抱きついて。
「ありがとう、あれは大切にする。昼寝する時に抱いてくれるのは桜だけじゃなくて、お前もだ。お前の想いが籠ってるんだよ、いつでも桜とお前と一緒に昼寝出来るよね、今日みたいに」
桜の季節が過ぎ去っても…、と綺麗な笑みを浮かべるソルジャーの昼寝のお供は桜とキャプテンになりそうです。一人でソファでうたた寝していても、キャプテンの温もりと満開の桜。好きでたまらないキャプテンと桜に守られて眠るソルジャーはきっと幸せに違いなくて…。

「流石だよねえ、教頭先生」
ダテに長生きしてないや、とジョミー君が感心しているのは会長さんの家のリビング。お花見は終わり、教頭先生やソルジャーたちは自分の家に帰りました。私たちは夕食の後で夜桜を見にアルテメシア公園へ繰り出す予定になっています。
「ハーレイの場合は年の功とは言えないね。あれこれ妄想しまくった果てに無駄に頭が良く回るんだよ、色恋ってヤツに関しては…さ。その割にサッパリ役立たないけど」
自分のヘタレが直らないから、とバッサリ切り捨てる会長さん。
「今日だってそうだろ、ブルーたちの絆が深まっただけ! 自分はダブルデートの罠に嵌まって豪華弁当を十五人前で終わっちゃったし…。もう馬鹿としか言いようがない。お花見はこれでお開きだ、って宣言したらアッサリ帰るし、間抜け以外の何なんだ、とね」
デートというものは夜が本番、と会長さんがブチ上げていたのが正しかったと証明されたのは夜桜見物からの帰り路。露店巡りなどもしている間にすっかり遅くなってしまって、会長さんの家に泊めて貰おうとマンションまで戻って来たのですが…。
「かみお~ん♪ お庭の桜も見てから帰る?」
「そうだね、月が明るいから綺麗そうだ」
見て行こうか、と庭の方へと回りかかった会長さんの足がピタリと止まって。
「…ダメだ、先客が約二名」
「「「先客?」」」
「ブルーとハーレイが来ているんだよ」
「なんだ、だったら…」
問題ないじゃないか、とキース君が言ったのですけど、会長さんは。
「…そりゃね、問題が無いと言ったら問題は無い。向こうはシールドを張っているから君たちの力じゃ見えないし」
「「「シールド?」」」
「ブルーは桜染めが気に入ったらしいね、サイオンでコーティングしたようだ。これで長持ち、もちろん丈夫で汚れもしない。だからと言ってまさかやるとは思わなかった…」
よりにもよってその日の内に、と額を押さえる会長さんが何を見たのかは分かりません。ソルジャーとキャプテンが桜の下にいるのは確かなようですが…。とにかくデートは夜が本番ということだけは本当です。私たちも「ぶるぅ」も抜きで、二人仲良く熱々で。
「桜も入れて三人だって? まったく、もう…。塩を撒いてやりたい気分だけれど、塩を撒いたら桜が枯れるし…」
ブツブツと文句を言い続けている会長さんの思考が珍しく零れていました。ソルジャーが桜の精を気取っているとか、ストールは素肌に纏うものではないとか、いったいどういう意味なんでしょう? ジョミー君たちも頻りに首を捻っていますが、答えは誰にも掴めなくって…。
その夜、桜を見下ろせる方の窓から庭を見るのは禁止だと言われ、私たちは激しくブーイング。どうせソルジャーたちのデートは見えやしない、と反論しても無駄でした。たかがデートで夜桜を断念、なんとも迷惑な話です。でもソルジャーに文句をつける勇気のある人はいませんし…。残念無念で泣いておきます~!



              桜の木の下で・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 後日談 『桜の木の下で』 は、ソルジャーとキャプテンの幸せな日常を書かせて
 頂きました。完結編よりも後のお話はこれが最後だと思います。
 まだまだ続きそうな感じの結びは「こんな調子でいつまでも…」という気持ちです。
 次回は余談として「そるじゃぁ・ぶるぅ」と土鍋のお話を1話。
 シャングリラ学園はそこまでで一区切り、以後は月イチ更新になります。
 季節の流れも時系列も関係なしに、思い付くまま、気の向くまま。
 夏真っ盛りに冬のお話とか、その逆もあるかもしれません。
 読み切り形式で書いてゆきますから、お馴染みの全3話形式は無くなります。
 「毎月第3月曜」 更新で参りますので、どうぞ御贔屓にv
 場外編の方は引き続き 「毎日更新」 ですから、よろしくお願いいたします。
 ←場外編「シャングリラ学園生徒会室」は、こちらからv







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帰るべき世界を失くしてしまったソルジャーと「ぶるぅ」は会長さんと同じマンションで暮らしてゆくことになりました。ちょうど下の階に住んでいた仲間が一戸建ての家に移ったばかりで、大きめの部屋が空いていたのです。会長さんの家には及びませんけど、フロアの半分を占める広さで。
「あーあ、ぼくには広すぎるよ、あれ。掃除はホントに嫌いなのにさ」
ソルジャーは見た目には明るさを取り戻しています。毎日のように「ぶるぅ」と二人で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に押し掛けてきては、放課後は私たちとティータイム。今日も家の管理が大変だなどと言っていますが、実際の所は「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお手伝いに出掛けて食事も作って…。
「掃除なんか一度もしてないくせに…。もう一年だよ、いい加減、自分で挑戦したら?」
やってやれなことはない、と会長さんが厳しい突っ込み。ずっと昔に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ってしまった時に、ソルジャーと「ぶるぅ」に孵化させるための助力を仰いだことがありました。協力しに来てくれたソルジャーと「ぶるぅ」は自分たちでゲストルームを掃除していたのです。
「嫌だね、ぶるぅが手伝いに来られなくなったら助っ人を頼んだ方がマシ!」
此処に大勢揃っているし、と指差されたのは私たち。ソルジャーの我儘っぷりは相変わらずで絶好調。けれど本当は癒えない悲しみを心の奥底に抱えていることを私たちは知っています。たまにソルジャーは中庭や本館の近くに行って、教頭先生が通ってゆくのを寂しそうな瞳で見ているのでした。
「あ、そうだ。助っ人といえば…」
会長さんがポンと手を打って。
「秋のお彼岸なんだけどさ。お中日の法要、ぼくも出ようか? 春は毎年出られないしね」
シャングリラ号に乗る時期だから、と会長さんが尋ねた相手はキース君です。
「出てくれるのか? それは親父が喜びそうだ。本当なら去年に頼みたかったが、ブルーが入院してたしな…。ジョミーが緋色の衣になったし、緋色が五人でゴージャスになると親父は期待してたんだ」
「そうだったのかい? 申し訳ないことをしたなあ、だったら今年は出させてもらうよ。導師はアドス和尚でいいよね、なんと言っても最年長だ」
「見かけだけはな。しかしウチの寺もすっかり有名になったもんだぜ、親父以外は高校生の緋色の衣ってことで妙なファンまでついちまったし…。あんたが来ると黄色い悲鳴も倍増だ」
お蔭で宿坊も大繁盛だが、とキース君。アドス和尚が緋色の衣をゲットしたのは遙か昔ですが、キース君も被着許可が下りる七十歳になった途端に緋の衣。何十年も前の話です。なのに外見は高校生ですし、たまに美形の会長さんも現れるとあって噂が広まり、檀家さんでない若い女性が法要に参加するようになり…。
ジョミー君とサム君が住職の資格を取ってからは更にファンが増え、ジョミー君が遂に緋色の衣になった去年の秋のお彼岸から後は「次の法要はいつなのか」との問い合わせが引きも切らないとか。
「なるほど、賑やかな法要になりそうだ。ブルー、君も出席してみたら?」
お寺の行事は初めてだろう、と勧誘を始める会長さん。最初は渋っていたソルジャーでしたが…。
「キースは今でも君がプレゼントした桜の数珠を使ってるんだよ? 大きな法要では別の数珠を使う決まりだから袂に入れて出るんだけどね。…それに法要にはお念仏がつきものだ。君は未だに唱えないけど、君のハーレイは今も唱えているだろうから一度くらいは本物を聞けば?」
ミュウの供養の桜の数珠と、君とハーレイとの大事な約束、と畳みかけられたソルジャーは少し考え込んでから。
「…そういうことなら出てみようかな? でもさ…。ぼくとハーレイは同じ蓮の上に行けると思う? ぼくはあっちに帰れない身だし、ハーレイを呼ぶことも出来ないし…」
道は閉ざされてしまったから、と俯いたソルジャーに、会長さんは。
「大丈夫じゃないかな。阿弥陀様から見れば君の世界もぼくの世界も、ヒョイと指先で摘めるくらいの距離しか離れていないと思うんだ。きっと同じ蓮の上に生まれられるよ、君も約束してきたんだろう? 先に行って待ってるからね、って」
「そうなんだけど…。ぼくはこっちで生きているから、蓮の花はまだ何処にも無いよね。ハーレイが先に死んじゃうようなことになったらガッカリしそうだ、蓮の上で一人ぼっちでさ」
ぼくが嘘をついたと思われそうだ、と呟きつつもソルジャーは法要に出席すると言いました。そうなってくると巻き込まれるのが私たち。お坊さんなジョミー君たちはともかく、マツカ君やスウェナちゃんまで秋のお彼岸の法要に参列ですか、そうですか…。

シャングリラ学園の九月初めの恒例行事、水泳大会はソルジャーと「ぶるぅ」も見物に。会長さんがソルジャーを救出した日に全世界規模で送った思念の効果で、二人は不審がられることなく自由に出歩くことが出来ます。会長さんそっくりのソルジャーの方は女子に人気が高かったり…。
教頭先生への紅白縞のお届けイベントにも二人は当然くっついてきて、ソルジャーはいつも教頭先生に何かと悪戯を仕掛けたがるのが常でした。ソルジャーが帰れなくなったことを知っている教頭先生は苦笑しながらソルジャーの悪戯を見守り、穏やかな笑顔を絶やしません。
ただ、他の長老の先生方はソルジャーが救出されて間もない頃に会長さんに思い切り雷を落としたそうです。SD体制が敷かれた恐ろしい世界を知っていながら、どうして今まで黙っていたのか、と。もっともSD体制のことを会長さんが白状したのは長老の先生方だけで、他の人たちは今も知らないわけですが。
そんなゴタゴタや色々なイベントを経て、ソルジャーが帰還し損ねた日から一年が経とうとしています。今年の秋のお彼岸のお中日は秋分の九月二十二日。私たちは元老寺に集まり、アドス和尚をメインに会長さんやジョミー君たち、四人もの緋色の衣の高校生が勢揃いした法要は大入り満員で…。
「凄いんだねえ、お彼岸って。来てみた甲斐はあったかな」
散華の奪い合いが面白かった、と笑うソルジャーと「足が痺れた」と涙の「ぶるぅ」。私たちは法要の後、『寺院控室』と張り紙が出された庫裏のお座敷に来ていました。お彼岸はまだ続きますけど最大の法要は今日のヤツですから、お手伝いに来てくれたお坊さんや檀家さんのために打ち上げの宴会があるのです。
「もう着替えてもいいのかなぁ?」
ジョミー君が袈裟に手を掛けましたが、会長さんは。
「ダメだよ、後で記念写真を撮るそうだから。着替えはそれから」
高僧のくせに我慢が足りない、と会長さんがお説教を始めようとした時のこと。
「ハーレイ!?」
いきなり叫んだのはソルジャーでした。サイオンの青い光が溢れた途端にパァンと弾け飛び、ドサリと重い音がして。
「ハーレイ? ハーレイ!!!」
ソルジャーの絶叫が部屋を貫き、畳の上に胸から下が朱に染まったキャプテンが…。それを見るなり行動したのは会長さん。サッと駆け寄り、キャプテンを抱えて瞬間移動で部屋から消え失せ、続いて姿がかき消えたのはソルジャーで。
「おい、俺たちも行くぞ!」
キース君がドタドタと駆け出してゆき、すぐにダッシュで戻って来て。
「親父に後を頼んでおいた。ぶるぅ、俺たちを連れて飛べるか? 行き先は分かっているだろう?」
「「うん!」」
同時に返事した「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の瞬間移動で飛び込んだ先はエロドクターの病院です。キャプテンは既に手術室へと運ばれた後で、会長さんとソルジャーが手術室の前に立っていました。またしても緋色の法衣の団体様をやってしまった私たちは間もなく会議室へと押し込まれて…。

「…作業完了。二度目だし、ブルーも補助してくれたし、ちょっと疲れたくらいかな」
でも一休み、と会長さんがソファに横になると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がスポーツドリンクを渡しています。会長さんはソルジャーを助けた時と同様、キャプテンに関する情報をサイオンで細工し終えたのでした。手伝ったというソルジャーの方は青ざめた顔で椅子に腰掛け、祈るように両手を組んでキャプテンの名を呼び続けるだけ。そこへ…。
「失礼します。御家族はこちらだと聞きましたので…。患者さんの服と持ち物です」
看護師さんが袋に入れて届けに来たのはキャプテンの制服とマントに靴。フラフラと立ち上がったソルジャーがそれを受け取り、辛そうに顔を歪めながらも中身を一つずつ確認して…。と、機械的に動いていただけの手がピタリと止まり、引っ張り出したのは薄い板のような小さなケース。IDカードか何かでしょうか?
「なんだろう? ハーレイ、こんなの持っていたかな…」
会長さんも起き上がってきて皆で手許を覗き込みましたが、ケースは血糊で汚れてしまって何なのか全く分かりません。首を捻るソルジャーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が湿らせてきたティッシュを渡し、汚れが拭われた下から現れた文字は。
「開けずに捨ててしまって下さい…?」
そう言われると人は開けたくなるもの、とソルジャーは私たちが止めるのも聞かずにケースを調べ、中から小さく折り畳まれた紙を出そうとしたのですけれど。
「…ハーレイ……」
ソルジャーの瞳に涙が盛り上がり、そのままポロポロ零れ落ちて。
「…馬鹿だ、ハーレイ…。お前は本当に馬鹿だよ、ハーレイ…。こんなのを持っていたなんて…」
ぼくが死んだら焼いてしまえと言ったじゃないか、と泣きながらソルジャーが広げた紙には何羽ものカラスが躍っていました。それはソルジャーとキャプテンが私たちの世界で結婚した時、会長さんが半分悪戯心で作った結婚証明書。ブラウロニア誓紙と呼ばれるカラス模様の紙で裏打ちしたもので…。
「どうして焼かずにいたんだ、ハーレイ…。ぼくはとっくに死んだんだって分かってたくせに、どうして今まで…。結婚したことは誰にも言えない、って言ったのはお前だったのに…」
お前が死んだらバレるじゃないか、と涙が止まらないソルジャーの肩に、会長さんが手を置いて。
「それでも焼けると思うかい? 大切な思い出を君なら捨ててしまえるのかい、相手が死んでしまったからって…。余計に想いが募るものだよ、自分が死ぬまで持っていたいと」
「だからって…! こんな時にぼくに見せるだなんて…。ハーレイが……ハーレイがぼくを置いて行くかもしれない時に…!」
あんなに酷い怪我なのに、と泣き崩れたソルジャーはブラウロニア誓紙を握り締めたまま、キャプテンの名を呼び続けました。会長さんの説明によるとキャプテンは胸から下が押し潰された状態で、内臓も骨も滅茶苦茶で。ソルジャーの時とは比較にならない厳しい状況なのだそうです。
「…ぼくがサイオンでサポートしようか、と言ったんだけど、医療機器でもサイオンでも同じだそうだ。万一の時に備えて待機してくれ、と言われたんだよ、ぼくもブルーも」
「「「………」」」
万一の時というのはキャプテンの生命力が本当に尽きてしまった時。奇跡を祈るしか他にない時、未知の領域が多いサイオンを使うべきだという意味なのです。
ソルジャーは未だかつて見たことのない弱々しい肩を震わせて泣き続けていて、「ぶるぅ」はオロオロするばかり。いつドクターから会長さんやソルジャーへの呼び出しが入るか分からない今、病院からは離れられません。
キース君がアドス和尚に「悪いが明日は一人で頼む。俺もジョミーもサムも行けない」と連絡している声が酷く遠くに聞こえました。気付かない間に日が暮れていて窓の外はもう木々の暗い影と街灯などが見えるだけ。今夜は長い長い夜になりそうです。
キャプテン、どうかソルジャーを置いて行かないで。あの世に行っても一緒に暮らそうと約束したのなら、ソルジャーを置いて行かないで…!

腕利きの外科医のドクター・ノルディが何時間もかけて手術し、仮眠すらせずに手当てを続けて、キャプテンがようやく生命の危機を脱したのは三日後の朝のことでした。集中治療室で眠るキャプテンは面会謝絶ではありましたけれど、ソルジャーだけは短時間だけ足を踏み入れることを許されて。
「…もう心配は無いってさ。意識が戻るまでは当分かかるみたいだけれど」
みんなにも心配かけちゃってごめん、とソルジャーが頭を下げたのは会長さんの家のリビングです。私たちは涙ぐんでばかりいるソルジャーが気掛かりで学校をサボり、病院通いの毎日を過ごし、やっとソルジャーを連れてマンションに戻って来たわけで。
「良かったね、ブルー。でもさ…」
あの時、何があったんだい、と問い掛けたのは会長さん。
「いきなり君のハーレイが落ちて来るとは思わなかったよ。別の世界へ移動する力はタイプ・グリーンには無い筈だ。それに見えたサイオンは青かった。…君がハーレイを呼んだのかい?」
「どうなんだろう? ぼくにも分からないんだよ。ただ、ハーレイの声が聞こえた。ブルー、とぼくの名を呼ぶ声がね。それと一緒に流れ込んで来たのがぼくの遺言。先立ば遅るる人を待ちやせむ、って例の歌とさ、思念の欠片が。…だから世界が繋がったんだ、と思って飛ぼうとしたんだけれど…」
飛ぶ前に弾き返された、とソルジャーは自分がサイオンを発動させたことを認めて。
「弾き返される瞬間にハーレイの姿が見えたんだ。掴まえなきゃ、って思念を拡げた。此処で離れたら二度と会えないと思ったからね。…まさか大怪我をして死にかけてたとは知らなかったよ。だからハーレイに何があったのかは分からないや」
事故とかでなければいいんだけれど、と呟くソルジャー。キャプテンの居場所はブリッジだけに、そんな所で大怪我となればシャングリラも無事では済みません。ソルジャーと「ぶるぅ」が私たちの世界で暮らすようになってから、あちらの世界がどうなったのかは誰にも分からないことで…。
「人類軍からの攻撃だったら絶望的だよ、シャングリラもミュウもおしまいだ。それだけは無いと祈りたいけど、ハーレイが起きるまでは何も分からないよね…」
今は心も読めないから、とソルジャーは残してきた仲間たちを心配しています。昏睡状態のキャプテンの記憶を読み取れないことは無いそうですが、どうしても負担をかけてしまうため、それだけはしたくないのだとか。
「でもね、ハーレイはタフだから。話が出来るようになったら全員で事情を聞きに行こうよ、面会人が増えたくらいじゃ疲れないさ。…ううん、本当は一人で聞くのが怖いってだけのことなんだけど」
シャングリラ沈没とか、メギド再びとか…、と語るソルジャーの瞳は暗く沈んでいて、私たちは一緒に面会に出掛けることを約束せざるを得ませんでした。大勢が病室に押し掛けるのはまだ厳禁でしょうし、瞬間移動で忍び込むしかないんでしょうねえ…。

約束の日が訪れたのは三週間後の日曜日。私たちは会長さんの家に集まり、ソルジャーや「ぶるぅ」の力も交えて瞬間移動でキャプテンの病室へ飛びました。かつてソルジャーがいたのと同じ特別室で、大人数でお邪魔したって狭くは無いのですけれど…。
「やあ、ハーレイ。気分はどう? 今日は顔色もいいみたいだね」
にこやかに微笑むソルジャーに、キャプテンは頬を緩ませて。
「お蔭様で元気ですよ。…皆さんも久しぶりですね。ブルーを助けて下さったのだと聞いております」
有難うございました、とベッドから身体を起こそうとするキャプテンを会長さんが手で制して。
「気にしないでよ、ぼくもブルーを助けられたことは嬉しいし…。それよりも君に訊きたいんだ。ううん、知りたがっているのはブルーなんだけど、怖くて訊けないらしくってさ。…君はどうしてそんな怪我を?」
「…私…ですか? これは落ちて来た岩の下敷きに…。ああ、心配しないで下さい、ブルー。シャングリラは無事ですよ。人類との戦いも終わったのだ…と思います。長い話になりますが…」
あまりにも長い話なので、とキャプテンが思念で伝えてくれたソルジャーの世界での出来事は想像を絶するものでした。ミュウと人類との戦いだけでも驚きなのに、一番仰天したことは。
「…そうか、青い地球は幻だったのか…。この目で見たいと思っていたのが馬鹿みたいだ」
すっかり騙されてしまっていたよ、とソルジャーは自嘲の笑みを浮かべています。ソルジャーが憧れ続けた地球は再生しておらず、人の住めない荒廃した星で、青い海すら無かったのだとか。居住可能なのは深い地下のみ。そこに据えられたコンピューターがSD体制の要のグランド・マザーで。
「結局、ジョミーがどうなったのかはお前にも分からないんだね? シャングリラは無事だというだけで」
「はい…。ソルジャー……いえ、ジョミーを探して地下に向かいましたが、途中で道を阻まれて…。ですが、御安心下さい、ブルー。あなたが大切にしていらしたフィシスはシャングリラに送り届けました」
私たちの最後の力で、と力強く言ったキャプテンに、ソルジャーは。
「すまない、ハーレイ…。出来ることなら皆で生き残って欲しかった。ミュウの未来が開けていたのなら猶のことだ。…でも、ありがとう。フィシスを助けてくれたこともそうだけど、最後の最後にぼくを想ってくれたよね?」
「え、ええ…」
多すぎるギャラリーにキャプテンは目を白黒とさせたのですが、ソルジャーが気にする筈もなく。
「お前が持っていた宝物も見せて貰ったよ。ぼくが死んだら焼き捨てろ、って言っておいたのに肌身離さず大切に…ってね」
ほら、とソルジャーが服の下から取り出したのはキャプテンが身に着けていた結婚証明書入りのケースでした。きちんと折り畳まれたブラウロニア誓紙が元通りの形で入っています。キャプテンの頬が真っ赤に染まり、ソルジャーはクスクス笑いながら。
「…先立たば遅るる人を待ちやせむ 花のうてなの半ば残して。お前が最期に思い出してくれた、ぼくの遺言。ぼくが待つ蓮に行こうと思ってくれたんだろう? ちゃんと待っていたよ、蓮の花の上じゃないけれど」
ぼくたちは生まれ変わったみたいなものらしいよ、とソルジャーはキャプテンの手にブラウロニア誓紙が入ったケースをそっと握らせました。
「約束したよね、いつか地球に辿り着いたら結婚しよう…って。ぼくはもうソルジャーなんかじゃないし、お前もシャングリラのキャプテンじゃない。そして地球に二人揃って生まれ変わった。…ああ、ぶるぅもいるから三人だけどさ。だから結婚出来るんだよ。…と言うより、これが有効になる時だよね」
元々こっちの世界で作った結婚証明書なんだから、と幸せそうに微笑むソルジャーの手をキャプテンが引き寄せ、その場で始まる熱烈なキス。そういえば遠い昔に二人はバカップルでした。ソルジャーの身体が弱り始めて以来、すっかり忘れ去っていましたけれど、もしかしなくてもバカップルまで復活ですか…?

重傷を負ったキャプテンの退院までには長い時間がかかりました。なにしろ足の骨まで砕けたのですし、車椅子で病室から出られるようになった頃には庭の散歩には不向きな季節。その代わりに、とソルジャーは何度かキャプテンを外泊させて。
「ふふ、あの部屋を貰った時にはさ…。ぼくとぶるぅが暮らすためには広すぎる、って思ったけれど、ハーレイも一緒だと丁度いいねえ。ぶるぅはゲストルームに追っ払えるし、寝室もうんと広いしさ」
ハーレイが治ったら一緒に家具を見に行くんだよ、とソルジャーが幸せ自慢をやっているのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。ラム酒が効いたサヴァランを頬張りながらニコニコと…。
「新婚用の家具っていうのも良さそうだから、こっちのハーレイに協力をお願いしてるんだよね。いわゆる新婚向けってヤツは男女のカップル向けだろう? それじゃイマイチ嬉しくないし、その道のプロの意見を聞くのが一番だって話になって。ぼくのハーレイも大賛成!」
だから昨日は下見にお出掛け、と言うソルジャーが一緒に家具を見に行ったのは教頭先生の方でした。
「ちょ、ちょっと…。なんてことをしてくれるのさ、もしもハーレイが血迷っちゃったら、ぼくが困るし! そうでなくても君たちが同居するっていうから羨ましそうにしてるのに…」
声を張り上げる会長さんに、ソルジャーは。
「いいじゃないか、こっちのハーレイが結婚に向かって大きな一歩を踏み出すかも…。君の家だって広すぎるんだ、同居人を入れるべきだと思うけどな」
「ハーレイなんかと結婚するならフィシスと結婚するってば! 人生、思い切り長いんだからさ」
「うん、本当に長そうだよね。君はとっくに四百歳を超えたんだろう? ぼくは三百年とちょっとで終わっちゃったというのにさ。しかも最後の十五年ほどは寝たきりだったし、その前から弱り始めたし…。君は全く変わらないけど、いったい何年生きられるわけ?」
「えっと…」
どうなんだろう、と会長さんは首を捻っています。ソルジャーの疑問は私たちの疑問でもありました。会長さんの寿命もさることながら、会長さんよりも年上だと聞く教頭先生たちも元気そのもの。教頭先生は柔道部の指導に燃えていますし、ゼル先生は剣道と居合に加えてバイクで爆走してますし…。
「もしかしたら何百年どころか何千年かもしれないな、って思わないでもないんだよね。ぼくたちの世界のサイオンを持った仲間で寿命が来た人は一人もいない。そして仲間は増え続けてる。おまけに年を取らないし…。ゼルとかヒルマンみたいな外見でもさ、中身は若いままっていうのが不思議な所」
外見年齢は個人の好みによるのではないか、というのが会長さんの意見です。
「本当に不老不死なのかどうか、現時点では分からない。だけど、ずっと昔に璃慕恩院で友達だった当時の老師が言ったんだ。お前さんたちは生きて極楽へ行ける種族かもしれないのう、って」
「「「極楽!?」」」
「そう、極楽。ぼくたちの宗派で極楽と言えば阿弥陀様だよね。でも、御釈迦様が亡くなられてから五十六億七千万年の後に弥勒菩薩という仏様が衆生を救いに下りてこられると言われてる。その時、この世はお浄土になるのさ、いわゆる極楽。阿弥陀様のお浄土とは違うものだと説かれてるけど、そこは謎だし…」
見て来た人は一人もいない遙か未来のことだから、と会長さんは笑みを浮かべて。
「その未来まで生きて地球をこの世の極楽にするための種族じゃないか、と老師に何度も言われたよ。地球を守りながら長生きするのも悪くはないと思わないかい? 五十六億七千万年! きっとブルーも長生きできるさ、この世界に生まれ変わったんだし…。ぼくたちと一緒に頑張ろうね」
君のハーレイが見て来たような無残な地球にさせないように、と微笑んでいる会長さんは私たちの長であるソルジャーのようにも、伝説の高僧である銀青様のようにも見えました。途方もない話に聞こえますけど、もしも真実だったなら……ソルジャーが夢見た理想の蓮は当分必要無いんですよね?

キャプテンの退院を祝うパーティーが開かれたのは十二月半ばの土曜日のこと。会長さんの家が会場になり、本調子ではないキャプテンのために「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作った料理はコンソメスープやスモークサーモンのエクレア、仔羊の骨付き肉のへーゼルナッツ風味など。勿論お酒は厳禁で…。
「ハーレイ、今日からはずっと一緒だよ? いつか極楽へ行く日までね」
ぶるぅは放って大人の時間、と真昼間から惚気モードのソルジャーにキャプテンが熱いキスをして。
「五十六億七千万年でしたよね。晴れて結婚出来たからには、一生満足させてみせます」
「うん、極楽へ行った後もよろしく。生きて極楽へ行けるんだったら蓮の花も選び放題だろうし」
その前にまずは新居を整えなくちゃ、とソルジャーは家具を買いに行く相談を始めました。明日にでも出掛けるらしいのですけど、使い勝手の問題などがあるため、教頭先生に同行をお願いするそうで…。
「またハーレイを呼び出すのかい? やめてくれって言ったのに!」
会長さんの苦情はバカップルには全く届いていませんでした。二人は幸せそうに料理を食べさせ合っていて、ソルジャーが。
「結婚して地球で暮らす時には庭に桜を植えようね、って言ってただろう? ちょっと予定が狂ったけれど、このマンションの庭に大きな桜があるんだよ。とても綺麗な花が咲くんだ」
「そうなのですか。春になるのが楽しみですね」
「ぼくが一番好きな花だし、思い出も沢山あるからね。…キース、今でも祈ってくれてる?」
いきなり話を振られたキース君ですが、そこは緋色の衣の高僧。フォークをきちんとお皿に置いて…。
「ああ。供養するべき人も増えたし、ジョミーとサムも祈っているぞ。数珠を貰ったのは俺だけだがな」
「ゼルたちも地球で死んじゃったしね…。みんな極楽に行ってくれないと」
ぼくとハーレイだけが極楽に行くのは申し訳ない、と語るソルジャー。他にも大勢のミュウが亡くなり、ジョミー君のそっくりさんもキャプテンの話では生存の可能性は少ないそうで…。
「でも不思議ですね。こちらのジョミーもタイプ・ブルーなのに未だに力は無いのでしょう?」
首を傾げるキャプテンの言葉に、会長さんが。
「きっと必要ないんだよ。ジョミーの力が目覚めないのが平和の証拠さ、君が言ってたタイプ・ブルーの子供たちだっていないしね。この世界はいつか本当に極楽浄土になるんじゃないかな」
五十六億七千万年待ってみようよ、と笑みを湛える会長さんに、私たちは強く頷きました。気が遠くなるほど長い時間を生きてみるのも一興です。それまでにはきっとソルジャーの世界の荒れ果てた地球も…。
「そうだね、青い姿を取り戻すかもしれないね。ぼくもハーレイも、それにぶるぅも…この目で見ることは出来ないけどさ」
「俺の数珠の文字が読めなくなる日が再生の日かもしれないぞ。数百年単位で残りそうな文字だし、供養のために作られた数珠だしな」
あんたが百八の煩悩を刻んだ桜の数珠だ、とキース君が言えば、ソルジャーは。
「いいね、そう考えることにしておこう。その時が来たら盛大な法要をお願いしたいな、地球で死んだ仲間や辿り着けなかった仲間のために。みんなが夢見た青い地球でぼくは暮らしていくんだからさ」
そのくらいのことはやらないと、とウインクしてみせるソルジャーの手にキャプテンの手が重ねられて。
「ブルー、私は幸せ者です。あなたも……そして青い地球まで手に入れました。これ以上の幸せはありませんよ」
「甘いね、もっと幸せにならなくちゃ! 人生、ホントにこれからなんだよ。五十六億七千万年!」
じきにクリスマスで、お正月で…、とソルジャーは指折り数えています。ソルジャーが庭に植えたいと願っていた桜の季節までにはイベントが沢山てんこ盛り。バレンタインデーにホワイトデーに…。
「かみお~ん♪ ぼくのお誕生日も忘れないでね、今年はとっても賑やかになりそう! ハーレイもフィシスもみんな呼ぼうよ、ゼルたちも」
内緒にしなくていいんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は満面の笑顔で、会長さんが。
「そういえばそうだね、ブルーもハーレイも、それにぶるぅも今はこっちの人間だものね。こっちのハーレイがバカップルを見て泣くかもだけど、そこはパーティーの余興ってことで…。ブラウたちも大いに笑ってくれるさ、四百年越しの片想い!」
今後も恋愛成就の見込みはゼロ、と会長さんは宣言しています。教頭先生の片想い人生は五十六億七千万年の彼方まで続きそうでした。そこでこの世が極楽になっても片想いのまま、ソルジャーとキャプテン夫妻を指を咥えて見ているのかも…。それも良きかな、と私たちは揃って笑い転げて。
「シャングリラ学園はどうなってるのかな、その頃にはさ」
ジョミー君が投げかけた疑問に、私たちの答えが一斉に。
「「「絶対あるに決まってる!」」」
「だよね、サイオンの始まりはシャングリラ学園みたいなものなんだから」
会長さんがそう言ってニッコリ微笑んで。
「五十六億七千万年後が楽しみだなぁ、どんな学校になってるだろう? 校舎とか凄いことになりそう」
「分校が出来ているかもしれないよ。他の星にさ」
ぼくたちの世界のアルテメシアみたいにね、とソルジャーが返し、隣でキャプテンが頷いています。シャングリラ学園に宇宙の分校は出来るでしょうか? きっとそうなっても会長さんは生徒会長で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシャングリラ学園のマスコットで…。
ソルジャーとキャプテン、「ぶるぅ」を迎えた私たちの世界を待っているのは、間近に迫ったクリスマス。春になったらソルジャーの好きな桜が咲いて、その内に海へ山へと遊びに出掛ける夏が来て。楽しい思い出を積み重ねながら、五十六億七千万年後の遠い遙かな未来まで…。
その日まで私たちをよろしくお願いしますね、シャングリラ学園、万歳!



        遥かな未来へ・了

※完結編の全3話 『遙かな未来へ』 、これで結びとなりました。
 「どうしても完結させたかった深い理由」 は、お分かり頂けたことと思います。
 ソルジャーことアルト様ブルーの未来を描くのが完結を目指した目的でした。
 蛇足ながら、ソルジャーとキャプテン、それぞれの救出の日はアニテラの放映日に
 合わせてあります。ソルジャーは17話、キャプテンは最終話でございます。
 どちらも法要まみれでしたが、救出作戦は完了しました。
 シャングリラ学園の面々は遠い遙かな未来の世界まで、幸せに生きてゆくのです。
 次回は、そんな彼らの後日談を読み切り形式でお届けさせて頂きます。
 その次には余談として「そるじゃぁ・ぶるぅ」と土鍋のお話を1話。
 シャングリラ学園はそこまでで一区切り、以後は月イチ更新になります。
 季節の流れや時系列とは全く無関係に思い付くまま、気の向くまま。
 夏真っ盛りに冬のお話とか、その逆とかも気にせずに書いていくつもりです。
 2月以降は 「毎月第3月曜」 更新で参りますので、どうぞ御贔屓にv
 場外編の方は引き続き 「毎日更新」 ですから、よろしくお願いいたします。
 ←場外編「シャングリラ学園生徒会室」は、こちらからv





会長さんの家でアルタミラ供養の法要を終えた直後に空間を越えて飛び込んで来たのは、もう長いこと会っていなかった「ぶるぅ」でした。その「ぶるぅ」に連れて行かれた会長さんが瀕死のソルジャーを抱えて戻り、私たちは上を下への大騒ぎに…。
幸いソルジャーは命を取り留め、ドクター・ノルディの病院の集中治療室で眠っていると聞かされています。けれどソルジャーが重傷を負った原因を知っている会長さんはサイオンの使い過ぎで倒れてしまい、もう一人の生き証人の「ぶるぅ」は泣き疲れたのと二度も続けて二つの世界を往復した疲れとで爆睡中で。
「俺たちが夜通し考えたって答えは絶対出ないだろうしな…」
寝た方がマシというものだ、というキース君の意見は正しく正論。私たちは会長さんの家に戻ってきた後、まずは和室を片付けました。法要に使った香炉などはともかく、問題は畳。灰は簡単に掃除出来ましたが、ソルジャーの血の痕が拭いても拭いても消えません。そこでキース君が提案したのが大根です。
「大根おろしを上に乗せておくと消えるらしいぞ、血の痕ってのは」
「「「大根おろし?」」」
「昔、先輩から聞いたんだ。修行中に鼻血を出したヤツがいて汚れた畳を大根おろしで掃除したとか」
なんとも奇妙な方法です。四百年以上も生きている家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も知らないそうですが、試してみるだけの価値はあるかも…。早速大根おろしを作って畳に撒いて、一時間ほど経った頃。
「寝る前に畳を確認しておくか。効きそうだったら追加しておこう」
キース君がリビングのソファから立ち上がり、私たちも続いて和室へと。大根おろしは効果抜群、血痕は薄くなっていて。
「なるほど、大根おろしが血を吸い取るのか…。これを取り除いて代わりのを置けばバッチリだな」
明日の朝には消えるだろう、とキース君が畳を検分し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手早く新しい大根おろしを作って畳の方は一件落着。お泊まり用の荷物はカンタブリアに二泊三日の予定でしたから余裕があります。今夜は寝よう、と解散する間際にジョミー君が。
「そっか、フィシスさんの予言ってコレだったんだ…」
「「「あ…」」」
綺麗サッパリ忘れてましたよ、その予言! カンタブリアに行ってはダメで、昨日は家から一歩も出るなとフィシスさんが会長さんに連絡してきたため旅行が中止になったのです。もしも旅行に出掛けていたら、「ぶるぅ」は会長さんの所に来られたでしょうか? 来られなかったらソルジャーは…。
「危ない所だったんだな…」
ゾッとするぜ、とキース君。
「カンタブリアに出掛けていたって、ぶるぅは来ることは出来たかもしれん。だが、その後がどうだったか…。温泉街の真っ只中だと、いくらブルーでも咄嗟に瞬間移動は出来ないぞ」
「人が少ない所に行くまで待ってくれ、と言える状況なら問題は無いんですけどね」
シロエ君が首を捻って。
「ただ、そんな余裕があったのかどうか…。一刻を争う事態だったら、その一瞬が命取りですし」
「それはブルーに訊いてみないと分からんな。明日の昼までには分かるだろうさ」
ブルーが起きてくれさえすれば、とキース君の視線は家の奥へと。建て替えられたマンションでも会長さんの寝室は一番奥で、シャングリラ号の青の間に似せた雰囲気になっています。疲れ切って倒れた会長さんが回復するまで、大人しく待つとしましょうか…。

翌朝の朝食は卵料理と野菜サラダにパンケーキ。いつもなら朝から豪華メニューが並ぶのですけど、今日は誰もがそんな気分ではありません。腹が減っては戦が出来ぬ、というだけの理由で黙々と食べているのが実情です。昨日は結局、昼食も夕食も抜きでしたから。
「あいつの具合はどうなんだろうな?」
キース君が心配そうに口を開けば、サム君が。
「ドクターの腕を信じるしかねえだろう? よく見てないけど酷い怪我だったし、死にかけたなんて言ってたもんな…。でも絶対に治るって! ドクターもブルーに惚れてんだから!」
「そうだな、むざむざ死なせるような真似をするヤツじゃなかったな…」
根性で治療するだろう、とキース君が言った所へ低い声が。
「…誰がブルーに惚れてるんだって?」
「「「!!?」」」
いつの間にか会長さんがダイニングの扉の所に立っていました。そのままスタスタと自分の席に行き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にスクランブルエッグを注文すると。
「昨日の話をしていなかったよね、君たちには。…ブルーの傷は酷いものだよ、銃で何発も撃たれてる。その上、右の瞳も撃たれちゃってて…。ノルディが再生治療の手配をしてるけど、治るまでに時間がかかりそうなんだ。ブルーの身体も衰弱してるし」
「「「………」」」
「でも、なんでブルーが撃たれたのかが分からない。ぼくが飛び込んで行った時には撃った相手の姿は無かった。あれは何処だったんだろう? 青い光が溢れた場所でさ、ブルーはサイオン・バーストを起こしていたんだ。力は殆ど尽きていたけど」
だから空間を越える途中で意識不明になったのだ、と説明しながらも会長さんは腑に落ちない様子。ソルジャーが戦いに出ることは昔から多かったですが、別の世界の住人である会長さんの力が無ければ死んでしまうような無茶な戦い方はしなかった筈で…。
「ブルー、死ぬつもりだったんだよ」
唐突に割って入った声は「ぶるぅ」でした。ダイニングを横切り、空いていた席にチョコンと座ると。
「えっとね…。ぼくもブルーも、長い間ずっと寝てたんだ。ジョミーがソルジャー候補になって、アルテメシアから宇宙に出て…。ジョミーがソルジャーになってからすぐに寝ちゃったんだよね、ぼくもブルーも。ぼくの方が先に眠たくなったんだけど、ブルー、ハーレイにおやすみのキスを頼んでいたよ」
とっても幸せそうだった、と「ぶるぅ」は渡されたパンケーキのお皿を受け取って。
「次に目が覚めた時には地球だよね、ってブルー、言ってた。それなのに…。ぼくが目を覚ましたらブルーはシャングリラの何処にもいなくて、他のみんなに生きろって…。ぼくがメギドを止めるから、って」
「「「メギド?」」」
私たちの世界ではメギドと言えばメギド教会なんですけれど、「ぶるぅ」の世界ではミュウの虐殺に使われた惑星破壊兵器らしいのです。それに狙われたシャングリラを守るためにソルジャーが一人で飛び出して行ったのが惨劇の始まり。命と引き換えに破壊する、というソルジャーの思いを受け取った「ぶるぅ」は大慌てで救助を求めに来たわけで…。
「それじゃ、あそこがメギドなのかい? ぼくが見た場所が?」
会長さんの問いに「ぶるぅ」はコクリと頷きました。
「でも、ぼくもそれしか知らないよ。ブルーが撃たれたのは見つかっちゃったからじゃないかな、警備係もいたと思うし…。ありがとう、ブルー、助けに行ってくれて。ブルーが生きてるのは分かるんだ、ぼく」
分からなかったら泣いちゃってるよ、と「ぶるぅ」はニッコリ笑ってみせて。
「まだ会いに行ったらダメなんでしょ? いつかブルーが元気になったら連れて行ってね、絶対だよ!」
それまでいい子にしてるから、と「ぶるぅ」は会長さんと指切りをしています。その日から会長さんはソルジャーの容体を聞きに病院を訪ねるのが日課になって、キース君たちは例年どおりお盆の準備や棚経などに走り回って、夏休みも残り僅かになった頃。ソルジャーの面会謝絶がようやく解かれ、私たちは揃ってお見舞いに出掛けたのでした。

ソルジャーの病室はエロドクターの好意で最上階の特別室。会長さんは「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて何度かお見舞いに行っていたため、ソルジャーからの御礼の言葉はとっくの昔に貰った筈。ですから今日は私たちとの十数年ぶりの再会の場になるのだろう、と扉を開けて入ってゆけば。
「やあ、来たね。ぼくを撃った男の少年時代」
「「「は?」」」
あまりにも想定外なソルジャーの台詞に全員がポカンと口を開けました。会長さんは…、と見れば必死に笑いを堪えています。その隣では「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「怖いよね」「人って見かけによらないもんね」とキャイキャイと…。なんですか、これは? どういう趣向?
「ごめん、ごめん。君たちに会ったら最初の言葉は絶対コレ、って考えていたものだから…」
命がけのジョークなんだよ、とソルジャーは包帯が巻かれたままの右の瞳を指差して。
「この目だけどね、もうすぐ移植手術をする予定。そしたら傷痕は全部無くなっちゃうから、今しか言えないジョークなんだ。無傷の身体で撃たれた文句をグダグダ言っても全く意味が無いだろう?」
ソルジャーが何を言っているのかサッパリ分かりませんでした。右目の再生手術が済んだら傷痕が皆無になるってことは、エロドクターの腕が抜群なのだという証明ではありますが…。
「ふふふ、やっぱり理解不能? それじゃ教えてあげようか。ぼくがメギドに入り込んだ時に仕留めに来たのが地球の男さ、メンバーズ・エリートと呼ばれる精鋭だ。そいつの名前がキース・アニアン」
「「「えぇっ!?」」」
「ね、よく出来た冗談だろう? ところがコレが本当なんだな、そこのキースが十歳くらい年を取ったらああなると思う。ホントに遠慮なく撃ってくるから、どうにもこうにも…。まだシールドも張らない内からブチかますのは止めてほしいよ、年寄りに向かって」
実に野蛮な男だった、とソルジャーはキース・アニアンとやらとの出会いまで語り始めました。捕虜として閉じ込めてあったのに逃亡されて、ミュウたちの安らぎの地だったナスカという惑星ごと攻撃されたのがメギド事件の発端だとか。
「そういうわけで最後に一発ブチ込まれたのが右目なんだよ。おまけに道連れにしようとしたらさ、今度はマツカが現れちゃって、キースを抱えて瞬間移動でサクッと逃亡。ミュウの部下に助けられて逃げようだなんて、どれだけ命根性が汚いんだか…」
「す、すまん…」
「ぼくまで関係してたんですか? すみません…」
キース君とマツカ君が同時に謝り、ソルジャーはプッと吹き出して。
「冗談だってば、二人とも別人なのは分かってるしね。だけど命がけで取ったネタだし、披露しないと面白くない。そうそう、そっくりさんと言えばさ…。キースたちの他にもいたんだよ。スウェナとサムがジョミーの学校の同級生で、シロエは思い切り年下だったね」
みんなどうしているのかな、と懐かしそうに微笑むソルジャー。
「それにジョミーはどうしただろう? 無事に逃げたとは思うけれども、地球に着くのはいつになるかな…。ぼくが死んだと思ってるから凄い勢いで頑張ってるような気がするよ。ちゃんと形見も置いてきたしさ」
「「「形見?」」」
「うん。ぼくの記憶装置を兼ねてる補聴器。まさか生き残れるとは思わなかったし、フィシスに預けておいたんだ。こういうのはハーレイに頼んじゃダメなんだよねえ、渡す時に未練たらたらになってしまうから」
それじゃ値打ちが無くなっちゃうよ、とソルジャーは可笑しそうに笑っています。
「だけどハーレイもジョミーも驚くだろうな、死んだ筈のぼくが帰ってきたら…。こっちに来てから身体の調子がいいんだよ。右目が元に戻る頃には空間を越える力も戻りそうだし、早くあっちに帰りたくって」
でもってハーレイと十数年ぶりに大人の時間、と片方だけになった赤い瞳を輝かせて語るソルジャーは元の世界に戻る気でした。死ぬほどの目に遭ったというのに……会長さんと「ぶるぅ」の連係プレーが無かったならば確実に死んでいたというのに、それでも帰りたいのです。
再生手術が済んだら「ぶるぅ」と一緒に帰るんだよ、と話すソルジャーが見届けたいものは憧れの地球なのか、ミュウの未来か、人類との夢の共存か。それとも全てが終わった後にキャプテンと二人で暮らしたいのだと教えてくれた庭に桜のある家なのか…。
帰りたがっているソルジャーを引き止めることは出来ません。その日が来るまでに楽しい思い出を沢山作って貰わなくては、と語り合いながら私たちは病院を後にしました。もうすぐ二学期が始まりますけど、放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋ではなく、ソルジャーの病室で過ごそうかな?

新学期の訪れと共に開く溜まり場が生徒会室の奥に隠された「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。私たちは特別生になる前の準備期間だった一年間を此処に通って過ごしましたが、それは特例であったと知ったのは何年も経った後のこと。
長老の先生方曰く、『ソルジャーの悪友』な私たち七人グループは会長さんの初めての友達で気の合う仲間だったらしくって。私たちよりも後に入学してきた特別生予備軍のサイオン因子を持った生徒はリオさんやフィシスさんと行動したり、数学同好会に入ったり。
サイオンのフォローをするのが会長さんである点に変わりは無くても「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入れるのは年に数回、溜まり場にしている私たちとの合同お茶会の時くらいでした。それにシャングリラ・クラブが出来て仲間のフォローのためのマニュアルが確立した今、会長さんの出番は殆ど無くて…。
「かみお~ん♪ 準備オッケー?」
元気一杯な声は「そるじゃぁ・ぶるぅ」です。私たちは新学期恒例の行事としてまだ続いている教頭室詣でを終えて戻ってきた所。始業式の日に教頭先生に青月印の紅白縞のトランクスを五枚お届けするのが会長さんの娯楽の一つで…。
「オッケーだよ、ぶるぅ。みんなスタンバイ完了だし」
「じゃあ、しゅっぱぁ~つ!」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の掛け合いを合図に青いサイオンがパァッと迸り、瞬間移動した先はソルジャーの病室。私たちは其処で食べるべく「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りパイやケーキ、タルトなんかをそれぞれ手にしていたのです。
「かみお~ん♪ 遊びに来たよ!」
「はい、退屈な病人に差し入れ色々。ぶるぅに食べられてしまわないようにね」
「嬉しいな。うーん、どれから食べようか…。どれがお勧め?」
迷っちゃうよ、と悩むソルジャーは十数年前の弱っていた時代が嘘だったように食欲旺盛。サイオンの方も順調に戻り、今日は紅白縞のお届けイベントを病室から覗き見していたそうで…。
「こっちのハーレイは何年経っても純情だよねえ、未だに童貞っていうのが凄いよ。いい加減、応えてあげればいいのに」
「お断りだってば、ぼくと君とは違うんだから!」
なんだってハーレイなんかと結婚しなくてはならないのだ、と不愉快そうな会長さん。けれどソルジャーはクスクス笑いながら。
「いいと思うけどなぁ、ハーレイってさ。一途で君を大切に思ってて…。君のためならお念仏だって喜んで唱えてくれそうじゃないか」
「…お念仏? なんだい、それは」
「忘れたのかい? 君が教えてくれたのに…。ぼくとハーレイが極楽で幸せになれるようにと唱え続けるのがお念仏! 同じ蓮の上に生まれてヤリまくるんだよ、阿弥陀様から遠く離れた蓮の上でさ。花びらはハーレイの肌が良く映える色でなくっちゃね。理想の蓮をゲットするにはお念仏だろ?」
あれ以来ハーレイは毎日きちんと唱えているよ、とソルジャーは胸を張りました。
「ぼくが絶対唱えやしないと分かってるから、ぼくの分まで頑張らないと…と唱え続けて百年かな? 航宙日誌を書き始める前に、まずお念仏。書き終えて閉じたらお念仏。これで二人分のお念仏…ってね」
だから二人で極楽往生間違いなし、と自信たっぷりなソルジャーに、会長さんは。
「やれやれ…。百年もそれをやらせたんなら、一回くらいは唱えてみようとか思わないわけ? そしたら更に理想の蓮に近付くだろうに」
「ポリシーなんだよ、ぼくなりの。元々あの世なんか信じて無かったし、ソルジャーとして殺してきた人間の数も半端じゃないし…。今更お念仏って柄じゃないんだ、ハーレイと極楽には行きたいけどね。その気持ちだけはハーレイの中に置いてきた」
「え?」
怪訝そうな顔をした会長さんですが、ソルジャーは「嘘じゃないよ」と微笑んで。
「最後にハーレイと話をしたのはブリッジなんだ。ぼくの隣にはジョミーがいたし、ブリッジクルーも揃ってた。そんな所で恋人同士の別れなんかが出来るかい? ハーレイの腕に触れて思念波を送るのが精一杯。ジョミーを支えてやってくれ…って。頼んだよ、ハーレイ、って伝えて手を離す間際に思念の欠片を」
「欠片?」
「うん。ぼくの心の一部分とでも言うのかな…。残留思念ってあるだろう? あれの応用。ハーレイが生きている限り、ぼくの一部がハーレイの心の中にあるんだよ。ちょっと捻っておいたけれどね」
だって遺言なんだから、とソルジャーが唇に乗せた言葉は。
「…先立たば遅るる人を待ちやせむ 花のうてなの半ば残して」
「ちょ、その歌は…!」
「死にに行くならピッタリだろう? 送り込んだ瞬間にハーレイの身体がビクッとしたけど、周りの目があるから何も言えずに終わってしまった。この歌をハーレイが思い返す度に、ぼくの思念が蘇る仕掛け。勿論ぼくの姿も心の中に。…より熱心にお念仏を唱えるようになったと思うよ」
二回どころか二十回、二十回どころか二百回かも、とソルジャーは夢見心地で語っています。お念仏を唱え続けているというキャプテン、死んだ筈のソルジャーが帰ってきたらどんなに驚くことでしょう。ソルジャーの右の瞳の移植手術は今月の半ば。視力などの検査が全て終わるのは今月末だと聞きましたから、悲嘆に暮れるキャプテンのお念仏ライフはあと一ヶ月ほどで終わりそうです…。

ソルジャーの手術はドクターの執刀で予定通りに行われ、数日間は目を休めるために面会禁止。包帯が取れるのを待って私たちは病室を訪ねたのですが。
「やあ。今日もおやつが一杯だね。ぶるぅが頑張って作っているのは見てたんだけど…。ぼくの目はどうなっちゃったんだろう?」
「「「えっ?」」」
まさか右目は見えてないとか? 以前と変わらない赤い瞳は宝石みたいに澄んでいるのに…。今の医学では事故などで失明した人だって再生手術で視力を取り戻せるのが当たり前なのに。愕然とする私たちに、ソルジャーは右目で軽くウインクして。
「見えてないってわけじゃないんだ、ノルディの腕は確かだよ。視力の戻りも予想以上に早いらしいし…。問題なのは右目じゃなくって両目なのさ。こっちの世界は自由自在に見通せるのに、ぼくの世界が見えないんだ」
「見えないって…。どういうことさ?」
会長さんの問いに、ソルジャーは視線をベッドに落とすと。
「そのままの意味だよ、シャングリラもハーレイも何も見えない。元々この目で見ていたものか、サイオンで見ていたのかは分からないけど、とにかく遠い世界だからね…。片目だけで見ようとすると負担がかかって回復が遅くなるかもしれない、と控えていたんだ」
覗き見は近距離で我慢してた、と話すソルジャーが自分の世界を見ようとしたのは包帯が取れた日の夜のこと。ぼんやりとなら見えるだろうと期待していたらしいのですけど、星の光一つ見えなくて…。
「まだ無理なのかと思ったよ。だけどこっちの世界を試しに見たら何処までも見えるし、これはおかしいと思ってさ。今朝、ぶるぅに頼んで見させてみたら、ぶるぅにも見えなかったんだ」
そうだよね、と訊かれた「ぶるぅ」は私たちが持ってきたアップルパイを齧りながら。
「うん。ブルーに心配かけないように、あっちの世界は一度も見ないでいたんだよ。ブルーも見なくていいって言ったし…。だから見ようとしたのは初めてなんだよね、こっちに来てから」
だけど全然見えないんだ、と「ぶるぅ」は宙に瞳を凝らして。
「…やっぱり今もダメみたい…。どうしよう、見えないと帰りの道が分からないのに」
それは衝撃的な言葉でした。右目が治ったばかりのソルジャーはともかく「ぶるぅ」にも帰るべき世界が見えないだなんて…。一時的な現象だったらいいんですけど、そうでなければソルジャーたちは…。
「お通夜みたいな顔をしないでよ。あっちの世界にも事情があるかも」
諦めるのは早すぎるさ、とソルジャーは持ち前の前向き思考。
「こんなことは一度も無かったけれど、空間が乱れているって可能性だってあるからね。大丈夫、退院の日までにはシャングリラの位置を掴んでみせるよ」
そして「ぶるぅ」と一緒に帰るんだ、と元通りになった一対の赤い瞳を嬉しそうに煌めかせ、明るく笑ってみせるソルジャー。
「お土産にはジョミーの好物のオレンジパイとフィシスが大好きなフランボワーズのシャルロット。たらこクリームのミルフィーユも是非お願いしたいな、ハーレイが気に入っていたからね」
「かみお~ん♪ 任せといてよ、出来たてを持って帰ってね!」
時間ぴったりに用意するから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が張り切っています。ソルジャーが退院する日がお別れの日。その日は学校をサボッて名残を惜しもう、と私たちはとっくに決めていました。すっかり元気になったソルジャーはこれからも遊びに来るでしょうけど、長期滞在は無理ですもんね。

自分の世界に帰れる日が来るのを心待ちにしていたソルジャー。退院の許可が出て「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んだお土産も出来たというのに、ソルジャーと「ぶるぅ」が帰った先は会長さんの家でした。ソルジャーの世界に通じる道は二度と開かなかったのです。
「まさか帰れなくなっちゃうなんて…。ハーレイもジョミーも喜んでくれる筈だったのに…」
どうして道が閉じたんだろう、とリビングのソファで俯くソルジャーの前のテーブルには渡せなかったオレンジパイなどのお土産が。食いしんぼうの「ぶるぅ」も流石にこれには手を出しません。
「…推測の域を出ないけれどね、そうなるような気はしていたよ」
会長さんがソルジャーや私たちに飲み物を勧め、深い溜息を吐き出して。
「君とぶるぅに向こうの世界が見えなくなった、と聞いた時から考えてたんだ。ぶるぅは元々元気だけれど、君は弱っていただろう? とっくの昔に死んでいた筈の身体なんだと話してたよね、ぼくたちに。君の世界のジョミーの力で生き延びただけで」
「そうだけど…。でも今はすっかり元通りだよ?」
「そこが問題なんだってば。ぼくは心臓が止まった君を生き返らせた。医療機器を使っても出来ただろうけど、生き返ったという所がポイント。…あっちの世界で生きていた君は死んでしまったんじゃないかと思うな、そしてこっちに生まれ変わった」
多分「ぶるぅ」もそうなんだよ、と会長さんは続けました。
「メギドから君を助けた時にね、ぶるぅは少し出遅れた。メギドの爆発からシールドを張って逃げて来たんだと言っていたけど、シールドとこっちへの空間移動が無ければ当然そこで死んでるわけで…。君もぶるぅも、あっちの世界では死んでしまった人間なんだよ。帰れる先が無いってことさ」
居場所が無ければ道も開かない、という会長さんの見解にソルジャーは目を瞠り、持って帰る筈だったお土産を見詰めていましたが…。
「君の言う通りかもしれないね…。生まれ変わったんなら納得がいく。ぼくの身体は健康そのもの、死にそうな気配の欠片も無いから」
だけど帰りたかったんだ、とソルジャーの瞳から零れ落ちたのは初めて目にした一粒の涙。私たちは無言でリビングを出てゆき、ソルジャーの深い悲しみだけが夜更けまで流れ続けたのでした…。



※完結編の全3話 『遙かな未来へ』 も残り1話となりました。
 今回、ちょっと心配な展開になっておりますが、そこは腐ってもシャン学です。
 救いようのない終わり方だけは致しませんので、ご安心下さいませ。
 でもって、完結後のシャングリラ学園シリーズですが…。
 完結した後、読み切り形式の後日談と余談が各1話ずつございます。
 シャングリラ学園はそこまでで一区切り、以後は月イチ更新になります。
 「毎月第3月曜」 更新で参りますので、どうぞ御贔屓にv





桜の季節が幾度となく過ぎ、六年に一度ずつ巡って来る「そるじゃぁ・ぶるぅ」が青い卵から孵るクリスマスを何回となく繰り返しながら時は緩やかに流れてゆきました。私たち七人グループは今もシャングリラ学園の特別生。クラスは変わらず1年A組、担任はグレイブ先生です。
「夏が暑いのって変わらないねえ、何年経っても」
ジョミー君がぼやいているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋ではなく、会長さんの家のリビングでした。私たちが普通の1年生だった頃に初めてお邪魔したマンションは建て替えられてしまいましたが、古いお寺や神社が多いアルテメシアは建物の高さ制限が厳しい街。最上階の会長さんの部屋は十階、それでも高い部類です。
「かみお~ん♪ 暑い季節はアイスが一番! 夏はやっぱり暑くなくっちゃ」
寒いと海で泳げないよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来たのはドラゴンフルーツで作ったパフェ。赤と白の二種類の果実で拵えたアイスを盛り付け、生のフルーツが飾ってあります。南国のフルーツを出されてしまうと暑さへの愚痴は一気に吹っ飛び、クーラーの風が心地よく…。
「ねえ、ぶるぅ」
会長さんがパフェをスプーンで掬いながら。
「夏は暑いと決まってるけど、サンタクロースが真夏に来たらどうするんだい?」
「えっ? サンタさんって冬のものでしょ、クリスマスだよ? ぼくのお誕生日はクリスマス! サンタさんが橇で来るんだもん」
「そうじゃない場所もあるんだよ。地球の半分が夏の間は反対側は冬だってことを忘れてた? そっちの国に住んでる人にはクリスマスは夏のものなんだけど」
クリスマスカードを貰っただろう、と会長さんに言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「んーと…。サーフボードに乗ってたサンタさん? あれってホントに夏だったんだ…」
お遊びなんだと思ってた、と目を丸くする「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そのカードには覚えがありました。去年の暮れにクリスマス・イブと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日のパーティーをしようと泊まりに来た時、棚の上に飾ってあったのです。それは他所の国に住む仲間から届いたカードの一つで。
「俺たちの仲間も増えたよな。世界中に支部が出来る日が来るとは思わなかったぜ」
瑠慕恩院よりもグローバル、とキース君が笑っています。会長さんやキース君たちが属する宗派のお寺は他の国にもあるのですけど、サイオンを持った仲間が集まる支部の方が数が多いのでした。その名もズバリ、シャングリラ・クラブ。発起人はマツカ君のお父さんです。
「マツカのお父さんには感謝してるよ」
人脈も行動力も超一流、と会長さん。世界のあちこちで少しずつ目覚め始めたサイオンを持った仲間をフォローするためにクラブを作り、交流を重ねて半世紀くらいになるのでしょうか。最初の頃は会長さんにしか出来なかった仲間探しも、今では専門の職員さんが各地に散って頑張っています。
「ぼくはサイオンを抑えることばかり考えてたけど、逆の発想もあったんだよね。増幅装置を作りさえすれば力が弱くても仲間の思念は拾えるんだ。お蔭でホントに楽になったよ」
いつでも気兼ねなく昼寝が出来る、と会長さんは笑っていますが、その肩書きはソルジャーのまま。シャングリラ号も現役で宇宙を飛んでいますし、ワープ出来る船は未だに他には一隻も存在しなくって。
「サイオンという名前と力を表立っては出せないけれど、ぼくたちみたいな人間だって受け入れて貰える世界にはなった。長生きなのが便利だからって雇う会社も増えたしさ。…この調子ならブルーの世界の二の舞ってことにはならないね、きっと」
SD体制なんかにさせてたまるか、と会長さんは意気込んでいます。ソルジャーの世界がSD体制に突入してしまった理由は地球の荒廃。そうならないよう自然環境の保護に取り組むことも会長さんは忘れていません。SD体制やソルジャーのことは秘密ですから、あくまで個人的な考えとしてですが。
マツカ君のお父さんが作ったシャングリラ・クラブは自然保護のための団体でもあり、他にも様々な方面で活動中で…。それを束ねるのがソルジャーである会長さん。仲間探しという仕事が消えても、忙しいのは相変わらずかな?

「そういえば、あいつ、どうしただろうな…」
何年会っていないんだろう、とキース君が空になったパフェの器を見詰めています。
「美味しそうだ、と乱入してきては俺たちの分まで食っていたのに、最後に来た時はアレだったしな…。元気でいるんならいいんだが」
話しているのはソルジャーのこと。元気印で何かと言えばキャプテンとの熱愛っぷりを喋りまくって私たちを困らせていたソルジャーですけど、シャングリラ・クラブが出来た頃から少しずつ身体が弱り始めていったのでした。それでも地球の記憶を持ったフィシスという女性を見付けたことを自慢していて。
「結局さあ…。ソルジャーとフィシスさんって、どうなったわけ? あ、勿論あっちのフィシスさんだよ」
ジョミー君が首を傾げれば、サム君が。
「俺とブルーみたいなモノじゃねえのか? 公認カップルになって百年だけどさ、進展しねえし」
「ああ、そっか。そういう仲もアリなんだよねえ、ソルジャーにはキャプテンがいるんだもんね」
清く正しく美しく、とジョミー君が何処かの歌劇団のモットーみたいな台詞を口にし、プッと吹き出す私たち。ソルジャーには似合わない言葉ですけど、キャプテンというパートナーがいるのに女性と恋仲は無いですよねえ?
「ぼくも賛成かな、サムの意見に」
会長さんが笑みを浮かべて。
「ハーレイなんかと結婚しちゃったブルーの心境は分からないけど、二股をかけるタイプじゃないのは間違いないね。こっちのハーレイやノルディに浮気のお誘いをかけてはいても、最後は必ずハーレイの所に帰っただろう? ブルーにはハーレイしかいないんだよ」
ぼくがフィシスしか選べないように、と微笑んでいる会長さん。そのソルジャーが最後に私たちの世界を訪ねて来たのは何年前のことだったでしょう? 自分の力だけで空間を越えるのは辛いから、と「ぶるぅ」を連れて会長さんの家のリビングに現れて…。あれは桜の季節でした。
「ほら、あの時だってハーレイを連れて来たかった、って何度も話していたじゃないか。シャングリラじゃ青空の下の桜は見られないから…って」
私たちは私服に着替えたソルジャーと「ぶるぅ」を誘ってお花見をしに行ったのです。マンションの庭の桜でしたが「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を揮ったお弁当を食べて、満開の桜の樹の下で。けれどソルジャーはお弁当を完食出来ず、残りはキャプテンへのお土産にすると持って帰って…。
「あれっきり会ってないんだよね、ぼくも」
会長さんがポツリと呟きました。
「ぶるぅも来ないし、あっちの様子も分からない。…ブルーがこっちに来ていた頃はさ、集中すれば向こうの世界が見えたんだけれど…。今はサッパリ見えないんだよ」
元気でいると信じたいな、と会長さんの瞳が揺れています。
「時々、心配でたまらなくなるんだ。…もうすぐジョミーを迎えに行くんだ、って嬉しそうに話していたからね。ぼくの後継者にするんだよ、って」
「「「………」」」
ソルジャーの笑顔を思い返して私たちは俯き、ジョミー君だけが親指を立てて。
「大丈夫だってば、ぼくにそっくりのジョミーなんだって言ってたし! そう簡単にソルジャーなんか引き受けたりはしないと思うな、きっと今頃苦労してるよ」
「…そう思うかい?」
まだ不安そうな会長さんに、ジョミー君は。
「うん、ぼくだって思い切り反抗しまくったもんね! …そりゃさ、結局、根負けしたけど…。ブルー、しつこいから逃げられないって悟っちゃったし、こうなったけど…。でも半世紀は頑張った!」
逃げて逃げまくって半世紀、と胸を張るジョミー君は緋色の衣の高僧になってしまったのでした。会長さんの勧誘と推薦を回避すること五十年の果てに、キース君の母校の大学に出来た一年間の僧侶養成コースにサム君と一緒に入ったのです。全寮制で一年修行し、璃慕恩院での三週間の伝宗伝戒道場に行って…。
「そうだね、ジョミーも逃げたんだっけね。…今や立派な高僧だけどさ」
君の話を聞くと希望が湧くよ、と会長さんは嬉しそうな笑み。
「まさか緋色の衣の君たちを連れて行ける日が来るとは思わなかったな、夢みたいだ。初めて行った時の和尚さんたちはもういないけど、あの時のお孫さんの孫に当たる人が今の老僧なんだよ。きっと喜んで迎えてくれるさ、緋色の衣が勢揃いだし!」
法要にも飛び入り参加しようね、と会長さんが燃えているのは明日からの旅の話です。ジョミー君がようやく緋色の衣を許されたので、会長さんの故郷のアルタミラを今も供養している小さな港町、カンタブリアへ出掛ける予定。ガニメデ地方の温泉町で、法要をするのは称念寺という古くからのお寺。
「いいかい、法衣を持って行くのを忘れずにね。専用鞄だとは気付かれないさ、一般人には」
「そうだといいけど…。未だにお坊さんっていうのが恥ずかしいんだよね、高校生だし」
永遠の高校1年生、と宣言しているジョミー君の頭には輝く金髪。会長さんやキース君同様、サイオニック・ドリームで誤魔化しまくって坊主頭の危機を切り抜け、目出度く緋色の衣です。えっ、キース君はどうなのかって? 一足も二足も先に緋色の衣をゲットしてますし、サム君だってジョミー君より一足お先に緋色でしたよ~!

こうして次の日の朝、私たちはアルテメシア駅の中央改札前に集合しました。マツカ君とシロエ君、スウェナちゃんと私は普通のボストンバッグですけど、お坊さん組のジョミー君たちはスーツケースみたいな形の大きな鞄を提げています。確かに法衣用だと聞いてなければ目立つという程の物でもなくて。
「えーっと…。その中に全部入ってるんですか、服とかも?」
シロエ君が好奇心に満ちた瞳で訊けば、キース君が。
「勿論だ。これでなかなか便利なんだぞ、外国帰りには特に役立つ。…俺にそういう経験は無いが、先輩たちがよくやってたな。税関で荷物チェックがあるだろう? 法衣と袈裟だと分かった途端にオッケーだから、衣や袈裟の中に色々と隠して脱税ってわけだ」
「「「えぇっ?」」」
とんだ裏技もあったものです。もしかして会長さんもバッチリ経験済みだとか? 如何にもやりそうな人物だけに、前科数百犯とか数千犯とか笑い合っていると。
「失礼な…」
思い切り低い声が聞こえてゲッと仰け反る私たち。い、いつの間に来てたんですか、会長さん? 旅の時には「かみお~ん♪」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が先に走って来る筈ですが…。あれ? いない…?
「ぶるぅはいないよ、留守番してる。それより予定変更だ」
鞄の話は聞こえなかったことにしておこう、と会長さんはクルリと踵を返しました。
「チケットの払い戻しは済んでいる。宿もキャンセルしておいた。…だけどアルタミラの供養はしたいし、荷物持参でぼくの家まで」
「「「は?」」」
「どういう理由か分からないけどね、フィシスから朝に連絡があった。カンタブリアに行っちゃダメだ、って。明日はぼくの家から一歩も出ないで静かにしているべきらしい。…あ、地震とかが来るって意味じゃないとは言っていたから安心して」
行くよ、と歩き始めた会長さんを追って私たちは駅を出、路線バスに乗り込んで会長さんの家へ。玄関を入ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出迎えてくれて。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! ごめんね、変なことになっちゃって…」
お詫びに今夜は海の幸たっぷりの鉄板焼き、と約束されて大歓声の私たち。カンタブリア行きのお楽しみの一つが海鮮鉄板焼きだったのです。お昼御飯はトムヤムクンとグリーンカレーで…。
「悪いね、急に変更しちゃって」
会長さんは何度も謝り続けています。旅行を中止させたフィシスさん自身はブラウ先生たちと南の島へ旅行中。それだけに申し訳ない気持ちが募るのでしょうが、フィシスさんは占いの名手です。家から出るなと言われた以上は何かある、と誰もが確信していました。
「…旅行の中止は構わないんだが、あんた、御布施はどうするんだ?」
毎年届けているんだろう、とキース君が言うのはアルタミラ供養の回向料。会長さんはカンタブリアの称念寺まで必ず届けに行くのでした。そう、明日はアルタミラが火山の噴火で海の底へと沈んだ日。七月二十八日です。
「明日は家から出ちゃダメなんだし、今日の間に届けに行くよ。瞬間移動でパパッとね。ついでに花束も供えてくるさ。やっぱりアルタミラの供養塔には花束が無いと寂しいだろう? 今年も白百合をメインに纏めようかな、一日早いけど許されるってば」
その代わりに明日はこの家で法要をする、と会長さん。和室に阿弥陀様が安置されているのは今も昔も変わりません。これは朝から抹香臭い日になりそうです。でも、予定通りにカンタブリアへ出掛けていたってアルタミラ供養の法要と灯籠流しがあるんですから、ここはキッパリ諦めるしか…。

旅がお流れになった翌日の朝はお香で始まりました。その前に食べた朝食の匂いも消す勢いで会長さんが和室を清めているのです。普段は普通の和室ですから、法要のために念入りな準備が必要だとかで入口に香炉、中にも香炉。阿弥陀様を安置した厨子の前には柄香炉を据え、香り高いお香を幾つも焚いて…。
「これでいいかな、後は着替えて法要だ。ジョミーの緋色の衣のデビューが予定外の場所になっちゃったけど」
本当だったらカンタブリアで華々しく…、と残念そうな会長さんにサム君が。
「いいんじゃねえか? この阿弥陀様は俺たちが見付けたんだぜ、レンコン掘りで」
「ああ、そういえばサムが掘り出したんだっけ。懐かしいなぁ、あれも夏休みのことだったよね」
埋蔵金を探してレンコン掘り、と会長さんが言っているのは特別生になって初めて迎えた夏休みの思い出。ジョミー君の案で埋蔵金を探しに出掛けて、蓮だらけの池と戦って…。
「なるほど、ジョミーとは深い御縁の阿弥陀様か。だったらデビューの舞台に不足は無し、と」
深く頷く会長さんに、ジョミー君が情けなさそうに。
「もしかして、あの時に道が決まっていたのかなぁ? ぼくの未来は坊主だって」
「それを御仏縁と言うんだよ。高僧にまでなっておきながら、どうして過去にこだわるんだか…」
日々お念仏に精進したまえ、と会長さんが発破をかけて、ジョミー君たちは着替えのために別室へ。私たちも一旦和室から出て、待つこと暫し。会長さんを筆頭に緋色の衣のお坊さん四人が勢揃いです。序列に従ってジョミー君が最初に和室に足を踏み入れ、一番最後が会長さんで…。
私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が末席に正座して合掌する中、厳かに法要が始まりました。会長さんが朗々とお経を唱え、キース君たちが唱和しながら木魚や鐘を叩いています。阿弥陀様に供えられたお線香が燃え尽きるまでには一時間かかるらしいですから、これは覚悟が必要ですねえ…。
とはいえ、会長さんの故郷のアルタミラのための法要とあれば、足が痺れたなどとは言えず。法要が済むと会長さんの法話があって、今一度みんなでお念仏を。
「「「…南無阿弥陀仏」」」
深く頭を下げ、ジョミー君たちがジャラッと数珠を鳴らせば終了の合図というヤツです。やっと終わった、と足を崩すと会長さんがキース君の手許に目を留めて。
「その数珠を持って来たのかい?」
「ちゃんと水晶のを用意してたぞ。だが、内輪での法要だったら、こっちの方がいいだろう?」
キース君が手にしていたのは深い飴色の数珠でした。
「朝夕のお勤めはいつもコレだし、大きな法要の時も袂に入れているからな…。アルタミラの供養の旅に行くのに持って行かないわけがない。此処で使うとは思わなかったが」
「ずいぶん年季が入ったよね、それも」
「もう百年になるんだしな。ただ、この文字がいつまで経っても鮮明なのが不思議と言うか…」
擦り減ってしまいそうなのに、とキース君が示す数珠の玉には細かい文字が彫られています。それは百八の煩悩を刻んだもので、キース君の副住職の就任祝いにソルジャーが贈った桜の数珠。ミュウと呼ばれるサイオンを持った人たちの供養を頼む、とキャプテンと一緒に作った数珠で…。
「ホントに今も消えないねえ…。玉の色はすっかり変わったのにさ。ブルーがサイオンで刻んだらしいし、そのせいで長持ちなのかもね」
サイオンでコーティングという技もあるから、と会長さん。そういえば教頭先生が家宝にしている会長さんの写真がプリントされた抱き枕というのがありましたっけ。作られたのは百年も前なのに、ぬいぐるみだと思い込んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンでコーティングしたばっかりにカバーは今も美しく…。
「誰だい、抱き枕なんて思い出したのは?」
ドスの利いた声に首を竦めたのは私だけではありませんでした。みんな考えることは同じなんだな、とホッと一息ついた所へ、いきなりグニャリと空間が歪み、香炉の灰が飛び散って。
「ブルー!!!」
香炉を蹴倒して飛び込んで来たのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさん。緋色の衣に灰を被った会長さんは怒鳴りつけようとしたのですけど、「ぶるぅ」は衣の袖を握り締めて。
「来てよ、ブルーが大変なんだ! 案内するから!」
「えっ?」
「死んじゃう、ブルーが死んじゃうよお!」
だから早く、と絶叫した「ぶるぅ」の身体が青く光った次の瞬間、会長さんの姿は消えていました。ぶちまけられた灰の上には「ぶるぅ」が残した足跡だけ。いったい何が、と呆然と灰だらけの畳を見詰めていたのは五分くらいだったか、それとも瞬きするほどの間か。
「誰か!!」
悲鳴のような叫びと共に空間が裂かれ、緋色の衣が翻って。
「誰か、急いで救急車を!」
会長さんが両腕で抱えて戻ってきたのは血まみれの姿のソルジャーでした。いち早く我に返ったキース君が飛び出して行きましたけれど、会長さんは。
「ダメだ、救急車じゃ間に合わない。ぼくが運ぶから、ぶるぅを頼む」
私たちの返事も待たずに会長さんは瞬間移動で何処かへと飛び、そこへ「ぶるぅ」がおんおん泣きながら現れて。
「ブルーは? ねえ、ブルーは?」
何処へ行ったの、と泣き叫ぶ「ぶるぅ」と、ソルジャーの血と散らばった灰で凄惨な状態になった畳と。既に法要どころではなく、私たちはパニック状態。とにかく会長さんを追い掛けないといけませんけど、何処へ向かって出発すれば…?

私たちが病院の会議室に押し込められたのは一時間ほど後のこと。会長さんの思念を追える「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタクシーを呼び、ソルジャーが運ばれた病院へやって来たのです。後片付けもせずに出たのですから、ジョミー君たちは法衣を着たままで…。
「ブルー、助かる? 助かるよね?」
死なないよね、と「ぶるぅ」が泣きじゃくっていますが、私たちには何も分かりませんでした。会長さんが瀕死のソルジャーを連れて来たのはエロドクターことドクター・ノルディが経営している総合病院。ドクターは腕利きの外科医な上に医学全般を修めているため、何処よりも信用出来るのですけど…。
「くそっ、ブルーが来てくれればな…」
キース君がテーブルを拳で叩いて。
「あいつは何をしてるんだ? 手術室には医者と看護師しか入れないんじゃなかったか?」
「えとえと…。ごめんね、ぼくにも分からないや」
思念波が通じないんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も困っています。私たちは到着してすぐに手術室の近くの椅子に座ったものの、いくら緋色でも病院で法衣の団体様は喜ばれません。この百年の間に職員さんたちと顔馴染みになっていたため、会議室で待つよう言われてしまい…。
「ブルーの容体も分からなければ、怪我の原因も分からない。どうしろと言うんだ、俺たちに…」
此処で何時間待てばいいんだ、とキース君は沈痛な顔。ソルジャーが重傷を負った理由を知っている筈の「ぶるぅ」は話せるような状態ではなく、頼みの綱は会長さんだけ。二時間、三時間と時計の針だけが進んでいって、職員さんが差し入れてくれたサンドイッチなども手つかずの内に窓の外はすっかり真っ暗に。
「…どうしよう…。帰った方がいいのかな?」
ジョミー君が尋ね、サム君が。
「うーん…。ブルーが来るまで待ってた方がいいんだろうけど、待てとも言われてねえもんなぁ…」
もうすぐ真夜中になっちまうぜ、と示された時計は午後十一時を指していました。やはり引き揚げるべきなのでしょうか? お泊まり用の荷物なら会長さんの家にありますし…。
「もう一時間だけ待ってみるか。どうする、ぶるぅ?」
キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に声をかけた時、会議室の扉が開いて。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
入って来たのは緋色の衣の会長さん。どす黒い染みがついているのはソルジャーの血の痕でしょう。会長さんはフウと大きな溜息をついて、空いていた椅子に腰を下ろすと。
「あっちのぶるぅは寝ちゃったんだね、泣き疲れたかな? まあ、その方がいいけれど」
「お、おい…。まさか、あいつは…」
その先が出ないキース君を、会長さんは手で制して。
「大丈夫。ブルーは命を取り留めたよ。だけど当分は面会謝絶。ぶるぅが起きたら瞬間移動で会いに行こうとするだろうしね、病室にシールドを張ってきた。他にも色々やってきたから、ちょっと限界…」
会長さんの身体がグラリと傾き、慌てて駆け寄ったサム君の腕の中に崩れ落ちました。完全に意識を失っています。これは家まで連れて帰るしかなさそうだ、と互いに相談し合っていると。
「やっぱり無理をし過ぎましたか…」
そんなことだと思いました、と入って来たのは白衣を羽織ったエロドクター。いえ、ドクター・ノルディと呼ぶべきでしょうか、ソルジャーの手術をしたのはドクターですし。
「すぐに車を手配しますから、家でゆっくり休ませて下さい。…本当に無茶をする人ですよ、とりあえず医療スタッフだけを相手にしてればいいものを」
「「「は?」」」
サッパリ意味が不明な言葉に私たちが首を傾げると、ドクターは。
「ブルー…いえ、怪我人の方のブルーですがね、別の世界の人間でしょう? 怪しまれないよう、思念で懸命に細工していたようですよ。全世界に散らばったシャングリラ・クラブの人間を中継点にして、別の世界からのお客様だが心配無用、という情報を世界中の人の意識の下に流したそうです」
「「「えぇっ!?」」」
そんな無茶な、と私たちは息を飲んだのですけど、そういう作業をしていたのなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」の思念波が通じなかったのも納得です。おまけに心肺停止状態に陥ったソルジャーの生命力をサイオンで補助して蘇生させたりもしていたそうで…。
「とにかく頑張り過ぎたわけです。それなのに手術を終えた私に何があったのかを思念で伝えてきましたしね…。あなたたちには伝える時間が無かったのだと言ってましたし、ブルー本人から聞いて下さい。私はブルーの主治医ですから、知らされたというだけのことです」
お大事に、と微笑んだのはエロドクターならぬドクターでした。会長さんはストレッチャーで運ばれ、病院の車でマンションへ。キース君が眠ってしまった「ぶるぅ」を背負い、私たちもタクシーで。ソルジャーの身に何が起こったのか、分かるのは明日になりそうですね…。



※今回から完結編の全3話 『遙かな未来へ』 となりました。
 「どうしても完結させたい深い理由」には、もうお気付きかと思います。
 ソルジャーことアルト様ブルーに御出演頂いている以上、避けて通れないのが
 完結編の全3話です。え、避けて通れって? そう仰らずに…。
 完結後は月イチ更新で続けさせて頂きますので、どうぞ御贔屓にv




山間の駅で電車を降りると冷たい風が吹き付けてきました。駅の辺りに雪はありませんが、山には雪がたっぷりと。会長さんが「暖かい服を用意するように」と言っていたのも納得です。待っていた迎えのマイクロバスに乗り込み、カーブの連続の山道をぐんぐん登っていって…。
「うわぁ、真っ白!」
雪だらけだよ、と歓声を上げて喜ぶ「ぶるぅ」。道路の脇に除雪された雪が高く積まれて、山肌は深い雪の中。ソルジャーの世界のアルテメシアにも雪は降るそうですけど、遊びに行くことは出来ないだけに嬉しいのでしょう。やがて到着した宿は木造の立派な温泉旅館で、各自の部屋に荷物を置いた後、会長さんの部屋に集まると…。
「いいねえ、この宿、気に入ったよ。畳の部屋が最高だ。こうなると夜は布団だものねえ」
普段とは違った気分で楽しめそう、とソルジャーは早くも夜の算段。青の間もキャプテンの部屋もベッドですから布団は新鮮らしいのです。教頭先生は顔を赤らめ、会長さんが溜息をついて。
「はしゃぐのはいいけど、ほどほどにね。布団は乱れやすいんだ。それにベッドの部屋と違って毎朝片付けに来るからねえ…。あの部屋のお客さんはお盛んだった、と言われないよう気を付けたまえ」
「ぼくは全然気にしないけど? それにたったの二泊三日だ、エネルギー切れは有り得ないってば」
最近のハーレイはヘタレてないから、と真昼間からアヤシイ話題に突入しようとするソルジャーの隣で「ぶるぅ」が温泉饅頭を頬張りながら。
「そうだよ、ハーレイ、凄いんだから! 大人の時間は終わったかなぁ、って土鍋の蓋をちょっと開けてみたら、ブルーの声が聞こえてくるんだ。んーと、声って言わないのかな? 言葉になっていないしね」
「「「………」」」
どんな時間を過ごしているのだ、と頭を抱える私たち。会長さんは額を押さえ、教頭先生は鼻血の危機です。けれどソルジャーは涼しい顔で。
「新婚なんだし、夜は熱くて当然だろう? 君たちだって御成婚記念とか言って像を作っていたくせに」
見てたんだからね、と卒業制作の話をされると反論の余地はありません。ソルジャーとキャプテンは結婚してから一年も経たない新婚さんで、それも究極のバカップル。会長さんの部屋での雑談が一段落して温泉へ、という段になっても別行動を主張して…。
「とりあえず部屋付き露天風呂を堪能しなくちゃね。あ、ハーレイには痕を付けないように言っておくから、夜は普通に大浴場! そっちのお風呂は大きいんだろう、泳げるほどにさ。温泉に来たら大浴場にも入らなきゃ」
朝風呂はどっちにしようかなぁ、とキャプテンと仲睦まじくイチャつきながらソルジャーは去ってゆきました。部屋付き露天風呂を満喫する気の自分たちの代わりに「ぶるぅ」の面倒を押し付けて。
「かみお~ん♪ お風呂にアヒルちゃんを連れてってもいい?」
お風呂グッズを持って来たんだ、と胸を張る「ぶるぅ」を大浴場に連れてゆくのは男の子たちの役目。会長さんが「他のお客さんの迷惑にならないように」と言い聞かせています。ジョミー君たちの慰安旅行は既にソルジャーのものでした。この調子では先が思いやられるとしか…。

バカップルは夜も絶好調。夕食は部屋食も選べるのですが、みんな揃って食べたいですから適度な広さの宴会場へ。この地方の名産だという牛の陶板焼きがメインな会席料理が次々と運ばれてくる間にも二人は「あ~ん」とやらかしています。
「ブルー。…君たちはいつでもそうなのかい?」
目の毒なんだけど、と会長さんが文句をつければソルジャーは。
「えっ、流石にシャングリラの食堂なんかではやらないよ? その分、ぼくの部屋とかで二人で食べる時は愛情をこめて! そうそう、バレンタインデーの口移しのチョコは身体まで熱くなったっけ。あのチョコ、君たちも味わってくれた?」
「自分で口に放り込んだよ、チョコの味だけは良かったね」
「なんだ、口移しで食べてないんだ? こっちのハーレイとノルディが喧嘩してたと思うんだけどな、どちらが君に食べさせるか…って」
「あの二人だけは御免だってば!」
それくらいならフィシスに頼む、と柳眉を吊り上げる会長さん。もっともフィシスさんからは恒例のお菓子を貰ったのだそうで、チョコレートが割り込む余地は何処にも無かったようですが…。お菓子というのは会長さんの故郷の島で作られていたというクイニーアマンに似た物です。
「ああ、前にみんなで買いに行ってたお菓子だね? アルタミラの月って名前だっけ」
その名前だけは好きになれないけれど、と零すソルジャーにとってアルタミラとはミュウが虐殺された星。それでも会長さんの好物のお菓子は買い食いして気に入ってしまったらしく。
「甘いのにほんのり塩味っていうのが素敵なんだよ、たまに買うんだ。あ、君と間違えられないように注意はしてる」
そういう技は得意だから、と語る間もソルジャーとキャプテンの「あ~ん」は続いて、もう私たちには諦めあるのみ。バカップルに慣れた「ぶるぅ」を見習って料理に集中するだけです。なのにソルジャーは熱燗を頼み、キャプテンと差しつ差されつ飲み交わした末に…。
「ぼくたちはこれで失礼するよ。今なら大浴場が空いてそうだし、ハーレイとゆっくり入ってくるね」
「…それから後はどうするんだい?」
ぼくたちも大浴場に行くつもりだけれど、と会長さんが尋ねると。
「さあね? 会うかもしれないし、会わないかも…。会わなかったら、また明日! 今夜は思い切り楽しむんだ。だって浴衣と丹前だよ? 脱がす過程が普段と違うし、もうそれだけで燃えそうだよね。そうだろ、ハーレイ? この姿を見てそそられない?」
襟元からこう手を入れて…、と嫣然と微笑むソルジャーの仕草にキャプテンは耳まで真っ赤です。教頭先生は言わずもがなで、会長さんはブチ切れ寸前。
「いいからさっさと出て行きたまえ! 明日は健全に遊ぶんだからね、ぼくたちは!」
バカップルは一生引っ込んでいろ、と会長さんが投げ付けた杯をソルジャーはパシッと受け止め、「ぶるぅ」にヒョイと投げ渡して。
「ぶるぅ、ぼくたちは大人の時間! どうすればいいか分かっているね?」
「うん! 今日はぶるぅのお部屋で寝るんだ、ちゃんと約束してあるもん!」
でもその前に酔っ払いそう、と徳利の中に残ったお酒を「ぶるぅ」は杯にトクトクと…。会長さんの部屋には「ぶるぅ」も泊まるみたいです。酔っ払って悪戯しちゃわないよう、早めに寝かせるべきですよね?

明くる日は午前中から雪遊びでした。旅館の脇には谷川があり、そこへ至る斜面も雪にすっぽり覆われています。いい感じに傾斜していますから、滑り台を作って遊ぼうというのが会長さんの案。
「ゆっくり滑れるカーブつきのヤツと、直線コースを作ろうよ。直線はスリルがあると思うな」
「かみお~ん♪ 楽しそうだよね! 滑り台、大好き!」
道具は旅館で借りられるよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねて喜び、私たちだって大賛成。えっ、それは激しい肉体労働じゃないのかって? そこは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンで上手に補助してくれますし、力はそんなに要りません。後から出て来たソルジャーも大いに乗り気です。
「此処に滑り台を作るんだって? ぼくも手伝うから滑らせてよ」
「それはもちろん。君のハーレイは?」
「滑ると思うよ、こういうのって協調性が大切だしね。あれっ、こっちのハーレイは?」
なんだか黄昏れているけれど、というソルジャーの指摘は大当たりでした。スピードが苦手な教頭先生は滑り台だって嫌なのです。おまけに直線コースとなると…。
「わ、私はいいから皆で滑って遊びなさい。滑り台作りは無論、手伝う」
「ダメだよ、ハーレイ」
さっきブルーが言っただろう、と会長さんが突っ込みを。
「協調性が無い教師というのは最悪だね。みんなで楽しく遊ばなきゃ! それにさ、滑り台って二人一緒に滑るのもアリって知っていた? ぼくの橇代わりになってくれたら嬉しいんだけど…。そう、君の足の上にぼくが乗っかって滑るわけ」
「ほ、本当か? 私がお前を乗せて滑ると…?」
「うん。上手くいったら何度でも…ね」
会長さんにウインクされた教頭先生は俄然その気に。先頭に立って滑り台作りを指図し、自らスコップをしっかり握って猛スピードで作業中です。会長さんや私たち、ソルジャー夫妻はマイペースなのに…。教頭先生の奮戦もあって滑り台は昼前に見事完成。宿に戻って昼食を摂り、休憩してからいざ初滑り!
「「かみお~ん♪」」
トップを切って滑っていったのは直線コースが「ぶるぅ」、カーブした方が「そるじゃぁ・ぶるぅ」。直線コースは加速も凄く、終点に着いた「ぶるぅ」は橇代わりのゴザごとコロコロと雪面を転がっていたり…。次は男の子たちがチャレンジを始め、人気はやはり直線コースで。
「ハーレイ、ぼくたちも滑ろうよ。膝に乗っけてくれるよね?」
ソルジャーが選んだコースはカーブの方。歓声を上げて滑ってゆくソルジャーをキャプテンが後ろからしっかり抱き締める姿を教頭先生が羨ましそうに見ています。その背中を会長さんがトントンと叩き…。
「ぼくも約束は守るよ、ハーレイ。…ただし直線コースだけどね」
「ちょ、直線…」
「スピードが出なきゃ面白くない。ぼくを離さずにクリア出来たら二度目のチャンス!」
教頭先生は直線コースを猛スピードで滑り降りてゆく男の子たちを何度か見送り、その後で。
「分かった。私も男だ、お前と一緒ならスピードくらい…」
眉間の皺を深くした教頭先生、会長さんを伸ばした両足の上に座らせると身体をぴったり密着させてスタートです。どうなるやら、とハラハラしていた私たちですが、会長さんを放り出してはいけないという根性だけで頑張り倒した教頭先生はゴールでグッと両足を踏ん張って…。
「流石だったよ、君の愛! それじゃもう一度チャレンジしようか、ぼくは今度は背中に乗るんだ」
「は?」
「背中だよ、背中! うつ伏せになってくれるかな? でもって頭を下にしてスーパーマンみたいにカッコ良く!」
会長さんの無茶な注文に教頭先生は真っ青ですけど、ここで断ったら二度と一緒には滑れません。私たちとソルジャーが囃し立てる中、スーパーマンな滑りは決行されて…。
「じゅ、寿命が百年は縮んだぞ…」
死ぬかと思った、と斜面を登って来た教頭先生に会長さんは。
「でもさ、気絶はしなかったし? スピード克服のために協力するからもう一度!」
「あ、ぼくもやりたい! ハーレイ、お前も挑戦してみて」
ソルジャーまでが悪ノリです。会長さんと教頭先生、ソルジャー夫妻の激しい滑りが直線コースに花を添える中、私たちや「そるじゃぁ・ぶるぅ」は二つのコースを行ったり来たり。雪の滑り台って楽しいですよね、スキーやスノボが無くても最高!

日暮れまで滑り台や雪合戦などを満喫した後はゆったり温泉。宴会場で豪華料理に舌鼓を打ち、売店でお土産なんかも買って…。お財布の中身がまた減りました。キース君に貰った散華は効かないのかな?
「おや、浮かない顔をしてどうしたんだい?」
赤い瞳に覗き込まれたのは会長さんが泊まっている部屋。広い続き部屋があるものですから、旅の最後の夜はバカップルも顔を揃えています。机の上に積まれたお菓子が無くなる頃には消えるでしょうけど。
「え、えっと…」
口ごもっていると、会長さんはクスクスと。
「ふふ、顔にしっかり書かれているよ? いくら散華を入れていたって旅の間はお金は減るだけ!」
あちゃ~、心を読まれてしまいましたか! キース君がプッと吹き出しています。
「財布に散華を入れたのか? 即効性は無いと思うぞ、気長に待つのが一番だ」
「そうそう、慌てる乞食は貰いが少ない。それに感謝の心とお念仏だね」
そこが肝心、と会長さんの法話が始まりかけた所でソルジャーが。
「散華って何さ? お金が増えるアイテムかい?」
「罰当たりな…。こんなヤツだよ、ぼくも持ってる。財布には入れてないけれど」
ほら、と会長さんが宙に取り出したのは金の地色に天女が描かれた散華でした。家の仏具入れに仕舞ってあるそうで、ソルジャーとキャプテン、それに「ぶるぅ」に見せると直ぐに戻してしまいましたが。
「あれはね、大切な法要の時に撒くんだよ。財布に入れるとお金が増えるとか言うけれど……本当は仏様をお迎えするための清めの花さ。ずっと昔は本物の蓮の花びらを撒いてたらしいね」
「蓮の花びら?」
そこでソルジャーの目つきが変わり、会長さんにグッと詰め寄って。
「思い出した! バレンタインデーの前に言っていたよね、ぼくの注文通りの蓮の花がどうとかって話。あれっきり忘れてしまってたけど、どうすれば手に入るわけ?」
「「「は?」」」
「極楽の蓮の話だよ! 阿弥陀様から遠い蓮の花で、ハーレイの肌の色が映えるヤツ! でもってハーレイと同じ蓮でさ。ハーレイと何度も話しているんだ、そういう蓮があったらいいね…って。ねえ、ハーレイ?」
「え、ええ…」
ゲホゲホとキャプテンが咽ていますが、ソルジャーはその背を擦りながら。
「確実に手に入れる方法があるなら知りたいな。お念仏はしたくないけれど」
「そのお念仏が必須なんだよ!」
会長さんがビシッと指を突き付けました。
「お念仏を唱えれば極楽に蓮の蕾が生まれるんだ。唱えた人が思い描いた理想の色の蓮だそうだよ。お浄土に行く時は観音様がその蓮を持って来て下さる。そして目出度く極楽往生。だから日頃からお念仏を…」
「そういうのは趣味に合わないなぁ…。君とキースに頼んだ方が気楽でいいや。ハーレイと同じ蓮の花をゲットするのも難しそうだし」
ブツブツと不満を漏らすソルジャーに、会長さんは呆れ顔で。
「だったら君のハーレイに頼むというのはどうなんだい? 一蓮托生の可能性が上がると思うけど」
「えっ?」
「私がですか?」
同時に返したソルジャーとキャプテンに頷いてみせる会長さん。
「他の人のためのお念仏というのもアリなんだ。ぼくやキースみたいなプロじゃなくても阿弥陀様はちゃんと聞いて下さる。そしてね、こういう歌があるのさ。『先立たば遅るる人を待ちやせむ 花のうてなの半ば残して』。…ぼくたちの宗派の開祖様の歌」
「「先立たば…?」」
「もしも自分が先に死んだら蓮の花を半分空けて待っていましょう、という意味。その心がけでお念仏を唱えていれば自分と相手の心に適った蓮が極楽に咲く。そこでいずれは二人仲良く、って。つまり君のハーレイがお念仏を唱えたならば、君たちにピッタリの蓮の花が…ね」
「それだ、ハーレイ!」
今日からお念仏を唱えるんだ、とソルジャーは思い切り燃え上がりました。会長さんとキース君に頼んであっても、念には念を入れたいもの。ましてキャプテンが祈るとなると蓮の花の色は更に理想に近付きそうです。新婚バカップルとお念仏。似合わないこと夥しいですが、仏前式の結婚式もあるんですから、まあいいか…。

その夜、キャプテンが早速お念仏を唱えさせられたのかどうかは私たちには分かりません。けれど翌朝もバカップルは熱々、二泊三日の休暇が間もなく終わりなことを二人で残念がっていて。
「次はぶるぅを置いてこようね、いるとやっぱり何かと邪魔だし」
「そうですね…。二人きりとはいきませんしね」
何処が二人きりじゃなかったんだ、と私たちは絶叫したい気分でした。ずっと「ぶるぅ」を預けっぱなしでいたくせに…。あ、でも雪遊びの時は「ぶるぅ」も一緒に遊んでましたし、キャプテンの膝に乗っかって滑り台を何度か滑っていたかも。そんな「ぶるぅ」は悪戯もせず、ちゃんと良い子で我慢して。
「ねえねえ、ブルー」
朝食の席で会長さんの袖を引っ張ったのは「ぶるぅ」でした。
「昨日、蓮の花の話をしてたでしょ? あれって、ぼくはどうなるの? ブルーとハーレイは同じ蓮でも、ぼくは違う蓮の花になっちゃうの?」
「えーっと…。御先祖様が蓮の花を空けて待ってて下さるって話もあるから、ブルーとハーレイ次第かな? ぶるぅのことを二人が大事に思っていたなら、同じ蓮の上に行けると思うよ」
「えっ、ホント? それって嬉しいけど、蓮の中に土鍋もあるのかなぁ…」
土鍋が無いと困るかも、と「ぶるぅ」は頭を悩ませています。蓮の花の上でヤリまくろうというソルジャーだけに、「ぶるぅ」が土鍋無しでチョコンと座っていたらどうなるか…。ソルジャーは平気でもキャプテンは確実にヘタレてしまいそうですし!
「…ぶるぅ、お前は目隠しだね」
割り込んだのはソルジャーでした。いつから話を聞いていたのか、赤い瞳を光らせて。
「ぼくたちと同じ蓮に来るというなら、目隠しと耳栓をしてもらう。大丈夫、ぼくたちだって四六時中はヤッていないさ。たまにはのんびり語り合ったりしたいしねえ? そういう時間は好きにしていいよ」
「そっか…。うん、目隠しと耳栓で我慢する! だって一緒にいたいんだもん」
一人ぼっちは嫌だもん、と主張する「ぶるぅ」にソルジャーとキャプテンは苦笑い。極楽へ行ってもコブつきだとは無念でしょうけど、理想の蓮に生まれられるなら充分なんじゃあ…?
こうして宿での朝食が終わり、昨日作った雪の滑り台で名残の滑りを楽しむ内に帰る時間になりました。マイクロバスから電車に乗り換え、貸し切りの車両で素朴な駅弁を開いていると。
「ああ、この辺りの木は桜ですね」
キャプテンが窓の外を指し、会長さんが。
「そうだよ、今は蕾だけれど暖かくなったら見渡す限りの桜なんだ。ただ、山奥で道も細いし、お花見に来る人は少ないね。…もしかしてブルーが好きだったって聞いた大きな桜もこんな所に?」
「ええ、そうです。桜の木は多くはなかったですが、人が滅多に足を運ばない場所でしたね」
この桜も咲いたら見事でしょうね、と外を見続けるキャプテンの首にソルジャーが腕を絡み付かせて。
「咲いてない桜より、目の前の花を見続けていて欲しいんだけど? さっきから手がお留守だよ」
「す、すみません。卵焼きでよろしいですか?」
「その前に他所見していた罰。…まずはキスから」
うんと情熱的なヤツ、と強請るソルジャーにキャプテンは蕩けるような笑顔で唇を重ね、それからはお決まりの「あ~ん」の連続で。御馳走様としか言いようのないバカップルとの慰安旅行はアルテメシアの駅に電車が滑り込むまで延々と続いたのでした。

「うーん、今年もツイてなかった…」
なんで毎年こうなるんだろ、とジョミー君がガックリと肩を落としています。ソルジャーとキャプテン、そして「ぶるぅ」の三人連れは温泉旅行を堪能しまくった末に会長さんの家へと引き揚げ、一休みしてから瞬間移動で自分たちの世界へお帰りに。
私たちも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りおやつに惹かれてお邪魔し、焼き立てのピスタチオのフィナンシェを美味しく食べている真っ最中。えっ、旅行帰りに手早く作れるわけがないって? そこは「そるじゃぁ・ぶるぅ」ならでは。フィナンシェの生地は冷蔵庫に入れれば三日ほど保存可能だそうです。
「かみお~ん♪ ツイてないなら握手する? ぼくの右手の握手はラッキー!」
はい、と差し出された小さな右手に重なったのは会長さんを除いた全員分の右手でした。会長さんが可笑しそうに笑っていますが、私たちは真剣です。一年の計は元旦にあり。一年ならぬ年度初めが近いこの時期にツキが落ちれば、新しい年度もロクな結果になりそうになく…。
「そんなに必死にならなくてもさ、君たちの運命はもう決まっているよ」
今度も1年A組なんだからね、と会長さん。
「特別生が所属するクラスは変更無しが基本なんだと言っただろう? 基本と言いつつ、ほぼ絶対。だって今までにクラスが変わった特別生は一人もいないし…。ぼくみたいに所属のクラスが最初から無ければ別だけどさ」
ついでに担任もグレイブが続投、と会長さんは片目を瞑ってみせました。
「ブラウが是非ともやってみたい、と名乗りを上げたから期待してたのに、ジャンケンでアッサリ負けちゃって…。だけどアレだね、愛っていうのは凄いよね。サイオンはブラウの方が強いし、グレイブに勝ち目は無い筈なのに…。そこを根性で突破したのがミシェルのために特別手当を、っていう一念」
グレイブ先生は自他共に認める愛妻家。1年A組の担任になると特別手当がついてくるので稼ぎがドカンと増えるのです。ミシェル先生と旅にグルメに…と夢を抱えたグレイブ先生、負けられないという一心だけでブラウ先生の手をサイオンで見事に読んだのだとか。
「ふふ、グレイブも頑張るよねえ…。ぼくとぶるうが1年A組に顔を出す以上、ババを引くしかないんだけどな。それを承知で続投とくれば心をこめて歓迎しなくちゃ。ブラウだったら多少は手加減したのにさ」
どんな趣向でもてなそうか、とニヤニヤしている会長さんの隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「そうだ、今年はぼくも悪戯しようかなぁ? ぶるぅは悪戯が大好きだって言っているから、習って試してみるのもいいかも…」
「お、おい…」
それはやめとけ、とキース君が止めに入って、サム君が。
「そうだぜ、ぶるぅはシャングリラ学園のマスコットだしさ、悪戯はブルーに任せとけって!」
ブルーの悪戯なら俺は何だって許せるんだ、と笑み崩れたサム君の頭を皆がコツン、コツンと軽く一撃。会長さんとの仲は全く進まなくてもサム君は変わらずベタ惚れです。公認カップルを名乗り始めてもうすぐ四年になるんですよね、朝のお勤めがデート代わりで…。
「いててて、みんな何するんだよ! いいじゃねえかよ、ブルーに惚れてるくらいはさ!」
教頭先生だって惚れてるんだし、ドクターだって…とサム君が叫び、会長さんが。
「おっと、そこまで! あんな連中と同列に並ぶ必要はないよ、サムは大切な弟子で公認カップルなんだから。もっと自分に誇りを持って進まなくっちゃ」
ジョミーよりも先に緋の衣だよ、と激励されたサム君は大感激。緋色の衣をゲットするには住職の資格が必須です。そのためにはキース君が出た大学に行くか専門道場で修行ですけど、そこまで考えているのでしょうか? ともあれ新年度は今まで通りの特別生。またしても波乱の一年のような…。

慰安旅行の帰りに車窓から見た山の桜はまだまだ蕾が固かったですが、アルテメシアの桜の花は入学式に満開になりました。シャングリラ学園の校庭の桜の下や『入学式』と書かれた看板の隣は記念撮影の人気スポットです。登校してみれば校門前でジョミー君たちが手を振っていて。
「おはよう! 今年もみんなで記念撮影しなくちゃね」
カメラを取り出すジョミー君に、シロエ君が。
「会長とか、ぶるぅとかも一緒に撮れればいいんですけどね…」
入学式の写真にだけは二人とも写ってないんですよね、と言われてみればその通り。二人とも入学式では大事な役目があるんですから仕方ないとは分かっていても、一度生まれた残念な気持ちは消えなくて。例年よりも少し寂しげな顔で看板を囲み、通りかかった職員さんにシャッターをお願いした時です。
「かみお~ん♪ 呼んだ?」
元気一杯の声が聞こえて会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れたではありませんか!
「記念撮影をしたいんだって? まだもう少し時間があるから抜けてきちゃった」
超絶美形な会長さんに新入生の女子が黄色い悲鳴を上げていますが、今は急いで記念撮影。さっきまでとは打って変わった満面の笑みで私たちは写真に収まりました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はダッシュで入学式の会場に戻り、間もなく式が始まって…。
『居眠るな、仲間たち!』
長々と続く式の間に会長さんの思念が流れたものの、今年もサイオンの因子を持った生徒はいませんでした。私たちのクラスは会長さんの予言通りに1年A組、担任はグレイブ先生で……教室で起こった一連の騒ぎはお決まりのパターンなお約束です。会長さんは今年もしっかり1年A組に仲間入り。
「幸先がいいねえ、今年も楽しくなりそうだ」
あのグレイブの顔といったら…、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のソファで満足そうな笑みを浮かべています。テーブルの上には桜の花びらに似せたピンクのチョコの欠片を散らした綺麗なケーキが乗っかっていて。
「入学式には桜だよね。ブルーの世界のシャングリラ号の桜も満開だってさ、キースの数珠になった桜の子孫」
「そうなのか…。あいつらのためにも心をこめて祈らないとな、早く平和になるように」
俺たちの世界の平和の方も、と合掌しているキース君。そういえばキャプテンはお念仏を唱えているのでしょうか? ソルジャーの理想の蓮のためにはお念仏だと聞きましたが…。
「ああ、あっちの世界のハーレイかい? あれで真面目にやってるようだよ、ブルーへの愛で」
一日に一度はお念仏、と微笑んでいる会長さん。
「ぼくも負けずに頑張らなくちゃ。サイオンが普通に受け入れられる世界にするのが理想だからねえ、ぼくの寿命が続く限りは努力あるのみ」
「かみお~ん♪ ぼくも頑張る! ブルーといつまでも一緒だもん! みんなも一緒にいてくれるよね、みんな友達、いつまでも友達!」
シャングリラ学園で頑張ろうね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニッコリと笑い、桜のケーキが切り分けられて賑やかなティータイムの始まりです。サイオンを隠さずに使える「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、ソルジャーである会長さん。二人に出会って私たちの人生が変わり始めたのは五年前の桜の季節でした。
桜の花は今年も変わらず、私たちの外見も変わらないまま。穏やかに流れる平和な時間がずっと続いてくれますように。私たちの学校と同じ名前の船に住んでいるソルジャーたちも念願の地球へ行けますように。
幸せの呪文はシャングリラ。みんなの幸せを目指す学校、シャングリラ学園、万歳!



        巡りくる春へ・了


※お蔭様で年度末の全3話 『巡りくる春へ』 無事に終了いたしました。
 シャングリラ学園シリーズを書き始めた時、いつか書きたいと思っていた
 事が沢山ありました。キース君の仏道修行や、生徒会長の過去のお話。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻って0歳からやり直すお話などなど…。
 書きたかった事の九割は書き終えましたが、残る一割が完結編です。
 「どうしても完結させたい深い理由」に、お付き合い宜しくお願いします。
 そして完結後も月イチ更新で続けますので、どうぞ御贔屓にv







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